もしもシャミ子が葬送のフリーレンの世界に飛ばされたら (141)

◇午前3時過ぎ 多魔市せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘 吉田家

 ヴーッ、ヴーッ

シャミ子「むにゃ……ケータイ……? 誰ですか、こんな時間に……」

シャミ子「はい、しゃろーみふとれひゅゆーこ……もしもし……もしもし……」

 ヴーッ、ヴーッ!

シャミ子「……あ、これはごせん像でした。ケータイはこっち……むにゃむにゃもしもし……」

???≪こんばんは、シャドウミストレスさん≫

シャミ子「こんばんわ……ふぁああ……ねむいのでまた明日でもいいですか……」

???≪うーん。夜分遅くに申し訳ないとは思うんだけど、君にお願いがあるんだ≫

シャミ子「私に……?」

???≪そう。魔族と人間の共存の為に、ぜひとも君の力を貸して欲しいんだよ≫

シャミ子「……? もう桜さんがやってませんか、それ……」

???≪だって、千代田桜はもういないだろう?≫

シャミ子「……いますよ……私の心の中にとか、なんかそんな感じで……」

???≪ああ。でもコアになってるんじゃいないのと同じだ。どっちにしろ必要なのは君だしね≫

シャミ子「わたし……? 桃でもミカンさんでもなく、小規模まぞくの私に……?」

???≪そんなに自分を卑下するものじゃないよ。これは、君にしかできないことなんだ≫

シャミ子「……私にしか、できない……」

???≪そう。他でもないシャドウミストレス優子の力が必要なんだ≫

???≪お願いだ、人とまぞくの間に生まれた子よ。僕の夢――魔族と人間が共存する世界を実現する為に協力してくれないか?≫

シャミ子「あっ、なんか王道ファンタジーRPGの導入みたい……眠いながらにテンションあがってきました」

シャミ子「ふふふ、いいでしょう! その依頼、このしゃっ、しゃみっ……シャロウミストレスが承りました!」

シャミ子「……ところで長い夢ですね。いつもならそろそろお母さんが起こしてきたり……」

???≪ありがとう。それじゃあ契約成立だ≫


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リリス「シャミ子や、さっきからうるさいぞ~……ふあぁ、目が覚めてしまったではないか。今日も一日ゴミ拾いだというのに。隣の部屋で寝てる良とセイコも起きてしまうぞ」

シャミ子「……ごせんぞ」

リリス「どうしたのだというのだ、まったく。そんな虚空に開いた穴的なものに下半身をすっぽり丸呑みされた状態で……」

リリス「まるで異世界に連れ去られる系の導入のようだぞ。この前結界に取り込まれた小倉を助けに行ったのを彷彿とさせる……」

リリス「……」

シャミ子「……」

リリス「……余の可愛い子孫がどこかへ連れ去られようとしてるーーーー!?」

シャミ子「やっぱり夢じゃなくて現実でしたか! 助けてくださいかどわかされる!!」

リリス「ふんぬー! ふんぬー! ダメだこれどんどん吸い込まれていく! 桃ミカン良子セイコー! 誰でもいいから助けてー!」

シャミ子「が、頑張ってくださいごせんぞ! うわあ首まで吸い込まれたタタタタ痛い痛い! ごせんぞツノ持たないで!」

リリス「もう持つ所ここしかないのだから仕方あるまい! というかなんでこんなことになっておるのだ!?」

シャミ子「な、なんか知らない人から着信があって、夢心地で出たあと、適当に返答してたら契約完了って言われました!」

リリス「お主のそういう朴訥さはチャームポイントでもあるが、今後はもうちょっと警戒心とかもって欲しいなーってご先祖様思う!」

シャミ子「改めます! 改めますので!」

リリス「ぬぐぐ、しかし魔力契約だとしたら横合いから無理やり破棄させる力は今の余には無いぞ」
リリス「えーい、この依り代のパワーが昆虫並みでなければ! 本来の余なら! 完全体になりさえすればー!」

シャミ子「え、ごせんぞ完全体フォームとかあるんですか!? 今度見せてくださいね!」

リリス「すまん今のは勢いで言っただけだ! だってそうでもしないとお主を吸い込む勢いに対抗できないから――あああシャミ子が鼻のとこまで穴の向こう側に!」

シャミ子「もごもご!」

リリス「もはや何を言ってるか分からんが頑張れ子孫よ! きっともうすぐ桃が助けに来てくれる!」

シャミ子「! ももごも!」

リリス(……とはいえ、それまで余の握力が持つか不安だ。なにか、なにか手はないか――)

 ばたん!

桃「妙な魔力を感知したと思ったらシャミ子とリリスさんの声が――シャミ子、無事!?」

ミカン「ちなみに緊急事態なのでドアのカギは桃がノブごとねじ切ったわ!」(※あとで弁償しました)

シャミ子「!? もごぉーーーー!」

 しゅぽん!

ミカン「いまのって……」

桃「シャミ子が空間に開いてた穴に飲み込まれた? 追いかけようにも穴は閉じたし、どうなって――ええい、小倉ボタン!」 ピンポーン

しおん「呼ばれて飛び出て小倉しおん~。シャミ子ちゃんちの天井から登場だよ~」

ミカン「普通に梯子で降りてきたわね……」

桃「小倉、状況説明!」

しおん「アイアイサー。結論から言うと、シャミ子ちゃんは別次元にさらわれちゃったみたい……」

桃「さらわれた? 誰に!?」

しおん「分からない……けどさっきまで、誰かとお話ししてた……シャミ子ちゃん、なにか頼み事されてたよ」

桃「なんでその時点で止めなかった!」

しおん「ひわわわ、揺さぶらないでぇ~……! だって最初は寝言かと思ってたし、呼ばれもしないのに部屋に入るのは失礼かと思って……」

桃「他人家の天井裏に住み着いてる時点で無作法の極みだよ!」

ミカン「桃、落ち着きなさいな。それより、今はシャミ子を追うのが先でしょ」

桃「そうだった……ごめん。それで、別次元って言ったよね? それってこの前小倉を助けに行った場所? それなら前回と同じ方法で」

しおん「それは無理~……今回シャミ子ちゃんが引きずり込まれたのは、次元的に前回よりも遠い場所だから……」

桃「遠いってどれくらい?」

しおん「それが分からないのが問題……前回は結界のバグって原因が分かってたから対応策が用意できた……」

しおん「でも今回は……ウガルルちゃんの力を使えば、前回みたいに空間に穴をあけてそこから移動できるかもだけど」

しおん「目的地が分からないんじゃたどり着けない……次元一層分でもずれたら全然別の世界に行っちゃう~……」

桃「その目的地はどうやったら分かるの!」

しおん「うーん、シャミ子ちゃんの次元的な現在地が分かればいいから……例えばテレパシー電話が繋がれば逆探知できるけど……」

桃「よし、シャミ子のガラケーの番号はこの前教えて貰った……お願い、繋がって……」

しおん「あっ」

 ヴーッ、ヴーッ

桃「……」

ミカン「シャミ子のケータイ、床に放りっぱなしね……あっ、スマホの方も充電中だわ」

しおん「そもそもあれはシャミ子ちゃんのテレパシー能力を"携帯電話"っていう認識で補強してるだけだから、向こうからかけてくれないと意味がないよ」

桃「~~~~!」

ミカン「はいはい、リラックスリラックス。シャミ子のことになると途端に冷静さを失うわね。柑橘類をとりなさいな、ほら」

桃「むぐっ……すっぱいものを食べて落ち着くのはミカンくらいだよ。カルシウムじゃないんだから」

しおん「ちなみにカルシウムがイライラに効くっていうのは俗説だよ~」

桃「そんな雑学知識は如何でもいいから、何か手を考えないと……ミカン、何かある?」

ミカン「急には思いつかないわよ。ビーコンもつける暇なかったし……あ、けれど」

桃「何?」

ミカン「私、大声で叩き起こされたんだけど、その時シャミ子のご先祖様の声も聞こえたような……」

桃「! そうだ、リリスさん! 私たちより先にシャミ子を助けようとしてたっぽいのに、姿がどこにも……」

 ぐにっ

桃「うわっ、なんか踏んだ。シャミ子の布団の中に、何か……?」

リリス「……」

桃「リリスさん!? なんでそんなところで寝てるの! さっきまであんなに叫んでたのに! ちょっと起きて。シャミ子が……」

リリス「……」

桃「……リリスさん?」

ミカン「なんか白目向いてない? 桃のストンピングが鳩尾にでも入ったのかしら……」

桃「いや、そんなに強くは踏んでない筈……」

しおん「はーい、ちょっとごめんね~……えーと、体温急下降中。瞳孔収縮せず。脈拍なし。これは~……」

桃「……え?」

しおん「……はい、御臨終で~す」

桃「えええええええええええ! なんで死んでるのリリスさん! そんな場合じゃないでしょ!」

ミカン「い、119、いやこの場合は110かしら……桃、ちゃんと罪を償ったら、また会いましょうね……?」

桃「通報しようとしないでミカン! っていうかこれ等身大依り代でしょ!? たぶん始祖像に戻ってるだけだよ!」

ミカン「じゃあその像はどこ?」

桃「えっ……そういえば見当たらないな。たいてい枕元に置いてあるんだけど」

◇勇者ヒンメルの死から31年後 北部高原エルンスト地方

 べちゃり

シャミ子「ほぎゃっ! 高所から落下したような痛みと衝撃が!」

シャミ子「いたた、背中打った……あれ? 足元が地面……ここ屋外ですか?」

シャミ子(道の真ん中……っぽいです。舗装もされてないですけど。周囲は見渡す限り草原、森、遠くに山……明らかにご近所じゃありません)

シャミ子「っていうか太陽出てる! さっきまで真夜中だった筈なのに! これは……もしかして……」

シャミ子「……凄い長い間寝てた?」

ごせん像「違う違うちがーう!! 例の穴の先がここに繋がってたのだ! 出たら既にこちらは昼だったのーだー!」

シャミ子「え、その声は……ああっ、ごせんぞ! ごせん像フォーム! どうしてここに?」

ごせん像「うむ。桃やミカンの助けが来るまで、余の握力がもたないと思ってな。とっさに枕元にあった始祖像となんとかの杖を穴に投げ込んだのだ」
ごせん像「またまたダサ像に戻る羽目になったわけだが……穴が閉じかけていて、等身大依り代では入れなかったから……」

シャミ子「あ、お父さんの杖! す、凄いですごせんぞ! ファインプレーです!」

ごせん像「そ、そうか? ふははは! そうであろうそうであろう! 余の機転を褒めまくると良い!」

シャミ子「で、ごせんぞ。ここはどこですか? どうやったら帰れますか?」

ごせん像「皆目見当もつかん。というか、余達が住んでた世界じゃないっぽいぞここ」

シャミ子「ええ!? 確かに桜ヶ丘じゃないみたいですけど……異世界転生なんですか?」

ごせん像「転生はしておらんだろう別に……空気中に存在する魔力が濃すぎる。余が封印された頃でもここまでではなかったぞ」

シャミ子「ほえぇ……くーきちゅーのまりょく……」

ごせん像「そう。というかお主も感じぬか? ここまで濃厚な魔力が漂っているというのに……」

シャミ子「えっ? うーん、まりょくーまりょくー……はっ、そういえば空気がそこはかとなく美味しい気がします!」

ごせん像「いや、もうよい……魔力感知能力がゲロ弱でも、お主には他に良い所がいっぱいあるからな……」

シャミ子「すみません、精進します……」

ごせん像「話を戻すが、ここが地球でないというなら飛行機で帰るというわけにもいかん。桃たちが迎えに来てくれるのを待つのが得策だろうな」

シャミ子「でも異世界ですよ? そもそもここまでこれるんでしょうか……」

ごせん像「なーに、この前小倉を助けに異空間へ行ったであろう? いわばアレの応用問題みたいなものよ。時間は多少かかるかもしれんが軽い軽い」

シャミ子「そ、そっか。そうですよね! 桃なら異世界の壁くらい筋肉で砕けますよね!」

ごせん像(……実際のところ、どうかは分からんがな。不必要に不安がらせる必要もあるまい)

シャミ子「ごせんぞ?」

ごせんん? ああなんでもないぞ。それより、桃たちが来るまで多少時間もかかろう。とりあえず衣食住を確保せねばな」

シャミ子「衣食住……えーと、着るもの、食べるもの、住むところですよね。まあ服は着ているからいいとして……」
シャミ子「……いいや、なにもよろしくない! よくよく見れば私、パジャマ一丁じゃないですか! 靴どころか靴下も履いてない! あとなんか死ぬほど寒い!」

ごせん像「多魔市よりも気温が低いらしいな。北国なのかもしれん」

シャミ子「このままじゃ風邪を引いてしまいます!」

ごせん像「安心するのだ、シャミ子よ。こんな時の為の危機管理フォームである」

シャミ子「いやいやいや、アレじゃ寒さは変わりませんよ!? むしろ布面積は少なくなりません!?」
シャミ子「異世界の方にお見せできる格好ではない! 何らかの罪になるかもです!」


◇◇◇

異世界人「この変質者め! 異世界ジェイルじゃー!」

牢屋に放り込まれるシャミ子「ダシテー」

◇◇◇


シャミ子「前科持ち……前科一犯まぞくになってしまう……」

ごせん像「しかしお主、そのぷにぷにあんよで地ベタなんか歩いてみよ。ずたずたの血まみれ、下手したら破傷風にかかってびっくんびっくん痙攣しながら死ぬぞ」

シャミ子「ききかんりーーー!」

 
シャミ子「そっか、この恰好ならブーツ履いてますもんね。でもさっそくおへそが冷えてきた……」

ごせん像「なのでさっさと移動するぞ。道が整備されているということは、どこか人里へ繋がっているということだ」

シャミ子「なぁるほど! ごせんぞ頭いい!」

ごせん像「……お主ひとりでこちらに来ていたらどうなったのか、余はちょっと怖くなったぞ」
ごせん像「さて、一本道だが前と後ろ、どちらが人里に近いか……遠くに煮炊きの煙が見えるわけでも無し。判別できる要素が何もないな……」

シャミ子「あっ、それじゃあこれで決めましょう。<方向決めの杖>~、ていやっ」

 ぱたん

シャミ子「こっちみたいです。気休めですが、ミカンさんの心の中でウガルルちゃんを見つけた実績もあります」

ごせん像「うむ。まあ二分の一だし、気休め程度でも指針があるのはありがたい」

シャミ子「それじゃあ行きましょうごせんぞ! いざ異世界冒険の旅に出発です!」

ごせん像「うむ! 異世界を冒険か……そう聞くとちょっとわくわくしてきたな!」

シャミ子「ですよね! いいですかごせんぞ、まずは冒険者ギルドに登録というのが定番の流れです」

ごせん像「異世界に飛ばされること自体希なのに定番とかあるのか?」

シャミ子「いえ、最近杏里ちゃんに異世界モノをお勧めされまして……異世界では謙虚さを忘れてはいけません。じゃないと即座に追放されます」
シャミ子「褒められても舞い上がらず"まぞく、また何かやっちゃいましたか?"と――」

ごせん像「物語と現実をごっちゃにしてはいかんぞシャミ子よ……」

シャミ子「でも実際に異世界に飛ばされてるわけですし、すでにかなりのファンタジー事案だと思うのですが……」

ごせん像「それもそうか……よーし! 余は本当はSランクだけど面倒だからBランク枠とーった!」

シャミ子「あっ、ごせんぞズルい! それ私もやりたかったのに!」

 
◇30分後

シャミ子「……行けども行けども草原です。人通りどころか、看板のひとつも立ってません。冒険者ギルドは? むやみやたらと美味しそうな料理が出てくる酒場は?」

ごせん像「まあ異世界とはいっても、シャミ子のやってるゲームみたいな世界観とは限らんしな……」

シャミ子「えー、でもまぞくと人間はいる筈ですよ」

ごせん像「ほう、なぜそう思う?」

シャミ子「ほら、私がここに来る前話してた電話の人が、まぞくと人の共存の為にうんたらかんたら言ってたんです」

ごせん像「ああ、ここに来る前に言ってた奴か……状況についていくのが精一杯で忘れておったぞ」
ごせん像「それにしても、まぞくと人間の共存? お主が頼まれたというのはそれか?」

シャミ子「夢心地だったのであんまりよく覚えていませんが、多分そうです!」
シャミ子「あと、そこはかとなく褒め頼られてた気がします! 是非シャドウミストレスの力を借りたいと!」

ごせん像「うーむ……まあ件の電話の君の目的はよく分らんが、やはり魔力契約を結ばされたらしいな」

シャミ子「あれっ? いまごせんぞ、頼りにされるシャドウミストレスの所流しました? ……まりょくけいやく? なんでしたっけそれ」

ごせん像「文字通り魔力を介した契約のことだ。前にちょろっと話したが、他人を眷属にするのもその一種だな」
ごせん像「お主はこの世界のまぞくと人間の仲を取り持つ、という契約に同意してしまったので、こっちの世界に呼び出されてしまったのだ」

シャミ子「寝ぼけてつい頷いちゃっただけで異世界に拉致られるんですか!? クーリングオフは!?」

ごせん像「諦めよ、契約は絶対なのだ……余が以前、お主にネット通販で買わせた服もクーリングオフは効かなかった……」

シャミ子「怖い……契約怖い……ネットも怖い……まぞくはしにました……」

ごせん像「まあ冗談はともかく、普通はこんな曖昧な条文で強制召喚など出来ん筈なのだがな」
ごせん像「今回は相手がよっぽど魔力の扱いに長けていたのだろう。おそらく余と同等以上の使い手と見た」

シャミ子「ごせんぞと同等の……え、なんでそんな人が私に協力を求めるんです? 私、地域限定小規模まぞくですよ?」

ごせん像「まあその辺は実際に会って話を聞かねば分かるまい。というか、呼びつけた側が出迎えくらいせんか!」

シャミ子「確かにスタート地点としてはかなり寂しい感じでしたが……」
シャミ子「……ところでごせんぞ。魔力契約を結ぶと人を遠くから呼び出せるんですよね? じゃあ眷属にしたら桃も呼び出せたりするんでしょうか」

ごせん像「ああ。そういう契約内容を盛り込んで、桃の奴が同意すればな」

シャミ子「じゃあじゃあっ。逆に桃がピンチに陥ったら、私が颯爽と召喚されるみたいなのもありなんでしょうか!?」

ごせん像「可能だが、そもそもお主が呼ばれて役に立つ桃のピンチとは……? 桃が死ぬほど空腹の時とか……?」
ごせん像「そんなものより、もっと余を崇めさせる内容にしよう。週7でゴミ掃除を代わってくれるとか」

シャミ子「桃が血も涙もないゴミを掃除するだけの機械になってしまう! ダメですよごせんぞ。この前ズルしてちょっと焼かれかけたじゃないですか」

ごせん像「しかしシャミ子よ、ここから帰るまでに、余のゴミ掃除ノルマが一体何十キロ加算されてると思う……?」

シャミ子「私もお手伝いしますから……」

ごせん像「それよりもやはり桃を言いくるめて……」

シャミ子「解釈違い……」

ごせん像「――」

シャミ子「――」

 
◇街道 夕方

ごせん像「とかなんかとかやってる内に日が暮れてきたな……」

シャミ子「あれからかなり歩きましたが、やっぱり誰ともすれ違わないし、人里っぽいものも見えません……」

ごせん像「このままだと今夜は野宿か……?」

シャミ子「でも杏里ちゃんが、冬の山で寝ると死ぬって言ってましたよ? あっ、もしかして草原なら大丈夫ですか?」

ごせん像「いや、普通に死ぬと思うが……お主も寝てる間は危機管理モードを維持できまい。あの薄手のパジャマに戻ってしまうぞ」

シャミ子「……あれ? 結構大ピンチなのでは?」

ごせん像「なーに、余に任せよ。シャミ子よ、杖を何かに変形させて火とか出せるか?」

シャミ子「えーと……できますよ。ほらチャッカマン」

ごせん像「よしよし。ではいざとなったらそれで草っぱらに火を点けよう。良い感じに乾燥してるから簡単に燃え広がるであろう」
ごせん像「暖かくなるぞ~。まあ新聞に載るレベルの大火事になってしまうかもしれんがそこはそれ」
ごせん像「むしろ誰かが火を見て駆けつけてくれる可能性すらある」

シャミ子「洒落抜きで投獄コースじゃないですか!? 駆けつけてくるのは消防士さんと警察官さんです!」
シャミ子「却下です却下! ほら、<おやつタイムの杖>! はい、暖かい紅茶が出ましたよごせんぞ! お供えです!」

ごせん像「ずずず……うーむ、ショウガ入りか。これは温まる……」
ごせん像「……うん? なあシャミ子よ、お主これ」

『――たすけてぇえええええ!』

シャミ子「! ごせんぞ! 悲鳴です! 人の声です!」

ごせん像「言葉は分かるのだな。たまさか同じ言語なのか、魔力契約の影響か……」

シャミ子「そんなことより助けにいかないと! 尋常じゃないですよあの声は!」

ごせん像「いやちょっと待て、助けてってことは何かに襲われてるわけで――あああ揺らすな揺らすな紅茶が逆流するぅぅうう……」

 
女の子「このっ、このっ! あっち行けって!」

でかい狼「グルルルル……!」

女の子「くそっ、私たちはお前のエサじゃないぞ!」



シャミ子「はぁはぁ、見えましたごせんぞ! 前方に荷車です!」
シャミ子「荷台に女の子が乗ってます! 棒切れを振り回して……なんかでかい犬と戦ってます!」

ごせん像「げほっ、げほっ……そのようだな。犬というか、狼だと思うが」

シャミ子「お、狼ですか? じゃあ犬より強いですよね……?」

ごせん像「よぉし、戦略的撤退っ!」

シャミ子「駄目です! 見捨てられません!」

ごせん像「ではどうするのだ? お主にあれ、やっつけられるか? ちなみに今の余では成す術もなく齧られて終わりだ」

シャミ子「やっつけなくても追っ払えればいいんです! えーと、えーと……なんとかの杖、拡声器モード! テレパシー最大出力!」

シャミ子『こぉらそこの狼さん!!! それ以上悪さをすると、お腹切って石詰めて井戸に落としまくりとりゃー!』

でかい狼「!?」

女の子「!? あ、頭に響くぅ……? なにこの声……」

シャミ子「あっ、ほら見てください。狼が馬車から離れましたよ!」

ごせん像「テレパシーだからな。細かいニュアンスはともかく、大意は伝わったのであろう」
ごせん像「というかなんなのださっきの脅し文句は……最後の方噛んでおったし」

シャミ子「すみません。なるたけ怖い言葉を考えたんですが……あまりにも怖すぎて最後まで言えませんでした」

でかい狼「アオーーーーーーーン!」

シャミ子「ほら、ごせんぞ。狼さんもごめんなさいって!」

ごせん像「いや、多分あれは……」

 がさがさっ

狼の群れ「グルルル!」

シャミ子「増えたぁーーーーー!?」

 
ごせん像「そりゃ狼だし、群れで狩りするわな!」

シャミ子「知りませんでした! て、テレパシー! テレパシー! わー! わー!」

でかい狼「……」

シャミ子「怯まない! 効いてない! じりじり近づいてくる! っていうかターゲットがこっちに移ってる!」

ごせん像「たわけ、ああも見事に宣戦布告すればこっちを狙うに決まっておるだろう! テレパシーとてその気になれば我慢もできる!」

シャミ子「すみません、そんなつもりじゃなかったんです! は、話し合いましょう! 話せばわかります!」

ごせん像「そのセリフを言った者は撃ち殺されたのだぞ、シャミ子よ」

シャミ子「そうなんですか!? でもやってみましょう! ごせんぞ、狼語とか喋れません!?」

ごせん像「喋れるか! えーい、まどろっこしい! シャミ子、かみなりの杖だ!」

シャミ子「え、でもあれは夢空間限定で」

ごせん像「いいから余を信じて杖を構えよ! 来るぞ!」

でかい狼「……ガア!」

シャミ子「ひっ、わ、あ。か、かみなりの杖ーーーーーーーー!」


 
 ピシャーン! ピシャーン!

でかい狼「キャインキャイン!」

ごせん像「おお、逃げて行った……一発も当たらんかったが。まあ正確に狙ってくる奴より、目ぇ瞑ってしこたま雷落としてくる奴の方がある意味怖いわな」

シャミ子「わ、わああああ! そこだー! そこかー! そこかしこにー!」

ごせん像「シャミ子、もうよいぞ。危機は去ったようだ」

シャミ子「そこにゃー! ……はあはあ、お、狼は……?」

ごせん像「逃げた。いろいろと課題はあるが、見事な戦いぶりだったぞ」

シャミ子「そ、そうですか……良かったぁ」
シャミ子「あっ、それよりもかみなりの杖! なんで夢の中じゃないのに使えたんでしょうか? というか、ごせんぞ使えること知ってました?」

ごせん像「賭けの部分もあったがな。お主、先ほどおやつタイムの杖を使っていたであろう? あれも本来は夢の中でなければ使なかった筈だ」

シャミ子「あー……」

ごせん像「おそらく魔力に関する理が微妙に違うのだろう。どうやらこの世界では杖の変形難易度が下がるようだな」

シャミ子「ほのおの杖、こおりの杖、天沼矛――ほ、ほんとだー! 夢限定のずるい武器シリーズが自由自在です!」

ごせん像「とはいえ、お主の魔力が上がったわけではないのだから、あまり調子に乗らぬ方が良いぞ。余の一族は大抵それで失敗するのだ」

シャミ子「肝に命じておきます……あっ。そうだ、さっきの女の子! あのー、無事ですかー!」

 
女の子(雷が止んだ……人の声が聞こえたけど、通りすがりの魔法使いが助けてくれた?)

シャミ子「あのー、無事ですかー!」

女の子「あ、ありがとう。助かっ……ひっ」

シャミ子「?」

女の子「頭の角……ひょっとして、ま、魔族?」

シャミ子「はい! まぞくのシャドウミストレス優子です! やった、噛まずに言えた!」

ごせん像「略してシャミ子と呼ぶがよいぞ。そして余は5000年を生きる大まぞく! 永劫の闇を司りし魔女、リリスである!」

シャミ子「ああっ、異世界でくらいシャドウミストレスって呼んで貰おうと思ってたのに!」

女の子「あ、あああああ……」

シャミ子「? どうかしましたか? 寒いですか? でも私より厚着ですよね……あっ、あのっ。この恰好は好きでやってるわけではなくてですね……」

女の子「た、食べないで……」

シャミ子「食べる? 何を?」

女の子「ま、魔族は人間を食べるんだろ……?」

シャミ子「食べませんよ! え、食べませんよね!?」

ごせん像「まぞくによる。あの蛟とか人のひとりやふたり食ってそうだと思わんか?」

シャミ子「ごせんぞ何てことを!」

女の子「や、やっぱり食べるんだ……!」

シャミ子「ほーら誤解が深まった! 食べません食べません! お米とかの方が好きです!」

女の子「わ、私は食べてもいいから、母さんは助けて……」

シャミ子「しゃーから食べませんて! ……お母さん?」

女性「う、うう……」

シャミ子(よく見たら荷台にもう一人……っていうか、足! 血が……!)

ごせん像「どうやら先ほどの狼にやられたようだな……荷馬も辛うじて息はあるようだが、喉を破られておる。それで立ち往生というわけか」

シャミ子「助けないと! ちょっと荷台の上、失礼しますね!」

女の子「や、やめてぇ……たべないでぇ……!」

シャミ子「えっ、うわっ、力強っ!? 違います怪我を診る為に荷台に上がりたいだけで、うわっ、押さないで押さないでっ……ほげぇ!」

ごせん像「荷台に登ろうとしたシャミ子が、泣いてる女子に突き落とされた……」

女の子「えっ、力弱っ。よ、よーし」

シャミ子「棒はやめてください棒は! 戦闘態勢取らないで! ……分かりましたとりあえず荷台は次で! まずはお馬さんの方から!」
シャミ子「この前は桃に妨害されてもとに戻っちゃいましたが……<かいふくのつえ>!」

ラバ「ひひーん!」

女の子「えっ、ダイアウルフに噛まれた筈なのに……女神様の魔法?」

シャミ子「……ふぅっ。よかった、上手くいった……あの、よければ次はそっちの人を診せて貰いたいんですけど……」

シャミ子「……はい、これで治療完了です!」

女性「……」

女の子「母さんの怪我が一瞬で……あ、ありがとう」

ごせん像「失った血も補われた筈だ。目を覚ますまでそう時間はかからぬだろう」

女の子「あの……」

シャミ子「? なんです?」

女の子「……ごめんね。さっき馬車から落としちゃって」

シャミ子「いいんですよ。お母さんを守りたかったんですよね? 私も魔法少女にお母さんを退治されかけた思い出があるので気持ちは分かります」

女の子「そっか……シャミ子のお母さんは魔法使いに退治されちゃったんだ……」

シャミ子「いえ、あれは結局すれ違いというか私の勘違いだったんですが……というかもうシャミ子呼びなんですね……」

女の子「私、アソリって言うんだ。この先の村に住んでて、買い出しの帰りだったんだけど……」

ごせん像「そこにあの狼が、というわけか」

アソリ「いつもは日のある内に帰るようにしてるんだけどね……今日はちょっと買い過ぎちゃってさ」

ごせん像「確かに、かなりの量の荷だが……お主の家はそんなに大家族なのか?」

アソリ「まさか。村全体の買い出しだよ。ロバも荷車も村の共有財産だし。ノルム商会の流通網が復旧したおかげで、ちょっとだけ安売りになっててさ」
アソリ「っていうかシャミ子、この喋る像はなんなの?」

シャミ子「私のご先祖様です。いまは封印されてますが……お話は出来るので、いろいろ教えて頂いてるんです」

アソリ「シャミ子のご先祖様かー……じゃあ略してシャミ先だね」

ごせん像「ううむ……このコミュ強染みた距離の詰め方、誰かを彷彿とさせる」

シャミ子「そういえばカタカナだと名前の見た目が似てますね……」

 
アソリ「ところでシャミ子たちはこんなところで何してたの? もしかしてこの辺に住んでる?」

シャミ子「私は携帯電話で悪質な契約を結ばされてしまい、気が付いたら異世界に拉致されていたんです」

アソリ「え、何? ケイタイ……?」

ごせん像『シャミ子、ストップストップ』

シャミ子『? なんですかごせんぞ。急にテレパシー経由で……』

ごせん像『もうちょっと危機感を持てと言っただろう。どうもこの世界ではまぞくに対する評価がガチで低めのようだ』

シャミ子『そういえば人間食べるとか言ってましたね……』

ごせん像『人とは不明を恐れるもの……この上、異世界から来ました~などと馬鹿正直に伝えて変に警戒されてはたまらん』
ごせん像『幸い、アソリは狼の撃退や母親の治療でこちらに好意的なようだ。ここはうま~く取り入って助けになってもらおう』

シャミ子『……でもそれって嘘をつくってことですよね?』

ごせん像『なぁに、お主はただ黙っていればそれでよい。余が適当なカバーストリーをでっちあげてやるぞ』

シャミ子『でも……』

アソリ「……」

 
アソリ「うん、分かった。聞かない」

シャミ子「ほぇ?」

ごせん像「聞かないとは?」

アソリ「シャミ子たち、なんか困ってるみたいじゃん。答えづらそうにしてるしさ。だから事情は聞かないよ」

シャミ子「アソリちゃん……」

ごせん像「……かたじけない」

アソリ「そんなにかしこまらないでよ。っていうか、助けて貰ったのはこっちの方だし。それより、行く宛がないなら今晩はうちに来る?」

シャミ子「い、いいんですか? アソリちゃんから見て、私たちすごく怪しいと思うんですけど……」

アソリ「ああ……確かにその服装はちょっとどうかと思うけど……」

シャミ子「ち、ちがっ! これはですね、やむなき事情があって発動した危機管理フォームでして」

アソリ「いいっていいって。趣味はひとそれぞれだと思うしさ……」

シャミ子「さっきは凄い察してくれてありがたかったですけど、これに関してはちゃんと話を聞いてください!」

 
シャミ子(ああ……それにしても良かった。異世界で初めて会った人、アソリちゃんはとても良い人みたいです)

シャミ子(どことなく杏里ちゃんを彷彿とさせます……安心して、胸の内がぽかぽかしてきました……)

シャミ子(……あれ? なんか物理的にも暖かくなってきたような……?)

