鈴原泉水子「もう一度、やり直すの」 (30)

こちらは荻原規子先生原作の『RDG レッドデータガール』のSSスレッ ドです。

内容は原作・アニメのその後と言った所です。

また申し訳程度ではありますが若干の欝成分を含みますのでご注意ください。

以上が開始前の注意点となります。

そもそも需要が見込めるのか、先行きも不透明な見切り発車ですが、よろしければ暫しの間お付き合いください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1379331336

普通の女の子になりたい。

そんな私の願いとは裏腹に、世界は無遠慮にその 姿を変えていく。

個人としての世界遺産候補から外れた私は、

し相変わらず多くの勢力から姫神の器として付け 狙われる日々が続いていた。

けれども表面上、私の3年間の高校生活は平穏な ものだったと思う。

それはひとえに宗田三姉弟や高柳くん、そして相 良深行くんを筆頭にした多くの友人達の力添えが あってこそのものだった。

きっと彼らにはいくら感謝してもし足りない。

うん、もしかすると感謝することさえ許してもら えないかもしれない。

皆のお陰で私は今日まで生き伸びて、

普通の女の子になる事も、世界を滅亡から救うこ とも叶わなかったのだから。

RDG レッドデータガール ‐夢みる頃を過ぎて も‐

(深行くんは、どこに居るだろう……)

医師も患者も居ない病室。幾重にも絡まって身体 を貫くチューブに埋もれながら、泉水子は久し振 りに彼のことを考えていた。

もう数年もの間、相良深行の行方は知れぬものと なっていた。単独での諜報活動中に命を落とした などと噂されていたが、その真偽は定かではな かった。

(真響さんは……真夏くんと一緒に逝ってしまっ た)

宗田姉弟は追っ手から泉水子を逃がす為に囮とな り、そのまま帰らぬ人となった。それと時を同じ くして、真澄が姿を現すこともなくなった。も う4年も前の出来事だ。

(たくさんの人が死んでしまった。私が殺してし まった)

母の紫子は泉水子が高校を卒業する寸前に命を落 とした。程なくして泉水子は正式に姫神を継承し た。

父の大成は病死だった。泉水子が見取る前で「こ んなはずではなかったんだ」と申し訳なさげに呟 いて息を引き取った。

家族や友人、そして強力な後ろ盾を失した泉水子 は間もなく山伏側の陣営ごととある国家の非正規 部隊によって拿捕・掌握された。

それからの泉水子の人生は彼女が望んだ普通の生 活とはおよそかけ離れたものであった。

始めに連れて来られた研究所では、彼女は数多く存在する研究対象の一人として実験動物の如き扱 いを受けた。

そこで有用性のある能力の持ち主として見出され た彼女は、次の研究所で生体兵器として肉体に改造を加えられ、不要な機能は排除された。

皮膚や体液はサンプルとして収集され、脳には電極が差し込まれた。

その遺伝子をより改良するべく人工的な交配実験が開始されるようになった頃には、彼女の周囲どこを見回しても人の尊厳などと言う物は微塵も見当たらなかった。

戦場では泉水子の血液から抽出された成分を用いて精製された有害毒物が多くの人々の生命を死に追いやり、骨髄液に超音波を当てることで発生した特殊な電波は機械系等全てを狂わせた。

やがて兵器の原料となる泉水子の遺伝子が人工的に培養されるようになると、それらは世界中の戦争で用いられるようになり、それに比例して犠牲者の数も爆発的に増加していった。

彼女が拘束されて5年が経つ頃には、元の全世界の人口の15%が泉水子の一部を取り込んだ兵器たちの力によって命を落としていた。

最早その時点で鈴原泉水子が全世界で最も多くの人間を殺害した女性であることは疑いようもな かった。

最も、混濁した意識の中で世界から隔絶された泉水子当人にとって、そのようなことは知る由もな かっただろう。

今や彼女は真っ白なベッドの上で廃棄処分される のを待つ、死にかけの実験動物でしかないのだから。

(それにしても、今日はやけに気分が良い)

