女神 (468)


女神


 前に落としてしまったSSを再開します。最初から書き直しになるのと、地の文と小説形
式で書き直しますので、苦手な方は回避してください。あと速報での見やすさを考慮して、
80行で改行しています。環境によっては見づらいかもしれませんけど、ご了承いただけ
ると幸いです

 更新は遅いと思いますし、完結までには一年くらいかかりそうです。あらかじめご承知
ください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1448288944


「お兄ちゃん」

「何だよ」

「またあの先輩だ。ほらいつも駅のベンチに座り込んで電車が来ても乗らないでスマホで
何かやってる女の人」

「おまえさ、そうやって人のことばっか噂する癖やめたら?」

「だっておかしくない? 駅で電車に乗らないでベンチに座ったままとか。それも毎朝だ
よ」

 あいつは、同じクラスの女の子だ。確か、名前は、二見だったか。そう、二見 優とい
う名前だった。そもそも、クラスの女にはろくに知り合いはいないのだけど、彼女の名前
だけはどういうわけか覚えていた。何だか、知り合いとつるまないあの子の姿勢に、少し
だけ感心したことがあるからかもしれない。

「ああ、あいつ同じクラスの二見ってやつだよ」

「お兄ちゃんあの人知ってるの?」

「だから同級生だけど、話したことは無いかな。つうかあいつ、あまり友だちいないみた
いだし」

「電車に乗らないでスマホ弄ってるけど遅刻しないのかな」

「ああ。いつもぎりぎりだけど遅刻はしてねえよ」

 それまで穏かに、かつそれほどの興味がないみたいに二見の話をしていた妹の顔が真剣
になった。

「ふーん」

「・・・・・・麻衣?」

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「話したことないっていうわりにはあの人のことよく観察してるんだ」

 麻衣のこの手の話し方は別に今に始まったわけじゃない。俺にはその対処法がわかって
いたのだけど。

「もしかしてあの人に気があるの?」

 麻衣が俺を見つめてそう言った。


 俺は思わず妹を見つめた。何も言いわけをせずに。そうすると麻衣の表情が少しだけ
ひるんで、妹は次の言葉を口ごもって、はっきりとしない返答を口にした。

「な、何よ」

「おまえさ」

「うん」

「その見境のない俺への嫉妬、いい加減何とかしないとやばいんじゃねえの」

 俺はもう何回言ったかわからない言葉を口にした。妹に好かれるのは素直に嬉しいけど、
いつまでもそんな関係では俺にも麻衣にも幸福は訪れないだろう。

「な・・・・・・! お兄ちゃんへの嫉妬とか自意識感情なんじゃないの? だいたいあたしは
お兄ちゃんのことに関心なんてないし」

「それならとりあえず、おまえがしっかりと握っている俺の手を離してもらおうか」

「な、何言ってるのよ。あたしが手を離すとお兄ちゃんがすぐにすねるから仕方なく」

「はい?」

 妹は俯いて黙ってしまった。もうこうなったらしかたない。

「ああ面倒くせえな。じゃあもうそれでいいよ」

 あいかわらず妹は沈黙を守っている。

「どうした?」

「・・・・・・お兄ちゃんの意地悪」

 ああ。ついに麻衣を泣かせてしまった。これじゃいかん。

「ああ、もう泣くなって。悪かったよ」

 ああ、もう全くこいつは。でもしかたないのかもしれない。妹をそういう依存体質にし
てしまったのは、両親と俺のせいかもしれないのだ。俺は心の中で密かにため息をついた。

「本当に悪かったよ。俺おまえがそばにいてくれないと何にもできねえのにな」

「・・・・・・本当?」

 妹が上目遣いに俺の方を見た。

「ああ本当だ。おまえがいつも一緒にいてくれて俺本当に助かってるんだぜ」

「・・・・・・うん。それなら許してあげる」

 電車がホームに入ってきた。この電車に乗らないとやばい。

「・・・・・・ほら、電車来たぞ」

「うん! さっさと乗るよお兄ちゃん」

「こら。そんなに手を引っ張るなよ、痛てえじゃんか」

「早くしないと乗り遅れるってば」

「わかったから手を引っ張るなって。痛てえよ」

書き直すのかよ

まぁ、がんがれ


 次の停車駅で、俺は幼馴染の少女を見つけた。

 有希。俺の幼馴染であり俺の初恋の相手。

「お姉ちゃんだ。今日も夕さんと一緒だね」

「・・・・・・まあ、あいつら同じ駅だし家も隣だしな」

「そんだけの理由かなあ? 毎朝いつも一緒じゃんお姉ちゃんと夕さん」

「ああ、そうだな」

 それ以外には何も言いようがなかったから、俺はとりあえずそう言った。

「まあ、でもお似合いだよね。お姉ちゃん綺麗だし夕さんもイケメンだし」

「・・・・・・うん。まあね」

「お姉ちゃん、うちの隣から引っ越して正解だったね。お隣さんがお兄ちゃんからイケメ
ンの夕さんにグレードアップしたことだし」

 それがどういう意味か、麻衣に確かめるまでの時間は与えられなかった。開いたドアか
ら、有希と夕也が乗り込んできたのだ。

「あ、お姉ちゃーん!」

「おはよう麻衣ちゃん」

「ようお二人さん」

 夕也も俺たちにあいさつした。普段どおりのさわやかな感じで。

「おはようございます」

「・・・・・・おはよ」

 俺も二人に向かってあいさつした。ぼそっとした声だと思われたかもしれないけど。

「麻人どうしたの? 朝から元気ないじゃん」

 有希が半分からかっているような表情で俺に話しかけた。

「おまえ、俺の貸したあれにはまって寝不足なんじゃねえだろうな」

 夕也がからかい気味に言った。よりにもよって有希が聞いているのに。

「・・・・・・バカよせ。妹が聞いてるんだぞ」

「何々? 何の話」

 有希が口を挟んだ。

「何でもねえよ。男同士の話だ」

「何か感じ悪い」

 有希の言葉に続けて麻衣も口を開いた。

「ほんと。男って嫌だよね、お姉ちゃん」

「うんうん。本当に信じられるのはあんただけよ。麻衣ちゃん愛してる」

「わ! お兄ちゃんの前ではやめてください・・・・・・じゃなくて。混んだ電車の中ではやめ
て」

 突然、有希に抱き寄せられた麻衣が狼狽して抗議した。


「お兄ちゃんの前ではだって。ふふ。麻衣ちゃんってほんとブラコン」

「・・・・・・違います」

「え? おまえと麻衣ちゃんってもしかしてそういういけない関係なの?」

 夕也が何か嬉しそうな声で割り込んだ。

「・・・・・・おまえは死ね」

「片手でしっかりと麻衣ちゃんの手を握ったまま反論されてもなあ」

「説得力ゼロだよな。って、痛いって。よせ麻人。もう言わねえからグーで殴るのはよ
せ」

「俺じゃなくてこいつが手を握りたがるからだな」

「・・・・・・な!? 何であたしがお兄ちゃんなんかの手を握りたがるのよ、バカ。手を握っ
てあげないとお兄ちゃんが寂しがるからあたしは仕方なく」

「はいはい。ごちそうさま」

「そうじゃねえって」

 俺は有希を睨みつけたけど、いつもと一緒で全く睨んだ効果はないようだった。

「よくもまあ毎朝飽きずに痴話喧嘩できるな、おまえら」

「確かに喧嘩だけど、痴話だけよけいです!」

 麻衣よ。おまえはいったい何がしたいんだよ。俺は妹を眺めてそう考えた。ただ、うざ
いからといって妹が、麻衣が可愛いことにはならないからたちが悪い。そう、俺は多分シ
スコンなのだ。

 有希の笑いが、同じ学校の学生で満員状態の電車内に容赦なく響いた。


 校舎の入口まで来て、有希は少し真面目な表情になった。

「じゃあ、麻衣ちゃんまたね」

「はい・・・・・・。でも、何で学年によって校舎分けてるんでしょうね」

「さあ。一学年のクラス数が多いからじゃない? うちの学校って」

「校舎が一緒なら教室の入り口まであたしも一緒に行けるのに」

「家で毎日お兄ちゃんといちゃいちゃしてるのに校内でも一緒にいたいの?」

 だからふざけんな有希。俺たち兄妹をどこまでネタにする気だよ。でも、その怒りの感
情を深く掘り下げていくと、俺のいらいらはただ兄妹の関係をからかわれているからだけ
ではないことに気がつく。

 そうだ。俺は、俺に対して無関心な有希に対して焦っているのだ。同時に、有希がとき
おり照れて笑いかけるイケメンの友人、夕也のことを俺は気にしているのだ。

「・・・・・・だから違いますって」

「麻衣ちゃん顔真っ赤だよ。かあいいなあ」

「確かに可愛いけどあんたは黙れ」

 突然、真面目な表情で有希が言った。

「何でだよ」

 有希がいきなり怒り出したことに夕也は少し驚いたようだった。

「もう行こうぜ。遅刻しちゃうよ」

 これ以上、有希と夕也のことを正視できなくなった俺はそう言った。

「あ、お兄ちゃんこれ」

 麻衣が突然真面目な表情になって俺にお弁当の袋を差し出した。

「お、おう」

「今日も麻衣ちゃんの手作りのお弁当?」

 夕也との心理戦を一時停止した有希がからかうように笑った。

「いいなあ、おまえ」

 夕也もイケメンらしくさわやかに笑ってそう言った。


 どういうわけか、夕也が麻衣が作った俺の弁当への感想を述べると、有希が顔を赤くし
た。そして有希は夕也を軽く睨むように笑った。

「あんたは、好き嫌いが激しいくせに。一生学食のカツ丼でも食べてろ」

「いや、そう言うなって。まあ、そうなんだけどさ」

 やっぱりそうなのか。最近のこの面子での登校は辛すぎる。有希や夕也の恋愛を邪魔す
る権利は俺にはないけれども、それを見せつけられなければならない義務だってないはず
だった。それでも、俺の有希への感心を気取られることなくこいつらと登校しないように
する術なんて思いつかない。

「・・・・・・な、何よ」

「何でもねえよ」

 有希と夕也がお互いに見詰め合って顔を赤くしている。

「じゃあ、あたしもう自分の校舎に行くね」

「ああ」

 俺は麻衣が一年生の教室の方に向かっていくのを見送った。

「俺たちももう行こうぜ」

 有希から目を離した夕也がそう言った。

「そうね」

「いい時間になっちゃったな」

 あれ?

 俺はそのとき、校門から駆け込んでくる女子生徒に目を奪われた。すげえダッシュだな。
俺はそう思った。時間内に何とか校内に滑り込んだ女の子は、少しだけ速度を緩めて歩き
出した。それは、さっき見かけた同級生の二見 優だった。多分、俺たちより一本遅い電
車に乗ったのだろう。

 校内に入った彼女は、相変わらず周りにいるクラスメートと話しをしない。何で、結構
可愛いのにボッチなんだろう。朝のあいさつする相手もいないらしい。

 そのとき、有希が俺の背中を気安く叩いた。

「ほら、麻人。何ぼんやりしてるの。さっさと行くよ」

「ああ」

 俺は一人で孤高の女王みたいに、校門から校舎に歩いている二見から目を離して、クラ
スルームに向かって歩き始めた有希と夕也の後ろを追いかけた。


今日はここまで
また投下します

どうせまた落とす

ビッチもちゃんと完結したし期待してる

正直、落とした奴が言う「一年かけて完結させる」ほど信用できない物はないよね
だって落としてる期間に書きためすらしてないって事でしょ?その場のノリでしか書けない奴が一年もかけるわけないじゃん

これは絶対に完結させてほしい
あまりにも途切れ方が不憫だったから
今だに俺の中で好きなSSキャラのベスト5に入るぞ。二見優

◯妹の手を握るまで 2011.12~ 2012.2 完結
●女神 2012.2~2013.5 未完
●ビッチ 2012.8~ 2013.12 未完
◯妹と俺との些細な出来事 2013.8~2014.3完結
●トリプル 2014.3~2015.3 未完
○ビッチ(改) 2014.11~2015.11 完結
●女神 2015.11~ New!

うわぁ、信者様だぁ

でURLはまだかね?
スレタイを貼ったんだから当然知ってるだろう?


 何か一度気が付くと結構気になるものだ。二見が普段どう過ごしているかなんて、今ま
で気にしたことなんかなかったのに。二見は机の下で何かスマホ弄ってる。あいつは、い
つも一人で何やってんだろう。結構可愛いのに、周囲の男の視線とか、あまり気にしてい
る様子もない。しかし、あそこまで堂々と授業をボイコットできるのもある意味すげえな
と俺は思った。先生からはわからないかもしれないけど、後ろの席からはさぼってるのは
丸見えだった。

 それにずっと俯いてるからそのうち先生にも気が付かれるんじゃねえかな、あれ。俺は
そう思った。何かネットでも見てるのかもしれないけど、まあ、俺にはどうでもいい。そ
んなことを考えていると、いつのまにか授業が終ってしまっていた。

「さあ、飯だ飯」

夕也ののん気な声がした。

「おまえ今日も中庭?」

「別に決めたわけじゃねえけど」

「だっておまえいつも中庭か屋上で麻衣ちゃんと二人で昼飯食ってるじゃん」

「・・・・・・別にいつもってわけじゃねえよ」

「真面目な話さあ、おまえと麻衣ちゃんってどうなってるの?」

「どうって何だよ。別にどうもなってねえよ」カ

「だっておまえらいつもべったりと二人きりじゃん」

 ふざけるな。有希といちゃいちゃできる余裕かよ。俺と妹との関係をからかうのは。こ
いつが、有希の家の隣に引っ越してくるまでは、そして妹が同じ学校に入学するまでは俺
と有希は二人きりで一緒に登校していたのだ。今から思うと、そんな貴重な日々を俺は無
駄に費やしてしまったのだけど。

「んなことねえよ。あいつが俺がいないと寂しがるから」

「・・・・・・この間、同じこと麻衣ちゃんにも聞いたんだけどよ」

「・・・・・・何って言ってた? あいつ」

「あたしが一緒にいてあげないとお兄ちゃんが拗ねるから」

「ふざけんな・・・・・・死ね」

「よせって。痛えだろ。つうか俺が言ったんじゃねえって。麻衣ちゃんがそう言ったんだ
って」

 麻衣との関係をからかわれるのは、有希にされたって誰にされても苛つくと思うけど、
まして夕也に言われるとすごく腹が立つ。こいつには悪気はないのかもしれない。確かに
いい友人だと思う。お互いに口には出さないけど、親友同士だと思っている。だけど、有
希に惚れられているこいつに、言うに事欠いて麻衣との、実の妹との関係をからかわれる
とすごく腹立たしい。


 つまり、こういうからかいを気軽に言えるのは夕也に余裕があるからじゃないのか。こ
いつと有希はもう付き合い出す寸前の雰囲気を醸し出している。毎日の登校の様子から見
てもそれは明白だった。

「まあいじゃんか。あんな可愛い子がおまえのことを一途に慕ってるんだしよ」

「可愛いって・・・・・・実の妹だっての」

「はいはい」

 ひょっとしたら夕也には悪気はないのかもしれない。麻衣は可愛い。自分の妹の容姿を
誉めるのは、たとえ自分の心の中だけにしたって抵抗はあるが、麻衣が可愛いことは事実
だし、いろいろ告白めいたことを同学年の生徒や先輩たちからされていることも事実だ。
少なくとも、本人や有希の言葉を信じるならば。だから、夕也は悪気ではなくそんな妹に
好かれている俺を持ち上げながらからかっているだけなのかもしれない。

「じゃ、俺は学食行くわ。麻衣ちゃんによろしくな」

「・・・・・・おう」

 それでも、俺は実の妹とに好かれていることをからかわれていることに納得できなかっ
た。特に、有希の心を持っていった当の本人に言われているのだし。

 そのとき、夕也と俺の側に有希が寄って来た。

「学食行かない?」

「おう。混む前に席を確保しようぜ」

 夕也が俺と麻衣との関係をからかうことを一瞬にして忘れたように言った。やっぱり、
こいつは有希のことが好きなんだ。

 ・・・・・・また二人で一緒にお食事かよ。でも、そのことに嫉妬してももうどうしようもな
い。

「麻人は? 一緒に学食でお弁当食べない?」

「野暮なこと言うなよ」

 夕也が余計なことを言った。有希は彼の言葉に苦笑めいた表情を見せた。

「あ、そうか。ごめん・・・・・・麻衣ちゃんによろしくね」

「・・・・・・ああ」

 そう言う以外に俺に何を言えたのだろうか。中庭に出ると、噴水を囲んで置かれている
ベンチの一つを、麻衣が占領して人待ち顔で周囲を伺っていた。俺は早足で妹が座ってい
るベンチに向かった。

「遅いよ」

 麻衣が不満そうに俺を見た。

「そんなに遅れてねえだろ」

「中庭のベンチって競争率高いんだよ? あたしが早く来て場所取りしたからここでお昼
食べられるんだからね」

「・・・・・・わかったよ、ありがとな」

「別にいいけど」

 麻衣の頭を撫でると、妹は顔を赤くしたようだった。

「とにかく弁当食おうぜ」

「うん」

「いただきます」


 妹にもいろいろ欠点はある。兄なんだからそんなことはわかっているし、麻衣にだって
俺に対する不満は数え切れないくらいあるだろう。兄妹なんてそんなもんだ。それでも、
妹の美点として料理上手だけは疑いもない。

「・・・・・何?」

「・・・・・・何でもない」

「おまえ食わねえの?」

「・・・・・・食べるよ」

 いかん。麻衣の不満そうな様子を見て俺は気がついた。誉めなきゃ。

「今日も美味しそうだな。おまえ料理上手だもんな」

「・・・・・ほんと?」

 麻衣が顔を赤くして言った。

「ああ。本当」

 別に嘘は言っていない。こいつの料理は本当に美味しいのだ。

「・・・・・・そっか」

 こいつ普段はうざいけど、こういうところは可愛い。つまり誉められて素直に喜ぶとこ
ろとか。機嫌がよくなった麻衣にほっとして、弁当を食べることに集中していた俺が、ペ
ットボトルのお茶を手に取ったとき、噴水の反対側のベンチに座っている二見の姿が見え
た。

 二見は相変わらずぼっち飯のようだけど、飯っていうか何かを食っている様子でもない。
スマホを弄っているようだ。いったい、あいつはいつも何をやってるんだろう。

「お兄ちゃん、どうかした?」

 箸を止めた俺の様子に不審を覚えたのか、麻衣が俺に言った。

「いや、何でもない」

「・・・・・・お兄ちゃん、またあの人のこと気にしてたでしょ」

 麻衣が俺を睨むように見上げた。

「んなことねえよ」

「へえ。これだけ中庭に人が一杯いるのに、あの人って言っただけで誰のことかわかっち
ゃうんだ」

「・・・・・・何言ってるんだ、おまえは」

「お兄ちゃん、あの先輩のこと気になってるんでしょ。正直に言ってみ?」

「ばか違うって」

 本当にそうじゃないのに。むしろ俺が好きなのは有希・・・・・・。

「さっきから視線があの女の先輩に釘付けじゃん」

「それよかこのハンバーグもさ、いつもより美味しくね?」

 麻衣は黙ったままで俺の方を軽く睨んだ。

「おまえの料理ってだんだん成長してるのな」

「・・・・・・まあ、冷凍食品だってたまには違うメーカーのやつに変えてるしね」

 完全に地雷を踏んだようだ。


授業が終ると、夕也が近寄ってきた。

「おまえこれからどうすんの」

「どうって・・・・・・家に帰るだけだけど」

「じゃ、一緒に帰るか」

「おまえいつもは有希と一緒に帰ってるじゃん」

「ああ、そうなんだけさ」

 照れる様子も戸惑いもなく、夕也はあっさりとうなづいた。

「今日は一緒に帰らねえの」

「あいつ、今日は生徒会なんだって」

「何だよ、有希が一緒に帰れないから俺を誘ってんのかよ」

「うん、そうなんだけどさ」

 こいつ。少しも自分の気持を隠そうという気も、俺に気をつかうつもりもないらしい。
もっとも夕也に気をつかわれても、かえって惨めな気持ちになるだけだったろうけど。

「あいつと二人で帰れるならおまえを誘うわけないじゃん」

「・・・・・・おまえら付き合ってるの?」

 俺は思い切って夕也に聞いてみた。有希への関心を全く隠す様子がないので、ひょっと
したらこいつの本音を聞けるかもしれないと思ったのだ。

「いや、まだ」

 はい?

「まだってどういう意味だよ」

「そのとおりの意味だよ。で、どうする? たまにはゲーセンとか行かねえ?」

「今日はやめておくわ・・・・・・麻衣が校門の前で待ってるし」

「・・・・・なあ」


「うん?」

「前から聞きたかったんだけどさ」

「おう」

「おまえと麻衣ちゃんってどうなってんの?」

「どうなってるって何だよ」

「だからさあ」

 こいつは何を言いたいのだ。

「普通兄妹で手を繋いで登校したりとか、いつも兄妹二人きりで昼飯食ったりしないじゃ
んか?」

「そうか?」

「そうだよ。何、おまえ麻衣ちゃんとできてんの?」

 俺は無言で夕也の頭を叩いた。

「痛てえって。よせ」

「おまえ言うに事欠いて何てことを想像してるんだよ」

「・・・・・・だってよ」

 夕也はひるまずに言い返してきた。

「何だよ」

「いや」

 夕也はもうこの話を続けるつもりがなくなったのか、そう言った。

「・・・・・・まあ、いいや。」

「・・・・・・あいつも一緒でいいか」

「ああ?」

「だから。妹も一緒でよければゲーセン付き合ってやるって言ってんの!」

「・・・・・・シスコン」

「うるせえよ」

「じゃ、行こうぜ。校門のところに麻衣ちゃんはいるんだろ」

「ああ」

「麻衣ちゃんとゲーセンかあ。俺、妹ちゃんとプリ撮ってもいいか」

「・・・・・・勝手にしろ」


 校門のところに着くと待っていた麻衣が不満そうに俺の方を見た。

「遅いよお兄ちゃん。昼休みもあたしを待たせたのに」

「・・・・・・待ち合わせした時間までまだ十分以上あるんですけど」

「あたしは三十分も待ってるもん」

 それはさすがに早く来すぎだろう。夕也が口を挟んでくれた。

「まあまあ、喧嘩するなよ二人とも。それよか三人で遊びに行こうぜ」

「夕也さんいたんですね。ごめんなさい気がつかなくて」

「さっきからずっと麻人の隣にいたけどね。まあ気にしないでいいよ」

「はい。でも夕也さんお姉ちゃんを待ってなくていいんですか」

「あいつは今日生徒会」

「そうですか。寂しいですね夕也さん」

 麻衣がくすっと笑って夕也をからかった。けれども夕也の方は全く動じていなかった。

「まあしかたないよ。それに麻衣ちゃんがいてくれれば全然OK」

 俺は再び夕也の言葉に苛立ちを覚えた。嫌味の一言でも言ってやろうか。そう思った俺
が口を開くより前に、麻衣が夕也に話し始めた。

「・・・・・・じゃあ今日は夕也さんも一緒に帰るんですか?」

「え?」

 普段女の子からそう言う扱いを受けたことがない夕也が戸惑ったように言った。こいつ
が一緒に加わると聞いて迷惑そうな様子を見せた女の子は今までいなかった。麻衣を除い
て。頼むから余計なことを言うなよ。俺は心の中で麻衣に言った。

「そうかあ。今日は三人で帰るのかあ」

 俺の願いも空しく麻衣は話を続けた。この話の続きは俺にはよくわかっていた。

「え、ええと」

「お兄ちゃんどうする? 二人でスーパーで買い物とかしなきゃいけないんだけど」

「ま、まあ、そんなののは三人でゲーセンで遊んだ後に二人で行けばいいだろ」

「でも今日はお兄ちゃんがあたしの服を見たたてくれることになってたじゃん? まあそ
れはいいんだけど」

 麻衣が涼しい顔でさらりと嘘を言う。麻衣の服を買いに行く話なんか聞いてない。

「さすがにあたしの下着を選ぶのに夕也さんを付き合わせちゃったらお姉ちゃんに悪い
し」

 服じゃなくて下着かよ。さすがの夕也も黙ってしまった。俺はしかたなく、多分麻衣が
期待しているだろうセリフを口にせざるを得なくなってしまった。

「夕也さあ・・・・・・」

「ああ。わかった。今日はお前らの買い物をを邪魔しちゃ悪いし先に帰るわ」

「すまん」

 これでまた、夕也にからかわれるネタを提供してしまった。夕也がこの話を面白おかし
く有希に話している姿が浮かぶようだった。また、有希に誤解されるのか。いや、もう誤
解とかどうでもいい段階になっているのだけれど。有希はきっと夕也のことが好きなのだ
ろうから。

「・・・・・・じゃあ麻衣ちゃんまた明日」

「はい。夕也さんさんさよなら」

 麻衣は可愛らしく微笑んだ。


 思ったとおり、麻衣は服や下着を買うつもりは全くないようで、俺たちはまっすぐ自宅
近くのスーパーマーケットに赴いた。

「お兄ちゃん、今日何食べたい?」

「・・・・・・何でも」

「何でもいいは禁止だって言ったでしょ」

「じゃあ肉じゃが」

「・・・・・・また?」

 呆れたように麻衣が顔をしかめた。

「だって好きだし」

「一昨日も肉じゃがだったじゃん。いい加減に他の料理とか言えないの?」

「だったらおまえに任せるよ」

「だから何でもいいはだめだって」

「・・・・・・おまえさ」

 俺は思わず口にしてしまった。

「何よ」

「毎日毎日俺と放課後買い物とかして過ごしてるけどさ」

「・・・・・・うん」

「友だちと遊びたいとか部活に出たいとか思わねえの」

 妹は黙ってしまった。

「弁当とか食事とか俺の面倒だけ見てくれてるのは助かるけど。それに、確かにうちは両
親が仕事で夜遅くならないと帰ってこねえしさ」

「・・・・・・うん」

「俺っておまえに頼りきってる部分があるのは自分でもわかってるけどさ。俺だっておま
えに普通の女子高生の生活をさせてやりたいって思うわけだよ」

 これは嘘ではない。同世代の女の子たちと比べて、うちの妹の生活は不憫すぎる。うち
の両親は二人とも多忙だった。以前は、今ほどではなかったのだけど、父さんと母さんが
企業内で出世し役付きになった。我が家の収入はえらく増えたのだけど、それと正確に反
比例して、二人が家にいる時間は減ったのだ。かわって家事を引き受けたのが麻衣だった。

 正直に言うと麻衣はすごいと思う。中学生ながらに家事をしながら、進学校の俺の高校
に合格した。そして、高校のクラスでも上位の成績をキープしながら引き続き、俺と家の
面倒を見ているのだ。高校一年生の女の子なんだ。もっと友だちと遊んだり、彼氏を作っ
たりする時期なんじゃないのか。生活面で麻衣に頼りきりの俺が言うのは説得力はないか
もしれないけど。


「麻衣?」

「・・・・・・お兄ちゃんって、あたしのことうざいと思う?」

 麻衣はようやく返事をしてくれたけど、どうも話の方向が違う。

「何言ってるんだよ。そうじゃねえよ」

「お兄ちゃんが迷惑ならもうお兄ちゃんにはまとわりつかないよ」

「そんなこと一言も言ってねえだろ。俺はおまえが面倒見てくれて助かってるし嬉しい
し」

「・・・・・・でも、内心ではベタネタくっついてくるあたしのことうざい妹とか思ってるんで
しょ」

「だからそうじゃねえって。おまえだってお年頃だし友だちとか彼氏とかと遊びたいんじ
ゃねえかって」

「・・・・・・彼氏なんていないもん」

「あのさ」

「別に彼氏なんて欲しくないし・・・・・・」

「いや。でもおまえの年頃なら」

「お兄ちゃんと一緒にいられればそれでいいのに」

「え?」

「お兄ちゃん・・・・・・何でそんなに意地悪なこと言うの」

「・・・・・・ええと」

 再び麻衣が沈黙した。こんな話になってしまうとは。完全に失敗だった。それでも、俺
が妹のことを気にしていることもまた確かだ。だから俺は言った。

「おまえビーフシチューとか作れる?」

 妹は沈黙して俯いたままだ。

「何か今日はそういう気分なんだけど」

「・・・・・・作れる」

「じゃあ頼むわ」

 俺は麻衣の手を握って言った。゙

「あ・・・・・うん」

 麻衣が俺の手を握り返した。

 手を握ったら機嫌が直ったみたいだけど、こいつは本当に・・・・・・本気でブラコンなのだ
ろうか。とりあえず麻衣の機嫌は直ったみたいだけど。これじゃ本当に近親相姦目前みた
いな状況じゃないか。これでは夕也にからかわれるのも無理はないのかもしれない。

「お兄ちゃん。この牛肉、日本産なのに安いよ」

 機嫌を直した様子で麻衣が俺に言った。

「うん」

「・・・・・・二人分だからこのパックだとちょっと少ないかな」

 妹に答えようとしたとき、俺は同級生の二見の姿を見かけた。スーパーなんかで何をし
ているのだろう。あいつは普段から生活感を感じないし、スーパーで買い物とか違和感が
ある。

 やはり二見はそれなりに可愛いな。俺はそう思った。男ならみんなそういう感想を持つ
だろうけど、別に好きな子じゃなくても女の子のことは気になる。そうやって改めて眺め
た二見は可愛らしかった。あれで変人じゃなきゃもっと男からもてるだろうに。そう考え
た俺は、そのとき二見ともろに目を合わせてしまった。何だかわからないけど気まずい。
俺が彼女を見つめていたことが二見にはわかってしまっただろうか。

「・・・・・・お兄ちゃん、あたしの話聞いてる?」

 麻衣が不審そうに言った。


今日は以上です

また投下します

また落とす気?
もう少し書き溜めてから書こうよ


 二見はスーパー内を足早に移動している。あいつ、何か買物でもあるのか。今日はやけ
に二見に縁があるな。そう思って麻衣から目を離し二見の方に視線を動かすと、彼女はか
がんでなにやらシャンプーとかそういう品物を選んでいるようだった。彼女はシャンプー
みたいな商品をかごに入れて立ち上がるとき、何かを床に落とした。財布のようだった。

「聞いてるけど・・・・・・あのさ」

「どうしたの?」

「ちょっと買いたい物あるから」

「うん?」

「探してる間おまえ買い物してろよ」

「別にいいけど。あたし冷凍食品とか買ってるから」

「・・・・・・ビーフシチュー作るのに何で冷食を」

「冷凍食品はお弁当用だよ。じゃあ、あまり待たせないでね」

「ああ」

 床に放置されていたのはやはり財布だった。赤い皮の財布だ。二見を見つけて声をかけ
用と思ったけど。彼女の姿が見当たらない。早く返さないと麻衣を待たせることになる。
せっかく直った妹の機嫌がまた悪くなったら目も当てられない。そうなれば今夜の俺の平
穏な時間は失われたも同然だ。二見が見つからないのなら、レジの横にあるサービスカウ
ンターで店員に託せばいいのだ。俺はそう思い立って早足でレジの方に向かった。麻衣の
機嫌が悪くならないうちにさっさとこの財布を預けてしまおう。

 そう思った俺が客が並んでいるレジの横を通り過ぎようとしたとき、すぐ横のレジの前
に当の本人が清算を待っていることに気がついた。


「三千二百円のお買い上げになります」」

「はい」

そう答えた二見は財布を見つけられないようだった。後ろに並んでいる客の無言の圧力
を、この俺が感じてストレスを覚える。二見は自分のスクールバッグの中を焦ったように
探し回っていた。

「お客さま?」

「すいません、ちょっと待ってください」

「おかしいな。財布どこにしまったんだろう」

 レジにいる店員に困惑した様子の彼女が話しかけた。

「おい」

 俺の声は二見には届かなかったようだった。

「おい、二見」

「・・・・・・え?」

 このとき初めて二見が俺の方を見た。

「ほら、落ちてたぞ。これおまえの財布だろ」

「あ・・・・・・」

「さっき屈んで何か見てた時に落としたみたいだぞ」

「あんたは」

 あんたじゃねえだろ。もう少し話のしようがあるだろ。

「あんたはじゃねえだろ。同級生の名前くらい覚えておけよ。ほら、財布」

「・・・・・・ありがと」

「お客さま?」

 レジにる店員が二見に言った。

「あ、すいません。これで」

 彼女は俺から受け取った財布から紙幣を取り出してレジの店員に渡した。

「五千円お預かりします。ありがとうございました」

「あ、あの」

 二見にかまけている場合じゃない。俺は麻衣のところに行かなきゃいけないのだ。

「じゃあな」

「・・・・・・池山君、ありがとう」

「おう」

 何だよこいつ。俺の名前知ってるんじゃねえか。不思議と綺麗な印象の二見の顔を眺め
て俺はそう思った。


 二見に財布を渡せたのはいいけど、結構時間を食っちゃったようだ。麻衣は待たされて
怒ってないだろうか。待ち合わせ場所のはずの冷凍食品売り場には、麻衣既にいない。ま
さか、勝手に帰っちゃったんじゃねえだろうな。そう思った俺が雑誌売り場の方を見ると、
麻衣がいた。何か雑誌を立ち読みしているようだ。すげえ夢中になって立ち読みしてるみ
たいだ。・こういうところは麻衣は可愛いい。それにしても、いったいあんなに夢中にな
って何を立ち読みしているんだろう。

 俺は麻衣が読んでいる雑誌の表紙が読めるまで、麻衣の方に近づいた。

 ・・・・・・ヤング・レディース。巻頭特集「鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して」)

 おい。いったい何の話を夢中になって読んでるんだあのバカ妹は。このことは知らなか
ったことにした方がいい。そうっとこの場から離脱しよう。俺がそう思ったとき、俺は麻
衣に見つかって話しかけられた。

「お兄ちゃん?」

「おう」

「・・・・・・遅いよ」

 麻衣が立ち読みしていた雑誌を棚に戻して言った。

「ああ、悪い。」

「何を探してたの」

「あ、いや。うん」

 買いたい物があるわけじゃなく、二見が財布を落としたからだとは言いづらい。何で麻
衣に言いづらいかはわからなかった。

「はい?」

「・・・・・・いやちょっと欲しかったものがあったんだけど見つからないからいいや」

「欲しかった物って? あたしが探してあげようか」

 やばい。欲しい物なんか何にも思い浮かばない。

「何を探してたの」

「・・・・・・それよかさ、おまえは何を夢中になって読んでたんだよ」

 話を逸らすにしても最悪の選択肢じゃねえか。口に出したとたんに俺はそのことを後悔
した。

「漫画の雑誌」

 妹はしれっと答えた。何の躊躇もなく。

「これ。これに連載されてる漫画がすごく面白いの」

 表紙を見ただけで俺には何の論評も出来ないのだと悟る。

「クラスでも流行っているんだよ」

「な、何ていう漫画?」

 よせよ俺。そこに触れるな。

「これこれ。『鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して』っていうやつね」

「・・・・・・あ、ああ」

 何で麻衣は、わざわざこんなもののページを開いて俺に見せるのか。

「禁断の恋に陥る兄妹の心理過程を丁寧に描写してるんだよ。ほらちょっと見てみ」

 ・・・・・・おいおい。もういい加減にしろ。


漫画の兄「妹! もう我慢できないよ」

漫画の妹「お兄ちゃんだめ。あたしたち血が繋がった兄妹なんだよ」

漫画の兄「おまえが嫌なら何もしないよ。俺のこと嫌いか」

漫画の妹「・・・・・・そんな聞き方卑怯だよ」

漫画の兄「俺はおまえのことが好きだ」

漫画の妹「・・・・・・お兄ちゃん」

漫画の兄「おまえはもう一生俺以外の男と寝るな!」

漫画の妹「・・・・・・いや、やめてお兄ちゃん!」



「どう? 面白いでしょ」

「・・・・・・これは何の嫌がらせだよ」

「嫌がらせって」

「・・・・・・おまえ絶対わざとやってるだろ」

「何言ってるの? お兄ちゃん、あたしはクラスで評判になっている漫画を」

「もういい。帰るぞ」

「うん。別にいいけど。もう買い物は清算してあるから、この袋持ってね」

「・・・・・・ああ」


「ほら、もう帰るよ」

「わかってるよ」



 スーパーマーケットの出口に来たとき、俺は二見に話しかけられた。

「池山君?」

「・・・・・・え? あ、二見か」

 ここまで楽しそうだった麻衣が沈黙して二見の方を見た。

「池山君、さっきはありがと。あたし慌てちゃってちゃんとお礼言えなくて」

「さっきありがとうって言ってくれたじゃん」

 やっぱり二見って可愛いい。何でぼっちなのか不思議なくらいだ。これで性格的に変っ
たこととかなければ学校でリア充確定だろう。

「とにかくちゃんとお礼言いたくて。ありがとう、さっきはパニックだったから本当に助
かったよ」

「・・・・・・よかったね」

「池山君ってこれまでお話したことなかったね」

「そうだな」

 つうかおまえは誰とも話ししたくないオーラ出していたではないか。

「これからは教室で話しかけてもいいかな」

「ああ、クラスメートなんだしな」

「よかった。これからはよろしくね」

 二見がにっこりと笑った。

「あ、ああ」

 可愛いじゃんか。不覚にも俺はそう感じてしまった。

「・・・・・・お兄ちゃん?」

 麻衣が不機嫌そうに横から口を挟んだ。

「うん?」

「スーパーの袋が重くて手が痛い」

「・・・・・・買い物の邪魔しちゃってごめんね。あたしもう行くね」

 二見が言った。

「ああ、また明日教室でな」

「うん。さよなら」

 帰り道、妹は妙に無口だった。いつもなら煩いくらいどうでもいい話をしてくるのに、
今日に限っては黙って俯いたままだ。

 ああ! もう面倒くせえな。俺はそう思った。でも、差し伸べる手を差し出すのはきっ
と俺の方からじゃなくてはいけなのだろう。生活の大半を妹に頼っている俺としては。

「ほらそっちの袋もよこせ。持ってやるから」

「自分で持つからいい」

「いいから寄こせって。手が痛いんじゃなかったのかよ」

「いい・・・・・・。お兄ちゃんにうざいって思われるくらいなら手が千切れてもいいから自分
で持つ」

 まただ。だいたい、おまえの持っているスーパーの袋はそんなに重くねえだろうが。

「いいから寄こせよ。おまえ華奢で力ねえんだから」

「やだ」

「だっておまえが手が痛いって言っただろ」

「よかったねお兄ちゃん」

「はあ?」

「前から気になっていた女の子と仲良くなれたんでしょ」

「おまえ何か誤解してるぞ」

「誤解なんかしてないいよ! お兄ちゃんがあたしを放っておいてあの先輩に鼻の下を伸
ばしてたんじゃない」

「・・・・・・おまえさ」

「何よ」

「前にも言ったけどさ。その見境のない嫉妬、何とかしろよ」

「だってお兄ちゃんが」

「あいつは単なる同級生。たまたまあいつが落とした財布を拾って届けてやっただけだろ
うが」

「・・・・・・だってあの先輩、お兄ちゃんに話しかけてもいいかなって」

「・・・・・・だから何だよ? 俺に話しかける女はみんな俺に気があるって言いたいのか?」

「だって」

 全くこいつは。こういうときの最終手段がある。

「ほれ片手出せ」

 妹が俺の顔を見上げて赤くなった。

「それともおまえの荷物もってやろうか? 両手塞がるからおまえの手を握ってやれない
けど」

「何言ってるの」

「どっちにする?」

「・・・・・・荷物は自分で持つ」

 俺は妹の小さな手を握り締めた。妹も黙って握り返してきたので、多分これで俺たちは
仲直りできたのだろう。


「今日は先輩いないね」

 翌朝、自宅の最寄り駅で麻衣が俺に言った。麻衣の言う先輩が二見のことをさしている
ことは明白だ。

「そうだな」

「・・・・・・残念そうだね。お兄ちゃん」

 こいつが気軽にこういう風に話すときは実はあんまり気にしてないんだよ
な。俺はそう思った。こいつが本当に気にしているときは、泣くか黙っちゃうかだし。
昨日こいつの手を握ったのがよかったのか。

「ほら電車来ちゃったよ。お兄ちゃん早く」イ

「だからいつも言ってるけど、いきなり手を引っ張るなよ」

 手を握る以外でも、昨日あれだけ妹にサービスしてやったのだから、麻衣の機嫌がいい
のは当然だ。



『肉じゃが美味しい?』

『すごく美味しいよ、ほらおまえも』

『な、何やってるのよ!?』

『おまえに食べさせようとしているんだけど』

『お兄ちゃんの変態!』

『結局食ってるじゃねえか』

『うるさい!』



 それにしても。いつも駅のベンチでスマホ弄ってる二見は、なぜ今日はいないのだろう
か。どうでもいい話だけど、何だか少しあいつのことが気になる。

「お兄ちゃん」

「おう」

「今、あの先輩のことを考えてたでしょ」

 おまえはテレパスかよ。

「考えてねえよ」

「嘘だね」

「だから誤解だって」

 そのとき、有希が救世主になってくれた。

「おはよ麻衣ちゃん」

 隣の駅から電車に乗り込んできた有希が元気にあいさつした。

「よう麻人」

 夕也だ。やっぱりこいつも有希と一緒か。妹の嫉妬とは別な意味で俺は気分が沈んでい
くのを感じた。

「あ、お姉ちゃん」

「何か元気ないじゃん」

 有希が俺たちを眺めて言った。

「そうなんだよ」

「あんたじゃないよ。麻衣ちゃんのこと」

 有希が一言で俺を切り捨てた。夕也がおかしそうな表情をした。

「麻衣ちゃん何か悩み事でもある?」

 妹は黙って有希の顔を見上げた。何となくだけど、泣きそうな表情のような気がする。

「そうか」

 有希が怖い顔で俺の方を見た。


「あんたら前の車両に移動しなさい」

 有希の突然の命令に、俺もそうだけど夕也も面食らったようだった。

「え? 何でだよ」

 夕也が有希に言った。有希は黙って夕也を睨んだ。

「お、おう。何だか前の車両に移りたい気分になってきたぜ」

 夕也の言葉に今度は俺の方が驚いた。

「何で?」

 有希が俺を睨むと、夕也が俺を催促した。

「ほら行くぞ麻人。さっさと移動しようぜ」

「おい、ちょっと待てって・・・・・・気持ち悪いな。手を引っ張るなよ夕也」

 麻衣と有希と別れて隣の車両に移ると、夕也が俺を問い詰めだした。

「で? 今度はいったい何をやらかしたんだよおまえは」

「何って・・・・・・何もしてねえよ」

「嘘付け。何もなくて俺たちが隣の車両に追い出されるようなことになるわけねえだろ」

「本当だって」

「麻衣ちゃんって何か悩みがあったぽいよな」

「知らねえって」

 思い当たるのは二見のことだけだ。あれが麻衣の不機嫌とか悩みの原因だとすると、俺
にとっては冤罪としかいいようがない。

「じゃあ、何で麻衣ちゃんがあんなに悩んで、有希もあんなにそれを真剣に受け止めてた
んだよ」

「だから本当に知らねえんだって」

「おまえ、何か思い当たることがあるだろ」

「うーん」

 おまえはテレパスかよ。

「白状すれば楽になるぞ」

「まあ、勘違いかもしれないけどさ」

 俺はしぶしぶと口を割った。

「もったいぶらずにさっさと話せ」

「昨日妹とスーパーで買い物してた時に、同じクラスの二見と会ってさ」

「二見って。ああ、あのぼっちの子ね。ちょっと可愛いよな」

「まあ確かに可愛いんだけどさ。暗くね? あいつ」

「だからいつもぼっちなんだろ」

「そんでスーパーであいつが財布落としたんで拾ってやったんだけどよ」

「うん」

「そしたらあいつ」


「ほう。あの可愛い二見がおまえのともっと仲良くなりたいと言ったわけだ。いいなあ、
おまえ」

 夕也が俺をからかうように軽口を叩いた。

「ボッチだとか言ってたくせに。それにそうじゃねえよ。普通に学校で話しかけてもいい
かって聞かれただけだろうが」

「そんなこと一々確認する女なんていねえよ。わざわざそんなことを言うのには訳がある
んだよ」

「訳って何だよ」

「おまえに意識させたいんだろ? 自分のことを」

「考えすぎだろ? それって」

「ああ、いいよなあ。持てる男はよ。実の妹なのに麻衣ちゃんからはヤンデレ気味なほど
愛されているのに、今度はクラスの謎の美少女から好意を寄せられるなんてよ」

 こいつ本気でむかつく。おまえにだけは言われたくない。そう思った言葉が思わず口に
出てしまったようだ。

「おまえにだけは言われたくねえよ」

「え? 何で」

「うるせえな。何でもねえよ」

「おまえ何勝手に切れてんだよ。訳わかんねえよ」

「おい駅に着いたぞ。早く降りようぜ」

「誤魔化しやがった、こいつ」



 少なくとも夕也のせいではない。本当は自分でもわかっていたのだ。俺と有希が恋人同
士の間柄なら、夕也は、この友情に厚いこいつならきっと俺と有希の間に割り込もうなん
て思わなかっただろう。夕也が現れるまで、俺と有希は仲がいい幼馴染ではあったけど、
そして俺の方は有希のことが大好きだったけど、客観的に見れば俺と有希は単なる幼馴染
であって、恋人同士でも何でもない。だから、そこに現れた夕也に有希の心を持っていか
れたとしても、それは夕也が卑怯だとか卑劣だとかということはできない。同時に有希が
夕也のことを好きになったとしても、それは俺に対する裏切りではない。俺は有希に告白
すらしたことがなかったのだから。

 夕也が俺たち三人の関係に入り込んでくる前に、俺が有希に告白していたとしたら。有
希は俺の気持ちに応えてくれていたのだろうか。それは今となっては考えることすらむな
しい想像だった。とにかく、今の有希が夕也を好きなことは誰の目にも明らかだった。夕
也の方も。つまり二人が結ばれるのはもう時間の問題なのだ。

「どうした? 何考え込んでるんだよおまえ」

 俺の気持ちを知らない夕也が不審そうに問いかけた。


「麻人、ちょっとこっちに来なさい」

 学校前の駅で下車すると、俺と夕也の方に歩み寄って来た有希が怖い顔で言った。

「何だよ」

「夕也は麻衣ちゃんを教室まで送って行って。あたしはこいつに少し話しがあるから」

「話ってもう始業時間まであまり時間ねえぞ」

「すぐ済むよ。あんたはとにかく麻衣ちゃんを連れて行って」

「お、おう。麻衣ちゃん、教室まで送ってくよ。行こう」

 険しい表情の有希に怯んだ夕也が麻衣に話しかけた。

「はい」

 麻衣のやつは、俺の方をちらりとも見やしない。

「麻人、ちょっとこっち来て」

「どこ行くんだよ」

「いいから着いて来て」ュ

 突然、有希に手を握られた俺は狼狽した。いったい何だよ。

「何で俺の手を握るの」

「うるさい!」

 中庭まで俺は有希に手を引かれたきた。思い出すまでもなく、有希が最後に俺と手を繋
いでくれたのは、夕也が登場する前だった。

「ここでいいわ」

「あと十五分くらいでホームルーム始っちゃうんだけど」

「・・・・・・あんたさ、何考えてるのよ」

 有希が俺の手を話し、険しい表情で俺を問い詰めるように言った。

「いきなり何だよ。わけわかんねえよ」

「麻衣ちゃんの気持ちとか、あんた真剣に考えたことあるの」

「おまえ、何言ってるの?」

「あたしは引っ越すまではあんたたちの隣の家で、ずっとあんたと麻衣ちゃんを見てきた
んだよ」

 何言ってるんだこいつ。

「だから、麻衣ちゃんのあんたへの気持ちはあたしが一番良くわかってる。あれだけ一途
にあんたのことを慕っている麻衣ちゃんの気持ちを何で弄んだりできるの?」

「ちょっと待て」

「何よ」

「俺が妹の気持ちを弄ぶってどういうことだよ」

「だってそうでしょ。麻衣ちゃんから聞いたけど、昨日だってあんたは二見さんと麻衣ち
ゃんの前で、見せつけるようにイチャイチャしてたんでしょ」

「おまえそれ何か誤解してるぞ」

「あまつさえ」


 俺の言葉なんか全く聞かずに有希は言いつのった。

「麻衣ちゃんが嫉妬したり怒ったりした時、あんたはすぐに麻衣ちゃんの手を握ったり肩
を抱いたりあーんしたりとか、そういう姑息な肉体的な接触で麻衣ちゃんを惑わせたりし
たらしいじゃない」

 どうしたらこんなひどい誤解ができるのか。麻衣は結局俺のことを誤解したままだった
のか。俺はため息をついた。

「あのさあ。昨日は二見の財布を拾ってやった俺に、あいつがお礼を言っただけなんだ
ぜ」

「だけど、麻衣ちゃんは」

「だけどじゃねえよ。おまえ、麻衣のことを心配してるふりをして、気にいらない俺に言
いたいことを言ってるだけじゃねえの」

「・・・・・・違うよ」

「本当は俺のことが気に入らないだけなんだろ? だったらもう俺に話しかけるなよ」

「ち、違う」

「夕也と二人で仲良くしてればいいじゃねえか。何で俺のことなんかそんなに構うんだ
よ。気に入らなけりゃもう俺には話しかけないでくれ」

「・・・・・・何で」

「何でじゃねえよ。おまえは大好きな夕也のことだけ気にしてりゃいいだろ。もう俺と麻
衣のことは放っておいてくれよ」

 俺は何でこんなにエキサイトしてるんだろうか。夕也とべったりな有希への嫉妬なの
か。情けねえな俺。

「じゃ、もう行くから」

「あ。ちょっと待って」

「おまえも早く行かないと遅刻するぞ」

 俺はもう有希の方を見ずに教室に向かって歩み去った。


今日は以上です
また投下します

乙ぅ

地の文が入ってテンポが悪くなっちゃったな
とりあえずがんばれ


ビッチから流れてきて初めて読んだけどこっちも面白い


 胃が痛くなるような有希との不毛な会話から逃れて教室に入ると、二見が俺に話しかけ
てきた。本当に話しかけてくるんだな、こいつ。さっきまで有希との会話にエキサイトし
てしまった俺には、冷静な態度で二見に接することができるのかわからなかった。

「池山君」

「おう」

「おはよう。昨日はありがとね」

 目の前で、二見が微笑んでいる。

「おはよう」

 辛うじてあいさつを返した俺は、二見の姿を盗み見るように眺めた。やっぱりこいつ、
可愛いな。特にいつも無愛想なので今日みたいに微笑むと特に。

「池山君、大丈夫?」

 二見が不思議なことを聞いてきた。

「大丈夫って何が」

「何か一日の始まりから消耗してるって感じ」

 少しだけ複雑そうな笑みを浮かべて、二見は言った。何なんだいったい。

「ああ。ちょっと登校中にいろいろ会ってね」

「遠山さんと喧嘩でもした?」

「いや、そんなじゃねえけど」

 遠山さん。と、こいつがそう言った相手は有希のことだ。こんなことで違和感を感じる
理由はないのだけれど、俺にとっては有希は有希だったので、最初は二見が何を言ってい
るのかわからなかった。

「何であたしなんかがそんなこと知ってるんだよって、今考えたでしょ」

「いや。でも何でそう思ったの?」

「あたし、ぼっちだからさ」

「え?」

 普通は触れられたくないだろう事実を、二見はさらっと言ってのけた。さすがに何て答
えていいのかわからない。

「普段学校でやることないし、自然とみんなのこと観察するようになっちゃってね」

 二見はさらっと話を続けた。しかし、こいつ本当にみんなが噂しているようなコミュ障
なんだろうか。会話をしている限りではとてもそうは思えない。

「ぼっちって・・・・・。おまえって自分から一人を選んでる感じだけどな。何というか周囲
を遠ざけているっていうかさ」

 初対面に近い俺なんかとこれだけ話せるならば、こいつがその気になれば友だちなんか
いくらでもできるだろうに。しかも容姿だってこんなに可愛いんだし。

「あたしのことはいいの。それよか遠山さんって君のことが好きなんだね」

「何言ってるの、おまえ」

「友達がいないっていいこともあってさ、人間関係がフラットに見えるって言うか」

「はあ?」

 本気でこいつが何を言いたいのかわからない。

「要は中立的な立場で観察するとわかることもあるってこと」


 こいつは部外者だから無理はないけど、有希の好きな相手について誤解しているらしい。
放っておいてもいいのだけど、こういう誤解は早めにといておいた方がいい。俺にとって
も有希にとっても迷惑な話題なのだから。

「ここだけの話だけどさ」

 俺はいったい初めて話すようになったばっかの二見に何語っているんだろう。

「うん」

「有希には好きな相手がいるの」

「それが広橋君のことなら、それは違うと思うな」

 二見は俺に言った。

「え?」

「広橋君は遠山さんのことが好きなのかもしれないけど、遠山さんが好きな人は君だよ」

 何を言ってるんだこいつ。

「池山君?」

 ふざけるなよ。いろいろな意味で俺はそう思った。こいつの言っていることが正しいと
か正しくないとか、そういう意味ではない。

「おまえは何だよ?」

「ぼっちの女子高生だよ」

 二見がまた微笑んだ。その笑顔は不覚にも俺を引きつけた。だが言うことは言っておか
ないといけない。

「あのさ。あの二人は相思相愛なんだから、余計な波風を立てるな」

「そんなことするわけないじゃん。あたしは観察してるだけだもん」

「・・・・・・何でそんなに人のことに興味あるの? 自分は人と関らないようにしてるくせ
に」

「関らないようにはしてないよ。相手されないだけで」

「嘘付け。おまえくらい可愛ければその気になれば友だちだって取り巻きだって彼氏だっ
てできるだろう」

「それはそうかもね」

 二見はそれを否定しなかった。そして不思議なというか不敵な笑みを浮かべた。

 何か怖いなこいつ。俺は本能的にこいつだけは回避すべきだと思った。そのとき救いと
いうか担任が教室に入ってきた。

「先生来たぞ」

「そうだね」

 二見はそう言って自分の席に戻っていった。


 授業中に俺は考えた。なぜ有希が俺のことあんなに怒ったんだろうか。妹の気持ちを弄
んでいると言ってたけど、さっきのはほとんど言いがかりに近い。確かに妹には感じやす
いというか、俺の行動を深読みしすぎて勝手に傷付いたりするところはあるにしても、今
回の件は完全に濡れ衣だろう。麻衣だって、俺が優しくすれば忘れてくれるくらいのこと
だったじゃんか。有希が俺と麻衣の間に入って事を大げさにしているとしか思えない。も
っと言えば、麻衣より有希の方が二見のことを気にしてるとしか思えない。

 夕也とのことがなきゃ有希が俺に気があるんじゃないかと誤解するようなレベルの干渉
だと思う。そう考えるとさっきの俺の態度は間違っていない。それにしても、女ってわか
んない。俺はそう思った。二見はぼっちだからコミュ障だからと思っていたら、実はあん
なにはっきりと自分の考えを話せるのだ。そもそも俺に対してあれだけ行動できるんなら、
ぼっちになる理由なんてない。あいつは、やっぱり自分から同級生との関りを避けている
としか思えない。では、何で急に俺に近づいてきたんだろか。たかがスーパーで財布を拾
ってやったくらいで。

 それにしても。俺は再び思考を切り替えた。最近、麻衣とも有希とも会話がかみ合わな
いことが多いけど、さっきの二見との会話は見事にかみ合っていた。実は、あいつとは相
性がいいのかもしれない。そういやあいつ、有希は夕也じゃなくて俺のことが好きだって
言ってたな。俺は二見の言葉を思い出して少しだけうろたえた。まあ、その辺はあまり真
面目に受け取ると自分が傷付くだけだからあまり考えないようにしよう。

 それにしても二見って可愛いい。普通ぼっちに可愛い子なんていないし、ましてはきは
きと喋れる頭のいいぼっちがいるなんて考えたことなかったけど。あいつは、成績も結構
いいし。そういうところもあって、クラスで孤立はしてるけどいじめられたりしないんだ
ろうか。可愛くて頭も良くてはきはきしているぼっちか。何かピンとこない。というか。

 俺は何で二見のことばっか考えてるんだろうか。俺は二見の方をちらっと眺めた。

 あいつは、また机の下に隠してスマホを弄ってるいようだ。ネットでも見ているのだろ
うか。

 それから、また俺の思考は有希の行動の方に戻って言った。今朝のあいつの行動は最悪
だし、俺にはあいつに謝ったり妥協したりする要素は何もない。ただ、夕也が俺たちの仲
に入り込んでくる前のことを考えると、さっきのヒステリックな有希の行動にも理解すべ
き点はあるのかもしれない。だいぶ落ちついてきた俺はそう考えた。

 さっきの有希の俺に対する非難は言いがかりだ。それは今でもそう思っているけど、そ
の行動の根底に、有希の麻衣への愛情や心配があるとしたらどうだろう。言いがかりだと
一括りにして切り捨てていいことなのか。

 父母が仕事が多忙であまり家にいてくれない環境に育った俺と麻衣が、二人きりの生活
によってお互いへの依存を深めていったことは確かだった。それについては麻衣を一方的
に非難できない。俺だって日常生活のかなりの部分を麻衣に依存しているのだから。そし
て、麻衣にとって俺では頼りにも当てにもできない部分を助けてくれたのが有希だった。
有希に話したら笑われるかもしれないけど、一時期俺と有希は麻衣の父母みたいだって考
えていた。実の兄の俺はともかく、それだけ有希も麻衣のことを気にかけてくれていたの
だ。

 そう考えた俺は有希に対して好意的にさっきの話を解釈しようと努めてみたが、これは
やはり無理だ。今朝の有希の話は許容しがたいほど、無理解と偏見に満ちていた。


 昼休みになると、夕也が俺の方に寄ってきた。

「おい」

「うん? どうした」

「何かよくわかんねえんだけど」

「何だよ?」

「さっきの休み時間に、おまえあての伝言を預かってよ」

「伝言って誰から?」

「有希からだけど」

 何なんだ。反省して俺に今朝の態度を謝罪しようとでも言うつもりか。

「何だって?」

「俺が言ってるんじゃねえからな。あくまで伝言だぞ伝言」

「わかったよ。で?」

「そのまま伝えるとだな・・・・・・『今日はあたしと麻衣ちゃんと二人で食事するから兄は邪
魔しないで』ってよ」

 麻衣も有希もガキの嫌がらせかよ。あるいは有希が麻衣のことを気にかけてくれている
のは本当なのかもしれないけど、俺のことはどうでもいいと思っているとしか思えない。
有希が夕也のことを大好きなのはしようがないとしても、俺に対して何でこんなに攻撃的
なのだろう。

 「好きの反対は無関心だよ」

 昔、何でかそういうことを有希に言われた記憶がある。そのときは素直に有希の言葉に
感心したのだけれど、今にして思えば好きの反対は憎悪としか思えない。実際、有希が俺
に対してしていることはそうとしか思えないじゃないか。

「そういうわけだ。あ。俺は伝えただけだからな」

「わかってるよ。じゃあ、二人で学食でも行くか?」

「悪い。俺、昼休みに佐々木に呼び出し食らってるんだよな」

「先生に? おまえ何かやらかしたの?」

「違うって。ちょっといろいろあってな」

「ちょっとなのかいろいろあるのかどっちだよ」

「細かいところに突っ込むなよ。じゃあな」

「ああ。またな」


 有希のせいか麻衣のせいかわからないけど、昼飯を人質にとるとは嫌がらせにもほどが
ある。今日弁当がないならないって朝に言えよ。俺はそう考えた。俺が何をしたって言う
んだよ。まあ、仕方ない。弁当がない以上学食か購買にでも行くしかないな。俺が席を立
ったとき、二見が俺の方に近寄ってきた。

「池山君」

「お、おう」

 こいつと話すと周りの目が結構気になる。周囲の生徒は絶対俺たちの方を気にしてる。

「今日は妹さんと一緒にお昼食べないの」

「うん。あいつ今日はお弁当作らなかったみたいで」

 俺はとりあえず無難に取り繕った。

「じゃあ池山君、学食行くの?」

「学食か購買か空いている方にしようかと思ってさ」

「よかったら一緒にお昼食べない?」

 え? 何言ってるんだこいつ。

「本当によかったらだけど・・・・・・今日お弁当作りすぎて来ちゃったから。よかったら食べ
てくれない?」

 何だ? このギャルゲのテンプレ設定みたいな状況は。

「いいの?」

 他に何と言っていいのかわからない。

「残すのももったいないしね」

 二見は微笑んだ。本当になんでこんなに可愛いのにこいつはぼっちなんだ。

「迷惑?」

「んなことねえけど」

「じゃあ、中庭に行こう」

「・・・・・・うん」


「出遅れちゃったけどそこのベンチが空いてるね」

「うん」

「じゃあ、食べようか」

 何だ? 何かやたら豪華なお弁当が出てきた。

「よかったらどうぞ。これ、お箸ね」

「あのさ」

「うん?」

「何かお花見の弁当みたいな重箱入りの弁当だけど、いつもこんなもの学校に持ってきて
るの?」

 んなわけねえだろ。

「今日はたまたま。作りすぎちゃったって言ったじゃん」

「これ全部自分で作ったの?」

「うん」

「すげえ」

「別にそんなことないよ」

 二見が赤くなった。珍しいものを見るものだ。

「じゃあ、せっかくだから頂こうかな」

「余っても捨てるだけだし、いっぱい食べてね」

 しかし、さっきまでの麻衣と有希の言動は考え過ぎ、思い込み過ぎからきたものだった
けど、さすがに二見と俺の今の状況をあいつらに見られたら。すごくヤバイ気がする。そ
れだけ、俺の方にやましい意識があるのだろう。

「どうしたの?」

「あのさ、おまえさ」

「うん? 食べないの?」

「食べるけど・・・・・・それよかおまえ何で急に俺に近づいたの? 今まで俺たちって話もし
たことなかったじゃん? たかがスーパーで財布拾ったくらいで、何でお昼一緒にとか言
い出した?」

「何でって。迷惑だった?」

「迷惑じゃねえよ。むしろ友だちが増えて嬉しいけどさ」

「じゃあ、いいじゃん。池山君、好き嫌いある?」

「特にないな」

 質問に答えねえなあ、こいつ。俺は不思議に思った。こいつはいったい何を考えている
のだろうか。

「じゃ、煮物をどうぞ。京野菜を使ってるのよ」

 二見が微笑んだ。


今日は以上です
また投下します


 放課後になっても気持ちは少しも落ちつかなかった。有希の怒りとそれに対する俺の反
発のせいだ。有希が麻衣のことを大切に思っているにしても今朝の俺への苦言や怒りは行
き過ぎている。昼休に二見の手作りの弁当を二人きりで食うという思いがけないイベント
のせいで、俺の気持ちはややおさまったのだけど、やはり午後の時間に考えれば考えるほ
ど納得がいかない。突き詰めてみれば簡単だった。有希が俺と二見の関係に嫉妬したとい
うのなら、俺にも納得できる。というか、嬉しいという感情さえ持てる。でも、そうじゃ
ないことは明らかで、そうではない以上、俺と二見の間柄を有希にとやかく言われるいわ
れはない。たとえ、有希が麻衣のことを気にかけていたにしても、やはりそれは、俺と麻
衣だけの問題なのだ。

 今までもそうだったとおり、有希は夕也のことだけを心配していればいいのだ。好きで
もない、付き合う気もない俺になんか干渉する必要も権利もない。要はそういうことだろ
う。

 今日という今日は本気で怒ったからな。麻衣にも有希にも。俺は思った。よく考えれば、
俺は今日は金を持ってきていなかったのだ。夕也に頼めば昼飯代くらい貸してくれただろ
うけど、あいつは職員室に呼び出されていた。つまり、偶然二見が作り過ぎたっていう弁
当を分けてくれたからよかったけど、下手したら昼飯抜きになるところだったのだ。自分
だけ昼飯がないなんていう、腹が減るうえに屈辱的な経験をさせられるところだった。そ
れも有希と麻衣がしでかしたことのせいで。

 よし決めた。今日は昼に麻衣とは会えなかったから放課後の約束もしていない。勝手に
帰ってしまおう。あと帰ったらカップヌードルで夕飯も済ませよう。こんな思いまでさせ
られて、妹の飯なんか食うもんか。

 麻衣に会う前に帰ろうと思い立ち、席を立った俺に有希が近寄ってきた。

「ちょっといい?」

 今さら何だよ。こいつは自分のしたことを反省すらしている様子がない。そんなやつの
相手をする理由はない。俺は有希を無視して教室の出口に向かった。

「え・・・・・・ちょっと麻人」

 背後からうろたえたような有希の声がした。

「おい、有希がおまえを呼んでるって」

 夕也が間に入って言った。こいつには悪いけど、有希に妥協する要素は何一つない。

「俺、今日はもう帰るから」

「麻人、ちょっと話が」

「おい、ちょっと待てよ」

「また明日な、夕也」

 俺は有希の方を見ずに夕也にだけ別れを告げた。教室から廊下に出たとき、既に廊下に
出ていたらしい二見が俺を見た。

「池山君さよなら」

「え? ああ、二見。またな。つうかお昼ありがとな」

「別にいいよ。また食べてくれる?」

「おお。作りすぎちゃった時はいつでも声かけてよ」

「うん、そうする。じゃあね」

「おう、またな」

 俺が二見に軽く手を振ってきびすを返したとき、有希が泣きそうな顔で俯いた姿が目の
端に映った。今さら反省でもしたのか。

「有希? どうかした?」

 夕也が聞いた。有希はそれには答えなかったようだ。


 日が暮れかかった頃、街路灯の灯りにほのかに照らされた自宅のドアの鍵をまわして中
に入ると、家の中には全く照明が灯っていなかった。両親がいないのはいつもどおりなの
だけど、今日は麻衣もまだ帰って来ていないらしい。いつもなら妹と一緒に帰りに買い物
して、帰宅後妹が夕飯を作るんだけど、今日は麻衣を無視して勝手に帰ってきてしまった。

 俺は今日は本気で怒っている。まず二見の件については、文句を言われるようなやまし
いことは少しもない。二見の弁当をご馳走になったのだって、麻衣が俺に弁当を渡さない
と決めた後のことだ。それに仮に何かやましい気持ちがあったとしても、少なくとも夕也
といい雰囲気の有希にそれを咎められる筋合いはない。いくらあいつが麻衣のことを心配
しているにしても、ここまで俺と麻衣の関係に踏み込む権利なんかないのだ。

 おまえは夕也と仲良くしてりゃいいじゃんか。何で俺と妹の仲に口を挟むんだ。俺はそ
う思った。人の気持ちも知らないで。

 あと麻衣も麻衣だ。どんな相談を有希にしたんだか知らねえけど、あいつは、朝俺の分
の弁当も用意してたのだ。それを何だ。有希の口車に乗せられたんだとしても、俺は下手
をすれば昼食抜きになるところだったのだ。今日は妹の夕飯なんか意地でも食いたくない
から、カップラーメンでも食ってすぐ寝てしまおう。俺はそう思ったけど、キッチンを探
しても食えそうなものは見つからない。こういうときに限ってカップラーメンとか冷凍食
品とかインスタント食品とかが何もない。

 今からコンビニに行こうか。いや、面倒だし妹と出合ったら嫌だ。もう寝ちゃおうか。

 俺はそう思った。幸い昼間に二見の弁当をたくさんご馳走になったからそんなに腹は減
ってない。麻衣と顔を会わせるのも面倒だしそうしよう。俺はシャワーを浴びてもう寝ようと思った。



 深夜に何か物音がして、俺は目が覚めた。せっかく空きっ腹を誤魔化して眠れたのに。
いったい何の音だろう。不審に思った俺が部屋の灯りをつけると、麻衣が俺の部屋のベッ
ドの脇に体育座りで俯いていた。

「麻衣? おまえ俺の部屋に座りこんで何してるんだよ」

「めん」

「ああ? 聞こえねえよ。何でおまえが俺の部屋に夜中に座りこんでんのかって聞いてるんだよ」

「ごめん。お兄ちゃん・・・・・・今日はごめんなさい」

「おまえ泣いてるの?」

 いったい何だ。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。今日お腹空いたでしょ。あたしが悪かったの」

 俺は麻衣に何と答えていいのかわからなかった。

「今日ずっと何も食べてないんでしょ?」

「食ってねえけど」

「ごめん」

「とにかく泣き止めよ」

「うん」

「で? 何で今日俺と昼飯食わなかったの?」

「お兄ちゃんが」

「ああ?」

「お兄ちゃんがいい気になって浮気とかしてそうだから懲らしめるって」

「いったい何の話?」

「朝の電車でお姉ちゃんにそう言われたの。少し思い知らせてやった方がいいよって」

 やっぱり有希の差し金か。

「それで?」

「お昼もお兄ちゃんを誘わないで食べようって。寂しく学食で一人で食事させれば少しは
懲りるよってお姉ちゃんが」


「それで?」

「・・・・・・それでって。あたしお昼にお兄ちゃんと会えなくてすぐ後悔して」

「ああ」

「それでお姉ちゃんに謝って、やっぱりお兄ちゃんにお弁当を渡すだけでもしてきますっ
て言って。そしたら」

「そしたら、何だよ」

「そしたらお兄ちゃん中庭で」

「中庭で俺が二見と昼飯食ってたとこ見たということか」

「あ、あの。うん」゙

「それで早速、有希に言いつけたってわけか」

「それはそうなんだけど」

「うん?」

「それはお兄ちゃんがあたしとかお姉ちゃん以外の人と二人きりでいたのはショックだっ
たけど」

「それで?」

「でも、あたしが悪かったんだし。お兄ちゃんのせいじゃないと思ったから、そうお姉ち
ゃんに言ったの」

「そしたら?」

「お姉ちゃんは、あたしがお兄ちゃんを甘やかし過ぎだって」

「何だよそれ」

 正直、これにはむかっときた。有希が俺を好きではないことも夕也を好きなことも、そ
れはしかたがない。俺が文句を言うことではないからだ。だけど、そのことは有希が俺と
麻衣の関係に口を出していい理由にはならない。たとえ有希がこれまで麻衣の母親役をし
てくれていたとしても。

「そんなことないよってお姉ちゃんに言ったの。あたしがヤキモチ焼き過ぎっていうか、
お兄ちゃんに依存し過ぎてるからだって」

「そうか」

「お兄ちゃんごめんなさい。もう二度とこういうことはしないからあたしと仲直りして」

 俺が思わずため息をついた。

「俺さ、昼飯はいつものとおりおまえが用意してると思ってたから金とか全然持ってなく
てさ」

「うん。ごめん」

「金を持ってないんで学食にも購買にも行けねえし、そんでそん時に二見が声をかけてく
れたんだけどさ」

「・・・・・・うん」

「昼飯も食えない俺が、二見のその誘いに乗ったことでそんなに責められなきゃいけねえ
わけ?」

「だからあたしはそんなこと思ってないよ。お昼だってあたしだけ食べたらお兄ちゃんに
悪いと思って全部捨てちゃったし」

「え?」

 食わないで捨てたの? こいつ。捨てるくらいなら有希を振り切って俺のところに弁当
を届ければいいじゃねえか。

「ごめんねお兄ちゃん」

 でも。俺は少しだけささくれだった感情が収まり、心の仲が温かくなっていく気がした。
有希のことはともかく、麻衣は二人きりの兄妹なのだ。本気でこいつと仲違いしていいわ
けはないし、もっと実利的に考えれば麻衣が俺を嫌ってしまえば俺の生活が成り立たない。
食事だけでなく、洗濯や掃除とか。それは今日の夕食抜きの状態がいみじくも示している
とおりだった。


「おまえ、夕飯は食ったの?」

「お兄ちゃんも食べてないんでしょ」

「何もなかったから食ってねえ」

「そうだと思ったからあたしも食べてない」

「あのさあ」

「うん」

「もういいよ。今日のことは忘れたから」

「ほんと?」

「ああ。本当。おまえ、朝飯か食ってないんだったらこんな時間だけど何か食った方がよ
くねえか」

「お兄ちゃんは?」

「もう遅いからいい。俺の方は昼は食ったし」

「じゃあ、あたしもいい」

 有希の言うことなんかどうでもいいけど、麻衣が俺の大切な妹であることだけは疑いよ
うがない。

「久しぶりに一緒に寝る?」

 俺はずいぶん恥かしいことを口にしたようだ。



 翌土曜日の遅い時間に、俺は妹に起こされた。

「お兄ちゃん」

 何かいつもの朝より妹の声が間近で聞こえると思ったら、麻衣は俺のベッドで俺の横に
寝ながら、半ば半身を起こして俺にささやいていた。

「もう十時過ぎてるよ。いくら土曜日だってそろそろ起きてよ」

「うーん」

「お兄ちゃん」

 頬に湿った感触がした。

「おまえ何してるんだよ」

「あ、起きた」

「・・・・・・おまえ、何で俺の隣に寝てるの?」

 どおりでこいつの声が近くで聞こえたわけだ。

「お兄ちゃんが昨日一緒に寝ようって言ってくれたから」

「そうか」

 そう言えばそうだった。

「お兄ちゃんを起こしたくないから起きてからずっと静かにしてたんだけど、さすがにも
う起きないと」

「でも今日は学校休みじゃん」

「お母さんたちがいないからいろいろ買い物とかもあるし」

「そうなのか」

「ずっとこのままお兄ちゃんの隣で寝ていたいけど、あたしはお買い物に行ってくるね」

「そうか。そうだよな」


 麻衣に依存しているとはこういうことなのだろう。俺たちの生活は両親が俺たちに与え
てくれる生活費に拠っているにしても、それを形にしてこの生活を成り立たせているのは
麻衣のこういう働きによるものだ。そして、麻衣は自分のそういう犠牲的な働き方に関し
てはこれまで苦情一つ口にしたことがない。俺は昼飯を食えなかったくらいでエキサイト
した自分の麻衣への怒りを後悔した。

「お兄ちゃんは眠いなら、今日土曜日だしもう少しこのまま寝てていいよ。お昼ごはんで
できたらまた起こしてあげるから」

 ちょっと昨日はこいつに辛く当たっちゃったな。俺こいつがいないと生活すら危ういほ
どこいつに頼りきっているのに。だいたい有希の差し金でこうなったんだ。妹は昔から有
希と仲がいいから、有希の戯言に気が迷うことだってあるだろう。

「俺も起きるよ。一緒に買い物に行くか。荷物運びくらいはするから」

「いいよ、別に。お兄ちゃんは寝てて」

「俺と一緒に買い物に行きたくない?」

 戸惑ったように麻衣が俺の方を見た。その白い整った顔が赤い。

「そんなことあるはずないじゃん」

「よし。これで本当に仲直りだな。着替えて出かけるか。昨日夕飯食わなかったからさす
がに腹減ったな。どっかで朝飯食おうぜ」

「うん・・・・・・お兄ちゃん」

「だからもう泣くなって」

 家の近くのショッピングセンターの一階にあるスーパーで買物を終えると、もう十二時
近かった。

「もう十二時か。どっちかって言うと朝飯というより昼飯の時間になっちゃったな」

「そうだね。お腹空いた」

「おまえは昨日の昼から何も食ってないしな」

「うん」

「買い物する前に昼飯食うか。俺も腹へったし」

「そうね。お兄ちゃん、お腹空いたでしょ」

「どこにする? おまえが行きたいとこでいいよ」

 麻衣はが俯いた。

「もう怒ってねえから。仲直りしたんだからいつもみたいにあれが食いたいとか言えよ」

「うん」

 麻衣が顔を上げてようやく微かに微笑んだ。

「じゃあどうする?」

「あのね、前にお姉ちゃんに教わったんだけど、このモールの中に美味しいパスタ屋さん
が出来たんだって」

 ようやくいつもの妹に戻ってくれたか。俺はほっとした。それにしても有希のお勧めの
店か。でも、麻衣はこれで完全にいつもの麻衣に戻ったようだ。

「いいよ。そこに行こうか」

「いつも混んでるから並ぶって言ってたけど、いい?」

「おまえが空腹を我慢できるなら別にいいよ」

「じゃあ、行こ。七階にあるんだよ」

「うん」


「思っていたより並んでないね。これならあまり待たないんじゃない?」

「よかったよ。もう腹減って倒れそう」

「大袈裟だよお兄ちゃん」

「だって本当に腹へってるんだもん」

「あ、順番が来たよ」

「ああ」

「なあ」

「何食べるか決まった?」

「メニューがよくわかんないんだけど」

「え?」

「写真がついてないからどんなパスタなのか全然わからん」

「何食べたいの?」

「ミートソース」

「またそれ?」

「いいじゃん、好きなんだから」

「それならメニューの上のほうにあるでしょ」

「ないぞ」

「あるよ。上から四つ目に」

「これミートソースじゃねえだろ」

「ボロネーズって言うのはミートソースのことなのよ」

 食事を終える頃、麻衣が真剣な表情で俺に話しかけた。

「あたしさ」

「うん」

「あたしはお兄ちゃんのこと大好きだけど、別にお兄ちゃんをあたしに縛りつけようとか
思ってないから」

「おまえ、いきなり何言ってんの?」

「だから.あたしはお兄ちゃん子でブラコンだけど、お兄ちゃんの恋愛まで邪魔はしない
から」

「そうか」

「それは嫉妬しちゃうこともあるけど、基本はお兄ちゃんのこと応援してるんだからね」

「ああ」

 麻衣が笑った。

「わかったよ。ありがとな」

「大切なお兄ちゃんだからね。恋愛のアドバイスくらいならしてあげるからね」

「調子に乗るな」

「へへへ」

「じゃあ、本当にこれで仲直りだな」

「・・・・・・うん」


「でもね。お兄ちゃんとは仲直りできたけど、あたしはお兄ちゃんとお姉ちゃんがけんか
していることが辛いよ」

「それはどう考えても俺のせいじゃねえぞ」

「やっぱりお姉ちゃん、夕也さんよりお兄ちゃんのことが気になってるのかなあ」

「へ?」

 何言ってるんだこいつ。本気にしそうになるじゃねえか。

「前から気がついてはいたんだけどね」

「おまえ何言ってるんだよ」

「鈍いお兄ちゃんは気がついていなかったでしょうけど、お姉ちゃんってお兄ちゃんのこ
と時々じっと見つめてるしね」

「そんなわけあるか。だいたいそれなら何でおまえは今までそのことを黙ってたんだよ」

「敵に塩を送るわけないじゃん」

「・・・・・・おまえなあ。俺の恋愛を邪魔しないって言ったばっかだろ」

「邪魔はしないよ。聞かれればアドバイスもしてあげる。でも頼まれてもいないのに恋の
橋渡しなんてする必要ないでしょ」

「まあ、有希のことはおまえの勘違いだろうけどな」

「どうかなあ。あたしにも確信はないけどね。でも、わけわかんない二見さんなんて人に
お兄ちゃんを取られちゃうくらいなら、いっそお姉さんに取られた方が」

「よくも知りもしないくせに二見の悪口を言うなよな」

「え」

「あ。いや」

「冗談だよ。ごめん、お兄ちゃん」

「いや、もういいよ」

 何で俺は、二見の悪口聞いてエキサイトしてしまったんだろう。

「ねえ」

「何だよ」

「本当に二見さんのことは何とも思ってないの?」

 俺は沈黙してしまった。


「あのさ」

 翌朝の登校中、有希と夕也と合流する前に俺は麻衣に言った。

「うん」

「俺少し早足で歩いていつもより一本早い電車に乗りたいんだけど」

「何で?」

「あいつらと顔あわせたくないから」

「・・・・・・お兄ちゃん?」

「ああ」

「お姉ちゃんのこと許してあげて。お姉ちゃんはただあたしのことを可哀想だと思ってお
兄ちゃんに注意してくれたんだから」

「全然濡れ衣なのにな。あいつのせいで昼飯も食い損なうところだったし」

「お姉ちゃんは昔からあたしを応援してくれてたから」

「うん?」

「多分、お姉ちゃんは自分の気持ちを抑えてあたしを応援しててくれたから」

「何言ってるのかわかんねえよ」

「お姉ちゃんもきっと辛いんだと思うよ。あたし、一度お姉ちゃんとよく話そっと」

「とにかく俺は先に行くぞ」

「うん。あたしはお姉ちゃんと一緒に行くから」

 こいつのことだから俺と一緒に来るかと思ったのに、麻衣は有希と登校する方を選んだ
ようだ。

「じゃ、先に行くぞ」

「うん。お昼は屋上に来て」

「わかった。じゃあな」

「うん」

 一人で自宅の最寄駅に着いた俺は、いつも有希たちと待合わせをしている電車より一本
早い電車に間に合ったことに少しほっとした。麻衣とは仲直りしたけれど、有希とは会い
たくない。まして、夕也と一緒にいる有希とは。その時、俺はホームのベンチに二見が座
っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車

 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。

「よ、よう」

「あ」

 二見が何かを隠した。スマホの画面なのかもしれない。

「おはよう、二見」

「池山君・・・・・・おはよう。君ってもう一本遅い電車じゃなかった?」

 二見が座ったまま俺を見上げて微笑んだ。何度も考えたことだけど、やっぱりこいつは
可愛い。


「ちょっとわけがあってさ」

「まだ遠山さんと仲直りしてないの?」

「何でおまえがそれを」

「そういや妹さんもいないね」

「あいつは有希たちと一緒に登校するってさ」

「そうなんだ。あ、電車来たね」

「うん」

「これに乗るの?」

「ああ」

「じゃ、一緒に行っていい?」

「おまえいつもベンチで座って、この三、四本後の電車でぎりぎりの時間に教室に駆け込
んでくるじゃん」

「あたしのこと、見ててくれたんだ」

「まあ、毎朝のことだからね」

「見てたのはあたしの方だけじゃなかったのね」

 何言ってるんだこいつ。

「おまえ、朝いつもスマホで何かやってるけど、それはいいの?」

「うん。別にリアルタイムである必要はないし、それに朝はレスを確認してるだけだし
ね」

「はい?」

 二見が何を言ってるのかわからない。

「何でもないよ。一緒に行ってもいい?」

「・・・・・・別にいいけど」

「よかった。あ、電車来たよ」

「うん」

 こいつ、俺に気があるのか。このとき俺は初めてそう考えた。

「少し早い電車だと結構空いてるね」

「本当だ。これからはこの電車で学校に行こうかな」

「妹さんとか遠山さんはどうするの?」

「別にどうもこうもねえよ。約束してるわけじゃねえし」

「じゃあさ。君が一人のときは一緒に学校に行ってもいい?」

 本当に何なんだ。この積極性は。

「おまえさ」

「うん」

「前にも聞いたかもしれないけど、そこまで積極的に人と接することができるのに何でク
ラスのやつらとは話しねえの」

「何でって言われても。別に話すことが思い浮ばないし」

「俺とは話すことあるのかよ」

「わかんないけど、一緒にいたいとは思うから」


 本当にコミュ障どころの騒ぎじゃない。人一倍コミュニケーション能力が備わっている
としか思えない。それに。俺と一緒にいたいというのは何の意味だがあるのだろう。

「ねえ」

「うん」

「携帯の番号とメアド交換しない?」

「・・・・・・別にいいけど」

 昼休みなって、俺は麻衣のところに行こうと席を立った。それにしても、登校したとき
の教室の噂ときたらすごかったな。俺はそう思った。いつもぼっちの二見が俺と一緒に登
校すれば噂されても仕方ないのだろうけど、比較すれば昨日二見のお弁当を食った時より
も周りの視線が痛かったような気がする。まあ無理もない。俺と二見はまるで付き合って
いるかのように並んで教室に入ったのだから。

 だから噂はしかたないにしても、やはり不思議なのは二見のコミュニケーション能力だ
った。普通、どんな相手でも話が途切れることはあるだろう。まして、俺みたいに口下手
な人間相手ならなおさらそうだ。現に、有希とだって、それどころか家族である麻衣とだ
って、ときには話に詰まり気まずい沈黙が訪れることなんかよくあることだった。それが
二見相手だとないのだ。初対面に近い彼女のコミュニケーション能力に俺が何度も感嘆し
たのはそういう理由だ。二見は聞き上手だということになるのだろうけど、どうもそれど
ころではないような気すらする。

 とにかく妹を待たせるとまた麻衣の機嫌を損ねるかもしれな。早く屋上に行くべきだろ
う。教室から廊下に出ようとしたところで、俺は夕也につかまった。

「ちょっと待て」

「何だよ」

「落ち着いて聞けよ。暴力は振るうんじゃないぞ」

「何言ってんのおまえ」

「今日の昼は有希と二人で食ってやってくれ」

「はい?」

 何言ってるんだこいつ。

「あいつがおまえに何か話があるんだって。だから頼むからそうしてくれ」

「よくわかんねえんだけど。つうか俺、妹を待たせてるんだけど」

「そこに抜かりはねえよ。麻衣ちゃんにはさっきの休み時間に了解をもらっているから
よ」

「ってもおまえ」

「あいつもあそこで待ってるから。今日はあいつ、おまえに弁当作ってきてるからさ」

 廊下の端に手提げ袋を提げた有希の姿が見えた。

「じゃ、早くってやってくれ。あいつも待ってるから」

「おい、ちょっと待てよ。おまえはそれでいいのかよ」

 一瞬、夕也が沈黙した。

「・・・・・・いいのかってどういう意味だよ」

「だっておまえら付き合ってるんだろ。何で俺と有希を二人きりにしようとする」

「付き合ってなんかねえよ」

 何なんだいったい。

「あいつはおまえと仲直りしたいんだよ。頼むからそれくらい聞いてやってくれよ」

「何でそこまで必死なんだよ」

「別に必死じゃねえし。じゃ、俺はおまえの代わりに麻衣ちゃんのお弁当を頂いてくるか
らな」

「おい、ちょっと待て。何でそうなる」


今日は以上です
また投下します



>>56は途中でちょっと文が切れちゃってるな

>>60
そう言われて焦って見直したけど別に文章は切れてないようです

>>60
そう言われて焦って見直したけど別に文章は切れてないようです


>っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車
> 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼


ここの「電車」と「麻衣」の間になんか入るんじゃない?


作者です。すいません見落としてました。
筋に影響は全くないけど、訂正しておきます。


×
要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車

 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。





 一人で自宅の最寄駅に着いた俺は、いつも有希たちと待合わせをしている電車より一本
早い電車に間に合ったことに少しほっとした。麻衣とは仲直りしたけれど、有希とは会い
たくない。まして、夕也と一緒にいる有希とは。その時、俺はホームのベンチに二見が座
っていることに気がついた。要はこいつは毎朝ベンチでスマホを眺めながら何本もの電車
をやり過ごしているということのだろう。いつもより早い時間に駅に来て、いつも遅刻ぎ
りぎりの二見を見かけるということは。
 麻衣や有希のことを考えればこれ以上関らない方がいいという気もするけれど、昨日昼
飯までご馳走になったのに素通りもないだろう。これは礼儀の問題だ。俺は自分にそう言
い聞かせた。


「麻人」

 有希が元気のない声で俯いて言った。

「おう」

「お弁当作ってきたんだけど、一緒に食べてくれるかな」

 もうこの場の俺には、うんという答えしか選択のしようがない。

「うん」

「じゃ、中庭でいい?」

「ああ」

 中庭のベンチで、俺と有希は隣り合って腰かけた。今ごろは屋上で麻衣が待っている時
間だけど、有也によれば話しはつけてあるのだと言う。こんな話を受け入れるとは麻衣は
いったい何を考えているのだろう。

「昨日はごめんなさい」

「もう気にしてねえよ」

「本当にごめん。別にあんたの交友関係にあれこれ言う気はなかったんだけど」

「ああ」

「だけど、麻衣ちゃんが寂しそうだったから」

 そこで有希は少しためらったように黙った。

「ううん、違うね。正直に言うと」

「何だよ」

 本当に何なんだ。

「本当はね。君が二見さんと仲良くしているのを見て少しむかついて、それで麻衣ちゃん
にかこつけて君に文句を言ったのかもね」

「あのな。かもねって、他人事みたいに」

「・・・・・・うん」

「おまえ夕也と付き合ってるんじゃねえの」

「付き合ってないよ」

「じゃあ、聞き方を変えるけど、夕也のことが好きなんじゃねえの」

「ねえ」

「うん?」

「遠慮しすぎることって別に美徳でも何でもないんだね」

「はあ? 何言ってるんだよ」

「・・・・・・君の今の気持ちはわからないけど、中学生のころは、あたしのこと好きだったで
しょ。君」

「お、おまえ何言って」

「あたしもバカじゃないから君の好意には気づいてたの」

「おい」


 気がつかれていたのか。俺はそのときすごく焦ったし、何か自分が裸にされたようなひ
どい気分に陥った。

「君はあの頃は優しかったし、あたしのことをすごく気にしてくれた」

「何で今さら」

 本当に今さらな話だと俺は思った。有希への気持ちをきちんと口にしなかった俺には、
そう言う権利はないかもしれないけど、それにしても有希は結局夕也の方を好きになった
んじゃないか。

「今さらじゃないよ」

 有希が真剣な顔で俺を見つめていた。

「今さらとか言わないで。あたしも本当は君のこと好きだったから、その気持ちに応えた
かった」

「でも、ご両親がいつもいない家で、あんたに頼りきって暮らしていた麻衣ちゃんのこと
を考えると、あたしは君の気持ちに安易に応えるわけにはいかなかった」

「マジかよ」

 俺はようやく有希に、かすれた声で答えた。

「うん、マジ。今朝ね、電車の中で麻衣ちゃんにもう自分に素直になってって言われた。
それで、今でも麻衣ちゃんはあんたのこと好きだと思うけど、もう遠慮するのは止めよう
って思った」

 何が何だかわからないけど、これは俺の長年の想いが報われたってことなのか。ひょっ
として有希は、今でも夕也ではなく俺を好きなのか。一瞬ひどく幸福な感情が胸裏に満ち
た感覚がしたけど、次の瞬間そこに夕也の顔が浮んだ。

「夕也は?」

「え?」

「夕也はどうなるの? あいつ、一応俺の親友だし」

「夕には悪いことしちゃったと思う。あんたを忘れようと彼とベタベタしたし。でも、彼
とは付き合ってはいないよ、本当に」

「おまえ・・・・・・」

「あたしはあんたのことが好き。小さい頃からずっと」

「もう、自分に正直になるって決めたの。あたしはあんたが好きなの。あたしと付き合っ
て」

 夕也が有希のことが好きなことは間違いない。俺を忘れようとした有希に、その手段と
してこれでもかというほど好意を見せつけられてきた夕也の気持ちはどうなってしまうの
か。

「・・・・・・夕也はさ。さっき必死な顔で俺に言ったんだよな。おまえと一緒に昼休みを過ご
してくれって」

 有希が沈黙した。

「おまえ、あいつに何て頼んだの?」

 有希は返事をしない。

「あいつの気持ちを知ってるんだろ」

「それは。多分」

「今は返事できねえ。少し考えさせてくれるかな」

「うん」

 小さな声で俯いた有希が言った。


 結局、有希とは話をしてただけで昼飯食えなかった。あいつとの話が終わったあとに、
じゃあ、昼飯にしようかなんてとても言える雰囲気じゃなかった。まだ昼休みが終わるま
で二十分もある。夕也はまだ教室に戻ってない。あいつ、まじで屋上で麻衣の弁当を食っ
ているのだろうか。それはどうあれ、今から屋上に行って妹の弁当を食うわけにいかない
と俺は思った。有希の話が本当ならば、この件に関しては麻衣だって共犯者なのだ。

 しかしどうしたものか。有希のことは正直今でも好きだと思うけど、有也の気持ちを考
えると、あれだけ待ち望んでいた有希の告白に、有希の気持ちに素直に応えていいのかど
うか。それに、有希に言われるまでもなく二人きりの兄妹である麻衣のこともある。もっ
と言えば、最近親しくなった二見のことだってないと言えば自分に嘘を付くことになるの
だろうか。

 あいつは、今日の話をわかっていて俺に有希と会えって言ったのだろうか。とにかく夕
也と話をすべきなのだろう。

 それにしても腹減った。そう考えたとき、タイミングを計ったように二見が目の前に現
れた。

「池山君」

「よう」

 かろうじて俺は二見に返事した。

「ひょっとして落ち込んでる?」

「別にそんなことねえけど」

「でも酷い顔してるよ」

「酷い顔っておまえ」

 実際、ひどい顔をしているんだろうな。俺はそう思った。

「悪い。でもそんな感じする」

「腹減ってるだけだよ。今日昼飯食い損ねたし」

「そうか。まあ、いきなり遠山さんにあんなこと言われたら食欲もなくなるよね」

「おまえ、何言ってるの」

「何って、単なる推測だけどさ。今日二人きりで中庭にいたみたいだし、妹さんと広橋君
は屋上で二人きりで何だかお葬式みたいに黙りこくって食事してたしね」

「おまえ、ひょっとして俺たちのこと探ってるのか」

「あたしがっていうか、広橋君って声大きいしさ。昼休みのあんたと広橋君の会話ってク
ラスの半分くらいは気にしてちらちら見てたよ」

「マジかよ・・・・・・。おまえもそんなとこまでよく観察してるな。よっぽど暇なんだな」

「本当はあたし、普段は観察するというより皆に見られる人なんだけどね」

「ああ?  おまえちょっと自意識過剰なんじゃねえの。ぼっちなんて本人が気にしてる
ほど周りは気にしてねえよ。だからぼっちなんだろうが」

 何でも知っているような二見の様子に少しだけむっとした俺は言わなくてもいいことを
口にしたのだけど、二見はまじめに俺の鬱憤に応えた。

「そういう意味じゃないよ。学校ではあたしが空気なのは自覚してるし、見られるってい
うのは別な場所の話」

 でも、意味はわからない。


「おまえ、本当に変ってんのな。しつこいようだけどさ、こんだけ人と話そうと思えば話
せるならクラスで友だちなんかいくらでも作れるだろうが」

「別に不便感じてないもん」

「よくわかんねえけど」

「池山君、結局遠山さんのお弁当食べなかったの?」

「ああ」

「お腹空いてるでしょ」

「まあ」

 実際、それは事実だった。

「まだ十五分くらいあるし、よかったらこれどうぞ」

「何? サンドイッチ?」

「コンビニのね。手作りのお弁当には敵わないけどお腹ぐらい塞がるんじゃない?」

「いいの?」

「うん。余ったやつだし捨てるよりいいし。食べて」

 微笑むと本当に可愛い。まじでどっかのアイドルみたいだ。こんなときのに俺は二見の
整った顔や親しみやすい笑顔を浮かべている表情に見とれた。だからどうってことはない
んだけど。俺は言い訳がましく思った。

「じゃ、遠慮なく」

「どうぞ」



 放課後、とにかく夕也を捕まえてあいつの本心を質そうと思った俺は、有希にも二見に
も構わずに校内を捜索した。幸か不幸か、今日は麻衣との約束もない。

 もう帰っちまったのか。少なくとも二年の校舎の中にはいないみたいだ。このまま校内
をうろうろしてても見つかる気がしない。しかたがない。本当は偶然を装って夕也と接触
したかったけど、ここまできたら携帯で呼び出そう。LINEでもいい。

 そう思った俺が、スマホを取り出そうとしたとき、有希の声が聞こえた。今は有希とは
顔を合わせたくない。俺はその教室の前から離れ、階段の方に避難した。そう言えばここ
は生徒会室だ。有希は誰かと話してるようだった。


「迷惑だったら謝るよ。でも遠山さんのこと前から気になってたんだ。今まで君に振られ
るのが怖くて言えなかったけど」

「え?」

 告白する男の声に、戸惑ったように有希が声を出した。俺は期せずして有希が告白され
る場面に出くわしてしまったようだった。この場を離れた方がいいと俺の理性は俺に忠告
したけれども、どういうわけか俺の足はそこから動けなくなってしまったかのようだった。

「遠山さん、好きです。僕と付きあってください」

 有希はしばらく何も答えなかった。

「駄目・・・・・・かな」

「先輩」

 ようやく有希が小さな声で言った。

「ごめんなさい。あたし好きな人がいるんです。先輩のこと、生徒会長として本当に尊敬
してます。でも、あたし片思いだけど好きな人がいて。彼のこと諦められません。だから
ごめんなさい」

 相手は生徒会の会長のようだ。確か石井 晃とかいう、やや線の細い感じの先輩だった。
そして、やはり有希は俺のことが好きなのだ。ここまではっきりと有希の言葉を聞くと、
もうこれに関しては疑問の余地はないのだろう。つまり俺は長年の恋を成就させることが
できるのだ。

 ただし、俺が夕也のことを切り捨てて有希の告白に応えれば。

「そうか、わかったよ。君を困らせて悪かったね」

「あたしの態度のせいで、先輩に勘違いさせたとしたら本当にごめんなさい」

 本当に有希はこんなのばっかだ。誤解する男の方はどれだけ傷付くと思っているのだ。

「いや。僕が勝手に思い込んだだけだから。君の好きな人ってさ。何となくわかる気がす
るよ」

「・・・・・・はい。ごめんなさい」

「彼なら祝福するしかないね。僕なんかじゃ全然敵わない。成績もいいしスポーツも万能
だし、何よりもイケメンだしね」

「え?」

 はい? スポーツ万能なイケメン? そうか。この人も夕也が彼女の相手だと思い込ん
でいるのか。でも、まあ、無理もない。有希の日頃の態度を鑑みれば。

「君を困らせて本当に悪かったよ。もう二度とそういうことは言わないからこれまでどお
り生徒会の役員でいてくれるかな」

「はい」

「ありがとう。まあ、ライバルが広橋君なら負けてもしかたないか」

 俺は何となくここで有希が自分の好きな相手は夕也じゃないと訂正するのかと思って柄
にもなく緊張した。

「じゃあ、僕は今日は生徒会活動サボるから。振られた日くらいサボっても許されるだろ
う」

「あ、はい」

 でも有希はそう言っただけだった。

「じゃあ、あとはよろしくね」


その後、生徒会室から石井会長が出てきてどこかに行ってしまい、有希は生徒会室に残
ったままだった。俺、今日有希に告白されたんだよな?

