女「君が願うことのすべてを、叶えてあげたいんだ」(180)

ある夏の入り口。
私という少女が死んだ。

死の世界の入り口。
私はまださまよっている。

出口はどこにあるのだろうか。
それとも、もう出口などないのだろうか。

私はまださまよっている。
あの頃となにも変わらない日々を、過ごしている。

『おはよう』

今日も、あいつに朝の挨拶をする。

「おはよう」

あいつの目は、もちろん私など捉えてはいないのだけれど。

私が8歳の夏。
あいつも8歳の夏。

大きな大きな台風が日本を通過した。

「ね、外すごいね」

「すごいね」

「風すごいね」

「すごいね」

「木がほら、曲がってる」

「曲がってるねえ」

「見に行こうか」

「見に行こうか」

「カッパ着てさ」

「カッパ着てね」

「パパとママには内緒だよ」

「パパとママには内緒だね」

そして私たちは、外に飛び出した。
お気に入りのカッパを着て、手を繋いで、二人で外に飛び出した。

両親は共働きで、だからこの日も家にいなかったのだ。
もし家にいたなら、全力で私たちを止めただろう。

今なら、あんな天候の中、外に飛び出すなんて考えは微塵もないだろうが、
子どもだった私たちは、この景色がなぜかとても楽しそうだと思ったのだ。

「前が見えない!!」

「前が見えないねー」

「なんて!?」

「え、聞こえない!!」

「空が黒いよ!!」

「空、見えない!!」

ごうごうと流れる川を見て、私たちはさらに楽しくなった。

「水がいっぱい!!」

「いっぱいだね!!」

「橋まで水があるよ!!」

「水が汚いね!!」

テレビでも見たことのない巨大な水のうねりに、私たちは口々に感想を叫んだ。
他に人はいなかった。
当然だ。こんな天候の中、外に出ようだなんて考えるわけがない。

大雨と暴風の中、私たち二人は冒険者で探検者で、映画の主人公だった。

映画なら、魔法使いや巨大な怪獣が出てくるところだ。
川の中から何者かの手が出てくるかもしれない。

「あっ!!」

バサッ、と、私のフードが風でまくられた。
つられて空を仰ぎ見る私。

「っ!!」

黒い空を見ながら、私は足を滑らせ、腰をしたたかに打った。
そして腰に痛みを感じている間に大きな波に飲み込まれていた。

「――――!!」

あいつが私を呼ぶ声が、最期に聞こえた。

幸い私の身体は海に流れ出てしまう前に発見されたが、すでに心臓は動きを止めていた。
もう動かない私の身体にすがりつくあいつと両親を、私は空から眺めていた。

『……私、死んだの?』

そう問うても、誰も答えてくれなかった。
天使も、悪魔も、私の傍には来なかった。

『ねえ、私、死んだんですか?』

何度問うても、やはり誰も答えてくれなかった。
神様も、死神も、私には見えなかった。


あれから、10年、私はまだこの世をさまよっている。

『おはよう』

毎日、あいつに朝の挨拶をする。

「おはよう」

あいつは私ではなく、両親に挨拶をする。

「おはよう、朝ご飯できてるわよ」

「うん」

もちろん食卓に私の分の朝食はない。
いつものことだ。

触ろうと思えば、触ることができる。
お皿を触ってみようとして、割ってしまったことがある。
幸いその姿は誰にも見られていなかったけど、私の代わりにあいつが叱られた。
だからか、あまり物に触らないようにしている。
驚かすと、悪いし。

「んー、うめえ」

もぐもぐと、口を動かす。
食べているときの幸せそうな顔が、私は好きだ。

ほっぺについたケチャップを、そっと拭ってあげる。
今日も、あいつは気づかない。

「行ってきます」

靴を履き替えている。
私は後ろから、そっとついていく。

「行ってらっしゃい」

後ろから母が声をかける。
私にも声をかけてくれたように感じる。
いつものことだ。

でも、お母さんにも、私の姿は見えていない。

あいつが学校へ向かう道、私はふらふらと一緒に歩く。

私自身にも、私の身体は見えない。
手がありそうな気はするけれど、そこにはなにもない。
歩いている気はするけれど、地面を蹴る足は見えない。

ま、幽霊だから、足はないだろうけど。
お洒落な靴とか、履きたかったなあ。

下を向いても、お腹は見えない。
頭を触っても、髪の毛の感触はよくわからない。

不思議な気分は、10年経っても晴れない。
ずっと曇りのままだ。

学校への道を歩きながら、私はきょろきょろとあたりを見回す。

草むら、塀の上、民家の屋根。

いた。

野良にしてはでっぷりと太った猫が、私を見下ろしている。
しっぽをゆらゆらと振り、今日も眠そうな目をしている。

見えているのだろうか。
それとも、なんとなく気配を感じているだけなのだろうか。

『おはよう、猫さん』

「んなー」

返事をしたみたいに聞こえる。
僕にはちゃんと見えてるよ、と言っているようにも聞こえる。

あいつも、声につられて屋根の上を見上げていた。

眩しそうな横顔。

こうして見ると、父にそっくりだ。

私がもし生きていたら、私もこんな横顔なのだろうか。

私がまだ生きていた頃、庭によく猫が来ていた。
私とあいつは、両親に内緒でよくエサをやっていた。

冷蔵庫を漁って、残ったかまぼことか、チーズとか、ハムの切れはしとか。
そんなものを探しては猫の鼻先に差し出してやっていた。
一生懸命にエサを食べる様子を見て、顔を見あわせて笑ったっけ。
あれは、とても幸せな時間だったように思う。

あんな風にエサ場があれば、野良猫でもきっとやせ細らず生きていけるんだろう。

夏の終わりに合いそうなSSを目指して
ぼちぼちやっていきます

なんか久しぶり

ホントに久々だな、期待してるわ

「おはよー」

「おーっす」

「おはよ」

学校に到着する。
あいつはゆっくりと、靴箱に向かう。

もちろん私の靴箱は、ない。
上靴も、ない。

でも、あいつの上靴は、うん、無事にあったようだ。

中学の頃、あいつの上靴が隠されたことがあった。

ほんの些細な、けんかの仕返しだったと思う。

だけど、あいつはとっても傷ついていた。

職員室でスリッパを借りて、気まずそうに「忘れちゃって」とつぶやいた顔。

私は、隠した犯人が許せなくて、よっぽど殴ってやろうかと考えた。

犯人は同じクラスの男の子だった。
ずっとあいつの方をこそこそと見ていた。
少し笑っているような、少し後悔しているような、そんな表情だった。
教室での様子を見ていれば、すぐにわかる。

