橘ありす「インタスグラム、ですか?」 (21)
モバマスSSです。
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「ですからどうして駄目なんですか! 納得のいく説明を求めます!」
タブレットを握りしめた腕をぴんと伸ばし、椅子に座っている僕を少しだけ見下ろすような姿で、彼女が怒っている。
僕を貫いている視線には、彼女らしい強い意思がここぞとばかりにぎゅっと詰め込まれ、その話し方には、彼女を良く知る者であれば疑いはしない聡明さが感じられる。
その歳不相応の説得力に、僕は参ってしまっていた。
彼女との付き合いも長いものなので、扱いは手慣れたものだと自負していたのだけど、どうやらその認識は改めなければいけないようだ。
最近はだいぶご無沙汰ではあるが、出会ったばかりの頃の彼女、橘ありすはいつだってこんな調子だった。
僕が無い知恵をひねり出して考えたプロデュース方針やレッスンメニューに、一つ一つ意味や目的を尋ねてきて、それが自分の意にそぐわないものであれば真っ向から否定して突っかかって来る。
彼女は、そんな女の子であった。
時には僕が考えたものよりもよほど効果的な案を携えてくるので、大人としての立場もプライドもあったものではい。
そして、僕は彼女のそういった所に魅力を感じて惚れ込んでいた。
だから、こうなる度に頭を悩ませている半面で楽しい気分でいっぱいになってしまって、他の仕事を全て投げ出して彼女との議論に華を咲かせがちになっているものなのだから、いつも僕たちは千川さんに目をつけられている。
「駄目なものは駄目」
とはいえ、今回ばかりは彼女の要望に歩み寄るわけにはいかなかった。
彼女の言い分も気持ちも十分に理解しているつもりだし、彼女の言うとおりに任せてみてもきっと良い物はできるだろうという確信もある。
それでも、だ。
「私のSNS活動を解禁してください!」
「それでもそれはいけない。 だって前に炎上しかけたでしょ」
頑なに彼女の、ボクの担当アイドルである橘ありすからの抗議を珍しくも一歩も譲らずに否定し続けているのは、これが全てだった。
橘ありす。
兵庫県出身の12歳。
歌や音楽への興味を切っ掛けにアイドルを始めただけあって、歌唱力には目を見張るものがある。
大人びたたたずまいの中に覗かせる年相応の無邪気な表情や、歳不相応に理論整然とした考え方から導き出される歳相応の可愛らしい結論。
そして、苺が大好き。
そんなメディアでよくスポットをあてられるところとは別に、彼女の代名詞ともいえるようなアイテムが一つある。
そうだ、タブレットだ。
デビュー当初からのファンの間では彼女がタブレット等のガジェットをとても上手に使いこなしている事は有名な話で、それこそ最初のアー写はそのタブレットを抱えながらの一枚だった。
そんな彼女の一つの魅力が、どうしてこうも日の目を見ないままでいるのかというと。
「炎上未遂があったんだよなぁ……」
「な、何度も言わないでください! 同じ失敗を繰り返す私ではありません!」
それこそ殆ど非公式のもので、事務所の中で会議に通すなどもせず実験的に行った試みではあるのだけど、実は以前に一度だけ彼女の名義の個人アカウントを作成したことがある。
負けず嫌いなところだとか、思ったことを言葉にせずにはいられないところだとか、そういったありすの性格は十分に承知していたつもりだったのだけど、あの頃いくつかのショッピングモール等での小さなイベントを成功させて調子に乗っていた僕は見通しを間違えた。
炎上した。
未遂なんて言葉で濁してはいるが、あれは紛れもない炎上だった。
匿名のアカウントから届く大量の無責任なアドバイスを前に、彼女は僕としたリプライ機能使用禁止の約束の事も忘れて、スマートフォンに噛り付いて行ったネットユーザーとひたすら議論をし続けた。
その議論の痕跡は、今でもネットのあちこちに残されている。
その事件は悪質なユーザの悪戯として処理されたものの、古くからのファンの間ではあのアカウントの中にいたのが橘ありす本人だということは公然の事実として扱われており、あれから彼女がガジェットやネット関係の仕事をすると良くない盛り上がり方をするようになってしまった。
この事件はありすの中でもかなりのトラウマとして刻まれていて、一時期はタブレットを持ち歩くことさえなくなっていたのだが。
「もう”ありふみのネットに弱い方”だなんて扱いは懲り懲りなんです!」
「私が文香さんにツイッターもブログも教えたんです!」
そう、文香が趣味を兼ねて始めた読書ブログが雑誌に大きく取り上げられ、それがきっかけとなって彼女が大ブレイクしたのだ。
もともと、非常にマイペースなタイプの彼女である。
自分のペースで時間の制限も無く自由に話し続けることができるインターネットの文化は、性に合っていたのだろう。
もちろん、最初の指導者の腕前に恵まれたことも理由の一つだ。
しかし、それ以上に彼女の長年の読書で磨かれた感性と豊富な語彙力、そして底なしの好奇心はインターネットの文化とマッチし、彼女は読破した書籍や事務所の同僚に連れられて見に行った映画や舞台の感想記事を恐るべき品質で作成し続け、それら全てでネット上の話題をさらっていった。
結果、彼女は一風変わった文学少女として芸能界での立ち位置を確立し、今やトップアイドルへの道を驀進中なのである。
少しの巡り合わせがあれば、ありすが背負うはずだった「ネットに強いアイドル」という肩書さえも取り込んで。
ありすの気持ちはとても良くわかる。
なぜならば、画面の向こうで完全に門外漢の話を振られている文香はいつも辛そうで、そして苦しそうな表情をしているのだ。
利口なありすには、自分が文香の隣にいることが出来れば、どれほど彼女の助けになるのか分かってしまうのだろう。
正直なところ、僕は迷っていた。
ツイッターだとかブログだとか、そういったものはきっとありすのアイドルとしての寿命を縮めることに繋がってしまう。
それでもここで背中を押してあげなければ、彼女は一生の友人を一人失ってしまうのではないか。
そうならなくても、このままだと彼女はきっと、大きな後悔を背負うことになるだろう。
彼女をのらりくらりと躱しながら頭をひねっていると、一人のアイドルがドアを叩いて事務所に飛び込んできた。
「みてみてPちゃん! すっごくインスタ映えするネコミミを見つけて来たの! きっとファンの皆も大喜び間違いなしにゃ!」
そういって僕の元に駆け寄ってきたみくは、頭の上に載っているおもちゃのネコミミを外して僕の顔元に突き付けてきた。
そのLEDライトの光を飛ばしながらぴくぴくと自動で動いているネコミミに、僕の目は釘付けになっていた。
もしかしたらこれで、今の事態を突破できるかもしれない、と。
「突然Pちゃんがみくの目をじーっと見つめるから何事かと思ったのに、ネコミミを見てただけだなんて酷いにゃ……」
「いや、それを突き付けて来たのは前川じゃんか……」
話がしたい、と半ば無理やりみくを連れてきた喫茶店で、僕はメニュー表を押し付けながら彼女の機嫌を取っていた。
「ほらほら、何でも好きなものを注文していいから」
「なんか雑じゃない? っていうか、何をたくらんでいるの!?」
「雑じゃないし、たくらんでもいない。 ほら、このクリームソーダ―なんてどうだ? 盛り付けに拘ってて美味しそうじゃないか」
「ハンバーグがいいにゃ…… ってなんで今微妙そうな顔したの! やっぱり何か企んでるにゃ!」
ふしゃー!、と本当のネコみたいな怒り方をするみくを前に、助けを求めてありすの方に目を向けるも、何故か彼女は機嫌を崩しているらしく一向に視線が合う様子さえも無かった。
「普段のファミレスじゃなくて、突然喫茶店なところが特に怪しいにゃ」
そもそもPちゃんにこんなオシャレな喫茶店なんかに合わないにゃ、と何故か毒を吐きながらメニューを畳んで僕をじっとりと睨みつけている様子を見ると、おそらくみくは僕が白状するまで追撃を許さないつもりらしい。
できれば後からゆっくりありすと相談したかったのだが、仕方がないのだろう。
「前川は確か、インタスグラムってのに熱を入れているんだったよな」
僕はゆっくりと口を開いた。
「それを詳しく、教えて欲しいんだ」
「ほら、ゲームばっかりやってないで、ありすもインタスグラムを始めるんだ!」
「嫌です、それと橘です。 なんで私がそんなことをしないといけないんですか!」
そもそも私とのお話はどうなったんですか、あと、あんなのはSNSとして邪道です、などどとありすに勢いが付き始めた一方で、みくのテンションが目の前でどんどん下がって行っているのを感じた。
とても目がじっとりとしている。
なんだろう、塀の上で寝ころんでる猫があんな目をよくしている気がする。
「もうちょっと静かにやってほしいにゃ……」
「ああ、ごめんごめん。 珈琲も注文するから……」
「口の中が甘くなってきたから、ブラックね……」
「ちょっと、私の話を聞いてください!」
「まあまあ」と宥めてはいたものの、ありすの興奮は当然のように収まることが無く、みくと話をしている間も僕の顔を下からきっと睨みつけて「なんでインタスグラムをはじめなくちゃいけないんですか!?」の答えを待っている。
みくにちらりと目をやると、彼女は彼女で「ほら、さっさと説得するにゃ」とでも言わんばかりの視線を僕になげかけている。
ああ、本当にどう説明すればいいのだろう。
きっと彼女には感性で戦うインタスグラムよりも余程ツイッターのような頭で勝負するSNSの方が向いているのだろう。
もっと言うと、彼女が傷つく可能性があるSNSにはもう触れて欲しくないという気持ちだってある。
もう一度炎上してしまうリスクだって少なくは無いうえ、今回は目的を達せずにただただ徒労に終わってしまう可能性だってあるのだ。
可能であるならば、彼女が悲しむことになるような道を、僕は歩かせたくはないのだ。
それでも彼女が文香の助けになるためには何らかのインターネット上での実績が必要で。
ならば、その道を開けるのはインタスグラムなのだろうとも思う。
そう、必要なことなのだ。
だから僕は、自分の不安が伝わらないように、迷いを悟られないように、あくまでも日常の延長戦であるかのようにして口を開いた。
「ありすには今すぐインタスグラムを始めなければならない十の理由があってだな―――
「なるほど。納得できない理由も沢山ありましたが、文香さんと得意分野が被ってしまうのはよくない、という理由であれば納得できます」
ありすは知識に偏りがちなので写真を撮ってSNSに投稿するのは見聞を広げるきっかけになるかもしれない、ありすのスケジュールを考えるとブログ用の文章を考える時間を確保するのは難しいのではないか。
そんな理由をいくつかでっちあげてみたものの、ありすの気持ちにはほとんどが響かなかったようで、妥協点へたどり着くまでに三回の追加オーダーを要した。
隣で話を聞いていたみくも、最初こそ「インタスグラムの写真を理由にしてデートを考えていることをにおわせるにゃ」「ありすの写真がたくさん欲しいって言えば一発にゃ」などと後ろからぽそぽそとちょっかいをかけてきていたものの、終わりの見えない会話を前に再び目から力がどんどんと失われていき、今となっては机の引力に完敗して授業中に昼寝をする学生のような佇まいになっている。
「どうしよう、前川にインタスグラムの使い方を聞く予定だったんだけど」
「ごめんなさい、みくさんがせっかく来てくれたのに。私、ついムキになってしまって」
ほんとうにどうしよう。
こちらの予定の事はともかく、彼女にもこれからの予定があるはずだ。
仕事が入っているということはない筈だけど、よりにもよってマストレさんとのレッスンでも入っていればとんでもないことになるのは想像に難くない。
ふにゃふにゃになってしまったみくの前でわたわたしているありすを眺めながら困っていると、彼女は突然ステージの上での軽やかさも、普段の猫らしさも丸で感じさせないふらふらとした仕草で「あまい、あまいのにゃ」と呟きながら上体をおこしてこう言った。
「Pちゃん、ありすちゃん。 みくはね、二人とも大事な友人だと思っているから、出来るだけ力になりたいと思っているの」
「でもね、ちょっと今日は辛いから、できれば日を改めてくれると嬉しいかな」
僕たちは、無言でうなづくしかなかった。
ありすの後姿をモノクロに加工した写真のとなりには、数週間前からわずかにだけ増えた数字が並んでいる。
スマホの中に彼女の日常と一緒に小さく収まっているそれが、彼女の、橘ありすのインタスグラムのアカウントだった。
「あの、最初から私であることを公にするんじゃなくて、最終的に私だって気付いてもらえるようにしたいんですけど」
そう主張する彼女の後姿を、僕は不安そうな顔をしたみくと一緒に撮影したのだ。
けれども、こうやって不安そうな顔でパンケーキの写真を高い角度から撮影しているのを見ていると、やはり諌めるべきだったのではないかと思ってしまう。
そもそも、学園生活とアイドル生活の二足のわらじを履いている彼女にとってはプライベートとも言えるような時間なんてほとんど無いのだ。
そこからアイドルとしての彼女に結びつかない情報や、彼女の私生活に結びつかない情報からはじき出された写真では、彼女と言えどもネットに毎日のようにアップロードされる大量の写真の中に埋もれてしまう。
「私が調べたとおりだと、こうやって撮った写真はインタスグラムで評価されやすいということなんですけど」
そう言った彼女のスマホ画面の中には、SNSではもう見慣れたお手本のような90度の角度から撮影したパンケーキの写真があった。
申し訳程度に添えられた苺が彼女らしいと言えば彼女らしいのだろうか。
彼女にインタスグラムを進めたのは僕なのだ。
だから、もっと僕が彼女を立派なインスタグラマーへと導かなければならない。
けれども、どうすればいいのだろうか。
インタスグラムは、きっと理論よりも感性の文化だ。
事実、フォトジェニックな写真をアップする芸術家やトップアイドルを抑えて、この文化のランキングトップに君臨しているのは、いわゆるお約束を無視した投稿をし続けている女性芸人である。
だから、そうじゃないのだ。
理屈では無い、そのことを理論立てて彼女に説明するにはどうすればよいのだろうか。
そうやって頭を悩ませていると、近くから、とても聞きなれた声が聞こえてきた。
「へえ、綺麗に撮れてるじゃん★」
「美味しそうだね、あたしもコレにしよっかな?」
ふとそちらに振り向くと、なんとタイミングの良いことだろうか。
城ヶ崎美嘉と北条加蓮がとても嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「へー、なるほどね。ありすちゃんがインタスグラムかぁ」
「あたし達もやってるんだよね。ありすちゃんアカウント教えてよ」
そう言って二人が開いたアカウントには、ありすのそれとは違って数十万を超えるファンが付いていた。
「お二人は、ご自身の写真を沢山アップされているんですね」
「あはは、改まってそう言われちゃうとちょっと恥ずかしいな……」
「美嘉のインスタ、自撮りばっかりだもんねー」
「そういう加蓮だって自分の動画ばっかり上げてるじゃない!」
「あたしのはちょっと違うもーん」
そう言う二人のアカウントを覗いてみると、確かに彼女たちの楽しそうな日常を切り取ったような写真が沢山アップされていた。
みくのインスタは彼女自身の写真に比べて、どちらかというと猫の写真やネコミミをつけた(おそらくはみくに無理やり付けられた)事務所の女の子の写真が多かったことを考えると、ここにも個性が垣間見えるような気がする。
「二人のファンの数を考えると納得できないこともないんだけど、それでもオフショットだけでこんなにたくさんのフォローが付くものなのか?」
一言に彼女たちのファンとは言っても、握手会やラジオの公開録音にまで足を運ぶ人達からCDをレンタルして聞く人達、ステージ上の彼女達に魅力を感じている人達や彼女達の素顔にまで興味をもってくれている人達まで、気持ちの入れ込み具合は各々である。
彼女たちのプライベート、つまり日常の写真にまで興味を持っている人がこれほど沢山いるならば、一人でちょっとしたライブ会場を埋められる日もそう遠くは無いのだ。
無料だとは言えども、数十万のユーザーが常に彼女たちの投稿をチェックしているのならば、それは一度プロデュース方針を見直す必要があるように思える。
「いやあ、流石は私たちのプロデューサー。 見てる所が違うねぇ★」
「アタシたちだって色々考えてるんだよー、ちゃんと工夫してるんだから」
「そういうこと★ どう? ありすちゃん、分かる?」
「子ども扱いしないでください、それぐらい分かります!」
そう言ったありすは、自分のスマホと僕のスマホで彼女たちそれぞれのアカウントを開いて必死に見比べている。
この写真を撮影してアップするだけできっと、人気アカウントへの仲間入りなんて優にかなうと思うのだけれども、ありすはそれを良しとはしないのだろう。
「プロデューサーさん、遊んでないでこっちで一緒に考えてください」
ここで素直に僕を頼れるようになったのは、彼女の一つの成長の形だろう。
一人で考えないと意味がないのではないかとも思わないでもないが、あちらだって二人がかりなのだ。
構図としては丁度いいのかもしれない。
「美嘉さんのインタスグラムは、みくさんのに比べると全身が写っている写真が多いんです。逆に加蓮さんのはアップの写真が多くて」
「きっと、そこに理由があるんだと思うんですけど」と悔しそうに溢す彼女だが、そこまで気付くことができればほとんど答えに辿り着いているようなものだ。
「城ヶ崎のアカウントとは違って、北条のアカウントは動画があがってるのか」
「そうなんです。加蓮さんは趣味のネイルアートの作り方の動画を上げているんです」
「へぇ。じゃあそれが答えなんじゃないの?」
そう僕が答えると、どうやらいい加減な気持ちで話を聞いていると思われてしまったようで、ジトッとした目でありすに睨まれてしまった。
「そんなわけないじゃないですか、絶対に他にも理由があるはずです」
きっと呆れられてしまったのだろう。
ありすは口を閉じて必死にスマホの画面とのにらめっこを再開してしまった。
言葉選びを間違ってしまったのかもしれない。
このままでは彼女も答えに辿り着けず、僕の評価も下がったままになってしまうので、彼女にもう一つヒントを与えてみることにした。
「ところで北条、この写真と全く同じポーズしてるぞ」
「そんないじわる言わないでよプロデューサー、このポーズお気に入りなんだから」
ほら、ネイルアートが良く見えるでしょ、といって改めてポーズを決めた加蓮は画面の中に収まっている時とは比べ物にならないぐらいに魅力的で、きっと、今日の服装に合わせてきたのであろうネイルアートは彼女をより一層にキラキラと彩っていた。
つまりは、こういうことだ。
彼女たちのインタスグラムには、彼女たち自身のファンだけでは無くて、彼女たちの服装を参考にしたい人達や、流行のカフェや小物など、流行の最先端を自分の生活に取り入れたい、彼女たちの同世代の女の子に支えられていた。
ありすはその答えに辿り着くことが出来なかった。
「つまり、お二人がどんなネイルアートをしているかですとか、どんな服をきているかですとか。そういったものが見たくてフォローしている人が沢山いる、ということでいいんですよね」
二人と別れ、次の予定に向かう車の中で、ありすはそうポツリと呟いた。
喫茶店の中でそれを口にしなかったのは、ヒントを受けるとまでそれに気づくことができなかったことに対する意地だろうか。
「まあ、そういうことだな」
「ちょっと意外です。 お二人はもっと、ファンのことを意識した写真を投稿しているのだろうと思っていました」
「あの写真だって、立派にファンに向けられたものだと思うよ」
確かに、イベントにだって来ないし、ラジオも聴いていないし、もしかしたらCDだって買わないのかもしれない。
それでも、その人達は彼女たちのファンなのだと思う。
ビジネス的な立場で考えてみても、将来の彼女たちの熱狂的なファンというのは彼達や彼女達の中に眠っているように思えるし、また、彼女たちの新しい魅力を見つけてくれるのはそういった人達であることも少なくない。
「なるほど。そういう考え方もあるんですね」
「それに、本当に大切なのはきっとそんなことじゃないんだ」
みく、美嘉、加蓮。
スマホ画面の中に写る彼女たちの笑顔も、インタスグラムの話をする彼女たちの笑顔も。
ステージ上の笑顔とはまた別モノではあるものの、本当にキラキラと輝いている。
まるで、歳相応の普通の女の子であるかのように。
「きっと、みんなは本当に自分が好きなことを、楽しいと思っていることをSNSでやっているんじゃないかな」
SNSで自由にありのままの自分が好きなことを表現して、新しく輪が広がって、そして自然と結果が付いてきている。
もちろん、少なからずは計算だってあるだろうが、本質にあるのはそれの筈だ。
本当にありすがパンケーキの写真を投稿したいと思ったのならそれでいい。
でも、そうじゃないのならば。
僕にも何か、協力できることがあるのではないかと思うのだ。
「私が本当に楽しいと思っていること、ですか……」
そう呟く彼女の表情には、何かを考えているような色が見えた。
それから数日後、彼女のインタスグラムには文香と仕事で撮ったオフショットがアップされていた。
「良かったのか、これで?」
彼女がインタスグラムに投稿する予定の写真をチェックしながら、僕はそう彼女に問いかけた。
ああでもない、こうでもないと、彼女は写真に付ける用のタグ(最低限5つ以上、できればアルファベットのものを多めに付けるというみくの教えにかなり難儀しているようだ)を英和辞典のページを参考に考えている。
