「眼鏡をかけたまま、防具を着こむのはなかなか難しいよな」

凛子は授業中に眼鏡をはずしている。大体の物体の境界が曖昧な状態で剣を振るうのはあまりにも危険だ。

ただ何回か、首元を狙って鋭い一閃を放たれたこともある。

剣術では学校で上位だと自負するオレから見ても、剣筋に才を感じさせるのは確かだ。

「防具なしでテスト受けられないか、オレからも先生に今度お願いしてみようか。受けるだけならオレも怪我はしないと思うが」

「いいの？」期待と不安を込めた目線で、オレを伺う。

「代わりに定期テストの答えを教えてくれるとウレシイ」

彼女は、どこか安心したようにふっと笑った。

「答えを知っても、役に立たないんだ。答えを知るために、考えることを学ぶことが大切なんだって、えらい人が言ってた」

「えらい人って誰だ」

「分からない。星の数ほどいる人のだれか。でもこの言葉を教えてくれたのは、私のお父さんだよ。だから信じていいよ。」

凛子はこわばっていた頬を緩めて、微笑んで見せた。

彼女の父親は、一度だけ見たことがある。兵士として村から都へと徴用されていく、あの去り際の背中だけ。

その背中には一本の剣が刺さっていた。

それは恐るべき【鬼の剣】。

【鬼の剣】を継承したものは例外なく、鬼神の如き力と迅雷の如き激しさを得るという。

でも凛子はそんなことはないという。父親について聞かれるたびに彼女の父親は虫も殺さないような穏やかな人だと、主張する。

つまるところ凛子は、継承者としての父親に触れられたくないのだ。

それは誰だってそうだ。家族を鬼と呼ばれて、良い顔をする人間がいるだろうか。いや、いない。

だが今度は、継承すれば凛子がそれを背負うことになる。

なら、凛子が鬼ではないと誰かが知っていなければならないだろう。

オレは凛子と別れて、学生寮へと戻った。

自室のベットに横たわると、ふうと息を吐く。

オレはオレで、悩みごとがあるのだ。

「今度定期テストで赤点を取り、補修で夏休みがなくなるのだけは避けなければ…」

昨年の苦い記憶に乗り越えるべく、凛子の助けは必要不可欠だ。

「冴島凛子、主要科目のテストの成績は入学から学年トップ。

このまま教えてもらえればオレの勝ちは揺るがないだろう」

オレは含み笑いをして、復習のために持ち帰った教科書をそのまま鞄へ戻した。

そして、微かな不安と共に緩やかな眠りについた。

オレと凛子が通う、セイロン帝国によって設立されたミケロ学校には様々な存在が通う。

オレらのような村から選出された下民から、帝国の未来を将来的に担うものまで。

一貫性がないようだが、実のところそんなことはない。

ここに通う人間は、いずれも濃い【因子】を抱えている。

ここでいう因子とは、オレらの体を駆け巡る血液から爪の先まで影響する、人間以外の特徴だ。

例えば、凛子の頭頂部には硬い角が二つ存在しているし、長袖で隠しているものの筋骨隆々である。

大半の人間には、「人間」の因子を持っていてそういった小さい影響は打ち消される。

だが、濃い血と濃い血の交配、近親相姦が盛んにおこなわれた時期に、小さい因子がより強くなったのだ。

これを、善いと捉える人間がどれほどいるか。

危険だと、排除すべきだと考える人の方が多いのは事実だ。

だから、このミケロ学校が存在する。檻として。教育現場として。実験場として。

そんな場所に派遣される先生というのも、まったく奇特な人が多い。

剣術の先生である、葬制先生もその一人だ。

ちょん髷頭に着流しの服を着て、いつも片手に酒瓶を大事そうに抱えている。

酒を啜っている分には比較的寛容というかほろ酔いなのだが、切れると露骨に機嫌が悪くなると初日から噂になった。

こんな先生に話をつけようと思ったら早い方がいいだろう。

