ダイヤ「あ、この写真…。」 (64)

・サンシャインSS
・地の文あり
・ほぼ3年生組

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―――

ルビィ「お姉ちゃん、ルビィも部屋の掃除終わった!」

ダイヤ「そう、お疲れさま。では一緒にアイスでも食べましょうか。」

ルビィ「ほんと!?やったぁ!」

汗だくの妹の顔が輝く。換気のためと冷房も付けていなかったのだから無理もない。
今は夏休み。黒澤家では長期休暇の度に部屋の大掃除をする決まりになっている。

ルビィ「じゃあ早く行こ!」

ダイヤ「待ちなさい、そんな焦ってもアイスは逃げませんわよ。」

ルビィ「はーい…。あ、お姉ちゃん、何か落ちたよ?」

ダイヤ「え…?」

見ると、ちょうど床に1枚の写真が落ちるところだった。
いけない、もう全部片付けたと思っていたのに。

ダイヤ「あ、この写真…。」

ルビィ「あ…。」

一瞬、気まずい沈黙が落ちる。裏返した写真に映っていたのは、自分と、鞠莉、果南の3人。
自分たちで作った衣装を着て、ホワイトボードを背景ににっこり笑っている。

現在より幾分か丸い自分たちの顔を見て、2年でこんなにも変わるのかとおかしな気分になった。

ダイヤ「ふふっ、懐かしいですわね。この衣装も無事に日の目を浴びて…ルビィたちには感謝していますわ。」

素直にそう告げると、ルビィはふっと表情を緩め、ふにゃりと笑った。

ルビィ「ううん、お姉ちゃんとスクールアイドルやれて、ルビィすっごくうれしいの!」

どうやったらこんなに可愛く育つのか。ご家族のご尊顔を拝見したい。ふふん。
自慢の妹に笑いかける。何となく写真が気になって、机の目立つところに飾っておいた。


その晩、夢を見た。

夢の中では自分たちは3人で。観客席一杯のライトに照らされて。

横では鞠莉と果南が満面の笑み。たぶん、自分も同じ顔をしているのだろう。
ライブ中にそんな余裕があるのかと聞かれればわからないが、夢なので細かい点は気にしない。





朝起きたとき、自分は幸せな気分だった。
学校に行けば、2人に会える。文字通り「夢にまで見た」ステージを目指して、また一緒に活動できる。

ほんのわずかのちくりとした痛みが、胸を走った気がした。

ルビィ「お姉ちゃん、今日も練習頑張ろうね!……どうかしたの?」

ダイヤ「…いえ、何でもありませんわ。遅刻しないうちに朝ご飯を食べてしまいましょう。」

果南「あっはっはっは!ダイヤったら素直すぎ!写真だけでそんな夢見るなんて!」

学校の屋上で夢の話をしたら、開口一番これだ。だいたいどこのどいつのせいで2年もごたごたしていたのか。

それを指摘すると目も当てられないほどに凹むことが分かっているから、何も言わずに眉を顰めて見せた。

ダイヤ「果南さんに話したのが間違いでしたわ…!」

花丸「で、でもマルは素敵な夢だと思うずら!」

同じユニットの花丸がすかさずフォローに回る。

最近はチームの人数も増えたため、暫定的に3人ずつにわかれての練習も取り入れている。
もちろんμ'sを手本に、千歌とルビィと一緒に考えたのだ。

最初はおどおどしていた花丸も次第に打ち解けてくれていた。
今ではしょっちゅう言い合う自分と果南の間に入りさえする。

おかげで自分たちのユニットは安定感抜群なのだ。……後輩に何をやらせてしまっているのか。

果南「でもそれ、ただの夢なんかじゃないよ。私たち、実際に踊った。
   そりゃ外だったし、お客さんも会場いっぱい!って感じではなかったけど…。」

果南「きっと3人とも、幸せだったと思う。私はそうだった。」

ダイヤ「果南さん…。」

花丸「夏祭りライブ、楽しかったずらね…。」

果南「そうそう、楽しかった!これからだってずっと、ね?ダイヤも楽しかったでしょ?」

ダイヤ「もちろんですわ!これからだって楽しみまくりですわ!」

花丸「ふふっ、ダイヤさん、思ってたより硬くないずら。ルビィちゃんの言う通り。」

ダイヤ「ち、ちょっと!あの子は普段わたくしについて何て言っていますの!?」

花丸「べ、べべべ別にダイヤさんがプリン食べ過ぎてお腹壊した話なんて聞いてないずら!」

果南「ダイヤ…。」

ダイヤ「あの子…後でお説教ですわね。」

花丸「はっ…!?しまったずら!ごめんなさいルビィちゃん!!」

今日も騒がしく練習が進んだのだった。

鞠莉「ハァーイ、2人ともシャイニー☆」

果南「おつかれ鞠莉!」

ダイヤ「おつかれさまです、鞠莉さん。」

練習後、着替えを終えて3人が合流した。こんな何気ない挨拶でも幸せに感じてしまう。

もちろん、Aqoursに加入する前も、会えば挨拶ぐらいしていたけれど。
今日のように一緒に本屋に行く気分にはなれなかった。

果南「ねえねえ聞いてよ。ダイヤったらさ…。」

ダイヤ「なっ!?勝手に話さないでくださいます!?」

―――

鞠莉「Oh…、ダイヤったらso cuteね!――でもね、私も幸せだったって、そう思うな。」

鞠莉は最初、上の方の棚に背伸びをしながら笑っていたが、数拍置いた後に少し真剣な表情で付け加えた。

ダイヤ「まだまだこれからって、果南さんと話していたところですわ。」

鞠莉「とーぜんね!今度は9人でGO GO!……あ、でもユニットでダイヤが果南を取っていっちゃったのは、まだ許してないからね!」

ダイヤ「えぇ…?」

拗ねたように口をとがらせる鞠莉はとても愛らしいと思う。

果南「取った取られたって、私、モノじゃないんだけどな。」

鞠莉「つーん、どうせ果南は私のこと顔も見たくないんだもんねー。」

果南「うぐっ、わ、悪かったって鞠莉…。」

ダイヤ「果南さん、そんなことまで言ったのですか!?」

果南「ほんっとごめん!どうかしてた!」

鞠莉「イッツジョーク、よ!あの件はおあいこ、そう決めたもんね!」

果南「もう…、心臓に悪いよ鞠莉…。」

この2人ももうすっかり元通り。ちょっと前まではまだ距離を測りかねていたが、こうして話題にできるならもう大丈夫だろう。
自分がやきもきする必要もなくなって、解放感を抱かずにはいられない。