 ぱちっ ぱちっ

シャミ子「……草原に火がついてる!! え、なんで!? どうしてですか!?」

ごせん像「あっ……もしや先ほどシャミ子が落とした雷が火種になって……」

シャミ子「あわわ、盛大に燃え広がっていく!」

アソリ「やべーよ! ここ領主様の土地じゃん!」

シャミ子「まさかの投獄コース実現ですか!?」

アソリ「いや、火付けは普通に縛り首だけど」

シャミ子「西部劇でしか聞かないような刑が! し、消火! 火を消さないと……ええと、<みずの杖>! ざばーん! ざばーん!」

アソリ「うわっ、凄い量の水が! 鉄砲水みたい! ……これはこれで後々問題になるかもしれないけど」
アソリ(うーん。魔族だけど、やっぱり悪い子じゃないよな……)

ごせん像「シャミ子よ。景気よく水をまき散らすのは良いが、そろそろ加減をしないと……」

シャミ子「はい? なんですかごせんぞ? ……あれ?」

シャミ子(なんでしょう……急に、眠く――)

 
◇北部高原エルンスト地方 モグサノ村


シャミ子「……はっ!? 知らない天井です!」
シャミ子「……ベッド? 家の中……うちではないですよね? アンティーク感ありますし。いえ、うちもアンティークといえばアンティークなんですが……」

ごせん像「……起きたかシャミ子よ。ここはアソリの家だ」

シャミ子「あっ、ごせんぞ! おはようございます……私、どうなったんですか? 火を消そうとしたところまでは覚えてるんですけど」

ごせん像「魔力切れだな。寝不足もあったのかもしれんが。それで気を失ったお主を馬車に乗せて、村まで運びいれたのだが……」

シャミ子「いれたのだが?」

ごせん像「少々、いやかなり不味い事態になっておる。窓から外を覗いてみよ。こっそりな」

シャミ子「こっそり?」

 
◇◇◇


◇窓の外

怒れる村人たち『魔族を殺せー!』


◇◇◇

 
シャミ子「!?」

ごせん像「やばいであろう?」

シャミ子「完全に一揆じゃないですか!? 怖い! みんな松明持ってる! クワとかカマも持ってる!」

ごせん像「しー! 静かにせよ!」

シャミ子「無理ですよ! 血祭りにあげられる悪代官の気持ちになりました!」

ごせん像「アソリ達の帰りが遅いのを、村人たちも心配していたようでな……」
ごせん像「お主をこっそり運び入れようと計画したのだが、帰るのを待っていた村人に見つかってしまったのだ」
ごせん像「アソリは余達のことを悪いまぞくではないと庇ってくれたのだが……まあ結果は御覧の通りだ。アソリの母が気を失ってたのも拙かったな」

シャミ子「アソリちゃん……いた!」


◇◇◇

◇窓の外

アソリ『だからシャミ子は悪い魔族じゃないんだって! 母さんとラバの怪我も治してくれたんだぞ!』

ガタイのいい村人『そんなの! こうして村に案内させるための演技だったんじゃないのか!?』

村人『そうだそうだ!』『アソリ、お前は騙されてるんだ!』『ダイアウルフだって、そいつがけしかけたのかも……』

アソリ『シャミ子と話してみれば分かるけど、絶っっ対そんな器用なことできる子じゃないって! かなりアホ寄りだよ!』

ガタイのいい村人『じゃあそこを通せ!』

アソリ『通したら話す前にシャミ子に酷いことするだろ!』


◇◇◇


シャミ子「アホ寄り……?」

ごせん像「そこは引っ掛からなくてよい。今はまだ問答で済んでいるが、強行突入は時間の問題だな……」

シャミ子「……アソリちゃんのお母さんは?」

ごせん像「別の部屋で寝ておる。連中が焼き討ちに移らないのはそのおかげかもしれん。とにかく、お主が起きたのなら好都合だ」
ごせん像「アソリが時間を稼いでくれている内にどうにかこっそり脱出するぞ。お主の杖、ドリルとかにならんか?」

ごせん像「……おや? シャミ子?」

 
 ばたーん!

シャミ子「待って、待ってくださーい!」

アソリ「シャミ子!? 中で待っててって、シャミ先に頼んでたのに……」

村人「魔族だ! 魔族が出てきた!」「噂通り角が生えてるわ!」「尻尾も生えてる!」

シャミ子(うっ……凄い人数……怒号がお腹に響く……暗闇に松明の灯りが揺らめいて、目が眩む……)

ガタイのいい村人「自分から出てくるたぁいい度胸だ! さあ、アソリ! そこをどけ!」

アソリ「シャミ子、中に入ってて! 私が話をつけるから!」

シャミ子「私のことが問題になっているのに、私だけ隠れてなんていられません!」

ごせん像『シャミ子、よせ! 余達だけで逃げるのだ!』

シャミ子「覚悟が揺らぐのでごせんぞはちょっと静かに!」

 
シャミ子「き、聞いてください! 確かに私はまぞくですが、人を襲ったりはしません!」
シャミ子「事情があって、家に帰れなくて……そこをアソリちゃんに拾ってもらったんです!」

アソリ「ダイアウルフを追っ払ってもらったんだ! シャミ子がいなかったら今頃奴らの晩御飯だった!」

シャミ子「私にできることなら何でもします! 掃除とか、洗濯とか、料理とか……だ、だから、今晩だけでもここに置いて貰えませんか?」

村人「うーん……」「なんか思ってたのと違うな……」「待って、いまなんでもするって」

アソリ「私がちゃんと世話するから! 散歩もするからぁ!」

シャミ子「アソリちゃん?」

アソリ「合わせて合わせて! シャミ子の無害さをアピールするんだ!」

シャミ子「な、なるほど。がってんです!」

アソリ「さぁここに取り出したるは木のお盆。いまより手前が投じますこれを、シャミ子が見事キャッチできれば拍手喝采!」

シャミ子「どんとこいです!」

アソリ「えいや!」

シャミ子「うわっ、アソリちゃんこれ速っ……」

 ごっ

シャミ子「顔面直撃!」

アソリ「うわっ、ごめんシャミ子大丈夫か!? ……ほ、ほら! 見ての通りの鈍くさだよ!? これでもまだシャミ子が危ないっていうの!?」

村人「確かになぁ……」「俺でも勝てそう」「魔族も所詮噂だけか……」


 
ガタイのいい村人「騙されるな! こんな茶番で何が分かるって言うんだ!」

シャミ子「ひっ」

アソリ「ちょっと、エルマーさん!」

ガタイのいい村人「無力だっていっても、少なくともダイアウルフを追い払えるだけの力は持ってるんだろう!」
ガタイのいい村人「油断させて、夜のうちに一網打尽にするつもりかもしれねえ!」

村人「確かになぁ……」「そしたら負けそう」「噂通り魔族は恐ろしい……」

アソリ「ちょ、ちょっと、みんな!」

ごせん像(不味いな、一言で流れを戻された……あのガタイが良いのがこの騒ぎの主導者か……)

ガタイのいい村人「ほら、アソリ! そいつから離れろ! おい、お前らアソリを抑えとけ!」

アソリ「あっ、ちょっと! やめっ、離してってば! シャミ子!」

シャミ子「アソリちゃん!」

 
ガタイのいい村人「アソリの目と耳はふさいどいてやれ。おい、斧を寄越せ」

シャミ子「ち、違うんです。私は本当に悪いまぞくじゃ……」

ガタイのいい村人「……」

シャミ子「ひう……」

シャミ子(ダメだ、話を聞いてもらえない……ならどうすれば……杖を使う? 人相手に? 無理!)

ガタイのいい村人「悪く思うなよ……」

シャミ子「い……」

ガタイのいい村人「?」

シャミ子「いぅっ、えうっ……おがあざ~ん゛……も゛もぉ~……」

ガタイのいい村人「……っ」

村人「……」

村長「……これではどちらが魔族か分からんな」

ガタイのいい村人「! ……村長……」

 
シャミ子「えぐっ、ひっく……」

村長「アソリがそこまで庇うんだ。少し様子を見るくらいはしてやってもいいだろう。いまのところ、泣いている子供にしか見えんしな」

アソリ「……ぷはっ、村長!」

ガタイのいい村人「だけどこいつは魔族だ! 子供だっていっても、ダイアウルフを追っ払える程度の力はあるんだぞ!」

村長「そうだな。つまりアソリ達をダイアウルフから救ってくれたのは確かなんだろう?」
村長「ラバも荷車も買い直すには大金が必要だ。彼女がいなければ、我々は向こう半年は塩無しのスープを啜らねばならなかっただろう。村の恩人なのは間違いない」

ガタイのいい村人「そうやって油断させておいて、俺たちを襲うつもりだったら……」

村長「だったら人間も同じことだ。これから村に立ち寄ったよそ者を片端から打ち殺していくつもりかね?」

ガタイのいい村人「……」

村長「エルマー、その魔族が我々の手に負える程度の存在だったらいつでも始末できるだろう」
村長「だがもしも手に負えないなら、お前が斧を振り下ろした瞬間に本性を表すだけだ」
村長「で、どうするかね? 今のお前は、怪我ができる立場ではないと思うが」

ガタイのいい村人「……様子を見る。いまのところは」

村長「分かった……さあ、みんなも家に戻るんだ! 明日も早いんだぞ!」

村人「村長がそういうなら……」「帰って寝るか……」

シャミ子「ひう……?」

アソリ「シャミ子、大丈夫!? 良かった……村長、みんなを収めてくれてくれてありがとう」

村長「それが務めだからな。だがアソリ、ここまでの騒動に発展したのはお前にも責任があるぞ」
村長「恩があるとはいえ秘密裏に魔族を村にいれようとするなど! 次こういうことがあったら私を呼んで村の外で待て。二度目が無いことを祈るが」

アソリ「ごめんなさい……」

シャミ子「ぐすっ、アソリちゃんは悪くないんです……私が、行くところがないって言ったから……」

村長「……悪さをしないのなら、しばらくはいてくれて構わん。仕事はしてもらうし、永住するとなったらまた考えねばならんが」
村長「魔族のお嬢さん。シャミ子とかいったかな? 今日の私の選択を後悔させんでくれよ」

シャミ子「はい……ありがとうございます」


 
◇夢空間

リリス「……まったくお主は無策で飛び出していきおって! 危うく斧で頭カチ割られるところだったではないか!」

シャミ子「ごめんなさいでした……」

リリス「せめて自己防衛くらいせよ。杖を使えば何とでもなっただろう」

シャミ子「だってかみなりの杖とか人に向けて使えませんよ……」

リリス「……まあ確かにお主のコントロールだと人死にが出かねんが……クソデカテレパシーも恐慌状態にさせるだけだろうし」

シャミ子「でしょう?」

リリス「だがな、対話というのは対して話すと書くのだ。相手と対等になって初めて話し合いができるのだぞ」

シャミ子「肝に命じておきます……」

リリス「……お主が殺されかけそうになった時な、余は本当に怖かったのだ」
リリス「お主は余の可愛い子孫だ。その優しさは美徳だが、自分の身も同じくらい大事にしておくれ」

シャミ子「ごせんぞ……」

リリス「……それにお主がいないと余も元の世界に帰れんではないか! 下手したらその辺に埋められておしまいだ!」
リリス「というわけでこうして夢空間にお主を呼んだわけだ。これから何をするか分かるか?」

シャミ子「ああ、そういう理由だったんですね……えーと、杖のコントロールの練習とかですか?」

リリス「ちがーう! 余達は夢魔! その能力で村人たちに暗示をかけてとりあえずの安全を確保するのだ!」

シャミ子「ええっ、ちょっと感動するようなこと言ってたのに! 対話は対等の立場ではどこいっちゃったんですか!」

リリス「有利な立場で交渉を進められるのならそれが一番に決まっておろうが!」

 
リリス「だいたい先ほどは村長とやらの介入でうやむやになったが、暴徒の連中があれで心から納得したとは思えん」
リリス「特にあのガタイの良い奴! 隙を見てシャミ子を森に埋めて肥料にしようとか考えててもおかしくない剣幕だった!」

シャミ子「まさかぁ。村長さんの説得できちんと帰ってくれたじゃないですか」

リリス「それを確かめる為にも奴の夢に潜り込むのだ。夢の中では精神防御がぐずぐずだからな。簡単に本音を引き出せる」
リリス「お主の言う通り、本当に納得していると確認出来たら何もせずに帰ればよい。問題なかろう?」

シャミ子「まあそれでごせんぞが納得するなら……でもさっきの人の夢の中に上手く入れますかね?」

リリス「先ほど一次的な接触があったばかりだ。縁が結ばれておるし、お主も最近は頑張っておるからな。余もサポートするし、いけるであろう」

 
◇ガタイのいい村人の夢

ガタイのいい村人「隙を見てあの魔族を肥料にする……」

シャミ子「……はいっ、じゃあ大丈夫だったので帰りましょう!」

リリス「現実逃避をしても何も解決せんぞシャミ子よ。あと大声を出すな見つかる」

シャミ子「だ、だって斧研ぎながらあんなこと言ってるんですよ! 怖い! あと斧がデカい! 刃の部分が私の身長くらいある!」
シャミ子「全体的にこの夢、見通しが悪くて怖いです! 霧の向こうから殺人鬼とかでてきそう! 総じて怖い!」

リリス「過剰に怖がるな。きちんと観察をせよ。むしろこの夢は夢魔にとってはつけ入るところだらけ。難易度で言えばベリーイージーだ」

シャミ子「そ、そうなんですか?」

リリス「例えばあの斧。柄と刃がバランスを欠いているのは、精神的な不安定さによるもの」
リリス「この夢を包む霧も同じだな。見通しが立たない……典型的な未来に対する不安の象徴だ」

シャミ子「お、おお~」

リリス「というわけでシャミ子よ。まずはこの霧を晴らすのだ!」

シャミ子「わかりました! 霧をひとかたまりにすれば……なんとかの杖、あめのぬぼこー!」

 
シャミ子「……そんなわけで霧をまとめて固めましたが、これは……」

赤ちゃん「うぶぶぶ」

シャミ子「ご、ごせんぞ! 霧から赤ちゃんが生まれました! 霧太郎です! ほっぺたぷにぷにです! かわいい! かわいい!」

リリス「ふむ。不安の象徴から生まれた……ということは、これが原因か」

シャミ子「原因? なんの原因です?」

赤ちゃん「……おぎゃあ! おぎゃあ!」

シャミ子「うわっ、泣き出しました! お~よしよし、泣き止んでくださいね~。じゃないと斧を持った恐ろしい人に……」

ガタイのいい村人「……」

シャミ子「ひぃ、見つかった! 違います、私は通りすがりの夢清掃員で……」

ガタイのいい村人「ああ、アンナ。ごめんな。父ちゃんを許してくれ……」

シャミ子「アンナ?」

リリス「シャミ子、その子を渡してやれ。おそらくだが、そやつの赤子だ」



 
シャミ子「……なるほど、先日赤ちゃんを産んで以来、奥さんの具合が悪いと」

リリス「おそらく産褥熱という奴だな。不安になるのも頷ける。それで余達の排除に熱心だったのか」

シャミ子「さんじょくねつ? それって怖い病気なんですか?」

リリス「かつては3人に1人は死んでいた病だ。この世界でも大差なかろう」

ガタイのいい村人「このあたりには教会もねえ……医者を呼ぶ金も……」

シャミ子「教会? 教会に行けば助かるんですか?」

ガタイのいい村人「僧侶様なら女神様の魔法で人を癒すことができるそうだ……生憎、本物を見たことはねえが……」

シャミ子「白魔法! 白魔法ですよごせんぞ!」

リリス「アソリもちらっと言っていたが、この世界では普通に魔法が認知されているのだな……シャミ子の好きな西洋ファンタジーな世界観だったか」

ガタイのいい村人「アンナ……せっかく生まれてきたってのに、母親を亡くしちまうかもしれねえなんて……おまけに俺は、子育てのことなんかなんも分かんねぇ……」

シャミ子「……大丈夫ですよ。私もかいふくのつえが使えます。どのくらい効き目があるか分かりませんが……」

ガタイのいい村人「な、治せるのか?」

リリス「シャミ子よ、良いのか? こやつはお主を……」

シャミ子「怖かったですけど……奥さんが病気で、お子さんも生まれたばかりで。そこにこの世界では危険とされているまぞくです。過敏になるのも分かります」
シャミ子「それに……やっぱり、お母さんとお父さんが揃っているこしたことはないでしょうから」

リリス(む……そうか、シャミ子の家も……)

シャミ子「というわけで、仲直りしましょう! 明日、治しに行きますから奥さんと引き合わせてくださいね?」

ガタイのいい村人「ああ、すまねえ……俺はあんたにあんなことをしたのに……世の中にゃ、良い魔族もいるんだな……」

リリス「感謝するのだぞ。シャミ子に危険が迫ったら肉壁くらいにはなって貰おうか、ふははは!」

ガタイのいい村人「肉壁……」

シャミ子「ごせんぞ、またそんなこと言って……とりあえず、お話も終わったのでお暇しませんか?」

リリス「うむ。夢の中でこれだけはっきり約束を交わせば、奥方の治療に行っても問題あるまい」
リリス「それじゃあ次の夢に行くぞ! こやつの夢から縁を辿って、まぞく排除派を今日中に5人くらい改心させたい!」

シャミ子「うえ、まだやるんですか?」

リリス「なんだか魔力の調子が良いからな。おそらくこの異世界の性質によるものだろうが……」
リリス「それに、こうして夢を渡り歩くのはお主の魔力鍛錬にもなるのだ。さきほど精進すると言ったのは嘘か?」

シャミ子「それを言われると……えーい分かりました! やったらぁー!」

いったん中断。書きためは終わってるので今日中に全部放流したい

再開

 
◇シャミ子が異世界にきてから6日後 アソリの家

アソリ「シャミ子、起きて。朝だよ、お日様出たよ」

シャミ子「むにゃ……おはようございますです、アソリちゃん」

アソリ「シャミ子は相変わらず朝弱いなぁ」

シャミ子「これでも起きれるようにはなったんです……」

アソリ「まあ最初に比べたらね。ほら、顔洗って、服着替えて。母さんがスープに火を入れてるから、その間に朝の仕事を終わらせるよ」

シャミ子「はーい……」

ごせん像「Zzzz」

 拝啓、千代田桃様。私ことシャドウミストレス優子はようやくこっちの暮らしにも馴染んできた感じです。

シャミ子「うう、相変わらず水が冷たい……顔が引き締まります……」

 こっちの世界には水道が無いので、汲み置きの水を使います。

 その水を汲んでくる川は、村から体感500mほど離れた場所に。

 当然水を汲んでくるのは重労働ですが、ここにアソリちゃんがまぞくの隙間産業を見出しました。

 
◇村の広場

 がやがや

アソリ「ほらシャミ子、みんな待ってるよ。目を開けて目を開けて!」

シャミ子「むにゃむにゃ……おはようございます」

村人「あらアソリちゃん。今日もシャミ子ちゃんの手を引いて……妹でもできたみたいねぇ。すっかりしっかり者になっちゃって。前は水汲みもよくサボってたのに」

アソリ「やめてよそんな話ー。それより待たせちゃったかな? できるだけ急いだんだけど……」

村人「いいのよ。シャミ子ちゃんのお陰で、だいぶ楽になったもの。それじゃあシャミ子ちゃん、今日もお願いできる?」

 朝、村人の人たちは日が出ると同時に瓶をもってめいめい川へ向かうのが習慣でしたが、最近は広場に集まります。

シャミ子「<みずのつえ>ー!」

 ……こうして杖から出したお水を配給するのが、私の朝の仕事になりました。

 毎朝村人全員が来るわけではありませんが、なかなかの重労働です。魔力鍛錬にもなります。きたえられます。

村人「シャミ子ちゃんが水を出してくれるようになってから、朝の時間に余裕ができたわぁ」

村人「それにシャミ子ちゃんのお水、川の水と違って生臭くないのよね。スープが美味しくなった気がするの」

村人「ありがとうねぇ、シャミ子ちゃん。わたしゃ最近水汲みの仕事が辛くて辛くて……」

 まぞくの水は煮沸しなくても飲めるので、薪の節約にもなると好評をいただいています。ありがたいかぎりです。

 
 おうちに戻ると朝ごはんです。

 現在、私とごせんぞはアソリちゃんのお宅にそのままお世話になっています。

 アソリちゃんはお母さんと二人暮らしだそうです。お父さんは去年、流行り病でお亡くなりになられたのだとか。

 私の貸して貰ってる服も、元々はお父さんの物だったのを丈詰めしてもらった物です。

アソリ母「シャミ子ちゃん、お仕事お疲れ様~。スープ出来てるよ~」

ごせん像「おはよう、シャミ子や。とりあえずお水をお供えしておくれ」

シャミ子「おはようございます。はい、ごせんぞ。お水です」

 メニューは野菜入りの塩スープと、お皿に置く時ごとっと音がする硬いパン。基本的に3食これです。

 この村は開拓以来まぞくに攻め込まれたことが無く、豊かな方なのだそうで。

 パンが硬いのは保存がきくようにするのと薪を節約する為、一ヶ月分をまとめて焼くからです。スープに浸していただきます。

アソリ母「シャミ子ちゃん、今日のスープの味はどう?」

シャミ子「美味しいです! 野菜の旨みが出ています! パンも麦の味がしっかりします!」

アソリ母「うんうん、シャミ子ちゃんみたいに美味しそうに食べて貰えると作り甲斐があるわぁ。それに比べて……」

アソリ「なんだよー。だっていつものスープと同じじゃん。肉とか入ってたら私も喜んで食べるよ」

ごせん像「気にするな、アソリよ。シャミ子は食のストライクゾーンがむやみやたらと広いのだ……パン硬っ。いざというとき武器になりそう~」

 
 朝ごはんの後は洗濯にお掃除、そして畑仕事です。まぞくも収穫などをお手伝いしています。

 村ぐるみで行う大規模な収穫や出荷は少し前に終わっているとのことで、一年の中では暇な方だそうです。

 そんなわけで、午前中に農作業は大体終わります。午後は午後で冬に向けて薪を割ったり保存食を作ったりしますが、割と暇な時間です。

 そんな時はアソリちゃんが村の中を案内してくれます。最近ではようやく村の地理も頭の中に入ってきました。

 この村は森に囲まれており、街道からは見えにくくなっています。アソリちゃんと出会わなければそのままスルーしていたでしょう。

シャミ子「アソリちゃん、でっかい枝が落ちてます! 持って帰って薪にしましょう!」

アソリ「どれどれ……ああ、こりゃ駄目だよシャミ子。持ち上げてみたら、ほら」

シャミ子「うわっ、ボロボロです。持ち帰るまでには粉々になってそう」

アソリ「腐ってるんだよ。この時期は多いんだ、こういうの」

 森では薪や木の実などを得ることができます。畑への鹿害が多いのがたまに傷。

 
ガタイのいい村人「おうアソリ、シャミ子ちゃん! 散歩か? さっきサルナシを採ってきてな。ほら、持っていってくれ」

アソリ「おっ、いいの? ラッキー。シャミ子、食べよ食べよ」

シャミ子「サルナシ……? 初めて見ました。食べるの楽しみですね! ありがとうございます、エルマーさん」

ガタイのいい村人「いやあ、良いってことよ。シャミ子ちゃんにはいくら返しても返しきれねえくらい恩があるからな」

 <かいふくのつえ>の効果で奥さんが快復されて以来、こちらの方(エルマーさんというそうです)とはすっかり仲良しになりました。

 折に触れては木の実などをくれたりします。赤ちゃんのアンナちゃんとも遊ばせてもらいます。かわいいです。

 他の村の人たちも、最近は普通に挨拶してくれるようになりました。毎晩、ごせんぞと一緒に夢回りをしたかいがあるというものです。

 
◇夕方 アソリ宅

シャミ子「……というわけで、異世界でもまあまあ上手くやれている私です。桃も今の私を見たら、まぞくの成長っぷりに驚くことでしょう……と」

ごせん像「シャミ子や、先ほどから何を熱心に書き連ねておるのだ?」

シャミ子「日記です! 木炭と木の板をいただいたので、異世界での冒険譚を書き留めておこうかと」

ごせん像「ほとんど農業しかしておらぬではないか……余は退屈だ。何しろこの村にはテレビどころか本の一冊もないからな」

シャミ子「村の子とよくお話されてるみたいじゃないですか」

ごせん像「余の偉大さを広めてやろうと思ったのだが、連中の相手をしていると講談師でもやっている気分になる……」
ごせん像「まあ、それでも役立つ情報はいくつか聞き出せたのでよしとするが」

シャミ子「役立つ情報……ですか?」

ごせん像「この世界に関する情報だ。こちらのまぞくや魔法についてだな。ほとんど具体性はなかったが……ちなみにお主はアソリなどから何か聞けたか?」

シャミ子「すみません……お仕事を覚えるので精一杯でした。精々、木の実の生っている場所とかしか……」

ごせん像「よいよい。これに関しては余がひとりでやった方が捗るだろうからな。お主では余計なことを言いかねん」
ごせん像「まずこの世界のまぞくについてだがな、かなり凶暴だぞ。昔は魔王を旗頭に人類と全面戦争していたらしい」

シャミ子「ま、魔王がいるんですかこの世界! 凄い! 怖いけど会ってみたい!」

ごせん像「会うのは無理だろうな。正確な年代は誰も知らんかったが、100年くらい前、勇者一行に倒されておるそうだ」

シャミ子「勇者もいるんですか! こ、興奮してきました! まぞくの癖を貫く勢いです!」

ごせん像「うーん。何がお主をそこまで興奮させるのか……余、分かんないや!」
ごせん像「あと言っておくが勇者も寿命で死んでるみたいだぞ。で、今は魔王軍の残党とやらが暴れ回っているそうだ」

シャミ子「この辺りはずっと平和だってアソリちゃん言ってましたけど……」

ごせん像「このエルンスト地方が特別に平和なだけらしい。放り出された先がそんな場所だったのは不幸中の幸いだったな」
ごせん像「まぞくによる被害を受けたことがないから、村長も余達の滞在を許したというのはあるだろう」
ごせん像「逆に言うと、ここの連中はまぞくについて噂しか知らんのだ。人を食べるというのは確からしいが」

シャミ子「……こちらの世界のまぞくと人間、共存無理では?」

ごせん像「他のもので代替できれば……とも考えたが、ある意味そっちの方が共存は難しいかもしれん」
ごせん像「他の食事でも腹を満たせるのに人を襲うということは、こちらのまぞくにとって人を捕食することが本能的なものである可能性が高い」

 
ごせん像「それについてはおいおい考えていくとして、目下の脅威は魔法使いの方だな」
ごせん像「まぞくを討伐しながら北方諸国を巡回しているらしい。余達も見つかったら危険だろう」

シャミ子「フレッシュピーチハートシャワーとか使ってくるんでしょうか……」

ごせん像「こんな村だからな。魔法使いに関する具体的な情報はほとんどなかった。どんな戦法を使ってくるのかも不明だ」

シャミ子「……そもそも平和な村には魔法使いなんてこないのでは?」

ごせん像「確かに可能性としては低いであろうが、用心するにこしたことはあるまい」
ごせん像「余達にできるのは隠れていることくらいだろうがな。幸い、村人たちからの余達に対する評価は悪くない。匿ってくれることを期待しよう」

アソリ「シャミ子ー、そろそろ暗くなってきたから寝るよー」

シャミ子「あ、アソリちゃん。分かりました。すぐ片付けちゃいますので」

アソリ「あいあい。ところでシャミ子は明日暇かい?」

シャミ子「? そうですね。畑の草取りは今日やりましたし……」

アソリ「じゃあさ、明日鹿狩りにいかない?」

シャミ子「えっ、アソリちゃん鹿狩れるんですか?」

アソリ「いや無理。弓持ってるの猟師のおじさんだけだし。でもさ、シャミ子なら魔法で仕留められない?」

シャミ子「え、どうでしょう……ミカンさんの武器コピーモードならいけるかな、矢だし」

アソリ「お、いける感じ? いやー、実は結構前から考えてたんだよね」
アソリ「でも村の皆がシャミ子に慣れるまでは魔法とか使わない方がいいと思ってさ。いまなら大丈夫っしょ」

ごせん像「こやつ、意外にしたたかだな……猟師がいると言っていたが、勝手に狩って良いものなのか?」

アソリ「明日、猟師のおじさんに許可は貰うよ。多分大丈夫だと思う。仲良いんだ。たまに解体手伝ったりするし」

ごせん像「ならば良い。領分を侵して余計な軋轢を生みたくはないからな」

シャミ子「ちょっと待ってください。なんか狩る流れになってますけど、私が鹿撃つんですか?」

アソリ「頼むよー、シャミ子。病弱な母さんに肉を食わせてやりたくて……」

シャミ子「アソリちゃんのお母さん、夕食のスープ2杯くらいお代わりしてませんでした?」

ごせん像「やるのだシャミ子よ。余もお肉が食べたいぞ。ベジタリアンな生活からはおさらばだ」

シャミ子「ごせんぞまで……いや、でも生きてる鹿撃つんですよね? 鹿は角が生えてるので実質まぞく……」

ごせん像「しかしお主、この前牛肉は食べていたではないか」

アソリ「え、シャミ子牛肉食べたことあるんだ……いいなぁ。私みたいな寒村の住人はきっと一生食べることはないんだろうなぁ。せめて鹿肉食べたいなぁ」

シャミ子「うぐぐぐ……分かりました! 頑張ってみます!」

ごせん像・アソリ「いえーい!」

 ……そういえば明日でもう一週間になりますが、私をこの世界に呼びつけた人は一向に姿を現しません。

 もしかしたら魔法少女とかに狩られてしまったんでしょうか?

