弟子「森の中で女の子拾った」賢者「すぐに捨ててこい」 (65)

――???――

弟子「あ~めんどくさい、結界ぐらい自分で点検してくれよ本当にあの人は……」

弟子「んっ? なんかある……動物の死体でも倒れているのか?」

少女「ぅ……ぁ……」

弟子「ありゃ、行き倒れか――でも珍しいな結界を抜けられるなんて」

俺“達”が住む地には滅多な事では進入を許さない人避けの結界が貼られている。

奥へ進もうとすればその者の方向感覚を狂わせ、知らぬ間に元の場所へと戻す効果がある。

なのに少女は結界の『中』――効果が及ばない範囲の内側まで進入していた。

弟子「どうしようっかな……」

普通なら見向きもしないが、自分と年頃は同じくらいの少女。

さすがに見捨てるのは気が引ける。

なので連れて帰る事にした。

弟子「師匠、絶対に文句言ってくるだろうな~?」

少女を荷物として運ぶがごとく、脇に挟んで元来た場所へと戻っていった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1382594732

――賢者と弟子の家――

弟子「ただいま~師匠……あれ、師匠? いないんですか?」

優しい香りが木材から微かにする場所。

精神を安定させ、心を落ち着かせる効果がある。

室内には所々と刻印(ルーン)が刻まれ、魔法的要素が付加されているこの家は一種の聖域と化していた。

弟子「やっぱり研究室の中で籠ってんのか? あの人たまに飯食うのと用事がある以外は一日中そこにいるしな」

いつもの事なので気にしない。

とりあえず要件を伝えようと奥にある研究室へと向かおうとした。


バタンッ!!


これと同時、奥から勢いよく扉が乱暴に開かれると、一人の男が高速で部屋から出てくる。

弟子「あ、師匠!」

白髪で歳は中年辺りだが、威厳のありそうな顔をした男――弟子の魔法の師匠がこちらへと近づいてきた。

弟子「聞いてくださいよ師匠、さっき結界の点検に行く途中で――ぼぎぇっ!?」

弟子の説明は最後まで続く事はなかった。

賢者「死にたくなきゃ早くここから出ろっ!」

なぜなら、弟子の顔には賢者の厚底ブーツがめり込み、そのまま来た道に蹴り飛ばされたからだ。

賢者もまた、急いで家から出た瞬間に家は内部から光を発するや爆発を起こした。

その威力、家全体を奮わせ、窓ガラスを内側から吹き飛ばす程。



*ネット環境が悪くて変に投稿される形になるかもしれません。
もう何度も同じボタン押してスレも重複しているかも……。
ご了承くださいませ。

賢者「危なかった、火竜の血清を希釈率20倍じゃなくて5倍の物が入ったフラスコを選んじまったから暴走したんだな」

弟子「痛いっ! 師匠酷いですよ! 避難させるならせめて普通に誘導してください!」

賢者「アホか、元から理解力の乏しい貴様に一言言っただけで分かる訳ないだろ」

弟子「ば、馬鹿にしないでください! これでも判断力には自信があるんですから!」

賢者「貴様ごときの判断力など期待するだけ無駄だ。犬にお座りを命令するくらいにな」

弟子「俺って犬以下に見られてんですか!?」

燃える家を背景に弟子と賢者は途方もない口論を繰り広げる。

弟子「それより家! このままだと全部燃えちゃいますよ!」

賢者「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。縫われていいのならその口閉じるの手伝ってもいいが?」

