ほむら「私は幸せ――」(155)

まどか「クッキーおいしいね、ほむらちゃん」

ほむら「ええ、とっても」

ほむらはまどかの部屋にいた。
だだだだだ、という足音に反応したまどかが口を開けて見たドアが勢いよく開き、

さやか「まどかーっ聞いてよう!」

さやかが飛び込んできた。
その後ろから続いた杏子が、よ、と手を挙げて挨拶する。

ほむら「相変わらずひとりで騒がしいわね美樹さやか」

さやか「おあっ、ほむらもいたのか! 聞いてよう、恭介のところに遊びにいったらこいつが居たの!」

言いながら杏子を指す。
杏子はめんどくさそうに喉を掻いた。

杏子「なんなんだよ。アタシがキョースケの部屋にいたらだめなのか」

さやか「だめでしょーっ! 年若い男女がふたりきりなんて、恋人でもないのにそんなの!」

まどか「さやかちゃん落ち着いて」

杏子「それを言ったら、アタシがいなけりゃさやかがそうなってたろうさ」

ほむら「実に的確な反論ね」

さやか「ほむら、あんたどっちの味方なの!」

ほむら「私は冷静なひとの味方で、美樹さやかという馬鹿の敵よ」

さやか「うわーんほむらが裏切ったー! まどかぁ、あたしの味方はあんただけだよー」

まどか「だいじょうぶ、わたしはいつでもさやかちゃんの味方だよ」

ほむら「佐倉杏子。貴女ずいぶんと上條恭介と仲がいいのね」

杏子「はー? 家に遊びにいくくらいならほむらん家にだって行くだろ」

杏子はポケットからグミを取り出して口に放り入れた。

ほむら「いえ、私と上條恭介では大きな違いが……」

杏子「キョースケの部屋にはダーツがあるからな。ほむらん家はなんもねーからつまらん」

さやか「ダーツ? なにそれ、あたしもやりたい」

杏子「あー? だったらそう言やいいじゃんかよ。なんでまどかん家までこなきゃいけねーんだ」

さやか「だって! 恭介の部屋に入ったらあんたが居たからびっくりしたの! 靴もなかったのに!」

杏子「なんか窓から入るのがフツーみてーになっちまってな」

ほむら「貴女なにやってるのよ……」

まどか「行儀悪いよ杏子ちゃん」

杏子「うっうっせーな、キョースケだって別にかまわねーっつってたからいいだろーが」

ほむら「どうみても不審者です本当にありがとうございました」

さやか「そんで杏―――子を引っ張ってきたの」

ほむらはばっとさやかのほうを向いた。
一瞬、さやかの言葉が途切れたように聞こえた。
しかし他の誰も違和感を覚えなかったようだった。

杏子「なーもういいだろ、キョースケもなんか心配してるし」

ケータイを見ながらそう言う杏子。

さやかは愕然とした。

さやか「あんた恭介とメールしてんの……?」

杏子「そうだけど、なんなんだよさっきから。……ほむら?」

杏子が怪訝そうにこちらを向いている。

まどか「ほむらちゃん、どうかしたの?」

さやか「はっはーん、これはあれですな、見滝原一の美少女さやかちゃんに見とれちゃってるんですな!」

我に帰る。

ほむら「……ええ、貴女の愚かさに驚きを隠せなかったの」

さやか「クールビューティほむらが驚きを隠せないなんて、どれほどの美しさなのでしょうか! 美しいって罪なものね……」

ほむら「悪いのは耳かしら、頭かしら。それとも両方?」

さやか「ほむらは愛想が悪いと思う」

ほむら「私の話じゃないのよ! えっ愛想悪い?」

杏子「おらさっさと行くぞ阿呆」

さやか「ちょちょちょ杏子さんスカートひっぱるの辞めてもらっていいですか」

なんやかやと賑やかに二人が退室。
ほむらとまどかは顔を見合わせて笑った。

ほむら「それにしても杏子、ケータイなんて持っていたのね」

まどか「パパが持たせたんだよ。連絡が取れるようにするために」

杏子は一週間ほど前に鹿目家に正式に養子縁組され、法的にはまどかの姉になったのである。
ただし生活はあまり変わらず、寝るところが決まったというくらいだが。
きちんとした住所があることで杏子はバイトを始めることができた。

ほむら「根無し草のままじゃ今までの生き方から抜けられないものね」

まどか「わたしはお姉ちゃんができて嬉しいなあ」

まどかはふわふわと笑った。
それを見て幸せな気持ちになったほむらは、先ほどの妙な出来事をすっかり忘れた。

翌日の昼。学校にて。

さやか「でさぁ、杏子が恭介に、さやかが恭介ん家に来たらだめだって言う、とか言うわけですよー」 

まどか「杏子ちゃん、たぶんなんにもわかってないよ」

ほむら「貴女の気持ちは知っているのにね。自分を結び付けて考えないんでしょう」

さやか「それで恭介も、そっかー困ったね。なんでなんだろう? とかにこにこして言うのっ。あたしにどうしろと!」

ほむら「どうしろもなにも貴女の発言じゃない。好きにすればいいわ」

さやか「なんか杏子のやつ、恭介のおじさんおばさんとも仲良くなってるし……」

まどか「杏子ちゃんはひとと仲良くなるの得意なんだね」

ほむら「すこぶる意外なことにね。それにしても、そんなに嫉妬しているとソウルジェムが濁るわよ」

さやか「し、嫉妬!? そっそんなんじゃないってば」


マミ「あなた誰なの?」
QB「確かに “この僕” は、三時間ほど前まで君のそばにいたのとは別の個体だよそちらは暁美ほむらに撃ち殺された」
黒い魔法少女。暁美ほむら。あの女だけは、絶対に許さない。
まどか「わたしの願いでマミさんのそばにいた子を蘇生すれば、ほむらちゃんのこと許してあげられませんか?」
こんな感じの旧QB蘇生キュゥマミ魔法少女全員生存ワルプルギス撃破誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
マミ「今日も紅茶が美味しいわ」