私は、監視とか、尾行とか、大得意なのだ。

もちろん、死んでからの話だけどね。

上靴は、中庭の植え込みに突っ込まれていた。
燃やされたり、濡らされたりするよりは、よっぽどましだと思い、私は少しほっとした。

誰にも見られないよう、授業中にこっそりと靴箱に戻しておいた。

上靴がふわふわと浮かんでいる図は、学校の七不思議になりそうで、
まあ、あんまり怖くなさそうではあるが、一応気をつけて、戻したつもりだ。

パタン、と靴箱をしめたところで、私は嫌なことを思いついた。

そう、犯人の靴を隠してしまうのだ。

あいつを悲しませた罰を、少しくらい与えてもいいのではないか。

私は、そう考えてしまった。

犯人の靴箱を開け、私はにやりと笑った(つもりだ)。
手を伸ばし、そいつの靴を……

『あれ?』

持てない。
指が引っかからない。

もう一度。

『……あれ?』

触れない。

靴箱のふたは、なぜか普通に閉めることができた。

『……?』

なにかに触れない、という感覚は、初めてだった。

なんでだろう。

私はその場で、しばらく考え込んでしまった。

なんでだろう……

小一時間悩んで、試して、得た結論は「悪意ある干渉はできない」というものだった。

例えば画びょうを靴の中に入れようとしてもできないし、
靴を隠そうと思っても触れないし、
人を崖から突き落とそうとしてもできない。

でも、靴を靴箱に戻すことはできるし、
落ちたシャーペンを机に置くことはできるし、
崖から落ちそうな人を引っ張って引きとめることはできる。

あるいは、「私という存在をアピールする干渉はできない」かもしれない。

ほっぺたにそっと触ったりケチャップを拭いたりすることはできる。
でも、ほっぺたをつねったりすることはできない。

あいつのノートにメッセージを書こうとしたこともある。
だけど、うまくできなかった。

あいつのお気に入りの12色入りの色鉛筆でお絵かきをしようとしたときも、
鉛筆は握れても文字や絵は書けなかった。

お寺の鐘を鳴らしてみようとしても、動かせなかった。
私に力がないのかもしれないけれど。

きっと、そういう風にできているのだろう。

試しに犯人の首を後ろから絞めてやろうとしたけれど、感触はなかった。
なんだか、恋人が後ろから抱き締めているような気がして、慌てて離れた。

ゲンコツも、効果なし。

平手打ちも、空振り。

でも、腹が立つけれど、もう諦めた。

あいつの上靴が戻ってきたから、もういいのだ。

えらく重いですね

お久しぶりです
一月に一本程度のペースで申し訳ありませんが、またお付き合いくださいませ

乙です
続き楽しみです!

支援

あれ以来、あいつの上靴がちゃんと靴箱に入っているか、確認するのが癖になった。
高校に入ってから、いや、あの日以来、そういうことはなかったけれど。

あいつはそんな私の心配をよそに、すたすたと教室へ向かう。

「なあ、聞いてくれよ」

教室で友だちに話しかけている。
私はすすっと近づいて、あいつの後ろでそれを聞いている。

「今日も猫に話しかけられたんだけど」

「は? 猫に?」

「そう、猫がさ、おれの方に向かって鳴くんだよ」

「偶然だろ」

「偶然じゃねえって!! 毎日なんだって!!」

私はにやにやしてそれを聞いていた。
必死になっているあいつを見るのは、なんだか面白いものだった。
猫は私に話しかけたんだよ、と教えてあげたかった。

「若者よ、辛気臭い顔をしているな? とか言ってんじゃねえの」

「そんな感じじゃないんだって!!」

「吾輩は猫である」

「見たらわかんだよ!!」

「またたび最高~ フゥ~!! 君もやるかい?」

「けだるそうな表情だったって!!」

「まあ冗談はおいといて、猫ってさ、『見える』っていうよな」

「見える?」

「霊的なもの」

どきっ

私はちょっと震えた。

「お前、なんか憑いてんじゃねえの?」

「なんかって……」

「だから、霊的なものだよ、肩がだるいとか重いとか、ねえのかよ」

私は慌ててあいつの肩に置いていた手を離した。
重い?
もしかして、負担になっていたのかしら。
私の存在が?

「ほれ、この辺に」

友だちの子は、ゆらゆらと、さっき私が手を置いていた辺りを示す。
私はじっとその様子を見守る。
彼に私は見えていないはずだけれど、なんだかぞっとする。

「いるんじゃねえの、なんか」

目があった気がするけど、気のせいだ。
私は気まずくなって、目を逸らす。

「別に、肩は重くない」

あいつはきっぱりと言い切った。

「でも、猫に霊的なものが見えているっていうのなら、じゃあ、そうなのかもな」

あいつはさっきまでの、はしゃいだ様子を引っ込めて、寂しそうに笑った。

「おいおい、だったら祓ってもらうべきなんじゃねえの、そういうの」

「祓う必要なんてないよ」

「どうして」

あいつは、にっと笑って、それには答えなかった。

授業を受けている様子を見ながら、私は考えていた。
私が憑いているってこと、わかっているのかな。
それを、あいつはどう思っているのかな。

「憑いている」

その言葉が、なんだか怖くて、なんだか寂しくて。
自分が霊なんだと、あらためて実感する。

生きている人からしたら、気持ちの悪い存在だ。
きっと、そうなんだろう。

「祓う必要なんてない」

あれはどういう意味だっただろう。
そんなもの頭から信じていないのか、それとも……

やっぱり、憑いているのが、私だとわかっているのか。
私なら、祓わなくてもいいと、そう考えてくれているのか。

それは、楽観的すぎるだろうか。

私は考えるのが面倒臭くなって、やめた。
どうせ脳みそはないのだ。
考えるだけの労力も、器官もないのだ。

やめやめ。

じゃあ、私はなんのためにここにいるのか。

なぜ、いつまでもあいつの傍にいるのか。

……そんなの、決まってる。

……あいつのためだ。

私は、自信はないけれど、そう思っている。

あいつはいつも、私なしではなんにもできない子だった。
いつも私が物事を決めた。
いつも私があいつの手を引いてあげた。
いつも私が傍にいてあげた。

だから、心配なのだ。
今でも心配なのだ。

変な遊びを覚えないか。
誰かにいじめられないか。
ぼーっとしていてケガをしないか。
心配なんだ。

あいつが願うことのすべてを、叶えてあげたいんだ。

あいつが泣けば、私はその涙を拭ってあげるだろう。
あいつが怒れば、その怒りを私が体現して見せるだろう。
あいつが笑えば、私はそれで十分幸せだし、
あいつが喜べば、私は成仏してしまいそうになる。

