女戦士「死に場所を探している」ぼく「はあ…」 (40)

ぼく「どっかその辺で死んできたらいいんじゃないですかね」

女戦士「わぁ辛辣ぅ」


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ぼく「そんなこといわれましても、なにぶん他に答えようもないもので」

女戦士「まあ、言われてみればそうだよね」

ぼく「剣を持っていらっしゃるところを見ると流れの傭兵さんでしょうか。戦場をお求めなら山を下りて東に進めば地方領主がくだらない小競り合いをしていますけど」

女戦士「う~ん、駄目なんだよなぁ。そんな普通の戦場じゃ私は死ねないんだ」

ぼく「よほど腕に自信があるんですね」

女戦士「確かに腕に自信はあるけれども、もっと根本的なところでな。剣や槍で体を貫かれても、私は死なんのだ」

ぼく「……は?」

女戦士「何を隠そう、私は不死身なんだ」

ぼく「なにそれこわい」

女戦士「証拠を見せよう」

ぼく「え、なになに、なんで剣を抜いたのこの人」

女戦士「ほら、ぶっしゃー」

ぼく「わあ自分のお腹刺したよこの人。ぶっとい剣で自分のお腹刺したよこの人」

女戦士「おごぼぼほらな、ぎょぼごぼぜぇんぜん死なないだろぼぼぼごぼ」

ぼく「口から血をごぼごぼさせながらしゃべるのやめてすごいこわい」

女戦士「ずぼーん」

ぼく「わあ抜いた」

女戦士「見て見て、ほら」

ぼく「…え? お腹の傷が…ない?」

女戦士「どうだ? 信じたか?」

ぼく「これは…確かに…いえ、でも……」

女戦士「はいザクーン」

ぼく「わあ喉刺した。なんなのこの人。ちょうこわい」

女戦士「なんかまだ疑ってる風だったから」

ぼく「もう喉の傷ねえし……わかりましたよ。信じますよ」

女戦士「よかった。これで疑われたら今度は縦に真っ二つになるところだった」

ぼく「そんなもん一体どうやって……あ、やめて、なに剣を自分の頭頂部に当ててんの、いいですいいですやろうとしなくていいですごめんなさいゆるして」

女戦士「信じてくれたか」

ぼく「信じます、信じます……もう、心臓に悪いなあ」

ぼく「しかし……ははぁ、なるほど。それでこんな山奥の家まで訪ねてきたんですね?」

女戦士「うん、下の町で噂を聞いてな」







女戦士「お前、怪しげな術を研究している魔女なんだろう?」





ぼく「下の町で噂になってる魔女はぼくの姉です。町の人は魔女のことをとても美人でグラマラスと言ってませんでしたか?」

女戦士「そういえばそう言ってる人もいた。確かにお前はそういう風には見えないな」

ぼく「そりゃ見えないでしょうよ。まあいいです。そういうことなら上がってください」

ぼく「正直、ぼくもあなたの体にものすごく興味があります」

女戦士「このグラマラスなボディの秘訣か?」

ぼく「それはどうでもいいです。正直姉の方がすごい体をしていましたので」

女戦士「何だと。もういっぺん言ってみろこの野郎」

ぼく「うわあ怒った。この人自分のプロポーションに絶対の自信をもっていらっしゃる」

女戦士「お前御自慢のお姉ちゃんのところに案内しろ。格の違いというものを教えてやる」

ぼく「あいにく、姉はもう亡くなってまして」

女戦士「あ、ごめん」

ぼく「いえいえ。お気になさらず。肖像画は残っているので後でお見せしますよ」

ぼく「姉は亡くなりましたが彼女の研究はぼくが受け継いでいるんです。ですので、ぼくとしてもあなたの不死性はとても興味があります」

女戦士「研究。町の人間が怪しげな術と言っていたやつか」

ぼく「甚だ不本意ですけどね。姉のしていた研究は至極真っ当な医術ですよ」

ぼく「この世には不治の病と言われる難病が数多く存在している。その治療法の研究の為に、そりゃ確かに怪しい薬や、逆に毒物なんかも作り出したりしましたが」

ぼく「姉は新しい技術を取り入れるのにためらいを持たない人でしたから、最新鋭の機器も町の商人を通じて買い付けていました。知らない人が見たら何に使うのかもわからない異形の機械です。確かに魔女と呼び姉を畏怖した町の人の気持ちもわからなくはありません」

