俺「履歴書の空白期間どうしよう……」男「空白を埋めて差し上げましょうか?」 (20)


“俺”は大学を卒業してからというもの、就職というものをした覚えがない。


就職活動は真面目にやっていた記憶があるのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

まあ、真面目にやれば、必ずしも結果が実るというわけではないということだろう。


世の中は厳しい。


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いい年をしてこんな状況だと、社会は俺のような落伍者を正常なルートに戻そうと動くものらしい。

自宅にはひっきりなしに見覚えのない連中がやってきて、なにやら俺を励まそうとする。
俺のような人間の就職を支援する施設のカウンセラーなのだろうが、はっきりいって逆効果である。

俺は働く意志がないわけではないし、ただでさえ焦っているのに、
顔も知らない連中にあれこれ言われたらたまったものではない。


ついに、俺の堪忍袋の緒が切れた。


「俺のことは放っておいてくれ!」


怒鳴りつけたら、彼らは二度と来なくなった。


俺は履歴書に向かう。

名前、生年月日、住所、連絡先などは問題ない。

学歴も書ける。まあまあ有名といえる大学を出ている。


だが、どうしようもないのが職歴欄だ。書くことが何もない。

なぜ大学卒業と同時に就職しなかったんだ……と昔の自分を殴りたくなった。


こんな履歴書ではいくら求人に応募しても書類落ちの連続である。

万一、面接にこぎつけたとしても――



「大学を卒業してからは、何をなさっていたんですか?」

「ええと、あの、その……わ、分かりません」



こんなざまでは受かるわけがなかった。

面接ではいつも苦笑されるか、社会を舐めるなという趣旨の説教されるかのどちらかであった。


ある日、俺は近所のファミレスで履歴書を書いていた。
自宅だとどうしても鬱々としてしまうからだ。

大学を卒業してからの空白が、俺に重くのしかかる。


「履歴書の空白期間どうしよう……」


俺がため息をつくと、背中から声がした。

振り返ると後ろには不気味な男が座っていた。

塔のようなチョコレートパフェを食べていたその男は、俺にこう言った。


「空白を埋めて差し上げましょうか?」


俺が呆気に取られていると、男はパフェを食べるのをやめ、俺の隣に座った。

そっちの気があるんじゃないだろうな、と一瞬警戒した。人一人分、距離を置く。


「あなたの悩みは分かってます。就職活動で成果を出すために、
 履歴書の空白を埋めたいんでしょう?」

「は、はい」

「でしたら私が埋めて差し上げましょう」


意味が分からなかった。俺は当然の疑問を口にする。


「どうやって?」

「こうするのです」


男は俺からペンを奪い、履歴書に字を書き始めた。


「何するんだ!」


俺が怒鳴ってもやめようとしない。

ほどなくして、俺の履歴書には明らかに俺の筆跡とは違う字で、
大学卒業と同時に、ある企業に就職したという経歴が書き加えられた。


「ほら、埋まりました」


男はにっこりと微笑んだ。


「埋まりました……って、あなた頭がおかしいんですか。
 架空の経歴を書き込んだって、調べられたらすぐバレてしまうんですよ。
 だいたい、ここだけ全然字が違うから、この履歴書じゃ書類審査で落ちちゃいますよ」


