【ごちうさ】チノ「千夜さんが、うちでバイトですか?」 (67)

下校中、道中

ココア「うーん、今日も一日よく寝た、じゃなくて、よく勉強したね!」

千夜「ええそうね、安らかな寝息だったわ」クス

ココア「うう……。休めるときに休むのが冒険者の鉄則だからね!」

ココア「そういえば、もう進路を考える時期なんだね。あっという間だよ~」

千夜「進路希望調査の締め切り、来週いっぱいよね」

ココア「千夜ちゃんは進学?それとも、早速お店を継ぐの?」

千夜「一応、進学しようかと思ってるの。経営には、いくら知識があっても邪魔にならないしね」


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千夜「ココアちゃんはどうするの?」

ココア「私は、街の国際バリスタ弁護士としてパンを焼く傍ら、小説を執筆しよう、なんて考えてたんだけどね」

千夜「あらあら、忙しいわね」

ココア「物理とか数学の方が得意だし、大学の理学部を目指すのもいいかなって」

千夜「そうなの?」

ココア「うん、チノちゃんたちの中学の近くの大学だったら、ちょうどいいんじゃないかと思ってるよ」

千夜「そう……あそこって確か、総合大学よね。私もそこにしようかしら」

ココア「そしたら、高校を卒業してもすぐ会えるね」

ココア「まだ希望調査だけど、ちゃんと考えなきゃね」

千夜「……ええ、そうね」

夕方、甘兎庵前

千夜(ココアちゃん、しっかり考えてるのね……)

千夜(ココアちゃんには、ああ言ったけど)

千夜(私も、ちゃんと考えないとね……)

千夜「あっ、シャロちゃん。おかえりなさい」

シャロ「ただいま」

千夜「シャロちゃん、後でシャロちゃんの家にあがってもいいかしら」

シャロ「いいけど……何か用?」

千夜「あら、特に用がなくても、シャロちゃんの声を聴いていたいこともあるわ」

シャロ「はいはい……。いつでもいいわよ」

千夜「環境音楽シャロちゃん」

シャロ「眠くなるって言いたいわけ?」

千夜「ヒーリング効果よ。じゃあ、後で行くわね」

夜、シャロ宅

シャロ「それで、話って何?」

千夜「大した話じゃないんだけどね……シャロちゃんって、卒業後の進路って確か、進学よね?」

シャロ「そうね、学費が免除されればだけどね。あんたもでしょ?」

千夜「ええ……」

千夜「私って、将来は甘兎を経営するって昔から言ってたじゃない」

シャロ「今更ね。物心ついたころから聞いてる気がするわ」

千夜「まさにそれなのよ」

千夜「もしかして、甘兎の経営しか、選択肢として考えていなかったんじゃないかと思って」

シャロ「毎日楽しそうに働いてるじゃない」

シャロ「新作を考えてるときなんて、羨ましいくらい生き生きしてるし。特に商品名を考えてるとき」

千夜「そうなんだけどね……」

千夜「なんだか、義務感でそう考えてるんじゃないかって気がしてきて……」

シャロ(千夜は、物事に真摯なのはいいところだけど、たまに考えすぎてしまうのよね……)

シャロ(うーん)

