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家老棟方愛海が悪政を敷いていた頃、及川藩には1人の天才がいた。
一ノ瀬志希。
彼女は上流武家の出身で、幼い頃から学識を得る機会に恵まれた。
しかし藩内で大成することはなかった。
出仕する前に家が取り潰しになったためである。
棟方の度を越した女色に諫言したことが、一ノ瀬家の仇となった。
志希はなんとか武士としての身分を保ったが、藩内で就ける仕事はなく、
自身の研究に没頭した。それを許すだけの財産は残されていた。
志希が主に興じたのは薬化学と数学。漢学や剣術などは、彼女の性には合わなかった。
志希はその才を生かし、あるいは商人や学者として成功できたかもしれぬ。
そうはならなかった。否、できなかった。
天才として生まれた因果か、それとも棟方による暴政の犠牲になったためか、
彼女には真っ当な社会倫理が備わらなかった。
病人に強心剤と称して火薬を飲ませたり、町の中で突然声をあげては、地面や屋敷の壁に
幾何学な落書きを残したり、奇行の例を挙げればきりがない。
しかし、彼女にとっては、それでよかったのやも。
藩内での成功は、すなわち棟方からの警戒につながるためである。
武家社会でも、町人社会のなかでも志希は孤立した。
当人はまったく気にもせず、孤高に研究を重ねた。
だが、その研究は程なくして棟方に目をつけられた。
志希が興じていたのが、あろうことか兵器開発に変わっていためである。
家に引き続き、この研究が仇となって志希は処刑された。
だが、その成果はひっそりと残された。
「して、その成果とはなんだったのじゃ」
及川藩主は家来に尋ねた。
歳はすでに60に近く、本来であれば藩主としての任をおりるべき年齢を過ぎている。
しかし後を継ぐべき娘の雫は、精神に異常を来しており、言葉がまともに話せぬ。
藩内の人間らは、雫のことを“牛女”と影で噂している。
「わかりませぬ。ですが、雷鳴が轟くが如き音を立て、
住民達を震え上がらせたといいます」
「それを見つけ出せば、あるいは…」
及川藩は御家騒動の真っ只中にあった。
藩主の娘である雫は心神喪失の身。
藩主としての仕事が真っ当に務まるはずもなく、また、他に姉妹もいない。
家老達は「分家である岡崎家の泰葉様を次期藩主に据えるべし」、と意見を纏めている。
その泰葉は気弱ではないが、自立の志が低く、滅多なことでは人の意見に逆らわない。
家老達が、彼女を傀儡として藩政を行おうとしているのは、明白であった。
現藩主である及川氏は、第二の棟方の誕生を許すわけにはいかない。
よって自分が死ぬまでには、雫の精神を回復させ、彼女に藩主の座を継がせねばならぬ。
雫か、泰葉か。
この議論は圧倒的に分が悪かった。そこで及川氏はお上に縋ることにした。
だが、ただで力を貸してくれるはずもない。
藩主が金銭でお上に取り入ったとなれば、後世の誹りを免れぬ。
かといって及川藩には、献上できるような資源も工芸品もない。
そこで今亡き天才、一ノ瀬志希の研究に白羽の矢が立った。
「それでは、その成果とやらを誰に探させるのじゃ」
及川氏は重々しく家来に問うた。
無論、藩内の人間に頼るわけにはいかない。
気が触れている女と、少々控えめな女。
どちらが次期藩主にふさわしいかは、火を見るより明らかなためである。
「藩外からふさわしい人物を呼んでおります。
物探し、刺客に打ち勝つ剣術、どちらにも優れた者達です」
無流野太刀、白坂小梅。
タイ捨流、星輝子。
巌流、輿水幸子。
及川藩に入るは、以上の3名。
「及川様にも困ったものですね…」
家老の三船美優は静かにため息をついた。
自身の娘を藩主に据えるため、お上に袖の下を渡そうとは。
やはり、朱に交われば赤くなるということか。
かつての棟方を思い出し、三船は再びため息をついた。
無論、この暴挙を家老陣としては見逃すわけにはいかない。
及川側…もし可能ならば雫の暗殺も行うつもりである。
御家老会議で挙げられた人物は以下の4名。
二天一流、南条光。
念流剣術、橘ありす、龍崎薫。
無流、赤城みりあ。
彼女達が剣術に長けているのは言うまでもないが、他にも共通点があった。
いずれも若く、純真で、非常に“ものわかりがいい”。
つまるところ、上の人間の言葉に従順であるということ。
いつの時代も汚れ仕事を行うのは、そういった人間達である。
岩手県じゃねぇか!