俺の怒りを受け流すように、男はこう告げた。


「いいですか、あなたはこの履歴書で就職活動をするのです。
 明日、この履歴書を持ってこのビルへ向かいなさい。きっといい結果が待っているでしょう」


男に地図の描かれたメモを手渡される。
場所の名前は書かれていなかったが、まず迷うことはなさそうな立地だった。

男はそれだけいうと、自分の席に戻り、チョコレートパフェを平らげて店を出ていってしまった。


残された俺は、どうしようか途方に暮れていた。


あんな怪しい男の話に乗れるか、と履歴書を丸めて捨てるのは簡単だ。
しかし、あの男がどうしても無視しきれない迫力を秘めていたのも事実だった。

どのみち、このまま就職活動をしていても、どこかに採用される可能性は皆無に近いのだ。


「行くだけ行ってみるか……」


ファミレスを出る頃には俺はこう決めていた。


あくる日、リクルートスーツに身を包んだ俺は、男のメモに書かれていた場所に向かった。


地図にある駅は、自宅の最寄り駅から一時間ほど。
駅の近く、迷いようがない場所にそのビルはあった。


ビルの入り口には、スーツ姿の若者が立っていた。俺が来ることを承知していたようだ。


「あのー、面接を受けにきた者ですが」

「お待ちしておりました。来て下さったのですね。こちらへどうぞ!」

「はい……」


面接が行われる部屋へと案内される。


雰囲気からして、俺の他に面接を受ける人はいないようだ。
俺はだんだん不安になってきた。


怪しい男にいわれるがままに、のこのここんなところまで来てしまったことを、
俺は今さらながらに後悔した。

虎穴に入らずんば虎児を得ず、という諺がふと頭をかすめたが、
今の俺は明らかに虎に食われる側の人間だろうなあ、と思った。


不安が体調にも影響したのか、頭痛がし始めた。

俺は早くも帰りたくなった。


面接が始まった。

面接官は三人。中年の男と若い男二人。


一言でいうなら、面接は形だけの面接だった。


俺が何をいおうと、面接官たちは大げさに驚いたり感心してくれる。
手応えがあるんだかないんだか分からない。
およそ10分後、俺の採用が決まった。


どう考えてもおかしい。

俺の中に採用された喜びなどというものはまるで生まれなかった。


「採用となりましたので、さっそくあなたを職場にご案内します」


面接官に連れられ、俺はオフィスの中を歩く。
快活な声で電話に出て、自社名を名乗る女性の声が聞こえる。

ここで俺は、とんでもない事実に気づいた。


この会社の正体は“あの怪しい男が俺のデタラメの経歴として書き込んだ会社”だ。


つまり、あの男は俺を大学卒業からずっとこの会社に所属していることにし、
なおかつここの面接を受けさせたのだ。
それも、採用されると決まっている面接を。

なぜ、あの男はこんなことを?

俺は歩きつつ推理をし、やがて恐ろしい結論にたどり着いた。


おそらく、この会社のある人間がとてつもない不祥事を起こしたのだ。
それもとても社内だけでは処理できないような。
下手をすれば刑事事件になってしまうような。


それをごまかすにはスケープゴートが必要だった。
「全てこの社員一人のせいです!」ということにするための。


だから俺を前々からここの社員だったことにし、
一応の体裁としてあんな形ばかりの面接まで行ったのだ。



なんの裏付けもないが、俺はこの仮説があながち間違っていないような気がした。

冷や汗がどんどん出てくる。
先ほどから続いていた頭痛もどんどんひどくなる。


しかし、今ここでビルから逃げ出すというのは難しい。

今はただ、案内されるがままにするしかなかった。


「ここがあなたの職場です。どうぞ」


オフィスの一室に到着する。
デスク、書棚、コピー機、観葉植物、窓のブラインドなどが目に入る。


ここにたどり着くや否や、ますます頭が痛くなってきた。


「こちらがあなたの席です。さあ、どうぞ」


中途採用であるとはいえ新人のはずなのに、俺の席にはすでにパソコンや書類が用意されていた。
俺は吸い込まれるように椅子に座った。


頭痛が究極まで達する。


すると――


俺の頭に、鮮やかに記憶がよみがえってきた。

そう、俺はかつてここに勤めていた。


大学を卒業してからずっと、毎日休まず、ここに出勤していた。


若いながら能力を認められ、ある大きなプロジェクトを進めていたことも、



「……思い出した」


「やっと思い出してくれたか」


面接官を務めていた中年男、俺の上司だった男がいう。


他の同僚たちも喜んでいる。
俺が就職支援のカウンセラーだと思い込んでいた面々だ。



見ると、ファミレスで出会ったあの男もいた。

あいつは俺の同期で、友人だった。
「お前の風貌は占い師かなにかやったら絶対ウケるよ」などと軽口を叩いたことまで思い出せた。


俺はなにもかも思い出せたが、同僚達が説明をしてくれた。


「お前は事故で、大学卒業からの記憶がすっかり抜け落ちてしまったんだ。
 会社のメンバーがどんなに自宅に行って励ましても、記憶が戻ることはなかった。
 そんな時、医者が“もう一度就職面接から反復してみれば、元に戻るかもしれない”と
 アドバイスをくれたんだ。そこで、一芝居打ったってわけだ」

「しばらく休職してもらってもよかったが、今度のプロジェクトはお前なしじゃ
 成功はありえないからな……どうしても記憶を取り戻して欲しかったんだ」


俺の空白は埋まった。

すっかり頭痛は消え、俺はみんなにいった。


「みんな、どうもありがとう。さあ、仕事を始めよう!」









― 終 ―

なかなか面白い

乙乙
se・きらら思い出したわ

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