まゆ「Pヘッドを被ったあなたは」 (21)
「どうしてそんな変わった被り物をしてるんですかぁ?」
まゆは、訊ねます。
すっぽりと頭からかぶって……まるで、アルファベットのPのような。
「顔を見られたくないんだ」
その人は言います。
まゆは、真っ赤な日記帳に書きます。
“顔を見られたくないから、被り物をしている”と。
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「僕が怖くないかい?」
今度は、その人が訊きます。
まゆは、首を横に振りました。
不思議と怖くありません。その人が部屋に入ってくると、何だかホッとしましたから。
「何か欲しいものは?」
その人は、重ねて訊ねます。
考えるけれど、思い浮かびません。
そこで日記帳を開いて自分が書いたことを辿ります。
"アイスクリーム"と書いてありました。だから、言います。
「アイスクリーム」
「そうか。アイスクリームが欲しいんだね?」
「分からない」
「今度、持ってくるよ」
その人が、なぜここにいるのか。まゆがなぜこの部屋にいるのか。
まゆにはさっぱり分かりません。
きっと、ここはまゆの部屋です。目覚めたらここにいたので、きっとそうなのでしょう。
でも、格子の付いた窓も、シミひとつないシーツも、簡素な家具も、どこか病院や施設を思わせました。
もしかして、まゆは入院してるでしょうか。
ならきっと、この人は先生です。
「先生」
と、呼んでみました。
「僕は、先生なのかい?」
と、その人は言いました。
そう言われて、まゆは、急に分からなくなりました。
「先生ではないんですか?」
「いや。先生だ、僕は先生だよ」
まゆは安心しました。
このことを日記帳に書いておかなくちゃ。
探そうとした日記帳は、探すまでもなくまゆの手の中にありました。
開くと、“アイスクリーム”と書かれています。
あれ。なんだっけ?
アイスクリームがどうしたのだろう。
まゆは、アイスクリームが欲しいんでしょうか。
「どうしたの?」
見るとその人は、おかしな被り物をしていました。
だからきっと、お芝居の人です。
今から、私を笑わせてくれるのだと思いました。
ですが、その人は、特別には面白いことはしませんでした。
それどころか、何だか悲しそうです。
顔は見えませんが、きっと悲しい顔をしているんだと、何となく分かります。
まゆは、ふいに泣きたくなって、気が付くと、ベッドの上で震えていました。
「寒い?」
と、その人は訊きます。
寒いわけではないのに、まゆは震えています。
なので、
「寒くないです」
と言いました。
「じゃあ、なんで震えてるの?」
その人は、重ねて訊きます。
「分からない……」
まゆは答えます。
分からないけれど……ただ、その人に抱き締めて欲しいのです。
でも、会ったばかりのその人に抱き締めて欲しいなんて、おかしいです。
被り物で顔は見えませんが、若い男の人だったらなおさらです。
まゆはとても怖くなって、泣き出しました。
「どうしたの?」
その人は訊きました。
まゆは、泣いています。泣いて泣いて泣いて……。
………
……
…
「どうしてそんな変わった被り物をしてるんですかぁ?」
まゆは、訊ねます。
すっぽりと頭からかぶって……まるで、アルファベットのPのような。
「昨日も、訊かれたね」
その人は言います。
まゆは、覚えてないです、と答えます。
でも日記帳には、
“顔を見られたくないから、被り物をしている”
と、書かれてありました。
「顔を見られたくないんですね」
まゆがそう言って、その人は頷きます。
「どうして顔を見られたくないんですかぁ?」
まゆは、訊きました。
その人は言いました。
「あるところに男と女がいました。会った瞬間から、運命を感じる出会いでした。それから辛いことも楽しいことも、2人でたくさんの思い出を作っていきました。
そして、女の子は病気にかかりました。それはとても哀しい病気でした。つい今あったことも、忘れてしまう病気です」
「病気なんですね……可哀想に」
「そうでもないんだよ。忘れるということはね、嫌なことも忘れてしまう事だからね。
でも……覚えているほうが辛いんだ。覚えていることを無理矢理忘れることはできない。
一番良かった日のことを、来る日も来る日も思い出してしまうんだ」
その人は、うつむいて泣いているみたいでした。
まゆは、言いました。
「P(ピー)さん」
その人は顔を上げました。
「僕が、Pかい?」
「ええ」
まゆはそういって笑い、日記帳に書きました。
“Pさんと呼ぶように”と。
まゆは声に出して読みました。
「Pさん……あれ、何のお話でしたっけ?」
「ああ、病気の女の子の話だ」
「男の人の話じゃなかったでした?」
「男の人の話でもある」
「男の人は、何の病気なんでしょう?」
「忘れられていたら、どうしようって思って、苦しくて眠れない病気だ」
「忘れられていたら、どうしよう……」
「そうだ。大切な人から忘れられてしまったら、彼は辛くて、死んでしまうだろう。だから、怖くて顔を隠す男の人の話だ」
「大切な人から、忘れられてしまったら……」
まゆは、考えました。
「そうしたら、新しく名前をつければいいんじゃないですかぁ?」
まゆは、言いました。
とても素晴らしい思いつきだと思いました。
「Pさん」
続けてまゆは、訊きます。
「その被り物を取ったら、何と呼べばいいんでしょう?」
Pさんは、答えました。
「……君が呼びたいように」
「まゆが、呼びたいように?」
Pさんは、被り物に指をかけて、ゆっくりと外し始めました。
中から出て来たのは――
名前は分からないけれど、とても、気持ちのいい顔でした。
「まゆ、あなたの顔、知ってる気がします」
そう言って、手を伸ばします。
その手を、彼はそっと握ってくれました。
涙を零しながら、やさしく握ってくれました。
………
……
…
Pさん。
まゆは、彼のことをそう呼びます。
“Pさんと呼ぶように”
と、日記帳にも書いてあります。
どうして、その人はPさんなのでしょう。
それはきっと、その人がそう呼ばれると、とても嬉しそうだからなのだと思います。
P目線の同時進行も考えましたが、出来るだけ簡潔にまとめました。
ここまで読んでくださった方に、博士の愛した数式を。
乙
たまには病んでないまゆもいい
ん?病んではいるのか…?
乙
病んでるというか、病む前に病む程好きだった事すら忘れてしまうというか
病むは病むでも本来の意味の病むだな
博士の愛した数式好きだわ
おつ
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