男「しっぽエルフに復讐をしようと思った」 (159)


男(戦争は終わった)

男(何十年と続いた多種族間の戦争は、全ての種族に等しく悲劇を撒き散らして終わった)

男(獣人のオーク、コボルト。人妖のエルフ、ドワーフ。そして人間)

男(戦争が終わっても、互いが歩み寄るまでには、しばらくの時間がかかった)

男(憎しみが消えてなくなったわけではない)

男(けれど、皆で約束を交わし、それぞれの立場を保障したことで、問答無用の殺し合いはひとまず生まれなくなった)

男(交流は復活した。通商も安定した。世界は平和になったように見える)

男(……しかし、平和の裏には犠牲がある)

男(種族間の取り決めは、確かにそれぞれの立場を保障したが、それは純血に限るものだった)

男(つまり、違う種族同士の間に生まれた混血、いわゆる非族には、何も保障されない)

男(命さえも)

男(だから)

しっぽエルフ「……」

男(運悪く非族として生を受けた者たちは、こうしてひっそりと、陽の当たらない場所に隔離され)

男(それのみならず、戦後経済を立て直すための大きな“商品”となって)

男(公然の秘密として、あちらこちらで売り買いされている)

男(それは格好の的だった)

男(虐げても、殺しても、誰も咎めない)

男(戦争が終わって、溜まった鬱憤の向かう先をなくした者たちは、捌け口を求めに来る)

男(やり場のない怒りを、その代替品にぶつけて)

男(痛めつけて、あるいは、殺して、積もった恨みを晴らそうとする)



しっぽエルフ「……」

男(たとえば、父を奪われた、この俺のように)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487686921


―――闇市場


裏商人「もっと近くで見ていくか?」

男「……ああ、いや」

しっぽエルフ「……」

男(これは……コボルトとエルフの混血)

男(コボルトの)

男(俺の父を殺したコボルトの、子供の雌)

男(丸い爪、平たい顔、横に尖った耳と、エルフの血がそこそこ濃いようだが……そうなると、好都合だ)

男(コボルトは力が強い。エルフは力が弱い。力が弱いものは抵抗も弱い。そして雌なら尚更)

男(俺が今日ここに来た目的を叶えるには、うってつけだと、思う)

しっぽエルフ「……」

男(首を鎖に繋がれ、両足を枷で縛められ、独房の隅で縮こまったまま、こちらを見ようともしない)

男(早く立ち去ってくれと言わんばかりだ)

男(まあ、こんな暗く臭く汚い、獣だらけの場所、頼まれても長居はしたくないが)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(……これでエルフらしく美しい金髪だったなら、囚われの姫とも見えようものだが)

男(コボルトの血が混じると髪色も濁って茶髪になるらしい)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(布きれのような服一枚に裸足……寒そうだ)


裏商人「それにするかね」

男「……」

男(先から放っといてくれない)

男(それもそうか。裏商売なのだから)

しっぽエルフ「……」

男(ついにこうして目の前にすることとなった……これが俺の敵だ)

男(父の敵。憎いコボルト)

男(殺したいほど憎んだ)

しっぽエルフ「……」

男(……殺す?)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男「……これを」

裏商人「決まったかい」

男「これをくれ」

しっぽエルフ「……」



男(そのとき、ずっと体を小さくして俯いていたこの生き物が、わずかに顔を上げた)

男(前髪の間からちらと覗いたのは、宝石のようと称される蒼や翠のエルフの瞳……ではない、くすんだ薄茶の瞳だった)


―――家に続く道


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(……じゃらりじゃらりと、鎖を引き摺る音がついてくる)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(非族と連れだって歩いている)

男(……阿呆の図だ。俺は何をしているんだ)

男(冷静に考えたら、こんな調達の仕方はない)

男(これらを買う人間は、たいてい荷車の一つでも用意して、それに乗せて持って帰るなり何なりするのだろう)

男(俺のようにただ歩いて家まで連れ帰る奴がいただろうか?)

男(道理で、裏商人が怪訝な顔をしていたわけだ)

男「……」

男(……何も考えていなかった)

男(今このときまでの自分は、復讐以外の何もかもを、全く頭から追い出していたと、急に思い知った)

男「……」

しっぽエルフ「……」


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……お前」

しっぽエルフ「……」

男「もう少し早く歩けないか」

しっぽエルフ「……」

男(鎖のじゃらじゃら言う速度が上がった)

男(……いや)

男(こいつのせいか)

男「待て。止まれ、動くな」

しっぽエルフ「……」

男(俺は屈み、裏商人に渡された小さな鍵を使って、足枷を外した)

男(……鉄の足枷は、予想したよりも重い)

男(こんなものを着けていては歩くに歩けないだろう)

男(足首には血が滲んでいる)

しっぽエルフ「……」

男「持ってろ」

しっぽエルフ「……」


男「行くぞ」

しっぽエルフ「……」

男(指示には従順だが)

男(当然ながら怯えて尾は尻にぴったりと付き、青ざめた顔は俯けたまま)

男(改めて観察すると、外見はほとんどエルフだ。爪や耳の他にも、長くしなやかな指、均整のとれた顔立ち、水面に映る月のような肌)

男(しかし、もぐりの鍛冶が打った剣がそうであるように、この非族にはエルフの持つ神秘性や高貴さがない)

男(手足の首から胴体にかけてを全く覆う獣の毛、茶の髪に茶の瞳、獣の毛に覆われた尾の存在が、コボルトの血を強く示している)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(辛うじて裸体を隠すだけの粗末な麻の服一枚と、今外した鉄の足枷。これの持ち物はそれだけ)

男(……言うなれば、後始末が楽なようになっているのだ)

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(ひどい風体だ)


―――家 居間


男「ただいま」

しっぽエルフ「……」

男「入れ」

しっぽエルフ「……」

男(……さて)

男(家に帰ってきてしまった)

男(買うまでは、恨みを晴らす一心だったが、どうしたことか、いざ買ってみると……)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(俺は戸脇にあった真鍮の棒を手に取った)

男「……」

男(棒には、俺の顔が歪んで映る)

男(この棒は用心棒)

男(そして、あの……あの害獣どもを目にすることがあれば)

男(こいつで)

男(滅多)

男(打ちに)

男(して……)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(つとそちらを見ると、項垂れたまま立ち尽くしている、非族の姿が目に飛びこんできた)

男「……」

しっぽエルフ「……」


男「……」

男(……とりあえずは、洗うか。汚いし)

男(棒を放って元の位置に戻す)

しっぽエルフ「っ」

男(乱暴な音に、びくりと背中が縮んだ、ように見える)

男「お前、一人で風呂に入れるか?」

しっぽエルフ「……」

男「こっちを見ろ」

しっぽエルフ「……」

男「風呂だ。体を洗う場所。使い方を知っているか?」

しっぽエルフ「……」

男(それは頼りなく視線をこちらに向けたあと、かすかに頷いた。意思疎通はできるようだ)

男「その枷はそこに置いて、風呂入ってこい」

しっぽエルフ「……」


男(水音が聞こえる)

男「……」

男(送ってからでは遅いが、あいつらも人間と同じように湯浴みをするのだろうか)

男(頷いたということは、風呂の文化は共通なのかもしれない)

男(よしんば知らなかったとしても、次に何をされるのかと恐怖していて、訊くどころではなかっただろうが)

男「……」

男(次に何を……)

男「……」

男(俺はコボルトを憎んでいる。父を殺したあの種族を)

男(だから、あいつらの顔を見れば憎しみが勝手に体を動かして、次にするべきことは自然とわかると思っていた)

男(だというのに)

男(この妙な気分は……)

男「……」

男(ずっと憎んでいたはずだ)

男(一発も殴っていないのに)

男(どうしてこんな気分になるんだ)



男「……」

男(どうにか思い切って、この手で……)

男「……」


しっぽエルフ「……」

男(風呂にやったはいいものの、換えになる女物の服など家にはない。下着なんてもっとない)

男(仕方がないから、もう着なくなった古服、下は尾が出せるよう尻のところを切って、そのまま渡した)

男(さっきまで着ていたぼろをまた着させるのは、何故だか気が進まなかった)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(ぼさぼさだった髪を洗ってしまうと、俺たちのそれとは異なる、横に尖った耳がよく見える)

男(本当に奇妙だ)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(……体が動かない)

男(殺そうと思った)

男(とにかく敵討ちがしたいと、それだけを思って過ごしてきた)

男(だが)

男「……」

男(これを殺したら、俺の気は晴れるのか。他の奴らは、気が晴れたのか)

男「……」

男(よくわからなくなってきた)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「おい……お前、言葉を話せるか?」

しっぽエルフ「……」

男「話せるなら、返事をしろ」

しっぽエルフ「…………はい」

男(声は小さく……それでいて、思ったよりも凛としていた)


男「……俺は、お前を」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」


くぅ~


男(腹の音?)

しっぽエルフ「……っ」

男「お前の腹か?」

しっぽエルフ「い、いえ、あの……」


くぅ~


男「お前の腹じゃないか」

しっぽエルフ「ご、ごめんなさいっ」

男「……」

男(あの独房で、まともな食事が与えられただろうか?)

男(そんなはずはない。これは人間ではないのだから)

男(だが、間抜けな腹の音と、悲痛な謝罪の声とを聞くと……)

男(気が抜けてしまった)



男(それどころか、可哀想だとさえ……)

しっぽエルフってなんだよ…


男「……」

しっぽエルフ「……」

男(俺の前に、腹を隠してぎゅうと身を縮める毛だらけの物体がひとつ)

男(それを見てしまうと、自分でも驚くほどに、拳の力が抜けていく)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……はぁ」

男「少し早いが、昼にしよう」

しっぽエルフ「……」

男「お前、食べるものは人間と同じか?」

しっぽエルフ「……わかりません」

男「パンやキャベツと言ってわかるか」

しっぽエルフ「はい……」

男「そうか」

男(ならば大丈夫だと思う)

男(俺が台所に向かうと、視線が追いかけてきたのが何となくわかった)

男(ついては来なかった)

男(それはそうだろう)


男(用意を終えて戻ると、それは同じ場所に所在なく立っていた)

男(俺が抱えた盆から卓上に料理の皿を移すのを、黙って見ている)

男(二人分の料理を並べてしまって、俺から遠い方の席を指し示すと)

しっぽエルフ「……」

男(ややあって、おずおずと近づいてきた)

男(俺が座っても、そこに立ったままでいるので、座れと指示すると、それはおどおどと椅子を引いて腰掛けた)

男(そうした所作は、まるで人間と変わらない)

男「いただきます」

男(今日の昼食は、焼いた肉と乾燥させた木の実を柔らかい黒パンに挟んだものと、蕪の汁物)

男(俺が食事を始めても、それは何にも手を付けず、ただ座っていた)

男「何だ。もしかしてお前たちは、昼は食べないのか」

男(そう聞くと、かすかに首を横に振った)

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……昔は……お昼も食べてました」

男「……ならどうした」

しっぽエルフ「……食べても、いいのですか」

男「ああ」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(それはしばらく躊躇ってから、俺の様子を覗いつつ黒パンにそっと手を伸ばすと、持って匂いを嗅いだようだった)

男(見た目はエルフの鼻だが、コボルトの血が混じっているのだから、ずっと利くのかもしれない)

良い


しっぽエルフ「……」

男(一口目は端っこを小さく)

しっぽエルフ「……んむ」

男(二口目は、少し大きく)

しっぽエルフ「……もぐ、もぐ」

男(すぐに止まらなくなった)

男(黒パンを口いっぱいに頬張る様子を、俺は手を止めて眺める)

男(一生懸命に食べるものだ)

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……おいしい」



男(そのとき)

男(とうに死んだ母の顔が唐突に思い浮かんだ)

男(病床で俺の作った卵汁を飲み、おいしいと言って静かな笑みを浮かべた母の顔が、ふっと目の前をよぎって)

しっぽエルフ「……」

男(すぐに消えた)


男「……」

男(首を振り、追憶の残滓を振り払ったとき)

しっぽエルフ「ぐっ」

男「?」

男(突然、目の前のそれが喉を鳴らしたかと思うと、口を閉じたまま咳き込み始めた)

男(詰まらせたらしい)

男「大丈夫か……」

男(反射的に背をさすってやろうと手を伸ばしかけると)

しっぽエルフ「っ」



ガタン!