女戦士「お姉さんはご病気で?」

ぼく「病気……まあ、確かに病気と言えなくはないですね。厄介な病原菌に犯され、姉は苦痛のあまり自ら死を選びました」

ぼく「ぼくは姉のことを尊敬していたし、愛していました。姉を蝕んだ病原菌が憎くて、その菌を駆逐したかった。だから、姉の研究を引き継いで、その方法を勉強しています」

ぼく「……と、ここが研究室です。どうぞ中へ」

女戦士「ほぉぉ……一見すると、訳の分からん機械と意味不明な薬瓶だらけだ。確かにこれは、ここが魔女の館と呼ばれるのも納得だなあ」

ぼく「重たい薬瓶や機械なんかは、人に頼んでここまで運んでもらってますからね。そんな人達が町に戻って噂をするんでしょう」

女戦士「しかしあれだな。よくよく見れば、結構危ない機械や薬が沢山ある。人の命をたちまちに奪う毒なんかもあるじゃないか」

ぼく「わかるんですか?」

女戦士「うん。私はね、これまで何とか自分を殺そうと長い間色々なことを試してきたんだよ。飲んできた毒の種類も、数百種類はくだらない」

ぼく「長い間? 女戦士さん、もしかしてあなたは」

女戦士「うん。お察しの通りだ。不死身といったが、実際私は不老不死だ。うら若き美しい乙女に見えるかもしれないが、もう六百歳を超えている」

ぼく「美しいはいらんと思いますが……ははぁ…それはとてつもない話ですね」

女戦士「……多分。二百歳を超えてからはあんまり数えてないから正確なところはわかんないけど」

ぼく「これが姉の肖像画です」

女戦士「え、なにこれ超かわいいし超おっぱい大きいじゃん。嘘だ、絶対盛ってるよこれ」

ぼく「失礼な。盛ってません。むしろ実物はもっと綺麗で可愛いです。これを描いた画家はへっぽこです」

女戦士「うっそだ~。女としての自信が打ち砕かれていくよう……これ僧侶よりおっぱい大きいんじゃないの?」

ぼく「僧侶?」

女戦士「昔々、と~おい昔に一緒に魔王討伐をした仲間の女の子だよ。すごい可愛くておっぱいも大きかったんだ」

ぼく「魔王って……『勇者と魔王』のあの魔王ですか? よく物語に出てくる、あの…」

女戦士「大抵の物語は創作物だけどね。中には真実に近いものもあるよ。遠い昔から、少しずつ形を変えながらも語り継がれ続けてるんだろうねえ」

ぼく「すごい…実在したんだ、魔王……」

女戦士「なんかすごく感動してるね」

ぼく「そりゃ、もう。この家にも勇者と魔王の物語はいくつか置いてありますよ。小さいころから大好きで繰り返し読んでました」

女戦士「へえ…それ、私も後で見せてもらおうかな」

ぼく「どうぞどうぞ。もしかしたら、女戦士さんの冒険が謳われたものが、中にはあるかもしれない。そうしたら、うわあ、すごいなぁ……」

女戦士「目をキラキラさせてるところ申し訳ないけど、本題に戻ろうか」







女戦士「どうだろう? 君は私を殺してくれるだろうか?」





ぼく「そうですね。医術とは突き詰めれば『命を殺す術』。病気を治す薬も、見方を変えれば病原菌を殺す毒」

ぼく「良心が咎めるという点に目を瞑れば、何をしても死なないというあなたは新しい治療法を試すのにうってつけの被検体です」

ぼく「いいでしょう。出来るかどうかはわかりませんが、協力はします」

女戦士「ありがとう。では早速……これか? この謎の薬を飲んでみればいいか?」

ぼく「いえ、まずはあなたが今まで死ぬために試してきたことを教えてください。それを聞いて、分析したうえで、事には取り掛かりましょう。徒にあなたを傷つけることは避けたい」

女戦士「……長い話になる。何しろ、六百年分の、自分殺しの旅だ。覚悟して聞いてほしい」

ぼく「……ごくり」



 女戦士の!! 『こんな死に方を今まで試してきたよ』のコーナー♪


【☆刺殺☆】
 さっきも「ぼく」の目の前で試したよ!
 刺しても刺してもすぐに治るよ!
 どこを刺しても、どれだけ血を流しても関係ないみたいだ!


【☆撲殺☆】
 嫌がる傭兵に大金を掴ませてでっかいハンマーで頭をバーン☆ってしてもらったよ!
 うつ伏せに寝てる状態で頭を叩き潰してもらったよ!
 頭が粉々になったはずなのに、普通に目が覚めたよ!
 頭は何事もなかったように元通りだったよ!
 頭を叩いてくれた傭兵はどこかに逃げてしまったみたいだ!


【☆轢殺☆】
 でっかい車輪で全身を轢いてもらったよ!
 仰向けになった状態で、何回も何回も体の上を車輪が往復したよ!
 全身がぐっちゃぐちゃになったはずなのに普通に元通りになったよ!
 まあ、頭をハンマーで叩き潰して死ななかった時点で、予想してたけどね!


【☆水死☆】
 趣向を変えて、足に重りをつけて深い海に飛び込んだよ!
 めっちゃ苦しくなって、一回死んだような気がするんだけど、すぐに目覚めちゃうよ!
 苦しくなって意識失う → 目が覚める → また苦しくなって意識失う → 目が覚める の無限ループだったよ!
 そのうち苦しいってなんなのかよくわかんなくなったよ!
 深い水の底にいくということで水圧による圧死も期待してたんだけど、そっちはやっぱり全然平気だったよ!





 まだまだいくよ!
 続・女戦士の!! 『こんな死に方を今まで試してきたよ』のコーナー♪


【☆捕食死☆】
 海に長いこと沈んでる時に、優雅に泳ぐ鮫を見つけた時に閃いたよ!
 普通に動物に食べられるだけじゃ、食べられたところから再生しちゃって駄目だろうけど、丸呑みされて消化されたらいけるんじゃない!?
 体がただバラバラになるんじゃなくて、ウンコに変わってしまえば、流石に再生できないんじゃない!?
 そう思って鮫の口に飛び込んだよ!
 結果は最悪で、そもそも全然消化されなかったよ!
 全然消化されない異物がいつまでも腹の中にいたことで、鮫さんは死んじゃったよ!
 本当に申し訳なくて、この方法はもう二度としないと心に誓ったよ!


【☆餓死☆】
 そもそも腹が減らないよ!
 ってゆーか不老不死になってからウンコもおしっこも出ないよ!
 食べたもの、飲んだものはいずれ吐き気を催して全部吐いちゃうんだよ!
 とゆーわけで、勿体ないから極力食べ物は食べないようにしているよ!
 甘味とかは、申し訳ないけどたまーに食べてるんだ!


【☆爆死☆】
 火薬をいっぱい使った爆弾というものが世に出てきたから試してみたよ!
 爆弾を抱えたまま着火して、ボカン!
 四肢が吹き飛んでバラバラになった感覚はあったけど、気づけば無傷で立ってたよ!
 地面がえぐれて更地になった中心にポツンと立っていたときは、何だか物悲しい気持ちになったよ!


【☆蒸発死☆】
 火山のマグマに飛び込んで一瞬で焼け溶ければ或いはと思い、試してみたよ!
 でもやっぱりすぐに体が復活したよ!
 でもまた一瞬で溶けたよ!
 溶ける → 復活 → 溶ける → 復活 の繰り返しになったよ!
 一瞬で溶けちゃうから、海の時と違って途中でやめて上がることも出来なかったよ!
 しょうがないから、意図的に抑えていた全盛期の力を開放したよ!
 そうすると防御力が跳ね上がるから、マグマの熱にもある程度耐えることが出来るようになるんだ!
 それでようやく脱出したよ!
 クソ程めんどくさかったから、この方法は絶対に死ねるという保証がなければもう二度とやらねえ!!


【☆老衰死☆】
 いつかは脳みそに限界がくるんじゃないかと思ってだらだら生きてるよ!
 でも、いつまで経ってもその兆候すら表れないよ!
 六百年分、意外と昔のことも覚えてたりするよ!
 凄いね、人間の脳みそ!


