アニメデレマス基準のうづみほです。
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私が所在なげに足元に視線を落として、
そこら一面に生えた芝生をぼんやりと手でなぞっていると、
隣に一緒に腰を下ろしているあなたは思いついたように立ち上がって
向こうに見える川のほとりへ1人で歩いていくのでした。
そうしてあなたが何か珍しいものを見つけた子どものように
さらさらと流れていく川面を覗き込んでいるその後姿を、
私は遠くからぼうっと眺めてやるばかりで、
時々、不意にあなたの方から吹いてくる温い風が
過ぎた夏の懐かしい匂いを運んでくると、
こうして目に映る景色の何もかもが、
これからの私たちの人生のずっと先にも
はっきりと思い出せるような気がするのでした。
「何してるの?」
辺りに人が居ないのをいいことに、少し遠くにいるあなたに声を上げて聞いてみると、
あなたは嬉しそうに振り返って、
水が綺麗だとか、魚が泳いでるだとか、そんな何でもないような事を
同じように私に聞こえるように声を響かせて教えてくれるのでした。
そうしてしばらくして満足したあなたは、
午後の暑いくらいな日差しの眩しさによろめきながら私の方へ戻って来ました。
あなたは私のすぐ横に座って、青い草原が風になびいているのを正面に見やりながら、
何かとりとめのないような事を考えている様子でした。
私もそれにならってぼんやりと考え事をしていると、
あなたはいつの間にか身体をぴったりと寄せて、
私がそれに気づくのを待っているようにもじもじとしているのでした。
私は、これまで何度もそうして触れ合って過ごしてきたのに、
今、こうして私たち2人だけしかいないような世界に浸っていると、
そんなあなたのさりげない仕草を一層特別なもののように感じて、
気恥ずかしさのためにあなたの微笑みかけてくるような気配にわざとそっぽを向くのでした。
そうしてあたかも秋めいた空模様に心を奪われた風に遠くを眺めていると、
にわかに私の肩に重みがかかるのを感じて、
見るとあなたは私にもたれかかって気持ち良さそうに目を閉じていました。
私はとうとうあなたの身体を抱き寄せて、その温かな手のひらを握りました。
「卯月ちゃん」
声をかけても、あなたは眠ったように安らかな呼吸をするばかりでした。
私たちはしばらくそうやって寄り添いながら、
時々、二言三言ばかり言葉を交わすくらいで、
そのまま太陽が沈みかけて西の空がすっかり赤くなってしまうまで、
この心地良い幸せに満ちた静かな時間を、ゆっくりと噛み締めていたのでした。……
◇ ◇ ◇
あれは12月、シンデレラの舞踏会のあと、
私と卯月ちゃんと響子ちゃんとで新しくユニットを組むというお話が出てきた頃でした。
私は、アイドルの経歴はまだ浅いとはいえ、
それでもある程度は仕事というものが分かってきたつもりでした。
こんな風に言うと生意気に取られるかもしれませんが、
私はそれこそ、かつて楓さんや美嘉ちゃんたちと同じステージに立ち、
彼女らに多くのことを学ぶチャンスをもらっていたのです。
これはある意味では私のアイドルとしての自負でもありましたし、
この業界に身を置くうえでの判断材料にもなっていました。
つまり、小日向美穂という少女の本来の気持ちとは別なところで、
物事を冷静に考える必要性を意識し始めた……そんな打算的な思惑から、
一度はユニットの存続がうやむやになりかけた卯月ちゃんと
再びユニットを組むということに対する不安を、
私なりに解消しようとするつもりで、当時、私が詳しく事情を知らずにいた、
あの卯月ちゃんの長い休養の理由を、彼女のプロデューサーにそれとなしに尋ねてみたのです。
そのプロデューサーさんは、私の独り言のような質問に対して、
微妙に言葉に詰まったような曖昧な返答をしました。
それは、どうも聞いていると事実をごまかそうという風な態度ではなく、
彼自身にも上手く説明できない事態が卯月ちゃんの身に起こったように受けとられるのです。
私はそれ以上、そのことについて聞くのをやめました。
元々、噂で流れていた話や、シンデレラプロジェクトのみんなの態度などから、
