ユミル「別れよっか、ベルトルさん」(57)


そう言われると思った。そんな表情をしていた。

驚くことも、追求することもなかった。彼はただ黙って、私を見つめ返した。

少しずつ表情が作られる。彼の得意の作り笑顔。

とても他人行儀なにおいのするそれが、彼にとって了承の返事なのだろう。


「じゃあな」


何故か苛立ちを隠せないまま、その場を去った。




850年


※ユミル「劇場のチケット?」ベルトルト「あっ!」の続き
 クリスタ「私、マルコが好きなの」と時系列被り

※原作11巻までの内容を含む


849年

深夜
兵舎裏


ユミル「よ」

ベルトルト「やあ」

ユミル「最近訓練きつくなってきてねぇ?」

ベルトルト「僕もそう思う」

ユミル「だよなー……三年目となるとやっぱり甘くないか」

ベルトルト「立体機動訓練はますます高度な技術力を求められてるし」

ユミル「座学は急に進みが早くなるし」

ベルトルト「野営訓練の課題もかなり難しくなってきた」


ユミル「もうサボりながら訓練参加すんのも限界かなー」

ベルトルト「サボる余裕があったのが凄いよ」

ユミル「お前だって実際本気出してないだろ?」

ベルトルト「……何でわかるの」

ユミル「何となくだよ」

ベルトルト「君に嘘はつけないんだった」

ユミル「やっとわかったか」


ベルトルト「明日に疲れ残してもいけないし、そろそろ寝ようか」

ユミル「そうだな。はー、だりいなあ」

ベルトルト「あ、ユミル」

ユミル「うん?」

ベルトルト「……キスさせて」

ユミル「おう」


チュ


―――――――


井戸脇


ベルトルト「星が綺麗だね」

ユミル「あんま見えねぇよ」

ベルトルト「ロマンがないなぁ」

ユミル「どう返せばいいんだ」

ベルトルト「『ホント、素敵ね』とか?」

ユミル「私がそんなこと言うと思うか?」

ベルトルト「まずないね」

ユミル「何故だろうイラついた」


ベルトルト「この前の劇……どうだった?」

ユミル「んー? まぁ……ホラーよりはマシだったか」

ベルトルト「そう」

ユミル「何で?」

ベルトルト「いや、別に聞いてみただけ。また一緒に行こう」

ユミル「おう」


ユミル「ベルトルさんはどんな演目が好きなんだ?」

ベルトルト「いや、ホラーだけど」

ユミル「聞かなきゃよかった」

ベルトルト「ホントは前のだってちゃんと見たかったのに、君が大騒ぎするから集中できなかったよ」

ユミル「15禁ホラーとかよく平常心で見れるな」

ベルトルト「別に目の前で誰かが本当に死ぬわけじゃないしね」

ユミル「化けて出てくるっていうのが不気味じゃねぇか」

ベルトルト「平常心で見れば意外といける」


ベルトルト「そもそも実際には起こりえないことなんだから、ファンタジーと思ってみればいいんだよ」

ユミル「何だ、ベルトルさんは妖怪とか幽霊とか信じない派か」

ベルトルト「基本信じないかな。信じたくないってのもあるけど」

ユミル「私はどうも信じるタチなんだよな。魂とかっていうのがあると思っているから」

ベルトルト「魂、か」

ユミル「あぁ。だからああいうのは結構苦手だ」

ベルトルト「あれ、あっちから物音がしたような」

ユミル「やめろ馬鹿!」


ベルトルト「ごめん、冗談」

ユミル「くそっ、もう帰る」

ベルトルト「ごめん、ごめんってば、待ってユミル」

ユミル「はぁ……ったく、二度とすんじゃねぇ」

ベルトルト「わかってる。だから」

ユミル「はいはい」


チュ

とりあえずここまで。同時進行頑張ります。


―――――――


食糧庫屋根上


