【メイドインアビス】オーゼン「千人楔」 (13)
昼下がりのシーカーキャンプ。食事を済ませ一息ついた時、手袋に染みが付いているのに気付く。汁物が跳ねたのだろう。
手袋を脱ぎーー自分の手が露わになる。
「…………」
千人楔ーー遺物が無数に埋め込まれた醜い手。手の甲の楔をゆっくりと撫ぜる。
最初に千人楔を打ち込んだのはいつだっただろうか。余りに遠い過去で、もうよく思い出せない。
ただ、最初の一本目はアビスへの探究心がそうさせたのは間違い無い。これがあれば、より深く潜れる。深淵に近づく事ができる。そしてーーーー傷ついた。
そうこれは傷跡。アビスからの消せない傷なんだ。我ながら異形だな、と思う。捻れた頭皮に醜い体。喪失した心の何か。白笛と引き換えに失ったーーーー。
ーーその傷は、心折れようと奈落に挑み続けた不屈の証だ。
「……フフフ」
そういえば可笑しな事を言う奴もいたな。思わず笑みが漏れる。
「お師様……?」
「…………」
気付けばマルルクが不安そうな顔で私を見ていた。そりゃ1人で笑っていたら不安にもなるか。
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「……マルルク、お茶を持って来てくれ」
「は、はい……」
マルルクの後ろ姿を追いながらふと思う……そういえばこんな風に昔の事を思い出すのは久しぶりだな、と。
原因はどう考えてもこの前来たライザのガキ共のせいだが。
「そういやこの部分の楔は……」
まあだがたまには悪く無いかもしれない。昔を思い出すのも。
千人楔。私の遺物。ひと刺しで千人の力を得る一級遺物。
最初はそう。よりアビスに近づく為だ。元から力はあった。体格は恵まれていたからね。
けれど奥に潜る為にはもっと力を得ないと。本数はどんどん増えて行き……気付けば白笛さ。
ただーーーー本数が増える度に大事な物を失っていったが。
頭皮は捻じ曲がり、心は人間性を失い……そして白笛を得る為にーー。
もう、戻れなかった。過去に戻る扉には無数の楔が打ち込まれでしまったんだ。
……そんな時だったな。アイツが来たのは。
「動かざるオーゼン。本物の白笛だ。
なぁあんた私の師匠にならないか?」
探窟家というのは総じて頭がおかしいのが多い、というのが私見だ。特に深く潜る奴は。
だが、こいつは何だ? まるで異質。名をライザ。この、訳のわからない小娘は二度蹴っ飛ばしたのにも関わらず私の元へ来た。
「その傷は、心折れようと奈落に挑み続けた不屈の証だ!」
満面の笑みで小娘は言った。
思わず笑ってしまったのを覚えている。アビスの呪いを不屈の証だなんて言う奴は初めて見たからだ。
面白い奴だ。捻じ曲がった心にもそんな思いが浮かんだよ。かくして私はこの小娘ーーライザを弟子に迎えいれた。
修行をつけていて思ったのは……不屈。そう、ライザは不屈だった。
よく大人気ない奴だと言われるが、どうも私は加減が出来ないらしい。特にあの頃は弟子なんて初めてだったから……割と酷い修行だったんだろうね。
私に言わせればアビスの化物共はもっと狡猾で残酷。だから教える事に手心を加えるなんて出来ない。
血と涙でグチャグチャにライザは毎日、地を這っていた。
だけどライザは必ず立ち上がり。
「どうしたオーゼン……わたし……はまだやれるぞ……」
血塗れでそう凄むライザの姿に畏怖すら覚えたものだ。
ライザはメキメキと成長して行き……彼女はあっと言う間に黒笛になっていく。
「どうだ、もう直ぐオーゼンに追い付くぞ!」
初めの頃と同じ笑顔でライザはそう言った。アビスに潜り体も心にも傷を負った筈。
だけどライザの心はあの頃と変わっていない。その眩しい瞳の輝きは消える事の無い光だ。
そして、私は最初からその光に魅せられていたんだろう。
「…………」
「……? どうしたそんな惚けた顔をして」