まどか「羨ましいんだよね、さやかちゃん」

さやか「ち、ちがっ……や、そーゆーのもあるかもしんないけど……なんてゆうかね、あたしのときとは違う恭介がいる、みたいな……」

机にだらりんと上体を投げ出すさやかに、ふたりは同時にため息をついた。

さやか「な、なにさ」

まどか「きっと、仁美ちゃんも同じようなことを思ってたと思うよ」

ほむら「貴女は自分がどれだけ幸せなポジションにいるかわかっていないようね」

さやか「どゆこと?」

さやかが小首を傾げて停止した。

ほむら「さやか?」

いつのまにか教室のざわめきが消えている。
まどかも笑顔のまま動かない。

ほむら「なに……これは……」

がたりと音をたてて立ち上がり、辺りを見回すほむら。
止まっている。すべてが。
ほむらは時間停止の魔法など使っていない。
目眩がする。

まどか「――さやかちゃんは幼なじみだからね。……? ほむらちゃんどうしたの?」

ざわめきが戻る。
世界は動いている。

さやか「なんで立ってんの? つかいつの間に立ったの」

ほむらは腰を下ろした。

ほむら「今……時間が止まっていたわ」

さやか「はい? なんで?」

ほむら「私が聞きたいわ」

まどか「ほむらちゃんじゃないんだね。どれくらいの時間?」

ほむら「30秒ほど、かしら」

さやか「魔法が誤作動とか、ないか。あはは」

ほむら「あはは、じゃないわよ……。実は、昨日もあったの」

さやか「んーでも、あたしらにはわかんないし、すぐ戻るんでしょ? だいじょぶだいじょぶ」

ほむら「貴女ひとごとだと思って……!」

まどか「まぁまぁほむらちゃん。もうちょっと様子を見ようよ」

予鈴が鳴った。

放課後である。
5人は巴宅に集まっていた。

杏子「で、今日はなんなのさ」

ソファのうえであぐらをかいた杏子はポッキーをくわえながら言った。

さやか「魔獣退治の作戦会議っていったでしょーっ」

杏子の隣にさやかが座り、テーブルをはさんでほむらが立っている。
ほむらは白板を軽く叩いた。

ほむら「5人での戦い方を説明するわ。今までは手当たり次第に各々が魔獣にあたっていたけれど、まずこれを変えるわ」

まどかが紅茶を入れたカップを運んできた。

まどか「みんなの戦い方は違うから、ぶつかりあっちゃうこともあるけど、組み合わせればもっと強くなれるはずだよ」

マミ「協力すれば、ばらばらに戦うより強いのよね」

お茶受けを運んできたマミに、そうです、とまどかが応えた。

ほむら「基本的な陣形は縦隊よ」

ほむらが白板に、丸を縦にいつつ並べた。
まどかはカップを手渡していく。

まどか「はい、杏子ちゃん」

ほむら「佐倉杏子は前衛。索敵、突破が主な任務よ」

杏子「先頭か、いいね」

まどか「はい、マミさん」

ほむら「巴マミは砲兵。前衛より広い視野で敵陣を打ち崩すのが役目」

マミ「佐倉さん、貴女の背中は私が守るわ!」

まどか「はい、さやかちゃん」

ほむら「美樹さやかは主隊扱いね。敵を打撃し、討ち滅ぼすのよ」

さやか「めっちゃメインっぽいの来た! さやかちゃん大勝利!」

まどか「はい、ほむらちゃん」

ほむら「私が後衛。後方の警戒、全体の補佐を担当するわ」

杏子「むぐむぐ……で?」

お菓子をほおばる杏子。

ほむら「魔獣はしばしば集団で現れる。でも組織化されておらず、頭となる個体がいるわけでもない。となると魔獣退治というのは、殲滅戦になる」

魔獣は群れるという点において、魔女とおおきく異なる。
群れる相手は同種が多いが、異種の場合もあり、規則性は不明である。
魔女相手ならば魔女さえ倒せば使い魔も結界とともに消え去っていた。
だが魔獣はそれぞれが独立している。全滅させる近道はないのだ。

