シェアハウス (オリジナル百合) (45)
百合 エロ
たぶんサイコホラー
胸くそ注意
泣き虫って、目元に黒子ができるらしい。
私はできなかったけど。
第一印象ではしっかりしているとよく言われる。
悲しいこと、嬉しいこと、褒められること、怒られること、なんでもないこと。
心の琴線に引っかかれば、とにかく目元は潤った。
小学3年生の時。
鼻を真っ赤にさせて、沢山ティッシュを使った。
友達の家の。
その日は、友達のペットの老犬が死んでしまった日だった。
帰り道に友達の母親から知らせを受けて、帰りつく前に視界が歪んで前を歩けなくなってしまった。
浮き袋になるんじゃないかと言うくらい、体中の水分を出しきった。
『よく泣くよね。妻鳥さんが泣くことなくことないのに』
『ッ……だってッ』
『モネ、苦しまずに死んだそうだから』
『うッ……モネ』
そのまま、泣き疲れて、寝た。
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中学2年生の時。
最愛のおばあちゃんが糖尿と肺炎をこじらせて死んでしまった。
ベッドに横たわって、食べた物を吐き出して、痙攣する姿を見たのが最後だった。
その日、友達と宿題をするために、
母屋の客間で教科書を開いていた。
慌ただしい廊下の音。
おばあちゃんがおばちゃんがという混乱する母の声。
不思議に思い、友達と一緒におばあちゃんの住む離れへ。
ショッキングなおばあちゃんの姿を見て、
恐怖と遅れてやってき哀しみから涙を流した。
『妻鳥さん……』
『おばあちゃんッ……おばあちゃんッ……』
『大丈夫ッ、妻鳥さんのおばあちゃん、さっきまで元気だったじゃない』
『うッ……あああ――ッ』
そのまま、友達の腕にしがみついて、寝た。
友達の愛犬もおばあちゃんも灰になり空に舞い、季節は巡り。
社会人一年目の春。
最後の荷物を車に詰め込み、ついに、念願の一人暮らし。
会社に近いアパートに引っ越すことになった。
会社と言うのは市をまたいだ所にある。
実家からはけっこう遠い。
『妻鳥』
『なに』
『今日から一人暮らしだね』
『……ッ』
『もう泣くの?』
『寂しいんだもん……』
『妻鳥と離れて寂しいのは私も一緒』
友達は私の目元をハンカチで拭ってくれた。
『もう、こうやってできなくなるのは嫌だな』
笑う。
『私、一人でどうやって泣いたらいいのか……わからないよ』
友達は、また笑った。
『いつも一緒だから』
駅のホームまで送ってくれた。
忙しい両親は来れなくても、友達はずっと手を振ってくれていた。
でも、それから、友達とは連絡がつかなくなった。
一人暮らしの拠点を一緒に探してくれたのも友達だった。
部屋の家具家電を一緒に選んでくれたのも友達だった。
アパートを管理している不動産屋さんに挨拶して、
鍵と契約書を受け取った時、真剣に、共稼ぎすることまで考えてくれてたのに。
仕事初日、神経をすり減らして、帰宅。
電話をかけるも、友達は出ない。
心細くて、実家に帰ろうかとも思った。
泣くのを我慢することはできなかったので、
友達に話したかった、聞いて欲しかった、あらゆること。
携帯を変えたのか。
友達は引きこもりがちの妹と二人でアパートに住んでる。
友達も、仕事始めでこちらにかまう暇がないのかも。
眠くて目を開けてられないのでまた明日
乙
続きも楽しみにしてる
しょうがないので、自宅の方に電話した。
電話に出たのは、妹の方だった。
「あ、もしもし……祭ちゃん?」
『……』
桃ちゃんは電話には出てくれる。
けれど、喋る声は全く聞こえない。
昔から、そう。
ちょっと不気味。
友達が言うには、中学で引きこもり始めてからずっとそうらしい。
『……』
かすかに息を吐く音。
何か、喋っている気がするのだけど分からない。
「お姉ちゃん、いますか?」
友達の名前に反応して、電話越しに息を飲む音が聞こえた。
いるのか、いないのか。
暫く待ってみたけど、いっこうに返事がない。
「変わってもらっていい?」
『……』
何か、聞こえた。
気のせいかな。
風の音かな。
窓は閉めたはず。
後ろを振り返る。
閉めてるよね。
『……いやあ』
猫のような濁声が耳をぞわりと貫いた。
思わず取り落としそうになった携帯を無意識に耳から離した。
プッ。
通話が途絶えた。
「なに……?」
私はその晩、妹の声を初めて聞いた。
桃ちゃんは写真では見たことある。
長い黒髪のお人形のような白い肌。
写真では目を閉じてしまっていた。
実際に話したことはなく、友達を介してしか知らない。
人と話すことが苦手なのかな。
それとも、めんどくさいのかも。
祭ちゃんとは正反対。
二人の両親が突然蒸発してしまったから無理ないのかも。
子育てが嫌になったんじゃないかって、
二人の親戚は考えてる。
祭ちゃんはそれについては何も言わなかった。
もちろん、桃ちゃんも。
根本的な部分は似てるんだと思う。