僕が画面をタップすればすぐにでも、他の芸能人たちとある意味では変わり映えしない、日常の写真や仕事の合間のオフショットが、二人で撮り直した少し照れを抑え込むような笑顔の実写アイコンの下に並ぶことになる。
これでは、最初彼女が思い描いていたSNSの運用の仕方とはかけ離れたものになるはずだ。
「ええ、いいんです」
タブレットから顔を話してこちらを向いた彼女は、まるで付き物が落ちたような、そんなすっきりとした顔をしていた。
「これが、アイドルとしての私の全てが、私の本当に楽しいことなんですから」
賢く、大人らしくあろうと必死に考えて背伸びして書いたこと。
私がみなさんに知って欲しいのは、決してそれだけじゃなくって。
お仕事を通して出会った、刺激的で感動的な新しい世界のこと。
楽しかったことや、美味しかったもの。
私を、好きになってくれた人達。
そして私が、好きになれた人達。
私が楽しいって思っている”アイドル”の、テレビに映らない色々なことも。
そんな、私の日常生活を切り取った写真に一つ一つタグを付けていくことを、こんなに楽しく感じるような私にしてくれた人達とのことを。
「私には、皆さんに見てもらいたいものがいっぱいあるって気付いたんです」
みくさんにとっての猫や、美嘉さんや加蓮にとってのファッション。
そして文香さんにとっての読書。
事務所のみなさんが持っているようなSNSする映えする個性は私には無いかもしれませんけど、それでも私の毎日は誰にだって負けないぐらい輝いていると思うんです。
「そうですよね、プロデューサーさん」
だって、わたし、毎日が本当に楽しいんですから。
「そうだな、きっとそれでいいんだと思う
「橘ありすって女の子の最初のファンとしての意見を言うと、やっぱり僕たちは好きな女の子のことは全部知りたいって思うから
「ありす自身の事も、ありすの周りの友人たちの事も、アイドルのことも、アイドル以外のことも、全部含めて”橘ありす”って女の子だから
「アイドルである以上に、僕たちは橘ありすって女の子を追いかけてるんだから
「だから、ありすが楽しんで撮った写真なら、どこかで見たことのあるパンケーキの写真でも僕は喜んで保存したと思うよ
「僕たちには、ありすがパンケーキを食べたって小さな話でさえ宝物に写るんだから
「アイドルらしい写真も、アイドルらしくない写真も、ありすらしい写真も、ありすらしくない写真も
「ただ、ありすが楽しくやってくれることだけが、僕たちの望みだから
「アイドルでもアイドルじゃなくても、魅力的なありすの撮った写真が魅力的じゃないはずがないんだから」
かなりしゃべり過ぎなぐらいの僕の話を、ありすはこちらの目をじっと見つめながら静かに聞いていた。
そして、しばらく下を向いて自分の手の甲を眺めた後、こう呟いた。
「じゃあ、プロデューサーとしての意見はどうなんですか?」
「そうだな。その答えに俺が導けなかったことが悔しいと思うよ」
今回なーんにも役に立てなかったもんな。
一人で大人になっちゃってさ、寂しいよ僕は。
「なるほど、どうにも普段と様子が違うと思っていましたが、そういうことですか」
そう言って顔を上げたありすは、何故か顔を真っ赤にしていた。
「一度しか言いませんから、ちゃんと聞いてください。
「プロデューサーさんが言うとおり、貴方だって私の一部なんです。
「だから、役に立てなかったなんてこと、あるはずがないのに。そもそも、プロデューサーさんがここに連れてきてくれなかったら、今の私なんてあるはずがないんです。
「ですから、あの。プロデューサーさん。ありがとう、ございます……
なにか、とても大切な話をありすがしたような気がしたが、話を聞いているうちに、彼女の視線はだんだんと下を向いていき、それにつれていまいち言葉が聞き取れなくなっていった。
「あの、ごめん。できればもう一度……」
「いいえ、私もまだまだですね、って言ったんです」
そして、そう尋ねた僕に、彼女はもっと顔を赤くして、舌を少し出しながらそう答えた。
終わりです。
読んでくださった方、ありがとうございました!
乙ー
乙
最近美嘉がジャンプでやってる漫画のキャラにしか見えない
インタスグラムってわざと?
それとも素?
>>20
素です
遅くなりましたが、みなさん読んでくださってありがとうございました。
html化申請をしてきます。
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