勇者「救いたければ手を汚せ」その1 (209)


世界中の誰からも好かれるには?

そんなこと考えたこともないな。

そもそも、世界中の誰からも好かれたいなんて思って行動してないよ。

大体、そんな奴がいたら気持ち悪くないかな?

みんなに好かれてるなんて何だか嘘くさいし、信用出来ないだろ?

『言われてみれば確かに、色々と勘繰ってしまいそうですね』

『では次の質問です。あなたは誰から愛されていると思いますか?』

うーん、それはやっぱり母さんじゃないかな。 母さんは心の底から僕を愛してくれてるって思う。

『父親のことはどう考えているのですか?』

えっ? 父?

父さんか、父さんはどうなんだろう……

父さんには、まだ会ったことがないから分からないんだ。


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『そうでしたか……』

『父親に対して何か思うところがあるのでは?』


母さんと二人で暮らしていた頃はよく考えてた。

一人で頑張ってる母さんを見てると、何で隣には父さんがいないんだろうってね。

だけど時々、母さんが笑いながら父さんとの昔話しをしてくれたんだ。

本当に楽しそうに笑っていたし、昔話しの中の父さんは凄く格好良かった。

父さんが生きてることは知ってる。

離れたのは家族を守る為にしたことなんだって、母さんはそう言っていた。

だからなのかな……

父さんに対して怒りとかそういった類の感情は湧かなかったんだ。


一度も会ってないのに父さんが好きだった。

一度も会ってないのに憧れの人だったんだ。変な話しだろ?

僕の中の父さんは、母さんと同じように僕を愛してる。


『何故、そう言い切れるのですか?』


何でって、それは母さんが愛した人だからだよ。

だからきっと、父さんも僕を愛してる。


『では、家族以外で愛されていると感じることはありますか?』


家族以外……それは難しいな。

僕を好きな人と同じくらい、僕を嫌いな人がいるだろうから。

もしかしたら、嫌いな人の方がずっとずっと多いのかもしれない。


でも、僕はやらなきゃならない。

誰に愛され、誰に好かれているのか……

誰に憎まれ、誰に嫌われているのか……

全てを受け止めて、全てを受け入れて、前に進まなきゃならないんだ。

想いは僕を強くして、困難な時に奮い立たせてくれる。

『ですが、その想いが必ずしも力になるわけではないですよね?』

うん、そうだね。

時には足枷になることもあるよ?

けど、それを含めて僕の力だと思ってる。

『強い想いによって人格まで変わる可能性は?』

うーん、有り得ないとは言えないな。

でもさ、人って日に日に変わっていくんじゃないかな。

『今や世界は混沌としていますからね』

『人々は強くありたいと願い、自ら変わろうとしているのかもしれません』


あ、いや…そう難しい話じゃないんだ。

誰かの為にとか、愛する人とか、世界とか、そんなに大きなものじゃなくて……

痩せようとか、眼鏡をかけるとか、挨拶しようとか、素直にお礼を言うとか……

そんな些細なこと、ほんの小さい変化だよ。

僕はね、人は変わろうと思った時に変わってると思うんだ。

変わろうという気持ちが芽生えた時、人は既に変化していると思うんだ。

だから、人が本心から変わりたいと思ったのなら変われるんじゃないかな。

誰かの影響を受けたり誰かに憧れたりして変わろうとする人もいるだろ?

君がさっき言ったように、人の想いで僕が変わってしまっても同じことだよ。

色々な人と関わって影響を与えたり、逆に影響や刺激を受けたりする。

人は互いを知ることで変化していく。

そして、それは僕も同じ。

自分では気付いていないだけで、常に変化しているんだと思う。


『想いと言っても様々な形がありますよね?』

『それについてはどうお考えですか?』


そうだね、確かに色々な想いがある。

僕と関わった人が百人いるなら、その百人の中にはそれぞれ違う僕がいるんだろう。

中には似ている僕もいるだろうけど、ちょっとは違うはずだ。


『接した人の数だけ違った自分がいるというわけですね?』


そう、それぞれ違う僕の姿がある。

僕に限ったことじゃないけど、接した人が全く同じ印象を持つなんてことはない。

優しい、怖い、強い、弱い。色々な僕がいる。

だけどね、これだけは自信を持って言えるよ。

沢山の人に好かれ愛され、沢山の人に嫌われ憎まれても……

願いや想いが、どんな風に僕を変えてしまったとしても……

僕は、勇者だ。


【希望】

精霊「まだ見つからないの?」

勇者「ちょっと待って、もう少し時間が掛かりそう」

精霊「ちんたらしてないで早くしなさいよ」

勇者「……僕の言葉聞いてた? それとも年取り過ぎて耳が遠くなった?」

精霊「口を動かさないで手を動かして、今はお喋りしてる時間なんてないのよ?」

勇者「乱雑に置かれてるから見付けるのが大変なんだ。さぼってないで君も手伝ってくれ」

精霊「やってるわよ」ガサゴソ

勇者「悪口はしっかり聞こえるんだな」

勇者「小さい頃、近所に住んでたお婆さんを思い出すよ」ガサゴソ

精霊「……ハァ、昔はもう少し可愛げがあったのに」

勇者「君が説教ばかりするから捻くれたんだ。君に責任がある」


精霊「はいはい、そうね」

精霊「あなたが捻くれたのは私の責任、ごめんなさい悪かったわ反省してる許してちょうだい本当に申し訳ないと思ってる」

勇者「分かった!分かったから、もうやめてくれ! 冗談だよ」

精霊「あら、冗談だったの? 私としては謝り足りないくらいよ」

勇者「謝ることなんてないよ。君がいたから今の僕がいるんだ。感謝してる」

精霊「(全く、ふざけてると思ったら急に真面目な顔をするんだから……)」

勇者「顔がにやけてるけど、どうかした?」

精霊「いえ、別に何でもないわ。それより目的の物は?」

勇者「これだろ? ほら、ちゃんと二本ある」スッ

精霊「どう、それを手にした感想は?」

勇者「細くて頼りなく見えるし実用的とは思えない、戦えばすぐに折れそうだ」

勇者「けど、この剣は僕が知っている誰よりも強い人が手にしていたもの」

勇者「これ以上心強いものはない、力が湧き上がってくる。それに……」


精霊「それに?」

勇者「とても懐かしいんだ。これを見てると色々なことを思い出ーー」

ガチャッ!

王宮騎士「勇者様まだですか!!もう我々だけでは保ちません!!限界です!!」

精霊「時間がないって言ったのに、あなたがちんたらしてるせいで怒られちゃったじゃない」

勇者「君が感想なんて聞くからだろ!!」

王宮騎士「喧嘩は後でいいですから!! 勇者様、早くして下さい!!」

精霊「……とにかく、思い出に浸るのは後にしましょう」

勇者「分かった。でも悪いのは僕じゃない、君が感想なんて聞くからだ」

精霊「はいはい」

王宮騎士「勇者様!!」

勇者「分かった!分かったよ!!」

勇者「だから、もう大声を出さないでくれ。それ以上怒鳴られると確実に頭が痛くなる」


精霊「頭が痛いのはこっちよ。ねえ?」

王宮騎士「ええ、同感です」

勇者「……二人して酷い言い草だな。とにかく、続きは走りながら話そう」ダッ

王宮騎士「ええ、そうしましょう」

勇者「住人の避難はどう?」

王宮騎士「避難は無事終了しました。奴の移動速度が遅いのが唯一の救いですね」

勇者「現場の騎士達は?」

王宮騎士「今のところは何とか持ち堪えています」

王宮騎士「ですが、大型な個体なので攻撃範囲が非常に広く、未だ攻め倦ねています」

勇者「魔術師による解析はまだ終わらないの?」

精霊「それは私が行けば済む話しでしょう」

勇者「えっ? あぁ、まだ居たのか。あまり喋らないから忘れてた」


精霊「ハァ…」

王宮騎士「拗ねてますね。こういうあたり、彼もまだ子供ですか」

精霊「ええ、まだまだ子供よ。この通り、お守りが付いてるんだから」

王宮騎士「……あれから四年ほど経ちますか。早いものですね」

精霊「……私達にとってはね。けれど、あの子にはとても長かったはずよ」

勇者「お喋りはお終いだ。敵はどこにいる」

王宮騎士「旧噴水広場。あの場所です」

勇者「……分かった、僕等は先に行く」

王宮騎士「はい、お気を付けて」

勇者「騎士さん、腕から血が出てるよ。早く医療班に止血して貰った方がいい」

王宮騎士「……ええ、そうします」

勇者「じゃあ、また後で」

ダッ…

王宮騎士「おお、もうあんなに遠く…やはり変わられた。いや、成長したと言うべきか」

王宮騎士「今やあの頃の、私の知っている勇者様ではないのですね……」


【異形の者】

ゴーレム「いい加減鬱陶しいぞ、虫けら共」グオッ

『来るぞ!!散開しろ!!』
『揺れるぞ!!踏ん張れ!! 』

『まずい、足が…』
『早く掴まれ!行くぞ!!』

『おいっ、二人共早くしろ!』

『畜生め!何とかして奴を止るぞ!!』
『もうやってます!攻撃が弾かれるんです!! 』

『駄目だ。間に合わない、お前だけでも』
『ふざけるな、お前も一緒に行くんだ』

ゴーレム「敵に背中を向けて死ぬ。騎士とは、人間とはそんなものか」ズズン

勇者「その人間に背中を見せるなんて、間抜けな奴もいたもんだ」

ゴーレム「……ようやく来たか」クルッ

勇者「遅れて済まない。二人共、今の内に避難してくれ」


『この声は勇者か?助かった……』

『ったく、時間は稼いだんだ。後は頼むぜ』

勇者「……分かってる。早く行け」

ゴーレム「聞いていた通り、まだ幼いな。これが脅威になるとは思えん」

勇者「見かけで判断すると痛い目を見るって言葉を知らないのか?」

勇者「体が大きくて粗暴、見た目通りだな。頭悪そうって言われない?」

ゴーレム「小僧、口は災いの元という言葉を知っているか?」ググッ

勇者「えっ、ちょっと待っーー」

ゴンッッ!!

『おいおい、思いっ切り吹っ飛ばされたぞ…… 』

『本当に一人で大丈夫なのか? 我々も援護した方が…』

『一瞬であんな所まで、まさか死んじまったんじゃ……』

『馬鹿なことを言うな!!』


精霊「勇者、大丈夫?」

勇者「ああ、僕なら平気だよ。それより、あの二人は?」

精霊「攻撃圏内から出たわ。二人共に無事よ」

勇者「……そっか、なら良かった。魔核の場所は分かった?」

精霊「ええ、魔核は胸部中心。背面にある僅かな隙間を通せば破壊出来る」

勇者「よし。なら、さっさと済ませよう。これ以上この場所を荒らされるわけにはいかない」

ズズンッ…

勇者「何だ、もう来たのか……」

ゴーレム「どうした、いつまで寝ているつもりだ?」

勇者「寝てたんじゃない、作戦を練ってたんだ」ムクッ

ゴーレム「ほう、もう立てるのか。見かけによらず頑丈な奴だ」

勇者「あんたは見かけ通り頑丈そうだな。動きは遅いけど!!」


ゴーレム「むッ!!?」

勇者「この通り簡単に背中を取れる。名残惜しいけど、これでお別れだ」ジャキッ

ズンッッ…

ゴーレム「……お前の言う通り、少々見くびっていたようだな」ギシッ

勇者「次から気を付ければいいさ。まあ、次はないだろうけど」

ゴーレム「いいや、まだ終わりじゃない」

ガシィッッ!

勇者「痛っ!何だこれ!! まだ動いてるぞ!? 精霊、どうなってる!?」

精霊「……あっ、ごめんなさい」

勇者「何で謝る!! あっ、って何だ!!? 何で止まらない!?」

精霊「剣に宿る術法をあなた用に書き替えるのを忘れてたわ」

勇者「どういう意味だ!! もっと分かり易く言ってくれ!!」

精霊「今のままではその剣は機能しないし魔核を破壊出来ないってことよ!!」


勇者「君がミスするなんてらしくないな!! 剣は預ける!早くしてくれよ!?」ブンッ

精霊「分かってる!!」ガシッ

ゴーレム「なる程、術式の書き換えか。そんな時間を与えると思うか?」

勇者「いや、僕が君なら与えないかなぁ……」

ゴーレム「そうか、お前とは気が合いそうだな」

勇者「なら優しく…よせっ、早まるなあッ!?」グンッ


ビタンッ!


精霊「何するのよ!危ないわね!!」

勇者「今のは僕の所為じゃないだろ!! あのさ、人をハエ叩きみたいに使わないでくれる?」

精霊「(誰がハエよ、全く……とにかく早くしないと)」ヒュン

ゴーレム「人だと? 人であればもう二度は死んでいる。お前は人ではない」

ゴーレム「我々と変わらない化け物。人を超えた力を持ち、忌み嫌われるだけの存在だ」

ゴーレム「姿が人間である以外、何ら変わりはない」

勇者「……前はそう思ってたよ。世界一の嫌われ者だってね。でも、今は違う」


勇者「僕はこの世界が好きなんだ」

勇者「向こうが僕を嫌いでも、この想いは変わらない」

ゴーレム「永遠の片想いか、それはさぞ辛いことだろうな。今に終わらせてやる」

勇者「……やってみろよ」


ドズンッ!ドズンッ!ドズンッ!


勇者「げほっ…そんな…もんか?」

ゴーレム「まだ耐えるとはな、こちら側から見てもお前は異常な存在だ」

勇者「本当に異常なのは、こんなことをして何とも思わないお前の方だ……」

ゴーレム「どちらも異常だ」

ゴーレム「俺も、お前もな。叩いて駄目なら握り潰すまでだ」


ミシッ…ミシッ!ミシッ!!


勇者「これ…は……まずいな…精霊…まだなのか……」

ゴーレム「世界に愛されぬ同類よ。我が手の中で死んで逝け」


勇者「……お前等と、一緒にするなッ!!」ググッ

ゴーレム「なにっ!?」

精霊「勇者、大丈夫!?」ヒュン

勇者「ハァ…ハァ…ああ、大丈夫だ。それより書き換えは終わったのか?」

精霊「ええ、あなたのお陰で邪魔されずに出来たわ。遅くなってごめんなさい」スッ

勇者「やっとだな」ガシッ

ゴーレム「ふん、これも作戦の内か?」

勇者「負わなくていい傷まで負う羽目になったけど……まあ、取り敢えず作戦成功だ」

勇者「それより最近忘れっぽくなってるんじゃないか? 後で物忘れ防止の本でも買おうか?」

精霊「そうね、その方が良いかもしれないわ……」

勇者「そんな顔するな、僕は大丈夫。心配し過ぎだよ」

精霊「心配してるなんて一言も言ってないわよ?」

勇者「……言ってないだけだろ? そうだよな? そうじゃなきゃーー」

精霊「はいはい、とっても心配しているわ。腕や足首や体中の怪我は大丈夫かしら?」


勇者「全然平気、大丈夫だよ」

精霊「ハァ…」

勇者「僕は僕が出来ることを、君は君が出来ることをした。それでいいだろ?」

精霊「そう言ってくれてると助かるわ。ありがとう、勇者」

勇者「お礼なんていいさ」

精霊「ハァ…」

勇者「さて、そろそろ始めようか」

ゴーレム「終わったか?」

勇者「まあ、予定より遅くなったけど準備完了だ」

ゴーレム「そうか、それは丁度良かった。此方も準備が整ったところだ」ギシッ

勇者「えっ、なにそれ?」

ゴーレム「小型化して密度…強度を上げる。鈍重なままでは勝てそうにないからな」


勇者「ゴツい割に器用なんだな……」

精霊「勇者、気を付けて」

勇者「ああ、分かってる。危ないから君は離れててくれ」

精霊「……ええ」ヒュン

ゴーレム「さて、始めよう」

勇者「さっきまで見上げてた相手と同じ目線になるなんて妙な感じだな」

勇者「正直、見上げるたびに首が痛くて困ってたから助かるよ」

ゴーレム「行くぞ」ゴキッ

勇者「……来い」ジャキッ

ゴーレム「ふんっ!!」


ガギャッッ!


勇者「くっ…重いな」ググッ

ゴーレム「見事、その剣でよく防げたものだ。初撃に反応したのも素晴らしい」

勇者「あんまり褒められると調子に乗るから止めてくれ」

勇者「それより随分速くなったな、さっきとはまるで違う。重さも速さも段違いだ」


ゴーレム「どうだ?」

勇者「正直言うと凄くやりにくい。元の方が格好良かったし戻ってくれないかな?」

ゴーレム「それは無理な相談だな。それに、そういうことを聞きたかった訳じゃない」ブンッ

ガギンッ!ギャリリリッ…

勇者「じゃあ、どういう意味で聞いたんだ」

ゴーレム「有り余る力を存分に奮える相手が目の前にいる。どうだ? 良い気分だろう?」

勇者「……そんなわけないだろ」

勇者「お前のような奴と戦うたびに、自分が普通じゃないってことを実感するんだ……」ググッ

ゴーレム「押切られ…っ!!」

勇者「良い気分だって? 違うな、最高に嫌な気分だ!!」

ギャリッ!

ゴーレム「……この体に傷を付けるとはな、やるじゃないか」

勇者「(駄目だ。掠り傷程度の傷しか付けられない。流石に硬すぎる)」


ゴーレム「負けてられんな、行くぞ!!」ズッ

勇者「速ッ…」


ズドッッ!!


勇者「がっ…は…」ガクン

ゴーレム「面ではなく点。力は分散せず一点に集約する。分かるか?」

勇者「ハァ…ハァ…さっきよりも痛いから、よく分かるよ」

ゴーレム「まだまだ平気そうじゃないか、殺す自信が少しだけ無くなってきた」

勇者「自信満々な声で言うなよ、まるで説得力がないぞ」

ゴーレム「少しだけと言っただろう? ぬんッッ!!」ゴッ

ガキンッ!

ゴーレム「防御に適している型だな。その動き、余程研鑽したと見える」

ゴーレム「しかし不思議な剣だ。それほど頑丈そうには見えないが?」

勇者「何度も言わせるな、見た目で判断すると痛い目を見るぞ」

ゴーレム「口だけは達者だな。どうした? 来ないのなら此方から行くぞ!!」ズッ


勇者「くっ…」

ガギンッ…ガギンッガギンッ!

勇者「(駄目だ、胸部に隙間はない。やっぱり背中から貫くしかないのか)」

勇者「(でも、さっきまでとは速度が段違いだ。そう簡単に背後を取れそうにない)」

勇者「(まさか、こんなに厄介な相手だとは思わなかった。どうする?)」

勇者「(今の僕の実力で岩ごと魔核を斬るなんて無理だ。試す価値もない)」

勇者「(諦めるな、考えろ。背後に立たなくても背後から攻撃する方法を……)」

ゴーレム「その剣ごと、砕け散れ」グオッ

勇者「……胸が、がら空きだ!」ズッ

ガギッ…ギシッ…

ゴーレム「突きだと? 通ると思ったか、浅はかだな……ふんッ!!」

勇者「ッ!!」

ガシャッ…ガラン……

ゴーレム「勝負を急くあまり暴挙に出たな。その挙げ句、剣を一つ失った」

勇者「……まだ一つある。それに、僕はまだ生きてる」

ゴーレム「減らず口を、二刀でやっとだった攻撃をどう防ぐ」


勇者「……何とかするさ」

ゴーレム「そうか。なら、やってみろ」ダンッ

ガキンッ…ガキンッ…ガキンッ…ズドンッ!ドズンッ!