時刻は夜。場所は及川藩領内、北西部の山。
「もう、カワイイボクが藩主になればいいんじゃないですかね!?」
山の木々をかきわけながら、輿水幸子は言った。
腰の長い刀が木々に引っかかって、非常に動きづらそうな様子である。
ほのかに菫がかった髪が、夜風に揺れる。
「私も…それが、いいと思う…フヒ」
「あの子も…それがいいって言ってる…よ」
返したのは輿水の友、星輝子と白坂小梅である。
輿水に比べれば温度の低い2人であるが、3人は昵懇の間である。
出身こそちがうが、浪人同士連立ち相立って、現在の稼業を営んでいた。
「い、いやいや、ダメですって!!
あと、一ノ瀬さんは私達より年上なんだから、“あの子”はダメですよ!」
輿水は、妙なところで真面目くさって白坂に指摘した。
「せっかくボク達を案内してくれてるんですから!」
白坂は霊媒師を生業にする家系に生まれた。そして、一族最初の霊媒師だった。
彼女の能力を使えば、一ノ瀬志希の成果を発見することなど
造作もないことである。
「あっ…ちょっと待って」
その白坂が声を上げ、輿水と星を手で制した。
「森に人が入ってきてる…3人と、遅れてもう1人」
家老達の差し金。一同はすぐに察した。
「それで、どうします?」
幸子が尋ねた。3対4なら勝機もある。迎え撃つか。
それとも振り切るか。
「4を1で割って…幸子ちゃん、全員倒してきておくれ…」
「えーっ!?
ま、まあカワイイボクなら、4人でも10人でも倒せますけど!!」
「フヒヒ…こいきな、冗談だ…」
星は刀を抜いた。すると、その瞬間彼女の人相が、すうと変わった。
「オレと幸子で2人ずつ。小梅は先に行け」
「夜の山って、なんだか楽しー!」
「ああそうだな。
悪の秘密基地に乗り込むって感じだよな!!」
「2人とも、静かにしてください。
遠足じゃないんですから…」
橘ありすは、龍崎薫と南条光を諌めた。
「わかってまー!
かおるはせんせえの言いつけ通り、
ちゃんとわるいひと斬るよ!!」
「そうだぜ、ありす!
悪の手先は容赦しねぇ!!」
「橘です!
あと、位置がバレますから静かにしてください!!」
3人はきゃあきゃあ言いながら山を登っていく。
まるで子どもの遠足である。
橘は警戒していた。
気の触れている娘の雫を、
次期藩主に据えようという及川氏。
その及川氏が金で雇った、凄腕の剣客達。
無論正義はこちらにあるが、
意気込みだけでは勝てぬ。
叶うことなら、相手に気づかれる前に不意打ちをかけたい。
橘はそう思っていた。
しかし、その願いは裏切られた。
相手は、彼女達よりはるかに上手だった。
「ヒャッハー!!」
前方から飛び出してきたのは、光沢のある長い銀髪の女。
けだもののように目が見開かれ、口は大きく横に裂けている。
笑っているのだ。
楽しくて楽しくて仕方ないというように。
「わっ」
龍崎は驚きながらも刀を受けた。
だが体勢が悪かったのか、2人で斜面を転がり落ちていく。
「龍崎さん!」
橘は声を上げる。
だが、相手はもう1人迫っていた。
「なんだ、悪の手先め!」
南条が、菫がかった短髪の女を抑えている。
自分はどちらに加勢すべきか。
橘は一瞬で判断した。
南条は1人でも勝てる。そういう相手だ。
橘は斜面をかけ降りて、龍崎の加勢に行った。
「チビッコが出歩いていいような時間じゃあないぜ!
なあ!?」
星は2人を相手に怯むことなく、声を張り上げていた。
先ほどとはまるで様子が一変している。
刀を抜くと人が変わってしまう、そういう気質の女であった。
「貴方だってチビでしょうに!」
「そういやそうだった!!」
星は哄笑を上げる。
その様子に、橘と龍崎は圧倒されていた。
悪を討てという命を受けやってきたが、相手がここまで傾いているとは。
「貴方、名前と流派は?」
橘は尋ねた。
こういった形式を重んじ、社会の中で生きていこうとする少女である。
それゆえに、保身的な家老達にいいように使われる。
「星輝子、タイ捨流!
生きて帰ったら周りに広めとけよ?
ギャハハハハ!!」
星は短刀を抜いている。
構えはなく、手と足をぶらぶらさせている。
「念流剣術! 龍崎薫!」
「同じく念流、橘ありす。
私たちは正義の剣を振るいに来ました。
覚悟してください!」
自らを奮い立たせるため、2人は気勢を張った。
「正義…知らない言葉だな。
帰ったら辞書で引いておくぜ!
星はまた笑った。
橘と龍崎の対手にふさわしかろう姿であった。
「たった1人でボクと戦う。
その度胸だけは褒めてあげますよ。フフーン!」
「お前のよう悪の手先は、アタシ1人でも十分だ!
名前と流派を名乗れ!!」
南条は読み物のような台詞を吐きながら、相手に問うた。
「輿水幸子、巌流です!」
南条はふっと笑った。自分の予想が当たっていたからだ。
「アタシは南条光、二天一流だ!
お前はアタシに絶対勝てない!!」
「宮本武蔵気取りですか!
創作と現実の区別がつかないのは、子どもだから仕方ありませんね!
カワイイボクは、そんな南条さんを受け入れてあげますよ!!」
「いや、それだけじゃねえ」
南条は輿水の腰を指差した。
3尺の太刀。木々の中で振り回すには、あまりに長すぎる。
枝や幹にひっかかり、動きが止まり、相手への隙になる。
だが、輿水はその太刀の他には武器がない。
山道を歩くために置いてきてしまったのだ。
「なるほどなるほど、それはよく研究されますね。
“百戦危うからずや”というわけですね、フフーン!
でもまだ、ボク自身のカワイサには手が及んでいないようですね!」
輿水は、太刀を鞘からゆっくり抜いた。
その時点でガサガサと周りに引っかかり、音を立てていた。
「ふん、思い上がっていられるのも今のうちだ!
アタシが正義の鉄槌を下してやる!」
南条は2振りの小太刀を素早く、音もなく抜いた。
及川雫は、ぼんやりと月を眺めていた。
霞みがかった意識の中にくっきりと残る5人の女。
彼女を守るために命を賭した女達。
雫の記憶の底で、彼女達は怨嗟の声をあげていた。
及川氏は娘の発狂の原因が、棟方にあると考えている。
しかし、ひょっとすれば、雫が本当に壊れてしまったのは、
川島瑞樹が切腹した時であったかもしれない。
雫はその様子を見ることはなかった。いや、できようはずもない。
川島がどのような目で自分を見るのか、雫は知りたくなかった。
考えたくもなかった。だから、正気を手放した。
雫は低く呻いた。
神崎蘭子、高峯のあは地獄で呪っているだろうか。
高垣楓、依田芳乃は日本のどこぞやで恨んでいるのではないか。
及川藩と雫は、彼女達にそうされて然るべきことを犯した。
「ゔー、ゔー」
声にならぬ声を上げて、雫は涙を流した。
南条光は、木々を回り込みながら、輿水幸子を惑わそうとする。
その姿はさながら忍である。
「どうだ! 手が出せまい!!」
「ちょっとすばしっこい武蔵さんですね!」
肩に刀を担ぎながら、輿水は目で南条を捕まえていた。
南条はそれに気付きながらも、焦ることはない。
たとえ相手が自分を見ていたとしても、太刀を満足に振れまい。
南条は徐々に接近した。
すぐにでも勝負を決め、橘と龍崎に合流しなければ。
「ボクは燕返しを使えませんが…そこはボクの圧倒的カワイサで何とかしましょう!!」
輿水は太刀を八相に構えた。その姿は、まるで木こりのようだった。
腰を重く据え、相手を狙う。
だが、その目はもう南条から外れていた。
「世迷言を!!」
南条は輿水の背後に回り込み、斬りかかろうとした。
だが真横から、津波のように森が押し寄せて来た。
輿水が剣を振り、周囲の木々が根こそぎ薙ぎ倒されたのである。
輿水の辞書には難所という言葉がない。
屋内戦なら柱や鴨居ごと斬り、洞穴の中なら岩ごと斬る。
それが輿水の剣である。
木々に身体を挟まれ、南条は身動きがとれなくなった。
いや、それだけでない。
骨と内臓がいくつか擦り潰され、腹腔で混ざり合っていた。
「冥土の土産に教えてあげましょう!
実際の宮本武蔵は、とんでもない卑怯者として有名です!!」
そんな南条にとどめを刺すがごとく、輿水は南条に告げた。
南条は笑った。ひどく悲しげな表情であった。
「でも…後世の人が“英雄”って呼んでくれるんだろ…アタシはそれでいい…」
輿水は、無言で彼女の首を刎ねた。
感傷的になっている暇はない。
もう1人、分担が残っている。
タイ捨の“タイ”には、好きな字を当ててよい。
星輝子の師匠はそう言った。
昔の星は臆病で、人を傷つけることができなかった。
しかし、それでは武家社会で生きていくことはできぬ。
星は、“体”の字をあてはめた。
身体を捨て、臆病な我を捨てる。
だから現在の星は、平気で残忍なことができる。
「いたい、いたい…せんせぇ…たすけて…」
龍崎薫は血まみれになって、地面を這っていた。
失血が深刻で、おそらく長くは保つまい。
橘ありすの身体は八つ裂きにされ、それぞれ木々に“ぶら下がって”いる。
「“せんせぇ”とやらは来ねぇぞ。
弱っちいお前より、もっと弱っちいから、お前がここにいるんだ。
ギャハハハハ!!」
星は、何度目かもわからない狂笑を上げた。
その背後には、新手が迫っていた。
「いまの剣術すごいね!
みりあもやるー!」
星の笑いが止まった。
天真爛漫そうに見える少女の腕には、輿水幸子の首があった。
「……やれるもんなら、やってみろ!!」
己を鼓舞するために星は叫んだ。
輿水は星より、はるかに強い剣士だった。
白坂は山の奥にある、大きな祠の中にいた。
冷たく、しっとりとした空気を吸い込みながら、彼女は泣いた。
白坂のそばには、輿水幸子と星輝子がいた。
今はもう、ふれることのできない姿となって。
白坂は霊と戯れることができる。
しかし、彼女は無感情になることはできなかった。
死に到るまでには苦痛がある。
死の間際には、深い穴に、無限に落ちていくような恐怖と不安がある。
白坂小梅は、能力によって死を間接的に体験しつづけている。
だからこそ、それがどんなにつらいものか知っているのだ。
「ごめんね…幸子ちゃん…輝子ちゃん…」
白坂は、袖で涙を拭って2人に詫びた。
彼女は一ノ瀬志希の研究を見つけ出した。
それは大きな千両箱の中にあった。
大きな千両箱いっぱいに詰まった、泥であった。
一ノ瀬志希の亡霊は、きゃっきゃっと笑っていた。
いたずらに引っかかった大人達を見る、童のように。
千両箱を抱えながら、白坂は及川家の離れ屋敷に戻った。
赤城みりあからの追跡は、輿水と星の協力によって免れることができた。
「私たちは…なんのために…」
ひどい無力感が残った。
気が触れている及川氏の娘のために、命を張る。
これはまだ耐えられる。
しかし、ただの泥塊のために親友2人が命を落とすとは。
「でも、まだ…」
白坂小梅にはまだやるべきことが残っている。
及川雫が正気を取り戻すまで、彼女を守らなければならない。
輿水幸子と星輝子を葬った、赤城みりあの手から。
「刀…新しく…」
白坂は誰にともなく言った。
部屋の中にただよう、3つの気配を感じながら。
2週間後。
夜。
及川家の離れ屋敷を取り囲んだのは、赤城みりあの他10人の手勢。
皆まだ幼く、純粋な目をしていた。
星輝子と輿水幸子の技量を知った家老らが、新しく見繕った少女達である。
「やっほーっ! みんなできちゃったよ!」
赤城は戸口を叩いて、住人を呼び出した。
「…こんばんわ…」
白坂小梅は千両箱を抱えて、屋敷から出てきた。
「一ノ瀬志希の研究は差し出す…だから…雫様は見逃してほしい…」
白坂は、千両箱をどさりと地面に下ろした。
赤城は2人に指示して、それを家老達のところまで運ばせた。
「やんないの?」
「やらない…」
白坂は戸口をぴしゃりと閉じて、屋敷の奥へと戻った
「そっかー…やんないか…」
赤城は残る8名とともに屋敷に踏み入った。
目にしたのは、異様な空間であった。
奥の寝間で、及川雫がおびえた様子ですくんでいる。
その前にある座敷に白坂が立っている。
彼女を囲むように、五本の刀が畳に突き刺さってる。
4人がまず、別々の進路で白坂に近づいた。
だが部屋に入るやいなや、“障子ごと”身体をぶった斬られた。
その4人が倒れるのが見えた時、白坂は姿を消していた。
「ギャハハハハ!!」
白坂の劈くような哄笑が、屋敷中に響いた。
少女達の苦痛に歪む叫びが、障子紙を破いた。
白坂小梅は、家老達が言うような邪悪そのものだった。
力で相手を捻じ伏せ、不条理を押しつける。
どうしようもない現実を、顔をひっつかんで直視させてくる。
白坂は3人の中で最強の剣士だった。
8人やそこらでは、到底叶わぬ程の。
再び座敷には、血塗れになった白坂が立っている。
残されたのは赤城みりあ1人だった。
「すごいねー!本当に、すごいねぇ!! 」
赤城は白坂のもとに駆ける。
嬉しかった。
正義の信徒として、目を背けたくなるような暴力に立ち向かう。
彼女は初めてそうすることができた。
「あなたはだあれ? ひょっとして、おばけ?」
赤城は尋ねた。
白坂の剣術は、輿水幸子と星輝子だった。
巌流やタイ捨流ではなく、死んだはずの彼女達自身だった。
「我はここに在り!」
白坂の口調は一変していた。見れば、握る刀を変えている。
表情も全く別人のように見える。
白坂の構えは蜻蛉。それは、示現流の構えである。
「それ、みりあもやるー!」
赤城も同様に構える。そして、叫び声を上げて白坂に斬りかかる。
その攻めは苛烈。まさしく、示現流の動きだった。
相手の流派を鏡のように写し取る。
そして自分のものとする。
それが赤城みりあの持つ才であった。
ゆえに特定の流派を学ぶことはせず、真剣の舞台に身を置き続けた。
だが、もし相手が複数の流派を、高速で切り替えることができなたら。
「…なかなかの力ね…斬るのが惜しいわ…闇に飲まれよ!」
白坂小梅は刀を持ち替え、立ち替え、赤城に斬り返す。
分厚い剣戟の中に、鋭く刺すような一撃が交差する。
赤城は写すのをやめた。
そして、膨大な写生図の中からいくつかを取り出し、
破き、重ねて一枚の絵にした。
示現流をしのぐ一撃と、心眼流を超える身体さばき。
白坂の刀がそれぞれ弾かれる。そして、白坂が新しい刀を手にする。
「やるじゃない」
その刀は、布のようにはためき、赤城を斬り刻んだ。
刀の軌道をまったく読むことができない。
血塗れになりながら赤城は歓喜した。
「それ、みりあにはできないね!!」
赤城の思考、経験、直感の範疇外にある、白坂の剣術。
その姿は、羽衣を纏った天女のようであった。
「うー、」
音が止んだあと、雫はのろのろと寝間から這い出してきた。
戦いを見た。白坂小梅の動きを見た。
高峯のあ、神崎蘭子、川島瑞樹がいた。
「何回守ってやれば…私達のこと信じてくれるのよ…」
白坂は血の塊を吐きながら、雫に言った。
『羽衣』を使ってもなお、赤城みりあは白坂の動きについてきた。
そして死の間際で、白坂に致命傷を与えた。
白坂は荒い息をはいていた。
血を失いすぎて、元から白い肌が、さらに青白くなっていた。
「“私達”、怒ってないわ。そして後悔もしてない」
白坂自身は怒りと後悔でいっぱいになっていた。
どうして星輝子と、輿水幸子が死ななければならなかったのか。
だが白坂は雫に教えた。
そういう、あまりに優しすぎる女だった。
だからこそ亡霊達は、彼女を慕った。
一方その頃、家老達は旧棟方家に集まっていた。
かつての家老棟方愛海は、ため込んだ私財によって、
藩主のものよりも豪奢な屋敷を立てた。
棟方の死後も、壊すのが惜しい程の出来であったので、
家老の会合の場所として用いられていた。
家老達は、届けられた千両箱を検分していた。
「どこからどう見ても、泥ですね…」
三船は肩を落とした。
及川氏と自分達は、こんなもののために剣士を集め争っていたのか。
「…一ノ瀬の怨念かもしれませぬな」
