げんきいっぱい5年3組 (オリジナル百合) (130)
書きかけてるの終わらせてからとかって言ったけどあれは嘘だ
百合
思いつきで進む
痛みと熱の中、目が覚めた。
喉が痛い。ひりひりと、ちくちくと。
部屋の電気がついていた所を見ると、寝落ちしたみたい。
手元に何かあたって、視線を転じる。
写真だ。
たしか、部屋の片づけをしていたんだ。
ついつい夢中になってしまって。
父親が写真好きなこともあり、部屋の中には小さい頃から今までの写真が散在している。
いつ撮ったのか分からず中身が気になって手にとれば、それが最後、時間はいくらでも過ぎていく。
「……」
喉をさする。唾を飲み込むと痛みが走る。
少し重だるい体。意識がぼうっとする。
中学生までの写真とそれ以降のものには、ある線引きができる。
私の二人の幼馴染がいるかいないかだ。
『げんきいっぱい5年3組』
教室の壁に、恐らく担任が書いたであろう横長のポスター。
クラスの個性を表すPOPにしては、個性が無い。
なんて言ったら、悲しむかな。
写真の中央にいる女性――先生の名前は確か、『カズヨ』先生。
どんな人だったっけ。
忘れたな。
なんだか優しそうな顔をしている。
温かい人だったのかもしれない。
写真の子ども達は男子と女子と別れて座っていた。
男の子はみな、おどけていて、大人しく座っていなかったのがよく分かって面白い。
女の子は割と大人しいけれど、この子は隣の子にちょっかいを出して――隣の子は私か。
ちょっかいを出しているのは、『みや』だ。みやちゃん。
ネコっぽい顔をしている。
確か、ネコが好きだった。
いつも、私に爪を立てていじってきたっけ。
私も私で、いじられて嬉しそうな顔をしている。
小学生の頃から真性のМか。
4列くらいに分かれていて、他にも、最前列のいじられやすそうな顔の女の子が、両隣から脇を責められている。
あー、いたいた。確か、左の子が『じっちゃん』。女の子なのに確かそう呼ばれていた。
顔もじいちゃんみたい。本人に言ったら、確か怒られたっけ。
でも、頼りがいがあった――ような気がする。
右の子は『きょん』。この子は確か当時では最先端の萌え系のオタクだったと思う。
思い出してきた。思い出すと懐かしくて、少し涙が出そうになった。
別にみんな死んでないだろうし、きっと会おうと思ったら会えるんだろうけど。
でも、それをしなくなってしまったから。
だから、会いたい時に、心のままに会えていたこの頃が本当に羨ましい。
よく、子どもの頃の自分が今の自分を見たらなんてこと言われるけど、
きっとこの子は何も考えてはいないんだろうな。
そして何も答えられない。
その時その時で、いつも精一杯だったから。
過去のことや未来のことなんて二の次。
それは、今も変わらない。
思い出せば、思い出すほど、幸せな記憶よりも苦味のあるエピソードばかり浮かんでくる。
子どものように我がままになり切れず、大人のように何かを捨てて最良の選択を選ぶわけでもない。
みやちゃんとだって喧嘩したこともあったし。
あれ、そう言えば、なんで喧嘩したっけ。どうやって解決したっけ。まあいいか。
女子同士のいざこざだってあった。グループがどうとか、なんだかそういうの。
そういう、めんどくさいもの。そんなことに気を取られてしまって。でも、やんわりと逃げてしまったような気がする。
だから、私たちの関係は永遠にはなれなかった。必死に繋ぎ止めようともしなかった。
その結果が、今だ。3人の幼馴染みはばらばらになってしまった。
今は、ほとんど連絡を取っていない。
あの頃、あんなに好きだったのに。
今だって、写真を見返してあの頃の3人に戻りたいと思うのに。
でも、あれ以上深く交わることができなかった。
視線をもう一人の幼馴染――『やすは』に向ける。
写真は背の低い順で並んでいるから、やすはは私とみやちゃんから少し離れた後ろの列にいた。
色白で、少しくせのある髪。小首を傾げて可愛らしく笑っている。
やすはとは、今でも少し連絡をとることがある。
それは、みやちゃんよりも家が近所だったから。
みやちゃんより、少し仲が良かったから。
帰り道は一緒で、クラブ活動も一緒。
そして、私は、この頃から彼女のことが好きだった。
中学の時にやすはに彼氏ができた時、みやちゃんはあまり興味なさそうにしていた。
私も、恋愛にはあまり興味のないふりをしていたけど、内心ではかなりショックだった。
やすはと話すのもあまり気乗りしなくなって。
みやちゃんに彼氏ができた時は、むしろ好奇心の方が強かった。
私の中で、その違いを理解したのは中学2年生くらいだったと思う。
そこまで思い出して、時計を見る。
朝4時。
眠すぎて、気持ち悪い。
小学5年の最後に、クラスで旅行に行った時の写真があったような。
あれを見たい。
無性に。
みやちゃんとは確か班が分かれて、やすはと同じ班になって。
それで、どんな旅行になったんだっけ。
思い出せない。
写真、どこだろう。
ほとんど目を閉じながら、力を振り絞るも、私は睡魔に負けてしまったのだった。
次に目が覚めた時、喉の痛みは悪化していた。
いつも時計のアラームを二個セットしていて、その二個目で起きる習慣があった。
しかし、アラームはならなかった。
部屋の置き時計は1個になっていて、今まで使っていたものと全く違う時計が枕元に置かれていた。
いや、でも見覚えがある。
これは、昔使っていた――。
と、思い出に浸っている場合じゃない。
風邪だろうがなんだろうが、会社を休むわけにはいかない。
昨日徹夜して作った会議の資料を持っていかなくてはいけないのだから。
「あゆむ? 起きてるの? 学校遅れるわよ」
階下から母の声がした。
珍しい、いつもは遅刻しそうになっても、社会人だからと放っておくのに。
それにしても、学校って。
何言ってるんだろ。
歳も歳だし、ボケたかな。
言い返そうと思ったら、上手く声が出ない。
掠れて、ややハスキーボイス。
喋りにくい。
立ち上がって、ふらつく。
バランスが悪い。
背中の節々が痛いし、完全に風邪だ。
最悪。
「はあ……」
キッチンに入ると、部屋の模様替えが行われていた。
あれ、冷蔵庫新しく――いや、よく見ると前に使っていた古いタイプのにそっくりだ。
なんで、また古くしたんだろう。
寝ぼけた頭で、そこを突っ込むのもめんどくさく、半分寝ながら顔を洗いに行く。
「ご飯、机の上だから。もお、お父さん仕事遅れるわよ」
居間で新聞を広げる父。
改めて見ると、育毛剤を変えたのか、ついに諦めてカツラを購入にしたのか、頭頂部が黒い。
ん。
母さんがまた、何かおかしなことを言っている。
父さんはもうとっくに退職して、気楽な余生を送ってるじゃんか。
なに、バイトでも始めたの?
と、そんなことより。
鏡を見る間もなく顔を洗い終えて、朝食の席に着く。
「はい、お茶椀。ご飯とお味噌汁は自分で注ぎなさい」
「あ、うん……」
母の顔がおかしい。
「……母さん」
「なに? あら、声が変。風邪引いたの?」
心配をかけたくないので、
「ううん、ちょっと乾燥。大丈夫」
と言って、疑問を投げる。
「若くない?」
母は慌てた。
「何言ってるのッ……? でも、ありがとう」
お礼を言われた。
化粧品を変えたのか。
いや、でも母も仕事なんてしていないし、
化粧だって家ですることなんて滅多にない。
なんだろう。
違和感。
風邪のせいかな。
差し出された茶碗を見る。
これ、確か去年お母さんがあやまって落として、割れた奴。
同じのを買ってきたのか。
「いってらっしゃい」
母が父を玄関まで見送っていた。
最近はめっきり見られなくなった光景だ。
私はもう一度茶碗をのぞく。
自分の手より、大きく感じる。
座った椅子も、いや、何もかも。
母でさえ、大きく感じる。
食器棚のガラス戸に自分の姿がぼんやりと移っていた。
「なに、ぼけっとしてるの。やすはちゃん来るわよ」
「え、あ……え? やすは?」
「そうでしょ? え、登校班変わったの?」
登校班?
なにそれ。
「変わってないでしょ? ボケたこと言ってないで、もお、お母さん仕事あるから……鍵は外の倉庫の前のタンス棚に入れておいて」
と、エプロンのポケットから鍵を取り出して、私に投げる。
「わ……」
この光景。
デジャブ。
そうだ、確か、小さい頃によく。
小学校の頃、母も父も私より先に仕事に出かける人だったから。
今は、エプロンもしてないし、鍵だっていつもあの黒い棚に……棚がない。
今って。今は今だ。
今が今で。
母が玄関から出たのが分かった。
「ま、待って」
追いかけたが、外に出るとすでに誰もいなかった。
スリッパが脱げる。
これ、こんなに大きくなかった。
風邪のせいかな。
とりあえず、ご飯食べようかな。
席に座って、ウインナーを口にほうばった。
喉に物が通るたび、痛い。
風邪のせいで食欲もあまり湧かなかった。
あまり手をつけず、ラップをして全部冷蔵庫に突っ込んだ。
歯を磨くためもう一度洗面所の前に立つ。
「……」
鏡に映っていたのは、自分だった。
鏡をティッシュで拭いた。汚れてはいなかった。
顔を3回洗った。
歯ブラシを掴む。
名前が書いてある。
書いた記憶はない。
これも、昔使っていたやつにそっくり。
鏡に映っていた自分も、昔の自分にそっくり。
「え?」
なんだろう。
目がおかしいのか。
脳がおかしいのか。
ついに、脳梗塞でも起こしたのかな。
いや、でもまだアラサーだよ。
仕事のストレス?
幼児退行?
目だけ?
目だけ幼児退行って、そんなばかな。
意識の問題だよね。
まともに物事を認識できてないんだ。
もしかしたら、周りは今まで通りだけど、自分だけ別のように聞こえてるとか。
あ、風邪のウイルスが脳炎を引き起こしてるとか。
熱っぽいし。
子どもってそういうのよくかかるし。
いや、でも子どもちゃうし。
病院、病院に行かないと。
それより、上司に電話いれないと。
部屋に携帯をとりに戻ったけれど、携帯は無かった。
散らかした写真も無ければ、昨日徹夜して作った資料もない。
ない。
ない、ない。
なにもかもない。
会社に持っていく鞄もない。
代わりに、この間一掃した子供服があったり、玩具があったり。
捨てたはずなのに。
急に怖くなった。
幽霊でもいるんじゃないか。
精神病も幽霊もどちらにしても怖い。
一人、部屋でふらふらと挙動不審でいると、玄関のチャイムが鳴った。
ピン――ポン。
歯切れの悪い、チャイムだった。
誰。
誰って、やすは?
やすはって聞こえたけど、別の人と誤認してる?
私はゆっくりと玄関へ向かった。
玄関の戸口の前に小さい影が映っていた。小学生くらいの女の子。
じっと直立していたけど、しばらくしてから玄関の新聞受けを開いて、こちらを覗き込んだ。
「あゆむ、起きてる?」
心配そうに言った。
細く、透き通る声だった。
聞いた記憶がある。
「やすは……」
名前を呟いてから、私は呆然と立ち尽くした。
新聞受けから、少しだけ覗かせた瞳が細められる。
「……呼び方」
「え」
「やっちゃんじゃないの? いいけど」
「ご、ごめん」
なぜか謝ってしまう。
彼女は少し拗ねたように、新聞受けを閉じて、玄関を開く。
「まだ、パジャマなの? 時間、大丈夫?」
「が、学校、何時までに行かないといけないんだっけ」
「はい?」
やすはは――やっちゃんは、耳を疑うように聞き返した。
私は、もう一度言った。やすはは首を傾げながら、3班の出発はみんなが揃ってからだから、
何時にというのはないけど、7時30分までに学校に行かないといけない。
だから、30分前には出発できるように集合場所には行かないと、と呆れながら教えてくれて、最後に、
「頭、大丈夫?」
と言ってくれた。
大丈夫じゃないと思う。
思いたい。
「やすは、あの」
今じゃ絶対拝めない、やすはの天然くせっ毛をまじまじと見つめながら、
「思いっきり頬をつねって欲しいんだけど」
彼女は、頷くより早く私の頬を両手で引っ張った。
「いたッ、いたい?!」
「当たり前でしょ? というか、またやすはって」
夢じゃないのか。
やすはの小さな肩を掴む。
「私、小学何年生?」
やすは――やっちゃんは、同じように私の両肩を掴んで、
「5年生」
と、頭がおかしい人を見る目で言った。
ふいに、玄関にかけてあったカレンダーが目に入る。
なんだ、あれ。何年前のなの。西暦おかしくない?
