右京「誰も知らない?」 (92)

相棒×誰も知らないのクロスssです

クロス先は2004年に映画化された作品ですが知らない方でもわかるように描いてあります。
ちなみにこのssを読む際は出来たら相棒シーズン16の19話を見ることをお勧めします。
子供の日にちなんでお子さんと一緒に読んでください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1525485253



「♪~」


ある日、杉下右京が出勤すると

同部署の冠城亘が自分のデスクで上機嫌で鼻歌を歌いながら手紙を読んでいた。


「手紙読んだくらいで何をニタニタ笑ってんですか。気持ち悪っ…」


そんな上機嫌な冠城に対して毒舌を吐くのは

この度、特命係に島流しされてきた青木年男だ。

青木は普段から嫌なヤツではあるが

同じく手紙を読んでいる冠城も指摘されても仕方のないくらい顔がニタついていた。

これでは指摘されるのも無理もないことだが…


「お前…人が気分いい時に水を差すなよ…
これはこの前の事件で知り合った高田創くんとその弟くんからのお手紙なんだよ。」


「だからって何でニヤついてるんですか?ガチでキモいんですけど…」


「別にいいだろ。あの兄弟はこれまで大変な人生だったんだ。
それを俺たちがあの子たちの未来を切り開いてそれで感謝の手紙を貰った。
せっかく前職辞めてまで警察官になったんだ。
未来ある青少年を導く役に立てて嬉しいと思わないのか?」


「さあ、知りませんね。こっちは未来どころか島流し部署に左遷されてお先真っ暗ですよ。」


青木が特命係に送られた事情は正直自業自得な部分も含まれているが…

そんな青木を尻目に右京も冠城宛ての手紙を読んでみた。



「どうやらあの子たちも変わりないようですねぇ。」


「ええ、施設での生活にも慣れてけど友達も出来たみたいで順調のようですよ。」


冠城は満足そうに高田兄弟のその後を語ってくれた。彼ら兄弟は無戸籍児だった。

ホステスだった母親が子供たちの育児を放棄して

彼らは兄弟二人で生きていかなければならなかった。

いや、彼らは二人だけではなかった。もう一人、生まれたばかりの妹がいた。

だがその妹は病により死んだ。

満足に供養することもできず河川軸にその遺体を遺棄せざるを得なかった。

そんな最悪な環境で兄弟が生き延びたことはどれほど過酷なものだっただろうか。


「あんな悲惨な生活を送ってきたんです。
これからはしあわせな未来を掴み取ってほしい。
俺たちができるのはそう願うことくらいですからね。」


「確かに子供には何の罪もない。環境が酷かったのですからねぇ。」


黄昏れる思いで窓を見つめる右京。

そんな右京を見て冠城はこの事件で感じていたある疑問をぶつけてみた。それは…



「右京さん、ひとつ気になることがあるんですけど…
ひょっとして以前にも無戸籍児の事件に関わったことがあるんじゃないですか?」


冠城は先日の事件で少しだけ引っ掛かっていたことがあった。

それは右京が当初から兄弟が無戸籍児ではないかと疑惑を抱いていたことだ。

だがどうしてそんな疑惑を抱くことが出来たのか?

ひょっとして以前にも似たような事件に遭遇したからではないかというのが冠城の見解だ。


「ええ、ありました。もう十年以上前の話になりますがね。」


やはりなと自分の指摘が正しいと満足気になる冠城だが…

その反面、右京の表情は険しいものへと変わっていた。

恐らくろくな事件ではなかったのだろう。

考えてみれば無戸籍児が関わる事件などハッピーエンドで終わるはずもない。

さすがに無神経だったなと冠城も思わず反省した。


「すいません。今の発言は軽率でした。」


「いえ、構いませんよ。
それにいい機会です。キミたちも知っておくべきだと思いますからねぇ。」


それから右京は冠城とついでに青木に対してかつて起きたある事件について語りだした。

それは決して先日のようなハッピーエンドでは終わらなかった。

家族だからこそ避けられなかったある悲劇の物語だ。




2004年 夏―――


残暑厳しい夏の時期。

その日、杉下右京は相棒の亀山薫を伴ってあるコンビニ店へと訪れていた。

彼らが訪れた理由はこのコンビニで頻繁に多発しているある問題についてだ。


「いやー!まさか警視庁の刑事さんに来てもらえるなんて驚きですよ。」


「いえ、我々も公務ですからお気になさらず。」


「そうですよ。俺たち頼まれたらなんでもやらされる特命係ですから…」


本来なら警視庁の刑事がこんなコンビニで起きた些細な被害になど関わることはない。

だが特命係は特に仕事のない暇な部署。

そのため雑用だろうと頼まれたらなんでも引き受けるのが暇な部署ならではの役割だ。



「それでどういった被害を受けているのでしょうか?こちらは小売店です。
警察に通報したのだから盗難だとすれば被害額は相当ではありませんか?」


「いや、金銭面に置ける被害は特にありません。廃棄弁当が盗まれるだけです。」


「廃棄弁当って…賞味期限切れたヤツですよね…?そんなモノをどうして?」


通常、コンビニに降ろされる食品は賞味期限が過ぎれば廃棄処分となる。

その理由は賞味期限の切れた食品に商品的価値が無いからだ。

それなのにこのコンビニではゴミ箱に廃棄した弁当が度々盗まれる事件が多発していた。

いくら商品価値もなく売上にも影響がないとはいえこう度々盗まれては店の保安に関わる。

こうした理由からさすがにこれ以上座視することも出来ず警察に被害届けを出した。


「ひょっとしてホームレスの仕業ですかね…?」


この相談を聞いて亀山が思いついたのはこれがホームレスの犯行ではないかと疑った。

理由は簡単だ。もし犯人がお金を所持していれば普通に弁当を購入するはず。

つまりこの犯行はお金を持ち合わせていない人間によるもの。

この場合ならホームレスの犯行と思うのは当然のことだ。


「なるほど、最もな意見ですね。
廃棄物ならお金が発生するわけでもないので双方に被害が出ることもない。
ですがこれは立派な窃盗事件。
それにお店側が被害届けを出されたとなれば当然捕まえなければなりません。」