朝礼30分前には登校して、凛子が来るのを待つ。

誰もいない教室で、ぽつんと座っているとどうにも不思議な気持ちになる。

普段は授業の間の休憩時間にひと眠りすることすら困難なのだ。

主に、凛子とは逆の席に座るサキュバス因子のフィノが〇〇して喘ぐからだが。

最近は、無断で撮られたフィノの写真やら音声が男子中で人気らしいが、オレはそんなものに頼らないのだ。

なんだか気分がよくなってきたので、いっちょ前に黒板掃除なんてしていると一人、二人と入ってきた。

大体、朝早く来るのは村出身の者が多い。家事やら仕事を手伝うことが多く、体に染みついているからだ。

凛子も例外なく登校したので、早速声をかける。

「おはよう。葬制先生に話にいこうぜ」

「おはようございます。そうか、そうだった。話に行かなくちゃ…」

凛子は鞄から取り出した本を片手に持ち、ちらちらとオレを見る。

「これ、クロ君に勧めようと思ったんだけど…読む？」

「…オレに読めるか？」

なんと、わが帝国の識字率は50％以下である。俺も無学もいいところなので、意味の分からない単語が教科書に出現しては凛子に尋ねて、

彼女の頭を悩ませている。

「一時間で読めるくらいの短いお話だし、分からないことは勿論聞いていいよ」

マジで、オレにとっての担当教諭は彼女かもしれない。

「そこまでされて読まないほど、オレは鬼じゃないよ」

「私は鬼なんだけど」

彼女が何とも言えない表情になったところで、隣の席のフィノが教室にやってきた。

星の瞬くような金色の瞳と、天の川のような銀灰色の髪。身の毛がよだつような麗しい令嬢のはずだが、

歩いていると太腿の付け根が見えてしまいそうなほど丈の短いスカートと

だらしなく白シャツのボタンを外し、歩くたびに巨峰のような胸がたゆんたゆんに揺れる姿が彼女を卑猥な存在に見せていた。

フィノは、そのまま腕を組んで机に突っ伏した。

「フィノちゃん、大丈夫？」凛子が心配そうに聞くと、フィノはそのまま答える。

「眠い…昨日、夜遅くまで激しい運動していて。もう、腰が…いたい…」

「それは辛いね。私筋肉痛に効く薬持っているから、使ってみる？」

「ありがとう、でもそういうのとはちがう痛み…」

「え？」

「腰の奥から出口にいたるまでの痛みと喪失と快楽…心配しなくてもいつか凛子も体験するときがくるよ…」

「夢うつつで変なことを口走ってるぞ。もう眠ってくれ。授業前になったら起こすから」

「あい…そのときは君の一物も起きてくれるかな…」

「凛子。フィノはもう眠すぎるそうだから邪魔しないで。職員室へ一緒に行こう」

「一緒にイこう…わたしもそういわれたい…一人でするのはさびしい…」

フィノは腕をのばし、オレの裾を軽く掴む。

「そういう欲求衝動を一人で耐えるのが、課題だろ？オレはフィノの邪魔をしたくない」

「…そういうことなら、我慢する」

掴んでいた手を下ろし、眠りについたはずのフィノに毛布を掛ける凛子。

すかさず、凛子のスカート越しに尻を撫であげるフィノ。悲鳴をあげる凛子。

聞くところによると、差し迫ったサキュバスは女もいけるそうだから、気を付けてほしい。

オレは凛子を急かして、葬制先生の下へ急ぐことにした。

きたい

葬制先生は、職員室で気だるそうに酒をかっ食らっていた。

周りの先生も気にすることなく自身の作業を行っている。

ここまでくると、呆れを超えて尊敬の念すら覚える。

「葬制先生、相談したいことがあります」

そんな様子の葬制先生を意に介することなく、話しかける凛子もただ者ではあるまい。

「なんだぁ。進路相談なら、担当の先生にしてもらえ。今忙しいんだ」

