「ありがとうございましたー!!」
歓声、なんて言い方は似合わない、埋まりきらない客席からのぱらぱらとした拍手とわざとらしく愉快さ大きく主張するBGM、そして少し離れたジェットコースターのトロッコがレールを走るかたんかたんという足音に包まれながら、自分達が舞台袖に捌けていくその時だった。
ステージの規模だとかお客さんの入りなんてものは置いといて、というより弱小プロダクションの駆け出しアイドルグループにはこれ以上無くお似合いだと思うのだけれども、今回はなんだか上手く踊れて歌えた、そんな単純で上擦った気持ちでどこか足取りの軽い自分と同様に、前を歩く美希も身体をるんるんと揺らして歩いていく。
しかし、それ以上に先頭の貴音は、これまた非常に珍しい様な気もするのだが、どうやら今回のパフォーマンスが至極満足なものであったのだろうか、興奮冷めやらぬ、いや冷めやらぬも何も数十秒前迄舞台上立ったのだから冷ます風が吹き込む余地も無いのだけれど、冷めやらぬといった様子で無性にそわついていた。
そわつくというのは何か、普段の貴音は、自分我那覇響から見る四条貴音なのであるが、やたらゆったりと優雅を気取っていて、気高いだの高貴だのという言葉を信条とするようじいやに教え込まれました、なんて身の運びを満足げに取るのがいつもの貴音であり、それを周りのみんなは、素敵とか流石とか言うから調子に乗って更にしゃなりしゃなりしていく訳なのだが。
話が逸れた。という様に、普段はゆったりとした動き、こういう表し方をすると完全に動物のそれになってしまうのだけども、あんまりそわついたり感情のそれを身体に出そうとはしないのである。に対して今の貴音は先頭で舞台の袖に入るなり、客先から視線が切れる所まではどうにか我慢したのだろう、後ろのこちらを振り向いて手を口元に当てたり握り開きしているのだった。
「美希、響。やりましたね。わたくし達はやりましたね」
珍しく大手を広げて、貴音は白い頬を赤く染めながら言った。
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このプロジェクト・フェアリー、客先に出るのはこれで数回目というところであるが、初舞台から前回迄、あの美希ががちがちに緊張して振り付けを間違えたり、自分が曲を勘違いして踊りに入ってしまったり、貴音が歌詞やら振り付けやら何もかもすっ飛ばしてただただ突っ立って手を振るだけの回があったり、絵に描いたような駆け出しアイドルをなぞってしまっていた。
それが今日、それといった失敗もなく、其々の持ち味と自負する歌やら踊りやらをしっかりこなせたものだから、実を言えば物凄く嬉しくなるくらいの出来であったと思う、これがもっとお客さんがお客さんじゃなくてファンの人達で、ぶわーっと盛り上がる様な舞台であったら尚更良かったのに。
「やりました、わたくし達」
単純に嬉しそうな笑顔を浮かべながら言う貴音に、美希も嬉しそうに同調する。それにしても余程嬉しいのであろう、貴音はこちらを向きながらやたらにこにこして、勿論自分だって人の事を言えない位にはでれでれしているのだろうけど、貴音は後ろ歩きをしながらやりました、やりましたと喜んでいた次の瞬間、その後ろで雑に置かれた機材に気付かず膕、もとい膝の裏辺りを躓けて、暫く間があったものの、そのまま後ろに転んだ。
しかもそれが袖端の階段前だったものだから、見事そこに填まるようにしてごろんごろんと転がり落ちていった。
「きゃああああ」
美希が叫んで自分も叫ぶ。
直ぐに園の担当者と打ち合わせをしていたプロデューサーを呼びつけ、貴音が階段から落ちたと言えば顔を青くして飛んできたわけであるが、動けないだとか気を失うとまではいかず、見たところ救急車が必要な程ではなく、身体の色々な背面に痛みを訴えながらも頭は幸いに打っていないという事であったので、目に涙を溜める貴音をプロデューサーがおぶって車まで運んでいき、そのまま近くの病院へとすっ飛んで行った。
心配そうにあわあわとする美希を宥めつつ、自分達も衣装を着替え、仕方がないので改めて園の担当者に挨拶と謝罪を行い、向こうも向こうで舞台袖の乱雑さを謝ってくれたりと、軽いプロデューサー代行を現時点での年長者としてこなした後に、貴音の着替えやら私物を手にタクシーで病院へと向かうことにした。
プロデューサーに場所を教えて貰う電話の中で、貴音に大きな問題は無かった、ということを聞けてとりあえず美希と二人で胸を撫で下ろし、それでも美希がちゃんと気を付けてあげれば良かったのかな、などと自責の念に駆られる美希を、後部座席に並びながらそんなことないぞと励ましているうちにタクシーは病院へと到着した。
待合室でプロデューサーと合流し、経緯を暫く説明したり、背中や腰の打ち身で済んだなんて話をしているうちに、のたのたとステージ衣装のままで貴音が診察室らしきところから戻ってきたので、大丈夫?、えぇ、なんていうやりとりもそこそこに今日はプロデューサーの車で帰る運びとなった。
動き辛そうに歩く貴音を見ていれば、なんだか居た堪れなくなってしまったので、今日は貴音の家に泊まって諸々手伝う云々とプロデューサーに告げた。
美希も同様に願い上げ、結果三人は貴音の家まで送って貰う流れになったのであるが、その車中、タクシーでの美希よろしく、相も変わらず心配そうな顔を浮かべるものだから、後部座席にて俯く貴音の隣に座らせて、痛くない?ごめんね、などと語りかけていた。自分はそんな悲の入った声を助手席で聞きながら、プロデューサーに園でのその後の対応を行ったことなんかを報告したりして、やはり所属アイドルが怪我云々というのは焦ってしまうものなのであろう、そこら辺の事後対応がすっかり抜けていたらしく、プロデューサーはしきりに助かっただとかありがとうと言っていた。完璧とは正にこの事である。
そんなこんなを話しているうちにも、貴音の家に着いたので、改めて明日からのスケジュールなんかを四人で共有した後、プロデューサーは去っていった。
助手席の扉を開けるときに、何故か階段から落ちる前の貴音の姿が脳裏に焼き付いてきたので、頭を振るようにして払いながら、貴音の荷物諸々を手にして車から降りた。
貴音の部屋に入り、とりあえずステージ衣装を見ているとそれを思い出してしまうものだから、着替えた方が良いよという事になり、美希に着替えの手助けを頼んで、自分はとりあえずお茶でも淹れる事にした。
キッチンの勝手よろしく三人分のマグカップを取り出し、急須に緑茶の茶葉云々とした上で、暫く僅かに湯気立つ急須の口を眺めていた訳なのであるが、振り払った筈の貴音の姿がありありと浮かんで来て、どうにも身体というより、お腹というか、震えを抑えるのが苦しい。
人が後ろ向きに躓いた時、人は人間の無力さを思い知らされる。その時の貴音は、少しの間ではあったけども、それはもう忙しくばたばたと腕を倒れるまいと大きく振りに振ってバランスを取ろうと必死に、目やら口やらをまん丸にして踏ん張ろうとするその姿が明確に思い浮かんだ時には既に限界で、自分で脇腹を摘まみながら食い縛る歯の隙間から漏れる息を必死に我慢する他無く、そんな中で淹れ済んだマグカップをお盆で運んだものだからかたかたと揺れてしまって仕方がなかった。
先にテーブルに付き、美希が手伝う中での貴音の着替えをまじまじと見つめていた訳なのだけれども、それはそれは貴音の顔が暗いものだから、自分の脳裏のそれとあまりにギャップがあって、もう正直に表すのだけれども、可笑しくて仕方がなかった。
貴音達と対面するように座ってしまったものだから笑いを堪えるので精一杯、ふーっと両手で顔を覆って隠すのだけれども、身体のひくつきだけは止められそうになく、変に泣いているとも思われたく無いしで、心は大波立つ中身体は手持ち無沙汰なそれを解消するようにお茶を啜るのだけれども、またまた転ぶ瞬間の貴音の顔が浮かんできて、思い切りむせてしまったらもうどうにも止まらないのである。
それでもなんとかむせている我那覇響を演出し続けなくてはならない訳だが、内心大口を開けて腹を抱えている響ちゃんに侵食されるかの様に、むせて苦しい風にお腹を抑えつつ、脇腹をぎゅっとつねった。
そうして胸中苦しんでいるうちに貴音の着替えも終わり、対面二つの席に相も変わらず心配げな美希とそれはもう落ち込みに落ち込んでいる貴音が、いやもはや何故ここまで落ち込むことがあろうかという暗い表情を浮かべながら、座った。
階段から落ちるときの貴音の顔はあんなに表情豊かだったのに。
もうそんな風に考えてしまって、限界だった。
「貴音、ごめん。もうだめ、ふふふふ」
貴音が視線を上げて自分を伺う顔も暗かったから、とどめにとどめを刺されるようにして。
「あははははは!!」
貴音も美希も何事かと驚きながら自分を見るわけだけども、もう遅い。
ごめん、貴音。もう無理、無理だって。
そんな顔、顔が、顔が暗いぞ。
落ちる時の顔なんて凄かったんだから。
真似しようか、こう、こう。
こ、こんなかお。ほんなはほはっはんははら。
ふひへへ、違うぞ、美希。心配してたでしょ自分も。
でもさ、もうあれだぞ。普段、四条貴音でございます、四条の生まれです。なんて顔とか動きしててさあ、こう躓きながらばたばたばた、って。
こう、こう。ばたばたばたっ。
もうね、ずるい。ずるいぞ貴音。
はははは。四条貴音です。はははは。
今までの貴音はフリだったのかなって、思うくらいにだぞ。
美希。美希も思い出してみて。
ほら、こう、ばたばたっ、ごろんごろん。
いや、もうだめ。ずるい。貴音はずるいぞ。
「響!!」
涙で滲む視界の中で、赤い顔の貴音が震えながら名前を呼んだ。
さっきまであんなに青というかなんというか、そんな顔してたくせに、とか思ったらまたまた笑いが溢れてきていくつか涙が溢れた。
「違うでしょうが!!」
「な、なにが」
「わたくしは怪我をしたのですよ!!」
「打ち身ですんで良かった、ほんとに。うん。いや、打ち身って言葉の響きがかわいいよね。ふふふふ」
「響!!」
貴音の顔は、見事に真っ赤である。
それがまた可笑しくて、もはや息が出来ないほどに笑いが止まらない。
今ならもうなんでも面白いんじゃないだろうか。春香が転んでもやよいが大きなお辞儀をしても、多分お腹が千切れると思う。
上下に揺れる身体に対して、そんな事を頭の片隅で考えていると、いつの間にか貴音は自分の隣まで近づいて来ていて。
「響」
「貴音座ってなきゃ。んふっ。だめだぞ」
次の瞬間自分の両ほっぺはぐいぐいと引っ張られ、違う意味でまたまた涙が溢れ落ちた。
「いひゃああああ、いひゃいいひゃい!!」
いくらじたばたすれども貴音の指は離してくれず、痛みは大分長い間に感じられた。
「どうしてこうも悪い娘に育ってしまったのでしょうか。母上が悲しみますよ」
「だ、だって」
「言い訳は許しません」
「でも美希だってほら」
貴音が髪を置いていく程の早さで振り向くと、そこには自分よろしく脇腹をつねって開こうとする口を波立たせている美希がいた。
「美希」
「ち、違うの」
「先程までのあの優しさは嘘であったのですか」
「響のせいなの。貴音、違うの」
「わたくしの転ぶ顔はこうでしたか、こう」
「それはずるいの貴音んふふふ」
「いひゃああああ!!」
翌日の765プロでは、ぴよ子に美希と揃って別の意味で赤いほっぺたを心配されるのだった。
終
ごめんなさい、貴音さん。
ごめんなさい、プロジェクト・フェアリー
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