「まったく世知辛い世の中っすね。」


恐らく生活に行き詰まっての犯行なのだろう。

こうなるといくら特命係としても犯人を不憫だと思わなくもない。

だがこれも警察官としての仕事。生活に困窮しての犯行とはいえこれは立派な窃盗だ。

犯人を思うならキッチリと罪を正す。

それが自分たちの役目だと思いながらさっそく捜査を開始した。



「右京さん着きましたよ。ここがさっきのコンビニの近くに有る公園です。」


それから右京は亀山と共にこの近隣にある公園に立ち寄った。

何故公園に立ち寄るのかだが理由は簡単だ。

ホームレスが住み着く場所といえば公園か河原といった広場を好む。

もしもホームレスの犯行なら公園に住み着いているのではないかと目星をつけたのだが…


「誰もいませんね。それどころかキレイな公園です。」


右京が指摘するように公園にホームレスが住み着いた痕跡はなかった。

実はこの公園は夜になると閉鎖されるように対策を施されていた。

その影響でこの公園にホームレスは住み着くことが出来なくなり

他の場所へ移ったり支援を受けたりと散り散りとしたようだ。


「つまりこの近辺にホームレスはいない。そういうことになりますね。」


「それじゃあ誰がコンビニから廃棄弁当を盗んだんですか?
あ、まさか…競合店が盗んだんですかね?
コンビニってそこら中にあるから少しでも嫌がらせをしようとして…」


「いいえ、それはありえません。
もしも嫌がらせを行うならいくらでも方法があります。
たとえば盗んだ廃棄弁当を店の前に撒けるなどすればより効果的です。
ですが犯人は廃棄弁当を店から持ち出していった。
その理由は何か?これは明らかに食べるために盗んだはずです。
つまり犯人は生活困窮者。これは間違いありませんよ。」


右京の推理に亀山も納得はした。

だがホームレスではないとしたら誰が廃棄弁当を盗んだのか?

当初の疑問に戻り頭を悩ませていた時だ。



「オイお前!何ジロジロ見てるんだよ!」


「つーかお前臭いんだよ!」


それは子供たちの声だ。

見るとこの公園を通り掛かった少年たちが誰かを束になって誰かを虐めていた。

いくらなんでもこれは見過ごせない。

そう思った亀山はすぐさま子供たちの前に駆け寄り虐めを静止した。


「コラお前ら!何してんだ!?」


「だってこいつが…」


「さっきからジロジロ見てくるのが悪いんだよ。」


亀山はすぐに虐められていた子供を庇った。

その子は虐めていた少年たちと同い年くらいの男の子。

それにしても虐めていた少年たちの言うように異臭が凄まじい。

見れば少年の身体は不衛生にも長いこと身体を洗ってないらしく

衣服も汗ばんでいて長いこと洗濯してないようだ。

さらに少年は酷く痩せこけていた。

まるで何日もまともな食事にありつけてないような飢えた様子が伺えた。


「とにかくこのことはこの子の親に伝えるからな。坊主、家の電話番号を教えてくれ。」


亀山が少年に家の電話番号を尋ねようとした時だ。

少年は何かを恐れるかのようにその場から走って逃げ出した。

別に咎めるわけでもないのにどうして逃げ出すのか?

わけのわからない亀山はその場で呆然とするしかなかった。



「ひとつよろしいでしょうか。あの少年はキミたちの知り合いですか?」


そんな呆然とする亀山を余所に

右京は先ほどまで虐めを行っていた少年たちに先ほどの子は知り合いかと尋ねた。

だがその返事は意外なものだった。


「知らない。」


「知らないって…どう見てもお前らと同い年だろ…?」


「だって本当に知らないよ。あんなヤツ見たことねえよ。」


全員、先ほどの少年など誰も知らないと答えた。

それではあの子はどこの子なのか?

ひょっとしてちがう学区の子供なのかもしれない。

いや、それはちがうと子供たちは否定した。

何故なら昨今の少子化に伴いこの東京でもいくつかの学校が閉鎖された。

この地区も同様で少子化に伴い

いくつかの学校が併合しているためこの近隣には小学校は一校しか存在しない。

つまり今の少年がまともに学校に通っているのならこの子たちが知らないはずがない。

さらに右京は子供たちにこんな質問を行った。



「そういえばキミたちは下校中でしたね。」


「うん…」


「今日は学校でいつも通り授業が行われていた。そうですね?」


「そうだけど…」


「右京さん、一体何を聞いてるんですか?」


「亀山くん。先ほどの子はランドセルを背負っていましたか?」


「ランドセル?そういえば…」


亀山は逃げ出した少年の格好を思い出したがそういえばランドセルは背負っていなかった。

それでも他の子たちを見るとちゃんとランドセルを背負っている。

だがこれがどうしたというのか?