……成仏するっていう感覚は、実はよくわからないけれど。



だから、私は、あいつが拒絶しない限り傍にいるだろう。
これからも、ずっと。

ゆるゆると
また明日ですー

乙です
もう切なさMAXなんですが

私は授業を放棄し、ふらふらと中庭へやってきた。
鳩が地面をつついている。
私はそっと近づいて、鳴き真似をしてみた。

「くるっくるう」

『くるっぽー』

「くるうくるっ」

『ぽっぽー』

全然反応しない。
逃げようともしないし、こちらを見ようともしない。

『なんだなんだ、無防備だね君たち』

ひょい、と持ち上げてみた。

「くるっ」

ちょっとびっくりしている。
ばたばたともがくが、私の手からは逃げられなかった。

「くっくっくっく」

もぞもぞと得体の知れない手に包まれながらもがく様子は、少し可愛かった。
他の鳩はというと、羽ばたいていないのに浮いている同僚を訝しながらも、地面をつつき続けている。
かわいそうなので、早々に下ろしてやると、その鳩もまた地面をつつき始めた。

『学習しないね、君』

もう一度持ち上げてみた。

「くるっ」

そういえば、あんまり動物を触ろうとしたことはなかった。
ぼーっとあいつの後ろを憑いて回るだけの存在だった。
うちにはペットはいなかったし、学校にウサギもいなかった。
そういえば、動物園に行った記憶もなかった。

小さい頃に幽霊になったものだから、色々なことを当たり前だと感じていたけれど……
なんだか、疑問に思えてきた。

他に、私のことを感知してくれる存在はいるのだろうか?

私は知らないうちに学校の外の道路へ出ていた。

猫がいないか。霊に敏感な人はいないか。

見回す。

私を認めてくれる誰かを、感じてくれる誰かを、探して。

でも、こんな時間に外を歩いているような人は、ほとんどいなかった。

チーン ジャラジャラジャラ
ペルルル ペルルル
ジャラジャラジャラジャラ

けたたましい音楽と金属音の中を、私は歩いてみた。
こんな時間にたくさんの人がいるとしたら、パチンコ屋だ。

むせ返るような煙草の煙と騒々しい音に囲まれて、ふっと身体が軽くなるような錯覚を覚えた。
居心地が悪いのに、居心地が良い。
変な感じだ。

『わ、おじさん、すごいねー』

ずいぶんたくさん、銀色の玉を積み上げている男の人がいたので、話しかけてみた。

『ねえねえ、これって何円相当なの?』

『お菓子いっぱいもらえるの?』

『おじさんパチスロってやつ? あれ? パチプロ? ん? パタリロだっけ?』

『こんだけあるんだったら、一個くらいもらっても良い?』

『ね、ね、一個もらうね?』

どれだけ話しかけても、おじさんはこちらを見なかったし、まったく気づかなかった。
ま、機嫌は良さそうだったけど。
無視されるとちょっと寂しい。

『一個だけ、もーらい』

おじさんの許可はもらえなかったけど、一個だけもらっておいた。
私はまだ18歳の誕生日を迎えていないけれど、幽霊だから、いいよね。
一個だけ、どこかの台でチャレンジしても、いいよね。

『あれ、パチンコって二十歳からだっけ』

『ま、いいか』

ジャラジャラジャラジャラ

おじさんの台は、まだ景気良く玉を生み出していた。

「ああ、くそ!! 今日はだめだあ」

私とそう変わらないくらいの青年が、おじさんの後ろの台で叫んでいた。

「がっ」

ガツン、と台を叩き、うつろな目を台に向けている。

私はすすっと、青年の隣の台に移動した。
不健康そうな肌だけど、うん、やっぱり私と変わらない歳のようだ。

ジャラジャラジャラジャラ

後ろでは、またも景気良さそうにおじさんが玉を出していた。
青年の玉は、もうなくなってしまったようだ。
後ろのおじさんの方を、恨めしそうに、羨ましそうに、眺めている。

私はそのすきに、そっと手のひらの中の玉を青年の台にすべり込ませてあげた。

『ラストチャーンス』

カランカラン

たった一発で、なにかが変わるとは思えないけれど、頑張れ、私の玉。
ぴょんと飛び出した私の玉を、じっと見つめる。
青年は、はっと不思議そうに台を見ていた。
なくなったと思っていたのに、一個だけ残っていて驚いたみたい。

カランラン

私の入れた玉は、すぐにてっぺんのチューリップに食べられてしまった。

昔あいつと一緒にやった、スーパーマリオを思い出す。

コンティニューの画面を思い出す。

『あーあ、どっか行っちゃった』

ま、そんなにうまくいくわけはないよね。
私は諦めて、席を立った。
幽霊とは言え、煙草の匂いが染みつくのはよろしくない。

後ろで、またジャラジャラと音がしたけれど、振り向かずに出口へ向かった。

『たくさん人がいても、私は一人ぼっちなんだなあ』

ふぅ、とため息が出た。

学校であいつが過ごしている時間、私はいつも退屈だ。

いつも?

うん、いつも、退屈だ。

私は字があんまり読めないし、書けないし、よくわからない単語があっても誰にも聞けない。
あいつの傍で勉強してみたこともあるけど、私の頭にはうまく入ってこない。

頭の中しか使えないから、計算だって早くない。
ノートや教科書も持ってない。鉛筆さえ、持ってない。

あいつがいつも嫌そうにしている、宿題とか、掃除当番とか、テストとか。

私は、やりたい。

今でも、やりたい。

学校に通って、勉強がしたい。

居残り勉強だって、進路指導だって、マラソン大会だって、したい!!