弟子「」

賢者は火消しとして水の魔法を呪文詠唱して行使していく。

集められた水分は家上空に雨雲を形成し、局所的な雨を降らせていく。

これにより、ものの一分も経たない内に火は全て消えていた。

賢者「ところで、貴様の傍で横たわっている奴がいったい何なのか簡潔に説明して欲しいんだが?」

少女「」

弟子のすぐ傍には一緒に吹き飛ばされていた少女が相変わらず気絶していた。

弟子「俺にも良く分かんないんですけど……一応、侵入者?」

賢者「よし、さっそく結界の外に捨てるか地中深く穴を掘って埋めてこい」

弟子「後半やったら人として終わっちゃいますから?!」

賢者「じゃあなんでわざわざ侵入者をここへ連れてきたんだ貴様は! 何のための結界だと思ってる!」

弟子「そうなんですよ、この子、結界の中へ普通に入ってきてるんです」

弟子にもそこが分からなかった。

森に張ってある賢者特性の結界はそこいらの魔法使い、ましてや素人が破れる程の代物ではない。

少女は整った顔立ちをしている可愛げな存在。

それ以外は特に起筆する事などありはしないのに――。

賢者「案外、森“自体”に用があった死にたがりかもしれんな」

弟子「その、つまり……自殺願望者って事ですか?」

結界の内側は安全、だが、この森そのものは強力な魔物が徘徊する魔の森でもあった。

装備もろくにない少女が安々と入りたがるような場所ではない。

少女「ぅ……」

二人が疑心と困惑を持つ中、今まで閉じていた少女の瞳がゆっくりと開けられていく。

どうやら疑惑の元はお目覚めとの事だ。

少女「ここは……?」

弟子「僕達の家の前ってとこかな?」

少女「――ッ!? 何者ですか貴方達は!」

弟子「あー警戒しないで警戒しないで! 俺達はこの森で倒れていた君を保護したというか、連れてきたというか……」

少女「…………」

少女は警戒心を解くつもりなど更々ないらしい。

せっかく助けてやった、だとか恩着せがましい事をする気は二人にはない、が――。

少女がこの森に一人で来た理由が何より知りたかった。

弟子「じゃあさ、どうして君はこんな場所にまで来たんだい? それさえ教えてくれたら無事に帰してあげるからさ」

少女「…………」

相変わらずだんまりを貫き通すつもりだ。

流石にこのままという訳にもいかない。

この状況を打破するにはどうすればいいか、弟子が頭の中で試行錯誤を繰り広げていた。

賢者「……5」

だが時間は有限である事を忘れてはいけない事を少女は何より理解しなくてはいけなかった。

賢者はもっぱらイラついていた。

続きを始めたい研究があるのに、邪魔としか言いようがない侵入者の件でいつまでも付き合っている余裕がなかったのだ。

これを表現するように、賢者の手は数を数えながら指を一本づつ折って制限時間を伝えていく。

賢者「……4」

弟子「あの、師匠……数なんて数えて何を……」

賢者「……3」

弟子「あ、あはは……まさか、ねぇ? 俺と同じくらいの子供相手に……そん、な……」

賢者「……2」

弟子「……頼む! 早く説明してくれ! でないとこの人、何しでかすか本当に分かんないから!」ドゲザズザー

少女「え、あれ?」

少女はまさか土下座されるとは思わなかったので一瞬、呆然となる。

そんな鬼気迫る顔で懇願してくる弟子にようやく不穏な空気を感じ取った少女は決断する。

少女「実は、この森に住む賢者様に昔の縁を辿って私は参られたのですが……もしや、貴方様が賢者様では?」

少女の目的は賢者だった。

それも昔の縁と少女は言っている。

つまり、賢者と少女は少なからず関係があるとされてるに等しい。

目的の意識を向けられている賢者は静かにカウントダウンを止め、少女の姿をじっと見つめる。

おそらく何かを思い出そうとしているに違いない。

賢者「……お前、親類に『冒険者』という奴はいるか?」

少女「は、はい! その通りです! 冒険者は私の祖母です!」

三代に渡った縁。

これを述べると、賢者は何歳になるのか疑問に思う筈だ。

姿は中年辺りだが、弟子も知っている通りであれば、賢者は実をいうと100年余りの時を過ごした存在でもあった。

賢者「そうか、あの女の孫か……」

何やら遠い昔を思い出している風な顔をして賢者はしみじみと浸っていた。

閉じた目をゆっくりと開き、少女に視線を向けるや――。




賢者「だったらなおさら帰れ。二度とこの森に近づくな」




はっきりとした拒絶の言葉を投げつけたのだった。

すみません、今回はここまで……。
明日また昼ごろに再開させていただきます。
正常に投稿が完了していると良いなぁ・・・。

少女「そ、そんな! 訳を、訳をお聞かせください!」

賢者「聞いてどうする。何も変わりはしないのだから言うだけ無駄だ」

少女「なおさら納得がいきません! これは賢者様の事情と同時に私の家族の事でもあるのです!」

少女は賢者へと詰め寄る。

家族絡みとなると流石に黙認という訳にはいかないからだろう。

問答を繰り返す少女に対し、賢者は黙秘を続けた。

まるで“忌むべき”事柄であると伝えるかのように。

賢者「おい弟子、そいつをとっとと森の外へと送ってこい。嫌がっても力づくで構わん」

弟子「あのー師匠? いくらなんでもそういう対応は“シコリ”が残るだけだと……」

賢者「あ"っ?」ギロリ

弟子「……すみません出しゃばりました」汗たらー

お前までも同じ事を言うつもりか?

暗にそう言うかの凄味がある睨みを賢者から向けられた弟子は急遽として言葉を喉奥に押し戻した。

この不良賢者を怒らせる真似は何よりやってはいけない。

長く傍にいた弟子だからこそ選ぶ選択肢である。

少女「でしたらこちらのお話だけでも!」

賢者「お前は耳が悪いのか? 俺は二度とこの森に近づくなと明言したんだが……」

少女「でも――っ!!」




賢者「いい加減にしろよ小娘風情が……」




少女「ひっ!?」

瞬間、何かが飛来して少女の頬を掠め、一筋の赤い筋を作った。

発射元は賢者、伸ばされた指先には魔翌力が収束され、魔翌力弾の放たれる標準を担う。

少女の後ろにあった樹は被弾した事によって煙を上げて固い幹に黒き穴を穿いていた。

冗談では済まされない。賢者はいつでも少女を……。

本気ではないとはいえ、殺意を向けられる当人には堪ったものではないだろう。

賢者「お前には二つの選択がある。何も言わずそのままこの場を立ち去るか、惨めに死んで森の養分として消滅するか……」

少女「あ、ぁ……ぁ……」

少女は腰を抜かし、恐怖で引き攣った顔で口をパクパクと動かす。

もはや反論する余裕など自分には存在しないと悟ったに違いない。

賢者「唯でさえ訳の分からん連中がやって来ているというのに、これ以上面倒事を増やされてはこちらがかなわん」

弟子「……連中?」

何かがおかしい。

弟子は賢者の言葉にある違和感に気が付く。

確かに『連中』と言った。

やはりおかしい、この場所へ来られる者なんてめったにいない。

ましてや近頃で誰かが来た記憶もない。

賢者「……それで、連れ帰るんだったらさっさと早くしてほしいんだが?」

賢者はこの場にいない筈の『誰か』へと呼びかける。

すると『彼等』はようやく姿を現していった。

先ほど賢者が魔翌力弾を“撃ち込んだ”樹の影からゆっくりと――。

全身を黒衣で包んだ、いかにもまともとは言い難い姿の人種。

黒衣1「…………」

黒衣2「…………」

黒衣3「…………」

顔はフードで覆って隠されており、頑なに隠密な姿勢を崩さない者達。

弟子「……アンタ達いったい誰だ?」

黒衣1「…………」

弟子が念のため返事をかけるも案の定、答えは帰らない。

賢者「それじゃあ俺は家の修理に取り掛かるから、そいつ等の対応はお前に任せたぞ、弟子」

弟子「いやいや、何さりげなく面倒くさい事をこっちに放り投げようとしているんですか!」

賢者「俺は直接手を出してこない奴は相手にしない主義なんだよ」

黒衣's「…………」ゴソゴソ・・・

そうしている内に黒衣達はそれぞれ懐に手を入れて何やら探っている。

すると出るわ出るわ――ナイフ、ボーガン、吹き矢。

殺傷性の高そうな獲物を構え始めていた。

弟子「やだーあからさまに向こうは[ピーーー]気満々ですね。どうもありがとうございます」

賢者「良いじゃないか、お前戦闘は好きな方だろ?」

弟子「それとこれとは違いますよっ!? 何が悲しくて命を危険に晒す真似しなくちゃいけないんですか!」

賢者「……え、違うのか?」

弟子「うわ、本気で驚いてるよこの人!?」

少女「お二人とも、今は喧嘩している場合ではっ?!」


黒衣2「…………」シュコンッ!

黒衣3「…………」フッ!


賢者「文句を言いたいなら初級魔法ぐらい無詠唱で行使できるように早くなれ、馬鹿弟子が」パシッ!

弟子「別に関係ないでしょうが! えぇ、どうせ俺は落ちこぼれですよ!」ガシッ!



黒衣's「……!!??」

何が起きたのか、二人を除くこの場の全員が分からなかった。

特に黒衣達は少なからず動揺していた。

完全に死角を狙った筈なのに、黒衣2と黒衣3が放ったボーガンの矢と吹き矢の針は狂いなく賢者と弟子の手に収まっていた。

弟子「それを言うんでしたら師匠なんて未だにアレじゃないですか!」

賢者「ほぉ、俺が何だと? 言ってみるがいい!」

弟子「100年近く生きているくせに今だ“童貞”貫いているのはある意味として称賛物ですね」(笑)

賢者「おい貴様あぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」

しかも賢者と弟子は黒衣達などまるで眼中にないと言わんばかりな下らない口論を続けていた。

弟子「100年の間、何やってたんですか! あれですか、魔法と右手が唯一の友達と恋人とでも言う気ですか?」

賢者「別にいいんだよ俺は! 俗世を捨てている身で所帯を持つ事自体が間違いだろうが!」

弟子「あ、あと師匠ってキスすらした事ないそうで……どんだけ枯れてるんだよって話です」

賢者「ぶっ[ピーーー]! 誰だ、お前にその事を漏らした奴は!?」

弟子「たまに来る魔剣士さんですけど?」

賢者「あんのやろぉ……」

話の途中で申し訳ないが、現状は凡人が見れば危険だと判断する。

命を狙われている極限状態をここまで普通に過ごすなど通常あってはならない。

そんな異質さが場の空気をすっかりとかき乱してしまっていた。

黒衣1「!!」ダッ!