その夜、隣の家の洗濯機がごうんごうんとよく回っていた。
暴力的なその音にびくつきながら私はため息を吐く。
一人暮らし一日目は、切れの悪いスタートだった。
それから1ヶ月が経った。
仕事が終わってから、私はアパートの契約を仲介していた不動産屋に向かっていた。
アパートの契約書類には下水道代無料とうたっていたのだが、
蓋を開けてみると、下水道もしっかり口座から落とされていたのだ。
どうも、不動産屋は今もこのアパートは浄化槽を使っていて、下水道は完備されてないと勘違いしていたようだ。
明らかに、不動産屋の確認不備だった。
水道料金はこの街に引っ越して来てすぐ水道局に行って手続きをしたので、
新しく開設した地方銀行の口座からしっかり引き落としされていて、
公務員の父に言わせれば、税金を払うのは国民の義務だからなあ、ということで文句を言うだけに止まった。
もやもやとさせられ、私はその不動産屋さんについてネットの口コミを調べた。
別段、何か不祥事をしたとういうことはなかった。
ただ、格安賃貸を取り扱っているということもあって、
年代物の木造アパートが多い。
この部屋も、2LDKなのにかなりお得な値段で借りることができている。
ひとえに古いからだ。
だから、天井についている物置用の扉が開かないとか、畳がへこんでるとかということに対しても、
私は一切気にしてはいない。気にはしてないから。
仕事も夜遅くに帰ることが多くて、直してもらうような時間もなかなか取れなかった。
眠いのでここまで
乙
住めば都とはよく言ったもので、確かに2ヶ月くらい経つとだいぶ慣れてきて、
帰って明かりをつけて部屋の広さを実感しては、それなりにほっとするくらいにはなった。
親が送ってくれたレトルト食品やインスタント食品は、
今まであまり手を出したことはなかったけれど、
慣れれば食べきるのは早かった。
きっと無意識に食べてしまってる。
仕事のストレスとかのせい。
寝てる間に食べてるんだきっと。
仕事を始めたばかりの最初の休日は、やたら家事にいそしんだのに、
今じゃ必要最低限のことしかしていない。
一日中パソコンと睨めっこしてくたびれた体は、すぐに横になりたがった。
仕事。
休日。
仕事。
休日。
日々はそんな風に過ぎていった。
とある休日。
食料を調達しようといそいそと身支度して、
近所の人しか集まらなさそうな産直市に出かけた。
大きな袋に野菜を一杯詰め込んでアパートの階段を登る。
鉄筋のカンカンと響く音が、上から聞こえた。
同じ階の人だ。
目が合い、会釈しようとしてはにかむ。
あちらも遠慮がちに顔を下げてくれた。
ふわっと柔らかい匂い。
作業服に包まれたいかつい男性だったので、私は振り返ってしまった。
と、彼も振り返ってこちらを見ていた。
わ。
恥ずかしくなって、私はぎこちなく首を下げた。
40代くらいのおじさん。
一人暮らしかな。
何か、顔についてたのかな。
それとも、変な匂いさせてたのかな。
袖口を匂っても自分では分からない。
全く何の理由か分からないけど、変な女のレッテルを張られてしまってたら嫌だな。
あ、もしかしてこの大荷物のせいだったのかも。
確かに10人分くらいは買いこんだし。
なんて、そんなどうでもいい摩擦に心をすり減らした。
朝はパン食。
昼は社員食堂。
夜は和食。
という食のリズムが整い始めた頃、ふいに台所に立っている時にそれはやってきた。
部屋の中には自分一人しかいない。
家族は離れた所にいる。
隣にいるのは、名前も知らないおじさん。
仕事もそこそこ慣れてきて、家事との両立もできるようになって。
なんでこんなに頑張っているのか。
そんな疑問。
楽しい人生を送るため。
こんなこと考えだしだら、なんでご飯食べるのかってことまで考えないといけない。
詰まる所、5月病なんて言われるものだった。
寂しい症候群。
緊張の糸が、ふっと切れた。
胸のあたりがそわそわしてきた。
友達の笑った顔が思い浮かんで、携帯ですぐに電話をかけた。
「……なんで、出てくれないの」
目元を抑える。
一人暮らしは楽しいけど、何でも自由にできるけど、
頑張る自分を上手く保てない。
こんな時に、励まして欲しい。
我がままなのは分かってる。
「祭ちゃん……寂しいよ」
膝に顔を埋める。
一人で泣いても虚しいから。
泣くのは祭ちゃんの胸の中だけって決めてたのに。
こっちに引っ越して、彼女の声すら聞けてない。
おかしい。
むしろ、彼女に何かあったんじゃないかと思う方が自然だ。
自分のことばかり考えていたけど、祭ちゃんは元気にしてるのだろうか。
連休が過ぎ去った頃には、どうしても祭ちゃんに会いたくなってしまっていた。
連絡はやはり通じなかった。
突然行ったら驚くだろうけど。
病気で入院中とかでなければそれだけでも――。
電車に揺られながら、祭ちゃんが元気でいてくれればそれでいいと自分に言い聞かせた。