『でも……私にはできない』

そう、幽霊には、そんなことが、できない。

私にはできなくて、あいつにはできることがたくさんある。

それが羨ましくて、でもそんな当たり前をあいつは大事にしてなくて、少し許せない。

『いいなあ……勉強』

『いいなあ……実験』

『いいなあ……プール』

『いいなあ……学校』

学校に行かず、パチンコをしている不真面目な青年がいたとしたら、それは私に似ている。
学校に行きたいかどうかは別にして、それは私に似ている。

ふらふらとその場しのぎで生きている野良猫がいたとしたら、それは私に似ている。
食べ物がなくては生きていけないのだろうけれど、それは私に似ている。

見えない手でわけもわからず空中に持ち上げられた鳩がいたとしたら、それは私に似ている。
自らの意思を尊重されず、よくわからない状況に放り出された、私に似ている。


『あいつと同じように、生きたいな……』

では、また明日

おつおつ
雰囲気が好き

乙です

―――
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―――――――――

最近、自分の感覚や記憶があいまいだ。

昨日はなにをしたっけ。

今日は何曜日だっけ。

今、なにをしていたっけ。

なにを考えていたんだっけ。

思い出せないことが、増えてきた。

―――――――――
――――――
―――

そもそも、私自身があいまいな存在なんだ。

幽霊だと思っていたけれど、手も足もないようなものだ。

ただの意識が浮いている状態で、実体はないのかもしれない。

いや、もちろん幽霊に実体はないんだろうけど。

幽体離脱では、と思ったこともあるけれど、それは本体が生きている場合に限るのだろう。

私の身体はとっくの昔に灰になって地面の下だ。

新聞やテレビで一時期有名になったイタコのおばあちゃんがいた。

私の町からそう離れていないテレビ局のスタジオで収録があるというので、行ってみたことがある。

あいつはその間、ずっと家で勉強をしていたと思うけれど、別に平気だった。
基本的にあいつの傍を離れないけれど、別に離れられないわけではないようだった。
「地縛霊」とか「人に憑く霊」とは、私は違うらしい。

そうそう、で、そのイタコのおばあちゃんに会いに行ったのだ。

私の正体が、少しわかるかも、と思って。

「ああ、こりゃあ強い霊に憑かれています……」

「ほ、本当ですか?」

「あなた、昔大切な人が死んだでしょう」

「え、ええ、まだ私が小学生の頃、兄が……」

「はい、はい、見えますよ、お兄さんはあなたの将来を案じております」

「兄さん……」

スタジオでは、悩みを抱える青年とイタコのおばあちゃんが対談していた。
それを見守るゲストのタレントや客席を埋めるサクラたち。

そういえば、タレントという言葉の意味がわからない。
英語で言うと「才能」らしいけれど、なにかの才能があるようには見えない。

ゲストのタレントってことは、お客さんってことだから、なにもしなくてもいいのかな。
うちにもたまにお客さんが来るけれど、お土産を持ってくること以外は、特になにもしないし。
現にそのスタジオにいたゲストのタレントは、驚いたり頷いたりするだけで、特になにもしていなかった。

じゃあホストのタレントとか、レギュラーのタレントとかはどういう才能があるのだろう。

たまに料理が得意だというタレントがいるわね。
才能って、料理の才能のことかしら。

でも、お母さんが作った料理はとても美味しかったし、あいつもいつも美味しそうに食べている。
お母さんも料理の才能があると思う。

じゃあ……お母さんもタレントになれるのかな?

とにかく、まあそんなタレントに囲まれて、イタコのおばあちゃんは色々と喋っていた。

でも、スタジオを飛び回る私のことには全く気づいていないようだった。

「あなたの後ろに強い影が見えます」

そうかなあ。
私にはなにも見えないけれど。

「あなたの身を案じて色々と忠告してくれているようじゃ」

そうかなあ。
私にはなにも聞こえないけれど。

そうこうしているうちに、その「お兄さんの霊」とやらがおばあちゃんに入り込み、
なんやかんやと説教を繰り返していた。

私はその間、司会者の横に立ってみたり、カメラのレンズを撫でてみたり、
おばあちゃんの肩に被さってみたり、青年の目の前で手を振ってみたりした。

『わー!!』

とか叫んでみたりもした。
でも、誰もなにも反応してくれない。

イタコのおばあちゃんですら、一切まったく微動だにしなかった。

なんだ、インチキだ。
結局私は、そう結論づけた。

誰も反応してくれないことが少々癪だったので、青年の髪の毛を一瞬ワシャワシャっと
揺らして帰ってきた。
おばあちゃんの髪の毛でもよかったんだけど、それはちょっと怖いかなって。
青年のなら少しは怖さが緩和されるかなって。

私なりの気遣いだった。
それくらいの気遣いはできるつもりだ。

結局その放送は見なかったけど、青年の髪の毛が不自然に動いたことで視聴率は上がったらしい。
あいつもその話を学校でしていたようだった。

テレビ局は私に感謝してほしいものだ。
どうせならもっと派手にものを動かしても良かったかもしれない。

なんとか現象……
えっと……ラップ音とかじゃなくて……

そもそも私の声が聞こえないのに、ラップ音って、どうやってやるんだろう。

ラップはできないし、韻を踏んで歌ってみたところで怖くない気がする。
なんでラップ?
Hey Yo! とか言うのかしら。

ああ、そうそう、ポルターガイスト現象だ。
ラップに比べてなんだか専門用語っぽくて格好良い。

ものが飛んだり壊れたり揺れたりするんだよね。
ドアが急に開いたり。
花瓶が割れたり。
シャンデリアが揺れたり。
それなら、私にもできそうだ。

……そこに悪意がなければ。
……ないよね。
……多分。

結局、なにもしない私を見つけてくれる人は、あの場にはいなかったのだ。

ではまた明日

乙っす!

続きが超気になる

さよならポニーテールじゃないか
これ好き

>>75
あの頃、は超名曲
投下始めます

声は、どうだろうか。
そう私が思いついたのは、イタコのおばあちゃんに見つけてもらえなかった後だった。

私がいくら叫んでもみんなに声は聞こえない。
イタコのおばあちゃんにだって、家族にだって、その声は届かなかった。

だけど、そこに何か工夫をしてみれば。

例えば、電話越し。

あいつが携帯電話を買ってもらったとき、私は凄く羨ましかった。
離れていても声が届く。

そんなことができるなんて。
私の声は、どんなに近づいても聞こえないというのに。

携帯を置いて、どこかへ行かないかな。
あれで誰かと話してみたいな。

だけどあいつは、大事そうに携帯を肌身離さず持っていた。

ま、そりゃそうよね。

大事にするよね、そんな素敵な機械。

なんとかそれにチャレンジしたいと思った。
あいつが高校生になってからだろうか。

携帯の機種も変えて、なんだか話している時間が増えて。
メールをしている姿もよく見た。
画面を見つめながらにやにやしている姿もよく見た。
紫色のストラップをつけているのも見た。