シャロ「それなら、似た立場の人に話してみたらいいんじゃないかしら」

千夜「似た立場?」

シャロ「ええ。チノちゃんなんていいんじゃない?」

シャロ「あるいは、全く違う立場の大人とか……青山さんは、自分で小説家として成功した訳でしょ」

シャロ「一人では結論が出ないことも、他の人が解決の糸口をくれることもあるわ」

シャロ「私だと、近すぎるかもしれないし」

千夜「そうかもしれないわね……」

千夜「善は急げね。早速電話してみるわ。ありがとう、シャロちゃん!」

千夜「おやすみなさい」

シャロ「おやすみ……慌ただしいわね」

シャロ「進路ねぇ……」

夜、ラビットハウス

ココア「チノちゃん、お風呂上がったよ~」

チノ「あ、はい。じゃあ、私も入ってきます」prrrrrrr

チノ「千夜さんから電話です」ピッ

チノ「もしもし、千夜さん」

千夜『こんばんわ、チノちゃん。今、時間あるかしら』

チノ「ええ、大丈夫です」

ココア「私も大丈夫だよ!」

チノ「ちょっとココアさん、うるさいです」

千夜『年上からこんな話されるのも困るかと思うんだけど、実は相談があって……』

千夜『その……チノちゃんって、将来はバリスタになりたいって、前に言ってたじゃない?』

チノ「ええ。ラビットハウスで働けたらと思ってます」

千夜「それって、いつごろからそう思ってたか、覚えてる?」

チノ「そうですね……実は、結構最近なんです」

チノ「もしかして、進路希望調査の話ですか?」

千夜『あら、ココアちゃんから聞いてた?』

チノ「ええ……先程、ココアさんとその話をしてたので」

千夜『そうなの。実は――』

チノ(千夜さんは、将来の夢だと思ってたものが、本当に自分の意志なのか不安になっているということでしょうか)

チノ「千夜さん、それなら今度、ラビットハウスで一日働いてみませんか?」

千夜『私がラビットハウスで?』

チノ「ええ。千夜さんは、これまで甘兎以外では、あまりバイトなどをしたことが無いのではありませんか?」

チノ「それに、帰宅部でしたよね?」

チノ「普段と違うことをしてみると、比較の対象ができて、判断しやすくなるかもしれません」

千夜『確かに……そうかもしれないわね』

千夜『じゃあ、明後日にでもどうかしら』

チノ「いいと思います。一応、父とも相談してみますね」

千夜「頼ってしまって申し訳ないわ……ありがとうね、チノちゃん」

チノ「いえ、いつもお世話になってますし、これくらい大丈夫です」

千夜『そう言ってもらえると、助かるわ。長話してしまってごめんなさいね。それじゃあ、おやすみなさい』

チノ「おやすみなさい」ピッ

チノ「ちょっとココアさん、静かになったと思ったら。私のベッドで寝ないでください」

ココア「チノちゃんの匂いがするな~。この香りをかぐと、アルファ波出まくりだよ」スーハー

チノ「ちょ、ちょっと、枕をかぐのはやめてください!」ユサユサ

ココア「えへへ、チノちゃんからボディタッチなんて、珍しいねぇ」

チノ「寝ぼけてないで起きてください」

ココア「ところで、何の話だったの?」

チノ「それがですね――」

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二日後、ラビットハウス

千夜(今日はラビットハウスでバイトする日。クリスマス以来ね)

千夜(ココアちゃんとリゼちゃんは、なぜか入れ替わりに甘兎庵を手伝ってくれることになったわ)

千夜(チノちゃんの職業体験と逆ね。がんばらないと)