先に実家の方へ顔を出した。
「え? 祭ちゃんお引越ししたんじゃないの?」
「うそ。初耳だよ」
「トラックが来て荷物とか積み込んでたわよ。お母さんも、ちゃんと見たわけじゃないんけど」
「だって……」
この間、妹と電話で話したのに。
話と言うには、交わす言葉すら無いに等しかったけど。
私の両親は祭ちゃんの両親とはあまりうまが合わなかった。でも、祭ちゃんのことは可愛がってくれていた。
私が家を出た後も二人ぼっちで大きな家に住んでいる祭ちゃんと桃ちゃんの様子を見に行ってくれてたみたい。
時折、黒い車が家の前に止まっていたって。
たぶん、親戚だと母は言っていて。
二人を引き取ったんじゃないのかって話しをして、そんなまさか、と私は急いで祭ちゃんの家に行った。
地元で就職して、妹と暮らすって話を聞いたのは、確か高校生の時だった。
お昼休みにお弁当を食べながら、将来について冗談混じりに話していた。
『おばあちゃんになっても友達でいたいよねえ』
『いいけど、妻鳥は地元で結婚するの?』
『分からないけど、祭ちゃんのいる所で結婚したい』
『じゃあ、私、妹と二人、ここで暫く頑張るから。妻鳥もいてよ』
『はーい。ずっと一緒が良いなあ』
『ほんとに』
ただの口約束だ。
なんの効力もない友達同士の口約束。
でも、祭ちゃんと交わした約束は全部本気。
本気だったんだよ。
「お母さんも何度もインターホンを鳴らしたけど、出なかったわ。お家はまだ売り払ってないみたいだけど」
憶測ばかりで全く真実味の無い母の言葉を背に受けながら、私は急いで玄関を飛び出した。
年代物のバイクにまたがって彼女の家へと向かう。
5分くらいで彼女の家の庭木が見えた。
適当にバイクを止めて、インターホンに駆け寄った。
押しても、音は鳴らない。
赤いランプも点灯しない。
「なんで……」
去年まで、普通に使っていたのに。
家はこざっぱりしていたし、カーテンだって物干しざおだってある。
でも、真っ暗だ。
祭ちゃんは仕事で出かけてるんだって信じたい。
桃ちゃんは家で引きこもってるって信じたい。
「そうだ。裏口」
北側に回って、裏の勝手口の取っ手に手をかけた。
やはり、開かない。
不法侵入で、近所の人に不審がられてしまうかもしれない。
びくつきながら、何度か取っ手をいじった。
「もし」
その声に、私は飛び上がった。
「あッ」
隣の塀から茶髪と白髪の混ざったおばちゃんが盆栽をいじりながらこっちを見ていた。
昔、何度か見たような。随分と老けたからすぐにはわからなかったけど。
「あ、あの」
「嬢ちゃん、もうその家だーれもすんどらんよ」
「え」
私はすぐには納得できず、聞き返してしまった。
「住んでないんですか?」
「そうよ。嬢ちゃん、たまーにここに遊びに来よった子やろ? 知らんの?」
知らない。
「は、はい」
「そお。それは、残念やったなあ」
「いつ引っ越したんですか?」
「さあ、気が付いたら、もうおらんなっとったから……回覧板が回ってこんと思ったら誰もおらんかったって」
「……そんな」
「夜逃げでもしたんじゃなかろか。けっこう借金抱えとったって話だったもんで」
「親戚の家に引き取られたんじゃ」
「親戚? そんな感じの人は見んかったけどなあ。怖そうなお兄さんが入っていくのは見たけど。噂の火種はそれやろうな」
急にいなくなったなんて、にわかには信じがたい。
でも、家の中に入って確かめるなんてこともできない。
こういう時、電気とか水道のメーターとかを調べたりするんだろうけど。
でも、この家には本当に誰もいないのが分かってしまった。
「大家さんが一回入ったけど、家の中空っぽやったって。数か月前に、粗大ごみの収集しよったのは見たけど……案外、売りに出しよったんかもなあ」
大家はすぐに鍵を別のに変えてしまって、それ以降は大家以外は入れなくなっているみたいだった。
私はおばちゃんから受けたレクチャーに涙が溢れてしまった。
おばちゃんも驚いて、バツの悪そうな顔でポケットから煎餅を取り出して私に手渡した。
何歳に見られたんだろうか。
でも、そんなこともどうでもいい。
おばちゃんに礼を述べながら、私は祭ちゃん家を後にした。
ショック過ぎて、ただただ涙だけがぽつぽつと頬に滴り落ちていた。
親友はどこに行ったのか。
バイクを押しながら、めそめそと考える。
思い当たる場所なんてない。
彼女の親戚がどこにいるかも知らない。
ポケットからハンカチを取り出す。
私があまりにも水っぽいから、祭ちゃんがくれた。
『私がいない時は、それで拭いたら?』
それは、誕生日プレゼントだった。
ブーゲンビリアという花の柄が散りばめられた薄手のハンカチーフ。
こんな風に使うつもりはなかったのに。
祭ちゃん。
祭ちゃん。
ハンカチをグシャグシャにし、声を出して泣いた。
ちょっとここまで
続きは夜に
乙
次の日、祭ちゃんの写真をたくさん家に持って帰った。
