女「愛する相手は女子大生」 (241)
百合「じゃあ今日の勉強は終わり!お疲れ様!」
女「ありがとうございました」
問題集を閉じてふーっと息を吐く。
百合「今日の問題ちょっと難しかったね」
女「でも、百合さんのおかげですごくよく分かったよ。ありがとう」
百合「ふふ、どういたしまして」
彼女は私の家庭教師をしてくれている大学生。
百合さんは家庭教師の業者に登録しているわけではなくて、お母さんのパート先のアルバイト。
「娘の家庭教師をやって欲しい」なんていうお母さんの厚かましいお願いを、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。
一応お給料は支払われているみたいなんだけど……。
***
最初は家庭教師をつけられるのが嫌だった。
お母さんは「すっごくいい人だから」って言うけれど。
でも他人と一緒に自分の部屋で勉強だなんて苦痛。
そう考えていた。
私は人付き合いがあまり得意じゃなくて、ずっと一人で学校にいるような人間だったから。
「つまんない女」
こう言われたのを今でも覚えている。
ああ、やっぱり自分ってつまらない人間なんだな。
薄々そうかと思ってはいたけれど、こうやって直接言われるとやっぱり辛かった。
だから、みんなに迷惑をかけたくなくて。
……それと、自分が傷付きたくなくて。
学校の人達とは自然に距離を置いていった。
ひとりがいい。
誰にも文句は言われない。
家で本を読んだり、音楽を聴いている方が楽。
学校が終わったらすぐ家に帰って、のんびり一日を終える。
そんな風にして何となく毎日を過ごしていた私にとって、百合さんは平穏を脅かす侵入者みたいなものだった。
いつも平均点かそれを少し下回るぐらいの成績をとっていた私を心配して雇った家庭教師。
私には何の相談も無くて、後で家庭教師が来るんだって話を聞いた時は当然反対した。
だけどどうしようもなかったから、取り敢えず一度来てもらうことにして。
女「あ、あの……えっと」
百合「よろしくね。あ、そんなに固くならなくても大丈夫だよ」
初めて会った時は、他人と近くでやりとりするのに緊張してしまった。
でも、百合さんはすごく気さくに話しかけてくれて。
教え方も分かりやすかったし、学校の宿題や小テストの対策も見てもらえることになった。
何度も会っていくうちに敬語も使わなくていいって言ってもらえて。
彼女は私の中で家族と同じぐらい心を許せる存在になっていって。
百合さんと何回か会って、少しずつ「自分」というものを出していく中で。
彼女の人の良さと比べると、私の駄目さがどんどん浮き彫りになっていくように思えて。
それで、つい話が愚痴っぽくなることがあった。
女「私なんて。勉強が得意ってわけじゃないし、流行にも遅れているし。良い所なんて何もないよ……」
百合「そんなことないよ」
彼女は笑顔で話す。
百合「女ちゃんは素敵な女の子だよ」
女「そんな風に思ったことない……」
百合「例えばねぇ。部屋が綺麗な所!」
女「ええー……」
百合「あー。今ちょっと馬鹿にしたでしょ」
そりゃそうだよ。
女「だって……そんなの当たり前じゃないの?」
百合「ううん。……意外に当たり前じゃないんだよねえこれが。殺風景って言う訳でもない部屋がこんなに綺麗に整頓されているの、私は今まで見たことないな。それに、部屋が汚い人って結構いるんだよ」
女「そ、そうなのかな……」
百合「当たり前って言われていることを当たり前に出来る人ってそれだけでもすごいんだよ」
女「うーん……」
百合「それからね。私の授業をちゃんと真面目に聞いてくれる所とか。今みたいに照れてる姿が可愛い所とか……」
女「そ、そんな///」
百合「ふふ」
な、なんだか恥ずかしい……。
それに――ちょっとドキドキする。
百合「あとね。さっき女ちゃんは流行に敏感なのが良い所って言ったでしょ?」
女「う、うん」
百合「それって裏を返せば『自分の世界を持ってない、ただのミーハー』とも言えるよね?」
女「えっ」
百合「だからさ。物事っていうのは捉えようなんだよ。真面目な事を褒める人もいるし、けなす人もいる。全部が全部そうだとは言えないけれど、誰かの好き嫌いで物の良し悪しが決まっちゃったりすることが多いんじゃないかな」
女「……」
百合「価値観の違いっていうのは難しいよね。人間関係でこればっかりはどうしようもないなって思う時はあるよ」
このとき一瞬だけ百合さんが悲しそうな顔をした気がする。
でも、またすぐ笑顔に戻って。
百合「女ちゃんはね。少し自己肯定が上手く出来ていないだけ。女ちゃんは自分自身が思っているよりもずっと魅力的な女の子なんだよ」
女「そ、そんな……」
百合「誰がどう思っているのかは知らないよ。でも私はそう思っているから。私はね、もっと女ちゃんと仲良くなりたいなって思ってる」
女「///」
百合「そうやってすぐに赤くなっちゃうのも良い所」
女「も、もう!!」
百合「ふふ、可愛い♪」
ちょっと怒ったフリをしてみるけれど、本当はすごく嬉しかった。
こんな風に私のことを認めてくれた人は家族以外で今までいなかったから。
たまに両親に褒められた時も、親バカだからそんなことが言えるんだって思っていた。
えへへ。
百合さんにそう言ってもらえて、ちょっとだけ自分のことが好きになれるかも。
でも百合さんのことは、もっと好きになれそう。
この時にそう思ったのだった。
***
そんな訳で、話は最初に戻って……。
女「それにしても、百合さんの授業って丁寧だね」
百合「そう?何だか照れるなあ」
女「百合さんって、やっぱり頭良いんだよね?羨ましいな」
百合「そんなことないよー。高校時代も特別成績が良かったわけじゃないし……」
女「……あんまり謙遜しないでほしいな」
百合「ふふ、ありがとう。でも、頭が良いわけじゃないのは本当だよ」
そう言って彼女は1冊のノートを取り出した。
ノートの中身は、これまで私が解いてきた問題と同じもの。
女「え、これって……」
百合「そう。授業をする前に予習してるんだ」
しかも、ただ問題を解いてあるんじゃなくて、「ここが難しい」「パターンを暗記」のように、小さなコメントが散りばめられていた。
これ、すっごく時間かかっているよね……。
私なんかのために……こんなの割に合わないよ。
女「百合さん、こんなことまでやってくれていたんだ……」
百合「あ!全然気にしないで!私がやりたくてやっていることだから」
彼女はちょっと慌てた様子で手を左右に振る。
百合「女ちゃんに分かりやすいって思って貰えるのが一番だから」
女「……そんな風に思ってくれていたんだ。すっごく嬉しい。ありがとう、百合さん」
百合「どういたしまして。……そう言ってくれると、私も嬉しいよ」
彼女は元々頭が良いから教え方も上手なんだって考えてた。
でも本当は陰で努力してたんだ。
しかもそれは私を思いやってのことで。
すごく嬉しい……。
感謝の気持ちでいっぱい。
――でも、それだけじゃなくて。
何故か胸がきゅっと締め付けられるような感じ。
女「……」
百合「なにか考え事?」
女「えっ、いやっ何でもないよ!」
何でもない。
多分気のせい。
私が心を開くことの出来る数少ない大切な人。
そんな百合さんの優しさにまた触れた瞬間だった。
***
ただ家と学校を往復するだけだった日々に、百合さんという存在が加わって以来。
白黒の生活に少しだけ色が塗られたように思えた。
もちろん勉強そのものは楽しいってわけじゃなかったけれど。
でも、彼女の優しくて真っ直ぐな人柄に接しているだけで、こっちも何だか気持ちが明るくなるような気がする。
女「私も、百合さんみたいにもっと社交的になれたらいいのに……」
百合「そんなに社交的かな?」
女「うん、私はそう思ってるよ」
コミュニケーション能力がある人って、百合さんのような人のことをいうんだろうな。
表情や口調がとっても明るいし、一緒に過ごしていて楽しいなって感じる。
それに、こんな私と仲良くしてくれたぐらいだから。
女「百合さんって友達多そうだよね」
何気なく発した言葉。
百合「え……。そうかな?」
彼女の顔が少しこわばる。
もしかして……触れちゃいけない話題だった?