 
◇シャミ子異世界転移から7日後 北部高原エルンスト地方


フリーレン「ふむふむ……」

シュタルク「なー、もう行こうぜ。もうだいぶ日が高くなってんですけど……」

フリーレン「もうちょっとしたらね」

シュタルク「さっきから『もうちょっと、もうちょっと』てそればっかじゃねーか……なあフェルン、あれって何がどうなったら終わりになんの?」

フェルン「さあ……残留魔力を調べているのは分かりますが、それ以上のことは」

シュタルク「俺にはそのざんりゅーまりょくって奴からしてよく分からないんだけど……」

フェルン「文字通り魔法を使った後、その場に残る魔力のことです。調べれば色々なことが分かります」

シュタルク「色々って?」

フェルン「どの程度見極められるかは人によりますが、その場にいた魔法使いの人数だとか魔力量だとか……」

シュタルク「じゃあフリーレンはここで魔法を使った奴のことを調べてるってことか……なんで? 何の変哲もない街道だけど」

フェルン「フリーレン様の考えてることなんて分かりませんよ」

 
フリーレン「お待たせ。終わったよ」

フェルン「お疲れさまです。お茶飲みますか?」

フリーレン「わざわざ淹れてくれたの?」

フェルン「お湯を2回沸かせる程度には暇だったので」

フリーレン「……もしかして怒ってる?」

フェルン「もう慣れました。今日はここで野営するとか言い出さなくてほっとしたくらいです」

フリーレン「ごめんって……でもちょっと気になったから」

フェルン「なにがそんなに気になったのですか?」

フリーレン「逆に聞くけど、フェルンはこの場の残留魔力を見てどう思う?」

フェルン「……魔力はうっすら感じる程度です。私たちの前に通った旅の魔法使いが民間魔法でも使ったのでは?」

フリーレン「この魔力濃度ならそれでもおかしくないね。だけどひとつ見落としがある。ここで魔法が使われたのは7日くらい前ってことだ」

フェルン「! まさか。そんなに日数が経過しているのに、私でもはっきり感じられるレベルで残っているなんてこと……」

フリーレン「そうだね。人間には無理な芸当だ。たぶん魔法を使ったのは大魔族クラスだろう」

シュタルク「でも前の街じゃ魔族が出たなんて噂は聞かなかったぜ?」

フェルン「行方不明者が出ているという類の話もありませんでしたね」

フリーレン「だから気になって調べてたんだけどね。残留魔力の他には何の痕跡もない。クレーターでも出来てたら分かりやすかったんだけど」

フェルン「分かったのは7日前にここで魔族が大規模な魔法を使ったことだけですか……」

シュタルク「7日前ってのも微妙だよなぁ。もうこの辺りにはいないかもしれねえし」

フリーレン「そうだね。魔力も辿れそうにないし、ここからはいつもより警戒しながら進もうか」

 
◇数時間後

シュタルク「ん……? なあ、あそこの草原、なんか焦げてないか? 野焼きでもしたのかな」

フェルン「それにしては中途半端な焼け具合ですよ。焦げてる場所も飛び飛びですし」

シュタルク「途中で雨でも降ったとか?」

フェルン「ここしばらくはお天気続きでしたが……」

フリーレン「じゃあ魔法かな。例の大魔族かも。ちょっと調べるね」

シュタルク「また"ちょっと"がでたぞ……今度は何時間かかるんだろうな」

フェルン「フリーレン様、手早くお願いいたします」

フリーレン「……? なんだこの残留魔力……変だな」

シュタルク「例の大魔族か?」

フェルン「というか、魔力が残っているのですか? 私には何も感じ取れませんが」

フリーレン「ああ、これはフェルンじゃ無理だろう。私でもぎりぎり拾えるってところだ」

フェルン「つまり、さっきものと比べて弱い?」

フリーレン「というより、これは弱すぎるね。分かるのは経過時間くらいだ。およそ7日前――さっきの残留魔力と同じくらいだから、無関係とも思えないんだけど」

フェルン「単純に魔力を制限していたのでは? ……ああでも、魔族なら魔法を使うときにそんな真似はしませんか」

フリーレン「そうだね。使用された魔法はふたつ。草原を焼いたのは雷の魔法で、その後水を出す魔法で火を消し止めてる」

フェルン「魔族は基本的にそれぞれで決まった種類の魔法しか使いませんが……」

シュタルク「複数いるってことか?」

フリーレン「うーん、普通に考えれば大魔族とその御付きが一匹ずつ、ってことでいいのかもしれないけど……」

フェルン「なにか疑問が?」

フリーレン「残留魔力が弱すぎるんだ」

フェルン「それはさっき聞きましたよ」

フリーレン「正確に言えば、この規模の魔法を使ったにしては残留魔力が弱すぎるってことなんだ」
フリーレン「例えるなら"消費した魔力を数倍に増幅して魔法に変換する魔導具"でも使ったような感じなの」

フェルン「……そんなの伝説級の魔導具じゃないですか」

シュタルク「前に御貴族様のとこから盗まれた宝剣みたいな?」

フリーレン「本当にそんな魔導具が実在しているなら、剣の魔族の宝剣なんてレベルじゃない。本物の"勇者の剣"に勝るとも劣らない代物だよ」

フェルン「そんなもの実在してるんですか?」

フリーレン「さあね。少なくとも私は聞いたことないかな」


 
シュタルク「……で、これからどうするんだ?」

フリーレン「大魔族がこの辺で暗躍してるかもしれないけど、私たちには関係ないから先を急ごうか」

フェルン「フリーレン様」

フリーレン「冗談だって。さすがに放置するには色々と出てきちゃったからね。どこかを拠点に詳しく調査しよう」

シュタルク「どこか……って言っても、この辺りで滞在できるような場所は前の村くらいしかなかっただろ? 戻るの?」

フェルン「でしたら、この先にも村があるそうですよ。買い出しの時に聞きました。小さい村だそうですし、街道から外れているので本来なら通り過ぎる予定でしたが」

シュタルク「戻るよりはましか……」

フリーレン「じゃあそこを目指そう。宿を借りられればいいんだけど」

シュタルク「それよりもその魔族が村を襲ってなければいいけどな……」

フェルン「やめてください。縁起でもありませんよ」

 
◇昼過ぎ 北部高原エルンスト地方 モグサノ村


シュタルク「着いたけど……文字通り小さな農村、って感じのとこだな」

フェルン「いたって平和ですね。魔族はこちらに来なかったのでしょうか」


村人「……」「……」


シュタルク「ただ、なんとなく村人からの視線が冷たいような気がするんだけど……」

フェルン「まるで観察されてるような……」

フリーレン「ここは街道筋じゃないからね。見慣れないよそ者への対応はどこもこんなものだよ」

フェルン「! フリーレン様、ひとり体格の良い方が近づいてきます」

フリーレン「素性改めだろうさ。フェルン、肩書を使わせて貰うよ」

フェルン「? 肩書ですか?」

ガタイのいい村人「……あんたらぁ、旅の人かね? こんな小さな村に何の用だ? 帝国へ行くなら街道をまっすぐだ」

フリーレン「この付近に魔族が潜んでいる可能性があってね。探してるんだ。この子は大陸魔法協会のフェルン一級魔法使いだよ」

ガタイのいい村人「っ……魔族……?」

フリーレン「……?」

ガタイのいい村人「……ああ、いや。分かった、村長に報告してくるからここで待っててくれ」

フリーレン「二度手間になるし、着いて行っちゃ駄目?」

ガタイのいい村人「駄目だ!」

フェルン「わっ」

シュタルク「きゃっ」

フリーレン「分かったよ……けど、そこまで大声出さなくてもよくない?」

ガタイのいい村人「あ……ああ、そうだな。悪かった。だが余所者をそうほいほい村には入れられねえんでな。とにかく、ここで待っていてくれ」

シュタルク「……やれやれ、行ったか……めっちゃ怖かった……」

フェルン「すごい剣幕でしたね……」

フリーレン「……」

 
◇村長宅

村長「……お話は分かりました。それで、この村に入り込んだかもしれない魔族についてですが……」

フリーレン「心当たりは?」

村長「……ない、と言えば噓になりますな」

シュタルク「? 奥歯に物が挟まったような言い方だな。それで、被害はどのくらい出てるんだ?」

村長「それが、全く出ていないのです」

シュタルク「まったく? ひょっとしてさっき来たばっかりとか?」

村長「いえ、もう一週間ほど村に滞在しているのですが……」

フェルン「一週間も人を襲っていない? ではその間、魔族はこの村でなにを?」

村長「普通に暮らしています。なんでも親を殺され行き場がないとかで……魔法で水を出してくれたり、畑仕事などを手伝ってくれたり……」
村長「村人たちも最初は警戒していたのですが、今では完全に馴染んでいますよ」

フェルン「……にわかには信じられませんね……」

シュタルク「そんな魔族いるのか……?」

フリーレン「村長である貴方はどう思ってる?」

村長「魔族は危険であると伝え聞いていましたし、油断をしてはならない、と今でも心に留めていますが……正直、あれが何か悪さをするとは思えません」
村長「ですが、大陸魔法協会に逆らおうとも思っていませんよ。最終的な判断はそちらにお任せします」

フリーレン「賢明なことだね。それで、魔族はいまどこに――」


◇窓の外

ガタイのいい村人「……」

 
◇村はずれ

フリーレン「さて、少し厄介なことになったね……」

フェルン「魔族が村に馴染んでいるということですか?」

フリーレン「それもある。村長の家に案内してくれた人の態度が気になってたんだけど、相当上手く取り入っているんだろう」

フェルン「村人を魔物から助けて、その村人の家に泊められているということですからね……」

シュタルク「けど、なんでまたそんなことしてるんだ? 普通の魔族ならとっくの昔に犠牲が出てるだろ」

フリーレン「犠牲が出ていないと思い込んでいるだけかもしれないよ」

シュタルク「? どういうことだよ」

フリーレン「こいつは村人を洗脳してる。すれ違った数人から、例外なく魔法の気配があった」

フェルン「! 本当ですか? 全く気が付きませんでした……」

フリーレン「私も気付いたのは村長と真向いで話していた時だ。傍を通るくらいじゃ気付かないくらい残留魔力が小さい」
フリーレン「大魔族らしい、高度に洗練された魔法だよ。解析中だけど、おそらく精神操作魔法に近い物だろう」

フェルン「アウラの≪服従させる魔法(アゼリューゼ)≫のような?」

フリーレン「たぶんそこまでの強制力はないんだろうけど、だからこそ怖い部分はあるね。操られていたとしても、本人も周りも気付けない」
フリーレン「村に溶け込んでいるっていうのもこの魔法の影響だろう。全村民からの警戒を解くのに一週間は短すぎる」

フェルン「気付いたら洗脳されてるというわけですね……すでに何人か犠牲がでているかもしれませんが、認識を歪められた村人はそれに気付けないと」

シュタルク「おっかねえ……先に気付けたのはラッキーだったな」

フリーレン「いや、おそらく先にこっちの存在に気付いたのは向こうの方だ。フェルン、魔族の位置を探知できる?」

フェルン「……いいえ、全く。感じられるのは大きさからして村人のものと思しき魔力だけです。向こうはこちらに気付いて潜伏しているということですか?」

フリーレン「そうとしか考えられない。普段から魔力を制限する魔族なんていないからね。ちなみに私にも探知できない」
フリーレン「となると、向こうはこっちに気付かれずに魔力探知をして、私たちが近づいてくるのを知ったんだろう」

フェルン「フリーレン様に気付かれないような魔力探知に潜伏……大魔族なのは間違いありませんね」

シュタルク「でも、向こうの方が先に気付いたって言うんならなんで姿を見せないんだ?」

フリーレン「さあね。不意打ちをするタイミングを計っているのか……洗脳の魔法は一度にひとりずつしか掛けられないとか、何か条件があるのかもしれない」

フェルン「強制力がないなら同士討ちはないにしても、魔族を危険だと認識できなくなるなら手も足もでませんね……」

シュタルク「フリーレン、どうするんだ?」

フリーレン「おそらく、向こうはこっちが村人の洗脳に気付いたことまでは分かっていない」

シュタルク「なんで?」

フェルン「村長や村人をけしかけてこないから……でございますね?」

フリーレン「正解。魔法で村長の敵意を煽れば私たちを追い出すこともできた筈なのに、それをしなかったのはその方が自然だからだ」
フリーレン「辺境とはいえ、大陸魔法協会の名前は届いている。魔族を庇って1級魔法使いに逆らおうなんて普通は思わない」

シュタルク「こっちが気付いてないと思ってるから、そのまま自然に見えるような演技をさせてるってことか……」

フリーレン「"演技"って認識もないだろうけどね。単純に村人の私たちに対する認識を弄っていないだけだろう」

フェルン「そうなると向こうはこちらが単独行動したり油断するのを待つ心積もりでしょうか」

フリーレン「だろうね。だからそれまでに敵の洗脳魔法を解析して、解除魔法を組み上げる」

シュタルク「この前、マハトにやったのと同じようにか」

フェルン「解析が終わるまでにどのくらい掛かりそうですか?」

フリーレン「≪万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)≫ほど複雑な魔法じゃないみたいだ。半日もあれば終わると思う」

 
フェルン「半日……日が暮れるかどうかというところでございますね。それまでここで待機ですか?」

シュタルク「宿の類は無いって話だったしな……」

フリーレン「それじゃ二人が暇でしょ。どうせなら時間を有効に使おう」

フェルン「時間を有効に……フリーレン様がそれを言いますか……」

フリーレン「……シュタルク、フェルンが怖い顔をしてこっち見てるんだけど」

シュタルク「まあフリーレン的には別に時間を浪費してるつもりもないんだろうしな……」
シュタルク「フェルン、お説教は後にして欲しいんだけど……それこそ日が暮れちまう」

フェルン「……分かりました。では後ほどということで」

フリーレン「後ほど? 後ほどってどういう」

フェルン「フリーレン様。続きを」

フリーレン「あ……はい。えーとね、要はこの魔族について情報を集めておこうってことで……」

 
◇アソリの家

アソリ母「それでね、シャミ子ちゃんは毎日お水を出してくれるし、お料理も手伝ってくれて……」

フェルン「なるほど……聞いてる分には良い子そうですね……」

シュタルク「水出してくれるのもいいなぁ。水袋って地味に重いんだよ」
シュタルク(まあ魔族の出した水は怖くて飲めねえけど……)

アソリ母「そうでしょ? 水汲みの仕事って朝一にやんなきゃだから前は起きるのが憂鬱で……」

フェルン(フリーレン様がこの村の魔族について情報を集めておこうというから、魔族が根城にしている家に来ましたが……)

シュタルク(なんか親馬鹿話を延々と聞かされてる気分だなぁ……これってなんかの参考になるか?)

フェルン(さあ……ただ、相手が単独でないと分かったのは思わぬ収穫でした)

シュタルク(ご先祖様って奴か。っても石像に封印されてるんだろ? 実質ひとりじゃねーか)

フェルン(会話が出来るようなので、通常の封印とは違うようにも思えますが……その辺を聞こうにも……)

フリーレン「……」

フェルン(見ての通り、フリーレン様は魔法の解析で手一杯です)

シュタルク(口半開きで虚空を見つめてる……晩年のおばあちゃんかな?)

フェルン(おばあちゃんは禁句ですよ……)

アソリ母「……ねえ、フェルンさん達は魔法使いなんだよね? やっぱり、その……シャミ子ちゃんを退治しにきたの?」

フェルン「え? ええと、その……どうなんですか、シュタルク様」

シュタルク「え、俺ぇ!? いやまあ、そりゃあ魔族は退治しないと……」

アソリ母「でもさ、シャミ子ちゃんは私たちをダイアウルフから助けてくれたし、とってもいい子なんだ」
アソリ母「噂じゃ魔族は人を食べるって聞いてたけど、シャミ子ちゃんは普通のご飯を食べてるし……」

フェルン「確かに魔族は人以外も食べられますし、それで生きていくこともできますが……」

アソリ母「なら!」

シュタルク「あー、でもさ? その魔族が嘘をついてるかもしれないぜ?」
シュタルク「旅の途中で、ある町と和平を結びたいって言ってきた魔族がいたんだけど、やっぱり嘘だったってことがあって……」

アソリ母「大丈夫だよ、シャミ子ちゃんはアホの子だから嘘なんてつく頭は――」

 
フリーレン「――実のある話はここらが限界かな。<解除>」

アソリ母「ない……ん、ふああ……Zzzz」

シュタルク「おっと、危ねえ……急に寝ちまった」

フェルン「フリーレン様、人を眠らせる魔法とか使えたんですか?」

フリーレン「まさか。眠らせるのは呪いの領分だし。洗脳を解除した副作用だね、これは」

フェルン「ということは、解析が終わったのですね」

フリーレン「うん。思った以上に厄介な魔法だった。相手が眠っていなければ使えないけど、対面していなくてもいいみたいだ。洗脳を解いたときに眠ってしまうのもその関係だろう」

フェルン「遠隔から洗脳できるということですか? 以前、フリーレン様とザイン様で倒したという混沌花のように?」

フリーレン「射程だけならそれ以上だ。やっぱり名前の分からない大魔族は怖い」

シュタルク「待ってくれ、それってかなり不味いんじゃねえか? こっちの魔法が届かないくらい遠くから魔法を掛けてくるんだろ?」
シュタルク「追うにしたってフリーレンの魔力感知にも引っ掛からない上、こっちは寝たら駄目って、相当厳しいぜ」

フリーレン「そうだね、最初から逃げに徹されてたらどうしようもなかった」
フリーレン「だけどこいつはひとつミスをした。こっちに解析する時間を与えたことだ。私はもうこの魔法に抵抗できる。フェルンやシュタルクが洗脳されても一瞬で解除できるよ」

シュタルク「それなら一安心だけどよ……でもそしたらなんで向こうはこっちを放置してたんだ?」

フェルン「半日で魔族の魔法を解析できるフリーレン様が異常なのです。普通は数年、数十年がかりでやるものですから」

フリーレン「今回に関しては≪服従させる魔法≫の解除魔法を応用できたのと、この洗脳魔法の強制力がそれほどでもなかったからこその早さだけどね」

フェルン「これからどうするんです?」

フリーレン「いくつか作戦を考えた。ひとつは洗脳されたフリをして、魔族が近づいてくるのを待つ。まあフリっていうか、二人は本当に洗脳されるんだけど」

シュタルク「解除して貰えるって言ってもあんまり気分のいいもんじゃねえなぁ……別の手は?」

フリーレン「こっちは作戦というより対応かな。もしもこの魔族が自分の魔法を解除されたことに気付けるなら、速攻を掛けてくる可能性が――」

 がちゃっ

◇数分前 村の中

アソリ「いやあ、解体手伝ってたらすっかり日が落ちちゃったねえ。シャミ子の杖が明かりにもなって助かったよ」

シャミ子「血が……血が……血がいっぱい、どばーって……」

アソリ「まだショック抜けないの? シャミ子ほとんど何もやってなかったのに……一生懸命生きてた鹿さんを、矢で射抜いた以外は……」

シャミ子「あ、あれはアソリちゃんが撃ったんじゃないですか!」


◇◇◇

◇回想 お昼ごろ 森の中

鹿「しかのこのこのここしたんたん」

アソリ「ほらシャミ子鹿いたよ、撃て! 撃つんだシャミ子!」

ごせん像「うむ。ミカンの武器をコピーしたというのなら狙いは大まかでも当たるであろう。ほら早く!」

シャミ子「……や、やっぱり撃てません! 無理です、瞳とかつぶらすぎます! 木の実とか摘んで帰りましょう!」

アソリ「まどろっこしいなぁ。この出っ張り引けばいいんだろー? えいっ」

 ばしゅっ

シャミ子「あ゛っ」

◇◇◇


シャミ子「ほらセーフ! まぞく罪なし!」

アソリ「そうやって自分だけ綺麗なままでいるつもりか? シャミ子はもう今日からこっち側なんだよ……」

シャミ子「わああああ! ごせんぞ、アソリちゃんが私をダークサイドに引き込もうと!」

ごせん像「仲いいなお主ら……あとシャミ子はもともと闇属性だからな普通に」

 
アソリ「あー、ようやく家に着いた……あれ、灯りが点ってる。油は貴重品だから滅多に使わないんだけど」

シャミ子「お客さんでも来てるんじゃないんですか?」

アソリ「あっはっは、まっさかー。こんな鄙びた寒村に誰が立ち寄るっていうのさ」
アソリ「あれは普通に私たちの帰りが遅くて母さんがぶちぎれながら待ってるとみたね……昔、無限かくれんぼやってた時と同じ波動を感じる」

シャミ子「大変じゃないですか!」

アソリ「だいじょぶだいじょぶ、お土産の鹿肉見せれば許してくれるよ。うちで一番肉食なの母さんだし」

シャミ子「ほんとですか……?」

アソリ「心配性だなー、シャミ子は。分かった、じゃあちょっと肉貸して」

シャミ子「え、はい、どうぞ……え、ちょ、待ってくださいアソリちゃん、なんでお肉を自分の顔面に貼り付けて」

 がちゃっ

アソリ「鹿肉仮面参上! お嬢さん、お肉をあげるから娘さんたちを許して御上げなさい……」

フリーレン「……」

フェルン「……」

シュタルク「……」

アソリ「……え、誰? マジでお客さん? ちょっと、母さーん?」

シュタルク「あっ」

アソリ母「……」

アソリ「母さん!? お前ら、母さんに何を――」

フリーレン「<解除>」

アソリ「した――ふああ、むにゃむにゃ……Zzz」

フリーレン「眠ったね。便利な副作用だ」

シュタルク「咄嗟に動けなかったぜ……まさか鹿肉仮面が飛び込んでくるとは思ってなかったから……」

フェルン「一瞬魔族かと思いましたが……人間みたいですね。この家の子でしょうか」

フリーレン「おそらく洗脳の影響だろうね」

シュタルク「おいおい、魔族に肉被って突撃しろって命令されたってのか? さすがにそれは……」

フリーレン「じゃあシュタルクは素面で肉被って家に帰るの?」

フェルン「シュタルク様……?」

シュタルク「……魔族の仕業かもな」


 
フェルン「では、これは魔族の攻撃と解釈しても良いのでしょうか? 本当に洗脳が解けるかどうかを確認した?」

フリーレン「おそらくね。ただ、そうすると妙だな……」

フェルン「何か気になるところが?」

フリーレン「こちらが洗脳魔法を解くところを確認できるくらい近づいてきてるなら、私たちの魔力量も確認できたはず」
フリーレン「魔族にとって魔力量は絶対的な実力の指標だ。私たちを格下だと判断して襲い掛かってくると思ったんだけど」

シュタルク「単純に、今のフリーレンの魔力より魔族の魔力が低いってことはないのか?」

フリーレン「今の私の魔力は人間の範疇くらいに留めてある。魔族は基本的に人間以上の魔力を持ってるからね。大魔族ならなおさらだ」

フェルン「人間の範疇、といってもかなりの上澄みですけどね……」

フリーレン「まあいいや、向こうから来ないならこっちから行こう。洗脳が解除されることを確認したかったなら、視認できる範囲にはいる筈だ」

シュタルク「案外、家の前にいたりしてな」

フリーレン「その可能性もあるよ。フェルン、防御魔法をいつでも展開できるようにね」

フェルン「はい、フリーレン様」

 がちゃっ

シュタルク「……まあ、流石にそう都合よくいたりはしないか」

 
◇村の中
 
シャミ子「はっ、はっ、はっ……ちょ、ちょっと待ってください。もう走れません」

ごせん像「そもそもこんな夜中にランニングする理由が分からん。おいデカ村民、いきなり暗がりから出てきたと思ったらシャミ子の手をとって走り出しおって」
ごせん像「いい加減に理由くらい説明せよ。でないと奥方に言いつけるぞ」

ガタイのいい村人「……このくらい離れればいいか。よく聞け、シャミ子ちゃん。いますぐこの村から逃げるんだ」

シャミ子「逃げる? なんでです?」

ガタイのいい村人「魔法使いが来たんだ。アソリの家でシャミ子ちゃんを待ち構えてた」

シャミ子「!」

ごせん像「来るかもしれんと思っていたが、よもや本当に来るとは……」

ガタイのいい村人「先にシャミ子ちゃんに伝えようと思ったんだが、鹿狩りに行ってるって聞いてな……入れ違いになっても不味いから、家の傍で帰りを待ってたんだ」

シャミ子「ずっと待っていてくれたんですか? ……すみません、大人しく村にいれば……」

ガタイのいい村人「いや、逆に良かった。村の中で鉢合わせでもしてたらと思うと……」
ガタイのいい村人「来たのは一級魔法使いって奴だ。魔法使いの強さなんか分からんが、よりによって一等強い奴が来たってことだ」

シャミ子「……あ! アソリちゃんは大丈夫なんでしょうか……?」

ガタイのいい村人「ははっ、自分の心配より先に人の心配か。シャミ子ちゃんらしいが」
ガタイのいい村人「連中の狙いは魔族だけだ。村人には何もしない。ただ、表立って協力したらそれも分からん」
ガタイのいい村人「……背負子に食料や毛布をまとめておいた。これを持って早く行け。俺にできるのはここまでだ」

シャミ子「エルマーさん……で、でも、これがばれたらエルマーさんは」

ガタイのいい村人「気にするな。シャミ子ちゃんにはカミさんともども色々世話になったからな」
ガタイのいい村人「あいつともよく相談した結果なんだ。魔法使いはいろいろ言ってたが……俺はシャミ子ちゃんを信じるよ」

シャミ子「エルマーさん……」

ごせん像「……シャミ子、行くぞ。そやつの心遣いを無駄にするな」

シャミ子「はい……エルマーさん、いままでありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

ガタイのいい村人「ああ、シャミ子ちゃんも元気でな。魔族も悪い奴ばかりじゃないってこと、覚えておくよ」

フリーレン「――そこまでだ」

 
シャミ子「え?」

ガタイのいい村人「魔法使いだ……もう追い付いて……」

シャミ子「魔法使い? あの人が?」

フリーレン「墓穴を掘ったね。確かにお前の魔力制限は完璧だ。この状況でも村民に紛れてしまうほどの魔力しか発していない」
フリーレン「けど、一直線に逃げるような動きをすれば流石に分かるさ」

シャミ子「?」

フリーレン(うん? 魔力の揺らぎが無い……? でも魔族がそこまで完璧に魔力制限を習得することなんて……)

ガタイのいい村人「逃げろ、シャミ子ちゃん! お、俺が時間を稼ぐ。うおおおおお!」

シャミ子「エルマーさん!? ま、待って!」

フリーレン「<解除>」

ガタイのいい村人「ぬっ……ぐ……? こ、この……」

 ばたっ

シャミ子「エルマーさん!」

ごせん像「落ち着け、気を失っているだけだ」

フリーレン「眠るまでに時間が掛かったな……所詮は副作用、気合や魔力量で抵抗できるのか」
フリーレン「逆に考えればフェルンやシュタルクなら眠らずに即応できるかもってことだね」

ざっ

フェルン「どうやら見つけたようですね」

シュタルク「あれが例の魔族か? 石像持ってるし」

シャミ子「ふ、増えたぁ! ごせんぞ、どうしましょう!?」

 
ごせん像「どうしましょうと言われてもな……正直、異世界の魔法使いがここまでとは思わなかったぞ……」

シャミ子「そんなに強いんですか?」

ごせん像「うむ、特にあの白いのがヤバい。現状でも魔力の量は桃やミカン以上だが、その魔力量さえも本来のものより制限して小さく見せている……」

フェルン「! あの魔族、フリーレン様の魔力制限を見破った……?」

ごせん像「うん?」

フリーレン「……驚いたな。一目でこれを見破った魔族は、魔王に次いで二人目だ」

シャミ子「ごせんぞ、魔王と同格ですか!? す、すごーい!」

ごせん像「そ、そうか? ふはは、造作もないこと! 余は5000年を生きる大まぞく! 永劫の闇をつかさどりし魔女、リリスである! あー、降伏するというのなら受け入れてやるがー?」

フリーレン「5000年……そんなに生きた魔族は聞いたことがないな。封印されてることで肉体の老化を止めてるのか……?」
フリーレン「何にせよ、疑問が一つ解けたよ」

フェルン「疑問?」

フリーレン「あの魔族、魔力制限をしていない。魔力量は一般人並み……本当に生まれたばかりなんだ」
フリーレン「魔力探知を行っていたのは石像の方なんだろう。魔力量の差を見破っていたから戦闘に消極的だったんだ」

ごせん像「……魔力探知? なにそれ?」

フリーレン(ただそうなると、最初に見つけた魔力の痕跡は別の魔族のものってことになる……まだ仲間がいる?)
フリーレン「フェルンとシュタルクは周囲を警戒してて。こいつは私が片付ける」

 キィィイイイ

シャミ子「うわわわ、杖の先に魔力っぽい光が! ストップ、ストップです! まずは落ち着いて話し合いま」

ごせん像「無理だシャミ子! なんでもいいから杖を盾っぽいものに!」

 カッ!

 
シャミ子「はぁ……はぁ……」

フリーレン「杖が変形してゾルトラークを防いだ……それほど頑丈な構造には見えないけど」

ごせん像「こうもり傘……よくそれで防ごうと思ったな」

シャミ子「だって棒っぽい盾って難しくて……」

フリーレン「やっぱり古代の魔導具か。雷や水の魔法を使える形態にも変形できるんだとしたら興味深いな……」

シャミ子「雷や水? ……あっ! あのっ、草原を燃やしかけちゃったことはごめんなさいでした! でもあれはアソリちゃんを狼から守ろうとして……」

フリーレン「そうやって村に入り込んだのはもう知ってる。その狼とやらも洗脳してたんだろうけど。村人と同じように」

シャミ子「洗脳? 洗脳なんて……」


◇◇◇

リリス「それじゃあ次の夢に行くぞ! こやつの夢から縁を辿って、まぞく排除派を今日中に5人くらい改心させたい!」

シャミ子「うえ、まだやるんですか?」

リリス「なんだか魔力の調子が良いからな。おそらくこの異世界の性質によるものだろうが……」
リリス「それに、こうして夢を渡り歩くのはお主の魔力鍛錬にもなるのだ。さきほど精進すると言ったのは嘘か?」

シャミ子「それを言われると……えーい分かりました! やったらぁー!」

◇◇◇


シャミ子「あ゛っ」

ごせん像「馬鹿な、余達の干渉を見破ったというのか!?」

シャミ子「ごせんぞ、それ悪役のセリフ!」

フリーレン「紛れもなく人間に対する絶対悪だよ、お前たち魔族は」

 カッ!

シャミ子「ぐぬぅうううううう!」

フリーレン「高圧縮のゾルトラークまで防ぐか……」

シャミ子「うぐぐ……腕が痛い……」

ごせん像(不味いな、このままでは杖は無事でもシャミ子の方が持たん……)

ごせん像「魔法使いよ! 話を聞いてくれ! 確かに余達は村人の夢に干渉した! だがそれはあくまで偏見を取り払ってフラットな目線でシャミ子を見て貰う為の」

 ズドドドド!