これまでのことを少しずつ思い出しながら、泉水子はぼんやりとそう感じる。

こんな風に物思いに耽ることなどここ数年なかったことだ。

(どうして、今日に限って……)

朗らかな陽光が差し込む窓の方に顔を傾けようと力を込めて、しかし上手くいかずに断念する。

最早彼女の体からは自身の意思を反映させるだけの余力さえも感じられない。

情けない。脳裏に浮かんだそんな思考も、言葉にはならず消えるのみ。

自分の身体から声帯と呼ばれる部位が切除されていたことを、泉水子はこの時初めて知った。一 体、何時からそうなっていたのか。皆目見当も付かない。

何にしてもはっきりとした意識が存在しているということは、今の泉水子には辛いことでしかなかった。

どんなに振り返っても、思い浮かぶのは辛く悲しい過去のみ。

大切な人々を失った悲しみや 後悔だけが、感情を失いかけていたはずの彼女の中で激しく渦巻く。

ああ、私の中の姫神よ。貴女は本当に大したものだ。

幾度も時を遡り、こんな想いを何度味わったのだろう。

どれだけのモノを失って来たのだろう。

そして挙句の果てに、その結果がこんな世界とは、なんと報われないことだろう。

(私には、彼女が望んだ未来を実現することが出来なかった)

力なく開かれた両眼が、重い瞼によって徐々に閉ざされていく。

(願わくば、次こそは私が)

それは鈴原泉水子に訪れた、明確な命の終わり。

(あなたに代わって、未来を変えていけるように ――……)