「今日は平日、それに今の時刻は午後3時。小学生の下校時間に相当します。
それなのにあの子はランドセルを背負わずに公園をうろついていた。
少し引っ掛かると思いませんか?」


言われてみればと亀山も疑問には思った。だがこのご時世、不登校児など珍しくもない。

それに特命係が捜査しているのは廃棄弁当を盗んだ犯人だ。

今の少年と廃棄弁当の窃盗犯。この二つがどう結びつくのかと思わず首を傾げた。




その夜―――


「ふぁぁ…右京さん…もう夜の0時過ぎですよ…」


あれから数時間後、右京と亀山は車の中からコンビニを監視して張り込んでいた。

まさかこんなしょうもないコソ泥相手にここまでやるのかと亀山は半ば呆れ気味だ。

普段なら花の里で一杯やった後に自宅で就寝している時間のはず。

それなのにこうして深夜の張り込みとなると愚痴らずにはいられなかった。


「ねえ右京さん、この事件まともに立件なんて無理ですよ。
店側だって金銭の被害は出なかったし厳重注意がいいところじゃないすか?」


「確かにそちらの方では厳重注意が精々でしょう。
ですが僕にはこの小さな事件がまだ何かある気がしてならないんですよ。」


この事件に対して右京は何かを感じていた。

そんな右京にこれまで緩み気味だった亀山に思わず緊張が走る。その時だ。

店から店員が出てきた。見ると店員は何かをゴミ袋に入れていた。

ゴミ袋の中身は弁当。それをこの店の裏にあるゴミ捨て場のゴミ箱へと投げ捨てた。

右京が腕時計で時刻を確認するが既に日付変更して翌日になっていた。

これで弁当は賞味期限が切れて廃棄弁当として扱われる。

店員は作業を終えるとすぐに店の中へと戻った。

すると今のタイミングを見計らったかのようにゴミ捨て場に誰かが近づいてきた。

よく見るとそれは昼間の虐められていた少年だ。まさかこの少年が犯人…?

車窓から様子を眺める亀山も思わず驚きを隠せなかった。



「この…開かない…どうして…」


少年はいつも通り廃棄弁当を持ち出そうとゴミ箱を開けようとする。

だがどういうわけかゴミ箱は開かない。この事態に少年は思わず狼狽えていた。


「無駄ですよ。そのゴミ箱はお店の人に頼んで施錠してもらいましたから。」


そこへ犯行の一部始終を見届けた右京たちが駆け寄ってきた。

この犯行を現行犯で取り締まるため店の人に頼んでゴミ箱に鍵をつけてもらった。

こんな小学生にピッキングの技術などあるはずもない。だからもう諦めるしかなかった。


「さあ、こっちへ来てください。」


「悪いがこのことを親御さんに報せなきゃならないからな。」


右京たちは少年を補導しようとした。

廃棄弁当の窃盗だけでも過失があるのに

さらに未成年が深夜0時を過ぎて夜の街を徘徊していた。

これはもうこの子の親を呼んで厳重注意を行わなくてはならない。

こうなればもう大人しく観念するだろうと思った時だ。



「うわぁぁぁぁぁ!?」


なんと少年はこの場から駆け足で逃げ出した。

いきなりの行動に思わず呆気に取られてしまうがとにかく後を追わなくてはならない。

子供の足だ。すぐに追いつけるはず。

だが夜道であること、それに向こうはこの辺りの道に精通しているようで

抜け道を通りどうしても追いつけなかった。

それでもこんなことで諦める特命係ではない。

なんとか逃走する少年を追いかけるとある建物の中へと入っていった。

そこは築30年が経過したと思われる中古のアパート。

見るとアパートには一室だけ微かな明かりが付いている。

恐らくあの部屋が少年の自宅なのだろう。


「警察です!開けてください!」


こんな時刻だが亀山は家の扉をドンドンと叩いた。

ハッキリ言ってこの行いは近所迷惑。だがこんな時間に少年が街中を彷徨いていた。

しかもコンビニの廃棄弁当を盗もうとしておまけに警察の追跡からも逃走した。

こうなれば親を呼び出して厳重注意をしなくてはならない。

そんなノックを続ける亀山とは別に右京は玄関のポストに注目した。それは催促状。

取り出してみると電気・ガス・水道が一ヶ月前から止められていることがわかった。

もしやと思った右京は亀山に代わって中にいるはずの少年にこう呼びかけた。



「聞こえますか?開けてくれないとこれから応援の警官を呼びますよ。」


この発言に亀山は思わず反論しようとした。

何故ならこんなショボイ事件に応援など呼べるはずもない。

付け加えるなら特命係は右京と亀山だけの二人だけの部署。

応援なんて来るわけがないが…

だがこれは単なるハッタリ。実際は応援など呼ぶつもりはない。

それからすぐに玄関の扉からガチャガチャと音がした。どうやら鍵を開けているらしい。

扉が開くと先ほど逃走した少年が出てきた。


「…逃げてしまって…ごめんなさい…」


出てきた少年は観念したのかすぐさま右京たちに逃げたことを謝った。

だがこれで終わりというわけにはいかない。

何故廃棄弁当など盗もうとしたのか?亀山はその理由を尋ねた。



「何で廃棄弁当なんか盗んだ?そんなに腹が減っていたのか?」


「それは…だから…」


亀山の質問に少年は狼狽えながら答えた。これでは埓があかない。


「すいません!息子さんのことについて話したいことがあります!
お父さんかお母さん!いるなら出てきてくれませんか。お願いしますよ!」


亀山は家の奥にいるかもしれない少年の親にそう呼びかけた。

だが返事はない。まさか不在なのか?

そう思った亀山はすぐ少年に両親の不在について問い質した。


「オイ、ひょっとして親御さんいないのか?」


「その…今日は仕事で遅くなるって…」


別に親が仕事で夜遅くなるのは珍しいことではない。

だがこうなると厄介だ。保護者がいないと話にならない。

今から仕事場から呼び出したところで時間だって掛かるだろう。

それとこれ以上騒ぎになればかなりの近所迷惑になる。

仕方がないので後日改めてまた訪ねようと思い、今日は帰ろうとした時だ。



「両親が不在なのに何故靴が四足あるのですか?」


右京はこの玄関前に置かれた靴に注目した。

その指摘に亀山も靴に注目すると確かに四足あった。

だがそれは明らかに子供用の靴だ。

ひとつは間違いなくこの目の前にいる少年のモノ。

だが残り三足は誰のモノか?