シャミ子「ぎゃあああ連射が来たぁあああ! ふぬぬぬ~っ!」

ごせん像「ちょっとー! 余がまだ喋ってるんですけどー!?」

フリーレン「魔族の戯言に貸す耳は無いよ」


 
シャミ子「ご、ごせんぞ、もう手が限界……ああっ」

ごせん像「不味い、杖が弾き飛ばされた!」

フリーレン「これでお終いだ。仲間の大魔族の居場所を吐くなら楽に殺してやる」

シャミ子「な、仲間? 仲間はいません。一緒にこっちの世界に来たのはごせんぞだけで……あっ、あのっ! そもそもですね、私はこの世界のまぞくじゃないんです!」

シュタルク「!」

フェルン「この世界の……魔族ではない?」

シャミ子「そ、そうなんです! なんか知らないけど、急にこの世界に呼び出されて困ってたんです。あの、とりあえず武器を置いて話し合いましょう!」

フェルン「……初めてのパターンですね。フリーレン様はこういう魔族に遭ったことはありますか?」

フリーレン「いや、ここまで荒唐無稽な嘘は私も初めてだよ。生まれたての魔族は知識も乏しいし……石像の方に入れ知恵でもされたのかな」

シャミ子「嘘じゃないんですぅ~……」

シュタルク「でも、嘘にしても少し面白そうじゃないか? 弱っちいならちょっと話を聞いてみても……」

フェルン「悪趣味ですよ、シュタルク様」

フリーレン「前に説明したでしょ。魔族は人を欺く為だけに言葉を身につけた種族だ。付き合うだけ無駄だし危険だよ」

シャミ子「えっ……こっちの世界のまぞくってそんななんですか!?」

フリーレン「しつこいな……大魔族の助けが来るかと思って少し付き合ったけど、もう終わらそう」

ごせん像「……シャミ子、余を掲げよ! 長くは持たんが魔力結界を張る!」

シャミ子「ごせんぞいつの間にそんなスキルを!? こ、こうですか!?」

フリーレン「<魔族を殺す魔法>」

 カッ!

 
ごせん像「びぎゃぎゃぎゃぎゃ!」

シャミ子「うわっち! ご、ごせんぞに直撃した!? ごせんぞ、結界は!?」

ごせん像「そんな……機能……ない……始祖像……盾に……逃げ……」

シャミ子「も、もしかしてごせんぞを犠牲にして逃げろって言ってます!? 無理ですよ! 見捨てられないしそもそもあんなビーム何度も像で受けられません!」

ごせん像「シャミ……よ……も……に……」

シャミ子「なんですって!? ちょっとごせんぞ、途切れ途切れだしボリュームが……」

ごせん像「……」

シャミ子「……ごせんぞ? え、ちょっと、そんな、冗談ですよね……?」

フリーレン「封印された像で受けたか……助言に索敵、いざという時には盾にもなる。便利な像だね」

シャミ子「……違います! ごせんぞはそんなのじゃありません!」

フェルン「あの魔族……泣いてる?」

シャミ子「ごせんぞは大切なご先祖様です! 一緒に暮らしてきた家族なんです! 盾なんかじゃ……なんで、ごせんぞ……」

フリーレン「……"家族"か……涙を流す魔族なんて初めてみたよ」

シャミ子「……!」

フリーレン「そこまで人間の情動を真似できるなんて、相当"勉強"したんだろうね……やはりお前はここで死ぬべきだ」

シャミ子「どうして……そんな……」

 そんなシャミ子の呟きは無視された。フリーレンの杖先に魔力が収束し、巨大な光が灯る。

フリーレン(得体の知れない奴だ。最大出力で跡形も無く消し飛ばそう。)

フェルン「! フリーレン様、魔力探知に反応が」

フリーレン「大魔族のお出ましか。けど、この反応はまだ村の外――」

フリーレン(いや――違う。凄まじく速い。一瞬前まで数キロ先だったのに、もうすぐそこまで)

 
 桃色の光が弾ける。

 それはフリーレンが咄嗟に部分展開した防御魔法に、超高速のエーテル体が激突することで発生した閃光だった。

 無数のへクスが組み合わさったような防御魔法が大きくたわむ。その手応えから予測される未来を予測し、フリーレンは僅かに目を見開いた。

フリーレン「突破される。シュタルク、代わって」

シュタルク「あいよ、っと!」

 フリーレンの前に飛び出すシュタルク。次の瞬間、防御魔法が単純な衝撃力のごり押しで突き破られる。

 砕け散る魔法の欠片の向こうから来るは桃色の流星。飛び蹴りのような姿勢で突き込まれるトウストップを、シュタルクが愛用の戦斧で受け止める。

 防御魔法を突破してなお、その蹴撃には人体を破壊するに足る力が残っていた。

 だが最初の勢いは削がれてもいた。シュタルクはそれを軽々と上方に弾き飛ばし、返す刃で宙に浮きあがった襲撃者へ斬りかかる。

 下方から上方への斬り上げ。自由に身動きの取れない空中で、おまけに態勢の崩れた今、その一撃を躱すことなど――

シュタルク「っ! 避けるかよ、これを!」

 襲撃者はシュタルクの振り上げた斧を足場にしていた。足のローラーを刃の面に這わせ、文字通り滑るように移動する。振り上げる斧の一撃とは対照的な、地面へ駆け降りる動き。

 斧を躱して地面に降り立ったその少女は、そのまま二度、三度と後ろに跳躍してフリーレンたちと距離を取る。

 そうして地面に膝をつくまぞくの前に、宿敵たる魔法少女がついに現れたのだった。

桃「シャミ子、無事!?」

シャミ子「も、……桃ぉおおおおおお!」

 
桃「遅くなってごめん。シャミ子の飛ばされた次元を特定するのに手間取って……怪我はない?」

シャミ子「わ、私は平気です。でもごせんぞが、ごせんぞがぁ……!」

桃「? リリスさん? ……ああ、そっか。シャミ子、それ大丈夫。リリスさん無事だよ」

シャミ子「へ……?」

桃「こっちに持ってきた等身大依り代に移ったんだよ。私はリリスさんから状況と場所を聞いて跳んできたんだ。間一髪だったみたいだね」

 
◇数分前 シャミ子が召喚された街道

 スパッ

ウガルル「ウガッ! 開通しタ! ……でも腹減っタ。もう動けなイ」

ミカン「ご苦労様、ウガルル。はい、お弁当」

桃「で、ここがシャミ子が攫われた世界なの?」

ミカン「異世界なのよね……確かにちょっと魔力の質が違う感じだけど」

しおん「その筈だよぉ。リリスさんの像に仕込んでおいたマジカルGPSの反応からすると……」

桃「そもそもそのマジカルGPSってなんなの? 本当に信用できる?」

しおん「マジカルなGPSだよぉ。普通のGPSは測位データを受信するけど、これは魔術的な"縁"を辿ることで―」

桃「いや、やっぱいいや……とにかく始祖像を追尾できてるってことだよね」

ミカン「像を投げ込んでおいてくれたご先祖様のファインプレーね……よいしょっ、と。……重いわ。桃、あなたも手伝いなさいな」

リリス等身大依り代「……」

桃「リリスさんの死体……もとい、等身大依り代まで持ってくる必要あった?」

しおん「念のためだよ。ご先祖様がこっちの依り代に戻ってくれば、これ以上ない追跡の手がかりになるし」
しおん「座標軸はともかく、時間軸までは保証できないからね……なるべく急いで追いかけたけど、数日から十数日くらいの誤差はあるかも」

桃「出た先にいてくれれば話は早かったんだけど、そんなうまい話はないか……じゃあ二手に分かれて探索を」

リリス「……うぎゃあああああ!」

桃「うにゃああああ!」

ミカン「きゃああああ!?」

しおん「(逃亡)」

ウガルル「んがっ、んぐっ……むぐむぐ、ボスのゴセンゾ生き返っタ」

リリス「あー、死ぬかと思った……ん? ここはどこぞ? 最初に出た街道……?」

桃「リリスさん! 戻ってきたんですね」

リリス「桃! そうか、お主ら余達を助けに……って、そうだシャミ子が! ……うぐぐ、ダメだ像に戻れん。さっきの一撃で依り代機能がマヒしておる……」
リリス「おい、桃よ急げ! あの速度だけは出るクソダサフォームに変身せよ!」

桃「クソダサフォームという呼称については後で話し合うとして……落ち着いてください。シャミ子がどうしたんです?」

 
◇◇◇

桃「――で、最大速度で跳んできたんだ」

シャミ子「ごせんぞ、ご無事なんですね! よ、よかったぁ……」

桃「……さて、と。お待たせしました。話してる最中に攻撃しないでくれたことには感謝します」

フリーレン「話が通じる相手だったら、まずは会話を選ぶさ」

シュタルク「……フリーレン。あいつやべえぞ。スピードだけなら師匠より上だ。身のこなしも一流の戦士のそれ。でも、空を飛んできたってことは戦士じゃなくて魔法使いなのか?」

フリーレン「どうだろうね。魔力探知の外から一足で飛び込んできたし、それが人間業じゃないのは確かだけど」

フェルン「……妙な魔力をしていますね。量は中々のものですが」

桃(……三人ともかなり強いな。特に白いのはちょっと見たことがないレベルだ。まともにやったんじゃ勝てそうにない)
桃(それでも一撃かまして拮抗状態は作れた……)

 
桃「では早速話し合いましょう。このまぞくの身柄はこちらで預かります。お引き取りを」

フリーレン「いきなり攻撃してきてそれはないでしょ。随分その魔族と親しいみたいだけど、何者なの?」

桃「私は……このまぞくの宿敵です。彼女を始末するなら、それは"私たち"の役目です」

フリーレン(仲間がいるか……魔力探知の範囲に新たにひとり入ってきたな。目の前のこいつほどじゃないけど、飛行魔法を使ってるわけでもないのに妙に速い……)

シャミ子「私、始末されちゃうんですか!?」

桃「そこは一旦飲み込んでおこうか。……こちらも無益な戦闘は望んでいません」

桃(ミカンの足なら、そろそろ射程に入ったか……ただ、こっちに急行するまでの間に魔力の波みたいなものを浴びた……あれがソナーの類なら、ミカンの位置はバレているかな)

フリーレン(自分から仲間の存在を匂わせたんだ。プレッシャーとして機能すればいいと思っているんだろう。交渉で終わらせたいというのは嘘じゃない。問題は……)

フリーレン「……分かった。そっちに戦闘の意思が無いなら、人間と争うのは本望じゃない」

フェルン「フリーレン様?」

シュタルク「いいのか?」

フリーレン「別に依頼を受けてるわけでもないし、その魔族さえしっかり始末してくれれば問題はないでしょ」

フェルン「それはそうですが……」

フリーレン「ただし、こっちにもひとつ条件がある。攻撃してきた分はそれと相殺だ」

フリーレン(問題は、この交渉自体に意味が無いことだ)

 
フリーレン(目の前のこいつは、間違いなく魔族に洗脳されてる――その痕跡を感じる。認識を弄って保護させているんだろう)
フリーレン(引き渡したところで意味はない。どこかで解放されるのがオチだ)

桃「条件?」

フリーレン「簡単な話だ。そこの魔族には他人を洗脳できる能力がある」

桃「……」

シャミ子「違うんです! だって森の肥料にされるところだったから!」

桃「何も言ってないでしょ……それで?」

フリーレン「貴女が洗脳されていないという証が欲しい。具体的には、それを解除する為の魔法を掛けさせて欲しい。洗脳されていないなら何の効果もない魔法だ」

桃「……」

桃(普通に考えれば無しだ。その魔法が私を無力化する魔法じゃないっていう保証はない)
桃(とはいえ、この状態から戦闘に入っても優勢は取れない……シャミ子を守りながら戦うのは難しいし、交渉で終わればそれが一番なのは確かだ)

桃「……分かりました。ただし、先にお連れのどちらかにその魔法を試してください。それとは別の魔法を私に掛けようとした場合、即座に反撃します」

フリーレン「疑い深いことだね……いいよ。シュタルク、<解除>」

シュタルク「かけるならかけるって事前に言って!? ……なんともねーけど」

フリーレン「洗脳されてなければ無害な魔法だからね。副作用は、あくまで解除したときだけ。これで文句はない?」

桃「分かりました……シャミ子、聞いて」

シャミ子「桃?」

桃「もしも私が気を失ったり、戦いになったら杖を拾ってすぐに逃げて。ミカンが援護してくれる筈だから」

シャミ子「た、戦いになるなら私も!」

桃「連中の狙いはシャミ子だ。シャミ子が逃げてくれた方が、敵の戦力分散を狙える。適材適所って奴だよ」

シャミ子「でも……」

桃「……お待たせしました。さあ、どうぞ。洗脳されていないと分かったらこの子を引き取らせてもらいますよ」

フリーレン「ご自由に。それじゃ――<解除>」

シャミ子(……あれ? そういえば、私が桃の夢でやったのって……)

 
桃「――、――」

 桃の失敗は。

 フリーレンの言う<洗脳>――シャミ子の能力が、自身に対しどれほどの影響を及ぼしたのか把握していなかったことだった。

 かつてシャミ子が掃除したヘドロは、大切な街を上手く守れなかったという桃のトラウマである。

 シャミ子がしたのはそこから桃を解き放ち、前を向いて生きることができるようになる為の土壌づくりだ。

 だがその土壌はいま、フリーレンの解除魔法によって破壊された。

 桃の心を再びトラウマが覆う。大切なものを守れなかったというトラウマが。

桃「……守らないと……」

シャミ子「桃……?」

 そして今、桃の背後には姉から受け継いだ街と同じくらい、あるいはそれ以上に大切なものが存在していた。

桃(シャミ子を守らないと……もう二度と、失うもんか……)
桃(だから、シャミ子を傷つけようとする奴は――――)

 どろり、と濁った目で桃は眼前の敵を見る。

 
 フリーレンの失敗は。

 桃の洗脳さえ解いてしまえば、この問題は全て解決すると思い込んでいたことだった。

 弄られた認識さえ正常に戻せば、この魔法使いの少女は魔族と敵対するだろう。そう思っていた。

 むしろ警戒すべきは己の兵隊を失うことになる魔族であり、フリーレンの意識はシャミ子に集中していた。桃からは逸れていたのだ。

 だから、

桃「……」

フリーレン「……っ」

 魔法少女による不意打ちを許してしまった。

シュタルク「フリーレン!」

シャミ子「……え、桃ぉ!?」

桃「シャミ子、何やってる! 早く逃げて!」

シャミ子「え、でも」

桃「早くしろ!!!」

 視界の端で魔族が逃げ出すのを認識しながら、フリーレンは自身の胸元に視線を落とす。

 少女の拳が鳩尾の半ばまでめり込んでいる。本来なら胴を貫通するほどの威力があっただろう。

 いまフリーレンが生きているのは攻撃されたポイントへ咄嗟に魔力を集中させたからだ。防御魔法を展開する余裕すらなかった。喉元を撫でていった死の気配に思わず息を呑む。

フリーレン(間合いがあと一歩近かったら死んでたな。まあそれは良いとして、問題が増えた)

 問題は3つ。確かに洗脳を解いたはずの少女が確かな殺意を抱いてこちらを攻撃してきたこと。

 この速度を持つ戦士にここまで接敵された場合、魔法使いは著しく不利になること。

 そして敵はこの一撃を防御されることまで織り込み済みであったらしいこと。

桃「ミカン。半径5メートル掃射。指示あるまで継続」

 小さな呟き。その意味は分からなかったが、魔力探知にあった反応でだいたいのところは知れた。探知圏内ぎりぎりで大規模な魔法の反応。敵の仲間による援護射撃。

 フリーレンは膝から崩れ落ちながら、己が受けたダメージを探る。致命傷というほどではないが、すぐには動けない。

フリーレン(不味いな。負傷のせいで次の魔法を撃つのに時間が……)

 
フェルン「フリーレン様!」

 フェルンは普段ならばしない、防御魔法の全面展開を行った。味方を包み込むように障壁を構築する。

 フェルンもまたその卓越した魔力探知によって魔法の発動に気付いている。遠距離攻撃を目的にした魔法だ。おびただしい数の魔力が、凄まじい速度で飛翔してくる。

 部分展開した防御魔法で防げる数ではない。まずは全面展開で確実に防御し、態勢を整えたフリーレンに攻撃を担当して貰う――そんな戦術だった。

フェルン「……え?」

 だがその目論見は崩壊する。全面展開された防御魔法の"内側"に存在する桃の姿を見ることで。

フェルン(この人、防御魔法を展開する一瞬で、その範囲内に踏み込んできた――?)

 戦士の速度と、魔法に対する確かな知覚。その両方を備えていなければ不可能な技を、目の前の敵は軽々と行って見せたのだ。

 不味い、とフェルンは背筋が泡立つのを感じた。

 防御魔法の範囲は自分とシュタルク、そしてフリーレンをぎりぎり包みこむように設定した。おおむね、半径3mというところだろうか。

 ただでさえ消費の激しい防御魔法を全面展開するのだから、その選択は当然だっただろう。

 だがその剴切が悪手へと裏返る。戦士相手に魔法使いが戦場の広さを限定してしまった!

桃「……」

 ざあ、と魔力で編まれた矢が雨霰と降り注ぐ。それがフェルンの展開した防御魔法によって阻まれる下で、桃色髪の魔法少女は音もなく動き出した。

 たった一歩の踏み込みで魔法少女がフェルンを拳の間合いに捉える。だがその事実さえ、フェルンには知覚できない。

 
シュタルク「させっかよ!」

 唯一、その速度を見切ったシュタルクが動く。打ち出される桃の拳を横から戦斧の柄で弾き、結果として桃の拳打はフェルンの腰の辺りを掠めるに留まった。

 僅かに体勢を崩した魔法少女に向けて、シュタルクは続けて技を繰り出そうとするが――その動きが唐突に鈍る。

桃「こんな狭い結界の中で、そんな大きな得物は振りまわせないでしょ」

シュタルク「ちっ!」

 シュタルクが持ち手を変えようとするが、その頃には魔法少女が格闘戦の間合いに入り、一撃を繰り出していた。

 手加減無しの、人体を破壊できる威力を秘めた手刀。それがシュタルクの喉頭隆起――喉仏に直撃する。

 格闘技の覚えがある桃には、当然ながら人体急所についての知識もある。徒手空拳において狙うべきは、筋肉にも骨にも包まれていない"鍛えられない箇所"だ。

 喉頭隆起は脆い軟骨の重なりだ。その頼りない鎧で気道、頚椎、脊髄、頸動脈といった重要な器官を守っている急所中の急所である。
 
 軽く打っても呼吸困難を生じさせ、本気で打てば後遺症が残りかねない重篤な損傷を負わせられる。運が悪ければそのまま死ぬだろう。

 ましてやフィジカルに極振りした魔法少女の一撃である。並の人間やまぞくなら首がぽーんと飛んでいくレベルの攻撃だ。

 だから、桃は信じられないというように目を見開いた。

シュタルク「げほっ、げほっ……このヤロ……」

 瞳に映ったのは咳き込みはしているものの、こちらに敵意を向け続ける赤毛の姿。

桃(殺すつもりで打ったのに――打点がずれた?)

 疑念を置き去りに、続けざまに技を繰り出す。膝を鳩尾に入れ、足首を踵で踏み抜き、心臓に寸頸を入れ、下がった顎をつま先で打ち払う。

フェルン「シュタルク様――!」

 結界を張っている少女が悲痛な声を上げる。仲間が一方的に嬲られているように見えたのだろう。

 悲鳴を上げたいのはこちらの方だ、と桃は内心でほぞを嚙んだ。

シュタルク「――捕まえたぜ」

 がしり、とこちらの蹴り足を掴んでくる赤毛の顔は苦痛に歪んでこそいたが、明確な戦闘続行の意志を湛えている。

桃(ありえない。どんだけ頑丈なんだこいつ――!)

フリーレン「げほっ、げほっ……よくやった、シュタルク」

 焦る桃の背に、魔法が撃てるコンディションにまで回復したフリーレンが杖先を向ける。

 
桃(不味い、振り払えない……それなら!)

 背後で膨らむ敵の魔力反応が臨界を迎える寸前、桃は右足を捕まれたままの状態で跳び上がった。

 足を取られている以上、地面に叩き付けられる危険性はあったが、敏捷さならこちらの方が上だ。

 跳躍と同時に体を捻り、桃は己の左膝でシュタルクの首を引っかけるように挟み込んだ。そのまま渾身の力でバク宙でもするかのように背中を反らす。

シュタルク「なんっ――?」

桃(こっちにスコット・スタイナーはいないでしょ!)

 変則式のフライングシュタイナー。本来なら両足で頭を挟み固定するところを、人外の筋力を以て片膝だけで成立させた。

 技そのものを知らなければ、ハイキックのような打撃なのか、絞め技なのか、咄嗟には判断しづらい技だ。体重移動が間に合わず、シュタルクは体勢を崩す。

 ぐりん、と相手を巻き込むようにして桃は地面に倒れ込んだ。相手は脳天から地面に激突することになるが、どうせ大したダメージにはなっていまい。この技を使ったのは体勢を変えるためだ。

 四つん這いのような低い姿勢になった桃の上を、フリーレンが放った攻撃魔法が光の軌跡を残して飛び去っていく。

桃(よし、かわし――なっ!?)

 光の軌道が変わった。頭上を飛び去るはずだったそれが、ほぼ直角に落ちてくる。

 咄嗟に体を捻り、ぎりぎりで回避する。光条は桃の肉体ではなく、肩から垂らしているマフラーの先端を持っていった。

桃(魔力外装を抵抗もなく貫通した!?)

 その感触にぞっとする。直撃すれば障壁やエーテル体さえ紙のように貫くだろう。

 だが真に恐るべきはその取り回しの良さだ。敵はすでに追撃の為の魔法を用意している。
 魔力の消費量や術式の明快さからして、この魔法は大技や切り札に相当するものではないであろうというのに。

桃「ミカン、射撃中断!」

 指示を出すと共に桃は跳ね起きた。一拍遅れて魔力の矢が止み、同時にフリーレンが再びゾルトラークを射出する。今度は3条の光の帯が紡がれ、桃に向けて軌道を異にしながら殺到した。

 フェルンの防御魔法によって制限されたフィールドが、今度は桃にとっての戒めとなる。防御不能の攻撃魔法を回避するには狭すぎるためだ。

 だから桃は盾を用意することにした。シュタルクが転倒した今、再度無防備になったフェルンへと肉薄する――

 ――と、見せかけて最高速度でその場から離脱した。見る見るうちに3人の姿が小さくなる。

 フェルンによって展開されていた防御魔法は解けていた。正確に言えば、フェルンのみを守るように今度こそ最小限の範囲で展開し直されている。

 先読みの応酬の結果だった。桃が再び自身を狙うことを予測したフェルンが防御魔法の範囲を変更し、その行動を読んでいた桃がフェイントと離脱を選択した。
 ミカンへの射撃停止命令も防御魔法を解かせるためのものだ。

 だがその応酬に勝利したのは桃ではなかった。

 フリーレンの放ったゾルトラークが、離脱しようとする桃の行く手を阻むように飛翔していた。回避の為に足を止めざるを得なくなる。

桃(くそっ、やっぱりこいつ、強い!)

 胸中で舌打ちする。魔力の量だけではない。的確にこちらの狙いを読み取って対応してくる。最初の不意打ちが決まらなければ、もっと不利な状況になっていただろう。

 
フリーレン(……やっぱり強いな)

 同時にフリーレンもまた目前の敵に対し、同様の評価を下していた。

フリーレン (戦いに対する容赦がない。年齢はフェルンやシュタルクと同じくらいに見えるけど、どんな生活送ってたんだこいつ)

 再度放ったゾルトラークも回避された。距離にして20mほどをあけて、桃色の髪の少女はこちらを油断なく睨み付けている。

フリーレン「シュタルク、平気?」

シュタルク「ああ、死ぬほど痛いがまだやれる」

フェルン「……恐るべき速度です。私とフリーレン様は空中に退避した方が良いのでは?」

フリーレン「いや、高度を上げれば矢を撃ってくる奴の良い的だ。燃費も悪いし、飛行は補助的に使うのに留めておいた方が良い」

桃(……こいつら空も飛べるのか。シャミ子がいる以上、一旦引いて体勢を立て直すのは難しいな)

フリーレン(ちょうど3対3か。逃げた魔族に目の前の桃色、そして魔力の矢を雨みたいに降らせてきた魔法使い……)
フリーレン(一番不味いのは魔族に逃げ切られること。この桃色の速度は私じゃなきゃ止められない。矢の魔法使いはシュタルクじゃ居場所を掴めない。となると……)

フリーレン「シュタルクは逃げた魔族を追って。フェルン、矢の魔法使いは任せたよ。時間を稼いでくれればいい。もしも別の魔族が出てきたらすぐ逃げてね」
フリーレン「私はこの桃色を相手にする」

フェルン「分かりました」

シュタルク「おう、任された!」

桃「! 行かせると――」

フリーレン「そっちこそ、自由に動けるとは思わないことだ」

桃「くっ!」

 再度、光が夜の闇を切り裂く。フリーレンの放つゾルトラークが桃を牽制するように撃ち込まれた。その隙にシュタルクとフェルンがそれぞれの標的へ向かう為、この場を離れていく。

桃(不味い。あの赤毛相手じゃシャミ子はすぐ追いつかれる……でも目の前のこいつは速攻で始末できるような相手じゃない)
桃(頼れるとしたらミカンだ……赤毛のタフネスは常識外れだったけど傷は付いた。ミカンの毒矢ならたぶん殺れる)
桃(それに――ミカンの足止めに向かったのが黒い方だったのは不幸中の幸いだった)

 
◇村の郊外 森の中

 フリーレン達と分かれたフェルンは、村を囲むように存在する森の中にいた。矢の魔法の使用者を抑えるためだ。

 森に入るまでは低空で飛行魔法を使ったが、いまは地に足をつけている。フリーレンの助言もあったし、木々の合間をすり抜けて飛ぶのは難易度が高い。

 暗闇に浮かぶ木立の向こうを睨み付ける。人間の視力で暗闇は見通せないが、魔力探知は唐突に膨れ上がる魔力を感知していた。飛びだしてくる矢を、防御魔法の部分展開で防ぐ。

 こうして敵の魔法を防ぐのは何度目だろうか? フェルンは数えようとして、だが無意味な行為だと思い直した。

フェルン(……また反応が消えた)

 相手の正確な狙撃に疑念を積み重ねながら、フェルンは魔力探知に集中する。相手が攻撃魔法を使用すれば、その痕跡を拾うのは簡単だ。今のように、発動を感知して防御も出来る。

 だがその反応はすぐに消えた。同時に居場所を掴むことも出来なくなる。

 敵は魔力を極力漏らさないようにして潜伏しているらしい。

 最初の内はフェルンも応射していた。魔法の反応があった場所にゾルトラークを撃ち込み――だがその全てが無駄撃ちになった。
 攻撃魔法の発動を感知した後、それを防御している間に、敵は発動地点から移動しているのだろう。

 この敵も先ほどの桃色のように、高い身体能力を持っているらしい。

 では相手の魔法を感知した瞬間に攻撃魔法を撃ち込むか――これも難しい。敵が先手を取っている以上、良くても相打ちにしかならない。

 そしてこの状況を作り出している妙な点。それは、

フェルン(おかしい。敵はどうやってこちらの位置を把握しているのでしょうか……?)

 この敵は魔力探知を行っていない。

 相手が潜伏しているのは確かだ。攻撃魔法の使用時には魔力を漏らすが、その反応もすぐに消えてしまう。

 潜伏しているのなら魔力探知は行えない。故に、敵はフェルンの居場所を感知出来ない。そういう理屈になる。

 だが目の前の現実は理屈にそぐわないまま推移していた。敵は潜伏を維持したまま、気まぐれに攻撃魔法を撃ち込んでくる。
 一瞬だけ補足できる相手との距離から考えて、目視で狙われているというのは考えられない。遠すぎる。

フェルン(仮に魔力探知以外の方法で狙われているとして……そうすると、こちらも潜伏するというのは危険ですね。魔力探知を切れば、敵の攻撃を感知できなくなる)

 敵が使う矢の魔法の弾速はかなりのものだ。この鬱蒼とした森の中では、眼で見て防ぐのは難しいだろう。

 
フェルン(このままではジリ貧。フリーレン様は時間を稼げば良いと言っていましたが……)

 だがフェルンには勝負を長引かせたくない事情があった。自身の魔力残量だ。

 防御魔法の全面展開には凄まじい魔力消費を伴う。先ほどの戦闘で、フェルンは十数秒も全面展開を続けた。

 体感からして、残りの魔力量は全快時の半分ほど。

 敵の攻撃は散発的だが、部分展開とはいえ、高コストな防御魔法の使用を強いられることでじりじりと魔力を削られている。

 この状況を続ければ、負けるのはこちらの方だ。ならば状況を変えねばならない。

フェルン(敵がどうやってこちらを補足しているか……これが分からないとお手上げですね)

 一方的にこちらの位置が割れているというのは、遠距離戦闘においてこれ以上ないほどの不利だ。

 この絡繰りを見破らない限り勝ち目はない。

フェルン(以前戦った、霧を操る魔族――状況的にはあの時と似ていますか)

 触れた者の魔力を探知する力を持ちながら、こちらの魔力探知は封じてくる魔法の霧。攻防を両立させた恐るべき魔法だった。

 あの時は、共に戦った魔法使いの協力のお陰で勝てたのだが――

 
フェルン(……もしかして――)

 脳裏に閃くものがあった、その次の瞬間。

 フェルンの魔力探知が、再び敵の魔法を感知する。

 反応が大きい。先ほどまで散発的に放たれていた単発の矢ではない。桃色髪の援護として一番最初に放たれた、大量の矢を降らせる魔法。

フェルン(勝負を決めに来た? 性急ですね。これだけの魔法、向こうも消耗するでしょうに)

 フェルンは飛行魔法を発動させた。木々の間をすり抜けるような低空を滑るように飛び、着弾予想値点から身を躱す。

 一瞬後には先ほどまでフェルンが立っていた場所に、数十条の矢が降り注ぐ。
 ほんの数メートル離れた場所からその様子を確認したフェルンは、魔法の反応があった場所へゾルトラークを撃ち込もうか迷うが――

 その迷いはすぐに消えた。降り注いだ矢が、地面に着弾する寸前に軌道を変えたのだ。狙い違わず、宙に浮くフェルンの方へと。

フェルン(っ、誘導弾!?)