閉ざされた視界、暗闇の先。その更に向こう側で輝くのは儚き人の夢。

「ありがとう、泉水子。これで全て、託していける」

少女は夢みる頃を過ぎて。されど物語は終わることなく紡がれる。

とりあえずここまで

まだ導入部も終わっていませんが、地道に更新していきます


ここでRDGのSS見れると思ってなかったから嬉しい

期間が空いてしまいましたがこれから投下します

>>8
遅くなりましたがありがとうございます。読んで頂けるようにがんばりますね

宙をさまよう視線の先にあるのは、どこまでも果てなく続く白の群。

「ここは……」

まだ辛うじて聞き覚えのあった自身の声を耳にして、泉水子は自分が現実世界から隔絶された別の層に入り込んでいることを悟った。

周囲を見回しながら、ゆっくりと体を起こす。そこには彼女が先程まで横たわっていたベッドもチューブの束も無い。

自分の肉体が、自分の思った通りに動く。神経を通じて、床の感触を、周囲の温度を感じ取る。

久し振りの感覚に驚いたせいか、体中の至る所が痺れていて。

けれど、今はそれら全てが愛おしい。暫しの間、泉水子は久方ぶりに知覚した外的刺激を十二分に堪能して。

そしてようやく立ち上がった。そこは延々と続く白の世界。時が停滞した悠久の世界。

この空間には床も壁も天井も無い。それどころか距離の概念すら存在しているかどうかも怪しい。

無限に続く牢獄のような世界。しかし泉水子の足取りからは、迷いなど微塵も感じられない。

「ずっと、此処に居たのね」

不意に立ち止まった彼女の傍らには、宙に浮かんだ半透明の地球儀と人影。

「ああ、ようやく来たか、泉水子よ」

眼前に泉水子の姿を認めて、彼女は艶やかな微笑を携え首を傾げる。

「ずっとお前を待っていたよ。出来ることなら、来て欲しくは無かったのだけれど」

寂しげにそう呟いた姫神の表情を、泉水子はこの先もずっと忘れないだろうと思った。

「ここは私が時渡りの力を行使する為に作り出した特別な層」

淡い赤に包まれた地球儀を弄んで、姫神は言葉を続ける。

「私と、私の血を引く者のみが足を運ぶことを許された空間だ」

地球儀上の赤い光が、徐々に広がっていく。それはもう間もなく、地球儀全体を覆いつくしてしまう程に。

「もっとも、私以外の人間が訪れたことなどこれまで一度もなかったことだが……おや、どうやら人類が滅びたようだぞ、泉水子」

地球儀全体が赤く塗り潰された様を見て、しかし彼女は何でもないことのようにあっさりと告げた。

まるで性質の悪い冗談のような、しかし泉水子の脳裏にはその言葉を肯定出来るだけの記憶が意識として存在していた。

「……結局、私には滅亡の歴史を改変することは出来なかったのね」

既に光は失われ、煤けた灰色の地球儀。そこではもう誰も生きてはいない。

「救えなかった」

家族も友人も仲間も。そして争いには関係のない、多くの善良な人々を。

特別な力を持ってしても、世界を変えることは叶わない。

泉水子が世界に与えた影響はあまりにもちっぽけで。

「教えて。私は、どうすれば良かったの」

「……わからない」

全能に思えた姫神も、標なき道では一人の人間でしかなかった。

元より、求める道が存在するかも知れぬ旅。暗中模索した先は行き止まりかもしれない。

「教えて」

けれど。

名も無き道で、指標となってくれた人がいる。

「どうすれば、私はやり直せる」

暗闇の中で、道を照らしてくれた人がいる。

「どうすれば、私は世界を救える」

孤独な旅路で、手を取って歩いてくれた人がいる。

「私は―――」

姫神の為ではない。自分自身、鈴原泉水子のために。

「私は世界を救いたい」

鈴原泉水子はこの世界をやり直す。

「ふふっ」

張り詰めた白の世界に零れた朱。

「ふはははははははははは!あははははははははははははは!!」

それは大きな奔流となって世界の色を染め替える。

めまぐるしく変わる周囲の景色。去れどこの感情の暴風雨の内側に於いても、泉水子が不安を抱くことはなかった。

(知っている)

この色は絶えず彼女と共に在った。始めから泉水子の一部として、すぐ傍に。

(ずっと私は、自分が姫神であることを否定して生きてきた)

鳳城学園に入学して、海外の大学へと進み。

泉水子は姫神の幻影を振り切るかの如く、可能な限り姫神とは逆の道を模索し続けてきた。

(証明したかった。自分の運命は自分で切り開くことが出来ると。姫神ではない、別の自分になることが出来ると……)

(……違う。それは嘘)

追いかける振りをして、本当はずっと逃げていた。

(本当は怖かっただけ。世界を滅ぼす力を持った自分と、その力が)