ベルトルト「よくこんなところ見つけたよね」

ユミル「うまい具合に太い木の枝が伝ってるからな。もしかしたらと思ったら、案の定登れた」

ベルトルト「なんか折っちゃいそうで心配」

ユミル「足滑らせんなよ」

ベルトルト「わかってる。よっ、と」


ユミル「最近イライラする」

ベルトルト「何で」

ユミル「クリスタにまとわりつく虫が多すぎてな」

ベルトルト「まぁクリスタ、人気だから」

ユミル「筆頭がお前の同郷の筋肉ダルマなんだよ」

ベルトルト「……それは悪かったね」

ユミル「とはいえ、あいつはまだあからさまだから対処のしようがある。問題はもっとこう……虎視眈々と狙ってくるタイプの奴だ」


ベルトルト「そんな人がいるの?」

ユミル「いるんだなこれが」

ベルトルト「誰」

ユミル「たくさんいるが……一番厄介なのは、アルミンだな」

ベルトルト「え、アルミン?」

ユミル「あぁ。なまじクリスタに信頼されてるからタチが悪い」

ユミル「前からやけにこっち見てくるとは思ってたんだが、最近やけにクリスタと接触を増やそうとしてきやがった」


ベルトルト「そうだったんだ……アルミンが」

ユミル「何だ、やけに冷静だな」

ベルトルト「え?」

ユミル「仮にも親友の恋敵が現れたんだぞ」

ベルトルト「そうなんだけど……それを望んでいたというか」ポツリ

ユミル「あん?」

ベルトルト「ごめん、何でもない」


ベルトルト「そろそろ時間だね。降りようか」

ユミル「ベルトルさん、面ぁ貸せ」

ベルトルト「えっ何――わぷっ!?」

ユミル「ってぇ、歯ぁ当たっちまった」

ベルトルト「ちょっと乱暴なんじゃない?」

ユミル「女からの誘いは喜んで受けとるべきだぞ」

ベルトルト「はい、ごちそうさまでした」


―――――――


クリスタ「ユーミルっ!」ボフッ

ユミル「わぷ」

クリスタ「朝だよ、起きて!」

ユミル「何だ、クリスタが早起きなんて珍しいな」

クリスタ「そっ、そんなことないでしょ! 今日はユミルが遅いだけ!」

ユミル「へいへい。でももうちょいこのまま乗っかってろクリスタ。起きなくて済む」

クリスタ「もうっ、何言ってるの! 早く起きるの!」


クリスタ「ねぇユミル」

ユミル「んー?」

クリスタ「昨日の夜、私夜中に一回目が覚めたんだけど……ユミル、ちゃんとベッドで寝てた?」

ユミル「……」

クリスタ「ユミル?」

ユミル「そういや、ちょっとトイレに行ったかな。そん時に起きたんじゃねぇか?」

クリスタ「そっか」


ユミル「……」

ユミル(いつになったら、ちゃんと話してやれるんだろうな)


私とベルトルさんの関係は、未だクリスタに言えなかった。

言えばきっと「おめでとう」と言われるだろう。けれど私は、その言葉に違和感がある。

私達の関係は、祝福されるような代物ではない。

私は彼に隠し事をしている。そしておそらく彼も、何か抱えているものがある。


アルミン「クリスタ、おはよう」

クリスタ「おはよ、アルミン」


このままいつまでも仲良く幸せに、というわけにはいかないのだ。私達二人は。

彼の秘密が何であろうと、私が巨人である以上は。

『ユミル』である以上は。


クリスタ「あ……マルコ! おはよう!」

マルコ「おはよう、クリスタ」


クリスタ「あ、あの……他に席が空いてないみたいなの。ここ、いいかな?」

マルコ「勿論。どうぞ」

クリスタ「ありがとう!」パアッ

ユミル「……」

マルコ「ユミル、座らないの?」

ユミル「ん? あぁ、って、何でお前クリスタの隣に」

クリスタ「いっ、いいでしょ別にっ」カアッ

ユミル(……ん?)