あいつ、紫、嫌いなのに。
そのストラップ、誰からもらったんだろう。
私の知らないうちに、一体誰にもらったんだろう。

ある日、私はあいつのベッドにもぐりこんだ。
あいつはベッドに入っても、携帯をカチカチといじっている。

それを横目に見つつ、私の声が誰かに届けばいいのに、ってずっと考えてた。

いえ、ずっとずっと、私が死んでから、ずっと考えてたんだ。

それを、確かめたいんだ。

あいつがすうすうと寝息をたてはじめたら、携帯をこっそりといじろうと思っていた。

誰でもいい、私の声を聞いてくれる人を見つけたかった。

早く、寝てほしい。

私はそわそわと、布団の中で身もだえした。

……だけど。

……あいつはいつまでも寝なかった。

……ずっと携帯をいじっていた。

私の方が、先に寝てしまったのだ。

朝、それに気づいたときにはもう遅かった。

私の馬鹿。

だいたいが、幽霊に睡眠なんて不要なのじゃないかしら。

なんで眠くなるのよ。

なんであいつより、先に眠ってしまうのよ。

その次の日は、もう早く寝ることにして、あいつよりずっとずっと早起きすることに決めた。
早起き早起き。頑張ろう。
それも、あいつを起こさないようにして、だ。
うまくできるだろうか。

カチカチ

今日もあいつはたくさん携帯をいじっている。

画面の光で照らされるあいつの顔は、なんだかいつもより引き締まって見えた。

……

チュンチュン

小鳥のさえずりが聞こえる。
ゆっくりと目を開け、意識を戻す。
まだ薄ぼんやりと明るいだけで、朝日はのぼっていない。

横を見る。

あいつはまだ、だらしない寝顔をこちらへ向けて、幸せそうに眠っていた。

『……やった』

私は、携帯電話を使うチャンスを得たのだ。

カチカチ

画面を開き、電話のボタンを押す。

私は誰の電話番号も知らないけれど、この中にはたくさんの番号が詰め込まれている。

いいないいな、羨ましいな。

この中の誰とでも、すぐに話せるあいつが羨ましくて、自分が情けなかった。

なんとか歴というのがあったので、そこを押してみると、ずらっと番号が並んだ。
きっと最近電話した相手だろう。
そういう機能があることは知っている。

『……誰だろう、この人』

一番上には、知らない女の人の名前があった。
家族と話しているときも、この名は出てこなかった。
学校で誰かと喋っているときも、この名は出てこなかった。

……彼女だろうか。
……最近できたのだろうか。

そんなシーンは、見なかったけれど。

まあ、私もずっと一緒にいるわけじゃないし。
そんな人がいても不思議ではない。
私が気づかなかっただけだろう。

だけど、私の胸はなんだかモヤモヤしている。

ずっとメールや電話をしていたのが、きっとこの人だろうというのもわかる。

なんで、モヤモヤするんだろう。

私は思い切って、通話のボタンを押した。

トゥルルル……

トゥルルル……

この音で目覚めてしまわないか、ちょっと不安だった。

プツッ

『っ』

繋がった。
不意に、緊張感が走った。

「もしもしー」

ドクン

知らない女の声が、私の鼓動を早める。

「どうしたのーこんな早くにー」

ドッドッドッドッ

なにか、なにかを喋らなければ。

『あ、あの……私、えっと……』

言葉が出てこない。

「なあに? いたずらー?」

寝ぼけた声で、また女が問いかけてくる。
私の声を……私の声を待っている。

『わ、私の声が、聞こえますか?』

「ねえ、いたずらなら切るよー」

『……』

「……眠いんだからあ」

……聞こえてない。

電話も、だめだったのか。
私は落胆して、そのまま寝てしまったと思う。

今日はここまで
おやすみなさい

おちゅ

おつおつ!

その日、私はあいつの彼女とやらを初めて見たんだ。

「ね、今日の朝さ、寝ぼけて電話してきたでしょう?」

「え? いや、そんなことしてないけど」

「嘘、ちゃんと履歴に残ってたんだから」

「え?」

「ほおら」

「あれ? おっかしーな、覚えてない」

あいつはカチカチと、自分の携帯も確かめていた。

そうそう、「リレキ」だ。
私も今日、それを見たんだった。

「寝ぼけてたのかなあ」

「そうだと思うよー、なんも喋らなかったしー」

「ごめん」

「いいよいいよ別に、愛しの彼女の声が聞きたかったんだよねえ」

「そ、そんなんじゃねえって」

あいつは真っ赤になって、否定した。
でも、それは嘘だって、馬鹿な私でもわかる。
「リレキ」が読めない私だって、わかる。

「じゃね、他の子に見られると、いやだから」

「お、おう」

そう言い残すと、さっさとその女の子は言ってしまった。
周りには秘密にしていたのか。

あいつはぼーっと、そちらの方を見ていた。
もうとっくに行ってしまったのに。

それにしても、なんだかいやな感じの人だった。

私の声が電話越しには聞こえないのなら、と考えて、次に思いついたのはメールだった。
打ち方はなんとなくわかる。
それなら、私の伝えたいことが相手に伝わるのではないか。

だけど……

だけど、それは私の生の声ではない。
電子キーに置き換えた、まがいものだ。

誰かが私のメールを読んでくれたとして、それは、本当に私のことを認知してくれたと言えるのだろうか。
それって、寂しくないか?
それで、満たされるの?

結局私はメール作戦を諦めた。
あれから携帯電話には触っていない。

そして、いつもうろうろと、私を認めてくれる人を探している。

私の存在意義を探している。
どこかに落ちていないかと探している。

あいつのために、なにができて、なにができないのかもよくわからない。
あいつのために、なにがしたいのかもよくわからない。

ああ、そういえばあの彼女とは、その後別れたようだった。
廊下で気まずそうにすれ違うのを見た。
うん、それでいいと思った。
なんとなく、ちょっと安心した。

あかん、区切りここになっちゃった……
ごめんなさい、また明日

毎日乙
ゆっくりでいいよー

図らずも続きが気になる引きになっていると思う

―――
――――――
―――――――――

最近、さらに自分の感覚や記憶があいまいだ。

昨日はなにをしたっけ。

携帯電話をいじったのは、いつのことだっけ。

私今、何歳だっけ。

誕生日はもう来たんだっけ。

私、なんて言う名前だっけ……

思い出せないことが、増えてきた。

思い出そうとすることも、考えようとすることも、減ってきた。

―――――――――
――――――
―――

ある日、私はまた、学校から出て街をふらふらしていた。

人は少なかったけれど、そろそろお昼の時間だから、街が賑やかになってきていた。

するすると人を避け、空を見ながら歩いていると……

「あっ」

小さな声が、私の耳に届いた。
まっすぐ、私の方へ向かってきた声だった。
私は、ゆっくりと声の方を振り向いた。

「……」

口を小さく開けて、私の方を見ている少女がいた。

私の、方を、見て、口を開けている少女がいた。

「どうしたの?」

小さな女の子の手を引いている母親が聞いた。

「なにか、見つけた?」

「ワンワンでもいたの?」

女の子はじっと、こちらを見ている。
口は小さく開いたままだ。

その口は、なにかを吸い込もうと開かれているのか、なにかを逃がそうとしているのか。
不思議な形をしていた。

「ほら、もう行くわよ」

母親は諦めて、少女の手を引く。
30歳くらいだろうか。
もちろん、母親の年齢だ。
私の母よりは、ずいぶん若い。

「……」

少女はこちらを名残惜しそうに見ながら、母親に手を引かれて行ってしまった。

私はぽつんと、その場に立ち尽くしたままだった。

学校のチャイムが遠くで鳴っている気がした。

……

昨日からずっと考えている。

あの少女は間違いなく私の方を見ていた。
霊感が強いのだろうか。
あんな小さな子が?