勇者「ぐっ…ちっ!!」ブンッ

ガンッッ…

ゴーレム「何の真似だ。これは」

勇者「いや、こっちも殴ってやろうかと思って……」

ゴーレム「……苛つかせるのが上手いな、褒めてやる」

勇者「君が怒りっぽいだけなんじゃないか? 僕は別にそんなつもりはーー」

ゴーレム「もういい、少し黙れ」

ズンッ!ドガッ…

勇者「うぐっ……流石に、何度も吹っ飛ばされるのは…きついな」ズリッ


ズリ…ズリ…ズリ…


勇者「ハァ…ハァ…ハァ……」トスン

ゴーレム「惨めだな」

ゴーレム「虫のように這いずり、石碑を背にしたまま立ち上がることすら出来ない」


勇者「これは石碑じゃない、墓標だ」

ゴーレム「そうか。なら、そこがお前の墓だ。丁度良かったじゃないか」

ゴーレム「次の瞬間にはお前ごと砕け散るだろうが」

勇者「……止めといた方がいい」

ゴーレム「何だ、命乞いか?」

勇者「違う、忠告してるんだ。これを壊したら、ただじゃ済まない」

勇者「お前は間違いなく幽霊に殺される」

ゴーレム「減らず口も此処までだ。もう付き合いきれん、死ぬがいい」ズッ

勇者「…………」ガヂッ

ドズッッ…

勇者「…………」

ゴーレム「……何だ、これは? 刃? 何故…誰が…気配は何処にも…」

勇者「後ろには誰もいない。だから言ったんだ、幽霊に殺されるって」


ゴーレム「何をした……」

勇者「自分の体を見れば分かるだろ? お前は背後から魔核を突き刺されたんだ」

ゴーレム「……これは、俺が弾いた剣…そうか…あの時、何か細工を…」

勇者「大した細工じゃない、ガキの小細工だよ。さっき弾かれた剣を手許に戻しただけさ」

ゴーレム「……お前が人の身であることが嘆かわしい。醜い化け物であれば、共に戦えただろうに」

勇者「いや、お前が良い奴なら一緒に戦えた」

勇者「お前が優しい奴なら心強い仲間として、良き友人として背中を預けて戦えたはずだ」

ゴーレム「……何を馬鹿な、そんな人間などいるわけがない」

勇者「僕ならそうしたよ」

ゴーレム「……本気で、言っているのか?」

勇者「ああ。だって、怪物は怪物のことを怪物とは言わないだろ?」

勇者「互いに罵り合うこともなく痛みだって分かり合えた。姿が違っても分かり合えたはずだ」


ゴーレム「…………」

勇者「君の痛みは分からないけど、その道を選んだのは君自身だ」

勇者「出逢う時が違ってたら…もしかしたら…僕等は友達になっていたかもしれない」

ゴーレム「……俺は、自分の選んだ道に後悔などしていない」

ゴーレム「だが、何故ここまで違う。俺とお前、何が違う……何…が…」

ガシャン…

勇者「……違いか」

勇者「強いて言うなら、僕は運が良かったんだろうね。僕は出会った人に恵まれた」

勇者「きっと、それが一番大きいんだと思う。生まれながらの怪物なんていない」

勇者「君だって最初から怪物じゃなかったはずだ。君にだって、きっと別の道がーー」


サラッ…サラサラッ…ヒョゥゥ……


精霊「……終わったわね」

勇者「………」

精霊「どうしたの?」

勇者「僕はどうだった? 上手くやれてた?」


精霊「あなたはまだ途上よ、理想と自分を比較するのは止しなさい」

勇者「向こうは僕の成長を待ってくれない。今のままじゃ駄目なんだ」

精霊「それでも焦っては駄目よ。今日はもう休みなさい」

勇者「これから瓦礫の撤去作業があるだろ。僕も手伝わないと……」フラッ

精霊「立っているのがやっとじゃない!! あなたが倒れたらどうするの!?」

勇者「うるさいなッ!!」

精霊「勇者……」

勇者「ああそうだ!僕は勇者だ!! 僕がやらなきゃ駄目なんだ!!」

精霊「それは違うわ!あなたは勇者である前に人間なのよ!! 今のあなたは間違ってる!!」

勇者「僕の何が間違ってるっていうんだ!! 力を持つ意味を常に考えろって言ったのは君だろ!!」

精霊「……っ」

勇者「……怒鳴って、ごめん…」

勇者「……精霊、君は動ける騎士達を呼んで来てくれ。僕は先にやってるから」


精霊「……分かったわ」ヒュン

勇者「これぐらい出来なきゃ勇者じゃない。勇者なら、これぐらい出来て当たり前なんだ」

勇者「早く大人になりたいな。無精髭とか生やして、お酒飲んだりして、それから、それから……」

勇者「お母んに、ただいまって……」

ドサッ……

『此処だ!勇者が倒れてる!!』
『大至急、医療班を呼べ!!』

『酷い傷だ……』
『ああ、強敵だったらしい』

『我々では手も足も出なかった。情けない』

『しかし、魔術すら通用しない頑強な個体が現れるとは…厄介なことになったな……』

『そっと運ぶぞ、起こさないようにな』

『ああ、分かってる』

『こんな事が本当に起きるなんて…あの人が言っていたのは本当だったのか』

『……勇者が目を覚ます前に撤去を終わらせるぞ』


【意固地】

勇者「……ッ!!」ガバッ

精霊「どう? 良く眠れた?」

勇者「暗いな。夜か? 今はいつの夜だ? 僕はどれくらい眠ってた?」

精霊「丸二日よ」

勇者「ッ、何で起こしてくれなかったんだ!! 他にもするべきことがあったのに!!」

精霊「いい加減にしなさい!! あなたが倒れて心配している人も沢山いるのよ!?」

勇者「……助けを求めてる人だって沢山いる」

精霊「あなたは一人しかいないの。全ての物事を一人でやろうとするのは無理よ」

勇者「人々の想いが僕の力になる。そう言ったのは君だ」

精霊「ええ、確かにそう言ったわ」

精霊「けれど自分の命を軽んじては意味がない。それではただの死にたがりよ」


勇者「……今の僕は」

精霊「『それ』を見るのは止めなさい」

勇者「嫌だね」スッ

【小さな希望】
【最愛の息子】
【剣聖の弟子】
【命知らず】
【偽善者】
【破壊者】
【怪物と戦う怪物】
【人類の脅威】
【破滅を呼ぶ者】

勇者「これが、皆が想う僕か……」

精霊「勇者、人の数だけ想いがある。皆がそう思ってるわけじゃないわ」

勇者「気休めは止してくれ、僕には見えるんだ。これが僕なんだろ?」

精霊「私が言いたいのはそういうことじゃないの」

精霊「人々の想いが力になるとは言ったけれど、あなたは人の評価を気にしすぎてる」


勇者「………」

精霊「勇者、よく聞いて、全ての人間に好かれる人なんていないわ」

勇者「分かってる!! でも見えるんだから仕方ないだろ!?」

勇者「いつかこれが僕の力になるなんて思えない。人の気持ちが分かるなんて苦しいだけだ」

精霊「あなた、何を怖れているの……」

精霊「嫌われること? それとも好かれること?」

勇者「両方だよ。破壊者や脅威だなんて、そんな風に恐れないで欲しい」

勇者「希望だなんて、そんな風に美化しなくたっていい。されたいとも思わない」

精霊「なら、どうしたいの?」

勇者「僕は……普通に好かれて、普通に嫌われたい」


精霊「それは無理ね。だって勇者だもの」

勇者「……分かってるよ。怖がられただけで破壊者呼ばわりされるし」

精霊「ハァ、あなたって妙に繊細だから本当に面倒臭いわ。イジイジして情けない」

精霊「それとも優しく慰めて甘やかして欲しいのかしら? だとしたら、まだまだお子様ね」

勇者「何で落ち込んでる相手にそういうこと言うんだ……」

勇者「大体、人が気にしてることを責めるなんて酷すぎるだろ」

精霊「あなた、普通に嫌われたいんでしょ?」

精霊「だから面と向かって普通に罵ってあげただけよ」

勇者「…普通…普通か」

勇者「……そっか、そうだね。うん、ありがとう。少しだけ元気が出た」

精霊「罵られてお礼? ごめんなさい、気持ちが悪いわ……」


勇者「いや、もう罵る必要はないよ?」

勇者「それ以上言われると傷付くだけだからそろそろ止めてくれる?」

精霊「あらそうなの、それは残念ね」

勇者「精霊、僕は…」

精霊「もう少し簡単に考えなさい」

勇者「えっ?」

精霊「好かれる人には思い切り好かれて、嫌われてるなら思い切り嫌われればいいの」

精霊「誰からも好かれようなんて考えはさっさと捨てなさい。そんなものは何の役にも立たないわ」

精霊「それから、無茶して頑張ったからって必ず報われるとは限らない」


勇者「……うん」

精霊「後は褒められたい感謝されたい、そんな気持ちも捨てなさい」

精霊「どんな形であれ、あなたがやった結果は想いとして必ず返ってくる」

精霊「最後に、やるときは精一杯やる。休む時はきちんと休む。分かった?」

勇者「何度も言われてるから分かるけど、やっぱり簡単には切り替えられそうにないよ……」

精霊「その一言が要らないのよ。返事は?」

勇者「……はい」

精霊「よろしい、この話しはこれでお終い。で、これからどうするの?」


勇者「まだ眠いから、寝る」

精霊「ふふっ、それでいいのよ。もう少し我が儘になりなさい」

勇者「うるさいな、もう終わりだろ? じゃあ、お休み」

精霊「はいはい、そうだったわね。お休みなさい」

勇者「(やっぱり敵わないな。ありがとう、精霊。君がいてくれて良かった……)」

勇者「…スー…スー…」

精霊「あらあら、もう夢の中? 全く、強がって無茶するからよ」

ナデナデ…

精霊「大丈夫、あなたの力で救われた人々は沢山いるわ。皆、あなたに感謝してる」

精霊「見返りを求めない行いはきっと報われる。自分を信じなさい」

精霊「あなたはまだ子供、これから幾らでも変われる。強くなれるから……」


【情】

勇者「…スー…スー…」

精霊「………」

コンコンッ…

王宮騎士「宜しいですか?」

精霊「はい、どうぞ」

ガチャ…パタン…

王宮騎士「夜分に失礼します。勇者様はまだ?」

精霊「いえ、さっき一度起きたけれど今は夢の中。何の用かしら?」

王宮騎士「いえ、特に用はありません」

王宮騎士「王も皆も心配しているので私が様子を見に来た次第です」

精霊「あなた、ちゃんと寝てるの? 隈が酷いわ。取り敢えず座ったら?」

王宮騎士「失礼。皆もこんな顔ですよ。王もですが、王妃は特に…」ストン


精霊「あぁ…彼女、昔から勇者を可愛がっていたものね」

王宮騎士「ええ、あの時から我が子のように思っておられます」

精霊「……そう。それより彼女、暴れてるんじゃないの?」

王宮騎士「な、何故それを…」

精霊「左頬に引っ掻き傷があるからよ、相変わらずヒス…感情的な人なのね」

王宮騎士「私なんてまだマシな方です。国王様なんて酷いものですよ……」

精霊「口を塞いで体中に鎖でも巻いたら? そうでもしないと収まらないでしょう」

王宮騎士「それは国王も検討していました。ですが、それは無理です」

精霊「何故? 無理矢理にでも休ませないと体に悪いわよ?」

王宮騎士「厄介なことに、給仕のおば様方なども結託しているのですよ」

精霊「あぁ……そう言えばこの子、おば様や年配の女性からの受けが異常なほどに良かったわね」


精霊「同世代の女性からは見向きもされないけれど……」

精霊「それより彼女、もう歳でしょ? 良く体力が保つわね。倒れないわけ?」

王宮騎士「それは問題ありません」

王宮騎士「精の付くものばかり口にしているので常に目が血走っていますが、城の誰よりも元気です」

精霊「今はそれで何とかなるでしょうけど後が辛いじゃない。馬鹿じゃないの?」

王宮騎士「王や我々が疲れ果てるのを待っているようなのです。ちょっとした戦ですよ」

精霊「ハァ、阿呆らしい。王は何をしているのよ」

王宮騎士「会いたいと暴れる度に『起きるまで我慢しなさい』とだけ……」

王宮騎士「今のところ、効果は全くないですが……」

精霊「明日の朝に勇者を行かせるわ。だから今は休みなさいと伝えてちょうだい」


王宮騎士「更に興奮して眠れなくなるのでは?」

精霊「面倒な女ね……」

精霊「なら、若い給仕に事情を話して一服盛らせれば良いでしょう」

王宮騎士「……なる程、それでいってみます」

精霊「成功を祈っているわ」

王宮騎士「難しいでしょうがやってみます。では、私はこれで…」

精霊「待って、住民の様子はどう?」

王宮騎士「十数名の高齢の方や子供が瓦礫の下敷きになった。との報告がありました」

王宮騎士「この二日で何とか全員発見しましたが半数の方は……」

精霊「亡くなっていたのね?」

王宮騎士「はい、家族を失い自棄になっている方もおられます」


精霊「……そう」

王宮騎士「如何なる魔術でも死者は蘇らない、心の傷を癒すことも出来はしない」

精霊「死者に冥福を、魂に安らぎを」スッ

王宮騎士「………」スッ

王宮騎士「このことは、勇者様には言わないで下さい。救われた命もあるのですから」

精霊「それは無理よ。きっと、勇者の方から聞いてくるわ」

精霊「この子のことだから、救った命ではなく救えなかった命に目を向けるでしょう」

王宮騎士「前を向けと言うのも酷なこと……力を持つ者は常に己を責め続けている。ですか?」

精霊「ええ。事実、勇者なら救えたでしょうね。その場にいれば、だけれど……」

王宮騎士「自分なら彼等を救えた、というのが厄介ですね。それが余計に彼を苦しめる」

精霊「『もしかしたら』なんて、幾ら考えても埒のあかないことよ」


精霊「結果として救えなかったのなら、その事実を受け入れるしかない」

精霊「誰に何を言われようと、どれだけ責められようと、それしかないのよ……」

王宮騎士「……二日前、危うく殺されるところだった騎士二名を間一髪救ったと聞きました」

王宮騎士「救われた彼等は勿論、彼等の家族も心から感謝しています……」

精霊「……そう、それは良かったわ」チラッ

勇者「…スー…スー…」

王宮騎士「彼は成長します。心根はそのままに、健やかに、逞しく」

精霊「?」

王宮騎士「そしていつの日か世界が彼を知り、人々が彼を理解した時……」

王宮騎士「世界中の人々が彼の名を呼ぶでしょう。親しみや敬愛を込めて、勇者と」


精霊「……そうね、私もそう信じているわ」

王宮騎士「では、失礼します」

ガチャ…パタン…

精霊「親しみと敬愛を込めて、か」

勇者「…スー…スー……」

精霊「事あるごとに悩んだり葛藤したり、つくづく面倒な生き物よね、人間って」

精霊「いい? 勇者の名に囚われては駄目よ?」

精霊「嫌なら逃げてもいい…なんて言ったら、あなたは怒るわよね」

ナデナデ…

勇者「…スー…スー……」

精霊「こんな風に寝顔を眺めるのも久しぶり」

精霊「ふふっ、どんな夢を見ているのかしら。お休み、勇者……」


【夢の庭#1】

剣士「ほーら着いたぞ、此処が都だ。どうだ、凄いだろ?」

勇者「うわぁ、人が沢山いる!建物もすごく大きい!!」


これは夢だ。夢が夢だと分かる夢。

これ何て言ったっけ? 前に精霊に教えて貰ったんだけどな。

確か分析夢とかだったかな? いや、違うな。何だっけ…駄目だ、思い出せない。


剣士「おっと、手を離すんじゃないぞ? 迷子になったら大変だからね」

勇者「はーい」ギュッ

剣士「よし、じゃあ行こうか」

勇者「どこに行くの?」

剣士「王様に会いに行くんだ。昨日の夜に話しただろう?」


勇者「……忘れてた。ねえ、王様ってこわい?」

剣士「怖くなんかないさ、とっても優しい方だよ」

勇者「……じゃあ、行く」

剣士「よーし、偉いぞ」

ナデナデ…

剣士「お話ししてる間は退屈かもしれないけど、少しだけ我慢してくれ」

勇者「え~…」

剣士「いや…そうでもないか。王女様がいるから」

勇者「?」

剣士「王様には娘がいるんだ。勇者と歳が近いはずだし、友達になれるんじゃないかな」

勇者「友達かぁ、村のみんなは元気かな?」

剣士「……っ、勇者、旅はもうじき終わる。お母さんとも友達とも会える」


勇者「そっか。でも寂しくないよ?」

勇者「旅に出てから新しいお友達もできたし、今はお兄ちゃんも精霊もいるから」

剣士「……そうか、ありがとう」

ヒュン…

精霊「いつまでお喋りしてるつもり?」

剣士「お帰り、どうだった?」

精霊「気配はないわ。今のところはね」

剣士「……引き続き警戒してくれ、いつ現れてもおかしくない」

精霊「ええ、分かってる」

勇者「なに話してるの?」

剣士「ん? 精霊が美味しいお菓子があるかどうか見て来てくれたんだよ」

勇者「ねえねえ、なんか面白いのあった?」

精霊「面白いもの? そうねぇ、飴で作った蛇とかならあったわ。食べたい?」


剣士「……いや、それは流石に」

勇者「食べたい!」

剣士「勇者、蛇だぞ? 怖くないのか?」

勇者「ヘビはすごいんだよ? はねたりするし」ウン

剣士「そ、そうなのか…」

精霊「何? あなた蛇が怖いの? 情けないわね」

剣士「人間には苦手なものがあるんだ。まあ、君には分からないだろうけどね」

精霊「あら、失礼ね。私にだって苦手なものくらいあるわよ」

勇者「へ~、精霊はなにが苦手なの? ミミズ?」

精霊「ミミズも嫌だけれど、そうね……泣き止まない子供とか?」


勇者「あ、また意地悪なこと言った!!」

剣士「ハァ…ほら、もう行こう」

勇者「蛇のアメは?」

精霊「それは後にしましょう? 今は王に会うのが先よ」

勇者「わかった。早く食べたいから早く王様に会いに行こう」グイグイ

剣士「分かった分かった。そんなに引っ張らないでくれ、飴は逃げないよ」

精霊「あなた、いつ話すつもり?」ボソッ

剣士「……時が来たら話すさ」

精霊「早めに話した方が良いわよ?」

精霊「問題を先延ばしにして後悔した人間なら沢山知っているから」


剣士「分かってる……」

精霊「あらそう。ならいいわ」

勇者「お兄ちゃん、どうしたの? 早く行こう?」

剣士「…………」

勇者「お兄ちゃん?行かないの?」

剣士「ん?あ、あぁ…そうだね。ごめんごめん。じゃあ、行こうか」


スタスタスタ…


精霊「そう言い続けてどれくらい経つのかしらね」

精霊「打ち明ける機会なら、これまでに何度もあったはずなのに……」

勇者「おーい、精霊も早く行こうよー! 迷子になっちゃうよー!」

精霊「ふふっ、あんなに手を振って……」

勇者「早くしないとおいてくよ~!!」

精霊「はいはい、今行くわ。全く、子供の相手は疲れるわね」


【夢の庭#2】

剣士「お久しぶりです、陛下」

東王「うむ、長旅だったな。もう三年になるか。では、その子が?」

剣士「はい。この子が勇者です」


あ、場面が変わった。

何だか、夢を見てるって言うより追体験しているような気分だな。


勇者「こんにちは、王様。勇者です」

東王「初めまして、こんにちは」ニコッ

勇者「…………」ジー

東王「ん、何かな?」

勇者「おじさんが王様なの? なんか、ちがうね」

剣士「こらっ、勇者」

勇者「えー、だって…」

東王「はははっ、こんなおじさんが王様じゃ変かな?」

勇者「ううん、すごくこわい人だと思ってたのに優しそうな顔してるから……」


東王「驚いたのかい?」

勇者「うん。僕、こわい人が王様になると思ってたんだ」

東王「それは違うな。いいかい? 優しくないと王様にはなれないんだ」

東王「怖いだけだと皆が逃げてしまうからね。すると、最後は一人ぼっちになってしまう」

東王「王様は皆がいるから王様でいられる。だから、どんな時も優しくなくてはいけないんだよ」

勇者「へ~、王様って大変なんだね」

東王「はははっ! ああ、王様は大変だぞ? 何なら一度王様をやってみるかい?」

勇者「うーん、面白そうだけど…やらない」

東王「ん? 王様は嫌なのかい?」

勇者「ううん。その服、すごく重そうだから。それにとっても大きいから、僕には着られないと思う」

勇者「かんむりだって王様が一番似合うと思う。かっこいいよ?」


東王「…………」

剣士「陛下、申し訳ありません」

東王「いや、いい。確かにこの冠と服は重い、かと言ってそう簡単には脱げん」

勇者「えっ、それずっと着てるの? やっぱり僕が王様やってあげようか?」

東王「ははっ、面白い子だ」

勇者「?」

東王「勇者君、歳は幾つかな?」

勇者「えっーと、もうすぐ8才です」

東王「そうか、八歳か……」

東王「おじさん達はこれから退屈な話しをする。勇者君は外で遊んでおいで」

勇者「いいの?」

東王「勿論いいとも。君、城を案内してあげなさい」


王宮騎士「はっ、畏まりました」

剣士「勇者、あまり走り回ったりするんじゃないぞ? 騎士さんを困らせないようにな?」

勇者「はーい」

剣士「あの、勇者のことお願いします」

王宮騎士「はい、お任せください。さあ、行きましょう」

勇者「うん」


ガチャ…パタン…


東王「さて、旅の方はどうだ?」

剣士「人々に勇者を認知させることは出来ています」

剣士「来たるべき時の為、今は存在だけでも知って貰わなければなりません……」

剣士「異界のものについても予言通り。数体ではありますが、各地で存在を確認しました」


東王「……そうか、実は我が国でも数体討伐した。やはり予言は真実だったのだな」

東王「今のところは何とか対処出来ているが、この先は分からん……」

剣士「……予言通りだとすれば、これは始まりに過ぎません」

剣士「これ以上増えるようであれば、近々、各国で専属の部隊が編成されることになるでしょう」

東王「カビの生えたお伽話かと考えていたが、まさか現実になるとはな」

剣士「邪悪なる異形の者共が世に混沌をもたらさんとする時……」

東王「それを討ち払い、世を救わんとする善なる者達も現れるであろう……だったな」

東王「……剣士よ。あの時、少しでも疑いを持った私を許してくれ」

剣士「いえ、疑って当然です。僕自身、あれが嘘であれば良かったと今でも思っています」

剣士「事実、この目で見るまでは信じていませんでしたから」

東王「いずれは民にも広く知れ渡るだろう。早急に対策を練らねばなるまい」


東王「……しかし、邪悪なる異形の者共か。奴等にも王と呼ばれる存在がいるのだろう?」

剣士「はい、予言者は比類なき者と称していました」

剣士「それから闇の王、魔を統べる者、決して救われぬ咎人とも……」

剣士「最後の呼び名が何を意味するかは分かりませんが、脅威になることは間違いないでしょう」

東王「異形の王…謎の多い存在のようだな。それだけに不気味だが……」

剣士「ええ、ですが我々…人類の敵となるのは間違いないでしょう」

東王「……いずれ我々では対処出来なくなる時が来る。そう言ったな」

剣士「予言では、ですが……」

東王「ふぅ、いずれ世界は異形の者共で溢れかえるか。その予言が外れるのを願うばかりだ」

こんな会話は記憶にない。

これはあの人の、お兄ちゃんの記憶?お兄ちゃんの剣を手にしたからか?でも何故?


【夢の庭#3】

勇者「うわぁ~、やっぱり広いね。みんな迷子にならないの?」

王宮騎士「皆さん城内で働いる方ですから、迷子の心配はありませんよ」


また場面が変わった。

二人が何を話していたか、もう少し聞きたかったんだけど仕方ない。

この時は確か……


勇者「へ~、そうなんだ。ん、あれっ?」

王宮騎士「どうしました?」

勇者「庭にいる女の子、一人で何してるの?」

王宮騎士「あの方は王女様です。どうやら、お稽古の最中のようですね」

勇者「王女様が剣のお稽古するの? 何で一人なの? 教えてくれる人はいないの?」


王宮騎士「いや、それがーー」

王女「わたくしが教えて欲しい剣術を教えて下さる方がいないからです」

王宮騎士「王女様!?」

勇者「足、はやいね…ですね」

王女「あなたが勇者ですね?」

勇者「うん。じゃなくて、はい」

勇者「僕が勇者ですが…え~っと、何かごようでございますの?」

王女「いつも通りの話し方で結構です。その方が話し易いので」

勇者「そっか、分かった。僕が勇者だけど、なに?」

王女「あなた、剣士様と一緒に旅をしているそうですね」

勇者「剣士…あ、お兄ちゃんか。うん、そうだよ」

王女「あなた、自分のことを特別だと思っていませんか?」


勇者「どういうこと?」

王女「こういうことです」ガシッ

勇者「へっ?」

グルンッ!バタンッ…

勇者「うわっ!?」

王宮騎士「なっ、王女様! 何をなさるのです!!」

王女「軽く試してみただけです」

王女「この程度に反応出来ないとは思いませんでしたが……」

王宮騎士「そういうことではありせん! 何故このようなことをしたのかと聞いているのです!」

勇者「いいよ別に、そんなに痛くなかったから大丈夫」

王宮騎士「勇者様……」

勇者「お兄ちゃんには王女様とお友達になれるって言われたけど、君は僕がきらいみたいだね」


王女「………」

勇者「……騎士さん、もう行こう?」

王宮騎士「え、ええ…では王女様、失礼致します」

王女「逃げるのですか?」

勇者「……王女様は、僕とけんかしたいから投げたりしたの?」

王女「いいえ? 手合わせ願いたかっただけです」

勇者「だったらそう言えばいいのに……」

勇者「自分が一番、特別だって思ってるのは王女様の方なんじゃないの?」

王女「……何ですって?」

王宮騎士「(ど、どうする?止めようにも王女様がこの様子では…)」

勇者「君みたいなことを言う人を沢山いたから分かるんだ」

勇者「何でこんな小僧を弟子にしたのか分からないとか、俺の方が……みたいなこと」


王宮騎士「…………」

勇者「お兄ちゃんは強いし、あこがれてる人が沢山いるのも知ってる」

勇者「僕だってお兄ちゃんみたいになりたい」

勇者「だから僕は、君がしたようなことは絶対にしないって決めてるんだ」

王女「あっ…」

勇者「さよなら、王女様」

王女「っ、ま、待って下さい!」

勇者「……なに?」

王女「いきなり投げ飛ばしたことは謝ります。ごめんなさい……」

王女「よろしければ、私と手合わせして下さい」

王宮騎士「お、王女様、今日はもうお止めになった方が…」


勇者「……ゆっくりならいいよ? 危なくないから」

王宮騎士「勇者様っ!?」

王女「分かりました。それでも構いません。よろしくお願いします」

勇者「騎士さんも行こう?」

王宮騎士「は、はぁ…ですが、一応報告をしなければならないので…」

王女「あなたは木陰で休んでいて下さい。お母様に伝えられると面倒ですから」

王宮騎士「(流石は王女様、勘が鋭い…)」

王女「よいですね?」

王宮騎士「し、承知しました(どうしよう……)」

スタスタ…

勇者「ゆっくり合わせていくやつ、行くよ?」

王女「ええ、いつでもどうぞ?」

王宮騎士「(大変なことになってしまった)」

王宮騎士「(あぁ、こんな時、王妃様がいて下されば……)」


勇者「行くよ、ほっ」

王女「……(これは、退屈しそうですね)」

カツン…カツン…カツン…

勇者「ゆっくりしっかり振ると体の真ん中がずれないんだって」

王女「体の中心、軸ですね?」


カツン…カツン…カツン…


勇者「うん、それ。ゆっくりを続けてから早く振ってみるとよく分かるよ?」

王女「試してみても?」

勇者「いいよ? もう少し続けてからね?」

王女「ええ、分かりました」

カツン…カツン…カツン…

勇者「もういいよ?」

王女「……では、えいっ! あっ…」


勇者「ね、違うでしょ?」 

王女「ええ、確かに違います」 

王女「でも何故でしょう? いつもと同じように振っているつもりなのですが……」 

勇者「ちょっといい?」ギュッ 

王女「え、ええ…」 

勇者「ほら、強く握りすぎだよ。ゆっくりやってた時はもっと力が抜けてたのに」

王女「そうでしたか?」 

勇者「うん、ちゃんと見てたから」 

王女「…………」 

勇者「あとは肩と腕にも力が入ってる。力抜いて? ぶらんってして」


王女「こうですか?」ダラン 

勇者「うーん、もっとぶらぶらさせる方がいいんだって」 

王女「どういうことです?」 

勇者「うーん……そうだ、剣を置いて?」 

王女「は、はいっ」 

勇者「はい、手かして?」 

王女「…………」スッ 

ギュッ… 

勇者「こう、手首とかふらふらさせて、体になんにもない感じ」 

王女「なる程、こういうことですか」 

勇者「そしたら、ゆらゆらしながら一気に…ふっ!」 


王女「あっ!」 

勇者「違うの分かる?」 

王女「ええ、今までとは全く違った感覚でした……」

勇者「どう? ゆっくりでも楽しいでしょ?」

王女「…っ、あのっ!」 

勇者「なに?」 

王女「先ほどは本当に申し訳ありませんでした。わたくし、あなたのことを誤解していたようです」 

王女「周囲から聞いていたことや勝手な思い込みであんなことをしてしまって、本当にごめんなさい……」 

勇者「思い込み?」 

王女「その…もっと偉ぶったような、自分の力を見せ付けるような嫌な人だとばかり……」 

勇者「僕はそんなことしないよ。そういうのきらいだもん。でも、よかった」ウン 


王女「良かった? 何がです?」 

勇者「仲良くなれたから」 

王女「えっ…」 

勇者「王女様、さっきまではこわい顔だったけど今は優しい顔してるよ?」 

王女「……優しいのは貴方の方です」 

王女「自分を投げ飛ばした相手に、こんな風に接することが出来るなんて……」 

勇者「こわい人は王様になれないんだって、やさしくないと一人ぼっちになるから」 

王女「……あの、それは誰が仰っていたのですか?」 

勇者「さっき王様が言ってたんだ。かんむりと服が重たくて大変なんだって」 


王女「そうですか、父がそんなことを…」

勇者「王様が言ったみたいに、世界中のみんながやさしかったらいいのにね……」 

王女「旅の道中、何か嫌なことでもあったのですか?」 

勇者「……なにも知らない人に色々言われた。親に捨てられたんじゃないか、とか」 

勇者「お母さんの悪口を言う人もいた。他人に一人息子預けるのは親失格なんだって…」 

勇者「僕がいると再婚出来ないから追い出したんだとか、色んなことをいっぱい言われた」 

王女「(……酷い。でも、わたくしも同じようなことを…)」 

勇者「もっと嫌なことも言われたけど、別にいいんだ」 

王女「?」 

勇者「お母さんが僕を心配してるのも、泣くの我慢して見送ったのも、僕は知ってる……」 

勇者「嫌なこと言われても、お母さんの本当の気持ちは僕が知ってる。だから、いい……」ギュッ


王女「……勇者は強いですね」 

勇者「王女様も強いよ? 投げ方上手だったし」

王女「いえ、わたくしが言っているのはそういうことではなくて…」 

勇者「どういうこと?」 

王女「悪意に耐える強い心を持っているということです」

勇者「そうなの?」 

王女「わたくしはそう思いますよ?」 

勇者「そっか。王女様が言うなら、そうかもしれないね」 

王女「ふふっ、何ですかそれは」 

勇者「だって王女様だよ? お伽話に出てくるお姫様だよ?」 

勇者「そんな凄い人が言うんだから間違いないよ」ウン 


王女「わたくしは別に凄くなどありません。ただ、父が王であるというだけで他には何も…」 

勇者「そうかな? 一人でお稽古したりするのは偉いと思うけどなぁ」

王女「……そう、でしょうか…」

勇者「あれっ、でも王女様は王女様だからもう偉いのか。どうしよう、なんて言えばいいと思う?」 

王女「えっ? それをわたくしに聞かれても…」 

勇者「そっか、なんかあれだね。王女様をほめるのって難しいね」 

勇者「凄いとか偉いとか言っても違うし、頑張り屋さんって言ったら変な感じだし」 

王女「頑張り屋さん、ですか…」 

勇者「あー、えーっと違う。何だっけ、ほら……頑張る人。努力屋?」 

王女「ふふっ、努力家ですか? でも、頑張り屋さんでいいです」 

勇者「そう? じゃあ、王女様は頑張り屋さんだね」ウン 

王女「…………」 

勇者「王女様? どうかしたの?」 

王女「いえ、こんな風にお話しをするのは久しぶりなものですから」


勇者「そうなの?」 

王女「ええ、歳の近い方と接する機会はあまりないので」 

勇者「じゃあ、いつもはどんな子と遊んでるの?」

王女「年に何度か他国の王子や王女と会うくらいですね」 

勇者「へーっ、王女様同士ってどんなお話しするの? このたびは流通がとどこおり、とか?」 

王女「いえ、そんなことは……でも…」 

勇者「でも?」 

王女「仲良くお話ししているようで、実はそうではないのです」 

勇者「それは嘘つくってこと?」 

王女「嘘をつく……そうかもしれないですね。それに近いと思います」 

王女「お互い、本当に仲良くなるのを避けている。胸を張って友達だと言える方もいません」 

王女「仲が良すぎても駄目、かと言って仲が悪すぎても駄目ですから」


勇者「なんか嫌だね。みんな、そんな感じなの?」 

王女「いえ、中には仲の良い、気の合う方もいるのですよ?」 

王女「ですが、次に会った時はそうでないかもしれません……」 

勇者「それはなんで? 会えない時間が長いから?」 

王女「それもありますが、他にも色々です。何より国が違いますから……」 

勇者「ふーん、国かぁ…色々めんどくさいね……そうだ!僕と友達になればいいよ!!」 

王女「……わたくしと、お友達に?」

勇者「そう。だって、僕となら難しいお話ししなくていいでしょ?」 

勇者「それに嘘もつかなくていい!普通にお話ししたり遊んだりするんだ!!」 

王女「普通に…わたくしに出来るでしょうか?」 

勇者「大丈夫だよ! 僕は違う国の人じゃないし王子様でもないから!!」


王女「ふっ…あははっ!!」 

勇者「え~っと、嘘もつかないよ?」 

王女「……そうですね、あなたは王子様でもなければ嘘吐きでもない」

王女「勇者、わたくしからも言わせて下さい」 

勇者「うん?」 

王女「わたくしと、お友達になっていただけますか?」 

勇者「うん、いいよ? ぼうえきの話しとか難しい話は出来ないけど…」 

王女「ふふっ、構いませんよ。そんな会話は退屈なだけですから」 

勇者「じゃあ何する?」 

王女「もう少し剣術を教えて下さいませんか? 出来れば、剣士様の剣術を」 

勇者「お兄ちゃんの? 二つ使ってやるやつ?」 

王女「そう!それです! わたくし、あの方に憧れて剣術を始めたの!」 


勇者「へぇー、そうだったんだ」 

王女「でも、誰も教えてくれる人がいなくて困っているの……」

王宮騎士「(……王女様、それは誤解です。誰も教えないのではなく、誰も教えられないのですよ)」

勇者「ねえ、何でお兄ちゃんの剣術じゃなきゃ駄目なの?」 

王女「何と言えばよいのか……」

王女「そうですね…何というか、剣術らしくないところが好きなのです」 

王女「あの日に見た軽やかに舞うような姿は今でも忘れられません」 

勇者「うーん、真似するだけなら出来るよ? 多分ぐちゃぐちゃになると思うけど、それでもいい?」 

王女「是非、見せて下さい!」 

勇者「じゃあ、王女様のやつも借りるよ?」


王女「ええ、どうぞ」 

勇者「よーし……ふっ!!」タンッ 

ヒュン…ブンッ…ダッ…グルンッ… 

王女「……凄い」 

勇者「止めちゃ駄目なんだ。こうやって動き続けて同じことの繰り返しにならないようにする」

勇者「こんな風に横とか縦、真っ直ぐに突いたり、上、下、真ん中、時々両方……」

勇者「肩とか揺らして次の動きがバレないようにしてするんだ。こうやって、足も使う」

勇者「両手と両足を使って相手を困らせる。次に何が来るか分からなくするんだって」ヒュオッ

勇者「責め続けると相手が嫌がって退くから、その時を狙うって言ってた。こんな感じで」ブンッ 

王女「(この動き、あの日見た剣士様にそっくり。旅の中でいつも見ていたからかしら?)」 

勇者「今のはずっと動いてたけど、反対に止まって待つやつもある」ビタッ 

勇者「動かずに相手が来るのを待つ。わざとどこかを狙わせるんだ。それを避けながら前に出て……」グンッ

過去作の焼き直し?


