アニ「たとえばぼくが」(39)
ネタバレはおそらくない。
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たとえばぼくが、きみのように強い人だったら
ぼくたちはずっと仲良しでいられただろうか。
たとえばぼくが、きみのように優しい人だったら
ぼくたちは分かりあうことができただろうか。
たとえばぼくが、きみに想いを伝えていたなら
ぼくたちは一生を一緒に過ごしただろうか。
たとえばぼくが、本当のことをきみに話していたなら
きみはぼくのことを笑って許しただろうか。
きみは言ったね。
ぼくはすごいやつだって。
でもそれは、本当のぼくを知らなかったからだよ。
きみは言ったね。
ぼくはいい人だって。
でもそれは、ぼくの気持ちを知らなかったからだよ。
ぼくは苦しかった。
自分で選べない辛さ。
やりたくないことばっかり、やらなければいけない苦しさ。
でもそれ以上に、ぼくは弱かった。
どうしようもなく弱くて、抗うこともできなくて、
それからぼくは、逃げたんだ。
どうしようもなくて、自分の気持ちから逃げたんだ。
逃げるのは簡単だった。
自分は悪くない、自分は悪くないって思いこんで。
しょうがない、しょうがないことだって言い訳して。
たくさんのひとに迷惑をかけて、
それからたくさんの人を──
僕が君に言う勇気があったならば、
君は許してくれただろうか。
僕が君に言う勇気があったならば、
君は理解してくれただろうか。
後悔はしていないけれど、苦しい。
自分が悪かったとは思わないけど、痛い。
心のどこかで、ぼくはまだ逃げたいと思ってる。
でも許してほしいと思ってる。
ぼくは弱くて、弱い人間だ。
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「おつかれさま!」
元気な声とともに、私の肩を叩いたのは相棒として一緒に仕事をしているミーナだ。
「いやあ、今度は悲恋の物語がヒットしましたね先生!」
「先生はよしなよ。 あんただってそうでしょ」
ミーナの悪戯っ子みたいな笑顔は、昔から変わらず眩しい。
うらやましいくらいに。
「いやいや~。 私は描いてるだけですから?」
一つの話を完成させたのが、よっぽど嬉しいらしい。
確かにこれだけはしゃげるくらい頑張ってきたけれど。
「この間はサクセスストーリーだっただけに、結構衝撃を受けた人もいるみたいだよ?」
「って編集の人が言ってた!」
私とミーナは二人組で漫画を描いている。
しがない少女漫画家コンビだ。
「今日は飲み明かそうよ!」
「あんたはいいかもしれないけど私はまだ19だよ」
「そういえばそうだった!」
あちゃあ、と頭を抱えるミーナ。
「明日は完全オフ日なのになあ」
表情がころころ変わるのは面白い。
今度はこんな子を主人公にした話を考えてみようか。
「ショッピングでも行こうよ。 ちょっと遠出でもしてさ」
「それいいね! どこいくどこいく?」
それをこれから一緒に考えるんだよ、と言いながら行きつけのおしゃれな居酒屋へ入る。
もっとも私はアルコールは飲めないのだが。
「でもさあ」
ヘルシー野菜のシーザーサラダ(大盛)を取り皿に取り分けながら、ミーナが口を開いた。
「あんな面白い話をこんな大人しそうな子が考えてるなんて、だあれも思わないよねー」
褒めているのか褒めてないのか。
「はっきりいいなよ。 暗いやつが、って」
「ちょっ、そこまで言ってないし思ってもないよ!」
あせるミーナ。
まあ、この反応が見たくて言ってみただけなのだ。
「アニってさ、いつもどうやってストーリー練ってるの?」
右手で頬杖をつきながら、ミーナは思案顔。
こら、行儀悪いよ。
「明るくてこっちまで幸せになっちゃうような大恋愛の話を書いてたと思ったら」
そう言って、ミーナは頬杖を左手にかえた。
「今度は読んでて憂鬱になりそうな悲劇の話……」