「……何でもないさ。次は5層目だよ。上昇不可で血反吐を吐くのが見ものだね」
「望む所だ!」
何事にも屈しない不屈の心。消える事の無い輝き。アビスによって捻じ曲がった私の心を照らしてくれるその輝き。
ライザの瞳の輝きを私はずっと見ていたかったんだ。
そしてある日……彼女の瞳が陰ったのを初めて見た。
油断していたーーと言えば簡単だけど、それは絶望的な状況だった。深層で他国の探窟家に嵌めらたのだ。
白笛とまでなれば恨みなんて幾らでも買う。心当たりは幾らでもあった。
「………あ」
巨大な原生生物がゆっくりと近づいて来た。私を食おうとしているのだ。
死ぬのは不思議と怖くなかった。それは心が捻じ曲がり過ぎたのかーーそれとも。
原生生物が消し飛んだ。圧倒的な炎で原生生物は塵となる。見覚えのある炎。
「オーゼン!」
見るとそこには無尽鎚を手に、ボロボロになったライザが立っていた。ライザは私に駆け寄る。
「オーゼン! し、しっかりしろ! 大丈夫か!」
顔をくしゃくしゃにして、ライザは涙を流していた。その瞳にいつも光は無い。
こんなライザの顔は初めて見た。
「……ああ。平気……さ」
「……っ。オーゼン!」
まるで子供の様に私の胸で泣き?る。罠に嵌められ私と引き離されて、必死に探したのだろう。体中傷だらけだ。
申し訳ない事をした。久しく忘れていた後悔の念が胸に浮かぶ。だが後悔する間もなく。
「ちっ、生きていたか……」
影から探窟家達が湧き出て来た。私達を嵌めた外国の探窟家達だろう。数は8。多い。しかも全員黒笛だ。
「逃げ……ろ。ライザ……」
幾らライザでも手負で8人の黒笛の相手は出来ない。私はライザにそう言いーーーー言葉を失った。
「許さない」
そう呟くライザの顔に輝きはなかった。アビスに近い黒い瞳。どす黒い輝き。
「殺す」
あっと言う間だった。無尽鎚を振るい探窟家を塵に返す。そこに慈悲は無く、叩き潰され、殲滅された。
その凄まじい戦い振りは瞬く間に広まり彼女には殲滅の肩書きがついた。
この事件を機に様々な出来事があったがーー私が思ったのはただ一つ。
あんなライザは見たく無い。ライザに二度とこんな顔をさせてはいけない、と。
私はしばらく千人楔を追加していなかった。驕るつもりはなかったが、もう十分だろうと言う気持ちはあったからだ。
「オーゼン、本当に良いのかい。リスクも……」
「いいさ」
あの事件の後、私は久しぶりに楔を追加する事にした。もう随分と数は既に刺している。
だが、足りない事が分かったんだ。私は決意した。二度とライザにあんな顔はさせない。だから、強くならなければ。
千人楔を刺すには激しい苦痛が伴う。だけど、今回は不思議な感覚が伴った。……思えば、誰かの為に楔を刺すのは初めてかもしれない。
我ながら気持ち悪いな、と少し思う。だが、確かな思いなのは間違いなかった。
「……お師様?」
マルルクの声で意識が戻るどうやら寝てしまっていた様だ。
「お茶、お持ちしました」
「ありがとう」
暖かいお茶を啜りながらふと思う。そういえばあのガキはまだ生きているだろうか。
母親に会いに行く……か。赤笛でラストダイブなんて正気の沙汰とは思えない。……間違いなくあいつは母親似だろうな、と思う。
深層には化物やロクデナシ共がいるが……まあどうにかやるだろう。頼もしいお供もいるしな。
フフ……親子揃って変な奴らだ。
「約束通り送り出したよ。ライザ」
千人楔を撫でながら呟く。
かつての弟子はきっとアビスでも輝く瞳で元気にしているだろう。根拠は無いが何故かそう思えた。
ーー完ーー
メイドインアビス積んでたけど読むかな(´・ω・`)
途中…3巻くらいで読むの辛くなるかも知らんがぜひ読んでくれ
乙
このスレは素晴らしい価値そす
さりげなくレグのこと評価してるのイイっすね
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