右京「誰も知らない?」 (92)
相棒×誰も知らないのクロスssです
クロス先は2004年に映画化された作品ですが知らない方でもわかるように描いてあります。
ちなみにこのssを読む際は出来たら相棒シーズン16の19話を見ることをお勧めします。
子供の日にちなんでお子さんと一緒に読んでください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1525485253
「♪~」
ある日、杉下右京が出勤すると
同部署の冠城亘が自分のデスクで上機嫌で鼻歌を歌いながら手紙を読んでいた。
「手紙読んだくらいで何をニタニタ笑ってんですか。気持ち悪っ…」
そんな上機嫌な冠城に対して毒舌を吐くのは
この度、特命係に島流しされてきた青木年男だ。
青木は普段から嫌なヤツではあるが
同じく手紙を読んでいる冠城も指摘されても仕方のないくらい顔がニタついていた。
これでは指摘されるのも無理もないことだが…
「お前…人が気分いい時に水を差すなよ…
これはこの前の事件で知り合った高田創くんとその弟くんからのお手紙なんだよ。」
「だからって何でニヤついてるんですか?ガチでキモいんですけど…」
「別にいいだろ。あの兄弟はこれまで大変な人生だったんだ。
それを俺たちがあの子たちの未来を切り開いてそれで感謝の手紙を貰った。
せっかく前職辞めてまで警察官になったんだ。
未来ある青少年を導く役に立てて嬉しいと思わないのか?」
「さあ、知りませんね。こっちは未来どころか島流し部署に左遷されてお先真っ暗ですよ。」
青木が特命係に送られた事情は正直自業自得な部分も含まれているが…
そんな青木を尻目に右京も冠城宛ての手紙を読んでみた。
「どうやらあの子たちも変わりないようですねぇ。」
「ええ、施設での生活にも慣れてけど友達も出来たみたいで順調のようですよ。」
冠城は満足そうに高田兄弟のその後を語ってくれた。彼ら兄弟は無戸籍児だった。
ホステスだった母親が子供たちの育児を放棄して
彼らは兄弟二人で生きていかなければならなかった。
いや、彼らは二人だけではなかった。もう一人、生まれたばかりの妹がいた。
だがその妹は病により死んだ。
満足に供養することもできず河川軸にその遺体を遺棄せざるを得なかった。
そんな最悪な環境で兄弟が生き延びたことはどれほど過酷なものだっただろうか。
「あんな悲惨な生活を送ってきたんです。
これからはしあわせな未来を掴み取ってほしい。
俺たちができるのはそう願うことくらいですからね。」
「確かに子供には何の罪もない。環境が酷かったのですからねぇ。」
黄昏れる思いで窓を見つめる右京。
そんな右京を見て冠城はこの事件で感じていたある疑問をぶつけてみた。それは…
「右京さん、ひとつ気になることがあるんですけど…
ひょっとして以前にも無戸籍児の事件に関わったことがあるんじゃないですか?」
冠城は先日の事件で少しだけ引っ掛かっていたことがあった。
それは右京が当初から兄弟が無戸籍児ではないかと疑惑を抱いていたことだ。
だがどうしてそんな疑惑を抱くことが出来たのか?
ひょっとして以前にも似たような事件に遭遇したからではないかというのが冠城の見解だ。
「ええ、ありました。もう十年以上前の話になりますがね。」
やはりなと自分の指摘が正しいと満足気になる冠城だが…
その反面、右京の表情は険しいものへと変わっていた。
恐らくろくな事件ではなかったのだろう。
考えてみれば無戸籍児が関わる事件などハッピーエンドで終わるはずもない。
さすがに無神経だったなと冠城も思わず反省した。
「すいません。今の発言は軽率でした。」
「いえ、構いませんよ。
それにいい機会です。キミたちも知っておくべきだと思いますからねぇ。」
それから右京は冠城とついでに青木に対してかつて起きたある事件について語りだした。
それは決して先日のようなハッピーエンドでは終わらなかった。
家族だからこそ避けられなかったある悲劇の物語だ。
2004年 夏―――
残暑厳しい夏の時期。
その日、杉下右京は相棒の亀山薫を伴ってあるコンビニ店へと訪れていた。
彼らが訪れた理由はこのコンビニで頻繁に多発しているある問題についてだ。
「いやー!まさか警視庁の刑事さんに来てもらえるなんて驚きですよ。」
「いえ、我々も公務ですからお気になさらず。」
「そうですよ。俺たち頼まれたらなんでもやらされる特命係ですから…」
本来なら警視庁の刑事がこんなコンビニで起きた些細な被害になど関わることはない。
だが特命係は特に仕事のない暇な部署。
そのため雑用だろうと頼まれたらなんでも引き受けるのが暇な部署ならではの役割だ。
「それでどういった被害を受けているのでしょうか?こちらは小売店です。
警察に通報したのだから盗難だとすれば被害額は相当ではありませんか?」
「いや、金銭面に置ける被害は特にありません。廃棄弁当が盗まれるだけです。」
「廃棄弁当って…賞味期限切れたヤツですよね…?そんなモノをどうして?」
通常、コンビニに降ろされる食品は賞味期限が過ぎれば廃棄処分となる。
その理由は賞味期限の切れた食品に商品的価値が無いからだ。
それなのにこのコンビニではゴミ箱に廃棄した弁当が度々盗まれる事件が多発していた。
いくら商品価値もなく売上にも影響がないとはいえこう度々盗まれては店の保安に関わる。
こうした理由からさすがにこれ以上座視することも出来ず警察に被害届けを出した。
「ひょっとしてホームレスの仕業ですかね…?」
この相談を聞いて亀山が思いついたのはこれがホームレスの犯行ではないかと疑った。
理由は簡単だ。もし犯人がお金を所持していれば普通に弁当を購入するはず。
つまりこの犯行はお金を持ち合わせていない人間によるもの。
この場合ならホームレスの犯行と思うのは当然のことだ。
「なるほど、最もな意見ですね。
廃棄物ならお金が発生するわけでもないので双方に被害が出ることもない。
ですがこれは立派な窃盗事件。
それにお店側が被害届けを出されたとなれば当然捕まえなければなりません。」
「まったく世知辛い世の中っすね。」
恐らく生活に行き詰まっての犯行なのだろう。
こうなるといくら特命係としても犯人を不憫だと思わなくもない。
だがこれも警察官としての仕事。生活に困窮しての犯行とはいえこれは立派な窃盗だ。
犯人を思うならキッチリと罪を正す。
それが自分たちの役目だと思いながらさっそく捜査を開始した。
「右京さん着きましたよ。ここがさっきのコンビニの近くに有る公園です。」
それから右京は亀山と共にこの近隣にある公園に立ち寄った。
何故公園に立ち寄るのかだが理由は簡単だ。
ホームレスが住み着く場所といえば公園か河原といった広場を好む。
もしもホームレスの犯行なら公園に住み着いているのではないかと目星をつけたのだが…
「誰もいませんね。それどころかキレイな公園です。」
右京が指摘するように公園にホームレスが住み着いた痕跡はなかった。
実はこの公園は夜になると閉鎖されるように対策を施されていた。
その影響でこの公園にホームレスは住み着くことが出来なくなり
他の場所へ移ったり支援を受けたりと散り散りとしたようだ。
「つまりこの近辺にホームレスはいない。そういうことになりますね。」
「それじゃあ誰がコンビニから廃棄弁当を盗んだんですか?
あ、まさか…競合店が盗んだんですかね?
コンビニってそこら中にあるから少しでも嫌がらせをしようとして…」
「いいえ、それはありえません。
もしも嫌がらせを行うならいくらでも方法があります。
たとえば盗んだ廃棄弁当を店の前に撒けるなどすればより効果的です。
ですが犯人は廃棄弁当を店から持ち出していった。
その理由は何か?これは明らかに食べるために盗んだはずです。
つまり犯人は生活困窮者。これは間違いありませんよ。」
右京の推理に亀山も納得はした。
だがホームレスではないとしたら誰が廃棄弁当を盗んだのか?
当初の疑問に戻り頭を悩ませていた時だ。
「オイお前!何ジロジロ見てるんだよ!」
「つーかお前臭いんだよ!」
それは子供たちの声だ。
見るとこの公園を通り掛かった少年たちが誰かを束になって誰かを虐めていた。
いくらなんでもこれは見過ごせない。
そう思った亀山はすぐさま子供たちの前に駆け寄り虐めを静止した。
「コラお前ら!何してんだ!?」
「だってこいつが…」
「さっきからジロジロ見てくるのが悪いんだよ。」
亀山はすぐに虐められていた子供を庇った。
その子は虐めていた少年たちと同い年くらいの男の子。
それにしても虐めていた少年たちの言うように異臭が凄まじい。
見れば少年の身体は不衛生にも長いこと身体を洗ってないらしく
衣服も汗ばんでいて長いこと洗濯してないようだ。
さらに少年は酷く痩せこけていた。
まるで何日もまともな食事にありつけてないような飢えた様子が伺えた。
「とにかくこのことはこの子の親に伝えるからな。坊主、家の電話番号を教えてくれ。」
亀山が少年に家の電話番号を尋ねようとした時だ。
少年は何かを恐れるかのようにその場から走って逃げ出した。
別に咎めるわけでもないのにどうして逃げ出すのか?
わけのわからない亀山はその場で呆然とするしかなかった。
「ひとつよろしいでしょうか。あの少年はキミたちの知り合いですか?」
そんな呆然とする亀山を余所に
右京は先ほどまで虐めを行っていた少年たちに先ほどの子は知り合いかと尋ねた。
だがその返事は意外なものだった。
「知らない。」
「知らないって…どう見てもお前らと同い年だろ…?」
「だって本当に知らないよ。あんなヤツ見たことねえよ。」
全員、先ほどの少年など誰も知らないと答えた。
それではあの子はどこの子なのか?
ひょっとしてちがう学区の子供なのかもしれない。
いや、それはちがうと子供たちは否定した。
何故なら昨今の少子化に伴いこの東京でもいくつかの学校が閉鎖された。
この地区も同様で少子化に伴い
いくつかの学校が併合しているためこの近隣には小学校は一校しか存在しない。
つまり今の少年がまともに学校に通っているのならこの子たちが知らないはずがない。
さらに右京は子供たちにこんな質問を行った。
「そういえばキミたちは下校中でしたね。」
「うん…」
「今日は学校でいつも通り授業が行われていた。そうですね?」
「そうだけど…」
「右京さん、一体何を聞いてるんですか?」
「亀山くん。先ほどの子はランドセルを背負っていましたか?」
「ランドセル?そういえば…」
亀山は逃げ出した少年の格好を思い出したがそういえばランドセルは背負っていなかった。
それでも他の子たちを見るとちゃんとランドセルを背負っている。
だがこれがどうしたというのか?