 当然ながら、矢の弾速は飛行魔法などよりもずっと早い。飛行魔法で逃げることは不可能と判断したフェルンは、咄嗟に防御魔法を展開した。
 頭上から広範囲に降り注ぐならともかく、一度地面すれすれまで高度を落としてからこちらへ向かってくる矢の群れだ。防御は前面の部分展開でこと足りる。

 だがそれを読んでいたかのように、無数の矢は散開し、全方位からフェルンを貫こうとする軌道を取った。

 周囲360度、頭上、足下。その全てから魔法の鏃がただ一点を刺し貫こうと迫る。

フェルン「くっ!」

 防御魔法を全面展開に切り替える。魔力消費量が跳ね上がるが、背に腹は代えられない。
 
 夥しい数の矢が防御魔法に弾かれては溶けるように消えていく。ゾルトラークほどの威力はない。だがおそらく、その分魔力消費も軽いのだろう。
 それは効率的に人を殺傷するために調整された魔法だった。

 第一陣を防いだが、矢の群れは切れ間無く飛んでくる。これだけの規模だ。魔力消費は大きいだろうが、防御魔法の全面展開はそれ以上に消耗する。

フェルン(不味いですね。飛行魔法と防御魔法の併用を強いられるなんて・・・…)

 飛行魔法も消耗の激しい魔法だ。それと全面展開した防御魔法との併用――自身の魔力が尽きるまで20秒と掛からない。

 先ほどは敵が魔法を中断したことで事なきを得た。いざとなればフリーレンも隣にいた。

 だが、もしもこの状況で、矢の掃射が20秒以上続いたら?

 足早に迫り来る死の感覚に、フェルンの頬を一筋の冷や汗が伝った。

 
◇村の中

 防御魔法とエーテル体が激突する閃光が、瞬くように連続して起こる。

 閃光の中心にいるのはフリーレンだった。地に足をつけた不動の姿勢のまま、周囲を跳び回る魔法少女の攻撃を最小限の防御魔法で防いでいる。

 背後から仕掛けた渾身の蹴りを極小の結界に受け止められ、桃は思わず舌打ちを漏らした。

桃(こいつ、こっちを見もしないで障壁を的確に展開してくる! おまけに障壁の強度も高い)

 フレッシュピーチハートシャワーを始めとする魔力放出形の攻撃も悉く防がれた。どうやら魔力を拡散させるような仕組みになっているらしく、魔力系の攻撃には特に強いようだ。

 セカンドハーヴェストフォームの速度を活かして、先ほどのように障壁を潜り抜けようとしたがこの白い方相手にはそれも難しい。

桃(これを壊すには――)

 桃は蹴りの反動のまま後ろに跳躍すると、フリーレンの周囲を周るように加速を始める。だが、

フリーレン「なるほど、最初に防御魔法を破った時の威力はいつでも出せるわけじゃないんだね。十分な加速が必要なんだろう」

 フリーレンが数条のゾルトラークを放つ。桃は速度を活かしてそれを回避するが、回避後に見出した新たな加速の為の軌道もまた攻撃魔法によって阻まれる。結果として、思うように速度が得られない。

桃(読まれてるか。でも――)

フリーレン「――む」

 加速を諦めた桃が再びフリーレンへ格闘を仕掛ける。
 最高速度にはほど遠いとはいえ、近距離においては常人が目で追うのは難しいような速度で、桃はフリーレンの左後方に回リ込み、延髄斬りを繰り出した。

 展開された防御魔法が蹴り足を阻み、再度、桃色の紫電のような光が舞う。

 だが、今度は変化があった。それまでと比べて明らかに、フリーレンの展開した防御魔法の範囲が広い。ほぼ半面を覆うように障壁が展開されている。

桃「――やっぱり。こっちを見もしないから変だと思った。私の魔力を感知して防御してるんでしょ」

 桃は体から漏れる魔力を制御し、可能な限り少なくしたのだ。魔力で外界に干渉する魔法少女にとって身体能力の低下にも繋がる行いだが、下がった分は自前の筋力でカバーする。

フリーレン(魔力制限か。完全に魔力を断ってるわけじゃないとはいえ、かなり感知しづらくなった……魔力探知への依存は悪い癖だな。改めないといけないとは思っているんだけど)

 そうして考えている間にも、桃色からの攻撃が激しくなっていく。防御魔法の展開範囲を広くして対応するが、焼け石に水だ。このまま行けば遠からず防御魔法を全面展開しなくてはならなくなる。

フリーレン(やりづらいな。消耗させて拘束するつもりだったんだけど。噂に聞いた影の戦士みたいな奴だ)

桃「攻撃に合わせて障壁を部分的に展開する、なんて技術をわざわざ体得してるってことは、その障壁のコスト、かなり重いんじゃない?」

フリーレン「不思議な物言いをするね。さっきから律儀に回避してるけど、もしかして防御魔法を知らないの?」

 その問いに応えはなく、ただ桃の攻撃の頻度が上がった。

桃(まずはこいつを防御で手一杯にさせて、少しでも魔力を削れれば――)

 
フリーレン「――やれやれ、できれば怪我をさせたくなかったんだけどな」

桃「……は?」

 桃の思考が停止する。

 あの恐るべき貫通力を持つ攻撃魔法が放たれる前には、必ず射出点に魔方陣が展開された。すでに見覚えたそれが次々に、だが瞬時に展開されていく。

 ひとつ、ふたつ。10、20、40――

桃(そりゃあ全力じゃないだろうって思ってはいたけどさ――!)

 怖気と共にその場を飛び退く桃の耳に、どこまでも平坦なフリーレンの声が届く。

フリーレン「手足の一本くらいは覚悟してね」

 夜が駆逐され、つかのま昼間のような明るさを取り戻す。規模にして今までの数十倍になるであろう攻撃魔法が放たれたのだ。

 もはや攻勢に出る余裕などない。桃は回避と後退に全精力を傾けた。

 数えるのも馬鹿らしくなるほどの破壊の光が、体をかすめて地面に着弾し、あらゆる場所で土くれを巻き上げた。
 魔力制限のお陰か、狙いの精度そのものは甘くなっている。だがそれを補ってあまりある数の暴力。

 桃は格闘戦の間合いという距離の利を捨てざるを得なかった。必死に後退し距離を取る。体を捻り、姿勢を低くし、時には地面を転がることも辞さずに回避行動を続ける。

桃(こいつ、これでもまだ本気じゃないな――殺す気がない。あくまで殺すのはまぞくだけってことか?)

フリーレン(こいつは解除魔法をかけた後、急に襲いかかってきた。もしも洗脳魔法の解析に何かミスがあって、解除魔法が完璧じゃないとしたら――)
フリーレン(それを突き止めるには、こいつを調べるのが一番の近道なんだけど)

 仮に解除魔法に欠陥があって、その結果の錯乱ならそれは自身の落ち度だ、とフリーレンは思う。怪我をさせたくないというのも本心だ。

フリーレン(でも無傷で捕らえるのは無理だな。アイゼンより早いっていうシュタルクの見立ては伊達じゃない。できるだけ手足を狙ってるとはいえ、ここまで回避されるとは思わなかった)
フリーレン(そもそもこいつは何なんだ? 攻撃魔法を使った以上、魔法使いではあるんだろうけど、それならなんで防御魔法を使わない?)

 思考と疑念を積み重ねながら、フリーレンはさらに攻撃魔法を送り出す。

 敵はよく避けたが、それも終わりが近い。圧倒的な数と弾速の前に相手の退路は袋を絞るように狭くなっていく。

フリーレン(とった)

 フリーレンは退路を完全に締め上げるためのとどめの一撃を準備する。

 
 桃もまたその気配を感じていた。永遠に避け続けることなど出来ない。このままでは遠からず、それこそ3秒以内に自分は四肢か命を失うことになる。

 桃は咄嗟に手近にあった遮蔽物の陰に飛び込んだ。石造りの壁。あの貫通魔法を前にしては砂上の楼閣だろうが、ほんの僅かでも時が稼げれば良かった。

 だが不思議なことに、攻撃魔法の連射に明らかな空隙が生まれる。

桃(撃つのを止めた……この石壁、家か。そういえばここは村だったっけ)

 あたりを見回せば、暗闇の中に同じような造りの家がいくつも並んでいるのが目に入る。

 耳を澄ますと家の中で物音がしていた。住民が起きているのだろう。考えてみれば、先ほどから魔法が炸裂する轟音が連続で響いているのだ。たとえ眠っていたとしても叩き起こされるに違いない。

桃(リリスさん曰く、相手は一級魔法使いと名乗った……区分されてるなら組織化されてるってことだ。警察みたいな役割を担っているとしたら、そりゃあ村人に危害は加えられないよね)

 曲射で狙うことは出来るはずだが、それをしないのはこちらの魔力制限の影響で狙いが大雑把になっているからだろう。

 あるいは自分と村人を区別できないのか。魔力だけを感知しているのなら、魔力を持たない石壁を認識できていない可能性もある。

桃(……こっちの世界じゃ一般人も多少魔力を持っているのか。それなら――)

 
◇森の中

 一方シャミ子はというと、あっというまにシュタルクに追いつかれてボコボコにされていた。

シュタルク「閃天撃!」

シャミ子「ぎゃー!」

シュタルク「閃天撃! 閃天撃!」

シャミ子「ぎゃー! ぎゃー!」

シュタルク「……かってぇ。なんなんだこのでかい貝殻は」

 シュタルクは幾度となく自分の技を受けても、未だ頑強にその形を保ち続けている巨大なホタテ貝を見やる。

 奇しくもフェルンが向かったのとは逆方向。村を囲む森の中を逃げる魔族に追いついたのが少し前。こちらを認めた魔族は、攻撃を仕掛けてくるでも無く、悲鳴を上げながらこの姿に変化したのである。

シュタルク「追いついたと思ったらいきなり貝に変身するなんて予想外にもほどがある……もしかしてそれが真の姿だったりすんの?」

シャミ子「違います! これは心の壁フォーム! 宿敵からの心ない言葉を防ぐフォームです」

シュタルク「……説明されても全然分からねえ。閃天撃!」

シャミ子「ぎゃー!」

 轟音と共に貝殻が跳ねる。シャミ子本体は未だノーダメージではあるが――

シャミ子(不味いです不味いです! この人、桃と同じくらいの超パワーだ! あのでっかい斧も怖い! こんなの勝てるわけ……)

 弱気な思考に、自身を包む貝殻がぴしぴしと不吉な音を立てる。

 魔力外装は心の影響を受けやすい。桃の腕力には勝てないという認識が、同程度の腕力を持つシュタルクを前にして、心の壁フォームの強度を下げているのだった。

シャミ子(あわわ、不味いですこのままでは! なんとか攻撃を止めて貰わないと!)

シャミ子「ちょ、ちょっと待ってください! 話し合いましょう! 別に戦う理由は無いはずです!」

シュタルク「そうか? でも夢を使って村人洗脳したんだろ?」

シャミ子「え……それは、あの……はい、しました……」

シュタルク「閃天撃閃天撃閃天撃!!」

シャミ子「ああああ! たんま! たんまです! 事情が! 事情を聞いてください!」

 
シュタルク「……つまり、まとめるとだ。さっきも言ってたけど、お前はこことは別の世界からきた魔族だと」

シャミ子「はい!」

シュタルク「そもそも人は食べないし傷つける気もない。迎えが来たのでもう帰るところだと」

シャミ子「そうです! さっき空から降ってきたのが迎えの桃です!」

シュタルク「俺、お前が逃げた後あいつにしこたま殴られたんだけど……」

シャミ子「ぇあ!? ほ、ほんとですか!? ごめんなさい! 桃はすぐ腕力に訴える癖があって! ほんとごめんなさい根はいい子なんです!」
シャミ子「そういえば他にも殴られてた人いましたよね!? 怪我は!? 骨とか折れてませんか!?」

シュタルク「いや、めっちゃ痛かったけどそれだけ。フリーレンの方は知らねえけど……まあそれは脇においとくとして、だ」

シャミ子(桃の全力パンチ食らってなんで無事なんでしょうこの人……)

シュタルク「結局、お前が本当のこと言ってるって証拠がなぁ……」

シャミ子「本当なんです信じてくださいぃ……」

シュタルク「魔族は嘘つくしなぁ……」

シャミ子「嘘なんかつきません! 何でも正直に答えます! 質問してみてください!」

シュタルク「え? えーと……じゃあ好きな食べ物は?」

シャミ子「お米です!」

シュタルク「……で、それが本当だってどうやって証明するんだ?」

シャミ子「え? あー……ご飯を持ってきてください! 一合平らげてみせますよ!」

シュタルク「それは……なんか違わないか?」

シャミ子「ですよね……私も言っててなんか違うな、って思いましたもん……」

シュタルク「……なあ、本当に魔族なのか? 頭に角が刺さってるだけの村人だったりしない?」

シャミ子「まぞくですぅ……」

シュタルク「うーん……」

シュタルク(正直、危険な奴には全然見えないんだけど……それも含めて演技だったら、って考えるともうどうしようもねえな)

シュタルク(こいつが嘘をついてたり演技してたりしたら、俺には見破れない。そうすると、確実なのは――)

シュタルク「――よし、分かった。あんたを信じてみようと思う」

シャミ子「! ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」

シュタルク「うん。だからほら、その貝殻から出てきてくれ」

シャミ子「はい! ……あ、あのー、本当に信じてくれたんですよね?」

シュタルク「うん?」

シャミ子「出てきた瞬間に攻撃とかしないですよね……?」

シュタルク「そんな訳ないだろ。よし、心配ならこの斧は遠くに投げ捨てるから、ほら」

 どさっ

シャミ子(重い物が遠くに落ちる音……確かに捨ててくれたみたいですね)

シュタルク「これでいいだろ? ほら、さっさと出てこいよ」

シャミ子「分かりました! よかったぁ、やっぱり話あえば解決するんですね」

 ぽん、と心の壁フォームを解除して、地べたに座った状態で外気に身を晒す。

 そんな体勢から見えたのは、思いっきり武器を振り上げた状態で待ち構えていたシュタルクの冷めた表情だった。

シャミ子「……ぁえ?」

シュタルク「悪いな。確実な手がこれしか思い浮かばなかったんだ」

 そんな台詞と共に、シャミ子には反応することも出来ない速度で得物が振り下ろされた。


 
◇森の中

 標的を貫いた感触を得て、ミカンは矢を放つのを止めた。

 油断せず、その場から大きく飛び退く。使ったのは毒矢ではない。死に至るまでの数秒でこちらにとって致命的な魔法を放ってくると言うことはあり得る。

 念のために毒矢を装填しながら、1秒、2秒と胸の中で時を刻む。

ミカン(どうにか……勝てたわね)

 10まで数えたところで、ミカンはようやく勝利を確信した。うっすらと汗に濡れた額を拭う。こちらも魔力の消耗は限界に近かった。

 恐るべき相手だった。攻撃、防御、索敵――全てがこちらより格上。元の世界でならともかく、まともにやっては勝ち目など無かっただろう。

 そんな中で勝利を拾えたのは、当然ながらまともにやらなかったからだ。

ミカン(防御魔法の消耗が激しい、って"聞けた"のが大きかったわね……さて、急がないと。まずはシャミ子を探して――)

 と、そこまで考えたところで。

 ミカンは最速の動きで振り向いた。ボウガンを突きつけ、背後に矢を放とうとする。

 だがそれよりも早く、暗い木々の間から一筋の光条が閃いた。光はミカンのボウガンに直撃し、機構を破壊して地面にたたき落とした。装填されていた矢が明後日の方角に飛んでいく。

ミカン「……っ」

フェルン「動かないでください。次は頭に当てます」

 木々の間から進み出てきたのはミカンと同じ歳くらいの少女だった。先ほどまで戦っていた相手だろう。構えた杖の先に魔力を収束させ、いつでも放てる状態にしている。

 ミカンはため息をつくと、両手を挙げて降参のポーズをとった。

ミカン「あの魔法を掻い潜ったっていうことは……そう、ビーコンに気づいたのね」

 ミカンは予め、桃に複数のビーコンを渡していた。一方通行ながら情報の伝達が行えるし、相手に取り付けることが出来れば一方的に遠距離狙撃が可能になるからだ。

 フェルンにそれが取り付けられたのは、先の桃による格闘戦の最中だった。

 シュタルクに阻まれて掠めるにとどまったフェルンへの一撃。その際に桃が外套の死角になる位置に取り付けたのである。

フェルン「ビーコンというんですね、あの魔道具は。ええ、ギリギリでしたが、以前に似たような手を使われたのを思い出しまして」

 フェルンが思い出したのは霧を操る魔族と戦った時のことだ。あの時は共闘していたメトーデの援護で勝つことが出来た。

 もしも今回の敵が、あの時の自分たちと同じようなことをしていたら? 即ち、協力することでこちらの位置を仲間に把握させるような絡繰りがあったとしたら?

 フェルンは思い出す。最初に桃色が攻撃を仕掛けてきた時、その拳が自分を掠める場面があったことを。

 フェルンは思い出す。かつて戦った血を操る魔族は、その血を付着させた相手の位置を探知することが出来たことを。

 そしてフェルンは魔力探知を精度の高い近距離探知に切り替え、魔力切れの寸前で自身に取り付けられていたビーコンを発見するに至ったのである。

フェルン「脱いだ外套を放り投げたら、矢がそちらに集中したので――あとは全面展開した防御魔法の解除と同時に、私に当たる矢だけ防げば」

ミカン「結果は見ての通りってわけね……それで? 私をどうするつもりなの?」

フェルン「それは――」

フェルン(……どうしましょう。この方が魔族に洗脳されているとして、それを解けるのはフリーレン様だけです。私の魔力も底をつく寸前。拘束して魔法で運ぶのは難しい――)

 
ミカン「……私は陽夏木ミカン。貴女、名前は?」

フェルン「……フェルンです」

ミカン「そう、フェルン。――次からは出会い頭に頭を撃ち抜くことをお勧めするわ」

フェルン「……!?」

 フェルンの体に小さな衝撃が加わる。こぶし大の何かが樹上から落ちてきて、そのまま右肩にへばりついているらしい。

 右肩に重みが加わるまで、フェルンは頭上に潜む襲撃者の存在に気づけなかった。ビーコンを撃ち抜いたのと同時、自身の死を偽装するため魔力探知を切っていたからだ。

ミカン「動かない方がいいわ。払い落としたり魔法で撃ち落とすのもお勧めしない」
ミカン「貴女の右肩に乗っているのはモウドクフキヤガエルのミカエルちゃんよ。触ると死ぬわ」

 フェルンの肩に乗っている、己のナビゲーターをミカンが紹介する。

 毒の鏃に変身していたミカエルは、先ほど明後日の方向に射出された後、木の枝を伝ってフェルンの頭上まで忍び寄っていたのだ。

 ミカエルが全身から分泌するのは、経皮性・超速効性のマジカル神経毒である。

 フェルンの首筋をほんの少し引っ掻くだけで、数秒で全身が麻痺し、やがて心停止に至る。仮に魔法で貫いたとして、飛び散った体液が皮膚に付着すれば結果は同じだ。

 相手の言葉が嘘では無いと判断しながら、しかしフェルンは杖を下ろさない。

フェルン「……このまま貴女の頭を撃ち抜いて、相打ちくらいにはできますが」

ミカン「相打ちになりたいの?」

フェルン「……膠着状態、というわけでございますね」

ミカン「そうね。勝負は引き分けってことで――いまならお互い、建設的な話も出来ると思うのだけど」

 
フェルン「魔族に洗脳されていると思しき方と、どうすれば建設的な話し合いができますか?」

ミカン「ああ……やっぱりそういうことになるわよね。あのね、シャミ子……あなた達が狙ってるまぞくだけど、この世界のまぞくじゃないの。私たちもだけど、こことは別の世界からきたのよ」
ミカン「こっちの世界のまぞくがどういう存在かは知らないけど、シャミ子は危険なまぞくじゃないの」

フェルン「異世界……あの魔族も同じことを言っていましたが、それが妄言で無いと証明できますか? むしろ洗脳されているからこそ同じような言い逃れをするのでは?」

ミカン「異世界から来たって言う証拠を見せればいいのよね? 簡単よ。はい、これを食べて。あっ、先に毒見するわね」

フェルン「これは……オレンジ、ですか?」

ミカン「不知火っていう品種よ。もともと柑橘類はそのほとんどが多胚性で意図的な品種改良が難しかったの」
ミカン「その難関を乗り越えて品種改良に成功した清見という偉大な品種にぽんかんを掛け合わせて出来たのがこの不知火。つまり――私の世界にしかない品種なのよ!」

フェルン「……えっと……そんなこと言われても……」

ミカン「あら、お口に合わなかったかしら? じゃあ別のを」

フェルン「いえ、美味しいですが……そもそも品種とか言われても分かりませんよ」

ミカン「そうなの? 異世界では柑橘類に対する関心が低いのね……」

フェルン「むしろそっちの世界では一般常識なんですか?」

ミカン「そうなるといいな、とは思ってるわ。じゃあどうしましょうか、どうせスマホとか見せても"珍しいマジックアイテムですね”とか言われるのは目に見えてるし……」

フェルン「スマホとは?」

ミカン「色々出来る板のことよ。遠くの人と話したり音楽掛けたり風景を一瞬で写し取ったり柑橘類をネット注文したり……」

フェルン「それはそれで普通に見てみたいですけど……」

ミカン「困ったわね……逆に貴女は何か無いの? 私たちが嘘を言ってないって判別する魔法とか」

フェルン「そんな便利な魔法は――」

 あるはずが無い。そう言いかけて、

フェルン「……ああ、いや。ありましたね。確か精神操作魔法で記憶の共有ができました」

ミカン「そんな便利な物があるの? シャミ子に使ってくれれば良かったのに」

フェルン「基本的に魔族の記憶は読めませんし、相手の同意も必要になりますから……魔族を相手にするときは、選択肢の内に入らないんです」

ミカン「じゃあ同意するから、私の記憶を見て頂戴」

フェルン「ああいえ、私は使えません。使えるのはフリーレン様で」

ミカン「それって桃と戦ってる人だったわよね……分かったわ。じゃあ急いで向かいましょう」

フェルン「……そうですね。戦わずに済むならそれが一番です」

ミカン「あら、杖を下ろしちゃっていいの? まだ私の疑いは解けてないと思うのだけど」

フェルン「武器を突きつけ合って進むには遠いでしょう。それに早撃ちには自信がありますので」

ミカン「そう。それじゃあこっちもミカエルちゃんを回収させて貰うわね。ちなみにミカエルちゃんが変身した矢は掠っただけで死ぬわよ」

フェルン「撃ち合わずに済むことを祈っていますよ」



 
◇村の中

 フリーレンは民家の陰に隠れた敵が飛び出してくるのを待った。

 魔力探知に頼った曲射では家を壊してしまう可能性がある。村人達を生き埋めにするわけにはいかなかった。

 移動して射線を通せれば一番いいのだが、それも難しい。フリーレンは戦闘が始まってからほぼ不動を貫いているが、それには事情があった。

 桃から受けた不意打ちの一撃。あのダメージが多分に残っているのだ。動くと酷く傷み、集中を乱す。魔法の行使に支障をきたすほどに。飛行魔法を使っても同じだろう。

フリーレン(痛みが酷くなってる……内臓が傷ついたのかもしれない。早めに僧侶に見て貰わないと不味いな)
フリーレン(こっちが動けないことは……まあ気づかれただろうね。そうなると、次の行動は――)

 魔力探知にごく小さな反応。フリーレンは防御魔法を前面に大きく展開する。次の瞬間、何かが防御魔法に直撃し、鈍い音を立てて砕け散った。

フリーレン(やっぱり投石か。悪くない手だ。魔力の籠もってない攻撃は感知できないからね。狙いも正確だし、初手でこれをやられたら厄介だったかな)
フリーレン(けれどこいつの異常な身体能力の秘密は少し分かってきた。制限で魔力が増減するたびに身体能力が変化してる……)
フリーレン(どうやってかは分からないけど、こいつ、魔力で物理干渉力を押し上げてるんだ)

 <高速で移動する魔法>とは似ているようで違う。術式として成立しているのでは無く、まるで理自体が違うかのように、魔力を消費することでその分だけ身体能力が上昇するらしい。

 自身の知らぬ技に、研究者としての好奇心が疼く。今は不要なその心を宥め賺し、フリーレンは戦に意識を集中させた。

フリーレン(こいつの動きと体内の魔力の流れは密接に関係している。だから魔力探知に集中すれば、大きな予備動作は感じ取れる。投擲は全身を大きく動かす特徴的な挙動だ。まず見逃さない)
フリーレン(高速で移動しながら投げられたら少し厄介だけど、それなら家の陰から出てきた瞬間に足を撃ち抜くまでだ)

 勝負は早撃ちの形で決することになるだろう。フリーレンはそれを予感し、ゾルトラークの魔方陣を無数に展開する。

 だが敵の次の行動は予想していなかったものだった。

 再び魔力探知に反応。敵が隠れたまま投石を繰り返す。ただし、その方角は全てでたらめだった。

 フリーレンに掠りもしないどころか、明後日の方に飛んでいく始末。石が砕ける音が村のあちこちで響き渡る。

フリーレン(? どういうつもりで――)

 そんなフリーレンの疑問を解消したのは、敵が発した大音声によるものだった。

 
桃「まぞくが攻めてきたぞ――!」

フリーレン「? なにを――」

桃「逃げろ! 外に出るんだ! 家ごと押しつぶされるぞ!」

 再び、投石。高速で投じられたそれは、民家の壁を貫通した。高めを狙ったので村人達に当たることは無いだろうが、家の中で息を潜めていた彼らを恐慌状態に陥れるには十分だった。

村人「うわあああ!」「逃げろ、逃げろ!」「逃げろって、どっちに行けばいいんだ!?」

 村民が家々から飛び出してくる。一級魔法使いを名乗る一行が村に来て、魔族を討伐しようとしているというのは既に村中の噂になっていた。そんな状態で安眠できるわけもない。

 投石の被害がない家の住人達も、釣られるように飛び出してくる。

 月明かりがあるとはいえ、街灯のひとつもない村の中は視界が極端に悪い。だがフリーレンは、村人の視線が一斉に自分の方へ集まるのを感じた。
 その理由もすぐ理解する。展開していた魔方陣が放つ光が、道標のごとく輝いているからだ。

 相手がやろうとしていることに気づき、フリーレンは咄嗟にゾルトラークを放った。住人が脱出したのは確認できている。もはや家屋への被害は考えない。

 攻撃魔法の嵐が、隠れた敵を炙りださんと石造りの建物を吹き飛ばす。その寸前に敵は飛び出し、別の建物の陰に隠れた。

 再度、家ごと敵を吹き飛ばすために攻撃魔法を乱射する。轟音と光に村人達が悲鳴を上げるが無視。可能な限り早く倒す必要がある。

 だが数度繰り返すと、敵の魔力を感知できなくなった。タイミングを計り、攻撃魔法の着弾と同時に魔力を村人と同じレベルまで絞ったのだろう。
 そこらをうろちょろする村人のせいで弾道が制限されていた為、仕留めきれなかった。

フリーレン「やりやがった……」

 苦々しく呟く。

 村のあちこちから村人が助けを求めてこちらに向かって来ていた。敵はこの群衆に紛れて接近する気だ。

村人「助けて!」「魔法使い様! 助けてください!」「魔法使い様――!」

フリーレン(こんな手を即座に思いついて実行するなんて、とんでもない奴だな……魔力制限をした上で人混みに紛れられたら魔力探知じゃ見つからない)
フリーレン(こう暗くて人数もいるとなると、目視での判別も無理だ)

 助けを求めて寄ってくる村人達へ、制止の声を上げたところで無駄だろう。下手をすればパニックになった群衆に押しつぶされかねない。

フリーレン(……賭けになるけど、仕方ないな)

フリーレン「――<解除>!」

 フリーレンは洗脳を解くための解除魔法を最大範囲で展開した

 解除魔法の副作用である眠りの影響で、フリーレンに近い村人からばたばたと倒れていく。
 フリーレンは神経を尖らせながら、無数の人影の動向を見守った。投石の可能性もある以上、魔力探知も切らさない。集中していれば、振りかぶる動きは感じ取れる――

フリーレン「っ」

 だが次の瞬間、フリーレンは右手に走った激痛に杖を取り落とした。

 手に直撃したのであろう、指先ほどの大きさの石礫が足下に転がる。

フリーレン(投擲の動きは感知できなかったのに――)

 どうやら折れているらしい右手を庇うフリーレン。その視界の端に敵の姿が映る。

 距離にして10mほど。そんな目と鼻の先といっていいような距離に、マントを頭からかぶった桃色の髪の少女が倒れた村人達に紛れるように伏し、こちらをじっと見つめていた
 ――握り込んだ小石を親指で弾き出した姿勢のままで。

フリーレン(……なるほど。指で弾くような小さな動作は感知しにくい。最初の投石は、私が魔力探知で投石の動きを感知できるかどうか試したんだな)

 
 中国拳法における"指弾"の要領で打ち出した小石が、敵の手から杖を奪うのを見て、桃は隠れ蓑にしていた村人を腕で押しのけた。

 最初に敵に向けて投擲した石は囮だ。頭を弾けるならそれでよし。防がれても索敵能力の限界が探れる。

 即ち、敵は魔力の無い物体も感知できるのか、あるいは感知できるのはやはり魔力だけで、こちらの魔力の流れを読んで防御したのか。

桃(こいつが感知できるのは魔力だけだ。最初の石は障壁をかなり大きく展開して防いだ――飛んでくる石自体を感知できるのなら最小範囲の障壁で防いだ筈)

 魔力を絞ったせいで身体能力は低下していた。指一本で弾いた石を確実に命中させ、さらには有効打を与えるために、ここまで接近する必要があったのだ。

 桃はバネ仕掛けのような勢いで立ち上がると、敵のもとへと最大速力で距離を詰める。立ち直る時間は与えない。ここで仕留める必要がある。

桃(魔法を使う際、こいつは杖に魔力を収束させていた。いまならあの防御魔法は使えない。一気に近づいて首を刎ねる!)