女「だって……百合さんは本当に素敵な人だから……。慕っている人もたくさんいるだろうなって思って」
百合「そっか。女ちゃん、ありがとう」
百合さんの乾いた笑顔。
やっぱり反応がおかしい……。
百合「そう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね……」
百合「私――大学に友達いないんだ」
女「え……?」
百合「引いちゃった、かな?」
女「……ううん、そんなことないよ」
引いたりなんかしない。
私だって、高校に仲のいい友達なんていない。
ただ――あまりにも意外だっただけ。
百合「女ちゃん、お話聞いてくれる?」
女「……うん。話して」
百合「私ね、大学でテニスサークルに入ってたんだ。入学式の時に仲良くなった子に誘われて」
百合「テニスなんてやったことがなかったから不安だったけど、初心者歓迎ってことで覗いてみて。そうしたら周りの人がすごく親切にしてくれて。だから、ここに入ろうって決めたんだ」
彼女は淡々と話していく。
百合「練習が終わった後にみんなでご飯を食べに行ったり。休みの日に色んな所へ出かけたり。そこには私の知らない世界がいっぱい広がっていて。ちょっと悪ノリが過ぎることはあったけど、先輩や同級生も優しくしてくれて本当に楽しかった」
百合「それでね。私にすっごく親切にしてくれる先輩がいて。よく話しかけてくれるだけじゃなくて、食事に誘ってくれたりメールのやりとりもしていたんだけど。その人にある日、『良かったら家に遊びに来ない?』って誘われたんだ」
百合「私は純粋に尊敬出来るサークルの先輩として慕っていて。でも、先輩は私と付き合うために――いや、もっと言うと『身体目当て』だったんだよ」
女「えっ……」
百合「大学に入学したての時はそういうのよく分からなかったからさ。サークルで新入生に近づいて――食べるっていうこと。……嫌な表現だよね」
女「うん……」
百合「多分、身体を許した女の子は何人かいたんじゃないかなって思う。――話を戻すとね。先輩の家で『そういう雰囲気』になったんだよ。でも、私はそんな関係を望んでいなかったから拒んだんだ」
百合「先輩があまりにしつこくて。言いたくなかったけれど、私はある秘密を打ち明けたんだ」
ひと呼吸置いて――そして彼女が小さく声を発して。
百合「私、同性愛者なの」
少しだけ時間が過ぎて。
百合「……驚かないの?」
女「うん。……どうして?」
百合「いや……何でもないよ」
彼女は話を続ける。
でも、少しだけ元気が戻った気がして。
百合「先輩は、『レズかよ』って呟いて。それから態度がすごく冷たくなって、結局私はそのまま家に帰ったんだ」
百合「しばらく経つと、サークルでは私が同性愛者だって話が広まっていて」
百合「男の人は、『あいつはレズだから付き合えない』『ヤれない』って。女の人からは、『襲われる』『怖い』『気持ち悪い』って見られて。やっぱり、同性愛者なんて公言しなきゃ良かったって思った」
女「ひどい……」
百合「今だから言えるけど、あれは『出会い目的のサークル』だったみたい。さっきも話したように。もちろん男の人だけじゃなくて、女の人も自分の相手を見つけるための」
女「百合さんは悪くないよ」
百合「ふふ、ありがとう。でも、大学生活に浮かれていて何も考えていなかった私が悪いんだよ」
女「そんな……」
百合「私を誘ってくれた友達もそこで彼氏を作っていてね。彼女はサークルを離れて孤立した私としばらくは一緒に居てくれたんだけど。でも、そんな私と一緒にいるのが分かったらサークルに居づらくなるでしょ。だから、その娘は最後に彼氏とサークルの方をとっちゃった」
彼女は私の方を見つめて。
百合「それで、今は大学でひとりぼっち。もう他では仲のいいグループも出来ちゃってるし、改めてお友達を作るのも大変だから。何か機会があるまではこのままかな」
女「……そっか」
百合「でもね。こうして私の話を真剣に聞いてくれる人がいて本当に嬉しいよ。大学のことや同性愛のことを誰かに吐き出すのは、女ちゃんが初めてだよ。――女ちゃんに相談して良かった」
私に向かって百合さんは笑顔を作る。
でも、普段の笑顔とは違って少しぎこちない表情。
女「百合さん……」
百合さんの姿がいつもよりも小さく見えて。
百合「あっ」
自分でもどうしてかは分からないけれど、彼女の身体をそっと抱き締めたくなった。
百合「女ちゃん……ありがとう」
私に身体を預けてくれた百合さんはそう呟く。
百合「こんなに優しくしてくれるのは、女ちゃんだけだよ……」
私だけ……。
私が、百合さんの――特別?
百合「女ちゃん……」
なんだろう。
また、胸がドキドキする。
百合「しばらく、こうしていてもいい?」
女「うん……」
どうしてなのかな……。
私も、もっと彼女のことを抱き締めていたい。
百合「ありがとう……」
そして。
私達は何も言わずに、しばらくの間ただ抱き合っているのだった。
***
女「逢いたいな……」
家でお風呂に入りながら、ふと口にした言葉。
女「あ……///」
自分の声がお風呂場に反響する。
女「はぁ……。また言ってるよ……」
ここ最近ずっと、百合さんのことばかり考えてしまう。
私に対して、ここまで親しげに接してくれたのは彼女だけ。
だからこれまでもよく百合さんとの出来事を思い出したりはしていたけれど。
彼女が私を信頼してるって言ってくれて。
私にだけ、彼女の本当の姿を見せてくれて。
――あの日以来、毎日百合さんのことを考えてしまっていて。
女「……」
小説を読んでいる時も、寝付けなくて布団の中でボーっとしている時も、百合さんのことを考えてしまっている。
そう言えば。
初めの頃に比べて、百合さんと随分と距離が近くなっている気がする。
授業中お互いの肩が触れ合ってしまうくらいに……。
この前なんて答え合わせの間にずっと身体が密着していて、百合さんの言葉が頭の中に入っていかなかった。
そのことを思い出すだけで、ドキドキした気持ちが止まらない。
女「やっぱり。恋、なのかな」
もしかしたら、本当はずっと前から恋をしていたのかもしれない。
今まで、百合さんからは恋愛の話なんて聞かなかったから意識していなかっただけで……。
自分が恋をしているなんて認めたくなかった。
出来るだけ考えないようにって思っているのに。
それなのに、どうしても彼女のことが頭から離れない。
百合さんのことを考えると、胸がキューっと締め付けられる。
きっと何でもないような人相手に、こんな感情は抱かないはず。
思うと、同性愛の告白が恋愛に関する最初の話題だった。
私自身は同性愛者を差別しないし、自分自信がどうなのかはあんまり考えてはこなかった。
けれども百合さんからその話を聞かされて、彼女と恋人になる見込みっていうのが生まれたから、抑えられていた気持ちが大きくなってきてしまったのかも、なんて。
うん。それは考え過ぎだよね。
今までみんな当たり前のように恋をしていることが理解できなかった。
テレビでも、小説でも、歌詞の中でも、インターネットでも。恋の話ばっかり。
そんなに恋愛って大切なの?どうして恋の話ばかりしてるの?って。
それに自分が恋をしたって振り向いてくれる相手もいるわけないから、そんなことにエネルギーを使いたくないって。
でも、今は周りの人達の気持ちがとってもよく分かる。
なんにも手が付かなくなるぐらい、あの人に恋をしている。
百合さんの特別になりたいって思ってる。
恋愛なんて遠い目で見ていたはずなのに、いざ自分がおんなじ立場に立ってみると、本当に情けないくらい、恋に――百合さんに夢中だった。
***
百合「……で、ここは0になる時とそうでない時で場合分けしなくちゃいけないんだけど、分かった?」
今日は百合さんが家庭教師で来てくれる日。
勉強をするのが目的なのに、前の日からずっと楽しみで。
女「うん……///」
百合「顔、赤いけど大丈夫?」
女「だ、大丈夫っ///」
百合さんが私の顔をのぞき込んでくる。
本当は全然大丈夫なんかじゃない。
大好きな人が、こんなにも近くにいるのだから。
「今、何をしているのかな」とか、「今日はこんなこと言ってたな」とか、毎日そんなことを考えるだけじゃなくて。
最近は「好き」っていう想いが抑えられなくなってきていて。
好きって伝えたい。
でも、百合さんに受け入れて貰えなかったらって考えると、そんなことは出来そうになかった。
ねえ。
百合さんは私のことをどう思っているの?
百合「熱でもあるのかと思って心配しちゃったけど、大丈夫そうで良かった」
女「う、うん///」
勉強を教えてもらっている時に距離が近かったり……今みたいな気遣いの言葉だったり、そんな些細な事で「もしかしたら百合さんも私のことを好きだったりして」なんて淡い期待を抱いてしまう。
そう、私の勝手な期待。
決して考えたくはないけれど。
こんなに好きで好きでたまらないのに、報われないことだってあるんだよね。
勉強が終わった後、いつもの様に百合さんとおしゃべりする。
いつの間にか、百合さんとは恋の話もするようになった。
百合さんはどんな恋がしたいのか、時々密かに探りを入れたりして。
でも前まではこんな話をしなかったんだし、もしかして変に思われたりしてないかなっていうのが少し不安だけど……。
もっと彼女と一緒に過ごしたい。
次に会えるのは3日後……。
百合「あ、もうこんな時間。ごめんね、長いこと話し込んじゃって」
女「ううん。全然気にしないで」
百合「私ね、女ちゃんとずっとお話出来たらなって思っちゃう」
そんな風に言われたら――やっぱり期待しちゃうよ。
女「……私もそう思ってるよ。百合さんとおしゃべりするの、好きだから」
百合「ふふ、そっかぁ。嬉しいな」
彼女が少しだけ私に寄りかかってくる。
女「あ///」
恋心なんてつまらないもの捨ててしまったらいい。
期待なんかしても裏切られるだけ。
私なんかよりも、魅力的な人はいっぱいいる。
そう考えた方が、後で傷付くことはないから。
百合「……女ちゃん」
女「~~///」
あ、あんまり私のことを見つめないで欲しいな……。
恥ずかしくてたまらない……。
この時百合さんの顔がちょっぴり赤く染まって見えたのは、きっと気のせい。
そう考えることが出来たら、楽なのに。
恋をしている時って。
毎日がすっごく楽しくて、ワクワクして。
でもそれと同じぐらい、毎日がすっごく辛くて、切なくて、苦しいよ……。
百合さんに「好き」って言ってもらいたい。
抱き締められながら「愛してる」って囁いてもらいたい。
キス、してみたい。
苦しくてたまらない。
百合さん。
好きだよ……。
百合「女ちゃんとお出かけしてみたいな」
ふと百合さんが呟いた。
女「え?」
百合「あのさ。もし良かったら、今度の日曜にドライブ行かない?」
女「ドライブ?」
百合「うん。気ままに色んな所を回っていけたらなあって」
女「へえ……」
百合「……もしかして、私の運転が心配?」
女「そ、そんなことないよ!」
そういうわけじゃない。
地方都市に暮らしている私達にとって車は必要不可欠だし、百合さんも日常的に運転をしているんだろうなとは思う。
ただ、彼女からドライブに誘って貰えたって出来事に、頭が追いつかなかっただけ。
百合「ほんとに~?」
女「ホントだよ!」
百合「あはは!ごめんごめん」
彼女はいたずらっぽく笑ってみせる。
そんな風に笑う百合さんも、好き。
百合「……それで、日曜は都合がつくかな?」
あっ、すっかり返事を忘れてた。
女「うん、大丈夫。……楽しみにしてるね」
百合「良かった!私もすっごく楽しみにしてる!」
そう話す百合さんはとても嬉しそうで。
私の方はと言うと。
心の中で「早く日曜が来ないかな」なんて指折り日数を数えて、ワクワクした気持ちを抑えきれないでいた。
***
待ちに待った日曜日が来て。
百合さんは私を家まで迎えに来てくれた。
百合「おはよう!」
女「おはよう。百合さん、今日は誘ってくれてありがとう」
百合「ううん、全然大したことないよ。あ、女ちゃん……」
彼女は私の胸元を見て。
百合「そのペンダント、可愛いね」
にっこり笑いながら、そう言ってくれた。
女「……えへへ、ありがとう」
昨日買いに行ったペンダント。
ファッションなんてあまり詳しくないけれど、私だって今日ぐらいはおしゃれをしたかったから。
店員さんに相談して選んで貰った小さなアクセサリー。
気付いてくれたんだ。
すごく嬉しい。
玄関を出て車に乗り込む。
こうやって隣り合っていること自体は家庭教師の時と変わらないような気がするけれど。
でも、車を運転している百合さんは普段より少しかっこ良く見えた。
2人っきりで過ごす時間がとても幸せ。
百合「一昨日の講義でさ……」
彼女とたくさんお話出来るのが幸せ。
百合「あ、ここね。この間テレビで映ってたんだよー」
女「へえー」
色んなことを教えてもらえるのが幸せ。
百合「このお店のお蕎麦、評判通りすごく美味しいね!」
女「うん!」
ちょっとした喜びを共有出来るのが幸せ。
全部全部。
私にとって幸せな出来事。
たとえ想いが伝えられなくても。
一緒にいられるだけで幸せなんだって、自分にそう言い聞かせてきたけれど。
これで彼女と両想いだったら、なんて望むのは――やっぱり贅沢なのかな?