家に帰って、雑貨屋さんで無地のアルバムを買った。
沢山あって全部は入らなかった。
特にお気に入りなのは中学校頃の。
まだ互いに化粧なんてしてなかった頃の写真。
放課後の運動会の練習に祭ちゃんが来なくなってしまった時だったと思う。
当時は、両親もいなくなって途方に暮れていて。
私には想像がつかないくらいの心境で。
何かを一生懸命に耐えていたのは分かった。
何度か、クラスメイト何人かと祭ちゃんの家に出向いた。
『祭ちゃーん!』
玄関の前で扉を叩いた。
鍵が開いていたので、勝手に上がった。
みんなも恐る恐るついて来てくれた。
でも、一番怖がってたのは私。
祭ちゃんにどこまで踏み込んでいいか私にも分からなかった。
いてもたってもいられなかったのは、自分が彼女の何の救いにもなれないのが嫌だったからだ。
祭ちゃんは妹と一緒に部屋に閉じこもっていて、私が呼んでもなかなか出て来てくれなかった。
暫く経って、
『出て行って』
と言われた。
『あ、明日は来るよね?』
『行けたら行くから』
『約束、してくれないと』
『やめて。そんな気分じゃない』
口々にみんなが励ますけど、祭ちゃんには届かなかった。
私たちはどこか諦めていた。
可哀想だとか。
今は放っておいてあげないととか。
傷を抉るだけじゃないとか。
運動会くらいいいじゃないとか。
誰もがそう思っていたに違いなかった。
たった一回の学校行事になんの意味があるんだろう。
1時間、2時間と経つにつれて人は減り、ついに私一人だけになってしまった。
ほんと、何の意味があったんだろう。
それでも、私は諦めきれなくてとうとう泣いて駄々をこねてしまった。
『祭ちゃんがッ……いないの……やだぁッ……ゥ』
ご近所に聞こえるくらいの大声だった。
今思えば、なんて恥ずかしいことをしてしまったのかと思う。
耐えきれなくなったのは、祭ちゃんだった。
暫く経ってから、扉が開けられて、目を真っ赤にさせた祭ちゃんが出て来た。
『なんで、妻鳥が泣くの……』
『わがッ……ない』
『泣いてもどうしようもないことだってあるんだから』
『でも、祭ちゃんッ……出て来てくれた』
『確信犯か……』
『ちがうよッ』
私は祭ちゃんの頬を両手で挟んだ。
『祭ちゃんが大切だから……』
続く言葉は喉の奥にしょっぱいものが流れてきてせき込んで言えなかった。
祭ちゃんを見ると、怒っているようだった。
『大切って、なに? 大切だからなに? 面倒見れるの? 私と妹の』
『それは……』
『みれないなら、軽々しく大切だなんて……言うなッ』
語尾を荒げて、憎々し気に彼女は私を突き飛ばした。
理不尽なことを言って、私を突っぱねる。
背中を打ち付けて、私は痛みに歯を食いしばった。
『祭ちゃんッ』
私は部屋に戻ろうとする祭ちゃんを必死で抱き止めた。
『待って! 祭ちゃん!』
『出て行って!』
『今は無理だけど、いつかできるようになるからッ』
『嘘、言わないでッ』
『嘘になるかもしれないけど、できないかもしれないけど……!』
息を乱して、互いに吐き散らす。
『そこまでしなくていいッ』
『するッ』
『なんで、妻鳥が私のなんだって言うわけさッ』
腕を引き剥がされて、私は床にべしゃりと倒れた。
彼女を見上げる。
震えている手を、無我夢中で掴んだ。
『祭ちゃんこそ、私のことなんだと思ってるの!? 酷い言葉をかければ離れるなんて思ってた? 残念だけど私めちゃめちゃ執着するタイプだからッ』
半ば引きつったように笑った。
『ね、だから明日は……一緒に行こうよ』
『そんなことしたって……戻れない』
『戻れるよ、ね』
『みんなと楽しくやれる自信がない。休み時間も、苦痛でしかない……』
『私がいるよ、祭ちゃん』
漸く、祭ちゃんの本音が聞けた。
無理に楽しく見せる必要なんてない。
しんどいなら、人と喋らなくたっていい。
合わせなくたっていい。
祭ちゃんを抱きしめる。
『祭ちゃんには、私がいるから安心しなさい!』
返ってくる言葉なかったけど、彼女の腕が私の背中に強く巻き付いていたのだった。
その後、祭ちゃんは運動会にも無事に出ることができた。
他のクラスメイトとも上手くやれたみたい。
祭ちゃんはそれからちょくちょく不安定な所もあったけど、なんとか大事な時期を乗り越えることができたのだった。
中学三年生の運動会の写真をカーペットに並べてから、何時間経っただろうか。
時間を忘れて、つい物思いにふけってしまった。
高校からは逆に祭ちゃんに私が支えられるようになってしまった。
主に、勉強面でだけど。
地元の別々の高校になってしまったけど、私たちはあれからもずっと友達だった。
妹と二人で暮らし続けるのってやっぱり無理だったのかな。
言ってくれれば、私なんだって力になったのに。
新卒の経済力じゃまだまだ支えになれないのは分かり切っていることだけど。
このままじゃ、私、彼女に嘘吐いたことになるな。
それは嫌だ。
嫌なのに。
当の本人がどこにもいない。
泣いて、駄々をこねても、もう出て来てくれなかった。
翌日。
私は普段通りベッドからのそりと起きて、カーテンを開けた。
朝から隣のおじさんがごうんごうんと洗濯機を回していて、それがうるさくていつもよりも早く起きた。
私と生活のリズムが違うのは仕方がないけど、勘弁してほしい。
ご飯を作るために冷蔵庫の食糧を物色。
あー、牛乳もう無くなってる。
新しいの買わないと。
お弁当用の冷凍食品も。
いつも通りの朝。
昨日片づけてなかった思い出の写真をかき集める。
「あれ?」
運動会の写真がない。
「うそ……」
薄っぺらいから、たぶんどこかの隙間に入ったのかも。
ソファーや机の下を見て見るも、何もない。
無意識に、どこかに置いたのかも。
寝室かな。
時間もあったので、暫く考え込む。
昨日は相当動揺していたせいもあって、思い出そうとしても思い出せなかった。
会社でも、久しぶりに情けないミスをしてしまった。
慰めてくれるのは、ちょっと香水のきつい隣のお姉さんだった。
愛想笑いで、涙ぐむのを必死にこらえた。
なんとかこの癖を直さないと、いつまで経ってもこのままのような気さえした。
情緒が豊かなのか、不安定なのか。
祭ちゃんがいなくなったことも相まって、自分でも驚くくらい今日は湿っぽい。
むしゃくしゃもしていたし、地の底に着いてしまうくらい落ち込んだりもした。
帰り道。
天気予報を確認せずに、雨にずぶ濡れになった。
ビショビショでタクシーに乗ったら、運転手にとても嫌な顔をされた。
もうそれだけで泣けた。
すでにぐっしょりだったので、相手は気づかなかったみたい。
不幸中の幸いで濡れてなかったお財布からお金を取り出した頃には、雨もすっかり止んでいた。
わざわざ私の帰る時間に合わせて振って来ないで欲しい。
通り雨にぶつぶつ文句をたれた。
家に帰って、暖房をつけて服を乾かす。
ブラウスと下着だけになって今朝の残りを電子レンジで温めた。
ふいに頭の上に何か冷たいものが落ちてきた。
見上げると、雨漏りしている。
丁度、チンと夕飯が出来上がった。
「最悪……だ」
開かずの天上の物置の扉だった。
お味噌汁もいい具合に沸いてきていたので、急いでお鍋の火を止める。
先に夕飯を食べたいけど、この雨漏りを防ぐ方が先かな。
下にバケツを置く。
来た当初に早々に開けること諦めた扉。
寝室のベッドの下から三脚を取り出してよいしょと上がる。
「ふんッ」
取っては錆びついていた。
たぶんこうやって水漏れしてたのを放置して、開かなくなってしまったんだ。
安い賃貸はこれだから。もちろんせっかく安いのを選んでくれたんだから文句は言わないけど。
そして、また選んでくれた友達の顔を思い出して涙ぐむ。
鼻がツーンとした。
無理にこじ開けると、別の隙間から肩に水が滴り落ちてきた。
釘抜を持ってきて、隙間に思い切り差し込んだ。
もう、こうなったら意地だった。
壊れても知らない。
最初から壊れていたんだから。
ばきり、と子気味良い音が上の方で聞こえた。
やってしまったかな。
私はここぞとばかりに下に引っ張った。
瞬間、鉄板が目の前を落下して、脚立に当たって、盛大な音と共にカーペットで跳ね上がった。
耳の中に響くような金属の音。
「はあッ……」
やばい。
本当に、壊してしまった。
視線を上に転じた。
恐る恐る覗き込む。
真っ暗な部屋があった。
懐中電灯を取りに、玄関へ向かう。
下に落ちた鉄板もとりあえず玄関に放置。
ぞうきんも何枚か持ってくる。
明日仕事なのになにやってるんだろう私。
「っしょ」
もう一度脚立に上って、懐中電灯で物置を照らす。
あまり埃っぽくないのは、前までは使用できていたからかな。
雨漏りはどうやら、さらに上の方からだった。
これは自分にはどうしようもない。
身体ごと入って確かめるのもなんだか不気味だった。
私が脚立を降りようとした時だった。
何かに手を掴まれた。
「きゃあ?!」
何が起きたのか分からず、パニックになって手を振りほどいた。
脚立からバランスを崩して、足を踏み外してお尻から床に落ちた。
痛みで暫く蹲って悶えた。
天井を見上げる。
何もいない。
あまりの出来事に心臓が踊り狂っていた。
後ろに後ずさる。背中に何か柔らかいものが当たった。
「い!?」
口を塞がれた。
何、なになになにこわいこわいこわい。
「妻鳥、久しぶり」
その声に、私はゆっくりと振り向いた。
「祭……ちゃん」
私の求めていた友達が立っていた。
夢を見ているのかと思った。
できたら、夢であればとも。
でも、祭ちゃんの少し冷たい手は本物だった。
その手は、私が比較的落ち着いたのを知ると、離れていった。
祭ちゃんに体を抱き抱えられたまま、私は吃音を繰り返す子どものように言葉を紡いだ。
「ど、どうして……え、今、どこから」
「どこって、今、見てたじゃない」
「え?」
え、ともう一度言って、天井を見た。