先ほど少年はこの家に両親は仕事でいないと言った。それでは誰がこの家にいる?


「すみませんが上がらせてもらいますよ。」


なんと右京がいきなり家の中に上がりこんだ。

この様子に亀山は勿論のこと、少年も驚きを隠せなかった。



「あの…勝手に家に上がらないで…親が…」


少年はすぐに駆け出して右京がこれ以上土足で入るのを阻止した。

だが右京はそんなことなどお構い無しにこの家の中に入った。

家の中はゴミだらけでとてもじゃないがまともな生活を送っているようには思えない。

それからすぐに居間へとたどり着くとそこには一人の少女がいた。

見たところ少女も少年と同じくヨレヨレの衣服に痩せこけた状態だ。


「あの…何ですか…?」


右京の介入に少女はビクッと怯えながら答えた。

見知らぬ大人がいきなり部屋に押入ればこんな反応を示すのも無理もない。

ちなみにこの部屋はロウソク一本で辛うじて灯りが付いている。

申し訳程度に置かれているTVとテーブルの家具しかない。

それとこの部屋には不似合いな大きいスーツケースが置かれていた。



「失礼ですが電灯を付けてもらえますか?」


とりあえず話をしたいので右京は部屋の電灯を付けて欲しいと頼んだ。

だがその申し出に二人は応じることが出来ずにいた。

電灯の明かりを付けるなど数秒足らずの簡単な動作で済む。

それが出来ないのにはある事情があった。


「この部屋は電気を止められていますね。
いいえ、それだけではなくガスや水道も止められている。そうですね。」


「待ってくださいよ右京さん!そんなことになれば…」


「ええ、ここでまともな生活など出来るはずもありませんよ。」


こんな状況があり得るのか?だがこれで納得できた。

コンビニの廃棄弁当を盗むくらい困窮しているのはこの家の状況を見ても一目瞭然だ。

それにしてもどうしてこんな少年少女が二人きりで極貧の生活を送っているのか?

だが右京が疑問を抱いているのはそれだけではなかった。



「それとこの部屋にはもう二人ほど住人がいますね。」


「え…そんなことは…」


「うん…この部屋には私とお兄ちゃんしかいないよ…」


右京から問い詰められても二人は他の住人などいないと突っぱねた。

だがその時だ。


『ねえ…きつい…もっと向こうに行って…』


『うるさいな…我慢しろよ…俺だってつらいんだよ…』


ふと、誰かの声が聞こえてきた。

それはこの場にいる右京、亀山、それに目の前にいる少年と少女以外の声だ。

声から察するにして明らかに幼い子供のモノ。

耳を澄ましてみるとその声はなんとスーツケースから聞こえてきた。



「もういいですよ。出てきてください。」


既にスーツケースに居るのはバレている。

これ以上隠すのは無意味だと観念したのか少年は大人しくケースの中を開けた。

すると中から二人の子供たちが出てきた。


「プハァッ!きつかった!」


「お兄ちゃん…もう私たち入らないよ…」


出てきたのは少年たちよりも一回りほど年下の男児と女児。

言動から察するにどうやらこの子たちは兄弟らしい。

幼い四人の兄弟。それが電気、水道を止められた極貧生活を送っている。

以上の事情を察すると右京は子供たちにあることを申し出た。それは…



「ごはん美味しい!」


「おばちゃん!お代わり!」


「はいはい、もっとゆっくり食べなさい。あんまりがっつくと身体に毒ですからね。」


それから右京と亀山は子供たちを連れて花の里を訪れた。

女将のたまきが出した料理を子供たちは腹ペコだったのかかなりのペースで平らげていた。

ちなみに花の里は小料理屋だ。ファミレスのような子供向けの料理はおいてはいない。

それでも子供たちは出された料理に文句一つなく食べていた。

その様子からして余程お腹を空かせていたのだろう。


「右京さん、勝手に子供たちを連れてきて大丈夫なんですか?」


「仕方ありません。話を聞くにもこの子たちはお腹を空かしていますからね。
まずは空腹を満たさないことには何も始まらないだろうし
それにこちらに善意があることを理解してもらわないといけません。」


一応子供たちに親の連絡先を聞いてはみた。

だが子供たちは親が何処にいるのかまったく知らないと答えた。

親と連絡も取れないのでは話もできない。

そのため親には事後報告ということで子供たちを家から連れ出した。



「 「ごちそうさまでした!」 」


それから料理を食べ終えて子供たちは満腹になった。

これでようやく落ち着いて話ができる。

それから右京はまず子供たちに名前を尋ねてみた。


「俺は明です。」


「私は京子です。」


「俺は茂!よろしく!」


「は~い!ゆきだよ!」


長男の明、長女の京子、次男茂、次女ゆき。これで彼ら兄弟の名前を知ることはできた。

年齢は明が12歳、京子が10歳、茂が6歳、ゆきが5歳。

問題は彼らの境遇だ。どうしてこんな生活を送っているのか?その理由を尋ねた。



「実は…お母さんが…もう何日も帰ってなくて…」


明が事情を打ち明けてくれたが実は彼らの一家は母子家庭とのこと。

母親はどういうわけかもう三ヶ月も家に戻っていないらしい。

最初のうちは仕送りがなされていた。

だがこの一ヶ月間はその仕送りが途絶えてしまい

そのせいで電気、水道の光熱費を払えずに止められて

子供たちだけの困窮した生活を送っていたとのことだ。


「バカ野郎!それなら早く警察に訴えて保護してもらえばよかっただろ!」


子供たちの現状を聞いて亀山はつい長男の明に怒鳴ってしまった。

別にこの子たちが悪いわけではない。だが明に至ってはもう12歳だ。

周りの大人に助けを求めるなり方法があったはず。

それなのにコンビニの廃棄弁当を漁るなど明らかに短慮な行いだ。

下の子たちを大事に思うのならもっとしっかりしろと注意してみせた。


「ごめん…なさい…」


「いや、いきなり怒鳴って悪かった。
けどもう安心しろ。これから一緒に警察へ行こう。それでみんな保護してやるからな。」


とにかくこの現状では今すぐにでも子供たちを保護しなければならない。

もうあの家にこの子たちを置いておくことなど出来ない。

光熱費の支払いが滞り止められたとあっては兄弟四人で生活することなど不可能だ。



「ダメ…それは出来ない…」


だがそんな時に長男の明が保護を拒否した。何故拒否をする?