眉間のしわがどんどん深くなってゆく。
こいつ……もう酔ってるな。
「アニちゃんの頭の中はどうなってるんだろうね~」
けらけらと笑いながらミーナはサラダを口に運んでいる。
……確かに、自分で言うのもなんだが、私の思考はかなり乙女チックなものだ。
書いている話も自分の憧れというか理想が多分に詰まっている。
それを人に教えたことはもちろんない。
目の前のただ一人を除いては。
そんな私が今回書いたのは、今までとは打って変わって主人公が意中の人と結ばれない──
それどころか、事態は二転三転してどうしようもない悪循環に陥っていく、という話だった。
正直自分でもこれは面白くないと思ったが、書き出さずにはいられず、
それを見たミーナと編集のバカが『これは面白い!』とわざわざ作品にしたのだ。
予想外に売れはしたのだけれど……。
元ネタは、とある夢だった。
何の夢だったかは分からないまんまだけど、漠然とした虚無感を与えられた。
本当になんだったのだろう、あの夢は。
「夢?」
思っていたことが口に出ていたのか、ミーナが耳ざとく聞いていたようだ。
「ん? ああ、なんでもないよ」
「そっかぁ。 んーでも、主人公が男の子っていうのもなんだか不思議だったよね」
考えながらシーザードレッシングをドバドバとかけるミーナに、慌てて注意する。
ミーナもだいぶ酔っているのだろう、てへっと言いながら蓋を閉めている。
「まったく……。 シーザードレッシングは結構においが強いんだからね?」
「そうなのー? 私酔ってるからにおいなんてわかんないよ~」
この子はホントに……。 呆れを通り越して微笑ましい。
「それでそれで? なんで男の子なの?」
「ああ、それは……」
「なんとなく、かな」
率直にそう答えた。
「ええっ! 特に理由はないんだ~」
本当は少しだけあった。
おそらくあの夢の主人公は私で、登場人物はもう二人いたのだ。
けれど、その夢の中で私はひどく苦しんでいた。
少し、というかかなりいやな気分だった。
最初は主人公は女性で考えていたのだが、どうしても自分と重ね合わせてしまう私がいて。
はっきりとは分からないが何かしらの違和感を拭い去れなくて。
気が付けば主人公は男性になっていた……。
とこれが事の顛末ではある。
もっとも、これをミーナに伝えて果たして理解してもらえるか?
という疑問が大いにあるので、伝えることはしない。
「まっ、面白いから良かったよね!」
再び、ミーナはころころと笑った。
「ちゃんと落ち着いてからお風呂に入るんだよ」
「うぃー」
完全に酔いつぶれてしまったミーナを家まで送って、
それから自分も家に帰ろうかと思っていたけれど、どうやらミーナはもうダメみたいだった。
歯磨きもせず、お風呂も入らずベッドにダイブしている。
「こりゃー私も泊まるしかないじゃないか」
これだけ酔ってると何があるか分からない。
唯一無二の親友を放っておけないのだった。
「ミーナ、聞こえる? ちょっとコンビニ行ってくるから」
「ん……」
早くも眠りにつき始めたミーナを置いて、夜の街へ繰り出す。
何が必要なんだっけ。
水と、自分の歯ブラシと、あと……。
季節が季節だけに外はかなり寒い。
ミーナの、あのもこもこしたセーター借りてくれば良かった……。
と後悔しながら体を丸めて歩く。
「財布、お金入ってたっけ」
コンビニの前で急にそんな心配が顔を出す。
財布の中は……大丈夫。 十分足りそうだ。
そういえば今日のお昼にお金おろしたんだっけ──
「あの」
ふと、後ろから声を掛けられた。
「これ、落としましたよ」
おずおずと差し出されたそれは、ミーナの部屋のカードキーだった。
正直、心臓が飛び出そうだった。
人の家の鍵を落とすなんて……もし失くしたらなんて考えると恐ろしい。
「ありがとうございます」
「いえいえ、見つけたのは彼の方なので」
見ると、どうやら二人組のようで私に話しかけたのは少し小柄な男──ん? 男?