千夜「こんにちは」カラン

チノ「いらっしゃいませ、千夜さん。今日はよろしくお願いします」

ティッピー「甘兎と共闘とは。チノ、油断するでないぞ」

チノ「おじいちゃん、うるさいです」

千夜「こちらこそよろしくね。ココアちゃんとリゼちゃんには、なぜか甘兎に来てもらって、申し訳ないわ」

チノ「等価交換です」

千夜「私、一人なんだけど……」

チノ「いえ、ココアさんは十分の一人前くらいなので、大体等価です」

千夜「辛辣だわ……」

千夜「……いつもラビットハウスごっこしてるんだもの。チノちゃんを寂しくさせたりしないわ!」

千夜「ココアちゃん流日向ぼっこだって、こなしてみせるわ!」

チノ「普通に働いていただければ、結構です」

千夜「また、ホットココアが大量生産されるのかしら」クス

チノ「そ……そんなミスはもうしませんよ!」

チノ「着替えはこちらです。制服はお好きな方をどうぞ」

千夜「ええ、ありがとう」

チノ「伝票の取り方はこんな感じです」

千夜「メニュー早く覚えなきゃね」

千夜「あ、メニューの改名したくなったら、いつでも言ってね?」

チノ「それだとなんだか、甘兎に吸収されるみたいですね。他に、何か聞きたいことはありますか?」

千夜「ロッカーでこんなものを見つけたんだけど」

千夜「後学のために、銃の正しい構え方が知りたいわ」ガチャ

チノ「それは、リゼさんに聞いてください」

ティッピー「またそんなものをロッカーに入れっぱなしにしおって!」

千夜「誰かに、一対一で説明してもらうのって好きなのよ」

チノ「そうなんですか?」

千夜「ええ。説明って、それなりに丁寧に、考えながら話すでしょう?」

千夜「それも、私のためだけに。なんだか贅沢というか、得難いもののような気がするし」

千夜「それに、好きな人の声なら、ずっと聴いていたいわ」

千夜「逆に、鼻歌とかも好きよ」

チノ「なんだか、眠る前の読み聞かせみたいですね」

千夜「ちょっと子供っぽいかしら」

チノ「いえ、その気持ちは少しわかります。優しい声は、その振動自体に心地良さがあります」

千夜「チノちゃんは誰の声が安心するの?やっぱりお父さん?」ピッ

チノ「千夜さんは、シャロの声がやっぱり落ち着きますか?」

千夜「長い付き合いだしね。……それとも、ココアちゃんなのかしら?」

チノ「……確かに最近は、あのやかましさがかえって落ち着く、かもしれませんね」ピッ

チノ「?」

千夜「今のセリフを録音してみたんだけど」

チノ「え!?……け、消してください!」

千夜「ココアちゃんへのお土産ができたわ」

チノ「何とか権の侵害ですよ」

千夜「ふふ、冗談よ」

千夜「ココアちゃんはきっと、録音なんかより、実際に聞く方が好きだと思うわ」

チノ「……そうかもしれませんね」

千夜「でも送るわ」ピッ

チノ「千夜さん!なんてことを!」

千夜「嘘よ、今のは削除した音なの」

チノ「そ、そうでしたか」

千夜(本当は残してあるけどね)