男「……」

男(俺の手から逃れるように、それは椅子ごと身を引いてそのまま床へ転げ落ちた)

しっぽエルフ「……」

男(顔にはありありと怯えが浮かんでいる)

男(両手の指に圧された黒パンがひしゃげている)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(何をされたら、こんなふうに……)

男「……」

男(……殺されそうになったら、か)


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……喉、平気か」

しっぽエルフ「……」

男(怯えの色を残したままの、小さな頷きが返ってくる)

男「……何もしないから、落ち着いて食え」

しっぽエルフ「……」

男(椅子を元に戻し、俺が席に戻ると、ややあっておずおずと立ちあがって姿を現した)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……ごめんなさい」

男「……」

男(この食事で喉に詰まらせるということは、よほど満足に食べていなかったのだろう)


男「ごちそうさま」

しっぽエルフ「……」

男(それは何も言わなかったが、代わりにわずかに頭を下げた)

男(運んできた盆に、俺が空になった食器を戻し始めると、また黙って見ている)

男(ただ今度は、向こうが何か逡巡している気配がする)

男(自分も動いていいものか、迷っているのか)

男「……自分の食器を、ここに戻せ」

しっぽエルフ「……」

男「重ねていい」

しっぽエルフ「……」

男(言われることを待っていたとばかりに、俺が置いた食器の上に、同じ型の食器を重ねてゆく)

男(懐かしい)

男(……昔、母が手を添えた盆の上に、俺と父は食器を重ねた)

男(食器を乗せた盆を持って立ち、台所へ向かおうとすると、それはまた俺の動きを目で追ってきた)

男「……」

しっぽエルフ「っ」

男(だが、振り返ると急いで目を逸らした)

男「……ついてこい」

男(言って、今度は振り返らずに歩くと、椅子の脚が床を擦る音がして、それから足音が俺の後をついてくる)


―――家 台所


男「……」

しっぽエルフ「……」

男(流し台際に並んで立つと、それは思いのほか背が高かった)

男(子供というほど幼くない。娘だ)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(俺があぶく岩で擦ったものを、水で洗い流させる)

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「……どこに、置いたら」

男「ああ……。その籠の中に、伏せて置け」

しっぽエルフ「……はい」

男(しばらくそうして食器を洗っていると、何回目かのときに指同士が触れた)

男「……」

しっぽエルフ「ひっ」


ガァン!


男(取り落とした――そう思った瞬間、食器は流しの底に当たって、身の竦むほどの大きな音が鳴った)

しっぽエルフ「ご、ごめっ、ごめんなさいっ」

男「……」

男(幸いにも割れはしなかったが……)

男(俺が拾い直すまでの間、怯えて強く目を瞑り、身を縮めていたその様に……何を思えばいいものか、わからない)

男(俺は黙って洗い続けた)


―――家 居間


男「じっとしていろ」

しっぽエルフ「……」

男(椅子に座らせて、足首の具合を見る)

男(日常的に足枷を嵌められていたせいか、既に古傷になっているものが多かったが、新しい傷もいくつかあった)

男(ただ運の良いことに、酷く膿んでいる箇所はない)

しっぽエルフ「……っ」

男(見上げると、それは座面の縁を強く握り、蒼白な顔で唇を引き結んでいた)

男(……触れられることに抵抗があるのか)

男(なら早く済ませよう。片手で足首を持ったまま、盥の水で傷を洗う)

男(それが済むと、傍らの箱にもう片手を伸ばした)

男「かなり染みるが、我慢しろよ」

しっぽエルフ「……」

男(俺は箱から小瓶を取りだす)

男(この中に入っている液体は、氷雪地方で採れる薬草の成分を抽出したもので、非常に強い薬効を発揮するが)

男「……」

しっぽエルフ「ッ!」

男(刺激も非常に強い)


しっぽエルフ「…………っ」

男「……」

男(最初に一度びくりと痙攣したが、それだけだった)

男(上体をめいっぱい反らし、目尻には涙を浮かべながらも)

男(処置の間、足を動かすことなく、一言も発さなかった)

男「……」

男(子供の頃の俺が、初めてこれを使われたときには、泣いて暴れたものだが)



男「……」

しっぽエルフ「……」

男(仕上げに両足首に包帯を巻いてやる)

男「……」

男(自嘲めいた笑みが浮かんだ)

男(敵と見込んだ相手に、昼食を振る舞ってやり、傷の手当てをしてやり、いったい俺は何をしているのか)

男(何がしたいのか)

しっぽエルフ「……」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(ちらちらと視線を感じる)

男「何だ」

しっぽエルフ「い、いえ……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……言いたいことがあるなら言ってみろ」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……ごめんなさい」

男「……怒らないから」

しっぽエルフ「……」


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……あ、あの」

男「何だ」

しっぽエルフ「……私は、どうなるんでしょうか」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(どうなる、か。どうなるんだろうな)

男(どうしようもない気分だ)

男「……」

男(返品……)

しっぽエルフ「……」

男(……と、いうわけにいくのだろうか)

しっぽエルフ「え、えっと」

男「……」

しっぽエルフ「野菜……その、優しい味が、して……お、おいしかったです」

しっぽエルフ「……ありがとうございました」

男「……」


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……味の違いがわかるのか」

しっぽエルフ「は、はい、あの……」

男「……」

しっぽエルフ「……人並みには」

男「……そうか」

しっぽエルフ「作物は、育てた人の性格が出るって……」

男「……」

しっぽエルフ「……私、その……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「おい」

しっぽエルフ「は、はい」



男「……ついてこい」


―――裏庭


しっぽエルフ「……」

男「家の畑だ」

男「あまり立派なものではないけれど」

しっぽエルフ「……そんな」

男「母が大事にしていた畑だ。俺と父もよく手伝った」

男「できるだけ面倒をみてきたが、俺も別に仕事があって、しっかり手が回らない」

男「だからお前を買った」

しっぽエルフ「……」

男「……ということにする」

しっぽエルフ「……?」

男「お前、畑をいじったことはあるか」

しっぽエルフ「……少し、だけなら」

男「少しか」

しっぽエルフ「私が育った里にも、あったので……」

男「耕して種蒔いて、水撒いて雑草抜くのか?」

しっぽエルフ「……はい」

男(それもまた人間と同じか)

男「用具は大体そこの木箱の中だ。また後で作業の方法を教える」

しっぽエルフ「……はい」



男「……」

男(……畑のため、ね)

男(もうじき冬が来るというのに)


―――家 寝室


男「ここは寝室だ」

しっぽエルフ「……」

男(狭い部屋に簡素な寝台が二つ。布団のあるものとないものが一つずつ)

男(……父の寝台はずっと昔に薬代に変わった)

男「奥が俺のだ。お前はこっちを使え。後で布団を出しておく」

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「私、この部屋で……布団で……いいのですか」

男「家は狭いから部屋はいくつもない。我慢しろ」

しっぽエルフ「あの……そ、そうじゃなくて、私、あの、だって、その」

男「何だよ」

しっぽエルフ「……い、いえ……なんでもないです……」

男「……そうか。先にお前が使った浴布はお前にやる。ここにかけておくから必要なときは勝手に使え」

しっぽエルフ「……はい」

男(……こんなところか)

奴隷を甘やかして甘やかして甘やかしてデレた時に絶望に叩き落としたい


―――家 居間


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……あの」

男「……」

しっぽエルフ「……えっと」

男「……仮初めだがお前の下着を作っている」

男「服はともかく、これは急いで要るだろう」

しっぽエルフ「……」

男「……不審か?」

しっぽエルフ「そ、そんな……」

男「俺の場合は買いに行くより作る方が早い」

しっぽエルフ「……ありがとうございます」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……エルフもコボルトも、服を着る文化はあるよな」

しっぽエルフ「あ、あります」

男「下着を着ける文化も?」

しっぽエルフ「え……と、その……はい……」

男「そうだよな」


男(裁縫を終えて、畑仕事を軽く教えて、それでもう夜が来た)

男(一人だと余るから久しく作らなかった煮込み料理を作った)

男(今度は食器を並べることも手伝わせた。いただきますとごちそうさまも言わせた)

男(長らく一人でやってきたことに同伴者ができて、変な感じだ)

男(洗い物には、何も言わずともついてきた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(料理に使った包丁を、俺は手に取る)

男(横を見れば、それは鍋の蓋を洗い流すので一生懸命だ)

男(……このまま腕を横に振れば、それだけで復讐が終わる)

男「……」

男(……敵討ち)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……包丁だ。刃に気をつけろ」

しっぽエルフ「……はい」


―――家 寝室


男(収納から引っぱり出した布団は、十分に干せなかったため潰れて、くたびれていたが)

男(独房の堅い寝床と網のような掛け布を思えば、ずっと素敵だというようなことを言っていた)

男(何より、暖かいと)

男「……」

男(俺は寝台脇の小机の上に置いた日記帳を広げる)

男(明日こそついに父の敵をとる)

男(昨日の俺は、そんなふうに書いていた)

男(……自分が自分ではないかのようだ)

男「……」

男(結局、エルフとコボルトの非族を買ったとだけ……昨日の自分に教えるように書いて、日記帳を閉じた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(視線を感じる)

男(目を向けると、それは顔の上半分だけを布団から出して俺を見ていた)

しっぽエルフ「……あの……お、おやすみなさい」

男「……ああ」



男(燭台の火を、吹いて消した)


―――


「お父さん、何やってるの?」

「おお、これはな、お隣さんの箪笥を直して綺麗にしているんだ」

「ふーん、どうして?」

「父さんの仕事は、壊れたものを直すことだからな。父さんは何でも直せるんだ」

「すごいね、お父さん!」

「ははは、そうだろう」

「……ねえお父さん」

「何だ?」

「今朝の僕の布団も、お父さん直せる?」

「……それは、お母さんのほうが上手に直せると思うぞ」





「混ざりものはあっち行け! あっち行け!」


―――


「うわあ、でっかい芋」

「あら本当。よく育ったわね」

「その籠に入れておけばいい?」

「ええ、お願い」

「母さん、これなんか食べ頃じゃないか」

「そうね。良い色だわ」

「今年も豊作だな」

「畑の妖精さんが頑張ってくれたのよ」

「母さんは信心深いなあ」

「妖精って、エルフみたいな? それって、悪いものじゃないか」

「……そうね。でも、みんながみんなそうじゃないのよ」





「あら、帰ってきたんだ。残念」


―――


「――あの子には――まだ――」

「しかし――」

「きっと――遅くないわ」

「――あいつも、もう――。――いざというとき――」

「必ず――帰って――でしょう」

「もちろん――。――だが」





「これでやっと……せいせいするわ」


―――


「……」

「整備兵として戦地に征くことになった」

「……」

「父さんは、二度と帰ってこられないかもしれない」

「……」

「だから、これからは、お前が母さんを守るんだ」

「……」

「守ってくれ」

「……」

「……母さんを頼んだぞ」

「……わかった」

「いってらっしゃい。父さん」





「暴れるな! きったねぇな、殺してやろうか!」


―――


「具合はどう?」

「……あなたの顔を見ると、だいぶ元気になるわ」

「そうか」

「……」

「……」

「……お店は?」

「大丈夫、何とかやっているよ。お客さんも気にかけてくれる」

「……そう」

「……」

「……」

「……」

「……ごめんなさい」

「……あなたには、苦労をかけてばかりね」

「良い暮らしをさせてあげられなくて、ごめんなさい……」

「……」

「……そんなことなかったよ。母さん」





「これをくれ」


―――家 寝室


男「……」

男「……」

男「……ふぅ」

男(夢だ)

男(毎度の夢)

男「……」

男(顔を拭って、深呼吸する。空気は冷え冷えとしていた)

男(部屋の暗さから考えて、朝はまだ遠い。せいぜい夜中の第二刻か、三刻か……)

男「……」

男(記憶の彼方へ引っ込んでゆく諸々を懐かしく見送りつつ、俺は寝返りを打った)



男「……?」

男(そこで、気づいた)

男(隣の寝台から発作のような音が聞こえる)

男「……」

男(身を起こして、腕を伸ばし、燭台に火を灯す)

男(隣の寝台の上では布団が丸まっていた。発作のような音は、その中から聞こえる)

男(……あれの身に何かあったのか?)


男「……おい」

男「聞こえるか」

男「起きているなら返事をしろ」

男(返答はなかった。発作のような音は止まない)

男「……」

男(俺は自分の寝台を降り、隣へ近づく)

男(布団を掴み、えいと引きはがした)

しっぽエルフ「……」

男(果たしてそれは、そこにいた)

しっぽエルフ「……ひっ…………う、うっ……」

男(横向きに尾と脚と体を丸めて、両の拳を口元に押しつけ、声を押し殺して泣いていた)

男(横顔の下敷きになった耳の先が濡れて光っていた)

男「……おい」

男「大丈夫か?」

しっぽエルフ「……っ」

男(固く瞑られていた瞼が開いた)

男(満潮のように涙があふれ、茶色の瞳はひどく揺れている)


しっぽエルフ「……」

男「……」

男(俺が何かをする前に、寝台に添えていた左手を掴まれた)

男(いや、触られた、だ。そのくらいに弱々しかった)

男(振り払わずとも、引けば離れてしまうくらいに)

しっぽエルフ「……おっ……お、おいてか、い、かなっ……ぅ……」

男「……」

しっぽエルフ「…………お、お母さん…………お父さぁん……」

男「……」

男「お前……」

男(心の内のゆらめきが激しくなって)

男(何かを思う前に、俺は丸い背をさすってやっていた。掴んできた手を振り払うことなく)

しっぽエルフ「……っく……っ」

男「……」

男(背をさすってやりながら、俺は何かが腑に落ちていく感覚がした)

男(こいつが悪いわけじゃない)

男(そんなことは、とうにわかっていた)


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……落ち着いたか」

しっぽエルフ「……はい」

男「そうか。よかった」

しっぽエルフ「……ごめんなさい」

男「……」

男(泣き止むまで背中をさすってやって、一差しの水を飲ませて、それでようやく喋れるようになった)

男(聞けば、毎晩のように悪い夢を見るらしい)

男(夜に声を出すと見張りに罰せられるから、ああして声を殺す癖がついたそうだ)

男(その様子は、父を失って間もない頃の俺とよく似ていた)