勇者「打つ」

勇者「これは一回だけ、一回で決めるやつ。相手に合わせて動くんだって」 

王女「…………」ポケー 

勇者「ねえねえ、ちゃんと見てた?」 

王女「え、ええっ! もちろん見ていましたよ!? ただ、想像よりも美しかったので……」 

勇者「ううん、今のは剣を振ってただけ。これじゃあ全然駄目なんだって」 

王女「どうしてです? あんなに綺麗に動けていたではないですか」 

勇者「ただ振り回すなら誰にも出来る。一つ一つの動作に力が入ってないと意味がない」 

勇者「次へ次へと急ぐあまり力みが出る。そうなると体と剣の動きが合わなくなってしまう」


王女「それは剣士様が?」 

勇者「うん、だから今はゆっくり振ってるんだ。一つ一つていねいに」 

王女「なる程。だから先ほど、わたくしにもゆっくりと振るように言ったのですね?」 

勇者「うん。急いだってお兄ちゃんみたいには出来ないから。少しずつでいいんだよ」 

勇者「だから、まずは一つでゆっくりやった方がいい。それが大事なんだって」

王女「……そうですね、そうしてみます。見せていただいてありがとうございました」 

王女「あの…よければ、また付き合ってもらえますか?」 

勇者「うん!旅が終わったら絶対来るよ!! ぼうえきの話しとか出来るようになるから!!」 

王女「ふふっ、貿易の話は別にいいですよ。また会える時を楽しみにしています」 


勇者「僕は大丈夫だよ?」

王女「えっ…」

勇者「だから、僕は変ったりしない。次に会っても変わらないし嘘ついたりしない」 

王女「……何故、急にそんなことを?」 

勇者「だって王女様、とってもとっても悲しい顔してたから」 

王女「……顔に出ていましたか。わたくしもまだまだですね」 

勇者「嫌な時は嫌な顔して、嬉しい時は嬉しい顔した方がいいよ?」 

勇者「嘘ついて嘘の顔してたら、何が何だか分からなくなると思うから」 

王女「……そうですね。きっとその通りなのでしょう」 

王女「けれど、それが必要な時もあるのです。仕方のないことなの……」 


勇者「ねえ王女様、それは本当の悲しい顔?」 

王女「……ええ、これは本当の本当に悲しい顔です」 

王女「さっき言われた通り、再会する時のことを想像すると怖くなります」 

王女「実際、仲の良かった方が突然態度を変えて接してきたこともありましたから」 

王女「その方自身の意志なのか、それは今でも分かりません。色々…ありますから……」 

勇者「ふーん、僕は会えないからって嫌いになんてならないよ?」 

王女「勇者、それは本当に本当の言葉ですか?」 

勇者「本当の本当だよ? だって、僕は嘘つき王子様じゃないから」 

王女「ふふっ…ええ、そうでしたね。安心しました」 

勇者「ぜったいに会いに来る。だから、またここでお話ししたりしよう」

王女「……ありがとう、勇者」 


【夢の庭#4】

憶えてる。 

この時のことも彼女の笑顔も、今でもしっかりと憶えてる。 

でも、僕は約束を破った。 

嘘を吐いて遠ざけて、それ以来、彼女とは会ってない。 

子供なんて、こんなものだ。 

出来もしない、守れもしない約束を簡単にする。 

絶対だとか必ずだとか、そういう言葉を軽々しく使うから痛い目を見るんだ。 

この小さな僕に、今の僕の声が聞こえるのならこう言ってやりたい。 

出来もしない約束を、無責任な発言をするな。この大嘘吐きめ。 


王宮騎士「ふぅ……」

王宮騎士「一時はどうなることかと思いましたが、仲良くなられたようで良かった」ホッ

王妃「そうねぇ、娘のあんな顔は初めて見るわ」

王宮騎士「いやぁ、お二人とも可愛らしいですね。見ていて微笑ましい限りですよ」ウンウン

王妃「あの子が勇者君?」

王宮騎士「ええ、もうすぐ八歳らしいですよ?」

王妃「うふっ…可愛いわね、凄く」

王宮騎士「そうですね……えっ、王妃様!? 一体いつからーー」

王妃「ついさっき。二人が良い雰囲気になるちょっと前からかしら……」


勇者「王女様はこの庭が好きなの?」

王女「ええ。稽古していない時も此処へ来て、こうして草花を眺めたりしているの」

勇者「へ~、なんで?」

王女「……ここにいると、城にいることを忘れられるから」

勇者「お城から出たい?」

王女「……そうですね。いつかは城から出て、色々な景色を見てみたいです」

勇者「そっか。じゃあ、いつか僕が連れて行ってあげるよ」

王女「え? 何処へです?」

勇者「僕の故郷。この庭にあるような綺麗な花はないけど、畑とか田んぼとかあるんだ」

勇者「都みたいな店とかはないけど、山とか川で遊ぶのはすっごく楽しいんだよ?」

王女「……ありがとう、勇者」

勇者「え? うん、どういたしまして?」

王女「ふふっ、いつか連れて行って下さいね? いつまでも、楽しみにしていますから……」


王妃「あらあら、二人だけの世界ね」

王妃「やっぱり子供っていいわぁ、見ているだけで心が癒やされるもの」

王宮騎士「ええ、そうですね」

王妃「それにしても勇者君は本当に可愛いわね。うちの子にしたいくらいだわ」

王宮騎士「(……城内外から世継ぎを望まれ、その重圧に耐えながら苦難の末に出産…)」

王宮騎士「(その重圧たるや、私のような者には想像も出来ない)」

王宮騎士「(待望の第一子を出産、母子ともに無事。これだけでも目出度いことであったはずなのに、中には落胆の声もあったと聞く)」

王宮騎士「(世継ぎ、王家に絡む様々な思惑、王妃様はずっと戦っておられたのでしょうか)」

王宮騎士「(計り知れない痛みを抱えながら、ずっと……)」

王妃「……………」

王宮騎士「(……どこか悲しげな横顔。やはり、今でも気にしておられるのでしょうか)」

王妃「あの娘、最近一人で考え込むのが多いのよ。親には相談出来ないこともあるでしょうし……」

王妃「弟妹がいれば良かったのだけど、出産以降子宝に恵まれなかったのよねぇ」


王宮騎士「っ、王妃様、それは誰が悪いわけでもありません。気に病むことはーー」

王妃「………」ズーン

王宮騎士「も、申し訳ありません!私ごときが出過ぎたことを……」

王妃「良いのよ、その通りだもの。敢えて言うなら、運が悪かったのかしらね」

王宮騎士「…………」

王妃「あの子が生まれた時、元気な産声を聞いた時、言葉では言い表せない程に嬉しかったわ」

王妃「けれど、あの子に寂しい思いをさせてしまっているのが自分だと思うと……」

王妃「……かと言って今からとなると難しいし、近頃はあの人も忙しいようだから。中々ねぇ」

王宮騎士「あ、あの、王女様は楽しそうですし、今はそれでよいのでは……」チラッ

王妃「ええ、そうね。あんな弟がいれば娘も喜ぶでしょう。私も喜ぶわ」ギラッ

王宮騎士「ヒッ…」

王妃「さてと……」ザッ


王宮騎士「な、何をなさるおつもりですか?」

王妃「何もしないわよ? ただ、三人で手を繋いで城内を歩くだけ」

王妃「さあ、行くわよ。あなたは後から付いてきなさい。いいですね?」

王宮騎士「は、はいっ!」

王妃「楽しそうね、私も混ぜてくれないかしら」

王女「お母様!?」

王妃「あなたに良き友人が出来たようで良かったわ」

王妃「あまり遊ばせてあげられなくて、ごめんなさいね」

王妃「こんな母を許してちょうだい……」グスッ

王女「お母様、わたくしは別に」

王妃「いいのよ、私には分かるもの。いつも寂しい想いをさせてしまって本当に…」


勇者「この人が王女様のお母さん? 何で泣いてるの?」

王女「現在、わたくしは城から出てはいけないのです。何か事情があるのでしょう」

王女「それからというもの、わたくしに弟妹がいないのを嘆くように……」

王妃「勇者君がよければ私の…いえ、この子の弟になってくれないかしら」

勇者「嫌だよ。僕にはお母さんいるもん」

王妃「第二の母でもいいわ。見たときにビビッときたの」

王女「お母様」

勇者「お母さんは一人でいいよ。ビビッってなに?」

王妃「母性に直接、いえ、この場合は子

王女「お母様、もう止めて下さい!」

王女「勇者はわたくしの友人です。あまり困らせないで」


王妃「あら、弟にしたいとは思わないの?」

王女「普通は思いませんっ!」

王妃「じゃあ、そうねぇ……恋人ならどうかしら?」ニコニコ

王女「からかうのは止して下さい」

王女「さあ勇者、もう行きましょう。わたくしが城を案内します」

ギュッ…

王女「さ、行きましょう」

勇者「あ、うん」テクテク

王妃「娘よ、待ちなさい。今のは冗談よ」ガシッ

王女「……それは気付きませんでした。それで?お母様はどのようなご用件でここに来たのですか?」

王妃「別に用なんてないわ。でも、そうねぇ……取り敢えず」

ギュッ

王妃「三人で歩きましょう。一度、こんな風に歩いてみたかったのよ」


勇者「僕が真ん中なの?」

王妃「当然よ、勇者君が一番小さいんだもの」

王女「お母様、あまりはしゃがないで下さい。皆が見ていますから」

王妃「……そうね、ごめんなさい。あなたに弟が出来たようで、つい…」グスッ

勇者「……王女様のお母さんって泣き虫なんだね」

王女「泣き虫と言うか、気持ちの動きが普通の人より激しいのです」

トコトコ…

王妃「(ふふっ、まるで本当の姉弟みたい。弟の手を引いて歩く姉……姉弟の、成長)」ポワーン

王妃「(弟は成長するにつれ世継ぎの重責を感じ始めたが、姉の支えで真っ直ぐに育つ。弟はいつしか姉の背を追い越し、姉を支えるようになる)」

王妃「(姉は弟を頼もしく感じ始め、もう昔とは違うことに気付く。姉は寂しさを感じたが、弟の成長を素直に成長を喜んだ)」

王妃「(弟は立派に王位を継承、他国との友好関係を盤石なものとして国民に安全と安心を与えた。その信頼は厚く、揺るぎないものとなる)」

王妃「(両親である私とあの人は大いに喜び、息子の成長に涙を流す。その夜は綺麗な月夜であった……)」

王妃「(時は流れ、姉は弟の親友である他国の王と結婚、城を去る。両親は大きな喜びと同時に大きな哀しみを覚えた)」

王妃「(一方、盛大な結婚式の後、弟は姉から渡された手紙を見て人知れず涙していたのだった…)」

王妃「(それから数年、王となった弟は美しい妃を迎えた。しかし、その妃は王を誑かし城を掌握しようと企む悪女……はっ!!)」


王妃「駄目よ!」ギュッ

勇者「なにが?」

王妃「女には気を付けなさい、見た目で判断しては絶対に駄目。女は怪物よ」

勇者「怪物?女の子が? 王女様も?」

王妃「いえ、娘は良い子よ? でも他は違うわ。何をされるか分かったもんじゃない」

勇者「そんなにこわいの? 女の子って」

王妃「女より怖い生き物はいないわ。騙されてからでは遅いのよ? 分かった?」

勇者「お母さんは、女の子は男の子が守ってあげないと駄目だって言ってたけど…違うの?」

王妃「確かにお母様の言う通り、男は女を守る存在でないと駄目ね……」

王妃「でもね? か弱いフリをしてる女も大勢いるのよ。奴等は計算高く恐ろしい醜悪な生物なの」

勇者「気持ち悪いやつにでも変身するの? イモムシみたいなやつ?」


王妃「変身。そうね、まさに変身よ」

王妃「あんなに優しかった女性が、実は夫に毒を盛っていたなんて……嗚呼、なんと恐ろしい」

王女「お母様は本の読み過ぎです!そんなことはありません!!」

勇者「王女様は変身するの?カマキリとかに…」

王女「なりません。ほら、お母様が変なことを言うから真に受けているではありませんか」

王妃「ごめんなさい。私ったら、つい……」ショボン

勇者「謝らなくていいよ? 大丈夫?」サスサス

王妃「……大丈夫よ、ありがとう。優しい子ね」

ナデナデ…

勇者「手、優しいね」

王妃「こんなおばさんでいいなら、いつでも撫でてあげるわ」ニコッ

勇者「ちょっと変だけど、優しいお母さんだね?」

王女「そう言ってもらえると嬉しいです。普段はもっとしっかりした人なのですよ?」


勇者「へ~、王女様よりも凄い?」

王女「わたくしなど全然です。今のお母様からは想像出来ないでしょうが……」

勇者「じゃあ、本当の本当は凄いんだ」

王女「ええ、最近はちょっとおかしいですけどね……」

王妃「ねえ、勇者君もあなたもお腹空いてない?空いてるわよね? さ、厨房に行きましょうか」

王女「お母様、急に行ったら皆の迷惑にーー」

王妃「ならないわ。いえ、なるわけがないわ」

王女「はぁ…勇者、ごめんなさい。もう少しだけ付き合って下さい」

勇者「うん、いいよ」

王妃「さっ、行きましょう!」ニコニコ


王宮騎士「(近頃お元気がなかったのが嘘のように笑顔でいらっしゃる。喜ばしいことです)」

王宮騎士「(やはり子は宝、希望だと分かった今日この頃であります……)」トコトコ


【夢の庭#5】

給仕長「どうしたんだい? 野菜は嫌いかい?」

勇者「うん」

給仕長「あっはは! 大変素直でよろしい。苦手なら残したって構わないよ?」

勇者「そんなこと言われたの初めてかもしれない。本当にいいの?」

給仕長「いいんだよ、どんな生き物にも好き嫌いってものがあるからね」

勇者「ふーん」

給仕長「でもね? その野菜だって坊やに嫌われたくて生まれたわけじゃないんだ」

給仕長「坊やに美味しく食べて欲しいから、一生懸命頑張ったんだよ?」

勇者「そうなの?」

給仕長「そうさ。だから、そんなに嫌わないでおくれ」


勇者「……ちょっとだけ食べてもいい?」

給仕長「ふふっ、もちろん」

勇者「………」パクッ

給仕長「どうだい? そんなに悪い奴じゃないだろう?」

勇者「なんか、思ってたより美味しい。嫌いだったのに……」

給仕長「そりゃそうさ。嫌いだ嫌いだと思ってたら、どんなに美味しいものでも不味くなるからね」

勇者「そっか、じゃあ野菜を不味くしてたのは僕ってこと?」

給仕長「そうかもしれないねえ」ニコニコ

勇者「……僕、野菜好きになったのかな?」

給仕長「美味しいんだろう?」

勇者「うん、美味しいよ?」

給仕長「なら、好きになったのさ。だから美味しく食べられるんだよ?」


勇者「……もっと食べもいい?」

給仕長「はははっ、気に入ったみたいだね。ほら、どんどんお食べ」

勇者「うん、ありがとう」モグモグ

給仕長「あらあら、夢中で食べてるね」

王妃「相変わらず食べさせるのが上手いわね。昔は娘も世話になったわ」

給仕長「なーに言ってんのさ、あんたは今でも野菜残してるじゃないか」

王妃「私はいいのよ。もう大人だから」

給仕長「野菜の好き嫌いは早めに治さないと後々大変だからね」

給仕長「坊やも、こんな大人にならないように気を付けなよ?」

勇者「………」モグモグ

給仕長「あら、聞こえちゃいないね」

給仕長「小さいお口にあんなに頬張って……可愛らしい坊やだこと」


王妃「でしょう? 絶対気に入ると思ったわ」フフン

給仕長「まだ八歳なんだろう?」

王妃「いえ、まだ七歳。もうすぐ八歳になるらしいわ」

給仕長「七歳、親元を離れるのはさぞ辛かったろうに……」

王妃「そうね、お母様もさぞかし心配しておられることでしょう」

給仕長「正直、気が気でないと思うよ。やっぱり、あの人だから任せられたのかねぇ」

王妃「そうでしょうね。あの人以外に安心して我が子を預けられる人はいないでしょうから」

給仕長「旦那様は剣士さんと?」

王妃「ええ、まだ話しているわ。調査内容の報告や各国の異形種対応。色々よ」

給仕長「……最近は以前に増して忙しいようだね。大丈夫かい?」


王妃「私は平気よ?」

王妃「これくらいで疲れてたら、王の傍にはいられないもの」

王妃「それより娘が心配だわ。今は同じ年頃の子供と遊ぶ機会もないし」

給仕長「でも、分かってくれてるんだろう?」

王妃「あまり我が儘を言う子じゃないのよ。だから余計に心配なのよね……」

王妃「溜め込んだものを吐き出す場所がないというのは、子供も大人も関係なく辛いことよ……」

勇者「ねえ、王女様も一緒に食べようよ。とっても美味しいよ?」

王女「わたくしは結構です。調理場で食べるのはお行儀がーー」

勇者「野菜苦手なの? 王女様なのに?」

王女「苦手ではありません」

王女「ただ、調理場で食べるのはいけないと言っているだけです」


勇者「ふーん、じゃあいいや」モグモグ

王女「………」グゥ

勇者「本当に食べないの?」チラッ

王女「本当に食べません、結構です」

給仕長「でも、今は違うみたいだね」

給仕長「王女様のあんなに和らいだ顔、久しぶりに見たよ」

王妃「やっぱり弟妹がいた方が良いのかしら?」

王妃「もう少し落ち着いたら頑張ろうかしら。まだ遅くはないし」

給仕長「あたしは、あの坊やだからこそだと思うけどねぇ」チラッ

勇者「やっぱり一緒に食べよう? 僕ばっかり食べるのは何か嫌だ」

王女「ですから、調理場で食べるのはーー」

勇者「自分ばっかり食べないで分けてあげなさいって、お母さんが言ってた」


勇者「これ、すごく美味しいから食べてみて?」

王女「……はぁ、分かりました。少しだけですよ?」パクッ

王女「あっ、美味しい…」

勇者「ねっ? 美味しいでしょ?」

王妃「……あなたの言う通り、勇者君だからかもしれないわね」

給仕長「弟妹にだからこそ、弱い部分を見せられない時もあるからねぇ」

給仕長「あたしは、王女様はそういう質だと思うよ。責任感の強い子だから」

勇者「もう一個食べる?」

王女「……ええ。じゃあ、もう一つだけ」

給仕長「ほらね、きっと他人だから良いのさ」ウン

王妃「……そうね。出来るなら、勇者君にはこの日のことを忘れないで欲しいわ」


忘れられるわけがない。

この日を境に、何もかもが変わったんだから。


『王妃様はこちらに!?』

給仕長「ああ、此処にいるよ? どうしたんだい血相変えて、何かあったのかい?」

『それがーー』


もういい。夢に見るのは楽しい記憶だけで十分だ。

この先は思い出したくもない。


『報せを受けた剣士様と精霊様がーー』
『全身を黒衣で覆った異様な風体のーー』

王宮騎士「一刻も早く此処を離れましょう。さあ、給仕の方々もーー」


何だよ、早く目覚めろ。これは僕の夢だぞ。


『何だ? 向こうが騒がし……何だ、あれは…』

『あれが、異形種……っ、来るぞ!王妃様と王女様をお守りするのだ!!』

王宮騎士「皆さん、早く逃げて下さい! ここは我々が何とかします! ぐっ、ああああッ!!」


王妃「……王女、勇者君、早く逃げなさい……」


やめろ。


王女「……血? お母様?」

王宮騎士「…勇者様、王女様を連れて逃げて下さい。さあ、早く……」

勇者「…ハァッ…ハァッ…」ガクガク

王女「お母様!しっかりして下さい!! お母様っ!!」


もういいって言ってるだろ。何してる、早く目覚めろ。


勇者「…ハァッ…ハァッ…ハァッ…」スッ

ガシッ…

勇者「………」ザッ

王宮騎士「何故、剣を…まさか戦うつもりですか……お止め下さい…無茶です…」

勇者「痛くたっていい。みんな痛いんだ、痛いのなんて怖くなんかない」

勇者「死んじゃったら二度と会えなくなる。僕は、そっちの方が怖い」ダッ


【夢の庭#6】

『あの子か?』
『ああ、どうやらそうらしい……』


勇者「…………」ポツン


『あの子が城内に出た化け物を退治したのか。信じられん』

『あの体躯で…何とも凄まじい力だな。どっちが化け物か分からん』

『全くだ。相手が化け物とはいえ、あの歳で殺しちまうなんてな』

『ああいう子が稀に生まれるのは知ってるだろう。そんな言い方はするもんじゃない』

『勿論知ってる。直接会ったことだってある。だが、あの子は別格だ。抜きん出ている』


うるさいな。そんなことは今更聞かなくても良く分かってるよ。


『あの子が正しい道を進むとは限らないんだぞ』

『おい!何てことを言うんだ! あんな小さい体で王妃様や城内の皆を助けたんだぞ!!』

最初の語りが強烈なブラウザバックポイントになってる感じ
全体的に独りよがりで読者に読ませようという意思が伝わってこない
書きたいこと書いてるのは楽しいかもしれないけど、そのままじゃいつまで経っても感想もらえないよ


『そうだ。その言い草はあまりに酷すぎる』

『……怖いんだ。あの子は我々とは違いすぎる』

『事実、ああいう連中が力を悪用した例は多々あるからな。 今がそうだからって楽観視出来るかよ』

『黙れ臆病者共。城内にいた者ならば、あの子の姿を見ていたのなら、そんな口を叩けるはずがない』


いい加減目覚めろ、もういいって言ってるだろ。


『あの子に非難される謂われはない』

『止せ、無駄だ。こんな腰抜け連中に何を言っても何も分からんだろう』

『何だと!? もういっぺん言ってみろ!!』

『あの子が戦っている間、お前は何をしていた?どうせ逃げ回っていただけだろうが』

『この野郎ッ!!』
『お前達、何をしている!止せ!』


勇者「…………」ギュッ

【変異種】
【稀少種】
【超人類】
【悪魔の子】
【先天性・強化型特異体質】
【ーーー】
【ーーー】

勇者「……もう嫌だ。こんなの知らない、見たくない」

王女「勇者、こんなところにいたのですか……捜したのですよ?」

勇者「……なに?」

王女「隣に座っても?」

勇者「駄目だよ。王女様までなんか言われる」

王女「何を言われても構いません」

王女「あなたは皆を、わたくしとお母様を救ってくれました。心から感謝しています」

勇者「……でも…僕は…」

王女「さあ、これで涙を拭いて?」

王女「あなたは勇気ある行動をしました。堂々としていればよいのです」


勇者「王女様は、僕を嫌いにならない?」

王女「なるわけがありません。だって、あなたはわたくしのーーー」


止めろっ! もういいって言ってるだろ!!