千夜「そろそろ開店?」

チノ「あ、そうですね。平日はお客様は多くないと思いますけど、わからないことがあったら声かけてください」

千夜「かしこまりました、マンデリン・カロシとモカチーノをひとつずつですね。少々お待ちください」

千夜「お待たせしました。こちら、サンドイッチとキリマンジャロです」

千夜「二名様ですね、こちらへどうぞ」

千夜「お会計、540円になります」

チノ「千夜さん初日とは思えない働きぶりですね」

ティッピー「悔しいが、手際が良くハキハキしておるのぉ。敵ながら見事じゃ」

チノ「ずっといてほしい……」キラキラ

ティッピー「なぬ!?」

千夜「おばあちゃん、ブレンドひとつお願いします!」

チノ「お、おばあちゃん!?……確かに大人びてるとは言われますが、お姉さん、おばさんを通り越して……」

千夜「あ、あの……ごめんなさい。ついいつもの癖で」

チノ「いえ、わかってますよ。今淹れるので、少し待ってくださいね」クス

千夜「あ、えっと……あっちのテーブル片づけてくるわね!」

千夜「ありがとうございました」

客「また来るわ」カラン

チノ「今ならお客様もいませんし、少し休憩してください」

千夜「ええ、ありがとう」

千夜「そういえば、新メニューを考えてみたの」

チノ「新メニュー?」

千夜「名前は思案中なんだけど……ロシアンコーヒーなんてどうかしら」

チノ「それって、卵黄を加えたコーヒーの方じゃなくて、ロシアンルーレットの方ですよね」

千夜「外れはホット麺つゆよ」

チノ「危ないじゃないですか!最悪死にます!」

千夜「食事の方でも考えてみたんだけど」

チノ「食べ物で遊ばない方針でお願いします」

千夜「ロシアンスパゲティなんだけど」

チノ「それもロシア風じゃなくて、ルーレットの方ですよね」

千夜「五本の麺からできていて」

チノ「一本が長すぎませんか?からまってそうだし」

千夜「イカスミなんだけど」

チノ「それはまだ出したことないですね」

千夜「一本だけ針金」

チノ「もはや、食べ物じゃないです」

千夜「ちゃんと塗装するし、うまく曲げるわ」

チノ「より悪質ですよ!」

千夜「冗談よ」

チノ「お客様に訴えられますよ」

千夜「本当は、一本だけゆでる前の状態」

チノ「一本だけ真っすぐだから丸わかり!」

チノ「一旦、ロシアンルーレットから離れましょう」

千夜「そうねぇ……難題ね」

チノ「普通だと思いますが……」

千夜「あずきトーストなんてどうかしら」

千夜「朝食でたまにするんだけど、甘兎の自家製あずきをトーストに乗せるの」

チノ「あ、それいいですね。コーヒーに合いそうです」

千夜「ラビットハウスさんと、またコラボしたいわ」

チノ「今回は、ココアさんも巻き込まれてますね」

青山「こんにちは~」カラン

千夜「いらっしゃいませ」

青山「あら、今日はこちらでお仕事なんですね」

千夜「ええ、スパイなんです」

青山「あらまあ」

ティッピー「なんじゃと!」

千夜「実は、本当はラビットハウスの従業員で、二重スパイをしてるんです」

千夜「ココアちゃんとリゼちゃんが今、人質にとられていて……」

青山「チノさんは、本当は甘兎庵からのスパイだったりするんですか?」

チノ「ややこしいことに……」

青山「ブルーマウンテンをひとつお願いします~」

千夜「青山さんは、チノちゃんのおじいさんに読んでもらいたくて、小説を書き続けて小説家になったんですよね」

青山「ええ、そうですよ」

千夜「じゃあ、最初に小説を書いたのは、何故ですか?」

青山「私が小説を選んだ理由ですか?」

青山「そうですね~」

青山「やはり、読んでいただいて、共感して頂けるのは嬉しいですね」

青山「そういえば、最近調べ物をしていたんですけど~」

青山「例えば、私と千夜さんやチノさんとの、DNAの違いってどのくらいだかわかりますか?」

チノ「DNA……ですか?確か、生命の設計図ですよね。想像もつきません」

青山「全体の約0.2%だそうです。そして、ヒトとある種のお猿さんとは1%程度なのだとか」

青山「遺伝子というのは、いわば文字列のようなものです。それも、たった四種類の」

青山「正確にはもっと複雑ですが、おおむね四種類の文字の組み合わせの、ほんの少しの違いで」

青山「こんなにも違った生き物に成長する」

青山「そして、違いを許容して共存できるなんて、不思議ですね」

青山「その神秘性を、私も体験してみたいのかもしれませんね~」

真手「私も、先生の神秘的な文章をぜひ読んでみたいです!」

青山「あ、あら、いつの間に」

真手「一説によると、生命は深海、高圧下で生まれたそうです」

青山「私は原初の生命でないので、高圧下では死んでしまいます~」

真手「そろそろ締め切りですよ。レッツ缶詰めです!」ガシッ

青山「あ~、スープになってしまいます~」ズルズル

チノ「行ってしまいました……」

千夜「働くって、大変なのね……」

ティッピー「やれやれじゃのう」

夕方、ラビットハウス

チノ「お疲れ様でした。今日はこのくらいにしましょう」

千夜「チノちゃん、お疲れ様でした。なんだか新鮮だったわ」

チノ「参考になれば、なによりです。ところで、結構雨脚が強くなってきましたね」

千夜「そうね……今晩は降り止まないみたい」

チノ「ここから千夜さんの家は少し歩きますし、今日は泊まっていきませんか?幸い明日は休日です」

チノ「それに、先程メールがあったのですが、ココアさんとリゼさんも、シャロさんの家に泊まるそうです」

千夜「それなら、お言葉に甘えようかしら。家に電話してみるわね」

千夜「チノちゃんとお泊りなんて、妹ができたみたいで嬉しいわ」

チノ「なんだかココアさんみたいですね。それに、千夜さんはどちらかというと……」

千夜「どちらかというと?」

チノ「お母さん?」

千夜「チノちゃん、さっきのこと怒ってる?」

チノ「いえ、前から思ってました」

千夜「そ、そう。昔からそう言われることが多かったけど……」

千夜「やっぱり私って老けてるの……?」ガーン

チノ「い、いえ。いつもシャロさんやココアさんを手のひらの上で転がす感じが、なんというか……」

千夜「老けていて、悪女……」

チノ「そういうつもりでは……。そうだ、一緒に晩御飯を作りましょう、お母さん」

千夜「きっとそのうち、あだ名が団地妻とかになるんだわー!」

チノ「じょ、冗談です。千夜さん、手伝ってくれませんか?千夜さんの鮮やかな包丁さばき、見たいです」

千夜「ええ、そうね。娘の頼みは断れないわ」キリッ

チノ(立ち直った)