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……まだ夜だ。一人で寝られるか?」

しっぽエルフ「……」

男「よく眠れるように、いくつか、昔話をしてやろうか」

しっぽエルフ「……」

男(俺を見上げる目と目が合う)

男「俺の母は不思議を信じる人でな」

男「寝る前に昔話をすると、話に出てくる者たちが夢にも出てきて、悪さするものをやっつけてくれると言って」

男「俺がお前のように悪い夢を見て眠れない夜は、そうして昔話を聞かせてくれた」

しっぽエルフ「……」

男(布団の上の尾が、ぱたと動いた気がした)

しっぽエルフ「……お願いします」

男「わかった」



男(畑を守る案山子の戦士の話。逆上る滝を探して航海する獅子と鼠の話。箱入り姫に花を運んだ小鳥の話)

男(生前の母を思い起こしながら物語を始めると……自分でも驚くほどに、言葉がすらすらと出てきた)

男(……それからしばらくして、彼女が静かな寝息を立て始めたのを見届けると、俺は自分の寝台に戻った)


 = = =

乙期待はよ

優しい世界


 = = =


―――家 寝室


男「……」

男(……朝だ)

男(瞼を透かして朝の光がやってくる)

男(遠ざかる微睡みを感じて体を起こす)

しっぽエルフ「お、おはようございます」

男「……」

男(もう起きていたのか)

男(とうに手櫛で梳いたらしい髪の大人しさ、または表情からして、明らかに今さっき起きたという様子ではない)

男(それはそうとして)

男(……何故こいつは寝台の上で正座しているんだ)

しっぽエルフ「昨晩は……その、ありがとうございました」

男「よく眠れたか」

しっぽエルフ「……はい。久しぶりに」

男「そうか。……で」

男「どうして正座しているんだ」

しっぽエルフ「……何をしたらいいか……わからなくて」

男「……」


男「そういえば聞いていなかったな。お前たちの種族は毎日何をして過ごしているのか」

しっぽエルフ「何をして、ですか……」

男「エルフの暮らしもコボルトの暮らしも俺は知らないからな」

しっぽエルフ「そ、そうですね……ええと」

しっぽエルフ「エルフは、朝起きてすぐに身を清めます」

男「風呂に入ると」

しっぽエルフ「はい」

男「入りたければ入ってきてもいいぞ。この時期の朝の水は冷たいからしっかり沸かせ」

しっぽエルフ「はい……あの、はい、ありがとうございます……」

男「何だよ」

しっぽエルフ「え、あの……お湯を沸かす、ですか?」

男「そうだ。昨日風呂に入ったときにやっただろう」

しっぽエルフ「い、いえ……」

男「は? 水風呂だったのか?」

しっぽエルフ「はい……」

男「……」

しっぽエルフ「……ご、ごめんなさい……」


これはいいものを見つけた


男「ついてこい」

しっぽエルフ「は、はい」

男(なるほど薪の数が減っていない気がしたわけだ)

男(本人が水風呂が良いというなら、それでも良いが、この寒いのによくやる……)



―――家 風呂場


男「ここに薪がある。ここから薪をいくつか持っていく」

しっぽエルフ「はい」

男「風呂釜の下にこうして竈があるから、ここで火を焚くんだ」

しっぽエルフ「に、煮えちゃいます」

男「煮えない程度にやるんだよ」

男「……風呂は知っているんだろう?」

しっぽエルフ「は、はい、あの、知ってはいるのですけど……」

しっぽエルフ「その……エルフもコボルトも、いつもは水浴びで十分で、暖かい湯に浸かりたいときは、温泉を使うので……」

男「水道から湯が出るのか?」

しっぽエルフ「いえ……私の生まれた里には、水道とは別に温泉の湧く井戸がありました」

男「井戸に湯が湧くのか。面白いものだな」

男「まあ、好きなように入ればいい。体をしっかり拭くことだけ忘れるなよ。お湯にしたければ薪を使え」

しっぽエルフ「わかりました」


―――家 居間


男(あいつが朝の沐浴をしている間に、俺は古服を上下それぞれもう一着ずつ用意しておいた)

男(……ちゃんとした服を買ってやらないと)

男(母の服が残っていればまだ良かったのだが……)

男(母は生活のために、自分の持ち物を一番に売った)

男(だからいつも同じ服を着ていた。最期まで)

男「……」

男(俺がもっと大きかったら)

男(今だったら)

男(あのときよりもずっと良い服を着た母を、見送ってやれた)

しっぽエルフ「あ、あの」

男「出たか」

しっぽエルフ「お待たせしてごめんなさい」

男「ああ」

男「……ゆるくはないか」

しっぽエルフ「え?」

男「その服」

しっぽエルフ「いえ、あの、大丈夫です……」

男「そうか。これから朝食を作るから、お前も手伝え」

しっぽエルフ「はい」


―――家 台所


男(今日の朝食はにんにく焼きパンと野菜汁)

男(どれだけ料理ができるかと思って、試しに野菜を切らせてみたが……)

男「……かなり不揃いだな」

しっぽエルフ「ご、ごめんなさい……」

男「包丁は初めてか」

しっぽエルフ「ええと……使う機会は、あまり……」

男「力まないで、手に馴染ませるようにしろ」

男「最初は怖いかもしれないが、そのうち慣れる」

しっぽエルフ「はい」

男「ほら、この玉葱も」

しっぽエルフ「は、はい」

男「どうせ細かくするから、練習だと思って気楽にやってみろ」

しっぽエルフ「はい」


―――家 居間


男(野菜は少しごろっとしている)

男「いただきます」

しっぽエルフ「いただきます」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(こいつらの文化では、食前に黙って祈りを捧げるらしい。種族が違えば、やはり生活様式も違う)

しっぽエルフ「おいしいです」

男「そうか」

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「……人間はみんな、料理が上手なのですか?」

男「まさか。必要だから覚えた、それだけだ」

男「お前たちだってそうだろう」

しっぽエルフ「……わかりません」

男「わからない?」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……私、物心ついてからは、地下にいた時間の方が、長いので……知らないことも、多くて」

男「……そうか」

しっぽエルフ「……はい」

男(それなら、料理の仕方など教わっている暇はなかっただろう)

男(どういう経緯で身を売られる目に遭ったのかは知らないが……そういえばこいつの親は存命なのか?)

男(昨夜のこいつは、親を呼んでいた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……今日は、買い物に出る」

しっぽエルフ「お買い物ですか」

男「そうだ。お前にはかなりの荷物を持たせることになるから、覚悟しておけ」

しっぽエルフ「……わかりました」


―――家 戸口


男(洗い物を終えて、俺たちは出かける準備を済ませた)

男(俺はいつもの外行きの格好に着替えて、帽子を被る)

男(しかしこいつはというと)

しっぽエルフ「……」

男(上下男物に履き物は革靴、頭の尖り帽子、さらには臙脂色の肩掛けと、非常に具合が悪い)

男(案山子でももう少し統一感のある格好をしていようというものだ)

男(……荷物が増えるが、仕方ない。服屋が一番目だな)

男「念のために言っておく」

男「その肩掛けは外すな。それは既に誰かの所有物であることを示す、暗黙の印だ」

男「それをつけていれば手を出してくる奴はそういないだろうが、万が一ということもあるからな」

男「お前たちのことを憎んでいる奴は、まだいくらでもいる」

男「俺自身、お前へはともかく、お前たちの種族にそういう思いはある」

しっぽエルフ「……」

男「だからよく気をつけて、あまり俺から離れるなよ」

しっぽエルフ「はい。そうします」

男「行くか」


―――町中


男(町の外れにある家から道なりに少し歩くと、中心部へ辿り着く)

男(昨日こいつを連れて歩いた道を、また今日も連れて歩くことになるとは)


 がやがや


男(相変わらずの雑踏)

男(下町の市場には露店が並び、店も人も騒がしい)

男(そのまま先に行けば、徐々に落ち着いた構えの店が増え、道も静かになる)

しっぽエルフ「……」

男「物珍しいか」

しっぽエルフ「はい……あの」

しっぽエルフ「あの店は何を売っているのですか?」

男「あれは靴磨きだ」

しっぽエルフ「靴を磨く……?」

男「そうだ。革靴は手入れしてやらないとすぐに傷むが、それを面倒がる奴は案外多い」

しっぽエルフ「……?」

男「……もしかして、革靴を知らないのか。お前が今履いているものだが」

しっぽエルフ「あの、はい……私の生まれた里では見ませんでした」

しっぽエルフ「爪先を覆う靴を履くのは、戦いのときくらいで……」

しっぽエルフ「いつもは、枯れ草を編んで足に巻くようにして、汚れたら、作り替えていました」

男「そうなのか」

男(その分なら、草履でも買ってやろうか)


男「……ところで、前から気になっていたことを聞いていいか」

しっぽエルフ「はい」

男「お前の生まれた里というのは、エルフの里なのか? コボルトの里なのか?」

男「それとも、俺が知らないだけで、二つの種族が共存する里があるのか?」

しっぽエルフ「いえ……」

男「……」

しっぽエルフ「……その、もとはエルフの里だったそうです」

しっぽエルフ「でも、コボルトの軍に征服されて……それで、その里のエルフたちはコボルトに支配されて」

しっぽエルフ「……私のお父さんとお母さんは、そのとき知り合ったって……」

男「……なるほどな」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「着いた」

しっぽエルフ「え、あ、はい」


―――女服屋


女服屋「いらっしゃい」

女服屋「あら、もう直ったの、早いね」

男「いや、それはまだだ」

女服屋「じゃあ何、油でも売りに来たか?」

男「客で来たんだよ。内外下、全て何着かずつ見繕ってもらいたい」

女服屋「……あんたそういう趣味だったの? 悪いけどここにあんたの着られるもんは売ってないよ」

男「俺じゃない。こいつだ」

しっぽエルフ「……」

女服屋「……ふうん、その子か」

女服屋「……エルフとコボルトだね。ついに買ったのか」

しっぽエルフ「……」

男「そうだ」

女服屋「……ねえ、どういう風の吹き回しなのさ。だって前からあんたは――」

男「いいから」

女服屋「はいはい、わかったよ、見繕えばいいんでしょ」

女服屋「そこの子、こっちにおいで」


しっぽエルフ「……」

男(やや不安そうに俺を見上げてきた)

男「行ってこい」

しっぽエルフ「……」

男「大丈夫だ、俺はここにいる」

しっぽエルフ「……はい」

女服屋「……」

男「その顔は何だよ」

女服屋「いや、なんというか……父娘か、そうじゃなきゃ兄妹みたいだと思ってね」

男「……」

しっぽエルフ「……」

女服屋「ま、あんたみたいな親からこんな可愛らしい娘が生まれるわけがないけど」

男「言ってくれる」

女服屋「ほら、早くおいで。うちには尾のある種族のための服もちゃんと置いてあるんだ」


女服屋「さて、あんたはその髪だから、色のしっかりした服がいいかな」

しっぽエルフ「……」

女服屋「あれが着たいとか、希望はある?」

しっぽエルフ「……ないです……」

女服屋「とって食ったりしないから、そんなに怯えなくてもいいよ」

女服屋「じゃあ何だろうね……これがいいかな。それから……」

しっぽエルフ「……」

女服屋「……ねえ、あんたさ」

しっぽエルフ「は、はい」

女服屋「あいつに何かされた?」

しっぽエルフ「……何か、ですか?」

しっぽエルフ「ええと、あの……美味しいご飯と、お風呂と、寝る場所を頂きました」

女服屋「ご飯?」

しっぽエルフ「あと、あと……寝る前に昔話を聞かせてくれました」

女服屋「……」

しっぽエルフ「……あ、あの」

女服屋「……父娘じゃないね。母娘だったか」

しっぽエルフ「え」

女服屋「いや、何でもない。あいつが変なことを考えなくなったなら、それでいいんだ」

しっぽエルフ「……?」

女服屋「あんたちょっとこれ持って。せっかくだから沢山試着していきな。あとはそうだね、これとこれとこれも――」


―――町中


しっぽエルフ「……」

男(尖り帽子と肩掛けにきちんと似合う、買ったばかりの服で身を包み)

男(そこらの町娘らしい格好をして、さらに両手に紙袋をひとつずつ提げている)

しっぽエルフ「……」

男(気恥ずかしいのか、少し顔を伏せていた)

男「結構買わされてしまったな」

しっぽエルフ「ごめんなさい……」

男「謝らなくていい。予定よりお前の荷物が増えただけだ」

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「……ありがとうございます。……あの、いろいろ」

男「ああ」

しっぽエルフ「……」

男「……あとは靴屋と、雑貨屋と、生鮮市場も少し覗く。疲れたら言えよ」

しっぽエルフ「はい」


―――町中 修理屋前


男(昼を過ぎてしまった)

男(俺たちはいくつかの店を巡って、こいつが生活するのにさしあたり必要になるものを買い揃えた)

男(その間、やはりこいつにとっては物珍しい光景があったらしく、互いの文化について話しながら歩いた)

男(たとえば、エルフの散髪、コボルトの毛繕いは肉親やつがいの役目であるため、彼らの町には床屋が無いこと)

男(反対に、彼らの町には多くある弓矢や槍といった武器の鍛錬場が、人間の町にはほとんど見当たらないことなど)

男(全ての用が済む頃には、流石に一人が持てる荷物量ではなくなったので、俺も少し手伝った)

男(遅い昼食にと露店で持ち帰りの焼き物を買い、別の店で飲み物を買い……)