──いや、間違いない。男の子だ。
もう一人は興味なさそうにそっぽを向いているが、少し背の高い男だった。
「では」
にこりと、男の子とは思えない可愛らしい笑顔を見せて、その人はもう一人の所まで
戻っていった。
「ありがとう、だってさ」 「ああ」 ──なんて会話が聞こえた。
安堵しつつ、コンビニで買いたいものを選ぶ。
来る時に考えてきたから、買い物自体はさっと済んだ。
ミーナのために水だって買った。
この寒い中、アイスクリームを三個もまとめ買いしている人がいたので、
私もミーナに嫌がらせをしてやろうかと思ったがやめた。
どうせもう爆睡してるだろうし、なんだかんだで喜びそうだし。
結局私は必要最低限の物しか買わず、颯爽とコンビニを出た。
見れば、さっきの二人組はまだコンビニの前でたむろしている。
こちらには気付かないようで、二人で寒そうに身を縮めていた。
帰り道。
歩きながら、私は次の作品のことについて考えた。
ハッピーな作品にしようか、コメディチックなものにしようか、はたまた……。
あの夢はまだ、時々見ることがある。
どうしてそう思ったのか分からないけれど、今日もまた見るような気がした。
あの夢で『私』が訴えかける相手が誰なのか。
そもそも『私』が誰なのかすら分からない。
だけど、私にはあの夢を見る必要がある気がするのだ。
かじかむ手を手袋越しにほぐしつつ、
口元まで覆ったマフラーで寒さと戦いつつ、
時折吹きつける木枯らしに凍えながら私は帰路についたのだった。
「ミーナ、おやすみ」
帰ってきたそのままの姿で布団にもぐって眠るミーナに声を掛けて、私はこたつに入った。
寝るところがこたつしかなかったのだ。 しかたない。
心地よいこたつの暖かさで、私にもすぐに眠気がやってくる。
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たとえばわたしが戦士ではなく兵士だったなら、
あんたと楽しくやれてただろうか。
たとえばわたしが戦士ではなく兵士だったなら、
あんたのあんな顔を見なくてすんだかな。
たとえばわたしが戦士ではなく兵士だったなら、
わたしはあんたらと楽しく笑いあえてたのかな。
ねえ、ふたりとも。
教えてよ。
こんなわたしでも普通の女の子になれたのかな。
▲
私はその日、また夢を見た。
不思議な不思議な、夢だった。
私は透明なガラスのような──ダイヤモンドのような、そんな入れ物の中で眠っている。
眠りながら、誰かに思いを馳せていた。
誰かを待ってるのかな?
王子様かな、なんて───
おわり。
*エピローグ*
「こんな暗いのにあんなのよく見つけたよね」
「たまたま音が聞こえたんだよ」
「それにそんなに暗くないだろ。 コンビニの明かりもあるんだし」
「いやいや、僕には十分暗いけど……」
「というか、遅すぎだろ。 あいつ何やってんだ」
「まあまあ、女の子の買い物くらい待てないと男が廃るよ──」
「──エレン」
「う、うるせえな。 アルミンもそろそろ声変わりしないとこの前みたいに男から……」
「わああっ!! そ、その話はしない約束だろう!?」
「ははは。 わるいわるい。 つい、な」
「もうっ」
「お待たせ」
「遅いぞミカサ……ってそれ、なんだ」
「アルミンとエレンの分のアイスクリーム」
「お前なあ……この寒いのにアイスなんて食えるかよ」
「お腹壊しそう……だね、はは」
「そんなことはない。 騙されたと思って食べてみて」
「これ、美味しいから。 最近の私の中で一番美味しい食べ物」
「ミカサ、アイス大好きだもんね」
「冬なんだからもっと暖かいもん食べようぜ……」
「あ、それなら明日鍋しようよ」
「いいなそれ!」
「賛成」
「よし、そうと決まれば俺の家で作戦会議だ!」
「いや、遅いし今日はもう寝ようよエレン」
「なんだ~? そんなんだから背が伸びねえんだぞアルミン?」
「ふつう逆だよ! よく寝れば背が伸びるはずなんだ!」
「エレン、アルミンをからかってはダメ」
「冗談だよ。 ま、今日は遅いし二人とも送ってくよ」
「私はエレンの部屋に着替えがあるので泊まってもいい」
「そりゃ、僕だってあるけどさ……」
「じゃあ二人とも泊まりな!」
「僕は寝るからね!」
「あはは。 好きにしろ~」
「ごみを捨ててくる。 ので、少し待ってて」
「おう」
「うん」
「美味しかった。 ご馳走様でした」
「……今度はストロベリーを食べよう」
──アニ、落ちて。
「え?」
「おいミカサ、何ボーっとしてんだ」
「あ、うん」
「……?」
おわり。
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