既にあの家で生活を送ることができないことは明らかだ。

だが子供たちにはどうしてもあの家を離れられない理由があった。それは…


「お母さんが帰ってくるかもしれないし…」


それは母親の存在だ。

もしも母親が帰ってきた時、自分たちが家にいなければ必ず心配するはずだ。

だから子供たちは家を離れるわけにはいかなかった。


「なあ…気持ちはわかるよ…けどあの家には…」


あの家に帰ろうとする子供たちに亀山はなんとか説得を試みた。

だが子供たちも頑なだった。

これまで苦楽を共にしてきた母を置いてくことなど出来ない。

せめて母親が帰ってくるまで待ってほしいと頼み込んだ。


「お願いです。もう少ししたらお母さんが帰ってくるかも知れないから…」


きっと母親は帰ってくる。子供たちは健気にもそう信じていた。

その言葉を聞いて亀山は何とも言えない気分になった。

既に一ヶ月以上も家を留守にしている母親が

あと数日以内に帰ってくるという可能性は極めて低い。

だが子供たちは母親が帰ってくると信じきっている。

どんなに説得しようと子供たちの母親への想いは頑なだった。



「あらあら、みんなお母さん思いなのね。」


「お母さん思いって…たまきさん…他人事だと思わないでくださいよ!」


「けどちょっと素敵じゃない?
こんなに母親思いの子供たちがいるなんてね。私たちには出来なかったから…」


たまきの言葉に右京は思わず顔を背けてしまう。

そんな右京の様子を見て亀山は二人の関係を察した。

かつて右京とたまきは夫婦だった。だが離婚したことで二人に子供はできなかった。

だからこそたまきは少しばかり子供たちの母親に対する愛情の深さに共感を抱いた。


「大丈夫よ、あなたたちがお母さんを大切に想う様に
お母さんもあなたたちのことを大切に想ってくれているはずよ。
自分のお腹を痛めて産んだ子供を愛さない母親なんていないわ。
だから安心して。右京さんと亀山さんがきっとお母さんを見つけてくれるわよ。」


そんなたまきの言葉に子供たちは安堵した。

それとは対照的に右京と亀山の心中は複雑だ。

何故ならそう簡単に母親が見つかるとは思えないからだ。



「右京さんどうしますか?こうなったら無理やりでも保護して…」


「いえ、それはまだ早いと思います。
それに無理やり引き離したところで子供たちはきっとまた元の家に戻るかもしれない。
とりあえず三日だけ待ちましょう。それでダメな時は仕方がありません。」


「わかりました。けど三日で母親が見つかるんですかね…」


とりあえず二人は三日の期限を設けた。

三日以内に母親が帰ってこなければその時は子供たちを強制的に保護する。

そのことを告げられると子供たちはホッとひと安心した。

よかった。これでお母さんと離れずに済むと…

だがこの三ヶ月間ずっと子供たちを放置していた母親だ。

それがこの三日で姿を現すなどその可能性は極めて低い。

そのことを思うと子供たちが不憫でならなかった。

とりあえずここまで
続きはまた後で



「よ~し!それじゃあ大掃除開始だ!」


早朝、亀山は子供たちと一緒にゴミだらけの家の中を掃除していた。

結局子供たちとの約束のため、三日の期限を設けた。

勿論、それまで子供たちを放置しておくわけにはいかない。

そこで暇な特命係の二人は右京が母親探しを担当、亀山は子供の面倒を見ることになった。

だが母親が一ヶ月も不在なせいか家の環境は余りにも酷い。

そのため亀山は子供たちと一緒に掃除を行うことにした。


「まったく、ゴミくらいちゃんと捨てればいいだろ。何でこんな溜め込んでんだ?」


「だってお外に出るなってお母さんが言ってたんだよ。」


「そうだよ。あと大きな声で騒いじゃダメだって言ってたもん。」


茂とゆきが掃除を楽しみながらそう言った。

どうやら母親は子供たちに極力外へ出ないように言いつけていたようで

そのせいで子供たちは満足にゴミ捨てすら出来ない状況だった。

とにかくまずはこの不衛生な家を掃除すべきだ。

そう思った亀山は大量のゴミを子供たちと掃除することから始めた。

これで少しは不遇な環境も改善できるだろう。



「ねえ亀山さん。これで本当にお母さん帰ってくるの?」


「ああ、けどまずは大掃除だ。ほらほら、キビキビ動けよ~!」


茂とゆきは既に亀山と親しくなり率先してゴミ掃除を行っていた。

それとは対照的に明と京子は表情が曇りがちだ。

その気持ちはわからなくもない。

年長の二人は恐らく母親がこの三日で帰ってくるとは思えないのだろう。

あと三日もすれば母親と引き離されるかもしれない。

そう思うと気分が晴れないのも仕方のないことだ。


「なあ、ところでお前たちには父親はいないのか?」


そんな時、亀山は父親について尋ねた。

先程から母親については色々と聞いている。

だが子供たちからは一度たりとも父親については語れてはいない。

それどころかこの家には成人男性の持ち物もない。

つまりこの家に父親はいないということ。それではどこにいるのか?