これに踏みこんできたのが黒衣1。

本来の目的を果たすべく、ナイフを構えてまっすぐ少女へと向かって駆けていく。

幸運にも邪魔者二人は自分達の事で夢中で少女など気にかけていない。

簡単な事ではないか、元から悩む必要すらない。

二人など気にせず標的の少女の心臓か喉元へ鋭い刃を突き刺せば全てが終わる。

それが彼等の仕事だ、雑念の入り込む隙など見せてはならない。

少女「きゃあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

少女は近づく死の使者を目の当たりにしてしなければならない行動――逃走をようやく選んだ。

このままでは殺される、遠くへ、より一層どこか遠くへっ!!

戦う術を大して持たない者にとってこの手段が精一杯の抵抗。

だが相手はプロだ、か弱い少女を追いつめる事など造作もない。

弟子「わーいつのまにかあの子が襲われてる! 流石にまずいぞこれは?!」ダダッ!

賢者「おい、待て弟子! 話はまだ終わっていないぞ!」

邪魔が入らなければの話だが――。



弟子「来たれ! 【魔装甲】ッ!!」カチャカチャカチャッ!



弟子の手と足が一瞬、輝いたかと思いきや、そこには見事な黒鉄(くろがね)のガンドレットとバトルブーツが装着されていた。

賢者の傍から離れるや、すぐさま少女へと迫る黒衣1へと攻めかかる。

高く跳び上がり、上空から重力を加算した弟子の拳が黒衣1へと炸裂した。

肉を金属で叩いた際の特有な鈍い音が響き渡り、黒衣1は先ほど居た場所からはるか遠くへと殴り飛ばされたのだった。

少女「ありがとう……ございます」

弟子「いや、まぁ……さすがに俺は師匠と違って眼前で人が死ぬ姿なんて見たくないし」

少々照れ隠しをしているのか、弟子は頬を指で掻きながら小さく呟く。

弟子「それに、俺には役目として君を森の外へと送っていく事がある。死体を捨てに行く訳じゃない」

ファイティングポーズを取りつつ、集中力をリズムで高めていく。

残りの黒衣達は既に左右前方で配置して弟子か少女を始末する機を窺っていた。

黒衣3は吹き矢、黒衣2は最初に使っていたボーガンを手にしておらず、代わりに剣が握られている。

遠距離支援と接近戦のバランスがとれた配置といえるだろう。

弟子(たぶん、吹き矢の針には何かしらの毒が塗られている)

視界を隈なく動かして状況判断を導く要素を探していく。

弟子(なら最初に倒すのは吹き矢の方、剣は後回し、なら一瞬で決める!)

弟子「付加、風の一【青嵐】」

弟子のガンドレットとバトルブーツに荒ぶる不可視の流れが纏われていく。

その正体は小規模な竜巻、風の力が弟子の体を強化したのだ。

巻き上げる風は土埃を併発していき、雰囲気までもが変異を起こす。


これこそが『魔法』――。


母なる大地に存在する森羅万象の理を魔翌力を通貨として奇跡を起こす呪法。

だが弟子が使う魔法は普通とは違った。

通常ならば魔法は魔翌力を体内で練り上げて放出する物。

これに対し、特異体質なのか弟子は魔法は使えても『体外へと放出できない』というハンデを背負った。


弟子「……いくぞ」


魔法を相手へと放てないのでは覚えても仕方がない。

この事実を知った弟子は当初、荒れに荒れたが……解決策をついに見つけ出した。



魔法が体内にとどまるというのならば、『武器』にして利用できないか――?

これから実験のため、一旦中断いたします。
夜頃に再会する予定です。

……このss面白いと思いますか?

平日より休日の方が断然疲れるって……どういうことなの・・・。
お待たせしました。

I'll be back.