卯月ちゃんが何かつらい思いをしていて、
そのために活動を少し休んでいたという事はなんとなく分かっていましたから、
きっと私のこの質問は、卯月ちゃんに直接話を聞いてみないことには
はっきりとした答えが得られないのだろうと思いました。
さて、私は卯月ちゃんの個人的な事情に触れようとする理由に、
先ほど打算的な思惑のためにと言いました。
それはきっと間違いではないのですが、もう一つ、
そうした義務的な判断のほかに、私自身が純粋に卯月ちゃんに興味を持っていたことも
理由に挙げなければなりません。
初めて一緒に仕事をしたときから、私は卯月ちゃんの人柄に好感を抱いていました。
あの素直で従順な、他人も自分も騙すことができないような純朴さに、
小動物のように緊張しがちな私の心も柔らかくほぐされる気がしました。
お仕事とは関係なく、友達になれそうだと思っていました。
卯月ちゃんが仕事をしばらく休むことになり、一時的にかな子ちゃんと組むことになった時、
その代役に不満を感じたことはありませんでしたが、
それでも私は、卯月ちゃんの復帰を願わずにはいられないほど、
大切な仕事仲間として……いいえ、
もしかしたら、その時からすでに友達と呼べる関係になっていたのかもしれません。
私は、なぜだか卯月ちゃんとの縁を大事にしなくてはいけないと思いました。
そしてその気持ちは変わらないまま、今度はとあるきっかけを境にして、
彼女に対して友情とは違う好奇心を抱くようになったのです。
今日はここまで
私はあの日、クリスマスライブの時の卯月ちゃんのステージを
シンデレラプロジェクトのみんなと一緒に見ていました。
ここに告白しますが、私は、そこで彼女が涙を流して歌いあげる姿に心を奪われたのです。
今までに味わったことのない、初めて知る感動でした。
そして、その喜びとも悲しみともつかない感動は、
私に激しい動揺をもたらしたのです。
これは自分でも上手く説明できないのですが……
それは例えるなら、危機感のようなものでした。
恐怖とも言うのでしょうか……人なら誰だって、未知なるものを前にして、
欠片でも怖気づかないということはないと思います。
卯月ちゃんにきっと何か大変な想いがあって、それを乗り越えて実現したライブは、
私には一人の少女が試練を乗り越えたという意味をさらに過ぎて、
もっと特別な、見る人すべてを打ちのめさずにはいられないような、
圧倒的な輝きを伴ってそこに存在しているように思えました。
一瞬でも目が離せませんでした。
私は無我夢中で彼女を応援していました。
それは偽りなく私の本心からの気持ちでした。
しかし、そんな心のどこか片隅に、言いようのない焦りや不安、
ともすれば絶望にも似た感情が湧き出てくるのを、私は認めないわけにはいきませんでした。
一体それの正体がなんだったのか、私には適切な表現が思いつきません。
ただ、卯月ちゃんを晴れやかにしているものの幸福さに一人の少女の憧れを重ねて、
その夢の世界を共有している喜びに私の胸がいっぱいになるのと同時に、
一方で、私が自分の中に思い描いていたアイドルという存在のすべてを、
彼女に否定されたような気がしたのです。
彼女こそが本物で、それ以外のあらゆるものが偽者とでも言うような……
そこまではっきりと言葉にして思い浮かべたわけではありませんでしたが、
私は卯月ちゃんのライブが終わった後でもしばらく、
夢心地にぼうっとぼやけた頭の内側に、言い知れぬ違和感のようなものが
黒く焦げ付いて離れませんでした。
それでも私は、卯月ちゃんのステージに心を惹かれ、
卯月ちゃんを応援したい気持ちに間違いはありませんでしたから、
彼女がその後、舞踏会でnew generationsのライブをする時にも、
ユニットの相方として、また一人の友人として、素直に激励することができたのです。
「島村卯月、頑張ります」と、そう彼女が応える笑顔の裏側に、今までとは違う表情を見出しながら……。
……そんな経緯を経て、改めて卯月ちゃんを含めた3人のユニットを組むという話が持ち上がった時、
それを好いきっかけにして卯月ちゃんのことをもっと知ろうと思ったのは、自然な考えではないでしょうか?
