曜「見て!イルカの真似ー!」 (39)
・サンシャインSS
・地の文あり
・ようちか、ようよし中心
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大きな声に顔を上げてみれば、曜が一瞬のうちにプールに飛び込むところだった。
大きな水しぶきが上がるかと思ったが、そうでもなかった。
それよりも、曜の動きに、水に飛び込むその身体に、無邪気に笑うその笑顔に、意識を奪われていた。
曜「ね、善子ちゃん!どうどう?似てた?」
善子「そ、そんなのわからないわよ。」
ぶっきらぼうに言った自分に、そっかと困ったように笑う。
本当はもう1回見たい。それくらい輝いて見えた。
でも、もう一度なんて頼んだら変だと思われはしないだろうか。
善子「こ、今度は技とか、見てみたい、かも。」
他の技ならいいだろうと、恐る恐る頼んでみた。
曜「ほんと!?よーっし、この渡辺曜にお任せください!」
曜はおどけた調子で走り出す。
入念に身体を伸ばし、台にのぼる。真剣な顔つき。
タンッと乾いた音ともに空中に跳び上がった曜は、くるくると回転し、再び静かに水に消えた。
善子「す、すごい…。」
思わず呟いてしまう。自由に宙で回転する曜は、なんだか天使みたいだと思った。
曜「えっと、今のがこういう技でね、次にやるのが――」
ざぶざぶと泳いで戻って来て、自分の顔が晴れてきたのに気が付いたのだろう。
曜が勢いづいて説明してくれる。
しかし自分は、相変わらず最初の1回のことを考えていた。
飛び込みのことはよくわからないけれど、あの1回が一番好きだった。
何の技も含んでいない、ただ跳んだだけ。
それだけなのに、やたらと惹かれた。
曜はというと、自分にビデオカメラを託し、いつの間にかフォームの確認を行っていた。
こうなってくると、もはやただの自主練習である。
善子「まったく、曜さんは…。」
何となくふわふわした気持ちを抱えながら、カメラを構えた。
曜「ねえ、元気出た?」
善子「えっ…。」
勝手に練習した後、体を拭きながら唐突に聞かれた。
善子「うん、ありがとう…。」
驚くほど素直に言葉が出た。やはり、敵わない。
今日は曜と2人で出掛ける予定だった。
コスプレ趣味のある曜は、2人一緒なら出歩いても恥ずかしくないだろうと自分をショッピングに誘ったのだ。
制服(浦の星のものではない)女子と、黒い羽根を振り歩く自分。
それは本当に恥ずかしくないのだろうかと疑問に思った。
曜とは帰り道は同じだったが出掛けるのは初めてだったので、前日は入念に準備をした。
ところが当日、雨は降るしバスは来ないし、待ち合わせに遅れるどころかボロボロの姿を晒す羽目になってしまったのだ。
悔しいやら申し訳ないやらでずっと押し黙ったままだった自分を心配したのだろう。
よかった、なんて笑う曜の表情が眩しくて、目を細めた。
曜「ねね、じゃあプリクラ撮ろうよ!せっかくだしさ!」
善子「え、さっきも撮ったじゃない。」
曜「何枚あってもいいんだよ!それに善子ちゃんに笑顔も戻ったしね。」
そういうことをさらっと言うあたり、自分とは生きる世界が違っている。
善子「ま、まあいいけど…。」
ヨハネよ、と訂正する気は完全に失われていた。
曜「おお、これなんかよく撮れてるよ!」
曜がうれしそうに指をさす。
善子「ほんとね!じゃあ曜さん描き込んじゃってよ!」
自分の気分もすっかり元通りだった。
曜「えー、善子ちゃん描いてよ!私絵はあんまり…。」
善子「あれだけの衣装のデザイン案描いてる人が何言ってるの…。」
曜「いいの!今日は善子ちゃんが描くの!」
善子「わ、わかったわよ!それならヨハネの華麗なペン捌きを見せてあげる!そう、堕天使が世界を創造するのだ…!」
曜「おおーっ!出ました!じゃ、これね。」
善子「あ、う、うん。」
ずいっとペンを渡される。何を描こうか。
『堕天使降臨!』……違う。今日は2人なのだ。
『水の精霊と堕天使ヨハネ』……なんだかアンバランスだ。
『リヴァイアサン』……いやいや、そんな大仰な。
うんうんと唸ったあげく、ちらと曜の方を見る。
不意に、笑顔で水に飛び込む曜の姿が思い出された。
善子「じゃあこれで!」
曜「おおっ!…おお?善子ちゃん、これでいいの?」
善子「いいの!今日だけ、特別なの!」
曜「ならいいけど!」
『曜アンドエンジェル』
今日だけ、憧れたんだ。くるくると空を飛ぶ、白い羽根を持つ天使に。今日だけ。
――――
――
―――
タンッ、タタンッ、ザッ――
砂を巻き上げ、足を止める。
千歌「はいストップ!」
数歩先で千歌がカメラを止めて一言叫ぶ。
曜「ふぅ…。ねえねえ千歌ちゃん、何点だった?」
千歌「えっと、ちょっと待ってね…。うーん、8.5点!」
曜「おお!ちょっと上がった!」
千歌「曜ちゃんすごいよ!もうこんなにミスが減ってる!」
曜「千歌ちゃんとの特訓の賜物ですなあ!」
千歌「いやあそれほどでも。」
ふざけあいながら機材を畳む。
最近、自分は千歌と2人で砂浜でダンスの特訓をしていた。
お互いにフォームを撮影して、採点しあうのだ。
特訓を経て、自分はだいぶダンスに慣れてきたと思う。
本格的には身体を動かしてこなかった千歌の成長はより著しい。
少し前と比べて、格段に動きがよくなった。
千歌「いやあ、いい汗かきましたなあ曜さんや。」
曜「そうですなあ千歌さんや。」
なんて、適当な言葉を掛け合う瞬間が一番好きだ。
特訓は自分が千歌を独占できる時間でもあった。
千歌「そういえば曜ちゃん、明日はまた善子ちゃんとお出掛けなんだよね!どこ行くのー?」
曜「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!何と私たち、水族館に行ってまいります!制服で!」
千歌「やめたほうがいいと思うけどなあ…。」
曜「千歌ちゃんは明日ダイヤさんとコンサートだっけ?」
千歌「うん!ルビィちゃんも一緒だよ!」
3年生の一件以降、ダイヤたちとの距離もかなり縮まっている。
千歌「お土産買ってくるよー。」
曜「ええっ!いいよいいよわざわざ!」
千歌「でも誰かさんが泣いちゃうかもしれないからなあ…。」
曜「その節はご迷惑おかけしましたっ!」
顔を見合わせてふふっと笑いあう。ダイヤたちとの距離だけではない。
千歌との距離も、ちゃんと縮まっていた。
千歌「それにしても水族館か…。善子ちゃんも人が悪いなあ。」
曜「えっ?」
千歌「なんでもなーい!」
曜「ええっ!気になるよー!」
その日千歌は頬を引っ張ってみても、くすぐってみても、何をしても口を割らなかった。
―――
果南「えー、喉を痛めた馬鹿ダイヤに代わりまして、私松浦から連絡です。」
練習後、果南が手を挙げて口を開いた。
鞠莉「ほんと、ダイヤは、ほんっと!」
このこの、なんて鞠莉が不機嫌なダイヤの頭を叩いている。
昨日のアイドルコンサートで叫びすぎたらしい。さすがに自業自得だと思う。
それに比べて自分たちは節度ある遊び方をしてきたものだ。
善子とまわった水族館を思い出して、頬を緩める。
服装に節度があったかどうかは定かではない。
そういえば、連絡がどうとか。
果南「今日の報告はー、じゃじゃん!今度のイベントで踊る新曲が決定したんだ。」
曜「えっ。」
さっと千歌の方を見る。新曲などの情報は、いつもリーダーである千歌から真っ先に入ってきていた。
視線に気づいたのか、ちょろっと舌を出して見せた千歌を睨み付ける。わざとか。
果南「曲名は『恋になりたいAQUARIUM』…センターは、曜!」
曜「え、え?」
千歌「うん!センターだよ、曜ちゃんっ!」
曜「え、ええええええええ!?!?」
曜「もう、黙ってるなんてひどいよ千歌ちゃん!」
千歌「ごめんごめん、驚いた顔が見たくてー!」
千歌「それに曜ちゃんのセンター、私が提案したんだよ!どうしてもって!」
梨子「ほんとよ、曜ちゃんにぴったりな曲作ってくれーって、うるさくてうるさくて…。」
千歌「だってー!」
曜「え、な、なんでまた…。他に向いている人いるんじゃ…。」
自分はセンターというポジションには向いていないように思われた。
もっと華やかで、魅力のある人がやった方がいいのではないか。
それこそ自分にとって、Aqoursのセンターはいつも、千歌の太陽のような笑顔だった。
千歌「私が曜ちゃんのセンター見たかったの!やってほしいなあ…。だめ?」
曜「うっ、ず、ずるいよ千歌ちゃん…。」
千歌がこちらを見上げてくる。
そんな顔をされては断れない。
千歌「やったっ!」
梨子「まったく千歌ちゃんは…。でも、私も見てみたいなあ。ほんとに。」
曜「梨子ちゃんまでぇ!」
千歌「はい、これ歌詞ね!」
曜「う、うん………え、ええ、これって!ち、千歌ちゃんが書いたの!?」
千歌「え、うん、最初はそうだったんだけど、曜ちゃん用の曲作ってるって言ったら鞠莉ちゃんが書き加えて、
サビとかはあらかた…。曜ちゃんにはこれがいいって言ってたけど、どう意味だったのかなあ…?」
曜「鞠莉ちゃあああああん!!」
一度相談に乗ってくれて、頼りになると思っていたらこれだ。
今度会ったら絶対一本背負いしてやる。
―――
ダイヤ「1,2,3,4,1,2,3,4、…」
ダイヤが手を叩いてリズムをとる。
自分のセンターが決まってからの練習では、ダイヤがダンスを見てくれていた。
ダイヤ「はい、ストップですわ!」
花丸「つ、疲れたずらー!」
果南「うん、いい汗かいたね!みんななかなかだったんじゃない?」
ダイヤ「そうですわね。短期間でよく仕上がっていると思いますわ。」
ダイヤが満足そうに頷いている。
ダイヤ「特に曜さん。」
曜「えっ、はい!」
ダイヤ「ミスも少なく、一番の出来でした。さすがですわね。」
曜「え、そうかな、そんな…。」
なんだかむずがゆい気持ちだった。飛び込みのコーチに褒められた時と、同じような。
曜「へへ、9.0点ですからね。」
ぼそっと呟いてみる。
ダイヤ「9.0点…?」
曜「あ、いや、なんでも…。」
千歌「ふふっ。」
千歌との特訓は順調そのものだった。
自信はないが、何といっても初めてのセンターなのだ。自然と気合も入る。
連日千歌を連れ出しては砂浜でダンスを見てもらっていた。
善子に話をすると、相変わらずストイックね、なんて嫌な顔をしていたけれど。
さあ、今日も砂浜で練習だ。
千歌にしっかりとしたパフォーマンスを見せなければ。
つまんね
―――
千歌「うーん、9.0点!」
曜「ええー!またあ?」
千歌「う、うん。ほら、ここのステップのところ…。」
曜「ほ、ほんとだ…。はあ、これで5日連続だよ…。」
ここ数日、点数は下がることはあっても上がらなかった。
ある程度進んだところで壁にぶつかる。
スポーツにそういう時期があるのは経験上知っていた。
ダンスも同じなんだろう。
千歌「でも9.0点ってすっごい高いよ!今までの曲で一番だよ!」
曜「せっかく千歌ちゃんが推薦してくれたんだもん、お客さんのためにもちゃんとしたいよ。」
千歌「曜ちゃん…。」
曜「ご、ごめんね変なこと言って!」
千歌「ううん!嬉しかったんだ!センターに推薦したの、迷惑だったかなって思ってて…。」
千歌が眉を下げて笑う。
曜「全然!そりゃ最初はびっくりしたけど…。今は頑張ろうって思えるよ!
当日たくさんお客さん来るんだもんね。期待に応えて見せましょう!」
ふんと息を吐いて腕を捲ってみせると、千歌がほっと表情を緩めた。
千歌「よかった!一緒に頑張ろうね!あ、でも無理しちゃだめだよ?」
曜「無理なんてしてないよー。飛び込みの練習に比べたら平気平気!」
千歌「それもそっか!」
機材を担いだ千歌がたたっと駆け出す。
自分もカメラを回収しなければ。帰ったらお風呂に入って、髪を乾かしている間にフォームをチェックして…。
効率的なスケジュールを頭の中で組み立てる。
ここ数年、ずっと行ってきていたことだった。
―――
ダイヤ「そこまで、ですわ!」
鞠莉「Great、ね!」
ダイヤの合図と同時に、鞠莉がくるくるとはしゃぐ。
善子「ククク、漆黒の堕天使降臨の舞の美しさに――」
花丸「静かにするずら、善子ちゃん。」
善子「だからヨハネよ!」
ルビィ「で、でも、ほんとによかった気がします!ルビィもミスしませんでした!」
ダイヤ「さすがはルビィですわぁ!…皆さんも、今までで一番の出来でしたわ!」
梨子「うんうん、やっぱり曜ちゃんすごかったよ。何か、気迫?みたいなものが。」
曜「そ、そうかなあ?私はミスしないように頑張っただけなんだけど…。」
梨子に言ったとおりだった。ここ数日で自分の癖を研究して、今日はじめて、細かいミスすらなく踊ることができたのだった。
果南「曜は飛び込みやってるから、フォームには強いのかな。私も教えてもらわなきゃね。」
ダイヤ「そうですわね。果南さんは相変わらずフォームが雑すぎですわ!」
果南「うわ、なんか飛んできた!変なこと言わなきゃよかった…。」
あはは、なんてみんなが笑う。
今日はすごく気持ちがよかった。
ダイヤの言う通り、今までで一番の出来だったのではないだろうか。
不意に、今日なら点数を更新できるかもしれないと思いついた。
曜「ねえ千歌ちゃん、この後さ。」
千歌「ええ!今日も?今日はやめとこうよー。」
珍しく千歌が渋っている。そういえば、今日は千歌の好きなドラマが放映される日だ。
曜「お願い!1回だけ!」
1回だけなら間に合うだろう。
計算の結果同じ結論に達したらしい千歌は、けろっと表情を戻してついてきた。
曜「千歌ちゃん!何点だった!?」
思わず大きな声が出てしまう。
全体での練習に続いて、今回もノーミスだった。
千歌も興奮したように動画を見返している。
千歌「9.5点!9.5点だよ曜ちゃん!」
曜「やったああああ!更新だ!更新!」
千歌「曜ちゃんよかったああ!やったやった!」
2人で飛び上がって喜んだ。
千歌「ノーミスだよ!ノーミス!」
曜「今日の練習でちょっとつかんだんだ!いやー長かった!」
千歌「これは私も頑張らなきゃだね!あ、でも今日は家に…。」
曜「わかってるよ、ドラマでしょ?梨子ちゃんと善子ちゃんも見てるやつ。」
千歌「そうそう!先が気になっちゃってさー。曜ちゃんも見ようよー!」
曜「うーん、前見たんだけど途中で寝ちゃって。」
千歌「えぇ…。」
そりゃないよと肩を落とす千歌の隣で、カメラをしまう。
ふと、千歌のつけた点数が気になった。
曜「そういえば千歌ちゃん、残りの0.5点って何だったの?」
―――
曜「ふぅ…。」
入浴を済ませ、カメラを起動させる。
結局、千歌にも残りの0.5点の理由ははっきりとわからないようだった。
千歌の要領を得ない回答に、少しきつい言葉を投げてしまった。
すぐに謝ったら許してくれたけれど、反省しなければ。
千歌は自分のためを思って言ってくれている。
センターとして、ライブで最高のパフォーマンスをするためには、真摯に受け止めなければ。
曜「でも、わっかんないなあ…。」
パタンとカメラを閉じて、ベッドに寝転がる。
曜「明日、善子ちゃんにも聞いてみようかな…。でも、困るだろうな…。」
生徒会長のダイヤや、それを手伝う果南は忙しい。
鞠莉も仕事を抱えているし、何よりまだ歌詞の恨みを晴らせていない。
梨子にはすでに動画を送りつけている。
何かしらアドバイスをくれるだろう。
眠ってしまう前にともう一度再生させる。
何度見ても、ミスなく踊る自分の姿しか映っていなかった。
―――
千歌との特訓の話は秘密にはしていない。
善子に点数を自慢した。
相も変わらず、うげ、なんて声を出していたけれど、その後小さくおめでとうと言ってくれた。
0.5点が気になるのだと言うと、細かいこと気にしすぎよ、とばっさり切られた。
善子「それより今日はどうするの?」
曜「えー、善子ちゃんが決めてよー。」
善子「こういうのは先輩が決めるものでしょ!」
善子とはもう何回も出掛けていて、目的もなく誘えるほどの仲になっていた。
今日は練習終わりだったので、2人とも学校の制服である。
善子「うーん、うーん、じゃああそこ、この前出来たお店。」
なんだかんだ案を出してくれる善子に心の中で礼を言いながら、店へ向かった。
カフェでお茶して、店を見て回って。
もう何度も訪れた店もあったけれど、他愛ない話をしながら歩く。
自分は千歌や梨子との話やユニット練習の話を、善子は花丸やルビィとの話をよくする。
善子から聞く花丸の話は意外なものが多く、いつも興味をそそられた。
今日は、自分が少しダンスの話をしすぎたかもしれない。
途中で気になったが、善子が気にする様子はなかった。
帰り際にプリクラを撮るのも、1つのお決まりになっていた。
善子にペンを渡すと、これもお決まりになった文句を一言。
『曜アンドエンジェル』
まったく、どこが堕天使なんだか。
難しい顔でペンを動かす善子の顔を見ながらそう思った。
別れる際、細かいことは気にしちゃだめよと、念を押された。
そんなに気にしているように見えただろうか。
―――
点数は完全に頭打ちかと思われた。
千歌との特訓は続いていたが、やはり千歌は10点だとは思っていないようだった。
何かが足りないと言っていたが、何が足りないのだろうか。
全体練習の後、ダイヤに呼び出された。
曜「えっと、何かあったかな…。」
ダイヤ「いえ、今日呼んだのは、ダンスの件ですわ。」
どきりとする。
ダイヤ「曜さんのダンスはミスもなく、十分なクオリティに仕上がっていると思いますの。」
曜「あ、ありがとうございます…?」
ダイヤ「それで、ここからはわたくし個人の感想なのですが…」
前置きした後、ダイヤは言葉を続けた。
ダイヤ「もう少し自由に踊ってみてはいかがですの?」
曜「自由に…?」
言っている意味がよくわからなかった。自分は自由に踊っているつもりだった。
ダイヤ「スクールアイドルのダンスで重要なのは、やはり見ていただく方々へのアピール!小さくまとまったダンスでは足りませんわ!」
やや鼻息を荒くしたダイヤが解説してくれる。
ダイヤ「クオリティは十分です。そうですわね、もう少し身体を大きく動かしてみるなど、工夫してみては、と思ったのですわ。」
今度は理解できた。どうやらダイヤは「のびのび」踊れと言いたかったらしい。
飛び込みでもよく言われることだ。硬い動きは魅力的には映らない。
千歌が言いたかったこともこういうことだったのだろうか。
曜「了解!頑張ってみます!」
ダイヤに1つ敬礼をして、屋上へ向かう。
これでしっかり踊れるだろうか。センターとして、恥ずかしくないくらいに。
とにかく、千歌へ見せる前に試してみよう。
結果は散々だった。一か所を大きく動かせば、当然ほかの部分にもずれが出る。
そちらに対処すればまた他の場所に…。
最初に決めた踊りからは少し外れてしまうのではないかと思われた。
これでは千歌にいい点数をつけてもらえない。
せっかく推薦してもらったんだ。10点満点の踊りで本番に臨まなければ。
曜「やっぱり、もう少しちゃんとしないといけないのかな…。」
もやもやした気持ちを抱えながら、砂浜へ向かった。
――――
――
―――
善子「曜さんと千歌さんが喧嘩?」
梨子「そうなの!助けてよっちゃん!」
ユニット練習中、梨子が泣きついてきた。
鞠莉「Oh,喧嘩、ですか。Why?」
梨子「そ、それが――」
梨子によると、どうやら普段からしている特訓中での喧嘩だったようだ。
曜のダンスに対して千歌がぼんやりと何か足りないものを感じていて、曜は曜でもどかしい思いを抱えていて…。
先日曜から聞いた通りの話だった。喧嘩にまでなってしまったとは。
梨子「昨日から2人からのLINEが止まらなくて…私、もう…。」
梨子は完全な板挟み状態らしい。
とはいっても2人ともかなり凹んでいるだけで、険悪というよりはお通夜と言った方が正しいようだった。
鞠莉「あの2人もなかなか難しいわね。」
善子「それで、どうして私なのよ?」
梨子「だってよっちゃん、曜ちゃんと仲いいし。」
善子「それは、まあ…。」
確かに曜は、花丸とルビィを除けば、一番頻繁に出掛けている相手かもしれない。
梨子「ね、よっちゃんお願い!話聞くだけでもいいから!」
必死な梨子を見て諦めの念がわいてくる。
善子「ま、まあこのヨハネに任せておきなさいリリー!」
見通しもなく、引き受けてしまった。
曜「……。」
善子「……。」
帰り道、曜と2人になった。
曜は見るからに意気消沈していた。
善子「曜さん。」
曜「うぇ!な、なに?」
善子「あの、千歌さんと喧嘩したって…。」
曜「ななななんで!?…あ、梨子ちゃんか…。」
少し考えて納得したらしい曜は、大きく息を吐いた。
曜「善子ちゃぁぁぁぁん…どうしよぉぉ……。」
自分はというと、少なからず困惑していた。
千歌にしても梨子にしても曜にしても、自分にとっては眩しい先輩たちだ。
外の世界は眩しすぎると言うくせに、自分の世界にも籠りきれず、ちらちらと外を窺っていた自分を
引っ張ってくれた、尊敬すべき人たちだった。
それが、揃いも揃って喧嘩したり凹んだり、梨子と曜に至っては自分なんかに泣きついてくる。
しかし、梨子に約束してしまったのだ。
善子「ふ、ふふん、なんでもこのヨハネに話してみなさい!えーっと、その…。」
なぜか曜と一緒にいるといつもの調子が出ない。
なんだか堕天使ヨハネが急にちっぽけなものに思えてしまう。
曜「うん…、前、千歌ちゃんとの特訓の話はしたと思うんだけど…。」
黙って曜の話に耳を傾ける。大筋は梨子から聞かされたものと変わらなかった。
だから、内容よりも曜の様子に注意を傾けた。
下がった眉、せわしなく動く目線。
動揺しすぎである。
あの日憧れた白い輝きはすっかり色褪せてしまっていた。
善子「クク、ククク…!迷えるリトルデーモンよ…この聖書を受け取るがよい…。」
曜「よ、善子ちゃん?ふざけてるわけじゃないんだけど…。」
曜の言葉は無視する。今は、どうしてかすんなり言葉が出てきた。
善子「天界の針が八つ時を刻むとき…この呪文を遥かなる知識の海で唱えるがよい!」
伝えるだけ伝えて、曜を置いて走り出す。
曜「ち、ちょっと善子ちゃん!?もう!」
後ろで曜が怒っていたが、無視して走り続けた。
―――
自宅に帰って、善子がくれた紙を見直してみた。
何が聖書だ。どうということはない単なるルーズリーフだった。
表に大きく何かのURLが書かれている。
ここにアクセスしろということだろうか。
そういえば、八つの時がどうのこうのと…。8時にアクセスするのだろうか。
曜「もっとわかりやすく伝えてくれないと…。」
ため息をつく。
善子はすぐに堕天使に逃げるところはあるが、あれで優しい女の子だ。
今回のことも何かしら意図があるのだろう。
言われた通りのURLを打ち込んでみる。
曜「これ、生放送の配信ページ…?」
真っ黒な背景に赤い文字で『堕天使ヨハネのリトルデーモンたち』と書かれている。
これがコミュニティ名だろうか。
画面をざっと確認してみると、今日の8時から放送が始まる予定だった。
なるほど、やはり8時で正しかったのか。
時計を見るとまだ20分ある。その前に入浴でも済ませてこよう。
パソコンの前に戻ってくると、配信が始まって数分すぎたところだった。
いけない、遅れてしまった。
曜「えっと、このページかな…?」
動画を見る。
画面の向こうにはろうそくのぼんやりした明かりと、
その奥で不敵に笑う善子の姿があった。
善子『さて、次のリトルデーモン!今日のことをヨハネに懺悔しなさい!』
善子の声に合わせて大量のコメントが画面を埋める。
…すごい人気だ。
『最近居眠りがひどくて…』
『親と言い争いしちゃいました…』
『ヨハネ様、どうして人は生きるんですか?』
小さなものから大きなものまで、様々な質問が寄せられている。
どうやら善子は「リトルデーモンのお悩み相談室」のようなコーナーを設けているらしかった。
今は寝不足だというリトルデーモンに、運動したうえで長めにお湯につかって早めに布団に入るように
回りくどく伝えている。
…主治医か。
なぜ善子はこれを自分に教えてくれたのだろう。ここで相談しろということだろうか。
『友達と喧嘩してしまいました。どうすればいいですか?』
試しに打ち込んでみたが、同じような大量のコメントに埋もれてすぐに見えなくなってしまった。
それからも善子はいくつかのお悩みをやたら所帯じみたコメントで解決すると、
突然笑い始めた。
善子『アーッハッハ!甘い!甘すぎるわ!ククク…、そんな甘々なリトルデーモンたちに堕天使ヨハネが天界からの福音を授けましょう…。』
いろいろ混ざりすぎである。
どうやらお馴染みの流れなようで、コメント欄には先を期待するものが多く流れていた。
善子『今日の福音は…これよ…。ククク、愚かなリトルデーモンに意味が分かるかしら…?』
トンっと軽い音とともに何やら白い紙が画面に映し出される。
曜「えーっと?『5人の大人と5人の子供が円形のテーブルに座るとき、大人と子供が交互になるような――』」
どう見ても数学の問題であった。
曜「えぇ…。」
どうやら後半は「堕天使ヨハネの社会復帰を応援するコーナー」だったらしく、
親切なリトルデーモンが数学の問題をコメントで解説してくれていた。
善子は真剣な顔でそれをメモしていく。
曜「これでいいのか善子ちゃん…。」
あまりにも自分の生活を曝け出しすぎじゃないだろうか。まあ、善子がいいならいいのだが。
くすりと笑ってページを閉じる。
不思議と気持ちは軽くなっていた。
―――
―――
善子「さらば私のリトルデーモン…。次なる召喚の刻に備えるのです…。」
カチリ
動画の配信を終えて、ふぅと息をつく。
よし、これで明日の宿題はばっちりだ。
Aqoursに入ってからというもの、自分の配信スタイルもすっかり変わってしまっていた。
もともと細々とオカルトじみた配信を行っていたのだが、
Aqoursに入って動画をアップロードしはじめたことによって素性が露呈、しかもアイドル活動を行っていることがバレてしまったのだ。
私生活応援コーナーについては、どうやら善子の私生活を心配していたらしい古くからのリトルデーモン――視聴者が
あまりにも気にするので、学校でのことをさらっと呟いたのがきっかけだった。
それからは視聴者と自分と、以前より会話を重視した放送を行っている。
なぜかファンは増えた。
画面の向こうの視聴者が心の闇を吐露していくのを見ると、自分も何だか素直になれる気がした。
リトルデーモンたちの悩みはどれもありふれたものばかりで、だからこそ皆が同じようなことで悩んでいるのだと知ることができた。
そしてそんなちっぽけな悩みを動画に書き込む視聴者が、なぜだかたまらなく愛おしく思えた。
そういえば、曜は見てくれただろうか。
途中友人関係を相談するコメントが流れたような気がしたが、
似たようなコメントはいつも流れてくるため曜のものだったかは判別しがたい。
なぜ曜に見てほしいと思ったのかはわからなかった。
気が付いたらURLを書いた紙を曜に押し付けていた。
明日、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
そういえば、帰り際怒っていたような…。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて衣装を脱いだ。
花丸「えーっ!曜さんずるいずら!マルも善子ちゃんの動画見たいよー!」
翌日の昼休み、配信のことを話すと花丸が抗議の声を上げた。
ルビィ「ルビィはそれよりCYaRon!の空気が最悪で…。」
善子「だからヨハネよ。…ずら丸はパソコン使えないでしょ。ルビィは…、うん、マリーが練習メニュー変えてくれるはず、うん。」
結局、曜は怒っていなかった。面白かったよ、ありがとう、とコメントをくれた。
ただ、千歌との仲はまだ修復には至っていないようだった。
花丸「でも、曜さんと千歌さん、なんで喧嘩しちゃったんだろう…。」
ルビィ「確かに、あんなに仲良しだったのに…。」
善子「このヨハネが解決してみせるのよ!リリーにも頼まれたしね。」
花丸「えー?ずぅっと家にいた善子ちゃんにそんなことできるずらか?」
ひどい言い草である。
善子「堕天使に不可能はないの!この世のすべてはヨハネのリトルデーモンなんだから!」
ルビィ「曜さんも?」
善子「そう!曜さんも――」
口にして、あれと首をひねる。自分にとって曜は、空を舞う天使ではなかったのか。
だから憧れて、プリクラにあんな文句を描き込んでいるのではなかったのか。
――なぜ、昨日自分の放送を見せたのか。
善子「ちょっと曜さんのところ行ってくる!」
ルビィ「え、善子ちゃん、昼休み終わっちゃうよー!」
花丸「いってらっしゃい、ずら!」
焦るルビィとのほほんと手を振る花丸を置いて、教室を飛び出した。
校内を走り回って曜を探す。
2年の教室、いない。
部室、いない。
屋上、いない。
散々探し回った後、プールの横の木陰でちまっと座っている曜の姿を見つけた。
善子「曜さん!」
曜「へ、善子ちゃん?どうしてここに…?」
善子「哀れなリトルデーモンを探して…。ヨハネ、発見!」
曜「あ、うん。見つかっちゃったかな。あはは…。」
善子「曜さん、今から出掛けるわよ!」
曜「うん。そう…、って、え、今から!?どこに!?」
善子「いいから!リトルデーモンは黙ってヨハネについてくるの!」
呆気にとられる曜の手を取って、学校を抜け出す。
ダイヤに怒られるだろうか。
一瞬足がすくむが、構わず進む。
たまにはこういうのも、青春っぽくていい。
今度リトルデーモンたちに報告してやろうか。
曜「ねえ善子ちゃん!どこ行くの!怒られちゃうよー!」
善子「いいの!」
ぐいぐいと引っ張って、しばらく走る。
電車に乗って、さらに遠くへ。
途中から曜はもう何も言わなくなっていた。
為されるがままの曜を見て思う。
きっと、すべての人はリトルデーモンなんだ。
心の中に小悪魔を抱えて、制御しきれない想いとともに、普段暮らしているんだ。
たまに小悪魔を隠すのがとても上手い人がいて、天使というのは、たぶんそういう人のことを指すんだろう。
いつもコメントをくれるリトルデーモンたちも、現実世界ではきっと天使なんだ。
今隣で座っている曜も、きっと普段は天使のフリをしていたんだ。
でも何かの拍子に小悪魔が顔を出してしまうんだ。
きっとそんな曜の小悪魔を見つけたから、自分は曜に放送を見てほしかったのだろう。
あの放送は、皆の心の中の小悪魔を、大事に大事に抱きしめるものだから。
曜「あ、ここ…。」
ずっとつかんでいた曜の手を放し、ふぅと息をつく。
目の前にはあの時のプールがあった。
曜「ここ、最初に一緒に出掛けたところだよね。善子ちゃんがちょっと元気なかった時の。」
善子「そうよ!」
曜「でも、どうしてここに…。」
自分には曜の小悪魔が何なのか、まだはっきりとはわからない。だから。
聞くんだ。天使のフリをして隠すなら、その白い羽根を一枚一枚丁寧に剥がして、奥底にいる小悪魔を見つけ出すんだ。
善子「曜さんに、聞きたいことがあるの。」
だって自分は堕天使ヨハネなのだから。
―――
善子「曜さんは、何のために踊ってるの?」
善子にそう聞かれたとき、どきりと胸が跳ねた。
おかしいと思った。その質問に対する答えは決まりきっている。
曜「そ、それは、見てくれるお客さんのためだよ…。」
善子「だったらどうして千歌さんとだけ特訓をするの?いろんな人の意見を聞いたほうがいいのに。」
曜「え、っと…。」
確かに、自分は千歌以外と特訓をしようという気にはならなかった。
なぜだろうか。
曜「そ、れは千歌ちゃんなら、ほら、喜んで付き合ってくれたし。それに、1人のコーチについてもらうって手も、結構効率が…。」
善子「でも、伸び悩んでたんでしょ?」
曜「それ、は…。」
善子の瞳がまっすぐ見つめてくる。
思えば、こんなに善子の目を真正面から見たのは初めてではないだろうか。
善子の両目は自分を見ているようで見ていなくて、
なんだか自分の身にまとうものが、一つ一つ崩されていくような、そんな気分だった。
善子「曜さんは、なんで点数を気にするの?」
曜「それは、満点の踊りのほうが、お客さんも喜んでくれるし…。」
善子「満点の踊りって?」
曜「満点は、満点だよ。ミスがなくて、喜んでもらえて…。」
善子「誰に?」
今度こそ、言葉が出なかった。誰に?
お客さんにだ。いや違う。そもそもお客さんに喜んでもらえるために満点を目指していたはずだ。
でもその基準がお客さんに喜んでもらえることで…。
頭の中でぐるぐると出口のない思考が渦巻いていた。
善子「曜さんは、何でセンターを引き受けたの?」
曜「――」
真っ白になった頭に響いた善子の問いに、無意識に答えていた。
曜「…千歌ちゃんが、推薦してくれたんだ。曜ちゃんのセンターがみたいって。梨子ちゃんもそう言ってくれたんだ。だから。」
言葉にしてからはっとする。今自分は、信じられないほど不誠実なことを言ったのではないだろうか。
恐る恐る善子を見るも、特に表情は変わっていない。
それで?なんて先を促してくる。
言われるがままに口が動いた。
曜「千歌ちゃんが褒めてくれるんだ。曜ちゃんすごいって。点が上がるたびに喜んでくれるんだ。善子ちゃんも、おめでとうって言ってくれるんだ。
ダイヤさんも、褒めてくれるんだ。だから、もっとって…。」
止まらなかった。いつの間にか頬には涙が流れていた。
曜「全然、お客さんのためなんかじゃ、ないっ!私っ…!皆の、千歌ちゃんのっ!Aqoursの皆の喜んでる顔が!褒めてくれる言葉が欲しくてっ!」
不誠実だ。自分の言葉に嫌悪感を抱く。
皆は純粋に輝くために、観客に喜んでもらえるようにと練習している。
そんな中、自分だけ、自分だけが浅ましくて、意地汚くて。
曜「私…っ!センターなんて出来ないよぉ!私だけ!勝手な理由でっ!こんなのセンター失格――」
善子「失格なんかじゃないっ!!」
曜「え――」
不意に、ふわりと抱きしめられた。
自分の壁をボロボロと崩し、露呈した脆い身体を抱きしめてくれた善子は、なんだか羽のように柔らかかった。
善子「失格なんかじゃない!曜さんのその想いは、間違いなんかじゃない!」
頭の後ろから善子の涙ぐんだ声が聞こえる。
曜「で、でも、こんなのおかしいよ…。私はスクールアイドルなのに…。」
善子「おかしくなんかない!自分の想いは大切にしなきゃ。」
曜「こんなんでセンターなんて、私、悪い子だよ…。」
そう言うと、善子はさっと身体を離して、自分の両頬に手を添えた。
善子「悪い子でいいの。だって曜さんは、ヨハネのリトルデーモンなんだもん!」
じんわりと、あたたかいものが身体に染み込んでいく。
善子の言葉に、その包容力に、そっと身を委ねる。
先ほどまでとは違う涙が溢れてきた。
曜「あはは、そっか…。私、リトルデーモンだったんだ。だったら悪くても、仕方ないかな…。」
善子「そうよ、それにね。」
善子がプールのほうを指し示す。
善子「私ね、曜さんの飛び込みの中で、イルカの真似が一番好きなの。」
イルカの真似。あれは善子が元気がなかったからと考えた、単なるおふざけだったはずだ。
曜「な、なんで…?あれ、ただ飛び込んだだけじゃ…。」
善子「だって、あれだけは、私のためにって曜さんが考えてやってくれたものだから。高得点だとか技だとか関係ない。
私は私のために飛び込んでくれた、イルカの真似をしてくれた曜さんだから、仲良くなりたいって思ったの。」
曜「善子ちゃん…。」
善子「最初は、天使みたいだと思った。くるくる回って飛び込んで、そんな技に感動したんだと思った。でも違ったの。」
善子「私は、はじめから曜さんの優しい小悪魔に惹かれてたの。人の笑顔を望む、かわいい小悪魔。
自分の中のそんな魅力を、捨てちゃわないで。」
曜「私の中の、魅力…。」
善子「そうよ。世界の皆はこのヨハネのリトルデーモンなの。皆心に小悪魔を抱えていて、そんなところが一番魅力的なんだから。」
曜「そっか…。皆一緒なんだ。だから私にあの放送を…。」
善子「私もさっき気づいたんだけどね。」
曜「ふふっ、でも数学の問題を聞くのはどうかと思うなあ。」
善子「う、うるさいわね!休んでた分取り返さなきゃいけないの!」
曜「あはは、善子ちゃんは本当に優しくて、真面目で、人のこと考えてて、まるで――」
まるで、なんだろうか。抱きしめられた感触を思い出す。
白いイメージが、一瞬浮かんで消えた。
目の前で、善子が微笑む。
善子「ね、曜さん、今悩みはない?」
曜「う、ん…。ねえヨハネさん、私、千歌ちゃんと仲直りしたくて、それにダンスも褒めてほしくて。皆にも…。」
善子「クク、ククク…。この堕天使ヨハネにかかれば解決などたやすいこと!だから…」
くるっと回って決めポーズ。眩しいほどの満面の笑みで、善子は言う。
善子「私と一緒に、堕天しない?」
ああ、やっぱり彼女は――
目を細めながら、手を取った。
―――
―――
曜「ほ、ほんとに千歌ちゃん来てくれるかなあ…。」
善子「来るわよ。だってさっき電話してたら慌ててたもの。どこ行ってたの!?って。」
曜「何かいろんな人に怒られそう…。通知もすごい量来てたし…。」
善子「ま、まあ今は踊ることだけ考えましょ!」
曜「ふふっ、そうだね堕天使さん。」
夕暮れ。自分と善子は砂浜に立っていた。
取ってくるものがあると言って善子が持ってきたものは、堕天使用の衣装だった。
これを着て踊れという善子に、最初は正気かと断った。
リトルデーモンだから、の一言で押し通されてしまったが。
不意に、遠くから自分の名を叫ぶ声が聞こえた。
振り向くと、オレンジ色の髪が夕焼けの中揺れている。
曜「千歌ちゃん…。」
千歌「よ、曜ちゃん!急にどうしたの…?それに善子ちゃんも、みんな心配して…。ってその服…。」
自分の服を見てぎょっとした表情をした千歌は、しばらくただただ困惑していた。
曜「千歌ちゃん!」
千歌「は、はいっ!」
曜「これで最後にする。今から踊るから、点数、つけて?」
千歌「え、でも…、それに衣装も…。」