百合「最後にとっておきの場所があるんだ」
彼女はそう言って車を走らせる。
時刻はもう夕方になっていて、空が赤く染まり始めている。
しばらく乗っていると。
女「あ、海!」
百合「ふふ、隣の県まで来ちゃったけどね」
そっか。
結構遠くまで来たんだ。
百合「大丈夫。お家の人にはちょっと遅くなりますって連絡してあるから」
女「あ、ありがとう」
百合さん、そこまで気を遣ってくれてるんだ。
駐車場に車を停めて外に出る。
百合「もうちょっと海の方まで行ってみよう?」
彼女に手を握られる。
嬉しさを隠しながら、私も百合さんの手を同じように握り返して。
そのまま並んで海に向かって歩き出していく。
百合「ここからだと海に沈む夕日が見られるんだよ」
しばらく歩いた後。
立ち止まった彼女が指を指すその先には、水平線上に浮かぶ真っ赤な夕日。
女「綺麗……」
百合「そうだね……」
百合さんに後ろからギュッと抱き締められて。
彼女の甘い香りや柔らかい感触が伝わってくる。
女「///」
このまま――時間が止まってしまえばいいのに。
百合「時間が止まっちゃえばいいのにね」
え?
女「百合さん……」
百合「どうしたの?」
女「……私もおんなじこと考えてた」
百合「そっか……ふふ」
その後、無言で立ち尽くしていた私達。
周りには誰もいなくて、2人だけの世界にゆっくりと浸っていた。
私達が――恋人同士だったら良かったのにな。
好きな人と一緒に居られるのは、もちろん幸せなこと。
今日一日だけでも、そんな幸せを実感出来て。
でも「それだけ」で満足しようなんて、自分に言い聞かせたって。
恋なんて無かったんだって思ったって。
これ以上は辛いだけだから。
虚しい、だけだから……。
女「っ……う……」
ダメ――こんな所で、泣いたら。
せっかくいい雰囲気になっているのに……。
百合さんが……私のために用意してくれたのに……。
百合「女ちゃん、大丈夫?」
彼女の問いかけに対して首を縦に振るけれども。
涙はどんどん溢れてきてしまって。
やっぱり私って、ダメな奴だ……。
百合「どうかした?何かあったら、私に吐き出して」
百合さんはそう言う。
私が一番想いを聞いてもらいたい人。
そして。
一番想いを聞かれてはいけない人。
どうせなら。
いっそめちゃくちゃにしてしまいたい……。
百合「ね、女ちゃん」
こんな時に泣いてしまう面倒な私に優しくしてくれる百合さん。
やっぱり――私には百合さんしかいなくて。
どうしても、彼女のことが大好きで。
女「ギュッて……して」
臆病な私に出来る精一杯のお願い。
仲のいい家庭教師と教え子。
それ以上でも以下でもない。
――そんな関係を壊してしまいたいなんて衝動に襲われるけれど。
結局のところは何も出来ないのが「私」っていう人間。
百合「うん」
そんな私のことを、優しく抱き締めてくれる百合さん。
このあたたかさに甘えてしまいそうで。
……ううん、今はちょっとだけ甘えてしまいたい。
百合さん……。
***
百合「女ちゃん。……大事な話があるんだ」
しばらく抱き締められていると、不意に百合さんが口を開いた。
女「大事な……話?」
百合「そう、すっごく大事な話。ドライブの最後にここへ来てもらったのも、本当はその話をするためなんだ。何も無いとずっと逃げてしまいそうだから、夕日が沈んでしまう前に話そうって決めていて。……でもね」
彼女はちょっと言葉を詰まらせる。
百合「すっごく……怖いんだ。だから、女ちゃんに勇気を分けてもらいたいなって思って」
女「それって、悪い話?」
百合「どうだろう……」
彼女はそう言ってはぐらかす。
そんな風に言われるとこっちも少し怖くなってくる……。
でも。
きっと、本当に大事な話だろうから。
女「……聞かせて」
そう言って彼女の正面に立つ。
これで――背中を押してあげられたかな。
すぅっ。
はぁーっ。
百合さんが深呼吸をしたのが分かった。
百合「あのね。私――女ちゃんのことが、好き」
――え?
女「そんな……ほんとうに?」
百合「うん。……本当だよ」
百合さんは。
私の目を見つめて、その想いを伝えてくれた。
百合「初めはね、すっごく悩んだんだ。自分は恋なんてするべきじゃない、とか。教え子相手に、とか。それに、たとえ女ちゃんが同性愛に偏見を持ってないとしても『女ちゃん自身』は同性同士の交際を受け入れてくれるのか、とか」
女「うん……」
百合「でも。私の相談にも真剣に耳を傾けてくれたり、楽しそうにお話してくれたり。やっぱり私には女ちゃんしかいないって、そう思ったんだ」
まだ。
頭の中、うまく整理できない。
百合「恋なんてもうしたくないって思っていたのに。女ちゃんが同性愛に理解を示してくれたからって、そんな甘い期待をよせちゃ駄目だって、考えていたのに」
女「……」
百合「女ちゃんのことがどうしようもなく好きになっていて……」
女「…………///」
百合「女ちゃんと一緒に居る時も。そうでない時も。ずっと胸が苦しかった。女ちゃんも私のことが好きだったら、どんなに嬉しいだろうっていつも考えてた。少しずつだけど、二人の距離を縮めていけたらなって思って過ごしていたんだよ?」
百合さん、少し涙目になってる……。
百合「女ちゃん……。私と、お付き合いしてくれますか?」
女「……」
百合「……」
彼女は私のことをじっと見つめて、私の返事を待ってくれている。
「期待したくない」って、自分が傷付いたりしないように防衛線を張っていたけれど。
もう、そんな必要も無いんだよね?
百合さんに、自分の気持ちを思いっきり伝えてもいいんだよね?
女「私も――ずっと百合さんのことが好きだった。すっごく嬉しいよ……」
好きで好きで。
毎日百合さんのことを考えていたとか。
ずっとドキドキしていたとか。
いっぱい伝えたいことはあるけれど。
上手く言葉にならなくて。
だから、私には彼女に抱きつくことしか思いつかなかった。
照れ隠しも含めたちょっとずるい手。
百合「すっごく嬉しい。――絶対に、大切にするから」
彼女は私の身体も想いもしっかりと受け止めてくれて。
百合「大好き」
耳元でもう一度「好き」って言ってくれた。
私は百合さんのことが大好きで。
百合さんも、私のことが大好きっていうこと。
そんな奇跡のような出来事も。
こうやって抱き締められていると、段々実感が湧いてくる。
女「っ……」
嬉しさで、また思わず涙が溢れてきて。
私ってこんなに泣き虫な人間じゃなかったはずなのに。
泣いているのを悟られたくなかったから、彼女の胸に顔を埋めるけれど――肩の震えや、ずっと伏せたままの顔で、全部知られているんだろうな。
百合「女ちゃん……大好きだよ」
そう言って、百合さんは私の背中をずっと撫で続けてくれた。
***
百合「ねえ……女ちゃん」
私が泣き止んで落ち着いた後に、百合さんが話しかけてきた。
目が腫れてないかなってちょっと心配しながら百合さんに顔を向ける。
百合「あの……えっと、その」
彼女は言葉を詰まらせるけれど、その視線は私の唇に注がれていて……。
――そっか。
そういうこと///
もし百合さんの告白が無かったら、このまま2人の関係は終わっていたかもしれない。
臆病な私に、想いを伝えるなんてこと、出来なかったかもしれない。
百合さんは勇気を振り絞って告白をしてくれて。
――だから、今度は私が勇気を出す番。
女「百合さん。目、つむって?」
そう言うと彼女は全てを理解してくれたようで、ゆっくりと目を閉じた。
上手く、出来るかな?