―――――――


馬小屋裏


ユミル「予想外だった」

ベルトルト「だろうね」

ユミル「話聞いたら、まぁ納得はしたんだけどな」

ベルトルト「アルミンもライナーも玉砕かー」

ユミル「正直アルミンの告白見た時はちょっと焦った」

ベルトルト「見たんだ……アルミン気の毒に」


ベルトルト「それにしても、クリスタがマルコをね。全然気づかなかったな」

ユミル「私でさえ想像もつかなかったよ。おくびにも出さなかったからな、あいつ」

ベルトルト「ユミルに今まで一度も話してなかったの? クリスタ」

ユミル「話さなかったよ。ったく、自分はさんざん聞きまくるくせに――」


言ってしまってから、しまった、と思った。


ベルトルト「ユミル……僕達のこと、普段からクリスタによく話してるの?」


ユミル「……」


私達の関係は別にもう殊更に隠していることではなかった。でも、あまり広めたくないのも事実だった。

もうすぐ終わるということが、なんとなくわかっていたから。


ユミル「いや、何となく察してはいるみたいなんだが、はっきり話してはいないんだ」

ベルトルト「そう……」


そのひとつの理由がこれ。

私と特に仲がいいクリスタに話すことさえこいつは恐れている。噂がさらに広まって厄介になるのではないかと。

厄介。そう、私との関係は厄介事なのだ。考えすぎなのかもしれないが、おそらく彼にとってはそうだ。

それでいて、今の声は安堵の他に、どこか落胆の色も見えるから手に負えない。


ベルトルト「ユミル」

ユミル「何」

ベルトルト「あのさ……」


何か言いかけて、沈黙する。

ここんとこ、こいつはいつもそうだ。

卒業が近づいてきて以来、こいつは私に何か聞きたそうにしている。

いや、何が聞きたいのかは何となくわかる。わかるけれど、それをどうしても言おうとしない。

それがもどかしくて、苛立ちが増す。


ベルトルト「……」

ユミル「……もう時間だ」


結局今日も、言ってくれなかった。その思考に私は、自分がほのかな期待をしていたことに気づく。

そう――私は、言ってほしい。

たとえこの関係が、卒業後もずっと続かなくても。


ベルトルト「ユミル」


振り返るとキスをされる。けれど今はそれよりも言葉が欲しい。

彼の瞳が開ききる前に、私は足早にその場を立ち去った。


わかっている。私は彼に求めすぎている。でも自分から言い出すことは出来ないのだ。

私は憲兵団には行けない。上位10名にも入れない。

上位10名は憲兵団に入る如何に関わらず公式文書に名前が書かれる。偽名でもない私の名を公に流すわけにはいかない。

だからベルトルさんとは違う道を行く。卒業したらさよならだ。

この結末を知っているのは私だけ。なのに私はそれを言い出さず、彼に引き止めてもらいたいと願っている。

手に負えないのは、私の方じゃないか。


そもそも私は、あいつに何をしてあげただろうか。

向こうから与えられたものを、ただ甘受してただけではないだろうか。

共に過ごす時間。肌の温もり。あいつに名前を呼ばれる時の、この上ない安心感。

だいたい告白だって向こうからで――


『ユミル、僕は君が好きだ』



「……」


ああ。

そうだ。

私は今まであいつに、たったの一度も、

「好き」と言ったことが、なかった。


私達は結局、中途半端に恋人ごっこをしていただけだった。

将来の誓いをしたわけでもなければ、想いが通じ合っているわけでもない。

本当に私達の間には何もない。


「……は、は」


今更こんなことに気づくなんて。

一年も経った、今になって。


―――――――


解散式前日
深夜


ユミル「……」


コンコン コン


「ん? 今ノックの音がしたか?」

「まさか……こんな時間に誰が」


ガチャッ


キース「……何のつもりだ貴様」

ユミル「教官」


ユミル「お願いが、あります――」


解散式の夜



「7番マルコ・ボット。8番コニー・スプリンガー。9番サシャ・ブラウス」


「10番クリスタ・レンズ」



クリスタ「――えっ?」

ユミル「……」

1です。超今更ですが>>14で表現に納得いかないところが出てきたので、次のレスで差し替えます。


