二宮飛鳥「美波さんにボクの歌が歌えるわけがない」 (26)

・シンデレラガールズSS
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住む世界が違う。

飛鳥は美波を初めて見たとき、そう感じた。

新しくスカウトされた新田美波という人物は、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道を地で行く人で、瞬く間にアイドルとしての実力をつけていった。

大学に通いながら、資格の勉強とサークル活動とアイドル活動を全てこなしているのだからそのバイタリティは驚くべきである。

世界への抵抗を繰り返し、刺激と変化を与えてくれるものを探して彷徨っていた飛鳥にとっては、眩しすぎるように感じた。

事務所の皆も一目おいており、特にありすからは毎日のように文香と美波の話を聞かされている。

しかしながら、飛鳥は美波に違和感を覚えていた。

確かに、クラスにも活動的で社交的な人物はいた。

しかし、美波はそれ以上だ。

驕ることなく、慢心することなく、人当たりがよく、愛嬌と色気がある。

そんな人間が、本当にいるのだろうか。

時折、その笑顔が作り物めいて見え、どうにも美波の考えていることが読めない。

そして、そんな美波とライブに出ることになるとは。

二人を組ませた理由をプロデューサーは「飛鳥と美波で話してみればわかる」と言っていたが、その真意はまだわかっていない。

事務所のだだっ広い廊下に飛鳥のブーツの音が響く。

軽い運動は脳をほどよく活性化させるものであるが、それが明確な正解にたどり着けるとは限らず。

こうモヤモヤしたときは趣味である漫画に筆が乗るタイミングだ。

言い表しようのない感情こそ、表現のエネルギー。

なにより、かつては一人遊びであったものだが、今はセカイを見せ合える人がいる。

「その魔翌力に濁りはないか? 我が同胞よ」

大人びたような、それでいてどこか幼さを残す声。

飛鳥は顔を上げ、網膜に映るその姿を見て表情が綻ぶ。

「ああ……蘭子。ここでキミに会うのは天命、運命と言っていい」

神秘的なまでに透き通った白い肌と、それを覆う黒のゴスロリ服。

歩く度にしなやかに揺れる巻き髪。

長い睫毛に縁取られた深紅の瞳。

神崎蘭子その人であった。

「心配には及ばないよ。少し考え事をしていてね」

「ふむ……その澱み、分かち合うことは可能か?」

「蘭子は美波さんと話したことはあるかい?」

「うむ! かの者は慈愛に満ちており、それでいて気高き魂を持つ、まさに女神!」

蘭子のキラキラと輝く目は、飛鳥にグリモワールを見せるときのそれによく似ていた。

「そうか……蘭子、キミまで……」

飛鳥は右手でエクステを弄ぶ。

「確かに、美波さんのストイックな部分は見習うべきものだろうね」

それよりも、今は胸に蓄積された感情を共有したかった。

「今日の予定は空いているかい? また二人でお互いのセカイを語り合おうかと思ってね」

「魅力的な誘いではあるが、生憎、件の女神との契約がある」

蘭子は体を斜に構えて、額に手を当てるいつものポーズ。

