小日向美穂「空と風と恋と山と街と狸と人と」 (150)
美穂「――の、ワルツ」
美穂「…………狂想曲(カプリチオ)かなぁ?」
モバマスより小日向美穂メインのSSです。
ファンタジー要素、アイドルの人外設定、キャラ解釈やユニットなどオリ要素多々ありますためご注意ください。
また設定絡み「有頂天家族」「平成狸合戦ぽんぽこ」から多く拝借しております。
↓のSSの正統続編です。よろしければどうぞ。
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)
塩見周子「小早川のお狐さん」
塩見周子「小早川のお狐さん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510159749/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1513350021
前編
狸、生まれ故郷に帰る
―― 事務所、晩秋のある日
蘭子(儀式の刻は終焉を告げ、我は今、ほとばしるほど暇である)
(訳:今日のお仕事終わっちゃった。暇だなー)
蘭子「……闇の魔導書(グリモワール)に魔法陣を刻まん」
(訳:お絵描きしよっと)
カリカリ シャッシャッ
蘭子「人と獣の両方の姿を持つ、魔獣人ミホタン……満月の夜に全ての力を解放する……」
蘭子「……フッ、かっこいい……」
ガチャ
美穂「おはようございまーす。あ、蘭子ちゃん!」
蘭子「ぴゃっっ」サッ
美穂「お絵描きしてたの? 『漆黒魔界ヲ馳セル十字軍 ~断章~』の続き?」
蘭子「き、き、禁忌の扉を開くこと、まかりならぬっ!」ワタワタ
美穂「み、見ちゃ駄目なの? 新作かなぁ……?」
蘭子(うぅ……極めて遠く、限りなく近き幻影(ユメ)の調べ……)
(訳:み、美穂ちゃんがモデルなんて、言えないよぅ……)
秋も深まって、朝夕にはいよいよ冷え込むようになってきました。
私達のいる事務所はいつも通りです。
私は寒いのがあんまり得意じゃないので、この季節にはついもこもこ着込んでしまいます。
た、狸でも寒いものは寒いんですっ。
人間は大好きだけど、進化の過程で毛皮をリストラしちゃったのは失敗だったんじゃないかなぁ。
けど、今朝は心がほっこり温まるようなことがありました!
「あ、そうだ蘭子ちゃん。今朝ね、実家から手紙が来たんだ」
「ほぅ……深山に頂く霊獣より、確かなる言霊が?」
(訳:狸のご両親! お元気なんですかっ?)
「うん。蘭子ちゃんのことも書いてあったよ、いつも見てますって!」
「わぁ……!」
熊本から送られてくるお手紙には、いつも小さな肉球のスタンプが押されています。
筆を執るのはお母さん。
内容はテレビで私達のことを見てくれていること、元気そうで安心していること、たまには顔を見せて欲しいこと……。
それから、私の誕生日についても書かれていました。
12月16日――秋が暮れて、冬が訪れる時節。そんなある冬晴れの朝に、小日向美穂はぽんぽこぽんと生まれました。
できれば直接お祝いしたいけれど、今年もまた無事この日を迎えられそうで嬉しい、ってお母さんは書いてくれています。
なんだかちょっと恥ずかしいけれど、私も嬉しいです。
「熊本にも、いつか帰りたいね。お仕事が落ち着いたら……ううん、お仕事ででも行きたい!」
「うむ。『瞳』の耀きあらば、運命(サダメ)の円環はやがて繋がろうぞ……!」
ガチャッ
モバP(以下P)「お、いたいた」
美穂「プロデューサーさん! おはようございますっ」
蘭子「煩わしい太陽ね!」
P「ああ、おはよう。二人とも揃ってるんならちょうどよかった」イソイソ
美穂・蘭子「?」
P「うん、あのな。実は二人に新しい企画があって……」
蘭子「っ! 新たなる儀式の幕開けか!?」ワクワク
美穂「わぁ、ほんとですか!?」
P「うむうむ。ちょっと待ってろよ資料出すから……」
美穂(プロデューサーさん、すごく楽しそう。大きなお仕事なのかな?)
バァンッ
P「二人の熊本凱旋LIVE! 日程は12月16日、美穂の誕生日だ!!」
美穂「え」
蘭子「ふぇ」
美穂・蘭子「――――えええええっ!?」
凱旋。凱旋です!
つまり、熊本でLIVEができるってことです!
それも……私の誕生日に!!
「蘭子ちゃん!!」
「美穂ちゃん!!」
(訳:我が友、美穂よ!!)
がしっ。
「やったやったやったやったやったやったやった!」
「やったやったやったやったやったやったやった!」
(訳:宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞ! 宴ぞーっ!)
ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん。
「うんうん、喜んでもらえて俺も嬉しいよ。さて、もうちょっと詳しい話を……」
ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん。
「よしわかった思う存分やるといい」
ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょんぴょ……はぁ、はぁ……。
やっと落ち着いた私達に、プロデューサーさんはもうちょっと踏み込んだ話をしてくれました。
詳細な日程、舞台になる施設、今後のスケジュール……。
それから――
美穂「ユニット、ですか?」
P「そうそう。せっかくの凱旋なわけだし、新しいユニットをでーんと引っ提げてこうと思ってな」
蘭子「ふおおお……! 共鳴せし新たなる魂……!!」
P「おーい、三人とも入ってきていいぞー」
ガチャ
紗枝「おはようさんどす~。改めて、よろしゅうおたの申します~」
周子「毎日会ってるけど組むのは初めてだよねぇ。ま、脇を固めるのは任しときー」
芳乃「よき日和にお呼ばれされしことー、とても嬉しいのでしてー」
美穂「みんな!」
P「二~三人単位でなら組んだことある同士だけど、五人まとめては新鮮だろ?」
P「あとほら、美穂の正体に一番理解があるメンツだし。もしもの時のサポート的な意味で」
美穂「ぽ、ぽこ!? そんなことまで……っ」
ユニット名は、「ケセラセラ」。
五人で相談して出た「もこもこくまさん団」や「罪ノ業火ニ灼カレシ夢人」や「カンザシーズ改」や「憑巫五(よりましふぁいぶ)」とかではなかなか決まらず、
ぽそっと周子ちゃんが呟いたそれがなんだか耳に気持ちよくて、満場一致で決まりました。
どこかの言葉で、「なるようになるさ」という意味だそうです。
私と蘭子ちゃんのダブルセンターで、紗枝ちゃんと周子ちゃん、それに芳乃ちゃんが加わってくれた五人。
凱旋LIVEに向けて、そんな私達のレッスンが始まりました。
もう大変でした。本気でやるのはいつものことだけど、今回のはいつもと違います。
セトリを組んで、ダンスを合わせて、歌のパートを決めて……。
故郷に錦を飾る……っていうのは、ちょっと大それた感じがしますけど。
でも、ただ熊本に帰るわけにはいきませんから!
12月の本番に向けて、私達はユニットとしての完成度を高めていきました。
美穂「ふぅ……」
美穂「……よしっ。これなら、絶対すごくいいステージにできるよね……っ!」グッ
タタッ
卯月「美穂ちゃん!」
響子「聞きましたよ、凱旋LIVEの話っ」
美穂「卯月ちゃん、響子ちゃんも!」
響子「私達は別のお仕事で行けないけど……代わりにこれ、二人で作ったんです」
卯月「誕生日プレゼントも兼ねて。ちょっと急いじゃったけど……」
ファサッ
美穂「……手編みの、マフラー……」
響子「毛糸の色を工夫して、狸さんの柄を描いてみたんですっ。ほら、ここに!」
美穂「わぁ、ほんと――――猫? ……カバさん?」
響子「狸さんです!!」
卯月「それで、こっち半分は響子ちゃん、こっち半分は私が編んで……。こっちはちょっと粗いかもだけど……えへへっ」
卯月「向こうも寒いだろうから、これを巻いて頑張ってきてねっ!」グッ
美穂「ふ、二人ともぉ゙……」ジワワ
卯月「わわわっ!? み、美穂ちゃん、泣かないで~!」ワタワタ
響子「ちょっと寂しいけど……これを私達だと思ってください! 東京から応援してますからっ!」
美穂「ゔ、ゔん゙……」グシグシ
美穂「私、頑張るね。いってきますっ!」
―― 12月某日 熊本県熊本市
美穂「着いたっ」
蘭子「んなぁーっはっはっは! 今こそ魔王の帰還よ! この地を再び闇の波動で満たしてくれようっ!」
芳乃「ほー……よきかなー。阿蘇より生まれいでし、清爽なる気の流れを感じまするー」
紗枝「あら、見なはれ周子はん、路面電車どす。なんや故郷(さと)を思い出して懐かしなぁ」
周子「あ、ほんとだ。路電って熊本にも通ってたんだなぁ」
P「さて……思ってたより早く着いたな」
P「てか美穂、そのマフラー新しい奴? 似合ってるな」
美穂「ほんとですか? えへへっ、卯月ちゃんと響子ちゃんが編んでくれたんです。誕生日プレゼント代わりにって!」
美穂「熊本にいる間はずっとこれ巻いとこうって決めたんです。私の大事なお守りです!」
P「おおー、流石いい仕上がりだ。ピンク色で可愛いし、それにこの…………ぬっぺふほふ」
美穂「た、狸って言ってました!」
蘭子「形なき水の化身では……!?」
(訳:スライムじゃないんですか?)
紗枝「つるべ落としやありまへんの?」
周子「え、おとろしでしょ?」
芳乃「奄美のマジムンに似ておりますがー」
美穂「もう、だから狸だってば~!」
P「ま、とにかくこの後のことを確認しとくか」
P「知っての通り、LIVEは数日後。会場との打ち合わせと、リハをしてから本番だ」
P「今日は軽い挨拶くらいとして……ホテルのチェックインまでも時間があるし、なんならちょっとぶらっとしてこうか?」
蘭子「!!」
美穂「ほんとですか!? いいんですかっ!?」
P「もちろん。俺も熊本は初めてだし、紗枝も周子も芳乃もそうだろ? せっかくだし、色々案内してくれよ」
美穂「蘭子ちゃん!」
蘭子「言霊を交わす刻!」
ヒソヒソヒソ ポショポショポショ サクセンカイギ
美穂「決めました!」
P「早いな!」
蘭子「ふっふっふ……火の国の洗礼、まずはそなたらの味覚に訴えねばならないわ。すなわち……!」
美穂「甘いものを、食べに行きませんか?」
熊本の街は、中心をだーっと走る路面電車の軌道を中心として発展しています。
中でも一番賑やかなのが、熊本城のすぐ近く……県道28号線に沿ってある「通町筋」近辺。
その辺りには、昔からあるアーケード街が南北にぐいーっと伸びています。
大通りを挟んで「上通」「下通」と区別されていて、その二本を中心として縦横に交差する商店通りが、熊本のいわゆる繁華街です。
「あ、見えてきた。ほら、あそこですよ!」
「ほんとだな。なんだか香ばしい、いい匂いが……」
「懐古を呼び起こす甘美なる円盤っ。我が魂もこの上なく昂っているわ!」
ずらっと並ぶ店舗の只中にある、瓦風の屋根、のぼりとのれん。
ほんと、なんだか懐かしいなぁ……。九州を出ちゃうとお店が無いんだよね。
「こんにちわっ。あの、二つ包んでくれませんか? 餡は両方お願いします!」
「ハイヨー」
形自体は同じものが色々あるみたいなんだけど――
「あ。これって大判焼き?」
「ちゃうちゃう、天輪焼きやありまへんか?」
「回転焼きなのでしてー?」
「パンセポンセ! パンセポンセじゃないか!」
「否っ! 断じて否! 秘密の花園に封じられし供物は、風と戯れる蜜蜂の調べ!」
「そうですよっ! 同じ形のは色々ありますけど、熊本のは違うんです!」
あ、焼き上がったみたい!
私は自分の分を受け取って、ほかほかのそれをみんなに見せました。
「名付けて、蜂楽饅頭!」
「ほう」
「らく?」
「まんじゅうー?」
「パンセポンセじゃなかったのか……」
確かに、こういう形のお饅頭には色んな呼び名があるみたいですね。
中に餡子が入ってるのもおんなじだし。
でも、その餡子が違うんです!
「! へぇ、これ餡に蜂蜜混ざってるんだ?」
さすが実家が和菓子屋さん、周子ちゃんは一口でわかったみたいでした。
そう。蜂楽饅頭は、中の餡に蜂蜜がたっぷり練り込まれてあるんです。
一人に二つずつって言ったのは、餡が白と黒で二種類あるからです!
「黒あんもええけど、この白あんは蜂蜜の味がようわかっておいしおすなぁ♪」
「本土にはかようなお饅頭もあるのですねー。知らなんだとは、まこと不覚なのでしてー」
「パンセポ……うっま!! 何これうま! 好き!!」
「えへへっ、良かったぁ♪」
ちなみに夏限定なんですが、ここはかき氷も出してたりします。
コバルトミルクっていって、名前通りコバルトブルーの、ミルクと蜂蜜を混ぜたシロップがとってもおいしいんですよ!
……どうして青いのかはよくわかりませんけど。
「くっくっく……ならばこの魔王も、今こそ真円の月を暴かん……」
「すまんねぇ、今ので今日のは売り切れちゃったんだ」
「えっ」
えっ。
改めて見てみれば確かに。
時間は午後。おやつ時もちょっと過ぎて、人通りの多い時間帯を切り抜けた感じで……。
で、でもまさか、そんなピンポイントに……!
「……ぴぃ……」
「お、落ち込まないで蘭子ちゃん!」
「あぁ、うちのと半分こしたらええよ。せやからしょんぼりせんとって……」
「あたしも白の方はまだ齧ってないからさ、ほら一口一口」
「せめてお茶を一杯、いただいてくるのでしてー」
「――――あの~。よかったらこれ、どうぞ~」
横合いから、まだ温かい蜂楽饅頭を差し出す手が。
「ごめんなさい~、私が家族の分までまとめ買いしちゃったから~……。けどまだ温かいから、きっとおいしいですよ~」
私と同い年くらいかなぁ……?
なんだかのんびりゆったりした、見ていてほっとするような子が立っていました。
「君は……? いや、それは悪いよ」
「そんなことないですよぉ。むしろ、私が悪いことしちゃったみたいで~」
?
と、見てみてびっくり。
「お饅頭、家族の分までまとめ買いしちゃってて~……。私がその子のまで取っちゃったようなものですからぁ」
「あらあらー……お饅頭に色んな和菓子に、なんやお祭りみたいどすなぁ」
蜂楽饅頭の他にも、「香梅」の陣太鼓に武者返し、「福田屋」の福迎え餅、「二つ茶屋」のみたらし団子やetcetc……。
和菓子フルコースみたいなたくさんの紙袋を、彼女は当たり前のように提げていました。
「私って和菓子が大好きで、うちの家族もみ~んな同じなんですよ~。だから一つや二つくらい、どうってことありませんから~。ささ、どうぞどうぞ~」
「むぅ……抗いがたき女神の誘い。血の歓びを分かち合おうぞ……!」
(訳:それじゃあ遠慮なく! いただきまーっす!)