ぽたりと滴が落ちた。
私は長年の友達の言葉を何ら理解できない。
「だから、ずっとそこにいた」
「なん、で」
「妻鳥を見てた。言ったよ、ずっと一緒だって」
私は首を振った。
彼女から離れようと前に乗り出す。
彼女の手がゆっくりと剥された。
距離を取る。
「どうしたの? あんなに、私に会いたがってたのに。嬉しくない?」
嬉しいとか、そういう感情は一切湧かなかった。
あったのは、ただ恐怖だった。
「変な顔」
鼻で笑う。
笑い事じゃない。
警察。
通報する。
私は机の上の携帯に手を伸ばした。
彼女はあの日駅で別れた時と同じような寂しそうな顔をした。
「妻鳥もやっぱり私のこと見放すんだ」
「……おかしいよッ。なんで、あんな所に……いつからいたの」
「妻鳥と別れて、暫く経ってからずっといたよ」
これは、手の込んだ冗談なんだ。
きっとそうに違いない。
私の頭が固いんだ。
「ほら、桃ちゃんが……家にいたよね。その時は?」
「桃? 確かに、桃はあの家に住んでたけど。もういないよ」
「どこに……?」
「遠くの親戚の家に引き取られたから。私はこっちで一人暮らしを認められたから残った。桃は私にべったりだったから。一緒に暮すのは苦ではなかったけど、私には私のやりたいことがあったしね。ああ、この部屋、古いけど広くてよくない? 妻鳥が楽しそうに料理を作るのを見てて、凄くお腹空いたりしてさ……」
「おかしいよ! 祭ちゃん、自分で分からない?」
「妻鳥を観察するのがおかしいってこと? それは、確かにおかしいとは思うよ。でも、妻鳥なら許してくれると思った」
私は携帯を強く握りしめる。
祭ちゃんは肩より少し短い茶髪を横から後ろに掻き上げながら、
「分かってくれると思ったんだけど。妻鳥もやっぱり、その程度なんだ。だよね、友達に人生懸ける方がよっぽどさ……おかしいよね?」
憎しみに近い冷めた目。
けれど、どこかまだ求めている。
私は、息を呑む。
おかしいのは、彼女の方なのに。
犯罪レベルだ。
その行為を咎めている私に、彼女は言った。
「妻鳥の方が正しいよ」
笑いながら、私の方に手を伸ばしてきたので、とっさに近くにあった本で彼女の頭を殴ってしまった。
鈍い音がリビングに落とされた。
「った」
逃げないと。
立ち上がろうとしたけど、足が上手く震えて足裏が滑ってしまう。
腰が砕けていた。
ただ、冷蔵庫にへばりつく。
友達?
友達って。
友達はこんなことしない。
なら、友達なんて言えないじゃない。
「私の知ってる祭ちゃんは、こんなことしないよッ」
私は喉が詰まるような叫びをあげた。
喉が張り付いてげほげほとむせた。
「じゃあ、どんな私だったら良かった? どうしたら、私から離れないでいてくれた? 最初に約束したのは妻鳥じゃない。約束を破ったのも妻鳥だけど。妻鳥はいいよね。言えばいいだけだから。忘れたっていいんだから。大きな傷になんないから。こっちはえぐれて大変だったのに。そんなことも気づかないくらい能天気なんだよね。そういう所も好きだよ。妻鳥」
一息で、彼女はそこまでまくし立て、また続けた。
「口だけの女だって分かってたけど、それでも妻鳥の言葉に救われたから妻鳥なら私をなんとかしてくれるかもしれない妹も救ってくれるかもしれないそういう風に思ったけどどうなのかな期待してる私がバカだったのかなねえ、妻鳥」
だんだんとこちらを見ずに、自分に問いかけるように喋り始めていく。
私は挟む言葉も見当たらず、迷子のように脳みそを揺さぶっていた。
「どうなの、妻鳥?」
「な、なにが」
訳が分からず、聞き返してしまう。
まともな会話ができるのかと思いながら。
「妻鳥は私を見捨てるの?」
子どものように、彼女は唇を結んでいた。
私は今までの経験をフル活用しても、彼女を受け入れるような自信はなかった。
突然の再開はあまりにも薄ら寒い印象を与えていたし、昔となんら変わっていない祭ちゃんはにわかに本人だとも信じがたかった。
私があぐねいていると、
「こんなことなら、あの時運動会なんか行くんじゃなかった」
とぼそりと言われた。
さっきから。
なんで。
昔のこと、持ち出して。
子ども心で言った言葉だ。
本心だったよ。
あの時は。
今も一緒にいたいと思ってるよ。
でも、いつまでもあの頃と同じなんて無理。
それに、こんなことしてまで、どうして。
会えるのに。
会おうと思えば。
祭ちゃんは見ると震えていた。
私は、彼女が私に助けを求めていることを悟った。
私は漸く彼女に自ら歩み寄るくらいには平静を保てるようになってきた。
寄ると、彼女はびくりと肩を震わせた。
それから、先ほど私が投げた本を掴んで、投げ返してきた。
太ももに当たって、床に転がる。
「……祭ちゃん」
あんなに呼んでも来てくれなかったのに。
どうしてこんな最悪な形で来ちゃったの。
あまりにも頭がおかしくなって、どうにかなっちゃったの。
それは、私のせいなの?
私が距離を置いたのは、だって、仕方がないじゃない。
私だって嫌だったけど、会社がこっちになったんだから。
それでも、私は何か努力すべきだったの?
何ができた。
私に何ができたの。
いつの間に壊れてしまったの。
いつから――。
祭ちゃんは、ソファの上にあったぬいぐるみを掴んだ。
茶色いクマを掲げる。
その後ろに顔を隠した。
「もう、おしまいだ。住む所もバレてしまった。奴らが今にやってきて、僕をここから追い出すだろう」
部屋に彼女のくぐもった声が流れた。
「行く当てはあるの?」
私は聞いた。
「行く当て? さあ。でも、ここにはもういられないね。僕は街を出て、森に帰り、人を忘れて生きていくよ」
「忘れられる?」
「……」
クマが揺れた。
音声は無い。
私はクマを掴んだ。
それをぽいっと端に投げた。
祭ちゃんがいきなり変な人形劇を始めたものだから、私は一呼吸おいて落ち着いて言葉を紡ぐことができた。
彼女の方がよっぽど緊張状態であり、興奮し錯乱していたのだ。
なんとなく、彼女は安心を求めているようにも思えた。
「祭ちゃん……」
私は膝立ちで彼女の名前を呼んだ。
彼女は私の薄いブラウスを握りしめた。
甘える子犬が匂いを嗅ぐように、顔を埋めてくる。
中学生の時のようだ。
それは紛れもなく祭ちゃんだった。
そして、私は祭ちゃんを、
こんなになってしまった祭ちゃんを、
嫌いになんてなれなくて。
気味の悪い暗黒世界の広がる天井裏をしり目に、
彼女の身体を抱きしめていた。
「祭ちゃんに会いたくて……私、泣くのは祭ちゃんの胸でって決めてたんだよ」
体を離して、そう言ってやった。
それから、彼女の胸に、拳を打ち付ける。
「うん」
はにかむ。
「私、妻鳥の泣く所好きだったから、電話に出ない時も凄く泣いてて可愛いなあって思ってた」
「え……わざと出なかったの?」
「そうだよ」
「ひどいよ……」
「そうだね。でも、これからもっと酷いことするから、ごめんね」
彼女はポケットを漁り、細長いナイフをを取り出した。
「え」
「脱いで」
一言。
笑っている。
銀に鈍く光る刃先が、こちらを向いていた。
私は腰を引いて、脚立を掴んで立ち上がった。
どうしてそんな風に体がすぐに動いたのかは分からないけど。
私は今度こそ、本当に身の危険を感じた。
玄関に向かう前に、腕を掴まれた。
「えっちしよ?」
泣けば彼女を喜ばすだけなんだ。
心の隅でそう思いながら、私はソファーに座らされてブラウスのボタンをゆっくり外していた。
涙はとめどなく溢れてくる。
喉元に上がってくる言葉は許してとか、ごめんなさいとか。
ただ、彼女の耳に届くことはなかった。
目の前のテーブルに座る祭ちゃんは、ナイフをしっかりと握り、真っ直ぐにこちらに突き付けていた。
「外れた? それ、脱いだら、そこで、四つん這いになって」
ブラとパンティだけになった姿態で、態勢を変えさせられる。
ナイフを手に持って、彼女は私の後ろから胸を揉んだ。
羞恥なのか屈辱なのか。
とにかく毒々しい感情が渦巻いていた。
苦しくて、腰が砕けた。
お尻を突き出すように言われる。
抵抗を見せれば、太ももに冷たい金属が押し当てられた。
「すうッ」
祭ちゃんの鼻が、私のお尻に当たっていた。
「いやあ!?」
動かないように、腰を押さえつけられる。
「良い匂い」
まさか。
そんな。
やめて。
祭ちゃんは邪魔になったナイフをソファに思い切り刺し、
空いた手で胸を揉みしだく。
「柔らかい……」
私は咄嗟にナイフを掴もうとした。
でも手を払いのけられる。
「だめ」
両手を重ね、キスをされた。
首を振ると、耳を舐められた。
ぞくぞくして、背中に這い上がってくるものがあった。
無理矢理舌を絡ませてきて、私は呼吸できなくて何度も喘いだ。
「いや……ッあ……こんな……ぁ」
ブラをずらして、胸の先端と先端を擦り合わせる度、ソファがしなった。
涙を吸われて、目元を啄まれた。
私を求めて、何度も火照った体を摺り寄せてくる。
それが、私には逆らえない。
ここにいて、と痛いほど伝わってくる。
指を離して、彼女は、腫れ物に触るように私の乳首をつまんだ。
「ッうんぁ」
耳元に口を寄せ、
「それ、凄く興奮する」
なんのこと。
「泣きながら、喘ぐの」
それは。
祭ちゃんが、こんなことするからで。
満足そうな彼女。