女戦士「え~と、あとね~」

ぼく「もういいです。一回休憩」

女戦士「おや、顔色がすこぶる悪い」

ぼく「そりゃそうでしょう……はあ、あなたの話が全て真実だとしたら、本当にとんでもない話だ」

女戦士「お? まだ疑ってる?」

ぼく「うそうそうそ、信じてます信じてます。やめて剣を頭頂部に当てないで」

女戦士「どうかな? 私の話を聞いて何かわかった?」

ぼく「う~ん、いろいろなことが衝撃的過ぎてなんとも……とりあえず今夜一晩ゆっくり考えてみます」

女戦士「お願いね。それじゃ、今日はこれでお開きにしようか」

ぼく「良ければしばらくこの館に泊まってください。姉の使っていた部屋も空いてますので」

女戦士「いいの? それじゃ、遠慮なくお世話になるね」

ぼく「というわけで、気分を紛らわせるために自慢の大浴場にやってきたのだった」

ぼく「大浴場なんていうと大げさだけど、それでも人間二人が入って十分に足を伸ばせるほどの広さがあるのだ」

ぼく「体にいい色んな薬草もお湯に浮かべてあるし、その泉質は有名温泉地にも引けをとらない自信がある」

ぼく「……お姉ちゃんと洗いっこしてたのが懐かしい」

ぼく「……お姉ちゃん……くすん…」

女戦士「なんだなんだ。姉が恋しいのか。よし、それじゃ私がお姉ちゃんの代わりをしてやろう」

ぼく「うわあ、何入ってきてんですか。やめて脱がないで、出てって、脱ぐなぁ」

女戦士「なんだ顔を真っ赤にして。照れる必要なんてないぞ?」

ぼく「いいから出てっ、て…」

ぼく(思わずぼくは言葉を失ってしまった)

ぼく(女戦士さんは鍛えられて非常に均整の取れたプロポーションをしていて、見かたによっては確かに姉の体よりも美しいとさえ言えた)

ぼく(だけど、ぼくの目を引いたのはそこではなくて……女戦士さんの体には、無数の傷跡があったのだ)

ぼく(特に……お腹にある大きな傷跡。そこにまるで大きな穴が開いていたかのように……肋骨から腰骨まで、大きく丸くそこだけ皮膚の色が違う)

女戦士「なんだ人の体をまじまじと見て。欲しいのか? この見事に均整の取れた体が」

ぼく「ち、違いますよ。な、なんでもないです。すいません」

女戦士「ああ、この傷跡か。醜いだろう? しかし私はこれを恥ずかしいとは思わない。むしろ、この傷跡は私の誇りだ」

女戦士「これは自分殺しの旅の中でついたものではない。はるか昔、私がまだ真っ当に人として生きていたころについた傷だ。魔王討伐の旅の中でついた傷なんだ」

ぼく(ぼくは、あまりの衝撃に声を出せないままでいた)

ぼく(女戦士さんの言葉を今まで疑っていたわけはないけど、女戦士さんのお腹の傷跡は彼女の話が真実であることを雄弁に物語っていた)

ぼく(だって、あんな大きさの傷、今の医術で治せるわけがない。今は空想の物語とされている、神話の時代の奇跡の魔法でもなければ……)

ぼく(ぼくの心臓がばくんばくんと大きく高鳴っている)

ぼく(彼女の協力が得られるなら、ぼくは―――――ぼくの目的に大きく近づくことが出来るかもしれない)

ぼく(朝になった。一晩じっくりと考えた結果、女戦士さんに色々と聞きたいことが出来たのでぼくは彼女を呼びに姉の部屋に向かう)

ぼく(元気よく出てきた彼女によく眠れたかと聞くと「口と鼻を塞いで寝たから果たして寝ていたのか死んでたのかわからん」とほざいたので怒鳴りつけた)

ぼく(いくら何でも姉の部屋で死亡実験を行うのはやめていただきたい)

女戦士「正直すまんかった。今は反省している」

ぼく「頼みますよホント……それで、昨日の話なんですが、いろいろと知りたいことが出来たので質問に答えてください」

女戦士「わかった」

ぼく「まずは何より、あなたがそんな体になってしまった原因です。昨日の脱衣場で聞いた話も含めると、あなたのその不死性は持って生まれたものではない。一体どうして、あなたはそんな体になってしまったのですか?」

女戦士「原因はこれだ」

ぼく(そういって女戦士さんは左手を差し出してきた。昨日は気づかなかったが、中指に指輪をしている)

ぼく(何の変哲もない指輪に見えるが、どこか禍々しい雰囲気をぼくは感じた)

女戦士「死者の指輪という、呪われたアイテムだ。これを装備すると、装備した者は呪われて不老不死となり、私のように決して死ねない体になってしまう」

女戦士「私が生まれた時代には、こういった呪いのアイテムが沢山あった。誰かを、何かを呪う人の怨念がアイテムに宿り、呪いを生み出すんだ」

女戦士「装備したのが確か二十七とかそこらの年齢だったから……私の肉体年齢は、その辺りで止まっている。全盛期ともいえる年齢でこれを装備したのは不幸中の幸いだったと言えるだろうな」

ぼく(確かに、年老いた状態、あるいは幼少期の状態で不老不死となれば、その後の長い年月を過ごすのに多大な問題があったろう。もしかすると、これはそれこそを目的としたアイテムなのかもしれない)

ぼく(しかしあらためてぼくは高揚する。こんなアイテムは今の常識では考えられない、まさしく神代の奇跡の産物だ。つまり、ぼくが読みふけった勇者と魔王の物語は決して空想の絵空事ではなく、実在していたということになる)

ぼく「当然、その指輪は外すことが出来ないんですよね。その指輪がついている中指を切り落としても……」

女戦士「もちろん試した。何度やっても無駄だったよ。中指は瞬く間に元の形を取り戻し、そこにはこの指輪が外れずくっついてきた」

ぼく(ぼくは頷く。一連の話から新たな疑問は生じたが、まずは昨晩のうちに考えていた疑問から片付けていくことにした)

ぼく「それでは、次です。こんなことをお願いするのは、大変に心苦しいのですが……」

ぼく(ぼくは館を出て、少し歩いたところにある河原に立っていた)

