エレン「大丈夫」(26)

ミカサ「大丈夫」の続き的なもの。
読まなくてもそんなに問題はない。


母さんが死んだ時俺は巨人がひたすら憎かった。

駆逐してやる駆逐してやる駆逐してやる。

そう思って生きてきた。


ミカサは俺に「ありがとう」と告げると目を閉じた。

握った手が体温を失っていく。

こいつは寒がりなんだ。

こんなのはだめだ。

もっと握ってやる。

暖めてやる。


思えば俺はこいつに冷たくしていたのかもしれない。

おまえはいつだって俺より強くて先を行って。

余裕な顔で俺の世話を焼く。

なんでも簡単にこなしちまうお前にイライラした。

…俺がおまえに劣等感を抱いてたなんて知らないだろ?


母さんとの約束でおまえを守ってやりたかった。

…いや、本当は言われるまでもなかった。

俺が、自分の意思でおまえを守ってやりたかったんだ。

それなのに…こんなのあんまりだろ。

おまえらしくない。


おまえは俺が手を握らないとシュンとする。

おまえは俺が一緒にいないととシュンとする。

おまえは俺が名前を呼ばないとシュンとする。

そんなおまえを見て優越感を感じていたなんて俺はガキだった。


明日は手を握ってやる。

明日はずっと一緒にいてやる。

明日はもっと名前を呼んでやる。

だから目を覚ませよ。


おまえは誰より強くなければならない。

俺が追いついて追い越すまでは。

そしておまえのピンチに最高のタイミングでおまえを助けるんだ。

ヒーロー、ヒロイン的な話でいいと思わないか?

女はみんなそんな話が好きなんだろ?

だからこんな所で死んだらだめなんだ


―――

気がつくとガタガタと荷台が揺れていた。

アルミンが心配そうに俺を見ている。

何度も大丈夫?と聞いてくる。

…今まで俺は何をしていたっけ?

確かミカサの―…




俺は手を握っていた。

もう冷たくなったミカサの手を。

そのミカサの体は布に包まれていた。

…荷台にミカサと一緒に乗っているようだ。

思い出すと体の中の血がサッと引いた気がした。

目眩がする。


ミカサは死んだ。

はっきりと認識していたつもりだった。

だがこうやって布に包まれたミカサを見るまで現実感がなかった。

手が冷たい。

動かない。

俺が名前を呼んでも反応しない。

あんなに俺が名前を呼ぶと嬉しそうに反応したのに。


―死体を壁まで持って帰れるなんてラッキーだな。こいつは幸せだよ。

―眠ってたらこいつも美人だ。

―鬱陶しい世話を焼かれないと思うと清々するよ。

そんな見当はずれな事を言ってしまう。

アルミンは一言『そうだね』と言った。

俺の握ってるミカサの手を見つめている。


壁内に着くと俺は拘束されそうになる。

俺は巨人だもんな。

そりゃ閉じ込めないとだめだよな。

ミカサの手を離す事が出来ない。

自分の意思で離さないのにミカサに「行ってはだめ」と言われ、引きとめられてるような気がした。

あいつは本当に心配性だから。


憲兵が俺を無理矢理ミカサから引きはがそうとした時いつの間にかやってきたリヴァイ兵長が止めた。

リヴァイ兵長の隣にアルミンがいた。

…気を使ってくれたんだな。

アルミンはいつだって冷静で気が回る。


夕方になると遺体が燃やされる。

回収できた遺体はそんなに多くない。


俺は最後のお別れの瞬間までミカサと一緒にいる事が許可された。

横たわるミカサの隣に座る。

布をめくるとミカサの白い顔が見える。

吐きだした血の跡がうっすらと残っていた。

そっと拭ってやる。


ミカサの顔を見つめる。

もうすぐお別れだ。

涙はもう出なかった。

…次会うのは俺が死んだ時だな。

そう呟き、そっと口づけた。

『家族』にこんな事しちゃいけなかったか…?

照れてるか?

俺は恥ずかしいよ。


『談笑』しているとお別れの時が来た。

調査委兵団の仲間がミカサを担ぎあげる。

布の間からマフラーがするりと落ちた。

そっと拾い上げる。

出会った時に俺があげたものだ。

いつの間にかミカサのトレードマークになっていた。


―遺品だ。ミカサがエレンに持っていてほしかったんだろう。

そう言われ、俺がもらっておく事にした。

首に巻いてみる。

随分経つのにほつれや汚れはあまりなかった。

…最後についた血以外は。

大事に大事に身につけていたんだろう。

俺はギュッと握りしめた。


アルミンは心配そうに俺を見ていた。

…ずっと俺に気を使いつづけている。

自分も泣きたいだろうに。

「あー…これから忙しくなるな。すごい戦力の喪失だ。がんばらないとな」

俺は巨人を駆逐しなければならない。

そしてアルミンと壁の外を探検して、死んだ時にたくさんその話をミカサにしてやろう。


…天国はあるんだろうか?

俺もミカサも人を殺している。有害な獣だったけど。

だからもしかして天国にいけないかもしれない。

ミカサは天国にいけなくて寒い思いをしているかもしれない。

だからまた会う時にマフラーを巻いてやろう。何度でも。

だからおまえは何も心配しなくてもいい。


「エレン大丈夫?」

相変わらず心配そうな顔をアルミンはしている。


「俺は大丈夫だ」

ニッと笑ってみせた。


おわり

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