ナイフのような鋭利に尖った、何かを傷つけるために作られた道具で自分を守っている彼女。
私とえっちするためにずっと待っていた彼女。
私よりもスレンダーな彼女。
美味しそうに私の胸を舐めている。
甘えてるのが辛いほど分かった。
行為は受け入れがたいけど、祭ちゃんを嫌いになんてなれない自分が憎らしい。
祭ちゃんの手が、お尻をなぞりながらパンツのラインに触れた。
後ろから抱き着くような態勢で太ももの間に前側から腕を伸ばした。
汗ばんできた体が粘っとして、どちらの汗か分からない。
私は敏感になった下半身の、最も過敏な一部分をつままれてのけぞった。
「やッ……」
彼女の下から這い出るように、ソファーからずり落ちてしまう。
「妻鳥」
優しい声。
狂気に包まれた空間ではなんとも異質だった。
クリトリスに伸ばされた指が、小さく小刻みに動かされる。
「ッぁ……祭ちゃッ」
「ちょっとぬるってしてきた」
いやいやとお尻を振るも、彼女の手は離れてくれない。
そのうち、隙間から指が直接触れてきて、体内に入ってきた。
それに気づいたのは、数秒経って中で動きがあってからだ。
「指が……祭ちゃんの指」
「熱いよ、妻鳥の中」
テーブルとソファに手をついて、私は覚えていく快感に耐えた。
「腰、動いてるよ」
当たり前だよ。
変な感じがするのに。
じっと耐えれないよ。
「気持ちいい所教えて?」
「わか……んない」
何もかも、熱に浮かされたようにまどろんでる。
「分かった、じゃあたくさん動かすから」
急に指が増やされて、大きく円運動をし始めた。
それに音が響くぐらい、早くかき混ぜていた。
中をかき出すように。
耳の奥まで痺れるような刺激がぽつぽつと現れてきた。
それを見抜かれて、そこばかり刺激される。
「黙ってても、わかるよ?」
胸を弄ぶように掴む。
首筋にキスをされた。
声を出さないように、歯を食いしばる。
「声、我慢しないで」
急に、指の動きを止められた。
あそこがじんじんと脈打っている。
変な気持ちになってるのが分かった。
指が入っている所がひくついていた。
ダメだと分かっているのに。
祭ちゃんは、私の気持ち良いところを的確に責めていたから。
体の深部が熱い。
熱を早く生み出してしまいたい。
「妻鳥……やばいよ、それ」
「え」
何を見たのか分からないけど、
私はまた入ってきた指の快感に耐えるだけだった。
「ぁッ……ぁ」
「こうやって、繋がりたかった……」
祭ちゃんが、私の背中に頬を摺り寄せる。
心臓が早鐘を打ち、くらくらと目まいに似た浮遊感が押し寄せてくる。
目を瞑った。
何も見えない。
辺りはあの天上裏のような暗闇になって。
ちかちかと脳裏で何か明滅した。
落ちていく。
友達を残して。
頬を流れ、唇に温かい滴が落ちた。
海の中のように、体は揺れていた。
きらりと何か光っている。
ナイフだ。
私はそれに手を伸ばした。
地面から離れたような不安定さと快感に耐えた後、私は息を荒げて彼女にナイフを突きつけた。
「はッ……はなれて」
彼女は両手を上げる。
「もう、ここには来ないよ。安心して」
祭ちゃんはふふっと笑った。
満足そうに。
彼女は服を着直して立ち上がる。
「どこに行くのッ」
「森かな」
笑って、背を向けた。
「祭ちゃん!」
肩越しに、こちらを振り返る。
「それ」
部屋干しのハンカチに指を差した。
「まだ持っててくれたんだ。ありがとう」
「だって、祭ちゃんがいない時は……」
「じゃあ、大丈夫だね」
「祭ちゃんは……」
彼女はそれには答えなかった。
妹の所に行くのだろうか。
それとも、あのナイフはやはり身を守るために持っていたのだろうか。
二度と会えないような気もした。
また会っても、私は祭ちゃんを傷付けてしまうかもしれない。
暗闇へと溶け戻っていく彼女を引き止める言葉は私の中には無くて。
何もかも夢であればとそればかり願っていた。
ブーゲンビリアの花びらからは、ポタポタと絞りきれなかった水滴が落ちていた。
終わり
あんまり胸くそにできなかった
期待した人ごめん
ああ、シェアハウスってそういう……
面白かった
また書いてね
クレイジーサイコレズってこういう事なんだなぁって...
凄いものを見せてもらった
おつおつ
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