少年「色とりどりの傘の町」 (24)
ザアアァアアァアアァァ……
少年「大丈夫? 疲れない?」
少女「ううん。全然辛くないよ」
少年(この小さな町では、一日に何度も信じられない勢いの雨が降る)
少年(空に突如大きな「波紋」が広がると、雲も無いのに雨が降り出す)
少年(道を歩く人達は、当然のように傘を「作り出す」事が出来るんだ)
少年(彼らの傘は鮮やかな色をしていて、雨を防ぐ以外にも、何かの能力がある)
少年(例えば少女の傘は、「花を降らす」事が出来る)
少年(そんな傘の町の中で、唯一僕だけが傘を作れない)
少年(いつも少女の傘に入れてもらう事で雨をしのいでいる)
少年(他者が握ると消えてしまうから、それを支える事すら出来ない)バチャ
少年(ふと下を向くと、水たまりに映った自分の暗い顔と目が合う)
少年(ああ、情けないなぁ)
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「はい、それでは皆さん傘を作って」
少年(学校では、傘の能力を伸ばす授業がある)
少年(それぞれの能力に対し、先生はその伸ばし方を教えてくれる)
少年(例えば、少女は「より多くの花を降らせる」ように練習している)
「……」
少年(僕の番になると、皆は自然と静まり返る)
少年(期待、軽蔑、疑問……色んな種類の視線が僕に降り注ぐ)
少年(注目されるのは嫌いだ。いつからこんなに嫌いになったんだっけ)
少年(顔が熱くなる。心臓の裏側がぞくぞくする)
少年(僕は片手に力を込める。結果は分かりきっているけど)
少年「……無理、です……」
「あー……皆の練習姿を見て感覚を掴みなさい」
少年「……はい」
少年(何とも言えない空気が漂う。少ししてから先ほどの賑やかさが戻り始める)
少年(その喧騒の中に、僕だけが一人浮かんでいる)
少年(……息苦しい)
少年(授業が終われば、皆は笑いながら遊びに行く)
少年(彼らは自分達の傘を使って遊んでいる)
少年(シャボン玉を作る傘、少しだけ宙に浮かぶ事の出来る傘、風を起こす傘……)
少年(それぞれが自分の傘で皆を楽しませる)
少年(傘を出せない僕は、当然友達なんて出来ない)
少年(いつもこうして教室の隅で、色鉛筆で絵を描いているだけだ)カリカリ
少年(ああ、早く家に帰りたいな)
少年(帰った所で、この心のどうしようもない静かな痛みは治まらないんだけど)
少年(傘を出すって、どんな感覚なんだろう)
少年(何も無い所から傘を生み出すなんて、どう考えても分からない)
少年(今日もこうして、未知の力を引き出そうと頑張ってみるけれど)
少年「……駄目だよなぁ」
少年(当然、傘を作る事は出来ない訳で)
少年(ああ、どうして僕は傘が作れないんだろう)
少女「気にする事ないよ。まだ傘が目覚めてないだけだって」
少年「そうかな。一日中ずっと考えているんだけど、どうしても感覚が分からない」
少女「うーん、確かに感覚は大事だよね。でも、案外急に出来るようになるかもしれないよ」
少年「そうかなぁ」
少女「うん。いつかはきっと作れるようになるよ。頑張ろう?」
少年「ありがとう。いつも迷惑かけっぱなしだね……」
少女「私がしたいからしてるだけだよ。気にする事ないよ?」
少年「……うん、ありがとう
少女「気にする事ないよ。まだ傘が目覚めてないだけだって」
少年「そうかな。一日中ずっと考えているんだけど、どうしても感覚が分からない」
少女「うーん、確かに感覚は大事だよね。でも、案外急に出来るようになるかもしれないよ」
少年「そうかなぁ」
少女「うん。いつかはきっと作れるようになるよ。頑張ろう?」
少年「ありがとう。いつも迷惑かけっぱなしだね……」
少女「私がしたいからしてるだけだよ。気にする事ないよ?」
少年「……うん、ありがとう」
少年(ああ、少女と居ると心がふわふわして心地良いなぁ)
少年(……でも、少女は友達が多い。僕にとっての友達は彼女だけでも、少女にとっては多数の中の一つ……)
少年(ああ、駄目だ駄目だ。一人になると暗い事しか考えられない)
少年「でも……出来損ないの僕と一緒に居ると、やっぱり周りの目もあるよな」
少年(今まで平気な顔してたけど……やっぱり噂になってるよね)
少年(少女まで嫌われたら……)
少年(それだけは嫌だ)
少年(……もう甘えるのはやめよう)
少女「おはよー、少年」ニコ
少年「……」
少女「あれ、どうしたの?」
少年「ねえ、少女」
少女「?」
少年「今までありがとう。でも、やっぱり僕らは一緒に居るべきじゃないよ。他人になろう」
少女「え……?」
少年「このままじゃ少女まで嫌われる」
少年「出来損ないの僕と居たら駄目なんだ。もう気を遣わなくて、いい……から……」クル
少女「……なんで」
少年「さよなら」
少女「ねえ、待ってよ!」ガシ
少年「……」ブン
少女「……!」
少年(……ごめん)
「遊びに行こうぜ!」
「今日はあっちに集まろう」
少年「……」カリカリ
少年(時間が経つのが遅い)
少年(早く休み時間が終わらないかな)
少年(そんな事を考えながら、僕は色鉛筆を走らせる)
少年(夢で見た世界を、不確かな記憶を辿って再現していく)
少年(頭に浮かんだ世界では、灰色の町の道路を泳ぐ魚の姿が写っている)
少年(気分とは裏腹に、驚くほど筆が進む。無機質にさらさらと音を立てて)
少年(そうしているうちに、あっと言う間に完成してしまった)
少年(けれど、もうその感想を言ってくれるひとは居ない)
少年(空しい)クシャッ
少年(いつもの帰り道が、やけに広く寂しく感じる)
少年(遠くから子供達の遊ぶ声がする)
少年(彼らは何がそんなに面白いんだろう)
少年(僕は何をしているんだろう)
少年(そんな事を尋ねた所で、答えが返ってくるはずも無く)
トプンッ
少年(! 今の音は、まさかっ)バッ
ポツッ ポツ……
少年「……雨だ……!」
ザアアアアアアァァァァァァ
少年「がっ……!! っ……ぅ……!」
少年(強い強い豪雨が僕を呑み込む)
少年(その勢いは身体の奥底まで届きそうで)
少年(その痛みは世界から拒絶されているようで)
少年(……まともに呼吸が……出来ない……!)
少年(苦しい……苦しい……!)
少年(意識が朦朧とする。視界の隅が黒く侵食されてゆく)
少年(……)
少年「……ううっ」フラッ
少年(どうやら意識を失っていたようだ。立ち上がろうとするとまだふらついてしまう)
少年(壁に手をついて、ゆっくりと呼吸を整えて……ようやく顔を上げる事が出来た)
少年「!」
「あ、あいつって……」
「あ、「傘無し」……さっき雨降ったもんな。直撃したんじゃない?」
「プッ……かわいそー」
「ほら、どうでも良いじゃん。行こうよ」
少年(……)
少年「しょうがないよ。僕には傘が出せないんだから」
少年(……今日は疲れた。早く帰ろう。眠りたい……)
少年(眠っている間は楽になれる。余計な事を考えなくてすむ)
少年(けれど、それは結局嫌な事から逃げているだけ。気付いている)
少年「でも、僕にはどうしようもないんだ」
少年(誰かが見ているわけでもないのにそんな弁明をする)
少年(そうして自分の罪悪感を薄れさせて、死んだ魚のような目で一人家へ帰る)
少年(少女と話さなくなってから、一か月が経った)
少年(少女は完全に女子グループに入っている。最初からそうであったかのように)
少年(僕は道端の雑草のように、ひっそりと影を薄くする)
「ねー、少女ってあの「傘無し」と友達だったんでしょ? 話してあげなくていいの?」
少年「!」
少女「……うん」
「まあ「傘無し」と一緒に居ても楽しくなさそうだしね。正解正解」
少年「……」
少年(これで良かったんだよ)
少年(僕は何を言われたって平気なんだ。でも、僕のために少女が傷つくのは嫌だ)
少年(これで良かったんだ。守りたいって気持ちは、きっと間違ってない)
少年(……少しだけ、寂しいけれど)
少年(ああ、帰り道に雨を恐れて歩くのも、当たり前になっちゃったな)
少年(今は、大丈夫……かな?)
少年(出来るだけ屋根がある所を選んで進もう)
少年(! あれは、少女の……)サッ
「少女って……何か気に入らないよね」
「うんうん。今までは私達を放りっぱなしで「傘無し」と居たくせにね」
「よくあんな澄ました顔で平然と私達のグループに入れるよねー」
「……そろそろさ、追い出さない?」
「ああ、良いね! もしかしたらまた「傘無し」の所に戻るかもよ?」
「あっはは! 面白そう!」
少年「……!」
少年(それから、少女は少しずつ一人になる事が多くなっていった)
少年(忘れ物……と言うよりも、なくし物が増えるようになった)
少年(間違いない、あいつらの仕業だ)
少年(けれど、僕に何が出来るんだろうか)
少年(自分から離れていった僕に……)
少年(そうして何も出来ずにいたある日)
少年(ついに少女は笑わなくなった)
少年(少女、今日も一人だ……人の事は言えないんだけど)
少年(遠くで女子達が少女を見て笑っている)
少年(どうしてそうやって人を見下して笑えるんだ?)
少年(胸の中に発散しようがない怒りが僕の血を湧き立たせる)
少年(いくら心に力が入った所で、それを行動に移せる勇気は無い)
少年(僕に何が出来るんだ)
「はい、今日は傘の発表をしてみましょう。二、三人でチームを作って」
少年(うわあ、一番嫌な授業だ。チームか……)
少年(組んでもらえる相手が居ない僕は、ただ下を向いて余りが出るのを待つ)
少年(もう余るのには慣れた。出来れば優しいひとが良いなぁ)
「……くすくす」
少年「? ……あっ」
「……じゃあ二人で頑張ってね」
少年(先生は何とも言えない表情を浮かべて立ち去る)
少女「……」
少年(……気まずい)
少女「私がやるから、何もしないでいいよ」
少年「……え、でも」
少女「……どうせ何も出来ないじゃん」
少年「!」
少年(何も言えない。何も否定出来ない)
少年(僕はいつものように俯いてしまう)
少年(水たまりには、いつもの僕が居る。暗い表情を浮かべた、出来損ないの「傘無し」……)
ぐあ、辛ぇ
どうせ何も出来ない。
少年『――違うだろ』
少年(水たまりに映った心の自分が、僕の目を見て話しかけてくる)
少年(違わない。僕には何も出来ないんだから)
少年『‘まだ’何も出来てないんだろ』
少年(これからも、だよ)
少年『悔しくないのか?』
少年(……悔しくないよ)
少年『嘘つけ。僕は皆に馬鹿にされて悔しいはずだ』
少年『少女に何も出来ないって言われて、それで良いのかよ』
少年(……その通りだから)
少年『「悔しくないフリ」や「諦めたフリ」をするのはもうやめようぜ』
少年『そのまま何も伝えずに終わってしまうのか? 謝らずに終わってしまうのか?』
少年(そんな勇気、無いから……)
少年『嘘をつくな。本当は自分が持っている事に気付いているはずだ』
少年(……)
少年『皆に、少女に、自分にさえ。馬鹿にされたまま終われないだろ!』
少年『顔を上げろよ!! 「傘無し」のままで終わって良いのか!!』
少年(……)グッ
少年『僕は怯えたまま何もできない腰抜けじゃないはずだ』
少年『今悔しさで湧き立っているその血は! 心は!! 紛れも無い僕のものだろ!?』
少年「――!!」ブルッ
少年『さあ動こうぜ。もうどうするべきか、自分で気付いているだろ』
少年(……ああ。とっくの昔に分かってた)ザッ
少年(そうだ、いつの間にか僕は自分で自分を殺してしまっていた)
少女「……なに?」
少年(ただ怯えて震えてるだけじゃ、何も出来ない……変えられない)
少年(思い出せ。どんな傘を出せるようになるのか、楽しみにしていたあの頃を)
少年(あの頃の熱意を、もう一度……!)
少年(そうだ)
少年(僕の名前は……「傘無し」なんかじゃない!!)スッ
少女「! 嘘っ……傘が!」
少年「やああああぁあぁっ!!」ブンッ!
少年(湧き立つ血と思いに任せて、無我夢中で何かを握って腕を振った)
少年(ふわりと宙に舞いあがったのは、柔らかな霧雨)
少年(それが日光を反射して、虹色に輝く)
少年(その虹色の霧雨に包まれる事で、ようやくそれが何なのか分かった)
少年「あ……」
少年「……やっと、やっと……っ!!」
少年(僕の手は、しっかりと傘を握っていた)
「え、あれって……」
「うわ、あいつ傘持ってる……何だあれ、透明な傘?」
「あんな傘初めて見た!」
少年(辺りが一気にざわめき始める)
少年(自分の事が話題に上がるのが怖くて仕方なかった。今までは)
少年(……もうまったく気にならない。それで良いんだ)
少年(だからこうして、人の目の中で自分の思いを伝えられる)
少年「少女、ごめん。僕は自分勝手だった」
少年「君のためと思ってたけれど、結局ただの自己満足だった」
少年「そのせいで少女まで一人になって……本当にごめんなさい!」
少女「……」
少年「……許してくれなくて良いんだ。でも、謝りたかった。ずっと」
少女「本当だよ。私の気持ちも知らずに……自分勝手に傷つけて」
少年「うっ」
少女「もう……雨に呑まれて気を失ってたんだって? まったく、私が居ないと駄目なんだから!」ニコ
少年「え、じゃあ……」
少女「許しますっ! ほら、発表しに行こ?」
「え、良いけど……練習しなくて大丈夫? さっき発現したばかりなんでしょう?」
少年「……大丈夫です!」
少年(ああ、こんなにはっきり喋ったのはいつぶりだろう。気持ちが良いなぁ)
少年(人の目を恐れてたのが、自己主張をしなくなったのが、傘の邪魔をしていた)
少年(もう自分を殺さなくて良いんだ。僕は何も出来ない「傘無し」じゃない)
「えー、では次は彼らの発表です!」
少女「行くよ!」
少年「うん!」
少年(虹色の霧雨と共に降り落ちる花々。その発表が終わった後は、その場の誰もが拍手喝采をしていた)
ザアアァアァアァアァ……
少年「相変わらず、すごい雨だねぇ」
少女「うん。いつもよりはちょっと穏やかだけど」
少年「まさか、君とこうして歩けるなんて思いもしなかったな」ニコ
少女「……うん、そうだけど……」
少年「?」
少女「少年の傘、大きいよね」
少年「そうかな? 一緒くらいだよ?」
少女「……」ハァ
少年「えっ? 僕変かな?」
少女「うん。変だよ。すっごく変」
少年「えぇ……」
少女「……ねえ、せっかく傘が出来たんだしさ」
少年「?」
少女「これからは、そっちの傘に……入って、良いかな?」
少年「! ……うん、おいで!」ニコ
少年(ずっと大嫌いだったこの町の雨だけれど)
少年(これからは、きっと心地良い雨になるだろう)
ギュッ
少年(今日もこの町には雨が降る)
終わりです。ありがとうございました。
関連作
少年「魚が揺れるは灰の町」
少年「魚が揺れるは灰の町」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463836215/)
透明な傘って言われてビニ傘しか浮かんでこない、この心の貧しさよ……
あなたの作品読み返してきたけど素晴らしかったわ
乙
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