荒木比奈「好きになんてなりたくなかった」 (16)
……本当は、プロデューサーのことを好きになんてなりたくはなかったんでス。
好きになんてならずに、ただのプロデューサーとしてだけ見ていたかった。
プロデューサーは違ったから。私の望む、好きになりたいって願う理想像と。
違った。違ったんでス。まったく全然。
プロデューサーは、私の好きになりたい人じゃなかった。
プロデューサーは素敵な人だった。ほんの少し一緒の時間を過ごしただけでも確信できちゃうくらい、本当に素敵な人だった。素敵で……でも、皆にとっても素敵な人だった。
プロデューサーは優しい人だった。こんな私にも手を差し伸べてくれる、柔く微笑みながら私を支え導いてくれる。本当に優しくて……でも、皆に対しても優しい人だった。
プロデューサーは温かい人だった。思いやりに溢れた人だった。心地のいい幸せをくれる人だった。……皆のことを愛し、そして皆から愛される人だった。
プロデューサーは愛に満ちた人だった。
……それは、私の望む理想とは違う。むしろ真逆な姿だったんでス。全然違う。遠い遠い彼方の姿。
私の理想は、私だけの人だったから。
私だけの。私だけを愛してくれる、私だけに愛される、私とだけ居てくれる人。それが私の好きになりたい人だったから。
私は私一人を好きになってくれる人だけを好きになりたかったんでス。
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……だって、怖いじゃないっスか。怖くて嫌で、悔しいじゃないっスか。
好きになった人が他の人にも好きを振り撒くなんて。大好きな人が他の人にも大好きだ、って思われるなんて。愛する人が、自分のもとから離れていってしまうかも、なんて。
そんなの絶対、苦しいじゃないっスか。
絶対そう。嫌。怖い。苦しい。……実際、間違ってなんかいませんでした。
今、私、辛いんでス。すっごく、とっても、たまらないくらい辛いんでス。
好きになんてなったから。……私以外にもたくさん好かれて、私以外にもいっぱい心を尽くす、私とだけ居てくれないような人のことを……理想とは全然違う、そんな人のことを好きになんてなっちゃったから。
プロデューサーのこと、もうどうしようもなく大好きになっちゃったから。
辛いんでス。プロデューサーが他の誰かに好意を寄せられてるのを見付ける度。他の誰かに優しくしてるのを聞かされる度。私じゃない、他の誰かと過ごしてるのを思う度。辛くて……でももう、プロデューサー以外駄目なんでス。
好きだから辛いのに、好きだから楽にもなれないんでス。
プロデューサーが好きだから。
……。いつか。いつかの前に、プロデューサーは言いました。『好きだ』って。『比奈が好きだ』って言いました。私を、好きだって、言ってくれました。
私以外にも優しくする節操なしの癖に。そんなだから私以外にも好かれちゃう女誑しの癖に。こんなに苦しい思いをさせる甲斐性なしの癖に。
なのに言ってくれました。なのに、今でも言ってくれるんでス。……だからその『好き』の度、私もまた、苦しいのに好きになって止まれないんでス。
プロデューサーのせい……。プロデューサーのせいで、私は今、こんなに辛くて苦しいんでス。
だから。
……だから、プロデューサーには責任がありまス。
私はもうこんなになっちゃいました。プロデューサーなしじゃ駄目なのに、プロデューサーのせいで駄目になっちゃうような女になっちゃいました。
プロデューサーのせいで苦しむ私を癒せるのは、他の誰でもないプロデューサーだけなんでス。私をこんな女にしたプロデューサーだけ。……貴方だけ。
だから責任があるんでス。取ってもらわなきゃいけないんでス。……プロデューサーにはもっと、私を、愛して…………
「…………比奈」
「んぅ、んー……」
「……もう、酔うといつもこうなんだから」
事務所へ申告している通りまだ一人暮らしのはずの、けれどこの頃はすっかりと自分以外の存在にも馴染んできてしまった自室。その中へ置かれた一人用のベッドの上で今、酔いに侵され頬を赤くした比奈と二人抱き合いながら過ごしていた。
互いの休みが重なった日。正確に言えば、互いの休みをなんとか調整して重ねた日。その日の恒例を今日もまた繰り返す。どちらかの家の中、何をするでもなく一緒に過ごす恒例を。
前日の内にあらかじめ買い込んであった食事を小腹か空く度つまみながら、普段よりも少し足場が広くなった部屋の中を、けれど贅沢に使う訳でもなく身体を互いに寄せあって。ゲームをしたり動画を見たり、内容もない話をしたり無言でただ過ごしたり。そうして日の暮れた頃、お酒を飲み始めて今に至る。
「んーん、んー」
「……うん?」
「ちゅー」
「?」
「……うーあーもー」
「何、比奈」
「ちゅー! ちゅーっスよ! ちゅーうー!」
比奈がそれまでこちらの胸元辺りへ寝かせていた顔を持ち上げて、赤い頬を膨らませながら上目使いになって声を張り上げた。
抱き着いてきたときに「外さないと危ないぞ」と声をかけたものの、一旦抱き着いてしまったその状態から離れたくなかったらしく「いいんス……押し付けないように気を付けまスから……」と言って外さなかった眼鏡が少し斜めに傾いている。その奥の潤んだ瞳をまっすぐ向けながら、熱い吐息に濡れた唇を尖らせこちらへ。
「ちゅー?」
「ちゅーっス」
「ちゅーかぁ」
「ちゅーっスよ!」
「はいはい。……ちゅー」
背中へ添えて優しくそこを撫でていた手を上へ。比奈の頭の後ろへ添えて、同時に背中を丸めるようにして顔を前に。
キス。唇を比奈へと落とす。
「……ん、はい」
「……」
「……?」
「……そーじゃないっスよぉ!」
怒られた。
どうやら鼻にキスをされたことがお気に召さなかったらしい。唇を突き出していて一旦しぼんでいた頬が再び大きく膨れ上がった。
「私はペットじゃないっス! 愛玩のちゅーとかぁ……私は、プロデューサーの恋人でっ……」
「ごめんごめん、比奈が可愛くてつい」
「プロデューサーはいけずっス……」
「えー」
「えーって!」
「比奈が可愛すぎたのも悪いんじゃないかと思うんだけどなぁ」
「ぐー……またそうやってぇ……」
「比奈は可愛がられるのは嫌い?」
「……もう、そういうのほんと、ずるいっスよ……」
「ふふ」
「むー……あーもー!」
比奈の顔が身体ごと上へ。改めて突き出した唇を、押し付けるようにしてこちらの喉へと触れさせる。
触れさせて、そして上下。くぱくぱ、と唇を上下に何度も開閉しながら、甘噛むようにして喉や首元へキスの雨。
つい、思わず身震いする。感覚の鋭い敏感な場所を、何度も唇に挟まれて。奥へ覗く舌に時々、不意に触れられねぶられて。その生々しい比奈の温度と感触に、ぶるりと。
「……んっ……ふ、ぅう……」
「……比奈?」
「……ふふ……えへへ……ちゅーっス。……欲求と、執着の、ちゅー」
赤かった頬を更に紅潮させて。濡れていた瞳を更に潤ませて。熱い吐息を纏っていた声を更に燃やし震わせて。
比奈が言葉を口にする。ぎゅう、と抱き着いてくる力を強めながら。
「プロデューサーが悪いんス……。悪くて……それに、責任、取らないと駄目なんスから……」
回された比奈の腕、それに背中を撫でられる。足が絡んで、身体がいっそう密着する。
比奈が近い。元々近かったけれど、それが更に心ごと距離を縮め迫ってくる。
「いいっスよ。可愛がってくれても。プロデューサーに可愛がられるの、私も好きで嬉しいでスし。……でも」
「……でも?」
「でも、それならしてもらいまス。全部。私を愛するための、全部」
今度は鼻へ。
数分と経たない前にこちらからしたように、今度は比奈のほうから。鼻へ落とす愛玩のキス。
「可愛がってください。可愛がらせてください。求めてください。求めさせてください。嫉妬してください。嫉妬させてください。愛してください。愛させてください。……私の全部をあげまスから……プロデューサーの全部を、私に、ください」
頬に。顎に。瞼に。額に。髪に。
ぐっと身体を伸ばして近付いた比奈が、あらゆる場所へ唇を。
ちゅ、ちゅ、と。啄むようなキスを何度も降らす。繰り返し重ねながら、吐息混じりの囁き声で言葉を送り続けてくる。
「責任取ってくれるなら……私をこんな、プロデューサー以外の相手じゃ駄目な女にした責任、ちゃんと取ってくれるなら……私のこと、もっと……愛してください……」
「……比奈」
顔中のキスを落とせる場所という場所へキスを落とした比奈が……唇以外、それ以外のすべてへ落とした比奈が、身体を引いた。
それまでゼロだった距離を少し……まだ吐息は混ざり合うほどの、顔の動きだけで再びゼロにできてしまう程度の距離を空けて、そして停まった。
まっすぐな視線。呼吸の度に小さく上下に開閉する、何かを待ちわびるように向けられ晒された唇。
「……本当に、もう、比奈は」
「……ぷろ……」
「大好きだよ。愛してる。……責任、取るから……」
キス。こちらから、唇へ。
かすかに震える柔らかい感触に迎えられる。しっとりと濡れたそこへ一瞬そっと押し付けて、それからゆっくり、名残を惜しむように後ろへ離す。
頭の後ろへ添えていた手で優しくそこを撫でながら。短く、けれどたくさんの想いを込めたキス。
「……比奈」
見れば、目の前の比奈が蕩けて溶けていた。
幸せそうな、恍惚とした、そんな顔。
「好きだよ。比奈のこと……比奈のことだけを愛してる」
「ぷろでゅーさぁ……」
「だから責任は取るよ。ちゃんと取る。……でも」
「……?」
「比奈も、責任取ってくれないとだよ。……こっちだってもう、比奈なしじゃ駄目な男にされちゃってるんだからさ」
「っ……。プロデューサー……」
言うと同時、また唇が重なった。
今度は比奈から。飛び付くような勢いで、思いきり押し付けられる。
「好き……好きっス……大好き……」
「こっちこそ。……大好きだよ、比奈」
「はい……! ……プロデューサー」
「うん?」
「愛してまス。誰よりも。……だから……私のこと、幸せなお嫁さんにしてくださいね……?」
以上になります。
お目汚し失礼しました。
キモっ
乙
実によかった……
なんかたんねぇよなあ
おつおつ
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