「待ってるから、早く。学校行きたくないのは分かったから」
「ご、ごめん今日……風邪ひいてて」
「そんなに元気そうなのに?」
「え、えっと」
「あゆむは嘘つけないね」
笑う。
白い歯が見えた。
つい、見惚れてしまった。
いやいやいや。
相手は、小学5年生。
なんでやねん。
全く、状況を理解できないし納得できないし、
さっさと病院に行って調べてもらいたいのに。
「今日、クラス旅行の話し合いだよ。班分けするから、あゆむ休んじゃダメ」
腕を掴まれて、柔らかくていい匂いのする体を絡ませて、ヘッドロック。
「く、苦しい」
「最近、お父さんが読んでる漫画に出てて」
ヘッドロックは小学生にはまだ危険だよ!
「……声変。声変り?」
だから、風邪だって。
「あゆむ、男っぽいって思ってたけど、ついに」
「ついにッ? ついに、なに?」
「ううん」
なに。
なんか、この掛け合い懐かしい。
よく、このネタでいじられてたっけ。
「よくわからないけど、今日は一人で学校に行ってもらえるとありがたいというか」
「いやよ、なんで」
「うん、私ちょっと今日頭おかしいみたいだから」
「いつもじゃん」
「いつもなの?」
「だいたい、そうでしょ」
「やすはに変なこと言っちゃうと思うし」
「どんなこと」
いや、もう、すでにこれ変な会話になったでしょ。
その後も、なんとかはぐらかそうと思ったけど、やすはは私が学校をサボる口実を作っているだけ、と勘違いしたようで、
押し切られる形で、結局登校することになった。
そうして、30分歩かされた。
小学生の歩幅は小さく、学校までの道のりがとても遠く感じられた。
この距離なら、絶対に車で行くのに。
とは言っても、肉体的に疲労したわけではなく、私の体は案外と元気だった。
「どっち向かってるの」
うろ覚えで教室に向かおうとして、
ランドセルを掴まれた。
後ろに引っ張られる。
「こっちでしょ」
「あ、そうだった」
そうそう。
「おはよー」
横から声。そして、軽く突き飛ばされる。
「うひゃッ」
「おはよう」
やすはが言った。
突き飛ばしてきたのは、みやちゃんだった。
「みやちゃん……」
ハスキーボイスも合わさって、信じられないものを見たような声が出た。
「なに、その声? 声変り?」
同じ事を言われた。
「風邪だって。さっきから、頭おかしいの」
「いつものことじゃん」
やすはとみやちゃんが頷き合う。
「ええッ」
「冗談、冗談。ごめんごめん」
みやちゃんが、頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
わ、懐かしい。
猫と同じように扱われてたっけ。
「下にもついた?」
下?
なんのこと。
「だから、ここだって」
股下を触られる。
「やッ!?」
「みやちゃん、ほんと変態だよね」
「なんでよ」
やすはがみやちゃんの手を掴む。
私を守ってくれたようだ。
「胸もないんじゃないの」
と、やすはは言って後ろから胸を揉みしだいた。
「はうあ!?」
刺激に耐えきれず、どさりと地に伏した。
「やすはもね」
頭上でみやちゃんの声が聞こえた。
小学生のやることは訳が分からない。
と、思いつつも、よく考えれば酔っぱらった女は、だいたいこんな感じだから、
精神年齢は小学生の時からみんな変わっていないに違いない。
教室に半ば強引に引きずられ、案内される。
最初に目に飛び込んできたのは、『げんきいっぱい5年3組』と書かれた横長いポスターだった。
オープン教室になっていたため、廊下やしきりがなかったのを思い出した。
教室の外の壁にポスターは張られていた。
他にも、習字の作品が並べて張ってあった。
この字、何回も直しをくらった気がする。
「おっはー、あゆむ君」
「おはよう……」
じっちゃんだ。
その隣のキョンは何やら怪しげなグッズをたくさん机の上に並べている。
教室を見渡す。
小学生がたくさんいる。
それは、当たり前なのだけど。
腕相撲をする男の子。
鉛筆を転がして遊ぶ男女。
教室の端の洗面台の縁に腰掛けて話す女の子。
この小さな空間はあまりにも見覚えがあった。
しかし、同時にあまりにも鮮明過ぎて頭を抱えた。
いくら病気とかって言っても、こんなに細かくリアルに覚えておけるものなんだろうか。
「ねえねえ、班分けどうやって決めるか聞いた?」
みやちゃんが教科書をしまい終わったのだろう、私の席に腰掛ける。
やすはも隣の席に腰掛けていた。
「いや、知らないけど、自由がいいよね」
やすはの言葉にみやちゃんも頷いていた。
班分けは確か――、
「くじ引きだったと思う。男女に分かれて」
二人が、私を見た。
「え、いつ聞いたの?」
やすはが言った。
「いつって」
もう、十何年も前に。
「こ、の前職員室に行った時に聞こえてきて」
「最悪だー……」
みやちゃんが机に突っ伏した。
「一緒の班になれないかも……ってことだよね」
「班が違っても、部屋とか外出の時に集まろうよ」
みやちゃんを慰めるように、やすはが言った。
「うん、そうしよー」
「ところで、あゆむ」
「うん?」
やすはが横腹をつつく。
「いつまで背負ってるの?」
「あ」
担任の先生は和代という漢字だったのを、黒板の隅に引っ掛けてあった名札で思い出した。
朝の会が終わり、日直が最後に『今日のエピソード』と言って、今日ではなく昨日あった出来事(とにかくなんでもいい)を、
みんなに1分間でスピーチするという催しも終わり、それでも未だに全くと言っていいほど心ここにあらずだった。
後ろの席にいた子が、指先で背中を突いてきた。
そう言えば、こういう風に恐る恐る話しかける子が一人だけいた。
「あの、みんな、名札に何貼ってるの?」
何?
この時の流行?
私は自分の名札を見た。
胸には名札は無かった。
服を着替えることに必死で名札を忘れていた。
「あゆむさん」
年配の声。
先生だ。
「は、はい」
「名札、忘れたら言うように決めたでしょ」
そうだっけ。
いや、そうだったんだ。
ここの郷に従わないと。
「すいませんッ。気をつけます」
私はお得意様に叱られた時の記憶がなぜがふと思い出されて、
椅子から立ち上がって深々と頭を下げてしまった。
顔を上げると、先生はかなり呆気にとられた様子だった。
が、本来の職務を思い出して、
「名札作ってあげるから待っててください」
「すいません。ありがとうございます」
担任用の椅子に戻り、工作を始めた。
つんつん、と今度は腕を突かれた。
「ねえ、シール貼ってるよね? 一枚ちょうだい」
手を出された。
ちょうだい、と言われても。
筆箱とかに入れてるのかな。
私は、さっきしまった筆箱を空ける。
中に、ぷっくりした可愛らしいシールがいくつか入っていた。
「それそれ。私もつけたい」
これ、私が入れたのか。
「いいけど、どれがいいの」
自分の物だと思うけれど、なんだか人様の物を勝手に譲渡しているような後ろめたさ。
「あゆむー! トイレいこ!」
みやちゃんとやすはが呼んでいた。
トイレに連れ立っていってたなあ。
「あ、ごめん。迷ってるなら、これ一枚あげるよ」
私は途中で立ち上がるが少し申し訳なかったので、
そう言って筆箱を机の中に戻した。
その子はお礼は言わなかったけれど、嬉しそうに笑っていた。
お上品そうな顔をしていて、どこかお嬢様気質のある子だった。
あの子は、確か転校生だ。5年の時にこっちに引っ越してきたんだっけ。
トイレの入り口まで来て、みやちゃんが爪を研ぐように私の首を掴んだ。
「みやちゃん、ちょ、痛い痛い」
これ、確かみやちゃんが気に食わない時にやる癖だ。
「あの子、うざくない。嫌い」
みやちゃんは転校生をかなり嫌っていた。
「まあ、めんどくさい所はあるかもね」
やすはが頷くけれど、便乗はしなかった。
「でも、可愛いい所あるよ」
素直にお礼を言えない所とか、
声をかけるのも照れ臭そうな所とか。
「あゆむ君? 可愛い可愛くないでなんでも判断していいと思ってるのかな」
みやちゃんが体に抱き付く。
「とにかく、転校生とあんまり仲良くしないでよね」
みやちゃんはぷりぷりしながら、個室に姿を消す。
私はやすはと顔を見合わせる。やすはは少し呆れた顔をしていた。
やすはは態度が悪い時もあるけど、人に悪意を向けたりはしなかった。
そんなやすはは、私から見れば少し大人のように思えた。
みやちゃんは正反対で、気持ちに素直で言葉や手がすぐ出てしまう所があった。
みやちゃんにいじられるのは好きだったけれど、好き嫌いがはっきりしてしまう所には、対応に困った時もあったけ。
そう、それはこの時期だった。
班分けで、みやちゃんと別れてしまった時。
この後の1時間目でそれが起こってしまう。
その班分けから、私たちの仲は少しづつ様相を変えていったんだ。
そう、そして旅行の日の夜。私は二人に対してどっちつかずの最悪な対応をしてしまったんだ。
それを、もう一度味あわなくちゃいけないなんて。
トイレから戻ると、1時間目はすぐ始まった。
何か打つ手はと考える間もなく、時間は流れていった。
次の休み時間、みやちゃんは席から動かなかった。
やすはと私は目配せして、みやちゃんの席に行った。
「夜とかさ、集まろうよ」
自由外出の時間は残念ながらなかった。
常に班行動ということなので、班で移動すればどこの班とくっつこうがオッケーだった。
みやちゃんはいらついていて、でも仕方がないのも理解していたので、
私の太ももをぱんぱん叩いて憂さ晴らししていた。
「やすは、助けて……いたッ、いたい」
「やすは?」
みやちゃんの手が止まる。
「あ、やっちゃんだ、ごめんね」
やすはは何も言わなかった。
だから、その時は私も特に気にすることはなかった。
それから授業を受けて、給食を食べたりして、私は本当に小学生に戻ったようだった。
その日、やすはもみやちゃんも委員会の活動があるらしく、私は一人で家に帰ることになった。
「あゆむ、ほんとに一人で帰れる?」
やすはが言った。
まるで、低学年の子どもに言うように。
「大丈夫大丈夫」
「一応、風邪ひいてるって設定だったし」
設定って言うな。
ほんとに引いてたんだって。
「下、生えてきたら教えて」
みやちゃんが下品な笑いを浮かべて、
また股下を触ってきた。
「みやちゃん、やめッ、やだッ」
私も半ば笑いながら、今度は抵抗しようとして、
いや、でもどこ触ったらいい?