 抜刀する。桃は速度重視のセカンドフォームから闇墜ちフォームに装いを変えていた。確実に仕留められるように攻撃力を上げるためだ。

 もはや隠形の必要も無い。魔力の蛇口を全開にする。身体能力が一気に跳ね上がり、一歩の踏み出しで爆発的な加速を生んだ。10mを詰めるのに半秒と掛からない。

フリーレン「――先に謝っておくよ。死んだらごめん」

桃「――!」

 フリーレンは無事な左手を桃に向けた。

 次の瞬間、そこから莫大な魔力の奔流が迸る。それはまるで全てを押し流す大瀑布の如く。その暴力的な流れが桃を飲み込んだ。

 大魔族ソリテールが得意とした魔力放出による遠距離攻撃。シンプルにして最強の攻撃手段。人類の防御魔法など薄紙のように突き破る威力を持つ。

フリーレン(私から杖を奪って油断していただろう。そこに初見の攻撃手段。回避は――)

 だがその予想に反し、荒れ狂う魔力の衝撃の中から飛び出してくるものがあった。

フリーレン(これも避けるか――)

 フリーレンが目にしたのは四足獣の如く、顎が地面にこすれるのでは無いかというほど姿勢を低くした桃の姿。

 魔力外装のあちこちが千切れ飛び、血を滲ませているが、五体満足で動きに支障は無いらしい。

桃(杖が無くとも発動できる魔法の存在は予測範囲内。辺りにはお前が守るべき民間人が大勢転がってる)
桃(地面を砕くような攻撃は出来ないから、弾道は高くせざるを得ない。何が来てもその下をくぐり抜ける心算はできていた)

フリーレン(こいつ、その為に村人を誘導したのか。下手な魔族よりも厄介だな)

 魔力放出という技術において、フリーレンのそれは真似事だ。ソリテールほどの精密性は持たない。その点を突かれた。

 刀の間合いまであと半歩。それを詰めるために桃は最後の踏み込みを行い――

桃「……ぐぅっ!?」

 そして地面に叩き付けられた。

フリーレン「……ここまで追い詰められたのは80年ぶりだな。これを使うことになるなんて。まあちょっと前に私の複製体が使ってたけど」

 見えざる力に押さえつけられ、地面に這いつくばる敵を見つめながらフリーレンが呟く。その言葉には浅からぬ賞賛の色があった。

 フリーレンが用いたのは、1級魔法使い試験の際、彼女の複製体が最後にフェルンに向けて放った魔法だった。

 一切の魔力探知に反応しない、二重の意味での不可視の圧力。複製体が使った時は壁にフェルンを叩き付けていたが、今回は上方から下方へ、まるで超重力でも浴びせるような形で発動させた。

桃「この……っ!」

フリーレン「無駄だ、単純な膂力じゃ抜け出せないよ。とはいえ驚いた。この魔法を使うことになったのもそうだけど……まさか初見のこれを回避しようとするなんて」

 円状に降り注ぐ圧力は、本来なら複製体がフェルンにしたように、その全身を捕らえるはずだった。

 だが実際に捕らえているのは桃の左腕だけ。発動と同時、桃が無理矢理体を捻って進行方向を変えようとした結果がこれだった。

 魔力の流れから感知できた筈はない。となると、単純な直感の類いで回避を試みたのか。

 何にせよ驚異的だったが、この拘束からは抜け出せない。殺傷力はさほどでもないが、"防げないこと"に特化した魔法だ。

 フリーレンは左手を地面に転がる杖へ向けた。杖が少しずつ引き寄せられる。拘束魔法で捕らえて色々と調べるつもりだった。

 
フリーレン「さて、話を聞かせて貰おうか――」

 ――だが、その言葉が両断される。

 フリーレンの台詞を断ち切ったのは、桃が右手で握っていた刃だった。

 当然ながら、フリーレンはその凶器を警戒していた。仮に振り回しても届く距離ではなかったが、投擲された場合の対策も考えていた。

桃「――」

 だが無音で振るわれ、滑らかに動く刃が断ち切ったのは桃自身の腕だった。

フリーレン「……は?」

 切断され、圧力の中に置き去りにされた少女の左腕を見て、フリーレンは思わず疑問符を漏らす。

 フリーレンが反応できなかったのは、その動作に一切の躊躇いがなかったからだ。
 気合いの雄叫びでもあれば気づけただろう。だがまるで帰宅した後玄関の鍵でも閉めるかのような自然さで、その少女は自らの腕を切り落とした。

 自由を取り戻した桃は伏臥の状態から跳び上がり、残り半歩分の距離を瞬時に埋めた。刹那で振るわれる刀が、フリーレンの首筋に向けて猛速で迫る。

桃「とった……!」

フリーレン「――!」

 次の瞬間、轟音と共に巨大な土煙が舞い上がり、二人の姿を覆い隠した。

 爆発の正体はフリーレンが再度試みた魔力放出による攻撃だった。それを自爆覚悟で己の足下に撃ち込んだのだ。敵が至近にまで迫っていたからこそできる捨て身の戦法だった。

 土煙が薄くなっていく。その中で、二人分の影が起き上がった。両者の間で起きた爆発の衝撃で吹き飛ばされたのだろう。二つの影は数メートルの距離を挟んで向かい合った。

 
フリーレン「はぁ……はぁ……痛った……」

桃「ふぅー……ふぅー……」

 互いに満身創痍の状態で、彼女たちは自身と敵の負傷度合いを確かめる。

 フリーレンは間近で発生した爆圧の影響で全身に打撲と裂傷を負っていた。咄嗟に魔力で防御していなければ死んでいただろう。

 刀を完全に回避することもできていない。咄嗟に仰け反って首を落とされることこそ防いだものの、代わりに左肩に深い創傷を負った。血がどくどくと景気よく流れ出している。

フリーレン(この怪我はちょっと不味いな。この村に教会は無い。止血して、最寄りの教会まで飛ぶ……間に合うか?)

 対して桃は自身で切り落とした左腕の痕から同じく大量出血していたが、魔法少女にとってはいますぐにどうこうという傷では無い。
 全身をエーテル体に変換した魔法少女は、たとえ胴体から真っ二つになってもしばらくは生存できる。

 だが負傷の程度はフリーレンよりも大きかった。爆発のダメージを最小限にするため半身になったせいで、爆圧に晒した右半身がその影響をもろに受けている。

 右足はほぼ千切れかけており、地面に突き立てた刀を杖代わりにしてようやく立っていられるという有様。その刀を保持する右腕さえ、骨に罅でも入ったのか痛みと痺れを伝えてくる。

 そうまでなっても、しかし互いに戦闘態勢は崩さない。

桃(足をやったのは痛いな……機動力を失った以上、先手は許すことになる)

フリーレン(血が流れ過ぎてる。時間は掛けられない。一撃で仕留める必要があるな。というより、一撃以上は無理だ。連射に耐えられるような負傷じゃ無い)

桃(右腕がこれじゃ、投擲は使い物にならないな。魔力勝負も撃ち負ける公算が大きい……右腕と武器を囮に、どうにか組み付いて左脚で首をへし折る)

フリーレン(自爆戦法はもう無理だ。杖もさっきの爆発でどっかに吹き飛んだ。魔力放出で片をつけるしか無い)

桃(敵の攻撃はさっきの衝撃波だけ……と仮定する。あの出血だ。向こうは短期決戦を望んでいるだろうから、殺傷力の低い不可視の圧力は選択肢にないだろう)
 
フリーレン(あの腕じゃ投石の類いはない……と賭けるしか無いな。幸い、さっきの自爆で村人の転がってない方へ移動できた。もう弾道は気にしなくて良い。遠距離戦では私に分がある)

桃(時間の経過は私に有利だ。後の先を取る。敵がじれて魔法を撃ったらカウンターで飛び出してやる。集中しろ。この距離、一発目を回避できれば私の勝ちだ)

フリーレン(どうせ撃てるのは一発だけだ。村人に被害が及ばないギリギリで、可能な限りの広範囲をなぎ払う。もう捕らえるのは諦めた)

 刹那の内に思考を纏め、両者は最後の一撃の為の準備に入った。片や魔力を収束させ、片や最速で踏み出すために左脚に力を入れる。

 
 だがそんなにらみ合う両者の間に飛び込む影があった。

シュタルク「そこまでだ」

フリーレン「シュタルク……」

 援軍の登場に、フリーレンの表情が僅かに緩む。

シュタルク「……すげえ怪我だな。フリーレンがそこまで手こずる相手なのか」

フリーレン「かなりね。性能はともかく戦術が厄介で……正直、助かった。例の魔族は?」

シュタルク「ああ、それなんだけどさ――」

 と、シュタルクが何事か話そうとしたところで。

 フリーレンは目を見開いた。その背後で、桃色の髪の少女が恐ろしいほど高密度の魔力を収束させていたからだ。

フリーレン(攻撃魔法。でも、こっちの魔力放出に撃ち負けることは向こうも理解して――)

 そこでフリーレンは己の迂闊さを呪った。状況が変化したことにようやく気づいたのだ。

 シュタルクが間に挟まったことで、フリーレンは敵の攻撃魔法を圧倒するような魔力放出攻撃をすることはできなくなった。だが敵は当然、シュタルクごとこちらを攻撃できる。

フリーレン(シュタルクをどかして――いや、間に合わない)


 
桃(シャミ子を追っていった赤毛が戻ってきた――じゃあ、シャミ子は……!)

 フリーレンの解除魔法が暴いたトラウマを、悲劇的な予感が刺激する。

 大切な物を、再び守れなかった。その痛みは自身への怒りと、敵への殺意になった。

 即ち、限界を超えた魔力砲撃。フレッシュピーチハートシャワーのような中技ではなく、全盛期の魔力を失った今となっては撃てなくなった筈の大技を、自身の全てを投げ出して成立させる。

 エーテルで構成された肉体が崩壊していく。崩れた肉は魔力へと変換され、桃色の閃光が膨れ上がっていく。

 何よりも大切な存在を失った。もはや何もいらない。自分の生存さえ度外視して、望むことはただひとつ。

 ツケを払わせてやる。そんな闇属性の思考が頭を支配して、

桃「全部、消し飛――」

シャミ子「桃ぉーーーーーー!」

 ――そして、彼女の声が桃をその希死観から引き戻した。

 
桃「シャミ、子……?」

シャミ子「待って待って、暴力ストップで! その最終奥義みたいなエフェクト解除してください!」

 無意識のうち、言われるがままに収束させた魔力を霧散させて。

 桃は声のする方向へ頭を向けた。見れば、遠くからシャミ子が手をわたわた振り回しながら走ってきている。

シャミ子「うわっ、なんで村のみんな倒れてるんですか? 寝てるだけ? ……まあいまはあっちが優先で!」

 そうしてぴょこぴょこと村人達を避けながら、シャミ子は桃の元までたどり着いた。

 桃はシャミ子の身体をざっと観察する。見る限り五体満足で、危うげなところも見当たらない。

桃「シャミ子……無事なの……?」

シャミ子「はい! 桃も……」

 と、お互いの無事を喜び合おうとして。

 シャミ子は桃の異変に気づいた。まぞくはあまり夜目が利かないので、この距離になるまで桃の惨状がよく見えなかったのだ。

シャミ子「ぎゃー! も、ももっ、桃の左腕が取れてるーーーー!」

 それどころではなく、いままさに自爆めいたことをしようとしていたのだが。

 どこかずれたシャミ子の発言に、桃はふっといつものような笑みを零した。

桃「取れたんじゃないよ。自分で切り落としたんだよ」

シャミ子「切り落とすなぁ! 粘土じゃないんだから! 前に夢で見た時も思いましたが、なんで桃は自分の腕取っちゃうんですか!?」

桃「それが必要だったからだよ」

シャミ子「腕だって必要だからついてるんですよ!? いや言ってる場合じゃない! <かいふくのつえ>ーーーー!」

 
 そんなやりとりは、フリーレンからはシュタルクが壁になって声くらいしか聞こえなかったが。

フリーレン「……シュタルク、洗脳された? なんであの魔族が……」

シュタルク「……いや、やっぱりどうにも悪い奴とは思えなくてさ……」

フリーレン「何度も言うけど、魔族は人を欺くために――」

シュタルク「分かってるって。あいつが嘘をついてるかどうか判断できる能力が俺にはねえってことくらいはさ」

フリーレン「ならどうして?」

シュタルク「だからまあ、俺に出来る判断をしたんだよ。騙し討ちして本気で技を打ち込んだんだ。普通の魔族なら反撃するか、最低でも反撃しようとはしてくるだろ?」

フリーレン「本当に本気でやった? 手加減を見抜かれたんじゃ無いの? シュタルクが本気で殴ったら、あの魔族の頭なんてスイカみたいに弾け飛ぶでしょ」

シュタルク「森の中に腐った木の枝が落ちててさ、それを使った。打った瞬間に砕け散ったからほとんどダメージはなかったと思うぜ」

フリーレン「……」

シュタルク「……あー、怒ってる?」

フリーレン「いや、もうなんか色々面倒になっただけ……とりあえず、止血を手伝ってよ」

シュタルク「ああ、それなんだけど――」

 と、シュタルクが何か言いかけたところで。

 フリーレンは己の身体に異変が起きていることに気づいた。全身の痛みが和らぎ、消えていく。もっとも深かった左腕の刀傷も見る見るうちに薄くなっていく。

フリーレン(女神の魔法? いや、この感じは違うな。いったい誰が――)

シャミ子「……あの……大丈夫ですか?」

 見れば、シュタルクの背後に例の魔族が立っていた。

 杖型の魔道具を再び変形させて、そこに魔力を注ぎ込んでいる。杖はその魔力を増幅させ、何らかの魔法をフリーレンに向けて放射していた。複雑な魔法だ。術式構造すら把握できない。

 謎の魔法を魔族から掛けられているという事実に、フリーレンは一瞬身を強張らせる。だがすぐに理解した。魔族の消費する魔力と比例して、怪我が治っていく。

 認めざるを得なかった。この魔族は、先ほどまで自分を殺そうとしていた相手を治療をしているのだと。

 
フリーレン「……なにやってるの?」

シャミ子「桃とバトったと聞いて……怪我してるみたいなので<かいふくのつえ>を……」

シュタルク「俺の怪我もさっき治して貰ったんだよ。フリーレンが殴られた怪我も治してくれるって言ってて……」

フリーレン「……シュタルク、どこか怪我してたっけ?」

シュタルク「めちゃくちゃ殴られてたじゃん! あのピンクのに!」

フリーレン「怪我って言うほどの怪我だった?」

シュタルク「ひどい……戦士は鉄で出来てるとでも思ってるんだろ……師匠と比べないで欲しい……」

フリーレン(そういうことを言ってるんじゃ無いんだけどな)

 フリーレンもシュタルクの怪我の程度は把握していた。打撲数カ所。しばらく経てば熱を持って腫れ上がり、数日は酷く痛むかもしれない。

 言ってしまえばその程度の物だ。そしてその程度の怪我をわざわざあの魔族は治してくれたという。

フリーレン(私達を治療するメリットは何だ? 警戒を解かせるため? いや、もう洗脳魔法が通じないことは分かっているはず)
フリーレン(あの魔族は私を殺すしかないし、怪我をしてたのは殺すのに絶好のタイミングだったはず……)

 どう考えても答えはひとつ。フリーレンの常識に鑑みれば有り得ざる解答だったが。

フリーレン(この魔族は、本当に害意を持っていない……のか?)

シャミ子「?」

 首を傾げる魔族の顔は、こちらまで脱力してしまうような間抜け面そのものだったが。

フリーレン(なんかどうでもよくなってきたな……)

ミカン「あっ、いた! 桃ー! シャミ子ー! 無事ー!?」

フェルン「フリーレン様、ご無事でしたか。でしたら精神魔法をこちらのミカン様に――」

 フェルンと知らない少女の声が近づいてくる。おそらく矢の魔法の使い手だろう。どういう経緯があったのか、この二人も戦闘を中断して戻ってきたらしい。

 死者は出なかった。傷は魔族が消してしまった。遺恨は――まあ消せないほどのものは――生まれないだろう。

 この状況で、自分だけ意地を通しても仕方ない。フリーレンはため息をついて、自分が生涯魔族に掛けることはないだろうと思っていた言葉を口にした。

フリーレン「……戦いを仕掛けたこちらが言うのもなんだけど……話し合いがしたい。そっちはどうかな?」

 
◇しばらく後

フリーレン「異世界か……まさか本当にそんな物があるなんてね」

 精神魔法で記憶を共有し、彼女たちが本当に異世界から来たという証拠を得て。

 フリーレン一行とせいいき桜ヶ丘組は、話し合いの場を設けていた。

 村を一望できる小高い丘の上。ここからなら異常が起きてもすぐに対処できる。

 昏倒した村人達はそのままだ。起こそうと思えば起こせるが、その前に話のすりあわせをしておかなければ混乱を招く。

フリーレン「襲いかかっておいて、謝って済むことじゃないのは承知の上だけど……」

桃「……まあこの世界の魔族の生態を考えれば仕方ない部分はありますし、何よりシャミ子本人が……」

シャミ子「誤解は解けたんだし、それでいいじゃないですか」

桃「……こう言っていますし」

桃(……リリスさんがこの場にいたら少し面倒だったな)

 ちなみに等身大依り代に戻ったリリス、小倉、ウガルルは未だ合流できていなかった。リリスが道を知っているし、ウガルルがいれば大概の危険には対処できるだろうということで放置されている。

フリーレン「そう言ってくれるとありがたい。死人が出なかったのは本当に幸いだった……さて、異世界のことに興味は尽きないけど、あんまり話し込んでいられる時間も無い」

フェルン「村の方々をいつまでも地面に寝かしておくわけにもいきませんしね……ですが彼らを起こすとなると、皆さんの事情をどう説明すればいいものか」

シュタルク「普通に異世界からきた人たち、じゃ駄目なのか?」

フリーレン「混乱が起きるよ。ただでさえ辺境の村はよそ者に敏感だ。おまけに解除魔法の影響で、魔族への猜疑心が復活しているとなると……」

 全員の視線が桃に集中する。シャミ子の能力を解除魔法で解いた後、原因不明(本人が頑なに口を割らなかった為、そういうことになっている)の暴走をした実例だからだ。

ミカン「桃……あなたほんと、どうして交渉が纏まりそうだったのに大暴れしたの?」

桃「あ、それ追求されると闇墜ちするんでやめてください」

ミカン「またそれ!? その口ぶりだと原因は分かってるんでしょ? 向こうの人たちにも失礼だからちゃんと仰い!」

桃「あー! あー! やーみーおーちーすーるー!」

フリーレン「無理に口にしたくないならいいよ。とりあえず解除魔法の不備が原因じゃなさそうだし」

シャミ子「すみません、うちの桃が……」

桃「よし、それじゃあ頭を切り替えてこれからどうするか考えよう」

シャミ子「うちの桃が本当にすみません!」

 
桃「言いにくいだろうからこっちから切り出しますけど、私たちが退去した方が話はまとまるでしょうね。悪い魔族だったシャミ子はあなた達によって無事に退治された、という体で」

フリーレン「ああ、それが一番手っ取り早いだろう。彼女を悪役にするようで申し訳ないんだけど」

桃「元からシャミ子を回収したらすぐ帰るつもりでしたから。とはいえ、この案で一番損を引っ被るのはシャミ子だ。シャミ子が納得できないなら別の手を考えよう」

シャミ子「悪役になるのは構いませんが……」

フリーレン「構いませんが?」

シャミ子「その、私を信じてくれたアソリちゃんの立場が悪くならないか心配で……」

フリーレン「シャミ子を村に連れてきた子か。確かに可能性としては低くない」

シャミ子(ナチュラルにシャミ子呼びされてる……いやいいですけど)

フリーレン「……その子が村八分にならないよう、シャミ子の力で村人の認識をいじるのは? いまなら全員寝てるし」

シャミ子「え!? いいんですか?」

フリーレン「いいんですかって、なんで?」

シャミ子「いえ、さっきそれが原因で死ぬほど追い回されたので」

フリーレン「ごめんて。まあ洗脳っていうほど強い力じゃ無いみたいだし、人の為に使うならセーフじゃない?」

フェルン「申し訳ございません。フリーレン様はナチュラルに倫理観がバグっていることがあるのでございます」

 
シャミ子「あー……すみません、今やるのは無理っぽいです。今日は杖をいっぱい使ったので体力が……そもそも前回も数日に分けて村の皆さんの夢にお邪魔したので、一度にはとても……」

桃「私も消耗してるし、魔力面のフォローはできないかな」

フリーレン「魔力のフォロー? つまり魔力を他人に委譲できるってこと? 興味深いな。いったいどういう理屈で――」

フェルン「フリーレン様」

フリーレン「そうだね、いまはそんな場合じゃ無いね……他にはそうだな、ここの村長は聡明な人物のようだし、事情を話して後を託すとか。やや確実性に欠けるけど」

ミカン「シャミ子じゃない、別の魔族が居たって言うのはどうかしら? 村を襲ったのはその魔族だったってことで」

フリーレン「うん。魔族は死体が残らないし、一見いいアイディアだけど……シャミ子が同時期に消えたら、勘ぐる人はいるんじゃないかな」

シャミ子「数日に分けて村の人を夢で説得するって言うのはどうでしょう? その間、私は見つからないよう森の中にキャンプでも張って」

フリーレン「お勧めはしない。ばれたときに状況が悪化するからね。この村には猟師もいるようだし、森の異変には敏感だろう」

桃「もっと離れるにしても、小倉がキャンプ暮らしに耐えられるとも思えないしね。現実的なのは村長に後を託す案か……」

シャミ子「大丈夫でしょうか……?」

フェルン「私たちからも口添えはいたしますので……なるべく状況が悪くならないように」

 
フリーレン「話は纏まったね。そっちは夜が明ける前に村を離れた方がいいだろう。後始末はこっちでやっておく」

桃「分かりました……行こう、シャミ子、ミカン。まずはリリスさん達と合流しないと」

ミカン「そうね、でもちょっと待って……はい、フェルン。これがさっき話してた伊予柑、八朔、晩白柚……」

フェルン「ありがとうございます。旅の途中でいただきますね」

桃「ミカン、異世界の植物を不用意にばらまかないで! すみません、種は燃やして処理してください」

ミカン「!? 断種政策だわ! 異世界を美味しい柑橘類でいっぱいにしようと思ったのに!」

桃「侵略に等しい!」

シャミ子「それじゃあ私たちはこれで……アソリちゃんのこと、よろしくお願いします」

フリーレン「……こっちの世界の魔族がシャミ子みたいな奴ばっかりだったら、とっくの昔に世界は平和になっていただろうな」

シャミ子(……あれ? そういえば、私がこっちの世界に来た理由って……)

桃「ほら、帰るよ。ミカンも種の無いやつなら置いていっていいから――」

アソリ「――シャミ子!」

 
シャミ子「アソリちゃん!?」

シュタルク「あ、鹿肉仮面の子だ」

フェルン「それだとなんだか鹿肉仮面から産まれたみたいですよ」

桃「ごめん、鹿肉仮面ってなに? アソリって、確かシャミ子を匿ってくれたっていう子だよね?」

フリーレン「目が覚めたのか……所詮は副作用だしね」

アソリ「シャミ子……いま、帰るって……」

シャミ子「アソリちゃん、今の話を聞いて……?」

アソリ「シャミ子が帰るってところだけ……帰っちゃうの、シャミ子?」

シャミ子「……はい。あ、あの、ごめんなさい。帰るところがないっていうのは、その……」

アソリ「いいんだよ。事情は聞かないって私が言ったんじゃん。シャミ子にちゃんと帰る場所があったことの方が嬉しいよ」

シャミ子「……ありがとうございます。本当にアソリちゃんにはお世話になってしまって……帰ってもアソリちゃんのことはずっと忘れません」

アソリちゃん「……やだ。帰っちゃ駄目だよ」

シャミ子「アソリちゃん……私も、お別れするのは寂しいですが……」


アソリ「だって、シャミ子にはまだやらなきゃいけないことがあるだろ……?」

 
シャミ子「やらなきゃいけないこと……? あっ、そうだ人とまぞくの共存! すっかり忘れていました……あれ? なんでアソリちゃんがそれを知ってるんです?」

フリーレン「人と魔族の共存……?」

シャミ子「あっ、フリーレンさんにも話し忘れてましたか……えーと、どこから話せば……」

桃「待って、シャミ子。リリスさんから聞いたけど、それって確かシャミ子がこっちに呼ばれた……アソリっていったっけ。君は一体何者なんだ?」

 場の空気がピンと張り詰める。変わらないのは質問を投げかけられたアソリだけだった。何も分かっていないのか、もしくは――全てを把握しているからか。

 暗闇の中、アソリの表情は読めない。その顔に夜の闇を落とすことで、少女は無貌となっていた。

アソリ「私? 私はまあ、言うなれば――被害者ってやつかな」

シャミ子「被害者……?」

 その問いに直接は答えず、アソリはゆっくりと右腕をあげた。水平に伸ばされた腕。人差し指がぴんと伸ばされ、ある方向を指向している。なんとなく、その場にいる全員がそちらへ頭を向けた。

 奇しくも朝日が昇り始めていた。水平線から巨大な光の塊が顔を覗かせ、夜を退散させていく。

 
 そんな中で朝告げ鳥の如く響き渡ったのは、シャミ子の悲鳴だった。

シャミ子「あああああああああ! みなさんのおうちが大変なことに! ベンノさん家が根こそぎ吹っ飛んでる! マリウスさんの家は屋根に大穴が! なんで!?」

 太陽に照らし出された村の惨状をようやく認識したシャミ子が叫ぶ。同様に、改めて村の様子を確認したアソリも顔をしかめていた。

アソリ「うわっ、改めてみると酷いな……ここに来るまでに吹っ飛んだ家はいくつか見たけど、他の家も穴だらけじゃん」

シャミ子「誰ですか、村をあんなにしたのは!?」

桃「……村の人を屋外に出して目眩ましにしようと思って、家に石を投げて穴だらけにしました」

フリーレン「……それを防ごうとして家を攻撃魔法で吹っ飛ばしました」

シャミ子「桃がとうとう悪魔戦術を実行に移した! 今までは精々考えるだけだったのに!」

フェルン「フリーレン様……」

桃「いや、待って欲しい。フリーレンにそれだけ追い詰められていたんだ。すごい魔法使いだよフリーレンは」

フリーレン「桃こそ凄まじい戦術家だよ。相手が桃じゃ無かったら家を吹っ飛ばそうなんてしなかったよ」

桃「……気のせいかな。私に責任を押しつけようとしてない?」

フリーレン「そっちこそ」



 
アソリ「とにかく! 村の現状回復を手伝ってくれないと困るんだよ! 私たちだけじゃ冬までに再建するの無理だから!」

ミカン「やるべきことってそれね……ごめんなさい。私も村の様子をほとんど見ないでここまで来ちゃったから」

シャミ子「じゃあ共存問題については?」

アソリ「? なにそれ? 共存よりも保存食のが問題だよ。ほら、あそこなんて緊急時に解放する村の共有食料庫だったんだから。シャミ子が作るの手伝ってくれた乾燥野菜もあの下だよ」

シャミ子「! 頑張ってたくさん作ったのに……あっ、必殺のシャドウぽろぽろ涙が……」

桃「悪かったよ! 家の再建も保存食の補填も、終わるまで村にいるから!」

フェルン「フリーレン様、私たちもですよ」

フリーレン「分かったよ……まあ異世界のことを聞ける時間ができたと思おう」

 
◇数日後

桃「石材持ってきましたー」

シュタルク「おっちゃん、ここに置いちゃって大丈夫?」

村人「あ、ああ。ありがとう。じゃあ大きさ合わせて切ってくれるかい?」

シュタルク「あいよー。んじゃあ俺が適当に割っていくから、細かいとこ頼むぜ」

桃「へーい」

村人(それこそ家一件分くらいある大きさの石を背負って持ってきた……いまもそれをチーズみたいに切り分けてるし……)

子供「シュタルクすげー! どうやったらシュタルクみたいなせんしになれる?」

シュタルク「ん? あー、そうだな。坊主くらいの歳なら、よく食ってよく寝るのが一番大切だぜ」

子供「えー! そんなのつまんない! しゅぎょうつけてくれよー!」

シュタルク「仕事が終わったらなー」

 わいわいがやがや

桃「……」


シャミ子「あっ、桃がなんか寂しそうな顔してる」

アソリ「桃はあんま表情動かなくて威圧感あるからなー。はいシャミ子、野菜切ったから並べて」

 
 あれから数日後。フリーレン一行とせいいき桜ヶ丘組は修復作業の為、村に滞在していた。魔法使い二人、魔法少女二人という超馬力の存在のお陰で、村の復旧は急ピッチで進んでいる。

 『村を襲ったのはシャミ子とは別の魔族で、桃達はそれを追っていた戦士と魔法使い。シャミ子とリリス、およびウガルルは人と共存しようとする良い魔族』

 結局、あの日の出来事はそんなカバーストリーで誤魔化すことになった。

 フリーレンと桃の戦闘は村人に目撃されていたが、村人は家から飛び出してすぐに眠らされた為、桃の姿は見ていない。

 彼らの認識としては、フリーレンが"何か"と戦っていたというものであった為、そこに架空の魔族の存在を当て嵌めたのだ。家を壊した責任もその魔族に全部負わせた。

ガタイのいい村人「おう、アソリにシャミ子ちゃん! 頑張ってるな! さっきミカンちゃんが鹿を大量に仕留めたから、今夜は肉が振る舞われるってよ!」

アソリ「おっ、ラッキー! こんな調子なら、シャミ子達ずっと村にいてくれればいいのにな!」

シャミ子「あははは……」

 夢魔の力が解けた為、村人達が抱いていたシャミ子への猜疑心が復活するのではという心配は――結論からいえば杞憂となった。

 あの夜以降も、村人からシャミ子への態度が変わることは無く、友好的な関係を維持している。

しおん「シャミ子ちゃんの能力は、いまはまだ深層心理に働きかける程度のものだから……シャミ子ちゃんがこの村で一生懸命お手伝いしてたのは村のみんなが見てたんでしょ?」
しおん「根拠のない猜疑心と、実在する記憶なら後者が勝つってところだろうねぇ」

