徒然なるままに (249)
"つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。"
徒然草の序段の言葉だ。
現代語に訳すと
"特にやることもないままに、一日中硯にむかって、心に浮かんでは消えていく何ということも無いことを、なんとなく書き付けると、あやしくも狂おしい感じだ。"
となる・・・らしい。調べた。
いやいや。
普通暇だからって、一日中何かを書き続けたりしないだろ。
きっとこうだ。
「良い作品思いついたけど、書き出しどうしようかな・・・
これだ!」
みたいな。
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寝る前に、何故か気になって次の日の朝、前の席のヤツにこの話をする。
「いや、俺吉田兼行じゃねえし・・・」
それくらい知ってる。
「きっとほら、あれだよ。俺たちには想像もつかないようなふかーい理由があるのさ」
「例えば?」
「実は牢屋に閉じ込められてて、文字を書くこと以外は許されてなかった、とか?」
想像付いてるじゃん。
その後もあーだこーだと色々言い合ったがろくな意見はなかった。
結局、昔の人が何考えてるかなんてわかるわけもなく。
「まあいっか、授業始まるし」
俺の一晩越しの悩みはいともあっさり掻き消された。
「おし、じゃあ宿題集めるぞー」
授業が始まるやいなや、先生が不穏なことを言い出す。
「あれ、宿題あったっけ?」
「え、お前吉田兼好にケチつけてる暇あったくせに宿題やってねえの」
・・・え、マジで?
記憶を掘り返してみると、確かに先週言ってたような気がするような。
ちくしょう、吉田兼好が余計なことを書かなければきっと気付いていたのに。
おそらく、というかどう考えても吉田兼好に罪はないが、ただ忘れたというのはちょっと癪だし罪をなすりつける。
仕方がない、ここは必殺技を使うしかないだろう。
「先生。宿題やってきたんですけど、家においてきちゃって・・・」
「やってないんだなー分かったぞー。他ーやってないやついるかー」
なんと横暴な先生なんだ。これでもし、俺が本当にやったけど忘れてたらどうするつもりなんだ。
小声で怒りを前の席のヤツにぶつけてると「いや、でもやってないだろ?」と一蹴された。
結局、他に誰も声を上げてないところを見ると、忘れてきたのは俺だけなんだろう。
1限目からやるせない気持ちになった。
「昼休みだ!」
勉強嫌いな自分にとっては、学校という地獄のような時間の中での数少ない憩いである。せっかくだしテンション高めで言ってみる。
「あ、3限の宿題やってきた?見せてくんない?」
隣の席のヤツに言われる。
宿題とか言うな、テンション下がるから。
「甘いな、俺が宿題やってきてると思ったのか」
「いや、あんまり期待してない」
彼はあっさりそう言い放つと、前の席のヤツに同じことを頼んだ。
・・・ちょっと傷つく。
幸い、前の席のヤツはしっかりやってきていたようで、携帯で写真を撮らせてもらっている。
やれやれ、プライドはないんだろうか。
バッグから弁当箱を取り出す。中身は昨日の夕飯の残り物、ハンバーグだった。うめえ。
お弁当のつめたーくなっているご飯もまた好きだ。
全部食べ切ると、今度はバッグからイヤホンを取り出してプレイリストをシャッフルでかける。携帯からはピザ屋の宅配の兄ちゃんが困ってるって歌が流れた。
軽快な音楽を聞きながら洗面台で歯を磨く。健康は大事。
歯磨きから帰って、音楽を聞き流しながらプリントの問題を解いていく。やべえ俺かっけえ。出来るヤツっぽい。
休み時間が残り10分を切った時に、問題が起きた。
・・・あれ。これどうやるんだろう。
「すみませんもしよろしければこの私めに宿題の方お見せ頂けませんでしょうか・・・」
「良いけど、プライドはどうしたんだよ・・・」
プライドもへったくれもあるか。プライドで単位は取れないのだ。
プライドを捨てた甲斐あって、宿題はギリギリ間に合った。危ない危ない。
というか、授業3限しかないのにそのうち2つ宿題忘れるってたるみ過ぎじゃないか俺。明日からはきちっとしよう。多分2日後には忘れてるだろうけど。
前の席で体育服に着替えていた友達に声をかける。
「それじゃ君達は部活動頑張ってくれたまえ。僕は家に帰るとしよう」
「いや、お前も部活行けよ」
「俺はそんな枠には縛られないのさ・・・」
カッコつけて言ってみる。キマった。ここに女子がいたら黄色い声援が飛び交っていただろう。
でもここに女子は1人もいなかったし、前の席のヤツにはあっさりスルーされた。
「あれ、軽音部はどしたん」
「音楽性の相違により脱退致しました」
何言ってんだこいつ、って顔で見られる。てへぺろ、って顔で返すとまた適当に流された。ぐぬぬ。
そいじゃね、と手を振るとばいばい、と軽く手を振り返された。
今まではずっと軽音楽部に入ってた。文化祭では一曲くらい演奏したし、1年の時は地元のイベントに出て見事優勝した。その後も何回か出たけど順位はどんどん落ちてった。
ただ、去年は1年で部室に2回ほどしか行かなかった。1回は忘れ物を取りに帰った時だし、実質1回だけだ。
結局音楽の趣味が合う人が1人もいなくなってやめたわけだし、あながち間違いでもないと思う。パンク好きには肩身の狭い時代。
好きな雰囲気だがメール欄にいれるのはsageじゃなくてsagaだ
詳しくわ↓
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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1463843377/)
期待
家に帰って、パソコンの電源を点ける。
起動が終わるのを待ってる間に家着に着替えて、弁当箱と水筒を流しに置いておく。いつも通り。
まあでも、これだけ効率的に動いたくせにやりたいことは特にない。
音楽をかけて、ぼんやりネットサーフィン。暇だ。
そうしてると、プッピプーと着信音が鳴る。ぱんこから着信中・・・の文字。
慌ててヘッドセットを取って、再生デバイスをスピーカーからヘッドセットに変える。音楽うるせえ。
「おいすー。あれ、聞こえてるー?へーい」
おいすー、って返事をする。まだへーいって言い続けてる。あれ。
手元のリモコンを見る。マイクミュート。これだ。
「マイクミュートになってましたてへ」
ドジっ子かー?と煽られる。でも声が高いから、子供に煽られてるみたいであんまりイラっとしない。
前にそれを言うと「せやろー永遠の14歳やぞ!」って調子に乗ってた。小学生くらいじゃない?って言葉はかろうじて飲み込んだ。
「で、どしたんですか」
前にやってたPCゲームで、うちのギルドに入って来て仲良くなった。
彼氏もその時一緒に入って来て仲良くなった。
カップルで同じゲームするの羨ましい、って前に言ったら「カップルじゃないよ!」って言ってた。
よく話すことといえば最近やってるゲームの話とか、最近なんかユウくんとうまくいかなくて・・・とかユウくんこんなこと言ってたんだけどどう思う?とか。
ユウくんというのは彼氏の名前だ。彼女のお眼鏡にかなったのか、やたらと恋愛相談を持ちかけてくる。やっぱカップルじゃん。
「いやー暇だしユウくんいなかったからさーそしたらマスターオンラインなってたしー・・・もしかして忙しかった?」
彼女は俺のことをマスターと呼ぶ。ギルマスだったから。今はもうやめたけど、呼び方はその頃のままだ。
マスターという呼び方は嫌いじゃない。なんか偉そうな気分になれる。
「いや、俺も暇してましたしなんか話しましょ。はよはよ」
だらだらと実のない話をするのも楽しいものです。
1時間ほど、公開予定のゲームの話やユウくんの話で盛り上がった。
相変わらず仲良くケンカしてるらしい。愚痴を聞いてたはずなのに、いつの間にか惚気けられるから困る。
「そいじゃあたし、夕飯作ってくるーのしのしー」
のししー、と返事をして通話を切る。時計を見るとまだ6時を回らないくらいだった。
情報社会の発達は、家にいながら色んな人と交流が出来るようにしてくれた。
でも、それがあるから、家で1人の時の寂しさはより一層浮き彫りになった。
暇だ。そしてちょっと寂しい。まだパソコンを触ることが許されない小学生の頃はどうしていたんだろう。
学校が終わって、友達と一緒に小石を蹴りながら家に帰る。時には白線の上限定、という厳しいルール。
大抵すぐ落っこちて、新しい石を探すことになる。
家に帰ってランドセルを置いたらすぐに友達の家に遊びに行く。
カードゲームをして盛り上がったあと、近くの公園でサッカーをして、疲れてベンチで休んでると友達のおばあちゃんがヤクルトをくれた。
そうしてるうちに5時を過ぎて、また明日、と別れを交わして家に帰る。
それから・・・それから?何をしてたんだろう。
家のチャイムが鳴って現実に引き戻された。
荷物手伝ってー、と母さんの声。
玄関に行くとカゴいっぱいに食べ物やら飲み物やらなんやらが入ってた。
「重いから気をつけてね?」
そう言われて持ったカゴは、思ってたよりもずっと軽かった。
夕飯を食べて、気分良く歌を歌いながらシャワーを浴びる。
風呂場で歌うとなんでこんなに楽しいんだろう。
「たったひとーつーのーことーがーいまをまよわーせーてるんだー」
ドアが叩かれる。うるさい、と叱られた。
仕方がないから声を小さくして歌い続けた。
風呂を上がって明日の授業割を確認すると、嫌いな理系が並んでいた。
そもそも学校自体が理系のところだし仕方のないことではあるのだけど。
記憶を辿る。たしか宿題はなかったはずだ。
ベッドに入って、灯りを少し落とした。携帯を取り出してツイッターを開く。
ゲーム用アカウント。いわゆるサブ垢。
何故かタイムラインには猫の写真が並んでいた。
猫の写真は持ってなかったから、去年食べた秋刀魚の塩焼きの写真を上げる。いいねが6つ。
一言二言、なんとなく思ったことを書き込んで、アイマスクと耳栓を付けて寝た。
外からは猫の鳴き声が聞こえた。
夢を見た。俺は学校の教室で、なぜかスーパーのカートを持って立っていた。
教室の中には半透明な男の子や女の子が6,7人ほどいる。
この子達は自分では動けなくて、俺がカートに乗せて玄関まで連れて行ってあげないと、このまま消えてしまう。
誰かに説明されたわけでもないけど、それだけは分かっていた。
俺は急いで子供達をカートに乗せて玄関に連れて行く。その中に一人だけ、俺と同じくらいの歳の女の子がいた。
全く見覚えはないけど、夢の中では彼女という設定だった。
「私はいいから、先にこの子達を連れて行ってあげて」
その言葉に従って、他の子達を連れて行く。残りはその子だけ。
そこで、夢に変化が起きる。視界が波打ち始めて、少しずつ暗くなっていく。終わりが近い。
もし助けられなかったら、彼女はーーー?
急いでカートに乗せて玄関に向かう。
でも、先生が途中でダンスを踊っていて通ることができない。
何も出来ずにそれを眺めていると、ぼんやりと目覚ましのアラームが聞こえてくる。
最後にこっちを振り返った彼女の顔は、真っ暗で何も見えなかった。
目を覚ます。一番助けたかった彼女はどうなったんだろう。
一生懸命、彼女が消えてしまわないような夢の続きを考えてみる。
でも、どれも希望的観測にしか思えなくて納得がいかなかった。ただの夢なのに。
別に何かを失ったわけでもないし、嫌なニュースを聞いたわけでもなかった。
でもその日は、何も出来ず見つめることしかできなかった、彼女の最後がずっと頭を回っていた。
助けられなかった自分が責められているように感じた。
「そいじゃ、定例会を始めます」
定例会。学生会が月に一度集まって、各局であった事とかを報告し合う会。
という名目だが、実際には何かの行事の前に、要項を確認し合う会だ。そんな毎月報告するような事とかないし。
今月は特にうちの担当の仕事はないし、大丈夫だろう。
椅子に座ってぼんやりとする。
「それでは、今度の環境美化活動のことですがー文化局長よろしくー」
「え、俺?」
完全に油断してた。というか風紀局の仕事じゃないのこれ。
いやさ、俺も風紀だと思うんだけど先生が"柊に任せた―"って言ってたし」
・・・確かに先生から説明された記憶がある。2週間ほど前に。
一応覚えといて、程度だと勝手に思ってたら、いつの間にか俺が担当ということになってたらしい。
「そいじゃ、説明します。
今回の環境美化活動では校内の清掃と共に各部の廃棄物品を回収して、学生生活をより清潔に・・・これ俺読む必要なくね?」
説明、というよりは先生からもらったプリントを音読しているだけだった。
何人かが顔を見合わせている。こんな適当でいいの?みたいな顔。
でも実際言わなきゃいけないことは特になかった。
「グループLINEに写真載せとくんで、よろしくです。文化局からは以上です」
「それじゃ、他に何か報告したい事とかなければ解散とします」
・・・誰も声をあげない。
結局解散となった。この会必要あったのか。
そんな疑問がぐるぐると頭を回ったが、もちろん誰も答えてはくれなかった。
定例会が終わると、自転車に乗って家に帰る。
学校が田舎にあって、自分の家はさらに田舎にあるから途中には田んぼと、スーパー、家くらいしかない。
同じ方向の友達もいない。近いのに。
相変わらず何もない帰り道。急にショッピングモールとかが出来てもびっくりだけど。
何となく、いつもと違う道で帰ってみる。
多分ここを真っ直ぐ行っても家には帰れるはず。
ギィギィ軋む自転車を漕いでいると、神社を見つけた。
鳥居には蔦が生えて、境内には雑草が生い茂って木は何本か倒れてる。
というか参道が木で塞がれてるけどいいのかこれ。
鳥居をくぐると、急に日陰になる。木々がざわめき、涼しい風が吹き抜ける。気持ちいい。
大自然に溢れる参道を歩いていると、かえるを見かけた。携帯を取り出してカメラを構える。
ちょっと写真失礼します、と神様に断りを入れてパシャリ。
境内で写真を撮って良いのか分からないけど、祟られたりはしないと信じたい。
拝殿(この小さい神社に本殿や拝殿の違いはあるのだろうか)に行くと、賽銭箱は朽ちて中が見えていた。
幸いにも?盗ったヤツはいないようで銀色の光がいくつか見える。
手を伸ばせば取れそうだったけど、もちろん取らない。
バッグの中を探ると50円玉が出てきたので、投げ入れて手を叩く。
普段ロクに敬わないくせに、こういう時だけ調子の良いことを頼んでもきっと叶わないだろう。
救われたければ常に信心を欠かさないことが必要なのだ。と前に本で読んだ。
だから、なんかそれなりに、お願いします。と心の中で呟いて神社を立ち去った。
これぐらいならきっと神様も許してくれるだろう。
そのまま真っ直ぐ行くと、結局家に帰れなくて引き返した。
次の日学校に行くと、何だか席の周りが盛り上がってた。
「こいつ彼女いるんだって!マジ裏切り者!」
前の席のヤツに彼女がいたらしい。クラスの男子率98%を誇る高専男子からしたら大罪である。こいつは咎人だ。許されざる者だ。処すべきだ。
「マジかよ写真見せろ!ついでに俺のこと紹介して!」
処刑よりも自分の幸福の方が大事だ。当然。
俺の欲望丸出しのお願いは簡単に却下された。それも当然だった。
クラスの男子率は98%だが、それは学校全体もそうとは限らない。
うちの学科こそ男しかいないけど、他の学科にはそれなりに女子がいる。
全体で見て20%程だけど。
きっと部活動を真面目にやってたら、マネージャーやら先輩後輩やら同級生やらとの甘酸っぱい物語も有り得るんだろう。
まあ、部活に入ってない俺には関係のない話なのです。
華のない学校生活。ちょっとだけ後悔。
2限の終わりのチャイムが鳴って、みんなバラバラと動き出す。昼休み。
バッグから弁当箱を取り出す。今日のおかずは卵焼き、ミニトマト・・・牛すじ煮込み。
昨日の夕飯の残りだ。汁気を切って、その上でラップに包んで弁当箱に入ってる。
前に朝のニュース番組で、水筒型の弁当箱が流行!
とやってたけど、この弁当箱は水筒型じゃなくてシンプルな細長い弁当箱だ。
母上、これはちょっと無理があると思います。
それに気づいた隣の席のヤツに聞かれる。
「・・・え、何それ」
軽く引いたような、戸惑ったような顔。
わかる、俺もちょっとびっくりしてる。
「本日のランチは、一晩味を染み込ませた牛すじ煮込みでございます」
そして爽やかにウインク。多分出来てない。
「なんか・・・うん。野生的で良いと思う」
言葉が浮かばなかったみたいだった。
現実は小説よりも現実的だ。当然だけど。
現実で起こることは必ず筋道が通ってるし、誰しもが平等じゃない。
悪が必ず滅びるわけじゃないし正義が勝つとは限らない。
ここまで能書きを垂れたけど、何が不満かっていうと兄弟がいないことだった。
ありがちな、何でもできる万能妹も居なければ天然な姉もいない。
一部の層に需要がありそうなショタ弟もいないし、頼れる兄貴もいなかった。一人っ子。
強いて言うなら、学年でもトップクラスの幼馴染ならいた。
でも別に恋愛感情を抱くこともなく、中学の時に同じく学年トップクラスの男と付き合い始めた。
そんな小説と違って面白みのない現実。そのうちの一つ。屋上。
よくある、屋上でお昼ごはんを食べるだとか、そこで告白されるだとか、授業をサボってみたりだとか。
一回でいいからやってみたい。
と、言うことで。
「屋上探しに行こうぜ!」
近くにいたヤツに声をかける。別に屋上じゃなくてもいいんだ。なんかそれっぽい場所を見つけてみたかった。
「は、厨二かよ」
何がどう厨二なのかは分からないが、そいつはあんまり興味が無いらしい。残念なやつだ。
その物言いにはちょっとイラッとしたけど、彼が自動車登校を初めて三日目でプリウスを擦ったという話を思い出す。
「そっか、うんうん。分かった、今は休んでろよ」
きっと少なからず傷ついているのだろう。そう思うと気に障らなかった。
仕方がないし1人で探しに行くことにする。
イヤホンを取り出して、音楽を聞きながら校内を散策する。
4年間通ってる学校だけど、改めて散策してみると見たことのないような場所があったりした。
途中何度か、屋上に繋がる階段もあったけど扉の鍵は閉まっていた。
針金で鍵開けとか出来るように練習してみようかな、とか物騒なことを考えだす。
そこまでする価値があるのかは謎だが、屋上という言葉には強く惹かれるものがある。
すると一箇所、良い感じの場所があった。職員棟の角にある、休憩室。
職員棟という名前でも、最上階の方は立地が悪いからか部屋はどこも空いていた。
誰も使っていない部屋が立ち並んで、その一番奥にある休憩室。
ここで告白する女子というのはちょっと微妙なものだけど、秘密基地的な雰囲気はある。
いざ、とドアに手をかけるが・・・開かない。
ガチャガチャとやっていると後ろから声をかけられた。
「ほわっ」
きっとネイティブの人が聞いたら「素晴らしい発音デース!」と感銘をうけること間違いないだろう。
だけど後ろにいたのは感銘を受けるネイティブアメリカンではなく、ニヤニヤ顔でこっちを見ているクラスメートだった。
「何してんの」
「・・・そっちこそ」
「声掛けても気づかないし、変なところに向かってたから気になって」
なるほど。昼休みに職員棟の最上階に向かうやつは俺も見たことない。
恥ずかしくなって、コホンと咳払いをする。昼休み終わりのチャイムが鳴った。
「さて、そろそろ教室に戻りましょうかドドリアさん」
強引に誤魔化す。
誰がドドリアだ、とテンプレのようなツッコミをもらって、教室に戻った。
放課後。学校が終わっていつものように家に帰る。
俺の自転車は変速機が壊れて、6で固定されっぱなしだ。中学の時、縁石の段差で転んだ俺を何度憎らしく思ったことか。
漕ぎ始めが辛いんだ。
幸いにも信号にひっかかることはなくスイスイと進めた。家まではあと少し。
田園風景から住宅街に差し掛かる。
ブルル、と携帯が震える。手に取るとぱんこから着信中・・・の文字。
彼女からの電話はいつもいきなり来る。まあ大抵暇だから良いんだけど。
「お、出た出た。ういすういすー」
イヤホンをつけての自転車の運転は法律により罰せられます。絶対にやめましょう。
「ういすーどしたんですか」
「いやーいつもの如くユウくん寝てて・・・あれ、マスター外いる?」
あれ、何でわかったんだろう。
「なんかビュービュー聞こえる」
なるほど。実は台風が来てて・・・と答えると「え、ほんと?大丈夫?大丈夫なのっ?」と慌てられた。
彼女と話してるとからかいたくなる。
「冗談ですよ、今帰ってる途中だったから」
イヤホンつけて運転してる!悪い子だ!とからかわれる。思わずにやける。
あ。
「・・・ニヤニヤしてるとこ、近所のじいちゃんに見られました」
きっと変な人だと思われてる、と2人で笑いあった。
明日の老人会で話題になるかもしれない。
そうこうしていると家に着いた。ちょっとしばらく返事できないです、と断りを入れる。
「ただいまー」
「おうおかえり!今日はバイトあるんか」
じいちゃん。もうそれなりには年を重ねてるけど、毎日散歩してるからか背筋はピンとしてる。
色々甘やかしてくれる。お酒に弱い。
イヤホンから「おらーバイトはどうしたーあるんかーうらー」という声が聞こえる。うるさい。
「今日は休みー」
じいちゃんにそう返して、2階へ上がる。二世帯住宅。1階がじいちゃんとばあちゃん。2階がうち。
父さんと母さんはまだ帰っていなかった。
誰もいないけど一応、ただいまー、と声を掛ける。
イヤホンから「おかえりー!おかえりー!おーかーえーりー!」と声がする。
「うるさいです」
「うぃっす」
今日も平和です。
ブラウザカードゲームをした。1対1の真剣勝負。
相手のターン。攻撃。防具で相殺。回復カードでHPとMPを増やして態勢を整える。
ちょくちょく様子を見て攻撃を仕掛ける。
回復も防具もないのか、相手のHPはじわじわと削れていった。残りHPは6。勝てる。
大きい攻撃を食らう。手持ちの防具を全部使ってなんとか凌いだ。
手札が減った分だけカードを引く。攻撃力40の最強武器に攻撃力倍加魔法。
魔法を使うのに必要なMPは十分にある。俺の勝ちだ。
運悪く、もう一度相手のターン。
「一か八かっ、くらえー」
攻撃力1の武器。でも冥属性が付いてる。防げなかったら即死。
手札に防具は・・・なかった。
「ふふふ・・・残念だよぱんこくん。その程度かね」
勝ち目はない。虚勢。ううっ、と弱々しい声が聞こえた。
何か出来ないか色々考えてみたけど、無理だった。
そうしているうちに持ち時間が切れる。防御なしで即死。負け。
「えっ」
「ふ・・・ふふふふふ!ふははははははあ!」
負けてんじゃん!と突っ込まれる。だって防具なかったし。
こうして1対1の真剣勝負は幕を閉じた。
時計を見ると5時半を回っていた。
この勝負で1時間かけたことになる。マジか。
「あ、ご飯炊いてない」
のししっ!と慌ただしく告げられると、通話が切られた。
前にもあったけど、通話が終わったあとはなおさら寂しい気持ちになる。
昔ネトゲをしてた頃を思い出す。俺のギルドはゲームの中でも大手の方だった。
ギルメン限定のグループ通話の部屋に行くと、いつも誰かがいた。
老若男女・・・というほど幅広くはなかったが、40歳いかないくらいのおじさんから高校1年生の女の子。
大学卒業して、今はニートだよって笑ってた人もいた。でもすごい羽振りが良かった。
たまたま機会があった時に聞いてみると、株だかFXだか何だかで儲けてたらしい。
家に帰って暇な時間はいつもそこにいた。
ずっと話し相手がいたから、寂しさを感じることなんてなかった。
一日中、誰かと話していられた。
でも、もうそのゲームはやめてしまったし今はもうギルドマスターでもない。
寂しさを紛らわしてくれるところにはもう行けない。
ツイッターを開く。
「暇です誰か通話しよ」
思ってたことをそのまま書き込む。
ゲームはやめてしまったけど、それでも仲良くなった人たちとの繋がりは切れてはいない。
半分縋るような気持ちで送信する。
とりあえず行動に起こすことが大事って、前に本で読んだ気がする。
10分ほど経って携帯に通知が来る。いいねが1つ。判断に困る。
何をする気も起きなくてベッドで横になる。
うーん、と伸びをして目を瞑ると、あっという間に眠ってしまった。
アラームで目が覚める。今は何時だろう。
朝か夜かも分からないし頭も働かなくて、体を起こしたままぼんやりする。
再びアラームが鳴る。びくっ、と体が反応して、ようやく頭がしっかり働き出す。
スヌーズ機能を切り損ねていたらしい。
今の状況を整理する。午後7時16分。学校が終わって、ぱんこさんとゲームした後寂しくなって昼寝した。
少し汗をかいたのか、体が微妙にベタつく。
そういえば帰ってからまだシャワーを浴びてなかった。
リビングに行くと、母さんが夕飯の準備を始めていた。
「おかえり」
「おはよう」
ちぐはぐな会話。シャワー浴びる、と告げて風呂場に向かう。
頭は働いてはいるものの、昼寝の後は何だかふわふわする。落ち着かない。
周りの世界に現実味がないように感じる。
自分が明らかに浮いているような、周っていた世界に急に放り込まれたような気分。
それも、シャワーを浴びて夕飯を食べ終わる頃にはすっかり消えていた。
部屋に戻って携帯を見ると、幾つか通知が来ていた。
いいねが更に2つと、ダイレクトメールが1つ。元ギルメンのグミちゃん。
「どしたん、話する??」
34分前。何となく嬉しくなる。
「是非とも!!!」
返事をする。机の上に携帯を置いて、明日の授業割を確認。
宿題が1つあった。
クリアファイルからプリントを取り出して解いていく。
途中で分からない問題があって詰まった。
ふと携帯を見ると返事が来ていた。
「ごめん、宿題あったから11時からでもいい?」
ういっす!と返事をしてプリントの続きに取り組む。
教科書やノートをあらかた探してみたけど、解き方が全くわからない。どうすんだこれ。
ネットで調べてみると、教科書には載っていない公式が出てきた。これだ。
公式自体は簡単なものであっさりと解けた。
というか授業に出てない公式出してくるなよ。
結局詰まったのはその問題だけで、あとはノートや教科書を見ながら何とか解けた。
時計を見ると10時半を示していた。あと30分。
・・・どうしよう。
インターネットに"UMA"と打ち込んで検索する。中学生の頃に、狂ったように調べた記憶がある。
その頃よく見ていたサイトはまだ残っていた。
記事は増えていたような気もするし、変わっていないような気もする。
何年も前に見ていたものだし記憶があやふやだ。
ページの一番上には、なんだか怪しげな広告と”この広告は、3ヶ月以上更新のないブログに表示されています”の文字。
少し寂しい気持ちになる。
チュパカブラの記事を見ていると携帯が震える。
いるー??と連絡が来た。
いるよーと返事を返す。
携帯にイヤホンを取り付けると同時くらいに通話がかかってくる。
「マスター久しぶり!」
久しぶりー、と返す。ぱんこさんとは違う種類の元気さがある。陸上部的な。
思ったことをそのまま口にしてみた。
「グミちゃん陸上部っぽいよね」
「え、全然違うよ。ピアノ部」
全然違った。そう言われるとピアノとかも似合いそうな気がする。人って単純。
「そいえばマスターフェス行ったって言ってなかった?どうだった?」
・・・やっぱ似合わないかもしれない。
彼女は数少ない音楽の趣味が合う人物だ。教えてもらってハマったバンドもいくつかある。
それからフェスの話やらギルドの話、お気に入りのバンドの話をして盛り上がった。30分ほど。
「マスターあれなら明日とかも話すー?」
最後に聞かれた。喜んでお願いする。
「マジで!グミちゃんが良いなら是非!」
その日は何だか寝つきが良いような気がした。
朝。寝汗と寝癖がひどいから、いつも朝と夜の2回シャワーを浴びる。
友達に話すとハゲるよ、って言われたりする。
それをずっとやってる父さんはフサフサだし平気。たぶん。
シャワーから上がって朝ごはんを食べる。今日は卵かけ御飯。
ご飯に卵を落として、しょうゆとダシをかけてかき混ぜる。
いただきます。
食器を流しに置いて、歯を磨きながら天気予報を確認する。
最高気温は22度、晴天。
自分の部屋に行って服装を考える。4年生になると今までとは違って私服登校になった。
服装を考えるのは楽しいし好きだけど、毎日ってなると着回しが難しい。
パソコンを点けてファッションサイトを開く。
順位が上の方のコーディネートを真似て、鏡の前に立つ。良い感じ。
クラスにはほぼ女子がいないし部活もないから、着飾っても男しか見ないけど。
だからって適当にするのはなんか癪だった。
荷物を持って自転車に乗り込む。日差しが眩しかった。風が微妙に冷たくて心地よい。
小学生の付けている熊よけ鈴の音が聞こえた。
ぐっと体重を掛けて自転車を漕ぎ出した。
4年生は自動車登校も許可されている。早く車の免許取りたい。
授業を聞き流しながらぼんやり携帯を触っていたらいつの間にか1日が終わっていた。
1,2年のころは怒られたけど、この歳にもなってくると何も言われないらしい。
自転車に乗って家に帰る。今日は確か自校がある日だ。
自動車学校の略し方には地域差がある、というのを見たことがある。うちの地域は自校派だった。
家に着いて30分ほど待つと、迎えのバスが来た。プップ、とクラクションの音。
家までバスで送迎というのはなかなかに気分が良い。偉い人みたいな気分。
運転手さんによろしくお願いします、と声をかけて席に座った。
イヤホンを取り出して音楽を聞く。俺の好きな曲。
窓の外をぼんやりと眺めて黄昏る。日が沈み始めて、遠くの雲はもう紫がかってきていた。
水平線より少し上。少しぼやけてつぶれた輪郭の太陽は、熟れて地面に落ちた果物のようだった。
見ていると何だか息が苦しいような、切ないような感覚に襲われる。
携帯に目を移してツイッターを眺める。
新しいコンテンツが追加されただとか、自分のキャラクターの写真だとか早く帰りたいだとか色んなことが並んでいた。
読んでいると5分もしないうちに気持ち悪くなった。車酔いしたらしい。
目をつぶって音楽に聞き入る。しばらくして、車の揺れが止まる。
「着いたよ、行っておいで」
ありがとうございます、行ってきますと返してバスを降りた。
夜、久しぶりにギターを弾きたくなった。
アンプにヘッドホンを繋いで、電源を点ける。
ギタースタンドに立てかけられているギターを手に取って、ストラップを肩に掛ける。
ライトニングボルトのレスポール。好きなアーティストの真似だ。
微妙に音が狂っていたからチューニング。
きちんと合わせて、全弦押さえずに弾き下ろす。
ヘッドホンから飛び出してきた音が、脳みそに直接突き刺さるような感覚。俺好みの歪んだ音。背筋がゾクゾクする。
そのままイントロに入る。パワーコードのブリッジミュート。頭の中でボーカルの声が聞こえた。
1曲弾き終わると、おでこにはわずかに汗がにじんでいた。部屋の窓は全開だし、扇風機を弱でつけているのに。
室温が30度くらいに感じる。暑い。熱い。扇風機を強くする。
そのまま10曲ほど弾き終わった頃には汗だくになってて、もう一度シャワーを浴びることになった。
体はべとつくけど、心がスッキリして軽くなったように感じる。単純だ。
シャワーから上がって間も無くグミちゃんから連絡が来た。ベッドに入って返事を返す。
通話がかかってくる。
「うっすうっす」
「こんばんは!」
楽器の話。ギター弾いてた、って言うと羨ましいって言われた。
「でも簡単だよ?そんな金もかからないしやってみたら良いのに」
「私手小さいんよね」
ピアノが弾けるならギターも弾けそうだけどな、特に根拠は無いけど。そんなことを思った。
言ってみると、んー、となんとも言えないような声。
「もしギター弾くようになったらマスターに教えてもらうね!」
約束をする。どうやって教えるか今のうちに考えておこう。
「あ、そいえば私身長どれくらいだと思う?」
手が小さいから飛んできたのか、そんな事を聞かれた。
・・・声だけで判断できるもんなのそれ。
無難そうなラインを狙う。
「156!」
「143です」
「え、マジ」
めっちゃ小さかった。びっくりした。143って、あれじゃん。
小6の頃の俺の方が大きいじゃん。
おつ
>>70 おつありがとうございます!
最後にもう一つ上げたつもりが忘れてた・・・
微妙に変なとこからスタートしますがご了承ください。
「じゃあ今度はマスターの身長を当ててみせよう・・・172!」
これも無難なラインを狙ってきた感じがする。
「180です」
「え、マジすか」
「マジっす」
でっか!化け物じゃん!と言われた。そこまでじゃ無いと思う。
でも143センチからしたら化け物じみて見えるのかも知れない。
俺が217センチの人を見たらそう思う。
そうやってワイワイ言っていたらいつの間にか寝てた。
朝起きると、携帯のバッテリーが切れてた。
通話が切れずに電池がどんどん減ったっぽい。いつの間にかお互い寝てたのかな。
幸い今日は土曜日だった。 なんとなく関西弁もどきで、昨日はありがとやで!とだけ送って充電器に繋ぐ。
二度寝を決め込む。
いや無理。寝れなかった。
近所の工事の音がうるさい。まだ土曜日の8時半なのに仕事熱心だ。
リビングに行ってみても、誰もいなかった。父さんと母さんは仕事に行ったらしい。家には俺1人。
コップにお茶を注いで飲む。腹減った。スクランブルエッグを作る。
ボウルに卵を落として、牛乳と塩とダシ、あととろけるチーズを手で裂いて細かくして入れる。
適当にかき混ぜる。
フライパンを熱しておいて、マーガリンを落として広げる。
ボウルの中身をそそいで、箸でぐわーっとやって完成。ちゃんちゃん。
皿に移して、ご飯も盛り付けて食べる。
うめえ。余は満足じゃ。
特にやりたいこともなかったから部屋の片付けをする。
物置の扉を開けると色んなものが置いてあった。
従兄弟にあげるつもりで忘れてた、小さい服。受験生の頃に受けてた通信教育の教材。
中学生の頃に大人買いした人気コミック。70巻を過ぎたあたりから面倒で買い足してない。
保護者への案内の紙。日付を見たら2年前の秋を示していた。
・・・ざっと見ただけでも、これだけの物があった。掘り起こせばもっと色々出てくるだろう。
気が重くなる。
まあでも、せっかくの休日だし。
ゴミ袋とビニール紐を用意して、パソコンで音楽をかける。
バイト代を注ぎ込んで作ったゲーミングパソコンは、最近はただのミュージックプレイヤーになっている。
よし、と小さく呟く。なんか、体が動かない。もう少し大きな声で、もう一度言う。
「よし」
今度は動いてくれた。
掃除は過酷を極めた。どこで手に入れたかも覚えてないようなへんてこなフィギュア。
なくしたと思っていたコミックの14巻。思わず読みふける。次の巻に手が伸びそうにすらなった。
小学生の頃にクリスマスプレゼントでもらった頭を使うおもちゃ。
特にこいつとの戦いは熾烈だった。小学生の頃はともかく、今はもう18歳。知恵とプライドがある。
球体の中に3次元的に作られた迷路を、小さな玉を転がして進ませる。
途中までは順調に進んでいく。が、毎回同じ所で玉が迷路から転げ落ちる。
あー!と名前通りの声が出る。
絶対に負けられない、と気持ちを燃やす。
30分後、そこにはおもちゃをベッドに投げ捨てる18歳の姿があった。
掃除が終わって時計を見てみると、ちょうど12時半を示していた。良い時間。
お腹も減ってたし母さんが作っておいてくれてたおかずをレンジで温める。
待ってる間にお湯を沸かして、カップ麺も作って食べた。
漫画は売ってきて、あのおもちゃはいずれリベンジしてやる。
他はゴミだ。捨ててしまおう。
前にテレビで断捨離ってやってたし、使ってないものは捨てるに限る。
掃除機をかけて、ついでに濡れ雑巾で気になるところを拭く。
全部終わると、なんとも言えない達成感に包まれた。
見てる
頑張って
>>79 ありがとうございますー!頑張ります!
楽しい土日はあっという間に終わる。
月曜日。世界では各地至る所で阿鼻叫喚が聞こえるんだろう。
もちろん、俺もそのうちの1人だった。学校めんどくさい。
休みがずっと続いたら良いのに、っていつも思う。
でも、結局夏休みとかも最後の方は「早く学校行きたいな」とか思ったり。
メリハリって大事。
外はどんよりと薄暗かった。予想最高気温は27度。今の季節にしては異常に暑い。
昔はもっと、季節によってきちんと寒暖が分かれてたような気がする。
冬には山のように雪が降って、毎日朝から雪かきを手伝っていた。
春はぽかぽかとした陽気に包まれて、暮らしやすかった。
夏は暑い。相変わらず。それは変わらない。
秋は涼しい、少し寒いくらいで。家族と見に行った京都の紅葉が忘れられない。
それが今は、冬でもあんまり雪は降らない。
春は、春のくせにに27度とか、ひどい時は30度近くまで上がったりする。
あと花粉症がひどくて全然暮らしやすくない。
秋も、いつ来るのかな―、とか思ってたらいつの間にか冬になってるような。
温暖化の影響なのかな、とか考えたり。よくわかんない。
難しいことを考えると、暗い気持ちだったのにもっと落ち込みそうだ。
この辺りでやめておくことにする。
服装を考える。
ファッションサイトのコーディネートはいつも季節を少し先走っているけど、今日の温度ならちょうど良さそうだ。
今の時間だと少し寒いけど、昼ごろにはちょうどいい具合になるだろう。
じいちゃん達に挨拶して、家を出る。
「今日雨降るかもしれんけど、送ってこうか?」
外の様子を見る。ぱらぱらと降ってはいるけど、全く問題のない量。
大丈夫、と返して自転車を漕ぎだす。
結局、全く大丈夫じゃなかった。引き返すのもちょっと面倒な距離まで来たところで、雨が強くなってくる。
ていうか本降りになってる。何だ急に。
少し薄めの服を選んだのが完全に仇になった。めっちゃ寒い。
周りには田んぼしかないから風がモロに当たる。寒いってば。
「うおーーーーー!」
大声で叫びながら立ち漕ぎで、雨が降る中を駆け抜ける。青春っぽい。
こういう時に限って踏切に引っかかる。雨に打たれながら、走ってくる電車を睨みつける。
中でぬくぬくとしている学生や社会人が見える。
くそう羨ましい。素直におじいちゃんに甘えれば良かった。
後悔先に立たず、という言葉が頭をよぎる。全くもってその通りだった。
学校が近くなるに連れて雨が弱くなってきた。どうせなら最初から降らないで欲しい。
学校に着いて、バタバタと教室に駆け込む。周りを見るとあんまり濡れている学生はいなかった。
山の民にだけ課せられた試練だったらしい。べっちゃべちゃだ。
「あれ、そんな雨降ってた?」
教室にいたヤツに聞かれる。見ての通りだよこんにゃろう。
「水も滴るいい男ってやつですよ」
ふぅん、と興味なさそうに流される。悲しい。
幸い教室の中は生温かかった。いや、あんまり嬉しくはないけど。
寒いよりかはマシだった。最高気温27度は伊達ではないんだろう。
結局雨は俺を濡らして満足したらしい。授業が始まる前に止んだ。
濡れた服は昼休みまで乾かなかった。
放課後。久しぶりの自動車学校。
免許が早く欲しいのに、なかなか行けなくてじれったい。
もう友達の何人かに自慢された。くそう。
休憩室の自販機で飲み物を買う。白ぶどうの缶ジュース。
"振ってお飲みください"という字は、もっと目立つように書いて欲しい。
いつも蓋を開けて、ちょっと飲んでから思い出すから。
なんとも悔しい気分になる。
今度こそは、というのは前飲んだ時にも考えてた。
路上にはもう数回出ていたけど、やっぱりなかなか慣れない。
エンストこそしないけど、何度か注意された。次こそは、と思う。
安全運転が一番。
早く免許が欲しいけど、バイトだとかなんだりで予定が入れられない。ままならない。
暇なときがないわけじゃないけど、そういう日に限って先生が忙しかったり、学校が休みだったりする。
これに限らずいつもそんな気がする。自分が欲しいものは自分が欲しい時には来ない。
大抵、欲しくない時だったり、もう要らないって時に来たりする。
自分が欲しい時に欲しいものが来てくれたら良いのに。
まあでもそんなもんだな、って思った。
そんなもん、って言葉を使うとぶつけようの無い感情とかモヤモヤが少し弱くなる。
だって、そんなもんだし。仕方ないじゃん。
心の中に溜まっている嫌な塊を、少し削って邪魔にならないようにする。
消化するわけじゃ無いから、心の中には残ってる。抜本的な解決にはならない。
あんまり健全じゃ無いかもしれないな、なんて思った。
「いらっしゃいませー」
スーパーで週に2回だけバイトしてる。3時間を2回。週6時間。月24時間。月給は2万ちょっと。
シフトを増やせないわけじゃ無いけど、めんどくさいしいいや、って感じ。
そこまでお金使うこと無いし。
夕方6時頃のスーパーは、仕事帰りのお客さんが多くて混んでいた。
的確なレジで列になったお客さんを消化していく。ゲーム感覚で楽しい。
レジ打ちは早い方だと自負している。パートのおばちゃんが1位で、店長と並んで2位くらい。
でも、まだ始めてから1年しか経ってないから、伸び代があるはず。どうせなら1位になりたい。
一時期、自分はとんでもないレジ打ちの才能を持ってるんじゃないかって自惚れてた。
だって、始めて4ヶ月ほどでパートのおばちゃんと店長以外の、誰より早くレジが出来るようになったから。単純。
その頃に、たまたま入った駅前のスーパーで幾つか買い物をした。
・・・めちゃくちゃ早かった。
パートのおばちゃんのレベルが50だとしたら、90くらい。適当だけど。
ここまで早いと、体の構造からして違うような気がする。
ロボットかなんかじゃないのか。
井の中の蛙、という言葉が頭に浮かぶ。
大海の広さを知った瞬間だった。
「それじゃ、飲み物出しお願い出来る?」
パートのおばちゃんセカンドがこっちを向いていた。飛んでた意識が引き戻される。
いつの間にか、お客さんの列はさっぱり消えていた。
慌てて答える。
「ダイジョブデース」
何故かカタコトになった。
うちのバイト先は会話が少ない。というか皆無だ。
パートのおばちゃんが話を振らなかったら業務的な会話しかしない。最近はそれすらもない。
自分に問題があるのかと思ったけど、バイト先で唯一の友達に聞いてみてもそうらしい。
なんでだろう。不思議。
その日も、いつものように会話もなくバイトは終わった。
グミちゃんとの電話は、あれから2週間ほど続いていた。
今日はまだかな、とウキウキしながら待つ。
でも、11時を過ぎても連絡は来なかった。
ツイッターを開いてみる。姉の結婚式で関西旅行。写真付き。なるほど。
きっと今日は忙しかったんだろう。
もし良ければ、って俺も言ってたし、別にわざわざ断りを入れる必要もない。
でも、それ以来連絡は一回も来なかった。
相変わらず、授業中は携帯を触っていた。
ライン、ツイッター、好きなバンドのニュースがないか見たり、まとめサイトを巡ったり。
ツイッターを見ていると、パソコンのことで困ってる人がいた。
決してパソコンに詳しいとは思ってないけど、この程度の問題なら俺でも答えられる。助けてあげる。
数分後、「ありがとうございます」と返事が来る。
なんとなく満たされた気分。
そうしていると授業が終わった。
お昼休み。
弁当を食べて、なんとなく購買に行く。
じゃがりこを買ってきた。チーズが好き。
食べていると、友達にねだられた。
「あたしにもじゃがりこちょうだぁーいん」
男だ。なんかくねくねした動き付きで言われた。思わず表情が凍る。
残り数本しかなかったし全部あげる。
「これを君に託す。皆で仲良く食べるんじゃぞ」
どういう設定のキャラなんだろう。ノリだけで話すとこうなる。
歯を磨いて帰ってくると、ちょうど昼休みが終わった。
最後の授業は、先生不在で休講となった。ラッキー。
今日の放課後は何もないし、自転車で遊びに行く。
一番最初にホームセンターに着いた。店内には車用のグッズやら家具やら小物やら服やら、何でも売ってる。
特に欲しいものは無かったけど、適当にぶらつく。
こういう店に行くと、何だか自分が大人っぽく感じてテンションが上がる。
途中で斧を見かけた。手に取ってみる。
想像よりはるかに重かった。
ゾンビが襲ってきたら、俺は抵抗できずに死ぬことになりそうだ。
結局何も買わずに、ホームセンターを出た。
特に目的地もなく、ぶらぶらしていると眼鏡屋を見つけた。
そういえばPC用メガネとか欲しかった気がする。
ふらりと立ち寄ってみる。髪をぴちっと七三に分けたおじさんが寄ってくる。
「いらっしゃいませお客様。何をお探しでしょうか?」
「あー、えっと、あの、パソコン用のメギャ、メガネってあります?」
模範解答のような店員さんの言葉に、コミュ障っぽく返す。
どもって噛んだ。すごい恥ずかしい。
PC用メガネのコーナーに案内される。店の隅っこ。
値段は4280円と書いてあった。
リーズナブル・・・なのかな。メガネに世話になった事はないから分からない。
いくつか良さげなものを掛けてみる。
普段使わないものを使うのってテンション上がる。
最終的に候補は2つに絞った。両方かけてみて、店員さんに聞いてみる。
「どっちがいいと思います?」
「お客様、そちらの商品は、えっと・・・伊達眼鏡です」
消去法で決まった。
家に帰って、買ったばかりのメガネをかけてみる。
茶縁の、割と細めのデザイン。
せっかくのPC用メガネなんだし久しぶりにPCゲームをしてみる。
世界的に人気のサンドボックスゲーム。
木を取って、道具を作る。その道具を使ってもっと木を取る。集めた木で家を作る。
作っている途中に夜が来る。ベッド作ってなかった。
仕方がないから木の上に逃げ込む。
月が沈んでいくのを眺めていると、弓で撃たれる。
操作を間違えて木から落ちる。敵が爆発する。死んだ。
一気に気分が萎えて、ゲームをやめた。おまけにちょっと酔って気持ち悪い。
ベッドに横になる。
その日は、何だか体調が悪かった。頭が痛いし微妙に関節が痛む。熱っぽい。
学校休める!と不真面目なことを考える。
なんか熱っぽいんだよね、とアピールをしながら体温計を取り出す。
ピピピ。体温計は36.4℃を示していた。
・・・あれ?
もう一度測り直す。今度は36.3℃。次は脇で軽くこすりながら測ってみる。36.4℃。
「早く学校行く準備しなさい」
体温至上主義。うぃっす、と返事をして朝ごはんを食べる。
自転車を漕いでる間も頭痛は止まなかった。
一応マスクをつけてきたけど、そのせいで息がしづらい。
なおさら頭が痛む気がする。
教室について、手を枕にして寝る。
何のやる気も出ない。
頭痛と戦いながらぼんやりとしていると昼休みになっていた。
授業は何をしていたのか覚えていない。
もしかしたら寝ていたのかも。記憶があやふやだ。今日は何曜日だっけ。
頭は痛くても食欲はあるらしい。弁当を食べる。
歯磨きに行く元気はなくて、食べ終わるとすぐに寝た。
昼休みが終わるまであと10分もない、というところで急にお腹が痛くなった。
慌ててトイレに駆け込む。廊下からガヤガヤと騒ぎ声が聞こえる。
扉一つ隔ててるだけなのに、何だかすごい遠くに感じた。
腹痛を済ませて教室に戻ると、誰もいなかった。頭が働かない。何が起きたんだろう。
ふと気がついて、時間割を確認する。
次の授業は移動教室だった。教科書とノートを持って向かう。
チャイムが鳴る。教室に入る。ガヤガヤとうるさい。幸い先生はまだ来ていなかった。
「あれ、お前今日来てたんだ。初めて見た気がする」
まともに返事をする元気もなくて、うん・・・とだけ返して机に突っ伏す。
頭の痛みはまだ続いていた。
家に帰って体温計を取る。37.8℃。
朝のうちからこれくらいの体温でいてくれたら良かったのに。
今更どうにもならないけど。
体調が悪い時は、いつもの何倍も心細くなる。
体が弱ると心も弱る、という言葉を思い出す。
その通りだと思った。
お茶を1杯飲んで、家着に着替える。
今はとりあえず寝たい。寝たい。ねたい。
ベッドに転がり込む。関節が痛む。頭がズキズキする。
外の工事の音。下校中の小学生の笑い声。
車のエンジンの呻り。クラクション。
咳をしても一人、という俳句。
あれの作者は誰だったっけ。
彼もきっと今みたいな気分だったんだろう。咳こそしてないけど。
ツイッターを開く。「体調悪い辛い」と頭の悪そうな文を書き込む。
こんな時でも携帯を開くあたり現代っ子だと思う。
眠い、もう無理。携帯を投げ捨てて目を瞑る。
眠気ばっかり強くなるのになかなか寝付けなかった。
声が聞こえる。
「君はいつも1人でいるよね」
そんなことない、と言い返す。
本当に?と聞き返される。
本当に?いつも周りに人がいて、寂しさを感じたことなんてない、そうだった?
小5の頃、ガンプラにハマっていた。
陰キャラ、と言うほどではなかったけどあまりアクティブじゃないグループでいつもつるんでいた。
ガンプラといっても、しっかりとしているものはそれなりに良いお値段だ。
そんな中で、三国志ガンダムは540円とお手頃価格だった。
皆でそれを買って、一人の友達の家に集めて遊んでいた。
お手頃と言っても小学生にはそれなりの価格。月の小遣いが800円の俺にはとても大事なものだった。
そんな中で、呂布のモデルが出た。プレミアムなやつで、2000円する。
なんか金メッキとか使われてる。かっこいい。
どうしても欲しくて、親におねだりする。
家事の手伝いを色々やって、頑張ってお金を貯めて買った。
嬉しくなって友達に自慢する。ちやほやされる。
その日は父親が休みだったから、皆より早めに帰った。また明日。
次の日。学校で友達に、呂布を壊してしまったと告げられた。
本当にごめん、弁償するから。
今はお金ないから、もうちょっとだけ待って欲しい。
すごいショックだったけど、責めてもどうしようもないから。うん、分かったよ。と答える。
それから1ヶ月後、そいつに自慢された。新しいガンプラを買った。
三国志じゃなくて、しっかりしたやつ。大きい。4000円。
あれ、呂布は?って聞くとごめん、もうちょっと待って。と返された。
それから何回も、そいつは俺に新しいおもちゃを自慢してきた。
1円たりとも返されないままに。
いい加減腹が立って、キレた。壊したときの言葉はどうした。
それでなお自慢してくるのか。
場所が悪かった。昼休みの教室。普段あんまり騒がないグループだったから尚更。
先生に呼び出されて、聞かれる。何があったのか。
「お金をよこせって脅されました」
叱られる。
俺だけ。
「お友達からお金を取ろうとするなんて、何考えてるの!」
でも、僕のおもちゃをこいつは壊したんだ。説明しても無駄だった。
先生の中で、俺は友達をカツアゲするどうしようもない極悪人だと決まってしまったから。
挙げ句の果てに、そいつは「そんなこと僕はしてません」と言っていた。親にも叱られた。
それ以来、そのグループとは遊ばなくなった。
残りの2年間は静かに寂しく過ごした。
中学になると、今度は目立つグループでつるむようになった。ウェーイ系。
一緒に祭りに行ったり、花火したり。冬にはかまくらも作った。楽しかった。
2年の春に、友達の家に集まって遊んだ。
皆で持ち寄ったDSで通信対戦。
その時に、人数が多すぎて一人だけ余ってしまった。
順番に他のゲームをやって対戦が終わるのを待つ。
最後は自分が余りになった。友達のゲームを借りて遊ぶ。
それじゃまたね。ゲームを返して、解散した。
次の日学校に行くと、何だか皆が冷たかった。気のせいかもしれない。
色々考えていると、昨日ゲームを貸してくれたやつに言われる。
「俺のゲーム無いんだけど知らない?」
その目は冷たかった。
お前が持ってるんだろう?そんな目をしていた。
そんなことは無い、きっと友達の家に忘れていったんじゃ無いか。
そう答える。探してみたら?って。
そしたら横から、こう返される。
俺の家、探してみたけどなかったよ、って。
結局ゲームは見つからなかったらしい。
これで俺は泥棒、とレッテルが貼られた。
絶対に自分じゃない、そう言っても誰も信じてはくれない。
虐められることこそなかったけど、誰も仲良くしてくれなくなった。
卒業間近になった時に、あの日家を貸してくれていた奴に声をかけられる。
「実はあの後、家の大掃除の時にゲーム見つかったんだよね。ごめん」
きっと、ずっとこの言葉を言えずにいたんだろう。
彼を長い間苦しめていたこと。後悔。
卒業する前に、きちんと清算したかったんだろう。
彼の中では、これでこの問題は解決した。
俺はまた、人を信じられなくなった。
今でも忘れてない。この世界に、深い絆なんてない。
一緒にいればいるほど、醜いところが見える。
友情なんて薄っぺらいもので覆い被せても、すぐに剥がれてしまう。
それ以来、自分から友情を築こうとはしなくなった。
楽しかった日々の先に、深い悲しみがあるのなら最初から無い方がマシだ。
別に誰とも関わらないようにする必要は無い。知り合い以上友達未満。
失っても、裏切られても傷が少ない程度の関係。
仲良くしてくれるのなら、甘えたらいい。
いつ失ってもいいように、過度に期待をしなければ。
問題はない。
居なくても、誰も気にしない。居ても、嫌にはならない。
それぐらいまで自分を薄めた。
世界が機械仕掛けだとしたら、自分は何処にも合わさっていない歯車のようなものだろう。
取り付けたら1人で回り出す。取り付けなくても支障は無い。
君は、いつも1人でいるよね。
今度は何も言い返せなかった。
目を覚ますと、目から涙がこぼれた。
次いであくびが出る。何か夢を見た。
良く覚えてないけど、切ない夢。
まだ頭痛は治ってないけど、少し楽になった気がする。
リビングに行くと母親が料理をしていた。
体調が悪い、と伝える。
大げさに心配される。
薬飲んどきゃ治るでしょ、と返す。
実際ただの風邪だろうし。
寝汗が酷かったし、シャワーを浴びて夕飯を食べる。牛丼。
「急だったから、そこまで消化に良く無いだろうけど・・・大丈夫?」
弁当食べれたし大丈夫、と返す。
いつもより、少し時間はかかったけど食べ切れた。
薬を飲んで、歯を磨いて寝た。
次の日の朝。土曜日。体調はもういつも通りになっていた。とはいえ油断はできないけど。
そういえば宿題があったはず。教科書の問題を眺める。
寝起きだからなのか、頭が読み込んでくれない。無理。
ギタースタンドからアコギを取る。
中学の時のクリスマスプレゼント。
エレキと違って押さえ辛いけど、アコギの綺麗な音も好きだった。
ザナルカンドにて、を爪弾く。
しっとりとしたメロディ。何となく物悲しい気分になる。
何で土曜の朝から自分でテンション下げてるんだろう。
ネットで、コード譜を調べて好きな曲を何曲か弾き語る。
歌はあんまり上手くないけど、楽しければいいのです。
指先が痛くなってきて、ギターをスタンドに戻す。
教科書を取り出して、改めて問題を読むと今度はきちんと理解できた。
ノートに解答を書き込んでいく。
問題を解き終わって時計を見てみると、もう1時間半も経っていた。
勉強は嫌いだけど、一度波に乗れるとずっと続く。
この調子で毎日勉強できたら良いのに。
さて、じゃあ次は。
とそこまで考えて気付いた。やりたいことない。
音楽をかけて、歌詞を見ながら歌う。
楽しいけど、なんか違う。
何をして遊べば良いのかわからない。
結局、ぼんやりとYouTubeを見たりネットで色んなサイトを見て回って貴重な土曜日を潰す。
ここまで趣味がないと、自分が不安になる。
今までは何をしてたんだろう。
確か、ゲームをしてた。でもそのゲームはやめてしまった。
宙に浮いているような感覚。なんかふわふわする。
結局ベッドに入って寝た。
アラームをセットしてなかったから、2時間ほど昼寝してしまった。
起きてもやりたいことはなくて、22時に寝た。健康的だ。
月曜日。土日の間はやりたいこともなかったけど、それでも月曜日は憂鬱だ。
体をなんとか起こして、学校に行く準備をする。
授業は嫌いな教科が並んでいた。4限の体育だけが救いだ。
ひたすら携帯を眺めて時間を潰す。
3限にもなると、ずっと下を向いているから首が痛くなってくる。
首を適当に揉みほぐす。
全く知識はないけど、適当にでも揉みほぐすと効果があるような気がする。
少し楽になった。プラシーボ効果かもしれない。
そうしていると4限。待ちに待った体育の時間。
正直言って運動は得意じゃないけど、決して嫌いじゃない。
今はテニスをやっていた。
適当に手にとったラケットに、謎の運命を感じる遊びを友達とする。
「これは・・・あの伝説の・・・っ」
苦笑いされた。友達とする、というのは間違いかもしれない。
ダブルスのペアは、普段あんまり話さない子。
とはいえ、4年間も一緒のクラスだったわけだしなんとも言えない距離感。
「そ、れじゃ。どっかのペアと対戦組んでくるねっ」
すぐに相手は見つかった。初心者同士の戦いだと、ラリーが続かない。
最初のサーブが入ったら1点、入らなかったら敵に1点。
不毛な戦いが繰り広げられた。
結局、俺たちが勝った。ペアの子とハイタッチ。
「あーなんで体育なんてやるんだよ本当糞だわ―」
対戦相手の子。いっちゃ悪いけど、一番下手だった。
「第一やる意味なんてないっしょ。やる気でねーわ―」
微妙に嫌な気分になる。
自分が勝てないからつまらない、って正直に言えばいいのに。
きっとちっぽけなプライドが許さないんだろう。
ああはなりたくない、って思う。
バイトの時間は暇だ。
仕事に慣れてきたから、ほとんど無意識で出来てしまう。
話し相手もいないし、頭は仕事待ちの状態になる。
最近は、色々考え事をするようにしていた。
頭の中でファンタジーなストーリーを考える。主人公はアレス君。26歳。
ごっつい大剣を背中にぶっさして、世界を救う旅をしている。
今日は龍を退治してきた。依頼を受けた村の、しょっぼい宿屋に泊まる。
しかし、目が覚めると・・・。
覚めたら・・・どうなるんだろう。
「体が縮んでしまっていた!」という言葉が頭の中で踊り狂う。
いや、ないわ。アレス君が線の細いイケメンなら許されるかもしれない。
でも俺の頭のなかではアレス君は、ごっついおっさん顔だ。
誰が得するんだ。敵とかは喜ぶかもしれないけど。
そこから先を考えていたらバイトの時間が終わった。
今日も有意義な時間を送れた。
最近の若者は、意外とパソコンに弱い。いや、マジで。
皆携帯でやっちゃうから、パソコンは使い方がいまいちわからないらしい。
週に1回だけパソコンを使う授業がある。
「それじゃ、今日は部品の3Dモデルを作ります。保存用のフォルダをドキュメントに作ってください」
フォルダ名はどうしようかな。ちょっと悩んで、結局"3DModel"にする。シンプル。
さあ次、とか考えていると。
クラスの半分が出来ていなかった。
そこで10分使う。やばい。
結局その日は部品の3Dモデルを作るどころか、初期設定をして棒を作るだけで終わった。
現代っ子の恐ろしさを知った。
まじやばい。
土曜日。起きてパソコンを開く。
先生が作ろうとしていた部品は、各自で作ってくることになった。
改めてデータを開く。画面の中心に、何の変哲もない棒が出てくる。
・・・90分かけてこれしか作れないって。
ちょっと酷すぎないか。将来が不安になる。
教科書を引っ張りだして、図面を見ながら棒を削っていく。
こういう作業はすごく楽しい。
もともとパソコンっ子だったし、わからないことは調べたら出てくる。
30分ほどで、宿題は終わった。
あの授業は何だったんだろう。
昼を過ぎてツイッターを開くと、グミちゃんが何だか病んでいた。何があったんだろう。
連絡をとるか悩む。あれからもう10日ほど経っているけど、一度も連絡は来ていない。
うーん。
困ってる人を見過ごすのもどうかと思う。
どうしたん?と送る。
2分ほどして返事が返ってきた。でんわ、と一言。急いで電話をかける。
「どうしたん?」
「あの・・・ね。えっ・・・と・・・」
泣いていた。
「慌てなくていいから。何か悲しいことがあったのなら、泣いてもいいから。
落ち着くまで待つから、ね」
泣きながら、ポツポツと溢れる言葉を拾って組み立てる。
皆にいじられる。距離感が近くなってきて、いじりが強くなる。
いじめられてた過去がフラッシュバックする。やめて、と言ってもやめてくれない。
更に強くいじられる。最初は誤魔化せてたけど、もう自分を誤魔化せない。
確かに、俺がいた頃からいじられキャラだった気がする。
俺もいじられキャラだったし、その頃はそこまでじゃなかった気がするけど。
大丈夫だよ、と言い聞かせる。無責任な言葉は嫌いだ。自分に嫌気がさす。
でも、ここで俺が言わないと誰も大丈夫だとは言ってくれない。
今、助けられるのは自分しかいないんだ。
もし自分が同じ立場だったら、なんて考えてみる。色んな言葉を試してみる。
でも、どれもしっくりは来なかったし、どれを言われても支えにはなるような気がした。