正直に言うと、この頃の私は、アイドルの仕事をしている最中や
普段の生活の中でさえも、ふとした拍子に卯月ちゃんの事を考えてしまうほどでした。
実際、彼女とはもう仕事とは別にすっかり仲良くなっていて、
レッスンの合間におしゃべりしたり、休日にどこか遊びに行ったり、
そんな気の合う親しい関係になってはいたのですが、
そうして友達らしく振舞っている卯月ちゃんの笑顔は
私を優しい気持ちにさせてくれるだけで、
そこにあの復活ライブの時に見たような、魂ごと惹きつける強烈な眩しさを発見することはできませんでした。
私は卯月ちゃんのステージが忘れられませんでした。
あそこで見た彼女の、信じられないくらいに輝いていたきらめきの秘密を、知りたいと思いました。
けれども私自身、そんな核心を持たない漠然とした思いを
卯月ちゃんにどう尋ねていいものやら、さっぱり分からないのでした。
卯月ちゃんが長いあいだ休養していたその時、
きっと彼女の中で、あの復活ライブのきらめきを裏付けるような変化が起こったに違いない……
私はそんな風に見当をつけていましたが、
いざ親しい仲になってしまうと、かえって深く踏み込んだ話をするのがためらわれてしまい、
そんなモヤモヤした心情をいつもどこかに引っ掛けながら、
表面ではにこやかに会話したりするのでした。
結局、彼女のプロデューサーさんに遠まわしに尋ねたのも、
仕事のための段取りというより、こうした姑息な下心が理由だったのだろうと言われれば、
私は自分でもよく分からないままに、なんとなく頷いてしまう他にないのでしょう。……
一旦休憩
◇ ◇ ◇
とても寒い冬の日でした。
私たちはちょうど、正式に決まったピンクチェックスクールのユニットの
初めてのお仕事を終えてそれぞれ帰路につくところでした。
と言っても、まだお昼を少し過ぎたばかりな時間でしたし、
簡単なインタビューと写真撮影とはいえ、せっかくの初仕事のあとでしたから、
どうせなら何か気の利いた事をしたいと思って、二人に声をかけてみました。
「このあと時間空いてる?」
「私なら大丈夫だよ」
「私も」
卯月ちゃんと響子ちゃんはコートを着込みながら答えました。
私は、このスタジオの近くに面白い雑貨屋があるらしいという話をしました。
「ああ、この前フレデリカさんが言ってた……」
そう言ったのは卯月ちゃんでした。
「雑貨屋?」
「そうそう。駅まで行く道の裏側にもう一本路地が並行してるでしょ?
あそこの途中に結構有名なアンティークのお店があるんだって」
「へえー、でもフレデリカさんがそんなお店に行くんだぁ。意外だね」
響子ちゃんが珍しそうな顔をすると、卯月ちゃんがおかしそうに笑って、
「どうなんだろう。フレデリカさんはお店に入ったことあるのかな?
あのとき話してたのって確か、スタジオ帰りにありすちゃんと文香さんが一緒にいるのを見かけて、
それを周子さんと二人で尾行したっていうだけだから……」
「結局、文香さんには最初から気づかれてたってオチなんだけどね」
事務所で面白おかしく話をするフレデリカさんと周子さんを思い出します。
響子ちゃんも呆れたように笑いました。
スタジオのある建物の裏手から出ると、冷たい風が吹きすさんでいました。
3人は思わず首をすくめて、もふもふしたマフラー越しに「寒いね」と言い合いながら
道を歩いていきました。
この辺りは目立つ道路や建物があるので迷う心配はありませんでした。
そうして3人で先ほどのフレデリカさんたちのコントのような話で盛り上がっていると、
ちょうど向こうにそれらしい場所があるのが見えてきました。
その路地は、小さなお店らしい建物がたくさん並んでいるのですが、
周りの閑静な雑居ビルの景色に混ざって、そこだけ妙に人のざわついた異様な雰囲気がありました。
多くはおしゃれな古本屋でした。
そこらを歩いている人も、年配の夫婦や、私たちと同い年くらいの女の子たち、
果ては、こういう場所にはまるで縁がないようなスーツ姿の男性まで、さまざまでした。
私たちは観光でもしているみたいに興味津々でそれぞれのお店の窓を覗いたりしていると、
少し歩いた先に例の雑貨屋を発見しました。
最初はそこがお店なのかも分からないくらい小ぢんまりとしてたので、
危うく素通りしてしまうところでした。
入ってみると中は意外なほどに広々としていました。
私たちの他にお客さんは見当たりません。
確かにアンティークのお店というだけあって、
並んでいる小物はどれも一癖も二癖もある、変わったものばかりでした。
卯月ちゃんと響子ちゃんはさっそく面白そうな商品を見つけて
きゃっきゃと騒いでいます。
一方私は、お店に充満している独特のお香のにおいと、
少し効きすぎなくらいの暖房にあてられて、なんだか眩暈がしそうでした。
お店の奥まったところにカウンターが見えましたが、そこには誰もいません。
店員さんはどこにいるのでしょうか?