ほむら「だから、戦闘教義は各個撃破よ。杏子が接敵し、マミが使い魔を排除し、さやかがとどめを刺す。この繰り返し」

杏子「二体以上がかかってきたら? 挟み撃ちされたらどーすんだよ」

ほむら「同じよ。一体に攻撃をしかけて、それを倒してから次に移る。要は倒したいところに美樹さやかを割り振るの。それで戦闘力の重点を調節する」

杏子「はーん、なるほどね。だからこいつが主隊ってわけか」

ほむら「そうよ。ローマのレギオンを魔法少女向けにアレンジしたの」

マミ「レギオン……いい響きね。さしずめ、プエラ・マギ・レギオン、といったところかしら。それともレギオン・マギカ?」

杏子「あのさー、この場合、指揮官は誰になるわけ? どこにさやかを動かすか、誰が判断すんの? まさかこいつじゃないよね」

さやかを指す杏子。

さやか「ちょっと、どういう意味よ杏子」

ほむら「安心して。それはないわ」

さやか「ほむらまで!」

ほむら「全体の指揮はまどかが務めるわ」

「え!」「ほー?」「そうなるかしらね」

まどか「えへへ。マミさんにお願いしようかとも思ったんですけど、負担が大きいかなと」

ほむら「私は指揮に向いていないし」

「そうだね」「そうだな」

ほむら「全肯定されると傷つくのだけれど」

さやか「そんでさ、まどかはもう魔法少女じゃないけど、だいじょうぶなの?」

まどか「うーん、たしかにわたしは願いを叶えるだけで魔力を使いきっちゃったからね」

ほむら「まどかは私が護る。護ってみせる!」

さやか「お、おう……」

マミ「暁美さんが護ってくれるなら安心ね。まるで騎士とお姫様みたい、ふふっ」

まどか「そういうわけで、次はこんな感じで戦ってみよう! なにかあったら言ってね」

マミ「さて! それじゃあチーム名と作戦名を決めましょう!」

さやか「マミさんいきなりテンションあがりましたね」

張り切りだしたマミのうしろで、杏子はまどかに近寄った。

杏子「おいまどか。さっきの、まどかが考えたのか? うちにいるときは全然そんな様子見せなかったじゃねーかよ」

まどか「ほむらちゃんと相談しながら決めたんだ。ほむらちゃん家にはそういうことに関する本がたくさんあるんだよ」

杏子「へェー。そんじゃ、まどかに任せるからな。頼んだ」

まどか「うん、頼まれた!」

夢を見た。

ワルプルギスの夜に破壊され、瓦礫の山となった見滝原。
私は倒れたまどかの隣に座り込んでいる。

ほむら「どうして……鹿目さん……、死んじゃうって、わかってたのに……」

ぽろぽろと零れる涙が眼鏡を濡らす。


そのとき。

まどか「ほむらちゃんのせいだよ……」

死んでいるはずのまどかが口を開いた。
どす黒く濁った瞳は硬直した私を見つめている。

まどか「ほむらちゃんさえいなければわたしは逃げられたのに……、戦わなくてよかったのに」

ほむら「か、かな――」

まどか「ほむらちゃんのせいで死んじゃった、……憎い、憎いよう……」

ほむら「ご、ごめんなさい……」

ゆっくりと、まどかの手が伸びる。
私の膝から這い上がるように、その手が私の首にかかる。

ほむら「ま、まど、か……」

死人はいつのまにか私を正面から見つめている。
虚ろな双眸からは死の香りがした。

まどか「ほむらちゃんが憎い――死んでしまえば――死んでしまえばいいのに……!」

恐ろしい力で私の首が絞められる。
痛い。
苦しい。
視界が暗くなっていく。

ほむら「や、め……て……」

意識が途切れる寸前、まどかがにっこりと笑んだのが見えた。

ほむら「……! はぁっ、はぁ……!」

ほむらは目を覚ました。
思わず首元を押さえるが、なにもあるはずがない。
じっとりと、パジャマが肌に張り付いている。
いまだ心臓は高鳴りを止めない。

ほむら「なんて、ひどい夢……」

呟くうちにも急速に夢の記憶は薄れていき、悪夢という輪郭しか残らなかった。
ようやく動悸がおさまり、ほむらはゆっくりと息を吐いて時計を見た。

ほむら「……遅刻!」

ほむらがゲーセンに着くと、杏子はクレーンゲームに興じていた。

杏子「呼び出しといて遅れるなんて、いい度胸してんじゃねーの」

振り返らずに放られた言葉には笑いが含まれている。

ほむら「悪いと思ってはいるわ」

杏子「時間を止められるやつが遅刻なんて、どんなジョーダンだ、っしゃ!」

手に入れたぬいぐるみを、杏子は振り返り様に放った。

ほむら「?」

杏子「やるよ。それを戒めにすんだな。で、何の用だ?」

ほむら「話があるの」

ファミレスで注文を終え、ほむらが口火を切った。

ほむら「これから話すことは秘密にしてほしい。特に、まどかには」

杏子「………。まぁ、いいだろ」

杏子(まどかに隠し通せるかどうかは別問題だけどな)

杏子「で、なんなんだそんな前置きするほど大事な話っつのは」

サラダを平らげながら杏子が促すと、ほむらは目を伏せた。

ほむら「私は時間遡航者だったの――」

そうしてほむらは自身の願いとその顛末を杏子に明かした。

杏子「……まどかの願いの前にそんなことがあったなんてな。なるほど……」

杏子は箸を噛んで考え込んだ。
その前には多くの皿が空にされて置かれている。

杏子「因果……魔女システム……ふむ……あっと、で、ほむらの話ってのはそのことか?」

ほむら「いいえ。……その、ループのなかで、私は何度もまどかやみんなが絶望していくのを見てきたわ。
     私は願いのためにまどか以外のすべてを犠牲にしてきたの」

杏子「……へえ」

ほむら「それで……、その。なんていったらいいかわからないのだけれど……」

杏子「後悔してる、なんていうんじゃねーだろうな。てめえの願いのためにしたことを後悔しちゃ、叶った願いも幻になっちまうぞ」

ほむら「後悔は、していないわ。ただ……、私はここにいる資格があるのかって、そう思ってしまうのよ」

杏子「資格? ……あぁなるほど。で、あんたはどうしたいんだ?」

ほむら「どう、したい?」

ほむら「罪とか資格とか抜きにしてさ、あんた自身はいったいどうしたいんだって話だよ」

ほむら「………。わからないわ」

杏子「はぁ?」

ほむら「わからないのよ、自分がどうしたいのかなんて。だってもう長いこと、まどかを救わなければ"ならない"と思って戦ってきたんだもの」

杏子「………」

ほむら「諦めることと絶望は同義だった。だからほかに選択肢なんてなかったのよ」

ほむらはコーヒーを掻き混ぜる手を止めて首を傾げた。

杏子「悪いけど、アタシにできることはねーな。あんたが自分で自分の気持ちに気付かないと」

ほむら「私の、気持ち――」

ほむらはべったりと暗いコーヒーを見つめた。
……違和感。
コーヒーが動かない。
はっと顔をあげて杏子を見る。
止まっている。
ほかの客も店員も、すべて止まっている。

ほむら「また、なの……!?」

なんなのだこれは。
目眩と吐き気。
空気が急速に乾き、冷えていくような感覚。
これに似た感覚を以前にもどこかで経験している。一体どこでだ。

心臓が煩い。
いつ戻る。
もうどれだけ経った?

ほむら「い、いや……」

意味もなく立ち上がるほむら。
どくんどくんどくん。
ようやく気付いた。
うしろになにかいる。
なんだ。
振り向けない。



???《――ケャ、サ、ハ、筅ホ、マ、ケ、ル、ニシ・・ニ、キ、゙、ィ――》



脳内に響く声。
なにを言っている?
汗が頬を伝う。

涙がにじんだ。
だれか、

ほむら「たすけて……」

ごう、
と風が吹き抜けた。
そんな気がした。
勢いよくほむらは振り返る。
なにもいない。

杏子「……なにやってんだ?」

杏子がぽかんとしている。
動いている。
いつの間にか時間は動き出していた。
ほむらは力無く座り直した。

ほむら「なんなの……!」

杏子「そりゃこっちの台詞だ。どうしたんだよ」

ほむらはさきほどの現象とそれが三度目だということを説明した。

杏子「時間が止まる、だぁ? そんなことできんのほむらくらいしかいねーだろうが、……ちょっと待てよ」

杏子は猛烈な勢いで考え出した。
かんかんとスプーンで皿を叩く。

ほむら「ちょっと。やめなさい佐倉杏子」

杏子「おいほむら、ソウルジェム見せてみろ」

ほむら「え? なによ……」

杏子「いいから!」

す、とほむらが差し出したジェムは輝きを失い、仄かに陰っている。

杏子「やっぱり濁ってんな……。そういうことなのかオイ……」

ほむら「これくらい大したことじゃないでしょう。佐倉杏子、貴女まで魔法の暴発なんて言わないでしょうね」

杏子「違う」

杏子は犬歯を剥き出しにして苦った。

杏子「でも、アタシにゃなんていったらいいのかわかんねー。まどかのところに行け」

ほむら「どうして」

杏子「いいから早くいうとおりにしろ!」

杏子の気迫に圧されて、ほむらは席を立った。





まどかの家まで来て、ほむらはなんだか呆然としてしまった。
どろりと低く垂れこめている雲の下で、ほむらは立ちつくした。

ほむら(なにやってるのかしら私。佐倉杏子に言われるまま来てしまったけれど、まどかに相談なんて、というかまどかは知っているのだけれど。忘れていたわ)

無意識に髪を払う。
ほむらは目をつむった。

ほむら(どうかしてるわ、私。ちょっと落ち着きましょう)

まどか「あの、ほむらちゃん。なにをしてるのかな?」

ほむら「精神統一よ」

まどか「なんでこんなところで?」

ほむら「まどかに会う前にきちんと落ち着かないとね」

まどか「そ、そうなんだ」

ほむら「ええ。……って、まどか!?」

目を見開くほむら。
まどかが申し訳なさそうに笑った。

まどか「杏子ちゃんからメールがあってね。ほむらちゃん、上がって?」

ほむら「えッ、い、いいのかしらッ」

まどか「ぜんぜん精神統一できてないねほむらちゃん」




まどか「それはなにか、魔獣のしわざかもしれないね。ほむらちゃん」

ココアのはいったカップを両手で包みながら、まどかは言った。

ほむら「魔獣? でも魔獣の気配とは違うような……。それに魔獣が時間を止めるなんてことできるかしら」

まどか「できると思うしかないよ。でも……、それに対抗できるのは、ほむらちゃんしかいないね」

ほむら「そうね……。みんな止まってしまうものね。私が対抗できているのは、時間操作の魔法を使えるからかもしれないわね」

まどかは頷いてココアを一口飲んだ。

ほむら「それで、どうすればいいのかしら」

まどか「そうだね。とりあえずソウルジェムを万全の状態にして、濁らせないようにしよう」

ほむら「わかったわ」

まどか「わたしの願いが魔女システムを改編したのは前に話したよね。すべての魔女は消し去られ、魔法少女は魔力を使い切るとふつうのひとに戻る」

ほむら「ええ。まどかはその願いだけで魔力を使い切り、一般人に戻ったのよね」

まどか「うん。それで、祈りが魔力の源となり、魔法少女の希望がエネルギーになるようになったから、魔法を使ってもソウルジェムは濁らなくなった。
    そのかわり感情による変化の割合が増えて、絶望で一気に魔力を失うようになったんだ」

ほむら「どうもそのようね」

まどか「今度の魔獣はそういう精神面を攻撃してきてるみたいに見えるの。だからほむらちゃんはそれに負けないように、心を強く持って」

まどかはまっすぐにほむらを見つめた。
ほむらの脳裏に、死してなお哂うまどかの姿がフラッシュバックする。
あれは夢だ。ほむらは思い出す。

まどか「ほむらちゃん?」


    ――死んでしまえばよかったのに……!


ほむら「だ、大丈夫よ。ちょっと目眩が」

まどか「そう。……あとは、姿を表すのを待つしかないかな」

息を吐いて力を抜くまどか。

ほむら「探し出す方法はないものかしら」

まどか「そうだね……ちょっと思いつかないな。とにかく備えるしかないね」

まどかとほむらは黙り込んだ。
しんしんと夜が近付いてきていた。

ほむら「それじゃあ私は失礼するわ。またなにかわかれば連絡する」

まどかの見送りを遠慮して、ほむらはまどかの部屋を出た。
玄関でちょうど帰ってきた杏子に会った。

杏子「よう。ひどい雨だ、傘貸してやるよ」

ほむらはびしょ濡れの傘を受け取る。

杏子「どうなったのか知らねーけど、またなんかあったら言えよな」

ほむら「ありがとう。佐倉杏子」

杏子「なんだァ? いやに素直だな」

ほむら「……私だって濡れたくはないもの」

杏子「傘のことかよ!」

QB「うううっ……マミ、どうして、死んじゃったんだよ、マミを蘇らせて欲しい」
まどか「私の願い事はマミさんの蘇生。叶えてよインキュベーター!」
こんな感じのキュゥマミ誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
マミさん×キュゥべえスレ

土砂降りのなかをほむらは歩いていく。
傘を叩く雨音を聞きながらぼうんやりと考えを巡らす。

ほむら(魔獣が時間停止できたり、本当にするのかしら……それにしてもあの停止中の感覚はいったいどこで……)

大通りから路地に入る。
光源が等間隔にたっている街灯しかなく、まるでそれに照らされているところだけ雨が降っているように見えた。

ほむら(チームでの戦略はあれでよかったのかしら……やはり美樹さやかの実力不足は否めない、彼女が経験を積むまでは……
    複数性、やはりやっかいね……魔女とはまた違う……、)

そこでほむらは顔を上げた。

ほむら「そうだ……魔女の結界……!」

ほむら(時間停止中のあの感覚、魔女の結界のものにそっくりじゃない……! どうして気付かなかったのかしら……ということは、)

思考をやめて意識を外に向ける。
静かだ。
誰もいないからだ。
しかしそれだけではない。

ほむら「雨が――止まってる……!」

止んだのではない。
空中で雨の滴がすべて静止していた。

街灯のしたで傘を閉じる。

ほむら「どこにいる……?」

空気が変わり、吐き気を催しながらほむらは前後を警戒する。
静かに変身し、銃を取り出す。

ほむら(この感覚……間違いない)


???《――、・ソ、キ、ネ。「ツ螟・テ、ニ、 ――》


ほむら「なにを言っているの……!」


???《――サ荀ネ。「ツ螟って、 ――》


脳内に響く声が輪郭を取り出す。
聞いたことのあるような、ないような妙な声。
この言葉を聞いてはいけない――ほむらは直感的にそう思った。

???《――、・ソしとツ螟って、――》


腹の底に石を積み上げられたような重圧。
前や後ろではない。
上にいる。
上からじいっとこちらを見ている。
見上げられない。


???《――、・ソしと。「ツ螟・テ、ニ、 ――》


ほむら「なんなの……いったいなんなのよ……!」

手が震え、銃を取り落とすほむら。
拾おうとして屈み込み、伸ばした手を、

ほむら「――っ!」

掴まれた。
ほむらの影から突き出した腕は肩へと続き、体と頭を引きずり出す。

ほむら「魔獣――!」

黒衣をまとい仮面をつけた少女の形をした魔獣は、ほむらの手を握ったまま屹立した。

ほむら(こんなときに……!)

右手に黒塗りの刀を提げた魔獣は頭上を振り仰ぐ。

ざあ―――

雨が降り注いだ。
時間停止が終わったのだ。
いつの間にか不快な感覚は消えている。
逃げられた。

ほむら(けど……まだこいつがいる!)

魔獣の手を振り解いてほむらは距離をとる。

ほむら(ひとりでも、やるしかない!)

いまのほむらは数秒間時間を止められるだけの、最弱の魔法少女だ。
しかも相手はおそらく近接戦闘タイプ。相性は最悪である。
盾から新たに拳銃を引きずり出す。

ほむら「………」

辺り一面が雨のけぶる荒野に変容していく。
魔獣の結界だ。
ところどころに剣が突き立っており、古戦場のような様相である。
すう、と雨に打たれながら魔獣が構えた。

ほむら(美樹さやかと同じ構え……!?)

