藤原肇「青い鳥を探して」 (19)
あれは私が7歳の頃だったと思います。些細なことでお母さんと喧嘩した私は家を飛び出して、危ないから入っちゃいけないって言われていた山に迷い込んでしまいました。
最初のうちはいけないことをしている高翌揚感と、初めて見る緑豊かな光景にウキウキとしていましたが、やがてそれはたった一人で知らない場所にいるという恐怖と心細さへと変わっていきました。
歩けば歩くほど迷うだけで、助けを叫んでも鳥たちの鳴き声しか答えてくれない。ガサガサと草木が揺れればクマが出てくるんじゃないかって怖くなって。
『!』
そんな時でした。私の目の前に小さな青い鳥が飛んできたのは。青い鳥を見た私は、どうしてか無我夢中になって追いかけました。まるで帰るべき場所へと導いてくれる、そんな気がして。
いつの間にか青い鳥はいなくなっていましたが、私は無事山を下りることが出来ました。お母さんは泣きながら怒っていました。でもこうしてまた家族の所に変えることができたのが、とても嬉しかったんです。
その後、おじいちゃんからメーテルリンクの青い鳥のお話を教えてもらいました。チルチルとミチルは幸せの青い鳥を探しに行きますが、結局それは一番身近な鳥かごの中にいたと言うお話は、まるで自分の事を描いているように思えたんです――。
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「青い鳥を探しに行きませんか?」
ふとそんな夢を見たものですから、私は事務所に着くなりプロデューサーさんに青い鳥を探そうと提案してみました。
「CDショップにあるぞ?」
恐らく765プロ所属の某アイドルさんのことを言っているのでしょう。
「いや、曲の名前じゃないですよ。そのまま、青い鳥です」
「事務所の中には……いないな。蒼が好きな子はいるけど」
そう言ってキョロキョロと辺りを見渡すプロデューサーさんが少しおかしくて、クスリと笑ってしまいます。
「メーテルリンクのお話じゃなくて……オオルリです。日本三鳴鳥の」
「ホシノルリ?」
「オオルリ、です」
あの日、私を導いた鳥はオオルリだったんだろうとおじいちゃんは言っていました。見せてくれた図鑑には雪のように白いお腹と墨を零したみたいに黒い顔と胸、美しい瑠璃色の翼をした小さな鳥が写っていて。そのコントラストに心奪われると同時に納得しました。
――ああ、この子が私を導いてくれたんだって。
「オオルリは渡り鳥で、丁度今渡りの季節なんです。だから公園に行けば会えるかもしれませんよ」
「ふーん、東京にもいるのか」
私も朝まで知らなかったのですが、事務所から歩いて数分のところに野鳥の観測スポットとして人気な公園があります。そこでならいつか私を助けてくれた青い鳥の仲間を、プロデューサーさんに見せることが出来るはずです。
「そうだなぁ。ずっと室内にいてもしんどいだけだし、たまには外に出ないと。お昼休憩の時間にでもお弁当買って寄ってみるか」
「はい。ありがとうございます」
プロデューサーさんはちょっとしたピクニック気分のようです。それならお弁当でも作ってくればよかったな、なんて少しだけ後悔してしまいました。流石に今からはレッスンもあるので作る暇は有りませんが。
「でも急にどうしたんだ? 青い鳥を探しに行こうだなんて。幸せが欲しくなったとか?」
「私にとって、色々な思い出のある鳥なんですよ。だからプロデューサーさんにも知ってほしいなって思って」
どうしてこのタイミングで幼い頃の夢を見たのかは分かりません。でもきっと、青い鳥は私をどこかに導こうとしているのだと自分の中で答えを出しました。
「そっか、わかったよ。それじゃあレッスン後な」
「はい」
レッスン後に青い鳥を探しにいく約束をして、私はレッスン場へと向かいます。少しだけ、ほんの少しだけいつもより軽やかな足取りで。
「お待たせしました、プロデューサーさん」
レッスンは時間通りに終わり、ストレッチでしっかり伸ばした足で事務所の外へと向かいます。
一足先に出ていたみたいで、プロデューサーさんが缶コーヒーを両手に持って立っていました。
「お疲れ、肇。ほら」
「ありがとうございます」
10月に入ると少し肌寒さもあり、冬の訪れを身にしみて感じます。渡り鳥たちもそろそろ日本を旅立つ頃でしょうか。この機会を逃せば、来年の春までオオルリに会えません。
「ふぅ」
あたたかなコーヒーを飲んで体を温めて、私たちは歩き始めました。
「お昼だけど、近くにお弁当屋さんが新しく出来たんだ。そこで買っていこうか」
公園に向かう途中にプロデューサーさんが言っていたお弁当屋さんがありました。お昼時なので少し並んでいましたが、この待つ時間というのも悪くありません。一人で待つにも苦ではありませんし、今は話し相手がいます。順番が来るまでプロデューサーさんと他愛のない話をしました。
「からあげ弁当と……肇はどうする?」
それじゃあ私も同じやつを、と店員さんに伝えます。
「お揃いのお弁当だなんて、あなたたちデートかしら?」
注文を聞いた少しふくよかなおばさん店員はこの手の話題が好きなのか、ニヤニヤとして聞いてきます。どうやら私がアイドルだってことに気付いていないようです。
「ええ、まぁ……そんなところですかね。ちょっと青い鳥を探しに」
「え!?」
プロデューサーさんの思わぬ返答に、私にしては珍しいくらいの大声を出してしまいました。
「あーら! 青い鳥だなんてロマンチックねぇ。みつかるといいわね、幸せの青い鳥! あおいー! とりー! ふふふんふふんふーんふーん! みたいなねぇ!!」
「あはは……」
恐らく何も考えずに答えたのでしょう、おばさん店員の勢いにプロデューサーさんも押され気味です。
「はいお弁当! おばちゃんの愛情も入れてあるからね! でもおばちゃんこれでも315の冬馬くん一筋だから! お兄さんいい男だけどワイルドさが足りないわねえ」
「し、失礼します!」
温めてもらったお弁当を受け取ると私たちは逃げるようにお弁当屋さんを立ち去りました。
「悪い肇、なんか変なことになっちゃって……。アイドルって言うと少し面倒なことになるかなと思ってごまかそうとしたんだけど、余計ひどい目にあった……」
すっかりへとへとになったプロデューサーさんは今度からあのおばちゃんがいない時に買いに行こう、と小さく呟きました。
「いえ、慌てているプロデューサーさんも少し面白かったですし……傍から見れば、私たちはデートに見えるのかもしれませんね」
「かもなぁ」
プロデューサーさんとは年齢も大きく離れているわけではありませんし、実年齢よりも若く見られることが多いらしいので、2人並んで歩くと恋人同士にも見えなくはないのでしょう。
いっそデートにしてみませんか? なんてことを心の中でこっそり言って、手をつないでみようと伸ばしますけど触れたところで引っ込めてしまいます。そんなことをしなくても、隣にいる彼は私を置いていくことはしないって分かっているのに。
近いけど遠いような距離を保ちながら、私たちは目的の公園へとたどり着きました。
日曜日のお昼下がりで人もたくさんいるかと思いましたが、人気のゲームをスマートフォン片手にフラフラと歩いている人も少なく、のんびりとした時間が流れているように思えました。遠くの方では中学生ぐらいの男の子達がキャッチボールをしているのが目に映ります。
「とりあえず弁当を食べようか」
「そうですね。レッスン後なので私もお腹がすいていまして」
「そんじゃ青い鳥の前にベンチでもさがすか」
お腹の虫が鳴いても鳥はやってこないからいうことでベンチを探します。象の形をした大きな滑り台の近くにあった赤色のベンチに2人で並びお弁当を開けて。温めてもらってから時間もそんなに経っていないので、ほんのりとした温かさが心地よさへとつながります。
「「いただきます」」
580円のからあげ弁当は決して特別なものではないのに、晴れた日の公園で彼と並んで食べると、いうシチュエーションのせいか不思議と料理番組で出てきた高級中華料理よりも美味しく感じました。
「あっ、レモン使いますか? 私唐翌揚げにレモンはかけないので」
「そう? でも俺も一回かければ十分かな」
なんてことを話しながらお箸を口へと運んでいきます。耳をすませば木々から鳥たちの鳴き声が聞こえます。あの日聞いたオオルリの鳴き声はどこだろう、と箸を置いて集中してみましたが聞こえてきません。
「のんびり探しましょうか」
お昼の次は夕方のお仕事なので、私も彼も多少のんびりできるぐらいの時間はありました。彼は毎日パソコンを前にしたり車を運転したりと忙しそうにしているので、今日のこの時間ぐらいは鳥たちの声に癒されて欲しい、なんてことを思ってもいたり。
「なあ肇! あの鳥はなんって言うんだ?」
「私もそこまで詳しいわけじゃないですけど……ヒタキの仲間じゃないでしょうか?」
「ヒカキ、かぁ。初めて聞いた名前だ」
「スズメの仲間なんですよ」
お弁当を食べ終わった私たちは早速オオルリ探しを始めます。私はオオルリがどんな鳥なのか分かっているので青い羽を持つ鳥を探しますが、プロデューサーさんは野鳥観察そのものが新鮮なのか、見たことのない鳥を見るたびに楽しそうに私に話しかけてきます。
その姿はスーツを着た大きな子供みたいで、普段のしっかりして私たちアイドルを見守っている彼からは想像できなかった姿に私まで笑顔になってしまって。
「何だかこういうの、いいですね」
「?」
プロデューサーさんは分かっていないみたいですけど、他の皆が見たことのない彼の姿を私だけが知っているみたいで嬉しいんです。なんてこと、間違っても口にはできませんけど。
鳥のさえずりや流れる川の和流はここが都会の一部だということを忘れさせてくれます。夜になると星が見えない眩い街にアイドルとして輝くために来て数ヶ月程が経ちましたが、時々見つけることが出来る都会らしくない場所が私は好きでした。
「案外近くの場所だけど、ほとんど来ることなかったしなぁここ」
彼の言うように、私も今日事務所に来る前にスマートフォンで調べなければここに来るきっかけがなかったと思います。青い鳥は、私たちをこの公園へと導くために私の夢の中に出てきたんでしょうか。
「肇、見つかった?」
「いえ、なかなか見つかりませんね。似た色の鳥はいたんですけど私が見た青い鳥とはちょっと違っていて」
「そろそろ冬が来るしな。もっと早いうちに来ていたら見つかったのかもしれないけど」
オオルリはカレンダーで言うと10月までの鳥です。でもそれは目安にしかなりません。カラスではありませんが、彼らにも彼らの勝手があるわけですからもしかしたらもう皆一時的な止まり木を飛び立ったのかもしれません。鳴き声に耳を傾けてみても、日本語に聞こえる訳もなく。そんなことを考えていると、足元に野球ボールが転がってきました。
「すみませーん! それこっちに投げてもらっていいですかー?」
声の方を見ると先ほどの男の子が右手のグローブを空に挙げています。サウスポーだ、なんて思いながら私はボールを投げ返します。
「ありがとうございました!」
男の子は礼儀正しくお礼をするともう一人の男の子とのキャッチボールを再開しました。
「へえ、結構綺麗なフォームだったぞ」
「そうですか? 野球は父がテレビで見ていたのを横目で見ていたぐらいですし」
岡山にはプロ野球チームもなく父もテレビで見るのに満足して球場に行くということがなく、体育の授業でも特にやったことがなかったので投球フォームを褒められてもイマイチピンと来ませんでした。
「今度始球式の仕事があれば、肇に回すようにしてみようかな?」
でも彼に自分でも知らなかった新しい可能性を見せることが出来た、となると心の中で小さくガッツポーズをします。
探し始めて結構な時間が経ちました。そろそろ次のお仕事の準備をしないといけません。公園を2周くらい回ったところで私たちは足を止めました。
「いると思ったんですけど……」
「あっ、ほっぺ膨らんだ」
いつからかはわかりませんが、どうやら私は無意識のうちに自分が思っていたものとズレたことが起きると頬をプクーと膨らませる癖がついていたみたいです。
プロデューサーさんは子供っぽいところあるんだな、なんて笑いながら頬をツンツンしてきましたけど、正直な所嫌ではありませんでした。
「もう飛んでいったのかな」
「かもしれません。少し、残念ですけどね」
「でも青い鳥を見つけることができなくても、こうやって2人でここに来ることが出来て良かったと思っているよ俺は。肇のこと色々知れた気もするし」
なんてことを彼は恥ずかしがることなく言います。ああ、この人は意地悪だ。そうもストレートに言われるとつい私も目を逸らしてしまいます。
「戻りましょうか。青い鳥はいつだってそばにいるものですから」
「……そうだな」
プロデューサーさんは何か思うことがあったのか、数秒の沈黙の後に事務所へと歩き出しました。
結局オオルリは見つからず、多分もう飛び立っていったのでしょう。テレビスタジオでも探してみたけど、やはりいる訳もなく。
尤も、私に幸福を与えてくれる人たちはすぐ近くにいて――。
「プロデューサーさん、これ……」
「幸せの青い鳥……に見えないかもだけど」
オオルリ探しから数日後、事務所に入った私を青い鳥が迎えてくれました。
「実はあのあと、1日陶芸教室に行きまして……そこで作ってきたんだ」
頬を書きながら恥ずかしそうに見せてくれたそれは、陶芸初心者が作った形のバランスの悪い小鳥でした。図鑑で調べたのか、色こそはオオルリに合わせていますけど所々塗漏れがあり、美術館に持っていけば間違いなく門前払いされるようなものでした。
「下手くそだから嬉しくないかもしれないけどさ……どうかな? 来年の春が来る前に青い鳥が来てくれた、と思えば」
だけど私には伝わったんです。始めてでわからない状態だったとしても、彼の真心が全身に詰まった青い鳥だってことに。
「嬉しいに決まっていますよ、プロデューサーさん。ありがとうございます」
純粋な想いの篭った陶器は、例え下手だとしても輝く。上手にろくろを回せなかった頃におじいちゃんが言ってくれた言葉です。その言葉はアイドルとしても未熟な自分に対しても当てはまる言葉ですし、今目の前にある青い鳥からも強い輝きを感じました。
大丈夫ですよプロデューサーさん、あなたの優しさはちゃんと伝わっています。だから。
「そう? 喜んでもらったのなら何よりだよ」
「そうだ。今度岡山の工房に来ませんか? もっと私のこと知ってほしいんです」
「教えてくれるのか? なら、岡山で出来る仕事探さないとな」
これからも私を導いてください、優しくて不器用な幸せの青い鳥さん。
以上になります。芽衣子と輝子と凛の3人でメーテルリンクなんてユニットを考えたけど気のせいでした。では失礼いたします。読んでくださった皆様、ありがとうございました。
おっつ
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