 でも、先輩が夕也の名前を出した時、有希はそれを否定しなかった。先輩なんかどうで
もいいと思っているからいちいち訂正しなかったのかもしれない。あるいは訂正なんかす
る間もなく先輩が去っていってしまったのかも。それでも、何だかわからないけど俺には
再びもやもやする気持ちが残った。さっきまで有希の気持ちだけは間違いないと思ってい
たのに。

 情けないけど妹に会いたいかった。いつもはうざい妹だけど、今日はあいつに甘えて慰
めてもらいたい。考えてみれば利害とかなく無条件で俺の味方をしてくれて無条件で俺を
慰めてくれる女なんて麻衣くらいしかいないのだ。麻衣にはいつも俺への依存を何とかし
ろって言ってるくせに、俺が妹に依存してどうする。今日はもう家に帰ろう。そう思って
校舎の外に出たとき、二見が俺を見て微笑んでいた。

「池山君」

「二見さん。まだいたんだ」

「今帰るの? 最寄り駅一緒だしよかったら」

 こいつも神出鬼没だな。俺はそう思った。

「ああ。駅まで一緒に帰ろうか」

「君にそう言ってくれると嬉しい」

「うん」


 俺たちは連れ立って校門を出て駅の方に向かう坂道を下っていった。他の生徒の視線を
結構感じながら。

「今日は何か肌寒いね」

「うん」

「もうすっかり秋だね」

「まあね」

「十月の空って一年で一番澄んでいて綺麗に感じない?」

「そんなの気にしたことないからわかんねえよ」

「関心が人間関係に行ってる人は、周りの環境に関心を示さないって聞いたことある」

「何それ」

「何でもない。ついこの間まで夏休みだったのに、いつの間にか空が高いね」

「そうかな。俺にはよくわかんねえや」

「秋って休みが少ないから嫌いだな。早く冬休みになんないかなあ」

「それは少し気が早すぎるだろ」

「まあ、そうなんだけど」

「それに秋から冬ってイベントがいっぱいあるじゃん」

「そう?」

「十一月には学園祭もあるし、十二月にはクリスマスもあるしね」

「そんなのリア充の人専用のイベントでしょ」

「そんなことねえよ。少なくとも学校行事はリア充専用じゃねえだろ」

「ぼっちには辛いイベントなんだよ」

「だから、おまえは好き好んでぼっちやってるんだろ。おまえ、友だちとか作ろうと思え
ばいくらでも作れるだろうが」

「好きでやってるかどうかは別問題だよ。ぼっちに辛いイベントであることには間違いな
いし」

「辛いなら友だち作ればいいじゃん」

「学園祭を一緒に廻ったりとか後夜祭のフォークダンスを一緒に踊ってくれる相手なんて
そんなに簡単にできないでしょ」

「何かおまえならそれくらい簡単にできそうだけどな」

「じゃあ、君は? 君はあたしと学園祭とか一緒に過ごしてくれる?」

「え?」

「何でもないよ。ごめん」

 本当に不意討ちだし、二見が何をしたいのかよくわからない。謎の女か。故意にそう演
出しているのなら恐ろしい女だ。

「電車来たよ」

「ああ」


あけましておめでとうございます

今日は以上です
また投下します

乙。頼むぜ。


「この時間の電車って空いてるよね」

俺たちは空いている席に隣り合って座った。

「まあ、仕事帰りの人で混む前だし部活の連中はこんなに早く帰らないしね」

「そういや一年生の時から池山君って部活してなかったよね」

「よく知ってるな。一年のときはクラス違ったのに」

「うん。あたしは一年生の時から遠山さんと同じクラスだったから」

「有希と同じクラスだったからって、俺のこと知ってる理由にはならねえだろ。俺、一年
の時は三組だぞ」

「遠山さんとか広橋君とか見てれば君の動向なんかリアルタイムで入ってきたし。あの頃
は三人で一緒に帰ってたじゃない? 君たち」

「おまえって、ストーカーなの」

「そんなことはないと思うけど」

 思うけどって何だ。ちゃんと否定しろ。半ば冗談で言った言葉なのに。

「まあ、夕也と知り合ったのは有希の紹介だったけどな。俺、一年のときはあいつらとク
ラス違ってたし」

 俺がそのことに嫉妬心と焦燥感を覚えていたことは、こいつに言う必要はない。

「あの頃から変ってないよね、君たち。まあ、今は妹さんが入学して君たち三人の中に加
わったくらいで」

「まあね」

「ちょっとだけうらやましいな」

「はあ?」

「何か正しい青春みたいじゃん、君たちの関係ってさ」

「おまえ、何言ってるの?」

「男二人と女二人でいつも一緒に行動してるんでしょ。見かけ上は仲良く見える四人の間
には、その実どろどろした愛情が渦巻いて」

「それのどこが正しいんだよ。つうか女性週刊誌とか読み過ぎなんじゃねえの?」

「ああいうのは一度も読んだことないけど」

「だいたい、そのうちの一人は実の妹だってえの。そんなどろどろ成り立つかよ」

「そうかな」

「そうかなって、何で」

「さっき君、妹さんに会いたいとか妹さんに慰めてもらいたいって感じの表情してたよ」

 エスパーかよ、こいつ。


「んなことねえよ」

「そう?」

「そう!」

「そか。じゃあよかった」

「え」

「さっき駅のホームで妹さんがきょろきょろしてたんだけど」

「え」

「君を探してたのかなあ、君って気がついてなかったでしょ」

「ああ」

「教えた方がよかったかなって思ってたんだけど、君が妹さんのことは兄妹って割り切っ
てるなら、教えなくてもよかったのかって思ってほっとした」

 妹は、昼飯一緒に食えなくて放課後の約束ができなかった俺を、駅で待っていたのだろ
うか。

「あのさ」

「うん」

「おまえが想像してるようなどろどろとした関係は妹とはねえんだけどさ」

「そうみたいね」

「でも、俺の家って両親が別に住まい持っててほとんど妹と二人暮しみたいなもんなんだよな」

「うん?」

「だからさ。妹とは買い物とか一緒にしなきゃいけないことがあるんでさ」

「そうなんだ。大変なんだね」

「いやさ。だから、今度からがそういう時は一言教えてもらえると助かる」

「そか・・・・・・。ごめんね」

「いや」

 何で関係のないこいつに家庭事情話してるんだよ、俺は。それにこいつに妹のことを俺
に教えなきゃいけないいわれなんかこれっぽっちもないじゃないか。


 しばらく電車の中で沈黙が漂った。

 有希の突然の告白に動揺したし、夕也の気持ちも気にはなっていたけど、どういうわけ
かこの時の俺はその悩みを忘れ、二見との間の沈黙の方に気をとられていた。二見は今何
を考えているのだろうか。そのことを知りたいという欲求が沸いたからだ。

 この気持ちは恋ではない。いろいろ複雑なことになってはいるけど、俺が本当に好きな
のは幼い頃からずっと好きだった有希で、そのことに間違いはなかった。そして長年の片
想いが今日初めて報われそうになっていたことも間違いのない事実だった。ただ夕也の気
持ちを考えると、その場で素直に有希の気持ちを受け入れることが出来なかっただけで。

 それなのになぜ俺は、夕也の捜索をあっさりと諦めて二見と肩を並べて座っているのだ
ろう。

 二見は可愛らしい。背は有希と同じくらいだけど、ロングヘアの有希と違って髪の毛は
肩にかかるかかからないかくらいで、それに全体に華奢な印象がする。学校の中では普通
に可愛い部類に入っていると思う。そして性格は。

 こうして二人で話をするようになるまでは、謎めいてはいるけど陰気で無口な女だと思
っていた。でも、一度話をするとその社交性や明るい受け答えに驚いた。これが学校で友
だちもいない、いつも一人きりで過ごしている二見と同一人物かと驚くほどに。でも、よ
く考えれば二見はそれほど饒舌と言うわけではなかった。俺に対して全然臆することなく
はきはきと話はしているけど、実はそれほどペラペラ世間話をしているわけではない。そ
れなのに俺が有希の初告白を忘れるほど二見に関心を持つのは、短い一言一言に意味があ
るように思えたからだった。逆に言うとあまり意味のない世間話のような話題はほとんど
彼女の口からは出てこなかった。そして同時に彼女は自らのことをほとんど俺に語ってい
ないことに気がついた。

 こういう女の子は自分の世界が確立されているのだろうと俺は思った。そして彼女にと
っては、学校がその場所でないことは確かだった。どこが学校でない場所や時間に自分を
表現できる場所を持っているのだろう。

 俺が、自分が二見に関心があり彼女のことをよく知りたいと思っていることを、はっき
りと自覚したのは、この日からだった。

 俺は沈黙を破りたいという気持ちもあり、無難な上にも無難な質問をぶつけてみた。

「あのさあ、おまえって兄弟いるの」

「一人っ子だよ」

 二見はあっさりと答えた。そして俺の方を見て、にっていう感じの笑いを浮かべて自分
についての情報を自ら開示してくれた。

「あと、お父さんは普通の会社員で、お母さんも普通の会社員。つまり共働きね。だから
あたしはいつもは学校でも家でもぼっちなんだよ」

 彼女は平然とそう言って笑った。そして、俺の目を見て続けた。

「あたしのことなんか本当に知りたいの?」

 俺はそれ以上自分から質問をする気を失って二見の言葉をただ聞いていた。

「君が知りたいなら別に隠すことなんかないしね」


 俺の返事なんかもとから期待していなかったように彼女は話を続けた。謎めいたこいつ
のことが知りたいという気持ちが先に立っていたため、俺は女の話を遮らずに黙っていた。

「これでも中学の頃は親友もいたし、信じないかもしれないけど告られて付き合った彼氏
もいたんだよ」

 彼女は言った。

「でも、この高校には一年の途中で転校したこともあってさ。何となくぼうっとしてたら
ぼっちになっちゃってた」

 こいつは転校生だったのか。それにしても納得できない話だなと俺は思った。こいつく
らい外見が良くてコミュ力もあれば、いくら転校生だとはいえ友だちが出来ない方が不思
議だ。むしろ近づいてくるクラスメートを自分の方から拒否してたんじゃないのか。

「あはは」

 二見は笑った。もうさっきの沈黙はすっかり消え去り、むしろ彼女は饒舌になっていた。

「自分から周りを拒否してるんじゃないのかとか思ってるんでしょ」

「まあ、正直に言うとそう思うな。だって、俺とだって初対面に近いのにこんなに普通に
話せてるじゃん」

 以前にも彼女には話したことがあるけど、それは俺の正直な感想だった。

「まあ、そうね。あたしあまり学校とかに関心なくてさ。君と全く同じことを一年の時の
担任にも言われたことあるんだけど」

「でもあたし、去年から自宅でネットの掲示板にはまっててさ」

 こいつは何を言ってるんだろう。

「2ちゃんねるって知ってる?」
 二見が聞いた。もちろん知らないわけはなかった、そんなに頻繁に覗いているわけでは
なかったけど。

「うん。たまに見るよ」

「それでね。学校で交流がなくてもあたしはそこで十分に人とコミュニケできてるから
さ」

「はあ? そんなの実生活の上で人と交流するのとは別じゃん」

 これに対して二見は少し黙っていたけど、少しして今までの気楽な態度をやめ、かなり
真面目な表情で俺を見てこう言った。

「君さ。女神って知ってる?」


「ただいま」

「おかえり」

「おまえ、玄関で何やってんの?」

 自宅のドアを開けたら、目の前に麻衣が突っ立っていた。

「お兄ちゃんを待ってた」

「はい?」

「今日お姉ちゃんとお昼に話したんでしょ」

「うん」

「お姉ちゃん何だって?」

 麻衣が言った。今日の有希の告白ってこいつの差し金って部分も大きいんだよな。俺は
少し拗ねた気分で思った。

「どうせ知ってるんだろ」

「察してはいるけどちゃんとは知らないし」

「おまえさ」

「うん」

「朝の電車で炊きつけるようなことをあいつに言ったろ」

 麻衣は黙ってしまった。

「自分に正直になれとかさ」

「・・・・・・うん」

「いったいどういうつもり?」

「どうって」

「俺おまえに言ったよな? 面白がって有希と夕也の仲に首突っ込むんじゃねえぞって」

「興味本位でしたわけじゃないよ」

「じゃあ何でだよ」

「お姉ちゃんが昔からお兄ちゃんのことが好きなことをあたしは知っていたから」

「何だって?」

「でも、お姉ちゃんはあたしの気持ちを気にして自分の感情をずっと隠していた」

 こういう話をまじめにしている自分の妹に、俺は何と言っていいかわからなかった。

「お姉ちゃんが夕さんと一緒にいるようになってあたしは嬉しかった。お姉ちゃんにもお
兄ちゃん以外に好きな人が出来たんだって」

 嬉しいって。

「でも、この間お姉ちゃんがお兄ちゃんと二見さんのことで動揺して」

「ああ」

 ようやく俺は声を振り絞って妹に答えた。


「それでお兄ちゃんのことを懲らしめようって。お兄ちゃんには麻衣ちゃんがいるのに何
考えてるのって、お姉ちゃんが言って」

「昼飯抜きのときの話か」

「そう。でもその時、お姉ちゃんはあたしのことを考えているより、お兄ちゃんが二見さ
んのものになるのを嫌がってるんだなって気が付いちゃって」

「そうだとしても、何で今さらおまえが有希のことを炊きつける必要があるんだよ」

「それはもう言ったよ。よく知らない二見さんにお兄ちゃんを盗られるくらいならお姉ち
ゃんに盗られた方がいいって」

「盗られるっておまえなあ」

「だってお兄ちゃん、あたしのことは妹としか見てないでしょ」

 何だよいったい。俺が麻衣のことを妹以上の存在として見ているとしたら、そっちの方
が問題だろう。

「当たり前だろ。麻衣は俺の大切な妹だって思ってるよ。他の誰よりも大事な存在だっ
て」

「うん。お兄ちゃんがあたしのことを大切にしてくれてるのはよくわかるの」

「それならいいけど。でも、なら何で」

「だからさ、あたしもいい妹になろうって思ったの。お兄ちゃんの彼女になりたいなんて
変な夢見るのはもうやめようって」

 そこまで言うか。実の兄に対して。

「あのさあ」

「お兄ちゃんが昔からお姉ちゃんのことが好きなこと、あたしも知っていたし」

 不意討ちされて俺は黙ってしまった。

「だから、あたしはお姉ちゃんのこと応援しようと思ったの。本当は辛いけど」

 本当は麻衣の俺に対する気持ちに狼狽するべきタイミングなのだろうけど、それはきっ
と麻衣の思い込みだ。普段から両親が不在がちな環境におかれた麻衣が、過度に俺に依存
した結果、その依存を男女間の恋愛に置き換えてしまっているだけだ。むしろ俺は、麻衣
が何で俺を有希に譲ろうとしているのかが気になった。逆に言うと、二見より有希の方が
麻衣にとっては親しみやすい相手だということか。

 いや。きっとそれも考えすぎなのだ。麻衣にとって有希は実の姉のような存在だ。別に
二見が嫌いとかではなく、有希の方が親しい存在なのだからだろう。

「とにかくお風呂は入っちゃって。夕ご飯の支度はできてるから」

 麻衣は、自分が勝手に始めた話を勝手に打ち切ってそう言った。


 夕食後、自分の部屋に戻った俺は宿題とか課題とかを放り出して、ベッドに横になった。
仰向けになった俺は天井を眺めながら考えた。

 何か最近いろいろあり過ぎだ。これまで俺は有希への気持を隠して、寂しがり屋の妹を
宥めて平穏に日常を過ごしていたのだ。俺と妹と有希と夕也。それなりに仲良くやってた
はずのに、俺たち四人って、こんなちょっとした出来事があっただけでお互いに気まずく
なるような付き合いだったんだろうか。俺だけが有希への気持を隠して我慢していれば、
ずっと平和だったと思っていたけど、結局、麻衣も有希も夕也もみなそれぞれ何かを我慢
してたってことなのか。そう考えると、今までの一見和やかな四人の登校風景にも、別な
姿が重なって見えてくる。

 俺はベッドの上で寝返りをうった。

 それにしても俺と二見が話すようになったくらいで、過剰反応すぎるだろう、麻衣は。
あいつは夕食の後、さっさと自分の部屋に引き上げ、自分の部屋に閉じこもってしまった。

 いろいろ考えなきゃいけないことはあるけど、何か二見のさっきの言葉が気になった。
あれはいったいどういう意味だったんだろう。



「女神行為って知ってる?」



 あの後、すぐに別れちゃったから詳しく聞けなかったけど。女神行為? 女神って女の
神様のことだよな。あいつが神様? 二見は2ちゃんねるって言っていた。

 俺は自分の部屋のベッドから起き上がり、階下のリビングに赴いてパソコンを起動した。
妹は部屋に篭っていてリビングにはいない。俺は2チャンネルをインターネットのブラウ
ザで開いた。2ちゃんねるを見るのはこれが初めてではない。

 開いたのはいいけど、どこを探せばいいのかわからない。スレッドが多すぎる。これじ
ゃ何が何だかわからない。やっぱり夕也が前に言ってった専用のブラウザとかっていうの
をインストールしない無理なのかもしれない。

 とりあえずグーグルで女神で検索してみようと俺は考えた。



『女神 - 女神(めがみ)とは、女性の姿を持つ神のこと。 多神教においては、往々にし
て神にも性別が存在し、そのうち女性の神を女神と称する。美しい若い女性や、ふくよか
な体格の母を思わせる姿のものが多い』


 二見が若く美しいつうのはそうかもしれないけど、あいつはふくよかというよりむしろ
スレンダーな体格だ。これでは本当にわからない。明日、二見に女神行為ってどういうも
のなのか聞いてみよう。

 ・・・・・・何でこんなに二見のこと気になるんだろう。そんなことよりも、有希との関係を
何とかするべきなのに。俺はパソコンを閉じて再び二階の自分のベッドに横たわった。明
日の電車は、どうしようかな。睡魔に襲われながら俺はぼんやりと考えた。


今日は以上です
また、投下します


「なあ」

「うん」

「おまえ、昨日は何で夜自分の部屋に閉じこもってたの? いつもなら下のリビングで俺
と一緒に過ごすのに」

「何でもないよ」

「何でもないって・・・・おまえさあ」

「だから、本当に何でもないって。課題がいっぱい出てたからそれに集中してただけ」

「そうか」

「そうだよ」

 麻衣は俺の目を、見ないでそう言った。

「ねえ」

「ああ」

「もうすぐ隣の駅に着くけど」

「うん」

「今朝も、お姉ちゃんたちと顔会わせないでどっかに逃げちゃうの?」

「逃げるって何だよ、逃げるって」

「だって」

「別に逃げてなんかねえし。つうか今朝は夕也に少し話があるからここにいるよ」

「話か。そうだよね」

「何だよ」

「何でもない」

 とりあえず夕也と話さないと、もう何も決められないことは確かだった。

「あれ?」

「どうした」

「うん。お姉ちゃん一人みたい」

 確かに、いつもなら有也と一緒に電車に乗ってくるはずの有希が一人で駅のホームで電
車を待っている。

「ホームには夕さんいないね。今日は一緒じゃないのかな」

 電車のドアが開くと、有希が人ごみに紛れて車内に入ってきた。

「おはよ」

「おはよお姉ちゃん」

「おはよう麻人」

有希が俺に声をかけた。

「うん」

「うんって何よ? ちゃんと挨拶しなよ」

 麻衣が言った。

 本当に夕也はどうしたんだろう。


「いいの、いいの。それよか麻衣ちゃん今日も本当に可愛いね」

「だから。人前で抱き締めるのはやめて、お姉ちゃん」

「何々? 人前じゃなければいいの?」

「そういうことを言ってるんじゃありません。とりあえず離して」

「冗談だって」

「もう。ブレザーの下でブラウスが乱れちゃったじゃない」

「あはは。ごめん」

 有希と麻衣との微笑ましいやりとりが、今朝の俺には妙に気に障る。気にしすぎなんだ。
でも、もうこの二人の茶番をやり過ごせる気がしない。

「あのさ」

「うん?」

 有希が可愛らしく顔をかしげた。

「今日は夕也は一緒じゃねえの?」

「お兄ちゃん」

「うん」

「あいつ、寝坊でもしたの?」

「さあ」

「さあって何だよ。いつもみたいに夕也の家まで迎えに行ったんだろ?」

「・・・・・・行ってない」

「え」

「夕の家には行ってないよ」

「何で」

「あたし、妹ちゃんにはもう遠慮しないことにしたの。ごめん妹ちゃん」

「あたしは別にいいけど」

「それでね、夕にももうこれ以上迷惑はかけられないし」

「おまえ、今日は迎えに行かないって夕也に連絡した?」

「してない」

「そしたらあいつ、ずっとおまえのこと家で待ってるかもしれないじゃんか」

 有希が黙って俯いた。

「メールとか電話とかなかったのか? 夕也から今朝」

「ないみたい」

「黙って置いてけぼりとか普通するか? これまでいつも二人で登校してたのに。ずっと
家でおまえを待ってるかも知れないだろ、夕也は」

「夕には酷いことしてるのかもしれないけど・・・・・・あたしもう決めたの」

「決めたって何をだよ」

「昨日あんたに話たことを。あたしもう迷わないし後悔もしないから」

「お姉ちゃん」

「あんたの返事はせかさないしずっと待ってる。でも、あたしはもうこれまでみたいな四
人仲良しの関係じゃ嫌だから」

 俺は有希の態度にけおされてそれ以上、有希を追及できなかった。


 登校しても、夕也はまだ教室にはいなかった。まさか自宅でずっと有希のことを待って
るんじゃないだろうな。いや。いくらあいつが馬鹿でも、いつものように迎えが来なきゃ
有希にメールか電話くらいはするだろう。

「おはよう」

「あ、二見さん。おはよ」

 二見が笑顔で俺に声をかけてくれた。何でこいつがぼっちなんだ。笑顔で屈託なさそう
に俺に話しかけてくるっ二見を見て、もう何度目になるかわからない感想を抱いて二見に
あいさつを返した。

「今日はまだ広橋君来てないの?」

 何でこいつが。俺はすぐにはこいつに返事ができなかった。

「あ、変なこと言って何かごめん」

 何でこいつはこんなにすぐに状況を把握しちゃうんだろう。

「いや。あいつ、今日は来ないかもな」

「そうか」

 クラスのみんなの視線が痛い。そんなに普段ぼっちのやつと親しげに話しているのが珍
しいのか。

「それよかさ」

「うん」

「昨日おまえが言ってたさ、その・・・・・・女神行為つうの? それよくわかんなかったよ」

「なあに? 早速見ようとしたの?」

「つうか気になるじゃん」

「気になるって、そんなに見たいの?・・・・・・ああ、そういう意味で見たいんじゃないの
か」

「へ?」

「板によってはすぐにスレが落ちちゃうとこもあるしね」

「はあ?」

「女神板ならそんなに早くは落ちないけど、画像は見れないよ。即削除してるし」

「意味がわからん。さっきからおまえの話しについていけないんだけど」

「君ってさ」

「何だよ」

「そんなにあたしに興味があるの?」

「い、いや」

「そう?」

「本当はよくわかんねえ」

「そか。まあ、君ならいいか」

「え?」

「じゃあさ、今夜始める時に携帯にメールしてあげる」


「始めるって何を」

「見ればわかるよ。URL張ってあげるから。最初はソフトなやつの方がいいかな。あたし
も恥ずかしいし」

「あのさ」

「うん」

「何だかおまえの言ってることがよく理解できねえんだけど」

「今晩スレを見ればわかるよ。それよか、あっちの方をフォローした方がいいんじゃな
い?」

「あっちって」

 二見の視線を追うと、そのときようやく教室に入ってきた夕也の姿が見えた。

「・・・・・・酷い顔してるね。何かわからないけど、相当悩んでるみたい」

 確かに二見の言うとおりだった。

「よう、今日は遅いじゃんか」

「・・・・・・ああ」

「寝不足か? 夜更かしでもしたのか」

「まあ、ちょっとな」

「今日は学校サボって寝てた方がよかったんじゃねえの」

「おまえじゃあるまいし、そんなに簡単に学校をサボれるかよ」

「さすが学年で一、ニを争う秀才は言うことが違うな」

「そんなんじゃねえよ」

 何だかこれ以上こいつが憔悴している理由を追及しづらかった。だから、俺は話をそら
した。

「だいたいおまえスペック高すぎだろ? 部活もやってないくせに体育まで成績いいんだ
もんな、おまえ」

「そんなことねえって」

「いいよなあ。学校で肩身狭い思いしたことねえだろ? おまえ」

「おまえにだけは言われたかねえよ」

「え?」

「何でもねえよ」

「おまえ、本当に大丈夫か」

「大丈夫だよ。それより昨日有希と仲直りはできたのか?」

「一応」

 あいつが俺に言ったことなんかとてもこいつには言えない。

「一応ってどういう意味だよ」

「仲直りしたよ。一応」

「だから、どう意味で仲直りしたって聞いてるんだろ」

 やぱりこいつ、有希のことを好きなんだ。


「あのさ」

「何だよ」

「いや、何というかさ」

「さっきから何言いたいの? おまえ」

「・・・・・・やっぱ、何でもないって」

「おまえさ」

「うん」

「前から思ってたんだけど、無駄に考え過ぎるとこ、おまえの悪い癖だぞ」

「別に考え過ぎてなんかねえよ」

「あとさ、大事なことを決めようって時にはあんまり余計なこと考えんなよ」

「意味わかんねえよ」

「人のことばっか気にしてんじゃねえよってことだよ」

「お前の方こそ意味わかんねえじゃん」

「そんで傷付く奴だっているんだぞ」

「俺さ、おまえの体調の話してたのにどうしてこういう話になるんだよ」

「まあいいや」

「いいのかよ」

「おまえが言うなよ」

 担任が入ってきたせいで、俺と夕也の会話が再開したのは、昼休みになってからだった。

「おまえ今日は麻衣ちゃんとお昼一緒?」

「妹からは今日は何も言われてねえな」

「じゃあ、学食行くか」

「やめとく」

有希とこいつと三人で昼飯を食う気になんてなれない。

「何でだよ。麻衣ちゃんと約束ねえならいいじゃんか」

「つうかおまえ、昼飯食うより教室で寝てたら? 何か顔真っ青だぞ」

「平気だって。病気じゃあるまいし単なる寝不足だっつうの」

「でもおまえ、いつも有希と二人で飯食ってるだろ? そっちはいいのかよ」

「おまえと麻衣ちゃんと一緒だよ。今日は約束してねえよ」

「でもよ」

「いいから早く行こうぜ」

「じゃあ学食行くか」

「おう。おまえのせいで出遅れてたじゃねえか」

「まあ、定食は無くなっても麺類とかはあるだろ」

「ラーメンとかそばとかじゃ腹減るんだよなあ」

 食欲のかけらも無いような表情してよく言うよ。俺はそう思った。

「まあ、とにかく早く行こう」

「おお」


「まさか麺類すら売り切れているとはな」

「おまえが飯食いに行くくらいでうだうだ言ってるからだろうが」

「まあ、とりあえず辛うじて丼物は残ってたんだからいいじゃん」

「悩んで眠れなかった翌日の昼飯にかつ丼は厳しいっつうの」

 やっぱり。夕也は有希の態度のせいで悩んでいたのだ。

「やっぱりな」

「やべ。つい、口に出ちまった」

「あほ」

「うるせえよ。ま、いいか。俺とおまえの仲で隠しごとしてもしょうがねえか」

「本当だよ。さっさと何を悩んでたのか言え」

「いや」

 もうストレートに聞いてしまおう。俺はそう思った。

「おまえさ、有希のこと好きだろ?」

「おまえは?」

 意外なことに夕也は聞き返してきた。そうきたか。

「おまえから言えよ」

「何でだよ。最初に聞いて来た方が先に言えよ」

 しばらくの沈黙のあと、夕也が言った。

「まあ好きかな。おまえはよ」

 夕也に本心を言わせた以上、俺も正直に答えるべきだ。だから俺は思い切って言った。

「うん・・・・・・好きかな」

「おまえ、有希が好きならよ。何で昨日とかあいつの好意に応えねえの?」

「おまえこそ、あいつのことが好きなら何で俺と有希を二人きりにしようとしたんだよ」

 夕也は黙った。

「何とか言えよ」


「俺さ」

「うん」

「泣き言言うわけじゃねえけど。最初は有希の方が積極的だったんだよな」

「そうなのか」

「あいつ、去年俺んちの隣に引っ越してきたじゃん?」

「うん」

「最初の挨拶の時からあいつ、学校もクラスも同じだとわかると、毎朝一緒に登校しよう
ってさ」

「ああ」

「そんでおまえと麻衣ちゃんとも知り合って一緒に登校するようになったじゃん?」

「そうだったな」

「でさ、有希ってその頃は、おまえより俺の方をいつも気にしててくれてさ」

「・・・・・・うん」

 確かに、それは夕也の言うとおりだった。そのせいで俺は有希に失恋したつもりになっ
たのだ。

「いつの間にか俺の方もマジで惚れちゃったわけさ」

「そうか」

「何かこんな話するの恥ずかしいけどよ」

「まあだけど、有希が俺の方を好きだなんて俺の勘違いみたいだし」

「ちょっと待てよ」

「おまえは俺のことは気にしなくていいぞ」



 夕也のやつは、本気で有希が好きなのか。前から察してはいたけれど本人からはっきり
と言われたのは初めてだった。俺は自分の部屋のベッドに横になって考えた。

 それなのに、というかそれだからと言うべきなのかもしれないけど、夕也は有希の恋を
応援してるみたいだ。そして有希の恋愛感情は意外なことに夕也ではなく俺の方を向いて
いるらしい。夕也の応援は、多分俺への友情とかじゃなくて、有希への愛情からだろうけ
ど。

 だからと言って有希の俺への気持に応えられるかというとそんなに簡単な話ではない。
夕也は俺の親友だ。そのあいつが、有希のことを好きな夕也がここまで配慮してくれてる
のに、俺だけ自分の想いを遂げるわけにはいかないだろう。

 妹に慰めてもらいたい。割と切実に。俺はそう思った。あいつは、昼飯は作ってくれな
いわ、帰りも一緒に帰ってくれないわ、いくらなんでも今までと態度変えすぎだろう。今
だって麻衣は自分の部屋に閉じこもっている。

 そのとき俺の携帯が振動した。ディスプレイには二見の名前が表示されていた。LINEの
メッセージの着信だった。


「さっき始めたばっかだけどもう二百レス超えちゃった。今日は流れが早いみたい。君が
本当にあたしに興味があるなら下のURL開いてみて。今日は人多過ぎだから早めに画像消
しちゃうし。じゃあ、もし気に入ってくれたらレスしてね。そんでさ、もしレスしてくれ
るならレスの中に、制服GJって書いてね。それで君だってわかるから。じゃあね』

 リビングに戻ってパソ立ち上げるのも面倒だし、このまま携帯で開いちゃうか。俺はそ
の時は気軽にそう思った。女神とか女神行為の意味はわからなかったけど、掲示板とかSN
Sとかに二見の居場所があるのだろうという感じはしていたから、そのときはそんなに焦
ったりはしなかった。

 2ちゃんねるだな確かに。指定されたアドレスを開いた俺はそう思った。

『暇だからjk2が制服姿をうpする』

 俺はその内容に目を通した。


『とりあえず顔から。目にはモザイク入れました』


 画像が貼ってある。開くと、制服姿の華奢な肢体がディスプレイに映った。これは本当
に二見だ。目だけモザイクかかってはいるけど。こんなことやってたのかよ。

『制服のブラウスとスカート。鏡の前で撮ってます』

 二見は鏡に映った自分を撮っているようだった。っていうかスマホまで映っちゃってい
るけど、あれは間違いなくあいつのスマホだ。というか画像でも見ても二見は可愛いい。
そして、これだけ可愛いせいか、ついてるコメントも好意的だった。



『女神きたーーーー!!』
『ここが本日の女神スレか』
『かわいい~。もっとうpして』
『ふつくしい』
『ありがとうありがとう』
『光の速さで保存した』
『セクロスを前提に結婚してください』
『これは良スレ』
『つか全身うpとか制服から特定されね?』


 あいつが女神って。こういうのを女神行為っていうのか。俺は初めて二見が言っていた
女神の意味がわかった。それにしても、こんなことしてあいつに何の得があるんだろう
か。自分をほめてほしいからか

『>>○ 特定は大丈夫だと思います。よくある制服なので。心配してくれてありがと』
『>>○ ならいいけど無理すんなよ。校章とかエンブレムとかはぼかしといた方がいい
ぞ』
『つうかお前らこれって転載だぞ。前にも見たことあるし』
『何だ釣りか。解散』
『>>○ 今撮ってるんだけど。前にも何度かうpしてるんでその時見たのかな? とりあ
えずID付きで手と腕』


 次の画像は。俺は画像のURLをクリックした。二見のその画像に映し出された姿。腕は
細いし色白でむっちゃ綺麗だ。



『おお。確かにIDが』
『俺は信じてたぞ』
『つうかexif見りゃ今撮影してるってわかるじゃんか。お前ら情弱かよ』
>>1のスペック教えて』
『首都圏住みの高校2年です』
『彼氏いる? 年上はだめ?』
『処女?』
『可愛いよね。これだけ可愛いとやっぱイケメンしか眼中にない?』
『>>○ 彼氏はいません。年上でも大丈夫ですよ~』
『>>○ 処女です』
『顔よりか優しくて頭がいい人がいいです』



 画像の二見の可愛らしさはともかく、少なくともこの場所では二見は普通にコミュニケ
できている。不特定多数の人相手なのに、これがリアルではボッチの二見とは思えないほ
どに。ここまで社交的に話せるのに何で学校じゃああなんだろう。それに。

 ・・・・・・処女か。

 しかしスレの流れが早い。更新するたびに十くらいレスがついてる。

『30代のリーマンだけど対象外?』
『アドレス交換しない?』
『出合厨は氏ねよ』
>>1も全レスしなくていいからもっとうpして』
『次は足です。太くてごめん』



 え? スカートたくし上げて太腿を露出させてるじゃんか。女神行為ってここまで露出
してするものなのか。でも白くてすべすべしてそうだ。結構際どいところまで写ってるけ
ど、二見は恥ずかしくないのか。



『むちゃ綺麗な足だな』
『全然太くないっつうかむしろ細いじゃん』
『なでなでしたい』
『パンツも見せて』
『何という神スレ』
『もっと、もっとだ』
『もっと顔みたい』
『パンツはダメです。つ横顔』



 そうだよな。さすがに下着姿までは見せないよな。俺はほっとした。ほっとしたけど少
し残念な気もする。それにしてもすごいレス数だ。これではとてもじゃないけど、全部の
レスは読めない。少し飛ばし読みしようと俺は思った。最新のレスに追いついたとき、レ
ス数は既に三百レスを越えていた。画像なんか十枚も貼られてないのに何でこんなに盛り
上がるのだろう。

 しかもちゃんと肌が見えてるのってさっきの足くらいで、あとは制服姿とか耳とか手と
かのアップの画像なのだ。中には構ってちゃん死ねとか馴れ合い厨きめえよとかって感じ
のアンチレスもついてたけど、大半は好意的なレスだった。何だか、二見を中心にして雑
談してるみたいだ。しかし二見はこういうのを毎日のようにやっているのか。あいつは毎
朝駅でレスを確認してるとかって言ってたけど。


『みんな構ってくれてありがとう。ちょっと用事が出来たのでうpはおしまいです。みん
なまたね~』
『楽しませてもらったよ。気をつけて行ってらっしゃい』
>>1乙 良スレだった』
『うpありがと。またな』
『今日は冷えるから上着着とけよ おつかれ~』
『またうpしてね』
『コテ酉付けてよ』
『転載されるから画像ちゃんと削除しとけよ』
『帰ってくるまで保守しとこうか』

 どうもこれで終わりらしい。俺は慌てて二見に言われたとおりにレスした。



『制服GJ』



『みんなありがと。保守はいいです。今日は帰宅が遅くなるのでこのスレは落としてくだ
さい』
『>>○ 制服をほめてくれてありがと。どうだった?』

え? 俺にだけレスしてくれたのか。

『何で>>○にだけレスしてるんだよ』
『>>○死ね』
『>>○ 何なんだよおまえ』
『>>○の人気に嫉妬』



 もういいや。俺はそう思った。確かに太腿の露出にはびっくりしたけど、まああのくら
いなら、卑猥というほどの話でもない。ただ、これがあいつの交友関係ってやつかと考え
ると、何だかわかるようなわからないような気持ちになる。普通に見てて楽しかったけど、
これが現実の人間関係の代わりになるとも思えない。それにしても、何で俺は二見のこと
ばっかり考えてるんだろう。今はむしろ有希と夕也のことを真剣に考えなきゃいけないの
に。

 俺はそう思ったけど、なぜか俺の手は未練がましく今最小化したはずのブラウザを再び
クリックしていた。ちょっとだけ二見の太腿の画像を見てみるか。もう落ちちゃっただろ
うか。そうしてスレを見るとスレ自体はまだ残っていた。

 すげえ。まだ保守してる奴がいる。俺は画像の貼ってあったレスを探して未練がましく
クリックしてみた。

404 NOT FOUNDという表示が映し出され、二見がアップした画像は既に見えなくなってい
た。


今日は以上です
また投下します

乙です

作者ですがPCが逝ってしまいました。
データはクラウドに置いているので無事でしたが、新しいPCを購入するまでしばらく更新できません。


 翌朝、あまり眠れなかった俺は朝になっていろいろ後悔した。これじゃ、俺って全然だ
めじゃんか。有希のこととか夕也のこととかで悩むならともかく、何で俺は三十分おきに
あのスレの確認なんかしてたんだろう。結局、二見はあのスレには戻ってこなかった。そ
れでも俺は、三時過ぎにあのスレが落ちるまでは気になって眠れなかったのだ。

 全く。あんな画像見ただけでどんだけ二見のこと気にするようになったんだよ、俺は。
他にもっと気にしなきゃいけないことがあるのに。起きるか。俺は着替えて階下に下りた。

「おはよう」

「おはよ」

「早くご飯食べちゃって。・・・・・・て、どしたの?」

「どしたって何が?」

「昨日眠れなかったの?」

「わかるか」

「うん」

「そうか」

今朝は普通に接してくれるんだな、こいつは。おれはそう思って食卓についた。

「あまり悩まないで自分に素直になればいいと思うけど」

「おまえ何の話してるの」

「何って。お姉ちゃんのことで悩んでるんでしょ」

「いや、そんなんじゃなくて」

「隠したって無駄だよ。前にも話したけど、お兄ちゃんがお姉ちゃんのこと好きだったこ
となんか、あたしは前から知ってたんだから」

「そうじゃねえのに」

「そのお姉ちゃんから告白されてお兄ちゃんが悩まないわけないじゃん。お兄ちゃん、夕
さんの親友だしね」

「あのさあ」

「お姉ちゃん、バカだよね。お兄ちゃんと結ばれるチャンスなんか今までいくらでもあっ
たのに。あたしなんかに、お兄ちゃんの実の妹なんかに遠慮してさ」

「もういいよ」

「お兄ちゃんが夕さんのために身を引いても、多分お姉ちゃんはもう夕さんとは付き合わ
ないよ」

「何でそんなことおまえにわかるんだよ」

「お姉ちゃん言ってたもん。仮にお兄ちゃんがお姉ちゃんの告白を受け入れてくれなかっ
たとしても、もう夕さんとは一緒に過ごさないって」

「夕也がかわいそう過ぎるだろ、それ」

「その気もないのに親しく接せする方がかえって残酷だと思うよ」


自宅の最寄り駅で俺は麻衣と二人でいつもの電車を待った。

「今日も弁当作ってねえの?」

「うん。最近夜忙しいから準備できなくて」

「まあ、おまえにばっか負担かけてきたわけだからしょうがねえよ」

「ごめんね」

「別に学食とか購買のパンでも問題ねえし」

「お兄ちゃん、偏食だからな。本当はあたしのお弁当で栄養管理したいんだけどなあ」

「別に肉ばっか食ってるわけじゃないぞ」

「口では何とでも言えるしね。いっそお姉ちゃんに頼んじゃうか」

「頼むって何を?」

「しばらくお兄ちゃんのお弁当作ってくれないって」

「ば、ばか。よせ、絶対にそんなこと幼馴染に言うんじゃねえぞ」

 今の有希なら本当に作りかねない。

「冗談だって。そんな図々しいこと本当に頼むわけないじゃん」

「それならいいけど」

「あ」

「どうした?」

 二見が駅の隅にいた。

「今日もいるね」

「うん、いるな」

 妹は黙ってしまった。



「お姉ちゃんおはよう」

「麻衣ちゃんおはよ。今日も可愛いね」

「ありがとお姉ちゃん」

「麻人もおはよう・・・・・・って、どうしたのその顔?」

「おはよ。別にどうもしてねえよ」

 やっぱり有希は、今日も夕也とは別行動なのか。

「酷い顔でしょ」

「うん。寝不足?」

「ちょっとな」

「お姉ちゃんお姉ちゃん」

 麻衣が有希の耳に口を寄せた。内緒話をしている風だけど、声がでかいせいで何を言っ
ているのか全部聞こえている。

「どしたの? 麻衣ちゃん」

「今お兄ちゃんは悩んでるの。わかるでしょ?」

「あ」

「もう。当事者のお姉ちゃんが気が付いてあげなくてどうするの」

「ごめん。そうか、そうだよね」

「もう寝不足には突っ込まないであげて」

「うん、わかった」

 何でわざとらしく声をひそめているのか。全部聞こえてるっつうの。それに、本当はそ
のことで悩んだんじゃない。頭の中に女の太腿の画像がこびりついていたせいなのだ。

 あいつは今夜もやるのだろうか。女神行為を。


 麻衣と別れて有希と二人で始業前の教室に入ったけれども、有希は友人にあいさつされ
て俺のそばから離れていった。

 二見はまたぎりぎりに来る気なのだろうか。教室には彼女の姿がなかった。ちょっとで
も授業始まる前にあいつと話せないだろうか。俺が未練がましくそう思って教室の入り口
を見ると、二見が教室内に入ってきた。いつもよりは一本早い電車に乗ったのだろう。な
ぜか俺の胸の動悸が激しくなった。

「池山君、おはよう」

「おはよう」

「・・・・・・寝不足?」

「ああ、ちょっと」

「悩みでもあるんですか?」

 二見がにこっと笑った。

「何でもねえよ」

 おまえの白い太腿が気になって眠れなかったなんて言えるか。

「あのさ」

「うん」

「見たよ、昨日のスレ」

「レスしてくれたから知ってるよ」

「うん」

「どうだった?」

「どうって言われても」

「軽蔑した? それとも嫌悪を感じた?」

「そんなことねえよ」

 思ったより大声を出してしまった。周囲の生徒たちが俺たちの方を見ているのがわかっ
た。思わず大声を出してしまった。有希とか他のやつらが変な顔でこっちを見ている。

「別に嫌な感じなんてしてねえよ。可愛い写真ばっかだったし」

「本当?」

「ああ」

「嬉しい」

 このあたりでようやく俺の緊張も解けてきた。

「おまえ、すごく人気あったじゃん。結婚してくださいなんて言われてたし」

「そんなの真面目に言ってるわけないじゃん。盛り上げてくれてるだけだよ」

「そうなの? メアド教えろとかっていうのも?」

「ああ。あれは少しマジかもね。どうしても出合厨って沸いてくるし」

「うん?」

「まあ、スルーすればいいのよ、ああいうのは」

「よくわかんねえけど、おまえ昨日は楽しそうだったよ。おまえのレス見ててそう思っ
た」

「昨日はスレ荒れなかったからね。あんなもんじゃないこともあるのよ」

「そうなんだ」


「あたしの写真、気に入った?」

 二見が微笑んで俺の方を見た。

「え? 何だよそれ」

「可愛かったかな?」

「う、うん」

「君にそう言ってもらえると嬉しいな」

「おまえさ」

「なあに」

「ああいうの毎日やってるの?」

「毎日じゃないよ。普段は他の板とかでロムってることも多いし」

「まあ、昨日くらいの露出なら問題ないんだろうけど」

「うん?」

「学校の奴らとかにばれたらまずいんじゃないの」

 いくらぼっちの二見だって、そういう噂はまずいんじゃないか。俺はそう思った。

「ばれないよ。顔とかは隠してるし」

「隠してるうちに入らねえと思うけどな、あの程度じゃ」

「平気だって。それよか、まだ見る気ある?」

 見る気がないかあるかと聞かれれば、それは見たい。

「今夜もスレ立てるの?」

「そういうわけじゃなくて。あたしが前に言ったこと覚えてる?」

「うん?」

「恥ずかしいから最初はソフトなやつって言ったでしょ」

「あ、ああ。」

「でね。今夜は久しぶりに女神板でやろうと思って」

「何それ」

「見ればわかるよ。その気があるならまたメールしてあげるけど」

「・・・・・・うん」

「じゃあ、夜八時頃から始めるから」

「わかった」

 それまで俺の方を見ていた二見の視線がずれた。

「あ、広瀬君が来た。最近一緒に登校しないんだね」

「・・・・・・わかってて言ってる?」

「ごめん。でも彼、君以上に寝不足な感じ」

 夕也のやつ、ひどい顔だ。

「広瀬君、せっかくイケメンなのにね」

「うん」

「あ、先生来ちゃった。また後でね」

「おう」


 午前中の授業終了後、俺は二見の声に起こされた。

「池山君、池山君ってば。起きてよ」

「あ」

「あ、じゃないわよ。授業終わったよ」

「俺、寝ちゃってたのか」

「机に突っ伏して盛大にね。あの先生だから見て見ぬ振りしてくれたけど、他の先生だっ
たら怒られてるよ」

「うん。何かいつのまにか寝ちゃったみたいだ」

「寝不足で疲れてるんでしょ。何で寝不足なのかは知らないけど」

「何でもないよ」

「今日は妹さんと一緒にお昼?」

「いや今日は約束してないよ」

「じゃあよかったら一緒にお昼食べない?」

「いや、ちょっと夕也と話がしたいんでさ」

「広瀬君、授業終わったらすぐ教室を出てっちゃったよ。気分悪そうだった」

 あいつ、もしかして俺のこと避けてるのか? 昨日はちゃんと話せたのに。

「じゃあ、中庭に行こうか」

 二見が言った。



「君も、二見さんとか広瀬君のことでも考えて眠れなくなったんでしょ」

「違うよ」

「じゃあ妹さんのことでも考えてた?」

「だから違うって」

「じゃあ何で寝不足なの? 場合によっては力になってあげられるかもよ」

「力になるっておまえが?」

「ぼっちのあたしが言っても信じてくれないかもしれないけど、あたしって問題解決能力
が高いぼっちなんだよ」

「何だよそれ」

「ほんとだよ」

 二見は突然微笑んだ。それはすごく可愛いい笑顔だった。正直に言っちまうか。俺はそ
う思った。それでこいつがどんな反応するかも知りたい気がするし。

「ええとだな」

「うんうん」

「おまえの立てたスレを三十分おきくらいに見に行ってたら寝そびれた」

「え・・・・・・つうか、え?」

「いや何か落ちないようにスレ保守している人がいっぱいいたから、おまえがスレに戻っ
てくるんじゃないかと思ってさ」

「飽きれた。今日は戻れないってレスしたのに」

「まあ、あとさ。正直な話、おまえの画像が気になって眠れなかったっていうのもある」

「え」

 やばい、引かれたか。俺はそう思った。


「あ、あの。変なこと話して悪い」

 二見は黙って俺を見ている。

「気持悪かったよな。今の忘れて」

「うれしい」

 二見が俺の方を見上げるようにして小さな声で言った。

「え?」

 何なんだ。

「あたしさ、ああいうことしてるって知り合いに話したの初めてだったんだ」

「うん」

 そりゃそうだろうなって俺は思った。気軽に学校とか家庭で話せるようなことじゃない。

「どうせ知られたら変な目で見られるだろうし、噂にもなるだろうし」

「まあ、普通はあれを知ったらドン引きするだろうけどな」

「あたし、多分友だちとか作ろうと思えばできると思うんだけど、隠し事をしながら友だ
ちと付き合うの嫌だったから」

「それでいつも一人でいたの?」

「うん。でもさ、自分でも何でかわからないけど君とは友だちになりたくてね」

「そうなんだ」

「そうなの。でも隠し事するの嫌だったから、怖かったけど女神のこと君に教えたの」

「そうか」

「嫌われるだろうなって覚悟してたけど、気にしないでくれて、っていうか気に入ってく
れて本当にうれしい」

 俺が好きなのは有希だけど、何かここまで好意を示されると正直うれしい。こいつは可
愛いし。

「まあ俺だって健康な男子だし。あの太腿の写真をもう一度見ようとしたくらいだしな」

「・・・・・・え」

 やばい。ちょっと言い過ぎただろうか。

「ちょっと。大きな声で太腿とか言わないでよ。で? 画像は保存したんでしょ」

「してない」

「え? 何でよ。すぐ削除しちゃうから普通みんなすぐにダウンロードするんだよ」

「いやそれ知らなくてさ。もう一回見ようとしたら見れなかった」

「ちょっと待って」

 二見はスマホ取り出して何か操作し始めた。

「送信したよ」

「何を?」

 スマホが振動した。

「メール見て」

「俺の携帯か。おまえから?」

「君にプレゼント」

 空メールに添付されていたのは、昨日の二見のむき出しの太腿の画像だった。

「よかったらどうぞ。好きに使っていいよ」

「つ、使うっておまえ何言って」

「だってよくレスもらうよ? 大切に使わせてもらいますとかって」

 俺は二見の笑顔を正視できなかった。正直に言えば、その場で死にたいくらいだった。


「とにかく勇気が出たよ。女神のこと話しても嫌われない友だちが一人できたことに」

「うん、別にあんなことくらいで嫌いにはならねえよ。それにエッチなのってこの足の画
像くらいだしさ。あれくらいなら十分許容範囲だ」

 突然二見が黙り込んだ。

「どうかした?」

「はあ」

「うん? ため息なんてついてどうしたんだよ」

「よろこぶのはまだ早いか」

 何だ? こいつ急に暗い顔になっちゃったな。これまでやたらうれしそうに笑ってたの
に。

「だから何で急に落ち込んでるんだよ」

「まあ、しょうがないか。明日君に会うまではどきどきて待ってるしかないのね」

「どういうこと?」

「今夜も女神行為するから」

「うん、それはさっき聞いた」

「昨日と違う板でするの」

「女神板ってとこでしょ」

「うん。それでさ、あそこは基本的に十八歳未満は出入り禁止なの」

「そうなの? じゃあ制服とかアップしたらまずいじゃん」

「そうなの。だからあたしは女神板ではいつも十九歳の女子大生って自分のこと言って
の」

「そうなんだ」

「今夜は君はレスしなくていいから、黙ってロムしてて」

「コメントしないで見てろってことだな。わかった」

「URLはあとでメールするけど、あたしのコテトリだけ覚えておいて」

「コテトリって何?」

「今メールで送るから」

 再びスマホが振動した。

 俺は二見からのメールを開いた。

ねぇグロはね

セイバー顔潰しや

其の他キモ小父さんの妄想ベントウノ発言前に数億枚あるんだよアレイスターちゃん【煽り姫神秋沙子孫根絶】此れで勝つる【旦那吸血鬼卑怯者雑種獣】我様不滅のシャカちゃん10歳【処女膜【VIRGIN】小父さんの妄想ブッサシプリキュア知ってるよ母上】


『モモ◆ihoZdFEQao』

 何かの暗号みたいだ。

「何これ?」

「今日のスレで名前欄にこれが入ってるのがあたしだから。モモって言うのがあたしの固
定ハンドル、まあペンネームとでも思って」

「ああ、そういうことか」

「で黒いダイアモンドマーク以下の文字があるでしょ? それが付いてたら本当のあたし
だっていうこと」

「よくわかんないな」

「それはあたししか知らない文字列を変換している言わば暗号みたいなものだから、その
秘密にしている文字列を入力しないとこういう表示にならないの」

「パスワードみたいなものか」

「まあ、そうね」

「それはわかったけどさ、何でさっきちょっと落ち込んでたの?」

「今夜になればわかるけど。十八禁の意味はわかるでしょ」

「もしかして」

「うん。まだ君に嫌われる可能性は十分に残ってるってことだね」

 だったら俺に女神板なんて教えなきゃいいのに。

「君が何考えてるかわかるよ。黙ってればわからないのにって考えたでしょ」

「まあ、今確かにそういうことも思い浮んだよ」

「さっき言ったように友だちと隠し事しながら付き合うの何かいやだし」

「うん」

「あと、あたし君のこと結構気になってるかも」

「え」

 気になるってどういう意味だ。俺は一瞬本気で心臓の音を聞いた気になった。

「とにかく今夜見て明日感想を聞かせて・・・・・・それが嫌悪しか感じなかったっていう感想
だったとしても正直に話してね?」

「わかった」


 二見と別れて自宅に戻ると、麻衣は既に帰っていたけど、リビングではなくて自室にこ
もっているようだった。これなら二見の女神行為をスマホではなくリビングのパソコンで
見ることができそうだ。麻衣は今夜は食事を用意していなかったので、俺は風呂に入り適
当に冷凍食品を解凍して夕食をすませた。

 そろそろ八時だ。何か緊張してきた。そして、なんでこんなに緊張しているのかもわか
らない。たとえ好きな女の子ではなくても、かわいい子の画像が見られるんだから健康な
男子高校生としては緊張くらいしても不思議じゃない。でも、本当にそれだけなのか。

 もしかして二見は俺のことが好きなのだろうか。いや、彼女は気になるって言ってるだ
けで俺のこと好きだってはっきり言ったわけじゃない。ただ、もし少しでもその可能性が
あるなら早めに断らないといけないだろう。俺が好きなのは有希なのだし。まあ、夕也の
ことを考えると、有希とは結局結ばれないのかもしれないけれども。

 それならいっそ二見と付き合うっていうのもあるかもしれない。あいつとは一緒にいて
気が楽だし話も合うし。って何を考えているんだ俺は。別に二見に告られたわけでもない
のに。

 そのときスマホが震えた。二見からのメールだ。



from :二見優
sub  :無題
本文『じゃあ、そろそろ始めるね。今のところ他の子がうpしてる様子もないから、見て
ても混乱しないと思うよ。念のために繰り返しておくけど、女神板はうpも閲覧も18禁
なんであたしは19歳の女子大生って名乗ってるけど間違わないでね。』

『モモ◆ihoZdFEQaoのがあたしのレスだから。あと結構荒れるかもしれないけど動揺して
書き込んだりしちゃだめよ? 君は今日はROMに徹して』

『ああ、そうそう。これは余計なお世話かもしれないし、あんまり自惚れているように思
われても困るんだけどさ。今日うpする画像はすぐに削除しちゃうから、もし何度も見た
いなら見たらすぐに保存しといた方がいいと思うよ』

『じゃあ、下のURLのスレ開いて待っててね。8時ちょうどに始めるから』

『やばい。何かドキドキしてきた(笑) 女神行為にどきどきなんかしなくなってるけど、君に嫌われうかもしれないって思うとちょっとね。でも隠し事は嫌いなので最後まで見て
感想をください。あ、感想ってレスじゃないからね』

『じゃあね』



 二見がどきどきするくらいなのだから、よほどきわどい恰好をするのだろうか。十八禁
の板なのだ。下着とか見せちゃうのかもしれない。そう思うと何か胸がもやもやする。別
に俺の彼女でも何でもないから嫉妬する権利なんか俺にはないのに。それにもやもや以前
に、俺が二見の体が見られることに期待しているのは、誤魔化しようのない事実だ。

 とりあえず俺はスマホのメールをパソコンに転送した。そして、パソコンのメールを開
いて表示されたURLをクリックした。一瞬の間をおいて該当するスレが、自動的に立ち
上がったブラウザに表示された。

【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】

 何かタイトルすごい名前だ。既存のレスの日付を追うと、半年以上前に立ったスレのよ
うだった。昨日のスレと違って>>1に細かい注意事項が書いてある。

 十八歳未満は本当にだめなんだ、あと顔出し非推奨とかメアド晒し、出会い目的は禁止。
何かエッチな板だと思ってたけど結構、常識的なことが書いてあるようだ。

『性器のうpは固くお断りしています』

 ・・・・・・なんかすごく嫌な予感がする。とりあえずスレを更新してみよう。最新レス
は、いきなり二見のレスだった。

モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ?。誰かいますか』

 コテトリとかいうのが教わったとおりのやつだ。これは二見で間違いない。俺は再びス
レを更新した。さっきはなかったレスがついてる。

『いるぞ~』
『モモか。久しぶりだね』
『モモちゃん元気だった?』
『ちゃんと大学入ってる?』

 何かみんな二見というかモモのことを知っているようだ。それにしても本当に大学生を
演じているのか。

モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました(悲)』

 恋? まさか。そのレスには画像のURLが貼ってあった。何か怖いけど、見ないです
ませるくらいに俺のメンタルは強くない。それにすぐ削除しちゃうって二見は言っていた
し。俺はそのURLをクリックした。

陰毛 脱毛 二次元

二次元美少女少ないよ

超グロイよ


今日は以上です
新しいPCが届いたのでまた更新を再開します

>>103,106
誤爆してますよ



>>108
それに触れちゃダメだぞ

読んでるよ!次が楽しみ

続き楽しみ


 URLをクリックすると別窓が立ち上がった。まだ画像は表示されていないけど、俺は
その別窓を最大化して、ゆっくりと画像が表示されていくのを固唾をのんで見守っていた。
画像は上の部分から徐々に鮮明になり、やがて表示される部分が広くなっていった。最初
に見えたのは二見の顔だった。

 目の部分には昨日はモザイクがかけられぼかされていたけど、今日の画像は上から細い
線を重ねて目の部分が見えないようになっていた。それでも二見を知っている人間ならそ
れが誰だかすぐ判別できるくらい、申し訳程度にしか顔は隠されていなかった。

 やがて彼女の白い肌がゆっくりと浮き上がってきた。それはあいつの上半身の裸身の写
真だった。左手で胸の部分を隠しているため乳首は見えないようになっていたけど、小さ
な手で押さえているせいで、乳房は全体が隠されているわけではなかった。右手が写って
いないのは、おそらくスマホを持って腕を伸ばして自分を撮影したからだろう。画像の下
の部分には二見が履いているスカートが少し写っていたけど、それ以外はあいつは何も身
につけていなかった。いや、正確に言うと鎖骨のあたりに何か付箋のような物が貼り付け
られていて、それには英数字が書きなぐってあった。昨日のスレでもあったけどIDを書
いて本人証明をしているのだろう。

 普段見ている印象よりあいつの体は細く華奢だった。制服姿でいるときより裸身になる
と肩や腕の細さが際立って見える。俺は二見の上半身裸の画像を素直に美しいと思った。

 最初に予想していたようなわいせつな印象は、全くと言っていいほどなかった。自分で
も驚いたことに、二見の裸体を見ても性的な意味で興奮することはなかった。むしろ何か
美しい中世の女神の絵画でも見ているような印象すら受けていた。なぜこういう行為をす
る子が女神と呼ばれているのか、あいつの裸身を眺めていると何となくその意味がわかっ
たような気がする。

 そして、昨日は携帯の小さな画面だったけど、今日パソコンの大きなディスプレイで画
像を見ると、彼女の肌の質感が手に触れているかのようにまざまざと感じられるようだっ
た。スマホのカメラのせいか画質はあまりよくなく、パソコンのディスプレイに映し出さ
れた画像の解像度の荒さは隠しようもなかったけど、それでもそれは映し出された彼女の
美しさを損なうことはなかったのだ。俺が自分のカメラで撮影していれば、もっときれい
に撮れるのに。

 しばらく画像に見とれていた俺は我に帰り画像を右クリックして画像を保存した。すぐ
に削除するってあいつに注意されていたし。それから一度画像を閉じてスレを更新した。



『美乳じゃん』
『美乳なんだろうけど手で隠すくらいならうpするなボケ』
『乳首も見せないとか何なの』
『モモちゃんの乳首みたいです』
『美乳というより微乳かもしれん。こんなんに需要ねえよ』
『>>○ スレタイも読めんのか。モモ、ナイス微乳。手をどけようよ』
『肌綺麗だな。こないだまで女子高生やってだけのことはある』
『乳首見せる気ないなら着衣スレいけよ』



 何でこんなレスばっかなんだろう。これだけ綺麗な画像貼ってるのに。俺はそう思っ
た。同時にここのスレの住人のレベルの低さに無性に腹が立った。ここは十八禁だってい
うけどレスを見ているかぎりでは、高校生以下のレベルではないか。何か腹が立ってきた。
反論のレスをしてやろうかな。一時はそうも思ったけど、でも、あいつに今日はレスする
なって言われていたことを思い出して、俺は反論を断念した。とりあえずスレを更新して
みよう。



『ふざけんな。削除早すぎるだろ』
『即デリ死ねよ』
『のろまったorz』
『次の画像うpしてくれ』



 ・・・・・・もう削除しちゃったのか。どれ。俺は画像へのURLをクリックした。

 DELIETEDって出て画像はなくなっている。俺は画像をあきらめてスレの方を更新した。


モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』

モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』



『ねえよ帰れ』
『需要あるよ。乳首なくてもいいから次行ってみよう』
『モモの身体綺麗だからもっと見たいれす』
『次M字開脚してみて』



 好意的なレスもあるけど、とにかく画像を貼らせようって感じだ。でも、正直俺ももっ
と見てみたいという感情はある。



モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』



 次の画像だ。消される前に。俺は画像へのリンクをクリックした。

 次の画像は鏡に写した自分を撮影したものだった。二見がスカートを脱いで床に座りこ
んで足をMの形に開いている画像で、開いた足の中心部にはブルーで無地のパンツがくっ
きりと写っていた。普通なら下着がはっきり見えているということで、その部分に目が行
くのかもしれないけど、俺の目はあいつの細く白い脚に釘付けになった。昨日見た太腿の
画像より拡大され、細部まではっきりと見えていたけれども、その脚にはしみやあざは一
つも見当たらず全体的に滑らかでほのかに内側から光を発しているようにすら思えた。特
に昨日は見えなかった内腿の白さが際立っている。下半身を写しているせいで、画像の上
部はお腹と形のよいへそが半ば見切れるように写っていた。

 二枚目の画像を見てもやっぱり美しさを感じたたけど、画像を見ているうちに性的な興
奮のようなものがようやく俺にも湧き上がってきた。ただ、それは彼女の下着とか肌を見
ていることからくる即物的な興奮ではなく、自分の親しい人間がこういう姿を不特定多数
の目の前で肌を露わにしているという少し倒錯的な感情から来る興奮だったのかもしれな
い。俺は少し戸惑った。二見の行為に嫌悪感は感じなかったけど、倒錯した興奮を感じた
自分に対する嫌悪感は微妙に感じていた。それでも俺は麻薬に中毒して自分ではやめられ
ない人のように、自分から意識してこのスレを閉じることはできなかった。

 俺は二枚目の画像を保存すると、再びスレに戻り更新した。今度は概ね好意的なレスが
数レス付いていた。昨日のスレのような流れの早さはなく、一枚画像を貼るたびに数人が
レスするという感じだった。こういうスレを過疎スレと呼ぶのかもしれない。何度か更新
してレスを確認していると再び二見のレスがあった。



モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』



 俺は三枚目の画像を開いた。ゆっくりと表示されていくその画像は、姿見に正面から映
した全身の画像だった。体にはブルーのパンツ以外何も見にまとっておらず胸だけは左手
で隠している。右手には姿見を狙って撮っているスマホのカメラが握られているのがわか
った。

 ・・・・・・結局その日はこれを最後に写真が貼られることはなかった。これでおしまいとい
う二見のレスに数レスだけ、ありがとうとかまた来てねとかというレスが付き、それに続
いて即デリ死ねよとかのろまったとかというレスが数レス。その後は何度更新しても新規
の書き込みはなかった。画像も宣言どおり二十分くらいで全て消去されていた。夜中の三
時ごろまでお祭りのように賑わっていた昨日のスレとは全く感じが違っていて、何か淡々
と事が運んで淡々と事が終わったようだった。今日のスレでは始ってから終わりまで一時
間もかかっていなかった。

 俺は更新を諦めてスレを閉じた。そして保存した画像をパソコンのメールで自分の携帯
に移してから、その画像をパソコンのハードディスクから削除した。リビングのパソコン
は家族共用なので万一発見されると非常に気まずい。というか両親に発見されるくらいな
ら気まずいだけですむけれども、妹が発見すると写真の人物が二見であることに気づいて
しまう可能性があった。

 画像を全部削除してパソコンの電源を落として自分の部屋に戻った俺は改めて自分がこ
の女神行為に対して抱いた印象を考え始めた。明日朝一番で二見に感想を求められること
は間違いない。それまでに自分なりの感想を整理しておく必要を俺は感じたのだ。


 少なくとも嫌悪感はなかった。それは断言できる。スレを開いた時に女神板のスレに感
じた猥雑な印象は、実際に二見の画像を見ると俺の心からすっかり消し飛んでいた。そし
て彼女の体を美しいと感じたことも間違いなかった。ただ、問題は二枚目以降の画像を見
た時に感じた複雑な感情だった。俺はその感情を自分の心の中で整理しきれていなかった。

 それは自分がよく知っている女が他の男に肌を露出していることから来る嫉妬だったの
だろうか。でもその感情を抱いたとたんに俺は得体の知れない深い興奮を覚えたのだった。
それは単純な性的興奮ではなかった。何か自分の女が複数の男の視線に晒されていること
への興奮だったのか。

 え? 俺は一瞬自分の頭を疑った。俺の女ってなんだよ。

 二見は俺と付き合っているわけではない。俺は不特定多数の掲示板の住人と同じく今日
初めてあいつのああいう画像を見たのだ。いや、モモというコテハンがレスした人たちに
知られていたということは、当然俺より先に二見の裸身を見ていたやつらがいるというこ
とだった。それに対して俺が感じたのがスリリングな興奮なのかそれとも単純な嫉妬なの
か。俺は混乱した。

 もうこれ以上考えても何も結論は出せそうになかった。俺は諦めて寝ることにした。今
日も有希の告白にどう応えるか考えなかったな。そんな感想が眠りにつく前に俺の脳裏に
浮かんだけれども、それはすぐ次に鮮明に脳裏に浮かんだ二見の美しい肢体のイメージに
かき消されてしまった。俺は彼女の真っ白だった美しい肢体を思い浮かべながらいつのま
にか寝入ってしまったようだった。

 翌朝 自宅の最寄り駅に立った俺は、朝食を食い損ねてしまった自分の空腹を持て余し
ていた。今朝は麻衣が朝食を用意してくれなかったのだ。今日は妹は俺を起こすとさっさ
と一人で出かけてしまった。おかげでいつもより遅い電車になってしまったうえ、すきっ
腹を抱えている。まあ、考えようによってはいかに俺が生活する上で妹に依存していると
いう証左になったのだけど。

 麻衣は、最近夜も自分の部屋にいるし、昼も一緒に食べようとしない。俺のこと避けて
いるのだろうか。ついこの間まで、麻衣は近親相姦直前くらいなほど俺にベタベタくっつ
いてたくせに。あいつは有希のこと応援してるって言ってたから、有希への返事を引き伸
ばしている俺のことを怒ってるのだろうか。

 まあ、いいや。そんなことより昨日のことのほうが悩ましいと俺は思った。保存した画
像をちょっとだけ見てみようか。俺はスマホを開いて二見の女神行為の画像を表示した。
一枚目の画像は、スマホの画面だと画像が小さいけど、それでもあいつの体が綺麗なこと
はよくわかる。胸を隠している方がかえって彼女の美しさを引き立てているようだ。

 二枚目はM字に脚開いてっていうリクエストに応えたやつだった。二見の脚とかきれい
だけど、それにしてもいったい何人くらいの男がこの脚を眺めて、画像を保存したんだろ
う。レスしないでROMしてるやつも相当いるはずだった。まあ十五分くらいで画像は消
されているから、思ってるよりその人数は少ないのかもしれない。そもそも過疎スレだっ
たし。

 三枚目が一番好みだ。パンツしか履いてない全身の画像だけど。女神か・・・・・・やけに華
奢な女神だけど、あいつの全身を見ていると胸が締め付けられるような変な感じがする。
それが何でなのか、昨日考えてもこの感覚ってよくわからなかった。単に同級生の女の子
のエッチな写真をゲットして興奮してるとかだったら、まだわかりやすいんだけれども。

 でも、そうじゃない。だってこれをネタにオナニーしようとか全然思い浮ばなかったの
だから。むしろこの二見の美しい裸身が不特定多数の目に晒されてるって考えた時、正直
に言うと胸が締めつけられるような、自分でもよくわからない興奮を覚えたのだ。

 俺は朝の通学時間に俺何考えてるんだろ。誰かに覗き込まれる前に画像閉じておこう。
もうこの電車だと隣の駅で有希も乗ってこないだろう。今はその方がかえって気が楽だ。
そう思って念のためにホームを眺めると、ベンチに座ってスマホを眺めている二見がいた。

 どうしよう。声をかけてもいいんだろうか。そう思った瞬間、二見と目が合った。


「おはよう」

 二見が立ち上がって俺にあいさつしてくれた。

「お、おう。ええと」

 俺は何をうろたえているんだ。

「一緒に登校してもいい?」

 二見が俺を見上げるようにして言った。さっきまで熱心に眺めていたスマホをかばんに
しまい込んで。

「あ、うん」

「よかった」

 何かいつもと違って大人しい。昨日のことで緊張してるのだろうか。

「あのさ」

「うん」

「昨日のあれ」

「・・・・・・うん」

「見たよ」

「そう」

 こいつのこの制服を脱がすと、昨日の画像のとおりの裸になるんだよな。突然俺は本人
を目の前にしてとんでもないことを思いついて、そしてそのことに狼狽した。

「どうしたの」

「いや」

 俺の目はなぜか、二見のブラウスに隠された胸を見つめてしまっていた。

「あ」

 二見が両手でブラウスの胸元を隠した。

「ごめん、そうじゃなくて」

「うん」

 二見が胸を隠したままうつむいた。

「綺麗だった」

 よくこんなことが言えたものだ。本当に半ばは勢いで口に出してしまった。本心ではあ
ったけど。

「え?」

「だから、昨日のおまえすげえ綺麗だったよ」

「うん、ありがと」

 二見が自分の胸元を隠していた両手を外し、真っ赤な顔で俺に答えた。


「昨日の感想だけどさ」

「・・・・・・うん」

 どういうわけかあの二見が珍しく赤くなりうつむいた。

「何て言うかさ」

「うん」

 小さな声で俺と目を合わせないまま二見が言った。

「ああいうスレ見たの初めてだったけど、少なくともおまえの画像を見て嫌悪感とか軽蔑
とか全然感じなかった」

「本当?」

「うん、本当」

「・・・・・・よかった」

 二見が顔をあげ心なしか濡れた瞳で俺を見上げた。

「芸術って言うと大袈裟だけどさ。あれだけ綺麗な写真ならどこかで発表したくなるって
いうのも何となく理解できたよ」

「そんなに大袈裟なことじゃないよ」

「そうかもしれないけどさ。でも画像見ててそういう感想が頭に浮かんだのは本当だぜ」

「ああ。よかったあ」

「突然、何て声出してるんだよ」

「昨日撮影している最中も、フォトショで画像加工している時も、レスしている時も本当
は怖くてどきどきしてたんだからね」

「いったい何で?」

「最近、君とやっと親しくなれて、一昨日のスレ見られても引かれなくてうれしかったけ
ど、さすがに昨日のを見られたらもう普通に話をしてもらえないんじゃないかって思うと
怖くて」

「そうか」

「だから、いっそこんなこと隠してればよかったとか考えちゃってね」

「うん」

「でもよかった。ありがと」

「そこで手を握らなくても」

「どきどきした?」

 そのとき二見の湿った手の感触を感じてどきっとしたのはうそじゃなかった。

「ちょっとだけ」

 二見は俺の手を握ったまま少しだけ笑った。

 ホームに電車が入ってきた。

「電車来たな。おまえどうするの?」

「一緒に乗っていく。別に見ておきたいレスとか今日はないし。いい?」

「うん」

 あのスレを眺めていた俺にはこのときはもう、選択肢なんかなかったんだろう。


 今日はいつもより遅い電車だから、有希とは会わないはずだけど。だから別に心配する
ことはないんだけれど。こいつ、いつまで俺の手を握ってるつもりなんだろ。結構周りに
はうちの生徒がいるんだけど。しかし、いきなり俺の手を握るってこれはもう勘違いでは
ないんじゃないか。二見は俺のことを好きなのかもしれない。それにしても、好きな相手
にいきなりああいうああいうスレを見せるとか、普通はないと思うけど。

 隣の駅に着いたけれども、有希の姿はない。有希はやっぱりいつもの電車に乗ったみた
いだ。二見と手をついないでいるところを有希や麻衣に見られないことに安心した俺は、
近くのドアから乗車してきた夕也を見つけた。最近有希や麻衣と一緒に登校していないよ
うだけど、こんなに遅い電車に乗っていたのか。どおりで遅刻ぎりぎりに教室に来るわけ
だ。

「よう夕也、おはよう」

 こいつ今日も寝不足みたいで酷い顔をしている。

「おう麻人・・・・・・って、え?」

 俺の方を見た夕也の表情が氷ついた。

「えって何だよ」

 夕也の視線が下がり、俺と二見が握り合った手に気が付いたようだった。

「おまえさ」

「あ、いや。そうじゃねえよ」

「おまえ、そういうことだったの?」

 夕也の声の温度がひどく下がったようだ。

「おはよう」

 ぼっちの二見が夕也にあいさつしたことに俺はおどろいたけど、夕也はそれを無視した。
俺は反射的に二見の手を離そうとしたけど、手を振り解けない。というかもっと強く手を
握りしめられた。

「俺がバカだったのかな」

「おまえ、何言ってるんだよ」

「俺、おまえのためなら、有希のこと忘れようと思って、時間ずらしたりあいつに話しか
けないようにしてたんだけどよ」

 何を言っているんだこいつは。

「おまえ、最低だな」

「何か勘違いしてるぞおまえ」

「有希の気持を知りながら、返事もしないであいつを悩ませておいてよ。自分は二見さん
と浮気かよ」

「違うって。つうか浮気ってなんでだよ。話を聞けよ」

 俺はとりあえず二見の手を離そうと思ったけど、二見はやはり手を離してはくれない。

「二見さんが好きなら何ですぐに有希のことを振ってやらねえんだよ。おまえ、自分が好
かれてるっていう気持を楽しみたいから、有希への返事を引き延ばしているだけじゃねえ
か」

「てめえ怒るぞ」

「怒るって何だよ。誤解だとでも言いてえのかよ。登校中の電車の中でしっかりと二見さ
んの手を握りやがって」

「握ってると言うか、握られて」


 二見の手が震えてる。この誤解は二見のせいじゃない。こいつを俺のごたごたに巻き込
んじゃだめなんだ。この話が続くと夕也のやつの怒りは二見の方に向くかもしれない。も
う夕也に誤解されても仕方ない。せめて二見を傷つけないようにしないと。

「じゃあな。おまえとはもう話さねえから。あと有希にも全部今朝のこと話すからな。も
うおまえなんかに遠慮したり気を遣ったりするのはやめだ」

 もう何を言っても無駄だろうな。俺はそう思った。

「言い訳すらなしかよ。まあいいや。じゃあな」

 そう言い捨てて、夕也は隣の車両に移動していった。


「何か悪かったな」

 残された俺と二見の間には少し嫌な沈黙が漂った。

「ううん」

「俺たちのごたごたにおまえを巻き込んじゃった。おまえには関係ねえのにな」

「そうじゃない」

「え?」

「そうじゃないの。あたしの方こそごめん」

「何でおまえが謝るんだよ。そりゃ、手を繋いでたとこを夕也に見られたのは痛かったけ
ど」

「君が遠山さんのことを考えなきゃいけない時に、あたしの女神のことなんかで時間取ら
せちゃったから」

 確かにそうだったから俺はこのとき、どう答えていいのかわからなかった。

「だからごめん」

「別におまえに強制されて見たわけじゃねえよ。むしろ有希のことに、真剣に向き合うの
を先送りにしてたのは俺だし」

「でも」

「でもじゃねえよ。おまえに悪いことしたのは俺の方だよ」

 二見はうつむいた。

「たださ」

「うん」

「何で今、俺の手を離さなかったの? 夕也に誤解されるに決まってるのに」

「あの」

「うん」

「あたし、その」

 いつも冷静なこいつらしくないく、何かおどおどしている。

「あたしね。その・・・・・・君のこと好きかもしれない」

 え。

「あたしみたいなぼっちが身の程知らずかもしれないけど」

「お、おい」

「君のこと、本当は前から気にはなっていたんだけど」

「・・・・・・うん」

女「本気で好きになっちゃったみたい」


 その時、俺の手を離さそうとせず真っ赤な顔で俺に愛の告白をしている二見の姿を狼狽
しながら眺めている俺の目には、彼女の上に昨日見た画像のパンツしか身に纏わない裸身
の二見の姿が重なって見えた。

 俺もこいつのことが好きなんだろうか。もしかしたら昨夜女神板のスレでこいつの裸の
姿を見ながら感じていたあの奇妙な感覚は、俺の二見への好意の予兆だったのだろうか。
そしてそのもやもやとした感じとは別に、いつも冷静に振舞っていた二見が、今俺に必死
になって告白している言葉や、強く握り締めらている手の感触が、ここは本気で考えてや
らなければいけない場面であることを俺に強く告げているようだった。

 俺は二見の手を強く握り返した。次の言葉を出す前に一瞬、有希が俺に告白した時の表
情と、それになぜか妹の麻衣の顔が思い浮んだけど、それはすぐに昨日見た二見の美しい
裸身のイメージに置き換わってしまった。

「あのさ」

 俺は言葉を振り絞った。二見は俺の手を握りながら黙って潤んだ瞳で俺を見上げた。

「俺もさ、おまえのこと好きになっちゃったかも」
 彼女はしばらく黙っていた。

 次の瞬間、周囲の乗客やうちの生徒たちの目を気にすることなく、二見が俺に抱きつい
てきた。


今日は以上です
また投下します

あぁ^~いいっすね~

このあたり一番好きだったんだよね
やっぱりいいね


 教室までずっと二見と手を繋いで来たけど、周りのやつらの視線が半端なかった。絶対
にもう噂になってることは間違いない。俺と二見が付き合い出したことまでがうわさにな
るのかどうかはわからないけど、少なくとも俺と二見が手をつないで登校したことが有希
に知られるのは時間の問題だろう。

 どうしてこうなったんだろ。これじゃ順序が逆だ。本当ならば有希の告白をちゃんと断
ってから、二見と付き合い出すべきだったのに。いや。それにしても有希を傷つけること
には変わりはないかもしれない。本当に有希が俺のことを好きなのなら。五十歩百歩って
やつだ。とにかく昼休みには有希を呼び出して話をしないといけない。せめて噂を聞いた
有希が傷付くより先に。どちらにしても有希が傷付くことには変わりはないにしても、そ
れがせめても俺の誠意なのかもしれない。

 俺は教科書の方に視線を落としている二見の方を見た。ここでお互いの視線が絡み合っ
たらうれしかったのだけど、二見は教科書に集中しているようだ。こんなにまじめに勉強
するような女だっけ、二見って。それにしても、俺のことが気になっているとは言ってた
けど、まさかいきなり告られるとは思わなかった。

 結局、俺の初めての彼女は、これまでずっと考えていたような幼馴染の有希ではなくぼ
っちの女神だったのだ。有希のことだけが大好きだった昔の俺なら考えられなかっただろ
うけど、今は不思議と違和感がない。っていうかむしろ何かすごく落ち着いた気分だ。そ
れに、二見の教えてくれたスレを見てたときのもやもや感まで一気に晴れた感じだった。

 ちょっとだけ。教科書の陰なら先生にばれないだろ。俺は教科書の後ろでスマホを出し
た。・・・・・・やっぱり綺麗だな、あいつ。

 この画像の裸身は今では俺の物なんだ、って何をキモイこと考えているんだ俺は。それ
でも二見のレスを考えると何だか不思議な感じがする。


モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました(悲)』


 あれって俺のことだったんだ。そういや、あいつ俺と付き合ってからも女神を続けるの
かな。今まで考えなかったけど、自分の彼女の女神行為を見たらどんな感じがするんだろ
う。感じるのは嫉妬心なのか。それとも優越感なのか。AKBの誰かひとりを彼女にして
いるやつがいるとしたら同じような感想を持つのかな。いや、いくらなんでもそれは二見
を持ち上げすぎだろう。俺は未練がましく教科書を見ている二見の方を見た。

 そのとき、二見が教科書からきれいな顔をあげ俺の方を見て微笑んでくれた。俺に気が
ついて笑ってくれたのだ。やっぱ、あいつ可愛いな。俺はそう思った。二見のためにも有
希とのことには決着をつけないといけない。とにかく昼休みになったら。


「悪いな呼び出しちゃって」

「あんたになら別にいいよ・・・・・・もしかして返事してくれるのかな」

「うん。時間かかっちゃってごめん」

「あんたが優柔不断なことなんて知ってるよ。何年あんたの側にいたと思ってるのよ」

「そうか。まあ、そうだよな」

「そうだよ」

 俺は腹の底に力を込めた。

「俺、やっぱりおまえとは付き合えない」

「そうなんだ」

「悪い」

「わかった。でも一つだけ教えて」

 有希は全く泣かなかった。というより強い視線で俺を見た。

「うん」

「もしかして、あたしと付き合えない理由って夕のことがあるから?」

「それもある」

「それもって?」

「最初は夕也のことが気になってたんだけど」

「・・・・・・うん」

「でも、正直に言うと今は夕也のことが理由っていうより、他に好きな子がいるから」

「そうか」

「だからおまえとは付き合えない。本当にごめん」

「二見さんだよね?」

「ああ」


「もう一つだけ聞いていい?」

「いいよ」

「二見さんを好きになる前ってさ。あんた、あたしのこと好きでいてくれた?」

「何でそんなこと」

 何でそんなことを今さら蒸し返すのか。

「お願いだから答えて。もうこれであんたを困らせたりしないから」

 冷静に話しているような有希の手が震えていることに俺は気がついた。なんだかとても
胸が痛い。ここで嘘はついちゃいけない。俺はそう思った。

「昔からずっとおまえのことだけが好きだったよ。二見のことを好きになる前は」

「そうか、そうだよね」

「うん」

「あーあ。うまく行かないよね。あんたがあたしを想っていてくれていた頃は、あたしは
麻衣ちゃんに遠慮しててさ。それであんたのことを忘れようとして夕に近づいたら、今度
はあんたが夕也に遠慮しちゃって」

「そうかもしれないな」

 このときの俺の声はかすれていたと思う。

「そんなことやってるうちに、あんたは新しい恋を見つけちゃったのね」

「めぐりあわせが悪かったのかな、俺たちって」

「うん」

「ねえ?」

「うん」

「これからも友だちっていうか、幼馴染でいてくれる?」

「あたりまえだろ」

「よかった。あたし、これ以上あんたを困らす気はないけど」

「ああ」

「心の中でさ、彼女ができた好きな人のことを想い続けるのはあたしの自由だよね?」

「・・・・・・どういうこと?」

「あんたのこと諦めないって言ってるの」

「有希。あのさあ」

「あんたと二見さんの関係を邪魔したりはしないいよ。でもあんたのことを好きでいるこ
とはあたしの自由でしょ」

「何言ってるの」

「二見さんとのことを邪魔する気は全然ないけど。二見さんとあんたじゃ合わないと思う
し」

「おまえ何言って。俺じゃあ二見にはつり合わないってこと?」

「そうは言ってないけど」

「じゃあどういう意味?」

「言ったとおりだよ。あんたと二見さんは合わない。だから長続きしない」

「何言ってるのか全然わからないんだけど」

「わからなくてもいいけど。とにかくあたしはあんたが二見さんと付き合ったとしても、
あんたのこと好きでいるから」

「・・・・・・夕也のことは?」

「嫌いじゃないよ。でももう自分にも他人にも嘘つくのやめたの。麻衣ちゃんのおかげで
いろいろ目が覚めた」


「おまえさあ」

 何を言っているのか全然わからない。

「じゃあ、あたしもう行くね」

「おい」

「あ、しつこいようだけどもう一つだけ質問。これが最後だから」

「いいよ」

「ひょっとしてもう二見さんと付き合ってる?」

 ここで嘘は言えない。

「うん。今朝、二見に告られてOKした」

「やっぱりね」

 やっぱり、正式な返事を貰うより先に既成事実を作られてるのってショックだよな。俺
はそう思って、少なくともそのことだけは素直に有希に謝ろうと思った。後先の話だけは。
ここは素直に謝ろう。有希に許してもらえなくても。

「あんたさ、麻衣ちゃんにはどう話すつもり?」

「へ?」

「へ? じゃないでしょ。あたしのことを考えてあんたから身を引いた麻衣ちゃんが、二
見さんとのことを知ったらどんなに傷付くと思ってるの」

 こいつが気にしているのは自分のことじゃなくて麻衣のことなのか。

「そう言われても。確かにすごく仲のいい兄妹だし、あいつは俺の大事な妹だけど」

「だったらさあ」

「いやちょっと待て。だけどどんなに仲良くても、どんなにお互いが大事でもあいつはあ
くまでも実の妹だぞ」

「最近、麻衣ちゃんあんたのこと避けてない?」

 そう言われてみれば女神スレ見てたからあまり気にしなかったけど、最近あいつ家では
自分の部屋に閉じこもってるし、弁当は作ってくれないし、今日なんか一緒に登校もしな
かったな。

「麻衣ちゃんは自分なりにあんたのことを考えて、でも自分の気持に嘘つけなくて悩んで
るんだと思うよ。まあ、その原因はもともとあたしにあるんだけどさ」

「うん」

「でも、あたしじゃなくて二見さんにあんたを奪われたって知ったら、麻衣ちゃんどうな
っちゃうんだろうね」

「脅かす気かよ」

「脅しじゃないよ。あたしだって心配なのよ」

 妹がそんなに思い詰めてるって本当だろうか。

「いずれ麻衣ちゃんには知られるだろうし、その時はあたしも頑張って彼女の面倒を見る
けど」

「ごめんな」

「いいよ。あたしのせいでもあるし。でも、あんたも覚悟しといた方がいいかもよ」

 覚悟? 本当にそれほどのことなのだろうか。

「じゃあ、そろそろお昼食べないと休み時間終っちゃうから。またね」

「ああ」


「池山君」

 こいつは、いつもは教室では昼飯食わないのに。俺のこと待っていたのか。

「うん」

「思ったより早く戻って来たね」

「え?」

「遠山さんと会ってたんでしょ」

「何だ、知ってたのか。相変わらず察しがいいな」

「まあね」

 少しの沈黙。でも、なんだか悪い気がしない。

「気になる?」

「・・・・・・意地悪」

 二見のその言葉に俺は意表を突かれた。こいつはそういうことをあまり言わない子なん
だと思っていたのに。でも。やばい。二見って可愛い。

「あのさ」

「うん」

「ちゃんと断ってきたよ」

「そうか。よかった」

 よかったってこいつは言った。最初から俺の行動なんかこいつには見抜かれていたんだ
ろうな。それでももういいや。あからさまに嬉しそうだけど、二見ってこんなに感情を表
すタイプだっけ。

「ありがと」

 二見が微笑んでそう言ってくれた。

「まあ、おまえと付き合ってるわけだし、いつまでもぐずぐずと返事を延ばしてはいられ
ねえしな」

「うん」

 何か急に緊張が緩んできたな。そう思った俺は次に自分の腹具合を思い出してしまった。
こんな時なのに何やってるんだ俺。だけど、今日こそ昼飯食いっぱぐれたかもしれない。

「はい、これ」

「うん?」

「サンドイッチ。コンビニので悪いけど」

「おまえ、いつも弁当のほかにサンドイッチとか食い物持ち歩いてるの?」

「そんなわけないじゃん」

「何なんだよ」

「いらない?」

「いるけどさ」

「はい。まだ昼休み二十分くらいあるし」

「じゃあ、貰う」

「うん。飲み物コーヒーでよかった?」

「うん。つうかいつもそんな物まで装備してんのかよ」

「まさか。さっき自販機で買っておいたの」

「まあ、そのさ。ありがとな」

「うん。一応あんたの彼女だし、これくらいはね」

「そうだな」


「美味しい?」

「うん」

「そうか」

 コンビニのサンドイッチでも、空腹の身にはありがたい。俺は二見のくれたサンドイッ
チに夢中でかぶりついていたようだった。

「ねえ」

「うん」

「今日一緒に帰れる?」

「最初からそのつもりだけど」

「よかった。ねえ?」

「今度は何?」

「明日さ」

「うん」

「もし迷惑じゃなかったら、君のお弁当作ってきていい?」

 何だか突然デレ始めたな。俺は戸惑ったけど、迷惑なはずはない。

「うん。楽しみだよ」

「そうか。じゃあ、そうする」

「うん」

 何かやばい。本気でこいつに萌えちゃったような気がする。それにしても、二見の好意
にはそこはとなく気づいていたものの、付き合い出したらこいつがここまでデレるとは夢
にも思わなかった。どっちかかというと感情の起伏に乏しいというか、冷静なタイプだと
思っていたのに。でも普段冷静な二見があそこまでデレてるのも新鮮ではある。こういう
のをギャップ萌えって言うんだろうか。

 それにしても、普段のあいつの振る舞いからはまさかあいつが女神だなんて誰も思わな
いだろう。俺はもうあいつの彼氏なんだし、何であいつが女神行為なんて始めたのか聞い
てもいいのだろうか。

 何か女神の件は考え出すと自分の中で収集がつかなくなる気がするから、もう少し考え
ないでおこう。付き合ってればそのうちそういう話題になるだろうし、その時まではこっ
ちから触れるのはやめておくか。つうか俺たち同級生なのに、付き合い出したきっかけが
女神行為とか2ちゃんねるとかとても人には言えない。まあいい。この先は長いんだから
いろいろとゆっくり考えればいいのだ。



 そろそろ帰ろうと思って二見の席を見ると、二見がクラスメートの女の子たちと話して
いた。珍しいものを見るものだ。少し躊躇したけど、一緒に帰る約束をしているのだ。俺
は二見と彼女を囲んでいる同級生の女の子たちの方に寄っていった。

 俺が近づくと、まだ席に座って話していた二見が俺の方を見上げて微笑んでくれた。

「そろそろ帰らねえ?」

「うん」

「池山、二見さんと付き合ってるんだって?」

 二見に話しかけていた顔見知りの子が俺をからかうように見た。

「ああ、まあ」

 ここで否定できないことくらいは俺にも理解できている。

「ああ、まあって何だよ。照れてるの?」

「照れてる照れてる」

「おまえらうるせえよ」

 二見もなんだか知らないけど、何も否定しないで笑っている。


「もう行こうぜ」

「うん」

「あたしたちさ、二見さんと仲良くなったから。今度放課後一緒に遊びに行くからね」

「何で俺に言ってるんだよ」

「池山って独占欲強そうだし、二見さんのこと束縛しそうじゃん」

「そんなことねえよ。何言ってるんだよ」

「あたしもそんなことないと思うなあ。どちらかと言うとあたしの方が池山君を束縛して
嫌われそうで怖い」

「え」

「そんなわけないでしょ。どう考えても二見さんの方がスペック高いじゃん」

「そうそう。二見さんってぼっちで寂しかったところを池山に付け込まれたんじゃない?
 今のあんたなら男なんて選びたい放題だよ」

「考え直したら?」

「おまえらなあ」

 でも、実はそんなに不快じゃない。二見が普通にクラスメートに人気があるらしいこと
の方が嬉しかった。

「冗談だって・・・・・・冗談。何マジになってるのよ」

「冗談だって。池山君」

「おまえも何嬉しそうに笑ってるんだよ」

「じゃあ、冗談はこの辺にして邪魔者は消えようか」

「うんうん。じゃあ、次は本当に付き合ってよね」

「うん、ごめんね。今度また誘ってね」

「うん。じゃあ、また明日」

「またね」



「なあ」

「うん」

「何でいきなりあいつらと仲良くなったの?」

「仲良くなったっていうかさ」

「うん」

「君の彼女になったんだから、もうぼっちとか暗い女だとか周りの人に思われるのも嫌だ
し」

「はあ?」

「だからさ、普通に目立たないくらいの女になろうかと思って」

「いったい何で? おまえそういうの気にならない人でしょ? 今までだって好き好んで
ぼっちやってたんでしょうが」

「あたしはそれでもいいけど」

「それなら」

「でもそれじゃ君に申し訳ないし」

「まあ、おまえが普通に同級生と会話している方が、俺も嬉しいけどさ」

「やっぱさ、君が遠山さんと付き合えば周りはそれなりに納得すると思うのね」

「え? 何言ってるの」


「え? 何言ってるの」

「遠山さん、綺麗だし人気もあるし」

「あいつはそうかもしれないけど、俺なんかが誰と付き合っても周りは気にしねえだろ」

「君も無駄に自己評価低いんだね」

「意味わかんねえよ」

「要は君が選んだのがあたしみたいなぼっちじゃ、周りが不審に思うでしょってこと」

「それこそ意味わからん」

 それに二見だって、ぼっちということさえ除けば、外見の可愛らしさじゃ、有希といい
勝負だ。

「あたし、君にはあたしが彼女だってことで、負い目とか劣等感とか感じて欲しくない
の」

「んなこと感じねえよ」

「君が好きになったのは普通の女の子なのかってクラスの人たちに思って欲しいから」

 訳がわからない。

「で、おまえは同級生のあいつらとこれからつるんで行動するってこと?」

「ほどほどにそうしようと思う。別に友だちとかなくてもいいんだけど、あたしがぼっち
だと君が周りにバカにされそうだし、そんなのいやだから」

「考えすぎなんじゃねえの? それにおまえ、女神行為のことを隠して誰かと友だち付き
合いするの嫌なんだろ?」

「まあ、そうだけどさ。背に腹は代えられないよ。あたし、本当に君のことが好きだし」

「え」

「・・・・・・やだ。恥かしいこと言っちゃった」

「家まで送っていくよ」

「うん。初めて君の方から手をつないでくれた」


「ただいま」

・・・・・・両親がいないのはいつものことだけど、今日は妹もまだ帰っていないようだ。二
見を家まで送ったせいで、麻衣の方が先に帰っているのかと思っていたんだけど。玄関の
ポストをのぞくと、何か伝票のような薄い紙が入っていた。俺はその紙片を手に取って眺
めた。

『ご不在でしたので明徳集配センターでお預かりしています。下記までご連絡ください。
お預かりしているお品物:MEC製ノートパソコン』

 ノーパソ? いったい誰が買ったんだろう。親父だろうか。いや親父はモバイルノート
を持っている。まさか母さんから俺へのプレゼントなのか。そんなわけはない。頼んでも
いないのに、高価なパソコンを買ってくれるような母親じゃない。

『池山麻衣様』

 妹がパソコン? 俺だってリビングのパソコンを使ってるのに何でこいつだけノーパソ
買ってるんだよ。つうか妹のお小遣いで買えるもんじゃねえだろ。絶対親に買ってもらっ
たに違いない。親父め、麻衣だけえこひいきしやがって。それにしても、リビングのパソ
コンだってたまにしか使わない麻衣が、何でノーパソなんて親にねだったんだろう。学校
の授業で必要なのか? いや、俺が麻衣の学年だった時にそんなことを学校に求められた
ことはない。考えてみれば不思議なことだった。それよりも、大げさかもしれないけど麻
衣がパソコンを買うなんていうこと自体を、あいつが俺に黙っているなんてこれまでの関
係からすればありえない。



「最近、麻衣ちゃんあんたのこと避けてない?」

「麻衣ちゃんは麻衣ちゃんなりにあんたのことを考えて、でも自分の気持に嘘つけなくて
悩んでるんだと思うよ」



 こういうこともそのせいなのだろうか。最近は、かつてとは違って自宅で麻衣と過ごす
時間が極端に減っている。麻衣が、二見と俺とのことを知っているわけはないと思うけど、
それでもその影響が我が家に、俺と麻衣との関係に波及しているみたいじゃないか。

 さすがにそれは考えすぎだろうけど。でも、有希の話を聞いた後ではすごく気が重いけ
れど、俺にも彼女ができたって、そしてそれは二見だって麻衣に報告しなきゃいけないん
だろう。パソコンなんかどうでもいいけれど。とにかく麻衣とじっくり話をしないと。

 リビングで漫然とテレビを見ていると、もう八時になってしまった。買い物でスーパー
に寄っているにしても遅すぎる。麻衣はまだ中学生だ。さすがに心配になった俺は、麻衣
の携帯に電話した。案ずるまでもなく、麻衣はすぐに電話に出た。内心俺はすごくほっと
したけど、一応兄として厳しい声を出してみた。

「おまえ、もう八時過ぎてるぞ。今どこで何してるんだよ」

『もうすぐ家につくから』

「遅すぎだろ。それに遅くなるならメールくらいくれよ」

『ごめんごめん。ちょっと買い物とかで遅くなっちゃって』

「そんならいいけど。帰ってから飯の支度? 俺腹減ったんだけど」

『。もう遅いし、悪いけどカップラーメンとか食べてくれる?』

「まあ、いいけど」

『じゃあ、電車来たから』

「電車っておまえ、今どこに」


 電話を切られてしまった。何なんだよ。まあ、いい。麻衣はとりあえず無事らしいし、
カップ麺も好きだし。それに、妹の心配がまぎれると、あらためて二見との出来事が胸に
浮かんでくる。明日、二見と一緒に登校する約束とかすればよかった。せっかく家まで送
っていったのに普通にさよならして別れてしまった。俺はカップラーメンにお湯を入れて
から、キッチンのタイマーを見ながら思った。これからは二見と一緒に登下校したい。付
き合いだしたんだし、それが自然だと思う。

 彼女ができたら、一般的にはどういうことをすればいいんだろう。俺はカップラーメン
を持ってテーブルに移動しながら考えた。多分、何をすればいいとかじゃない。何をした
いかなんだろう。あいつとデートを重ね、そして夕暮れの公園で初めてのキスとか。そこ
まで行けば、あとは二見の体を、付き合いだした俺の初めての彼女の、初めて見る体を求
めることになるんだろうか。

 あれ? 何か違和感を感じると思ったけど、その原因はすぐにわかった。初めて見るも
なにもない。二見の体を、俺は付き合いだす前に見たのだった。付き合う前から女神スレ
の画像であいつの裸は既に見ているのだ。キスするより前に彼女の裸身を見たことあるっ
て。違和感ありまくりだけど。

 そういあいつは、今夜は女神行為をするのだろうか。何か普通になりたての恋人っぽい
話しかしなかったけど。あいつ。俺と付き合っても女神行為は続ける気なのか。そして、
俺はどうなんだ? 自分の彼女の裸が不特定多数の男に見られることを、俺はどう思って
いるのだろう。

 ・・・・・・とりあえず、このカップラーメンを食ったら、スレを確認してみよう。


今日は以上です
また投下します


 結局、その夜麻衣は帰ってきたけど、風呂から上がったら自分の部屋にこもってしまっ
た。それに帰宅した時にあいつが抱えていた重そうな箱、あれノーパソじゃないのか。不
在連絡票なんか見なくても、留守中にパソが届くって知っていたんだろう。直接受け取り
に行ったから帰宅も遅かったのだ。何で突然ノーパソが必要なんだろう。麻衣は俺が何聞
いても、笑顔でごまかしてちゃんと答えてくれないし。

 でも、まあ、いいか。今はそれより女神板だ。俺が今一番気になっているのは、当然だ
けど二見のことだ。麻衣がリビングにいない分、リビングのPCで落ち着いてスレを見れ
る。とりあえず、こないだブクマしといた女神板のスレから確認しよう。俺はそう思って
女神スレを開いた。



【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】



 ・・・・・・昨日最後に見たレスから全然新しいレスがない。あいつは、今日はおとなしくし
ているのか。なんだか肩透かしというか、つまらない。

 いや。まて。つまらないって何だ。そんなに俺って彼女の女神画像を期待していたのだ
ろうか。よく考えれば、というか考えるまでもなく俺は二見の彼氏なんだから画像とかじ
ゃなくてじかに見たり触ったりとかを考えればいいじゃないか。それが健康な正しい男子
高校生のありかただろう。

 でも、なんだかぴんと来ない。何でなのだろう。あいつはリアルで俺の彼女なのに、何
でネット上の女の画像ばっか期待しているのだろう、俺は。まあ、今夜はあいつの女神行
為はないらしい。と思った次の一瞬に、俺は別なことを考えついた。女神板じゃないとこ
でやっているかもしれない。最初に見たのだって別な板だったし。あのスレ確かVIPだ
った。俺はVIPを開いてみたけど、えらいことになってしまった。どんだけスレが立っ
てるんだよ。試しにjk2とかで検索してみても、該当するスレはヒットしない。やっぱ
り二見は今日は女神行為をしていないんだ。つうか普通に二見に電話して確認すればいい
だけなのに。俺はあいつの彼氏なんだから。やっぱり俺ってチキンだ。

 それでも二見に連絡する勇気がなかった俺は、別なことを思いついた。あいつのコテト
リとかっていうやつで検索してみよう。とりあえず女神板で。



『【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】』
『【緊縛】縛られた女神様が無防備な裸身を晒してくれるスレ【被虐】』



 え? なんだこれ。二見のコテトリで、緊縛とかっていうスレがヒットした。つうか、
緊縛って。なんか怖いけどスレを開いてみよう。開いてみるとスレ自体は二見専用という
わけではなく、どうも一年くらい前に立ったスレらしかった。スレを読み進めていくと、
何か、女神のレスがさばさばし過ぎている感じがした。



『自分で後手縛りは無理でした。縛られてるみたいな格好だけしてみました』
『自分に手錠をかけてみました。手首にあざがついちゃったよ(笑)』
『彼氏にラブホで虐められちゃった。後手に縛られてバックポーズにされた写真です。自
撮でなく彼氏撮影です』
『目隠ししされてみました。見えないからピントもちゃんと合わせられなくてごめんね』



 何かすげえスレ開いちゃったな。それにしても、今のところモモは出てこない。俺はし
ばらくスレを読みながらスクロールしていった。



モモ◆ihoZdFEQao『誰かいますかぁ?』



 それは二見のレスだった。二か月くらい前のものだったけど。



『いるよ』
『モモちゃんキター!』
『今日は大学休みなの?』
『おお、ようやくモモと遭遇できた』



モモ◆ihoZdFEQao『人いた。じゃあ写真貼ります。15分でデリっちゃうけど』



 緊縛とかってまさか。俺は画像のリンクをクリックした。


404 NOT FOUND



『モモちゃんGJ!』
『いい。ただ一言いい』
『のろまった。誰か詳細plz』
『>>○ モモが後手に縛られているような感じで床にぺたって座り込んでいる画像。ブラ
ウスが半ば脱がされている感じが色っぽい』
『ビーチクは見えてるの』
『>>○ 見えてない。ブラとスカートは着用してる。でも何か高校生が無理やり後手に縛
られブラウスを脱がされてこれから犯されるってイメージの画像』
『頼む! 保存したやつ誰かうpしてくれ「』
『必死すぎ。んなことできるわけねえだろ。遅れたやつはあきらめろ』
『モモの緊縛画像を永久保存した俺は勝ち組だけどな』



 二見は画像を削除しているようだった。緊縛? いったいあいつはどんな画像を貼った
んだろう。



 翌日、今日も麻衣は勝手に出かけて行ったけど、こうなったらかえって好都合なのかも
しれない。思っていたとおり、二見は駅で俺を待っていてくれた。

「おはよ」

「お、おう。おはよう」

「最近寒くなってきたね」

 二見は自然に俺の横に並んだ。何か新鮮な感覚だった。彼女ができるってこういうこと
なんだ。俺はそう思った。

「そうだね」

「早起きしてちゃんとお弁当作ってきたよ」

「ありがと。でも寒いから屋上とか中庭は厳しいかなあ」

「教室の中じゃだめ?」

「いいけどさ。目立つぞ」

「君がいいならあたしは別に目立っても構わないけど」

「ほんと前とは変ったな、おまえ」

「うん、そうかも。何か中学の頃の自分に戻れそうな気がしてさ。ちょっとわくわくして
る」

「おまえ、もともと可愛いしコミュ力も高いから、自分でその気になればあっという間に
リア充になれるんじゃね」

「そうかな」

「そうだよ。多分男からも注目されるようになると思うよ」

「そんなのはいいよ、面倒くさい。あたしは君がいればそれでいい」

「何でだよ? もてないよりもてた方が気分いいでしょ? 今までだっておまえのことチ
ラ見してる男って結構いたじゃん」

「たまに視線を感じてたんだけど、あれってそういうことだったんだ」

「そ。そのおまえが明るくフレンドリーになったら超人気者になると思うな」


「君は?」

「え?」

「君はどっちがいい? あたしがっていうか自分の彼女がぼっちなのとリア充なのと」

「うーん。おまえが男に人気がある方が優越感感じられるし、かといってそれが行き過ぎ
ると嫉妬するかもしれないし」

「正直なんだね」

「格好つけたってしょうがないしね」

「君ってそういうところ格好いいよね。それに女の子に慣れてる感じがする」

「そうかな。妹とか有希とかがいつも一緒にいたからかも」

「そういうことか」

「それよかさ、いつまで俺のこと君って呼ぶの?」

「え」

「もう呼び捨てでいいよ。俺も二見って呼び捨てにしてるしさ」

「じゃあそうする。麻人」

「へ?」

 呼び捨てって池山じゃなかったのかよ。でも、悪い気はしない。

「うん」

「電車来たよ」

「ああ」

「ほら人が降りて来るから、麻人もこっちに寄って」

「悪い」

 こいつは自然に俺のこと呼び捨てた。俺のこと女の子に慣れてるって言ってたけど、こ
いつこそ男慣れしているっていうか、男と一緒にいても全然恥らうとか緊張するとかない
のな。

「これに乗ろう」

「こら。優もあまり俺の腕を引っ張るなよ。痛てえじゃん」

「・・・・・・優って」

「え」

「ふふ」


「そういやさ、昨日は女神やらなかったの?」

「うん。お弁当の下ごしらえとかあったし、朝早く起きなきゃいけなかったからさ。あん
なことやってたら早起きできないし」

「早起きって何かあったの?」

「お弁当作るのって結構時間かかるのよ」

「あ、そうか。ごめん」

「あたしは好きでやってるからいいんだけどね。多分、麻衣さんも今まで麻人より最低で
も一時間は早起きしてたんじゃないかな」

「そういやそうだ。今まではあいつお弁当だけじゃなくて朝飯も作ってしな」

「そういうこと。好きな男にお弁当作るのって結構大変なんだよ」

「ありがとな」

「お昼休み期待してて」

 そう言って優は微笑んだ。

「あ、そうだ」

「なあに」

「女神と言えばさ、昨日おまえのレス見つけたよ。これまでと違うスレで」

「うん? どこだろう。女神板?」

「そうそう。確か、縛られた女神様がどうこうとかってスレ」

「ああ緊縛スレか」

 朝から女子高生が緊縛とか言うか。でも、こいつはそういうことも含めて、もう俺には
隠しごとはしないことにしたようだった。

「ああいう特殊なシチュエーションの女神行為もしてたんだ」

「うん。別に他のスレと変らないよ。他より露出度多くしてるわけじゃないし」

「ああいうの、リアルで好みなの?」

「ああいうのって?」

「つまり、その・・・・・・縛られて犯される? みたいなの」

 俺の方こそ朝から何を言っているのか。

「そんなわけないじゃん。つうかあたし処女だし」

「あ、ああ」

 処女なんだ、やっぱり。

「でもさ、あのスレ用に後ろ手に縛られて撮影してるとちょっとドキドキしたかな」

「縛られてって。いったい誰に」

「違うって。誤解しないで」

「だってさ」

「自分で自分を縛ってるんだよ・・・・・・ってあ」

「それはその気があるんじゃねえの」

「君こそ。そういう趣味あるの?」

「ね、ねえよ! と思うけど。俺も童貞だしよくわからねえ」


「そうか。あれ評判はいいみたいなんだけど、撮影が面倒だからあまりやらないの」

「面倒って?」

「ああいうのって雰囲気が大事だからさ。怯えている表情とかも作らなきゃいけないし」

「そんなことまでしてたのかよ。何か女優みたいだな」

「あとテクニカルな問題だけど、両手を背中に回しちゃったら自分で撮影できないじゃな
い?」

「そらそうだ。って、まさか」

「違うって。誰かに撮ってもらったりはしないよ。あれはスマホじゃなくてデジカメのタ
イマーで撮影したの」

「そうか」

「あれ見て興奮した?」

「だから画像なんて削除されてるから見てねえよ」

「ああそうだった。ちょい待って」

 え? こいつ。まさか

「はい、送信」

何なんだ。俺のスマホが着信して振動した。

「メール開いてみ」

「ああ」

 俺はタイトルも本文もないメールを開いて、添付画像をタップした。それは二見・・・・・・
いや、優の女神画像だった。それは優が床に座り込んでいる画像だった。制服姿で服はブ
レザーまで全部着ている。でも両手を背中の方に回しているので後ろ手に縛られているよ
うに見える。そして優は、少し高い位置に置いたカメラの方を怯えたような表情で見てい
る。

 二枚目は、前の画像とポーズは全く一緒だけどブレザーを着ていないし、ブラウスの前
ボタンが全部外され、こいつの肌が露出している。スカートもめくっている。視線は相変
わらずカメラを見上げている。目に線が入って隠してはいるけど、なんか怯えている感じ
が伝わってくるようだ。そして三枚目。ポーズは一緒だけどブラウスを脱いで上半身はブ
ラだけ。スカートは完全に捲くられてパンツが見えている。怯えたような表情とか、確か
にレスにあったとおり拉致されて無理やり犯される寸前の女子高生っていう感じだ。

 やばい。こんな朝の通学時間から、俺は。俺はカバンでさりげなくズボンの前を隠した。
露出度でいえばそんなに高くないけれど、それでもすごく興奮するのは何でだろうか。そ
れに興奮はするけど、猥褻な印象は無くてむしろ綺麗だ。こいつはそんなに写真を撮るの
は上手じゃないのに、何かアイドルとか女優の写真集を見ているような気がする。

「君の感想は?」

 優が微笑んで言った。


「感想って・・・・・・朝から何て画像見せるんだよ」

「いいじゃない。あたしと君の仲なんだし」

「おまえ、何言ってるの」

「でもさっきも言ったけど、こういう写真って結構時間と手間がかかるからさ。jkが制
服うpするみたいなスレのほうが気が楽なんだよね」

「最初に見せてくれたみたいなやつか」

「そうそう。あそこは雑談板だしすぐにスレも落ちちゃうしね。何よりあの程度の画像で
感激してくれるから楽でいいよ」

「まあ女神板って要求水準高そうだよな。乳首出さないくらいで結構叩かれてたし」

 俺は女神板のむかつくレスを思い出してそう言った。

「本当だよ。平均年齢は女神板のほうが高いと思うのに、レス内容は幼稚だしね」

「あのさ」

「何?」

「おまえさ、女神行為はこの先も続けるの?」

「この先って?」

「あ、いや。何っていうかさ」

「つまりあんたの彼女になってからも女神をやるのかって質問なのかな」

「まあ、端的に言っちゃえばそういうことだけど」

 俺は思い切ってそう言った。

「君はあたしが女神なの嫌?」

「別に嫌じゃねえけど」

 多分、それは嘘じゃないと思う。むしろ不思議な興奮を覚えたくらいなのだし。


「そうか。じゃあ続ける。でも君があたしが女神行為するのを嫌になったら、その時は真
剣にどうするか考える」

「そう」

 俺が嫌になったら止めるんじゃねえんだな。

「あのさ」

「うん」

「女神行為とかってさ。やっぱり綺麗な自分を見てほしいとか他人に認めて欲しいとかほ
めて欲しいとか、そういのも動機のひとつなんでしょ?」

「よくわかってるね」

「まあね。それでさ、おまえはこれまで学校でぼっちだったということもあって、人に認
めてもらえる場が2ちゃんねるとかだったと思うんだよ」

「そうかもね」

「でももうおまえは学校でぼっちを止める宣言したじゃんか? 多分これからは学校で男
女問わずすげえもてると思うんだ」

「そんなことないと思うけど」

「賭けてもいいけどそうなるよ。そしたらリアルで認知されるわけだけど、それでも女神
行為で評価されたいものなのかな」

「うーん。正直自分じゃわかんないや」

 多分、それは嘘じゃないんだろう。本当に優は戸惑ったようにそう言ったのだ。初めて
そんなことを気がつかされたかのように。

「そうか」

「女神板でさ、女神雑談所ってスレがあってね」

「そんなものまであるのかよ」

「うん。それで他の女神と話したことあるんだけど、ぼっちなんて一人もいなくてさ。み
んなリア充の女子大生とかOLとか主婦とかなのね」

「そうなんだ」

 主婦ってどうなのよ。そんな人まで女神やってるのか。

「みんなじゃないけど、コテトリつけてる人多いしその人たちの画像見たこともあるけど、
みんな綺麗な人たちなんだよね。絶対リアルじゃリア充だなって思ったもん」

「そうか」

「だから一概にリアルが充実していない女の代替行為とは決め付けられないかも」

「深いな」

「深いんだよ」

 優が俺の反応を面白がっているかのように微笑んだ。

「まあ、いいや。そろそろ駅に着くな」

 自分ですら優の女神行為に対してどう考えているかわからないのだ。この状態で優に対
してこれ以上言えることはないだろう。

「うん。学校まで手を繋いで行ってもいい?」

「そうしようか」

「何か嬉しいな」

 まあ深く考えることもないか。せっかく俺にも可愛い彼女ができたんだし。それに、麻
衣に優のことを話すという、胃の痛いミッションがまだクリアできてないしな。この時の
俺にはそっちの方が気になっていたのだ。


今日は以上です
また投下します

本当に面白い
期待してる

まだー?