結局、泉水子には自分と向き合うだけの勇気が無かった。

「ごめんなさい。いつも、すぐ傍に居てくれたのに」

力と責任を受け止めるだけの覚悟が無かった。

「私は、認めないといけない」

覚悟の無い者に、力は与えられない。そして力なき者に、未来を変えることは出来ない。

「私は姫神。この世界を破滅に導く力を持って生まれた者」

「貴女は泉水子。内気で人見知りな、何も出来ない女の子」

静けさを取り戻した白の世界で、ふたりの少女が向かい合う。

ひとりは泉水子。か弱く、それ故に内気な優しさを秘めた、何も出来ない女の子。

そして、もうひとりは。

「わたし」

「……そうよ。私はただの、鈴原泉水子」

何の変哲もない、普通の少女。泉水子がふたり、並んで向かい合うだけの光景。

そうして、かつて姫神だった泉水子は笑う。

「ようやく私を見てくれたわね、泉水子」

それはもう一人の自分、現在(いま)の泉水子と違わぬ、ささやかな笑み。

「もっと早く、ここに来る前に気付けていれば、良かったのに」

ごめんね、と。

労わるように呟いた泉水子は、しかしそれ以上許しを請う素振りも見せず。

「もう、貴女ひとりに全て背負わせたりはしない。此処からは、私が」

優しく、けれど強い眼差しで。

「私が、世界を救うから」

真っ直ぐ、見つめる。

そして、その瞳に吸い込まれるように。

「姫神としてではなく、泉水子として?」

「そうよ。次の世界に姫神は居ないの」

近付く、二人の距離。

「私には歴史を修正するだけの力がある。けれど、過去を変えれば私は私でない別の誰かになってしまう」

「……かつての私がそうだったように、ね」

そう言葉にしたのは、どちらの泉水子だったのだろう。

「そうか。その通りね、泉水子。やはりお前は面白い」

重なる、二つの影。もう、どちらでも良かった。

此処にはもう、姫神は居ない。居るのは泉水子だけだった。

ひとりぼっちの世界に、地球儀がひとつ。誰も居ないというのは寂しいものだ。

「終わったようだね、鈴原さん」

けれど、そんな感傷に浸っていられたのも一瞬の間だけだった。

「和宮くん?」

泉水子の肩に降り立ったのは、漆黒の羽を持つカラス。

それは玉倉山の神霊、なおかつ泉水子のかつてのクラスメートでもあった和宮さとるに間違いなかった。

「どうして此処に?いつから?」

突然のことに驚きを隠せず、泉水子は目を白黒させ声を上げて。

けれども肝心の和宮はことも無さげに、嘴で毛づくろいを始める始末である。

「どうしてだなんて、愚問じゃないか。鈴原さんの居る所には僕も居るのさ。つまり此処にだって最初からずっと居たんだよ」

「それならもっと早く出て来てくれていたら良かったのに。どうして姿を見せてくれなかったの?」

あっけらかんと答えた和宮に、泉水子は抗議の声を上げる。

もうひとりの泉水子が消えてしまう前に姿を現していれば、3人でこれまでのこと、これからのことを論ずることも出来ただろう。


「そんなこと言っても、仕方ないだろう」

これまでにない神妙な調子で、和宮さとるは渋々言葉を紡ぎ出す。

「だって、鈴原さんが二人もいたら、僕は口論になった時どちらに味方したら良いんだい?」

困るだろう?と問いかけた和宮を一瞥して、和泉子の方はといえば頭を抱える思いで一杯だった。

歴史を変えると言っても、どこから手を着ければ良いのか見当もつかない現状だ。

それなのに悩みを共有出来る唯一の仲間がこれでは先が思いやられる。

(……とりあえず、時を遡ってみる前に、いつ頃の私からやり直せば良いのか。それを考えなくては)

遺された地球儀を手に取り、泉水子は過去の自分に想いを馳せる。

救えなかった人たち。

(深行くん、真響さん、真夏くん、高柳くん……)

仲間と。

(お父さん、お母さん、お爺ちゃん)

家族と。

(みんなを助けるって、そう決めた)

そして何より、それは自分自身のために。

「もう一度、やり直すの」

ということでプロローグは終了です。次回の更新からは本格的に『やり直した世界』に入る予定です
更新速度をもう少し上げていくつもりなので(読んで下さっている方がいれば)よろしくお願いします

まだかな

速度を上げると宣言して早々ですが仕事が立て込んでおります……
来週中には次の投下を行う予定なので気長にお付き合いください!

酉間違えてたみたいですが>>1です

まだかのう……

こんばんは、予定していたよりもずいぶん遅くなってしまいました。読んでくださっている方には本当に申し訳ないです
今回も短い内容になりますが更新させて頂きます。それでは少々お待ちください

以前、姫神は言っていた。鳳城学園の設立はこれまで繰り返した歴史に存在しない事象であったと。

新しい試みであると、泉水子の父・大成も口にしていた。思えばその言葉は、きっと姫神の受け売りだったのだろう。

だが、なぜ姫神は歴史を改変してまで鳳城学園を創り出したのだろう。外津川高校ではいけない理由があったのだろうか。

(そんなこと……考え込むまでもない)