正解なんてきっとないんだろう。
「あの・・・ね。私・・・って」
「うん」
「私って。生きてて・・・良いんだよね・・・?」
ことごとく嫌になる。いい大人達が揃いも揃って、どうしてここまで追い詰めるんだろう。
苛立ちと哀れみが混じる。
一体。一体どれだけの言葉を受けて。どれだけの苦しみを背負ってるんだろう。
きっとどれだけ考えても俺にはわからない。言葉をどう感じるかは、受けた人にしかわからない。
今度は何も考えず、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「うん。生きてて良いし、俺は生きていて欲しい」
いじる、という言葉は嫌いだった。いじめとの境界線をぼかすから。
自分もいじられキャラだった。
距離が詰まると、言葉が強くなる。辛くなる。
ほんの冗談だよ。なんてことを言われる。本人からしたら本気でそう思ってるのかもしれない。
でも、その冗談は俺の心を深く傷つけていた。
それを思い出す。
「グミちゃんは優しいから。他の人に迷惑をかけるくらいならって、自分が犠牲になろうとするけど」
「もし苦しいことがあったら吐き出しても良いから。いくらでも受け止めるから。辛かったら、縋って良いから」
頭に浮かんだ言葉を投げかけ続ける。
困ってる人を見過ごすのは嫌だった。
助けになりたかった。
それから10分ほど、グミちゃんは泣き続けていた。
泣き止んでから、少し世間話をする。きっと気を紛らわしたかったんだろう。
下手に盛り上げたりはせずに、自然に話をした。
最後に、「ありがとうね」と言われて通話が終わった。
でも、やっぱり、それ以来連絡は来なかった。
次の日、何となく出掛けたい気分。
朝早くに起きたから、色々と調べてみる。
県内のお洒落な雑貨屋さん。今日の移動販売車。去年、買って良かった小物。
今日は自転車じゃなくて、バスを使うことにした。
バスに揺られて、音楽を聴きながら外を眺めるのが好きだ。楽曲のPVみたいな。
良い気分に浸れる。
目的のバス停が近くなってボタンを押す。
カードをかざすとチロン、と音を立てて支払いが済まされる。
外は日差しが強くて暑かった。風がないから、尚更なのかもしれない。
午前中に調べておいた雑貨屋に向かう。
欲しいものは特にないけど、何だか楽しそうだし。
少し歩いて、目的地に着く。駐車場には車が一台も停まっていない。入り口のドアには貼り紙。
"諸事情により休店しております"
・・・マジか。欲しいものは無かったとはいえ、ちょっとショック。
トボトボと次の目的地に向かった。
普段は歩かないような住宅街の中を歩く。
4丁目の掲示板。今月の22日にマジックショーがあるらしい。ちょっと面白そう。
中学校の横を通った。グラウンドで野球部が部活をしている。
カキーン、と気持ち良い音が響く。
しばらくして次の目的地。パソコン専門店。
パーツを眺めてニヤニヤする。去年は高かったあのパーツも、今ではこんなに安くなってるんだなぁ、とか考える。
そういえば最近パソコンの排気音がうるさい気がする。
考えてみると、買ってから2年近く1回も掃除をしていなかった。
エアダスターを買う。思ってたより重い。
最後に家具屋に行った。どこかで香が焚かれているのか、ほんのり良い香りがする。
お洒落な時計。高い。小物が置ける棚。高い。
柔らかいクッション。高い。
貧乏人には厳しい価格設定だった。気分だけ味わうことにする。
急に1億円くらいもらえないかな。
夏に向けて、キャンピングコーナーが設けられていた。ちょっと気が早いと思う。
テントとかバーベキューコンロとか。色々ある。
その中にハンモックがあった。
・・・乗りたい。よく見るハンモックだ。
重量制限と身長制限を確認する。問題ない。乗りたい。乗ろう。
靴を脱いで、ハンモックに体を降ろす。
ギイ、と音がしたけど問題なく寝られた。新感覚。ハンモックすげえ。
でも寝づらそう。買わなくて良いや。そもそもお金ないけど。
満足してハンモックから降りると、視線を感じた。顔をあげると、少し離れたところに先輩がいた。
前にやってたバンドのベース担当。
「・・・何してんの?」
何とも言えない気まずさ。久しぶりに出会ったことと、その出会い方に問題がある。
別にケンカしたわけでもないし、解散だって特に理由があったわけじゃないけど。
距離感がつかめない。
「いや、ちょーっと気になって・・・」
照れ笑い。先輩も軽く笑う。ユウヤー!と先輩を呼ぶ声がする。
「あ、じゃあ家族待たせてるから、ばいばい」
変なところで変な人と会ったもんだ。
結局、駐車場に来ていた移動販売車の焼き鳥を食べて帰った。
長い時間出かけてて、買ったのはエアダスターと焼き鳥だけだった。
まあ、割と楽しかったしいいや。
土日が終わって、月曜日。
学校へ行くとまた席の周りで盛り上がってた。聞き耳を立てる。
「昨日パチンコで1万儲けちゃってさー、お前も今度一緒に行こうぜ」
何だかなぁ。パチンコって言葉に酔いしれてるような。
賭け事する俺かっこいい!みたいな。意識しすぎかもしれない。
3年生から4年生になった時、クラスの半分くらいのやつが茶髪にしてきた。揃いも揃って。
口を開けばパチンコが、とかスロットがー、とか俺の車がー、とか。
別にダメだとは思わないけど。なんかダッサイなあって思った。
捻くれてるかな。
話しに加わる気も起きなくて、イヤホンを耳につける。
人には良いところと悪いところがある。
そんなことくらい分かってる。
でも、悪いところをわざわざ見る必要はない。聞く必要はない。
耳を塞いで、聞かないふりをする。
ツイッターを開いてみる。楽しげな会話。
綺麗な景色のスクリーンショット。
誰かの装備自慢。ギルド募集。
困ってる人がいた。アドバイスをしてあげる。
ありがとう、とだけ返された。
バイト。いつもと同じように、考え事をする。
前の時のこと。グミちゃんは泣いていた。
なんで泣いていたんだろう。
それは、グミちゃんが辛くて、耐え切れなくなったから。
つくづく腹が立つ。
人の気持ちを考えて行動しよう、なんて小学生の頃からずっと言われていることだ。
困っている人がいたら助けなさい、なんていうのも。
いつも、優しい弱い人が損をする。
間違っている、なんて漠然と思った。
自分が偉そうに言える筋合いなんてないけど。
最近の様子を見ている感じだと、グミちゃんはもう大丈夫らしい。
楽しそうに会話しているのをツイッターで見た。
それでも、俺の頭のなかでグミちゃんは泣き続けていた。
「私って、生きてていいんだよね?」
声が止まない。
大丈夫だよ、と声をかけ続ける自分の姿が頭に浮かぶ。
ただ、それしか出来なかった無力感に襲われる。
助けになっていればいいな、と願った。
昼休み。最近話題の映画の話をしていた。
あまり詳しくないけど、とある少年が幸せを求めて頑張る、みたいな話。だったはず。
友達何人かで見に行ってきたらしい。
誘ってもらえなかったことが少し悲しかった。
なんとなく置いてけぼりにされた感覚。
寂しくなって話に加わる。
「最後どうなるの?」
見に行く予定もないし。ちょっとだけ気になる。
「最後に主人公が、色んな人の助けを借りてハッピーエンド、かと思いきや?」
思いきや、なんだ。
早く言えよ気になる。
「それは全部夢で、少年は苦難の道を歩んでいく・・・で終わり」
なんて身も蓋もない。
それはストーリーとしてどうなんだろう。
「ま、俺は話の中身はどうでも良かったんだけどね。助演の子目当てだったし」
なんて身も蓋もない。
それでは映画監督も型なしだろう。
「いやさ、めっちゃ可愛いの。最後、主人公にはにかむシーンとか主人公ぶん殴りたくなったね。
俺にその場所変われって」
それで殴られたら主人公が可哀想だ。
それからは助演の女の子の可愛さを延々と語られた。
体つきがちょっとエロい。まだ若いから将来が有望。
はにかんだ笑顔が可愛い。最高。らしい。
まあ、半分くらい聞き流してたけど。
その日の放課後は環境美化活動があった。
前に学生会で話してたやつ。すっかり忘れてた。
担当場所で、学生に清掃道具を配る。暇だから後輩の子と話す。
「今日さ、なんかすごい暑くない?長袖着て来ちゃったんだけど」
「そうですね」
「あ、あれムカデじゃない!?めっちゃでけえ!うおお!」
「そうですね」
・・・どないせっちゅうねん。
笑っていいとものタモリさんはこんな気分だったんだろうか。多分違う。
楽しい会話を始めて2分ほどで、先生から連絡が来る。
「雑草置き場の担当がいないから任せる」
トボトボと雑草置き場に向かう。ひとりぼっち。
置いてあった、古ぼけたパイプ椅子に座る。
しっとりと雨が降り出す。踏んだり蹴ったりだ。
しかも、誰も来ないんだけど。
「俺の友達はお前だけだよ、オクタ・・・」
いつの間にか手にひっついていた蜘蛛と話をする。名前は今決めた。
傍から見ると相当可哀想なやつだ。
20分ほど蜘蛛と親睦を深めていると、チャイムが鳴った。
結局1人しか来なかった。俺要らなかったんじゃないかな。
悲しく教室に戻って、そのまま帰った。服が濡れて寒かった。
次の日、朝から頭が痛かった。体温を測ると37.7℃。
今回はきちんと熱があった。
親に学校を休む、と伝えると変な顔をされる。
「・・・今日、土曜日だよ?」
カレンダーを確認する。本当だ。
一気にテンションが下がる。
いや、もともと低かったんだけど。
なんでせっかくの土曜日に体調が悪くなるんだろう。
思い当たるフシはあった。
多分昨日雨に濡れたせいだと思う。
ズキリ、と頭が痛む。
お大事にね、という母親の言葉が遠く聞こえる。
結構厳しいかもしれない。
ベッドに身を投げる。衝撃で頭が痛んだ。
目を覚ます。体調は悪いままだった。
ブラインドから外を見ると、霧雨が降っていた。
街がぼんやりと霞んで見える。なんとなく、淋しい感じ。
現実感がない。寝起きと相まってなおさら。
ベッドから体を起こして、リビングに向かう。
家には誰もいない。俺1人。
恐ろしいほど静かだった。
棚を開けて冷えピタを探す。
頭痛がますます酷くなっている気がする。
探しても冷えピタは見つからなかった。一度冷たい水で顔を洗う。
部屋に戻って、ベッドに転がり込む。
どうしようもなく寂しくなる。
「寂しい辛い誰かお話しよ」
ツイッターに書き込む。
携帯を投げ捨てて、力を抜く。
意識がぼんやりとする。
世界が霞んで見える。
頭の中がごちゃごちゃとして、全く関係のないようなものがたくさん浮かんでくる。
そのまま睡魔に身を委ねる。
「君は何を探しているの?」
また変なことを聞かれる。こいつは何が言いたいんだろう。
別に、と答える。その声が高くて、びっくりする。
自分の体を見てみると、小学生くらいの体格をしていた。
「本当に?」
本当だよ!と返す。別に欲しいものなんてない。今のこれで良い。仕方がないから。本気で、そう思っていた。
「君は何を探しているの?」
特に何も、と返す。声が少し低くなっていた。
身体も中学生くらいに育っている。
歳を重ねて、色んな事を経験して。考え方も変わってくる。
強いて言うなら、親友が欲しかった。彼女でもいい。
でも、そんなのは絵空事だ。手に入らない。
探しても見つからないのなら、最初から探す必要はない。
「君は何を探しているの?」
考える。彼女が欲しいな、って思う。男の子だし。
親友が欲しいな、って思う。人だし。
「なんで?なんで欲しいの?」
なんでだろう。
なんで彼女が欲しいのか考える。
愛されたいから。ロマンチックな理由。
なんで親友が欲しいのか考える。
1人で生きていくのは難しいから。現実的な理由。
「なんで愛されたいの?なんで難しいの?」
愛が欲しかった。誰かにとってかけがえのない存在。
君がいないと自分はダメなんだ。そう言われたかった。
難しかった。1人でいたから。困ったことがあっても、誰も助けてくれない。
誰かに助けの手を差し伸べてもらいたかった。
きっと俺はすごい寂しがりやで、ちょっと運が悪いんだろう。
高校生になった時に、PCゲームでギルドを作った。
ギルドマスター。ギルドにただ1人だけの存在。
人が少ないと寂しいから、一杯人を集めた。たくさんの愛が欲しかった。
よりかけがえのない物になろうとして、人にとってより大きな存在になりたくて。
色んな事をした。色んな責任を請け負った。
結局、責任だけが増えた。
重さで潰れそうになっても、助けてくれる人はほとんどいなかった。
助けようとしてくれた人も、しばらくすると離れていった。
それで重みに耐え切れなくなって、俺はゲームをやめた。
そんなバカみたいな話。
「君には生きていて欲しい。辛かったら縋って良いから」
どこかで聞いた言葉。欲しかった言葉。
欲しいけど、手に入らない言葉。
「君は優しいから」
そんなことはない。こんな言葉は求めてない。
助ける理由は、全部自分のためだった。
他人の不幸を願った。そしたら助けられるから。
平和な世界にヒーローは存在しない。
幸いにもこの世界は平和じゃなかった。
助けて欲しかったから、色んな人を助ける。
かけがえのない存在に成りたかったから、色んな人を助ける。
小学生の頃に聞いた言葉。
「人にしたことは、善行も悪行も回り回って自分に帰ってきます」
こんなの嘘っぱちだ。悪が滅びるとは限らないし正義は幸せに終われるとは限らない。
それでも。
その言葉に縋った。助けて欲しかったから。
困ってる人には手を差し伸べた。
色んな人に優しさをバラまいた。
一つくらいは返ってくるかもしれない、そう信じて。
でも、背負うものばかり増えて、誰も最後まで助けてはくれなかった。
「なんで、助けたと思っているの?」
不意に。声が冷たくなる。
「本当に他の人は君に助けられていたの?善意の押し売りだったんじゃない?」
この世界は回っている。自分のところに助けは回ってこない。
それは、誰も助けられていないから。
他の人に施していないものは回ってこない。
至極簡単なこと。
学校の教室。夢の中で助けられなかった彼女が、膝を抱えて床に座りこんでいる。
透明になってしまった彼女に、自分以外は誰も気づかない。
ふと、彼女が顔を上げてこちらを睨みつける。
「結局、君は助けてくれなかったよね」
違うんだ、俺は君を助けようとした。
でも、出来なくて。
だから、君が助かるような終わり方を考えたりしたんだよ。
希望的観測かもしれないけど、これならきっと君は助かるんだ。
「それって、ただの自己満足じゃない?」
足元が崩れて。真っ逆さまになって落ちていく。
今までにやってきたことが、全て否定される感覚。
積み上げたと思っていたものは、全部ただの自己満足だった。
彼女が問いかける。
「君は、生きてて良いのかな?」
他人の不幸を願って、自己満足を積み重ねて。誰かに助けられるのを待っている存在。
俺が生きてる意味ってあるのかな。
1度落ち込んでしまうと、そう簡単に気持ちは戻らない。
助けがあれば別なんだろうけど。
ツイッターを開く。寝る前に書いたことには、誰も反応してはくれない。なんで?
・・・その理由はきっと、きっと。
全てがネガティブに見えた。
一度深呼吸をする。
もう一度。深く吸って、大きく息を吐く。
今までの、色んな事が頭をめぐる。
小学校の頃を思い出した。ずっと続くと思っていた、楽しかった日々。
かけがえのない思い出になると、信じていた。
でも、終わらないものなんてない。
その思い出に泥が塗られる。
中学校の時のキラキラした記憶。夏祭り。新しい友達。
今度こそ、という俺の願いは叶わなかった。
次第に輝きは失われて、ひびが入る。
手を伸ばすと、そのまま砕け散ってしまった。
辛くて、苦しくて。
でも、いつか終わるって信じて頑張ってきたつもりでいた。
全部無駄だったけど。
いつかって、いつ来るんだろう?
もう限界なんだ。
ずっと前から望んでいた救いは。
いつ来るんだろう。
再び眠りに落ちる。
夢の中。どことなくいびつな世界。
雨が降っていた。
怪我を負って、涙を流す。
一体俺が何をしたっていうんだろう。
何も悪いことなんてしていないのに。
慟哭。声が残響のように広がっていく。
どこで間違えたんだろう。
俺には、分からなかった。
携帯が震えて目を覚ます。ぱんこから着信中・・・。
一瞬出るか悩んで、出る。
一度悩みを吐き出させてもらおう。もう耐えられないんだ。
そんなことを考える。
「マスターどしたーだいじょぶー?」
心の奥底でくすぶってた、嫌な感情が止めどなく溢れる。
もしかしたら、叫んでいたのかもしれない。
泣いていたのかもしれない。
一通り話す。助けが欲しかった。縋りたかった。他人の不幸を願ってまで、ヒーローになりたかった。
そうしたら、かけがえのない存在になれるから。
誰かにとって唯一の存在になれば、きっと助けてもらえるから。
終わってから、もしかしたら嫌われるかもしれないな、なんて考える。
しばらくの間。静寂。きっと彼女はもう俺とは関わらなくなる。
何を言われてもいいや。
でも、出てきた言葉は思ってたのとは違うものだった。
「そっか、ごめんなー?」
何を謝ってるんだろう。悪いのは俺だ。ただ自己満足を重ねて、人に縋り付こうとした。
ぱんこさんに罪はない。
「マスター辛かったんだねー。いつも助けてくれるし、強い人だと勝手に思っちゃってたけど。そんなことなかったんだね」
「これからはあたしが・・・うーん、そうだな・・・お姉ちゃんだ!うん!辛かったら相談していいからね!」
「あ、でも恋人は無理だよっ!?ほ、ほらあの、ユウくんいるから!ね!」
「あ、あれ、マスター?ちょ、黙らないで!恥ずかしくなってきたから!」
頭が働かない。この人は、なにを言ってるんだろう。
耳から入ってくる言葉を何回も繰り返して、ようやく理解する。
俺のことを助けてくれたんだって。
心を覆っていた靄がゆっくりと晴れていく。
欲しかった言葉が。今やっと回ってきた。
今までやってたことは無駄じゃなかった。
ちゃんと、助けられてた。
嬉しくて泣きそうになるのを、ぐっとこらえた。
「いや、ぱんこさんを姉に持つと苦労しそうだなーって」
なんだとー!これでも家事出来るんだぞ!と言い返されて、思わず吹き出す。
微妙に的はずれな解答だ。
なんとなく、ぱんこさんらしい解答だ。
その後、一緒にブラウザでカードゲームをやった。前にもやったやつ。
今回はわずか4ターンで勝利した。自分でも驚いた。
ぱんこさんはもっと驚いていた。
「いんちきだ!いさかまだ!チートだ!」
いさかま?
「もしかして、いかさまって言いたかったんですか?」
「え?」
ちょっとバカな姉が出来た。
いつものように、夕飯の時間になって通話が切れる。
ぱんこさんのおかげでだいぶ楽にはなれた。
けど、じっとしていると、またネガティブなことが頭に浮かんできそうだった。
イヤホンを携帯に付ける。
ランニングアプリを起動して、外に出る。
"My favorite songs My favorite TV shows are never ending
My favorite books My favorite radio shows will never die
They echo inside me"
目的地はない。ただ、ひたすらに。真っ直ぐな道を走っていく。
空を見ると陽が大分沈んでいて、綺麗なグラデーションを描いていた。
"I wonder why people do not live their lives the way they really want to"
がむしゃらに走り続ける。運動不足の体が悲鳴を上げているのがわかる。
わーーっ!と声を上げて気合を入れる。
あと少しだけ、と更に走る。
道が途切れて。目の前には綺麗な湖が広がっていた。
湖の周りをゆっくり歩いて、呼吸を整える。
色んな事を考える。さっきまで考えてた、ネガティブなこと。
今も考えると体が蝕まれていくように感じる。
頭を振って、嫌な考えを追い払う。
ネガティブばかりではいられない。生きる意味がなくても、生きていかないといけない。
今まで何も出来てないのなら、これから何かをしよう。
自分がやりたいと思ったことを。
これから何かを、していくしかない。
帰り道。ひたすら走って来たせいでめちゃくちゃ遠かった。
何も考えず行動するのも考えものだな、なんて思った。
家に帰ってシャワーを浴びる。
脚がフラつく。頭がくらくらする。
口を開けば吐いてしまいそうになる。
座って、頭から水を浴びながら落ち着くのを待つ。
冷たい水が心地よかった。
シャワーから上がって、部屋に戻ってベッドに入る。
目を瞑るとあっという間に眠りに落ちていった。
昨日一日を振り返ってみる。
色んな事を考えていた気がする。
深く考えると、また落ち込んでしまうから。一番最後に考えたことだけ思い出す。
自分がやりたいと思ったことをやろう。
自分がやりたいことってなんだろう。安定した職について幸せな生活をしたい、っていうのもやりたいことだし。
杏仁豆腐食べたいっていうのもやりたいことだ。
あと、海外旅行にも行ってみたいな。ドイツとか。
・・・なんか違う気がする。
どこかで聞いた言葉。
"問題があったら分解して、出来ることからやりなさい"
頭の中にどんどん溢れてくるやりたいことを、1つ1つ考えてみる。
あれはだめ。これもだめ。
考えているうちに昼休みになった。
学生たちがわーっと思い思いのところに行く。
そういえば1年生の頃に、逆立ちで校内一周する!と言っているヤツがいた。
今になって考えてみると無謀だ。
若いって感じがする。
県内のラーメン制覇もしてみたい。
今は車がないからキツイけど、免許を取ったら頑張ってみよう。
購買で買ってきた杏仁豆腐を食べながら考える。
「あ」
思い出した。
俺はまだ、屋上を見つけていない。
水曜日。週のど真ん中。だけど今日は祝日だった。
清々しい気分でカーテンを開けると、大粒の雨が降っていた。萎える。
なんとなく物哀しい気分の日は、本を読む。
ふと、昔読んだセリフを思い出す。
本棚から本を手に取って、ページをめくる。
昔好きだった本。
その頃は、書いてある文字はただの文字でしかなかった。
本の中で始まって本の中で物語が進んで、本の中で幸せなエンディングを迎える。
その物語を僕は面白いと思いました。ちゃんちゃん。
今久しぶりに手に取ったこの本は、同じことが書いてあるはずなのに。
全く違って感じた。
本の中から始まった物語が、自分のことのように思える。頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す。
色んな言葉を作って、形を変えて、組み立てて、消して。
最後に綺麗に片付けて本の中に戻る。
言葉の捉え方は人によって違う。
同じ本を読んでも、励ましだと捉える人がいたら皮肉だと捉える人もいるだろうし。
何の中身もないって鼻で笑う人だっているかもしれない。
少し気分が落ち着く。
ごちゃごちゃと考えていた色んな事が、綺麗に整理されたように感じた。
「誰かに愛されたくて、苦しんでる人にやっちゃいけないこと」
俺は助けて欲しかった。全てを捧げて、愛されることを求めた。
だけど、どれだけ叫んでも、どれだけ弱っていても。助けてくれなかった。
寄ってきた人は、やがて離れていった。
「それは、その人のことを、受け入れようとすること」
「最後まで責任を取れないなら、やさしさなんてないほうがマシなんだよ」
その通りだと思った。愛に慣れた人は、それを失った時により孤独に落ちる。
「強くなってもらう、か、線を引いてあげる、か、すべてを捧げる、か」
―――それが正解。
何でこのセリフを忘れていたんだろう。
すべてを捧げてくれる人を望んだ。
でも、そんな都合のいい人はこの世には存在し得ない。
ぱんこさんが、線を引いてくれた。今度は、俺の番。
強くならないと。
漠然と、そんなことを思った。
その日の夜中。好きなアーティストのラジオを聞いた。
生きている意味ってあるんでしょうか?そんな質問。
"自分が聞いた言葉で、「人は生まれてきて、一生懸命生きて死ぬだけだ」っていうのがあって、それにすごい感銘を受けて。
もし生きてる意味が欲しいんだったら、自分で決めちゃえばいいんだよ"
人によって価値観は違う。
誰かが一生懸けて何かを作っても、他人にはゴミにしか見えないかもしれない。
でも、作った本人がこれは素晴らしい物だ、って言えたら。
そう思えたら。その人の人生は素晴らしいものだったって言えるのかもしれない。
気が少し楽になった。
頭の中にすぅっと染みこんでいく。
これから。まだまだ、長ーくて中身の無い、退屈な人生を生きていくことになるんだろう。
その中で、自分の生きている意味が。
自分が楽しいと思える何かが。いずれ見つかったら良いなって。
そんなことを考えて、眠りに落ちた。
おわり
もともとこのエンディングで終わるイメージで書き始めていたのですが、あんまり納得がいかないので
別エンディングを考えています。
明日くらいから上げだすつもりです。
こっちと比べると、少し暗くなるのでそういうのが苦手な方はご遠慮ください。
お疲れ様でした
なんとなくの目処がついたのでぼちぼち上げていきます。
たぶんそんなに長くなりません。
>>178の続きからになります。
音のない夢の中。どことなくいびつな世界。
雨が降っていた。
怪我を負って、涙を流す。
一体俺が何をしたっていうんだろう。何も悪いことなんてしていないのに。
慟哭。叫びは誰にも届かない。
どこで間違えたんだろう。
俺には、分からなかった。
雨が強くなる。
いびつだった世界が、正常を取り戻す。
再び目を覚ますと、もう夜の8時を回っていた。
リビングに向かう。夕飯の匂い。喉が渇いたから、お茶を入れて飲む。
家族と一緒に食べる。
テレビでは、最近話題の映画のプロモーションをしていた。
食べ終わって、歯を磨く。シャワーを浴びる。部屋に行って、寝る。
おやすみなさい。
昨日見た夢を思い出す。
あんまり夢は覚えていないほうだけど、昨日の夢ははっきりと記憶に残っていた。
心の奥底で、寂しさが燻る。孤独感。
胸が苦しくなる。助けて欲しい。
手を伸ばす。その手は誰にも届かない。
「結局、君は助けてくれなかったよね」
彼女のことを思い出す。
もしかしたら、彼女もどこかで同じ苦しみを味わっているのかもしれない。
そう考えると、とてもやるせなくなった。
心の奥底で燻った寂しさは、あっという間に成長した。
辛くて、寂しくて。助けて欲しいと願えば願うほど孤独を感じる。
孤独を感じると寂しさが大きくなる。その繰り返し。
今まで何も出来ていなかった無力感に襲われる。
寂しさと合わさって、心が軋む。
そうするともっと助けて欲しくなった。
負の感情が際限なく広がっていく。
それに覆われていると、何をしていても寂しくなった。
考えないように、色々なことを試した。
でも考えないようにするというのは、それのことを考えるのと同義だ。
何にも集中できないから、何もせずぼんやりとすることが増えた。
夜寝る時間も自然と早くなった。
どう頭を使っても寂しくなるから、頭をできるだけ使わないようにすること。
それが唯一の対抗手段だった。
2日後。ぱんこさんから通話がかかってくる。
「なんか前、マスター病んでたけどだいじょうぶー?」
優しい声。手が差し伸ばされる。
耳元で誰かが囁く。
"その手を掴んで、全て吐き出してしまえ。そうしたら楽になれる。
縋り付いてしまえば、苦労することはなくなる。
お前が苦労する必要なんて、ないだろう?"
甘い言葉。誘惑。
この2日間で膨らんだ孤独が今も心を蝕んでいる。
早く楽になりたかった。
全てを吐き出してしまおう。
誰かが囁いた。
"本当にそれでいいのか?今までを考えてみろ。
差し伸ばされた手は。掴んだその手は全部。最後には突き離された。
また同じ苦しみを味わいたいのか?
その優しさが永遠に続くなんて、誰が言ったんだ?"
誰かが囁いた。
"お前のその孤独を、彼女に支えさせていいのか?
今まで何もしてこなかったお前が。
一丁前に人の支えを借りていいのか?
他人に迷惑をかけてまで生きていたいのか?"
「・・・いや、大丈夫ですよ。解決済みです」
結局、俺はその手を取れなかった。突き放されるのが怖かった。
他人に迷惑をかけるのが怖かった。
「そっかーそれならよかったんだー」
のほほんとした声。
心の底が、ズキリと痛む。
違うんだ。まだ何も解決なんてしていないんだ。
今も孤独が膨らんで、心がじわじわと弱っていってるんだ。
何で、助けてくれないんだ。
そこまで考えて、自分が嫌になる。
彼女は助けようとした。その手を払ったのは自分自身なのに。
自分のことを、嫌いになりそうだった。
あの夢から、変わったことがあった。
人に助けを求められなくなった。
突き放されるのが怖くて。何の役にも立てていない自分が、他人に迷惑をかけるのが嫌で。
でも孤独は膨らんで、助けて欲しい気持ちもどんどん強くなる。
矛盾。否定しあう2つの気持ちは、心をどんどん傷つけていく。
助けて欲しいけど、誰にも助けて欲しくない。
夜、寝れなくなった。ベッドの中で1時間ほど微睡み続ける。
その間にも、心は弱っていく。
早く夢の中へ。
何も考えずに済む、楽園へ。
ようやく眠りに落ちる。
でも、それから3時間も経つと目が覚める。
起きて時計を確認して、もう一度夢に逃げ込もうとする。
それでも、やっぱり眠れなくて。しばらくしてやっと眠る。
そして、それから少しして目を覚ます。
逃げられない。すぐに捕まってしまう。
睡眠が足りていないからか、心が弱ってきたからなのか。
1週間もすると、頭が働かなくなる。
平日はまだマシだった。周りに人がいたから。
何が書いてあるのかも理解出来ない白板を、ノートに書き写していれば時間が進んでいく。
家に帰ったらベッドに逃げこむ。
起きてご飯を食べてシャワーを浴びて、再び夢の中へ。
それで1日が終わったから。
土日は、まさしく地獄だった。
何をしようとしても手がつかない。
頭の中では常に孤独がつきまとっていて、無視をするには大きすぎた。
仕方がないから昼寝をして時間を進めようとする。
それでも、眠り続けることは出来なかった。
頭が狂いそうだった。いっそ狂ってしまえばいいのに。
その結果、見たくもない自分の心と向き合うことになる。
どれだけ顔を背けようとしても、出来なかった。
目を覆うことも、耳を塞ぐことも出来なかった。
どうしたら、俺は助かるんだろう。
こうして苦しんでいる間にも、時は止まらず進み続ける。
常に一定のペースで、全ての人から平等に過ぎ去る。
時の流れは残酷だった。
流れた分だけ、俺の心を傷つけた。
それでも、この流れに身を委ねて、時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。
思考は加速していく。
本当に、時の流れは解決してくれるのか。
分からない。でも分からないものに頼るのは怖かった。
何を探しているんだろう。
誰にも迷惑をかけたくなかった。離れていくかもしれないから。
孤独を埋めてくれる存在が欲しかった。
惜しむことをなく愛を捧げてくれる人型のロボット、なんてものがあればきっと飛びついていただろう。
だけどそんなものはない。
全てを捧げて助けてくれる人を求めた。
それなら、きっと迷惑をかけても許してくれる。
そんな甘えた考え。
そんな人は存在しない。それくらいわかっている。
存在しない物を探し求めるのは疲れるし、無意味なことだ。
それだって分かってる。
それでも、探し続けた。求め続けた。
音楽をかける。
"I wake up from a nightmare
Where we had our best days
And wonder where it has gone wrong"
楽しかったことを思い出す。小学生の頃の、友達の家で遊んだこと。
中学生の時に行った夏祭り。ゲームで、ギルメンと協力してボスを倒したこと。
楽しかった記憶は、剃刀のように鋭く噛み付いてくる。
考えたくなくても、今と比べてしまう。
この糞みたいな日々と。
どこで間違えたんだろう。
全てが間違いだったような気もするし、何も間違えてはいなかったような気もする。
考えてもわからなかった。
あの日々はどこに消えたんだろう?
どれだけ欲しがっても、帰ってくることのない日々。
暖かな思い出は、俺を苦しめるだけの刃になってしまった。
"Save me"
やり場のない気持ちが、心の中で暴れる。
声にならない悲鳴が、頭の中をぐるぐると回る。
言葉は外に出さないと誰にも伝わらない。
俺の苦しみは、誰にも気付かれることはなかった。
人に心配をさせたくなかったから、よく作り笑いをするようになった。
笑っている人を心配する人はそんなにいない。
気を使わせないよう、いつも笑っているとその表情が張り付いて取れなくなる。
これで、より人に助けを求められなくなった。
いい感じだ。
おつ
>>232 ありがとうございます!
出かけてて遅くなりました、このまま最後まで書きます。
スタンフォード監獄実験というものがある。
普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう。
ということを証明する実験。
実験を始めて時間が経つに連れ、被験者たちは役割に沿った人格を持ち始めたらしい。
何が言いたいかって言うと。
人間なんて、結構単純な生き物なんだよってこと。
心が軋んで、悲鳴をあげる。
ニッコリと微笑む。俺は大丈夫だよ。
孤独に飲まれて、もがく。
ニッコリと微笑む。俺は大丈夫だよ。
誰かに縋り付きたくなる。
ニッコリと微笑む。俺は大丈夫だよ。
ニッコリと微笑む。俺は大丈夫だよ。
強引に誤魔化し続ける。言い聞かせ続ける。
俺は大丈夫だよって。
あれから、1ヶ月ほどが経った。少しだけ気持ちが楽になってくる。
人間は、孤独にすら慣れることが出来るらしい。
決して、寂しくないわけじゃなかった。
手を差し伸べられると今でも縋りたくなる。
誰かと楽しく話をした後は、今でも寂しかった。
でも、他のことが出来るようになったし、夜も少しだけ深く寝れるようになった。
結局、時の流れが解決してくれたという事なんだろう。
少し安心して、少し悲しかった。
時の流れは残酷で、だけど優しかった。
久しぶりに本を読む。
昔好きだった本。
今読むと、心に強く響いた。
思わず胸が痛くなるくらい。
「誰かに愛されたくて、苦しんでる人にやっちゃいけないこと」
まるで自分のことが書かれているようだ、と自嘲する。
「それは、その人のことを、受け入れようとすること」
「最後まで責任を取れないなら、やさしさなんてないほうがマシなんだよ」
全くもってその通りだと思う。
中途半端な優しさは、その人に何の助けにもならない。
最後に心を傷つけてしまうだけだ。
「強くなってもらう、か、線を引いてあげる、か、すべてを捧げる、か」
―――それが正解。
強くなったのかもしれない。そう思った。
今でも全てを捧げて、助けてくれる誰かがいるかもしれない。
なんて夢を見ている。
でも、前までのように。1人で立てないわけじゃなくなっていた。
本を閉じて、目を瞑る。
これから先も辛いことはたくさんあるだろう。
でも、それを乗り越えて人は強くなっていかないといけない。
たとえひとりぼっちでも。
頑張らないとな、なんて思った。
おわり
これを書いてる裏で次を頑張ってたんですけど、全ッ然書き溜めが捗らなかったのでしばらくかかりそうです_(:3」∠)_
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました!
次はヘッジホッグ・ダイアリーというスレタイにするつもりです。
乙です
>>244 ありがとうございますー!
それではHTML化依頼をしてきます。改めて、ありがとうございました!
おつかれさまでした
http://undertheunbershine.wix.com/hiragi
ブログやってるの宣伝するのを忘れていました(´・ω・`)
もし良ければよろしくお願いします!
屋上さんの人と書き方が似てる気がしますね!
>>248 屋上さんのファンなんです・・・お恥ずかしい。
真似る、というほどではないですが意識して書いてます。
ただ、書いてみれば書いて見るほどうまいなぁって感じますね。
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