適当に眺めながら店の中をまわっていると、
迷路のような通路の先に小さな階段があるのが見えました。
どうやらお店は2階まであるようです。
私は、なにやら話しこんでいる卯月ちゃんたちを置いて、
ひと一人がやっと通れるくらいに細い階段をそっと上っていきました。
そうして開けっぱなしになっている2階の入口から顔を覗かせた私の目の前には、
商品なのか飾りなのか分からないような物があまりにたくさん積み重なって置いてあったので、
一瞬、間違えて倉庫に入ってしまったのかと思い、
すぐに引き返そうとしたのですが、
その入り組んだ部屋ののれんの向こうにちらっと人影が見えたのが気になって、
つい足を止めて目をこらしてみると、
次にはその正体が分かり思わず「あ」と声に出してしまいました。
そこに居たのは蘭子ちゃんでした。
私の声にも気づかないくらい、一人、椅子に座って熱心に本を読んでいました。
彼女の周りには分厚い本が山のように積もっていて、
とても横から名前を呼べるような雰囲気ではありません。
いつものゴシックファッションは少し控えめで、
それに普段は身につけていない眼鏡をかけていたので、
もしかしたら人違いかしらと、そんな考えが頭をよぎりましたが、
離れていても分かる凛とした佇まい、人を寄せ付けない貫禄、
年上の私から見ても羨ましいくらいなその美貌は、
すぐにそれがアイドルの神崎蘭子だと確信させるほどでした。
私は、なんだか彼女のプライベートを盗み見てしまっているようで気まずくなり、
一言でも声をかけるべきかどうか迷っているうちに、
下から「美穂ちゃん?」と私を呼ぶ声が聞こえて、ふいと視線を逸らしました。
その拍子に、ちらっと蘭子ちゃんが私に気づいたような気配を感じましたが、
私はそれを見ないふりをして、慌てて階段を下りて行きました。
「上に何かあった?」
「ううん、立ち入り禁止だったみたい」
卯月ちゃんに聞かれると、私は咄嗟にこんな嘘を言ってごまかすのでした。
それから私は何事もなかったように卯月ちゃんたちと一緒に買い物をしました。
私たちは、普段使えるもので、3人でおそろいになるような可愛い商品を探したのですが、
このお店はどちらかというと色合いの古めかしいシックな小物が多く、
いかにも私たちくらいの年頃の女の子が好きそうな派手な道具はあまり置かれていませんでした。
そこで結局、花模様の刺繍がほどこされた、シンプルな皮のパスケースを買うことにしたのです。
レジに持っていくと、いつの間にか店員さんがいました。
若い女の人でした。
その人は私たちを怪しむようにじろじろと睨みながら無愛想に会計を済ませて、
一言「ありがとうございました」とだけ言って再び店の奥へ隠れてしまいました。
お店を出ると、外は相変わらずの寒さでした。
けれど丁度暖気にのぼせていた私の肌にはかえって心地良いくらいでした。
その後、響子ちゃんの提案でカラオケに行こうという話になり、
3人でまた肩を寄せ合いおしゃべりしながら歩いて行くあいだ、
「変わったお店だったね」と卯月ちゃんがぼそっと呟いた以来、
それきり私たちがその雑貨屋を話題に出すことはありませんでした。……
今日はここまで
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