どこ触っても犯罪クサい。
あ、でも女同士だし、今小学生だし――。
「いくよ、みやちゃん」
「へえへえ」
と、考えている内に、二人とも手を振りながら遠ざかっていた。
下駄箱の前で、靴が出席番号順に並んでいたのを思い出した頃に、つんつんとランドセルを突かれた。
「うん?」
「あの、一緒に帰ろう?」
転校生が、おずおずと言った。
私よりも小さい。
気の強そうな目元、意地っ張りそうな口元。
名前は、ごめん、忘れた。
「……」
苗字は、上林だ。
名札に書いてある。
名札にはさっきあげたシールが一枚貼ってあった。
この日、みやちゃんに釘を刺された私は、
確かこの子の誘いから逃げてしまったんだ。
そして、家に帰って自己嫌悪に苛まれた。
別に、この子からその後何か言われたというわけではないけど。
上林さんと一緒に帰ることで、みやちゃんを怒らせたくは無かったんだ。
みやちゃんが好きだったから。
嫌われたくなかった。
でも、今の私にはあまり関係のないことだった。
なにせ、もう全てが過去のこと。
終わっていて、全部現実になってこの身に降りかかっていて。
「いいよ、一緒に帰ろう」
私は一つ返事で頷いた。
上林さんと手を繋いで帰った。
この子はよく人と手を繋ぎたがった。
でも、みやちゃんの手前いつもやんわりお断りしていた。
なんだか、保護者の気分。
こちらが家まで連れて行ってあげているような。
いや、でも今頭おかしい私が児童と一緒に帰る方が危険な気もする。
「あなたの友だち、私のこと嫌いなんでしょ」
なんという直球ストレート。
「うん」
私も、ストレートで返す。
「あなたは?」
「私は嫌いとかそう言うのはないよ」
「ふうん」
そもそも、そこまで話たことがなかったし。
一見で生理的に無理って言う方が珍しい。
彼女は値踏みする様に、私の顔を見た。
「男の子みたい」
それ、気にしてるのに。
「悪かったね」
「ううん、そこがいい」
どういうこと。
「それより、上林さんこそみやちゃんと同じ班になったけどやっていけそう?」
確信を突いていいのか分からないけれど、
まあどうせ全てなんかの病気が引き起こした幻覚か妄想なんだからいいか。
「最悪よ。最悪の最悪。もう、行きたくない」
ですよね。
まさに、犬猿の仲。
そんな可愛いものでもないか。
「旅行中は、班で行動しないといけないから、私とやすはもそっちと合流するようには極力するんだけど」
「そうしてちょうだい」
「でも、上林さんも出来る限りみやちゃんと仲良くしてね」
「いやよ」
「……急には難しいよね」
胸がざわつく。
上林さんとみやちゃんが同じ班になってしまったから、あの旅行中の出来事が起こってしまうんだ。
ううん、二人のせいだけじゃない。4人がみんな間違ってしまったんだ。
やすはとみやちゃんに嫌われたくなかったから、でも、それが本当は誰の心にも傷を残す結末にしてしまう。
私は、やすはに何も伝えることができないまま、大人になってしまった。
そのくせ、あの頃に戻りたいと思ってしまった。
だから、私はこんな夢を見てしまっているのかな。
やり直したいと思っているのかもしれない。
わたしは、もう一度やすはに伝えたいことがあるんだ。
「あなた、なんだかいつもと違う」
彼女が言った。
私はどきりとする。
そこで、初めて、私と言う存在を意識されたように感じた。
「そう?」
「なんだか落ち着いてて、変。あなた、いつもおどけてた。ピエロみたいに」
そんな風に見られてたんだ。
「色々な人に媚びを売ってる道化師」
私は思わず噴き出した。
最近の小学生の会話がやばいんだけど。
大人過ぎる。
「確かに、八方美人だった所あったな」
悪いとは思わない。
あの頃は、そんなことも指摘されれば落ち込んだけど。
「今は違うの?」
なんかこの子するどいな。
「あんまり変わらないわよ」
と、ぴしゃりと言われた。
頭が上がらなかった。
家に帰って、帰っていた母親に今起こっている問題を説明した。
もちろん、まともに取り合ってはもらえなかった。
代わりに、体温計と風邪薬を差し出された。
このくらいの子どもはよく意味不明なことを思いついて、
現実とごちゃ混ぜにするのよ、と後から帰ってきた父親にあらましを説明して、ため息をついて言った。
私自身、一晩寝たら戻るだろう、なんて安易に考えていた。
それに、病院に行って診断してもらえれば何かしらの病気にカテゴライズされて、治療薬をもらえるはずだとも考えていた。
しかし、次の日もその次の日も、私は小学5年生だった。
3日目には、精神的に疲れていた。
とりあえず、会話を合わせるように気を配ってみたけれど、
何かと元気が良すぎて疲れる。
お姉さん、そのテンションにはついていけない。
そして、4日目には授業に飽き始めていた。
始めこそ、懐かしさと理解が早かったのもあり楽しんでいたけれど、
小学生の授業はやはり苦痛でしかなかった。
常識として身に着けた内容を延々と言われるのは辛い。
同じ事を何度も言われているような気がして狂いそう。
1週間程経った。
だんだんと私は怖くなっていた。
私は、今、どこにいるのか。
相変わらず、両親はまともに取り合ってはくれない。
やすはやみやちゃんに相談することもできない。
病気の治療が遅れれば遅れる程、私の気は狂っていくのではと、怖かった。
学校が半日で終わった日、保険証を持って一人で病院に行ったが、両親ときてくださいと突っぱねられた。
帰り道、家に帰るのも億劫になり、公園に行って一人絶望的な気分でブランコに座っていた。
この錆びついた鎖も、この公園自体老朽化が進んで危ないからと、今では何もかも新しくなっていた。
今、今はどこにいった。
絶対にあるはずなのに。
どこにもない。
退職して隠居した両親も、連絡もそこそこなやすはも、ちょっと怖い上司のいる会社も。
「会議……どうなったんだろ」
私は資料を渡し損ねてしまった。
色々な人に迷惑をかけたに違いない。
帰ったら、なんて言い訳する?
そもそもどこに帰るんだ。
夢なら、早く覚めて。
「ッ……」
地面に影が差した。
顔を上げる。
「あゆむ、どうしたの」
「やすは……」
「何かあったの?」
塾の帰りだろうか。
鞄を地面に置いて、私の頬を両手で挟む。
こちらの目を覗き込んでくる。
やすははポケットから、ハンカチを取り出して私の顔を拭った。
泣いてたのか。
「だ、大丈夫なんでもない」
やすはを押し返す。
無言で、隣のブランコに座った。
「あゆむ、何か隠してる」
「……」
「何も教えてくれないんだ」
怒ったように言った。
やすはの方を見ることはできなかった。
「……やすは、私」
続く言葉は、諦めに飲み込まれる。
やすはに相談したところで、変人扱いされるだけだ。
「ごめん、自分でもよくわからなくて」
「……旅行、私と同じ班だから。ほんとは、みやちゃんとが良かったんじゃないの?」
「なんでさ、違うよ」
私は、見当違いなやすはに素っ気なく返してしまった。
ほら、わかっちゃいない、と。
「じゃあ、なんで帰る時、全然笑ってくれないの」
やすははそう言って、立ち上がった。
ブランコの錆びた鎖がいやいやするようにひるがえった。
ガチャンガチャンと耳に残る。
彼女は、かばんを掴んで、
「私は……嬉しかった」
そう言って、背中を向けたまま去っていった。
子どもの言うことだ。
いちいち目くじらを立てることじゃない。
けれど、この頃の私はやすはとみやちゃんが私の世界の半分以上を占めていた。
もちろん、今の私はそう言った依存はしていない。
でも、そうだろうか。
本当に。
あの頃の、彼女達に、私はいつまでも縛られていなかったか。
小学生の頃のことがどうしてあんなにも引っかかっていたのか。
戻りたいと、また3人に戻りたいと、そう思ったじゃない。
私は、何かと決別したいのか。
清算したいのか。
分からない。
でも、答えは全部過去にしかない。
私が選択したものの連続の先に立っているだけなのだから。
やすはに伝えたいことがあった。
私の選択できなかった一番の後悔。
みやちゃんに言わなくていけないことがあった。
あの写真の中の子ども達が急にリアルに感じられた。
次の週の中日くらいに体育でドッジボールをした。
この頃、男子にも女子にも力の差はなく、背丈が高いと言ってもあまり関係なかった。
男女対抗戦なんてものもできてしまう。
今思うと、どうして分けたのか疑問は残るけど。
「じっちゃん! 当たる当たる!」
じっちゃんは、動きもじっちゃんだった。
女の子だけどね。
じっちゃんの影に隠れていたきょんと二人によくいじられているすんちゃんは、じっちゃんからさっと離れる。
「裏切り者め」
じっちゃんが恨めしそうに言って、外野に回った。
「あゆむ、前、前」
みやちゃんに押されるように、前線に駆り出される。みやちゃんは運動神経はいいけど、こういうのは苦手だった。
子どもの投げるボールは、想像していたよりだいぶ遅かった。
さっきから投げてるのが自分とゆうか(スポーツが得意。バレー部)しかいない。
投げたい子もいるだろうと、周りを見渡す。
なぜか、いつもこうやって先陣を切らされていて、期待に応えようと頑張っていたっけ。
でも、せっかくだし……。
やすはと目が合う。
睨まれた。
やすは、怖い。
この間の一件を根に持っているようだ。
まあ、私が悪いんだけど。
でもスポーツは多少は気分が紛れる。
逆方向に振り返る。
上林さんと目があった。
なんでかな。
彼女がボールを投げたそうにしているのが直感的にわかった。
「はい、パス」
彼女に放り投げた。
と、渡してから視線を感じた。
やすはともちろんみやちゃん。
横目で確認して、気が付かないふりをした。
上林さんは嬉しそうに一歩、二歩走り出した。
が、三歩目で何につまづいたのか、恐らく何もなかったはずなんだけど、こけた。
私を下敷きにして。
「きゃあ!?」
「ぶへッ!?」
私は顔面から落ちて、地面とキスする羽目になった。
土の匂い。肌と言う肌に小さな石ころが突き刺さったような痛み。
なにより、おでこが痛い。
そして、重くはないけど、上林さんの肘が私の脇腹にめり込んでいて、泣きそうなくらい非情な激痛。
笛が鳴った。
男子の誰かがレッドカード! と叫んだ。
「退いて、上林さん……」
放心していたのか、上林さんがいつまでも私の上に乗っていたので言った。
彼女は慌てて立ち上がる。
すぐに立ち上がった所、たいした怪我はしていないようだった。
私はほっとした。
が、下敷きになった私の膝はずる剥けた。
血がたらりと靴下に赤い染みを作った。
「ちッ」
小さいが舌打ちが聞こえた。
誰。
やすは?
いや、やすはは離れているし。
疑ってごめんやすは。
「上林さん、謝らないの?」
みやちゃんが言った。
「私、悪くない」
上林さんが火に油を注ぐような言葉を放った。
「保健委員は確か、やすはさん?」
先生が、やすはを手招きする。
「あゆむさんと上林さんを……上林さんは大丈夫なの? そう、じゃあ、あゆむさんを保健室に連れていって」
「はい」
私はひょこひょことやすはの後を追う。
見かねたのか、やすはが肩を貸してくれた。
「何やってるの、もお」
「ごめん……」
やすはが優しくしてくれたのが嬉しくて、
私は痛みが吹っ飛ぶことはなかったけど、多少和らいだ気がした。
保健室に先生はいなかった。
代わりに、
「先に水で洗い流すよ」
やすはが救急箱を取り出しながら言った。やすはのお母さんは確か看護士だったから、それで慣れてるのかもしれない。
「なんであんなことしたの」
ペーパータオルをどこからか持ってきて、脇に置く。
「ボール渡したやつ? あれは、なんか欲しそうにしてたからつい」
「……それもあるけど、上林さんかばって下敷きになったじゃん」
「あれ? それは偶然。私が巻き添え食らう所に立ってたからで……」
「そっか」
膝を水で洗い流そうとしてくれていたので、
私は自分でできると止めたが、
「いいから」
と、細い指で極力傷口に触らないように洗ってくれた。
それでも染みて、私は苦渋の声を漏らす。
「我慢しなよ、男の子でしょ」
「いや、女の子だから」
やすはは傷口に砂が入ってないか確認して、
「終わり、膝以外は傷になってないし、自分で洗ってね」
「ありがとう、やすは。やすは、良いお母さんになれるよ」
「行き過ぎでしょ。まだ、お嫁さんにもなってないのに」
言葉に出されて、やすはが中学になった時に彼氏ができてしまったことを思い出した。
ものすごく嫌だな。
「やすは……に」
大人になってからそんなことに気が付いても遅いんだけどね。
「やすはに彼氏ができるの……嫌だな」
なんて。
止めることはできないけど。
「あ、洗い終わったよ」
タオルを椅子に掛けた。
「ばか……何言ってるの」
「え、まだ洗えてないとこある?」
私は自分の体をチェックする。
顔に砂利がついている。
心なし、おでこもひりひりする。
ここか。
「おでこ忘れた……っへへ」
やすはに背を向け、蛇口を捻る。
顔ごと洗う。タオル、タオルを後ろに置いてきた。
目を瞑ってやすはを呼ぶ。
「やすは、タオル取って」
「ん……」
「これ、タオルちゃうやん。やすはの手やん」
ノリツッコミ。
「うん」
髪から頬へ滴がつたっていく。
タオルは椅子にかけられたままなのだろうか。
びしょ濡れの私の手を、彼女は握っていた。
なに?