「今日は平日、それに今の時刻は午後3時。小学生の下校時間に相当します。
それなのにあの子はランドセルを背負わずに公園をうろついていた。
少し引っ掛かると思いませんか?」
言われてみればと亀山も疑問には思った。だがこのご時世、不登校児など珍しくもない。
それに特命係が捜査しているのは廃棄弁当を盗んだ犯人だ。
今の少年と廃棄弁当の窃盗犯。この二つがどう結びつくのかと思わず首を傾げた。
その夜―――
「ふぁぁ…右京さん…もう夜の0時過ぎですよ…」
あれから数時間後、右京と亀山は車の中からコンビニを監視して張り込んでいた。
まさかこんなしょうもないコソ泥相手にここまでやるのかと亀山は半ば呆れ気味だ。
普段なら花の里で一杯やった後に自宅で就寝している時間のはず。
それなのにこうして深夜の張り込みとなると愚痴らずにはいられなかった。
「ねえ右京さん、この事件まともに立件なんて無理ですよ。
店側だって金銭の被害は出なかったし厳重注意がいいところじゃないすか?」
「確かにそちらの方では厳重注意が精々でしょう。
ですが僕にはこの小さな事件がまだ何かある気がしてならないんですよ。」
この事件に対して右京は何かを感じていた。
そんな右京にこれまで緩み気味だった亀山に思わず緊張が走る。その時だ。
店から店員が出てきた。見ると店員は何かをゴミ袋に入れていた。
ゴミ袋の中身は弁当。それをこの店の裏にあるゴミ捨て場のゴミ箱へと投げ捨てた。
右京が腕時計で時刻を確認するが既に日付変更して翌日になっていた。
これで弁当は賞味期限が切れて廃棄弁当として扱われる。
店員は作業を終えるとすぐに店の中へと戻った。
すると今のタイミングを見計らったかのようにゴミ捨て場に誰かが近づいてきた。
よく見るとそれは昼間の虐められていた少年だ。まさかこの少年が犯人…?
車窓から様子を眺める亀山も思わず驚きを隠せなかった。
「この…開かない…どうして…」
少年はいつも通り廃棄弁当を持ち出そうとゴミ箱を開けようとする。
だがどういうわけかゴミ箱は開かない。この事態に少年は思わず狼狽えていた。
「無駄ですよ。そのゴミ箱はお店の人に頼んで施錠してもらいましたから。」
そこへ犯行の一部始終を見届けた右京たちが駆け寄ってきた。
この犯行を現行犯で取り締まるため店の人に頼んでゴミ箱に鍵をつけてもらった。
こんな小学生にピッキングの技術などあるはずもない。だからもう諦めるしかなかった。
「さあ、こっちへ来てください。」
「悪いがこのことを親御さんに報せなきゃならないからな。」
右京たちは少年を補導しようとした。
廃棄弁当の窃盗だけでも過失があるのに
さらに未成年が深夜0時を過ぎて夜の街を徘徊していた。
これはもうこの子の親を呼んで厳重注意を行わなくてはならない。
こうなればもう大人しく観念するだろうと思った時だ。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
なんと少年はこの場から駆け足で逃げ出した。
いきなりの行動に思わず呆気に取られてしまうがとにかく後を追わなくてはならない。
子供の足だ。すぐに追いつけるはず。
だが夜道であること、それに向こうはこの辺りの道に精通しているようで
抜け道を通りどうしても追いつけなかった。
それでもこんなことで諦める特命係ではない。
なんとか逃走する少年を追いかけるとある建物の中へと入っていった。
そこは築30年が経過したと思われる中古のアパート。
見るとアパートには一室だけ微かな明かりが付いている。
恐らくあの部屋が少年の自宅なのだろう。
「警察です!開けてください!」
こんな時刻だが亀山は家の扉をドンドンと叩いた。
ハッキリ言ってこの行いは近所迷惑。だがこんな時間に少年が街中を彷徨いていた。
しかもコンビニの廃棄弁当を盗もうとしておまけに警察の追跡からも逃走した。
こうなれば親を呼び出して厳重注意をしなくてはならない。
そんなノックを続ける亀山とは別に右京は玄関のポストに注目した。それは催促状。
取り出してみると電気・ガス・水道が一ヶ月前から止められていることがわかった。
もしやと思った右京は亀山に代わって中にいるはずの少年にこう呼びかけた。
「聞こえますか?開けてくれないとこれから応援の警官を呼びますよ。」
この発言に亀山は思わず反論しようとした。
何故ならこんなショボイ事件に応援など呼べるはずもない。
付け加えるなら特命係は右京と亀山だけの二人だけの部署。
応援なんて来るわけがないが…
だがこれは単なるハッタリ。実際は応援など呼ぶつもりはない。
それからすぐに玄関の扉からガチャガチャと音がした。どうやら鍵を開けているらしい。
扉が開くと先ほど逃走した少年が出てきた。
「…逃げてしまって…ごめんなさい…」
出てきた少年は観念したのかすぐさま右京たちに逃げたことを謝った。
だがこれで終わりというわけにはいかない。
何故廃棄弁当など盗もうとしたのか?亀山はその理由を尋ねた。
「何で廃棄弁当なんか盗んだ?そんなに腹が減っていたのか?」
「それは…だから…」
亀山の質問に少年は狼狽えながら答えた。これでは埓があかない。
「すいません!息子さんのことについて話したいことがあります!
お父さんかお母さん!いるなら出てきてくれませんか。お願いしますよ!」
亀山は家の奥にいるかもしれない少年の親にそう呼びかけた。
だが返事はない。まさか不在なのか?
そう思った亀山はすぐ少年に両親の不在について問い質した。
「オイ、ひょっとして親御さんいないのか?」
「その…今日は仕事で遅くなるって…」
別に親が仕事で夜遅くなるのは珍しいことではない。
だがこうなると厄介だ。保護者がいないと話にならない。
今から仕事場から呼び出したところで時間だって掛かるだろう。
それとこれ以上騒ぎになればかなりの近所迷惑になる。
仕方がないので後日改めてまた訪ねようと思い、今日は帰ろうとした時だ。
「両親が不在なのに何故靴が四足あるのですか?」
右京はこの玄関前に置かれた靴に注目した。
その指摘に亀山も靴に注目すると確かに四足あった。
だがそれは明らかに子供用の靴だ。
ひとつは間違いなくこの目の前にいる少年のモノ。
だが残り三足は誰のモノか?
先ほど少年はこの家に両親は仕事でいないと言った。それでは誰がこの家にいる?
「すみませんが上がらせてもらいますよ。」
なんと右京がいきなり家の中に上がりこんだ。
この様子に亀山は勿論のこと、少年も驚きを隠せなかった。
「あの…勝手に家に上がらないで…親が…」
少年はすぐに駆け出して右京がこれ以上土足で入るのを阻止した。
だが右京はそんなことなどお構い無しにこの家の中に入った。
家の中はゴミだらけでとてもじゃないがまともな生活を送っているようには思えない。
それからすぐに居間へとたどり着くとそこには一人の少女がいた。
見たところ少女も少年と同じくヨレヨレの衣服に痩せこけた状態だ。
「あの…何ですか…?」
右京の介入に少女はビクッと怯えながら答えた。
見知らぬ大人がいきなり部屋に押入ればこんな反応を示すのも無理もない。
ちなみにこの部屋はロウソク一本で辛うじて灯りが付いている。
申し訳程度に置かれているTVとテーブルの家具しかない。
それとこの部屋には不似合いな大きいスーツケースが置かれていた。
「失礼ですが電灯を付けてもらえますか?」
とりあえず話をしたいので右京は部屋の電灯を付けて欲しいと頼んだ。
だがその申し出に二人は応じることが出来ずにいた。
電灯の明かりを付けるなど数秒足らずの簡単な動作で済む。
それが出来ないのにはある事情があった。
「この部屋は電気を止められていますね。
いいえ、それだけではなくガスや水道も止められている。そうですね。」
「待ってくださいよ右京さん!そんなことになれば…」
「ええ、ここでまともな生活など出来るはずもありませんよ。」
こんな状況があり得るのか?だがこれで納得できた。
コンビニの廃棄弁当を盗むくらい困窮しているのはこの家の状況を見ても一目瞭然だ。
それにしてもどうしてこんな少年少女が二人きりで極貧の生活を送っているのか?
だが右京が疑問を抱いているのはそれだけではなかった。
「それとこの部屋にはもう二人ほど住人がいますね。」
「え…そんなことは…」
「うん…この部屋には私とお兄ちゃんしかいないよ…」
右京から問い詰められても二人は他の住人などいないと突っぱねた。
だがその時だ。
『ねえ…きつい…もっと向こうに行って…』
『うるさいな…我慢しろよ…俺だってつらいんだよ…』
ふと、誰かの声が聞こえてきた。
それはこの場にいる右京、亀山、それに目の前にいる少年と少女以外の声だ。
声から察するにして明らかに幼い子供のモノ。
耳を澄ましてみるとその声はなんとスーツケースから聞こえてきた。
「もういいですよ。出てきてください。」
既にスーツケースに居るのはバレている。
これ以上隠すのは無意味だと観念したのか少年は大人しくケースの中を開けた。
すると中から二人の子供たちが出てきた。
「プハァッ!きつかった!」
「お兄ちゃん…もう私たち入らないよ…」
出てきたのは少年たちよりも一回りほど年下の男児と女児。
言動から察するにどうやらこの子たちは兄弟らしい。
幼い四人の兄弟。それが電気、水道を止められた極貧生活を送っている。
以上の事情を察すると右京は子供たちにあることを申し出た。それは…
「ごはん美味しい!」
「おばちゃん!お代わり!」
「はいはい、もっとゆっくり食べなさい。あんまりがっつくと身体に毒ですからね。」
それから右京と亀山は子供たちを連れて花の里を訪れた。
女将のたまきが出した料理を子供たちは腹ペコだったのかかなりのペースで平らげていた。
ちなみに花の里は小料理屋だ。ファミレスのような子供向けの料理はおいてはいない。
それでも子供たちは出された料理に文句一つなく食べていた。
その様子からして余程お腹を空かせていたのだろう。
「右京さん、勝手に子供たちを連れてきて大丈夫なんですか?」
「仕方ありません。話を聞くにもこの子たちはお腹を空かしていますからね。
まずは空腹を満たさないことには何も始まらないだろうし
それにこちらに善意があることを理解してもらわないといけません。」
一応子供たちに親の連絡先を聞いてはみた。
だが子供たちは親が何処にいるのかまったく知らないと答えた。
親と連絡も取れないのでは話もできない。
そのため親には事後報告ということで子供たちを家から連れ出した。
「 「ごちそうさまでした!」 」
それから料理を食べ終えて子供たちは満腹になった。
これでようやく落ち着いて話ができる。
それから右京はまず子供たちに名前を尋ねてみた。
「俺は明です。」
「私は京子です。」
「俺は茂!よろしく!」
「は~い!ゆきだよ!」
長男の明、長女の京子、次男茂、次女ゆき。これで彼ら兄弟の名前を知ることはできた。
年齢は明が12歳、京子が10歳、茂が6歳、ゆきが5歳。
問題は彼らの境遇だ。どうしてこんな生活を送っているのか?その理由を尋ねた。
「実は…お母さんが…もう何日も帰ってなくて…」
明が事情を打ち明けてくれたが実は彼らの一家は母子家庭とのこと。
母親はどういうわけかもう三ヶ月も家に戻っていないらしい。
最初のうちは仕送りがなされていた。
だがこの一ヶ月間はその仕送りが途絶えてしまい
そのせいで電気、水道の光熱費を払えずに止められて
子供たちだけの困窮した生活を送っていたとのことだ。
「バカ野郎!それなら早く警察に訴えて保護してもらえばよかっただろ!」
子供たちの現状を聞いて亀山はつい長男の明に怒鳴ってしまった。
別にこの子たちが悪いわけではない。だが明に至ってはもう12歳だ。
周りの大人に助けを求めるなり方法があったはず。
それなのにコンビニの廃棄弁当を漁るなど明らかに短慮な行いだ。
下の子たちを大事に思うのならもっとしっかりしろと注意してみせた。
「ごめん…なさい…」
「いや、いきなり怒鳴って悪かった。
けどもう安心しろ。これから一緒に警察へ行こう。それでみんな保護してやるからな。」
とにかくこの現状では今すぐにでも子供たちを保護しなければならない。
もうあの家にこの子たちを置いておくことなど出来ない。
光熱費の支払いが滞り止められたとあっては兄弟四人で生活することなど不可能だ。
「ダメ…それは出来ない…」
だがそんな時に長男の明が保護を拒否した。何故拒否をする?