ダイヤ「ところで鞠莉さん、ユニット練習はどうでしたか?」

鞠莉「んー、まあまあってところかしらね!あ、でもね――」

その晩、夢を見た。

夢の中で自分たちは3人で、茜色に染まった部室で身を寄せ合って。

これはいつだろうか――、ああそうだ、歌詞について相談していた時だったか。
あれを伝えたい、これは難しい、わいわいと話は弾むも、作業は3歩進んで2歩下がる。

全然効率的ではなかったのに、やけに楽しかったことを覚えている。



朝起きたとき、自分は幸せな気分だった。
学校に行けば2人にまた会える。またあの時のような会話ができる。

なぜかジクリと、胸が痛んだ気がした。

曜「1、2、3、4、1、2、3、4……」

その日は全体での通し練習だった。曜のカウントに合わせて必死に身体を動かす。
曜はさすがの運動能力で、皆より一足先に振り付けの習得を終えていた。



鞠莉「ふぅ、今日もvery hotね…。」

休憩時間、おどけた調子で鞠莉が話しかけてきた。タオルで汗を拭いながら相槌を打つ。

鞠莉「ふんふんふーん♪」

鞠莉は上機嫌でこの前歌った新曲を口ずさんでいる。
のんびりと聞いていたかったが、途中でふと鞠莉の歌詞に違和感を抱く。

ダイヤ「鞠莉さん、そこ、歌詞が違いますわ。正しくは――」

鞠莉「えっ?そうだった?こうだと思ってたけど…。」

ダイヤ「違いますわ!そこはこういう意味をこめてって皆で――」

果南「ダイヤダイヤ、それ違うって。鞠莉ので合ってるよ。」

いつの間にか近くに来ていた果南が口を挟む。

ダイヤ「え…?」

鞠莉だけならともかく、2人に訂正されると自信が揺らぐ。
改めて冷静に思い返してみる………確かに2人の言うとおりだ。

ダイヤ「す、すみません。わたくしの勘違いで…。」

紅くなった顔を必死に隠しつつ、謝った。少し声を荒げてしまったことで余計恥ずかしい。

鞠莉「ダイヤ真っ赤ー!」

果南「うわっ、ほんとだ。いいもん見れたね。」

なんて、呑気なことを言う2人を睨み付ける。

果南「でも珍しいね、ダイヤが歌詞で勘違いなんて。」

鞠莉「んー、ちょっと思ったんだけど、ダイヤが言ってたのってあの時の歌詞かしら?」

果南「ああ、そういえば。」

「あの時」がどの時かは、一瞬で理解できた。

そうだったか。今日夢で見たせいか、混じってしまったのだろうか。

果南「どうしたの?また夢でも見たんじゃないのー?」

完全に図星だ。にやにやと煽ってくる果南には、先ほどよりきつい睨みをお見舞いしておいた。

果南「ほらほら、間違えたら千歌たちに失礼になっちゃうよ、なんてね。」

ダイヤ「むっ、わかってますわよ…。」

休憩終わり!そう言いながら6人のもとに走っていく2人の背中を追いかけた。

その晩、夢を見た。

夢の中で自分たちは3人で、屋上で汗を流して。
「そこ、違いますわよ!」なんて声を自分が出している。

そうだ、この頃の振り付け指導は自分がやっていた。
スクールアイドルのダンスについては自分が一番詳しかったのだ。

意外と堅実に踊る鞠莉に比べて、果南は才能に任せて適当になりがちだった。
あの頃、自分の注意の声は大半が果南に向いていたような気がする。

それを鞠莉が茶化して、果南がむくれて…、そんな日々だった。



朝起きたとき、幸せな気分だった。
学校に行けば2人にまた会える。あの頃のようにまた一緒に踊れる。

なぜかずきりと、胸が悲鳴を上げた。


―――

今日はダイヤが一段と厳しかった。

いつもは身体を壊してはいけないから量には細心の注意を、なんて言っているのに、今日はちょっとオーバーワーク気味。

ダイヤ「果南さん、振り付け遅れてますわよ!」

果南「う…、んっ…!」

ダイヤ「果南さん、そこは左足をもっと引いて!」

果南「よっ…っと…!」

ダイヤ「果南さん、回転が甘いですわ!」

果南「ん…!」

花丸「……はっ、はっ…!」

やけに細かい指摘を受けるな、などと思いながら横を見てぎょっとする。

花丸が全くダンスについてこれていない。思い返してみると、今日は自分もかなり全力で踊っていた。
Aqoursに入って最近運動を始めたばかりの花丸には厳しいペースだっただろう。

ダイヤ「果南さん、集中!」

果南「う、うん!」

花丸「ふぅ…はぁ…。」

果南「マル、お疲れさま。よく頑張ってたね。」

ユニット練習を終えた途端、花丸が壁にもたれてずるずると腰を下ろした。

かなり前から限界だったのだろう。本当はすぐに動きを止めたらいけないのだけれど、そんな注意をする気にもならない。

花丸「マル、全然ついていけてなかったずら…。ダイヤさんにも呆れられてたし…。」

呆れられていた?そんなはずはない。ダイヤが花丸のことを高く評価しているのを何度も聞いている。
ルビィの友達としても、同じチームのメンバーとしても感謝していると言っていた。

果南「そんなことないよ。それに、あれについていける人の方が少ないって。」

花丸「でも果南さんは…。それにダイヤさん、今日何も言ってくれなかったし…。やっぱりマル、アイドル――」

確かに、それも変だった。ダイヤは他人には平等に接するたちだ。
花丸も体力面の課題は別として、振り付けのミスはしょっちゅう指摘されていた。

それが今日は一度もなかったのだ。完璧とは程遠い練習だっただけに、その事実が妙なことのように思えてしまう。

果南「向いてないなんて言ったら怒るからね。マルはしっかり可愛くやれてるよ。ほら、最近PVでもファンがついてるじゃん。」

花丸「そう、でしょうか…。」

果南(……。)

果南「ちょっとダイヤ。ユニット練習、やりすぎじゃなかった?マル疲労困憊って感じだったよ。」

ダイヤ「花丸さんが…?」

どこかに行っていたダイヤが戻ってきたタイミングで聞いてみる。
驚いたことにダイヤはきょとんと首をかしげていた。気づいていなかったのか。

果南「終わったらすぐ出て行っちゃうし…、どうしたのさ?」

ダイヤ「生徒会の用事で出勤していた先生に呼び出されてしまいまして…。そ、それで、花丸さんは!?」

果南「うん、まあなんとか大丈夫。少し休んだら回復してたよ。本当に気づいてなかったの?ダイヤらしくないね。」

ダイヤ「え、ええ…。迷惑かけましたわ…。」

しょんぼりしたダイヤは珍しくて、思わず笑ってしまいそうだった。
ふっと空気が緩んだのをきっかけに、もう1つ気になっていたことを聞いてみる。

果南「ダイヤ、さっき何でマルに注意しなかったの?振り付け結構遅れてたよ?」

果南「マル、気にしてた。まあ、私も気付けてなかったからこれはお互いさまなんだけどさ。」

ダイヤ「あ、そ、それは…。ええ、すみません。目が行き届いておりませんでした。今から謝ってきますわ。」

果南「あ、うん、お互い気をつけようね――って、ちょ、ちょっとダイヤ!」

ダイヤはそれだけ言うと、慌てて花丸の方に駆けて行ってしまった。

鞠莉「…?ダイヤ、どうかしたの?」

果南「あ、鞠莉、ううん、ちょっとね。」

鞠莉の肩越しに目をやると、頭を下げるダイヤと、顔の前でわたわたと手を振る花丸が見えた。

あ、善子が何かダイヤに怒鳴っている。善子はあれで友達思いだから…。

果南「ふふっ、たぶんもう大丈夫。」

ダイヤならすぐ仲直りできるだろう。鞠莉と喧嘩していた自分より、ずっと早く。

善子を挟んで話し始めた2人を見て、安心して息を吐いた。


―――

今日は果南に少し怒られてしまった。花丸に注意を払えていなかったのは、あの時まとめ役だった自分の落ち度だ。仕方ない。

それでも凹むものは凹む。普段あまり他人に怒られないだけに、余計に気分が重かった。
唯一の救いはすぐに花丸に謝れたことか。ああ、それならやっぱり果南には感謝しなくては。

ダイヤ「はあ…。」

だいたい、あんな夢を見たのが悪いのだ。あれのせいで、2年前の感覚が戻ってしまった。

やたら体力のある果南と鞠莉に思いっきりダンスの練習をさせていた日々。
3人とも止め時がわからずに、無茶なペースで踊っていたっけ。

鞠莉が足を怪我してから、心底後悔していたはずなのに…。

ダイヤ「そんな簡単に、人は成長しませんわね…。」

3人の写真を見ながら溜息をついているとルビィが呼びに来た。夕飯の時間らしい。

ルビィ「でねでね、果南さんったら――」

ルビィ「鞠莉さんがね!」

ルビィ「そこで善子ちゃんが鞠莉さんと…」

夕飯の間は、ルビィにその日あったことを聞いていた。同じ場所にいても体験する出来事はバラバラなのだから面白い。
最近は、ルビィの口から果南と鞠莉の話が出ることが増えた。

果南は千歌と曜と仲がいい。2人とルビィのユニットにちょっかいをかけに行く過程で、ルビィとも仲良くなったのだとか。

鞠莉は善子つながりだろう。あの2人は時々妙に波長が合うというか、鞠莉が善子にすぐ乗っかるというか…、
ルビィが目を輝かせて2人を見ているので、姉として心配になる。