「目、開けないで」
もう片方の手で、目元を遮られたのがわかった。
「は、はい」
「私だって、いやなのに」
彼女の方が背が高くて、少し上から声が聞こえた。
手が、顔の下にずるりと落ちる。私は口元を覆われた。
指に鼻息がかかってしまうと思い、私は呼吸を止めた。
苦しい。
おでこがこすれたのか、痛みが遅れてやってきて目を開けてしまった。
彼女のふせられた睫が目の前にあって、あろうことか、自分の手に唇を押し当てていた。
慌てて、後ろに後ずさった。
「あ、あの、やす……」
私は口元を抑えた。
やすはは数秒自分の手の甲を眺めていた。
「別に、口になんてしてない」
「ごもっともです……」
私は、手を外す。
「水で体操服、透けてるよ」
「わ、ほんとッ」
顔をずらす。
「はい」
タオルが今度こそ、私の手に渡る。
それで顔を拭いた。
「ドライヤーでちょっと乾かそう」
やすはがどこからともなくドライヤーを取り出す。
されがままに、私は熱風をくらった。
「やすは、その……ああいうのよくするの?」
どうしても聞いてみたくて、尋ねた。
「できるわけないじゃんか」
こちらを見ずに言った。
「そっか、そうだよね。ははッ」
わからない。
子どもの考えることって不思議。
何かのおまじない?
かもしれない。
「今のって、痛みを消すおまじないみたいなものだよね。ありがとうね」
つい、頭を撫でそうになった。
が、今、やすはと共に小5なのを思い出して、手を引っ込めた。
この年頃の子はませてるなあ。
ちょっと、びっくりした。
「違うから」
「え、違うの」
「もっと不幸になりますようにって呪い」
「……ひどい」
「でも、一つだけ約束を守ってくれたら解いてあげる」
「なんざんしょ……」
「クラス旅行の夜だけ、部屋から出ないで」
「それは、どういうこと……」
「みやちゃんの所に行かないで」
「いやそれは無理だよ」
きっぱりと言うしかなかった。
みやちゃんとの約束は3人の約束でもあったから。
「違うの。みやちゃん達に来てもらうってこと」
「あ、ああそういうこと」
なるほど。
でも、それと約束を解くのと何の関係があるのだろうか。
「それくらいなら、守れるよ」
「よろしい」
やすはは笑った。けれど、それは子どもらしくなくて。
こんな顔をさせた原因は明らかに自分で、私は小学生の彼女に何を選ばせてしまったのかと旅行の日までもやもやと考えることになった。
もやもやと考えていたのは、もちろんやすはのことだけではなかった。
私は家のパソコンで時間を移動した経験のある人間を探し続け、
元に戻る方法はないか血眼になっていた。が、現実にそんなことが起こるはずもなく、
答えはフィクションの中にしかなかった。過去を変えるしかない、という風に。
自分の後悔した過去が因果を結びつけているとかなんとか。
でも、いいのだろうか、そんなラッキーなんて。
時間は元に戻らない。
人生は一度切り。
強くてニューゲームができるのは、なんの後悔もないゲームの主人公だけだ。
そもそも、戻りたいと願いながら、ここにいる訳は、
本当はここにいたいという裏返しなんじゃ。
頭がパンクしそうになって、私はベッドに横になった。
来週はついにクラス旅行。
浮足立つクラスの子ども達。
後ろの席の上林さんも、どうやらその一人で、授業中やたらつんつんしてくるのでいい加減止めて頂きたい。
「なに、浸ってんの……」
そして、ふと我に帰る。
情を移すと現実が遠ざかっていくような気がする。
移すなと言うのも難しい話なんだけど。
その日、とある男子の好きな子は誰かという話題で5年3組は盛り上がっていた。
とある男子は他の男子に詰め寄られていた。
女子は遠巻きにそれをみて、やじを飛ばしていた。
「そう言えば、旅行の夜ってけっこう付き合う人多いって」
小5のクラス旅行で?
けしからん。
「あゆむ、告白されるかもよー?」
みやちゃんが私の頬を突きながら言った。
「いやー、ないかな」
むしろ、みやちゃんの方が――。
あ、よく考えたら、この頃みやちゃんは男子に恐れられていたんだっけ。
本人は気づいていなかったけど。
モテ始めたのは、中学校になってちょっとおしとやかになってからだね。
「私より、やすはの方が言われそうだよ」
冗談でそう言った。
やすはがびくりとしたような気がした。
それと同時に、男子の方にどよめき。
問い詰められていた男子が切れたようだ。
軽い喧嘩が始まる。
先生が来るまで喧嘩は続いたのだった。
そして、旅行の日となった――。
見送る人はいない。
家の前には、やすはがいた。
お互いちょっとおしゃれな服。
やすはのワンピースがあんまり似合って可愛かったので、凝視してしまった。
「見過ぎだよ」
顔を背けられた。
「やすは、可愛い」
昔の自分なら絶対に言ってない。
でも、言わないと。
今日くらいは自分の気持ちに正直にならないと。
「約束、絶対守るから」
私はそう宣言して、彼女の手を握った。
「頑張って」
前を向いて、やすはは言った。
手をほどく様子は無かった。
しかし、私には夜を迎える前に、大きなイベントが待っていることも分かっていた。
それを乗り越えて、なお、部屋から出ないようにしなくてはいけない。
どちらの後悔も残さなかった時、大人になる門は開かれるのだろうか。
いったんここまでです
続きは、たぶん明日の夜くらい
乙
ここからの展開に期待
乙
旅行、と言うと女の子ってとにかく写真を撮りたがる。え、ここで? なんて所でも。
行きのバスで、後ろの席の子がこちらにカメラのレンズを向けていた。
クラスで一番小さいけど、一番駆け足の早い女の子。確か、ちろるだ。名前でよくからかわれていた。
反射的にピースする。インスタントカメラの軽いシャッター音がした。隣にいたみやちゃんはすすっとカーテンに隠れていた。
「みやちゃん、サービスサービス」
ちろるが少し出っ張った前歯を出して笑う。
「いいから、あゆむとやすはだけでいいから」
「みやちゃん、写真嫌いだよね」
やすはがしょうがないと、私の顔のすぐ横まで近づいてピースサインする。
近い近い。いや、だから、小学生の距離感近いって。
幼さなさの残る声で、
「よ、ご両人」
と、どこで習ってきたのかそれを合図にシャッターを切っていた。
この写真、元の部屋にあったはず。変な感覚だ。
行きのバスで、有志によるレクリエーションが開かれた。
当時流行っていた曲を順番に歌っていく、というものだった。
「……」
みんなが歌う中、自分だけが懐かしさを感じつつ、
この時代の流行の曲を思い出していた。
あまり音楽に興味もなかったから、うろ覚えだった。
先進的なオタク女子きょんが、この時代に流行ったらしいアニソンを熱唱して、場の空気をかっさらって言った。
歌い足りなかったらしく、彼女が尺取虫をしてくれたので私はなんとか歌わずに済んだ。
乗車時間は長かったが、近隣の女子が持ってきたお菓子を広げてトランプやらオセロやらをしているうちにけっこう時間を潰すことができた。
小学生とやっても楽しいゲームって、もしかしてよくできているのかもしれない。
通路側にいたやすはがいつの間にかゆらゆらと揺れていた。ご丁寧に、両手はきちんと膝の上に乗せている。
私の肩にこつんと頭が当たった。そろりと顔を覗く。寝てしまったみたい。
周りを見渡すと、まだ、旅は始まったばかりだと言うのに似たような子どもが多かった。
「みやちゃん、やすは見てよ、寝ちゃった」
と、みやちゃんの方を見やる。
返事はない。
「みやちゃん?」
「……」
みやちゃんは首の座ってない赤ちゃんみたいに頭を揺らしていた。
おまえもか、ブルータス。
「ちょ」
私一人置いて、二人とも夢の世界にいったみたい。
こてんと反対側の肩に重みが加わった。
軽いけど、さすがに両肩はきついな。
視線を感じた。
「うわー……」
目の前に座っていた上林さんが、座席シートにあごを乗せて覗いていた。
「あなた、なに、にやついてるの」
あなた、と言われてどきりとする。彼女のあなたは、まるで本当の私に語りかけているようだ。
「可愛いでしょ」
まるで我が子を自慢するかのように言った。
上林さんは呆れた目で、また席に座り直した。
私はふとポケットに手を入れる。
インスタントカメラのネジを回す。
「上林さん、上林さん」
小声で呼んだ。
聞こえたみたいで、今度はぎりぎり目元が見えるくらいには振り返ってくれた。
「ピース」
カメラを構えた。
彼女は少し焦りながら、きょろきょろと回りを見た。
そして怒ったような顔で、こちらに拳を突き出すようにピースした。
背が小さいから、座ったまま顔を出すのは大変そうだった。
その、なんとも言えない幼さと困惑の混じった照れ顔を私はカメラに収めた。
背後から、もう一つシャッター音。
「もーらい」
ちろるが、楽しそうに言った。
上林さんはびくりとして、すぐに座席の影に隠れてしまった。
なんか、意外な一面を見てしまった。上を向くとちろるも同じような気持ちだったのか、にやにやしていたのだった。
バスの最初の目的地はホテルだった。
荷物を置いて、貴重品だけ持って班ごとに固まってエントランスホールに集合するよう指示を受ける。
みやちゃんと上林さんの部屋は、どうやら私とやすはの部屋のすぐ斜め前のようだった。
荷物を置いて、すぐにみやちゃん達の部屋に向かった。
ドア越しに怒声が聞こえてきた。
「もう、ケンカしてる」
私はやすはと目を合わせる。
「みやちゃんだしね」
やすはは言った。
「止めた方がいいよね」
「うーん」
やすはは小首を可愛らしく傾げた。
「あんまり止めなくてもいいと思う。二人の問題だし」
そして、どこか一歩引いて言った。
でも、怪我とかしたら危なくないかな。
忠言を軽く流して、ドアをノックすることもできる。
けれど、小学生同士の喧嘩はやすはの方がきっとよく分かっているに違いなくて。
私は、しばらく何も言わずにドアの前で突っ立っつことにした。
待つこと、数分。
ドアがゆっくりと開いた。
「お待たせ……」
みやちゃんが、頬に引っかき傷を作っていた。
後から出て来た上林さんの頬にも猫が引っかいたような傷。
「二人とも、大丈夫?」
思わず尋ねた。
やすはも気遣うように見ていた。
しかし、二人は案外タフだった。
「平気、それより昼ごはんの海鮮丼楽しみでしょうがないんですけど」
「分かる。写真、豪華だったよね」
みやちゃんが早口で言った。
それにはやすはが頷いた。
「夜ご飯の中華料理の方が何倍もそそられるわね」
え、それ私に言ってる?