男(そうして、最後に、ある店の前までやってきた)

しっぽエルフ「このお店は……」

男「俺の店だ」

男「もとは俺の父が開いた店だ。入るぞ」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(……二人とも両手が塞がっているのだった)

しっぽエルフ「えっと」

男「お前、その片手に持っているものを寄越して、俺の腰巾着に鍵が入っているから、それで扉を開けてくれ」

しっぽエルフ「は、はい」


―――修理屋


しっぽエルフ「……」

男「荷物はとりあえずあの作業台の上に置け」

しっぽエルフ「はい」

男(部屋の中心に作業台と椅子)

男(隅には待つ客のための小さな長椅子と横長の卓があり、奥には流し場と少しの台所用品をしまう棚)

男(あとの壁には面に沿って工具たちの棚が複数置いてあって、店にあるものはそれで全て)

男(作業場の一間しかない小さな店だ)

男「さて、頂いてしまうか」

男(買った昼食の半分を卓に置いて、長椅子に座るよう指示を出し、俺は作業台の椅子に座った)

しっぽエルフ「……」

男(作業台の上でものを食べることを父は嫌ったが、椅子を使うだけなら許してくれるだろう)

しっぽエルフ「あの」

男「どうした。残りはお前の分だったよな」

しっぽエルフ「いえ……そこだと、お昼を広げる場所が……」

男「……」

男(見ると、そいつは体をぎゅうと詰めて、長椅子の片側を空けていた)

男「そこに俺たち二人は狭いだろう」

しっぽエルフ「……そうでもない、です」

男「そうか? ……お前がそれでいいなら、座るが」

しっぽエルフ「はい」


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……この店はな」

しっぽエルフ「っ」

男「食べながら聞いてくれていい。この店はな、俺の父が開いた店で、壊れた物を直す商売をしている」

男「もともと父の知人が何かやっていたのが、商売をやめるというので、父が建物を安く買ったと聞いた」

男「どれほど壊れたものも、この店に持ってくれば魔法のように直してしまう。そういう父のことを、俺は尊敬していた」

男「修理屋は父の昔からの夢だったから、父はこの自分の店を愛していた」

男「それは母も同じで、父が戦争で死んでからも、この店を手放そうとしなかった」

男「手放してしまえば、もっと楽ができただろうに」

男「……死ぬまでの暮らしを、いくらかいいものにできた」

しっぽエルフ「……」

男「今は、この店は俺がやっている。父ほどの腕はないけれどな」

男「俺にとっても大切な場所だ」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……俺たちが今座っている長椅子に、俺と母はよく一緒に座って、そこで作業する父を見ていたものだ」

しっぽエルフ「……」


男「……なあ、聞くのが遅かったかもしれないが、お前……親元に帰りたいと思うか?」

しっぽエルフ「……」

男「お前がもしそう思うなら……」

男「……どうにかして帰してやりたいと、今、俺は考えている」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(しばらくの間、俯いていたが、ややあって、こいつは首を横に振った)

しっぽエルフ「……」

男「……そうか」

しっぽエルフ「……私」

男「……」

しっぽエルフ「……私、その…………望まれないで生まれた……ので」

男「……」

しっぽエルフ「目も髪もこんな色で」

しっぽエルフ「どっちつかずで……本物じゃないから」

しっぽエルフ「……きっと、だから、お母さんも、お、お父さんも…………」

男「……」

しっぽエルフ「……」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……あなたに買われたとき、怖かったけど……でも」

しっぽエルフ「銀貨を払ってでも、私を買いたい人がいるんだって、思ったら」

男「……」

しっぽエルフ「私はいらないものじゃな、なっ、ないんだって思っ、てっ」

男「……」

男(しぼり出すような声を発して、堪えきれないといったふうに両手で顔を覆った)

しっぽエルフ「……うう」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……何と言うか」

しっぽエルフ「……」

男「……お前の目や髪は木々の幹と同じ色だ」

男「棚も箪笥も、机も椅子も……信頼に足る家具たちは、皆そういう色をしている」

しっぽエルフ「……」

男「乙女にかける言葉ではないかもしれないが……俺はその色を見ると安心する」

しっぽエルフ「……」

男「……」


しっぽエルフ「……」

男「……」

男(濡れた目で見上げられると妙に気恥ずかしさがこみ上げてきて、俺は目を背けた)


男(……昨日までの俺が聞いたら何と言うかな)


男「……お前たちの文化だと、家に帰ったときは何と言うんだ」

しっぽエルフ「え……」

男「ただいまと言うか?」

しっぽエルフ「はい、言います」

男「そうか。なら、帰ったら忘れずに言えよ。昨日のようにだんまりするなよ」

しっぽエルフ「……っ」

男「さあ、食べろ、とっとと。余計な荷物はないに限る」

男(言って、俺は食事を再開した)

しっぽエルフ「……」

男(こいつはぐしぐしと顔を拭い、机上を眺めていたかと思うと、思い切ったように俺に向き直る)

しっぽエルフ「あ、あのっ」

男「ん、どうした?」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……ふ」

しっぽエルフ「……触れてもいい……ですか?」

男「何に」

しっぽエルフ「…………あ、あなたに」


男「構わないが」

しっぽエルフ「……」

男(すると、こいつは、両腕をそっと伸ばして俺の手をとり、自分の額を押し当ててきた)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……私、あの」

しっぽエルフ「……親切にしてくれて、ありがとうございます。私、今は役立たずですけど……」

男「……」

しっぽエルフ「いろいろなこと、しっかりできるようになって、必ずあなたに報います、から……だから……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……わかった」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(尾がぱたりぱたりと振れている)


男「……ところで、これには何か意味があるのか」

しっぽエルフ「は、はい、その、約束事をするときに……」

男「ああ、なるほど」

しっぽエルフ「人間はやらないのですか」

男「やらないな。指契りならする」

しっぽエルフ「ゆ、ゆびちぎり……?」

男「そのちぎるとは違う。手貸せ。こうやって」

しっぽエルフ「……」

男「小指同士を絡めて、誓う。これが指契りだ」

しっぽエルフ「どうして小指なのですか? 何か由来が……?」

男「さあな。あったのかもしれないが、今となってはきっかけなんて誰も覚えていない」

しっぽエルフ「そうですね……」

男「ほら、食べるぞ」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……おいしいです」

男「そうか」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……あの、私、先から気になっていて」

しっぽエルフ「その飲み物は、どうして冷たいのに泡が立っているのですか?」

男「これか? これは炭酸といって、特殊な気体が混じっている。飲んでみたいか」

しっぽエルフ「はい」

男「ちょっと待ってろ」

男(俺は席を立って棚から小さな筒器を持ってくると、それに炭酸を少し注いで彼女に手渡した)

男「一気に飲むと良い。その方が面白い」

しっぽエルフ「はい」


ごくっ


しっぽエルフ「っ!?」

男「びっくりしたか」

しっぽエルフ「っ、けほっ、い、痛い……?」

男「これはそういう刺激を与える飲み物だ」

しっぽエルフ「そ、そうなのですか……」

男「毒は無いから安心しろ」

しっぽエルフ「……口と喉がちくちくします」

男「直に治まる」

男「……しかしそうか、お前たちは炭酸を知らないのか」

しっぽエルフ「はい……知りませんでした」

男「……」


男「……本当にな。知らないものだ」

しっぽエルフ「え?」

男「戦争が終わって平和になっても、俺たちは最低限より近寄ろうとしない」

男「だから互いを知らない」

男「ずっと昔には、手を取りあって生きていたらしいが」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男「……一度壊れると、どうしても直らないものもあるからな」

しっぽエルフ「……」

男「……」



しっぽエルフ「……きっとまだ、これからですよ」

男「ん?」

しっぽエルフ「あっ、ご、ごめんなさい」

男「いや、いい。どうした」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……あの、私……人間は、みんな怖いと思っていました」

しっぽエルフ「言うとおりにしないと、痛いこと、してくる人たちなんだって……思っていました」

男「……」

しっぽエルフ「……でも、あなたのような人がいて」

しっぽエルフ「私みたいな……半端者を、違う種族だからって、酷いことしないで……」

しっぽエルフ「こうやって、優しくしてくれる人もいるんだなって……」

男「……」

しっぽエルフ「町のお店の人たちだって、こんなに良い物を、私のために選んでくれて」

男「……」

しっぽエルフ「……私、嬉しかったです」

男(彼女は微笑んだ)

男(こいつが笑うのを、俺は初めて見た)



男(だが、違う)


男(こいつは知らないのだ)

男(俺がこいつを、恨みの捌け口にしようとして買ったこと)

男(俺は父を殺したコボルトが憎い)

男(こいつのことはもう恨まないが、もしも違うときに別の形で出会っていたら、俺は自分を抑えられただろうか)

男(こいつが俺に対して思っているような善人でいられようか)

男(それがわからない)

男(それに、こいつは知っているはずだ)

男(町を歩いているときに、自分に向けられた敵意ある視線を)

男(憎悪のこめられた囁きを)

男(全てではないが、無でもない、そうした負の思惑に、こいつは気づいていたはずだ)

男(……気づいていて、なお)

しっぽエルフ「……」

男(こいつは笑った)



男「……お前」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……いいや。何でも」

しっぽエルフ「?」

男(俺は彼女から目を逸らし、昼の最後の一片を口に突っこんだ)

男(そうして)

男(応えてやりたい、と……ふと、胸をよぎったその思いと、他の様々な思いとを、一緒くたに飲み込んだ)


―――家に続く道


男(陽がゆっくりと傾き始めた細道に、下半身の太った影が二つ)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(刈り入れの終わった麦畑が左手にがらんと広がっている)

男(時折吹く風は冷たく、冬の近づきを感じさせる)

しっぽエルフ「……っ」

男(冷たい風に身を縮めたところで、両手の重みに彼女の足は少しふらついた)

男「持つか?」

しっぽエルフ「いえ、大丈夫です」

男「そうか。落としたら怒るぞ」

しっぽエルフ「えっ」

しっぽエルフ「……ええと」

男(わざとそちらを見ないで言ってやると、見なくともわかるほど大いに狼狽えだした)

男(荷物と俺と、あちこちに視線を動かす様子が、少し可愛らしい)


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……うんと」

男「……」

しっぽエルフ「あの……この袋の半分、持ってくれますか……?」

男「わかった」

男(折衷案だろうか。差し出された布袋の片端を持ってやる)

男(しかしこれでは袋越しに繋がることになって、余計歩きにくいかと思って見ると)

しっぽエルフ「……」

男(ぱたぱたと尾が振れていた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(まあいいか、これで)



男(影は一体となって、秋の暮れ方の道をゆっくりと歩いていった)


 = = =

雰囲気が良いssだなー



 = = =


―――家 寝室


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……鳥が鳴いている)

しっぽエルフ(私が目を覚ますときは、早朝、白みゆく空に太陽が顔を見せる前)

しっぽエルフ(隣の寝台で眠るあの人を起こさないように……暖かくて清潔な寝床から、そっと抜け出す)

しっぽエルフ(ぶるっと思わず身震いしてしまうような、朝の空気)

しっぽエルフ(布団を畳んで)

しっぽエルフ(頂き物の服と、浴布と、櫛を持って、寝室を出る)



しっぽエルフ(居間は薄暗くて、涼しくて、しんと静か)

しっぽエルフ(息を潜めて、目覚めのときを待つ、たくさんの家具たち)

しっぽエルフ(私はこのときが好き)

しっぽエルフ(ごはんの時間の、次くらいに)



しっぽエルフ(お風呂場で、冷たい水を浴びて身を清める)

しっぽエルフ(あの人は、湯を沸かしてもいいと言ってくれたけれど)

しっぽエルフ(私しか使わないのに湯を沸かしたら、なんだか薪がもったいない)

しっぽエルフ(冷たい水は頭をしゃっきりさせる)

しっぽエルフ(それに、私は夢を見ているわけじゃないってことを、教えてくれる)

しっぽエルフ(今朝の水はひときわ冷たくて、冬の近づきを感じた)


しっぽエルフ(朝の身支度を終えたら、お掃除)

しっぽエルフ(私は料理はできないけれど、掃除ならできる)

しっぽエルフ(あの人に、手際が良くて上手だと褒めてもらった)

しっぽエルフ(……思い出すと、また、暖かい)

しっぽエルフ(水を汲んだ盥を二つと、布巾と、雑巾と、小さなはたきを用意して、準備万端)

しっぽエルフ(まずは自分の使ったお風呂場の拭き掃除から始めて、次は居間)

しっぽエルフ(私の背だと上の方までは届かないから、高い場所は椅子に乗ってはたきをかける)

しっぽエルフ(……前にあの人に、椅子に乗っていいかどうか聞いたとき、届かないなら逆立ちして尾ではたいたらどうだなんて言われた)

しっぽエルフ(ふん、だ)

しっぽエルフ(はたきをかけたら、拭き掃除)

しっぽエルフ(食卓まわりは布巾で、それ以外の場所は雑巾で。窓は後回し)

しっぽエルフ(最後に、床を雑巾がけする頃になると……)

男「……おはよう」

しっぽエルフ「おはようございます」

しっぽエルフ(あの人が起きてくる)

しっぽエルフ(そうしたら、お掃除はひとまずおしまいにして、一緒に朝ご飯を作る)


―――家 台所


男(尾を持つエルフとの生活を始めて、少し経った)