動揺したほむらに魔獣が接近。
ほむらの放った銃弾を紙一重でかわした魔獣の刀が疾る。
次の瞬間にはほむらは魔獣の後ろに立っていた。
既に打ち出されていた銃弾を超高速で反応した魔獣が回避。
崩れた体勢を狙った追撃を刀で弾いて踏み込んだ魔獣の斬撃。

ほむら「く……ッ!」

響いた金属音が雨に掻き消されていく。
下段から振り抜かれた刀をほむらは咄嗟に盾から引き抜いたライフルで受け止めていた。
ライフルの銃身に刀がめり込んでいる。
魔獣の仮面には八部音譜がさかしまに描かれている。目も口もない。
ほむらはぞくりとした。
その仮面にじっとりと見つめられている気がしたのである。
魔獣が動いた。

ほむら「あっ……」

足を払われ、尻から倒れるほむら。
手から離れたライフルと拳銃が刀によって遠くに弾き飛ばされる。
まったく無造作に、魔獣が刀をほむらの左腿に突き込んだ。

ほむら「ああああああああッ!」

地面に縫い止められたほむらが絶叫する。

どぷりと溢れた血が雨に流されていく。
土を掻き毟るほむらの指が、最初に落とした拳銃に触れた。必死にそれを拾う。

ほむら「うううううぅぅぅぅっ!」

涙で視界を歪ませたまま撃った二発はどこにも当たらず、一発はどこからともなく魔獣が引き抜いた刀に防がれた。
四発目を撃つ前に拳銃が蹴飛ばされ、ほむらの胸に真っ黒な切っ先が突き込まれる――

杏子「おらァ!」

その刀を弾いたのは杏子。

杏子「ひとりで無理してんじゃねーよヘナチョコ!」

ほむら「き、杏子……!」

距離を取ろうとする魔獣を追って杏子が跳ぶ。

大上段から振り下ろされた槍を片手で捌いた魔獣がその上を走って杏子に肉薄。
ばらりと多節棍に姿を変えた槍を蹴って魔獣が刀を振り抜く――

マミ「こっちを見なさい」

その横からマミによる百に近い数のマスケット銃の一斉射撃。
痛いほどの銃声が鳴り響く。

杏子「こりゃ壮観だ」

着地した杏子がからから笑う。

マミ「可愛い仲間にひどいことしたんだもの。当然のおしおきよ」

ほむらはさやかによって治癒を受けた。

まどか「ほむらちゃん! ごめんね、遅くなって」

まどかがほむらに駆け寄る。

杏子「まーマミのあれじゃ跡形もねー……」

煙の向こうからぼろぼろになった魔獣がそれでも歩いてくる。

杏子「うそ、だろ……!?」

マミ、杏子、さやかが身構える。
魔獣は煤けた仮面の奥からくぐもった声を出した。

???【悪……は、斬る……】

マミ「なんなの……この魔獣……!」

魔獣がすっとこちらを指さす。

???【背信者……裏切り者……嘘つき……偽善者……】

順番に杏子、ほむら、マミ、さやかを指し、

???【魔女……!】

そう言いながら握った刀の剣尖をまどかに向ける。
まどかは黙ったまま魔獣を睨んだ。

ほむら(魔女……どうして今になってその言葉が出てくるの……)

ほむらは自宅でぺたりと座り込んでいた。
昨晩はマミと杏子が魔獣を片付けて解散した。

ほむら(あの感覚はたしかに魔女……ならばあの時間停止は魔女の仕業?)

今日の学校でもほむらはいつもよりさらに口数が少なかった。
まどかやさやかともまともに会話できなかった。
教科書とノートを机に広げたまま、手もつけられない。
ほむらは悩んでいた。

ほむら(でも、魔女はまどかの願いによって消滅したはず……あぁまどかが魔女ってどういうことなの……
    いえ、魔獣のいうことなんて信用するものじゃないわね……)

仮面の魔獣のことを思い出してほむらはぞくりとした。
無意識に左腿を撫でる。
もう傷も痛みもない。なのにこの不気味な気持ちはなんだ。

私に見えないところからあの仮面に見つめられているような、気がする。

ほむら「……そんなわけ、ないわ」

思わず口に出してそう言うほむら。
まるで自分に言い聞かせているみたい。そう思った。だが真実その通りなのだ。
後ろに死んだはずのまどかが立っていて、ぼそぼそとなにか言っている。


    ――ほむらちゃんのせいだよ。


そうだ。
私はすべてを犠牲にしてきた。
目的であるはずのまどかをも見殺しにして、私はもうずっと出口のない迷宮を彷徨っていたの。
まどかに因果を背負わせたのは私。
すべては私のせいなのだ。
ゆっくりと、まどかの手が私の首にかかる。
まどか。
まどか。
貴女に殺されるなら、
本望よ。

見上げると、仮面をつけたまどかが肩を震わせている。
あは。
あははは。
あははははははは!
狂気を孕んだまどかの笑い声が脳髄に沁みこむ。
私も笑って、涙を流した。



――ぴんぽーん。

気の抜けるような呼び鈴の音。
ほむらは目を開いた。
机に伏していた上体を起こす。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
なにかまた悪い夢をみていたような気がする。
ほむらはぼんやりしたまま玄関の扉を開いた。

ほむら「あ……まどか」

まどか「えへへ。ほむらちゃん、ちょっといいかな?」

ほむら「え、ええ」

まどかは畳に腰を下ろした。
顔を洗ったほむらがお茶を運んでくる。

まどか「ありがとう。ほむらちゃん」

ほむら「それで、どうしたのかしら。貴女がひとりでうちまで来るなんて珍しいわね」

まどか「やっぱりメール見てないんだね。返信ないから来ちゃったの」

ケータイを確認するほむら。

ほむら「ごめんなさい、眠ってしまっていて」

まどか「うっううん! いいんだよそんなの。それでね、」

言葉を切ってまどかがうつむく。
しかしすぐに決然と顔をあげた。

まどか「――わたしのなかの魔女について、話しておこうと思って」

ほむらはわずかに目を見張った。

ほむら「……どういう、意味かしら」

まどか「わたしの願いですべての魔女は消え去った。そう話したよね」

ほむらは頷く。

まどか「あれは、嘘なの」

ほむら「え」

まどか「本当は、魔女はみんな折り畳まれてわたしのなかに封印されているの」

絶句しているほむらを見つめながら、まどかはすべてを打ち明けた。

すべての魔女を消し去る願いは、すべての魔女を重ね合わせた最悪の魔女を生む。しかしまどかの願いはその最悪の魔女すら消し去る。
願いが叶えば呪いが撒き散らされ、魔女は再び生まれる。
この無限に循環する祈りと魔女を、まどかはその存在のなかに封じ込めているのだ。
ほぼすべての魔力を使って。

まどか「わたし、魔力がなくなっちゃったんじゃないんだ。魔女を封じるので精一杯なんだよ」

ほむら「そんな……うそよ……」

ほむらの顔からは血の気がひいている。

まどか「ほむらちゃん。ごめんね」

まどかは哀しそうに笑った。
ほむらは震える手を伸ばした。
まどかがそれを優しく握る。

ほむら「やっとまどかを救えたって、そう思っていたのに……そんな……」

いやいやというふうにほむらはかぶりを振った。
涙がぱたぱたと零れる。

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「もう繰り返すこともできないのに……ッ!」

ほむらは顔をあげた。
瞳から溢れた涙が頬を伝う。

ほむら「ごめんなさい、まどか……! 私、約束を守れなかった……ッ! 貴女を救うと約束したのに……」

まどか「ううん。それは違うよ、ほむらちゃん」

まどかはほむらの手を撫でる。

まどか「わたしね、願いが叶って嬉しかった。みんなの祈りを絶望で終わらせないようにできて本当によかったって、そう思うんだ」

ほむら「まどか……」

まどか「でもね、悔しいけど、魔女はまだいるんだ。わたしのなかに。そして魔法少女と引き合うの」

ほむら「引き合う……?」

まどか「そう。未だいないほむらちゃんの魔女は折り畳まれたままわたしのなかからほむらちゃんに手を伸ばしているの」

ほむら「じゃあ、やっぱり――」

あの時間停止は魔女の仕業なのだ。
そしてその魔女の正体はほむら自身。

まどか「うん。ソウルジェムが濁るとそれだけ魔女は近付いて、そうして一気に魔力を失う。
    ほむらちゃんは最近、気分が沈んだりすることはない?」

ほむら「え、ええ。あまり優れないわね。悪夢ばかり見るし」

まどか「たぶんそれは、魔女のせいなんだと思うよ。だから負けないで。絶望しないで」

真剣な表情のまどかに、ほむらは強く頷いた。

まどか「それでね、もうひとつ黙ってたことがあるんだ」

ほむら「まだ、なにかあるの……?」

涙を両目にたたえてほむらは不安そうにした。
そんなほむらの頭をまどかが柔らかく撫でる。

まどか「今度はそんなに悪い知らせじゃないと思うな。ほむらちゃんの魔女を探し出して、やっつける方法があるんだよ」

休日の早朝。
もう少しで夜が明ける時間に、ほむらは人気のない公園にいた。

マミ「おはよう。暁美さん」

夜露の乗った花を見ていたほむらは立ち上がって振り返る。

ほむら「おはよう、巴マミ。今日はよろしくお願いするわ」

マミはストールをかけなおしながら微笑んだ。

マミ「暁美さんのお願いだもの。はりきっちゃうわ!」

ほむらの魔女は時間を停止させる。
自分自身であるほむらに効果がないのは魔女になっても同様のようなので、同じくほむらに触れていれば停止を回避できるのではないか。
そうなれば戦力としては実に貧弱なほむらだけで魔女に挑むという無謀をせずに済む。

マミ「言われてみれば遠距離メインって私だけなのね」

そしてほむらに触れたまま、魔女と距離をとって戦えるという点でまどかが選んだのがマミだった。
さやかや杏子、そしてまどかは今回役に立たないどころか邪魔なので、ここにはいない。

ほむら「そうね。私ももう銃火器を濫用できないし。でもできるかぎり足を引っ張らないようにするわ」

マミ「大丈夫よ、任せて! 暁美さんには先輩みたいな顔できないから、頼ってもらえてなんだか嬉しいわ」

ほむら「……巴さんはいつだって素敵な先輩でした」

マミ「えっ?」

ほむらはすとんとベンチに腰を下ろした。
マミも隣に腰掛ける。

ほむら「……巴マミ。この戦いが終わったら、謝らなければならないことがあるわ」

マミ「暁美さん……?」

ほむら「今は、まず、魔女を倒す」

マミ「ええ!」

ほむら「奴は私の精神に攻撃してくる。これを渡しておくわ」

必要があれば、それを私に見せて。
言いながらほむらは自分のケータイをマミに手渡す。
画面を確認して、マミはそれを仕舞った。

ほむら「それじゃあ、始めるわよ」

差し出されたほむらの手をマミが握る。

マミ「がんばりましょう、暁美さん!」

ほむらは目を閉じ、魔女のことを考える。
まどか曰く、魔女がほむらに接触できるように、ほむらからもそれが可能だろうということだった。
ほむらから手を伸ばせば、魔女は食いつくはず。
集中し、想いを飛ばす感覚でほむらは考えつづける。

ほむら(絶望し呪いを撒き散らす私自身)

ほむら(まどかに巣喰い、苦しめている災厄)

ほむら(ここで、必ず、倒す!)

マミ「暁美さん……!」

目を開く。
時間が止まっている。
マミは無事、停止を回避できていた。

ほむら「――くる!」

空気が変わる。
あまりにも禍々しい雰囲気に吐き気を覚えるほむら。
心に暗雲が広がっていく。
精神攻撃だ。
わかっていても気持ちは落ち込み、涙がにじんでくる。


    ――ねぇ、ほむらちゃん。


耳元であの日死んだまどかが呟いた。


    ――こんな世界、めちゃくちゃにしちゃおうか。

    ――わたしが死ななくちゃいけない世界なんてさ。


ほむら「ぐううううう……!」

マミ「暁美さん!?」


???《――サ荀ネ。「ツわって、――》

へたりこむほむらに耳元から囁き続ける死人。


    ――わたしが死んで、ほむらちゃんが幸せになるなんて、ずるいよ。ひどいよ。

    ――わたしだって幸せになりたかった。


マミ「暁美さん! どうしたの!?」

マミの必死な呼びかけも聞こえないかのように呻き続けるほむら。





???《――わた、キ、ネ。「ツ螟って、――》





    ――ほむらちゃんはわたしを殺して幸せになってるんだよ?


ほむら「うあああああッ!」

頭を掻き毟るほむら。
マミは手を離さないように必死である。マミにはなにも聞こえないのだ。
がたがたと震えるほむらの目はもはや現実を見てはいない。
何度も何度も、まどかが苦しみ絶望して死んでいくところを見せられているのだ。







???《――私と、代わってよ――》





ほむらの後ろに魔女が現れていた。
頭のかわりに針のない時計盤を載せ襤褸をまとった少女。その手足はがんじがらめに縛られ、どろどろと黒く液化している。
階段の魔女。その性質は欲望。
己の決意を忘れ、からっぽのまま何かを求めてどこにもたどりつかない階段を上り続ける。
もう何も手に入れられない。求めているものが何かもわからない。

魔女《――絶望した私と、代わってよ!――》

後ろに立ったままぐりんと体をねじまげて魔女がほむらの顔を覗き込む。

マミ「暁美さんから、離れなさい……ッ!」

ほむらを引っ張りながらマミが発砲し、魔女の体に穴を空ける。
魔女はぐねぐねと反応したがダメージを与えられている様子はなかった。

ほむら「ぃ……いや……まどか、まどかぁ……」

ほむらはまだ幻覚を見ている。そのソウルジェムが急激に濁っていく。

マミ「暁美さん! しっかりして!」

マミは変身してさらに魔女を撃つ。
ばちゅ、びち、と音を立てて魔女の体が弾けるが一向に堪えないようだ。

ほむら「ごめんなさい、ごめんなさい……」

ほむらは力無くうずくまり、動けなくなってしまった。
ぱたぱたと涙が落ちる。

マミ「暁美さん! これを見て! 見なさい!」

マミがさきほど預かったケータイをほむらに押し付ける。
呆然としたままほむらが見たのはまどかからのメール。


fromまどか
『がんばって。』


たった一言の短いメール。

ほむら「まどか……」

だが、それを見てほむらの涙は止まり、瞳には光が戻った。

マミは安堵し、魔女に顔を戻す。

マミ「――!」

魔女の姿がない。
マミがしまった、と思うと同時に背中に衝撃。

マミ「きゃあ――」

吹き飛んだマミの悲鳴が途絶する。
ほむらから手を離してしまい、時間停止に飲み込まれたのだ。
立ち上がったほむらにも魔女の攻撃が襲い掛かる。
その攻撃は触手。
魔女の襤褸のしたから伸びた触手による打撃である。
ひらりと触手を躱して変身したほむらはケータイを仕舞う。

ほむら「……みじめなものね、未来の私。魔女化するなんて」

蠢く魔女を睨んで、ほむらはそう吐き捨てた。

魔女《――私は、まどかの死んだすべての世界の私が集合した存在――時空を越えた呪いと祟りを――》

魔女の輪郭が膨張した。
次の瞬間、弾けるように無数の触手がほむらへと走る。

魔女《――喰らうがいい!――》

圧倒的な速度で迫った触手の群れを軽い身のこなしで回避したほむらは、いつのまにかその手に弓を携えている。

ほむら「お前がどれだけ私を絶望させようとしても、私は負けない」

その弓に紫色の光の矢をつがえる。

ほむら「まどかの幸せな世界を守るために、戦い続ける!」

放たれた光の矢が防御をかためる触手に突き立ち、爆発を起こす。
願いを叶えた祈りが、心に応えて形を変えた。それがほむらの新しい力。
押し迫る絶望に屈せずに希望を抱き続ける魔法少女は、その心のままに進化を遂げるのだ。

だが。

魔女《――幸せそうね――》

煙が晴れて姿を現した魔女はまったくの無傷だった。
ほむらは表情を変えない。

魔女《――私と、代わってよ――》

迫りくる触手を撃ち落としたほむらに、魔女が肉薄。
触手を囮にした魔女の両腕がぞぶりとほむらの胸に沈んだ。

ほむら「ぐッ!」

魔女の腕を中心にして、ほむらの姿がゆっくりと変容していく。
黒く、どろどろとしたなにか。
それは過去さやかが魔女化する直前、絶望に呑まれたときと同じだった。

ほむら「まさか……!」

魔女《――貴女は私――私は貴女――それなら貴女の魔力を奪うことだって――》

がらん、と魔女の時計盤が落ちる。
表れたほむらと同じ顔がにたりと笑う。

ほむら「――できるのよ」

腕を抜き取った魔女の身体が光に包まれ、ほむらと同じ魔法少女へと変貌した。
それはもはやほむらそのものだった。
一方ほむらは不気味な姿へと変わり果てている。魔女としか見えない姿に。

魔女「ううう……あぁぁ」

弓も消え去り、ほむらに残っているのは盾だけである。
しかし時間停止はこの魔女には効かない。
たとえ停止できたとしても、マミの銃撃もほむらの弓も通用しないのだ。
まともな声も出せない体になって、ほむらはただその腐敗した手でその身を掻くしかできないようだった。

ほむら「終わりね。あとは時間停止の解けたピエロに殺されてしまうがいいわ」

ほむらの姿をした魔女は実に愉快そうに唇を歪めて、停止しているマミを一瞥した。

ほむら「そして今度こそ私はまどかと幸せになる。絶望したぶん、私は幸せにならなければならない!」

吼えるようにそう言って魔女は高らかに笑う。
そして髪を掻き上げ、撫で、嗅いで、恍惚とした。

ほむら「すてき、すてきよ! 私はきれい! 私は美しい! 嗚呼、私は幸せ!」

両手を広げ、時間の停まった空を見上げる魔女。



ほむら「私は幸せ――」


その、左手の甲で輝いていたソウルジェムに、

ほむら「――っ?」

魔女のようなほむらの撃った銃弾が命中した。
ばちゃばちゃとほむらにまとわり付いていたどろどろがこぼれ落ちる。

ほむら「ソウルジェムを砕かれると、魔女だろうと死ぬのね」

笑顔のまま魔女が後ろ向きに倒れる。
同時にその体がブロック状に分解し、ばらばらと転がった。
ほむらは銃を盾に仕舞う。

ほむら「――お前のそれは幸せなんかじゃない」

ほむらが見つめるさきで魔女の破片がどろりと宙に溶けた。

マミ「――あああっ!」

時間が再び流れはじめ、マミは勢いよく地面に顔面をぶつけた。

ほむら「巴さん……」

ほむらはため息をついた。
空が白みだしている。夜が、明けようとしていた。

杏子「で、今日はなんだっつーんだよ」

簡素なほむらの部屋で、杏子はどさりと腰を下ろした。

さやか「や、わたしもよくわかんないけど、大事な話とか」

さやかもその隣で膝を抱える。

マミ「ごめんなさい、遅れちゃったわね」

杏子「おーマミ、罰としてそのお菓子をアタシによこせ」

マミ「心配しなくてもちゃんとみんなのぶんあるわよ」

さやか「てゆうかあんたはずっとお菓子食べてんじゃん」

マミが持ってきた袋を座卓に置いた。

まどか「あ、マミさん。こんにちは」

ほむら「貴女が遅れるなんて珍しいわね」

水屋からまどかとほむらがジュースを運んできた。
それぞれが座卓を中心にして座る。

ほむら「……今日は、秘密にしていたことを話そうと思って」

ほむらがそう言うと、杏子はぴくりと反応して、じろ、とほむらのほうを見た。

まどか「あ、ごめんね。わたしから先にお話させてもらってもいいかな」

さやか「な、なによあんたら」

マミ「話す気になったのなら、聴きましょう」

まどか「ごめんね、ほむらちゃん」

ほむら「いいえ。かまわないわ」

ほむらは髪を払った。
一息ついて、まどかはほむらに語った改編の真実を話し出した。

さやか「なに、それ……。まどか、あんたそれ本当なの……?」

まどか「本当だよ。わたしのなかにはすべての魔女が重ね合わされて封じられてるの」

マミ「話してくれてありがとう、鹿目さん。ひとつだけ教えて。どうして、嘘をついたの?」

まどか「……ごめんなさい。ただ、新しい世界で幸せになっているのに、辛い『ほんとうのこと』を知る必要があるのかと思って……。
    でもわたしの傲慢でした。みんなにはちゃんと伝えておかなきゃだめだった」