ベルトルト「そんな人がいるの?」

ユミル「いるんだなこれが」

ベルトルト「誰」

ユミル「たくさんいるが……一番厄介なのは、アルミンだな」

ベルトルト「え、アルミン?」

ユミル「あぁ。なまじクリスタに信頼されてるからタチが悪い」

ユミル「前からこっち見てくるとは思ってたんだが、最近急にクリスタと接触を増やそうとしてきやがった」

差し替え完了。次から本編です今日は上げられないけど。
読んでくださってる方、支援してくださった方ありがとうございます。短いんでもうすぐ完結です。


クリスタ「どうしてこんなことしたの?」

ユミル「これはすべて私のためなんだ」

クリスタ「でも」

ユミル「なぁ、クリスタ、お前――どうしたい?」

ユミル「本当に言いたいこと、ちゃんと言わないままでいいのか?」

ユミル「気持ちを伝えたいって言っても、肝心なことを言わなかったら、ふわふわしたまんまで終わっちまうんだ」

ユミル「あるのかないのか分からない、そんな気持ちは――相手に覚えてもらえないんだ」



私は気持ちを伝えることは出来ない。

クリスタ、どうかお前だけは

幸せになってくれ――……


―――――――
―――――
―――




「いやあぁあああぁぁああああぁあああああああああ!!!」




戦死者を火にくべた夜、泣き疲れたクリスタを医務室に運んでる途中でベルトルさんに会った。

彼の手にあったのは、二つ揃いの銀のバングル。ハンナとフランツのものだ。

この時私はもう、自分から別れ話を切り出す決意を固めていた。彼もそれを察したようだった。

想い人と死んだ者、死に別れた者、生きながらにして別れる者。

一番不幸なのは誰だろう。


「別れよっか、ベルトルさん」




最後に名前を呼ばれなかったことが、唯一の心残りだった。







「コニー」

「ナイフを貸してくれ」




――カッ!



ユミル「……」

ライナー「気がついたか」


頭がぼんやりする。巨人化した後遺症か。

いや……手足が切断されている。


ユミル「お前がやったのか」

ライナー「いや……」


ライナーの視線の先には、あいつがいた。


ベルトルト「……」


焦点の合わない彼の目を見つめていると、少しずつ思い出してきた。自分の身に何が起こったのか。

あぁ……そうだ。こいつは。

私と同じだった。

今やっと合点がいった。彼が何を抱えていたのか。


「なぁ、ベルトルさん」


呼びかけても反応はない。下を向いたままだ。


「こっち向けって」


ゆっくりとベルトルさんが顔を上げる。瞳の色は暗く陰っている。


「あのさ、ベルトルさん……もう、これで最後でいいからさ」

「なまえを、よんで」


頭の中で、私の言葉を噛みしめているかのように見える。私の願いからくる妄想かもしれない。

それでも彼は、口を開いた。


「何だい? ユミル」


充分だ。




「愛している」





終わり

ユミル編終了です。読んでくださった方、支援してくださった方ありがとうございました。

向こうのスレも終了したので案内。
今更ですがこの話は、

ベルトルト「お別れだね、ユミル」ベルトルト「お別れだね、ユミル」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1382541646/)
の別視点です。相互補完の関係になっています。

向こうのスレも見てくださった方も、こちらのみという方も、改めてありがとうございました。

向こうでも慣習で晒したのでこちらでも。
過去シリーズSS


サシャ「コニー! 勝負しましょう!」コニー「勝負?」

ユミル「劇場のチケット?」ベルトルト「あっ!」

ベルトルト「このチケット、どうしよう……あれ!?」

アルミン「えっ、僕の好きな人?」

クリスタ「私、マルコが好きなの」

ユミル「別れよっか、ベルトルさん」←new

ベルトルト「お別れだね、ユミル」←new


次のコニサシャで完結になります。
では縁があれば、また。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom