モバP「凛とご飯。略して……」渋谷凛「りんごはん?」 (12)


午後二時、うちの事務所の会議室。

打ち合わせの終了予定時刻から既に一時間が経過した。

よその事務所との合同ライブということもあって、念入りに念入りに確認作業は行われる。

「もう分かってるって」と言い出したくなる気持ちをぐっ、と堪えて背筋を伸ばす。

それと同時に、私のお腹が音を上げた。

会議室内のたくさんの目がいっせいにこっちを向く。

顔から火が出そうだ。

「あっはっは、すいません。腹減っちゃって」

そんなとき、隣で一緒に話を聞いていたプロデューサーが大きな声でそう言った。

あれ?

私、助けられた?


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私のお腹が鳴いた事件によって、みんなも空腹に気付いたのか、会議のテンポは上がり、二十分としないうちに予定していた全ての確認作業が終わった。

それはそれでどうなんだろう、と思わなくはないけれど、まぁいいか。

うちの事務所の偉い人達と一緒に、よその事務所の人達をお見送りして、私も晴れて自由の身となる。

会議室に戻ると、プロデューサーは他の社員さん達と一緒に、出していたお水やらプロジェクターやらの片付けに追われていた。

「お疲れ様。……その、ありがとね」

「ナイスアシストだっただろ?」

「まぁ……うん。でも、怒られなかった?」

「なんか、『渋谷さんに免じて、不問とする』とか言ってたよ」

「ばれちゃってたんだ……」

「あの人、耳だけはいいからなぁ」

プロデューサーが小声でそう言うと、部屋の最後方から「なんか言ったか!」と声が飛んでくる。

それみたかことか、と言いたげな表情で「だろ?」と言うプロデューサーに「ほんとだ」と返した。




「いやー、やっと片付け終わったよ」

「これだけ広い会議室だと、片付けも大変だね」

「ほんとに。ってか、凛は帰っても良かったのに」

「助けてもらったお礼。人出は多い方がいいでしょ?」

「じゃあ、お礼のお礼だ」

「え、何?」

「メシ、食いに行こうか」

「行く」

「んじゃあ、とりあえず駐車場行くかー」

「いつもの?」

「いや、俺の」

「あれ。もう帰るんだ」

「もともと休日出勤だし」

「それは、その。お疲れ様です」

「いえいえ」

そんな気の抜けたやりとりの後、二人してくすくす笑った。




「で、何食べたい?」

そういえば、決めてなかった。

お腹は空いてるけど、空いてるからこそ、これと言って食べたいものが思い浮かばない。

お肉……はさすがにこの時間からだとヘビーかなぁ。

お寿司……はちょっとなんでもない日にはねだりにくいし……。

中華って気分でもないし、かといってイタリアンって気もしない。

頭の中で色んな料理がぐるぐると回る。

「……おそば?」

出てきたものは、何故か疑問形だった。

「お。珍しいリクエストだな。また、なんで?」

「んー。なんとなく?」

「そば、いいね。行こうか」

「別に私に合わせることないよ? あくまで案だし」

「といっても、他に何も思い浮かばないしなぁ」

「プロデューサーは食べたい物とか、ないの?」

私がそう言うと、プロデューサーはさっきの私の真似をして、「んー」などと言いながら考え込むふりをする。

「……おそば?」

「プロデューサー」

「ごめん」




プロデューサーの車に揺られること、数分。

事務所の近くのおそば屋さんに到着した。

もうお昼の時間からはかなりずれていたから、お客さんもまばらだ。

お店に入って、席に通され、間もなくお冷とおしぼりが運ばれてくる。

おしぼりで手を拭いて、お冷にひとくち口をつけると、すきっ腹にきーんと染みた。

「さて、何食べる?」

「何、っておそばじゃないの?」

「そりゃそうか。温かいの? 冷たいの?」

「冷たいの」

「じゃあざるそばだ」

「うん。プロデューサーは?」

「一緒。店員さん呼ぶぞ?」

「うん」

私の返事を聞くと、プロデューサーはすぐさま厨房に向かって「すいませーん」と声を投げる。

すると厨房から、ちゃきちゃきしたおばさんが出てきたので、プロデューサーは手でぴーすして「ざるそば二つ」と言った。

「以上でよろしかったですか?」

「あ。てんぷら、食べる?」

「え。どうしよ……食べる」

「何にする?」

「えび」

「じゃあえび二つ」

「はい、かしこまりましたー」

注文をとり終えると、おばさんはまたちゃきちゃき厨房に戻って、大きな声でオーダーを伝える。

「ざるそばふたーつ!!」

プロデューサーはそれを聞いて、「あのおばちゃん元気だなぁ」とこぼした。




少しして、ざるそばと大きなえびのてんぷらを乗せたお盆がやってきた。

二つ揃うのを待って、一緒に「いただきます」をする。

ぱきん、と箸を割って、ざるのおそばをめんつゆにつけて、口元に運び、一気にすする。

おそばのいい香りがふわっと鼻をくすぐったかと思えば、つるつるーっとのどごし良く食道を駆けていく。

「おいしい」

口から出た言葉は無意識だった。

「やっぱりお腹空いてるときに食べるものは、格別だなぁ」

「ね。でも、このおそば、ほんとにおいしいよ」

「てんぷらもさくさくでおいしいぞ」

言われて、箸で大きなえびのてんぷらを掴むと、ずしっとした重量を感じた。

ちょんちょん、とめんつゆにつけて、口を開けてかぶりつく。

ひとくち、またひとくちと、かぶりつく度にさくっ、という小気味良い音と共にぷりぷりのえびを堪能した。




みるみるうちに、ざるの上のおそばはなくなり、私もプロデューサーもすごい速さで完食した。

「ふー。なんだかんだ、お腹いっぱい食べちゃったな」

「こんな時間なのにね」

「それは言いっこなし」

「それもそっか」

またしても二人して、くすくす笑い合った。

「じゃあ、そろそろ行くか」

「そうだね」

そうして、手と声を合わせて「ごちそうさまでした」をした。

お腹も胸もいっぱい。

そんな心持ちだった。



おわり

りんちゃんかわいいおつ

おつ

渋谷……凛……おそば……

なにも起こらないはずはなく

蕎麦食って何起きるんだよw

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