ダイヤ「2人とも、きちんとAqoursに馴染めていますわね。安心安心、ですわ。」

言いながら、かすかな違和感。2人は、もともとAqoursだったはずなのに。

ルビィ「何言ってるのお姉ちゃん、お姉ちゃんもだよ!最近花丸ちゃんと仲いいもんね!」

ダイヤ「え、わたくしが…?」

今日の一件を思い出してどきりとしたが、ルビィには他意はないようだった。花丸と自分が仲がいい?意外な言葉だった。

ルビィ「花丸ちゃんもお姉ちゃんのこと頼りになるって言ってたよ!」

ダイヤ「そう…。あ、あああぁぁぁー!!それで思い出しましたわ!ルビィ、あなたわたくしの失敗談をあちこちで話すのやめなさい!」

ルビィ「ピギィ!!ご、ごめんなさいお姉ちゃん!お姉ちゃんの可愛いエピソード、千歌さんたち大好きだから…。」

ダイヤ「な゛っ…!千歌さんにも広めているんですのね!?」

この分だと曜にも直接言っているに違いない。2人経由で梨子にも…。

ルビィ「ごごごごめんなさいいいい…。」

頭を抱えて謝る妹にふっと笑みをこぼす。自分の失敗談がここまで広がる。自分の知り合いも多くなったものだ。


部屋に戻り、何となく不安になった。花丸の一件も含めて、自分は今のAqoursに迷惑をかけていないだろうか。
そもそも自分は最後に加入したいわばよそ者。あまりに出過ぎた真似をしてはいないだろうか。

ここまで考えてかぶりを振る。Aqoursの皆は心優しい。そんなこと、誰一人として思っていないだろう。

事実、果南と鞠莉は思い切り楽しんでいるではないか。この前の夏祭りライブだって、なかなかの出来だと好評だ。
あのライブといえば、いいと言ったのに、わざわざ昔の衣装も着せられて…。

ふと、押し入れが気になった。開けてみると、2年前のあの衣装。つい先日夏の夜に輝いたあの衣装が掛けられている。

もう着ることはないはずなのに、片づけることができずに吊るしたままだ。

ダイヤ「お風呂…はもう少し後でいいですわね。」

そう、ルビィが呼びに来るまで、ちょっとだけ。

汗が付くといけないから、薄着の上から袖を通す。そう、これを着て踊ったのだ、新生Aqoursで。

――――トクン

不思議な、それでいて甘い高鳴りが胸を突く。

甦るのは、蒸し暑い、やけに花火がうるさかったあの夜の―――――

――違う。薄暗い、それでいて溢れんばかりの光があった、あの舞台袖。3人で手を重ねた、あの瞬間。
鞠莉の無理をした笑顔。果南のつらそうな横顔。幕が開いた後の、永遠にも感じられた、あの静寂。

ダイヤ「……。」

やめておけばよかった。どうして、まだ。この前は大丈夫だったのに。


ダイヤ「どうして…っ!一緒に踊って、歌って、練習して、何が足りないんですの…っ!?Aqoursは復活したのに!!」

衣装を押し入れに投げ込んで、戸を閉めた。
よろよろと椅子に座り込んで、頭を抱えた。

ルビィは、その日呼びに来なかった。

その晩、夢を見た。

夢の中で自分たちは3人で、海沿いの店でのんびりと寛いでいた。

食べきれるかどうか怪しいほど大きなパフェを、ちまちまと3人一緒につついては曲の相談を進める。
結局気持ちが悪くなって、その後小原家でダウンしていたっけ。

そんなことさえおかしくて、意味もなく3人で大声で笑っていた気がする。



朝起きたとき、首が痛かった。椅子に座ったまま寝てしまったようだ。
幸せな夢だったはずなのに、最近感じていたはずの多幸感は、もう薄れてしまっていた。

でも、学校に行けば2人に会える。そうだ、あの頃みたいにパフェを食べに行くのもいいかもしれない。
誘ったら、2人は喜んでくれるだろうか。

ピコン!

<かなん【今日暇してる?千歌と曜がダイビングしたいって言ってるんだけど、ダイヤもどう?】>

ピコン!

<りじちょー☆【このマリーもいるんだから!あ、あと善子ちゃんも!はやくはやく!】>

今日がオフだと思い出したのは、軽快な音を立てる通知に気付いた後だった。
携帯に映し出される2人からの連絡を見て、がっくりと全身から力が抜ける。

ああそうか、2人は今日ダイビングに行くのか。それに千歌に曜に善子に…、すでに結構な大人数だ。
2人ともAqoursに入ってからというもの、すっかりはしゃいでしまっている。

何となく、行きたくないという思いが首をもたげる。

ダイヤ「なんだか、頭まで痛くなってきましたわ…。」

今日は休もう。こんな心境で行っては周りに迷惑をかけてしまう。せっかくAqoursに馴染み始めた2人の交友関係を壊してはいけない。

明日は練習だ。2人には理由をつけて連絡して、また明日以降に備えなくては。
いつから、こんなに2人に気を遣うようになったのだろうかと、ふと気になった。

何だかどろどろと、胸の中が溶けていくようだった。

しばらく横になっていると、ルビィが遠慮がちに部屋に入ってきた。

ルビィ「お、お姉ちゃん、どうしたの…?」

ダイヤ「ああルビィ、少し体調が優れなくて。朝ご飯は後ほどいただきますわ。」

ルビィ「ほんと!?大丈夫?ルビィおかゆ作ってくる!」

ダイヤ「そこまでしなくても結構ですわ。……それよりルビィ。善子さんから何か連絡はなかったの?」

ルビィ「え、あ、うん、ダイビングしないかって…。あ、お姉ちゃんにも来たの?」

ダイヤ「ええ、果南さんと鞠莉さんから。…ルビィ、行ってきなさいな。」

ルビィ「え、でもお姉ちゃん体調が…。」

ダイヤ「そんなことで妹の手を患わせられませんわ。それに熱があるわけではないし、大丈夫。」

ルビィ「でも…。」

ダイヤ「もし行くなら、あの2人に少しだけ体調が悪いと伝えてくれる?」

ルビィ「え、それは…。うん、わかった…。ありがとうお姉ちゃん。お大事にね。」

ちらちらとこちらを見ながらルビィは部屋を出ていった。妹と話して少しだけ軽くなった心持ちで、目を閉じた。

その昼、夢を見た。

夢の中で自分は1人離れたところに立っていて、2人は背を向けてかなり前を歩いていた。
さらにその前には影が1,2,3,4……

必死に伸ばした手は空を切り、足は根が生えたように地面に張り付いて動かない。

そもそも自分は地面の上に立ってなどいなかった。
もがいた手と、動かない足と、全てが海に沈んでいく。

周りの濃紺がどんどんと大きくなり、呑み込まれ、どんどんと小さくなる自分と、
前を歩く2人との距離は開いていって――

ダイヤ「っは!…はあっ、はあっ、はあっ……!」

夢だ。汗で貼りついた髪をかきあげようとして、自分の頬が濡れていることに気づく。
いけない、このままではまたルビィに心配をかけてしまう。

ダイヤ「13:50…。寝すぎですわね…。」

ふと辺りを見回した。誰かを探したわけではない。そう、ただ、来ていたら嬉しいだろうなと、そう思っただけ。

ダイヤ「どうかしてますわ…。」

携帯に何も連絡が来ていないことを確認し、汗を拭く。やっぱり。

嫌な夢だった。ここ最近で一番。意味も分からなかった。じっとりとした汗が肌着とシーツまで浸みこんでいた。

ダイヤ「変な時間に寝たせいですわね。夜までにシーツも変えなくてはいけませんし…。」

でも、もう少しくらい、ゆっくりしてもいいだろう。シーツは夕方にでもやればいい。
けだるげな体は思うように動いてくれなかった。

そうしてそれから、ぼんやりと写真を眺めて椅子に座っていた。


日が傾きかけたころ、重い身体を引きずってシーツを変えることにした。
もともと体調には問題がない。動き始めたら案外快調だった。

少し気をよくしながらシーツと枕カバーを運んでいると、買い物袋を提げた鞠莉とばったりでくわした。

後ろにルビィがいるところを見るに、ダイビング組は解散して、その後鞠莉だけがルビィに着いてきたらしかった。

鞠莉はこちらを見るなり、目をまん丸に見開いて驚き、その後眉をぐっと顰めてずんずんと寄ってくる。

鞠莉「ダイヤ!もうそんな無理して!体調悪いんでしょ!?」

ダイヤ「え、えっと、もう大丈夫ですわ…。」

鞠莉「そんなはずない!ダイヤが正直に体調悪いって言うくらいだから、きっとひどかったはず!」

自分はどんな人間だと思われているのか、その一端を垣間見た気がした。

それにしても、こんなに真剣な鞠莉は果南の一件以来かもしれない。何となく嬉しかった。
同時に、嘘をついて遊びの誘いを断ったことを後悔した。

鞠莉「とにかくダイヤは部屋で休むの!果南にも怒られるよ!」

無理やり背中を押されて、部屋に戻る。シーツはルビィが引き取って行ってしまった。

鞠莉「ほら、シーツが来るまでは横になれないけど、座っていなきゃ!」

ずいっと、冷えピタと薬が差し出された。熱はないと伝えたはずなのに。

ダイヤ「ひゃ、つめたっ!…ごほっ!」

そういえば一日中、水分すら摂っていなかった。

額と喉への突然の刺激に、過剰に反応してしまう。

鞠莉「ちょっ!ダイヤ大丈夫!?」

ダイヤ「え、ええ、少し驚いただけ…。んく…。」

鞠莉「うん、大丈夫大丈夫…。」

やたらと世話を焼きたがる鞠莉を目で制しながら、ふうと息をつく。

ダイヤ「それで、今日はどうしましたの?」

鞠莉「え゛、ダイヤ、それ本気で聞いてる?」

ダイヤ「え、ええ…。」

鞠莉「あっきれた。自分のことになるとてんでダメね。果南が聞いたら何て言うか…。」

鞠莉「かわいいかわいいダイヤさんをし・ん・ぱ・いして来たの!
   果南は片づけがあるからどうしても来られなかったけど、心配してた。」

ダイヤ「あ、ありがとうございます。そうですか、果南さんが…。」

鞠莉「Of course、他の皆も心配してたんだから!」

ダイヤ「え、体調の話、言いましたの?」

鞠莉「そりゃダイヤだけ来てなかったら皆wonderでしょ?」

ダイヤ「あ、結局全員そろったんですのね…。」

鞠莉「そうね!さすがAqoursってところかしら!みんなの絆も最強ってね!」

ダイヤ「最強……そう、ですわね。」

そうかもしれない。自分も今のAqoursは率直に言って大好きだ。他学年の仲間もよくしてくれる。
そうか、最強。鞠莉はそう思っているらしかった。そして自分も。

鞠莉「そそそ、そういえばダイヤ。」

ふと意識を前に向けると、急に挙動不審になった鞠莉がもじもじしている。

ダイヤ「鞠莉さん?どうかしましたの?」

鞠莉「最近、何か変わったことはない?」

ダイヤ「え…?」

質問の意図がまるでわからない。鞠莉の質問は大抵が意味不明だが、いつものそれに輪をかけて唐突だった。

鞠莉「Ah-、えーっとね、風邪引くような、何かがあったのかなって。」

ダイヤ「何か、ですか。」

ある。ちらと机に飾った写真に目をやったあと、そういえば鞠莉は写真に気付かなかったなと少し寂しくなった。

鞠莉「で、どうなのダイヤ。」

ダイヤ「いえ、とくに思い当たりませんわね。」

だから嘘をついた。これは自分の問題だ。自分が夢を見続けているだけだった。未熟ですらない、もう枯れた夢。

その後も鞠莉はいくつか質問を投げかけてきた。どれも最近どうだったとか、気になることはないかとか、
何だかカウンセラーみたいだと思って聞いていた。

鞠莉「……。」

鞠莉「そっか、何にもないなら、よかった。」

最終的に鞠莉は眉を下げて、なぜか寂しそうに笑いながら帰って行った。

果南「……ダイヤ、どうだった?」

約束通りダイビングショップに戻った私に、果南が話しかけてきた。

鞠莉「…ごめん、わからなかった。」

果南「鞠莉でダメかあ。じゃあ私でもどうだか…。」

鞠莉「私よりも付き合い長いくせに。」

果南「私はそういうの苦手なの。知ってるでしょ?」

鞠莉「知ってますー。」

果南「それにしても、本当どうしたんだろう。」

鞠莉「……。」

ダイヤがおかしい。そう呟いたのはルビィだった。自分と果南にだけ聞こえる声で、
ここ数日のダイヤの様子がおかしいことを伝えてくれた。

ルビィは何か気づいているみたいだったけれど、教えてはくれなかった。
ただお見舞いしてあげてください、とだけ呟いた。

自分はもともとそのつもりだったし、ルビィ何だか睨むような目に気圧されながら頷いたのだった。

果南「私たち、ダイヤのこと全然わかってなかったのかな…。」

鞠莉「そう、かもしれない…。」

2人で散々迷惑をかけた。だからこそ、ダイヤが何か悩んでいるなら力になりたい。そう思ってダイヤのお見舞いに行った。けれど。

役立たずにもほどがある。思ったより身体の調子は悪くなさそうなダイヤに冷えピタだけ押し付けて、何も聞き出せないまま。
自己嫌悪でどうにかなりそうだった。

唯一のヒントとして、果南に花丸との一件を聞いていたから話を振った。
それは解決した話だから、とあまり話してくれなかった。…それでも。
ダイヤを観察して感じたことを懸命に辿る。

鞠莉「体調は、あんまり悪くなさそうだった。」

果南「それは安心だね。」

鞠莉「昼寝で寝汗かいたらしくて、体調悪いのに自分でシーツ変えてた。」

果南「それは…今度会ったら説教だね。」

鞠莉「ダイヤ、頬と目元が紅かった。泣いてたのかもしれない…。」

果南「え…。」

鞠莉「それと……あの時の衣装が、押し入れから出てた。」

果南「そ、それって!」

果南の言いたいことはわかる。自分もここに来る間、ずっと考えていたことだから。

なぜルビィがあんな伝え方をしたのか。なぜ悔しそうな顔で、私たちにお見舞いを頼んだのか。

鞠莉「ひょっとして、私たちのせい、なのかも…。」

果南「……。」

別れ際の、どこか遠くを見るようなダイヤの表情が、頭から離れなかった。

鞠莉「ね、今、ダイヤは幸せなのかな…?」


―――

その晩、眠れなかった。

昼に寝てしまったからだろうか。前日に入れなかった分、早めに入浴を済ませて身体が冷えたからだろうか。
とにかく、眠れなかった。

夢を見たかった。いつも晩に見るような、3人で過ごしたあの日々の夢を。
夢は見たくなかった。いつも朝に心をかき乱すような、もう戻らないあの日々の夢は。

ぐちゃぐちゃの心を抱えて、今日も学校へ行く。2人に会いに行く。お守りのように、写真を鞄に入れた。

練習に行くと、皆が気遣ってくれた。昨日の体調は悪くなかったが、今日は寝ていないせいでふらふらしてしまう。
奇しくも本調子ではないという話に信憑性が出てしまっていた。ルビィは朝から休め休めとうるさかった。

千歌は食べやすい大きさに剥かれた冷凍ミカンをくれたし、曜は練習メニューを減らそうと提案した。
梨子はスポーツドリンクと塩を多めに持ってきてくれていたし、花丸はユニットのカウントは自分がやろうかと申し出てくれた。
善子はお得意のキャラを発揮しながら、自分は堕天使だからと汗を拭いてくれた。ちょっと意味が分からなかった。

果南と鞠莉もやたらと優しい。ちらちらとこちらを気にしているのが見え見えだ。

ダイヤ「はあ…、これでは本当に迷惑になってしまいますわ…。」

今日を乗り切ったら体調は戻るだろう。ただの睡眠不足なのだから、一日運動してぐっすり寝たら戻るはずだ。

そう思って午後の練習にも参加したのが間違いだった。

午後は9月の半ばに控えたライブのための練習だった。曲目は再び未熟DREAMER。
夏祭りの時は練習時間があまりなかったので、今度はより完璧に仕上げたうえで臨むつもりだった。

ダイヤ「…はあっ、はあっ…くっ…!」

曜「ダイヤさんっ!!逆っ!」

ダイヤ「あ、え…?」

花丸「ひゃっ…!」

ゴツンと、隣で踊っていた花丸とぶつかってしまった。
大した勢いではなかったけれど、バランスを崩して転倒してしまう。

花丸「だ、ダイヤさん、大丈夫ずらか!?」

ダイヤ「いった…。」

ルビィ「お姉ちゃん!」

近くにいたルビィが青い顔で寄ってきた。大げさだ、と言う元気はもうなかった。

ダイヤ「す、すみません…。今のは、わたくしの、ミス、ですわ。」

花丸「そ、そんなの大丈夫ずら!それよりお水飲んだ方が…。」

果南「そうだよダイヤ。すごい汗。顔色も悪いよ。」

千歌「はいはーい!生徒会長強制退避だよ!梨子ちゃん、足お願い!」

梨子「う、うん!」

ダイヤ「待ってください、わたくしはまだ…。」

鞠莉「ダイヤお願い、言うとおりにして。」

善子「そ、そうよ!熱中症は怖いんだから!」

曜「ほら、堕天使もこう言ってるんですよ。それにこれ以上の無理は見逃せません。」

ダイヤ「見逃す、って…。」

曜「すみません、言い方悪いですよね。でも、本当に怖いんですよ。飛び込みでも無理して救急車呼ぶ羽目になった人がいたり…。」

ダイヤ「……。」

最後は曜の気迫と皆の懇願に押されて、しぶしぶ従った。


―――

果南「ほらダイヤ、保冷材。ちゃんと脇に挟むんだよ。」

鞠莉「あとtowelね!もう、昨日ちゃんと寝なかったの?」

寝付けなかった、と正直に言うと、2人は眉を下げて顔を見合わせていた。

果南「ねえダイヤ。最近何を悩んでるの?私、一生懸命考えたんだけど、わからなくて。
   その、もし私たちが絡んだことだったら…。」

ダイヤ「わたくし、悩んでいることなどありませんわ。」

嘘だ。隠す気もない。

鞠莉「ダイヤ…!」

ダイヤ「……。」

果南「……とりあえず、今は体調第一、か。空き教室の鍵借りてるから、そこで休もう。歩ける?」

こくん、とうなずくと2人は腕を肩に回して立たせてくれた。自分で思っていたより重症らしい。
急に回り始めた視界を何とか落ち着かせ、ふらふらと教室に向かう。



ダイヤ「ここは…。」

鞠莉「わお、私たちが1年生の時の教室?」

果南「わ、わざとじゃないよ。貸してって言ったらここだっただけ。」

ぶっきらぼうに言う果南に少し吹き出してしまう。あの時の教室で、3人ぼっち。
こんなに心穏やかな時間は、ここ最近では初めてのことだった。

果南「あれ、ちょっと顔色戻ってきたね。もうしばらくしたら歩いて帰れるかな。」

ダイヤ「すみません、迷惑かけて…。」

鞠莉「そんなこと言わないでよ。ダイヤには普段お世話になってるんだから。」

ダイヤ「ふふっ、自覚があったんですの?」

鞠莉「なっ…!?」

果南「あはは!冗談が言えるなら大丈夫そうだね。じゃあ、私たちは練習に――」

反射だった。気づいたら、果南の練習着の裾をぎゅっと握っていた。

果南「だ、ダイヤ…?」

ダイヤ「あ、こ、これは…、なんでもありませんわ!早く練習に行ってきなさいな!」

鞠莉「ひょっとして寂しい?」

ダイヤ「……。」

果南「ダイヤ?」

ダイヤ「あ、あの、その……。」

違う。ここは大声で否定するところだ。それで、鞠莉がさらにからかってきて、果南はそれを見て大笑いして…。
結局、3人で抱き合ったりして。そんな日々を、この教室で過ごしてきたはずだった。

なのに、言葉が出てこない。代わりに出てきたのは、変につぶれた空気だけ。

ダイヤ「…っ、ふっ、ぐっ…!」

滲む視界で目に入ったのは、口をぽかんと開けた鞠莉の顔。
あんまりにも気の抜けた顔に笑ってやりたかったが、おかまいなしに滴が頬を伝う。

鞠莉「だだだだだだダイヤ!!??なななななんで!?なんで泣いてるの!?」

果南「まままままま鞠莉いい!!おおおお落ち着いて!!!」

鞠莉「ほ、ほら大丈夫、鞠莉どこにもいかない!!ね、ね!果南!!」

果南「もちろんもちろん!!どこにもいかない!ずっとここにいる!!ほらハグ!ハグしよおおおお!!」

ダイヤ「…っ!…っぐぅ…!」

ダメだ。涙が止まらない。その上、こんなにふわりと温かく抱きしめられてしまったら。

果南「ほら、どこにもいかないから、ね?」

鞠莉「そうそう、来ないでって言っても、ついていっちゃうんだから。」

ぼんやりした意識で聞こえたのは、そんな2人の優しい声だった。


―――

果南「…寝ちゃった?」

鞠莉「…みたい。」

小さな声で呟くと、隣の鞠莉から返事が返ってきた。もう一度、ダイヤが起きてないか確認して――

果南「…っはあーーーー…。」

鞠莉「…っふうーーーー…。」

かなまり「「びっくりしたぁ……。」」

果南「何か悩んでるとは思ったけど、ここまでとは…。」

本当に驚いた。ダイヤが大泣きするところなんて、いつから見ていないだろう。

鞠莉「でも、肝心なこと、聞けなかったね。」

果南「…そうだね。」

鞠莉の言葉に、はっとする。
そうだ、自分たちはまだダイヤの何にも理解できていない。だから。

果南「ね、今日鞠莉んち泊めてもらってもいい?ダイヤも一緒に。」

鞠莉「Oh!Nice ideaだね!たーっぷり話、聞かなきゃ。」

果南「そうだね…。あのさ、私たち、あれだけ一緒にいたのに、全然話してこなかったんだね。」

鞠莉「ふふっ、3人とも似た者同士ね。ね、果南。今年はいっぱい話せるかな。お互いのこと。」

果南「大丈夫だよ、きっと。何があっても。」

果南「でもとりあえず今は、この寝顔を…。」

鞠莉「しばらく2人の待ち受けね!」

穏やかな顔で眠るダイヤに、2人でいろいろいたずらしてみたり。
身じろぎするダイヤにびくっと反応してしまって、お互い声を殺して笑いあったり。

ずきずきするほど甘い時間だったと思う。


―――

誰かに揺られて目が覚めた。起きてすぐ感じたのは、雨の匂いだった。

果南「ダイヤ、ダイヤ、起きて。」

ダイヤ「…んぅ…?」

鞠莉「そろそろgo homeする時間だよ。」

ダイヤ「何だか、変に湿気が…。」

果南「大雨だよ、大雨。急に来たんだ。夏の天気は変わりやすくて嫌だね。」

ダイヤ「あ、雨!?屋上の荷物は、荷物はどうしたんですの!?」

今日は口の大きな布製のトートバッグだったはずだ。雨に降られたら中の写真など一発で…。

鞠莉「Don't worry!千歌っちたちがちゃーんと校舎に入れてくれたわ。」

ダイヤ「そ、それなら安心ですわ…。」

ふう、と息を吐く。安心と同時に、寝てしまう直前のことを思い出した羞恥に顔が染まる。

ダイヤ「そ、そそそそその!ご迷惑、おかけしました…。」

果南「何言ってるの、嬉しかったんだよ、ね。」

鞠莉「とーぜん!ダイヤの甘え方ったら、全国に放映したいくらいだったわね!」

ダイヤ「それだけはやめてください。」

いつものように鞠莉につっこみつつ、皆の所に戻るために立ち上がった。

やっぱりただの寝不足だ。体調は完全に回復していた。

ダイヤ「あら、皆さんは帰りましたの?」

部室に戻ってみても、千歌たちの姿はなかった。荷物もないところを見るに、帰ったのだろう。

果南「ダイヤが気持ちよさそうに寝てたからね。みんな小声で挨拶だけして帰って行ったよ。できた後輩だよね。」

鞠莉「そうそう、善子ったら写真まで撮って――」

果南「ちょ、鞠莉!」

鞠莉「あ。」

果南がパシッと鞠莉の手で口を塞ぐ。

ダイヤ「写真?…って、もしかして寝顔の写真!?すぐ消しなさい、ほら今すぐに!!」

鞠莉「ほ、ほら、撮ったのは堕天使ヨハネちゃんだけ、ね?」

果南(この先輩は…。)

ダイヤ「それを見てあなたたちが何もしないはずがありませんわ!!
    ほら、携帯をお出しに――ってなんで待ち受け!?隠す気ありますの!?」

果南「うんうん、それだけ叫べるなら大丈夫だね。」

なぜか神妙な顔で頷く果南を一睨みする。

鞠莉「あ、ダイヤは今日この後うちに連行するね!ルビィには伝えてあるから!」

ダイヤ「えっ。」

自分が寝ている間にいろいろと話が進みすぎている。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、鞠莉の家。
3人で集まるのも久しぶりだ。正直、楽しみだった。

お守り代わりにと持ってきた写真の効果だろうか。なんて、バカバカしいことを考えてしまう。

ダイヤ「……。」

そうだ、写真。

写真に思いを馳せた途端、膨らみかけた気分が萎んでいくのがわかった。

3人で集まって、何を話すのだろうか。

きっと、これからのAqoursの話に違いない。後から加入したとはいえ、自分たちは最高学年だ。
チームの未来について後輩に任せっきりにはできない。9人でどう輝くか、きっとそんな話題が出るんだろう。

自分は、それに何と答えるのだろうか。鞄にあんな写真を忍ばせた自分は、毎晩あんな夢を見続ける自分は、
2人と未来の輝きについて語れるのだろうか。


ダイヤ「あ、あの!」

果南「ん、どうしたのダイヤ?」

ダイヤ「…いえ、何でもありませんわ。」

にこっと振り向く果南の顔を見て何も言えなくなる。
大丈夫、今の自分だって嫌いなわけじゃない。

せっかくこの2人が和解して、前を向いて走り出した。ならば自分も、一緒に――。

写真は、帰ったら大切にしまっておこう。蓋つきの箱に入れて、そっと。
少しだけ湿った自分の鞄を見つけ、中を見た。


―――

だんだんいつもの反応に戻りつつあるダイヤ。それを見て、油断したんだと思う。
それぞれの荷物を回収した私と果南は、ダイヤの豹変に、反応が一歩遅れた。

ダイヤ「あ、あ、ありません!!ありませんわ!!」

突如としてダイヤが叫び声を上げた。わたわたと手を動かし、あたりの床を探っている。

果南「え、だ、ダイヤどうしたのさ!」

ダイヤ「写真が、写真がありませんの!!どこかに落としたんじゃ…!あれがないと、わたくし…!」

普段のダイヤからは考えられない焦り様だった。思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

鞠莉「しゃ、写真?何の?」

ダイヤ「……。」

ダイヤは突如として動きを止め、こちらを向いた。何かに耐えるような、それでいて諦めるような顔を見て、胸が苦しくなる。

鞠莉「だ、ダイヤ…?」

ダイヤ「屋上を探してきますわ。」

有無を言わせない口調で宣言すると、ダイヤは走り出して行ってしまった。

果南「なっ…!まだ雨も止んでないのに…!」

一瞬呆気にとられた果南も、慌てて後を追いかける。私も、さきほどの表情を振り払うように頭を振って、後を追う。

ダイヤ「写真、写真…!」

ダイヤは降りしきる雨の中、屋上のコンクリートに膝をついて「写真」を探していた。

普通じゃない。それが屋上に辿りついて最初に抱いた感想だった。
こうまでしてダイヤが探す写真には、いったい何が映っているんだろう。

いや、本当はわかっている。認めたくないだけ。ダイヤを傷つけてしまったという、その罪を背負いたくないだけ。

だから、ダイヤがずぶ濡れになりながら一片の紙を拾い上げたときも、駆け寄るのが怖かった。

ダイヤ「あ、ああ…。」

ダイヤはその紙をもって放心している。なるほど確かに大きさは写真ほど。何の袋にも入っていないところを見るに、本当に写真だけ鞄に入れてきたのだろう。
荷物を回収するときに落ちてしまったのだろうか。

果南「ダイヤ風邪引くって!!中入ろう!」

必死に引っ張る果南に対し、ダイヤは全く動こうとしない。
果南もすでにずぶ濡れだ。早く2人を中に入れようと勇気を出して駆け寄る。

果南「ほら、明日はまた練習でしょ!風邪引いたらまたできなくなっちゃうって!」

ダイヤ「……。」

ダイヤ「練習…。練習…Aqours……。」

果南「………ダイヤ?」

ダイヤの動きが止まる。どこか譫言のように、ぶつぶつと何かを呟いている。
一瞬立った鳥肌を無視して、親友の手を握る。

鞠莉「ダイヤ、どうしたの。ね、話してみて。」

果南「鞠莉、なにもここで…!」

鞠莉「しっ…!」

なぜだか、今を逃したら聞けない気がした。目の前で壊れそうになっている大好きな人は、今を逃したらずっと消えてしまう、そんな予感。

果南も、似たような気持ちだったのだろう。じっと視線を送るとあっさりと引き下がった。

ダイヤ「………ぇょ…」

鞠莉「…え?」


ダイヤ「わたくしたちのAqours……とっちゃわないでよぉ…っ!!」

鞠莉「ダイ、ヤ…。」

ぽろぽろと大粒の涙を流すダイヤの手に握られていたのは、ボロボロになった、あの日のAqoursだった。


―――

鞠莉の家への帰り道。大人しく手を引かれるダイヤも、手を引く鞠莉も一言もしゃべらない。
ダイヤの軽い荷物を背負って隣で歩く私も、何か話す気分にはなれなかった。

それくらい衝撃的だった。それと同時に、なぜだかストンと納得がいった。
気づけなかった自分にも腹が立って仕方がなかった。

おかしかったのだ、はじめから。

2年前のあのステージから、私はずっと不完全燃焼だった。おそらく鞠莉も。
プスプスと音を立ててくすぶっていた私たちを、きちんと燃やしてくれたのはダイヤだった。

私と鞠莉は気持ちを伝え合い、再び一緒にステージに立つことを決めた。

果南(馬鹿だ、私…。ずっとダイヤに甘えて…。)

いつしか、ダイヤが私と鞠莉の仲裁役になっていた。私は仲裁に取り合おうともしなかった。
とにかく鞠莉をステージに縛り付けないことだけに意地になって。

ダイヤはどう思っていたのだろう。私たち3人の中で、一番スクールアイドルへの想いが強かった、ダイヤは。
不完全燃焼だった2年間を、どうやって過ごしてきたのだろう。どんな気持ちで千歌たちを見ていたのだろう。

ダイヤや千歌たちのおかげで気持ちをぶつけあって、過去の自分に向き合えた私たちとは違う。

きっと、ずっと心の中に隠してきたんだ。あの日までのダイヤを。
東京に行くと決まってくるくる回っていたような、あんなダイヤを隠してきたんだ。

きっとそれが、何かのきっかけで出てきてしまったんだ。

果南「何が『ダイヤらしくない』、だ…!」

私は何てことを言ってしまったのだろうか。

お硬い生徒会長で、一歩引いたところから見守ってくれて、複雑な人間関係を修復しようと策を練って。
そんな姿が、一番「ダイヤらしく」なかったのではないだろうか。そしてそんな状態を強要してきたのは―――