泉水子が想像した通り、理由は明白だった。

鳳城学園の存在意義。それは泉水子を外部の敵から保護するため、強力な人材を味方に付けることにある。

世界遺産に選定されようがされるまいが、いずれ泉水子は様々な敵に付け狙われることになるだろう。

それは泉水子が力を持つ限り回避不能の確定事項であり、人類滅亡の最大の要因でもある。

恐らく姫神は幾度かの時間跳躍の最中、個の力や山伏の影響力だけでは乗り切れない危機に直面したのだろう。

その結果、彼女は他の組織と協力関係を結ぶ必要性を感じ取ったのである。

泉水子も身をもって体験している。宗田姉弟を失い、父が病死した後、驚く程の速さで山伏と戸隠の組織は分裂し、泉水子はその直後囚われの身となった。

それはそれ以前の泉水子が複数の組織によって強固に守護されていたことを示していたし、同時にそれらの力を無くして平穏な生活を送ることは困難であることを証明していた。

恐らく、やり直す前の世界でも同じだったのだろう。為す術もなく捕獲され、実験動物のように扱われ、そして人類を滅亡させた。

(何度も同じことの繰り返し。バカみたいだよね、人間って)

自身を取り巻く環境に対して怒りを抱いていないと言えば、それは嘘になる。

けれど、誰が悪いのか。誰に対して怒りをぶつければ良いのか。

それが泉水子には分からない。今はただ、救いたい人がいる。それだけで。

(結局、姫神の力を悪用されないためには、私を守護し隠れ蓑となる巨大な組織が必要ということね)

国内の様々な派閥が一堂に会する場として設けられたのが鳳城学園であるなら、わざわざ姫神が用意したその巨大な舞台装置を利用しない手はないだろう。

ましてやそこには、泉水子が守りたいと願う人々が居る。

(出来る事なら、みんなを巻き込みたくない)

泉水子に関わることで、命を落としていった仲間たち。

彼らの身に危険が迫った時、泉水子にはそれを大衆の為と言って切り捨てることが出来るだろうか。

(きっと、無理だ)

自分の為に誰かが犠牲となる。きっとこれまでも泉水子が知らない場所で、大勢の人が。

それは位が上の人間からすれば必要経費、当然支払うべき対価でしかなくて。

けれど泉水子はそれさえ望まない。

(もう誰も、犠牲にしたくない)

傲慢で、無覚悟。自分自身でさえ、そう思うし、実際そうなのだろう。

しかし、だからと言って心に嘘はつけなかった。

「和宮くん、決めたよ。私、鳳城学園からやり直す」

「……鈴原さんがそう決めたなら、僕はそれで構わないよ」

煤けた色の地球儀に、白い光が灯る。それは次第に広がって、ふたりを。やがて世界を包み込む。

次に泉水子が目を開いた時、そこは鳳城学園に向かう道中。走り心地のよいタクシーの車内だった。

「泉水子さんが乗り物の中で居眠りだなんて、珍しいですね」

柔和な笑みを浮かべて泉水子の顔を覗き込んてきたのは同乗していた佐和だった。

「……昨夜は少し緊張して、あまり眠れなかったから」

声が詰まりそうになるのを必死で堪えて、泉水子は何とか返答する。

玉倉神社で半ば家政婦として泉水子と生活を共にしていた末森佐和。彼女も争いの最中に泉水子の為に身を呈して犠牲となった一人だった。

「そんなに緊張することはないよ、泉水子。父さんが泉水子に合わない学校を勧めるわけがないだろう?」

快活な笑みを浮かべてそう述べたのは泉水子の父・大成。泉水子の記憶と変わらず和服を纏った変わり者の父である。

「その話は、もう聞いたよ、お父さん」

「あれ?そうだったかな」

少し声が震えてしまったけれど、今なら緊張のせいに出来るだろう。落ち着かない気分の中で、しかし冷静に泉水子はそう考える。

(本当に、戻ってこれた)