夜、チノの部屋

千夜「チノちゃんとチェスなんて、みんなで温泉に行ったのを思い出すわ」

チノ「そうですね……あの時は、外野がやかましかったですが」

千夜「チェスも将棋も随分昔からあるけど、未だ、解明され尽くされることはないのよね。曰く、将棋は宇宙だとか何とか」

チノ「日々新たな戦術が開発されています。プロの方の頭の中を見てみたいですね」

千夜「新キャラとか登場しないのに、すごいわよね」

チノ「変則ルールはたくさんありますけどね。宇宙将棋なんてのもあるみたいですよ」

チノ(先程のお風呂でも思いましたが、どうやったら千夜さんみたいに成長できるんでしょうか、色々と……)

チノ「千夜さんは、牛乳は好きですか?」

千夜「ええ、好きよ。シャロちゃんにも毎朝飲ませようとしてるんだけど、嫌がるのよね」

チノ(牛乳……効果アリかもしれません)

チノ「これが終わったら、ミルクココア淹れますね」

千夜「あら、ココアシック?」

チノ「いえ、姉越えの儀式です」

千夜「姉として認めてるのね」

チノ「違っ……言葉の綾です!」

チノ「千夜さんは意地悪です」

チノ「チェック」

千夜「あらあら」

チノ「全く……」prrrrrr

チノ「あ、ココアさんから電話です」

千夜(口元が緩んでるわ、気付いてなさそうだけど)

チノ「すみません、ちょっと失礼します」

千夜「ゆっくり話してちょうだい」

チノ「もしもし、ココアさんですか?」

ココア『チノちゃん!元気?』

チノ「ええ、元気です」

千夜「私も元気よ!」

チノ「千夜さん、少し静かにしてください」

ココア『ごはんはちゃんと食べてる?よく眠れてる?』

チノ「そんな、我が子が手元を離れた母親みたいなことを……。晩御飯は食べましたし、寝るのはこれからです」

ココア『寂しかったら、私のベッドで寝ていいからね!』

チノ「いえ、千夜さんがいるので結構です」

ココア『むむむ……やっぱり千夜ちゃんに、妹を取られてる気がするよ』

チノ「私に姉はいませんが……」

ココア『チノちゃんは、私と一緒じゃないと眠れないのに、今日は大丈夫なのかな~?』

チノ「わ、私とココアさんはいつも別のベッドで寝てるじゃないですか」

ココア『いつもはあんなに甘えん坊なのに……』

チノ「違うって言ってるじゃないですか!ああ、向こうであらぬ誤解が……」

ココア『えへへ……うまくいってそうだね、安心した』

チノ「ええ、大丈夫です。あと、誤解はちゃんと説明しておいてください」

ココア『誤解?はて、何のことかな~。おやすみ!』

チノ「おやすみなさい」ピッ

千夜「ふふ」

チノ「な、なんでしょうか」

千夜「そういう顔も、ココアちゃんに見せてあげたらいいんじゃないかしら?」

チノ「私はいつも通りですよ、多分」

千夜「そうね」ニコ

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チノ「どうぞ、カプチーノです」

千夜(ココアじゃないのね)クス

千夜「いい香りね。眠れなくならないかしら」

チノ「最近、カフェインを含まない種類が実用化されたので、お店で出せるか試しに買ってみたんです」

千夜「科学の力ってすごいのね」

チノ「あの……」

チノ「私が、バリスタを目指す理由……まだ、詳しくは話してませんでしたよね」

千夜「そうね、もしよかったら聞かせてくれるかしら」

チノ「祖父を尊敬しているとは言いましたが、それだけではないんです」

チノ「中学に入る少し前に、祖父が亡くなりました」

チノ(まぁ、ウサギになってしまっているんですが、それでも)

チノ「母も亡くしてますが……やはり、何度目でも慣れません」

チノ「慣れてしまう方が、怖いですが」

チノ「落ち込んでいる私に、父がブレンドコーヒーを一杯入れてくれたんです」

チノ「実は、それより前は、淹れるのは見てても、実際にコーヒーを飲んだことはほとんどなかったんです」

チノ「慣れ親しんだ香りで、ちょっとすっぱくて、染みるように苦くて、ミルクが優しい……」

チノ「そして、なぜだか懐かしい。そんな味でした」

チノ「その後、色々と試してみましたが、あの時のコーヒーは再現できませんでした」

チノ「あれはもう、父にも淹れることはできないと思います」

チノ「それでも、いつかあんなコーヒーをお客様にお出しできたら」

チノ「それが今の私の目標です」

千夜「そうなの……」

千夜(……誰かのため、ね)