力のある限り、再開させていただきます。

その論理へと導いた弟子は初めに己の肉体そのものを魔法媒体とする事を試みた。

腕、脚――道具を使わないとして人間が使う肉体という名の最高の武器と化す部位。

弟子はこれに術式を止(とど)め、魔法を固体の概念を植え付ける刻印を刻んだ。

痛みを消す処置を施したうえでの刻印刻みではあったが、これが定着するまでは想像を絶する痛みが弟子を襲い続けた。

それでも耐えた。自分自身のハンデを乗り越えるため、この程度の痛みなどで立ち止まりはしない――強い意思が弟子を救った。

しかし処置が終わった後、重大な事に気づいた。

確かに魔法は使えるようになった。だが“長くは”使えるようには身体が耐えきれない未完成物だったのだ。

この結果が弟子のガンドレットとバトルブーツの作製に繋がるのだが、その話はまた今度にしよう。

弟子「ひゅ……っ!」

身体のバネを生かした踏み込みは風の魔法により、俊足を生み出す。

30mもの距離を1秒も満たぬ速さで距離を詰めた弟子は吹き矢を構えたままの黒衣3に鳩尾へと蹴りを放つ。

速さと重さの関係は密接している。

弟子の体重は60kgで小柄な類だが、高速で動いて放った攻撃は瞬間最大重量を何倍にも跳ね上げている事だろう。

それも蹴り――足の力は腕の約三倍だともされている。

黒衣3は捻り声を上げる間もなく、大きく上へ蹴り飛ばされ、地面に落ちて戻った頃には痙攣してそのまま立ち上がる事はない。

弟子「……まず一人」

弟子の様は四足で立つ獣の如く。

別に素早く走るには地面に付く部分が多い方がいいという意図で弟子はこうしている。

だが、数分も経たないうちに距離を詰められた黒衣2には動揺を隠せずにいる。

黒衣2「…………ッ!?」

黒衣2は懐に再度手を入れると、投擲用ナイフを指に挟んで取り出した。

油断を削ぎ、フードで隠れた顔から弟子の姿を注視する。

まだ体勢を整えられず、地面に手を付いている弟子の隙を見つけた黒衣2から遠心力を利かせたナイフが放たれる。

弟子「よっ! ほっ!」

1投目、2投目と少なくとも一つは当たるかと思えたナイフ。

それは弟子の身軽な動きによって素通りされ、無傷という結果を残す。

弟子「その程度、師匠の魔力弾の方が断然早いよ?」

修行自体、体質上により、とにかく身体の強化に努めた弟子は筋力だけでなく、感覚も鋭敏になっていた。

つまり、動体視力も並ではない。

弟子「付加、土の一【岩崩】」

弟子は風から土へと魔法の属性を変化し、ガンドレットを変える。

黒鉄の滑らかな表面はごつごつとした突起物を多く生やした形へと変貌し、その暑さも数倍に膨れ上がっていた。

『殴る』というよりも『叩き割る』を目的とした形。

重さの都合によって速度は多少落ちるが、最後の〆を飾るにはちょうど良い。

弟子「さぁ、やろうか?」

戦闘態勢は満タン、いつでも受けて立つ姿勢であった弟子の前に黒衣2は……。


即座に踵(きびす)を返してこの場から逃げるという行動に入った。

暗殺者とはいえ、所詮は人に雇われた身だ。

忠誠を重んじない職柄、達成できない仕事は投げ出すようにするのが主とする。

依頼料は返却し、信用を多少失う事になるとしても、自分自身の素性を漏らす方が影に生きる人間にとっては危険である。

黒衣2は仕事仲間を見捨て、急いでその場から立ち去ろうと急ぐ。

弟子「あ、まて!」

賢者「止めとけ、無理に追う必要はない。しばらくすれば自然と奴等が片付ける」

弟子「ちぇっ……残念」

少女「す、すごい……さすが賢者様の……」

繰り広げられた攻防、少女は思わず見とれていた。

賢者「ん、何だ、まだいたのかお前は……おい弟子、さっさと送ってこい」

賢者は今まで少女などもはや眼中になかったかの反応をして冷たくあしらった。

弟子「はいはい、ホントに人使い粗いんだから……」

少女「いや、ですが……話を……その……」

弟子「……気持ちは分かるけどさ、今はちょっとタイミングがまずい。少しは手伝ってあげるから今は言う通りにして」ヒソヒソ

弟子「大丈夫、安全な所までちゃんと送ってあげるから!」

少女「……はい」

些細な一言、これが少女を仮として納得させる。

弟子はできるだけ少女を手助けしようとひそかに決めていた。

やはり物事は穏便に済ませたいからこそ、何か力になれる事はないか少女の事を調べたかったからだ。

二人は壊れた破片や残骸を魔法で集めながら家を修復していく賢者を背に森の外へ通じる道へ入っていったのだった。

――森・内部――


ぎゃあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!


どこからか悲鳴が聞こえる。

何者かに助けを求める悲痛の叫び。

だが助けが来る事など永遠に訪れはしない。

弟子「あちゃー意外に早かったな。もう見つかったか」

少女「さっきの悲鳴は何だったんですか?」

弟子「この森には討伐するのにも一苦労する魔物がわんさかと蠢いてるからね、大方その内の何かに狙われたんだろう」

さっきまで響いていた悲鳴はもう聞こえない。

多くの人間は勘違いするようだが、ここは『入る』よりも『出る』方が一番難しい。

結界のおかげで魔物の縄張りに侵入する前に外へと誘導できていたが、結界の内側に入った以上、もはやそこか奴等の庭だ。

弟子「そんで、俺はさっき君に協力するって伝えたけど……そろそろ話してくれないかい――事情ってやつをさ?」

唐突に立ち止まった弟子は微笑を浮かべながら少女に真相を求める。

暗殺者に狙われる危険を冒してまでやり遂げたい事とはいったい何なのか?

弟子でさえ正体があやふやだった賢者の過去に関係する人物。

どれをとっても弟子の好奇心をそそる物であった。

少女「……分かりました。全てをお話します」


少女は全てを曝け出す決心をする。


少女「始まりはご存じの通り、私の祖父からでした――」

>>34

しまった、誤字った……。

×少女「始まりはご存じの通り、私の祖父からでした――」

○少女「始まりはご存じの通り、私の祖母からでした――」

~40年前・森~

冒険者=少女の祖母「はあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

オーガ「げひゅっ!?」

冒険者「ふぅっ……あらかた片付いたわね……」

冒険者がこの森に来たのはギルドで請け負った依頼を達成させるためだった。

依頼内容はオーガの牙を5本納品。

オーガは屈強な肉体と強靭な腕力を誇る最強の部類に入る魔物だ。

知能もそれなりにあって並の戦士では太刀打ちすらできない。

冒険者「さてと、牙を取らなきゃ……」

ゆえに冒険者は並とは比較できない実力を有していた。

先ほども何度かの攻防の末、最後は冒険者がオーガの首を一刀両断したのであった。

冒険者「これで4本、あと一体はどこにいるのかしら?」

剣についた血を拭きとりながら次の予定を考える冒険者。

ギルド側が上位の依頼地として最近見つけたこの森に来たのは今回が初めてだ。


バシャッ……バシャッ……


冒険者「あら、何か音が……水音?」

ふと耳に入った小さな音。

こんな辺鄙な場所に自分以外に誰かいるのか?

いや、魔物の可能性もある……。

警戒心を高めつつ、冒険者は音がした方へと向かう事にした。

冒険者「こっちよね……」

獲物である大剣を構えつつ、息を殺して茂みを掻い潜る。

隙間から覗く陽が目をチラつかせるものの、不満を漏らしている暇はない。

今はこの異変の正体を早急に解明しなければ安心できない。

冒険者「よいしょっと、ここは……湖」

茂みを抜けた先は澄んだ水が一面に広がった湖であった。

陽の光が反射して宝石のような綺麗さも出ており、神秘的な場所だと言える。

冒険者「こんな場所があったなんて……」


ざぱあぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!!!


賢者「ぶはっ!」

息子さん「やぁ、こんにちは」パオーン!

丸出しな全裸の男が湖から現れなければ……。

冒険者「…………い」

賢者「ん? 何だお前は? どうしてこんな所に――」

息子さん「ヘイ、ねぇちゃん。一緒に遊ばねえか?」パオーン!

冒険者「いやあぁぁぁぁぁーーーーーっ!! 変態いぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」チャキッ!

賢者「おい、待て貴様! その剣をどうするつもりだ! 止めろ!」

息子さん「もっこりシールドを至急頼む!」パオーン!


ズダンッ!



「アッーーーーーーーーーー!!!!!」

今回はここまでです。

カキイィィィィィーーーーーン!!


冒険者「!?」

賢者「くそ、綺麗な顔して恐ろしい事を考える女だな!?」

息子さん「いかんいかん、あぶないあぶないあぶない……」カチカチ

冒険者「ど、どうして切れないのよ!?」

賢者はとっさに肉体を強化する魔法を行使したおかげで冒険者の剣は傷一つ付ける事は無かった。

身体を構成する物質の一つ――炭素の配列を変化する事によってダイヤモンド並みの固さを得たからだった。

賢者「切るな! 何だ貴様は?! 初対面の相手の“しも”を出会い頭に切るか普通は!?」

息子さん「黒光りスティックだぜぇ……」カチカチ

冒険者「ひぃっ!? 近寄んないでよ!」ぶぉんっ!

賢者「させるかあぁぁぁぁっ!!」白刃取り


パシィッ!!