男(その中で、新たに知ることが多くあった)

男(例えば、コボルトは夜行性で、エルフは朝が早い)

男(だから彼女は夜眠る時間は俺よりも短く、代わりに昼寝をよくする)

男(コボルトは焼いたり干したりする食文化が豊かで、基本的に生食をしない)

男(エルフは漬け物、蒸し物、浸し物の食文化が豊かな代わりに、揚げるという調理の仕方を知らない)

男(他にも)

男(どちらの種族も、目や耳や鼻などの感覚が人間よりも鋭い)

男(エルフは清潔願望が強く、清掃や洗浄の道具が豊富で、髪の手入れを磨くと表現する)

男(音楽をこよなく愛する種族で、多種多様な楽器をもち、日常町を歩けば誰かの歌が聞こえるという)

男(コボルトは火を扱う技術が発達していて、蝋燭を取り替えずとも光り続ける灯器や、繰り返し使える火熾し針をもつ)

男(また、言葉を介さぬ意思疎通術に秀でており、喋りと身振りを合わせていっぺんに全く違う内容の情報のやりとりができるという)

男(……彼らは)

男(俺たちと殺し合わなければならない者たちだったのだろうかと)

男(知れば知るほど)

しっぽエルフ「……」

男(そして傍らのこいつを見るほどに、思う)



しっぽエルフ「あっ」

男「どうした」

しっぽエルフ「身が……皮ごと取りすぎちゃって」

男「……よこせ」

しっぽエルフ「……はい」


男「これは俺がどうにかしよう」

しっぽエルフ「……ごめんなさい」

男「練習あるのみだ。ほら、次」

しっぽエルフ「はい」

男「急いでやろうとしなくていい。丁寧にやっていれば、そのうち上達する」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……できました!」

男「上手だ。そうやってゆっくりやれ」

しっぽエルフ「はい」


くぅ~


しっぽエルフ「っ」

男「……お前の腹は待てないらしいな。少し急ぐか」

しっぽエルフ「……ご、ごめんなさい……」

ええな


―――家 居間


男「いただきます」

しっぽエルフ「いただきます」

男(今日の朝食は、卵焼きパンと、腸詰めと根菜の汁、そして少しの焼き菓子)

男(一部の根菜の歪な形に、努力のあとが垣間見える)

しっぽエルフ「おいしいです」

男「そうだな」

しっぽエルフ「とても」

男(背に隠れているが、振れている尾の先がちらちら見える)

男「……そういえば、お前、好き嫌いはないのか」

しっぽエルフ「食べもののですか?」

男「ああ」

しっぽエルフ「ないです、たぶん」

男「そうか。偉いな」

しっぽエルフ「……あなたは?」

男「俺は人参が嫌いだった。馬の餌だと思っていて」

しっぽエルフ「え、それなら、これ……」

男「昔の話だ。今はもう嫌いじゃない」


しっぽエルフ(朝ご飯の後片付けまでは一緒)

しっぽエルフ(それが終わると、あの人はお仕事を始める)

しっぽエルフ(居間の卓に色々なものが広がっていて、傍から見ればちょっとした露店)

しっぽエルフ(あの人は、繕い物や、軽い小物など、大掛かりにならない作業は家ですると言っていた)

しっぽエルフ(むしろ、そういった作業用の細かな商売道具は家に置いてあるらしい)

しっぽエルフ(……私の……その、下着を、すぐに作ってくれたのも、それ故なのだと思う)

しっぽエルフ(今日はここで仕上げたものを、午後には町に持っていってあの店で受け渡す、そういう約束になっているとのこと)

しっぽエルフ(だから私はちゃんと留守を守れるように、自分の仕事を頑張らないと)

男「……」

しっぽエルフ(……頑張らないと、いけないのに)

しっぽエルフ(つい、見入ってしまう)

しっぽエルフ(欠けたり破れたりしたものが、あの人の手によって元の形を取り戻してゆく様は、とても面白い)

しっぽエルフ(まるで魔法みたい)

しっぽエルフ(壊れたものを直すなんて、私は今まで考えたことがなかった)

しっぽエルフ(ものが寿命を迎えたら、それは土に還して、新しいものを使うのが、私たちの暮らしだったから)

男「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(ずっと見ていたいけれど……)

しっぽエルフ(居間で黙々と直しているあの人の邪魔にならないように、やり残したところの掃除を手早く終わらせて)

しっぽエルフ(次は寝室)


しっぽエルフ(寝室のお掃除は窓から)

しっぽエルフ(晴れた日は、綺麗にした窓枠に布団を掛けてお日様の光にあてる)

しっぽエルフ(寝台の布を取り替えるのは、畑に行けない、雨の日)

しっぽエルフ(それか、汚れが目立つようになってきたとき)

しっぽエルフ(今日は晴れているし、布が汚れてもいないから、布団を干したらすぐに拭き掃除)

しっぽエルフ(寝台の骨、箪笥、壁、それから、寝台脇の小机)

しっぽエルフ(いつも自然と最後に回してしまう、小机)

しっぽエルフ(小机の上にはあの人の日記帳がある)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(ちょっと気になる……けれど)

しっぽエルフ(私は頭を振って、最後の仕上げに床磨きをする)

しっぽエルフ(やり残しがないか確認したら、今度は外の畑に出る)


しっぽエルフ(畑でやることは、この季節にはあまりない)

しっぽエルフ(でも、毎日様子を見ることは大切、らしい)

しっぽエルフ(土の色。土の匂い。空気の匂い。手触り。足触り。地中の声)

しっぽエルフ(畑が今日も元気かどうか)

しっぽエルフ(私たちは人間よりも感覚が鋭いから、そうした違いに気づきやすい)



しっぽエルフ(私たちは、畑の具合が悪くなると、別の場所に畑を移す)

しっぽエルフ(もとの畑はしばらく放っておいて、自然に元気になるのを待つ)

しっぽエルフ(対して人間は、その畑を治そうとする)

しっぽエルフ(私も畑の治療のやり方を、いくつか教えてもらった)



しっぽエルフ(あの人の畑は、ずっと大事にされていたようで、いつも元気がいい)

しっぽエルフ(だからおいしい野菜がとれるのかな)

しっぽエルフ(私は畑の土に、自分の手をそっと埋める)

しっぽエルフ(この場所は、外なのに……不思議と寒くない)


しっぽエルフ(畑から戻ったら、お風呂場で水を浴びてさっぱりして、それから寝室へ行く)

しっぽエルフ(良い具合にふわりとした布団を取りこむ)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(午前の心地よい陽気) 

しっぽエルフ(ひやりと鼻腔をくすぐる微風)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……ちょっとだけ)

しっぽエルフ(ちょっとだけ、と言い訳して)

しっぽエルフ(私は今日も、取りこんだばかりの布団の中に潜る)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(暖かくて、幸せ)


―――家 寝室


男「……」

しっぽエルフ「……zzZ」

男(……寝ている)

男(昼時が近づいてきたので、仕事を切り上げて来てみれば、こいつはやはり寝室にいた)

しっぽエルフ「……zzZ」

男「……」

しっぽエルフ「……zzZ」

男(眺める)

男(出会ったとき、青ざめて痩せていた頬は……今、朱が差していて柔らかそうだ)

男(こうして、静かな寝息を聞き、無防備な寝顔を見ると……)

男「……」

男(……何だろうな、この思いは)

しっぽエルフ「……zzZ」

男「……」

男(布団の上から、彼女の肩にそっと手を置き、揺する)

男「おい、起きろ」

しっぽエルフ「ん……」

男「昼だ」


しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……昼ごはん」

しっぽエルフ「はっ」

男(起きた)

しっぽエルフ「ご、ごめんなさい、すぐ起きま……ふあぁ」

しっぽエルフ「……」

男(あくびに言葉を遮られた彼女は、とてもばつが悪そうな顔をした)

男(それを見て、とうの昔に置いてきた悪戯心が顔を出す)

男「眠いか。それならもっと寝ていてもいいぞ」

男「昼は抜きになるが」

しっぽエルフ「いやです、起きますっ」

男「それじゃ」


しっぽエルフ「待ってください!」


男(飛び跳ねるように身を起こす慌てぶり)

男(去ろうとした背に、手が伸びる)

男(伸ばした手は俺の体を捕らえそこねて、彼女の上半身はそのまま寝台の外に落ち――)

男「危ない」

男(――そうになったところで俺はその手を掴んだ)

男「何やってるんだお前」

しっぽエルフ「あ、ありがとうございます……」

男(……妙にぬくいな)


―――家 居間


男(昼食のあとで茶を飲む)

男(向かいでは彼女が両手で筒器を持って、息を吹いて冷ましていた)

男「そんなに熱いか?」

しっぽエルフ「はい」

男「そうか」

しっぽエルフ「どうしてこんなに熱いもの、ごくごく飲めるのですか?」

男「ごくごく飲んでないからだ」

しっぽエルフ「?」

男「ちびちび飲んでいる」

男(言って筒器を傾けると、彼女も真似をするように啜った)

しっぽエルフ「良い香りですね」

男「わかるか」

しっぽエルフ「はい。もちろん」

男「鼻の利く相手に、愚問だったな」

しっぽエルフ「まあ、あの、そこそこ……」


男「そこそこ程度ではないだろう」

しっぽエルフ「……本物のコボルトと比べたら、私の鼻は鈍いですから」

男「だとすると、俺たちは鼻が無いようなものか」

しっぽエルフ「いえ、あの、そういうつもりじゃ……なくて、あの……ごめんなさい」

男「そう困るな。冗談だ」

しっぽエルフ「冗談……」

男「ああ。真に受けたか?」

しっぽエルフ「……いいえ」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……実はこの茶には地蜘蛛が入っている」

しっぽエルフ「んぐっ! えほっ、うえっ」

男「今のも冗談だ」

しっぽエルフ「!?」

男「悪い、そうまでむせ返ると思わなかった。大丈夫か?」

しっぽエルフ「い、意地悪です」


しっぽエルフ「人間は、あれを食べるのかと……」

男「まさか。意地悪ついでにもう一杯飲むか、まだ残っているが」

しっぽエルフ「……いいです」

男「なら俺が飲もう」

男(火かけ瓶を掴むと、彼女が手を伸ばしてきた)

しっぽエルフ「あっ、私が淹れます」

男「頼んだ」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「地蜘蛛入りですよ」

男「俺には効かん」

男(筒器を傾けながら向かいを見ると、彼女は心なしか拗ねた顔をしていた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(色々な表情を見るようになったものだと思う)

しっぽエルフ「……」


男(一服して、直した品を町へ持って行く前に少しばかりぼーっとしていると、向かいの彼女は指遊びを始めた)

男(絡めたり、解いたり)

男(しまいには指の足がとことこと卓上を歩く)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(卓の縁や傷跡を歩いた指の足は、やがて俺の手を見つけた)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(覗うような視線に気づかぬふりをする)

しっぽエルフ「……」

男(指の足は二の足を踏んでいる)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「食った」

しっぽエルフ「っ」

男(こちらから包むように捕まえてやると、指の足はびくりと震えた)

男(何故だろうか、何となく熱い)


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(ぱたぱたと指を波立たせると、彼女の指がそれを追ってくる)

男「……」

男(ふと顔を見れば、彼女は幼子のような笑みを浮かべていた)

男(母に甘える幼子のような)

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(掌を相手の掌の上に乗せると、向こうも負けじと乗り返してくる)

男(そうしていると、俺の脳裏にはまた、過ぎ去った日々の光景が浮かんで、目の前の彼女と重なって)

男(そして消えた)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(……そうだ)

しっぽエルフ「……」

男(こいつのことを、まだきちんと紹介していなかった)

男(……紹介、しないとな)


しっぽエルフ「暑い……」

男「?」

男(ふいに、呟きが聞こえた)

男(目の前では、とろんとした瞳で、夢でも見るかのような表情で指を動かす……)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「おい」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男(そっと、彼女に向けて手を伸ばす)

男(最初は椅子から転げ落ちる勢いで逃げられたものだが、今度はそんなことはなかった)

しっぽエルフ「?」

男(指先を押しつけた額は、なるほど熱かった)

男「お前」

しっぽエルフ「……はい」

男「立て」

しっぽエルフ「……え?」

男「風邪引いただろう」


―――家 寝室


しっぽエルフ「……」

男(布団に寝かせて、探して引っぱり出してきた水枕を、頭の下に敷く)

男(彼女は黙って、されるがままになっていた)

しっぽエルフ「……」

男「体のどこかが痛いか」

しっぽエルフ「……いえ……」

男「熱だけか」

しっぽエルフ「……はい」

男(薬……はやめておこう。しばらく休んで治まるならそのほうがいい)

男(いや、一応出しておくか? 俺が町へ行っている間に悪化しないとも限らない)

男(それから、夕飯を消化の良いものにして……)

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「……ごめんなさい……」


男「どうして謝る?」

しっぽエルフ「その」

男「……」

しっぽエルフ「迷惑をおかけして……」

男(ああ、そういう意味か)

しっぽエルフ「……」

男「こういうことは、お互い様だ」

しっぽエルフ「お互い様……」

男「俺なら、水浴びをしたあとによく拭かなかったせいなんて、阿呆な風邪の引き方はしないが」

しっぽエルフ「……怒ってますか?」

男「少しな。エルフやコボルトの文化は知らないが、お前らはその体だ。濡れたままがよくないのは見ればわかる」

しっぽエルフ「浴布が……乾かなくて、その……」

男「なら新しいものが欲しいと言えばいいだろう。どうして黙ってた」

しっぽエルフ「っ」

男「……」

しっぽエルフ「……ぅ、ごめん、なさい……」

男「泣くな」

男(しまった、と思った)


男(目を潤ませる彼女の姿に、後悔が湧く)

男(少し逡巡したが、俺は寝台の脇に屈み、できるだけ優しい声が出るようにして)

男「お前に怒っているわけじゃ……いや、お前に怒っているんだが」

男「お前が憎いわけじゃない、と言えばいいのか」

しっぽエルフ「……」

男「悪かった、あんなふうに言う必要はなかったな」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(彼女はぱちぱちと瞬きをする)

しっぽエルフ「……」

男(やがて、そろそろと手を伸ばして、恐る恐るといったふうに、両手で俺の服をつまんだ)

男(それから、ぎゅっと、目と指を閉じる)

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……嬉しい、です」

男「ん?」

しっぽエルフ「……」


男(ぽんぽんと布団を叩くと、彼女はまた目を開けた)

男「俺はこれから町へ行って、品物の受け渡しをしてくる。すぐ戻るから、それまで大人しくしていろ」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「手を離せ」

しっぽエルフ「……」

男「すぐに帰ってくる」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(言葉を重ねずに待っていると、ゆっくりと少しずつ、指が離れていった)

男「いい子だ」

しっぽエルフ「……」

男「寝てな。目が覚める頃には、きっと帰ってきているから」

しっぽエルフ「……お、お気をつけて」

男「ああ」


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……静か)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……あの場所の、誰も彼もが息を潜める静けさと違って、本当に誰もいない静けさ)

しっぽエルフ(私以外に、誰も)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(朝も静かだけれど、いつもなら横を見ればあの人がいる)

しっぽエルフ(今は……首を回らして隣を向いても、がらんとした寝台があるだけ)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……寂しい)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(我慢、我慢)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……早く帰ってきてほしい)


しっぽエルフ(……寝てな、と言われたのを思いだして、目を閉じる)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……頭をよぎるのは、これまでのこと……昔のこと)

しっぽエルフ(戦争の爪痕を草花が少しずつ隠してゆく里の景色と、妖と獣、二つに別れて広場で遊ぶ子供たちの姿)

しっぽエルフ(私はそのどちらにも、混ぜてもらえなかった)

しっぽエルフ(遠くから見ていたら、泥玉を投げられて追い払われたこともある)

しっぽエルフ(逃げた森で迷子になって、そのまま夜がきて……でも、誰も探しに来てくれなかった)

しっぽエルフ(朝になって、自力で家に戻ったときの、母の言葉……)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(じわりと涙が浮かぶのを感じて、急いで引っこめる)


しっぽエルフ(父の顔は知らない。母が私を身籠もったと知って、どこかへ行ったらしい)

しっぽエルフ(母は私を売った。私が、奴隷商の扱う年齢に達した、その日に)

しっぽエルフ(私を連れていったのは人間だった)

しっぽエルフ(人間なら、エルフでもコボルトでもない私と、一緒にいてくれるかもしれないと、少しだけ期待した)

しっぽエルフ(とんだ思い違いだったけれど)

しっぽエルフ(そうして初めてできた私の居場所は、暗くて)

しっぽエルフ(寒くて)

しっぽエルフ(汚れていて)

しっぽエルフ(痛くて)

しっぽエルフ(お腹が空いて)

しっぽエルフ(……でも、初めての私の居場所だから、少しでも綺麗にしたくて、掃除をした)

しっぽエルフ(そうしたら、糞尿を撒かれた)

しっぽエルフ(ついでのように、痛いこともされた)


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(嫌だ)

しっぽエルフ(嫌なことばかり、思い浮かぶ)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……手」

しっぽエルフ(私は布団から手を出して、見つめた)

しっぽエルフ(さっき、あの人の手に、私の手は食べられた)

しっぽエルフ(何度か触れた、あの人の手の感触)

しっぽエルフ(私の手より大きくて、温かくて、ここに来た最初の夜に私の背を優しく撫でてくれた手を思い出すと……)

しっぽエルフ(きゅう、と、体の奥底が締まるような寂しさがまたこみ上げてきた)


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(少し体を動かしてみると、いくらか楽になっていた)

しっぽエルフ「……しょ」

しっぽエルフ(ゆっくり、体を起こす)

しっぽエルフ(……隣には、あの人の寝台)

しっぽエルフ(小机の上には、あの人の日記帳)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(いけないことだと、わかっていたけれど)

しっぽエルフ(匂いでも、文字でも、とにかくあの人の名残を探して)

しっぽエルフ(私と一緒にいてくれる人を、少しでもこの身の近くに感じたくて)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(私は、自分の寝台を降りて、隣の寝台に這い上って……)

しっぽエルフ(小机から、日記帳を拾う)

しっぽエルフ(表紙に手をかける)



しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……いけないことだと、わかっていたけれど)


『殺す』



『よくも父さんを』

『殺してやる』

『あの畜生共』

しっぽエルフ「っ」

しっぽエルフ(開いた瞬間、目に飛びこんできたのは、怨嗟の言葉)

しっぽエルフ(紙に少し皺ができていて、文字が水に滲んだあとがあって)

しっぽエルフ(言葉は切羽詰まって乱雑で)

しっぽエルフ(肌を刻んで血を流して書いたような……そんな、痛々しい)

『必ず復讐する』

『絶対に』

『コボルトの――』

しっぽエルフ「……」


しっぽエルフ(私は日記帳を閉じた)

しっぽエルフ(それを元あった場所に戻して、私も元あった寝台に戻って)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(仰向けになって天井を眺めていたら、ふいに天井が滲んでぼやけた)


しっぽエルフ(見るんじゃなかった)

しっぽエルフ(あの人が抱えているものを、こんな形で知るんじゃなかった)

しっぽエルフ(こんな……)

しっぽエルフ(そういう思いが、こんなだなんて、思ってなかった)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……苦しい)

しっぽエルフ(胸が苦しい)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(あの人の言葉が、次から次へと浮かんでは消える)

しっぽエルフ(あのときも)

しっぽエルフ(あのときも)

しっぽエルフ(あの人は何を考えていたんだろう)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(あの人は)

しっぽエルフ(どうして、私を……)


―――


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(置いていかれる)

しっぽエルフ(私の記憶の中の色々な顔が、私を置いて先へ行ってしまう)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(足が痛い)

しっぽエルフ(見れば、私の足首には重い枷がかけられている)

しっぽエルフ(もう動けない)



しっぽエルフ「!」

しっぽエルフ(あの人がいる)

しっぽエルフ(嬉しく思ったのも束の間、あの人は私に背を向けて……歩いていってしまう)

しっぽエルフ「……っ」

しっぽエルフ(待って)

しっぽエルフ(待って、と叫びたいのに、何故か声が出ない)

しっぽエルフ(足を必死で動かそうとするけれど、追いつかない)

しっぽエルフ(追いつけない。置いていかれる)

しっぽエルフ「……!」

しっぽエルフ(待って)

しっぽエルフ(気づいて)

しっぽエルフ(こんなにも思っているのに、声にならない)

しっぽエルフ(遠ざかる後ろ姿が、涙でぼやける)

しっぽエルフ(お願い、待って!)

しっぽエルフ(置いていかないで!)

しっぽエルフ(私の手を――)


―――家 寝室


しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……夢)

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(どこまでが夢?)

しっぽエルフ(ぼんやりと思って……ふと、私の片手が何かを握っていることに気づいた)

しっぽエルフ「……」

男「起きたか」

しっぽエルフ「あ……」

しっぽエルフ(あの人の手だった)

男「少しうなされていたが、また悪い夢を見たか?」

しっぽエルフ(気づけば私の額に、冷たい布が乗せられている)

男「食欲はどうだ。菜っ葉の薬草粥を作ったから、食べられそうなら持ってきてやる」

しっぽエルフ(顔は無愛想だけど、優しい言葉をかけてくれる)

しっぽエルフ「……」

男「……」


しっぽエルフ「……ぅ」

しっぽエルフ(何度目だろう。涙が滲んで、私はあの人の手を抱いた)

しっぽエルフ(額の布がずり落ちたのを、あの人が取ってくれる)

しっぽエルフ(私はそのまま、自分の額をあの人の手に押しつける)

男「なんだお前、そんなに心細かったか?」

男「それとも、具合が悪くなったか?」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(寝たまま首を振って、さらにぎゅっと)

男「……」

しっぽエルフ「……」



しっぽエルフ(治りますように)

しっぽエルフ(私に優しくしてくれるこの人の傷が癒えますように)

しっぽエルフ(私が嫌な思いをするだけなら、きっと耐えてみせるから)

しっぽエルフ(この人が嫌な思いをすることが、二度とありませんように……)


 = = =


こんなにすぐ懐くもんなのかね

掃除がルーチンワークになるくらいには一緒にいるはず

長々と文章で書かずとも、行間で時間が経過していると思えるなら良し。

復讐したい→わかる
相手種族の血が混ざったハーフ奴隷買おう→わかる
奴隷の性別は女にしよう→は?

>>110
女なら抵抗されても余裕で殺せる→わかる

まあその結果情がわいちゃったのは仕方ないね。男と女だからね。

女なら犯せるしな

奴隷の心変わりが早い、男の方も憎シミがどうの言ってる割にそうでもない
この手のSSなんて大体はこんなもん


 = = =


―――修理屋


男「……」

男(この留め具が馬鹿になっているのか……外してしまおう)

男「……」

男(形はこれだから……よし、ある分で代用できるな)

男「……」

男(戸の開閉に問題はなし、大分よくなった)

男(……一息つくか)

しっぽエルフ「お疲れさまです」

男「……今日は無事に淹れられたか?」

しっぽエルフ「はいっ」

男(俺は湯気の立ち上る筒器の置いてある、長椅子の方へと移る)

男(近頃、彼女はこうして、休憩の時間を見計らって茶を淹れてくれる)

男(料理をするにはこの店の流し場は狭いので、茶請けは行きに買ったもの)

しっぽエルフ「そういえば、今日は町がなんだかそわそわしていましたね」

男(隣を見ると、彼女は菓子をつまむ右手と手皿の左手とで、俺と全く同じ恰好をしていた)

男「今日は生誕祭だからな」

しっぽエルフ「生誕祭というと……何かが生まれた日を祝うのですか?」

男「何かというか、国王というか」


しっぽエルフ「ふうん、そうなのですか」

男「人間の文化だと、誕生日は祝うのが一般的だ。身分の高い人のものほど催しが盛大になる」

しっぽエルフ「なるほど……」

男「エルフやコボルトだと違うのか?」

しっぽエルフ「そうですね、誕生日を祝う文化があることにはありますが、あまり特別な行事ではないです」

男「少し意外だ」

しっぽエルフ「……長命な種族だからでしょうか? 私たちは人間よりも、時の流れを早く感じるそうですし」

男「なるほど。本で読んだか」

しっぽエルフ「本で読みました」

男「棚の二段目にあっただろう」

しっぽエルフ「はい。ちゃんと元あった右から四番目に戻しましたよ」

男「お前は勉強熱心で偉いな」

しっぽエルフ「えへへ」

男「俺がお前くらいのときは、勉強が嫌でよく畑に逃げていたのに」

しっぽエルフ「いけない人ですね」

男「昔の話だ」


男「祭りの日の町は賑やかで雰囲気が良いから、片付いたら行ってみるか」

しっぽエルフ「はい。楽しみです」

男(彼女は、ぺろ、と菓子の粉の付いた指を舐めた)

男(そんな仕草は初めて見るはずなのに、どこか懐かしい感じがする)

男(菓子の袋の中に入っていた手拭き紙を渡してやると、照れた顔をした)

しっぽエルフ「……町を挙げてお祝いをするなら、王様は町の人みんなにお返しをしないといけなくて、大変ですね」

男「……お返しか」

しっぽエルフ「ありませんか?」

男「そもそも誕生日祝い返しという話を、あまり聞かないが」

しっぽエルフ「……不思議ですね。人間は私たちよりも誕生日を祝うけれど、誕生日のお祝いにお返しはしないのですか」

男「たとえそれが一般的だったとしても、国王はそこまで手が回らないだろう」

しっぽエルフ「どうして?」

男「自分で言っただろう、大変だからだよ。あるいは、この祭りこそが、町人たちからの国王へのお返しとも言えるからな」

しっぽエルフ「何のお返しですか?」

男「国を治めるということは、それだけ大変なんだ。戦争も起こるし」

しっぽエルフ「……なるほど」

男(次々と質問をしてくる彼女の顔は幼く見えたが)

男(黙ってゆっくり筒器を傾ける彼女の横顔は、少し大人びて見えた)


―――町中


男(仕事を終えて町へ出ると、そこかしこで楽しげな音楽が生まれていた)

男(隣を見ると、彼女は目を輝かせている)

男(尾も振れている)

しっぽエルフ「素敵ですねっ」

男「祭りらしいな」

しっぽエルフ「あの色とりどりの出店は、何を売っているのですか?」

男「手編みの防寒具だ」

しっぽエルフ「ぼうかんぐ?」

男(棒読みだった)