タクシーの窓から外を眺めて、小さく息を漏らす。

此処はもう学園のすぐ近く。3年間過ごした見慣れた景色が広がっていた。

「もうすぐ着くね」

思わずそう呟いた泉水子を大成は怪訝そうに見つめたが、特には何も追求されることはなかった。

しばらくして学園の敷地内に停まったタクシーから3人はゆっくりと降りる。

この先どんなことが起きるのか、泉水子はよく覚えている。

昇降口からゆっくりと駆け寄る人影。零れかけた涙を堪えようとして、泉水子は天を仰ぐ。

「お久しぶりです」

若干の張りを含んだ声は作り物のようで、まだ距離を感じさせるけれど。

それでも聞いているだけで不思議と心が安堵するのが分かる。

「やあ、久しぶりだね深行くん。出迎えまでしてもらって申し訳ない」

まだ、彼の目を見ることは出来なかったけれど。

でも今はただ、深行がそこに居ることが無性に嬉しい。泉水子は素直にそう思った。

大成と深行の間でやや形式的な、けれど僅かに親しみが込められた挨拶の言葉が交わされて。

そしてそれが終わると今度は深行の案内でしばらく校内を散策する。

辿り着いた馬場は大成のリクエストによるものだった。

「思っていたよりも落ち着いているな」

道中、折を見て泉水子の元まで近付いて来た深行は意外であると言わんばかりにそう口にした。

どうやら彼は本気で感心したらしい。その程度のことで驚かれてしまう自分は一体どれだけ下に見られていたのだろうと考えて、泉水子は小さくため息をつく。

「深行くんの方は、想像していた通り。また会えて嬉しい。それに元気そうで良かったわ」

呆れながらも素直に思ったことだった。再び深行と言葉を交わせる日が来るとは思ってもいなかった泉水子には、今の状況を奇跡と呼ぶことに躊躇いなど無い。

きっとこの先、こんな事が何度も起きるのだろう。真響や真夏と再び会った時、平静を保っていられるだろうか。それが些か不安ではあった。

「……玉倉山から来たばかりで慣れないこともあるだろう。声をかけてもらえれば手ぐらいは貸すぞ」

泉水子の言葉には返答せず、深行はぶっきらぼうに会話を切り上げる。照れたり返答に困った時、深行はいつもこんな風に話題を切り替えるのであった。

いつもはそれに文句を付けていた泉水子も、しかし今だけは自分の知る深行の面影に対して懐かしさを見出して微笑んだ。

「ありがとう」

本当は「ごめんなさい」と謝りたかった。

けれど、それを口にしたら泉水子は今度こそ涙を堪えられる自信がなかった。

(泣いてしまえば、きっとまた甘えてしまうから)

そうならない為に、全部自分でやろう。みんなを自分が救おう。きっとそれが出来た頃には「ごめんなさい」ではなくて、心からの「ありがとう」が言える筈だから。

厩舎から遠ざかる泉水子を、馬たちが名残惜しげに見送る。

「泉水子はいつからそんなに動物に好かれるようになったんだい」

珍しいものを見たとばかりにはしゃいだ大成がその場の誰もが抱いた疑問を代表して口にした。

この日の泉水子の懐かれようは尋常ではなかった。厩舎に足を踏み入れるなり荒くなった馬の鼻息。

餌を持って近付けば、馬たちは尻尾を振って興奮し犬や猫以上に感情を露にした。

以前から動物や植物に対しては親しみを持って接していた泉水子であったが、こんなことは初めてだった。

自分が姫神であることを認めたことで力が増幅した影響だろうと泉水子は分析したが、今のところ真偽は定かではなかった。

「心細そうにしているのを見て、元気付けてくれたのかも」

その言葉で我慢しきれずに吹き出した深行を尻目に、大成と佐和はバツが悪そうに曖昧な笑みを浮かべた。

鳳城学園に送り出すことが泉水子の為になると理解していても、本当は二人も不安だったのかもしれない。

ただ泉水子が居る手前、態度に出すことが出来なかっただけで。きっと、それは母の紫子も変わらない。

前回の世界線とは異なる景色。前よりも少し強くなった泉水子。一度経験した世界の終わりが少女を姫神へと変えた。

相も変わらず分からないことだらけなこの世界で。けれど父も母も、そして佐和のことも。

今は心の底から信じていられる。だって彼らは命を懸けて泉水子を愛してくれた大切な人たちだから。

(今度は私がみんなを守らなくては)