「…………おいしい~~~~っ!」
(訳:魔力が満ちる時! 蜜蜂の宝玉が輝かしき福音をもたらしているわ!)
「蘭子ちゃん、逆逆!」
??「あらら……? それにしても、みなさんどこかで見たような~……?」
周子「あ、ヤバ……プロデューサーさん、どうする?」ヒソヒソ
P「ん、まあ言ったっていいだろう。せっかくのご縁だ」ヒソヒソ
美穂「あの、私、小日向美穂っていいます。アイドルやってるんだ!」
??「こひなた? 小日向……。はてさてどこかで~~~~…………」
??「…………ああ~~っ! 熊本出身アイドルの、小日向美穂ちゃん~!」
??「それじゃあこっちは、神崎蘭子ちゃんですか~!?」
蘭子「くっくっくっ……いかにも我が名は神崎蘭子! 今再び生誕の地に舞い降りし魔王よ! はーっはっむぎゅっっ」
P「おっとと、流石に大声はNG! 騒ぎになるとマズいから……!」
蘭子「んーっ、んーっ」ジタバタ
??「あわわ、ごめんなさい~。……けど、お二人が一緒ということは~?」
周子「ご名答。こっちもアイドルで、京都生まれの塩見周子ちゃんですよー。よろしくどうぞー」
紗枝「同じく京の生まれ、東京よりまかりこしました、小早川紗枝いいます~」
芳乃「わたくし依田は芳乃なのでしてー。依田は薩摩の御家なれどー、同じく東京であいどるをしておりまするー」
??「おお~~~~~……っ!」
ガバッ ムギュウ
美穂「わぷっ!? はわわ、ぷ、ぷにょふわ……!」フニフニフニ
??「生のアイドル、初めて見ました! それも同じ熊本県民なんて、私感激です~!」ムギュムギュ
??「って、あっ、ごめんなさい~。私の方が名乗り遅れちゃってましたね~」
菜帆「私、菜帆です。海老原菜穂っていいます~♪」
それからまた少し話をして、菜帆ちゃんは家族が待っているからと、お尻を振り振り去っていきました。
同じ生まれも育ちも熊本同士。短い滞在だけど、また会えたらいいなぁ。
周子「……いやーそれにしてもすごい和菓子の量だったね。よっぽど好きなんやなー」
紗枝「ふふ。周子はんとしては、ちぃと嬉しいことなんちゃいます?」
芳乃「旅先の出会いは、いずれも得がたきものー。菜帆さんともー、また縁が繋がれば幸甚なのでしてー」
P「(尻すげぇ)」
美穂「なんだか、ふんわりした子だったね。一緒にいて安心するっていうか、あったかいっていうか……」
蘭子「甘美なる豊穣の女神の如し……我が闇の翼も、束の間の安らぎを感じたわ」
P「(尻がすげぇ)」
周子「あ、そだ。チェックインの時間そろそろじゃない?」
P「尻がマジですげぇ(そうだな、あまりのんびりしてもいられない。行こうかみんな)」
美穂「し!? た、多分ですけど、本音と建て前が逆じゃありません!?」
周子「……前から思ってたんだけど、プロデューサーさんってお尻フェチなん?」
P「失敬なことを言うな、おっぱいだって大好きだぞ」
美穂「もぉ、何言ってるんですかっ!」ポコポコ
P「ワハハ! ワハハ! 痒い痒い!」
芳乃「ふむー。よこしまなる気を感じるのでしてー」
紗枝「いややわプロデューサーはんったらぁ、まだ日ぃも高いうちに……」
蘭子「お、おしり……///」
ホテルへは、せっかくだから路面電車に乗って向かいました。
ゆったり走る電車の窓から、懐かしい熊本の街並みが流れていくのが見えます。
私達は並んで席に座り、修復工事真っ最中の熊本城を拝みました。
「いいとこだなぁ」
と、プロデューサーさんがぽつりとこぼします。
私はなんだかとても嬉しくなってしまいました。
「熊本、好きになってくれました?」
「うん。まだほんのちょっとしか回れてないけどな。今度はオフの時にでも旅行に行きたいよ」
「あの。じゃあ……たとえばなんですけど、いつかはここに住んでみる……なんて」
プロデューサーさんは目をぱちくりさせます。
流石にちょっと切り込みすぎたかも……と後悔しちゃう私でしたが、彼は真剣に考えて、答えてくれます。
「そうだなぁ。今は東京で働いてたいけど、仕事が落ち着いたり、なんか一段落ついたりしたら……。
うちのアイドルをトップに導いて、俺がいなくても大丈夫ってくらいにてっぺん取ったら、引退してここに住むのも良いかもな」
トップアイドルになって……。
それは私かもしれないし、私じゃないかもしれません。
もちろんやるからにはトップを目指しますけど、もしプロデューサーさんが引退して、熊本に住むなんてことになったら……。
「……じゃあその時は、私もついてきていいですか?」
「ん?」
「あ! いえ、その、ほんとたとえばの話ですけど。ほら私地元民だから、色々サポートできるかなって、あはは……」
たとえばですけど、たとえばそれで、一緒に住んでみるとか……改めて両親に紹介してみるとか……。
た、た、たとえばずっと、なんなら一生一緒に熊本で……!
「って、いやいや。プロデューサーさんがいなくなっちゃって大丈夫ってこたないでしょ」
「ほんまやで~。手塩にかけて育てたあいどるほっぽって隠居いうんは、ちぃと薄情やないどすか?」
「うっジト目……。いやいや、もちろんみんなを放り出したいってことじゃなくてな?」
「当たり前どす。うちらかて親元を離れて、まだまだ甘えたい盛りなんやから♡」
「そなたにはー、とても多くの縁が集まっておりまするー。解脱の時はまだ先かとー」
はっ。正気に戻りました。
そうですよね。仮にそうなるにしたって、きっともっと先の話だし……。
私だって、仲間といつまでも一緒にいたいもん。
「火の国……一緒に……。美穂ちゃん……?」
私達はその後ホテルにチェックインして、夜までゆったりしました。
夕方の街をまた少し回って、みんなで晩ご飯を食べて……。
明日からが忙しいので、今日はみんな早く寝ようということになりました。
部屋割りは私と蘭子ちゃんが二人部屋、周子ちゃんと紗枝ちゃんと芳乃ちゃんが三人部屋でした。
お風呂に入ってベッドに入ると、なんだかんだ疲れてたみたいで、私はすぐに眠くなってしまいます。
うとうとしていたところ、ふと、隣のベッドから声がかかりました。
「――我が友、美穂よ……。その魔力、絶えることなかりしか?」
「……蘭子ちゃん? うん、起きてるよ」
「うむ。我が魂は今、真理を掴めと啼いているわ……」
蘭子ちゃんはベッドの上にぺたんと座り込んで、私をじっと見つめていました。
ベッドランプに照らされるその顔は、なんだかとても真剣でした。
「どうしたの? 何か悩み事?」
身を起こして向き合うと、蘭子ちゃんは両足をもじもじさせます。
やっぱり何か大きな悩みがあるかも……。
私が続きをうながすと、ぽつぽつ話し始めました。
「あの者……瞳の力を持ちし、黒衣の使者」
「プロデューサーさん? プロデューサーさんがどうかしたの?」
「我が友は。……我が友、は……」
よく見れば蘭子ちゃん、顔がちょっと赤いような……?
「あの者に、甘美なる紅蓮の衝動を……いえ、即ち、魂の融合を……消せど燃ゆる魔性の火を……」
「蘭子ちゃん……?」
「かの黒翼と、ひ、比翼たるべしと、欲すか……?」
こほん。
一つ咳ばらいをして、改めて問います。
「…………すきなの?」
ぴぇっ。
びっくりしました。耳も尻尾も出ました。
ば、ばば、ばばばばば、バレてる?
まさか、そんな。私ちゃんとそういうのバレないように気を付けてたつもりなのに。
前に周子ちゃんにズバリ言い当てられたけど、普段はプロデューサーさんのこと好きだってみんなに悟られないように、想いを抑えてるはず……っ。
…………抑えられてるよね? だよね?
「わ、我が友美穂が、あの者を見つめし時、瞳に熱き火が宿り……や、宿れば……やどるとき……」
あぁあぁ、ば、バレてたぁ……っ!
「それで……その」
じっと見つめられちゃいます。
ちょっと上目の蘭子ちゃんの眼は、それでもすごく真摯で。
からかおうとか、そういう意図はまったく感じ取れませんでした。
……こ、ここまでくると、もう誤魔化せないよね。
私はベッドの上に正座して、蘭子ちゃんを正面から見返します。
「す」
「私は、プロデューサーさんが、すっ、すひっ」
「しゅっ、す、すぅっしゅ、ふっ、すすす、すぅ~~~……っっ」
「ご、ごくり……」
頭の中まっしろになりそう。うぅ、蘭子ちゃん相手でこれじゃ、本人に告白なんて無理だよぉ……。
うつむいて耳を畳んで、尻尾を丸めて、必死の思いで絞り出します。
「………………しゅきれす」
「はぁわわゎわゎゎわわぁあっ」
「あうううう~~~~っ……!」
もう二人して真っ赤っか。ベッドに突っ伏したり転がったりわちゃわちゃしたり。
五分くらいして落ち着きました。
「お、おっほん。友の心の内、我しかと聞き届けたり……!」
思えば自分の口からはっきり「好き」って言ったの、これが初めてかもしれない。
そう思うとまた恥ずかしくて、ぽかぽかしてくる耳を手で仰いで冷やします。
「友よ……我はそなたの甘美なる想いに、深淵より力を添え……その。だから、つまり――
――美穂ちゃん。わたし、応援します」
「え……?」
「プロデューサーと美穂ちゃんのこと。あの、わたし……もっと二人が仲良くなれたらいいなって、思うから」
「ほ、本当? でもいいのかなぁ……。私、狸だし……」
ちょっと弱気になった私に、蘭子ちゃんはぶんぶんぶんぶん首を横に振りました。
「大丈夫っ」
「そ……そう?」
「ま、まことの想いは言霊に魔力を乗せ、瞳持つ者の心の臓を、えと、つまり心を……ちゃんと、大丈夫だから!」
想いはきっと伝わる。
そう言ってくれた蘭子ちゃんに、私は救われるような気持ちがしました。
「――ありがとう。私、がんばってみるね」
「うむ! ゆくゆくはそなたの思いの丈を、あの者にぶつけるがよい! 滾る愛を、こ、こくっ、ここ告白……っ」
「こ……はうう……っ」
「うゅうぅうう~~~っ」
どっちも全然こういう話に慣れてないです。ちょっとクリティカルな言葉が出てくるだけで大騒ぎです。
「蘭子ちゃん、本当にありがとう。私、勇気出たよ」
「うむっ。荒野に心寂しく思う時は、この魔王が力を蓄えていると知れ!」
「ふふっ……うん。まずは私達のLive、大成功させようね!」
「当然至極っ! ふんす!」
私は本当に、友達に恵まれました。
応援してくれる蘭子ちゃんの為にも、一緒に来てくれた周子ちゃん、紗枝ちゃん、芳乃ちゃんの為にも。
東京で待っててくれる卯月ちゃんや響子ちゃん……仲間のみんなにも、胸を張って帰れるように。
まずは、ステージの大成功を誓います!
ところが。
事態は、思いもしない方向へと転がっていきます。
私達が知らない裏で、既によからぬ動きは始まっていて。
それが、人と狸を巡る大騒動へと発展していくことを、この時の私は知る由もなかったのです。
翌朝、フロントに届け物があると言われました。
「……手紙?」
見覚えのある封筒に、狸の肉球のスタンプ。
これ、いつも親元から届く手紙……?
もちろん今回のステージには両親も呼びます。それはもうプロデューサーさんも了解していて、
人間の姿で山を下りてくる二人を関係者席に通してくれるそうです。
……ちなみに両方とも機械オンチだから、携帯とか持ってないんです。
それにしても、わざわざホテルに来るなら直接話せばいいのに……何だろう?
………………あれ?
「くん、くんくんっ、ふがふが……」
「くんくんくん……! ふすすっ! はすはすはすはす……っ!」
「ふわぁ~。あ、おはよーさん、美穂ちゃ……」
「ふすすすーっ! くんくん! くんくんくんくん!!」
「……お邪魔しましたー」
「ふがが……はっ、周子ちゃん!?」
すいーっと引いていく周子ちゃんを慌てて引き止めました。
「……手紙のにおいが違う?」
「そうなの。封筒もスタンプもいつものお母さんのなのに、においだけが全然別で……」
狸……というかありとあらゆる動物にとって、「におい」は身分証明書のようなもの。
嗅いだらすぐにわかるんですけど、この手紙からするにおいは、お母さんやお父さんのとは似ても似つきません。
そうこうしているうちに起き出してきたみんながロビーに集まって。
私は覚悟を決めて、封筒を開いてみることにしました。
中にあったのは、乱暴に折り畳まれた一枚の便箋と、一枚のポラロイド写真。
便箋には、殴り書きでこうありました――
『ライブヲ チュウシシロ』
写真に映っていたのは、捕獲用の檻に囚われた二匹の狸。
お父さんと、お母さんでした。
P「………………なるほど」
美穂「ど、どどどどっどうしましょうっ私っ、い、一体何がなんだか……!」
P「落ち着くんだ美穂。とにかく状況を整理しよう」
P「誰かがステージを台無しにしてやろうと企んでるのは、ひとまず間違いないとして……」
周子「こーゆー手を使うとなれば、美穂ちゃんのこともかなり知っちゃってる感じやね」
P「ああ。美穂の正体どころか、ご両親のことや泊まるホテルまで知ってることになるな」
紗枝「こないなことしはって、何が目的なんやろかねぇ。人質ならぬ狸質まで取るいうんは只事やありまへんえ」
芳乃「ふむーーー…………」
芳乃「何か、強い敵意を感じまするー」
P「敵意?」
芳乃「はいー。美穂さん個人ではなくー、より根の深いー、親や先祖代々に関わる、長きにわたる敵対心がー……」
美穂「…………敵対心…………先祖代々…………」
美穂「!! と、隣山の狸一族!!」
P「おぉ!?」
周子「やっぱ同じ狸なん!?」
雨吹山の狸一族は、鏡山の小日向一族と長年の仇敵だったといいます。
私の代ともなればそれほど激しく憎み合ってはいなかったみたいだけど、それでも化け合戦を行うことは時たまあって。
そもそもの因縁の始まりは、鏡山の日の当たるお堂を巡った縄張り争い。
それに勝った私達は「小日向」を名乗り、敗れて雨吹山に移った狸は……ええとなんていったっけ……。
とにかく、彼らとは長年の確執があるのです。
私のことを知っていて、両親のことも知っていて、芳乃ちゃんがそう言うほどの敵対心を持つ相手といえば、それしか思い浮かびません。
手紙から漂う別の狸臭もそれで説明がつきます。
けど、まさかそこまでの強硬手段に出るなんて……。
「あ、あのっ」
と、写真を見ていた蘭子ちゃんが声を上げました。
彼女は、写真の裏に書かれている文字に一番に気が付いたのです。
『本日正午 藤崎八幡宮 裏手ノ白川沿イニテ待ツ』
時刻が正午を回る頃、私達はみんなで指定の場所を訪れました。
藤崎八幡宮の裏手は川沿いの細道で、人通りは全くありませんでした。
そんな道路のど真ん中に、座敷がありました。
東屋みたいに柵と柱と屋根がある、八畳敷きの畳張り。
ちゃぶ台や和箪笥や火鉢が置かれていて、真ん中には何故だかおっきな茶釜が鎮座しています。
「来よったか」
ちゃぶ台について球磨焼酎をかっくらう知らないおじさんが、数人……いや数匹。
そして、座敷の隅っこには……!