賢者「ふんっ!」

冒険者「きゃあっ!」

賢者は冒険者の振り降ろしてきた剣を素手で捕えるや、合気の原理で体勢を崩して冒険者を地面に転がした。

手に残ったのは使い手を失った剣、これを放り捨てて賢者は一気に冒険者の上へと乗りかかった。

無論、これ以上暴れられて危害を加えられないようにするのが目的だが――。

賢者「こいつめ、少し大人しくしろ!」ノリカカリ

息子さん「真上から失礼するぜ」パオーン!

冒険者「いやあぁぁぁぁーーーーーっ!!」

どこからどう見ても、女性へ性的に迫ろうとしている変態にしか見えない。

念のため言っておく、賢者に邪な考えは一切無い。

むしろ正当防衛である。

冒険者「助けてーっ! 犯されるーっ!」

賢者「あ"ぁ"? 誰が貴様のような小便臭い女なんざ犯すか!」

息子さん「今日の俺は紳士的だぜぇ……」パオーン!

冒険者「この……退きなさいよっ!!」ヒザゲリ


グシャッ!


賢者「」

息子さん「お嬢さん、そいつはいけねぇっ!!」

直に膝蹴りが股間へとヒットした賢者はその場で悶えた。

この隙に冒険者は抜け出して賢者に投げ捨てられた剣を拾いに急ぐ。

冒険者「あった!」

無造作に投げ捨てられていた剣はすぐに見つかる。

即座に手を伸ばして冒険者は己の手に獲物を戻そうとする。


ドンッ!!


オーガ「ぐごごご……」

冒険者「う、うそ……こんな時に……」

騒ぎを聞きつけてきたんだろうか?

この辺りをうろついていた別種のオーガが冒険者の前に現れていた。

その足元には無残に踏み砕かれた剣だった残骸が散りばめられている。

オーガ「があぁぁぁぁぁっ!!」ブォンッ!

オーガは名の通りな鬼の形相をして丸太程に太い腕を冒険者へと振り下ろす。

冒険者「くっ……!」

だがそこは熟練、持ち前の身軽さを駆使して回避する。

手元に残っているのは解体用に使っていたナイフ1本のみ。

とてもじゃないがまともにやり合うには心許無い装備だ。

オーガは止まらず大振りかつ強烈な一撃を何度も繰り返していく。

これを冒険者は集中力が続く限りに避け続ける。

冒険者「これじゃあ……っ、きりが! ……無いわ?!」

太い樹を盾にしてもオーガの怪力の前には無意味。

憎悪と憤怒が入り混じった表情でオーガは冒険者をしだいに追いつめていく。


ズルッ!!


冒険者「しまっ――!?」

泥のぬるかみに冒険者は足を取られ、バランスを一気に崩す。

ちょうど前にはオーガの足裏が――。

冒険者「…………ッ!?」

とっさにガードするが無駄だろう。

冒険者は自分が地面に赤い染みを作る果てを想像した。



――あぁ、私ここで死んだな……。



死を悟った瞬間、ありとあらゆる物が『軽く』なっていく。

それは時間までもが……ゆっくりと近づいていく足が見える。

冒険(ごめんなさい……お父さん、お母さん)

冒険者は死を受け入れる準備をした。

大切な者達を最後に想いつつ――。



賢者「おい」グワシッ!

オーガ「…………ッ?!」

賢者「ここを血で汚すんじゃない、汚ぇな……」ギリギリ

オーガ「――――ッ??!!」メキメキ



まだ早かった、冒険者を踏みつぶすかと思われたオーガの足。

唐突な乱入者によってその勢いはたったの“片手”で止められる事になる。

賢者「ったく、昼飯の魚獲りに来たってのになんて日だ、まったく……」

オーガ「――――ッ!!」

賢者「あん? 邪魔するな? こいつに何か用があんのか?」

オーガ「ぐがあぁぁぁぁっ!!」

賢者「仲間を殺したその女を見過ごす訳にはいかない? おいおい、この森は基本弱肉強食がモットーだぞ? やられたらやられたで自己責任だ」

オーガ「うごごごっ!」

賢者「それじゃあ自分の怒りが収まらない? そんなもん俺が知るか、それに……ここは俺の庭だぞ?」

以外にも賢者はオーガと意思疎通できていた。

実際は『念話』という魔法を使って思考から直接相手の考えを読み取ったり伝えたりしている。

他から見れば違う言葉を話し合う同士にしか見えないが――。

賢者「誰に断って入っている?」ギロッ!