いや、歳は関係ないか。

私はいつのまにか、家の外に出ていた。
考え事をしている間に、あいつはもう学校へ行く準備をして学校への道を向かっている。
でも、私はなぜか、このまま学校へ向かう気が起きなかった。

何時間経っただろう。
私はずっと、家の前で雲の数を数えていた。

いや、数えていたというのは正確ではない。
朝から何個の雲が通り過ぎたか、正確な数字を私は思い出せない。

そういえば、雲ってどう数えるんだろう。
一個、二個、でいいのかな。
でも大きいのも千切れているのも、かすれているのもあるし。
どこからが一個なんだろう。

まったく無駄な時間の過ごし方だ。
誰かが言っていた。

「最高のぜいたくとは、無駄な時間を過ごすことだ」と。

なんとなく、わかる。
忙しくて周りを見る暇がないとき、ぜいたくだとは感じない。

なにをするのも自由、しないのも自由。
ただ流れゆく時間を見つめているだけ。

それは確かにぜいたくだと、私は思う。

そんな風に思いを巡らせていると、声がした。

「あの……」

確かに、私に向けて発せられた声だ。
この声を、私は知っている。

振り向くと、やはり、昨日の少女がいた。

「あの、あなたは私の声が聞こえますか?」

少女は、不思議なことを言った。
「私の声が聞こえるか」だって?
それは、私が今まで幾度となく繰り返してきた言葉だ。
10年前、私が死んだときから、ずっと。
その言葉が、初めて私に向かって使われたのだ。

『……聞こえているよ』

『私の声は、あなたに聞こえる?』

少女はほっとしたような顔で、にっこり頷いた。

と、いったところでまた明日です

乙です
続き気になるなぁ

乙はむはむ!

はむはむ!

残すところあと2/3くらいですかね
投下始めますー

初めてだ。
初めて、私のことを認知してくれる存在が現れた。

『あなた、幼稚園は?』

「私、今日はもう幼稚園は終わったわ」

「おうちでご飯を食べて、それから遊びに来たの」

「お姉さんは、ご飯は食べないのね」

この子は多少、大人びた話し方をする気がしたが、最近の子どもはそういうものなんだろうか。
最近の子どもって、私もまだ十分に大人ではないが。

あと2/3もないですねー
あと1/3でしたねー
失礼しました

「お姉さん、幽霊なのね」

「私、幽霊を見るの、初めてよ」

『私、やっぱり幽霊なんだ』

「自分ではわからないの?」

『ええ、だって自分でも自分の姿が見えないんだもん』

誰かと会話をする。
そんなことが、普通の人間にとっては当たり前のことが、今の私にとっては
生まれて初めての経験のようで、私は堰を切ったようにこの少女と会話を楽しんでいた。

『ね、私、どんなふうに見えているの?』

『どんな声が聞こえているの?』

「普通の人よりも、なんだかこもった声が聞こえる」

「それから、お姉さん、髪が長くて素敵ね」

『私、髪が長いの?』

「うん、すっごく長い」

『死んだときはそんなに長くなかった気がするけど』

「10年も経てば、髪は凄く伸びるわ」

『そっか、そういうものかあ』

『あなたはどうして私が見えるの?』

『霊感が強いの?』

「私は、ううんと、なぜかはわからないけどあなたが見えるの」

「でも、多分他の人には見えてない」

『うん、私のことがちゃんと見えている人に出会ったのは、生まれて初めてよ』

『だからもう、ウルトラハッピー』

「それなに?」

『すっごく幸せってこと』

あれ?