上林さんがこちらを睨むので、私は、
「そ、そうだね」
と頷かざるおえなかった。
誤 おえなかった→をえなかった
今日はここまで
ありがとー
こちらこそー
おつ
おつ
エントランスホールで、担任から今日の旅行について指示を受けた。
人に迷惑をかけない、走らない、立ち食いしない、などなど他にも何か言っていたが詳しくは旅のしおりを見ろとのことだった。
今日のクラス旅行は一応授業と同じという位置づけらしい。そのためか、来週には班ごとに旅行の出来事を絵巻物に書いて発表するらしかった。
そう言えば、そんなものを作ったような気がする。けっこう前に捨てたけど。
今日の流れは美術館に行って、史跡を見て、古い町並みを散策して、昼に美味しい海鮮丼を食べて、
遊園地で遊んだ後、夜は中華という小学生にしては、なんとも豪華なラインナップだった。
先ほど乗ってきたバスに全員で乗り込む。
もうすでに脱落者がいるようで、向かいの席に座っていたはずの男子がいなくなっていた。
「あの子、どうしたの?」
聞くと、
「車酔いでダウンしたって」
ちろるが教えてくれた。
可愛そうに。
はしゃぎ過ぎたんだ。
楽しみにしていただろうに。
「気になるの? あゆむ?」
ちろるがにやにやと聞いてきたので彼女の頬をつかんだ。
「ちがうってば」
小学生相手に何バカなことを。ほんと、何考えてるんだろう。
私は、左隣をちらりと盗み見た。しおりを見ているようだった。
今の会話があまり耳に入っていなければいいけど。
最初に向かった美術館は地域の郷土品が多数展示されていた。
中でも、鎧や兜は男子達に感動を与えていた。
女子はほとんどが興味なさそうにしていて、私も御多分に漏れず。
観覧開始5分で、外にあるミュージアムカフェで一服したくなった。
美術館の中は自由行動だった。みやちゃんと上林さんは、ちろるらのグループに半ば無理矢理連れていかれて今はいなかった。
同じように退屈し始めていたやすはに、私は言った。
「外のカフェ行かない?」
「え」
まあ、普通そういう発想にはならないよね。
非行に走ってる子とかがやりそう。
やすは一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。
郷土品の怪しげな紋様が描かれた壺と、私とを交互に見やる。
それから、遠巻きにいる先生に視線を移す。
「でも、先生にばれたら怒られるかもよ」
「館内は自由って言われたから大丈夫」
「屁理屈」
「行かないならいいけど」
「ううん、行く」
そういうとこ好き。
小さな川の上に架かった橋を渡る。いつの間にか、雨がぽつりぽつりと降っていた。
丁寧に刈り込まれた低木に囲まれた庭は、ともすれば絵本の中のようだった。
「……」
二人で来たいと思った。
また来ようと。
大人になった二人で。
それは叶わないことだと分かっていたけれど。
ここで大人になることもできるのではないだろうか。
「あゆむ? また風邪引いても知らないよ?」
やすはがすでにカフェの入り口を開けて待っていた。
その態勢は何というか、すごく場の雰囲気とマッチしていた。
「ごめんごめんッ」
この空間を切り取って、アルバムみたいに留めることができたらいいのに。
紅茶とケーキを堪能してから、私たちはひっそりと美術館に舞い戻った。
生徒にも担任にもばれてはいなかった。
やや挙動不審になりつつも、私とやすはは顔を見合わせ、ほっとして笑い合う。
逆に、みやちゃんと上林さんは心底疲れた顔をしていた。
きっとちろるに振りまわされたんだろうけど、今はちろるに感謝。
その後の史跡訪問、街並み散策はクラスまとめてガイドさんが案内してくれた。
そのせいで、やすはと二人きりにはなれなかった。
ただし、お昼になる頃にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
その頃には、みやちゃんと上林さんは一切顔を見合わせない状態までになっていた。
どうやら、みやちゃんの買おうとしたおみやげに上林さんがケチをつけてしまって、
その仕返しにみやちゃんが上林さんのお土産を川に放り投げたというのだ。
目も当てられない。
もはや、修復不可能になりつつある二人の関係。
でも、案外お似合いなんじゃないかなと思う私もいた。
口が裂けても言えないけど。
上林さんにしろみやちゃんにしろ、感情が昂ぶるとコントロールできないんだろう。
似ているからこそこんなに反発し合ってしまう。
折れると言うことをしない。
むしろ、清々しい。
今日はここまでです
おやすみー
次の更新待ってる
昼飯を食べるため、こじゃれた海鮮食堂に向かうことになった。
ただし、周りにいる人間からすると迷惑この上ないんだけど。
じっちゃんやちろるのグループはそういうのには鈍感で、二人の喧嘩を茶化しては火に油を注いでいた。
海の幸てんこ盛りの海鮮丼を食べる頃には、もはや二人とも完全に分裂していた。
大部屋の端と端に位置して座した二人に呆れながら、私は苦笑いを浮かべる。
みやちゃんがちらちらこちらを見ていた。
こっちに食べに来い、ということなんだと思う。
ただ、席がもうないので難しかった。
「夜、大丈夫じゃないだろうね。どうにか仲直りさせないと」
やすはに言った。
やすはは大きめのマグロの切り身を口に入れた所だった。
箸を口に含んだまま、顔を横にふる。
「無理かなあ」
「……あゆむ、最近変わったね」
「そう?」
「でも、そっちの方が好きかな」
「あ、ありがとう」
どう変わったんだろう。
内心では焦りながら笑いかける。
「みやちゃんと私に振り回されてばっかりだったのに」
「そうだったんだ……」
「自分のことじゃん」
「うん……」
「みやちゃんは、そうやってなんでも言うことを聞いてくれるあゆむを気に入ってるんだよ」
なかなか辛辣な言葉。
本当のやすはの気持ちを、私はこの頃考えたことはなかった。
人に気持ちに鈍感だった。自分の心を守ることでいっぱいだったんだと思う。
「みやちゃんにとって、良くないことだよね」
「それもあるんだろうけど……ううん、なんでもない」
「やすは?」
「言い忘れたけど、みやちゃんの前であんまりやすはって言わない方がいいよ」
「え、なんで」
「仲間外れにされたって顔してるから」
どういうこと。
私の顔になんで? と書いていたのか、
「自分で考えて」
と言われてしまった。
それに関しては考えてもあまりよく分からなかった。
急に呼び方が変ったから疎外感を感じたのかもしれないけど、そんなことをいちいち気にしても仕方がない。
けれど、この頃の彼女達はそう言ったささいな仲間意識を大切にして過ごしてきたんだろう。
私も、かつてそうだったんだと思う。
今は、大ざっぱになった。人の気持ちに大ざっぱになって、自分の気持ちに鈍感になった。
昔とは逆になってしまったのかもしれない。
>>65
の二行目の文章おかしいですが気にしないで
午後、おそらくほとんどの子どもが待ち遠しかったであろう遊園地に到着した。
大人になっても、遊園地というのはわくわくするものがある。
ただし、訪れたのは地方の賑わってる感がかろうじてある遊園地だったが。
みんなどこから乗りたいんだろう。
蟻のように散り散りに分かれていく子ども達の背を見つめる。
やっぱり、ジェットコースターは人気だった。
先生も手を繋がれて、一緒に向かっている。
顔は少し引きつっていた。ぎっくり腰でも起こさなければいいんだけど。
私は隣のやすはを見て、ついでみやちゃん、そして上林さんの位置を確認した。
「あゆむ、あの子は放っていくから」
みやちゃんが言った。
ええっと。
「上林さんはいいって?」
やすはが聞いてくれた。
「知らない」
「みやちゃん、上林さん一人は危ないよ?」
私もやんわりと言ってみた。
「じゃあ、あゆむ行ってくれば」
みやちゃんはやすはの手を握って、ずんずんと突き進む。
「え、ちょっとみやちゃん」
やすははつんのめりながら、前に歩き出す。
一瞬こちらを振り向いて、上林さんに視線を投げた。
そっちはそっちで何とかしてということか。
上林さんは上林さんで動く気配がない。
しょうがない。
「上林さん、最初どこ行きたい?」
みやちゃんがいなくなって、喋ってくれるものだと思ったが、無視された。
長めの横髪が顔にかかって表情がよくわからない。
「あの」
上林さんに近づこうとしたら、
「来ないで」
と、あろうことか走り出されてしまった。
「なんで!?」
「嫌い、あの女も、あの女の言うことを聞くあなたたちも嫌い」
私も遅れて走り出す。
上林さんの方が背が小さいので、しばらくしたら追いついてしまい彼女の腕を掴んだ。
大声で彼女は叫ぶ。だいたいが、私たちへの不平不満だった。
周りにいた子連れの客が何事かと足を止めていたので、私は彼女を引っ張って人気の少ない所に移動した。
癇癪を起し泣き始めていた。手で目元をこすって、嗚咽をもらす。
ど、ど、どうしたら。
泣いてる子どもの扱い方が分からない。
「ど、どうどう」
馬じゃないし。
ハンカチを取り出して、彼女に手渡す。
それを受け取ってはくれたけど、握りしめたままだ。
「上林さん……」
私は恐る恐る背中に手伸ばしてさすってやった。
ぎこちないことこの上ない。
上林さんは今度は逃げなかった。
何度もさすって、しっかりとさすって、頭ごと引き寄せて、
「よしよし」
と、頭をぽんぽん撫でた。
日差しがきつかったので、彼女の頭も温かかった。
小さな頭が、幼さを強調する。
彼女は、ようやくハンカチで目元を拭いて、ご丁寧に鼻まで噛んだ。
もうティッシュだと勘違いしているんだろう。
そういうことにしよう。
「あなた……」
「うん」
「あの子の奴隷でしょ、行かなくていいの」
「奴隷って」
だから、どこでそういうの習ってくるのかな。
「ほんとに奴隷なら、今、こうやって上林さんと話してないよ」
「だって……私だけ、名前で呼んでくれない」
「え」
名前って、そんな大事なファクターだっけ。
「それを言うなら、上林さんだって」
「……」
黙ってしまった。
図星を突かれるのが苦手なんだ。
私は慌てて、
「な、名前……なんて言うのかなあ?」
と聞いてしまった。
「は?」
「ご、ごめんッ、苗字で呼んでたから覚えてなくて…」
「しおりに書いてたけど」
だいたいの流れと禁止事項くらいしか読んでませんでした。
上林さんが溜息を吐いた。
「……もも」
ぼそりと呟く。
「もも?」
彼女は頷いた。
可愛い名前。
「ももちゃんか」
「二回も言わないで」
頬をビンタされた。
なぜ。
「ももちゃ」
反対側をビンタされる。
頬をさすりながら、私も名前を口にしようとして、
「私は……」
「あゆむでしょ、知ってるから。普通は」
「は、はあ。ごもっともです」
ももちゃんは、にたりと笑った。
「私は、この学校に来て最初に覚えたもん」
後ろの席だもんね。
なんとなく、前の席の人って親近感わくよね。
無防備な背中を見続けているからかもしれない。
「あなたが、あゆむが振り向いてくれるの、嬉しかったから……」
もにょもにょと赤くなって言った。
「そっか……」
「……いつも、3人で楽しそうだったから……羨ましかった」
「うん……」
「だから、つい、あの女にもあゆむは奴隷でしょって、言ってやったの」
ついって、すごいなあ。
「そうなんだ。みやちゃんはなんて?」
「あんたなんて、友達いないくせにって。だから、私、あの女にこうも言ってやったわ。あんたなんて、本当の友達いないくせにって」
「ほ、ほお」
えげつない戦いだな。
「私、あの女とは一生分かり合えないと思うの」
「じゃあ、仲直りする予定は全くないということ?」
「そうよ」
困った。
「今日の夜、あの女には仕返ししてやるんだから。協力してよ」
「いやいや、しないから」
「してくれないと、あゆむにいじめられたって言うけど」
「無茶苦茶ですね……」
「あの女の方が100倍は無茶苦茶よ」
二人で咀嚼するような音を発しながら、顔を突き合わす。
「私は二人に仲良くなって欲しい」
「人に頼みごとをする時は、まず自分からでしょう」
勝手なんだか理にかなっているのかよく分からないことを言いながら、
彼女は私に抱き着く。
「じゃあ、そういうことで」
なんのオーケーサインも出していないのに、
彼女はゴーサインを出した。
いったんここまで
「仕返しって何するの」
「内緒」
と、彼女は言ってその後は何も教えてくれなかった。
顔を見ると、涙はすでに止まっていた。