だ、誰でも初めての時はあるんだし。
大丈夫、だよね?
私も目を閉じて、鼻が当たらないように少し顔を傾けて。
――そして、唇にそっと触れた。
百合「んっ」
女「んっ」
唇の感触に思わずうっとりする。
私達、キスしてるんだ。
恋人同士でしか出来ない、とても特別な行為。
百合さんの唇、すごく柔らかい……。
私の唇も同じように、柔らかいって感じてもらえているのかな……。
女「はぁ……」
唇をゆっくり離していって、大きく息を吐く。
好きな人とのキス……ひとりで想像していたものよりも、ずっと心が満たされる。
百合「大好き」
百合さんはまた私のことをギュッと抱き締めてくれて。
抱き合いながら、2人でこの幸せの余韻に浸っていた。
百合さん。
本当に大好きだよ。
***
次の日。
いつものように百合さんが家のインターホンを鳴らすのが聞こえた。
百合「こんにちは」
女「……こんにちは」
百合「……///」
女「……///」
玄関でお互い照れながら動けない。
両想いだって分かったのに――逆に何だか気まずい雰囲気。
女「と、とりあえず……あがって?」
百合「ご、ごめん!それじゃあ失礼します!」
しばらく二人してあたふたしていたけれど。
百合「……いつも通りでいこっか」
女「……そうだね」
うん。
変に意識するよりも、きっとその方が自然だし楽だよね。
そして。
いつもと変わらないように、宿題を見てもらったり、課題を解いて答え合わせをしたりしていった。
百合「……うん、オッケー。じゃあ今日の目標は終わり。お疲れ様!」
女「ありがとうございました」
これまでと少し違うドキドキはあったけれど、普段通りに終わることが出来て良かった。
百合「……女ちゃん」
女「あ……」
隣にいた百合さんの手が私の手に重ねられて、思わず心臓が高鳴る。
百合「ふふ――大好き」
女「私も……///」
重ねていた手に指を絡ませていって。
百合さんと――繋がっているんだって感じられる。
女「百合さん……」
百合さんの肩に寄り掛かる。
そうすると、百合さんは耳元で、
百合「愛してる」
ってささやいてくれた。
女「百合さん……。あの……」
ソワソワするような、とても切ない気持ちに襲われて百合さんを見つめる。
百合「ふふ、女ちゃん――目、つむって?」
女「うん。……んっ」
百合「んっ」
手を握り合ったまま、キスを交わす。
百合さん。
私、本当に幸せだよ。
今まで感じたことがないぐらいに。
とっても……。
キスが終わって百合さんの身体をギュッと抱き締めると、彼女も無言で抱き締め返してくれた。
今度の3連休は、百合さんと一緒に何か出来るかな?
なんでも構わない。
大好きな人と一緒なら……。
女「好き……」
百合「うん……私も大好きだよ」
女「えへへ」
その後は、ちょっと百合さんに甘えてみたり。
また、軽くキスを交わしてみたり。
その度に百合さんと両想いなんだって感じられる。
2人っきりで。
ずっとずっとこんな幸せが続けばいいなって、そう思った。
***
百合さんとお付き合いを始めて数週間が経ったある日。
家族でテレビを見ていると、ニュースで同性愛が取り上げられていた。
女性同士が結婚式を挙げている映像。
女「あ……」
途端に鼓動がはやくなる。
私達が先生と生徒っていうこともあって、もちろん百合さんと付き合っていることは話していない。
母「気持ち悪い」
ふと放ったお母さんの一言。
え……?
気持ち――悪い?
女「っ……気持ち悪いって、どういうこと?」
思わず叫んでしまいそうなのを抑えて聞き返した。
母「だって普通じゃないからねぇ。生理的にちょっと受け付けないかな」
女「……」
母「女は平気なの?」
女「わ、私は気持ち悪いとか……そんなことないよ……」
母「まあそう思うのも否定はしないよ。でも、女が同性愛者じゃ無くて良かった、とは思ってる」
女「そ、そうなんだ……」
母「単純に嫌っていうのもあるし、将来そんなことで色々苦労してほしくはないから。誰かと結婚して、普通の生活を送る方が絶対にいいよ」
女「そう……」
母「あ、今夜何か食べたいものある?」
女「いらない……」
母「え?あ、ちょっと!」
後ろからお母さんが呼び止める。
私はその声を無視して、リビングから自分の部屋に歩いていった。
何もする気が起こらなくて、ベッドの上でボーっと横になる。
女「……」
同性愛が社会から受け入れられていないことなんて分かっていたつもりだった。
でも、私達の関係を直接では無いにせよ。
こうやって否定されたのは初めてで。
女「百合さん……」
確かに、同性愛をどのように捉えるかは個人の勝手。
ただ、ずっと信頼していた家族には理解をしてもらいたかった。
それに、百合さんは未来の家族になるかもしれないから。
ねえ。
どうすればいいの?
百合さん……。
***
次の日、百合さんは私の部屋へやって来てくれた。
百合「女ちゃん……。メールに相談したいことがあるって書いてたけど、どうかしたの?」
女「うん、あのね……」
心配そうに尋ねてくる百合さん。
私は一昨日あった出来事や、自分の思いを彼女に話した。
百合さん「……そっか」
今まで見たことないほどの悲しげな顔。
しばらく考え込んだ後、百合さんが口を開いた。
百合「やっぱり……こうなっちゃうのかな」
女「百合さん……」
百合「自分が同性愛者って早いうちから自覚していたからさ。こういうことは覚悟していたよ。ネットなんかで同じ立場の人の話を見ていると結構多いんだ。社会や、世間体には勝てないって書き込み」
百合「ずっと女の人としか付き合ってこなかったっていう人でも、親に迫られたり子どもが欲しかったり。それで男の人と結婚すること、よくあるんだよ」
百合「ふふ。……覚悟していた……つもりだったんだけどなぁ」
彼女は力なく笑う。
でも私はただ彼女を抱き締めることしか出来なくて。
百合「心から大好きって思える人に出会えて。その人も私のことを大好きって言ってくれて。それなのに……」
抱き合いながら百合さんは呟いた。
百合「やっぱり、そうなんだ。悲しいね……みんなに祝福して貰えないカップルだなんて」
現実を知っている百合さんの方が、これまで何も分かってなかった私よりもずっと辛いんだろうな。
でも、こんな寂しそうな姿。見たくないよ……。
百合「私、やっぱり誰かを好きになることも、許されないのかな……?」
女「……」
百合「もし――女ちゃんが同性同士で付き合うのが、本当に辛くて、我慢出来ないって時が来たら。その時は、大丈夫だから」
女「それって」
百合「うん……。別れる。女ちゃんの人生は女ちゃんのものだから」
そんなの全然大丈夫じゃないよ。
嫌っ。考えられない。
女「百合さん……」
百合「女ちゃん―――んぅ……」
どうしても気持ちが抑えられなくなって、衝動的に百合さんへキスをする。
いきなりのことだったはずなのに、彼女は拒みもせずそれを受け入れてくれる。
恋人と唇を合わせる――たったそれだけの行為で、心の隙間が埋められていく気がした。
キスが終わって百合さんの顔を見つめる。
女「もっと……」
全然足りない。
そんな風に思ったことなんてこれまで無かったのに。
百合「んっ……んっ」
女「んっ……んぅ」
いつものような短いキスじゃない。
満たされない心を満たすために、長い口付けを何度も繰り返す。
女「っはぁ……もっと……」
百合さんの目を見ながらキスをねだる。
自分でも信じられないぐらい甘い声で。
百合「んっ……ふっ」
女「んっ……んん……」
百合さんも次第に私のことを求めてくれて。
時々漏れる声が何だか艶かしくて。
顔が――全身が熱くなっていくのを感じる。
百合「んっ……はむ」
女「んぅっ」
百合さんが私の上唇を挟み込むようにキスをしてくる。
こんな風にされたの、今までになくて――身体がゾクリと震えた。
女「んっ、んっ」
優しく唇をはまれて、舌先で舐められて、頭が溶けそうになる。
百合さんの目……とろんとしてる。
私とキスをして、興奮してくれているんだ……。
甘いキスに力が抜けてしまって。
だらしなく半開きになってしまった口に、百合さんの舌が入ってくる。
百合「ん……んむ」
女「んっ、……んんっ」
これって――大人のキス、だよね?
貪るように相手の唇を求めて、舌も絡め合って……。
百合「んん……れろ……」
女「んんっ……ふっ……んっ」
相手の背中に腕を回して、深いキスを繰り返す。
まだ足りない……。
もっと欲しい……。
百合「んっ……はぁっ、はぁっ」
女「っ、はぁっ、はぁっ」
呼吸が苦しくなるほどキスを続けているのに気付いて。
息継ぎをするために唇を離した。
百合「女ちゃん……」
女「あ……」
肩に乗せられていた彼女の手に力が入って、ベッドに押し倒された。
百合「んっ……ふっ」
女「んっ、んっ!」
押し倒されたまま、百合さんに唇を奪われる。
彼女の両手は私の手首を掴んでいて、それが余計に私をゾクゾクさせる。
……キスよりもっと先の――そういうことをする雰囲気だって言うのは、私にでも分かった。
女「んっ……ぁ……んん」
私の手首を握る百合さんの手。
あの綺麗な手に愛撫されたら、どうなってしまうんだろう。
でも、百合さんが相手なら……。
百合「ぷはっ……はぁ……はぁ……」
女「はぁ……はぁ……」
百合「……ごめんね」
そう言って百合さんは私のことをギュッと抱き締めた。
女「え……」
唐突に流れが中断されて戸惑ってしまう。
どうして?
百合「女ちゃんに、ひどいことする所だった」
女「……そんなことないよ」
だって――相手が百合さんだから。
百合さんは、私が傷付くような求め方をしないって、思っているから。
百合「ううん。……きっとこのまま進んじゃうと、女ちゃんが壊れそうなぐらい求めてしまうと思う」
彼女は少しだけ落ち着いた声で話を続ける。
百合「それにね。やっぱり……安易に身体を求めちゃいけないって思うんだ。……襲ってしまいそうになった私が偉そうなことは言えないけれど」
女「百合さん……」
百合「私と女ちゃんは先生と生徒だからっていうのも確かにあるよ。でも、一番は――もっと女ちゃんのことを大切にしたいから」
女「大切に……」
百合「うん。今はまだ、このままの関係でいたいなって思うんだ。心のはずみで求め合う、なんていうのじゃなくて……」
彼女はそこで言葉を切った。
自分の身体に特別自信があるわけでもなかったから。
百合さんは求めてくれないのかなって不安になってしまいそうになったけれど、彼女はこんな風に話してくれて。
大切にしたいっていう気持ち、すごく嬉しかった。
確かに今の行動はお互い衝動的なものだったから。
寂しさを埋め合わせるかのように、求め合ってしまいそうだったから。
きっと、焦る必要なんて無いよね?
女「百合さん――好きだよ」
百合「私も、好き」
言葉で、抱き締め合って、キスして、お互いに愛を確かめ合う。
今はまだ――これで十分。
***
百合「女ちゃんはさ。女同士で生きていくことをどう思ってる?」
女「え?」
抱き締め合っていた所で、突然の百合さんからの問いかけ。
一体どういうことだろう?
百合「あんまり考えたことは無かったかな?」
彼女はそのまま話していく。
百合「女同士だと、やっぱり世間の目も厳しいしさ。『結婚』は家族になるって意味もあるけど。でもそれだけじゃなくて、税金とか手当とかで色々優遇されたりするんだよ」
女「そうなんだ……」
百合「それに……。女だとお給料が男の人と比べて低かったり、昇進が遅かったりする会社も昔よくあったみたいだし。今はもうだいぶ減ってきているらしいけどね」
女「……」
百合「だから、先のことを考えると私はもっともっと頑張らなくちゃって思ってる。社会に負けないように……」
甘ったれた私と違って、百合さんはもっと将来を見据えていて。
将来のことなんて真剣に考えたことなかった。
ただ何となく過ごして。
根拠なんて無いのに、それで上手くやっていけると思っていた。
百合「大丈夫だよ。女ちゃんは心配しないで。私が何とかするから」
そう言って彼女は笑うけれど、そんなの絶対ダメだ。
私も――もっと頑張らなくちゃいけないって。
女「百合さん。……私、大学受けようかな」
百合「えっ」
女「百合さんと同じ大学。ここからだったら通うのも近いし、いい場所だなって」
百合「確かにそうだけど……。女ちゃん、本気?」
女「うん。……私も何かひとつ頑張ろうって思ったんだ。百合さんの話を聞いて」
百合「急だから驚いちゃった。女ちゃんが後輩になってくれたらすっごく嬉しいよ!」
女「ありがとう。私も百合さんと同じ学校に通えたらすごく嬉しいよ。……でも、それだけじゃなくて。私も将来のことを考えてもっと勉強してみたいなって思ったんだ」
百合「女ちゃん……」
女「将来のこと――百合さんと一緒に過ごすことを考えて」
私が話し終わると百合さんは私のことをギュッと抱き締めてくれた。
女「あっ」
百合「女ちゃんがそこまで考えてくれていて嬉しい……。やっぱり私、女ちゃんの恋人で良かった」
女「きっかけをくれたのは百合さんだよ。百合さんが一生懸命なのに私が甘えているのはおかしいよね。だって、私達はパートナーなんだから」
百合「パートナーか。……ふふ。そうだね。……女ちゃん、本気で頑張れる?」
女「頑張る。私達の将来のためだもん」
百合「私も出来る限りサポートするから。2人で――頑張ろう?」
女「うん……。ありがとう、百合さん」
***
その日の夜。
両親に大学を受けたいって告げると喜んでくれた。
今まで無気力に過ごしていた私が、初めて熱意を持って何かに取り組もうとしてるって。
私の高校は進学校でも何でもなくて、4年制大学に行く生徒は少なかった。
家庭教師をつけたっていうのも高校の定期試験を心配されてのものだったし。
進路調査はもちろんあったけど、ずっと私は適当な理由を考えて逃げていたから。
それから毎日教科書や問題集と睨めっこして、百合さんにも沢山お世話になって、頑張って頑張って、頑張ったつもりだったけれど……。
結果は不合格だった。
もっと早いうちから努力してきた人達に勝てるはずは無かった。
百合さんや両親も「頑張ったね」って慰めてくれたけれど。
私、今まで全然頑張ってなかったから。
全然努力してこなかったから。
今回だけ頑張ってもダメだよね。
でも。
私には頑張るための目標があるから。
将来のために、諦めないって決めたから。
だから。
もう一度だけ……チャンスを下さい。
親に浪人したいって話すと反対されてしまった。
「女の子なんだからそこまでしなくてもいい」
「この先誰か男の人を見つけて結婚すればいいから」って。
今どき結婚したら安泰っていう考えもちょっと古いかなと思う。
まだ2人には話せないけれど、私はもっと頑張らなくちゃいけない。
例えば、色んな資格をとったり、大卒で公務員を目指したり。
この先両親に恋人のことをカミングアウトする時、「ちゃんと自立している、大丈夫だよ」って安心して欲しくて。
そのために、もっとたくさん勉強をしたいから。
それに、初めてひとつのことに一生懸命になれたから。
奨学金を借りたりアルバイトでも何でもして学費は返すからって毎日一生懸命説得した結果、そこまで言うならって二人は折れてくれて。
本当に、感謝でいっぱいだった。
色んな事情で浪人どころか進学だって出来ない家庭もあるのに……。
ひとりぼっちがいいとか言いながら、親しい人に頼りっきりで。
両親はずっと甘えっぱなしだった私に、チャンスをくれた。
百合さんも家庭教師を続けてくれるって言ってくれた。
でも、授業料はいらないって。
私も両親も「それはダメ」って言ったけど、百合さんは聞いてくれなかった。
お金の問題じゃなくて、純粋に私のことが心配だからって。
私達家族と百合さんはお互いに譲らなかったけれど、最終的に別の方法で解決することになった。
百合さんの家は夜両親がいないことが多いから、その時は晩ご飯をうちで食べてもらうこと。
最初はこんなのでいいのかなって心配したし、何だか申し訳なかったけれど、おかげで百合さんと私の両親の仲がますます深まったみたいで。
これが私達の関係を打ち明ける時に功を奏してくれたらいいんだけどな……。
浪人生というのは居心地がいいものでは決して無かったけれど、百合さんは毎日私のことを元気付けてくれた。
私にずっと構っていられる余裕なんて無いはずなのに、自分の時間を割いて勉強を教えてくれた。
2人で勉強している間は恋人っていうのをなるべく考えないようにして。
でも勉強が終わった後は、ちょっとだけイチャイチャして。
だから心が折れてしまいそうな時も、「あともう少しだけ」って思って頑張れた。
クリスマスも一緒に勉強した。
去年は百合さんの都合が悪かったから一人で過ごしたけれど、今年は彼女が部屋に来てくれた。
恋人と2人きりとか、そんなの関係なくて。
でも、百合さんが後で小さなケーキを買ってきてくれて、少しだけクリスマス気分を味わうことが出来た。
1年間時間を貰ったおかげで色々考えることが出来て。
初めは百合さんの姿を追いかけるだけだったのが、次第に「自分は何がやりたくて、何がやれるんだろう」って考えるようになった。
そうすると、本当に今までの自分は考えが浅かったなあって痛感した。
それからもっと沢山のことを調べて、
オープンキャンパスなんかにも行って。
最終的に、百合さんとは違う学部を受けることになった。
単語帳はいつの間にかボロボロになってしまっていて。
頭なんて良くないから何度も同じ問題集を繰り返して。
回数を重ねるごとに段々と解ける問題が増えていって。
そうして――私は大学に行けるようになった。
両親や百合さんの「おめでとう」って言葉を聞いた時は思わず泣いてしまった。
みんなにはすごく心配や迷惑をかけちゃったけれど、こんな自分でも何か一つを頑張ることが出来たんだって思えた。
百合「おめでとう!よく頑張ったね」
女「みんなのおかげだよ……。みんなが助けてくれたから、ここまでやってこれた」
だって、一度失敗してもまた立ち上がることが出来たのはみんなのおかげだから。
女「百合さんは私の一番辛い時にずっと側に居てくれたよね。本当にありがとう」
百合「どういたしまして。でも、これからがスタートだよ」
女「うん……」
これから大きく生活が変わっていくんだ。
今まで知らなかった世界。
どんな毎日が待っているんだろう?
