とある少女のおはなし (73)
私が目を覚ますと、そこは広大な荒地でした。
見渡す限り何も無く、ただ乾いてひび割れた大地のみが広がっています。
頬を撫でる生温い風。
口を開けて一息つくと、ひどく喉が乾きます。
舌を動かすと、砂の味を感じます。
ここは何処なんでしょうか。
そう考えても、自分にはなんの記憶もありませんでした。
目を覚ましてから考えた事や、目にした事象が空っぽの脳みそに刻まれていきます。
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自分が形作られていく。
それは今行われていることであり、これから先も終わることはないでしょう。
一つ、また一つと考え、感じる度に私の性質が変化していきます。
それにしても。
ここは何処なんでしょうか。問いかけても誰も答えてはくれませんでした。
この世界には、自分1人しかいないように感じられます。
改めて顔をあげて、辺りを観察してみました。
そこにあるのは、果てし無く広がる荒野。
一切の起伏も無く、ただただ平坦で、荒廃した地面。
よもや、水平線の彼方まで見えるのではないかと感じるほどでした。
ひとまず、歩くことにしました。
それはとても簡単なことです。少なくとも、私にとっては。
右足を前に踏み出し、重心を移動します。
そして、左足を前に出し、重心を移動します。
たったそれだけのことなのですから。
ひたすらに歩き続けました。
足を踏み出すと、ぺたぺたと地面を叩く音がします。
足の裏には硬く乾涸びた土の感触が直に伝わりました。
空を見上げてみました。
地面を見ていても、同じような景色ばかりで退屈してしまいます。
微妙に霞みがかっているのか、空は不鮮明に映りました。
霞越しに灰色の雲がふわふわと浮かんでいるのが見えます。
また、あまり高くは無いところでは太陽が弱々しい光を放っていました。
だから、この世界はこんなにも薄暗いのでしょうか。
薄暗いというのは視覚的な問題では無く、感覚的な話です。
決して見辛いだとか、遠くまで見えないだとかそういうことではないのです。
あまりにも色彩が少なく、変化に乏しい大地。
空は濁っていて、陽の光も今は力無く私を照らすのみです。
なんの希望も、楽しみも持たせてくれないような世界。
もっとも、それも目を通して感じているわけですから、そういう意味では視覚的な問題とも言えるのかもしれません。
そんな世界を、私は歩き続けました。
歩き疲れたら地面に横たわって眠ればいいのです。
この地面は決して柔らかな土ではありません。
大地の暖かさを感じることもなければ、草のなびく音に包まれるわけでもありませんでした。
乾いて、ひびの入った地面に寝転がることは決して心地よいこととは言えないでしょう。
それでも、私にはそれしか出来ないのです。
ただ歩いて、眠る日々が続きます。
どれだけの時が過ぎたのでしょうか。
相変わらず、私の視界には荒れ果てた土地が広がり、空は濁ったままです。
今日も太陽は弱々しく私を照らし、生温い風が頬を撫でていきます。
右足を前に踏み出し、重心を移動したあと左足を前に踏み出す。
これも、もう何回目でしょうか。
私の足は、健気に動き続けてくれます。
どれだけ疲れていようとも、一度眠れば動いてくれました。
しかしそれでも、あまりに繰り返すと飽き飽きしてくるものです。
決して歩みを止めることはありませんでしたが、そういう時は考え事をします。
この世界には、時の流れがないように感じられました。
太陽は沈むことも昇ることも無く、常に同じ位置を保っています。
景色だって、どれだけ歩いても変化はありません。
同じ場所を回り続けているようにすら思えます。
唯一、時を証明するものといえば私の脳みそくらいでしょうか。
今だって、新しい何かが刻まれています。
しかし、それも私にしかわかりません。
今も空は濁り、地面は枯れているのです。
この、変化の無い世界で時の流れは存在していると言えるのでしょうか。
今日も今日とて、私は歩き続けます。
それでも、この世界で時が進んでいるとは思えませんでした。
はよ
あんまり慣れてない文体なので、めちゃくちゃ遅筆です(´・ω・`)
ちょっとずつあげてくのでご容赦くださいまし
果ての無いように感じていた、この荒野にも果てがありました。