「………お父さんはいない。僕たちにはお母さんだけだから…」


亀山の質問に明は俯きながらそう答えた。それだけで大体のことは察した。

彼ら兄弟には父親はいない。

最初からいないのかそれとも離婚してそうなったのかはさすがに聞くことはできない。

だが明の様子からして父親の存在になにか思うことがあるようだ。


「大丈夫だよ!お母さん言ってたから!」


「うん、今度新しい家族を連れてくるって言ってたんだ。
それで新しいお父さんと一緒に暮らせるかもしれないって!」


そんな明に代わって茂とゆきが答えてくれたが

実は母親だがいなくなる前にそんなことを言い残していたらしい。

新しい家族、それに新しい父親。

母親は本当にそんなものを用意することができるのか?

希望に満ちた目でそう語る子供たちを前にして亀山の心境は複雑だった。



同時刻―――


「福島けい子さんの連絡先をお聞きしたいのですが…」


その頃、右京は亀山とは別行動でこのアパートの大家を訪ねていた。

家の所持品を調べて明たちの母親、福島けい子の名前だけは判明した。

だがそれだけで彼女の勤め先や他にプライベートに関するモノは一切見つからなかった。

どうやら母親は失踪する前に自分の持ち物をアパートから持ち出していたようだ。

右京は大家に福島家で起きていることをありのまま伝えた。

四人の子供たちが母親の帰りを待ちわびていること。

それがもう三ヶ月も経過していること。そのすべてを話した。


「なんだって!あの女…子供が四人もいたのかい!?」


「おや、お子さんが居たことをご存知無かったのですか?」


「いや…子供が一人いることは知っていたけど他の子たちは聞かされてなかったからね…」


大家から事情を聞いたが

実は母親だが他の兄弟たちについて大家には何も知らせていなかった。

福島一家がアパートに引っ越してきた時も

スーツケースと長男の明の二人だけで他に兄弟が存在したなどまったく気付かなかった。

何故明以外の兄弟について母親は大家に一切知らせなかったのか?

そのことについて疑問に思いつつも右京はこの事情を踏まえて大家にこんなことを尋ねた。



「大家さん、通常なら賃貸物件に入居者を入れる際には審査があるはずです。
その時に何故福島さんが5人家族だということにお気づきにならなかったのですか?」


右京の指摘するように賃貸物件に入居する際には当然だが審査が行われる。

その際に当然ながら家族構成についても尋ねたはずだ。

それが審査の段階でどうして見抜くことが出来なかったのかと質問した。

そんな右京の指摘に大家は苦い顔をしながらこう告げた。


「………まあ最初から母子家庭だと聞かされたからね。
母親一人で子供を育てているから同情して多少は甘く見てあげたつもりなんだよ。
けどまさかこんな形で騙されるとは思わなかったよ。」


その答えに右京も一応納得した。

確かに福島一家は母親一人で子供四人の母子家庭だ。

さらに大家からの話だと福島家が今のアパートに入居するまで

シングルマザーであることを理由に何度か入居を断られたことがあったらしい。

そのことで大家も同情してしまい福島家の入居を許可したそうだ。

これで一応母親がこのアパートに入居した理由は判明した。

最後に大家から母親が勤めている勤務先を聞いて右京はそこへ向かった。



お昼―――


「いただきま~す!」


昼になり亀山はたまきが作ってくれたお弁当を広げて子供たちと一緒に昼食を摂っていた。

子供たちはパクパクとお弁当をそれはもう美味しそうに食べていた。


「どうだ美味いだろ?今日はお前らのためにたまきさん味付けを変えてくれたんだぞ。」


「うん!美味しい!」


「亀山さん!おばさんにありがとうって伝えて!」


「オォッ!わかってる!さあ、遠慮せずにドンドン食べるんだぞ。」


茂とゆきはその後も無邪気にお弁当を食べていた。

いつもの冷たいコンビニの廃棄物弁当ではない手料理を食べられる。

それも家族揃っての団欒。それはまさに子供たちが夢見た光景だ。


「こういうの久しぶりだよ。お母さんがいなくなってからずっと暗かったからね。」


「うん、早くお母さん帰ってくるといいね。
それで亀山さんみたいな優しいお父さんを連れて来てくれるんだろうなぁ。」


「優しいなんて嬉しいこと言うなよ。照れるだろう!」


子供たちの何気ない言葉に亀山は少々複雑な思いを抱きながらも

美味しそうにご飯を食べている子供たちを微笑ましく眺めていた。

その一方で明と京子はちっとも食欲がなさそうな様子だ。

それどころか明は昼食の合間にフラッと何処かへと出掛けてしまう。

気になった亀山は留守を長女の京子に任せて密かに明を尾行。

明は住宅街を歩き続けるとある場所へとたどり着いた。

そこはとあるアパート。明は迷うことなく目的の一室を目指した。

まさかこの部屋に母親がいるのではないか?思わず亀山はそのことを疑った。

それからすぐに部屋から住人らしき人間が出てきた。



「チッ…今度は何の用だよ…」


出てきたのは30~40代の中年の男。

その男は訪ねてきた明を不快そうな目で睨みつけていた。

どう見てもこの男は明が訪ねに来たことを歓迎している様には見えない。

明もこの男に何の用があるのか?

