晴れたらいいな (23)
◇
窓の上方、宙につる下げられた鉢植から緑の葉があふれている。それは全体をまとめて見るとふんわりと丸いが、でも一枚一枚は鋭い。葉の付け根からはいくつもの子株がこぼれ、空中にさまよわせ、ゆらゆらと体を揺らしている。中には子株の中からさらに子株(孫株?)が垂れている所もある。
つい最近、園芸部に入部した時に部長から教えてもらったけれど、この植物の名前はオリヅルランと言うらしい。
自分はこの植物のことが好きになってしまったので、部室にいる間は大抵オリヅルランの近くで過ごしている。
ただ揺れているだけの植物を眺めていると、頭が勝手にぼうっとしだして、気付いたら眠くなっていたりして、ついついゆったりしてしまう。
そんな時間も、ちょっと忙しい高校生活からすると意外と悪いものではない。ただ、課題を終わらせたりとか、他の植物の世話をしたりとか、やらないといけない事があるせいであまりそんな時間はとれないけれど。
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こいつはどんな花を咲かせるのだろう。そんなことを部長に尋ねたら「どうだろ? そういえばわたしも見たことないからわかんない」なんて言われた。
もう三年生の部長が見たことない花を、自分が卒業するまでの間に、このオリヅルランは見せてくれるのだろうか。もし咲いてくれるならと思うと、その時が楽しみでならない。
(どんな花が咲くのだろう? どこに花を付けるのだろう? ……そもそも、花が咲く植物なのだろうか?)
◇
二週間ほど前、入学式の後に小さい頃からの友人と少しだけ話をした。数少ない女友達。
「ね、マシロは部活何にするか決めた?」
「なんにも決めてない。玲奈は?」
そう尋ね返すと、彼女は黙ってしまった。(マシロというのが俺のことで、玲奈というのは彼女のことだ)
しばらくして考えがまとまったのか、こちらに真っ直ぐ向き直り、こんなことを提案してきた。
「……決まってるけど、まだ秘密」
「ちょっと賭けをしてみない? お互いにお互いがどの部活に入ったか当てあうの。きっと考えるの楽しいと思うんだ。ほら、割と知ってる仲だけど、全部知ってるわけでもないし。
思った通りに当たってたら嬉しいだろうし、予想外のところだったら意外だって驚くとでしょ?」
ん?屋上さん風味?
◇
羽石玲奈が突然なにかを提案するのは珍しいことではなかった。普段からそういうことをよくするのだ。
帰り道にガビチョウの声を聞けば湖畔に鳥を見に行きたがり、休日と暑い日が重なると滝に涼みに行きたがり、早朝に目が覚めれば海に釣りに行きたがった。
小さい頃は外遊びをしている最中に新しい遊び方を提案したりもしていた。今でも近所の子供たちの缶蹴りではオニ以外が鈴を持つことになっているし、だるまさんがころんだには増やしオニみたいなルールが加わっている。
その場で思いついた楽しいことを、近くにいる人を誘って一緒に楽しむ。たぶん昔から玲奈は遊ぶことが上手だったのだと思う。
今回もそれらと同じことだ。だいたいのことは彼女に付き合っていると楽しい。だから、こちらとしても断る理由は無かった。
賭け事だって言っていたけれど、勝った時にどうするか、負けた時にどうするかなんてなにひとつ決めずにその日は家に帰った。そんな所も彼女らしい。
◇
仮入部期間は入学式から一週間経ってから始まった。放課後になるとみんな目的の場所があるようで、教室にはほとんど人が残っていない。
自分は中学では陸上部のみんなでまあまあ楽しく過ごしてきたけど、陸上競技そのものにはそんなに向いてもいなかった。
部の友人の多くは別の高校に行ってしまって、唯一同じ高校に来た鴻樹も陸上を続ける気は無いらしい。それなら俺が陸上部に入る理由もほとんどなくなる。
陸上以外ならどこに行こうかと考えながら窓の方に目をやると、中庭の木の枝を剪定している女子生徒が見えた。背は低そうだけど、この時期に活動しているとなると先輩だろう。ああいうのも面白いかもしれない。
◇
「あのー! 先輩ってどの部活の方ですか?」
「えっ? あー、えっと。……園芸部です。新入生ですか?」
「はい」