悔しくて悔しくて、涙か雨かわからないくらいだった。


―――

隣で果南が泣いている。自分も泣きたい気分だった。ぐっと唇を噛んで涙を抑える。

数か月前、この浦の星に戻ってきたとき、はじめに感じたのはどんな気持ちだっただろうか。
仏頂面で書類と睨めっこして、一人で黙々と作業するダイヤを見て、どんな気持ちだっただろうか。

感じたのは、かすかな違和感。それもダイヤに久しぶりに会えた嬉しさで、どこかへ飛んで行ってしまった。

2年もあれば人は変わるものだと、2年前の喧嘩を引きずっていた自分を棚に上げて思ったものだ。
人はそんなに簡単に根っこから変わってしまえるものではない。そんなこと、自分が一番よく分かっていたはずなのに。

鞠莉(ダイヤの中では、まだ終わってないんだね。)

自分は、ケリがついたと思っていた。果南と向き合って、和解して。果南と同じステージに立って。
ダイヤも一緒に歌ってくれて。それで再出発ができたと、本気でそう思っていた。

それでも、きっと。ダイヤのライブは、まだ終わっていないんだ。

あの日、あのステージに立つ3人のためだけに作った衣装で、あの日、あのステージに立つ3人のためだけに作った歌詞と曲で。
どうやったら3人が輝けるか。そんな小恥ずかしいことを大真面目に議論して作った、あの日々が詰まったライブでなければ、終われないんだ。

そうだ。だって、あの日々にダイヤが見せたような満面の笑みを、私たちはまだ1回も見ていない。

鞠莉「一番のテイタラークは私だったね…。」

ちょっとおどけて呟いてみるけれど、全然、笑えない。ダイヤの手を引く自分の手が、ひどく痛かった。



―――

ダイヤ「笑ってくださって構いませんわ。」

鞠莉の部屋で、たっぷり一時間無言が続いた後に、ぽつりと呟いた。
本心から、そう思った。自分でも、自分の気持ちがわからずに。やっとわかったと思ったら、なんと滑稽な。

鞠莉「そんなことしない!!」

珍しく鞠莉が大声を上げる。ふるふると震えながらこちらを睨んでいる。

ダイヤ「皆さんは前を向いているのに、わたくしだけ過去に捕らわれて…。挙句の果てにAqoursを取らないでなどと、
    自分で名前を受け継がせたくせに。」

そう、すべては自分が招いたこと。果南の行動に同意したのも、鞠莉を諫め続けたのも、すべて自分の判断だった。
千歌と曜と梨子がいる砂浜に、Aqoursの文字を書き足したのも自分。みずからAqoursを「上書き保存」したのだった。

無事に名前を受け継いでもらって安心したはずだった。千歌がその名を口にしたとき、目頭が熱くなるほど嬉しかったはずだった。それなのに。

何を今さら、被害者面を。また輝ける場がもらえただけで十分ではないか。
自分の中の理性的な部分がそう囁く。言葉には自然と棘が入ってしまっていた。

2人は、そんなこちらに真剣な目を向けている。
やめて。そんな真剣にとらえないで。わたくしがのろまなだけなのに、わざわざ同じ位置まで降りてくる必要なんか…。

果南「ダイヤ、私も、笑ったりしないよ。さっき言ったよね。ずっと一緒にいる。ダイヤだけ置いて行っても、意味ないんだよ。」

そんな心を見透かすように、果南が言った。

ダイヤ「果南、さん…。」

果南「それに、ダイヤにはまだまだ引っ張っていってもらわないと。」

鞠莉「そうそう!それでもし誰かがまた遅れたら…、残りがちゃんと追いかけて、連れ戻してあげるの。
   ね、だから教えてよ。ダイヤは今、どこにいるの?」



どこに。そう聞いた鞠莉の言葉に考える。自分は、今どこにいるのだろう。

不意に、あの衣装に袖を通したときの想いが甦る。ああそうか、わたくしは、まだそこに――。

ダイヤ「あの日の、舞台袖に。あの日々の、部室に。あの日々の、浦の星に。
    そして困ったことに、今日の屋上にも、黒澤家にも、今この時の鞠莉さんの家にも。」

それは、諦めだった。どうしようもなく醜い感情を抱いてしまっていた自分への諦め。昔に戻りたい。
でも今が楽しい。そうだ、今のAqoursの活動だって、決して嫌いにはなれない。八方塞がり、完全な停滞。

ああ、でもこの2人が追いかけてくれるなら、手を伸ばしてくれるなら、甘えてしまっても仕方ない。
立ち上がれなくても、手を伸ばしたらきっとつかんでくれる。そんな情けない想い。

だと言うのに、2人は嬉しそうに――、そう、本当に嬉しそうに微笑むのだ。
最近ですっかり穴だらけになってしまった胸を、柔らかい光が満たす。それは今の光。今目の前の2人の笑顔。

ダイヤ「わたくしは、結局スクールアイドルが大好きなのですわ。そしてμ'sも。μ'sは、3年生が卒業すると同時に解散しましたわね。
    ではAqoursは?わたくしたちのAqoursは、メンバーが替わってもAqoursでいられるのでしょうか。」

自分は3人のAqoursが大好きだった。だから名前でもなんでも、後に残すものがあればと、そう思った。
まさかここまで自分が欲張りだとは思わなかった。そう言うと、果南はおかしそうに笑うのだった。

果南「ダイヤはずっと欲張りだよ。だって、私と鞠莉のことも全然離してくれない。
   2年も経つのに、一所懸命動き回って、私にも鞠莉にも話しかけて…。千歌たちだって巻き込んでさ。」

ダイヤ「ほとんどがなりゆきですわ。わたくしが計画してやったわけでは…。」

鞠莉「でも、ダイヤの中には私たちがいたんでしょ?居場所をつくってくれてたんでしょ?」

ダイヤ「それ、は…。」

鞠莉の言葉に言い返せなかった。自分はいつか2人が帰ってくると、また笑いあえる日が来ると、ずっと信じていた。
どうやら自分は最初から欲張りだったらしい。しかもそのうえで素直になれと、2人はそう言うのだ。

ダイヤ「わたくし、やりたいことがたくさんありますの。」

だからある程度は諦めなければ。そう言おうとする口を、鞠莉が塞いだ。

鞠莉「全部やっちゃいましょう!当然、私たちも付き合うよ!ね、果南。」

果南「もちろん、海の底だって、雲の上だってついていけるよ。」

そうか。海の底にも、雲の上にもついてきてくれるのか。わがままで欲張りな自分に、どこまでも。
はじめから心配する必要など、なかったのだ。

どれだけ周りが変わろうと、果南は果南。鞠莉は鞠莉。そしてあの日のAqoursは3人の中に。

ダイヤ「ふふっ、そこまでは行きませんわ。ええ、やりたいことはたくさんあるけれど、今3人でやりたいことは1つだけ。」

ダイヤ「パフェを、食べに行きたいですわ。大きなものを、3人で。」

うん、そうだ。やっぱり最近の夢は幸せな夢だったんだ。あのパフェだって、美味しかったはずだ。だから、もう一度。



―――

喫茶店開いてませんわね…。もう夜だもんね。あ、クリーム、クリーム買いに行きましょ!

そんなやり取りの結果、今自分たちは3人で、やたらと広い小原家のキッチンにいた。
大きなガラスの器に、たっぷりのフレークと、冷蔵庫から鞠莉が勝手に出したフルーツと、
またびしょ濡れになりながら買ってきた山盛りのホイップを載せて。

けらけらとちょっとしたことにも笑いを抑えられずに、何とかパフェを形にする。
3人で作ったから統一性もなにも、あったものじゃない。

いただきますと声を合わせて、スプーンを口に運ぶ。うん、見た目はともかく、美味しい。

さっきまでは笑いが止まらなかったのに、今は3人とも、無言で何かに耐えるようだった。
誰もが鼻をすすりながら、無心にスプーンを動かしていた。

雨の音だけが部屋に響く。それなのに、心の中ではあの日の波の音が聞こえていた。

半分くらい食べ終えたころ、突然鞠莉が席を立った。

鞠莉「はい、これ。ね、あの日もこうやって相談したよね。」

鞠莉が差し出してきたのは、楽譜と、ノートと、筆記用具だった。

果南「鞠莉、これ…。」

鞠莉「残念ながら新品だけどね。それでも。」

鞠莉「ねえダイヤ、曲、作ろう?3人で歌って、踊るの。ダイヤと果南と私の、3人で。
   それで、終わらせましょう。そこからまた、始めましょう?」

意表を突かれた。そこまで、話していなかったはずなのに。それは、2人にとってはもう終わった話なのに。

ダイヤ「鞠莉、さん……。」

果南「ふふっ、いいねそれ。これが先輩なんだぞーって千歌たちに見せつけちゃったりしてさ。
   今の私たちで、精一杯輝こうよ。」

ダイヤ「果南、さん。」

果南「ね、だからさダイヤ。」

かなまり「「一緒にスクールアイドル、やろう?」」

限界だった。
それは夢にも見なかった、しかし自分が欲してやまなかった言葉だった。

ダイヤ「………ぅ、ぁ…」

ダイヤ「か、なん、さん…、まり、さん……っ!」

果南「うんうん、おいでよ。」

鞠莉「果南風に言えば、hug、しよ?」

ダイヤ「うっ、ううっ…!うわああぁぁぁぁっっ!!!!」

ぽろぽろと頬から滴を落としながら、しかしにっこりと手を差し出す2人に、飛びついた。


――――
――


後日、自分たちは6人の後輩の前で深く頭を下げていた。3人だけのライブをやらせてほしいと頼み込んだのだ。

千歌「ちょちょちょちょっと待って待って!全然大丈夫!全然大丈夫だからやめて!また変な噂たっちゃう!!」

以前、3年生の教室で先輩を部室に呼び出すという荒業を見せた千歌には、実は東京から来たやくざだとか、
小さいころに「そういう」訓練を積んでいただとか、妙な噂が流れていた。

とは言っても、人数も少なく大半が知り合いであるこの学校には、本気でそれを信じる生徒はいなかったが。

梨子「そ、そうですよ。もともと私たち、反対なんかしませんよ。」

ダイヤ「で、ですが無理を言っているのはこちらですわ。今のAqoursは千歌さんがつくりあげたものだと言うのに。」

千歌「それは違うよダイヤさん。Aqoursは、みんなでつくったんだ!もちろん、ダイヤさんも、果南ちゃんも、鞠莉さんもだよ。」

果南「千歌…。」

曜「そうそう!あ、そういえばルビィちゃんが回収してくれた3人の衣装、ほつれとか汚れとかなおしておきました!ヨーソロ―!」

鞠莉「へ…?い、衣装…?」

曜の言葉をすぐに理解できなかった。衣装?押し入れにあったはずだけれど…。ルビィが回収?

善子「曲とか歌詞とか大丈夫なの?ライブ、次の地方イベントの1曲目でやるんでしょ?あんまり時間ないけど。」

花丸「ダイヤさんたちだもん。きっと大丈夫ずら。9人で歌う方は練習も進んでるし…。」

ダイヤ「は…?」

この後輩たちは、何を言っているんだろう。優しい目でにこにこと。自分たちは目に見えて動揺していた。

果南「え、ちょっと待って!ちょっと待って!理解が追い付いてないんだけど…。え、ライブ?」

千歌「え?うん。3人でのライブだよね。ほら、9月半ばに地方イベントあるじゃん。その1曲目にしようって決めてあったんだ。
   そのつもりで、もうステージも時間取ってもらってて。」

果南「ええ!?」

鞠莉「私たち、曲やらせてって言うの、今日がfirst、よね?」

千歌「えへへ、そうだよ。でもきっと3人ならそう言うはずだって。ダイヤさんはそれを望んでるんだって教えてくれた子がいるんだよ。」

ダイヤ「まさか…!」

部室の一番奥で、少し泣きそうに微笑んでいる最愛の妹に目を向ける。

ルビィ「えへへ、ルビィ、先方との交渉もがんばるびぃ!しちゃいました!」

ダイヤ「ルビィ…。」

おずおずとルビィが歩み寄ってくる。正面からルビィの顔を見るのは随分久しぶりのように感じた。

ルビィ「ルビィね、気づいてたんだ。お姉ちゃんが最近うなされてるの。朝、気分悪そうにしてるの。
    それで必死に、なんでだろうって考えたんだ。」

ルビィ「そしたらね、きっと大掃除の日からだって。あの写真を見つけた日からだって気づいたんだ。だから。」

果南「それで、私たちにもダイヤのことを…。」

ルビィ「ほんとは、悔しかった。ルビィはどこまでいってもお姉ちゃんの妹でしかないから。一緒にステージに立てる日を待つしかなかった。
    だから、夏祭りの日、本当に楽しかった。」

ルビィ「最近は、ちょっと寂しかったんだ…。だからもう1回言うね。んと、えっとっ!」

花丸「ルビィちゃん、頑張って!」

ルビィ「うん!……し、親愛なるお姉ちゃんっ!私たちと一緒に!!スクールアイドルやりませんか!!」

ダイヤ「あ……。」

なんという、妹だろうか。すべて見透かされていたのだ。全く隠せていなかったのだ。自分の心も、欲求も。
過去に捕らわれていた想いも、未来に向かって走り出したい希望も。

初対面の人と話すのが苦手なのに、イベントの交渉まで請け負って。まったく、どこまで成長すれば気が済むのか。

ルビィだけじゃない。千歌に、曜に、梨子に、善子に、花丸に。6人全員が手を差し伸べる。
ちらりと横を見れば、果南と鞠莉も目をいっぱいに見開いている。

過去に向き合う時間をくれただけではない。未来の道までつくってくれて、一緒に歩こうと、そう言ってくれている。

ダイヤ「うふ、ふふふ!」

果南「だ、ダイヤ?」

ダイヤ「悪いけれどルビィ、わたくし既にお2人の熱烈アプローチを受けてしまっていますの。」

鞠莉「え、ダイヤ、何を…?」

てっきり手を取ると思っていたらしい鞠莉が困惑した声を上げる。

ルビィ「お姉ちゃん、そんな!」

ダイヤ「ですが!!」

ルビィ「え?」

ダイヤ「誰かさんによればわたくしは『欲張り』らしいので…。」

頭を上げて、腰に手を当てる。胸を張って、大きな声で。


ダイヤ「ぜーんぶ、いただきますわぁ!」


宣言と同時に、妹を抱きしめる。

ルビィ「ピギィ!お姉ちゃぁん!」

ダイヤ「うふふ、そうと決まればやることは多いですわ!3人での曲も作って、9人での曲もマスターして!
    あ、姉妹曲なんてのも悪くありませんわね!梨子さん曲作ってくださいます?」

梨子「ふぇ!?は、はい!」

ルビィ「お、お姉ちゃん苦しいよぉ!えへへ…。」

言葉とは裏腹に幸せそうなルビィを解放し、果南と鞠莉の手を掴む。

ダイヤ「さっそく打ち合わせですわ!時間は止まってはくれませんわよ!無事に終わったら、次は9人で目指せラブライブ!ですわあ!」

果南「ちょ、ダイヤ速い速い!」

鞠莉「転んじゃう!転んじゃう!」

ぽかんとする6人を置いて、2人を連れて部室を飛び出す。ああ、今日はどこで打ち合わせをしようか。またパフェもいいかもしれない。
そうだ、今度はルビィも連れてこよう。ユニットの仲間の花丸でもいい。千歌とゆっくり話をする機会も必要だろう。

うふ、ふふ。あはは。思わず口を開けて笑ってしまった。こんなに思いっきり笑ったのはいつ以来だろうか。ああ、幸せだ。

果南「……あは。」

鞠莉「……ふふっ!」

2人も諦めて一緒に走ってくれる。そう、どこまでだっていける。この2人と一緒ならどこまでも。

そしてあの6人と一緒なら、さらに上まで。

私はスクールアイドル、Aqoursの黒澤ダイヤ。今も、昔も。

――――

――

おわりです。
SS初投稿で慣れない部分もあったと思います。お目汚し、失礼しました。

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