既にあの家で生活を送ることができないことは明らかだ。
だが子供たちにはどうしてもあの家を離れられない理由があった。それは…
「お母さんが帰ってくるかもしれないし…」
それは母親の存在だ。
もしも母親が帰ってきた時、自分たちが家にいなければ必ず心配するはずだ。
だから子供たちは家を離れるわけにはいかなかった。
「なあ…気持ちはわかるよ…けどあの家には…」
あの家に帰ろうとする子供たちに亀山はなんとか説得を試みた。
だが子供たちも頑なだった。
これまで苦楽を共にしてきた母を置いてくことなど出来ない。
せめて母親が帰ってくるまで待ってほしいと頼み込んだ。
「お願いです。もう少ししたらお母さんが帰ってくるかも知れないから…」
きっと母親は帰ってくる。子供たちは健気にもそう信じていた。
その言葉を聞いて亀山は何とも言えない気分になった。
既に一ヶ月以上も家を留守にしている母親が
あと数日以内に帰ってくるという可能性は極めて低い。
だが子供たちは母親が帰ってくると信じきっている。
どんなに説得しようと子供たちの母親への想いは頑なだった。
「あらあら、みんなお母さん思いなのね。」
「お母さん思いって…たまきさん…他人事だと思わないでくださいよ!」
「けどちょっと素敵じゃない?
こんなに母親思いの子供たちがいるなんてね。私たちには出来なかったから…」
たまきの言葉に右京は思わず顔を背けてしまう。
そんな右京の様子を見て亀山は二人の関係を察した。
かつて右京とたまきは夫婦だった。だが離婚したことで二人に子供はできなかった。
だからこそたまきは少しばかり子供たちの母親に対する愛情の深さに共感を抱いた。
「大丈夫よ、あなたたちがお母さんを大切に想う様に
お母さんもあなたたちのことを大切に想ってくれているはずよ。
自分のお腹を痛めて産んだ子供を愛さない母親なんていないわ。
だから安心して。右京さんと亀山さんがきっとお母さんを見つけてくれるわよ。」
そんなたまきの言葉に子供たちは安堵した。
それとは対照的に右京と亀山の心中は複雑だ。
何故ならそう簡単に母親が見つかるとは思えないからだ。
「右京さんどうしますか?こうなったら無理やりでも保護して…」
「いえ、それはまだ早いと思います。
それに無理やり引き離したところで子供たちはきっとまた元の家に戻るかもしれない。
とりあえず三日だけ待ちましょう。それでダメな時は仕方がありません。」
「わかりました。けど三日で母親が見つかるんですかね…」
とりあえず二人は三日の期限を設けた。
三日以内に母親が帰ってこなければその時は子供たちを強制的に保護する。
そのことを告げられると子供たちはホッとひと安心した。
よかった。これでお母さんと離れずに済むと…
だがこの三ヶ月間ずっと子供たちを放置していた母親だ。
それがこの三日で姿を現すなどその可能性は極めて低い。
そのことを思うと子供たちが不憫でならなかった。
とりあえずここまで
続きはまた後で
乙
少年Aはハッピーエンドだけど今までの事件でも上位に入る程悲惨だったよなぁ。
イタミン達も物凄く優しかったし。
「よ~し!それじゃあ大掃除開始だ!」
早朝、亀山は子供たちと一緒にゴミだらけの家の中を掃除していた。
結局子供たちとの約束のため、三日の期限を設けた。
勿論、それまで子供たちを放置しておくわけにはいかない。
そこで暇な特命係の二人は右京が母親探しを担当、亀山は子供の面倒を見ることになった。
だが母親が一ヶ月も不在なせいか家の環境は余りにも酷い。
そのため亀山は子供たちと一緒に掃除を行うことにした。
「まったく、ゴミくらいちゃんと捨てればいいだろ。何でこんな溜め込んでんだ?」
「だってお外に出るなってお母さんが言ってたんだよ。」
「そうだよ。あと大きな声で騒いじゃダメだって言ってたもん。」
茂とゆきが掃除を楽しみながらそう言った。
どうやら母親は子供たちに極力外へ出ないように言いつけていたようで
そのせいで子供たちは満足にゴミ捨てすら出来ない状況だった。
とにかくまずはこの不衛生な家を掃除すべきだ。
そう思った亀山は大量のゴミを子供たちと掃除することから始めた。
これで少しは不遇な環境も改善できるだろう。
「ねえ亀山さん。これで本当にお母さん帰ってくるの?」
「ああ、けどまずは大掃除だ。ほらほら、キビキビ動けよ~!」
茂とゆきは既に亀山と親しくなり率先してゴミ掃除を行っていた。
それとは対照的に明と京子は表情が曇りがちだ。
その気持ちはわからなくもない。
年長の二人は恐らく母親がこの三日で帰ってくるとは思えないのだろう。
あと三日もすれば母親と引き離されるかもしれない。
そう思うと気分が晴れないのも仕方のないことだ。
「なあ、ところでお前たちには父親はいないのか?」
そんな時、亀山は父親について尋ねた。
先程から母親については色々と聞いている。
だが子供たちからは一度たりとも父親については語れてはいない。
それどころかこの家には成人男性の持ち物もない。
つまりこの家に父親はいないということ。それではどこにいるのか?
「………お父さんはいない。僕たちにはお母さんだけだから…」
亀山の質問に明は俯きながらそう答えた。それだけで大体のことは察した。
彼ら兄弟には父親はいない。
最初からいないのかそれとも離婚してそうなったのかはさすがに聞くことはできない。
だが明の様子からして父親の存在になにか思うことがあるようだ。
「大丈夫だよ!お母さん言ってたから!」
「うん、今度新しい家族を連れてくるって言ってたんだ。
それで新しいお父さんと一緒に暮らせるかもしれないって!」
そんな明に代わって茂とゆきが答えてくれたが
実は母親だがいなくなる前にそんなことを言い残していたらしい。
新しい家族、それに新しい父親。
母親は本当にそんなものを用意することができるのか?
希望に満ちた目でそう語る子供たちを前にして亀山の心境は複雑だった。
同時刻―――
「福島けい子さんの連絡先をお聞きしたいのですが…」
その頃、右京は亀山とは別行動でこのアパートの大家を訪ねていた。
家の所持品を調べて明たちの母親、福島けい子の名前だけは判明した。
だがそれだけで彼女の勤め先や他にプライベートに関するモノは一切見つからなかった。
どうやら母親は失踪する前に自分の持ち物をアパートから持ち出していたようだ。
右京は大家に福島家で起きていることをありのまま伝えた。
四人の子供たちが母親の帰りを待ちわびていること。
それがもう三ヶ月も経過していること。そのすべてを話した。
「なんだって!あの女…子供が四人もいたのかい!?」
「おや、お子さんが居たことをご存知無かったのですか?」
「いや…子供が一人いることは知っていたけど他の子たちは聞かされてなかったからね…」
大家から事情を聞いたが
実は母親だが他の兄弟たちについて大家には何も知らせていなかった。
福島一家がアパートに引っ越してきた時も
スーツケースと長男の明の二人だけで他に兄弟が存在したなどまったく気付かなかった。
何故明以外の兄弟について母親は大家に一切知らせなかったのか?
そのことについて疑問に思いつつも右京はこの事情を踏まえて大家にこんなことを尋ねた。
「大家さん、通常なら賃貸物件に入居者を入れる際には審査があるはずです。
その時に何故福島さんが5人家族だということにお気づきにならなかったのですか?」
右京の指摘するように賃貸物件に入居する際には当然だが審査が行われる。
その際に当然ながら家族構成についても尋ねたはずだ。
それが審査の段階でどうして見抜くことが出来なかったのかと質問した。
そんな右京の指摘に大家は苦い顔をしながらこう告げた。
「………まあ最初から母子家庭だと聞かされたからね。
母親一人で子供を育てているから同情して多少は甘く見てあげたつもりなんだよ。
けどまさかこんな形で騙されるとは思わなかったよ。」
その答えに右京も一応納得した。
確かに福島一家は母親一人で子供四人の母子家庭だ。
さらに大家からの話だと福島家が今のアパートに入居するまで
シングルマザーであることを理由に何度か入居を断られたことがあったらしい。
そのことで大家も同情してしまい福島家の入居を許可したそうだ。
これで一応母親がこのアパートに入居した理由は判明した。
最後に大家から母親が勤めている勤務先を聞いて右京はそこへ向かった。
お昼―――
「いただきま~す!」
昼になり亀山はたまきが作ってくれたお弁当を広げて子供たちと一緒に昼食を摂っていた。
子供たちはパクパクとお弁当をそれはもう美味しそうに食べていた。
「どうだ美味いだろ?今日はお前らのためにたまきさん味付けを変えてくれたんだぞ。」
「うん!美味しい!」
「亀山さん!おばさんにありがとうって伝えて!」
「オォッ!わかってる!さあ、遠慮せずにドンドン食べるんだぞ。」
茂とゆきはその後も無邪気にお弁当を食べていた。
いつもの冷たいコンビニの廃棄物弁当ではない手料理を食べられる。
それも家族揃っての団欒。それはまさに子供たちが夢見た光景だ。
「こういうの久しぶりだよ。お母さんがいなくなってからずっと暗かったからね。」
「うん、早くお母さん帰ってくるといいね。
それで亀山さんみたいな優しいお父さんを連れて来てくれるんだろうなぁ。」
「優しいなんて嬉しいこと言うなよ。照れるだろう!」
子供たちの何気ない言葉に亀山は少々複雑な思いを抱きながらも
美味しそうにご飯を食べている子供たちを微笑ましく眺めていた。
その一方で明と京子はちっとも食欲がなさそうな様子だ。
それどころか明は昼食の合間にフラッと何処かへと出掛けてしまう。
気になった亀山は留守を長女の京子に任せて密かに明を尾行。
明は住宅街を歩き続けるとある場所へとたどり着いた。
そこはとあるアパート。明は迷うことなく目的の一室を目指した。
まさかこの部屋に母親がいるのではないか?思わず亀山はそのことを疑った。
それからすぐに部屋から住人らしき人間が出てきた。
「チッ…今度は何の用だよ…」
出てきたのは30~40代の中年の男。
その男は訪ねてきた明を不快そうな目で睨みつけていた。
どう見てもこの男は明が訪ねに来たことを歓迎している様には見えない。
明もこの男に何の用があるのか?