マミ「教えてくれてありがとう。嬉しいわ」

さやか「なんか杏子、反応薄いね」

杏子「んー。だいたい想像つくだろ。前に考えをまどかに話して、確かめてるしな」

さやか「なんですとーっ。教えてくれたっていいじゃんかー」

杏子「うっせーな、まどかが話さねーことをアタシが言えねーだろーが」

マミ「そうね。話す気になるまで待とうと、私も思ってたわ」

さやか「マミさんも気付いてたんですか!」

マミ「薄々、ね。なにか妙だと思ったもの。それで、今日話してくれた理由は、もしかして暁美さんにあるのかしら?」

マミの言葉にまどかは頷いた。

ほむら「それじゃあ、私の話をするわ」

そして、ほむらは、何度も繰り返した一ヶ月のことを話した。

ほむら「……だから、私は戦い続ける」

さやか「ほむら……」

ほむら「なによ美樹さや、……!」

泣き出したさやかにほむらはぎょっとした。

さやか「ほむ゛ら゛あっ、あん゛た、辛がっだんだねぇ~っ!」

杏子「なんでさやかが泣いてんだよ……」

さやか「そーゆーあんただって、泣いてるくせにっ!」

杏子「は!? えっ!? うわあ見んな見んな!」

杏子は両手で顔を覆った。

杏子「なんで……アタシ二度目なのに……うぅ~っ」

マミ「暁美さん。今の私たちがあるのは、貴女のおかげなのね。ありがとう」

ほむら「そんな、こと……」

ほむらの言葉が途切れた。
その瞳からはらはらと涙が零れる。
涙を流していることに自分自身で驚いて、ほむらはそれに細い指で触れた。

さやか「ち、ちょっと、ほむら?」

ほむら「美樹さやか。仲良くしようとしてくれたクラスメイト。いつも明るい貴女が絶望していくのは私も苦しかった。貴女を救えなくて、……ごめんなさい」

涙を流したまま、ほむらが淡々と言う。

ほむら「杏子。いつも私と戦ってくれた仲間。貴女の優しさには何度も救われた。それなのに助けられなくて、ごめんなさい」

さやかはまた溢れた涙を拭き、杏子は悔しそうに顔を伏せた。

ほむら「巴マミ。私たちの素敵な先輩。私が失敗したときも励ましてくれた。私から歩み寄れなくて……、ごめんなさい」

マミ「暁美さん……ぐすっ」

ほむらは隣を向いて、まどかを見つめた。
微笑みながら頷くまどか。

ほむら「まどか。私の大事な、最初の友達。貴女を……っ、貴女を……!」

言葉に詰まったほむらはただ手をまどかに伸ばす。
まどかはその手をとって、ほむらを抱き寄せた。

まどか「もういい。もういいんだよ、ほむらちゃん」

ほむら「まどか……! まどかぁ……っ、うわあぁん」

ついにほむらが泣き声をあげ、まどかに抱きすがる。
まどかは慈しむようにその頭を撫でた。




まどか「……というわけでほむらちゃんは魔女を撃退して、とりあえずの魔女化を防ぐことができた」

まどかが四人を見回す。
ほむらはものすごく恥ずかしそうにしている。

まどか「でもね、魔女はいつでも機会を窺ってるの。わたしのなかから這い出て、呪いを世界に振り撒こうとする。
    だからみんなは、絶望しないで。すべての呪いはここにある」

まどかはそっと自分の胸を押さえた。

まどか「だから、みんなは絶望する必要なんて、ないの」

そういってまどかはほんのりと笑んだ。

マミ「さて! それじゃ、パーティを始めましょうか!」

マミが嬉しそうに手を叩いた。

杏子「なんの話だよマミ」

マミ「あら。プリ・マギカ・レギオン結成記念パーティをするってこの前話したじゃない」

杏子「初耳だぞ……」

さやか「ほーら杏子、コップ持って」

マミ「はい、じゃあかんぱーい!」

まどか「えへへ、乾杯」

杏子「かんぱー」

さやか「かんぱーいっ!」

ほむら「乾杯」

かちかちんとグラスが小突き合わされる。

湿度の高い空気は振り払われ、いつもの賑やかな雰囲気だった。

杏子「おーケーキだ! 毎日見てるけど食うのは久しぶりだなー」

さやか「そういや杏子、ケーキ屋でバイトしてんだっけ」

マミ「まじめで一生懸命で、いい子だってお店のひとも言ってたわよ?」

杏子「だッ、何言ってんだばか! もーっあのオッサン……」

ほむらは哀しい気持ちが消えていくのを感じた。
私はここにいていいのだ。
ここにいたいのだ。
胸の奥からなにかあたたかいものが拡がる。
ほむらはまた目が潤み出して、目をしばたいた。

杏子「なんでマミがアタシのバイト先知ってんだよー…」

まどか「わたしが教えたんだよ、杏子ちゃん」

杏子「おいまどか。ちょっと表でんぞ」

さやか「まどかー今度いっしょにいこーよー」

まどか「それいいね、さやかちゃん」

杏子「やめろうぜぇ! 来たら殺す!」

さやか「ほむらもいっしょにいくよねーっ」

さやかが笑いかける。

ほむら「――ええ、もちろん」

ほむらはその、確かなあたたかさを抱いたまま、やわらかく微笑んだ。

さやか「うおっ、ほむらが笑った! ち、ちょっと破壊力ヤバイよこれ」

まどか「ほむらちゃんはきれいだからね」

マミ「クラスの男子もめろめろなんじゃないかしら」

杏子は口の端を吊り上げて鼻を鳴らした。

さやか「ぬおーっあたしがクラス一の美人なのにー!」

まどか「初めて聞いたけど。というかさやかちゃんってラブレターすらもらったことないよね」

さやか「えっ、ま、まどかさん? なんか手厳しくないすか……」

ほむら「まったく、さやかは本当にどうしようもない愚か者ね」

ここにいたい。
このあたたかい場所を守っていきたい。
これが私の気持ちなのだ。
ほむらはそう思いながら、もう一度、ほわりと微笑んだ。
そして誰にも聞こえないように呟く。



ほむら「私は幸せ――」






おしまい

ありがとうございました。

>>133

マミ「あなた誰なの?」
QB「確かに “この僕” は、三時間ほど前まで君のそばにいたのとは別の個体だよそちらは暁美ほむらに撃ち殺された」
黒い魔法少女。暁美ほむら。あの女だけは、絶対に許さない。
まどか「わたしの願いでマミさんのそばにいた子を蘇生すれば、ほむらちゃんのこと許してあげられませんか?」
こんな感じの旧QB蘇生キュゥマミ魔法少女全員生存ワルプルギス撃破書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
マミ「今日も紅茶が美味しいわ」

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