賢者は眉間に皺を寄せてオーガの事を睨んでいた。

突き刺すような視線はオーガを鎮めさせる。

賢者「安心しろ、あの女には俺からしかるべく報いを受けさせておいてやる。お前は俺自身に敵意があってここへやってきた訳ではないから見逃してやろう」

オーガ「ぐるうっ……」

オーガは納得できない顔でいたが、しばらく考える素振りをした後、腹を割りきったのかこれ以上攻撃的な姿勢を見せるのを止めた。

それに応答するように、賢者もオーガの足を掴んでいた手を放してやった。

賢者「とりあえず、お前は仲間の亡き骸を弔うといい。今できるのはそんな所だ」

オーガ「…………」

やがて、オーガは背を向けて静かにこの場から立ち去って行った。

残ったのは裸の賢者と地面に倒れ込んだまま唖然としている冒険者。

賢者「さて……」

事が済んだ賢者は冒険者など目にも止めず何処かへと歩き始めた。

辿り着く場所には綺麗に畳まれた衣服やローブ。

おそらく賢者の私物だろう。

冒険者「あ、あの……」

背を向けて衣服を着ている途中の賢者にようやく冒険者は声をかけた。

冒険者「……さっきは……ありがとう」

最低な初対面をかましたとはいえ、命を助けられた。

たとえ相手がなんであれ、これを間違えはしない。

お礼を言うべきだと冒険者は判断したのだ。

賢者「何でこの森に来た? ここがどれほど危険な場所か知らない筈があるまい」

冒険者「だって、依頼だもの……」

賢者「依頼?」

冒険者は賢者に自分が受けている依頼を細かく説明した。

賢者「そうか、オーガの牙か」

冒険者「大場所からの依頼なの! これが達成できれば莫大な報奨金がもらえるの」

賢者「オーガの牙、獅子のルーン、肉体強化効果……」ぶつぶつ

賢者は何やら一人の世界にしばらく入ったが、すぐに戻ってきた。

賢者「それなら心当たりがあるが、何個必要なんだ?」

冒険者「今4個目なの、全部で5個必要だからあと1個あれば十分よ」

賢者「……ついてこい」

冒険者「え、ひょっとしてくれるの?」

賢者はそれ以上、何も言う事はなかった。

奥へと進んでいく賢者の後ろを冒険者はついていく。

木漏れ日とそよ風吹く森の中へと――。

――賢者の家――

冒険者「ここがアンタの家?」

賢者「まだ作りかけだ、無闇やたらに触れるんじゃないぞ」

冒険者「すごい、ここにあるのって全部が魔導具や魔法書ばかりじゃない」

賢者「一応言っておくが、盗るんじゃないぞ?」

冒険者「ギクッ……そ、そんな事する訳ないじゃない!?」

魔法にはあまり詳しくない剣士型の冒険者でもこの場にある物全てがめったに市場では出回らない程の上質ばかりであると一目でわかった。

今は事情により、お金が欲しい冒険者にとってはあわよくばと考えていたが、そんな薄っぺらい企みは早々に見破られる。

賢者「中には失敗作も混じっているとはいえ、一から手付けた代物だ。愛着もそれなりにある」

冒険者「え、ひょっとしてこれ全部アンタが作ったの?!」

賢者「長い間生きていると興味というのは一貫する物だ」

冒険者「……ちなみにアンタ何歳?」

賢者「40を超えてから数えるのは止めた」

つまり、思ってた以上に遥か高齢であるという事が賢者の言葉で理解できた。

冒険者「それにしても、よくこんな所で住む気になれたわね?」

賢者「元々は長くあちこちを放浪していた身だが、この場所ほど魔素に富んだ地は中々見れない。思い立ったがすぐに居を構えたんだ」

冒険者「ふ~ん」

賢者「今、新しく開発している結界があるんだが……難航していてまだこの場は丸裸同然だ。だから簡単に侵入者が現れる……お前みたいなのがな」

冒険者「侵入者って失礼ね、ギルドでちゃんと正式な手続き取ってこの森に私は来てるのよ。むしろ勝手な事しているのはアンタの方じゃない」

賢者「俺がこの辺りの魔物を沈静化させた漁夫の利を狙ってそのギルドが勝手に活動地として見つけたとしか考えられん」ガサゴソ

賢者「お、これだこれだ……お前が欲しいのはこれだろ?」

引き出しを探っていた賢者が唐突に目の前へと出したのは、冒険者が求めて止まない『オーガの牙』であった。

冒険者「あ、それそれ! ありがと――」

賢者「おい待て、何か勘違いしていないか?」ひょい!

冒険者は早速と牙を受け取ろうとしたが、そうなる前に賢者が手元に戻した。

結果、冒険者の手は空を切る事となる。

賢者「誰も無料でやるとは一言も言ってないんだが?」

冒険者「えぇ~お金!? 今は手持ちが……」

賢者「安心しろ、金などいらん。俺が欲しい物は他にある」

どうやら賢者にとって牙と見合った物が冒険者の方にはあるとの事だ。

賢者「それより、お前に聞いておきたい事が一つだけある」

冒険者「何かしら?」



賢者「お前って“処女”か?」

冒険者「は、はあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!??」

賢者「いいから答えろ、処女かって聞いているんだ」

冒険者「ななななんて事言わせようとするのよっ! しょ、処女って……/////」

賢者「……そうか、処女か。やっぱりな」

冒険者「ちょ、どういう基準で判断したのよ!?」

賢者「処女じゃないのか?」

冒険者「失礼ね! 私はそんな尻の軽い女じゃないわよ!」

賢者「……やっぱり処女じゃないか」

冒険者「処女処女うっさいっ!! あ~もう……っ!/////」

自分で言ってて悲しくなる冒険者であった。

冒険者「そ、それで? 私がその……処女である事に何の関係があるのよ」

賢者「そうだ、その説明をしよう」

賢者「先ほど言った結界の事があっただろ? 開発に難航しているって」

冒険者「そんな事を確かに言ったような……」

賢者「うまくいかない理由は分かっている。どうやら魔を退ける清純な力を持つ触媒が不足していてな……研究して調べていく内にこれに該当する材料が見つかった」

冒険者はとてつもなく嫌な予感がして堪らなかった。

そして、その予感は見事に的中する事になる。

賢者「その材料とは清純のシンボルと言われている『処女の血と毛』なんだ」

冒険者「ごめんなさい、急用を思い出したわ」

とんでも発言をした賢者から逃げ出そうと冒険者は全速力で家から脱出しようと走る。

そのまま扉へと手をかけて開けようとする。


ガチャ……ガチャ……



冒険者「え、嘘!? あ、開かない! ど、どうして?!」

賢者「思った通りか、逃げ出すかと思ってたから封印を施しておいて正解だったな」コツ……コツ……

足音がゆっくりと近づいてくる。

底知れぬ恐怖が一気に冒険者へと襲い始めた。

賢者「この二つと引き換えにオーガの牙はくれてやる。安心しろ、血の方は膜を破らず注射で痛くないように抜いてやるから」

冒険者「いらない! 牙はいらないから! お願い、止めてっ!!」

賢者「そうはいかない、あのオーガとは約束を結んでいる。お前に『しかるべき報いを』ってな……これはそういう意味合いでもあるんだ」

冒険者「別にしてよ! さすがにこんな『報い』は嫌あぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」

賢者「何を言っているんだ、嫌がらなければ報いにならないじゃないか?」ニヤァ……

冒険者「ひいぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」

冒険者は扉を強引に開けようとしたが全くびくともしない。

その間に賢者は冒険者の目の前に詰め寄っていた。


ガシッ!!


賢者「それじゃあ……逝こうか? あ、ちなみに毛の方は“下”の事だからな?」ニコッ!

冒険者「」


硬直する冒険者を賢者は後ろ襟を掴んで引き摺っていく。

向かう先には禍々しい気を放っている賢者の研究室が――。







うにゃあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!






こうして、冒険者は下の口に“細い棒を突っ込まれ”、“綺麗さっぱりとつるんつるんに剃られて”しまうのであった。


――――――――――――――――――――

少女「――こうして、祖母はチクリと痛む股を手で押さえながら牙を手に森から去っていったとの事でした」

弟子「身内がとんでもない悪行をしてしまい申し訳ありませんっ!!」ジャンピングドゲザ!

まだ自分が生まれてもいない時代の事であれ、自分の師である賢者が起こした非道は許容範囲を超えていた。

弟子「えっと、つまり……この森に張られている結界って……その、君の祖母さんの血と毛が材料に……」

少女「……正確には『(仮)破瓜の血』と『陰毛』です」

弟子「」ブワッ!

