【ミリオン】君がいる愛しい世界 (33)
撫子のあなたが見るものは。
撫子の花が見せたいものは。
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仕掛け人さま。
そう呼ばれて顔を上げる。机の前に立っていたのは自分が担当しているアイドルの、エミリーだった。こんな風に「仕掛け人さま」と呼ばれることにもすっかり慣れてしまった。英国にいたときから日本が大好きで、お父さんの仕事の都合で日本に住むことになって、ある神社で見た、あるアイドルの奉納の舞に心動かされたらしく、こうして担当しているわけだが。
「どうしたんだ、そんな気難しい顔して」
「その……。先日いただいた曲のことなのですが……」
眉間に皺を寄せて瞳が潤んでいた。エミリーは涙を流すことは多くないけれど、涙目になることは結構ある。なんていってもまだ十三歳だからなぁ。
普段の言動は落ち着いていて、大人っぽく見えるからふと忘れそうになるけれど。舞台上ではしゃいだり、思わず英語が飛び出てしまったり、たまに意固地なときもあったりする。決めつけは良くないだろうけれど一応彼女と接するときにまだそれほど大人ではないということは念頭に置いていた。
「あぁ、この前音源と譜面渡したやつ」
「はい……」
しゅんと肩を縮めていた。曲を初めて聞いたときはあんなに目をきらきら輝かせて飛び跳ねるほど喜んでいたのに。その時とはえらく対照的で疑問に思う。ふと見た彼女の手にはびっしり何かが書き込まれた紙が握りしめられていた。
「それ、なに?」
「い、いけません! とても仕掛け人さまにお見せできるようなものでは……!」
覗き込むように身体を前にのめったがエミリーは素早く紙を後ろに隠してしまった。何となく顔色が悪い。もしかして。
「新曲のことで悩んでるのか?」
真面目なエミリーのことだから新曲の解釈とかで行き詰っているのかもしれない。収録まで二週間ほどだけれど、不安要素があるなら取り除いた方がいい。
「それは……」
違うと嘘をつけないのはエミリーらしい。隠し続けることができないくらいには悩んでいるのだろうか。もう一押しすれば言ってくれそう。
「エミリーの悩みは聞いておきたい」
「うぅ……」
エミリーは唸って少し戸惑いながらも、手にしていた紙をそっと机の上に置いた。
「笑わないで、くださいね……」
「これは……」
目の前の紙は先日手渡した楽譜、だったもの。
楽譜にはたくさんの書き込みがしてあって、元の音符が目を凝らさなければ見えないほどに文字で埋まっていた。
楽譜にはもちろんだが何より圧倒的な文字量だったのが歌詞の部分。一つひとつの単語に意味はもちろん、漢字の成り立ちから類語まで。一体どれほどの時間この紙と辞書に向き合ったのか。
これを見て誰が笑うというのだろう。
何と声をかけるべきなのかわからずに黙っていると、エミリーは小さく言葉をこぼした。
「何度聞いても、何度読んでも、何度見ても、わからないのです。この曲が私にはわからなくて」
「……エミリー」
悲しいのか悔しいのか苛立っているのか、その全てなのか。何とも言えない表情でエミリーはその紙を見つめていた。
どうして気づけなかったのだろう。こんな風に自分を追い詰めてしまうまで放っておけたのだろう。エミリーが声をかけてくれるまでわからなかった自分が情けない。
だけど、それでも。
「やっぱり、まだ」
「エミリー」
自分を頼ってくれた。信じてくれた。悩みを打ち明けてくれたから。それに応える義務がある。応えなければならないし、応えたい。
まるで声が届いていないみたいに。数回名前を呼ぶけれど答えはない。だけど止めなければ。
「まだ私には」
「エミリー。今度の休み、一緒にでかけようか」
きみに知ってほしいことがある。
「お出かけ、ですか……?」
エミリーは突飛な発言に目を丸くしながら首を傾げた。
「いいところ、知ってるんだ」
エミリーが続けようとしたその言葉。それだけは言ってはいけない。
それは呪いのように縛りつけるだろうから。
*
約束した日の昼前。劇場の裏口で待ち合わせてから最寄りの駅に向かう。六月のはじめ、梅雨も近いが見事な快晴で雲も少ない。エミリーは行き先については尋ねずに後ろをついてくる。
また三歩後ろを、とか考えているのかなと思って振り返ると思ったよりも近くにいて驚いてしまった。
駅に着いて、エミリーにちょっと待っておいてと言い残して券売機へ向かう。降車駅までの切符を買うために料金表を見上げた。そうか、中学生はもう大人料金なんだったとなぜか実感した。
大人二枚分、機械が吐き出した切符を取る。柱のそばで立っていたエミリーに切符を一枚手渡した。
「じゃあ行こう」
「はい」
改札を通って、駅のホームで目当ての電車が来るのを待った。その間、エミリーは空を見上げていたような気がする。
十分ほど待ったところで電車がホームに入ってきて、扉が開く。人が降りきるのを待ってから車内に入る。休日の昼間だというのにあまり人はいなくて、二人並んで座れる幅はいくつか空いていた。
「ちょっと遠いし座ろう」
「仕掛け人さま」
「なに?」
「……すみません、何でもありません」
エミリーは取り繕ったように口角を上げる。たぶん謝ろうとしていたのだと思う。謝らなくてもいい、責任感じなくてもいいというのはきっと違う気がして。何も言わなかった。
無理して笑っているのを見るのはやっぱり心にくるものがある。
駅に止まって扉が開く度に車内の乗客は減っていく。いつしか座っていたのはうたた寝をしている中学生と百貨店の紙袋を抱えた女性と、姿勢を崩さずに凛と座っているエミリーとそれに比べてひどい猫背で座っている自分の四人だけだった。
放送が目的の駅名を告げる。
エミリーと一緒に電車から降りる。ホームにいるのは自分たちだけで、改札も駅員もないような小さな駅。切符を箱に入れて駅を出る。エミリーが改札を通るときにハッと目を丸くした。
「ここは……」
「昔、撮影にきたことあったな。覚えてる?」
「もちろんです! 眼鏡をかけて菜の花畑の中で撮影していただきました!」
駅を抜けてしばらく歩いたところに綺麗に育てられている花畑がある。雑誌で眼鏡特集を組むということでここがロケ地に選ばれた。
思いだしたのか嬉しそうに微笑んだエミリーを見て少し安心した。そういえばエミリーの笑った顔をあまり見ていない。新曲を渡してからずっとこんなんだっただろうか。
こんなんじゃあ、エミリーに仕掛け人さまと呼ばれる資格はないなぁと思う。
「眼鏡撫子とか言い出したときはちょっと困ったけど」
「もう、からかわないでください……」
「はは。ごめんごめん。じゃあ行こう」
例の場所へ向かうために歩き始める。懐かしいのか駅周辺をきょろきょろ見ていたエミリーは慌てて後を追った。
「あのお花畑ですか?」
「そう」
「でも菜の花の開花時期はもう終わってしまっていますよ?」
「いいからいいから」
首を傾げたままのエミリーは先ほどとは変わって足取りがわずかに軽そうだった。見てほしい景色があって、感じてほしいことがある。
「……凛として立つ、力強い女性。か」
「仕掛け人さま?」
「なんでもないよ」
エミリーが憧れている大和撫子はそれらしい。確かにそういうのも一つかもしれないけれど。
歩くこと五分ほど。花畑の入り口にたどり着く。撮影した菜の花畑は真ん中くらい。さらにその奥に、見せたい場所があった。
「エミリー」
目の前の景色が彼女の瞳に映る。
◎
仕掛け人さまが指さしたその先の景色に思わず息をのむ。
一面のむらさき。風に揺られて小さく踊っている。
そこは撫子のお花畑。
「管理人さんと話をしていたときに聞いたんだ。一年中なにかの花が地面を覆うようにしているんだって」
説明をしてくれている仕掛け人さまには申し訳ないけれどこの感動を行動に表さないように抑えるのに必死だった。
撫子の花。
私の好きな花。
憧れの花。
しゃがみ込んで目を凝らす。撫でたくなるほどかわいいから撫子。名前の由来はそれらしい。昔から日本に咲いている花。見た目からは想像できないくらいに強くてたくましい花。ずっと日本人から愛されてきた花。
この花は、私のあこがれだった。
「きれいだな」
「そう、ですね」
大好きな大和撫子の由来はこの花。
だから、ずっと。
この花のようになりたくて。
努力してきた。
だけど、思っていたよりもそれは険しくて長くて遠い道のりで。
今の私は、神社で見たあの人とはまるで程遠い。ちっとも大和撫子とは呼べない。
だって。
せっかくもらった新曲が怖かった。
「本当に、綺麗ですね」
「エミリー?」
和を意識した曲だということが聞いた瞬間にわかった。後ろでかすかに流れる水の音も、弦をはじいたような音も、一音一音全てが和だった。
歌詞の日本語は震えるくらいに美しくて、輝いていて。
聞いたときは嬉しさで飛び上がりそうだった。
これを歌ってもいいんだと仕掛け人さまが認めてくれた気がした。
私が「和」を歌っていいんだ。
大和撫子に近づけた気がして、嬉しくて、少しだけ泣いた。
「この花は、こんなにも綺麗なのに」
本当に嬉しかったから何度も繰り返して聞いた。歌詞の日本語も美しくて、辞書で意味を調べた。きちんと音を紡ぎたくて、その歌の魅力を最大限伝えたかったから。
でも、そうしているうちに怖くなった。
だってあまりにも美しいのだ。この曲に見合うのは私ではない。
「エミリー」
だけどそんなことを言うのはせっかくこの曲を持ってきてくださった仕掛け人さまにひどく失礼なことに思えて、言えなかった。
だから誤魔化して、自分に言い聞かせて。
なんとかなる。努力すればきっと。
でもそうしているうちに収録の日は迫ってきて。なのに一つも前に進まなくて、こわさは一つもなくならなくて、むしろ重なっていくばかり。
「どうして私は」
遠い。
大和撫子には程遠い。
凛として立つ、力強い女性が目指した大和撫子だった。まるでそれには程遠い。
自分の無力さを知って、怖さに足がすくんで。そうして膝を抱え込んでうずくまる姿はどこも大和撫子ではなくて、ただの滑稽な夢に破れた少女だろう。
大和撫子になりきれない。新曲は大和撫子だけが歌えるようなものなのに。今の私がこんな風ではこの曲を壊してしまう。
こわい、こわい。どうしようもなくこわい。
そして泣いてしまった。
視界がじんわり滲んで、撫子の花にひとつ。雫を落とした。一度こぼれてしまうともう我慢できなくて、ふたつみっつととめどなくあふれてくる。涙が触れるたびに撫子の花は揺れ動いた。
するとその隣も、そのまた隣にも雫が落ちる。
ふと上を見上げるとさっきまで光を降り注いでいた太陽はすっかり分厚い雲に覆われていた。
雨だ。
「うわ、夕立かな。風邪引くといけないから……、あそこの藤棚に行こう」
そう言って仕掛け人さまは私の手を引いた。引かれるがまま花畑から少し離れた小高い丘の一番上にある藤棚に向かう。ちょっとした休憩所みたいになっていて、木の椅子が一つ置かれていた。藤の花は七分咲きといったところ。
「濡れてない?」
「……あまり」
「急に降り出したなー。夕立みたいだから早く止むといいけど」
都合よく降り出した雨は流した涙を消してくれただろうか。それとも目が赤くて仕掛け人さまにはお見通しだろうか。二人横に並んで椅子に腰を下ろす。
「なぁ、エミリー」
「はい」
「新曲むずかしい?」
やはり、仕掛け人さまはずるい。
この人の前では隠し事なんてできないのだろうか。観念して小さく呟いた。
「……難しいというよりも、こわいんです」
「こわい?」
「私が歌うには、あまりにも綺麗すぎて。それを壊してしまうことが怖いんです」
とても美しくて、綺麗で、完成されているから。未完成な自分がそれを表現できないから。
その美しさを壊すのが怖かった。
大好きな「和」を、「和」が大好きだったはずの自分が壊してしまうことが怖かった。
「そっかぁ……。壊すことが怖い、か……」
「仕掛け人さま?」
まだ満開ではない藤の花を見つめながらそう言った。
「新曲のデモ、何回か聞いたけどなんというかすごく、和って感じだよなぁ」
「……そう、ですね」
「それでいて歌詞が綺麗で。リズムも単調じゃなくて跳ねるみたいで。すごく好きだなと思った」
「大和撫子をイメージして作られたんだなって思って」
そうだ。あれは大和撫子のための歌。大和撫子にしか歌うことが許されない。
それならば。
「やっぱり、私には……!」
あの歌を歌う資格など。
「だからエミリーに歌ってほしかったんだ」
「え……?」
「だって大和撫子になりたいんだろ?」
「そう、ですけど。でも……、私は」
「私は大和撫子じゃないから、歌っちゃいけないとか言わないでほしい」
言おうとした言葉をそっくりそのまま先に言われて驚いた。どうしてわかったのか。どうして言ってはいけないのか。まるでわからなくて。
「大和撫子だから歌うんじゃなくてさ」
仕掛け人さまは小さく笑った。少しだけ泣きそうだったのは気のせいだろうか。
「歌って、大和撫子に近づけるんじゃない?」
「――で、も」
わからないことがあるのに。
正解が見つけられていない。この歌の正しい歌い方。正しい解釈。正しい音色。この曲で伝えるべきことが、わからない。
「まだ、わからないんです。雨音が水たまりではしゃぐことも、花びらが雨粒を身にまとうことも、雲を解くということも、わからないんです。どういう解釈をするのが正しくて、どういう風に歌うのが正解なのか。……わからなくて」
「それでいいんだよ」
「え……」
かけられた思いがけない言葉に思わず顔をあげる。そうして自分がいつの間にかうつむいていたことに気づいた。
「だってさ、エミリー。ほら」
仕掛け人さまは私に外を見るように促した。
立ち上がって景色を見渡す。
雨は上がりかけていて、雲の隙間から太陽の光が差し込んで。花についた滴がそれを乱反射してきらきらと輝いていた。
そっと雲を解いて。
花は喜んでいた。雲は笑っていた。雨は光って、太陽はかがいて、草は煌めいて、土は潤って。そうして世界は回っていた。
ゆっくりと、だけど確かに動いていた。
いのちは結び合い。何かと共に生きていく。
そういう世界のよろこびの声が。
かすかに聞こえた気がした。
正解なんてどこにもない。だからあなたの感じたまま、見たまま、思ったまま歌えばいい。
そんな風の声が聞こえた。
あぁ、そうか。
この世界は、愛しい。
「仕掛け人さま」
糸が少しだけ私の指先に触れたような気がする。
「愛しいですね」
「……そうだな」
◎
エミリーは振り返って笑った。その目からは一筋の涙がこぼれていた。迷いは晴れただろうか。
「私、今なら歌えそうな気がします」
「なら良かった」
エミリーは新曲のイントロを小さく口ずさむ。透き通るようなその声が藤の花に反射して広がる。目を瞑ってそれをただ聞いていた。
そう、それでいい。
エミリーの思うまま。感じたまま。そのまま想いを音に乗せて歌えばいい。
どれもが間違いであると同時にどれもが正解。
そういう未完成な世界だからこそ、この世界は愛しい。
それを知ってほしかった。
*
新曲のリリースイベント当日。リハーサルを終えて待機しているエミリーに会うために楽屋を訪れる。
「緊張してる?」
「まだ、舞台前の高揚感と緊張感が混ざったこの雰囲気は未だに慣れませんね。ですが、やることは全部やってきました。あとはそれをごヒイキ様方にお見せするだけです」
「結構落ち着いてるな」
「そ、そうですか?」
心配する必要もなかったかなと思いながら胸にそっと手を当てて深呼吸するエミリーを見つめる。開演まで三十分ほどあるけれど、会場は満員御礼。チケットは即完だったらしい。
それほどに新曲の出来はよかった。発売前に事務所に届いて二人で聞いたとき、エミリーは少し泣いていた。その場では面子もあって泣かなかったけれど家に帰ってから、静かに聞いて一人で泣いた。
「新曲の評判も良かったぞ。貴音から良かったと言っておいてくださいだってさ」
「貴音さまが……? し、仕掛け人さま! 本当ですか!」
「はは、嘘はつかないよ」
「そうですか、貴音さまが……。すごく嬉しいです」
えへへっと頬を緩めたエミリーはなんだかいつもより幼く見えた。
「……ですが。ここまで来られたのは仕掛け人さまがあの日、あの景色を見せてくださったおかげです。本当にありがとうございます」
あの日も散々お礼を言われたが再度お礼をされる。
「でも結局自分でたどり着いたのはエミリーだからさ。ちゃんと自信持ってほしいな」
「……はい!」
仕掛け人さま。
エミリーはスーツの裾を少しだけ引っ張った。ぐいと背中がのけぞる。
「あの、仕掛け人さま。開演までお時間ありますか?」
「ん? 元々袖から見るつもりだったから時間はあるけど」
「少し、私の話を聞いてくださいませんか」
「いいけど……。トークとかで使う話か?」
「いいえ。仕掛け人さまだけに、仕掛け人さまだからお話しすることです」
そう言ってエミリーが話してくれたのは、三つのソロ曲についてだった。
微笑み日和は、初めていただいた曲でした。私のために作られた曲というのがすごく特別なことのように思えて、嬉しくなって。無我夢中で収録に臨んで。初めて立った舞台のことは今でも鮮明に思いだせます。すごく緊張もしましたがそれ以上に楽しくて、舞台の上から見た景色は綺麗で美しくて。ずっとここにいたいとさえ思えました。
だから、微笑み日和は私にとって決意の歌なんです。この世界で、大和撫子を目指して舞台に立つという意思を込めた歌です。
君だけの欠片は、初めは恋のうただと思っていました。女の子が幼馴染の男の子を陰で支える歌なんだと。大和撫子の大切な部分を歌っているんだと思っていました。
ですが、読み込むうちに恋のうたじゃない気がしてきて。これは愛のうたなのかもしれないと思えてきました。私の隣で泣いてもいい。そう言えるのは愛だなぁと思えてきて。
だからこれは私にとって、大和撫子の理想像の歌です。こんな風な女性にいつかなれることができれば、素敵ですよね。
そうしていただいた今回の新曲で。
たくさん悩んで、たくさん泣いて、仕掛け人さまに「歌って、大和撫子になる」と言われて。そうしてあの景色を見て自分の小ささに気がつきました。私はこの世界に生きていて、この世界に生かされている。
だからあの時「愛しい」と素直に感じることができました。曲への怖さはどこにもなくて。壊してしまう怖さよりも、この歌で私はもっと近づきたい。もっと、大和撫子になりたい。
父の仕事の都合で日本に住むことになったこと。神社で、あの舞を見たこと。そうして仕掛け人さまに出会えたこと。たくさんのお仕事や歌。仲良くしてくださる大和撫子のみなさん。仕掛け人さまに見せていただいた景色。その全部が、私の中にあります。
そんな世界で生きているから。
こんな愛しい世界に生きているから。
ここで私は、大和撫子として生きたいのです。
だから、それに気づかせてくれたこれは世界への愛の歌。
そういう歌だと思います。
なので、仕掛け人さま。
「エミリーさん、そろそろスタンバイよろしくお願いしまーす」
エミリーが言い終わる前に楽屋の扉がノックされて二人で肩を跳ねる。いつの間にかこんな時間。大分聞き入ってしまった。
「あ! すみません、長々と」
「いや、エミリーがそんなこと考えてたんだなあって知れてよかったよ。話してくれてありがとう」
「こちらこそ聞いてくださってありがとうございます。おかげで頭の中が少しすっきりしました」
エミリーはそう言って立ち上がった。楽屋のドアノブに手をかける。見送ろうと自分も立ち上がるとエミリーはこちらを振り向く。
「……仕掛け人さま」
「はい」
真剣なその眼差しで見つめられて妙にかしこまった返事をしてしまった。
「会場中にあのときの景色と感じたことを伝えてきて……、そして喜びを咲かせてきますね!」
「うん、楽しみにしてるよ」
「はい! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
とびきりの笑顔で楽屋を後にするエミリーに手を振りながら見送る。アイドルの楽屋に一人でいるというのも変な話なので舞台袖に行くかなと思って腰を伸ばした。
エミリーの先ほどの言葉を思い出す。
「世界への愛の歌かぁ……」
なるほど、そういう解釈もありだろう。しかしそういう風に解釈するのは実にエミリーらしいというか、なんというか。
「本公演にお越しくださり誠にありがとうございます! エミリー スチュアートです。本日はみなさまに精一杯素敵な景色をお見せできるように誠心誠意努めますのでどうかよろしくお願いいたします!」
ブザーが鳴って、カーテンが開く。スポットライトに照らされて拍手が鳴り響く。エミリーが挨拶する声を聞いた。
あぁ、確かに。
君がいるこの世界は、愛しい。
この曲は、はなしらべは。
君と出会えた世界への賛歌。
fin.
このエミリーの曲の解釈好き
乙です
エミリー(13) Da/Pr
http://i.imgur.com/6Y2GTNP.jpg
http://i.imgur.com/XZwrtve.png
>>29
「はなしらべ」http://www.youtube.com/watch?v=ImGjRmpvvCE
>>26
「微笑み日和」http://youtu.be/avaB0TvUA8c?t=94
「君だけの欠片」http://youtu.be/yPliJfUhQQc?t=129
桜が風に舞う様子を見ながらはなしらべを聴いたていたらいつの間にか涙がこぼれていました。
とても素敵な曲をいただいたのだなぁと噛みしめながら、いつかはなしらべを題材にしたお話を書きたいと思っていました。
拙い部分もありますが、最後まで読んでくださりありがとうございました。
エミリーは真面目で素直な子だから、きっと辞書を引きながら曲と向き合うのだろうなぁと思います。
そんなエミリーが大好きなのですが彼女が迷ったときはそっと手を取って、良い助言ができるような仕掛け人でありたいです。
お付き合いくださり、ありがとうございました。
エミリーと曲への愛を感じるいいお話でした
面白かったです
はなしらべの美しさは素晴らしいけどエミリーなりの悩みもあったのか
中の人も同じような葛藤してそう
めちゃくちゃ面白かった
乙
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