千夜「チノちゃんならきっといつか、人に寄り添うコーヒーが淹れられるわ」

チノ「そうでしょうか……ありがとうございます」

チノ「千夜さんは、甘兎での仕事のどういう部分が好きなんですか?」

千夜「そうね……、たくさんあるけど、自分の考えた和菓子をおいしそうに食べてくれているお客様を見ると」

千夜「なんというか、少し安心するわ」

チノ「安心、ですか?」

千夜「ええ……。自分が働くことが許容されているというか、居てもいいんだって気がする」

千夜「笑顔のお客様をみると、救われるわ」

千夜「もちろん和菓子自体も大好きなんだけどね」

千夜「でもそれって、本当にお客様に、あるいは和菓子に向き合うことなのかって、疑問になってきちゃって」

千夜「甘兎に生まれた以上、常にあった選択肢を」

千夜「つまり、和菓子作り、あるいは食べていただけるお客様を」

千夜「ただ自分を満たすためだけに利用しているような気がしてしまって」

千夜「和菓子以外の選択肢を探すのを億劫がって、妥協しているのではないかって」

千夜「そんなことを考えると、今まで甘兎でしてきたことが、あるいは私自身が、急に空虚に感じられたの」

千夜「本当なら考えなきゃいけない他のことを、考えない怠惰の免罪符として、夢を追いかける姿勢を用いていたのではないか」

千夜「あるいは、虚ろな自己顕示欲のために、手っ取り早い方法として利用していなかったか」

千夜「もちろん、完全に利他的であるだけでは商売はできないと思うけど……」

千夜「商品名なんかもそうよね……独りよがりだったのかも」

チノ「あれは、味があっていいと思いますが」

千夜「それでも、甘兎から離れるなんて、考えられない」

千夜「このことについては、きっとすぐには答えが出ない、というか、出さないようにしようと思うの」

千夜「でも、チノちゃんたちのお話を聞いて、少し違う観点から考えられそうだわ」

千夜「だから、もう少し一人で考えて、自分で決めてみるわ」

千夜「今日はラビットハウスさんで働けて、本当によかったと思ってるの。ありがとう」

チノ「そうですか。そういってもらえると嬉しいです」

チノ「……今日は、千夜さんの色んな表情がみられました」

チノ「はじめはちょっと緊張した様子でしたが、いざ仕事が始まると凛々しい。でも、ちょっとドジなところもあって」

チノ「急に悲観的になったかと思えば、私をからかってくる」

チノ「そして、冷静な分析ができる」

チノ「自分にそっくりな人は三人いる、なんて言いますが」

チノ「私にとって千夜さんは、目の前の千夜さん一人です」

チノ「千夜さんならきっと、千夜さんにしかできない素敵な選択ができます」ニコ

千夜「チノちゃん……」グス

チノ「ち、千夜さん、どうかしましたか?」

千夜「ええ……」ポロポロ

千夜「正直、この話をしたら幻滅されるんじゃないかと思ってたから」

千夜「優しくしてもらって安心したら、つい涙が……」

チノ「え、えっと」

千夜「年上なのに、ごめんね。情けなくて……」ポロポロ

いっきに書き上げるんだな

チノ(こういう時、ココアさんなら……)

チノ「……えいっ」ダキッ

千夜(あったかい……)