 と、合流したしおんはそんな仮説を立てていたが。

 誰も気にしていないが、復活した桃のトラウマもいつの間にか消えていた。<かいふくのつえ>の効果なのだが、その事実には誰も気づいていなかったりする。

リリス「――そして余の張ったバリアが、邪悪な魔法使いの魔法を防いだ! びびびー! カキーン! ふははは、余は無敵! 最強!」

子供達「うそくせー!」「せきぞうの時のがまだかわいげがあった」「なんでおねえちゃんは働いてないの?」

リリス「余は特権階級なので労働を免除されているのだ! くくく、羨ましかろう!」

アソリ母「リリスさーん? ゴミ捨ては終わったんですかー? 働かざる者食うべからずですよー?」

リリス「あっ、はい。いまやりますー……」

子供達「だっせー」「こんなおとなにならないようにしよう」「おてつだいしにいこう」

 
フリーレン「村の復興は順調だね。保存食も鹿猟でなんとかなりそうだ」

フェルン「潰れた倉庫からも、ある程度は回収できましたからね。建物の建て直しも今日中に終わるでしょう」

フリーレン「となると、あの子達も明日には旅立つかな……魔法少女の魔法や魔力操作は再現できそうにないけど、有意義な時間だった」

フェルン「初日は質問漬けにされて、ミカン様たちは寝不足になっていましたが」

フリーレン「一日徹夜したくらいで情けないね」

フェルン「フリーレン様はお昼まで起きなかったの、忘れていませんよ」

フリーレン「……それにしても、シャミ子がこっちに来た理由……」

フェルン「誤魔化さないでください」

フリーレン「違う……いや本当に違うんだって。だって気になるでしょ。シャミ子の話が本当なら、シャミ子をこの世界に呼んだ奴がいるってことだよ」

フェルン「……確かに、それはまあ。いままで仕事に追われていて、考える余裕もありませんでしたが」

フリーレン「異世界を渡る魔法……この村にくるきっかけになった、私が感知した残留魔力は多分その痕跡だ」

フェルン「そんな途方もない魔法、本当に存在するのですか?」

フリーレン「人間には無理だ。可能なのは魔族の魔法か、まだ発見されていない女神の魔法くらいだろうね」

 
しおん「……面白そうな話をしてるねぇ。混ぜて貰っていい?」

フェルン「しおん様? 保存食作りを手伝っていたのでは?」

しおん「腕が痛くてもう無理ぃ……ウガルルちゃんに任せてきたよ。ペミカンの作り方も伝授してきたし、頭脳派キャラのノルマはこなしたと見なしていいよね?」

フェルン「それは知りませんが」

フリーレン「しおんもシャミ子を呼び出した犯人について考えていたの?」

しおん「そりゃそうだよぉ。そうそう何度も異世界に呼び出されてたら命がいくつあっても足りないもん。あっちに帰る前に、何らかの対処はしておかないと……」

フリーレン「なにか分かった?」

しおん「こっちの世界のことは知らないことの方が多いから……ただ、犯人の"手段"についての仮説は立ちそうなんだ」

フェルン「手段の仮説……? 異世界召喚魔法の術式構造の仮説ということでございますか?」

しおん「そんな難しい話じゃなくてね。確認したいんだけど、こっちの魔族の生態って――」

 
◇翌日 森の中

アソリ「……よし、と。これくらいでいいかな」

シャミ子「アソリちゃーん」

アソリ「ん、シャミ子か? どうかしたの?」

シャミ子「……あの、アソリちゃんに用事があって。一緒に来てくれます?」

アソリ「別にいーよ。どこに行くの?」

シャミ子「私たちがお借りしてる寄り合い所まで……ところでアソリちゃん、こんなところで何をしてたんです? その袋は?」

アソリ「別に、何でも。それよりほら、行こうよ」

 
◇寄り合い所

アソリ「お邪魔しまーす。お、全員勢揃いだね」

フリーレン「……」

フェルン「……」

シュタルク「……」

桃「……」

ミカン「……」

リリス「……」

しおん「……」

ウガルル「んがっ」

アソリ「んがっ! で、私に用があるらしいけど何かなー?」

 
シャミ子「アソリちゃん……アソリちゃんは、この世界で一番最初に出会って、この世界で一番優しくしてくれた人です」

アソリ「な、なんだよ改まって……照れるぜ!」

シャミ子「だから――正直に言ってください。なにか、私たちに隠していることはありませんか?」

アソリ「? なんのこと?」

シャミ子「正直に……言ってくれないんですか?」

しおん「ごめんねぇ、アソリちゃん。もう証拠は揃ってるんだぁ」

フェルン「隠し立てしても無駄ですし、逃げられませんよ。いま入ってきた扉はフリーレン様が魔法で閉じました」

アソリ「えっ……あっ、本当に開かない! な、なんだよ……みんな怖い顔しちゃってさ」

シャミ子「フリーレンさんは、記憶を読む魔法が使えるそうです。でも使いたくありません。アソリちゃんの口から、本当のことを聞きたいんです」

アソリ「シャミ子……」




アソリ「なぁんだ、ばれちゃったのか」

 
シャミ子「本当に……アソリちゃんが……?」

アソリ「なんだよ、証拠は揃ってるんじゃなかったの? あ、もしかしてカマかけられた? ははっ、ずるいなーシャミ子は」

シャミ子「どうして……」

アソリ「理由なんて分かりきってるだろ? 腹を満たすためだよ」

シャミ子「違います! 私が聞いているのは……!」



シャミ子「どうしてみんなの分のクッキー食べちゃったんですかってことです! 帰るとき、村の皆さんに配ろうと思っておかしタイムの杖で用意したのに!」

アソリ「いやしょうがないじゃん! 何だよあの暴力的なバターと砂糖の香り! こんな寒村で生まれ育った子の目の前であんなもん出しやがって!」

アソリ「みんなが留守の内に忍び込んで白湯と一緒に美味しくいただきました! 最初は一枚だけと思ったけど気づいたら全部平らげてました!」

アソリ「それにあれは毒だね! こんな寒村の住人に食わせたらいけないね! 生涯において二度と食べられないであろう甘味を味あわせるなんて残酷じゃん?」
アソリ「だから私が全部食べて、むしろ村のみんなから感謝されるべきだと思います!」

シャミ子「開き直った!? 分かりました。感謝されるべきってことなら、アソリちゃんのお母さんに言っても大丈夫ですね!?」

アソリ「あっ、母さんにチクるのはレギュ違反だろ! うちの母さんの食いしん坊振りはシャミ子も知ってるくせに!」

シャミ子「アソリちゃんのおかあさーん! アソリちゃんがー! クッキーをひとりじめにしてー!」

アソリ「わああああストップ! ストップだシャミ子! 悪かったから! 謝るよ本当にごめんなさいでした!」

シャミ子「……まったく、あとは袋に小分けするだけだったのに……用意した小分け用の袋も消えてましたけど、あれどこにやったんですか?」

アソリ「私の部屋の棚の引き出しに隠しました」

シャミ子「ええい、証拠隠滅とは悪質な。クッキーはもう一度杖で出せばいいですが……」

アソリ「ごめんってばー」

桃「それじゃあアソリには罰としひとりで袋詰めをやって貰おうか。シャミ子、またアソリが独り占めしないように監視しておいて」

シャミ子「がってんです! ほら、アソリちゃん行きますよ!」

アソリ「はーい……」

 
フリーレン「……シャミ子は十分建物から離れたよ」

シュタルク「あのアソリって子、役者だなぁ。マジで逆ギレしてるようにしか見えなかったぞ」

フェルン「クッキーに関しては、私たちもいただきましたのに……」

リリス「え、そうなの? 余は食べてないんですけど?」

ミカン「ご先祖様はここ数日、遊んでばかりだったらから外そうって桃が」

リリス「ちょっと-!? 余だってこっちの世界でもゴミ捨て頑張ってたんですけど!?」

桃「はいはい、次のクッキーは食べていいですから……で、計画通りシャミ子を遠くにやったわけだけど。どうしてもシャミ子には秘密にしなきゃいけないんだよね?」

しおん「たぶんね。不満があるなら、話を聞いた後にシャミ子ちゃんに話すかどうか決めてくれればいいよ」

桃「分かった。それじゃあ話してくれる? シャミ子を呼んだ奴について分かったことがあるんでしょ?」

 
しおん「あくまで仮説だけどね。分かったのは、シャミ子ちゃんをこの世界に呼んだ人の"手段"について」

リリス「手段? そんなもの分かりきっているだろう。魔力契約による強制召喚だ」

しおん「呼び出した手段じゃ無くて、その人がどうやって目的を果たそうとしていたか、って話だよ」

桃「目的……この世界の魔族と人を共存させる、だっけ?」

フリーレン「……」

しおん「うん。シャミ子ちゃんを呼び出した人……犯人って呼ぶけど、その人の目的は共存で間違いない」

シュタルク「なんでだ? そう言われたってだけだろ? その犯人とやらが魔族なら嘘かもしれないぜ?」

リリス「いや、魔力契約で条件を偽ることは出来ぬ。余が桃にいつか仕掛けてやろう思っているような、詐欺めいた悪質な契約を交わすこともできるが――」

桃「あ゛?」

リリス「やばい口が滑った! と、ともかく今回の契約内容は単純で、誤魔化しが入る余地はない。"魔族と人の共存を実現するため"にシャミ子を呼び出した。この前提は覆らん」
リリス「あ、いけないんだぞ桃。いまはみんな真面目な話をしているのだから、席を立って余の腕をとって複雑な関節技を掛けてはあぎゃあああああああ!」

ミカン「ごめんなさい、続けて?」

しおん「犯人の目的は魔族と人間の共存。それじゃあそれをどうやって実現する気だったと思う?」

シュタルク「普通に考えれば、シャミ子にそれをやらせる気だったってことだよな」

フェルン「確かにあの気質なら、架け橋になることもできるでしょうが……実際、この村の方々はシャミ子様に好意的です」

フリーレン「でも、それはあくまでシャミ子が異世界のまぞくだからだ」

しおん「そうだね。この世界の魔族は例外なく生まれながらにして人間の天敵。その言葉さえ人間を騙すために生態として身につけた」

ミカン「シャミ子がいくらこの世界の人と仲良くなっても、こっちの魔族の気質が変わるわけじゃないものね。変わるのは――」

フリーレン「――受け手。人間の認識だ」

ウガルル「ボスは尻尾アレだけド、ボスとしてノ心得あル。ボス、大人気!」

ミカン「なるほど、つまり犯人はシャミ子を広告塔にして人間側の意識を変えるつもりだった! そういうことね!」

フリーレン(……でも、それは)

しおん「うーん、満点はあげられない解答だねぇ」

ミカン「あら、そうなの? どこが間違っていたのかしら」

しおん「大筋では間違ってないよ。シャミ子ちゃんを使って人間側の意識を変えようとしたっていうのはきっと正しい。ただ、どう使うかが問題なんだ」
しおん「シャミ子ちゃんにこの話を聞かせないようにしたのもこれが理由」

しおん「結論から言うね。犯人はたぶん、シャミ子ちゃんを殺すつもりだったんだと思う」

 
桃「! ……それ、どういうこと?」

しおん「犯人にとって、私たちが干渉するのは想定外だった筈。この世界に迎えにこれたのは、リリスさんが咄嗟に投げ込んだ始祖像に、私が偶然マジカルGPSを取り付けてたから」
しおん「二重の偶然を読んでいたとは考えにくいよねぇ」

リリス「はいでた余のファインプレー! 桃はもっと余をリスペクトすべきだと思います!」

しおん「本来、シャミ子ちゃんは元の世界に帰れない筈だったの。この世界に骨を埋めるはずだった……ところでこの世界の魔族と私たちの世界のまぞくには、大きな違いがあるよね」

シュタルク「違い……分かんねえな。シャミ子の能力も、魔族の魔法なら再現できそうだし」

フェルン「能力ではなく、生態の違いということでしょうか?」

桃「生態……そうか、前にフリーレンが言ってたね。こっちの魔族は、死ぬと死体が残らないって」

しおん「そう。でもシャミ子ちゃんは死体が残る……犯人にとって、それは不都合だったはず」
しおん「なぜなら生前のシャミ子ちゃんがいくら人間の魔族に対する認識を変えても、その最期に死体が残ればこちらの魔族でないことが分かっちゃうから」

しおん「ううん。異世界という認識が無ければ、単純にシャミ子ちゃんは魔族ではなかったってことになる」
しおん「下手をすれば角も尻尾もただの奇形。ちょっと見た目の変わった人間だったんじゃないかってことにもなりかねない」

フェルン「そうなれば、変化させた人間の認識も元に戻ってしまう……」

シュタルク「なるほどな。つまり犯人の計画っていうのはシャミ子と人間が仲良くなった後、、シャミ子を殺してその死体を埋めるなりなんなりするつもりだったってことか」

しおん「いいねいいね、さっきよりは満点に近づいてきたよぉ」

シュタルク「? まだなんかあんのか?」

しおん「この犯人は、最初の魔力契約を除けば自分の手で干渉する気がない、あるいは出来ない状態にあるんだと思う」

しおん「この計画自体、完璧に詰められたものっていう印象がないよね。かなりの部分が運任せで、精々が"種はまいておくから後は勝手に育って実がなればいいなぁ"ってくらいのレベル」

しおん「例えばシャミ子ちゃんが最初に呼び出された街道を逆に行ってれば、ここより大きな街にたどり着いてた」
しおん「魔族っぽい見た目のシャミ子ちゃんがのこのこそんなところに行ったら、衛兵に取り押さえられて人間の認識を変える前に処刑されちゃう可能性もある」

しおん「他にも道ばたで野宿して凍死したりとか、魔物に襲われて食べられちゃうとか。この世界、正直シャミ子ちゃんひとりだけで生き抜くには過酷だからね」

シュタルク「じゃあ犯人はシャミ子の死体をどう始末するつもりだったんだ?」

しおん「自分で始末できないなら、他人にさせればいいんだよ。例えば――世界でも有数の魔法使いに、欠片も残さず消し飛ばして貰うとか」

フェルン「それは……つまり、フリーレン様に?」

 
しおん「犯人の計画の全貌は、多分こんなところだと思う。まずフリーレンさんがある一定の距離に入ったところで、その行き先にシャミ子ちゃんを召喚する」
しおん「一定の距離って言うのは、シャミ子ちゃんがフリーレンさんと出会うまでに、人間と仲良くなるための時間を稼ぐ為のものだね」

リリス「しかし余達がこの世界に来たとき、術者の姿はなかったぞ?」

しおん「遠隔から召喚したか……もしくは発動条件を設定した魔法を予め仕込んでいたのかも。それこそ一定の距離にフリーレンさんが侵入したときに発動する、とかね」
しおん「こっちの魔族の魔法は、ひとことで言えば"何でもあり"みたいだし」

フリーレン「……」

しおん「シャミ子ちゃんの召喚された街道は、基本的に帝国領までの一本道。中央諸国に住んでるフリーレンさんの進路予測は十分立てられる」
しおん「あとは召喚魔法の残留魔力をフリーレンさんが感知すれば、怪しんで勝手にシャミ子ちゃんを追跡してくれるでしょ?」
 
しおん「この辺りは昔から魔族による被害が少ないんだって。そんな土地で魔族を探せば高確率でシャミ子ちゃんに行き当たるもんねぇ」

フリーレン「そして追いついた私がシャミ子を魔法で消し飛ばす、か……なるほど。つまり私はまんまと誘導されたってわけか」

しおん「そうだね……そしてその事実が、この犯人の特定に少しだけ役に立つ……」

フェルン「特定? 犯人がどこの誰か絞れると?」

しおん「私には無理だけどね……フリーレンさんには心当たりがあるんじゃないかな。だってたぶんこの犯人は、フリーレンさんと面識があると思うから」

桃「! フリーレン、本当?」

フリーレン「答える前に教えて欲しい。しおんはどうしてそう思ったの?」

しおん「フェルンちゃんやシュタルクくんに色々こっちの世界のお話を聞いて、私なりに判断したんだけど……」
しおん「『魔族は完全に交渉の余地のない動物である』って認識は、この世界で十分に浸透してるわけじゃないみたいだね?」

しおん「長い間魔族と戦ってきた城塞都市の人間でさえ、交渉の余地があると思ってしまったくらいだもんねぇ」
しおん「たぶんきちんとその認識を持ててるのは、フリーレンさんやごく一部の魔法使い達だけなんじゃないかな?」

しおん「それ以外の戦士や魔法使いがこの村に立ち寄って、村人と仲良くしてるシャミ子ちゃんを見たら『魔族とも共存できる』って思い込むと思う」
しおん「犯人からしてみれば、それはよくない状況だよね。シャミ子ちゃんを討伐させないと死体が残っちゃうから」

しおん「でも犯人にとって都合の良いことに、やってきたのは魔族絶対殺すウーマンのフリーレンさん。これって偶然かな?」
しおん「そもそも召喚の残留魔力はフリーレンさんくらいにしかその異常性を感じ取れないくらい心許ないものだったんじゃない?」

フェルン「確かに……私も魔力探知は得意な方だと自負していますが、あの残留魔力は誰かが民間魔法でも使ったのだろうと気にも留めませんでした」

しおん「つまり、この計画に必要不可欠だったのはフリーレンさんなんだよ」
しおん「異世界から呼び出せる以上、シャミ子ちゃんの代わりはいくらでもいるからねとりあえず人畜無害で角の生えた子を引っ張ってくればいいわけだから」

桃「犯人は、そんな理由でシャミ子を誘拐したの……?」

 べきっ

リリス(うわ、桃の爪先が石床ぶち抜いてる……怖っ)

しおん「他にも仮説レベルでよければいくつか理由はあるんだけど――全部聞く?」

 
フリーレン「いや、それだけ聞ければ十分だ」

フェルン「では本当にフリーレン様と面識のある魔族ということですか? となると、かなり絞られるのでは?」

シュタルク「ああ、フリーレンと会って生き延びた魔族なんてそう多くねえだろ」

フリーレン「……正直な話、犯人の目的を聞いた時点で思い浮かんだ顔はあったんだ。人類との共存。そんなことを本気で願っていた魔族なんて、片手の指でこと足りる」

桃「よし、そいつら片っ端から絞めていこう」

フリーレン「それは無理だろうね」

桃「無理でもやるんだ。どんなに強い相手だって――」

フリーレン「ああ、そういう意味じゃないんだ。安心して欲しい。そいつは80年以上前に死んでいる」

桃「え……もう死んでる? どういうこと? 確かなの? ならなんでシャミ子が――」

フリーレン「確かに死んでるよ。私たちが倒したんだ。そいつは勇者ヒンメルとその一行にに倒された。シャミ子が今になって誘拐されたのは、生前に時限式の魔法を用意してたんだろう」

しおん「時限式? 条件付きじゃなくて?」

フリーレン「しおんの考察は概ね正しかった。瑕疵があるとすれば、犯人の仲間に未来を見通す魔法を使う魔族がいたってことだ。そいつも南の勇者と相打ちになって死んでるけど」

フリーレン「とにかく犯人は自身が死んでから80年以上後に、私があの街道を通ると知ることができた」
フリーレン「運任せに見えた部分も、向こうにしてみたら確かなものだったんだろう。呼び出したシャミ子がこの村に向かうのだって知っていたかもしれない」

リリス「しかし、それでは桃達の介入で計画が失敗することも分かっていたのでは?」

フリーレン「おそらくだけど、異世界の未来は見れないんじゃないかな。シャミ子を呼ぶのはこちらからの干渉で確定していたから見通せたんだろう」
フリーレン「魔法で見通す未来がどんなものかは分からないから、憶測になるけどね」


 
フリーレン「人間と魔族の共存の可能性を僅かでも残そうとしたんだろうね。諦めが悪いというか執念深いというか……」

桃「……でも死後に発動する魔法を遺せるなら、他にもシャミ子が召喚されるような魔法があるってことじゃ?」

フリーレン「困ったことにその可能性は否定できない。加えていうと、もうひとつ不味いことがある」

桃「それは?」

フリーレン「このままシャミ子が元の世界に帰ると、あいつの計画が成功することになる」

桃「……あ! そうか、もう村の人たちは"魔族とも共存できる"と思い込んでいるから……」

ミカン「このままシャミ子が帰ったら、その思い込みを是正することができなくなるってことね……やっぱり正直に言う? 異世界から来ましたって」

フリーレン「村民の内、何人がそれを信じるかだね」
フリーレン「異世界からきたまぞくと、人とも共存できる魔族……個人的に言えば両方とも眉唾だけど、おそらく後者の方がまだ信じられるって人の方が多いんじゃないかな」

シュタルク「放っておいても大丈夫なんじゃねえか? しおんもさっき言ってたけど、ほとんどの奴は『魔族とは絶対共存できない』なんて認識持ってないだろ」

フリーレン「なんとなくの『共存できるかもしれない』と実例を伴った『共存できる』は似てるようで違うよ。後者が広まるのは不味い。魔族につけ込まれ放題になる」

リリス「ううむ。シャミ子が村に溶け込みすぎたことが裏目に出るとはな。これもう言葉だけでは説得できんぞ」
リリス「それこそ死体みたいな物的証拠でもない限り……おい桃、なんだその目は? どうしてそんな目で余を見る? まるで死体がないなら作ればいいとでも言いたげな……」

桃「リリスさん、その等身大依り代いくらで売ります?」

リリス「やっぱり余を死体にするつもりだったな!? 売らぬぞ! ゴミノルマはあるけど動けるだけで毎日が楽しいんです! やだやだ余を殺さないで!」

フェルン「……フリーレン様から非情な戦術を使う方だとは聞いていましたが……」

シュタルク「う、うわあ……」

フリーレン「……桃、別の手を考えよう。魔族みたいな考え方してるとそのうち魔族になるよ」

桃「……い、嫌だな。冗談だよ。本気にしないでってば……ははっ」

リリス「嘘だ! 目が笑っておらぬもん!」

 
桃「……こほん。冗談はともかく、何か手を考えないと……シャミ子を誘拐した奴の計画をむざむざ成功させるのも腹が立ちますし」

フリーレン「問題はふたつ。まだ時限式の魔法が存在する可能性と、村人の魔族に対する認識だ」

フェルン「あの、後者に関してはそれこそシャミ子様の能力で認識を書き換えるのはどうでしょう? 少々乱暴な手かもしれませんが……」

リリス「無理だな。シャミ子には無理だ。余達夢魔は夢の中で相手に接触し、無意識部分に干渉するが……あやつに人を怖がらせることが出来ると思うか?」

◇◇◇

シャミ子『わははは、私は超怖いまぞくです! 毎日しゃとーぶりあん生活! がおー!』

◇◇◇

桃「それは……」

ミカン「難しい気がするわね……」

フェルン「メトーデ様が見たら一時間は放して貰えないでしょうね……」

シュタルク「今晩にでも、魔族に扮装して適当に暴れ回るとかはどうだ?」

フェルン「駄目ですよ。シャミ子様の印象自体をどうにかしないと『仲良く出来る魔族とそうでない魔族がいる』という認識になるだけです」

シュタルク「ああ、そっか……」


 
しおん「はーい。そこで私に、両方の問題を一挙に解決できる提案がありまーす」

桃「本当に? そんな都合のいいものがあるの?」

しおん「うん。といっても完全な解決ではないし、ちょっとだけ乱暴だけど……リリスさんの依り代を死体にして置いてくよりは平和的だと思うよ」

桃「だからあれは冗談だって……で、どういう案なの?」

しおん「フリーレンさんは、精神魔法でミカンちゃんの記憶を共有してたよね? なら、記憶に干渉することもできるんじゃないかな?」

フリーレン「私はそこまで精神魔法が得意じゃないから……でも、出来る魔法使いには心当たりがあるよ。特定の記憶を完全に消せるレベルのね」

桃「小倉、もしかして……?」

しおん「うん。村の人と私たち、全員の記憶を消すの」

 
しおん「幸い、この村は人の出入りがほとんどない……情報がこの村の中だけで留まっている今が最小の改変で済むタイミングだよぉ」

ミカン「確かにそれなら、魔族に対する認識はシャミ子が来る以前のままになるわよね……」

シュタルク「待ってくれ。認識を戻す必要があるから、村の人たちからシャミ子に関する記憶を消すのは分かるけど……」

フェルン「私たちからもシャミ子様の記憶を消す必要があるのですか?」

しおん「ううん。私たちから消すのは、お互いの記憶……異世界が存在するって情報そのものだよ。私たちの出会いを全部なかったことにする……」

フェルン「! 何故ですか? 確かに良い出会い方ではありませんでしたが、せっかく知り合えたのに」

ミカン「そうよ、せっかく柑橘類の布教もしたのに」

しおん「これはシャミ子ちゃんが再召喚されるのを防ぐためなんだけど……この前、私が結界に取り込まれて助けに来てくれたよね。あの時、和歌のおまじないを使ったでしょ?」
しおん「あれは対象にもう一度会いたいという"縁"を利用したおまじないなんだ。"縁"っていうのは魔術的にも重要なファクターなの」

リリス「うむ。余達も他人の夢に入る時に縁……近しいものとのチャンネルを利用することがあるからな」

しおん「で、私たちの間にはもう縁が結ばれてるから……今回の場合だと、今後もシャミ子ちゃんが召喚の対象になり易くなっちゃう……」

ミカン「なるほど、縁を消せば召喚の確率を下げられる……けれど魔法自体を消すわけじゃないから完全な解決ではないってことね」

桃「でも今回シャミ子が召喚された時は、まだ縁が結ばれてなかった筈でしょ?」

しおん「さっきも言ったけど、別にあの魔法はシャミ子ちゃんを特定して狙ったものじゃなくて、条件に合致する子をランダムに異世界から召喚する魔法である可能性が高いんだ」
しおん「<異世界から角の生えた人畜無害の魔族っ子を上手く誑かして召喚する魔法>とでも名付けよっか」

桃「名付けられても」

しおん「だから今回シャミ子ちゃんが召喚されたのは一那由他分の一とか、一不可説不可説転の一とか、天文学的な確率で運悪く当選しちゃっただけなの」
しおん「だけど縁が結ばれてしまってるいまだと、その確率が飛躍的に高まっちゃってる……」

桃「……」

 
しおん「どうする桃ちゃん? 個人的にはこれしかないと思ってるんだけど……ちなみにフリーレンさん、記憶を消せる心当たりを呼ぶのにどのくらい時間がかかるのかな?」

フリーレン「心当たりのメトーデ1級魔法使いとエーデル2級魔法使いがどこにいるかにもよるな」
フリーレン「まずは居場所の分かるデンケンに早馬で手紙を送って、そこからは使い魔が伝令をやりとりするだろうけど……最低でも2週間はかかるだろうね」

フェルン「……時間的な猶予があるとは言いがたいですね。すぐに決めなければ……」

しおん「村全体の大きな買い出しはアソリちゃんの家が担当してるからある程度融通も利くけど、外部から来る人や個人的な用事で街へ行く人はどうにもならないもんねぇ」
しおん「まあ私たちが数年ぶりのお客さんだそうだから、あんまり心配しなくていいのかもしれないけど」

フリーレン「私もしおんのより確実性のある案は思い浮かばないな」

桃「……みんなは記憶を消すことになったら納得してくれるの?」

フリーレン「異世界の知識は惜しいけど、仕方ない。魔族の跋扈を許す方が問題だ」

フェルン「……残念ですが、それが必要であるのなら」

シュタルク「せっかく出来た縁を大切にしたいって気持ちはあるけどよ……それで迷惑をかけちまうってなるとな」

ミカン「正直、今回の件ではシャミ子はかなり危ない状況だったわけだしね……次も無事って保証はないし」

ウガルル「んがっ」

リリス「全員が消極的な賛成と言うところか。余も似たようなものだが……それで、桃よ。お主はどうなのだ?」

桃「……私は――」

 
◇アソリの家

アソリ「クッキーがいちまーい、にまーい……シャミ子、食べながらやっちゃ駄目かい?」

シャミ子「駄目ですよ。あんなに大量のクッキーを食べたのに……病気になっちゃいますよ?」

アソリ(ほんとはみんなで分けて食べたからなあ……)

シャミ子「……」

アソリ「ん? どしたのシャミ子? 難しい顔して……いや、もう食べないって。真面目にやります」

シャミ子「ああ、いえ……そうじゃなくて。こうやってお別れのプレゼントを用意してたらなんだか……お別れするってことが、急に現実味を帯びてきて……っ」

アソリ「……シャミ子、泣いてる?」

シャミ子「な、泣いてなんていません! これは目汁!」

アソリ「あっはっは。まったく、シャミ子は泣き虫だなぁ。別にお別れって言ってもお互い死別するわけじゃあるまいし、どこかの空の下で、元気、に、やって、る、と思え、ば……」

シャミ子「? アソリちゃん……?」

アソリ「……うっ、ぐしゅっ、しゃ、シャミ子ぉ……ひぐっ、ぶしゅっ」

シャミ子「ふ……ふふっ、アソリちゃんこそ、大泣きしてるじゃないですか……鼻水まで出して……」

アソリ「シャミ゛子゛ぉおおおお~! う゛わあああああ!」

シャミ子「!? わあああああ! アソリちゃんストップ! ステイですステイ! 抱きつく前に鼻水! 鼻水を……ぎゃあああああ!」




 
アソリ「すっきりしたぜ」

シャミ子「うう、酷いです。服が粘液まみれに……軽く洗っただけじゃ完全には落ちない……このままじゃ痕になってしまう……」

アソリ「気にしなくていいよ、どうせ父さんのお古だし」

シャミ子「じゃあサイズも同じくらいですし、取り替えっこしましょう?」

アソリ「え……やだよそんな鼻水まみれの服着るの。ばっちいもん」

シャミ子「ぽがー! もとはといえばアソリちゃんのにゃらがー!」

アソリ「ふぅー、やれやれ。落ち着けよシャミ子……戦場では粗忽者から死ぬぞ」

シャミ子「なんですかそのとってつけたようなハードボイルドは……ちょっとかっこいい」

アソリ「まあとりあえず、着替えてきなよ。こっちは袋詰めやってるから」

シャミ子「はぁ、まったく……洗濯桶のところに置いておくので、アソリちゃんが洗ってくださいね?」

アソリ「あとでね。あとでやるよ」

シャミ子「約束ですよ?」

 
シャミ子「えーと、着替え、着替えと……」

アソリ「……あー、シャミ子さ。着替えながらでいいから聞いてよ」

シャミ子「? はい」

アソリ「やっぱりさ、シャミ子の家って遠いの?」

シャミ子「……そうですね。普通の手段では辿り着けないくらい……」

アソリ「そっかぁ……じゃあまた会うっていうのは難しいね」

シャミ子「はい……」

アソリ「この村でひとりっこの家って珍しくてさ、私はずっと兄貴が欲しかったんだ。やっぱり男手ってあると便利だし」
アソリ「でもまあ……最近はシャミ子がいてくれてさ、妹分がいるのも悪くないって思うようになって……」

シャミ子「待ってください、もの申します。私は妹がいるので姉属性です。姉貴分に訂正を求めます」

アソリ「その妹ちゃんとシャミ子、どっちがしっかりしてる?」

シャミ子「うっ……」

アソリ「まあ別に妹でも姉でもいいんだ。要はさ、シャミ子といられて楽しかったってこと! ここしばらくのことを思い出すだけで、この小さな村での退屈な生活も頑張れると思う」

シャミ子「アソリちゃん……ええ、私もそういう思い出はありますし、分かります」

アソリ「だから、忘れないよ。たとえ遠くに行っちゃっても、シャミ子っていう妹分がいたって思い出はさ」

シャミ子「はい! 私もアソリちゃんと過ごしたこの楽しい日々のこと、一生忘れません!」

 
◇2週間後 帝国領への街道上

フリーレン「……」

フェルン「……」

シュタルク「……あれ? 俺たちっていまどこ歩いてるんだっけ?」

フェルン「いきなり何を言うかと思えば……シュタルク様、気が緩みすぎじゃないですか? 確かにいいお天気ですが……」

シュタルク「ごめん、なんかぼーっとして……えーと、とりあえず帝国領を目指してるんだよな。壊れたゴーレムが夜な夜な野菜を切り刻んでた村を出た後、次の村で食料とか買って……」

フェルン「そうです、覚えてるじゃないですか。その次は?」

シュタルク「その次……? いや、確かになんかあったよな。うーん……駄目だ、降参。答え教えてくれ」

フェルン「まったく。いいですか、前の村を出た後――……? 何かありましたよね?」

シュタルク「なんだよ、フェルンも忘れてんじゃねーか。フリーレン、何があったんだっけ?」

フリーレン「さっきから私も考えてたんだけど、心当たりはないよ。次の村までまだ遠いはずだし」

フェルン「そうですよね……そういえば、前の村で買い物した時、街道から外れたところに小さな村があると教えて貰いましたが」

シュタルク「でもそんなとこ寄ってねえだろ……まあいいか、覚えてないなら大したことでもないんだろうし」

フェルン「それもそうですね……ふう。野宿続きだからでしょうか、何だか疲労感が……」

フリーレン「それじゃ、もうちょっと開けた場所に出たら休憩にしようか」

 
◇モグサノ村 アソリの家

アソリ「ふへぇ……疲れたぁ。ねえ母さん、川の近くに引っ越そうよ」

アソリ母「水汲みくらいでなぁに。毎日やってることでしょう? 馬鹿なこといってないで、ほら、ご飯食べちゃいなさい」

アソリ「いや、凄い久しぶりにやったような……あれ、スープもなんか味悪くない?」

アソリ母「……やっぱり? それは母さんも思ってたんだけど……でも作り方なんていつも同じだしねぇ」

アソリ「川の水が変なのかなぁ? ちょっと上流の方を見てこようか」

アソリ母「今日は薪割りをするって話だったでしょ。帰ってからするならいいけど」

アソリ「……覚えてたか。でもさ、川は村の生命線。ひいては村全体の為だと思わない?」

アソリ母「まったくこの子は相変わらず手伝いをサボろうとして……弟妹でもいれば違ったのかしら」

アソリ「妹よりも兄貴の方が欲しいなぁ。力仕事全部やって貰えるし」

 
◇せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘 吉田家

シャミ子「ふわぁ……おはようございます、お母さん」

清子「はい、おはようございます……ところで優子、昨晩なんですけど、リリスさんと何か言い合ってましたか?」

シャミ子「? いえ、特に。普通に寝てたと思いますけど」

清子「そうですか。『改めます!』とか言ってたようなので、てっきりお説教でもされていたのかと」

シャミ子「? まったく覚えがないです」

清子「うーん、寝言だったのかしら。ご近所迷惑になりそうなくらい大きな声だったので、それこそ今後は改めて貰おうかと思っていたんですけど」

シャミ子「寝言は改められません……けど、そんなに大声が続いてたなら起こしてくれれば良かったのでは?」

清子「お母さん、とっても眠かったんです……」

シャミ子「……謎です。お母さん、私、なんて言ってましたか?」

清子「うーん、聞き取れたのはさっきの『改めます』くらいでしたね。ぶっちゃけ、お母さんそれで起きましたけどすぐ二度寝しました」

シャミ子「うーん、謎は深まるばかり……あっ、でもそんなに大声だったんなら桃が聞いてたかもしれない! ちょっと行ってきます!」



 
◇ばんだ荘 桃の部屋の前

シャミ子「桃ー、あーけーてー!」

桃「……おはようシャミ子。朝から元気だね……」

シャミ子「おはようございます! ……桃は何だかお疲れみたいですね。あ、ひょっとして、私の寝言が原因で……?」

桃「寝言? なにそれ?」

シャミ子「あっ、ご存じないならいいんです。卵焼きのお裾分けを持ってきたんですけど、食べられます?」

桃「貰う、ありがとう……体調が悪いわけじゃないんだ。ただ……なんとなく違和感があるというか。シャミ子、今日は何日だっけ?」

シャミ子「? ○月○日です」

桃「やっぱりそうだよね……うーん……」

シャミ子「考えるのなら学校で私も手伝いますから、まずはご飯食べちゃったらどうですか? ご飯炊き上がってますよね?」

桃「そうするか……ところでシャミ子、今朝はしゃっきりしてるね。シャミ子朝弱いし、いつもだったらまだ寝てる時間でしょ」

シャミ子「あれ……そういえば確かに眠くありません。……ふっふっふ、どうやらまぞくとしてまた一段、高みに上ったようですね!」

桃「まぞくだったら夜に強くなる気がするけど……」

 
◇帝国領までの街道 モグサノ村への分岐点

エーデル「……ん、んん? メトーデ1級魔法使いではないか。ここで何をしておるのじゃ?」

メトーデ「エーデルさんこそ……いえ、そもそもここはどこです? 確かデンケンさんからエルンスト地方での仕事を依頼されて……」

エーデル「わしも同じじゃ。するとここは北部高原か……ん? これは……」

メトーデ「手紙……でしょうか? 誰からの手紙ですか?」

エーデル「……なるほど、大方読めてきたぞ」

メトーデ「中身を読みもせずに?」

エーデル「必要ない。これは儂が儂に宛てた手紙じゃ。封筒の中身は白紙じゃよ。どうやら儂とお主で互いの記憶を消し合ったらしい」

メトーデ「記憶を消した? どういうことです?」

エーデル「精神操作魔法を生業にしているとな、記憶の消去などもよく依頼されるのじゃ」
エー出る「その際、記憶を消したという事実まで葬り去りたい、という条件を付けられることもあってな。大概は高度に政治的な事件絡みじゃが」

メトーデ「つまり我々は何らかの事件に纏わる記憶を関係者から消して、最後にお互いの記憶も消し合った……ということですか?」

エーデル「おそらくはな。この手紙はそういう事件の処理をする際に儂が用意するものじゃ。
エー出る「手紙の存在自体が自身の記憶を消したことを示し、そこまでして消した記憶が万が一にでも外に漏れたりすることがないよう、内容は白紙にしてあるというわけよ」

メトーデ「しかしエルンスト地方は北部高原でも例外的に平和な土地の筈です。こんな場所でそんな事件が……?」
メトーデ「それに専門外の私まで呼ばれたと言うことは、かなり大人数の記憶を――」

エーデル「あまり詮索せぬ方が良いぞ。この処理を行った事件は、大抵知っていることが不利に働くようなものばかりじゃ」

メトーデ「……分かりました。では、これからどうすれば?」

エーデル「便箋は白紙じゃが、封筒には宛先が書いてある。次はここに向かえということじゃな。どうせ伝令を持たせた使い魔でも待機させてあるのじゃろう」

メトーデ「そうですか……では、ご一緒しても?」

エーデル「……儂のことを撫でたりしなければ」

メトーデ「まあまあ、もちろん無許可ではしませんよ……うふふふ」

エーデル(やっぱりやべえ女じゃ……)


 
◇エルンスト地方 街道

フリーレン「よし、ここなら見晴らしもいいし、魔物が隠れられる遮蔽物もない。休憩がてらお昼にしようか」

シュタルク「ようやく昼飯かー……といっても、またあの堅いパンなんだろうけどよ」

フリーレン「でもこの前買い出しをしたばかりだしね。食料担当だったフェルンが何か美味しいものを仕入れてくれたかもしれないよ」

シュタルク「マジで?」

フェルン「残念ですが、大したものは売っていませんでしたよ。調味料は塩と香草くらいしか補充できていません」
フェルン「ドライフルーツなども売るほどの量は出回ってないみたいで……というわけで、今日もパンです」

フリーレン「じゃあ今日もパンに塩かけて食べようか……」

シュタルク「上げて落とされた……これ口の中ぱっさぱさになんだよな……」

フェルン「……なんでしょう、これ?」

フリーレン「どうしたの?」

フェルン「見てください、鞄の中にこんなものが」

シュタルク「!? すげー! めっちゃでかいグレープフルーツだ! 子供の頭くらいねーか!?」

フリーレン「見たことない種類だな……フェルン、それをどこで?」

フェルン「私は記憶にありません。お二人のどちらかでは?」

フリーレン「私じゃないよ」

シュタルク「そもそも食料担当はフェルンだったろ?」

フェルン「それはそうですが……こんなもの買った覚えはありませんよ」

フリーレン「そもそも北部高原じゃこんなもの出回らない筈だ」

 
シュタルク「まあどうでもいいだろ! それより早く食おうぜ!」

フェルン「はしゃぎすぎですよ、子供ですか……あれ、他にも入ってますね」

フリーレン「見せて。……種類は違うけど、見事に柑橘類ばかりだね。怪しいけど、魔力探知にも毒探知の魔法にも反応しないな」

シュタルク「マジかよ。じゃあしばらくデザートには困らねえな」

フェルン「……とりあえず食べても大丈夫ということでしょうか。それじゃあこの大きいのを三等分しますね。切り分けましょう」

シュタルク「すげえ。皮がかなり分厚かったのに、それでも一房が手のひらサイズだぜ……甘っ! これグレープフルーツじゃねえな。想像してたより酸味がなくて食いやすい」

フェルン「確かにグレープフルーツより甘いですね。おまけにとても瑞々しくて」

フリーレン「うん、美味しい。それに香りがいいね」

フェルン「そうですね、この皮でマーマレードを作っても美味しいかもしれません。……? この香り、どこかで……?」

フリーレン「どうかした、フェルン?」

フェルン「いえ……ただ、なんでしょうか……」

フリーレン「?」

フェルン「……フリーレン様、時間の空いたときで構いませんので、実戦形式で指導をお願いできませんか?」

フリーレン「えっ、なに急に……闘争本能が刺激される成分でも入ってた? ちょっと、シュタルク。フェルンがおかしいんだけど」

シュタルク「はー、腹一杯……のどかでいいなぁ。ちょっと横になろ……」

フリーレン「成分は関係ないか……まあいいや。向上心があるのはいいことだ。とりあえずシュタルクが起きるまで付き合うよ」

フェルン「お願いいたします……次は、完璧な形で勝てるように」

フリーレン「物騒なことを言ったね……最近フェルンが負けたことなんてあったけ? ……私の複製体? え、もしかして私のこと目の敵にしてる?」

フェルン「いえ、フリーレン様ではなく……といって、具体的な誰かというわけでもないのですが」
フェルン「……でも、そうですね。目の敵とは違いますが、誰かに認めて欲しいという気持ちは確かにあります」

フリーレン「ハイターの夢でもみたのかな? なら、少し本気で行こうか。私もそろそろ魔力探知依存の悪癖をなんとかしないとって思ってたんだ」


 
◇モグサの村 アソリの家

アソリ「さて、母さんは畑へ行った……問題はどうやって薪割りをさぼるかだ。あんな作業ひとりでやってらんないよ。腕も腰も死ぬほど痛くなるし」

アソリ「とりあえず今日は家の掃除をしていたことにしてお茶を濁そう。虫干しでもするか。服って軽いし……んん? なんか父さんの服、縮んでない?」

 戸棚から引っ張り出した父の着衣は不自然に小さくなっていた。よく見れば、洗って縮んだのではない。きちんと丈を詰めた痕跡があった。

 おまけに何やら汚れの痕まである。鼻水、よだれ、その類いのものだ。

アソリ「つまり犯人は勝手に服を縫い直したあげく鼻水まみれにして洗濯もせずに放置したという訳か……そんな極悪な奴この世にいるの?」

アソリ「まあどうせ古着だからいいんだけど、サボるために棚を開けたら洗濯案件が出てきちゃったな……これが因果応報って奴か」
アソリ「だが私は応報に対しさらに応報しようっと。とりあえずこれは棚の奥に押し込んで……」

アソリ「……」


◇数時間後 アソリの家

アソリ母「ただいま。外で見てきたけど、偉いじゃない。きちんと薪割りしてくれたのね。しかもあんなにたくさん」

アソリ「ああ、おかえり……」

アソリ母「机に突っ伏しちゃって、どうしたの? えいえい」

アソリ「突っつかないでよ-、腕と腰がバキバキなんだから……」

アソリ母「ほんとありがとね。すぐにご飯にするから」

アソリ「ああ、大丈夫。スープなら作っておいたよ」

アソリ母「あなた娘に化けた魔族ね!? 娘を返して!」

アソリ「イダダダダ! 揺らすな揺らすな腕いてえ! なんだよ、お手伝いしたのにこの扱い!」

アソリ母「だっていつもなら何かと理由を付けて薪割りサボるでしょ。あとは外に遊びに行くか言い分け用の軽作業を一応やったふりしてるかのどっちか」

アソリ「そんな奴いんの? 見たこと無いなぁ」

アソリ母「はいはい。ともかく、急に良い子になったじゃない。逆に怖いわよ。誰かを殺して床下に埋めたりとかしてない?」

アソリ「娘に対する信頼度が低すぎる……」

アソリ母「それじゃなかったら、一体何で? 気まぐれなら気まぐれって言ってくれた方が安心できるんだけど」

アソリ「うーん……なんだろう。なんでそう思ったかも分からないんだけど……」

アソリ「――誰かに自慢できる自分になりたかったんだ。その誰かが、誰かは分からないんだけどさ」



 
◇放課後 せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘 1階 喫茶あすら

白澤「優子君、お疲れ様。今日はもう上がりたまえ」

リコ「お疲れ~。シャミ子はん、まかない食べてく?」

シャミ子「おつかれさまでした-! いえ、今日はうちで食べるので大丈夫です」

リコ「ほんなら一品もっていってや~。紅ちゃんが練習で作った料理がぎょうさん残ってるの」

紅「今包むから……あ、味の保証はできんけど、よかったら感想頼むわ」

シャミ子「ありがとうございます。大丈夫ですよ、紅ちゃんもとても頑張ってますから!」



◇ばんだ荘 2階 共用通路

シャミ子(こんなに料理をいただいてしまいました……最近は食卓の彩りが増えて嬉しいです。というか自宅から徒歩1分がバイト先ってかなりの好条件では?)

ウガルル「こんばんハ、ボス」

シャミ子「あっ、ウガルルちゃん。こんばんは。これからお出かけですか? もう暗いですけど」

ウガルル「ちがウ。オレ、ボスのこト待ってタ。これやル」

シャミ子「? 巾着袋? 中身は何です、これ?」

ウガルル「秘密! さらばダ!」

シャミ子「あっ、ウガルルちゃん……手すりを飛び越えて夜の闇に消えて行きました……なんでしょう、この袋。料理を抱えてるから開けない……」

ミカン「あっ、シャミ子。ウガルル見なかった?」

シャミ子「ミカンさん。ウガルルちゃんなら、さっき夜の街に飛び出して行きました」

ミカン「えっ、なにそれ……反抗期かしら。探しに行かないと。ところでシャミ子、さっき見たとき、ウガルルって何か持ってなかった?」

シャミ子「えっと……この袋を持ってました。私にくれるとのことでしたけど」

ミカン「そうなの? じゃあやっぱりウガルルかしら……」

シャミ子「どうしたんです?」

 
ミカン「うちに置いてある柑橘類がちょっと減ってたの。数え間違いじゃ無いのよ。晩白柚とか、置いとくには大きいから3つしか買ってなかったし」

シャミ子「ウガルルちゃんが食べたのでは?」

ミカン「ウガルルひとりで食べるにしては結構な量なのよね……あの子、まだそんなに柑橘類大好きって感じじゃないし」

シャミ子「まだってことは、いずれはそうなる計画があるんですか?」

ミカン「うちの子なんだからそうなるに決まってるわ。ともかくウガルルが持ち出して、例えば捨て猫とかにあげてるといけないと思って……」

シャミ子「猫って柑橘類駄目なんですね……あ、この袋ですけど、お返しした方が?」

ミカン「お隣さんに配ってるだけなら別に良いんだけど……というか、そもそもその袋は違うっぽいわね。晩白柚その他が入る大きさじゃないわ。何が入ってるの?」

シャミ子「中身のことは何も聞いて無くて……いまこんなんで開けないですし、ミカンさん、開けて貰っても?」

ミカン「いいけど……あら、何かしらこれ? 柑橘でないのは確かだけど……シャミ子、分かる?」

シャミ子「あー、これはサルナシですね。山に生えてるキウイの親戚みたいなやつです」

ミカン「詳しいのね。私、初めて聞いたわ」

シャミ子「スーパーには売ってませんしね。この辺にも生えてないはずです」

ミカン「じゃあウガルルはどこでこんなもの手に入れたのかしら……」

シャミ子「分かりませんが、蛟さんの山とかになら生えてるかも……?」

ミカン「……まあ、あとでウガルルに聞けばいっか。ありがとう、シャミ子」

シャミ子「はい……あっ、良かったらサルナシ、少し持っていきます?」

ミカン「うーん……ウガルルがシャミ子にあげたんだし、全部貰ってあげて。ちなみにそれ美味しいの?」

シャミ子「美味しいですよ。味もキウイみたいな味がします。……?」

シャミ子(あれ? よく考えたら私、サルナシなんてどこで食べたんでしょう? スーパーでも売ってないし、この辺にも生えてないなら……この前のキャンプでも食べなかったですし)

ミカン「? シャミ子、どうかした?」

シャミ子「あ、いいえ……それじゃあ私はこれで失礼します」

 
◇夕食後 ばんだ荘 吉田家

シャミ子「……というわけで、ウガルルちゃんからサルナシを貰ったのでデザートにしましょう」

良子「わぁ、これがサルナシ! 良、本物は初めて見た!」

清子「サルナシっていうんですね。私も初めて食べます」

シャミ子「……やっぱり、家で出たわけでもないですよね……」

良子「? お姉、なんか言った?」

シャミ子「いえ、なんでもありません。さあ食べましょう食べましょう。こうやって割って……うん、甘くて美味しい……」

良子「本当だ、美味しい! 良、これ好きかも!」

清子「小粒だからいくらでもいけてしまいそうですね……優子、どうしました?」

シャミ子「ああ、いえ……お母さん、今日は食器、私が洗いますよ」

清子「あら、助かります。でも、急にどうしたんですか? 優子もバイトで疲れてるでしょうに」

良子「お姉、良も手伝うよ」

シャミ子「ありがとう。でも今日はおねーちゃんひとりでやらせてください」

清子「本当にどうしたんです? お小遣い? 何か欲しいものでもあるんですか?」

シャミ子「いえ違うんです……ただ……理由は自分でも分からないんですけど……」

シャミ子「……誰に対しても、胸を張って名乗りをあげられる。そんなまぞくになりたいって思ったんです」

 
◇記憶消去前 モグサの村

エーデル「……おい、なんじゃこやつ。儂の精神操作魔法が通らんぞ」

ウガルル「んが?」

しおん「あー、やっぱり……ウガルルちゃんは発生の仕方からして特殊だもんねぇ」

エーデル「角の生えた小娘には通じたから、てっきりそっちの世界のまぞくとやらには通じるのかと思っていたが……」

しおん「シャミ子ちゃんに角が生えたのは最近で、それまでは普通の人として暮らしてたから……」

エーデル「どうするんじゃ。村人連中もフェルン1級魔法使いとその一行も、お主ら二人以外はみーんな記憶消した後じゃぞ。いまさら復旧しろとか言わぬじゃろうな」

しおん「平気平気、想定の範囲内……それよりシャミ子ちゃんや私たちの痕跡は全部消せたかな?」

エーデル「記憶から読み取れる範囲ではな。ただ完全には無理じゃぞ。今回は数が数ゆえ、どうしても斜め読みになる」
エー出る「強い想いが込められているようなものならともかく、本人が忘れているようなものや意識しないで残したものまで読み取っていたら時間が足らん」

しおん「えっと、記憶が蘇ると不味いんだけど……」

エーデル「その点においては大丈夫じゃ。小さな違和感くらいは残るかもしれんが、儂の記憶操作魔法を打ち破るような大きな痕跡は全て修正したからのう」
エーデル「残った小さな違和感も、やがては押し寄せる日常に紛れて消えるであろう」

しおん「なら良かったぁ……」

エーデル「で、お主の記憶は消さなくて良いのじゃったな?」

しおん「うん。私は帰りのナビゲートをしないといけないし、自分の記憶だけなら自前で消せるから……送還地点まで気絶したみんなを乗せた馬車の御者もやらなきゃだし……」

エーデル「よし、ならば儂らの仕事はここまでじゃな。お主らとフリーレンが魔力探知の範囲外に出たら儂らの記憶も消すから安心せい」

しおん「面倒をかけてごめんねぇ」

エーデル「なに、宮廷魔法使い様に貸しをつくれたのだから安いものよ。ではな。もう会うこともあるまいし、会ってもそれとわからんじゃろうが」

しおん「はい、さようなら~……さて。ウガルルちゃん、お待たせぇ」

ウガルル「オレの記憶、消さなくテ大丈夫カ?」

しおん「消すにこしたことはないんだけどね……ただ前にも説明したけど、ウガルルちゃんって分類的には無機物なんだ。魂が無ければ"縁"の影響も最小限で済むから……」

ウガルル「難しイ話、よク分からなイ!」

しおん「じゃあこれからの予定を簡単に分かりやすく説明するけど、次元連結膜に開けられた穴としての召喚ルートを正確に逆行して擬似的な時間遡行をするよぉ。これは本当に時間を遡るわけじゃ無くて、状況を変化させることでタイムトラベルの結果をそれっぽく再現するんだ。この世界の一週間が向こうの20分くらいに相当するみたいだから時間の齟齬はクリアできる。向こうに戻ったら精神操作魔法で気を失ってるみんなを元の部屋に配置するよ。異世界召喚を完全に無かったことにしなきゃいけないからね。幸いだったのは桃ちゃんの古傷だね。シャミ子ちゃんの杖で傷は全部治ったけど、シャミ子ちゃんの思う桃ちゃんの全盛期、つまり異世界に召喚される前の桃ちゃんの状態に復元したから古傷は残った。消えてたら言い訳が大変だったよぉ。あとは清子さんと良ちゃんが起きてると不味いけど揮発性の睡眠剤を部屋に置いてきてたからちょっとやそっとじゃ起きないはず。あ、ドアの鍵も壊れてるけど、すぎこしの結界がまだかろうじて機能してるから泥棒さんとかは大丈夫だし鍵の交換くらいなら――」

ウガルル「!? !?」

しおん「あはは、ごめんごめん。とにかくウガルルちゃんにはその都度指示をだすからよろしくねぇ」

ウガルル「仕事任されタ! じゃア行くカ?」

しおん「その前に、ウガルルちゃんの持ってるその袋はなあに? 異世界のもの持って帰っちゃ駄目だよ?」

ウガルル「木の実! ボスのこト世話してくれてタ奴ガ集めてタ!」

しおん「ああ、アソリちゃんが……お別れのプレゼントのつもりだったのかな。そういえば森によく行ってたっけ。けど、なんでそれウガルルちゃんが持ってるの?」

ウガルル「さっきノ奴がくれタ」

しおん「エーデルさんが?」

ウガルル「んがっ。こレ、ボスとノ友情ガ詰まってル。だかラこっち残ってるトいけないっテ」

しおん「ああそっか。これがさっき言ってた"大きな痕跡"のひとつなんだ。アソリちゃんにとって、シャミ子ちゃんがどれだけ大切だったかっていう証拠のひとつ……」

しおん「で、ウガルルちゃんはこれをどうするつもりだったの? たまには柑橘類以外も食べたかった?」

ウガルル「別ニ柑橘モ嫌いジャ無いゾ。肉とハ合わなイけド……ボスニ渡すつもりだっタ。だめカ?」

しおん「うーん……まあ大丈夫かな。これが残ってると不味いって言うのは、アソリちゃんにとっての話だからね」
しおん「ウガルルちゃんが異世界のことを話さないのが大前提だけど、シャミ子ちゃんにとってはただの木の実だし……これ自体は私たちの世界にもある品種だしね」

しおん「むしろ問題って言うなら、ミカンちゃんが行方を把握できないレベルで柑橘類をばらまいたことの方が……」

ウガルル「……オレ後半何モ聞かなかっタ。それじゃあコレ、帰ったらボスに渡すゾ!」

 
◇せいいき桜ヶ丘 ばんだ荘前

 異世界に纏わる記憶は全て消えた。

 些細な違和感はあるかもしれないが、やがてそれも日常に埋没して消えていくだろう。

 では、全ては無駄だったのだろうかか? この出会いに意味は無く、ただ時間を浪費しただけか?

 それは違う、と門柱の上に腰掛けたウガルルは思う。

ウガルル(オレ使い魔としテ生まれタ。魂なイ。けド"想イ"分かル)

ウガルル(お供えゲロマズ、魔方陣グチャグチャ、依り代秒デ崩れタ……けド、オレを造っタ奴のミカン守りたイ想イ本物だったかラ存在保てタ)

ウガルル(異世界のこト、みんなの記憶かラ消えタ。でモきっと想イ残ってル。魂なイ、依り代も無いオレにモ想いハ残ってたかラ)

 その大切さは自分にも分かる。だから、あのサルナシを捨てることは出来なかった。

 想いがあれば人は変わる。もちろん必ずしも良い方に変わるとは限らないが――自分の知り合い達が関わったのなら大丈夫だろう。

ミカン「あっ、ウガルル見つけた。ご飯だから帰ってらっしゃい」

ウガルル「んが、分かっタ」

ミカン「家を飛び出したにしては聞き分けが良いわね……ところでウガルル、家にあった晩白柚とか知らない?」

ウガルル「全部オレが食っタ」

ミカン「あの量をひとりで食べたの? そう……」

ウガルル(……これでいイ。違和感減るノ大事っテしおん言ってタ。ミカンに怒られル辛いけド平気……)

ミカン「そう! ウガルルもついに柑橘に目覚めたのね! そうよね、あのくらいの量、陽夏木一族にとってはペロリよね!」

ウガルル「う、うがっ?」

ミカン「良かったぁ。あなたはそんなに柑橘好きじゃないと思ってたから、料理とかに使う量も少なくしてたでしょ?」

ウガルル「アレでカ!?」

ミカン「でもこれからは遠慮無く使えるわね! 冷蔵庫にあるウガルル用のお肉、全部レモン果汁に漬け込まなきゃ!」

ウガルル「うがぁーーーーっ!?」


ナレーション『頑張れみんな。想いを胸に前へ進むんだ』


END

 
以下おまけ 和解後の日常シーンをもっと入れる予定だったけど冗長になったのでやめたやつ



 
フェルン(ミカン様に美味しい果実をたくさん貰いました。フリーレン様とシュタルク様にも分けてあげましょう)

シュタルク『ふっ! ……こんな感じか?』

フェルン(シュタルク様の声が……声の感じからすると戦士としての修行中でしょうか。差し入れにはちょうどいいですね。一緒に食べましょう)

フェルン「シュタルク様、休憩を――」

桃「そうそう、やっぱり筋が良いね。基本が出来てるから飲み込みが早い。シャミ子だとこうは行かない」

シュタルク「そうか? 褒められると悪い気はしねえなぁ。素直に褒めてくれるタイプって周りにいないし……」

フェルン「! ……シュタルク様、いったい何をしているのでございますか?」

シュタルク「ああ、フェルン。モモの奴に向こうの武術を習ってるんだよ」

桃「双方に誤解があったとはいえ、かなり殴っちゃったからね。何かお詫びがしたいって言ったら……私のはかなり我流が入ってなんちゃって拳法だけど」

シュタルク「エイシュンケンっていうんだっけ? 拳がすげえ速いんだよ。最初の何発かは反応できなかったぜ」

桃「手数の多い拳法だからね……シュタルクは普通に武器を使った方が強いと思うけど」

シュタルク「手札が多いにこしたことはねーだろ。武器が手元に無かったり、それこそこの前みたいな閉所での戦いなら役に立つだろうし」

桃「まあその頑丈さなら付け焼き刃の徒手格闘でも十分武器になるか……」

シュタルク「よーし。桃、組み手やろうぜ! うちのパーティの前衛って俺だけだからさ、こういう機会って全然無くてつまらねーんだよ」

フェルン「!」

桃「そういえば最近は私も自主練やシャミ子のトレーニングに付き合うくらいだったからな……よし、怪我しない程度にやろうか」

シュタルク「よっしゃ! それっじゃこっちから行くぜ!」

フェルン(あんなに接近して……手をねじったり脚をねじったり……)

シュタルク「……ふう、いい汗かいた。あ、ところでフェルン、喉渇いたんでよければそのオレンジ……」

フェルン「えっち」

シュタルク「なんで!?」



◇その日の夜 宿代わりに借りた寄り合い所

フェルン「1……2……3……」

フリーレン「フェルン、何やってるの?」

フェルン「腕立て……伏せ……で……ござい……ます……っ!」

フリーレン「……なんで?」

フェルン「はぁはぁ……っ、私が、身体を鍛えては、いけませんか?」

フリーレン「いや、いけなくはないよ。好きなだけ鍛えるといいよ」

フリーレン(なんか怖いな……関わらないでおこう)

 
◇エルフ耳はロマンです

シャミ子「あのぅ……フリーレンさんはエルフなんですよね?」

フリーレン「そうだよ。それがどうかした?」

シャミ子「耳とか……触らせて貰うことは……」

フリーレン「……まあシャミ子には返しきれない借りがあるからね。いいよ」

シャミ子「わあい! エルフ耳! エルフ耳! 長い! 鋭い! でも柔い!」

フリーレン「喜んで貰えたら良かった。なんで喜んでるのかはさっぱり理解できないけど」

桃「! ……シャミ子、何をやってるの?」

シャミ子「あ、桃! フリーレンさんの耳を触らせて貰ってます! 本物のエルフ耳を触る機会なんてこれを逃したらないですよ! 桃も触らせて貰いますか?」

桃「遠慮するよ……シャミ子、ほどほどにした方がいいんじゃない? フリーレンさんも迷惑がってるかも……」

フリーレン「別に良いよ。減るものじゃないし」

シャミ子「ほら大丈夫ですって! エルフ耳-!」

桃「あ、そうですか……ふーん……へえ……よっ、と」

シャミ子「? 桃、急にどうしたんですか、ブリッジなんか始めて……」

桃「急にブリッジがしたくなったんだよ」

シャミ子「はあ、そうですか……あっ、お腹見えてますよ」

桃「そう? ぜんぜん気づかなかったなぁ。だってぜんぜん気にしてなかったから」

シャミ子「おへそも見えてますけど――」

桃「――!」

シャミ子「――風邪引かないでくださいね。よし、じゃあフリーレンさん! お耳を折りたたんでみても良いですか!?」

フリーレン「痛くしなければ」

桃「……あー、負荷が欲しいなぁ。誰か乗ってくれるとトレーニングが捗――」

リリス「うむ。それではブリッジした桃の腹に余が飛び乗るぞ!」

桃「ぐっ。リリスさん? 一体何を……」

リリス「何をって、お主が乗って欲しいといったのではないか。潰れぬとはさすが魔法少女。余がモデル顔負けのスリム体型というのもあるだろうが……」
リリス「にしてもゴミ掃除で疲れ果てた余の椅子になるとは殊勝な心掛けよ」

桃「誰がそんなこと」

リリス「ふははは、気分がアガるアガる! これぞあるべき姿! 余が上、貴様が下だ! なかなか良い座り心地ではないか。まあ腹筋が鋼鉄と見紛うばかりに堅いのがマイナスポイントであるが……」

桃「……」

リリス「おや、どうした桃よ。もうブリッジは終わりか? 背中がよごれてしまうぞ?」

桃「ええ、ブリッジはもう終わりです。次は腹筋を鍛えます。動かないでくださいね?」

リリス「待て待て、余が腹の上に乗ってる状態で貴様が腹筋するということはだ。貴様の腹筋と大腿筋の間で余が挟み潰れることにぎゃあああああああああああ!」

シャミ子「やはり罠だったか……桃が警戒もせずにへそを出すなんておかしいと思った」

フリーレン「君たちどういう関係なの?」


終わり。依頼してきます


これは無名の大まぞくが書いたss
めちゃくちゃ面白かった

すごいまさかのまとめて描いたのか
ありがとうごせんぞ

良かった
乙でした

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