小日向美穂「失恋ビターショコラ」 (16)

「あ、あの! プロデューサーって甘い物と苦い物、どっちが好きですか?」

「? 急にどうした?」

「ちょっとしたアンケートですっ」

思い切って彼に聞いてみる。ポカンとしているけど気付いているのかな、もうすぐバレンタインだということを。

「まぁ甘いものは好きだけど……少し苦いぐらいがちょうどいいかな。これで良い?」

「……そうですか、参考になります」

「何の事かは分からないけど、参考になったならば何よりだよ。おっと、電話だ。ちょっと失礼」

やっぱり気付いていないみたいだ。ここの所忙しくて、周りに気が向かないのかな。街を歩けばそこら中がバレンタイン一色なのに。
あっ、でも知らないでいたほうが良いかも。たまには私がプロデューサーをビックリさせたいし。

それにこれは、私なりのケジメだ。この想いにちゃんとケリをつけないといけないよね。

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小日向美穂(17)
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少し苦いぐらいがちょうど良い――。まるで私自身のことを言っているみたいだ。

「初恋はレモン味って、嘘だったなぁ」

昔からあるフレーズに愚痴を言いながら私はチョコをかき混ぜる。ほんのり苦い味に反して甘い香りが私を包み込んだ。

酸っぱさの中の甘さじゃなくて、甘さの中にほろ苦さ。それが私の初恋だった。公園の樹の下で日向ぼっこしているところをプロデューサーにスカウトされて、未知の世界へ足を踏み出して。はにかみ屋で緊張癖のある私を彼は素敵なアイドルにしてくれた。
一杯笑い合って、時々喧嘩もしたけども彼と過ごしてきた時間はとても尊いものだった。二人三脚で過ごしていくうちに、私は彼に対して仄かな恋心を持つようになっていた。

アイドルとプロデューサー、決して許されない関係であることが余計に私の恋心を増長させた。私にとっての彼が特別な存在であるように、彼にとっての私も特別な存在だって、勝手に思い込んで。
よくよく考えたら、なんと滑稽な姿だろう。プロデューサーは、私が思っていた以上に大人だった。いや、私が子供過ぎただけかもしれない。

『俺、結婚するんだ』

『えっ? け、結婚? マリッジですか?』

『なぜに英語?』

アイドルとしての活動を始めて1年近く経った頃、彼の口から放たれた言葉は、幸せなことなのにとても残酷なものだった。
結婚。彼が選んだのは私じゃなくて、顔も性格も知らない誰かだった。話を聞けば私と出会う前から付き合っていた女性らしい。アイドルじゃなかったのが唯一の救い、かな?
そんな素振り一切見せなかったのに、寝耳に水ってこういうことを言うのだろうな。

『そ、そう! ですか! お、おめでとうございます!!』

きっと顔には驚きの表情が浮かんでいたことだろう。おめでとうなんて言っているけど、私は信じられずにいた。彼の隣にいる女性は自分だって思っていたのに、あっさりとそのビジョンは壊されてしまう。
ラジオから流れている曲は若い女子たちから共感と支持を集める失恋ソング。
私も好きな曲だったけど、この瞬間嫌いな曲No.1になってしまった。歌手にも
曲にも罪はないけど、そう思わざるを得なかった。

『ありがとう、美穂』

プロデューサーは屈託のない笑顔で返してくれる。その笑い顔がまた、私が大好きな笑顔だったから、複雑な気持ちになってしまう。

恋は戦争、早いもの勝ちのバトルロイヤル。私が恋した相手は、最初から勝者の決まっていた出来レースで。半年程あたためていた仄かな恋心は、ガラスのように打ち砕かれた。

『もしもし、卯月ちゃん?』

『美穂ちゃん? どうしたの、泣いてる?』

その日の晩は長電話が趣味な友人に電話をかけて只管に話し続けた。

『それで――』

『ふぁ……そろそろ寝たい、かな……』

普段は相手が話を終わらせないのだけど、この夜に限っては私が彼女を眠らせなかった。
当然、翌日寝不足になってレッスン中にトレーナーさんに怒られちゃったんだけど。それもこれもまだ見ぬ彼女さんが悪い。これぐらいは思ってもいいよね?

ふと思う。もし彼と出会ったのが私の方が先だとしたら、私がアイドルじゃなくて一人の恋する乙女だとしたら、私は彼の隣にいることが出来たのかな?

「……無理、かなぁ」

色々と想像をかきたててみたけど、たらればなんて有り得ない。
彼に出会えたのはアイドルになれたからだし、きっと同い年で小中高と同じ学校に通ったとしても、私は恥ずかしがって一言も話すことが出来なかっただろう。
そのまま卒業して彼は正史通り結婚して、私は……どうなるんだろう。
それはそれなりに、素敵な人生を歩んでいるのかな。

そもそもアイドルになれたからこそ、私は恋が出来た。

『好き好き好きあなたが好きっ』

Naked Romanceを歌うことができた。10代の女子に人気なラブソングのようだけど、歌った私の恋の末路が失恋だなんて、何とも皮肉な話だ。
運命感じていたのは私だけでした。ゴシップ誌にすっぱ抜かれたら面白おかしくいじられそうだ。そんな事をしてみてください。親御さんの前で朗読してあげます。