命に代えても良いとさえ、泉水子は思う。一度は失ったのもであるが故、恐れなどなかった。

「それじゃあ泉水子、僕たちはもう帰るけどこれから頑張るんだよ」

あれやこれやという間に時間は過ぎて夕刻。泉水子と深行は校門の外まで大成と佐和を見送りに出ていた。

「泉水子さん、毎食しっかりご飯を食べるように。好き嫌いも無くさなくてはいけませんよ」

「選択科目のことで悩んだらお父さんに連絡してごらん。相談に乗れるように学校の資料には目を通してあるから」

タクシーに乗り込む寸前。矢継ぎ早に繰り出される二人の言葉はいずれも泉水子を心配してのものだった。

考えてみればいつだって、大成も佐和も泉水子の話ばかりで自分のことを口にすることは少なかった。

(二人が心配しているのは、私?それとも姫神?)

泉水子は暫しそう逡巡して、しかしどちらでも良い事に気が付く。

(……どちらだろうと泉水子なのだから、同じことね)

「……聞いているかい?泉水子」

「ねえ、お父さん。佐和さんも」

「……どうしたんだい」

―――ありがとう。

二人に向かってそんな風に感謝の言葉を伝えたのは、もしかするとはじめてのことだったかもしれない。

ニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべる大成と、感極まってハンカチで目元を拭う佐和。

対象的な反応を見せた二人が帰路につくのはそれから30分も先のことだった。

遠ざかっていくタクシーのランプを最後まで見送って、泉水子と深行は校門を後にした。

「まるで今生の別れだな」

ひねくれた言い方をする深行は、もしかすると今の光景を羨ましく思っていたのかもしれない。

母の行方は知れず、唯一の肉親である雪政も父親らしいとは言えない人物だ。円満とは言い切れないにせよ、温かい家庭で育った泉水子のことを妬ましく思うこともあっただろう。

「生まれてからずっと傍で、お世話になりっぱなしだったもの」

深行が泉水子に辛く当たることが多かったのは、そういった家庭環境の差異にも原因があったのかもしれない。

「そんな奴が寮生活なんてやっていけるのかよ」

「大丈夫。私だって、生半可な覚悟で此処に来たわけではないから。それに……」

体を芯から凍えさせるように、冷たい風が吹きすさぶ。春の訪れはもう少し先だろうか。

「困った時は、深行くんが助けてくれるのでしょう?」

「……言っておくが、初めから俺をあてにしているようなら手は貸さないぞ」

突き放すような彼の言葉。だけどそれで良い。

「わかってる。全部、私が自分でやらなきゃダメなの」

これは確認。深行を救いたいのならば、彼に頼ってはいけないのだから。今のはその確認。

「それなら良い。明日の九時、図書館に居る。暇ならお前も来いよ」

それだけ言うと、深行は振り返ることなく男子寮へと戻って行った。その背中を追い駆け共に歩むことは、この先きっと出来ないだろう。

深行と共に過ごす時間が長くなればなるほど、彼は山伏から逃れられなくなるだろう。

それでは結局、未来は変わらない。そんなことになるくらいなら、彼とは仲良くならない方が良い。

例えこの先、深行から無視されて嫌われることになろうとも、彼を巻き込んで死なせてしまうよりはずっと良いのだから。

「……ありがとう、深行くん」

結局、始業式までの間に泉水子と深行が顔を合わせることは二度と無かった。

そしてこれが泉水子の意思による、初めての歴史改変となったのである。

今回は此処までとなります。更新速度が遅くて申し訳ないです
こんなSSに目を通して下さっている読者の方々には感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございます
毎日少しずつ書き溜めして少しでも早く、多く更新出来るように努力するので、どうかこれからもお付き合いください

個人的な想いですが早く真響さんを出してあげたいです。次回の更新で出せると良いのですが……

追い付いた続きも期待してる

>>29
とてもとても励みになりました。ありがとうございます
次回の更新はそう遠くないうちに行おうと考えているのでもうしばらくお待ちください

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