そこで気がついた。

この少女は「10年も経てば」と言った。

なぜ、私が10年前に死んだことを知っているのだろう。

この子は幼稚園くらいのはずだ。
現にさっき、そう言っていた。
私が死んだ頃、まだ生まれてもないはずだ。

「それはね、うまく説明できないんだけど」

少女は私の思考を読んだかのように、話し始めた。

「私が知りたいなあって思うことは、頭の中の神様が全部教えてくれるの」

『神様?』

「だから、幽霊がいることは知っていたけれど、でも、会うのは初めてよ」

神様が頭の中にいる?
こんな小さな女の子の頭に?
この子は少しおかしい子なのかしら。

「私、おかしくないよ?」

また、思考を読まれた。

『あなた、天才なのかもね』

「天才?」

『天才なら、人の頭を覗くことなんて、簡単なんじゃないかしら』

「そっかあ、私は天才なのかあ」

にこにこと照れている少女は、この上もなく可愛かった。
不思議な少女だ。
とても、惹かれる。

『私はどうして、存在しているの?』

「どうしてって?」

『普通、死んだら天国や地獄に行くでしょう?』

『でも私は、ずっと地上にいるの』

『なんでだと思う?』

私は、私にもよくわからないことをこんな小さな少女に尋ねている。
答えなんてきっとないのに。
でも、彼女なら、答えをくれそうだと、そう思ったのだ。

「それは、お姉さんが生きたいと願ったから」

「そして、大切な人を見守るのが、自分の役割だと信じてきたから」

「だから、その役割を終えて、もう生きなくても大丈夫だと思えば、成仏するわ」

『大切な人……』

「いるのでしょう? 自分のことよりも大切な人が」

『……いる……』

そう、もちろん、いる。

私は、あいつを心配している。
それは確かだ。
でも、それが私がここに残った理由なのだろうか。

私は、まだ生きたいと願った。
それは確かだ。
でも、願えば地上にいさせてくれるなんて、神様も気前がいい。

だけど……

叶うなら、普通の人間として、生命として、生きたい。
こんな透明な存在ではなく。
不安定な存在ではなく。
バグみたいな存在ではなく。

『私は、成仏するべきだと思う?』

「……その質問には、答えにくいです」

『……だよね』

「私は、幽霊さんに会えたのは嬉しいです」

「だけど幽霊でいる限り、多分、お姉さんは大切な人とお喋りができない」

「見てもらって、声を聞いてもらって、確かめてもらうことができない」

『それって、寂しいよね』

ぼんやり少女の声を聞きながら、私はまた雲を数えた。
太陽の色が変わっていた。

『ね、あまり遅くなってはいけないんじゃない?』

「あ……」

『また、お喋りがしたいな』

「ええ、お姉さんがよければ、いつでも」

『成仏するまで、もう少しお相手してね』

「はい」

少女ははにかんで、そしてさよならを言った。
後ろ姿を見ながら、私は自分の姿を思い出そうとした。
きっとあの少女よりも、少し大きいだけの少女だった私を。

……もうすぐ、あいつが帰ってくる頃だ。
私は、家の前の石段に座ってあいつを待った。

今日はここまでー
おやすみなさい

乙です

イイヨイイヨー
おつおつ

……

『ねえ、今日ね、初めて私の声を聞いてくれる人が見つかったんだ』

『ちっちゃな女の子なんだけどね、可愛くて、すごく頭がよくて、なんでも知っているの』

『私がなぜ存在しているのかも、教えてくれたよ』

『……半分は、あんたのためなんだって』

『ね、聞いてる?』

『私がいるのは、あんたのためなんだってさ』

もちろん返事はない。
あいつはすたすたと自分の部屋に行ってしまう。
ま、慣れてるけど。

私はあいつの部屋の床にごろりと横になり、足をパタパタさせて遊んだ。

……

『今日もあの子と話したよ』

『ふりふりの可愛い服着て、来てくれたよ』

『目立つ所では話せないからさ、公園のすみっこのベンチでさ』

『あんたが一生懸命勉強しているときに、ごめんね』

『最近、忘れものしてない? 大丈夫?』

『でも、私さ、あの子と話すの、楽しくてさ』

『ごめんね』

……

『ね、知ってる? サンタクロースってさ、ほんとにいるんだって』

『私さ、幽霊になってからサンタがお父さんだったことを知ったけどさ』

『世界の端っこに本物がいるんだって』

『空飛ぶトナカイも2匹いるんだって』

『でも鼻は赤くないんだって』

『あの子が教えてくれたの』

『サンタって、あんた、まだ信じてる?』

『私、信じることにしたよ』

『……ま、私はもう、プレゼントなんかもらえないけど、さ』

……

『ねえ、話がしたいな』

『声が聴きたいな』

『私のためだけの、声』

『……』

『そんなの、やっぱり無理なのかな』

『私だけ喋るのって、もう、疲れちゃった』

「……姉ちゃん……」

『…………え?』

聞き間違いじゃ、ない。

「姉ちゃん」

私を、確かに、そう呼んだ。
あの頃と変わらない呼び方で、私を、呼んだ。

『……なに?』

「……姉ちゃん、そこに、いる?」

『……いる……よ』

『……私はここにいるよ?』

涙があふれる。
あいつが、私に向けた、10年ぶりの声。
私のためにある声が、今、ここにある。

「最近さ、姉ちゃん、おれの傍にいてくれないよね」

『……』

「おれの背中、押してくれないよね」

『……え?』

「ずっと、おれのダメなところ、補ってくれてたじゃん」

「忘れたはずの筆箱、鞄に入れてくれたりさ」

「走り幅跳びのとき、ふわっと力貸してくれたりさ」

「高校受験の日、おれが不安なとき、ぎゅっと手を握ってくれたりさ」

「姉ちゃん、ずっと、おれのこと見守っててくれたよな」

『……知ってたんだ』

『ずっと……知ってくれてたんだ……』

「なくなった上靴戻してくれたのも、姉ちゃんだろ」

「嬉しかったな、あれ」

『……うふふ』

「でもさ、最近、猫が喋りかけてこないんだ」

「……姉ちゃん、いなくなっちまったのか?」

『い、いるよ? ちゃんとここにいるよ?』

『最近、ほら、私のこと見える女の子と、さ』

『よく話してるから、あんまりあんたの傍にいれないけど……』

「もう、姉ちゃんに頼っちゃ、ダメなのかなあ」

『や、えっと、その』

「姉離れ、しなきゃなんないのかなあ」

『姉離れ……って』

「おれ、もう、1人でも大丈夫だよ」

「おれのせいで姉ちゃん、心配で離れられなかったりしたら、いやだし」

『そ、そんなことないよ?』

「おれのせいで縛りつけてたりしたら、いやだし」

『……』

「……猫が寂しそうにしてるよ」

「……また、声かけてやってよ、姉ちゃん」

『……うん』

『最近、一緒に登校してなかったもんね』

「おやすみ、姉ちゃん」

『……おやすみ』

おやすみなさい
明日はお休みになるかもしれません

もうすぐ終わるのかな…

乙です

……

次の日、私は久しぶりにあいつと一緒に登校した。

『おはよう、猫さん』

「んにゃぁ」

猫が笑ったように見えた。
私の目をじっと見る。

あいつは、私より数歩先を行ったところで足を止め、私のいる方を見ている。
少し驚きの混じった、嬉しそうな、寂しそうな顔。

『にゃはは、やっぱ猫さん、私のこと見えてんだねー』

私はそう言って、またあいつと肩を並べて歩いて行く。

……

私はあいつを学校まで見送ると、また、家の前まで帰ってきていた。
あの子を待っていた。
報告をしたくて、今日もずっと待っていた。

『ねえ、聞いて』

『あいつがさ、私に話しかけてくれたんだ』