「お父さん! お母さん!!」
懐かしい二匹の狸が、檻の中でぐったり伏せていました。
「な、何をしたんですか!?」
「安心しい。寝とるだけたい」
「でも、だからってこんなこと、どうして!!」
「美穂」
勢い込む私を制して、プロデューサーさんが前に出ました。
「なんね、誰じゃ」
「小日向美穂のプロデュースを担当しておりますPと申します。以後お見知りおきを」
「ほ~お、おのれが狸を誑かした胡乱な人間か。なるほど信用ならんツラじゃ」
「……どうも」
プロデューサーさんは平然としています。
狸はまた焼酎を一杯飲んで、きんつばをがぶりと齧りました。しょ、焼酎のおつまみにきんつば……。
「ちょうどよか。らいぶかなんか知らんが、つまらんけんやめさせんか。ほしたら小日向狸を返しちゃる」
「そういうわけには参りません。アイドルやスタッフ一同、何より楽しみにして下さっているファンの皆様を裏切ることになります」
「かーっ! これやから人間は好かん! なんやかんやと理屈ばっかりこねよる」
「というより、こちらはあなた方の目的を知りません。一度話し合うことはできませんか? もしかしたら妥協点を見いだせるかもしれませんし……」
「ならんっ!!」
だんっ、と叩き付けるようにグラスを置いて狸が気勢を上げます。
「そもそも小日向は俺(おい)らの長年の怨敵! こげんする理由は元より有り余っとる!」
「……それなら、美穂ちゃんの親御さんをとっ捕まえて一体どうするつもりなん?」
「一部には、狸を鍋にして食ろうてまう好事家がおるって話やけども……」
「「「「「狸鍋!!!?」」」」」
ポポポポポンッ!
あまりに怖い響きに、私も含めて狸みんなが尻尾を出しました。
「そ、そげん恐ろしかことするわけなかが!」「ぬしゃ何ば言いよっとか!?」
「し、し、心臓が止まるとこやったやろが!」「寿命が縮まった!!」「この外道!!」
「外道やのうて狐どす~」
「つか、今まさに狸質取ってる輩にだけは言われたくないわ」
「――――さればー、何故かような無体を働くのでしょー?
あいどるとして、皆を楽しませることー。それは人と狸の区別なくー、まこと尊きことと覚えまするがー」
「…………狸だからじゃ」
口を開いたのは、檻の近くにじっと座っていた狸。
化けていてもすごく小柄で、長い白髪のせいで目も口も見えませんでした。
多分、この中では長老格です。
「わしはそもそも、狸が人間風情と混ざって暮らすこと自体、好かん。
小日向の化け力にはそれなりに一目置いとったが、だからこそ道を外れた時には目を疑うたわい。
人に化けて、人の見世物になるじゃと? 狂気じゃ、狂気の沙汰じゃ」
「父上ん言う通りじゃ。化けられん上に毛も無い人間なんぞ俺ら狸に劣る存在! 食いもんは褒めてやってもよかけどな」
「左様。奴らなんぞに媚を売るのはまことおぞましき畜獣の所業よ」
「どうせ間抜けな人間どものことじゃ、そっちのぷろでゅーさー? とやらと結託し、術で誑かしとっとじゃろが!」
もちろん、狸にも色々います。
狸の数だけ思想はあります。
人が好きな狸もいれば、そうじゃない狸もいて。
「ちょっと、いくらなんでもそりゃ言いすぎ……」
「……ずいぶん気風のおよろしい弁舌をぶってくれはりましたなぁ」
「わ、我が朋友は、そのような……っ!」
「…………黙って聞いてりゃ手前勝手なことばかりぐだぐだぐだぐだ…………」
「……そなたー?」
ぷちっ、と何かが切れる音が聞こえた……気がして。
プロデューサーさんが、ぐわっと顔を上げました。
「狸がアイドルで悪いかッ!!」
「む……ッ」
そんな顔のプロデューサーさんを、私は初めて見ました。
ほんの一瞬気圧される狸を前に、彼は一気にまくしたてます。
「一人で東京に出て、右も左もわかんねぇとこから事務所入って!! この子がイチからどんだけ頑張ってきたと思ってんだ!!
美穂は自力で正々堂々アイドルしてんだ!! ファンを化かしてここまで来たと思ってんなら大間違いにも程があるわ!!
それが地元にも名が知れるようになって、こうやって故郷の舞台に立つ晴れの日が今なんだぞ!!
ああそうだよ俺は胡乱で信用ならねえ人間風情だよ、大いに見下してもらって結構だ!! でも美穂のことは今すぐ訂正しやがれ!!」
「……プロデューサーさん……」
「ちょちょちょ、落ち着きなって! 向こうにゃ狸質いんだよ!?」
「ヌゥーン! 離せ周子! 文句はまだ山ほど……!」
「うんむ」
と頷くが早いか、白毛玉のお爺ちゃんは茶釜の蓋をぺっと開けて、一升瓶の焼酎をどぼどぼどぼどぼ注ぎ込みます。
かと思えば、茶釜がいきなり唸りを上げて震え出しました。
その様子は、さながらガソリンを燃焼させるエンジンのようで――
「空中露天座敷、離陸(リフトオフ)!」
ぶあっ、と座敷が浮き上がって。
私達を置き去りにして、彼らは八畳敷きごと空の狸となりました。
「うっそ、飛んどる……!」
「ほー」
「うはははははっ! 見たか、見たか! これぞ我ら狸が天狗様より賜りし秘蔵の品!!
――すなわち、彦山豊前坊様の霊威なり!! 親が恋しかったら空でも飛ぶか、平身低頭して許しを乞えーっ!!」
高笑いする狸を乗せて、座敷はぐんぐん高度を上げていきます。
空なんて逆立ちしても飛べない私達は、なすすべもなく見送るばかり。
座敷はもう絶対に手が届かない高さまで登り、眠るお父さんとお母さんを乗せたまま、東に向かって加速します。
「茶番をやめんとあらば、この老いぼれ狸どもは英彦山深くの谷底に放り込んじゃる!
雨吹山は海老原狸の怒り、とくと思い知るがよか! わーははは! わーははははは!!」
「ひこさん、ぶぜんぼう……」
飛び去る空中座敷。
UFOのようなそれを呆然と見送りながら、私は耳慣れない言葉を復唱していました。
「待てこらぁっ!! 話はまだ終わってねぇぞ!!」
「だからプロデューサーさん、川だってばその先は! 落ちる落ちる!!」
「エビだかシャコだか知らねぇが、かくなる上は尻の毛全部毟って――――エビ?」
………………あれ?
その名前、知ってる。
みんなして顔を見合わせ、蘭子ちゃんが最初に思い出し、両手で口を覆いました。
「……ほ、蜂楽饅頭の……」
「「「――――海老原ぁ!!?」」」
―― ホテル ロビー
美穂「お父さん、お母さん……」
蘭子「み、美穂ちゃん。きっとなんとかなりますから……っ」
美穂「……うん……」
周子「とはいえ相手さんは予想以上だったね、なんか。なんてったっけ、あのナントカ山……」
芳乃「――彦山豊前坊。または、英彦山大権現。福岡と大分の間にかかる、霊験あらたかなる修験山ー……。その頂きに座する、大天狗なのでしてー」
紗枝「うちも聞いたことあります。鞍馬山僧正坊と同格、九州天狗の総元締めやいう話どすえ」
蘭子「だ、だいてんぐ……」
周子「向こうのフカシって線は無いの? そりゃいくらなんでもビッグネームすぎるよ」
紗枝「いくら嘘ついたかて、化け狸は自在に空を飛べたりしまへん。狐もおんなじどす」
美穂「そう……そうです。仮に鳥とかに化けても、結局は偽者ですから。実際に自分が持ってない器官を増やしても、自由に使えるわけがありません」
蘭子「偽りの翼をもってして、蒼穹を駆けることは叶わぬか……」
(訳:じゃあ、やっぱりあれは狸さんだけの力じゃないんですね……)
紗枝「せやね。飛ぶいうんは、それくらい難しいことなんどす」
紗枝「仮にそないなこと出来る狸が万一おるとしたら、それこそ伊予の隠神刑部やら阿波の金張、それか京の先代偽右衛門くらいの大物中の大物に限られますやろな」
芳乃「そして何より、あの茶釜ー……。あれは恐らくー、天狗由来の宝物、茶釜えんじんではないかとー」
美穂「茶釜エンジン?」
芳乃「酒精を呑みて飛ぶー、摩訶不思議の浮遊からくりなのでしてー」
紗枝「わいんやったり日本酒やったり焼酎やったり、型式で燃料が変わるてお父はんは言うてはりました」
周子「まやかしの類じゃないってわけか……。う~~~~ん、空なんか飛ばれちゃどうしたもんやら……」
P「………………」
蘭子「我が友?」
P「ん? ああすまん、海老原さんについて考えてた」
蘭子「甘美なる女神……。よもやあの者も、邪なる霊獣の眷族であったとは……」ショボン
P「十分ありえる話だ。あの子はとても立派な尻をしていたからな……」
周子「いやいや、お尻で判断するってなんやの」
美穂「た、確かに……!!」
周子「納得するんかーい」
紗枝「となると~……菜帆はんも、あっち側いうことどすやろか」
芳乃「さようなことは、ありませぬー」
周子「そう? 偶然同姓じゃなけりゃ家族ってことになると思うけど」
芳乃「おそらくはー、そうなのでしょうー。しかしながら菜帆さんからはー、悪しき気配は感じ取れませんでしたゆえー」
P「ああ。あの子はそういうことが出来るタイプじゃない。――仕事柄、俺は女の子を見る目には自信があるんだ」キリッ
周子「その言い方誤解招くからよそじゃやめといた方がいいよ」
P「アッハイ」
美穂「……私もそう思います。あんなふんわりした優しい子が、あの狸達みたいな酷いことに手を貸すわけないです」
P「そうだな。とにもかくにも彼女に話を聞く価値はありそうだ。連中は今頃空の上で、手の出しようもないわけだしな……」
タタタタッ ポヨポヨポヨ
菜帆「み……みなさん~!」
噂をすれば、と言うべきでしょうか。
ホテルのロビーに飛び込んできたのは、まさに私達が話題に出した子でした。
「はぁっ、はぁっ、はぁ~……! は、話を、聞かせてもらいました~……っ!」
「菜帆ちゃん!」
私達のことを聞きつけたのでしょう。
慌てて駆け付けたと思しき菜帆ちゃんは、かなり焦燥している感じでした。
普段、慌てたり悲しんだりすること自体があまりないのでしょう。
包み込まれるような安心感のあった初対面と比べ、私の心まで痛くなりました。
「さればやはりー、そなたもまたー、狸の変化なのでしてー?」
「あ、はい~。私はちょっと変わり種ですけど~」
ポンッ!
と、出たのは立派な耳と尻尾。
となれば、私もそのままではいられません。
ポンッ!
と同じく尻尾を出して、狸的交流の最初の一歩を踏み出します。
「くんくんくん」
「ふんふんふん~」
「くんかくんか、はすはす、ふすー」
「はふはふ~、すぅ~っ、ふはふぅ」
「か、嗅ぎ合ってる……」
「お互いのにおいをー、覚えておられるのでしょー」
「名刺交換のようなもんどすな~」
「身中よりいずる妖気の残滓、その魂のカタチまでも形容せしか……」
「狸……変わり種……んー?」
菜帆「空中座敷にいた狸は、私のお爺ちゃんと伯父さん、それから親戚のみんななんです~」
菜帆「私達家族は市内に暮らしていて、だからそんなに会う機会もなくて~……」
菜帆「久しぶりに人吉の山から降りてくるっていうから、喜んでお迎えしたんですけど……まさかあんなことをするなんて~……」
P「話はしたかい? 美穂達のことで、何か言ってたりとかは?」
菜帆「それが、人間は好かんっ、狸がアイドルなんてけしからんっ、の一点張りで……取りつく島もないんです~」
周子「相当だねぇこりゃ」
P「なおかつ、一族間の因縁を上乗せって塩梅か……。けど、どうしてそんなに人間を嫌うんだ? 昔何か酷いことをされたとか?」
菜帆「そんなことないです~っ! ……でも、だからかえって理由がわからなくて~」
菜帆「そういうこともあるから、両親と雨吹山の実家も折り合いが悪かったんですよ~……」
美穂「な、菜帆ちゃんがそんなに落ち込むことないよっ」
蘭子「う、うむ。女神の瞳に涙は似合わぬわ!」
紗枝「せやで~。あったかいお茶を飲んで、まずは一息つきなはれ」スッ
芳乃「甘味ではありませぬがー、ここにおせんべいがあるのでしてー」パッ
周子「……今それらどっから出したん?」
菜帆「うう、ありがとうございます~……。おいしい~」ズゾゾポリポリ
菜帆「今日は、みなさんにちゃんと謝りたくて~……」
菜帆「私、もう一回ちゃんとお爺ちゃんたちとお話してみます。心から説得すれば、思い直してくれるかもしれませんし~」
菜帆「だから、みなさんはお仕事の準備を進めてください! きっとなんとかなりますから~!」
P「そう……か。そうかもな。他ならぬ家族の言うことなら、あの頑固狸だって考えを改めるかもしれない」
P「そこまで決意してるなら止めるわけにもいかないしな。……けど、困ったことがあったらすぐ連絡してくれ。これ俺の名刺ね」
菜帆「おお~。これはどうもご丁寧に~」
菜帆「私、名刺なんて持ってませんから、お返しできないですけど~……あっ、そうだ」
菜帆「え~いっ」ギュッ
P「!?!?」プニョフワ
美穂「ああっ!?」
周子「おっ役得」
芳乃「ほほー」
蘭子「ななな、なんと……っ///」
紗枝「ぃゃゃゎぁ」
菜帆「えい、えい、え~~いっ……。うふふ、名刺代わりです~。いかがでしたか~?」
P「はい……たいへんようございました……」ポワポワ
菜帆「何かわかったら、すぐみなさんにお知らせしますね~! それじゃあ、ありがとうございました~!」タッ
P「ぷにょふわ……もにゅもにゅ……もふもふむちむち……」
美穂「………………プロデューサーさん?」ジトーッ
蘭子「汝が瞳、桃色に曇りし瞬間しかと見たり…………」ジローッ
P「はっ。……そ、そういうことだみんな! ここは海老原さんに一旦預けて、こっちは自分達の仕事に専念しようじゃあないか!」キリッ
紗枝「ふぅ。殿方いうんは、これやから困りもんどすなぁ」
周子「ま、しゃーないしゃーない。所詮は男のサガってもんでしょ」
P「な、なんだよぉ!」
芳乃「そなたー」ナデナデ
P「……ところで、海老原さんの家族はみんな和菓子大好きだってな?」
周子「せやねぇ。なんか親近感湧いちゃう」
P「つかぬことを伺いますが、塩見さんちのご実家って何してらっしゃいましたっけ?」
周子「あ、それ聞く? 聞いちゃいます? まあ言うと思ってたけど――」
ヒソヒソ ボソボソ
P「ふっふっふ。塩見屋、そちも悪よのぅ……」グフフ
周子「いえいえ、おプロデューサー様ほどでは……」ヌフフ
―― ホテル、Pの部屋
プルルルル プルルルル
「……ん。もしもし、海老原さん? ああ……やっぱりそうか」
『ごめんなさい~。お役に立てませんで……』
結論から言う。彼女の説得は、無駄に終わってしまったようだ。
考えを改めるばかりか逆上し、より強硬的な姿勢でこちらの妨害を続けるそうだ。
……それはしかし、ある程度は予想できたこと。
大事なのは、その先だ。
「うん。うん。……なるほど。うん、わかった。君はご両親と一緒にいてくれ。これ以上は、たとえ孫でも何をされるかわからない」
『はい~。あの、本当に大丈夫なんでしょうか~……?』
「大丈夫大丈夫。君はとにかく自分の――」
受話器の向こう、すぐ近くで風の音。
彼女は外にいるらしいが、今の風は突風にしても強いような……。
『あっ――
お、伯父さん~っ!?』
「海老原さん!?」
ぐわっ、とより激しい風に晒される音がして。
何かしらドタバタするような音と気配の後で、落ちたスマホを誰かが拾った。
『菜帆まで使うとは、さすが人間はずる賢かことじゃ』
「……これはこれは。こんなに早くまたお話ができるなんて光栄です」
『抜かせ。今更どう足掻いても我ら海老原は止められん。お前らがらいぶば中止せん限り、こっちは降りてこん!
