山城「その声……もしかして、時雨なの……?」 (40)

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扶桑「十三海里」
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時雨は過去に佐世保の時雨とまで言われた幸運艦だった。

 
艦娘になってからも、その性格から皆の信頼を集め、遠征時の駆逐艦のまとめ役もまかされるようになっていた。


しかし、時雨はそれをよしとしていなかった。


時雨は前線に出て皆と共に戦いたかった。力が欲しかったのだ。


無論、遠征の重要さは重々理解していたが、それでも、時雨は前線に出たいという思いを捨てきれずにとある日、提督に直訴した。

しかし、まだ新興鎮守府のここでは即急に戦艦、空母などの大型艦の錬度を上げて戦力の安定を図らなければならず、駆逐艦を専門に育てる余裕が無いと、頭を下げられてしまった。駆逐艦を軽視している訳ではないその様子から、不満はあるものの時雨は引き下がるしかなかった。


この頃から時雨には目の隈が出来始めた。その可愛らしい顔は少しずつ夏冬の祭りの前の秋雲のように曇ってゆき、彼女の姉妹や遠征部隊が同じになることの多い軽巡たちからも心配されたが、新しく読み始めた本のシリーズが面白くて止められないだけだと嘘の言い訳をするのであった。


その間にも、第一艦隊の戦艦、空母、重巡などの部隊は南西諸島海域を着々と攻略していった。その中には、唯一、初期艦である駆逐艦吹雪の姿があり、海域攻略後に戦艦たちと喜び合う彼女を時雨は遠征帰りなどに何度も見かけ、そのたびに、静かに唇をかみしめるのであった。

 
そして、その夜は来た。

また書きます

おつ

山月記とは懐かしい

夏冬の祭りの前の秋雲wwwwwwwwww

第一艦隊が敗北し、帰還するという知らせが舞い込み、港に全艦娘が集まり、第一艦隊を迎えた。


その様子は地獄だった。血だらけで、轟沈寸前の彼女たちを急いで入渠させねばと指示を出す提督。そして、その様子に恐怖し、動けない艦もいた。
 

その中で時雨は見てしまったのだ。前世で自分と同じ西村艦隊に所属していた山城が大破し、体中あちこちから血を流し、意識を失っているのを。


「――――――――ッ!」


声にならない叫び声を上げた時雨。

「時雨? どうしたの? 時雨?」


「時雨、大丈夫?」


時雨の様子を見て、心配そうに声をかけてくる艦娘たち。


しかし、時雨はまるでその声が聞こえていないかのように、艦娘たちを無視してどこかに駆けていってしまった。


この惨状の中、しかももうすぐ夜になろうという時刻だ。皆は時雨をすぐに探索することはできず、翌日、総員で鎮守府付近を探索したが、時雨を見つけることはできなかった。

また書きます

おつおつ

時雨が虎…いや狼にでもなるのか?


数か月後の夕刻、非番だった山城は町に買い物に出た帰り道に近道だからと、少し草木の生えた山道を歩いていた。


山道は雑木で薄暗く、気味が悪い。そして、歩きながら、町の人々が、最近山道に大きな野犬が住み着くようになったと噂をしていたのを今更思い出した。


「今更思い出すなんて不幸だわ……」


なぜ自分は海沿いの公道を通らなかったのだろうと、その迂闊さを恥じた。


そして、海に沈む夕日の残光を頼りに、山道の半ばに差し掛かろうというところで、果たして、一匹の大犬が草むらの中から躍り出た。あわや山城に襲い掛かるかと思ったが、寸での所でたちまちに身をひるがえし、元の草むらの中に隠れてしまった。

気の張った山城は、その草むらの中から聞こえた可愛らしい声での、「危なかった……」というつぶやきを聞き逃さなかった。


その声を山城は、忘れるはずがなかった。


この数か月ずっと探していた声だったのだから――――。


「その声……もしかして、時雨なの……?」


山城は時雨と、前世からのつながりのある艦だ。山城は前世で時雨の所属していた西村艦隊で旗艦を務めていた上司であり、姉であり、時雨のあこがれであった。


そんな時雨を、山城も不器用ながらに可愛がり、まるで姉妹のようだと、金剛をはじめとした戦艦組がからかってきて、扶桑も扶桑でそれを聞くと、時雨に対してお姉ちゃんですよーなどと冗談交じりに言うので、山城は、うれしいような、恥ずかしいような、むず痒い気持ちになったことが記憶に新しかった。


草むらの中からは、暫しばらく返事が無かった。しのび泣きかと思われる微かすかな声が時々聞こえるばかりである。暫くして聞こえた声はやはりよく聞きなれたあの声だった。


「うん。……山城、僕は……時雨だよ……」


山城はそれまでの薄暗さからくる気味悪さや、己の迂闊さなど忘れ、時雨に対し怒りをあらわにしながら草むらに近づき、それを力任せにかき分けた。


「あんた、私がどれだけ心配したと思ってんの!
 私だけじゃないわ。姉さまや自分の姉妹たちを心配させて……少し説教よ、隠れてないで出てきなさい!」


大犬――――時雨は草をかき分けながらゆっくり後退してるのが、草の動きでわかった。

「待ってよ、山城。僕は今、こんな姿なんだ。こんな姿、君に見られたくないよ」


「時雨のくせに、私に逆らうなんて反抗期かしら? もひとつ説教よ、旗艦に逆らったらどうなるか、教えてあげるわ!」


そして、山城は時雨がいるであろう草むらにとびかかった。時雨も、まさか山城がそんな暴挙に出るとは思わずに、固まってしまい、それをよけることができず、あっさりと山城に捕まるのであった。


後で考えれば不思議だったが、山城はこの超自然怪異を実に素直に受け入れ、少しもその犬が本当に時雨なのかなどと怪しもうという気が起きなかったのだ。


「あら、意外と愛嬌ある顔してるじゃない」


時雨は山城に首根っこを掴まれながら、無理矢理顔を合わせられ、真正面から対面することとなった。

そして、本当に少しの説教ののち、西村艦隊の皆や時雨の姉妹たちの息災、現在の攻略海域、現在の山城の錬度、それに対する時雨の祝辞。久しぶりに会った姉妹のように、二人は仲睦まじく話し合った。


そして、辺りが完全に暗くなり、木々の間より降り注ぐ月明かりが二人を照らし始めたころ、山城は時雨にそうなった心当たりを問う。


数か月前のあの夜、我に返った時雨が辺りを見渡すと、この山道を歩いていたそうだ。急いで鎮守府に戻らなくてはと思ったのだが、あの大破した第一艦隊の皆の様子を思い出すと、足がすくみ、思うように歩けなかった。そして、そのまま暫く動けなかった時雨の耳に、自分を呼ぶ声が聞こえたという。


その声に応じて草むらをかき分けて無我夢中でかけている内に、時雨は気が付くと自分は左右の手を使って地を掴み走り、体中に力が満ち溢れるような感じで、軽々と岩や飛び出した木の根を飛び越えてた。そして、明るくなり、川に映った自身の姿を見ると、その姿は、既に犬になっていた。

時雨は最初悪い夢かと思って、信じられなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。


しかし、夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから、どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、時雨は茫然とした。


そうして怖くなった。この世界ではどんな事でも起り得るのだと思って、怖くなった。


しかし、何故こんな事になったのだろう。分らない。全部、僕にはわからない。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、僕たち生き物の定めだ。


時雨は直すぐに居なくなろうと思った。


しかし、その時、眼の前を一羽の鳥が飛び立とうとしているのを見た途端に、時雨の中の人間は忽ち姿を消した。

また書きます

おつー

再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の鳥の血に塗まみれ、あたりには鳥の羽が散らばっていた。


これが時雨の犬としての最初の経験であった。


それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語りたくない。


ただ、一日の中に必ず数時間は、犬の心が現れてしまう。


その時以外は、こうして人の言葉も話せるし、複雑な思考もできる、なんだったら唄だって歌えるよ。


その人間の心で、犬としての僕の残虐な行いのあとを見て、僕の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、怖いんだ。


しかも、その、犬になる数時間も、日を経るに従って次第に長くなっていく。

今までは、どうして犬になんてなってしまったんだろうって考えていたのに、この間、少しだけだけど、僕は以前艦娘だったんなぁ、って考えてしまったんだ。


とても怖かった。


あと少し経たてば、僕の中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えちゃうだろう。


古い船が沈むように、しまいに僕は自分の過去を忘れ果て、一匹の犬になりはて、今日のように君と出会ってもかつての戦友とも認めることなく、君に襲い掛かってしまうんだろうな……。


まあ、元々艦だった僕たちがそ艦娘として人間の姿で生まれ変われただけでも奇跡だったんだ。


もしかしたら、僕だけ初めから今の犬の姿だったのに人間の姿で生まれ変わったとでも思っていたのかな? けど、もう、そんな事はどうでもいいんだ。

眠れないので少し投下。
また書きます

おつおつ

山城、僕はもう考えるのに疲れちゃったんだ……妖精さんたちも残酷だよね。心なんか持たなきゃ、僕らは兵器でいることができた。こうして何かを考え、苦しむこともなかったのに……。


なのに、僕の中の人間は、心が無くなることがとてつもなく怖い。


ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう。


僕が艦娘になれたことの記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らないさ……。誰にも……分らない。僕と同じことでもおこらない限り……。


「そうだ、山城……僕が艦娘でなくなる前に、一つ頼んでいいかい?」


悲しそうな目で見てくる時雨に、山城は「なに?」と優しく聞いた。

山城、僕はもう考えるのに疲れちゃったんだ……妖精さんたちも残酷だよね。心なんか持たなきゃ、僕らは兵器でいることができた。こうして何かを考え、苦しむこともなかったのに……。


なのに、僕の中の人間は、心が無くなることがとてつもなく怖い。


ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう。


僕が艦娘になれたことの記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らないさ……。誰にも……分らない。僕と同じことでもおこらない限り……。


「そうだ、山城……僕が艦娘でなくなる前に、一つ頼んでいいかい?」


悲しそうな目で見てくる時雨に、山城は「なに?」と優しく聞いた。

「僕を……許してほしい……」


「もう十分説教したからいいわよ」


山城は時雨の頭を優しくなでながらいう。しかし、時雨は首を横に振った。


「違うんだ……僕が許してほしいのは……前世でのことなんだ」


山城の手が止まった。


「僕は、こんな姿になっちゃったけど……いや――――もう艦娘と生まれ変わる前の、僕が沈んだ時から、ずっと、君や扶桑、最上、満潮、朝雲、山雲の七人で、西村艦隊の皆でまた海を駆けれればいいと夢を見ていたんだ」


おめおめと逃げ出したくせにね―――――と自嘲するように言う時雨に山城それは違うという。

「あんたはちゃんと私が沈むまで一緒にいた。それに兵器だった私たちに決断する能力なんてなかった」


山城は時雨を抱きしめた。時雨は再び首を振る。


「確かにそうだね、けど……この間の君の大破姿を見た時、僕はどうしようもなく怖くなって逃げ出した……なさけないよね? それで思ったんだ。実はあの時撤退したのは艦である時雨の意思だったんじゃないかって。
 ……何が僕を第一艦隊に入れてくれだ。何が皆を守りたいだ……僕の本性は、臆病な弱虫なんだ……」


山城、とその存在がそこにいるか確かめるように静かに時雨は呼ぶ。


山城は答えず抱きしめる手に力を籠めた。


なんでこんな姿になったかわからないってさっきは言ったけど、わからないこともなんだ……艦娘だった時、僕は正直あまり本心を表していたとは言えない。提督にも、遠征部隊の皆や軽巡の先輩たち、それに……西村艦隊の皆にも……。

佐世保の時雨と言われながらちやほやされてたけど、結局それは今の僕でなくて昔の僕だ。僕は本心を表さず、皆を心から信用せず、嫌われないようにとだけ生きていた臆病者なんだ。


提督に直訴したのだって結局一度だけだった。提督は艦娘の意思を尊重してくれる人だ。僕がもっと真剣に頼めば、多少無理をして演習に加えてくれるなりしただろう。それをしなかったのは、僕の本心が、あのレイテの時のように仲間を守れず、目の前で沈むのをただただ見つめることになるかもしれないということを考えるただの臆病者なんだよ……。


人間って、きっと誰でも心に獣がいるんだよ。僕の場合、人一倍のこの臆病な心が僕の中の獣だった、犬だったんだ。誰にでも均等に尻尾を振ってご機嫌取りをして、嫌われないようにする。そうして僕は僕(自分)を見失ってしまったんだよ……。


折角得た二度目の生……これが長いものになるか短いものになるかわからない。けど、僕は生きていることの大切さ、儚さを知りながらただ臆病でいるしかなかった。


佐世保の時雨なんて言われながら、出撃して、ろくに活躍できずに、たいしたことなかったら、がっかりされたらとか考えている卑怯なやつなんだ。僕のような通り名が無くても頑張っている吹雪がまぶしくて、仕方がなかったんだ。


犬になって、僕はようやくそれに気が付いたんだ。

これを思うと、僕は今でも胸を焼かれるような悔しさを感じるよ。


僕にはもう艦娘として皆と海を駆けることができない。たとえ今、僕がどんな動きで敵を翻弄して、どうやって君を、皆を守ろうかとか考えたところで、もうそれを海で披露することは決してないんだ。しかも、僕の頭は日毎に犬に近づいて行く。


どうすればいいの、僕の空費された過去は? 僕は悔しくてたまらない。


そういう時、僕は、向うの山の頂の岩に上って、空谷に向って吠えるんだ。悲しみを誰かに訴えたかったんだ。


僕は昨日も、あそこで月に向って咆えた。


誰かにこの苦しみが分って貰もらえないかなって。けど、獣たちは僕の声を聞いて、怖くなって、逃げるだけ。


山も樹も月も露も、一匹の犬が悲しくて遠吠えをしているとしか考えないと思う。


地面に伏せて嘆いても、誰一人僕の気持を分ってくれる人はいない。


ちょうど、艦娘だった頃、僕の傷つき易やすい内心を誰も理解してくれなかったように。僕の毛皮の濡れたのは、夜露でだけじゃないんだ。

暫くして、海の方の暗さが薄らいで来た。


木の間を伝って、何処どこからか、鳥の声が響いてきた。


ああ――――これでお別れかな――――。


時雨は消えそうにつぶやいた。


「ねえ、山城、最後にもう一つ頼みがあるんだ。姉妹のことなんだけど。僕は死んだって伝えてよ、町の人が、僕の死体を見つけて、適当に火葬でもしたってことにしといて。そうすれば、皆もう心配しないでしょ?」


時雨は再び自嘲気味に言う。


「本当は、先まず、この事の方を先にお願いするべきだったんだ、僕が艦娘だったなら、心配する姉妹よりも、僕がどうすれば嫌われないか気にかけているような艦娘だから犬になってしまったんだろうね」


そうして、付け加えて言う。次に町に行くときは、この道を通るのを控えてほしいと。千木は完全に野犬として襲い掛かってしまうかもしれないからと。


「今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、こっちを振りかえって見てよ。改めて僕の今の姿をもう一度見せるからさ。遠吠えして僕の犬としての姿を見てもらえれば、僕にもう会おうとも思わないでしょ?」


時雨がそう言って立とうとするが、山城はまだ抱き着いているので腰が上がらない。

「山城、痛いよ、はなしてよ……」


「時雨、確かにあんたは臆病者で自分勝手よ」


耳元で紡がれた山城の言葉に、時雨は固まった。


「けどね――――」


時雨の体を浮遊感が襲い、そのまま腹に鈍い痛み。時雨は山城に担がれたのに気が付いた。


「私はそれ以上に自分勝手よ」


そういって歩を進める山城。時雨はその拘束を解こうとジタバタするが、流石は戦艦、山城は力強かった。


「丁度良かったわ。姉さまがこの間から私と同じ名前の船小屋が出てくる番組にはまってるのだけれど、その番組に昔出てた犬を見て、飼ってみたいって言いだしてたの。普通の犬を飼うのは鎮守府では寮住まいだから普通の犬を飼うのは難しいけど、あんたなら安心ね、軍属だし」


アイドルって職業は色々すごいのねとか言いながら鼻歌まで歌いだした山城に、時雨は抗議する。


「ちょっと待ってよ、僕はこんな姿なんだよ? こんな姿で……それに、もし意識が完全に犬になってしまったら――――」

> 「丁度良かったわ。姉さまがこの間から私と同じ名前の船小屋が出てくる番組にはまってるのだけれど、その番組に昔出てた犬を見て、飼ってみたいって言いだしてたの。普通の犬を飼うのは鎮守府では寮住まいだから普通の犬を飼うのは難しいけど、あんたなら安心ね、軍属だし」

訂正
「丁度良かったわ。姉さまがこの間から私と同じ名前の船小屋が出てくる番組にはまってるのだけれど、その番組に昔出てた犬を見て、飼ってみたいって言いだしてたの。鎮守府では寮住まいだから普通の犬を飼うのは難しいけど、あんたなら安心ね、元々軍属だし」




本文


「なら、戻る努力をしてみなさい。私たちは知ってるはずよ? そのものをかつてとは違う姿にできる存在を」


あ、っと時雨は思い出し呟いた。そうだ、妖精さんたちなら確かに何とかできるかも、と。


「け、けど、もし戻らなかったらっ」


「そん時は、私が面倒見てあげるわ。あんたは私の大事な……その……部下で、戦友なんだから……。
 それに姉さまだって喜ぶはずよ。どんな形であれ、あんたが戻って来たならね。さっき言った番組にはまったきっかけだってあんたを心配しすぎて病んじゃって入院してる時にテレビで見たからなんだから」


「え? 大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないわよ、だから帰ったら覚悟しなさい姉さまを始めとした戦艦組やあんたの姉妹、それに最上たちからの説教もきっとあるわ。
あ、いっそのこと妖精さんのとこ連れてく前に姉さまや満潮たちを呼んであんたを見せるのもいいわね、愛嬌ある顔してるから、可愛がられるわよ? 長門なんか喜びしそうね、意外とかわいいものが好きなところがあるし」

「そ、それは嫌だよ、許してよ山城。
あ、それにほら、僕は脱走兵なわけだから、帰っても結局解体とか――――」


「あの提督と大淀がいてなるわけないでしょ? それに、それくらい金剛さんが比叡さんに言ってもみ消すわよ」


「比叡さん一体何者なのさ?」


「とある方のお気に入りなだけよ、だからいい加減に諦めなさい」


さらにジタバタする時雨を山城は押さえつける。そして、山城は口元を緩めた。


「きっと――――いえ、絶対あんたは元に戻れる。だから、帰ってから、もっと私たちにわがままを言いなさい。もっと私を頼りなさい。そんで、尻尾を振るだけの犬から我儘も言う艦娘の時雨になりなさい。そんなことで私はあんたを嫌いにならないから、強くなるまで沈まないで待っててあげるから。だからあんたは本当にしたいことをしてみなさい、また犬にならないように」


「え? やまし――――ぐぇっ」


「はあ、耳元はうるさいし、昨日姉さまのお見舞いに買ったお菓子はなくなるし、重い上に動く荷物が増えるし、本当に不幸だわ」


そう言って、何かを言おうとした時雨に有無を言わさぬように、時雨を押さえつける腕にさらに力を加え、山城は鎮守府へ急いだ。そんな二人が行く道を朝日が優しく照らすのだった。

以上です。
>>6の方が既におっしゃっていますが、今回は中島敦の『山月記』をオマージュさせていただきました。

元ネタは高校の教科書に載っていることもあるので読んだことがあるという方が多かったと思います。
その方々にとっては、この終わり方では違和感を持った方も多いと思いますが、妖精さんなら戻せるに違いないのでこの終わり方になりました。

読んだことが無いという方は、青空文庫で無料公開されているので、興味を持っていただけたのなら幸いです。


読んでいただき、ありがとうございました。

おつ

乙!

おつ!

乙乙
このシリーズ好き

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