『別に私のこと見えてるわけでも、声が聞こえてるわけでもないみたいなんだけどさ』

『姉離れしなきゃな、とか言ってたけど』

「それは……よかったですね」

あの女の子は私の話を聞いてにっこり笑った。
天使みたいな子だ。
いや、もしかしたら本当に天使かもしれない。

『前にさ、メッセージ残そうと思って字を書こうとしてもさ、ダメだったんだけど』

『手をぎゅっと握ったりしたらさ、ちょっとわかるみたいでさ』

「じゃあ、私の手も握ってみてください」

『ん』ギュッ

「……あはは、面白い感触です」

『変?』

「なんだか柔らかくて、優しいです」

『ふうん?』

「お姉さんは、これからもずっと一緒にいたいですか?」

『それは、うん、そうかも』

「じゃあ、お姉さんは、幽霊として生きていくのと、人間として生きていくのと、どっちがいいですか?」

『……』

答えに詰まる。
大切な判断を迫られている気がした。
今ここで答えたことが、そのまま実現するような、変な圧迫感と緊張感があった。

『私が答えたら、そ、そのとおりになるの?』

私の声は震えていたかもしれない。

「ううん、決めるのは、お姉さんだよ」

この子は天使なんかじゃなくて、神様かもしれない。

『人間として、あいつと一緒に生きていくことはできるのかな』

条件をはぐらかす私は、ちょっと、優柔不断かもしれない。

「それを選ぶのも、お姉さんだよ」

この子は何もかも知っているのに、私は自分のことさえあいまいだ。

「……」

『私は……』

「……」

女の子はにっこり笑って私を見ている。
やっぱり、天使だ。

『ちゃんと人間として、あいつと生きたい』

「お姉さん自身としては、もう、生きられないんですよ?」

『それでもいい。だって、私は10年前に死んでるんだもん』

「生まれ変わりを、信じますか?」

『信じたい』

「……じゃあ、お別れをしないといけませんね」

『お別れって、どんな?』

「お姉さんがお別れを終えた、と思えば、きっと成仏できます」

「だから、最後に伝えたいことを、伝えたい人に」

『聞こえなくても?』

「聞こえなくても、です」

『……そう、だね』

『……今から、言ってきても、いいかな』

「ええ、待ってますよ」

明日で終わります
おやすみなさい

おつはむ

乙です
もう終わりかぁ

……

『お母さん、いつも、ありがとう』

『私の遺影、ずっと飾っててくれて、ありがとう』

『お母さんはいつも手を合わせてくれるね』

『いつも美味しいご飯を作ってくれるね』

『あいつ、素直じゃないからあんまり言わないけど、ほんとはお母さんの料理、大好きなんだよ』

『いつも、ありがとう。今まで、ありがとう』

「……」

お母さんが、ふと、包丁の手を止めて、空中を見上げた。
私の声、ちょっとでも、聞こえたらいいのにな。

……

『お父さん』

『無口だけど、無愛想だけど、ほんとは家族のために頑張ってくれてるの、知ってるよ』

『私の名前、お父さんが一生懸命考えてつけてくれたこと、知ってるよ』

『……家族の写真、大事にお財布に入れてるの、知ってるよ』

『身体、こわさないでね』モミモミ

『ほんとはちゃんと、肩揉みしてあげたかったな』モミモミ

『無理、しないでね』モミモミ

「……」

お父さんがふと、パソコンから顔をあげた。
私の声、ちょっとでも、聞こえたらいいのにな。

なんとなくラストが分かった

……

あいつの机の、一番上の引き出しの奥。
あいつのお気に入りの色鉛筆が、今もまだそこに入っていることを知っている。
そっと取り出して、中身を確かめる。

『はは、あいつ、やっぱ紫嫌いなんだなあ』

私は紫、好きだったんだけどなあ。
紫色だけ、ほとんど使われず、長いままだ。
12本の色鉛筆を、私は愛おしく撫でる。

一本ずつ丁寧に、床に並べる。

……

「終わりましたか?」

『うん、まあ、寂しいけど、でもさ、生まれ変わるなら早い方がいいもんね』

「そうですね」

『あなたにも、また、会えるといいな』

「私も、楽しみにしてます」

『えへへ』

……

遠くからこちらへ歩いてくるシルエット。

見間違えるはずない、ずっと、見守ってきたシルエット。

あいつが帰ってきた。

「?」

家の前にたたずむ少女を見て、あいつは不思議そうな顔をする。

「こんにちは」

「あ、ああ、えっと、こんにちは」

「あなたの近くに、女の人の影が見えますね」

「っ!?」

「君、幽霊が見えるの?」

「……うふふ」

少女は笑う。
あいつは少し怖がっているような、変な表情。

「女の人が、お別れを言いたがっています」

「『天国で見守ってるから、私が生まれ変わるまで、頑張って生きろよ』と言っています」

「へ、へえ」

「信じてくれますか?」

「……」

初対面の少女にそんなことを言われて、ほいほい信じられる人は少ないだろう。

普通は気味悪がるだろう。

でもこの子には、不思議な魅力と、すべてを見通していそうな眼力があった。

「……そっか、お別れ、か」

あいつは、にこっと笑った。
少し大人になった、凛々しい顔で。
そういえば、明日で18歳だな。

「では、さようなら」

少女がゆっくりと、道を行く。
あいつも私も、それを見送る。
世の中には不思議な人がいるもんだ。

すべてを見通したような小さな少女。
幽霊を見る猫。
ていうか、そもそも私が一番レアケースだよね。はは。

どうしよう……
少年の子供になったらどうしよう!

『私ね、すっごいあの子に助けられたの』

『あの子がいなけりゃ、きっと私はずるずる幽霊をやってたんだろな』

『あんたにしがみついたままでさ』

ぎゅっと、あいつを後ろから抱き締める。

『こんな風にね』

腕にぎゅっと、力を込める。

あいつはまだ、家に入ろうとしなかった。
まるで、私の話を聞いてくれているかのように。

『また、生まれ変わって、あんたと一緒に生きるから』

『幽霊じゃなくて、ちゃんとした人間として、さ』

『だから、それまで、元気でね』

耳元で囁いた声は、きっと届いていないだろうけど、あいつはじっと聞いていてくれた。

『じゃあね』

ポン、と背中を押してやる。
あいつはそれを合図に、家の中へと向かう。
私のメッセージ、見てくれるかな。
文字を書くのは無理だったけど、色鉛筆で作った、不器用なメッセージ。

ちょうど、12本の色鉛筆で。

『―――サヨナラ―――』

すげ-

―――
――――――
―――――――――

チーン

小さな鐘の音が鳴る。

「姉ちゃん、おれ、結婚することになったよ」

青年の優しい声が、畳の部屋に響く。

「子どもの名前は、もう決めてあるんだ」

はにかむ青年の顔を、あの女の子は、天国から見ているのだろうか。

「早く、会いたいな」

生まれ変わりを信じた、双子の姉弟の、ある一幕。


★おしまい★

乙!
乙だったよ!

乙!
よかったよ

細かいつっこみどころは許してね!

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


ハムだっただとと……!?

おつおつおつー!
ぐっときた

やっぱ乙は嬉しいですね

>>174
ふふふ、ハムでしたよ
>>1をご覧ください

乙です
いいもの読ませて頂きました

>>1もハムだった……

気遣なかった……

充足感


こういうオリジナルもっと増えないかな

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