復讐の手伝いをするつもりはさらさらなかったので、詳しくは聞かなかった。
彼女はけろりとした様子で、
「あれ乗ろうよ」
と、指を指した。
観覧車か。
「乗ってもいいけど、仕返しはしないから」
彼女は薄く笑って、歩き出した。
何を考えているんだろう。
みやちゃんの方がまだ分かりやすいのかもしれない。
数分後、観覧車に乗ったことを後悔することになった。
どうしてそういう状況になったのか分からない。
あまりにも唐突だった。
「……は?」
ももはポケットからカッターを取り出して、振り上げていた。
「ま、待って話せばわかる」
キリキリと刃を出す。
彼女が立ち上がると地面が揺れた。
殺される、と思ったので両手を掲げて目を瞑った。
ビリリ――。
痛みはなく、布が破れるような音。
彼女は自分の服に刃を突き立てて、スカートを引き裂いていた。
はらはらと布切れが床に落ちた。
「何してるのさ!?」
私は叫んだ。
彼女はもう用は無くなったと言わんばかりに、カッターを小窓から外に放り出す。
「ちょ!?」
なんてことを。
ぎざぎざになったスカートの下には真新しい痣が見えた。
「私に協力してくれないなら、いじめられたって言うけど?」
やられた。
私がやってないと言えば済む話だけれど。
じゃあ、なぜこうなったかと永遠と問答が続くだけだ。
「じ、自分でつけたの?」
「痣? そうよ。私は、気に入らない人に気に入られたいなんて思わないから。徹底的に嫌いになるだけよ」
呆れて、私は破れたスカートを見るばかり。
「先生にはね、前からあの子に酷いことを言われてるって言ってたから、信じてくれると思う。それに、クラスの子もだいたい私が悪口言われてたの知ってるでしょうし」
ももは言った。
私は冷静になろうと過去の記憶と経験を引っ張り出していた。
確かに二人は喧嘩していたけど、ももはここまで引きずったりはしなかった。
今日の夜だって、確か当時、二人が喧嘩して、仲裁に入ろうとはしたけど、結局びびって入れなかった。それで、二人の仲は修復できなかった。
だから、今度は懸け橋になれればなんてそんなことを思っていたのに。
「あなたもばかね。私なんて放っておけば良かったのに。私、気に入った人はとことん自分のものにしたいの」
原因は、私か。
小学生の私が彼女にできなかったことをしてしまったから。
「確かに、みやちゃんがももちゃんにしてることは私も賛成できなかったから、今、ももちゃんサイドにいるわけだけど」
「一度面倒見てくれたなら、最後まで付き合ってよ」
なんというお姫様理論。
「いやいやいや」
彼女の暴論はヒートアップする。
観覧車の眺めも絶好だった。
「あなたが断る権利とかない。私の傷は深いのよ。あなたたち3人のせい。クラスのみんなのせい。なんの助け舟も出さなかった、あの先生のせい。私の傷は誰が治してくれるの? 誰が、謝ってくれるの? あの女? あの女は絶対しないもん」
こめかみが痛くなった。
現実逃避気味に、外を眺めた。
「聞いてるの!?」
叱られた。
鼻息を荒くしていた。
恨みがましく見ている。
「仕返ししたい気持ちがよおおおく、分かったよ。ほんとに、ごめん……私のせいでもあるよ」
「わかってくれただけでは、私の気は収まらないから」
観覧車を降りた時に周囲になんて言い訳をしようか考えながら、
「これからはみやちゃんにそういう悪口とか言わせないし、言ったら私からも止めるように言うよ」
「あなた、さっきまでの私の話聞いてなかったようね。それじゃあ許せないの。何か、罰を与えないと許せないのよ」
身ぶり手ぶり、感情をぶちまける。
この小さな体に、どうやってこんな負のエネルギーを蓄えているんだろうか。
半ば感心して聞いていた。
「提案があります」
私は彼女に言った。
「なによ」
「するなら私に仕返しして、それなら喜んで手伝うから。荷物持ちでも、話し相手でも、できることはするから」
「ふうん?」
一生とかって言われたらどうしようか。彼女はあごに手を置いた。
一件悩んでいるように見えるが、私を困らせるために一計案じようとしている風にもとれた。
「あなた、今だけだしとかって思ってるでしょ」
なかなか鋭い。
「気が済むまでは」
「じゃ、キスしてよ」
「なんで……?」
「できないの?」
できるけど。
「そういうのは好きな人としないと」
ましてや小学生。
これから色々な出会いが待っているのに。
初っ端から変な思い出を作らなくてもいいじゃない。
そうこうしているうちに、観覧車が地上へと近づいていた。
「もう、外に出ないと。この話は出てから別の所でしようよ」
「いいや。今、決めなさい」
「そりゃ、キスは嫌だよ」
私だってキスは好きな人としたい。ね、願わくば、大人になったやすはとうにゃうにゃ。
もちろん、こんな子どもとしたってノーカンだけど。
「嫌って言ったわね? 傷ついたわ」
「それは、ごめん」
私は軽く言って小さく頭を下げた。
それは、彼女を逆なでするには十分だった。
私もいい加減彼女のわがままに辟易していたのかもしれない。
「あゆむ!」
思いっきり睨んで、眉根を釣り上げた。
そして、座っていた私の肩をシートに押し付ける。
またビンタかと思い目を瞑った。
「ッ……!?」
唇に生暖かいものが当たった。
それが何なのか理解するのに、数秒要した。
鼻息が当たっていて、長い睫がふるふると震えていた。
ガシャコンッ!
体が着地の衝撃で揺れた。
それによって、唇が離れる。
そっと開いた彼女の唇からわずかに聞こえたのは、
「ざまあみろ」
だった。我に返って、外を見た。
ドアを開けようと立っていた従業員はもちろん、後ろで待っていた最前列の何人かもこちらを覗くように首を伸ばす。
そして、その中にみやちゃんとやすはの姿もあった。運命の悪意としか思えない。
扉が開いた瞬間、ももちゃんは飛び出していった。
みやちゃんとやすはになんの言い訳もできずに、私は彼女の後を追った。
彼女を捕らえたのは私ではなく、ちろるだった。
わめくももちゃんを羽交い絞めにしていた。
「お縄につけー!」
と本人は冗談のつもりなんだろうけど、グッジョブ。
「ちろる、でかした!」
「離しなさいよ!」
「なに? ほんとになんかしでかしたか」
「あなたには関係ないでしょ」
「えー、水臭いじゃんか」
ちろるは少し焼けた顔で、にかっと笑った。
「ももちゃん、逃げても無駄だよ。ちろるは足早いから」
「逃げるも何も、捕まってて動けないわよ」
「ももちゃんは軽いねー。小さいし。可愛い」
自分の頬をすり寄せるちろる。
「止めなさいよッ、気持ち悪いわッ」
ちろるがももちゃんで遊ぶのを見て、周りで見ていたじっちゃんらも参戦し始める。
「どれどれ」
「近寄らないで、加齢臭がうつるわ!」
だから、そういうのどこで――。
もちろん、じっちゃんらがその単語の意味を知っているわけもなく、
かまわずまとわりついていった。
「……わあ」
あっという間に、彼女を包囲してしまった。
私に対してあれほど強気の態度を取っていた彼女は欠片も見当たらない。
「友達、いるじゃん」
私は、ももちゃんに笑いかけた。
彼女は、それを認めたくなかったのかもしれない。
なんで認めたくなかったのかなんて、私には分からないけれど。
ちょっとここまで
さあここからどうなるか
舌打ちして、手足をばたつかせる。
「なんで、あんなことした?」
私は聞いた。
「あなたたちを困らせてやろうと思ったのよ」
「そうですか……」
「あれ、そう言えば、ももちんすごい恰好だね」
ちろるがまじまじと見つめる。
「だれがももちんなのよ」
ちろるはそれには答えず、
「ちょうど体操服持ってきてたから、トイレいこっか!」
じっちゃんらに担がれるももちゃん。
「ちょ、や、やめ。体操服なんていやよッ。恥ずかしい!」
「きょんのコスプレよりよっぽど恥ずかしいけど」
じっちゃんが言って、ずるずるとももちゃんを引きずっていく。
私はそれを突っ立って見送った。
助かった。あのまま、先生の所に行かれていたら楽しい旅行が台無しになるところだった。
もうすでに、疲労感はあったけれど。
私は少し胸を撫で下ろした。
のも、つかの間――、
「あゆむ」
名前を呼ばれた。誰かすぐ分かった。
だから、振り返るのを戸惑った。
「何やってたの」
「というか、なんでそんなに仲良くなってるの」
一度深呼吸して、私は二人を見た。
「あれ、観覧車乗らなかったの?」
と、わざとらしく話題をそらす。
みやちゃんが、眉間にしわを寄せた。
「あんなの見せられて、乗れると思う?」
ですよね。
ど、どうしよう。
ももちゃん、早く出て来て事情を説明して。
たぶん私が言っても言い訳みたいにしかならないよ。
「あゆむ、なんで黙ってたの」
やすはが静かに言った。
「黙ってたって、何を……」
質問の意図が分からず、聞き返してしまう。
「二人が付き合ってるなんて、知らなかった」
「んんッ!?」
思わず、鼻から汁が出そうになった。
「裏切り者」
極めつけに、みやちゃんが言った。
裏切り者って。
今日は厄日か何かか。
「付き合ってなんてないからッ。そもそも、女の子でしょ!?」
自分でも頭の悪い言い訳だとも思ったが、他に思いつかなかった。
「じゃあ、なんであんなことしてたの。きも」
みやちゃんが吐き捨てるように言った。
「あれは……その」
言いよどんでしまった。
なにせ、それを言えば、ももちゃんの周囲の評価はさらに低下する。
そして、そうやって口ごもって何も言えなかったのは良くなかった。
「言えない……ごめん、でも」
「こうもり女。あゆむ、ほんと誰にでも良い顔しようとするよね」
当時の私なら、心に突き刺さる言葉だった。
ただし、今の私はこちらの話を聞かないみやちゃんに、腹も立つし、呆れもした。鈍感にもなった。
けれど、みやちゃんはそういう言葉を平気で口にしてしまうことも分かっていた。
しょうがない、という気持ちも強かった。
「仲良くしないでって、言ったのに……どうして分かってくれないの」
みやちゃんが私の肩を掴んで揺さぶった。
それから似たような文句を何度もぶつけられた。
それは余りにも勝手過ぎて、聞くに耐えれないこともあった。
「みやちゃん」
やすはが、みやちゃんを私からはがすように引き寄せた。
最後にみやちゃんが打った拳が私の肩に当たった。
少しよろけて、二人を見た。
賑やかな遊園地の喧騒が、ふいに耳に入ってきた。
過去のことだ。思い出の中のこと。
現実じゃない。
私が生み出した妄想。
だから、この痛みも妄想。
肩に触れた。
先ほど、観覧車でももちゃんが言った言葉が蘇る。
『私、あの女にこうも言ってやったわ。あんたなんて、本当の友達いないくせにって』
興奮して、頬を染めるみやちゃん。唇を結び、何も言わないやすは。本当の友達を繋ぎ止めるために作ったルールだったんだ。
大人になった今、常識と言う暗黙の規則さえ守っていればたいていのことは修復することができる。
自分のエゴを通せば、醜い大人のレッテルを張られる。大人は分かって欲しいなんてしがみついたりしない。
でも、みやちゃんからひしひしと感じるのは分かって欲しいという強い気もちだ。
それで、関係が滅茶苦茶になるとか、戻れないとか、きっとそんなこと考えちゃいない。
それはあの頃――本当は私が欲しかった衝動だった。
ややあってちろるらに挟まれるようにしてももちゃんが出て来た。
しかし、彼女の姿が視界に入るのすら嫌なのか、みやちゃんは踵を返した。
遅れながら、やすはも着いていく。
「……」
悲しくは無かった。
やり切れなさはあったけど。
「元気ない?」
ちろるが声をかけてくれた。
「ちょっと」
私は笑って答えた。
気まずかったのは、今日の旅程を追え、バスに乗り込んだ時だ。どうしても二人に挟まれて座る形になってしまった。
席をちろると代わってもらうこともできたけど、何か余計なアクションを起こされても困るので動くことはしなかった。
バスの中ではちろるやじっちゃん以外に話しかけられることはなかった。
つまらなさそうに窓を見るみやちゃんに何度か話しかけたが、うんとかへー、とかしか返ってこなかった。
そりゃそうだろうけど。やすはに至っては完全無視。
最悪か。
当のももちゃんはそのピリピリとした空気を感じとったのか、さすがにこちらを向くことはなかった。
バスがホテルに着いてから、夕飯を食べ終えて、班ごとに分かれて部屋に向かった。
みやちゃんとももちゃんの距離は、5m程離れていてもはや別の部屋に行くのではと疑ってしまうレベルだった。
と言っても、私とやすはも距離こそ変わらなかったけれど、互いに部屋の中で全く話さなかった。
けれど、私は一つ疑問があった。
みやちゃんは分かるけど、どうしてやすはまでそんな態度を取る必要があるんだろうか。
最初、みやちゃんに遠慮して、素っ気なくしているだけかとも思った。
でも、そうじゃない。私自身に怒っている。普段クールな分、分かりにくいけど。
私は額をこする。この間こけた所はかさぶたになっていた。あの時、私を心配してくれたやすは。
やはり、ももちゃんに良い顔をする私が気に入らないのかもしれない。
みやちゃんに合わせて自分を変える子じゃない。
無言のままも辛いものがあったので、私はテレビをつけた。
ホテルは部屋にお風呂が付いてあったので、どちらが先に入るか話しかける必要があった。
「お風呂、どうする」
さり気なく聞いた。
無視されるかと思ったけど、
「入るけど、私、みやちゃんの所で入るから」
と言ってごそごそと用意し始めた。
え。えええ。素でショックだった。
「や、やすは」
ドアの前まで来て、やすはは振り向いた。
射抜くような目に、約束を思い出す。
夜、部屋から出ないように。
「就寝には帰って来る」
と素っ気なくやすはは言った。
やすはが出て行ってしばらく放心していた。ドラマ一本終わった頃に、ちろるらがやってきた。
よく覚えていないけど、色々変なポーズをさせられて写真を撮られた。
たぶん全部素直に従ったと思う。大爆笑しながら部屋から出て行ったのがつい今しがた。
そのあとやってきたのは、ももちゃんだった。
もうすでにお風呂に入っていた。濡れて艶やかになった黒髪から、備え付けにしては高級感のある甘い香りを漂わせていた。
部屋に招いてベッドに座らせた。それからは、私から喋りかけはしなかった。
煮を切らしたのはももちゃんだった。
「あなたたちへの復讐は、形は違えどまあ成功に終わったわ」
満足そうに鼻をならす。
遅れて意味を理解した。
「それは、良かったね」
まるで役者のような口ぶりに辟易しつつ答えてやった。
この結末を招いたのは私。この子に関わった私の自業自得が招いたこと。
みやちゃんとやすはの心に、いらぬ傷を負わせた。
なにより、私自身ここまでとは思わなかったけれど、やすはに冷たく当たられるのは堪えた。
「……憎いあの女を困らせて、お気に入りのあなたは一人。最高ね。笑える」
笑えませんが。
「これで、あなたも私と同じね」
「同じって、ああ、一人だってこと? 何言ってるの。ももちゃん、もう一人じゃないじゃん。ちろるやじっちゃんがいる。良かったね」
「あれは、知らないわよ。いつの間にか、勝手に、絡みついてきたんだから」
「いつの間にか? 勝手に?」
それこそ、友達だ。
そういうもんなんだから。
「良かったじゃん」
「だから!」
と、何か耳元でわめかれた。私こそ勘違いしていた。方法は悪かったけれど、ももちゃんは立派だ。
誰に嫌われようと、自分の置かれた状況に抗って、そして打ち勝った。
成し遂げたのは復讐だけじゃない。
それは、どこかで私自身期待していたこと。
彼女自身で、現状を打破して欲しいと、昔願ったこと。
私の理想のももちゃんそのものだ。
「ふふ……ふふふッ」
急に笑えてきた。
「な、なに」
ももちゃんが気味悪がった。
「私、まだどこか遠慮してたんだ。ここで、そんなことしてもきっと意味なんてないのに」
「お、怒ったってこと?」
「怒ったよ。それはもう、すごくね」
私は立ち上がった。
ももちゃんが両腕を顔の前に出して、拳を握った。
何のポーズだろうか。私とキャットファイトでもするつもりだろうか。
「殴り合いしたいの?」
可笑しくて聞いてしまった。
「したくないわよ!」
そんなことするわけないのに。
やり直したかったことはそんなことじゃない。
やりたかったこと、できなかったこと。
そう、まずは――しなければいけなかったこと。
私自身がいつまでも過去にとらわれていた。
子どもの時から培ってきた自尊心が邪魔をする。
怒った。自分の甘ちょろさに怒った。
目の前のことにぶつからない自分に。
分かろうとしていなかった自分に腹が立った。
ももちゃんが欲しかった言葉を一番最初に言わなかった自分に反吐が出た。
話は、まず、そこからだったんだ。
私は、ベッドの端に座る彼女の目の前で膝をついて正座した。
「はい?」
彼女の声が頭上から降ってくる。
私は手と頭を床に着けて、深々と土下座した。
「ごめん、ももちゃん」
沈黙。
ベッドが鳴った。
上を向いてももちゃんの表情を見てみたかった。
が、その前に何を謝っているのか言わないと。
私は下を向いたまま、
「みやちゃんのいじめ見て見ぬふりしてごめん。止めなくてごめん。助けようとしなくてごめん。復讐は終わったのかもしれないけど、でも、許さなくていいから。私も忘れないから。私がやったこと忘れないから。ももちゃんを傷つけたこと、覚えてる。ずっと」
言った。
とめどなく何かが心にどっと生み出された。あの時、言えなかったことを言いたくて、でも、やっと言えた。
あの頃の感情が一緒に溢れて来て、友達が怖くて、自分のしていることが辛くて、何もできなくて、ももちゃんの何の力にもなれなくて悔しくて。
そうだ。自分のしたいことばかり目を向けてしまっていたんだ。
目元が熱くなって、自分が泣いているのが分かった。
「そ、そういうことはちゃんと目を見ていいなさいよ」
「そうだね……」
顔を上げて、ももちゃんはさらにぎょっとしていた。
「なんで、今さらそんな顔するのよ……」
「ごめんね、大人になっても絶対謝りにいくから」
「はい?」
彼女は、意味不明、と呟いた。
「私ね、心の中で……ずっと、私は悪くないって思ってたんだ。それで、みやちゃんのせいにばかりしてた」
ぽつりとこぼしていく。
ももちゃんは、口を挟まなかった。
「最悪だよね。分かってる。だから、どこか他人ごとみたいに考えてた。みやちゃんの問題だから、ももちゃんの問題だから、私には関係ないって……」
涙を拭う。
鼻水をすする。
「みやちゃんに嫌われたくないくせに、ももちゃんになんとかするなんて言ったりして……やすはのこと好きなのに、ももちゃんに優しくして……誤解を招いた。ももちゃんにも嫌われたくなかったんだ。周りに振りまされて……ううん、周りに合わせてただけ。でも、今日のももちゃんはその逆だったから……私も、ももちゃんみたいになるよ」
「い、いっぺんに色々言わないでよ」
ももちゃんがたじろいだ。
「私、ももちゃんみたいになりたい」
「そこだけ切り取って言わないでよ! 怒らないの? なんなのよ、もお!」
「怒らないよ、でも、ももちゃんのお気に入りにはなれない」
「なんでよ、どうせあなたもう一緒にいる友達いないでしょ」
「今から、やり直してくるよ」
私は正座をといて、立ち上がる。
「あの女、話聞くと思えないけど」
「うん」
例え、嫌われても言わなくちゃいけない。
やすはと一緒にいられなくたって。
一人でも、辛くても。
いつか、大人になって、後悔しないように。
過去にすがりたくないから。
ここで思い出したこと、知ったこと、行ったことが何も未来に影響しなくても。
今、しなくちゃきっと何も変わらない。
ごめんね、やすは。
私は扉に手をかけた。
約束、破るね。
「ちょっと行ってくる」
「あーあ」
呆れたような、面白がるような、寂しそうな。
そんな声が背後から聞こえた。
みやちゃん達がいる部屋の前に立って、深呼吸した。
「それいるの?」
「いるよ」
なぜか着いて来てしまったももちゃんの方を見ずに言った。
彼女は私の様子を気に留めずに、そそくさとキーをセットして暗証番号を入れた。
電子錠が外れる。
「お邪魔します」
ノックでもした方が良かったのか。
ま、ほら、ももちゃんの部屋でもあるし。
なんて言い訳。
「やすは?」
ドアを開けるとすぐにみやちゃんが見えて、そう問いかけてきた。
「キー持ってないのに、なわけないでしょ」
と、すかさずももちゃんが敵意むき出しで突っ込む。
「こらこら」
「あんたたち、何しに……」
みやちゃんが、手に持っていた物をさっと後ろに隠した。
なんだろう。
「あんた、何、隠したのよ」
放っておこうと思ったのに、ももちゃんが茶々を入れる。
「か、関係ないでしょ!」
「みやちゃん、わたしたち喧嘩しにきたわけじゃなくて」
「それ、私の携帯でしょう? なんで、あなたがいじってるの」
「え」
と、私はみやちゃんとももちゃんを交互に見た。
「鳴ってたから、うるさいし、止めようと思ってただけよ」
「じゃあ、返して」
みやちゃんに向かって、ももちゃんは手を伸ばした。
しかし、みやちゃんはこちらを睨むばかりで、いっこうに携帯を見せる様子はない。
「みやちゃん、返してあげてよ」
「返せないんでしょ? 私の携帯見てるの知ってるんだから」
「……そうなの? みやちゃん」
「ふんッ」
「ますます気に食わないわ」
この二人の応酬は尽きることがない気がする。
「みやちゃん、携帯返せばいいんだから」
私はみやちゃんに近づいて、後ろ手に持っている携帯を取ろうとした。
別の手に持ちかえられた。
「……」
「そいつの携帯なんて、ろくにアドレスもないし写真も無いし……持ってたって意味ないわよ」
と言って、壁に放り投げた。
放物線を描いて、ごんと派手に当たって、床に落下した。
携帯はそのまま、ももちゃんの足元に滑っていった。
ももちゃんはそれを掴み上げ、口元を引くつかせた。
そして、そのまま、こちらに向かって進んできて、手を上げた。
叩かれる。と、みやちゃんは直感で感じたようで、両腕を頭上でクロスさせた。
ももちゃんは今まで見たことも無い冷たい目で、手を振り下ろした。
「いッ!!」
当たったのは、私の頬だった。
「あなた、なにをッ」
かなり痛かった。
でも、ももちゃんをこれ以上憎まれ役にしたくなかった。
「みやちゃんッ」
私はガードを解いて、今、何が起こったかピンときていないみやちゃんの左頬を見やる。
次の瞬間、そこにめがけて、自分の平手を打ち付けた。
「あゆ……む」
私は、きっと怖い顔をしていたに違いない。
みやちゃんは、じっと私の顔を凝視しながら、やがて、嗚咽を漏らし始めた。
「今までちゃんと止めてあげなくてごめん。でも、もう、ももちゃんにこういうことしないで」
「あんた……かんけ……な」
途切れ途切れに、みやちゃんが言った。
「ももちゃんは、私の友だちだから」
お気に入りとか、ほんと意味が分からない。
友だち。それ以上でも以下でもない。
好きな人と、友だち。子どもの時なんて、それくらいのカテゴリーで分けたので十分。
「みやちゃんにも、これ以上嫌なことして欲しくない」
「私はみやちゃんのこと友だちだと思うし、好きだよ。ただ、ももちゃんをこれからもいじめるって言うなら、二人の友だちとして止めるから」
私は、左頬に添えられたみやちゃんの手を上から握った。
強く握ってやった。
届けばいいのに。
未来の彼女に。
願っても届かないだろうけど。
私の自己満足で終わるのだろうけど。
「言いたかったのは、それだけ」
私は部屋を見回した。
「あれ、やすはは……」
そうだ。
みやちゃんは、最初私たちに、やすは? と言わなかったか。
「やすは来てないの……?」
みやちゃんに聞いた。
顔を両手で覆って、小さく丸まって泣いていた。
私の問いには、ただ、首を振る。
知らないのか。
みやちゃんをこのままにしておくのも心苦しい。
「ももちゃん、私ちょっと出てくるね」
「ちょ、ちょっとこの女と一緒なんて」
「大丈夫」
「なにが大丈夫よ」
「たぶん大丈夫」
気休めだ。
でも、言わないより、言った方が何も無いよりマシだと思ったから。
少しでも大丈夫な方に転がって欲しいんだ。
部屋を出て、やすはの行きそうな所を考えて見た。
暗い所は苦手だから、たぶん明るい所にいると思うけど。
とりあえず、この階は女子部屋になってるから片っ端から回ろう。
私もやすはも携帯は持ってきていないし。走り回るしかないか。
一つ一つノックして、私は部屋を訪ねていった。
途中部屋で捕まって、変なポーズをまたやらされて、よろよろと部屋を出た。
最後の女子の部屋に行って、事情を説明したら、こんな助言をされた。
「男子の部屋かもよ」
「それは」
なくていい可能性。
何か、用事でもあったとか。
そういうことであって欲しい。
仕方なく、下の階に行って、男子部屋も回ってみた。
最初の部屋はやたらうるさくてノックの音も全然聞こえないくらいで数分待たされた。
ようやく出てきたと思ったら、上半身は熱いからと脱いでいて、兄ので見慣れていたのもあり、
