【艦これ】提督「継続しているものの」【安価】 (107)

仕事の息抜きでしたが、供養も兼ねて投稿します。


・地の文ありのSS
・独自設定キャラ崩壊強
・嫁が死んでも自己責任
・前回よりさらに遅筆


一応前作【艦これ】提督「続投しましたけど…」

【艦これ】提督「続投しましたけど…」 - SSまとめ速報
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おお

00

人を殺したこともなければ、殺したいとも思わない。
けれど自分は遠からず人を[ピーーー]だろう。
それを賞賛される仕事についた以上しかたがない。

僕は提督である。
いつか人を[ピーーー]確率が高い職業である。

この自ら望んだ道に後悔はないが、間違えたと思えばどうしたものか。
道から降りるには未練があるし、歩けば先がないのも分かっている。
けれども軍属であり、戦時にこの職を辞すなど出来はしない。
そう思うと、この運命なる偶然が憎く思える。
現代社会が自由意志と偶然の否定を目標としても、結局我々は何度でも選択なる乱数に頼る。
人生を巻き戻せもしないのに、我々は乱数を選び続け死の坂を下り続ける。

その長い人生の中で、人を[ピーーー]可能性はいくらでもある。
事故、あるいは偶然。
もしくは僕のように自ら望んでしまったりとか。

なら偶然「安価」でも仕方ないんじゃないか。
そう思いながら、僕は今日も仕事を始めた。


01


事務作業を終えると間を空けず秘書艦が入ってきた。
黒い髪のサボっていた女。
こいつノックもせずに執務室に入るような適当な人間である。
女は背もたれを抱えるようにして椅子に座る。
おしとやかさの欠片すらない。
苛立ちも込めて僕は彼女に抗議することにした。

「サボりは楽しかったかな、なあ北上」

「全然、馬券は負けた。車券もパア、あとはスロの【安価】でも打つかだけど」

こいつ、と思うと彼女は言った。

「いい時代だねー、ネットで買えるもん」

そのままポケットからタバコと携帯灰皿を出す女。
古びたターボライターを取り出すなり火を付ける。

「…煙い」

「いいじゃん、それくらい」

北上はそうカラカラ笑う。
咎める気にもならなかった。
彼女はサボっていた。
だが、自分の仕事は終わらせている。
この北上が追加の仕事をするようなマメなタイプではない。
見れば分かる。また揉めたくもない。
この女の自艦隊内での立ち位置が微妙なことを考えると、
まともに相手にするのは面倒だった。
僕は最後の書類にハンを押すと、執務を終えることにした。

「お、終わり?」

目ざとく彼女は僕を見る。

「なんだ」

「外食にでようじゃないか、提督」

「給食があるだろう」

「つまんないねー。固い固い」

と彼女は煙の輪を吐きつつ言った。

「自室に戻る」

これ以上会話する気もなかった。
そう北上に言うと、女はタバコを手にした手を振りつつ言った。

「おー。んじゃ、また明日」

【安価】は次投稿までの、コンマ奇数の中で抽選。
抽選方法は、13579より、安価指示レスのコンマ以下の合致したものを拾う。
偶数の場合は、コンマ以下合計に1を追加し抽選。

>>4 北上は【安価】で何の台を打ったか?

ミリゴ

北斗の拳

メール欄にsagaって入れると、ピーーーとかが解除されるよ
ムシキング


02


朝食をとると、僕は新聞片手に執務室に向かった。
一つ書類を処理してから、僕はコーヒー片手に新聞に目を通す。

俄然、深海との戦争は続いていた。
撃退のために人類がどれだけ金を撒いても、深海は海からやってきた。
新たな深海は新たな艦娘と同じだけ発見され、
決まりごとのように毎年大規模な海戦が勃発した。

僕はその中で、
その他の将校と同じように指揮をしていた。
毎日記録で誰かが死んでいた。
業務連絡を見れば明らかだった。
だが僕は死と隣り合わせの、そんなことすら出来なかった。

「渋い顔してどしたの?」

北上に声をかけられハッとした。
僕は新聞を置くと、彼女を見る。
いつの間にか執務室の中に彼女はいた。
執務室に繋がっている控え室から出てきたのだと思い出した。
それでもびっくりしたことに違いはない。
声には出さなかったが、顔には出ていたらしい。
まるで年頃の少女の顔をした北上は僕を覗き込んで言った。

「おー、どうした?>>8 北斗で負けたおっさんみたいな顔して」

「なんでもない」

「あそ」

北上はそう言ってから手にしたナンクロを開く。
それから、いつものように自分の椅子に座った。
僕はこの光景を見て疑問を覚えた。
仕事がなければ、このように北上はいつも何かしらで暇をつぶしている。
この光景に疑問を覚えたわけではない。
いつものことだ。
だが…もっと広い意味で僕は疑問を覚えた。
こうして彼女が暇をつぶせている現状は正しいのだろうか。
戦いもしない軍艦、指揮しない提督。
僕らが抑止力としての意味もないこの時代、
こうして遊んでいることはいいのだろうか?

「出撃しなくていいのか」

その想いからそんな言葉を言うと、北上は手を止めた。
ナンクロを閉じることなく、北上はこちらを向く。

「何言ってるの提督?」


「……いや、いい」

喉元まで言葉は出かかった。
けれど先は僕には言えなかった。
だが北上は僕のことなど分かりきっていたのだろう。
彼女は口実が出来たとばかり、嘲笑混じりの表情で答えた。

「他の提督みたいな作戦が与えられないことを言ってるなら、答えるよ。
 『飼い殺しの君の艦隊が怖くて仕事がふれないんだ』ぜ」

言われて、気分が悪くなった。
頭が軋む。
僕は腹に浅い痛みを覚えた。
それを見て北上はますます楽しそうにした。

「聞くまでもなかったな」

「それでいいじゃん。臆病で長生きしよう」


北上はそれだけ言ってナンクロに戻った。
ひどく気分が落ち込んだ僕は、執務を再開しようとした。
だが、ばかに集中できない。
北上の顔を盗み見る。
彼女はもう楽しそうにナンクロの紙面を見ていた。
ふつふつと怒りが起こった。
けれど言葉にするほどの行動がやはり僕には起きなかった。
不快な気持ちのまま僕は仕事に戻る。
遅遅として進まなかったが、翌日に影響は出ないだろうと僕の経験が覚えていた。

…最近、いやここに流されてからそうだ。

何も、起きない。
そして仕事はふりをしているだけ。
自己嫌悪しながら僕は書類に目を通し続ける。

03

提督業を始めて最初に面食らったことはいくつかある。
中でも一番驚いたのは初期艦の不在であった。
共に成長していくはずの人材は回されず、
最終的に僕の元に新人は配備されなかった。
どんな手違いだと上層部を恨みもした。
が、思い当たる理由もあった。

それは僕が引き継ぎで提督でなったということである。
弁明をすると僕は正規の教育を受け、提督になった。
もちろん提督としての適正はある。
妖精が見え、軍人としての教育も受けている。
……だが、致命的に運がなかったらしい。
その引き継いだ艦隊が不祥事を起こしたのは半年前。
お陰で僕は経歴に泥を塗られたばかりか、
曰くつきのその艦隊を押し付けられる羽目になった。
そんな人間に、新兵を回すだろうか。
いやないだろう。
考えれば筋の通る話である。

普通の提督は、どんな生活をしているのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は自室に戻った。


きしむ扉を開け、軍服のボタンに手をやる。
しわにならないようにハンガーに引っ掛ける。
そのままベッドに倒れ込み、仰向けに汚れた天井を見る。
年季の入った天井のシミが笑い顔のように見えた。
自分が笑われた気になり、いい気はしなかった。
目を開いているのに、ぐるぐると不安が頭の中に渦巻いていく。
僕は目を閉じた。
キャリアとして最悪なスタートを切ったと言える。
不祥事の所為で底辺の提督として軍人人生を始めることになったからだ。
ただ僕は提督家業をこのまま終わらせることは考えていない。
最後まで戦うつもりである。
国のために、家族のために。
そう強く願った。だからこそ提督になった。
なにより逃げもせず押し付けられた艦隊を率いている。
その責任感から継続していくつもりである。


だが覚悟とは裏腹に気分が晴れずその場で寝返りを打つ。
二つ大きな懸念があった。
は、先ほどまで話していた北上の存在。
もう一つは、引き継いだ艦隊である。
…北上は悪い奴ではない。
仕事はこなす。
任務娘とアイテム屋娘も兼ねる。
そんな器用な女は彼女くらいだろう(北上の言葉を信じるなら、特例らしい)。
ただ、彼女が自分の元にいる理由を考えると気が重くなる。
彼女は、僕の監視だ。
上層部の意向を受け、僕と僕の艦隊を監視している。
その事実を思うと、暗澹たる気分になる。
…頭ごなしに反乱や暴走を疑われて気分がいいものか。
けれどもその監視も理由がないわけではない。


…彼女たちは悪い意味で特別である。

いい面を見れば、高い練度。
また同型艦と比較して……妙に強いと言う事実はある。
しかし、その理由を思うと僕は不安に駆られた。
彼女たちが強いのは深海に魅入られているからだった。
嘘か誠か(恐らくは真実だろう)、彼女たちは深海に近いらしい。
でなければ北上は監視しない。

「どうしてこうなったのか」

一人つぶやいたが答えは出ている。
自艦隊たちの、死んだ元提督に問題があった。
僕はその男のことをよくは知らない。
泡沫の提督であったこと。
どうやら赤レンガから左遷されたこと。
そして性格に難があったとは聞いている。

そんな中将とラバウルを殺したその男について、
僕だけが知り得ることは一つだけだ。

自分が間接的に殺したと言う事実だ。


インドで受けた電話に答えたがために、
奴は死んだ。それしか僕には分からない。
また興味もなかった。
ただ、それでも男を彼女たちは慕っていた。
今でもである。
別に彼女たちが誰を慕おうと勝手だ。
だが、犯罪者を慕われては困る。それが反逆者ならなおさらだ。
押し付けられた僕はたまったものではない。
けれども疑いようのない事実だった。

「……」

頭痛がした。
いつもの偏頭痛である。
キリキリと、胃も遅れて痛み出した。
僕は彼女たちのしたった人間を殺しているのである。
いつもその罪悪感が消えない。
痛み止めを何処にやったか?
僕は体を起こすと、薬を探してベッドから立ち上がった。
薬の量は増えるばかりだった。

04


老朽化した庁舎を出る。
ポストに手紙を投函する。
ふと配達が遅れるとの張り紙に気づいた。
嫌な気分になりつつ、僕は坂を下る。
目的地は港の近くの何でも屋だ。
ここで三日遅れの週刊誌を買うつもりだった。
島にはテレビもネットもある。
思えば遅れた雑誌を買って読むのも変な話だ。
これも離島だからしかたがない。


しばらく歩いて僕は店に着いた。
立て付けの悪いアルミのサッシを開ける。
店主の女性がテレビを見ていた。
骨董のスタンダードの液晶テレビ。
彼女は最近起きた本土でのテロのニュースをぼんやり見ている。
男性キャスターが、艦娘の手引きと推測を話していた。
彼女が僕に気づいたのはしばらく経ってからだった。

「ああ、提督さん。新調?文集?」

「あるならどっちも」

そう言うと、店主はカウンターから雑誌を出す。

「取っといたの。買うと思ってね」

「ありがとう」

礼を言いつつ、小銭を置くと店主は僕に言った。

「ねえ」

「なんですか?」

「提督さんのところの子、名前なんて言うの?」

艦娘の名前だろう。

「前言いませんでしたか?天城、由良、北上、夕立、涼風です」

そう言うと、おばさんは首を振った。

「ああ、違う違う。そうじゃなくて、艦娘としての名前じゃなくて。ほら、あの髪の青い子の名前。こないだね…」

店主の話は以下のようなものだった。
彼女の甥が私服で買い物に出た涼風を見たらしい。
その時に甥が知らない女の子だ!
と涼風に淡い恋心を抱いたのだという。
名前を知らなければ手紙も話しかけられない。
そう甥は思い、叔母である店主から僕に涼風の名を聞いてくれと頼んだそうだ。

「そうでしたか」

合点が行くが、なんとなく不思議にも思った。
今時の少年がそんな奥手だろうか?
ケイタイも繋がるこの島で…と思っていると店主は言った。

「腰抜けよね、ほんと」

合わせて笑ってみたが、同時に気分も良くなかった。
僕は追加で胃薬を買うと、再び庁舎へと戻った。

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庁舎に戻ると、帰投した夕立がいた。
自室に向かう途中なのだろう。
ガリガリと相変わらず首をかいている。
血が出る一歩手前、真っ赤に変色した皮膚が目立つ。
入渠する度にその傷跡は消えるのだが、
やはりいい気分ではない。
無視するでなく、僕は業務から声をかけた。

「どうだ」

「問題ありません。何事もなく帰還しました」

そう夕立は言う。
彼女は制服の埃を払うと、僕の手元を見た。

「また雑誌」

どう言うニュアンスで言ったのだろうか?
僕は解らなかった。
返事がなかったからだろう。
興味なさそうに夕立は言った。

「部屋に戻るっぽい」

「そうか」

僕は何も言わず彼女を見送る。
執務は終えていたが、
追加の仕事の有無を確かめに僕は執務室の扉を開けた。
入室してすぐ、僕は煙たさに顔をしかめた。
見れば僕の執務用の机に座って、
北上が不恰好なタバコを吹かしていた。

「何をしている」
怒りから口調は硬い。
予想通り彼女は謝罪しない。
なんら悪びれた様子もないまま、北上は答えた。

「夕立の報告を代理で受けてー、手巻きを吸ってた」

乳白色の煙を吐いて、北上は言う。

「まずいまずい。辞書で巻くんじゃないね」

彼女は机から降りる。
見ればカッターで解体したらしい辞書が見えた。

「東京湾は安定だそうですってー」

「わかってるさ」

横須賀があるのだ。
問題が起きるはずもないし、起きさせもしない。
その事を知っていたからそう答えると、北上は思いもしないような一言を言う。



「つまんないとか思ってる?」

「何?」

北上を見ると彼女は足を組み直す。
彼女は手巻きタバコの灰を携帯灰皿に捨て私を見た。

「何もない現状に退屈してるなら、幸福だよ。北斗図柄が揃うかもって期待してるみたいなさ」

「なんだそれは」

「激アツの話をしてもつまんないやつだなあ…まあ、スロはいいや。幸福だよ、幸福」

まるで諭すような言い方だった。
会話が成立しているのか不安に思いつつ、僕は言った。

「幸福か」

「そ幸福。退屈は幸福だから感じられる。ただ」

北上はそこで言葉を切り、付け加えた。

「一番ヤバいのはね。なすべきことが山ほどあって暇さえないのに退屈だと思うやつ」

「…意味がわからない」

「でしょ。やることいっぱいだと、忙しいとか嫌だとか思うよね?
 でもそうじゃないんだよ。退屈だと思うのよ、本当にやばくなるとさ」

「お前も感じたのか?」

そう何気なく言うと、北上は即答した。

「もちろん。作戦中に退屈だと思ったよ。相方が死ぬかもしれないって時にも」

僕は北上を警戒した。
こいつも頭がヤバいのか。
そう思ったのが顔に出ていたのだろう。
北上は手巻きタバコを携帯灰皿に押し込んで言った。

「人の話を何時でも間に受けない方がいいよ、提督」

僕は北上の真意をそこに見た。
どうやら、何かを聞きたかったようだ。
だが彼女と僕とでは会話が成立しなかったのだろう。
そう思っていると、北上は立ち上がる。
そこで釘をさすように北上は言った。

「メンヘラ女の話は特にね」

「……」

艦隊のことか。
言い返そうとして、僕は言葉につっかえた。
北上は仕事終わったから待機してます。
そう言うなり部屋へと引っ込んだ。
僕は一人残された。
電話が鳴ったのは、運が良かったかもしれない。

05


珍しい日だった。
演習が行われることになり、我々は島を出た。
私のみ軍服。
あとは皆私服だった。
マイクロバスを手配して乗り込む(喫煙仕様は手配した北上のせいだった)。
私服に着替えさせると、本当にただの少女にしか見えない。
ただ私服でもガリガリと首を夕立は掻いており、それを涼風が止めるように言った。

「やめろ。ホント大丈夫かよ」

「問題ないっぽい。涼風こそ、爪は噛まなくていいの?」

言われたくないと言う顔を涼風はした。
涼風が爪を噛む癖があるとは知らなかった。

「いいだろ」

「なら終わり」

そう言って夕立は外を見る。
由良は黙ってタバコを吹かし、天城はぼんやりと外を見ている。
北上はいつもの顔で夕刊の競馬情報を見ていた。
会話は一つもない。
僕から話しかけようとも思えなかった。
僕が本でも読もうかと鞄から文庫を取り出したところだった。



珍しく、由良が口を開いた。

「提督」

「なんだ」

「勝てばいいのですか?」

妙な質問。
僕は思わずページをめくろうとした指を止める。
聞き返そうとする前に、由良が言った。

「なんでもありません。失礼いたしました」

そのまま由良は新しいタバコに火をつける。
なんだったのかと思うと、新聞から顔を上げた北上と目があった。
嫌な笑みをしていた。
奴は面白そうに笑っている。
見せ物とでも受け取ったのだろう。
気分が悪くなった。

バスは目的の鎮守府に着く。
駆逐艦の案内で控え室に通された。
そこで簡単なブリーフィングを行う。
今回の演習は、4対4。
北上は不参加である。
相手の艦種は何が来るかわからない。
その中で出来ることを僕は指示した。

「以上。質問は?」

そう伝えきると、天城が言う。

「問題ありません」

返事を返さない奴らもうなづきはしていた。
だから僕は咎めることもせず、最後に檄を飛ばした。

「頑張れ」

今度は皆返事を返さなかった。
部屋の端にいた北上が、片方だけ唇を釣り上げた。
何を間違ったと言うのか。
僕はその思いが消えないまま、彼女たちを演習場に送り出した。



演習の結果に驚いた。
ほぼ一方的に我が艦隊は負けた。
ボロボロの夕立は面白げもなく言う。

「負けたわ」

僕は疑念を抱く。
それは、天城の口から答えとして聞かされた。

「……サボってそれですか?」

「天城も同罪よ。途中から手を抜いたでしょ」

視線が噛み合う。
僕は、それを止めさせた。

「まあ、いい。それも経験だ」

「偽善だね」

ぼそりと涼風が言った。
僕は無視した。
由良はボロボロのままタバコを吸っている。
誰もが死んだような目をしていた。
そんな彼女たちに入渠するようにいいつけて、僕は控え室を後にした。


時間を潰そうと、演習先の喫茶スペースに向かう。
そこにはここの艦娘と、北上がいた。
北上は肝が太いらしい。
ここの艦娘からの好奇の視線を浴びながら、上等なソファーに腰掛けている。
彼女は雑誌、それもるるぶを読んでいた。

「おい」

声をかけると、彼女は僕を見た。

「聞いたよ、負けたって?」

北上はそう言うと、無地のビニール袋を出す。

「そんなカス提督にお土産」

制服に着替えこそすれ、僕は北上から強いタバコの臭いを嗅ぎ取った。

「…お前、まさか」

「いやーベタピンの5スロでムキになってさー」

「聞いていないぞ」

「うーん上乗せゲームが伸びればワンチャンあったんだけど」

噛み合わない会話。
その上、訳のわからないギャンブル用語に僕は目眩がした。
呆れつつも、僕は彼女の前に座る。


「正気か?」

「いやあ、だって長引くの分かってましたから~」

彼女はそう答えると、ビニール袋からバームクーヘンを取り出す。

「食べる?」

「不要だ」

「美味しいから大丈夫だよ」

「そう言うことじゃない」

言うと、北上は手を引っ込めた。

「手下どもの手抜きにご立腹?」

言葉に詰まった。
僕の沈黙に、彼女は言う。

「いいじゃん、別に。ペナなんてないでしょ」

北上はそう言うと、るるぶを置いて立ち上がる。

「帰ろう、提督」

僕は彼女の顔を見上げる。
悔しいが言い返せなかった。

06


演習から島に戻ると同じ日常が待っていた。
北上は、退屈から自動麻雀卓を買おうといい出した。
クソくらえと内心思いつつ、僕は却下した。
別に麻雀牌の取り扱いがうまくたって意味がない。
何も変わらない同じような書類仕事に精を出すしかない毎日。
気づけば僕から目的が消え失せていた。
もう惰性にさえ頼れす、この日常に僕は退屈さを覚え始めていた。
仕事だと言い聞かせていたが、気が狂いそうだった。
飼い殺しの言葉を噛み締めながら、今日も僕は執務を終えた。
徒労刑の気分でいると、声がした。

「お、終わりか~」

目ざとく北上が気づいた。
彼女は乳酸菌飲料のパックを机に置くと大きく伸びをする。

「じゃ~提督」

彼女は返事も聞かず、自室に引っ込んだ。
僕もペンを戻すと、執務室を出た。


日暮れの島を何気なく歩く。
目的もなく浜まで歩いた。
特に意味はない。
そうして歩いていて、僕は人影に気づいた。
波打ち際に人間みたいなものが…
サッと、血の気が引くのがわかった。
急いで近寄ると、それが確実に人間であるとわかった。

白い肌。
茶色い髪。
白人系だろう。

僕はその人物におそるおそる手を伸ばした。
触れた肌は海水の冷たさだった。
だが、たしかに脈はあった。

「大丈夫ですか」

自分が濡れるのも厭わず、彼女を引っ張り声をかけた。
目が開かれることはなかった。
震える指で僕は119をダイヤルした。
通話が繋がると、端的に状況を話した。
ヘリが来るらしい。
僕はそれを待ちながら、たのむから死んでくれるなと願い続けた。


07


電話連絡を入れてから執務室に戻ると、北上がきつい顔をしていた。
彼女は僕を見るなり、呆れと怒りの混じった調子で言った。

「面倒なことをしたねー、バカ提督」

「……」

返事を即座にはかえせなかった。
だが僕は、言葉を選んで言い返す。

「人道から間違いはしていない」

「だろうね。アメ公の空母を拾うのは間違いじゃない、ホント、ホント、はぁ…」

北上はそう言うと、自分の灰皿からしけもくを手にする。
そのまま彼女は火を付ける。


「問題は二つ。失態しやがったアメ公。
 そしてあたし達的にマズイのはに君が見つけたってこと」

北上は息を吐く。

「上は君も容疑者に加えるはずだよ」

僕は北上に言い返す。

「納得がいかない。僕は軍人として、サラトガを救助しただけだ」

「君がただの提督だったらね。あの男の後釜でなければこうはならなかった」

僕は北上を見る。


「あの男って。前任者なら死んでるだろ」

「そう。書類の上では」

「…どういうことだ?」

「奴が生きてた可能性の方が高いんだよ、中将殺しまで。
 おまえけに、混乱のせいで奴の屍体の情報はまだ上がってない。
 生きてる可能性は低いけど、死んでるとも断言できないってのが現実だよ」

北上はそう言ってから続けた。

「その上で、これはあたしの独り言だけど」

「独り言?」

「…わかんないならいいや。
 君が提督になれたあの時、沈んだのは3隻。
 大淀、明石、ビスマルク」

「…報告もそうだな」

「ただ、これには裏があるのよ。
 轟沈を目視出来たのは大淀のみ。しかも報告者はビスマルク。
 おまけにローマも消えてる」

僕は背筋に冷たさを覚えた。
言い難い、不安。知らず僕の手が首に回っていた。


「どう言うことだ?」

「Missing in Actionしたやつからの報告ってこと。
 あたしは個人的に、全員生きていても不思議でないと思うね」

僕は、あの電話を思い出した。
若い女の声。

「提督?」

「なんでもない」

「とにかく、追って連絡が来るはず。黙ってりゃ大丈夫」

「本当か?」

思わず口から疑問が飛び出す。
北上はびっくりしたように目を開く。

「意外だね。そんな弱気な言葉なんて聞くと思わなかった」

「忘れろ」


僕はそう言うと、北上に尋ねた。

「質問してもいいか」

「なんなりと」

「…お前は味方か?」

僕が聞くと北上は即答した。

「味方だよ。一蓮托生のね」

そう言った北上の表情は真顔だった。
疑いが口をついて出そうになった。

嘘じゃないか、お前は僕の敵だろう、と。

だけれども僕はぐっとこらえると言った。

「信じるぞ」

そう言ったとき、北上は目を閉じていた。
僕は答えない彼女を不気味に思った。
そして夜は更けていった。


翌朝だった。
随分早い時間に僕宛の電話が来た。
その報告を受けて僕は耳を疑った。
確認しても先方の担当者は同じことを繰り返した。
僕はメモ紙を片手に、嫌な予感を感じ取っていた。

「……わかりました。その様に対応します」

そう、告げると僕は電話を切った。
それを見ていた北上が、あくびをかみ殺しながら質問してきた。

「で、何って?」

なんて説明しようか。
そう思い悩みながら、僕は北上に顛末を話すことにした。

「あの空母」

「サラトガね」

「どこの所属でもなかったそうだ」

ピタリと北上のあくびが止まる。
彼女は目つきを細めて質問してきた。


「……それは確かかな?提督?」

「間違いない」

僕が答えると、北上は言った。

「おかしな話だね。この国で、サラトガを建造した狂人がいるって?冗談もいい加減にしようぜ、提督」

僕も疑問だった。
この国の提督がかの国の艦娘を建造できた試しがない。
そもそも海外艦は交換、ないし海域でドロップを回収するしか出来ないはずだが…

「間違いない」

北上は黙る。
僕は不安から口を開いた。


「…なあ」

「なに、提督」

「前任者がやったってことはないのか。
 僕の前任者は、どこまで出来たんだ?」

自分でもバカなことを言っている自覚はあった。
だが、北上に向けた質問はつっかえもせず出てきた。
僕のその言葉に、北上は嫌そうな顔をした。

「奴が生きてて、サラトガ作ったっていいたいの?バカじゃん提督。艦娘手術ができるやつはアイツ以外にもいるよ」

「…もし技能があるなら、可能性はないか?」

そう僕が言うと北上は否定した。

「それだけはないね。人間だよ、奴だって。この国で建造できないものを作り出せるはずがない。
 改造なら例外かもしれないが、それも怪しい」


そこで北上は面倒そうだったが、前任者の技術について話してくれた。

「あいつが出来たのは妖精の技の一歩手前までだよ」

「わからん、細かく説明してくれ」

「乱暴な話が建造以外全て出来たってこと」

その断言に僕は絶句した。
そんな人間がいてたまるかと同時に思った。
その驚きは北上にとっては既知のことらしく、彼女は補足した。

「別に驚くほどのことじゃないよ。わたしら、魔法で動いてるわけじゃない。
 ブラックボックスの部分が正体不明の妖精ってなだけ。
 …提督さ、組み立てられなくてもスマホを使えるし、車に乗れるでしょ?そーゆーこと。
 ただ…前のアノ阿保はその妖精の技以外は全て理解してたと私は思ってるんだ。
 もっとも、そんな人材がいなければ私たちを量産できないんだけど」


北上はそこで一旦言葉を切る。
彼女は新品のタバコを取り出すと、宙に円を描きながら言った。

「奴だけの特殊技能であるってわけじゃないってことは、提督も知ってるでしょ?
 ただ…そこまで全般理解できてた奴は少ないよね?って話」

「……軍規違反だ」

「でも事実だし。それにさ、誰かができることはルール化してあるのが、この世でしょ?
 例えば艤装のプログラミングくらい、Cや論理回路を学んだ人間ならできるはずだよ。
 けどまあ、プログラミングが出来て妖精のようなオカルトに明るく、でもって軍人で医学博士でなんてゴロゴロいないよ。
 あと標準のコードが何処からでも理解しやすく、改変しやすい作りってもの想像できるけどね」

そこで北上は「後半は蛇足だったね」と付け加えタバコに火を付けた。

「…だが出来たんだろ」

「おっしゃる通り。前任者は、そのルールを作った側だったから全部出来た。
 元医者。それも大本営の開発部署にいた男。妖精の技以外なら出来て当然とも言えるよね」

「そんなのが、なんで提督に?」

「知らない。それは本人しかわかんない」


「ただ」と前置きして北上は推測を話した。

「なんで奴が僻地の提督にさせられたのかと言うのは、ある程度予想がつくよ。
 結局上が警戒したからだと思う。 
 変に知識がある奴を迂闊に野放しには出来ない。
 だから提督にして、僻地に追いやり適当な任務で飼い殺してた筈」

僕は、前任者の待遇が我が事の様に聞こえた。

「このままフェードアウトか死んでくれたらラッキーだったのに、そいつは二つもやばいことをやった。
 一つは、ラバウルの事件への関与。
 もう一つは提督も知ってる通り、深海を率いての中将殺し」


僕は、インドでの事件を思い出していた。
北上は煙を吐きつつ続けた。

「奴が消えた以上、中将殺しの目的もわからない。
 けどちょっとした予想は立てられるよね、事件を追うと」

「予想?」

「…自分のことなのに忘れたのかい?提督」

「僕は前任者は死んでいると聞いた」

「そうね。そもそもラバウルの事件後どこかのバカがあいつを殺そうとした。
 それで奴は死んだ、表向きには。
 けれども奴は、公式に死亡したことを逆手にとったんじゃないかな?」

「…意味がわからない」

「死んだことを利用して何人か殺したい奴がいたんでしょ。例えば中将とか」

北上はそう断定した。


「そこが理解できないんだ」

僕は北上にそうハッキリと言った。
北上は黙って僕の話を聞いてくれる様で、言いかけた言葉を引っ込めた。

「なぜ、前任者は中将を殺す必要があったんだ?
 それにラバウルの事件への関与だって、彼である必要が何処にあったんだ?」

北上は目を閉じる。
彼女は顔を下に向けたまま言う。

「憎かったから。邪魔だから。その二つのほか、中将殺しはあたしには思いつかないね」

「は?」

「ラバウルの事件に関しては奴の技能に目をつけたラバウルがいたってことでしょ」

「いや、そこがわからないんだ」


北上は視線を上げる。

「どこが?単純じゃん。ラバウルが先に声をかけたんでしょ。で、邪魔だから殺した」

「ラバウルの事件はわかった。けど、中将殺しがなおさら異質だ。憎む理由が想像できない」

「殺されるだけのことを前任者は中将からされたんじゃない?」

「そんなことあるか?」

僕が言うと、北上はタバコの灰を灰皿に入れた。

「それこそ本人に聞けって話」

北上はそう面倒くさそうに言うと、結論を出した。

「提督。脱線した話を戻すよ。
 君が思う様なことはない。サラトガを奴が作れるとは思えないし、仮に作れたとしても理由がない。
 作ったなら、なぜ放置したの?そもそも言ったら、どうして自分の製作物を回収に来ないんだってね」

制作物と言われ、僕は自分の艦隊を思い出す。


「何のために」

「もう一回暴れるために」

僕は、言葉を探してから口に出した。

「ただの艦娘たちじゃないか」

「ただの?改造品が?」

「……改造」

「改造品は修理保証外だよ。だからみんな純正、スペックよりも安定性」

「なんて言い方だ」

「ピーキーに組むのは好みじゃないんだ。私もそうだったけどね」

北上はそう言うと、話題を変えた。

「推理ごっこはやめようか。お昼にしよう提督」

僕は北上との不満を覚えたが、彼女の指摘も事実だった。
僕らができるのは演繹だけだ。
真実など決めつける以外に作ることなど出来ない。
僕は、ここでは彼女の意見に従うことにした。

【安価】は次投稿までレスのコンマ奇数の中で抽選。
抽選方法は、13579より、安価指示レスのコンマ以下の合致したものを拾う。
複数の場合は数字の小さいものから。
偶数の場合は、コンマ以下合計に1を追加し抽選。

>>提督の身に【安価】が起きる

誤解


08


知らない女が訪ねてきた。
それはサラトガの事件からしばらくしてからだった。
彼女は、艦娘関連の資材会社に勤めているらしい。
担当が変わったから挨拶したいとのことだった。
名刺に海外事業部と書いてあったので、僕は世間話として話題に挙げた。

「海外にいたんですか」

「ええ、インドにいました」

「へえ、僕もいたんですよ」

「奇遇ですね。ただ二度と行きたくないですが」

女が渋い顔をした。
僕は何かあったのだろうか。
僕はその程度に思い、話題を掘り下げなかった。


「嫌な体験は忘れるのが吉らしいですね」

「そうですね、事故だと思ってます」

そう言いつつも、僕は女との会話をいつ切り上げようかと考えていた。
同席している北上は、ほぼほぼ最低限しか会話していなかった。
長く話す意味もない。それは誰もが分かっていた。
それから二言ほど言葉の往復が終わると、女は帰ると言った。
船の都合があるらしい。
僕は彼女を見送りながら、静かな北上を不気味に思っていた。


執務室に戻ると、北上はタバコをふかしていた。
彼女は眉間にしわを寄せている。

「どうかしたか?」

「いやあ、運命って物を考えてたんだよ」

「何言ってんだ」

僕が言うと、北上は僕を見た。

「同じインドって。奇妙な偶然だと思わない?」

「彼女の仕事なら当然だろ」

「提督は本当に因縁とか考えないんだね」


なぜか嫌味を言われたことだけ僕は理解した。
ただ、原因がわからない。
僕は北上に言う。

「偶然だ、何もかも」

「そうかい」

北上はそう言って白い煙を吐いた。
いつもより、ソレは長く漂っていた気がした。

「何か気に触ることを僕はしたのか?」

その態度に苛立って僕が質問すると、北上はゆるゆると首を振る。


「悪運ってのに、驚いただけだよ。PGG引くよりビビってる」

「PGG?」

「飛行機が落ちる確率の別名だよ」

「それと僕が…北上、お前を苛立たせてることに関係はあるのか?」

北上は僕を見る。
呆れた顔をして彼女は長々と喋った。

「この際言うけど提督はある意味大馬鹿だ。
 誤解ばかり、都合のいいのが人間。
 だけど、君は底抜けに酷い。
 あたしが不愉快になってるのは、
 さっきの女がインドで拉致された邦人の被害者の可能性が高いってことにだって。
 でもって君はソレすら気づかない。
 明らかに提督、君が出会っちゃいけない人間なのに」


僕は北上の顔を驚いて注視する。
北上は新しいタバコに火をつけながら言った。

「君は君のあるべき世界の合理に安定してる。
 あたしは今そう実感してるよ」

「…それの何が悪い」

そう声を絞り出すと、彼女は疲れた笑みを向ける。

「そう偶然なんてない。確率だ、そうとでも言いたいんでしょ」

北上はタバコをくわえ僕に近づく。
北上は僕を見る。


「なにもかも偶然で終われば、世界に宗教は存在しないよ。
 でもって、あたし達みたいなギャンブル中毒もいないんだよ。
 ねえ、提督?
 君は少しは運とやらを信じたほうがいい」

「馬鹿を言え。何もないさ」

「ならいいさ。大抵前兆があるんだけどね」

北上はそう言うと、離れた。

「北上」

僕は部屋に戻ろうとする、彼女を呼んだ。
北上は嫌そうに止まる。

「何さ」

「何が怖い?」


僕がそう思ったことを言うと、北上は即答した。

「亡霊が出てくること。
 明確な争いの予感。
 あたし、割と嫌な予感って信頼度高めだと思ってるから」

「その嫌な予感を教えてくれ」

そう言うと、北上は完全に固まった。
彼女は大きく目を見開く。

「………前任者が破滅した原因と対面するかもしれないからさ」


北上はそう言う。

「は…?」

「そもそも、奴はなぜ排除されたと思う?」

「それはラバウル殺しをしたから」

「じゃラバウルは何故、奴に殺される必要があったの?」

「それは、奴が悪意を持ったからじゃ」

「動機が弱いね」

「なんだよ」

「人が人を[ピーーー]のは、サイコパスでも普通でも…ありがちなのは自分にとって障害になると思ったときさ」

「それだけの悪意があったんだろ」

「じゃ悪意を持った前任者はラバウルを殺したとしよう。
 であれば、何故大本営は奴を裁かなかったんだろうね?」

「確証がなかったから。だからインドで殺した」

「あんな醜態をさらす殺し方を大本営がすると思うの?」

「…」

「提督は察しが悪いね」

北上は昔から僕が言われることを指摘した。


「あたしは奴殺しの犯人は別だと見てるんだ。
 その別、つまり奴が暴走する発端となった原因ってのと…
 さっきのインド帰りの女は絶対に関連がある。
 そんな原因と会いたいかい?あたしは絶対に嫌だ」

そこまで北上は言うと、今度こそ背を向けた。

「まだ生きてたいからね。
 つーことで、提督。
 あたしは部屋でレースが待ってるから」

北上はそのまま部屋に消えていった。
僕は、北上の考えを考えていた。

エタリ回避で投稿します。

09

テロの事件がやっていた。
食堂のテレビはやがて朝のワイドショーに切り替わった。
リポーターは次のニュースと言っていた。
人は死ぬ。その程度の扱いだった。
僕はそれをBGMに昨日の北上とのやりとりを思い出す。

…前任者を殺しにいった奴がいる?
…そいつは、さきほどの女に関連がある?

僕はそこまで考えて、笑った。
バカバカしい。
北上が不安がっても、僕には関係ないことじゃないか。
そう思うと、さきほどまでの話が全て馬鹿らしくなった。
僕は椅子に座ると、明日の予定表を見た。
いつも通りだ。
何も問題ない。


「…ねえ提督。辞書しらないか?」

声にハッとした。
そう言ったのは涼風で僕は意外に思った。

「どうした?」

「紙の辞書がないんだ。談話室に置いてあった古い奴」

僕は北上を見た。
北上はしらばっくれているが、思い出したように言う。


「あ、あれ涼風のだった?」

「いや、違うけど。見当たらないなって」

「おー了解。無いと不便だよね。あたしの電子辞書あげるよ」

「いいのか?」

怪訝そうに北上を涼風は見る。

「いーのいーの」

夕立が、茶碗を片手に涼風に言う。

「また本?」

「お前よりマシさ。日がな1日スマホって」

「別に関係ないっぽい」

夕立はそういうと、由良を見る。

「…そういえば由良は読まなくなったね」

灰皿の前にいた、由良は夕立を見る。

「そう?」

「うん」

「変化かな」

由良がそう言う横で、天城が刺繍をしていた。
何か作っているとは知っていたが、僕は初めて見た気になった。


「ねえ、提督さん」

夕立が珍しく僕を見た。

「ゲーム買ってよ」

「給金で買いたまえ」

「けちっぽい」

「それで結構」

それに北上が笑った。
僕はムッとなる。

「やめなやめな、その手の人間は後生大事に金だけ積むんだ。
 で葬式で身内が揉めるまでが鉄板さ」

「北上が言うと信用あるっぽい」

夕立が同意した。

「北上みたいな博打狂とは真逆だもん、提督さん」

「放っておけ」

僕はそういうと、ほうじ茶を飲み干した。


「…また近々演習がある」

そこで僕は言葉を切り出した。
天城が僕を見た。

「珍しいですね」

「そうだな。…勝ってくれ、今度は」

そう言うと、誰も返事をしなかった。
そのまま食堂を僕は出た。
いつものように執務を初めて、
いつものように早く終わった。
暇よりも習慣から雑誌を買いに外に出た。
知った顔の島の住人に挨拶を交わす。
そのまま何気なく歩いていると、僕は遠くに青い髪の少女を見た。
それと、彼女と歩く少年の姿も。
そこで僕の興味はなくなり、僕は機嫌の良さそうな女店主から雑誌を受け取って自室に戻った。
帰り道、佇む金髪の少女を見たが僕は無視した。
彼女らに歩み寄ってももう無駄だ。
そう僕は思い始めていた。

10


東海方面へ走る船に乗りながら、私は雑誌に目を通していた。
洋上での演習と言う事で、このようなことになった。
バカみたいに待ち時間はある。
仕事を持ち込めないため、こうして談話室で何かしら読んで時間を潰すしかない。
そうしていると、苛立ついた様子の北上が話しかけてきた。

「ねえ、提督。タバコ持ってないかい?」

「忘れたのか」

「そうともゆー。
 いやあ、ヤニ切れでイライラするー。生理並みだね。
 買えるには買えるんだけど銘柄が気に入ら無いんだよ」

「下品だぞ」

「野外で雉打できる男に言われたくはないねー」

僕は、面倒がって言った。

「それなら由良に貰え」

「やだよ。あの子の安タバコ。まず~いの吸ってるから」

「僕はお前も同類に思えるが」

「やだなあ、豚骨と家系を同列に扱う並みの発言だ」

「………駆逐艦に飴でももらえ」

「駆逐艦?うざいからパス」


北上はひらひらと手を振る。
僕はその手元を聞きながら質問した。

「…お前は演習に出ないんだよな」

「出ないよ。出ちゃダメだかんね、あたし」

どの意味で言ったのだろうか。
僕が聞く前に、北上は言った。

「一応彼女らを制圧できますけどねー」

北上は嘘か本当かそう言うと、僕を見る。

「まあ任せろ、年下」

「…一体幾つだお前」

「さあ?野暮天もいいとこ。君は無粋だねえ」


北上は、そう言ってから僕に聞いた。

「ちな、指揮は?」

「するさ。今回は勝つ」

「負けりゃいいのに」

北上は出鼻をくじくようなことを言った。

「それじゃあ出世しないよ。
 ご機嫌取らないバカなんて上からしたら捨てればいいんだし」

「……」

黙って北上の言葉を聞く。
理がないわけではない。
けれど、僕は言った。


「悔しいだろ、そんなの」

「…ああ、君をまだ理解できてなかったね。君は案外俗だ」

北上は、それから言った。

「正しいことに理があるとでも思ってるでしょ」

「正しいことは正しいんだ」

僕が言うと、北上は嘲笑した。

「滑稽だね。正しい?ナマを言うなって提督。
 正しいことに耳が痛くなるのが人間だよ」

「…そうやってお前はいつでも真面目に生きないんだな」

「真面目に甘んじてる君に指摘されたくないね」

「本気で言ってるのか」
 
「もちのろん。あたしが本気出すのは、遊びだけだよ」

僕は、怒りから返事もしなかった。


「塩対応だ。三枚目なのに」

腹が立ったが黙っていた。
北上はポスンと僕の前に座る。

「妥協案を出すよ提督。勝つつもりなら、接戦したまえ」

「…なんだ?」

「上に仕方がないと言わせるためさ」

そう言うと、北上は僕を見て笑った。

「君は不器用だね。不器用な人間は死ぬべきだよ。
 ねえ提督。人の話の中でそんな不器用な人間が好まれたり、
 報われる理由って考えたことある?」

「…?」

「餌食にするためだよ。我々は他人を利用して生きてるからね。
 生き方の下手な奴が犠牲で必要なのさ。
 下手な奴ってのは往々にして他人の利用の仕方をしらないんだよ」

「それは間違ってる」

「いーや真実だよ。
 なら…証明しようか、提督」

僕は北上を見る。

「今回の演習、勝ちにさせてあげる」

「は…?」

「代わりに、提督は私の言うことを聞く。どう?」

「ふざけるな」

「ふざけてないよ。何、自分で負けて悔しいって言ったくせにさ、
 勝てないと思ってるの?」

「……俺が乗る理由がない」

「ま、確かにね。ならいいや。あたし勝手にするよ。
 けど、忘れないでね」

北上はそう言うと立ち上がる。

「勝つよ、今回」

僕は答えなかった。
北上はそのまま立ち上がると、どこかへと消えた。

11


ニヤついた北上が見送りに行ったらしい。
無線機片手に待っていると、声が聞こえた。
夕立の大声。
それも抗議だった。

「提督、マジない!」

夕立からの指摘に僕は面食らう。
あのアホ何を言ったのだ。

「…あいつらより雑魚?笑わせないでよ!」

やけに好戦的な夕立が、その言葉を続けるより先に通信が切り替わる。


「提督ですか?」

天城だった。

「ああ」

「…北上の独断とは思いますが、気をつけてください」

「何を言ったんだ、アイツ」

「『君らは前の提督がいないと雑魚なの?』です」

僕は呻きたくなった。
どデカイ爆弾を投げ入れやがった。

「わかった。北上には注意しておく」

「そうしてください」


12

「私の勝ちー、あはははは」

ポテトチップス片手に、北上は勝ちほこる。
僕はそれを恨めしい気持ちで見ていた。
勝ちは、いい。
けれど、このもや付きは許容できそうになかった。

「…会いに行ってくる」

「どうぞご勝手に」

ばりぼりと音がした。
その下品さが今、耐えられそうになかった。

「弱いねえ」

ぽつりとこぼした北上の言葉がなぜか聞こえた。
僕はそれを無視して、控え室へと向かう。

自分の部下たちは、鳥かごで上がってきていたようで待機中だった。
夕立が僕を見る。

「勝ったから」

それだけ彼女は言った。
後の皆も同じように、何も言わなかった。
すこしめまいがした。
僕よりも、彼女たちは前任者を慕っているのは、いい。
けれども、前任者への侮辱で本気を出すことは…耐えられそうになかった。
自分でも何を言っているのか僕はわからなくなった。
ただ労いの言葉を繰り返していたのだろう。
そんな思いで、僕は部屋に戻った。

13


サラトガ、
演習での勝利、
心を面倒なものが覆っている気がした。
島に戻って同じように執務がしたかった。
こんな思いになるのなら、勝たなければよかったと思った。

…北上が僕を笑った理由をそこで僕は初めて理解した。

ああ、彼女からしたら僕は道化だ。
バカな男だと、自覚してしまえば惨めさがこみ上げてきた。
自分はなんて、愚かなのだろうか。
自尊心が傷ついて、気分が悪くなる。
僕はあてがわれた船室の窓へと寄った。
くらい海は、何かを抱きかかえているようにも思えた。

14


船は戻る。
そのはずだった。
しかし僕は某然としていた。

「……嘘だろ」

緊急の放送があったのは先ほど。
演習相手と共に僕が聞いた命令は信じられないものだった。

東京湾に侵入した姫を倒せ。

馬鹿げてるといいたかった。
近海の制海は我々が抑えている。
防衛網、監視網が破られた通達はない。
だが、命令は下り…事実僕対象は観測されていた。

出撃させた部下のことよりも、
僕は目の前のことに理解が追いついていなかった。
何故、姫クラスが。
そんな僕と対象的に、演習相手は指揮に本土との連絡と目まぐるしく動いている。


その時だった。
北上が僕の手を引いた。

「提督」

目が笑っていない。
僕の反応よりも早く北上は僕を部屋の外へと連れ出す。
彼女は足を止めなかった。

「おい、何処へ!」

そんな言葉を出せることには、僕たちは船の廊下を長く歩いていた。
周りに人気はいない。
そんな中、北上は言う。

「…話がある」

語調が違った。
そのことが何を意味するのか、僕はわかりかねた。
北上は無表情のまま言う。

「提督、自前の艦隊を切り捨てろ。今なら全員沈められる」

「は?」

「深海よりのアレらが会敵すれば、間違いなく人型が増える」

「な…」

「その意味がわらないわけじゃないだろ?」

「待て」

僕は北上の肩を掴んだ。

「…まだ艦娘のうちに沈めろって言うのか」

北上は肩に置いた僕の手を払い言う。

「何のために私が工作艦になってまでここにいると思う?」

北上はそう言うと、俺をまっすぐ見る。

「この際、姫がどう出てきたは関係ない。
 問題なのは、深海化しかねない君の艦隊が迎撃に加わっているっていることだ」

「命令だ」

「上の混乱で、潜在的な敵を起こすバカな真似を看破できない」

北上はそう言うと、俺に背を向けた。

「…上への弁明と、対戦相手を押さえておいて」

「待てよ!」

思わず手が出た。
北上の細い手首を僕は掴んだ。

「仲間を、[ピーーー]のか」

僕がそう言った時だった。
足の痛みを感じると同寺に僕は転倒する。
北上を床から見上げる形。
北上はそのまま僕の胸を踏みつけ艤装を展開した。

「そんなもの?」

砲は俺に向いていた。

「…期待したのがバカだった。ここで死ぬ?」

北上はさらに力を込める。

「居場所がないから、ぬるい場所で腐っていく。
 …だから共感していたんだけど」

北上はそう不思議なことを言ってから、足を上げた。

「君はあたしの想像より馬鹿だね」

彼女は背を向けた。
待てよと、僕は大声で呼んだ。
けれど彼女は振り返ることなどしなかった。

15

先遣した演習先の艦隊と敵の戦闘が始まったらしい。
凄まじい嫌悪感と、吐き気に耐えながら僕は指揮をとる。

…北上が追いついた瞬間、彼女らは沈む。

それを思うと、僕は気が狂いそうだった。
好かれてはいない。
嫌われている自覚はある。
だが、それでも目の前で殺されていいのかといえば話が違った。
天城からの報告が上がる。

…よそ事を考える余裕などないはずなのに、僕の脳裏で何かの記憶が蘇った。

「…あ」

何を、自分は考えていたのだ。
とっくに自分は自分の意思で人を消すことを選んでいただろう。
その後だ。
突如として、通信が遮断された。

16

ただ暗かった。
だが、冷たさから自分が海に落ちているのだと分かった。
記憶が、飛んでいた。
思い出そうとして頭が痛んだ。
なんとか体勢を立て直す。
波を被るたび、ひどく痛む。
頭に傷を負ったらしい。
ぐるりと周りを見る。
遠くに光が見える。
…どこの港か。

だんだんと力がなくなりつつあった。
死ぬのかと、ふと思った。
それで生きていたとして、自分に何があるのかと想像した。

明るい未来が待っていたのだろうか?
いや、このままではなかっただろう。
思えば何も考えず、
あるいは不幸となると知りながら進むのは、愚かではないか。
そんなことを、考えた。
またダメかと、知らず口にしていた。
きっと、自分の人生に満足はないのだろう。
あったとしてもそれは刹那。
満たされた豊かな退屈はきっと訪れない。
そう思った時、遠くに小舟を見つけた。

17


その音を聞いた時、僕はボートの上で彼女を見上げた。

真っ黒な艤装。
蝋より白い肌。
深海艦であった。

彼女は僕を一瞥する。

互いに無言。
ソレが口を開いたのは、僕にとっては驚きだった。

『お前、死ななかったの』

日本語。
会話を試みる個体の存在は知っていたが、僕は仰天した。
そのまま、その謎の深海は僕を見る。

『死ぬ?』

彼女はそう尋ねた。
僕は彼女を見上げ、言った。

「…楽になる?」

『…知らない』

彼女はそう言ってから振り返る。
その瞳は何かを見ている。

『……そう』

彼女はそう言い、僕を残して彼女は消えた。
その後で、僕は北上を見つけた。

18

北上を船へと拾い上げる。
…とてつもなく重い。
ふと軽くなったと思った途端、彼女の壊れた艤装が海へと沈んでいく。
海水に濡れた彼女をやっとのことで船にあげた。
…そこで一息ついて、僕は自分の行動の意味を問うた。
投げやりでここまで来ておいてだ。
今更、彼女を拾うことに意味はあったのだろうか。
贖罪か。
果たして。
しばらくすると北上は僕を見、そして言った。

「あの世?」

「この世だ」

そう答えると、北上は体の一部に触れる。
ひどく痛むらしい。
彼女は表情を歪めながら言った。

「…どうなったの?」

僕は答える。

「深海にやられたよ。もう船はない」

「そっか」

北上は僕を見る。

「…ついてるね」

北上のその言葉を受けて、僕は様々なことを考えた。
ついてるとは何だ。
今生きていても叱責させるのは間違いない。
それに自分のしたことを思えば…

「…さあどうする提督」

北上は僕の想いを知ってか知らずかそう言った。
返す言葉のない僕は、ただただ困惑した。

はよ

お待たせして申し訳ないです。
続きです。

19


馬鹿げた指示。
その命令を聞いた彼女たちは皆思った。
何せ、近海で姫だ。

馬鹿げている…

この海は奴らが出る場所でない。
だが命令は下された。
その命令ゆえに彼女たちは艤装を背負ってこの海に立っていた。

「…へんな気分だなぁ」

ぼそりと言ったのは涼風。
夕立はがりがりと首をかきながら答える。

「何がっぽい」

「静かすぎることさ」


暗い海に、走る4つの艦。
だが、不気味なほど海は静まり返っていた。

「…でも上は確認したんでしょう?」

そう由良が言った。
天城は索敵しつつ口を挟んだ。

「ええ。実際、電探に写ったそうですから」

はっと、夕立が笑う。

「おばけじゃないの?」

「おい」

涼風が諌める様に言った。

「ここに何が出るって言うのよ。イ級すら見ないわ」

涼風は黙る。
由良も無言だった。
天城だけが答える。

「任務ですから」

「…なあに天城?私たちに亡霊探しでもさせるのが正しいっていうの?」

「それは…」


そう言葉に天城が詰まった時だった。
激しい爆音が轟く。
皆が振り返った。
遠くに見える、彼女たちの船が揺れていた。
呆気にとられる彼女たちの前で、爆発はさらに続いた。
誰かが反応する前だった。
先行していた演習相手だろう、別の砲撃音が響く。

「会敵のようですね!」

天城が口調を強めた。
同時に、船に通信を取るが返事はない。

二方向からの攻撃。
…もう、頼れるのは自分らしかいないのだと彼女はそこで腹をくくった。
そんな天城を見て察したのだろう。
夕立は、斜に構えた発言を止め、己の艤装を構える。
由良、涼風もそれに続く。
だが、敵はこなかった。


「…?」

先行していた演習相手からの通信が途絶えたことを、天城はそこで知った。

嘘だ。

彼女は再度通信を試みるが、返事はこない。

「…どうなっているの?」

由良がポツリと言った。
やがて波の音しか聞こえなくなった。
船は燃えている。
だが不思議なほどあたりは静まりかえった。
そして、彼女たちはソレを見た。

「見て」

誰かが言った。
確かに、深海艦の姫であった。
だが、見たことがない形。
強いて言えば、どこかで資料で見た姫にも似ている。

「重巡?いや軽巡…」

天城は一人呟く。

「来るわ!」

夕立が艤装を構えた。
速やかに砲撃は行われた。
だが、姫には当たらなかった。
姫が攻撃に気づいたようだ。
ぐるりと、その姫はこちらを向いた。
姫も同様に砲を構える。
対する天城、由良、夕立、涼風も構え…緊張が走る中だった。


「え?」

誰の言葉か。

それが姫から発せられたのだと、後から彼女たちは知った。

姫の発言に由良は違和感を覚えた。
夕立は考えず魚雷を手に進みだした。
涼風は、動きを止めた姫を訝しんだ。
天城は攻撃しようとした手が鈍った。

最後に姫は彼女たちを見た瞬間手を止めた。
まるで見たくないものを見たかのように。

「沈めっぽい!」

夕立だけがそう絶叫し、次の瞬間、姫もまた砲を動かした。
雷撃と砲撃が交わされ、二つの破裂音が轟いた。

21


金髪碧眼の女だった。
背は高く、スタイルもいい。
美貌であるが、カフェテラスで彼女に声をかける男はいない。
なにせ女の顔には大きな火傷があった。
傷を一切隠しもせずタバコを吹かすそんな女に、声をかける女がいた。

「何してるの」

若い女に金髪女は振り返る。
彼女は楽しそうな顔をした。

「見て、近海で深海と遭遇ですって」

その言葉に、もう一人の女はいい顔をしなかった。
茶髪の女は、金髪の目の前の椅子を引いた。


「もう関係無い話よ」

彼女はそう言うと、金髪を見る。

「どうかしら?あの人次第じゃない」

金髪の言葉で、茶髪は彼を思い出す。
腑抜けになった、あの男。

「私はもういいわ…戦わなくていいんですもの」

「本当?」

ケタケタと金髪は笑う。
茶髪は苛立ちを覚えた。


「どうして好き好んで死にに行くのかしらね」

そう嫌味を言うと、金髪はタバコをくわえつつ言う。

「己のロイヤルティの命じるままに」

「…金じゃないの?」

「義勇軍は何時の時代もいたの。それより売春の方が古いけどね」

茶髪の疑問に、金髪は余分な言葉をくわえて答えた。
茶髪はイラつきながら、呟いた。

「けど戦ってたら、私たちも直してもらえたかもね」

そう言うと、金髪は目を細めた。

「今更美貌なんていいわ」

「……あんたが言うと思わなかった」

茶髪が意外に思うと、金髪は破顔して言った。

「だって少なくとも奪い取れたんですもの」

「…だったら彼の部屋の掃除でもしなさいよ」

「甘やかすのが私の仕事だから」


そう金髪女は答えると、茶髪女に言う。

「女の顔なんて、本当はね男にとって如何でもいいのよ。
 やれるかやれないか。あるいは自分に益があるかないか。
 だから私はあの人にしてあげる」

「あなたの言い分はわかった。じゃあ、なんで男は女に働きかけるの?」

「女を所有するまでが楽しいからよ」

金髪はそう言って、茶髪を見る。

「だから男はかわいそうで、女は無様」

「女が無様ってのは飽きられるから?」

「そう。そして悲しいかな、私たちは老いてく」

「どのツラ下げてその言葉が出るのかしら」

茶髪がそう言うと、金髪は大笑いた。

「そうね、お人形だものね、私たち」

金髪はそう言うと、コーヒーを飲みきった。

「帰りましょうか」

「私が呼びに来たのよ。タバコなら吸えたでしょ」

「そうだっけ?」

金髪はそうトボけた。


 

安価 この後 北上と提督は如何なったか

離れられなくなった
運命共同体

お待たせしました。投下します

22

何処かの浜に辿り着いたのは、暁の頃だった。
釣り人ひとりいない。
僕は浜に降り立つと、手が震えていることに気づいた。
助かった安堵さ。
けれども、この後待ち受けることを思えば、ただ怖かった。
北上も同じようにボートから降りる。

「どうする」

「…連絡しないと」

僕が言うと、北上は何も言わなかった。
現金をこんな時でも持っていることを恨めしく思った。
電話する先は何処だ、そう思ったところで北上が提案した。


「…提督」

「なんだよ」

「ラブホが見えるね」

「は…?」

「着替えたい」

北上はそう言った。
僕はバカじゃないかと真剣に思った。

「こんな時にお前」

「この格好で歩けっての?」

そう言われ、僕は彼女の姿を思い出す。
返す言葉が見当たらない。
僕は吐き捨てるように言った。

「わかった。クソッタレ」


そのままフロントを通り抜けられたのは奇跡だと思った。
よくよく考えれば、着替えもない。
自分は何をしているのだと、僕は強い自己嫌悪を覚えた。
それでも連絡しようと僕は電話を取った。
連絡先は悩んだ…だが、電話をしていた。
本部につながればいいと思ったが、コールが始まった瞬間に恐れを感じた。
なぜ、自分がそうしたか分からなかった。
気づけば僕は電話を切っていた。

「…何してんだよ。パニックじゃないか」

そう一人つぶやいた。
誰からの返事もなかった。
ただ北上が浴びてるであろうシャワーの音がした。


「入りなよ。臭いよ」

そう北上に言われ、僕も浴室に入る。

「…あ」

ふと蛇口に指をかけて、僕は赤い何かに気がついた。

血だ…

理解してしまうと、思わず足元を見た。
北上は流したのだろう。
だが、流しきれなかった彼女の血が、排水溝近くで滲んでいた。
何も言えない気持ちのまま僕は頭から湯を被った。
そうして濡れた髪のまま部屋に戻ると、バスタオルを赤くにじませた北上がいた。
彼女は歯でシーツを噛んでいる。
何をしていると問うより早く、彼女はシーツを裂く。

「…手当してるだけだって」

北上はそのまま器用に傷口にシーツを巻いていく。
その手慣れた作業を見ながら、
僕は彼女たちが赤い血を持っているのだと今更再確認した。


「連絡は?」

「あ…いや」

僕が言い切る前に北上は黙った。

「それならいいよ。あと見てもいいけどつまんないよ」

彼女はシーツを巻き終えると、バスタオルに手をかけた。
僕は慌てて顔を背けた。
…予想していた北上からの指摘はなかった。

「終わったよ」

僕と同じくバスローブを巻いた北上に言われ、僕は前を向いた。
彼女は何も言わない。
立ったまましばらくいただろう。
北上がベットの上を移動してから言った。

「…突っ立ってないで来なよ」

「ああ」

言われてベッドに腰掛けると、さっさと北上は布団を被った。
彼女は僕に背を向けたまま言う。

「もう寝よう。死にたいなら手を出してもいいけど」

返事を返せなかった。
その間に北上は照明を落とす。
薄暗い空間の中、僕もどっと疲れが出てきた。

…もう、いい。

そう思ったが早いか、僕は彼女と同じ布団に入った。

今回はここまで。またお願いします。

はよ

のんびり舞っとる

23


テレビが流れていた。
タバコをくゆらす男の目はそれを見ていない。
醜くゆがんだ右耳。痩せ頬骨の浮いた顔。
その上酷く目の落ち窪んだ男だった。
彼は真っ白な顔のまま、灰皿がわりのビール缶にタバコをねじ込む。
その横で、ベッドの上でボリボリと腹をかく少女がスマホ片手に言った。

「サラトガが近海で発見だってニュースどうなった?」

「ああそう」

「あいつらの買い物って何時戻り?」

「さあ」

男は新しいビールを開ける。
一息で半分ほど飲むと、男はそこにウィスキーを流し込む。
くるくると男は缶を振る。
水音がテレビの音に混じった。

「ねえそれ、何杯目?」

「うん」

グビリとボイラーを煽る男の後頭部に少女は聞いた。
男は答えない。
少女は立ち上がると、男に言った。

「寝るなら吐いてからにしてよね」

「……それな」

男はウィスキー瓶の蓋を開けた。
明らかに泥酔しているくせに、男の表情は死んでいた。
少女は半ば生ける屍じみた男の脇を通る。
テレビボード横の冷蔵庫から、彼女もビールを取り出す。
そのプルタブに指をかけた時だった。
男が身を乗り出していた。
少女はまた嘔吐しやがんのか、と焦った。
だが男は嘔吐することなく、
テレビ画面を食い入るように見ている。

『…未明、演習の…沈没…現場では…』

「何?どうした?」

少女が問うと、男は立ち上がった。

「……」

何かあったか?と少女は思ったが、
立ち上がらんとする直後に男は体制を崩した。
そのまま千鳥足ゆえ彼は空き缶を踏んで転倒した。
鈍い音がした。
そのまま悪態をつき男は真っ青な顔になった。

「吐くなら便所!」

少女は思い切り、男の背中を蹴り飛ばした。


鶯谷の改札を抜ける女らがいた。
そのまま風俗街へと二人の女は歩いていく。
金髪と茶髪の外人女。
彼女たちはラブホテル脇の雑居ビルに入る。
キャバレーが入居する階。
かつてはスナックだった一室。
そのドアを開く。
そして彼女たちは、同居人とばったり出くわした。

「…あら」

金髪が言うと、少女は答えた。

「おかえり。どこほっつき歩いてたの?」

「じゃがいもに付き合って池袋」

茶髪がそう言うと、金髪は笑う。

「ひどいわね」

「あんたの放浪に付き合う事も考えてほしいわね」

そう嫌味を言った彼女たちは奇妙な声を聞いた。
外人二人は顔を見合わせ、金髪が少女に尋ねた。

「あのひと、また吐いてるの?」

「そ。だけど」

「だけど?」

茶髪が問い返し、少女が答える前だった。
フラフラの足取りでトイレから男が出てきた。
男は壁に手をつけながら、女たちを見ると言った。

「やる事が出来た」

「わかった……ズボン吐いてから言え阿呆」

少女は辛辣な言葉を吐いた。
男は下がったままのズボンを上げようとして、再度転んだ。
悪態をつきながら男は立ち上がる。
女たちは、仕方ないと言った顔で彼に近寄った。
男は金髪茶髪に引きずられるがまま、椅子に座らされる。
あまりの醜態に少女が見かねてミネラルウォーターを出した。
男はそれをがぶ飲みしながら、女たちを見て言った。

「…協力してくれ」

「拒否」

「反対」

「嫌よ」

三人に否定された男は頭をかく。
苛立ちからか、男は立ち上がろうとした。
が、泥酔した体は思うように動かなかったらしい。
男は肘でミネラルウォーターを倒した。
少女は、醜態を晒す男に向けて露骨に嫌な顔を向けた。

「ねえ、アル中。鏡見た?」

「見た」

「今もカスでクズなあんた」


「……」

「そんな汚物が『協力してくれ』って言って、『はい喜んで』と私たちが言うと思う?」

茶髪はこぼれた水を布巾で拭き取る。
男は淀んだ目で言う。

「それでもたのむ」

金髪はタバコをくわえながら、少女に続いて男に諭すように言う。

「わかった。また何時もの死にたいってワガママでしょ?」

「ちがう」

「はいはい分かった。私はあなたに死んでほしくないから嫌」

布巾をテーブルの脇に置いた茶髪も、男に言う。

「貴方に死なれると困るので」

男は目を閉じる。
それから、口を開いた。

「ちがうんだ」

「それが何?」

すっぱりと少女が言う。
彼女はテーブルに身を乗り出して、男の無精髭を厭わず彼の顎をつかんだ。

「泥酔してる蕩けた頭でもわかるように言うわ。
 お前は死んだの。
 今更何?協力して何がしたいわけ?」

「…」

「復讐した、金も稼いだ。これ以上何が欲しいの?」

「…」

「違う?
 やる事なくて女をはべらせて、
 タバコふかして日がな一日朝から酒飲んで、
 毎晩毎晩女と寝て「人生下らねえ、死にたい死にたい」って言って、
 泥酔していられるこの状況を終わらせたいってこと?」

ギリギリと少女は男を締め上げる。
男は酔ったままだが、少女の目を見て言う。

「それでも…やることがある」

「どういうこと?」

茶髪が食いついた。
金髪も灰皿にタバコを置くと、男を見る。
男は少女の手を払うと言った。

「おれのあと釜が船ごと沈められた。おれたちも狙われるかもしれない」

ズボン吐いたのか

終わってしまったのか……?

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