中庭に向かうと、さっきの先輩が見えたので声をかける。園芸部だったらしい。
「園芸部って中庭の木も管理してるんですか?」
園芸部といえば、パンジーなどの背の低い花を育ててる土いじりのイメージがある。木も扱うのだろうか。
「はい。あ、いや、違うや」
「違うんですか」
「うん。これは園芸部の活動っていうより、わたしが個人でやってることなので。……それで、きみは? 部活見学?」
「まあ、そんなとこです」
……部活動の時間に、個人的な活動してていいのだろうか。
「それなら部室に行きましょっか。この時期はあんまり活動してませんけど、ちょっとした紹介くらいならできると思います」
続き楽しみにしてます
園芸部の部室は北校舎の一階の中央にあった。昇降口から比較的近く、窓からは中庭も見える。直接外に行ける作りになっていないことが残念だが、この教室を園芸部の為に作ろう! なんて考えながら学校を建てたわけもないのでまあ仕方ない。
部室の中には誰もおらず、備品が置いてあるだけだった。
備品と言っても大したものがあるわけでもなく、内訳は椅子と机がそれぞれ十個ほど。その中で普通に使われているものが二組。
残りの机は荷物置きとして利用しているようで、教室の後方に三列三行に一つ欠けた形でまとめられていた。
椅子は机の隣で、壁に背中を付けるように一列に並べられている。几帳面な感じ。
掃除中の教室みたいだ。なんてことを考えていると、先輩に椅子を勧められた。隅に置いてあったやつ。
「……えっと、それじゃ、まずは自己紹介しますね」
「あ、はい。お願いします」
ひとつの机を挟んで、座りながら話し始める。一挙一動から、お互いのぎこちなさが伝わる。
「わたしは園芸部で部長をやらせてもらってる新橋まつりです。これからよろしくお願いします」
「はい」
……よろしくされてしまった。別に入ると決めたわけではないのだけど。
「それで、君は……」
「河原です。河原蒔白」
「じゃあ、河原くん。まず園芸部では何をするかと言うと、植物を育てます」
「はあ」
「でも植物だったら何を育ててもいいわけじゃなくて、幾つか学校から禁止されてる種類があります。特に木のたぐいは全面禁止だそうです」
「小さな木でも?」
「小さな木でも。融通効かないよね。かなちゃん……二年の子も去年そのことで残念がってたから、ちょっと顧問の先生通して上の人と話せたらなと思ってる」
「はあ」
二年の子、という言い方をするあたり、部長は三年生なのだろう。……小柄なせいで、そうは見えないけど。
「それで、木以外だと、ここらへんに住んでる動物に害があるような、毒のある植物はダメ。……まあ、これは当然だよね。学校に止められてなくてもわたしが止めるし」
「具体的には?」
「ユリとか、スズランとか。あと、身近なのだとタマネギもダメ。校内に入ってきてわざわざ掘り起こす動物なんて居ないと思うけど、一応」
「へえ、色々あるんですね」
「うん。食べられないようにってことなんだろうね。毒があるのは」
部長は、わたしたちはタマネギ食べるけど。と、ぼそっと付け足した。
その後は、去年はフウセンカズラを育てたとか、今年はオナモミ育ててみたいと思ってたけど、結構大きくなるし、調べたら毒もちょっとあるからやめたとか、そういった話を聞いた。
去年の活力剤とか肥料なら余ってるから、もし入部したらじゃんじゃん使っちゃっていいよ、適量分。といったところに話が転がった時、部室の扉が開いた。
「せんぱい! 新入部員連れて来ましたよ!」
見てますよ
◇
「あ、かなちゃん。おかえりー」
さっき話に出てきた人だ。体操着に短髪なのでぱっと見だと活発そう、というか運動部のように見える。土のついた手袋を持ってるからそうじゃないってわかるけど。
こっちに気が付くと「こんにちは」とだけ言ったので、俺も同じように「こんにちは」と挨拶を返した。
「先輩の方にも来てたんですか? 新入部員」
「ううん、見学。わたしが枝切ってたの気になったみたいで」
「へえ、まあかっこいいですもんね。庭師とか」
「かっこいいかなあ……。あ、それで連れて来た新入部員の人は? 見えないけど」
「え? あ! 入ってきていいんだよ! コウキくん!」
……鴻樹?