百合さんもここしばらくで生活に少し変化があったみたい。
大学でゼミが始まって、何だか前よりも忙しそうにしている。
でも、そこで仲の良いお友達が出来たらしくて。
もちろん私は、百合さんならすぐに誰かと仲良くなれるって信じていたよ。
百合「女ちゃんなら、色んなことを乗り越えられるよ。私が保証する。……それに、辛いことがあっても、私が力になるから」
女「ありがとう。百合さん……大好きだよ……」
百合「私も、女ちゃんのことが大好きだよ」
そう言うと、彼女は私のことを抱き締めてくれた。
こうやって百合さんに抱き締められるの、本当に好き……。
***
百合「ねえ、ずっと前から考えていたんだけど……」
しばらくして、百合さんが私に話しかける。
女「なに?」
百合「一緒にね、旅行に出かけてみない?」
女「旅行?」
百合「せっかく一段落ついた所だし。ちょうどいい機会かなって思って」
確かに今が一番落ち着いている時かも。
女「それって、もしかして泊まりがけ?」
百合「そのつもり。ちょっと遠くにでかけてみたいっていうのもあるし。あと泊まりの方がバタバタしなくていいなって。駄目かな?」
女「ううん、賛成だよ。ゆっくり出来る方が私は好き」
百合「良かった!」
彼女は嬉しそうに声を弾ませる。
百合「じゃあ旅行先についてだけど……女ちゃんは騒がしいのが苦手なんだよね?」
女「うん……、ちょっとね」
あんまり人が多過ぎたりするのは得意じゃないから……。
女「でも私は百合さんに合わせるよ」
百合「私は本当にどっちでも大丈夫だよ。えっと、テーマパークはアレだし……。温泉、とかどう?」
女「温泉かぁ」
温泉なんて家族で小さな頃に一度行ったきり。
うっすらと記憶には残っているけれど……。
女「うん、いいと思う!」
百合「ふふ、実は温泉が一番かなって考えてたんだ。疲れもとれそうだし」
昔は温泉の雰囲気とか身体の疲れをとるとか、そんなのよく分からなかったし……。
今ならもっと楽しめそう。
女「確かに。うん、すごく楽しみになってきたよ」
百合「そうだね!」
――あと。
こんなにドキドキするのは、百合さんと一緒の旅行だから。
***
旅行の段取りはほとんど百合さんに任せてしまった。
もっとも、私に話す前からかなり計画は立ててしまっていたらしいんだけれど。
人気のあるプランはすぐに埋まっちゃうからって、キャンセル料がかからない範囲で先にネット予約もしてくれていたみたいで。
百合さんが出したいくつかの案から、最終的に二人で相談して決めていった。
費用も安く抑えてくれて、百合さんには本当に感謝している。
私の両親は百合さんをすごく信頼していたから、二人だけの旅行にもあっさり了解をしてくれた。
「女の子二人だけだから気を付けなさい」と言われたけれど。
でもそれ以上は何も注意を受けなくて、「楽しんで行ってらっしゃい」と言ってくれた。
***
百合さんが運転する車に揺られて、ホテルに到着。
ホテルのフロントでチェックインをするってだけでワクワクする。
興奮しすぎかな?
部屋に荷物を置いて一段落。
和室だから、畳の匂いが心地いい。
女「百合さん、運転ありがとう。疲れちゃったよね」
百合「そんなに大したことないよ。心配しないで」
何時間も車を運転して、疲れていないはずなんてないのに……。
百合さんは優しすぎるよ……。
百合「そんな顔しないで。……じゃあちょっとだけ休憩して、それからホテルや温泉街を回ってみよう?」
女「……うん!」
百合さんは何でもお見通しなんだね……。
その後ブラブラとホテルの施設を巡ってみた。
室内風呂や露天風呂、卓球台、漫画コーナーと、本当に退屈はしなさそう。
百合さんがふと足を止めた。
百合「そうだ。ねぇ、マッサージ受けてみようよ」
女「マッサージ?」
彼女が指を指した先にはマッサージ施設。
百合「うん。疲れを癒しに来たんだし、いい機会でしょ?」
マッサージかぁ。
受けたことはないけれど、気持ちいいんだろうなあっていうのは分かってるつもり。
女「そっか。うん!いいかもね」
百合「じゃあ行こっ!」
そう言ってマッサージを受けに来てみたけれど。
女「こんなに値段が張るものなの……」
百合「ま、まあこんなものだよ」
10分で1000円……。
こんなにするんだ……。
女「まあ、せっかくだしね」
百合「そうそう。あんまり気にしたらだめだよ」
女「じゃあ……ちょっと贅沢して。これで」
60分のコースを選択して受付を済ませる。
指示された通り、脱衣所で服を脱いでタオルを身体に巻くと部屋に通された。
女性「本日はよろしくお願い致します」
女「は、はい。お願いします」
女性「それではベッドの上にうつ伏せになって下さいね」
マッサージ師さんに言われた通りにする。
店内に流れる小さなBGMが心地いい。
女性「今回使用するオイルはこちらになります」
そう言って彼女はオイルの乗った手を差し出してきた。
女「うわあ。いい香りですね」
女性「ふふ。ありがとうございます。それではマッサージを開始しますね」
女「はい」
女性「失礼致します」
タオルがはだけられて背中が露わになる。
相手が女の人でちょっと安心かも。
オイルが背中に塗られていく。
マッサージ師さんは手のひらで肩の辺りをさすると声をあげた。
女性「うわっ!すごく凝ってらっしゃいますね!何かされています?」
女「えと……。受験生だったので……」
女性「ああ、なるほど!それは大変だったでしょう」
そう言いながら彼女はグーッと指圧をしてきた。
女「あぁ~」
女性「ふふ。気持ちいいですか?」
女「は、はい///」
うぅ。
今、すっごく間抜けな声が出ちゃったよ……。
女性「この機会にたくさん疲れを癒して下さいね」
そのまま彼女は手のひらを滑らせたり、親指でギューっと力を加えたりしてマッサージを続けていく。
うーん。天国ってこういうことを言うのかな。
まるで身体がフワフワ浮いているかのようで。
女「あぁ……」
肩甲骨の周りをグーっと押されるとすっごく気持ちいい……。
気持ちよくて途中で眠ってしまいそう……。
女性「お身体、辛かったでしょう。でも施術が終わった後にはとっても楽になりますよ」
女「ありがとうございますぅ……」
私、そんなに疲れが溜まってたんだ……。
女性「お連れの方はお友達ですか?」
女「え、えっと……」
なんて――答えよう。
言葉が出てこない。
嘘は吐きたくないけれど、でも……。
女性「もしかして――恋人とか」
女「えっ?」
何で……恋人って?
女「はぃ」
私は小さく返事をする。
女性「ふふ、当たったみたいですね」
彼女は驚きもせず言葉を返した。
女性「お客様が答えづらそうだったので、もしかしてと思いまして。実は私のお友達に女性同士のカップルがいるんです」
女「そ、そうなんですか」
女性「はい。どちらも社会人なんですけれど、今度2人でマンションを買って同棲するらしいんです。とても幸せそうで羨ましいですね」
そして最後に彼女はこう言ってくれた。
女性「お客様も、お幸せに」
女「……はい///」
私達のことをこうやって祝福されるのは初めてだった。
もちろん誰にも言わなかったっていうのはあるけれど。
でも、こんな風に言ってくれる人もいるんだね。
その後、凝っている所を中心にゆっくりと時間をかけてマッサージしてもらった。
終わった時には、身体と――心も何だか軽くなったような気がした。
お店を出て少し待つと百合さんの姿も見えた。
百合「お待たせ!すごく気持ち良かったあ。女ちゃんはどうだった?」
女「……すごく良かった」
百合さんに近づいて腕を組む。
いきなりで彼女は少し戸惑ったようだけれど、すぐ笑顔になってそっと身体を寄せてくれた。
***
それから温泉街をブラブラして。
ちょっと暗くなってきた所で、夕ごはんの前に露天風呂に入ろうってなった。
百合「二人でお風呂に入るのって初めてだね」
脱衣所で百合さんが話しかけてくる。
女「そ、そうだね」
そういえば、一緒にお風呂に入ったことなんて無かった。
お風呂に入るっていうことは、裸を見せ合わなきゃいけないわけで。
あんまり意識しないように……。
百合「先に入っちゃうよー」
女「う、うん///」
百合さんはもう着ているものを全部脱いでしまっていて。
私も慌てて下着を脱いで、それから二人で脱衣所を出るのだった。
百合「ふう……、いいお湯だね」
女「そうだね……」
二人で洗いっこして、お互いの身体を触り合う……なんてイベントは特になくて。
私達はのんびり温泉に浸かっていた。
こうやって裸で隣り合っていると、やっぱり少しドキドキしてしまう。
女「あ、あのね」
百合「ん?どうしたの?」
百合さんは優しく微笑む。
女「さっきのマッサージの時なんだけど……」
マッサージ師さんと話していたことを百合さんに伝える。
百合「そっかあ」
私が話し終わると百合さんは嬉しそうにしていて。
百合「随分前にさ。『私達は誰にも祝福されないカップル』って言ったことがあったね」
そういえば。
そんなこともあったなぁ。
百合「……もちろん、私達のことを受け入れてくれない人達はたくさんいるけれど。でも女ちゃんの話を聞いて、理解をしてくれる人もいるんだって分かって嬉しいよ」
女「うん!」
百合「それに、女性同士で幸せになってるカップルもいるんだよね」
女「そうだね」
マッサージ師さんは結構若く見えたし、話のカップルも同じぐらいなんだろうなって思う。
例えローンだとしても、若いうちにマンションを買えるなんてすごいよね。
百合「女ちゃん……。私達も、絶対幸せになろうね」
女「……うん」
百合さんがお湯の中で私の手を探り当てる。
女「あっ……」
百合「ふふ」
そして、そのまま指を絡ませていって。
百合「ね……キス、しよ……」
女「えっ、でも、ここは……///」
百合「大丈夫、今は誰もいないよ……」
確かに誰もいないけれど……。
そんな……。
百合「女ちゃん……目、閉じて」
女「あ、あ……」
でも、結局押し切られちゃって。
女「んぅっ」
百合「んっ……」
露天風呂で。
キス、しちゃった……。
百合「んっ……はぁっ」
女「はぁっ……はぁっ」
百合「……ドキドキするね」
女「あ……う///」
耳元で囁かれて、頭がクラクラしてくる。
今はのぼせてなんかないはず……。
こんなの……誰かに見られたら……。
百合「女ちゃん……」
彼女と身体が触れ合う。
でもいつもとは違って、直接肌が触れ合ってしまっていて。
女「あ……あの///」
百合「もう一回、しよ?」
耳元で百合さんの吐息を感じる。
キスをしようと彼女がもう一度顔を近づけてきて。
けれども、その時ガラガラと扉の開く音が鳴って他のお客さんが入ってきた。
百合「ふふ、残念だね……」
また耳元で囁かれてしまって、頭がボーっとする。
百合「長い間浸かっちゃったし。さ、そろそろ上がろう?」
私は骨抜きにされて上手く立ち上がれないほどだったのに。
その後百合さんは何事も無かったかのように振る舞うのだった。
***
夕ごはんを食べて、部屋でゴロゴロする。
和室ってやっぱりいいな。
ホテルの布団って、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。
そんなことを考えながらボーっとしていると、不意に部屋の電気が消えた。
女「ん?」
百合「ね、女ちゃん。夜景見てみない?」
……夜景?
そういえばこのホテルって高台にあったような。
窓際へ行くための障子が既に開けられていて。
布団から身体を起こして百合さんのいる方へ向かうと、オレンジの光をまとった温泉街が姿を現した。
女「わぁっ」
都会のビルから見える夜景みたいな派手さは無いけれど、人々を優しく包んで癒してくれる温かさがそこにはあって。
時間がゆっくり流れている、そんな街並みを私達に感じさせてくれた。
百合「綺麗だね」
女「うん」
百合さんが後ろから抱き締めてくれる。
このゆったりした時間を、二人きりでいつまでもいつまでも過ごしていけたらいいのになって思った。
でも、これは非日常だからこそいいのかな、なんてことも思ったりして。
女「百合さん、ありがとう」
百合「ふふ、そんなに大したことはしてないよ」
女「ううん、この旅行の計画を立ててくれたのは百合さんだもん」
百合「ん、ちょっと照れくさいな」
暗さに目が慣れたのと窓からの月明かりで、百合さんの顔が微笑んでいるのがぼんやりとだけど分かった。
女「百合さん……」
彼女の名前を呼んで目を閉じると温かいものが唇に触れた。
女「ん……」
もう何度も繰り返したはずなのに。
それでも大好きな人とキスが出来るのは嬉しくて。
百合「さっきはごめんね……あんな場所で……」
さっきって――もしかして露天風呂でのことかな。
女「ううん、平気。本当は……私もドキドキしてたから」
百合「そっか」
百合さんに頭を優しく撫でられて。
それからまた抱き合ってキスを交わす。
女「ちゅ……んっ」
百合「んぅ……んっ」
お風呂場でのキスもドキドキしたけれど。
やっぱり誰にも邪魔されない所で、ゆっくり唇を求め合う方が私は好きかも。
百合「んっ、んむ」
女「あむっ、んっ」
しばらくすると、舌を絡め合うキスに変わった。
部屋が静かだからか、唇から漏れる音がやけに響いて聞こえる。
そういえば、こんなに深いキスって何だか久しぶり……。
女「はぁ……」
唇を離してお互いを見つめ合う。
深いキスをした後、百合さんはとろけた顔になってしまっていて。
彼女の手に包まれた私の顔も、きっととろけてしまっている。
女「ぁ……///」
私の頬にそえられていた彼女の手が、そのまま耳を愛撫する。
女「ぁ……や……」
指で耳を触られる度に、身体がゾクッと震えてしまう。
女「ぁ……んぅっ」
百合「んっ……んむっ」
耳を愛撫されながらキスをされてしまって。
身体のゾクゾクが止まらなくて。
お腹の奥が――じんわりと熱くなるのを感じる。
百合「ちゅっ」
女「っ……ぁ」
百合さんが私の首元をはだけさせて首筋にキスした。
女「あっ」
首元を舌でなぞられる。
思わず百合さんの浴衣をギュッと掴んだ。
百合「女ちゃん……」
そのまま彼女は耳元まで顔を持っていって。
百合「すっごく可愛いよ……」
女「っ///」
彼女の言葉に身体がまたゾクリと震える。
やっぱり声、聞かれちゃってたのかな。
百合「んっ……ちゅ」
女「んんっ……ふっ……んっ」
それからまた唇を奪われて、舌を絡ませ合う。
でも百合さんはそれだけじゃなくて、両手で私の脇腹や背中、二の腕をゆっくりと撫で上げていく。
女「んっ、んぅ……」
キスだけでも頭がどうにかなってしまいそうなのに。
こんな風に愛撫されてしまったら――全身がとろけてしまいそう……。
もっと私に触れて欲しい。
もっと私のことを求めて欲しい。
ずっと我慢してた。
何度も一線を越えてしまいそうになったけれども「今はまだダメ」って。
きっと求め合うと止まらなくなって、そのことに溺れてしまっただろうから。
お互いに踏みとどまって。
女「んっ……ふっ……んん」
でも。
もう我慢する必要なんてなくて。
もう我慢することなんて出来なくて。
女「ぷはっ……はぁ、はぁ」
恋人になる前も、なった後も。
百合さんは私のことをずっと大切にしてくれたよね。
――だからこそ。
大切なものを貰って欲しいって、そう思うんだ。
女「はぁ……はぁ……百合さん……」
荒い息を吐きながらくったりと身を預ける。
女「身体に、力が入んない……」
その言葉の半分は本当のことで。
でも、もう半分は――「いいよ」って伝えるためのサイン。
こんなことしなくても、素直に「抱いて」って言えればいいんだけれど。
……それはまだ恥ずかしかったから。
百合「そっか」
そう言って、百合さんは私をギュッと抱き締めてくれる。
百合「じゃあ、お布団まで……歩ける?」
彼女はちゃんと私のサインに気付いてくれて。
女「うん……」
百合さんの言葉に頷いて返事をする。
布団まで歩いて行った後、二人で崩れ落ちるようにして座り込んで。
そして。
――彼女に、ゆっくりと押し倒された。
百合「ちゅっ……れろっ」
女「んっ……んむ」
布団の上に押し倒されながらキスをされて。
百合さんにすっごく求められているんだって分かる。
でも決してそれは乱暴なんかじゃない行為。
だから、私はこうして百合さんに身体を委ねられるんだよ。
女「んっ、んっ……」
キスの合間に浴衣の帯がするすると解かれていって、ブラを着けていない胸が彼女の前にさらされる。
部屋の奥は月明かりも入ってこなくてほとんど真っ暗だから、胸元や――恥ずかしい姿を見つめられることがなくて良かった。
百合「好きだよ」
百合さんも自分の浴衣をはだけさせていって、私の身体に覆いかぶさる。
こうやってお互い肌を重ね合って、彼女の体温や身体の柔らかさを直に感じられるのがとても嬉しい。
百合「ちゅっ……ん」
女「はぁ、はぁ」
鎖骨や首の辺りの敏感な場所をリップされて身体がビクっと跳ねる。
その行為で愛されているって感じられて。
気持ちいいってだけじゃなくて、幸せな思いでいっぱいになる。
百合「ちゅっ」
女「はぁっ、はぁっ」
リップされるだけじゃなくて、胸も直接揉まれてしまって。
まるで彼女に私の全部が支配されているかのように感じてしまう。
女「っ……はぁっ」
自分の息遣いがさっきよりも荒い。
胸が百合さんの手に包まれてゆっくりと揉まれている。
そのままキスをする度に、「そういうこと」をしてるんだって実感させられる。
ねえ。
百合さんは、私にもっと触れたいって思っているのかな。
私は――百合さんの好きなようにして欲しいって思っているから。
女「はぁっ……っ……はぁっ」
百合さん。
私のこと、好きにしていいんだよ?
女「はぁっ……ぁ、はぁっ」
膨らみが下から上へと持ち上げるように優しく揉まれている。
今、百合さんに抱かれているって。
そう考えるだけでも身体がさらに熱くなってくる。
女「んっ」
胸を揉む手が先端に触れるような動きになって、思わず声が出てしまう。
百合「女ちゃんの声、可愛いよ」
耳元でささやかれてゾクリと身体が震える。
百合さんになら何をされてもいいって思っているのに、恥ずかしいのはどうにもならないのかな……。
女「はぁっ、はぁっ」
声が出るのが恥ずかしいから我慢してみるけれど。
百合「ふふ。声、我慢してるの?……そういう所も可愛い」
女「はぁっ、はぁっ、ん……///」
感じてしまって乱れた呼吸や身体をよじるのは我慢出来なかったから。
やっぱり、我慢してるって百合さんには気付かれてしまっているんだろうな。
百合「大好き……」
女「はぁ、ぁ……はぁっ」
指で胸の先をくりくりと触りながら百合さんはささやき続ける。
はぁはぁと荒い息を吐く中に、少し色が混じってしまっていて。
声を出さないってちっぽけな意地の限界が近いってことなんて、そんなの自分が一番良く知っていた。
百合「可愛い……れろっ……んむ……」
女「ひっ」
百合さんに耳を舐められて身体がビクンと跳ねる。
百合「女ちゃん、耳すごく弱いんだね……はむ……」
女「あっ……やっ……」
胸をいじられながら、耳も好きにされてしまって。
敏感な所をたくさん責められる。
女「やっ……、んぅっ」
我慢していた声が漏れて、部屋に響き渡る。
もう理性なんて――残さなくてもいいよね?
だって大好きな人との行為なんだから。
歯止めが効かなくなっちゃうのは知っていたから。
女「あっ、あぁっ」
もっと。
私を百合さんのものにして欲しい……。
女「あっ、んっ、んんっ」
もっと、もっと……百合さんのことを感じたい。
女「んっ、はぁ、はぁ」
百合さんの手が私の太ももを撫で回していく。
触れるか触れないかぐらいの愛撫に身体がゾクゾクと反応してしまう。
女「んっ、あぁっ……」
これより先に進んだら自分がおかしくなってしまいそうで。
それでも、百合さんに――めちゃくちゃにしてもらいたかった。
百合「んむ」
女「ひ……ぁ……」
百合さんに舌で乳首を転がされて甘い感覚が身体を走る。
彼女の手が下着にかかっていたけれど、そのことを考える余裕すらも既に無くなってしまっていた。
女「はぁ、はぁ」
下着を脱がされて、生まれたままの自分の姿。
女「ん///」
そのまま百合さんの手が脚の先から上まで這ってくる。
女「はっ、ぁっ……」
完全に身体のスイッチが入っちゃったから、もうどんな行為も喘ぎ声に変わってしまう。
彼女の手が内ももを通って大事な所に触れると――小さな水音が聞こえた。
女「~~~~///」
自分のそこが大変なことになっているなんて分かっていたけれど、改めて意識すると顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
百合「嬉しい……」
そう言うと百合さんは指で割れ目を何度もなぞっていく。
女「あっ……んっ」
百合「私でこんなに感じてくれたんだね……。すっごく嬉しい……」
女「あっ、やっ///」
百合「大好きだよ」
彼女の指に合わせて腰がビクンと跳ねる。
女「んっ、あぁっ、だめっ」
拒むつもりなんてないのに、無意識に拒絶の言葉を放ってしまう。
「やめないで」って伝えたくても、ただ喘ぐことしか出来なくて。
女「あっ、んんっ、あぁっ」
百合「ん」
空いている方の手を握ると、彼女もギュッと握り返してくれた。
私の気持ち、分かってもらえたかな……。
女「んっ、あっ……はぁっ」
百合さんの指が身体で一番敏感な場所を愛撫していく。
さっきからずっと、涙があふれて止まらない。
百合「愛してる」
泣いてしまうほど気持ちよくて。
こんなに気持ちいいのは、きっと百合さんと心も身体も繋がってるって感じているから。
百合さんに求めてもらえるのが、嬉しくてたまらなかったから。
百合「れろっ……んむ」
女「好きっ……んっ、やぁ……」
また、百合さんに耳を舐められる。
ただ舐められるだけじゃなくて舌が穴に入りこんできて身体がゾクリと震える。
女「あぁっ、んぅ……あんっ」
頭の中でクチュクチュという音が響いて、本当におかしくなってしまいそうだった。
自分の下半身から出る音なのか、それとも百合さんに耳を舐められて聞こえる音なのか分からないけれど。
そんなのもうどうだっていい。
女「あんっ、あっ、あぁっ」
汗だくで抱き合って。髪を乱れさせて。
声も最初と比べものにならないぐらい大きくなってしまっていた。
女「あっ、やっ、あっ、んっ!」
たくさん百合さんに愛撫されて。
頭の中が真っ白に染まってきて、自分の終わりが近いのを感じる。
女「あっ、はぁっ、んっ……あぁっ!」
百合「好き」
最後に一言、百合さんにささやかれて――自分の中で何かが弾ける。
女「~~~~~~~~~」
果ててしまう瞬間に身体が震える。
これ以上ないっていうぐらい満たされているのに、どこか切なくて。
――だから、彼女の身体を思い切りギューっと抱き締めた。
女「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
絶頂から解放されて、一瞬止まっていた呼吸が元に戻っていく。
身体をゆっくり脱力させていくと、今度は百合さんが私のことを抱き締めてくれた。
女「はぁ、はぁ、はぁ」
息を整えている間、百合さんは何も言わずに優しく頭を撫でてくれる。
あたたかい胸の中で抱かれて余韻に浸る。
大好きな人に――こんなにも愛されているんだって実感しながら。
だいぶ私の息が整ってきた所で百合さんが口を開いた。
百合「すっごく可愛いかったよ」
女「そんな……恥ずかしい///」
思わず百合さんの胸に顔をうずめる。
百合「ふふ。イジワル言ったわけじゃないだよ?いっぱいいっぱいになっているのにそれでも私のことを求めてくれて」
私の頭を撫でながら彼女は話を続ける。
百合「最後にギューって抱き締めてくれたのも、すっごく嬉しかった。女ちゃんとひとつになれたんだなぁって思えた」
……そっか。
私達、やっとひとつになれたんだ。
百合「……大好き」
女「私も大好き」
軽く口付けを交わしてお互いに抱きしめ合う。
やっぱり――あなたに初めてをあげることが出来て、本当に良かった。
百合「ちゅ……んっ……好き」
女「んっ……好き……百合さん……」
しばらく抱き合った後。
好きって言ったり、手や脚を絡め合ったり、キスをしたりして、これでもかっていうぐらい愛情表現をする。
百合「んっ……んっ」
女「んっ………んむっ」
二人きりの部屋で続く、とりとめのない行為。
大好きな人と触れ合えるのって、こんなに幸せなんだね……。
百合「んっ……はぁっ」
女「はぁ……はぁ……」
ただいちゃいちゃしているだけだったそれも――深いキスを交わしたり、身体を愛撫したりと大胆になっていく。
やがて吐息がまた熱っぽくなってきてしまって……。
百合「はぁ、はぁ……女ちゃん。……いい?」
女「……うん///」
百合さんの言葉に小さく返事をする。
女「百合さんの、好きにして……?」
大丈夫。
こうなることはとっくに分かってた。
それに――私も、もう我慢出来そうになかったから……。
百合「愛してる……」
女「私も愛してる。――あっ……///」
そして。
疲れ果てて眠ってしまうまで――何度も何度も、お互いを求め合った。
***
女「……ん」
外から入ってくる眩しい光で目が覚める。
私、いつの間に眠ってしまったんだろう?
何だか身体が重い…。
女「あ……///」
そっか……昨日、しちゃったんだ。
昨日の夜はとっても幸せだった。
百合さんと心も身体も繋がっていられたことは嬉しいんだけれど……。
女「うわ……///」
何て言うか、改めて思い出すととんでもなく恥ずかしい。
それと――生々しい痕跡が目の前や身体に残っているわけで。
女「うぅ……」
どうしよう……これ。
ひとり悶々としていると、百合さんがモゾモゾ動いてうっすらと目を開けた。
百合「う……ん。女ちゃん、おはよ……」
女「お、おはよう」
ごめんなさい。
もしかして起こしちゃったかな?
最初は寝ぼけた感じだった彼女も、段々と頭が働いてきたみたいで。
百合「……///」
顔を真っ赤にしながら、しばらく何も言えないでいた。
百合「……とりあえず、軽くシャワー浴びてからお風呂入りに行こっか?確かこのホテルの露天風呂は早朝から入れたはずだし……」
女「うん、そうだね……」
百合「あと……。お布団、どうしよう///」
女「……///」
百合「一言断っておいた方が良さそうだね……。クリーニング代とか大丈夫かな……」
女「~~~~///」
もうダメ。
恥ずかしすぎて限界……。
***
恥ずかしがっていたってどうしようもないから、とりあえず話していた通りに身体をサッパリさせた。
首筋や胸の辺りに残った小さな痕までは消せなかったけれど……。
布団についてはロビーに謝りに行ったら、スタッフの人が大丈夫って言ってくれて、新しいものと交換までしてくれた。
クリーニング代もいらないって言ってもらって、本当に頭が上がらない。
親切なホテルで良かった……。
その後はまだ巡ってない場所を探索したり、おみやげを買ったり、ホテルの施設を利用したりして温泉旅行を満喫した。
その日の夜。
また二人で行為に及ぶ――ことはなかった。
したくないっていうわけじゃなかったけれど、ホテルにも迷惑がかかってしまうし。
それに今日はどちらかというと、お布団の中でたくさんおしゃべりをしたい気分だったから。
百合「――あはは。……そういえば、そんなこともあったね」
女「うん……懐かしいな」
二人の間の思い出話。
何だかんだ言って、彼女と出会ってからとっくに1年以上も経っているんだなあって気付かされる。
女「私……本当に百合さんと出会って良かったよ」
百合さんと出会ってから。
私自身ちょっと変われたなって思う。
あのね?
百合さんは勉強だけじゃなくて、たくさんの事を私に教えてくれたよ。
恋をすること。
何かに向かって、一生懸命努力すること。
色んな人に支えられてきたんだっていうこと。
失敗しても、また頑張ればいいんだっていうこと。
そして――大好きな人と一緒にいられるのが、こんなにも幸せなんだっていうこと。
こんなにも愛してくれる人がそばに居てくれて。
ずっとずっと私のことを愛してくれて。
私って、本当に幸せだったなあって思う。
女「愛してる」
世界で一番大好きな人に対する、シンプルだけどとても大切な言葉。
百合「私も、愛してるよ」
そう言って、百合さんはキスをしてくれる。
全身があったかくなって、やっぱり私は幸せ者なんだって感じられる。
今はまだ同性同士の結婚も認められていなくて。
両親にも理解をしてもらえるのか分からなくて。
まだ私達の関係は、大っぴらに出来ないんだろうなって分かってる。
この先辛いことがもっと増えてくるだろうけど。
私達のことを応援してくれる人は少ないかもしれないけど。
それでも私はあなたと一緒にいたいから。
あなたのためなら、どんなことだって頑張るから。
だから、これからもずっと――あなたのそばにいさせて下さい。
「大好き」
何度もそう繰り返して。
二人で抱き締め合う。
「愛してる」
何度もそう繰り返して。
甘いキスを交わす。
私達は。
きっとこれからも大丈夫だよ。
「おやすみなさい」
そして、この先の生活に色んな思いを馳せながら。
私達は同じ布団で眠りについたのだった。
おわり
ここまで読んでくださった方、支援してくださった方。
ありがとうございました。
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