それから明は気まずいながらもこの男にあることを頼み込んだ。
「お金…貸してください…」
「また金かよ。この前やったのはどうしたんだよ?」
「あれはもう使い切って…それとお母さんの居場所…知ってたら教えてほしい…」
「ふざけんな!けい子の居場所なんて俺が知るわけないだろ!?」
そう怒鳴り散らすと男は明を追い出すように無理やり突き飛ばした。
年端の行かない子供に対してこれはあんまりだ。
この様子を見て居ても立ってもいられなくなった亀山はすぐに明の助けに入った。
「コラ!警察だ!お前子供相手に何してんだ!?」
「警察?だったらこいつをどうにかしてくれ。もううんざりなんだよ。」
「何言ってやがる!アンタこの子の父親だろ!」
咄嗟に亀山はこの男を父親だと言ってのけた。今の状況を見て亀山はこう思った。
目の前にいるこの男は明たちの父親だと…
だからこそいきなり訪ねてきた明を煙たがっていた。
そう思えば明を拒絶していることにも納得ができる。
だが男からは予想もしない言葉が告げられた。
「ふざけるな!俺はそいつの父親なんかじゃない!」
まさか父親ではないと…
明がこの男を訪ねたのは生活費の要求と母親の所在についてだ。
つまり明はこの男を頼っていた。それほどの関係ということは父親かと思っていたが…
それではこの男は明とどんな関係なのか?
そのことを明に聞いてみると気まずそうにこう答えた。
「この人は茂のお父さんなんだ。」
「茂の…?それじゃあやっぱりお前たちの父親じゃないか。それがどうして…」
「ちがう。この人は茂の父親だけど俺の父さんじゃない…」
突然のことで亀山には明が言っていることがさっぱり理解出来なかった。
目の前にいる男は茂の父親だが明の父親ではないとはどういうことか?
「俺たち兄弟は…お父さんがちがう…だから…」
明が俯いた表情でそう呟いた。つまり明たち兄弟は異父兄弟ということだ。
その事情を知ると同時に亀山は茂の父親に対してあることを尋ねた。
「それなら…どうしてアンタは茂を…」
それは本来なら赤の他人である亀山が関わるべき問題ではないのかもしれない。
だが知る必要があった。何故この男は茂を捨てたのか?
「そんなの決まってるだろ…けい子はこいつらがいたことを黙っていたんだよ…」
この男と明たちの母親であるけい子は付き合っている段階で茂の妊娠が発覚したらしい。
男も一度は結婚をする覚悟だったがここである問題が生じた。
けい子は他にも子供が居たことを隠してこの男と付き合っていた。
その事実を知らされて男は激怒した。
何故なら明たちはけい子が他の男との間に産んだ子供だ。
赤の他人の子を育てる義理などない。それが原因で男はけい子と別れた。
「だがけい子は茂を産んだ。あれは俺へのあてつけだ。それでヨリを戻そうとしたんだろ。」
「それなら…どうして…」
「ヨリを戻さなかっただと?
他の男との間に子供を作っていた女だぞ!信用できるわけ無いだろ!?
大体茂だって本当に俺の子供なのか怪しいくらいだ!!」
それが男の言い分だった。
つまり茂は父親から認知されてないということを知った。
同時に男は財布から三千円ほど出してそれを明に叩きつけた。
これをやるから二度と来るな。そう罵りながら男は玄関の扉を思いっきり閉めた。
差し出された子供のお小遣い程度の金額。こんなお金では生活費の足しにもならない。
恐らく男は子供たちの現状を理解していないのだろう。
とにかくこれ以上はもう無理だ。
明は貰った三千円をポケットに入れると涙を堪えながらアパートを出て行くしかなかった。
そんな明に亀山は掛ける言葉が見つからなかった…
「福島けい子さんは既に退職しましたよ。」
一方、右京はけい子の職場である百貨店へと趣いて彼女の上司にけい子について尋ねた。
そこで知らされたのが既にけい子が職場を退職していたこと。
勤務先を辞めて子供たちを置き去りにするなどこうなると事件性が疑われる。
すぐに右京はけい子の退職理由を問い質した。
「失礼ですがお辞めになった理由はご存知ですか?」
「男ですよ。客と親しくなってその流れでズルズルといった感じですね。」
上司が言うにはけい子は上客と親しくなりその流れでいつの間にか付き合うようになった。
つまりけい子が家を出た理由は男が関係するものでありそれは自らの意思によるもの。
こうなると厄介だ。恐らくけい子は男と付き合うために家を出たことになる。
これが自らの意思によるものならけい子が残り三日で自分から家に戻るなど不可能だ。
それでも子供たちの現状を母親に知らせなければならない。
「それでけい子さんと付き合っている男性はどのような方なのですか?」
「それが…あまりお客様のことは悪く言いたくはないのですが…城南金融の方でして…」
城南金融といえば度々耳にするヤクザの系列だ。
特命係にちょくちょく顔を出す角田課長が目の敵にするヤクザの集まり。
そこのヤクザと付き合うなどハッキリ言えばろくでもない話だ。
母親が職場を辞めてヤクザの男に入れ込んでいる。
いくら真実を求めることを心情とする右京でも
母親の現状を子供たちに知らせることは些か抵抗を覚えた。
夕方―――
「うえええええん!?」
亀山が明を連れてアパートに戻るとそこでは茂とゆきの二人が泣き喚いていた。
それに長女の京子の姿もない。これは一体どうしたことか。
「お姉ちゃん…いきなり家を飛び出して…」
「みんないなくて…不安だったの…」
京子が家を飛び出した。
そのことを知らされた亀山は明に留守を頼んで自分は急いで京子の捜索に出た。
しかし京子が行きそうな場所など自分に心当たりなどない。
それでもお金を持っていないことを踏まえれば遠くには行っていないはずだ。
だから住宅街を一通り探し終えるとすぐに繁華街の方へと向かった。
突然家を飛び出すなど嫌な予感がする。そういえば京子は朝から気分が悪そうに見えた。
まさかそのことが何か関係しているのではないか?
そう不安を抱いているとカラオケBOXに入ろうとする少女を発見。
よく見るとそれは京子だ。
どうして京子がカラオケに行くのかと疑問を抱いていると
そこに一人の中年男性が駆け寄ってきた。
「待たせてごめんね。さあ、行こうか。」
なにやらイヤラシそうな顔つきの中年男。
まさかと思った亀山は急いで二人の元へと駆け寄った。
「警察だ!アンタこの子に何をしているんだ!?」
亀山は警察手帳を提示して男を問い詰めた。
「いや…この子が困っているから…それでお金を上げようと…」
「お金って…アンタ援助交際するつもりか!
見てわからないのか?この子はまだ小学生だぞ!それなのに何考えてんだ!?」
「ひぃぃ…ごめんなさい…」
亀山に激しく問い質されて男は怯えながら逃げていった。
近隣の所轄に通報しようかと思ったがどうやら未遂のようで何もなかったみたいだ。
だが問題なのは京子だ。どうして家を抜け出してこんな真似に及んだのか。
「なあ京子ちゃん。何でこんな真似をしたんだ!
あんな知らない人に連れて行かれたらどんな目に遭うかわからないんだぞ!?」
もしも亀山が間に合わなかったらどうなっていただろうか。
年頃の少女がキズモノにされるなど考えただけでもおぞましい。
だがどれだけ怒鳴って注意しても京子は何故か俯いたままだ。
そんな時、ふと京子の足元を見るとなにやら血が垂れていた。
だが怪我をしている様子はない。
よく見るとそれは股間の方からであり
亀山も京子が家を飛び出した理由をようやく察することができた。
初潮だ。成長期の女子に起きる生理的現象。
それが理由で京子は兄弟に黙って家を抜け出した。
「ずっと気分が悪くて…それに…血も7出てきて…」
「茂やゆきもわからなくて…お母さんに聞きたくても帰ってきてくれないし…」
「どうしたらいいのか…わからなくて…だから…」
事情を話し終えると京子は泣き叫んでしまった。
恐らく今日一日ずっと感情を堪えていたのだろう。
どこも怪我をしていない自分の身体から
突然血が出ればろくな知識のない子供なら動揺するのも当然であり年頃の女子なら尚更だ。
本来なら身近にいる大人に頼るべきだった。だがそんな大人はいなかった。
だから縋る思いで援助交際みたいな真似に及ぶしかなかった。
「右京さん…もう無理ですよ…」
その夜、警視庁にある特命係の部屋で
亀山は今日子供たちに起きた出来事をすべて右京に報告していた。
あの後、亀山は京子を連れて薬局へと駆け込んでなんとか事なきを得た。
京子が援助交際に及ぼうとした件は本来なら警察官として補導すべき事案だ。
だがこれは母親が不在であるという背景があった。
10歳ともなれば成長の早い女子なら生理を迎える子もいる。
だが京子の場合はそのことを正しく教えてくれる母親が不在だった。
そのせいで京子は動揺してしまい自分ではどうすることもできなかった。
だからあのような行動に出てしまったのだろう。
「学校の保健体育の授業で生理のことを必ず習うはずなんですけど
まあたぶん気が動転してそれどころじゃなかったんでしょう。
けど今日だけでわかりましたけどもうあの子たちは限界ですよ。
もう悠長なこと言ってないで無理矢理でも保護しましょう!」
子供たちとの約束を果たすにはまだ二日ある。
だがそれまで子供たちの身に何も起きないという保証はどこにもない。
もしかしたらこうして目を離している隙にまた何か問題が起きているかもしれない。
そう思えば強硬手段に出るのもやむを得ないというのが亀山の意見だ。
「その意見には賛成です。
今日、母親の職場を訪ねましたが新しい男と付き合い出したのが家を空けた原因でした。
ですから母親が残り二日で帰ってくることはまずありえないでしょう。」
「それなら何でやらないんですか!一刻も早く保護しましょうよ!」
「ええ、わかっています。ですが子供たちは母親を信じている。それが問題です。」
昨日も話したがあの兄弟たちはまだ母親を信じて待ち続けていることが問題だ。
無理やりあの家から子供たちを引き離したところで
子供たちは母親を信じて施設から抜け出してあの家に戻る可能性が高い。
だが悠長なことを言っていられないのもまた事実だ。
せめて母親が戻ってくれたら良いのだが…
「よ、暇か?」
するとそこへマイカップを片手に組対5課の角田課長が訪ねてきた。
どうせまたコーヒーを飲みに来たのだろうと亀山は気にもとめなかったが…
「課長、今は大事な話をしてる最中なんですけど…」
「いやいや、こっちも大事な案件があってさ。
ちょいとお前さんたちにも手伝って欲しいんだよ。
明日、城南金融の大捕物を決行するんで人手が足りなくてな…」
それから課長は今回の大捕物で捕らえる予定のリストを出した。
そこにはある人物の名が記されていた。それは福島けい子。子供たちの母親の名前だ。
「角田課長、この福島けい子さんは何をやったのですか?」
「ああ、調べた限りじゃ城南金融の事務員ってことになってるようだが
俺の見立てじゃこいつは幹部の女だ。
まあ最近入ったようで何も知らないみたいだけど城南金融に所属している以上
無関係ってわけじゃないからこの女も一応逮捕者リストに入れてあるんだよ。」
最悪な事態だ。まさか母親が今回の大捕物で捕まえられるとは…
「こうあれば明日、すべてに決着をつけましょう。
今回の事件で誰もが自らの責任を果たさなければならない。
大人の都合で子供たちの未来が閉ざされることなどあってはならないことです…」
右京の決意に亀山も同意した。
どのみち今のままでは子供たちに未来はない。
だからこそどんなに残酷な結末だろうとこの件に決着をつける必要がある。
それが子供たちのためだからだ。
もしかして渋かどこかで俺ガイルで何か書いたことある?