普通に会話を始めてしまって、逆にあちらに恥ずかしい思いをさせてしまった。
まあ、Tシャツくらい着ておけ。
次の部屋は出なかった。
なぜなら、最後の部屋に大量にうじゃうじゃと集まっていたからだ。
「は? やすは? あー、みんな知ってる?」
そこにいた男子が一斉に首を振る。
「だってさ……」
「ありがと」
「……あのさ」
「え?」
彼は声量を落として、私に耳打ちしてくれた。
「坂本がホテルの前の公園で告ってると思う」
坂本。
坂本と言うのは、旅行に行く前に好きな子の話でからかわれて、ケンカしていた少年のことだ。
私はそれを聞いて猛ダッシュでホテルのエレベーターに向かった。
二人の密会の場に行って、見つかれば嫌われてしまうかもしれない。
でも、心は正直で例え嫌われても、他の男にやるくらいなら――。
ホテルの自動ドアから転がるように出て、公園に向かって一直線に走った。
約束。
夜出ないように。
だから、あんなこと言ったのか。
そんなに邪魔されたくないの。
思っている以上に、恐ろしい事態。
ホテルの灯りと遠くの街灯でうっすらと噴水が浮かび上がっていた。
そこに腰掛ける、二人が見えた。
とりあえず坂本を池に着き落とそうか。
とも考えたが、もしやすはが坂本のことを気に入っていたら。
私はやすはの視界に入らないように、茂みに隠れた。
小学5年生の淡い恋を応援しないと。
落ち着け。
相手は小学生。
アラサーおばさんがシャリシャリ出るまくじゃない。
じゃないけど。
走ったせいで息が荒い。
大人の姿で仮に彼らを見つめていたら、ただの変質者だ。
ここからじゃ聞こえない。
もう少し近づかないと。
にじり寄って、噴水の反対側に腰を屈めて身を潜めた。
「ほら、今日の美術館でさ見た刀、あれ、めっちゃカッコよくてさ――」
「あー、細工もすごかったよね」
ん。
何の話をしてるんだ。耳をそばだてる。
どうやら、今日の旅行の感想を述べあってるだけっぽい。
世間話するために、わざわざ呼び出したりはしないから。
坂本がまだ、告ってない。
か、告って円満に終わって、仲良くお喋り。
前者か後者か。
いや、でもやすはが出てってからけっこう時間が経ってるし。
前者の方だよね。
間違いなく前者。
やすは――。
う――。
涙が目尻にたまってきた。
体育座りで音が出ないように鼻をすすった。
砂利音。
懐中電灯の明かりが、ぱっと坂本やすはを照らした。
「こらッ!?」
担任だった。
「夜はホテルから出ないようにと」
「す、すいませんッ。俺が呼んだんです」
坂本が謝った。
いいやつだ。
なんていいやつ。
先生はなんとなくシチュエーションを把握したようで、
それ以上深く突っ込まずに、早く部屋に帰るよう促した。
「……あ、あの」
やすはが口を開く。
「もっと、公園の奥の方にもしかしたら他の生徒がいるかもしれないです。花火しようって、言ってた子がいて」
「なんですって」
「たぶんなんですけど」
「わかりました。見てきますので、あなたたちは早く帰りなさい」
「はい」
先生は足早に暗がりへ溶けていった。
「戻ろうか」
「ごめん。坂本くん、先に帰ってもらっていい?」
「あ、そ、そうだよね。ごめん」
私はできる限り頭を低くする。
やはり、付き合ってることがばれないようにってこと。
話しももう終わった感あるし。
坂本もどこか、やり遂げた顔をしてるし。
いらっとするね、あの顔。
坂本がホテルに向かうのを少しだけ見送って、やすはは噴水に腰掛なおした。
あんな暗い所で一人でやすはが耐えれるわけないのに。
早く帰らんかい。
と、ばばくさいことを脳内で呟いていると、やすはが、あろうことかこちらを向いた。
何。
「あゆむ」
名前を呼ばれて、打ち上げられた深海魚みたいに口から内臓が飛び出しそうになった。
「にゃ、にゃあ」
できる限り本物に近づかせた。
「あゆむでしょ」
観念して、私は恐る恐る立ち上がった。
「……ごめん、盗み聞きするつもりだった」
嘘を吐くわけにもいかなかった。
やすはは一瞬笑ったような気がした。
「約束……どうして破ったの」
「守ろうと思ったよ。でも、みやちゃんの所で言いたいこと言ってきたらやすはがいないんだもん」
「行ったんだ」
「うん」
やすははその二言三言から何か察したのか、
「そっか」
と短く頷いた。
「あゆむは、みやちゃんに何も言えないと思ってたよ」
「……昔はそうだった。それで、みやちゃんが切れたり手に負えない時、いつもやすはがなだめてたんだね」
やすははきょとんとした。
「聞いたの?」
「ううん、カン」
「やすはに言わないといけないことがあったから、このままの自分じゃだめだと思ったの」
「呪いかけられても?」
「やすはがくれるなら不幸だって嬉しいよ」
「呆れる」
「でも、一番の不幸はもうさっき味わったし、しばらくは幸せだと思う」
「みやちゃんと絶交でもしたの」
「え、いやそうじゃないけど」
告白のことだったんだけど。
まあいいか。
「でも、それでもいいの。後悔しない先にそういう道しかなかったとしても」
自分でも照れくさいことばかり言ってる自覚はあった。
暗くて良かった。
「そう言えば、暗いの大丈夫?」
「大丈夫そうに見えるなら、あゆむの目も坂本と同じだね」
私ははっとしてすぐに駆け寄った。
手を取ると、わずかに震えていた。
夏だと言うのにひんやりとしていた。
「どうしてすぐ坂本に言わないの、もお!」
私はやすはの手を引いてホテルに急ぐ。
やすはは抵抗せずに着いて来た。
「坂本に優しくされたいわけじゃないから」
「どういうこと」
意味がよく分からず聞き返す。
自動ドアが開いて、眩いエントランスホールに戻った。
掴んでいた手は、やすはが立ち止まったことによってするりと抜けた。
「それに、あゆむも、ももちゃんに勘違いされる」
「勘違い? 何を」
「嫉妬されたら、色々面倒」
「嫉妬? なんで……」
あ、そっか。
私達が付き合ってると勘違いしてるんだ。
「違うよ。私ももちゃんと付き合ってなんかいないよ」
手を握り返そうとしたら、避けられた。
「……」
やすはに見つめられて照れくさくなりながらも、負けじと見つめ返した。
「女の子だから?」
やすは言った。
「ももちゃんは友だちだから」
私はそう返した。
夢を見ていた。
夢の中を歩いているみたいだった。
そう思って、ここ何日か過ごした。
「みやちゃんも友だち。離れることもあるけど、いつまでも友だちだよ」
叶わぬ夢かもと思いながら。
夢なら、いつかたどりつくかとも。
「私は?」
「尊敬できる友だちだった」
「だった?」
やすはが小首を傾げる。
それは、あの写真で見た時と寸分違わぬ愛らしさがあった。
「でも、いつまでも離れたくない。どこにも行かないで欲しいし、誰の所にも行かないで欲しい。そういう自分勝手な想いがどんどん膨らんで……ごめん、坂本がいるのに迷惑なこと言うんだけど」
「……言うだけならタダだよ」
「えへへ、そうだよね」
私は少し背の高いやすはを見据えた。
そして、私は最後の後悔を口にした。
――――
―――
――
耳元でくしゃりと音がした。
うっすらと開いた瞼。
睫毛がからまっている。
ぼんやり見えてきたのは、見知らぬ部屋。
見知らぬ?
「ん……」
見知らぬ人。
「うえええ?!」
飛び起きた。
かけていたタオルケットがめくれ上がった。
見知らぬ人は、全裸だった。
女性。
白く陶器のような肌。
黒く癖のある髪。
ふと、自分も確認すると丸裸だった。
「ええ?!」
「あゆむ、どうしたの……」
どこか聞き覚えのある声。
見知らぬ人――ではない。
身体ごとこちらを向く。
何もかも包み隠さず見えてしまい、私は急いでタオルケットをかけ直した。
ぶわさッと風が舞う。
「けほッ……なに」
「あ、な、な」
小首を傾げた。
それは、愛らしく。
大人びた顔つき。
「ゆ、夢?」
すっと私の頬に手が伸びた。
ぐにぐにと容赦ない。
めちゃくちゃ痛い。
「寝ぼけてるの?」
「や、やすは」
「……うん」
「昔、小学5年の時、私に呪いかけた?」
「かけたよ……よく覚えてるね」
「不幸になるやつ?」
「うん……普通の人生歩めなくしてやるって」
彼女は笑って、私に啄むようにキスをしたのだった。
おわり
ありがとうございました
だいぶはしょってすいません
久しぶりにハッピーエンド……かな
乙
いきなり戻るのか
バタフライエフェクト1のハッピーエンド百合版みたいな?
あと、>>106だけど、多分「後者」が正しい?
おつ。
めっちゃ面白かった!
とりあえず乙。これで本当に終わりなのか…?
ここまで綿密に描写して来たのに終わり方だけ唐突というか雑な印象が残る。
もうちょっと小○生時代の話を長くしても良いし、現代に戻ってからのエピローグ的な
のでも良いし、とにかくその”はしょって”の部分をはしょらずにもうちょっと
長く書いてほしかった…
ちなみにバタフライエフェクトは見たことないです
ルート255という藤野千夜さんの小説を少し意識しました
>>119
>成立せず円満に終わった感じです
それは読み取れました
あと、あゆむの主観として「夜の公園」の直後が「2人の朝」でOK?
それとも、端折られてるけど「夜の公園」と「2人の朝」の間の出来事も体験してる?
>>121
間の出来事はあります
夜の公園→告白→OK→部屋に帰ってちょっといちゃいちゃして寝る→二人の朝(未来)
二人の朝で少しいちゃいちゃするので、↑のいちゃいちゃ飛ばしちゃいました
なん……だと……
せ、せめてみやちゃんと上林さんの後日談だけでも......
>>124
簡単に後日談を考えたので後は頼んだ
上林さんに対するみやちゃんのいじめは無くなった。
ただし、相変わらず、上林さんとは口喧嘩の絶えない関係が続いていた。
中学に上がって、二人は同じクラスになった。
みやちゃんは相変わらず、嫌いな人への態度がはっきりしていた。
上林さんは相変わらず孤立してしまう。
上林さんは中学に上がって、美人になって男子生徒から人気が出始めていた。
みやちゃんははっきりした性格のせいか男子からは嫌われていた。
男子にもてる上林さんをネタに、やはり喧嘩をふっかけるみやちゃん。
ある日、みやちゃんがノートが汚いと男子にケチをつけて、逆に怒鳴られる。
びびったみやちゃんだったけど、みやちゃんの周りの友人もみやちゃんが悪いので何も言えない。
上林さんがそれを見ていて、男子に対して謝れないみやちゃんの横に立ち、
一言「謝りなさいよ、あなたが悪いんでしょ」。
周りぽかんと上林さんを見る。みやちゃん、逆上して教室を出て行く。
みやちゃんの友だちも男子もそれを見送る。上林さん席に戻る。
やすはとあゆむがそれとなくいちゃいちゃしている所に、悔しそうに涙を浮かべて突撃するみやちゃん。
みやちゃん公認になった二人に、無言でヨシヨシとフォローされるみやちゃん。
ぽつぽつとみやちゃんが、反省の弁を述べる。
やすはが「そういう風に言ってくれる友だちを大事にしないと」と諭す。
「友だちじゃない」とみやちゃん。やすは「友だちでしょ」と応酬が始まる。
その頃、みやちゃんのいなくなった所で、みやちゃんと一緒だった子たちの陰口を上林さんが聞かされる。
なぜか、上林さんの株が上昇。上林さん特に陰口に参加することなく当たり障りなく教室を出る。
廊下で3人に出くわす上林さん。先ほどの陰口を思い出す上林さん。
みやちゃんは、少し冷静になっていて、やすはとあゆむに押されながら、感謝の言葉を述べる。
上林さん土下座を要求。口喧嘩勃発。
ただ、ケンカしながら上林さん心の中で笑う。
みやちゃんみたいに不器用な人間をいじる楽しみを覚えていた。
上林さんは、いつか自分に泣きついてくればいいのにと秘かに思っていた。
後日談 おわり
>>127
うん、何も考えてなかったけど、そう言われるとちょっと大人になった二人書きたくなってきたので、
このスレもうHTML申請出しちゃってるから新しくスレ立てます
げんきいっぱい5年3組 大人編 (オリジナル百合)
げんきいっぱい5年3組 大人編 (オリジナル百合) - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1465645344/)
立てました
何も考えてないのでのろのろ進んで唐突にまた終わると思いますご了承ください
やったぜ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません