少年「もっと強くなりたかった」 (68)
魔導師(青の粉は買ったし、緑の粉はまだあったわよね……)
魔導師(あとは……あら?)
少年(雨……冷たいな)
少年(このまま何も食べられずに死んじゃうのかな)
少年「…………」
魔導師「あなた、どうしたの?」
魔導師(ボロボロの服……傘を買うお金もないんだわ)
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少年「僕、奴隷なんですけど……あんまりにも仕事ができないから、捨てられたんです」
魔導師「あら……可哀想に」
魔導師「うちにいらっしゃい。お部屋ならたくさんあるわ」
少年「でも、僕……本当に不器用で……」
魔導師「何も働いてって言っているわけじゃないわ」
魔導師「このまま放ってはおけないもの」
少年「…………ありがとうございます」
少年(この人も、きっと僕を捨てるんだ)
魔導師「でも、ここには大学の研究所と同じくらいの規模の研究施設があるから便利ではあるの」
魔導師「私ばかり喋っちゃってごめんなさいね」
少年「いえ……」
魔導師「あんまり人と関わる機会がないから、お友達ができて嬉しくって」
魔導師「あなた、年齢は?」
少年「……その、数は五までしか数えられないんです」
少年「それからは、年を取るたびにこの木の板に線を刻んでるんです」
魔導師「ええと……十二歳ね」
魔導師(普通の十二歳よりもだいぶ小さいわね……十歳を超えているとは思えないわ)
魔導師(充分な食事すら与えてもらえなかったんだわ。酷い主人に雇われていたのね)
魔導師「数の数え方を教えてあげるわ。その前にお風呂に入りましょう」
>>3の前
少年(お城みたいな家だ……)
魔導師「私、魔術の研究をしているの」
魔導師「その成果が認められて、お国から大きな屋敷を与えられたのだけど」
魔導師「あんまりにも広いから寂しくてね」
魔導師「本当はもっと狭いおうちに住みたかったのだけれど、お国からのご褒美を断ったら罪になっちゃうから」
少年「…………」
少年「…………」
魔導師「恥ずかしがらなくて良いのよ?」
少年「い、いや、その」
少年「僕は汚いから……」
魔導師「だからこそ綺麗にするのよ。はやくおいで」
少年「…………はい」
ごめん>>5の前
魔導師「お風呂の入り方、わかる?」
少年「……ごめんなさい」
魔導師「じゃあ一緒に入りましょうか」
少年「そ、そんな」
魔導師「入り方がわからないなら仕方ないでしょう?」
魔導師「気にしなくていいのよ。年も離れているんだし」
少年(美人だな、この人)
少年(……恥ずかしい)
少年(これ、何ですか……? 白くてドロドロしてる)
魔導師「シャンプーよ、見るのは初めて?」
魔導師「これを頭につけて泡立てるのよ」ワシャワシャ
少年「わわっ!」
魔導師「うふふ、びっくりした?」
魔導師「体も綺麗になったし、お湯につかりましょうか」
少年「お風呂……」
少年(前のご主人様の風呂掃除をしたことはあるけど、入るのは初めてだ)
少年「……」チョンッ
少年「…………!」チョンチョン
少年(あったかい! こんなのに入れるなんて……)
魔導師「早く入らないと体を冷やしてしまうわよ」
魔導師(お風呂が新鮮なのね。可愛い)
十分後
少年「…………」グタリ
魔導師「だ、大丈夫……?」
少年「なんだか……くらくらして……」
魔導師「多分逆上せちゃったのね。緊張しているのもあるかも……」
少年「すみません、先に上がりま……」ボシャン
魔導師「きゃっ! だ、大丈夫!?」
————
少年「う……」
魔導師「目は覚めた? 良かった……」
少年「ご、ごめんなさい! 僕、気を失って……」
魔導師「今日は無理をさせてごめんなさいね」
魔導師「いろいろあったんだもの、今晩はゆっくり休んで」
少年「は、はい……」
少年「でもいいんですか? こんなに立派なベッドで寝て……」
魔導師「いいのいいの。元々この屋敷にあった余り物だから」
少年(優しい人だな)
少年(けど、僕の不器用さを知ったら愛想を尽かされてしまうんだろうな)
少年(……嫌だな)
少年(いろいろな人に買われては捨てられてきたからわかるんだ)
少年(この人の心は本当に綺麗だ。本当に優しい人だ)
少年(迷惑をかけたくない)
少年(…………優しくされるのが、何よりも怖い)
翌朝
魔導師「よく眠れたかしら」
少年「い、一応……」
少年(寝心地が良すぎて、逆にあんまり眠れなかったな)
少年(僕なんかがこんなに恵まれた状況にいていいのだろうか)
少年(そのうち罰が当たるんじゃないだろうか)
魔導師「そんな考え込んだ表情をしないで」
魔導師「これからずっとここにいて良いのよ」
魔導師(昔は大勢で一緒に暮らしたものだったわ)
魔導師(どんなに貧しくても、世間から嘲笑されても、笑顔で食卓を囲んでいた)
魔導師(独立してからは、社会的には成功してもどこか寂しかった)
魔導師「朝御飯を作ったの。食べてくれるかしら」
少年「は、はい! もちろんです!」
少年「……!」
少年「すごくおいしいです! こんなにおいしいものを食べたのははじめて」
魔導師「良かったわ。研究につきっきりで、しばらくお料理なんてしてなかったから」
魔導師「腕が鈍ってないか心配だったの」
魔導師「小さい頃からよく自分で作ってはいたのだけれど」
少年「…………」ガツガツ
魔導師(自分で作った料理を夢中で食べてもらえるのなんて、何年振りかしら)
魔導師「うふふ」
魔導師(この子が自分から話しかけてくることはほとんどない)
魔導師(おそらく、ただ命令を聞くように指導された結果だわ)
魔導師(奴隷の運命は主人に左右される)
魔導師(ちゃんとした主人に雇われたなら衣食住は保障されるけれど)
魔導師(奴隷をただの道具としてしか扱わない主人に雇われたら、想像もできないほど悲惨)
魔導師(奴隷制度そのものがおかしいのかもしれないけれど)
魔導師(下層階級の人々の鬱憤を晴らすためには必要な存在だとされてる)
魔導師(嫌な世の中だわ)
魔導師(いわば、奴隷が存在するのは様式美……けれど、あまりにも彼等が不憫だわ)
魔導師「ご飯、足りたかしら」
少年「……その、おかわりしてもいいですか?」
少年「ご、ごめんなさい! こんなこと言っちゃ」
魔導師「いいのよ。満足するまで食べなさい」
少年「……ありがとうございます!」
魔導師「……そろそろ研究棟に行かなくちゃ」
魔導師「一緒に来てくれるかしら。私の研究を見せてあげる」
少年「は、はい」
研究員「魔導師様、お待ちしておりました。昨日の買い物からお姿がお見えになりませんでしたが」
魔導師「ごめんなさいね」
研究員「おや? そちらの子は……」
魔導師「私のお友達よ。優しくしてあげてね」
研究員「おお、そうでしたか。よろしく」
研究員(この細さは恐らく奴隷の子だろう。この方の慈悲深さにも参ったものだ)ジロジロ
少年「…………」
少年「これは……」
魔導師「私の研究の試作品よ。完成品は町の防壁に埋め込んであるわ」
魔導師「この魔導器を起動させると防壁が強化されるの」
魔導師「とはいっても私がオリジナルを考えたわけではないのだけれど」
研究員「遙か東にある技術を発展させた物です」
研究員「魔導師様は若くしてこの技術を進歩させた功績が認められ、こうして御自分の研究所をお国から与えられたのです」
少年「そ、そんなにすごい人だったんですか……」
研究員「常識ですよ。そんなことも知らなかったのですか?」
魔導師「私が教えていなかったの。そのような言い方はやめてくれるかしら」
少年「こっちは……?」
魔導師「新しく研究している新型の防壁よ」
魔導師「基となる石の壁がなくても、魔力で壁を作ることができるの。上空もドーム状に覆えるわ」
研究員「それだけではありません。接近した敵に対して自動的に攻撃する事も可能なのです」
魔導師「まだ実用段階じゃないけどね」
少年「すごい…………」
魔導師「制御装置が未完成でとても危険だから触っちゃ駄目よ」
少年(僕はなんてすごい人に拾われてしまったのだろう)
少年(魔力の壁の製作者なんて、町でもかなりの有名人なはず)
少年(世間の情報をもらえる機会なんてなかったから、名前すら知らなかったけど……まさかこの人だったなんて)
少年(もっとしわしわのお爺さんが作ったのだとばかり思ってた)
魔導師「あら、もうお昼なのね。研究はちょっとお休みしてお勉強を教えてあげるわ」
研究員「それでは研究が疎かになってしまいます!」
魔導師「ちゃんと成果は出すから安心して。ちょっとくらい自由な時間をちょうだい」
少年「ぼ、僕はいいですから……」
魔導師「あなた、自分のことをできない子だと思っているみたいだけど、きっとそんなことないわ」
魔導師「今まで他人から否定されてばかりだったからそう思い込んでいるだけ」
魔導師「ちゃんと努力すればもっと器用になれるわよ」
少年「……そうでしょうか」
魔導師「ええ」
少年「でも僕、本当に呑み込みが悪いんです。ごくごく簡単な作業くらいしかできなくて」
魔導師「自分はできるって自分に言い聞かせるの。できないって思っていたら余計おばかになっちゃうだけよ?」
少年「…………」
魔導師「言葉だってちゃんと使えているもの。根は賢いのよ」
少年「……僕は奴隷です。奴隷が賢くなったら駄目だから、勉強を教えるのも禁止されているんじゃないんですか?」
魔導師「そうよ。けれどこのままにしておいたらもったいないわ」
魔導師「同じ人間なんだもの。綺麗な格好をしていれば外見だけで奴隷かどうかなんてわからないし」
魔導師「仮に周りに奴隷だと知られても、勉強なんてわからないふりをすれば大丈夫よ」
魔導師「ただ、自分は奴隷じゃないと身分を偽ったら罪になるから気をつけてね」
数ヶ月後
魔導師「うん、だいぶ肉付きも良くなったわね」
魔導師「お勉強も随分効率よく熟せるようになったし、やっぱり元が良いんだわ」
少年「ありがとうございます」
少年「研究の方は大丈夫ですか?」
少年「僕なんかの面倒を見ている所為で遅れているんじゃ……」
魔導師「大丈夫よ。安心して」
魔導師「大きな成果はもう出せているからしばらく停滞したってお国も文句は言ってこないし」
魔導師「新しい成果が全くないわけじゃないもの」
研究員(あいつ、子供なのを利用して魔導師様にベタベタと貼りつきおって……)
研究員(どうにも邪魔だ)
研究員(あんな子供さえいなければ研究だってもっと進んでいただろうに)
魔導師「ねえ、久しぶりに一緒にお風呂に入らない?」
少年「駄目ですよ! 僕はもう十二歳なんだって言ってるじゃないですか!」
魔導師「だって小さくて可愛いんだもの……」
少年「っ……」ムカッ
少年「それならいっぱい食べていっぱい運動して、魔導師さんよりずっと大きくなりますから!」
魔導師「あら……それはそれで楽しみね」
少年(大体、ちゃんと食べるようになってからやたらあそこが元気になってきちゃったし)
少年(今一緒にお風呂に入りなんてしたら絶対に反応しちゃうんだよ!)
少年(そんなことになったら一体どう思われるか……)
魔導師「あら、顔が赤いわよ?」
少年「…………」
夜
少年「……ん…………」
魔導師「よいしょっと」モゾモゾ
少年「……うわっ! 何で僕のベッドの中にいるんですか!?」
魔導師「寂しかったから、つい」
少年「ついじゃないですよ!」
少年(年頃の男を一体どう思ってるんだこの人は!)
魔導師「ん〜照れてるのも可愛い」ナデナデ
少年(あ……完全に子供扱いされてる。男として見られてないんだ)
魔導師「私、研究にばかり集中していたから恋人もいないの」
魔導師「お願い、一緒に寝てくれる?」
少年「……わかりましたよ」ドキドキ
魔導師「うふふ。ありがとう」
少年(……はやく、大きくなりたいな)
少年(魔導師さんにも男として意識してもらえるくらい、大きく)
魔導師「少年くぅ〜ん」ギュウギュウ
少年「僕はぬいぐるみじゃありません!」
三年後
少年「魔導師さん、どうですこの見事な羊肉! 安売りしてたんですよ!」
魔導師「あら、すごいわね。シェフに調理してもらいましょう」
魔導師(随分大きくなったわ。あんなに小さかったのが嘘みたいに)
魔導師(背もとっくに私を越しているし……)
魔導師(強く、賢くもなった。全然無能なんかじゃない)
少年「お料理楽しみですね!」
魔導師(そして、とても明るく笑うようになった)
少年「あの、ちょっと気になっていたんですけど」
魔導師「何かしら」
少年「……その、魔導師さんに恋人ができないのは、もしかして僕の所為なんじゃないかって」
少年「若い女性が年下とは言え男と一緒に暮らしているのは」
少年「世間的にあまり良いことじゃないんじゃないかと思うんです」
魔導師「あら……」
魔導師「元々男性と付き合いたいと思ったことはないし、決してあなたの所為なんかじゃないわ」
魔導師「研究の道を選んだ時点で、嫁ぎ先がないのも覚悟していたもの」
魔導師「もう二十代だし、こんな生き遅れ誰ももらってはくれないわ」
少年「では……僕のことはどう思っているんですか!?」
少年「まだ僕のことをただの子供だと思っていますか?」
魔導師「…………いいえ」
少年「それじゃ……」
魔導師「そうね、弟みたいな感じかしら」
少年「え……」
魔導師「私、弟がいるのよ」
魔導師「無意識に面影を重ねていたみたい。大して似てないのにね」
少年「そう……ですか……」
少年(この人にとって、僕はまだ『男』じゃないんだ)
少年(……それ以前に、あの人はこの国最高クラスの研究者)
少年(僕はただの奴隷階級の人間)
少年(生まれも育ちも、何もかもが違うんだ。結ばれようと思うなんて傲慢だ)
少年(法律上結婚だってできやしない)
少年(最初から叶わない想いなんだ)
少年(せめて、あの人が幸せに暮らせるようお手伝いしよう)
少年(僕にできることなんて、それくらい)
大臣「なんと、奴隷階級出身であることを偽って生活している不届き者がおると」
研究員「はい。おそらく魔導師様の財産狙いかと」
大臣「なんということだ、すぐにでも取り締まらなくては」
大臣「報告ご苦労であった」
研究員「はい」
研究員「彼女は完全に奴に洗脳されています」
研究員「あの少年のことを庇うでしょうが、どうか彼女を罰する事だけは……」
大臣「もちろんするはずがない。彼女は最高の魔術師だ。失うことは人類にとって大きな損失となる」
研究員(彼女を悲しませてしまうことになるが、これで奴を排除できるぞ!)
研究員「ふふ……はははは……ははははははははは!」
少年「最近、料理も練習してるんです」
少年「シェフが厳しく指導してくれているのでだいぶ腕が上がったんですよ!」
少年「あなたにはまだ追いつけていませんけど、いずれ手料理をお出しします」
魔導師「それは楽しみだわ!」
少年(奴隷として、と言ったら怒られるけれど)
少年(使用人としてでも良い、この人を幸せにしたい)
少年(僕を救ってくれた、この人を……)
兵士「少年はいるか!」
魔導師「あの……何の御用でしょう」
兵士「罪状を読み上げる!」
兵士「身分の偽証、財産の横領、そして」
兵士「魔導師様の研究の弊害になったことが貴様の最大の罪とされている!」
少年「!?」
魔導師「どういうこと!? この子は何も悪いことなんてしてないわ!」
兵士「魔導師様は騙されている! 少年を捕らえろ!」
魔導師「やめて!」
少年「魔導師さん!」
魔導師「やめてええええええ!!」
看守「あーあ、お前、多分一生牢屋の中か最悪処刑だぜ」
少年「…………」
看守「魔導師様の研究はこの国の最重要事項の内の一つだからなあ」
少年(……やっぱり、僕は幸せになんてなっちゃ駄目な人間なんだ)
少年(違う、奴隷は人間じゃない。虫けら以下の存在だ)
少年(魔導師さんと一緒に暮らしている間に、そんなこと忘れていたな)
少年(ついに罰が当たったんだ)
魔導師「あの子を解放して!」
兵士「しかしですねえ……」
魔導師「確かに奴隷だと周囲には知らせていなかったけれど、偽ってもいなかったわ!」
兵士「しかし」
魔導師「私が自分からあの子の面倒をみていたのよ!」
魔導師「あの子は邪魔なんかじゃない……!」
魔導師「あの子を守るためにも強い壁を作ろうと私は頑張れたの!」
魔導師「あの子がいなかったら……私……」
魔導師(ずっと独りで、寂しいままだった)
看守「あんまり不安そうじゃないねえ」
少年「そりゃ不安ですし、こんなことになったのは残念ですけれど」
少年「他人からこんな誤解をされても仕方のないくらい、幸せな人生でした」
少年「僕は不幸な人生を送って当然なはずでしたから」
少年「充分、楽しかったです」
看守「そうかい」
看守「ここはお国の言うことが絶対でねえ、例え冤罪でもお国が有罪だと言ったら有罪なんだよ」
看守「どんなに理不尽でも、お国の命令にははいかイエス以外言っちゃあ駄目なんだ」
看守「どんなにつらくても、俺達にゃあどうしようもないのさ」
大臣「魔導師よ、目を覚ますのだ」
大臣「奴隷なんぞを大切に飼っていても金の無駄であるぞ」
国王「これからは研究だけに精を注ぐように」
魔導師「…………」
国王「どうしても寂しいようなら、犬や猫くらいならば与えても良いが」
魔導師「…………あの子を解放してください。彼に罪はありません」
大臣「無礼であるぞ!」
魔導師「どうしてもあの子を解放しないと言うのなら、私はここで命を絶ちます」
大臣「何だと!?」
魔導師「一体誰があの子に罪を被せたのかは存じませんが、全て濡れ衣なのです」
魔導師「その報告者の声だけを聞き入れ、私の声をお聞きになってくださらないのなら」
魔導師「このような不条理な国にはもうお仕えしない覚悟でございます」
大臣「国最高の魔術師だからといって調子に乗るでない!」
大臣「貴様がただの平民であったならばとっくに不敬罪であるぞ!」
国王「ふむ……ならばあの者を救う機会を与えよう」
国王「条件を満たせたのならばあの者の罪は無かったものとする」
魔導師「……ありがとうございます」
大臣「陛下、報告者はわたくしめの甥なのです!」
大臣「彼の者の言葉には決して偽りなどありませぬ!」
魔導師(甥……確か、研究員は大臣の親戚だったはず。まさか彼が……)
国王「しかし、魔導師を失うわけにはいくまい」
国王「ここまであの少年を大切に想っておるのじゃ」
国王「あの少年が罪人となった方が研究に支障が出よう」
魔導師「……では、私は一体何をすればよろしいのでしょう」
国王「お主の魔導壁を起動させるには、」
国王「生き物の寿命を生贄として捧げなければならないはずじゃな」
国王「あの少年の寿命の半分を魔導壁に捧げよ」
国王「さすればお主の願いを叶えてやろう」
魔導師「今……なんと……?」
大臣「あの少年の寿命を差し出せば解放してやろうと陛下は仰っているのだ」
魔導師「そんな……!」
大臣「それくらいの対価は必要だということだ」
魔導師「しかし、あれは完成間近とはいえまだ不完全なのです!」
魔導師「どのような誤作動を起こすかわかりません!」
魔導師「特に、あれには敵を攻撃する機能もあるのです。もしそれが……」
国王「お主の腕に間違いはないじゃろう。一週間以内に実行するのじゃ」
大臣「でなければ奴は終身刑だ」
魔導師「あれが完成すれば生贄無しに起動させる事も出来るようになるんです!」
国王「この頃魔族の活動が活発になっていてのう……あまり長くは待てぬのじゃ」
魔導師「そんな……そんな……」
魔導師(また、あの時と同じことを繰り返すの……!?)
魔導師(彼は私の大切な家族)
魔導師(絶対に失いたくなんてない)
魔導師(できることなら、ずっと一緒にいたい)
魔導師(けれど、彼を解放してもらうには彼の寿命の半分を生贄にしなければいけない)
魔導師(でも、できることなら長生きしてほしい)
魔導師(長く生きて、色々なことを学んでほしい)
魔導師(だからといって、一生牢獄の中だなんて……)
少年「魔導師さん!」
魔導師「やっと面会を許可されたの。ごめんね、私の所為で……」
少年「いえ、僕の所為であなたの責任が追及されているのではと心配していたんです」
魔導師「あなたを解放してもらえる条件があるの。けれど……」
…………
…………
少年「そう、ですか」
魔導師「あなたはどちらがいいかしら。牢獄の中で長生きするのと、外で短い一生を過ごすのとは……」
少年「……牢屋の中じゃ、どっちにしろ長生きなんてできそうにありません」
少年「こんな所で一生を無駄に過ごすくらいなら、寿命が減ってもあなたと一緒にいたいです」
魔導師「随分簡単に答えを出せるのね」
少年「どっち方が良いかなんて、明白じゃないですか」
魔導師「でも……」
少年「最も、僕があなたにとって邪魔な存在じゃないのなら、ですけど」
魔導師「邪魔なわけない! あなたは家族だもの!」
少年「家族……ですか。嬉しいな」
少年「僕、物心ついた頃には親なんていなかったから、とても嬉しいです」
魔導師「っ……」
魔導師「ねえ、一緒に……この国から逃げましょう?」
郊外
少年「今からでも遅くありません、戻りましょう!」
少年「僕の寿命なんていいですから!」
魔導師「自分の命を粗末にするようなことを言っては駄目よ!」
魔導師「遠くにはもっと自由な国があるの。そこまで逃げれば……国境を越えれば助かるわ!」
少年(申し訳ないな。僕なんかのために、ここまでしてくれて)
少年(国のことや研究のことよりも僕の命を優先してくれているんだ)
少年(男としては見てもらえなくても、家族として大切に思ってくれている)
少年(でも、こんなのいけない)
少年「あなたが僕を拾ってくれなかったら、僕はとっくに死んでいたでしょう」
少年「奴隷生まれなのにとんでもない幸せを与えてもらいました」
少年「だから、もう……」
魔導師「……馬鹿!」パチン
魔導師「……私、黙っていたことがあるの」
魔導師「私、肉親がいないの。奴隷ではないけれど、あなたと同じ、みなしごなの」
少年「……!?」
魔導師「ごめんね。身の上話をしたらどうしても不幸自慢になっちゃうから伝える機会が無かったのよ」
魔導師「いつのまにか世間では中流階級の生まれってことになっているけれど」
魔導師「赤ちゃんの頃から孤児院にいて……世間からは卑しい生まれだからって蔑まれて」
魔導師「悔しかったから、頑張って勉強して研究を成功させた」
少年「……そうだったんですか」
魔導師「弟っていうのも、孤児院で一番私に懐いていてくれた子のことなの」
魔導師「とても良い子だったのに、濡れ衣を着せられて……処刑されちゃった」
魔導師「大臣の財宝を盗んだって罪状でね。本当の犯人は逃げちゃった」
魔導師「あの子は無実だってどんなに訴えても聞き入れてはもらえなかった」
少年「…………」
魔導師「もう、あの時と同じように大切な人が謂れのない罪に問われるのは嫌!」
魔導師「お願い、私にあなたを救わせて」
魔導師「それが、あの子を助けられなかったことへの償いになる気がするの……」
少年「……僕は、あなたの意志を尊重します」
魔導師「ありがとう」
兵長「待て!」
魔導師「くっ……もう追いつかれちゃったか」
兵長「あなたは非常に魔導に長けている。しかし、それは魔導具系統に関してだ」
兵長「攻撃魔法を使うことはできないのでしょう」
兵長「すぐに降伏するのなら上も許してくださいます。お戻りください」
魔導師「嫌よ!」
兵長「あなたは御自分がいかにこの国にとって重要な存在かわかっておられません!」
兵長「あなたの技術は何千何万という命を救い得るのですよ!」
兵長「罪人を連れて逃亡しても許される人物なんてあなたくらいです!」
兵長「さあ、城に行き陛下に懺悔するのです!」
魔導師「大した調査もせずにすぐ人を罪人扱いするような奴等になんてもう従いたくないのよ!」
兵長「それは仕方のないことなのです」
兵長「いちいち冤罪かどうかを確認していては兵も時間も足りません」
兵長「それに、問答無用で罪に問うのは犯罪の増加を抑制するためでもあるのです!」
魔導師「そんなの間違ってる! あなた、自分が濡れ衣を着させられても同じことを言えるの!?」
兵長「……国のためなら仕方がないと自分に無理矢理納得させます」
魔導師「本当にそんなことができるの!? あなたの家族を悲しませることになるのよ!」
兵長「…………」
兵長「……私は上流階級の生まれですが、そいつは奴隷階級です」
兵長「話が違うのですよ」
少年「っ……」
魔導師「……階級の低い者は不当に扱われたって良いと言うの?」
兵長「それがこの国の現実です」
兵長「奴隷や身寄りのない者なら、犠牲になっても悲しむ人はいないでしょう」
魔導師「ふざけないで!!」
兵長「……今すぐに二人を捕らえろ! 多少乱暴でも構わん!」
魔導師「来ないで! これ以上私の家族を奪わないで!」
少年「魔導師さん……」
魔導師「放して! 放してよおおお!」
少年「くっ……」
少年(僕がもっと強かったら…………僕がもっと強かったら)
少年(こんな兵士達なんてすぐに倒して、魔導師さんの願いを叶えられるのに)
少年「ちくしょう……ちくしょう!!」
少年(物心ついた頃からずっと虐げられてきたのに、こんなに悔しいと思ったのは生まれて初めてだ!)
研究員「少年の寿命の半分と引き換えに元通りの生活だって? 冗談じゃない」
研究員「あんな奴隷の顔なんてもう二度と見たくないというのに」
研究員(ああ、そうだ。新魔導壁の本体に細工をしてやろう)
研究員「……っくくっはははははは」
研究員「これであの方の愛も、名誉も、財産も、全て私の物だ!」
研究員「……おっと、ネジが一本奥へ入りこんでしまった」
研究員「まあ計画に支障はないだろう」
大臣「これより新魔導壁の起動を行う」
大臣「覚悟は良いな?」
魔導師「…………」
少年「…………」
少年「……気にしないでください、魔導師さん」
少年「今すぐ死ぬわけじゃないんですから」
少年「僕は、言葉では表現しきれないほどあなたに感謝しているんです」
少年「あなたは僕を自分の家に連れて帰り、大切に育ててくれた」
少年「いろいろな事を教えてくれた。誰よりも愛情を注いでくれた」
少年「本当にありがとうございます」
魔導師「やめてよ、最期の言葉みたいじゃない……」
少年「大好きです、魔導師さん」
大臣「さあ、少年の寿命を代償に魔導壁を起動させよ!」
魔導師「……ごめんね、守ってあげられなくて、ごめんね」
少年「いいんですよ」
少年(……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
少年(少しでも長く魔導師さんの傍にいたい!)
少年(弟さんじゃなく、僕自身を見てもらえるまで! いやその後だって!)
少年(寿命が縮むなんて嫌だ!)
少年に(早死にするために生きてきたわけじゃない!)
少年(僕はもっと生きていたい!)
少年(こんな身分の生まれだけど、それでも生きていることが好きなんだ!)
少年(魔導師さんと一緒に生きるのが大好きなんだ!!)
少年「……に、たく……な…………」ポロ
大臣「おお、素晴らしい! 魔導壁が光り輝いている!」
研究員(よし、その調子だ! そのまま少年の寿命を全て吸い取ってしまえ!)
シュイイィィィィイイン
シュイイィィィ
シュイ
シュ……ィ……
……
少年「止まった…………?」
魔導師「嘘……!」
研究員「そんな馬鹿な!」
魔導師「少年君!」ギュウウ
少年「魔導師さん!」
魔導師「良かった……良かった!」
大臣「お前、整備を怠ってはおらぬだろうな?」
研究員「も、もちろんです!」
研究員「おそらく、私の手の及ばぬ部分に問題があると思われます」タラタラ
少年「魔導師さん、僕、僕……」
ピカッ
ドンッ
魔導師「え……?」
魔導師「魔導壁の本体が……暴走している……!?」
少年「危ない!」ガバッ
魔導師「きゃっ!」
少年(僕の中から、何かが……何かが吸い取られていく)
ピー
ピー
ピー
ピー
ピーピーピーピーピーピーピーピー
ピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピーピー
…………
…………
魔導師「う……」
魔導師(あの時、反射的に防御魔法を使って……)
魔導師「少年君!」
少年「…………まど、しさ……」
魔導師「あ……ぁ……」
少年「僕、あなたのこと、愛しています」
少年「もし、生まれ変われるのなら……あなたを守れるくらい強い男になりたい」
少年「あなたに、一人の男として……見てもらえるくらいに……」
魔導師「っ!」
少年「どうか、次は」
少年「弟さんじゃなく、僕を見て……くださいね……」
少年「…………」
魔導師「そんな……」
魔導師「こんなの……嘘でしょ……」
魔導師「…………また、守れなかった」
魔導師(また、誰よりも大切な家族を……失ってしまった)
魔導師(人々を守るための壁が、町を壊滅させてしまった)
魔導師(ああ、私ももう長くはないみたいだ)
魔導師(血が、止まらない)
魔導師(どうしてこうなってしまったのだろう)
魔導師(自分の誇りを得るためにこれを開発したから罰が下されたのかな)
魔導師(散々馬鹿にされたから、何かを成し遂げて見返してやりたかった)
魔導師(傲慢だったのかな)
魔導師(家族が欲しいと願ったことは、強欲なことなのだろうか)
魔導師(大切な人を奪われた憤怒は罪なのだろうか)
魔導師(善人ぶっていても、結局は罪と偽善だらけ)
魔導師「あなたの気持ちに、気付いてあげられなくてごめんね」
魔導師「私の孤独を埋めたい気持ちに……私の自己満足にあなたを付き合わせてしまった」
魔導師「そうね、もし生まれ変わりが本当にあるのだったら」
魔導師「次は一人の女の子として、あなたに恋ができたら……いいな……」
男の欲望と国の不条理が町を滅ぼした。
だがその事実を知る者はおらず、ただ魔導器の事故で滅んだとだけ後世に伝えられた。
END
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