「あ、はい。失礼します」
「勝手に入ってくれて良かったのに」
「話終わってからの方がいいかと思ったんで」
「そう? ……あ、それで先輩、この子が新入部員のコウキくん」
「園田鴻樹です」
「あっはい。部長の新橋です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
……少し取り残された感じがする。置いてけぼり。この程度で何言ってんだって話ではある。
少しすると鴻樹の方もこちらに気付いたようで、ちょっと驚いた顔をしてから手をひらひらと振る。こっちだって鴻樹が園芸部に入るなんて意外だとしか思えない。
「あれ? 河原くんと園田くんって知り合いなんですか?」
部長に聞かれると鴻樹が答えた。
「中学からの友達っすね」
「ついでに言えば同じ部活でした」
俺が補足すると、今度はかな先輩(?)が質問する。
「へえ、園芸部?」
「いえ、陸上です」
「ふうん?」
少し不思議そうな顔。まあ陸上部が二人揃って園芸部に来るというのも珍しいのかもしれない。……というか、どう考えても珍しいだろう。一緒に来たわけでもないし。
「見学って言ってたけど何か面白いものあった? あ、でも部室だと見るものないか」
「あー、木の剪定は面白かったです。部の活動じゃないらしいですけど。他は……何も見てないですね」
先輩の言う通り何もないし。
説明聞いてただけだったし。
「そっか。……そっかあ。それじゃちょっと倉庫行く? 花壇だとまだ種まいてないからさ」
「倉庫ですか?」
「うん。肥料とか以外にもアルバム置いてあるから。きっと部活選びの参考になるよ」
「それなら行ってみたいです」
正直に言えば鴻樹が入るならもうこの部でいいか、と思ってるけど。まあ、どんな植物を育てるかの参考にさせてもらおう。
「えっと、それで……」
「それで?」
「先輩の名前って」
「あ、言ってなかったか。唐笠かなめっていいます」
「俺は河原蒔白です。」
「ん、マシロくんね。それじゃ倉庫行こっか」
乙です
復活記念
続きが読みたいです
諸事情で今週は投稿出来ないかもしれません。ごめんなさい。
◇
「それにしても園芸部って部室だけじゃなくて倉庫も持ってるんですね」
「まあ土の付いたものは部室に置いとけないからね。衛生的に」
それもそうか。……そうか? ビニール袋か何かに入れてしまえば済む問題な気がするけど。
「……あれ? だったらなんでアルバムが倉庫にあるんですか?」
用具と違ってこちらはほんとに倉庫に置いておく理由がない。なぜ部室ではないのだろう。
「なんでだろうね?」
「先輩も知らないんですか?」
「私が入ったときにはもうそういう風になってたから。先輩……まつり先輩は今の部室の内装が気に入ってるみたいだし、その前の部長はわざわざ決まりごとを変える人じゃなかったからね」
「そうなんですか」
部長さんはあの掃除途中みたいな感じの部室が好きなのだろうか。変わった人だ。自分はあまり落ち着ける気がしない。もちろん、まだ慣れていないからというのもあるだろうけど。
倉庫には特に変わったものは無かった。肥料類が積んであり、スコップ、シャベルなどの道具類は立て掛けてあった。棚の上には小皿に入れられているオナモミの種(去年育てたものから取れたのだろう)と、年度順に並べられたアルバム。
アルバムの中の植物は家庭菜園寄りのもの(ミニトマトとか)と、自分には雑草にしか見えないもの(確かに花は綺麗だったりはするのだが)の、大雑把に分けて二種類のようだ。
部室よりはとても園芸部らしい倉庫。
その日はアルバムを眺めているうちに下校時間になったので、そのまま帰った。
◇
「ただいま」
「……おかえり。今日、お母さん遅いって」
「そうなの? 俺聞いてないんだけど」
「私もさっき電話で聞いたばっか」
「……そっか。夕飯どうする?」
「とりあえず二人分用意しとく。どうせお母さんは外で食べてくるし」
「ありがと」
「六時頃には出来るから」
「うん」
「……それと、悪いんだけどちょっとスーパー行ってきてくれない?」
「別にいいよ。何買えばいいの?」
「そろそろ玉ねぎ無くなっちゃうから玉ねぎ幾つかと、卵と、牛乳」
「わかった」
「ごめん。ありがと」
◇
姉に頼まれた物を買いに出かけると、店先でジャージ姿の玲奈に声を掛けられた。彼女はもう何かを買ったようで、ビニール袋を片手に提げていた。
「やっほ、買い物?」
「そういうそっちは買い食い?」
「そんなとこ。カレーパン食べる?」
「家でご飯が待ってるからいい」
「そう? ……そっか、うん。わかった」
玲奈は帰ってからも食べるだろうけど、自分はそんなに食べられない。彼女がたくさん食べるだけなんだけど。
その食べっぷりは見ててとても気持ちいいものということもあって、昔はよく近所の大人に餌付けされていたものだ。自分もまあまあおこぼれに与かっていた。(夕飯が食べきれなくて注意されることも当時からしばしばあった)
彼女は他の人と一緒に食べることも好きで、その場にいる人に菓子パンを配ったりもする。小学生の頃の自分は、彼女からも餌付けされているようなところがあった。今も変わらないかもしれない。
「ジャージってことは運動部にしたの?」
「秘密。それはほら、仮入部期間終わってからのお楽しみだし? というか美術部とかもジャージだよ」
言い方からして美術部ではないのだろう。絵を描く趣味もないし。
乙です。楽しみにしてます
待ってるよ
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