チノ「よしよし」

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千夜「……ありがとう、チノちゃん。もう大丈夫よ」

チノ「そうですか」

千夜「そういえば、チノちゃんってコーヒー占いできたわよね」

千夜「もしよかったら占ってもらえないかしら?私の、これからについて」

チノ「私が当てられるのは、明日の運勢くらいで……」

千夜「試しに一度だけ……ダメ?」

チノ「ティッピーなら……」

千夜「チノちゃんがいいの」

チノ「……そうですね、では、カップの底を見せて下さい――」

深夜、バー

ティッピー「そういえば、チノとココアが昨日、進路の話をしておったのう」

ティッピー「チノはこの店を継ぎたいと言っておったが」

タカヒロ「そうか……」

タカヒロ「昔読んだ小説で、たまたまできた最高のカクテルを再現しようとする話があった」

タカヒロ「様々な検討の結果、再現のために本当に必要だったものは……」

ティッピー「水、じゃろ」

タカヒロ「そうだ」

タカヒロ「決断は、早ければよいものでもない」

タカヒロ「チノは幸いにも、人に恵まれている」

タカヒロ「大人になったチノは、きっといい選択をするだろう」

ティッピー「わしらは、それを見守るだけじゃな」

タカヒロ「親父も、見守ってられるといいが」

ティッピー「なんじゃと!ひ孫を見るまではがんばるぞ!」

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朝、チノの部屋

千夜(よく寝たわ……本当にカフェインレスだったのね)

千夜(チノちゃん、まだ寝てるわ。起こしたら悪いかしら)

千夜(普段は澄ましてるけど、寝顔はあどけないわ。かわいい……)

千夜(ココアちゃんがずっと見ていたいって言ってたのも、わかる気がするわ)

千夜(でも昨日は、むしろチノちゃんが私のお姉さんみたいだったわね……)

千夜「……」ナデ

チノ「んん……」

千夜「あっ、起きちゃった。おはよう、チノちゃん」

チノ「おはようございます、お母さん……」

千夜「ふふ、早起きな娘で嬉しいわ」

チノ「?……あ、あの!今のは言い間違いで!」

千夜「かわいい娘ができるって占いは、早速当たったわね」

チノ「うう、違うんです……」

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後日、シャロ宅

シャロ「……それで、この大量の和菓子は?」

千夜「チノちゃんに触発されて、新作を考えてみたの」

シャロ「加減を考えなさいよ!……あ、これコーヒー風味ね」

千夜「カフェインレスだから、大丈夫よ」

シャロ「なら安心ね。これ、甘さが控えめでおいしいわ」

シャロ(千夜も、もう大丈夫そうね)モグモグ

千夜「……」ジー

シャロ「そんなに見つめられると、食べにくいんだけど……」

千夜「昔、私が作るのを失敗した和菓子を、食べてもらったことがあったわよね」

千夜「『これからは成功でも失敗でも、私の所へ持ってきなさい。皆食べちゃうから』なんて」

シャロ「そうだったかしら」

千夜「その後、おなか壊しちゃったのよね」

シャロ「それは覚えてるわ。あの頃からあんたは手加減ないわね……」

シャロ「あ、このトーストおいしいわ。でも、お菓子というより軽食ね」

千夜「シャロちゃんも、あの頃から変わらないわ」

シャロ「食い意地張ってるってこと?……あ、幼児体形ってこと!?」

千夜「ふふ……すごく嬉しかったのよ」

シャロ「そ、そう。よかったわね」

千夜「あれから、少しは上達したかしら」

シャロ「私はもう食べすぎてるから、わからないわ。お客さんに聞きなさい」

千夜「ええ、そうね」ニコ



『香風家流コーヒー占い初級編:カプチーノ』

おしまい

おまけ

ココア「チノちゃん、帳簿のチェック?」

チノ「ええ、まだつけるのは父で、私は眺めるだけですが」

ココア「千夜ちゃんとはどうだった?」

チノ「やはり、等価でした」

ココア「等価?」

ココア「まあでも、今日の千夜ちゃんの様子を見たら、母性をくすぐって自信を持たせる作戦は成功だったみたいだね」

チノ「私はいつも通りでしたが……元気になったのであれば、何よりです」

ココア「ところで、チノちゃん!!」

チノ「な、なんでしょう、ココアさん」

ココア「チノちゃんって、私の声をそんな風に思ってくれてたんだね!」

チノ「えっ……」

チノ「あ!千夜さんから例の音声ファイルをもらいましたね!」

ココア「今日から寝る前に、本を読んであげるからね」

チノ「結構です。……ココアさんは早く寝て、ちゃんと一人で起きてください」

ココア「今夜は、この『田舎の学校の怪談:恐怖のウサギ小屋編』からひとつ……」

チノ「眠れなくなるじゃないですか!やめてください!」

おしまい

乙ー

おつ

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