終わりの無いものなんて無い、そんな言葉を何処かで聞いたような気がします。
水平線の先に、わずかに膨らみが見えました。
とても、とても些細な変化です。
しかし私にとってはとても大きな変化でした。
やっと、この荒野から抜け出すことが出来るのかもしれません。
ぺたぺたと足音を立てながら、今日も歩きます。
生温い風が髪を揺らしました。
僅かにですが、野草のような匂いを感じます。
この先には新しい世界が待っている、そう考えると期待が膨らみます。
世界というのは、思っていたより遠くまで見渡せるようです。
僅かに見えた膨らみは、徐々に大きくはなりますがまだまだ辿り着けそうにありません。
しかし、今までとは違って心軽く歩くことが出来ます。
なにせ、目標が目に見えたのですから。
少しずつ、本当に少しずつですが近付いているのが分かります。
今までとは違って、前に進んでいることを感じます。
時が流れているのです。
また少し距離が縮まります。
その膨らみは、山であることが分かりました。
どれほどの高さなのでしょう。
距離がある頃はあまり高くは見えませんでしたが、近付くほどにより高く見えます。
また、新しい色も見えました。
とても深い緑色。あの山には植物が茂っているようです。
頂上に近付くにつれて白が混じっているのは雪というものでしょうか。
未だ知らぬもの。未知。
あの山にはどれだけの未知があるのでしょうか。
生温い風の中に、ほのかに何かを感じます。
今までに嗅いだことのない匂い。おそらくは、あの山からでしょう。
山を見つけてから、どれだけ歩いたのでしょうか。
私は、ようやく。山に辿り着くことが出来ました。
これが、植物の匂い。目の前には背の高い木や雑草が青々と茂っています。
そして、その草木の合間には、道。
誰かが通っていたのでしょうか。
決して舗装されたそれではなく、踏み固め、掻き分けられたような獣道です。
足の裏にひんやりとした感触。
樹々に陽の光が遮られているからでしょうか。
この森自体の空気は冷たく感じました。
足の裏の、踏みしめた雑草はことさらに。
大きく、深呼吸。
息を吸うと、綺麗な空気が身体の中を満たします。
口から肺へ、肺から四肢の先まで徐々に行き渡っていきます。
そして、息を吐く。使用済みの空気に用はありません。
外に出てもらいましょう。
何度か繰り返すと、とても落ち着きました。
少し体が軽くなったように感じます。
傍にあった木に寄りかかって目を瞑ると、音がよりはっきりと聞こえます。
木々のざわめき、吹き抜ける風の音。
私は、そのまま眠ってしまいました。
目を覚ますと、辺りの様子が少し変わっていました。
少し陽が射し、暖かくなったように感じます。
木々の隙間から空を見上げると、太陽が先ほどまでより少し昇っているのが分かりました。
木漏れ日が地面に複雑な絵を映し出し、揺れ踊るのが見えました。
風に揺れる葉の音に合わせて動くそれは、見ていて飽きません。
私は再び歩き出しました。
きっと、この先には更に素晴らしいものがあると信じて。
木々の間、なだらかな勾配を持った道を登って行きます。
途中、水の音が聞こえました。
気の向くままに、音のする方へ。
草木をかき分けて歩きます。
さっき歩いていた獣道と違って、誰も歩いたような跡のない道。
そう、未開拓の土地です。
そこを自分の足で広げていく、それはこんなにも楽しいことだったのでしょうか。
雑草を踏みしめると、青臭い自然の臭いが広がります。
草の揺れに驚いた虫が、がさがさと何処かへ行く音も。
そうして進んだ先には。
どこかひんやりとした、湿った空気。
水の匂いと、微かに香る果物のにおい。
木々の揺れる音は、先程から聞こえていましたね。
目の前には、小さな池がありました。
太陽の光が水面に反射して、きらきらと輝いています。
近くに寄ってみると、その水の透明さに驚きました。
池の底に沈む、砂利の一つ一つまで繊細に目に取ることが出来ます。
そっと足の先をつけてみると、感じるのは肌を刺すような水の冷たさ。
池の淵に腰掛け、足先をバタバタと動かして休みます。
歩き続けて熱を持った脚に、冷たい水が染み渡るのを感じました。
とても気持ち良く、落ち着きます。
目を閉じると、感覚がより研ぎ澄まされたような。
より水の冷たさと、ふんわりとしたにおいが強く感じられます。
・・・この甘い匂いはどこから漂っているのでしょうか?
顔をあげて周りを見渡すと、なんてことはありません。
池の周りの木々に成っている実から発せられているようでした。
幸い、木はあまり高くはありませんでした。
立ち上がって、その実を手に取ってみます。
熟れているのか、力を込めると指先がゆるく沈むのを感じました。
そして、垂れてくる果汁とより強くなる果物の香り。
はよはよ
一口かぶりつくと、口の中に強い甘みが広がりました。
今までの栄養がぎゅっと圧縮されたような、煮詰められたような甘み。
そのまま、私の意識は遠くなっていきました。
浮かんでいく感覚の中に、足の先に触れる水面の冷たさがやたら鮮明でした。
目を覚ますと、見知らぬ場所に私は座っていました。
荒れ果てた遺跡でしょうか、崩れた天井から月の明かりが差しています。
地面は苔むし、壁には蔦が生い茂っていました。
どこからか、水が落ちる音が響いています。
ぴちょん、ぴちょん。
朽ちた遺跡に、響き渡る水の音はどこか幻想的で。
天井の隙間から空を覗くと、そこには星空が広がっていました。
この光景を絵にすることが出来れば、きっとその画家は歴史に名を刻むことが出来るのでしょう。
しかし、今この景色を見ているのは私だけです。
自分だけの景色、ちょっと気分が良いですね。
別に目的地があるわけではありません。
気の向くまま足の向くままふらふらと一人旅。
たまに休んでもいいでしょう、眠ってばかりな気もしますが。
崩れた瓦礫に腰掛け、空を眺めます。
時折、流れていく星に願い事をしてみたり。
ゆっくりと時間が流れていきます。
ーーーさて。
他にもこんな、素晴らしい景色を見つけることが出来るのでしょうか。
期待に胸を高鳴らせつつ、さらに歩くことにしました。
空には大きな三日月。
ひんやりとした風が頬を撫でていきます。
外に出てから気付きましたが、ここは山の頂にあたる場所のようです。
後ろを振り返ると、最初にいた荒野が大きく広がっていました。
相変わらず荒れ果てた、何の変化もない土地です。
もちろんこちらに行くつもりはありません。
改めて前を向きます。
その先には一面に広がる白。
そこから吹きつけてくる風は、肌を刺すように冷たくて。
それでも私は進みます。
一歩ずつ、雪の降る方へ。
暫く歩いて振り向くと、もう山の頂のあの遺跡は見えませんでした。
あるのはただただ降り続ける白い雪と、暗い緑色をした木々が揺れるのみです。
この雪はいつから降っていたのでしょうか。
いずれ止むのでしょうか。
私の脛ほどまでに積もった雪が、行く手を阻みます。
一歩歩くたびにぎゅ、ぎゅ、と独特な音がします。
どことなく間の抜けた音。
足を上げるたびに、積もっていた雪が再び宙に舞い上がって。
そして重力に従ってまた落ちます。
程なく、疲れで身体が重くなってきます。
歩くのはもう慣れたものですが、雪道は勝手が違ってきます。
乙
今までのように、地に横たわって眠るわけにもいきません。
目が覚めた時には、雪の下に埋まっていそうです。
どこか休める場所はないでしょうか。
そうして探し始めるとすぐに、洞窟を見つけました。
都合の良いことです。
人が4人並べる程度の、狭くも広くもない洞窟。
雪が入ってこない程度の奥まで進み、横たわって膝を抱えるとあっという間に眠りにつきました。
夢の中。
幻想的な光に包まれて。
ここはどこ?
上を見るとゆらゆらと揺れる水面。
太陽の光が煌めいて、輝いて。それがとても綺麗で。
ここは水中なのでしょうか。
下を見ると輝く星空。
暗い暗い、深い深い闇夜に浮かぶ星々。
その中に一際大きく輝くのは満月。
青白い月に向かって手を伸ばしても、その手は届きません。
そのうち月が沈んで、星が見えなくなって。
朝が来ます。
おつ
目を覚まして外を見ると、雪の眩しさに顔をしかめます。
相変わらず雪は降り続けていました。
眠る前は脛ほどだった雪も、今は腰の高さまで積もっています。
寝る前には気付きませんでしたが、目を凝らして見ると洞窟にはまだ奥があるようです。
相変わらず都合の良い話。
ここでぼんやりしていても何も始まらないでしょう。雪がいつ止むかもわかりません。
手を前に伸ばしながら、おそるおそる洞窟の奥へ。
当然の如く進めば進むほど光が遠のき、視界が暗くなっていきます。
壁に手をついて、ゆっくりと前へ。
数分ほど歩くと、光が見えました。
真っ黒に塗りつぶされた中に、ぼんやりと浮かび上がる青白い光。
近付いて見てみると、そこには可愛らしいきのこがひょっこりと顔を出していました。
隣にはゼンマイのような形をした植物が。
そのどれもが青白く、優しく輝いて神秘的な雰囲気を醸し出しています。
決して強い灯りではありませんが、道を示すには十分な輝き。
淡く青く光る中を、ゆっくりと歩きます。
しばらく歩くと、広いところに当たりました。
未だ洞窟の中、相変わらずぼんやりとした光の群れ。
そして、その光に照らされた湖。
水面にぼんやりと青白い光が浮かび上がっています。
そしてその中を、乳白色の魚がすいすいと泳いでいるのが見えました。
水に手を付けてみると、ひんやりと冷たさが指先に染みていきます。
それを手でひとすくいして、そのまま顔に。
ぱしゃあ。
最近こういうシュチュエーション見るとウラン鉱脈を見つけてしまう想像しちゃう
さっぱりしたところで、また先に進みましょう。
お魚さんに別れを告げて更に奥へ。
幻想的な景色の中を歩き始めて程なく、発光植物の数が減り始めました。
それに代わるように、赤い鉱石がこれまた薄暗く洞窟の中を照らし始めます。
澄み切って、冷たかった空気もじわりと熱気を帯び始めて。
場所が変わりつつあるのでしょう。
あの寒い冬山から、また別の場所へ。
壁によって鉱石に手を当ててみると、火傷するような強い熱を感じました。
不思議な鉱石です。
更に奥へと進みます。
わずかに表面が露出している程度だった鉱石の主張が激しくなって、壁から飛び出るように出来ている物すら見かけるようになりました。
所々に出来ている穴からは、もやもやと水蒸気のようなものが噴き出しています。
額に触れると、じんわりとにじむ汗。
しばらく前の冷たい空気が恋しくなってきました。
めげずに歩き続けた先には、大きく開けた場所がありました。
どこかに出口があるのでしょうか?
ここにずっといると倒れてしまいそうです。
探し始めて程なく、祠のようなものを見つけました。
木ではなく石で出来たそれは、既に風化が進んでおり所々欠けてはいますが、それでもなおこの場所と相まって神々しさを感じさせてくれます。
祠に積もっている灰を払い、少し手を合わせて祈ります。
特に願いはなかったので、ふんわりとしたお祈りになってしまいましたが。
かさり、と近くで何かが動く音。
目を向けると体に宝石の埋まった、綺麗なトカゲのような生き物。
私に気付いてかは分かりませんが、どこかを目指して行きます。
せっかくなのでついていくことにしました。
改めて変わった生き物です。
乳白色の体の所々に埋まっている宝石が、溶岩や他の鉱石の光を反射して輝きます。
出来ることならばもっと眺めていたかったのですが、残念ながらここで終わりのようです。
私には入れないような、小さな穴倉の中へと入って行きました。
あの生き物の巣なのでしょうか。
そして、その穴のそばには上へと繋がる階段が。
恐らく巣に帰っただけなのでしょうけど。
それだと味気ないので、さっきの祠の神様の遣いが私を導いてくれた、ということにしましょう。うん。
階段を上って行きます。
先程までとは違い鉱石の灯りがありません。
僅かに届く光を頼りに見てみると、松明を立てかけるような金具と、そこに刺さった炭。
昔はここに、煌々と灯りがともっていたのでしょう。
所々に設けられた踊り場で休みながら、ゆっくりと上り始めてようやく外の光が見えてきました。
この外には一体何があるのでしょう?
外から差し込んでくる光。暗がりに慣れた目には眩しいものです。
あと、少し。あとーーー。
急に視界が揺らぎます。
私が揺れているのか、地面が揺れているのか。
世界が転がって、暗くなって、遠くなって。
再び夢のなか。モノクロームの世界。
森の奥の小屋の前、可愛らしい赤ちゃんを胸に抱いた女性が微笑んでいた。
雨の降る戦場。どこかの兵隊が、守れなかった街の前に立ち竦む。頬に伝って居るのは涙か雨か。
それは彼にしかわからない。
どこかの街。男女の間で微笑む子供。仲良く手をつないで、お揃いのニット帽を被って。
世界が色付き始める。
きらびやかな街の灯り。白い雪。青いマフラー。緑のニット帽。赤黒いレンガ。
また世界が暗くなって遠くなる。
遠く、遠く、遠くーーー。
乙
目を覚ますと街の中にいました。
恐らくはベンチだったそれは、所々欠けてはいますがまだ用は成せるみたいです。
既に枯れ果てた噴水。囲むように並ぶベンチ。手入れがされなくなった木々は各々が望むように伸びて、力強く根を伸ばしています。ここは広場だったのでしょう。
建物は既に崩れ蔦に覆われ、恐らく街を明るく彩っていた街灯ももう輝きません。
見上げると一面灰色の空。
雨が降る・・・程でもなさそうですが、厚ぼったく広がるそれは、太陽の光を遮って世界を暗く濁らせていました。
足元を眺めると、綺麗に敷き詰められていたはずのレンガは砕けて窪み、気をつけて歩かないと転んでしまいそうです。
この街から人がいなくなって、どれだけの時が経ったのでしょうか。
おそらく美しい街だったはずのここは、既に朽ちてしまったようです。
街の外れの方へやってきました。
中の方と比べて、より一層寂しい雰囲気を感じるのは。
やはり墓地があるからでしょう。
墓を囲う鉄柵は形こそ保っていますが、錆び付いて。
綺麗に保たれていたはずの園内にも雑草が生い茂っていました。
ここの墓地にはどれだけの死者が眠っているのでしょうか。私にはわかりませんが。
せめて安らかに眠れるよう、黙祷を捧げていきましょう。
ーーー。
乙
街を離れてしばらく歩くと、綺麗な平原にやってきました。
いつの間にか空も晴れて、青い空と白い雲、緑色の平原が美しく彩られています。
そしてその中に小屋が一軒。
木造の小綺麗なその建物は、この今まで見た物の中で珍しく風化していませんでした。
建てられた時のままのように、綺麗な外観を保っています。
きぃ、と音を立てながら扉を開けると香るコーヒーの匂い。
カフェだったのでしょうか。並べられたテーブル、カウンター、奥のキッチンには瓶に詰められたコーヒー豆。
大きく作られている窓からは、外の景色を良く見ることが出来ます。
椅子に腰掛け、机に寝そべると微かに感じる木の匂い。
窓から差し込む日の光。
風に揺らぐ草の音。
とても優しい空気が流れています。
一人でも、孤独を感じさせないような。暖かく包まれているような。
まるで時間の流れから切り離されているかのような、とてもゆったりとした気持ちになります。
やらなくてはいけないこと、急がなくてはいけないもの。
そんな抱えている何かを、少しだけ支えてくれるようです。
意識がぼんやりとしてきました。
大きく息を吸って、吐いて。
目を瞑ると視界が遮られて、匂いと音が強く感じられて。
そして。
どこかの町。夕暮れ。
子供達が思い思いのところで遊んでる。
公園、グラウンド、友達の家。
キラキラした笑顔。まだ声変わりしていない、高い声。
ずっと続けば良いのに、なんてことも考えずただ遊ぶ。
あっという間に日が暮れて、ばいばい。
夜。人気のない公園。
誰かが1人、ベンチに座って空を眺めてる。
時折通りかかる人は皆、早歩きで足元を見つめてた。
上には星が出ていて、月も輝いて。その間を縫うように雲がゆっくりと流れてて。
ありふれた景色。それをじっと眺めてる。
ーーー目を覚ますと、今度は砂浜に横たわっていました。
サラサラとした、指の隙間から抜けていくような砂。寄せては返す波は、触れるとひんやりとしています。
先ほどとは違い、吹き付ける風には強い潮の香り。
日が暮れかけた空は、桃色と紫色の絵の具を混ぜたような、微妙な色合いを醸しています。
何処となく感傷的になるような。
胸がモヤモヤと、霞みがかっているような。
この海はどこまで広がっているのでしょうか。
ただただ弓なりに広がる水平線。
目を細めて見ても、うんと背伸びをして見ても奥は見えません。
どこかふわふわとした気持ちのまま、ぼんやりと砂浜を歩きます。
しゃく、しゃく、と砂が沈んでは押されて音を立てて。
そうして出来た私の歩いた跡は、波に覆われ隠されていきます。
私の前にも、後ろにも道はありません。
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