それから明は気まずいながらもこの男にあることを頼み込んだ。


「お金…貸してください…」


「また金かよ。この前やったのはどうしたんだよ?」


「あれはもう使い切って…それとお母さんの居場所…知ってたら教えてほしい…」


「ふざけんな!けい子の居場所なんて俺が知るわけないだろ!?」


そう怒鳴り散らすと男は明を追い出すように無理やり突き飛ばした。

年端の行かない子供に対してこれはあんまりだ。

この様子を見て居ても立ってもいられなくなった亀山はすぐに明の助けに入った。



「コラ!警察だ!お前子供相手に何してんだ!?」


「警察?だったらこいつをどうにかしてくれ。もううんざりなんだよ。」


「何言ってやがる!アンタこの子の父親だろ!」


咄嗟に亀山はこの男を父親だと言ってのけた。今の状況を見て亀山はこう思った。

目の前にいるこの男は明たちの父親だと…

だからこそいきなり訪ねてきた明を煙たがっていた。

そう思えば明を拒絶していることにも納得ができる。

だが男からは予想もしない言葉が告げられた。


「ふざけるな!俺はそいつの父親なんかじゃない!」


まさか父親ではないと…

明がこの男を訪ねたのは生活費の要求と母親の所在についてだ。

つまり明はこの男を頼っていた。それほどの関係ということは父親かと思っていたが…

それではこの男は明とどんな関係なのか?

そのことを明に聞いてみると気まずそうにこう答えた。



「この人は茂のお父さんなんだ。」


「茂の…?それじゃあやっぱりお前たちの父親じゃないか。それがどうして…」


「ちがう。この人は茂の父親だけど俺の父さんじゃない…」


突然のことで亀山には明が言っていることがさっぱり理解出来なかった。

目の前にいる男は茂の父親だが明の父親ではないとはどういうことか?


「俺たち兄弟は…お父さんがちがう…だから…」


明が俯いた表情でそう呟いた。つまり明たち兄弟は異父兄弟ということだ。

その事情を知ると同時に亀山は茂の父親に対してあることを尋ねた。


「それなら…どうしてアンタは茂を…」


それは本来なら赤の他人である亀山が関わるべき問題ではないのかもしれない。

だが知る必要があった。何故この男は茂を捨てたのか?


「そんなの決まってるだろ…けい子はこいつらがいたことを黙っていたんだよ…」


この男と明たちの母親であるけい子は付き合っている段階で茂の妊娠が発覚したらしい。

男も一度は結婚をする覚悟だったがここである問題が生じた。

けい子は他にも子供が居たことを隠してこの男と付き合っていた。

その事実を知らされて男は激怒した。

何故なら明たちはけい子が他の男との間に産んだ子供だ。

赤の他人の子を育てる義理などない。それが原因で男はけい子と別れた。



「だがけい子は茂を産んだ。あれは俺へのあてつけだ。それでヨリを戻そうとしたんだろ。」


「それなら…どうして…」


「ヨリを戻さなかっただと?
他の男との間に子供を作っていた女だぞ!信用できるわけ無いだろ!?
大体茂だって本当に俺の子供なのか怪しいくらいだ!!」


それが男の言い分だった。

つまり茂は父親から認知されてないということを知った。

同時に男は財布から三千円ほど出してそれを明に叩きつけた。

これをやるから二度と来るな。そう罵りながら男は玄関の扉を思いっきり閉めた。

差し出された子供のお小遣い程度の金額。こんなお金では生活費の足しにもならない。

恐らく男は子供たちの現状を理解していないのだろう。

とにかくこれ以上はもう無理だ。

明は貰った三千円をポケットに入れると涙を堪えながらアパートを出て行くしかなかった。

そんな明に亀山は掛ける言葉が見つからなかった…



「福島けい子さんは既に退職しましたよ。」


一方、右京はけい子の職場である百貨店へと趣いて彼女の上司にけい子について尋ねた。

そこで知らされたのが既にけい子が職場を退職していたこと。

勤務先を辞めて子供たちを置き去りにするなどこうなると事件性が疑われる。

すぐに右京はけい子の退職理由を問い質した。


「失礼ですがお辞めになった理由はご存知ですか?」


「男ですよ。客と親しくなってその流れでズルズルといった感じですね。」


上司が言うにはけい子は上客と親しくなりその流れでいつの間にか付き合うようになった。

つまりけい子が家を出た理由は男が関係するものでありそれは自らの意思によるもの。

こうなると厄介だ。恐らくけい子は男と付き合うために家を出たことになる。

これが自らの意思によるものならけい子が残り三日で自分から家に戻るなど不可能だ。

それでも子供たちの現状を母親に知らせなければならない。



「それでけい子さんと付き合っている男性はどのような方なのですか?」


「それが…あまりお客様のことは悪く言いたくはないのですが…城南金融の方でして…」


城南金融といえば度々耳にするヤクザの系列だ。

特命係にちょくちょく顔を出す角田課長が目の敵にするヤクザの集まり。

そこのヤクザと付き合うなどハッキリ言えばろくでもない話だ。

母親が職場を辞めてヤクザの男に入れ込んでいる。

いくら真実を求めることを心情とする右京でも

母親の現状を子供たちに知らせることは些か抵抗を覚えた。



夕方―――


「うえええええん!?」


亀山が明を連れてアパートに戻るとそこでは茂とゆきの二人が泣き喚いていた。

それに長女の京子の姿もない。これは一体どうしたことか。


「お姉ちゃん…いきなり家を飛び出して…」


「みんないなくて…不安だったの…」


京子が家を飛び出した。

そのことを知らされた亀山は明に留守を頼んで自分は急いで京子の捜索に出た。

しかし京子が行きそうな場所など自分に心当たりなどない。

それでもお金を持っていないことを踏まえれば遠くには行っていないはずだ。

だから住宅街を一通り探し終えるとすぐに繁華街の方へと向かった。

突然家を飛び出すなど嫌な予感がする。そういえば京子は朝から気分が悪そうに見えた。

まさかそのことが何か関係しているのではないか?