勇者「もういいって言ってるだろ!!」ガバッ

精霊「ん~っ…なに?どうかしたの?」

勇者「ハァ…ハァ…まだ夜も明けてないのか。起こしてごめん、少し出てくるよ」

精霊「酷い汗だわ、大丈夫?」

勇者「いや、大丈夫じゃない。少し一人になりたい、君は休んでてくれ」

精霊「……勇者、あなた…」

勇者「理由が分かるなら言わないでくれ」

ガチャッ…パタンッ…

精霊「…………………」


【夢の庭#7】

城内庭園

勇者「……今日は眠れそうにないな」ストン

勇者「あっ…そうだ。思い出した」

勇者「確か明晰夢だ。全然思い通りならかったけど……」


『また、ここでお話しよう?』
『僕は嘘吐かないし王子様でもないから大丈夫だよ!』


勇者「……何言ってんだ、まったく」ゴロン

勇者「(嫌な夢だったな、夢の中くらい休ませてくれてもいいだろ)」

勇者「(傷を抉ってくる相手なら精霊だけで十分足りてるんだ)」


ザッ…ザッ…ザッ……


勇者「誰だか分からないけど、もし僕に用があるなら明日にしてくれないかな」

勇者「ただの散歩なら僕のことは気にしないでいい。石ころみたいに黙ってるから」

スッ…

勇者「偶然、なわけないよな。精霊に言われて来たんだろ」

勇者「……何か言ってくれない? 一人で会話してるみたいで自分が可哀想になってきた」


勇者「いい加減、何か言ってくれないとーー」


サァァァァ…サラサラ…


王女「とても心地良い夜風ですね」

勇者「何で黙ってた?」

王女「石が話すのは珍しいので、少しばかり眺めていただけです」

勇者「……もう戻った方がいい。前に言っただろ? もう二度と会いたくないって」

王女「なら、何故此処に?」

勇者「深い理由なんてないよ。ただ、眠れないから来ただけだ」

勇者「別にこの場所じゃなくても良かったんだ。ただ、気が向いただけで……」

王女「そうですか。この景色を共に見ても、あなたは何も感じないのですね」

勇者「………っ…」

王女「勇者は想い出の場所でわたくしを待っている。精霊さんはそう仰っていましたが…」

勇者「……………」

王女「どうなのですか? 十二歳になった大人の勇者君、早く答えて下さい」


勇者「うるさいな、歳は関係ないだろ」

王女「あら、待っていたことは否定しないのですね」

勇者「こういうことはあんまり言いたくないけど、少し意地悪になったんじゃないの?」

王女「あなたはとってもお喋りになりましたね。それが本心を隠す為の手段ですか?」

勇者「違う。別にそんなんじゃない、僕は変わったんだ」

王女「わたくしには、そうは見えません」

王女「寂しがり屋、強がりで泣き虫。あの時と何も変わりませんよ」

勇者「今は泣いてないだろ。ハンカチはいらないからな」

王女「ふふっ、そうですね。ごめんなさい」

勇者「……何だよ」

王女「勇者、本当にありがとう。あなたの活躍で多くの人が救われました」

王女「……あの日から四年、あなたは見違える程に強くなりましたね」


勇者「活躍なんてしてないし強くない。後、お礼も言わなくていい。僕はーー」

王女「勇者だから、ですか?」

勇者「……………」

王女「もう二度と会いたくない。あなたにそう言われた時は、ただただ悲しかった」

王女「何故そんなことを言うのか、あなたの意図が分かりませんでしたから……」

王女「ですが、時が経った今なら分かります」

王女「遠ざけたのは、わたくしを守る為にしたことなのだと」

勇者「そんなんじゃない」

勇者「……あの時言った通りだ。言葉通りの意味だ」

王女「なら何故、今すぐ此処から立ち去らないのです?」

王女「わたくしとは会いたくないと、そう言ったではありませんか」


勇者「…………」

王女「勇者、お願いです。どうか、あなたの口から聞かせて下さい」

王女「それとも、わたくしには話せないことなのですか?」

勇者「……僕を殺したいのに僕を殺せない。そうなったら奴等は何をすると思う?」

勇者「そうなった時に狙われるのは家族や友人。僕自身じゃなくて、僕の大事な人なんだ……」

勇者「そんなことになったら、僕は耐えられない。君がいなくなったら、僕は……」

王女「……勇者…」

勇者「本当はずっと会いたかったよ。でも、あの時はああするしかなかったんだ」

王女「……なら、わたくしは待ちます」

勇者「えっ?」

王女「今夜のように、あの日のように話せる時が来るのを待ち続けます」

勇者「……待たなくてもいい、人は変わるんだ。王女様だって、時間が経てば僕を忘れるよ」


勇者「それが、普通なんだから……」

王女「いいえ、時を経ても変わらないものもあります。目を閉じれば見えるのでしょう?」

勇者「えっ、何でーー」

王女「精霊さんに聞きました」

王女「……では、わたくしはこれで失礼します。あなたの本心が聞けて良かったです」

勇者「…………」

王女「……お休みなさい、勇者」

サァァァァ…

勇者「…………」スッ


勇者『王女様は、僕を嫌いにならない?』

王女『なるわけがありません』

王女『だって、あなたはわたくしのーーー 』

王女『勇者は、わたくしの【王子様】ですから』


勇者「目を閉じれば分かるよ、変わってないことくらい……分かるから、怖いんだ」


【想い】

翌朝

国王「民を救ってくれたこと、心から礼を言う」

勇者「いえ、そんな……」

国王「しかし、君にとっては災難だったな。修行の合間に剣を取りに訪れただけだというのに」

勇者「それが、どうやらそうでもなさそうなのです」

国王「何? それはどういう意味だ?」

勇者「あの時戦った異形種は、初めから僕を狙っていたようでした」

勇者「僕は何かしらの方法で監視されている可能性があります」

国王「ふむ、あちら側…異形の者からすれば勇者の存在は脅威。隙あらば亡き者にしようというわけか」

勇者「おそらく…ですので、僕が都に留まるのは危険かと思われます」

王妃「……成る程。勇者が狙われているのであれば、民に危険が及ぶのは必至」

王妃「新たな脅威が現れる前に都を去ってもらう他にないでしょう」


勇者「両陛下、無理を承知で申し上げます」

勇者「ほんの僅かな間で構いません、復興作業に協力させていただきたいのです」

勇者「誠に勝手な言い分ですが、何もせずに立ち去ることだけはしたくないのです」

ザワザワ……

勇者「どうか、お願い致します」

国王「……分かった、いいだろう。だが、今日一日だけだ。よいな?」

勇者「ありがとうございます」

王妃「長らく留まれば再び異形種が現れる可能性があります。それは分かっていますね?」

勇者「はい」

王妃「……宜しい。その後はどうなさるのです?」

勇者「未だ修行中の身、速やかに師の下へと帰還します」


王妃「…………」チラッ

東王「コホン…これより先は勇者と我等で話す。皆は外してくれ」


ザッザッザッ…ガチャ…パタンッ…


王妃「はぁ、漸く邪魔者が消えたわね…勇者君!!」

ギュッ…

王妃「さっきは怖かったでしょう? ごめんなさいね?」

勇者「王妃様、苦しいよ……」

東王「あ~、肩が凝るな。勇者君も疲れただろう?」

勇者「は、はい、王様ってやっぱり大変なんですね」

東王「はははっ! ああ、相変わらず王様は大変だよ」

王妃「勇者君、怪我はもういいの?」

東王「(夫を傷だらけにした人間の台詞とは思えんな。まあ、心配する気持ちは分かるが)」

勇者「うん、もう大丈夫。王妃様は大丈夫なの? 寝てないんでしょ?」

王妃「これくらい平気よ。勇者君、あまり無茶しちゃ駄目よ?」


勇者「……うん。王様は大丈夫なの?」

東王「何ともないよ、大丈夫だ。ちょっと噛まれたりしたが……」

王妃「あなた、ごめんなさい。嫌なことばかり想像してしまって……」

東王「いいんだ。勇者君の元気な姿を見られて良かったじゃないか」

王妃「あなた…ありがとう……」グスッ

勇者「(やっぱり王様は優しいなぁ……あれ?)」

勇者「あのっ、王女様はどこに?」

王妃「今は剣術の稽古をしているわ」

王妃「どういうわけか、いつもより熱心なのよねぇ。何か良いことでもあったのかしら?」ニコニコ

勇者「……昨日の夜、庭で話したんだ。その、色々……」


王妃「あら、意外に素直ね」

勇者「だって、王妃様には何を隠してもバレるから」

王妃「ふふっ、そうね。でも隠さず素直に話してくれたから、これをあげる」スッ

勇者「これは、ペンダント?」

王妃「開閉式になっているの。開けてごらんなさい。きっと気に入るわ」

パカッ…

勇者「あっ…」

東王「中の写真はあの子が選んだんだ。妻と一緒に、時間を掛けてね」

勇者「ありがとう、大事するよ」

王妃「気に入ってくれたかしら? 答えなくても顔を見れば分かるけれど」ニコニコ

勇者「……僕、頑張るよ。今は会えないけど、いつか、また会えるように」

 
勇者編その1 終


【賊】

盗賊「想いとか意志とかってさ、口にすると途端に安っぽくなる気がしねえ?」

盗賊「柄の悪いの連中がよく言うだろ? いつか殺してやるとかってさ」

盗賊「けど、そういう連中は人のやることにケチ付けるだけで自分で何かするわけでもない」

盗賊「口先だけで、実際に行動に移す奴なんていやしない。その場だけの感情、その場だけの言葉……」

盗賊「有言不実行っつーの? だっせえよなぁ、そういうのってさ……」

盗賊「やっぱり不言実行がいい。何も言わず、やるべきをやる」

盗賊「男ってのは、そうあるべきじゃねえのかなぁ……なあ、あんたはどう思う?」


宝石商「ムグッ…ムゥー!!」ジタバタ


盗賊「……金が欲しいけど職にも就けねえ、こんな汚えガキを雇う奴なんていやしねえ」

盗賊「そんな奴が苛ついて腹も減ってる時、何すると思う?」

盗賊「目の前をあんたみたいな金持ちが通り過ぎたら何を考えると思う?」

独りよがり 独り善がりとは、自分だけで、よいと思い込み、他の人の考えを聞こうとしないこと。
他人の意見を無視して、自分だけでよいと思い込んでいること。また、そのさま。

つまり >>102>>1に対して「あなたは全体的に他人の意見を無視して、自分だけでよいと思い込んでいる。読者に読ませようという意思が伝わってこない」と言いたいのですね?

しかしながら、それはあなた個人が持った意見であって、全体の意見ではありません。

意見とは、問題に対する主張・考え。心に思うところ。自分の思うところを述べて、人の過ちをいさめること。


盗賊「当然、やるしかねえって思うだろ?」

盗賊「まあ、本当にやるかどうかは別としてだ。頭を過ぎるよな? そうだろ?」

盗賊「俺はやるって思ったらやる。だから今も生きてる、これが生きる術なんだ」

盗賊「あ~、別に同情して欲しくていったわけじゃねえんだ。事実を言っただけさ」


宝石商「フー…ムグッ…ムッ…ムグゥー!」


盗賊「あんた、この界隈の連中にかなり嫌われてるみたいだな。裏で色々やってんだろ?」

盗賊「本当に都合のいい的だよ。死んで喜ばれるなら、その方がいいと思わねえか?」

盗賊「あんたが死んだら、嫌ってる連中はこう言うだろうな。義賊が悪党を成敗したってさ」

盗賊「後はちょっと宝石をばらまきゃ連中は大喜びさ。まったく、頭の緩い奴等だよ」

盗賊「悪党を成敗したら賞賛されて、その際に行われた殺人……悪事は正当化される」


盗賊「つまり、俺は良い奴ってことになる。あんたにとっては最低の屑野郎だろうけどな」

盗賊「まあいいや、つまんねえ話しに最後まで付き合ってくれて、ありがと……なっ!!」

グサッ…

宝石商「ウグッ…ンッ…グゥゥ…」ドサッ

盗賊「最後の最後まで黙って聞いてくれるなんて、あんた良い奴だ」

盗賊「あんたが嫌われてるなんて俺には信じられねえよ」

盗賊「そいじゃ、ぐっすり眠ってくれ。あっ、宝石はもう必要ねえだろ? なっ?」ガシッ

ユサユサ…

宝石商「」コクン

盗賊「よっしゃっ! じゃあ全部貰ってもいいよな!!」パッ

宝石商「」ドサッ

盗賊「人生、終わりは突然さ~♪」

トコトコ……

盗賊「さーて、なに食おうかなぁー」


浮浪者「ちょっと待ちなよ」


盗賊「あ? 何だよ、友達でもないのに話しかけてくんな。馴れ馴れしい奴は嫌いなんだよ」

浮浪者「そう言うなって、おめえが何やったか見てたんだぜ?」


盗賊「あ、そう。そんで?」

浮浪者「オレ達にも恵んでくれよ? 独り占めは良くないだろ?」

盗賊「(夜更けの路地裏、暗がりでの恐喝。ありきたりだよなぁ……)」

盗賊「……ん、オレ達?」

ワラワラ…

盗賊「こんなにいんのかよ、西部の都も中々に終わってんだなぁ」

浮浪者「今はこんなナリだが、以前は国に尽くす立派な兵士だったんだぜ?」

浮浪者「なあ兄ちゃん。兵士っていったら、当然人間相手に戦うもんだろ?」

浮浪者「なのに、いきなりバケモンと戦えとか言われてーー」

盗賊「何だよ、兵士のクセして化け物が怖いから職を捨てたのか?」

浮浪者「あんなバケモンと戦えるか! 頭がまともなら逃げるに決まってる!!」

盗賊「あのなぁ、今の世の中、まともな奴なんていやしねえよ」

盗賊「どいつもこいつも好き放題やって、他人の迷惑なんか考えやしない」


盗賊「だから俺も好き勝手にやる。盗んで殺して生き延びる」

浮浪者「好き勝手か。なるほど、分かりやすくていい考えだな」

浮浪者「じゃあ分かるよな、さっさとブツを置いて失せろ」

盗賊「おいおい、人が苦労して手にした物を奪おうなんて最低な奴等だな」

盗賊「それでも元兵士かよ、お前等」

浮浪者「馬鹿かてめえ!! そいつはおめえが殺して奪ったモンだろうが!!」

盗賊「お前、アホだろ? これは俺が殺して俺が奪ったんだ。意味分かるか?」

浮浪者「はぁ? 奪ったブツを奪って何が悪いってんだよ!!」

盗賊「だーかーら、今は俺の物だって言ってんだろうが、そんなことも分からねえの?」

盗賊「こんなことしてる暇があるなら、さっさと軍に戻ってお国の為に働きなさい」

盗賊「大体、他人から物を盗むなんざ最低の行為だぜ? やめとけって」


浮浪者「てめえだって盗人だろうが、馬鹿にしてんのか?」

盗賊「馬鹿になんかしてねえよ。金が欲しいなら働く。これが常識だろ?」

盗賊「化け物殺して金貰えるなら、それでいいじゃねえか。辞めた意味が分からねえな」

浮浪者「……話しにならねえ。おい、やるぞ」

ザッ…

盗賊「ちょっと待って下さいよ! 寄って集って盗る気か? そりゃないだろ!?」

盗賊「……俺はただ、孤児院のガキ共に美味いもんを食べさせたい一心でーー」

浮浪者「嘘吐け、そんな奴が人殺しといて歌うか? しかも笑いながら」

盗賊「あ~、そうだけっけ? じゃあいいや」

浮浪者「ふざけやがって……もういい、やれ」

盗賊「待った!待った!! そんなに欲しいならくれてやるよ、ほら」ポイッ

ドサッ…ジャラジャラ…

浮浪者「……落ちたやつも拾え、てめえはまだ動くなよ」


盗賊「動きません。だって死にたくないもの」

盗賊「(やっと暗がりに目が慣れてきたな。1…2…8人か?)」

浮浪者「いかれたガキだ。おい、早くしろ。袋の口は結わえとけ」

ガサゴソ…ジャラジャラ…ギュッ…

浮浪者「よし、行く

パンッッ!

浮浪者「ぞッ?」ドサッ

盗賊「な、何だよ!頭が吹っ飛んだぞ!? 撃たれたのか!?」

盗賊「おい、あそこにいんのは誰だ!? お前等の知り合いか!?」

ザワザワ……

盗賊「……簡単に背中見せんなよ。それでも元兵士か?」カチャッ


『あ、あいつ、銃を持ってるぞ!!』
『銃を奪え!取り抑えろ!!』


盗賊「いやいや、普通に逃げなさいよ。馬鹿じゃねえんだからさ」カチッ

ダンッ…ダンッ…ダンッダンッダンッ…ダンッ…

盗賊「もうあんた一人だ。まだやるか? どうする?」


『ヒッ、ヒィィッ!!』

盗賊「逃がすか、よっ!」ブンッ

グサッ…バタンッ…

盗賊「いいか、よく聞け。悪人が悪人を裁けば良しとされる」

盗賊「だが善良なる者が悪を裁いた時、彼もまた悪に堕ちるだろう」ザッ

ザッザッザッ…

盗賊「悪に堕ちてでも悪を裁かねばならない、悪にしか裁けぬ悪がある」

盗賊「最も汚れた手があるとするならば、それこそが人を救った証なのだ」スッ

ガシッ…

盗賊「これは、昔の恩人が教えてくれた言葉だ」

盗賊「聞き手はいないけど言ってみたかっただけ。あぁ、袋の口結んでくれてありがとな?」

盗賊「これで溢さずに運べ、ねえな……やっぱ重いわ。ちょっと捨てよ」シュル


ジャラジャラ…ギュッ…


盗賊「それ、お前等にくれてやるよ」

盗賊「全員地獄行きだろうけど、それを渡せば天国行きにしてくれるさ。多分」

盗賊「そいじゃ、もう行くわ。お休み」


【虜】

闇酒場

ガヤガヤ…

盗賊「どーも、こんばんは」ニコッ

情報屋「……ここはお前のような小僧が来る場所じゃないぞ。面倒にならないうちに帰れ」

盗賊「まあまあ、堅いこと言うなって」ポンッ

情報屋「……お前、何をしてきた」

盗賊「ん? どういう意味?」

情報屋「しらばっくれるな、人を撃っただろ。それも、ついさっきだ」

盗賊「へ~、情報屋って凄えんだな。誰かの情報か? それとも匂い?」

情報屋「匂いだ。情報なんぞなくても分かるものは分かる」

情報屋「時には匂いや音さえも貴重な情報になる。俺にとってはな」

盗賊「へ~、その台詞格好いいな! 匂いも情報かぁ…あんた、すげーな」

情報屋「あまり騒ぐな。で、何をした?」

盗賊「何をしたか教えたら、俺にも情報をくれるのかい?」


情報屋「内容によるな」

盗賊「口が上手いな。でもさ、そんなこと言って危ない目に遭ったことないか?」

盗賊「……こんな風に」カチッ

情報屋「そうだな、何度も危ない目に遭ってる。だがな、そんなもので譲ってたまるか」

情報屋「脅されて口を割るなんてのは、情報屋として最低の行為だ」

盗賊「ごめんごめん! 冗談、冗談だよ。いや~、良かった良かった」

情報屋「……俺を試したのか?」

盗賊「だってガラクタ情報を掴まされたら困るだろ? 信用出来る奴かどうかは俺が確かめる」

情報屋「誰から俺の存在を聞き出した?」グビッ

盗賊「心配すんなって、そんな奴はもういないから」

情報屋「消したのか」

盗賊「聞いてもねえのに余計なことをベラベラ喋るからさ、口を塞いだだけだ」


盗賊「俺、お喋りな奴は嫌いなんだよ」ウン

情報屋「(一見へらへらしてる小僧に見えるが、酒場の全部を見ている。何者だ、こいつは……)」

盗賊「あれ? もしかして友達だったりする?」

盗賊「だったら悪いことしたなぁ」

情報屋「いや、商売敵が減って助かった。で、何をした」

盗賊「あぁ、そうだったな。さっき宝石商を殺して全部貰ったんだ」

盗賊「え~と……ほら、これだよ。どうだ?綺麗だろ?」ゴトッ

情報屋「これは奴の……」

盗賊「金庫の中に大事に大事に保管されてたんだ。でっけーだろ?」


情報屋「お前、一体どうやってーー」

盗賊「そりゃあ忍び込んで」

情報屋「だから、どうやって忍び込んだんだ。奴は用心深くて有名だった」

情報屋「家族すら弱味になると言って家庭を築かなかった。そんな男だぞ?」

盗賊「じゃあ、最初から話そうか」

盗賊「……この都に来てからすぐ、宝石商の噂を聞いた。たんまり稼いでるってな」

盗賊「で、直接見た。直接見て、宝石商を的に決めたんだ」

盗賊「その日から毎日、奴が通る道で靴磨きをしてた。毎日毎日な」

情報屋「…………」

盗賊「すると、奴から話し掛けてきた。君は勤勉な人間だね、ってな」

盗賊「俺は礼を言っただけで、それ以上は何も言わなかった」


盗賊「それからも毎日毎日靴磨きをした」

盗賊「同じ場所で同じ時間、ひたすら真面目に靴磨き」

盗賊「一ヶ月か二ヶ月くらい経ったかな? その頃には奴の専属靴磨きになってた」

盗賊「綺麗好きな奴だった。だから、使用人の靴も磨いた。奴は大層喜んでたよ」

盗賊「君のように勤勉で気の利く青年はいない、それは才能だ。そう言ってた」

盗賊「時々、この都のことも教えてくれたよ。旨い店や近付かない方がいい場所とかな」

盗賊「奴は家庭に憧れてた」

情報屋「そんな馬鹿な……」

盗賊「奴自身が言ってたんだ」

盗賊「本当はどんな宝石より、和やかな家庭が欲しかった……ってな。奴は、俺に心を開いちまったのさ」


盗賊「心を開けたら、そろそろ頃合いだ」

盗賊「俺は分け前をやると言って、使用人を丸め込んだ。使用人の頭みたいなやつだ」

盗賊「そいつは散々扱き使われてるのに金の払いが悪いことを不満に思ってた」

盗賊「尽くせば何かを得られると思ってたみたいだ。その下心は宝石商にバレてたけどな」

盗賊「……まあ、それはいいや」

盗賊「俺はそいつに一時の間だけ使用人達を出払わせ、仕事を済ませた」

情報屋「……分け前はやったのか?」

盗賊「勿論、俺は約束は守る男だからな。分け前どころか全ての罪をくれてやったよ」

盗賊「奴は浮浪者連中と手を組んで宝石を強奪し、宝石商を殺害した」

盗賊「途中でいざこざがあったのか、浮浪者連中は殺されちまった。辺りには宝石が散乱……」

盗賊「仲間割れか、他にも協力者がいたのか……真相は闇の中だ」

盗賊「あいつ、今頃は塀の中で後悔してんだろうなぁ」

盗賊「俺はなんてことをしちまったんだ。真面目に働いていれば良かった…ってな」

盗賊「犯罪に手を貸すことが如何に愚かなことか、身をもって知ってる頃だろうよ」


盗賊「まあ、そんなこんなで今に至るわけさ」

情報屋「…………」

盗賊「おいおい、情報屋が黙っちゃ駄目だろ。どうしたんだよ?」

情報屋「……言葉も出なかった。よく練られた、鮮やかな手口だ」

情報屋「だが、一つ疑問がある」

盗賊「どうぞ?」

情報屋「お前の腕なら、靴磨きなんかしてる間に盗みは出来ただろう?」

盗賊「出来たさ、やる気になりゃあね」

情報屋「やる気?」

盗賊「大事だろ? やる気ってのはさ。でなけりゃ、的の真ん中には当てられない」


情報屋「……なる程な」

盗賊「理由はもう一つある。俺は奴の噂を聞いた時、この目で確かめたくなったんだ」

盗賊「どんな奴で、どう生きてるのかを……」

情報屋「……どんな奴だった?」グビッ

盗賊「やたら金に煩く、敵を潰す為なら手段は選ばない」

盗賊「他の宝石商の名を騙り、裏で高値で売り捌き、商売敵の信用を失墜させる」

盗賊「自分で雇った使用人すら完全に信用せず、金庫の番号はこまめに変えてた」

情報屋「お前は信用されていたんだろう?」

盗賊「信用なんかされてねえさ」

盗賊「奴にあったのは一時の気の迷いか、家庭への強い憧れ……」

盗賊「誰よりも仕事をこなし、誰よりも見返りを求めなかった俺を、奴は大層気に入った」

盗賊「もしかしたら、出来のいい息子を見ている気分だったのかもしれねえな」


盗賊「まっ、当たり前だよな?」

盗賊「最初から奪うつもりだったんだから見返りなんて求めちゃいない。無償の奉仕ってやつさ」

情報屋「……殺した理由は」

盗賊「全てを失って裏切られた悲しみを背負ながら生きるより、死んだ方がマシだろ?」

情報屋「(……こいつは、違う。そこらにいるような頭のいかれたガキなんかじゃない)」

情報屋「(常識や教養、倫理も持ち合わせながら、それを完全に切り離せる頭を持ってる)」

情報屋「(でなければ宝石商の懐に潜り込むのは無理だ。こんな男は見たことがない)」

盗賊「質問は以上かな?」

情報屋「……ああ、以上だ」

盗賊「じゃあ、次は俺の番だな。なあ、勇者って知ってるか?」


情報屋「勇者か。噂程度だがーー」

盗賊「話してくれ」

情報屋「その前に、何で勇者の情報がいるか教えてくれないか?」

情報屋「あくまで個人的に、お前の行動には惹かれるものがある」

盗賊「答えは単純、勇者は友達なんだ」

盗賊「だから知りたい。あいつが今何処で何をやっているのか」

情報屋「友達? お前と勇者がか?」

盗賊「疑うのはいいけどさ、勇者について知ってることは全部話せよ」

盗賊「俺はあんたの問いに全て答え、情報を与えた。情報屋なら、この意味分かるよな?」

情報屋「……さっきも言ったが、ほんの噂程度だ」

情報屋「東部の都に大型の異形種が現れ、勇者が一人で打ち倒した」

情報屋「彼は損壊した都の復興に助力し、今は剣聖と呼ばれる師匠の下で修行している……らしい」


盗賊「へ~!元気そうじゃねえか!!」

盗賊「しっかし凄えな。化け物相手に一人で立ち向かうなんて中々出来ることじゃねえ」

盗賊「しかも戦っただけじゃねえ、復興の手伝いまでしてんのか……」

盗賊「あいつも俺に負けず劣らず、いい男になったんだなぁ。こいつは嬉しい情報だ」ウン

ドガッ!

盗賊「いってぇ、飲み過ぎてふらついてんじゃねえか。大丈夫かい?」

酔っ払い「おい、今勇者とか言ってたな?」

盗賊「何だ? あんたも勇者に興味あんの?」

盗賊「勇者の奴、凄えよなぁ。確かあいつ、まだ十二くらい…」

酔っ払い「うるせえっ!」ブンッ

ガシャンッ!

情報屋「!?」

盗賊「……いやいや、酒瓶で人の頭を殴っちゃ駄目でしょうよ」

酔っ払い「なーにが勇者だ! そんなに高貴なお方ならオレ達を助けてくれよ!! なぁ!?」


ザワッ…ザワザワッ…

酔っ払い「化け物相手だか何だか知らねえがよ!こっちは軍に従業員取られて工場をなくしてんだ!!」

酔っ払い「そしたら軍の奴等はなんて言ったと思う!? お前も国の為に戦えだとよ!!」

酔っ払い「ふざけやがって!!」ガンッ

酔っ払い「どうせ化け物がいなくなりゃ勇者なんざ殺される!! 赤髪みてえにな!!」

酔っ払い「精々今の内にイイ思いしてりゃあいいのさ!! 最後に立ってんのは人間様だからな!!ハハハッ!!」

盗賊「……………」

サクッ…

酔っ払い「……は?」

盗賊「なぁ、俺の友達を馬鹿にすんなよ。あいつ、本当に良い奴なんだ」

酔っ払い「……あ? 腹、刺され…は?」

盗賊「あいつを!侮辱すんのは!! 誰だろうが!絶対に許さねえ!!」

グサッ!グサッ!グサッ!グサッ…

酔っ払い「ぎッ! あぎゃ…ああああっ!!?」


盗賊「……おい、そこの野郎共ちょっと来い」


『は、はい!?』
『何ですか!!』


盗賊「こいつ、お前等と飲んでたよな?」


『いやっ、でも別に友達ってわけじゃ…』
『そ、そうです! 飲んだのは今日初めてで…』


盗賊「悪りぃけど、こいつの死体運んでくんねえかな」ゲシッ

盗賊「この酒場がなくなったらさぁ、店主もお前等も悲しいだろ? なっ?」


『わ、分かりました!!』
『さ、さっさと早く始末しようぜ…』

『うわっ、重っ…』
『こんなの二人じゃ無理だって!』


盗賊「誰か手伝ってやってくれねえか? ほら、これやるからさ」ポイッ

情報屋「なっ!? お前、その宝石は!!」


『あ、あたし手伝うよ!!』
『私も!私も手伝ったげる!!』


盗賊「それ売って得た金はみんなで分けてくれ、迷惑かけたし店主にも金渡せよ」

盗賊「店主に金渡さなかったら、お前等も殺すからな。金で揉めて喧嘩すんなよ?」


盗賊「みんな仲良くだ。分かったな?」

『分かりました!!』

『よっしゃ、今日はついてる! 最高の日だぜ!!』

『ほら、早く行くよ!』

『ささっと済ませるよ。兵隊さんに見つかったら終わりなんだから』

ガチャッ…バタンッ…シーン……

盗賊「いや~、みんな悪かったな」

盗賊「というわけで今日は俺の奢りだ!! 店を汚したのは勘弁してね?」


ワァァァッ!! ガヤガヤ…ガヤガヤ…


盗賊「あ~、いやいや……お騒がせしちゃって申し訳なかったね」ストン


情報屋「お前は、お前は本当に……」

盗賊「ん、何だよ?」

情報屋「お前は本当に、見ていて飽きない奴だな」

盗賊「褒めてんのか?」

情報屋「ああ、勿論褒めてる」

情報屋「正直深く関わり合いたくない奴だが、だからこそ面白い」

盗賊「へ~、あんた良い奴なんだな。じゃあ、話の続きをしようか」

情報屋「続き? 勇者の情報はあれだけだぞ?」

盗賊「違う違う。他に聞きてえことが出来たんだ。西部軍の奴等は何やってんだ?」

情報屋「軍、軍か…最近、異形種ってのが増えてるのは知ってるな? 軍の話はそれからだ」


盗賊「詳しく分かりやすく手短に頼む」

情報屋「……いいだろう」

情報屋「数年前から目撃情報はあったんだが、当時は軍が対処出来る程度の存在だった」

情報屋「だが四年前、東部の都に異形種の王と呼ばれる存在が出現したんだ」

情報屋「それを機に、奴等は一気に数を増やし、各国で対異形種部隊が編成される運びとなった」

情報屋「それでも異形種が減ることはなく、今や軍部だけでは鎮圧出来なくなってきている」

情報屋「西部の軍は特に被害が多い、猫の手も借りたい状況だろう」

情報屋「さっきの男が言っていたように、無理矢理徴兵するのも今や当たり前になりつつある」

情報屋「都を見たなら分かるだろうが、それが原因で潰れた店や工場も少なくない」

情報屋「都は荒廃しつつあり、軍に対する鬱憤も溜まる一方だ。このままだと、そう遠くない内に滅びるだろうな……」


盗賊「他の国の助けは得られねえのか?」

情報屋「長らく独裁国家だったからな、各国もあまり協力的ではないんだ」

盗賊「じゃあ、頭下げて頼めばいいじゃねえか」

情報屋「確かにそうだな、本来ならそうするべきだろう。だが、西王は頭を下げるのが嫌いらしい」

情報屋「まあ、人に頭を下げたくない。他人に借りを作りたくないって気持ちは分かるが……」

盗賊「なるほどなるほど、分かりやすくて助かる」

情報屋「……ところで、お前はどこから流れてきた? 西部出身じゃないだろう?」

盗賊「南部だ。追われるのに飽きて、退屈して疲れちまってさ。だから逃げてきた」

情報屋「退屈しのぎに西部に来たってわけか、それは災難だったな」

盗賊「何だよ、その含みのある言い方は」

情報屋「一度入った以上、この国からは二度と出ることは出来ない」

盗賊「何でだよ? 入る時はめちゃくちゃ歓迎されたぜ?」


情報屋「当たり前だ。新たな兵士が来てくれたんだからな」

盗賊「あ~、そういう感じだったのか。なるほどな、納得した」

盗賊「しっかしどうすっかな、そろそろ東部に行こうと思ってたってのに……」

情報屋「ふっ、どうする? このまま軍に入って戦にでも参加するか?」

盗賊「そうだな、そうしてみるわ」

情報屋「……何だって?」

盗賊「勇者も頑張ってるし盗みは休業だ。それに、兵士になりゃあ食うに困んねえだろ?」

情報屋「おいおいちょっと待て! お前が職に就くなんて馬鹿げてる!!」

盗賊「南部ならいざ知らず、今の西部なら俺でも軍に入れんだろ? ありがてえ話だ」

情報屋「何だそれは、どういう意味だ?」

盗賊「あんた、南部に忌み嫌われてる部族がいたのは知ってるか?」

情報屋「ああ、知ってる。真っ赤な髪で有名な先住民族だろ?」


情報屋「彼等は確か…赤髪狩りだったか……」

情報屋「ただでさえ小さくなった領土を奪われまいと必死に抵抗し、今や滅んだとか……」

盗賊「それそれ。そんで、俺は赤髪の子だ」

情報屋「ブフッ…ゲホッ…ゲホッ…」

盗賊「どう? びっくりした?」ニコッ

情報屋「ゲホッ…当たり前だ。しかし、言われてみれば合致する点はあるな」

盗賊「何が? 頭は黒に染めてるぜ?」

情報屋「狩りには用意周到、部族外とは交流せず、外部の人間には敵意を剥き出しにする」

情報屋「明るく陽気だが凶暴で、部族への愛は尋常ではない」

情報屋「それは赤髪狩りの戦で証明され、広く認知されているところだ」

情報屋「ちなみに、赤髪狩り以前は赤髪に染めるご婦人方もいたらしい」

情報屋「現在は赤髪狩りの影響を受け、赤は敵を連想させるという理由から染髪禁止となっている」


盗賊「……詳しいんだな」

情報屋「これは常識だ。お前が知らないのが不思議でならないよ」グビッ

盗賊「まあ、俺は部族のことなんざどうでもいいからな」

盗賊「じゃっ、もう行くわ。明日から軍に入る」

情報屋「おい、待て!!」

盗賊「近い内、また会うことになるさ。楽しみに待っててくれよ」ヒラヒラ

スタスタ…

情報屋「……せっかく面白い男に会えたと思ったんだがな」グビッ

情報屋「(あぁ、一つ忘れていた)」

情報屋「(彼等は戦を好み、時折衝動的、交渉に応じることは殆どない)」

情報屋「(席に着かせるだけでも一苦労。仮に応じたとして、交渉が成立するとは限らない)」

情報屋「(陽気で気紛れ……まあ、我が儘と言ってしまえばそれまでだが……)」


【焦燥】

2週間後 闇酒場

ガヤガヤ…

情報屋「……………」グビッ

情報屋「(あの出来事以来、どんな依頼が来ても心が動かない)」

情報屋「(まるで全てが色褪せたかのように感じる。何もかもがつまらん)」グビッ

情報屋「(あの男が見せたもの、語ったものは、強烈で鮮烈だった)」

情報屋「(現実の出来事でありながら、子供の頃に読んだ悪漢小説ような……)」

情報屋「(俺の知る世界、現実から連れ出されたような……それにしても、退屈だ)」カランッ

ガヤガヤ…

情報屋「(あの日以来、どの客もあいつのことばかり話してるな……ん?)」


「それ、どうしたの? 貢ぎ物?」

「違う違う。これは盗賊にもらったんだ」


「はぁ!? 何あんた、あの後で会ったわけ?」

「気になって、こっそり後を付けたんだ。すぐにバレたちゃったけどね」

「まったく、何してんのよ。とにかく無事で良かった…てか、何でそんなの貰えたわけ?」

「分かんない。あんたには良く似合うだろうと思って、だってさ……」

「どしたの? なんか不満だった?」

「ううん。ただ、いつも相手してるような男とは違って、顔が本気だったんだよ」

「まさか惚れたの? やめといた方がいいって!ああいう男は遠くから見てるのが一番いいの!」

「それは分かってる。相手にされないのも分かってる。けど、惚れちゃったんだ」

「はぁ…気持ちは分かるけど、わたしら娼婦だよ?あれから見ないし、もう忘れなよ」

「でもさ、あんな風に話したのは初めてだったんだ。にこっと笑って、普通にこれを渡されてさ……」

「……私らは適当な男騙して金貰えればいいの。それはそれで終いにしといた方がいい」


「……大丈夫、分かってる」

「ほら、落ち込まないの。今日はとことん飲もう?」


情報屋「(待っているのは俺だけではないということか……)」

情報屋「(あいつ目当ての女もいるようだな。否応なく人を惹きつける力、魅力ある男だった)」

情報屋「(いつも通り賑やかだが、どこか物足りないといった雰囲気だな)」

情報屋「(あいつは今頃何をしているんだろうか、死んでいなければいいが……)」

情報屋「(しかし何故だ。何故あれだけの才能を持ちながら兵士になる?)」

情報屋「クソッ、まったく馬鹿げた奴だ!!」グビッ

ワァァァッ!! キャー!!

情報屋「ちっ、うるさいぞ!! 何だ急に……!?」

盗賊「はいはい、どうも今晩は、ちょっと通してくれるかな?」ニコッ

娼婦「ね、ねえ、あたしを憶えてる?」

盗賊「ん? ああ、勿論憶えてるよ。やっぱ似合うな、渡してよかったよ」ウン


娼婦「ねえ、よかったら今度ーー」

盗賊「あ~、それは無理だ。悪りぃな」

娼婦「それは、あたしが娼婦だから?」

盗賊「俺がそう思ってると思うなら、今すぐにそれを返してくれ」

娼婦「…っ!!」ビクッ

盗賊「俺は、あんたが綺麗だと思ったから渡したんだ。他に理由はねえよ」

娼婦「……ごめん、意地の悪いことを言っちゃったね。あたしが悪かったよ」クルッ

盗賊「あっ、ちょっと待った!」ガシッ

娼婦「えっ? ちょっ、ちょっと…」

盗賊「いいからいいから、さあさあ此方に…では、お手を拝借」


娼婦「あっ、もう…急に何するのさ」

盗賊「これもやるよ。ほら、ピッタリだろ?」

娼婦「指輪? 凄く綺麗だね……何処でこんな物…っていうか、何でこんなことを?」

盗賊「男ってのは女の涙に弱いのさ。これ、大事にしてくれよ? 指輪も自分の体もな」

娼婦「……うっ、うん。ありがと」

盗賊「あ、そうだった……」

娼婦「?」

盗賊「これ、お友達に渡しといてくれる? 友達同士が喧嘩すんのは見たくないからさ」

娼婦「自分に惚れてる女を使って、他の女に贈り物するわけ?」

娼婦「はぁ~、あんたって本当に信じられない男だね」

盗賊「忘れられない思い出になっただろ?」

娼婦「あははっ! うん、そうだね。それに、あんたみたいな男は一生忘れられっこないよ」

娼婦「あんたの傍にいられたら、きっと毎日が楽しいだろうね……」


盗賊「そんな顔すんな、生きてりゃまた会えるさ。ほら、みんな困ってるから席に戻ろうぜ?」

娼婦「生きてれば、か……あれっ?」チラッ

盗賊「ん? 何だ?」クルッ

チュッ…

盗賊「!?」

娼婦「ふふっ、引っ掛かった」

盗賊「……やられた」

娼婦「貰ってばっかりだから、お返し。こんなことしか出来ないけどさ……それじゃ、またね」ニコッ

シーン……

盗賊「なーに黙ってんだよ。騒がねえと奢ってやんねえぞ!!」

ドッ! アハハハッ! ワァァァッ!!