結局、私は最初から負けていたんだ。心地良く日向ぼっこをしている間にも、彼は絆を深めていて。

「はぁ……」

深い溜息が漏れてしまう。こんなことになるならばいっそ、出会わなければよかった――なんてことも考えてみたけど、
恋心を抜きにしても彼と過ごした時間は素敵なものに変わりはなかった。

多分だけどこの初恋はアイドルになったおまけなんだと思う。アイドル人生をアルバムにして発表したならば、私の恋は一曲だけ入ったボーナス・トラック。
でもおかしなことに、アルバム本編よりもそっちの方が良かったりするんだから始末に負えない。
最近読んだファンタジー小説の一節を真似てみる。分かる人がいたら、ちょっとだけ語り合ってみたいかも。

始まる前から失恋した私はビターな日々を過ごしていたけど、自分の中でもあきらめがついたのか、
それとも私の恋は最初から宝くじの一等当てるような物って分かっていたからか、案外引きずることなく立ち直ることができた。
……その過程で、幾度となく卯月ちゃんの睡眠時間が犠牲になったのは申し訳なく思っている。本当にごめんなさいっ!

『でも美穂ちゃんが立ち直ったみたいだし、よしとしようかな。ふぅわーあ……当分長電話は控えよっと、うん』

今度パフェを奢ることで手を打ってくれたけど、本当に話を聞いてくれて嬉しかった。

『どうした?』

『い、いえ。今日もいい天気だなあって』

『……雨が降っているぞ?』

とはいえプロデューサーの顔はまだキチンと見れなかったりする。たまにだけど、前以上に男性だということを意識してしまうぐらいだ。
少女漫画みたいなシチュエーションに酔ってしまって、彼を奪えたらなんて思いが膨らむこともある。だけどその度に彼を愛している彼女さんを傷つけることになる、と途端にしぼんでしまうのだ。

やっぱり私は、悪女になれやしない。私らしいといえば、私らしいのかな。

「えっと、次は……」

2月に入ると世間はバレンタインの話題でいっぱいになる。よくよく考えると365日の内の1日にしか過ぎないのだけど、私も恋する乙女たちと同じく、この日を無視することはできなかった。

最初は事務所のみんなに作る、プロデューサーもその1人という感覚でいたけど、やはりと言うべきか彼の存在が特別大きくなってしまう。

何とも女々しいなぁと自分に言い聞かせるけど、いずれはこれ以上なく特別だと思っていた気持ちも、思い出の1ページになるのかなと思うと少し寂しくなる。初恋って、そんなものなのかな。

チョコレートを作るのは生まれて初めてのことで、書店でファンタジー小説と一緒に買ったお料理本片手にチョコをかき混ぜる。手元にはクマさんとハートの形をした容器が置かれている。友達たちにはクマさんを、プロデューサーにはハ、ハートを……。うぅ、やっぱり恥ずかしい。

それにしても人生初の手作りチョコレートは、私の恋を終わらせるためのものになるなんて。ハート型のチョコレート、桃の形って言い張ろうかな。

今更動いても遅いのに。心のどこかで呆れたような声が聞こえる。それもそうだ、本命チョコです、受け取ってください! なんて言ったところで、勝ち目はないのだから。

ならばどうして? 決まっている、これは私なりのケジメだ。この宙に浮かんだままの気持ちに決着をつけなくちゃいけないのだから。

「よしっ」

下準備は出来た。あとは固まるのを待つだけ、夜にはいい具合に出来上がっているだろう。ひと仕事終わらせてホッと一息。

「……次は失恋の歌でも歌ってみようかな」

必要以上に心を込めて歌えるはずだ。恨みつらみ奏でてやる。

「……」

ふと見た写真立てには恥ずかしそうにはにかむ私とプロデューサーが写っている。これはCDデビューした時に撮った写真かな。藍子ちゃんが撮ってくれたんだっけ。
手持ち無沙汰になってアルバムを捲ってみると、意外にもプロデューサーと2人っきりの写真はさっきの1枚だけだった。
私の性格を考えたら、一緒に写真を撮りましょうなんて言えやしないか。でもこれから機会があるとして、2人で写真を撮りましょうって言えるのかな?

「無理、かも」

奥さんになる人に遠慮するわけじゃないけど、私の中で歯止めが効かなくなってしまいそうだ。
最初で最後の1枚を取り出して、事務所のみんなで写った写真と入れ替える。

これで良い、覚悟は決まった。決戦は金曜日。仕事が終わった後公園で待ち合わせ。震えそうな指でメッセージを打つ。

『帰り道の公園で待っています。お仕事終わったら来てください』

金曜日の射手座の運勢は1位。思いもがけない出来事が待っている、らしい。

「期待しても、良いかな?」

ケジメなんて言っても、ホンのちょっぴりだけ、期待している自分がいる。

実はプロデューサーの結婚は私を驚かせるドッキリだって、本当は結婚どころか相手もいないんだって。私を驚かせたいだけなんだって。

どうせなんだ、呆れるほど前向きになっちゃえ私!

『プロデューサー! えっと……』

結局私の失恋はどうなったか。それは恥ずかしくて答えることはできない。
ご覧の通り、察して下さい。

ただ、言えるのは。

ファーストキスは、ちょっぴり塩辛いビターな味でした。

これにてお終い。公園で待たせてるので会いに行ってきます。
一期一会も落ちないよう頑張ります
読んでくれた方ありがとうございました。

島村卯月(17)
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