そう不安を抱いているとカラオケBOXに入ろうとする少女を発見。

よく見るとそれは京子だ。

どうして京子がカラオケに行くのかと疑問を抱いていると

そこに一人の中年男性が駆け寄ってきた。



「待たせてごめんね。さあ、行こうか。」


なにやらイヤラシそうな顔つきの中年男。

まさかと思った亀山は急いで二人の元へと駆け寄った。


「警察だ!アンタこの子に何をしているんだ!?」


亀山は警察手帳を提示して男を問い詰めた。


「いや…この子が困っているから…それでお金を上げようと…」


「お金って…アンタ援助交際するつもりか!
見てわからないのか?この子はまだ小学生だぞ!それなのに何考えてんだ!?」


「ひぃぃ…ごめんなさい…」


亀山に激しく問い質されて男は怯えながら逃げていった。

近隣の所轄に通報しようかと思ったがどうやら未遂のようで何もなかったみたいだ。

だが問題なのは京子だ。どうして家を抜け出してこんな真似に及んだのか。



「なあ京子ちゃん。何でこんな真似をしたんだ!
あんな知らない人に連れて行かれたらどんな目に遭うかわからないんだぞ!?」


もしも亀山が間に合わなかったらどうなっていただろうか。

年頃の少女がキズモノにされるなど考えただけでもおぞましい。

だがどれだけ怒鳴って注意しても京子は何故か俯いたままだ。

そんな時、ふと京子の足元を見るとなにやら血が垂れていた。

だが怪我をしている様子はない。

よく見るとそれは股間の方からであり

亀山も京子が家を飛び出した理由をようやく察することができた。

初潮だ。成長期の女子に起きる生理的現象。

それが理由で京子は兄弟に黙って家を抜け出した。


「ずっと気分が悪くて…それに…血も7出てきて…」


「茂やゆきもわからなくて…お母さんに聞きたくても帰ってきてくれないし…」


「どうしたらいいのか…わからなくて…だから…」


事情を話し終えると京子は泣き叫んでしまった。

恐らく今日一日ずっと感情を堪えていたのだろう。

どこも怪我をしていない自分の身体から

突然血が出ればろくな知識のない子供なら動揺するのも当然であり年頃の女子なら尚更だ。

本来なら身近にいる大人に頼るべきだった。だがそんな大人はいなかった。

だから縋る思いで援助交際みたいな真似に及ぶしかなかった。



「右京さん…もう無理ですよ…」


その夜、警視庁にある特命係の部屋で

亀山は今日子供たちに起きた出来事をすべて右京に報告していた。

あの後、亀山は京子を連れて薬局へと駆け込んでなんとか事なきを得た。

京子が援助交際に及ぼうとした件は本来なら警察官として補導すべき事案だ。

だがこれは母親が不在であるという背景があった。

10歳ともなれば成長の早い女子なら生理を迎える子もいる。

だが京子の場合はそのことを正しく教えてくれる母親が不在だった。

そのせいで京子は動揺してしまい自分ではどうすることもできなかった。

だからあのような行動に出てしまったのだろう。



「学校の保健体育の授業で生理のことを必ず習うはずなんですけど
まあたぶん気が動転してそれどころじゃなかったんでしょう。
けど今日だけでわかりましたけどもうあの子たちは限界ですよ。
もう悠長なこと言ってないで無理矢理でも保護しましょう!」


子供たちとの約束を果たすにはまだ二日ある。

だがそれまで子供たちの身に何も起きないという保証はどこにもない。

もしかしたらこうして目を離している隙にまた何か問題が起きているかもしれない。

そう思えば強硬手段に出るのもやむを得ないというのが亀山の意見だ。


「その意見には賛成です。
今日、母親の職場を訪ねましたが新しい男と付き合い出したのが家を空けた原因でした。
ですから母親が残り二日で帰ってくることはまずありえないでしょう。」


「それなら何でやらないんですか!一刻も早く保護しましょうよ!」


「ええ、わかっています。ですが子供たちは母親を信じている。それが問題です。」


昨日も話したがあの兄弟たちはまだ母親を信じて待ち続けていることが問題だ。

無理やりあの家から子供たちを引き離したところで

子供たちは母親を信じて施設から抜け出してあの家に戻る可能性が高い。

だが悠長なことを言っていられないのもまた事実だ。

せめて母親が戻ってくれたら良いのだが…



「よ、暇か?」


するとそこへマイカップを片手に組対5課の角田課長が訪ねてきた。

どうせまたコーヒーを飲みに来たのだろうと亀山は気にもとめなかったが…


「課長、今は大事な話をしてる最中なんですけど…」


「いやいや、こっちも大事な案件があってさ。
ちょいとお前さんたちにも手伝って欲しいんだよ。
明日、城南金融の大捕物を決行するんで人手が足りなくてな…」


それから課長は今回の大捕物で捕らえる予定のリストを出した。

そこにはある人物の名が記されていた。それは福島けい子。子供たちの母親の名前だ。


「角田課長、この福島けい子さんは何をやったのですか?」


「ああ、調べた限りじゃ城南金融の事務員ってことになってるようだが
俺の見立てじゃこいつは幹部の女だ。
まあ最近入ったようで何も知らないみたいだけど城南金融に所属している以上
無関係ってわけじゃないからこの女も一応逮捕者リストに入れてあるんだよ。」


最悪な事態だ。まさか母親が今回の大捕物で捕まえられるとは…


「こうあれば明日、すべてに決着をつけましょう。
今回の事件で誰もが自らの責任を果たさなければならない。
大人の都合で子供たちの未来が閉ざされることなどあってはならないことです…」


右京の決意に亀山も同意した。

どのみち今のままでは子供たちに未来はない。

だからこそどんなに残酷な結末だろうとこの件に決着をつける必要がある。

それが子供たちのためだからだ。

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