男「お前には馴染みがないか……寒さを防ぐという意味だ。今でも寒いが、いずれこの町はもっと寒くなる」

しっぽエルフ「雪も降りますか?」

男「大抵は」

しっぽエルフ「一度、雪で遊んでみたかったんです」

男「そうか。……おっと、こっちの通りはより派手だな」

しっぽエルフ「わあ……すごい眺め。極楽鳥の巣みたい」

男「見ていくか。雪遊びをしたいなら、備えておかないと」

しっぽエルフ「はい!」


しっぽエルフ「この帽子、不思議な形をしていますね」

男「それか……北の方の民族の伝統的な衣装らしいが」

しっぽエルフ「ふわふわがついていて、かわいい……」

男「その類いの帽子なら、こっちにもあるぞ」

男(呼ぶと、彼女はぱたぱたと足音を立てて寄ってきた)

しっぽエルフ「柔らかくて気持ちいい……これは春兎の毛ですね」

男「春兎? 盗人兎のことか?」

しっぽエルフ「ええと、そうも言うのでしょうか? 毛が薄茶色で、耳が丸く、鞠のようによく跳ねる人懐こい兎です」

男「それなら盗人兎だ。お前たちは春兎と呼ぶのか」

しっぽエルフ「春兎がつがいで跳ねると春が来る、と言われていまして」

男「風情があるな」

しっぽエルフ「盗人兎、の由来は何ですか?」

男「野原で食事をしていると、弁当をかっさらっていくから」

しっぽエルフ「ああ、たしかに、そういう話はありますね」


しっぽエルフ「なら、この……こっちの冬兎のことも、人間は別の呼び方を――」

男(彼女が別の帽子を手に取り、言いかけたとき)

?「……」



ドンッ



しっぽエルフ「きゃっ」

男(俺たちの脇を通った誰か……見たところ若い男、が、通り過ぎざま、彼女に肩をぶつけていった)

男(故意だ)

男(突き飛ばされた彼女は、屋台にもう片方の肩をぶつけ、そのまま尻餅をついた)

男(売り物の帽子を落とさぬよう、しっかと胸に抱いて)

しっぽエルフ「っ」

男(俺は急いで膝を折る)

男「大丈夫か」

しっぽエルフ「は、はい……」

男「お前、何のつもりだ――」

男(ひとまずの無事を確認してから、振り返りつつ立ちあがろうとした俺を)

しっぽエルフ「……」

男(無言で服を掴むことで、彼女は引き止めてきた)


しっぽエルフ「大丈夫です、私」

男「いや、しかし」

しっぽエルフ「喧嘩するのは、やめてください」

男「……」

しっぽエルフ「そばにいて……ください」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(しばし釈然としない思いがよぎったが、その少しの逡巡の間に、相手は雑踏の中へ消えただろう)

男「……」

男(一度目を瞑る)

男(彼女のぶつけられた肩とぶつけた肩、両方に手を添えて立たせた)

男「痛まないか?」

しっぽエルフ「大丈夫です」

男(そうやって薄く微笑まれても、肩が縮んでいるようでは……)

男(その肩をぽんぽんとさすってやる)

男「大丈夫なんだな」

しっぽエルフ「はい」

男(返事をすると気が抜けたらしく、彼女は息を吐き、彼女の尾はふわりと揺れた)

しっぽエルフ「よかった、売り物落とさなくて」

男「……」

男(俺は自分の手を見る。拳を握って、また開く)

男(こいつと出会ったあの日から、薄々考えるようになっていたが……恨みを晴らすということは)

男(きっとこういうことなのだろう)


男「……」

しっぽエルフ「……」

男(広場に近づくと、音楽がひときわ盛り上がって聞こえる)

しっぽエルフ「たくさんの笛の音がします」

男「ああ」

しっぽエルフ「私も笛は吹けるんですよ。エルフの特技です」

男「そうなのか。なら、今度聴かせてもらおう」

しっぽエルフ「はい。でも、人間の笛は触れたことがないので、上手く吹けるかはわかりませんけど」

男「楽器にも色々あるからな。たとえば今そこで演奏しているのは雨粒の笛という」

しっぽエルフ「鈴の音みたいですね」

男「向こうから聞こえてくるのはせせらぎの笛と……葉擦れの笛かな」

しっぽエルフ「外れの笛?」

男「葉が擦れるほうの葉擦れだ。何と間違えているのかは察しがつくが……」

男(そのはずれだったら楽器には致命的だな)


~ ~ ~♪


しっぽエルフ「あそこの人が吹いているのは……」

男「親鳥の笛」

しっぽエルフ「親鳥?」

男「見てみろ。中から先端にかけて小鳥の形をしていて、象った鳥の羽根が差してある。もう少し小ぶりの雛鳥の笛と合奏することが多いな」

しっぽエルフ「……素敵な笛ですね」

男「……」

しっぽエルフ「……? どうかしましたか?」

男「……いや、懐かしい曲だと思って」

しっぽエルフ「この曲ですか?」

男「ああ。この曲は子守唄なんだ。母がよく歌ってくれた」

しっぽエルフ「思い出があるんですね……」

男「そうだな」

しっぽエルフ「……少し、聴いていませんか?」

男「……そうしようか」


男(演奏が終わり、周囲より一段高い演奏台に立っていた演奏者は、一礼して台を降りた)

しっぽエルフ「……」

男(次の演奏者が出てくる気配はない)

しっぽエルフ「もうおしまいですか?」

男「そのうち誰か出てくるだろ」

しっぽエルフ「?」

男「ああ、そうか。あのな、広場の演奏はきちんと予定が組まれているが、こういう街角の演奏台では、誰でも好きに演奏ができるようになっているんだ」

しっぽエルフ「演奏台なのに?」

男「ん? どういう意味だ?」

しっぽエルフ「ごめんなさい、あの、エルフの里では、ああいうふうに一段高い場所で楽器を奏でられるのは、特別に腕前を認められた人だけなんです」

男「許可がいるのか」

しっぽエルフ「はい。目立つ場所で吹くなら、皆のお手本になれるように、ということで……。それでも、ひっきりなしですけど」

男「それだけ音楽が盛んなんだな」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……お前、笛が吹けると言ったな。あそこに立ってみるか?」

しっぽエルフ「え」


男「ちょうどそこに笛を売っている屋台が」

しっぽエルフ「えっ、あのそんな、あの」

男「心配しなくとも、今日はお祭りだから、上手い下手は関係ない」

しっぽエルフ「……えー……」

男「ほら、こっちに来て見てごらん。好きなものを選んでみな」

しっぽエルフ「……見たことのない笛ばかりです」

男「吹けそうなものはあるか?」

しっぽエルフ「えーっと………………」

男「……」

しっぽエルフ「あ……これ、可愛い」

男「つい今しがた話した雛鳥の笛だ」

しっぽエルフ「穴の数が9つで……さっきの人の指使いと同じなら……きっと、これなら」

男「それがいいか?」

しっぽエルフ「はい」

男「この笛、もらいたい」

屋台店主「雛鳥の笛か、まいど。吹くのはそっちの子か?」

男「そうだ」

屋台店主「なら可愛いお嬢ちゃんに免じて、おまけだ、この紐もやろう。端に通せば首にかけられる」

しっぽエルフ「綺麗な柄ですね。ありがとうございます」


男「……おまけというか、本当はそこまで商品のうちなんだろうが」

しっぽエルフ「はい?」

男「なんでもない」

男(街角の演奏台には今、誰も立っていない)

男(先ほどまでの演奏を立ち止まって聴いていた人々も、次の演奏者が出てこないと知ると三々五々に散らばってゆく)

男「今なら吹き放題だぞ」

しっぽエルフ「吹き放題って……」

男(彼女は首から提げた新品の笛を、ぎゅうと胸に抱きしめている)

しっぽエルフ「あの……」

男「ん」

しっぽエルフ「本当に大丈夫でしょうか? 私が、あんなに目立つ所に立って……」

男「もちろん。俺がついているからな」

しっぽエルフ「……」

男「お前は気にするなと言ったが、お前が肩をぶつけられてただ堪え忍ぶだけでいるのは、俺はどうも面白くない。返礼してやれ」

しっぽエルフ「……」

男(目をぱちくりされた)

男「どうした」

しっぽエルフ「いえ……」

男(それから彼女は、得心がいったというふうににこりと笑った)

しっぽエルフ「わかりました。やってきます。……ちゃんと聴いていてくださいね?」

男「ああ」


しっぽエルフ「……」

男(彼女は笛を手に演奏台に登る)

男(尾がぴんと立っている。尾も緊張するのだろうか)

しっぽエルフ「……」

男(町行く人々が足を止める。中には二度見する者もいた)

しっぽエルフ「……」

男(彼女が一礼すると、ざわざわと、囁き合う声がそこかしこで飛んだ)

男(集中する視線は、必ずしも好意的なものではなかった)

男(それはそうだろう。ここは人間の町だ)

しっぽエルフ「……」

男(そこで俺を見られてもな)

男「……」

男(構わず吹けと身振りで示すと、彼女は笛を持ち直す)

しっぽエルフ「……」

男(二、三の、試し吹きの音が角を曲がって転がってゆく)

男(一息挟んで)

しっぽエルフ「……」

男(笛に唇をつけた)


~ ~ ~ ~♪


男(出だしから、おお、と思った)

男(軽やかな旋律だ)

男(青空を飛ぶ小鳥の羽ばたき……を聴く者に想起させるような)

男(彼女の指が素早く動くのに合わせて、音が上がり下がりする)

男「……上手だ」

男(本当に)

男(思わず声に出てしまうくらいに)

男(練習もなしにここまで吹けるものなのか)

男(また観衆の間からざわめきが起こったが、今度は明らかに種類の違う、感嘆のざわめきだった)

しっぽエルフ「……」

男(彼女は笛を吹くのに一生懸命で、聴衆の反応に気づいていないらしい)


~ ~~ ~ ~♪


男(暗転……いや、墜落するような険しい音色に変わった)

男(飛んでいた小鳥が捕まったのか……いや、これは別れだろうか)

男(最初の旋律と似た、しかしそれよりも暗く不規則な旋律が紡ぎ出される)

男(小さな笛の高音ながら、大した迫力がある)

男(雛鳥の笛は、こんな音も出せる楽器なのか)

?「……すごい」

男(誰かが、ぽつりと呟くのが聞こえる)

男(全く同じ思いだ)


~ ~ ~ ~♪


男(そして、最初の旋律が戻ってきた)

男(さらに優しく、ゆっくりと落ち着いたものに変わってゆく)

男(思い起こされるのは、豊かな森と故郷への憧憬)

男「……」

男(ふと周りを見ると、人だかりが膨らんで街路を塞がんばかりになっていた)

しっぽエルフ「……」

男(演奏に夢中な彼女はやはり気づいていない)

男(旋律は静かに流れる)

男(梢からこぼれ落ちる陽光のように、さらさらと音楽は溶けて、薄れてゆき……)

男(最後に、きらめく小鳥の囀りを残して終わった)

しっぽエルフ「……」


しっぽエルフ「えっ」

男(吹き終えて、ようやく辺りの様子に気づいた彼女は、予想以上の数の聴衆に驚いたようで、踵を引いた)

男(そのまま逃げるように演奏台を降りようとする彼女に)

?「嬢ちゃん、見事なもんだな!」

?「よかったよー」

男(ぱらぱらと、拍手と口笛で賞賛が贈られる)

しっぽエルフ「え、えっと」

男(ぺこりと一礼)

男(笛を抱いて面白いほどおろおろしている)

?「もう一曲吹いてくれよ」

男(観衆の誰かが言い、そうだそうだと何人かが囃す声が続いた)

しっぽエルフ「……」

男(困ったようにこちらを見るので、頷いてみせると、彼女はまた笛を構えた)



~~ ~♪


男(演奏が始まる)


―――


しっぽエルフ「どうでしたか?」

男(演奏台から降りた彼女は、嬉しそうな顔をしてそう訊いてきた)

男(彼女の演奏はなかなかの賑わいをもって迎えられ、結局は全て合わせて4曲も演奏することになった)

男(彼女はきっと、観衆の色眼鏡を掛け替えさせることに成功しただろう)

男(立派なものだ)

しっぽエルフ「いっぱい気持ちをこめて吹いてみました」

男「ああ。とても良い演奏だった。また聴かせてくれ」

しっぽエルフ「はい!」

男(彼女は輪をかけて嬉しそうな顔をする)

男(そんな顔をされてしまうと……)

しっぽエルフ「やっぱり、ありがとうございます。その……いろいろ」

男「……どういたしまして」

しっぽエルフ「……ふふ」

男(尾が振れている。俺を見上げる顔がはにかんでいる)

男「……」

男(この、不思議な感覚)

男(前は、多種族の、特にコボルトの獣のような見た目が、見るたび苦痛だったのに、今の俺は……)

しっぽエルフ「この笛も、大事にしますね」

男「……」

しっぽエルフ「……?」

男「少し、いいか」

しっぽエルフ「はい」



男「お前に、来てもらいたい場所がある」


―――修理屋


しっぽエルフ(この町は、私の生まれた里よりも冬が寒い)

しっぽエルフ(だから私は、かつて知らずにいた、防寒の格好というものをする)

しっぽエルフ(柔らかい帽子)

しっぽエルフ(足を覆う靴下)

しっぽエルフ(編まれた手袋)

しっぽエルフ(あの人が私にくれた、いくつもの暖かいものを身につける)