天狗様の空中座敷、指ば咥えて見とれ! 人間!』
通話が切れる。
……参った。どうも海老原さんもあっちの手に落ちたらしい。
血の繋がった家族な以上、彼女に手荒なことはしないだろうが……。
これは、こっちも腰を据えてかからないといけなさそうだ。
P「…………」ピッピッピッ
P「…………」プルルルッ
P「ああ、もしもし? 俺だよ。うん、ごめんな急に」
P「実はかくかくしかじかの次第で、折り入って頼みたいことがあるんだが……」
P「うん。……ああ。そうなんだ、だから――――」
――ピッ
P「よし、こっちはOK……」
P「さて、あとはリハと打ち合わせの件、会場にも調整して頂かないと……。追加であれこれ忙しいな」
P「……いつものことか」
後編
熊本狸合戦
次の日の朝、ホテルに真っ黒い高級車が来た。
迎えに出た俺と周子以外みんなびっくりしていた。フロントの人も、たまたま早起きして居合わせた美穂も。
車が止まる。瀟洒な燕尾服のおじさまが運転席から出て、後部座席のドアを開き――
「――プロデューサーちゃま、周子さん! 頼まれていた品、お持ち致しましたわ!」
「も、桃華ちゃんっ!?」
「やっほーい桃華ちゃん。ごめんねぇ朝早くから色々お願いしちゃって」
「ごきげんよう、美穂さん、周子さん。こちらこそ、ほんのご挨拶しかできないこと、どうかお許しくださいまし」
「え、そ、それはいいんだけど、でもどうして急に……?」
「プロデューサーちゃまに頼まれましたの。一般の郵送ではどうしても遅くなってしまうので、大至急と……」
言って、優雅な所作で車を降りる桃華。
その手には、俺が「大至急」と言った品物の紙袋がしっかり提げられてある。
流石は桃華だ。昨日の今日で色々済ませてここまで飛んできたなんて……。
「ありがとう桃華。本当に助かったよ」
「お気になさらず。自家用ジェットを使いましたので、空港の手配にいささか手間取りましたけれど……」
「……ちなみにこの車って自前?」
「いえ? 飛行機に車は積めませんので、VIP専用の高級レンタカーを使いましたわ。ご存知ありませんの?」
「普通知らねぇ」
「それと……ごめんな」
「? どうして謝るんですの?」
「桃華はあんまり実家の力を使いたくないんだろ? 状況が状況とはいえ、俺が頼っちゃ示しがつかないよな」
「まあ、何を言い出すかと思えば! そんな水臭いことをおっしゃらないでくださいまし、プロデューサーちゃま」
俺の手を取り、桃華は微笑んでくれた。
「わたくしの進退に関わることなら、家の力に頼りたくないのは確か。ですが、美穂さん……仲間の為なら話は別!
少しでも助けとなるのなら、この櫻井桃華、使える手は幾らでも打ちましてよ!」
「桃華………………。桃華はいい子だなぁ!! 本当に優しい子だなぁ!!」
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ!
「きゃっ……♡ も、もうっ、やぁっ♡ ぷっプロデューサーちゃまっ! わたくしはわんちゃんではありませっ、はううううううっ♡♡」
わしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃわしゃ!!
…………執事らしきおじさまに恐ろしい目で見つめられていたのでやめた。
「あ、もうおしまいなんですの……?」
「おっほん! それでは、わたくしはこれで。午後からありすさん達とお茶会の約束がありますのっ」
「ああ、東京に戻ったら改めてちゃんとお礼をするよ」
「本当ですの!? それじゃあいつかおっしゃっていた、らーめんじろう? のお店に連れて行ってくださいまし!」
「う、うん、考えとく…………」
「それと、『お二人』もちゃんとお届け致しましたわ。そちらはプロデューサーちゃまのご指示の通りに動いていると思います」
「おう!」
「さて……爺や。空港に寄る途中、どこか和菓子屋さんに寄ってくださる? お土産をご用意しなくては」
「承りましてございます、お嬢様」
ドアが閉まる。運転席からおじさまがこっちを見る。
お嬢様にこのようなことをさせて、わかっているだろうな? 的な視線。コワイ!
もちろん百も承知ですとも、と精一杯の笑顔で返すのが凡人の限界だった。
「――あ、そうそう、周子さん! ご両親から伝言が!」
「ん、なに?」
紙袋の中身を確かめていた周子が、思わぬ言葉に目を丸くした。
「『落ち着いたら顔を見せに来い』――とのことでしたわ!」
「落ち着いたら……かぁ。それ、だいぶ先のことになりそーだわ」
紙袋をかかげ、ニッと笑い返す。
「あたし今、超~楽しいからさ」
かくして、桃華の車は嵐のように去っていく。
ぽかんと見送る美穂の肩を叩き、俺は全員を招集した。
「さて、準備はとりあえず整った。みんな聞いてくれ」
「これから、『美穂のご両親を奪還&LIVEを守るぞ作戦』の概要を説明する」
決行は夕方。
それまでの間、私達はLIVEの準備を進めます。
セトリの確認にリハ、スタッフさん達との諸々の打ち合わせ……。
本番は明日。会場の設営は終わっていて、あとは当日を待つばかり。
私達五人のユニット、『ケセラセラ』。
なるようになる――現実は、果たしてどうなんでしょうか。
それは、これからの私達自身の頑張りにかかっているんだと思います。
「……卯月ちゃん、響子ちゃん……」
首に巻いたピンクのマフラーを握りしめると、勇気が湧いてくるようでした。
「私達、ちゃんとやり遂げてみせるから。だから、見ててね……」
―― 12月15日 午後5時 地上/熊本市街
寒いし、もう薄暗い。
九州なんだから年中暖かいだろうというのは甘い見込みで、熊本の冬はどうにも容赦が無かった。
他ならぬ地元民の美穂が真っ先にマフラーを巻いていたので、そこから察するべきだっただろうが……。
「こっからがとにかく本番だからな。みんな、いいか?」
「はい……っ!」
「魂の震える時!」
「なるがまま、どすな~」
情報によると、空中座敷は熊本上空を優雅に回遊しているという。
借りた双眼鏡で空を見て、全天360度をぐるっと見渡す。
見渡す。
見渡す…………。
「…………いた」
「ほんとですか!?」
「うん、コタツで酒盛りしてやがる。美穂のご両親も檻の中だろうな」
「そんな……。で、でも本当に、あそこまで行けるんでしょうか?」
「天翔ける奇蹟、其は触れることすら許されぬ禁忌の花園。大いなる隔てを超えし魔術やいかに……?」
「なに、気にするな。空くらいうちのアイドルも飛んでる」
トゥルルルルル…
P「お、きたきた」
ピッ
P「楓さん、そっちはどうですか?」
楓『はい。豊前坊様とはちゃんとお話しできましたよ』
P「そっか……良かった。任せろって言ってくれたけど、天狗なんて俺、見たこともないから。正直気が気じゃなくて」
楓『ふふ、心配してくれたんですか? けど大丈夫ですよ。古くからの大天狗には話のわかる方が多いんです。ただ……』
P「ただ? 何かあったんですか?」
楓『いえ、なにしろ遊び好きの方ですから。今回の件も面白半分だったようで、退屈しのぎに付き合って欲しいだなんて』
P「な……! ま、まさか、何か無理難題でも吹っ掛けられました!?」
楓『あ、もう終わったから大丈夫です。ちょっと飲み比べをさせて頂いたんですが、なんだか潰しちゃったみたいで♪』
P「天狗に大酒で勝ったぁ!?」
美穂「な、なんだかさらっとすごいこと言ってません……!?」
周子「……う~わ。ほんと何者なん、あの人……」
楓『うふふふふふっ♪ 私どっちかというと日本酒派なんですけど、お米の焼酎もなかなか乙なものですよねぇ♪』
P「ま、まさか今も飲んで……。いやとにかく、今どこですか? どれくらいで合流できますか?」
楓『え~っと、どこでしょう? 今どのあたりだったかしら~?』
??『熊本上空ですぅ! もうそろそろ着きますから、準備しといてください~っ』
周子「あ――プロデューサーさん、あれあれ!」
ごうっと音がして、アイドルが上空の寒気を連れてきた。
降り立ったのは謎の獣、そしてその手綱を握る長い銀髪の少女だ。
「皆さん、こんばんわ~。いいお天気ですね~」
「イヴ、ブリッツェン! 間に合ってくれたか!」
「ブモッ!」
イヴ・サンタクロース、それに空飛ぶトナカイ(?)のブリッツェン。
いつもならプレゼント満載のソリを引いているところだが、今日は人を乗せて貰うしかない。
「ささ、早速どうぞ~! サンタのソリは百人乗っても大丈夫ですから~!」
「じゃ、美穂と蘭子は俺と一緒に。周子、紗枝、芳乃は……いいな?」
「あいよ。ま、やるだけやってみましょーか」
「狸とやり合ってみるんも、また一興どすなぁ。なんやうきうきしてきましたえ~」
「心配は無用なのでしてー。そなたらもー、無事にらいぶを迎えられますようー」
「もちろんっ! その為に、みんなにも手伝ってもらったんだもん!」
「うむ! この漆黒の魔王達が生まれいずる世界の真理、必ずや掴み取ってみせるわ!」
俺、美穂、蘭子。そして楓さんとイヴがブリッツェンのソリに乗り。
周子、紗枝、芳乃は、そんな五人を見送るのだった。
「――それにしても楓さん、すみません。イヴもごめんな。こんな急に、熊本まで……」
「いいんですよぉ。私達の本業はもうちょっと先のことですから! ねっ、ブリッツェン~!」
「ブモッ!」
「蘇りし世紀末歌姫よ……。そなたと再び相まみえしこと、この悪姫ブリュンヒルデは、その……」
「ふふ……いいのよ蘭子ちゃん、そんなにかしこまらないで」ナデナデ
「ひゃふっ。う、うぅ~~~///」
「あの……天狗様とお話したんですか? 本当に大丈夫だったんですか?」
「大丈夫よ、美穂ちゃん。本当にちょっと飲み比べをしただけなんです。天狗様ったら飲みすぎて、ぐてーんっとなってしまって……ふふふ」
楓さんは、どうやら天狗からふんだくってきたらしい米焼酎の瓶をまだ抱えていた。
それをストレートでグラスに注ぎながら、ほんのり赤い顔で微笑む。
「所詮は狸同士の小競り合い、玩具を与えて高みの見物こそ楽しけれ……と、あの方は仰っていましたけど。
みんなの晴れ舞台が台無しにされるのをよしとするほど、私も枯れていませんもの」
「楓さん……。本当に、ありがとうござ」
「はい、ということで駆け付け一杯どうぞー♪」トクトクトクトクトクトクトクトク
「ウワーッなみなみ注がれた!! いや駄目ですってこんな時に!!」
「あら、寂しいわ。私がこわ~い天狗様と飲み交わしていたのに、プロデューサーは禁酒ですか?」
「そっそれを言われると弱い……。では、いただきます……!」
ぐびぐびぐびぐびぐび…………。
…………ってこれ、割ってもないし氷すらねーじゃねーか!!
「米の焼酎もいいものですねぇ。これでは私、しょっちゅう飲んでしまいそう……うふふっ♪」
頭がくらくらする……。
瓶を抱えてゆーらゆーら揺れながら、楓さんは心底楽しそうに笑った。
「さてっ」
指先をぺろりと舐めて、イヴは風向きを測る
山積みのプレゼントを載せるソリも、流石に五人も乗ると少し狭かった。
「本日夕刻、熊本上空は晴天なりっ! 風は無し! この上もない、空中散歩日和ですよ~っ!」
「ブモッ!」
「クリスマスにはちょっと早いけど、よい子を守るのもサンタのお仕事! ということで~……ブリッツェン、はいよ~っ!!」
「ブモモモモーーーッ!!」
どるるんとエンジンめいた鼻息を吹いて、四つの蹄が地面を叩く。
一歩踏み込み、二歩三歩で一気に加速、やがて蹄は地ではなく空を踏み――
「わ、わ、わ……っ!?」
「しっかり捕まってろよ、美穂!」
などとカッコ付けたことを抜かしつつ、俺も初めて乗るので正直ドキドキもんである。
慌ててこちらに寄りかかってくる美穂を支えて、前を――ブリッツェンが向かう先を見た。
視界は水平から徐々に斜めへ。街の光景は、やがてずっと下に置き去りになって。
目の前いっぱいに広がるのは、暮れゆく杏色の陽。
かくしてクリスマス前のサンタのソリは、落陽に染まる空を飛んだ。
ワイワイ ガヤガヤ
「東京モンがナンボのもんか! 奴ら、天狗様の座敷に届けもせん!」
「むははは! こんまま空で酒でん飲んどるだけで、奴ら泣き寝入りたい!」
「わしらの怒りはこん程度では消えん……。あん奴ばらにわからしてやるわい」
「ふん、親ば狸質に取られて平気でおられる狸はおらん。そのうち泣いて土下座してくるに決まっとる」
「菜帆ん奴も、わかってくるっと思っとったがのう」
「いけんよ、あれは。菜帆は、なんしろ……」
「おい」
「なんね」
「……なんか、ついて来んか?」
「な」
「何ィイイイイイーーーーーーーーーーッ!!?」
「ブモモーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「よし、近付いてきてるぞ! このまま全速力だ!!」
「おまかせあれ~! ブリッツェン~っ!!」
「ブモッ!!」
全速力のソリは想像の何倍も速かった。
一晩のうちにあらゆる街を回って、良い子のみんなにプレゼントを配る為の移動手段と考えれば、さもありなん。
いつだったか、ダンボール一枚で寒さを凌ぐ全裸の少女と変ないきものを保護した時は、まさかモノホンだなどと思いもしなかった。
「――天狗の茶釜エンジンは、お酒で動く代物です。アレの中身を空っぽにしてしまえば、浮遊力を失ってふゅ~と降下していくでしょう」
「合点承知です! ていうか詳しいですね!?」
「豊前坊様が仰っていましたので。それにしてもおいしいですねぇこの焼酎。お腹いっぱいなのに、もう一杯……♡」
「まだ飲んでるんすか!?」
叩き付けるような風圧が顔面を凍えさせる。
しがみ付いてくる美穂と蘭子を庇いながら、徐々に詰まりつつある距離を測った。
とにもかくにも、あの座敷の横につく。勝負はそれからだ。
と――――
「ふふふふ……ふっふっふっふっふっふっふっ!!」
やたら耳に響く狸親父の笑いが、向こうの座敷から届いてきた。
「ふっ……ふふふっ……ふぁーははははは!! 引っかかりよったな人間が!!」
「あぁ?」
「俺らがなしてずっと空ば飛んどったか、知らんかったと見えるのう!!」
座敷の縁から顔を突き出して、おっさん狸――海老原さんの伯父だろう――が舌を出した。
ご丁寧に仲間の狸をメガホンに変化させてまでのご高説である。
「その間、下で何が起こるか考えとらんかったとやろが!!
おのれらの見世物ば良く思わん狸は、海老原だけでん無かっ! あちこちん山の無頼狸にも声ばかけとっとじゃ!!
奴らは陸で待機しとる!! おのれらが空ばっかり気にしとる間、着々と準備ば進めとったとじゃ!!」
「今頃、熊本中より集めたる無頼狸が変化し――狙うは、らいぶ会場よぉ!!」
あえて空に注意を払わせて、地上に潜ませていた伏兵の存在を隠匿する。
まかり間違って空中座敷に干渉する手段をこちらが見つけたとして、「空にかかりきり」という時点で向こうの作戦勝ち。
人を良く思わない荒くれ狸共が会場に乗り込んで、セットを壊しスタッフを脅かして、みんなめちゃくちゃにしてやろう――という作戦だろう。
空と陸の二重作戦。
なるほど、まさしく狸親父の考えそうなことだ。
だが……。
「ほれ! ここからでも会場は見えるやろが! 今まさに、うちの連中が目的ば遂げとるに違いなか!!」
と地上を指差す。
黄昏の中、ぽつぽつ灯りが点きつつある熊本の街並み。その一部にある、大きなLIVE会場。
そこは上空からでもわかるほどの大騒ぎに見舞われて……。
見舞われて………………。
「…………なして何も起きんとじゃあ!!?」
なんでと言われれば、そこまで海老原さんに教えて貰ったからとしか言いようがない。
彼女は説得をするかたわら、連中の作戦を一言も漏らさず聞いていてくれていた。
そして、それを電話越しに伝えてくれたのだ。
そう。
今頃、地上には――――
―― 数十分前 地上/熊本市街
「しっかしまさか狸と事を構えることになるなんてねぇ」
「京住まいの頃には、想像だにもせえへんかった……どすか?」
「まさしく。ま、人に色々あるように、狸にも色々あるってことなんだろーけど」
あたしと紗枝ちゃんは所定の位置について、こっちはこっちで出発の準備を進めている。
地上でこんくらい寒いんだから、空はえらいことになってるんだろうなぁ。
それを考えると、地上組はある意味役得だったかもしんない。
……楽な仕事じゃないんだけどね、どっちみち。
「てことで、はいこれヘルメット」
「はぁ、それはええどすけど……」
使い古された借りもののジェッペルを受け取って、紗枝ちゃんは微妙な顔をした。
ヘルメットと、あたしと、路上のそれを何度も見比べて。
「周子はん、こないなもんほんまに乗りこなせますのん?」
目の前に鎮座ましますのは、菜帆ちゃんの伝手で用意して貰っていた大切な移動手段。
頭が高い、控えおろう。
一見ボロいこの原チャリこそ、ホンダの傑作中の傑作。
その名も、スーパーカブ様である。
「あれ、言わなかった? あたし原チャ運転できるんよ。実家で配達に使ってたりして」
「ほあぁ、初耳どす~」
「東京じゃ乗んなかったからね。ていうか父さんから『お前は二度と運転すんな』って言い付けられてたし」
「は? それ、どないな意味――」
がるるるんっ!!
Nギアのまま試しに空吹かし。
なるほど元気元気。カブのパワフルさには相変わらず痺れるねぇ。
あたしの顔に悪い笑みが刻まれていく。
察して紗枝ちゃんの表情が強張る。
「しっかり捕まってなよー? 振り落とされても回収できるかわかんないんだから」
「…………あんたはん、ひょっとしてはんどる握ったら性格変わる手合いどすな?」
「さぁ~~~~て、一体何のことだか――」
一速。
アクセルレバーを思いっきり回す。
「わっかんないねぇっ!!!」
「ぴっ!? こ、こぉ~~~~~~~~~~~んっ!!?」
遠心クラッチで二速→三速、からのいきなり最高速!!
すごいGが二人にかかって、紗枝ちゃんが必死にしがみついてきて、シューコちゃんは風になるのだ。
タタタタタタタッ……
(海老原の旦那が言うには、この先の会場らしい)
(なんでも好き放題暴れ回っていいんだとか)
(よか、よか。人間どもに目にもの言わしちゃる)
(そいしてん、尻尾がむずむずして落ち着かん)
(現地に着いてから化けて、人間どもを驚かしてやれっち話やったばってん……)
(むむむ、武者震いがしよる! 我慢できん!)
(化けるか、ここで!)
(おれはやるぜおれはやるぜ)
(そうかやるのか)
(やるならやらねば)
――ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポンッ!
夕方の熊本市街で、百鬼夜行が始まった。
「おおぉ……!?」
「これは……えろう張り切ってはりますなぁ」
国道三号線に現れる、ありとあらゆる魑魅魍魎妖怪変化。
毛むくじゃらな赤鬼青鬼、光る眼の大きな虎、一つ目入道に髑髏にのっぺらぼう、唐傘のオバケだの大蝦蟇だのぬりかべだの、
更には偽市電や偽加藤清正像や偽おてもやん像や偽と〇りのト〇ロ……。
ありったけの化け力で変化した狸達が、どちゃがちゃ騒ぎながら一散に会場へ向かう。
会場で化けるもんとばかり思ってたけど、我慢できなかったらしい。流石は狸だ。
「うわーなんだこれ!?」「ゆ、夢でも見てるのか!?」「いかん危ない危ない!」「ぱぱーあれなにー」
「何? 映画かなんかの撮影?」「すげぇ、写メ写メ!」「拡散拡散!」「ちくわ大明神」
交通網は大混乱。幸い事故は起こってなさそうだけど、太い国道がこうも詰まっちゃ大渋滞だ。
「隙間通って、先回りするよ!」
「ふわわ、周子はん~! もそっとゆっくり、ゆっくり~っ!」
いうてもカブは50ccの原付だから、トップスピード自体は大したことない。
けど障害物と抜け道の多い市街地では、ストップ&ゴーが得意なこいつは実際以上の機動力を発揮するのだ。
車の間をすり抜け、細道をショートカットし、あたし達は暮れなずむ街の狭間を縫うように走っていく。
……え、50cc以下は二ケツ禁止?
細かいことは気にしぃな、こちとら非常事態なんだから!
うっし、先回り完了っ!
「最初のポイント! 紗枝ちゃん、よろしく!」
「はいな~」
後ろの紗枝ちゃんが、ふわりと花びらのように跳んだ。
狸と同じく、狐もある種の妖術を操れる。
今の紗枝ちゃんはある事情から仙気を無くして、ほとんど人間と変わらない状態だけど、軽い変化なら普通にできるらしい。
とはいえ、化け狸の百鬼夜行に正面切ってカチ込めるほどの力はなくて。
だとすればどうするか、策を弄すは人の仕事だ。
ここから先は、あたしとプロデューサーさん共同で考えた狸騙しの奸計である。
紗枝ちゃんは道路脇に降り立ち、すぅっと息を吸って――
ポンッ!
===================================
小日向美穂 神崎蘭子
依田芳乃 塩見周子 小早川紗枝
『ケセラセラ』特別LIVE会場
200m先 信号を右 どすえ
===================================
(あっちじゃ!)
(行くぞ! 遅れるな!)
(祭りの時間じゃー!)
(おれはやるぜ! やるぜ! やるぜ!)
ドドドドドドドドドド…………
「…………よっしゃ、あっさり信じた!!」
ポンッ!
「根が単純お気楽な阿呆やからな~。そないやから兎にも騙されて泥船に乗らされてまうんどす」
もちろん、彼らが従った看板は紗枝ちゃんが化けたもの。
ほんとの会場は距離も方角も全然違う。
「さ、次行くよ次。目的地までちゃーんと誘導しなきゃだからね」
「はいな~。くれぐれも、引き続き安全運転でな?」
『LIVE会場 100m先左 どすえ』
『会場 次の交差点をまっすぐ どすえ』
『目的地 反対側の通りをずっと西 どすえ』
『この先 ええ感じに斜め左 どすえ』
『右に曲がったらええもんありますえ』
どんどんテキトーになっていくけど、狸は一瞬たりとも疑わずに従っていく。
よし……もうすぐだ。
道が開けて、潮の匂いが鼻先をくすぐるようになってきた。
――人がいなくて、開けた場所。
彼女はそういうポイントを指定した。
地図で見たところ該当しそうなのは、市街地から西に外れた熊本港の一区画。
そしてあたし達は、指定ポイントに決して近付きすぎないよう言われていた。
……だからこうして、離れた物陰から見守るしかないわけ。
一人ぽつんと立つ芳乃ちゃんと、彼女を取り囲む化け狸の大群を。
狸がよってたかって人を襲ったりはしないと思うけど……。
相手はテンション上がりきった荒くれ者どもだ。正直、何しでかすかわかんない。
なんだこのちまい奴は、会場はどこだ、俺らを騙したのか。
だったらみんなでやっちまおうぜ――となっちゃうことも十二分に考えられる。
もしヤバそうなら原チャで芳乃ちゃんをかっさらって逃げの一手も考えたけど……。
あまり近付くなと言ったのは、他ならぬ芳乃ちゃん本人だ。
「心配無用どす」
横で見守る紗枝ちゃんは平然としている。
目を皿のようにして、狸でなくて芳乃ちゃんの一挙手一投足を凝視しながら、ぼそり。
「ええ機会や。芳乃はん――依田のご当代、お手並み拝見といきまひょか」
芳乃ちゃんが動いた。
無数の目が見守る中で、背負っていた大風呂敷をゆっくり下ろす。
包みが解かれて出てきたのは、持ち主の顔よりでかい立派な法螺貝。
自然な動作で吹き口を咥え――――
ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
――ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポンッ!!!
戻るわ戻る、狸の変化が。
散るや散る、毛玉がみーんな。
法螺貝の音にすっかり肝を潰して、こけつまろびつ、蜘蛛の子を散らすみたいに逃げちゃった。
かくいうあたしもやられた。
衝撃波めいた轟音が右から左にブチ抜けて、視界で星がSAY☆いっぱい輝いた。
芳乃ちゃんは周囲をゆっくり見渡して、何事もなかったかのように法螺貝を下げた。
遠雷のような残響が、遥か西の空に消えて。
宙で気絶したカラスの群れが、思い出したようにぽたぽた落ち。
彼女の背後に広がる海が、さぁっ――と白波を立てた。
「い、一撃…………」
あれだけいた狸が、もういない。
総崩れになって逃げ帰っちゃったか。車に轢かれてなきゃいいけど。
「いやぁえらいもん見た。紗枝ちゃん大丈夫? ……紗枝ちゃん?」
「 コン」
「おーい紗枝ちゃん、しっかりしなー」
「はっ……」
正気に戻って目をぱちくりさせる紗枝ちゃん、慌てて自分のお尻をぺたぺた触る。
別に何の変哲もない、小振りでかわいらしいお尻である。
「は~、危ない危ない。うちも尾っぽが出るとこやったわぁ……」
「いや、耳耳。出てる出てる」
「ああっ、いややわぁもう、恥ずかしい~……」
「――お二人のおかげで、うまくいったのでしてー」
下駄をからころ鳴らしながら、芳乃ちゃんがやって来た。
化け狸を蹴散らした威容はどこへやら、いつもと変わらぬのほほんとした笑顔で。
これにて対狸、地上作戦は終了。
海際にカブを停めて、その辺の自販機から買った熱いお茶をみんなで開ける。
あたしらが出来ることは全部やった。ここじゃ空には届かない。
あとは、向こうの成功を祈るのみだった。
「東の空に、星が流れましてー」
「え、流れ星? ……じゃないか。ああ、あれ……」
「やってはりますなぁ。プロデューサーは~ん、おきばりやす~」
空を横切るものに、紗枝ちゃんがエールを送った。
ここからじゃ点みたいでほとんど見えないけど、あそこに彼らがいるのはわかる。
太陽はもう西に落ちて、薄紫色の空には白い月が昇り始めていた。
空飛ぶ座敷と、サンタのトナカイ。
シュールすぎる空中戦、果たしてどうなることやら――――
―― 熊本上空 ブリッツェンのソリ
私達はブリッツェンちゃんに乗り、海老原の狸との空中競争を続けていました。
「ぐぬぬぬぬぬぬぅ……っ! 下ん奴らはやられたとか!? さては、あの着物ば着とった小(こま)か女子(おなご)やな!?」
「よし……もうすぐだ! もうすぐで追いつく……!」
「はいぃ! ブリッツェン、ラストスパート~!!」
「ブモーッ!!」
「お父さんとお母さんを返してもらいますっ!!」
「いや……いや! そうはいかん!! 父上っ!!」
「うむ!」
と、海老原の狸が取り出したるは、未開封の一升瓶。
かなり近くまで来ていたおかげで、私はそのラベルを見ることができました。
そして、それが意味するところも、一目でわかってしまいました。
「あ、あの瓶はっ!!」
「友よ、秘術の真実を!?」
(訳:知ってるの、美穂ちゃん!?)
「球磨川沿いの天然鍾乳洞、球泉洞……! 中は温度、湿度共に年中一定!
その性質を利用し、同じく球磨川のおいしい水から造った本場球磨焼酎を保管!
さながら天然のワインセラーのように熟成保存させ、更に丸くふくよかな味わいに仕上げた逸品!
――その名も『球泉洞スピリアル』、しかも20年もの!
一本二万円はくだらない、極上のビンテージ米焼酎だよっ!!」
「………………なるほど!!」
(訳:なるほど!!)
「まあ、なんて魅力的な……」
人吉近辺の、いいや熊本の、ううん九州の酒飲み狸なら誰もが憧れる高級品……!
狸のお爺ちゃんが栓を惜しみなく開けて、茶釜エンジンの蓋もがぱっと開けます。
まさか……!
「ちょっと、まずいかもしれませんね」
「どういうことです、楓さん!?」
「茶釜エンジンはお酒が動力源。必然的に種類や銘柄が関わってくるんですが、呑むものの質も実はとても大きいんです。
あちらの茶釜エンジンは米焼酎タイプ……。美穂ちゃんが言う通りの高級米焼酎が入れば、こう、きゅーーーっと凄いパワーを発揮するんじゃないかしら」
ほんの湯呑一杯分のスピリアルが茶釜に入って。
次の瞬間、「ごうぅうぅうんっ」と物凄いエネルギーが膨れ上がるのを感じました。
――また引き離される!!
咄嗟にそう思った私は、考えるより先に立ち上がっていました。
「美穂!?」
「ああっ、危ないですよ~!!」
――お父さん、お母さん!!
今が一番近いんだ。
勇気を出したら、飛びつける距離なんだ。
これ以上、離れられるわけには……!!
「美穂ちゃん!!」
私を追って蘭子ちゃんも飛び出します。
止めるプロデューサーさんを振り切り、ソリを蹴って、目と鼻の先の座敷の縁へ。
…………届いた!!
次の瞬間、座敷が加速しました。
「ひゃあっ!?」
「ぴぃいっ!?」
燃料の質でこれほど違うなんて。
極上の焼酎を吞んだ茶釜は恐ろしいくらいのエネルギーを生み出し、いきなりジェット機のようなスピードを発揮します
……ギリギリで飛び乗った、私と蘭子ちゃんを乗せて。
「うはははは! 遅い、遅いっ! トナカイなんぞに負ける茶釜エンジンではなかーっ!」
もうずっと後ろにあるブリッツェンちゃんの上で、プロデューサーさんが何かを叫んでいます。
顔を上げると、険しい顔の狸達がこちらを見下ろしていました。
私達は、いわば敵陣に孤立してしまったのです。
「…………ふん。落ちるとも怖がらんで飛んできおったか。その根性だけは褒めてやってもよか」
「うぅ……!」
「大丈夫だよ蘭子ちゃん、私がついてるから……!」
蘭子ちゃんは私にぴったりくっついて、両手両足でしがみ付いてきます。
相手は余裕みたいです。もうブリッツェンちゃんには追いつけないと思っているんでしょう。
「ばってん、向こうはもうこれで詰みたい。球泉洞スピリアルを呑んだ茶釜エンジンに勝てるもんはおらん」
座敷の隅には、お父さんとお母さんの眠る小さな檻。
そしてすぐ隣には……。
「菜帆ちゃん……!」
縛られたまま、やっぱり眠らされているようでした。
耳と尻尾は出ているけれど、人間の姿のままです。
どうしよう、どうしよう、考えなきゃ……!
「なんば固まっとるとか。どうせ向こうはもう勝てん、こっちゃん来んか」
「……っ!!」
と、蘭子ちゃんがずいっと前に出て、私を強く抱きしめます。
ああ……そうか。
蘭子ちゃんがくっついてくるのは、怖いからじゃなくて。
私のことを、守ろうとしてくれて。
そのことが、逆に勇気をくれました。
蘭子ちゃんの手に手を添えて、相手をきっと睨み返して。
私は、一番知りたかったことを問いただします。
「……どうして……そんなに、人間が嫌いなんですか!?」
狸は良くも悪くも能天気で好奇心旺盛、人間の暮らしにも興味津々。それが普通です。
だというのに、ここまではっきり恨みを持つのは、やっぱり何かされたからにしか思えません。
誰もが一瞬口ごもる中、例のお爺ちゃんがおごそかに口を開きました。
「決まっとる。人間が、わしらの大切なもんを奪いよったんじゃ」
「大切なもの……?」
ピンと来ません。
鏡山も雨吹山も、そこまで強引に人の手が入ったことはなくて、自然はちゃんと残っています。
人間が狸の暮らしにひどいことをした話は、少なくとも私の代からは聞きません。
「わからんか」
「……わかりません」
カッ!
お爺ちゃんの目がいきなり見開かれ、怒りの籠もった叫びが。
「わしの可愛い娘が、人間に嫁ぎよったんじゃあっ!!!」
「「…………ええええっ!?」」
―― 地上 熊本港
周子「――そういえばさ。いっこ釈然としないことがあって、あたしなりに色々考えてたんだけど」
紗枝「はてぇ?」
芳乃「ふむー?」
周子「菜帆ちゃんのこと。こないだ初めて会った時に、あたしは正体に気付けなかった。人間だと思ってたんだよね」
周子「紗枝ちゃんなら知ってるでしょ? あたし目には自信あるんだ。人かそうじゃないか、見たら大体わかんの」
周子「そのあたしが一目でわからず、うっかり人間と思ったってことは――」
周子「あの子、人間とのハーフなんじゃないかなぁ」
芳乃「ほー……」
周子「でも、あるのかなそういうことって思って。そこらへん詳しいお二人的にはどうなん?」
紗枝「んー……今どきよう聞かへんけど、ひとつも無い話やありまへんなぁ」
紗枝「それこそ、安倍晴明公の母御が白狐やいう話は狐業界では常識どす。ずいぶん昔の話やけど」
周子「……ああそっか、晴明神社にもお稲荷様の社あるわ。あれそういうことだったのね」
芳乃「奄美にもー、鯨の化身を伴侶とした漁師の話が残っておりますー」
芳乃「他にもー、蛇、犬、馬、猿、はたまた蛤、あるいは鬼などー……健やかに子を成した例もありまするー」
芳乃「しかるにー、異類婚なるものはー、けして有り得ぬことではないのでしてー。とても珍しきことは、間違いありませぬがー」
周子「――なるほど。となると、なんとなーく裏が見えてきたような気ぃするね」
―― 熊本上空 空中座敷
「――そして生まれたのが、菜帆じゃ」
お爺ちゃんは眠る菜帆ちゃんを指差して言います。
彼の娘――つまり、菜帆ちゃんのお母さん。
彼女は人里に降りて一人の男性と出会い、そして恋に落ち、一緒になったとお爺ちゃんは語りました。
狸界でも賛否両論あるとかないとか言われる、人間との結婚。それは本当にあったのです。
……って、けどやっぱりアリなんでしょうか!? 色々と!?
いや実例があるんだから納得するしかないんですけど、でもでもなんか!
「わしはそれが許せん。菜帆はもぞか(可愛い)子じゃが、我が子を奪いおった人間は話が別じゃ!
そもそも、狸と人間は深く関わってはいけんのじゃ! なのに人に惚れるなどとは言語道断っ!!
わしは娘を奪った人間を許せん! 然るに人と交わり、人を好むお前も許すわけにはいかんっ!!」
確かに、それは狸側の立派な言い分なのかもしれません。
親なりの哀しみもあったんだと思います。
でも……だけど、そんなの。
「そんなの、狸の勝手じゃないですか!!」
「むぅ!?」
「だって、好きなんだもん! 好きになっちゃったんだもん!」
火が点けばもう止まらない。
蘭子ちゃんの制止も聞かないで、胸に生まれた熱のまま叫びます。
「本気で恋しちゃったら、もう仕方ないんです!
その人の為に頑張って、その人の一番になりたいって思っちゃうものなんです!!」
もう「菜帆ちゃんのお母さん」の話じゃなくて。
私は、ある人のことをありありと思い浮かべていました。
「そこに人も狸も関係ない!! 大好きって気持ちは、誰にも止められないんだからっ!!」
……はぁ、はぁ……こんなに怒鳴ったの初めて。
「……ふ、ふふふ……流石は人間側の狸よ。とことん連中の肩を持ちおるわ……!」
「それとも何じゃい! お前も人間と結婚するつもりか!?」
ゔっ!!
「……し」
「わ、我が友……!?」
(訳:美穂ちゃん……!?)
「…………します!! 私だって、好きな人と結婚してみせます!!!」
「ふおおぉぉぉおぉっっ!!?」
(訳:ふおおぉぉぉおぉっっ!!?)
あれ!?
なんかとんでもないこと宣言しちゃったような!?
いや、でも、引き下がりません! これが私の覚悟です! くく熊本のおおお女はつつつつ強いんです!!
「ふん……見下げ果てた狸よ! じゃが、お前らの目的はどうせ叶わん!」
「父上、茶釜エンジンに追加に酒を! 連中をもっと引き離してやらんといけん!」
「うむ。山三つほども離してやれば、人間風情の心も折れようぞ……!」
まだたっぷり残った球泉洞スピリアルと、あれほどのパワーを発揮する茶釜エンジン。
また補給されちゃったら、プロデューサーさん達が追いつくなんてできっこない……!
だけど止めようにも、私達の周りは海老原の狸が固めていて身動きも取れません。
見守るしかない中、また新鮮な高級焼酎が注がれて……加速!
「ううう……っ!?」
「ムッハハハハハ! 速い速いっ! それそれどんどん注ぎ込んでしまえ~っ!!」
後ろに見えるブリッツェンちゃんがもう豆粒みたい。
このまま、新しい人質と狸質になるしかないの……!?
「――だめです~~~~~~っ!!」
「ええ……っ!?」
「なんと!?」
視界の隅から、何かが突撃してきました。
それは座敷の隅で目を覚ました、菜帆ちゃんだったのです!
「なっ、菜帆!? お前起きて……っ!」
「え~~~~~~~~いっ!!」
「ぬわーーーっ!?」
ぼいーん!
起きるなり駆け出した菜帆ちゃん、プニョフワボディでお爺ちゃんを弾き飛ばしました! つ、強い!?
「父上ーッ!」
座敷にひっくり返るお爺ちゃん。
たっぷり中身が残った一升瓶は宙を舞い…………。
「ふぇっ!?」
蘭子ちゃんの手に納まりました。
「あれじゃ!」
「あいつが持っとる!」
「取り返せ、取り返せーっ!!」
「ぴいいっ!? 押し寄せる魔獣の軍勢ーっ!?」
「蘭子ちゃん、外! 座敷の外にそれ、投げてっ!!」
叫ぶ私。慌てる蘭子ちゃん。
蘭子ちゃんは私と瓶を見比べて、ぐっと覚悟を決め。
「ばるすーーーーーーーーーっ!!!」
(訳:えいやーーーーーーーーーっ!!!)
ぽいっ、と。
まだ八割方中身の入ったそれを、思い切って空に投げ捨てちゃいました。
―― 熊本上空 ブリッツェンのソリ
座敷がまた加速した。
まずい。このままじゃ追いつくなんて夢のまた夢だぞ!
「頼むブリッツェン、頑張ってくれ! あんなうさんくせー畳張りに負けちゃ駄目だ!」
「ブモオッ!!」
ブリッツェンにも意地はある。四つの脚を踏ん張り、火のような咆哮を上げた!
それとほとんど同時に、空中に何かが放り出された。
「ん? あれは……」
一升瓶らしい。
向こうの座敷から放り出されたようだ。
口からこぼれる雫が、きらきら輝いていた。
「……親方! 空から焼酎が!!」
ゆるやかな放物線は、こちらが進む軌道と重なって。
それはトナカイと焼酎の、まさに運命的な衝突針路……。
くる、くる、くる――と瓶は周り、
そのままブリッツェンの口に、
がぽっ。
んごっ、んごっ、んごっ、んごっ、んごっ、んごっ…………っくん。
「ブリッツェン~? 何を飲んで…………あ゙」
「あら、お見事」
「うわっ全部飲んだのか!?」
ソリに転がってきた一升瓶には、もう一滴たりとも中身が残っていない。
……ブリッツェンの全身が、痙攣のように激しく震えた。
「…………ブ…………」
あ。
やばい。
全員咄嗟にそう思って、掴めるものを掴むが早いか――
「ブモモモモモモモモモモモモモモオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
まさに雷(ブリッツ)もかくや。
酒の力をしこたま借りて、ブリッツェンは暴力的な加速を見せた。
スピードは倍以上、パワーはヤケクソ、まさに暴れ馬ならぬ暴れトナカイ……!
とんでもないGと風圧が襲い来る。蹄に踏まれる大気が一歩ごとに轟音を立てる。
俺は慌ててソリにしがみつき、イヴがのけぞって、楓さんの髪が面白いことになった。
「うわわわっ、ぶ、ブリッツェン~!! もうちょっとゆっくり~……あっ!」
直線上の遥か向こう、遠い座敷との距離がどんどん縮まってくるではないか。
イヴは手綱を握り直し、気合を込めて「ふすっ」と鼻息を吹いた。
「このままいくと追いつけます~っ! いけいけブリッツェン! どんと・すとっぷ・みー・な~~~うっ!!」
「ブモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモ!!!!!」
「はばなぐったーいむ! はばなぐったーいむ!!」
何だか知らんが、とにかくよし!
ドライバーズハイ状態に入ったイヴの操縦は神がかっていた。
荒れ狂うソリの振動を柔らかく殺し、右へ左へ揺れまくる酔いブリッツェンの針路を前方に保って、
さながら一発のミサイルのようにただ前へ、前へ、前へ!
そしてあんなにも遠かった座敷が、今――
「追い着いた……!」
「ブリッツェン、そのままそのまま~! どうどう~っ!!」
「ブッブモッ、ブモモッ!! ブモモモモーーーッ!!」
イヴのヤバイ級トナカイ操縦テクにより、ブリッツェンは速度と針路を一定に保つ。
空中座敷にぴったり横付けして……両者の距離と相対速度はほぼゼロになった。
「プロデューサーさん!」
「美穂、蘭子! 無事か!?」
色めき立ったのは海老原の狸達。
かくなる上は移乗攻撃かと腕まくりする彼らを尻目に、俺はすぐさま次の一手へ。
「周子のご両親――」
取り出したるは、厳重に包んだ一つの袋。
風に流されないよう、きっちり重しもつけた上で……。
「乱暴な使い方、お許しください!」
投げる!!
狙いあやまたず、それは向こうの座敷にぼすっと落ちた。
すわ爆弾かはたまた煙玉か。狸どもは慌てふためくが、危険物ではないことにほっと胸を撫で下ろす。
だが……肝心の「それ」が何なのか、いち早く知ったご老体が目を見開いた。
「こッ……これはぁッ!」
「知っとるとですか、父上!?」
「噂に名高き京の名老舗……『塩見屋』謹製の和菓子詰め合わせではなかかーーッ!!」
カッ!!
「「「「何ィイイイッ!?」」」」
カカッ!!
「まこて! まっこて塩見屋の和菓子じゃ!」「待てぃわしが毒見を」「おいが喰う!」「俺が先じゃあ!」
「うまか!」「あまか!」「すごか!」「よか!」「天にも昇っがごた!!」
周子の実家が「その筋」で有名なのは本当のようだ。
和菓子大好き狸なら、賞味せずにはいられまい。うちもお中元に頂いてるけど超絶うまいもんな。
「――よし二人とも、今だ!!」
和菓子を巡ってわちゃわちゃしだす狸を尻目に、美穂と蘭子が駆け出した。
蘭子が海老原さんの縄をほどき、美穂はご両親の檻へ飛びつく!
「女神よ、今こそそなたを封じ込める呪縛を解かん!」
「あ、ありがとうございます~! みなさん、ご無事で何より~……!」
「お父さん、お母さん! 起きて!」
『う~ん……(狸語)』
『その声は、美穂……美穂ね?(狸語)』
「うん、美穂だよ。でも話は後! 今出してあげるからね!」
檻そのものは単純な作りで、錠前のようなものは無かった。
扉にかかっていた小さな閂を外し、美穂はふかふかした二匹の狸を助け出す。
というところで、相手が正気に戻った。
「なあっ、しまったあ!?」
「和菓子をエサにするとは卑怯千万!!」
「こっちのセリフだこの狸親父! 美穂、蘭子、まずご両親を!」
「はいっ! 蘭子ちゃん、ぱーす!!」
「ふゎわ、運命の邂逅と継承せし飛翔の魔術!?」
(訳:初めまして……って言ってる場合じゃなくて!)
美穂が投げて、蘭子が受け取って、お父さんをぽーんとソリへ。
もう一度同じ要領で、お母さんもぽんぽーんとソリへ。
よし、ナイス着地!
「ぽんっ! ぽこ! ぽーんっ!(訳:初めまして美穂の父です!)」
「ぽこーっ!(訳:同じく母です! 娘がいつもお世話になっております!)」
「ん!? あ! はい! どうも!?」
とりあえず元気だった。
言ってることの意味はよくわからんが、とにかくよかった。
よし、あとは三人がソリに戻ればこっちのもんだ!
「私は大丈夫です~っ! 先にお二人を~!」
海老原さんに背中を押され、まず蘭子が駆け出す。
ぎゅっと身を縮めたまま座敷を横切り、柵を超えてジャンプ!
「蘭子!」
「ふぎゅぅっ!」
ばっちり受け止める。寒さのせいか怯えのせいか、その両方か、蘭子は震えていた。
よく頑張ってくれた――抱き寄せて頭を撫でると、震えはやがて収まった。
「座敷の揺れ方が変ですね。ガス欠が近いんじゃないかしら――美穂ちゃん、急いで!」
「は、はい!!」
「ならん! 逃がすわけにhぬわーっ!!」
「だめですってば~!」
ぼぬーん!
捕まえようとした狸が海老原さんのボディプレスで制圧された。正直ちょっと羨ましかった。
美穂が座敷を横切り、待ち構えるソリの上へ、飛ぶ――
瞬間。
空中座敷が、ガクンと大きく上下に揺れた。
誰が意図したものでもなかった。
空中座敷がガス欠を起こしかけ、狸が慌てて燃料補給し、茶釜エンジンが息を吹き返したその揺れだった。
タイミングがあと一秒早いか遅いかすれば、なんのこともない揺れだったのに――
それは、美穂が跳びかけたのとほぼ同時だったのだ。
「あ――」
誰もが呆気に取られる一瞬。
美穂が足を踏み外して、たった一人で空中に投げ出される。
俺はその時、もう何も考えていなかった。
ソリから踏み出す。
狸は空を飛べない。
人間だって飛べない。
んなもん知るか。
放り出される美穂の姿が、世界の全てだった。
美穂の手を掴み取り、抱き寄せる。
ギリギリで間に合った。
だが既に、俺の体を支えるものも何も無い。
「プロデューサー!?」
「ああっ、二人とも~っ!!」
「な、なんちゅうことじゃ!!」
一瞬遅れてみんな正気に戻る。
人狸の隔てなく、三者三様に差し伸べられた手は、しかし全てスカった。
気が付けば足先に空、頭の上に熊本市街。
全身が浮遊感に晒される。
オレンジに染まる空を二人、真っ逆さまに落ちていく。
腕の中の美穂は気を失っているようだった。
こっちも遠くなりかけた意識を繋ぎとめる。
絶対に背中から落ちようと思った。
狸の姿ならそんなに重くない。俺の体がクッションになって、美穂だけは助かるかもしれない。
だからせめて変化だけは解かせたいのだが。
「美穂、起きろ! 狸に戻るんだ! 美穂っ!」
と言いたいのだが、落ちながら喋った経験が無いのでちゃんと話せているかわからない。
俺はどうなったっていい。
けど、この子だけは助からなくちゃいけない。
遥か下の街々を見下ろしながら、腕の中の温もりを強く抱き寄せた。
――――プロデューサーさん?
気が付けば、大好きな匂いに包まれていました。
そうだ私、座敷から落ちちゃって……!
私を抱きしめながら、プロデューサーさんはしきりに叫んでいました。
狸に戻れ、と。自分がクッションになって、私だけでも助けると――そういう意味のことを。
「だめ、です、そんなの……!!」
どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。
なんとかしなきゃ。諦めちゃ駄目だ。
私はどうなってもいい。
だからせめて、この人だけは――
その時、横合いからものすごい突風が吹きました。
風は鋭く冷たくて、私達二人を更にもみくちゃにします。
首に巻いたピンクのマフラーが、ばたばたと暴れるようにはためきます。
あ。
なびくマフラーの動き方で、風の道筋が見えました。
遥か上空から吹き付けて、ずっと下にまで届く一陣の風。
それはまるで、空と地上を繋ぐ見えない道のようで。
狸の「化学(ばけがく)」は、他者に己の姿を見誤らせ、脅かす技術の総称。
ある権威が言うには「身体の全組織組み替えの驚異」であり、ただの擬態とは一線を画す「変身」を実現する奇妙奇天烈の御業です。
究めれば狸から人になるにも、物になるにも他の動物になるにもまさに自由自在。
けれど大前提として、「無いものは増やせない」という原則があるのです。
たとえば目や手足を実際以上に増やしても、元あるもの以外は全てまやかし。
鳥になって翼を生やしても、偽りのそれで羽ばたくことはできません。
なので化け狸は「無い器官」が必要になった時、木の葉や木の枝や他のものを変化に使い、それを代用としてきました。
今、私に必要なのは、翼です。
狸に翼はありません。
飛べない狸が宙を舞うには、もう一つアイテムが必要なのです。
――たとえ、はりぼてでも。
だから卯月ちゃん、響子ちゃん。
どうか、私達に翼をください。
首に巻いたマフラーを噛み、プロデューサーさんを強く強く抱きしめて、私は念じます――――
ポンッ!!
蘭子「美穂ちゃ~~~~~んっ!! プロデューサ~~~~~~~~~っ!!」
父母「「ぽこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」
イヴ「よっ、ほっ、と、ブリッツェン! どうどう~! ――ふ、二人はどうなったんですか~!?」
楓「落ち着いて。ほら、下を……」
蘭子「…………翼?」
イヴ「あれって……ピンク色のパラシュート? いや、というか、グライダーですか~?」
楓「風に乗って、ふわふわと滑空して……。風の先は地上です。あの調子だと、安全に着陸できそうね」
蘭子「ほ…………ほぉぉ~~~~~っ……」ヘタッ
イヴ「はぁ~、良かったぁ~……」
楓「なんだか素敵だわ。きれいなピンク色で、上から見ているとハートマークみたい」
イヴ「あ、あれかわいいですねぇ。ほら右側に描かれてる……ドワーフ?」
楓「もんじゃ焼きに見えますけど、違うのかしら?」
蘭子「あの、狸って美穂ちゃんが……」
イヴ「あれ? けど変ですねぇ。SNS(サンタネットワーキングサービス)によると、今日の熊本上空は無風だったような~」
楓「普通の風は全然ですね。だけど、『何もないところから急に起こる突風』というものがたま~にあって――」グビグビ
カラン
楓「それは、天狗風というそうですよ?」
気が付けば、空を見上げていました。
化け狸のグライダーは風に乗り、鶴屋百貨店の屋上に軟着陸。
夢中で化けていた私は変化を解き、呆然とへたり込んでいます。
「ありがとう……」
口をついて出る言葉は、変化を助けてくれたピンクのマフラーへか。
それとも過ぎ去った突風へ向けたものか……自分でもわかりません。
両方だったのかもしれません。
いえ、それともう一人――って、あ。
「プロデューサーさん! プロデューサーさんは!?」
い、いない!?
周りを見渡しても姿がありません。どこかで落としちゃった!?
いや、絶対そんなはずないのに……!!
「ミホ……ミホ……」
「!! プロデューサーさんっ! どこにいるんですか!?」
「ミホ……クルシイ……ドイテ……」
それにしても、なんだかお尻がむずむずするなぁ……。
あ!!!
「ごっ、ごごごごごめんなさい私!! ぜっぜっ全然気付かなくてっ!!」
自分が下敷きにしちゃってたことに気付いて、顔がぼっと熱くなります。
私のお尻から解放されたプロデューサーさんは、仰向けのまま「ぷはっ」と息を吐き出しました。
「良かった。無事そうだな」
自分のことを差し置いて、開口一番そんなことを言うものだから。
「……もう……」
「美穂?」
「もう……もう、もうっ! もうっもうっもう~~~~っ!」
「あいた!? ちょっ待っ美穂、なん……痛っ! 普通にいてぇ!?」
私の為に、あんなことして。
自分のことなんか考えもしないで。
色んな感情がごちゃごちゃのむずむずになって、狸じゃなくて牛さんみたいに鳴いて、ぽかぽか叩きます。
嬉しかった。
ありがとう。
ほんとは、そう言いたいのに。
「えーっと……」
「むぅぅう……!!」
「……危ないことして、すいませんでした」
「………………許しますっ」
でも考えてみれば、こっちもあんまり人の事は言えなかったりして。
「……私も、危なっかしいことしてごめんなさい」
「むむ。うん、許す」
ぺっこりと、二人同時に頭を下げてお互い様。
「……ぷふっ」
「あははっ……」
どちらからともなく、笑い声が漏れて。
それはそれとしてクタクタに疲れちゃってた私達は、並んでその場に横たわりました。
空にはもう、いくつもの星が瞬いていました。
遥か向こうで、点のような二つの飛行体が綺麗な軌道を描きます。
そのうち一つが針路をこっちに向けるのが、地上からでもはっきりわかりました。
みんな、無事かなぁ。
蘭子ちゃん、周子ちゃん、紗枝ちゃん、芳乃ちゃん。
菜帆ちゃん、イヴさん、楓さん。
お父さん、お母さん……。
「大丈夫だ」
頭の中を見透かしたように、真横のプロデューサーさんが言いました。
「その為にやってきたんだ。だから明日、最高のステージを見せてくれよな」
「ふふ。任せてくださいっ」
「おう――ていうか寒いなやっぱ! もうちょっと厚着してくるんだった……!」
心頭滅却すれば火もまた涼し、の逆パターンってあるんでしょうか。
確かに、それまで気にする暇すらなかった寒さが今になって堪えます。
……あ、そうだ。
「プロデューサーさん」
「ん? ……おっ、これ……」
「えへへ。私の、お守りです」
二人に貰った、ピンク色のマフラー。
私はそっと肩を寄せて、彼の首にその半分を巻いてみたのでした。
P(かくして、熊本上空の空中戦&地上の対狸作戦は成功の裡に終わった)
P(けど、これで終わりじゃない)
P(俺がまとめるべき最後の仕事が、まだある)
P(そもそも海老原狸とは立場上、敵対関係にある。とことん邪魔されたし腹も立たされた)
P(だが何も、だからって彼らを懲らしめてやりたいわけじゃないのだ)
エピローグ
いつでもだれかが
―― 12月16日 朝 藤崎八幡宮裏手
P「…………」
海老原狸「…………」
周子「…………」
菜帆「…………」
海老原狸「…………他んヤツらはどげんした」
P「会場で先に準備しています。そちらこそ、お父上は?」
海老原狸「寝込んどるわっ。豊前坊様の秘宝が、あんな得体も知れん鼻水トナカイに負けるなぞ……ぶつぶつ……」
菜帆「伯父さん~」
海老原狸「ム……。……小日向ん娘は大丈夫やったっか」
P「傷一つありませんのでご安心を。それより、もうこんなことやめませんか?」
海老原狸「ならん!! 俺らにも意地っちゅうもんがある! 見とれ、海老原が負けても第二第三の狸が……」
P「――塩見屋、例のものをこれへ」
周子「御意」スッ
トン
P「こちらに、塩見屋の和菓子詰め合わせがもうワンセットございます」
海老原狸「!?」
P「菜帆さんの話によると、海老原の狸ご一家はみな和菓子に目が無いとか……」
P「そちらさえ良ければ、これで手打ちとしたく存じますが」
海老原狸「わ、賄賂を受け取れっちゅうんか!? 菓子で手を引けと!? そげんこつ、お断りじゃ!!」
P「あ、いらないっすか。じゃあどうしようかなこれ。周子食う?」
周子「食べる食べるー。実家の味が恋しいわー」
海老原狸「ああっ」
P「ほい口開けて、生八ツ橋」ヒョイッ
周子「あーんっ……うん、おいしい。やるねぇ塩見屋」パクッ
海老原狸「あああっ」
P「ほい栗ようかん」ヒョイッ
周子「うんうん、クオリティ保ってて感心感心♪」パクッ
海老原狸「ああああっ」
P「名物、ご主人特製塩大福。これがまた特に激ウマ」ヒョイッ
周子「これって時間によっちゃ行列ができるんだよねー。ん~っ、さすが父さん♪」パクッ
海老原狸「あああああっ」
周子「ちなみに他県のお得意さんには、クール便で定期的に郵送したりもしててさ」
周子「一見さんお断りだけどね。娘の口利きがなきゃ、そちらさんには逆立ちしてもできないことよ?」
P「お聞きになったでしょう。海老原さんほどの和菓子通ともあろう者が、この機をみすみす逃すんですか?」
海老原狸「ぐっぐううっ、くぅぅぅ……っ!?」
P(ちなみに一見さんお断りってマジなの?)ヒソヒソ
周子(まっさか。うちは初代の頃からどなたさんでも大歓迎よ)ヒソヒソ
菜帆「伯父さん、もういいじゃないですか~」
海老原狸「な、菜帆……」
菜帆「そんな固いまんまだと、お菓子をおいしくいただけませんし~……」
菜帆「それに、みんなで食べるのが一番でしょう~?」
海老原狸「………………」
P「一時は敵対しましたが、我々はなにもあなたがたに恨みがあるわけじゃありません」
P「これを機に、お互い歩み寄れないか……と考えています」
周子「で、お近づきの印がウチの和菓子。これからはお互い仲良くして、友達同士ならいがみ合うこともない、と」
周子「ど? まんざら筋の違う話でもないと思うけど」
海老原狸「……………………」
菜帆「伯父さん~……」
海老原狸「…………………………わかった」
海老原狸「うちの、負けじゃ」
周子「ほっ……」
P「ありがとうございます。では、これを……」スッ
海老原狸「? 何ねこれは」
P「今夜行うLIVEの、関係者席のパスです」
P「どうか、一度でも見てみて下さい。彼女達がどんなことをしているのか」
―― LIVE会場
美穂「熊本のみなさーんっ! ただいまーっ!!」
蘭子「闇の魔王、今こそ舞い戻ったわっ!!」
ワアアアアアアアアア!!
