唯「愚民ども」 (29)
夏が茹だっていることは知っていた。
熱された鉄板のようなアスファルトの上を妹の憂と歩いている時、茹だった夏を滅ぼす術を私は探していたのだ。
そしてそれを見つけることなく、私たちはスーパーで夕飯の買い出しを終え、午後2時という最もクソ暑い時間に炎天下の中を歩いていた。
そんな折り、私は天啓を受けた。
天啓とは、オラクルである。超常、超然だ。
世の聖人が感じたであろう超越を私は全身に受けた。世もすればそれは熱中症か日射病、立ちくらみや目眩なのかもしれない。
しかし私は陽炎に浮かぶ路上の隅から宇宙の最果てを目撃したのである。
憂は、そんな私には目もくれず、夕飯のメニューをいかにつくり上げるかについて話していた。
私の変化に敏感なようで、この妹はなにも知っていなかった。
期待
「ういー、私、わかっちゃった」
「え、なに、お姉ちゃん?」
「私、天才なんだよ」
「うん、知ってるよ」
……なにも知らないくせに。
面白そう
家に帰るなり、私は二階の自室に駆け込んでギー太を取り出し、台所で野菜を冷蔵庫に入れている妹に一弾きしてやった。
『ふわふわ時間』のイントロである。
日頃から私の世話をする風で、実のところ姉である私をナメくさっているこの女に、格の違いというものを叩き込んでやった。
すると、憂は目を見開き、口から蟹のような泡を垂らしながら、絶頂した。
爪の割れるほどに一弾きをすれば家のガラスは全て砕け散り、ありとあらゆる家を構成する物質は音楽の元に恍惚のかぎりにひれ伏しエクスタシーを迎え、
アゲアゲのノリノリになって踊りだした16ビートが支配し平沢家とその周囲に位置する近隣家屋は倒壊し、
グラウンド・ゼロも真っ青な原爆ドームが設立され、リメンバーヒラサワとなり、妹の履いていたレース柄のスカートの端からは愛液がふとももに垂れていた。
実に気持ちが悪い。
(^q^)? ?
妹は冷蔵庫の扉を開けたままに、私の元に這いつくばり、私の足を舐め始めた。
そしてもっと弾いて欲しいと懇願しはじめたのである。
欲望にまみれた妹の女の顔に、私はほとほと嫌気が差した。
「うい、頼み方ってのがあるでしょ?」
そう軽く言うと、妹は全身をビクつかせ、衣服を乱暴に脱ぎ捨て、下着姿になって土下座をした。
涙を流しながら私に演奏を促した。
私は確信した。
天啓である。
『私、平沢唯はこの世界を掌握する』
夏が茹だっていることはとうに知っていた。
いや、私が茹だらせていた。
宗教家になるつもりはなかったが、
私が神であることは明らかなので神の歩いた後に人間がつくるのは宗教であることは仕方がなかったので、
結局のところそこに宗教がうまれてしまった。
しかたのないことだ。
なんだこれ
今回私が学んだことは――私が知らなかったことは、
人に足を嘗めさせるというのは思ったよりもだいぶ気分が良いということであった。
私はこの晩、憂の作った季節外れのロールキャベツを食べながら、妹に全身を嘗めさせて過ごした。
翌日、私は首輪をつけた妹に見送られながら軽音部の練習へと向かった。
夏休みでも練習はある。秋の学園祭に向けてのものだ。だが私にとって女子高の文化祭なんてステージは役不足である。
私には、ある計画があった。
学校に着いたのは、集合時間を少しばかり過ぎた頃であった。
部室では髪を二つに結んだ後輩が頬をふくらませて待っていた。
「唯先輩! 遅刻ですよ!」
中野梓は厄介な後輩であった。
同輩の秋山澪も中野と同様に苛立っていた。
学園祭の準備は予定よりも滞っていたのである。
だが、そんなものは私にとってはどうでもよかった。
私は軽音部のメンバー、中野梓、秋山澪、琴吹紬、田井中律を並ばせ、アンプに繋いだギー太による演奏を、ゼロ距離でぶちかましてやった。
この平沢唯の演奏を、である。
聴け、全身で感じろ、感謝しろ。
服で遮るな。
聴け!!