翌日―――
「うわ~!お外だ~!」
「ねえ!本当に外に出ていいの!?」
「オォッ!当然だろ。子供は外に出て元気よく遊ばなきゃな!」
翌朝、亀山は子供たちを連れて近所の河原に遊びに来ていた。
普段は外に出ないように言いつけられている子供たちにしてみれば
外に出て遊ぶのは新鮮なことだった。
今まで狭苦しい家の中でずっと閉じこもっていたのだから当然だ。
河原にある公園で元気よく遊ぶ茂とゆき。
明と京子はそんな二人につられるように公園の遊具で遊んでいた。
何も知らずに無邪気に遊び続ける子供たちはとても楽しそうな笑顔をしていた。
「キャッチャー!しっかり取れ!」
「そこ!もっと腰を使ってバットを振れ!」
そんな河原の少し先では少年野球の練習が行われていた。
恐らくは明と同い年くらいの小学校高学年の子供たちが集って行われている野球チーム。
それを明は興味津々に眺めていた。
すると明の視線に気づいた野球チームの少年たちがこちらへ近づいてきた。
見るとそれは先日、明を虐めていた少年たちだ。
「お前、この前は悪かったな。」
「どうだ?一緒に野球やらないか。楽しいぞ。」
彼らからの誘いを受けて、さらに亀山に促されて明は野球を始めた。
生まれて始めて持つバットとボール。
最初は上手く振れなかったが
周りの子たちに教えられていつの間にかコツを掴み上達していった。
それから練習試合にまで参加してなんとホームランまで打ってみせた。
これには観戦していた他のチームメイトや兄弟たちも大喜び。
今までにない充実した楽しいひと時。
これを感じて兄弟たちは思った。こんな楽しい時間がずっと続けばいいと…
だが子供たちはまだ知らなかった。
このひと時が兄弟揃って楽しめる最後の時間だということを…
数時間後―――
遊び終えた子供たちはこのままアパートに戻るのかと思いきや
亀山に連れられて警視庁の建物へと入った。
始めての警視庁に子供たちは驚きと興奮を感じていた。
それにしてもどうして警視庁に案内されるのかと年上の明と京子は疑問に思った。
それから亀山に案内されて子供たちは特命係の部屋へと入った。
「亀山くんご苦労さまです。こちらはもう準備を終えました。」
「わかりました。それじゃあ子供たちのことは頼みます。俺はやることがあるんで…」
こうして亀山は右京の子供たちを託すと何も告げず何処かへ行ってしまった。
残された子供たちは事情もわからず混乱するばかり。
そんな子供たちに右京はこの警視庁へ連れてきた事情を打ち明けた。
「改めて伝えます。
わかっていると思いますが今のキミたち兄弟だけで生活していくことは不可能です。
これよりキミたちを警察で保護します。」
そのことを聞かされてこれまで楽しい雰囲気だった子供たちの表情は曇りだした。
いや、こうなることは薄々わかっていた。
右京の言うようにこれ以上あのアパートで兄弟だけで生活していくのはもう限界だ。
だが子供たちにも事情があった。それは母親について。
「けど…お母さんが…」
「お願いです。あと二日だけ待ってください。」
「そうだよ。約束の日までまだ二日もあるじゃんか!」
「もしかしたらお母さん帰ってくるかもしれないよ!」
子供たちは必死に訴えた。
まだ約束の期限まで日にちがある。それまでに母親が帰ってくるかもしれないと…
そんな訴えを予想していたのか右京は子供たちを連れてある部屋へと向かった。
そこは取調室の隣の部屋。
この部屋はマジックミラーが設置されており取調室の様子を覗くことが出来る。
その取調室には一人の女が尋問を受けていた。
年齢は30代前半、茶髪が掛かったロングヘアーの女性を一目見て
子供たちはそれが誰なのかすぐにわかった。
「お母さん!」
そう、この女性こそ子供たちの母親でもある福島けい子。
まさかこんな形で再会することになるとは…
だがどうして母親が警察の取り調べを受けているのか子供たちにはわけがわからなかった。
「別にお母さんは悪いことをやっていたわけではありません。
ですがお母さんはヤクザの事務所に勤めていました。
その理由から逮捕されたんですよ。」
実は角田課長率いる組織対策5課は城南金融に乗り込み一斉検挙を行っていた。
その検挙に右京も協力しておりそれが亀山と別行動を取っていた理由だ。
以上の事情を聞いて子供たちはすぐに母親は無実だと訴えた。
「お母さんは何も悪いことはやっていない!」
「そうよ!お母さんは悪くない!」
「早く牢屋からお母さんを出してよ!」
「お願い!お母さんに会わせて!」
子供たちは懸命に母親の無実を訴えた。
確かに三ヶ月前に入ったばかりのけい子に何か出来るはずもない。
だがこの母親が何の罪も犯していないという点については疑問の余地があった。
右京は子供たちを室内に残して取調室に入りそこで彼女に対して尋問を行った。
「改めて、警視庁特命係の杉下です。あなたは福島けい子さんでよろしいですね。」
「はい…けど私はタダの事務員で何もやってはいません…お願いだから帰してください…」
けい子は涙ぐみながら自らの無実を訴えた。
いくら事務員とはいえ自分に何もしていない。
だがこの発言に右京は疑問を抱いた。
「それなら何故城南金融に勤めていたのですか?
城南金融といえばヤクザが運営する会社として有名ですよ。
前職を辞めてまで入ったのだから相当な理由があったはずですよね。」
「それは…恋人がそこに勤めていて…それに給料がいいからと勧められて…」
「つまりあなたは誘われたということですね。
それだとあなたも深く関わっているとみられて余罪を追求されますよ。」
いくら恋に落ちたとはいえ城南金融のヤクザと関係を持ってしまった。
これは明らかに軽率な行動。
そう思いつつ右京はここで一旦尋問を中断して子供たちのいる隣室へと戻った。
「今の様子からしてお母さんは悪いことをしていないのは事実です。
だからといってそれで無実であるとは言い難い。
ハッキリ言って現状は厳しいでしょう。」
「そんな…なんとかしてよ…」
「そうだよ。お母さんに帰ってきてくれないと俺たちどうしたら…」
「わかりました。ところでみなさんに見せたい人がいます。」
未だ戸惑うばかりの子供たちに右京はもう一人合わせたい人物がいた。
それから子供たちを連れて別の取調室での様子を見せた。
そこでは角田課長がある男と言い争いになっていた。
「いい加減に吐いたらどうだ!ネタは上がっているんだぞ!」
「うるせえ!弁護士を呼べ!それまで俺は何も喋らねえぞ!!」
角田課長が相手にしているのは強面でいかにもヤクザな風貌の男だ。
大声で怒鳴り散らし時には室内にあるモノを蹴り八つ当たりをする。
とてもじゃないがこんな男と関わりたくないと子供たちは思った。
だが子供たちはこの男と面識は一切無い。一体誰なのかと右京に尋ねた。
「この男はお母さんの新しい恋人。
つまりキミたちにしてみれば新しいお父さんになるかもしれない人ですよ。」
そのことを聞かされてこの場にいる子供たちは全員恐怖した。
こんな粗暴な男が新しい父親…?
もしもこの男が父親になれば当然だが子供たちは暴力を振るわれるだろう。
そんなことは一目瞭然。そして子供たちが怯える中で右京は取調室へと入った。
「警部殿…今は邪魔しないでほしいんだが…」
「申し訳ありません。ですが一分だけ時間をください。
失礼ですがあなたと付き合っている福島けい子さんについて伺いたいことがあります。
彼女には五人のお子さんがいます。
あなたはそのことをご存知で彼女と付き合っていたのですか?」
「けい子に…子供?それに五人も…!?」
右京から恋人のけい子に子供がいることを聞かされると男は思わず驚愕した。
この反応を見るとどうやら男はけい子が子持ちであることを知らないようだ。
「つまりあなたは五児の父親ということになりますね。
一応お聞きしますがあなたは福島けい子さんと結婚する予定はありますか?」
「ふざけるな!何であいつが余所の男と作った子供を俺が育てなきゃならねえんだ!
それにけい子もだ。どうしてあいつは子供のことを黙ってた!