盗賊「よし、それで良いんだよ」トコトコ

情報屋「…………」ポカーン

盗賊「ふ~っ、いやいや悪いね。お待たせしました」ストン

情報屋「……まるで役者だな。それよりどうしてくれる」


盗賊「なにが?」

情報屋「ここのところ、お前の噂で持ち切りだ」

盗賊「何か、そうみたいだな」

情報屋「この2週間、何度お前の居場所を聞かれたことか……」ハァ

盗賊「俺と会えなくて退屈したかい?」

情報屋「……ああ、酷く退屈だったよ」グビッ

盗賊「そりゃあ悪かったな。でも言っただろ? また会えるってさ」

情報屋「今まで何をしてたんだ? お前、軍に入ったんだろう?」

盗賊「軍? ああ、入ったよ? 盗みにね」ニコッ

情報屋「……………」ブルブル

盗賊「大丈夫か? 何か、すっげー震えてっけど」

情報屋「くくっ…はははっ! まったく、まったく…ふざけた奴だよ、お前は……」

情報屋「で、どうだった? 欲しいものは得られたのか?」


盗賊「ああ、民には伝えられてない真実をね」

情報屋「真実?」

盗賊「どうだ? 知りてえだろ?」

情報屋「……ああ、知りたい。勿体振らずにさっさと教えてくれ」

盗賊「なら、俺に協力すると約束しろ。何があってもな」

情報屋「命がけってことか」

盗賊「話が早くて助かるよ。その通りだ。さあ、どうする? 乗るか?」

情報屋「面白そうだ、乗ってやる」グビッ

盗賊「よし、じゃあ決まりだ」

情報屋「それで? お前が見た真実とは?」

盗賊「前に、徴兵で店が潰れたって言ってたよな?」


情報屋「ああ」

盗賊「潰れたのは鍛冶屋、鉄工場、建設業等々」

盗賊「そこから問答無用で徴兵されたのは、屈強で職人気質の真面目な奴ばかりだ」

情報屋「……今のところ疑問はないな。それの何がおかしいんだ?」

盗賊「いなかったんだよ、そいつら全員な」

情報屋「それは戦に出たからじゃあないのか?」

盗賊「いや、名簿にはなかった。戦死したっていう記録もねえ。徴兵じゃなかったってことだ」

情報屋「死者が多過ぎて、まだ記録されていないだけじゃないのか?」

盗賊「いや、それはねえな。今の軍の連中は異形種と戦ってないからな」

盗賊「戦ってないっつうか、兵士達は『終わった』と思ってるみてえだ」

情報屋「……どういうことだ?」

盗賊「ある時を境に異形種と戦ってないんだよ。全く出てねえわけじゃねえけが、数は激減してる」


情報屋「なら何故徴兵する必要がある?」

盗賊「降霊術の為だ」

情報屋「……降霊術? 急に怪しくなってきたな」

盗賊「死者を蘇らせたり、死体に新たな魂を吹き込む術なんだとさ」

情報屋「……本来なら馬鹿馬鹿しいと言うところだろうが、事実なんだな?」

盗賊「ああ、馬鹿馬鹿しいまでに事実だ。徴兵された奴等は生贄だったのさ」

情報屋「生贄?」

盗賊「そう、異形の兵士を生み出す為のな」

情報屋「……軍の奴等は今まで何をしていたんだ。戦っていないかったんだろう?」

盗賊「いや、異形種との戦闘は確かにあった。当初は本気で戦ってたみてえだ」


盗賊「だが、何度倒そうと数は減らなかった」

盗賊「何故か…それは裏に降霊術を使う奴がいたからだ。降霊術師っていう異形種がな」

盗賊「長い戦いの末、軍は遂に降霊術師を討伐することに成功した…ってことになってる」

盗賊「けど実際は違う。降霊術師は死んじゃいない、軍のお偉方や西王と仲良くやってたよ」

情報屋「……軍は、降霊術に目を付けたのか」

盗賊「その通り。何度挑んでも兵力の無駄。そればかりか戦うたびに敵が増える一方だ」

盗賊「そこで上層部の奴等は考えた。手に負えない脅威なら、こちらに引き入れてしまえばいいってな」

盗賊「他国が増え続ける異形種の対応に追われる中、西王は異形種を利用することを考えたのさ」

情報屋「……異形種と手を組み、異形の兵士を生み出す。新たな兵器、生きた兵器……他国を出し抜く気か?」

盗賊「正解」

情報屋「民を犠牲に新たな兵器開発」

情報屋「各国が異形種の討伐に軍力を裂いている今が絶好の機会というわけか……」


盗賊「大正解、その通り。悪い奴等だよなぁ」

情報屋「俄には信じられないな……」グビッ

盗賊「だろうな、でも事実だ。この国は埋葬寸前の棺桶みてえなもんだ」

情報屋「……笑えない冗談だな。で、お前はどうするつもりなんだ?」

盗賊「降霊術師を殺して、軍を潰そうかと思ってる。国の頭も腐ってるしな」

情報屋「お前正気か!? 宝石強盗とはわけが違うんだぞ!?」

盗賊「分かってる。でもよ、あいつらは勇者のことを監視してやがるんだ」

盗賊「要するに、異形種と組んで勇者を消そうとしてんだよ。それだけは絶対に許せねえ」

盗賊「外国間とのいざこざだとか、世界の覇権だとかどうでもいい」

盗賊「異形種っていう化け物と手を組んで何をしようが文句はねえ」

盗賊「でもな、勇者が狙われてるとなりゃあ話は別だ。俺は降霊術師を殺し、この国を潰す」


情報屋「その後はどうするつもりだ?」

盗賊「んなもん知るか。俺は潰すだけだ、後のことは知らねえ」

盗賊「俺は友達を助けるだけだ。つーか気に入らねえんだよ、ああいう奴等……」

盗賊「勇者を狙ってる時点で許せねえが、殺すなら自分でやれってんだよ」

盗賊「安全な場所で卑しく笑いながら、自分の手を汚さずに殺させる?」

盗賊「ふざけんじゃねえ。やると決めたら他の誰でもない、自分でやるんだよ。馬鹿野郎共が…」

情報屋「……俺は、何をすればいい」

盗賊「そうだな……」

盗賊「西部に勇者が現れて大型異形種を倒した…とでも言ってくれねえか? 大勢使ってな」

盗賊「そうすりゃあ、向こうから来る。勇者の存在を邪魔に思ってる奴等がな」


情報屋「勇者は今東部にいるんだぞ?」

情報屋「それに、勇者は監視されているんだろう? そう言ってたじゃないか」

盗賊「違う違う、俺が勇者になるんだよ。期間限定で西部の勇者にな」

盗賊「異形種と手を組んでる以上、そんな奴が現れたら無視は出来ねえはずだ」

盗賊「大型異形種の首の二つでも持ってくれば、勇者名乗っても納得すんだろ」

情報屋「異形種相手に一人でやる気か!? 死ぬぞ!?」

盗賊「殺し方なら知ってるから問題ねえよ。だから西部まで来られたんだ」

情報屋「何を言ってる?」

盗賊「俺と勇者は同じなんだよ。あ~、何だっけ? 先天的なんとかってやつさ」

情報屋「お前、稀少種…特異体だったのか」

情報屋「赤髪に多いとは聞いたことはあるが、そうか、そうだったのか……」

盗賊「赤髪で残ってんのはかなり少ねえんじゃねえのかな」

盗賊「大体が銃弾浴びて死んだか、実験体になるのを拒む為に自決したらしいからな」


盗賊「まっ、詳しいことは分かんねえけどな」

情報屋「お前、本当は部族のことをーー」

盗賊「強くても死んだら終わりだ。次はねえ」

盗賊「事実、圧倒的な数の差と銃弾の雨の前には無力だった」

盗賊「俺の場合は銃弾ぐらいは何とかなるかもな。まぁ、復讐するつもりなんざねえけどさ」

情報屋「降霊術使いはどうするんだ。そいつを倒さんことには解決しないだろう」

盗賊「大丈夫だって、雑魚は相手にしねえからさ。それに、さっきも言っただろ?」

盗賊「奴等の殺し方なら知ってるんだよ。教えてもらったからな」

盗賊「淡く光ってるとこに拳を突き出して、外皮ぶち破って魔核を握り潰せばいいだけだ」

情報屋「………」ゾクッ

盗賊「靴磨きを一ヶ月続けるより簡単な仕事さ。そう思うだろ?」


【憂う】

「国の意向に異議を唱えると言うのかね?」

「大尉、君は実に優秀だ。多くの異形種を討伐したのも記憶に新しい」

「しかしながら、それは計画以前の話だ」

「我が国が現在欲しているのは、平和ではなく他国を圧倒する兵器……」

「異形種との果てのない不毛な戦を止め、次代を見据えている。それのどこに不満がある」

「各国は異形種討伐に躍起になっている。先見のない愚かな連中だ。だが、我が国は違う」

「異形種を兵器として利用し、抑止力として扱うことで、世界を平和に導こうとしているのだ」

大尉「しかしーー」

「大尉、いい加減にしたまえ。良い機会だ、少し暇をやろう。久々に羽を伸ばすといい」

「都の有様を見れば、我が国が如何に正しき判断をしたか分かるはずだ。さあ、もう行きたまえ」

大尉「……失礼します」ザッ

ザッザッザッ…ガチャッ…バタンッ…

「……行ったか。まったく、青臭い思想を聞かされる身にもなって欲しいものだな」

「どうなさいますか?」

「消せ。軍の中に奴を慕う輩は多い、後々に動かれると面倒だからな」


大尉「…………」

ザッ…ザッ…ザッ……

大尉「(対異形種特別部隊は事実上の解体。俺はもう用済みということか……)」

「あっ、隊長じゃないですか!」

「どうしたのですか? 何やら顔色が悪いようですが」

大尉「いや、何でもない」

「良ければ話して下さい。隊が解体されても、オレ達は対異特部隊ですからね」

「そうですよ。隊が解体されて皆が離れても、大尉は我々の隊長なんですから」

大尉「……暇を貰ったんだが、何をしたらいいか分からなくてな。悩んでいたところだ」

「それは良かったじゃないですか! 隊長が休める時なんて殆どなかったんですから」

「ああ、そうだな。最近は異形種もめっきり出ない、隊長にはゆっくり休んでーー」

大尉「(俺は一体何をやっているんだ。あの決断は本当に正しいと言えるのか……)」


『兵器開発部門を設立、異形種を兵器として新たなーー』

『これは機密事項。君は優秀な人材だ、これからも国の為に尽くして欲しい』


大尉「(ッ、俺はあんなものの為に戦っていたのか?)」

「そうだ。隊長はあのウワサ知ってますか?」

「噂って、あぁ…あれか……」

大尉「……噂? 何かあったのか?」

「眉唾ものですが、大型の異形種を二体仕留めた奴がいるらしいんですよ」

「しかも一人で、だろ? 今朝からそればっかりだな…そんなものガセに決まってる」

「だろうな。それが事実であれば、今頃軍に招かれて勲章の一つでも授与されてるはずだ」

大尉「そいつは何者だ?」

「まさか信じるのですか!?」

「隊長、そんな奴がいるわけないですって!」

大尉「教えてくれ(外部の協力者がいれば、変えられるかもしれない……)」

「何でも二体の大型異形種の首を獲り、それを民の前で燃やしたとか……」

「東部の勇者とは別人のようですが、彼も勇者と呼ばれているようです。西部の勇者と……」


大尉「西部の勇者…どこから出た情報だ?」

「目撃したと言う住民は勿論、商人や酒場の店主等々。 果ては娼婦まで噂しています」

「裏社会の連中にまで広く伝播している為、特定は困難かと思われます。確かめに行くおつもりですか?」

大尉「ああ、お陰で有意義な休暇になりそうだ。それから、お前達に言っておくことがある」

「はっ、何でしょう?」

「大尉の命令であれば、どんな任務も遂行します」

大尉「……これから話すことを、よく聞いてくれ」

大尉「現在、我が軍の内部には異形種がいる。我々の仇敵である降霊術師だ」

大尉「降霊術師を軍に引き入れたのは上層部。指示を出し、決断を下したのは西王様だ」

大尉「現在、秘密裏に異形種を利用した新たな兵器が開発されている」

大尉「異形種はいなくなったわけではない、軍内部に潜っている」


大尉「対異形種特別部隊は解体されたようなものだが、我々の敵は依然として健在だ」

大尉「……今まで黙っていて済まなかった。俺は、お前達を裏切ってしまった」

大尉「散って逝った部下、彼等の決死の覚悟、平和を願う想いや信頼を……」

大尉「これまでの戦いを思うと、お前達に真実を伝えることは躊躇われた……」

大尉「異形種と手を組むということは、我々の戦いを真っ向から否定するものであったからだ」

大尉「……許してくれとは言わない。その上で、お前達に頼みがある」

大尉「この事実を対異特部隊の仲間に伝え、兵器開発の動向を探って欲しい」

大尉「先ほど異議を申し立てた以上、俺はもう立ち入ることは出来ないだろう」

大尉「今や我が軍は魔に魅入られてしまっている。軍のみならず、西王陛下までも……」

大尉「降霊術師にはくれぐれも注意しろ。このまま大人しく協力するなど考えられない」

大尉「我々は人であり、兵士だ。奴が異形種である以上、倒すべき敵であることに変わりはない」


大尉「西王陛下が定めたこと、国の為だと納得しようとしたが、俺には無理だった」

大尉「このまま誤った道を進めば、我が国は崩壊する。その前に、誰かが正さなければならない」

大尉「最後に、俺のような裏切り者が言えた口ではないが、何があっても生きろ。以上だ」ザッ

「っ、隊長!!」

大尉「……………」

「ゆっくり休んで下さい。雑務は皆でしっかりやっておきますから」

「どうせ、他の連中も暇だろうしな?」

「ああ、部隊の仲間なら喜んで引き受けるだろうよ」

大尉「休み休みでいい。ゆっくり、確実にやれ。我々に失敗は許されない」

「了解!!」

「はい、了解しました!!」

大尉「(皆、ありがとう)」

大尉「(さて、俺は俺の仕事をしよう。西部の勇者か、頼むから噂ではなく事実であってくれ)」


【告白】

裏通り

娼婦「お兄さん、見ない顔だね。軍人さん?」

大尉「……ああ、そうだ」

娼婦「やっぱり、私服でも分かるもんだよ。雰囲気でね」

娼婦「それで? あたし達に何か用? 買いに来たわけじゃなさそうだけど」

大尉「西部の勇者について教えて欲しい」

娼婦「あんたも勇者を軍に勧誘しに来たのかい? 悪いけど、あたしは知らないよ」

大尉「勧誘? 何の話だ?」

娼婦「とぼけてんのかい? あいつのこと、しつこく聞いて回ってたじゃないか」

娼婦「勇者に勲章授与したいだとか、会食に招待したいだとか言ってさ」

大尉「だから何の話だ、西部の勇者と呼ばれる人物は本当にいるのか?」

娼婦「本当に知らないの? あんた、本当に軍人さん?」


大尉「対異形種特別部隊隊長、大尉だ。今は解体されてしまったがな」

娼婦「そう、あんたが……」

大尉「?」

娼婦「……いいよ、勇者に会わせてあげる。付いてきて」

大尉「(何だこれは? 罠ではなさそうだが、何故街娼が勇者の居場所を知っている?)」

大尉「(反社会的、裏社会の人間と繋がりを持つなど……それより、軍は何故勇者をーー)」

娼婦「どうしたんだい? やっぱり娼婦なんて信じられない?」

大尉「いや、そんなことはーー」

娼婦「別にいいさ、目を見れば分かる」

娼婦「まあ、世辞にも綺麗な商売じゃないからね。あんたと違って生まれも育ちも悪いしさ」

娼婦「あたし達のような輩を毛嫌いする気持ちは、よく分かるよ」


娼婦「でも、あんたら軍人は、あたし達を見下してるクセに抱きには来るんだ」

娼婦「いつもは偉そうなのに、コソコソしながら金を持ってね。まったく、馬鹿な男共だよ」

娼婦「まっ、見下してるのはこっちも同じだけどね」

大尉「言いたいことは済んだか?」

娼婦「……何だって?」イラッ

大尉「毛嫌いしてる奴等がいるのは事実だろうが、全ての軍人がそうとは限らない」

大尉「俺は君達の生き方にとやかく言うつもりもないし、馬鹿にもしていない」

大尉「ただ、どう接していいか分からないだけだ。こういうのは慣れていないからな」


娼婦「女を買ったことないの!?」

大尉「ない」

娼婦「へ~、今どき珍しいね」

娼婦「軍人なんて溜まりまくってるでしょう? すぐにがっつくし、遠慮も無いし」

大尉「……買うというのが嫌なんだ。そこまで割り切れない」

娼婦「随分とお綺麗な心を持ってるんだね。これも育ちの違いか……」

大尉「……あの、そろそろ案内してくれないか?」

娼婦「あ、そうだね。行こうか」トコトコ

ザッザッザッ…

大尉「勇者とはどんな人物なんだ?」

娼婦「ん~、真面目で無口で無愛想。あんたとは気が合うんじゃない?」

娼婦「それに裏表もないし、優しくて礼儀正しいんだ。あたしの理想の男だよ」クスッ


大尉「そうか、立派な方なのだな……」

娼婦「ふふっ、あまり期待するとがっかりするよ?」

大尉「一つ聞きたいんだが、君はどうやって勇者と知り合ったんだ?」

娼婦「気付いたらいたのさ。いつの間にか、あいつを中心に皆が笑ってたんだ……」

娼婦「その時には惚れてた。男で稼いでる女なのに、こんなのおかしい?」

大尉「人が人を想うのに身分や職業は関係ない。何もおかしくなどないさ」

娼婦「……あんたって、絵に描いたような優等生だね。そういうのって疲れない?」

大尉「……疲れるさ。正しいことが何なのかさえ、分からなくなってきてる」

娼婦「……そう、大変なんだね。でも、きっと大丈夫」

大尉「?」

娼婦「あいつに会えば、あんたも少しは楽になる。悩んでるのが馬鹿馬鹿しく思えてくるはずさ」


特部隊長「それはどういうーー」

娼婦「ほら、着いたよ。この階段を下りれば勇者がいる」

大尉「……案内してくれてありがとう。助かったよ」

娼婦「礼はいいよ。じゃあ、あたしは仕事があるから、そろそろ行くよ」

娼婦「あっ、そうだそうだ。これ、勇者に渡しといてくれない? 直接渡すのは何だか照れくさくてね」

大尉「(可愛らしい小包み、小箱か。軽い、中身は不審物ではないようだが……)」

娼婦「ふふっ、開けたらドカン! なんてことはないから安心していいよ。何だったら開けて見せようか?」

大尉「……いや、大丈夫だ」

娼婦「あのさ、軍人ってのはそんなに気を張ってないと駄目なのかい?」

大尉「以前ならそうでもなかったんだが、色々と事情が変わった。今は何が起きても不思議じゃない」


娼婦「命でも狙われてるの?」

大尉「(……機密を握っている者が軍の方針に異論を唱えたのだ。有り得ないとは、言えないな)」

娼婦「本当に色々あったみたいだね。深くは聞かないでおくよ。それ、お願いね?」

大尉「ああ、分かった」

娼婦「……あたしみたいな女を疑わずに此処まで付いてきてくれてありがとね。それじゃ」

トコトコ…

大尉「(彼女のような職業だからこそ、人の心に敏感なのかもしれない。きっと、多くの人間を見てきたからだろうな……)」

大尉「……さて、行くか。この下に西部の勇者が…少しばかり緊張してきたな」

カツン…カツン…ギィィィッ…

大尉「……思ったより人が少ない。悪人の溜まり場のような所を想像してたんだが」


店主「………」

大尉「あぁ、その…申し訳ない」ペコッ

店主「奴なら奥の席にいる」

大尉「助かるよ、ありがとう」

店主「おい、小僧」

大尉「(……小僧か、軍に入隊したばかりの頃を思い出すな)」

店主「飲むか?」

大尉「いや、いい。酒は飲まないんだ」

店主「なら、これを持っていけ。酒は入ってない」コトッ


大尉「ああ、どうもありがとう」

トコトコ…

盗賊「…………」

大尉「君が、勇者なのか?」

盗賊「ああ、そうだ。何を驚いている」

大尉「もっと年配の男を想像していたからな。こんなに若いとは思わなかった」

盗賊「単刀直入に訊く。大尉、あんたは今の軍をどう思う」

大尉「……………」

盗賊「どうした。答えられないのか」

大尉「待て、先に質問がある。何故、俺が大尉だと知っている?」

盗賊「俺の問いの方が先だ。その後なら、どんな質問にも答えよう」


大尉「……いいだろう」

大尉「深い理由は言えないが、今の軍の在り方は間違っている」

大尉「このまま道を進めば、国が……いや、人すらも滅びかねない」

大尉「自由と平和の為に戦い、その中で多く部下と戦友が死んだ」

大尉「それなのに、何故あんな選択をしたのか……俺には到底理解出来ない」

大尉「人々を守るべき存在が、国家そのものが道を誤ってしまったんだ」

盗賊「では、どうする」

大尉「……俺は止めたい。暴走した軍と、誤った選択をした国家を…」

大尉「だが、国家を正すということは国家の敵になるということだ」

大尉「俺は国家の敵になってでも、止めるしかないと思っている」

盗賊「へーっ、あんたって思ったよりいい男なんだな。ちょっと見直したよ」

盗賊「つーか俺達、考えが似てるのかもしれねえな」ウン


大尉「……お前…」

盗賊「何だ? 変なこと言ったか?」

大尉「これまでのは全て演技だな。お前、本当に勇者なのか?」

盗賊「ああ、今までのは演技。ちょっとからかいたくてさ。勇者なのは本当だぜ?」

大尉「(……読めない奴だ。何を考えてる)」

盗賊「訳あって今は勇者の盗賊だ。よろしくな、隊長さん」

盗賊「まあ、降霊術師を殺して、この国を潰すまでの間だけだけどさ」

大尉「潰すだと!?」

大尉「……いや待て、俺ことならまだ分かる。何故、降霊術師のことまで知っている?」

盗賊「調べたんだよ、軍に忍び込んで」

盗賊「だから、あんたが対なんとか部隊の隊長だってことも、大尉だってことも知ってる」

盗賊「本当はわざと捕らわれて降霊術師を殺そうかと思ってたんだけどさ……」

盗賊「ふと、あんたを思い出した。で、その計画は止めることにしたんだ」


大尉「何故、俺を?」

盗賊「あんたは軍に疑問を持ち、苦悩してたからな。出来れば引き入れたかった」

盗賊「特に印象的だったのは兵器開発部での顔だ。平静を装ってはいたが、眼が違ってた」

大尉「眼?」

盗賊「ああ、あんたの眼だけが、他の連中のように濁っちゃいなかった」

盗賊「ずらっと並ぶ異形の兵士。頭の中では全部ぶっ壊したいと思ってただろ?」

大尉「……何度も思ったよ」

盗賊「……だろうな、俺だってそう思った。けど、流石にあの数は骨が折れる」

盗賊「そこで、あんたに賭けた。あれは外からだけじゃ壊せねえ、軍内部の協力者が必要になる」


大尉「此処へ来ると分かっていたのか?」

盗賊「いや? ただ、軍はあんなことになってるからな。あんたは外部の協力者を求めるだろうと思ったんだ」

盗賊「内部ではなく外部の力。つまり俺を、勇者を探し求めてくることに賭けたのさ」

盗賊「あんたは部下にも信頼されてるし腕も立つ、協力すれば仕事がぐっと楽になるからな」

大尉「……娼婦の情報とは正反対だな。何が真面目で無口だ。かなりの喋り好きじゃないか」

大尉「それより、自分が何を言ったのか分かってるのか?」

盗賊「はぁ? そんなの当たり前だろ?」

大尉「ふざけるな。お前は今、自分の犯した犯罪を自白したんだぞ?」

大尉「軍に侵入し、機密情報まで盗み出した。この罪がどれだけ重いか理解してるのか?」

盗賊「へ~、そうかよ。じゃあ、国が国民を騙すのは罪じゃないのか?」

盗賊「善良な民を生贄にするのは罪じゃないってのか? どうした、何か言ってみろよ?」


大尉「……ッ」

盗賊「国の為なら何をしても正義だってか? さっきから綺麗事ばっか言いやがって……」

盗賊「いいか? 汚れを落として綺麗にするには、汚れに手を突っ込まなけりゃ駄目なんだ」

盗賊「隊長さん。あんた、さっき言ったよな。国家を正す為なら、国家の敵になろうと構わないってさ」

大尉「……ああ、言った」

盗賊「じゃあ、全ての物事を綺麗に済ませようとするのは止めようぜ?」

盗賊「どんなに上手くやっても犠牲は出るんだ。戦場にいたなら分かるだろ?」