「誰が酔った人に進路相談しますか。今回ご相談にあがったのは定期考査のテストについてです」凛子の冷徹な目が、葬制先生の酒瓶を捉えて離さない。

「今回のテストはトーナメント方式で、１対１の試合を行っていくというものだとお伺いしました」

「結論から話せ」めんどくさそうに手を振る葬制先生に、凛子が唇をきつく噛む。

「恥ずかしながら、私は、裸眼だとまともに剣を振るえません。なので眼鏡をかけたまま行えるような、別の形式のテストなど配慮してくださいま
せんか」

「なんで、お前のためにそんな面倒くさいことをしないといけないんだ」

「どうか、お願いいたします。聞き入れて頂けるまで、引き下がれません」

彼女の背負っている運命を考えれば、剣術の実績はどうしても欲しいのだろう。

「あー、ならお前から提案しろ」

全てが面倒くさいのだこの人は。ここまでは予想通りだが。

「なら――――ここにいるクロ君と対戦させてください。防具なしでやります。彼には了承していただけました」

葬制先生の眉がぴくりと動いた。

「冴島が勝ったら、どうするんだ。次の奴も防具なしにするつもりか？」

「どうあっても私はクロ君に勝てませんよ、葬制先生。それにどんな結果にしろ、私は敗北という形をとります」

「一試合で、冴島は自信の技術を見せてくれるわけだ。言っておくが、お前のこれまでの成績的に言えば、クロを負かすぐらいしないと合格は出せな
いからな」

葬制先生は、オレを指差す。

「あとクロ、お前も剣術で学校推薦をとりたければ、クラスで優勝くらいして見せろ」

「手を抜くつもりはありません。優勝して貴族出身連中の鼻を明かすつもりです」

オレはぴしゃりと答える。

「若人は月には興味ねえか。俺もあと十年を過ぎれば、ぺちゃくちゃ説教もできたんだが」

俺を見る葬制先生、その目は酒で溺れた男の目だ。

「お前には、生まれついでの思想なんて変えられない。残念ながら俺もそうだ。ただ、そういうやつがいるんだと理解しろ」

「…わかってますよ。それくらい」

「ん。ならいい。トーナメント一回戦は、お前らの組み合わせにしてやる。めんどくせえから、怪我すんじゃねーぞ」

了承を得て、教室へ戻る途中、凛子は口に手を当てて考え事をしていた。

オレはというと、一番の難関を超えられたことで、足どりも軽やかだ。

「クロ君」

「なんだよ」

「学校推薦をとろうとしていたの？」

「別に。葬制先生に勧められただけだ。卒業して村に帰っても仕方ないだろってな」

「クロは、どうしたい？」

「なんだよ。気になるのかよ」

「そう…だよ。だって私のせいで、とれなかったら…」

凛子の方を向き直って言う。

「たかが、防具なしで取れないようだったら、その程度だってことだろ。それで判断する先生も」

「…」

「これで、凛子が単位をとれなかったら意味ないんだ。そんな心配するより、自分のことだな。前なんて、フィノの尻を木刀で叩いていたじゃん」

「あ、あれは！ちがうよ！フィノちゃんがしろってきかなくて。私もあれの意味なんて分からなくて…」

頬を赤らめて、はわはわと否定する凛子。

「その割にはノリノリだったな」

「わたしのサラシを盗んだりするから！胸も触ってくるし…」

あいつ、めちゃくちゃしてるな。

オレは苦笑いを浮かべて。凛子の胸を見る。

メロンのように瑞々しい張りのある形だ。これがサラシを巻いたあとだとすれば、真の戦闘能力は計り知れない。

「え…ちょっと…クロ君…気持ち悪い…無理」

「いや、ごめ」

「…私、朝礼の担当だし、先に行くから。」

凛子は耳の先を真っ赤にして、先に走っていく。

フィノ、すべて、お前のせいだ。もう起こさないからな。

暇だから安価直下とるか
主人公の因子はなにがいいだろう？
吸血鬼でも竜でも無機物でも概念でもなんでもいい

うんこ