チクショウ…よくも俺をコケにしやがって…許さねえぞ!!」
男は自分がコケにされたと思いけい子への怒りを顕にしていた。
これだけ反応を見れば十分だと思ったのか
右京はすぐに退室して子供たちのいる隣室へと戻った。
「キミたちはあの男が新しい父親になることを受け入れることができますか?」
右京から問われて子供たちは何も言えなかった。
いくら母親が好きになった男とはいえあんな粗暴な男が父親なんて無理だ。
今の様子を覗いただけでわかる。
あんな怒鳴り散らしさらにはモノに八つ当たりする男だ。
自分たちの存在を知られたらどんな目に遭うのかわかったものじゃない。
誰も口にはしないがあんな男を父親として受け入れることはできない。
それが子供たちの意思だった。
そのことを察しながら右京は子供たちを連れて再度母親のいる取調室へと戻った。
「突然の中断、失礼しました。
それでは福島けい子さん。
やはりあなたについては詳しくお聞きしたいことがあるのでまだ拘留させてもらいます。」
「拘留って…待ってください!私は本当に何もしていません!」
拘留される謂れなどない。そう訴え続けるけい子だが…
それならばと右京はあることを告げた。
「実はあなたの自宅へ伺いました。」
その瞬間、けい子の顔が真っ青になった。
まさか家にまで押しかけられていたとはまったく予想していなかったのだろう。
そして彼女が触れられたくないあることを話しだした。
「あなたのアパートの部屋には四人の子供たちがいました。
ですがこれはおかしいんですよ。何故ならあなたは独身者ですからね。」
それから右京はある書類を彼女の前に出した。
それは福島けい子に関する戸籍が記された書類。
そこにはあのアパートに住民として記述されているのはけい子だけで他には誰もいない。
つまり本来ならあの部屋に子供がいるはずがないという書類上の記述があった。
「部屋に居た子供たちに事情を尋ねました。
何故キミたちはこの部屋にいるのか?
そしてあの子たちはこう答えました。お母さんが帰ってくるのを待っていると…」
「お母さん…それって…」
「ですが奇妙ですねえ。
あなたは独身で結婚した形跡はない。
それに戸籍にはあなた以外の親族は記されてもいない。
つまりあの子たちが指す母親は誰なのか一切わからないんですよ。」
まるでわざとらしい言い方をする右京。
それでも母親は表情を強ばらせながら何故か返答に困っていた。
この光景を見て子供たちは思った。
ハッキリと自分こそが子供たちの母親だと言えばいいと…
だが母親が口にしたのは子供たちが予想しなかった発言だった。
「その子たちは私とは何の関係もありません。」
「つまりこうですね。
その子供たちはあなたの家を不法占拠していたに過ぎない身元不明の人間であり
あなたはその子たちとは無関係だということですか。」
右京に問われてけい子は無言で頷いた。
この光景を見て子供たちは愕然とした。何故…自分たちの存在を否定したのか…?
これまで一緒に苦楽を共にしてきたのに…
どんな酷い境遇にも耐えてきた。
言われた通り音も立てず誰に知られることもなくひっそりと生きてきた。
それなのにどうして…?
「失礼します。杉下警部、頼まれていたものを持ってきました。」
そこへ取調室にある男が入室してきた。鑑識の米沢だ。
米沢が持ってきたのはある鑑定結果に関する報告書。
右京は報告書に記述されてあることをけい子とそれに子供たちの前で読み上げた。
「これはあなたとそれにアパートを不法占拠していた子供たちのDNA鑑定の結果です。
その結果ですがDNAでのあなたと子供たちに血縁関係が実証されました。
つまりこの診断結果はあなたがアパートに居た子供たちの母親である確たる証拠ですよ。」
実はけい子が逮捕された際、薬物検査で体液を提出させられていた。
それと同時に右京は花の里で子供たちが食べた食器類からDNAの体液を採取していた。
母親が見つかった場合、
このような事態が起きることを予想して米沢にDNAの鑑定を頼んでいた。
そしてその予想がこんな形で役に立ってしまっただから皮肉だ。
「騙す真似をして申し訳ありません。
ですがあなたもお互いさまですよ。
自分がお腹を痛めて生んだ子供を赤の他人だと偽ったのですからねぇ。」
母親の虚言を看破して明たち兄弟とけい子のDNAでの血縁関係は実証出来た。
だがここでひとつ問題がある。何故こんなことをするのか?。
それはけい子がこの12年間隠し続けていたある事実に関係していた。
「実はDNA鑑定でもうひとつわかったことがあります。
それはあの子たちの父親がそれぞれ異なる人物だということです。
つまり明くんたち兄弟は異父兄弟だということ。
恐らくこれがあの子たち兄弟を隠さなければならない理由だったのですね。」
そう、明たち兄弟はそれぞれ父親が異なる人物に当たる。
だがどうして兄弟で父親が異なるのか?
それに先ほど母親は子供たちとの関係を欺いたのか?
そこには母親として、そして女としてのエゴが隠されていた。
「先日、あなたの部屋を訪ねてあることに気づきました。
あの部屋には本来あるべきものが置いていなかった。それは小学生のランドセル。
長男の明くんと長女の京子ちゃんは小学校の高学年に当たります。
本来なら二人は学校に通わなければならない年齢です。
ですが近隣の子供たちは誰もあの子たちのことを知らないと答えた。」
「つまりあの二人は学校に通っていない。
このことは母親のあなたも把握しているといることになる。
普通の家庭なら子供が学校に通わないなど異常な出来事です。
それにも関わらずあなたは今までそのことを咎めずにいた。」
「それに戸籍上あなたに子供がいないと記述を踏まえて結論を出すのなら…」
「明くん、京子ちゃん、茂くん、ゆきちゃん。
あなたがお腹を痛めて産んだこの四人の兄弟には戸籍がない。
つまりあの子たちは役所に出生届を提出されていない無戸籍児ということですね。」
無戸籍児、それがあの兄弟たちが不遇に扱われている原因だった。
本来なら子供が生まれた時点で役所に出生届を出してそこで生まれたことが証明される。
だが出生届を出されなければ世間は誰も子供の存在など知ることはない。
そう、子供を生んだ母親以外は…
「何故あの兄弟が無戸籍児として扱われたのか?
それは父親がそれぞれ異なる人物であること。あなたの男関係にあったわけですね。」
「あなたは男性と交際する際は必ず子供のことを隠していた。
恋愛のひと時だけは母親であることを忘れたいとでも思ったのでしょう。
ですが相手との間に子供を宿した。そうなれば男性も結婚を視野に入れる。
そこで発覚するのが以前まで付き合っていた男性との間に生まれた子供の存在。」
「前の男との子供の存在が発覚すると相手の男は途端に手のひらを返した。
何故今まで子供の存在を隠したのだと…
嘘をつかれて信用を失い、その結果あなたには子供だけが残った。」
「そしてあなたが出生届を出さなかった理由。
それはいつの日かあの子たちを受け入れてくれる男性が現れると…
そう信じていたからこそ今まで出生届を出さなかったのですね。」
すべてを右京に見破られて母親は無言のまま俯いた。
これまでけい子は子供たちにずっと言い聞かせていた。
『いつの日か必ずお父さんが現れる。そしたら家族一緒に暮らせる。』
けい子はいつか自分と子供たちを受け入れてくれる男性が現れると信じていた。
また子供たちもそんな母の言葉を信じてつらい境遇にも耐えてきた。だが…
「ですがそんな男性は現れなかった。いつしかあなたの心は限界に来ていた。」
「そんな矢先、あなたはあのヤクザと付き合いだした。」
「今度こそ幸せになれる。そう思ったのでしょう。」
「ですが問題があった。それは子供たちの存在。
もしも知られたら以前の男たちと同様にまた拒まれると危惧した。」
「だからあのアパートに子供たちを残していなくなった。
こうすればあなただけは助かる。あなただけは幸せを掴むことが出来る。」
「あなたは自らの幸せを得るために子供たちを捨てた。すべてはそういうことですね。」
右京の推理に母親は未だ何も言わず沈黙を通した。
そして隣室でこの光景を覗いている子供たちも愕然とした。
母親は自分たちを犠牲にして幸せを得ようとしていたことを…
母親がいなくなった日、兄弟たちは不安と恐怖に駆られた。
自分たち以外頼るものは誰もいない飢えと貧しさでどうしようもない日々。
それでもいつかお母さんが帰ってきてまた家族みんなで暮らせると信じていた。
けれどもうそんな日は二度と訪れはしない。
だがけい子が子供たちの元に戻らなかった理由はもうひとつあった。
「それとあなた妊娠していますね。相手は今の恋人ですね。」
「それは…」
「ああ、隠さなくても結構ですよ。
先ほど薬物検査を行った結果ですがあなたの妊娠が判明しました。
やはりあなたのお腹には五人目の子供が宿っているのですね。」
五人目の子供。
そういえばと明が思い出したが右京は先ほどヤクザの男を尋問した際に五児と言った。
自分たちは四人兄弟だ。それなのに五人目ということは…
そのことすら指摘されてけい子はお腹を摩るように隠そうとした。
だがそれは無駄な行為だ。もうすべてが明るみになってしまったのだから。
ここで右京は取り調べを中断して再び子供たちの居る隣室へと戻った。
既に子供たちは当初のような明るさなど微塵もなかった。
これまでの事実を知らされて憔悴しきっていた。
「今の話をすべて聞いていましたね。
それではみなさんにひとつだけ答えてほしい質問をします。
五人目の子供、今のまま生まれたらキミたちがお世話をすることになるでしょう。
その時にキミたちはこの五人目を育てられることはできますか?」
そう問われて子供たちは取調室にいる母親と同様に何も言えなかった。
当然だ。今ですらコンビニの廃棄弁当を盗んでやっと生活出来る困窮した状況で
新しい兄弟なんて受け入れることなどできない。
それは長男の明は勿論のことだが京子と茂、一番年下のゆきですら無理だと感じていた。
「わかっていることだと思いますがあのお腹の子の父親はヤクザです。
彼はお母さんと結婚するつもりは微塵も無いでしょう。
それでお母さんは家に帰ってくるかもしれない。
ですが生まれた子の世話は必ずキミたちに押し付けてきますよ。
そして自分は新たな幸せを求めてまたちがう男と一緒になる。
そんな生活を繰り返しますか?」
もしも今のまま子供が生まれたらきっと右京の言う通りになるだろう。
五人目が出来たらきっと今よりも酷い生活になる。
いくら母親に帰ってきてほしくてもさすがに五人目はもう無理だ。
「明くん、キミは自分たちが無戸籍児だと最初から知っていましたね。
思えばキミは最初からどこか様子がおかしかった。
最初に僕たちと遭遇した時にキミは逃げた。
あの時、キミはイジメから助けてもらえたはず。それなのに逃げたのは…
もしも警察に調べられたら自分たちが無戸籍児だと発覚してしまうのを恐れたため。
だからいくら生活が困窮しても周りの大人を頼ることが出来なかった。そうですね。」
「はい…昔から…おかしいと思っていました…」
明はこの12年間を振り返っていた。
生まれてからいつも部屋の中での生活を送ってきた。
たまに外を歩くと同世代の子供たちが学校に通う光景を目撃した。
どうして自分たちは学校へ行けないのか?どうして自分たちには父親がいないのか?