盗賊「あんたが目指す場所には、そう簡単に辿り着けない」

大尉「お前は本当に妙な奴だな……」

大尉「罪を犯して開き直った挙げ句、堂々と人の道を説くなんて普通じゃない」

盗賊「それくらいじゃないと生き残れなかったからな。あ、ついでに言っとくけど俺は赤髪だ」


大尉「赤髪!?」

盗賊「そう、赤髪。今は黒に染めてるだけなんだ。それでもいいってんなら協力してくれ」

大尉「……何故だ?」

盗賊「何が?」

大尉「不信を招くことになると分かっていながら、何故赤髪であることを明かした?」

盗賊「そりゃあ、あれだよ。後になって隠してたとか騙してたとか、色々言われるのが嫌だからだ」

盗賊「それに、あんたは髪の色で人を判断するような人間じゃねえ。そうだろ?」

大尉「……それはーー」

盗賊「ほらな、じゃあ何の問題もない」ウン

大尉「……協力する前に、お前の戦う理由を教えてくれ。手短にな」


盗賊「東部にいる友達、勇者を助ける為だ」

大尉「とてもじゃないが、勇者の友人だとは思えないな」

盗賊「ああ、よく言われるよ。まあ信じなくても構わねえよ。俺は勇者を助けたい、あんたは国を正したい」

盗賊「目的は違うが敵は同じだ。今は、それで良しとしてくれねえか」

大尉「……分かった、俺はお前に協力する。だから、お前も俺に力を貸してくれ」

盗賊「任せとけって、最後の最後まで付き合ってやる」

大尉「助かるよ、最後までよろしく頼む」スッ

盗賊「…………」

大尉「どうしたんだ? 赤髪には握手しない決まりでもあるのか?」

盗賊「いや、ちょっと昔を思い出しただけだ。俺の方こそ、最後までよろしく」スッ

ガシッ…

大尉「もし良かったら……」

盗賊「ん?」

大尉「もしよかったら、お前がどうやって生きてきたのか教えてくれないか?」

大尉「これから共に戦うんだ。どういう奴か知っておきたいと思うのは当然のことだろう?」


盗賊「…………」

大尉「何か変なことを言ったか?」

盗賊「俺に変わってるって言ったが、あんたも十分に変わってるよ」

大尉「そうか? 当たり前のことだと思うが……」

盗賊「かなり長くなるけど、いいのか?」ニヤニヤ

大尉「いや、手短に頼む。そうしないと日を跨ぎそうだ」

盗賊「仕方ねえなぁ、分かったよ」

盗賊「生まれたのは赤髪狩りの半ば、憶えてるのは銃声、悲鳴、雄叫び…」

盗賊「朝も夜も、それが常に傍にあった。今でも思い出す」

盗賊「敗色が濃厚になった時、部族の一人が俺を逃がした。髪を黒に染めて、衣服を変えてな」

盗賊「両親も部族の連中もそれに同意した。そんで、俺だけが逃がされた…らしい」


盗賊「俺を逃がした奴はしきりに言ってたよ。いつか同胞達の仇を討ってくれ、南部を取り戻せってな」

盗賊「その日から、俺は一人だった。南部のとある街で、たった一人で生きていくことになったんだ」

大尉「(……嘘を言っているわけでは、なさそうだな)」

盗賊「あったのは孤独と不安。部族への愛なんてどこにもない、頼れる奴もいない。ただ、腹は減る」

盗賊「最初はゴミを漁ってたけど、それだけじゃ足りなかった。だから、盗みを始めたんだ」

盗賊「この一歩踏み出してからは真っ逆さまだ。盗んで、逃げて……」

大尉「…………」

盗賊「一番つらいのは夜だった」

盗賊「いつ寝首を掻かれるか分からないって恐怖だけが頭を支配していくんだ」

盗賊「……ある夜、大柄な男に襲われた。とても敵いそうになくて諦めたよ」

盗賊「でも、俺は生きてた。男の首は捻り切れてて、頭は俺の手に握られてた」


盗賊「これが、生まれて初めての殺しだ」

盗賊「その時になって、何で部族連中が俺だけを逃がしたのか理解したんだ……」

盗賊「何故俺だったのか。それは先天性…長えから稀少種でいいや」

盗賊「俺は赤髪の稀少種だったんだ。何でも、稀少種の中でも特別なやつらしい」

盗賊「何の足しにもならねえ、クソッタレな力だと思ったよ」

盗賊「この力さえなければ、両親と一緒に死ねてたんだからな」

盗賊「その方がよっぽどマシだった。でも、俺は生きてる。だから生きようとした」

盗賊「誰から何を奪って、人を何人殺そうが、どうにかして生きようとした。南部の街を転々としながら……」

盗賊「あの時はヤケになってた。自分に降りかかった理不尽を、誰かにぶつけたかったんだ」

盗賊「そんで十四の頃、ある人と出会った。勇者ともそこで出会ったんだ」

盗賊「その二人と出会ってから、俺の人生は大きく変わった」

盗賊「その人は、襲い掛かった俺を軽々と受け止めた。あんなのは初めての経験だったよ」

盗賊「驚いてる俺をよそに、抱き締めながらこう言ったんだ……」


『この場だけ親切にするのは簡単だけど、それをしたら君は怒るだろう』

『だから、君は君の生きたいように生きればいい。我が侭でいいんだ』

『盗んでも殺してもいい。ただ、その行いは必ず自分に返ってくるだろう』

『それを分かった上で人を殺すと言うなら、それでいい』

『完全に正しい道なんてどこにもない。時には悪が人を救うことさえある』

『人を救う為に人を殺す、人を助ける為に力を振るう。これは悪だと思うかい?』

『……そうか、分からないか。実を言うと、僕にも分からないんだ』

『自らの行いが正義なのか悪なのか常に問いながら進むしかない。この言葉をどう受け取るかは君次第だ』


盗賊「そう言って、行っちまった……」

大尉「(何が正義であるのか常に問う、か。今の俺には痛い言葉だな)」


盗賊「勇者とは、その後に出会った……」

盗賊「道に迷ってるところを、街のガキ共に寄って集って虐められてたんだ」

盗賊「あいつは一人で立ち向かってたよ。小せえ体で、泣くのを堪えてさ」

盗賊「その時、あの人の言葉を思い出した。人を助ける為に暴力を振るってみようと思ったんだ」

盗賊「勇者に礼を言われた時、人助けも悪くねえなと思ったよ」

大尉「……それで友人に?」

盗賊「いや? ガキ共の中に銃持ってる奴がいてさ、あいつは俺を庇って撃たれた」

盗賊「しかも『早く逃げて』なんて言いやがった。俺はもう訳が分からなくて、その場で泣いた」

盗賊「誰かと連むことは何度かあったが、裏切られたことはあっても、救われたことは一度もない」

盗賊「俺を初めて救ってくれたのが、あいつなんだよ。それから、友達になったんだ」

盗賊「その後、俺は旅に出た。あの憎きドラゴンを倒すための旅に!!」

大尉「……台無しだ。まさか、全部作り話だなんてことはないだろうな?」

盗賊「さぁ、それはどうでしょう? 嘘か誠か、それを決めるのは君次第さ」


【追福】

同日深夜 闇酒場

情報屋「なあ、隊長さん、本当にいいのか?」

大尉「ああ、もう決めてしまったことだからな。既に部下に伝えてある」

情報屋「異形種を相手するとはいえ、あんたのような人物が盗賊と協力するとは実に意外だな」

大尉「それは俺もだよ。こんな時でなければ共に戦うことにはならなかっただろう」

情報屋「毒をもって毒を…いや、悪をもって悪を…か。終わったら捕らえるのか?」

大尉「……どうなんだろうな。まだ分からない」

大尉「本来ならそうすべきなんだろうが、何故だかその気が起きないんだ」


盗賊「あれ、今日は来てねえのか?」

「後で来るって言ってたんだけどね……」


大尉「……こうして見ていると、どうにもそんな奴には見えない。本当に妙な奴だよ」

情報屋「確かにそうだな。だが、危険な奴には変わりない」


大尉「何かあれば、その時は俺が止める」

情報屋「止めるとって言っても、盗賊は赤髪の稀少種だぞ?」

大尉「……さっきから何なんだ? お前達は友人なんだろ?」

情報屋「そんなんじゃない、仕事上のパートナーみたいなものだ」

情報屋「それに、俺はあんたの為を思って言ってるんだ。何をするか分からんぞ?」

大尉「軍にも問題児はいた。今更どうということはない、対処出来るさ」

情報屋「……まさか、あんたも稀少種なんてことはないよな?」

大尉「安心しろ、俺は稀少種じゃない」

情報屋「それは良かった。あんな奴は一人でいい、見ている分には面白いからな」

大尉「さっきまで危険だ何だと言っていたのに、おかしな奴だな」


情報屋「……俺は危険性を述べただけだ」

情報屋「俺はあいつの人間性に強く惹かれた。あんな男はそうはいないだろう」

情報屋「だから間近で見ていたいのさ、次に何をしでかすのか気になる」

大尉「……物好きな奴だな」

情報屋「言っておくが、あんたも十分変わり者だよ。あいつと打ち解けたんだからな」

大尉「変わり者か……あっ、しまった。これを忘れていた」コトッ

情報屋「何だそれは? 随分と可愛らしい小包みだが、誰に渡すんだ?」

大尉「俺のじゃない。此処に案内してくれた女性…娼婦から、盗賊に渡すように頼まれた」

情報屋「(多くの男を手玉に取ってる娼婦が、たった一人を振り向かせようとしているのか……)」

情報屋「(彼女たちは夢見がちな女とは違う。現実的で強かで頭も回る)」

情報屋「(盗賊には彼女たちにさえ夢を見せるような、そんな『何かが』あるのかもしれないな)」


大尉「盗賊、ちょっと来てくれ」

盗賊「ん? 何だ?」

大尉「案内してくれた女性に、これを渡すように言われーー」

ガシャンッ…ゴトンッゴトンッ……

盗賊「何だ、今の音……」

情報屋「入り口からだな。大方、酔っ払いでも落ちたんじゃないか?」

盗賊「……いや、何か妙だ。ちょっと見てくる」

大尉「待て、俺も行こう」


ザッザッザ…


大尉「……開けるぞ」

盗賊「ああ」

ガチャッ…ギィィィ…

娼婦「…っ…うっ…」ドサッ

盗賊「ッ、おい!しっかりしろ!!」

娼婦「…盗賊…ごめん…後を付けられてたみたい……」


盗賊「謝らなくていい、相手は見えたか?」

娼婦「何も見えなかった…でも…一人だと思う…急に…刺されて……」

盗賊「……そうか。今から傷口を縛るからな、少し痛むぞ」ギュッ

娼婦「無駄だよ、あちこち刺されたから。服、真っ赤…ごめんね、汚しちゃって……」

盗賊「……汚れてなんかねえさ。しっかりしろ」

娼婦「んっ…あれ?つけてないの? 気に入らなかった?」

盗賊「何をーー」

大尉「……盗賊、これだ。彼女に渡すよう頼まれた」スッ

娼婦「ほら、早く…開けてみて?」

盗賊「……腕輪か…綺麗だな」ガチッ

娼婦「ふふっ…うん…よく似合ってる。気に入ってくれた?」

盗賊「……ああ、すっげー気に入ったよ。こういうの貰うのは初めてだからさ」


娼婦「本当?嘘じゃない? あたしが、初めて…」

盗賊「本当さ、嘘じゃない。なぁ、ここには何て彫ってあるんだ?」

娼婦「……ッ…ハァ…ハァッ…」

盗賊「なあ頼む、教えてくれ。これじゃあ気になって眠れねえよ」

娼婦「…あな…たに…救いが…あります…ように…って…」

盗賊「…ッ!!」

娼婦「あんた…笑っ…てる時も…どこか…泣いてるみたい…だっ…たからさ」

娼婦「あたしね…あんたが好き…愛してる……」

盗賊「……分かってる」

娼婦「……盗賊、そんな顔しないで…いつもみたいに笑っ…て…みせ…て」


盗賊「……ッ…」ギュッ

ヒュン…コロコロ…

大尉「手榴弾!? 彼女は囮…ッ!!」ガシッ

ブンッ…ドガンッ!

大尉「盗賊、此処にいたら危険だ。階段を上がろう。このままだとまずい」

盗賊「……ああ、そうだな」

大尉「盗賊、お前は此処に残ってもーー」

盗賊「お前等、彼女を店の中に運んでくれ。その後は隠れてろ。絶対に顔出すな、いいな?」

「はいっ!!」

「っ、酷い傷だ…急げ、早く中に入れよう」

「彼女は中に入れた。もういいぞ!」

「よしっ、扉を閉めるぞ!!」

ギィィィ…ガチャン……


盗賊「さ、行こうぜ」

大尉「……ああ」

カツン…カツンッ……

大尉「辺りに気配はないな…ッ、盗賊!伏せろ!!」

ダンッ!ダンッ!

大尉「狙撃手が二人、あの屋根の上か。一度物陰に身を隠してーー」

盗賊「…………」カチッ

ダダンッ…ドサドサッ…

大尉「(この暗闇の中、しかも発砲音一発の速度で二人を仕留めたのか。何て奴だ……)」

盗賊「おい、そこにいるんだろ? 殺してやるからさっさと出て来いよ」

ザッ…

暗殺者「……お前が、勇者か? 標的はそっちだったんだが思わぬ形で会えたな」

大尉「(標的は俺か、いつかは来るだろうと思っていたが、予想していたより早かったな)」

盗賊「あいつを刺したの、お前だろ?」

暗殺者「それを聞いてどうすーー」

ダダンッ!ダダンッ!

盗賊「うるせえよ、聞かれたことに答えりゃいいんだ。どうせ中に何か着込んでんだろ? おら、さっさと起きろ」


暗殺者「お前の相手をしている暇はない」ガバッ

ダッ…ヒュォッッ!

大尉「軍の命令だな?」

暗殺者「…………」ガシッ

大尉「(組み付いて自爆。あらゆる痕跡、遺体すらも残さないというわけか)」

大尉「(確かに何か着込んでいるな。銃弾をも通さないとなると……空いてるのは、眼か)」スッ

ブジュッ…

暗殺者「がッ…ぐぅッ!!」ヨロッ

大尉「(捕らえても口を割らないだろう。自爆されても面倒だ。なら、この場で……?)」

盗賊「…………」

特部隊長「盗賊、お前は戻って彼女の傍にいてやれ。後は俺がやる」

盗賊「…………」ジャキッ

グサッ!

暗殺者「(ッ、脚の腱をやられたか。だが、もとより退くなどない、ならば…)」スッ

ガシッ!

盗賊「自爆なんてさせるかよ。最期の最期まで、苦しんで死ね」


暗殺者「……お前の眼は俺と同じだな」

暗殺者「それは殺人者の眼だ。お前のような奴が勇者を名乗っていたとは、とんだ笑い種だな」

盗賊「ああ、そうだな。俺もそう思う」

グサッ!グサッ!グサッ!

盗賊「さあ、戻ろうぜ。彼女が待ってる」ニコッ

大尉「……無理をするな。泣きたいときは泣いた方がいい」

盗賊「泣けねえよ。あいつは、笑ってくれって…そう言って逝ったんだから……」

ポタッ……ポタポタッ…ザァァァッ…

盗賊「……雨だ」

大尉「ああ、雨だな……」

盗賊「なぁ、もう少しいいか?」

大尉「ああ、止むまで待とう。しばらくは降りそうだからな……」

盗賊「……何だか悪りぃな、付き合わせちまってさ」

大尉「構わない、傘はいるか?」

盗賊「いや、雨が止むまで傘はいらねえや。どうせ傘差しても濡れるしな」

ザァァァッッ……

大尉「………そうか…そうだな……」


【発露】

盗賊「なあ、自分のやったことは必ず返ってくるんだってよ。知ってたか?」

店主「………」

盗賊「それさ、本当だったみてえだ。あの夜、確かに返ってきたよ。直接じゃなく、間接的にさ」

盗賊「きっと、あいつの苦しむ姿が俺にどれだけの痛みを与えるか分かってたんだ」

盗賊「あいつの命が尽きていく様を、その苦しみを、俺に見せつけるみたいに……」

盗賊「自分のやったことに後悔はねえ、自分の痛みなら幾らでも耐えられる」

盗賊「でもなぁ…正直こんなに堪えるとは思ってなかったよ。短い付き合いだったけど、あいつは俺を……」ギュッ

盗賊「……今まで散々人殺してきたけどさ、奴等の家族とか友達とか、こんな気持ちだったのかもな」

盗賊「何か、悪いことしちまったなぁ……」

店主「なら、盗み殺しはすっぱりやめて、真っ当に生きればいい」


盗賊「だよなぁ、その通りだよ」

店主「一つ、教えておいてやる」

盗賊「あ、なんだ?」

店主「過去は絶対にお前を逃がさない。どこまでも追いかけてくるだろう」

店主「遠くまで逃げて、姿が見えなくなったと思っても、いつの間にか背中に張り付いてる」

盗賊「過去ってのは怖ぇんだな」

店主「ここに来るような奴等は、大体がそんな過去を抱えて生きてる」

盗賊「店主は違うのか?」

店主「俺も同じだ。俺も毎日来てるだろう」

盗賊「あ~、なるほどな……」

店主「……盗賊、お前は輝ける悪だ」

店主「華々しく生を駆け抜けて、華々しく死ねる男だ」


盗賊「輝ける悪?」

店主「ああそうだ。お前はそういう男なんだよ」

店主「だから、ここの野郎共はお前を慕っているんだ。きっと、彼女もそうだったはすだ」

盗賊「そうなのか?」

店主「死に際、彼女は笑ったんだろう?」

盗賊「ああ。そりゃあもう、これでもかってくらいにな。いい笑顔だったよ」

店主「なら、お前も笑え」

盗賊「…………」

店主「人生の最期に愛する男に会えた。だから、彼女は笑ったんじゃないのか?」

店主「生きている限り、彼女の求める男であり続けろ。それが男としての責任だ」

盗賊「男としての、責任……」

店主「そうだ。自分を愛して逝った女に、愛想を尽かされるような男にはなるな」


盗賊「……ああ、分かった」

店主「答えが出たなら、さっさと退け。仕事の邪魔になるからな」

盗賊「色々ありがとな、助かった」

店主「……礼はいらん。金を寄越せ」

盗賊「はははっ!!」

情報屋「彼女を埋葬してからの三日間、殆ど口も利かなかったというのに……」

情報屋「やはり店主な只者じゃあないな。まさか、こんなにも早く立ち直らせるとは……」

大尉「普段もあんな風に喋る人なのか?」

情報屋「いや、滅多に喋らない。あんな店主の姿は見たことがない。正直、驚いたよ」

情報屋「俺にとっては無口でおっかない、親父みたいな人だからな……」


情報屋「さっきの店主はまるでーー」

大尉「息子の相談に乗る父親か?」

情報屋「そう。正に、そんな感じだった」

情報屋「何よりも意外だったのは、あいつもあんな顔するってことだ」

情報屋「あいつは、そういう感情とは縁遠い人間かと思ったんだがな」

大尉「やめろ。あいつは死を悼み、涙を流した。当たり前の感情を持った人間なんだ」

情報屋「おい、急にどうしたんだ?」

大尉「どうしただと?」

大尉「目の前で自分に好意を抱く女性が亡くなったんだぞ!? 何とも思わない奴がいるか!!」

情報屋「おっ、おいおい…そんなに怒るなよ」

情報屋「別に心無い人間だって言ってるわけじゃない。思い違いをしてたって気付いたんだ」


大尉「……思い違い?」

情報屋「出逢った時の印象がかなり強烈でな。何というか、少し受け入れ難いんだ」

情報屋「雲の上というのか、現実にいながら空想…小説の中の悪漢のような……」

情報屋「そんな、俺達とはまるで違う存在だと思っていたんだ」

大尉「……話も聞かず怒鳴って悪かった。済まない」

情報屋「……いや、俺の言い方が悪かったんだ。謝ることはない」

大尉「今はどうなんだ? まるで違う存在か?」

情報屋「俺は、助けになってやりたい」

情報屋「あいつが俺をどう思っているか分からんが、俺はその……友人だと思っている」


大尉「仕事上のパートナーじゃなかったのか?」

情報屋「ああ、情報屋としてはそうだな。俺個人としての考えは違う」

情報屋「……なあ、隊長さん。あいつは彼女のことをどう思っていたんだろうな」

大尉「……さあな、盗賊に聞いたところで話はしないだろう。あの二人にしか分からないことだ」

情報屋「隊長さんには、そういう相手はいないのか?」

大尉「そんな情報を得てどうする? 売り捌く気か?」

情報屋「はぐらかすなよ。俺はただ、個人として聞いてるんだ。話したくないなら構わないが…」

大尉「……いるにはいたが、もういない。異形種と懸命に戦い、戦死した」

大尉「気が強く、負けず嫌いで、とても魅力的な女性だった」

大尉「彼女の死に際に傍にいてやれなかったことを、今でも悔やんでる」


情報屋「そうか、だからさっき……悪かったな」

大尉「いや、いいんだ。話せてすっきりしたよ。それより盗賊、いつまで聞いてるつもりだ?」

盗賊「あれ、バレてた?」

大尉「……当たり前だ。それより、もういいのか?」

盗賊「ああ、心配かけちまったな」

盗賊「いや~、なんせ人生初の出来事だったもんでね。ガラにもなく悩んじまった」

情報屋「……………」

盗賊「みっともねえ姿は見せられねえからな、やるべきをやるさ」

情報屋「(……いつも通りだが、どこか変わった。俺も、最後まで見届けさせてもらおう)」

盗賊「隊長さん、部下から報告はあったのか?」

大尉「ああ、事態は最悪だ。兵器は完成し、近々他国に差し向けるらしい」


盗賊「対象は?」

大尉「東部だ。都は勿論、勇者も対象になっている。この兵器の最大の利点は、疑われないことだ」

大尉「暗殺だろうが何だろうが、全て異形種の仕業として片付けられる……」

大尉「そうなる前に全て壊す。兵器開発部に大量の爆薬を仕掛け、異形種兵を殲滅する」

情報屋「それはいいが、降霊術師はどうする?」

情報屋「奴は西部がどうなろうと関係ない。使えなければ簡単に見捨てるだろう」

大尉「ああ、だろうな。奴に逃げられたらお終いだ。奴は奴の兵隊を持っているからな」

大尉「奴が守りに入れば、ほぼ勝ち目はないと言っていいだろう」

盗賊「居場所が絞れねえんだよなぁ」

大尉「ああ、そこが問題だ」

大尉「まずは部下に居場所を探らせ、発見の報告を受け次第、襲撃する」

大尉「出来れば爆破前に暗殺するのが好ましい。降霊術師の討伐は、俺と盗賊の二人でやる」


情報屋「二人で!?それはいくら何でも無茶だ!!」

大尉「無茶は承知の上だ。だが、我々に協力する兵士は少数……」

大尉「爆破の他にもやるべきことは多々ある。敵対する兵士の鎮圧、諸々だ」

大尉「降霊術師には並の兵士では太刀打ち出来ない。無駄に死者を増やすのは避けたいんだ」

大尉「だから俺達二人でやる。絶対に、何としても降霊術師を討伐する」

盗賊「よっしゃっ、なら今夜だな」

盗賊「異形種兵が東部に放たれる前に終わらせる。時間はねえ、急いだ方がいい」

情報屋「……………」

盗賊「どうした?」

情報屋「いや、俺も出来ることをしようと思ってな」

盗賊「無茶すんな、充分助けられてる。俺に変装した奴を配置する案を出したのはあんただ」

盗賊「それを買って出てくれた奴等にも感謝してる。でもな、それ以上は止めとけ」

情報屋「……分かってる。俺はただの情報屋、戦うのが仕事じゃあない」

情報屋「だが、戦わなくとも潜入の助けになることは出来る」


大尉「……何をする気だ」

情報屋「頃合いを見て暴動を起こす。そうすれば、幾らかでも軍の人員を割かせられるはずだ」

情報屋「ここまで関わった以上、何もせずに待ってはいられない」

大尉「危険なことに変わりはない、下手をすれば死ぬんだぞ? 分かっているのか?」

情報屋「面白半分で言ってるわけじゃない。俺は軍人じゃあないが、あんたと同じ西部の人間だ」

情報屋「この都が化け物に支配されると思うと……頼む、少しでも役に立たせてくれ」

大尉「……夜までには時間がある。では、各自準備に取り掛かろう」

盗賊「決まりだな。じゃあ、俺はその辺歩いてくるわ。夜まで暇だし」

大尉「俺は部下と連絡を取る。また夜に会おう。情報屋、無茶はするなよ」

情報屋「ああ、分かってる。またな……」

ガチャッ…パタンッ……

店主「何か飲むか?」

情報屋「……いや、今日は飲まない。今夜はやることがあるからな」

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