「だからさ、それで今日のお弁当は肉だらけで茶色くなっちゃったってわけ」

「まあそれでも俺は全然構わないけどな。あんまり俺なんかのために手をかけることはな
いよ」

「そうは言っても好きな人のために作るんだもん。手をかけて見栄え良くしたいじゃん」

「そういうもんかね」

「そういうも、あ」

 優が突然話を止めた。俺は優の視線をたどった。その先には麻衣の泣きそうな顔があっ
た。

「麻衣?」

「お兄ちゃん」

「おまえ、二年の校舎で何してるんだよ」

「ごめん。今日はお弁当作れたからお兄ちゃんに渡そうと思って」

「今の俺たちの話聞いてた?」

「聞こえちゃったかも」

 かもじゃねえだろ。でも、もうこうなったらしかたがない。

「そうか。おまえには話すつもりだったんだけど、俺こいつと付き合ってるんだ」

「こんにちは」

優が麻衣に微笑みかけたけど、麻衣はそれには応えずに俺の方を見た。

「あの」

「うん」

 麻衣は元気はないようだけど、黙ってしまうということもないようだった。

「お姉ちゃんは?」

「有希? ああ。話したから知ってるよ」

「そうなんだ。授業始っちゃうからあたしもう行くね。お兄ちゃんにはお弁当もあるみた
いだし」

「え?」

「じゃあ」

「ちょっと待て」

 麻衣がさりげなく涙を払った様子を見て俺は慌てて声をかけた。でも、麻衣には無視さ
れたみたいだ。

「先輩、失礼します」

 麻衣は顔を合わせようともせずに、優に言った。

「さよなら」

 優が不安そうに俺の方を見上げてた。今、俺がケアしなきゃいけない相手を間違えたら
だめだ。

「なあ」

「うん」

「妹のことは気にするなよ。あいつ、びっくりしてろくに挨拶もしなかったけどさ」

「無理ないよ。妹さん、お兄ちゃんっ子みたいだし」

 ブラコンとか言わないんだ。優は、実は本当に気を遣えるやつなんだ。

「まあ普段から二人きりで暮らしてたしそういうこともあるかもな」

「あたしが心配してるのは麻人の方だよ」


「俺の方?」

「うん。冷たいようだけど、妹さんの悩みの原因があたしだとしたら、あたしが妹さんに
出来ることは何もないし」

「それはまあそうだな」

「あたしはそれより自分の彼氏の方が心配」

「俺には別に何にも問題ないと思うけど」

「今日家に帰って妹さんと何を話すか悩んでない?」

「それは、まあ確かに」

「何も悩んでないとしたら、お兄ちゃんとして失格っていうか人間失格だよ」

「正直悩んでるけど」

「ごめんね」

「何で優が謝るんだよ」

「あたしが麻人に告らなければ妹ちゃんもまだ自分を納得させられたでしょうに」

「どういうこと?」

「あたしと付き合う前は、あんたは遠山さんへの愛を取るか広橋君への友情を取るかどっ
ちかだったんじゃない?」

 全部見透かされているみたいだった。

「それで悩んでた時期もあったよ、確かに」

「それがあたしみたいなぼっちの女と付き合ったばっかりに」

「おまえ、何言ってるの」

「遠山さんを振って傷付け、広橋君はそれを喜ぶどころか、あたしと付き合って遠山さん
を傷つけた君と絶交した」

「それは。まあ、そうかもしれん」

「そしてついに、長年寄り添って暮らしてきた妹さんまで傷ついた。全部あたしが君に告
ったからだよね」

「おまえ何でそこまでわかっちゃうの?」

「ぼっちだから観察力が鋭くなったのかな・・・・・・ううん」

「うん?」

「好きな人のことだから一生懸命観察してたからかな」

「優・・・・・・」

「君に辛い思いをさせたくて告ったんじゃない。それだけは本当だよ」


 優の手が震えていた。

「君が好きだから・・・・・・もしあたしと付き合うことで君が辛いなら別れても」

 これ以上言わせるか。あほ。俺は優の腕を握って自分の方に引き寄せた。

「あ」

 間近に迫った優の顔が赤く染まっていた。

「誰かを好きだって気持はどうしようもないだろ。俺がおまえと別れても何も解決しねえ
よ」

「だけど」

「だけどじゃねえよ。付き合い出したばっかで俺のこと振る気かよ」

「いいの?」

「いいも何もあるか。おまえに振られたら、今よりもっと俺が悩んで傷付くことになるっ
てどうして気づかねえんだよ」

 優が無言で俺にしがみついた。

「授業始まっちゃうな」

「うん」

「教室の前でここまで密着して寄り添ってると」

「周リの人たちがドン引きしてるね」

「教室入るか」

「うん」

「涙拭けよ」

「うるさい! わかってるよ」

「あ~あ。腹減ったな・・・・・・早く弁当食わせろ」

「お昼休みになったらね」


 昼休みに一緒に帰る約束をした俺は、教室でかなりの時間待たされることになった。優
が同級生の女たちにつかまって話しかけられていたせいだった。十五分くらいで彼女たち
をようやく振り切った優が俺のところにやってきた。

「ごめんね、麻人。早く君のところに行こうとしたんだけど」

 優が俺を麻人と呼んだことに、近くにいた男どもが反応していたけど、今さら驚きはし
ない。

「そらそうだろうね。今まで下手したら一日誰とも口聞かなかったおまえが今ではクラス
の人気者だもんな」

「君にふさわしい彼女になろうとしているだけだよ」

「でも無理するなよ。おまえが今までみたいなぼっちのままでも、俺はおまえが好きなん
だからさ」

「ありがとう」

 優が俺の手を握った。

「いや」

「正直に言うとね、今日はあたしちょっと無理したかも」

「だろうな。おまえ今日一日放っておいてもらえなかったもんな」

「麻人はさ」

「何?」

「あたしのこと、好き?」

「何を今さら」

「じゃあ、明日お弁当作れなくてもいい?」

「何だ、そんなことか。今日は優だって疲れただろうし、弁当なんて無理しなくてもいい
よ」

「わかった。じゃあさ」

「うん」

「今夜、久しぶりに女神になってもいい?」

「いいって言われても」

 ああいうのって俺の許可が必要なのだろうか。

「ちょっと今日はやりすぎちゃった。君の彼女にふさわしい振る舞いをしようって考えす
ぎたかな・・・・・・すごく疲れちゃって。気分転換に女神行為しようかなって」

「まあ、おまえが今日無理してるのは俺も感じたけど。いいよ。今日はVIPとかでやる
の?」

「ううん。久し振りに女神板の緊縛スレでうpしようかなって」

「あそこで?」

 緊縛スレとは、あの縛られて犯されるみたいな画像のやつだ。

「今日、あたしの家って両親いないんだ」

「お、おう」

 何なんだ。


「よかったら、今夜あたしの家で夕食食べていかない?」

「おまえがいいなら、お邪魔してもいいけど」

「よかった。じゃあ、夕食作るね」

「楽しみだよ」

 あれ。でも女神はどうするのだろう。

「夕食後、緊縛スレ用の撮影するから手伝って」

「おい」

「自分を縛るのって難しいし、縛られるポーズを撮ると、自分では撮影できなかったんだ
けど」

「何々?」

「麻人が撮影してくれるならポーズ撮れるし」

「それってさ。つまり俺が優のことを撮影するってこと?」

「うん。だめ?」

「お、おまえがいいなら」

 俺は優にそう答えたけど、内心の動揺は隠せなかったと思う。



「どうだった?」

「うん、さっきも言ったけど美味しかったよ。かなり意表をつかれたけど」

「意表って?」

「いやさ。ここまで純和風の夕食が出てくると思わなかったから」

「そんなに珍しいかな」

「女子高生が作ったんじゃなきゃ珍しくないけどさ」

「あたしんちはいつもこんな感じだけどね」

「そらおまえのお母さんが作るのならわけるけど」

「料理はだいたいお母さんに教わったから。あと2ちゃんねる」

「はい?」

 何なんだ。

「だから料理板」

「そんなのもあるんだ。つうかそんなところにも常駐してたんだ」

「うん、結構役に立つよ。それにいつも女神板ばっかにいるわけじゃないもん」

「まあ、とにかく美味しかったよ。さわらの西京漬けも赤味噌の味噌汁も、ごはんも何か
すげえ美味しかったし」

「そう。それならよかった」

「こういうの全部を美味しく作るのって、すげえ大変だと思うけど。優ってぼっちだった
から目立たなかっただけで、本当はすげえスペック高かったんだな」

「そんなことないよ」

「だってさ。成績も結構いいし、見た目も可愛いし、その気になればば愛想よくもできる
だろ」

「か、可愛いって」

 優が赤くなって俯いてしまった。


「その上、料理も上手とか普通ありえねえだろ」

「そう言われれば嬉しいけど・・・・・・でも君の勘違いだよ。あたしはそんなに完璧な人間じ
ゃないよ」

「謙遜すんな」

「謙遜じゃなくてさ、あたしって女神なんかやってる時点で人生詰んでるしね」

 自分でもわかってはいるんだ。

「まあ、それに関してはそうかもしれないけど」

「麻人は、本当はあたしがああいうことするの、本当はいや?」

「今のところはそんなにいやだって感じはしないけど」

「今のところはって?」

「そのうちおおまえのこと独り占めしたくなって、他のやつらにおまえの体を見られるこ
とに嫉妬し出すかもしれないとか、考えたことはあるよ」

「そうか。まあ、そうだよね」

「でも、今は別にいやじゃない」

「それならよかった。もうお代わりしないの?」

「うん。もういいや。美味しかった」

「じゃあ、コーヒー入れるね。あたしの部屋で飲もうか」

「え?」

「二階なの。こっちだよ」


「どうぞ。入って」

「お邪魔します。って」

「どしたの?」

「いや。お邪魔します」

 何かやけにこざっぱりした部屋だな。ピンクのカーテンとかふわふわのぬいぐるみとか
はない。高校生の女の子の部屋っていう感じが全然しない。女子高生の部屋なんて、麻衣
とか有希の部屋みたいに、かわいい小物とかぬいぐるみとかであふれているものだと思っ
ていたのに。

「とりあえず座って」

「うん」

 でもまあ、こいつらしいと言えばこいつらしい。

「今、コーヒーいれて来る」

「ああ、もういいよ。夕食の時のほうじ茶が美味しくて飲みすぎちゃったし」

「いいの?」

「うん」

 八畳間くらいの部屋だけど、何かやたらと本が多い。

 「コーチング基礎理論」「傾聴技法その1理論編」「傾聴技法その2実践編」

 いったにこいつは何の本を読んでいるのか。どういう趣味を持っているのだろう。そう
言えば、俺はこいつのことを何も知らないのだ。知っているのは女神行為をしているとい
うことだけで。こんな状態で俺はこいつの彼氏になったのだ。

「じゃあ、ちょっと待ってて。今用意するからね」

 用意って・・・・・・女神のか? クローゼットのドアを開いたけど、あまりじろじろ中を見
ると失礼かもしれない。

「そうだよ・・・・・・あ、あった」

「何、それ」

「縄だよ」

 それはそうだ。考えてみれば不思議はない。緊縛スレ用の写真を撮るんだから。

「う、うん」

「あとアイマスクとタオル」

「嫌な予感がする」

「今日は緊縛スレにうpするって言ったじゃない」

「アイマスクは何となくわかるけど、タオルって?」

「拉致されたあたしが大声で助けを呼んだら困るでしょ? だからあたしの口をこのタオ
ルで塞ぐの」


「困るでしょって、誰が困るんだよ」

「誰って。ここにはあたしと麻人しかいないし」

「え? 俺が困るの?」

「高校2年生のあたしをさらって監禁して、これから乱暴しようとしているとしたら、あ
たしが大声で叫んだら麻人だって困るでしょ」

「は? 俺ってそういう役割なの?」

「別に動画を撮るわけじゃないけど、シチュエーションはそういう感じなの」

「たかが女神行為にそこまで凝る必要あんの」

「普段は一人だとできないじゃない? せっかく彼氏が協力してくれるんだから少し本格
的にやってみようかなって」

「本当にやるの?」

「麻人が嫌なら無理にとは言わないよ。あたし、君には嫌われたくないし」

「べ、別にいやだなんて言ってねえだろ」

 何言ってるんだよ俺。本当にそうなのか。気が進まないなら、素直にそう言えばいいん
じゃないのか。

「本当にいいの?」

「ああ」

 俺は考えなしにそう答えてしまっていた。

「よかった。はい、これ」

「え? これって、発売されたばっかのミラーレス一眼カメラじゃん」

「やっぱり麻人ってカメラとか写真詳しいんだ」

「俺、カメラのことおまえに話したっけ?」

「聞いてないよ」

「じゃあ、何で俺がカメラに詳しいとかわかるの?」

「あんたのことずっと見つめていたから」

 前にもそう言ってたっけ。それにしても俺は、別に写真部とかじゃないし、よくわかっ
たものだ。

「遠山さんとか広橋君とかが、君の話をしているのをずっと聞いていたからね。特に広橋
君って声大きいし」

「ああ、それでか」

「何で写真撮るの得意なの?」

「まあ、親の影響でさ。俺の両親ってもともと社会人のカメラサークルで知り合って結婚
したくらいだから、ガキの頃から親父には写真の撮り方とか教わってたからな」


「そうなんだ。じゃあ、これからはあたしのことも被写体にしてくれる?」

「そりゃもちろん、いいけど。それよかこのミラーレス、おまえの?」

「うん。前にお父さんに買ってもらったんだけど」

「レンズ付きで10万円以上するこれを、まさか女神行為用に?」

「うん、そうだけど。でもこれって両手使わないと撮れなくて、あまり自分撮り用じゃな
かったな。結局一度も使ってない」

「このカメラも気の毒に」

「え? なんで」

「まあ、いいや。じゃあ、今日は俺がカメラマンだな」

「うん。自撮りじゃない女神行為って初めてだから何かドキドキする」

「まあ、少なくともおまえよりは綺麗に撮れると思うよ」

「よかった。可愛く撮ってね」

「ああ。ちょっとそのカメラ貸して」

「はい」

 電源を入れると、液晶に光が灯った。これならすぐにでも使えそうだ。

 俺は撮り方を考えた。背景はぼかした方がいい。主に身バレしないためだけど、その方
が優が目立つ写真になる。絞りは開放でいこう。あと、蛍光灯しか光源がないし、青っぽ
くならないようにホワイトバランスも弄っていこう。というかこのカメラの設定はすごく
わかりやすい。

「使えそう?」

「ああ、問題ないよ。ちょっと試し撮りしていい?」

「うん」

「どれ」

 シャッター音が響いた。



『メモリーカードが入っていないので実行できません』


「どうだった? 綺麗に撮れそう?」

「あのさ」

「うん?」

「買ってもらってからこれ1回でも使った?」

「だから、自撮りできないんじゃ女神行為には使えないから」

「つまり一度も使ってないんだな」

「うん」

「これSDカードが入ってねえんだけど」

「どういう意味?」

「SDカードを買ってきてカメラに入れないとこのカメラは使えないってこと」

「そうだったんだ。あたしのスマホのカメラはそんな物なくても撮れたから」

「そりゃ本体のメモリーに保存してるからだろ。普通こういうカメラには本体側にはメモ
リーないんだよ」

「じゃあ、今日はスマホじゃなきゃ撮影できないの?」

「おまえが前にタイマーで自撮りしてたコンデジがあれば出来るけど」

「コンデジって何?」

「普通のデジカメのことだよ。それならあるだろ?」

「これ買ってもらった時に捨てちゃった」

「じゃあ、スマホで撮るしかないか。正直おまえの上げた画像って画質は最悪なんだけど
な」

「ええー。今日は麻人が一緒にいてくれるし綺麗に撮ってもらえると思ってたのに」

「おまえ、スペック高いし、ネットのこととかはよく知ってるのにカメラの基本的な知識
とかはないのな」

「うん。そういうのはこれからあんたに教えてもらう」


今日は以上です
また投下します

ふむ

復活してたんか
こいつもげんふうけいみたいに書籍化すればいいのにな
せめて、動向が分かればもっと良いのにと思う


「・・・・・・俺のカメラで撮るか?」

「え?」

「一眼とか持ち歩くほど写真好きじゃないんだけどさ」

「うん」

「親父から麻衣の写真とか撮って送れって言われてるから、いつも持ち歩いているカメラ
ならあるんだけど」

「そんなカメラで女神行為なんて撮ってもらっていいの?」

「俺は別にいいけど。むしろおまえはいいの?」

「何で?」

「自分の体だしな。他人のカメラでデータ保存されるのが気持悪いなら、無理には勧めな
いぜ」

「お願いしていい?」

「俺のことそんなに信用していいのか」

「うん。君のことは本当に好きだし、むしろ麻人のカメラで撮ってもらえるなら嬉しい」

「大袈裟だよ、おまえ」

 でも、内心では優のその信頼が俺には嬉しかったのだ。

 俺は自分のカバンの中から、カメラを取り出した。それは親父やお袋の影響でカメラ好
きになっていた俺に喜んだ両親が、以前プレゼントしてくれたカメラだった。それは高級
コンパクトデジタルカメラに分類されるカメラで、優の所有しているミラーレスほど自由
度はないけど、気軽に高画質な写真を撮るには最適なカメラだった。価格もそれなりに高
価なこのカメラをくれた親父は俺にこう言ったのだった。普段、麻衣に会えないから、お
まえがこのカメラで妹のスナップを撮って送ってくれって。だからこのカメラのSDカード
には麻衣のスナップ写真がいっぱい詰まっていた。SDカードのメモリーがなくなると、そ
の画像をリビングのパソコンに転送して親父に送付して、ハードディスクに保存する。妹
が食事の支度をしている時の俺の日課はこれだったのだ。

 そのカメラに優の女神行為を記録することになった俺は、複雑な気持を抱き抱えていた。
このメモリーカードには俺と妹の記憶が残されている。たまには有希とか夕也の写真も撮
影したけど、このカードに保存されているのは、ほとんどは親父に送るために撮影した麻
衣の画像だった。でも、今の俺は優が俺に示してくれた期待と信頼にわくわくしていたか
ら、そのことについてはあまり深く考えようとはしなかった。

「カメラは準備できたの?」

「ああ。使い慣れた自分のカメラだからな。いつでもいいよ」

「じゃあ、撮影しようか。今日は撮り溜めておいて一気にうpしよう」

「あ、ああ」

「じゃあ、これお願い」

「え?」

 優が俺にロープのような物を差し出した。

「自分じゃ縛れないし。あたしの腕を縛って。あまりきつくしないでね」

 優はベッドに座って後ろに手を廻している。この手を縛ればいいんだろう。でも、そうし
たとたんに、優は反射的に声を出し、体を動かした。

「ごめん。痛かったか?」

「そうじゃないあたしの方こそ変な声出してごめん」

 なんだかとても興奮する。体もそうだけど、精神的にもやばい。

「うん。じゃあ、撮影する?」


「とりあえずこのポーズで撮影して」

 後ろ手に縛られたままの恰好で優はそう言った。

「じゃあ撮るぞ。顎を上げて目線をカメラの方に向けて」

 俺はシャッターを切った。

 しばらくの沈黙。目が潤んでいて顔が赤らんでいる。やばい、こいつ何でこんなに色っ
ぽいんだろ。俺はそのままシャッターを切った:

「じゃあ、一度縄を解いてくれる?」

「ああ」

「何か恥かしいな」

 優はそう言って、でも逡巡する様子はなくブレザーを脱ぎ、続いてブラウスの前ボタン
を外し始めた。俺はそれを見ていいのか目を逸らさなければいけないのか判断に迷いなが
らも、結局カメラの背面のディスプレイを意味なく見つめながら、優から目を逸らして彼
女が声をかけてくれるのを待った。

「ブラウス脱いだから」

 優が言った。

「またさっきみたいにあたしの腕を後ろで手に縛って」

 俺は言われるままに、優のむき出しの細い腕を掴んだ。その瞬間、彼女の体がぴくりと
震えた。俺は優の腕を背中の方に捻じ曲げながらも、こいつの腕の細さや柔らかさを極限
まで意識しながら、再び優を縛り上げた。この一連の作業の間、俺の心の中から撮影の手
順とか狙ったショットとかへの考えが薄れ、さっき優が解説してくれた、今日のシチュ
エーションが何か本当になったように感じていた。つまり俺は本当に優を襲っているかの
ような錯覚に囚われていたのだ。俺は狼狽しながらも自分の下半身の興奮をどうやって優
から隠そうかと考えていた。俺の脳裏にはさっきの言葉が無限にリフレインしていた。

 その後の出来事は夢のようだった。俺は初めてディスプレイ越しではなく直に優の肢体を
見る機会を得たのだったけれど、撮影中に見た女の姿はやっはりコンデジの背面ディスプレ
イを介してだった。

 優はブラウスの次にスカートをはずし、最後にはブラとパンツだけの姿で後ろ手に縛られ
たまま、自分のベッドに横たわっていた。むしろ、俺の意識の中では、優は無理やり自分の
ベッドに横たわらされていたという方が正しいのかもしれなかった。俺は女子高生を狙った
強姦魔だ。そしてこの可愛い女を好きなように弄ぶ前に、怯えている彼女の肢体を
無理やり撮影しているのだ。俺にはもう優の用意したシナリオと現実とが区別できなくな
っていたのかもしれない。下着姿で緊縛されている優の撮影が終った。こんな状況でも親
父に仕込まれた撮影の知識は自動的に俺を動かしていたようで、光源の変化や優の姿勢の
変化に応じて、俺は半ば無意識にカメラの設定を変え、優が綺麗に写るようにしていた。
この時点で撮影枚数は既に百枚近くなっていた。

 俺は手のひらで額に浮かんだ汗を払って、優の次の指示を待った。おそらくもうこれで
撮影をお終いだろう。こいつの女神行為では、下着を脱いだことはないのだから、もうこ
れ以上は脱ぎようがなかったし。俺はようやく我に帰った。そう言えばこいつの口をタオ
ルで塞いでいる写真を撮り忘れたな。俺がまだ先ほどの興奮に囚われながらぼんやりと考
えていると、次の指示が聞こえた。

「カメラを置いて」
 その声はこれまでのような監督が自信を持ってスタッフに指示しているような声ではな
く、弱々しいけどはっきりとした声だった。俺は一瞬で強姦魔ではなくなり、優の指示に
したがってカメラをデスクに置いた。そしてその次の指示はわかりやすいものだった。

「ブラとパンツを脱がして。あたし、縛られてて君に抵抗できないのよ」
 潤んだ瞳。切な気に身動きしようとして、縛られた肢体を揺すっている優。

「女神とかもうどうでもいいから・・・・・・あたし変な気持になっちゃった。お願い、来て」
 優は泣きそうな声で、そして切なそうな声で言った。

 俺はもう迷わなかった。ベッドに近づき優の体を見下ろし、そして俺は両手で彼女のブ
ラをたくし上げた。


「なあ」

「うん」

「おまえ本当に初めてだったんだ」

「何? 疑ってたの」

「そういうわけじゃねえけどさ。何っていうかおまえ普段から大人びてるし、前に男がい
たって言ってたし」

「やっぱ疑ってたんじゃない」

「悪い。でも少しだけど血がたし、おまえすごく痛がってたし」

「うん。最初に奥まで入れられた時は本当に死ぬかと思った。麻酔なしで手術されたみた
いだったよ」

「麻酔されたら気持ちの良さも感じられないんじゃね?」

「それくらい痛かったって話しだよ。ばか」

「悪い」

「でも、嬉しかった。こんなに早く君と結ばれるなんて思ってもいなかったから」

「それは俺もそう思ったよ。でもなあ」

 それにしても初体験が後ろ手に縛られている女の子とだなんて、普通じゃないにも程が
ある、と俺はそのときそう思った。

「どうしたの?」

「いや・・・・・・何て言うか」

「はっきり言ってよ」

「最初なんだし、ちゃんと抱き合いたかったなって、ちょっと思っただけだよ」

「どういうこと? ああ、そうか。あたしもあの最中に、君に抱きつこうとしたけど腕が
動かなかった」

「俺、初めてで慌ててたから。ごめん。ちゃんと腕を解いてからすればよかったね」

「普通の人とは違った初体験だったかもしれないけど、あたしはそれでも嬉しいよ。体だ
けじゃなくて心も繋がった感じがしたし」

「あ、それは俺もそう思った」

「じゃあ、いいじゃない。ねえ」

「うん」

「キスして」

「ああ」

 そういえばいきなり本番しちゃったんだ。いくら童貞とはいえ我ながら余裕が無さ過ぎ
だし、順番無視にもほどがある。

「ありがと」

「礼なんて言うなよ」

「うん」

「あ、悪い。もう縄ほどこうな」

「ちょっと待って」

「うん?」

「せっかくだし」

「何が?」

「君と結ばれた記念というか」

「う、うん」

「麻人のカメラで、このままのあたしを撮影してくれる?」

「え?」


「おまえ、何言ってるんだよ。それじゃ本当にヌード写真になっちゃうじゃんか」

「いいじゃない。二人の記念として、麻人に撮影して欲しいの。だめ?」

「駄目っていうか、まさかその写真も女神板にアップするつもりじゃねえだろうな」

「まさか。あたしは女神行為は下着姿までって決めてるもん。それに二人の大事な記念写
真を他の人になんて見せるわけないでしょ」

「でもさ、よくアイドルのそういう写真の流出ってほとんど元彼が流してるんだろ? お
まえそういうことは心配にならないの?」

「君のことは無条件で信用しているし」

「そうは言ってもさ」

「あと、これを言うと引かれちゃうかもしれないけど」

「何?」

「そういう流出ってほとんどが振られた元彼の腹いせみたいなものでしょ? あたしは一生君のことを振ることはないから」

「嬉しいけどさ」

「勘違いしないでね。あたしたちだって普通に別れることはあると思うよ」

「何も結ばれた日にそんな話ししなくても」

「でもさ、その時は麻人があたしを見放した時なの」

「おまえ何言ってるの」

「あたしからは絶対に君を振らないって言ったでしょ? だからあたしたちが別れる時は
あたしが君から振られた時」

「何で一方的は未来予想図描いてるんだよ。だいたお何で俺がおまえを振らなきゃいけね
えんだよ」

「先のことは何にもわからないからさ。学校じゃ普通の女の子になろうとは思うけど、女
神だって時点でそもそも麻人にふさわしくないかもしれないし」

「そんなことは俺だって承知の上でおまえと付き合ってるのに」

「うん、そうだったね。でもまあ、先のことはわからないしね。ひょっとして君から振ら
れなかったら、十年後はあたしたち結婚してて、子どももいる平凡な夫婦になってるかも
しれないしね」

「何かいいなあ、そういいうの」

 付き合いだしたばかり、結ばれたばかりなのに。今、一瞬エプロン姿のこいつに朝家か
ら送られるイメージが浮かんだ。何か不確定な将来のことなのに、すごく懐かしくて切な
いような感情があふれてきた。涙まで浮かびそうになった俺は、あわてて首を振った。

「おまえって専業主婦になりたいタイプ? それとも結婚してもバリキャリみたく働きた
い?」

「君の好きな方でいいや」

 鬼が笑うような気の早い話しだけど、こいつとずっと一緒に過ごせたら幸せだろう。冷
たいかもしれないけど、もう有希とか麻衣とかを構う気がしなくなってきている。付き合
うって決めた後で、しかも結ばれた後で初めてそう思うなんて最低かもしれない。でも、
俺はこのとき、自分が本気で優に恋をしていることに気がついたのだ。


「おまえなら結婚して子どもができても女神とかやってそうだな」

「どうかなあ? おばさんになったら需要ないんじゃないかな」

「おまえなら行けそうな気もする」

「ねえ」

 突然、まじめな声で優が言った。

「うん?」

「本当にいやになったら口に出してそう言ってね」

「いやって、俺の方が振るって話? 振らねえよ」

「そうじゃなくてさ。女神のこと」

 そういうことか。

「俺がいやになったらまじめに考えてくれるんだろ」

 やめるとは言ってくれないのだけれども。

「うん。本当よ。でも、それだって言われなきゃわからないし、やっぱり口に出すって大
切だから」

「どういう意味?」

「昔さ、それですごく傷ついたことがあってね」

「へ」

「あのさ。あたしね、中学の頃、付き合っていた人がいたのね」

「ああ、そう言ってたね」

 俺にとっては優は初めての彼女だけど、優には元彼がいた。それは前にも聞いていたこ
とだった。

「別れたときね。すごく不本意だったの。何であんな振られ方しなきゃいけないんだろっ
て思ったよ」

「そうなんだ」

 何にでもよく気がつく優らしくなく、こういう話を聞かされる俺の感情を考慮する余裕
はないみたいだ。客観的に見れば後ろ手に縛られた全裸の少女が、ベッドに横たわりなが
ら元彼への未練を話している姿ってどうなんだろ。優の話に動揺しながらも、俺はそんな
つまらないことを考えていた。

「ごめんね。こんな話聞きたくないよね」

「いや。おまえが話したいなら聞く」

「うん。彼はさ、高校受験で大変なときだったから、あたし言えなかったのね」

「何を?」

「引っ越しと転校のこと。彼は当時高校受験で大変だと思ってたから」

「うん? 転校することを元彼に言えなかったってこと?」

「そうなの。でもさ、心は彼につながっていると信じていたから。遠距離になってもきっ
と受け入れてくれるって思ってたのね」

 そんだけそいつが好きだったというわけか。俺は内心の嫉妬心を隠すだけで精いっぱい
だった。初めての彼女と初エッチした直後なのに。

「でも、振られちゃったみたい」

「みたいって?」

「彼の受験が終わった日に、彼の教室に行ったら彼があたしの教室に行ったよって、女の
先輩が言ってくれてね」

「うん」

「正直、うれしかったけど、急いで向かった教室にはもう彼はいなかったの」

 同級生の女の子がいたらしい。あなたへの伝言? 別に聞いていないけど。携番? あ
んたが知らないのにあたしが知るわけないじゃん。彼女は優にこう言った。


 それは全くの正論だったのだろう。優が反論する余地すらない。優がその先輩の大切な
彼女ではなかったとしたら。

「結局はあたしのひとり芝居だったみたい。でもまあ、あれはあれで仕方なかったのかも
ね」

「なんで? 失恋したんでしょ」

「うーん。あの時のあたしは、彼に一方的に話をぶつけるだけでさ。今にして思うと、あ
たしが彼に依存してただけかも」

「わかんねえなあ」

「君とは違うんだよ、多分」

「それこそ意味わかんね」

「あの時は自分にだけ興味があった感じだけど、今は君に興味あがあるし」

 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、相変わらず優は全裸で後ろ手縛りされているので、
目のやり場に困る。

「じゃあ、撮影しよ。今度は君がポーズを指示してよ」

「やっぱりやるのかよって、無理無理。恥かしくてそんなこと出来ないって」

「カメラマンになりたいんでしょ? それくらいできないと」

「カメラマンになりたいなんて言ってねえじゃん」

「いいから。グラビア撮影の練習だと思えばいいよ。あ、でもこのまま後ろ手に縛られた
ポーズでね」

「そういう趣味ないなら、なんで縛られることにこだわるの?」

「君と結ばれた時の格好だから」

「じゃあ、本当に撮るぞ? いいんだな」

「うん。やっとその気になってくれた」

「じゃ、ちょっと体を起こして」

「無理だよ・・・・・・手を使えないんだし」

「あ、悪い。じゃあ、俺が」

「何かエッチな触り方」

「からかうな。ちゃんと撮るなら真面目にやろうぜ」

「ごめん。起き上がれたけどどういう姿勢になればいい?」

「それはファインダー覗きながら指示するから」

「何だ、麻人もやる気満々じゃん」

「どうせ撮る以上は真面目にやって綺麗な写真にした方がいいだろ」

「うん」

「こうなるってわかってたら、コンデジじゃなく家からもっといいカメラ持ってきたの
に」

「そこは腕でカバーしなさいよ」

「言いたいこと言いやがって。じゃあ、そのまま座り込んでて」

「うん」


 俺はコンデジの背面ディスプレイに優の肢体が入るようにした。親父が買ってくれたカ
メラは、一眼レフのようにはいかないけれどマニュアルで撮影できるし、何よりも開放絞
り値がF1.8と明るいズームレンズを備えていたので、それなりの表現力はあるはずだ
った。

 ソフトフォーカスで綺麗に見せるのはやめようと俺は思った。二人の結ばれた日の記念
写真だというのなら、ある意味スナップ写真みたいなものだから、優の肢体をリアルに写
し取ったほうがいいだろう。別にアイドルのグラビアを撮るわけではないのだ。俺はファ
インダーがないことに少し不便を感じながらもディスプレイを眺めながら、カメラを設定
した。

「じゃあベッドの上にペタンって座り込んでいる感じで、視線だけカメラに向けて。緊縛スレ
用じゃないんだから怯えた演技とかするなよ」

 俺は優に指示した。ポーズの指示自体はいつも妹のスナップ写真を撮る時に妹に注文
していたから、別に違和感はなかった。妹はいつも撮影時間が長いことに文句を言ってい
たけど、優が文句を言うことに気を遣う必要はなかった。

「どういう表情をすればいいの?」

 優は首をかしげて素直に俺に聞いた。彼女のその様子は自然でそれはすごく可愛らしか
った。俺はその瞬間を逃さずシャッターを押した。連写に設定してあるせいでシャッター
音が六回鳴り響いた。

「それでいいよ。今度は横を向いて顔だけ正面を見てくれる」

 優は俺の指示に従った。

「こういう感じ?」
 優が、にっこりと笑いながら指示通りのポーズを取った瞬間を俺は再び写し取った。

「次は後ろ向いて。背中と縛った腕とかを撮るから」

 優が指示されたポーズになると、当然のことながら彼女の表情が見えなくなり、カメラ
のディスプレーには、ただ華奢で綺麗な裸身を緊縛された少女の姿が浮かび上がった優の
表情が隠されると恋人同士の記念撮影という感じは全くせず、優が緊縛スレ用に設定した
ストーリーが俺の頭を再び占拠していった。

「何かさ・・・・・・・ちょっと、その」

「うん」

 優も同じことを考えていたようで、少し湿った声で俺に答えた。

「記念撮影とかだけじゃなくてもいいかな」

 優のかすれた声が俺の耳に届いた。

「ちょっとエッチな雰囲気の写真でもさ。あんたがその気になって撮ってくれるなら」

「じゃ、俯いて」

 俺はもうためらわないで優に指示した。とにかくカメラの向こうにいる彼女は美しい。
今はそれを撮影することだけを考えよう。俺は再び浮かんできた嫌な汗を手で額から払っ
た。考えてみれば間抜なことに被写体の女だけじゃなくて撮影している俺も全裸でカメラを
構えているのだった。俺は縛られて俯いている優の裸身をカメラに収めた。

「仰向けに横たわって・・・・・・・目線はカメラを見上げるように」
「横向きになって足を広げて」
「うつ伏せになって、顔は必死な表情でカメラの方に向けることはできるか?」

 ・・・・・・それはもう緊縛ヌード撮影と何ら変わりがなくなってしまっていた。被写体は未
成年の女子高校生だったけど。ただ、俺は全裸で優にカメラを向けながらも彼女の被虐的
なポーズに勃起することもなく、夢中でシャッターを押し続けていた。その時俺の感じていた
興奮は性的興奮以外の興奮の方が大きかったことは断言できる。

 でも、撮られている優の感想は俺とは少し違ったようだ。

「ねえ。もう三十分以上撮影してるよ。そろそろ縄をほどいて」

 俺は優の言葉に正気にかえった。後ろ手に縛られたままいったい何時間もこいつはその
痛みに耐えていたのだろうか。

「ごめん」
 俺はカメラを置き、優の腕を開放した。その途端、優が全裸のまま俺に抱きついた。

「あたしまた何か変な気分になってきちゃった・・・・・・ね? もう一度」

 その時、俺は俺に密着している華奢な裸身にようやく性的な興奮を覚えて、再度優をベ
ッドに押し倒した。

 ・・・・・・今度は優の自由になった腕にきつく抱き締められながら。


今日は以上です
また投下します

乙です


 中学生の頃までは、僕は欲しいものには何でも手が届くのだろうと考えていたものだっ
た。

 成績は学年でもトップクラスだったし、学校の授業と関係ない雑学的な知識や文学的な
素養、そしてパソコンやネット関係のスキルまで僕には備わっていた。学業を除けばそれ
らのスキルは苦労して習得したものではなく、日々の生活の中で自然に身に付いたものだ
った。

 とは言っても僕にも弱点はあった。スポーツ関係の能力だけは人より劣っていたし、腕
力的喧嘩的な意味でも平均以下の能力しか持ち合わせていなかったのだ。

 そういう僕に対して、どういうわけか中学の時はみんなが僕に一目置いていた。その頃
の僕の交際範囲は広かった。僕の知り合いには成績優秀な同級生もいたし、反対に半ば学
校生活を諦めていて乱暴な態度によってしか自己表現できないやつらもいたのだけれど、
そういう乱暴者たちにも僕は人気があったのだ。

「あいつはただ頭いいだけのやつじゃねえよ。俺たちみたいな出来損ないのこともよくわ
かってるしな」

 こういう乱暴な連中と付き合うことも、その頃の僕には負担にならなかった。

 品行方正成績優秀な同級生も粗暴で教師から将来を心配されている連中も、彼らに共感
し彼らの話を聞いてあげられる僕に対しては、双方ともまるで借りてきた猫のように大人
しくなり、僕に懐いてきたものだった。

 もちろん僕のことを嫌う同級生はいなかったわけではない。その中でもどういうわけか
僕を目の敵にしていたそいつは、ある日僕の胸元を掴んで乱暴な声で威嚇するように言っ
た。

 「自分のことを僕なんて呼ぶやつが本当にいるんだな。おまえ、きめえよ」

 僕のことを嫌っていた不良じみた同級生の一人は、僕にそう言い放って僕に殴りかかっ
た。でも、その時彼は、僕がよく相談に乗っていたクラスのアウトローの親玉みたいなや
つに制止されぼこぼこにされたのだった。

「おまえ大丈夫だったか」

 僕を助けたやつは、床に這いつくばってうなっているそいつには構わず僕に話かけた。
その一件以来、暴力で僕の相手をしようという生徒は一人もいなくなった。

「あんたっていい子ぶってるけど、実際は不良みたいな知り合いばっかと仲良くしてるよ
ね」

 やはり僕のことを嫌っていた成績優秀な女の子は、ある時僕をひどく責めたものだった。
なぜ彼女が僕のことをそこまで嫌ったのかはわからない。でも、その翌日から彼女は、そ
れまで親しくしていた頭のいいグループの女の子たちから仲間はずれにされた。

 あんなに一生懸命で他人のことを構ってくれるあんたのことを一方的に誹謗中傷する彼
女とはもう付き合えないよ。僕を慰めるようにそう言ってくれた子はクラス委員をしてい
るやはり成績のいい女の子だったのだ。

 こういう状況は僕にとって凄く居心地がよかったけど、それでも僕は次第に、どうして
こんなに僕の都合のいいようにこの世界は回るのだろうと考えるようになった。

 僕の成績がいいからではない。成績のいいやつは他にもいっぱいいた。知識が豊富だか
らでもないだろう。僕の得意としていたPCスキルなんて、不良じみた同級生も品行方正な
クラス委員の女の子も等しく興味がないようだった。そう考えて行くと、僕が同級生に人
気があるのは人の話を親身に聞いてあげられるというスキルのせいではないのだろうか。
僕はそこに気が付いた時、密かに興奮した。

 人の話を聞くスキル。ネットで検索すると正確かどうかはともかく、かなりそのあたり
の理論が記されているサイトがヒットしたので、僕はそれらの記述を読み漁ったものだっ
た。

 傾聴という用語がある。どんなにくだらない心情の発露であっても、とりあえず自分の
価値判断を保留し相手の主張を受け止めてあげる技術だった。確かに僕は人の話を聞くこ
とが好きだったし、どうして相手がこういう行動を取るに至ったのかという動機に興味が
あったから、別に無理しているわけでもなく、相手の話をとことん聞くことは苦ではなか
った。

 そして、承認欲求。どんな人でも自分を理解して欲しいという感情がある。自分のこと
を話したい聞いてもらいたい、そしてその内容を他者に理解して欲しいという欲求だそう
だ。

 そして僕は期せずしてクラスメートのそういう需要に応えていことに気付いた。

 そう考えていくと、僕はまるでコンサルタントのようだった。人の話を親身に聞いてあ
げられるというその一点で、僕は中学で人気のある生徒という立場を確保していたのだろ
うか。不良も優等生も等しく、僕自身に興味があるのではなく自分に興味を持って親身に
話を聞いてくれる僕のことが大切なだけだったのだ。

 それに気づいても、僕にとっては人から信頼され頼られているという感覚はまるで麻薬
のように心地よかった。それで、中学時代の僕はそういう自分の役割に満足していたし、
そこから得られる見返りも当然だと思って享受していたのだった。そんなある日、僕は不
思議な少女の噂を聞いたのだった。


 僕より一年下級生のその女の子はやはりクラスで人気があるらしい。そして、その子は
見た目も可愛らしいし成績もいいのだけれど、クラスのみんなから慕われていたのはそれ
だけの理由ではないというのだった。

 僕はその話を僕に心酔してくれていた学級委員の女の子から聞いたのだった。その子が
人気のある下級生の女の子をほめる言葉はひどく抽象的で、とにかくいい子なのというレ
ベルの話だったのだけれど、その時僕は直感したのだった。

 その下級生の女の子も僕の仲間ではないのか。同級生の持つ承認欲求をていねいに聞い
てあげることで人気があるのではないのだろうか。

 その子に興味を覚えた僕は、その子のことを聞いて回るようになった。そしてその探索
の結果では、彼女は僕と同類の優秀な「コンサルタント」ではないかと思い始めた。僕は
その子に声をかけてみようと思った。もちろん、その子の気持ちを聞いてあげようという
よい「コンサルタント」として。

 そういうわけで僕はある日、その女の子に気軽に声をかけたのだった。この子の心のケ
アも僕がしてあげようというくらいの気軽な気持ちで。

 ところが想定外なことに、僕はその子のケアをするどころか彼女に心を奪われてしまっ
たのだった。

 学級委員の女の子に下級生のその子を紹介してくれるように頼んだ時、僕が考えていた
のは例によって僕に救える子は救ってあげようという程度の傲慢な気持ちからだった。そ
してその時にもう少し自分の心を掘り下げて考えていたなら、僕は下級生の少女を救いた
いという自分の気持ちに裏に、もう少し別な欲求が潜んでいたことに気が付いていたかも
しれない。

 この頃になると自分でも気付いていたのだけれど、校内での僕の特異な立ち位置という
か優位性は、僕が中学生離れした傾聴の能力を身につけていたからこそ得られたものだっ
た。誰だって人の話をひたすら聞いて相手に共感し、その相手を励ますよりは、自分の気
持ちを自由に吐き出せた方が楽に決まっている。それでも敢えてこんな、一見自分にとっ
て得にならいようなことをしたのは、逆説的になるけど傾聴によって自分の評判を高める
ためだった。つまり動機は完全に自己中心的なものだったのだ。

 単純な承認欲求は、人に話を聞いてもらい聞き手に認めてもらえれば簡単に成就する。
でも僕はそれだけでは不満だった。いつのまにか多数の信者が僕を崇めてくれる。そうい
う状況を作り出すためには、声高に自分の感情を吐き出すよりもっといい手段がある。そ
れは手間と時間がかかり面倒だけれど、コンサルタントに徹するということにコストはか
かるのは承知の上だった。そしてその効果は疑り深い僕が満足するほど絶大だったのだ。

 僕は、成績は悪くはなく判断力も持ち合わせていると思うけど、そんな生徒なら他にも
いっぱいいる。さらに言えば運動音痴で腕力にも自信がない僕が、校内でここまで心地よ
い居場所を築けたのは、人の相談に乗るという地道な活動の成果なのだった。

 そのせいで、僕には真面目な子から乱暴な先輩までいろいろな友人がいたし、一部の教
師たちにさえ僕の能力を認められてもいた。そして、ここまで敢えて言及しなかったこと
を語れば、僕の容姿は決して人より抜きん出ているものではなかったけれど、そんな僕に
愛を囁いてくる早熟な同級生の女の子もかなりの数でいたのだった。

 その僕と同じように周囲の信頼を勝ち取っている女の子がいると言う。僕でさえこうい
う活動は精神的に辛いときもあるのだから、下級生のその子も辛いだろう。同業者として
サービスで彼女をケアしたあげたい。僕はその時そう考えたのだったけど、この時自分の
心の奥底を探っていれば、また違う考えが見えていたのだろうけど。

 今にして思えば分かれけど、僕はこう考えていたのだ。たかが中学生の分際で、いっぱ
しのコンサルタントやケースワーカーのように、傾聴の技術を持つ小ざかしいガキはこの
学校には僕一人でいい。だから僕はこの小ざかしい下級生の子の悩みを聞いてあげるつも
りだった。そして、人の話を傾聴するより、自分の悩みや主張を誰かに吐き出せる方がよ
ほど気楽で甘美なものであることを経験をさせてあげようと思った。そうすれば、彼女は
人の悩みを聞くより自分の悩みを吐き出すほうがどんなに楽か理解するに違いない。しか
も、彼女の話を聞いてくれる相手は、百%彼女の味方になってあげられるこの僕なのだか
ら。


 学級委員の女の子は、二見さんを紹介してくれない? と頼んだ僕に向かって複雑そう
な表情を向けた。

「あなたが女の子を紹介してくれなんて頼むのって珍しいね」

 半ばからかうように半ば複雑そうな表情を思い浮かべた彼女を見て、僕は初めて少しだ
け失敗したなと考えた。僕に告白してくれた複数の女の子の一人が彼女だったことに、今
更ながら僕が気付いたのだった。その時も今も、僕は複雑な人間関係を神様のような視点
で俯瞰することが好きだったから、誰か一人の女の子とより親密な付き合いをする気はな
かったのだけれども。

 そして僕のように人間関係を築いていくタイプにとって、より個人的に親しくなろうと
する相手が一番対応が難しかった。

 傾聴は、とりあえず自分の価値判断を意識的に停止して、相手の言う言葉を全人格的に
肯定するところから始まる。たとえば相談を持ちかける相手が話す内容に対して、こいつ
何自分勝手なこと考えてるんだと感じたとしてもそれを表情や口に出してはならない。
後々少しづつ相手の考えを矯正してあげるとしても、相談当初は全てを認知し許容してあ
げなければならないのだ。

 そういう対応をすると、相手は僕のことを意識的に信頼するようになる。そこまでは計
算どおりなのだけど、自己愛が強すぎる相手だと稀にそれが行き過ぎる場合があった。相
手が男なら大した問題ではないけれど、その相手が女性な場合、時にやっかいな問題が生
ずることがある。つまり僕に自分の全人格を認めてもらったという確信を抱いた女の子が、
僕に恋心を抱くようになることが多々あるたのだ。そういう相手は手ごわい。下手してそ
の子を拒否すると、それだけでこれまで築き上げてきたその子との信頼関係が崩れること
になるからだ。

 よく自分の担当の精神医に恋する患者がいるというけど、まさにそれと同じことだった。

 クラス委員の彼女に思い詰めた表情で告白された時は、僕は全能力を動員して必死にな
って彼女を宥めたのだった。君のことは大好きだけど、僕は大好きな女の子と結ばれて自
分が幸せになるより多くの友だちの悩みを聴いてあげたいんだと。当時僕に心酔していた
彼女はそれで納得してくれたけど、今になって下級生の、それも人気のある二見さんを紹
介してくれと言われた彼女は、その時の僕の言葉を思い出したのかもしれなかった。クラ
ス委員というそれなりに影響のあるクライアントに不信感を抱かせるくらいなら、僕は彼
女と接触するのを思いとどまった方がいいとも一瞬だけ思ったけれど、このままライバル
を放置できないという危機感の方が心の戦いに勝利した。

 ・・・・・・ライバル?

 ようやく僕には自分の気持の闇が理解できたのだろう。僕は二見さんを救いたいわけで
はない。邪魔な同業者を廃除したいというのが僕の本音なのだった。

 僕にしては切れの悪いセリフでもごもごと彼女の疑惑を否定しながらも、僕は彼女に何
とか彼女さんを紹介してもらうことができたのだった。そしてその代償としてに、クラス
委員の子の心のうちに僕に対する疑念を生じさせてしまったことは、もはや疑いようもな
かったけれども。


「・・・・・・こんには先輩。はじめまして」

 放課後の図書室に現れた二見さんは、あらかじめクラス委員の子に聞いていたのだろう。
それほど緊張している様子もなく僕に挨拶したのだった。そして意外なことに彼女はすご
く可愛らしい女の子だった。

 こんな小ざかしい技術を駆使してまで校内で人気を得ようという女なんて、容姿が優れ
ているわけがない。僕は何となくそう考えていたのだった。それは自分を考えればよくわ
かることでもあった。傾聴なんて小ざかしいことをしなくても人気があるような容姿や性
格を備えていたら、僕だってこんな面倒なことはしない。でも、その考えを裏切って僕の
前に現れた少女は、今まで会ったこともない美少女だった。

 ・・・・・・まるで女神のようだ。

 僕は一瞬自分が彼女を呼び出した理由も忘れて、呆けたように彼女の艶やかな姿を見つ
めていた。

「はじめまして。突然呼び出してしまってごめんね」

 少しして、ようやく我に返った僕は彼女に挨拶をした。実はここからもう彼女との戦い
は始っていたのだから、僕は精一杯の笑顔を作って彼女に話しかけた。

「いえ。全然大丈夫です」

 一学年下の二見さんはにっこりと微笑みながら気後れする様子もなく、図書室の椅子に
座っていた僕の斜め前の椅子に腰掛けた。正面ではなく真横でもなく斜め前に。

 それは傾聴する際に必要になる基本的なポジションだった。人は正面に座られると入試
の面接のようなシチュエーションに緊張して簡単には心を開いてくれない。かといて真横
に座るのはもっと親しくなってからが望ましい。初対面の段階では真横のポジションはか
えって逆効果になることもある。そういう意味では彼女の選んだ位置は、ベストポジショ
ンということになる。僕は彼女の美少女ぶりに動揺した分、いろいろと女さんに後れを取
って、しょっぱなから主導権を握られたように感じた。その考えは僕を密かに動揺させた。

 それでも僕は心を引き締めて体勢を立て直した。今日は是が非でも彼女に正直に悩みを
打ち明けさせて、その悩みを傾聴してやり彼女の信頼を勝ち取らなければならなかった。

「同級生のクラス委員から君のこと聞いたんだ。君が悩んでる人の相談に乗っているすご
くいい子だって」

 僕はとりあえず彼女を持ち上げることにした。とにかく彼女の方から積極的に自分のこ
とを話させなければいけないけど、初対面の男にいきなりそんなことをする女の子も普通
はいない。だからまず彼女の信頼を勝ち取らなければならない。

 ・・・・・・でも僕の最初の言葉はどういうわけか彼女の心には全く響かず不発に終ったよう
だった。

「はい?」

 二見さんは何か理解不能なことを言われたように、不審そうに首をかしげた。

「ごめんなさい。いったい何の話ですか」

 それは演技ではないようだった。ひょっとして僕は彼女のことを買い被りすぎていたの
か? だけど、クラス委員の子の話が嘘でないとすると、この子は少なくとも同級生のい
い相談役のはずだった。そしてその一点で彼女は同級生たちに人気があるはずだった
のだ。

「君が同級生の悩みをよく聞いてあげるって聞いたんだけど」

 僕は少し気弱になりながら聞いてみた。すると彼女は少し複雑そうな表情で、でも思い
当たることはあるような曖昧な口調で答えた。

「ああ。もしかして、千佳ちゃんのことですか? あれは別にそんな」

 ようやくとっかかりができた。もう勘違いでも何でもいい。とにかく彼女の話を傾聴す
るのだ。

「君の話を聞きたいな。別に興味本位じゃないよ。でも、友だちの悩みを解決できるって
凄いと思うし、僕にも同じような悩みを持っている友だちがいるんで参考にしたいな」

 それは僕に相談したがっている連中に話しをさせる時と違って、ひどく無様な誘いだっ
た。僕はコンサルタントとしてのプライドをいたく傷つけられたけど、それでも何とか彼
女に話をさせないといけなかった。

「あれは別にそんな・・・・・・。でも千佳ちゃんから相談されたんで話を聞いてあげただけ
で」

 二見さんはようやくありがちな女友だち同士のトラブルの相談に乗ったエピソードを話
してくれたのだった。

 ・・・・・・二見さんの話はありきたり過ぎて正直興味を抱けるような話ではなかった。僕は
むしろ彼女の話を聞きながら、彼女の傾聴の技術が思ったより高そうなことに驚いた。


「君って人の話を聞くの上手みたいだね」

 彼女の友人のエピソードは無視して、僕は敢えて核心に触れてみた。その時、初めて彼
女は動揺して迷っている様子で僕の方を覗った。何かある。僕は直感したけど、ここは敢
えて口を開かずに彼女が自分から話をするのを待った。

 そして、二見さんはついに少しづつ自分のことを語り始めたのだった。

「あたし、これまで転校ばっかしてたんです。だから友だちができてもすぐにお別れだっ
たんですね。それで転校を繰り返しているうちに友だちを作る方法とかわかちゃって」

 僕は内心しめたと思った。自分語りを始めさせればもうこっちのものだ。あとはどれだ
け親身になって彼女の話をきいてあげられるかが勝負だった。

「先輩、あたしが必要に迫られて習得したテクニックって、何だかわかります?」

 彼女は淡々と話を続けた。

「うん? 何だろ」

 僕は傾聴の基本どおり彼女の目を見つめて真面目に悩むふりをした。

「あたしね、自分の話したいことを二割くらいしか喋らないようにして、残り八割の時間
は相手が話すことを聞いてあげることにしたんです」

 彼女は僕の答えを待たずに自分から言った。傾聴テクニック的にはいい傾向だった。

「本当は相手の話になんか興味はなくても、親身に聞くことに徹したんですね。そしたら
友だちはできるし、クラスでも評判がよくなって」

 人というのは例外なく自分のことや自分の知っていること、考えていることを話したが
る。そして、話した内容から自分を評価して認めてもらいたがるものなのだということを、
度重なる出会いと別れの間に彼女はは学んだそうだ。誰も別に彼女の考えていることなん
かに深い興味はない。

 行きずりの友人たちも自分の話を聞いてくれて評価してくれた彼女に親しげに振る舞っ
たみたいで、その一点だけで引越しと転校を繰り返していた彼女には、何度新しい環境に
放り込まれても、友だちが出来ないということはなかったそうだ。

 そしてもちろん、人とそういう接し方をしている限り、普通の友だちは出来ても心を許
しあえる親友は二見さんにできることはなかったのだった。

 それは辛い話だったけど、正直その時僕は有頂天になっていた。この同学年に人気にあ
る美少女が、僕に素直に心情を明かしてくれたのだ。最初に考えていたように彼女は好き
で傾聴をしているのではないらしいことは理解できた。それはこれまで過ごしていた環境
から彼女が自然に身につけたテクニックだったのだ。とりあえず僕にはもう彼女は脅威で
もライバルでもないことはわかっていたけど、このまま話を聞いてあげて彼女を精神的に
楽にしてあげようと僕は思った。「学校コンサルタント」の意地にかけて。

 ふと気付くと彼女は話を終え僕の方を見ていた。恐ろしいほどに澄んだ黒い瞳で。

 こんなことは初めてだったけど、僕は傾聴中に初めて内心相手の話以外のことを考え
てしまっていたようだった。

 やがて彼女は僕を見つめたまま再び話し出した。

「それで先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あたし
たち同級生でもないし初対面なのに」

 二見さんは僕に向かって軽く微笑んだ。


今日は以上です
また投下します


 これが、僕と二見さんの最初の出会いだった。

 好奇心から彼女に接近した僕だけれど、話していると彼女に対する好奇心とか、ライバ
ル心、それにいい相談役になってあげようという当時の僕の傲慢な考えは、いつのまにか
失われてしまった。そして、その後に残っていたものは、彼女の感情が掴みきれていない
という憔悴と、そこから生じたもっと深く彼女を理解したいという衝動だけだった。

 最初、僕は彼女の心を掴んだと思っていた。このまま自分語りを続けさせれば、他の多
くの生徒たちと一緒で、二見さんも僕の数多いクライアントの一人となるだろうと。

 でも、僕に心を許していたように見えた彼女は、突然、僕の目をその澄んだ瞳で見つめ、
今まで自分の境遇と感情の確執を語っていたのが嘘のように冷静な表情で、言い放ったの
だった。しかも、ご丁寧に微笑みかけることまでしながら。

「それで、先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あ
たしたち、同級生でもないし初対面なのに」

 この時、僕の優位性は突然揺らいだ。それは、二見さんの心情を理解でき、これから
その悩みを軽減してあげようと考えていた僕にとっては、青天の霹靂のような言葉だった。
彼女は、これまで自分の行動を語っていた時のような、素直な表情を一変させ、まるで小
悪魔のように可愛らしく、ずる賢く、そしてからかうような表情で、僕を見つめたのだっ
た。

 「何言ってるの? 僕は、誰にでも親切に話を聞く君に興味があるだけで」

 僕は、彼女の不意打ちにしどろもどろになりながら、かろうじて反論した。自分でもそ
の言葉の説得力の無さは、痛いほど理解していた。

「ふーん。先輩こそ、噂どおり誰にでも親身になるんですね」

 二見さんは、優しい微笑を浮かべながら、でも、油断できない冷静な口調で言った。

「先輩は、どうして人の悩みを聞いてあげてるんですか?」

 彼女は無邪気な口調で言った。

「お節介だとか言われませんか?」

「まあ、結局、自分のためにやってるようなものだし」

 その時、僕は彼女のあけすけな口調に思わずつられ、自分でも意外なことに思わず本音
を語っていたのだった。

「人ってさ。結局、誰でも自分のことを認めてほしいものなんだよね」

「承認欲求ですね」

 二見さんが言った。

「でも、先輩にだって承認欲求はあるんでしょ? 人の話を聞いてばかりだと、先輩の承
認欲求は充たされませんよね?」

 どこまで小賢しいのだろう、この女は。この間まで小学生だった、たかが中学女子の分
際で、何を悟ったようなことを言っているのだろう。僕は自分のことを棚に上げてそう思
った。でも、この時にはもう僕の言葉は止まらなくなってしまっていた。

「もちろん、僕にだって人に認められたいという欲求はあるよ」

 僕は、いつのまにか、これまで誰にも話したことのないことを、ペラペラと喋っていた。

「逆説的だけど、人の話を聞いてあげて、その人の承認欲求を充たしてあげる。そのこと
で、僕は人に評価されてるんだ」

 ・・・・・・僕は後輩に、いったい何を話しているのだろう。

「何か変なの」

 そう言った二見さんの笑顔は、僕をこれまで以上に幻惑させた。


「変じゃないよ。僕は、生徒会とかの役員でもないし、運動部のキャプテンでもないけ
ど」

 僕はむきになって話し続けた。

「それでも、こう見えても僕は人気があるんだよ」

「先輩、女の子にもてるそうですね。今までいっぱい告白されたのに、先輩は誰とも付き
合わないみたいって、クラスの子が言ってました」

 そう語った二見さんの可愛らしい笑顔。

「コンサルタントは、一人の女の子に縛られちゃいけないし、そもそもクライアントに恋
するなんて、コンサルタントの資格はないよ」

 僕は胸を張って言った。目の前の可愛い女の子に、もてると言われるのは正直気分が
かった。

「先輩って、そうやって人の悩みを聞いてあげて、自分には何の得があるの?」

 二見さんが、続けて聞いてきた。これまでよりくだけた口調だった。

「得って・・・・・・」

「無償奉仕のボランティアなんですか?」

 からかうような彼女の言葉を聞いて、僕は少しむっとして答えた。

「人を救うと、いい気持ちになれるよ」

「そして、みんなから誉められ信頼されるってこと?」

「まあ、そうだね」

 僕のことを嫌っていたやつらが、僕のことを攻撃してきた時、僕に心酔する不良やク
ラス委員の女の子が守ってくれた話をした。

「すごいなあ。みんな先輩のことが好きなんですね」

「・・・・・・好きかどうかはわからないけど、話を聞いてあげたやつらからは信頼されてると
思ってるよ」

 僕はこの時、ふと気がついた。

 僕は、二見さんの質問に誘導され、これまで人に話したことのなかった僕の秘密を、得
意気に、気分よくぺらぺらと喋っていたのだった。

 いや、僕は彼女に喋らされていたのだ。

 僕は、ようやく、そこで気がついたのだった。今まで、自分が人に仕掛けてきたことを、
僕は二見さんによって身をもって体験させられたのだった。

 さっきまで、僕は彼女に自分語りをさせることに成功したと思っていた。

 でも、実際は彼女は全て理解した上で、僕を惹きつけるための最小限の自分語りを意識
的にしていたに過ぎなかったのだ。そして、その後、彼女は今度は彼女の持つ傾聴能力を
僕に向けて、仕返しとばかりに発してきたのだった。

 つまり、いつの間にか僕は、彼女にコンサルティングされていたのだった。

「・・・・・・もう、やめようぜ」

 最後の最後に彼女の意図に気がついた僕は、辛うじて彼女の意中の策から抜け出すこ
とができた。

「お互い、化かしあっててもしょうがないでしょ」

 二見さんは、一瞬驚いた表情を見せたけど、それが本当に驚いたのか計算どおりに驚い
て見せたのかは、僕にはよくわからなかった。

「・・・・・・何だ。わかっていたんですね」
 彼女も笑った。

「勝手にコンサルされて悔しかったから、お返しに、あたしも先輩に試してみたんですけ
ど」

「さすがに、先輩には通用しないか」
 二見さんは残念そうに笑って言った。

 ・・・・・・これが、二見さん、いや、その後、彼女のことは呼び捨てにするようになったの
で、彼女のことは優と呼ぶけど、その優と僕が親しくなった日の出来事だった。


「それで、先輩。まだ質問に答えてくれてないですよ」

 優は僕を上目遣いに眺めながら、話を蒸し返した。

「・・・・・・君に関心があったから」

 僕は、彼女相手に駆け引きをすることを諦めて白状した。普通なら、自分の意図する
ところがコンサルの対象にばれるなんて、僕にとっては屈辱的な出来事だったはずけど、
その笑顔を前にすると、その時はそんなことはどうでもいいかと思えてきていたのだった。

「あたしが親切に友だちの悩みを聞いてあげるから、あたしに興味を持ったんじゃないで
すよね? どうして、あたしなんかに会いたかったんですか」

「僕と同じようなスキルを持っていて、僕と同じようなことをしている小賢しい中学生っ
て、いったいどんなやつか見てやろうと思ってね」

 僕は続けた。「でも、君と話してたら、そういうことはどうでもよくなっちゃった」

「え?」

 優は、僕の意図が読めず、少し戸惑っているようだった。

「君のこと、もっとよく知りたくなってきた」

 その時の僕は、上級生らしく余裕があるような振りをしていたけれど、内心では胸はど
きどきし、緊張で額は汗ばんでいた。これまで女の子に告白された時でも、こんなに緊張
したことは一度もなかったのに。

 どうやら、僕は初めて本気で女の子が好きになってしまったみたいだった。

 その時、彼女が僕の方を見て、今までで初めて他意が感じられない素直な微笑を向けて
くれた。そして、彼女は言った。

「先輩・・・・・・本当に、あたしなんかに興味があるんですか」

 それから、僕と優は校内で一緒に過ごすようになった。僕は当時、彼女に夢中になって
いた。この年まで本気で女の子に夢中になったことのなかった僕だけど、実際に女の子と
親しくなってみると、これまで自分が築いてきたカウンセリングだの傾聴だのとかは、ど
うでもよくなってしまった。

 その頃の僕にとって一番の関心は、彼女が何を考えているのか、彼女がどういう人物な
のかということだけだった。情けない話だけど、それは恋している他の中学生の男と同じ
レベルの感情なのだった。

 ただ、一点だけ他の男子たちと違っているところがあるとすれば、それは、僕は幻想を
抱いていないということだった。僕には自分のことがよくわかっていた。イケメンでもな
いしスポーツ全般が苦手。成績はいいし同級生より大人びた論理的な思考回路を持ってい
るとは自負してはいた、けど、そんなものは中学生同士の恋愛においては全くアドバン
テージにはならないだろう。

 それに、優の外見は可愛らしかった。惚れた欲目ではないことは、彼女に向けられる男
たちの熱っぽい視線が証明していた。そんな彼女と僕では、普通なら釣り合わない恋愛だ
った。

 確かに僕は、これまでも悩みを聞いてあげていた女の子たちから、言い寄られたことは
あった。その中には人気のある女の子もいた。でも、僕はそのことに幻想を抱いてはいな
かった。あれは、専門用語で言うと「陽性転移」という現象に過ぎない。彼女たちは、僕
自身を好きになったわけではなく、僕の言動に映し出された自分自身を好きになっただけ
なのだ。

 優が僕と一緒に過ごしてくれる意味を、僕はよく考えたものだった。最初に会った時の
彼女の告白は嘘ではなく、僕が観察している限りでは、彼女には確かに親友や心を許せる
知り合いは、男女を問わずいないようだった。

 そういう意味では、僕と彼女は同類だった。僕も彼女も、人の話を聞いてあげることは
できる。しかも、中途半端にではなく、話を聞いてもらった相手が自分に心酔してしまう
くらいに親身になって。そのせいで僕は好きでもない女の子に告白されたりもしたのだっ
た。

 ある時、僕は彼女に聞いたことがあった。いわゆる陽性転移みたいなことに、困ったこ
とはなかったのかと。

「う~ん。あたしはもともと男の子の相談にのったことはないし」

 彼女は苦笑して答えた。「転入したばかりで男の子と親密に話してるところを見られ
たら、女の子たちと仲良くなれないしね」

 そのおかげで、彼女を密かに熱っぽく見つめている視線は感じても、僕が深刻にライバ
ル視せざるを得ないような男は現れなかったのだ。

 彼女には、僕と同様に人の話を受け止めてあげられる技術がある。そういう意味では、
僕は彼女と同類なのだった。でも、彼女と過ごしているうちに、彼女の傾聴スキルの高さ
を裏切るように、彼女にはもっと自分を認めて欲しいという欲求があるらしいことに僕は
気づいた。


 その頃、僕と彼女は校内でお昼を共にしたり、放課後の図書館で一緒に勉強したりして
いたけれど、僕と彼女がはっきりと恋人同士になったというわけではなかった。上級生の
男と下級生の女がいつも一緒にいたのだから、あいつら付き合ってるという噂はあったら
しいけど、僕自身ははきり彼女に告白したわけでもないし、優だって僕のことが好きなん
て一言も言ったことはなかった。

 僕はもうコンサルタントじみたことをすることを止めていた。いや、厳密に言えばそう
ではない。僕は自分のスキルを放棄したわけではなく、むしろそのスキルをただ一人の女
性にだけ向けたのだ。今の僕の傾聴の対象者は、優だけだった。

 彼女が僕と同じくらいのスキルを持ちながらも、好きでコンサルティングをしているわ
けではないことに、当時の僕は気づいていた。それは、転校を繰り返していた彼女の自己
防衛のようなものだった。そのスキルを駆使している限り、彼女はクラスで一人ぼっちに
なることはなかったのだ。逆に言うと、そのスキルを同級生に発揮している限りは、優に
は、真の意味での友人ができることはなかった、彼女の知り合いは、彼女自身に興味があ
るわけではなく、彼女の言葉に反射される自分自身を見つめていただけなのだから。

 当然ながら、優にだって承認欲求はある。皮肉なことに、ぼっちを回避しようとして彼
女が発揮したスキルは、逆に彼女にストレスを与えているのだった。つまり、表面的な知
り合いは多くても、本質的には彼女は孤独なままだったのだ。これでは、実質的にはぼっ
ちであることと同じだった。

 そんな彼女の承認欲求を受け止めたのが、僕だったのだろう。僕は彼女が好きだった。
そして、その当然の帰結として、僕は彼女のことをもっと知りたかった。その僕にだって
自分のことを認めてほしいという欲求がある。彼女は最初にこう言った。

「それで、先輩は何であたしの話を親身に聞いてる振りをしてくれてるんですか? あ
たしたち同級生でもないし初対面なのに」

「先輩・・・・・・本当に、あたしなんかに興味があるんですか」



 僕は、今まで培ってきたスキルを、全力で彼女にだけ向けた。そしてそれは、義務感か
らでなく、本気で彼女のことが知りたいからだった。その思いは彼女にも伝わったようで、
校内で一緒に過ごす間、彼女は僕の質問に答え、自分のことをいろいろ語ってくれたのだ
った。そういう、彼女の承認欲求を満たしてあげられる相手としてのみ、僕は彼女のそば
にいる資格を得られたのだった。

 それでも僕は満足だった。僕の人生は、自分の傾聴スキルによってのみ自己実現してき
たのだ。彼女の隣にいられる理由が、彼女が僕のことを好きになったからではなく、自分
の承認欲求を満たしてくれる男が他にいなかったからだということは、僕にもわかってい
たし、それに対して満足していたわけではないけど、今の僕が彼女と対等に付き合うため
に、その他の手段がなかったのも事実だった。

 彼女にだけ夢中になっていたせいもあり、僕は僕を頼ってくれる生徒たちの需要に応え
られなくなっていた。優と会う時以外は、なるべくみんなの話を聞くように努めていたけ
れども、次第に彼女と過ごす時間が増えていくと、それすらままならなくなってきていた。
それで、僕には一時期のような人気はなくなっていた。そのこと自体は後悔しなかった。
それくらい僕は彼女に夢中だったから。でも、彼女には恥かしい思いはさせたくなかった。
せめて彼女には、人気のある先輩とつきあっているという評判をあげたかったのだ。

 以前ほど、他人のコンサルタントに時間を避けない僕は、結構悩んだ末に、生徒会長に
立候補することにした。これなら運動神経が鈍くてもハンデにはならない。僕の成績がい
いこともアドバンテージになった。

 僕が生徒会長に選出された時、優はいつもより不機嫌だった。生徒会長の彼女、いや彼
女とは言えないかもしれないけど、とにかくそういうことには、彼女は全然関心がないよ
うだった。

「先輩は生徒会長になって何がしたいの?」

 優は、放課後の図書室で不機嫌そうに言った。

「あたしと一緒にいるだけじゃ、つまんないでしょうね。悪かったわ、これまであたしな
んかに付き合わせちゃって」

「そうじゃないよ」

 僕は困惑しながら言い訳した。彼女が望むなら、ずっと肩書きなんてないままで隣に
いられるだけでよかったのだ。でも、彼女の評判を考えると、一緒にいる相手が生徒会長
という方が格好いいに決まっている。


「僕は、君のために」

「あたしのために? 先輩もあたしの話ばかり聞かされて飽きちゃったんでしょ」

「だから、違うって。僕は君のことが好きだし、君のことをもっとよく知りたい。でも、
君だって自分の彼氏が人気のないただの男じゃ嫌だろ?」

「え?」

 優は僕を責めるのをやめ、少しだけ顔を赤くした。

 ・・・・・・僕は、これまではっきりと彼女に告白してはいなかったし、まだその勇気もなか
った。その時は、僕を責める彼女に言い訳をしようとしていただけだった。でも、その時、
僕は期せずして初めての愛の告白を彼女にしてしまったようだった。

「・・・・・・本当?」

 優が、彼女らしくなく俯いて小さく聞いた。

「先輩、あたしのこと本当に好きなの?」

「うん」

 僕はそう言って、優の手を握り、彼女を自分のほうに引寄せた。少しだけ抵抗していた
彼女は、最後には僕の腕の中に入ってきた。

 翌日から、僕と彼女は恋人同士になった。それは、女に慣れていない僕の勘違いではな
かったと思う。僕のことをはっきりと好きと言葉にしてくれたたわけではなかったけど、
彼女の態度は、昨日までとは明らかに異なっていた。彼女は、僕が狼狽するほど僕に密着
し、僕の時間の全てを自分と一緒に過ごさせたいというような態度を、あからさまに示し
ていたのだった。

 当然、僕にだってそのことが嬉しくないわけはなかった。当時の僕は普通に恋する男に
過ぎなかったから、気まぐれに彼女が示してくれる好意のかけらにだって、僕は夢中にな
って飛びついていたのだった。

 彼女が言葉で明白に僕への好意を示してくれることは一度もなかったけれども、図書館
での逢瀬の終わりに、いきなり手を繋いでくるとか、生徒会の活動で遅くなって彼女を待
たせてしまった僕に不機嫌になるとか、そういう態度によって、間接的に僕への関心を示
してくれることはよくあった。当時の僕にはそれで十分だった。

 それでも、彼女との付き合いが深まると、僕にはその態度に不満を感じることが多くな
ってきた。それは、生徒会活動より自分を優先するように要求する彼女の束縛とか、いつ
までたってもはっきりと僕に愛を囁いてくれないとか、そういう不満ではなかった。僕に
とっては、今では彼女と一緒に過ごすことが、自分の生活の中で一番大切な時間になって
いたから、その束縛は僕を喜ばせこそすれ僕を困惑させることはなかった。

 一方で、優が僕自身に対する気持ちを曖昧にしていたことは、僕にとってストレスにな
っていたことは確かだった。でも、もともと釣り合わない関係なのだ。僕は、その点に対
しては幻想を抱いていなかったから、彼女が僕に対して気まぐれに見せてくれる好意のか
けらだけでも十分だったけど、それでもいつまでもそれに満足しているという気分にはな
れないものだ。

 そして、仲が深まってきてからの僕たちの肉体的な接触は、手を握ることくらいだった。
僕は、彼女のことをまるで女神のように崇めていたから、自分から彼女に手を出すなんて
考えもしなかった。最初の告白のときに彼女の手を引いて彼女を抱きしめたけど、それが
最初で最後の僕のアクションだったし、そのことについても、僕には特段の不満はなかっ
たのだ。何より僕たちは中学生なのだし。

 不満というのは、もっと別の次元のことだった。僕は彼女が好きで彼女のことが知りた
かったから、別に義務感からではなく本心から彼女の話を聞くのが好きだった。だから、
僕たちが共に過ごしていた時間のほぼ全ては、彼女の話を僕が聞いてあげることに費やさ
れていた。最初はそれで満足だった。僕は、彼女が僕にだけは本心を隠さずに話してくれ
ることを嬉しく思っていたし、彼女が何を考えているのか、友だちに対する想いや両親に
対する想いなどを知ることができることにわくわくしていた。それは、恋人同士が最初に
辿る、正しい道筋だったと思う。


 でも、いつまでたってもその関係は変化せず、僕は常に聞き役だった。彼女の話を聞く
のが嫌になったわけではないけど、延々と話しを聞かされるだけで、逆に僕のことを何も
聞こうとしない彼女の態度に、僕はだんだんと不安になってきたのだった。

 普通、好きな相手のことは少しでも知りたがるものではないのか。恋人が自分といない
時にどう過ごしていたのか。恋人が自分と出会う前にどんな人生を送ってきたのか。恋人
は今何を考えているのか、自分のことをどう考えているのか。

 彼女は、僕が頼むと自分語りを続けてくれた。そこに隠しごとはなかったと思う。でも、
最後まで彼女は僕のことを、僕の気持ちを尋ねてくれることはなかったのだ。僕にも承認
欲求があるのだという当たり前のことに、この時僕は初めて気がつかされた。僕は、彼女
のことを知りたいとのと同時に、僕は自分のことを彼女に知ってもらいたい、自分の想い
を彼女に話したいと気持ち言うがだんだん強くなってきたことを悟ったのだった。人の話
しを聞くコンサルタントの僕にとって、こんなことは初めてだったけど。

 そういう意味では優に不満を感じていた僕だけど、かといって、そのことで彼女を責め
ようとは思わなかった。ただ、自分が今何をしているのだろうと心もとなく感じることは、
正直に言えばしばしばあった。

 今更振り返るまでもなく、僕はこれまで人の話を聞いてあげることによって、自分のア
イデンティティを保って生きてきた。そのことで、校内でも居心地のよい場所を確保して
きてもいたのだった。でもこの頃になると、彼女にかまけて他人のお世話を焼かなくなっ
たせいもあって、結果として僕は、今までとは違う立ち位置を手に入れていた。

 最初は、自分の箔を付けるために始めた生徒会活動が、その頃からだんだんと面白くな
ってきていた。これまで僕は個人を対象にコンサルタントのようなことをしてきていたか
ら、複数の役員に指示し、組織を動かして目標を実現するようなことには、あまり興味が
なかったのだけど、生徒会長になって必要に迫られて組織を管理する立場になってみると、
それは意外と面白かったし、何より自分には向いているようだった。

 つまり、彼女に夢中になってはいたけど、彼女抜きの学校生活の方も、以前とは違った
意味で充実してきていたのだった。そうなると、その頃には陽性転移的な意味ではなく、
僕のことを好きだと言ってくれる女の子も現れるようになった。

 ・・・・・・てきぱきと生徒会の役員の指示する先輩は、大人びていて素敵です。一学年下の
副会長は、真っ赤になって僕にそう言った。彼女は、優と同じクラスだったから、僕と彼
女の関係はよく知っていたにも関らず、敢えて僕に告白してきたのだった。でも、優に夢
中になっていた僕はそれを断った。その告白と僕が副会長を傷つけたという噂は、他の生
徒会役員を通じて校内に広まった。その噂は、当然優の耳にも届いたようだった。

「先輩、何であの子の告白断ったの?」

 久しぶりの彼女の方から僕への質問は、それだった。僕はその質問は予想していたので、
あまり動揺せずあっさり答えることができた。

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」

「ふーん。そうなんだ。彼女、可哀想」

 優はそれだけ言って、もう副会長のことはどうでもいいとばかりに、自分が最近考えて
いることを話し始めた。その時の彼女の反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく僕の
中に彼女への反発心が湧き出してきた。それでも、僕はしばらくの間は彼女の話にあわせ
ていたのだけど、いつもと違ってその内容は全然僕の心に響いてこなかった。僕は副会長
の緊張して泣き出しそうな顔を思い出していた。


 これでは、あんまりだ。僕の気持ちも副会長の気持ちも救われない。だらだらと続く優
の自分語りは、今では僕にとって意味のないお経の詠唱のように意味を失っていた。

 この時の僕は、本心からいらいらしていた。これが彼女以外の相手だったら、僕の本心
に気づかれることはなかったろう。僕は表情をコントロールすることができたのだし。で
も、相手は優だった。僕と同じようなスキルと性格を持っている優なのだ。

 一応、その時僕も軌道修正しようと試みたのだ。これでは、僕の持つ傾聴のスキルがす
たる。優の言動がどんなに自分勝手でも、僕は彼女に惚れているんだし。そう思って、僕
は副会長の泣き出しそうな顔の記憶を振り払い、再び身を入れて彼女の話を聞こうと思い
直した時だった。

 優が自分語りを中断して僕に言った。

「先輩。あたしの話、聞いてるの?」

 彼女は自分語りをやめ、真面目な表情で僕を見つめて言った。

「やっぱり、こうなっちゃうのね。先輩、あたしの話を聞くのが嫌になってきたんでし
ょ」

「そんなことないよ」

 僕は驚いて言った。実際、僕のことには全然興味を示さない彼女にじれったい思いをし
てはいたけど、彼女への関心は僕からは失われてはいなかった。副会長の告白への無関心
からは、優の冷たさを思い知った感じがして、そのことに少し悩んではいたけれど、それ
でも彼女への恋情や関心が無くなるなんてことは、全くと言っていいほど考えられなかっ
たのだ。

「ううん、いいの」

 優は妙に悟ったように言った。

「結局、こうなっちゃうの、あたしは。人の話しを聞いてあげずに自分のことだけ話して
ばっかりのあたしなんか、やっぱり誰にも関心を持たれないのね」

「ち、違う。話を聞いてくれよ」

 嫌な予感が脳裏を締め出した僕は、必死で彼女の話を遮った。

「先輩ならあたしの話を聞いてくれる。先輩に対しては、素直に自分のことを全部話せる
と思ったんだけど」

 彼女の澄んだ黒い瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

「ごめんね、先輩。今まで迷惑だったでしょ」

「おい・・・・・・」

「もう、先輩を困らせることはないから。彼女の気持ちを邪魔することもないし」


「・・・・・・ちょっと、待ってくれ。僕は本当に君のことが」

 その時、優は僕の言葉を遮って、唐突に、一方的に別れを告げたのだった。

「さよなら、先輩。今までありがとう」


 僕は狼狽した。優の僕への無関心とか副会長への冷淡な態度とか、いろいろ僕が抱いて
いた不満なんか、彼女の涙を見た瞬間にどうでもよくなってしまって、このまま彼女に振
られたくないという焦りだけが僕の脳裏を占めていった。

「ちょっと待ってよ。君の話を聞くのが嫌になったなんて、君の誤解だよ」

 僕は冷静に言おうと努めたけれど、僕の声は僕の意図を裏切って振るえ、そしてかすれ
ていたから彼女には聞き取りにくかったに違いない。「め、迷惑なんてそんなことは一度
も思ったことないよ」

 優はまだ涙を浮かべたままで、何も言わずに僕の方を見返した。まだ、彼女を説得する
チャンスはあるのかもしれない。僕は必死になって続けた。

「僕は君が好きだし、君のことをよくもっと知りたい。だから、君の話をもっと聞きたい。
だから、君が素直に自分のことを話してくれてすごく嬉しかったんだ」

 優はまだ沈黙していたけれど、その表情には柔らかさが戻って来たように感じられた。

「今、ちょっと他のことを考えちゃったのは悪かった。副会長を傷つけたかもしれないっ
て思ったんだけど、だからと言って君の話がどうでもいいなんてことはないよ」

「・・・・・・本当?」

 ようやく優が小さい声で言った。

「本当だって。だから、僕に迷惑とか僕をもう困らせないとか言わないでよ。副会長のこ
とだって、僕は彼女と付き合う気なんてないんだし」

 僕は早口で続けた。もう、なりふり構ってはいられなかった。「僕は君が好きなんだ。
これまでどおり、僕と付き合ってほしい」

 優はようやく納得したようだった。それで、彼女は僕の方を上目遣いに見つめて言った
のだった。

 「変なこと言ってごめんね、先輩。あたしの誤解だったね。あたしのこと、許してくれ
る?」

 僕はほっとした。これで優との付き合いを続けることができる。

「もちろん。僕の方こそ誤解されるような行動してごめん」

 優は、僕の手を握った。

「あたし、先輩のことが好き。あなたとお別れしなくてすんで本当によかった」

 優が僕にはっきりと好きと言ってくれたのは、彼女と付き合ってから初めてのことだっ
た。


今日は以上です
また投下します


 副会長との一件で僕は危うく優を失いそうになったのだけど、結果としてみればこの出
来事のせいで、彼女は僕に対して初めて好きと言ってくれたのだった。この後の僕たちの
交際は、しばらくは順調そのものだった。

 もちろん、優が僕を好きと言ったくらいで、僕と彼女の関係が劇的に変化したわけでは
ない。相変わらず、僕は優の話のいい聞き手だったし、彼女が僕のことを以前より知りた
がったわけでもなかった。それでも外形的には、以前よりはずっと僕たちの関係は深まっ
ていたように思えた。優は以前より直接的なスキンシップを求めるようになった。それは
手を握るとか、僕の乱れた髪形を彼女が手で直してくれるとか、その程度のものだったけ
れど、それでも僕はそんな関係の深化に満足だった。

 今では昼休みだけではなく、僕の生徒会活動がない日は、放課後一緒に帰るようになっ
ていた。僕たちは手を繋いで低い声で話し合いながら帰宅した。そういう僕たちを眺めて
ひそひそと話す周囲の生徒たちの噂話でさえ、当時の僕には心地よかった。

 こうして、しばらくは平穏な日々が戻ってきた。優に別れを切り出されるという危機を
乗り越えた僕は、もう優が僕のことに興味を示さないとか、そういうことに不満を感じる
ことを意識的に抑えるようにした。そういう感情を優に気が付かれたら、今度こそ僕たち
の関係は終ってしまう。僕は彼女のことが大好きだったから、もう小さな不満なんてどう
でもいいと思うようにした。優の一番近いところに僕がいて、彼女も一番僕を信頼してく
れる。それだけで十分じゃないか。僕は考えるようになった。

 それに、僕のことを彼女ははっきりと好きと言ってくれたのだ。それは、自分のことに
関心を持ち、自分の承認欲求を満たしてくれる存在としてのみ好きということなだったの
かもしれないけど、それでも僕には優の気持ちが嬉しかった。そして、言葉で僕に質問し
てくれない彼女も、スキンシップ的な意味では僕を求めてくれるようになったのだし。

 やがて僕も三年になり、受験を考えなければいけない季節が巡ってきた。この地域では
通学可能な範囲にあまり学校は多くないため、僕の学力を鑑みると選択肢はあまり多くは
なった。学年で十番以内の偏差値を保っていた僕に対して、進路指導の教員は学区内で一
番レベルの高い公立高校の受験を勧めた。それは妥当な選択肢だったけど、僕には別な思
惑があった。

 優とは学校公認の仲になってはいたものの、この先も僕らの関係が永遠に続くなってい
う保証は何もなかったし、そのことについては僕も楽観視したことはなかった。特に、僕
が高校に入学すれば、優とは普段一緒にいられなくなる。僕はそのことに対して、結構ま
じめに悩んだけれども、優が同じ悩みを抱いているようには思えなかった。

 優は確かに僕のことが好きとは言ったけれども、その度合いは、僕が彼女を好きな気持
ちより、大分熱意が低いのではないだろうか。僕たちがこの先も付き合っていくためには、
僕が積極的に手を打っていくしかないのだ。

 僕はいろいろと考えるようになった。

 優の成績はいい方だった。彼女はいろいろ考えすぎることはあるし、その関心は学業以
外に向けられることが多かったけれど、基本的な思考力や学習能力は十分だった。なので、
あまり家で勉強しているようには見えなかったけど、成績は常に学年で二十番以内をキー
プしていた。でも、それでは。

 僕が学校側の勧めどおりに公立高校に受かったとしても、今の彼女の成績ではその高校
には合格できないだろう。毎年、うちの中学からその高校に進学するのは、十人以内の生
徒だったから。通学可能な範囲で考えると、次に偏差値の高い高校はうちの中学から比較
的近い場所にある私立高校だった。そこも進学校としては有名で、より上位の公立高校の
滑り止め校として成績上位の生徒を集めていた。

 優の成績が受験時まで変わらないとすると、彼女にとっての実力相応な高校はその私立
高校だろう。そして、上位の公立高校はチャレンジ校ということになる。優が僕に合わせ
て、僕と同じ高校を受験してくれる保証はないので、僕のほうが将来を先読みして高校を
決めるしかなかった。僕にとっては、僅かな偏差値の差などどうでもよかった。優が入学
してくる可能性の高い高校に入学したかっただけなのだった。


 私立高校に入学しようと僕は決心した。今の彼女の成績を考えると、彼女が上位の公立
高校に合格するのは厳しいだろう。可能性から考えれば順当に私立高校に入学する確率の
方が高いはずだ。もちろん、三年生になった優が受験に集中すれば、もともと地頭のいい
彼女のことだから上位校に合格するくらいの偏差値になっても不思議ではない。でも、優
はそういうことには淡白のようだった。可能性を比較すれば、私立高校に入学してくる確
率の方が高いはずだ。

 僕は決心した。進路指導の教員や両親からは思い直すように説得されたけれど、僕は決
心を変えなかった。この学校は課外活動とかが豊富で僕に合ってると思います。僕はそう
言って、上位校を目指すように説得する大人を納得させた。もともと、偏差値的には公立
上位校と偏差値の差は僅差だということもあり、最後には両親も学校側も僕の選択に納得
してくれた。

 進路に対して僕がここまで悩んでいたことを、優は知らなかったと思う。と言うか、僕
が中三の秋になって受験塾に日参するようになっても、彼女は相変わらず自分語りを続け
ていて僕のことなど聞こうともしなかったし。

 それでも、受験勉強があるからしばらく会えないと僕が彼女に話した時、彼女は驚いた
ように僕に言った。

「そういえば、先輩もう受験じゃない。こんなところであたしと時間を潰していていい
の?」

 僕は苦笑した。この子は本当に悪気がなくこういう性格なのだ。

「家とか塾では勉強してるからね。それに、志望校は今のままの偏差値なら間違いなく受
かるし」

 そこまで話して、ようやく優は僕の志望校を聞いてくれたのだった。

「そこって、私立だよね。先輩はもっと上位の公立高校狙いかと思ってた」

 彼女は順当な反応を示した。僕は、自分勝手な僕の想いに彼女を縛るつもりはなかった
から、親や教員向けの言い訳を彼女に繰り返した。

「そうかあ」
 優も納得してくれたようだった。

「君は?」

 僕はどきどきしながら、さりげなく優に聞いた。

「君はどの学校を目指しているの」

 その時、彼女は少しだけ表情を暗くした。でも、思い直したように僕を見つめて言った。

「あたしは、先輩と同じ高校に行きたいな」

 期待すらしていなかった優の好意的な言葉に、僕は驚き、固まり、そして最後には身体
中に幸福感が溢れてきた。

 僕の志望校選びは独りよがりではなかったのだ。彼女も僕と同じ高校に行きたいと考え
てくれていた。僕はこの時、本当に幸福だった。この後に続く彼女の言葉を聞くまでは。

「でも、あたしは親の転勤次第でここの高校に入れるかわからないからなあ」

 優は諦めたような口調で、苦笑しながら僕に言った。


 優は僕にとって、初めて好きになった異性だった。そして、彼女も僕のことを好きとい
ってくれ僕と同じ高校に進学したいとも言ってくれた。彼女がその種の踏み込んだ、ある
意味自分を裸にしかねない剥き出しになっている好意を他人に見せない性格であることは、
この頃には僕には よく理解できていた。親の仕事の関係で転校を繰り返していた彼女が
身に付けたのは、人に信頼されるテクニックだった。そして、それは成績と雑学以外にこ
れといったアドバンテージを持たない僕が、校内でのステータスを上げるために意識的に
駆使したテクニックと全く一緒だったのだ 。

 こういうテクニックを駆使する人は、擬似的に周囲の知り合いから信頼を得ることはで
きるけど、逆に自分の真意を晒すことができなくなる。それはそうだろう。私は本当はあ
なたなんかに興味がある訳ではないけど、あなたの信頼を得るために、あなたのことに興
味があると自分に言い 聞かせてるんですよ。そんなことを言えるわけがない。

 でも、彼女は僕には自分の考えや感情を隠すことなく伝えてくれた。最初は、彼女は僕
の傾聴テクニックを信頼して僕のことを自分の主治医のように考えてるのではないかと疑っ
たこともあった。でも、最後には彼女は僕のことを好きだと言ってくれたのだ。これが
同じスキルのない相手の好意なら、それは陽性転移という現象で君は本当に僕が好きなわ
けではないんだよということになる。でも、彼女もまた僕と同じスキルの持ち主だったか
ら、その彼女の告白は真実に違いない。僕はそう思った。

 志望校を安全圏の高校に下げた僕にとって受験勉強はそれほどハードではなかったから、
相変わらず昼休みと放課後は優と過ごすことができた。受験勉強でしばらく会えないと偉
そうに彼女に宣言してしまった僕には少し気恥ずかしいことではあったけど、彼女はそん
なことは全く気にせず、僕の手を握りながら僕に話しかけてくれた。もちろん、僕自身の細
かな感情の動きになんか全く興味はない様子で、もう自身の境遇や正確について語りつ
くしてしまった彼女は、今では日常の出来事やそれに関する自身の感情や感覚をぽつぽつ
と話してくれたのだった。

 僕は、半ばは好きな人に対する関心から、半ばはコンサルタントとしての義務感から彼
女の話しをずっと傾聴していた。別れの危機を乗り越えた僕は、そのことにを不満に思う
ことはなかったけれど、僕たちの将来の展望を考えると、たまにこの先どんな発展がある
のだろうかと不安に なることはあった。発展などないのかもしれない。この先、彼女と
付き合っていてもずっとこんな感じが続くかもしれない。でも、結局のところ僕だってま
だ中学生なのだった。この先、身体の関係とか婚約とか結婚とか、そういう人生の段階を
踏んで成長して行くことによって、僕たちにはまだ見えていない新しい出来事が起こるの
かもしれなかった。



 僕は志望校に無事に合格した。念のために受験したより偏差値の高い高校にも合格した
けれど、僕は最初の予定どおり私立の高校に入学することにした。公立高校の方には入学
する気はなかったから、もともと受験しなくてもいいくらいではあったけど、変則的な滑
り止めのつもりだった。入試には何が起こるかわからないのだ、し公立高校の方も偏差値
的には十分に合格圏に入っていたこともあった。

 僕は本命の合格発表を見て、職員室に寄って担任にその旨報告した後、二年生の教室に
向かった。優に報告しなければいけない。僕は二年生の教室の前まで来て、まだ授業が終
っていないことに気づいた。仕方がない、図書室で時間を潰していよう。考えてみればも
うしばらくは勉強のことを考えなくてもいいのだった。元々受験についてはあまりストレ
スを感じていなかった僕だけど、やはり合格というお墨付きを得ることは心の安定に繋が
っているようだった。僕は冷静な表情を浮かべて担任に合格の報告をしたけれども、今実
際に自分の心を探ってみるとそこにはやはり大きな安堵感が生じているようだった。

 僕はリラックスして図書室の椅子に腰掛けた。これで中学を卒業するまでの間は優とま
たいつも一緒にいられるな。僕はそう思った。もちろん、僕が高校に進んだらもう優とは
昼休みばかりか、登下校の際さえ一緒にいられなくなる。それは、考えただけでも辛かっ
た。合格した喜びや安堵感が半ば吹き飛んでしまうほどに。でも、それは仕方のないこと
だった。僕らの学年が違う以上、そして中高一貫校に在籍しているわけでもない以上、ど
んなに仲の良いカップルにだって生じることなのだ。


 少なくとも、来年からまた優と一緒の学校に通えるだけの布石は打った。彼女の成績な
ら僕の進学予定の高校には合格するだろうし、仮にもっと彼女の偏差値が上がったとして
も彼女は僕と同じ高校に進みたいと言ってくれたのだ。

 僕は、来年彼女と一緒に過ごせるように、打てる手は全て打ったつもりだった。あとは、
当面この一年間をどう乗り切るかだった。校内で一緒に過ごせないことは明らかだったけ
ど、放課後にどこかで待ち合わせするとか週末にも会うようにするとか、そういうことを
僕は勇気を振り絞って彼女に提案するつもりだった。まさか、来年まで会わないというわ
けにはいかない。そんなことには僕が耐えられないし、多分彼女のメンタルも持たないだ
ろう。彼女は僕に毎日自分の思いを吐き出すことで、、自分のメンタル面の正常さを保っ
ていたのだから。自分のことをケアする僕がいなくなって、ひたすら同級生の相談を受け
るだけの毎日なんて、彼女には我慢できるはずはないのだから。

 ふと時計を見ると、もう午後の最後の授業が終る時間だった。僕は立ち上がり二年生の
教室の方に再び歩いていった。階段を上って二年生の教室が並ぶ二階のフロアに足を踏み
入れた時、副会長が僕を呼び止めた。

「先輩」
 彼女は偶然出会った僕に対して、少し照れたように微笑んだ。「もう会えないかと思っ
てました」

「やあ。久しぶりだね」

 僕は生徒会活動から引退していたから彼女と話すのは久しぶりだった。

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

 僕に振られたのに、彼女は僕の合否を心配してくれていたのだろうか。僕は少しだけ暖
かい気持ちになりながら答えた。

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」

 考えてみれば優とは違ってこの子は僕のことだけ気にしてくれているんだな。一瞬そん
な感想が浮かんだけれども、もちろん今自分が焦がれるほど求めている女の子が誰なのか
については、今更勘違いする余地はなかった。

「じゃあ、僕はちょっと用事があるので」

 僕は言った。

「はい。またです」

 彼女は名残惜しそうに言ってくれた。彼女に別れを告げた僕は、ドアが開きっぱなし
の優の教室を覗き込んだ。

 ・・・・・・ざっと見た限り優の姿は見当たらないようだった。おかしい。

 今日が僕の合格発表の日だと言うことは彼女も知っているはずだった。約束していたわ
けではないけど、受験生が今日の結果を担任に報告しに学校に来ることは、校内の人間な
らみんな知っていたはずだった。その日の放課後に優が教室にいないなんて。図書館で待
っていることはありえない。僕自身がさっきまで図書館にいたのだから。きっと、彼女は
ちょっと席を外しているだけなのかもしれない。僕は優の席の机を見た。その席は完全に
片付けられていて、机の上にカバンがおいてあることもないどころか、机の中にも物一つ
入っていないようだった。

 どうしたのだろう。少し不安になった僕は背後から話しかけられた。

「先輩」

 副会長だった。まだ、ここにいたのか。僕が返事するより早く彼女が言葉を続けた。

「もしかして、優ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」

 僕は口ごもった。副会長はなぜ自分の告白に僕が応えなかったのかを知っていたのだか
ら、その時の僕の心境は複雑だった。

 それは遠慮がちな小さな声だった。ここで誤魔化してもしょうがない。僕は素直に答え
た。

「うん」

「あの、ひょっとして先輩。ご存知ないんですか」

 おどおどとした副会長の声。一体何が言いたいのだろう。言いたいことがあるなら早
く言えよ。僕はその時、理不尽にも八つ当たり気味な感想を彼女に対して抱いた。

「・・・・・・何が?」

「優ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」


 僕は、高校に入学するとまず生徒会に入った。新入生なので、もちろん選挙の必要がな
い平役員からのスタートだった。同時に、これまでの雑学的な趣味の対象の一つだったパ
ソコン関係の部にも入部した。

 クラスではもう傾聴やコンサルタンティング関係のスキルを発揮させなかったから、僕
は目立たない生徒の一人だった。それでも成績が良かったことと一年生ながら生徒会のメ
ンバーになったことで、ある種の秀才生徒的な位置は確保できていた。僕は生徒会活動と
部活に打ち込んだ。生徒会では庶務から初めて会計や書記を経験したけど、どの仕事にも
能力の全てを注ぎ込んだせいで、先輩たちの受けはとてもよかった。一年生の半ばで、僕
はもう次期生徒会長と目されるようにまでなっていた。

 平行していたパソコン部の方は、廃部寸前の過疎部だった。もともとは、学校側の肝入
りでIT教育の一環として設立されたらしいのだけど、当時のパソコン部は学校側の期待を
裏切りネトゲ廃人の巣窟と化していた。部室には高スペックなPCが溢れていたけれど、そ
のPCで行なわれていたのはネトゲのプレイはもとより、萌え絵の制作や初歩的なゲームの
プログラミング、そして極めつけは単なる2ちゃんねるなどのネット閲覧だったのだ。

 僕はその両方を楽しむことができた。退廃的なパソ部の先輩たちも健全な高校生には不
要なはずのITスキルだけにはやたら詳しかったから、僕はずいぶんとここでネット事情の
勉強ができたのだった。そして、生徒会に続いてここでも僕は来年の部長候補に祭り上げ
られた。そもそも部長なんてやりたがる部員は皆無に等しかった部だという事情もあった
けど。

 こうして僕の一年生の生活は過ぎて行った。もともと僕は、高校一年生の生活なんかに
期待していなかった。それは次年度に下級生として同じ高校に入学してくる優を待つだけ
の退屈な時間に過ぎないはずだったのだ。でも、もういくら待っても優が僕の後を追って
入学してくる可能性はない。

 当時の僕は抜け殻のように定められた日課を機械的に消化していた。もちろん、こんな
僕に話しかけてくれる友だちもいなければ、以前のように言い寄ってくる女の子もいなか
った。

 なぜ、僕はあの時気がつかなかったのだろう。あの時の恋も陽性転移の一種である可
能性を。優の僕への好意だけが特別だなんて理由は何もなかったのに。そして、逆転移
という言葉がある。これは、コンサルタントがクライアントに親しく接して過ぎた結果、クラ
イアントに対して過度に感情移入してしまう現象のことを言う。僕の優への恋もそれかも
しれなかった。どうしてあの時僕はあんなに自信満々だったのだろう。

 生徒会で活発で前向きに活動していてもパソ部で退廃的な活動をしていても、その考え
は僕の脳裏を占め一向に去っていってくれなかった。

 どんなに辛い出来事でも、時間という治療法に勝るものはないらしい。何も言わず僕か
ら離れていった優のことであんなにも傷付いていた僕だけど、二年に進級する頃にはさす
がに彼女のことを思い出して悩むことも少なくなってきていた。

 うちの学校は公立上位校をライバルにしていたから、受験や進路指導に相当力を入れて
いた。その一環として定められたいたルールの一つに、生徒会や部活のトップは二年生が
勤めるというものがあった。平たく言うと生徒会長や各部の部長は二年生が就任する。三
年生の生徒会や部活への参加までは禁止されていないけれども、受験生にとって負荷の高
い役員や部長への就任は禁止されていたのだ。

 それで、実感としては二年生になった今でも、まだついさっき生徒会や部活に加入した
ばかりのような意識だった僕だけど、まずパソ部の部長にさせられることになった。こち
らは手続きは簡単だった。前部長の鶴の一声で話はあっさっりと決まってしまった。もと
もと集団行動が苦手な部員たちが集まっていただけに、部長なんて面倒くさい仕事をした
がるようなやつはいるっはずもなく、部長の提案に全部員一致で僕が部長に選ばれたのだ
った。

 生徒会の方は、もう少し面倒だった。生徒会長は全校生徒の中から選挙で選ばれること
になっていたから、前生徒会長は僕にその職を譲ると決めたようだったけど、一応選挙と
いう手続きを踏む必要があった。


 部活と生徒会の先輩の勧めのどちらも、僕は二つ返事で引き受けた。優を失って他に熱
中することが見つからない僕にとっては、それは好都合な提案だった。僕はもう、同級生
たちのカウンセリングはしていなかったし、かといってあの幸せだった日々のように優と
いつでも一緒にいるわけでもなかったjから、せめてこういう活動の場に自己実現をしようと
考えたのだった。

 形ばかりの選挙が行なわれ、その結果僕は生徒会長に選出された。これで僕は、パソ部
部長と生徒会長との二つの肩書きを持つことになったのだった。

 そしてその頃、三年の先輩たちが引退する代わりに、一年生たちが生徒会や部活に入っ
てきた。パソ部の方は相変わらずといっていいだろう。女子はゼロ。まじめにプログラミ
ングを勉強したいやつもゼロ。自宅以外でもネトゲとか2ちゃんねるとかしたやつくらい
男しか入部希望者はいなかった。

 生徒会の方は、それよりも前向きな後輩たちが希望してくれていた。うちの学校では、
生徒会長と副会長はセットで選挙で選ばれるけど、それ以外の役員は生徒会長が承認すれ
ば就任できるシステムになっていた。副会長は、同学年の真面目な女子だった。僕が希望
したわけではなく、前会長と副会長が勝手にカップリングしたコンビだった。彼女に個人
的な興味はなかったけど、生徒会を運営するには格好のパートナーだった。

 一、二年生に向けて公開で募集していた役員ポストは、監査、会計、広報、庶務、そし
て人数不定の書記だった。まじめな学校ということもあり結構な応募者がいた。僕と副会
長は手分けして面接した。実はポストの半分以上は前年度からその役職についていた二年
生が継続することが普通だったから、全校の選挙で選出された会長と副会長以外のポスト
は毎年公募するといっても、実は前任者がほぼそのまま選ばれるという出来レースのよう
なものだった。それでも、昨年度の役員が今年はもう続けたくないと言って応募しない例
も少なからずあった。僕は一年生で生徒会の役員になったのも、そういう自主引退した先
輩の後釜としてだった。

 そういうポストだけはしっかりと面接しなくてはいけない。僕はそういうポストへの応
募者の半分を面接した。特に印象に残る生徒はいなかったけど、とりあえず無難な生徒を
役員として選んだ。副会長の選んだ役員は数人だった。僕は直接面接していないので、そ
の生徒たちとは改選後の最初の役員会で出会うことになったのだ。

 その中に、遠山さんという一年生の綺麗な女の子がいた。

 十人前後の生徒会の新役員が集った席上で、僕は生徒会長としてあいさつしたのだけど、
視線は遠山さんという新入生の書記に奪われたままだったかもしれない。優に突然姿を消
され、要するに優に黙って振られたに等しい僕は、一年間異性に惹かれることはなかった。
女々しいかも知れないけど、異性のことを考えるときには常に優の笑顔が頭に浮かんでい
たのだった。

 その僕が遠山さんを見た時、一瞬目を奪われるほど彼女の姿がまぶしく見えた。まるで、
優に好きと言われた時のような戸惑いが僕を襲った。でも、僕はすぐに体制を立て直した。
たかが可愛い下級生を見たくらいで動揺するとは情けない。優みたいに内面からも僕を魅
了するような女じゃないと、僕は動じないんだ。そう思ってその時の僕は同様を抑えて、
先輩らしく新人たちにあいさつしたのだった。

 遠山さんが生徒会の役員に加わると、何となく男の役員たちが彼女を巡って微妙な駆け
引きを繰り広げるようになった。僕は内心不愉快だった。ここは生徒活動を自主的に管理
する組織なのに、恋愛とかに現を抜かしていてどうするのだ。僕は中学生の時の自分を棚
にあげて憤った。これで遠山さんが有頂天になり男たちを操っていたりしたら、僕も断固
として男共や彼女に注意したと思うけど、遠山さんは男たちの誘いに全く興味がないよう
で、むしろ自分を巡るそういう男たちの争いに無邪気に戸惑っているようだった。


 遠山さんを争っている役員たちの確執に手を焼いた僕は、副会長に相談した。意外なこ
とに、副会長は結構、彼女のことを知っているようだった。

「心配することはないと思うよ」
 副会長は言った。「遠山さんって、同じ学年の池山君っていう子と付き合ってると思
うし」

「そうなの? でも、何で君がそんなことまで知っていて、あのバカどもはそれすら知ら
ないで一生懸命なのさ?」

「たまたま駅が一緒なのよ」

 副会長は言った。「で、その駅で毎朝遠山さんと池山君っていう男の子がツーショッ
トで登校しているのを見ているから」

 それなら間違いないだろう。うちの役員のバカどもは報われない争いを自分勝手に繰り
広げているだけなのだった。

「まあ、既に遠山さんと池山君って噂になってきてるから」

 副会長は続けた。「あいつらがそれを知ったらこの騒動ももうすぐ治まると思うよ」

 結果としては彼女の言うとおりだった。役員たちは遠山さんと池山と言う同級生の存在
を知り、不承不承遠山さんに言い寄ることを諦めたようだった。

 遠山さんは仕事が出来る子だった。最初は目立たなかった彼女だけど、一学期が過ぎる
頃には既に生徒会の主要戦力といっていいくらいの存在に成長していた。僕はその頃まだ
優との破綻を引き摺っていたから、遠山さんがどんなに可愛いとはいえ彼女ことはよく仕
事をしてくれている下級生としか認識していなかった。そのまま、僕にとっては何も進展
しないままで一年間が過ぎた。僕は三年に進級し、この学校の通例どおり生徒会長からも
パソ部の部長から引退する時期となった。

 ところがこの年、いろいろと学校の制度改革が断行されたのだった。他校と比べて生徒
会や部活の引退時期が早いことなどが、高校を受験する生徒たちには不評だとして、改革
の槍玉にあがっていたようだ。当時は進学実績も悪くなかったことから、そういう改革を
する余裕があったのかもしれなかった。結局その改革案は学校法人の理事会でも承認され、
僕は三年生になってもパソ部の部長と生徒会長を続投することになった。そして三年生の
学園祭終了後が、新たな三年生の任期終了とされた。

 新しく生徒会の役員になった遠山さん、遠山有希さんはよく気がつく子だった。見た目
も可愛いし人気もあるのだけど、それを周囲にひけらかすことなく自然に生徒会に溶け込
んでいた。きっと頭がいい子なんだろうな。僕は一年生にして役員の中心となって働くよ
うになっていた彼女を眺めていて、よくそう考えたものだった。自分が可愛くて人気があ
ることに気がついていないような天然の女の子では絶対ない。自分の人気を誇らないよう
に意識して行動しているに違いない。その行動のせいで彼女は、可愛いけど全然それを鼻
にかけないいい人という評判を生徒会内で勝ち取っていた。多分、クラスの中でもそれは
同じだったのだろう。

 僕は当時はまだ成就しなかった失恋を引き摺っていたから、彼女のことが恋愛的な意味
で気になるということはなかったけど、ここまで意識して自分の行動を律する彼女には少
し関心を抱いたのだった。それはある意味、優と同じだ種類の女の子だった。彼女も昔周
囲の生徒に面倒見のいい女の子という演技をしていたっけ。でも、優は相当自分に嘘を言
い相当無理をしてそうしていたのだけど、遠山さんの行動は何か自然だった。そういう意
味でも僕は彼女に関心があったのだ。


 僕が三年生になりしばらくたったある日、遠山さんと池山君という男子生徒が付き合っ
ているらしいという情報を教えてくれた副会長が、また新たな情報を仕入れてきた。副会
長の話によると、今まで二人きりで登校していた遠山さんと池山君という男は、今では四
人で一緒に登校しているというのだ。今まで二人きりだった彼らに加わったのが、遠山君
の妹だという麻衣さんという一年生の子と、広橋君という遠山さんと池山君の同級生だと
いう。

「何人で通っていてもいいけどさ。どっちにしたって遠山さんて池山君と付き合ってるん
だろ?」

 僕は副会長に聞いた。ところが副会長が話してくれたのは意外な話だった。どうも、遠
山さんと池山君が付き合っているというのは単なる噂らしいと言うのだ。

 それどころか二年生の、遠山さんたちをを知っている生徒たちの噂によると池山君と広
橋君は、遠山さんを巡って三角関係のようになっているらしい。そして、遠山さんの気持
ちはどちらかというと、広橋君の方に靡いているのだと副会長は続けた。

「その麻衣ちゃんって子も極めつけのブラコンなんだって」

 副会長は楽しそうに話した。こいつは前から恋愛関係の噂話が大好きなのだ。でも、僕
が麻衣さんのことを知ったのはこの時が初めてだった。そして、実は僕は広橋君のことだ
けは知ってはいたのだ。

 マンモス校ゆえに下級生のことなんて部活でも一緒でない限り知り合う機会なんてない
んだけれど、彼のことは噂でよく聞いていた。何しろ無茶苦茶成績がいいらしい。それも、
何でこんな学校にいるのか不思議だといわれるレベルで。ある先生が話してくれたことに
よると、彼は受験直前にこの町に引っ越してきたそうだ。それで、あまりこの地方の高校
事情を気にすることなくとりあえず受験できる高校を受験したらしい。僕だってこの学校
より高いレベルの学校に入学できたのだけど、話に聞く広橋君とはレベルが違うようだっ
た。僕は偏差値とか学校の成績にそれほどには重きを置く主義ではなかったけれど、広橋
君の模試での偏差値を聞いたときはさすがに嫉妬心のようなモヤモヤ感を感じたものだっ
た。

「会長は知らないだろうけど、広橋友君ってすごく成績がいいんだよ」

 副会長が言った。「そのうえ、超がつくほどのイケメンだし」

 では成績がいいだけではなく顔もいいのか。外見に関してはコンプレックスを抱いてい
る僕にはそれは少し不愉快な情報だった。要は全ての点において僕は広橋君に劣っている
ということではないか。

「池山君っていうのはどういうやつなの?」

 僕は聞いてみた。副会長の話のとおりなら、彼は古くからの知り合いで、一時付き合っ
ていると噂されるほど仲がよかった遠山さんを広橋君に取られたことになる。その時僕は、
何となくネトラレという単語を頭に浮かべだ。

「普通だよ、普通。顔も普通だし成績も普通」

 副会長はあっさりと池山君のことを切り捨てた。

「じゃあ、さぞかし遠山さんを奪われて落ち込んでいるんだろうなあ」

 僕が男性に同情するのは珍しかったけど、その時は自分の成就しなかった苦しい恋愛経
験のことが、池山君が今陥っている状況に重なったのだった。もちろん僕は寝取られたわけ
ではなかったけど。

「確かに最初は三角形ぽかったらしいんだけどね。それがね、最近はそうでもないみたい
なの」


「・・・・・・どういうこと? ひょっとして彼は重度のシスコンだとか」

「そうじゃなくて・・・・・・池山君、最近ちょっと変った女の子と仲がいいんだって」

 なんだ、池山君と遠山さんはお互いにその程度の関係だったのか。副会長の情報を信じ
ていた僕は、ずっと遠山さんは池山君と付き合っているものだと思っていた。でも、お互
いにそれほど深い関心はなかったということか。この辺で僕はこの話題に飽きてきていた。
もともと遠山さんにだって深い興味があるわけじゃなかったし。