曜「いいの!」
千歌「カメラもないし…。」
曜「いいの!思った点数でいいから!」
合図をして、曲をスタートさせる。
出だしはいつも通り。衣装が重くてステップは合わない。
でもいいんだ。私は少し悪い子だから。ちょっとの間違いくらい、どうってことない。
いつもより少し大きめに腕を振る。
少し姿勢は崩れるが、それでいい。
だってこっちのほうが可愛いんだ。千歌をまっすぐ見て笑いかける。
腰に少ししなをつくる。
だって今日はリトルデーモンなんだ。小悪魔らしく、魅力的に。
そうだ、サビ前に投げキッスなんて挟んでみたらどうだろう。
千歌はびっくりするだろうか。
驚いた顔を想像してくすりと笑う。
大丈夫、もっともっと、楽しく、可愛く――
目の前で曜が踊っている。
今まで自分と特訓をしてきた、どの日よりも楽しそうに、魅力的に。
ステップがずれた。-1点。
腕の振りが速い。-0.5点。
そもそも振り付けにない動作。-3点。
もはや意味をなさなくなった採点を無意識に行いながら、しかし目は一瞬たりとも曜から離れることはなかった。
曜の笑顔にどきりとさせられ、伸ばした手足を目で追いかけ、溌剌とした動きに息をのんだ。
もうすぐ曲が終わる。
もっと見ていたい。もっと笑顔を向けられていたい。
だって今の笑顔は、自分が一番好きな曜の笑顔だったから。
曲が終わった。
厚い衣装で汗だくの曜がゆっくりとこっちに歩いてくる。
曜「ね、千歌ちゃん。何点だった?」
千歌「っ!」
点数を思い返す。とてもつけられたものではなかった。
でも。
千歌「100点!100点だよ曜ちゃん…!もうっ!点数なんてつけらんないよ!もうっ!」
曜の胸に飛び込んだ。
曜「もう、千歌ちゃんったら10点満点なのに。ふふっ。」
わんわんと涙を流す自分の背中を、曜がやさしく叩いてくれる。
千歌「うわあああん!曜ちゃああああん!ごめんねえええ!」
曜「うん…っ!ぐす、私も、ごめんっ。私、ただ千歌ちゃんに褒めてほしかっただけで…っ!」
涙をぬぐって、曜が笑いかけてくる。
曜「ね、千歌ちゃん、私可愛かった?」
千歌「うんっ!すーーっごく!」
そう、曜は可愛い。だからセンターに推薦したのだ。
自分の幼馴染が元気に、可愛く踊る様子を皆に見せたかった。
自慢の幼馴染の一番の笑顔を見てほしかった。
それだけだった。
あまりにも個人的な理由だったから、人には言えなかったけれど。
そう話すと、曜はくすくすとおかしそうに笑うのだった。
曜「あー、千歌ちゃんも悪い子なんだ…。でもいいんだって。皆、リトルデーモンだからいいんだって。ね、善子ちゃん?」
善子「そ、そうよ!ぐすっ…。」
千歌「あ、あはは!なんで善子ちゃん泣いてるのー?」
善子「なんでもない!千歌さんのせいなんだからね!」
千歌「え、えー?」
曜「さ、戻ろうか。」
千歌「あ、それで思い出したけど…、ダイヤさん、かんっかんだよ?それもリトルデーモンだったらいけるの?」
善子「い、いいいいいけるわ!この堕天使ヨハネを信じなしゃい!」
曜「噛んでるし、ダメそうだね。」
千歌「ぷっ。」
オレンジ色の砂浜に、笑い声がひろがった。
―――
――
―――
曜「よ・し・こ・ちゃーん!強情だなあもう!」
善子「だからヨハネよ!今日は私が堕天使って描くの!」
曜「いーや、今日は私が描く!いつものやつ!」
あれから数日、こっぴどくダイヤに怒られ、罰としてさせられた正座のダメージも抜けきった頃。
自分と善子は相変わらず一緒に出掛けてプリクラを撮っていた。
最近、善子に描かせると変な絵ばかり描かれるようになった。
いわく、エンジェルは自分に憧れて使っていただけだから、自分をリトルデーモンにした今となっては必要ないのだとか。
自分としてはあの文句が気に入っていたから、今日こそ描いてやろうとペンの奪い合いだ。
善子「もうっ!だからエンジェルはもうなしなの!今はフォーリンエンジェルなの!」
曜「長すぎるよ…。それに、エンジェルでいいじゃん!」
善子「前話したでしょ?あれは、その、曜さんに憧れてて…。」
曜「そんなのなくても、善子ちゃんは天使だよ。」
善子「なあっ!?」
驚いて力が緩んだ隙にペンを奪い取る。
『曜アンドエンジェル』
曜「ふふっ。」
いつもの文句。
善子「ああああ…。」
うなだれる善子に笑いかける。
思い出すのは、白いイメージ。あのプールで見た、善子の笑顔。
曜「ね、善子ちゃんはやっぱり天使だよ。だって、堕天できるのは天使だけだもん。」
善子「…?」
意味が分かってなさそうな善子にプリクラを押し付ける。
善子は、きっとどこまでも追いかけてきてくれるんだ。
誰かが、自分の小悪魔に耐えかねて天界に逃げてしまっても。
そして抱きしめて、一緒に連れて帰ってくれるんだ。
そうだ。久しぶりに善子の放送でも見てみようか。
きっといつもの決め台詞が聞けるんだろう。
自分を受け止めてくれた、あの台詞が。
「私と一緒に、堕天しない?」
曜「ほらほら、おいてっちゃうよー!ヨーシコー!」
善子「ちょっと待ってよー!曜さーん!」
羽を揺らして、自称堕天使がついてきた。
――――
――
おわりです。お目汚し失礼しました。
前作です。今作より長めです。よろしければ。
ダイヤ「あ、この写真…。」
ダイヤ「あ、この写真…。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472722396/)
乙乙
すごく良かった
最高でした
これ読んでから恋アクのPV見たら泣きそうになった
すごくよかった
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