「夏の雲をつくる技師になりたかった」 (12)
僕は汗だくになりながら、ごうごうと炎を出す巨大な竈に薪をくべた。
上に伸びる煙突は天井を突き抜けている。
焚き上げた入道雲は、あそこを通って空に放たれる仕組みだ。
首にかけたタオルで汗を拭うと、僕の足元に雲の欠片が落ちているのを見つけた。
おい タイトルは面白いぞ
入道雲は、職人の手で丁寧に水を編み込み、竈でそれを膨らませてつくられる。
小さく手のひらに乗った欠片は竈の前でもひんやりとして心地よかった。
親方の無骨な手からこんな繊細な作品が生まれるとは。
わずかに形を変えながら手のひらで漂う雲は、何度眺めても飽きない。
「おーい、薪入れたらさっさと戻ってこい!」
雲を編む工房、「水場」にいる親方の声が聞こえた。
雲の欠片をついでに竈の中に放って、僕は水場に足を運んだ。
水場は広いプールのような桶に水をたっぷりと湛えて、蒸発しないように魔法で固定した場所だ。
もちろん雲をつくる度に水は減るので、時々雨水を回収する業者がそれを足しに来る。
最近は水の質が落ちた、なんて親方は5年位前からぼやいていたな。
「おう」
僕が戻ったのを見て、親方はぶっきらぼうな声でそう言った。
と、目の前が白で埋まる。
ちょうどつくっている時だったか。
「今日のはでかいっすね」
「今から夏本番じゃからの。 深度6なんぞ久々につくるわい」
「6ですか、また随分」
「このテの大きいんはこの歳になると堪えるのう」
水場をプールと言ったが、それくらい天井も高くて、親方が自分の身長の何倍もの雲をつくろうが上限にはまだまだ余裕があった。
親方の指や掌全てに「陣」が描かれた両手が雲に触れるたび、それはもくもくと自由に形を成した。
「すげぇ……」
堪らない。
こんなに素早く、自在に雲をつくりだす職人を他に知らない。
絶対に完結させろ
僕は親方の手の動きをじっと見ていた。
ごつごつと節くれだった職人の手。
一際異彩を放つのが、描かれている魔法陣の数だ。
ある種の装飾品のようにも見える両の掌は、素人目には意味のわからない細かな模様や文字が刻まれている。
本来は墨を彫り入れるのだが、それだと陣の変更が難しい事や、小さな陣がつぶれてしまうなどの問題が生まれる。
親方は決して変更のない基本の陣を墨で掌に、それ以外をペンで指の腹に彫り入れている。
ペンの方はどうしても1週間くらいで消えてしまうので、いちいち描き直さなければいけないのが面倒らしい。
僕は自分の綺麗な掌に目を落とした。
見習いにとっては、基本の陣を扱えるようになるのでさえまだまだ先の話だった。
タイトルはTwitterで見かけた詩から
物語の内容はオリジナルです
こういうの良いな
ファンタジーというより幻想文学って感じがする
「ごめんくださーい」
チリリン、と表の鈴が鳴った。
親方はたいてい作業から手が離せないため、来客の応対は僕の役目だ。
少し外す旨を親方に伝えて、僕は表の玄関へと急いだ。
「やあやあクラウド。お久しぶりです」
「ああ、やっぱりお前か」
「何ですかそのがっかりした顔は。君がここに来てからずっとの旧い仲だというのに、私は悲しくてしくしくと泣いてしまいそう」
「何言ってんだ。お前は涙を流す目なんてないだろ」
僕が笑うと、そいつはおどけた仕草でシルクハットのつばをつまんだ。
彼の名前はカブ。
黒い液体をなんとか人の姿に押し込めたような姿をしていて、いつもくたびれたタキシードとシルクハットを身に纏っている。
本来人の頭らしき部分は彼の感情に合わせて時々ぐちゃっと歪んだりする程度で、僕は彼が何なのかあまり理解していない。
「彼」という呼び方も正しいのかどうか。
「あっと、大事な手紙を持ってきたんでした。オズはどこです?」
カブは思い出したように懐から便箋を取り出した。
宛名は『オズの工房』、真ん中に金と銀の山羊を象った印が押してある。
古くからある『大事な手紙』という意味のまじないだ。
指定した人物の前以外で開かれると、その場で(周囲の人間を巻き込みながら)燃えるという随分おっかない代物だ。
呪いの内容を知っているのはもちろん、ここに来て間もない頃、不用意な自分が身をもって体験したからだ。
「親方なら雲つくってるよ。深度6のでっかいやつ」
「ほほぉ深度6ですか!相変わらずやりますねぇ、あなたのお師匠様は」
「もっと深く潜れるらしいんだけどね。7以上は見たことないから、実際できるのかは知らない」
「いえいえ、6の時点で並みの魔法使いが潜れる深さではありませんよ。あなたもそんな事言っておきながら、どうせ出来ると思っているんでしょう」
僕の心を見透かしたように、カブは独特の甲高い声でそう言った。
「仕事の邪魔になってはいけません。見学しながら待たせてもらいましょう」
了承すると、カブは僕の後について、工房の中へひたひたと入ってきた。
「ご無沙汰しております、オズ様」
水場に入ると、カブは優雅に一礼した。
親方も遠目ながら気づいたみたいで、片手をあげてそれに応えた。
少し外している間に雲は随分もくもくと、竈に入るか心配になるほどに巨大化していた。
「いいですね、すごく丁寧な魔法です」
カブはうっとりとした声でそう言った。
表情がない分、彼の声は非常にわかりやすい。
「世間の皆さんは、こうして雲が編まれていくのを見たことはないでしょうなぁ」
「そうだね」
「そういえば、今日はあなただけですか?他の皆さんはどうしたんです」
「他の人たちは全員――」
「あがったぞォ!竈の準備頼む」
「ごめんカブ、ちょっと待ってて」
親方が雲に最後の『固定』の陣を打ったらしい。
綺麗にまとめられた雲の横を通り、僕は竈の蓋を開けに走った。
巨大な雲の赤ん坊をもっと巨大な竈の中に放り込み、親方はそこでようやく一息ついた。
小柄でがっしりとした身体と、竈の煤だらけの青い作務衣。
つるりとした天辺と口元を覆うたっぷりの白髭が仙人を思わせた。
この世界に遍く散らばっている種族の中ではドワーフに一番風貌が似ている。
が、本人に直接尋ねたことはない。
「待たせたのう、カブ」
「とんでもございません、おかげでいい魔法が見られました。むしろ役得ですよ、役得」
「んで、今日は何の用じゃ?大方、お前さんの主がまた厄介ごとを持ってきたんじゃろうがな」
「うふふ、お察しの通りで」
カブはケタケタと笑うと(彼は笑っても表情がないので、本当にケタケタと口に出した)、親方に先ほどの便箋を手渡した。
「我が主、ヴォーアイビス様よりの依頼でございます」
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