「魔術の構築式は既に完成されており、太陽の断末魔を待つのみ」

ばっと掌を前に突き出し、興奮気味な笑顔。

「今宵は白銀の妖精も伴って、女神と血肉の生け贄を求めん。真紅の秘薬が魔翌力を高めるわ!」

対して飛鳥は、頬から首にかけての筋肉が固くなる。

ここでも、やはり美波なのか。

飛鳥の下唇が少し歪んだ。

学校や街中では、アンニュイにも、不機嫌にも見える表情がデフォルトである。

しかし、蘭子の前では、格好良い『二宮飛鳥』でありたいと思っていた。

だから、感情が顔に出すぎないように、余裕を持っているような笑顔で押し込めた。

「汝も宴に参加するか?」

「いや、今日は止めておくよ。また今度二人でゆっくり時間を取ろうか」

その答えに、蘭子はアイシャドウの引かれた大きな目でじっと見つめる。

主張のはっきりしたやや太めの眉がぴくりと動いた。

「飛鳥よ、闇の先に何を見い出すのか?」

「いや、未知というものに人は本能的に身構えてしまうというだけのことさ。蘭子と話せて少し気が楽になったよ。ありがとう」

飛鳥は蘭子の瞳を見続けることが出来なかった。

そして、視線を外したその一瞬、不意に蘭子が飛鳥の手を取る。

「……!? 蘭子、何を……!?」

「くくく……これぞ白銀の妖精より受け継がれし技である! 言の葉より深く、魂で繋がる儀式であると!」

滑らかで、柔らかくて、温かい手だった。

心臓が早鐘を打つ。

「良かろう。そなたがそう言うのであれば我は観測者となろう。だが、我らは魂の同胞。混沌に呑まれしときは、必ず救いの手を差しのべることを、決して忘れるでないぞ」

するりと手を離し、そう言い残して去りゆく蘭子の背中を、飛鳥は視界から外れるまで目を逸らさなかった。

見透かされているのだろうか。

気を使われているのだろうか。

いずれにせよ虚勢が意味をなしていないのは気恥ずかしいものではあった。

屋上に来れば少しは気分が晴れるかと思いきや、厚みと高さのある雲がそこかしこに散っていて空からの明かりを遮っていた。

初夏のぬるい風を受けながら、闇と光の境界線を眺める。

世界から取り残されたような雰囲気の中、屋上入り口の古びた扉が開く音がした。

「あ、飛鳥ちゃん。ここにいたんだ」

美波は丁寧に扉を閉める。

無地のロングスカートが緩やかに風に揺れた。

「美波さん。どうしてここへ?」

「飛鳥ちゃんはよく屋上にいるって聞いて、どんな感じなのか知りたくて。良かった。ちょうど飛鳥ちゃんとお話したかったから」

美波が見せるのはいつもの笑顔。

やはりどうしても、笑顔の仮面を付けているように見えてしまう。

「今度のライブ、一緒に頑張ろうね」

「ああ」

飛鳥は生返事をして、上着のポケットに手を入れる。

「私はまだ自分の曲がないから、飛鳥ちゃんの曲を一緒に歌わせてもらうんだけど、『共鳴世界の存在論』はとてもいい曲だよね」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

この曲は飛鳥のアイドルとしての在り方を表現したもので、初めて聞いたときの、既知の自分が音楽という形になった感動と、未知の世界へと足を踏み込んだ歓喜は忘れようもない。

褒められて喜ばしいはずなのに。

「歌う姿も、すごく格好良くて」

「そうか」

「この曲、とっても好きだよ。共感できる部分があるから」

共感。

理解者を、共感者を、求めていたはずなのに、そんな安っぽく語られることに、どこか心は反発していた。

『共鳴世界の存在論』は思春期の言い様のない不安を、孤独を、衝動を、叫びを表現したものだ。

それとは無縁に見える美波に、果たして何が伝わったというのか。

「美波さんに、理解るわけがない」

その感情は、独占欲と、そして、恐怖だった。

自分の居場所を、アイデンティティーを奪われる恐怖。

学芸会でお姫様の役になれないからと駄々をこねる子供のようなものだ。

着飾ったちっぽけなプライドを、真っ当に破壊されるのを、ただ恐れていただけだった。

「キミのように人望があって、自分のしたいことを見つけて、なんでもできて……そんな人に、何が理解るっていうんだ」

嫉妬だった。

羨望だった。

世間一般的に必要とされる、求められる存在は間違いなく美波だろう。

いくらマイノリティを気取っても、社会の枠組みからは逃れられない。

日常から外れた存在だとしても、他者がいるからこそ自分が観測される。

美波はこれからきっとアイドルとして結果を残していくだろう。

いつの日か、飛鳥より『共鳴世界の存在論』を上手く歌える日が来るかもしれないという予感は、拭い切れないものだった。

もちろん、歌というのは、技術や演出だけでなくその人だからこそ表現できるものがあると信じて疑わないが、それとはまた別の問題である。

その存在は、闇から覗くには、あまりに眩しすぎた。

そんな飛鳥の反応に、美波は眉尻を下げた。

「あ……ごめんなさい。失礼なことを言って」

口に出してしまった言葉は、もう戻らない。

飛鳥は己の傲慢さを悔いた。

美波に投げつけた言葉がどれほど残酷なものであったか。

自身を振り返って、頭の血が一気に引いた。

ポケットから手を出し、謝罪の意を伝える。

「ごめん、美波さん……こちらこそ、言い過ぎた。本当にすまない」

プロデューサーが「飛鳥と美波で話してみればわかる」と言っていたのを思い出した。

拒絶したら、わかり合えるわけがない。

「嫌というわけじゃないんだ。ただ、ボクが我が儘なだけだ」

どこまでも一人よがりで、幼いことは飛鳥自身がわかっていた。

そんな飛鳥なりに、出来ることは何か、考える。

「ううん、飛鳥ちゃんが謝ることはないよ。悪いのは私」

「いや、いいんだ。ボクは知りたい。美波さんは、この曲のどんなところに共感したんだい?」

「飛鳥ちゃん、無理しなくていいんだよ?」

少しの押し問答の末、美波はゆっくりと話し出す。

「私も、実は不安なことばかりで」

あんまり、そう見えないってよく言われちゃうんだけどねと、困ったように笑った。

「私、いまだ自分が何をやりたいのか、何に向いているのか、わからなくて……。それを見つけたくて、色々勉強して、試していたの」

一つ一つ、丁寧に言葉を拾い上げる。

プロデューサーの言葉の意味が、ようやく掴めてきた。

話さないと、何もわからない。

美波のことを、どうして完璧な人間だと、女神のような存在だと思い込んでいたのか。

どうして強い言葉を投げつけても傷つかないと、思い込んでいたのか。

どうして努力も、挫折も、苦悩もないと、決めつけていたのか。

上部だけを掬い取って、レッテルを張られるだなんて、飛鳥がされて嫌がる行為の一つだったはずなのに。

「私、実は飛鳥ちゃんに憧れてるんだ」

「え……?」

「飛鳥ちゃんは私と違って強いから、自分というものを持っているでしょう? だから、周囲に合わせたりしなくても、生きていける」

「ボクはそんな大層なヤツじゃない。ただ大衆に流されるのが気に入らないというだけさ」

「ううん……私は飛鳥ちゃんを尊敬してるし、眩しく見えるよ。私はそんな風にできないから……」

「美波さんの眩しさも、ボクにとっては得難い輝きさ……。誇るべきだよ」

屋上を撫でる風が、美波のなめらかな髪を揺らす。

飛鳥の前にいるのは、弱さと不安を抱えた、一人の少女だった。

繊細さを隠してオトナの仮面を被っている、一人の少女だった。

美波に感じていた違和感の正体がようやく判明した。

強固で精巧な仮面をつけていたということだった。

そして、その仮面を外し、勇気を出して一歩踏み出した相手を、傷つけてしまった。

どうすればいい。

お互いに一歩、踏み寄ればいいのに、きっとそれは簡単でとても難しいこと。