ぼく(ごうごうと大きな音と共に舞い上がる水しぶきがぼくの頬を叩く。目の前には滝つぼがあった。ぼくの住む館は山の頂に近いところにある。少し歩けば、こうやって山肌を滑り落ちる滝があるのだ)

ぼく(女戦士さんはここにはいない。彼女はというと……)

女戦士「おぉ~い、そろそろいいかぁ~」

ぼく(ごうごうと響く滝の音に負けない大音量で、滝の上から女戦士さんがこちらに呼び掛けてきた)

ぼく(そう、彼女は滝の上にいる。三十メートルは優にある高さから、彼女は物おじせず滝つぼのそばに立つぼくを覗き込んでいる)

ぼく(ぼくは手をあげて彼女に合図を出した。すると彼女は景気よくジャンプし、滝の上から空中へと身を躍らせた)

ぼく(びじゃん、と重く湿った音が響いた)

ぼく(彼女が落ちたのは滝つぼではない。ぼくの立つ河原、つまりは岩場だ)

ぼく(ぼくがそうしてくれと頼んだ)

ぼく(彼女は何度もこれまでに体がバラバラになったことがあるという話をした。しかし彼女は気が付くと五体満足で復活していたという)

ぼく(ぼくはその復活の過程が知りたかった。彼女の再生力がどれ程のものなのかを確認したかった)

ぼく(果たして今、ぼくの目の前にはぐちゃりと潰れた彼女の肉体がある)

ぼく(昔、大きな蛾を靴の裏で踏みつぶした時のことを思い出した)

ぼく(彼女は間違いなく死んでいた。生きているはずがない)

ぼく(首は折れ、腕はめちゃくちゃに折れ曲がり、足はかろうじて皮膚だけで繋がっている。衝撃で破けた腹部からは臓物が四方八方に飛び出していた)

ぼく「お、おおぅ……」

ぼく(思わず口からうめき声が漏れていた。女戦士さんの体が再生を始めたのだ。折れ曲がった首はひとりでに真っすぐになり、同様に手足もぐねぐねと蠢きながら元の形へと戻っていく)

ぼく(バラバラになった粘土細工を修復しているようだ。透明な人間が隣にいて、こねこねと手足を繋ぎ合わせているのではと想像してしまう)

ぼく(ひとりでに腹に戻ろうと蠢く臓物は地を這う巨大な芋虫に見えた。見たいと頼んだ手前、目をそらすわけにもいかない。生理的嫌悪感に耐え、そのおぞましい光景を注視し続けた)

女戦士「どうだった?」

ぼく「ええ、まあ……すごかったです」

女戦士「気づいたら治ってるから、自分じゃよくわかんないんだよね。想像するに、けっこうえぐいシーンだったと思うけど」

ぼく「ええ、そりゃもう……すごかったですよ、もう、なんていうか、こう、やばかったです」

女戦士「語彙力が死んでいる…」

ぼく「ちなみにその……痛みは、どうなんです?」

女戦士「痛みは感じるよ。今のは即死っぽかったからほとんど痛み感じずに意識無くなったけど、剣で刺したりしたときは普通に痛い。でも、もう慣れたよ」

女戦士「痛いは痛いんだけど、怖くないって感じ。痛いのが嫌なのって、そこに怖いがくっついてくるからだと思うんだよね。死ぬのが怖い、元の形に戻らないかもしれないのが怖い、ってさ」

女戦士「だから、痛いけど嫌じゃない……ぬう、こう言うと変態っぽいな。とにかく、君が心配するような苦痛を私は感じないってことだ。気にしないで実験を続けてほしい」

ぼく「は、はぁ……」

ぼく(戸惑いはあったし、躊躇いは依然としてあった。でも、さっきの光景を見て、もしかしたら、と試したいことが出来た。それはとても冷酷で残酷なアイデアだったけど、ぼくの好奇心はそれを試さずにはいられなかった)

ぼく「それじゃあ、女戦士さん、館に戻りましょう。ぼくの研究室で試したいことがあります」

女戦士「うん、わかった」

ぼく(女戦士さんは二つ返事でついてきた。ぼくはそれがとてもうれしかった)

ぼく(姉も好奇心旺盛で、怪しげな実験を数多く行っていた。そのせいで人々から魔女だと蔑まれて、ぼくはそれが許せなかったけど……どうやらぼくは、そう呼ばれても仕方がない存在のようだった)

ぼく「それじゃ、この薬を飲んでください」

ぼく(研究室に戻ったぼくは、ある薬瓶を女戦士さんに差し出す。中身は強力な睡眠薬だ。飲んだ人間はたちまちのうちに昏倒する。そして、しばらくは何をされても起きない)

ぼく(それは例えば、腹を切り裂かれて臓物を抜かれたとしても……)

女戦士「わかった。ごくごく、ぷはー。まっずい、くそまずいなこれ。毒か、さては毒だなこれ。まき散らす糞尿も私の中には無いが、はてさていったいどんなおぞましい死に方をするのかぐごごごすぴー」

ぼく「しゃべりながら寝た。立ったままなのが凄いなこの人」

ぼく「まあでもバタンと床に倒れなくてよかった。そうすると手術台に運ぶのが大変だった」

ぼく(ぼくは傍にあった手術台へと女戦士さんの体を横たえる。本当に申し訳ないけれど、本人の了承なしに上半身の服をはだけさせてもらった)

ぼく(形のいい乳房があらわになる。姉の体で見慣れていたつもりだけど、美しい女性の体というものはどうしても見蕩れてしまう)

ぼく「はっ、いかんいかん。気を取り直して……いくぞ」

ぼく(ぼくは手にしたメスを、女戦士さんの左鎖骨の下あたりに突き入れた。女戦士さんの反応はない。今のところ薬はよく効いている)

ぼく(しかし薬の効果はきっとほんの僅かしかもたない。剣で刺した傷が瞬く間に回復したように、薬による体の異常もたちまちのうちに回復してしまうはずだ)

ぼく(ぼくは迅速に作業を進める。乳房に沿うようにメスを入れ、皮膚をめくり、胸部の中身をあらわにする)

ぼく(つまりは心臓だ。ぼくは女戦士さんの体から心臓を切り取り、それをあらかじめ用意していた三十センチ四方の鉄箱の中に閉じ込めた)

ぼく(がちゃりと念入りに鍵までかける。これでこの心臓は彼女の中に戻ることは出来ないはずだ)

ぼく「さて、どうなる……」

ぼく(彼女の体の再生が始まった。めくれあがった皮膚がひとりでに戻り、あっという間に傷は無くなってしまう)

女戦士「うーん、よく寝た……あっ、なんで私おっぱい丸出しなんだ。やったな、お前ついにやったな、えっち」

ぼく「ちがうちがう、ちがいます、誤解です。これにはやむをえない事情があったのです」

ぼく(女戦士さんは普通に今までのように起きてきた。ならば、鉄箱の中の心臓はどうなったのだろう)

ぼく「………」

ぼく(ぼくは絶句する。ぼくは高揚する。箱の中身はからっぽだった。ぼくはまぎれもなく、奇跡を今この目で目撃したのだ)

ぼく(女戦士さんの異常な体質、それ自体も奇跡ではあった。しかしそれはあくまで傷の超回復という、現実に存在するものの延長線上にあったものだった)

ぼく(今回のこれは違う。箱の中にあったはずのものが消えた。おそらくは女戦士さんの体の中に瞬間的に移動した。これは、現実にはあり得ない。つまり―――これは『魔法』だ)

ぼく(ぼくは今、魔法の実在を確認したのだ)

女戦士「うーむ、研究室での実験を終えてから、あいつ、難しい顔をして変な部屋に引っ込んでしまったな」

女戦士「しばらく自由にしていてくださいと言われたけど、どうしようか。特に何もやりたいことなんてないぞ」

女戦士「一番やりたいことっていったら死ぬことだけど、死ねないしな」

女戦士「よし、さっき行った川で魚とりでもしよう。居候しておいて何も働かないただ飯食いと思われても嫌だしな。まあ、私飯食わないんだけどネ」

女戦士「あ、しまった。水着も持たずに川まで来てしまった。館に戻れば、あいつの姉の水着なんかもあるだろうけど、戻るのは面倒だな。あいつも部屋から出てくるかわからんし」

女戦士「しょうがない。はしたないが全裸でやろう。なに、こんな山奥にやってくる人間もいないだろうさ」


 ――――――――……………………


女戦士「ぷはぁ~。大量大量。これで六匹目ときたもんだ」

女戦士「うぅ~、濡れた体に風が当たると流石に冷えるな。氷ばっかりある土地で凍死しまくったのを思い出す……」

女戦士(植物のつるを使って即席でこしらえた籠に手掴みした魚を放り込んでいると、がさがさと後ろの茂みを揺らす音がした)

女戦士(あいつが様子を見に来たのかと思い、無警戒に振り返ると、そこには見覚えのない男が立っていた)

男「おお、魔女の館に行く途中で喉を潤しに川に寄ってみれば、何とも美しいお嬢さんがいるではないか。傷跡が多くあるが、それを差し引いても素晴らしい肉体だ」

女戦士(独特の耳飾りが特徴的な男だった。私は男に対して、妙に生理的嫌悪感を覚えた。無遠慮に私の体を舐め回す視線がおぞましい)

女戦士「何だ貴様は。上にある館に何の用事だ」

男「なに、くだらぬ用事さ。人に話すようなことではない」

女戦士「お前の言う魔女はもういないぞ。だいぶ前に亡くなったらしい」

男「……なに? そうか、町の連中の噂は本当だったか。実に、実に勿体ないことをした」

女戦士(遠い目をして館の方角を見遣る男。何を思い返しているのか、その顔に一瞬下卑た笑みが浮かんだのを私は見逃さなかった)

男「あの時、魔女の傍らにはもう一人幼い子供がいた。今回はその成長を見届けるも一興か」

女戦士(男が背を向けた。私は岩に立てかけていた剣を手に取る)

護衛「旦那様、随分と時間がかかっておりますが、何かございましたか?」

女戦士(もう一人、剣を持った男が茂みから現れ、私を見て固まった。迂闊だった。連れがいたとは。剣より先に服を取るべきだった)

護衛「女、貴様、何を…」

女戦士(有無を言わさず私は剣を持った男に斬りつけた。男は咄嗟に剣を構えたが、遅い。かつて魔王を討伐した私からすれば、あくびが出るほど遅い剣速だ)

男「な…?」

女戦士(耳飾りが特徴的な男は突然斬り捨てられた護衛を見て固まっている。私が剣を振り上げるとわたわたと慌てふためき始めた)

男「なぁ、なに、なん、なんで…? もしや、復讐か? 魔女から復讐を頼まれた傭兵か? 貴様」

女戦士「違うよ。悪いが、これは非常に個人的な理由だ。お前たちは、私の裸を見てしまった」

男「………は?」

女戦士「私の裸を見ていい男は、たった一人だけなんだよ」

ぼく「おかえりなさい」

女戦士「ただいま。ほら、お土産だ」

ぼく「うわあすごい。魚がいっぱいだ。今夜は御馳走ですね」

女戦士「すまんがお風呂をいただけるか? 汚れた体を洗いたい」

ぼく「わかりました。すぐに準備しますね」

女戦士「一緒に入るか? 背中を流してやるぞ」

ぼく「結構です。風呂から上がったらぼくの研究室に来てもらえますか?」

女戦士「いいぞ。また新しい実験か?」

ぼく「いえ……少し、見てもらいたいものがあるのです」

ぼく「見てもらいたいものというのは、これです」

女戦士「植木鉢に土……それと、木の苗、か? これは」

ぼく「そうです。これはぼくの家系に代々受け継がれてきたもので、名を『邪木の苗』といいます。ぼくの私室で大切に保管していました」

女戦士「『じゃぼく』って、邪悪な木と書くのか? 凄く仰々しい名前だな」

ぼく「ええ、何を隠そう、この木にはかつて世界を支配した『魔王』の力が宿っているというのです」

女戦士「まおう……って、魔王? 私が倒した、あの魔王か?」

ぼく「ええ、女戦士さんが魔王と戦ったというのなら、その魔王なのでしょう。文献によると魔王が存在したのは四百年前とありますから、年代に多少の齟齬はありますが……伝聞が重なる中でその辺りはズレてくるでしょうし」

女戦士「まあ、私の六百年というのもかなりあやふやなものだからな……途中から年を数えるのやめてるし」

ぼく「魔王の力などと伝え聞いても、ぼくは今までそれを鼻で笑ってきました。しかし女戦士さん、あなたの存在でぼくは魔王の力が実際に存在することを確信しました」

ぼく「ぼくはこれから、家に残っている古い文献を読み漁ります。そして、魔王の力を復活させる方法を探ります」

女戦士「魔王の力を? これはまた物騒なことを言い出したな。実際に魔王の力を見た身としては決してお勧めはできないぞ。どうしてそんな決断を下したんだ?」

ぼく「これまで女戦士さんの話を聞いて、また、いくつかの実験に付き合ってもらって、ぼくは確信しました。今、この現代において、女戦士さんを殺す方法はきっと存在しません」

ぼく「女戦士さんは現代の常識では考えられない、奇跡の力でその身を縛られています。考えられるあらゆる方法を用いても、現代ではその奇跡の力を突破することは不可能です」

ぼく「しかし、遠い昔に存在したという、同じ奇跡の力なら? 女戦士さんの体に宿る呪いを打ち消す魔法が、同じ神代には存在していたかもしれない。いや、必ず存在していたはずだ」

女戦士「断言したな。それはまた、どうしてだ?」

ぼく「女戦士さん、あなたに不老不死をもたらしたというその死者の指輪。作った者に心当たりはありますか?」

女戦士「無い。これは昔、どうしても不老不死になりたかった私が世界中を旅してやっとこさ偶々見つけたものなんだ。作った者どころか、当時は所有者すらいなかった」

ぼく「やはり。ならば、間違いないでしょう」

女戦士「一人で納得してないで説明してくれ」

ぼく「わかりませんか? 簡単なことです。女戦士さん、死者の指輪はあなたを呪うために作られたものじゃない。あなたは少なくとも二人目以降の指輪の犠牲者だということだ」

女戦士「あ……」

ぼく「死者の指輪が真に解呪不可能な不老不死の呪いだとしたら、指輪はあなたの手には渡らず、最初の犠牲者……不老不死を生み出すほどの怨念の向く先となった者の指にいつまでもあったはずだ」

ぼく「しかし女戦士さんが発見した時、指輪は独立してそこにあった。それはつまり、最初の犠牲者が不老不死から逃れたことを意味している。その方法が、無事に解呪できたのか、あるいは死によるものなのかまではわからないけれど」

女戦士「…………」

ぼく(女戦士さんは感極まったのか、無言で肩を震わせていた)

ぼく(六百年の旅路……もしかすると彼女がこうして希望を抱いたのは数百年ぶりのことなのかもしれない)

ぼく(こうして、ぼくは家の中にある古い文献を片っ端から読み漁った。しかし古代の言語は解読が難しく、これでは読み解くまでに何年かかるかと思っていたが、嬉しい誤算があった)

ぼく(特に欲しかった、魔王に関する記述がある文献を女戦士さんが読むことが出来たのだ。どうやら、彼女が生まれた時代の言語とそう変わらない文字であったらしい)

ぼく(また、これにより家に伝わる『邪木の苗』に更なる信憑性が生まれ、モチベーションも高まった。しばらく、ぼくと女戦士さん、二人で黙々と本を読む日々が続いた)

ぼく(ところで、女戦士さんの話の中で気になることがあった。彼女は不老不死になる方法を探していたと言った。彼女は、望んで不老不死になったのだ)

ぼく(ある日、どうしてなのか聞いてみると、女戦士さんは意外とあっさり教えてくれた)

女戦士「昔な、私には恋人がいたんだよ。だけどその恋人は、世界を救うために無理をしすぎて、人間ではなくなってしまった。なんというか、神様もどきみたいなものになって、寿命がなくなってしまったんだ」

女戦士「私はそいつと一緒に生きたくて、同じ時を過ごす方法を長い間探し求めた。それで、たどり着いたのがこの死者の指輪だったんだ」

ぼく「その……恋人さんは、今は…?」

女戦士「死んでしまったよ。ある日、一人だけ先に人間に戻ってしまって、病気であっさり死んでしまった」

女戦士「私はあいつとずっと一緒にいると誓ったんだ。だから、早くあいつを追いかけてやらなくちゃ。だから……私は、一刻も早く死にたいんだ」

ぼく(ある日のことだった。ぼくは食糧を求めて河原を散策していた)

ぼく(ぼくはそこで、見覚えのある耳飾りが河原に落ちているのを見つけた)

ぼく(どくん、と心臓が跳ねた)

ぼく(足ががくがくと震え、全身から嫌な汗が噴き出した)

ぼく(思い出したくもない光景が頭の中に蘇ってきた)

ぼく「げろ、おえぇ」

ぼく(嫌悪感で吐き気を催した。ぼくは慌てて周りを見渡した。誰もいない。とりあえず、目に見えるところには人影はない)

ぼく(ぼくは走った。それまでに採集していた山菜なども放り出して家へと駆け戻った)

ぼく(早く、早く戸締りをして、窓も全部目隠しをして、部屋に隠れなきゃ)

ぼく(もし見つかったら、あいつに見つかったら……また、あの時のように…)

ぼく(いやだ、いやだ。いやいやいや)

ぼく(よほど顔色が悪かったのだろう。館に戻ったぼくに女戦士さんが「どうした?」と話しかけてきたけれど、まともに返答する余裕もなかった)

ぼく(……復活させよう。魔王の力を、早く、一刻も早く)

ぼく(治療するんだ……ぼくは…お姉ちゃんの志を継ぎ、医者として……)

ぼく(…………この世界に蔓延る病原菌を、駆逐する……)

ぼく(遂に決行の時がやってきた)

ぼく(ぼくと女戦士さんは家を出て、古い文献に記されていた場所にやってきていた)

ぼく(白く大きな岩。周囲の風景は文献に記されていたものを少々違いはあったものの、ここが『聖地』ということで間違いなさそうだった)

ぼく「では、女戦士さん」

女戦士「うん」

ぼく(女戦士さんに穴を掘ってもらい、邪木の苗を植える。とある植物の根を粉末状にして羊の血と混ぜ合わせた物を使って、文献に記されていた通りの魔方陣を描く)

ぼく(そして、歌を歌う。文献によると、これは精霊を讃える聖なる歌なのだそうだ。精霊とはこの世界に遍く存在する超常のもの。魔王の力の源は、この精霊であったらしい)

ぼく(女戦士さんの生まれた時代では精霊の存在は当たり前のものだったらしいが、この現代において精霊の話なんて見たことも聞いたこともない)

ぼく(しかし精霊はこの世から消え去ったわけではなく、ただ眠りについているだけで、それを起こし、活性化させるのがこの魔方陣と聖歌なのだそうだ)

ぼく(……魔王の力を復活させるのに聖地とか聖歌とか笑ってしまう。この文献の筆者は魔王を信仰でもしていたのだろうか)

ぼく(そのうちに、変化が生じた。邪木の苗を中心に光が生まれ、それが魔方陣を循環してぼくの体に流れ込んでくる)

ぼく(体の中心に熱を感じた。熱い。じわりと全身から汗が噴き出してくる)

ぼく(しかし不快では無かった。むしろ快感ですらあった。高揚感で心が沸き立つ。弱い自分が消え去っていく)

ぼく(何か得体のしれない超常の力がぼくの体に宿っていた。不思議だけれど、確信がある。その力の扱い方も、知識として頭の中に流れ込んできていた)

ぼく(ぼくは、右手を天に向かって掲げた)













「『呪文・――――――大雷撃』!!!!」




















(雲無き空に稲光が走る。轟音を伴い、落下した雷光は――――――山の麓にあった町を灼熱で焼き尽くした)










ぼく「……は、はは」

ぼく(心が沸き立つ。口の端がにやりと曲がる)

ぼく「ははは!! あはははははは!!!!」

ぼく(抑えきれない激情に、ぼくは大口を開けて哄笑した)

ぼく「すごい! 流石だ!! 流石魔王の力だ!! たった一度の魔法で町をひとつ焼き尽くした!!」

ぼく「出来る……出来るぞ…!! これで、ぼくの目的は叶う…!!」

ぼく「この世界に蔓延る病原菌を、地球を食い荒らす害獣を――――人間を、駆逐できる!!!!」

ぼく(ぼくは横に立つ女戦士さんを見る。女戦士さんは放心状態で、うわごとのように何か呟いていた)

女戦士「雷…? 私の知っている魔王は漆黒の炎を操っていたはずだ……雷だなんて、これじゃ、まるであいつの……」

ぼく(ぼくは女戦士さんに掌を向ける。女戦士さんはそれでやっとこちらに目を向けて、ふっ、とその顔に笑みを浮かべて見せた)

女戦士「そうか…そういうことか……いいよ、やりな。あいつの力なら、もしかしたらこの呪いも……」

ぼく(女戦士さんの言葉は最後まで聞こえなかった。轟音。雷光。灼熱。彼女の体は黒い人型の炭になって倒れた)

ぼく(呪いは解けただろうか。彼女は愛しの恋人の下へ行けただろうか。彼女の望みが叶っていてほしいと切に願う)

ぼく(その顛末を見届けるつもりはない。ぼくにはやらなくてはならないことがある)

ぼく(なにしろ、世界はとても広くって、人間は滅法多いのだ)

ぼく「は! はは!! あはははははは!!!!!」

ぼく(ぼくに宿った魔王の力は、どうやら魔法だけではなかった)

ぼく(体が軽い。一足飛びで集落を飛び越し、軽く駆けただけで馬車を追い抜く)

ぼく(逃げ惑う人々をしらみつぶしにするのも、今なら容易だった)

男性「どうして…どうしてこんなことをするんだ! どうしてぇ!?」

ぼく(だらしなく涙を流して目の前の男が叫んでいる。きっと失禁もしているだろう。みっともない)

ぼく「どうしてといわれても、お前たちが罪深い人間だからさ」

ぼく「みんなの為に必死に勉強していたぼくらを、魔女だなんて迫害して、あんな山奥に追いやって、それだけじゃ飽き足らずに、たまに家に押しかけては乱暴して」

ぼく「こんな生物に生きてる価値なんてない。死ね。死んで草の養分となった方がよっぽどマシだ」

男性「お前、まさか山の上の…!? いやだ、違う、俺はそれには加担していない! 助けてくれ!!」

ぼく「だけどぼくらが何をされていたのかは知っていたはずだ。知っていながら、無視し続けた。いや、むしろ酒の肴として虐げられるぼくらの様子を面白おかしく語ってもいた」

ぼく「なあ、どうして人間ってのはそうなんだ? どうして『こいつには何をしてもいいんだ』なんて勝手に認定する? どうしてその認定を受けた者を、さも人間じゃないように扱える?」

ぼく「これは、そうやって認定された者からの仕返しだ。ぼくは、お前たち人間すべてを『いらない存在』だと認定する」

男性「ひ、ひぃぃ……!!」

ぼく「それじゃあ、さよなら。あの世でお姉ちゃんに土下座しろ」

ぼく(程なくして、ぼくは山の麓の町を壊滅させた。人っ子一人残さなかった)

ぼく(しかし、肝心のこの町の長が、あの耳飾りの男がしばらく前から行方不明だというのは本当に残念だった。どこかで野垂れ死んだのか……出来れば、この手で殺してやりたかった)

ぼく(物思いにふけっていると、背後で足音がした)

ぼく(もうこの町に生き残りはいない。だとすれば該当する人間はあの人しかいない)

ぼく(振り返る。果たして、そこには女戦士さんが立っていた)

女戦士「よう」

ぼく「生きていたんですね。残念だ」

女戦士「本当にな。残念至極だよ」

ぼく「あなたに対してぼくが出来ることはもうありません。この魔王の力が通じなかった以上、他に呪いを打ち破る心当たりはぼくには無い」

女戦士「いいよ。今までありがとう。お前のおかげで、すごく懐かしいものも見れた……本当に、感謝しているよ」

ぼく「どういたしまして……それで、どうして剣を抜いて構えてるんです? まさか、ぼくを止める気ですか?」

女戦士「止める気というか……殺す気だな。申し訳ないけど」

ぼく「どうしてですか? あなたが人間をかばい立てする理由がわからない。あなたは六百年も生きて、人間の醜いところを沢山見てきたでしょう」

女戦士「確かにな。とある事情も手伝って、人間なんて滅んでしまえなんて思ってしまう気持ちも私にはあるよ」

ぼく「でしょう? あいつらは最低だ。ぼく達姉妹に『魔女』なんてレッテルを貼って、魔女狩りと称して好き放題してきた」

ぼく「姉もぼくも、好き放題に犯された。ぼくなんて、胸も小さくてこんな男の子みたいな体してるのに、あいつら、股に穴さえ開いてればなんだっていいんだ」

ぼく「けだもの、けだもの、けだもの…!! 気持ち悪い…!! それをただ見ていただけの奴らも同罪だ…!! あいつらに生きてる価値なんてないんだ!!!!」

ぼく「なのに……なのに、あなたはぼくを止めるのか」

女戦士「言っただろう。止めるというか、殺すんだ。お前の主義主張はどうだっていいし、お好きにどうぞって感じだよ。正直、私がお前と同じように男から汚されたら同じように大暴れする自信がある」

ぼく「なんだそれ……なんでだ!! だったらどうして、あなたはぼくを殺すんだ!!」

女戦士「……理由はひとつだ。お前は、『あいつ』のことを魔王と呼んだ」

女戦士「私は、いかなる理由があろうと『あいつ』を魔王と呼んだ奴を許さない」

ぼく(そう言って女戦士さんは剣を構えた)

ぼく(ぼくの心は絶望感でいっぱいだった。だって勝てるわけがない)

ぼく(目の前にいるのは、かつて魔王を倒した張本人で、更に不死身のおまけつき)

ぼく(ああ、いやだ、いやだ。どうして、どうしてぼくばっかりがこんな目に)




ぼく(―――――――本当に、いいことなんてひとつもない人生だった)



女戦士(私の呪いを解くために、一緒に親身になって考えてくれた少女を、私は殺した)

女戦士(確かにまだまだ発育途上だったけど、いずれは姉と同じく綺麗になるだろうと思わせた可愛らしい少女は、今は物言わぬ骸となって私の傍に倒れている)

女戦士(彼女は彼女で私を利用していたとはいえ、六百年の歳月で随分と鈍くなったとはいえ、心は痛む)

女戦士(特に、今の私は感傷的だった。彼女によって、本当に懐かしいものを見せてもらえたから)

女戦士(かつて共に魔王を討伐したあいつの、共に生きることを誓ったあいつの力を、彼女はほんの一部とはいえ復活させた)

女戦士(頬を涙が伝っていた。泣くのは一体何年ぶりだろう。もしかすると、百年ぶり以上のことかもしれない)

女戦士(会えなくなって、四百年。心の内の、そのまた奥に押し込めていた想いが溢れ出す)

女戦士(悲しくて、寂しくて、私は立っていられなくなって、その場に膝をついてしまった)

女戦士(果たして、私はまた立ち上がることが出来るだろうか。また死に場所を求めて歩き出すことが出来るだろうか)

女戦士(わからない。今は何も考えられずに、ただ感傷のままに、私はあいつの名前を呼ぶ)









女戦士「会いたいよ――――――――――勇者」







 ―――――――現代、日本。
 とある大学にて、学生たちがうわさ話をしている。

「すごいよな、教授。また新しい特効薬を開発だってさ」

「女の人だってのに、すごいよね。いつ行っても研究してて、一体いつ寝てんだって感じだもん」

「今日も記者が殺到してるよ。まあ、いつもの通りあの人は取材には答えないんだろうけど」

「げー、あたしまた代役やらされるのかしら。もう正直めんどいんだけど」

 大学の北側、あまり日の当たらない研究室で、件の女教授は今日も試験管を睨みつけていた。
 こんこん、と部屋のドアがノックされる。
 どうぞ、と女教授が答えると、初老の男性が中に入ってきた。

「精が出ますな」

 穏やかな声音で男性は女教授に話しかける。
 実は、この男性がこんな風に声色優しく人に話しかけることはとても珍しい。
 初老の男性は女教授が研究する分野では結構な権威として知られ、その厳しい人格が有名な人物であった。
 彼がこんなに気を遣うように話しかけるのは、自分と対等以上の研究者と目の前の女性を認めているからに他ならない。

「昨晩もこの研究室の電気は消されることがなかったと聞きます。その熱心さ、私も見習わなくてはなりますまい」

「いえいえ、私など、まだまだです」

 女教授の声は凛として室内によく通り、聞く者を心地よくさせる響きをもっていた。

「今回の発見についても、たまたま。私はただ、あらゆる命を奪い去る強毒性の物質を探していただけ。今回は、たまたまそれが人に有害な物を殺すものだったから称賛された。それだけです」

「謙遜する必要はありません。あらゆるフィールドワークを厭わぬあなたの行動力が招いた成果です。出会って二十年は経とうというのに本当にいつまでも若々しい。その若さの秘訣を、今晩食事でもしながら教えていただけませんかな?」

「申し訳ありません。今晩の内に研究をある段階まで進めておきたくて……」

「これはいかん。また振られてしまった。本当に君はガードが堅い。浮いた噂ひとつ聞かんしな。実際のところ、いい人はおらんのかね」

「ええ、そういう人は、間に合っておりますので」

 女教授は男性に向かって柔らかな笑みを浮かべた。
 その表情からは、女教授がその場を取り繕うために適当を言っているようにはとても見えない。

「なんだそうか、おるのか! いやこれは失敬! それでは、こんな爺に誘われてもついていくわけにはいかないな」

「ええ、申し訳ありませんが―――――いえ、もしも、私の願いを叶えてくれるなら、私は喜んであなたにご一緒しましょう」

「ほう。では、その望みとはなにかね?」

 女教授は笑う。
 わずかに開いたドアの隙間から流れ込んだ風が、女教授の長く美しい金髪を揺らした。










「―――――――あなたが、私を殺してくれるなら」









以上、一旦終了

11月3日に続きを投下します


続きがきになる

えっこれ続きあるのか

乙ー

こっちにも乙!
これからまとめられて話題になって書籍化アニメ化ってまじで行くと思ってる。

>>35
見れない(泣)

勇者息子の続編だったのか!
でもあっちでこっちのssの結末書いてもうてるやん……

>>37
勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」
ググりな。心して読むべし

三年越しの乙
転職決まらなくて夜通し読みふけってたんだけどそうか、終わってしまったんだな
万が一って言葉の重みをこの話で考えるようになったよ
ありがとう、二つの終わり方に加えて更にもう一つの終わりまで見せてくれるとは流石だわw

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