「変った子って誰? 二年生?」

 一応僕は聞いた。

「うん、遠山さんと池山君と広橋君って同じクラスなんだけど、その同じクラスの女の子
だって」

「ふ~ん。まあ、丸く収まりそうでよかったってことか」

「まあ、そうかもしれないけど。でも、池山君と最近仲のいい子がちょっと問題で」

「問題?」

「会長は知らないでしょうけど、その子の名前は二見優さんと言って」

 副会長はそこで、彼女のフルネームを告げた。

 ・・・・・・それは、かつての中学の時の僕の恋人の名前だった。同姓同名の別人でない限り、
彼女は僕の知らない間にこの学校に入学していたのだった。

 僕と同じ学校に入学していた優は、そのことを僕に知らせようともしなかったのだ。僕
がこの学校にいることは知っているはずなのに。

 僕は二人の女の子に興味を抱いた。それは嘘ではなかった。でも、遠山さんに対しては
恋愛感情はなかったのだ。

 その時僕は、驚いている表情の遠山さんを生徒会室の近くの人気のない階段の踊り場に
連れ出し、君が好きだと告白した。計画通りに彼女に振られるならいいけれど、万一彼女
が僕のことを受け入れたとしたら、僕は彼女に対して酷いことをすることになる。それで
も僕は優のことを知るためにはそうするしかなかった。

「・・・・・・迷惑だったら謝るよ。でも遠山さんのことは前から気になってたんだ。今まで君
に振られるのが怖くて言えなかったけど」

 僕は用意していたセリフを言った。それは演技ではあったけど、それでも女の子を前に
告白するという状況に緊張し、結構な早口になってしまった。

「え?」

「遠山さん、好きです。僕と付きあってください」

 生徒会長である先輩の僕に告白されるなんて夢にも思っていなかったのだろう。彼女は
純粋に驚いているようだった。

「駄目かな」

「先輩」

 彼女にとってイケメンでもなんでもない僕なんかを恋愛対象として考えたことはなか
ったのだろう。彼女は言いよどんでいたけど、結局はっきりと答えた。

「ごめんなさい。あたし好きな人がいるんです」

「先輩のこと、生徒会長としては本当に尊敬してます。でも、あたし片思いだけど好きな
人がいて。だからごめんなさい」

「・・・・・・そうか。わかったよ、君を困らせて悪かった」

 僕はそう言った。ここまではある意味わかりきった展開だった。ここからが本番だった。
僕は気を引き締めた。

「先輩に勘違いさせたとしたら本当にごめんなさい」

 遠山さんが申し訳なさそうに言った。こいつも結局自分に自信があるのだろう。僕に勘
違いさせてってどういうことだよ。僕は君なんかの言動に惑わされたわけじゃないぞ。一
瞬、作戦を忘れてリア充な人種への憎悪が沸き起こったけど、僕はそれを抑えた。今はそ
んなことでエキサイトしている場合ではなかった。


「いや。僕が勝手に思い込んだだけだから。君の好きな人って」

 僕は緊張しながらも遠山さんの恋愛関係を探るための言葉を口にした。

「え」

「何となくわかる気がするよ」

「え?」

「彼なら祝福するしかないね。僕なんかじゃ全然敵わない。彼は成績もいいしスポーツも
万能だし何よりイケメンだしね」

「知っているんですか」

どういうわけか彼女は当惑しているようだった。

「君を困らせて本当に悪かったよ。もう二度とそういうことは言わないから、これまでど
おり生徒会の役員でいてくれるか」

「はい」

「ありがとう。まあ、ライバルが広橋君なら負けてもしかたないか」

 僕はついにその名前を口にして、彼女の反応を覗った。

 そうじゃありませんと否定するか。あたしが好きなのは池山ですと言うのか。僕は固唾
を飲んで彼女の返事を待ち受けたけれど、結局この作戦は失敗に終ってしまった。

 遠山さんは否定も肯定もせずに、自分の好きな男をうやむやにしてしまったのだった。

 この日の努力もむなしく、結局僕は池山君は遠山さんに好かれているのか、それとも彼
女とはもう何の関係もなく、副会長が聞いてきた噂のように、僕の昔の彼女と恋人関係に
あるのかを知ることは出来なかった。

 僕の遠山さんへの告白は失敗に終った。表面的な意味では、彼女は好きな男がいるから
といって僕を拒否したので、客観的に見れば僕の告白は空振りだった。そして実質的な意
味で言っても、告白することによって明らかになると思っていた優と池山君、遠山さんと
広橋君の関係は相変わらず曖昧なままだった。

 遠山さんは僕が広橋君の名前を出した時、少し戸惑っているようだったから、ひょっと
したら遠山さんと池山君が付き合っているのではないかという推測は成り立った。でも、
それは証拠のない単なる推論に過ぎなかった。結局のところ僕は、副会長から聞かされた
曖昧な噂話以上の情報を入手することができなかったのだ。

 優が同じ高校に入学していたことは、それからまもなく確認することが出来た。ある朝、
僕は早めに登校して一年生の校舎の入り口を遅刻ぎりぎりまで見張ったのだ。

 自分が目立つのはまずいと思った僕は、中庭の噴水の陰から一年生の校舎に吸い込まれ
ていく多数の一年生たちを必死で眺めていた。見張りを初めて一時間経っても優の姿は見
つからなかった。そのまま、そろそろ自分の校舎に行かないと僕自身が遅刻してしまうく
らいの時間になってしまっていた。優を見落としたはずはなかった。僕は瞬きすら我慢す
るほど集中して登校する一年生たちを見つめていたのだから。

 もう諦めて自分の教室に走って戻ろうとした時だった。校門から一年の校舎に走ってい
く女性の姿があった。遅刻ぎりぎりになって教室に張り込むだらしない生徒。でも、よく
見るとそれは優だった。

 中学の頃の優は周囲から浮くまいと、目立つ行動は避けていたはずだった。少なくとも
遅刻ぎりぎりに駆け込むような姿は一度も見かけたことがなかった。それでも、今の僕の
目の前で校舎に駆け込んでいったのは、久しぶりに見る優に間違いなかった。

 昔より少し髪が伸び、スカートも短くなってブレザーの下の白いブラウスの胸元のボタ
ンも結構外していて、それは今時のお洒落な女子高生そのものだった。外見は変っていた
けれど、僕にはそれが僕の中学時代の彼女だとすぐにわかった。


今日は以上です
また、投下します

なんか会長の告白シーン唐突すぎる
優が一年生なのか二年生なのかも混乱してる


 やはり同姓同名の他人ではなかったのだ。僕は胸を痛めた。彼女にとっては僕なんて過
去の思い出に過ぎないのだろう。だから、同じ学校に入学してもそのことを僕に知らせる
気にすらならなかったのだ。それは僕にとっては厳しい発見だった。ある意味、優が黙っ
て転校したことより厳しかった。

 あの時は、僕たちは家庭の事情というやつに振り回された悲劇のカップルだと思い込む
ことが出来た。彼女が黙って転校して行ったのも、僕に話したとしてもどうにもならなか
ったのだからだと。

 でも、こうして同じ学校に入学したことを、優が僕に話そうという発想がない時点で、
僕と優に起こった出来事は僕が思い込んでいるようなロマンティックな悲劇などではなく、
単に彼女が僕のことなんか気にしていなかったということになる。それも、おそらく彼女
が転校した時から。いや、もしかしたら僕と付き合っていたときから。

 僕の告白に応えなかった遠山さんだけど、その後の生徒会活動には普通に顔を出してく
れていた。学園祭が近かったので、今では主戦力となっている彼女が僕のことを気にして
生徒会や実行委員会に顔を出しづらくなったらどうしようと思ったのだけど、責任感が強
いせいか彼女は普通に活動に参加してくれていた。

 ただ、僕が堪えたのは遠山さんがやたらに僕のことを気にするような行動を取るように
なったことだった。僕を振ったことを気にしていたのだろうか。彼女は告白を機に僕とよ
そよそしくなるより、今まで以上に僕に親しく話しかけることによって、僕の告白は気に
してませんよ、今までどおりいい先輩後輩でいましょうと訴えているようだった。

 でも、そんな彼女の行動はかえって生徒会役員たちの好奇心を刺激してしまった。

「石井会長と遠山さん、最近妙に仲良くない?」

「遠山さんって本当は石井会長狙いだったのかな」

 そんな噂が流れているよと僕に教えてくれたのは、副会長だった。

「ばかばかしい」
 僕は切り捨てた。「だいたい遠山さんには、広橋君だか池山君だかがいるんだろ」

「でも最近の彼女、妙にあんたに話しかけたりあんたのそばに擦り寄ったりしてるからなあ」

副会長は例によってこの手の話題が大好物のようだった。

「あんたのこと、実は好きだったりして」

 そんなことはないことは僕が一番よく知っていた。そしてこの噂を鎮めるには、僕が遠
山さんに告白し振られたという事実を明かせばそれで澄むことだった。でも、二見さんの
彼氏を知ろうとして仕掛けた告白とはいえ、そんな事情まで話すわけにいかないから、そ
れだと世間に出回る事実は僕が遠山さんに振られたということだけになる。それは、プラ
イドだけは無駄に高い僕には耐えられなかった。

 なので、無念ながらこの噂は放置するしかなかったのだけど、その後も遠山さんは僕に
気を遣うあまり、今までより僕に近づき僕に優しく接することをやめなかった。それは僕
の精神状態に微妙な影響を与え始めた。僕はあくまで作戦の一環として遠山さんに告白す
る振りをしただけなのだけど、彼女が僕をこれ以上傷つけまいと、告白前と変わりないと
いうか告白前より親密に接してくれるようになると、僕は何だか本当に彼女に振られたよう
な気分になってきた。

 ただでさえ、優の僕に対する本心を知った後なのに、遠山さんに本気で恋して、そして
振られた気になっていった僕は、だんだんといつもの冷静さを失うようになっていった。


そのうち、ひそかに危惧していたとおり、僕が遠山さんに告白して、彼女がそれを断っ
たという噂が生徒会内に流れ始めた。それは噂ではなく事実だったのだけど、僕は本気で
遠山さんが好きになったわけではない。でもその噂はその部分は抜きで、本気で僕が彼女
を好きになり告白して、そして振られたということになっていた。僕は噂をやはり副会長
から聞かされたのだった。

「遠山さんがあんたのことを好きなんじゃなくて、逆だったか」

 副会長は遠慮会釈なく僕に言った。「遠山さんって、あんたのことが好きだから最近あ
んたに接近してるんじゃなくて、振ったことが後ろめたくてあんたにも気を遣って欲しく
なくて、今まで以上にあんたと接するようにしてたのね」

 僕は反論しようとしたけど、何といっていいのかわからなかった。

「元気だしなよ。そもそも遠山さんには広橋君がいるってあたしが教えてあげたのに、あ
んたはだめもとで告ったんでしょ」

 僕が遠山さんに告白した場所には誰もいなかったはずだ。それを知っているのは僕と遠
山さんだけなのだ。そして、遠山さんは僕に告白されそれを断ったことを自慢げに周囲に
話すような子ではなかった。いったい誰がこんな話を広めているのだろう。僕は必死に考
えたけど、そんなことをする人間のことは思いつかなかった。

 僕はもう副会長に返事をする気すらなくしていた。それから、僕は生徒会では遠山さん
を避けるようになった。そんな僕に彼女は戸惑っていたようだけど、周りの役員たちはや
っぱりねという視線で僕を見ているようだった。

 やがて僕のプライドは、僕を気遣うような、そして僕をからかうような役員たちの視線に
耐えられなくなっていった。

 生徒会に居辛くなった僕は、会長としての最低限の仕事を済ますと、僕が部長を務めて
いるパソコン部で時間を過ごすようになった。ここは気楽な場所だった。僕は部長だった
けど、ここの部員を組織として動かすとかみんなで一丸となって何かをやり遂げようなん
て無駄なことを考えたことは一度もなかった。

 この部は極度な個人主義的な雰囲気が特徴であり、部員たちはデスクトップPCの前で
思い思いに勝手なことをして放課後の時間を過ごしていた。まるでネカフェのようだった
けど、それがパソ部の部活の実態だったのだ。一応僕はこの部の部長なのだけど、ここに
逃げ込むとそういうことは別にどうでもいいやと感じられるような雰囲気の場所なのだっ
た。

 ある日、生徒会のミーティングで戸惑っているような遠山さんや、からかい混じりの役
員たちに最低限の指示を与えた後、僕は逃げるようにパソ部の部室に来た。いつもは静か
にPCの前で好き勝手なことをしている部員たちが、どういうわけか困惑したように一人
の女の子を囲んで何やら話し合っている姿が僕の目に入った。

「どうしたの」

 僕は誰にともなく声をかけた。何で男だらけのこの部室の真ん中に、こんな部に似合わな
い一年生らしき女の子が目を伏せて座っているのだろう。

「ああ部長。ちょうどよかったです」

 二年生の副部長が心底助かったという表情で言った。「彼女、入部希望者なんですけど」

 それで、こいつらは困惑した様子だったのか。僕は少しだけおかしかった。僕はイケメ
ンでもリア充でもないけれど、こいつらのように女の子が部室に来たというだけでこれほ
ど面食らってどうしたらいいのかわからなくなるということはない。僕はその女の子を見
た。

 それではこの女の子はパソ部に入りたいといういうのだろうか。個人的にアドバイスす
るならば止めておいた方がいいよといいたところだけど、部長としてはそうもいかなかっ
た。

「僕が部長なんだけど、君はパソコン部に入部希望なの?」

 よく見ると、その子はすごく可愛らしい子だった。優とか遠山さんのように、きれい
で可愛らしいけど、実は意志が強いという感じはせず、か弱く守ってあげたいという外見
の少女だった。徽章を見ると一年生だ。


「はい。いろいろネットのこととか勉強したくて」

 その一年生の女の子はきれいな顔を上げて僕の方を見て言った。意外としっかりとした
口調だった。

「そうか。入部はいつでも歓迎するけど・・・・・・でも、うちって女の子は一人もいないんだ
けどそれでも平気なの」

 僕はまず気になっていることを確認した。

「あ、はい。女子でも入部させてもらえるなら」

 彼女はあっさり答えた。

 そこまで言うなら、彼女の入部を断る理由はなかった。僕は彼女に聞いた。

「じゃあ、名前と学年とクラスを教えてくれる?」

「はい。名前は池山麻衣といって学年は一年でクラスは」

 僕はそれを聞いて呆然とその美少女を眺めた。では、この子がブラコンだという、池山
君の妹なのだ。

 その時、ふと僕の心に次の作戦が浮かんできた。遠山さんから聞き出せなかった情報も、
この池山さんからなら聞き出せるかもしれない。僕はその思いを隠して精一杯の笑顔を浮
かべて彼女に言った。

「パソコン部にようこそ。君を新入部員として歓迎するよ」

 その時、黙って池山さんに見蕩れていたらしい副部長以下の部員たちが拍手を始めた。
リアルな女性は苦手なはずの部員たちも、彼女の可愛らしい容姿に無関心ではないようだ
った。

 ・・・・・・今度はうまくいくかもしれないな。部員たちと一緒になって拍手しながら僕はそ
う思った。

 その日から僕は、遠山さんと顔をあわせて一緒に仕事をすることに対して、気が重く感
じていたこともあり、生徒会では最低限の指示をするだけで、残った時間はパソコン部に
顔を出すようにした。副会長はこれまで僕が生徒会活動に打ち込んでいたことを知ってい
ただけに不思議そうで はあったけど、結局のところ遠山さんに振られた僕が、この場に
いることがいたたまれないのだろうという解釈に落ち着いたようだった。そしてそれは他
の役員たちの共通認識でもあるようだった。

「あんた考えすぎだと思うけどな」

 学園祭に向けた作業を分担して開始した生徒会役員と学園祭実行委員たちを尻目に、
生徒会室を去って行こうとする僕に副会長は話しかけられた。

「遠山さんと一緒に居づらいんでしょうけど、告って振られることなんて別に恥かしいこ
とじゃないじゃん。あんた変なところでプライド高すぎだよ」


 彼女の言葉は僕の胸に突き刺さった。確かに僕は遠山さんのことを本気で好きなったわ
けではなかった。それでも、彼女に告って彼女に振られたことは事実だったし、そのこと
が生徒会で噂になり哀れむよう視線で僕がみんなに見られていたこともまた事実だった。
そして、真実 はどうあれ、そういう状況に僕のプライドは耐えられなくなっていたのだ。

 僕はそのことについて副会長に言い訳することすらできなかった。

「何を考えているのか知らないけど、僕は部活に行かなきゃいけなくなっただけだよ」

 僕は彼女に言い訳した。

「あんたの部活ってパソ部でしょ? 部長なんかいてもいなくても同じでしょうが」

 副会長は僕の言い訳なんか頭から信じていないようだった。

「新入部員が入部したんだよ。一年生だし唯一の女の子だからあいつらには任せられない
んだ」

 僕はその新入部員が池山君の妹であることは副部長には話さなかった。僕はそれだけ言
い訳すると、副部長の追及を逃れパソ部の部室に向かったのだった。



 僕が部室に入った時、池山さんは部室で一人ぽつんと取り残されていたようだった。彼
女は落ち着かなげにあてがわれたPCの前で一人座っていた。どうやら副部長や部員たち
は情けないことに彼女を指導するどころか世間話さえすることができず、とりあえず彼女
にPCをあてがってそのまま放置したようだった。もっとも、ちらちらと彼女の方を盗み
見している部員はいたようだけど。

 本当にどうしようもないやつらだな。僕はそう思ったけど、よく考えるまでもなく広橋
君たちのようなリア充より、パソ部の部員の方がより僕と同類なのだった。それでも部長
として彼女を一人で放置する訳にはいかなかった。そして、今の僕には誰にも言えない秘
めた目的もあるのだ、

 僕は池山さんに歩み寄り声をかけた。

「池山さん、こんにちは」

 彼女はあてがわれたパソコンを操作するでもなく俯いていたけど、僕のあいさつを聞く
と慌てた様子で顔をあげた。僕の方を上目遣いに見上げた彼女の白く綺麗な顔に、僕は一
瞬ドキッとした。

「あ・・・・・・部長。こんにちは」

 緊張しているのか、か細い声で池山さんが言った。

「君は今何をしてたのかな」

 僕は彼女に話しかけながらデスクトップのディスプレイをちらっと眺めた。画面は真っ
黒で起動すらしていないようだった。

 こいつら本当に新入部員を放置したのか。僕は少し飽きれた。男の部員だったらあれほ
ど専門知識をひけらかしながら最初の面倒だけは見ていたこいつらも、リアルで美少女で
ある池山さんに話しかけて面倒を見る勇気はなかったようだった。生徒会で振られた男と
して見られていた僕も、この部では女性関係に関してはこいつらより数段上のようだった。


「いえ。特に何もしていません。よくわからなくて」

 池山さんは言った。

 ・・・・・・やばい。この子本当に可愛いな。彼女の表情を見て彼女の弱々しい言葉を聞いた
とき、僕は思わずそう思ってしまった。今でも僕は優への恋情を抱えているはずなのに。

「よくわからないって言うけどさ」
 僕は気を取り直して彼女にレクチャーを始めた。

「まあ、うちの部はパソコン部って言うだけあって、パソコンとかネットとかIT関係な
らなんでもありな部だからさ」

 池山さんは頷きながら僕の言うことを聞いてくれていた。

「だから、部員たちもそれぞれ好き勝手に活動してるんだよね」

「・・・・・・はい」

「例えば、隣のブースにいるあいつ」

 僕は彼女と同じ一年生の部員を指差した。こいつは他の部員たちと異なり彼女をチラ
見することなく一心不乱にディスプレイ上を埋め尽くしたコードを睨んでいた。

「彼は、CGIスクリプトを勉強中なんだよ。勉強中っていっても基礎を覚える段階じゃなくて、実際に応用的なプログラムを組んでるんだけどね」

「それから、反対側にいるあいつ。あいつは、Second Lifeっていうバーチャルワールド
内で実装されている言語、リンデン・スクリプト・ランゲージっていうんだけど、それを
使って仮想世界内で通用するプログラムを毎日組んでる」

「はあ」

 池山さんにはぴんと来ないようだった。

「じゃあ、部室の反対側にいるあいつ」

 僕はもっとわかりやすい作業をしている二年生の部員を指し示した。

「彼は3Dモデリングを練習しているんだ。SHADEというソフトなんだけど・・・・・・ほら、
画面が見えるでしょ」

 そいつの作業中のディスプレイにはリアルな3Dのオブジェクトがでかく映し出されて
いた。これなら彼女にも理解しやすいだろう。

 ・・・・・・だが、僕は彼の作業中の画面を池山さんに紹介したことを一瞬で後悔した。その
画面上には、3Dでリアルに描写された幼女のヌードが大写しに描かれていたのだ。

 ・・・・・・おい。おまえはこの前まで確か人類初の恒星間移民船とやらの3Dグラフィック
を製作してたんじゃなかったのかよ。

 こうして部員それぞれが好き勝手に作業している様子を紹介していると、だんだん彼女
は元気がなくなっていく様子だった。

「どうかした?」

 僕は彼女に声をかけた。彼女はしばらく俯いていたけど、やがて細い声で話し出した。

「あの・・・・・・。あたし、パソコン部ってちょっと勘違いしていたかもしれません」

「勘違いって?」

「あたしは本当に初心者で、家のパソコンでたまに天気予報とかニュースとかミクシーと
か見るだけで」

 まあそうだろうな。僕は最初から彼女のPCスキルに期待なんてしていなかった。でも、
そう考えていたわりには僕は彼女に部内でもスキルの高い部員が何をしているかを紹介し
てしまったのだった。

 何でだろう? 僕は自己分析した。この可愛らしい、守ってあげたいという欲望を刺激
する一年生の少女に、うちの部の凄さを自慢したかったからかもしれない。つまり僕は彼
女に対してうちの部のレベルを感心させたかったのだ。それは、そうすることでスキルの
高い部員を擁する部の部長である僕を池山さんによく見せたかったからだろう。僕はこの
兄である池山君が大好きだという美少女に、僕に対して関心を持ってもらいたかったのだ
ろうか。

 当初の目的を忘れ少し混乱しだした僕だけど、僕の最初の部活レクチャーが失敗してし
まったことはは理解していたので、まずそれをフォローすることが先決だった。


「ああ、ごめん」

 僕はなるべく明るい声で彼女に言った。

「君はネットのこととか勉強したいと言っていたね」

 僕はなるべくさわやかな微笑みになるよう努めながら、池山さんの可愛らしい顔を見
た。

「うちの部はいろんなやつがいるからね。例えば・・・・・・」

 僕はすぐ近くのブースで何やら作業している一年生のディスプレイを指し示した。

「例えばこいつなんかは」

 ・・・・・・げ。おまえは何で堂々と校内ででエロゲしてるんだよ。ネットどころかそもそも
オンラインでさえないだろうが。僕はあわてて違うデスクのPCの方を指差した。

「違った・・・・・・こいつね」

 何をしていようとエロゲのしかもムービーシーンを一心不乱に眺めているやつよりは
ましだろう。

 僕が指差した部員は三年生だった。彼は、無関心を装いながら僕らの方を気にしていた
他の部員たちと異なり、僕と池山さんの方なんか気にせずに一心不乱にキーボードに向か
って何やら長文を打ち込んでいた。

「この先輩は何をされているんですか」

 池山さんが聞いた。そういやこいつは何をしているんだろう。僕は、とりあえずエロゲ
のセックスシーンを彼女に見せないためにこいつを指差しただけで、こいつが何をしてい
るのかなんて考えてもいなかったのだ。あらためてこいつの画面を覗くと、そこには2ち
ゃんねるの専用ブラウザが表示されていた。

「ああ。君って2ちゃんねるって知ってる?」

 僕は聞いた。

「あ、はい。たまにお兄ちゃんが見てましたから」

池山さんはすぐに答えた。そういえばこの子はブラコンなんだっけ。僕は副会長に聞い
た噂話を思い出した。

「こいつは2ちゃんねるに入り浸ってるんだよ。いつも見ているのは、アニキャラ総合っ
ていうところだけどね」

 それから僕はもう少し普通の活動をしている部員を紹介した。フォトショップとかイラ
ストレーターを使用して画像製作をしているやつや、DTMソフトを使って音楽を作ってい
るやつ、HTMLやFLASHでサイト製作をしているやつとか。でも、最後に僕が池山さんにう
ちの部活動の感想を聞いた時の反応は印象的なものだった。

「で、ネット関係を勉強したい言っていってたけど」

 僕は彼女に聞いた。

「うちの部員の活動を見てさ、具体的にどんなことを覚えたいの?」

「あの」

 彼女は遠慮がちに言った。

 正直に言うと、この時の僕は彼女に気を惹かれだしていた。あれだけ恋焦がれていて結
果的に裏切られた優とか、僕が振られたことになっている遠山さんのことが、この瞬間に
は僕の脳裏から忘れ去られているほどに。

「あたし、2ちゃんねるとかって詳しくなりたいです」

 池山さんは僕の質問にそう答えた。


 ・・・・・・いったい池山さんは何を考えているのだろう。僕にはよくわからなかった。でも、
僕が今では彼女のことを気にしていることだけは確かなようだった。僕の当初の意図であ
った優のことを調べたいという目的に加えて、池山さんのことを知りたいという新たな目
的が僕にはできたのだった。僕は実は気が多いのかもしれない。僕は初めてそういう感想
を抱いた。僕はついこの間まで中学生だった池山さんの幼く可愛らしい容姿を好ましく思
いながら言った。

「僕もそんなに詳しくないけど、よかったら一緒に2ちゃんねるとかネットのこととか勉
強しようか」

精一杯優しく微笑んで。こんな気持悪いことを言ったら彼女にドン引きされて嫌われて
しまうかもしれない。でも、僕はそう口に出してしまったのだ。

 しばらくして、池山さんは僕にぺこりと頭を下げた。

「はい。部長、よろしくお願いします」



 次の日から僕は池山さんをPCの前に座らせ、自分は彼女の横に置いた丸椅子に腰掛けて
指導することにした。指導といっても池山さんの希望は抽象的でネットとか2ちゃんねる
とかに詳しくなりたいというものだった。

 正直、これが可愛らしい池山さんでなければそんな希望に応える気すらしなかったろう。
うちの部は確かに生徒会と違って非リアな部員の集まりだったけど、部員の資質はそれな
りに高かったし、数少ない新入部員でさえVBAを覚えたいとかC++やJavaをもっと自由に使
えるようになりたいとか、そういう希望者が多かった。正直に言えばうちの部のドアを叩
いて、街中のパソコン教室の初心者クラスに初めて通うお年寄りのような希望を堂々と述
べたのは、僕の知る限りでは彼女だけだった。

 周りの部員たちもてっきり飽きれて彼女に冷たくするかと危惧したのだけれど、やはり
彼らも美少女の艶やかな容姿の誘惑には勝てなかったようで、だんだんと彼女がパソ部の
部室にいることに慣れてきた部員たちは、おどおどしながらも彼女に話しかけたり彼女を
助けたがるような様子を見せ始めたのだった。

 部員たちが彼女を受け入れたのはよかったけれど、池山さんへの彼らの関心や干渉は正
直迷惑だった。あからさまに言えばこいつらの池山さんへの関心は、僕にとって二つの理
由から邪魔だった。

 一つには、彼女は優と池山君、遠山さんと広橋君の関係者だったから、僕は池山さんと
仲良くなり、さりげなく彼らの交際事情を聞きだしたかった。中学時代の切ない想い、僕
の人生で唯一の恋愛のことは僕の心の中でまだ生きていたけど、優の気持ちを今更知った
からといってそれが復活 するわけではないことは承知していた。それでも真相を知りた
いという気持ちはまだ薄れてはいなかった。

 二つ目は、すごく単純に言ってしまうと僕が池山さんに惹かれ出していたからだった。
優のことを引き摺っていたり、遠山さんに仕掛けた偽装告白と、彼女の拒否が思ったより
自分の心に打撃を与えたこととか、そいうことはこの頃にはあまり自分の心に思い浮ばな
くなっていた。つまり僕と池山さんが二人きりで過ごす時間に介入しようとする部員たち
が僕にとって邪魔だったのだ。

 そういう理由から僕は彼女を独り占めしていていたかったのだ。


 池山さんは、優とかその他の、僕に告白してきた女の子たちとはタイプが全く違ってい
た。どういうわけか僕が好きになる、あるいは僕を好きになる女の子は容姿は様々だった
けど、基本的にはしっかりとした性格のお姉さんタイプの女の子が多かった。でも、遠山
さんはちょっと違っていた。

 遠山さんは守ってあげたいという気持ちを男に起こさせるような女の子だった。そうい
う彼女の控えめで可憐な姿に、正直僕は惚れてしまった。そして、それは僕だけではなく
他の部員たちも同じようだったけど、僕は見苦しくも部長権限を振りかざして彼女の教育
係の座を確保したのだった。

「遠山さんって自分の家にパソコンないの?」

 最初に、僕は彼女のあまりの初心者ぶりに驚いて聞いた。

「リビングにパソコンはあるんですけど、おにい・・・・・・兄がいつも使っているんであたし
はあまり触ったことはないです」

 彼女はそう言った。

「それでも、スマホとかでネット見たりしない? それと学校の授業でもネット関係の講
座があるよね?」

「あたし、スマホもメールとかLINEくらしか使えませんし、IT関係の授業もあまり興味が
なくて」

 それなら、いったい彼女はなぜ今更パソ部の扉を叩いたのだろう。僕は疑問に思った。
うちは遠山さんのような女の子が思いつきで入部するようなクラブではない。パソ部は校
内の評価は最悪で、一般の生徒たちからはキモヲタの巣窟のように目されていたのだし、
女性すら一人もいないようなそんな部に中途でわざわざ勇気を出して入部希望をした意味
は何なのだろう。

 僕はその時久しぶりに自分の「傾聴」スキルを発動しようと思いついた。高校に入って
からはほとんど思い浮かべたことがなかったスキルだったけど、今こうして遠山さんと二
人でPC前に座っていると、彼女のことをもっとよく知りたいという欲求が僕の心に浮かん
できた。

 そうすれば、多分単なるいい部長という立場で表面的な会話をしているよりてっとり早
く彼女の心に入り込めるだろう。そして、今までの実績でいうと僕がコンサルタントを成
功した女の子たちはかなりの高確率で僕を好きになったのだった。それは単なる陽性転移
に過ぎないのだけれど。そういうクライアントの感情に流されえてはいけないというポリ
シーのもとで、僕はそういう告白は全て断っていた。

 その僕が今やあえて遠山さんに陽性転移的な感情を覚えてもらうように仕掛けようとし
ている。コンサルタントとしては最低の行動だった。それは人の相談にのる仕事の倫理規
範に真っ向から反する態度だった。クライアントに献身的にコンサルタントした結果とし
て、相手から好意を抱かれてしまうのはしかたながない。ただ、その場合でも術者はその
好意を穏便に断るべきだ。

 それに対して最初からクライアントの好意を目当てに行うコンサルタントなんて普通な
らあり得ない。でも、僕は今そのあり得ないことをしようと考えていたのだった。

 僕の横で当惑したようにパソコンと格闘している遠山さん。まだ新しい制服に身を包ん
で華奢小さな身体で僕の隣にちょこんと座っている遠山さん。彼女の髪からふと匂う甘く
さわやかな香り。そういう彼女の様子は、今まで経験したことのない、彼女に対する保護
欲と征服欲を僕の心に掻き立てたのだった。


「じゃあ専ブラのインストールからしてみようか」

 僕はマウスを持つ彼女の細く華奢な手をじっと見つめながらも、なるべく冷静に聞こ
えるように言った。

「2ちゃんねるを閲覧したいならIEよりもいろいろ便利だし快適だし」

「専ブラって何ですか」

 当然ながら池山さんは聞いたけど、その聞き方は少し首をかしげて僕の方を見上げると
いう僕にとっては破壊力抜群なものだった。この子は本当に可愛すぎる。僕は彼女の無邪
気な疑問の表情にどきどきしながら答えた。

「2ちゃんねるの掲示板を閲覧したり投稿したりするための専用のブラウザのことだよ」

「見やすいとか投稿しやすいとかもあるけど、掲示板そのものへ与える負荷が低いんだ」

 そう言っても彼女にはよくわかっていないようだった。

「IEとかだとHTML全体を読み込むんだけど、専ブラは掲示板のDAT、データだけ
を読み込むからね」

「はあ」

「わからなくてもいいよ。とりあえず使いやすいから専ブラを使う方がいいと考えてくれ
れば」

 僕はとりあえず何種類かのブラウザをDLした。使ってみて使いやすい方をこの先彼女
が選べばいい。インストールが終ると、僕は改めて彼女に質問した。僕はこの先の彼女の
答えによっては久しぶりの傾聴スキルを駆使して、彼女の抱えている問題を解明しようと
思っていた。

「さあ、これで準備完了だよ」

 僕は池山さんに話しかけた。「2ちゃんねるに詳しくなりたいって言ってたけど、とり
あえずどういうスレを見たいの?」

「あの・・・・・・」

 彼女は僕の方を見て言い淀んだ。今の僕には彼女のそういう表情さえ可愛らしく感じた。
これが男の新入部員だったら即座にうちの部から追い出していたかもしれないけど。

 ・・・・・・こんな子が本当に僕の彼女だったらなあ。僕はその時、そう考えた。そうだった
としたらもう僕が不毛なコンサルティングをすることもないだろうし、優みたいな複雑な
性格の子に対して報われない想いを抱えることもないだろう。普通に仲の良い普通にリア
充の同級生たちと同じような恋愛ができるのかもしれない。自分よりか弱い池山さんとい
う女の子を守りつつ、その対象の子から頼られ愛されることができたのなら、相手の気ま
ぐれな感情に翻弄された中学時代の優との交際とは全く違う恋ができるのだろう。

 僕がそう思って純情で可憐な池山さんの悩ましい表情を眺めたときだった。彼女が僕の
質問にようやく返事をした。そして、それは純情でも可憐でも何でもない言葉だった。

「部長、女神行為って知ってますか? 何だかネット上で自分のヌード写真とかを公開し
ているスレがあるらしいんですけど」

 僕は彼女の言葉に呆然として、そのきょとんとした可愛らしい顔を眺めていた。僕も女
神板とかVIPとかの女神スレとかは知っていた。でも目の前の小さないい匂いのする華
奢な美少女からその名前を耳にするとは思ってもいなかったのだった。

 2ちゃんねるで女神行為を見ること自体は、うちの部では別におかしなことではない。
部活と称してエロゲをしたり部費で購入したPOSERを使って少女の裸体を3Dモデリ
ングしているような部員がいるのだから、部長の僕でさえ顧問にばれない程度ならそうい
うスレを閲覧することを禁止しようなんて思ったこともなかった。でも、目の前の一年生
の少女が女神スレを見たいと言うとは僕の想像の範疇をはるかに超えていた。

「えーと。知っているか知らないかで言えば知っているけど・・・・・・君、本当にそれが見た
いの?」

 とりあえず僕はドキドキしながら聞いてみた。目の前のおとなしい美少女の容姿に対し
て説明するには、女神板の紹介は、全くふさわしくない言葉だった。心の中に卑猥な妄想
めいた考えが浮かんできたため、僕は慌ててそれを打ち消すように聞いたのだった。


「はい。というか、もう見たことはあるんです。でも、画像は削除されてるみたいで一枚
も見られなかったんですけど」

 池山さんは相変わらず真面目な表情でとんでもないことを話し続けた。「ああいうのっ
てどうしたら画像とか見られるんでしょうか」

「どうしたらって、削除される前に見るしかないと思うけど」

 正直に話すと、この時の僕は彼女が何を考えているのかわからなかったのだけど、それ
はそれとして僕は下級生の少女と女神画像の話を普通にしているという奇妙なシチュエー
ションに興奮し出していた。具体的に言うと下半身が人様にお見せできる状況ではなくな
っていたのだ。

「そうですか」

池山さんがため息をついた。「やっぱりリアルタイムでスレを見張っていないといけな
いんですね」

 その時、僕は自分の下半身の状況のことを考えていたせいか、ふとあることを思い出し
た。つまり、自分が自宅で密かにオナニーするときに閲覧したことのあるサイトのことを
思いついたのだ。でも僕はそのことを口に出すべきかどうかためらった。

 ・・・・・・みんなから信頼されている生徒会長の僕があんなサイトを見ていることを誰かに
知られるなんて、ただでさえ自分に自信がないくせに無駄にプライドだけが高い僕にとっ
ては屈辱的なことだったけど、この時の僕は下級生の可憐で清純そうな少女と女神行為の
話を普通にしているという奇妙な状況に流されてしまっていたのかもしれない。

「まあ、他にも手段はあることはあるよ」

 僕は少しためらってから口にした。

「はい? 削除された画像を見ることってできるんですか」

 彼女は顔をあげて僕の方を見た。沈んでいた表情が一瞬明るくなったようだった。

「あることはある。でも、女神板と一緒で十八禁のサイトだけど」

 いったいおまえは何歳なんだよ? 僕は自分に自嘲的に問いかけた。もちろん、まだ十
八歳未満だった。

「部長、そのサイトってどうすれば」

「ちょっと待って」

 僕はようやく我に帰って体勢を立て直した。いつの間にか下半身も正常な状態に戻って
いるようだった。

「ちょと待ってくれ」

 僕は彼女に繰り返した。

「・・・・・・はい」

「とりあえず、君がパソコン部に入部した目的をもう一度詳しく教えてくれるか? あと、
何で女神の画像なんかを見たがっているのかを」


 ようやく僕は部長らしい言葉を池山さんに対して口にすることができたのだった。

 池山さんは僕の言葉を聞き再びうつむいてしまった。その時初めて僕には周囲のことを
気にする余裕が生じてきた。

 改めて周囲を気にしてみると、近くにいる部員のほとんどがそれぞれ作業をしているふ
りをしながらも、僕と池山さんの会話に聞き耳を立てているようだった。このままこのヤ
バイ話をここで続けるのはまずい。僕はそう考えた。

「あのさ」

 僕はこの頃には完全に落ち着きを取り戻していた。

「君の話を聞かせてもらっていいかな? 何か事情があるんでしょ」

 彼女はうつむいたまま何も返事をしなかった。

「無理とは言わないけど、十八禁サイトの紹介なんかさせられるんだったら事情くらいは
聞いておきたいな」

 僕は池山さんにそう言った。この時、さっきの性的な興奮は既に僕の中では鎮まってい
て、むしろ彼女との仲を深めるのにはいいチャンスなのではないかという考えが心の中に
浮かんできていた。高校一年生の女の子が素人の裸身画像に執着するなんて、何か事情が
あるとしか考えられない。そして何か事情や悩みを抱えている相手に対して、僕の傾聴ス
キルは、これまでほとんど無敗に近い成果を誇ってきたのだから、池山さんの相談に乗る
ことで彼女の信頼を勝ち取り仲良くなると共に、優や池山君たちの情報も仕入れることが
できるかもしれない。

 池山さんは顔を上げて何か話そうとして、そこで周りを見渡してまた黙り込んでしまっ
た。そういえばコンサルタントをするにはここは最悪の環境だった。僕たちの周囲は池山
さんの容姿に見蕩れている部員たちに囲まれていたのだから。


今日は以上です
また、投下します

追いついた 期待


「池山さん、ちょっと付き合ってくれないかな」

 女性を誘うのが苦手な僕だったけど、悩みを持つ相手に対してはまた別だった。高校に
入学してから二年以上こういうことをしていなかったのだけど、中学時代に駆使したスキ
ルはまだ身体に残っているようだった。この時、それが自然によみがえってきた。今の僕
は、何もためらいはない。

「よかったら、どこか別な場所で話をしようか。事情さえ話してもらえれば力になれるこ
ともあると思うよ。なんで女子の裸の画像なんか見たいのかは知らないけど、見る方法も
あることはあるし」

 僕は彼女に餌をちらつかせて言った。彼女は少しためらっていたけど、結局は僕の誘い
に同意してくれたのだった。

 ・・・・・・中学生の頃、僕が人の相談を聞いていた場所は校内の人気の無い場所が多かった。
放課後の中庭とか屋上とか、あまり人がいない時の図書室とか。でも、高校生になった今
では校外のカフェとかの方がより知り合いに遭遇する危険は少ない。中学の頃は入りづら
かったスタバとかにも今では自由に入れるのだし。

 僕は池山さんを促して部室から立ち去った。背中には多数の部員の無言の視線を感じて
いた。部室から離なれ校門の外に出ても、並んで歩いている僕たちに下校する周囲の生徒
の好奇の視線が向けられた。

 それはそうだろう。池山さんと連れ立って下校する僕なんかを見かければ、いったいど
ういうカップルなのかと不審に思われても不思議はない。周囲の視線を自分に集めること
に日ごろから慣れているかのように、池山さんには全く動揺する様子はなかった。むしろ、
これから僕に対して話そうとしていることの方が彼女の心に負担になっていたようだった。

 僕はといえば、これから池山さんの話を聞きだせるということへの期待感や不安よりも、
むしろ自分が可愛い女の子とデートしているような状況に不覚にも心をときめかせていた
のだった。これから二人で向かうのは駅前のスタバ。可愛い女の子と二人きりでスタバに
寄り道するそんなシチュエーションは僕にとって初めての経験だった。中学時代に優と手
を繋いで下校していた時だって、カフェとかに寄り道した経験などなかったのだ。

 奥まった目立たない席に着いて彼女と向き合って座った時になって、ようやく僕は浮か
れた気分を抑え、少し本気で彼女の話を傾聴するスキルを発動すべく体勢を整えた。単に
彼女のいい相談役になるだけではなく、できれば優の情報を聞き出し更に池山さんと親し
くならなければいけない。さすがの僕にとってもこれは敷居の高いミッションだった。そ
れに何より人の悩み事をコンサルティングするのはすごく久しぶりだったということもあ
った。こういうことは場数を踏んでいないといけないし、間が空くとすぐに体がスキルを
忘れてしまい一々次の言葉を考えながら相談に乗るようになってしまう。これではクライ
アントが白けてしまい、思っているように内心を話してくれなくなることも考えられた。
それでも、これだけはやり遂げなければいけない。

 僕は池山さんに話しかけた。

「僕が何で君の話を聞こうとしているか不思議に思っているでしょ」

 彼女は意外なことを聞いたとでもいう様子で顔を上げた。

「そう思われても無理はないよね。君はただネットのことを調べたくてパソコン部に入っ
てきたのに、いきなり部長に理由とか事情とかを問い詰められたんだもんね」

 僕はその時、とっさに少し変則的な方面から攻めて行くことに決めた。昔のクライアン
トと違って彼女は自分から僕に相談しに来たわけではない。彼女にとって僕は単なる入り
たての部活の部長に過ぎなかった。普通に彼女を問い詰めたところで彼女が心を開いてく
れる可能性は少ないと思ったからだ。それで僕はまず自分のことを話し始めた。

「まず言っておきたいんだけど、僕は君のことがすごく気になっている」

 僕は思い切って言った。


「・・・・・・はあ」

 池山さんの反応は芳しくなかった。それはそうだろう。パソ部みたいなオタクの巣窟み
たいな部に、目的があるために入部した彼女が部の先輩にいきなりこんな告白まがいのこ
とを言われたら、彼女だってドン引きするに違いない。ましてこれだけ容姿や雰囲気に恵
まれている彼女なら、いくら外見が幼そうとはいえ男からの告白になんか慣れていただろ
うし。

 でも僕はこの時もう一段の切り札を切るつもりだったので、池山さんが次の言葉を喋り
だす前に僕は話を強引に続けた。

「あとさ。僕はパソ部の部長だけど生徒会長もしていてね」

 それを聞いて、拒絶的な雰囲気で僕の言葉を遮ろうとしていた池山さんは気を変えたよ
うだった。僕はそんな彼女の様子に構わず話を続けた。

「だからという訳じゃないけど、僕は人の相談に乗ることが多いし結構それでみんなから
感謝されてるんだ。相談してくる人の秘密は完全に守るし、どんな悩みを聞かされても飽
きれたり驚いたりしないで相談に乗るようにしているからね」

 少しは池山さんの心を掴んだようで、とりあえず彼女は僕の話を聞くことにしたみたい
だった。

「それが一つ。あと、君って遠山さんの知り合いでしょ」

「あ、はい。お姉ちゃんとは小学生の頃から」

 僕は彼女の意表をついたようで、突然遠山さんの名前を聞かされた彼女は驚いたように
答えた。

「遠山さんは大切な生徒会の仲間だし、君のことは他人とは思えない。だからどんな事情
があるかは知らないけど、君の力になりたいと思ったんだ」

 池山さんはそこで初めて僕の方を見つめて首をかしげた。

「あの、先輩・・・・・・あたしのこと気になるってどういう意味ですか」

「そのままの意味だよ遠山さんの知り合いとして君を助けたいと思うけど、それとは別に
君のことが異性として気になっている」

 今にして思えば、その時の僕はよくもそんな恥かしいことが平気な表情と口調で言えた
ものだと思う。広橋君のようなイケメンならともかく、普通ならこんな低スペックな僕が
可愛い女の子に対して言うことが許されることではない。でもこのときの僕は必死だった。
優の行動の真相を知ること、そして目の前の少女と仲良くなること。僕はその二つの目的
だけは何としてでも成就させたかったのだ。

 とはいえこんなセリフを聞かされた池山さんの反応は気になったから、僕は少し話しを
中断して彼女の反応を覗った。

 でも、池山さんは僕なんかがこんな告白めいたセリフを言ったことを別に滑稽に感じた
りはしていないようで、馬鹿にするようでもなく真面目な表情で僕を見ていた。

「先輩。あたし、今のところ誰かと付き合うとか考えていなくて」

「うん、わかってる。それにどっちみち僕なんかじゃ君と釣り合わないこともわかってる。
僕なんかが君みたいな子と付き合えるなんて考えてもいないよ。だから僕のことは気にし
ないでいいんだけど、それでもよかったら相談してくれないかな」

 その時、知り合って初めて池山さんがおかしそうに微笑んだ。

「先輩っておかしな人ですね。付き合いもしない女の子なんかに親切にしたって仕方ない
のに」

 僕は彼女の微笑を呆けたように眺めた。その微笑みには僕に対する嘲笑めいた感情は少
しもないように思えた。少しだけ飽きれている感じはあったけど。

 僕はその期を逃さず慌てて口を挟んだ。

「君が僕のことなんか相手にしてくれなくてもいいんだ。でも気になる女の子の力にはな
りたいし、力になれるとも思う」

 その時、僕はもっと彼女の心配を取り除いた方がいいと思いついた。

「それと。僕が君に夢中になってストーカーみたいになることは絶対にないから。何だっ
たら遠山さんとかに聞いてくれてもいい。僕はそういう男じゃないから」

 それからしばらく沈黙が続いた。僕はもう言えることは言ったのであとは池山さんの返
事を待つだけだった。そして少しして彼女がその沈黙を破った。


「先輩って変な人ですね」

 再びくすりと笑ってから池山さんが言った。「でも、生徒会長をしてるだけあって本当
にいい人なんですね」

「生徒会長であることはあんまり関係ないけどね」

「あたし、せっかくだから先輩に話を聞いてもらおうかな」

 やっと僕は彼女にここまで言わせることができたのだった。

「池山さん、僕を信じてくれてありがとう」

 僕は穏やかに言った。僕は冷静に話していたようだけど、やはり内心では相当緊張して
いたようだった。そしてその緊張がようやくほぐれ出すのを感じていた。

「何で先輩がお礼を言うの? 何か変なの」

 池山さんは僕をからかうように言った。これではどっちが年上なのかわからない。

「あと、池山さんって言うの止めませんか。後輩なんだからあたしのこと、池山って呼び
捨てしてください」

「君がタメ口で話してくれるならそうしてもいいけど」

 僕はこの時緊張が去って行ったせいで少し調子に乗ってしまったかもしれない。池山
さんに僕のことなんか相手にしてくれなくてもいいと言ったばかりなのに、こんな調子の
いいことまで言ってしまうなんて。

 案の定、彼女は少し警戒したように見えた。でもそれは僕の誤解のようだった。再び彼
女は笑った。

「それでいいよ、先輩。あたしのことも池山・・・・・・っていうか麻衣って呼んでね」

「わかった」

 僕は最高な気分になってもいいはずだったけど、ここまでうまく行き過ぎると逆に不安
な気持ちが湧き上がってくるのを抑えることができなかった。礼儀正しい正統的な美少女
だと思い込んでいた池山さん、いや、麻衣だけど、この反応はどうなのだろう。いきなり
親しげに僕に話しかけるなんて。

 彼女は意外と男と遊びなれた子だったのだろうか。その時僕は少し不安に思った。

 それでもその疑念は、眼の前の美少女から気安く話しかけられたという喜びや優越感に
は勝てなかった。とりあえず今は目の前にいる麻衣ちゃんと仲良くなれたことだけを考え
よう。

「じゃあ、早速だけど麻衣ちゃんの話を聞きたいな」

 僕は彼女に言った。

「ちゃんはいりません」

 彼女が少し機嫌を損ねたように言った。やばい。この子、本当に可愛い。そして、呼び
捨てにしてって僕に微笑む美少女に対して、僕は動揺していた。

「先輩には全部お話しするけど、どこから話せばいいのかなあ」

 麻衣は、ついさっきまでの僕に対する疑念を完全に払拭したような親しげな口調で話し
始めた。そして僕はそのことに密かに興奮していた。僕は最初の難関を突破したのだった。
それも予想していたよりスマートな方法で。

「先輩、とりあえずこれを読んでもらっていい?」

 彼女は自分のスマホのメーラーを開いて、それを読むように僕を促した。それはどこ
からか転載を繰り返されたメールみたいだった。


from :優
sub  :やっほー
本文『さっき始めたばっかだけどもう200レス超えちゃった。今日は流れが早いみた
い。君が本当にあたしに興味があるなら下のURL開いてみて。今日は人多過ぎだから早め
に画像消しちゃうし。じゃあ、もし気に入ってくれたらレスしてね。そんでさ、もしレス
してくれるならレスの中に、制服GJって書いてね。それで君だってわかるから。じゃあ
ね』



 これだけでは全く意味の通じないメールだった。でも僕は凍りついたよう差出人の名前
欄を見つめていた。僕の昔の彼女の名前がそこにあった。そして、本文中には池山君の名
前もあったのだった。

「先輩、どうしたの」

 ふと気づくと僕はずいぶん長いことそのメールを眺めて凍りついたようだった。さっき
まで感じていた麻衣と親密になれそうだという期待感や喜びは僕の中で影をひそめ、何か
得体の知れない不安感が湧き上がっていた。

「どうしたのって―――これだけ見せられても何が何だか」

 優と池山君の関係がどうなっているのかは置いておくとしても、このメールのどこに麻
衣を悩ませる問題があるのか僕にはわからなかった。

「これだけじゃないの。こっちも」

 麻衣はスマホを僕から取り返して少し操作してから再びメールが表示された画面を僕の
方に示した。僕は彼女に促され次のメールを読んだ。



from :優
sub  :無題
本文『じゃあ、そろそろ始めるね。今のところ他の子がうpしてる様子もないから、見
てても混乱しないと思うよ。念のために繰り返しておくけど、女神板はうpも閲覧も18
禁なんであたしは19歳の女子大生って名乗ってるけど間違わないでね。』

『モモ◆ihoZdFEQaoのがあたしのレスだから。あと結構荒れるかもしれないけど動揺して
書き込んだりしちゃだめよ? 君は今日はROMに徹して』

『ああ、そうそう。これは余計なお世話かもしれないし、あんまり自惚れているように思
われても困るんだけどさ。今日うpする画像はすぐに削除しちゃうから、もし何度も見た
いなら見たらすぐに保存しといた方がいいと思うよ』

『じゃあ、下のURLのスレ開いて待っててね。8時ちょうどに始めるから』

『やばい。何かドキドキしてきた(笑) 女神行為にドキドキなんかしなくなってるけど、
君に嫌われうかもしれないって思うとちょっとね。でも隠し事は嫌いなので最後まで見て
感想をください。あ、感想ってレスじゃないからね』

『じゃあね』

 女神板。十八禁。十九歳の女子大生。メール本文に散りばめられた単語が僕の不安を煽
った。それにこの文面からは優と池山君はずいぶんと親しい仲であることがうかがわれた。

 何よりこのメールの趣旨は、優が女神行為をこれから実行しその様子を池山君に見ても
らいたがっていることにあることは明らかだった。

 ・・・・・・女神行為? あいつが何でそんなことを。僕と別れていた僅か二年余りの間にい
ったい彼女に何が起きたのだろう。そして優と池山君はやはり付き合っているのだろか。

 僕は混乱していた。麻衣と親しくなれたら、その後は彼女の相談を真摯に受け止める予
定だったのだけど、今の僕はそれどころではなく優の変貌にうろたえていたのだった。優
はいったいいつからこんなことをしていたのか。優の女神行為と僕が優に振られたことに
は因果関係はあるのだろうか。いくつもの疑問が同時に僕の心の中でせめぎあった。

 それでも、しばらくすると僕は何とか自分の心を制御することができた。今は自分にと
って何が大切なことかを考えるべきだ。それは麻衣と親しくなることと、優に何が起きて
いるのかを知ることだった。そしてそのために何をすべきかを考えた時、ここで僕が優の
メールの内容にいくら悩んでいても結果は出ない。僕の目的のために今すべきことは麻衣
の話を傾聴することなのだ。

 僕はようやく混乱する思考を鎮めて改めて麻衣を見た。


 ―――彼女は僕が混乱している間、黙って僕を観察していたようだった。僕の混乱振り
に飽きれるでもなく、助け舟を出すでもなく、自分の話を強引に進めるわけでもない麻衣。
その表情からは何やら僕のことを見極めようとしているような冷静さが感じられた。

 僕は、自分で勝手に思い込んでいた彼女の印象を改めざるを得なかった。この子は決し
て甘やかされた可愛いだけの幼い少女ではない―――優といい麻衣といい、僕が魅力を感
じる女性はなぜ例外なく複雑な思考を持っているのだろうか。かつて僕は優のことをとて
も中学生とは思えないほどしっかりと自分を冷静に見つめていると思ったことがあったけ
ど、一見幼い甘えん坊のような、そして大人しそうな麻衣さんも実は優と同じような複雑
な考えを秘めている少女らしかった。

 僕はため息をついた。僕は何でこういう面倒くさい、自分の考えを心に固く秘めている
ような女の子に惹かれてしまうのだろう。今にして思えば遠山さんが僕を傷つけまいとし
て取った単純でひたむきな行動が懐かしく思えるほどだった。その行動に結果的に僕は傷
付いたのだけど、少なくとも彼女が何を考えて僕に接近したのかは簡単に理解できたのだ
から。

「まあ君が見たがっているスレがどれなのかはわかったよ。URLも記されていたし」

 僕は気を取り直してそれまでじっと僕の反応を見ていたらしい下級生に話しかけた。

「でも、何で見たいのかという動機は全然わからないね。最低でもそれくらいは話しても
らえないかな。前にも言ったけど下級生に十八禁の画像の見方を教えるんだったらそれな
りの理由は聞きたいな。僕の生徒会長としての立場もあるし」

「・・・・・・それはこれからお話しします―――そうしたら先輩、あたしのこと助けてくれ
る?」

 麻衣は表情を一変させ、再び頼りないけど可愛らしい下級生らしい表情になった。

「―――あたしの味方になってくれる?」

 僕くらい人間観察ができて、僕くらい他人が何を考えているのかわかるのなら、こんな
単純な手にひっかかることはないはずだった。麻衣にとって僕は都合のいい先輩に過ぎな
いのだろう。でも僕の目的に近づくためには麻衣と親しくなる必要があるのは自明の理だ
ったし、何より僕は麻衣に本気で惹かれていたようだった。辛い思いをするかもしれない
とわかってはいても、優と池山君の関係を知りたいという目的が、麻衣と対面して話を重
ねるにつれ次第に薄れてきたほどに。

「そうするよ」

 僕は頼りなく守ってあげたいまだ幼さを残しているような女の子、麻衣に返事した。

「君を助けたいし、何より僕は君のことが好きだから」

 僕はこの時、この段階で口にするのは危険なことまで喋ってしまっていた。君のことが
気になるではなく君のことが好きだと僕は宣言してしまったのだった。それは麻衣に引か
れるかもしれないという意味からも、麻衣に弱みを握られて先導を奪われるかもしれない
という意味でも最悪のタイミングの告白だった。でもその告白を口にした途端、それが今
の僕の真の想いだということに気がついた僕は逆に気が楽になったのだった。

 そして麻衣はその言葉を聞いてもドン引きすることもなく勝ち誇る様子も見せなかった。
彼女は僕の反応が当たり前のように淡々と話を再開した。

「先輩、お姉ちゃんとは親しいの?」

 麻衣は予想外の方に話を進めた。

「特に親しいというわけでは・・・・・・生徒会で一緒だからよく話はするけど」

 麻衣は僕が遠山さんに告白して振られたことを知っているのだろうか。小学生の頃から
の知り合いで、副会長の言うように最近まで毎日一緒に登校する間柄なら、僕なんかに告
白されて困惑した遠山さんが麻衣に相談したとしても不思議はない。でもそれは確実な話
ではなかったから、 とりあえず僕は無難な返事をしたのだった。

「そうか。じゃあお姉ちゃんは何も言わなかったかもしれないけど―――先輩、あたしお
兄ちゃんのことが大好きなんです」

 遠山さんからは麻衣の話は聞いたことがないのは確かだったけれど、彼女の極度なブラ
コンぶりについては副会長から聞いたことがあったから、そのこと自体には僕は驚かなか
った。ただ、どうしてそんなことをわざわざ僕に話すのだろうという疑問は感じた。麻衣
が優と自分のお兄さんとの付き合いに不満を感じているからだろうか。

「あたし昔からお兄ちゃんが好きで、今まで何度も男の子に告白されてもいつもお兄ちゃ
んと比べちゃって」

 麻衣は続けた。

「あたしももう高校生なんだし、実のお兄ちゃんと恋人同士になれるわけなんてないって
わかってるんだけど」


 もうか弱い少女の振りをする余裕は彼女にはないようだった。この告白は嘘ではない。
そう直感した僕はいろいろと混乱している自分の心を静めて、クライアントの話に没頭す
る姿勢になった。過去の経験が生きていたのか、僕は自然に傾聴する体勢に移行すること
ができたのだった。

「続けて」

 僕は彼女の目を見ながら言った。

「お姉ちゃんが昔からお兄ちゃんのことが好きだったことは知っていたの。そしてお姉ち
ゃんがあたしのお兄ちゃんに対する気持ちを知っていて自分の気持を無理に抑えていたこ
とも」

 麻衣は冷静に話を続けていたようだったけど、テーブルの下で握り締めていた手の震え
が彼女の装った冷静さを裏切っていた。

「君は遠山さんのことが大好きなんだね」

 僕は穏やかに口を挟んだ。

「・・・・・・うん。お姉ちゃんは昔からあたしのことを気にしてくれて、うちは昔から両親の
仕事が忙しくて普段家にはいなかったんで、お兄ちゃんとお姉ちゃんがあたしの両親のよ
うだった」

「君はいいお兄さんとい、幼馴染のいいお姉さんに恵まれたんだね」

 僕は彼女に話をあわせた。彼女はそうやってその二人に甘やかされ守られて成長してき
たのだろう。

「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんには本当に感謝してる。でも・・・・・・そんなお姉ちゃんに
あたしは辛い想いをさせてたんだなって思ったら、お姉ちゃんに申し訳なくて」

「それで君はどうしたいの」

「どうしたいというか、この間お姉ちゃんに言ったの。もう自分に正直に素直になってっ
て。あたしのことはもう気にしないでって」

「君はそれでよかったの?」

 ブラコンという言葉では言い表せないほど池山君に依存してきた彼女にとってはそれは
思い切った、辛い選択だったろう。

「うん。あたしもそろそろお兄ちゃんを卒業しなきゃって思った。今でも一番好きなのは
お兄ちゃんだけど、あたしがお兄ちゃんと結ばれることなんてないんだから、それなら二
番目に好きなお姉ちゃんにお兄ちゃんの恋人になってほしいって」

 その頃になると麻衣は僕の様子を気にする余裕もなくなったみたいで、手が震えるどこ
ろか全身を震わせ目にはうっすらと涙を浮かべるようになっていた。

 僕は次の言葉を催促せず彼女が落ち着きを取り戻すのをじっと待った。心情的には麻衣
の手を握るか肩を抱くくらいはしたかったけど、それはせっかく心を開いた彼女を警戒さ
せてしまうかもしれない。それにこの頃になるとだんだん僕は落ち着きを取り戻してきて
いた。むしろ今では取り乱しているのは麻衣の方だった。僕は心理的に彼女より優位に立
ったということもあり、彼女が再び話し出すのを余裕で待つことができたのだった。

「あたしがお姉ちゃんにそう話したとき、お姉ちゃんは最初は驚いていたの」

 しばらくして自分の袖で涙を拭いた麻衣が話を再開した。

「だから、あたしは最初はお姉ちゃんがお兄ちゃんのことを好きだと思っていたのは勘違
いかなって思ったんだけど・・・・・・そうしたらお姉ちゃんが、麻衣ちゃんありがとうって言
って」

 ここで彼女はまた俯いて涙を浮かべたけど、今度はそれほど取り乱すことはなかった。

「それで、その後何が起きたの?」

 僕は興味本位の質問と取られないよう努めて静かな口調で聞いた。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんに告白したんだけど・・・・・・お兄ちゃんにすぐには返事できないって言われて」

「保留されたってこと?」

「うん・・・・・・。一応、親友の夕也さんがお姉ちゃんのことが好きみたいで、お兄ちゃんは
そのことを気にしてるらしいんだけど」

「一応ってどういう意味かな」

 僕はそこがかなり気になったので、本当はまだひたすら話しを聞きだしていなければい
けない段階なのだけれど、思わず突っ込んでしまった。


「あたしね、お兄ちゃんに好きな人ができたんじゃないかって思った。それでお姉ちゃんの
気持ちに応えなかったんじゃないかって」

 麻衣はそう言った。いったん収まった体の震えが再び彼女を襲ってきたように見えた。

「それがこのメールの『優』なんだ」

 僕はそう言った。麻衣は一瞬ためらったけど、結局はゆっくりと頷いた。

 優と池山君は帰宅途中のスーパーで初めてちゃんと話をしたらしいけど、その際の優の
態度はとても積極的だったそうだ。単なる同級生だよと池山君は麻衣に言い訳したけど、
麻衣の女の子の勘では、優が池山君に気があることは明らかだったと言う。そして麻衣に
は池山君の方も優に興味がある様子に見えた。

 池山君のそういう態度に傷付いた麻衣を見かねて遠山さんが池山君に注意したそうだけ
ど、結果的にそれは彼を意固地にしただけに過ぎなかった。

「今にして思うとお姉ちゃん、あたしのためというより自分の気持を素直にお兄ちゃんにぶつ
けたんじゃないかなあ」

 麻衣はそう言った。

 その後、麻衣は池山君への依存から立ち直ろうと努力を始め、一方でそんな麻衣に励ま
された遠山さんは池山君に告白したのだった。結果として遠山さんは池山君に返事を保留
されたのだけど、その理由は遠山さんのことが好きな広橋君への遠慮だったそうだ。

「あたしはお兄ちゃん離れしようって決めたから、お姉ちゃんのことが気の毒だったの。
でも、ちょっとだけほっとしたかもしれない。お兄ちゃんとお姉ちゃんが恋人同士になら
ないで今までみたいに三人で一緒に仲良くいられるかもって」

「今はそういう状態なんでしょ? それなら問題ないよね」

 麻衣の暗い表情から目を逸らしながら僕はわざとそう言った。もちろん問題なんてある
に決まっていた。それは優の問題だった。ただ、ここまでの麻衣の話では池山君が優に好
意を持っている、あるいは二人が付き合い出したという明白な証拠はない。

 あのメールのことを除けば。

「お兄ちゃんは二見さんが好きなんじゃないかと思うの。そして二見さんもお兄ちゃんの
ことを」

 麻衣が俯いてそう言った。

「・・・・・・それはメールのことでそう思ったの?」

「うん」

「そもそもこのメールって、どうして君が見れたの?」

 それは多分麻衣を追いつめるであろう質問だったけど、ここまで来たら聞きづらいとこ
ろだけを避けて通るわけにはいかなかった。

 案の定、麻衣は真っ赤になって再び俯いてしまった。

「あの・・・・・・いけないことだとは思ったんだけど、お兄ちゃんがお風呂に入ってる間にお
兄ちゃんの携帯を」

 麻衣は小さな声で告白した。それ以上言わせるのはかわいそうだったので、あとは僕が
補足してあげることにした。

「お兄ちゃんが気になってお兄ちゃんあてのメールを見ちゃったわけだね。それで優から
のメールを2通見つけて自分のアドに転送して送信履歴を消した」

 麻衣は黙っていた。

「僕は責めてるわけじゃないよ。もちろん普通ならエチケット違反だけど、君にも辛い事
情があったわけだし」

「・・・・・・ありがと」

 麻衣は小さく呟いた。


「それでこのメールを見てどう思った?」

 答えなんてわかりきっていたけど、相談役の口からではなく自分から語らせる方がコン
サルティングする上では効果的だったから、僕は作法に従って続けた。

「どうって・・・・・・こんなメールやりとりするくらいだもん。まだ付き合ってないにしても、
お互いに十分その気があるとしか思えないよ」

「そう言えばこのメールに池山君は返信していなかったの?」

「うん。どっちも受けただけで返信してなかった」

「じゃあ次の質問だけど、この二つのメールにはURLが貼ってあるけど、君はそれを踏ん
だ?」

「踏むって? ああクリックしたってことね。うん、見てみたよ」

「どうだった?」

「最初のメールにあったURLは、このスレッドは過去ログ倉庫に保管されていますとかっ
て出て・・・・・・何かよくわからなかった」

「二つ目のメールのURLはどうだった」

「うん・・・・・モモっていう名前の人がM字とか乳首はだめとかレスしてて」

 麻衣は辛そうだったけど、このあからさまな破廉恥な言葉に僕の方もダメージを受けて
いた。優は変った性格だったけど性的に奔放というわけはなかったはずだった。それが女
神板でM字だの乳首は駄目だの娼婦まがいのレスをしている。正直、女神板のことはよく
知っていたのだから、最初に優のメールを見せられた時にこうなることはある程度予想は
していたのだけど、実際にその言葉を麻衣の口から聞くと僕は再び気分が暗くなっていく
のを感じた。

 僕と優が付き合っていた頃だって手を繋ぐくらいが精一杯だった。でも性的な面では奥
手な僕はそれだけでも十分嬉しかったのだ。逆に優がそれ以上の接触を求めていたら僕は
戸惑っていただろう。2ちゃんねる的に言うと僕は典型的な処女厨だったから、僕は手を
繋ぐことで満足してくれている優が好きだった。でも、それは僕の勘違いで、優は相手が
僕だったから手を繋ぐ以上のことをしようとはしなかったのだとしたら。現に、彼女は女
神行為をしている。そしてあろうことか池山君に自分の女神行為を見るように勧めている
のだ。

 同じ高校に進んだことを連絡してこなかったことや、僕には手を繋がせただけなのに池
山君にはそれ以上に積極的な好意を示している優のことを考えると、中学時代の僕の大切
な思い出は全て僕の錯誤だったのかもしれなかった。

「先輩?」

 麻衣が黙り込んだ僕の方を見て言った。「顔色悪いけど大丈夫?」

 僕は麻衣の柔らかい声で瞬時に自分の役割を思い出した。いろいろ混乱していたけれど、
今は麻衣のケアに専念しないといけない。それに、辛さは心の底に残っているものの、今
の僕がいい匂いのする華奢な体つきの後輩の少女の隣に座って彼女の相談に乗っているこ
とに萌えていることは事実なのだ。そのせいか、過去の出来事に関する心の痛みは覚悟し
ていたほどではない。僕は気を取り直して言った。

「ほら、このURLにmegamiってあるでしょ。このスレは女神板のスレだよ。自分の裸と
か際どい下着姿とかをスレで不特定多数の閲覧者に見せることを、女神行為って言うんだ。
そして見せる人は女神と呼ばれている・・・・・・乳首は駄目は、そういう閲覧者のリクエスト
を断ったレスだろうね」

「前にも言ったけど画像は見られなかったの。何かすぐに削除されちゃうみたいで」

「ネットって不特定多数の人が見てるからね。画像をそのままにしておくといろいろ女神
にとっては危険なんだよ。だから自衛のためにすぐに画像は削除するんだ。たまたまリア
ルタイムで遭遇した人だけが画像を見ることができるというわけさ」

「・・・・・・先輩、削除された画像を見ることができるって言ってたよね」

「正確に言うと見ることができる可能性はあるってことだけど」

「その方法を教えてくれる?」

「僕は君に言ったよね? 十八禁のサイトを下級生に紹介するなら、何でその下級生がそ
んなにその画像を見たいのか知りたいって」


「・・・・・・それは」

「言いづらいなら僕が聞くよ。君は池山君に過度に依存することから卒業しようとしたそ
うだけど、お兄さんに彼女ができるのは許せるわけ?」

「だからそれは言ったでしょ? お姉ちゃんにもうあたしのことは気にしないでって話し
たって」

「聞いたけど、それは僕の聞きたいことじゃないよ―――遠山さんと池山君が付き合い出
したとしても、多分それはこれまでの君たち三人の仲良し関係の枠内の変化に過ぎないだ
ろ? ほら、君だって比喩的に言ってたじゃん。池山君と遠山さんは君の両親のようだっ
たって。それが現実になるだけでしょう」

「・・・・・・どういう意味?」

「池山君と遠山さんが付き合ったとしたら君は辛いかもしれないけど、それでも仲良し三
人組でいられることには変わりないわけだ」

 麻衣は黙ってしまった。

「僕が聞きたかったのは遠山さん限定ではなくて、その他の女の子とが池山君と付き合う
ことまで君が許せるのかってこと」

「・・・・・・お兄ちゃんの恋愛を邪魔する気はないの」

 麻衣は再び涙を流し始めた。これではコンサルやカウンセラー失格だった。でも、ここ
だけははっきりとさせておかないといけない。僕は敢えて挑発的な言葉を口にした。

「たとえそれが二見さんでも?」

 しばらくの沈黙のあと麻衣は顔をあげ僕の方を真っ直ぐに見て言った。

「お兄ちゃんが好きな人ならあたしは許せるよ」

「でも、お兄ちゃんにふさわしくないような破廉恥で汚い女だったら絶対に許さない」

 その時の麻衣の目の光に僕は少しぞっとした。自分以上に大切な相手という概念を僕は
これまで抱いたことはなかったのだけど、彼女にとっては自分の兄はそういう存在なのか
もしれなかった。

「メール見る限りだと、二見さんが女神であることは間違いなさそうだけど」

 その言葉は麻衣を傷つけたかもしれない。でも同時に僕の心も自分のその言葉に痛みを
感じたのだった。

「あたし、お兄ちゃんが好きな人なら大抵のことは許せると思うの」

「そうか」

 ようやく僕は麻衣の心情を掴んだようだった。この子が画像を見たがるのは、優の女神
行為が麻衣が許せる「大抵のこと」の範囲内なのかを知りたいのだろう。

 僕は腕時計を見た。もうかなりいい時間になってしまっていた。窓の外は夕暮れを通り
越して暗くなっている。

「まあ、だいたいはわかったよ」

 僕は言った。「さっきも言ったとおり僕は君のことが好きだから君に協力する」

「先輩」

「いろいろくどく聞いて悪かったけど、二見さんがどういう人か一緒に確かめよう。画像
だけじゃなくてもいろいろと手段はありそうだし」

 僕にはこの時もう気がついていた。僕のしようとしていることは僕が心を惹かれるよ
うになった眼の前の少女を助けることになるのかもしれないけど、僕のかつての彼女だっ
た優を傷つけることになるかもしれない。


「明日また部室で話そう。その時にいろいろ教えるから」

 それでも麻衣と親しくなりたいという欲望、僕の中学時代の一番大切な思い出が、自分
の胸の中心にいた優自身によって汚されたという想い、そしてそれを確認したいという欲
求。それらを考えあわせるとると、この時の僕にはもう他の選択肢は考えられなかったの
だ。

「うん・・・・・・先輩、ありがと」

 麻衣は細い声でようやくそれだけ言ったのだった。

「こんな時間になっちゃったけど、家は大丈夫?」

 僕は今更ながら心配になって麻衣に聞いた。

「うん。最近はお兄ちゃんのご飯の支度とかしてないし、家にいても自分の部屋にいるよ
うにしてるから」

 だから心配しないでと彼女は少しだけ泣いた跡を残している顔で微笑んだ。

「じゃあ帰ろうか。駅まで送っていくよ」

 僕は立ち上がった。

「ありがと」

 麻衣は男のこういう親切には慣れているようで、三年生で生徒会長で部長の僕の申し出
にも恐縮することなく自然に礼を言った。

 そうして僕と麻衣は二人並んで駅の方に歩いて行ったのだった。もう下校時間はとっく
に過ぎていたはずだけど、それでも数人の学校の生徒たちが駅の方に向かって歩いてい
る姿を見かけた。

 逆に言うと僕と麻衣が寄り添って歩いている姿も彼らに見られているはずで、僕はその
ことを少し心配したけれど、麻衣は他の生徒たちの視線など全く気にしていないようだっ
た。

 駅の改札まで来たところで彼女は僕を振り返り、僕の片手をその華奢な両手で握った。

「先輩ありがと。あたし、人に感情を見せるのが苦手だからそうは見えないかもしれない
けど、先輩にはすごく感謝してる」

 ふいに僕の心臓がごとっていう粗雑で大きな音を立てたように感じて僕は狼狽した。麻
衣に聞かれなかったろうか。

「まだ、僕は何もしてないよ。感謝するならもっと先だろ」

 僕は何とか辛うじて冷静に返事をすることができた。

「ううん。今でも先輩には凄く感謝してます―――こんなことお兄ちゃんにもお姉ちゃん
にも相談できないし」

 状況的に言っても利害関係的に言ってもそれは彼女の言うとおりだった。彼女には池山
君への想いを相談できる相手は身近にはいないのだ。

 客観的かつ全人格的に彼女の相談を受け止めてあげられる人。傾聴者とはそういう人間
のことを言う。彼女にとってはそれは僕なのだった。

「いいよ。何度も言うようだけど、そして僕は君の好意とかは全然期待していないけ
ど・・・・・・。それでも僕は君のことが好きだから君を助けたい」

「先輩・・・・・・ありがとう」

その時、麻衣は僕の手を握りながら背伸びをして僕の頬に唇を軽く触れた。

「じゃあ、また明日ね。さよなら先輩」

 僕は頬に残る麻衣の唇の感触を感じながら彼女に手を振った。

 ・・・・・・客観的かつ全人格的に。僕がそうでないことは今の僕が一番よく知っていた。麻
衣のことを考えているようで、実はこれは僕にとって極度に自分勝手なゲームだった。

 僕の思い出を踏みにじった優。

 偽装とは言え、僕の告白を断った遠山さん。

 僕が今惹かれている麻衣。


今日は以上です
また投下します

おつ


 帰宅して風呂に入り食事を終えた僕は、自室のPCの前に陣取る前に、麻衣から転送し
てもらった優のメールをスマホからPCに転送した。

 今日はいつも習慣になっている授業の予習や受験に向けた対策は諦めるつもりだった。
宿題は出ていないから作業に専念できる。まずはVIPのスレを開こう。当然、DAT落
ちしているので、麻衣はスレを見れなかったようだけど僕は●を持っている。僕は専ブラ
を立ち上げ優の最初のメールに記されているURLをコピーしてそのスレを開いた。



『暇だからjk2が制服姿をうpする』



 予想していたことだけどレスの多さに少し困惑した。これは優が立てたスレなのだから
>>1のIDでレスを抽出すれば話は早いのだけど、僕は怖いもの見たさに突き動かされ、
時間をかけて最初からスレを追っていったのだった。



『とりあえず顔から。目にはモザイク入れました』
『制服のブラウスとスカート。鏡の前で撮ってます』



 もちろん画像は見れるはずもなかったけれど、優のレスには自分の格好の簡単な説明が
入っていたから彼女がどんな姿を晒しているのかはだいたい想像がついた。外野のレスも
当時のこのスレの盛り上がりをうかがわせるようなものだった。



『女神きたーーーー!!』
『ここが本日の女神スレか』
『かわいい~。もっとうpして』
『ふつくしい』
『ありがとうありがとう』
『光の速さで保存した』
『セクロスを前提に結婚してください』
『これは良スレ』
『つか全身うpとか制服から特定されね?』



そして優らしき女も律儀にレス返していた。

『>>○ 特定は大丈夫だと思います。よくある制服なので。心配してくれてありがと』

『>>○ ならいいけど無理すんなよ。校章とかエンブレムとかはぼかしといた方がいい
ぞ』
『つうかお前らこれって転載だぞ。前にも見たことあるし』
『何だ釣りか。解散』

『>>○ 今撮ってるんだけど。前にも何度かうpしてるんでその時見たのかな? とり
あえずID付きで手と腕』

『おお。確かにIDが』
『俺は信じてたぞ』
『つうかexiff見りゃ今撮影してるってわかるじゃんか。お前ら情弱かよ』
>>1のスペック教えて』
『首都圏住みの高校2年です』
『彼氏いる? 年上はだめ?』
『処女?』
『可愛いよね。これだけ可愛いとやっぱイケメンしか眼中にない?』

『>>○ 彼氏はいません。年上でも大丈夫ですよ~』
『>>○ 処女です』
『>>○ 顔よりか優しくて頭がいい人がいいです』

『30代のリーマンだけど対象外?』
『アドレス交換しない? 捨てアドでもいいんだけど』
『出合厨は氏ねよ』
>>1も全レスしなくていいからもっとうpして』

『次は足です。太くてごめん』

『むちゃ綺麗な足だな』
『全然太くないっつうかむしろ細いじゃん』
『なでなでしたい』
『パンツも見せて』
『何という神スレ』
『もっと、もっとだ』
『もっと顔みたい』

『パンツはダメです。つ横顔』


 僕はスレを追っていくごとに次第に重苦しい気分に包まれていった。中学時代の優はク
ラスで浮いているわけではなかったけど、それは彼女自身の、人の話を聞き、人の相談
に乗るという努力に立脚して得た立場に過ぎなかった。だから、僕と知り合った優は、優が
密かに持て余していた、人に認められたい、人に関心を持ってもらいたい、人に話を聞い
て欲しいという欲求を、僕を利用することで解消していたのだった。そしてそんな役割を
担った僕がいたからこそ、彼女は転校するまでの間、学校内で「いつでも相談に乗ってく
れるいい子」という役を演じきることができたのだった。

 そして愚かな僕は、自分が彼女にとっての精神安定剤だということは理解していたけれ
ど、それでもあの頃は、そういう役割を果たしている僕のことを優は好きなのだと思い込
んでいた。

 でも今なら理解できる。自分でも認めるのは辛かったけど、僕には当時の優のある意味
利己的な心の動きがわかったような気がする。校内で一緒にいる時の優の僕への好意は嘘
ではなかったと思う。ただ、転校することが決まった優は、もう僕には利用価値がないこ
とに気づいたのだ。遠く離れてしまい、優の承認欲求を常に一緒にいて満たすことができ
ない僕に、引越し後の彼女は今までと同じ価値を見出さなかったのだろう。

 そうして僕は優に見捨てられたのだ。

 僕は自分の傷を自らかき混ぜるような、鋭い苦痛の伴う想いを回想しながらレスを読み
進めた。

『みんな構ってくれてありがとう。ちょっと用事が出来たのでうpはおしまいです。み
んなまたね~』

 これで彼女の女神光臨は終了のようだった。

『楽しませてもらったよ。気をつけて行ってらっしゃい』
>>1乙 良スレだった』
『うpありがと。またな』
『今日は冷えるから上着着とけよ おつかれ~』
『またうpしてね』
『コテ酉付けてよ』
『転載されるから画像ちゃんと削除しとけよ』
『帰ってくるまで保守しとこうか』
『制服GJ』

『みんなありがと。保守はいいです。今日は帰宅が遅くなるのでこのスレは落としてくだ
さい』

『>>○ 制服をほめてくれてありがと。どうだった?』



 制服GJ。これはメールで打ち合わせていたとおりのキーワードだから、多分これは池山
君のレスなのだろう。そして僕はそのレスに対する「どうだった?」という優のレスに、
優が池山君に微妙に媚びているような雰囲気を感じた。

 僕は次のメールに記されたURLを専ブラで開いた。megamiという文字列からもこのス
レが女神板のスレであることは明らかだったので、僕は少し警戒してそのスレを開いた。
その途端にその恥知らずで猥褻なスレタイが目に飛び込んできた。

【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】

 確かに優はどちらかというと細身の体つきをしていたからこのスレの需要にはあってい
るのだろうけど、それでも優は決して華奢というほどではない。華奢で守ってあげたいと
いうのは麻衣のような子のことを言うのだ。その時、僕の頬に麻衣がしてくれたキスの感
触が蘇った。その感触に勇気付けられた僕は気を取り直して再びスレを追い始めた。

 そのスレは何年か前に立っていたものなので、これまでにもいろいろな女神が光臨して
いた。一からスレを追っていくことの不合理さに気がついた僕は、一気に先月くらいのレ
スまでスレを飛ばした。それからまたレスを確認して行くと、メールに記されていた優の
コテトリがあった。


モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ~。誰かいますか』

『いるぞ~』
『モモか。久しぶりだね』
『モモちゃん元気だった?』
『ちゃんと大学入ってる?』

モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』

『美乳じゃん』
『美乳なんだろうけど手で隠すくらいならうpするなボケ』
『乳首も見せないとか何なの』
『モモちゃんの乳首みたいです』
『美乳というより微乳かもしれん。こんなんに需要ねえよ』
『>>○ スレタイも読めんのか。モモ、ナイス微乳。手をどけようよ』
『肌綺麗だな。こないだまで女子高生やってだけのことはある』
『乳首見せる気ないなら着衣スレいけよ』
『ふざけんな。削除早すぎるだろ』
『即デリ死ねよ』
『のろまったorz』
『次の画像うpしてくれ』

モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』
モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』

『ねえよ帰れ』
『需要あるよ。乳首なくてもいいから次行ってみよう』
『モモの身体綺麗だからもっと見たいれす』
『次M字開脚してみて』

モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』
モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』

 例によって画像は確認できない。でも優と外野のレスの応酬から優がどんな感じの画像
を貼ったのかはだいたい理解できてしまった。VIPのスレと違い池山君はメールで優に
指示されたとおり何もレスしていないようだったから、優が自らうpした卑猥な画像を見
て、彼がどんな感想を抱いたのかは窺い知ることはできなかった。本当はそこがわかると
麻衣の悩みにも応えやすくなるのだけれど。

 僕はスレを閉じた。多分、女神板を優のコテトリで検索すれば、こんなものではないく
らいの優の愚行の証拠が押さえられるだろう。優がコテトリを自ら白状しているメールが
あり、しかもそのコテトリで優が自分の意思で行っていた破廉恥な行為のスレも残ってい
るのだ。

 問題は画像だった。テキストの羅列ではインパクトは薄い。優が晒した画像を押さえな
ければ決定的な行動は起こせない。僕は今日麻衣と別れて自宅に戻る時、おぼろげながら
この先すべきことはだいたい見当がついたと思った。それは確かにそのとおりなのだけど、
やはり画像そのものがあるのとないのとではインパクトが全く違う。それについては僕に
は心当たりはあった。多分少し検索すればすぐにでも画像を辿れるだろう。

 僕は自室の壁にかかっている時計を見た。既に深夜の一時を越えている。

 その時僕にはもっといい考えが頭に浮かんだ。今、優の画像を見つける必要なんてない。
明日、麻衣と一緒にいるところで、麻衣の眼の前で優の卑猥な画像を発見し麻衣に見せれ
ばいい。その方が麻衣も衝撃を受けるだろう。自分の兄が惹かれている優の、誰にでも裸
身を見せる娼婦のようなその姿を目の当たりにすれば、麻衣はきっと落ち込むに違いない。

 そして、その麻衣を慰めて救い出せるのは今や僕だけなのだった。僕は再び頬に麻衣の
唇の感触を感じた。ビッチの優には社会的制裁を与えよう。今では僕のパソ部の後輩であ
る麻衣を傷つけた罪もあるのだし。

 さっき僕が考えていたのは僕の個人的な嫉妬から、池山君に罰を与え結果的に優が巻き
込まれてもそれは優の自業自得というものだったけど、今の僕のターゲットは恥知らずな
優に変っていた。そして池山君がそれに巻き込まれてもそれは僕の責任ではない。僕はよ
うやく自分がしようとしている行為を正当化する理由を見出したのだった。

 それはかわいそうな麻衣の心の救済だった。これは決して優にコケにされた僕自身の個
人的な復讐劇ではないのだ。傾聴するコンサルタントとしては当然の行為に過ぎない。

 僕はパソコンの電源を落としてベッドに横になった。いろいろ興奮しているため僕はな
かなか寝付けなかった。この時、優と知り合う前の中学時代の僕のような冷静な傾聴者が
いて僕をコンサルタントしてくれていたら、この時の自分の行為の動機の利己的な性格を
炙りだしてくれていたかもしれない。でも、もうそんなカウンセラーはその時の僕のそば
にはいなかった。


 翌朝、僕は遅刻ぎりぎりの時間に目を覚ました。全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。
何でこんな夢を見たのだろう。それは、優と一番距離が縮まった時の甘美な記憶だった。
そして次のシーンは、麻衣が背伸びして僕の頬にキスしてくれた昨晩の記憶だ。

 かつて付き合っていた優の、まるでAV女優のような姿を見て気が弱くなってるんだろ
う。僕は自分の見た夢について考えるのを止めて階下に下りた。遅刻寸前だから朝食は省
略でいいけど、出社する前の父親を掴まえなければならなかった。

 ・・・・・・僕が家を飛び出した時、僕のバッグはいつもより重かった。その中には父から
借りたモバイルノートとモバイルルータが入っていたからだ。

 その日の放課後、僕は生徒会室に顔を出した。時間が早すぎたせいで室内には副会長と
遠山さんが何やら雑談しているだけで、他に役員の姿は見当たらなかった。二人の会話を
邪魔することに少し気が引けたけど、僕は急いでいたので副会長に話しかけ、必要な指示
を彼女に伝えた。それだけ済ませて僕が部屋を出ようとすると副会長はあからさまに不服
そうな顔をした。そして僕に向かって何かを話そうとしたけど遠山さんのことを気にした
のか、結局彼女は何も言わなかった。

 そのことにほっとして僕が生徒会室を出ようとした時だった。それまで黙って僕と副会
長のやりとりを聞いていた遠山さんが口を開いた。

「あの、先輩」

 それは副会長ではなく僕にかけられた言葉だった。

「うん。どうしたの」

「先輩、最近生徒会にいないでパソコン部の方にばっかりかかりきりになってますけ
ど・・・・・・ひょっとしてあたしのせいですか」

 遠山さんは思い詰めたような表情で言った。

「君のせいって・・・・・・何でそうなるの。こんな時期だけどパソ部に新入部員が入ってきた
から指導しないといけないだけだよ」

 僕はどぎまぎして答えた。いったい遠山さんは急に何を言い出したんだろう。しかも副
会長が聞いているところで。

「でも先輩、あのことがあってから学祭の準備に加わらないし、あたしのことも避けてる
みたいだし」

「だからそうじゃないって」

「あの・・・・・・生徒会には先輩は必要な人ですし、先輩が気になるならあたしが役員を辞め
てもいいかなって。先輩の態度が変になっているのはあたしの責任だし」

 何を言っているのだ。この上から目線の勘違い女は。僕はその時彼女を憎んだ。彼女は、
僕が自分に振られたために、彼女を避けて卑屈な行動を取っているのだと断定し、それな
ら僕を振った自分が身を引きますというご立派なことを提案しているのだった。

 僕をコケにするのもいい加減にしろ。

 僕はこの時遠山さんをというより、遠山さんや広橋君に代表されるような、他者から好
意を持たれて当然と考えている類いの人種に激しい憎悪を抱いた。遠山さんは自分が僕に
とって高嶺の花だということを前提に、その高嶺の花である彼女は僕のようなゴミと付き
合えるわけはないけど、それでもそのことによって僕を傷つけたことをすまないと思って
いるということを言っているのだった。

 それは、自分は優しい女だから例え自分にとってゴミクズのような男を振ったとしても、
そのことに対してきちんと罪悪感を感じられる優しさを持っているのだとアピールしてい
るのと同じだった。


「あんたさあ、ガキみたいに拗ねるのはいい加減に止めなよ」

 それまで黙っていた副会長までそこで口を挟んだ。

「いつまでも振られて傷付いた自分をアピールされると本気でうざいんだけど。生徒会長
の癖に下級生に心配させてどうすんのよ。そもそも、あんたの方が遠山さんに告って始め
たことでしょうが」

 遠山さんへの憎悪を募らせていた僕に対して副会長は説教するように言った。そうじゃ
ないのに。僕はもう反論する気すら失って、この場の雰囲気が自分にとって想定外の流れ
になったことに忸怩たる思いを抱いた。

「前にも言ったけど誰だって振られることなんかあるんだし、あんただってそんなことは
承知でこの子に告ったんでしょ。別に失恋することは全然恥かしいことじゃないけど、失
恋したことに拗ねて構ってちゃんやってるあんたの姿は正直痛いよ」

「もういいんです。悪いのはあたしだし」

 遠山さんが副会長の話に割り込んだ。

「あんたもこいつを甘やかすのやめなよ。あんたが役員を辞める必要なんて全然ないよ」
 副会長は今度は矛先を遠山さんに向けた。

 僕はもうこれ以上、この場の雰囲気に耐えられなかった。ようやく乱れる心を静めてで
きるだけ冷静に話すよう努めながら、僕は言った。

「正直、何でこんなに非難されなきゃいけないかよくわからないけど、ここの役員はみん
な優秀だし、僕だって学祭の準備に必要な指示は不足なく出してるでしょう」

 僕はなるべく感情を抑えたトーンで喋ることに腐心しながら続けた。

「でもパソ部の方はそうは行かないんだよ。新入部員の面倒もろくにみようとしない奴ら
ばっかりだし、大切な新人だから僕が面倒を見ないと」

「パソ部の新人ってどうせオタクなんでしょ? 放っておいたって好きなネトゲとか勝手
に始めるんじゃないの?」

 僕の言うことを頭から信用していない副会長は言った。

「あんたの言うことは全然信用できないんだよね」

「嘘じゃないよ。しかも一年の女の子だしなおさら部員たちには任せておけないという
か」

「一年の女の子?」

 妙なところに副会長が食いついてきた。

「あんたが遠山さんへの面当てでこんなことをしてるんじゃないというのが本当だとした
ら、あんた今度は一年生を狙っているのかよ」

「そうじゃないよ。とにかくそういうことだから、僕はもう行くよ」

 その時、遠山さんが僕の方を見て言った。

「もしかしてその新入部員って、池山麻衣ちゃんって子じゃないですか?」

 間抜けなことに僕は今まで遠山さんと麻衣が親密な仲であることをうっかり忘れていた
のだった。これからしようとしていることを考えると、麻衣がパソ部に入部したことは優
や池山君の関係者には伏せておきたかったのだけど、ここまで明白な事実に対して嘘をつ
くことはできなかった。そうじゃないよと否定して後でそれが嘘だとわかった場合のダ
メージの方がはるかに大きいだろうし。

 なぜ遠山さんがパソ部の新入部員を麻衣だと見抜いたのかはわからなかったけど、とに
かく僕はこの場を離れたかった。

「そうだよ」

 僕は短くそれだけ言って、これ以上彼女たちの制止の言葉に耳を貸さず半ば強引に話を
打ち切って生徒会室を後にした。


 部室に入ると麻衣はもう既に部室に来ていて、相変わらず所在なげにぽつんと座ったま
ま俯いてスマホを弄っていた。

「やあ」

 僕は麻衣の別れ際のキスを意識してしまい、少しぎこちない声で妹に声をかけた。

「あ、先輩」

 顔を上げた麻衣の表情にぱっと笑顔が灯った。彼女は初対面の時とはうって変わったよ
うに親し気な態度を僕に示した。

「昨日はありがとう、先輩」

「いや、僕の方こそ」

 僕の方こそとは変な切り返し方だった。これではまるで僕が麻衣のキスに感謝している
みたいじゃないか。僕は少し狼狽したけど、麻衣の笑顔を見ているとさっきの部室での屈
辱的な会話でささくれ立っていた心が癒されていくように感じた。

「ここじゃまずいから、部室を出て場所を変えよう」

 その言葉の意味は麻衣女にもすぐに伝わったようだった。

「うん。どこに行くの?」

 彼女はもう僕のことを信用しているようで、すぐに自分のバッグを持ち上げて立ち上が
った。

「この時間なら屋上には人気がないだろうし」

「そうだね。人目があったらまずいよね」

 麻衣は言った。僕に人気のないところに連れられて行くこと自体には警戒心すらないよ
うだ。

 目論見どおり放課後の屋上には人気は全くなかった。僕たちは屋上に設置されている古
びた石のベンチに並んで腰かけた。寄り添って座っていたわけではないので、僕と麻衣の
間には空間がある。僕はモバイルノートをバッグから取り出して僕と彼女の間に置いた。

 僕は黙ってノートを起動し、専ブラを立ち上げてブクマしておいたスレを開いた。今日
のところは淡々と麻衣に事実だけを伝えるつもりだった。この先すべきことは見えていた
けれど、とにかくまずは客観的なデータを麻衣に見せることから始めるつもりだった。彼
女が動揺したとしてもそれはこの先避けては通れない道だった。僕はまず、麻衣が見よう
としたけど、DAT落ちして見れなかったVIPのスレを開いた。

「優さんの最初のメールに記されていたスレがこれだ。今日は読めるようにしておいたか
ら見てごらん。僕はずっと待っているから時間かけて読んでみて」

「・・・・・・わかった」

 麻衣は緊張した表情でディスプレイに表示されているスレを読み始めた。

『暇だからjk2が制服姿をうpする』)

 僕は真剣にスレを読んでいる麻衣の姿をじっと眺めていた。じっと眺めるに値する容姿
の女の子だったし、彼女ははスレに没頭していたから、僕が彼女をどんなに眺めてもその
ことに気まずい思いをすることはなかった。でもその時の僕は一年生の美少女を鑑賞して
いたわけではない。むしろスレを読む彼女の反応を観察しようとしていたのだ。途中、麻
衣は画像へのリンクを踏もうと無駄な努力をしていた。

「これって画像見れないの?」

 麻衣はスレの途中で僕の方を見て聞いた。

「どうもアップしてすぐに削除しちゃうみたいだね」

 僕は答えた。

「じゃあ顔も見れないし、これが本当に二見先輩さんかどうかなんてわかんないじゃん」

「まあ経緯からいって間違いないんだろうけど」

 池山君へのメールの内容とそこに記されたスレがこのスレであることを勘案すると、当
然これらの画像には優の姿が写っていたずだった。

「とにかく画像は無視して最後までスレを読んでみたら」

「・・・・・・わかった。先輩の言うとおりにする」

 麻衣は再びディスプレイに目を落として画面をスクロールし始めた。


 途中スクロールするスピードが速くなった。さすがに雑談みたいなレスは適当に読み飛
ばすことにしたのだろう。二十分ほどで麻衣は全レスを読み終わったようだった。

「・・・・・・制服GJっていうレスがあった」

 麻衣が画面から目を外して暗い声で言った。

「うん。池山君のレスだろうね。池山君はやっぱりリアルタイムでこのスレを見てたんだ
と思う。もちろん、そのときは画像も」

 僕は言った。彼女を誘導しないこと、今日の僕はそれだけは気をつけようと思っていた。
これからすることは全て麻衣の自主的な意思で始めなければならないのだ。そうでなけれ
ばこれは僕の個人的な意趣返し、個人的な復讐劇、もっと言えば麻衣への執着のための行
動になってしまう。

「女神板の方は見れたんだよね?」

 僕は麻衣に聞いた。

「うん。全部は見てないけど、メールの日付のあたりのレスでモモっていう名前の人が画
像を見せてたみたい」

「まあ、画像はすぐに削除されるからね。でも、これで二見さんが誰にでも身体を見せる
ような女であることはわかったわけだ」

 僕は話を進めた。

「で、どう思う? 君はお兄さんの交際には反対しないと言ってたけど、こういう女神が
君のお兄さんの彼女でも許せるのかな」

 麻衣は少しためらった。

「わからないよ・・・・・・でも、少なくともこれじゃ証拠にならないよね。名前があるわけで
もないし」

 ここからは待ったなしの一発勝負だった。優の画像を麻衣に見せなければならない。か
といってVIPや女神のスレがまとめられていなければそれで計画は止まってしまう。

「ちょっと待ってて」

 僕は麻衣に言って、優のコテトリで検索を開始した。検索結果の上位は2ちゃんねるの
ものだったけど、少しスクロールするとURLが2ちゃんねるのものではないサイトがヒ
ットしていた。僕はざっと検索結果を眺めた。

「・・・・・・何してるの?」

 麻衣が不安そうに聞いた。

「うん、ちょっと。あ、ヒットした」

「何?」

「えーとミント速報だって」

 ミント速報は2ちゃんねるのエロ系のスレをまとめている大手まとめサイトの一つだ。
計画どおりだった。スレがまとめられているなら多分ここだろうと思っていた。

 そこで僕は少しためらった。ここはアダルトサイトだった。この間まで中学生だった麻
衣にこんなサイトを見せていいのだろうか。そこは割り切ったつもりだった僕だけど、実
際にミント速報の過去ログを開こうとする段になって急に僕は怖気づいたのだった。そ
もそも僕は童貞な上に女性に対して免疫がない。そんな僕が麻衣と肩を並べて裸だらけのミ
ント速報を見る勇気はなかったのだった。こんなことを危惧している間も、麻衣は興味
津々な様子で僕が画像を表示するのを待っている様子だった。

「何よそれ」

 ミント速報自体がぴんとこないであろう麻衣が質問した。


「まとめサイトみたいだね。それも結構エッチな」

 僕は顔を赤くして言った。みたいだねではない。僕は実はこのまとめサイトのことは以
前から知っていたのだ。

「・・・・・・何でそんなもの見る必要があるの」

 麻衣が不思議そうに聞いた。僕は腹をくくった。もともと僕と麻衣をこんなエロいシチ
ュエーションに導いたのは、僕のせいではない。全ては優のアブノーマルな嗜好から始っ
たことなのだ。とにかく優の画像が残っているログを探そう。

「ちょっと黙ってて・・・・・・」

 検索結果のURLLをクリックするだけではお目当てのログにダイレクトに辿りつけな
いのがこの手のサイトの特徴だった。目的を達するまでにはいくつものアンテナサイトを
の画面を経由させられる。僕は集中して目当てのログを追い求めた。

 しばらくして僕はようやくそこに辿りついた。

「あ、これだ。タイトルはミント速報の管理人が勝手に扇情的なやつをつけてるけど、さ
っきの貧乳どうこうというスレの、二見さんが女神行為をしていたところのログだよ」」

 僕は麻衣に言った。

『今春入学したばかりの処女のJD1が大胆な姿を露出!!』

「ほら画像が残ってる。さっきのスレッドをまとめてあるんだね」

 僕はもう麻衣のことを考慮することなく一枚目の画像を彼女に示した。クリックするま
でもなく該当レスの部分に最初から画像は表示されていた。

 一枚目は、優の上半身裸身の写真。左手で胸の部分を隠している。目の上に線を重ねて
いるけど、その表情は優のものに間違いなかった。

 二枚目は、鏡に写した優自身を撮影したもので、優はスカートを脱いで床に座りこんで
足をMの形に開いている。開いた足の中心部にはブルーで無地のパンツがくっきりと写っ
ていた。

 三枚目は、姿見に正面から自分を映した全身の画像で、その体にはブルーのパンツ以外
何も身に纏っておらず胸だけは左手で隠している。

 その時は麻衣と二人で同じ学校の女子のヌードを見ているという異常な状況だったのだ
けど、僕はまず自分の元カノのはずだった優のヌードに得体の知れない怒りを感じた。冷
静に駒を進めなければいけないこの時、その怒りは僕の理性を裏切っている状態だった。
心配していたような欲情している感じはない。むしろ、自分の中学時代を全て否定された
ような怒りと悲しみが僕を襲った。

 その状態のまま優へのどす黒い感情に身を任せ混乱していた僕に、麻衣が泣きそうな声
で話かけた。

「これって・・・・・・」

 おどおどした様子で麻衣は優のヌード画像から目を背けた。僕は気を取り直して優に答
えた。今は優に対して怒りを感じたりしている場合ではない。

「目は隠してあるけど・・・・・・顔つきや体格からいってどう考えても二見さんだな、これ」

「・・・・・・なんで。一体何であの人、こんなことを」

「さあ? それはわからないけどさ。少なくとも池山君にふさわしい女じゃないよね」

 僕はさりげなく麻衣に言った。麻衣は少しためらっていたけど、結局僕の方を見て頷い
た。

「・・・・・・うん」

 ここまでは作戦通りだった。自分が途中で思わず動揺してしまったことは想定外だった
けど、何とかリカバリーすることはできたようだ。

「もう少し画像を探そうか。これだけ無防備ならいくらでも出てきそうだね。バカな女」
 優をバカと言い放った時の僕の言葉は心から真実だった。・・・・・・バカな女。僕と付き合
っていればこんな娼婦まがいのことをして、承認欲求を満たす必要もなく、成績のいいク
ラスでも評判のいい女の子でいられたのに。これは優の自業自得以外の何物でもなかった。

「・・・・・・バカって」

 麻衣は、生徒会長の僕は人を非難することを言わないと思い込んでいたのだろう。その
僕の暴言に驚いて彼女はそう言った。

「だって、バカじゃん。つうか情弱っていうのかな」

 僕はもう優に同情するつもりはなかったから、僕の言葉はさぞかし冷たく聞こえただろ
う。


 その後も僕はミント速報を検索し続けた。あのVIPのスレは結局まとめられてはいな
いようで画像も発見できなかったけど、優がこれまで女神板で繰り返していた女神行為の
画像はかなりの数を回収することができた。僕も麻衣もその頃にはこの異常なシチュエー
ションに頭が慣れてきてしまったので、一々優のセミヌードを見るたびに動揺することは
なくなっていた。そうして検索していって最後にヒットしたスレは。

『【緊縛】縛られた女神様が無防備な裸身を晒してくれるスレ【被虐】』

 元スレのタイトルはこれだった。モモのコテトリのレスに張られた画像を一目見て麻衣
は顔を背けて泣き出した。

 一枚目は、優が床に座り込んでいる画像だけど、後ろ手に縛られてカメラの方を怯えた
ような表情で見ている彼女が映し出されていた。

 二枚目は、一枚目とポーズは全く一緒だけど、優はブレザーを脱いでいてブラウスの前
ボタンは全部外されているので肌が露出していた。スカートもめくられていて白く細い太
腿があらわになっている。線が入って目を隠しているけどやはり優は怯えたような表情を
している。

 三枚目は、二枚目とポーズは一緒だけど、優はブラウスを脱いで上半身はブラしか着用
していなかった。スカートは完全に捲くられてパンツが見えている。

 その怯えたような優の表情は、まるで彼女が拉致されて無理やり犯される寸前のように
見えた。今までのあっけからんとしたヌードと異なりこの画像の優はまるでAV女優のよ
うに拉致されて犯される少女の演技をしていたようだった。

 収まっていた優への怒りが僕の中で再び沸き起こってくるのを感じたその時、麻衣が顔
を上げて優の画像を厳しい視線で見つめた。

「どうしたの」

 僕は自分の感情を抑えて麻衣に声をかけた。高校一年生には見るに耐えない画像だった
ろう。ショックも受けているはずだった。さすがに今日一日でやりすぎたかと思った僕が
麻衣をケアしようと話し出した時。

「二見さん・・・・・・殺してやりたい」

 麻衣は低い声でそれだけ言って再び泣き出した。

 僕が麻衣の肩を抱いてそっと引き寄せると、彼女は逆らわずに僕の胸に顔を押し当てて
泣きじゃくった。



 しばらくして泣き止んだ麻衣は僕の腕の中から身体を離して、うつむき加減に泣き濡れ
た瞳をハンカチで拭いた。

「ごめん先輩・・・・・・ありがと」

「・・・・・・うん」

 焦らす気ではなかったけど、この後どうするかについては僕の方から切り出すつもりは
なかったから、僕は麻衣が落ち着くのをじっと待っていた。麻衣が僕から身体を離したせ
いで中途半端に置き去りにされた自分の腕を僕はモバイルノートの方に戻して、そっとミ
ント速報の優の裸身が表示され続けていた画面を閉じた。屋上には人気はないようだった
けど用心するに越したことはない。

 そのまま麻衣が話しだすのを待っていたけれども、彼女はうつむいたまま黙ってしまっ
ていた。そのまましばらく沈黙が続いた。これからしようとしていることはある意味人の
人生を左右することになるのだから、それを切り出すのは麻衣の方からでなければならな
かった。僕の方からそれを積極的に切り出すわけにはいかない。

 それでも沈黙が続くと僕は少し焦り始めた。麻衣だってもう何をすればいいかは理解で
きているはずだ。どうすればいいかはわからなにしても、そうするという意思さえはっき
りと口に出してくれれば方法論は僕が考えてあげることができる。そもそも麻衣だってそ
れを期待して僕に近づいたのだろうから。

 だけど、麻衣は何も喋り出そうとしない。彼女もこの先に取るべき手段について僕の方
から切り出されるのを待っているのだろうか。そうすることによって僕を共犯にし、結果
に対する責任を僕と共有することによって自分の罪悪感を薄めようとしているのだろうか。


 そんなことはないだろう。僕は時分の考えを否定した。優の卑猥な緊縛画像を見てショ
ックを受けている麻衣にはそんな回りくどいことを考える余裕があるとは思えなかった。

 僕はためらった。これから開始するかもしれないゲームは優の人生を変えてしまうかも
しれない。仮にその実行犯が僕であるならその結果責任は取らざるを得ないのだけど、少
なくとも自分の動機だけはみっともなくないものにしておきたかった。優の心変わりへの
復讐心、あるいは優と池山君の仲への嫉妬心が行為の動機だったら、それではあまりにも
僕が惨め過ぎる。たとえ誰かにばれなかったとしてもそれでは自分のメンタルがもたいな
いだろう。

 そう考えて僕は麻衣の方から話を切り出すのを待ったのだけど、相変わらず麻衣はうつ
むいて沈黙したままだった。事を始めてからはかなり僕も精神面に打撃を受けるであろう
ことは最初から覚悟していたけれど、始まる前から麻衣相手に神経戦になることまでは全
く予想していなかった。

 このままだとせっかく勝ち取った麻衣の信頼までが揺らぎだしそうだった。

 ・・・・・・仕方ない。少なくとも話のきっかけくらいは僕の方から切り出そう。クライアン
トが黙りこくって行きどまってしまった時、こちらから方向性をアドバイスすることはよ
くあることだった。それだけのことだ。僕は無理に自分を納得させた。決して麻衣の術中
に陥ったというわけではない。麻衣には今や僕しか頼る相手はいないのだし。

「二見さんの画像を見たわけだけど」

 僕は観念して自分の方から麻衣に話を振った。

「殺してやりたいとか穏やかじゃないことまで言ってたけど、お兄さんの彼女として二見
さんは許せそう?」

 許せるわけがないから麻衣も黙っているのだろうけど、とりあえず僕はそう聞いてみた。

「許せるわけないよ。あんな・・・・・・あんな姿を堂々と不特定多数の人たちに喜んで見せて
いるような女なんて。お兄ちゃんの彼女じゃないとしたって理解できない」

 うつむいたままでようやく麻衣は声を出してくれた。小さな声だったけど彼女の考えは
ストレートに僕に響いた。

「じゃあ、君はこれからどうしたい?」

「どうしたいって・・・・・・」

「つまり、二見さん女神行為を止めさせたいの?」

「え?」

「え、じゃないよ。君は何をしたいの? 僕は君のことが好きだから君がしたいと思うこ
となら手伝うけど、それにはまず君が何をしたいのかをはっきりさせてくれないとね」

 僕はやむなくききっかけは作ってあげたけど、それでも本当に肝心な部分は麻衣妹に言
わせたかった。

「君はどうしたい? 繰り返すけど二見さんに女神行為を止めさせたい?」

 それでも麻衣は黙っていた。僕は話を続けた。

「彼女が女神行為を止めれば池山君との仲は許せるの? それとも二見さんが女神行為を
するなんてことはどうでもいいけど、そういう女が池山君の彼女になることは許せな
い?」

「うん。二見さんはお兄ちゃんにはふさわしくない。お兄ちゃんが好きな子と付き合うこ
とにはもう反対はしないけど、家族として考えたら二見さんなんか論外だよ」

 麻衣はようやく顔を上げてはっきりと言った。

「今さら二見さんが女神じゃなくなったって無理。パパとママだって・・・・・・お姉ちゃんだ
って、この画像を見たら同じことを言うと思う」

「じゃあ、話は簡単だね」

 僕は麻衣ににっこりと笑いかけた。

「二見さんと池山君を付き合わないようにさせればいいんだね」

「う、うん」

 麻衣は戸惑ったように答えた。

「でもそんなことどうすればできるの?」


「難しいだろうね。僕が池山君の前に突然現れて、女神行為をするようなビッチは君には
ふさわしくないよ。妹さんも心配してるよ、なんて言っても池山君は聞き入れないだろう
し」

「先輩、あたしのことからかってるの?」

「違うよ。でも池山君は二見さんの画像を全部見ているし彼女の女神行為のことは全部承
知のうえで彼女に惹かれてるんでしょ」

「・・・・・・そうかも」

「だったら、正攻法で行っても池山君が二見さんのことを嫌いにさせるのは無理じゃん
か」

「・・・・・・じゃ、諦めるしかないの?」

「そうは言っていない。池山君と二見さんが付き合わないようにする、あるいはもう付き
合っているんだったら別れさせることは可能だよ」

「どうするの?」

 麻衣は細い声で言った。

 本当に気がついていないのだろうか。それともわざと僕の口から提案させようとしてい
るのだろうか。僕は迷った。僕は自分が当初想定していたシナリオから逸脱し、いつのま
にか僕の方から積極的に作戦を提案するような立場に追い込まれていた。

 ここに至って再び躊躇したけれど、結局麻衣への執着心が僕の理性を制圧してしまった。
麻衣は僕の第一印象よりは清純な女の子ではないかもしれないけど、優とは違って複雑な
思考の結果、僕を利用としようとするような子ではないに決まっている。盲目的な麻衣へ
の執着が僕の心の中の小さな葛藤に勝利したようだった。僕はその手段を麻衣に話し出し
た。

「言っておくけど、これをやれば池山君と二見さんは別れるだろうけど、そのかわり二見
さんには相当ダメージがあるし、池山君だってそれなりに傷付くと思うよ」

「・・・・・・いったい何をする気なの?」

 麻衣は完全にことが僕主導で運ぶものだと思い込んでいるような口調で言った。でも麻
衣に執着していた僕は心の中の麻衣の言動への疑問は押さえつけてしまっていたから、僕
はその続きを話すことにしたのだった。

「何をって、簡単なことだよ。二見さんの女神行為を先生にばらせばいいんだよ。ミント
速報のURLを担任に送付するだけじゃん」

 そのことが意味することは麻衣にも理解出来たろう。それはある意味、優の人生を少な
くとも優の高校生活を破壊することに繋がる行為なのだった。

 麻衣は黙り込んだ。ここまで深入りしてしまった僕だけど、麻衣のゴーサインがはっき
りと示されなければこれを実行するつもりはなかった。今度は僕も妥協する気はなかった。
麻衣が何か話出すまではもう自分も黙っているつもりだった。

 屋上から見下ろす町の建物からは灯りがあちこちに点き出していた。空も薄暗くなって
きていて、完全下校時刻ももうすぐだった。これで麻衣が決断しないなら今日はここまで
にしよう。

 下校時間のアナウンスが流れだした。僕は麻衣の方を見ないで立ち上がった。

「今日はもう帰ろう。校門も閉まっちゃうし」

 僕はそう言ってモバイルノートをカバンにしまおうとしたとき、麻衣が立ち上がって僕
の方を見つめたた。

「あたしが頼めば、先輩は協力してくれるの?」

 ようやく麻衣がそう言った。協力してくれるのと。そう、これはやるとしたら麻衣のた
めに僕がすることではない。麻衣のために僕が協力して、麻衣自身がこれをやるのだ。

「君に協力するよ。二見さんにはひどい仕打ちになるだろうけど、僕は君のことが好きだ
から」

 麻衣は僕の手を握った。

「先輩、あたしに力を貸して。あたし決めた。二見さんがどうなってもいいから、二見さ
んからお兄ちゃんを引き剥がしたい」

 僕は僕の手に重ねられた麻衣の小さな手を握り締めた。それはすごく冷たい感触だった。

「じゃあ、明日から始めようか」

 麻衣は小さく頷いた。


今回は以上です
また投下します


大量投下で読み応えあったよ


 その日、僕はもう日が落ちて薄暗い通りを駅まで麻衣と一緒に帰った。彼女はもう何も
言わなかったけど、校舎から出ると黙って僕の手を握った。完全下校時間になっていたの
で、周囲には先生に注意される前に校門を出ようと下校を急ぐ部活帰りの生徒たちで溢れ
ていたし、校門の前には急いで生徒たちを校内から追い出そうとしている先生の姿もあっ
たけど、麻衣はやはり何も言わずに僕の手を握ったままだった。

 昨日に引き続き僕と麻衣が寄り添って薄暗い道を歩いている姿は、きっと下校中の生徒
たちに目撃されていたはずだった。こんなことを繰り返していればそのうち僕と麻衣の仲
が噂になるのは時間の問題だったろう。そういう可能性に気がついていないのか、あるい
は気づいていてもどうで もいいのか、麻衣は周囲を気にする様子もなく自然に僕の手を
握ったまま、ゆっくりと駅の方に歩いていった。どちらかというと僕の方が周りの視線を
気にして挙動不審になっていたから、他人から見たら二人の様子は寄り添うというより、
麻衣に手を引かれた僕が後ろからついて行っているように見えたかもしれない。

 麻衣にとってはこれは恋ではない。僕は好奇心に溢れてた周囲の視線に戸惑いながらも、
恥かしい勘違いをしないよう自分に言い聞かせた。麻衣と親密になることが今の僕の目標
だけれども、それはこんなに簡単に成就するものではないはずだった。今の麻衣には僕の
ほかに相談する相手がいないし、僕には傾聴スキルがあったから麻衣にとって僕は唯一の
相談相手、それも信頼できる相談し甲斐のある唯一の相手だった。もともと年上の相手に
自然に甘えることができる麻衣なのだから、信頼している相手に手を預けるくらいで彼女
の恋愛感情を推し量ることはできない。

 それに、今の僕は中学時代よりももっと自分に対して自信を持てなかった。手を繋いで
一緒に帰るというだけなら、優とだって同じことをしていた。そればかりか一度だけ、優
は僕に向かって直接僕のことを好きと言ってくれたことさえあったのだ。でも結局、優が
僕のことを好きだということは僕の勝手な思い込みに過ぎなかった。そう考えると麻衣が
頬にキスしてくれたり手を握ってくれる行為自体を過大評価してはいけない。

 有体に言えば麻衣にとって、僕は臨時のお兄ちゃんになったに過ぎないのではないか。
僕はそう考えた。麻衣がこれからしようとしていることは、池山君を優から引き離すとい
うということだから、麻衣はこれまでのように池山君を頼るわけには行かない。それに対
して、僕は麻衣の意向を全人格的に尊重する態度をしつこいくらいに示してきた。そのこ
とに安心した麻衣は、彼女の心の中で僕を臨時のお兄ちゃんに任命したのではないだろう
か。

 そう考えると僕には、下級生の少女と手を繋いで暗い帰り道を一緒に歩いているこの甘
い状況に、感傷的に浸りきる贅沢は許されていなかった。明日からはもっといろいろと仕
掛けないといけない。そのためには麻衣を傾聴者である僕にもっと依存させていかなけれ
ばならない。そのための布石は打ったし結果も今のところ予想以上だった。でもここで満
足してしまっても何にも意味はない。この先に打つ手はだいたい思い浮んでいたのだけれ
ど、もう少し体系的に整理しておいた方がいい。

 ・・・・・・ただそれは麻衣と別れて自宅に戻ってからでもいいだろう。僕は少しだけ自分を
甘やかした。この状況に浮かれさえしなければ、少しだけ、ほんの少しだけこの恋人同士
のデートのようなシチュエーションに浸ってもいいかもしれない。それが僕の勘違いであ
るにしても。麻衣に手を握られながら、そんな考えをごちゃごちゃと頭の中で思い浮かべ
ていた僕は、ふいに彼女に話しかけられた。

「先輩、さっきから何を考えているの」

 麻衣が僕の方を見上げながら不思議そうに言った。彼女もこの頃には自分の考えが整理
できたようで、さっきまでの泣きそうな表情は見当たらなかった。その不意打ちに僕は少
しうろたえた。僕はとても彼女に告白できないようなことを考えていたのだから。

「いや・・・・・・別に」

 僕は我ながら要領を得ない答えを口にした。でも彼女にはそれ以上僕を追求する気はな
いようだった。

「そう・・・・・・先輩?」

「うん」

「先輩って最近あたしに構ってくれてるけど、学園祭前なのに生徒会とかは顔を出さなく
ていいの?」

「ああ。それは大丈夫」

 麻衣の件がなかったとしても、そもそも生徒会にはい辛いのだけど、それは麻衣に言う
話ではなかった。

「副会長とか遠山さんとか、みんなしかっりしているから。僕なんかがいなくても大丈夫
だよ」

 どういうわけか麻衣は僕の答えを聞くと黙ってしまったけど、次の瞬間僕の手は彼女の
冷たい小さな手によって今までより強く握りしめられたのだった。

「先輩、本当にありがとう」

 麻衣は僕の手を離して少しだけ僕の方を見てから、ちょうどホームに入ってきた電車に
間に合うよう急いで改札の方に吸い込まれて行った。電車に乗る前に一瞬僕の方を見て手
を振った彼女は、気のせいか少しだけ僕と別れることを名残惜しそうに思っているかのよ
うに見えた。


 自宅に戻った僕は、自分を捉えて離さない甘い感傷や将来へのはかない希望のような僕
の心を乱す要素を自分の心の中から排除して、なるべく冷静に今後取るべき手段を考え始
めた。

 僕たちの目標は、女神行為を繰り返している女から池山君を引き剥がすということだっ
た。それに対してとりあえず採用できる最初の行動は、優の女神行為を画像付きで学校側
に通報するということだ。それを実行したら、学校側は優に対して女神行為を止めて自分
の行動を反省するように指導するかもしれないし、場合によっては優に停学処分くらいは
言い渡すかもしれない。でも、それによって池山君と優が確実に疎遠になることは期待で
きなかった。屋上で麻衣に話したように、池山君は既に優の女神行為を知っている。そし
て麻衣の言うように池山君が優のことが好きなのだとしたら、それは優の女神行為を承知
のうえで彼女に惹かれていることになる。そう考えると優の女神行為が学校側に知られた
だけでは、麻衣の望んでいる結果は出ないだろう。

 次の行動を考えると、もはや選択肢はあまり多くなかった。こうなると池山君と優を別
れさせるには物理的に二人を隔離するしか方法はない。普通ならそんなことを仕掛けるこ
となんて不可能だ。まして彼らの知らないところで麻衣と僕がそんなことをできるわけが
なかった。ただ、一つだけ方法があった。それにはやはり優の女神行為を利用する方法
だった。

 普通なら許されることではない。それは人の人生を変えてしまってもいいというくらい
の覚悟がなければできないことだった。それを実行するかどうかは別として、その考えが
理論的に成立するかどうかだけ検証しておこう。僕はこれ以上考えたくないとしり込みす
る自分に鞭打ってシミュレーションを始めた。

 まず女の女神行為を校内に広く知らせること。これは、パソ部の副部長が管理運営して
いる学校裏サイトを使えば造作もない。それだけで、普通の神経なら優は不登校になるは
ずだった。さらに2ちゃんねるで優の身バレスレを立てれば、優の実名が全国に晒される
ことになる。これがうまくネット上で広まれば、優は学校に来れなくなるばかりではなく社会
的にも抹殺されることになる。

 僕はその状態を想像してみた。検索サイトで優の実名を入力すると、優の恥知らずな女
神行為が画像付きでヒットするのだ。まとめサイトのようなのもできるかもしれない。つ
まり、優の将来の進学や入社の際、試験官や採用担当者が数分だけ時間と手間を費やして
ネットで検索するだけで優の将来は閉ざされることになる。そしてここまでいけば優は姿
を隠さざるを得ないから、池山君とはもう接触することすらできなくなるだろう。

 普通は知り合いに対してここまでできるものではない。僕だって優には恨みはあったけ
どここまでするつもりはなかった。ただ、麻衣がそれでもそれを望んだとしたら僕はそれ
を断れるだろうか。

 ・・・・・・とりあえずシミュレーションはここまでだった。もう少しひどい状況を考えるこ
ともできたのだけど、そういうことを生徒会長の僕が考えているというだけでもストレス
を感じていたから、僕はもうこのあたり脳内シミュレーションを止めることにした。あと
は明日、麻衣と話し合ってどこまでするかを考えよう。

 これから勉強をする気力なんてとても残されていなかった。僕は今日も勉強を放置して
眠ることにした。そうすると、浅い眠りの夢の中に再び僕にキスし僕の手を握る麻衣の可
愛らしい姿の甘美な記憶が現れてきたのだった。



 翌日、僕は学校に向かう坂道を歩きながら昨日の夜考えていたことを思い返していた。
昨夜は自分では冷静に考えていたつもりだったけど、朝の明るい陽射しの中で自分が今後
行うかもしれないことを改めて冷静に考えると、僕は次第に怖くなってきた。麻衣と仲良
くなれたのは僕にとっ て望外の喜びだったけれど、この後麻衣が実際に僕に行動を求め、
僕がその要求に応じた後に僕を待っていることは何なのだろう。

 麻衣との要求を満たせたとしても、それで麻衣と恋人同士になれる保障なんて何もない。
むしろ、せっかく池山君から卒業しようとしている麻衣はこれまでのように彼に依存する
状態に戻ってしまうかもしれない。そこまでは今までも僕が繰り返して考えていたことだ
った。そして、万一僕たちが仕 掛けるかもしれないこの作戦が外に漏れたとしても、ネ
ット上で自分の裸身を餌に自らの承認欲求を満たすなんていうはかなくも愚かな行為を繰
り返して、そうなる原因を作ったのは優だった。匿名の掲示板上で責められるのは優だけ
だろう。僕はこれまでそう考えていたのだった。

 ただ、朝になって今改めて冷静に考えると、これからするかもしれない行為は実は自分
にとって結構危険な行為であることに今初めて僕は思い至ったのだった。

 優の実名を晒して女を追い詰めるということ。それは匿名の名無しのレスによって生じ
たことなら、その発端を作ったレスを誰がしたかはあまり問題にはされないだろう。

 でも、万一そのレスにより優が身バレする原因を作った人間が特定されたらどうだろう。
移ろいやすいネット上の無責任な批判は、優を身バレさせた僕にも向かうことになるかも
しれない。そうなれば、ある意味では優と同じく僕の将来もそこで終ることになるかもし
れなかった。

 真面目な生徒会長が、同じ学校の後輩の秘密をネット上で大々的に暴く。そのこと自体
にもスキャンダルな要素があるし、その原因まで追究されていくと僕と優の中学時代の付
き合いまで晒されるかも知れない。

 僕がしようとしていることは、それくらい僕自身にとってもリスクの高いことだという
ことに僕はその朝初めて気がついたのだった。


 麻衣が示してくれた好意に有頂天になっていた僕は、麻衣を助けている自分自身に生じ
るかもしれないリスクについてはこれまであまり考えてこなかった。でも一度それに気が
つくと、今まで冷静に優を破滅させる手段について考察していた自分が、いかに考えが甘
かったか理解できるようになった。これまで麻衣の甘い好意の片鱗に夢中になっていただ
けだった僕は、自分に生じるかもしれないリスクに初めて戦慄とした。

 僕は、優と池山君を別れさせることに協力すると麻衣に約束してしまっている。麻衣が
求めれば、それがどんなに危険な道であっても僕にはもう断れないだろう。せめて、その
手段が優に与えるダメージの大きさに麻衣がためらって、そこまでするのは止めようよと
言ってくれるのを期待するしかなかった。

 その時、突然僕は誰かに頭を叩かれた。

「こら。あんた何で昨日話の途中で生徒会室から逃げ出したのよ」

 暗い考えから我に帰ると、副会長が僕を睨んでいた。

「あの後、遠山さんが落ち込んで大変だったんだよ」

「悪い。部活があったから」

 僕はもう何度目になるかわからないその言い訳をもごもごと口にした。

「本当に情けないなあ、あんたは。別に身近な生徒会の役員の子に告るのは自由だけど、
告られた遠山さんに生徒会をやめるとか言わせるなよ」

「僕はそんなつもりは」

「じゃあ何で生徒会室に来ないのよ。何で遠山さんをあからさまに避けて彼女に気を遣わ
せてるの? あんた彼女が好きなんでしょ。振られたとしても彼女の気持ちを考えてあげ
なさいよ、先輩なのに情けない」

 副会長も相当僕に言いたいことが溜まっているようだった。確かに無理もない。こいつ
は僕の代わりに学園祭の実行委員会を仕切ったり、僕を振って傷つけたと思い込んで落ち
込んでいる遠山さんを宥めたりさせられていたのだろうから。

 自分の悩みで精一杯だった僕も、その時は副会長に申し訳ない気持ちがあった。今の僕
は自分の義務を放棄して麻衣のことしか考えずに行動していたのだから。

「君には悪いと思っているけど・・・・・・」

 そうして僕が副会長に謝ろうとしたその時、僕の片腕は誰かに抱きつかれ急に重くなっ
た。僕はいきなり抱きついてきた麻衣に気がつき言葉を中断した。そして、僕を更に責め
たてようと意気込んでいたらしい副会長も驚いたように黙ってしまった。

「先輩は何も悪くないです」

 麻衣は僕の左腕に自分の両手を絡ませながら、おそらく面識もないであろう副会長を睨
んでそう言った。

「あんたは」

 副会長が言った。面識はないかもしれないけど、校内の男女関係の噂が好きな彼女は麻
衣のことは知っていたようだった。

「たしか、遠山さんの知り合いの池山さんだっけ」

 麻衣はそれには答えなかった。

「先輩は悪くないです。あたしがパソ部に入部して、それで何もわからないでいることを
心配してくれて面倒見てくれてるだけで」

「・・・・・・」

 副会長はとりあえず僕への悪口を中断し、むしろ当惑したように僕の方を見た。副会長
には、僕の腕に抱き付きながら自分を睨んでいる麻衣の姿はどう映っているのだろう。

「あんたさ・・・・・・」

 副会長はとりえず麻衣を相手にせず僕に向かって吐き捨てるように言った。

「やっぱり女を乗り換えてたのか。遠山さんに振られたからって、すぐに下級生に言い寄
るとか最低だね。しかも遠山さんの親しい相手の子にさ」


 僕はそれに対して何も言い訳できなかった。本当は遠山さんなんて好きじゃなかった。
優と池山君の関係を知りたいために、僕は遠山さんに告白する演技をしたのだ。でもそれ
を告白すれば僕はもっと最低の人間として認識されてしまう。そして、どんなに否定しよ
うが僕が麻衣に惹かれてしまったことも事実なのだった。

 僕はその時はもう、硬直していて何も言い訳できる状態ではなかった。麻衣にまで僕が
遠山さんに告白したことを知られてしまった。僕は、僕の腕に抱き付いている麻衣がこの
時どんな表情をしていたのか確認する勇気すらなかった。

「言い訳もなし? あんたいっそもう生徒会長やめたら?」

 副会長は妙に落ち着いた声で僕に言った。こいつがこういう声を出すときは本当に怒っ
ている時なのだ。これまでの生徒会での付き合いで僕はそのことを知っていた。

 どちらにしても、もう僕には副会長に言い訳できなかった。生徒会長であることとパソ
コン部の部長であることだけが、中学時代と違って無冠では全く人気のない僕の唯一の拠
りどころだったのに、それさえ僕は失おうとしていたのだった。

 その時、僕の腕に抱きついていた妹はそのままの姿勢で副会長に言った。

「浅井先輩って、もしかして石井先輩のことが好きなんですか」

 麻衣のその言葉にその場が一瞬で凍りついた。

「あ、あんた、何言って」

 僕は副会長がここまで狼狽した姿を見るのは初めてだったかもしれない。彼女の表情は
蒼白になり、そしてすぐに紅潮した表情でになった。麻衣は副会長の名前を知っていたよ
うだった。

 僕は、この時初めて僕の腕にくっついている麻衣を見た。まだこの間まで中学生だった
幼い外見を残した彼女は、一年生にとっては自分よりはるかに大人に思えるだろう副会長
を前にして、少しも臆した様子がなかった。そして、麻衣は僕の方など振り向きもせず真
っ直ぐに三年生の副会長を見つめていた。

「あたしに嫉妬してるんですか? だったらお姉ちゃんのことを心配してるような振りを
するのはやめて、石井先輩に『あたしとこの子とどっちか好きなの?』ってはっきり聞け
ばいいんじゃないですか」

 副会長も今や紅潮した顔のままで麻衣を睨んでいた。僕はいたたまれない気持ちを持て
余して、結局黙って下を向いてなるべく早くこの修羅場が終ることだけを心の中で祈って
いた。それに校門の前に近いこともあり、みっともない三人の男女の様子はすでに相当の
生徒たちの視線を集めているようだった。

「あと、浅井先輩は勘違いしてますよ」

 妹は平然と続けた。

「先輩はお姉ちゃんに振られたからあたしに乗り換えたわけじゃないですよ」


 いったいこの子は何を言おうとしているのだろう。そして何が目的で僕をかばっている
のだろう。僕は混乱していた。

「先輩があたしのことを好きだとしても、それはお姉ちゃんとは関係ない先輩の純粋な気
持ちでしょ。そのことを非難する資格が浅井先輩にあるんですか」

「・・・・・・あんたさあ。調子に乗ってるんじゃないわよ、ブラコンの癖に」

 追い詰められた副会長はついにそれを口にした。でも、苦し紛れの反撃は相応に効果が
あったようで、麻衣はそれを聞いてこれまでの元気を失ったようにうつむいてしまった。

「・・・・・・それこそ、君には関係ないよな」

 僕は思わず麻衣をかばって口走った。

「僕のことを責めるのはいいけど、それは麻衣のプライバシーの侵害だろ? ブラコンと
かって全然今までの話と関係ないじゃないか」

「この子のこと、もう麻衣って呼んでいるんだ」

 一瞬まずかったかと思ったその時、僕は自分の腕に抱きついていた麻衣の手が更に力を
込めて僕にしがみつくようにしたのを感じた。視線を麻衣の方に逸らすと、今まで気丈に
振る舞っていた彼女は僕の方を潤んだ目で見つめていた。

 麻衣が僕の援護に元気づけられたのかどうかはわからない。でも、ブラコンと決め付け
られて一瞬黙りこくってしまった彼女は再び副会長に向かって果敢に反撃した。

「とにかく、石井先輩が生徒会に出ないことと、先輩がお姉ちゃんに振られたこと、それ
に」

 そこで妹はちょっと言いよどんだ。

「・・・・・・それとあたしと先輩の仲がいいことを一緒にしないでください。もし先輩とあた
しが恋人のように見えるとしたら、それは先輩じゃなくてあたしのせいですから」

 それはどういう意味なんだ? 僕は再び混乱した。

「そんなことを言ってると、それこそ浅井先輩があたしに嫉妬してるようにしか見えない
ですよ」

 麻衣は顔を赤くしたけど、きっぱりと最後まで言いたいことを話し続けたのだった。

「もういい。あたしはこれからはあんたのことには関らないから」

 副会長はもう麻衣とは目を合わせず、僕に向かって捨て台詞のような言葉を吐き捨てて
去って行ったのだった。

 その日の昼休み、僕はこれでさっきから何度目かわからなくなっていたけど、朝の出来
事を思い返してそのことの持つ意味を考えていた。朝の校門の前で、どうして麻衣はあそ
こまで僕に肩入れしたのか。副会長と僕のトラブルなんか彼女には全くかかわりのない話
だった。麻衣はきっと、浅井君のことは生徒会副会長として知っていただけで、面識すら
なかったはずだ。副会長が僕が生徒会室に顔を出さないことで責めていた言葉を聞いて、
麻衣は自分に時間を取らせたことに罪悪感を感じたからだろうか。

 でも、それも不自然だ。僕はそう思った。副会長は直接的には僕が部活にかまけている
ことを責めたのではなく、僕が遠山さんを避けようとして生徒会活動に参加しなくなった
ことを責めていたのだ。だから麻衣が副会長の言葉を聞いたとしても、その言葉に彼女が
罪悪感を感じる必要は全くない。

 麻衣が僕のことが好きで、その僕が副会長に責められていることに我慢ができなかった
からか。そう考えたい気持ちは僕の心の底に根深く存在していたけど、冷静に考える癖が
ついている僕にはそう楽天的には考えらなかった。

 麻衣が僕を頼っているのは自分のしようと考えていることを実現するのに僕を必要とし
ているからだ。確かに最近の彼女は僕の手を握ったり、別れ際に頬にキスしたり、腕に抱
きついたりという思わせぶりな行動をしている。でも、それは男として異性として僕を意
識しているわけではなく、臨時のお兄ちゃんとして僕のことを認識しているからだろう。
そして最近よく理解できてきたのだけど麻衣の身びいきはすごく激しかった。麻衣が池山
君や遠山さんに対して捧げる愛情と忠誠は無限大だった。それに比べて周囲の生徒たちへ
の彼女の関心は、中庭の花壇に這っている虫に対する関心とほとんど変わらないくらいだ
った。その虫たちの中には麻衣に対して熱い視線を向けている男子もいたと思うけど、彼
女はそんな視線に気がついたとしてもそれには全くの無関心に近い態度を取っていたよう
だった。

 ついこの間までは僕もその虫たちの一人に過ぎなかった。それが、優と池山君を別れさ
せるという目標を麻衣と共有し出してから、僕も臨時のお兄ちゃんとして彼女の意識の中
では身内扱いされるようになったようだった。

 そう考えると、今朝の麻衣の言動は何となく理解できる気がした。僕のことなんか、男
としては意識していない彼女だけど少なくとも今は、彼女の意識の中では僕は彼女が守る
べき身内のカテゴリーに入ったのだろう。そして僕は最初に妹に協力を持ちかけた時の彼
女のセリフを忘れてはいなかった。

『君のことが異性として気になっている』

 そう言った僕に対して麻衣は真面目な口調で釘を刺したのだった。

『・・・・・・先輩。あたし、今のところ誰かと付き合うとか考えていなくて』

 そうだ。僕は出だしで一度彼女に拒否されているのだ。最近の麻衣の言動に惑うと最後
には彼女を困惑させ自分も傷付くことになる。

 恋人にはなれなくても、麻衣が見知らぬ三年生の先輩に噛み付くほど僕のことをかばっ
てくれただけでも十分じゃないか。少なくとも僕は麻衣にとって地面を這う虫ではなくて、
身内の仲間入りを果たしたのだから。

 ふと気がつくと教室内にはもうあまり生徒たちは残っていないようだった。学食や購買
に行く生徒たちは昼休みのベルと共に教室を出て行ってしまったから、ここに残っている
のは教室の机を寄せ合わせて何人かのグループでお弁当を広げている生徒たちだけだった。
今日は秋晴れのいい陽気だったから、弁当持参の生徒たちも中庭や屋上に行っているのか、
教室に残って食事をしている生徒は数人くらいしかいなかった。


 あまり食欲はないけど午後の授業中にお腹が鳴ったりすると恥かしい。僕は購買で余り
物のパンでも買うことにして席から立ち上がった時、教室のドアから誰かを探しているよ
うに室内を覗き込んでいる下級生の姿に気がついた。

「先輩、まだいてくれてよかった。間に合わないかと思っちゃった」

 麻衣は教室内で食事をしている上級生たちを全く気にせず、僕に向かって大きな声で話
しかけた。

「どうしたの」

 麻衣の方に近寄りながら、僕は周囲の生徒の視線が気になって低めの声で返事した。普
通、学年によって校舎が別れているうちの学校では下級生の生徒が上級生の教室を訪れる
ことは滅多にない。そのうえ麻衣のような少女が僕のような冴えない男を訪ねてきたのだ
から、その姿に教 室内の注目が集まったのも無理はなかった。

「これからお昼でしょ? 一緒に食べない?」

 麻衣は周囲の上級生を気にせず平然とした態度で言った。

「別にいいけど。急にどうしたの」

「急じゃないの。先輩、いつも購買でパン買ってるみたいだから今日は一緒に食べようと
思って先輩のお弁当を作ってきたんだけど」

「え」

 さっきまで期待する理由がないと自分で結論を出したばかりの僕は再び動揺した。女の
子が僕のためにお弁当を作ってくれるなんて生まれて初めての体験だった。

「今朝、先輩に話そうと思ったんだけど浅井先輩に邪魔されて言えなかったよ」

「そうだったの」

 麻衣に恋焦がれている僕としては天に昇っているような幸せな気持になってもよかった
はずなのだけど、やはり僕はどこまでも卑屈にできているのだろう。同級生たちの面白が
っているような表情に僕は萎縮してしまっていた。

 麻衣はそんな僕の手を握った。

「天気がいいから屋上に行きましょ。中庭はさっき見たらもうベンチは空いてなかったし
ね」

 僕は呆けたように麻衣を見つめながら彼女に手を引かれるまま教室を後にした。

 屋上のベンチにも結構人がいたけど、どういうわけか前に麻衣と一緒に座ってモバイル
ノートで女神スレを見た時のベンチが空いていたので、僕たちはそこに腰かけた。麻衣は
持参していた可愛らしい巾着袋を開けてお弁当が入ったタッパーを取り出した。

「先輩、どうぞ。美味しくないかもしれないけど」

 僕は彼女に勧められるままに小さなおにぎりや、ちまちまとした綺麗な色彩のおかずを
食べたのだけど、もちろん味わって食べる余裕なんてその時の僕にはなかった。

「美味しい?」

 麻衣が無邪気に聞いた。

「うん」

 僕はとりあえず頷いた。

「あ、そうだ。先輩に教えてもらいたいんだけど」

 食事中に急に思いついたように麻衣が言った。

「あたしも自分の部屋にパソコンが欲しくて・・・・・・どんなのを買ったらいいと思う?」

「どんなのって」

 突然思ってもいなかった話題を振られて面食らった僕だけど、これは考えるまでもなく
返事できるような質問だった


「正直、ネットを見るだけならどんなのでもいいよ。普通に量販店で売っている安いノー
トとかでも十分でしょ」

「それがよくわかんないから聞いてるのに」

 麻衣はふくれた様子で言った。そしてそんな彼女の表情すらとても可愛らしかった。

「だから部屋でネットするだけならどんな機種だって大丈夫だって。それともうちの部員
たちみたいに何かやりたいことが別にあるの?」

「・・・・・・先輩が教えてくれた女神板とかミント速報とかが見れればいいんだけど」

 やっぱりそこか。

「・・・・・・だったらデザインが可愛いとか値段が安い方がいいとか、ノートかデスクトップ
とか」

 僕は無難に返事した。

「その辺はどうなの」

「ノートで可愛いい方がいいな」

 僕はスマホで何機種かの画像を検索して彼女に見せた。パソ部部長としては腹立たしい
ほど簡単なミッションだった。何しろ、ノートで可愛くてネットに接続できればいいとい
うのだから。

 いくつかのパソコンの画像をチェックしているうちに彼女はある機種が気に入ったらし
かった。

「これすごく薄くていいなあ」

「別に可愛くはないよね。あと、それマックだし」

「これは駄目なの?」

「駄目じゃないよ。でも可愛いというより格好いい方に近いかな。それにAirって大学
生とか社会人とかがよく持ってるんだけどね」

「それでもいい。これ欲しい」

 驚いたことに彼女はその場でそれを購入するよう僕に頼んだ。用意周到なことに彼女は
父親のカードの番号やセキュリティコードをメモに控えてきていた。

「お父さんにお願いしたらこのカードでネットで買っていいって。本当はお兄ちゃんに頼
むように言われたんだけど」

 まあ、今の麻衣と池山君の関係なら気軽にそういうお願いはできないだろう。これでは
本当に僕は臨時のお兄ちゃんだった。

 二十万円以下ならいいらしい。僕はメーカーの直販サイトでそれを注文したのだけれど、
その際、期せずして僕は麻衣の住所をこの入力過程で手に入れた。あとはギフト扱いにし
て麻衣の父親の名前でなく彼女宛てに届くようにした。

「明日には届くみたいだよ」

 僕は彼女に言った。僕は彼女のために必死でパソコンを購入していたのに、彼女自身は
僕が黙ってスマホでオーダーに必要な項目を入力していることに飽きてきたようだった。

「まだ終らないの」

 麻衣は不服そうに言った。「これじゃ、パソコンを注文しているだけでお昼が終っちゃ
うじゃん」

「もう少しだから」

 僕は答えた。こういうわがままを自然に、かつ無邪気に言えるところも僕が彼女に惹か
れた理由の一つなのだろう。

「せっかく先輩とお昼一緒なのに、これじゃあ何も話せないじゃない」

 僕の昼休みを多忙にさせた原因を作った麻衣は無邪気に文句を言った。


 その夜、僕はうちの部の副部長が密かに開設し管理人をしている裏サイトを覗いてみた。
そのサイトはくだらない校内の噂や、どうでもいい悪口で盛り上がっている低レベルの掲
示板だと僕は断定していたから、このサイトを見るのは久しぶりだった。

 とりあえず最近のレスの付近を中心に見て行くと、探していた優と池山君関係のレスが
付いているのを見つけた。

『××学園の生徒集まれ~☆彡』

『2年2組の二見さんって、最近感じよくね?』

『あ~。うちもそう思った。初めは人間嫌いな人なのかなって思ってたんだけど。最近良
く話すけどいい子だよ。成績いいけど偉そうにしないし』

『うちも二見さんから本借りちゃった。つうか今度一緒にカラオケ行くんだ☆』

『つうか二見って可愛いよね。俺、告っちゃおうかな』

『誰よあなた。もしかして2組?』

『違うよ。俺2組じゃねえし。つうか2年ですらねえよ』

『・・・・・・二見って池山と付き合ってるんだよ。知らないの?』

『嘘。マジで!?』

『マジマジ』

『でもさ、池山と広橋って遠山さんを取り合ってたんでしょ? 池山は遠山さんを諦めち
ゃったのかな』

『まあ、夕也が相手じゃ勝ち目は(笑)』

 やはり優と池山君は既に付き合っているらしい。

 予想していたこととはいえ、このことを麻衣が知ったらと思うと僕は気が重かった。優
と池山君の仲が急接近しているであろうことは麻衣だって予想しているだろうけど、実際
にそれが確定的に真実だと知ればやはり彼女は相応に傷付くに違いなかった。そして優の
女神行為にひどく拒否反応を示している麻衣は、次のステップに進むことを僕に要求する
かもしれない。

 今まで僕は優に対して実際には何の手出しもしていなかった。麻衣の相談に乗りつつ麻
衣と親しくなって行っただけだった。でも麻衣が本気で優と池山君を別れさせようと思い
詰めたら、僕はその手段を提供せざるを得なくなるだろう。それが優の人生を変えてしま
うほどひどいことであっても、ここまで麻衣に惚れ深入りしてしまっている僕には麻衣の
要求を断ることはできないだろう。

 翌朝、僕は登校中に麻衣と出会わないかと期待したのだけど、彼女の姿は見当たらなか
った。そしてこれは幸いなことに僕は副会長にも遭遇することなく教室に辿り着いたのだ
った。

 昼休みになって今日は学食か購買かどっちにしようかと迷いながら教室を出たところで、
僕は教室の前で所在なげに佇んでいる麻衣に気がついた。昨日の裏サイトのレスを思い出
して気が重くなった僕は、無理に笑顔を装って麻衣に声をかけた。

「やあ。もしかして今日もお弁当を作ってきてくれたの」

 麻衣は俯いたまま黙っていた。僕は慌てて言葉を続けた。

「ごめん・・・・・・冗談だよ。何か用事があった?」

 麻衣は黙ったままだった。今にも泣きそうな彼女の表情が僕の目に入った。

 僕は何か自分にもよくわからない衝動に駆られて麻衣の肩を抱き寄せた。後になって考
えてみると、ヘタレの僕が同級生たちに好奇の視線に囲まれている状況でこんな思い切っ
た行動を取ったことは自分でも信じられなかったけど、その時は目の前で震えている小さ
な姿の少女を泣かせてはいけない、誰かが守ってあげなければいけないという思いだけが
僕をやみくもに突き動かしていたのだった。


 典型的なリア充の麻衣を守ってあげるのは普通なら僕なんかに割り振られる役目ではな
かった。でも、優と池山君や遠山さんと広橋君の複雑な愛憎関係に巻き込まれている麻衣
は多分、今ではこんな情けない僕しか頼る相手がいなかったのだ。

「屋上でいい?」

 僕は周囲の好奇心に満ちた視線を自然に無視して、黙って抱き寄せられている麻衣に話
しかけた。麻衣は何も反応してくれなかったけど、僕は彼女を引き摺るように屋上に向か
う階段を上り始めた。

 僕たちは黙って屋上のベンチに座っていた。僕は相変わらず麻衣の肩に手を廻して彼女
を抱き寄せていた。麻衣は別に抵抗する素振りを見せるでもなく俯いているままだった。

 そのまま数分が過ぎた頃、麻衣はようやく顔を上げて言った。

「ごめんなさい、先輩。せっかくの昼休みなのに心配させちゃって」

「いいよ。僕のことなんて気にしなくてもいいから」

 僕は彼女の肩に廻した手に心もち力を込めた。麻衣はそれに逆らわず素直に僕の方に身
を寄せた。

「今朝ね」

 ようやく麻衣が消え入りそうな声でぽつんと話し始めた。

「お兄ちゃんと二見さんが手をついないでた」

「・・・・・・そうか」

「それで・・・・・・お兄ちゃん、あたしに自分は麻衣さんと付き合ってるって言った」

「池山君が君にそう言ったの?」

「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃんのことも振ったみたいで」

 麻衣は裏サイトを見るまでもなく、リアルで優と池山君がいちゃいちゃしているところ
を目撃してしまったみたいだった。

 僕はもう小細工じみた慰めの言葉を口にしようとは思わなかった。麻衣の池山君に対す
る深い想いは身に染みて感じていたから。

 それは僕のこの先の人生にも影響するような決断だったと思うけど、その時の僕は麻衣
を傷つける優や池山君から彼女を守りたい一心だったのだ。

 僕は泣きそうな表情で僕に寄りかかって俯いている麻衣に改めて話しかけた。

「じゃあ、予定通り二見さんの女神行為を暴いて、彼女さんを池山から引き剥がそうか」

 麻衣ははっとした様子で顔を上げた。

「最初からそうしたかったんでしょ? 君が決心するなら僕も最後まで付き合うけど」

「・・・・・・先輩」

「君が本気なら僕もいろいろ準備する。こういうことは衝動的にやってもうまく行かない
し、よく計画を練らないとね」

 麻衣はまた俯いてしまった。

「それとも君が池山君と二見さんの付き合いを認めて祝福してあげられるなら、僕はもう
何も言わないし何もしない。君もパソ部を止めて今までどおりの生活に戻れるよ」

 一応、僕は麻衣に退路を示してあげることにした。麻衣が優と池山君の仲を認めれば、
こんな危険なゲームを始める必要はない。その結果、僕は麻衣を失うかもしれないけど、
僕の将来に対するリスクも無くなるのだ。麻衣がどう判断することを僕は望んでいたのだ
ろう。この時はもうそれすらわからなくなっていた。僕は黙ってただ麻衣が結論を出すの
を待っていた。


 麻衣は僕の腕の中から抜け出して、身体を真っ直ぐにして僕の方を見た。

「お兄ちゃんの相手が二見さん以外の人なら誰でもいい。でも裸で縛られてる姿を誰にで
も見せるような二見さんがお兄ちゃんの彼女なのは許せない」

「・・・・・・うん」

「先輩、あたしを助けてくれますか」

 普段から馴れ馴れしい麻衣にしては珍しく敬語で僕に頼んだ彼女の表情は、日ごろから
動じない彼女が始めて見せるような緊張したものだった。

 僕はその瞬間に心を決めた。

「僕は君を助けたい。君がやるなら僕もやるよ」

「ごめんね先輩」

 この時、どういうわけか麻衣は僕に謝ったのだった。それから麻衣は黙って再び僕に寄
り添って、僕のシャツの胸に顔を当てたまま静かに涙を流した。

 僕は、その日はもう放課後に麻衣と会わないことにした。結局昼休みの間中、僕は僕に
くっついて泣いている麻衣の頭をずっと撫でていた。

 午後の授業が始まる前に僕は麻衣に注意した。心を乱している彼女にうまく伝わるか不
安だったけど、案外彼女は冷静に僕の指示を理解してくれた。

「今日は部活は休みにしよう。君は真っ直ぐに家に帰るんだ」

「うん」

「そして今日家に帰って池山君に会っても、彼のことを責めちゃだめだよ」

「・・・・・・うん」

「池山君と二見さんの交際に理解を示す必要はないけど、二人の交際は許さないみたいな
態度は絶対取っちゃ駄目だ」

「わかった」

「これからすることが君の差し金だったなんて池山君に知れたら、彼が君のことをどう思
うかわかるよね?」

 麻衣もそのことは十分理解しているようだった。

「わかってる。お兄ちゃんにはなるべく普通に接するようにする」

「くれぐれも嫉妬心を表わし過ぎないように。そうでないと優を陥れたのは君だと疑われ
るかもしれない」

「心配しないで」

 麻衣は言った。大分落ち着いてきたようで、その頃には彼女の言葉は柔らかいものにな
っていた。

「先輩の言うとおりにするから」

 そこで麻衣は再び僕を潤んだ瞳で見つめた。

「大袈裟かもしれないけど、先輩の恩は一生忘れないから」

「本当に大袈裟だよ。誉めるなら全部うまく言ってから誉めてくれよ」

 麻衣はくすっと笑った。昼休み時間の最後になって、ようやく僕は麻衣に笑顔を取り戻
させることができたようだった。それが僕には嬉しかった。

「じゃあ、もう行かないと」

 麻衣はそう言ってった立ち上がった。昼休みも残り僅かになっていた。

 麻衣が僕の腕から抜け出して先に立ち上がったせいで、まだベンチに座っていた僕は彼
女を見上げる体勢になった。

「じゃあ、また明日」

 麻衣が不意に少し屈んで僕にキスした。前のキスとは違ったところに。

 僕は自分の唇に少し湿った小さな柔らかい感覚を覚えながら、早足で屋上から去ってい
く麻衣の姿を見つめていた。



 ・・・・・・今日は早く家に帰って準備をしないといけない。とりあえずWEBメールで捨て
アドを作るところから始めよう。


 その夜、麻衣にキスされた興奮と、もう引き返せないところまで踏み込んでしまったと
いうストレスとが僕の中でごちゃごちゃに交じり合っていて、僕にはその感情を制御する
ことができず結局捨てアドの作成すら手がつかない有様だった。

 僕は答えの出ないことはわかっている疑問について考え込んだ。一つは麻衣が今僕のこ
とをどう考えているのかということ。僕は臨時のお兄ちゃんとして、池山君と遠山さんに
代わって麻衣を守っているつもりだった。最初は優のことが気になって麻衣に接近したの
だけど、麻衣に惹かれるようになってからは、僕は麻衣の願いをかなえてあげることに目
的を変更した。そして傷付くことを恐れた僕は自分の行為に対して何も見返りを求めては
いけないと自分に言い聞かせてきた。僕なんかと麻衣がカップルとして釣り合わないこと
は自分が一番よく知っていたから。それに一番最初に麻衣のことが気になると白状した僕
に対して彼女は、誰とも付き合う気がないと正直に話したことだし。

 その後、麻衣が人目を気にする様子もなく僕の手を握ってたり、寄り添って歩いたり、
更には頬にキスしてくれたりしても僕は勘違いはしなかった。

 でも、昼休みに麻衣は僕にキスした。唇と唇が触れ合った瞬間には何も考えられなかっ
たけど、こうして少し間をおいてそのことの意味を考えると、今まで自分に対して禁止し
ていた麻衣の好意への期待がどうしても浮かんできてしまった。もしかしたらこれまでの
一連の付き合いを通じて麻衣が僕に愛情的な意味での感情を抱いてくれるようになったと
したら。

 これは考えても結論の出ることではなかったけど、それでも僕は麻衣の気持ちを推し図
ることを止められなかったのだ。そして、しばらくしてこうした無益な思考からようやく
抜け出た瞬間、僕は自分がしようとしていることを思い出し、今度は得体の知れない恐怖
心や不安感を感じ出した。

 泣き出しそうな顔で俯いていた麻衣の姿を見下ろした時、僕はそのことが自分にもたら
すリスクは承知のうえではっきりと決断したはずだった。でも、あらためて自分がしよう
としている行為が優や、場合によっては池山君の人生に及ぼす影響と、そしてそれを仕掛
けたのが僕であるということが、本人たちや世間に知られた時に僕が失うかもしれないも
のの大きさを考え出すと、やはり今でも僕は体が震えだすほど怖かったのだ。

 麻衣の好意への予感と、麻衣に好意を抱かれるおおもととなったであろう、僕が仕掛け
ようとしている行動への恐怖。僕は何度もそれらを天秤にかけてみた。昨日までならまだ
引き返せたかもしれなかった。こんなにも麻衣を求めている僕だったけど、その僕の恋情
さえ諦めさせるほどの恐怖が僕を襲っていたのだから。でももはや手遅れだった。昨日ま
でなら止められたかも知れなかったことも、今日の麻衣のキスによって、もはや引き返せ
ないところまで連れて来られてしまったみたいだった。

 僕を怖気づかせまいと、麻衣が計算して僕にキスしたとしたら、彼女は恐ろしい女だっ
た。でもそれは考えられなかった。優と池山君が付き合出したことを知り、泣きそうにな
るほど動揺した彼女にそんな複雑な行動を取れたはずがない。そして何より、麻衣は甘や
かされて育った自己中心的な思考の持ち主だったけど、それでも決して他人を顧みない思
考過程や行動しか取れない子ではなかった。

 多分、池山君と遠山さんは麻衣を甘やかしつつも、根本的な部分では彼女に正しく接し
たのだろう。基本的には芯がしっかりした子だったせいか、どんなに甘やかされても大切
にされても、麻衣はスポイルされなかったのだ。その証拠に彼女は自分の池山君への気持
ちを抑えて、池山君と遠山さんの仲を応援している。そして、優の女神行為さえなければ、
彼女は優と池山君との仲だって応援していたかもしれなかった。

 結局その夜は何も手がつかないまま、僕はいつの間にか寝てしまったようだった。結構
冷え込んだ夜だったけど、興奮状態の僕は布団に入らずベッドに仰向けになったままいつ
の間にか重苦しい眠りに引き込まれていたのだった。


 そのせいか、あるいは麻衣にキスされて興奮していたせいか、翌日目を覚ました時僕は
自分の身体に異常を感じた。体が妙に重くそして気だるかった。喉にも痛みを感じる。そ
れでも僕は時間を確認すると慌てて身支度をして登校しようとした。既に遅刻ぎりぎりの
時間になっている。

 朝食をパスして自宅から出ようとしたところで、僕は母さんに捕まってしまった。母さ
んは僕を呼び止めるとリビングに連れて行き体温を測るよう僕に言った。完全に失敗だっ
た。母さんが呼び止める前に登校していれば、今日も麻衣と会えたはずなのに。

 案の定、僕がしぶしぶと差し出した体温計を見た母さんは今日は休むように僕に言い渡
した。さすがにこの体温で登校すると言い張ることもできず、僕はしかたなく自分の部屋
のベッドに逆戻りさせられたのだった。

 ベッドに横になると目の前がぐるぐると回り始めた。確かにこれでは登校しても何もで
きないだろう。それでも僕は学校に行きたかった。昨日僕にキスしてくれた麻衣に会いた
いという自分の願いはさておき、麻衣は今日から作戦が決行されるものと期待し、あるい
は覚悟して登校してくるに違いない。

 それなのにその期待に僕は応えられないのだ。昼休み、あるいは放課後に僕を捜し求め
て校内を歩き回る麻衣の姿が思い浮んだ。きっと彼女は僕の不在に困惑するに違いない。
それどころか彼女は、僕がこれから行おうとすることにびびって学校をサボったのだと誤
解するかもしれない。

 僕はぐるぐる回る部屋の天井を眺めながら焦燥感に駆られていた。麻衣に誤解される、
またはそこまでいかないまでも、たたでさえ不安定な心理状態にある麻衣をさらに不安に
させてしまうかもしれない。

 今ならまだ授業が始まる前だった。僕はとりあえず麻衣にメールすることにした。自分
が熱を出したこと、登校しようとして母親に止められたこと、作戦が延期になって申し訳
なく思っていること。

 そして最後に、麻衣の期待を裏切ってしまったけど登校できるようになったら必ずこれ
はやり遂げるからと記して僕はそのメールを送信した。

 僕の不調は単なる風邪のせいらしかったけど、熱はなかなか下がらなかった。僕は結局
その週は学校に行くことができなかった。授業については全く心配していなかったし、今
では生徒会活動にも参加していない駄目な生徒会長だったから、学校での活動を心配する
必要は僕にはなかった。ただ麻衣のことだけがひたすら気がかりだった。

 僕のメールに対して麻衣からの返信は戻って来なかった。僕なんとはメールする必要が
あるほど親しくないと判断されたのか、それとも作戦を決行しようという日になって約束
を破って休んでしまった僕に対して怒っているのかはわからなかった。そして麻衣の気持
ちがわからないことが僕を不安にさせた。返事すら来ないのに更にメールを重ねることは
僕の無駄に高いプライドが許さなかったから、最初のうちは僕は横たわったままで答えな
んか出ないことと知りつつ麻衣の気持ちを推し図ろうと無駄な努力に時間を費やしていた。
でもこんな無駄なことをしていても仕方がないと僕の理性が主張するようになったので、
僕は週の後半は体調を誤魔化しつつ作戦を練ったり、優の女神行為の監視に努めるように
した。机に座ってPCを操作するのはまだ辛かったから、僕は父さんに借りっ放しになっ
てなっていたノートをベッドに持ち込み無理な姿勢で女神スレの監視を始めた。

 モモのコテトリで検索する前に、とりあえず優がよく出没していたスレを開いてみた。
スレンダーな女神云々というスレには彼女は現れていないようだった。次に僕は以前麻衣が
閲覧して泣き出した縛られた女神云々というスレを見始めた。しばらくして、僕はモモ
のレスを発見した。

 相変わらず画像は削除されていたので優が今度はどんな緊縛画像を貼ったのかはわから
なけったけど、モモのファンだと思われるスレの住人のレスの中に気になるレスがあるこ
とに僕は気がついた。最初は、相変わらずモモへの賞賛が続いていて、いつもより画像が
綺麗だとかいつもより表情が真に迫っていて迫力があるとかそういうレスが多かったけど、
そのうち優の画像に関して疑問を呈する住人がレスし出したのだった。



『モモGJ! いつもありがと。でも、後姿の画像見たらちゃんと後ろ手に縛られてるけど、
どうやって自分縛りしたん?』
『いいね。何か写真の腕前上げた? 今までより全然画質いいじゃん』
『画質というか、構図とかプロっぽい。まさか・・・・・・』
『モモ、ひょっとしてこれ彼氏が撮影したりしてる?』
『これは自撮りじゃねえだろ』
『写真は最高なのに何かショックだ。モモって彼氏いない処女って言ってたじゃん。ハメ
撮りだったのかよ』


 これらの疑義に対して優はセルフタイマーで撮影したとか、後手縛りも縛られているよ
うに見えるだけだとか言い訳してスレの住民を宥めていた。

 まさか、池山君なのだろうか。僕は麻衣から池山君の数少ない趣味の一つが写真撮影だ
ということを聞いたことがあった。麻衣はそれを楽しそうに微笑みながら僕に語ってくれ
た。池山君の被写体はほとんど麻衣で、麻衣自身は面倒で嫌なのに池山君に言われて仕方
なくポーズを付けたりカメラに向かって微笑んだりさせられるそうだ。彼女はそれを嫌と
いうよりはむしろ幸せそうに話したのだった。

 僕はミント速報を開きモモのコテトリで検索した。すぐにヒットしたその過去ログを開
くと、優の緊縛写真が今までとは違って相当な枚数が表示された。

 その画像はどれを取っても今までの優の自撮り画像とは次元の異なるものだった。写真
のことは余り詳しくない僕でもそれはすぐにわかった。今までの優の画像は素人くさく、
でも逆にそれは生々しい感じを醸し出していて、それを目当てに彼女のファンが群がって
いたようだったけど、この新しい画像は非常に扇情的な仕上がりで、画質も今までとは比
べ物にならないほどくっきりと優の表情や肌の透けるような白さを生々しく映し出してい
た。つまり良くも悪くもプロっぽい仕上がりなのだった。優の緊縛裸身や怯えたような表
情が繊細に映し出されている反面、優の部屋の様子は綺麗に大きくボケている。それは今
までの優の自撮りのように生活感あふれる部屋の様子まで映し出されていた画像とは全く
質が異なる出来映えだった。

 もうこれは池山君が優を撮影したことで間違いないだろう。僕が病気になったせいで作
戦の決行が遅れたのだけど、結果的にはそのおかげでより破廉恥な画像を公開することが
できる。それに優の自撮りのぼやけた画像では、最悪本人がこれは自分ではないと開き直
る可能性もあった。わかる人にはわかるとは思うけど、本人が強く否定すれば決定的な証
拠はない。でも、この鮮明な画質であればいくら目に線が入れてあるとはいえ、もはや言
い逃れはできないだろう。これはどこから見ても優そのものだった。

 その時、僕はまた別なことに気がついた。最初に優の女神行為の画像を見た時に感じた
な胸をえぐられるような嫉妬心を、僕はこの扇情的な画像から感じなかったのだ。やたら
プロっぽいできだからだろうか。僕は最初はそう考えたけどやはりそうではないだろう。
僕は優への未練をついに捨てることができたのだった。古い恋を忘れるには新しく恋する
ことが一番の特効薬のようで、麻衣に恋焦がれ始めた僕は、これだけ衝撃的な優の画像を
見ても今や全く嫉妬心を感じないでいられたのだ。

 今日はもう土曜日だった。麻衣がメールに返信してくれないことが再び僕の心を蝕み始
めていた。本気で麻衣に嫌われたのだろうか。最後に見た麻衣の姿は僕にキスして屋上か
ら去って行った後姿だった。まさかこれで終わりなのだろうか。麻衣に約束した作戦の決
行はこれからなのに。

 この頃になると、堂々と池山君に撮影させた緊縛画像を誰にでも見せている優の人生を
狂わすことへのためらいはだいぶ消えてきていた。もちろん、それが自分にはね返ること
への恐怖はまだ残ってはいたけど、それよりも自分が麻衣に見捨てられたのではないかと
いう不安の方が大きかった。

 明後日は月曜日だしこの体調なら月曜日は登校できるだろう。熱もほとんど平熱に近く
なっていた。登校したら何をするよりもまず麻衣を探し出そう。恥かしさや妙なプライド
が邪魔して、僕はこれまで彼女の教室を訪れたことはなかったけど、麻衣は平気で上級生
の校舎に入り込んで僕を訪ねてくれていたのだ。僕ももう周囲を気にしている場合ではな
い。月曜日になったらもっと積極的に行動しよう。そう考えて僕は自分を納得させた。

 ところが意外なことに翌日の日曜日の朝、僕は突然母さんに起こされたのだった。時間
は既に午前十時を越えている。

「お友だちがお見舞いに来てくれてるわよ」

 母さんは妙ににやにやしながら僕を起こした。

「池山さんっていう下級生の子だけど、部屋に通してもいい?」

 母さんはそこでまた笑った。「可愛い女の子ね。あんたの彼女?」

「そんなんじゃないよ。部活の後輩」


 僕は戸惑いながらもとりあえず母さんのからかい気味の誤解を解いた。それにしても麻
衣が僕の家を訪ねて来るとは予想外にも程がある。以前からいきなり教室に訪ねて来たり
したことはあったけど、まさか休日に自宅に尋ねてくるとは考えたことすらなかった。

 母さんが僕の言い訳をどう思ったかはわからないけど、もう僕をからかうのはやめたよ
うで、じゃあ入ってもらうねとだけ言って再び階下に下りていった。

 少しして母さんに案内された麻衣が僕の部屋に入ってきた。相変わらず気後れする様子
がない様子だったけど、かと言って馴れ馴れしい感じもしなかった。これなら母さんも彼
女に好感を抱くだろう。

「先輩、こんにちは」

「あ、うん」

 僕の返事は自分でも予想できていたようにぎこちないものだった。母さんはそんな僕の
反応を見て内心面白がっていたようだった。

「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。もう熱も引いてるしうつらないと思うから
ゆっくりしていってね」

 母さんは麻衣にそれだけ言って部屋を出て行った。

「あ、はい。ありがとうございます」

 麻衣も礼儀正しく返事した。

 母さんが部屋を出て行った後、僕たちはしばらく黙っていた。僕は麻衣の姿を盗み見る
ように眺めた。学校で見かける制服姿の麻衣は守ってあげたいという男の本能を刺激す
るような、女の子っぽく小さく可愛らしい印象だったから、僕は何となく私服の彼女ももっ
と少女らしい格好をしているのだと思い込んでいた。いくらリアルの女子のファッション
に疎い僕でも、さすがにギャルゲのヒロインのような白いワンピースとかを期待していた
わけではないけど、麻衣なら何というかもう少しフェミニンな女性らしい服装をしている
ものだと僕は勝手に想像していたのだった。

 そんな童貞の勝手な思い込みに反して麻衣の服装は思っていたよりボーイッシュなもの
だった。別に乱暴な服装というわけではなく、お洒落だし適度に品もあってこれなら服装
に関しては保守的な僕の母さんも眉をひそめる心配はなかっただろう。そんな麻衣は僕の
方を見てようやく声を出した。

「先輩、具合はどう?」

 それは落ち着いた声だった。

 僕は急に我に帰り、自分のくたびれたスウェット姿とか乱れたベッドで上半身だけ起こ
している自分の姿を彼女がどう思うか気になりだした。

「うん。明日からは学校に行けると思う。心配させて悪かったね」

 僕は小さな声で麻衣に答えた。彼女は僕の具合なんか気にしていなかっただろうけど、
それでもやはり心配はしていたはずだった。それは僕が実行を約束した作戦がどうなって
いるのかという心配だったと思うけど。

「突然休んじゃってごめん。一応、メールはしたんだけど」

 そのメールに対して麻衣は返事をくれなかったのだ。でも僕はそのことを非難している
ような感情をなるべく抑えて淡々と話すよう心がけた。

「病気なんだから仕方ないじゃない。先輩が謝ることなんかないのに」

 麻衣はそう言って改めて僕の部屋を眺めた。

「あ、悪い。そこの椅子にでも座って」

 麻衣を立たせたままにしていることに気がついた僕は、少し離れた場所にあるパイプ椅
子を勧めた。

「うん」

 麻衣はそう言って、どういうわけかベッドから離れたところに置いてある椅子を引き摺
って、ベッドの側に移動させてからそこに腰かけた。椅子の位置がベッドの横に置かれた
せいで僕の顔のすぐ側に麻衣の顔があった。

「本当にもう大丈夫なの?」

 麻衣は僕の額に小さな手のひらを当てた。その時僕は硬直して何も喋ることができなか
ったけど、胸の鼓動だけはいつもより早く大きく粗雑なリズムを刻み出したので、僕は額
に当てられた彼女の手に僕の鼓動が伝わってしまうのではないかと心配した。

「熱はもうないみたい。先輩のお母様の言うとおりもう風邪がうつる心配はないね」

 麻衣はそう言った。


 僕の熱を測り終えた麻衣は、僕の額に当てた手をそのままにしていた。そして不意に小
さな身体を僕の方に屈めた。今度は彼女の唇は前より少しだけ長い間、僕の口の上に留ま
っていた。

 麻衣が顔を離して再びベッドの側に寄せた椅子に座りなおした。いつも冷静な表情が少
し紅潮しているようだった。

「・・・・・・何で?」

 僕は混乱してうめくように囁いた。

「何で君はこんなこと」

「何でって・・・・・・。風邪はうつらないみたいだし。先輩、そんなに嫌だった?」

「嫌なわけないけど、何で君が僕なんかにこんなことを」

「先輩、あたしのこと気になるって言ってなかったっけ?」

 確かに僕は麻衣にそう言った。恋の告白と同じレベルの恥かしい言葉を僕は前に麻衣に
向かって口にしたのだった。

「・・・・・・でも、君と僕なんかじゃ釣り合わないし、それに君は誰とも付き合う気はないっ
て」

「何で先輩とあたしが釣り合わないの?」

 まだ紅潮した表情のままで麻衣が返事をした。

「あたしじゃ先輩の彼女として不足だってこと?」

 何を見当違いのことを言っているのだろうか。わざとか? わざと僕のことをからかい
牽制しているのだろうか。それともこれは、優に対する作戦に僕が怖気づくことのないよ
うにするための言わば餌なのだろうか。

「・・・・・・。僕は最初に君に振られたんだと思って」

「そうか。そうだよね」

 麻衣はもう顔を赤らめていなかった。むしろ今まで見たことのないほどすごく優しい表
情で僕を見つめていた。

「何であたしに振られたと思ったのに、こんなにあたしのためにいろいろとしてくれてる
の?」

 僕はどきっとしてあらためて彼女を見た。これは惚れた欲目だ。僕の心の中で警戒信号
が鳴り響いた。

 ・・・・・・麻衣のような子が僕を本気で好きなるはずがない。これは言わば馬車馬の目の前
にぶらさげる人参のようなものだ。あるいはひょっとしたら麻衣は僕に相談しているうち
に、陽性転移を発症したのかもしれなかった。そうであればそれは当初の僕の目的のとお
りだった。でもこれまで麻衣とべったりと時間を過ごしてきて、彼女のために無償で、自
分を滅ぼしかねない行為を行うことに決めた僕は、今では陽性転移的な感情なんて欲しく
なかったのだ。

 それとも彼女は陽性転移的な感情ではなく本心から僕のことを好きになったのだろうか。
それはいくら言葉を重ねても答えの出ない類いの疑問だった。僕よりももっとリア充のカ
ップルにも等しく訪れることはあるだろう男女間の根源的な問題だったのかもしれない。

「何でって・・・・・・」

 僕は再び口ごもった。

「先輩はもうあたしには興味がなくなっちゃった?」

 麻衣の柔らかい言葉が僕の心に響いた。

「二見さんとお兄ちゃんのことばっかり気にしてるあたしなんかにうんざりしちゃっ
た?」

「そんなことはないよ。約束どおり明日から僕は、二見さんと池山君を別れさせるため
に」


「そんなこと聞いてないじゃない」

 突然麻衣が初めて感情を露わにして言った。「二見さんとかお兄ちゃんのことなんか今
は聞いていないでしょ」

 麻衣は僕の方を真っすぐに見た。

「先輩が今でもあたしのことを・・・・・・その、好きかどうか聞いてるんじゃない」

「・・・・・・本当に僕なんかでいいの?」

 僕はもう自分自身を誤魔化すことを諦めた。振られて傷付くなら一度でも二度でも一緒
だ。僕は心を決めた。一度振られたつもりになっていた僕だけど、ここまで言われたらも
う一度ピエロになろう。その結果、麻衣に利用されただけだとしてもそれはもはや今の僕
には本望だった。

「今でも僕は君のことが大好きだけど・・・・・・」

 その時、麻衣の冷静な表情が崩れ彼女は静かに目に涙を浮かべた。

「先輩って本当に鈍いんだね。あたし、手を握ったりキスしたり一生懸命先輩にアピール
してたのに」

「その・・・・・・ごめん」

 僕は何を言っていいのかわからなくなっていたけど、期待もしていなかった麻衣の好意
への予感は急速に胸に満ち始めていた。

「女の子にあそこまでさせておいて、何も反応しないって何でよ? 先輩って今までいつ
も女の子にこんなことさせてたの?」

 麻衣は涙を浮かべたままだったけど、ようやくいつものとおりの悪戯っぽい表情になっ
た。

「そんなことはないよ。だいたい僕はこれまで女の子にもてたことなんかないし」

「嘘ついちゃだめ」

 麻衣は見透かしたような微笑を浮かべた。

「先輩、中学時代にすごくもてたって。先輩と同じ中学の子に聞いちゃった」

 それは陽性転移だ。でもこの場でその言葉を口に出す気はなかった。麻衣がかつて僕が
女の子に人気があったと思い込んでくれているのなら、何もそれを否定する必要はない。

「あと浅井先輩って、絶対先輩のこと狙ってると思う。この間だって浅井先輩、あたしに
嫉妬してたよね」

「それはない」

 僕は即答した。少なくともそれだけは麻衣の勘違いだった。

 麻衣が話を終えたせいで、またしばらく僕たちは沈黙した。

 やがて麻衣が再び僕に言った。

「先輩、あたしはっきり返事聞いてない」

「君のことが好きだよ。僕なんかでよければ付き合ってほしい」

 僕はもう迷わなかった。例えこれは自分の破滅に至る道だったとしても後悔はしない。

「・・・・・・・うん。これでやっと先輩の彼女なれた」

 僕は思わず麻衣の手を握った。

「ありがとう」僕はようやくそれだけ低い声で口に出すことができた。麻衣も僕の手を握
り返してくれた。

「ありがとうって、何か変なの」


「ありがとうって、何か変なの」

 彼女は笑った。そして再び僕たちはどちらからともなくく唇を交わした。そのときふと
目をドアの方に向けると、母さんが紅茶とお茶菓子を持って部屋の外に立っていた。

 さすがに麻衣は僕から身を離して赤くなって俯いてしまった。でも母さんはどういうわ
けか嬉しそうに僕たちに謝った。

「お邪魔しちゃってごめんね。池山さんからお見舞いに頂いたケーキを持って来たのよ。
池山さん、お持たせで悪いけど食べていってね」

「はい。ありがとうございます」

 さすがの麻衣も恥かしかったのだろう。母さんの方を見ないでつぶやくように言った。

「じゃあ、ごゆっくり」

 母さんはそう言って部屋を出て行った。

「紅茶、どうぞ」

 僕はとりあえず紅茶を勧めた。

 ここまで幸せな展開になるとは思わなかった僕だけど、それでも心のどこかには例え麻
衣が本当に僕のことを好きになったのだとしても、それは優と池山君関係の作戦の同志と
しての感情から始った恋かもしれないという考えは拭いきれなかった。もちろんそれでも
僕は充分満足だった。麻衣の僕への気持ちが陽性転移でなければ、きっかけがどうであろ
うと僕はその結果には満足していた。

 でも、この恋のきっかけとなった優関連の作戦は僕のせいでまだ始ってすらいなかった。
ありていに言えば一週間も遅れているのだ。僕はもう迷いを捨てて麻衣のために全身全霊
でこのミッションをやり遂げる覚悟ができていた。それで、僕は今日くらいは作戦のこと
は忘れて麻衣とお互いに抱いている恋愛感情について甘いやりとりをしたいという気持ち
もあったのだけど、無理にそれを抑えて作戦の話をしようとした。それがきっと麻衣の望
むことでもあったろうから。

「それでさ、明日のことなんだけど」

「うん」

 いつも活発な彼女らしからぬ大人しい声。

「月曜日、二見さんと池山くんの担任の先生に捨てアドからメールしよう。最初は大人し
い方の女神スレの過去ログ、ミント速報のやつだけどそのURLを匿名で先生に知らせよ
う」

 どういうわけか麻衣は黙ってしまった。

「どうかした」

 麻衣はあからさまに不機嫌そうに僕を見上げた。いったい僕の何が悪かったのだろう。
僕は麻衣の希望を忖度して、その希望どおりの言葉を口にしただけなのに。

「先輩、あたしたちって今付き合い出したんだよね」

「う、うん」

「何でこういう時にそんな話をするの? そういうのは学校ですればいいじゃない」
 麻衣は可愛らしく僕を睨んだ。

「今はもっと違うお話を先輩としたかったのに」

 不意に僕の胸が息もできいくらい締め付けられた。でもそれは僕がこれまで経験のない
ほど幸せな甘い息苦しさだった。

「・・・・・・もう一回好きって言って?」

 麻衣は僕の方を見上げて言った。

「大好きだよ」

 今度は僕の本心だった。麻衣はようやく機嫌を直したように笑ってくれた。

「あたしも先輩が大好き」

 麻衣が僕に抱きついてきた。僕たちは再び抱き合って唇を重ねた。

 その日は遅くなって麻衣が帰るまで、僕たちはお互いのことを夢中になって語り合った。
僕が自分の気持を彼女に正直に話すのはこれが初めてではないけど、麻衣が言葉で気持ち
を語ってくれたのはこれが初めてだった。

「最初はね、お兄ちゃんのメールを見て二見さんがああいうことをしてるってわかったん
だけど、自分ではこれ以上どうすればいいかわからなくて、でもこのまま放っておく気に
は全然なれなくて」


 僕たちは僕と麻衣の馴れ初めから恋人同士になった今に至るまでの心境を語り合ったの
だった。僕が話せることはあまりなかった。パソ部の部室を訪れた麻衣に惹かれて好きに
なったこと、そのためにはたとえ彼女が僕のことなんかに振り向いてくれなくても協力し
ようと思ったこと。自分ではもっといろいろ複雑な想いを抱えて悩んできたつもりだった
けど、いざ麻衣に話すとなるとわずか一言二言で僕の話は終ってしまった。でも麻衣は別
にあきれるでもなく微笑みながら僕の話を聞いてくれた。それから彼女は自分の想いを語
ってくれたのだった。

「それで自分でもすごく単純な発想だったけど、パソコンの前で悩んだことを解決するん
だからパソコン部に入ろうって思ったの」

「それであの日に君はパソ部の部室にいたんだね」

 僕は彼女と初めて出会った日を思い出した。遠巻きに見守る部員たちに話しかけてさえ
もらえず、麻衣にしては珍しく心細そうな姿で俯いて座っていたその姿を。それはついこ
の間の出来事だったのに、僕には遥か昔のことのように思えた。あの時部室で俯いていた
大人しそうな、まるで人形のような少女が僕の彼女になるなんて、あの時は夢にも思って
いなかったのだ。まあ、知り合ってみると彼女は決して大人しく儚い少女では全然なく、
むしろ物怖じしないはきはきとした性格だったのだけど。でも、そういう新たな発見さえ
も僕を麻衣に惹きつける一因となったのだ。

「最初はどうしようと思ったよ。誰も話しかけてくれないし、副部長さんも部長が来るまで待っ
ててくださいって言ってくれただけだったし」

「でもそのおかげで先輩と知り合えたんだもんね。勇気を出してパソ部に顔を出してみて
よかった」

 麻衣は微笑んで僕の手を握った。

「うん」

 僕もそれには全く同感だった。人生は偶然の出会いに満ちている。そんなありふれた陳
腐な言葉がこれほど真理だと思ったのは生まれて初めてだった。

「正直に言うとね。最初は先輩のことあたしの話をよく聞いてくれて相談に乗ってくれる
先輩としか思っていなかった」

 彼女はそう言って、今度は僕の手を自分の指でなぞるように撫で始めた。思わずその感
覚に心を取られそうになった僕は気を引き締めて彼女の話に集中しようと努力した。

 今でも僕は自分の置かれた境遇を心から信じ切れていなかった。だから僕は自分の心の
安らぎを求めるためには麻衣が語りだした心境の変化を聞くしかないと思った。それで僕
は自分の手に感じている心地よい違和感を半ば無理に意識の外に締め出した。

「でもね。先輩って自分のことはあまり話さないであたしの話ばかりを聞いてくれてたで
しょ? あたし、先輩に話を聞いてもらっているうちに自分が本当は何をしたいのかが整
理できて、それで先輩には本当に感謝したんだけど」

「そうなの」

「だけどね、自分の気持が整理できたら今度は先輩が何を考えてあたしの話を親切に聞い
てくれているのか、それがすごく気になるようになちゃった。ほら、あたし最初に先輩に
酷いこと言ったじゃない? 誰とも付き合う気はないって」

 それはよく覚えていた。でももともと彼女と付き合えるなんて期待すらしていなかった僕は、
その時は麻衣のその言葉にそれほど傷付くことはなかったのだ。

「おまえ何様だよ? って感じだよね。あんな思い上がったことを先輩に言うなんて。先輩、
あの時は本当にごめんなさい」

「・・・・・・無理はないと思うよ。僕なんかに君が気になるとか気持ち悪いこと言われたら、
君だってそれくらいは釘刺しておこうって思うのは当然だよ」

「何で先輩って、すぐに僕なんかとかって自分を卑下したような言い方するの?」

 今までの優しい表情に変って麻衣は少し憤ったような顔で僕に聞いた。

「何でって・・・・・・」

「先輩はもう少し自分に自信を持った方がいいと思うよ」


 僕は黙って頷いた。麻衣はもう少し何かを話したそうだったけど結局回想の続きを話し
始めた。

「それで先輩にいろいろ女神スレのこととか教わったりパソコンを選んでもらったりして
いるうちにね、あたし何か、先輩に二見さんとお兄ちゃんの話をすることなんかどうでも
よくなってきちゃって」

 え? 僕はその時、麻衣の言葉に驚いた。僕のことを好きになったのは本当だとしても
その根底には麻衣の池山君への執着があることについてはこれまで疑ってさえいなかっ
た。一番僕にとって望ましい事態は、麻衣が池山君を助ける同志としての僕を好きになる
ことであって、僕はそれ以上の ことを考えたことすらなかったのだ。一番最悪のパターン
は麻衣が僕を利用するために僕を好きになる振りをすることで、次に悪いのが陽性転移
だった。そんなことを考慮すれば、たとえ目的を同じにする同志としての愛情であっても僕
にとってはそれは充分すぎる答えだった。

「その頃からかなあ。あたし自分でも何を悩んでいるのかよくわからなくなちゃって。お
兄ちゃんのことを考えてたはずなのに、先輩ってあたしの話を聞きながら何を考えてるん
だろうってそっちの方に悩むようになっちゃった」

 陽性転移を発症したクライアントは傾聴者が何を考えているのか知りたいなんて思わな
い。彼女たちが傾聴者に恋するのは傾聴者の中に写った自分に恋をしているのだ。その恋
はクライアントにとっては自己愛と同義といってもいい。自分を唯一認めてくれ自分に関
心を持ってくれる相手としての傾聴者だけが、クライアントにとっての恋愛対象というこ
とになるのだった。

 麻衣の話はそれを真っ向から崩すものだった。麻衣は僕が何を考えているのか知りたい
という気持ちを抱き、そしてそれが僕への恋愛感情に転化していったようだ。かつて僕の
人生の中で唯一僕のことを好きだと言った優でさえ、僕を好きな理由は僕が彼女のことに
関心を示し彼女の話をひたすら聞いてくれる相手だったからだった。僕は彼女の承認欲求
を満たしてあげるという、その一点だけで、彼女の中で特別な存在でいられたのだった。

 でも麻衣は僕自身に関心を抱いてくれた。そう言えばさっき、麻衣に愛情を示された僕
が気を遣って優と池山君を別れさせる作戦を披露してあげようとした時、どういうわけか
麻衣は不機嫌になったのだった。

 そんな僕の感傷には気がつかず麻衣は話を続けた。

「この間の朝、浅井先輩が先輩を責めてたでしょ? あの時あたし頭が真っ白になって、
先輩のことを責める浅井先輩が許せなくて・・・・・・あの時にはもう先輩のこと好きになって
たのね、きっと」

 僕はもう何も言葉にできず黙って僕の手の上で動いていた麻衣の小さな手を捕まえて握
り締めた。

「多分、あたし浅井先輩に嫉妬もしていたんだと思う。それで次の日にお兄ちゃんと二見
さんがいちゃいちゃしてて」

 やっぱり辛いのだろう。彼女はそこで俯いて言葉を止めた。

「でもその日も先輩は優しくて、あたしのために自分には何の得にもならないことをしようっ
て言ってくれて」

「・・・・・・うん」

「先輩がお休みしている間、とにかく寂しくて仕方なかった。でも、そのおかげで自分の
気持に初めて向き合うことができたの」

「それでメールなんかじゃ嫌だから直接先輩に告白しようって思った。あれだけいろいろ
アピールしたのに先輩、何も反応してくれないんだもん」

 麻衣の告白もこれで終わりのようだった。

「先輩、大好きよ。あたしのこと見捨てないでね」

「・・・・・・何を言ってるの。それこそ僕のセリフだよ」

「相変わらず無駄に自己評価が低いのね。あと先輩、あたしのこと過大評価しないでね。
あたしは女神でも何でもないんだから」

 僕たちは再び抱き合った。人生の絶頂にいたといってもいいその瞬間、さすがの僕もも
う疑う必要は何もなかったのだけど、麻衣が女神という単語を口にしたことが少しだけ僕
には気になった。もちろんそれは考えすぎだったのだろうけど。


「あたしそろそろ帰るね。もう遅いし」

 もう今日だけでも何度目かわからないほどお互いに抱きしめあってキスしあっていたた
め、思っていたより遅い時間になってしまったようだった。

「あ、じゃあもう遅いから送っていくよ」

 僕は立ち上がろうとしたところで麻衣に肩を押さえられて再びベッドに座り込んでしま
った。

「ずっと学校を休んでいた病人が何言ってるの」

 麻衣が立ち上がったので、彼女の全身が再び僕の目に入った。やはり可愛いな。僕は立
ち上がることを諦めた。

「月曜日は登校するんでしょ」

「うん。もう大丈夫」

「じゃあ朝、先輩の家まで迎えに来ていい? 一緒に学校行こ」

「ああ、いや。僕が迎えに行くよ」

 麻衣が笑った。

「あたしんちは学校から逆方向だよ。それにお兄ちゃんが出てきたら何て言って挨拶する
気?」

 僕は浮かれるあまりいろいろと考えなしに喋ってしまっていたようだった。

「七時半ごろに迎えにくるから。それなら中庭とかで朝一緒にいられる時間があるでし
ょ」

「待ってるよ」

「じゃあまた明日」

 僕は大声で母さんを呼んだ。これまで邪魔しないでいてくれた母さんが待っていたよう
にすぐに二階に姿を見せてた。

「もうお帰り? また来て頂戴ね。池山さんならいつでも歓迎するから」

「あ、はい。ありがとうございます。あの、月曜日に先輩を迎えに来てもいいですか」

 母さんは笑った。「あら。それじゃ、ちゃんと朝この子を起こしておかないとね」

 この話の何がおかしいのか僕にはさっぱり理解できなかったけど、母さんと麻衣は目を
合わせて仲良く笑い合っていた。


今日は以上です
また投下します

おつんつん


 その翌日、麻衣はきっかり七時半に僕を迎えに来た。玄関まで迎えに出た母さんに礼儀
正しくあいさつした彼女は、母さんの後ろからぎこちなくおはようと声をかけた僕を見て
微笑んだ。

「おはよう先輩」

「じゃあ気をつけていってらっしゃい」

 母さんはそれだけ行って家の中に入ってしまった。玄関前に取り残された僕たちはしばら
くぎこちなく向かい合って黙っていた。

「行こ」
 先に沈黙を破ったのは麻衣の方だった。彼女は少し上気した顔で僕の手を握ってさっ
さと歩き出した。僕は親に手を引かれる子どものように麻衣の後をついていったのだった。

 まだ登校時間には早かったけどそれでも部活の朝練に向う生徒の姿は結構あって、その
中で手を握り合って登校する三年生と一年生のカップルはやはり人目を引いているようだ
った。

「あたしね」

 麻衣はまだ顔を赤くしていたけど、周囲の生徒たちの視線を気にしている様子は全くな
かった。

「今朝お姉ちゃんに電話したの。これからは朝部活があるから一緒に登校できないって」

 麻衣は何かを期待しているかのように僕の方を見上げて言った。そういえば以前副会長
から聞いた話では、麻衣はこれまでは池山君と遠山さん、そして広橋君と四人で一緒に登
校していたのだった。池山君がいち早くその輪から抜け出して、多分今では優と一緒に登
校しているのだろう。そして麻衣は残った二人と一緒に登校するより、付き合い出したば
かりの僕と一緒に登校することを選んでくれたのだ。

 僕がそんなことを考えながら麻衣の方を見ると、彼女はまだ何かを待っているかのよう
に僕の方を見つめていた。

 ・・・・・・ああ、そうか。僕は慌てて麻衣に言った。

「よかった。じゃあ、これからは二人で一緒に登校できるんだね」

 期待通りの反応だったのか麻衣は僕の言葉に満足そうにうなずいた。よかった。僕は麻
衣の期待を裏切らずに返事ができたようだった。僕は何とか正解を答えることができたの
だ。

「パソコン部でも朝練ってあるの?」

 麻衣が無邪気に聞いた。

「あるわけないさ」

 僕は麻衣の質問に思わず少し笑ってしまった。「体育系の部活じゃないんだし・・・・・・そ
れにみんな夜中まで家でパソコンの前に座りっぱなしだし、朝早く登校するやつなんてい
ないさ」

「ふーん。じゃあ授業が始まるまで部室で一緒にお話ししない?」

「別にいいけど。まあ確かに朝の部室なんて誰もいないからちょうどいいかもね」

「誰もいないって・・・・・・先輩のエッチ」

 麻衣は何か誤解したみたいで顔を赤くして僕に言った。でも、それは決して怒っている
ような口調ではなかった。


 こうして始った僕と麻衣との交際は普通の恋人同士が辿るであろう道を模範的になぞっ
ているかのようだった。お互いに甘えあったりお互いに相手に自分を好きと言わせようと
したりすねてみたり、そんな他愛もない駆け引きをしているだけですぐに時間は去って
いってしまう。麻衣は前から他人が僕たちを眺める視線には無頓着だったけど、今では
僕も麻衣に夢中になっていたから、もはや他人の視線を気にすることすらなくなっていた。
いくら生徒数の多いマンモス校とはいえ朝からべったり寄り添っている三年生と一年生のカ
ップルは周囲の注目を引いたと思う。昔の僕ならそういう好奇心に溢れた視線にとても耐
えられなかっただろうけど、初めて心から僕のことを想ってくれる恋人を得た僕はもうあ
まり周囲のことは気にならなくなっていた。

 麻衣はもうあまり池山君と優のことを口にしなくなっていた。もともと彼女が僕に関心
を持ったのは自分のことを助けてくれる相手としてだったはずだけど、この頃になると麻
衣が僕に要求するのは自分に対する僕の愛情だけになっていて、優の女神行為についての
話題は全く口にしなくなっていたのだった。

 朝僕たちは一緒に登校し、誰もいない部室で寄り添って授業開始までの短いひと時を過
ごした。その後、僕はもう人目を気にすることなく一年生の校舎の入り口まで麻衣を送っ
て行った。始業前に駆け込んでくる生徒たちで溢れている校舎の前では、麻衣も部室に二
人きりでいる時みたいに僕に抱きついたりキスしたりすることはなかったけど、別れ際に
彼女は名残惜しそうに僕の手を握った。

 昼休みと放課後の逢瀬も部室を使わないというだけで僕たちがしていることは同じだっ
た。

 僕は幸せだったし麻衣同じことを思ってくれているように見えた。でも僕はもっと彼女
を喜ばせたかった。そのために僕ができることって何だろう。

 何か彼女にプレゼントをすることは真っ先に考えたのだけど、それは僕にはあまりピン
と来なかった。二人の交際の記念にアクセサリーそれもペアリングのようなものをプレゼ
ントできないかと思ったけど、いろいろな意味でそれは僕にとってハードルが高かった。
まずはどんなものを選べばいいのか見当もつかなかった。それにタイミングということも
ある。考えてみれば僕には麻衣の誕生日すらわかっていないのだった。

 そう考えて行くうちに僕はふと初心に帰ってみるべきではないかと思い立った。

 もともと麻衣が抱え込んでいた悩みは今でも全く解決していなかった。麻衣に池山君の
ほかに気にする相手ができたせいで、今では一時、池山君と優の女神行為のことを考えな
いでいられるのかもしれないけれど、麻衣が池山君の交際相手の破廉恥な女神行為に心を
痛めていたこと自体は全く解決していないのだ。

 それにプレゼントを買うことなんてお金があればできることだけど、池山君と優を引き
剥がすことは僕にとっては大きなリスクを伴うことだった。それは一時は胃が痛くなるほ
ど考えこんだことでもあった。でも、今の僕の幸せに見合うくらいのプレゼントを麻衣に
するのだとすれば、アクセサリーを買うなんてことでは全然引き合わない。むしろリスク
を承知で最初に約束したとおり麻衣の悩みを解決してあげてこそ、僕は胸を張って彼氏だ
と言えるのではないだろうか。

 ここまでの僕の幸せは偶然の僥倖だった。麻衣は僕のことを好きになってくれたけど僕
はその好意に対してまだ何もしてあげていない。最近の麻衣は優の女神行為のことを話題
にしなくなっていた。麻衣だって人間なんだから恋人ができた今は恋人である僕のことだ
けに夢中になっているのかもしれないけれど、いつか冷静になれば池山くんの彼女のこと
で胸を痛める時がくることは明らかだった。麻衣が今では異性として池山君を見なくなっ
ていたのだとしても、仲の良い兄妹であることには変りはないのだ。

 僕は考えた。麻衣が優のことを僕に話さなくなったのは、もしかしたら作戦を実施する
僕に負わせるリスクのことを麻衣が考え出したせいのかもしれない。麻衣が僕のことを本
気で好きになっているなら、僕が負うべきリスクのことを気にしてくれたとしても不思議
ではなかった。それなら僕はなおさら彼女に気を遣わせないよう自分からこれを実行すべ
きなのだろう。それは僕が今、麻衣にしてあげられる一番のプレゼントだった。

 その朝、早起きした僕はもう迷わなかった。麻衣が迎えに来るまで一時間くらいは時間
がある。僕は昨晩作ったWEBメールの捨てアドから緊急連絡網に記載されている優と池
山君のクラスの担任の携帯にメールを送った。

 とりあえず最初は「スレンダーな女神スレ」で優が池山君に自分の女神行為を見せ付け
た部分が転載されているミント速報の過去ログのURLを記載することにした。緊縛画像
とか池山君が撮影したより扇情的なレスや画像は、まだ大事な玉として温存して置いた方
がいいだろう。高校二年生の女子がネットで不特定多数の人間相手に下着姿を晒している
画像だけでも、最初としては充分なはずだった。


『突然メールしてすみません。御校の二年生の女子生徒である二見優さんがネット上で破
廉恥なヌードを自ら公開していることをご存知でしょうか。こういう行為が健全な青少年
に与える影響を考えると看過するわけにはいかないと思ってご連絡さしあげました。しか
るべき対応を期待しています。万一必要な指導をしていただけない場合には、この事実を
マスコミ等の諸方面に通報せざるを得なくなりますのでご留意ください。それではよろし
く対応方お願いいたします』

 僕はそのメールを送信した。麻衣に相談せず自分の一存でこれを行ったことはいい考え
だったと僕は思った。麻衣は僕にリスクを負わせたことを気にしないで済むし、僕にとっ
ては大切な彼女に捧げるプレゼントを彼女に要求されたからではなく自発的に贈ることが
できたのだから。

 僕はパソコンを消して、階下に降りた。今日も麻衣は僕を迎えに来るはずだった。どの
タイミングで麻衣にこの最高の贈り物を披露しようか。僕はその時これまで感じたことの
ないくらいの高揚感に包まれていた。

 翌朝も麻衣は正確に七時半に僕の家に寄ってくれた。僕は玄関先に出て彼女が来るのを
待っていた。家の前に立っている僕に気づいた妹はすぐに顔を明るくして僕の方に寄って
来た。

「おはよ、先輩」

「おはよう」

 もう僕たちはそれ以上余計なあいさつをせず、すぐにどちらともく手を取り合って自然
に同じ歩調で学校に向った。付き合い出してまだそう日は経っていなかったけど、この程
度の日常的な行動を取るにあたり僕たちはもうお互いに言葉を必要としなかった。そのこ
とが僕には嬉しかった。沈黙していてもお互いに不安になるどころか心が安らいでいる。
そういうことはどちらかの一方通行の気持ちでは成り立たないことだったから、僕はもう
僕の隣で沈黙している麻衣が何を考えているのか悩むことはなかった。そして、それは多
分麻衣も同じだったろう。

 お互いに言葉は必要とはしていなかったけど、僕たちは互いに握り締めあった手の力を
強めたり肩をわざと少しぶつけ合ったり、恋人同士ならではのボディランゲージをぶつけ
合っていた。手を握るタイミングが偶然一致した時、麻衣は大袈裟に驚き痛がる振りをし
ながら僕の方を見上げて笑った。

 一年生の教室がある校舎の入り口まで来ると、麻衣は周囲の生徒の視線なんかまるで気
にしない様子で、僕に抱き着き、僕の顔を見上げて微笑んだ。

「先輩」

「うん」

 僕も迷わず彼女の身体に手をまわした。少しの時間、僕たちは抱き合ったままじっとし
ていた。

「もう行かないと」

 やがて、名残惜しげに僕から身を離した麻衣が立ち上がった。

「今日もお弁当作ってきたから、少し寒いかもしれないけど屋上で待ってるね」

「うん」

 それから昼休みまでの間、授業中も僕は麻衣のことを考えていた。

 その時になってようやく僕は早朝のメールを思い出した。今朝は麻衣にこの話はできな
かった。早く麻衣に披露したいと思う反面、この僕からのプレゼントを麻衣に伝えるには
まだ早すぎるのではないかという気もしてきた。

 麻衣の望みは優を池山君から引き離すことだったけど、それはまだ成就していない。鈴
木先生が今朝のメールに気がつき何か対応をしているのかもしれないけど、それはまだ成
果となって現れてはなかった。僕のしたことは単に捨てアドから鈴木先生にメールをした
だけに過ぎない。こんな程度のことを得意気に麻衣に披露したとしてもそれは僕の自己満
足だ。僕のしたことはただ行動を起こしたということに過ぎず、麻衣の望む結果は出せて
いないのだから。

 僕は気を引き締めた。麻衣の僕に対する気持ちは、疑り深く臆病な僕にとっても疑う余
地がないくらい完璧に近い形で確かめられた。僕はもう麻衣の僕に対する気持ちについて
不安に思うことはなかった。

 次は僕が麻衣に対して自分の気持を見せる番だった。それは百万回彼女に対して好きだ
と叫ぶことではない。麻衣の切ない望みを完璧な形でかなえてあげることこそが僕の麻衣
に対する本当の告白なのだった。

 昼休みになり僕は教室を出て共通棟の屋上に向かった。麻衣とはそこで待ち合わせをし
ている。お互いに時間を無駄にせず長く一緒にいるためには共通棟での待ち合わせがいい
のかもしれないけど、今度は僕の方から麻衣の教室に迎えに行ってみようか。きっと麻衣
のクラスメートはざわめいて僕たちの仲を噂するだろうけど、麻衣はそんなことは気にせ
ずに僕の迎えを喜んでくれるだろう。

 今日は優は登校していないのだろうか。それともメールの効果が発現するとしてももっ
と時間を要するのだろうか。僕は麻衣へのプレゼントのことを気にしながら共通棟の屋上
に続くドアを開けた。


 麻衣はもう先に来て硬い石のベンチに腰かけていた。

「ごめん」

 僕は麻衣を待たせてしまったことに妙な罪悪感を感じて麻衣に謝った。彼女はそれには
答えずにでも優しく微笑んでくれた。

 その昼休みは麻衣は珍しく寡黙だった。彼女は僕にお弁当を勧めた。そして僕が彼女に
勧められるままに手づくりのサンドイッチを食べている間、黙ったまま微笑んで僕を見つ
めていたのだった。それは奇妙なほど静かな時間だった。

 朝、お互いに抱き合い引き寄せあったときのような情熱的な感情は今でお互いに収まっ
ていて、それでもお互いをより近くに、まるで自分の分身のように親しく感じている度合
いは朝のひと時よりも大きかったかもしれない。麻衣の沈黙はもう僕を不安にさせること
はなかった。

「先輩?」

「うん・・・・・・美味しいよ本当に」

 僕はサンドイッチを飲み込んで答えた。小さい頃から料理をしているだけあって彼女
の料理の腕前はお世辞でなく確かなものだった。

「ありがと」

 彼女は言った。「でもそんなこと聞きたかったんじゃないのに」

「うん? 何?」

「あたしね」

 麻衣は僕の方を見つめた。顔には相変わらず優しい微笑を浮かべていた。

「本当に先輩と出会えてよかったと思う。普通なら一年生と三年生なんか出会う機会って
少ないじゃない?」

「まあ、同じ部活とかじゃないと普通はないよね」
 僕は答えた。それに同じ部活だったとしても三年生と一年生のカップルはうちの学校で
も珍しかった。ほとんど中学生に近い一年生と大学生に近い三年生ではいきなり恋人同士
に至るにはギャップが激しすぎるし、少しづつ長い時間をかけてお互いにわかりあうにし
ても一年と三年では共に一緒に過ごせる期間は短かかった。部活からの引退や受験を考え
ると長くても半年くらいだったろう。そう考えると僕と麻衣のようなカップルが成立した
のは一種の奇跡だった。

「お兄ちゃんと二見さんのことがあって、たまたまあたしがパソコン部に入ろうと思った
から、あたしと先輩って知り合えたんじゃない?」

「うん」

 本当にそのとおりだった。それに僕が学園祭の準備にかまけていて、パソ部に顔を出さ
なければ彼女と知り合うことすらなかっただろう。いろいろあって偶然に生徒会に居辛く
なった僕が生徒会室を避けて部室に避難したからこそ僕は今、麻衣の彼氏でいられるのだ。
そう考えると本当に綱渡りのような偶然が積み重なった、危うい一筋の糸の上で僕たちの
儚い恋は成就していたのだった。僕は本当に幸運だったのだろう。

「先輩と知り合う前のあたしと、先輩の彼女になったあたしって別な人間なのかもしれな
い」

 麻衣は随分と難解な表現で話を続けた。僕との出会いを喜んでくれたのはわかったけど、
それにしてもそれは大袈裟な物言いだった。

「いろいろあたしも成長したのかもね」
 麻衣は言った。「あたしって今までお兄ちゃんが大好きで、今までも他の男の子に告白
されたこともあったんだけど、いつもお兄ちゃんのことを考えちゃって」

「うん」


 麻衣がブラコンだということは彼女と知り合う前から副会長に聞いていたので、別にそ
れは僕にとって驚くほどの情報ではなかった。

「だから、二見先輩の女神行為を見つけた時は本当にあの人が許せなったし、お兄ちゃん
の彼女があんなことをしているなんてもってのほかだと思ってたの」

 それは良く理解できる話だった。そして、現に僕はそんな麻衣のために既に手を打って
いたのだから。

「・・・・・・先輩のせいだからね」

 その時、麻衣は微笑みながら涙を浮かべるという複雑な表情を僕に見せた。

「全部先輩のせいなんだから。先輩、責任とってくださいね」

 彼女は涙を浮かべつつも幸せそう僕に向かってに微笑んだ。

「責任なんかいくらでも取るさ」

 僕は少し驚いて言った。「でも、何が僕の責任なの?」

「これから話すよ。でもその前に一つだけ聞かせて?」

「うん」

「この間、浅井先輩が言ってたこと・・・・・・先輩がお姉ちゃんに振られたって、それ本当な
の?」

 まずい。僕はそのことをすっかりと忘れていたのだ。麻衣はあの時僕と遠山さんのこと
を副会長が話しているのを聞いていた。あの時は副会長に責められていた僕を助けようと
した麻衣は遠山さんのことには言及しなかったのだけど、普通に考えればそのことを麻衣
が気にしていない方がおかしかった。

 僕は迷った。本心で答えるならば僕は遠山さんのことは別に好きではなかったと答えれ
ばいい。でもその場合は、何で好きでもない遠山さんに僕が告白したのかということを説
明しなければならない。

 本当はそろそろ僕と優のことを麻衣に告白してもいい頃だったのかもしれない。もう麻
衣の僕に対する愛情には疑いの余地はなかったから、過去の話として僕が優に気持ちを奪
われていたことがあったことを告白してもいいのかもしれない。でも、優が麻衣にとって
見知らぬ女性であるならばともかく、優は現在進行形で池山君の恋愛の対象だった。その
優に僕までが心を奪われていたことを告白するのは、このタイミングではとてもしづらい
ことだった。なので、僕はその時まだそこまで割り切れなかったのだ。

「本当だよ。僕は遠山さんに告白して振られた。でも、今にして思うと何で僕はそんなこ
とをしたのかわからないんだ」

 それは苦しい言い訳だった。

「先輩、お姉ちゃんのどんなところが好きだったの?」

 目を伏せた麻衣が小さく言った。

「いや。多分、女の子にもてない僕は焦っていたんだろうと思う。このまま彼女すらでき
ないで高校を卒業すると思っていたところに・・・・・・」

「うん」

 麻衣は僕を責めるでもなく真面目に聞いてくれていた。そのことに僕は胸が痛んだ。

「そんなところに、身近な生徒会で綺麗な遠山さんと親しく一緒にいる機会があったか
ら。でも今の僕の気持ちはその時とは全然違う。君が僕なんかを好きになってくれたこと
は今でも信じられえないけど、それでもいい。僕は君を失いたくない」

 必死でみっともない姿を晒したことがよかったのだろうか。麻衣はゆっくりと頷いてく
れた。

「あたしとお姉ちゃんとどっちが好き?」

 麻衣はからかうように囁いた。

「君に決まってる」

 僕は言った。


「ありがと、先輩」

 麻衣は僕の言い訳を受け入れてくれたようだった。

「あたし先輩とお付き合い初めていろいろわかったことがあるの」

「わかったって・・・・・・何が?」

「うん。人が人を好きになるって理屈じゃないんだって。正直に言うと先輩みたいなタイ
プの人とお付き合いするなんてあたし、以前は考えてもいなかったし」

 先輩みたいな人。僕は今では麻衣の愛情に疑いは持っていなかったけど、その言葉の持
つ意味にはすぐに気づいた。イケメンでもないしスポーツも苦手。得意なことと言えばパ
ソコン関係くらい。麻衣のような放っておいてもリア充な男から声をかけられる女の子に
ふさわしい男とは、僕はとても言えないだろう。

「・・・・・・それは自覚しているよ。僕なんかが君と付き合えるなんて普通じゃないことだっ
て」

 そこでまた麻衣はそれまで浮かべていた優しい微笑を消して僕を睨みつけた。

「またそんなことを言う。何でいつも先輩はあたしに意地悪なこと言うの?」

 麻衣は今にも泣き出しそうな表情で僕を非難するように言った。

「意地悪って・・・・・・正直な気持ちなんだけどな」

「何でそうやってあたしのことをいじめるの」

「いや、いじめるって。そんなつもりは全くないけど」

「先輩、あたしのこと好きって言ったよね?」

「うん。君のことは誰よりも好きだ」

「だったらもうそういう、自分を卑下するようなことは言わないで」

 何か不公平な感じだった。僕みたいなタイプと付き合うなんて考えたこともなかったと
最初に言ったのは彼女の方なのに。

「先輩のこと大好き」

 不意に再び麻衣の態度が柔らかくなった。そして彼女は僕に甘えるように寄り添った。
僕は自分の肩に彼女の重みを受け止めた。

「先輩も」

「え?」

「先輩も・・・・・・」

「うん。麻衣のこと大好きだよ」

 麻衣は黙って僕の肩に自分の顔をうずめた。彼女の細い髪が僕の鼻を刺激したため、僕
はくしゃみをかみ殺すのに大変だったのだけど。


「あたし、もう二見先輩とお兄ちゃんの仲を許せると思う」

 彼女は僕の肩に体重を預けながら呟いた。

「お兄ちゃんもあたしと一緒なのかもね」

「どういうこと?」

 僕は何となくそう望まれているのではないかと思って、彼女の肩に手を廻した。

「恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわか
った」

「・・・・・・うん」

 初めて恋をしたって。

「お兄ちゃんが二見さんのことを、二見先輩の女神行為のことを承知していても二見さん
が好きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない」

 一瞬で僕の思考は甘い感傷から覚醒した。麻衣の肩を抱いていた手が震えた。

「・・・・・・先輩?」

 麻衣がいぶかしんだように聞いた。

「いや。続けて」

「あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はない
と思う。特に今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし」

「うん・・・・・・」

 途方もないほど幸福に思えただろう麻衣の言葉も、今の僕には全く響いてこなかった。
胃の辺りが重く苦しく軋んでいる。

「だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと二見先輩
の仲は邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、
もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める」

 僕にはもう何も言えなかった。

「それをあたしに気がつかせてくれたのは先輩だよ」

 麻衣は僕の頬に手を当てた。

「大好き」

 麻衣に口を塞がれながら、僕はその甘い感触を感じることすらなく自分のしてしまった
早まった行為のことを鮮明に思い浮かべていた。

 もう僕には何も考えられなかった。僕は麻衣のことを思いやる余り先走って優の女神行
為のことを鈴木先生にチクってしまっていたのだった。

 僕の感覚と思考は戦慄し、震えた。どうしたらいいのだろう。どう行動するのが僕にと
って最適解なのだろう。

 僕にとってはもう優に制裁を加えるとかその巻き添えで池山君が痛めつけれられるとか、
そういうことはどうでもよかったのだ。最初は僕を虚仮にした優への復讐が動機の一つだ
ったけど、麻衣に惹かれ信じられないことに彼女に愛された僕にとってはもうこの二人の
ことなんてどうでもよかった。


 ただ、麻衣の願いをかなえてあげることだけが僕の目的だった。そのために僕は麻衣に
黙って勝手にこの作戦を開始してしまったのだった。

 ・・・・・・今では麻衣はそれを望まないと言う。この時素直に麻衣に僕がフライングしたこ
とを白状して謝っていれば。でも、自分に自信のない僕にはそれを選択することができな
かった。

 結局、僕は麻衣に自分のしてしまったことを告白しなかった。鈴木先生にメールしただ
けでは何も起こらないかもしれない。あの画像は本人が白を切ればそのまま通ってしまい
そうなほど画質の悪いものだった。現に僕は優がこれだけでは追い込まれないときのため
の準備をしていたほどっだった。

 今ならまだ引き返せるかもしれない。そして引き返せる可能性があるのなら僕のしでか
したことを麻衣に告白しなくてもすむのかもしれない。

 僕はようやく掴んだ自分の幸せを壊したくなかったのだ。

「今日はお兄ちゃん、体調が悪くて早退したみたい」

 麻衣は僕の葛藤には気が付かずに言った。

「お兄ちゃんが心配だから、今日はまっすぐ家に帰るね。先輩と放課後一緒にいられなく
てごめんね」

「いや。それは早く帰ってあげないと」

 僕はようやく振り絞るように掠れた声で言った。

 麻衣はにっこりと笑って僕の方を見てからかうように言った。

「先輩、あたしとお兄ちゃんの仲に嫉妬してる?」

「な、何で君のお兄さんに嫉妬するんだよ」

「冗談だよ」

 麻衣は再び僕に抱きついて言った。

 放課後、僕は生徒会室に顔を出すことすらせず部室に向った。今日はもう麻衣に会えな
い。彼女は早退した池山君を心配して真っ直ぐに帰宅しているはずだった。

 麻衣ににあそこまではっきりと愛情を示されたのだから、普通なら有頂天になっていて
もいい状況だったけど、今の僕の心境は全く違っていた。麻衣の池山君への執着について
僕は決して軽んじていなかった。だから麻衣の僕への愛情を信じた後になっても、池山君
と優を別れさせることは、麻衣との約束どおり引き続き僕が果たすべき役目だと思ってい
たのだ。ただ、これは僕自身にもリスクが生じることだったから、僕のことを気にするよ
うになった麻衣は、僕のことを心配してそれを実行するよう僕に催促しづらくなるかもし
れないということは考えていた。

 だから僕は彼女には事前に何も知らせずに鈴木先生に優のセミヌードが掲載されている
ミント速報のログをメールで教えたのだった。

 でも、今日の昼休みで事態は一変してしまった。どんなに破廉恥だと思えるような相手
であっても、池山君が本当に好きな相手なら麻衣は許容することに決めたのだと言う。そ
して皮肉なことに麻衣が池山君と優のことを認めることに決めたきっかけは僕との交際な
のだった。

 もう一日早く、麻衣が池山君と優のことを許容することを僕が知っていれば。あるいは
もう一日僕が鈴木先生にメールを出した日が遅ければ。でももうそれを考えても仕方がな
い。

 僕のしたことが麻衣にばれたらどうなってしまうのだろう。あるいは、麻衣は当初の自
分の願いに忠実に行動した僕を理解し許してくれるかもしれない。それとも池山君を許容
した麻衣は、自分の兄が好きな優を社会的に追い込むかもしれないことを、自分に黙って
勝手に始めた僕を怒るだろうか。それは考えても結論の出 ることではなかった。

 僕は部室のパソコンを立ち上げ先日作成した捨てアドへのメールをチェックした。もう
こうなったら鈴木先生が僕の送ったメールを悪質な悪戯だと判断して無視してくれること
を祈るしかなかった。


 しかしそんな僕の切ない期待を裏切るかのように新着のメールが到着していた。

from :明徳学園事務局
sub:ご連絡ありがとうございました
本文『当校の生徒の行動に関する情報についてご連絡いただきましてありがとうございま
した。頂いた情報につきましては慎重に調査させていただいた上で、必要があれば当該生
徒に対して指導を行ってまいりますので、ご理解くださいますようお願いいたします』

 それは鈴木先生の携帯からのメールではなく、学校のアドレスからの正式な回答メール
だった。僕の期待に反して鈴木先生は自分の胸に秘めることをせず、僕のメールに対して
組織として対応することを選んだようだった。

 でも、そのメールの内容はきわめて事務的なものだった。企業や役所がクレームに対し
て機械的に送り返す回答のようだったのだ。

 僕はそのことに少しだけ期待を抱いた。鈴木先生、いや学校側はあの画像が優のものだ
と断定するには証拠に乏しいと判断したのかもしれない。慎重に調査するだの必要があれ
ば指導するだのという表現には学校側の混乱が全く伝わって来ない。つまりひょっとした
ら証拠不十分で僕のメールを黙殺しようと考えているのではないだろうか。

 鈴木先生にメールを出したときも、僕はそういう可能性を考えないではなかった。あの
時の僕だったら、この学校のメールに対して更に破廉恥でより優だとわかりやすい画像が
晒されているミント速報のログを再び学校側に送りつけていただろう。でも今では事情は
一変していた。このまま事が収まってしまえばいい。僕はそう思った。そうすればメール
のことはなかったことになり、僕は何も心配せず麻衣と恋人同士でいられる。もう僕には
過去に僕を裏切った優への処罰感情とか、ことごとく僕が関心を持った女の子を奪ってい
く(ように思える)池山君への恨みは残っていなかった。

 僕はメールに返信しようと思った。前に考えていたような追撃メールではなく火消し
メールだ。僕は、僕の苦情メールを学校側が気にしすぎて優の行動をより詳細に調査しだ
すことを防ぎたかったのだ。

 とりあえず僕は自分がしつこいクレーマーではなく、学校から返事をもらえただけで満
足し矛を収めてしまうような人物であることをアピールし、学校側を安心させようと考え
た。

sub:Re:ご連絡ありがとうございました
本文『速やかにご対応いただきありがとうございます。もちろんその画像が二見優さん
のものではない可能性があることは承知しておりますので、慎重に調査していただいた方
がよろしいかと思います。その上でその画像が二見さんのものであると特定できなかった
場合は、一人の女生徒の将来がかかっているわけですから、無理にそれが二見さんの画像
だと断定することは公平ではないことも理解しております。』

『前のメールで、万一必要な指導をしていただけない場合にはこの事実をマスコミ等の諸
方面に通報せざるを得なくなりますと記しましたが、誠意を持って対応していただいてい
るようですので、今後どのような結果になったとしてもマスコミ等への通報はいたしませ
ん。このことについては撤回させていただきます。この後の処理については学校側に一任
いたしますので、慎重かつ公平な判断をお願いしたいと思います』

 今の僕ができることはここまでだった。あとは結果を待つしかなかった。同時に自分の
した行為を麻衣に告白出来るチャンスももう失われてしまっていた。ここまで策を弄して
しまったら麻衣には最後まで黙っているしか、嘘をつきとおすしかなかった。仮に優が追
い詰められる状況になってしまったとしても、それが僕のせいであることを麻衣に告白す
ることはできなかった。

 夜自宅で眠りにつく直前に、僕は麻衣から混乱してるらしいわかりづらいメールを受け
取った。

from :池山麻衣
sub  :ごめんなさい
本文『遅い時間にごめんね。さっきお兄ちゃんに二見先輩がどんな人であってもお兄ちゃ
んが好きな人ならあたしももう反対しないよって伝えたの。そして、今日二見さんが休ん
でいることをお兄ちゃんから聞きました』

『二見さん、事情がよくわからないけど停学になったみたい。何かすごく嫌な予感がする。
あたしたち以外の誰かが同じ事を考えていたのかもしれないね。お兄ちゃんは、明日は学
校休んだ方がいいと思ったんだけど言うことを聞いてくれないし、何でお兄ちゃんを登校
させたくないか自分でもちゃんと説明できないし』

『先輩ごめんね。明日はお兄ちゃんと一緒に登校するから先輩のこと迎えに行けない。お
昼もどうなるかわからないけど、またメールするね』

『二見さんに何が起きているのかわからないけど、あたし、今はお兄ちゃんの味方に、お
兄ちゃんの力になってあげないと』

『本心を言うと先輩と会えなくて寂しい。でも妹としてお兄ちゃんのこと放っておけない
から』

『じゃあおやすみなさい。そしてごめんね先輩。またメールするね。本当に愛してるよ』


今日は以上です
また投下します

おつんつん

スレチですがビッチ読み終わりました 完全にあのキャラの√にいくと思っていたので読み終わった後虚無感に襲われましたがめっちゃ面白かったです
この作品とビッチと妹の手を握るまで以外に作者の作品ってありますか?

>>264
>>14を見るべき

>>265
ありがとうございます

◯妹の手を握るまで 2011.12~ 2012.2 完結
●女神 2012.2~2013.5 未完
●ビッチ 2012.8~ 2013.12 未完
◯妹と俺との些細な出来事 2013.8~2014.3完結
●トリプル 2014.3~2015.3 未完
○ビッチ(改) 2014.11~2015.11 完結
●女神 2015.11~2016.6 未完(3年ぶり2回目)

SS速報に居ながら1ヶ月で音を上げる奴がいると聞いて


 女神行為用の撮影から始って最後は初めて優と結ばれたあの夜以降、俺と優の交際は思
っていたより順調だった。最初の頃、俺と優を追いかけてきた、周囲の奇異なものでも見
るような視線は、すぐになくなってしまった。優が周りの生徒たちと打ち解けようと決め
た後、驚いたことに彼女は実際にまるでぼっちだったことなどなかったかのように普通に
クラスに溶け込んでいた。初めてできた俺の彼女は、ぼっちの女神だったはずだけど、少
なくとも現在の優はぼっちではなくなっていた。それで、俺と優の関係は普通のカップル
として学校でも認められることになった。

 そして、ある意味不思議でもあり、ある意味すごくほっとしたことに、最近は帰宅が遅
かった麻衣が、ある夜、俺に突然話しかけてきたことがあった。麻衣が用意してくれた食
卓を囲んでいた時だ。

「お兄ちゃんさあ」

「うん」

「二見先輩とはうまくやっているの」

 俺はむせて、慌てて目の前のコップの水で喉に詰まった食事を洗い流した。

「何だよそれ」

「誤魔化さなくていいよ。まだ付き合っているんでしょ」

「それはまあそうだけど」

 俺は思わず身構えたけど、それでもやっと麻衣が俺と優の仲に言及してくれたのだ。俺
は緊張して麻衣の方を見つめた。

 麻衣も俺を見ていたので、二人で黙って見つめあうような不自然な状況になってしまっ
た。しばらく続いた沈黙に耐えられなくなった俺が、麻衣に話しかけようとしたそのとき、
麻衣が微笑んだ。


「ごめんね」

「何が」

 麻衣の意外な反応に驚いた俺は聞いた。

「あたし、いろいろ嫌な態度とかしちゃてさ。お兄ちゃんに嫌われても仕方ないと思うん
だけど」

「何の話?」

「あたしも認めるから」

「はい?」

「だから。あたしも認めるからって言ってるの。お兄ちゃんと二見先輩の仲を」

「どういうこと」

「人を好きになるなんて理由なんかないんだね。。あたし、最近そのことに気がついた」

 麻衣はそのときすごく優しい表情をしていた。本人は気がついていないようだけど。こ
の短い時間に、いったい、麻衣の心境に何がおこったのだろうか。

「いやさ。お前が何を言ってるのかさっぱりわからないんだけど」

「相手がどういう人でもさ、お兄ちゃんが好きになったのなら、もうそれを邪魔しちゃい
けないんだと思ったから」

「・・・・・・二見のことを言ってるの」

「誰でもだよ、誰でも」

「何でいきなりそんなこと言うの」

「お兄ちゃん?」

「ああ」

「あたしも、そろそろ兄離れしないといけないのかもしれないね」

「おまえ、さっきから全然意味わかんないんだけど」

「当分は、お兄ちゃんと一緒に登校しないし、お弁当もなしでいい? あ、下校も」

「別にいいけど」

「うん。じゃあ、もう寝るね。お兄ちゃん、お休み」


 それで、麻衣とは以前のようにいつも一緒に行動するということはなくなった。朝の通
学や休み時間、そして下校時間まで俺と優はいつも一緒だったから、そうなることは当然
だった。妹は俺にお弁当を作ることはなくなったけど、朝食と夕食はこれまでどおり用意
してくれていた。ただ、前なら夕食後(場合によっては寝るときも)俺にべったりと寄り
添って離れようとしなかった妹は、最近では食事が終ると自分の部屋に入ってしまうよう
になっていた。別に口を聞かないとか話もしないということはなかったけど、今まで二人
きりで長い時間を過ごしてきただけに、その変化は俺にとって少し寂しく感じられた。で
も、これが普通の兄妹の仲なのかもしれない。俺はそう思ってこのことについてはこれ以
上考えるのやめたのだ。

 有希は、あの屋上の日以来、俺に対しては今までどおり接するように努めているようだ
った。俺のことは諦めないし、優は俺にふさわしくないと言い切った有希のことを思い出
すと、有希のその態度は拍子抜けするほど穏やかなものだった。それでも、有希は俺とだ
けではなく、優にも普通に話しかけていた。

 そういうわけで、久し振りに俺の生活はそれなりに落ち着いてきたのだけれど、夕也と
の関係だけは全く改善していなかった。クラスの中で優が普通に人気のある生徒になって
も、夕也だけは優に話しかけようとはしなかったし、相変わらず俺に話しかけることもな
かった。そればかりか俺とは目すら合わせようとしないのだ。

 朝の登校時は俺は優と一緒だったけど、妹は相変わらず有希と一緒に登校していた。そ
ればかりか、ある日、車両内で見かけたのは、夕也が再び妹や有希と一緒にいる姿だった。
有希は夕也と仲直りしたのだろうか。あいつは俺と付き合えなくても夕也とは付き合わな
いと言っていた。夕也はそれを承知でまた有希の側にいることを選んだのだろうか。気に
はなったけど、俺はそのことには関心を持たないように努めた。というか今では俺は優に
夢中になっていたし、優といる時にはあまり他の人間のことを深く考える余裕なんてなか
ったのだ。

 優は相変わらず謎めいた言動を取ることはあったけど、体の関係ができてからはそうい
う不思議な部分は少なくなり、むしろ前からは考えられないほど俺に甘え、じゃれかかっ
てくることが多くなった。そしてそういう優の姿は可愛らしく、俺は本当に優に夢中にな
っていた。夕也とまだ仲直りできていないことすらあまり気にならないほどに。

 優の女神行為は、以前ほどの頻度ではなかったけど今だに続いていた。VIPに立つ単
発スレにうpする時は、優は今でも即興でスマホで撮影した画像をうpしていたけれど、
女神板で「モモ◆ihoZdFEQao」のコテハンを使用してうpする時は、必ずその画像を撮影
するよう俺に頼むのだった。俺が撮影した画像はスレでは評判が良かった。画像が前より
全然良くなったねというレスが溢れるほどだった。俺も嬉しくないわけはなかったけど、
こういう場所で写真の腕を誉められても何か微妙な気持ではあった。あと、俺が撮り出す
と、本当に自撮りなのかというもっともな疑問も出始めていた。モモは処女で彼氏のいな
い大学生という設定になっていたから、優は新しいカメラのセルフタイマーで撮ってます
という言い訳でその疑問を凌いでいた。


「処女厨ってやっかいなのよ。ある意味単なる荒らしよりたちが悪いの」

 ある夜、優は俺の前で、モモの処女性に疑問を抱いたスレの住人を何とか宥めるレスを
しながら言った。

「女神にもいろいろあってね。経験者であることがマイナスにならない女神も多いんだけ
ど」

 優は話し続けた。

「あたしの場合は、処女で彼氏もいない、清純で可愛い子が肌を晒しているという点でモ
モに興味を持ってる人たちが多いみたい」

 優は自分のことを平然と可愛いと言い放ったけど、確かにこれだけ可愛ければそのこと
については反感すら覚えなかった。今でも俺はこの可愛い子が本当に自分の彼女なのだろ
うかと、心のどこかでこの境遇を疑うことすらあったくらいだし。

「アイドル的な声優のファンの心理みたいなもんかね」

 俺はふと思いついて言った。

「そうかもね、それに近いかも。でもそれより自分勝手かもね。一方では娼婦のように体
を晒すよう要求しながら、一方ではリアルでの処女性を要求されるんだもん」

 優のその言葉は妙に俺を納得させた。

「そう考えると、俺って結構羨ましがられる立場だったんだな。アイドルと隠れて交際して
いるってことだもんな」

「ふふ。でも、そうね。不思議だけど、学校ではあたしたちの関係は皆が知ってるのに、
ネットでは秘密にしているなんて」

 優は笑ってそう言うと、貧乳スレにお別れのレスを投下し、パソコンの前から離れた。

「ねえ、今日も変な気持になってきちゃった・・・・・・しようか」



 その晩遅く優と別れを惜しんだ後、俺は自宅に帰宅した。結構遅い時間になってしまっ
ていた。

 俺は自分の鍵で玄関のドアを開け、ただいまと言いながらリビングに入った。一階は電
気が落ちていて暗かった。妹はもう自分の部屋に戻っているのかもしれなかった。ダイニ
ングのテーブルを眺めると、食事の支度がしてある様子はなかった。最近ではそれなりに
妹と会話をするようになっていたし食事も必ず用意されていたので、俺は夕食がないこと
に少し戸惑いながらも2階に上がって妹の部屋をノックした。返事はない。

 俺は声をかけながら妹の部屋のドアを開けた。部屋は暗く妹の姿もなかった。

 ・・・・・・どうしたんだろう。俺は自分の携帯を念のために確認したが、妹からはメールも
着信履歴も残っていなかった。俺は諦めて再びリビングに戻った。こんなことなら優に誘
われたとおりあいつの家で手料理をご馳走になるんだった。俺はその時自宅で夕食を準
備しているであろう妹に遠慮して優の誘いを断ったのだった。今日はカップラーメンでいい
や。俺はお湯を沸かしている間に、リビングのパソコンを起動した。しばらく待っていると見
慣れないメッセージが表示された。


『直前のセッションが強制的に終了されました。セッションを復元しますか?』



 なんだ、これ。どうもブラウザを終了させる前にパソコンを強制終了すると出てくるメ
ッセージらしいなと俺は考えた。この種のパソコンやネットで疑問がある時に、今までは
夕也を頼っていたのだけど、今ではそういうわけにもいかない。俺はとりあえず「はい」
をクリックした。少しの間があって、ブラウザは強制終了される直前に表示していた画面
をゆっくりと表示し始めた。



【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】



 え? 俺は目を疑った。確かにこのスレは優と知り合って以来よく見るスレだけど、こ
のスレを開きっぱなしでこのパソコンを強制終了した記憶はなかった。それに最近ではこ
のパソコンでは、優の画像をいじるだけで、ここでは女神スレは見ないようにしていた。
携帯の画面で画像を閲覧するのは厳しいのだけど、自分の彼女の秘密を扱っている以上、
こんな家族共用のパソコンでは危険は冒せないと判断したからだ。パソ関係に疎い俺でも
閲覧したサイトのキャッシュがパソコンに残ってしまうくらいは知っている。だから、最
近では自室で携帯でしか女神は見ていなかったはずなのだ。

 まさか妹が? 妹には急いでパソコンを終了する時にいきなり電源をオフにする悪い癖
がある。何度も注意したのだけど、妹に言わせると今までこれで一度もパソコンが壊れた
ことはないよ、とのことだった。あいつが、妹が俺が以前閲覧したキャッシュを辿って優
の女神行為を発見したのだろうか。優は個人情報は一切晒していないけど、親しい人間が
目に線を入れて隠しただけだけの彼女の画像を見れば、それが優だと気がつくのはそんな
に難しいことではない。俺は狼狽した。

 よく考えれば、画像は即デリされるのだし、たとえ妹がこのスレを後から見ても画像は
見られない。画像さえなければモモが優だとは気がつかないだろう。それでも可能性が少
しでもある以上、これを見過ごすわけにはいかなかった。

 しばらく混乱した思考を続けた結果、俺が辿りついた結論は妹に正直に聞くということ
だった。どんなに軽蔑されても怒られてもいい、とにかく優を守ることが最優先だった。
優は俺を信頼して女神行為のことを明かしてくれたのだ。それが、俺のせいで女神行為の
ことがバレることがあってはならなかった。俺は妹に電話した。でも、妹が電話に出ることは
なかった。

 翌朝、俺はリビングのソファの上で目を覚ました。一瞬、なんでこんなところにいるの
かわからなかったけど、すぐに自分が麻衣の帰宅を待っている間に寝入ってしまったこと
を理解した。これでは、昨夜リビングで粘っていた意味がまるでない。毛布が掛けられて
いるので、妹は俺が寝てしまったあとで帰宅したのだろう。とにかく妹に女神スレのこと、
聞かないといけない。体を起こして壁の時計を眺めるともう七時四十五分だ。これでは遅
刻しそうだ。とりあえずリビングには麻衣の姿はない。念のため麻衣の部屋を確かめたけ
ど、やはり妹の姿はない。それはそうだ。こんな遅い時間に家にいるわけはないじゃない
か。

 とりあえず学校に行こう。これではもう優との待ち合わせ時間に、間に合わない。俺は
携帯をチェックしたけど、優からはメッセージも着信もない。とにかく学校に行って、麻
衣をつかまえよう。幸か不幸か俺は制服のまま寝てしまっていたから、すぐにでも家を出
られる。今朝は歯磨きも洗顔も省略だ。

 自宅前の最寄り駅まで来ても、優の姿はなかった。そりゃそうだ。いつもより三十分以
上も遅刻しているのだ。次の電車に乗らないと完全に遅刻だ。この電車って、昔、優がよ
く乗ってた時間の電車だった。これに乗ればぎりぎり遅刻しないで済む。駅から教室まで
はダッシュする必要はあるのだけど。


 何とか始業に間に合う電車に飛び乗った俺は、少し落ち着いていつも見ている車窓を眺
めた。今朝は登校時間に優に会えなかったけど、それよりも今は麻衣のことが気になる。

 たとえ妹があのスレを見つけて内容を読んだとしても、画像は見られない。もちろん優
の本名なんて書いていない。あらためて冷静に考えれば、麻衣がモモを優のことだとわか
るはずがない。そう考えると、俺が麻衣を問い詰めるなんて逆効果というか、自分の首を
絞めるようなことになりかねない。

 ・・・・・・もう少し様子見の方がいいのかもしれない。

 教室に入ると、優の姿がない。そのとき同級生の女の子が話しかけてきた。最近、優と
よくしゃべっている女の子だ。

「おはよ。今日は二見さんお休みなの?」

「いや、どうなんだろ」

「どうなんだろじゃないでしょ。いつも一緒に登校してるのに」

「いや、今日は俺、遅刻しちゃってさ。優とは会ってないんだ」

「まさか、二見さんって、駅であんたを待ってるんじゃないでしょうね」

「それはないだろ。あいつ、待ち合わせ場所にはいなかったし」

「じゃあ体調でも悪いのかな」

「うーん。あとでメールしてみる」

「つうかメールすんなら今しろよ」

「だってもうホームルーム始るじゃんか」

「本当に使えないなあ、あんた」

「何でだよ」

「あ、先生来ちゃった。ちゃんと二見さんに連絡しておきなよ」

「ああ」

 こいつに言われるまでもない。体調でも崩したのか。それにしてもメッセとかもないと
か、少し心配ではあった。たしかに優はボッチだったけど、学校を休んだことはほとんど
ない。仮に休むのならLINEとかで知らせてくれるはずだ。もう俺と優は他人じゃないんだ
し。

 ぼっちの頃だって皆勤賞狙えるくらいに律儀に登校だけはしていた優がなぜ突然休んだ
のか。毎日待ち合わせして一緒に登校している俺に、メールも電話もなくいきなり。風邪
でもひいたのか。昨日は結構冷えたし、あいつは撮影中はずっと下着姿だったし。とりあ
えず優にメッセージを入れたけど、既読にならない。あいつと連絡取れないなんて付き合
い出して初めてだ。何か寂しい。とにかく授業が終わったら直接電話してみよう。携帯に
出ないのなら、以前教わった家電に電話してもいい。あいつのところもうちと同じでめっ
たに両親がいないらしいし。

 いつの間にか俺はてこんなにあいつに依存していたのか。俺は複雑な思いで反応しない
スマホの画面を見つめた。


 ようやく休み時間になり、校舎の外に出て優に電話をしようとした俺に、いきなり夕也
が話しかけた。

「おい」

「おまえか」

「ちょっと話があるんだけどよ」

「話って何だよ」

 何だこいつ。今まで俺のこと無視してやがった癖に。それに今は夕也どころじゃな
い。

「・・・・・・ここじゃちょっとな」

「・・・・・・おまえ、俺とは話しないんじゃなかったのかよ」

「俺だっておまえなんかと話なんかしたくねえよ」

 何なんだ。

「何が言いたいの? おまえ」

「いいから喧嘩腰になるなよ。大事な話なんだって」

「・・・・・・今まで俺のこと嫌ってたおまえが何でそんなに必死なんだよ」

「話聞きゃわかるよ。屋上行くぞ」

「屋上って、昼休みじゃねえんだぞ。そんな時間あるか」

 優に電話しなきゃいけないのに、今はこいつに付き合っている時間はない。だけど、夕
也はひかなかった。

「・・・・・・授業なんてどうだっていいよ。とにかく一緒に来い」

「おい・・・・・・」

「行くぞ。授業なんてサボっちまえばいいって」

 夕也はそれだけ言うと、もう俺の方を見ずに、一人でさっさと屋上に向かって行ってし
まった。あいつはいったい何がしたいんだ。仕方なく、俺は夕也を追った。

 やっぱ有希とか優の話だろう。こいつがこんなに必死になるのは。俺はそう思った。優
のことは気にはなるけど、さすがに命に別条があるとかじゃないだろう。体調不良か寝過
ごしたとかいう落ちだろう。そう考えると、今は夕也と話をつけるいいチャンスかもしれ
なかった。優と付き合っていて、有希と付き合う気はない。そうはっきり夕也に言うのだ。
夕也は怒るだろうけど、怒られてもいい。ひょっとしたらその先に、有希と夕也が結ばれ
る展開だってあるのかもしれない。麻衣は俺と優のことを認めると言った。有希に関して
いえば、よくわからないけど、少なくとも夕也が俺と優のことを認めてくれれば、優にと
ってはだいぶ教室にいやすいことになるだろう。夕也が有希のことを好きなことは間違い
ないだろうから、こいつが俺と優のことを認めることだってあるはずだった。その先に有
希が夕也と付き合ってもいいと考えるかどうかはともかくとして。

 しかし。サボるって、どうやって先生に言い訳すればいいんだよ。


「おまえ、来るの遅せえよ」

 夕也が身勝手にも俺に文句をつけた。優に電話するのを先延ばしにしてまで付き合って
やっているのに。

「てめえ、ふざけんな。何日も無視してたくせにいきなり声をかけて授業までサボらせや
がって」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

「何言ってるんだよ」

 本当に何なんだ。

「・・・・・・俺さ、今朝授業開始前に佐々木に呼び出されてさ」

「またかよ。おまえ前から佐々木に何を注意されてるんだよ」

「うるせえよ。俺と馴れ合ってるような口きいてんじゃねえよ」

「・・・・・・いったい何なの? おまえ」

「おまえが勘違いしないように言っておくけどよ。俺は有希の気持ちをあれだけひどく弄
んだおまえのことを許したわけじゃねえんだぞ」

 だからそうじゃねえのに。

「だからおまえと二見のことなんかどうなってもいいって思ってたんだけどよ」

 何なんだ。いったい。

「今日、朝の結構早い時間に佐々木に呼び出されてよ。職員室に朝の七時前に行ったら、
まだ佐々木が来てなくてさ。そしたら担任が職員室の片隅でひそひそ電話してたんだけど
よ」



 それは優の親への電話だったそうだ。佐々木先生を待つ間、夕也は聞くともなしに担任
が電話しているのをぼんやりと聞いていたそうだ。夢中になって電話をしている担任は、
夕也のことに気づいていなかったのか、声をひそめつつもかなり興奮した様子で電話をか
けていた。その中に二見優という単語が聞こえたらしい。夕也はそれを聞くと担任の低い
声に気持ちを集中した。

『当校としてもネット上の誘惑や危険に関しては、これまでも専門家を招いたりして生徒
たちには注意喚起してきましたけど、最近の風潮からして多少のことは見逃してきました。
でも、さすがに今回の件は許容範囲を超えています。他の生徒たちに与える影響が大きす
ぎるんですよ』

 担任の教師は額の汗を拭いながら、声をひそめながらもまくし立てるように話をしてい
たそうだ。

『高校生が下着姿の際どい写真をネット上で公開してたんですからね。二見さんは学校で
は友だちこそ少ないようでしたけど、これまで成績も素行も何も問題はなかったのに。も
ちろんいじめられているということもなかったし、何でこんなことをしでかしたのか』

『とにかく、投書に書いてあったURLをそちらにお送りします。ご自分の目で娘さんか
どうか確認してみてください。まあ、誰が見ても二見さんであることは間違いないと思い
ますが』

『はい。当然校長には報告してあります。誰が投書したのか? それはわからないですね。
というか、私の携帯のメールに投書してあったのでうちの学校の関係者、おそらくは生徒
だと思いますけど、WEBメールからのメールだったので特定は無理でしょうし、特定す
る必要もないでしょう』

『はい。ご自宅のアドレスでいいですか? ああ、携帯に。わかりました。そろそろ娘さ
んも家を出る時間だと思いますけど、今日は自宅で待機するようにお伝えください。頭ご
なしに怒らないようにしてください。事情を聞く前ですし、何か無茶な行動をされても困
りますし』

 夕也がそこまで聞き取った時、佐々木先生が職員室に入ってきたため、夕也はその後の
担任と優の親とのやりとりを聞くことはできなかったそうだ。


「そんで、教室に戻ったら二見が来てないじゃんか。いったいあいつ何をしでかしたんだ
よ。下着姿ってまさか・・・・・・」

「ああ」

 女神行為が先生にばれたんだ。いったい何でこんなことに、つうか誰が。まさか、麻衣
が。いや、麻衣にはモモが優だと特定できる情報は入手できないはずだ。女神スレの画像
は十五分くらいで削除されるのだ。ありえないほどの偶然でリアルタイムの女神行為に遭
遇しない限り、画像を見ることはできない。つまり、仮に麻衣が貧乳スレを見たとしても、
それが優の女神行為だとは、優が女神だとは特定できたはずはない。というか担任がスレ
を見たとしても、なぜモモが優だと特定できたのか。画像なんか見られないはずじゃない
か。女神が自己の安全を図るためには、顔を隠すことと画像を即デリすることが必須条件
だった。顔を隠すことに関しては、確かに優は甘かったかもしれない。目に細い線を重ね
るだけでは、わかる人にはわかってしまう。でも、画像を即デリしている以上、学校の関
係者にばれるはずはないのだ。高校生でいつも女神スレに張り付いているようなやつはい
ないはずだ。

「ああじゃねえよ。俺はおまえらなんか大嫌いだけど、でも何つうかよ。二見も大変なこ
とになりそうだから」

「・・・・・・悪い。心配させちゃって」

「おまえらのしたことを、別に許したわけじゃねえぞ」

「・・・・・・ああ」

「まあ、ネットとか下着とかってだけでも、何が起こってるのか察しはつくけどな」

「今は俺の口からは言えねえけど」

「別に聞きたかねえけどよ、そんなどろどろしてそうな話。でも、おまえら何馬鹿なこと
やってんだよ」

「悪いな、夕也。俺、優の家に行くから」

「え?」

「今日は学校サボるから」

 これはやばい。俺はそう思った。いっこくも早く優と会って、善後策を話し合わないと。

「じゃあ、俺はこれで」

「・・・・・・しょうがねえなあ」

「何だよ」

「しょうがねえから担任にはおまえも体調が悪くなったって話しといてやるよ」

「・・・・・・悪い」

「うるせえ。黙って早く行けよ。きっと二見も悩んでると思うぜ」

「ありがとな」

「俺に礼を言うな。助けたくてしてんじゃねえよ。でも、おまえが落ち込むと有希とか麻
衣ちゃんが悲しむんだよ。察しっろよクズ」

「ああ。じゃあな」

「おう」


今日は以上です
また投下します

おつんつん


とりあえず、何とか担任が来る前に学校から抜け出せた。あいつの家に向かいながら電
話をしようと俺は思った。何度かコールしても優は電話に出ない。

 俺はほとんど走るように足早に歩きながら考えた。これからあいつはどうなるんだろう。
自宅謹慎とか先生から事情聴取を受けるのだろうか。それとも下手すれば停学とかもある
かもしれない。優が停学になるにしても、何で停学になったかを学校が生徒に公表したり
することはあるのだろうか。そんなことになったら本当に優はお終いだ。

 いや、女神行為をしてたから停学なんてそんなことを公表するわけがない。生徒にショ
ックを与えることになるし、何より学校の評判も落ちるだろうし。俺は祈るような気持ち
で自分にそう言い聞かせた。確かに、優の行為は道徳的ではないけれども、反面、法律を
侵しているわけではない。つまり、下着姿なのだから公然わいせつ罪の構成要件を満たす
ようなことではないはずだ。でも、それなら何で俺は今彼女の処分に即座に納得できたの
か。それが、同級生たちに知られたら恥ずかしい行為、彼らから今度こそ本当に優が排斥
されるような行為を、彼女がしていたと理解できていたからではないのか。

 思考が混乱して、今、自分がは何をすればいいのか考えられない。とにかく、優と連絡
を取ろう。あの聡明で大人びている優なら、彼女が陥っている立場を明確に説明してくれ
るかもしれない。あいつは、こんなことで混乱してパニックになるような性格ではない。
自分のしていることのリスクさえ、冷静に考えて女神行為をしていたのだから。

 それに。あれを撮影したのは俺なんだから、ある意味俺にも責任がある。そこに思い至
った俺は、たまらない気分になった。早く駅まで行って電車に乗ろう。電車の中でメール
すればいい。俺は半ば錯乱した状態で駅に向かって、今度こそ全力で駆け出した。

 何とか下りの電車に間に合った俺は、スマホから優にメッセージを送った。

『携帯に連絡してくれ。女神行為が担任にばれたのか? ・・・・・・すごく心配している。連
絡くれ』



 結局、その日俺は優と会えなかったし、連絡も取れなかった。優は俺のメッセージを既
読にしなかったし、優の家まで行って恐る恐るチャイムを鳴らしてみたものの、静まり返
った彼女の家からは何の反応もなかった。

 俺は途方にくれた。いったいこの先どうすればいいのだろう。優の家の前にいても仕方
がないけど、今更優のいない学校に戻る気はしなかった。俺はそのまま自宅に向かって混
乱した感情を持て余しながら歩き出した。ひどく混乱していた俺だったけれども、歩きな
がら考えているとすこしづつ疑問点が思い浮んできた。夕也が担任の鈴木先生の言葉を正
確に覚えているとすると、鈴木先生は優の親にこう言ったのだ。



『女子の高校生が下着姿の際どい写真をネット上で公開してたんですからね。お嬢さんは
学校では友だちこそ少ないようでしたけど、これまで成績も素行も何も問題はなかったの
に。もちろんいじめられているということもなかったし』

『とにかく、投書に書いてあったURLをそちらにお送りします。ご自分の目でお嬢さん
かどうか確認してみてください。まあ、誰が見てもお嬢さんであることは間違いないと思
いますが』



 夕也の記憶が正しいとすると、鈴木先生は緊急時の連絡網に記載してある自分の携帯の
メアドに送られてきたメールを開き、そこにあるURLを踏んで優の下着姿を確認したこ
とになる。だけどよく考えれば優は女神行為をする時は、自分のうpした画像を十五分く
らいで削除しているのだ。削除が早すぎて即デリ死ねよとか叩かれるくらいに徹底して。

 昨日と今日は優は女神行為はしていない。昨晩、俺の撮影した画像が自撮りじゃなくて
彼氏とセックスした時に彼氏が撮影したんじゃないかという疑惑に答えるレスはしていた
けど、その時は画像そのものはうpしていなかったのだ。それなのに鈴木先生が優の画像
を見られたはずがない。俺は何だか嫌な予感がした。額から汗が滲んでくる。俺は足を早
めて自分の家に駆け込むようにして入った。そして、リビングのパソコンを起動した。


 パソコンが起動すると、俺はすぐ検索サイトを開いて優のコテトリを入力した。以前も
同じワードで検索したことがあったのだけど、最初のほうに女神板のスレがヒットしたの
でそれ以降の検索結果は確認していなかった。でも今日は違った。検索結果が表示された
ディスプレーを眺め、俺は女神板以外にヒットしたサイトを確認し始めた。あの時、何で
検索結果を確認しなかったんだろうと思うほど、ヒットしたサイトは少なかった。その上
位にヒットしたのは当然ながら全て女神板のスレだった。



【貧乳女神も】華奢でスレンダーな女神がうpしてくれるスレ【大歓迎】
【緊縛】縛られた女神様が無防備な裸身を晒してくれるスレ【被虐】
【女神も】女神様雑談スレ【住人もおk】



 その下にある検索結果には見慣れないタイトルが表示されていた。



『今春入学したばかりの処女のJD1が大胆な姿を露出!!―ミント速報過去ログ』



 俺はそのリンクをクリックした。そこはミント速報とかいうサイトで、やたらに有料動
画とかの宣伝リンクが連なっており、ページ全体が女性のあられもない裸体で埋め尽くさ
れているようなアダルトサイトだった。でも、そこに浮かび上がったメインの記事はよく
覚えているものだった。



モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ~。誰かいますか』
モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』



 そして、そこには画像を開くまでもなく最初から優の画像が表示されていた。それは、
俺が優にメールを貰って初めて見た時の、女神板にうpされていた彼女の際どい姿の画像
だった。・・・・・優があれほど気を遣って削除していた女神板の画像は、こうして半永久的
に他のサイトに転載され、誰でも閲覧できるようになっていたのだ。

 もう間違いなかった。鈴木先生が確認したのはこの画像だろう。そして、目に線が入っ
ているとはいえ優をよく知っている人には、その画像が彼女のものであることはすぐにわ
かったと思う。優は、いや優ならネットとか詳しいのだからこいつが大丈夫というなら大
丈夫だろうと安心していた俺も、今思えば本当にバカだった。まとめサイトのことは知っ
ていた。そもそも優の話では、2ちゃんねるに入り浸るようになったきっかけはまとめサ
イトだったはずだ。それなのに自分がうpした画像やレスしたスレが転載される可能性が
あることに全く気がついていなかったのだ。

 俺は今自分がどうすればいいのかわからなかった。優との連絡は相変わらず取れない。
優はこの先どうなるのだろうか。

 それについて考えているうちに、俺は次第に落ち着きを取り戻してきた。優の女神行為
が学校に知られたことは大変なことだったし、今頃優はどこかで学校側から事情聴取をさ
れているかもしれない。だけど、優がしたことが犯罪ではないことは確かだし、おそらく、
直接的な校規違反ですらないはずだった。学生としてふさわしくない行動を取ったという
ことで、停学くらいにはなってしまうかもしれないが、それ以上の処分はないだろう。


 俺は優の処分の程度に思いが至ったせいで、更に落ち着きを取り戻した。優にとって最
悪なのは、周囲の生徒に自分の女神行為を知られることだろう。そうなったらもう、元の
ようにぼっちに戻るくらいでは済まない。噂に耐えかねて学校は中退することすらありそ
うだった。ただ、学校側が優の処分の理由を公表することは考えられない。教師の不祥事
ではないのだから、過ちを犯した生徒の将来への配慮ということは必ずなされるだろう。
それに、学校の評判を落とすということも考慮されるに違いない。優が停学処分で自宅謹
慎していることについて、クラスの同級生には家庭の事情でしばらく優は休みだと言うよ
うに伝えられるに違いないだろう。

 優にとっては、自分が親に隠れてしていたことを知られてしまったことは辛いだろう。
両親との関係はぎくしゃくするだろうし。そして優の処分が軽かったとしても、当然なが
ら優の女神行為はこれで終わりだろう。もう、ネット接続すらさせてもらえないかもしれ
ない。当然、俺が優の肢体を撮影することもなくなるわけだ。

 でも、それはもう仕方ないことだった。優が登校してきたら二人で話し合って最初から
やり直そう。俺たちは、俺と女神ではなくなった優は、この機会に普通の高校生らしい交
際だってできるはずだ。

 少しだけ安堵した俺が次に疑問に思ったのは、だれがこれを学校にチクったのかという
ことだった。鈴木先生が言っていたように、行内連絡用の鈴木先生の携帯に電話をしてき
たということは、生徒か、少なくとも学校関係者であることは間違いない。ただ、その相
手を特定するのは無理だ。2ちゃんねるかミント速報を偶然に閲覧したうちの学校の関係
者が、動機は不明ながら鈴木先生にチクったということだけしかわからない。誰であって
も不思議はない。ミント速報というアダルトサイトはいかにもアクセス数が多そうだった。
俺は念のためにこのサイトの名前で検索してみることにした。

 検索結果は膨大だったけど、とりあえず俺は最初の方にヒットしていた「ネットスラン
グ用語集」とかいうサイトを開いてみた。



『ミント速報(みんとそくほう)』

『誰でも無料で閲覧できるアダルトサイト。2ちゃんねるの女神板に貼られた画像、動画
を無断転載しているまとめサイトの最大手』

『女神のレス、画像、動画の転載を繰り返すことで巨大化し現在では毎日数十万のアクセ
スを稼ぎ十万人規模の利用者がいると言われている』

『過去にミント速報に転載されたことにより、女神の素性が割れて、氏名、年齢、学校や
職業、更には住所までネット上で大々的に晒された事件が何度も起きている札付きのサイ
ト』

『通常は女神板に貼られた画像は身バレや転載防止のために即座に削除されるが、ミント
速報を含むアダルトサイト管理者は、女神板に貼られた画像、動画を自動で回収するツー
ルを使っているとされている』

『また、複数の協力者が女神板に常駐していて、画像が削除される前に女神の画像を回収
し、アダルトサイトの管理者に提供しているとも言われている』



 これが事実なら俺と優はこれまで無防備過ぎたのだろう。でも、そのことを今更後悔し
ても仕方がなかった。それより、このミント速報は毎日数十万のアクセスがあると記され
ている。これだけの利用者がいれば、その中に優をよく知っているうちの生徒がいても不
思議はない。


 優のことは心配でたまらなかったけれど、俺にはリビングのパソコンを立ち上げたとき
の状況が気がかりだった。それでも俺は優を陥れた犯人が麻衣ではなかったことに安堵し
ていた。というのは、最近の麻衣の発言や行為には、あいつが優の女神行為を知っている
としか思えない微妙な言葉があったからだ。でも、それは杞憂だったようだ。少なくとも
妹は今回の件に関係していない。麻衣は2チャンネルのスレを見たのかもしれないけど、
VIPのあのスレをリアルタイムで見れる可能性は相当低いし、たとえ見れたとしてもリ
アルタイムでなければ画像は削除されていたはずだ。そして、それは女神スレでも同じは
ずだった。ミント速報を見られさえしなければ。

 俺はただ妹が犯人であることへの否定的根拠が見つかったことに安堵していた。たとえ
俺が閲覧したスレを麻衣が発見したとしても、画像が削除されている以上、それが優のこ
とは思いもよらないだろう。

 ふと妹が突然購入したノートパソコンのことを思いついた。もしあのパソコンの閲覧履
歴にミント速報があったとしたら。

 ・・・・・・再び心が重くなってくるのを感じながら、俺は壁にかかっている時計を眺めた。
まだ、昼の十二時三十分だった。学校では今昼休みの最中だ。

 妹の留守中に妹の部屋に勝手に入り妹のパソコンを調べることに、俺は少しためらいを
感じたけど、妹の行動の真実を解き明かす方が優先だと、俺は自分に言い聞かせた。俺は
リビングのパソコンを終了させて、二階の妹の部屋に向かった。

 見慣れた妹の部屋に入ると、机の上に置かれているノーパソを開いて電源を入れた。一
瞬、パスワードがかかっていたらどうしようかと思ったけれど、妹のパソコンはしばらく
して無事に起動を終えた。俺はブラウザをクリックした。

 ブラウザの起動時に表示されるホーム画面は、このパソコンのメーカーが運営するポー
タルの画面だった。今のところ怪しいところは何もない。まず俺はブックマークを開いて
みた。

 ・・・・・・その結果は微笑ましいというか、健全な女子高生そのものだった。



『お手製お惣菜のヒント』
『お弁当に使えるレシピ』
『ガールズ・スタイル―女子中高生のためのファッションブログ』
『ツィンクル・スター:携帯小説ブログ』
『読モになろう!』



 俺はブクマされているサイト名を確認しながら、ブックマークの画面をスクロールして
いったけど、別に不審なサイトは見当たらない。



「恋占い」
「新作電子書籍のご紹介「妹が大好きでもう我慢できない!」
「鬼畜な兄貴:お兄ちゃんもう許して」



 鬼畜な兄貴じゃねえよ。俺は思わず心中で舌打ちした。でもまあ、妹のこの手の趣味は
昔からだ。俺は次に閲覧履歴を開いた。三週間前からの履歴が残っている。これはサイト
名が表示されずURLだけが羅列されているだけだったので、俺は時間をかけてURLを
クリックして、妹が閲覧したサイトを確認していくしかなかった。これには結局一時間以
上かかってしまった。

 ・・・・・・そしてほっとしたことに、その閲覧履歴の中にミント速報はなかったのだ。


 思い切って妹のパソコンを調べてみてよかったと俺は思った。妹は優を陥れた犯人では
なかったのだ。そして俺は、優とは優が登校してきたらよく話し合ってこれからは慎重に
普通の高校生のカップルとして、付き合えばいい。今朝の衝撃的な出来事に遭遇し動揺
しまくっていた俺が、それからわずか半日程度でここまで考えをまとめられたのも、夕也の
おかげかもしれなかった。俺はぼんやりとそんなことを考えながら、麻衣のパソコンを閉
じようとした。

 その時、俺はふと妹の閲覧履歴の中に残っていた掲示板のことを思い出した。それはミ
ント速報ではなかったので、調査を急いでいた俺は、その時はその掲示板を見もしないで
次のURLをクリックしたのだった。けれども、こうして少し安心した気持になっていた
俺は、その掲示板を見てみようと思いついた。その掲示板に俺が惹かれたのは、掲示板の
タイトルにうちの学校の名前が書いてあったからだった。



『学園の生徒集まれ~』



 これはいわゆる学校裏サイトってやつだろうか。まだ、妹の帰宅までには時間は十分に
あった。俺は少し心が軽くなっていたこともあり、好奇心にかられてその掲示板を見るこ
とにした。レスの大半は教師の悪口やテストや宿題の愚痴だった。あと、自分が気になっ
ている女子のことを書き込んでいるレスもあった。誰々がキモイとか、よく聞くいじめの
様なレスは見当たらず、裏サイトというほどのものじゃねえなと俺は考えた。もちろん教師
の悪口がある時点で学校には知られたらアウトなんだろうけど。

 全てのレスは匿名だったので、誰がレスしているのかはわからないけど、一度うちの担
任の鈴木先生のことを、自分の担任の鈴木がうざいとか書いてあるレスがあった。少なく
ともそいつは俺のクラスメートだろう。

 レスを読んでいるうちに飽きてきた俺がそろそろ読み止めようかと思い始めたその時、
突然、優の実名が書き込まれているレスに辿りついた。それは最近のレスだった。一瞬、
嫌な予感がした俺だったけれども、そのレスを読んでいるうちに何だか心が温かくなって
いくのを感じた。



『2年2組の二見さんって、最近感じよくね?』

『あ~。うちもそう思った。初めは人間嫌いな人なのかなって思ってたんだけど。最近良
く話すけどいい子だよ。成績いいけど偉そうにしないし』

『うちも二見さんから本借りちゃった。つうか今度一緒にカラオケ行くんだ☆』

『つうか二見さんって可愛いよね。俺、告っちゃおうかな』



 これだけ優は同級生に受け入れられている。これなら女神行為ができなくなっても、優
の「承認欲求」とやらは十分にリアルでも満たされるだろう。この掲示板を見てよかった
と俺は思った。掲示板のレスはあと少し残っていたから、俺は最後まで読んでしまうこと
にして、画面をスクロールした。



『誰よあなた。もしかして2組?』

『違うよ。俺2組じゃねえし。つうか2年ですらねえよ』

『・・・・・・二見さんって池山と付き合ってるんだよ。知らないの?』

『嘘。マジで!?』

『マジだよ』

『でもさ、池山と夕也って遠山さんを取り合ってたんでしょ? 池山って遠山さんを諦め
ちゃったのかな』

『まあ、夕也が相手じゃ勝ち目は(笑)』



 ・・・・・・それは少しへこむ内容のレスだった。そして語尾に(笑)がついているレスが一
番最後のレスだった。

 まあ、いいいや。優は今ではリア充だ。学校側が今回の処分を公表しない限り、これ以
上事が大きくなることはないだろう。俺は麻衣のノーパソを閉じ、階下に降りた。そうい
えば朝から何も食べていない。俺はキッチンに行って冷蔵庫を漁ることにした。


 冷蔵庫の中から食べられそうな食品をあさっていたとき、俺は背後から麻衣の声を聞い
た。

「・・・・・・お兄ちゃん」

「おう・・・・・・おかえり」

「・・・・・・ただいま」

「早かったな。短縮授業とかだった?」

 妹はそれには答えなかった。どうでもいい時間つぶしの会話なんかする気分じゃないの
かもしれない。

「どうかした?」

 それにしても、普段とは違う麻衣の様子に戸惑った俺は聞いた。

「別に。どうもしてないよ」

「そんならいいけど」

「・・・・・・お兄ちゃんこそどうしたの?」

「どうしたって何が」

「今日、学校早退したんでしょ」

「ああ、それか。ちょっと体調崩してさ。あ、家に帰ったら良くなっちゃったんだけど
ね・・・・・・まあ、サボりみたいなもん?」

「それならいいけど」

「いや、サボりだとしたらよくねえだろ」

「お兄ちゃん?」

「うん?」

「お兄ちゃんは今日早退したから知らないだろうけど」

「何が」

「お姉ちゃんから聞いたんだけど、二見先輩ってお家の事情でしばらく学校をお休みする
んだって」

 やっぱりそうなるか。

「・・・・・・うん」

「お兄ちゃん、知ってたの?」

「それは聞いてなかったけど、そうなるかもとは思っていた」

「そか」

 麻衣は自分のかばんを玄関前の廊下におろした。

「おまえ、さっきから何か言いたいことがあるの?」

「うん、これじゃわかんないよね。ごめん」

「あたし、やっぱりブラコンなんだろうね」

兄「はぁ?」

「ブラコンだから、あたし。たとえ学校中がお兄ちゃんの敵になっても、あたしだけはお
兄ちゃんの味方だから」

「はあ?」

「お兄ちゃん、二見さんのこと本当に好き?」

「ああ」

「そうだよね・・・・・・うん、そうだよね」

「おまえ、さっきから何を」

「お兄ちゃんが好きなら、二見さんがどんな人でもあたしも味方になるよ」

「おまえ、いったい俺に何を言いたいの?」

「・・・・・・うん。これだけじゃ、わかないよね」


 何か凄く嫌な気分がした。

「リビングのパソコンのメールって、共用じゃない?」

「ああ」

「それで前にメーラー開いたら、二見さんあてのメール見ちゃって」

 画像は削除したのにメールは放置しちゃっていたのだ。俺ってどうしようもねえな。

「おまえ」

「うん。最初は何のことだかわからなかったけど・・・・・・URLがあったから」



from :優
sub  :無題
本文『じゃあ、そろそろ始めるね。今のところ他の子がうpしてる様子もないから、見て
ても混乱しないと思うよ。念のために繰り返しておくけど、女神板はうpも閲覧も18禁
なんであたしは19歳の女子大生って名乗ってるけど間違わないでね。』

『モモ◆ihoZdFEQaoのがあたしのレスだから。あと結構荒れるかもしれないけど動揺して
書き込んだりしちゃだめよ? 君は今日はROMに徹して』

『ああ、そうそう。これは余計なお世話かもしれないし、あんまり自惚れているように思
われても困るんだけどさ。今日うpする画像はすぐに削除しちゃうから、もし何度も見た
いなら見たらすぐに保存しといた方がいいと思うよ』

『じゃあ、下のURLのスレ開いて待っててね。8時ちょうどに始めるから』

『やばい。何かドキドキしてきた(笑) 女神行為にドキドキなんかしなくなってるけど、
あんたに嫌われうかもしれないって思うとちょっとね。でも隠し事は嫌いなので最後まで
見て感想をください。あ、感想ってレスじゃないからね』

『じゃあね』



「見たのか?」

「うん。画像は見れなかったけど、付いてたレス読めば二見さんが何をしていたかはわか
った」

 まさかこいつが鈴木先生に。いや、それは違うことは今日確認できたのだ。

「正直、ショックだったよ。お兄ちゃんに初めてできた彼女が、誰にでも裸を見せるよう
な、ふしだらな人だったなんて」

 優はそんな女じゃない。でも、普通の人間の反応としてはきっと正しい反応なのかもし
れない。俺と優の関係は、彼女の女神行為なんて超越してるって思ってたけど。今更なが
ら、こういうのって人にわかってもらうのは難しいのかもしれない。

「でもね。あたしはそれでもお兄ちゃんの決めた人なら理解しようと思ったの」

 ・・・・・・え?

「誰にでも体を見せられるような人でも、たとえ水商売をしている夜の女の人でも、お兄
ちゃんが決めた人なら反対はよそうと思った」

「・・・・・・おまえ、さっきからいったい何が言いたいんだよ」

「おまえ、何言ってるんだ。優が休んでるからって俺まで学校を休む理由はねえだろ」

「優って呼んでるんだ」

「いやさその」

「体調不良なんでしょ? 念のために休んで」

「何でだよ? もう大丈夫だってえの」

「どうせ今日だってサボったんでしょ? それならしばらく休んでた方がそれっぽいっ
て」

「だから何でそこまで俺を休ませようとするんだよ。優が、女神行為をしてたのは事実だ
よ。おまえが見たとおりだ」

「・・・・・・うん」

「でもよ、人間関係なんて、恋愛関係なんて人様々だろ? 俺は優の女神行為なんて承知
の上で付き合ってるんだよ!」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「俺は学校に行く。優のことは別に恥じてねえし、優の停学中だって俺がこそこそする理
由なんてねえよ」

「さっきも言ったけど、二見さんとお兄ちゃんのことは応援するよ。でも、それなら、な
おさらお兄ちゃんは明日学校に行かない方がいい」

 俺にはその時の妹の言葉が理解できなかった。妹は優が女神行為をしていたことに気づ
いていた。そして、それは俺の不注意のせいだった。画像の削除とかには注意していたの
だけど、俺は不注意にも携帯からパソコンに転送した優からのメールをそのまま放置して
しまったのだ。妹はそのメールから女神板に辿りつき、優のレスを読んだのだった。あの
メールには優のコテトリも明確に記されていたので、誤解する余地は全くなかっただろう。

 妹が俺の彼女が女神だということに気づいていたことは、今日明白になった。それでも、
妹には優の画像は見られなかったはずだった。妹がミント速報に辿りつき優の画像を見た
形跡がないことは、今日一日でわかっていたし、鈴木先生に優の女神行為をちくって彼女
を窮地に陥れたのがこいつではないことも、わかっていた。

 それに、こいつは俺と優の交際に反対しないと言ってくれた。それはブラコンなこいつ
にとっては最大限の譲歩だったはずだ。それなのに、なぜこいつは俺に明日登校すること
を止めさせようとするのだろう。こいつは、何か俺が知らないことを知っているのだろう
か。

「何で俺が明日登校しちゃいけねえの」

 俺は妹に聞いた。

「俺は女神の優と付き合ってることを恥かしいなんて思ってねえよ。それに、そもそも学
校の奴らには湯うが女神行為をしてるなんて知られてねえし」

「まだ、今日はね」

 妹は暗い表情で言った。

 俺はこれまで、妹のことは何でも知っていると思っていた。幼少の頃から、両親が不在
がちなこの家で俺はこいつと二人きりで生きてきたのだから、こいつのことは何でも知っ
ていたつもりだった。こいつが初潮を迎えた時さえ、うろたえながらもこいつにいろいろ
説明し、有希の助けを借りながらドラッグストアに生理用品を死にそうな思いで買いに行
ったのだって俺だったのだから。

 でも、この時の妹の表情を眺めてもこいつが何を考えているのかはよくわからなかった。

「今日はそうだったけど」
 妹は繰り返した。

「明日も学校のみんなが何も知らないでいる保証なんてないんだよ」

 妹は俯いたままで続けた。

「何言ってるのかわかんねえよ。おまえ、何か知ってるなら教えてくれよ」

 俺は混乱しながら妹に言った。

「あたしにもお兄ちゃんに説明できるほど、知ってるわけじゃないよ。でも、明日学校で
何かあったら、お兄ちゃんはきっと傷つくと思う」

 妹は一瞬だけ、俺の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。

「あまり楽観的に考えない方がいいと思う。二見さんのことも、お兄ちゃん自身のこと
も」

 元気のない声だったけれど、それでも妹は俺を見つめながら話を続けた。

「そうなっても、あたしだけはお兄ちゃんの味方だけど」


今日は以上です
また投下します

いいぞー

おつんつん

やっと前作の尻切れ部分に追い付いてきた

おつおつ

既存スレまとめ直し
このペースなら、「女神」はあと半年くらいは掛かるかな

◯1.「妹の手を握るまで(2011/12/07~2012/02/11)」(完結:67日,総レス数:1192)

●2.「女神(2012/02/01~2013/05/27)」(未完:481日,総レス数:1766)
女神・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1337768849/)

◯3.「妹と俺との些細な出来事(2013/08/06~2014/03/02)」(完結:208日,総レス数:1159)
妹と俺との些細な出来事 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375800112/)
妹と俺との些細な出来事・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1388669627/)

●4.「ビッチ(2012/08/29~2013/12/18)」(未完:477日,総レス数:1459)
ビッチ・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360764540/)

●5.「トリプル~兄妹義理弟(2014/03/14~2015/04/21)」(未完:404日,総レス数:787)
トリプル~兄妹義理弟 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394723582/)

◯6.「ビッチ(改)(2014/11/26~2015/11/30)」(完結:370日,総レス数:568)
ビッチ(改) - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1417012648/)

◎7.「女神(2015/11/23~)」(連載中:224日,総レス数:290)
女神 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1448288944/)

ここ以外にスレがあるのかどうかまでは分からん
そういえば、「女神」の一部と「妹の手を握るまで」に関しては小説家になろうにあったけど、あれは以前言っていた別サイト?


作者ですがそれであってます
もっと言うと、そのまえに「アマガミ」二次三作もあるんですけど
本作の続きは近いうちに投下します

>>292
お疲れ様です
解凍ありがとうございます

>もっと言うと、そのまえに「アマガミ」二次三作もあるんですけど
ひ、ヒントをば……っ


>>293

そっちは黒歴史すぐるのですけど
まあ、恥かきついでに曝し



こんな感じ。ああ恥ずかしい

いいねいいね

>>294
ありがとうございますっ!これから呼んでみます!


「・・・・・・本当に今日、学校行くの?」

「休む理由なんてないからな。おまえ、何で俺が休まなきゃいけねえのか話してくれない
し」

「話してくれないって・・・・・・自分にだってよくわかってないんだもん、話しようがない
よ」

「だから、それがよくわかんねえって言ってるんだよ」

「直感的に不安になる時ってあるじゃん。お兄ちゃんはそういうことってないの?」

「ないとは言わねえけど、今は別にそういう感じはしない」

「まあ、あたしの思い過ごしならいいんだけど」

 麻衣が心配してくれていることくらいはわかる。けど、逆に言うと何で俺が今日登校し
ちゃいけないのかはっさっぱりわからない。優は今日もいないかもしれないけど、それと
俺の登校は別の問題じゃないか。

「お兄ちゃん、今日は二見先輩もいないいんだし、あたしたちと一緒に登校してね」

「たちって・・・・・・」

 誰だよ。

「お姉ちゃんだよ」

「二見先輩と付き合い始めたからって、いつまでもお姉ちゃんや夕さんと気まずいままで
いてもしょうがないでしょ」

「いや、夕也はともかく有希とは別に・・・・・・」

「それならいいじゃん」

「まあ、別にいいけど。でも、最近は夕也も一緒なんだろ?」

「よく知ってるね。夕さんと一緒はいや?」

「俺は別に気にしねえけど、夕也がいやがるんじゃね?」

「そんなことないと思う。多分、夕也さんもお兄ちゃんと仲直りするきっかけとか探して
るんじゃないかな」

「・・・・・・そうかなあ」

 夕也が求めていた有希が俺のことを好きで、俺が優を選んだことに夕也が憤っていたと
したら、あいつが俺と仲直りしたいなんて思わないだろう。

「とにかくもう行こ。遅れちゃうし」

 でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。学校に行けば優に会えるかもしれな
いのだ。


「あ、お姉ちゃんおはよう」

「麻衣ちゃんおはよう」

「よ、よう」

 俺はかろうじてそう言った。

「・・・・・・ようじゃないでしょ。やりなおし」

 有希がまるで今まで何もなかったように、かつての俺に注意していた頃のように言った。

「お、おはよ」

「おはよう麻人」

 優が優しく微笑んだ。

「夕さんおはようございます」

 有希と一緒に電車内に乗り込んできた夕也に対して麻衣があいさつした。

「おはよう麻衣ちゃん」

 それで、俺たち四人には沈黙が訪れてしまった。

「あんたたちさあ」

 有希が俺たちをにらんだ。

「二人ともあいさつくらいしたら?」

 麻衣も追い打ちをかけるように言った。

「そうだよ」

「・・・・・・よ、よう」

「・・・・・・お、おう」

「あんたたちはまた・・・・・・ちゃんとあいさつしなよ」

「まあいいじゃん、お姉ちゃん。照れ屋の男の人なりの精一杯のあいさつなんだよ、きっ
と」

 有希は俺たちをにらんでいた表情を緩めて少しだけ笑ったようだった。

 教室内に入ると、同級生の女の子たちが珍しく俺に話しかけてきた。これまでは、親し
げな素振りさえ見せなかったくせに。

「おはよ」

「おう」

「有希おはよう」

 うん? 今のは俺に対してのあいさつじゃないのか。

「広橋君おはよ」

「・・・・・・おはよ」

 有希が応えた。

「おはよう」

 夕也も応じた。

 俺に対してのあいさつはない。こいつら俺のことは無視するのか。何なんだ。昨日の朝
は優の休みのことを気にしてたくせに。まさか。

 まさか、優が停学だってばれたのか? いや、そんな訳はない。このことは学校側から
は公表されてはいないのだ。生徒で優の事情を察しているのは、妹と夕也だけのはずだ。

 じゃあ、いったい何んでこいつら俺のこと無視してるいんだろう。

 考えすぎなんだろうな。俺はそう思った。たまたま俺に声かけなかっただけだ。単なる
偶然だ。


 昼休みになると、夕也が俺に近づいてきた。

「おい」

「・・・・・・何だよ」

「二見さん休みだし、おまえどうせ飯食う相手いねえんだろ」

「だから何だっつうの」

「一緒に飯食わねえ?」

 こいつ、本当に俺と仲直りしようとしているのか。

「・・・・・・別にいいけど」

「じゃあ購買で弁当かパン買って中庭で食おうぜ」

 夕也は、有希とはもう昼一緒に過ごしていないのだろうか。

「学食でよくね」

「・・・・・・いや、あそこで話すると周りに聞かれちまうしな」

「え?」

「じゃあ行こうぜ」

 中庭のベンチで座ると、夕也は食事なんかする気もないみたいに俺の方を見た。

「とりあえずよ」

「ああ」

「おまえが有希にした仕打ちは腹立つけど」

「・・・・・・ああ」

 俺は別に悪いことはしてない自信はあるけど、ここで夕也に反論してもまた前と同じこ
とだろう。俺はそう思った。

「でもよ、有希も麻衣ちゃんもおまえのこと悪く思ってないようだし、このままじゃ俺だ
け馬鹿みたいだからよ」

「・・・・・・それで?」

「だから、とりあえず休戦にしようぜ」

「・・・・・・おまえはいったい何と戦ってたんだよ。俺は別におまえと戦ってたつもりはねえ
よ」

「とにかくそういうことだから」

「ああ・・・・・・。まあ、とりあえずお前が言いたいことはわかった」

「そんで本題なんだけど」

「今までのは本題じゃなかったのかよ」

「すじゃねえよ。お前、気づいてねえ? 何か教室の雰囲気、変じゃねえか? みんなが
っつうわけじゃねえけど」

 それは確かにそうだ。朝のことといい。

「変って言うか、俺が話しかけても無視するやつが結構いたな。全員に無視されたわけじ
ゃねえけど」

「それだよ」

「朝は気のせいかなって思ったんだけどよ。休み時間中もずっと無視されていたような」

「それよ。絶対、二見の停学と関係あると思うぜ」

「優がああいうことして停学になったっていうのは、学校側しか知らないはずだろ?」

「ああいうことって一体何をしたんだよ。二見は」

 今のこいつになら相談してもいいか。俺はそう思った。

「ここだけの話だぞ?」

「ああ」

「女神行為をしてた」


「何だって?」

「だから女神行為だよ。おまえ、ネットとかそういうのに詳しいだろ?」

「女神って、あの2ちゃんねる的な意味の女神か?」

「ああ」

「・・・・・・鈴木が二見の親に話してたのってそういうことだったのか。そういや下着姿がど
うこう言ってたもんな」

「・・・・・・まあ、そういうことで、優は多分停学で自宅謹慎になったんじゃないかと」

「ないかとって、おまえ二見と連絡取れてねえの?」

「あいつ、電話もメールにも返事しねえよ。優の家に行ったけど、誰もいないっぽい」

「そうか・・・・・・。まあ、おまえも二見のことは心配だろうけどさ。でも、二見の停学が何
日間かわかんねえけど、停学期間が終ったらまた二見と会えるさ」

「うん。俺も自分にそう言い聞かせてる」

「それにしても変だよな」

「変って何が?」

「おまえは昨日のホームルームの時、教室にいなかったから知らねえだろうけどさ、鈴木
は二見は家庭の事情でしばらく学校を休むってみんなに説明したんだよ」

「うん、そりゃ鈴木だってとても本当のことは言えないだろうからな」

「そんでみんな一応は納得してたみたいなのによ、今日になっておまえと話をするのを避
けるやつが出てくるって、おかしいだろ」

「まあ、そう言われりゃそうだな」

「何か嫌な予感がするな」

「どういうことだよ?」

「・・・・・・どっかから二見の女神行為の噂が流れてるとしか思えねえじゃん」

「まさか・・・・・・いったい誰が」

「鈴木にチクったやつじゃねえの。そいつくらいしか、真実を知ってたやつはいないはず
だし」

 確かに夕也の言うことも一理ある。まずい。

 俺はそう思った。夕也の言うとおりなら、これは優にとっては最悪の結果になる。

「おまえの言うとおりなら、優の立場は最悪じゃねえか」

 夕也に当たり散らしたってしかたないことなのに、俺は少し八つ当たり気味に夕也に答
えた。おまえらの事業自得だろ。俺は夕也にそう言われてもしかたないのに、でも、夕也
は言った。

「俺が探ってみる。俺はおまえと違ってシカトされてるわけじゃねえし」

「悪い」

 俺は思わず素直に夕也にそう言った。

「女子高校生の女神行為とかって、正直俺には理解できねえけどよ。二見が傷付くとおま
えも傷付くだろ。そうすっと有希とか麻衣ちゃんも辛い思いをするからな」

「・・・・・・悪い」

「だからおまえとか二見のためにするんじゃねえよ」


 まずい。夕也の考えていることが本当ならすげえまずい。これが本当だったら、優だっ
て自分の秘密が知られてる学校なんかに復学できるわけがない。噂だけならまだしも、学
校のやつらにミント速報の画像を見られたら。自分のああいう姿を、同級生に、下手をし
たら全校生徒に見られてるかもしれないってことなのだ。気ばかりが焦ってて、何も前向
きな考えが浮かばない。とにかく、夕也に期待するしかない。夕也は去り際に俺に言った。



『おまえがいたら、間違いなく知ってることを話してくれるやつなんていねえだろうし、
後でおまえに電話かメールで報告してやるから、自宅に戻ってろよ。あと、有希と麻衣ち
ゃんにも事実を話して協力してもらっていいな? あいつらなら秘密をペラペラ喋ったり
はしないだろうし・・・・・・まあ、内心どう考えるかは別にして。じゃあ、後でな』



 俺は、昼飯も食わずに自宅に戻った。もう担任に何と言われようが気にならない。夕也
が事情を探ってくれるっていうなら、あいつの言うとおりその邪魔にならないようにすべ
きだ。自宅で無為に時間をつぶしていると、いつのまにかもう授業が終わっている時間に
なっていることにきがついた。というか、普段ならもう麻衣も帰宅してもいい時間だった。
それでも。まだ麻衣も帰ってこない。ひょっとして三人で情報収集してくれてるいるのか
もしれない。そのとき、ベッドに投げ捨ててあったスマホが振動した。

 ディスプレイを見ると、夕也からのメッセージだった。



『やべえよ。二見の女神行為もろにばれてるつうか、どんどん知ってるやつが増えてる
ぜ』

『まとめサイトの画像の場所までみんなに知られちまってるぞ』

『おまえ、うちの学校の裏サイト知ってるか? URL貼っておくからとりあえず見てみろ』

『いいか、落ち着けよ。慌てたって何の解決にもならねえんだからな』

『また、家に帰ったら電話する』



 まさか。胸の動悸が激しくなった。俺は夕也のメッセージに記されているURLをなか
ば反射的に指でタップした。



『富士峰学園の生徒集まれ~』
『おい・・・・・・2年2組の二見のやつ、ミント速報ってとこで裸の写真をアップしてるぞ』
『マジだ! これ、女子大生とか言ってるけど、どう見ても二見じゃん』
『釣りだと思ったらマジじゃんか!』
『これはアウトだろ』
『つうか、うち2組だけど今日担任が二見はしばらく休みだって言ってた』
『学校にばれたんじゃねえの?』
『ぼっちかと思ったらびっちだったでござる』
『これはきついわ。池山もショックだろうな。あいつ、二見の彼氏なんだろ』
『変な女だと思ってたけど、ここまで酷いとは』
『前にさあ、援交がばれたやついたじゃん? あれより酷いよね』
『しかも何、この媚びたレス』
『手っ取り早くミントの二見のレス張っておくね』


モモ◆ihoZdFEQao『こんばんわぁ~。誰かいますか』
モモ◆ihoZdFEQao『人いた。最近恋に落ちたせいか痩せてますます貧乳になりました
(悲)』
モモ◆ihoZdFEQao『画像は15分で削除します。ごめん』
モモ◆ihoZdFEQao『あと乳首はダメです。需要ないかなあ』
モモ◆ihoZdFEQao『リクに応えてみました。乳首はダメだけどM字です。15分で消しま
す』
モモ◆ihoZdFEQao『ほめてくれてありがとうございます。じゃ最後は全身うpです。乳首
なしですいません。15分で消します』



『うわぁ・・・・・・』
『・・・・・・きも』
『まじかよ・・・・・・俺、結構あいつのこと好きだったのに』
『池山もかわいそうだよね。初めてできた彼女がこれじゃさ』
『だから有希にしときゃよかったのに』
『有希には夕也がいるからなあ』
『うち、もう二見さんと普通に話す自信ないよ』
『あたしも。つうか目も合わせられない』
『俺もそうだな』



 優の行為が学校のみんなに知られていたことはショックだった。学校側の配慮にもかか
わらず、誰かがミント速報をこのタイミングで見つけ、それは裏サイトに流したのだ。優
のしていたことは、道徳とかマナーに反していることには違いない。それは、今さら優の
裸身を撮影していた俺が言うことではないかもしれないけど、それでも俺は本気でそう思
っていた。誰に迷惑をかけたわけでもない。それなのに、今日はみんなで優のことを貶し
ている。優が下着姿の画像を誰かに見せただけで、何でここまでいじめみたいなことされ
なきゃないのだろうか。

 ・・・・・・ちくしょう。

 百歩譲ってミント速報で優に気がついたやつが鈴木先生に報告したのはいいとしても、
裏サイトでみんなにばら撒いて、晒し者にすることはないだろう。こんあことをしたやつ
は、正義感からしたわけじゃない。俺はそう確信いた。面白半分にこんな残酷なことをし
たやつがいるのだ。

 だいたいミント速報で優に気づいたっていうことは、そいつだってこんなエロなサイト
を閲覧してったてことになる。普段からブクマでもしていても不思議ではない。そんなや
つが、優の画像をばら撒いて、偉そうに気持悪いとか言う権利があるのか。

 ・・・・・・面白半分・・・・・・でも、本当にそうか? 俺は思いなおした。

 最初に先生にチクって次に裏サイトで晒すとかってやり方には面白半分ではなくて、悪
意のようなものを感じる。それは純粋な悪意とか、復讐心なようなものではないか。優は、
学校じゃ目立たないただのぼっちだったはずだけど、実は彼女に恨みを持っているやつが
いるのだろうか。考えたってわからない。どっちにしても、これでは優が復学したとして
も、とても学校で過ごせるような状況じゃないことは確かだった。いったい、俺はどうす
ればいいのか。


 見るのはつらいけど、俺はその裏サイトを更新してみた。新たな新着レスがずらっと浮
かびあがった。



『おい。二見のことでVIPにスレ立ってるぞ』
『マジで? URL貼ってくれ』
『これね』



 俺は更新した裏サイトの新着レスを見て、体が凍りつくような感覚を覚えた。裏サイト
以外にも優の画像のことが拡散しているのだろうか。裏サイトの最新のレスにはVIPの
スレへのURLが貼り付けられていた。俺は一瞬躊躇してから、観念してそのURLをク
リックした。

 それはVIPのスレで、しかも俺が開いた時点でレス数は七百を越えていた。それだけ
でなく、スレタイの最後についている「3」という数字はそのスレがパートスレで、3ス
レ目であることを示しているようだった。とりあえず、最初の数レスに「今北用ガイド」
という解説みたいなレスが乗っていた。俺は震える手を何とか制御して画面をスクロール
しながら、それを読んだ。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwww3【乗り遅れるな】』

『今北用ガイド』

『女神板にjk2が緊縛画像をうp』

『即デリ安心(はあと)って思っていた情弱()なjkの甘い考えを裏切り、この子のレス
と下着緊縛画像がミント速報に転載』

『暇なやつがその画像のexifデータを解析』

『携帯に登録されていたプロフィール情報がexifに記録されているのを発見、VIPに
スレ立て』

『流出したプロフィールは次のとおり』

『機種名称:iPhone6、実名:二見優、自局電話番号:090-×××―○○○○、メアド:×××.ne.jp』

『その後現在までに判明した女のプロフ:富士峰学園2年2組』



 俺にはもう何も考えられなかった。vipに優の個人情報が晒されている。そればかり
か、それに続く数レスを読んだだけでも、このスレは単に優の個人情報を晒しだそうとし
ているだけではなく、優に社会的制裁を加えようとしているスレだったのだ。

 以前も、時折この手のスレを見かけることはあった。でも、それは犯罪や公衆道徳に反
して反社会的行為を犯した、そしてそのことをブログ等に自慢げに書いていた人が追求さ
れていたはずだ。優のしたことは、生理的に受け付けない人はいるだろうけど、誰に迷惑
をかけたわけではないはずだ。女神板のスレの住人は感謝し、うpした優の承認欲求は充
たされる。そのことのどこに犯罪行為や反社会的影響があるというのだろうか。嫌なら見
るなという言葉があるけど、まさにただそれだけのことじゃないのか。

 それなのにこのスレには、優を追い詰めようというレスで溢れていた。中には別に犯罪
じゃないしいいじゃんという常識的なレスもあったけど、それらのレスは瞬殺され、面白
半分に優を懲らしめようというレスがこのスレの大多数を占めていた。


『富士峰学園のホームページに、問い合わせ用の電話番号とメアドが乗ってるな』
『学校に電凸していいか』
『今日はもう遅いからな。明日朝一斉にやろうぜ』
『こいつのメアドにもメールしたけど反応なし』
『この女の携帯電話もつながんねえな』
『誰か、富士峰学園の関係者いねえのかよ』
『いるぞー。俺、富士峰の3年だけど。こいつ、この前までぼっちだったけど最近彼氏が
できたんだぜ』
『スネーク発見。自分が実名バレしてること、こいつもう気づいてるのか?』
『つうかこいつ休んでるみたいだ。もう学校にバレてるんじゃね?』
『おい、まずいぞ。学校がこのことを知ってるとすると、もみ消しに走るぞ』
『つうか、これって最終目標は? 停学に追い込むでおk?』
『甘い。こんな破廉恥なことをしてたんだ。退学に追い込んでこそメシウマ』
『情弱ってだけで別に犯罪をしてた訳じゃないんだし、凸る必要なくね?』
『確かにな。飲酒喫煙とかじゃねえもんな』
『黙れ。こういう破廉恥な行動で未成年に衝撃を与えた影響は大きいだろうが』
『おまえらって、自分たちは女神を煽ってなるべくうpさせようとするくせに、こういう
時だけ手のひらくるくるするのな』
『彼氏がいるリア充jkに嫉妬してるんだろ。このスレの童貞どもは』
『まあ、彼氏が可愛そうだから、こいつを追い詰めて別れさせてあげるのが俺たちのジャ
スティス』
『明日一斉に学校に抗議メールと抗議電話で凸るでおk?』
『おk。それで行こう。急がないともみ消されるぞ』
『富士峰学園のやつ、スネークよろ』



 俺の頭は真っ白で何も考えられなかった。退学に追い込む? 俺が可愛そうだから優を
追い詰めて別れさせてやる? こいつらは何を言ってるんだ。真っ白だった俺の頭に次第
に怒りの感情が漲ってきた。こいつら、面と向かって話すならともかく匿名掲示板である
ことをいいことに、好き勝手なことを言いやがって。俺は、実際にこいつらを目にしたら
即座に殴りかかっていただろう。だけど、匿名の誹謗中傷の恐ろしさは反撃を許さないこ
とだ。ここで優のことを追い詰めようとしてスレをお祭り状態にしているやつらは、自分
たちが絶対に安全な立場にいることを承知して騒いでるのだ。

 俺はこのスレにレスしそうになる気持を必死で抑えた。こんなところで反撃のレスをし
ても無視されて終わりだ。それは数レスくらいはあった常識的で穏健な意見に対して、黙
れというレスが即座にされたことからも明らかだった。

 もうこれ以上このスレを見続ける気力は俺にはなかった。俺は、スレを閉じてぐったり
と椅子の背もたれに寄りかかった。

 ・・・・・・その時、俺は背後から包み込むように優しく抱き締められたことを感じた。

 麻衣の湿った優しい声が俺を宥めるように背後から響いた。

「お兄ちゃん・・・・・・大丈夫?」

 いつのまにか帰宅して、黙って背後から寄り添ってくれた妹に対して、もう取り繕った
態度はとっていられなかった。俺がみっもなく無様に泣き続けている間、妹は黙って後ろ
からそっと抱きしめてくれていたのだった。


今日は以上です
また投下します

おつ


 翌朝の教室で、時間になっても鈴木先生は姿を見せなかった。普段滅多にない出来事に
生徒たちはざわめきながら、自分の席を立って思い思いのグループにまとまって何が起き
たのかを推測しあっていた。

 登校中も、校内や教室に入ってからも、俺は自分に向けられた周りの生徒たちの視線を
痛いほど感じていた。それは、好奇心からだったり、憐憫からだったり嘲笑からだったり
と、いろいろな関心が込められた視線だった。こうして周囲の関心を一心に集めている割
には、俺に挨拶したり話しかけてきたりするやつは誰もいなかった。こうなることは、昨
日の夜の時点で察しはついていた。

 それでも俺が登校し、教室に入って今自分の座席についていられたのは、麻衣と有希、
それに夕也のおかげだった。

 あいつらは、俺に向けられている含みのある視線に対抗するように、いつもより賑やか
に声を出して俺に話しかけた。麻衣は、昨晩以来片時も俺のそばを離れようとせずに俺に
ぴったりと寄り添っていたし、有希と夕也もその様子を気にすることもなく、まるで俺に
向けられた視線から俺を守るように、俺のそばを離れなかった。二年生の校舎の前で、妹
は名残惜しそうに俺の手を離し、そしてまるで俺の保護者であるかのように俺の手を有希
に託したのだった。

「お姉ちゃん、お願い」

 有希はためらうことなく俺の手を取った。

「うん、わかってる。任せて」

「じゃあ、あたし行くね。夕也さんもお願い」

 妹はそういい残して一年生の校舎に向かって去って行った。

「じゃあ行こうぜ」

 夕也は、有希が俺の手を握っていることに気づいていないように、まるでこんなことは
当たり前のことだから気にするまでもないさとでも考えているようにさりげなく言った。

 ホームルームの時間が無為に過ぎ去り、一時限目の授業が始まる直前に学年主任の先生
が息を乱して教室に駆け込んできた。

 先生は教室の無秩序ぶりに一瞬苛立ったようだったけど、特に声を荒げることもなくみ
んな席につけと言った。慌てた生徒たちが自分の席に戻ったころを見計らって先生は出席
を取り始めた。途中で、女の名前が呼ばれずに飛ばされたことに俺は気づいた。

「鈴木先生はちょと急な仕事があるので、先生が代わってホームルームに来ました。あと、
そういうわけで一時限目の鈴木先生の授業は自習になります。みんな真面目にやれよ」

 慌しく事情を説明すると、学年主任は質問を受け付けずに再び早足で教室出て行ってし
まった。


 何コマかの授業が終わり昼休みになった。正直、食欲なんかなかったし、授業の内容す
ら全く理解できていなった俺を、有希と夕也は中庭に連れ出した。中庭には最近は俺と一
緒に行動しようとしなかった、麻衣が待っていた。こうしてこの四人で一緒に昼飯食うなんて久し振りだ。

 ・・・・・・やっぱり、この四人の関係っていいな。俺はそう思った。こんな時なのに本当に
救われる感じがする。こいつらがいてくれなかったら、今日は途中で家に帰っていただろ
う。

「お兄ちゃん、食欲ないの?」

 これ以上こいつにも心配かけるわけにはいかなかった。

「いや、そんなことないよ。おまえの弁当久し振りだけど、やっぱりおまえ料理上手だ
な」

「今更何言ってるの。麻衣ちゃんは今すぐ結婚して奥さんになっても大丈夫なほど料理は
昔から上手だったじゃない」

 有希が笑ったって言った。

「お姉ちゃん、やめてよ」

「・・・・・・いや、それは本当にそうだし、俺も前からよく知ってるけど。何か、最近さ。麻
衣の弁当とか食ってなかったから新鮮でさ」

「麻衣ちゃんに惚れ直したか」

 夕也の言葉を言いて、麻衣は再び沈黙してしまった。
 
「あんたはこんな時に・・・・・・ばか」

「悪い。変な冗談言ってすまなかった。今はそんなこと言ってる場合じゃねえよな」

「いや、俺は別に」

「謝るよ麻人。悪かった」

「もうわかったって」

「気にしないで、夕さん」

「ああ。もう言わねえよ。それよかさ、二見のことだけど」

「夕也、それは・・・・・・」

 妹が俯いてしまった。

「うん。そんなに気にしてくれなくていいよ。みんな知ってるんだろ?」

 俺はそう言った。今さら、俺のことを考えてくれているこいつらに事実をとりつくろっ
たってしかたがない。

「・・・・・・うん。裏サイトに書かれてたし。2ちゃんねるでも」

「あたしも読んだ」

 有希が目を伏せてそっと言った・

「っていうか今日の教室の雰囲気だと、大部分のやつらが既に知ってそうだな」

 夕也が冷静にそう言った。

「・・・・・・言い難いんだけど、一年生の教室でも噂になってる。というか二見先輩の、そ
の」

「何?」

 夕也が聞いた。

「お兄ちゃんごめん。二見先輩の下着だけの写真とか」

 俺はその時何も言えなかった。本当に何も。

「麻衣ちゃん・・・・・・」

「二見が縛られてるみたいなポーズの写真とか、男の子たちが携帯で見せあって・・・・・・」

 その写真を撮影したのは俺なのだ。両親から妹を撮影するように言われて渡されたカメ
ラを使って。

「・・・・・・麻衣ちゃん、泣かないの」

「・・・・・・ごめん」


「・・・・・・ちくしょう。どうして優だけがこんな目に会わなきゃいけないんだよ」

「・・・・・・お兄ちゃん」

「あいつは誰にも迷惑なんてかけてなかったんだよ。何も悪いことなんてしてなかったの
に。何で優がここまで追い詰められなきゃなんねえんだよ」

「麻人、落ち着いて」

「あいつの生活を・・・・・・あいつの人生を壊す権利なんか誰にもねえはずなのに」

 麻衣も有希も黙ってしまった。しばらくの沈黙の後、夕也が口を開いた。

「おまえの気持ちもわかんないわけじゃねえけどよ」

 夕也がそう言った。

「二見が何にも悪いことをしなかったっていうのは、おまえの惚れた欲目じゃねえかな」

「・・・・・・何だと」

「ちょっと夕也、何言ってるの」

「ここの生徒の大半は、特に一年生の女子は、二見がしていたことを知ってショックを受
けたはずだぞ」

 何でだよ。優は何も悪いことはしていないのだ。少なくとも法を侵すようなことは。

「二見がしたことは普通の高校生のすることじゃねえだよ。どうしておまえはそこを考え
ねえんだよ。彼女の女神行為でトラウマになるほど傷付く子だっているんだぞ。二見のこ
とを心配するのはいいけど、彼女のしたこと矮小化しようとするな。それだけのことをや
らかしたんだってことをちゃんと見つめろ」

「・・・・・・それは」

「あたしもね」

 申し訳なさそうに俺の方を見ながら小さな声で有希が言った。

「有希・・・・・・」

「二見さんと麻人のことすごく心配だし気の毒だけど」

「お姉ちゃん・・・・・・」

「本当はあたしも夕也の言うとおりだって思う。っていうかあたし自身今だに信じられな
いし、最初に二見さんのああいう姿を見た時、トイレで吐いちゃったくらいショックだっ
た」

「・・・・・・お姉ちゃん、何で今そんなこと」

「ごめん麻衣ちゃん。でも、あたしも麻人には嘘はつけない」

「そういうことだ。厳しいこと言ってるみたいだけど、それくらいのことを二見はやらか
したんだよ」

 俺はそれにはもう反論できなかった。多分、夕也や有希が言っていることもまた間違い
ではないだろう。同じ学校の生徒の裸なんか、ましてや緊縛ヌードなんか、男子ならとも
かく女子が見たいわけがないし、それを見てショックを受ける子がいたって不思議じゃな
い。ここは、進学校で男女関係にうとい子だって多いのだ。ましてや一年生の女子なら。

 嫌なら見るな。ネット上で縁もゆかりもないやつらにはそう言えるだろうけど、裏サイト
にURLを貼られていた以上、偶然にそれを見てしまった子たちを責めるいわれもない
のだ。

「それをちゃんと認めたうえで、どうするか考えないと、おまえらまた間違うぞ」

 みんな黙ってしまった。

「こんな時に厳しいこと言って、悪いとは思うけどよ」

 夕也が厳しい表情を崩さずにそう言った。

「お兄ちゃん?」

「悪い」

 心配そうに俺を見ている麻衣たちに対して、もうそれ以上言える言葉はなかった。


 教室に戻ると、主を失った優の机に、何かの文字がマジックのような物で黒々と記され
ていた。

『モモ◆ihoZdFEQao(笑)』

 その文字を見て俺が呆然としてクラスの連中を眺めた時、どこからともなくクスっと嘲
笑うような悪意のある笑い声が俺の耳に届いた。思わずかっとなった俺が、声のした方に
いるやつの腕を見境なく掴もうと体を動かした時、夕也が俺の体を羽交い絞めにした。

「落ち着け。こんな低級な嫌がらせに反応するな。おまえが反応するとこいつらますます
いい気になるぞ」

 夕也は俺を押しとどめながら大きな声でそう言って、周囲の生徒を睨みつけた。教室内
の生徒たちは一様に下を向き、夕也と目を合わせないようにしていたが、その時でもまた
クスクスという笑い声がどこからか小さく響いた。

 どこかからか雑巾を持ってきた有希は、優の机の文字を拭き取り始めた。油性のマジッ
クのような物で書かれたらしく、その文字は汚れを広げるだけで一向に消えようとはしな
かった。それでも、一生懸命に優の机を拭き続けている有希の目には、涙が浮かんでいた。
夕也の言葉を聞き、有希の目に光っている涙を見た瞬間、俺の体から力が抜けた。夕也は
ようやく俺の体から手を離した。

「悪いん」
 俺は何とか声を口から絞り出すことができた。それはまるで自分の声ではないかのよう
に掠れた小さな声だった。

「俺、今日は家に帰る。これ以上ここにいると自分でも何をしでかすかわかんねえし」

「・・・・・・その方がいいかもしれねえな。わかった。鈴木には俺から話しておくから」

 夕也友が言った。

「一緒に付いていってあげようか?」

 有希が目に浮かんだ涙をさりげなく拭きながら言った。

「おう、それがいいよ」

 夕也もそれに同意した。「気分の悪くなった麻人を有希が送って行ったって、鈴木には
言っておけばいいな」

「・・・・・・いや、いい」

 俺は断った。「家に帰るだけだし、お前らを付き合せちゃ悪いしな」

「大丈夫か」

 夕也が言った。

「ああ。平気だよ。じゃあな」

 俺はカバンを取り上げた。

「二人ともいろいろありがとな」

 俺が教室を出て行く時、再び小さな嘲笑めいた声が教室の中から俺の背中に届いた。


 まるで夢遊病者のように歩いていた俺は、自分がどうやって電車に乗ったのか、どうや
ってどんな経路で歩いたのか全く記憶になかったけれども、気づいたら俺はいつの間にか
優の自宅の前に立っていたのだった。相変わらず優の自宅には人の気配がなかった。俺は
試しにチャイムを鳴らしてみたけれども、家の中からは何の返事も返ってこなかった。俺
は優の家を離れて自宅に戻ろうと歩き出した瞬間に、ふと何か違和感を感じて足を止めた。

 俺は再び優の家の門まで戻った。いつもと違う感じはどんどん大きくなっていった。俺
はもう一度まじまじとその家を眺めた。その時その違和感の正体がわかった。優の家から
は、二見という苗字が記された表札が外されていたのだ。

 ・・・・・・ついに一家で引っ越すくらいまで追い込まれたのだろうか。俺の想定していた最
悪のシナリオは、優の転校だった。ここまで来てしまった以上、優がうちの学校に戻って
くることは難しいだろう。しかし、転居までは必要ないではないか。この家から通える範
囲に、中途での編入を認めてくれる学校がないのであれば別だけども。

 さっきの教室の出来事で混乱していた俺だけど、再び心の中で新たな不安が芽生えて来
ていた。俺は走るようにして自宅に戻ると、リビングのパソコンを立ち上げ、VIPのス
レ一覧を眺めた。

 ・・・・・・スレが多すぎる。俺は昨日のスレタイの一部でタイトルを検索した。すぐに探していた
スレタイが表示された。



『【祭りに】高校2年の女の子が女神行為で実名バレwwwww9【乗り遅れるな】』



 もう九スレ目に突入していたそのスレの最初のレスを読んだ時、俺は凍り付いた。



『今北用ガイド』

『その後に不注意からか、スマホのGPSをオフにせずに撮影した画像を発見。exifから、
この女の住所が判明』

『スマホ以外で撮影に用いられたカメラも発覚。×××製のの○○XZ-1という高級コンデ
ジ。ちなみにこの女の同級生で彼氏でもある池山というやつが持っていたカメラだと思わ
れる』

『つまりこの女の女神画像は彼氏とのはめ撮りだったことが判明 ← 今ここ』



 俺の実名が晒されたのはともかく、そこには優の住所までがはっきりと記されていたの
だった。


短いですが次回から視点が変わるので、今日は切りのいいここまで
また、投下します

おっつー
面白いぜ

おつんつん


 私たち三人はお互いのことを知りすぎるくらいに知っている。麻人と麻衣ちゃんの兄妹
は、幼い頃から両親が仕事で留守がちな家庭で、二人きりで寄り添うようにして毎日を過
ごしていた。その頃から隣の家で暮らしていた私は、自分が一人っ子だったこともあって、
仲の良い隣の兄妹のことを妙にうらやましく思っていたものだった。もちろん、よく考え
れば家には常にお母さんがいてくれた私の方が一般的には恵まれていたと思うけど、それ
でも兄弟というものに憧れていたあたしには、仲の良いお隣の兄妹に憧れの気持ちすら抱
いていたのだ。

 引越ししてきてからしばらくは、私は二人のことを羨ましく思いながら眺めているだけ
だった。普通で考えれば年が近く隣同士なのだから、すぐにでも仲良くなれそうなものだ
けれど、兄妹のあまりの仲の良さに怖気づいた私は中々この兄妹に声をかけられなかった
のだ。

 そんな風だったから、子どもたちより私たちの親同士の方が先に仲良くなって、そのお
かげであたしは、この兄妹と話ができるようになった時は本当に嬉しかった。そうして知
り合ってみると、この兄妹は私が勝手に思い込んでいたような排他的な性格では全くなく
て、むしろ仲のいい 仲間が増えることを歓迎してくれた。特に麻衣ちゃんの方は、いつ
も麻人と一緒にいたせいで、女の子の友だちが少なくて寂しかったみたいで、私たちはす
ぐに仲良くなった。

 それ以来今に至るまで、私たちはずっと三人で一緒に過ごしてきた。朝は私が二人の家
に兄妹を迎えに行き、近くの小学校まで三人で登校する。帰りは必ずしもいつもという訳
ではなかったけど、それでも時間が会えば一緒に下校もした。その頃から、麻人では対応
できない種類の麻衣ちゃんの相談に乗るのは私の役目だった。麻人は男の子にしてはよく
麻衣ちゃんの面倒をみていたと思うけど、それでも洋服や下着や水着のことなどはお手上
げだったらしい。特に小学校も高学年になる頃には、兄妹のお母さんも本格的に仕事を再
開していたから、麻衣ちゃんのこの手の悩みには、(時には私のお母さんにも相談しなが
ら)私が麻衣ちゃんの面倒をみていたのだった。私は麻衣ちゃんが初潮を迎えた日まで知
っていたほどだった。

 私たち三人のこうした関係は、私と麻人が揃って中学生になっても何も変わらずに続い
た。私たちが通う中学校は、小学校と隣り合わせに建っていたから、相変わらず朝の登校
は三人で一緒だった。私にとっては、三人でいることが居心地よかったけれど、一年後に
麻衣ちゃんが私と麻人の後を追って同じ中学に入学した頃から、私たちの中にも多少の不
協和音が響くようになってきていた。

 中学生になると、周囲の子たちも異性のことをあからさまに意識するようになる。異性
を意識したり噂したり、異性に告白したり告白されたり、当たり間に周囲で行われていた
そういうことが、私たち三人の関係にも影響を及ぼすようになったのだ。

 ・・・・・・それは麻人が同級生の子に告白されたことから始った。麻人に告白した子は、は
きはきした物怖じしない喋り方が特徴的なボーイッシュな女の子で、クラスの男の子の間
でも密かに憧れている子が多いらしいという噂の女の子だった。その子に告白された麻人
は、人気のある女の子に思いを寄せられて、悪い気がしなかったのだろう。彼はその子の
告白を受け入れた。つまり麻人に初めての彼女ができたのだ。


 私は、告白された麻人からそのことを相談されていたので、麻人とその子が付き合い出
したことには別段驚くことはなかったけど、むしろ大変だったのは麻衣ちゃんの方だった。
麻衣ちゃんがブラコンなことはよく知っていたけど、その後の麻衣ちゃんの行動によって、
彼女がここまで麻人のことを慕っていることを、私は改めて思い知らされた。

 麻衣ちゃんは意外にも麻人と彼女の付き合いには反対しなかった。ただ、麻衣ちゃんは
麻人に彼女ができた後も、自分と麻人の関係が変わることは絶対に拒否したのだった。

 具体的に言うと、麻人は最初は私たちと一緒に登校せず、やはり近所に住んでいた彼女
と待ち合わせして彼女と二人で登校しようとした。でも、麻衣ちゃんは渋る私を引き摺る
ようにして、その待ち合わせ場所に押しかけ、四人で一緒に登校しようとした。別に麻衣
ちゃんは麻人の出来立ての彼女に攻撃的な態度を見せたわけではない。ただ、自分と麻人
の関係が疎遠にならないようにしたのだ。

「勘弁してくれよ」

 そういうことが続くと、麻人は私に泣きついた。

「おまえらが朝一緒だと彼女が不機嫌になるんだよな」

「私のせいじゃないもん」

 私は麻人に反論した。「麻衣ちゃんが麻人と一緒に行くって、そう言い張るんだからし
ようがないじゃん」

 私の話を聞いて、麻人は困ったように俯いてしまった。

 ・・・・・・結局、麻人の初めての彼女はわずか一週間で麻人に別れを告げたのだった。

 そういことがあっても、麻人は麻衣ちゃんを甘やかすことを止めようとはしなかった。
どんだけ妹に甘いんだろう、この男は。私は、麻衣ちゃんのことは自分の実の妹のように
思っていたけれども、さすがにこれは行きすぎではないかという気持ちがした。いくら両
親が不在で二人きりで日々を過ごしているにしても、この先ずっとこのままというわけに
もいかないではないか。私はため息をついた。

 その後は何事もなかったように、再び三人で登校する日々が続いた。麻人と麻衣ちゃん
の共依存に近い関係のことは、私の密かな悩みとして心の奥に密かに沈潜していたけど、
それでも慣れ親しんだこの関係は中毒のように、再び私たちを蝕んでいった。永遠にこの
まま三人で過ごせるならそれはそれで幸せかもしれない。兄と妹のことを心配していたあ
たしだったけど、時にはそう思うほどこの関係は居心地が良かった。

 それに、自分で言うのもなんだけど、私たち三人の関係は校内ではひどく羨ましがられ
てもいたのだ。麻衣ちゃんは可愛らしい子だった。そして、叩かれるのを覚悟で言うと、
私もまた校内では目立っている方だったと思う。告白してくる男の子も一人や二人ではな
かったけれども、異性と付き合うということがまだぴんとこない私はその全てを断ってい
た。そして、それは麻衣ちゃんも同じだった。

 そういう女の子二人にしっかりとガードされている麻人に対して、果敢にアタックする
子はもういなかった。最初の彼女の失敗で、麻人は付き合うには面倒な男という烙印を校
内の女の子たちから押されてしまったらしかった。

 そんな私たち三人の関係が初めて本格的に変化したのは、私と麻人が同じ高校を受験し
合格した後のことだった。こればかりはさすがの麻衣ちゃんもどうしようもなかった。私
と麻人が通うことになった高校は電車に乗って四十分くらいかかる。そして、私たちの出
身中学は自宅の最寄り駅とは反対方向だったのだ。

 四月に入り初めて私たち三人一組ではなくなった。麻衣ちゃんは一人で中学に登校し、
私と麻人が二人きりで電車に乗って登校する、そういう新しい生活が向かい始ったのだ。
麻人と二人きりの登校が高校の同級生たちの噂になるのは早かった。私と麻人は、高校の
友だちから即座にカップル認定されてしまった。

 ・・・・・・そして、これまで麻人に対しては異性という感覚を持ったことがなかった私が、
初めて彼を男として意識しだしたのは、二人きりで登校を始めたこの頃からだった。


「そんなことないって」

 クラスの友だちや生徒会の役員の人たちから「有希って池山君と付き合ってるでし
ょ?」と聞かれるたびに、私は赤くなってそれを否定した。

 でもどういうわけか、私が麻人との仲を否定すればするほど、私を問い詰めてきた友人
たちはにやにやするだけで、私の話を真面目に取り合ってはくれなかった。そして、正直
に言うと私もそれ以上、麻人との関係を友人たちにしつこく否定したりはしなかったのだ。

 その頃は麻人も同じような問いかけをされ、同じようにそれを否定していたそうだけど、
それを信じてもらえなかったのは私と同じだった。麻人と私は登校こそ二人きりでしてい
たものの、別に校内でベタベタと一緒に過ごしていたわけではない。当時は私が生徒会の
役員になった頃で、放課後は帰宅部だった麻人と一緒に過ごしたり一緒に帰宅したりする
ことはなかった。なので、周囲にカップル認定されたといっても、それは疑惑のレベルに
留まっていた。

「池山と遠山は怪しい」

つまりはその程度のカップル認定だったのだ。でも、私は校内のその微妙なうわさが嫌
いではなかった。むしろ、麻人と今まで以上の関係に踏み込んでいるようで、何かどきど
きするような奇妙な興奮を感じていたのだった。

 まるで麻酔を打たれてうとうととしているように居心地はいいけど、生産性のない行き
止まりのようだった麻人と麻衣ちゃんと私の三人の関係を惰性で続けるよりは、麻人と私
の二人だけの時間は、この先何かめくるめくような展開が先に待っているようだった。そ
の頃の私は、こんな曖昧な関係でも十分に満足だったのだ。

 休日には、麻人なしで麻衣ちゃんとショッピングに出かけることがよくあった。もちろ
ん妹ちゃんは毎回兄を誘っていたようだったけど、女の服の買物は勘弁とかでいつも麻人
から断られていたようだった。

 麻衣ちゃんは麻人なしで私と出かけることに対して、あまり文句を言わなかったことを
最初私は不思議に思ったけれども、すぐにその疑問は氷解した。

 一通り麻人に対して駄々をこねた麻衣ちゃんは、実際に私と二人で出かける段になると、
麻人が一緒にいないことをあまり気にもせず、というか麻人がいないことをいいことに私
に対して、自分の兄が高校でどういう風に過ごしているのか、兄にはどういう友だちがい
てどういう付き合い方をしているのか、兄に言い寄ってくる女の子はいなのかどうか、そ
ういうことをしきりに私から聞き出そうとした。

 私にもブラコンの麻衣ちゃんの気持ちはよくわかった。自分の知らない兄が、自分の知
らない場所で自分が知らない人間関係を築いていくことに対して不安を感じているのだろ
う。

 私は、買物の途中で一休みしていいるファミレスやスタバとかの店内で麻衣ちゃんと向
き合って座りながら、私の知っている限りの麻人の情報を伝えた。麻人の話になると麻衣
ちゃんの食いつきは物凄いと言っていいくらいによく、まだ買物の途中のはずが話し込む
と平気で二時間くらいは経過してしまった。それで、麻衣ちゃんは途中で時間に気づいて
慌てて話を終らせ、服とかの買物を中断して夕食の買物のためにスーパーに走るというこ
とがよくあった。

 そういう小休止の時間に、私が麻衣ちゃんに伝えた麻人の学校での日常の話は、何も嘘
はなかった。特に麻人の女性関係については、正直に麻衣ちゃんに伝えたと言うことは今
でも自信を持って言える。

 その頃の麻人には、彼狙いで近づいてくる女の子はいなかったから、私は「麻人に告っ
た女の子はいないし、麻人が気になっている女の子もいないみたいだよ」と麻衣ちゃんに
は話した。それは正真正銘真実の話で、少しの嘘もその中には混じっていたかった。

 ただ、嘘は言ってはいなかったけれど、私が知っていることを全て麻衣ちゃんに伝えた
わけではなかった。

 なぜ、麻人にアプローチする女の子がいないのか。うちの学年の生徒なら多分誰でも簡
単に答えられたであろうその事実を、あたしは麻衣ちゃんには話さなかった。仮に麻衣ち
ゃんがうちの学年の子に、「何でお兄ちゃんはもてないの?」と聞いたとしたら、それに
対する答えはすぐに返ってきただろう。

「・・・・・・だって、池山君には遠山さんがいるじゃん」


 私は肝心な事実を、うちの学校内では麻人と私が付き合っているのではないかという
噂が流れていることを麻衣ちゃんには話さなかったのだ。嘘を言っているわけではない、
ただ曖昧なことだけを話さなかっただけ。

 ・・・・・・私は自分にそう言い聞かせた。無駄に麻衣ちゃんの不安を煽ることはない。それ
に、麻人と私が付き合っているという事実はないのだ。事実でないことを話す必要はない。

 麻衣ちゃんは麻人に女の影がないことに安心すると、次に麻人の交友関係の質問を始め
た。これは答えやすい質問だった。麻人には同じクラスの男の子の親友がいた。私は2組
で、麻人と夕也は3組だった。なので、私はこの頃はあまり彼とは親しくなかった。麻人
の親友らしいという、その一点のみで私は夕也に関心があった程度だった。広橋夕也は、
成績は学年でもトップレベルで容姿にも恵まれている上に、性格はさっぱりとしていて男
女問わず人気があるという、まるでアイドルになってもおかしくないような男の子だった。

 どういうわけか、その夕也と麻人が意気投合してしまったようで、いつのまにか二人は
親友といってもいいくらいの間柄になっていた。

 多分、広橋君は親友を作るのにも自分にふさわしいレベルの人を慎重に選ぶような性格
なのだろうと私は考えていた。広橋君に擦り寄ってくる男の子はいっぱいいたけれど、彼
が親しくなろうと決めたのは麻人だった。

 前にも話したかも知れないけど、周りの生徒たちの目からは麻人は超リア充に見えてい
たはずだった。毎日女の子と一緒に登校する麻人。それでいてそのことが何も特別なこと
ではないかのように自然に振る舞って、自慢したりしない麻人。イケメンでリア充中のリ
ア充といってもいい夕也も、麻人のそういう自然な行動とか、私ばかりではなく、どんな
女の子とも気負わず自然に接することができる、その行動には一目置いていたようだった。
麻人のそういうところが、夕也に関心を抱かせたのだろう。夕也は麻人によく話しかける
ようになり、やがて二人は親友と言ってもいい間柄になった。

 そういうわけで、朝の登校時に私と二人きりでいるとき以外の麻人は、校内では夕也と
しょっちゅうつるんで一緒に学校生活を過ごすようになったのだった。

 麻衣ちゃんは私のことをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。そして私も、麻衣ちゃ
んのことは本当の妹のように考えていた。だから、麻人への心の傾斜をとっさに麻衣ちゃ
んに隠してしまった時、私はこの兄妹と付き合い出してから初めて麻衣ちゃんに罪悪感を
感じたのだった。

 それと同時に、自分がそういう風に感じなければいけないこの状況に対して、私は不公
平感のようなものも感じていた。なぜ私は、自分の初恋を隠さなければならないのだろう。
普通に考えれば幼馴染同士の男女の恋愛なんてすごくありふれた話ではないか。そして、
学校では私と麻人は付き合っているのではないかと普通に噂されるような関係だった。そ
れなのになぜ、私はこんなに自分の気持ちを封印しなければならないのだろう。

 でも、それは考えるまでもないことだった。私には、いや、私と麻人の間には間には昔
から暗黙の了解のような約束事があった。

 両親が不在がちの家で育った麻衣ちゃん。

 麻人しか頼る家族がいない状態で暮らしてきた麻衣ちゃん。

 そういう生活を強いられててきた麻衣ちゃんは、結果的に過度に麻人に依存するように
なった。そしてそれは、世間一般で言うようなブラコンとか、異性として兄を愛する近親
相姦とか、そういうステレオタイプな言葉ではくくれないような関係だった。

 寂しかった麻衣ちゃんが、麻人を独り占めしたい、自分が麻人の一番でいたいという気
持ちを強く抱くようになってしまったことを、いったい誰が非難できるのだろうか。少な
くと私には、麻衣ちゃんのそういう感情を非難することはできなかったし、ブラコンの麻
衣ちゃんに手を焼きながらも、麻人だって私と同じように考えていたことは間違いなかっ
た。

 そういうわけで、私と麻人とは、いつも麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えて行動するよ
うになった。それは麻人から頼まれたわけではない。いつのまにかそういう風に振る舞う
ことが当たり前のようになっていただけだった。


 かといって麻衣ちゃんが私と麻人に過保護に守られて、わがままな女の子に育ってしま
ったというわけではなかった。麻衣ちゃんの気持ちを第一に考えようとする私たちに対し
て、麻衣ちゃんの方もいつだって遠慮気味に振る舞っていた。麻衣ちゃんが、大好きな麻
人の気持ちを優先しようとすることは、この兄妹の関係からその行動は理解できたけど、
それだけではなく、麻衣ちゃんは私の気持ちにも気を遣うような優しい子だった。

 つまり過保護な麻人と私の接し方にスポイルされることなく、麻衣ちゃんは素直ないい
子に育ったのだ。

 育ったと言うと、まるで麻人と私が子育てしたみたいだけど、私の感覚としてはまさに
そんなところだった。麻衣ちゃんのことを心配していろいろ私と麻人が相談しあっている
ところは、まさに子育てをしている夫婦のようだったのかもしれない。お互いのことより
麻衣ちゃんのことを最優先して考えるところは、まさに子育て中の若い夫婦そのものだっ
た。ただひとつ、私と麻人の間には、当時は本当の夫婦のようなお互いへの恋愛感情はな
かったことだけは、本当の夫婦と違っていたけれども。

 そういう風にして過ごしてきた私が、朝の登校時間だけとはいえ、麻衣ちゃん抜きで麻
人と過ごす時間が増えたことにより、彼のことを異性として麻衣ちゃん抜きで意識するよ
うになってしまった。そして、そのことを麻衣ちゃんに話すことができなかった私は、妹
ちゃんに罪悪感を感じたのだ。

 やがて麻衣ちゃんは入試をひかえて志望校を決めなければならなくなった。麻人と私は、
麻衣ちゃんの進路の相談に乗った。それは、仕事に多忙な池山兄妹の両親から、麻人と私
に託されていた任務だった。何をおいてもその期待には応えよう。私はそう思った。

 私たちのサポートを受け入れた麻衣ちゃんは、私たちの高校より偏差値の高い学校を受
験し、公立の第一志望校に合格した。それなのに、麻衣ちゃんは滑り止めに受験した、私
と麻人と同じ私立高校に入学し、うちの学校に入学すると言いつったのだった。

 麻人と私は、一生懸命に麻衣ちゃんを説得した。それは多忙のあまり麻衣ちゃんの受験
をほとんどサポートできなかった麻衣ちゃんの両親の意を受けた行動でもあった。お兄ち
ゃんとお姉ちゃんと同じ高校に行くと頑固に主張する麻衣ちゃんに、第一志望校に入学し
ないと将来後悔するよって、必死で説得する麻人と私は、まさに娘の進路を心配する夫婦
のようだった。でも、麻衣ちゃんは結局意思を曲げなかった。

 こうして、私たちはその四月から再び三人で登校するようになったのだった。

 再び三人で登校するようになると、私と麻人の仲が怪しいという、校内の噂はすぐに静
まってしまった。それは麻衣ちゃんの精神衛生上はいいことではあったけど、一方で私は
密かにそのことを残念に感じていた。もう、私と麻人の仲をからかう友人はいなくなった。

 麻人は相変わらず可愛い女の子二人といつも一緒にいるリア充認定されており、そのせ
いか、誰かに告られるということはなかったので、麻衣ちゃんが麻人に対して嫉妬して不
安定になることもなかった。同時に、麻人と私の噂も完全に消え去ってしまっていたから、
そのことで麻衣ちゃんが悩むこともなかったのだ。つまり、再び私たち三人は、ぬるま湯
に浸かるように、気持ちよく将来の見えない関係に戻ってしまったのだった。そして、麻
衣ちゃんはそういう関係に戻れたことに満足だったようで、相変わらず麻人と私に甘えな
がら日々を過ごしていた。

 このぬるま湯のような居心地の言い関係を、麻人がその頃どう考えていたのかはわから
ない。麻衣ちゃんが満足していたので、妹に甘い麻人もこの関係に満足していたのかもし
れない。

 でも、その頃から私は奇妙な視線に気づき、悩むようになっていた。以前と同じように
三人で登校する日々。電車の中で賑やかに話をす私たち。これまではそういう時に麻人の
視線は、可愛らしく喋っている麻衣ちゃんを慈しむように彼女に向けられていた。ところ
が、その頃、麻人の視線が時おり麻衣ちゃんを離れ、私の方にじっと向けられることがあ
った。それは、一年生の時に麻人と二人きりで登校していた頃でさえ感じたことのないよ
うな熱っぽい視線だった。


 麻人のことが気になっているせいで、自分に都合よく彼の行動を解釈しているんだ。私
はそう考えて有頂天になる心を引き締めた。麻人の一番は、恋愛感情はないとしても麻衣
ちゃんだ。麻人と私は共に手を携えて麻衣ちゃんを守ってきた戦友に過ぎない。私は無理
にそう考えようとしたけど、そう思って済ませるには、麻人ののその視線には粘着性があ
りあたしは麻人の視線に晒されていると、まるで電車の中で裸にされているような感覚を
覚えた。それほど、その視線は長く私のあちこちを眺め回していたように感じられたのだった。

 その頃の私は混乱していた。もし、もしも万一麻人が私のことを女として欲しているな
ら、私はその想いに応えたかった。彼が麻衣ちゃんの気持ちを傷つけることを承知の上で
私のことを求めているのだとしたら、私も麻衣ちゃんのことを考えずに彼の腕の中に飛び
込んでいきたかった。でも、そういう考え自体が、私たちがこれまで過ごしてきた麻衣ち
ゃんを支えて行くという生き方を裏切るものだった。もちろん全て私の勘違いかもしれな
い。麻人は直接私に好きだと告白したわけではない。

 麻人の気持ちを知りたい。

 私は麻衣ちゃんや麻人と普通に笑顔で接しながらも、心の中ではそのことばかりを考え
ていた。どうすれば麻人の私に対する気持ちを知ることができるのか。いつのまにか私は、
そのことばかりをいつも心の中で考えるようになってしまった。

 麻衣ちゃんが入学してから二月くらい経った頃、両親はそれまで住んでいた家を処分し、
今までよりだいぶ広い家を購入した。つまり、私は引越しをしたのだった。

 この引越しによって麻人や麻衣ちゃんのお隣ではなくなってしまったのだけど、引越し
先は一つとなりの駅のそばだったので、私はそのこと自体をそんなに気にすることはなか
った。毎朝一緒に兄妹と登校できることに変わりはなったし、最初は寂しいと言って泣い
ていた麻衣ちゃんも、毎朝隣の駅からおはようと言って同じ電車に乗ってくる私を見て、
いつの間にかそのことに慣れてしまったようだ。

 それでも、その引越しは私にとって凄く大きな意味を持っていた。偶然から生じたこと
ではあるけれども、今にして思うとこの引越しがなければ、この後の展開は生じなかった
だろう。

 ・・・・・・私の引越し先の隣には、夕也の家があったのだ。


今日は以上です
また投下します

おつ

おつん


 私はその頃は夕也とはたいして親しい仲ではなかった。一年の頃はクラスも違っていた
し、麻人の親友ということで顔見知りではあったけど、別に二人で親しく話したこともな
い。二年になり、私は麻人と夕也と同じクラスになったけど、それでも夕也とはそんなに
親しい間柄ではなかった。

 私が引っ越して、トラックの中から家財が新しい家に搬入されるのを眺めていたとき、
不意に私は誰かに名前を呼ばれた。

「遠山? おまえ何でここにいるの」

 私に話しかけたのは夕也だった。

「あ、広橋君。君こそ何で」

「何でって・・・・・・。俺の家、そこだから」

 彼は私の新しい家の隣の家を指さした。

「え。君ってここに住んでるの」

「うん。おまえは・・・・・・って、引っ越し?」

「そう。ここの家に」

「マジかよ。お隣さんになるのか」

「何でちょっと嫌そうなのよ」

「嫌って、別に」

「別に、何よ」

「まあ、よろしくな。お隣さん」

 夕也はそう言って笑って、あとはもう私にかまわず隣の家に入ってしまった。

 こうなると、私たちが一緒に登校するのは当たり前のようになってしまった。私と夕也
はお隣さんだ。別に時間を合わせたわけではないに、私が家を出ると偶然に夕也も隣の家
から出てきたところだった。夕也は麻人の親友だったし、結果的にそれからは麻人と麻衣
ちゃん、私と夕也は一緒に登校するようになった。

 そのことに対して、麻衣ちゃんや麻人が不満の意を表明したことは一度だってなかった
し、むしろ麻衣ちゃんは私の彼氏候補として夕也を認定していたようだった。

「夕也さんって格好いいよね」

 ある朝、麻衣ちゃんが私に言った。

「お姉ちゃん、あたしのクラスの子が広橋先輩って格好いいって言ってたよ」

 あんたに言われたくないよ。私はそう思った。麻人の関心を一手に受けている私の大切
な妹のあなたからは。

それでも以前のように麻衣ちゃんが私たちの登校の仲間に再び加わると、私は麻人と二
人きりで登校していた頃のように彼の気持ちを知りたいとか、思い切って彼に告りたいと
か、そういう願望を抑えるようになった。それは意図してではなく自然な心の動きだった。


 麻衣ちゃんには日ごろから本当に頼れることができる相手としては、麻人しかいない。
前からそう思っていたのだけど、いつも二人で登校している一年間の間で、私はそのこと
を忘れ、麻人からの好意や行動を期待するようになっていたのだ。それが、再び麻衣ちゃ
んと登校するようになると、その気持ちが深刻なまでに私の胸中によみがえったのだ。何
で、麻衣ちゃんの気持ちを踏みにじるようなことを考えられたのだろう。私は昨年度まで
の自分の気持ちを不思議に思った。

 そういうわけで、一時期盛り上がった自分の恋愛感情は、再び自分の中で抑制されるこ
ととなった。ただ、以前とは違って今度は登校する仲間の一人に、夕也が加わっていた。

 お隣さんになり一緒に登校するようになるまで、私はあまり詳しく彼のことを知らなか
ったけど、それでも夕也が女の子たちから注目されていることや、学業やスポーツの成績
がすごくいいことくらいは知っていた。それから、四人で朝登校するようになると、彼は
あまりそういうことをひけからさない性格であることもわかった。つまり、スクールカー
ストにおいて上位の位置を占めている夕也は、それにもかかわらずすごく話しやすいいい
やつだったのだ。

 彼が私に対する明確な好意を示していたわけではない。むしろ、四人で登校しだしたこ
ろ、私は電車の中で、果敢に夕也に話しかけようとする女の子たちに驚いているばかりだ
った。本当に、こいつってもてるんだ。

 その夕也は、その子たちをまじめに相手するわけでもなく、また、私を口説くでもなく、
麻人相手に馬鹿話をしているだけで満足なようだった。女の子たちへのあしらいかたはさ
すがというべきか、如才のないものではあったけど。そして、麻衣ちゃんはそんな夕也の
ことをあまり気にすることがないように見えた。むしろ、久しぶりに朝一緒に登校するこ
とになった自分のお兄ちゃんへの心の傾斜を制御しようともしなかった。あの夕也が、麻
衣ちゃんに親し気に話しかけてもほとんどガン無視されている状態なのだ。

 そういうわけで、麻人を独り占めしている麻衣ちゃんと、自分の妹にかまってばかりで
他に何もする余裕もなさそうな麻人から放り出されていた私と夕也は、自然と二人で話を
するようになった。必要に迫られてだけど。そんな日々が続くと、さすがに同じ学校の目
撃者がわいてきて、私と夕也の関係を面白半分に聞いてくる子も出始めた。以前の、私と
麻人の関係に変わって、今では校内一と目されていた夕也と私の関係がうわさとなり、実
際にその関係を詮索する同級生たちが増えてきていた。

 その噂は事実無根のものだった。麻人と私の関係がうわさになった時と全く同じように。
それでも、麻人と私の仲のうわさは、それが事実ではないにもかかわらず私の心をくすぐ
り、私はその噂が嬉しかったのだ。でも、いくらイケメンでも成績優秀でもスポーツ万能
でも、夕也とのうわさはうっとおしいだけだった。それは、夕也の方も同じだったろう。
何となく私は麻衣ちゃんに麻人を奪われたような感覚を感じた。麻人との関係で麻衣ちゃ
んを泣かせまいと考えていたにもかかわらず。

 それに、すごく傲岸な考え方だったけど、私は麻人に求められていると感じていた。彼
の視線や、麻衣ちゃんの話を時おり放心したように聞き流して、私の方を見つめる視線。
さらに言えば、私と夕也が気安く話しあったりしている様子を、じっと眺める麻人の視線
から、私は麻人に愛され求められているのだろうと確信していたのだ。


 ロミオとジュリエット。たがいに愛しながら事情があって結ばれない二人。夕也と私の
様子を気にしている麻人に対して、私はときおり麻人を見つめて密かに微笑んだ。それく
らいのコミュニケーションは許されるだろう。私の視線に顔を赤くして目をそらして、麻
衣ちゃんの言葉に応える麻人を見るくらいは。でも、それ以上のことは、この当時の私に
は何もできなかった。

 それなのに。私のひそかな願望を裏切るように麻人は彼女を作った。確かにきれいだけ
ど、確かに可愛らしいけれども、確かにおしゃれでもあるけれども。何で彼女なのだろう。
学校で友人の一人さえいないぼっちの彼女。二見さんが麻人の初めての彼女になった。

 お兄ちゃんが二見先輩と仲がいいの。

 麻衣ちゃんの相談にショックを受けた私は、その相談を言い訳にして、つまり自分の嫉
妬心を隠しながら、麻人を問い詰めた。でも、もうそれはその頃には遅かったみたいだ。
私はどういうわけか私を応援してくれた麻衣ちゃんの後押しに勇気を出して麻人に告白し
たけど、それは無駄な努力だった。夕也は二見さんと付き合いだした麻人に怒ったようだ
った。麻衣ちゃんというよりは私の気持ちを気にしてくれて。では、彼は私の麻人への気
持ちを知っていたのだ。



こうして、麻人は二見さんと恋人同士の間柄になり、朝の登校は、麻衣ちゃんが部活の朝
練とかで一抜けし、あとは私と夕也の二人だけとなった。



 部活の朝練があるとかで私と一緒に登校しなくなっていた麻衣ちゃんは、二見さんの女
神行為が曝露されてからは再び麻人を気遣うように彼に寄り添うようになった。でも、そ
れも数日のことだけで、私が麻人に失恋したにもかかわらず、二見さんを失って気落ちし
ている失意の麻人に寄り添うように行動していることを理解すると、再び麻衣ちゃんは、
私や麻人と別行動を取るようになった。本気で私に麻人を任せる気になったのか、それ
とも、麻衣ちゃんにも麻人以上に重要な関心事ができたのか、それはわからない。

 今では将来が見えていなかったのは私も麻人と同じだった。私は彼のことが気になっ
ていた。私ではなく二見さんのことを心配している麻人だけど、今までずっと一緒に過ご
してきた麻人が悩んでいるのに、自分が麻人に振られたからといって、彼のことを見捨て
ることはできなかった。

 麻衣ちゃんと同じくらい何を考えているのかわからなかったのが、夕也だった。私は夕
也が私のことを好きなことを知っていた。麻人を忘れるために、夕也に愛想よくふるまっ
ていた私の行動は、あの告白のときに麻人に厳しく指摘されたのだ。

 この頃になると、さすがに私に好意を寄せているとしか思えなかった夕也を、私は麻人
を忘れるために利用したと言われてもしかたがない。そのせいで、私は夕也に責められて
もそれは自業自得だった

 それでも、夕也は私のために怒ったそうだ。私のことを無視して、二見さんと付き合い
だした麻人に対して。麻衣ちゃんや夕也や、そして自分の気持ちを考えると、胸中はもう
ぐちゃぐちゃに混乱していたけど、もう今、できることは一つしかない。麻人の心が私の
もとにないのだとしても、今は麻人に寄り添おう。それが麻人にとって迷惑だったとして
も、二見さんをひどい方法で失った麻人に対して私ができることはそれしかないのだ。

 それに、二見さんのことで麻人がピンチに追いやられていた当初は、麻衣ちゃんも夕也
も同じ気持ちだったはずだった。二見さんへとの交際のことで麻人を嫌った夕也や、兄離
れするために部活に夢中になっていた麻衣は、少なくともあの朝は、三人で麻人に寄り添
い学内の敵意と好奇心で麻人を嘲笑していた校内の生徒たちから麻人を守ろうとしたのだ
った。

 でも、今では麻衣ちゃんも夕也も、麻人を慰める役目は私が果たすべきだと考えている
ようだった。そして、わざと私と麻人を二人きりにしようと画策しているようだ。

 私は隣家の夕也の家を素通りして駅のホームで電車を待った。夕也はホームには見当た
らない。電車が到着して昔三人でよく待ち合わせした車両に乗り込むと、麻衣ちゃん抜き
で麻人が一人で車内の吊り輪に掴まっている姿が目に入った。そして麻人はぼうっとして
いるようで私が車内に入り隣に来たことも気がついていないようだった。


「おはよう」

 私は麻人に声をかけた。麻人は夢から覚めたように私の方を見た。

「ああ・・・・・・。有希か」

 それは生気のない声だった。隣には昔はいつでも麻人の腕にぶらさがっていた麻衣ちゃ
んの姿はない。

「何よ、そのあいさつ。おはようくらい言えよ」

 私は無理にほがらかに麻人に文句を言った。そういうことくらいしか話しかける言葉や
態度が思いつかなかったから。

「悪い・・・・・・。おはよ」

 麻人は素直にそう言ったけど、彼の目は私の方を向いていなかった。

「麻衣ちゃんは?」

 その後に何を言っていいのかわからなかったので、私はとりあえずそう聞いた。部活の
話は彼女から聞いていたのだけど、麻人本人に麻衣ちゃんが何を言ったのかは気になると
ころでもあった。

「部活の朝練みたいだよ・・・・・・何だっけ? 確かパソ部だったかな」

 どうでもいいという風に麻人が答えた。パソ部なんかに朝の活動があるわけがない。い
ったい麻衣ちゃんはあれほどまでに大好きだった兄貴を放置して何をしているのだろう。
でも麻人は麻衣ちゃんの不在のことは気にならないらしかった。麻人は、多分今でも登校
してこない、そして連絡も取れない二見さんのことだけを考えているのだろう。

 麻衣ちゃんがこんな時期に突然パソ部に入部日したことを、実は私は知っていた。麻人
と夕也以外で、私が最近気にしていたのは、三年生の生徒会長のことだった。あの日、階
段のところで、私は生徒会長の告白を断ったのだった。あの時は私は麻人のこだけを考え
ていたのだから。それでも私は、会長を振ったことが気になっていた。先輩は最近、生徒
会活動にあまり熱心ではなかったけど、それは多分私が会長の告白を断ったからだろう。

 でも、副会長が会長を責めた時、会長は新入部員の面倒を見なけりゃいけないからと言
い訳していた。そしてその新入部員は麻衣ちゃんだ。

 最近身の回りに起きている知り合いの行動には何も法則はないのだろうけど、二見さん
のこととか麻衣ちゃんの入部と、そのために会長が生徒会に出てこなこととか、その全て
のことが結果として私と麻人とをふたりきりにする方向に作用しているようだった。私に
とっては嬉しいことといってもいいのだけれど、二見さんを失った麻人にとってはどうな
のだろう。

「今日はお昼ご飯はどうするの」

 私は麻人に尋ねた。

「わかんねえ」

「今日も二見さんがいなかったら、私のお弁当一緒に食べる?」

 私は彼に聞いた。

「それとも麻衣ちゃんは今日はあんたのお弁当作ってくれたの?」

「妹は昼休みも部活だってよ」

 どうでもいいといいう感じで麻人が答えた。相変わらず私と視線を合わせようとはしな
かった。朝練も昼休みの部活も、パソ部なんかにはありえないのだ。

「じゃあ、二見さんが今日も登校しなかったら一緒に」

 私の声は突然麻人に遮られた。

「登校できるわけねえだろうが。実名までネット上に晒されてるんだぞ。あいつは」

 麻人はそこで一瞬言葉に詰まったようだった。


「麻人」

「あいつはもう学校になんて来れるわけねえだろ・・・・・・ちくしょう」

 麻人は初めて私の方も向いてくれたけど、その目は私の身体を通りこして何か遠くを睨
んでいるようだった。

「あいつは何も悪いことはしてねえのに」

 正直に言うと麻人に言いたいことはいっぱいあった。二見さんの行動の持つ悪い影響の
ことも諭せるものなら彼に諭したかった。でも、そんな社会的な影響よりもこのことが私
麻衣ちゃんや夕也の関係に及ぼした影響のことの方が私には気になっていた。

 今のところ麻人は自分と二見さんのことしか頭にない。それは無理もないことではあっ
たけど、二見さんの考えなしの行為によって私たちの行動にいろいろな負の影響が出てい
ることもまた事実なのだった。でも、今の麻人にそのことを責めるように言うことは気が
引けた。

「・・・・・・絶対につきとめてやる」

 麻人は真剣な声で言った。

「優を追い詰めたやつ、絶対に校内のやつだ」

「え・・・・・・、あんた何をしようと」

 私は驚いて麻人の方を見た。麻人はただ絶望していただけではないようだった。いいか
悪いかは別にして、麻人は行動を起こそうとしていたのだ。

「見つけてやる。優を傷つけたやつを。報いを与えてやる」

 麻人はここで初めて私の方を見て、そして微笑んだ。

 私はその日の昼休み、相変わらず周囲の生徒たちに無視されていて、でもそんなことは
あまり気にならない様子で自分の携帯を覗き込んでいた麻人を、無理に引き摺るようにし
て中庭に連れ出した。夕也は、私が引き止める猶予すら与えてくれずに、昼休みになった
途端に教室を出て行ってしまっていた。

 中庭のベンチに座った私は、とりあえず誰のためということもなく一人分以上を作って
きたお弁当をそこに広げた。

「・・・・・・食べなきゃ駄目だよ」

 私は食欲の無さそうな表情でぽつんと座っている麻人に話しかけた。

「ああ。ありがと」

 彼はそう答えた。「悪いな、弁当まで作ってもらってさ」

 二見さんのことしか考えられなかったであろう麻人は、私のことも気にしているかのよ
うな言葉をかけてくれた。もう私たちが戻れない日々、麻人と麻衣ちゃんと私の三人がい
つも一緒に行動していた頃の、まだ麻人が二見さんと知り合う前の麻人ならば、そんな遠
慮を私に対してすることはなかっただろう。かつて他の誰もが邪魔できないほど親密だっ
た私と麻人と麻衣ちゃんは、もはやみんな戻れないところまで来てしまったのだった。

 麻人は二見さんのことしか考えられないほど彼女に夢中になっていた。その恋はひょっ
としたら、既に破綻していたのかもしれないけど、麻人はその事実に対して無謀な反撃に
出ようとしていた。

 私はここで変質してしまった、私たちのことをもう一度振り返ってみた。

 麻人に対してあそこまであからさまに依存して麻衣ちゃんは、大切な麻人のことを私に
託したのだった。麻衣ちゃんが不本意ながら踏み切ったのかそれとも麻人への依存から卒
業しようとしたのかは私にはわからなかった。


 麻衣ちゃんが、先輩が部長を務めるパソコン部でいったい何をしたいのか、私には全く
わからなかった。先輩は学園祭間近の生徒会を放り出してまで麻衣ちゃんの面倒をみてい
るようだった。それについては私と一緒に学園祭の準備をしてくれている生徒会の副会長
が、ある時私に吐き捨てるように言った言葉が気にはなっていた。

「あいつはもう駄目だ」

 副会長は私に言った、

「見損なったよ。あんたに振られてめそめそしているくらいならちっとは慰めてやろうか
と思ったのにさ」

「何かあったんですか」

 私は副会長に聞いた。この人が会長に厳しく当たることには慣れていたけど、その時の
副会長は信じられないほど憤っているように見えたから。

「最低だ、あいつ。あんたに振られてさ、自分のプライドを保つために下級生に手を出してたよ」

 え? あたしは確かに先輩を振った。振った当時は麻人のことが好きだったから。今で
も自分の中には麻人への想いしかないのだけれど、麻人の心には今は二見さんがいた。
今では心の中だけになってしまったけど。それにしても、私は以前より会長に気安く話しか
け、先輩とはお付き合いできないけど先輩と気まずい仲にはなりたくないということをア
ピールするようにしていた。それは私のせいで先輩を傷つけたくない、先輩に恥をかかせ
なくないという想いからの行動だったのだ。

 副会長の浅井先輩の話では、石井会長は意外と簡単に私への想いを忘れ新しい恋のお相
手を見つけたことになる。そのこと自体には私には別に異論はなかった。先輩の想いに応
えられない以上、どういう形にせよ先輩が立ち直ってくれるのは喜ばしいことだったから。
でも先輩の相手は麻衣ちゃんだというのだ。

 いったいどういうことなのだろう。突然パソコン部に入部した麻衣ちゃん。そしてその
麻衣ちゃんを指導するために生徒会を放り出して彼女に付きっ切りになっている先輩。

 浅井先輩によるとその二人が人目をはばからないほどの恋仲になっているのだという。

 今まで麻人以外の異性に全く興味を示さなかった麻衣ちゃん。そして私にに好きだと告
白した生徒会長の石井先輩。

 その組み合わせにはしっくりと行かなかったけど、仮に本心から麻衣ちゃんと石井先輩
が互いを求めているのであれば、私はそのこと自体に反対する気持ちはなかった。ただ、
そのことを私に吐き捨てるように話した副会長の浅井先輩のことは少し気になってはいた。

 副会長はいい役員だった。会長に遠慮はなかったけど副会長としてフォローするところ
ははずさずに、たとえそれが生徒会活動と関係のないプライベートな事であろうとそれが
生徒会の正常な運営に影響するようなことであれば、役員の中で副会長だけは会長に強く
注意していたのだった。

 そういう副会長先輩は生徒会役員の見本のようで、あたしはそういう彼女みたいな役員に
なりたいとまで思ったのだけど、あの時会長と妹ちゃんの関係を批判した副会長の話にはな
ぜか心服することができなかったのだ。その時の副会長先輩は、まるで会長と妹ちゃんへの
嫉妬心の発露のような言葉を吐き出していたのだった。まさか、副会長は会長のことが好き
だったのだろうか。

 まるでぐちゃぐちゃだった。これでは本当に誰が誰を好きなのか全くわからない。でも
本能的に理解していたこともあったことはあった。

 一つは麻人の気持ちだった。彼が二見さんを好きなことは疑いようようがなかった

 あたしはそこで無理に考えるのをやめた。麻人は相変わらず食欲がない様子でぼうっと
何かを考えているようだった。そしてその間も彼の視線は、ここにいるはずのない二見さ
んを求めるように周囲を探っていた。

「もっと食べなきゃだめだよ」

 私は自分が作ったのお弁当に少ししか手を伸ばさない麻人に言った。

「あんた朝も食べてないんでしょ? 体壊しちゃうよ」

「悪い」

 麻人は私に謝った。


 麻人は私に悪いとは言ったけど、やはりそれ以上は何も食べようとはしなかった。そし
てもう私もそれ以上麻人に何も言う気はなくなっていた。というか私自身にさえ食欲のか
けらも残っていなかった。結局、私たちは残りの昼闇の時間を黙ったまま過ごしたのだっ
た。

 午後の授業が始っても私は授業に集中できなかった。何か得体の知れない寂しさが包み
込んでいるようだった。麻人が好きだという自分の心に気がついた時、自分の恋は成就し
なかったけど、私たちの関係が壊れることだけはないのだと、なんとなく私は考えていた。
それは家族関係のようなものだったから。

 今ではこの場所に残っているのは私と麻人の二人きりだった。麻人は二見さんを失い、
私も麻人を失った。そしてあんなに私たちの側ににべったりとくっついていた麻衣ちゃん
も今では私たちと別行動を取っていた。高校に入学した時に戻ったように麻人と私は二人
きりだった。そしてあの時は二人きりでいること自体にわくわくしていた私だったけど、
今ではただ得体の知れない寂さだけしか感じることができなかった。

 これからどうしようか。

 あの時、あたしは夕也と麻衣ちゃんの頼みを引き受けた。引き受けざるを得ない状況だ
ったから。二見さんは、麻人を巻き込まないために麻人ともう二度と会わない決心をして
いるのではないかと夕也は言った。だから、麻衣ちゃんも夕也も不在なこの時期には、私
は自分の恋とか関係なく、二見さんを愛した麻人を支えるしかなかったのだ。

 でも、実際に麻人を支えようとしていても、私が一緒にいることで彼が少しでも救われ
ているのだろうかという疑問が今の私には強く浮かんでいた。麻人は私のことなんか全く
気にしていないようだった。

 いや、気にはしていたのかもしれない。ただそれは、精一杯彼のことを考えて彼に話し
かけていいる私のことを気にしてくれているに過ぎなかった。つまり私がしていることは
全く麻人の役に立っていないどころか、かえって彼の負担になっているのだ。

 これからも私はこんな誰にとっても救いのない行動を選び続けるしかないのだろうか。
私は自分の引き受けた役割を後悔し出していたけど、でもそれは自業自得であって決して
麻人のせいにできることではないことはわかっていた。

 ようやく午後の授業が終了したとき、私は麻衣ちゃんと約束した以上、生徒会活動を放
り出してでも麻人に寄り添うつもりだったけど、その私の申し出を麻人は断った。

「学園祭も近いんだしおまえ忙しいだろ」

 麻人のその言葉は、多分私なんかと一緒にいるより一人で二見さんのことを考えたいと
いう気持ちから出たものだと思う。でも、麻人が形だけでも私のことを気にかけてくれた
ことは、何か私にまだ将来のこととか何も考えずにお互いのことだけを考え合っていて、
それでも充足していた昔の私たちの関係のことを思い浮ばせてくれた。

「ごめんね」

 私は言った。「学園祭の準備が今佳境になってるから」

「ああ。俺は大丈夫だから」

「・・・・・・本当に平気?」

 私は思わず本音で麻人に聞いた。彼は私が大好きな優しい笑顔をすごく久しぶりに見せ
てくれた。

「おまえに気を遣わせちゃって悪い。何なら朝も一緒に来てくれなくても俺は平気だから」

 そういった麻人の寂しい表情が私の胸の中のどこかを柔らかく刺激した。

「そんなこと言うな」

 私は思わず麻人を叱るように言った。

「明日も駅にいなよ? 私を待ち呆けさせたら許さないから」

 麻人は寂しそうに、でも私に気を遣っているかのように笑ってくれたのだった。


今日は以上です
また投下します

おつんつん


 麻人と別れて生徒会室に向った私は、いつぞや会長に告白された階段の前で足を止めた。
人の気配と低い話し声に私は気がついた。

 思わず姿を隠すように身を潜めて、私はその会話に聞き入った。



『うん、わかった。とりあえずうまくいったんだね』

『と思うけど。とにかく二見は登校してない。みんなにも二見がしていたことは知れわた
っているし、もっと言えば日本中のネット上でもお祭りになってる』

『って、どうした? 何か心配なの』

『こんなことしてよかったのかな』

『何を今更。唯のためなんでしょ。それに自分だって例の下着姿の画像を見た時は、二見
のことを・・・・・・。つまりそういうことを言ってたくせに』

『それはまあ、そうは言ったけど』

『当然の報いでしょ。単なるぼっちかと思ったらビッチでもあったとはね』

『・・・・・・それ、洒落のつもり?』

『・・・・・・うるさいなあ。とにかくこれで少し様子見だね』

『ねえ』

『何?』

『こうなったことは彼女の自業自得だとしてもだよ』

『うん』

『これじゃあ、あの二人って別れちゃうんじゃないの? 二見さんが池山君のことを気に
しちゃって』

『そうかもね』

『あたしは・・・・・・。二見さんはともかく、池山君を不幸にする理由なんかないよ』

『おかしいでしょ』


『え?』

『二見を陥れたのなら、今さら麻人だけ無怪我で終わらせられるわけないじゃん。姉さん
ひょっとして麻人のこと気になるの』

『違うよ』

『それにさ』

『・・・・・・それに?』

『石井さんは、姉さんの言うとおり唯を傷つけたんだろうけど、麻人だって有希のこと
を傷つけたんだぜ』

『それは全然、中学時代に石井が唯を傷つけたことと関係ないじゃん』

『二見は有希を傷つけたんだよ。麻人を奪って』

『それって今回のこの行動に関係あるの』

『どういう意味』

『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』


 この二人が何のことを話しているかということも、聞き耳をたてているうちに、おぼろ
げながら私には理解できていた。この二人は二見さんを陥れたことを語り合っていたのだ
った。

 さっき教室で別れた麻人は二見さんを落とし入れた犯人を突き止めるという意思を口に
していた。私は無理もないと思った。麻人にとっては生まれて初めて真剣に考えた相手と
の交際を無残に断たれたのだから。

 そして今、それを仕掛けたらしい相手が目の前で無防備にそのことを話し合っている。
私は期せずして偶然にも麻人が追求しようとしてい犯人を突き止めたのだった。

 私は身動きできなかった。聞き覚えのある声が会話を続けている。私はその会話を必死
で記憶しようとした。いずれ麻人に説明する時のために。でも今は麻人には言えない。勘
違いしているのでなければ、この二人は麻人と二見さんに対して情け容赦のない非情な攻
撃を仕掛けているのだった。

 そして私にはその二人の声には聞き覚えがあった。

 それは夕也と生徒会副会長の浅井先輩の声だった。私はこの二人は知り合いですらない
と思っていた。学年も部活すら異なる二人。でも、夕也と浅井先輩は、私に聞かれている
ことに気づかず二見さんを陥れ社会的に抹殺しかねないことをしていたという話をしてい
たのだった。

 やがて話し合いは終ったみたいで、会談の踊り場から二人が降りてくる足音が聞こえた。
私はとっさに階段から離れて生徒会室の反対の方へ、校舎の外に向った。今の話を立ち聞
きした直後に浅井先輩と一緒に作業できる自信はなかった。

 私は今起きた出来事を全く整理できずに混乱していたのだけれど、とりあえず乱れまく
っている思考を停止して安全な場所に避難しようとしたのだった。無事に校舎から脱出し
た私は足を早めて校門から出て駅に向った。生徒会室に顔を出さなければ今日は浅井先輩
とは会わなくてすむだろうけど、夕也は帰宅部だった。校内でうろうろしていると夕也と
出くわしかねない。何で私が逃げないといけないのかよくわからない。やがて駅に着いた
私はちょうどホームに入ってきた下りの電車に飛び込んだ。ここまで走ってさえいないけ
れど相当早足で歩いていたので息があがっている上に汗までかいていた。

 電車がドアを閉じホームを離れるとようやく私は少しだけ落ち着くことができたのだっ
た。これで夕也とも浅井先輩とも今日は会わずにすむ。あんな話を聞いたあとでこの二人
と会って何気ない素振りをするなんて私には無理だった。

 帰宅ラッシュの時間にはまだ早かったので車内には空席が目立っていた。私は目立たな
い隅の席に座って震える身体を抱きしめるようにした。さっき聞いた夕也と浅井副会長と
の会話が再び頭の中で再生されていった。

 私は何とか冷静さを取り戻そうとした。考えなければいけない。情報を整理しなければ
いけない。このまま混乱して泣いていても何も救われないのだ。私自分の目を両手でこす
った。湿った感触が手に伝わった。自分でも気がつかずいつの間にか涙を浮かべていたみ
たいだった。思考は混乱しまだ身体は震えていたけど、しばらくして何とか思考を落ち着かせ
ることに成功した。


 一番の被害者は多分麻人と二見さんなのだけど、やはり私が真っ先に考え出したのは夕
也の真意だった。夕也は麻人の親友だった。だからそれが誤解ではないなら夕也が麻人を
陥し入れるれるようなことをするはずがなかったけど、夕也は麻人に対して憤っていた。
私の好意を知りつつ二見さんとの仲を深めて行く彼に対して、夕也は私の気持ちを考えて
麻人に厳しい言動を示してくれていたのだった。

 だから、その夕也が二見さんと麻人のことを陥れることはあるいはあり得るのかもしれ
ない。さっきの会話を聞いたた限りでは。



『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』



 もし、本当に夕也が私のことを好きなのなら。そういうこともあるのかもしれない。

 そういうことが目的であるとしたら、そしてそのことによって二見さんが社会的に抹殺
されても構わないと割り切ったのだとしたら。それなら夕也の行動には一応の筋は通る。
もちろんそれでも目的に対して行動が過激すぎるという疑問は残る。麻人と二見さんを別
れさせるためだけに、あるいは二見さんを社会的に抹殺するためだけに、これほどの行動
を取れるのだろうか。

 でも、よくわからない。

 浅井副会長の動機と目的の方は更に謎だった。もしかしたら先輩は会長のことが好きな
のかもしれないけれど、今回の行動はその想いを達成することには全く関連がないとしか
思えなかった。会長と麻人の接点はないし、二見さんと石井先輩だって知り合いですらな
いはず。こんなことは考えたくはないけど、浅井先輩が自分の想いを遂げるためには他人
が破滅することを厭わないような自己中心的な性格だったとしても、麻人と二見さんの破
滅は副会長の会長への恋の成就には何らプラスにならないのだった。

 何を考えても結論には達しなかった。私はホームを出て自宅の方に歩き始めた。このこ
とを麻人に話すべきなのだろうか。彼は二見さんを陥れた犯人を捜すつもりでいる。今で
は私にも麻人の気持ちが理解できた。彼と二見さんをめぐる人間関係は複雑で、そして彼
と二見さんが付き合い出したことは多くの人間を傷つけた。その中の一人には私もいたの
だ。でも考えてみれば麻人と二見さんの恋は誰にも関係のない、二人だけの話だったのだ。
麻人も二見さんも誰に対してだって、直接悪いことをしていない。二見さんは女神行為と
かいう破廉恥なことをしていたかもしれないけど、それを麻人が許容していた以上、周囲
がそれに対して憤るのは筋違いだった。麻人と二見さんの交際は、麻衣ちゃんや私にも影
響を及ぼしたのだけど、そのことに対しては麻人も二見さんも責任を取らされるいわれは
ないのだ。


 私はとりあえず今日は麻人に連絡するのを止めた。麻人と二見さんが純粋な被害者であ
るらしいことをようやくあたしは理解したのだけれど、それでも今は麻人に対して今日の
出来事を話すのは早いだろう。私はそう思った。夕也と浅井副会長の目的が理解できてい
るわけではないのだから。そしてここまで考えた私は、この先どういう結論が出るにせよ、
このまま麻人に相手にされることはないにせよ、自分がもう夕也と付き合うことはないだ
ろうと確信した。夕也が犯人なら、たとえ私への麻人の態度や二見さんの行動に対して憤
ったその動機だったとしても。

 帰宅して寝るためにベッドに入るまでの自分の行動を思い出せない。普通に家族と接し
たのだろうけど。 ・・・・・・いくら考えても今日はもう何も思いつかなかった。とりあえず
こんな不確定な段階では麻人にこのことを話すわけにいかないことだけは確かだった。

 私がやろう。その時決心した。自分のためか麻人のためかは自分でもわからないけど、
私が真実を突き止めよう。

 翌朝、一晩がたってだいぶ心の整理がついてきた。真実は相変わらずは闇の中だった
けど、自分がすべきことやすべきでないと思われることの仕分けについて、私はだいぶ確信
が持てるようになってきていた。とりあえず真実はまだ何も明らかになっていないのだから、
偶然に知ってしまった夕也と浅井副会長の会話のことを麻人に話すのまだ時期が早い
ことは確かだった。

 私は浅井副会長とは気が合ったしうまくやっていたつもりだったので、昨日は反射的に
浅井先輩と顔を合わせるのを避けてしまったけれど、一晩が経って落ち着いて考えると女
同士の話として副会長がどんな想いでこんなことをしようと思ったのか語り合えるのでは
ないかという気がしてきた。何といっても昨日の会話からは、浅井先輩は少なくとも麻人
のことを敵視しているようには思えなかった。夕也はともかく、少なくとも副会長は。い
ろいろあるけど、私は副会長先輩のことはこれまでお手本にするくらい心酔していたのだった。

 どっちみち副会長先輩とはこの先も一緒に作業をしなければならない。昨日の会話を聞
いてしまった私には浅井副会長に気取られずにこれまでどおり普通の態度を取る自信はな
かった。浅井先輩に率直に話しかけてみよう。私は結局そう決心したのだった。

 今朝に始まったことじゃないけど、こうなるまでは隣の家のドアから出てくる夕也と偶
然会えないかと期待していた私は、今日はこれまで以上に急いで夕也の家を通り過ぎた。
心配するまでなく以前は夕也と待ち合わせしていた時間には、彼は姿を見せなかった。駅
のホームに入ってきた電車の中には昨日と同様に麻人が一人でつり革に掴まっていた。

「おはよ」

 私は無理に明るい声を出すように努めた。今、私が悩みや疑問を抱えていることを、麻
人に感づかれてはまずい。でも彼の方も私の態度なんかを気にする状態ではないようだっ
た。

「有希。おはよう」

 それでも昨日の私の注意を気にしたのか一応、麻人は普通にあいさつをしてくれたけど、
相変わらずその目には以前のような生気は感じられなかった。

「・・・・・・二見さんからメールとかあった?」

 私は遠慮がちに聞いてみた。

「ねえよ」

 麻人はもう激昂することもなく淡々と返事をしてくれた。

「そうか」

 私ももうそれ以上何を言っていいのかわからなかった。

「じゃあ、よかったらお昼休み一緒に過ごそう」

「うん。気を遣ってもらって悪いな」

 麻人はそう言ってくれたけど、その目は相変わらず虚ろなままだった。

 今度こそ私は麻人に対して何といって声をかけていいのかわからなくなってしまい黙り
込んでしまったのだった。


 お互いに沈黙したままで電車は駅を離れたのだけど、その沈黙を気にしているような様
子は麻人にはなかった。むしろ私が黙ってしまったのをいいことに、再び麻人は自分の思
考に閉じこもってしまったようだった。

 いったい麻人は何を考えているのだろう。もちろん大切な自分の彼女である二見さんを
陥れた人物に対する復讐だけを思い詰めているのだろうけど、麻人にはその相手を特定で
きるヒントすら知らないはずだった。

 麻人にはまだ黙っていようと決めた私だったけど、今のようにひたすら復讐心だけを持
て余していて、でも全くその想いを前進させることができないで苦しんでいる麻人の気持
ちを考えると、私の決心も少し鈍ってきた。やはり、どんなに不確かな情報であっても麻
人には私が偶然知ったこの事実を伝えるべきなのだろうか。

 一瞬心が弱った。でも私は辛うじて思いとどまった。とりあえず、少なくとも浅井副会
長に事実関係を問いただそう。せめてそのくらいのことは試みてから麻人に対して話をし
よう。

 結局、麻人は私の初恋の相手だし大切な幼馴染だった。初めて二人きりで登校し出した
あの頃からはだいぶ遠いところまできてしまった私たちだけど、二見さんと付き合いだし
た麻人のことを、それでも大事に想う気持ちだけは変わっていなかった。そして麻衣ちゃ
が麻人を私に託してこの戦線から離脱してしまっている以上、麻人を救えるのは私だけだ
った。

 そういう訳で、夕也の本心すらわからなかったのだけど、私は麻人の味方になることに
腹を決めたのだった。たとえどんなにひどい事実が明らかになっても。私の麻人への恋が
裏切られることになったとしても。

 私と麻人が校門に入って二年生の教室に向っていた時だった。中庭に面した部室棟から
親密に寄り添っている男女が出てきた。それは麻衣ちゃんと生徒会長の石井先輩だった。
私と同時に麻人もその姿に気がついたようだった。


「あれ麻衣じゃん」

 麻人は少しだけ驚いたように言った。

「一緒にいるの誰だろうな」

「三年生の石井生徒会長だよ」

 私は麻人の表情を気にしながら言った。

「何か手繋いでるじゃん。会長って妹の彼氏なのかな」

 麻人は驚いてはいるようだけど傷付いていたり反感を持っている様子はなかった。私は
とっさに自分の知っている情報を麻人に伝えた。それは多分真実だったし。

「先輩ってパソ部の部長もしているんだけど・・・・・。麻衣妹ちゃんがパソ部に入部してか
ら、あの二人って仲良くなったみたい」

「麻衣って三年生と付き合ってるのか」

 麻人が言った。

「だから最近朝早くでかけたり夜遅かったりしたのかな」

「そうかもしれないね」

 私は答えた。

「あいつがねえ。あいつ、俺に依存しまくりだったのにな」

 麻人はその瞬間だけ二見さんのことを忘れたように、優しい微笑みを浮かべていた。彼
は自分の妹に初めて彼氏ができたことを祝福していたのだ。自らはこんな辛い状況にあっ
たのに。

 その時どういうわけか私は涙を浮かべた。私たちはこれまで麻衣ちゃんの両親の代わり
だったのだ。その私たちの自慢の娘が堂々と彼氏に寄り添って歩いている。

 そうだ。このことだけは祝福してあげなければいけないのだ。私の思考は今まで会長の
告白とか浅井副会長の嫉妬とかに囚われすぎていたのかもしれない。麻人と二見さんとの
ことには関係なく、今本当に純粋に幸せなカップルが誕生していたのかもしれないのだ。

「こう見るとお似合いだね」

私は寄り添ったまま周囲を気にせず一年生の校舎の方にゆっくりと歩いていく二人を眺
めて言った。

「あいつに彼氏ねえ」

 麻人が再び微笑んだ。

「そんな歳になったんだな、麻衣も」

「今度、麻衣ちゃんを問い詰めよう。私たちに黙って付き合うなんて水臭いじゃん」

「そうだな」

 麻人も微笑んだまま寄り添った二人を眺めてそう言った。


今日は以上です
また投下します

おつんつん

おつ

おつ

ここへんまでは前読んだ気がする

おつ

続きはよ。


 私たちは石井会長が麻衣ちゃんを一年生の校舎に送り届けるところまで見届けた。別れ
際に麻衣ちゃんは名残惜しそうに会長の手を握りながら彼を見上げて笑顔で何か囁いてい
た。始業前だったので周囲には校舎に駆け込んでいく一年生が溢れていて、そんな中で手
を取り合って寄り添っている一年生と三年生のカップルはかなり目立っていたけれども、
少なくとも麻衣ちゃんの方は全くそのことを気にしていないようだった。

 麻衣ちゃんの関心が麻人から石井生徒会長に変っても、彼女自身の持って生まれた性質
は全く変っていないようだった。かつて麻衣ちゃんは麻人に対して同じように好意をむき
出しにしてぶつけていたっけ。私はこれまでの麻衣ちゃんのことを思い浮かべた。中学に
入学した時も高校に入学した時も、麻衣ちゃんは周囲を気にせず麻人に抱きつきべったり
寄り添っていたものだった。そして妹に甘い麻人の方も別にそれを制止するでもなく麻衣
ちゃんに付き合っていた。そんな実の兄妹の様子に周囲の生徒は最初のうちこそ好奇心に
溢れたぶしつけな視線を向けていたものだったけど、麻衣ちゃんが堂々とそういう態度を
取り続けているうちに逆に周囲がそれに慣れてしまいい、つのまにか周囲の噂も収まった
のだった。

 相手が麻人から石井先輩になっても麻衣ちゃんは相変わらずだ。そしていつか周りの生
徒たちは前と同じくこの人目を引くカップルに慣れていくのだろう。一年生と三年生のカ
ップルが珍しいといってもあり得ない組み合わせではない。少なくとも実の兄妹がべたべ
た恋人同士のように振る舞っているよりは当たり前の関係だろうし。

 ようやく麻衣ちゃんは会長の手を離し小さな手のひらを会長に向けて振ると、足早に校
舎の中に吸い込まれていった。私たちもそれを期に自分たちの教室に向った。

「いろいろあってあんたも辛いでしょうけど」

 肩を並べて歩いていた時、私は思わず麻人に話しかけた。

「麻衣ちゃんのことだけはよかったよね」

 私は麻人に微笑んだ。

「麻衣ちゃんにさ。初めてあんた以外の彼氏が出来て母親役の私も一安心だよ」

「俺はあいつの彼氏なんかじゃなかったって」

 麻人が当惑したように言った。

「今さら何言ってんのよ。あんたはずっと麻衣ちゃんの兄兼彼氏だったでしょうが」

 私はそれに突っ込んだけど、まあ今となってはどうでもいい話だった。とにかく私は娘
を嫁に出した母親のように寂しいながらもほっとしていた。その感情は麻人も共有してい
るに違いない。そう思って改めて彼の方を見たけど、麻人は黙ったまま相変わらず当惑し
ている様子だった。

「・・・・・・あのさ」

 麻人が私に言った。

「何?」

 その時あたしは自分が自然に麻人の手を握っていることに気がついた。さっきから麻人
は、私の言葉にではなく自分の手を握っていた私の行動に当惑していたのだった。

「あ、悪い。つい」

 私は慌てて彼の手を離した。

「いや」

 麻人はそれだけ言ってまた黙ってしまった。


 授業が始ったけど今日も私は集中できなかった。夕也の思惑や、浅井先輩の目的。それ
に、唯という女の子。私には何もわかっていないのだ。

 私は先生の目を盗んで夕也の方に目をやった。彼は机に広げていたテキストに目を落と
している。彼が考えているのが授業の内容なのか、それとも二見さんを陥れる手段なのか
はわからなかった。それから私は麻人を眺めた。麻人はもう麻衣ちゃんのことを目撃した
時のような安らかで優しい表情はしていなかった。麻人が何を考えていたのかはすぐにわ
かった。彼の視線はテキストでも黒板にでもなく主のいない机の方に向けられていたのだ
から。それはもうホームルームで出席を点呼されることすらなくなった二見さんの席だっ
た。

 私は割り切ろうと努めた。自分の気持ちがわからなくなることなんかこれまでだってよ
くあったことだ。それよりも今は、二見さんと麻人を巻き込んだこの一連の出来事が、い
ったい誰によって、何のために起こされたのかを考えるべきだ。そしてそのことが明らか
にならない限り、麻人はもとより私の気持ちさえもが救われなくなってしまっていたのだ
から。

 私は放課後になったら浅井副会長に対して率直に疑問をぶつける気になっていた。それ
で、私は相当緊張して生徒会室のドアを開いたのだった。一度決めたこととはいえ、浅井
先輩に、夕也と先輩が交わしていた会話の意味を問いただすことを考えただけで相当スト
レスを感じていた。

 ただ、意味を聞けばいいというものではない。ある程度深いレベルで副会長と会話を交
わすためには、麻人と二見さんの馴れ初めとか今現在二人が陥っている状況とかを説明し
なければならないだろう。副会長は麻人と二見さんのことをどこまで承知しているのだろ
うか。

 あの時の夕也と浅井先輩の会話を考えれば何もかも承知しているのかもしれない。それ
でも、浅井副会長はこれまで私に対して、麻人や二見さんのことをはっきりと口に出した
ことはなかったから、私が浅井先輩にいろいろと質問するに当たっていきなり核心から話
し出すわけにもいかないだろう。

 いったい何をどこから切り出せばいいのか。恐る恐る生徒会室に入った私にはその時に
なっても、どう切り出していいのか見当もついていなかったのだ。

「有希」

 同じ学年の書記の女の子が私が入ってきたことに気づいてパソコンの画面から目を離
して言った。同学年の生徒会初期の祐子ちゃんだ。

「遅かったじゃん」

「そうかな。授業が終ってすぐに来たんだよ」

 生徒会室には副会長の姿はなかった。祐子ちゃんの他に何人か生徒会役員以外で、各学
年から学園祭の実行委員に選ばれた数人が二人一組になって学園祭のパンフレットの校正
をしていた。早く真実を知りたいという気持ちはあったのだけど、同時に今この瞬間に副
会長と対峙しないですんだことに、私は安心した。

 先延ばししてもどうせいずれははっきりとさせなければいけないことはわかってはいた
のだけれども。


「副会長は?」

 私は彼女に聞いた。学園祭を直前にして副会長がこの場にいないのはおかしい。本当は
生徒会長がこの場にいて陣頭指揮をとっていなければいけないのだ。

 でも、副会長さえもがいないなんて。

「浅井長先輩は今日は放課後の活動はお休みだって」

 書記の祐子ちゃんが言った。

「何か妹さんが急病とかでさ。今日は帰らなきゃいけないんだって」

「そうなんだ」

 私は先輩から真実を聞く機会が遠ざかったことを知った。残念な気持ちとほっとした気
持ちが交錯していた。

「じゃあ今日は先輩抜きで作業だね」

「うん」

「副会長の妹さんって大丈夫なの?」

「別に命に別状があるとかじゃないみたい」

「そうか、よかった。でも浅井先輩がいないと・・・・・・」

「そうなのよ。先輩がいないとわからないことだらけでさ」

 祐子ちゃんの愚痴を聞きながら。私は今日はどうしようかと考えていた。本来なら学園
祭の準備に総指揮を執るのは学園祭の実行委員長を兼ねている生徒会長だったけど、今は
会長は良くも悪くも麻衣ちゃんのことだけしか頭にない状況だった。そんな中で会長の替
わりに学園祭の指揮を執っていたのが副会長だったのだ。私はその副会長の補佐役だった
から、副会長がいないと途方にくれるだけでいったい自分が今日何をしていいのかもわか
らなかった。

「今日お昼ごろに、ほかの学校に通っている先輩の妹さんが具合が悪くなってさ」

 祐子ちゃんが言った。

「そうか」

「うん。本当にびっくりだよ」

「そう・・・・・・。それでその妹さんってどうしたの」

「よく知らないけど貧血で倒れちゃったみたいね。副会長、さっき一度ここに来てさ。こ
れから病院に行くけど心配はいらないからって言ってた」

「そうなの」

 私は副会長の妹さんのことは気の毒ではあったけど、それよりも先輩の妹さんの病気に
よって私が先輩に問いただそうと思っていたことが延期になったとこの方がより気になっ
ていた。積極的な意味でも消極的ないみでも。


「先輩の妹さん、あ、別の学校に通っている唯ちゃんっていうの? さっき先輩を迎えに
来ててさ、初めて見たけどすごく可愛いいの。そのあとすぐに倒れちゃったんだけどさ。
あたしたちと同い年なんだけどね」

 他の学校に通っているという先輩の妹さんが、ここに顔を出していたようだったけど、
突然具合が悪くなったという話らしかったけど、私はもう頭を切り替えていた。

 先輩に真実を問い質すことができない以上、私は今日はおとなしく学園祭の準備をする
ことしかできないだろう。私はこれまで実務担当ではなく生徒会長不在の状態で、学園祭
準備の全体指揮を執る副会長のアシスタントのような役割を果たしていたのだった。本当
は副会長がアクシデントで不在な以上、私が代わって指揮するべきなのかもしれないけど、
私が見たところでは事態はそこまで追い詰められている状態ではなかった。二、三日は指
揮者不在でもすべきことはあるようで、副会長が不在で本当に困るのはまだ数日先のよう
だと私は思った。

 なので今日は私にはすることは何もないと判断した。私的な用件の方は今日は何もでき
ない。生徒会役員としてもまだ私が副会長先輩の替わりにでしゃばるようなところまで事
態は切迫していなかった。

「じゃあとりあえず今日は先輩に指示されたことをやるしかないね」

 私は祐子ちゃんに言った。

「うん。もうみんなそうしてるよ」

「じゃあ、私は今日はやることないなあ」

「何言ってるのよ」

 祐子ちゃんが言った。

「副会長がいないからってサボろうとするなよ」

「そんなつもりはないけどさ」

 正直に言うとそういうつもりは少しはあった。事態が進展せず、しかも学園祭の準備に
も寄与できない状態なら、今頃教室を出て一人で悩みながら帰宅しようとしている麻人に
寄り添って彼と一緒に帰ろうかという気を私は起こしていていたのだ。でも、祐子ちゃん
は私を離すつもりはないようだった。

「スケジュールのチェック一緒にしようぜ。一人でパソコン睨んでるの飽きちゃったよ」

 祐子ちゃんは私に言った。


「しようがないなあ。付き合ってやるか」

 私は笑ってパソコンのディスプレイを眺めた。私は祐子ちゃんと二人で気楽にお喋りし
ながらも何とか学園祭のスケジュールチェックを終えた。ところが、気楽に見始めたはず
のデータには、つまり祐子ちゃんが組んだスケジュールには致命的なミスがあった。展示
や模擬店はともかくイベントのスケジュールがあっちこっちで時間が重複していたため、
その修正には大分苦労した。

「会場や器材が被ってなくてもさ」

 私は飽きれて祐子ちゃんに言った。

「実行委員の人数は有限なんだから。こんだけイベントを重ねちゃったらスタッフが足り
なくなっちゃうじゃん」

「そういやそうか。場所とか出演者が違うから大丈夫だと思ってたよ」

 祐子ちゃんが悪びれずに言った。

 こういう細かいところに今年の学園祭の準備の荒さが出ていた。去年はこういう初歩的
な間違いは事前に生徒会長がことごとく潰してくれていたため、本番はすごくスムーズだ
った。副会長は会長不在の中で頑張ってくれてはいたけど、会長の組織化能力やイベント
の進行管理能力はやはり別格だった。その先輩がいないだけで既にこういう綻びが見えて
いる。

「これはやり直しだな」

 私は言った。

「え~。最初から全部?」

 祐子ちゃんはそこでいかにも嫌そうな表情を見せた。

「重なるところだけ時間を離せばいいじゃん」

「それで直るならそれでもいいよ。でもイベントを重ならないように最初から時間を直し
て行くと、最後のイベントはきっと夜中の開始になるよ」

 私は素っ気無く言った。

「時間の無駄だから最初から組みなおそう。文句言われるかもしれないけど、少しづつ各
部のイベントに割り当てていた時間を削るしかないよ」

「それって文句言われない? 特にコンサート系のクラブから」

「言われるかもしれないけどこのままじゃ成り立たないんだからしょうがないじゃん」

「割り当て時間はもう各サークルに伝えちゃってあるからさ。時間を削ったら苦情が来る
んじゃない? 軽音の先輩とかって怖いし」

「それでもそうするしかないでしょ。他に手段があるの?」

「・・・・・・ない」

 結局、祐子ちゃんは不承不承イベント系サークルへの時間の割り当てのやり直し作業に
取り掛かったのだった。

 翌日の放課後、相変わらず元気がなく無口な麻人に別れを告げた後、私は再び生徒会室
に向った。

 今日こそは勇気を出して副会長とお話ししなければならない。そのことを考えるとスト
レスから私は胃に鈍い痛みを感じた。その痛みは午前中から私を襲っていて、そのためお
昼ご飯をほとんど口に入れることができなかった。これでは相変わらず食欲がないらしい
麻人に対して、もっと食べるように叱ることすらできなかった。


 私が胃を痛めるストレスを宥めながら生徒会室のドアを開けた時だった。何やら祐子ち
ゃんに詰め寄っている先輩たちとそ、れに対して一生懸命説明している彼女の姿が目に入
った。

 今日も浅井副会長は生徒会室にいないようだった。でもそのことにほっとする、あるい
はがっかりする余裕はなく、私はいきなり私が部屋に入ってきたのを知って顔を明るくし
た祐子ちゃんに手を引かれた。

「ようやく来てくれた。この人たち言うことを聞いてくれないのよ」

 書記の祐子ちゃんを囲んでいたのは音楽系や演劇系のクラブの部長だった。先輩たちは
許可されていた時間を削減されて憤って生徒会に文句を言いに来たらしい。

「おいふざけんなよ。お前らが時間を割り振ったんだろうが。俺たちはそれに従ってプ
ログラム組んだんだぞ。今になって十五分減らせとか何考えてんだよ」

「全部組みなおしになるのよ。台本から書き直しになっちゃうじゃない。ありえないでし
ょ」

 これは演劇部の美人で有名な部長だった。

「お前たちから言われた時間をさらに各バンドに割り振ってんだぞ。一週間前に今さら構
成やりなおせとか部員たちに言えるかよ」

「何とかならないかな。これじゃ学園祭の出し物を、どれか中止するしかないのよ」

 各部の責任者たちも必死だった。別に生徒会をいじめたいわけではなかっただろう。彼
ら自身が私たちの示した時間を更に区割りして各部員に伝達していたのだろうから、再度
の時間の割り振りによって彼らが部員たちに責められることになるのだ。

 私たちのスケジュール修正は、各部に対して思っていたより深刻な影響を与えてしまっ
たようだ。

 祐子ちゃんによって、彼女の側に引き寄せられた私は、三年生の部長たちの注目を浴び
てしまったようだった。

「あんたが責任者?」

 演劇部の三年生の部長が言った。美人で有名な先輩だったけど、今はその表情はきれい
というより怖いと言ったほうがいい感じだった。

「何でこんなことになったんだよ」

 軽音部の派手な容姿の先輩も低い声で続けた。

「去年まではこんなことなかっただろうが」

「何とかしろよ。今さら全部のプログラムを変えろって言うのかよ」

 これはヒップホップ系のダンスサークルの部長だった。

 私は昨日は気軽に考えていたのだった。今の祐子ちゃんのスケジュールが成り立たない
のは確かだったから、各部の時間を削って各イベントの重複を無くすしかない。そうしな
ければイベントを裏から支える実行委員会のスタッフが足りなくなる。その辺のシミュ
レートが今年の時間割には決定的に不足していた。

 私は全体の調整をしていた副会長の下で、主に全体計画の進行管理とか物品調達を担当
していたので、イベントスケジュールがこんな状態になっていたなんて昨日初めて気がついた
のだ。イベントの時間割は副会長の承認を得ていたはずだけど、さすがの副会長もここまで
細かい問題には気がつかず見過ごしてしまっていたようだった。


 私と祐子ちゃんは周囲を憤っている先輩たちに囲まれてだんだんと萎縮してしまった。
それでもスケジュールを修正しなければいけないことには変りはなかった。各部が独力で
部室や教室で実施するイベントならば好きに構成を組めばいいけど、野外のステージや学
校のメインホールでのイベントのような、実行委員会が運営するイベントに参加するサー
クルには、こちらの指示に従ってもらうしかない。イベントの裏方を務めるのが彼らでは
なく実行委員である以上、割ける人的資源は有限である。どんなに責められてもそこは譲
れなかった。

 もっとも、譲れない事情は先輩たちにとっても同じようで先輩たちは厳しく生徒会の不
備を突いて当初どおりの時間を割り振るよう要求した。私の背後に隠れてしまった祐子ち
ゃんに代わって、先輩たちに対峙した私は一歩も譲らず時間の削減を要求するしかなかっ
た。そうしないと学園祭のイベント自体が成り立たない。ここで譲歩するという選択肢は
なかった。それでもやはり三年生の先輩たちの圧力は無視できないほどのものだった。

 今日も副会長先輩が不在なため、気の重い真実を問い質すことが出来なくて複雑な想い
を抱いた私だったけど、そういうこととは関りなく、今はこの場に副会長か会長にいて欲
しかった。私と書記の祐子ちゃんにはこの圧力は重過ぎた。

 その時、生徒会室のドアが開き、突然生徒会長が姿を現した。

 一目でこの場の不穏な様子を理解したのだろうか。生徒会長はやや戸惑ったようにいき
り立っている三年生の部長たちを眺めた。

「君たち、生徒会室で何をしてるんだ?」

 生徒会の責任者を見つけた先輩たちは、もう私と祐子ちゃん何かを相手にせず、直接生
徒会長にクレームを付け出した。彼らにとっては会長はタイミングよく現れたいい獲物だ
ったのだ。クレームの内容自体はこれまでと全く同じ内容だった。驚いたことに最近は時
たま現れて指示をしていくだけだった生徒会長は、クレームを聞いているうちに問題の根
本をすぐに把握してしまったようだった。

 騒ぎが収まるまでにはかなりの時間を要した。生徒会長は不満を述べる三年生たちの
話を遮ることをせずじっと耳を傾けていた。一瞬、この人はひょっとしたら三年生の先輩た
ちの味方なのだろうかと私が疑うくらいにていねいに。

 でも、もどかしいくらいに先輩たちの話を聞き彼らの苦労に共感を示していた先輩は、
やがて淡々と実行委員会の事情を話し始めた。それは私と祐子ちゃんだって今まで必死に
なって先輩たちに訴えていたことと全く同じ話のはずだったけど、会長が一から冷静に状
況説明して行くうちに部長たちの興奮も少しづつ収まっていったようだった。

「会長の言うことはわかるけどよ、何でそんなミスするんだよ。ツケは全部こっちに来る
んだぞ」

「最初から無理のない時間を割り当てろよ」

「劇の台本って、時間を厳密に計ってるんだから、今後は注意してよね」

「各ユニットごとに五分づつ持ち時間を削るしかねえか」

 心からは納得していなかったろうけど、先輩たちは各部への割り当て時間の削減が不可
避であることを不承不承了解し、捨て台詞を残して去って行ったのだった。

 何とか自体が収まったのは会長のおかげだった。会長は麻衣ちゃんとの交際に夢中にな
って、本来すべき仕事を放棄してその責任を副会長先輩に押しつけていたのだけれど、や
はりこういう修羅場を収めてくれる力を持ってはいたようだ。


「先輩、助かりました」

 祐子ちゃんが素直に言った。

「イベントの持ち時間の最初の割り振りを間違ったのはまずかったね」

 会長が冷静に言った。

「今日はあいつらを何とか宥めたけど、これであいつらは下手すると二、三日徹夜で演目
の組み換えになるな」

「ごめんなさい」

 偶然にも私と祐子ちゃんの声がだぶった。少しだけそのことに会長は微笑んだ。

「副会長はどうしたの」

 その時会長が言った。

「昨日から生徒会に顔を出してません。何か妹さんが具合が悪いとかで」

 私は答えた。

 今まで自分の失敗が巻き起こした騒動を反省して元気のなかった祐子ちゃんの顔がその
時ぱっと輝いた。

「それがですね」

 彼女は嬉しそうに言った。

「先輩、中学の時の生徒会の副会長だった唯さんって知ってますよね」

「え?」

 思いがけないことを聞いたというように会長が声を漏らした。

「知ってるけど・・・・・・彼女がどうかしったの?}

「へへ。特種ですよ、先輩。唯さんって子、浅井先輩の妹なんですって」

「あいつが浅井の妹・・・・・・?」

「そうなんです。それでね、唯ちゃんって昨日ここに浅井先輩を迎えに来たんですけど、
その時大変だったんですよ」

「大変って、何かあったのか」

「またまたとぼけちゃってえ。唯さんが石井会長に会いたいって駄々をこねて副会長が苦
労してました・・・・・・会長、唯ちゃんと何かあったんですか?」

「別に。何もないよ」

 会長はもう驚きを克服したようでいつものような冷静な表情と口調に戻っていた。

「多分、その唯さんって中学時代に生徒会の役員同士だったってだけで」

 唯さんは先輩のことが好きだったのかもしれないな。私はそう思った。

「あ、そうだ。忘れてたけど唯さんって子、こんなことも言ってましたよ」

 会長の反応が思っていたより薄かったせいか、少しがっかりした様子で祐子ちゃんが言
った。

「彼女、会長は今いないって副会長に言われたら、今度は二見 優さんに会いたいって言
ってました」

祐子ちゃんは今度は私の方に向って言った。

「二見さんってあの噂の人でしょ? あなたの同級生だよね」

 今度こそ会長の表情は本当に凍りついた。そして、会長は何も言わずに黙ってしまった。

「誰にでも裸を見せるっていう二見さんと、浅井副会長の妹さんの唯ちゃんって、どうい
う知り合いなんでしょうね。そういえば同じ中学だもんね」


今日は以上です
また、投下します

おつんつん

三姉妹エピソードはなくならないんだね


 石井会長はようやく視線を祐子ちゃんから外して、私の方を見た。

「・・・・・・遠山さん、ちょっと学園祭の運営のことで打ち合わせしたいんだけど」

「はい」

「じゃあ、お茶を入れますね。それから打ち合わせしましょう」

 祐子ちゃんが言ったけど、会長はそれを遮った。「いや。君はもう一度新しいスケジ
ュールを見直してくれるかな。次の失敗は許されないから」

「はーい」

 祐子ちゃんは噂話を続けるのを諦めたようで素直にパソコンに向った。彼女も多少は自分
の失敗を気にはしていたのだろう。

「ちょっと場所を変えようか」

 石井会長が私に言った。

 会長は黙って私を共通棟の屋上に連れて行った。まるでまた会長に告白されるみたいな
雰囲気だなって私は考えたけど、もちろんそんな話であるわけはなかった。でも黙りこく
って先を歩いていく会長の背中からは緊張感がひしひしと伝わってきた。

 ・・・・・・本当は会長の問題にかまけている時間はないのだ。私は考えた。会長と副会長、
それに副会長の妹らしい唯とかいう女の子の間にどんな複雑な事情があろうとも、申し訳
ないけど今の私には関係のない話だった。今の私にとっての優先事項は、夕也と浅井副会
長と、麻人と二見さんの関係を知ることだったのだ。

 それでも、会長の話には何だか私抱えていた問題の核心をついてくれるような気がした。
とりあえず会長の話を聞こう。私は黙って会長について行った。

 会長は屋上のベンチに腰かけた。彼が何も言わなかったので、私は少し迷ったけれど結
局、会長の隣に腰かけた。

「祐子さんの話ではよくわからなかったんだけど」

 会長は私の方を見ずじっと前を見詰めたまま言った。

「結局、何で今日副会長はいないかったの?」

 そう言えばさっきの祐子ちゃんは、生徒会室で起きた唯さんとかいう女の子の行動だけ
を面白そうに会長に伝えただけだったので、何で副会長先輩がいないのかという会長の疑
問はもっともだった。ただ、最近あまり生徒会に顔を出さない会長がそういう権利がある
のかというのは別として。

「唯さん・・・・・・、浅井先輩の妹みたいですけど」

「うん」

「昨日貧血で倒れたそうです。それで昨日と今日浅井は副会長は生徒会に来れないそうで
す」

「そうか」

 それだけ言って会長は黙ってしまった。でもわざわざ私をこんなところに連れてきたの
には理由があるはずだった。浅井先輩不在の訳を聞きたいだけなら場所を帰る必要はない。
私は黙って会長が話し出すのを待った。

 随分長く沈黙が続いたような気がしたけど、やがて会長は口を開いた。

「さっきの祐子さんの話だけど」

「はい」

 会長の表情は照れているのか何かを恐れているのかはわからないけど、とても複雑な表
情で私を見た。学園祭の運営の相談ではないことはもう明らかだったけど、単純に麻衣ち
ゃんと付き合っていることを私に話したいだけでもないことも確かだった。それは会長の
緊張した様子からもわかった。


「まず聞いてもらいたいんだけど、僕と麻衣・・・・・・麻衣さんは付き合っている」

 会長はそう言った。

「とりあえず君には知っておいてもらいたくて」

「はい。というか察してはいました。朝一緒にいる先輩と麻衣ちゃんを見かけました
し・・・・・・。というか隠しているつもりだったんですか? あれで」

「そういうつもりはないんだ。彼女も僕たちの関係を周りに隠す気なんかないみたいだし、
彼女がそれでいいなら僕だって」

 先輩が慌てた様子で言った。「でも、これまではっきり誰かに僕たちの交際を話したの
は君にだけなんだ」

「そうですか・・・・・・でも心配はいりませんよ。私も麻人も麻衣ちゃんが選んだ人なら反対
はしませんから」

「ありがとう」

 会長はそう言ったけど、その表情には嬉しそうな様子は窺えなかった。

「まあ僕たちのことはともかく、さっきの祐子さんの話だけど」

「はい?」

「君とか池山君には誤解して欲しくないというか・・・・・・その」

 会長はそこで少しためらって、でもその後思い切ったように話し出した。

「僕は中学の頃、祐子さんと生徒会で一緒に活動をしていたことがあってね。彼女は副会
長だったんだけど。それで・・・・・・。どういうわけか僕は彼女に告白されたことがあったん
だ」

 やはりそうか。では、会長は中学時代に浅井先輩の妹と生徒会でコンビを組んで、高校
では姉の浅井先輩とコンビを組んだわけか。何か因縁のようなものを私は感じたけど、正
直会長の話は今の私にはどうでもよかった。

「今日まで二人が姉妹なんて全く気がつかなかったよ。言われてみれば二人とも浅井さん
だったんだけど」


 会長がそう言った。会長にとっては過去の亡霊が再び現われたように感じて狼狽したの
かもしれないけど、今、私が探らなければいけないのは中学時代の会長の恋愛模様とかで
はなくて、麻人と二見さんに起きたことの真実だったのだ。だから正直に言って、今の私
には混乱した会長の心の整理に付き合っている余裕はなかった。でもその後に続く会長の
話を聞いたとき私は凍りついた。

「でも僕は祐子さんの告白を断った。その時にはもう、僕には優がいたから」

 僕には優がいた? ではあの二見優さんと会長には過去に接点があったのだ。そればか
りか副会長の妹だという唯さんの告白を断る理由が、二見さんだったと会長は言った。そ
れは中学時代の会長と二見さんは恋人同士だったということか。一瞬、私は混乱したけど
次の会長の説明で疑問は完璧に氷解した。

「多分君の考えているとおりだよ。僕は優と中学時代付き合っていた。池山君の彼女の
優・・・・・・さん、と」

 会長はそこで取ってつけたようにさんづけをした。多分、二見さんのことを呼び捨てで
呼ぶことに慣れていたのだろう。

「僕と優さんは彼女が中学二年の終わりに転校するまで付き合っていたのだけど、彼女が
突然転校したせいで自然消滅みたいになってね」

 それでは私が聞いたあの会話の謎の一端がほどけたのだ。過去に副会長の妹さんと石井
会長には因縁が、少なくとも何らかの交渉があったのだ。それが二見さんを陥れた動機な
のかどうかは、まだわからないけど。

「・・・・・・でも何でそんなことを私に話すんですか? だいたい、麻衣ちゃんはそれを知っ
ているんですか?」

 これは大切なことだった。麻衣ちゃんにとっては二見さんは自分から麻人を奪っていっ
た女だった。その二見さんが、今麻衣ちゃんが付き合っている石井会長の元カノだと知っ
たらどう考えるだろう。そして先輩がわざわざ私を生徒会室から連れ出したのは、麻衣ち
ゃんへのフォローを期待したからなのだろうか。


「麻衣・・・・・・さんにはまだ話していないよ。そして今の僕にとって一番大切なのは二見さ
んでも唯さんでもなく麻衣さんだけど、だからと言ってそういうフォローを君に頼もうと
したのでもないよ」

 会長は私の内心を見透かしたように言った。

「むしろ、迷惑かもしれないけど僕のしでかしたことを聞いて欲しいんだ。今の今まで誰
にも黙っていようと思っていたけど、唯さんまで出てくると何かいろいろ不安になってき
たよ」

「意味がわかりません。もっとはっきり話してもらえますか」

「僕の恋愛関係のことを相談したいわけじゃないんだ。僕のしたことで麻衣さんに振られ
てもそれは事業自得だから」

 今や会長の顔は真っ青だった。でも言葉の勢いは前よりも激しさを増しているようだっ
た。

「今までは全然気がつかなかったんだ。僕の愚かな行動で池山君と二見さんを破滅させた
んだと思っていた。でも、それより僕の知らないところでもっと何かが起こっているみた
いだから」

 私は再び凍りついた。今まで、会長の個人的な複雑な悩みを聞かされているだけのつも
りだった。でも会長が言うには私が真相を突き止めようと決めた、麻人と二見さんを襲っ
た出来事について言及したのだった。

「聞いてくれるか?」

 きっと私の顔色が変ったことに気がついたのだろう。会長は興奮を鎮めるようにそっと
続けた。



 帰宅してベッドの中で寝る前に、私はさっき屋上で会長から聞かされた話を思い返した。

 生徒会長の話は私に麻人と二見さんを巡って起きている出来事に対する、新たなそして
かなりの量の情報をもたらしてくれた。ただ、その話は断片的で、二見さんを陥れた本当
の原因を明らかにしてくれたわけではなかった。新たに増えた事実は、私が明らかにした
いと思っている真実から更に遠ざけてしまったようだった。

 私はベッドの上で身体を起こした。このまま考え事をしていたら明日の授業はひどい有
様になりそうだけど、こういう状態になると眠ろうとしても眠れないことは自分でもよく
わかっていた。

 寝ることをきっぱり諦めた私は最初から会長の話を思い起こすことにした。会長は昨日
真っ青になりながらこう言ったのだった。

「・・・・・・君たちの担任の鈴木先生に、優の女神行為を知らせたのは僕だ」

 私はこれまで犯人を想像しようと無駄な努力を繰り返していた。二見さんに横恋慕した
校内の男子生徒とか、麻人のことを思い詰めるほど好きになってしまい、二見さんを逆恨
みしたった女の子とか。そして、最近になって有力な犯人候補として考えざるを得なくな
ったのが、夕と副会長だった。でも、まさか生徒会長が犯人だとは思いもしなかったのだ
った。

 その話はそれだけでは終らなかった。

「僕が二見さんと池山君に酷いことをしたという自覚はある。でも、ここまで二人を追い
詰めたのは僕じゃないんだ。それだけは信じて欲しい」


 とにかく私は、鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせた犯人を突き止めたのだった。
それは会長だった。その行為は麻人をここまで苦しめているのだから、その実行犯である
会長に憎しみを感じてもいいはずだったのだけど、驚きのあまり感情までが麻痺して機能
しなくなったせいか憎しみや嫌悪よりは、このことの持つ意味が理解できないもどかしさ
だけが私の脳裏を閉めていたのだった。

「意味がわかりません」

 私は震える声で聞き返した。

「何で先輩がそんなことをする必要があったんですか? それにそれだけのことをしてお
いて、麻人と二見さんを追い詰めたのは自分じゃないってどういうことなんです?」

「ちゃんと話すよ。迷惑かもしれないけど聞いてくれるか」

 会長の顔は青かったけど、もう口調は大分落ち着いてきていた。

「僕が二見 優・・・・・・さんと付き合っていたことは事実だ。そして祐子さんを振ったこと
も事実なんだ」

「そして、二見さんが僕には何も言わずに転校して僕の初恋は終った。正直に言うと僕は
そのことに悩んでいた。でも麻衣ちゃんがパソ部に入ってきて僕に悩みを打ち明けてき
て」

「麻衣ちゃんが先輩に?」

「うん。彼女は池山君から卒業しようとしていたんだ。ただ、彼女は池山君の相手の優さ
んが女神行為をしていることに気がついてしまった」

「彼女は悩んでいた。そして僕自身も優さんの女神行為のことを知って悩んだ。あいつは
何をしているんだ、僕と付き合っていたらそんな破廉恥なことをして自己実現する必要も
なかったのにってね」

 会長の話は途中に飛躍もありわかりやすいものではなかったけど、私は何とか会長の話
について行った。麻衣ちゃんが大好きな麻人の彼女に対して求める水準を考えると、女神
行為をしているような女の子は論外だったのだろう。私は考え違いをしていた。麻衣ちゃ
んが部活に入ったのは兄離れをするためだと思い込んでいたのだ。でも彼女はそんな単純
な理由だけではなく、麻人にはふさわしくない二見さんと麻人の関係を何とかしようとし
てパソコン部のドアを叩いたらしかった。

 麻衣ちゃんは何を望んでいたのだろう。麻人と二見さんを別れさせて、自分は兄離れを
する。そして一人になった麻人に私をくっつけようとしたのだろうか。



『お姉ちゃん・・・・・・』

『もうあまりあたしのことは甘やかさなくていいよ』

『お姉ちゃんももう自分に素直になって』

『でないと本当に二見先輩にお兄ちゃんを盗られちゃうかもよ』



 私は前に麻衣ちゃんに言われた言葉を思い返した。


「いろいろあったけど僕は麻衣とお互いに好きあう仲になって・・・・・・これは正直な気持ち
なんだけど僕にとってはもう優さんのこととかどうでもよくなって」

 会長は話を続けた。

「麻衣がいてくれれば過去のことなんてどうでもいい、優さんが池山君のことを好きなこ
ととか女神をしていることとかどうでもよくなったんだ」

「じゃあ、何で会長は鈴木先生に二見さんの女神行為を知らせるようなことをしたんです
か?」

「・・・・・・麻衣の望みをかなえてあげたかったから。だから僕は麻衣にも黙ってメールした
んだ。でもそのメールを出した後で麻衣に言われた」

 会長は話を続けた。その話は意外なものだった。麻衣ちゃんが麻人と二見さんの付き合
いを認めたらしいのだ。でもそれは会長が麻衣ちゃんに黙って鈴木先生にメールを出した
後だった。



『恋愛って当事者同志じゃなきゃわからないんだよね。あたし、初めて恋をしてよくわかった』

『・・・・・・うん』

『お兄ちゃんが二見先輩のことを、先輩の女神行為のことを承知していても二見先輩が好
きなら、あたしはそれを邪魔しちゃいけないのかもしれない』

『あたしにはブラコンかもしれないけど、それでもお兄ちゃんの恋を邪魔する資格はない
と思う。今ではあたしの一番好きな男の人は、お兄ちゃんじゃなくて先輩なんだし』

『だから先輩、あたしが前に相談したことは全部忘れて。あたしはお兄ちゃんと二見先輩
のことは邪魔しないし、お兄ちゃんの味方になるの。今ではあたしには先輩がいるんだし、
もうお兄ちゃんの恋を邪魔するのは止める』



 その時にはもう手遅れだった。二見さんの女神行為は鈴木先生に知らされてしまってい
た。麻衣ちゃんに初めてできた彼氏の手によって。



「全ては僕のせいだ。麻衣にはこうなった原因が僕にあることは言えなかったけど、仮に
ばれて彼女に嫌われてもしようがないと思っている」

 会長が話を続けた。「でも僕が今日君に言いたかったのはそんなことじゃない」

 会長はしっかりとした視線で私を見つめた。

「麻衣と仲のいい君には話しておきたいんだ。さっき書記さんの話を聞いて、この話はそん
な僕たちの単純な行き違いから始ったものじゃないみたいだと気がついたから」


 ここまでの話だけでも混乱していた私は、この話に加えて会長が何を言いたいのか予想
も出来なかった。そしてそんな私を気遣う余裕すらないように、普段は常に冷静な会長は
話を続けた。

「誓って言うけど僕がしたのは最初のメールを出したところまでなんだ。その後の名前バ
レとか裏サイトの掲示板とかの書き込みには僕は一切関与していないんだよ」

 二見さんを本当に追い詰めたのは学校側に女神行為が知られたことではなく、広くネッ
ト上にその行為が実名付きで出回ったことだった。会長の話が本当だとすると、他に二見
さんを追い詰めた犯人がいるということになる。

 私は夕也と浅井先輩の会話を思い出した。やはり彼らが真犯人なのだろうか。まだ真実
はわからないけれど思っていたより複雑な動機が絡み合って、こういう事態が生じたこと
は間違いがないようだった。そして会長は真の犯人ではないのだろうけれども、これを始
めた犯人の動機に密接に関与しているのだろうか。

「浅井君と唯さんが姉妹だったっていうことは、僕はさっき初めて聞いたのだけど」

 会長が顔を上げた。「これまでそのことを僕が知らなかったこと自体が不自然だと思
う」

 会長は何を言っているのだろうか。私は会長の次の言葉を待った。

「僕は中学の頃それなりに女の子から告白されたことがあるんだけど」

 会長は続けた。「まあ信じてもらえないかもしれないけど」

 こんな時なのにわざわざそういう余計な一言を付け加えたのがいかにも女性関係に自信
が無さそうな会長らしかったけど、そのことに可笑しさを感じる余裕はこの時の私にはな
かった。

「それにもてたと言ってもほとんどみんな勘違いとか思い込みでね。僕が相談に乗っている
相手が自分に親身になっている僕のことが気になるようになったとうだけで、まあ、そういう
子はみんな自分が好きなんだよね」

「はあ」

 会長の話がどこに繋がっていくのか私にはわからなかった。

「そんな中でも唯さんだけはそうじゃなかった・・・・・・生徒会で副会長をしていた彼女は控
え目で優しい子だったんだけど、どうやら本気で僕のことを好きになってくれたみたいだ
った」

「その唯さんの告白を、当時優と付き合っていた僕が断ったのは今話したとおりだけど、
よくわからないのは、唯さんは優と同じクラスだったから僕が彼女さんと付き合っている
ことは知っていたはずなんだ」

「じゃあ、同級生の彼氏を奪おうとしたってことですか? その控え目で優しいという浅
井先輩の妹が」

「そうなるんだ。当時の僕は優に夢中だったから深くは考えなかったのだけど、今にして
思えば同級生の彼氏にわざわざ告白したことになるんだよ。そんかおとをするような子に
は思えないんだけど」

 しかし、会長の思考能力はすごく高いなと私は考えた。今の今まで何年間も忘れていた
ことや知らなかったことを、祐子ちゃんから聞かされただけで、すぐに当時の出来事の矛
盾点を思いついたのだから。

 こういう人が味方になってくれると力強いだろうな。現にさっき私たちでは宥められな
かった三年生の部長たちを納得させてしまったのも会長だった。

 でも、会長が本当に味方になれる立場にいるかどうかはまだわからない。とにかく二見
さんの女神行為を鈴木先生に言いつけて、麻人と二見さんの誰にも迷惑をかけていない二
人だけの小さな幸せを壊すきっかけをつくったのは会長であることに間違いないのだから。


今日は以上です
また投下します

おつ

おつんつん


「それにしても、具合の悪い唯さんが、なんでうちの学校の生徒会なんかに来たんだろう
ね」

 会長が聞いた。そう言われてみればそうだ。

「外出できないほど、体調不良じゃなかったんでしょうね。病院に行くのに、付き添いの
浅井先輩のところを訪ねたとか」

 私は推測して答えたけど会長は疑わし気に首を傾げた。

「そんなことわざわざするかな。うちの学校で倒れたんでしょ? 倒れるほど具合が悪い
なら、病院とか最寄り駅とかで待ち合わせするんじゃないかな。救急車を呼ぶほどじゃな
くても」

「唯さんの体調不良って嘘だって思ってるんですか」

「そこまでは考えてないよ。でも、うちの学校に来て優に会いたいとか僕に会いたいとか
って、病気の時にわざわざするものかな。あれからずいぶん時間がたっているのに」

 そう言われてみればそうだけど、だからといってそのことに対する答えはすぐには思い
つかない。

「唯さんの告白を断ったことを話した時の優の反応だけど」

 会長が話を変えた。

「今にしてみれば冷たすぎたような気がする。あの当時彼女に夢中だった僕でさえ違和感
を感じたほどに」

 会長は当時を思い出しそして推理しようとしていたのだろう。会長が少しづつ思い出し
て語ってくれたその当時の出来事とは。



『先輩、何であの子の告白断ったの?』

 二見さんの質問に、当時は彼女さんにベタ惚れしていた会長が答えた。

『僕は、君のことが好きだからね。浅井さんと付き合うなんて考えられないよ』

『ふーん。そうなんだ。唯ちゃん、可哀想』



 二見さんはそれだけ言って、もう唯さんのことはどうでもいいとばかりに、自分が最近
考えていることを話し始めた。

 その時の二見さんの反応があまりにも淡白だったせいで、珍しく会長の中に彼女への反
発心が湧き出してきたそうだ。

 会長の心の中に唯さんの緊張して泣き出しそうな顔を思い浮かんだとか。これでは、あ
んまりだ。僕の気持ちも浅井さんの気持ちも救われない。会長が思い出した事実やその時
先輩が抱いた感情とはこういうことだったそうだ。

「でも違和感と言うのはどういうことなんですか?」

 私は聞いた。思春期の少女の略奪的な恋愛衝動なんてよくある話だし、女性経験が少な
い会長が自分を好きになった唯さんを聖女みたいに祭り上げていたせいで違和感を感じる
だけではないのか。

 二見さんの冷たい反応だって、普段から他人に関心を抱かなかった彼女の姿を知ってい
た私には別に意外とも思えなかったのだ。

「ここから先は完全に僕の想像なんだけど」

 石井会長が話を再開した。


「僕は麻衣のためなら自ら泥をかぶろうと決心したんだよ。優の女神行為を晒すっていう
ことは、万一晒した犯人が生徒会長の僕だとわかったら、晒された彼女ほどではなくても
僕の評判だって地に落ちるだろうとは思ったけれど」

「さっきも言い訳したように僕は優の女神行為を徹底的に晒す覚悟は出来ていたけど、結
局途中でそれを止めた。麻衣が今ではそれを望んでいないことがわかったから」

「・・・・・・でも、ほぼ同じタイミングで二見さんの実名とか住所とかが晒されて、それに学
校裏サイトにもそのことが載ってましたよね」

 それが二見さんにとって致命傷となったのだった。二見さんの女神行為が学校当局に知
られただけなら、広く校内の生徒たちに広まらなかったら、彼女が転校や引越しするほど
追い込まれることはなかっただろう。

「そうなんだ。誰か僕の他にそれをしたやつがいる」

「ひょっとしたら学校とか二見さんの関係者以外の人かもしれないですね。最初はexifと
かっていうデータを解析されたんでしょ? それなら誰でも犯人の可能性はあるし」

 私はふと思いついて言った。

「それだけならそうかもしれないけど、その画像の主を優に結び付けて実名を晒すなんて、
知り合いじゃなきゃできないだろう」

「それはそうか」

 気が重いけどやはり核心にはこの学校の関係者がいることには間違いがないようだった。
それに夕也と浅井副会長の会話のこともある。そして副会長と、最初に鈴木先生に対して
行動を起こした会長の過去とが今繋がったということもあった。

「僕がしたことを知られれば麻衣にはきっと愛想を尽かされるだろう。今までは黙ってい
ようと思っていた。情けない判断だけど僕は麻衣に嫌われることだけはしたくなかったか
ら」

 会長が続けた。

「でも、唯さんとかが登場して僕や優に会いたいって言ったことが本当なら、これは単な
る偶然では済ませられないだろ」

「じゃあ、会長の言う違和感って」

「うん。それは優への嫉妬とか全くなかったわけではないけど、基本的には本当に偶然に
麻衣と付き合うようになってこの出来事の関係者になったんだと自分では思ってたんだけ
ど」

「そうじゃないんですか?」

 会長の顔が再び翳りを帯びた。

「今日まではっきりと僕が麻衣と付き合っていることを知っていたのは、浅井副会長だけ
なんだが」

「・・・・・・はい」

「僕が鈴木先生にメールを出した翌日以降、優はネット上で実名バレしたんだ」

「今までこんなことをするやつは優のことが目障りで、優を陥れるためにしたんだって僕
は無意識に思い込んでいたんだけど」

 確かにそれはそうだった。私もそれ以外の理由は考えたことすらなかった。ぼっちの二
見さんは、ここ最近麻人と付き合いだしたせいかクラス内で話をする程度の知り合いが増
えていたのだ。そのことを面白く思わない人が彼女の女神行為をしったとしたら。

「君もそう考えてたんじゃないかな」

 会長の言葉に私はうなずいた。

「でもそうじゃないとしたら。今、優と僕の中学時代の付き合いに密接に関係のあるやつ
らが姉妹だとわかった。うち一人は僕に振られた唯さん。もう一人は・・・・・・。君に振られ
た僕が麻衣と一緒にいるのを見て、僕のことをさげずんだように話していた浅井副会長
だ」

「どういうことです?」

 私の声は震えていたかもしれない。推測に過ぎないことはわかっていたけど、自らに何
ら非がないのにあんな風に抜け殻のようになっている麻人のことを考えると動揺を押さえ
切れなかった。

「優と僕との過去を知っている誰かが、最近の優の彼氏とか関係なくしたことかもしれな
いね。復讐的な意味で。あるいは僕のこともターゲットだったのかもしれない」

 先輩は相変わらず顔を青くしてはいたけど、言葉はしっかりとしていて冷静な口調だった。


 二見さんの女神行為が発覚した時、私たちはみなそれは自業自得だと思った。誰もがア
クセスすることができる掲示板で、不特定多数の人たちに自分のヌード画像を公開してい
た二見さん。彼女がいったい何のためにそんなことをしていたのか、その行為によってど
んな利益を得ていたのかはわからなかったけど、ただ純粋に高校生が裸を見せるという行
為だけでも、彼女が破滅に至るには充分な動機に思えたから。

 そして麻人はその巻き添えになったのだと私や麻衣ちゃんは考えていた。だから麻人ま
でが校内から悪意や好奇心に溢れた視線に晒されるようになった時、私は麻人を守ろうと
したのだった。

 でも、私が耳にしてしまった夕也と副会長の会話では、この一連の出来事は二見さんを
陥れることだけが目標ではなく、二見さんが陥し入られ姿を隠すことを余儀なくさせられ
ることによって、麻人と二見さんを別れさせることが真の目標だというようにも聞き取れ
た。要は麻人は巻き込まれただけではなく最初からターゲットだったのだ。それも多分、
夕也の仕業かも知れない。

 私が理解できなくて悩んでいたこと。それは、副会長とこの出来事への関わりが不明と
いうことがあったのだけど、副会長が唯さんとやらの姉で、その唯さんが中学時代に副会
長に失恋したのだとしたら、一応の筋は通る。それにしても、なぜ唯さんが二見さんや会
長に会いたがったのかはわからないけど。

「これは今改めて想像したことなんで証拠も何もないんだけど」

 会長が話を続けた。

「唯さんは僕が優と別れる気がないと知って、しつこくすることもなく身を引いた。そし
てその後も生徒会では普通に僕と話をしてくれていた」

「でも・・・・・・。僕は当時は優に夢中だったから全然気にしなかったのだけど、彼女にして
みれば随分酷いことをされたと思ってたとしても無理はないかもね。何しろ当時の僕は今
と一緒で、自分の彼女と過ごす方を優先して生徒会活動の方を後回しにしていたのだし」

 私はこんな深刻な話をしている時なのに笑いたくなった。結局しっかりしているように
見える会長は、二見さんの時も麻衣ちゃんの時も同じことを繰り返しているのだ。会長の
麻衣ちゃんに対する愛情はどうやら嘘ではないようだった。そしてこの人が人を愛する時
にはここまで全身で愛するということが、中学時代から変っていなかったとしたら、唯さ
んもさぞかし一緒に活動していて辛かっただろう。

「もう一つ久し振りに思い出したことがある。それは僕が高校に合格したことを報告しに
母校に行った時のことなんだけど」

「はい」

「その日、二年生の教室には優はもういなかった。二日前に東北の方に転校していたんだ。
僕には何も知らせず別れさえ告げずにね」

 ではこの人も相当辛い経験をしていたのか。私は思いがけない展開に驚いた。会長の中
では中学時代の二見さんとの恋愛は、もう昔話になっているのかと思っていたのだけど、
ここまで辛い経験をしたらそれが会長のトラウマになっていたとしても不思議ではなかっ
た。

 私は自分の中で何となく会長を謎解きの味方のように考えていた気持ちを修正した。こ
ういう辛い経験をした人なら、久し振りに再開した二見さんを陥とし入れようと考えても
不思議はないだろう。


 私のそういう思考は表情に出てしまったようだった。いきなり警戒するような表情にな
ってしまった私に会長は苦笑した。

「いや、確かにあの時は相当堪えたけど。さっきも話したように今は優への未練も憎しみ
も本当にないんだ。自分でも不思議なくらいにね。多分、いや間違いなくそれは麻衣のお
かげなんだけど」

 会長は私の視線を忘れたのか、そこで麻衣ちゃんを思い浮かべているのか幸せそうな表
情を浮かべた。その表情を半ば飽きれ気味に見ている私の視線に気がついた先輩は顔を赤
くして話を続けた。

「それはともかく。その時優のいない二年生の教室で、僕が優が東北に引っ越したことを
聞いたのは、唯さんからなんだ」

「その時の僕はショックを受けていたから、その時の唯さんの表情とか感情を観察するよ
うな余裕は無かった。でも、今にして考えてみると」

 会長は思い詰めたように言った。

「二重の意味で唯さんにはショックだったと思うよ。一つは彼女の純粋な僕への気持ちを
僕が断ったのは優が好きだったからだけど、その優が僕に何も知らせずにあっさりと僕を
捨てて黙って転校して行ったこと。つまり、唯さんが本当に僕のことを一時の気まぐれで
なくて愛していたのだとしたら、そんな僕が心を奪われていた優があっさりと僕を振った
ことはいろいろな意味でショックだったろうな」

「先輩は唯さんが先輩を本当に好きだったと思っているんですね」

 あたしは少しだけ意地悪に聞いた。女性関係に自信がない会長にしては随分思い切って
断言していたから。

「さっき祐子さんに唯さんが僕に会いたいと言っていたと聞いたときにそう思ったんだ」
 先輩はそんな私のことを気にした様子もなく続けた。

「そしてそんな彼女が女神行為をしている優のことを知ったら。彼女が何かをしでかした
としても不思議ではないし」

「それからもう一つは、多分当時の僕は僕のことを気にして慰めてくれた唯さんのことを
まるっきり無視するよう態度を取ったんだと思う。記憶にはないけど、僕は優が黙って転
校していってしまったことにショックを受けて周囲を気にする余裕なんかなかったはずだし」

 先輩は必死に当時の光景を思い出そうとしているようだった。

「じゃあ、先輩は唯さんが二見さんを落とし入れた犯人だと言うんですか」

「・・・・・・それはわからない。そんな単純なことでもないかもしれないね。それに唯さんは
優に会いたいとも言っていたらしいし」

「・・・・・・それじゃ何にもわかっていないのと同じですよね」

 私はついきついことを口にしていた。

「まあ、そうだ。でも、僕にとっては最終的に優のことを追い詰めたのは僕じゃないこと
を証明したい。それで麻衣に許してもらえるかはわからないけど、それでも事実が知りた
いんだ。本当のターゲットはいったい誰なのか」

 私はさっきから会長を問い詰めるような質問をしていたけど、やはり謎を解くには会長
の分析能力が必要なのではないかと考え出していた。


「少し落ち着いて考えれば確かなんだけど、僕が匿名で鈴木先生に優の女神行為を知
らせた、それで、彼女は翌日登校しなかった。それでいいんだよね」

「そうです。その後、麻人は二見さんと連絡が取れなくなり、やがて裏サイトに」

「うん」

 会長が戸惑ったように言った。

「それがそもそもおかしいよね」

「おかしいって?」

「僕自身が裏サイトに書き込みした犯人ならともかく、そんなにタイミングよく事が運ぶ
なんてさ。僕は麻衣も含めて誰にも学校に通報したことなんか話していないのに」

 私は思わず突っ込んだ。

「先輩自身が犯人でなければ、ですよね」

 先輩がかつて自分を振ってあっさりと切り捨てた二見さんに復讐しようと考えていたな
ら。

「うん。こればかりは証明するすべはないけど、僕は本当にそこまでしていないしする気
もなかった。そこまですれば麻衣の大切なお兄さんを追い込むことになる。彼女が悲しむ
のは僕の本意じゃない」

 それは本当かも知れない。私は麻衣ちゃんと先輩が甘く寄り添って朝の部室棟から出て
きた姿を、麻人と二人で目撃したことを思い出した。

 その時、再び私は立ち聞きしたあの二人の会話を思い出した。私はとっさに決心した。
先輩を頼ろう。それは賭けみたいなものだったけど、あの朝の先輩と麻衣ちゃんの仲のい
い様子には嘘はない。間違っているかもしれない。先輩がいい人である保証なんて何もな
い。でも、あたしは麻衣ちゃんを愛しているという会長を信じてみようと思ったのだ。麻
人のためにも、そして私のためにも。真実を知るためにも。

「先輩、実はあたしも知っていることがあるんです。これまで誰にも話せなかったんですけど」

「うん。話してみてくれるか」

「それを話したら・・・・・・先輩は私を助けてくれますか。真相が知りたいんです。麻人をこ
こまで苦しめることになった出来事の原因が」

 会長は驚いたように私を見つめてしばらく黙ったいた。その沈黙は案外長く続いたのだ
った。私は会長の返事を待ちながら抜け殻のような麻人の姿や、私に麻人を託して去って
行った麻衣ちゃんの姿を思い浮かべていた。

「わかった、協力する」
 会長は私を真っ直ぐ見て言った。

「僕の過去のことも関係があるかもしれないし、何より麻衣とは破局になるかもしれない
けど最初のメールを出したのは僕自身だし」

 私はもう迷わず会長に言った。

「先輩が知らない事実が一つあります。副会長と夕也、広橋君って知ってましたよね?
その二人の会話を立ち聞きしちゃったんですけど」

 私は会長に副会長と夕也の会話を明かした。


『・・・・・・やっぱりね』

『え?』

『あんたは、あたしのためとか言ってたけど、実は自分なりに目的があったわけね』

『・・・・・・・いや、そうじゃないって』

『おかしいと思った。あんたがあたしのためだけに、つうか唯のためだけにここまで危な
い橋を渡る理由はないしね』

『俺は唯の幼馴染だし』

『ようやく唯のことをあきらめてほかに好きな女ができたんだ。あんた、有希ちゃんのこ
とが好きなのね』

『ちょっと待てよ。それは誤解だって』

『まあいい。この行動にはお互いに、違った理由があることはよくわかったよ。だけど
さ』

『何だよ』

『このことで遠山さんと池山君ができちゃうかもよ』



 会長は私が偶然に聞いた副会長と夕也の会話の内容を知ると再び考えこんでしまった。

「広橋君は君と、その」

「付き合ってません。前に会長に告白されたとき、会長はそう思っていたようですけど、
それは本当は誤解なんです」

「だって、あの時君は」

 言いかけて先輩は言葉を切った。今さらそんなことを蒸し返してもしかたないと思った
のだろう。特に、今では会長は私ではなく麻衣ちゃんのことが好きになったのだから。

「唯さんを傷つけた優への復讐とか、自分から君を奪っていった池山君への復讐とか、ど
っちの可能性もあるなあ」

 先輩があっさりと話をまとめた。そうだ。ひょっとしたらこれは単純な話なのかもしれ
ない。仮に。仮にだけど、夕也が私のことを好きで、でも私の麻人への気持ちに気がつい
ていたとしたら、そういうことは十分にあり得る。また、副会長が自分の妹のことが大事
で、その妹を振った会長のことを嫌い、そして復讐の機会を伺っていたのだとしても、そ
のストーリーは十分に成立する。やはり、先輩を味方にして正解だったのかも。私はそう
思ったけど、一方で、この人が本当に真実を話している保証はない。二見さんの女神行為
への情報を一番知っていたのがこの人だからだ。麻衣ちゃんから情報を得たのだろうけど。


「とりあえずもう少し落ち着いて考えてみるよ。今日のところはこの辺にしておこう」

 会長が言った。

「わかりました・・・・・・私は生徒会室に戻りますね」

「僕は部室に麻衣を待たしてるんで今日はこれで失礼するよ」

「はい。あ、先輩?」

「うん」

「明日、副会長が出てきたらどうしたらいいでしょう? 直接聞いてみても大丈夫でしょ
うか」

 会長が首を振った。

「いや。まるで見通しも立っていない中でやみくもに問い詰めたって答えてくれる訳がな
い。むしろ警戒されるのが落ちだ。しばらく何も知らない振りをしていよう」

「はい」

 やはり会長の判断力は優れているなと私は考えた。さすがの先輩も真相に至る端著に取
り付けたとはいえないけど、今どう行動すべきかという質問には即座に回答が帰ってきた。
私は妙な安心感に包まれていくのを感じた。もう一人でこの謎に立ち向かわなくてもいい
のだ。

「それじゃまた明日」

 先輩は屋上から去って行った。麻衣ちゃんの待つ部室に向ったのだろう。

 そこまで今日の出来事を回想したあと、私はもう思い返すことをやめてベッドに横にな
った。もう既に日付は変わってしまっていた。


 翌朝、私は話しかければ普通には答えてくれるけど、放っておくとすぐに自分の考えに
浸ってしまう麻人と一緒に登校した。

 私にはその朝、麻人の気持ちを思いやる余裕はなかったので、黙って何かを考えている
彼の隣で自分の考えというか感慨にふけっていた。麻人のため、そして自分のために一連
の出来事の真相を知ろうと決心した私だったけど、その戦いは孤独なものだった。かつて
いつでも麻人と私と行動を共にしていた麻衣ちゃんも、そして夕也も、今では麻人と私か
ら距離を置いていた。

 それどころから夕也には、今や犯人である可能性さえ出てきていたのだ。今の麻人には
冷静かつ客観的に推理し判断する心の余裕はないだろう。そういう意味では、私は一人で
この重すぎる荷物を持ち上げようと試みるしかなかったのだ。

 そんな時、私の前に救世主が現われた。それが会長だった。会長の論理的な思考力は頼
りになる。一人で混乱した気持ちを持て余しながら必死に考えていてもなかなか結果は出
なかっただろう。そういう意味では会長の助力は本当に助かったのだけれど、それでも気
分の高揚は訪れてこなかった。この先、先輩によって謎解きが進むとしても、わくわくし
た感情は一向に感じるができず、重苦しい気分も今までと変わらなかった。

 考えてみればこれで真実が明らかになったとしても、麻人にとっても私にとっても何も
いいことはないのだ。麻人が復讐心を向ける対象ははっきりするだろうけど、それでネッ
ト上に流出した二見さんの画像や情報が消えることはない。そして、多分だけど二見さん
が姿を現して再び麻人と一緒に過ごせるようにはならないだろう。何となく私はそう思っ
た。

 夕也と副会長の会話を考えれば、夕也が二見さんを落としいれた出来事に関係している
ことに間違いがないだろう。麻人を助けてやれという彼の言葉で宙に浮いてしまう。つま
り、あれは冷たい嘘なのだ。

 麻人や私だけではなく、謎解きに参加してくれた会長にとっても真相が明らかになるこ
とによるメリットはないどころか、むしろデメリットしかなかった。麻衣ちゃんに黙って
行動を起こしてしまったことを悩んでいた会長だけど、この先真実が明らかになっていけ
ば、当然その中で会長が果たした役割だけを伏せておくことは出来ないだろう。だからこ
れは会長にとっては不幸へと繋がる道なのだけど、それでも昨日の会長は怯んではいな
かった。あんなにも愛しているはずの麻衣ちゃんは失うかもしれないのに、会長は事態を放
置するよりは真相を明らかにする方を選んだのだった。

 そして同じ理由で真相が明らかになることは、会長を慕っている麻衣ちゃんにとっても
幸福をもたらすことはないだろう。最愛の兄を陥れたのが大好きな生徒会長だと彼女が知
ったら。今だけは麻衣ちゃんは幸せなのかもしいれないけど、それは真相が明らかになる
までの間だけのことだ。

 それでももう後へは引けなかった。会長が自分に何が起こるかを承知のうえで協力しよ
うと言ってくれたのだから、私も初心を貫徹するだけだった。


「何か最近はお前の方が落ち込んでるみたいだな」

 それまで黙っていた麻人が突然私を見て言った。

「何か悩みでもあるのか」

「昨日ちょっと寝不足だったから」

 私は慌てて誤魔化した。

「そんならいいけど・・・・・・何かあるなら相談しろよ。俺たちの仲だろ」

 私は麻人が昔からこういう性格だったことを忘れていた。いろんな意味で平凡だと言わ
れてきた麻人だったけど、私と麻衣ちゃんだけが知っている事実もあった。彼は大切な人
に対しては自分がどんな状態であっても常に気を配って可能なら援助しようとするのだ。
それがあまり知られていない麻人兄の美点の一つだった。

 麻衣ちゃんに悩みがある時には、麻人は自分が風邪で高熱があり気分が良くないにもか
かわらず、長時間にわたって麻衣ちゃんの悩みを聞いて慰めたりということがよくあった。
そして今、彼のその性質は私に向けられたようだった。彼が一番好きな恋人としての女性
は二見さんだ。そして意味は違うけど、家族として一番大切にしているのは今でも麻衣ち
ゃんだろう。では、私はどうだろう。麻人の意識の中では私はどういう位置を占めている
のだろうか。

「ありがと。何かあったら相談させてもらうよ」

「そうしろ。俺だって今までおまえには心配かけてるんだしお互い様だろ」

 幼馴染としてか。それとも過去に私を振ったことが彼の中では負い目となっているのだ
ろうか。

 校内に入ったところで半ば無意識に私は部活棟の方を眺めた。案の定、麻衣ちゃんと会
長が寄り添って部室棟を出て来た。会長は穏やかな気持ちで過ごせているのだろうか。


今日は以上です
また投下します

乙乙

今回の分から新しいのか

おつです

お、完全新作に突入したね
これは次が楽しみ


私が、放課後学園祭の準備に向った時、会長は放課後の生徒会室の前で所在なげに立っ
ていた。

「会長、何してるんですか?」

私は驚いて尋ねた。学園祭の準備の指揮を執りにきたのではいだろう。多分会長は昨日
の話の続きをしようとして待っていたのだろうけど、生徒会長なのだから生徒会室の中で
堂々と座って待っていればいいのに。

「君を待っていた。昨日の件で」

 会長がせわしなく答えた。

「少しだけど君に報告しておきたくて」

「それなら生徒会室で待っていてくれればよかったのに」

 私は少しだけ飽きれて言った。「生徒会長が入り口で突っ立っていたら目立つと思いま
すよ」

「いや。時間がないんだ」

「麻衣ちゃんと約束ですか」

 私は、その時ほんの少しだけ会長と麻衣ちゃんを羨ましく思った。こんなことになって
もお互いに共に過ごしたいと思える人がいる二人に対して。でも会長は首を振った。

「今日は一緒に帰れないって麻衣には言ったよ。それより中学時代の知り合いに連絡を取
ったんだ。多分、副会長は僕と同じ中学だろうから何か情報を得られるかもしれないし
ね」

「そうですか。先輩、私は何をすればいいんでしょう」

 私はもう会長に頼り始めていたようだった。

「とにかく学園祭の準備に集中してほしい。またスケジュールのミスみたいなことがない
ようによく見ていてほしいんだ」

「それじゃ・・・・・・いえ、わかりました。副会長には何も言わず一緒に学園祭の準備に専念
します」

「頼むよ。じゃ、僕は中学の時の知り合いに会いに行くから」

 そういい残して会長は生徒会室に顔を出すことなく足早に去って行った。

 私はしばらく会長が消えて行った廊下の先を見つめていた。何だか夕方の日差しがいつ
も見慣れているのと違う角度から差し込んでいるようだった。

 会長が動くと本当に真実が明らかになるかもしれないと改めて思った。でもそのことで私た
ちに何をもたらされるのかはまるでわからなかった。このまま真実が不明の方がいい
ということすらあるのかもしれない。

 私はため息を押し殺して生徒会室のドアを開けた。


 意外なことに副会長は今日も生徒会室に姿を見せていなかった。というか祐子ちゃんに
よれば授業そのものを休んでいるみたいだった。

「唯さんは単なる貧血でたいしたことはないって聞いてたのにね」

 祐子ちゃんがあまり気にしている様子もなく軽い口調で言った。

「何で副会長は学校まで休んでるのかなあ」

「さあ」

私は会長が現在進行形で副会長たちのことを探っていることを考えた。副会長は何かに
気がついて警戒しているのだろうか。

 でもその割には一方の主役ではないかという疑惑のある夕也の方は普通に授業に出てき
ていた。もちろん私とは会話をするどころか目すら合わせようとはしなかった。

 会長の指示通り副会長とはいつもどおり接することに決めてはいたけれども、副会長に
不審がられず普段どおり接することが出きるか正直とても不安だった。その意味では副会
長が不在と聞いて私は気が楽になったのだけど、副会長の不在は生徒会や学園祭実行委員
会にとってはあまり望ましいニュースではなかったのだ。

「ねえ。どうしよう」

祐子ちゃんが気軽そうな口調を変えて珍しく真面目に言った。

「みんな副会長に割り振られた作業が終っちゃいそうでさ。次にどうすればいい? って
聞かれてるんだけど」

「一々指示がなきゃ何もできないのかな、みんなは」

 私は少しイライラして強い口調で喋ってしまったようだった。祐子ちゃんが少し驚いた
ように私を見ている。

「まあ、そうは言ってもスケジュール管理をしていたのは副会長だったから無理はない
か」

 私は取り繕うように言った。

「ちょっと副会長のスケジュール表を見てみるよ。それから出せるような指示するから」

「うん、有希ちゃんお願い。それにしてもうちの生徒会長も副会長も責任感全くないよね。
学園祭の直前になって職場放棄するなんて」

 二人ともあんたには言われたくないだろうなと私は考えたけど、これはまあ彼女に一理
あった。私たちは今や責任者不在で学園祭の準備を何とかしなければならなくなったのだ
った。

 副会長はともかく会長が学園祭の準備を放り出して今何をしているのか、私にだけはわ
かっていた。そして正直に言うと少し心配にもなっていた。少し会長は性急過ぎないだろう
か。常識的に考えれば、今会長にとって今一番大切なことは二見さんが何のために誰に
よって陥れられたのかを解明することではないはずだった。今の会長にとっては大切なこ
とは二見さんを巡るできごとの解明ではなく、学園祭が無事開催されること、それに麻衣
ちゃんを安心させ満足させることのはずだった。それなのに会長は今や事態を解明するこ
とを一番の優先事項にしているようだった。

 麻衣ちゃんに断りなく、鈴木先生に二見さんの女神行為を告げ口してしまった罪悪感か
らか。それともそのことを麻衣ちゃんに隠しているという罪の意識をこれ以上保っている
ことに耐えられなくなって、たとえどんな結果になったとしても麻衣ちゃんに自分のした
ことを告白したいと思うようになっていたのだろうか。そしてそのために全容を解明して
麻衣ちゃんにそれを伝えると同時に、自分のしてしまったことを彼女に伝えようと思い詰
めているせいか。


 いずれにせよ会長も副会長も不在な以上、これまで副会長先輩の補佐を努めてきた私が
その代理をするより他に手はなかった。私はこの日から謎の解明は会長に任せて、必死で
学園祭の準備を指揮することになったのだった。

 そうして夢中になってスケジュール管理や人員、物品の配分などを行っていると、今さ
らながらこれまでの会長の仕事の的確さや組織を動かす手際の良さなどが理解できてきた。
私の目からは副会長よく学園祭の準備を仕切っているように見えていたのだけれど、実際
に副会長の残した書類をチェックしていくと細かな荒や思い込みによる矛盾した計画の破
綻があちこちで見られた。

 前に祐子ちゃんが巻き起こした騒動も別に彼女だけの罪ではなく、副会長が彼女に与え
た指示が大雑把だったことが原因だった。こういう矛盾点を解消しつつ指示を求めてくる
実行委員たちに対応するのは楽なことではなかった。

 私は改めて会長の能力の高さに感嘆しながらふと考えた。唯さんという子は中学時代に
会長の下で一学年年下ながら生徒会の副会長を務めていたそうだけど、中学生時代にこれ
だけ能力の高い会長の姿を身近で見かけていたら、たとえ見かけは多少劣っていても、会
長のことを好きになったとしても不思議はないだろう。

 会長は容姿や運動神経や社交性などの点でコンプレックスを抱いていたみだいだけど、
女の子は必ずしも全部が全部そういうところに惹かれるわけではない。一般的なアイドル
として人気が高いのはイケメンなのだろうけど、たとえそうでなくても身近でてきぱきと
課題を処理する男の子の姿を目前にすれば、その子が会長のような男の子に惚れこむこと
だって十分にあり得るのだ。

 中学時代の会長と唯さん、それに二見さんの間には会長が語ってくれたこと以外にも何
か事情があるのだろうと私は考えた。でもそれ以上推察にふける暇はなかった。私は、祐
子ちゃんの不承不承の協力を得ながら、何とか学園祭当日までの間、綱渡りのように必死
で準備に努める以外の暇はなかったのだった。

 こうして私にとって忙しい一週間が過ぎた。来週の学園祭に向けて準備は佳境に入って
いたけれど、学校側の指示で週末の休みの作業は禁止されていたから私は、土曜日の朝、
久しぶりに寝坊した。

 朝起きるともう十一時近かった。とりあえず着替えようとしてベッドからもそもそと起
き上がったところで携帯が鳴り響いた。見知らぬ番号からの着信だったけど私は反射的に
電話に出た。

「遠山さん? 生徒会長ですけど」

 会長の声が電話から耳に響いてきた。私はこれまで会長から電話を貰ったことはなかっ
たけど、生徒会役員の緊急連絡表には全役員の携帯電話の番号とメアドが記されていたか
ら会長が私の電話番号を知っていても別に不思議なことではなかった。

「遠山です。おはようございます、先輩」

 私はまだ半分眠っていた心を無理に叩き起こしながら答えた。

「休みの日に悪いんだけど、これから会えないかな?」

 会長ははっきりとした声で、遠慮することなくそう言った。

「これからですか?」

 別に予定はなかったけど、何で休日に先輩が私を誘うのだろう。例の件のことなら休日
に会って打ち合わせするようなことではないだろう。校内で空いている時間に会えば済む
ことなのに。その時、一瞬すごく傲慢で自分勝手な考えが心をよぎった。まさか会長は二
見さんの件をだしに私をデートに誘う気ではないのか。以前、会長に告白されそれを断っ
た。その後、会長は麻衣ちゃんと付き合い出したのだけど、まさかまだ私に未練があるの
だろうか。

「そんなに時間は取らせないから。君の家の最寄り駅の駅前にマックがあるよね? 一
時間後にそこに来れるか」

 でもデートに誘うには会長の声には余裕がなかった。とにかくすぐに私に話したいこと
があるみたいだった。

「わかった。先輩の言うとおりにします」

「ありがとう」

 それだけ言って会長はすぐに電話を切った。


 私が店内に入ると、奥まった席の方から手を振っている会長の姿が見えた。私は注文し
て受け取ったコーヒーが乗せられたトレイを持って会長の向かいの席に座った。

「いきなりどうしたんですか?」

 私は会長に聞いた。会長の表情を見て、ついさっき考えた失礼な思い付きを後悔した。
会長は私をデートに誘ったのではない。何か重要なことを伝えようとしているのだ。

「今週はずっと中学時代の知り合いに話を聞いていたんだ。思ったより僕のことを覚えて
いてくれる人がいたんで、結構たくさんの人に会っていたから時間がかかったけど」

 会長は疲れたような表情で言った。

 ではあの生徒会室の前で別れた後、会長はずっと聞き取り調査を続けていたのだ。それ
にしてもその間放置されていた麻衣ちゃんは大丈夫なのだろうか。彼女が好きな相手に捧
げる愛情は無限大だ。それは麻人が麻衣ちゃんの唯一の愛情の対象だった頃から明白だっ
た。

 そしてその愛情の分、彼女は相手にも相応の愛情を要求するのだ。でも、それは今私が
会長に忠告することではなかった。きっと会長だって承知のうえで麻衣ちゃんを省みずに
調査に専念したのだろうから。そして逆説的だけどそれが会長の麻衣ちゃんへの愛情の深
さを表わしているのだろう。でもそれを麻衣ちゃんが理解するかどうかは別な話だった。

「唯さんだけじゃなく、副会長もやはり僕や優と同じ中学だったよ」

 会長はいきなり本題に入った。それ自体は予想できていたことでもあったけど。

「そして、彼女たちの家は中学の近くにあるのだけど、その隣に住んでいて彼女たちと仲
のいい幼馴染の男の子がいたんだ」

「はあ」

 私には会長が何を言わんとしているのかわからなかった。

「そしてその男の子は広橋君だ」

 周囲から一瞬音声が消え失せた。ではこれで副会長と夕也の間が繋がったのだ。

「でもそれだけじゃない」

 会長は私の方に身を寄せた。大声を出したくないのだろう。私も反射的に会長の方に顔
を近づけた。

「それだけじゃないのね。先輩はこの後どんなふうにお姉ちゃんを口説くつもりなの」

 それは会長の声ではなかった。すこし離れた場所から狭いテーブルに身を寄せ合った状
態の私たちを真っ青な顔で見つめていた麻衣ちゃんの声だった。

 涙を浮かべて私たちを睨んでいる麻衣ちゃんの後ろには、何が起きているのかわからず
にあっけにとられているような麻人の表情が重なって見えた。

 私と会長は麻衣ちゃんの厳しい声にうろたえて、お互いから顔を離そうとした。そのせ
いでかえって密会していた男女が慌てて身を離そうとしていたように見えてしまったかも
しれない。まずいことに私と会長はその時一瞬お互いに目を合わせてしまっていた。

 そんな私たちの姿を見つめていた麻衣ちゃんの表情は更に険しくなった。

「待って。誤解しないで、麻衣ちゃん」

 私は呆けたように言葉を失っている会長を横目にしながら麻衣ちゃんに声をかけた。

 その時、私は麻衣ちゃんが恋人の浮気現場を見かけて混乱した時に普通の女の子なら取
るであろう行動、つまり泣きながらこの場を走り去っていくのではないかと思った。でも
やはり麻衣ちゃんは芯の強い子だった。相当ショックを受けていたと思うけど、なおこの
場に留まって真相を知る方を選んだのだった。


 麻衣ちゃんの顔は青く、華奢な身体はショックに震えてたけれど、彼女はやはり真っ直
ぐ私たちの方を見ていた。

「誤解って何? お姉ちゃんと先輩はあたしに隠れてこそこそこんなところで会ってたん
でしょ」

 麻衣ちゃんは会長の方を見た。

「最近は生徒会の活動があるからあたしとはあまり会えないって言ってたよね? 生徒会
ってこんなところで活動してるんだ」

 麻衣ちゃんの詰問に会長は俯いてしまった。これはまずい。これでは麻衣ちゃんの疑惑
を認めているような態度ではないか。案の定、麻衣ちゃんはそこで黙ってしまい、自分か
ら目を逸らした会長の姿を凍りついたように眺めていた。 でも会長の気持ちもよくわか
った。会長が私と浮気をしているのではないかという誤解を解くために、麻衣ちゃんに真
実を伝えるという選択肢は会長にはなかっただろうから。

 そもそも、二見さんと麻人を襲った出来事は会長にとっては人ごとだと、麻衣ちゃんは
考えているはずだった。そんな麻衣ちゃんに対して今回の出来事の謎を解くために会長と
私が共闘していることを説明したって、彼女に理解してもらえるわけがない。

 麻衣ちゃんにそれを理解してもらうためには、最低限二つの秘密を明かす必要があった。
一つは中学時代に会長と二見さんは恋人同士だったということ、もう一つは会長が麻衣ち
ゃんに黙って二見さんの女神行為を鈴木先生に通報したということだった。

 そしてそれらの事実を麻衣ちゃんに知られることは、会長には耐え難いことだっただろ
う。

 かといってこのまま沈黙していれば麻衣ちゃんの疑惑を追認するようなものだった。私
としてはここに至ってはいっそ全てを麻衣ちゃんに打ち明け、誤解を解き、そして麻人の
ために始めたこの謎解きに、麻衣ちゃんにも加わって欲しいと思ったのだった。

 でも、それは私の一存で出来ることではなかったし、そして、この場で会長を説得する
わけにもいかなかった。それに当事者の麻人が何が起きているのかわからないという表情
で私たちを見ているということもあった。

 もう仕方がない。心が重かったけど私は何とか適当な嘘で麻衣ちゃんを宥めることにした。

「ちょっと落ち着いてよ」
 私は努めて冷静に麻衣ちゃんに話しかけた。麻衣ちゃんは会長から目を離し、私の方を
見たけれど、やはりその視線は私を見るというよりは私を睨んでいるという方に近かった。

「本当に生徒会っていうか学園祭の実行委員会の打ち合わせをしてただけだよ。私が麻衣
ちゃんの彼氏を奪うわけないでしょ」

 とりあえずそう言って麻衣ちゃんの反応を待った。会長を麻衣ちゃんから奪う意図なん
て私にはなかったから、少なくともその部分だけは真実だった。

「・・・・・・あたしからお兄ちゃんを奪おうとしたくせに」

 麻衣ちゃんが低い声で言った。

「え?」

「それでお兄ちゃんが二見先輩に夢中でお姉ちゃんに振り向いてくれなかったからといっ
て、今度はあたしから先輩を奪って行く気なの?」

「ちょっと待って。あんた何言って」

「お姉ちゃん、先輩に告白されて断ったんでしょ? その時はお兄ちゃんのことが好きだ
ったんだよね」

 妹ちゃんの誤解を解こうとしていた私だったけど、妹ちゃんのその言葉は別に誤解では
なかった。

「そうだよ」

 私は言った。「それは本当だよ。でもあんたから先輩を奪おうなんて思ったことは一度
もないよ」

「じゃあ何でお姉ちゃんと先輩が休みの日にこんなところで一緒にいるのよ。打ちあわせ
なんて学校で、生徒会室で大勢でするものでしょ」

 それも正論だった。

 何でこんなことになるのだろう。私は、私と会長は二見さんと麻人を誰が何のために陥
れたかを探ろうとしていただけなのに。そして麻衣ちゃんが理解さえしてくれれば、その
こと自体は麻衣ちゃんだって反対するようなことではないのだ。


 結局、私は結局苦しい言い訳を続けた。

「先輩から聞いたんだけど、麻衣ちゃん、副会長先輩と先輩のことで喧嘩したでしょ」
「それ以来先輩は生徒会長室に入り辛くなってるのよ」
「あと土日は校内で準備が禁止されてるしさ」
「本当にそれだけだから。私は先輩とは生徒会の役員同士っていうだけだよ」
「そうですよね? 先輩」

 苦しい言い訳を終え最後に会長に念押しをした。

 会長はようやく顔を上げて麻衣ちゃんを見た。その表情がすごく真剣だったから、私は
一瞬会長が全てを彼女に告白するのではないかと思ってどきっとした。

 でも会長は真実は告白するわけでもなく、また私の嘘に同調するでもなく黙って麻衣ち
ゃんを見つめていた。

 すると奇妙なことにあれだけ激昂していた麻衣ちゃんの表情が次第に和らいでいった。

「前にも言ったとおり僕は君なんかに愛される資格もないと思うけど、君と付き合うことが
できて本当に幸せだった」

 もう会長は目を逸らさず麻衣ちゃんの方を見つめて言った。私なんかには目もくれず、
同じく麻人のことさえ気にせずに。

 麻衣ちゃんも、もう私たちを気にすることなくただ会長の言うことを耳を傾けているよ
うだった。

「いろいろ君にはまだ話していないこともあるのは事実だよ。それは誓っていずれは君に
全て話すよ」

「先輩」

 麻衣ちゃんの声音が和らいだ。

「本当に僕には君しかいないんだ。頼むから僕を信じてほしい。遠山さんは単なる生徒会
の役員仲間というだけだよ」

 ・・・・・・それは私にとっては随分失礼な言葉だったけど、麻衣ちゃんはようやく会長を信
じる気になったようだった。そして一度その気になると、麻衣ちゃんの目にはもう私や麻
人のことなんか目に入らないようだった。

「先輩、ごめんなさい」

 麻衣ちゃんは彼女と会長の間にいた私を無理にどかすようにして会長に抱きついた。

「先輩のこと疑ってごめんなさい。大好きよ」

 泣きじゃくる麻衣ちゃんを会長は抱き寄せた。いつも冷静な会長ももう私のことは眼中
にないようだった。

 何とか二人を仲直りさせることができた。でも会長が言いかけた夕也と副会長姉妹のこ
とはもう今日は聞くことはできないだろう。

 その時になって、私は店内の好奇の視線がずっと私たちに向けられていたことに気がつ
いた。そして麻人はその視線に気がついていたようだった。

「とにかく二人きりにしてやった方がよさそうだな。行こうぜ有希」

 ようやくいろいろと理解し始めたらしい麻人が私に言った。そして、どういうわけかは
麻人は当然のように私の手を引いて店の外に向って歩き出した。


今日は以上です
また投下します

乙乙
毎回ありがとうございます

こんなことをいうのはすごい申し訳ないんですが、今後なにか書いたりするならなにかしら追える手段がほしいです。コテとかはきらいっぽいけどどうかなにかを……!
それとビッチ改と些細な日常読みました。他のも読みましたがこのふたつはとくに面白かったです。応援してます、頑張ってください!


「腹減ったな」

 私の手を引きながら店外に出たとき、緊張感のない声で麻人がそう言った。

「君はねえ」

 私は軽く彼を睨んだ。

「そんな呑気なこと言ってる場合か」

「何で?」

 麻人は答えた。

「あいつら仲直りしたんだから別に問題ないだろ」

 無理もなかった。事情を知らない麻人にとっては無事二人が仲直りしたように見えたの
だろう。麻衣ちゃんが私と会長を目撃して抱いた疑惑は一旦は晴れた。その意味では麻人
の言うことも間違いではなかった。

 でも会長が麻衣ちゃんに伏せている秘密は、未だに麻衣ちゃんの知るところにはなって
いない。会長は突然訪れた危機を乗り切ったのだけど、その実以前から抱えていた火種は
相変わらず燻っているのだ。

「どっかで飯食わない?」

 麻人が再び空腹であることを蒸し返した。そういえば麻人が食べようとしていたハン
バーガーやポテトは、結局、店内のテーブルに置き去りにされていたのだった。

「いいよ。そうしようか」

 もうお昼を過ぎていたけど、私も朝起きてから何も口にしていなかったことに気づいた。

「そこのモールが近いな。確かパスタ屋があったじゃん」

「うん。あそこ結構美味しいよ」

「知ってる」

「じゃあ行こう・・・・・・目立つからそろそろ手を離してくれる?」

「ああ、そうだな」

 麻人は動じる様子もなく私の手を離した。

 以前は確か並ばないと座れないくらい混んでいた店だったはずだけど、今日はすぐに席
に案内された。

 窓際の席におさまった麻人はメニューを眺めて困惑しているようだった。

「どうしたの」

 私は彼に声をかけた。

「いやさ。ミートソースが食べたいんだけど、ここ名前がミートソースじゃないんだよな。
どれだったかなあ。前に麻衣に聞いたことあるんだけど、写真が載ってないからよくわか
んねえや」

「これ」

 私はボロネーズと書かれた部分を指差した。

「ああ、そうだった」

 注文を終えると麻人は改めて私の方を眺めて言った。

「そういやおまえ、本当は会長と二人で何してたの? 妹の味方するわけじゃないけど学
園祭の打ち合わせしてるようには見えなかったぜ」

「本当に先輩とは何にもないよ。先輩は麻衣ちゃん一筋だし、私だって麻衣ちゃんの彼氏
とどうこうなろうなんて思ってないよ本当に」

「それはそうだろうけどさ。何かすごく親密そうに顔を寄せ合ってたからさ。麻衣みたい
な嫉妬深いやつじゃなくなってなんかあるんじゃないかって、普通に疑ったと思うよ」

「本当に何でもない。私の言うこと信じないの?」

 麻人は笑った。

「俺が信じるかどうかなんてどうでもいいだろ? まあ、妹が納得したんだから別にそれ
でいいか」


 ・・・・・・私と会長のことを嫉妬している様子は全くない。二見さんのことを考えれば無理
はないのだけれど。

 その時料理が運ばれてきた。さっきまで空腹を訴えていたはずの麻人は目の前に置かれ
たパスタに手をつけずに何か考えているようだった。

「食べないの? 冷めちゃうよ」

 私は彼に注意した。それに答えず、麻人はぽつんと呟くように言った。

「麻衣と生徒会長、うらやましいよな」

「え」

「俺も彼女から嫉妬されたり誤解されたりしたい。例えば今俺とおまえが一緒に飯食って
るところを、あいつに見られて罵られたり泣かれたりしたいよ」

「・・・・・・どういう意味よ」

「もう喧嘩したり言い訳したりどころか、もうちゃんと別れることすらできなくなっちゃ
ったからさ。俺と優は」

 二見さんを陥れた相手に対して激昂したり復讐を誓ったりしていた麻人は、これまでこ
の種の弱音を吐いたことは一度もなかった。暗い顔で悩んでいるところはよく見かけたし、
それに対して私も胸を痛めたりもしていたのだけど、麻人がここまで直接的に切ない心の
痛みを他人に吐露したのは初めてだった。

 私も食欲をなくした。そして麻人に対してどう返事していいのかももうよくわからなか
った。

「どうせ会えなくなるならさ。最期に一度でもいいからあいつと会って直接振られたかったな」

 麻人が微笑んだ。

「そういやあいつ、前に俺たちが別れる時は必ず俺が優を振った時だって真顔で言ってた
んだぜ。あいつの方からは絶対俺を振らないからって」

 それは麻人と二見さんの短い蜜月の間にやり取りされた甘い会話だったのだろう。麻人
はこの先ずっとそういう過去の幸せだった思い出を抱きしめて生きていくつもりなのだろ
うか。


「そういえば前にね」

 私は思わず麻人の表情に引き込まれて、夕也の言葉を思い出した。

『最悪の場合さ、多分麻人と二見ってもう会えないことも考えられるんじゃねえかなと思
うんだ』

『・・・・・・いつかは噂だって収まるんじゃないの?』

『いろいろ腹は立つけどさ、二見って麻人のこと本当に好きだったのかもな』

『何でいきなりそんなことを・・・・・・』

『二見から麻人に何の連絡もないだろ? 普通なら電話とかメールとかしてくると思うん
だよな』

『ご両親にスマホとかパソコンとか取り上げられてるんじゃない?』

『それにしたって家電とか公衆電話とか手段はあるはずだよ。二見が麻人と接触を取らな
いのは、これ以上麻人を巻き込まないようにしてるんじゃねえかな』

『麻人のことを考えてわざと連絡しないようにしてるってこと?』

『何だかそんな気がする』

 私は麻人にそれを伝えようと思った。

「二見さんは君のことが本当に好きで、それでこの事件にこれ以上君を巻き込みたくなく
て姿を消したのかもね」

 麻人はそれを聞いても動じる様子はなかった。

「あいつは身バレしたから姿を消したんだよ。それは間違いない。でも俺に連絡さえしな
いのはそういうことかもしれないな」

 麻人も今までいろいろ考えていたようだった。

「本当にもう二度と会えねえのかなあ」

 麻人は無頓着そうに言ったけど、その表情は固かった。今度こそ私にはもう何も言えな
くなってしまった。

 麻人と私をただ寂寥感だけが包んでいた。それは私たちだけがこの場所に取り残された
ような感覚だった。

 そして今では私には麻人に対してできることは少なかった。

 たとえ麻人と二見さんを救おうという意思が私にあったとしても、それはもう不可能だ。
仮にこの悪意に満ちた出来事が誰によって何のために起こされたのかを明らかにすること
ができたとしても。

 ・・・・・・それでもせめて真相くらいは明らかにしよう。

 私は改めてそう考えた。それにより別に麻人も二見さんも救われはしない。協力してく
れている会長だって麻衣ちゃんとの仲が改善されるわけでもない。

 さらにそれは、私自身にとってはも別に何の前進ももたらさないだろう。それでもこの
閉塞感を打破するためには、何の前進にもならないかもしれないけど、あの時何が起きた
のかを解明する以外に道はなかったのだ。


 しばらくはもう、会長から連絡をもらえないかもしれないと私は覚悟していた。あの愛
情と独占欲の強い麻衣ちゃんと奇跡的に仲直りした会長は、麻衣ちゃんと一緒にいる方を
選ぶに違いない。そう思っていた私だけど、麻人と別れて自宅に帰ったあたりで会長から
携帯に連絡があった。翌日の日曜日に、私と会いたいと言う。麻衣ちゃんは大丈夫なのか
なと思ったけれども、それは大きなお世話だろう。会長がそれでいいと言うなら望むとこ
ろだった。私は翌日、日曜日の学校の校内に向かった。

 校外で会うことは、いくら麻衣ちゃんが会長を許して仲直りしたとしても、会長にとっ
てはハードルが高かったのだろう。本来は活動が許されていない日曜日に、私は生徒会室
に向かった。校舎に入って生徒会室のドアを開けると、会長が既に中央のテーブルの前の
椅子に腰かけていた。

「おはようございます」

「おはよう、遠山さん。来てくれてありがとう」

「いえ。会長は大丈夫なんですか」

「大丈夫って?」

 麻衣ちゃんとのことに決まっている。

「・・・・・・麻衣のことなら、多分」

「そうですか」

 それならよかったのだろう。私が麻衣ちゃんに嫌われる事態は回避されたのだろうし。

「それで、きのうの話の続きなんだけど」

「はい」

 先輩は、麻衣ちゃんとの仲直りをもって、この話を終わらせる気持ちはないみたいだっ
た。

「何かわかったんですよね」

 私はあまり期待しないでそう言った。

「変な話だけど、まるで自分のルーツ探しみたいな? というか、今でも混乱している
よ。昨日の麻衣との仲直りとかが、あまり気にならないほど」

「はあ」

 先輩が麻衣ちゃんとの仲直りが気にならない? そんなわけはない。私が見る限り生徒
会長は麻衣ちゃんに夢中になっているはずなのに。

「僕にとってはすごく変な話で混乱しているんだけど」

「どういうことですか」

「中学時代の知り合いの女の子、一年下の子なんだけど」

「ええ」

「前に悩み相談に応えてあげた子なんだけど」

「はい」

「彼女から聞いたんだ。僕が高校に合格して母校に報告に行った日のことを」

「前に言ってた、二見さんが先輩に黙って転校したことですか」

「ああ」


 それは、会長が、結果的に二見さんに振られたと思った日のことだ。

 本命の合格発表を見て、職員室に寄って担任にその旨報告した後、会長は二年生の教室
に向かった。二見さんに志望校合格を報告するために。

「先輩」

 浅井副会長の妹、唯さんは偶然出会った先輩に対して、少し照れたように微笑んだそう
だ。「

「もう会えないかと思ってました」

「やあ。久しぶりだね」

「あの。先輩、今日合格発表だったんですよね?」

「おかげさまで、第一志望校に合格したよ。心配してくれてありがとう」

「おめでとうございます。本当によかったです」

「先輩?」

「もしかして、優ちゃんを探してるんですか」

「あ、ああ」

「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」

「優女ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」


「結局、二見さんは先輩に何の話もなく引っ越しと転校をした。そういうことだったんで
すよね」

「うん。そうだんだ。でも、このやり取りをその子は聞いていて。それで」

「うん? どういうことですか」

「彼女が言うには、つまり」」

 会長は再び語り始めた。



「今まで誰にも言ってないんです」

「そうなんだ」

「偶然に聞いちゃっただけだし、先輩にお話していいかもわからないけど」

「うん」

「でも。先輩にとっては今でも気になるっていうか、大事なことなんですよね?」

「大事なことだし、気にもなるよ」

「じゃあ、あたし先輩にはお話しします。あたし、先輩には恩がありますし」

「そんなことは気にしなくていいけど。君は、今はどうなの? 親とかお姉さんとかとう
まくいっているの」

「はい。あの時、先輩に相談したおかげです。あたし、一生先輩の恩は忘れません」

「そんな大げさな」

「本当にそう思ってます。だから、だから。あの時先輩のお話しできなかったことを後悔
しています。今更だけどお話ししますね」


 先輩と唯ちゃんの話を、あたしはあの時扉の陰から聞いていました。先輩が優ちゃんの
転校のことを、唯ちゃんに聞かされて、気落ちしたように教室から去っていく姿も見てい
ました。

 何で、唯ちゃんは嘘を言ったのだろう。優ちゃんはその時はまだ校内にいたはずで、転
校や引っ越しは翌日のはずだったのに。

 先輩が肩を落として失意をあらわにして去っていたあと、すぐに優ちゃんが教室に戻っ
てきました。

「ねえ唯ちゃん」

 不審を露わにして優ちゃんが聞きました。

「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「ええ~。そうなの? あたし確かに誰かから優ちゃんに伝えてって言われたんだけどな
あ」

 唯ちゃんは無邪気に不思議そうな声を出したのです。

「・・・・・・まあいいけど」

 優ちゃんは気持ちを切り替えたようでした。

「それよか優ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」

 そう答えて優ちゃんは教室内を眺めました。


「どうしたの?」

 唯ちゃんが言いました。何か,少しだけふざけているような口調で。

「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「優ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、唯ちゃん」

 普段は人に媚びることのない優ちゃんが、唯ちゃんに縋るような目を向けました。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど。例えば誰?」

 優ちゃんはためらった様子でした。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 優ちゃんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよ
ね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」

「え? 唯ちゃんあたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 優ちゃんは低い声で言った。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取
れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 優ちゃんの表情が青くなったことが、ドアの陰にいたあたしにも見てとれました。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。優ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」

 優ちゃんがあたしの隠れていた反対側のドアから出て行ったあと、あらためて唯ちゃん
の表情を見ました。優ちゃんが出て行ってすぐ、彼女は、なんだかすごくうれしそそうな
笑顔を浮かべていました。

 何でこんな嘘を言うんだろう。あたしは当時そう思ったjけど、この後先輩に会うこと
もなかったし、そのうち唯ちゃんの不思議な行動のことは忘れていました。今日、先輩に
会うまでは。


今日は以上です
また投下します

おつつ

うーむ


「それって」

 私は思わず声を出したけど、その先を続けていいのかどうかもわからないことに気がつ
き、言葉をとぎらせた。会長の知り合いの女の子が嘘を言っているのでなければ、あった
ことは明白だ。すごくトリッキーな気がするし、そんなことをまじめに考える子がいると
も思いづらいけど、これが事実とすれば会長と二見さんは別れを仕組まれたのだ。二見さ
んの転校を利用されて。そして。

 そのことを知った会長は今二見さんに対してどういう感情を抱いているのか。このこと
を知ったら、麻人のことが好きなはずの二見さんの感情はどういう動きをするのか。

「意味はわかるでしょ」

 会長が軽い口調で私に問いかけた。

「・・・・・・ええ。まあ」

 そんなに気軽な口調で言うことなのか。今日聞いた話を思い切り意訳すれば、会長と二
見さんはお互いを想いあっていたということではないか。唯ちゃんとかという人のせいで
お互いに誤解させられただけで。会長の麻衣ちゃんに対する愛情の深さは疑いようもない
けど、誤解が解ければあるいは。

 それに、二見さんだって麻人のことを好きだったことは確かだろうけど、この辛い別れ
が本当は不必要な余計なことだったと理解すればどうなるのだろう。もう、女神となって
自己実現する必要もなくった、というかもうそれすらできなくなった彼女が会長を求めた
としたら。

「君の心配は不要だよ。今では僕は麻衣のことしか頭にない。あの時の別れが、僕と優に
とって不本意なものだったとしても、今の僕が好きなのは麻衣だけだ」

 会長が少し笑ってそう言った。

「それに、優の方も同じじゃないかな。たとえ,この話を知ったとしても彼女が好きなの
は池山君のことだろうしね」

「あ、はい。それは疑っていませんけど」

「僕が気になる、ていうかわからないのは別なことだ」

「唯さんの気持ちですか」

「いや。そんなことじゃないよ。このことが、仮に副会長や浅井君にわかってもさ。それ
が何で優を陥れる動機になりえるのかわからない」

「どういう意味ですか」

「副会長と広橋君がこのことを知っていたとしても、それは二見さんをひどい目にあわす
理由にならないだろ」

 それはそうだ、と私は思った。

「妹の唯さんに同情するってことは、姉ならまああり得るだろうけど、この唯さんの行動
には弁解の余地はない。副会長が二見さんに追い打ちをかける理由がない」

「でも、現実に私ははっきり聞きました」

「それは疑ってないけどね」

「じゃあ、動機は何でしょう」


「まあ、唯さんのしたことを副会長が知らなかったとしたら、自分の妹に悲しい思いをさ
せた優に復讐しようとしたのかも」

「それほどのことですかね。振ったとか振られたとかは、今でも普通にあるのに」

 会長は少しだけ微笑んだ。

「君のようなリア充というか、もてる女の子にはそう思えるかもしれないけどね」

 私は少しむっとした。私だって麻人への報われない恋を持て余しているのに。

「もう一つ。広橋君のことだけど」

 私はそのことをすっかり忘れていた。あの時夕也の声を聞いたことは間違いないし、夕
也と副会長には中学時代から接点があったということだった。

「広橋君と副会長と唯さんは、幼馴染だそうだよ。きっと優のことも知っていたはずだ
ね」

 夕也は、私たちには二見さんのことを中学時代から知っていたとは一言も言わなかった
のだ。その時、私は別な視点を思いついた。

「もし、夕也が唯さんのことを好きだったとしたら、あるいはそこまででもなくても、妹
みたいに可愛がっていたとしたら、副会長が二見さんのことを許せなかったのと同じで、
彼は、唯さんを振った会長のことも許せなかったのかもしれませんね」

 つまり会長のことが目標だったのかもしれない。

「そうかもしれない。でも、優の女神行為画像が拡散されても、今の僕には別にどうとい
うことはないんだけど」

 それはそうだ。というか、最初に先生に二見さんの女神行為を学校側に言いつけたのは
先輩自身なのだから。

「結局、どういうことかはわからなかったんですね」

「うん。もう少し探ってみたいとは思うんだけど」

 会長は少し口ごもった。

 まあ、そうだろう。今や、会長の全関心や全ての時間は、麻衣ちゃんにささげなければ
いけないのだろう。麻衣ちゃんは、自分の愛情対象にはそこまで要求するのだ。仮に、私
がそういう束縛を受ける側だったら、そういう相手と付き合うのはごめんこうむる。でも、
会長はそういう麻衣ちゃんに夢中になっているのだから、無理はない。

 ごめんこうむる? たとえば、麻人が私を麻衣ちゃんのように拘束したがったとしたら
どうなのだろう。実際、それは実現不可能な願望なのに私はそう考えた。

 そうなったら。そうなったら、意外と私はそれを受け入れ幸せなのかもしれない。自分
を愛情や嫉妬や束縛心から、拘束したいと麻人が考えてくれるなら。

 結局、そんなそうしようもない不必要な感想を抱かされたまま、会長との話し合いは終
わった。


 もともと夕也君が遠くに離れてしまい、あたしがメールでそれっぽいことをいっぱい書
いてあげても、あいつからは冷たいおざなりな返事しか来なかったことが発端だった。東
北なんかに行ってしまった夕也君のことに、それほど執着していたわけではないけど、遠
く離れた地で勝手に彼女を作らないように釘を刺してみたのだ。なのに、夕也君ときたら。

 そのことも腹が立ったけど、当時のあたしには大げさに言えば人生の転機が訪れていた
のだ。だから、夕也君の返事のことをあまり気にしている余裕はなかった。

 あたしは生徒会の副会長に推されたのだ。

 生徒会の改選期のことだった。あたしみたいな生徒会役員とはもっとも縁がないと思わ
れていたであろうあたしが、どういうわけか副会長にさせられた。本当にどういうわけか
としか言いようがない。成績も良くなく、教師の受けもよくないあたしなんかが、副会長
に推薦されたのは、あたしの見た目が多少一目を惹くというか、はっきり言ってしまえば
同学年の他の女の子たちより可愛いということで目立ったからなんじゃないかな。って、
あたしは思った。生徒会の書記の男性の先輩があたしを会長に対して推薦したのだから。
副会長は選挙でなく会長の推薦で選ばれる。

 その時は本音で、面倒くさい生徒会活動なんかに時間を取られるのは嫌だったのだけど、
お姉ちゃんがすごいよって誉めてくれたり、仲のいい女の子たちが羨ましそうにおめでと
うと言ってくれたりするのを聞いているうちに気が変わってきた。あたしは容姿は優れて
いるかもしれないけど、校内のステータスというのはそれだけで決まるものではない。も
ちろん、周囲の子たちからちやほやされているのは、自分の容姿の可愛らしさのせいだと
いうことは理解はしていた。でも校内には別な世界もあって、それは成績優秀な子たちの
集まりだったり、生徒会の役員たちの特別なポジションだった。

 それは今まではあたしには縁のない世界だと思っていたけど、偶然にもその世界への入
り口が開いた。そしてそのことが校内ではステータスであることを、お姉ちゃんや周りの
女の子たちの反応から悟ったのだ。

 そういうことなら多少は時間を取られるかもしれないけど、生徒会副会長になろう。あ
たしの能力では実務的に役には立たないだろうけど、それをカバーできるだけの見た目の
可愛らしさがある。可愛い素直な女の子だと役員の男の子たちに思わせることだってでき
るだろうし、そこまでいったら実務能力の低さなんか非難される要素にはならないだろう。
要は、愛想よく生徒会の人たちの相手をしてあげればいいのだ。

 あたしは、その時は当時荒れていた自分の学校内で一大勢力をなしていた、今まで自分
の居場所だった遊び人グループとは一時距離を置いてもいいと思った。その仲間たちのバ
カたちとは異なり、あたしは自分が今後生きていくうえで、いつまでもこんな一時的に楽
しいだけの仲間たちといるわけにもいかないと思ったいのだ。それは、優等生のお姉ちゃ
んを見ていれば自然に身につくことでもあったから。これで、うるさい両親もおとなしく
なるだろうし、あたしは、自分ののステータスを高めることになると、あるいは自分のこ
れまでの生き方の軌道を修正することになると判断して生徒会に加わったのだった。

 そこで知り合った一学年上級生の生徒会長の最初の印象はあまりいいとは言えなかった。
少なくともイケメンでもないし、爽やかな印象もないし運動も苦手らしかった。

 会長は成績もいいし人望も厚いみたいだったけど、あたしから言わせればそれだけの男
の人に過ぎなかった。例えば夕也君は成績もよかったけど、それだけではなくイケメンで
遊び慣れてもいた。そういう幼馴染がいるあたしとしては、生徒会のトップにいる人とは
いえこの人のことを彼氏候補として考えたことは一度もなかった。


 それでもほぼ毎日、放課後に生徒会活動に参加しなければならなくなったあたしにとっ
て、一番一緒に長い時間を過ごさなければいけないのが生徒会長だった。なので、あたし
は生徒会長に対して自分の精一杯の可愛らしい表情をいつも向けるようにした。端的に言
うと会長に媚びて見せたのだ。異性としての魅力は全く感じていなかった会長だけど、一
緒に仕事をする上であたしの能力の無さを責められても困る。ここはむしろ少しドジで仕
事も遅いけど守ってあげたいというような女の子だと思わせた方がいいとあたしは考えた
のだ。

 その効果は生徒会役員の他の男の子たちには確実に効果を上げていたようだったし、最
初は絶対に仲良くなれないだろうと思っていた成績のいい役員の女の子たちともあたしは
仲良くなることができたのだった。

 ところが肝心の生徒会長があたしのことをどう考えていたのかはよくわからなかった。
あたしは他の役員の子たちのようにそつの無い仕事はできず、あたしの担当の仕事は出来
は悪いし時間はかかるという有様だったけど、他の役員の子たちが苦笑しながらフォロー
していてくれたため、何とかぼろを出さずに済んでいたのだった。

 会長は別にそんなあたしを注意したり叱ったりすることは無かったから目的は達成して
いたのだけれど、会長はあたしのことを別に可愛い後輩の女の子として意識する様子はな
かった。

 あたしはこれまでもう少し派手で遊びなれている子たちと付き合っていたから、生徒会
みたいな真面目な人たちなんて一緒にいてつまらないだろうなと考えていたのだった。自
分のステータスを上げるためにこれまで縁の無かった世界に飛び込んだはいいけど、その
世界で自分が満足するなんて思ってもいなかったのだった。

 でも意外なことに生徒会はあたしにとってそれなりに居心地がよかった。それは期せず
してあたしが生徒会役員の子たちに好かれたということが大きかった。中学生活を送る上
でリア充としての自分に自信があったあたしだけど、生徒会といういわば一種のエリート
の集まりの中でも自分に人気があるとは考えたことはなかった。

 だけど、いくら生徒会があたしが一緒に遊んでいたこれまでの友だちと違って成績も良
く学校の教師たちに受けもいい子たちの集まりであるとはいえ、やはり可愛い女の子とい
うのはそれだけでも好かれるものだということをあたしは発見したのだった。

 もちろんあたしもそれなりに努力はした。今までのような派手な行動を慎むとかスカー
ト丈をやや長くするとかアクセを控えるとか、一応周囲に溶け込むための手は打ったのだ。
その成果かどうか、あたしは生徒会の中でも信頼され人気のある副会長となったのだった。
そしてこの頃になるとあたしの元の遊び仲間の女の子たちはあたしの悪口を言い始めてい
たようだったけど、あたしには気にならなかった。あんな底辺の女の子たちが何と言った
ってもう怖くない。あたしは人望に厚い生徒会の副会長なのだから。



 この頃になるとこれまであたしのことを注意しかしなかった先生たちもあたしに優しい
微笑を向けてくれるようになった。

『よう副会長。これから生徒会か』
『君は、最近まじめに頑張ってるわね。先生はちゃんと見てるからね』
『副会長忙しいとこ悪いけど、このプリント会長に渡しておいてもらえるか』



 生徒会に入るまではあたしはこういう言葉を教師からかけてもらったことすらなかった。


 同じ役員の女の子たちとも放課後よくお喋りするようにもなった。前の友だちと違って
カラオケやショッピングに行ったりというわけにはいかなかったけど、生徒会室で彼女た
ちと話をしていると頭のいい女の子たちでもお喋りの内容は前の友だちとあまり変らない
んだなとあたしは思った。

「ねえ書記の北村君、唯ちゃんのこと好きみたいだよ」

 あたしは彼女たちに言われたことがあった。北村君とは、あたしを副会長として会長に
推薦してくれた人だった。成績もいいし顔も悪くないので結構女の子たちには人気がある
ようだった。

「唯ちゃんは北村君のことはどうなの?」

「あたしは別に・・・・・・」

 あたしはそう答えた。成績がいいとか多少顔がいいとかでは夕也君の足元にも及ばない。
あたしは自分が手に入れたこの新しい環境には満足していたけど、そこで彼氏を見つけよ
うとは思わなかった。

 その後も、生徒会役員とか役員でなくても成績がいい男の子たちがあたしを気にしてい
るよとかいう話を彼女たちに聞かされたし、一度ならず直接告られたこともあったけどあ
たしはその全てを穏便に断った。まだ男の人とのお付き合いってよくわからないからとい
う理由で。

 あたしの前の仲間が聞いたら飽きれて嘲笑するだろうけど、この頭のいい人たちの集ま
りではこの言い訳は十分通用した。何人かの男の子の告白を断っても、あたしの評判は悪
くはならず、むしろ見かけとは違って初心な女の子と認識されたためかえってあたしの評
判はよくなったようだった。

 このように何の問題もなく過ごしていた生徒会だけど、唯一生徒会長だけはあたしに関
心がなさそうだった。といっても嫌われるとか疎まれるとかということはなかった。何と
いってもあたしは生徒会のナンバー2で会長を補佐する立場にあり、会長もその立場をな
いがしろにするようなことはなかった。また、あたしの能力の低さについても周囲の役員の
子たちが苦笑しながらフォローしてくれているため、そのことで会長に迷惑をかけるこ
とはなかったはずだった。

 それなのに会長はあたしとは必要最低限しか喋ってくれない。あたしの何が悪いのだろ
う。もしかしてあたしがここにいることが気に食わないのだろうか。会長は成績の悪いあ
たしは底辺のグループにいるべきだと考えているのだろうか。

 あたしは会長以外の役員たちとは完全に打ち解けることができたので、今度は会長を落
すことにしたのだ。もちろん恋愛的な意味ではないけど、あたしの可愛らしさにもう少し
注目させたいという気持ちはあった。ところがそれからしばらく何をしてもあたしの行動
は空振りだった。

 お約束だけど会長にお茶を入れたり、スケジュールについて質問する際に会長に身体を
密着させることまでしたのだったけど、会長の態度は相変わらずだった。別に冷たくもな
いけど必要最低限の会話しかしてくれない。あたしのプライドはいたく傷つけられた。こ
んなイケメンでもないスポーツもろくにできない男に何であたしがこんな思いをしなけれ
ばならないんだろう。

 この頃、あたしは会長をよく眺めていたせいで会長の奇妙な習慣に気がついた。会長は
生徒会室で仕事をすごい勢いで済ませると、そのままいつも生徒会室を出て行ってしまう。
人一倍仕事はできているので何も問題はないのだけど、他の役員たちが下校時間まで仕
事をしたり無駄話をして過ごしているのに。

「ねえ。会長って何でいつも早く帰っちゃうの?」

 ある日あたしは書記の女の子に聞いた。

「ああ。副会長は最近生徒会入りしたから知らないのね」

 書記の子は仕事の手を休めて言った。「会長はここの仕事を終えると毎日図書室に行っ
てるのよ」

「はあ。会長もここのみんなも本当に勉強するの好きなんだね。あたしなんかじゃ考えら
れないわ」

「何言ってるの。放課後まで図書室で勉強したいなんて人が生徒会にいるわけないじゃ
ん」

「じゃあ会長は図書室で何してるのよ」

「何って。そりゃ彼女と会ってるんでしょ」

 では会長には彼女がいたのだ。それにしてもこのあたしが可愛らしい後輩を演じたのに
それを無視させるほどの彼女というのはどんな子なんだろうか。

「会長の彼女って誰なの?」

「副会長は知らないの? あんたと同じクラスの二見さんだよ」


 生徒会に入るまでほぼビッチ扱いされていたあたしは、その頃清楚な生徒会の役員の女
の子として扱われるようになっていたので、今ではそういう風に見られている自分に十分
満足していた。あたしは成績のいい生徒会の役員たちにも仲間扱いされていたし、生徒会
役員や役員以外でも成績優秀な男の子たちにも何度か告白されるくらいに人気もあった。

 だからあたしはもうかつてのような派手なグループに戻るつもりはなかった。あのグルー
プにいた頃のあたしの価値観だったら、自分に振り向かず綺麗とは認めざるを得ない
けど印象としては地味な二見さんなんかの方に自分の身近な男が眼を向けていたらそのま
までは済まさなかっただろうと思う。

 でも今ではそういうことはどうでもいいはずだった。偶然にも学内のエリート層の仲間入りを
して教師からもちやほやしてもらえるこの場所に留まるだけでもあたしにとっては
十分なはず。あたしが自分のプライドから生徒会長を二見さんから奪う真似なんかしたら、
せっかくのあたしの清純で初心な生徒会副会長としてのイメージが根底から崩れてしまう
のだ。

 そう考えると別にイケメンでも何でもなく本気で恋愛感情さえ抱いていない生徒会長の
気持ちをあたしに振り向かせるためだけに行動を起こすことは、あたしにとってリスキーすぎた。

 あたしは自分の中でそういう結論を出していたのだけど、念のために一応もう一つだけ
確認しておこうとも考えたのだった。それは生徒会長の、というより生徒会長の彼女にな
ることのステータスについてだった。

 あたしから見れば生徒会長はそんなに無理してまで手に入れるほどレベルの高い男の子
とは思えなかった。でもあたしは生徒会に入ってから、自分が今まで属していた派手な女
の子たちのグループで共有している価値観がここでは通用しないことを知った。そして中
学高校くらいまではともかく、将来にわたって世間一般でどちらの考えの方が尊重される
のかということが今のあたしにはだんだんと理解できるようになっていた。

 あたしもだいぶ新しい世界の友だちたちと考えを共有できるようになっていたのだと思
うけど、時折以前の価値観があたしの行動を規制することがあってそういう時には気をつ
けないと周囲の生徒会役員の女の子たちから不思議そうに見られることがあった。それで
あたしは、生徒会長を異性として軽視していることは、実は周囲の新しく出来た友だちの
持つ価値観と異なる考えなのかもしれないと考えるようになったのだ。

 そういうわけで生徒会長が学内一般でどういう評価になっているのか念のためにあたし
は確認しておくことにしたのだった。

 生徒会内で会長の評価を率直に聞くわけにも行かなかったので、あたしはお姉ちゃんに
彼の評価を聞いてみた。何となく生徒会長が気になっているような振りをして。


「確かに会長ってイケメンじゃないけどすごく知り合いは多いみたいだよ。何か男にも女
にも妙な人気があるんだよね。でも、そんなにもてるってことはないでしょ。あいつって
地味だしなあ」

 お姉ちゃんは会長と同学年だったけど直接の知り合いではないそうだ。そしてそのお姉
ちゃんの評価は別に驚くほどの内容ではなかった。ただ妙な人気というのがいったいどん
な人気なのかは気にはなった。

 ・・・・・・やっぱり生徒会長はあたしがせっかく手に入れたこの居心地のいい立場を危うく
してまであたしに振り向かせる価値はないようだった。それならば忘れようとあたしは思
った。少なくとも会長は表面上はあたしのことを嫌っているわけではないようだったから、
会長が女さんよりあたしを選ばないというくらいでむきになることはない。この時あたし
はそう考えた。そして割り切ってしまえば会長の態度もあまり気にならないのだった。


 数日後、あたしは先生から生徒会長への用件を伝えるために、生徒会室を出て会長を探
す羽目になった。もう会長のことは念頭にはなかったのでそれは単なる副会長としての用
事に過ぎなかったのだけど、この時間には会長は二見さんと二人で図書室で過ごしている
はずだったので、いくら図々しいあたしでもさすがに少しそれを邪魔することに気が引け
ていた。

 なので図書室前の廊下であたしが少しだけ中に入るのをためらっていたその時だった。

「唯じゃん。久しぶりじゃんか」

 あたしは一学年上の先輩に声をかけられた。確かに先輩ではあったけど、彼はかつてあ
たしが派手に遊んでいるグループの子たちと一緒にいた頃に、よく行動を共にしていた男
の子だった。当時あたしは先輩を先輩とも思っていなかったので、彼のことは名前で呼ん
でいたのだ った。

「あ、先輩」

 あたしはとりたてて昔の仲間たちの恨みを買うつもりはなかったから普通に返事をした
つもりだった。でもあたしの声音とか以前は名前で呼び捨てていたあたしが彼を先輩と呼
んだことなどが、彼の機嫌を損ねたようだった。

 当時だってあたしは彼には特別な想いは抱いてはいなかったのだけど、彼の方があたし
に執着していたことはあの頃つるんでいた女の子たちから聞かされてはいた。

「先輩って何だよ。俺たちの仲なのによ」

 彼は少しだけ笑いながらも低い声で言った。その時彼の眼は少しも笑っていないことに
あたしは気がついた。何か嫌な雰囲気を感じたあたしはなるべく早く彼との会話を切り上
げようとしたのだけど、それが悪かったようだった。

「あたし図書室で生徒会長を探さなきゃいけないんでごめんね」

 あたしが彼の横を通り過ぎようとした。その時彼の手があたしの腕を掴んだ。

「おまえ、最近いい子ぶって生徒会とか先公たちに尻尾振ってるんだってな」

 彼は嘲笑するようにあたしを見た。

 あたしの腕を本気で握り潰そうとしているかのような彼の握力が腕に伝わって、あたし
は苦痛に喘いだ。

「放してよ。あたしいい子ぶってなんかいないし」

「おまえ、今じゃ真面目な副会長様だもんな。いい子のふりしてよ、昔の自分の友だちを
見下して気分いいだろう」

「そんなんじゃないよ。いい加減にしてよ」

「どうせ生徒会の僕ちゃんたちも先公たちも、お前が一年のときからどんなことしてたの
かなんて知らねえだろうな。いっそ俺があいつらにおまえがどんな女か教えてやってもい
いんだぜ」

 あたしは黙ってしまった。こいつの言うとおりだった。生徒会の役員の子たちに受け入
れられたあたしだったけど、彼らはあたしの過去のことは何にも知らないのだ。そしてそ
れが知られたら・・・・・・。

「・・・・・・放して」

 あたしはもう一度弱々しい声で言った。

「そんな真面目な女の子らしい演技することはねえだろ。ここには生徒会のやつなんてい
ねえしよ」

「・・・・・・いい加減にしてよ。いったい何が言いたいのよ」

「怒った? それくらいの方が昔のおまえらしくていいな」

 彼は笑った。「久しぶりに付き合えよ。遊びに行こうぜ」

「生徒会活動があるから付き合えません」

 あたしは思い切り冷たく言ったけど、腕の痛さは結構限界に近かった。

「じゃあさ、おまえは勘弁してやるから俺に女の子紹介しろよ。俺もたまには頭のいい真
面目な子と付き合ってみたいしよ。一年生の書記の子いるじゃん? あいつ真面目そうだ
けど可愛いよな」

「あんたなんかにあの真面目な書記ちゃんを紹介できるわけないでしょ」

「ほら。やっぱり上から目線じゃねえか。じゃあやっぱおまえでいいよ。おまえは本当は
真面目な女でも何でもないただのビッチだし、おまえなら俺と釣りあってるだろ」


 その時図書室のドアが開き中から出てきた会長があたしに声をかけた。

「副会長。ここで何してるんだ」

「会長」

 不覚にもその時あたしは泣きそうな顔で会長を見た。

「何してるんだ・・・・・・とにかく手を離してやれよ」

「・・・・・・んだと」

 先輩は低い声で威嚇するように会長のほうを見た。会長のことなんて少しも恐れている
様子はなかった。

「手を離してやれって、てめえ誰に向って口聞いてるつもりなんだよ」

「副会長は僕に用事があるんんだろ。君は邪魔しないでくれないかな」

 生徒会長は落ち着いて言った。

 その言葉に先輩は切れたようだった。先輩は握っていたあたしの腕を離したけど、その
ままで終らせるつもりはないようで、先輩はそのまま会長の方に詰め寄って行った。

「自分のことを僕なんて呼ぶやつが本当にいるんだな。おまえ、きめえよ」

 腰を沈めた先輩はいきなり生徒会長の顔を殴った。殴られた生徒会長はそのまま床に沈
みこむように仰向けに倒れた。

 あたしは思わず悲鳴をあげた。その悲鳴に気がついたのか図書室の奥から二見さんが出
てきて驚いたように床に倒れている先輩を見た。

 でも、あたしの悲鳴を聞きつけたのは彼女だけではなかったようで、こちらに駆け寄っ
てくる足音が響いた。

 先生だろうか。あたしは期待してそちらの方を見た。でもこちらに向って来たのはやは
り三年生の男子だった。その三年生は倒れている会長を足蹴にしようとしていた先輩を制
止した。そればかりか先輩に対して惚れ惚れとするような見事なストレートのパンチを放
ったのだった。

「何やってるんだてめえ」

 三年生が殴られて床に沈み込んだ先輩の襟を掴んで言った。

 あたしと会長にちょっかいを出していた先輩は結局その場に現われた三年生にぼこぼこ
にされたのだった。

「おまえ大丈夫だったか」

 その三年生は、床に這いつくばってうなっている先輩には構わず生徒会長に話かけた。

「助かったよ」

 会長がよろよろと身体を起こしながら自分を助けた三年生に言った。

「会長には世話になったからな」

 三年生が会長に答えた。

 正直この時の会長の姿は格好いいとは言えなかった。もちろんあたしを助けようとして
くれてはいたのだけど、この見知らぬ三年生が駆けつけてくれなかったらあたしも会長も
どうなっていたかはわからなかった。

「おい。てめえ、俺がいないとこで会長やこの子に手を出したら」

 三年生は倒れたままの先輩を見下ろして駄目押しした。先輩は何か唸った。

「どうなんだよ」

「・・・・・・るせいな。わかったよ」

 結局先輩は負け惜しみのようにそう言って立ち上がると、もうあたしとは目も合わそう
とせずに去って行った。



 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。
どちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わ
ず生徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、
会長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。


 こうして見るとこの三年生は会長や生徒会の人たちの仲間のようには見えなかった。ど
ちらかというと先輩の仲間のように見えたけど、それでもこの見知らぬ三年生は迷わず生
徒会長を助けたのだった。

 あたしは三年生にお礼を言ったけど彼はあたしのことはあまり気にしていないようで、会
長に大して怪我がないことを確かめると、じゃあなと会長に声をかけて行ってしまった。

 この時ようやく二見さんが会長に話しかけた。

「先輩、大丈夫?」

 彼女はあたしのクラスメートだったのだけど、この場にいるあたしには関心がないよう
だった。そして不思議なことに彼女は会長が倒れていたことにもあまり興味がない様子だ
ったのだ。

 その夜あたしはお風呂の中でずっと生徒会長のことを考えていた。

 先輩の一突きだけでよろよろと倒れた会長の姿は正直見るに耐えなかった。客観的に言
うと会長はあたしを助けようとしてくれたのだけど、結局あたしが先輩の手から逃れるこ
とができたのは見知らぬ三年生のおかげだ。

 でも。あたしは気がついた。あの三年生だって正義感に溢れているような人には見えな
かった。それでもあの場に介入してきたのは生徒会長を助けようとしたからだ。

 『会長には世話になったからな』

 そう彼は言っていたっけ。つまり会長個人は無力でも会長のためには力を貸そうという
知り合いが会長にはいるということだ。それはそれで一つのパワーだ。

 そして会長の持つその不思議なパワーの源はどこにあるのだろう。

 あたしはそれから二見さんのことを思い出した。彼女は殴り倒された生徒会長のことを
本気で心配しているようには見えなかった。それでも会長は彼女さんに惚れているらしい。
会長はいったい二見さんのどこが気に入っているのだろうか。

 ぶざまに倒れた生徒会長を目撃した日の夜、あたしは生徒会長のことを初めて本気で気
にするようになったのだった。そしてそれは恋愛感情ではなかったはずだった。

 恋愛感情ではないと思ってはいたけど、あたしらしくないことに翌日から会長と目を合
わせたり会長に話しかけられたりすると、あたしは今までのように活発で無邪気な後輩の
演技をすることができなくなってしまった。

 あたしは、会長の質問に赤くなったり目を逸らして下を向いてしまったりするようにな
ったのだ。

 いったいあたしはどうしたのだろう。これでは本当に恋する初心な女の子ではないか。

 あたしが男の興味を持った時は、そんな少女漫画のヒロインのような真似はしない。少
なくともこれまではそうだった。直接的な誘惑を仕掛けて相手の反応を見る。夕也君だけ
は例外だったけど、これまではそういう付き合い方しかしたことがなかったのだ。

 あたしはこの時自分でも自分の行動を理解できなかった。そしてあまりこういう状態が
続くと周りの生徒会役員の子たちに変に思われてしまうだろう。恋愛経験のない初心な女
の子と思われること自体はむしろ望むところだけど、その対象が会長だと思われるのはい
ろいろな意味でまずい。

 かと言ってこのことを相談できる相手は・・・・・・。

 あたしはため息をついた。タイプの全く違う姉妹だけど、やはりあたしにとっては一番
頼れるのはお姉ちゃんと妹友ちゃんだったのだ。


自宅で二人に会長の話をしだすとお姉ちゃんは前にも会長のことであたしに質問された
ことを思い出したようだった。

 お姉ちゃんにならどう思われても構わなかった。お姉ちゃんそのことを口外する心配は
なかったし。なのであたしはあえて誤解を解かずに会長のことを気になっているような表
情で二見さんと会長の情報を話し出した。


「会長ってもう付き合っている子がいるんだって」

「しかもその子、うちのクラスの二見ちゃんっていう子なの」

 どういうわけかお姉ちゃんは気の毒そうな表情をした。あたしを心配してくれているの
だろうけど、その表情にあたしは少しだけプライドを傷つけられた。

「でも二見さんって普通に可愛いし評判もいいんだけど、何ていうか余り仲のいいとかっ
て思えないし。本当は自分勝手な子なんじゃないかなあ」

 あたしは思わ彼女を誹謗するようなことを口にしてしまった。

「だからって会長がその子と付き合ってることには変わりないじゃん」

 お姉ちゃんがあたしを諌めるように言った。

「そうなんだけどさ。あたしが告れば勝てるんじゃないかなあ」

 この時はあたしも意地を張ってしまっていて、自分でも思ってもいないことを口にする
ことが止められなくなっていた。

「よしなよ、そういうの」

 お姉ちゃんが諌めるように口を挟んだ。

「同級生なんでしょ。たとえうまく行ったとしても後で気まずくなるよ」

「そうかなあ」

 あたしはようやくそこで話を切り上げることができた。あたしは何をしようとしている
んだろう。自分でも自分の考えがよくわからなくなってしまっている。

 会長は見た目は格好よくないし喧嘩も弱いしスポーツも苦手そうだ。話だって面白いと
は言えない。

 でもあの乱暴そうな三年生の先輩をはじめ、会長のためなら喜んで力を貸そうという人
たちが幅広い階層に存在しているようだ。そして会長は成績もよく先生たちの信頼も厚い。

 本当に将来のことを考えれば、頭が悪く遊び方と女の扱いだけはよく知っている男なん
かと付き合うより、会長のような男の人のほうがいいのかもしれない。

 そういう風に割り切って考えようとしたあたしだけど、これでは自分が最近何で生徒会
長の前にいると顔を赤くして俯いて黙ってしまうのかということへの回答にはなっていな
いことにも気がついていた。

 これはひょっとしたらあたしにとって本気の恋なのだろうか。これまであたしが経験し
てきた恋愛の入り方とは大分違う様相を呈しているようだけど。


今日は以上です
また、投下します

妹友には名前の設定なかったんか

乙乙


>>408

作者です。妹友は間違いです。なかったことにしてください
今回は二姉妹の設定に変更しましたので

すいません

また落ちるのか

作者です

すいません

父親が亡くなったので、することがいっぱいあって、こっちまで気が回りませんでした

少し落ち着いたので、そろそろ再開したいとは思ってます

マジですか
死別反応は数ヶ月遅れて来るらしいので、気を付けてくださいね
ある日突然動けなくなるらしいので


 もうあまり考えこんでも仕方がない。

 あたしはもともと物事を深く考えるような性格ではない。気になるなら気になるで自分
の気持に素直になってもいいのではないか。期せずして居心地のいい生徒会という場所を
見出したせいで学校底辺の頭の悪い仲間と縁が切れたあたしだったけど、いくらこの場所
を失いたくないからといって自分の気持を偽って我慢することはない。

 あたしはそこに気がついた。

 二見さんが生徒会長の彼女だということはよくわかったけれど、だからと言ってあたし
が周囲の役員の子の視線や噂を気にして行動を押さえ込む必要なんてない。要はきっかけ
の告白はあたしから仕掛けたとしても最終的に生徒会長があたしを選んでくれればそれで
いいのだ。

 それならば強引に二見さんから会長を奪った女という印象は相当薄まるだろう。むしろ
生徒会長があたしに夢中になっているという状態にすればいい。何と言っても二見さんは
今ではあたしの属する校内のエリート階層の一員ではない。底辺のグループとは縁がない
かもしれないけど、彼女はどちらかというと一匹狼的な女の子だった。そういうことを考
えると、生徒会長はイケメンではないけど生徒会の女の子の中では人気はある。彼女たち
だって会長を自分たちのグループ以外の女の子に盗られていることは面白くないに違いな
い。まして、あの変わり者の二見さんに。

 要するに会長があたしに執着してくれる状況さえ作ってしまえば、役員の女の子たちは
二見さんではなくあたしの味方になってくれるのではないかと考えたのだった。

 もちろんそのためにはあたしが強引に二見さんから会長を奪ったような印象を与えては
いけないので、あたしにできるのは言外に会長に好意を持っていることを会長に悟らせる
こと、そしてさりげない一回だけの告白で会長の心を奪うこと、それがあたしが会長の彼
女になる条件だった。

 ・・・・・・お姉ちゃんに話したことは決して強がりではなかった。あたしは自分の容姿に自
信を持っていた。それだけだけでは十分じゃないかもしれない。でも、かつてのような遊
び歩いていたあたしには会長は関心を持ってくれないかもしれないけど、今のあたしは会
長の身近にいる生徒会副会長なのだ。



『そうなんだけどさ。あたしが告れば勝てるんじゃないかなあ』


 あの時は半ば意地になって言ったセリフだったけど、よく考えればこれは決してあたし
の強がりだけではなかった。

 こうしてあたしは自分の生徒会長に対する気持ちの正体を未だによくわかってはいなか
ったのだけれど、半ば見切り発車的に告白を仕掛けようと決心したのだった。何よりも夕
也君が身近にいないので、あたしの恋心の行き先がなかったということもあったし。

 そう決心したあたしは急に気が楽になるのを感じた。多分もう会長の前にいても会長の
顔を直視できずに俯いて赤くなったりすることはないだろう。あたしは割り切ったのだ。
会長に対して本気で恋をしてしまったかどうかは今でもわからないけど、それすらどうで
もいいという境地にあたしは至っていた。本気で好きなのか打算的な意味で会長が気にな
るのかなんて今となってはどうでもよかった。自分の気持がわからないならとりあえず、
会長の気持ちを自分に向かせることだ。今までだってあたしはそういう恋愛をしてきたの
だ。生徒会役員になったからといって、恋愛に関してはそのやり方を無理に抑える必要は
ないのだ。そうして会長があたしを求める状態になってから改めて自分の気持ちに向き合
えばいい。結果として会長の気持ちを受け入れたとしても、あるいは会長の気持ちを拒否
したとしてもそれはその時に考えればいいことだ。大切なことは会長へのアクションによ
ってあたしが生徒会役員の男女の仲間たちに引かれたり嫌われたりしないようにすること
なのだった。

 あたしの行動が、略奪愛なのは確かだった。それくらいはあたしも理解できていた。


 ようやく自分の気持と今後の行動を整理することができたあたしは、もう無駄に待つつ
もりはなかった。明日にでも会長を誘惑しよう。会長がそれなりに女の子から告られてい
たことは今ではわかっていたけど、その相手の子の名前を聞く限りでは今のあたしには負
ける気がしなかった。

 ・・・・・・多分一番の強敵は会長の今の彼女である二見さんだ。でもその彼女であってもあ
たしの敵ではない。あたしはこれまでだって自分の恋のライバルを気にしたことはなかっ
た。明日、あたしは会長に行動を起こすことにした。ところがそう考えていた矢先、出鼻
をくじかれるようにあたしはその夜、お姉ちゃんにあたしの決意を邪魔されたのだった。

 どうやらあたしの会長への関心を心配したお姉ちゃんが勝手にいろいろと会長と二見さ
んのことを調べたようだった。あたしはお姉ちゃんの部屋に呼び出され一方的に説教じみ
た話を聞かされた。

「あの二人って相当真面目に付き合っていると思うよ。正直、中学生レベルの恋愛関係を
超えてるくらいに」

 お姉ちゃんが真剣に言った。「そんな関係にちょっかいを出そうなんてあんたもどうか
してるよ。あんたが会長に告って、それがうまく行っても行かなくてもいい結果にならな
いんじゃないかな」

 お姉ちゃんはあたしにそう言った。

 ここまで黙ってお姉ちゃんの説教じみた話を聞いていたあたしは、ついに我慢できずに
言った。

「二見さんと会長の仲の調査とかお姉ちゃんのやってることマジキモいんですけど」

 あたしはお姉ちゃんの心配を切り捨てた。

「中学生の恋愛に何で調査とかするのよ。信じらんない」

 一瞬、お姉ちゃんがひるんだ。あたしはそのことに、少しだけ罪悪感のような気持ちを
抱いた。多分、恋愛に関してはお姉ちゃんとは価値観が異なるあたしだけど、そんなあた
しのことをお姉ちゃんは理解できないまでも本気で心配してくれていたのだから。

 あたしは語気を和らげて言った。「まあ、お姉ちゃんがあたしのこと心配してくれてる
のはわかるけどさ」

 あたしの言葉にお姉ちゃんは少しだけ困ったように微笑んで、それ以上はもう何も言わ
なかった。


 こうして余計なお節介をしたお姉ちゃんとはなし崩しに仲直りはできたのだけど、あた
しの決心は変らなかった。たかが中学生の恋愛に聖域も触れてはいけない関係もあるもの
か。このとき、あたしは反対するお姉ちゃんに相当反発していただと思う。あたしを心配
してくれているお姉ちゃんを悪く思うのはやめにはしたけれど、それでも自分の決心を翻
すことはない。

 あたしはそう考えて予定どおり翌日には生徒会長を誘惑する決意を固めたのだ。

それに、その頃のあたしはまた、自分の考え方が以前と違ってきていることにも気がつ
いていた。打算はある。会長と付き合おうと考えている理由の一番は、ステータスを得る
という打算なことは間違いない。どれだけ自分勝手なあたしでも、そこをはき違えてきれ
いごとを言う気はなかった。だけど。

 愛は盲目というけど、これこそまさにそうかもしれない。この間までのあたしなら、生
徒会入りする前のあたしなら、会長が自分の恋愛対象になるなんて考えたこともなかった
だろう。あたしは最初、自分も将来のことを考え、ステータスを求めているんだと思って
いた。本気で会長を好きなったわけはないと。でも、それなら何で二見さんのことがむか
つくのか。あんな女に負けると考えることが嫌なのか。それとも。

 好きになるということには、実はそれほど当たり前の常識とかなくて、意外性に満ち溢
れているのだろうか。あたしは、改めて自分の胸の奥底を探ってみた。そうして、思いつ
いた答えは自分でもすごく意外だった。あたしは、ステータスとか、先生からよく思われ
るとかそういう理由で生徒会にいたのだけど、会長のことはどうもそうではないみたい。

 あたしは、あの冴えない会長を好きになってしまっているのだ。

 何でだろう。

 あたしは考えてみた。仮にあたしが打算からではなく会長を好きになったとしたとした
ら、その理由は何なのだろう。よくみかける会長の姿が思い浮かんだ。大体は、生徒会室
で仕事をしているか、図書室で二見さんと一緒にいるかどちらかだ。容姿、人気、運動神
経、明るい性格、好成績。今までのあたしが男を選ぶ基準の中で、会長が当てはまるのは、
成績と、まあ、あえて言えばある種の人たちから人気があるということか。

 ・・・・・・結局、考えてもよくわからなかった。もう寝よう。そして明日は、もう少し会長
とお話してみよう。あたしはベッドに入りもそもそと姿勢を整えて眠りについた。その日
は、なかなか寝付くことができなかったけど。

 翌日、教室で二見さんを見かけた。同級生だからあたりまえだけど。相変わらず友達と
群れずに、一人で何か本を読んでいる。認めたくないけど、彼女の容姿は整っているので、
やはりちらちらと彼女を密かに眺めている男子もいる。隠しているつもりでも、そういう
のって意外と周囲にばれるものなのだ。二見さんは男子の視線を感じているのだろうか。
それは不明だけど、少なくとも感じていたとしても彼女がそのことに全く動じていないこ
とは確かみたいだった。そういう風にふるまっているだけかもしれないけど。

 そのとき、ふと二見さんが本から顔を上げたため彼女の視線があたしに向けられた。そ
の瞬間、どういうわけか思わずあたしは二見さんから視線を逸らせてしまったのだ。我に
返ったあたしが再び二見さんの方を見ると、彼女はもう本に目を落としていた。その様子
には全く動揺した様子は見受けられなかった。


 自分でも何でだかわからないけど、なんだかすごく屈辱のような感情を彼女に対して抱
いた。全く自分でも説明がつかない衝動にかられたあたしは、その日のうちに会長に告白
しようと考えた。考えてみれば悩むような話じゃない。今まで、あたしは自分から告白し
て断られたことは一度もないのだ。いくら多少可愛いからといって、ぼっちで変人の二見
さんなんかに負けるわけがない。一時期は会長に浮気させてしまうことになるけど、それ
は正々堂々と二見さんに謝ろう。あたしと会長と二人で頭を下げて。それは生徒会室でた
またま二人になったときのことだった。あたしは、会長の名前を呼び彼を見上げた。

「てきぱきと生徒会の役員に指示する先輩は、大人びていて素敵です」

 あたしの顔はどういうわけか真っ赤になっていたようだ。そして、あたしの告白とそれ
を断った会長のことは、たまたまドアの前にいた生徒会役員を通じて、校内に広まってし
まった。生徒会の副会長が会長に告って振られたみたいだって。

 初めて自分から告った男の子に振られたうえに、そのことを噂されたあたしは当然なが
ら落ち込んだ。落ち込んだのだけど、自分でも不思議なことに諦めがつくのも早かったよ
うだ。確かにあたしは自信過剰ではあった。今思えば、不思議だけど彼女もちの男に自信
満々に言い寄ったのだから。周囲の生徒会の役員の子たちはあたしの失恋を知って、どう
いうわけかそれまで以上にあたしに親近感を覚えてくれたようだった。会長には振られた
けど、役員の子たちの誘いも増えて、あたしは名実ともにこの学校のエリートである生徒
会の一員として認められたのだとこれまで以上に実感することができて、そのことがあた
しの慰めとなった。

「じゃあ、唯。先にファミレス行ってるからね」

「早く来いよ、唯」

 生徒会の子たちにそう言われたあたしは、先生に頼まれたプリントを持って職員室に向
かった。早く済ませて彼女たちと合流しよう。職員室で先生にプリントを渡すと、その女
の先生は優しくお礼を言ってくれた。そういう待遇にも今ではあたしも慣れてきていた。

「早く帰りなさいね」

「はーい」

 職員室から近道をするために中庭を抜けていくと、木陰の方から会長と二見さんの話声
が聞こえてきた。正直、聞きたくない。急いで中庭を出ようとしたとき、聞きたくもない
会話が耳に入ってきた。



「先輩、なんであの子の告白断ったの?」

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」



 忘れかけていた悲しみや屈辱が胸の奥から少しづつ染み出すようだった。でも、これは
仕方がない。二人が付き合っていることを承知のうえで、あたしは会長に告ったのだ。仲
のいい恋人同士に、あたしの告白を会話のネタにされるくらいのことは我慢しなきゃ。


「ふーん。そうなんだ。彼女、かわいそう」

 あの子。

 彼女。

 さっき、しかたがないと割り切っていた会話が、再び別の意味を持ってあたしの心を蝕
み出した。



「先輩、なんであの子の告白断ったの?」

「僕は、君のことが好きだからね。副会長と付き合うなんて考えられないよ」

「ふーん。そうなんだ。彼女、かわいそう」



 会長に振られたことは仕方がない。だけど、あの子とか、彼女かわいそうとか、二見さ
んはいったい何様のつもりだ。二見さんがあたしに対して無関心だというのなら、それで
もいい。でも、この短い会話をつなぎ合わせると、無関心かどうかはともかくあたしを格
下にみているとしか考えられない。そして、会長の気を引くための冗談半分のあたしへの
同情の言葉。

 彼女、かわいそう。

 ふざけるな。

 その後のあたしは自分の憤りを抑えて普通に過ごした。会長には振られる前のとおり、
可愛らしいいい後輩として接した。二見さんとも、同じ教室でそれなりにおざなりな会話
くらいはできるようになった。優ちゃんって呼びかけることもした。そう呼ばれた彼女は
微妙な表情だったけど。ただ、彼女に微妙に見下されているような感覚は相変わらず続い
ていた。この時の彼女は、少なくともあたしのことを石井会長を争う恋のライバルだなん
て考えてもいないようだった。つまりあたしは、彼女にとっては単なる雑魚に過ぎないの
だ。

 いずれにせよ、このままおとなしく屈辱感が癒えるのを待つ気はなかった。

 あたしは方針を変えたのだ。ただ、具体的にどうしたらいいのかは全く分からなかった
けど、受験シーズンに入り会長たち先輩たちが引退するころになり、あたしは二見さんが
転校することを知った。遠距離になっても付き合うのか。それとも、あっさり別れるのか。
中学生の恋愛なんて、遠距離で続けられるようなものじゃない。あたしが、それを手伝っ
てあげよう。格下にみられて見下さてたあたしが。やがて、そのチャンスがやってきた。


「あの、先輩。ご存知ないんですか」

「・・・・・・何が?」

 会長は要領を得ないあたしの言葉に少しじれったく感じているようだった。

「優ちゃん、一昨日転校したんですよ。確か、東北の方に転校するって言ってました」

 何を言われているのかわからないという表情のまま会長は凍りついた。

「・・・・・・先輩は優ちゃんとお付き合いされているんで当然ご存知かと思っていました」

 あたしは会長を気遣い遠慮がちな小さな声を出した。つまりそういう演技をしたのだ。

 会長はしばらく沈黙していた。

「そうか」

 しばらくして会長は言った。

「君は何か事情を聞いているのか?」

「そんなに詳しくは知りませんけど。お父さんの仕事の都合で東北の中学に転校するとだ
けしか」

「優が転校する学校とか転校先の住所とか君は知っている?」

 会長は信じていた彼女に裏切られたからか余裕のない態度であたしの方を縋るように見
た。

「ごめんなさい、知らないんです」

 あたしは嘘をついた。

「まだ転居先とか決まってないんで学校も住むところもこれから決めるんですって。だか
ら先生にもわからないそうです」

「・・・・・・こんなことを聞いて悪いんだけど、君は優の携帯の番号とかメアドとか知って
る?」

「本当に会長のお役に立てなくてごめんなさい。あたし、そこまで優ちゃんとは仲良くな
くて」

「誰か優と仲がいい子とか知らないかな」

 あたしにも会長の必死さが伝わってきた。でもあたしはもう迷わなかった。決心してつ
いに踏み出してしまった今ではあたしは妙に頭の中が冷静だった。

「・・・・・・言いにくいんですけど、優ちゃんて本当に仲のいい子はいませんでした。だか
ら・・・・・優ちゃんの携番やメアドを知ってる子はいないと思います」

「・・・・・・そうか」

 二見さんに親友がいなかったことは事実だった。この時あたしが会長についた大嘘の中
にも真実のかけらはある。二見さんの携番やアドを知っている子がいないのは事実だった。
会長が心の中でどれだけ彼女を美化していたのかは知らないけど、会長が好きになり大切
にしていた 子は、本当はぼっちの女の子だったのだ。それだけは掛け値のない真実だっ
た。

 もうあたしを気にする余裕はないのだろう。会長はあたしに頭を下げると黙ってよろよ
ろと教室から出て行った。


 そして。

 ぎりぎりのタイミングだった。

 会長が姿を消して数分たったところで二見さんが教室に戻って来たのだ。

「ねえ」

 不審を露わにして二見さんがあたしに聞いた。

「先生、あたしのことなんて呼んだ覚えないってよ」

「そうなの? あたし確かに誰かから優ちゃんに伝えてって言われたんだけどなあ」

 あたしは無邪気に不思議そうな声を出した。

「・・・・・・まあいいけど」

 二見さんは気持ちを切り替えたようだった。

「それよか優ちゃん、明日の朝には東北に行っちゃうんでしょ?」

「うん。本当は昨日お父さんたちと一緒に行く予定だったんだけど・・・・・・」

 そう答えて二見さんは教室内を眺めた。

「どうしたの?」

 あたしは少し不安そうな二見さんの表情に何か快感めいた、嗜虐的な快感を覚えた。

「もしかして誰か探してる?」

「ええ・・・・・・まあ」

「優ちゃんの転校って急だったもんね。お別れを言えなかった人もいるんじゃないの」

「あのさ、浅井さん」

 普段は人に媚びることのない二見さんがあたしに縋るような目を向けた。

「あの。あたしが職員室に行っている間、誰かあたしを尋ねてこなかった?」

「誰かって? 何人も教室を出入りしてたけど」

 あたしは言った。

「例えば誰?」

 二見さんはしばらくためらった。彼女がこの時何を考えているのかあたしには手に取る
ようにわかった。


 あたしはそこで助け舟を出してあげることにした。相変わらず二見さんに対し、得体の
知れない優越感を覚えながら。

「まあクラスの人以外だと・・・・・・あ、そうだ。生徒会長が尋ねてきたよ」

 二見さんの表情が一瞬明るくなった。

「先輩、志望校に合格したんだって。嬉しそうだったよ」

「それで、何か他に言ってなかった?」

「他にって・・・・・・ああ、そうそう。あんたが転校するってこと会長は知らなかったんだよ
ね。あんたと会長って仲良しなのかと思ってたのに」

 あたしは微笑んだ。

「え? 浅井さん、あたしが転校するって先輩に話したの?」

「うん。話したけど、何か都合悪かった?」

「・・・・・・引越しの日を遅らせて自分で話そうと思ってたのに」

 二見さんは低い声で言った。その言葉はあたしにはよく聞き取れたけどあえてあたしは
聞き取れなかった振りをした。

「ごめん。今何て言ったの? よく聞こえなかった」

「何でもない。それで先輩、それを聞いて何か言ってた?」

「別に何も。そうなんだって言っただけだったよ」

 あたしは自分の一番の微笑みを彼女に向けたのだった。

「あとさ、高校合格祝いに今日からどこかに卒業旅行に行くんだって。しばらく連絡が取
れないけど生徒会をよろしくって言われた」

 二見さんの表情が青くなった。

「浅井さん、会長の携帯の番号とかメアドとか知ってるかな」

 二見さんのいつもような余裕のある態度は今ではどこかに行ってしまっているみたいだ
った。

「ええ~。そんなの知らない。優ちゃんこそ会長と仲良しなのに何でそんなことも知らな
いのよ」

 彼女はそれを聞くともうあたしには話しかける価値がないと判断したようだった。

「じゃあ、あたし帰るね」

「うん。優ちゃん東北に行っても元気でね」

「うん。じゃあ、さよなら」



 ・・・・・・さよなら。もうあんたは二度と戻ってくるな。石井生徒会長のことはあたしが責
任を持ってケアしてあげるから。


今日は以上です
また、投下します

おつかれ

おつ


 父親が東北に異動したため、俺は母と一緒に父親について東北の学校に転校した。それ
は、俺が大好きで大切にしていた浅井姉妹と別れることを意味していた。転勤の期間はわ
からないという。そんなに長い間じゃないよと父は言ったけど、それほど確信のある様子
でもなかった。他の女の子も男の友達も別れることはどうでもいいが、浅井さんちの姉妹
と会えなくなるのは正直辛かった。

 俺にとっては浅井さんちの姉妹は、何て言っていうか本当の兄弟以上の関係だった。だ
から、俺はこれまであの姉妹を恋愛対象として見ることを自分に禁じてきた。女の子と付
き合うということは、すごく楽しいことなのだと俺は既に学んでいたし、そういう経験も
積んでいたけど、別れた後のことを考えるといろいろ問題がある。

 俺はいろいろな女の子と付き合ったけど、結局別れるとその後は視線すら合わせなくな
る。仮に浅井さんちの姉妹のどちらかと付き合えたとしても、その後の保障なんかない。
別れて、あいつらと仲が悪くなるくらいなら、このまま仲のいい幼馴染でいいじゃんか。
俺はそう思っていた。だから、そうなるくらいなら、幼馴染として、恋愛対象として見な
いようにすればいい。俺はずっとそう思っていた。

 姉妹と言ったけど、別に二人のことが同時に好きだったわけじゃない。どちらかという
と俺が好きだったのは姉さんの方だった。見た目や人気で言うと妹の方が上なのは間違い
ない。唯は、同じ学校の男たちからすごく人気があった。それでも俺が好きなのは姉の方
だった。どうやら俺は年上趣味らしい。

 この姉妹を恋愛対象とすることを自分に禁じていた俺は、彼女たちの恋愛事情に立ち入
ったことはないけど、同じ学校で過ごしていれば何となく状況はわかる。多分、姉さんは
今まで男と付き合ったことはないはずで、唯の方は、片手では収まらないほど男との付き
合いがあると思う。ただ、生徒会に入った途端に、唯は真面目になり男と付き合うことも
なくなったようだった。恋愛感情を向けていたのは姉さんの方だけど、唯に対しては本当
の妹のような保護欲を感じていた俺は、それで少し安心したものだった。そんなときに、
俺は転校し、姉妹のそばを去ることになった。


「そうなのよ。突然、唯がまじめになってあたしもびっくり。でも、こっちの方が全然い
いわ。夜遊びもしなくなったし、付き合っている子たちもまじめな子ばかりになったし」

 姉さんはそう言って笑った。

「じゃあ、唯って今では彼氏とかいないの?」

「なあに? あんた、唯の恋愛とか気になるの。あんた、唯のこと好きなの」

「全然。全くそういう気はありません」

 ・・・・・・俺が好きなのは姉さん、あんたなのに。

「まあ、あんたはもてるしね。わざわざ幼馴染なんか好きになる必要もないか」

「別のもててねえし」

「嘘つけ」

 そろそろこの会話が苦しくなってきた。下手をしたら自分の感情を制御できなくなりそ
うだ。そのとき、タクシーが来て、母親が俺のことを迎えに来た。

「タクシー来たよ」

「ああ」

 姉さんがその細い白い手で俺の手をそっと握ってくれた。

「じゃあね。早く帰って来てね」

「んなもん、父親次第だよ。俺に言われても」

 姉さんの手の感覚を気にした俺は、胸のときめきや感情の揺れを必死で抑えながら答え
た。

「由里子ちゃん、元気でね」

 母親が姉さんに言った。

「はい。おばさんもお元気で」

 姉さんは俺の手を離してにっと笑った。「ついでに、あんたも元気でね」

「俺はついでかよ」

 その時は気にしなかったけど、唯はその場に姿を現さなかった。あとで聞いたけど、こ
の日、唯は中学の先輩に告って振られたらしい。


 東北での生活は楽しかった。姉さんと唯がいないことは寂しかったけど、それ以外では
全く不自由のない生活だった。友達もすぐにできたし、同級生の女の子に告られもした。
結局、付き合いはしなかったけど。二年次編入なのだけど、住まいや学校の周囲の環境は
最高だった。美しい田園や青い海があり、市街地の方に行けば、大きなショッピングセン
ターがありゲーセンもある。遊び場所にはことかかなかった。それでも、姉さんや唯はい
ないのだ。

 姉さんはよく夜に俺に電話をくれた。LINEだと俺の声が聞こえないからって。正直、嬉
しかった。



『どうしたもんかなあ。無理だって言ったんだけどさ』

『相手は誰?』

『生徒会長。でも、唯の同級生の二見って子と付き合ってるのよ。どう考えても無理ゲー
でしょ』

『俺、二見って子知ってる。無口で暗い印象だけど、顔とか可愛いしスタイルもよかった
よな』

『何よ。あんたも狙ってたの?』

『違うって。でも、いくら唯が可愛いからって、その子から彼氏を奪うのは無理っぽいよ
な』

『うん。結局、振られたわけだけど。まあ、唯のことだからすぐに元気になってほかの男
を探すとは思うんだけどね』

『まあ、略奪愛は無理でも、相手のいない男なら大抵は唯に落ちるんじゃねえの? あい
つ可愛いし』

『あんたが狙ってたのは二見さんじゃなくて、唯の方か』

『全然ちげーし』

『あんたは? 今、彼女とかいないの』

『いない』

『嘘つけ』

『本当だって。姉さんはどうなんだよ。彼氏とかできた?』

『あたしにそんなものできるわけないじゃん。あんた、喧嘩売ってるの』

 いないのか。それが本当ならすごく嬉しいけど。俺は最近、すごく非現実的な妄想を思
い浮かべていた。俺と姉さんと唯が、お互いに恋人なんか作らずにいつまでも近所で生活
するという夢だ。もちろん、現実的にはあり得ない妄想なのだけど。どういうわけか、そ
れはすごく甘美な想像だった。そのことを考えているだけで、幸せな感覚に包まれて二、
三時間は平気で過ごせるほど。


『姉さんの理想は高いからなあ。少しは妥協したら?』

『んなことあるわけないでしょ。あたしがもてないだけだよ』

『またまた。誰でもいいなら男なんかすぐできるでしょ』

『さすがに誰でもはよくないよ』

『ほら。ハードル高いくせに』

『違うって。それよか、あんたは何で彼女作らないの。あんたならその気になればさ』

『そんな気になれないだけだよ』

『あんたの方こそハードル高くしすぎなんじゃないの?』

『そうじゃねえって。それは、姉さんの方だろ』

『お互い、なかなか恋人ができないね。少しは唯を見習った方がいいのかな」

『唯は玉砕したんでしょ。見習ったらだめじゃん』

『そうか。いっそ、あんたが唯の彼氏になってくれればいいのにね』

『ねえよ。そもそも唯が俺なんかじゃ嫌だろうし』

『そうかなあ』

『そうだよ。それに、幼馴染ってさ。付き合うのはいいけど、別れちゃったら辛いじゃ
ん。仲のいい兄弟を失うようでさ』

『へえ。あんた、そんなこと考えてたんだ。だから、唯とは』

『違うって。一般論だよ一般論』

『でもさ。運命の相手だって思えるのが幼馴染だっらさ。別れるとか心配いらないんじゃ
ない?』

『唯は俺のことを運命の相手なんて思ってねえよ』

『あたしとあんたならどうかな』

『姉さん、何言って』

『あたしとあんたなら、結ばれても別れる心配なんかないんじゃない? こんなに仲がい
いんだし』

『言うに事欠いて何言ってるんだよ。年下からかうなよ』

『本気だけど。あんたにはその気はないんだろうけど』

 付き合わなくてもいいと思ってた。姉さんが幼馴染としてそばにいてくれるだけで。で
も。ここまで姉さんに言わせたら。からかわれている可能性は残っていたけど、俺は決心
した。


『何言ってるの。俺が今までどんなに姉さんのことを好きだったか知らないだろ』

『嘘つけ。冗談はやめろ』

 何か、姉さんが泣いてる。

『冗談じゃねえよ。姉さんこそ俺をからかってるなら本気で怒るぞ』

『・・・・・・ない』

『はい?』

『からかってないよ。昔からあんたが好き。だから、告られたことはあるけど断ってた』

『・・・・・・マジかよ』

『こんな冗談言えるわけないでしょ』

 俺はとっさに方向転換し、決心もした。姉さんに告ろう。

『姉さん、好きだ。俺の彼女になってください。俺と付き合ってください』

『・・・・・・うん。喜んで。やっと言ってくれた』

『姉さん』

『夕也、好きだよ』

『俺も姉さんのこと好きだ』

『ねえ』

『何?』

『あたし、夕也の彼女になったんでしょ』

『う、うん。すげー嬉しけど』

『姉さんって呼ぶの変じゃない? まるで姉と弟の近親相姦みたいじゃん』

『じゃあ、何て呼べばいいの』

『由里子でいいじゃん。あんた、妹のことは唯って呼び捨てなんだし』

『ハードルたけえ』

『何でよ。由里子って呼んでみ?』

『・・・・・・』

『どした』

『由里子ちゃんじゃだめすか?』

『何で敬語だし。まあ、それもいい。夕也?』

『う、うん』

『じゃあ、試しに由里子ちゃんって呼んでみて』

『由里子ちゃん』

『はい、よくできました。あたし、すごく幸せ。あんたの彼女になれて』



 翌週から俺は三年生になった。幸せの絶頂にいた俺は顔のにやにやを抑えながら登校し
た。

「広橋君」

 うちの学校の制服を着た見たことのある女が校門の前で俺に話しかけた。こいつ、二見
だ。なんでこいつがここに。それに話しかけられるほど仲がいいわけじゃねえだろ。

「君がここにいるなんてびっくりした」

 いつも冷静な印象がある。その二見がどういうわけか、泣きそうな顔で俺の方を見た。
唯の敵であるこいつが。


今日は以上です
次回からは少し投下間隔が以前くらいまでには戻ると思います

また、投します

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続きが気になって仕方ない

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まあ、東北での再会はそんなふうだった。こいつは、唯のライバルだったんだけど、そ
の暗い表情を見るとそういう言葉はかけられない。

 泣きそうな顔。まあ、想像はつく。彼氏だった、生徒会長と離れ離れになったからだろ
う。

「何でおまえ、ここにいるの?」

何となく事情を察していたけど、一応聞いてみた。

「親が転勤したからだけど。広橋君は」

 やっぱりか。こいつは唯のライバルだったのかもしれないけど、こいつもまた親の転勤
の犠牲者なのだ。そう思うと、あまり冷たくもできない。

「俺もそう。お前より早いけどな」

「すごい偶然だね」

 全く感動のないような声で二見が言った。

「親の仕事との都合つってもさ。嫌になるよな。いきなり知り合いとか全部いなくなっち
ゃって初めからやり直しだもんな」

「別にあたしは」

 二見はそう言った。そうか。こいつは、俺がこいつと生徒会長が付き合っていたことを
知らないと思っているんだろう。実際、姉さんから聞くまでは知らなかったのも事実だし、
こいつがそう思ってたとしても不思議はない。

「気持ちはわかるけど元気出せよ。俺だって不安だったけどすぐに友だちとかできたし
さ。まあ、おまえならすぐに友だちもできるって」

「何であたしならできるって思うの。学校でそんなに親しかったっけ? 君と」

 少しだけ気の強そうな顔が、表情にではなく口調にあらわれているようだ。

「さあ? よく知らねえけど。お前、知り合いだらけだったし友だちも多かったじゃ
ん。よく相談に乗ってあげる的な友だちとか」

「・・・・・・そうね。でもそれは友だちって言わないよ」

 少し不思議そうな声で二見が言った。

 確かにそうかもしれない。こいつとは親しいわけじゃないし、クラスだって別々だった。
だけど、こいつの行動の不思議さは何となくだけど俺にも理解できる。なぜなら、こいつ
は不思議なぼっちだと俺は常々考えていたから。

 友だちを作ろうと思えば作れるに違いない。現に、彼氏だって作ったわけだし。つまり
そういうポテンシャルを秘めたぼっちなのだと。


 こいつは唯の恋敵だったし、俺は別にこいつのことを女として意識したわけではなかっ
たから、最初の再会以外はこいつとかかわるのはやめようと俺は考えていた。それにこい
つと仲良くしていたら、そのことを姉さんには報告しづらいし、かといって姉さんに秘密
を作るのも嫌だったし。

 でも、結局、俺は優と仲のいい友人関係になってしまった。

 同じクラスになったということもあるし、周囲が地元の友人ばかりで、同郷の優と話が
あったということもある。また、それ以上に俺と優を仲良くさせたのはお互いの両親だっ
た。

 つまり、再会後に判明したのだけど、二見優の親父さんは俺の父親の仲のいい同僚だっ
たのだ。うちの親父はメーカーの研究所に勤務している研究者で、優の親父さんとは同期
だそうだ。今までは行き違っていたそうだけど、この東北研究所で久しぶりに再会したの
だとか。それで、俺は優とは家族ぐるみで付き合うようになってしまった。

 かといって、そこに恋愛感情はお互いになかった。俺は姉さんと遠距離だけど付き合っ
ていたし、多分、優は石井会長のことを引きずっていたのだろうから。それでもお互いに、
同じ社宅で行き来するようになると、必然的に学校でも一緒に過ごす時間が増えていた。
俺にはこの地には彼女はいないし、優も同じだったから、どちらかに恋人ができて疎遠に
なるという流れにはならなかったのだ。

 話をするようになると、優は話しやすい相手だった。話を聞く能力がすごく高いし、沈
黙が訪れると自分から話を振ってくれる。何でこんなやつがぼっちだったんだって俺は疑
問に思った。それでも、この北の地の高校にいても彼女は基本的にはぼっちだった。俺と
話す以外に友だちの女の子とか男と話しているのを見かけたことがない。こいつならすぐ
にでもクラスに溶け込めるだろうに何でだろう。

「よう」

「広橋君、おはよう」

「おはよう、二見」

「君もこの電車?」

「だいたいいつもそうだけど」

「まだよくわかってないんだけど、この電車よりもっといい時間の電車ってあるの」

 ここはすごい田舎ってわけじゃなくて、地方の県庁所在地だったから、地下鉄は何本も
ある。

「ああ。遅刻しないなら、あと二三本遅いのでも平気かも。安全を考えるのならこの電車
かな」

「そうなんだ。それで君も?」

「無遅刻無欠勤を狙ってるからね」

 優はそれを聞いて微笑んだ。

「ばかみたい。でも、あたしもこの電車にしよ」

 その結果、必然的に俺と優は、社宅から教室のドアまで毎日二人で登校することになっ
てしまった。姉さんには言えないな。俺はそう思った。


 毎日一緒に登校していたために、クラスのやつらから、俺と優は恋人認定されてしまっ
た。

「おまえら付き合ってたのかよ。二見さんとなんてうらやましい」

 俺も優も否定したけど、全く取り合ってもらえなかった。それはそうだろう。毎朝一緒
に登校していれば、もう隠さなくていいじゃん的なことを言われても無理はない。

「おまえ、平気なの?」

 俺はある朝一緒に学校に向かっている優に聞いた。

「何が?」

「いや、だってさ。俺たち付き合ってることにされてるし。嫌じゃないの?」

「うん。本当に付き合ってるわけじゃないからね」

 いや。そうじゃない。

「誤解されたままだと、おまえ、好きなやつができても告れないじゃん」

「好きなやつは、前に住んでたところにいるし、こっちで彼氏を作る気なんかないよ。そ
れにあたしなんか、君みたいにもてないし」

「そんなことねえだろ。クラスのやつら、よくおまえの噂してるぜ」

「君の方こそ、迷惑? 彼女作りにくいよね。一緒に通うのやめてもいいよ」

「いや。好きな子は、前に住んでたとこにいるし、こっちで彼女を作る気なんかないし」

「君のそうなの」

 優が俺を見つめた。こいつ、瞳がすげえきれいだな。透き通っている感じがする。

「ああ。浮気はしない」

「じゃあ、噂になっても問題ないじゃん。というかむしろ、お互いに好都合かもね」

 言われてみればそうだ。

「なあ。おまえの彼氏ってさ」

 前の中学の生徒会長だろうな。こいつも俺も遠恋になっているわけだ。

「前の中学の先輩。生徒会長もやってたな。でも、彼氏かどうかはわからない」

 どういう意味だ。唯は優に惚れていた会長に振られたというのに。

「別れ方がね。ひょっとしてあたしだけが恋人同士だと思っていたのかも」

「・・・・・・話、聞いてもいいか」

「別にいいけど。もうすぐ学校だよ」

「昼、屋上に行こう。そこで聞かせろよ」

「他人事なのに、君も趣味悪いよ」

 そうじゃないのだ。唯の失恋の原因を知りたいだけ。恋人は姉さんだけど、唯のことも
大切に考えているのは間違いないから。


「クラスのやつらに冷やかされたよ」

「あたしも」

 仲良く一緒に屋上に向かえば無理もない。

「飯食いながらじゃないと、時間的に厳しいな」

「うん」

 優が可愛らしい巾着袋からお弁当箱を取り出した。蓋を開いたのでのぞいてみると、す
ごくおいしそうだった。彩りもきれいだ。

「いいなあ、弁当」

 購買で買ったパンのビニール袋を開きながら、俺は優に言った。

「おまえのかーちゃん、料理上手なのな」

「これは自分で作ったの。毎日、自分で作ってるんだよ」

「すげえ」

「慣れちゃえばたいしたことないよ。だいたい前の日の夜に用意しておくからね」

 意外と、家庭的な女なのか。成績も悪くないし、こうして話しているとコミュ障でもな
い。

「食べながら話すね」

「おう」

 それは結構痛々しい話だった。何よりもその話の中に、唯が登場したことが俺を驚かせ
た。

「それって本当かな」

 唯を疑うのは嫌だったけど、今の話からすると、証拠も何もない話で、唯一、唯の説明
だけで成り立っている筋書きなのだ。そして、唯は生徒会長のことが好きだった。

「なあ」

「なあに」

「おまえさ。唯が会長のこと好きだったって知ってるんだろ」

「唯って・・・・・・ああ、浅井さん。うん、知ってるよ。でも、彼は断ったし」

「そこまで知ってて、なんでわかんねえんだよ」

 唯のことは大切だが、間違ったことは正すべきだ。

「どういうこと?」

 不思議そうに優は箸を止め、首をかしげた。


「多分、それ唯の作り話だよ」

 あの唯の性格なら、このくらいのことはやりかねない。

「おまえ、石井先輩の卒業旅行のこと、本人にもクラスの人たちにも確かめてないんだ
ろ」

「それは。うん」

「唯のことだ。おまえにはそういう話をして、石井先輩にはおまえが先輩のことなんか何
も考えずに転校しちゃったとか言ったんだろ。どうせ」

 優はすぐに話を飲み込んだみたいだった。恋は盲目というけど、こんな単純な話に気づ
かないなんて、彼女らしくない。先輩だって同じだ。おそらく二人とも人一倍洞察力はあ
るのに、好きな相手のことになると、それが働かなかったのかもしれない。

「確かめてみろよ。今でも好きなんだろ」

「無理。先輩の携帯とか知らないし」

 付き合っていたのになぜだ。

「じゃあ、俺が前の学校の友だちに聞いてやるよ。一人くらいは知ってるやるがいるだ
ろ」

「いい」

「何でだよ」

「もっと早く気がついていればお願いしたかもしれないけど、今じゃあもう無理」

「だから、何でだよ。今でも好きなんだろ、石井先輩のこと」

「好きだけど、もう無理なの」

「さっきから何言ってる。理由を言えって言ってるんだろ」

 人の恋愛のことなんかどうでもいいが、唯が原因で別れたのなら、そこは修復したい。
唯のためにも。

「あのさ。唯って俺の知り合いの姉妹の妹でさ。そいつがこんなことをしたのなら、俺に
も手伝わせてほしいんだ。それに、唯と先輩は付き合ってないよ。そこを心配しているの
なら」

 唯は振られたと姉さんは言ったのだ。

「そういうことじゃなくてね」

 優は少しためらった。

「今のあたしは彼にふさわしくないから」

 援交でもしているのか。いや、こいつに限ってそんな。

 彼女は少し沈黙した後、不思議なことを言った。

「だって、あたし。女神だから」


今日は以上です
ま、た投下します

お、つ


 魅了されるというのとは少し違うとけど、確かにこの時の俺は優のことが気になって
いた。恋愛的な意味じゃないと思うけど、同級生の女の子が気になるというのはそういう
ことだと、一般的には思われるのかもしれない。だから、俺は姉さんには優が転校してき
たこと、優と親しく過ごしていることは話さなかった。当時、あの東北の高校のやつらは
俺と優の仲を疑ったかもしれない。俺も優も、結構同級生や先輩、後輩から告られたのだ
けど、二人ともそれには全拒否の姿勢で臨んだ。俺には、姉さんがいたからだけど、優は
何でなのか。気に入った男がいなかったのか。それとも、まだ石井会長のことを引きずっ
ていたからか。さすがにそれは俺にもわからなかった。優に聞くことでもないし。

 それにしても女神って?


 丘の上にある社宅になっているマンションを出ると、下に広がっている盆地が見える。
梅雨の朝に見るその光景は灰色にかすんでいて、それは、まるで美術で習った中国の山水
画のようだ。もちろん、見えるのは地方の県庁所在地の中途半端なビル街なんだけど、俺
は結構その景色が好きだった。

 好きだったけど、一人でその景色の中を歩くよりは、連れがいた方が楽しい。だから、
その頃は、学校まで四十分。その間を退屈だと思ったことはなかった。姉さんには言えな
いけど、あいつと一緒に登校していたから。

 女神とか言い出した翌日も俺は優と二人で、梅雨の下で登校した。

 クラスでからかわれるほどいつも一緒に登校していたといっても、実際はほとんど会話
は成り立っていなかった。最初に電車と会った日は別として、優はいつも自分のスマホを
眺めていて、俺が話を振っても生返事だった。楽しいといっても、さすがにこれだけつま
らなそうに無視されるといろいろな感情が湧き出してくる。

 別にこいつに好意を持たれようと努力する気なんかない。俺には姉さんがいたし、それ
はおいておくとしても、言い寄ってくる女は学校にいたわけだし、別に優に好意を求めよ
うとは思わなかった。

 それでも疑問は残る。俺と話す気がないなら何で毎朝俺と一緒に登校するのだ。ぼっち
が好きなら一人で登校したっていいじゃないか。こいつはそういうことに耐性がありそう
だし。

 別に優に好意を持ち始めたわけじゃないけど、毎朝俺の話を無視されると少しむっとし
た。こんなことなら一人で登校したっていいわけだし、とりあえず告られるほどじゃない
けど、俺に好意を抱いているとしか思えない女だって近所にいる。そいつと一緒に登校し
たっていい。なのに何で俺はこんな不愛想な女と一緒にいるのだ。可愛いことは認めるけ
ど、そんな女はほかにもいる。もっと愛想のいい女の子が。これが姉さんに内緒にしてま
で俺がしいたことか? 自分がなにをしたのか、この頃の俺はわからなくなっていた。

 こうなるともう意地のようなもので、あるいは俺に振り向かない女は許さないという俺
の病気のようなものだった。別に関心もないのに、俺は優に俺の方を振り向かせようと思
ったのだ。


]うなものだ。

「なあ」

 無視。スマホをのぞき込んでいる。

「・・・・・・俺の話ってつまんねえ?」

「別に。何で?」

「何かつまらなそうだしさ、おまえ。無理に俺と一緒に登校してくれなくてもいいのに」

「何で? 一緒にいてくれて感謝してるよ。私、ぼっちだし」

「いや、それならいいんだけどさ。おまえ、いつもつまらなそうにスマホ見てるしさ」

「ごめん。それ、もう癖になってるのかも。気をつけるよ」

 そこまでこいつに言われるほど、俺はまだこいつと親しくしてない。

「別に謝ってもらうことじゃねえけど」

 まだってなんだ。俺はこいつの彼氏に、こいつと付き合いたいわけじゃないのに。それ
なのに、何でこいつの関心をひきたいんだろう。何で、こいつに俺を見てほしいんだろう。
もういいや。自分に正直になろう。姉さんのことはまた別だ。お互いに滅多に会えない環
境にいるんだし、目の前にいるのは、二見 優。こいつだけなんだから。

「まあいいや。おまえと一緒にいると楽しいし。もうそんだけでもいいかな」

「わけわかんない」

「好きな女の子と一緒に登校できるだけで結構嬉しいってこと」

「君も転校前に好きな人いたんじゃなかたっけ」

「でも、もう滅多に会えないしね」

「・・・・・・適当だなあ」

「おまえはどうなの?」

「うん?」

「まだ石井会長のこと好きなわけ?」

「どうだろ。前にも言ったけど、私はもうそんな資格はないから」

「女神とかっていうやつ?」

「そうそう」

「わけわかんね」

「わかんなくていいよ。君に言うつもりはないし」

「だったらそういう話しなきゃいいんじゃん」

「あはは。それもそうか」


 それから彼女は、以前よりはスマホに目を落とさずに、俺の話を聞いてくれるようにな
った。というか、自分語りまでしてくれるようになったけど、それは結構悲しい話だった。

「自分に興味を持ってもらえてさ、私の話を聞きたいって言ってもらったことがないんだ
よね。石井先輩と会うまでは」

「俺は、結構お前の話聞くのが好きだぜ」

「ありがとう」

 この冷徹女が少しだけ顔を赤くした。

「いや、マジで。石井先輩ほどかどうかはわからないけど」

「石井先輩はさ」

「何?」

「まあ、いいや」

「唯のことなら気にするなって言ったろ。あれはあいつの暴走だし」

「違うって。もうその話はいいよ」

「まあ、おまえがいいならそれでいいけどさ」

「うん。それはもういいの。大丈夫だから」

「そんならいいけど」

 本当に大丈夫かどうかはわからないけど、そう言うよりなかったのだ。

 本当のところどうなのか、彼女の胸の内はわからないけど、この頃になると俺も自分の
気持ちに気がつき始めていた。まじでこいつのことが、二見のことが気になっているのだ。
こいつのことが好きなのだ。多分、俺は。といっても姉さんのことがどうでもいいわけじ
ゃない。ただ、姉さんはそばにいないけど、優は毎日一緒に登校してくれる。自分でもた
ちが悪いと思うけど、素直に考えれば、俺は自分のそばにいてくれる女の子、それもきれ
いな女の子である優を好きになっていたのだろう。


 「浮気するなよ」

 姉さんからのメールはこういう出だしだった。

 やばい。

「冗談だよ。夕也のことは信じてるから」

 胸が痛む。

「大好きだよ、夕也」


罪悪感とか少し胸が切ない気もするけど、もともと俺は自分でも認めるくらいの浮気性
だ。目の前に、身近なところにこれだけ可愛い、そして謎めいた女がいたら、これはもう
行くしかないだろう。

 でも、優が何を考えているのかはわからなかった。文句を言ってからは、前よりもスマ
ホでなく俺に向き合ってくれていたとは思うけど、俺のことが異性として好きなのかどう
かはわからなかった。

「おまえら仲いいよな」

「二見さんって美少女だもんな。さすがは夕也。おまえならあの子とお似合いだよな。悔
しいけどよ」

 そうじゃないのだ。俺はまだ優に意識されていない。何とかしなきゃいけない。いや、
姉さんのことを考えれば、優に意識されては困るのだけど。それでも俺は優に意識されよ
うに頑張った、いったい何がしたいんだ、俺は。

 これはもう単なる恋愛じゃない。これは心理戦だった。

 俺も含めて誰でもそういう経験はあるだろう。ちょっと冷たくしたり、優しくしたり。
そういう駆け引きには俺は慣れていたはずだった。言い寄ってくる女の子を振り回すあの
感覚。でも今までのそれは自分が優位に立っていた場合の心理戦だった。悔しいけど今は
違う。今の関係では俺の方が優の下位に立っている。それは優の心が読めないからだ。俺
のことが好きかどうかは重要な情報だけど、それだけではない。石井先輩のこととか、な
んでわざわざぼっちを選ぶのとか、女神とかいうこととか、俺には優の気持ちが全く読め
ないのだ。そんな面倒くさい女に引っかかっている場合かという気もしたけど、俺にはそ
のとき、何ていうか意地のような感情があったのだ。こういう難しい女を俺を好きにさせ
依存させたいという。そこに山があるからだとはよく言った物だと思う。


 一度そういう意識になると、もう俺には優しか見えなくなった。あれだけ、昔から好き
だった姉さんを裏切っているという意識さえ遠のいていくほどに。

「何か難しい顔をしてるね」

「難しい顔ってなんだよ」

「何か悩みでもあるんですか。聞いてあげようか」

 ふざけるな。悩みの原因はおまえだ。

「君って最近、何か元気ないしさ。ちゃんとご飯食べてる?」

「うるせーよ。食ってるよ」

「私さ、人の悩み聞くの得意なんだよ」

 そう優は言った。

「意味わかんね。カウンセラーみないなの?」

「まあ、そんな感じ。別にプロってわけじゃないけど」

 そうなのかもしれないけど、俺がおまえに抱いている感情とか相談できるわけないじゃ
んか。そういうわけで、俺の感情面とフラストレーションは、優び相談することはなかっ
たのだ。

「変なの」

 優はそう言った。

 俺は珍しく勇気をふり絞った。

「おまえが、優のことが好きなんだよ。それが悪いことかよ」

 優は少しだけ、俺の顔を見て、すぐに視線を逸らした。

「ごめん」

「ひょっとして俺って、振られたの?」

「・・・・・・ごめん」

「ふざけんなよ。ごめんじゃねえだろ」

 女の子に振られ経験がないわけじゃないけど、これほど喪失感を感じたのはこれが最初
だった。

「ごめん」

「いや。俺の方こそごめん」

 これでは謝りあっているだけだ。何も話が進まない。

「あのさ。はっきり聞くけど」

「うん」

「石井先輩のことが気にならないならさ。おまえ」

「うん」

「今は好きなやつとか気になるやつとかいるの?」

また投下します

おつつ

気長に待ってる

【最悪のSS作者】ゴンベッサこと先原直樹、ついに謝罪
http://i.imgur.com/Kx4KYDR.jpg

あの痛いSSコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。一言の謝罪もない、そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2018年に至るまでの5年間、ヲチスレを毎日監視。

自分はヲチスレで自演などしていない、別人だ、などとしつこく粘着を続けてきたが、
その過程でヲチに顔写真を押さえられ、自演も暴かれ続け、晒し者にされた挙句、
とうとう謝罪に追い込まれた→ http://www65.atwiki.jp/utagyaku/

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を引き起こし、
警察により逮捕されていたことが判明している。

まじでもう書かないわけ?

さすがに終わったな

まだ待つわ

久しぶりに思いだして来たら現行スレが残ってるとは
この人の文好きだったけどこんだけ空いちゃもう無理かな

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