考えあぐねていたそのとき、親友の顔が頭に浮かんだ。

「ボクは理解したい。美波さんと、共鳴したい」

やや強引に美波の手を取った。

以外と肉付きが良くしっかりしていて、そういえばラクロスをしていたんだったな、とか雰囲気にそぐわないことを飛鳥は考えていた。

でも感じる。

これは努力をしてきた人の手だ。

「理解るよ、美波さん。自分に正直に生きることは、怖いことだ」

嘘が得意で、それが普通になってしまって。

斜に構えているか、優等生でいるか、その違いなだけ。

「でもそれは……ボクも同じだよ」

先程、飛鳥が蘭子と接したときと同じだ。

格好良く見られたい、良く思われたい。

それは、あまりに人間的な欲求だった。

「ヒトは多かれ少なかれ嘘をつく生き物だ。きっと美波さんは、嘘をつくのが上手いんだね」

嘘をつくのが上手いか下手か、相手の嘘を見抜くことが出来るか出来ないか。

それだけのことだった。

「……ふふ、そんな風に言われたのは、初めて」

美波は驚いたように、ぎこちなく笑う。

初めて見た表情に、そのあまりにも普段と違った儚さに、飛鳥は衝動に駆られた。

あと一歩。

もう一歩足りない。

もしガラスの檻から引き擦り出そうとするのであれば、傷つくときは一緒だ。

「だから、嘘が得意な美波さんに、敢えて言おう。キミはアイドルに何を求める?」

ならば、自分の持ちうる全てでぶつかろう。

アイドル二宮飛鳥として、アイドル新田美波に向き合おう。

飾った言葉でペルソナを被ることも、二宮飛鳥の表現であり自身の一部である。

偽る中でこそ、完全な嘘だからこそ真実が浮かび上がる。

「キミも心の何処かで求めているんだろう? 新しいセカイへの扉を……心奪われる瞬間を!」

手に力を込める。

熱を感じる。

肌の弾力を感じる。

今ここに生きている、人間の感触。

「心の奥底に、隠しているんだろう? 熱くなれるものを! 青くて痛い、等身大の衝動を! だったら、声を上げるんだ! このボクに、キミの声を聞かせろ!」

美波は気圧されるように視線を逸らす。

そして、意を決したように深く細い息を吐いて、顔を上げ、力強く手を握り返した。

「……私だって……私は、ここにいるって、叫びたい! 私の存在を、証明したい!」

大きく開かれた目。

大きく開かれた口。

新田美波という存在の力強い産声によって、新たなセカイの扉が開かれた。

「ああ……やっと、ボク達は共鳴できたね……」

飛鳥は、自分が誰かの新しい扉を開けたと思った瞬間、例えようのない高翌揚感に身を震わせた。

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

ステージの袖で、黒の衣装と、白の衣装を纏った二人は会話を交わす。

「美波さん、ボク達は表現方法は違えど、結構似た者同士なのかもしれないね」

「そう、かな? どんなところがそう感じるの?」

「二人とも、格好つけたがりってことさ」

「ふふっ……。確かにそうかも。それはきっと、アイドルに向いてるってことだよね」

優等生でも、大人でもない、いたずらっ子のような、幼くて純粋なあくどさを持った笑み。

会う度に、話す度に、飛鳥の中で美波の表情が増えていく。

「ああ……その通りさ。だからこそ、キミとなら、自分の新たな扉を開けられる気がするよ」

会場にアナウンスが流れ、ステージが始まる時間が迫る。

「ボクはアイドル、偶像なんだ。見る人の心の中に存在する。ボクはボクのセカイを伝えることで、誰かがボクを意識することで、存在を証明できる」

飛鳥は美波に手を差し出した。

新たなセカイに居場所を求めた少女は、欺し、偽り、偶像として立つことで、ステージの上に自分自身を見い出す。

「私は、私の全力で、ひたむきに歌って……すべてをステージに捧げます。それが、私らしく輝くことだと思うから」

美波はそっと、飛鳥の手を取る。

周囲から女神と崇められた少女は、清濁を併せ飲んだありのままの姿を晒すことで、誰よりも人間としての自分自身を欲した。

未だ不安は消えないけれど。

自分の新たな扉を開いた先に、無限の可能性があると信じて。

この道の先に、探しているものがあると信じて、進む。

「―――さあ、往こうか」

「みなみ、いきます!」






おわり

これを思い出した


珍しい組み合わせですね

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