弟子は涙を零さずにはいられなかった。

いつも定期的に点検し、その構造の素晴らしさを称賛していた結界が聞くに堪えない方法で作られていたとは……。

尊い犠牲があった事も知らなかった無知な自分が恥ずかしい。

弟子「いつの日か、謝罪の品を送っていいかな?」

少女「あ、はい……たぶん祖母も喜ぶかと思います」

同時にかなり気まずい雰囲気が覆った。

楽しい話題を切り出せるような空気ではない。

弟子(師匠、今回ばかりは本気で貴方の見方にはなれません)

師の不始末は弟子の不始末。

そんな意志に則って弟子は少女を力の限りに援助する事に決めた。

最初の頃にあった適当な考えは削ぎ落す。

弟子「よし、とっておきの場所へと案内してあげるよ!」

>>55

誤字

弟子(師匠、今回ばかりは本気で貴方の見方にはなれません)

弟子(師匠、今回ばかりは本気で貴方の味方にはなれません)

弟子「ここらへんは足場が悪いから気を付けて歩いてね」ガサガサ

少女「ひゃっ! 虫……?!」

外へと続く道から逸れて獣道を通る事を数度。

鬱蒼と茂る雑草を踏みしめて行きながらも目的地へは着々と近づいている。

弟子「お、あったあった! ここがそうだよ」

最後の草壁をかき分けた先に待っていたのは山小屋。

賢者と弟子の家には数段と劣る風態ではあるが、清らかな空気がそこを中心に漂う。

少女「ここは何なんですか?」

弟子「昔、師匠の結界を真似して作ろうとした際に残った実験場さ。確かに魔物を近付けないようにする力はあるけど、飽くまで“簡単には”で侵入自体はされやすい作りなんだ」

少女「へぇ~」

弟子「しばらくはここに暮らしなよ、どうせ元の場所に戻れない程“追われている”身なんだろ?」

少女「……ぁ」

薄々は気付かれている事を少女は感じていた。

だがあえてこの話題を自分から切り出す事を拒んだ、怖くてできなかった。

弟子「じゃあ、まだ食糧とかは少し中に残ってるけど、これからの必要分を後から持ってきてあげるから」

少女「……何も……聞かないんですか?」

弟子「聞いてほしいの?」

少女「そういう訳ではないんですが……」

弟子「じゃあ聞かないさ。最初は頼られる側として相手の理由はハッキリしたかったけど、場合が場合だから君自身が話したくなった時こそ核心を知らせてもらう事にするよ」

少女「そんな物でいいんですか?」

弟子「いいのいいの、実際俺達も知り合いからお願いされる時はよほどの事じゃない限りは無理には迫らない方針だし」

つまり、少女の事情など弟子にとっては“よほど”と認識してはいない。

謝罪の念は込めて行動しているとはいえ、所詮は他人事。

世俗と隔離した生活を過ごしている弟子には他人の事で熱を上げるなんてめったにない。

弟子「それに、理由や見返りが無くても行動するのも偶にはいいかも……てね?」

少女「?」

にもかかわらず、弟子が行動するのは唯一つの見解。

少女は少し『似ている』と感じたからだ。

弟子「俺も師匠から何にも求められず、命を救って貰ったばかりか流れるがままとはいえ、弟子入りを許してくれた身だし」

少女「命を……?」


弟子「俺ってさ、両親の顔を全然覚えてないんだ」

弟子「顔だけじゃないんだ、五年前にこの森で目を覚ます以前の記憶がまったくない」

少女「……記憶喪失」

弟子「そう、昔さ……師匠が言うには俺は家族で旅行をしに馬車に乗っていて、その途中で魔物に襲われたんだって。両親は死んだけど俺だけはかろうじて生きていて、そこを偶然にも研究素材の採取から帰る途中だった師匠が見つけてな、気まぐれで連れ帰って治療したんだってよ」

少女「その頃には記憶を?」

弟子「うん、ここがどこかだけじゃなくて、自分自身が誰なのかもまったく分かんないでいんの? 嫌になっちまうよあの時は――」

弟子はハハハと笑ってみせた。

無理をしている訳でもなく、戸惑いも微塵に見せない。

慣れという感覚がこういった事柄を重要視しなくなったからだろう。

弟子「傷が治った後もあの家でふらふらとしていたんだけどさ、師匠がやっている研究をずっと見ているうちに興味が湧いてきてね? そこからだよ、俺が魔法を勉強し始めたのは……今だ魔法使いとしては落ちこぼれの類だけどね?」

少女「落ちこぼれだなんて……」

そんな事はないと少女は言いたかった。

だがその言葉を弟子が遮る。

弟子「いいんだ、どう言おうと結局はこの魔導具を使わないと疑似的な魔法さえ満足に使えないんだ。道具頼りで魔法使いを気取るなんて200年早いって師匠に言われているくらいだし」

弟子は胸元からペンダントを取り出して見せつけた。

あのガンドレットとバトルブーツは通常時ではアクセサリーとして待機状態となる。

弟子「でもあきらめるつもりはないよ? 今だって解決策を模索して日々研究する身さ」

弟子「それに弟子とはいっても、師匠からは教えてもらうんじゃなくて、見て覚える方針だし」

少女「あの、賢者様は貴方から見ればどのような人だと感じられますか?」

弟子「頭は奇人そのものだけど御技は神……これ一言に限るね。おまけに数少ない友人もとてつもない類ばっかりだし……」

少女「……大変そうですね」 シンミリ

弟子が疲れた目を一瞬見せると少女は優しそうな目を向けてきた。

波乱万丈な人生を送る切っ掛けとなったのは間違いなく賢者が一番の理由である。

弟子「でも覚える物はとてつもなく価値がある。どれも現在する物での最高峰に匹敵する代物だから見逃す訳にはいかないよ」

少女「それにしては賢者様に関しての記述は表舞台では見られませんでしたけど……」

弟子「あぁ、あの人は極度の人間嫌いだから。昔の話で聞いた事あるんだけど、どこぞやの貴族に買い物中でちょっかい出された時、その人を雲の上まで魔法でふっ飛ばしたり、子供の頃でどこかの学院にある図書室に誰にも知られず入り浸りして全書物を読破したり……我道を貫く事は曲げないんだよ。おそらく世界中で正体不明な存在が暴れ回ったで表記されている歴史が出来てるかもしれないね」

少女「そ、そうなんですか……」 ドンビキ

ひょっとしたら自分の故郷にある伝説の類にも賢者が関わっているのやも?