幼い頃、母親にそんな質問をしたことがあった。そして聞かされた。
理由は父親が不在のせいだ。そして母親は明にこう言い聞かせた。
いつの日か必ずお父さんを連れてくる。そして家族みんなで幸せになろう…
そう誓ってくれた。
「でも…お父さんなんていなかった…
本当はもう気づいていたんだ。お母さんは俺たちを捨てた。
二度と戻ってこないってわかってた。
それでもみんなを励ますために仕方なく…お母さんは帰ってくると言い続けたんだ…」
まるで自らの罪を懺悔するかの如く明は語った。
それから涙ぐむ明とそれに兄弟たちを別室に移動させて
右京は再度取調室に入り母親にこう告げてみせた。
「実は今までの様子をすべて子供たちに見せました。」
「すべてって…何を…?」
「勿論すべてです。
この取調室でのあなたの発言、それに現在あなたが付き合っている男を…
そのすべてをあの子たちに見せました。」
「ハァッ!何よそれ!?」
そのことを知らされてけい子は激怒した。
いくら警察でもこれはやりすぎだ。何故こんな真似をするのか!
先ほどとは打って変わって激しく怒鳴りつけた。
「お怒りはご尤もです。ですがこれは必要な行いでした。」
「必要な行いってどういうことよ!警察に何の権利があってこんな真似するのよ!?」
「それはあなたのお子さんたちのためですよ。お腹の子を含めてね…」
「お腹の子…?」
「そう、あなたが宿しているお腹の子です。
ひとつもしもの話をしましょう。あなたがまた結婚に失敗してお腹の子を産んだとする。
既に子供たちの生活は困窮しています。それなのに新たな食い扶持が増えた。
あなたはまた新たな男を求めていなくなり子供たちの元には幼い赤子だけが残る。
それで子供たちはどう思うのか?
きっとこう思うのではありませんか。憎たらしいと…
更なる惨めな生活を送る原因となる赤ん坊に対して負の感情を抱くでしょう。」
「子供たちの憎しみが五人目の子に向けられる。
きっとその子は殺されるかもしれませんよ。
それは明くんかもしれないし京子ちゃんかもしれない。
ひょっとしたら茂くんかもしれないしゆきちゃんかもしれない。
もしかしたら兄弟全員で五人目の子を殺すかもしれない。
そうなれば当然、あなたは無関係ではいられませんよ。」
それはこの先、起こりうる可能性。
今の生活を続ければ子供たちは負の感情を抱くはずだ。
そのことを聞かされてけい子は思わずお腹の子を守るように蹲った。
「我々が保護するまであなたはあの子たちの身に何が起きたのかご存知ですか?
明くんは下の子たちを食べさせるためにコンビニの廃棄弁当を漁っていた。
昨日、京子ちゃんは初潮による不安で危うく援助交際を行おうとしていた。
そうなった原因は何ですか?
すべてあなたが子供たちを見捨てたことから始まっているんですよ。」
「それであなたは城南金融のヤクザと付き合い、さらには子供を身篭った。」
「この先も同じことを繰り返しますか?」
「ですがいつか破綻しますよ。それも最悪の形で…」
最悪の形と…
その最悪が何を示すのか右京は敢えて語らないがけい子にはわかっていた。
それは子供たちの死。
無戸籍児の子たちが母親を失えば待っているのは残酷な死という結末。
それはどんな形で降り掛かるのか…
子供同士の憎しみによる殺し合いかもしれない。それとも食べるものが無くなる飢え死に。
どれだけ考えてもキリがない。結局今のままでは満足な生活が送れないのは明らかだ。
「そこでひとつだけ提案があります。
福島けい子さん。どうか刑務所で子供を産んでもらえませんか。」
「刑務所って何で…そんなところで子供が産めるわけないでしょ…!?」
「ええ、そんなことになればあなたには前科が付く。
ですがお腹の父親はあなたの素性を知っていますよ。
この先あの男があなたと結婚するという可能性は無いと考えた方がいい。
そうなればお腹の子も今までの子と同じく無戸籍児にするつもりでしょう。」
「だって…それは…けど…」
「刑務所で産めば少なくともお腹の子に戸籍を与えることは出来ます。
その子は晴れて世間に知られる存在になる。もう存在を隠す必要はなくなりますよ。」
確かに刑務所で産めばお腹の子は戸籍を得られる。
だがそれはけい子の望むところではなかった。
けい子は幸せな家庭を得たいだけ。子供がいてそれに愛しい旦那がいる幸せな家庭。
だがその願いは果たされなかった。その原因は前の男との間に出来た子供たちだ。
どれほどの男と付き合おうとも
最後に子供たちの存在を知らせると途端に手のひらを返される。
いつしかけい子はこんな生活に疲れ果てていた。
そんなけい子に言い寄ってきたのがあのヤクザだ。
それでけい子は思った。今度こそ幸せを掴めると…
だが邪魔な存在がいた。子供たちだ。あの子たちがいてはまた結ばれずに終わってしまう。
だから子供たちを見捨てた。それが子供たちに何をもたらすのかわかっていたのに。
「12年、長男の明くんを産んでもう12年が経ちましたね。
あなたはこの12年間、子供たちに言い続けたのでしょう。
いつか父親が現れる。だからそれまで頑張ろうと…」
「そうよ!それなのに…」
「ですがこうも思わなかったのですか?
もう子供たちの父親など現れはしない。それなら自分だけで子どもを育てようと…」
「それは…だって…出来ないわよ…私だって色々あるのよ…」
「色々ですか。女性としての幸せと母親としての幸せを一緒くたにしてしまった。
その結果、不幸な子供を産み続けるという連鎖が繰り広げられてしまったのですね。
いい加減この負の連鎖をあなた自身の手で終わらせたらどうですか。
それがあなたの子供たちにしてやれる唯一の償いですよ。」
もう何も反論は出来なかった。
結局、子供たちが不遇な目に遭ってきたのはけい子の身勝手な行いが原因だ。
こうして右京による取り調べは終わった。
「お母さん…」
「明…京子…茂…ゆき…」
暫くして別室で待機していた子供たちは母親のけい子との対面を許された。
だがけい子は手錠をされた状態だった。
それが意味するのは母親が罪を犯したということ。
さらに本来なら感動の再会だが…
「ねえ…みんな…お母さんすぐに戻るから…それで元の生活に戻ろ…」
再会した母親はまるで子供たちに助けを求めるかのように訴えた。
恐らく子供たちに同情を求めて温情措置を図ろうとしているのだろう。
だが兄弟は誰も母親の言葉に同意しようとは思わなかった。
子供たちは先ほどの母親の一面を目撃してしまった。
そのせいで母親に対して一線を引いていたが問題はそれだけではなかった。
「お母さん…俺たち…今日…公園で遊んだんだ…」
「すごく楽しかった。いつもは家の中で閉じこもってるから…」
「お兄ちゃんなんて野球やってホームラン打ったんだよ。」
「ねえ、お母さんが帰ってきたらまた家の中に閉じこもらなきゃならないの?」
そのことを聞かされてけい子は何故そんなことを言い出すのか疑問に思った。
これまで子供たちが自分の意見に口を挟むなど決してありえない。それなのに…
「実はうちの亀山くんが子供たちを連れて外で遊ばせていました。」
「何でそんなことしたのよ!子供たちを遊ばせたりしてどういうつもりよ!?」
「母親であるあなたの許可を得なかったことは謝ります。
ですが子供たちは楽しんでいたそうですよ。
今までアパートの中で閉じこもっていましたからね。
外へ出る楽しさを知れてよかったじゃありませんか。」
まるで他人事のように語る右京をけい子は睨み続けた。
これまでけい子が
子供たちを外に出さなかったのは周囲に子供たちの存在を知られないためだ。
だが子供たちは外に出てしまい、さらに外で楽しむ悦びも覚えた。
そのせいで子供たちはこれまでの暮らしを拒むようになった。
これではもう子供たちを家に繋いでおくことはできない。
「ほら、さっさと来い!」
するとそこへ先ほど子供たちと別れた亀山が姿を見せた。
見ると亀山はとある男を無理やり引きずるように連行していた。
その男を見てけい子と明は驚愕する。
それは昨日訪ねてきた明を追い返した茂の父親だ。
「離せ!何で俺がこんな場所に連れてこられなきゃならないんだ!」
「わかってるだろ。子供についてだよ。」
亀山が繁の父親を連れてきた理由はやはり子供のことだ。
この父親に茂のことを認知してもらうため。
そうすれば茂に関しては戸籍を作る目処が立つ。
だから亀山はこうしてこの男を呼んだ。
けれど繁の父親はそのことについて納得が行かなかった。
いくら血を分けた実の子といえど
いきなり戸籍を作るために子供を認知しろなど到底受け入れることなど出来やしない。
さらに言うなら茂が本当に自分の息子なのか疑っているくらいだ。
それほどまでにこの父親は子供に対しての愛情が薄かった。
「確かにいきなり認知しろと言われたら戸惑うのも理解できます。
だからといってあなたに何の責任もないとは言わせませんよ。
あなたは子供たちがどんな境遇にあっているのかわかっていたはずですからねぇ。」
「言い掛かりだ!そんなこと俺にわかるわけないだろ!」
「そうでしょうか?昨日明くんはお金を貸してもらいにあなたの元を訪ねたそうですね。
明くんからお母さんが家を出ていったことを聞かされていますね。
それで気づけたはずですよ。
母親は家を出て行ってしまい残された子供たちは貧しい生活を送っていると…」
確かに父親は明からその事情を聞かされていた。
それは昨日知ったばかりではない。明はもう何度もこの父親の元を訪ねていた。
事情を知っていたのなら子供たちのために警察に通報するなり方法はあったはずだ。
だがこの男はそれを怠った。何故か?
「あなたにとっても子供が疎ましいと思ったからですね。」
「そんな…ことは…」
「…無いとハッキリ言えますか?
