ホワイトデー。
一月前の贈り物にお返しをする日。
わざわざ一月時間を置いてからお返しをするだなんて、なんだか回りくどいなぁ、と思ってしまう。
でも、それが大事なんだよね。
贈った側は、お返しがもらえるか、もらえないか。
もらえるならば、どんなものがもらえるか。
そわそわとわくわくとどきどきが入り混じった気持ちを一ヵ月間抱きしめて過ごす。
もらった側の気持ちは……どうなんだろう。
女の私にはよく分からない。
もちろん、友チョコだとかはもらう機会も多いけれど、あれはその場で交換してしまうし。
さて、私の贈った想いは、返ってくるのかな。
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◆ ◇ ◆ ◇ ◆
高校生としての一日が終わると、アイドルとしての私の一日が始まる。
学校からそのまま事務所へ向かい、更衣室で私服に着替えてラジオの収録へ。
収録を終えると、番組の収録の打ち合わせ。
それから事務所に戻って来たら、出演するドラマについての取材が二件。
今はその取材の二件目の真っ最中だ。
ちらり、と時計を見やる。
時刻は二十一時四十五分。
横に控えていたプロデューサーは私の視線に気付くと、記者の人にそっと耳打ちをする。
記者の方は、はっとして申し訳なさそうに頭を下げた。
「それでは、最後にお聞きします。渋谷さんにとって、今作の見どころとは」
そんな事前に渡された資料通りの質問に対し、用意していた通りの返しをした。
これを以て、取材は全て終了。
アイドルとしての私の一日も終わりだ。
理由は簡単で、法律上ここからの時間は私の歳じゃ、まだ働けないから。
ああ、高校を卒業したら、もっと大変になるのだろうな、と考えたらぞっとする。
*
記者の人達を玄関まで見送りに行ったプロデューサーが私のいる応接室へと戻ってきた。
「お疲れ。今日はタイトだったなぁ」
「ほんと、誰のせいだか」
少し嫌味っぽくいつもの軽口を叩くと、プロデューサーが海外のドラマみたくわざとらしく手を挙げて「さぁ」なんて言うもんだから思わ
ず吹き出してしまう。
「ふふ、何それ」
「演技派タレントになろうかな、って」
「じゃあ私の後輩だ」
「ふーん、凛が俺のプロデューサー?」
「あ。それ蒸し返したら口利かないって前言ったよね?」
「ごめん、って。……いや、本当にごめん。許して」
「悪いと思ってないでしょ?」
「思ってるよ。その証拠に、これ」
くすくすと笑いながらプロデューサーは後ろ手に隠していた袋から、お洒落な小箱を取り出す。
「……これ、私に?」
「一月前の、お返し」
「……そっか。今日は……」
「喜んでもらえたなら、嬉しいよ」
「うん。ありがとう」
突然のプレゼントに面喰ってしまった私がぼーっとしてると、プロデューサーがぱちんと手を叩く。
「さ。帰ろうか。今日は遅いから送って行くよ。事務所の前に車つけるから、五分くらいしたら来て」
「……なんか何から何まで……その、ありがとう」
「送ってくのなんて当たり前だし、いつものことだろ?」
「うーん、そうなんだけど。……言っておきたいな、って思っただけだよ。それだけ」
私がそう言うと、プロデューサーは「ん」と返事をして部屋を出てしまった。
もらった小箱をぎゅっ、と抱いてソファに倒れ込む。
あーあ。
アイドル渋谷凛がプレゼントで誤魔化されちゃって、情けないな。
ほんと。
自分でもどうかしてると思う。
*
「お疲れ様でした。お先に失礼します」とまだ残って仕事をしている社員の人やちひろさんに挨拶をして、事務所を出る。
通りには既にプロデューサーの車が停まっていたから、小走りで助手席へと乗り込んだ。
私がシートベルトを締めるのを確認して、プロデューサーはアクセルを踏む。
「さて、凛。今日はお疲れ様でした」
「何。改まって」
「これはプロデューサーとして、じゃなくて、悪い大人としての提案なんだけど」
そう前置いてから、プロデューサーはにっ、と笑って「寄り道しない?」と言った。
「じゃあ、そんな提案に乗っちゃう私は悪い女子高生だ」
「事務所には内緒な」
「プロデューサーこそ、学校には内緒だからね?」
悪い二人で、指切りをした。
*
他愛もない会話を繰り広げながら、車に揺られること数十分。
目的地に到着した。
どこかは、分からない。
車から降りるとプロデューサーは私の手を掴む。
「じゃあ、ベタだけど。目を閉じて」
言われるままに、目を瞑るとプロデューサーは私の手を引いて歩き出す。
真っ暗闇のなか、聞こえてくるのは風の音や遠くを走る車の音くらい。
私の心臓の音も、か。
*
どれくらい歩いたのだろう。
ちょっとだった気もするし、すごく長かった気もする。
プロデューサーは私の手をぱっ、と放すと「目を開けて」と言った。
おそるおそる目を開けてみる。
飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる夜景と、してやったりという顔をしているプロデューサーだった。
思わず「わぁ」と声を上げてしまうと、プロデューサーは一層にやにやする。
悔しいけど、完敗だ。
「どう、かな。俺のお返しは」
「……すごく嬉しいよ。言葉にできないくらい」
「なら良かった」
「ほんとは、さ。お返し、期待してたんだ」
「期待通りだった?」
「期待以上、かな。もらったものが嬉しかった、とかじゃなくて……。あ、いや、もらったものも嬉しかったんだけど……」
今の気持ちをうまく言語化できなくて、まごまごとしてしまう。
「……えー、っと。もらったこと……もらえたこと、がすごく嬉しかったんだ。もちろん、プロデューサーのことだし用意してるとは思っ
たけど」
余計なひとことが口をついて出る。
「……その、全部が想像以上で。とにかく嬉しいよ。ありがとう」
「そんな感激されちゃうと、来年のハードルやばくない?」
あーあー。
台無し。
感動を返して欲しい。
全霊の感謝を伝えた私を見て、プロデューサーはいつも通りへらへらと笑っている。
そんな、やつには、こうだ。
ローファーでぐっ、と革靴を踏んでやるとプロデューサーは「いてぇ」と声を上げる。
「帰ろっか」
「ん。そうだな」
あーだこーだと軽口を叩きながら来た道をてくてく歩く。
こんな感じの、ばかみたいな関係だけど、今はそれでもいいかな、なんて。
おわり
ありがとうございました。
こちら、続きではありませんがバレンタイン編となっております。
もし、よろしければ。
渋谷凛「恋心グラサージュ」
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おつ
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