ティーセットが宙に舞い、テーブルクロスが引き裂かれた。
トンちゃんの水槽が割れ、琴吹紬は眉毛をむしり始めた。秋山澪はエリザベスで中野梓の後頭部を殴り、田井中律はドラムスティックを自身の尻の穴につっこんだ。
中野梓はネコミミを取り出し、自らの頭につけ、全身から何やらわからない液体を垂らしながらそそくさと服を脱ぎだし、私に腹を見せた。
服従のポーズである。
みたことか。
私の音楽は『最高』だ。
あらゆる人間の持つ「最高」を全て塗り替え、『平沢唯』にしてやる。
野球ファンもサッカーファンも、アニメオタクも子どもも大人も老人も死人もどこかのクソ宗教のクソ信者もメガネもハゲも政治家もキチガイも音が聞ける全てのものの「最高」は全て私になる。
私が全ての№1になる。
ビートルズの、ストーンズの、ラモーンズの、ニルヴァーナの、エイフェックス・ツインの、バックストリート・ボーイズの、ビョークの、セックス・ピストルズの、この世の、私以外の音楽を全て破壊して、塗り替える。
私が、世界だ。
世界を平和にしてやる。
続きはやく
私は生徒会室に行き、真鍋和を服従させた後、全校生徒を校庭に集めさせた。
夏休みであろうと関係ない、帰郷しているものも、バイトしているものも全員だ、教師も全てそろえた。
朝礼台の上から三百人あまりを見下ろした。
かなり少ないが、始めだ、仕方がない。
「ふわふわ時間」を演奏した。
しかしBメロに行く前に全ての人間が死にそうになっていたので演奏をやめた。
絶頂と潮と泡でスクール・カウンセラーが世界中から動員される程にグランドのゴールポストは溶け、涙目の人間どもがゲロを吐きながらウェーブをしているさまを見続けるのには耐えられなかった。
思えば、ここ最近私はフルで演奏していない。まあそこまでしてやる必要はない。
神がわざわざ降り立ってやっているのである。神を崇め奉るのは人間の義務だ。宿命だ。
もっとがんばれよ
校庭での演奏は、メディアが寄ってくるには格好の餌であった。
全国ネットのテレビ局が私を取材したがったが、全て無視した。
逐一反応していたらキリがない。
神の音楽はそう簡単に垂れ流してはいけないのである。
一度だけ、演奏をしてやるといったら、全テレビ局同時放送のライブが実現した。
舞台は、武道館であった。
そういえば、軽音部の目標は武道館だっけか、などと思いながら私はステージに立った。
武道館の収容人数は一万五千人ほどだが、三万人ほどが詰めかけた。
無様にすし詰めになっている愚民どもを見下ろしながら、私は容赦なく演奏をはじめた。
イントロで三万人が痙攣し、Aメロで三万人が脱衣し、Bメロで三万人が自慰を始め、サビに行く前に三万人が絶頂し、卒倒した。
二番に行くころにはNHKも日テレも朝日もフジも全ての曲が私の演奏を放送していた。
視聴率は100%をゆうに超えていた。
全ての日本国民が仕事の手を止め、勉強をやめ、セックスをやめ、生活をやめ、ただ私の演奏を聴き、平伏した。
僕私あたし俺某拙者和紙誰も彼もが自身の矮小さを理解し唯一神の存在を知った。
五分後、日本全土が沈黙した。
その五分後、私は日本国大統領の地位を得た。
が、断った。
大統領? 馬鹿にするのもいいかげんにしろ。
私は、平沢唯だ。
大統領ではない。人が神に肩書を与えるなど愚弄するにも程がある。
ともかく、日本は理解した。
平沢唯という存在の崇高さを。
まだ足りない。
支援
日本の状態を知ったアメリカ局が私を音楽番組に招待しようとしたが、これも断った。
クソが。
先の武道館ライブはインターネットを通じて世界に発信され、インターネットを使用する人間は皆私に服従したかと思っていたが、そうでもないらしい。
やはりまがい物ではダメなのだ。
平沢唯の音圧は、録音機などに収まる容量ではない。
圧縮された音源などで理解する事はできないのだ。
支援
翌月、私はイプシロンに乗っていた。
日本の新型ロケットである。
先日発射に失敗したようだが私の演奏を聞かせたら直った。
私は宇宙空間からの演奏をするのである。
私の前では空気など必要ない。
音楽は伝わるのである。
呼吸も必要ない。
宇宙空間で私がギー太を奏でれば、ダークマターを震わし、地球、火星、水星、木星、土星、冥王星、海王星、太陽を掌握し、太陽系、銀河を服従させる。宇宙を掌握するのだ。
私は再び「ふわふわ時間」を歌う。
このとき、地球では戦争が止んだ。
地球上6,300,000,000人が魅了され、物という物をぶっ壊しまくった。信仰を捨て、国を捨て、教会を壊し偶像を壊した。
私の、平沢唯の演奏こそが絶対、『最高』なのである。
石油も、宗教も、政治も、イデオロギーも全てが『平沢唯』だ。キリストは死んだ、ブッダも死んだ、国境は死んだ、人間は塗り替えられる。新たに、幸福を得るのだ。
ただ崇めれば良い。
ひれ伏せば良い。
服従せよ。
これが平和だ。
私が、平沢唯だ。
これがふわふわ時間だ。
宇宙が、茹だるのだ。
おわり
世界がふわふわしてしまったのか…
乙乙
悪くなかったぜ。硬派気味の中二病ラノベを書かせたら上手そうだ
宇宙で終わってしまったか
そうなんだ
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