家老の1人が呟いた。一同は静かに身を震わせた。
自分を放逐し、ついには殺した武家社会への怨念。
それが今回の騒動を生み、うら若き剣士達を祟り殺した。
「いや、彼女なりの復讐やも」
また別の家臣が言った。
たしかに、これを棟方が見つけていたとしたら、
自分達と同じでやるせない気持ちになっただろう。
こんなもののために自分は何をやっていたのか、と。
一同は苦笑した。
どちらにせよ、志希の掌の上で転がされていたというわけだ。
「それにしても、妙に甘い香りがしますな」
煙管をくわえた家老の1人が、千両箱に近づいて匂いをかぐ。
一ノ瀬志希の亡霊は、彼女達のそばでげらげら笑い転げていた。
及川藩の御家騒動は、雫が次期藩主になり決着がついた。
心神喪失であるというのは、根も葉もない噂。
次期藩主にふさわしいのは、私めに御座ります。
雫は、自身の口でお上に伝えた。
その剛毅で、見様によっては不遜な態度にお上は鼻白んだ。
だが雫が及川氏の直系であり、
また岡崎泰葉を推していた家老達が、謎の爆死を遂げたので、
彼女の藩主就任を阻む者はなかった。
ちなみに雫は、藩主となった後も、“牛女”と呼ばれ続けたそうである。
「同窓会の場所は通そうかい…ふふっ」
高垣楓と及川藩の関所の前に立った。
関所の門には、刀が深々と突きさっていた。
それはかつての楓の刀であった。
楓がそれを引き抜こうと苦心していると、
誰かに腰をぐいと引かれて、尻餅をついた。
その拍子に刀はぽっきり折れてしまった。
「お久しぶり、でしてー」
腰を引いたのは、依田芳乃であった。
おしまい
家老達は人間の屑
志希の発明したのは火薬だったんか
爆発オチって元はこういう結末なのかな(違
乙!
含水爆薬に自前で香水作って匂いつけたとかもありそうね
死んだ者たちはあの世でも殺し合いを続けているのだろうか
乙
雫と芳乃、楓に救いがあったようで
志希の発明が某奪還に出ても違和感ないな、小梅とみりあは相打ちかな?
最期まで霊媒師やってた小梅にちょっとうるっときた
kwsmさんと蘭子は亡霊として出演か。のあさんも喋ってないけどいたんだろうな……
>>34
お美事
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496137193/)
あと新作ね。
原点(1週間前)に戻ってみた。
SS向けにもなったと思う。
憎悪剣はこれで終わり?
何も考えず勢いで書いちゃったからなぁー
続きは未定
ダイナマイトの元作るとかやはり天才か…志希の誕生日に終わったのでお誕生日おめでとう(故人)
芳乃、楓、雫の物語が終わっても未央と凛もいるし、芳乃が教えた憎悪剣の弟子がいるしね
雫が藩主後も牛女は笑った、あの胸だからか
>>39
いや、凛はいないだろ……
ここで終わらせてもスッキリしてるけど、ラストに楓さんとよしのんが再会して
どうなるんだろうという気もする。奏の短編でちょっと話が逸れちゃったけど、
出来ればこの続きも読みたいな
いやん小梅ちゃんめっちゃかっこいい
乙
一体、この時代劇シリーズの中で
みんなはどれが一番好きなんだろう
個人的にはこれ(今のスレ)がちょうどよくまとまった。
スレを打ち切るような書き手とわかったからこのシリーズそのものが嫌いになった
あっそ
単純過ぎて心配になるレベルだなwwww
シリーズ整理
第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作 ここ
読み切り 【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
泥にしか見えないなら、黒色火薬とコールタール混ぜて、上から燐をふりかけたのでは?燐は空気で自然発火するしね。
醜悪剣 艶豹
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