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「私には、お父さんの剣を引き継げないよ…」

剣術の授業で、またしても補修を受けることになった隣席の女子は青ざめていた。

彼女は、ある村で最も優れた剣を継承する家系であった。

彼女の頭の中には、無限の不安が渦巻いていることだろう。

「いや、引き継がなくてもいいだろ。凛子は頭がいいんだ。いざとなったら村から出て、外へ出ればいい」

オレは眼鏡をクイっと引き寄せるしぐさをする。

凛子と呼ばれた女の子は、小さく首を振る。

「お父さんの期待を裏切れない。でも、できない」

それはもう、体質だろう、彼女は一日中読書することを厭わない、読書家だ。

そして、所かまわず読むので、視力が急激に悪化し、学校に通い始めてすぐに眼鏡をかけるようになった。

うちの村から出てきた子の中では、異質であろう。村出身の大半はオレのような頭空っぽの体力バカだ。

剣術の授業中に、彼女がふらふらになりながら剣を持つのを見て、同じ村出身のオレは自然と声を掛けた。

今では、剣術の授業中は凛子とペアを組んでいる。

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「眼鏡をかけたまま、防具を着こむのはなかなか難しいよな」

凛子は授業中に眼鏡をはずしている。大体の物体の境界が曖昧な状態で剣を振るうのはあまりにも危険だ。

ただ何回か、首元を狙って鋭い一閃を放たれたこともある。

剣術では学校で上位だと自負するオレから見ても、剣筋に才を感じさせるのは確かだ。

「防具なしでテスト受けられないか、オレからも先生に今度お願いしてみようか。受けるだけならオレも怪我はしないと思うが」

「いいの?」期待と不安を込めた目線で、オレを伺う。

「代わりに定期テストの答えを教えてくれるとウレシイ」

彼女は、どこか安心したようにふっと笑った。

「答えを知っても、役に立たないんだ。答えを知るために、考えることを学ぶことが大切なんだって、えらい人が言ってた」

「えらい人って誰だ」

「分からない。星の数ほどいる人のだれか。でもこの言葉を教えてくれたのは、私のお父さんだよ。だから信じていいよ。」

凛子はこわばっていた頬を緩めて、微笑んで見せた。

彼女の父親は、一度だけ見たことがある。兵士として村から都へと徴用されていく、あの去り際の背中だけ。

その背中には一本の剣が刺さっていた。

それは恐るべき【鬼の剣】。

【鬼の剣】を継承したものは例外なく、鬼神の如き力と迅雷の如き激しさを得るという。

でも凛子はそんなことはないという。父親について聞かれるたびに彼女の父親は虫も殺さないような穏やかな人だと、主張する。

つまるところ凛子は、継承者としての父親に触れられたくないのだ。

それは誰だってそうだ。家族を鬼と呼ばれて、良い顔をする人間がいるだろうか。いや、いない。

だが今度は、継承すれば凛子がそれを背負うことになる。

なら、凛子が鬼ではないと誰かが知っていなければならないだろう。

オレは凛子と別れて、学生寮へと戻った。

自室のベットに横たわると、ふうと息を吐く。

オレはオレで、悩みごとがあるのだ。

「今度定期テストで赤点を取り、補修で夏休みがなくなるのだけは避けなければ…」

昨年の苦い記憶に乗り越えるべく、凛子の助けは必要不可欠だ。

「冴島凛子、主要科目のテストの成績は入学から学年トップ。

このまま教えてもらえればオレの勝ちは揺るがないだろう」

オレは含み笑いをして、復習のために持ち帰った教科書をそのまま鞄へ戻した。

そして、微かな不安と共に緩やかな眠りについた。

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