周子「――いや~それにしても参ったよぉ。熊本来るなり狸に化かされて、そうかと思えば狐に絡まれるんだもん」
紗枝「あらぁ周子はん、真昼に夢でも見てはったんどすか?」
周子「いやいや夢じゃないって! 証拠に狸の毛ぇ引っこ抜いてきて……葉っぱだこれ」
ドッ ワハハハハハハ……
芳乃「みなみなさまに出会えしことー、とても嬉しく思いましてー」
芳乃「今日の善き日を忘れぬようー、わたくしたちー、『けせらせら』の舞を奉じませー」
芳乃「それではー……」
「「「「「聞いてください!」」」」」
菜帆「おお~~~……」
P「……うん。素晴らしい仕上がりだ」
楓「楽しくて、良いステージですね。なんだか幸せな気持ちになります♪」
父母(人間形態)「「フゥーッ! フゥーッ! ウォーッハイ!! ウォーッハイ!!」」
P「ご両親のコール完璧だな!」
イヴ「いぇ~い! ふぅ~!」
ブリッツェン「ブモモッ! ブモモッ!」
菜帆「なんだか……すごいですねぇ~」
P「そうだろ? みんな、この日の為に頑張ってきたんだ」
菜帆「――――あのぉ~」
菜帆「アイドルって、楽しいですか?」
P「ん……俺がみんなの代弁するのは、ちょっと僭越なもんがあるけど」
P「みんな、笑顔だろ?」
菜帆「はい~。五人もお客さんも、とってもいい笑顔です~」
P「な? それが、答えだと思う」
菜帆「笑顔……」
菜帆「うふふぅ。私も、自然と笑っちゃいます~」
ワアアアアアアアアアアア……
夢のようなLIVEは終わりを告げて。
ステージの光もみんなの声も、空の向こうに飛んでいっちゃうようで、だけど私はいつまでも覚えています。
翌日、プロデューサーさんは丸一日のオフを作ってくれていました。
そうなるとやっぱり、やることは熊本観光!
地元民の私と蘭子ちゃん、それに菜帆ちゃんも加わって、みんなを色んなところに案内しました。
熊本城は残念ながらまだ工事中だったけど、思い付く限りの場所を回って日が暮れるまで遊んだり。
ホテルの部屋に集まって、女の子だけでこ、こ、コイバナ……なんかしちゃったり。
帰りの飛行機は明日のお昼。
それまでに……もう一つだけ、やりたいことがあります。
お願いしてみると、プロデューサーさんは快諾してくれました。
―― 12月18日 朝 人吉市・鏡山
「うぅっ、やっぱり寒いぃ……」
「大丈夫か? カイロあるぞ」
「ふるる……だ、大丈夫です。なんだかこの寒さも懐かしくって」
車を降りて山を登ると、街とは別世界のような静かな景色。
昨夜遅くから早朝にかけて積もった雪が、朝日を受けてきらきら輝いていました。
雪雲は晴れて、めまいを覚えるような鮮やかな青空が広がっています。
ここは私の本当の故郷。
人吉は鏡山、日が当たる古びたお堂の境内です。
「それじゃ、美穂。俺はここで見てるから」
「はい。いってきますっ」
ざっ、と境内の中心に歩み出ます。
人の姿はないけれど、そこにはたくさんの気配がありました。
狸です。
木陰に、雪の陰に、お堂の中に、縁の下に、たくさんの狸がひしめいて、私をじっと見守っています。
それはお父さんやお母さんでもあって、お堂を守るお爺ちゃんやお婆ちゃんでもあって。
海老原の狸でもあって、あちこちの無頼狸でもあって、とにかく色んなとこから集まってきた狸がいっぱい。
お父さんやお母さんにも伝えておいた、最後に一つの「やりたいこと」を、今します。
耳と尻尾をひょいっと出して、私は大きく息を吸い込み――――
衣装や音楽はなく。
踊りも仲間もなく。
いわばアカペラの状態で、歌を歌います。
空と風と恋のワルツ。
私の故郷に、山に空に、狸に、みんなに。
大切なことを伝えるように、胸を張って歌います。
私は元気です。
居場所ができました。
大事な仲間ができました。
好きな人が、できました。
小日向の由来はいつか話したから、今度は「美穂」って名前についてお話ししますね。
これって実は、狸の尻尾に由来してるんです。
ご存知の通り狸の尻尾は、短めで毛深くてもこもこです。
それが垂れ下がったり風にふわふわ揺れてたりする様が、狸の間では稲穂によくたとえられます。
尻尾の調子は健康のバロメーター。元気ならもふもふで、そうでないときは目に見えてしょんぼりするものです。
だから私は美しく実る稲穂のように、いつまでも瑞々しく元気であれ。
実りの秋も、芽吹きの春も、カンカン照りの猛暑の夏も、そして雪が降り積もる寒い冬も。
年中どんな時も、ふわふわもふもふの尻尾であれ――と。
いつしか物陰から狸達が出てきて、一様に私の歌に耳を傾けていました。
元気な尻尾を揺らしながら、私は歌いました。
空は高く、風が澄んだ、小さな冬晴れの日向で。
「――それじゃあ二曲目いきますっ! 『Naked Romance』!」
ポコォォオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
後はもう、大盛り上がりでした。
なぜかみんなコールを覚えていて、中にはおっきなペンライトや楽器に化ける子もいて。
どんちゃん騒ぎの中心で、私もぽんぽこ踊っちゃいます。
一回盛り上がった狸の踊りは、そうそう収まることはありません。
これはきっと日が高くなるまで続くので、私とプロデューサーさんはこっそり帰ることにしました。
「いいのか?」
「はいっ。あ、お父さん、お母さん!」
去り際、人に化けた両親が私達を見送っていました。
二言三言挨拶を交わして、またいつか帰ってくることを約束して。
最後に二人は、プロデューサーさんに深々と頭を下げました。
美穂のことを、どうか末永くよろしくお願いします――って。
さく、さく、と雪を踏みながら、坂道を並んで歩いていきます。
「ん、美穂、尻尾出っぱなしだぞ」
「山にいる間はいいんですっ。だって、自慢の尻尾ですから!」
「そっか。――じゃ、戻ろう。みんな待ってる」
「はい。あの……」
普段の私なら、恥ずかしくって絶対言えないようなこと。
まだ聞こえる狸のお囃子に押されて、思い切って言ってみます。
「て――手を。つ、繋いでみませんか……っ?」
「手」
「はい、あのえっと、プロデューサーさん手袋つけてないから、きっと冷たいだろうなって……」
……だめ、ですか?
言った後で顔が熱くなって、もたもたしだす私。
思わず目を逸らした瞬間、ふっと手を取られて。
「あ……」
「うわ、お互い冷えてるなぁ。でもまあ、こうしてたら温かくなるのかな?」
寒くて冷たくなった手だけど、今の私には火のように熱く感じられます。
人間に毛皮が無い理由、今ならわかる気がしました。
触れ合った時、こんなにもはっきり鼓動を感じるから。
「……えへへっ」
手を繋いで二人、一歩一歩、降りていきます。
……今なら、言えるかも。
「プロデューサーさん」
揃う足音を、一つ一つ数えながら。
「熊本は、好きですか?」
「ああ、いいとこだよな。やっぱり近いうちにまた来ようって決めたよ」
「狸は、好きですか?」
「うん。頑固者もいるってわかったけど、それは人も一緒だ。これからも仲良くしていきたいな」
「それじゃあ……」
私は、好きですか?
私は、あなたのことが好きです。
足を止めて、繋いだ手をくいと引きます。
大好きな人は、引っ張られて不思議そうな顔をします。
「プロデューサーさん」
「ん?」
「私、あなたが――――」
パキッ。
………………「パキッ」?
「それいけっ、チューだ! そこで一発チューだっ! 唇は喋る為に咲いてるんじゃないっ!」
「周子はん~、そない声出しはると気付かれてまうで~」
「はわわわ……っ。た、魂の契り……。み、み、蜜のたわむれ……っ」
「よきかなーよきかなー」
「プレゼント枠、もう一人追加でしょうか~?」
「それより今、誰か枝を踏まなかったかしら? 声出して、小枝まで踏んじゃうと大変……なんて」
「「「「「「あ」」」」」
「「あ」」
……………………………………………………。
「……も、もーーーーーーーーーーーーーっ!! どうしてみんな見てるのーーーーーーーーーっ!!!」
私が追っかけると、みんなわーっと逃げていきました。
もう恥ずかしいどころの話じゃありません。
きっと私の顔は真っ赤になっていると思います。あんなに冷たかった風が気持ちいいくらいです。
逃げるみんなを追いかけて、さっきまでとは大違いの騒がしさで坂を下って。
ぽかんとしていたプロデューサーさんも少し笑って、私の後に続きました。
―― ハイエース(レンタル) 車内
ブロロロロロ…
美穂「……」プクー
周子「ごめんごめん美穂ちゃん、機嫌直してってば~」
美穂「うぅ……それはいいんだけど……」
P「うん、いい時間だ。飛行機には十分間に合いそうだな。空港で昼飯食っていくか?」
蘭子「白く煮えたぎる聖杯を我に!」
(訳:私、とんこつラーメンが食べたいです!)
楓「焼酎と一緒に、おいしい馬刺しなんていかがでしょう?」
P「あんたは昼から飲もうとしてんじゃないよ!」
イヴ「あったかいものが食べたいですぅ! ね、ブリッツェン!」
/ブモッ!\ (屋根の上にいる)
紗枝「せやけど、熊本ともこれでお別れどすなぁ。なんや、寂しゅうなってまいます」
芳乃「いずれまたー、訪うこともありましょうー」
美穂「……あのー……」
P「どうした? なんか忘れもんか?」
美穂「いえ、忘れものとかじゃないんですけど――」
美穂「――ど、どうして、菜帆ちゃんも来てるんですか!?」
菜帆「いやですねぇ、水臭いこと言わないでくださいよ~。あ、栗饅頭いかがですか~?」
P「ああ菜帆さんね。うん、あのね」
P「スカウトしちゃった☆」
菜帆「お呼ばれされちゃいました~♪」
紗枝「ほんま、おどろきましたわぁ。プロデューサーはんたら先に言うてくれはったらええのにぃ」
P「仕事柄、見込みのある女の子は逃がさないようにしてるのだ」
周子「……その言い方誤解招くからよそじゃやめとき?」
美穂「そうなんだ……び、びっくりしたけど。あ、栗饅頭おいしい……」
美穂「じゃあ、菜帆ちゃんともアイドルできるんですねっ!」
P「そういうことだ。帰ったらまた忙しくなるぞー」
菜帆「私、地元を出たことないから楽しみです~っ」
蘭子「再び集いし神々の戯れ! 汝、祭壇に座す者達の光輝に浴すがいいわ!」
(訳:東京のみんなもすっごくいい人たちばっかりです! 紹介しますね!)
芳乃「ふふふー。賑やかになりそうでー、楽しみなのでしてー」
紗枝「せやねぇ。あいどるのお仕事、休む暇もあらしまへんなぁ♪」
周子「ほーんと色々あったねぇ今回は。ま、これからも色々あるんだろうけど――」
周子「ケセラセラ(なるようになる)、ってね」
クオリティたっか
♪~ イッツデモダレカガー
P「お、この歌……」
美穂「ラジオですか?」
P「うん。懐かしいなぁ」
菜帆「ご存知なんですか~?」
P「まだ全然ちっちゃかった頃、大好きでさ。よく聴いてたんだよ。ちょっと音量上げるな」
いつでも誰かが きっとそばにいる
思い出しておくれ すてきなその名を
心がふさいで 何も見えない夜
きっときっと誰かが いつもそばにいる
生まれた街を 遠く離れても
忘れないでおくれ あの街の風を
いつでも誰かが きっとそばにいる
そうさきっとおまえが いつもそばにいる――
~おしまい~
以上となります。かなり長くなってしまいましたが、お付き合いありがとうございました。
依頼出してきます。
こっひお誕生日おめでとう。
まるで一本の映画を観たような満足感
とても面白かった、乙です
乙GJ
百鬼夜行の中にしれっと
シベリアンハスキー混じってて吹いた。
いやまあ狸もイヌ科だけどw
乙
面白かったよ
乙でした
アイドル皆可愛いw
おつおつ、やはり楓さんの正体は
乙
ブリッツェンちゅよい
放り出される美穂の姿が世界の全てだったで不覚にもうるっときた
本当に面白かったありがとう
美穂は熊本の宝やね
人吉出身は公式設定だっけ?
>>11に出てくる妖怪調べてもことごとく不穏な顔しか出てこないんだけどwwwwww
英彦山とか人吉とか九州の地名がいっぱい出てきてニヤニヤしてしまった
まさかバトルものになるとは思わなかったがクオリティ高いわ
おつ
法螺貝をあれだけ長く吹ける肺活量に驚き。
マイク無しでライブ出来るんじゃ?
でもって小日向ちゃんの頭上に狸耳が見えてしょうがないんですが(苦情)
乙でしたー
>>19
尻すげぇ後20ゲームマイケル
このSSまとめへのコメント
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