考えてみると疑わしい部分が次々と出てきたが、この場は一旦振り切る。

弟子「じゃあ、夜にまた来るよ。中の物は自由に使ってね」

少女「――何から何まで本当にありがとうございます」

~真夜中~

弟子「…………」 そぉー……

誰もが寝静まる時間帯、寝ているかどうかは賢者に求めてはいけない。

だが穏便に事を済ませるには適した状況だ。

弟子は両手いっぱいに食料や毛布、その他諸々を抱えている。

弟子「…………」 ソロソロ……

忍び足で床を鳴らさぬよう注意しながら歩を進め、ゆっくりと外へ通ずる扉を開く。

月明かりが木々から所々と漏れる暗闇が目の前に広がる。

それに夜は夜行性の魔物が活動する。

多少は危険だろうが、それでも弟子はいかねばならない。

弟子「…………」 キョロキョロ

気配を探ってみるも誰も見当たらない。

大丈夫、うまくいく。

賢者は研究に夢中で大抵の事は気にしない――。



賢者「あの女の所へ行くんだな」



筈なのに、運というのは気まぐれでどうしようもない。

弟子「ぅ……師匠……」

賢者「まず最初、帰ってくる時間が少々長かった、普通に送るならそれ程時間はかからない。――となるとお前が考える事など丸見えだ」

弟子「いや~これは~……その……」

賢者「浅はかにも程があるな、どうやらお前には駆け引きなど向いてなさそうだ」

賢者がいたのは屋根の上。

腰を降ろして弟子を見下ろす形でいた。

賢者「俺があの女に言った事をお前は分かっているだろ、二度とこの森に近づくな――と」

弟子「…………はい」

もはや隠し立ては無用、何もかもバレている。

嘘を付くだけ無駄になるだけ……。

賢者「なのに匿うという事はお前はそれなりに理由を持っているんだろうな?」

弟子「師匠、あの子の祖母さんを散々な目に合わせたそうですね? 結界の正体も聞きましたよ」

賢者「なるほど、“同情”という訳だな?」

弟子「そんな簡単に納得する物じゃないでしょうが! いくら人が嫌いとはいえ、やっていい事と悪い事の区別ぐらい付けられないんですか!?」



賢者「区別? そんな物など人のルールで作られた好き嫌いだ、道徳や倫理というのはそもそも正解などある訳がない」

賢者「俺のような人種はルールという物が当たり前な人間社会に混じっていては真にやりたい事ができなくなるのさ」

弟子「でも苦痛を与える行動は駄目です! 自分がやられたら嫌な事はしないって子供でも分かるような事を平気でするなんてはっきり言って異常ですっ!!」

賢者「ほぅ、ならばお前には自分の今までの人生であった行動に相手へ心身共々と少しでも苦痛を与えた物は無かったと宣言できるのか?」

弟子「えっ……?」

賢者「自分の好きな事が相手には嫌いな事だったなんて事象はいくらでもあるぞ、勧められたら人付き合いを考えるとこれを無理には断れない……嘘をつき、痛みを多少受けてでも呑みこまなければならない可能性がある事なんざザラじゃない」

弟子「それとこれとは別――」

賢者「本当に別だと思うか? 苦痛の大きさと本質に違いはない、これを理解せずに無知のまま平気で苦痛を与える行為なんざ人間には日常茶飯事だろ? そもそも自覚すらない」

弟子「…………」

賢者「外道、冷酷、残酷だ――この認識は人間が作り上げた実態のない幻そのものな『道徳・倫理』が定めるに値するのか? 所詮は紙とインクで綴った『法律』が絶対だと証明できるのか?」



――人間そのものが不完全な存在だというのに……。

弟子「不完全……」

賢者「そもそも人間はどうしようもない思想に囚われる輩が多過ぎだ。魔物でさえ己の領分を守って必要以上の事をしないのに、人間は贅沢を望み過ぎる」



腹が減った――上手い物がもっと食いたい、不味いのは食べたくない、太りたくないから残りは捨てる、汚れた物は食べれない……。



賢者「たった一つの事柄だけでさえ愚かしい程に多くの文句を付けたがる。身体が魔物より丈夫ではないのを言い訳にしても逃げ道を作りたがる。これのどこが贅沢ではないと言える?」

弟子「生きる事だけで精いっぱいな人もいますよ、そういった事は一部の人間だけなんじゃないですか?」

賢者「一部? それはありえない。ただ単に心に余裕がないだけで肥えればたちまち穢れる可能性は誰にもある」

いつまでも続く問答。

賢者の徹底的な人間嫌いを批判するには人生経験の少ない弟子には到底不可能。

だが意志を曲げるつもりはない。

弟子「……でも、師匠は間違ってます」

賢者「何ぃ――っ?」

弟子「そうやって師匠は困難が立ちふさがった場合、これを乗り越えられなければ乗り越えられなかった方が悪いと言いますけど、誰もが『師匠』みたいに強い人じゃないんです!」

確かに賢者は性格は何であれ、立派な存在である事は弟子も誇っている。

弟子「誰だって初めは弱かったんです! 誰かの助けを必要としなければ生きられない時が必ずあった! もちろん俺だってそう……師匠もそうなんじゃないですか!?」

賢者「むっ……」

弟子「師匠があの子に対してどんな理由で拒絶しているかは知りませんが、それをあえて呑みこんで手を差し伸べる事は本当にできないんですか!?」

賢者「…………」

弟子「助けを求めているんですよあの子は! だったら助けてあげましょうよ! 師匠にだってそれくらいできる筈でしょう!? 第一、師匠が関係あるのはあの子自身じゃないですよねっ?!」

そのとおりだ、問題の価値を真に見出せるのは当事者同士。

血縁者とはいえども、決して当事者にはなりえない。

弟子「だから、だから……っ!!」



賢者「――青臭い」


空気が凍りつく。

夜の森の静けさが元からあってか、雰囲気が感触となって地肌に固く触れる。

たった一言で弟子は己の全てを否定された気がした。

現に今、目の前にいる賢者は弟子の事を、


――心底呆れ、興味を無くした目つきで見つめているのだから。


賢者「あの小娘を助けたい、助けたいとわめく割には真剣身が感じられないのは俺の気のせいか?」

弟子「なっ……?!」

賢者「本当にお前はあの小娘を『助けたい』と考えているのか? 単に≪自分が現状を気に入らない≫だけで感情まかせに動いているしか見えないんだが?」

弟子「お、俺は……」

賢者「そういうのを世間一般でなんていうか分かるか?」


――欺瞞、自己満足と言うんだよ。


賢者「相手のため――聞こえが良いが、自分の事を何一つ一切考えず相手に尽くすなど聖人でなければありえん。そもそもお前はこれを成せるほど徳(人としての善い生き方)が高い存在だと胸を張って言えるのか?」

弟子「徳、ですか?」

人は常に何を考えている?

勿論、自分の事ばかりである。

全容量の内、他人の事を考えるなんて容量(スペース)はいくら使うか?

答えは単純、気まぐれ程度な少量にしか満たない。

弟子「違うっ! 気まぐれなんかじゃない!!」

賢者「ほぅ、ではその根拠は?」

弟子「……根拠?」

賢者「証明してみせろ、あの小娘を助けようとするのは欺瞞でなければお前の何が駆り立てたのかを」

弟子は焦る気持ちを抑えながら賢者の問いに対する答えを探す。

それは弟子が少女に対して持った印象と気持ちを巡る記憶。

一日にも満たない記憶だが、必ずや見つかる筈。


弟子(あれ?)


これと同時、


弟子(そういえば、俺ってあの子の事を何一つも知らない?)


少しずつ弟子の中に軋みが浮き出てくる。


弟子(聞いた話だってあの子の祖母さんの事だけだし……)



――何だかおかしいぞ?



弟子(似ていると感じただけで考えに感化した訳じゃないよな?)



――どうして頑張っているんだっけ?


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