確かにけい子さんはあなたに子供の存在を隠した。
当時付き合っていたあなたにしてみればそれは十分裏切り行為だと思ったのでしょう。
ですが彼女のお腹には既にあなたの子が宿っていた。
それなのに責任も取らず逃げ出した。
改めてお聞きしますが今回の件であなた自身に何の非もないと断言できますか?」
けい子が子供の存在を隠していたのはこの男にしてみれば裏切り行為に等しい。
だがそれと茂が生まれたのは別問題で茂の件に関してはこの男にも責任がある。
だからこそ自らに非など無いとは断言出来るはずもなかった。
そんな戸惑うばかりの父親に亀山は諭すようにこう訴えた。
「なあ、アンタが戸惑うのもわかる。
いきなり父親だと言われてもどうにも理解できないってのは仕方ないよな。
けどこのままじゃ子供たちは未来に進めないんだ。
別に育ててほしいとまでは頼んでいない。せめて戸籍くらいは…
アンタも父親ならあの子のことを認めてやってほしい!頼む、この通りだ!」
せめて認知だけはしてほしいと亀山は必死に頼み込んだ。
そんな父親だが思わず茂と目を合わせてしまった。
まさかこんな形で会う羽目になるとは思わなかった。
本来なら血を分けた肉親に何か掛ける言葉があったのかもしれない。
だがそれも今となっては…
「わかった。認知だけはする。」
それがこの男に出来る精一杯の誠意だった。
これで茂に関しては戸籍の目処は立った。だがこれはあくまで茂だけに関してだ。
他の兄弟はちがう。
明、京子、ゆき、この三人の戸籍についてはまだ何も解決していない。
父親の不在な三人に関してはさらに問題が重なるだろう。
それから子供たちは迎えに来た施設の人間に引き渡された。
その様子を黙って見届けるしかないけい子だが…
「何で…どうして…こんなところを見せたの…これじゃあ子供たちが…」
子供たちが部屋から退室した後、けい子は右京たちを責めた。
何故こんなろくでもない光景を子供たちに見せたのかと…
これでは幼い子供たちの心を傷つけるだけだとそう訴えた。
「ええ、あの子たちにはすまないことをしました。ですがこれは必要なことでした。」
「どうしてよ!これのどこが必要だというの!?」
「それはあの子たちがあなたを庇っていたからですよ。
子供を平然と置き去りにして自分は他の男と付き合い幸せを得ようとする。
そんな行いを子供たちは仕方ないと言って肯定した。
それは子供たちにはあなたという存在が絶対だったからでしょう。
言ってみればこれはある種の洗脳ですね。」
これまで閉じ込められて生きてきた子供たちにしてみれば母親の存在は絶対だった。
けい子の言葉を信じて子供たちはどんな不遇にも耐えてみせた。
だがこれからはそうはいかない。今後は母親と引き離されて生活することになる。
だからこそ子供たちに母親との繋がりを断つ必要があった。
「だからこんなことを…そんなのって…」
「確かに残酷なことです。ですがすべてはあの子たちのためでした。」
そういえば右京は先ほどの取調室でも同じことを言った。
何故子供たちを傷つけるような真似が子供たちのためになる?
その意味をけい子は理解出来なかった。
「すべてはこの負の連鎖を断ち切るためです。」
「負の連鎖…?」
「幼い頃からあなたが自分の言葉に従うよう言い聞かせていたからでしょう。
いずれあの子たちは大人になる。そして将来愛しい人と結ばれ子供が出来る。
その時になってあなたと同じ過ちを犯したらどうしますか。」
「生活に行き詰まり子供を見捨てる。
そんな負の連鎖をこれからも繰り返していくなど愚かでしかない。
だからこの負の連鎖を今ここで断ち切らなければならなかった。」
それが子供たちにこの残酷な光景を目の当たりにさせた右京の意図だった。
子供たちが母親と同じ過ちを及ぼさないように…
それを聞いてけい子は思った。すべては自業自得だ。
自らの行いが招いた結果がこれだと…
「あなたは家族という枠組みにこだわった。
ですがその家族という絆が子供たちを苦しませている。
この苦しみから子供たちを救い出すにはあなたの作った家族という絆を壊すしかなかった。
確かに子供たちには悪いことをしました。
それでも家族は生きていくことは出来るんですよ。」
今更何を言ったところで意味がない。
けい子は泣きじゃくりながらすべてを後悔した。
これまでの人生、それに子供たちのことを…
そんな泣き崩れるけい子を見かねながら亀山はこう言った。
「それならせめて信じてください。
あの子たちのこれからを、未来が明るいものだと信じてあげましょう。」
ドア越しから子供たちの立ち去る姿を見送りながら亀山はそう告げた。
いくら子供たちが保護されたとはいえその未来は未だに先の見えない不安なものだ。
だからこそせめて信じてあげてほしい。
その役目は母親であるけい子にしか出来ないことだ。
こうしてこの事件は親子が離れ離れになるある意味最悪の形で幕を閉じた。
………
……
…
「以上がかつて起きた事件の全容です。」
右京から事件の全容を聞かされて冠城と青木は絶句した。
事件の顛末があまりにも報われなかったからだ。
この事件の発端となった母親のエゴ。そのエゴに振り回された子供たち。
それは彼らの想像を絶するものだった。
「右京さん聞きたいことがあります。
その事件ですがもしも兄弟が死んだらどうなっていたんですか…?」
一見不謹慎な冠城の質問だがこれは実際起こりえたかもしれない問題だ。
そんな問いに右京は紅茶を一口飲み込んだ後にこう答えた。
「これは事件後に明くんが打ち明けてくれたことです。
福島一家の住んでいたアパートには不似合いなスーツケースがありました。
もしも兄弟の誰かが死んだら
そのスーツケースに弟妹の死体を入れて遠くに埋葬するつもりだったと語っていました。」
同じだ…その話を聞いて冠城は当時の事件が高田兄弟の事件と似ていると思った。
高田創は幼い妹を死なせてしまい埋葬するために近所の河原に埋めた。
どちらも本来なら死体遺棄だが子供たちには戸籍がない。
だからもしも兄弟の誰かが死んだとしても死亡届を出すことも出来ない。
いや、母親がいなければ何をやればいいのかすらわからないだろう。
そんな幼い兄が死んだ弟妹に何をしてやれるのか?
それは見晴らしのいい場所に埋葬してやれることくらいしかない。
スーツケースを棺桶代わりにして埋葬する。その行いを咎められるだろうか?
いや、無理だ。周りの大人は誰も助けようとしなかった。
それなのに誰が子供たちを責められるだろうか。
「それで…母親はどうなったんですか…?」
「彼女は長年のネグレクト行為が発覚して
懲役刑が下されて刑務所に服役することになりました。
だから僕の提案したように刑務所で子供を産んだそうです。
ですが難産だったようでその影響で二度と子供を産めない身体になったと聞いています。」
母親のその後を聞かされて冠城はそれがまるで母親に与えられた真の罰だと感じた。
福島けい子は子供を産むことで男を縛り付けようとした。
だがそれは自らの不実で台無しとなった。自業自得だ。
しかしその行いに子供が道連れとされた。
それを思えばようやく負の連鎖が終わったと不謹慎ながら安心してしまった。
「まあ子供たちにしてみればザマァ見ろって感じですよね。」
「オイ、不謹慎だぞ。それに子供たちがそんなこと思うわけ無いだろ。」
「いいえ、断言できますね。特に長男の明くんなんて心底母親を憎んでいるはずですよ。」
「まったく…なんだってそんなことを断言できるんだ…?」
「簡単ですよ。明くんは学校に通っていなかったんですよ。
それを家から出たおかげで学校に通えるようになった。
けどまともに通えられたと思いますか?」
そういえばと冠城は今の話を思い出した。
確か長男の明は今まで小学校に通っていなかった。
当然だがこの国には小学校~中学校までの義務教育がある。
つまり明の場合は
これまで小学校に通っていなかったのだからもう一度初めからやり直さなくてはならない。
要するに他の子たちが中学校に進学する時に
明は小学校に入り直して6年遅れのスタートを切らなければならないということだ。
それは思春期を迎える子供にしてみれば拷問にも等しい光景だろう。
「下の子たちは義務教育前に保護されたから幸いだったけど
明くんと京子ちゃんはみんなから遅れての学校生活をスタートさせるんですよ。
当然周りからは偏見の目で見られる。
まあ学校側がそこら辺の配慮をしてくれたら
話は別ですけどお役所仕事にそこまで期待は出来ませんね。
だから今は母親のことを憎んでいるのは間違いありませんよ。」
青木は皮肉交じりと言ってみせた。恐らくそれは事実なのかもしれない。
これが母親の犯した過ちが子供たちにもたらしたものだ。
結局割を食うのは子供たちでしかない。この事件は母親にこそ非があるのは確かだ。
「それでも母親だけが悪いってわけじゃないだろ。
彼女と関係を持って子供まで作ったのに無責任だった男たちも同罪だ。」
そんな青木の意見に異論を唱えるように冠城がそう呟いた。
母親が悪いといえばそれまでだ。それでも子供たちには血縁上の父親がいた。
確かに交際中に子供がいたことを隠していたけい子に非はあった。
それでも関係を持ちながら逃げていった男たちに何の責任もないとは言わせない。
彼らがそれぞれ責任を果たせていればこうはならなかったはずだ。
だが青木と冠城がどれだけ言い合ってもそれは第三者の視点でしかない。
そもそも当事者でもない彼らに口を挟む権利はないだろう。
「まあ僕たちだけで責任の定義を決めるのは筋違いでしょう。
ですが福島兄弟、それに今回の高田兄弟。
この二件において共通すべきは子供が周りの大人に助けを訴えられなかったことです。」
自分ではどうにもならない時、人は周囲に助けを求める。
だがあの子たちはそれが出来なかった。
生まれて間もなく母親の都合によって存在を隠されてしまった。
それが原因で彼らは誰も知られない存在と化した。
つまり存在を知り得る母親がいなくなれば子供は飢えて死ぬ。
残酷でいてそれで悲惨な末路…
その末路は特命係の介入によって阻止された。
だがその介入がなければあの子たちの命は危うかった。
最悪は兄弟みんな死ぬという末路を辿っていたかもしれない。
「まだ何処かにいるかもしれません。
助けを求めたくてもその助けを求めることさえ出来ない誰も知らない子供たち…
きっと今も何処かで救いを求めているかもしれませんねぇ。」
部屋の窓から見える街の景色を眺めながら右京はそう呟いた。
確かに無戸籍児に関する問題は複雑だ。
冠城も法務省時代、
無戸籍の子たちと関わったがその問題は他人が簡単に介入できるような問題ではない。
右京の言うようにまだ終わりではない。そして改めて思うことがあった。
この暇な特命係に出来ることがあるとするなら
そんな誰にも届かないだろう助けを訴える声に耳を傾けることだ。
誰からも無視された人たちの最後の希望。それが特命係の使命ではないか…
冠城亘は高田兄弟の手紙を胸元のポケットに大事に仕舞い込みながらそう決意した。
End
終わりです。それでは
おつ、良いSSだった
乙
ハッピーエンドにならない辺りがいい
つらい…
映画の方は最後どうなるの?
乙
親が馬鹿だと子供は苦労するという話
>>87
ありがとう
つらい……
うわ…調べたら実際にあったことを元にした映画なのか…
設定に関しては完全にノンフィクションじゃん…金もないのによくポコポコ子供作るよな
頭悪すぎるだろ。猿かよ。モデルになった子供達は今どうしてるんだろう…
で、子供達はその後どうしてるの?
まさか想像におまかせしますじゃないよね?
>>90
原作知らないアピール楽しい?
相手任せにせず避妊はしっかりしような
このSSまとめへのコメント
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