しっぽエルフ(これから、会いに行くのは、あの人のご両親)

しっぽエルフ(落ち着かない)

しっぽエルフ(少し怖い。緊張する)

しっぽエルフ(ご両親は既に亡くなっているらしい)

しっぽエルフ(詳しいことは知らない、でも)

しっぽエルフ(一人残されることを、あの人も知っているんだ)



男「準備はできたか」

しっぽエルフ「はい。お待たせしました」

男「では、行こう」


―――細道


男「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(石ころだらけの細道が長く続く)

しっぽエルフ(風は冷たいけれど、帽子に、手袋に、靴下に、私の体はとても暖かい)

男「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(前を歩く背中を、私は急ぎ足で追いかける)

しっぽエルフ(あの人が何を考えているのか、もっとよくわかるようになりたい)

しっぽエルフ(どうせ買うのに、どうして私のような、他種族の混ざりものを選んだのだろう)

しっぽエルフ(家の仕事をさせるだけなら、できることのほうが少ない私は……)

男「……」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ(……後悔されていないか)

しっぽエルフ(優しくされるたびに不安になる)



男「突然で悪いな」

しっぽエルフ「い、いいえ」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「もうすぐだ」


―――墓地


男(町外れの教会裏の丘に、小さな共同墓地がある)

男(丘を一周囲む白木の柵は、数カ所が開閉するようにできている)

男(錠の下ろされていない柵を開け、墓碑の間を縫うように、寂しい草地を登ってゆく)

男(やがて)

男「……」

男(俺たちを待つ、二つ並んだ灰色の墓碑のもとへ)

男(俺たちはやってきた)



男「……」

しっぽエルフ「……」

男(見上げる目に、頷きを返す)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(膝を降ろすと、隣で同じようにする気配があった)

男(二人の上に、俺は静かに花を添えた)


男「……」

男「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

男「……父さん。母さん」

男「俺は変わらず元気でやっているよ」

男「……」

男「……今日は二人にこの子を会わせようと思って、来たんだ」

しっぽエルフ「……」

男「……今、俺はこの子と暮らしている」

しっぽエルフ「……」

男「驚いただろ。この子はコボルトとエルフの混血で、人間じゃない」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……俺も自分で驚いている」

しっぽエルフ「……」


男「母さん」

男「家と畑の面倒はこの子が見てくれている」

男「父さん」

男「店のことは大丈夫だから、心配しないでくれ」

男「……あと」

男「俺、父さんの敵をとれるか、わからない」

男「……」

男「あの日ここで約束したのに……ごめん」

男「……」

男「迷うんだ。どうしても」

男「……」

男「……」

男「……」



男「……今日はそれだけだ」

男「また来るよ」


男(墓碑に両手で触れる。どこまでも冷たい石の感触だった)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(ふと)

男(腕をそっと掴まれる感覚があって、見ると、彼女だった)

しっぽエルフ「……」

男「……ああ。頼む」

しっぽエルフ「……はい」

男(少し脇にずれて、場所を空ける)

男(彼女は俺の腕から手を離して、俺の両親の墓碑にそっと触れた)



しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……はじめまして」


―――細道


男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(思いつきの墓参りはあっという間に終わった)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(すっかり冷えこむ時季になった)

男(隣を歩く彼女は、まっすぐ前を見つめている)

男(茶色の髪に茶色の瞳。横に突き出た耳。柔毛に覆われた尾。人間とよく似た顔つき。人間と同じ、心)

男(決して、生まれたばかりで右も左もわからぬ子供でも、狂った獣でもない)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(非族に生まれて、親と別れて、人間に売り物にされて)

男(見ず知らずの他種族の男に買われて、心中どう思っているのか、本当のところは知る由もなかった)

男(あの場所で、俺の両親に話しかける言葉を通して、彼女の本心を垣間見た、気がする)


しっぽエルフ(帰り道、あの人はずっと黙ったままで、少し怖い)

しっぽエルフ(何か変なことを言ってしまった?)

しっぽエルフ(あのとき、私も挨拶をしないといけない気がして、でも何を話せばいいかなんて、考えていなくて)

しっぽエルフ(思っていたこと、いろいろ言ってしまった)

しっぽエルフ(自分が生きている意味は無いと思っていた)

しっぽエルフ(捨てられて、鎖に繋がれて、いくつもの恐い顔が私の前を通りすぎて、恐い声も、痛い声も、たくさん)

しっぽエルフ(それを目の当たりにしながら、私はずっと、ずっと、ずっと……部屋の隅で、一人だった)

しっぽエルフ(どうせ嬉しいことも幸せなこともないまま死ぬなら、早く何もかも終わってほしいと、そう思っていた)

しっぽエルフ(でも、今は違う)



しっぽエルフ(こっそりと隣のあの人の顔を見上げると、まっすぐ前を見ている)

しっぽエルフ(私はあなたと逢えて、とてもよかったと思います)

しっぽエルフ(上手く言えないけれど、毎日、とても嬉しいです。幸せです)

しっぽエルフ(誰かから貰ったのは初めてだったから、本当にそうなのかは、まだわからないけど……)

しっぽエルフ(きっとこれが、愛情という気持ち……)

しっぽエルフ(私は、あなたのために、私のできることをしたい)

しっぽエルフ(だけどもし、あなたにも置いていかれたら、私は……)

しっぽエルフ(あなたにとっての私は……?)


男「……」

しっぽエルフ「!」

男(何の気なしに向けた視線が、俺を見上げる視線と交わった)

男「どうかしたか?」

しっぽエルフ「いえっ、なんでも……」

男「……そうか」

しっぽエルフ「……」

男「……何かあるんだな」

しっぽエルフ「……」

男(問うと、彼女は俯いた)

しっぽエルフ「……あの」

男「ん」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……家族だって、いつまでも一緒にいられるわけじゃないですよね」

男「そうだな」

しっぽエルフ「だったら、どうしたら、ずっと一緒にいられるのかなって……」

男「……」

しっぽエルフ「……」


男「……ずっと一緒、か」

しっぽエルフ「はい」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……どうだろうな」

しっぽエルフ「……」

男「俺にはよくわからない」

しっぽエルフ「……」

男「……あのな」

男「俺は父の死を知ったその日から、ずっと敵討ちを……それだけを願って生きてきた」

男「戦争でコボルトに殺された父の」

しっぽエルフ「……」


男(気がつくと、彼女は足を止めていた)

男(俺が歩けば五歩。彼女が歩けば六歩の距離が、二人の間に開いた)

男(俺はそちらを見ずに続ける)

男「でも、お前といると、そういうささくれた気分を忘れる」

男「……家族と、幸せに暮らしていた頃の自分が戻ってくる」

男「だから……」



男(俺が欲しかったものは、本当は復讐の相手ではなかったのかもしれない)



しっぽエルフ「……」

男(振り返ると彼女は俯いていた)

男「おい、大丈夫か」

男(呼びかける)

男(小さな声の返事が来た)

しっぽエルフ「……私を買って、後悔、していないですか?」

男「していない」

しっぽエルフ「……」

男「お前と逢えてよかったと思うよ」

しっぽエルフ「……っ」


男「ほら、一緒に帰るぞ。おいで」

男(言った、次の瞬間)

男(彼女は駆け寄ってきた)

男(六歩の距離を五歩で駆けてきて、腕に飛びついてきた)

男(そしてがっしりと巻きつかれた)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男「……それはさすがに歩きにくい」

しっぽエルフ「ご、ごめんなさい」

男(慌てて離れた彼女の手を、俺は取って繋ぐ)

男「こうしよう」

しっぽエルフ「……はい!」

男(嬉しそうな笑顔だ)

男(その、あどけない表情が、かけがえのないものに感じた)

男(知らず、手が伸びて、頭を撫でていた)

しっぽエルフ「えへっ」

男「帰ろう」

しっぽエルフ「はいっ」


しっぽエルフ「あ」

男「うん?」

しっぽエルフ「見てください、あそこに一番星です」

男「一番星?」

しっぽエルフ「はい」

男「こんなに明るい時間に星が見えるのか」

しっぽエルフ「見えませんか」

男「俺にはな」

しっぽエルフ「そうですか……」

男「あの辺りか?」

しっぽエルフ「もうちょっと、こっちのほう……」

男「あの辺りか」

しっぽエルフ「そうです、その辺りです」

男「空しかないが」

しっぽエルフ「光ってますって」

男「ふうん」


男「お前」

しっぽエルフ「はい」

男「髪伸びたな」

しっぽエルフ「え?」

男「前髪、邪魔には思わないか」

しっぽエルフ「ええと、少し……」

男「帰ったら、切ってやろうか。それとも今度店に連れて行くか」

しっぽエルフ「切っ……」

男「?」

しっぽエルフ「……」

男「どうした」

しっぽエルフ「……あなたが、切ってくれるのですか?」

男「ああ。お前が望むなら」

しっぽエルフ「あの……の、望みます」

男「ん、そうか」

しっぽエルフ「お願いします」

男「わかった」

何故か見た目サーバルちゃん
声かばんちゃんで再生される


しっぽエルフ「今日の夜ごはんは何ですか?」

男「夕飯? さあ、何にしようか」

男「希望があれば言ってみな」

しっぽエルフ「……」

男(上目になって考えていたが、やがて彼女は照れ笑いを浮かべた)

しっぽエルフ「美味しいものなら……」

男「そうだな。俺もだ」

男「肉と魚ならどちらがいい」

しっぽエルフ「……」

男「……」

しっぽエルフ「お魚です」

男「よし、なら捌いてもらおうか」

しっぽエルフ「えっ」

男(振れていた尾がぴたりと硬直した様が面白かった)

しっぽエルフ「が、頑張ります」

男「ああ」


男(家に着く頃には陽が傾き始めていて、長く伸びてきた影が家の戸に落ちた)

男「……」

しっぽエルフ「……」

男(入口で立ち止まり、俺たちは顔を見合わせる)

男「おかえり」

しっぽエルフ「……た、ただいま、帰りました」

男(照れて声を詰まらせながら、彼女は笑った)

しっぽエルフ「お、おかえりなさい」

男「ただいま」


男(とろけるように笑う彼女を見て、気づけば俺も笑っていた)


 = = =

え、えんだ…?




後日談


 = = =


しっぽエルフ「……えいやっ!」

 ざっ

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……ふぅ」

しっぽエルフ「……」

しっぽエルフ「……そいやっ!」

 ざっ

男(かけ声と、鍬が畑を耕す音が小気味よく続く)

男(最初はへっぴり腰でどうしようもなかったものだが、彼女は生来の筋が良いのだろう)

男(振り降ろす鍬がかなり綺麗な四分円を描くようになった)

しっぽエルフ「……ぱぱやっ!」

 ざっ

男「そのかけ声は何だ」

男(庭の端の地面に胡座をかいて座っている俺が、そう声をかけると、彼女は鍬を突き刺したままこちらを向いた)

しっぽエルフ「……お暇なら手伝ってください」

男「俺は今この鍬を直していて忙しい」

しっぽエルフ「嘘ばっかり、さっきからずっと私のこと見ていましたよね」

男(ばれていた)


男「……」

しっぽエルフ「……」

男(がたつく鍬の刃を締め上げていると、彼女が畑を飛び越えてやって来て、俺の隣にすっと座った)

男(額には珠のような汗が浮かび、頬をいくつもの筋が流れている)

男(近くの冷水盥に漬けてあった布巾を絞って渡してやる)

男「疲れてないか」

しっぽエルフ「いいえ、全く。まだまだ大丈夫です」

男「お前は元気だな」

しっぽエルフ「もう疲れたのですか?」

男「疲れた」

しっぽエルフ「鍬を直しているだけで?」

男「ああ、気力すっからかんだ。後は任せた」

しっぽエルフ「もう」


男「よし、直った」

男(鍬を立て、腰を上げる)

しっぽエルフ「いつ見ても、すごいですね。あんなにガタガタしてたのに」

男「この腕が父さんの形見だからな。料理ができるようになったら、お前にも教えてやるよ」

男(隣に手を差し出すと、彼女は素直に手をとってぴょんと立ちあがった)

男「今日は天気が良いから、終わったら、昼は弁当にして外で食べるか」

しっぽエルフ「本当ですか? やったあ」

男(彼女は跳ねながら畑に戻る)

男(ふと)

男(ざあっと、吹き抜けていった風が茶色の髪を巻きあげた)

男(そのとき彼女は動きを止めて、空を見上げていた)

男「どうした」

しっぽエルフ「……今、春の匂いが」

男「春?」

男(振り向く彼女は俺に、楽しそうな笑顔を見せる)

しっぽエルフ「はい、春が来ています。すぐそこまで」

男(相変わらず、俺にはわからないが、彼女が言うならそうなのだろう)

男(今度の春は暖かくなりそうだと)

しっぽエルフ「ていやっ!」

男(懸命に鍬を振る彼女を見て、そんな予感がした)


 おわり

第一部完乙


素敵

いい雰囲気のSSでござった。乙。
にしても男は年齢どのぐらいなんだろな。35ぐらいで想像してた。

コボルトは犬型の生き物なので
このエルフのしっぽは犬しっぽだ

今度は猫しっぽエルフお願いします


面白かった

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年02月25日 (土) 07:59:11   ID: b-Ee3UPC

大好きすぎる!
この作者さんの作品をもっとみたい!

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom