トリプル~兄妹義理弟 (787)

妹スレ
更新不定期かつ遅いです
あと長いかも

それでもよければ覗いていってください

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兄(・・・・・・目覚ましうるせえ)

兄(・・・・・・)

兄(何時だろ・・・・・6時半? そろそろ起きないと)

兄(さっき寝たばかりな感じなのに。何か身体が重い、つうかだるい)

兄(・・・・・・)

兄(でもそろそろ起きないと本気で遅刻だ)

兄(着替えるか)



兄(もう部屋に戻らなくていいように支度してから階下に行こう。飯食ったらすぐに家を
出れば、まだ余裕で間に合うし)

兄(・・・・・・あと十分くらい眠れたかもしれない)

兄(いや。何だかんだと家を出るまで時間かかるんだからさ。これくらいでちょうどい
い)

兄(朝飯・・・・・・)



兄(何だ?)

兄(・・・・・・朝から珍しいものを見るもんだ。つうか踊るだけじゃなくて歌まで歌ってる
し)

兄(時間ねえかな。いや、普通にしても十分くらいはバッファーがあるし。滅多に見られ
ない光景が目の前で繰り広げられているわけだし、少しだけこのまま気づかれずに観察し
よう)

兄(冷静に見ればひどく滑稽な様子を観察しているわけだが)

兄(何か懐かしい気がするな)

兄(妹が何か歌って踊りながら朝食の支度をしているけどさ。これってよく考えれば妹が
小学生の頃にはよく見た光景だわ。日曜日午前中のアニメの歌だし)

兄(つってもこれってもう十年位前のアニメの主題歌じゃね)

兄(・・・・・・妹の弱みを握ったつもりだったけど。これって見聞きしているだけで和む
な。あの頃ってさ、俺の座っている足の間に入り込んで俺をソファ代わりにしてこのアニ
メ見てたんだよな、妹のやつ)



妹「あ」

兄「お、おう。おはよう(げ。何かわかんないけど何か気まずいぞ)」

妹「・・・・・・」

兄「朝飯食っていい?」

妹「・・・・・・」

兄「あのさ」

妹「見てた?」

兄「いやその」

妹「見てたんでしょ」

兄「いや。見えてしまったっていうか(妹の変な行動を目撃して優位な立場に立つはずだ
ったのに。何でだろう何か俺の方が気まずい)」


妹「・・・・・・最低」

兄「何でだよ」

妹「人のことをこそこそかぎまわるなんて」

兄「ふざけんな。かぎまわるって何だよ。俺は普通に起きてきただけだろうが。そしたら
おまえが勝手に踊ってたんだろ」

妹「声もかけずにあたしのこと盗み見てたくせに」

兄「はあ? 盗み見? 小学校時代のガキみてえに昔の魔法少女のアニメの主題歌を歌い
ながらくるくる回っている高校生の妹の姿なんか誰が見たいんだよ。みっともねえ」

妹「・・・・・・お兄ちゃんなんか」

兄(睨まれたって恐くねえよアホ)

妹「大嫌い」

兄「(ふざけんなこいつ)それは俺のセリフだ。小学生のお子ちゃまかおまえ。朝からア
ニソンを歌いながら踊りの練習かよ」

妹「お兄ちゃんには関係ないでしょ」

兄「関係ないなら自分の部屋でやれよ。朝飯が食えないだろ」

妹「・・・・・・」

兄「ふざけんな。俺だって早く飯食って出かけないと一限の講義に遅刻するだろうが」

妹「・・・・・・」

兄「無視かよ」

兄(アニソンで歌って踊る妹に和んでさ。久し振りにそういう昔話をしてやろうと思った
のによ。妹の方から拒否かよ。本気でこいつって俺のことが嫌いなんだな)

兄(むかつく。もういいや。こいつの用意した朝飯なんか食いたくもねえ。朝飯抜きで出
かけよう)

兄「(てめえの飯なんか食えるか)一人で勝手に切れやがって。俺が何したって言うんだ
よ。もういい」

妹「え・・・・・・・いいって。朝ごはんは」

兄「いらねえよ」

妹「・・・・・・ちょっと待ってよ」

兄「ふざけんな。ここまで言われながらおまえが作った朝飯なんか食いたくねえよ(大学
行こ)」

兄(これじゃちょっと早すぎるな。朝飯を食わなかった分、早く着きすぎだな)

兄(・・・・・・妹のやつ、何であんなに反発するかなあ。別に歌って踊ってるのをバカにして
なんかいねえのにさ。つうかむしろ妹の小学生時代を思い出して和んでたし、それを妹に
話して久し振りにあいつと会話しようと思ってたのに)

兄(・・・・・・妹が何で今朝は明るかったのか。やっぱあれか)

兄(正直、俺にとっては微妙なんだけどなあ。でもまあ、我が家にとっては久し振りの変
化には変わりないしな。妹がはしゃいでも不思議はねえんだけどさ)

兄(それにしてもな。もうちょっと父さんへの思い入れっつうか、未練があったっていい
よな)

兄(母さんが決めたことだから表だって反対する気はねえけどさ。歌って踊るほど嬉しい
ことか?)

兄(それじゃ死んだ父さんだって浮ばれねえじゃん)

兄(妹だって昔はお父さん大好き娘だったのにな)

兄(まあ、仕事して一人で俺たちを育てている母さんの代わりに家事とか一切をしてくれ
てたのは妹であるにしてもだ)

兄(もう少し父さんにつうか昔の俺たちの家族に思い入れがあってもいいんじゃねえか)


兄(・・・・・・・何考えてるんだ俺。最初は妹がはしゃいで一人で嬉しそうな姿を見て和んだ
のによ)

兄(俺って問題をすり替えているのかな。母さんの再婚じゃなくて妹とのいさかいが気に
なっているだけなんだろうか)

幼馴染「早いよ」

兄(・・・・・・妹と仲が悪いのは昔からだ。父さんが死ぬ前からだから今さらそれはいいけ
ど。それにしてもさっき妹の姿を見て何で俺って和んだりしたんだろ)

兄(小学生の頃のことなんか今さら懐かしがってもしかたないのにな)

幼馴染「兄君?」

兄「ああ悪い。おはよ」

幼馴染「おはよう。今日はずいぶん早いのね」

兄「・・・・・・何だか早起きしちゃってさ」

幼馴染「ふふ」

兄「何だよ」

幼馴染「ママから聞いたよ。おばさん再婚するんだってね」

兄「情報早いな。もう知ってるのかよ」

幼馴染「今晩顔合わせなんだってね。緊張するでしょ」

兄「別に。母さんの相手とやらも仕事ですごく忙しいとかでさ。母さんが再婚したって別
に何も生活は変わんないだろ」

幼馴染「でも弟ができるんでしょ」

兄「らしいけど」

幼馴染「楽しみじゃない?」

兄「どうかなあ。妹だけでもうざいのにさ。このうえよく知らない弟とかできてもなあ」

幼馴染「いいじゃん。家族が増えるんだし。それにさ」

兄「何だよ」

幼馴染「兄君の生活には何か変化があった方がいいよ」

兄「はあ? 意味わかんねえし」

幼馴染「妹ちゃんにとってもそうだけど」

兄「幼馴染。おまえ、俺の家庭にケチつける気かよ」

幼馴染「けちとかじゃないけどね。でも兄君にとってはいいことだと思うけどね。あと妹
ちゃんにとっても」

兄「意味わかんね」

幼馴染「あたしは昔から兄君だけじゃなくて妹ちゃんとも仲いいからね。だからわかるこ
ともあるんだよ」

兄(こつもうぜえよ。もう放っておいてくれよ)

幼馴染「行こう。早く来てくれて余裕があると思ってたけど、こんなことしてたらそろそ
ろ一限の東洋美術史に遅れちゃいそうじゃん」

兄(今夜は妹と喧嘩したまま母さんの再婚相手と会うのか。妹と仲が悪いのは今に始まっ
たことじゃねえけどさ。そんな様子を初対面の相手に見せるのも何だかやだな)

幼馴染「電車行っちゃうよ。ほら急ごうよ」


今日は以上。
次回からはもう少し多目に投下する予定です


兄「ただいま」

兄(返事すらねえ)

兄(しょせん、うちの仲の悪い家族なんてこんなもんだ)

兄(あ・・・・・・この玄関に並んでいる見覚えのない靴って)

兄(やべ。早く帰ってきたつもりだったけど、もう来てるのか)

兄(妹のことどころじゃねえな。母さんの再婚相手とその連れ子といきなり初対面か)

兄(妹と母さんと話し合いしてそれから余裕をもって初めましての予定だったのに)

兄(もうしようがねえな)

兄「ただいま」

妹「お帰りなさい」

兄「(な、何だ)おお。ただいま」

妹「もう来てるよ」

兄「・・・・・・うん」

妹「早く入ってあいさつしてよ」

兄(妹のやつ。今朝の喧嘩のことはスルーかよ)

兄「うん(何でこいつに仕切られなきゃいけねえんだよ)」

妹「ママ。お兄ちゃん帰って来た」

母「お帰り。早く来てあいさつしなさい」

兄「・・・・・・うん」

母「こちらが結城さんとその息子さん」

義理父「初めまして。兄君だよね」

兄「はい。初めまして」

母「で、こっちが結城さんの息子さん。ゆう君」

兄「どうも」

ゆう「・・・・・・ああ」

義理父「ああじゃないだろ。ちゃんとあいさつしろ」

ゆう「どうも」

兄(何だこいつ。まともにあいさつもできないのか。それにこの格好。こいつバンドでも
してるのか)

兄「どうも」

母「兄はもう。ちゃんとあいさつしないさい。無愛想な子でごめんね? ゆう君」

ゆう「いや別に」

義理父「この年頃ならこんなもんだよな。な? 兄君」

兄「すんません」

義理父「謝ることはないよ。それよりゆうのことよろしくね。見た目どおり不真面目な息
子だけど」

ゆう「・・・・・・」

兄「はあ」

義理父「兄君って進学校の明徳高校でも成績いいんだってね」

兄「いえ。そんなことないです」


ゆう「・・・・・・うぜえ」

義理父「こら」

母「成績はそこそこだけど、兄はいろいろと子どもっぽいところがあるのよ。ゆう君は大
人びているから兄のこともよろしくね」

兄(俺のこともよろしく? 何言ってるんだ母さんは)

母「それに妹だってまだ子どもだから。ゆう君が兄弟になってくれたらいろいろと妹だっ
て助かると思うわ」

義理父「お互いに助け合うような関係になれればいいね」

母「うん。あたしもそう言いたかったの」

兄「・・・・・・・」

ゆう「・・・・・・」

妹「そうだよね」

兄(え?)

妹「あたしも弟ができて嬉しい」

母「そうでしょ。ゆう君って素直ないい子だし」

妹「・・・・・・うん」

兄(何言ってるんだこいつら。こんな無愛想な不良じみたやつが身内になってそんなに嬉
しいのかよ。真面目に勉強してた俺の存在なんかどうでもいいのか)

母「ゆう君と妹は同い年だけど、ちょっとだけ妹の方がお姉さんなのよ」

義理父「ゆうは妹ちゃんの弟だな。だけど妹ちゃんを守れるような男にならなきゃな」

ゆう「何で俺が」

兄(何言ってるんだ。何でこんなちゃらい格好したやつに妹が守られなきゃいけないんだ
よ。ふざけんな)

母「ゆう君。妹のことをお願いね。ちょっとだけ妹の方がお姉さんだけど、この子は精神
年齢は大分幼いからね」

ゆう「はあ」

義理父「ゆうは不良みたいな格好をしているけど、中身はそれよりだいぶまともだから
ね。妹ちゃん、こいつと仲良くしてやってね」

兄(こんな不良じみた格好の弟ができたのかよ。俺はこいつとこれから同じ家でどう付き
合っていけばいいんだよ)

妹「弟ができるなてあたしも嬉しい」

母「そうか。よかったね妹」

妹「うん。ゆう君よろしくね」

ゆう「・・・・・・」

兄(何だか妹は馴染んでるし)

妹「ゆう君って格好いいね」

ゆう「・・・・・・・別に」

兄(妹ってこういうやつが好みだったのか)

兄(・・・・・・別に妹ごときの男の好みなんかどうでもいい)


兄(なのに)

兄(何でこんなにイライラするんだろ)

母「来月の四月一日から一緒に暮すからね」

兄「どこで」

母「新しい家よ」

義理父「結構広い家だから期待してね、兄君」

兄「・・・・・・・ここはどうなるの」

母「どうって? 売りに出すけど」

兄「・・・・・・そう」

兄(何かわからないけどイライラする)

兄(別に母さんの再婚に反対するつもりなんかないんだ)

兄(むしろ祝福してもいいと思う。父さんが亡くなってから必死になって俺たちを育てて
くれたんだから、こんな気持ちを抱くこと自体が間違っている)

兄(それにしてもなあ)

兄(この家に何の思い入れもなさそうなことも引っかかるけど)

兄(・・・・・・)

兄(気になるのはむしろ妹の態度だ)

兄(何だよあの愛想のいい態度は・・・・・・俺と二人きりだと俺のことを無視するか不機嫌
そうな態度をとるくせに)

兄(そんなに家族ができるのが嬉しいのかよ。つうか俺のことは兄とか家族として認定し
てねえのかよ)

兄(弟ができて嬉しいとかゆう君よろしくねとかさ)

兄(普通ねえだろ、母親の再婚相手やその息子に対してそんな態度は)

兄(・・・・・・認めたくないけど。ゆうってやつ無愛想だったけど格好は良かったからな。妹
はアホだし、あいつの格好に釣られたか)

兄(四月って。新学期からあいつらと同居するのかよ。しかも引越しまでさせられて)

兄(・・・・・・せめて父さんが生きていてくれたらな)

兄(母さんは再婚したいくらいだから、父さんのことは忘れたんだろうし妹だってゆう君
とやらにやたら愛想が良かったしな)

兄(今だに父さんのことを懐かしく思い出しているのは俺くらいか)

兄(・・・・・・何か割り切れないな)

兄(冷静に考えれば母さんだって幸せになる権利はある)

兄(でも。父さんだって言ってたよな)



亡父『僕が死んだらさ』

兄『何言ってるの』

亡父『ママのこと頼むな』

兄『たかが入院くらいでふざけたこと言うなよ』

亡父『念のためだって。何まじめな顔してるんだ』

兄『冗談でもさ言っていいことと』

亡父『言って悪いことがある?』

兄『そうだよ』


亡父『ははは。でも人にはどんなことがおこるかわからないからね』

兄『何だよそれ』

亡父『例えばさ』

兄『ああ?』

亡父『今この瞬間にママが交通事故で亡くなったらさ』

兄『何言ってるんだよ』

亡父『そしたらさ。僕は退院したら再婚相手を探すと思うんだよね』

兄『そんなどろどろした話を実の息子にするなよ』

亡父『だからさ』

兄『何がいいたいわけ?』

亡父『万一逆の場合になったらさ。ママの新しい旦那さんを心よく受け入れてやりなよ』

兄『・・・・・・意味わかんねえし』

亡父『君なら大丈夫だよ』

兄『何がだよ。さっきから何言ってるのかまるで意味不明なんですけど』

亡父『あとさ。ママもそうだけど妹のことは気にしてやってくれよ』

兄『さっきら黙って聞いてれば。遺言かよ』

亡父『だから念のためだって』


幼馴染「ねえ」

兄「ああ」

幼馴染「ああじゃないでしょ。何でさっきからあたしのこと無視すんのよ」

兄「無視なんかしてねえし」

幼馴染「・・・・・・そんなにつらかった?」

兄「何が」

幼馴染「昨日、おばさんの再婚相手とその子どもと会ったんでしょ」

兄「会った」

幼馴染「どうだった?」

兄「どうって。別に」

幼馴染「こら」

兄「何だよ」

幼馴染「・・・・・・兄君ってさ」

兄「ああ?」

幼馴染「お父さんのこと大好きだったもんね」

兄「そんなことねえよ」

幼馴染「素直になってよ。あたしだって君のお父さんのことは好きだったのよ」

兄「・・・・・・そうだっけ」

幼馴染「そうだよ。本当にいい人だった。一緒にキャンプとかしたじゃん? そういうと
きにいつだってあたしのことも気にしてくれたし」

兄「そうだっけ」

幼馴染「うん。それでね」

兄「何だよ」

幼馴染「兄のことよろしくなって。いつもそう言ってくれたの」

兄「そうか」

幼馴染「お父さん大好きな君が割り切れない気持ちを抱くのはわかるよ。でもさ。おばさ
んの幸せとか妹ちゃんのこととかも考えてあげなよ」

兄「妹の?」

幼馴染「うん。君の話を聞いているとさ。妹ちゃんもパパと弟ができて喜んでいるみたい
じゃん」

兄(妹もが喜んでいる。確かにそうだ。あの無愛想な女には珍しくゆう君とその親父に媚
びるような態度だったしな)

幼馴染「あたしはさ」

兄「うん」

幼馴染「君の亡くなったパパに頼まれたんだし」

兄「はい?」

幼馴染「君のママと妹ちゃんには新しい家族ができたんだろうけど。そしたらあたしが兄
君の新しい家族になってあげる」

兄「それって」

幼馴染「疎外感を感じることはないのよ。もし君が君の新しい家族に馴染めないなら」

兄「なら?」

幼馴染「あたしと二人で君のパパを懐かしもうよ」


今日は以上です
また投下します


兄「気持ちは嬉しいけどな」

幼馴染「けど何よ」

兄「馴染めねえとか割り切れない気持ちとかそんなこと、俺一言だって言ってねえじゃ
ん」

幼馴染「え」

兄「気を回しすぎだよ。気にしてくれるのは本当にありがたいけどさ。俺だってそこまで
子どもじゃねえよ」

幼馴染「・・・・・・本当?」

兄「本当だよ」

幼馴染「うん」

兄「心配かけて悪いな」

幼馴染「ううん。君のパパから頼まれたんだもん」

兄「そんなこといつまでも気にしてくれなくていいのに」

幼馴染「気にするよ。大切な幼馴染のことだもん。別に頼まれたからやっているだけじゃ
ないもん」

兄「そうか」

幼馴染「そうだよ」

兄「まあ、とにかく母さんだって好きなやつくらいできるだろうし、父さんだって天国で
祝福してるだろうしさ。俺が反対するわけにもいかねえじゃん」

幼馴染「・・・・・・」

兄「まあとにかくありがと」

幼馴染「気にしてないならいいよ。あたしの方こそ余計なこと言ってごめん」

兄「嬉しかったよ」

幼馴染「え」

兄「気にしてくれて嬉しかった。以上」

幼馴染「そか」

兄「ああ」

幼馴染「もう講義ないんでしょ」

兄「うん」

幼馴染「じゃあ一緒に帰ろうよ」

兄「いいよ」

幼馴染「行こう」


?「おーい」

兄「おまえ呼ばれてるんじゃね?」

幼馴染「うん? あ。幼友だ」

幼友「幼馴染さあ。さっきからあたしを無視すんなよ」

幼馴染「ごめん。全然気がつかなかったよ」

幼友「何度も呼んだのに。いつも一緒にいるくせに兄君のことだけしか見えてないのかあ
んたは」

幼馴染「全然違うし」

幼友「違わないでしょうが。ああやだやだ。バカップルもいいとこじゃんあんたたち」

兄「何か勘違いしてねえ?」

幼友「勘違いって何よ」

兄「俺と幼馴染は別に付き合ってなんかないぞ」

幼友「うそ!?」

兄「何でそこでそんなに驚く」

幼友「だってさ。いつも一緒じゃんあんたたち」

兄「だって幼馴染だし昔からこうだよ、俺たち」

幼友「ちょっとマジなの? 幼馴染」

幼馴染「・・・・・・え」

幼友「えじゃねえよ。あんたって本当に兄君の彼女じゃないの」

幼馴染「兄君?」

兄「だから違うって」

幼馴染「・・・・・・だって」

幼友「マジか」

兄「マジもマジ。大マジだぜ」

幼友「マジかよ。で?」

幼馴染「でって?」

幼友「幼馴染が彼女じゃないならさ。兄君って彼女とか好きな子とかいるの?」

兄「何だよそれ。おまえに関係ないだろ」

幼馴染「そうだよ。好奇心でそんなこと聞くなんて感じ悪いよ」

幼友「別にそういうわけじゃないんだけどさ。」

幼馴染「じゃあ何でそんなこと聞くのよ」

幼友「いいじゃん別に。つうかあんたに聞いたわけじゃなでしょ。何であんたに注意され
なきゃいけないわけ?」

幼馴染「え?」

幼友「別に兄君の彼女でも何でもないんでしょ。何であんたが怒るのよ」

幼馴染「怒ってないよ」

兄「もうい行こうぜ幼馴染。幼友もまたな」

幼馴染「・・・・・・」


兄「ただいま」

兄(さっきの幼友と幼馴染のいさかいって何だったんだろうな。いきなり喧嘩モードにな
るし)

兄(・・・・・・幼友って何であんなこと聞いたんだろ。ひょっとして俺のことが好きなのか)

兄(ねえよ。これまで生涯で一度だって女の子に告られたことがない俺だぞ。そんな都合
のいい展開があるわけがねえ)

兄(それに幼友って結構もてるって前に幼馴染が言ってたしさ。そんな子が俺に興味をも
つわけがない)

兄(結局幼馴染は否定しなかったな)

兄(確かにこちっと告白したわけじゃないし、何となく昔から一緒で小中高どころか大学
まで一緒だったというだけなのだけど)

兄(何となく気持ちが伝わっているつもりになってたんだな、俺)

兄(恋人じゃないって言ってもあいつ、動揺すらしねえし。やっぱり単なる幼馴染という
だけだったか)

兄(生前の父さんに頼まれたって言ってたけど、そのせいで俺のことをいろいろ気にして
くれているのかなあ)

兄(だとしたらそろそろ幼馴染を俺から解放してやらなきゃいけないのかもしれん)

兄(幼友どころか俺自身だってひょっとしたら幼馴染と俺は付き合ってるんじゃないかと
思い込んでいたくらいだし、このままじゃあいつには男が寄り付かないかもしれないし
な)

兄(かといって今この状態で幼馴染にまで疎遠にされたらなあ)

兄(俺には友だちすらいなくなってしまう。身近にいる妹だって母さんの再婚に舞い上が
っているし)



妹「おかえりなさい」

兄「ただいま(びっくりした)」

妹「ご飯ちょっと遅くなるかも」

兄「うん。別にいいよ」

妹「できたら声かけるから」

兄「母さんは今日も遅いの」

妹「そうじゃない? 連絡ないとこみると」

兄「そうか。再婚するってのに相変わらずだな」

妹「お仕事だもん。しかたないでしょ」

兄「それはわかってるけどさ」

兄(幼馴染にはああは言ったけど。やっぱり母さんの再婚って割り切れねえなあ)

兄(母さんだって普通に女として幸せになる権利はあるし、仕事で母さんが不在がちなせ
いで俺と二人きりで夜を過ごしている妹が、新しい家族ができることに期待するのもわか
る)

兄(そんなことはわかっているけど。それでも父さんの病気でやつれてた顔とか、入院し
ているときの会話とかを思い出してしまうのはいけないことなのかな)

兄(別にいけないことではないと思うけど。でも俺ってもう少し空気を読んで周りにあわ
せないといけないのかもしれないな)

兄(母さんの再婚に妹が賛成していて。つうか誰も反対していない。多分天国の父さん
も含めてさ。俺だけが複雑な心境なんてまるで拗ねている小学生のガキみてえじゃん)

兄(・・・・・・)


兄(あれ)

兄(俺だけか?)

兄(あのゆう君ってやつ。あいつも別に親父の再婚を祝福しているようには見えなかった
な)

兄(高校生のわりには強面の無愛想なやつだったから、愛想よく接してくるなんて思って
なかったし。つうか俺にしたってとても愛想がいい態度とは言えなかったろうけど)

兄(それにしたってろくに口聞いてなかったよな、あいつ)

兄(妹はあいつのことが気に入ったみたいだけど。弟ができて嬉しいとか言ってたし)

兄(実の兄貴がいるのに何だよって感じだけど。でも)

兄(でも。ゆう君の方は全然嬉しそうじゃなかったよな。あいつも俺と同じでこの再婚に
何か引っかかるところがあるんだろうか)

兄(そう考えると少しだけゆう君とやらに親近感が沸くけど、冷静に考えればもう一月も
したらあいつと同じ家で暮すことになるわけで)

兄(何かすげえストレス感じる。まあ、ゆう君の方だって一緒かもしれないけどさ)

兄(まあいいや。妹はゆう君のことを気に入ったみたいだし、ゆう君のことは妹に任せれ
ばいいか)

妹「お兄ちゃん」

兄「うん」

妹「ご飯できた」

兄「今行くよ」

妹「簡単なので悪いけど」

兄「別にいいよ」

妹「もう少しきちんとした料理作らないといけないかな」

兄「高校生なんだぜ。そこまで家事とかする必要はねえだろ。おまえには感謝してるけど
さ。俺なら毎日コンビニの弁当だって文句は言わねえよ」

妹「そうじゃなくて」

兄「何だよ」

妹「毎日こんな献立じゃ、ゆう君が嫌なんじゃないかな」

兄(心配してるのはゆう君のことかよ。何かわかんねえけどむかつく)

妹「お兄ちゃん?」

兄「ああ」

妹「あたしの料理って美味しいと思う?」

兄「高校生にしては美味しいんじゃねえの」

妹「そうかな」

兄「何だよさっきから」

妹「だってさ。ママが再婚しても忙しいのは同じでしょ?」

兄「そうかもな」

妹「そしたらさ。ゆう君ってあたしの作った夕ご飯を食べることになるわけだし」

兄「・・・・・・うん」

妹「こんな手抜きの献立じゃゆう君が満足してくれないかも」


兄(本気でむかつくな、こいつ。俺のことはどうでもいいのかよ)

兄「結城さんだって仕事で忙しいんだろ」

妹「そうみたい」

兄「じゃあ別に心配ないじゃん。あのゆう君ってやつだって今まで家で一人だったんだろ
うし、コンビニ飯でも食ってたんじゃねえの」

妹「あ。そうか。ゆう君かわいそう」」

兄「(かわいそうなのは俺もおまえも一緒だっての)だから手作りってだけであいつも喜
ぶんじゃねえの」

妹「そうかな」

兄(知るかよ)

妹「そうだよね。お兄ちゃんありがと」

兄(礼を言われても全然嬉しくねえ)

妹「お兄ちゃんさ」

兄「(今度は何だよ)うん」

妹「明日は休みでしょ?」

兄「土曜日だからな。講義もバイトもねえけど」

妹「ママからメールでね」

兄「ああ。母さん何だって?」

妹「新居の候補が決まったから明日一緒に見に行こうって」

兄「一緒って」

妹「うん。結城さんとゆう君とあたしたち」

兄「俺は別にいいよ。新居に文句を言う気はねえし。おまえたちで決めてきたら?」

妹「・・・・・・自分の住かもしれない家なんだよ」

兄「だから任せるって」


妹「いい加減にしてよ。いつまでママの再婚に拗ねてるのよ。一緒に暮らす家族全員で新
居を見に行こうって言われてるのに、何で行かないとか言えるのよ」

兄「拗ねてるって何だよ。俺は別に母さんの再婚に反対してねえよ」

妹「嘘よ。顔合わせのときだって最初から最後まで不機嫌そうな態度をしてたくせに」

兄「してねえって。ただよ」

妹「何よ」

兄「おまえみたいにイケメンの弟ができることに喜んでないだけだよ。俺のことなんかど
うだっていいだろ? 母さんが望んでいておまえ反対していないんだから、俺だってどう
でもいいよ」

妹「お兄ちゃん、この再婚を喜んでないじゃん」

兄「ああ。そうだよ。喜ばなきゃいけねえの? 別に喜んじゃいないけど反対もしてねえ
からそれでいいだろ」

妹「お兄ちゃんって最低。ママがようやく掴んだ幸せを喜んであげられないなんて」

兄「だから反対してないじゃん。何で感情の面までおまえに批判されなきゃいけないわ
け?」

妹「ママのことが大切じゃないの?」

兄「大切だよ。だからといって再婚を喜ぶことをおまえに強制される必要があるのかよ」

妹「・・・・・・・そういう態度って絶対に結城さんたちにわかっちゃうよ。そしたら結城さん
とかゆう君が気にするでしょ」

兄「そこはうまく合わせるよ。それでも心配だって言うなら俺だけ家を出て一人暮らしし
たっていいしな。その方がおまえが安心するならそうするよ」

妹「ちょっと」

兄「何だよ」

妹「そこまでは言ってないじゃん」

兄「言ってるのと同じだよ。もうやめようぜ」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」


義父「ここなんだけどね」

母「いいわね。新築だし駅から遠くないし」

義父「そうでだろ。君の仕事を考えるとなるべく駅に近い方がいいんじゃないかって思っ
てね」

母「結局マンションじゃなく一戸建てにしたのね」

義父「うん。近くに高層マンションも分譲されてたんだけどさ。君たちってずっと戸建に
住んでたんだし急に君たちの生活環境を変えたくないなって思ってね」

母「・・・・・・あなた」

義父「気障なこと言っちゃったな。中を見てみようよ」

母「そうね」

義父「とりあえず中に入ってみようよ」

妹「わあ。すごくいい景色」

義父「うん。君の通っている高校もあそこに見えるでしょ」

妹「本当だ。丘の上にあるせいかな。自宅から学校を見るのってなんか変な感じ」

母「これなら高層マンションとかと景色も変わらないわね。ここからならあなたの学校ま
では今の家より近くなるし」

妹「やった。そしたら寝坊できる」

母「こら」

義父「ゆうも今のマンションよりだいぶ学校が近くなるよな」

ゆう「・・・・・・」

義父「兄君」

兄「はあ」

義父「駅は近いけど、丘の上にあるせいで帰りは上りになるんだ」

兄「はい」

義父「それに悪いけど君の大学からは今の家より少し遠くなる」

兄「・・・・・・ああ、はい」

義父「それでもいいかな」


兄「俺は別に」

義父「君の出身校の明徳高校には近いんだけどね。君の大学からはちょっと遠い」

母「兄。あんた寂しいんでしょ」

兄「寂しいって?」

母「幼馴染ちゃんと一緒に通えなくなるもんね」

兄「別に。そんなこと気にしてねえよ」

母「無理しちゃって。ねえ妹」

妹「・・・・・・」

母「妹?」

妹「ゆう君ってあたしの高校の近くの学校なんでしょ」

ゆう「・・・・・・そうだけど」

妹「じゃあ一緒に登校できるね」

ゆう「・・・・・・」

義父「よかったな。ゆう」

兄(俺、この場にいなきゃいけないわけ? つうかひたすらどうでもいいよ。別にここに
住まないで一人暮らしだっていい。つうかそうしたい)

母「妹ちゃん。キッチンを見に行こうよ」

妹「うん。ゆう君も行こう」

ゆう「・・・・・・」

義父「行っておいで、ゆう」

ゆう「・・・・・・ああ」

兄(結城さんは一緒に行かねえのかな)

義父「ちょうどいいね。君と二人きりになったことだし」

兄「何すか」

義父「君ももう大学生で大人だし、君には話しておきたいんだ。君のお母さんには了解を
もらっている」

兄(何だよいったい)

義父「君のお父さんと、君のお母さん。それに私と私の離婚した元妻とは大学時代の友だ
ち同士だった」

兄(え? 母さんとこいつって前から知り合いだったのかよ)


今日は以上です
また投下します


義父「私たち四人はみんな同じ大学、というか君も知っているだろうけど君と同じ大学で
同期でね。同じサークルにいたんだ」

兄(父さんと母さんが俺と同じ大学出身なことは知ってた。つうか父さんの死後、同じ大
学に行きたくて勉強してたんだし)

兄(だけどこの人と父さんや母さんが知り合いだったとは。いったいどういう関係なんだ。
ただの友だちなのかな。つうかそもそもこの人と母さんの馴れ初めって何だろう)

義父「君のお母さんと再婚するにあたって、このことだけは言っておかないとと思って
ね」

兄「そうですか」

義父「息子や君の妹さんはまだ高校生だし、こんな話を打ち明けていいのか、正直わから
ないけどね。少なくとも君には事情を話すべきだと私は思ったし、君のお母さんも賛成の
ようだったから」

兄(どうでもいいといやどうでもいい。話って言ったってこの人と母さんの自己弁護なん
だろうし)

兄(でも)

兄(父さんの入院中のあの会話)

兄(あれを思い出すだけでつらくなる。父さんは母さんの行く末を心配しながら死んだん
だ)

兄(話を聞こう。母さんがこの人と再婚したがっていることや、妹もそれに賛成している
ことは別として。少なくとも天国の父さんがこの再婚をどう思っているのかくらいはわか
るかもしれないし)

兄「聞かせてください。あなたたちの馴れ初めとか父さんとの関係とか」

義父「わかった。ゆうたちがキッチン見学している間に話せるだけ話すよ」

兄「お願いします」

義父「池山、つまり君のお父さんとお母さんの馴れ初めって聞いたことある?」

兄「ええと、大学時代に知り合って付き合って結婚したとか」

義父「そうなんだけど。聞いたのはそれだけ?」

兄「はい。そうですけど。他にも何かあるんですか」

義父「四人は同じサークルだった。私と離婚した妻。池山と君のお母さんはね」

兄「はい。さっきそうおっしゃってましたね」

義父「弱小サークルでね。入学したときにそのサークルに入った同期はその四人だけだっ
たんだ」

兄「はあ」


義父「君はサークルに入ってる?」

兄「いえ」

義父「そうか。イベ研って今でもあるんじゃないかな。私たちはそこで一緒に活動してた
んだ」

兄「イベント研究会ならまだありますよ。ただ、あまり評判はよくないみたいですけど」

義父「うん。その話は後輩から来たことがある。何か今ではナンパサークルみたいになっ
てるんだってね」

兄「ヤリサーとか言われてますね、学内では」

義父「あの頃は違ったんだよ。まじめに集客できるイベント企画とか、イベントの実務と
かペイラインの設定とかを研究するサークルだったんだよね」

兄「はあ」

義父「それでね。君にはちょっと言いづらいんだけどね」

兄(何だ)

義父「サークルではいつも四人で一緒にいたし、私たちはすぐに親しくなった。想像はつ
くでしょ」

兄「(まあ、わかりやすいよな)わかりますけど」

義父「男女のことではあるし、誰にも既に付き合っている人とかいなかったわけで。つま
り、その、その中でカップルができたんだ」

兄「それが父さんと母さんの馴れ初めですか」

義父「違うんだ」

兄「はあ」

義父「最初に君のお母さんに告白して付き合ったのは私なんだ」

兄「え(何だいったい)」

義父「当時の池山、つまり君のお父さんの彼女は私の元妻だった」



母「キッチンいいわよ。システムキッチンなんだけど、コンロも四つあるしオーブンもあ
るし」

妹「いいキッチンって言ったってどうせママは使わないじゃん」

母「・・・・・・言い返したいけど言い返せない。何か悔しい」

妹「でも使いやすそうだったよ。これならお料理とか楽しくできそう」

義父「妹ちゃんは料理得意なんだってね。今から楽しみだよ」

妹「得意なんかじゃないです。でも家族が増えるなら頑張って作りたいなって思います」

義父「ゆうも嬉しいだろ」

ゆう「・・・・・・・」

義父「私が仕事が遅いせいでね。ゆうはコンビニのお弁当ばっか食べてたからね」

妹「栄養が偏っちゃいますよ」

義父「うん。だから妹ちゃんが料理してくれるなんて嬉しいよ」

母「あら。あなたはあたしには全く期待していないのかしら」

義父「そうじゃないって。でも、君だって仕事が忙しいだろうって思って」

母「わかってるわよ。冗談です冗談」

義父「怒ってるのかと思った。心臓に悪いからそういいう冗談はやめて」

母「はいはい」


兄(何かごちゃごちゃ仲良しごっこしてるなこいつら)

兄(何か妹のはしゃぎっぷりにムカつくけど、今はそういうことはどうでもいい)

兄(・・・・・・)

兄(何となく父さんと母さんは初恋同士で結ばれたのかと思ってたのにな)

兄(別に自分の両親にそういう意味での純愛を期待してたわけじゃないけど、それにして
も意外だった)

兄(父さんと母さんって同じ大学出身とは聞いていたけど、別に付き合っていたわけじゃ
なかったんだ)

兄(つうか結城さんと母さんがもともとは恋人だったのか。つうことはこの再婚って、お
互いによりを戻したってことだよな)

兄(母さんたちが戻ってきたせいで、あれ以上結城さんの話を聞けなかったことが悔やま
れるな)

兄(そもそも何で結城さんは前の奥さんと別れたんだろう。何で母さんは結城さんと再婚
する気になったんだろう。普通なら友だちの離婚した夫と結婚しようなんて思わないよ
な)

兄(まあ、どうでもいいといやどうもいいんんだけどさ。むしろ父さんがどんな気持ちで
入院中にあんなこと言ったのかが気になるな)



『ママの新し旦那さんを心よく受け入れてやりなよ』

『君なら大丈夫だよ』



兄(どういう意味なのかな。深い意味なんかないんだろうか)

兄(まあ母さんと結城さんの再婚は既定路線だし、今さら過去のことを気にしてもしかた
ないか)

兄(むしろ俺の気持ちをどうにかしないといけないんだろうな)

兄(馴れ初めはどうあれ、再婚したいっていう母さんの気持ちに反対する意味なんかない
もんな。俺が勝手に拗ねているだけなんだ。妹の言うとおりだ。父さんだってああ言って
たんだし)

兄(俺なら大丈夫、か。そうだよな。父さんの遺言みたいなもんだもんな)

兄(とりあえず昔の話をまた結城さんから聞きたいな。大学時代の両親の話なんか普通な
らあまり聞けるもんじゃねえしな。父さんってどういう大学生だったのかな。あんなヤリ
サーにいたとしたら結構遊んでたんだろうか)

兄(・・・・・・ねえだろ。結城さんならともかく。あんな融通が利かないくらい真面目だった
父さんだもんな)


兄「ごちそうさま」

妹「・・・・・・」

兄「食器洗っとけばいい?」

妹「あたしがやるからいい。キッチンに運んでおいて」

兄「洗うくらい自分でするよ」

妹「お兄ちゃんがやると雑だからいい」

兄「そう。じゃあ頼んだ」

妹「うん」

兄「・・・・・・じゃあ」

妹「あ・・・・・・ちょっと」

兄「(え?)どうした」

妹「・・・・・・」

兄「用がないなら部屋に戻るぞ」

妹「あのね」

兄「どうしたの」

妹「ごめん」

兄(何なんだ)

兄「何がごめんなんだ?」

妹「そのさ」

兄「ああ」

妹「あたしだってパパのことは大好きだったの」

兄「それで(何言ってるんだこいつ)」

妹「だから。だからお兄ちゃんの気持ちはわかる。いろいろひどいこと言ってごめん」

兄「(何だ何だ)わけわかんなけど、別に気にしてねえからいいよ」

妹「お兄ちゃんがパパのこと大好きだったのは知ってたのに。あたしも少しはしゃぎすぎ
てた。本当にごめん」

兄(何か本気で謝っているっぽいな。突然どうしたんだろ)

兄「何でいきなりそんなこと言い出した?」

妹「さっきお姉ちゃんからメールもらって」

兄「お姉ちゃん? ああ、幼馴染のことか(そういや幼馴染と妹も仲良かったっけ)」

妹「うん。少しだけでもいいからお兄ちゃんの気持ちも考えてあげてって」

兄「何だそれ。意味わかんねえじゃん」


妹「パパのことを考えたら、お兄ちゃんがすぐにママと池山さんの再婚に賛成できないの
も無理ないと思う。お姉ちゃんのメールを見てあたしもそれに気がついた」

兄「・・・・・・うん」

妹「だからごめん。お兄ちゃんの気持ちに気がついてあげられなくて」

兄「(何かむかつく、こいつ。俺に同情しているつもりか)何言ってんの」

妹「え?」

兄「あたしの料理ってゆう君は気にいってくれるのかなあとか俺にうきうきと相談したお
まえが今さら何言ってんの」

妹「お兄ちゃん?」

兄「だいたい前からおまえは俺のことなんかどうでもよかったくせにさ。幼馴染からの
メール一本で何言ってるんだよ。今日だってゆう君に一緒に登校しようとかって恥かしい
こと言ってたくせに」

妹「それは。パパのことを思い出せなかったのは悪いけど。でも、せっかくママが幸せに
なるならって」

兄「それってさ。自分がゆう君と幸せになるならのならってことじゃねえのかよ」

妹「何でそんなこと言うの・・・・・・違くて、そうじゃなくて」

兄(何言ってんだ俺。妹にここまでひどいことを言う必要なんかねえのに)

妹「ごめんなさいお兄ちゃん。でも本当にそうじゃないの。お兄ちゃんがパパのことを思
う気持ちを理解してあげられなかったことを後悔しただけ。二人きりの兄妹なのに」

兄「(もうやめよう。根本的に俺と妹はきっとわかりあえないんだ)俺の方こそ悪かった
よ」

妹「お兄ちゃん?」

兄「昨日も言ったけど、俺は別に母さんと結城さんの再婚に反対なんかしてねえよ」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」


兄「してねえけど。だからっておまえと母さんと一緒になってはしゃがなきゃいけないわ
け?」

妹「そんなこと言ってないよ」

兄「そうじゃねえかよ。新居とかどうでもいいよ。ゆう君とやらもどうでもいいし」

妹「一緒に暮すことになるんだよ」

兄「だから俺は下宿したっていいんだって。新しい家に引越ししたら大学まで今より遠く
なるんだしさ」

妹「ずっと一緒に暮していた家族なのに」

兄「おまえにはゆう君が一緒に暮してくれるだろ。母さんには結城さんができる。別に俺
がいる必要なんかねえじゃん(何だかエキサイトしてしまった。ここまでい言う必要なん
かないのに)」

妹「・・・・・・」

兄「もういいよ。俺は母さんの再婚には反対しない。おまえだって新しく弟ができる。そ
れでいいだろ」

妹「お兄ちゃんは?」

兄「一緒に暮すかもしれないし、大学までの通学がきつかったら母さんと交渉して一人暮
らしする。別に母さんの邪魔をする気はないし、おまえとゆう君の仲を邪魔する気もねえ
よ」

妹「あたしとゆう君の仲って」

兄「悪い。余計なこと言った。じゃあ、俺もう部屋に戻るわ」

妹「・・・・・・」


兄(俺の言ってること間違っているかなあ)

兄(正直に言えば俺抜きにこの再婚で盛り上がっている母さんと妹に嫉妬している気持ち
がないとは言えない)

兄(でも、それだけじゃない)

兄(そもそも俺はマザコンでもシスコンでもないわけで)

兄(・・・・・・俺って気持ち悪いかな。ひょっとしたら少しだけファザコンかもしれん)

兄(父さんと違って)

兄(結城さんは一部上場企業の管理職だそうだ。父さんは地方自治体の研究所の研究員で、
つまり地方公務員だったけど)

兄(地方自治体の職員といっても管理職になったわけでもなくただの平研究員だったよ
な)

兄(派手な趣味もなく服装もいい加減だったし。自分の専門分野一筋に生きた人だった)

兄(むしろ母さんの仕事の方が世間的な評価は高かったし、前に父さんから聞いたけど母
さんの方が父さんより年収も高かったとか)

兄(それでも生前は母さんとはすごく仲が良かったし、何よりも俺は父さんとその仕事が
好きだった)

兄(そもそも大学でこんな専攻を志望したのだって父さんの後に続きたからだったし。俺が就職を
志望しているのも父さんがいた役所の研究所だ)

兄(ゼミの教授が言ってた。俺の父さんのことを尊敬しているって)

兄(・・・・・・・だけど)

兄(それと母さんの再婚とは全く別な話だな。こんなことを一緒くたにして拗ねてる俺の
方が悪いことはわかっているんだ)

兄(それにしたって全身で喜びを表現しなきゃいけないわけ? 母さんの再婚に対して)

兄(妹だって母さんの再婚を喜んでいる気持ちには嘘はないだろうけど、それ以上にあの
ゆう君ってやつと一緒に暮せるからこの再婚を喜んでいるっていう理由だって絶対あるよ
な)

兄(何がゆう君だよ。あの無愛想で派手な格好をした男が好みなんて。妹は結局その辺の
女と同じビッチなんだ。俺や父さんの抱いている静かな学問的情熱なかどうでもいいんだろうな)

兄(・・・・・・父さんと母さんの馴れ初めって結局何だったんだろう)

兄(結城さんと母さんの馴れ初めも聞けなかったし)

兄(それくらいは聞いておきたいよな。一人暮らしするにしても)

兄(そういや結城さんから名刺もらったけ)

兄(株式会社アイリス・エージェンシー)

兄(大手の広告代理店だ)

兄(営業企画本部第一営業部長・・・・・・)

兄(明日、講義の合間に電話してみようかな)

兄(・・・・・・父さん)


今日は以上です
また投下します


確認するまでもなく確信しちゃってるけど妹手握の人だよな

>>29
作者ですがこんな地味なスレに初レスだ
何かすごく嬉しい


兄「お呼び立てしてすいません」

義父「いや。ちょうどスケジュールが空いていた時間だったし。それにもう家族になるん
だから、そんな遠慮したようなことを言わなくていいよ」

兄「(いきなり家族とか言うか)いえ。お仕事中だったでしょうし」

義父「・・・・・・君は礼儀正しいね。成績もいいみたいだし。親族じゃなかったら私の会社に
来てもらいたいくらいだよ」

兄「僕の専攻は法律とか経済とかじゃないですし」

義父「うちの会社にも国立大学の文学部とか史学出身者は結構いるよ。まあ、無理には勧
めないけど」

兄「進路は決めてますから」

義父「池山と同じ道を進みたいんだね」

兄「ええ、まあ」

義父「池山も本望だろうなあ。あいつは確かに若くして亡くなってしまったけど、息子が
遺志を継いでくれるんだもんね」

兄「まあ、できればそうしたいと思ってますけど」

義父「それで? 今日は昨日の話の続きを聞きたいんでしょ」

兄「はい。父と母のことはあまり聞いたことがなかったんで、よかったら話の続きを聞き
たくて」

義父「いいよ」

兄「ありがとうございます」

義父「君のお母さんとも相談して君には全部話そうと決めたんだしね」

兄「・・・・・はい」

義父「昨日の続きだけどさ。私は君のお母さんと付き合っていたんだ。そして君のお父さ
んも私の元妻と付き合い始めた。しばらくは何も問題がない大学生活が続いていたな」

兄「それなのに何で父と母が結婚することになったんですか」

義父「うん。普通は不思議に思うだろうね」

兄「ええ。何かあったんでしょうか」

義父「最初は何もなかった。というか私と君のお母さん、池山と元妻のカップルで平穏だ
ったんだよね」

兄「はい」


義父「あれは卒業を目前にした一月だった」

兄「・・・・・・」

義父「当時、私と当時の私の彼女である君のお母さん、それに池山の彼女の元妻は就職が
内定していたんだ。バブルって知っているだろ? あの頃は就職先には困らない頃だった
からね。そして池山は就職活動をしないで院試に合格していた。つまりみんなが行く先が
決まっていて何も問題がなかったんだよね。将来に希望を抱いていてさ」

義父「池山が院に進むことは前から既定事項だったし、仲間内でそのことに驚くやつはい
なかった」

義父「そういう状況でさ。ある夜私は君のお母さんのアパートに向かったんだ。当時は私
と彼女は同棲してはいないものの、普段からお互いのアパートを行き来していたから」

義父「悪いね。ここから先はあまり気持ちのいい話じゃないんだ。まして君の実の母親
の話だしね。それでも聞きたいかな」

兄「(何だいったい。でもここまで来たら)大丈夫です。聞かせてください」

義父「聞いたことを後悔するかもよ」

兄「大丈夫です(ここまで来たら全部聞かないとかえって気になる)」

義父「そう。じゃあ話すけど。私は自分の彼女、つまり君のお母さんのアパートに着いた
た。彼女はまだ帰宅していなかった。そこで初めて思い出したんだけど、その日は彼女は
バイトで遅くなるって言ってたんだよね。それを思い出した私は一瞬そのまま帰ろうと思
ったんだ。そもそもあの日は夜に行くって君のお母さんには話してなかったらね。でも、
彼女がいなくてもここまで来たんだから帰って来るまで待とうと思ったんだ。合鍵はもら
っていたからね」

義父「それで合鍵で彼女の部屋に入った私は、待っているうちに寝てしまっていたらし
い。当時の彼女の部屋はキッチンとか風呂のほかに二部屋があった。彼女は奥の部屋を寝
室として使っていて、私はその部屋のベッドでいつのまにかうとうとしてしまっていた」

兄「(話長げえな)それでどうなったんですか」

義父「ベッドでうとうとしていた私の耳に誰かの話す声が聞こえたんだ」



「僕はもう帰るよ」

「だめ」

「だめって何で」

「何でもだよ。悩んでいる女を一人にして帰るつもり?」

「君、酔ってるだろ」

「うん酔ってる。でも、誰のせいだと思っているの」

「僕のせいなの?」

「うーん。半分はあなたのせい。半分はあいつのせいかな」

「何で僕のせいなの? つうか結城だって別に悪いことなんか何にもしてないじゃん」

「したよ。結城君はあたしを放置したもん」

「それは就活とかしてたからでしょ。君だって人のことは言えないでしょうが」

「怜菜はどうなの?」

「え」

「怜奈だって就活とかで池山君を放置してたんでしょ。君は平気なの」

「平気に決まってるでしょ。つうか自分の恋人の就職活動を邪魔してどうするんだよ。君
だって就活してたじゃん。結城と同じでさ」


義父「私が奥にいたことに気がついていなかったんだろうね。君のお母さんはもうなりふ
り構わず池山を口説いているんだと私は思ったよ」

兄(何だよこれ。怜奈っていうのが結城さんの元の奥さんだよな)



「ちょっとよせよ」

「いいじゃない。彼もいないし怜奈だっていないのよ」

「こら。こういうのは駄目だって」

「ふふ。ここは興奮しているくせに」

「え」

「前から知ってたよ。池山君ってあたしのこといつも見つめていたでしょ」

「怜奈といたときでもいつでもあたしと結城君のことを気にしてたでしょ」

「君は何を言って」

「正直になろうよ。ここには池山君とあたししかいないんだよ」

「結城は僕の親友だぞ」

「あいつは君の親友なんかじゃないよ。あいつは心の奥では君やあたしをバカにしている
んだよ」

「そんなことあるわけ」

「あるんだって。嘘じゃないよ。確かにあいつは表面上は誰にでも優しいよ。でもさ、心
の奥でははあたしのことなんかバカにしていているの。全然真剣に向き合ってくれない
のはそのせいだよ」

「君の気にし過ぎだって」

「違うもん。あいつはさ、本心では怜奈のことが好きなんじゃないかな」

「んなわけないよ。結城が好きなのは君だって」

「嘘言わないで」

「嘘じゃないって。それに怜菜は僕のことを好きだって言ってくれたし」

「そんな軽い言葉を信じてるの?」

「少なくとも彼女の方は真剣に僕に向き合ってくれている。僕はそう信じて・・・・・・って何
してるんだよ。服着ろよ」



 何だよこれ。これだけ聞いていれば母さんは単なる浮気性のビッチじゃないか。


義父「悪いね。兄君にとってはショックだろうしこんなことまで言う必要ははいのかもし
れないけど」

兄「・・・・・・」

義父「それでも君のお母さんと話し合って決めたんだ。子どもたちには真実を言おうっ
て。もちろん、今は君に話すだけだけどそのうちゆうと君の妹さんにもきちっと説明しな
きゃいけないと思っている」

兄「よくわかりません」

義父「そうだよね。これだけじゃ理解できないのも無理はない。続きを話してもいいか
な」

兄(ここまできたら聞くしかないか。正直俺のメンタルが持ちそうにないけど。あの母さ
んが・・・・・・)

義父「その会話を聞いたとき私は混乱した。悪い夢かとも思った。正直、君のお母さんの
その行動が理解できなかった。真面目に向き合わない? 内心バカにしている? そんな
つもりは当時も今もこれっぽっちもなかった。就職活動で忙しくて彼女を構ってやれなか
ったと言われればそうかもしれない。でも、それだって彼女のためだと思ってやってたこ
とだし、彼女だって気にしないで頑張ってと言ってくれてたんだから」

義父「隣の部屋では池山が彼女に抵抗していたようだった。私はそのことに少しだけ救い
を感じていたんだ。池山はやはり常識的な考えを持った親友だ。その証拠に彼は彼女のふ
しだらな誘いに抵抗しているじゃないか」

義父「彼女の、つまり君のお母さんの裏切りに絶望していた私には、池山のその誠意だけ
が救いだったんだね。彼は親友だと思っていたから」



「僕は帰る」

「だめ」

「・・・・・・君のしていることは全く理解できない。結城を裏切って、友だちの怜奈を裏切っ
て。結城のことが好きだったんじゃないのか?」

「好きだったよ。あの人の本性を知るまでは。付き合っていればわかるよ。彼は就職もし
ないで民俗学の研究に夢中になっている君をバカにしたんだよ。あいつは負け組みだっ
て」

「あいつはそんなやつじゃないよ。それにたとえそうだとしても、それは僕とあいつとの
ことで君は関係ないでしょ」

「そんなわけないでしょ」

「何でだよ」

「まだわからないの? あたしは君のことが好きなの。多分、怜奈よりもっともっと」

「・・・・・・わけがわからないよ。それなら何で結城と付き合ったの」

「自分にだってわかんないよ。でも一番好きなのは君」

「ちょっと待てよ。って、やめろ」


「怜奈から聞いたよ」

「だから離せって」

「君と怜奈ってまだ関係してないんだってね」

「・・・・・・君には関係ない」

「何でしないの? ずっと恋人同志なのに」

「よせ」

「初めてだから上手にできるか不安なの? それとも怜奈じゃその気になれない?」

「服着ろ」

「あたしが教えてあげようか」

「いい加減に」

「怜奈と二股でもいいよ。教えてあげる」

「・・・・・・何で」

「じっとしてて」



義父「まあ、一言で言うと私は彼女に、君のお母さんに裏切られたわけだ。今だから冷静
に話せるけど、あのときはもうパニックだったよ」

兄(何でこんなこと俺に話すんだ、この人は。普通はこんなことは黙って再婚するだ
ろ。自分の母親のふしだらな行為をわざわざ俺に聞かせる意味なんかあるのか)

兄(こいつ、本当に母さんと再婚したいのかな。復讐的な意味で元カノの息子に嫌がらせ
しているだけじゃねえのか)

義父「部屋の配置は話したと思うけど、僕がそのときにいた部屋は二人が行為を始めた部
屋より奥まっているから、私は帰るに帰れなかった。やがて何時間かのつらい時間が過ぎ
てから、隣の部屋が静かになったので私はそうっと二人が重なり合って寝入っている脇を
通ってその部屋を出たんだ」

義父「帰り道の間中、情けないことにずっと涙が止まらなかったよ。君のお母さんと結婚
するために一部上場企業への就職活動をしていたのにね」

義父「翌日、私は彼女に電話して別れを告げた。彼女は逆切れしてたけど、浮気するよう
な女とは付き合えないとだけ言ったら、電話の向こうで沈黙しちゃったけどね」


義父「それで君のお母さんとは別れたんだ。池山も怜奈と別れて、君のお父さんとお母さ
んは付き合い出した。まあ、私が怜奈に二人の浮気を相談したからそうなったんだけど
ね」

義父「それ以降気まずくなって四人で集まることはなくなった。君の両親は罪の意識があ
ったのか揃ってサークルをやめた。結局、君の両親は卒業後に結婚した。私も怜奈とお互
いに傷を舐めあっているうちに・・・・・・。つまりそういう仲になり結婚した」

兄(自分の母親ながらひどい話だ。つうかあの父さんが彼女を裏切るなんて)

義父「嫌な話をして悪かったね」

兄「すいません」

兄(って。何で俺が謝ってるんだ)

義父「君が謝ることはないでしょ」

兄「(それはそうだけど)まあそうなんですけど」

義父「それでさ。結局それ以降君の両親とは音信普通だったんだけど、偶然君のお母さん
と偶然デパートで再会してね」

兄「はい」

義父「池山が亡くなったって聞いた。私も元妻とはその頃はもう離婚して、一人で仕事を
しながらゆうを育てていたんだけど」

兄(それで?)

義父「まあ、それでもう大学時代から時間も経っていて恨みとかもだいぶ薄れていたから
ね」

兄(それでどうしたんだよ)

義父「それでお互いにまだ独身だしってことになってね。まあ、話は以上だよ」

兄「(え?)それって僕の両親の馴れ初めではあるけど、結城さんと母さんの馴れ初めに
は全然なってないですよね」

義父「そう?」

兄「そうですよ。浮気されて別れたのに何で再婚しようなんて思えるんですか。それに結
城さんと怜奈さんはどうして別れたんですか。話が全然見えないですよ」

義父「私と怜菜のことは君には関係ないしね。あえて言えば単なる性格の不一致だよ」

兄「・・・・・・じゃあ、何で母さんとやり直そうと思えたんですか」

義父「私が話せるのはここまでだよ。気になるならあとは直接君のお母さんに聞いてよ」

兄「ゆう君がこれを聞いたら絶対にあなたの再婚には反対すると思いますけどね。自分の
母親を悪く言いたくないけど、この話しが本当なら母さんのしたことは酷すぎる」

義父「息子のことは君に心配してもらわなくてもいい・・・・・・仕事があるからもう帰るよ。
これ以上は私じゃなくてお母さんから聞いてね。じゃあ、また引越しの日に会おう」

兄(・・・・・・)


兄(父さんと母さんの馴れ初めが浮気から始まったなんて知りたくなかったよ)

兄(俺と妹ってそんな不純な関係の両親から産まれたのか)

兄(とても妹には言えねえな)

兄(それにしたって、こんな自分の恥かしくて情けない話をいったい母さんは何で俺に打
ち明けようなんて決めたんだ。普通は自分の子どもに言う話じゃねえだろ)

兄(母さんと結城さんの再婚を正当化しようとするならまだしも理解できるけど、結城さ
んの話はそこら辺は全く説明してねえじゃん。あれは自分が彼女に不倫されて別れたって
だけの話じゃんか)

兄(これ以上は母さんに聞けだ? そんなことできるか)

兄(今だって母さんの顔をまともに見れない気がするのに)

兄(・・・・・・あ)

兄(妹)

妹「お兄ちゃん」

兄「おう」

妹「こんなとこで何してるの」

兄「別に何も。ちょっとな」

妹「そう」

兄(今日聞いた話を聞いたらこいつは悩むだろうな。こいつって母さんが大好きだし。つ
うか、こんな話こいつには言えねえよな)

兄「おまえは何してるんだ」

妹「何って。夕飯の買物だけど」

兄(いや。俺への日頃の態度とか腹がたつやだけど、さすがにこれはこいつには言えねえ。
父さんと母さんの仲が浮気から始まったなんて)

兄「もう終ったのか」

妹「これからだけど」

兄「そか。手伝おうか(何言ってるんだ俺。さっきの話が衝撃的過ぎてどうかしてんのか
な)」

妹「え?」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・うん。手伝って」

兄「はいよ(何やってるんだろ。俺)」


妹「お兄ちゃんが珍しく買物の手伝いをしてくれるなら、少し買いだめしておこうかな」

兄「買いだめって?」

妹「洗剤とか重いのよ。お兄ちゃんが持ってくれるなら夕食の材料だけじゃなくてそっち
も買っておこうかなって」

兄「別にいいけど」

兄(何だこいつ。今まで俺にはろくに話しかけないくらい無愛想だったのに。何でこんな
にフレンドリーなんだよ。ゆう君と一緒に暮せることで舞い上がっているのかな)

妹「じゃあ行こう」

兄「ああ」

妹「ついでにシャンプーとかも買っておこう」

兄「じゃあ、あっちの方だな」

妹「お兄ちゃんカート押して」

兄「うん」

妹「兄妹でスーパーで買物とか久し振りだね」

兄「そうだな」

妹「この辺だよ」

兄(・・・・・・)

兄(下の棚のシャンプー取ろうとしてかがんだ無防備な妹のシャツの胸元から)

兄(こいつの控え目な胸が見えた)

兄(・・・・・・真っ白な肌。胸は控え目だけど、こいつも女になりつつあるんだな)

兄(こいつって思ってたより可愛いじゃん。って、俺は何を考えているんだ)

兄(結城さんの話で両親の過去に悩んでたはずだったのに)

兄(妹の胸を見て欲情している場合じゃねえのに)

兄(・・・・・・しかし、何でこいつ今日は好意的なんだろ。今までは俺のことなんかに話しか
けもしないくらい無視してたのに)


今日はここまで
また投下します


妹「今日はお兄ちゃんと会って助かっちゃった」

兄(何かにこにこしてるな)

妹「買物が多いときって家に帰るのが大変なんだよ」

兄(自分だけが家事をさせられているっていうアピールかよ)

妹「じゃあお兄ちゃんが重い方の買物袋を持ってね」

兄「いいけど(でも別に不機嫌な感じじゃない。つうか微笑んでるし)

妹「じゃあ帰ろうか」

兄(妹が小学校低学年の頃は仲が良かったけど。こいつが中学生になった頃からずっと仲
が悪かったよな。今にして思えば父さんが亡くなった頃だ)

兄(やけに俺の近くに寄ってくるな。まるで寄り添っているみたいだ)

兄(やべ。さっき見たこいつの胸元とか思い出しちゃったよ。それに何かいい匂いがする。
こんなに近い距離に妹がいたことなんかないからどきどきする)

妹「ねえ」

兄「あ、ああ(こいつごとき話しかけられたくらいで、何うろたえているんだ俺)」

妹「昨日の話しだけどさ。お兄ちゃんがパパのことが大好きだってことを思い出して、お
兄ちゃんに謝ろうとしたのは本当だよ」

兄(いきなり昨日の続きかよ。てか、俺を上目遣いに見上げている妹の表情やばい。今ま
でこいつのことなんか全然意識していなかったのに、何かやばい)

妹「お兄ちゃん聞いてる?」

兄「聞いてるよ。別に疑ってねえよ(こいつってこんなに可愛いい顔してたっけ)」

妹「だって結局昨日はお兄ちゃん、怒っちゃったじゃん」

兄「俺も少し感情的になりすぎたよ。悪かった」

妹「お兄ちゃんが謝ることはないけど。あたしもママの気持ちを考えると嬉しくて少しは
しゃぎすた。お兄ちゃんの気持ちも考えずに」

兄「もういいよ。母さんの再婚に反対もしないし水も差すようなこともしない。でもさ。
正直に言うと複雑な気持ちはあるから、一緒になって母さんと結城さんの再婚のお祭り騒
ぎに付き合えって言われてもそれは無理。それだけはわかってほしいな」

妹「うん。そのへんはあたしが無神経だった。ごめん」


兄「俺の方こそむきになってごめんな」

妹「じゃあ、あたしのこと許してくれる?」

兄「許すも許さねえもないだろ。兄妹なんだしさ」

妹「あたしってこれまで全然いい妹じゃなかったね」

兄「突然、何言ってるんだよ」

妹「ごめん。何でもないや。早く帰ろ」

兄「ああ」

兄(・・・・・・何だろう。胸が締め付けられるような感情が沸いてくる)

兄(これまでずっと仲の悪い兄妹だと思っていた。生涯こいつとはわかりあえることもは
いだろうと思っていた。正直それでもよかった。)

兄(最近だってそうだった。こいつはゆう君に夢中で、それは今だって変っていないはず
だ。でも)

兄(それでも俺とこいつはお互いに一番長く一緒に過ごしたんだもんな。母さんよりも幼
馴染よりもこいつと一緒にいた時間の方が長いんだ)

兄(夕方の低い光線に照らし出されている妹の顔。今まで真面目に見たことすらなかった
俺だけど。こいつって)

兄(こんなに可愛いいんだな。これまで態度が素直じゃなかったせいで、むかつくこいつ
の顔とかスタイルなんか気にしていなかったけど)

兄(ひょっとしたら俺の女の子の理想像である幼馴染より可愛いかもしれん)

兄(あれ?)

兄(何考えてるんだ。妹とは和解して心が通じ合えばそれでいいのに、こいつの見た目が
可愛いとか俺の好みだとかどうでもいいじゃん)

兄(・・・・・・・)

兄(何でここでさっきチラ見した妹の胸元を思い出すんだよ。ばかか俺は)

兄(そもそも幼馴染と比べてどうすんだ。あいつは俺の初恋の相手だぞ。幼友のせいで今
はちょっと微妙な関係になりそうなところだとしてもだ)

兄(あ。妹が俺を見上げて微笑んだ)

兄「・・・・・・何」

妹「何でもない。何でお兄ちゃん顔が赤いの?」

兄「・・・・・・夕日のせいだろ(やばい。何で俺は実の妹、それもずっと仲が悪かった妹に萌
えてるのかよ。いったいどうしちゃったんだろ俺。幼馴染ならともかく今まで仲が悪かっ
た妹の笑顔にときめくなんて)」


妹「お風呂入ってて。その間に夕ご飯の支度するから」

兄「手伝おうか(何言ってるんだ俺)」

妹「え」

兄「いやその」

妹「お兄ちゃんなんかに家事とか期待してないからいいよ」

兄(それはそうだよな)

妹「・・・・・・・」

兄「じゃあ」

妹「でもありがと。そう言ってくれて嬉しい」

兄「・・・・・・うん」



兄(いい風呂だ)

兄(・・・・・・・何か今日の妹はすごく可愛く感じる)

兄(だけど)

兄(よく考えたら妹に萌えている場合じゃねえな)

兄(母さんの再婚には反対しないと妹には言った。その気持ちに嘘はねえ。父さんだって
認めてやれって俺なら大丈夫だって言ってた。あれは俺にとっては事実上父さんの遺言の
ようなものだ)

兄(でもさ。さっきの結城さんから聞いた話が本当だったとしたら、俺の好きだった父さ
んも母さんもお互いの恋人を裏切った単なるクズじゃないか)

兄(しかもそれをわざわざ俺に話す理由がわからない。自分を裏切った親友の息子への嫌
がらせか)

兄(いや。それならこれ以上は母さんに聞けなんて言うわけないよな。この話は母さんも
了解しているって言ってたし。結城さんの嫌がらせなら母さんに聞けなんて言うわけがな
い)

兄(母さんに聞く? いやいや。自分の両親のそんな生々しい話を母さんに聞けるわけな
いだろう)

兄(・・・・・・いずれにしても、とても母さんのことが大好き妹にできる話じゃねえな)

兄(小さいけど綺麗な形だったな)

兄(色も真っ白で。つうか胸とかに限らずによく考えてみると)

兄(肩くらいまで伸びた黒髪。華奢で細い体型。色白な肌。妹って俺の女の子の好みど真
ん中じゃんか。何で今まで見逃していたんだろう)

兄(俺って今までは幼馴染しか見えてなかったんだな)

兄(いや。実の妹が好みだとか、俺って何危険なことを考えているんだ。それに)

兄(考えたくはないが妹の好きな男はきっと・・・・・・)

兄(俺ってゆう君に嫉妬して反発していただけなのかな)

兄(とにかく今日の話は自分の胸に封印しよう。妹には言えないし母さんにだってこれ以
上追求しちゃいけない気がする)

兄(・・・・・・まじで一人暮らしたい)

兄(母さんに頼んでみようか)


兄(いろいろ悩みや戸惑いは尽きないけどとりあえずいい風呂だった)

兄(そろそろ夕食かな。夕飯なんかどうでもいいと思っていたけど何だか今日は楽しみに
感じている俺がいる)

兄(・・・・・・・)

兄(まさかな。妹だぞ、血の繋がった実の)

兄(気の迷いだ。仲の悪かった妹が気まぐれで俺に微笑んで優しく接してくれたから、何
かとんでもない勘違いをしただけだよ)

兄(とにかく着替えてリビングに行こう)

兄「あ」

母「帰ってたんだ。お風呂?」

兄「うん」

母「そか」

兄「何で今日は早いの」

母「たまたまよ。すぐ近くの客先まで来てたんでね」

兄「そう」

母「もうすぐご飯だって」

兄「うん。三人そろって夕ご飯なんて珍しいね」

母「ごめんね」

兄「別にそういう意味じゃないけど」

母「そか」

兄(そうだ。大学時代の話はとても聞けないけど、一人暮らしの話をするなら今がチャン
スかも)

兄「あのさ」

母「どした?」

兄「俺さ。母さんの再婚のこと反対なんかしてないからさ」

母「え?」

兄「それは妹みたいに素直にはしゃいだりはしてねえけど。でも、反対はしてないから」

母「そか」

兄「うん。父さんが入院してて死ぬ前にも言われたんだ」

母「言われたって・・・・・・何て」

兄(思わず口にしちゃったけど。これくらいはいいよな。つうか再婚する母さんには知っ
ておいてほしい)


亡父『僕が死んだらさ。ママの新しい旦那さんを心よく受け入れてやりなよ』

兄『・・・・・・意味わかんねえし』

亡父『君なら大丈夫だよ』



兄「父さんはあのときそう言ってたからさ。俺だって再婚には反対は・・・・・・母さん?」

母「・・・・・・」

兄(悲しそうに泣いてる。何かやばいこと言っちゃったか俺)

兄「大丈夫?」

母「うん。ごめん」

兄「何かまずいこと言ったかな。俺」

母「ううん。聞いてよかった。パパったら自分が病気で大変なときに」

兄「母さん?」

母「中断した研究のことだって気になってたくせに。パパは・・・・・・パパは」

兄(母さんの泣くとこ初めて見た。父さんが亡くなったときだって気丈に俺たちのことを
面倒みてたのに)

母「ごめんね。もう大丈夫だから」

兄「うん(きっかけが浮気だったとしても、母さんは死んだ父さんのことを本当に好きだ
ったんだ)」

兄(何だか母さんの涙で全てが浄化されていく気がする。俺と妹が育った家庭は浮気から
始まったのかもしれない。でもうちの家族は偽りじゃなかったんだ。少なくとも今の母さ
んの涙は嘘じゃない)

兄「母さん?」

母「うん」

兄「再婚おめでとう」

母「・・・・・・」

兄「皮肉じゃねえって。本当にそう思っているよ。何よりも死んだ父さんが願っていたこ
とだもんな」

母「・・・・・・うん。ありがとう」


兄「でさ。母さんにお願いがあるんだ」

母「・・・・・・ごめん、ちょっと待って。涙拭くから。で、お願いって?」

兄「母さんの再婚は祝福する。妹だって喜んでいる」

母「うん」

兄「俺、一人暮らししちゃだめかな」

母「だめじゃないけど。でも何で? 新しい家からだって大学には通えるでしょ。確かに
今よりは遠くなるかもしれないけど」

兄「まあそうなんだけど」

母「幼馴染ちゃんと家が遠くなるのが嫌なの?」

兄「だから違うって」

母「じゃあ何でよ」

兄「母さんの再婚は祝福するけど、でもいきなり父親と弟ができて一緒に仲良く暮そうっ
て言われても何か違うんだよ」

母「・・・・・・」

兄「勘違いするなよ? 再婚に反対とかそういうんじゃないから」

母「そうか」

兄「金もかかるしわがままいって悪いけど」

母「いいよ」

兄「いいの?」

母「うん。そう言われるんじゃないかと思ってたし」

兄「そうなの?」

母「結城さんから話は聞いたんでしょ」

兄(もう連絡が行ったか。これじゃ嘘は言えない)

兄「聞いた」

母「それじゃ兄に嫌われてもしかたないか」

兄「母さんのこと嫌ってなんかかねえよ」

母「兄?」

兄「あれで母さんを嫌うなら、父さんのことも嫌いにならなきゃいけないじゃんんか」

母「あんたはパパのこと大好きだったよね」

兄「だからさ。過去のことはもういいんだ。ただ、再婚する母さんやゆう君と一緒に暮せ
るってはしゃいでいる妹と同じ温度で過ごせる気がしないんだ」

母「だからいいって言ってるでしょ。君ももうひとり立ちする年齢になったのね。寂しい
けどしかたないか」

兄「・・・・・・母さん」


今日は以上です
また投下します


<1は
俺が愛してやまない妹と俺の些細な出来事の作者ですか??


幼馴染「・・・・・・何やってるのよ君は」

兄「何って見てわかんない?」

幼馴染「見てわかるくらいならこんなこと言わないよ。何で引越しする日なのにパソコン
の前に座ってるの」

兄「別にいいじゃん。母さんや妹の物に手なんか触れたら変態扱いされる。したがって手
伝う理由はないし」

幼馴染「自分の荷物をまとめなさいよ。それとも何? 君ってあたしの家から離れちゃう
のがそんなに寂しいの」

兄「別に寂しくないし、それに離れたりもしないよ」

幼馴染「そこはお世辞でも寂しいっていいなさいよ・・・・・・え?」

兄「この家は売りに出すから俺も引越しはするけどさ。引っ越す場所が母さんや妹とは別
なとこなの」

幼馴染「どうして」

兄「大学から遠くなるしな。それに俺も一人暮らししてみたかったし」

幼馴染「どこに住むの?」

兄「この家の近くだよ。駅前だけど」

幼馴染「ふふ」

兄「何だよ」

幼馴染「じゃあこれからも一緒に大学に行けるね」

兄「結果としてな。別にそのために一人暮らしするわけじゃねえぞ」

幼馴染「まあ、そういうことにしておいてあげる」

兄「おまえなあ」

幼馴染「でも意外」

兄「何がだよ」

幼馴染「よく妹ちゃんが君の一人暮らしに納得したね」

兄「はあ? そこでなんで妹が出てくるわけ?」

幼馴染「何でって」


兄「あいつは俺がどこに住もうが気にもしないよ(妹との仲がよくなったことは確かだけ
ど、根本的にはあいつは母さんとゆう君のことを気にしているだけだしな。何より俺がは
っきりとこの再婚に反対しないと言ったことで安心したはずだし)」

幼馴染「妹ちゃんは何だって?」

兄「何って?」

幼馴染「君が一人暮らしするって聞いたとき、妹ちゃんはどんな反応だった?」

兄「さあ」

幼馴染「さあって。ちゃんと話したんでしょ」

兄「じゃねえの」

幼馴染「じゃねえのって。一人暮らしのこと妹ちゃんには話してないの?」

兄「多分」

幼馴染「多分? どういうこと」

兄「多分、母さんが話したと思うんだよな」

幼馴染「それって。もしかして直接話していない?」

兄「うん」

幼馴染「それ、まずいんじゃ・・・・・・」

兄「何で」

幼馴染「何でって」

兄「別に問題ないんじゃね」

幼馴染「あたし帰る」

兄「何で。まあ別にいいけど」

幼馴染「修羅場とか苦手だし」

兄「何言ってるの」

幼馴染「じゃ、じゃあ頑張ってね」

兄「おい(頑張るって何だよ)」


妹「お兄ちゃん入っていい?」

兄「(噂をすれば妹か)いいよ」

妹「お兄ちゃんは荷造り終った?」

兄「うん?」

妹「・・・・・・・何よこれ」

兄「何が」

妹「何がって。もうすぐ運送屋さんが来ちゃうのに。何も片付けてないし用意してないじ
ゃない! 何でよ」

兄「何でって」

妹「・・・・・・嫌がらせ?」

兄「嫌がらせって。何でそうなるんだよ」

幼馴染「じゃ、じゃああたしは帰るね」

妹「お姉ちゃん。まさかお姉ちゃんがお兄ちゃんのことを炊き付けてるんじゃないでしょ
うね」

幼馴染「誤解だって。あたしは全く関係ないって」

妹「だってお姉ちゃん言ってたじゃない。お姉ちゃんとお兄ちゃんとでパパのことを懐か
しもうよって、お兄ちゃんに話したって」

兄(あのこと妹に話したのか)

幼馴染「それとこれは関係ないでしょ」

妹「何で引越しの支度してないの」

兄「俺の引越しは明後日だからさ。明日になったらやるよ」

妹「引越しは今日だよ! 何寝ぼけたこと言ってるの。もうすぐ運送の人が来ちゃうんだ
って。どうするのよこの部屋の荷物」

兄「それは母さんとおまえの荷物を運ぶ業者だろ」

妹「え」

兄「俺のは明後日。だいたい行く先が違うのに同じトラックなわけないだろ」

妹「違うって? お兄ちゃん何言ってるの」

兄「(え? ひょっとして母さんのやつ俺の一人暮らしのこと言い忘れたのか)俺はそこ
の駅前のアパートに引っ越すんだよ」

妹「・・・・・・何で」

兄「だって大学から遠いいし」

妹「反対してないって言った。ママの再婚に反対してないって言ったのに」

兄「反対はしてないって。俺だけ下宿するだけじゃん。それのどこが反対することになる
んだよ」

兄「っておい。どこ行くんだよ」

妹「手離してよ!」


幼馴染「あ~あ。だから言ったのに」

兄「母さんのやつ、俺の一人暮らしのこと妹に言い忘れたのかな」

幼馴染「こんな大切なことは自分で妹ちゃんに話すものだと思ってたんじゃない? おば
さんは」

兄「大袈裟な。たかが電車で一時間もかからないところに一人暮らしするだけじゃん」

幼馴染「妹ちゃんのこと追いかけなくていいの」

兄「何で俺が。それに妹を捕まえたとしても、何を話せばいいのかわかんねえし」

幼馴染「ねえ?」

兄「何だよ」

幼馴染「何でおばさんの再婚相手の家族と一緒に暮さないの」

兄「何でって」

幼馴染「別に蒸し返しているわけじゃないよ。あたしと一緒に登校したいからじゃないこ
とはわかってるから」

兄「だから大学から遠くなって通学時間が増えるのが嫌なんだって」

幼馴染「・・・・・・あたしが何年君の幼馴染をやっていると思ってるの」

兄「何年って。それは保育園のときからだから。ええと」

幼馴染「そんだけ長く幼馴染しているとね。ベテランの幼馴染になるの」

兄「訳わかんねえし」

幼馴染「何か理由があるんでしょ。でなければ家族大好きな君が一人暮らしなんかを選ぶ
わけがない」

兄「家族大好き? 俺が? 何言ってるんだおまえ」

幼馴染「・・・・・・本当に何があったの?」

兄「・・・・・・(こいつって本当に鋭いな。こいつになら話してもいいか)」

兄「あんまり気持ちのいい話じゃねえぞ」

幼馴染「聞くよ。君が何かを知っていてそれで悩んでいるなら」

兄「実はさ」


幼馴染「・・・・・・ひどい」

兄「だから言ったろ。気持ちのいい話じゃないって」

幼馴染「おばさんのこと許したの」

兄「ああ。今も言ったろ? あれは実質父さんの遺言のようなものだからな。それに母さ
んがクズなら父さんだって同じになっちまう」

幼馴染「君はおじさんのことが好きだったもんね」

兄「だから母さんの再婚には反対しない。でも正直妹と一緒になってお祭りみたいにこの
再婚をお祝いしようとも思えない」

幼馴染「まあ無理ないよね。でもさ、もし妹ちゃんがこのことを知ったら」

兄「おまえ、妹には絶対に言うなよ」

幼馴染「言わないよ。っていうかとても言えないよ」

兄「それならいいけど」

幼馴染「でもね。あ、おばさん」

母「ああ幼馴染ちゃん。来てたの。ご両親は元気?」

幼馴染「はい。夫婦喧嘩している最中ですけど、いつものことなので」

母「あはは。相変わらずねえ。多分今頃は仲直りしているわよ」

幼馴染「あたしの予想だとあと一、二時間はかかると思います」

母「あはは。それまではうちに避難してればいいよ。それより兄。妹と何かあった?」

兄「何かって」

母「何かあの子泣いてるんだけど」

兄「ああ。一人暮らしのことを話したら切れてどっか行っちゃった。つうか母さん話して
なかったの?」

母「・・・・・・はあ。やっぱりそうか」

兄「やっぱりって」

母「一人暮らしするなとは言わないけど、する以上はきちんと妹にも説明しておきなさい
よ。何であたしにそこまで頼るのよ」

幼馴染「あたしもそう思います」

母「そうでしょ。全く兄は昔から人の気持ちに疎いんだから」

幼馴染「おばさんに全面的に賛成です」

兄「おまえらなあ」

幼馴染「チャイムが鳴ってる」

母「運送屋さんが来ちゃった。もう行かないと。兄、あんたちゃんと妹のケアをしときな
さいよ」

兄「何で俺が(元はといえば浮気なんかした母さんたちのせいだろうが)」


>>51
そうですが「些細な」の頃ほどの量は投下はできないと思います

今日は以上です
また投下し明日

ということは1スレで終わるのかな?
まあなんにせよ頑張って

また妹スレを建ててくれるなんて....

感動で涙が出そうです....

毎日の楽しみが増えました!!!

頑張ってください!!!!


兄(引越しして一週間が過ぎた)

兄(正直、一人暮らしって最高だな。こんなことなら大学に入ってすぐに家を出りゃよか
ったと思うくらいに)

兄(寂しくなるかなってちょっと思ってたけど、全然そんなことはないし)

兄(それに売りに出された実家のそばに引越しただけだから、通学環境とか全然変ってな
いし。幼馴染とも大学の行き返りで一緒だし、よく行くコンビニだって今まで同じ店だ)

兄(隣の部屋の妹に気兼ねして、片方の耳にだけヘッドフォンしてエロゲをしなくてもす
むし)

兄(何にも言うことはない・・・・・・・・って言いたいけど。あえて不満を言えば二点くらい
か)

兄(一つ目は食事なわけだけど。自分で料理するようなスキルはねえし、結局毎日コンビ
ニ弁当な日々だ。実家にいた頃は有難味を感じなかった妹の料理が正直懐かしい)

兄(あとはなあ。自分でも何考えているかわかんねえけど。つうかこんなこと考えている
自分が情けないけど。一人暮らししてから幼馴染と過ごす時間が減ってしまった)

兄(前は大学の帰りとか休みの日とかに家に来てたんだよな。別に特別な用がなくても)

兄(そんなことは幼いときからの習慣だったから別に気にもしていなかったし、それが有
難いとも思っていなかったのだけど)

兄(一人暮らししてから、あいつは一度もこの部屋に来てくれない。何でだろう)

兄(何か警戒しているのか? 別に二人きりだからといって俺が幼馴染に変なことするわ
けないだろ)

兄(・・・・・・幼友と会ったとき、あいつは俺の言葉を否定しなかった。あのとき俺が幼馴染
と付き合っていると言ったら、あいつはどう言う反応をしたんだろう)

兄(それが恐かったから思わずあんな言い方をしちゃったんだけど。今にして思えばそこ
まではっきりと言う必要なんかなかったのに)

兄(まあ、しかたない。不満はあるけど一人暮らしをしてよかったということには変りは
ない)

兄(さて。そろそろコンビニに夕飯を買いに行くか。ついでにビールも買っておこう。自
分の部屋の冷蔵庫にビールを置いておくのが夢だったんだし)

兄(よし。出かけよう)

妹「・・・・・・あ」

兄(え? 何だ何だ。何で妹が俺の部屋のドアの前に)

妹「でかけるとこ?」

兄「・・・・・・近所のコンビニにな。おまえはどうしたの。もう夜の七時過ぎてるのに」

妹「あたしも一緒に行く」

兄「はい?」

妹「だめ?」

兄「(何なんだ)別にいいけど」


兄「なあ」

妹「うん」

兄「今日は何か用だった?」

妹「・・・・・・うん」

兄「何? 用なら今聞くよ。別にコンビにまで付き合うことはねえし」

妹「あたしのこと、すぐに切れたり怒ったりすると思っているでしょ? お兄ちゃんっ
て」

兄「(何言ってるんだこいつ)別に思ってないよ」

妹「うそだよ。絶対に思ってる」

兄「この間は悪かったよ。母さんと幼馴染にも怒られた。何で一人暮らしすることをおま
えに言ってなかったんだってさ」

妹「本当だよ。ずっと一緒に暮してきた兄妹なのに」

兄「悪かったよ」

妹「でもね。あたしも反省した」

兄「反省って何でおまえが?」

妹「あたしって今まで全然いい妹じゃなかったから」

兄「なんだかよくわかんねえけどさ。おまえがいい妹じゃなかったとしたら俺だっていい
兄貴とは言えないだろうな」

妹「ふふ。確かにそうかも」

兄(元気ねえ表情だけど。だけど)

妹「そう考えればいいのか。あたしたちってお互い様だったんだって」

兄(だけど。こいつやっぱり可愛いな)

妹「まあ、新しい家族もできたんだし、これからはお互いもう少し素直になろうよ。あた
しも自分の態度を治すから」

兄「ああ(コートの袖口から覗いてい妹の細く白い手首。綺麗な髪。すらっとした脚)」

妹「ああって」

兄(何かいいなあ。って何考えっているんだ俺。こいつは幼馴染じゃなくて生意気な実の
妹だっつうの)

妹「もうあまり生意気な態度を取らないように気をつけるね」

兄(・・・・・・)


妹「ねえ? 聞いているの」

兄「聞いてるって」

妹「真面目に話してるのに。何でお兄ちゃんはいつも適当に聞き流すのよ」

兄「別にそんなことしてねえよ」

妹「っていけない。またやっちゃった。こういう態度がよくないんだった」

兄「いや。そこまで神経質にならなくてもいいだろ」

妹「いい兄妹関係っていうか、普通の兄妹はこんなぎすぎすしたやり取りはしないと思う
の」

兄「そうかあ?」

妹「違うの?」

兄「いや。そう言われてみれば俺にもよくわかんねえけど(よその兄妹の関係なんか知ら
ないしな。幼馴染は一人っ子だし)」

妹「あたしが思うにね」

兄「うん」

妹「あたしとお兄ちゃんってどっちも本気で悪意だったり攻撃性だったり、そういう感情
はお互いに対して抱いてないと思うの」

兄「少なくとも俺はそうだよ」

妹「あたしだってお兄ちゃんのことは別に嫌いじゃないし、っていうか好きかも」

兄「はあ?(な、何言ってるんだこいつ)」

妹「お互いにそんな気はなくても売り言葉に買い言葉でお互いを傷つけあってたのかもし
れないね」

兄「それはそうかもな。俺だって別におまえが嫌いなわけじゃねえし(俺のことを好きか
もって何だよ。どういう意味なんだ)」

妹「だからまあ。本当は家族は一緒に住むべきだとは思うけど、これ以上喧嘩したくない
からお兄ちゃんの一人暮らしは認めるよ」

兄「・・・・・・何で上から目線なんだよ」

妹「お兄ちゃん」

兄「何だよ」

妹「そういう攻撃的な言葉遣いを改善するとことからしないといけないんじゃないの?」

兄(おまえだってそうだろうが。許すとかそういう言葉遣いを改善しろよ)


妹「そういえばお兄ちゃん。コンビニで何買うの」

兄「今日の夕食」

妹「・・・・・・行く先変更ね」

兄「何で?」

妹「スーパーに行こう」

兄「スーパーの弁当よりまだしもコンビニ弁当の方がいいんだけど」

妹「作ってあげる」

兄「・・・・・・」

妹「どうせ身体に悪い食生活しているんだろうから。今日はあたしがお兄ちゃんの夕ご飯
を作る」

兄「何言ってるんだよ。あっちの方はどうするんだ」

妹「あっちって?」

兄「おまえたちの家のことに決まってるだろ」

妹「あのさあ。お兄ちゃんの部屋だってあるんだよ? おまえたちの家とかじゃまるでお
兄ちゃんの実家じゃないみたいじゃん」

兄「そういうつもりじゃないって。つうか言葉尻を捕まえて責めるなよ。これじゃ今まで
と同じじゃねか」

妹「お兄ちゃんが、あっちとかおまえたちの家とか言うからでしょ」

兄「また喧嘩になるからそれは忘れろ。とにかくゆう君とかに夕食の支度をしてやらなく
ていいいわけ?」

妹「パパとママは仕事で今日は帰って来ないし」

兄(結城さんのこともうパパって呼んでるのかよ)

妹「それに」

兄「うん? ゆう君の夕飯はどうすんの」

妹「コンビニのお弁当みたいよ」

兄「・・・・・・はあ? おまえゆう君に食事の支度をするの楽しみにしてたじゃんか」

妹「楽しみに何かしてないよ」

兄「(何か弱々しい口調だな。いつも強気なくせに)だって言ってたじゃん。こんな料理
でゆう君が満足してくれなかったらどうしようみたいなこと」

妹「お兄ちゃんはさ。あたしの支度したご飯とコンビとかファミレスのご飯とかどっちが好き?」

兄「ええと」

妹「正直に言って」

兄(何でこんなに必死なんだ。いったいこいつらが引っ越したわずかな間に何があったん
だ)


妹「引越ししてからパパもママも仕事で帰ってこなかったから、最初の夜にゆう君と二人
であたしの作った夕ご飯を食べたの。そしたら次の日から、俺の分は用意しなくていいか
らって言われた」

兄「ゆう君がそんなこと言ったんだ」

妹「うん。次の日からゆう君は外食とかコンビニのお弁当で夕ご飯を済ませようになった
の」

兄「そうか」

妹「そうかって。他に言うことはないの」

兄「いや」

妹「いやってどういう意味」

兄「だから俺に絡むなよ。俺のせいかよ。そういう態度を改善するんじゃなかったのか
よ」

妹「そうだった。ごめん」

兄「それで? それで俺におまえの料理がどうとか言い出したのか」

妹「・・・・・・うん。ひょっとしてお兄ちゃんも我慢して食べていてくれたの」

兄「それはない」

妹「本当?」

兄「本当だ(妹とゆう君の仲なんかどうでもいいが、こういうところで嘘を言っちゃいけ
ないな。俺は妹が今日顔を見せる前にコンビニ飯生活にうんざりして、妹の作ってくれて
いた料理を懐かしく思ったのは事実なんだから)」

妹「そう」

兄「本当だぜ」

妹「それならよかった。ちょっとだけ安心した。でも、あたしの料理の腕のせいじゃない
なら何でゆう君はあたしにあんなこと言っただろ」

兄「まあさ。それぞれの家庭の味ってあるだろうから、いきなりは馴染めなかったんじゃ
ねえの。ゆう君も」

妹「そうかな」

兄「そうだろ(しかし、ゆう君とこいつの仲って心配していたほど接近してねえのな。多
忙な結城さんと母さんが不在で、こいつらが二人きりならすぐにべたべたくっつくかもし
れないって心配してたのにな)」

兄(心配って何だよ。これじゃ俺が妹に片想いしているみたいじゃんか。俺が片想いして
いるのはあくまでも幼馴染だって)

妹「じゃあスーパーに行こう。お兄ちゃん、何が食べたい?」

兄「本当に作るの?」

妹「うん。お兄ちゃんが嫌じゃなかったら」

兄「だからコンビニ弁当にも飽きてたとこだし。全然大歓迎だけど」

妹「よかった」

兄「・・・・・・」


兄(まじで美味しかった。妹の作る飯をここまでしみじみ美味しいと思ったのは初めてか
もしれん)

兄(コンビニとファーストフードとファミレスのコンボが続いていたせいかもしれないけ
ど)

妹「もうご馳走様?」

兄「うん。うまかった」

妹「無理して言ってない?」

兄「言ってない。おまえの肉豆腐ってマジでうまいな」

妹「・・・・・・お兄ちゃんがお世辞言うなんて珍しいけど。でもそう言われると嬉しい」

兄「お世辞じゃないって」

妹「うん。片づけするね」

兄「いやいいよ。それくらい俺がしておくから。おまえは遅くなるからもう帰った方がい
いかな」

妹「すぐに終るから」

兄(あ。まただ。テーブルに屈んで食器を片付けている妹の服の胸元から)

兄(真っ白だ。小さいけど、控え目だけど白い丘が・・・・・・)

妹「何?」

兄「何でもない(やべ。覗いてたの気づかれたか)」

妹「じゃあまた来るね」

兄「(また来るのかよ)ああ。今日はありがとな」

妹「お礼なんかいいけど。ちょっとはあたしたちって仲良くなれたかな」

兄「・・・・・・ああ。てか、俺たちって今までって仲悪かったのか」

妹「ふふ。そうだね。本当はあたしたちって仲なんか悪くなかったのかもね」

兄「・・・・・・どういう意味」

妹「何でもない。お兄ちゃんまたね」



兄(あれ? これって)

兄(妹の財布じゃん。あいつ忘れていったのか)

兄(ちょっと携帯に電話して・・・・・・出ねえ。歩いていて気が付かないのかな)

兄(追いかけるか。晩飯作ってくれたんだしそれくらいは)

兄(よし)

兄(もうすぐ駅だな。妹は・・・・・・。あ、いた)

兄(・・・・・・あれ)

兄(いったい誰とだ。妹が男に抱かれてキスされてる。つうか妹も男の首に両手を回して
抱きついて)

兄(あれって・・・・・・。あれってゆう君と妹じゃんか)

兄(あのちゃらいゆう君に妹が抱きしめられてキスされている)

兄(・・・・・・落ち着け俺。妹だぞ。誰とキスしたっていいじゃんか)

兄(・・・・・・帰ろう)


>>59
そういうわけじゃなくて、今仕事が忙しいので一回の投下量とか投下間隔が「些細な」よりは減るだろうってことです。

>>60
まとめにまでレスしてくれてありがとう。「些細な」みないなのを期待されると違うかもしれないけど、よかったら見てい
ってください。


今日は以上です
またとうかします


兄(同居してすぐなのにもうできてたんだ。あの二人)

兄(妹が誰と付き合おうが勝手だけど。それなら何で俺にあんな相談したんだろ)

兄(わざわざ飯を作ってまでさ。それに)

兄(冷静に考えれば義理とはいえゆう君は妹の弟になるわけで)

兄(実の兄妹ほどハードルは高くないだろうけど、それにしても普通に世間に気軽に言い
まわれるような関係じゃないことは間違いないよな)

兄(妹があの義理弟に好意を抱いていることは明らかだった。それを隠している様子もな
かった。でも、ゆう君のほうはちっとも妹に興味がないって感じだったし)

兄(一緒に暮して妹のことが好きになったのかな。今まではあまり気にしなかったけど、
最近気づいてみれば妹って結構可愛いし)

兄(それにしてもできたばかりの義理の妹に手を出すか? 普通)

兄(悔しいがゆう君はイケメンだ。別に女なんか身近なところで調達しなくたっていくら
でも彼女なんか作れるだろうに)

兄(でも抱き合ってキスしてたしな。駅前でいろんな人に注目を浴びているにも関わら
ず)

兄(まあいい。正直わけわなんなくて混乱してはいるが、これは純粋に妹と義理弟の問題
であってあいつらの自己責任だ。俺なんかが口を挟むようなことじゃない)

兄(妹だってもう高校生だし。それに考えてみればこれまであいつがどんな男と付き合っ
てきたのかなんで全然知らねえしな)

兄(・・・・・・つうかあいつってこれまで男がいたことあるのかな。今まで全然気にしてなか
ったからな。よくわからん)

兄(まあいいや。一人暮らししている俺には関係ない。あいつらが付き合おうが親にばれ
て修羅場になろうが)

兄(ちょっと待て・・・・・・それよりあいつらって普段からいつも家で二人きりじゃん)

兄(お互いに好きあっているならあっという間に最後まで行けちゃう環境だな。両親は普
段から帰宅が遅いし、やりたい放題か)

兄(俺の一人暮らしって結果的には妹にもゆう君にも都合がいいわけだ)

兄(妹は俺の一人暮らしを怒ってたけど、内心はラッキーくらいに考えてたのかな。そう
考えると何かむかつく)

兄(・・・・・・じゃない。もう放っておくことにしたんだから、あいつらのことは考えるのを
やめよう。ていうか妹の財布どうしよう)


?「君」

兄(返さないわけにもいかねえしな)

?「君」

兄(え?)

教授「君さ。僕の講義ってつまらないですか」

兄「いえ。すいません(やべ)」

教授「寝るだけならここにいなくてもいいよ。出て行きなさい」

兄「すいません。寝てません」

教授「そうか。寝てないか」

兄「はい」

教授「じゃあ僕が今説明したのは何についてか言ってみなさい」

兄「・・・・・・すいません」

教授「答えになってないね」

兄「すいません」

教授「さて、このように人文科学においては一見表層に見えている事実の裏にさらにその
原因となる事象が隠されていることがあります。実際に我々に見えている事実だけから一
般的法則や仮説を導き出すのは危険な場合があるということで」

兄(・・・・・・ちくしょう。今日の講義は絶対聞きたいところだったのに)

兄(くそ。何で妹のことごときでうっかり悩んだりしてしまったんだろ)

兄(こんなことやってたら父さんの後に続くなんて夢の夢だ)

兄(・・・・・・何で妹と義理弟のことがこんなに気になるんだ)

兄(くそ)

教授「そういう考え方を説明する原理として一般に知られている仮説は何という名称です
か」

兄(今まで妹のことなんかこんなに気になったことなんか)

教授「兄君? 答えて」

兄「あ」

教授「・・・・・・君はまたか」



兄(自己嫌悪だ。俺はいったい何してるんだ。何一つ新しいことを学ばないで講義が終っ
てしまった)

教授「ちょっと待ちなさい。兄君」

兄「(やべ)すいませんでした」

教授「謝らなくてもいいからちょっと僕の部屋に来なさい」

兄「(説教か。でも無理はない。それに先生に見放されたら父さんの後に続くという俺の
夢はそこで終わりだ)はい」

教授「適当に座りなさい」

兄「失礼します」


兄「あの。今日はすいませんでした」

教授「何があったのか知らないけど。来週からは気をつけなさい。いくら君が池山先生
の息子だって僕が特別扱いできるのにも限度があるからね」

兄「すいませんでした」

教授「まあいい。そのことで君を呼んだんじゃないんだ」

兄「(よかった)はあ」

教授「これなんだけどね」

兄(何だ)

教授「違うよ。どこ見てるの。僕のデスクのパソコンを見なさいよ」

兄(そんなもん俺の位置から見えるかよ)

教授「ほら。こっちに来て」

兄「はあ」

兄(何なんだ。何かのブログ? 掲示板か?)

教授「本当に偶然なんだけどね。昨晩池山先生の氏名で検索してたら偶然これを見つけて
ね」

兄「はあ。何ですかこれ」

教授「池山先生のブログ」

兄「(何だって)何ですって」

教授「君、知らなかったの」

兄「全然知りませんでした」

教授「そうか。昨日は徹夜になったよ」

兄「父がブログ? 全然知りませんんでした」

教授「正確に言うとブログと言うか、先生のホームページに設置された掲示板だね」

兄「はあ」

教授「ブログが流行りだす前にはよくあったんだよ。CGIスクリプトで掲示板を設置し
てるサイトが。で、これは掲示板としてというより、先生の公開日記みたいなものだ」

兄「そんなものを父が」

教授「研究のこととか家族のこととかを何年間にもわたって気ままに綴っている。私の名
前も後輩の研究者として名前が出てきていたし、何だか懐かしくて徹夜で全部読んでしま
ったよ」

兄「・・・・・・」

教授「そうか。君は知らなかったのか。ブログと違ってホームページなんで、製作者の死
後まで残っているなんて珍しいね。お父さんのアカウントが残っていたんだね」


幼馴染「遅いよ」

兄「悪い(先生にURLを教えてもらった。家に帰ったら見てみよう)」

幼馴染「先生に呼ばれて遅くなったんでしょ」

兄「なぜそれを」

幼馴染「今日の講義だめだめだったじゃん、君。呼び出されて怒られた?」

兄「いや。そうでもない」

幼馴染「違うの?」

兄「呼び出されたのは確かだけど、怒られはしなかったな」

幼馴染「あんな態度で受講しててよく怒られなかったね」

兄「いや、まあ先生も怒っていたとは思うけど」

幼馴染「どっちなのよ。まあ、いいや。帰る?」

兄「帰るって。帰る以外に何かすることあるの」

幼馴染「幼友が君のこと探してた」

兄「げ」

幼馴染「げって。彼女と話ししていくならあたしは先に帰るけど」

兄「あいつと話すことなんかないよ。一緒に帰ろうぜ」

幼馴染「いいの?」

兄「いいって?」

幼馴染「・・・・・・別に何でもない。じゃあ行こう」

兄「うん」

幼馴染「ねえ」

兄「うん。つうかホームに電車来てるぜ、急ごう」

幼馴染「別に次の電車を待ったっていいじゃん。って、ちょっと待ってよ」

兄「急げ」


幼馴染「別にこのあと用事があるわけじゃないんでしょ。何も階段を駆け上がらなくて
もいいじゃない」

兄「無駄にホームで時間を潰すこともないでしょ。あ、あそこ座れるな」

幼馴染「ちょっと・・・・・・待ってよ」

兄「ほら座れたぜ」

幼馴染「昔からせっかちだよね、君って」

兄「そうかな」

幼馴染「そうだよ。そのくせ考えすぎなほどうじうじ考える癖もあるし」

兄「悪かったな」

幼馴染「決断力もないし」

兄「・・・・・・放っとけ」

幼馴染「講義中何考えてたの」

兄「寝てただけだよ」

幼馴染「何か悩んでる顔してたよ」

兄「おまえも人の顔を見てないで講義に集中しろよ」

兄(さすがに妹と義理弟が付き合ってるらしいなんていう家族の秘密は、いくら幼馴染の
こいつにだって話せないよなあ)

幼馴染「・・・・・・ねえ」

兄「今度は何」

幼馴染「今日はこれから何か用がある?」

兄「別にないけど」

幼馴染「君の部屋に行ってもいい?」

兄「はい?」

幼馴染「まだ一回も行ったことないし」

兄「別にいいけど(ようやく俺の一人暮らしの部屋でこいつと二人きりになるときが来た
か)」

幼馴染「いい部屋だね」

兄「適当に座りなよ」

幼馴染「うん」

兄「何か飲む?」

幼馴染「うん。何でもいいよ」

兄「じゃあ紅茶でいいな」

幼馴染「えらいえらい。あたしの好みをちゃんと覚えていたんだ」

兄「もちろん。ミルクでいいんだろ」

幼馴染「・・・・・・」

兄「違ったっけ」

幼馴染「・・・・・・違わない」


兄「・・・・・・どうした(何か思い詰めたような表情だ)」

幼馴染「うん」

兄「おまえ、何か今日ちょっと変じゃね」

幼馴染「・・・・・・そうかも」

兄「何かあった?」

幼馴染「あったと言えばまあ、あったかも」

兄「よかったら相談に乗るけど」

幼馴染「何の冗談よ」

兄「冗談っておまえなあ」

幼馴染「それはこっちのセリフだよ。君にとってはすごく大切なはずの講義の時間にぼう
っとしっていた君が、あたしの相談に乗る? 冗談はやめて」

兄「・・・・・・そこまで言わなくても」

幼馴染「いい加減にしてよ。悩みに乗るって何? 君にはもっと他にあたしに言うことが
あるでしょ」

兄「興奮するなよ」

幼馴染「してないよ」

兄「・・・・・・(してるじゃんか。何で俺が怒られるんだ)」

幼馴染「ねえ」

兄「ああ」

幼馴染「昔から君とは一緒だったから君のことはよく知っているつもりだったけど。君っ
てあたしが思っていた以上にはっきりしない人だよね」

兄「何言ってるのか意味わかんないよ」

幼馴染「何ではっきりと口にしないの?」

兄「だから何を」

幼馴染「わかってるくせに」

兄(うん。本当はわかってる。何で口にしないのかと言われれば)

兄(こいつにはっきりと振られて傷付くのが恐いからかなあ)

幼馴染「あたしはさ。それ一人で勝手に思ってただけなんだろうけど、何となく昔から君
とは特別な関係だと思ってたよ」

兄(え?マジ。もしかして俺たちって両想いだったの?)

幼馴染「幼友に付き合ってるのって聞かれたとき、君がそのことを否定したあのときまで
はね」

兄「ちょっと待て」

幼馴染「付き合ってないなら何で毎日一緒に大学に行ったり、待合わせして一緒に帰った
りしてたの」

兄「違うって。違うよ」

幼馴染「何が違うの」

兄「俺だってさ。昔からおまえとは一緒だったしさ。でもお互いにそういうことを口にし
たり、つうか匂わせることすらしてなかったじゃん」

幼馴染「・・・・・・何が言いたいの」

兄「いや、だから俺だっておまえとは特別な仲だと思ってた・・・・・・というか、おまえもそ
う考えてくれていたらいいなって思ってたよ」


幼馴染「だったら幼友に聞かれたときに、君は何であんなこと言ったのよ。あたしすごく
傷付いたんだからね」

兄「いや、あん時は最初におまえが聞かれたんだろ。おまえだってはっきりと俺と付き合
ってるって言わなかったじゃんか」

幼馴染「・・・・・・それは。でもそう言うのって男の子の役目でしょう」

兄「男も女もあるかよ。俺だって結構あれでへこんだんだからな」

幼馴染「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

幼馴染「ねえ」

兄「うん」

幼馴染「君が今その場しのぎの嘘を言ってるんじゃないんだったら」

兄「嘘なんか言ってねえよ」

幼馴染「だったら。ちゃんと言って」

兄「えーと」

幼馴染「・・・・・・」

兄「おまえのこと好きだ。多分ずっと昔から。一緒に幼稚園に通っていた頃から今まで、
俺はおまえのことがずっと好きだったんだと思う」

幼馴染「・・・・・・変な顔」

兄「おまえなあ」

幼馴染「君の緊張している表情、久し振りに見たよ」

兄(何だよ。このままはぐらかす気かよ・・・・・・って。こいつ涙が)

幼馴染「でもよかった」

兄「え」

幼馴染「やっと言ってくれた。あたしの予定では中学か高校時代には、あたしたちは正式
に付き合い出すはずだったのに。君が優柔不断なせいでもう大学生になっちゃったじゃな
い」

兄「あの」

幼馴染「あたしも君が好きだよ。ずっと小さい頃から」


兄「・・・・・・そうか」

幼馴染「何よ、そうかって。もっとほかにい言うことはないの・・・・・・って、ちょ」

兄「幼馴染」

幼馴染「いきなり抱きしめないでよ。今まで手だって繋いだことないのにびっくりするじ
ゃない」

兄「嫌だった?」

幼馴染「・・・・・・嫌じゃないよ」

兄(・・・・・・)

幼馴染(・・・・・・)

兄「えと」

幼馴染「嫌だった?」

兄「嫌じゃねえよ(こいつにキスされた)」

幼馴染「君のせいで大学生になるまでファーストキスだって経験できなかったじゃない」

兄「俺だってそうだよ」

幼馴染「知ってるよ」

兄(こいつの身体って抱きしめるとこんな感触なんだ)

幼馴染「ねえ?」

兄「うん」

幼馴染「今度幼友に会ったらあたしたちが付き合っていること、ちゃんと彼女に話して
ね」

兄「わかった。もちろんだ」

幼馴染「あとお互いの親と妹ちゃんにも言わないとね。きっとびっくりするね」

兄「(妹に言う必要あるのか)びっくりするかな」

幼馴染「すると思うよ。今まで君とあたしが付き合っていなかったということにね」

兄「そっちかよ。でもそれはそうだろうな」

幼馴染「ねえ」

兄「今度は何?」

幼馴染「今度は君からキスして」

兄「うん(こいつのこと、大好きすぎる)」


今日は以上です
また投下します


兄「おはよ」

幼馴染「おはよう」

兄「(見慣れているはずのこいつの笑顔が眩しい)昨日、あれからおばさん何か言って
た?」

幼馴染「うん。いろいろ言われた」

兄「マジで? 本当は反対だとかじゃないよね」

幼馴染「ううん。逆だよ。ふふ」

兄「何笑ってるんだよ。おばさんは何て言ってたんだよ。それにおじさんは?」



幼馴染母「ねえ」

幼馴染「何よ」

幼馴染母「さっき兄ちゃんが言ってたこと本当?」

幼馴染「何でそんなこと聞くの? あたしが兄と付き合い出したのがそんなに意外なの」

幼馴染母「逆よ逆。あんたたちって小学校生の頃はともかくさ、中学とか高校の頃から
は付き合っているんだと思ってたよ」

幼馴染父「本当に付き合ってないの? 兄君はいい子なのになあ」

幼馴染「だから付き合ってます! 今日からだけど」

幼馴染母「兄ちゃんのお母さんもびっくりするんじゃない? まさかあなたたちが今の今
まで何の関係もなかったなんて聞いたら」

幼馴染「関係なかったわけじゃないよ。ちゃんと、その・・・・・・恋人同士になったのが今日
だってだけじゃない」

幼馴染父「まあ結果的には付き合い出したからいいけど。下手したら二人とも別々な相手
と付き合っていたかもしれなかったのか」

幼馴染母「そんなの嫌よ。お母さんは」

幼馴染「・・・・・・もう。ちょっとしつこいよ」



幼馴染「というわけ」

兄「おまえの言ったとおりだったのか」

幼馴染「想定どおりだよ。ついでに君となら絶対両親は反対しないと思ってたことも想定
どおりだけど」


兄「俺たち二人以外はみんな俺たちが付き合っていたと思っていたんだな」

幼馴染「違うよ」

兄「違うの?」

幼馴染「そうよ。そう思っていたのはあたしたち二人じゃなく、君だけだよ」

兄「そうじゃない・・・・・・と思う」

幼馴染「そうだった。君は優柔不断なだけだった」

兄「おまえなあ」

幼馴染「冗談よ」

兄「もう勘弁してくれよ」

幼馴染「・・・・・・うふふ」

兄「・・・・・・」

幼馴染「・・・・・・」

兄「えーと」

幼馴染「・・・・・・あたしたちだいぶ上手になったんじゃないかな」

兄「昨日の今日で?」

幼馴染「うん。昨日のキスより今のやつの方が上達した気がする」

兄「行こうか」

幼馴染「うん」

兄(え)

幼馴染「何してるの。講義に遅れちゃうよ」

兄「うん(顔ちょっと赤い。こんなこいつ見るのって初めてかも)」

幼馴染「ほら」

兄「引っ張るなよ(手をつなぐのって多分初めてじゃないけど、付き合い出してからは初
めてだ)」

兄(手をつなぐ前にこいつとキスしちゃったんだもんな、俺)

幼友「おはよう」

幼馴染「・・・・・・・おはよう」

幼友「って。何なの?」

幼馴染「何なのって?」


幼友「あんたたちさ。付き合ってないって言ったじゃん」

幼馴染「だから?」

幼友「だからって。じゃあ何であんたたち手をつないでいるのよ」

幼馴染「あたしと兄は付き合っているから」

幼友「はあ? あたしのことバカにしてるの」

幼馴染「別にそういうわけじゃないよ。何か変に妄想するのやめてくれない」

兄(何だ。幼馴染ってこんなに攻撃的な言葉遣いをする子じゃないのに)

幼友「開き直り?」

幼馴染「開き直りって、言葉の意味わかって使ってる?」

兄(まして幼友はこいつの仲のいい友だちなんだよな。友だちに対してこんなに攻撃的な
幼馴染の姿なんて初めてだ)

幼友「ふざけんなよ。誤魔化してるんじゃないわよ。付き合っているのに、あたしに嘘言
ったくせに」

幼馴染「それであなたに何の被害があるの」

幼友「・・・・・・それは」

兄「幼友の誤解だって。おまえも煽るのはよせ」

幼馴染「だって」

幼友「だって」

兄「おまえに聞かれたときは付き合ってなかったんだから嘘じゃねえよ」

幼友「幼馴染は兄君と付き合っているって言った」

兄「あの後、俺たち付き合い出したんだよ。だから嘘じゃない」

幼友「信じられない」

幼馴染「何で?」

兄「よせよ」

幼馴染「だって・・・・・・」

幼友「もういい。講義始まるからあたし行く」

幼馴染「そんなのあたしたちだって一緒だって」

幼友「・・・・・・ふざけんな」

幼馴染「最初から最後までずっとふざけてんかいないよ。被害妄想もいい加減にしなよ」

兄「だからよせって」

兄(駆けて行っちゃった)

幼馴染「・・・・・・」


兄「あのさ」

幼馴染「ごめん」

兄「いや。そうじゃなくてさ」

幼馴染「うん?」

兄「いやさ。別に俺なんかがそんなにもてるわけはないけどさ」

幼馴染「君は何が言いたいの」

兄「その、違ってたらごめん。もし、幼友が俺のことを好きでさ、俺が彼女に気を惹かれ
るっておまえが心配しているならさ」

幼馴染「うん」

兄「そんなことは全くいらん心配だからな」

幼馴染「うん。それは疑ってない。あたしと君には小さい頃からずっと一緒に過ごしてき
た実績があるんだもん」

兄「うん。それは間違いねえよ」

幼馴染「だからさ。そういう心配はしてないの。本当だよ」

兄「うん。俺だっておまえ以外にこんなに身近に一緒に過ごしてきた女なんかいない」

幼馴染「おばさんと妹ちゃんをのぞけばね」

兄「だから家族は別だって。そんなこと言ったらおまえの親父さんだってそうだろ」

幼馴染「まあ、それは今はいいや。とにかくあたしは君と幼友がどうにかなるなんて心配
すらしていないよ」

兄「じゃあ何であんな態度を取ったんだよ。おまえの友だちなんだろ」

幼馴染「うん。そうなんだけど」

兄「だけど?」

幼馴染「まあいいや。とにかくあたしは君と幼友に関しては何の心配もしていないよ」

兄「そう? ならいいけどさ」

幼馴染「うん。あたしの態度が君の気に障ったなら謝るよ。ごめん」

兄「おまえのことを心配しただけだよ。別に気にしてねえし」

幼馴染「よかった。じゃあ急ごう」


兄「じゃあな」

幼馴染「まだそんなに遅い時間じゃないのに」

兄「そう言うなって。おばさんに心配させちゃうだろ」

幼馴染「今までそんなこと気にしたことないくせに」

兄「それはそうだけど。おまえの両親の公認で付き合い出したんだから、責任ってものが
あるだろ」

幼馴染「気を遣ってくれるのは嬉しい気もするけど。君はさ、あたしの両親よりもあたし
のことを優先しなさいよ」

兄「してるって。でもまた明日会えるじゃん」

幼馴染「ちょっとでも一緒にいたいのに」

幼馴染母「小学生の頃からずっと一緒だったのに、まだそんなこと言ってるの? この子
は」

兄「あ、おばさん。こんばんは」

幼馴染母「兄ちゃん、こんばんは。お母さんはお元気?」

幼馴染「それ、昨日も聞いたじゃん」

幼馴染母「そうだったね。兄ちゃん、わがままな娘でごめんね。見捨てないでやってね」

幼馴染「お母さん!」

兄「いやその」

幼馴染母「この子ったら柄にもなく照れちゃって」

幼馴染「うるさいなあ」

兄「じゃあ俺は失礼します」

幼馴染母「帰っちゃうの? 昔はうちで妹ちゃんと一緒に夕ご飯を食べてくれてたのに」

兄「明日の講義の予習もあるので」

幼馴染「そうだよ。もうお母さんは黙ってて」

兄「失礼します・・・・・・幼馴染も明日な」

幼馴染「勉強もいいけど遅れないでよ」

兄「わかってる。じゃあ失礼します」

幼馴染母「兄ちゃん、またねえ。妹ちゃんによろしくね」



兄(帰宅。小さな部屋だけどここだけが俺の家だって心底思えるな)

兄(あいつらと一緒に暮らすよりは何百倍もましだ)

兄(それにしても)

兄(付き合い出してからも俺へのおばさんの態度は変わらねえなあ)

兄(初恋の相手と両想いだったことがわかって、恋人同士になって)

兄(そのうえ彼女の親から大歓迎されてるんだ。俺って幸運なんだな)

兄(俺にもう少しだけ勇気があれば、もっと早くからこうなれていたのに)

兄(でもいいや。今が幸せなら)

兄(メール? 幼馴染のおやすみなさいメールか。ちょっといつもより時間が早いけど)

兄(どれ・・・・・・妹だ)


from:妹
sub:無題
『このあいだお兄ちゃんのとこに行った日にお財布を亡くしたみたいなんだけど、お兄ち
ゃんの部屋にないかな? あっちこっち探したけど出てこないの。あまりお金は入ってい
ないんだけど、生徒証とか会員証とかも入れてあるからないと困るの。ちょっと部屋を探
してくれない?』



兄(・・・・・・忘れてた)

兄(財布は今でも俺のリュックの中にある。そういや中身は確認してなかったけど)

兄(とりあえず中の金とか確認するか)

兄(・・・・・・)

兄(金は・・・・・・三千円か。あとは)

兄(富士峰の生徒証、ツタヤの会員証。あと・・・・・・)

兄(写真?)

兄(ああ。何だ。昔家族全員で撮影したやつだ。つうかこれ俺のアルバムにもある)

兄(とりあえずメールするか)



from:兄
sub:Re:無題
『探したら財布あったよ。どうすればいい?』



兄(妹が家族の写真を財布の中にねえ。ゆう君に溺れているビッチのくせにな)

兄(まあいいや。もう俺には関係ない。それに)

兄(俺には幼馴染がいるんだ。俺が心配すべきは幼馴染であって、妹じゃない)

兄(返信だ)



from:妹
sub:Re:Re:無題
『ありがと。定期とかは別に持ってるからそんなに困らないし、今度お兄ちゃんの部屋に
取りに行くね。お休み』



兄(返信不要だな、これ)

兄(今頃、妹はゆう君に肩を抱かれてあいつに寄りかかりながらメールしてるんだろう
な。バカなやつだ)

兄(まあ、もうどうでもいい)

兄(そうだ。父さんのブログを見ないと)

兄(どれどれ)


今日は以上です
不定期ですけどまた投下します


兄(これか)

兄(・・・・・・自分の父親ながら父さんってこういうことにセンスなかったんだなあ)

兄(何だよこの素人丸出しのトップページは)

兄(へぼ民俗学研究者イケヤマの日常? 何かおやじくさい寒いタイトルだし)

兄(カウンターがあるな。あなたは4,006人目の訪問者ですか)

兄(コンテンツは三つしかねえ。民俗学的考察、イケヤマの未発表論文、へぼ研究者の日
記)

兄(デザインはともかく考察と未発表論文はぜひ見たい。でもとりあえず結城さんのあん
な話を聞いた後だと、日記を読むのが先だろうな)

兄(先生は徹夜で読んだとか言ってたけど)

兄(・・・・・・まさかネットで公開している日記に昔の不倫を告白しているわけはないから、
いったい俺は父さんの日記に何を期待しているのか)

兄(母さんや幼馴染にはああは言ったけど。これまで自分の人生の目標だった父さんを今
までどおりの目で見ることができるのか。母さんと浮気してお互いの相手を傷つけた父さ
んのことを本当に尊敬しているって言えるのかな)

兄(考えていてもしかたない。とりあえずクリックしよう)

兄(・・・・・・最新の記事って。このあたりは父さんが入院する直前じゃないか)



20××年10月15日
朝から雨が降っている。少し肌寒い。
今日から入院予定だ。別にそうシリアスなものではなく、職場の健診で気になるところが
あるそうで念のため入院して検査することになった。
たいしたことはないと言い聞かせているのに妻は取り乱している。その雰囲気が伝わって
娘も泣き出しそうな表情で僕を見る。救いは上の息子が冷静に支度を手伝っていることだ。
彼は僕に似ている。後一時間でタクシーが来るそうだ。さっきからパソコンを止めて支度
しろと息子がうるさい。



兄(これが父さんの最後の日記か。とにかく一番古い日記から見てみよう)



20××年4月5日
今日は娘の小学校の入学式だった。桜の木の下の校門前で記念写真を撮る。ついこの間こ
の子が産まれたと思っていたのに、時が経つのは早いものだと妻に話したら笑われた。
あなたは仕事に夢中で子どもたちの成長をちゃんと見ていないからでしょと言われる。非
常に心外だ。
確かに結婚するまでの僕は自分の生き甲斐である研究一筋だったことは確かだ。学部生時
代も院生時代も優先すべきは自分の研究だった。それは否定できないけど、妻とめぐり合
いそして二人の子を授かり僕は変わったと思う。依然として自分の研究が大切であること
には変わりないけど、今の僕には研究以外に大切なものがあるのだ。僕なんかと結婚して
くれた妻に感謝。



兄(・・・・・・母さんが泣いていたときに考えたことはやはり間違ってなかったのかな。馴れ
初めがひどい行為から始まったことは否定できないけど、それを父さんと母さんは乗り越
えたのかもしれない。浮気から始まった家族でも幸せになれたんだろうか。そのことによ
って最悪な馴れ初めを浄化して克服したんだろうか)

兄(妻に感謝、か。ちょっとこの先を斜め読みしてみよう)

兄(自分の研究のこととか書いてるな。そのうち時間のある時にゆっくり読みたいな)

兄(・・・・・・お)


20××年4月5日
息子の高校の個人面談に赴く。妻は仕事で多忙なので僕が行くことに。今日は××村の古
老からヒアリングの予定だったのだけど、事情やむを得ない。上司の研究科長も君の代わ
りにやっておくよと言ってくれた。職場に迷惑をかけるのは忍びないし、何より今携わっ
ている研究にとって重要なヒアリングだったのだっけど、息子には替えられない。
明徳は僕の出身校でもあるけど、担任の教師の話だと息子の志望している大学は僕と妻の
母校だとのこと。何か嬉しいような恥かしいような感じがする。
帰途、意外な人と再会。大学時代の思い出がよみがえった。ちょっと妻には話せないな。



兄(母さんに話せない人との再会って・・・・・・)

兄(この辺に何か昔の事実を知る手がかりがありそうな気がする。もう少し細かく見てみ
よう)

兄(もったいないけど、研究の感想とかは今は読み飛ばそう)



20××年10月20日
今日は結婚記念日。期待しないでささやかなプレゼントを用意して帰宅したら、妻が玄関
に満面の笑みを浮かべて立っていた。締め切り間近で作家さんの家に詰めてるんじゃなか
ったのか。子どもたちに不審がられないように涙を抑えるだけで精一杯だった。



兄(ここまで拾い読みしても、やっぱりうちの家庭は幸せな家庭だったとしか思えない
な)

兄(あれ。今まではなかったと思うけど、この日の日記にはコメントがあるじゃん。誰だ
ろ)



名前:RY
偶然、ここを見つけました。先日は久し振りにお会いできて懐かしかった。池山さんお元
気そうでしたね。よかった。



兄(RYか。え)

兄(まさか)

兄(結城さんは、父さんの元カノで離婚した自分の元妻の名前は怜奈だって言ってたよ
な)

兄(旧姓はわからんけど、この時期には怜奈さんは結城さんと結婚していたはずだし)

兄(RYって結城怜奈か? 久し振りにお会いできたとか妻には言えないとか)

兄(RYがコメントしている記事だけ追ってみよう。ほとんどコメントがついてないから探
すのは簡単だし)

兄(怜奈さんって父さんの浮気で別れちゃった元カノだよな。なんかどきどきする)


名前:RY
幸せかって言われると微妙だけど。でも自業自得だからね。だから、傷つけちゃった君が
今とても幸せで安定している家庭を築けている様子なのがわかって嬉しいよ。でもありが
とう。昔から君は優しかったよね。あたしがバカだったのにね。
あたしの方も夫婦仲は悪くないし息子のゆうは可愛いよ。もう中学生だから可愛いという
のも何だけど、素直ないい子に育っていると思う。この子にだけは昔の自分を知られたく
ない。それだけを心配しています。

名前:池山
僕は今は幸せです。確かにあのとき君が言ったとおり僕はさえない地方公務員として生き
ているけど、いろいろあった結果としてこの家庭を築けてよかったっと思っていますよ。
だから怜奈さんももう僕を傷つけたなんて気にしなくていいんだ。君も幸せのようで何よ
りです。いろいろあったけどお互い行き着くところに行き着いたんだね。
これからもよろしく。いつか四人で会えたらいいね。



兄(RYってやっぱり怜奈さんじゃん。ゆう君の名前まで出てきているし)

兄(つうか。何で怜奈さんが父さんを傷つけたってコメントしてるんだ。逆だろ。母さん
に誘惑されたにせよ、浮気したのは父さんの方なのに)

兄(読んだらいろいろ過去のことがわかるかと思ったのに。逆に謎が深まってしまった)



名前:RY
言い訳になっちゃうけど、君の選んだ進路を本心でバカになんかしてなかった。あのとき
は心が追い詰められて無理にでも偽悪的な態度を取らないと自分が崩れて行きそうだった
の。自業自得なのにね。
四人で会うのは正直敷居が高いから無理。でもありがとう。



兄(予備知識なくこれを読んでいたとしたら、怜奈さんの方が父さんを傷つけたとしか思
えないだろうな。結城さんの話とこのコメントのやりとりってしっくりとこないのはなぜ
なんだろう)

兄(それにしてもこの怜奈って人、このコメントの頃はまだ父さんに未練があったのだろ
うか。短い文章だけと何となくそんな気がする)

兄(このときにはお互いにもう子どもがいたのにな)

兄(結城さんの誤解ってこともあるのかな・・・・・・いや。結局母さんに裏切られた結城さん
は怜奈さんと結婚しているわけだし。誤解したまま結婚して子どもまで作るわけがない)

兄(もう少し読んでみようかな)


兄(結局徹夜になってしまった。研究者って理系文系を問わず文章を大量に書く能力が必
要だと前に父さんが言ってたけど、まさかホームページの日記ごときで父さんがそれを実
践していたとは思わなかったよ)

兄(まとめたら本が一冊できそうだ)

兄(・・・・・・)

兄(いや。マジで出版できるんじゃないか? これ。登場人物を実名とかを偽名にすれば
さ)

兄(父さんの出版物って論文ばっかだもんな。こういうのもいいかも)

兄(いや。世間的には無名な研究者の日記なんか出版してくれる出版社なんかないだろう
なあ)

兄(だったら自費出版で)

兄(まあいいや。でも、少なくともこれ母さんと妹には読んで欲しい。父さんの母さんや
家族への愛情が溢れているしな)

兄(いや。だめだ。怜奈さん関係のコメントがある以上、母さんと妹の目に触れさせるわ
けにはいかないな)

兄(結局、あれのほかには怜奈さんのコメントはなかったし、父さんの日記にも怜奈さん
や結城さん関係の記載はなかった)

兄(研究のことや家族のことばかりだったな)

兄(結局、昔あの四人の間に何が起きたのかはわからなかった)

兄(・・・・・・眠い。今日は休日だし幼馴染とも約束もないし。少し眠るか)

兄(寝たら少しじゃすまない予感はするけど)

兄(寝よ)

兄(・・・・・・)

兄(・・・・・・なんだなんだ)

兄(チャイム? いったい今何時だ・・・・・・六時三十分。まだ二時間も寝てねえじゃん)

兄(宅急便か)

兄(あ! 幼馴染が遊びに来たのか? 待たせたらかわいそうだしすぐに出よう)

兄「今開けます」

兄(・・・・・・あ)

妹「こんな時間にごめん。まだ寝てたよね」

兄「何でおまえが、こんな時間に・・・・・・」


妹「ごめん。お財布を取りに来たの」

兄「財布っておまえ。こんな時間にか?」

妹「・・・・・・ごめんなさい」

兄(なんなんだ。つうかこいつ)

兄(・・・・・・泣いてる?)

兄「どうせ起きるとこだったからちょうどよかったよ。まあ、入れよ」

妹「・・・・・・うん」

兄「朝飯食った?(何で妹が泣きながらこんな時間に)」

妹「食べてない」

兄「何か食う?」

妹「いい」

兄「その辺に座れよ。コーヒー入れるから」

妹「・・・・・・あたしがする」

兄「いいよ。ついでだから」

妹「うん」

兄(どう考えても財布じゃねえだろ。こんな時間に妹が俺のところに来るなんて。いった
い何があったんだ)

兄「ほら。ミルクと砂糖はここ」

妹「ありがと」

兄「これ財布な。念のため中身確かめたら」

妹「いい」

兄「そうか」

妹「・・・・・・」

兄(眠い。すごく寝たいけど妹を放置して寝るわけにもいかねえし)

妹「ねえ」

兄「うん?」

妹「お姉ちゃんは?」

兄「はい?」

妹「いるのかと思った」

兄「何で幼馴染がここにいるんだよ」

妹「だって。付き合ってるんでしょ」

兄「何でおまえが知ってるんだよ」


妹「お姉ちゃんから電話で聞いた」

兄(あいつめ。マジかよ)

妹「お姉ちゃん、毎日お兄ちゃんのアパートに行ってるって嬉しそうに言ってたし」

兄「そんなわけあるか(一回来てくれただけだっつうの。それはこれからはもっと頻繁に
ここに来てくれるだろうけどさ)」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・ミルク入れねえの」

妹「うん」

兄「何で? おまえいつもミルクと砂糖入れてたじゃん」

妹「そうだけど」

兄「別にいいけど」

妹「ありがと」

兄「え」

妹「ありがと。お兄ちゃん」

兄「何言ってるんだよ」

妹「好み覚えていてくれたんだ」

兄「それは。まあ、一緒に暮してた兄妹だしな」

妹「そうか」

兄「・・・・・・何かあった?」

妹「え」

兄「財布取りに来ただけじゃねえだろ」

妹「・・・・・・うん」

兄「やっぱりな」

妹「何でわかったの」

兄「確かにたいして仲のよくない兄妹だけどさ。それでも十何年も一緒に暮してればさ。
それくらいはわかるようになる(ベテランの幼馴染か。あれと一緒だ。俺も期せずしてベ
テランの兄になっていたのかもしれん)」

妹「お姉ちゃんがいるかと思って」

兄「幼馴染に会いにここに来たのか」

妹「うん。お姉ちゃん、いつもお兄ちゃんと一緒だって惚気てたし」

兄「それは残念だったな」

妹「・・・・・・別にいいよ」

兄「何があったの」


妹「・・・・・・」

兄(俺になんか話せないか。しかしいったいどうしたんだろ。まさか)

兄(まさか、ゆう君とのことが母さんたちにばれたのか)

兄(・・・・・・そうだとしたら。俺なんかが聞いても相談に乗れる気がしねえ)

兄(そもそもゆう君とこいつの関係に賛成なんかできっこないし。ゆう君のあのチャらい
格好には目を瞑るとしてもだ。義理の姉弟で抱き合ってキスすること自体不道徳じゃん
か。相談されても俺だって母さんの味方をするしかないもんな)

兄(どうしよう。幼馴染を呼び出すか)

妹「あの、さ」

兄「お、おう」

妹「お兄ちゃんってさ、ゆう君のことどう思う?」

兄「どうって(ビンゴかよ。この先の話は聞きたくねえ)」

妹「彼って格好いいじゃない? 学校とかでももててるかな」

兄「何の話だよ。俺にどう言えっていうの」

妹「ごめん。そうだよね」

兄「なあ」

妹「・・・・・・うん」

兄「何か悩みがあるんだろ。俺には言えない悩みがさ」

妹「・・・・・・」

兄「幼馴染を呼んでやろうか」

妹「朝の七時前に?」

兄(そうだった)

兄「いや。もう少し時間が経ったら」

妹「ねえ」

兄「うん」

妹「よかったらだけど。今まで仲が悪かったのにこんなこと言える立場じゃないかもだけ
ど」

兄「何なんだよ」

妹「お兄ちゃん。相談に乗ってくれる? 迷惑じゃなかったら」

兄(迷惑とか以前におまえとゆう君の関係に賛成できないっつうの)

兄「いいよ(何言ってるんだ俺)」

妹「・・・・・・ありがとう」


兄「話してみ」

妹「うん。あのさ、あたしゆう君とお付き合い始めたんだ」

兄「そうか」

妹「驚かないの?」

兄「おまえ、同居前から態度でバレバレだったしな」

妹「でも」

兄「何だよ」

妹「反対しないの?」

兄「俺の意見はともかく相談があるならまずそれを話せよ」

妹「わかった。お兄ちゃんが一人暮らししたでしょ。それで、二日目からはママも結城さ
んも帰宅が遅くなってね」

兄「ああ。おまえがゆう君に飯を作って、次の日から、飯の支度はいらないって言われた
んだろ」

妹「そうなの。それで、ゆう君にあたしのご飯って口に合わない? って聞いたの。ゆう
君って二人きりの家で、あたしの目の前でコンビニのお弁当とか食べてるんだもん」

兄「・・・・・・それで」

妹「そしたらゆう君にいきなり抱きしめられてキスされた」

兄「・・・・・・よかったな」

妹「よかったなって」

兄「望みどおりじゃねえの?」

妹「・・・・・・次の日ここに、お兄ちゃんの部屋にはじめて来たじゃない?」

兄「ああ、あの日のことね」

妹「混乱しててさ。ゆう君があたしのことを好きなら、何であたしの料理を食べないんだ
ろうと思って」

兄「それで」

妹「お兄ちゃんに料理のこと誉められて、そう言うものかと思ってそのときは納得したの。
それでお兄ちゃんの部屋を出て駅まで来たところで」

兄「どうした」

妹「ゆう君がいた」



妹『どうしたの。こんなところで』

ゆう『おまえを探してた』

妹『探してたって何で・・・・・・あ』

ゆう『じっとしてろ』

妹『ちょっと。やめて。こんな駅前じゃいや』

ゆう『うるさい。黙ってろ』

妹『・・・・・・いや』

ゆう『おまえだって嫌じゃないんだろ』


兄(けだものかよ。強引にもほどがある。こんなやつに妹が弄ばれるなんて)

兄(・・・・・・だけど。妹も抵抗していなかった。俺はあのときはっきりと見たんだ)

兄(結局いいなりになる妹の方にもっと腹がたつ)

兄「おまえだって別に嫌じゃなかったんだろ。突然だとか人前だとかが気になっただけで
さ」

妹「・・・・・・うん」

兄「(やっぱり)じゃあ、何が問題なの」

妹「ゆう君のことは正直好きだったから。それは突然でびっくりして抵抗しちゃったんだ
けど。別に嫌だったわけじゃないの」

兄「(実の妹のこんな話聞きたくねえ)じゃあ、何が問題なの」

妹「ゆう君に抱かれてキスされてたとき」



ゆう『そう。それでいいよ。素直な方がおまえって可愛いよ』

妹『・・・・・・ばか』

ゆう『家に帰るか』

妹『・・・・・・歩けないよ』

ゆう『俺につかまれ』

妹『うん』

?『何やってんの』

ゆう『おまえか』

妹(誰?)

?『堂々と駅前で浮気かよ』

ゆう『うっせえなあ』

妹(この女の人、誰だろ。大学生みたいだけど)

?『この子誰?』

ゆう『幼友には関係ないだろ』

妹(幼友って言うんだ。何で怒ってるんだろ)

幼友『あたしには聞く権利があると思う。あんたの彼女なんだし』

妹(え?)

ゆう『うるせえ。誰が彼女だよ。おまえなんかセフレだっつうの』

妹『(もうやだ)あ、あたし先に帰るね』

ゆう『おい。ちょっと待てよ妹。誤解だって』

幼友『あら。この可愛い子に振られちゃったね。ゆう』

兄(最低だなゆう君って。こんなやつが好きな妹も大バカだけど)

妹「お兄ちゃん?」

兄「ああ」

妹「あたしもお兄ちゃんと一緒にここで暮していい?」

兄「はあ?  何言ってるんだおまえ(本当に何言ってるんだこいつ)」


今日は以上です
また投下します


兄「その女の名前、幼友って言ってたのか」

妹「そうだけど」

兄(まさかな。よくある名前だし)

妹「何でそんなこと聞くの」

兄「いや。何でもない。それで逃げ出してどうしたんだよ(妹とゆうが抱き合っていると
ころを目撃したのは二日前じゃんか)」

妹「しかたがないから家に帰った」

兄「あいつはいなかったのか」

妹「いたよ。でも偶然パパが帰っていたから、ゆう君もあたしには何も言わなかった」

兄「そうか」

妹「でも、昨日の夜は二人きりで」

兄「二人きりで?」

妹「それ以上はお兄ちゃんにも言いたくない」

兄(何か変なことをされかかったのか。さっきの話のゆうの様子ならそれくらいはしかね
ないな。力づくで妹を納得させようとするくらいは十分ありえるかも)

妹「とにかく幼友とかという女のことも説明してくれないし。それは彼のことは好きだけ
どこのままうやむやにされて、その・・・・・・そういうことされるが嫌だったから。何とか逃
れて部屋に鍵をかけてた」

兄(妹からこんな生々しい話は聞きたくなかったなあ。小学生の頃は可愛らしく俺に寄り
かかって日曜午前の魔法少女アニメを見てたこいつが、ゆうにその)

兄「まあ、そういうことがあったあとで、ゆうと二人きりの家にいたくなくて始発で俺の
とこにきたわけか」

妹「・・・・・・うん。うやむやにされたまま彼と関係するのは間違っていると思ったから」

兄「関係とか生々しいことを兄貴に言うなよ」

妹「ごめん。でも相談に乗ってくれるってお兄ちゃんが言ったから」

兄「おまえは結局どうしたいの」

妹「どうって」

兄「ゆうから逃げて俺のところで暮したいの?」

妹「うん。お兄ちゃんがよければだけど」

兄「それってさ。もうゆうとは付き合わないってこと?」

妹「まだ、そこまで考えたわけじゃ」

兄「まだあいつのこと好きなの」

妹「・・・・・・多分」

兄「じゃあ、ここで暮しても何の解決にもなんねえじゃん」

妹「え」


兄「ゆうと縁を切りたいというなら、俺だっておまえの兄貴だしいくらでもおまえのこと
をここで匿ったっていいけどさ。まだ、あいつに未練があるならここに隠れて逃げてたっ
てあいつとの仲は改善されないんじゃねえの」

妹「そうだけど。でも一緒に暮しているとなし崩しにゆう君に抱かれてごまかされちゃう
もん」

兄「それはそうかもしれねえけど(抱かれるとか生々しい話を妹から相談されるとは思わ
なかったよ。童貞だぞ俺は。相談相手を間違えてるだろ)」

妹「・・・・・・少し時間と距離を置いて冷静に考えようかなって思って」

兄「にしても突然ここで暮すってよ」

妹「そうだよね」

兄「いくらなんでも突然すぎるだろ」

妹「お兄ちゃんはやっぱり迷惑だよね」

兄「(そうじゃねえだろ)いやそうじゃなくてさ。いきなり家出みたいにここに逃げ込む
わけにはいかないだろ。母さんに何て話すんだよ。彼氏のゆう君が二股かけてるみたいだ
から俺のところで暮しますって話す気かよ」

妹「・・・・・・ママはきっと怒るよね」

兄「それは間違いない。義理の姉弟でキスとかしたことにか、いきなり家出同然に俺のと
ころで暮しだすことにか、どっちに怒るかは別として」

妹「あたし、どうしたらいいの」

兄「おまえが単純にゆうから逃げたいなら兄貴としておまえを匿うよ。でも幼友とかいう
女のことを説明させたうえで、ゆうと仲直りしたいと言われても俺の力じゃなあ」

妹「うん。でもただ住まわせてもらうだけいいんだけど」

兄「まあ俺になんか男女関係の解決なんか期待してないだろうけどさ」

妹「そうは言ってないよ」

兄「やっぱり幼馴染を呼ぼうか」

妹「・・・・・・」

兄「もともと幼馴染がいると思って俺のとこに来たんだろ(こいつ。幼馴染が俺の部屋に
泊まっていると思い込んでたんだろうか)」

妹「・・・・・・」

兄「LINEでメッセージしとくわ。起きてたら返事してくれるだろうし」

妹「うん。お姉ちゃんにも迷惑かけちゃうね」

兄「あいつはおまえのこと大好きだからな。迷惑だなんて思わねえだろ」

妹「それならいいけど」


兄「既読になった。てか返信来たけど」

妹「お姉ちゃん何だって?」

兄「今日はどうしてもはずせない予定があるから無理だって」

妹「そう」

兄「明日なら朝から来れるけどって」

妹「一晩くらいなら部屋に鍵をかければ・・・・・・」

兄(脅しかよ。妹の貞操が危ないって考えれば、兄貴としてはもうごちゃごちゃ悩んでい
る場合じゃねえか)

兄「とりあえず、今晩はここに泊まってけ」

妹「え」

兄「そんで明日、幼馴染に来てもらうからさ。あいつに相談するといいよ」

妹「いいの?」

兄「あそこに帰ったらおまえがゆうに襲われるかもなんて脅かされたらそう言うしかねえ
だろ(そんな言い方はねえだろ俺は。こいつはゆうのことが好きにしても、悩んでいるこ
とには違いないんだし)」

妹「ごめん」

兄「いや。ちょっと言いすぎた。で、どうしようか」

妹「どうしようかって?」

兄「さすがに黙って俺のとこに泊まるわけにもいかねえだろ」

妹「・・・・・・うん」

兄「とりあえず母さんに連絡するわ。二人とも土日も仕事か?」

妹「今日明日は家に帰れないって」

兄「じゃあ俺から母さんに連絡しとくよ」

妹「ママにはなんて言うの」

兄「心配するな。とりあえずおまえとゆうのことは黙っておくから。俺の部屋がすげえ汚
いから、おまえが心配して一晩泊りがけで掃除してくれることになったって言っておく
よ」

妹「え」

兄「えって。何かまずいか」

妹「それだとかえってママを心配させないかなあ」


兄「なんで」

妹「あたしがお兄ちゃんの家に押しかけて一緒に寝るって聞いたらさ」

兄「(一緒に寝るって何だよ。言葉遣いに注意しろっての)別に、二人きりで過ごすなん
て前の家では普通にあったことじゃんか。父さんが亡くなったあとは」

妹「ママってさ。前からあたしとお兄ちゃんが変な関係にならないかって心配していたっ
ぽいし」

兄「・・・・・・はあ?(何言ってるんだこいつ)」

妹「昔から何度もそれとなく釘を刺されてたよ。あたしは」

兄「何の話だよ突然」

妹「お兄ちゃんは言われたことない?」

兄「あるわけねえだろ」

妹「あたしは言われたな。小さい頃ね、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するって言った
ら。ママには本気で怒られた。兄妹は結婚できないのよって」

兄「小さい頃って幾つだよ」

妹「小学生の頃じゃないかな」

兄「(妹と仲の悪くなる前、俺たち兄妹が一番仲良かった頃か)さすがに小学生で兄妹で
結婚とか言ったら、それは母さんだって切れるだろ」

妹「そうなのかな」

兄「そうだよ」

妹「ママを怒らせたくなかったし、お兄ちゃんと仲良くしたらいけないんだなって思っ
て」

兄「うん」

妹「そうしてたらいつのまにかお兄ちゃんと本当に仲が悪くなっちゃった」

兄「意味わかないし」

妹「とにかくそういうことなの」

兄「よくわからんけど、今なら大丈夫だよ。俺とおまえがここで一晩過ごすくらいで母さ
んが切れるわけないって」

妹「・・・・・・うん」

兄「と言うわけで母さんにメールするぞ」

妹「お願い」

兄「メールはした。なあ?」

妹「何?」

兄「悪いんだけどさ。俺、昨日徹夜だったんだよね。ちょっと寝てもいいか」

妹「ごめん。大学の勉強してたんだ」

兄「(父さんの日記のことは言えねえ)まあな。おまえは好きにしててもいいし、外出し
ててもいいからさ」

妹「わかった」

兄「一応、鍵渡しとくから。出かけるなら鍵かけて行ってな」

妹「出かけないけど。でも、邪魔しないから」

兄「うん。じゃあ、ちと寝るわ」

妹「おやすみなさい」

兄「え? うん。おやすみ」


兄(妹が俺におやすみって言うのなんていったい何年ぶりだろ)

兄(兄妹で普通に話ができるようになったのはいいけど。妹とゆうの問題は全く片付いて
いないし)

兄(つうか眠い。完徹で父さんの日記を読んだせいだな)

兄(・・・・・・寝落ちの感覚が襲ってくる)



兄(寒い)

兄(毛布がどっか行っちゃったのか)

兄(・・・・・・結構寝たのかもしれん。周囲が薄暗い)

兄(え。何で俺のベッドで妹が一緒に寝ている?)

兄(別にやばい距離じゃねえよな。物理的な接触はないし。だけど)

兄(物心ついて以来妹との距離がこんなに近いのは初めてじゃないか)

兄(物理的接触はないが・・・・・・)

兄(匂いはするな。こんだけ距離が接近していると)

兄(何か柑橘系の香りだ・・・・・・てか何だ。俺のシャンプーの香りじゃん)

兄(薄暗いけど、見えることは見える。見たいわけじゃないと思うけど見えてしまう)

兄(白T一枚で寝ている妹が悪い)

兄(むき出しの腕とか、細い首筋とか、ほの白く光っているように見える胸元とか)

兄(落ち着け俺。別に動揺するようなことじゃない。妹に抱きつかれている訳じゃねえん
だし)

兄(今何時だろ・・・・・・三時? 午後?)

兄(いや。窓の外が真っ暗なところを見ると夜中の三時だ)

兄(朝の七時すぎごろ寝たはずだから。え。二十時間も寝たってことか)

兄(徹夜後とはいえ我ながらありえねえ。)

兄(妹も俺を起こさなかったのか。朝昼晩と飯とかどうしたのかな)

兄(何か落ち着くな。ここまできたらもう少し眠るか)

兄(!)


兄(こら。俺に抱きつくなよ)

兄(おまえ、絶対俺をゆうと勘違いしてるだろ)

兄(・・・・・・前にも思ったことだけど)

兄(こいつ可愛いな)

兄(・・・・・・いやいや。俺には幼馴染がいるんだ。こいつに抱き付かれたくらいで動揺して
どうする)

兄(とにかく寝よう。こいつが俺に抱きついていることは無視だ。なかったことにする)

兄(華奢な骨格とか薄いしっとりとした肌の感じとか)

兄(ええい。全部忘れろ。感じるな俺)

兄(もう一度寝よう)

兄(・・・・・・眠れねえ。それはそうだ。昨日の朝から寝てるんだもんな)

兄(そっと妹の手を振り解いて)

兄(よし。妹を起こさないようにして、明後日のゼミの予習でもしよう。パソコンを見る
だけなら部屋の照明を点けなくてすむし)

兄(あ、やべ。父さんのホームページ開きっぱなしで寝ちゃったかも)

兄(どれ。パソの電源落ちてるな。よかった。消したんだっけ)

兄(・・・・・・消した覚えがない)

兄(二十時間。俺が寝ている間それだけ時間があって、することのない妹がパソコンの前
に座るっていかにもありそうだ)

兄(まさか)

兄(・・・・・・)



妹「あれ」

兄「何があれだ」

妹「何であたし寝てたんだろ」

兄「俺が知るわけねえだろ(寝起きのこいつの顔ってこんなに可愛かったんだ)」

妹「お兄ちゃんはいつ起きたの」

兄「ついさっき(無意識に髪を撫でつける仕草とか。今まで気にしたこともなかったのに。
つうか綺麗な髪だな。触ったら気持ちよさそうだ)」

妹「全然気がつかなかったなあ」

兄「おまえは寝てたんだし気がつくわけないだろ」

妹「それもそうか」

兄「おまえを放っておいて悪かったな」

妹「え・・・・・・ああ、別にいいよ。徹夜明けだったんだし」

兄「こんなに熟睡するとは思ってなかったよ」

妹「お兄ちゃん、ずっと寝続けてたよ。死んでるみたいだった」

兄「おまえなあ。もう少し例えようがあるだろうが」

妹「うふふ。だってそう言う感じだったんだもん」

兄「まあ二十時間近く寝るとは思ってなかったけど(何かなごやかな雰囲気だ。こんな
に妹とのこういう雰囲気で話せるなら、一緒に暮らしていた頃にこうしてればよかった
な)」


兄「おまえ、何時ごろ寝ちゃったの?」

妹「よく覚えてないや。暇だったからお部屋を掃除して」

兄(え? まさか俺のコレクション)

妹「冷蔵庫の中の物で夕ご飯の支度して」

兄「食事の支度してくれたのか」

妹「うん。暖めればすぐ食べられるよ」

兄「ありがとう」

妹「泊めてもらうんだしそれくらい」

兄「そうか」

妹「それで食事の支度してから暇で。お兄ちゃんは全然起きる様子もないし」

兄「うん」

妹「それでパソコン借りて・・・・・・あ、そうだ」

兄「何だよ」

妹「あれさ。絶対パパの文章だよね」

兄「・・・・・・見たの?」

妹「うん。お兄ちゃんは全然起きないし暇だったからパソコン借りようと思ったら、パパ
の日記が表示されてて。夢中で読んじゃった。すごく時間がかかったけど」

兄「(コメントには気がつかなかったのか)そうか。俺も昨晩初めて読んだんだよ。学生
時代の父さんの後輩が、今俺のゼミの指導教授でさ」

妹「そうなんだ」

兄「先生に教わったんだ。父さんの日記がネットに残ってるよって」

妹「うん。何かね。読んでいて泣いちゃったの。読んでよかった」

兄(やはり怜奈さんのコメントには気がついていないようだな。コメントってデフォじゃ
表示されないしな)

兄「そうか」

妹「ごめんね」

兄「へ? 何がごめんなんだよ」

妹「前に話したことの繰り返しになっちゃうけど、お兄ちゃんの気持ちがようやく本当に
理解できたよ」

兄「どういうこと」

妹「パパのあの日記ってさ。ママやお兄ちゃん、それにあたしに対するパパの気持ちがす
ごく伝わってきたの。パパって本当にあたしたちのことを愛してくれていたんだなって」

兄「うん。それは間違いねえよ」

妹「そんなことはわかっているつもりだったんだけど。でも、実際にあの文章を読むとね。
生前のパパの言葉や態度とかがよみがえってきてね。何時間も泣きながら読んでた」

兄「・・・・・・うん」

妹「だからごめん。お兄ちゃんの気持ちにもっとちゃんと向き合ってあげずに、ママの再
婚に浮かれちゃって」

兄「別にいいけど(浮かれているのは母さんの再婚だけじゃねえだろ。ゆうとの)」

兄(・・・・・・まあ、いいや)

妹「ご飯にしようか」

兄「うん」


今日は以上です
また投下します


妹「って、え」

兄「どうした」

妹「外真っ暗じゃない。いったい今何時なの」

兄「夜中の三時半くらい」

妹「こら」

兄「何だよ」

妹「何でこんな時間にあたしを起こすのよ。三時半だとわかったら急に眠くなったよ」

兄「起こしてねえよ。おまえが勝手に起きたんだろ」

妹「寝る」

兄「ちょっと待て」

妹「何よ」

兄「ご飯にしようかって、おまえ言ったじゃん」

妹「はあ? まさか夜中の三時半に夕ご飯だか朝ご飯だかわかんないけど。こんな時間に
食べるつもりなの?」

兄「だいたいおまえがご飯にしようかなんて言うからさ。急に腹が減っていることに気づ
いちゃったじゃんか」

妹「朝だと勘違いしてたの! あれはなし。また寝直そうよ」

兄「まあいいけど」

妹「ほら。場所あけたよ」

兄「はい?(妹がベッドの上で奥の壁際の方にずれた)」

妹「お兄ちゃんも寝て。こんな時間に起きててどうすんのよ。寝よ」

兄「寝すぎて眠れねえかも」

妹「ベッドで横になったら意外と眠れるって。朝起きたらご飯用意してあげるから」

兄「・・・・・・あのさあ」

妹「なに」

兄「何も同じベッドに寝ることはないんじゃないか」

妹「ああ。お兄ちゃんはそっちを心配してたのか」

兄「まあな」

妹「確かにママはあたしとお兄ちゃんの仲を心配してるけど。だけど、黙ってれば一緒の
ベッドに寝たなんてママにはわからないじゃん」


兄「何でおまえと一緒に寝る必要があるんだよ」

妹「他に寝る場所ないじゃん。お兄ちゃんの部屋って」

兄「わかった。ベッドはおまえに譲る。俺は床に寝るから」

妹「だめ」

兄「だめって」

妹「お兄ちゃんが風邪引いちゃったら困るし」

兄「引かねえって。つうかおまえ今まで俺の体調なんか気にしたことなんかないくせに」

妹「無理矢理お兄ちゃんのアパートに押しかけてベッドまで奪うわけにもいかないもん」

兄「だってさ(だったら俺のベッドに勝手に入り込むなよ)」

妹「ほら。いいからこっちに来て」

兄(ゆう君のことで悩んでるんじゃねえのかよ。何でこんなにはしゃいでるんだ、こい
つ)

兄(って、おい!)

妹「何で逃げるのよ」

兄「シャツを離せって。伸びちゃうだろ」

妹「お兄ちゃんがあたしから逃げなきゃすむ話じゃない」

兄「おまえさあ」

妹「何よ」

兄「正直、おまえが言ってた母さんの疑いとやらは、少しも理解できなかったんだけど
さ」

妹「まあお兄ちゃんは鈍感だからね。無理はないと思うけど」

兄「いや。いろいろ理解できてないけど、今のおまえの様子を母さんが見たとしたら誤解
されるのもわかるような気がする」

妹「・・・・・・・何だ、理解できてるじゃん」

兄「何言ってるんだ」

妹「わかってるくせに」

兄「おまえ、俺のことずっと嫌いだったんだろ? 何で今さら心配なんか」

妹「・・・・・・お兄ちゃんだって、昔からあたしのこと嫌いだったくせに」

兄「やっと見解が一致したか。だったら何で一緒に引っ付いて寝る必要が・・・・・・ってちょ
っとは人の話を聞け(抱きつくな)」

妹「あたしたちって、十年くらい前にこうなれていたらよかったよね」

兄「どういう意味?」

妹「電気消して。もう寝よう」

兄(わからねえなあ)


妹「こら。そろそろ起きてよ」

兄「・・・・・・うん?」

妹「お姉ちゃんが来ちゃうって。いくらなんでもお兄ちゃん寝すぎでしょ。起きなさい
よ」

兄(あれだけ寝たのにまた眠れたのか。我ながら呆れるわ)

兄「悪い。起きたよ」

妹「おはよ。お兄ちゃん」

兄「おはよう(何か違和感が)」

兄(え?)

妹「どしたの? お兄ちゃん」

兄「どしたのじゃねえだろ。何で」

妹「何でって」

兄「何で俺たちって一緒に寝てるの(しかも妹は俺の腕に抱きついてるし。つうかやけに
言葉が近くで聞こえると思ったら)」

妹「寝ぼけてるの?」

兄「・・・・・・一緒に寝たんだっけ。そういや(妹の顔が俺の顔のすぐ近くにある。こんなの
って)」

妹「何か懐かしいよね。小学校の低学年の頃みたい」

兄(やばい・・・・・・こいつの胸元とかむきだしの細い手足とかいろいろやばい)

妹「どしたの」

兄(視覚的な刺激だけならともかく、直接肌に接触とかされると)

妹「お兄ちゃん?」

兄(妹の肢体に反応しちゃうなんて情けない。相手が幼馴染ならともかく)

兄(とにかく体の一部の反応については何とかこいつには誤魔化さないと)

妹「お兄ちゃんってば」

兄(それにしても妹は何でこんなに俺にフレンドリーなんだ。ちょっと前とは態度が全然
違うじゃんか。一晩泊めただけなのに。本当にゆうのことはどうすんだよ)

兄「一緒に寝たことはともかく、何で?」

妹「何でって?」

兄「いやその・・・・・・(ずっと疎遠だった兄妹の仲が近づいて妹も嬉しかったのかもしれな
いな。それで一時的にゆうとのことを忘れられたんならそれはそれでいいことなのかもし
れない。でも抱きつくことはないとは思うけどな)」

妹「へ? ああ。嫌だった?」

兄「別に嫌とかじゃねえけど」


妹「しかしお兄ちゃんてよく寝るよね。こんだけ寝てたらろくに大学とかに行ってないん
じゃないの」

兄「あのなあ。夜中に俺に寝なおせって言ったのはおまえだろう」

妹「それはそうだけど、あれだけ寝たのにあんなに早くまた寝ちゃうとは思わなかった
よ」

兄「俺っておまえより先に寝ちゃったの?」

妹「そうだよ。お兄ちゃんって本当に失礼だよね」

兄「失礼って何が」

妹「可愛い女子高生と一緒のベッドにいるっていうのに、お兄ちゃんたら普通に寝ちゃう
し。ひょっとして自分には女性としての魅力がないのかと悩んじゃったじゃない」

兄「俺が妹に対してそういう意味で興味を持ったらそれはそれで問題だろうが(いや。本
当は結構どきどきしたんだけどな)」

妹「それは確かにそうなんだけど、全く関心を持たれないのも何か悔しい。ましてこんな
格好をしてるっていうのに」

兄「わざとかよ」

妹「違うって。家を飛び出してきちゃったから着替えとか何にも持っていないだけだっ
て」

兄「そうか。にしても今までずっとお互いに無関心だったのさ。今さら悔しいも何もねえ
んじゃねえの」

妹「今までとは違うよ。だってあたしは昨日から本気でお兄ちゃんに好意を示しているの
よ。その結果が今までと同じじゃなあ」

兄「(本気で俺に好意をって・・・・・・。こいついったい何考えてるんだ)おまえの言うこと
はよくわからん。おまえが考えるべきは俺の関心を自分に向けることじゃなくて、ゆうの
ことだろうが」

妹「・・・・・・だって」

兄(俯いちゃった。よくわからんけど、何かこいつがかわいそうになってきたのは何でだ
ろ)

妹「・・・・・・ごめん」

兄「いや。そうじゃなくて」

妹「え」

兄「(正直に話すか)おまえにその肌むき出しの格好で抱きつかれたら、いろいろやばい
んだって。俺だって男だぞ」

妹「・・・・・・本当?」


兄(何でそこで可愛らしい上目遣いで俺を見る)

兄「うん。今だっておまえの体に興奮しちゃって下半身がやばい。さっきからおまえにば
れないように必死で」

妹「・・・・・・・」

兄(やべ。勢いで言いすぎたか。妹が引いているんじゃないか)

兄(実の妹に何てこと言っちまったんだ、俺は)

兄「あ、あのさ」

妹「ふふ」

兄「(何だ)変なこと言っちゃってごめん。忘れて」

妹「どうしようかなあ」

兄「おまえ・・・・・・」

妹「そうかそうか。お兄ちゃんの理性でもやっぱり妹の魅力には勝てなかったか」

兄「何言ってるんだよ(でもまあいいか。ゆうのことで悩んで辛い表情のこいつを見てい
るよりかはよほど気が楽だし)」

妹「ねえ?」

兄「何だよ」

妹「あたしって可愛いかな」

兄「・・・・・・実の兄にそれを聞いてどうする」

妹「昨日までならこんなことお兄ちゃんになんか聞かないよ。ずっと喧嘩していた相手に
こんな愚問を問いかけたって意味ないしね」

兄「じゃあ何で今なら聞けるんだよ」

妹「お兄ちゃんとは仲直りしたじゃん? それでいいんだよね」

兄「ああ」

妹「そしたらお兄ちゃんだってあたしのことを今までみたいにフィルターがかかった目線
じゃなくあたしを見てくれるだろうし」

兄「・・・・・・よくわかんねえけど」

妹「普通に一人の女の子としてあたしのことを見れるじゃん。ねえ」

兄「(何言ってるんだ。仲直りしあとの俺の目線はただの兄貴目線になるだけだろ)何だ
よ」

妹「お兄ちゃんから見て、あたしのこと可愛いって思う?」

兄「・・・・・・ああ、思う(嘘じゃないもんな)」


妹「やった」

兄「(何なんだ)それはとにかくおまえはいつまで俺に抱きついているつもりだ」

妹「ふふ」

兄(何笑ってやがる)

妹「実の妹の体に興奮しちゃったくせに」

兄(こいつ。こんな冗談を言うような性格だったっけ)

兄(それとも仲が悪かったから気がつかなかっただけで、もともとこういう陽気な性格だ
ったのかな)

兄「おまえさ」

妹「うん」

兄「本当は俺のこと好きなの?」

妹「・・・・・・」

兄「いや(何言ってるんだ俺)」

妹「そろそろ起きようか」

兄「ああ(妹が俺から身体を離した。まずいこと言ったかな)」

妹「お姉ちゃんが来てこの様子を見られたら、ようやくできたお兄ちゃんの彼女がいなく
なっちゃうかもしれないしね」

兄(そうだった。今日は幼馴染が来るんだった。まずい)

妹「ご飯にしよ。夕食のつもりが朝食になっちゃったけど」

兄「・・・・・・顔洗ってくる」

妹「その間に用意しとくね」

兄「うん」

兄(急展開すぎて付いていけねえ。妹ととの仲が改善されたのは素直に嬉しい。いつから
か仲が悪くなってからは正直むかつくばかりだったけど。でもよく考えてみれば何で喧嘩
みたいになっているのかすら覚えていないんだよな。昔なんかきっかけがあって仲が悪く
なったんだろうけどさ)

兄(そうなっちゃうともう惰性のようなもんで、何で喧嘩しているかもわからないでお互
いにぎすぎすしてたよな)

兄(妹が仲直りしたそうな様子はちょっと前から感じてたけど。それでも妹の関心はゆう
にあったわけで)

兄(それが何で俺に抱きついてくるまでになったのか)

兄(ゆうへの反発心か。それはあるかもな。妹にとってはあいつに浮気されたようなもん
だし)

兄(でも、妹がそれで悩んでいたのは確かだけど、うちに来たのは幼馴染に相談しようと
思ってだ)

兄(そう考えると妹が急にやたらに俺にベタベタするようになったのは何でだろう)

妹「お兄ちゃんまだ? 支度できたよ」

兄「今行くよ」


兄「すげえな。朝からこんなに豪華な飯とは」

妹「もともと夕ご飯だったんだよ。でもお兄ちゃん全然起きないし」

兄「それにしてもよ。よくうちの冷蔵庫の中身だけでこんだけ作れたな」

妹「そうでしょ? まあ料理するの得意だし」

兄「じゃあいただきます」

妹「ふふ。いっぱい食べてね」

兄「おう」

兄(何か気になるな。はっきりと聞くか)

妹「ご飯お代わりする?」

兄「うん」

妹「お茶碗貸して」

兄「自分でするって」

妹「いいから」

兄「もうそれくらいでいいよ。ありがと」

妹「どういたしまして」

兄「こないだもそうだったけど、おまえの飯ってうまいな。お袋の味って感じ?」

妹「あたしはママじゃないし」

兄「母さんは料理なんか滅多にしねえし。俺にとってのお袋の味っておまえが作る飯の味
だったのな」

妹「妹相手に何恥かしいこと言ってるのよ。でもまあ、ありがと」

兄「・・・・・・あのさあ」

妹「うん?」

兄「おまえと仲直りしたことは俺も嬉しいけど」

妹「うん」

兄「何で?」

妹「何でって・・・・・・実の兄妹が仲直りするのに理由が必要なの」

兄「いや、理由っていうかさ。おまえ、昨日の朝泣きそうだったじゃん。ゆうに浮気され
た挙句、家であいつに変なことされそうになったってさ」

妹「うん」

兄「そんな状況なのによく仲直りとか考える余裕があったな。たかが兄貴の家に泊めても
らったくらいでさ」

妹「お兄ちゃんのプリンター、お兄ちゃんが寝ている間に勝手に借りた」

兄「はい? いや別にいいけど」

妹「これからあたしが生きて行く上でこれが一番大切な物になると思う。あたしが生きて
行く上でこれがあたしを支えてくれるの。はい」

兄「プリント?」


兄「これって。父さんのブログ?」

妹「うん」

兄「何で印刷なんか」

妹「読んでみたら?」

兄(何なんだよいったい。父さんのブログなら全部読んだっつうの)



20××年2月14日
研究を済ませて早々に帰宅するつもりだった。今日も妻が残業で帰れないので子どもの面
倒をみないといけないので。正直、家事や育児に追われないで好きなだけ研究時間を確保
できる同僚の研究者がうらやましくないと言えば嘘になるが、それでも僕にとっては家族
が一番なのでもうそのことは割り切っていた。
仕事のトラブルで予定より大分帰宅が遅れてしまった僕が自宅に戻って目にした光景
は・・・・・・。

リビングのソファで横になっている下の娘に覆いかぶさるようにしている上の息子の姿だ
った。どうも娘は泣きながら寝てしまっていたらしい。気の強い娘が泣いていたのも意外
だし、まだ幼いと思っていた息子が娘の頭を撫でて子守唄(のつもりらしい)を歌いなが
ら娘を慰めていたことも意外だった。

どういうわけか泣いてぐずった娘を息子が必死で慰めたとのこと。それにしても娘は寝て
しまったのに息子は何で娘を慰め続けたのか聞いたら「撫でたり歌をやめたらすぐに妹は
起きて泣き出しちゃうから」だって。

テーブルの上には、娘が用意してくれた僕と息子へのチョコレート。

僕は息子を誇りに思う。そして娘も今でも必死に残業している妻も、そして僕自身なんか
よりよほど妹を守っている息子が大好きだ。せめてホワイトデーには定時に帰宅して娘に
お返しをしないといけないな。ちょっと変則的だけど息子にもその日には何かプレゼント
しようと思う。



兄(全部読んだつもりだったけど読み飛ばしていた部分があるんだな)

兄(父さん)

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「ああ」

妹「パパのこと大好き・・・・・・お兄ちゃんのことも好き」

兄「・・・・・・そうか」

妹「今まであたしを守ってくれてありがとう。昨日だっていきなり来たあたしを心配して
くれて」

兄「うん」

妹「・・・・・・あたしね。もうゆう君のこととかどうでもいいかも」

兄(へ?)



幼馴染「兄君いる?」

妹「あ」

兄「幼馴染か」

幼馴染「昨日来れなくてごめんね。ドア開けて」


今日は以上です
また投下します


兄「幼馴染だ。思っていたより早かったな」

妹「ちょっと待って」

兄「うん? つうかとりあえず幼馴染に入ってもらおうぜ。こっちから呼び出したのにド
アの前で待たせるわけにいかないし」

妹「まだお兄ちゃんへの話が・・・・・・」

兄「本題に関係ない話は後で聞いてやるから。今はおまえとゆうの問題を解決しないと
な(よかった。妹と仲直りしたんだから相談に乗ってやりたいけど、どろどろの恋愛なん
て俺に解決するのは無理だ。何せ彼女いない暦・・・・・・じゃないな。今では俺にも彼女がで
きたんだった)」

兄(それでも恋愛スキルが不足していることには違いない。幼馴染だって俺が初めての彼
氏だろうけど、一応女だし何よりあいつは賢い。あいつなら妹の相談にだって乗れるだろ
う)

妹「ちょっとだけ待って・・・・・・」

兄「今開けるよ」

幼馴染「昨日はごめんね。すぐにここに駆けつけたかったんだけど、前から用事が入って
たの」

兄「いや。突然呼び出して悪かったよ。よく来てくれたな」

幼馴染「大切な妹ちゃんのことだもん。たとえ君が彼氏じゃなくたって妹ちゃんのためな
ら駆けつけていたと思うよ」

兄「ありがとな」

幼馴染「もういいって」

妹「・・・・・・お姉ちゃんごめんね。ありがとう」

幼馴染「妹ちゃん大丈夫? 元気ないじゃない」

兄(おかしいな。妹のやつ、さっきまでははしゃいでいるくらいに元気だったのに。急に
暗い表情になってしまった。やっぱあれは空元気で本当はゆうに嫉妬して悩んでたのか)

兄(何かむかつく)

兄(・・・・・・)

幼馴染「朝ご飯食べてたの?」

兄「もう食べ終った」

幼馴染「じゃあ、早速話を聞こうか」

兄「うん。頼むよ」

幼馴染「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・相談しねえの」

幼馴染「君は何を言ってるの」

兄「何って」

幼馴染「相談しねえのじゃないでしょ。君がいるから妹ちゃんは相談できないんじゃな
い。ファミレスかどっか行ってなさい」

兄「ファミレスって。飯食ったばっかなのに」

幼馴染「だったら大学の図書館に行って勉強してなさいよ。とにかく君は邪魔」


兄(幼馴染に自分の部屋から追い出されてしまった。確かに俺じゃあ妹の相談には対応で
きないけどさ。それにしたって横にいて話を聞くくらいはいいじゃんか。妹の悩みそのも
のは聞いてるんだし)

兄(まあいいか。ああいう話だけに女だけのほうが妹だって相談しやすいだろうし、幼馴
染だって相談に乗りやすいだろう)

兄(幼馴染が来てくれてよかった。正直、この先どうしていいか全くわからなかったんだ
し)

兄「はい、禁煙席で一名お願いします」

兄(・・・・・・妹と完全に仲直りした。ちょっと行きすぎなくらいにはしゃぐほど妹もそれを
喜んでくれた)

兄(幼馴染への告白に成功したことといい、妹との仲が修復できたことといい、俺って最
近ラッキーなことが続いているよな)

兄(正直幼馴染と付き合えたことと同じくらい、妹とと仲直りできたことが嬉しい)



「パパのこと大好き・・・・・・お兄ちゃんのことも好き」

「今まであたしを守ってくれてありがとう。昨日だっていきなり来たあたしを心配してく
れて」



兄「カフェバーをお願いします」

兄(単純に妹と仲直りできただけじゃない。妹との父さんについての想いを共有できたこ
とが何より嬉しい)



「これからあたしが生きて行く上でこれが一番大切な物になると思う。あたしが生きて行
く上でこれがあたしを支えてくれるの」



兄(それに母さんだって父さんの病床の言葉を聞いて涙を流した。俺の父さんへの想いっ
て決して独りよがりなもんじゃなかったんだ)

兄(浮気から始まった家族か)

兄(でももうそれを気にする必要はない。結城さんには悪いと思うけど、きっかけが何に
せよ父さんと母さんは幸せな家庭を築いたんだ。俺だけじゃなくて妹だって父さんの日記
を読んでそう思ったんだから、これはもう間違いない)

兄(・・・・・・その妹が好きになったやつだ。ゆうに対する評価も少し考え直さないといけな
いのかもしれん。正直、母さんの再婚相手の息子ってことで偏見があったことは否定でき
ないしな。人間は容姿じゃないんだ。あいつはヘビメタバンドのメンバーみたいな格好は
しているけど、それだけであいつの人間性を判断しちゃいけないのかも)

兄(何よりもゆうに襲われそうになって、仲の悪かった俺なんかのところに逃げ出した妹
自身がまだあいつに未練があるんだから)

兄(どこかいいところがあるのかもしれないな、ゆうにだって)

兄(・・・・・・)

兄(しかし可愛かったな妹)

兄(あいつの生意気な態度にむかついて、今までちゃんと妹のことを見てこなかったんだ
ろうな)

兄(実は俺の好みの外見だったんだ。性格はまあ置いておくにしても)

兄(・・・・・・)


兄(とりあえずコーヒーでも飲むか)

兄(・・・・・・あれ)

兄(父さんと俺のこと大好き発言の後、妹が言ったことって)

兄(幼馴染の来訪と被ったんで慌てていたせいか、今の今まで真面目に考えていなかった
けど)



「・・・・・・あたしね。もうゆう君とかどうでもいいかも」



兄(確かにそう言ってたよな。いったい何なんだろう。結果として妹と仲直りしたにせよ、
もともとあいつが俺の部屋を訪れたのって、ゆうに関する悩みからだろ)

兄(肝心のゆうのことがどうでもいいって何でだ)

兄(・・・・・・・)

兄(家を出てからもう一時間以上になるな。いったい相談ってどれくらい時間がかかるの
だろうか)

兄(コーヒーをおかわりしようか)

兄(あ。携帯に着信だ)



from:幼馴染
to:兄
sub:無題
『相談終ったから部屋に帰っておいで』



兄(やっとすんだか。家に帰ろう)

兄「ただいま」

妹「お兄ちゃん」

幼馴染「おかえり・・・・・・話は聞いたよ。これから君の新しい家に行って来るから」

兄「・・・・・・行ってどうするの」

妹「お姉ちゃんにはやめた方がいいって言ったんだけど」

幼馴染「おばさんの再婚相手の息子さんを悪く言うのは申し訳ないけどさ。そのゆう君っ
て人、人間のクズじゃん」

兄(幼馴染こええ)

幼馴染「力ずくで女の子にいうことを聞かせようなんて」

兄(力ずくって言えばそうだけど。でも、妹だってそのことが嫌なわけじゃなくて、幼友
っていう子のことを気にしただけだったはず)

妹「だから、別に力ずくってわけじゃ」

幼馴染「同じことだよ。妹ちゃんが自分を好きな気持ちに付け込んだんでしょ。あまつさ
え他の女との仲を見せびらかすような真似までして」

兄(そういう話だっけ)

妹「だからお姉ちゃんはちょっと落ち着いてよ。ゆう君はそこまで考えたわけじゃないっ
て」


兄(結局、妹はゆうを庇うのか)

幼馴染「妹ちゃんは騙されてるんだよ。あたしの可愛い妹ちゃんを誑かすような男は許さ
ない。たとえそれがおばさんの再婚相手の息子でも」

兄「おまえ、ゆうに会ってどうすんだよ」

幼馴染「厳しく注意してやるのよ。二度と妹ちゃんに手を出すなって」

兄「ゆうが逆切れしたらどうすんだよ。俺も一緒に行くよ」

幼馴染「君は邪魔。あたし一人で全然平気だから」

兄「俺が心配なの。自分の彼女を心配しちゃ悪いかよ」

妹「・・・・・・」

幼馴染「ふふ」

兄「何だよ」

幼馴染「君の気持ちは嬉しいよ。これは本当ね」

妹「・・・・・・」

兄「あ、ああ。それなら」

幼馴染「でもあたしは大丈夫。むしろ君が一緒だと喧嘩になりそうだし」

兄「何でだよ。俺はそんなに喧嘩っ早くないぞ」

幼馴染「普段はね。でも君の大切な妹ちゃんのことになるとどうかな」

兄「大切な妹って」

幼馴染「それよかさ。妹ちゃんはしばらくの間ここで暮すことにしたから」

兄「はあ?」

幼馴染「あたしがどう話を付けたにしても、新しい家でその獣と二人きりだなんて妹ちゃ
んが危険すぎるから」

兄「いや、ちょっと待て。妹の気持ちを無視しておまえが勝手にどんどん話を決めるな
よ」

幼馴染「無視してないよ」

兄「どういうこと」

幼馴染「妹ちゃんと話し合った結果、そう決めたの。妹ちゃんも同意しているってこと」

兄「妹?」

妹「お兄ちゃんごめん。昨日の話は忘れて」

兄「何なんだよいったい(幼友のことが気になっているだけで、おまえはゆうが好きなん
だろうが)」

妹「あたし、目が覚めた。ゆう君のことは本当には好きじゃなかったんだと思う。別にお
姉ちゃんが言うほどゆう君が悪いとも思わないけど、それでも今はゆう君と二人であの家
にいるのは気が重いの」

兄「本気で言ってるの? それ」

妹「本気って?」

兄「いや(この間までゆう君のこと以外目に入っていなかったって感じなのにな)」

妹「お兄ちゃんがよければあたし、ここにいたい」

兄「だっておまえ」

妹「お兄ちゃんとお姉ちゃんの二人きりの時間を邪魔しちゃうのは悪いけど」

兄「そんなことは言ってねえだろ」

幼馴染「妹ちゃんはそんなこと気にしなくていいよ。あたしだって妹ちゃんのことは大好
きだし」

妹「お姉ちゃん。ありがとう」


幼馴染「お礼なんか言わないでよ。あたしと妹ちゃんの仲じゃない。それに妹ちゃんはあ
たしの彼氏の妹なんだし」

兄「それにしてもだな。俺のとこで暮すのはいいけど、母さんや結城さんにはなんて説明
するんだよ」

妹「・・・・・・それは」

幼馴染「そんなの簡単な話じゃない。全てを打ち明けるのよ」

兄「いや、さすがにそれは」

幼馴染「何で? おばさんの再婚に水を指したくない気持ちはわからないでもないけ
ど、その再婚によって妹ちゃんが危険な目に会っているのよ? 汚いものに蓋をしてなあ
なあに過ごせることじゃないでしょ。君は自分の妹が変なことをされても平気なの? そ
れでも家庭の平和の方を選択する気?」

兄「んなわけねえだろ。妹のことは死ぬほど心配だよ」

妹「・・・・・・本当?」

兄「嘘言ってどうする。でもさ、おまえがゆうのことを庇いたい気持ちはわからないでも
ないし」

幼馴染「君は何言ってるの」

兄「何って。それはゆうのやつは獣みたいなやつだけど、それでも妹はゆうのことを」

幼馴染「・・・・・・ちょっと待って」

兄「何だよ」

幼馴染「妹ちゃん、さっきと話が違うんだけど」

妹「うん。お兄ちゃん違うの」

兄「はあ?」

妹「確かにゆう君のことは気になっていたけど、でも知らない女の人とのこととか、それ
を説明もしてくれないであたしのことを抱こうとしたこととかがあって」

幼馴染「兄にそこまではっきり言わなくてもいいよ」

妹「うん。だからね、今ではゆう君のことは好きだとは思えない、っていうかむしろ彼の
ことが恐い」

兄「それ本気で言ってるの」

妹「うん。嘘じゃないよ、本気」

兄(これまでの話とかは一体なんだったんだ。最初からそう言ってくれれば俺だって素直
にこいつを受け入れていたのによ)

幼馴染「そういうこと。鈍い君にもさすがに理解できたでしょ」

兄「わかった。それならもう遠慮はいらねえな。母さんに全部話そう。妹もそれでいいん
だよな」

妹「うん。お兄ちゃんがよければあたしもそれでいい」

兄(俺がよければって。俺の気持ちは関係ないだろ)

幼馴染「じゃあ役割分担しよう。あたしはゆう君のところに行って、これ以上妹ちゃんに
手を出すなって交渉してくる。兄君はおばさんに事情を全部話して、当面は妹ちゃんが自
分のアパートで暮すことを認めさせるのよ」

兄「(妹の言ってることって本心なんだろうな?)わかった。妹がそれでいいならそうす
る」

幼馴染「だから妹ちゃんはそう言っているでしょう。くどいよ」

兄「じゃあ、そうするよ。でもさ、妹の荷物とかはどうすんの」

妹「ママがいいって言ってくれたら、ゆう君のいない平日に荷物を取りに行くよ」

幼馴染「兄君はレンタカーとか借りて妹ちゃんの荷物運びを手伝うのよ。いい?」

兄「まあ、お前らがそう言うなら」


兄(幼馴染は勢い込んでゆうに会いに行ってしまった)

兄(相手が相手だしなあ。あいつがゆうに暴力を振るわれたり変なことをされたりとか思
うと、いても立ってもいられない)

兄(幼馴染には断られたけど密かに見守りに行くか。彼氏としての当然の義務だと思うし)

妹「ごめんね」

兄「何が」

妹「お兄ちゃんを振り回しちゃって」

兄「それはいいけどさ。だけど、ゆうのことが吹っ切れたなら最初からそう言えばいいの
に。俺はおまえがあいつのことが好きだとばかり思ってたよ」

妹「違うの。嘘を言ってたわけじゃないの」

兄「何で(つうことはやっぱり妹はゆうに未練があるってこと?)」

妹「昨日まではね。ほんとに自分の気持がよくわからなかったの。ゆう君のそばが心地い
い自分の居場所だと思っていたのも本当だし」

兄「・・・・・・うん」

妹「でもね。パパの日記を読んで・・・・・・。やっぱりあたしのことを本当に無償の愛情で包
んでくれるのは誰だろうと考えちゃって」

兄「父さんはおまえのことを本当に愛していたと思う。それだけは間違いないよ」

妹「そうだよね。あとお兄ちゃんも」

兄「え」

妹「お兄ちゃんとは何でかずっと仲悪かったけど」

兄「俺のせいかよ」

妹「ううん。そうは言ってない。でも、突然来たあたしを泊めてくれたし、その」

兄「どうした」

妹「あたしに優しくしてくれたり、あたしに興奮してくれたりさ」

兄「興奮っておまえなあ」

妹「パパの日記を読む前から、お兄ちゃんとは仲直りできて嬉しいと思った。それにあの
日記を読んだらね」



『どういうわけか泣いてぐずった娘を息子が必死で慰めたとのこと。それにしても娘は寝
てしまったのに息子は何で娘を慰め続けたのか聞いたら「撫でたり歌をやめたらすぐに妹
は起きて泣き出しちゃうから」だって』



妹「・・・・・・」

兄「それで?」

妹「・・・・・・うん」

兄(どうしたんだ?)

妹「お兄ちゃん大好き」

兄(はい?)

妹「誰が一番あたしを大切に守ってくれていたのか、あたしはようやく気がついたの」

兄「おまえの言ってる意味が」

妹「パパもママもお兄ちゃんも大好き。パパはあたしとお兄ちゃんの仲がいいことを喜ん
でくれてたのに。あたし、今までは親不孝だったよね」

兄(あの日記にそこまで心を動かされるかなあ。ちょっと感情移入しすぎなんじゃ)

妹「本当にゆう君とかもうどうでもいいの。今はお兄ちゃんと一緒に暮したい。それも前
みたく仲の悪い口も聞かない間柄じゃなくて、仲のいい兄妹として」


妹「お兄ちゃんこれはどうかな」

兄「いいんじゃねえの」

妹「ちょっと体が露出し過ぎてない?」

兄「そう言われてみれば(試着している女の子に感想を聞かれるなんて初めてだし。なん
と言っていいかわからねえ)」

妹「そう? でもこれくらいは普通じゃない?」

兄「そう言われてみればそうかも(露出しすぎだろう。こんな格好の妹に俺の部屋をうろ
つかれたら・・・・・・)」

妹「・・・・・・真面目に考えてよ」

兄「すまん。つうかよくわからない」

妹「何でわからないのよ」

兄「女の子の服の流行とかって俺には全然わからないし。俺を当てにしないほうがいい
ぞ」

妹「もう。違うでしょ」

兄「違うって何が」

妹「これは部屋着だって言ったでしょ。流行とかどうでもよくてお兄ちゃんとあたしがい
いと思えばそれでいいんだって」

兄「どういう意味?」

妹「部屋着なんだからお兄ちゃんしか見る人はいないんだよ」

兄「俺が見るって。そしたらちょっと肌の露出が多すぎで目のやり場に困るかも」

妹「ふふ。それでいいのよ。そうか、これだとお兄ちゃんが困るのか」

兄「少し刺激的すぎるかもな」

妹「じゃあこれにしよ」

兄「おい」



妹「とりあえず日常生活は送れるようになったけど」

兄「おまえ金持ちだな。もう五万円くらい遣ってるじゃんか」

妹「お姉ちゃんが貸してくれた。返すのはいつでもいいって」

兄「マジかよ」

妹「あとは制服と教科書とかだよね」

兄「さすがにそれは家に取りに行かないと駄目だよな」

妹「ゆう君がいる家には帰りたくない」

兄「でも制服とか無いんじゃ明後日から学校に行けないだろ」

妹「そうなんだよね。ゆう君がいないときに取りに帰るにしても平日になっちゃうから
ね」

兄「明後日の月曜に学校休んで俺と一緒に取りにいくか」

妹「そう言ってくれるのは嬉しいけど、こんなことで学校を休むのは嫌だな」

兄「おまえ、中学の頃から富士峰で皆勤だもんな」

妹「何で知ってるの? まあそうだけど」

兄「いくら仲が悪くてもそれくらいはな」

妹「・・・・・・そう」


兄「じゃあどうする? 明日の日曜日に行くか? ゆうと対決覚悟で(そうだ。妹がゆう
を好きじゃないなら、俺の大切な家族を弄ぼうとしたあいつに文句のひとつでも言ってや
ろうか)」

妹「彼とは会いたくない」

兄「さすがに今日明日で制服を作るわけにもいかんだろ」

妹「そうだけど・・・・・・あ」

兄「どうした」

妹「中学校の頃の制服が」

兄「あるの?」

妹「うちの学校って中学と高校で制服は変わらないし。背丈が伸びるからって高校にあが
るときにママが新しく新しく制服を作ってくれたんだけど」

兄「背丈なんか全然成長しなかったよな・・・・・・って、痛いって」

妹「うっさい。あの頃はあたしになんか何の関心もなかったくせに、何でそういうつまら
ないことだけは覚えてるのよ」

兄「悪い。でもそうか。その中学のときの古い制服があれば」

妹「あれは確か前の家に忘れてきたはず」

兄「まだあそこは売れてないんだよな」

妹「うん。確か鍵も・・・・・・あった」

兄「じゃあ取りに行くか」

妹「とりえず制服だけあれば学校はなんとかなる。教科書とかは借りられるし」

兄「じゃあ善は急げだ。幼馴染からはまだ連絡ないし。家に行こうぜ」

妹「お姉ちゃん大丈夫かな」

兄「いくら獣のゆうだって、いきなり初対面のしかも年上の女をどうこうしたりはしねえ
だろ」

妹「それならいいけど」

兄「(何か改めて心配になってきた)とにかく行こう。何かあったら幼馴染だって俺に連
絡するだろ」

妹「・・・・・・お兄ちゃんはお姉ちゃんの彼氏だもんね」

兄「あ、まあ」

妹「何照れてるの」

兄「照れてねえよ」


妹「鍵開く?」

兄「多分・・・・・・お、開いた」

妹「真っ暗だね」

兄「灯りは・・・・・・・つかねえな。電気は止められているらしい」

妹「スマホで少しは照らせるよ」

兄「おう。とにかく二階のおまえの部屋に行こう。あるならそこだろ」

妹「うん。でも何か気味悪いね」

兄「暗いからな。でもこの前まで生まれてからずっと暮してきた家じゃねえか」

妹「そうだけど。何か違う家みたい」

兄「気のせいだって・・・・・・おい」

妹「だって恐いんだもん。お兄ちゃんの腕に掴まるくらいいいじゃない」

兄「別にいいけど。じゃあ、階段をあがるぞ」

妹「ちょっと。あたしのそばから離れないでよ」

兄「だったらさっさと動けって。制服だけ取って早くと帰ろうぜ」

妹「うん」

兄「どう?」

妹「ちょっと待って。確かここに、あった」

兄「よし。ミッションは成功だな」

妹「これ、かび臭いよ」

兄「平気だよ。俺のアパートのそばに一日でクリーニングしてくれる店がある。帰りに寄
って行こうぜ」

妹「よかった」

兄「じゃあさっさと帰ろう」


妹「・・・・・・」

兄「どした?」

妹「この間までここに住んでたんだよね。あたしたち」

兄「そうだけど」

妹「パパが亡くなってからママが仕事を増やしてさ」

兄「うん」

妹「それからはママは帰って来ないし。お兄ちゃんとずっと二人で暮らしてたんだよね」

兄「夜はな」

妹「ずっと寂しかったなあ。何であの頃は今みたいにお兄ちゃんと仲良くできなかったん
だろ」

兄「さあ? 俺もおまえと仲直りしてからずっと考えてたんだけど。いまいち喧嘩したき
っかけが思い出せなんだよね」

妹「お兄ちゃんもそうなの」

兄「おまえもか」

妹「あたしたちってバカみたい」

兄「・・・・・うん」

妹「こんなに仲良くできるのに、何年も仲が悪いまま過ごすなんて。死んだパパに申し訳
ないよ」

兄(何だろう。何か泣きたい気分だ)

兄(父さん・・・・・・)

兄「・・・・・・帰ろう(これくらいはいいよな。でも妹に拒否されるかな)」

妹「・・・・・・・お兄ちゃんがあたしの肩を抱いてくれるなんて初めてだよね」

兄「(拒否されなかった)初めてじゃねえよ」

妹「あ。うん、そうだった。小学生の頃はよくお兄ちゃんが肩を抱いてくれてたなあ」

兄「(何か切ねえ)さっさと帰ろう」

妹「暗くて恐いからもっと強く抱き寄せて」

兄「ああ。わかった」

妹「ありがとね」

兄「いちいち礼なんか言うなよ」

妹「うん」


今日は以上です
また投下します


兄「うわ。外はまだ明るいな」

妹「家の中は暗かったのにね」

兄「窓のブラインドとか全部閉まってたからな。よく考えたら窓開ければ暗い中でごそご
そ探さなくてよかったんだな」

妹「勝手に入り込んだのに窓なんか開けたら近所の人に怪しまれるって」

兄「それもそうか・・・・・・っておまえ。何してるの」

妹「これ、埃まみれだ」

兄「ずっと使ってないんだからそんなもんだろ。これからクリーニング屋に行って、明日
中に綺麗にしてもらおう」

妹「うちの制服がセーラー服でよかったよ。ブレザーとかだったらブラウスとかネクタイ
とかいろいろ揃えなきゃいけなかったし」

兄「セーラー服ってそうなのか。下ってどうなってんの」

妹「・・・・・・お兄ちゃん。セクハラだよそれ」

兄「それはおまえの考えすぎだ」

妹「下は普通に下着だって。聞くまでも無いでしょうが」

兄「セーラー服の下なんて見たことねえからわからねえよ」

妹「ああ、そうか。お姉ちゃんの高校って紺ブレだったもんね」

兄「・・・・・・それは事実だけど、何でここで幼馴染の高校時代の制服の話になるんだよ」

妹「お兄ちゃんは紺ブレはあるけどセーラー服を脱がしたことはないと言いたいわけね」

兄「おまえ、それこそセクハラ発言じゃねか」

妹「兄妹だからセーフじゃない?」

兄「兄妹だってセクハラだろ。つうかそれがセーフなら俺のさっきの発言だってセーフじ
ゃねえか」

妹「まあいいや。お兄ちゃんになら今度見せてあげるから」

兄「見せるって何をだよ」

妹「セーラー服の下」

兄「いい加減にしろ」

妹「そういえば電話はどうするの」

兄「話を変えて誤魔化すな」


妹「誤魔化してなんかいないけど。でも、今日からお兄ちゃんの部屋で暮していいならク
リーニング以外にもすることがあるよね」

兄「ああ。わかってるよ」

妹「嫌な役目をさせちゃってごめん」

兄「いや。おまえが謝ることじゃねえけど」

妹「うん」

兄「よし。悩んでてもしかたない。母さんに電話するぞ」

妹「お願いします」

兄(俺に敬語? なんだか調子狂うなあ)

妹「あたしもお姉ちゃんに電話してみるね。いくら何でもこんなに時間かかるわけがない
し」

兄「ああ(大丈夫かな。何か心配になってきた)」

妹「お姉ちゃん大丈夫かな」

兄「多分。あいつはしっかりしてるし。やばそうならすぐに俺に電話するって言ってたし
な」

妹「それならいいんだけど」

兄「それよか電話するぞ」

妹「ここで?」

兄「ああ。遅くなったら面倒だし。おまえはちょっとそこで待っててくれ」

妹「わかった」

兄「・・・・・・あ、母さん? 兄だけど」

兄「うん。ちょっと今話せる?」

兄「あのさ。実は妹のことなんだけど」

兄「当分の間、妹が俺の部屋で一緒に暮すことにしたいんだけど、いいかな」

妹「あ、ばか・・・・・お兄ちゃん。それ、話の順番が違うよ」

兄「ちょっと待って。いきなり怒鳴りだすことはねえだろ。話を聞けって」

兄「・・・・・・話聞けよ。理由があるんだって(母さんが怒り出しちゃった。口を挟む余裕す
ら与えてくれねえ)」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」


兄「母さんが言いたいことはそれだけ?」

兄「じゃあ、今度は俺が話す番でいいよな」

兄「いいか。落ち着いて聞いてくれよ」

兄「母さんが何を考えて今みたいなバカなことを言い出したのかは知らないけどさ。そう
しないと妹の身が危ないんだって」

兄「ちょっと黙って俺の話を聞いてよ。そのあとで母さんの話は聞くから」

兄「もうはっきり言うけどさ。妹は結城さんの息子のゆうに迫られててさ。いつも夜は二
人きりだし、実際に身の危険を覚えるようなこともあったらしい。とりあえず部屋に鍵を
して凌いでたそうだけど、そんな危険な環境に妹を置いておけねえだろ」

兄「そうだよ。いくら俺が妹と仲が悪かったからって、身の危険を感じて俺の部屋に逃げ
てきた妹を突き放せるか。大切な家族なんだぞ」

兄「・・・・・・」

兄「何だって。妹の思い過ごしとか自意識過剰とか正気で言ってんの? そんなに結城さ
んのことだけが大事なのかよ。自分の娘の身の安全なんかどうでもいいのかよ」

兄「じゃあ母さんに聞くけど。そんな態度で天国の父さんに顔向けできるわけ?」

兄「いいからちょっと黙って聞け!」

兄「母さんが妹を切り捨てて結城さんとゆうを庇うならそれでもいい。だけど、妹だけは
俺と一緒に住まわせてくれ。母さんの言うようにゆうが女性にはもてて妹なんかに興味が
ないんだったらそれで問題ねえだろ。どうせ結城さんも母さんも普段は滅多に家にいない
んだし」

兄「・・・・・・・何が言いたいわけ」

兄「ふざけんな! 何で自分の子どもたちを信じないで結城さんたちばっかり信じるんだ
よ。言うに事欠いて俺と妹が間違いを犯すかもなんて、何でそんなひどいことを息子に言
えるんだよ」

兄「わかった。もう母さんには何も期待しない。妹は俺の部屋に一緒に暮させる」

兄「脅しのつもりかよ。そうしたければそうすればいいだろ。母さんが生活の面倒をみな
いと言うなら、父さんの実家に頼るよ。じいちゃんとばあちゃんは、母さんの汚らしい想
像を信じるか、孫の俺と妹を信じるかどっちだと思う?」

兄「脅しじゃねえよ。本気だ」

兄「まだそれを言うのかよ。自分の娘より再婚相手のほうがそんなに大事なのか。もう母
さんとは話したくない。切るぞ」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」


兄「・・・・・・くそが」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄「興奮しちゃって悪かったな」

妹「ううん。あたしのせいでお兄ちゃんに嫌な思いをさせちゃってごめんなさい」

兄「ゆうがおまえに迫ったっこととかさ。母さんはおまえの自意識過剰じゃないのって一
言で切り捨てやがった。ゆう君はそんな子じゃないとか、ゆう君に振られたおまえが嘘を
言ってるんじゃないかってさ」

妹「・・・・・・そんな。ママひどい」

兄「自分の娘のことなのによ。それは確かにおまえが母さんの前でゆう君大好きオーラが
全開だったことは否定できないけどさ。それにしたっておまえはまだ高校生だぞ。いくら
再婚相手の息子にしたってゆうの行動に甘いのにも程がある。それに」

妹「それに?」

兄「・・・・・・いやさ(母さんのあの暴言。とても妹には言えねえ)」

妹「・・・・・・あたしに遠慮しないで。せっかく仲直りしただから何でも話してよ」

兄「ふざけんなよって思った。母さんが怒鳴り散らして言うにはさ、俺とおまえが二人き
りで暮したら危険なんだって。お前の身が」

妹「そうか」

兄「妄想にしたって行き過ぎだよな。俺が妹のおまえをどうこうするわけねえだろ」

妹「そうでもないかもね」

兄「何言って・・・・・・。おまえ、俺がおまえをどうこうするんじゃないかってを疑ってる
のか」

妹「そうじゃないって。でも前にも話したでしょ。ママは昔あたしとお兄ちゃんが仲良す
ぎることに怒ってたって」

兄「何年前の話だよ。子どもを信頼しないにも程がある。父さんが聞いたら母さんのこと
を本気で叱っていたと思うよ」

妹「・・・・・・そうかな」

兄「とにかくもう頭にきた。行くぞ」

妹「行くって?」

兄「おまえの制服をクリーニングに出す。あと、俺の部屋でおまえが暮すのに必要なもの
がまだあるならそれを揃えるぞ」

妹「ママが反対しているのに?」

兄「当たり前だ。ゆうのところにおまえを住まわせるなんてできるか。あと金の心配なら
いらないぞ。俺にだって手持ちの金はあるけし、この先母さんが兵糧攻めをする気ならこ
っちにも考えがある」

妹「おじいちゃんとおばあちゃんを頼るの?」

兄「そうだ。もともと母さんと父さんの実家は仲が悪いからこれまでは遠慮してたけど、
母さんが実の子どもたちより結城さんとゆうの方が大切だみたいな態度に出るなら話は
別だ」

妹「お兄ちゃんはそれでいいの?」

兄「当たり前だ。父さんの日記を読んだんだろ。父さんだって俺がおまえを守ることを望
んでいるはずだ。おまえは今日から俺と一緒に暮せよ」

妹「お兄ちゃんてやっぱり男の子なんだなあ」

兄「何だって」

妹「あたしは男らしいお兄ちゃんって大好きだし、不覚にも少しだけ胸がときめいたけ
ど」

兄「けど?(何言ってるんだ)」


妹「お兄ちゃんがあたしが一緒に暮していいって言ってくれるなら喜んでそうする」

兄「だからいいって言ってるだろ」

妹「でも、今はそれよかお姉ちゃんから何の連絡もないことの方が気になる」

兄「あ。確かに(やべ。何でこんなに大切なことを忘れてたんだろう)」

店員「明日の午後四時以降のお渡しになりますけどよろしいですか」

妹「あ、はい。助かります」

店員「ではこちらの伝票にご住所、お名前、連絡先を」

兄(幼馴染、電話に出ねえなあ)

兄(まだゆうと話し合いをしているわけはねえしな)

兄(何より不安なのはLINEが既読になってることだ。俺が心配しているメッセージは確実
に幼馴染に伝わっているわけで、それなのに返信もないし電話にもでない)

兄(何か用事ができて手が離せないのか。まあ、それならいいんだけど。幼馴染は無事だ
ということだし)

兄(妹の話だとゆうは結構乱暴なことをしかねない性格みたいだし)

兄(幼馴染・・・・・・)

店員「それではセーラー服の上下で三千五百円になります」

妹「はい・・・・・・って、あ」

兄(とりあえず、LINEで追撃メッセを)

妹「ごめんお兄ちゃん。お金が足りないや」

兄(おまえのこと心配している。一言でいいから返信して)

妹「お兄ちゃん?」

兄「あ、悪い。これで払っておいて」

妹「うん」

兄(あ・・・・・・。一瞬で既読になった)

店員「ありがとうございました」

兄(・・・・・・)

妹「明日の午後四時以降にはできるって。明後日の学校には間に合ったよ」

兄(でも、返信はねえ)

妹「はいこれ」

兄「何?」

妹「お釣り」

兄「ああ。おまえも全く金がないんじゃ困るだろ。とりあえずそれだけ持っとけ」

妹「いいの?」

兄「いいよ」

妹「ありがと」

兄「別にいいよ」

妹「お姉ちゃんとは連絡ついたの」

兄「つかねえ。でもLINEは既読になるんだよな」


妹「へ? それなら何で返信がないんだろう」

兄「わからん。まだゆうとやりあっている最中なのかもしれない」

妹「そんなに何時間も話すものなのかな」

兄「・・・・・・さあ」

妹「これからどうするの」

兄「とりあえず昼飯食ってないからどっかで」

妹「もう四時過ぎだよ」

兄「お腹空かないの? おまえ」

妹「変な時間に食事するより晩ご飯を早くした方がいいよ。あたし、作るよ」

兄「まあ、それでもいいか」

妹「じゃあ、スーパーに行こう。お兄ちゃんの冷蔵庫にはもう何にもないし」

兄「普段は寂しくコンビニ飯だったからな」

妹「これからはコンビニに寄って来ないでね。あたしが食事の支度はするから」

兄「いいのか」

妹「一緒に住まわせてもらえるならそれくらいはするよ」

兄「そういういい方するなよ。兄妹だろ」

妹「うん。でも兄ちゃんには迷惑ばかりかけてるし」

兄「俺はさ(そうだ。俺は父さんの遺志を継ぐんだ。研究も家族への愛情も)」

妹「うん?」

兄「何でもない。とにかく俺に遠慮するのはよせ」

妹「・・・・・大好き」

兄「え」

妹「何でもない」

兄「そう(ただ)」

兄(ただ、父さんには悪いけどこれだけは父さんの遺志には従えない。父さんは俺に母さ
んの再婚相手との仲を認めてやれと言った。俺なら大丈夫だとも)

兄(父さんには悪いけど俺には無理だ。妹が、自分の娘が危険な目に会っているのに、ゆ
うの方を庇うなんて)

兄(さすが浮気しただけのビッチなことはあるな)

兄(・・・・・・いや。それを言ったら父さんだって)

妹「買物しないの?」


兄「するけど。もう一本だけ電話をかけさせて」

妹「いいけど。お姉ちゃん電話に出ないんでしょ?」

兄「違うよ。じいちゃんに電話する」

妹「・・・・・・本当に全部話すの?」

兄「おまえは反対か」

妹「そうじゃないけど。でも、それをしたらうちの家族はもう本当に終わりだね」

兄「そうじゃねえ」

妹「え」

兄「そうじゃねえよ。たとえ母さんが脱落したとしても俺とおまえだけは家族を続けよう
ぜ」

妹「え」

兄「俺さ。母さんが再婚するって聞いたとにさ。正直、少しいらいらしたっつうか、本当
は少し拗ねてたんだよな」

妹「それはあたしにもわかった。だから、あたしもあのときはママの幸せを素直に喜んで
くれないお兄ちゃんに対して腹が立ったし」

兄「でもさ。父さんの入院中に言われたんだよな。母さんの再婚相手を認めてやれって」

妹「何でそんなことをパパが」

兄「さあ。でも父さんも自分が長くは生きていられないことを悟っていたんじゃないかと
思う。それで、俺なら大丈夫だよって。母さんの相手を認めてやれってさ」

妹「・・・・・・パパ。お兄ちゃん・・・・・・・」

兄「それが事実上父さんの最後の言葉だったから、おまえみたいに祝福してはしゃいだり
はできなかったけど、少なくとも結城さんと母さんの仲に反対はしたくないとは思って
た」

妹「ごめんなさい」

兄「おまえが謝ることはないよ。たださ」

妹「うん」

兄「母さんがああいう態度に出るなら話は別だ。父さんだってわかってくれると思う」

妹「あたしのせいだ」

兄「何で」

妹「わたしがゆう君に好意を抱いたからこんなことになっちゃったんだよね」

兄「それは違うだろ」

妹「何で」

兄「ゆうの行動は非常識だ。それは確かに最初はおまえだってゆうのことが好きだったん
だろうし、その気持ちはゆうもわかっていたからあながちゆうだけを責めるわけにはいか
ない。でも、幼友との関係を曖昧にしたまま嫌がるおまえに迫ったことは兄として許せね
え」

妹「ありがとお兄ちゃん」

兄「というわけでスーパーに行く前にじいちゃんに電話するぞ」

妹「うん」


妹「ご飯できたよ」

兄「ああ」

妹「・・・・・・ねえ」

兄「いただきます。って何」

妹「そんなにおじいちゃんとおばあちゃんって怒ってたの」

兄「こっちがびっくりするくらいな。大切なおまえをないがしろにしてまで再婚相手の味
方をするような母さんのことは絶対に許さないって」

妹「そうか。昔からママとおじいちゃんたちって仲悪かったもんね」

兄「できればじいちゃんたちの家に来いって、一緒に暮そうって言われたけど」

妹「無理でしょ。あそこからじゃふたりとも学校に通えないじゃん」

兄「ああ。だからそれは断った。そしたら俺の銀行の口座を聞かれたよ」

妹「口座?」

兄「母さんなんかの言うなりにならなくてもいいように、お金くれるって」

妹「まあ、おじいちゃんはお金持ちだもんね」

兄「それはありがたくもらうことにしたぞ。母さんはおまえが俺と一緒に住むならもう俺
たちの生活とか学費とか面倒みないって言ってたって言ったら、そんな脅しに負けるなっ
て。お金のことならじいちゃんが全部面倒みるからってさ」

妹「ママはもうあたしのことなんか好きじゃないのかなあ」

兄「それは俺にはわかんない。少なくとも結城さんとゆうのことの方が俺たちより優先し
ていることは間違いないと思う」

妹「やっぱりお兄ちゃんが正しかったんだね」

兄「何のこと」

妹「あたしが一人ではしゃいでいるだけだったのね」

兄「でもよかったじゃんか」

妹「え」

兄「おかげで俺はおまえと仲直りできたし」

妹「うん。それはあたしも本当に嬉しい」

兄「おまえも母さんのことは割り切れないとは思うけどさ」

妹「うん」

兄「でももうしかたない。俺と一緒に暮そう。じいちゃんたちに面倒を見てもらうことに
はなるけど」

妹「ごめん」


兄「何で謝る」

妹「あたしなんかがいなければ、お兄ちゃんはここでお姉ちゃんと一緒にいられたのに」

兄「アホかおまえは」

妹「それは今日十分自覚したけど」

兄「幼馴染はお前のことが大好きなんだぞ。そんなこと気にするわけがねえだろ」

妹「自己嫌悪だ」

兄「何で」

妹「あたしってお姉ちゃんやお兄ちゃんに迷惑しかかけてな・・・・・・どうしたの」

兄「幼馴染からLINEの返信だ」

兄(返事が遅れてごめん。あたしは大丈夫だよ。あと妹ちゃんに話はついたって伝え
て。ゆう君は二度と妹ちゃんに付きまとわないって約束したから。でも同じ家にいるのは
どうかと思うので既定路線どおり君に部屋で妹ちゃんが暮らす方がいいと思う)

兄(よかったあ。幼馴染は無事だったか。つうか話をつけてくれたんだ)

兄「安心しろ。全部うまくいったぞ」

妹「そう」

兄「そうって。おまえ、嬉しくないの。まさかあいつに未練が」

妹「それはお兄ちゃんの誤解だよ。今ではあたしはゆう君よりお兄ちゃんの方がいい」

兄「はい?(違うだろ。何言ってるんだこいつ)」

妹「・・・・・・お姉ちゃんは大丈夫なの」

兄「みたい。とりあえずこれで安心だな」

妹「そうか」

兄「これマジで美味しいな。やっぱりコンビニとは違うよな」

妹「ありがと。よかったらこれも食べて」

兄「それはおまえ分だろ」

妹「あまりお腹空いてないし、お兄ちゃんが美味しいって言ってくれると嬉しいし」

兄「じゃあ遠慮なく(何なんだ)」

妹「お姉ちゃんは今日はうちに来ないの?」

兄「もう遅いしそうじゃねえの。明日は日曜日だし、詳細は明日聞こうぜ」

妹「うん。じゃあ、お風呂入って。その間に片づけしておくから」

兄「悪いな」

妹「ここで暮す以上はそれくらいしないとね」

兄「ごちそうさま。じゃあ風呂行くな」

妹「うん。追い炊きのスイッチ入れておいてね」

兄「わかった」


今日は以上です
また投下します


兄(来ねえなあ)

兄(電話にも出ねえし。LINEは既読になるけど何で返事寄こさないんだろ)

兄(俺、何かあいつを怒らせたか?)

兄(ゆうとの一件は無事に片付けてくれたのにそれ以降連絡が取れないということは。そ
れともあのときはああは言ったけど実は一人でゆうのところに行かせた俺に怒ってると
か)

兄(いや。あいつはそんな面倒な性格じゃねえしな)

兄(そうすると残る可能性は・・・・・・)

兄(考えたくないけど。それじゃあいつも母さんと同じになるけど)

兄(俺と妹が一緒に暮し始めたことが気に入らないのかな。まさか、俺が妹とどうこうな
るなんて心配しているわけはないはずなんだけど)

兄(だいたい、あいつが妹を一緒に住まわせろって勧めてきたんだしな)

兄(だが女心は、つうか人間って複雑だしな)

兄(母さんがいい例だ。病床の父さんの言葉を聞いたとき母さんは涙を流した。あの涙は
嘘じゃないと思うし、あれでいろいろなことが浄化されるんだって俺は思った)

兄(その母さんが結局、妹の心配よりゆうを庇う方を優先したんだもんな。あの涙が嘘じ
ゃないとしても、それだけで母さんがいい母親でいい妻だったという証明にはならないと
いうことだ)

兄(人間不信になりそうだ)

兄(ただ、幼馴染の前ではさすがにないとは思いたいけど、妹の俺への態度にも戸惑うよ
な。あいつ、これまでは俺のことなんか大嫌いだったくせに)

兄(正直、あの様子を見られたら幼馴染に誤解されて振られても文句は言えないかもしれ
ん)



妹「あまり離れるとベッドから落ちるよ」

兄「大丈夫だって」

妹「それに毛布に隙間ができて寒いじゃん。もっとこっちに寄ってよ」

兄「こうか」

妹「うん」

兄「・・・・・・抱き付く必要なくない?」

妹「だから寒いんだって。お兄ちゃんの体暖かい」

兄「毛布もう一枚出そうか」

妹「夜遅くごそごそしてどうするのよ。これなら暖かいから別にいいよ」

兄「まあ、おまえがいいならそれでいいけど(こいつも母さんに見捨てられて寂しいんだ
ろう。人のぬくもりを求める的な意味なら、兄貴として過剰反応しないで受け止めてやら
んとな)」

妹「枕がない」

兄「え? ああ。気がつかなかった。一つしかないからおまえ使えよ」

妹「居候なのにそんな図々しいことができるわけないでしょ。お兄ちゃんが使っていい
よ」

兄(何なんだ)

妹「お兄ちゃんの腕で我慢する」

兄「・・・・・・腕枕?」

妹「うん」


兄(俺の片腕を枕にしてもう片方の腕に抱きついた妹と一緒のベッドで)

兄(さすがにあれを幼馴染に見られたら、妹も悩んでいるからいい兄貴として振舞った的
な言い訳じゃあ通用するとは思えん)

兄(でも幼馴染には見られてないもんなあ)

兄(長い間一緒にいてようやくお互いを彼氏彼女と呼べるようになったのに、さっそくこ
れかよ)

兄(こんなことになるならいっそ前みたくただの幼馴染だったときの方が気が楽だよ。そ
れなら電話に出ないとかLINEが既読になるのに返事が来ないとかでここまでは悩まなかっ
ただろうに)

兄(既読になることはわかっていて読んだのに返事を寄こさないということは確信犯とい
うことじゃん。理由はわからないけど、本気で幼馴染に嫌われたかなあ)

兄(いかん。これ以上待っていると講義に遅刻する。ただでさえ、先週の受講態度で先生
の機嫌を損ねているのに)

兄(しかたない。一人で行こう)



兄(今日は先生の機嫌が良くてよかった。しかも、ついに)

兄(ついにインターン先が希望通りに決まったし)

兄(県立地域民俗学研究所。生前の父さんの職場)

兄(やった。就職への第一歩だ)

兄(父さんのことを知っている職員の人もいるだろうし、いろいろ聞けるかもしれない
な。今から楽しみだ)

兄(あ。LINEに新着メッセージ。ひょ、ひょっとして)

兄(・・・・・・妹かよ~)

兄(迎えに来い? マジかよ)

兄(まあいいや。今は妹のわがままを聞いてやろう。それにいろいろと今後のことも話し
合わなきゃいけないし)

兄(とりあえず来週の三者面談をどうするかだ。じいちゃんに頼めば喜んで来てくれるだ
ろうけど。妹は俺に出てくれって言ってたな)

兄(何か気が引ける。大学生の俺ごときが出てもいいんだろうか)

兄(とりあえず妹を迎えに行こう。その前に銀行で金も下ろしとかないといけないし)

兄(あれ)

幼友(・・・・・・)

兄(すごい目で睨まれた。話しかけられたりはしなかったけど)

兄(あいつって本当にゆうの彼女なのかな。ゆうよりだいぶ年上なのにな)

兄(まあ、いいや。そろそろ行こう。妹を待たせるとまた喧嘩になるかもしれないし)


兄(嘘だろ。昨日の今日だぞ。しかも桁が違わねえかこれ)

兄(・・・・・・俺の口座にこんな大金が)

兄(じいちゃんの仕業か。これだけあればもう妹が大学を卒業するまで余裕で持つな。つ
うか、じいちゃんってどんだけ母さんのことが嫌いなんだよ)

兄(じいちゃんに電話しよ)

祖母「あら、兄なの? 久し振りね」

兄「うん。ばあちゃん元気?」

祖母「まあまあね。あんたと妹も元気にやってるの」

兄「俺はね。妹はさ。まあ昨日じいちゃんに話したんだけど」

祖母「聞いたわよ。あんたに言うのも悪いと思うけど、本当に身勝手なひどい女だね。妹
がかわいそう」

兄「(何か複雑な気持ちだ。昔はじいちゃんとばあちゃんが母さんの悪口を言うことに反
発してたんだよな。でも今となってはな・・・・・・)」

祖母「父とあの女との結婚には最初から反対してたけど、やっぱり間違ってなかったよ」

兄「まあ、それはもういいよ。それよか、じいちゃんいないの?」

祖母「今日は会社に行ってるよ」

兄「引退したんでしょ」

祖母「名誉顧問なんだって。役員じゃないけど一月に一度呼ばれてるのね。まあボケ防止
にちょうどいいし、たまには家から出かけてくれないとあたしだってうっとうしいしね。
おじいちゃんに何か用だった?」

兄「いやさ。金の話なんだけど」

祖母「それならおばあちゃんが今朝おじいちゃんに言われたとおり振り込んでおいたよ。
口座を確認してみなさい」

兄「見たんで電話したんだよ。いくらなんでも多すぎでしょ」

祖母「それならおじいちゃんから伝言があるよ」

兄「伝言?」

祖母「ちょっと待って。最近忘れっぽいんでメモしておいたんだけど。書いたメモがどこ
かに・・・・・・あら、どこに置いたかしら」

兄(ばあちゃんもボケたかな)

祖母「ああ、あった。これだ」

兄「見つかってよかったね」

祖母「読むよ。えーと。眼鏡はどこやったかね」


兄(・・・・・・いつまで待たせるんだよ。妹との待合わせ時間に送れちゃうだろうが)

祖母「あった。・・・・・・振り込んだお金は兄の大学卒業までと妹の高校卒業までの全費用な
ので注意して遣いないさい。妹の卒業後の費用はまた別に考えてあげるから」

兄「ちょっと待って。どう考えても妹の大学卒業までは持つ金額なんだけど」

祖母「まだ話の途中だよ。ええと。いろいろ海外旅行とかレジャーとかの費用もいるだろ
うし、兄の研究用の書籍購入だって必要だろうから少し多目に振り込んだ。あと、これが
大切なんだって」

兄「大切?」

祖母「息子と孫を裏切ったあの卑劣な女が何を仕掛けてくるかわからないから、兄は車を
買ってできるだけ妹を送迎すること。あの女に妹をさらわれないようにするにはそれくら
いしないと安心できないから・・・・・・だって。あんたは免許持ってたっけ」

兄「ある。つうか前にじいちゃんとばあちゃんを病院に送迎したでしょ」

祖母「そうだっけ。じゃあ、そういうことだから」

兄「本当にいいの」

祖母「おじいちゃんが言ってたよ。墓場まではお金は持っていけないし、大切な孫のため
に遣うなら本望だって」

兄「ありがと。本当に助かるよ」

祖母「いいのよ。それよかたまには妹と二人で顔を出しなさい。ケーキ焼いてあげるか
ら」

兄「うん。近いうちに行くよ。じいちゃんによろしく言っておいて」

祖母「妹にもよろしくね」

兄「うん」



妹「遅いよ」

兄「遅れたわけはちゃんとあるんだよ。あとで説明するよ」

妹「そうか。あ、これがあたしのお兄ちゃんね」

兄「え」

妹「あたしの学校のお友だち。お兄ちゃんを見てみたいって言うから」

兄(何なんだ)

「初めまして」
「あたしたち妹ちゃんの友だちです」
「これが噂のお兄さんかあ」
「なんか普通だね」

妹「こら。本人を目の前にしてひそひそ噂話をしないように。こう見えても意外とうちの
お兄ちゃんって傷付きやすくメンタルも弱いんだから」

兄(何言ってるんだこいつは)

「別に口に出して格好悪いとかダサいとか言ってないじゃん」

兄(・・・・・・てめえら)

「そうかそうか。これがブラコンの妹ちゃん自慢のお兄さんか」

妹「こら」

兄(何だよブラコンって。つうか自慢って。こいつがブラコンなんて言われるなんて、し
かも俺の自慢をするなんてありえねえだろ)

妹「じゃあ約束どおりお兄ちゃんに会わせたからね。バイバイ」


妹「お兄ちゃん、行こう」

「妹ちゃんまたね」
「お兄さんもまたねえ」

兄「あ、うん。さよなら」

「きゃあ。さよならだって」

兄(何なんだ)

妹「早く行こうよ」

兄「お、おう」

妹「それで?」

兄「それでって」

妹「一緒だったんでしょ。お姉ちゃん何だって?」

兄「ああ。あいつには会えなかったよ」

妹「・・・・・・大学に来なかったの?」

兄「うん。待合わせ場所にはいないし大学にもいないみたいだった。連絡も取れねえし」

妹「本当にどうしちゃったんだろ。お姉ちゃん」

兄「わからん」

妹「ゆう君に何か言われたのかな」

兄「いや。あのあとちゃんとしたメッセージを送ってくれたしな」

妹「やっぱり、あたしがお姉ちゃんの邪魔しているからかな」

兄「邪魔って何だよ?」

妹「・・・・・・」

兄「そんなことはない・・・・・・と思う」

妹「・・・・・・はっきりとは言い切らないのね」

兄「あいつは自分からおまえが俺の家で暮らした方がいいって言い出したんだぜ」

妹「そうだけど・・・・・・本当は嫌だったのかも」

兄「おい」

妹「こんな状態よくないよ。はっきりお姉ちゃんに聞こうよ」

兄「聞くって。何て聞けばいいんだよ」

妹「何で俺のこと避けてるの? 俺たちって付き合っているんだよなって聞けば?」

兄「いや」

妹「何がいや、よ」

兄「だいたい聞こうにも電話でねえしLINEも返信ねえし」

妹「これからお姉ちゃんの家に行こう」

兄「え・・・・・・これから?」

妹「こういうことは早い方がいいよ。先延ばしすればするほど聞きづらくなっちゃうよ」

兄(・・・・・・そのとおりだ)

兄「そうだな(これじゃどっちが兄かわからん。妹を守るどころか妹に守られてるじゃん、俺)」


幼馴染母「あらあ。兄ちゃんに妹ちゃんお揃いで。妹ちゃんお久し振りね。元気だっ
た?」

妹「はい。ご無沙汰してます」

幼馴染母「よかった。会いたかったのよ」

妹「おばさんすみません。でもあたしもおばさんに会いたかったです」

幼馴染母「あら嬉しいわ。さあ上がって。お茶でもいかが・・・・・・あら?」

兄「どうしたんすか」

幼馴染母「兄ちゃん何でここにいるの」

兄「はあ」

幼馴染母「今日は大学終ったら兄ちゃんとデートだから、帰りは遅くなるってあの子言っ
てたのに」


妹「・・・・・・」

兄(体の力が抜けていく。立っているだけでようやくだ)

兄(おばさんには幼馴染に急用が出来たとか適当なことを言ってあの場は切り抜けたけ
ど、あの様子じゃ全然納得してなかったな)

兄(とりあえず今晩幼馴染が帰ったら幼馴染の家は修羅場だな)

妹「どうかした」

兄「いや」

妹「もしかして歩けないの?」

兄「いや。体の力が抜けちゃってさ。あはは」

妹「大丈夫?」

兄「大丈夫だよ。ちょっとだけ待って」

妹「あそこで少し休んでいこう」

兄「平気だって」

妹「いいから。あたしにつかまって」

兄「・・・・・・ああ」

兄(不本意だが公園のベンチまで妹に連れてきてもらってしまった。これじゃ、どっちが
どっちを守っているんだか。だけど座ったおかげか体の震えや脱力感がだいぶ収まってき
た)

妹「本当に平気なの」

兄「ああ。おまえのおかげでな」

妹「結局お姉ちゃんと直接話ができなかったね」

兄「普通に大学に登校したらしいし、まだっ帰っていなかったからな」

妹「大学では見かけなかったんでしょ」

兄「少なくとも講義には出てなかったけどな」

妹「お兄ちゃんとデートだって言ってた」

兄「・・・・・・うん」

妹「お姉ちゃん嘘ついたんだよね」

兄「・・・・・・何か事情があったのかもしれないし」

妹「事情があったかどうかはわからないけど、お兄ちゃんはデートの予定なんかなかった
んでしょ」

兄「まあそうだ」

妹「おばさんに嘘ついたんだ。お兄ちゃんのことを利用して」

兄(そうなるよな。もう考えられる可能性としてはもっとも考えたくないことしか思い浮
ばない)

妹「最初はさ」

兄「うん?」

妹「前に言ったように最初はあたしのせいかと思ってたの。お姉ちゃんは本心ではあたし
が邪魔だったんじゃないかって」


兄「そんなことねえだろ。おまえはゆうに迫られて切迫した状況だったし、幼馴染もその
ことは理解してた。それにあいつは昔からおまえが大好きだったじゃん。だからそんなこ
とはねえよ」

妹「うん。最初はそうは思ってた。きっとお兄ちゃんの言うとおりだと思ってたけど」

兄「何が言いたいの」

妹「お兄ちゃんとお姉ちゃんって本当にちゃんと付き合ってたんだよね?」

兄「多分」

妹「多分って」

兄「さっきまでそのことに疑いすらなかったけど」

兄(一瞬で既読になるのに無視されるLINEのメッセージ。すっぽかされる待合わせ。俺と
一緒に出かけるっていう幼馴染の嘘)

兄(また体が震えてきた)

兄(もう間違いない。付き合い出したばかりなのに俺は幼馴染に振られたんだ。そうでな
ければ幼馴染が俺をここまで避けるなんて考えられない)

兄(今まで考えないようにしていただけで、本当はわかっていたはずだ)

兄(誰か他に好きなやつができたのか。おばさんは俺と幼馴染の仲を応援してくれた。だ
から、俺と別れたいなんておばさんには言えなかったんだ。それどころか遅くなる理由に
は俺の名前を出せばおばさんが文句を言わないことを利用して、今夜のアリバイを)

兄(何でだよ。俺、そんなことをされるほど幼馴染に対してひどいことをしたか)

兄(こんなにすぐに俺に関心をなくすくらいなら最初から俺のことなんか好きだとか言う
なよ)

兄(もう駄目だ)

妹「お兄ちゃん」

兄(もう駄目・・・・・・って。え)

妹「お兄ちゃん動かないで」

兄「ちょ、おま。何で」

妹「あたしなんかがいくら頑張ってもお兄ちゃんを慰められないのかもしれないけど」

兄「(妹にキスされた・・・・・・)妹?」

妹「ごめんね」

兄「・・・・・・何で謝ってるのおまえ(妹とキス? ねえだろ)」


妹「・・・・・・ごめん」

兄「だから何で」

妹「もう正直に言うね。ここまで来たら」

兄「何言いたいの? おまえ(妹にキスされた。でもそのおかげで体の震えが一瞬でおさ
まったけど)」

妹「あたしね本当はブラコンなの。ずっと前から」

兄「はい?(こいつ何言って)」

妹「さっきの子たちが言ってたでしょ」

兄「ああ」



「そうかそうか。これがブラコンの妹ちゃん自慢のお兄さんか」



妹「あれ本当なの」

兄「ちょっと待て。おまえ最近まで俺のことなんか大嫌いだったんだろ? うざい兄貴だ
って何度も言ってたし」

妹「そう振舞ってた。お兄ちゃんには昔からお姉ちゃんがいて両方の家族公認の仲だった
し、あたしの気持ちが報われる可能性なんかこれっぽちもなかったから。それに」

兄「それに?(いい加減にしろ。幼馴染の気持ちが俺から離れただけでもきついのに。そ
のうえ俺を混乱させるのはやめろ)」

妹「あたしがお兄ちゃんに反発していたのは拗ねてただけで、ポーズみたいなものだけ
ど」

兄(マジかよ)

妹「お兄ちゃんはそうじゃないでしょ。あたしのことなんか眼中になくて、お姉ちゃんの
ことしか目に入っていなかった」

兄「あのさ。俺たちって・・・・・・」

妹「実の兄妹だよ。そんなことお兄ちゃんに言われるまでもないよ。でもさ・・・・・・」

妹「それでもお兄ちゃんが好きになっちゃったあたしは、実の妹のあたしはどうすればよ
かったの?」

兄「それは」

妹「そう。答えられないでしょ? だからあたしは諦めようとした。実の兄に対する愛な
んか報われないだろうとわかってたし。それに肝心のお兄ちゃんが好きなのはお姉ちゃん
だった。ここまで悪条件が揃ったらもう諦めるしかないじゃん」

兄「おまえ・・・・・・」


妹「でも、優しく微笑んでお姉ちゃんとのことを祝福できるほどあたしは人間ができてな
かったし」

兄(ちょっと待て。妹の話が本当だとしても、こいつって今までも彼氏いたじゃん。母さ
んからよくそう言う話を聞いたぞ)

兄(それにゆうのことはどうなるんだよ。俺はゆうとこいつが抱き合ってキスしてたのを
実際にこの目で見たんだ)

妹「そしたらもうあの頃のあたしにはお兄ちゃんにきつい言葉を投げて仲が悪くなるよう
にするしかなかった。それに」

兄(それに?)

妹「ママからも釘をさされてたし。とにかくそういうことなの」

兄「ちょっと聞くけどさ」

妹「うん」

兄「(泣いてるじゃんこいつ。嘘を言っている様子はねえし)それが本当だとしてもよ。
ゆうのことは最初は好きだったんだろ。何で今さら俺にそんなこと言うんだよ」

妹「違うよ」

兄「違うって」

妹「あたしさ。告られた男の子には冷たくしないで曖昧にしてきたの。中学生の頃からず
っと。今から思うとその子たちにはひどいことしたと思うけど」

兄「何でそんなことしたんだよ。おまえがその・・・・・・本当に俺が好きだったなら」

妹「嫉妬するかもしれないと思って」

兄「嫉妬?」

妹「うん。お兄ちゃんはお姉ちゃんが好きだとは思ってたけど、あたしが男の子と一緒に
いるところを見たらひょっとしたらお兄ちゃんがあたしに嫉妬してくれるかもしれないと
思った。でも嫉妬どころかお兄ちゃんとは外では全然会えなかったし」

兄「ゆうのことはどうなんだよ」

妹「・・・・・・正直チャンスだと思った。一緒に暮している男の子がお兄ちゃんの目の前であ
たしとベタベタしていたら、お兄ちゃんの反応がわかるかと思った。だからお兄ちゃんの
前ではわざとゆう君のことを話題にしたし、ゆう君のことが大好きな振りもした」

兄(好きな振り? これが本当だとしたら、被害者は妹じゃなくてゆうの方なんじゃ)

兄(いや。それにしても無理矢理女の子に何とかしようとするなやつだし。あいつに同情
する必要はない)

妹「正直に言うね。ここまで話したら、もうお兄ちゃんには嘘は言いたくないから」

兄「・・・・・・ああ」


妹「ゆう君ってさ。魅力的だったの。お兄ちゃんに嫉妬させるつもりが、本当にゆう君の
ことしか考えられなくなったことがあったのね」

兄「そうなのか(何だよ。結局ゆうのことが好きだったんじゃん)」

妹「うん。本当はお兄ちゃんのことが好きだったはずなのに、彼に抱きしめられてキスさ
れるとね。乱暴なのにときどきさりげなく優しいし。だから、お兄ちゃんに嫉妬させる目
的を忘れてゆう君のことを本気で好きになりそうになったことがあったの」

兄(・・・・・・俺はバカか。何でこんなにゆうに対して嫉妬じみた感情を覚えるんだろう)

妹「あたしは踏みとどまれた。お兄ちゃんのことがそれだけ大好きだったから・・・・・・と言
いたいけど、多分本当にあたしを踏みとどまらせたのはパパの日記だと思う」

兄「おまえがプリントしたやつか」

妹「うん。あんな小さい頃から、自分にだって記憶がない頃からお兄ちゃんはあたしを守
ってくれてたんだと考えたらゆう君に対する感情がきれいに消えて、残ったのは昔からの
お兄ちゃんへの愛情だけだった」

兄「おまえさ」

妹「うん」

兄「父さんのあの日記を読む前から俺にべたべたしてきたじゃんか。ゆうからも逃げてき
たし」

妹「そうだけど」

兄「あれは何だったんだよ」

妹「あのときの自分の気持はよくわからない。ゆう君のことが怖くなってお兄ちゃんのと
ころに逃げたのも本当の気持ちだし、ゆう君のことが気になっていたのも本当。でもお兄
ちゃんは、仲の悪かったあたしを受け入れてくれた。相談も聞いてくれて。それに」

兄「うん?」

妹「あたしの身体にに興奮もしてくれたじゃない?」

兄「よせよ」

妹「すごく嬉しくなって目が覚めたって感じ。だからあれは演技じゃないの。でも、心底
から自分の大切な人がお兄ちゃんだとはっきりと自覚したのは、パパの日記を読んだとき
だよ。まさか、片想いして十何年もしてまたお兄ちゃんに恋しなおすなんて思ってもいな
かったけど」

兄「マジかよ(妹がずっと俺を好きだった。ゆうのことも俺に嫉妬させる手段だったとは。
正直嬉しい気持ちもある。最近認識したんだけどこいつは可愛いし、それに身体も)」

兄(いやいや。それじゃ最悪の兄貴じゃんか。母さんの言ったひどい言葉を否定できなく
なっちまう)


妹「お兄ちゃん?」

兄「ああ」

妹「あたしは全部正直に話したよ。それでお兄ちゃんがあたしを受け入れてくれなくても
いい」

兄「・・・・・・」

妹「でも、あたしの気持ちだけは疑わないで」

兄「わかった。おまえの気持ちに応えられるかどうかはともかく、疑うことはしねえよ」

妹「それだけで十分だよ。ありがと」

兄「頼むから泣くなよ・・・・・・。俺は父さんにもじいちゃんとばあちゃんにもおまえを守る
って大見得を切ったんだから」

妹「ごめんね」

兄「いや。謝るなよ(今はとてつもなくこいつのことが愛しい。それが兄としての感情か
それ以外の感情なのかは別として)」

妹「あ・・・・・・」

兄「嫌だったらいいけど」

妹「嫌じゃないよ。ありがと」

兄「家族なのに礼なんか(俺は幼馴染みの心変わりから心理的に逃避しているだけなんだ
ろうか。そうだとしても。あいつに裏切られた俺にもこんな俺のことを好きって言ってく
れる妹がいてくれることはすごく救いになっている)」

妹「兄は普通妹の肩を抱いて引き寄せたりしないよ」

兄「そうかもな(俺の肩に妹の顔が乗せられた。こいつ軽いな)」

妹「もう少しこうしてて」

兄「うん・・・・・・あ」

妹「どうしたの」

兄「(密着しすぎだろ。でも、こいつは俺に告ってもう取り繕う必要がなくなったんだろ
うな。やたらくっ付いてくるし)じいちゃんが俺とおまえにお金を振り込んでくれたぞ」

妹「そう」

兄「(淡白な反応だがこいつの心境を察するに無理もない)結構な大金でさ。これなら母
さんに勘当されても卒業までは心配ないくらいだ」

妹「おじいちゃんとおばあちゃんはママのことが昔から嫌いだったもんね」

兄「俺に車を買っておまえを送り迎えしろってさ」

妹「え! 本当?」

兄「何でそこで反応するんだよ」

妹「お兄ちゃんとドライブできるの?」

兄「まあ、車を買えばな。スポンサーはじいちゃんたちだからな。ここは言うことを聞い
て中古車でも買おうかと思ってよ」

妹「いつ? ねえいつ買いに行くの」

兄「(急に元気になったな)今週のどこかで。それにゆうの留守中におまえの荷物とか取
りに行くなら車があった方がいいしな」

妹「あたしが車選んでもいい?」

兄「いやさ。俺にも欲しい車が」

妹「駄目?」

兄「・・・・・・まあいいか」

妹「やった」


今日は以上です
また投下します


幼馴染「君はさ。もう少し人のことを信用することを覚えた方がいいと思う」

兄「何言ってるんだよ」

幼馴染「おじさんが亡くなってからの君ってさ。一見穏かな常識的で成績のいい男の子な
んだけどね」

兄「ちょっと待て」

幼馴染「本心では、ハリネズミみたいに毛を逆立てて周囲の人を警戒してるじゃん」

兄「違うよ」

幼馴染「あたしに対してまでそうじゃない?」

兄「そんなわけないだろ。俺はおまえのことは大好きだし、信用もしてるじゃん」

幼馴染「それなら嬉しいけどね。じゃあ証明して」

兄「証明って」

幼馴染「抱きしめて」

兄「ああ」

幼馴染「嬉しい」

妹「・・・・・・嬉しい」



兄(え)

兄(夢か)

妹「寝ぼけて無意識なのだとしても嬉しい」

兄(夢じゃねえじゃん。いや夢だけど夢でじゃなくて)

兄「あ」

妹「目覚めた?」

兄「・・・・・・うん。あ、悪い」

妹「そのまま抱いていて」

兄「いや(幼馴染を抱きしめる夢だったけど、本当は抱きしめちゃったのは妹か)」

妹「嫌な夢でも見てた?」

兄「そういうわけじゃないいけど」

妹「お姉ちゃんを抱きしめる夢でも見たんでしょ」

兄「いや」

妹「いいよそれでも。それでもお兄ちゃんがあたしを抱きしめてくれて嬉しい」

兄「・・・・・・あのさあ」

妹「うん」

兄「幼馴染が心変わりしたのって、やっぱりゆうと会ったことと関係あるのかな」

妹「あたしも昨日からずっとそのことを考えてたんだけど」

兄「そうなの」

妹「うん。大好きなお兄ちゃんのことだもん」


兄「ずっと幼馴染と俺のことを考えていたようには思えなかったけどな。パソで中古車情
報をずっと検索してたみたいだけど」

妹「お兄ちゃんとあたしの車を探しながらいろいろ考えてたのよ」

兄「(はしゃぎながら車選びをしていたようにしか見えなかったがなあ)それで? あい
つのことどう思う?」

妹「これは多分もう間違いないと思うんだけど」

兄「ああ」

妹「お姉ちゃんがお兄ちゃんに連絡してこないのはあたしのせいじゃないみたい」

兄「それは最初からそうじゃないと言ってただろう」

妹「そうだけど。やっぱり不安だったから」

兄「(こら抱き付く手に力を入れるな)それで?」

妹「よく考えたらあたしとお兄ちゃんの仲に嫉妬しているだけなら、お姉ちゃんもこんな
態度は取らないと思う」

兄「俺とおまえの仲って・・・・・・」

妹「お姉ちゃんとあたしの仲だからわかる。やっぱりお姉ちゃんにはお兄ちゃんと顔を合
わせづらい何かが起きたんだよ」

兄「やっぱりか(そう考えるのが一番自然だよな。考えたくなかっただけで)」

妹「しかも自分の部屋に引きこもって悩んでいるわけでもないじゃん。図々しくお兄ちゃ
んのことまで引き合いに出しておばさんを騙して夜遅くまで外出したんだし」

兄「いやおまえ、図々しくって」

妹「お兄ちゃんに嫉妬させようとして近づいたゆう君に、あたしが惹かれちゃった話をし
たでしょ」

兄「聞いたよ」

妹「こうなるんじゃないかと思って怖かった。だからゆう君に会いに行くって言い張って
いたお姉ちゃんを止めたの。でもお姉ちゃんは聞いてくれなかったし」

兄「そうだったな」

妹「でもお姉ちゃんくらいしっかりした人なら、いくらゆう君に危険な魅力があるとして
も大丈夫かもとも思ってた」

兄「・・・・・・まさか、幼馴染はゆうに無理矢理変なことを」

妹「それはないと思う。ゆう君はそんなことをする必要がない人だし」

兄「必要がないってどういう意味?」

妹「多分、お姉ちゃんはゆう君のことが好きになっちゃったんだと思う。お兄ちゃんのこ
とを失ってもいいくらいに」


兄「・・・・・・やっぱりそうか」

妹「お兄ちゃんごめん」

兄「何でおまえが謝る」

妹「あたしがお兄ちゃんのところに行って相談なんかしなければ、お姉ちゃんだってゆう
君に会うことなんかなかったんだし」

兄「それは結果論だよ。きっかけを作ったのは確かだろうけど、付き合い出したばかりの
俺よりもゆうを選んだのはあいつ自身だ」

妹「そうだけど・・・・・・」

兄「もっと言えば俺自身が原因とも言える。俺の男としての魅力がゆうに負けたんだから
さ」

妹「負けてなんかないよ」

兄「そう言ってくれるのは嬉しいけど、現に幼馴染は」

妹「少なくともあたしはゆう君じゃなくてお兄ちゃんを選んだんだし」

兄「おまえに選ばれてもなあ。おまえが実の妹じゃなきゃ嬉しいと感じたんだろうけど」

妹「それ本当?」

兄(何でそこで赤くなって口ごもる)

妹「あたしさ。仮にこれが本当だとしたらもうお姉ちゃんのこと許せない」

兄(え? すげえマジな表情。抱き合っているから間近に妹の顔が来ている分、余計に怖
い)

妹「そんな軽い想いでお兄ちゃんと付き合ってたのかと思うと許せない。十年以上もお兄
ちゃんのことを独占していて、そのせいであたしは自分の初恋を諦めたのに。それなの
に」

兄「それだけゆうが魅力的だったのかもな」

妹「一時期はゆう君に魅力を感じちゃったあたしが言っても説得力ないかもしれないけど、
それって単なるビッチの行動じゃん。ちょっと気になる男と会ったらすぐに自分の彼氏な
んかどうでもよくなるなんて」

兄(幼馴染がゆうのことを好きになって、俺なんかとは付き合えないと思っているとした
ら、そしたら妹の言うとおりかもしれないけど。まだそうと決まったわけじゃないし)

妹「何の足しにもならないかもだけど」

兄「え」

妹「あたしなんかがお兄ちゃんの傷ついた心を救えるなんて全然自惚れてはいないけど」

兄「突然どうした」

妹「それでもお兄ちゃんの気が少しでも紛れるなら、あたしは何でもするから」

兄「・・・・・・ありがとな」

妹「ううん」

兄(まだ心が凍結しているようで、幼馴染のことでこの先自分の感情がどれほど傷付くこ
とになるか実感すらがないけど。多分、もう少ししたらじわっとつらくなって来るんだろ
うな)

兄(妹が俺に抱き付く両手にまた力を込めた)

兄(もう幼馴染のことは忘れるように努力すべきなんだ。そうして準備していないと事実
をはっきりと突きつけられたときのショックがでか過ぎる)


妹「そろそろ起きようか」

兄「ああ(妹が俺から手を離した・・・・・・それだけのことでまた不安な気持ちが戻ってくる
なんて。俺って既にもう妹に依存しちゃってるのかな)」

妹「お兄ちゃん?」

兄「う、うん(落ち着け俺)」

妹「お金くれる?」

兄「へ? いくら欲しいの?(服でも買いたいのかな。じいちゃんたちが振り込んでくれ
た金額なら多少の贅沢をしても大丈夫ではあるけど。最初から無駄遣いするのも何かやだ
なあ)」

妹「五万円」

兄(あ)

兄「そういやあいつから金借りてたんだっけ」

妹「うん。もうお姉ちゃんなんかに感謝する気もないけどね」

兄「まあそれにしても借りっぱなしってわけにもいかないか」

妹「うん。それにお姉ちゃんには借りを作りたくない」

兄「金は昨日下ろしてきたから手許にあるけどさ。そもそも会えないあいつにどうやって
金返す?」

妹「お兄ちゃんならどうせそのうち大学でお姉ちゃんに遭遇すると思うけど」

兄「無理無理。それは無理」

妹「わかってるよ。あたしが借りたんだしお姉ちゃんの家に行って直接返す」

兄「悪い」

妹「お兄ちゃんが謝ることじゃないよ。それに」

兄「それに?」

妹「あたしの大切なお兄ちゃんをこんなに傷つけたお姉ちゃんには一言言ってやりたい」

兄「もういいって」

妹「何でよ」

兄「もうよそう。多分、何をしても俺が楽になることはないと思うし」

妹「だって悔しいじゃん」

兄「幼馴染に復讐とか考えるよりも、どっちかっていうと俺は早くあいつのことを忘れた
い」

妹「何でよ。制裁しようよ」

兄「正直、混乱しているしつらいけど。でも俺にはこんなことで躓いているわけにはいか
ないんだ」

妹「え」


兄「俺には目標があるから」

妹「そうだったね」

兄「何? おまえ知ってるの」

妹「内容はよくわからないけど、パパのしてた研究を引き継ぎたいんでしょ」

兄「父さんの研究は俺ごときが引き継ぐまでもなく、後進の研究者の人たちが引き継いで
いるよ。うちの大学の先生もその一人だし」

妹「そうなんだ。パパって地味な公務員だと思ってたけど、パパの仕事を認めている人た
ちがいるんだ」

兄「そうだよ。うちの学校の先生は父さんのことを尊敬しているって言ってたよ」

妹「・・・・・・うん」

兄「だから俺ごときが継ぐも何もないけど、それでも俺は父さんと同じ道に進みたい」

妹「うん。パパとお兄ちゃんのためならあたしも応援する」

兄「それだけじゃない。父さんのためにも俺はおまえを守りたい」

妹「え」

兄「父さんの日記を読んだのならわかるだろ」

妹「うん」

兄「父さんに謝るのは一つだけだ。父さんの期待に応えられないのは、今となっては母さ
んの再婚を素直に祝福できないこと」

妹「・・・・・・」

兄「それは今度墓参りにときに父さんに謝るよ」

妹「事情を聞いたらパパだって怒らないと思う」

兄「そうだな」

妹「お兄ちゃんがそれでいいなら」

兄「うん?」

妹「あたしも我慢する。お姉ちゃんにはお金を返して、ゆう君と話をつけてくれたことに
お礼を言って」

兄「ああ」

妹「それで。お姉ちゃんにはあんたなんか大嫌い、二度とあたしとお兄ちゃんに話しかけ
ないでって言うだけにしておく」

兄「全然我慢してねえじゃんそれ(でもそれでいいのかも)


妹「ねえ」

兄「どした」

妹「今朝はお兄ちゃんと二人きりでベッドでゆっくりできて嬉しいんだけど」

兄(こいつ、本当に俺が好きなのかなあ。そもそも血の繋がった兄妹という以前にこれま
で女の子にもてたことがない俺なんかを何でこいつは好きになったんだろうか)

兄(再近気がついたけどこいつって可愛いしな。妹じゃなかったら俺なんかが気軽に話し
かけたりできないレベルの女の子じゃん)

兄(・・・・・・それを言ったら幼馴染だって同じか)

兄(そう考えると、結局なるようになったのかもしれん。幼馴染にみたいな外見も中身も
ハイスペックな女の子だったら、ゆうみたいなイケメンと付き合うほうが自然だし、俺が
振られるのなんて無理もない話なのかもな)

妹「いくら今日は二人とも学校がないにしても、そろそろ起きた方がいいかも。すること
はいっぱいあるんだし」

兄「学校がないって。普通に平日じゃねえの。つうか今何時だよ」

妹「十時半近いよ」

兄「おい。おまえ高校遅刻してるじゃんか。てか俺だって大学が」

妹「今日は二人で休もうって決めてたじゃん。まだ寝ぼけてる?」

兄「そうだった(そうだ。善は急げで今日は車を見に行ったり妹の定期を変更したりする
ことにしたんだった。昨日、父兄として妹の学校にも電話させられたし。妹の担任の先生
からはお父様とお母様から連絡はいただけないのですかって疑われたけど)」

妹「思い出した?」

兄「完全にな。それならまあ慌てて起きることはねえんじゃねえの」

妹「本当にそう思ってる?」

兄「何が」

妹「急いで起きなくてもいいって」

兄「思ってるけど」

妹「妹と二人でベッドに一緒なんてお兄ちゃんが気持ち悪く思ってたらどうしようかと思
ってた」

兄「それはねえよ。おまえの気持ちに応えられるかどうかはともかく、今はすげえ心地い
い。つうか何だか安心する」

妹「よかった。それだけであたしは十分」

兄(本当にそうだ。幼馴染の気持ちをゆうに持ってかれて、これで妹までいなかったら俺
は今頃狂っていたかもしれん。少なくともこんなに冷静にはなれていなかっただろう。そ
れは今だってつらいけど)

兄(つらいけど、それでも俺は救われている。俺に抱きついてくれている妹のぬくもりに。
妹が俺のことを本気で心配して慰めを与えてくれることに)



兄「もうこれでいいんじゃねえの」

妹「だめだって」

兄「中古車なんだからこんなもんだろ」

妹「だってさ。綺麗じゃないもん」

兄「何で? ピカピカじゃん」

妹「外見はね。車内はだめじゃん。煙草のにおいがするしシートにも染みが残ってるし」

兄「中古車だから多少はしようがないって。それに状態がよくなれば値段だってあがるん
だぜ」

妹「じゃあ新車にしようよ」

兄「あほ。そんな余裕がどこにあるんだよ」

妹「おじいちゃんがいっぱいお金をくれたんじゃなかったの」

兄「新車を買ったりするほどの余裕はねえよ。学費とか生活費も込みなんだぞ」

妹「うん。まあそうだろうね」

兄「ようやく理解したか」

妹「お金がないならしかたない。気に入った車を見つけるまでお店をまわるよ」

兄「・・・・・・車くらい妥協しろって」



妹「これならいいんじゃない? 室内は広いし」

兄「これは軽自動車じゃねえぞ」

妹「そうなの? でも値段は同じくらいだよ」

兄「型落ちだし不人気車だからな。でもこれならパワーもあるしいいかもな」

妹「じゃあこれにしようか。シートも古びているけど汚いしみとかないし」

兄「・・・・・・軽より税金は高いぞ」

妹「じゃあどうすんのよ。次のお店に行く?」

兄(それは勘弁。疲れて死にそうだし)

兄「これにする?」

妹「うん。色も形も可愛いし」


妹「ラテでよかった?」

兄「喉が渇いていたから何でもいい」

妹「はいこれ」

兄「ああ。しかし事故車だったとは。もう契約しちゃったし後戻りはできねえけど」

妹「いい買い物ができてよかったね。やっぱり高い買物はじっくりと比較してから決めな
いとね」

兄(突っ込む気にもなれねえ)

妹「じゃあドライブしようか」

兄「何言ってるんだ」

妹「定期の経路変更とか日常品の足りないものとか買わなきゃでしょ? 車で行こうよ」

兄「その書類見てみ」

妹「え」

兄「納車日時ってとこ」

妹「ええ? 二週間も先なの」

兄「最短でな。車庫証明とかいろいろ手続きがあるんだよ」

妹「まあいいか。で? 次はどこ行く」

兄「買物しよう。生活する上でいろいろ足りないものがあるんだろ」

妹「うん。じゃあ、買物デートだね」



兄「そういやさ。来週の三者面談ってどうする? じいちゃんかばあちゃんに頼むか」

妹「いい」

兄「だって母さんに頼むわけにもいかねえだろ」

妹「それはそうだよ。ママだっていやだろうけど、あたしだっていや」

兄「じゃあどうするよ」

妹「お兄ちゃん。本当に悪いんだけどその時間だけ大学の講義休めないかな」

兄「それはいいけど。本当に俺が行っても平気なのか」

妹「プリントには父兄って書いてあったよ」

兄「父兄って普通は両親のどっちかのことじゃねえの」

妹「父と兄のどっちかのことじゃないの。父親が死んでいる場合は兄でもOK
だから父兄なんじゃない?」

兄「それは違うだろ。父兄ってのは保護者のことを総称してるんじゃねえの? 用語とし
ては時代遅れかもしれないけど」

妹「何だそう言う意味か。じゃあ、お兄ちゃんで何も問題ないじゃない」

兄「何でだよ。保護者っつうならじいちゃんとかの方が」

妹「あたしの保護者はお兄ちゃんでしょ、少なくとも今は」

兄「はあ」

妹「・・・・・・お兄ちゃん言ったじゃん」

兄「何を」」


妹「パパの遺志に従うって。それであたしのことは守ってくれるって。あれって嘘なの」

兄「本当だよ。お前のことだけは守る。それだけは疑うな」

妹「あたしのことを守ってくれるなら、お兄ちゃんがあたしの保護者で間違ってないでし
ょ」

兄「言われてみればそうかも」

妹「でしょ」

兄「まあおまえが俺でいいなら行くよ。相当っ構内で目立ちそうだけどな」

妹「ありがと。お兄ちゃん愛してるよ」

兄「おまえの言葉は軽すぎるよ」

妹「何よ。人の気も知らないで。重い言葉をを口にしてもいいなら本気出すよ?」

兄「俺が悪かった」



兄「まだかよ」

妹「ごめん、もうちょっと」

兄「確かにじいちゃんたちから金ももらったから必要なものは好きに買えって言ったけど
さ」

妹「買えって言われたから買ってるだけじゃない」

兄「何も一度に揃えることはねえだろ。俺、これ以上はもう荷物持てねえぞ」

妹「何よ、あたしのこと守るって何度も言ったくせに」

兄「それは確かに言ったけど、いくらでもおまえのファッション関係の買物に付き合うと
か買った服とかアクセの荷物を際限なく持ってやるっていう意味じゃねえぞ」

妹「生活必需品なんだってば」

兄「おまえが買おうかどうか迷っているそのアクセがか」

妹「お兄ちゃんだってどうせなら同居している妹が可愛いい方がいいでしょ」

兄「おまえなあ」

妹「・・・・・・どうして時間かかるかわかった」

兄「どうしてなんだ」

妹「こんなショッピングモールで買物してるからだよ」

兄「どういう意味?」

妹「ここにはあたしの求めている物はないの。最初からデパートに行けばよかったんだ
よ」

兄「あのなあ。じいちゃんは確かにお前のことを甘やかしてはいるけど、だからといって
この金はあくまでも生活費であって。って何してるんだよ」

妹「・・・・・・」

兄「おい」


妹「あ、おじいちゃん久し振り。いろいろと迷惑かけてごめんね」

兄「・・・・・・」

妹「うん。ママのことはもういいよ。それは寂しくて悲しいけど、あたしにはおじいちゃ
んたちやお兄ちゃんもいるんだし」

妹「うん、ありがと。おじいちゃんがあたしたちの生活費や学費の面倒をみてくれること
はお兄ちゃんから聞いた。本当にありがとう」

妹「あたしもいろいろ我慢するから。生前にはパパが買ってくれた服とかアクセサリーと
かもまだあるし、就職するまではこれで我慢して頑張るね」

妹「え? いいよそんなの。それにあのお金は生活費と学費だってお兄ちゃんが」

妹「やめてよ。お兄ちゃんを怒らないであげて。お兄ちゃんはママからあたしを守ろうと
必死になってくれているんだし」

妹「だからいいって。あたしが我慢すればそれでいいんだし・・・・・・え? 本当にいいの」

妹「おじいちゃんとおばあちゃんに迷惑かけてごめんなさい。なんだか催促したみたいで
申し訳ないよ」

妹「うん、うん。そう言ってくれると気が楽だよ。でも、本当に無理しないでね」

妹「じゃあね」

兄(こいつじいちゃんを丸め込みやがった)

妹「あたしの服とアクセの費用は別に振り込んでくれるって。あたしが富士峰で肩身の思
いをさせるなんて兄は気がまわらなすぎだって」

兄(こいつは。調子に乗りやがって)

兄(え)

兄(幼馴染だ。まさかこんなところで出会うとは)

妹「お姉ちゃんだ・・・・・・ゆう君に肩を抱かれてる」

兄「そうだな・・・・・・」

妹「お姉ちゃん。ゆう君に笑いかけてる」

兄「・・・・・・そうだな」

妹「あたしお姉ちゃんに文句言ってくる」

兄「ちょっと待て(頼むからちょっと待ってくれ)」

妹「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します


兄(また震えてるな俺。こんなことになるまで自分自身がこんなにメンタル弱いなんて思
わなかった)

兄(まだいる。幼馴染が顔を上げてゆうに向かって微笑んでる)

兄(ゆうのことも君って呼んでるのかな。つうか何でこんなにどうでもいいことを考えて
るんだろう俺)

兄(ふたり寄り添って何見てるんだ? あそこもアクセサリーとか小物の店だな)

兄(つうかそんなことどうでもいいじゃん。早く俺の視界から消えてくれよ。振られるの
はしかたないけど、とりあえず俺の視界から消えることくらいはしてくれよ)

妹「お兄ちゃん」

兄(妹が両手で俺の目をふさいだ)

妹「・・・・・・大丈夫だよ」

兄「・・・・・・」

妹「もう大丈夫だよ。見えなくしてあげたから。あいつらが消えることなんか期待しなく
ていいの」

兄「うん(暖かい闇に包まれた感じだ)」

兄(震えが収まった)

妹「無理に見なくてもいいの」

兄「・・・・・・ありがとうな」

妹「お姉ちゃんに対しても、文句を言って平手打ちしてやりたい気持ちはあるけど」

兄「もういいよ」

妹「うん。お兄ちゃんが言うなら従うよ。でもこれだけはさせて」

兄「何する気だ」

妹「ちょっと手を離すから目を瞑ってて」

兄「おい。(手を離された。つうか幼馴染とゆうってさらにべたべたしてんじゃん。ゆう
の方も何か感じが違う。あれ? あいつってもっと時代遅れのヘビメタ野郎みたいな格好
してなかったっけ)」

兄(何かすっきりした服装してるな。黒ぶちの細いフレームの眼鏡までしてるし、ちょっ
と知的な印象すら漂っている。ロン毛こそ同じだけど、あれじゃあ幼馴染が落ちるわけだ。
完璧に幼馴染の好みじゃん。)

兄(え!)

兄(あいつら、軽くだけどキスした・・・・・・)

兄(横でシャッター音?)

妹「ちょっと・・・・・・。何で目を開けてあいつらを見てるのよ。自分がつらくなるだけじゃ
ん」


兄「悪い。思わず見ちゃった。でもさっき初めて見たときほど動揺しないで済んだよ。お
まえが側にいてくれているからかな」

妹「うん。それならいい。正直、目を背けるよりは直視できた方が立ち直りは早いと思う
よ」

兄「おまえすげえな。これじゃあどっちがどっちを守ってるかわかんねえよ(素直に妹に
感心するわ。こんなときなのに)」

妹「好きな人のためだもん」

兄(さらっといいやがったな)

妹「どうかした」

兄「いや。それよか今カメラのシャッターの音が」

妹「とりあえず証拠を確保したの」

兄「証拠って」

妹「スマホのカメラで撮影した。あの二人の汚らしい関係を」

兄「(汚らしいって)そんなことしてどうすんだよ」

妹「別に。何となくそうしておいた方がいいと思って」

兄「意味わからん。つうかあいつらの関係ははっきりと思い知らされたから。もう忘れる
ように努力するんだからそういうのはよそうぜ。そういう話だったじゃん」

妹「浮気した方じゃなくてされた方が努力しなきゃいけないなんて」

兄「浮気でも何でもさ。結局惚れている方が負けなんだろう」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄(慰めの言葉ならもう十分なのに)

妹「あの二人行っちゃったからあたしたちも移動しよう」

兄(慰めじゃなかった。つうかいきなりビジネスライクになったな)

妹「歩ける?」

兄「もう平気だ(でもそうだ。日常を普通に繰返して過ごすことがきっとつらい思い出に
対抗する力になるんだろうな。父さんの日記と同じだ)」

妹「じゃあ行こう」

兄「おまえ買物はいいの?」

妹「また次の休みに来るから今日はいいや」

兄「じゃあ帰るか」

妹「五万円ある?」

兄「はい?」


妹「お兄ちゃんの言うとおりだよ。もうあいつらとは縁を切ろう。正直、お姉ちゃんとゆ
う君には罰を受けて欲しい気持ちはあるけど、でもお兄ちゃんの気持ちを考えれば何もせ
ず縁を切って忘れる方が正しいんだろうとも思う」

兄「俺は早く忘れたい。きっと大丈夫だと思う。俺にはおまえもいるし」

妹「お兄ちゃんの言葉じゃないけどそれだけは疑わないで。あたしもゆう君に惹きつけら
れて迷ったのは事実だし、それを誤魔化す気はないけど」

兄「うん」

妹「でもあれは気の迷いだった。そもそもお兄ちゃんとの仲が今みたいに良かったらゆう
君なんかに惹かれることはなかったし。これ本当だからね」

兄「疑ってねえよ(疑ったら父さんから天罰を下されるだろ。俺が今ちゃんと立って喋れ
ているのだって妹のおかげだ)」

妹「でもお姉ちゃんは違うよね。あたしとは違ってお兄ちゃんを自分の彼氏にしていたの
に、そのうえでゆう君に走った。それに、あたしのことを助けるために彼に会いに行った
のにゆう君に惹かれたんだし」

兄「まあ、そうなるよな」

妹「それが一番許せない。だからあいつらに反撃したい気持ちはあるけど、あたしにとっ
て一番の優先事項はお兄ちゃんの気持ちだから」

兄「妹・・・・・・」

妹「だから今は我慢する」

兄「ありがとな」

妹「いいよ。でもささやかな復讐だけは許してね。お兄ちゃんには迷惑をかけないから」

兄(何だって)



兄(あ。やっと帰って来た)

妹「ただいまお兄ちゃん」

兄「おかえり。結構時間かかったな」

妹「うん。泣いちゃって大変だった」

兄「・・・・・・おい。やり過ぎてないだろうな。おばさんには感謝こそすれ恨みはないんだか
らな」

妹「いずれはばれることじゃない。つうかお兄ちゃんと一緒にデートで遅くなるなんて嘘
を言ったこと自体、もうおばさんにはわかってたみたいだよ」

兄「どんな感じだった?」

妹「あのね」


幼馴染母「幼馴染はまだ帰っていないけど。五万円をあの子に渡して欲しいってどういう
こと」

妹「おばさんごめんなさい。あたしが困ってたらお姉ちゃんが貸してくれたんです」

幼馴染母「いったいどうしたの? 何かあったの」

妹「おばさんごめんなさい。あたしのせいで」

幼馴染母「妹ちゃん。落ち着いて話してごらん」

妹「・・・・・・母が再婚したことはご存知ですよね」

幼馴染母「うん、知ってるよ。弟さんもできたんだってね」

妹「その弟って、ゆうって言うんですけど」

幼馴染母「うん」

妹「そのゆう君があたしに・・・・・・。両親もお兄ちゃんも新しい家にはいなくて」

幼馴染母「まさか」

妹「あ、でもそれはもういいんです。あたしは新しい家を逃げ出してお兄ちゃんと住むこ
とにしましたから、もう大丈夫です」

幼馴染母「・・・・・・お母様はご存知なの」

妹「ママの目には自分の新しい再婚相手しか映らないみたい。ゆう君に相手にされないあ
たしの被害妄想だって言われました」

幼馴染母「そんなのって」

妹「それで。身一つで兄のところに避難したものですから、お姉ちゃんが身の回りの物を
揃えるのにお金がいるでしょって言ってくれて」

幼馴染母「そうだったんだ。じゃあ返さなくていいよ。あの子にはあたしから返しておく
から。妹ちゃんだってお金が必要でしょ」

妹「いえ。亡くなった父の実家に電話したら助けてくれることになったので、お金の面で
はもう大丈夫なんです」

幼馴染母「つらかったね。あたしでよければいつでも相談に乗るから。何と言っても娘の
彼氏の妹だし。ううん、そんなことは関係なく妹ちゃんのことは昔から大好きだったの
よ」

妹「ごめんなさい。でも無理だと思います」

幼馴染母「どうして? 遠慮なんか」

妹「遠慮しているわけじゃないんです・・・・・・これはあたしのせいでもあるんですけど」

幼馴染母「よくわからないんだけど」

妹「お姉ちゃんはゆう君に、これ以上あたしにつきまとうなって話をつけに言ってくれ
て」

幼馴染母「あの子が?」

妹「ええ。その結果、あたしはゆう君から解放されたんですけど。でも、お姉ちゃんはゆ
う君に一目惚れしちゃったみたいで」

幼馴染母「何バカなこと言ってるの。あの子には兄ちゃんがいるのよ」

妹「兄はお姉ちゃんに振られたみたいですよ」


幼馴染母「そんなわけないでしょ。今日だって二人は一緒にデートして」

妹「昨日もデートなはずだったですよね」

幼馴染母「昨日は兄ちゃんがあの子じゃなくて妹ちゃんと一緒に家に来たからおかしいと
は思って聞いたけど。兄ちゃんに用事ができたからって」

妹「昨日も今日も兄はあたしと一緒にいました」

幼馴染母「だって。あの子は、昨日会えなかったから今日は兄ちゃんと一緒にって」

妹「お姉ちゃんは昨日も今日もゆう君と二人きりで一緒に過ごしてました。お姉ちゃんは
ゆう君が好きになったので、お兄ちゃんのことを振ろうとしているんです」

幼馴染母「・・・・・・嘘でしょ。あなたの誤解じゃないの」

妹「これは見せたくなかったんですけど。今日、偶然見かけちゃって」

幼馴染母「これって」

妹「お姉ちゃんとゆう君がデートしている写真、つうかキスしているところですね」

幼馴染母「あの子は・・・・・・。許さない」

妹「おばさん落ち着いて。人が誰かを好になるっていう気持ちはどうしようもないです
よ」

幼馴染母「あたしとお父さんは兄ちゃんのことを実の息子のように思っていたのに。それ
なのにあの子は」

妹「嫌なことをお知らせしてしまってごめんなさい。でも、おばさんにお願いがありま
す」

幼馴染母「・・・・・・お願いって」

妹「お兄ちゃんは傷ついてつらい思いをしていますけど、それでも前向きに講義とか研究
に熱中することでお姉ちゃんにひどく裏切られたことを忘れようとしています」

幼馴染母「どうしましょう。兄ちゃんには謝っても謝りきれない」

妹「ですので、そう思っていただけるのならお願いを聞いてください。お姉ちゃんには二
度とあたしとお兄ちゃんに話しかけないように言ってください。お姉ちゃんはゆう君に夢
中だからかえって喜ぶでしょうけど」

幼馴染母「・・・・・・幼馴染を叱って目を覚ませるから、だからもう一度だけ兄ちゃんとやり
直すチャンスを娘にもらえないかしら」

妹「無理だと思います。そもそもお姉ちゃんの方にはお兄ちゃんとやり直す気はないと思
いますし、それでは兄がつらいだけです」

幼馴染母「妹ちゃん・・・・・・」

妹「兄のことを実の息子のように考えてくれていたのならお願いします。これ以上兄を苦
しめないでやってください。正直、兄のそんな状態を見ているだけであたしもつらいんで
す」

幼馴染母「・・・・・・わかった」


妹「という感じかな」

兄「おまえ、ちょっとやり過ぎだろ。俺だっておばさんのことは幼馴染のこととは関係な
く好きだし、おばさんを悲しませることはないだろ」

妹「おばさんには本当に悪いと思ったよ。お兄ちゃんのことを本気で息子同然に大切に思
ってくれてたことも伝わってきたし」

兄「それなら何で」

妹「あたしたちのこのささやかな生活を守るためだよ。甘いこと言っている場合じゃない
もん。お兄ちゃんの言うとおりもうお姉ちゃんたちには関わらない方がいいと思うけど」

兄「けど?」

妹「何か、これだけじゃ終らない予感がする。だから身を守るためには最低限の手は打っ
ていた方がいいよ」

兄「意味がわかんないんだけど」

妹「性善説に立つのは危険だってこと」

兄「ますますわからん」

妹「それでいいよ。お兄ちゃんが考えなくてもあたしが全部引き受けるから」

兄「・・・・・・俺、おまえを守るつもりだったのにな」

妹「仲のいい兄妹はお互いに守りあうんだよ。前にここに逃げ込んだときはお兄ちゃんが
あたしを受け止めてくれた。今度はあたしがお兄ちゃんを守るっていうだけ」

兄「・・・・・・でも」

妹「安心しなよ。これは無料サービスだから」

兄「何の話だよ」

妹「お兄ちゃんを守ったんだからあたしの彼氏になってとか言わないからさ」

兄「・・・・・・」

妹「夕ご飯の支度するね。お兄ちゃんはお風呂の支度して」

兄「・・・・・・わかった」


兄(何か緊張するな。教室の前で面談の順番を待っているのはみんな大人ばっかじゃん)

兄(つうか母親しかいねえ。名門の女子校に俺なんかが紛れ込むと本気で場違いだな)

兄(さっきから好奇の視線も感じるし。何だかいたたまれねえ)

兄(・・・・・・でもそのせいか幼馴染のことで心が痛むことはない。緊張で上書きされちゃっ
たのか。最近、妹がやたらと俺にこういうイベントを強いるってまさか、俺の気持ちを紛
らわせるためなんじゃ)

兄(そこまで計算しているとしたら、自分の妹ながら恐ろしい女だけど)

兄(さすがにそれは考えすぎなんだろうけど)

兄(ちょっと前までは仲の悪い兄妹だったのになあ。正直、バカな妹だと思ってた。母さ
んの再婚に浮かれてリビングで踊ってたりとかな)

兄(あれ、結構可愛かったけど、結局喧嘩になっちゃたんだよな)

兄(今日あの話を妹にしてみようか。可愛かったよって)

兄(妹は何て言うだろう。真っ赤になって怒るかな)

兄(ははは。こんなことを妹相手に考えられる日が来るなんてな)

妹「さっきから緊張してたり突然にやにやしたり何なのよ。お兄ちゃんはあたしの父兄で
保護者なんだからもう少しどっしりと構えててよ」

兄「無理言うな」

妹「そろそろだと思うからいい加減に落ち着いて」

兄「俺は傷心なんだぞ。ちっとは労わってくれても」

妹「お姉ちゃん関連の悩みならそうするけど、今のは明らかに違うんじゃん」

兄「何でそんなことわかるんだよ」

妹「どうせ周りは母親だらけなのに何で俺がとか、俺って周囲の父兄から変な目で見られ
てねえかなとかって考えてたんでしょ。お兄ちゃんって小心者だから。それと何で俺がこ
んなことをしなきゃいけねえんだ。面倒くさいって」

兄「・・・・・・おまえはエスパーかよ(前半正解、後半間違い。つうか俺はおまえを見直して
いたんだっつうの)」

妹「お兄ちゃんの考えていることを理解するのに超能力なんて必要ないでしょ」

兄「そんなことを言われるほどこれまで仲良くなかったじゃん俺たちって」

妹「お兄ちゃんにとってはそうなんでしょうね」

兄「うん?(何だって)」

妹「まだわからないの?」



担任「池山さん、お待たせしました。妹さんも入ってね」

兄「あ、はい」


担任「とりあえずこれをご覧になってください」

兄「はあ(直近の模試の結果か)」

兄(・・・・・・)

兄(まじかよ)

兄(これは)

妹(・・・・・・・)

兄(何、気まずそうに目を逸らしてやがる)

担任「総合順位で言うとうちの学年で上位十名以内に入っていますね」

兄「みたいですね(俺なんかよりよっぽど成績いいじゃねえか。これまでバカだと思って
たのに)」

担任「ですので絶対にとは言えませんがこのまま行けばお嬢さんの・・・・・・妹さんの志望校
合格は問題ないですね」

兄「そうですか」

担任「ご家族はお嬢さんの、じゃない。妹さんの進路についてはご了解されてるんです
か」

兄「はあ(何言ってるんだこの人。女だけあって話がくどい。つうか妹の志望校も知らな
いし母さんがそれを承知しててのかもわかんねえや。妹、おまえから何か言えよ)」

兄(また目を逸らしやがった)

担任「正直、もう二ランクくらいは十分に上を狙えるんですけどね。まあ、ご家族がご了
解されているならそれでいいとは思いますけど」

兄「ええと」

担任「何ですか」

兄「母は、じゃない。祖父も祖母も妹の選択を尊重していますから(って、こんなことし
か言えねえじゃんか。そもそも妹の進学希望どころかどんな学部学科に進みたいのすらわ
かんねえのに)」

兄(俺って妹と違ってこいつのことなんか何も知らなかったんだな。妹と仲直りしたり、
妹に告白まがいのことをされていい気になってただけで)

兄(何かすごく後悔の気持ちがわいてくる。妹がこんなに俺のことをわかっていることを
思い知らされた直後なのに)

担任「まあ、妹さんのお父様とお母様もこの大学の出身で、お兄様も在学中だとは伺って
いましたので、そういうのもありかなとは思ったんですけど念のために確認させてもらい
ました。そういうことならこのまま勉強の手を抜かなければおそらく大丈夫だと思いま
す」

兄(何で成績がいいのにうちの大学にとかって野暮なことは聞かない。だけど、こいつっ
て外見だけじゃなくて頭も良かったのか。何か複雑な気持ちだ)

担任「妹さんもそれでいいのね」

妹「はい。父と母と兄と同じ大学に進学したいと思います」

担任「わかりました。でも受験に絶対はないからね。気を抜いちゃだめよ」

妹「はい、がんばります」

担任「何かご父兄の方からお聞きになりたいことはありますか」

兄(合格可能性の欄は90パーセント以上で振り切れてたけど、六校全部うちの大学の違う
学部が記入してあった。妹の本当の志望学科を聞きたいけど、それを先生に聞くのは何か
みっともないかなあ)

妹「お兄ちゃん?」

兄「(あ)いえ。別にありません」

担任「それでは今日はお忙しいところをありがとうございました」


兄(妹の意外な一面を知ってしまった。)

兄(意外と頭がいい。それに模試の結果の合格可能性の欄には俺の大学の複数の学部。正
直、仲直りした後とか父さんの日記を読んだ後ならまあわからんでもないけど)

兄(これを受けたときってまだ俺とは仲が悪かった頃だ。母さんの再婚が決まってゆうと
一緒に住めるって妹がはしゃいでいた頃だもんな)

兄(あれは俺を自分に振り向かせるためだってこいつは言ってたけど)

兄(しかし、こんだけ成績がいいなんてこいつ、いったいいつ勉強してたんだろう)

兄(別にもう俺と同じ大学にこだわる必要なんかないのに)

兄(・・・・・・それとも妹はそこまで俺のことを。その)

妹「ねえ」

兄「(何だ)おう」

妹「予定よりずいぶん遅くなっちゃったけど、大学の講義は大丈夫なの」

兄「大丈夫じゃない。もう専門科目の講義には間に合わないな」

妹「ごめん」

兄「それはいいけど(こいつを母さんとゆうから守るって決めたんだもんな)」

妹「じゃあ今日はもう大学には行かないの?」

兄「言ってもしかたないし(それに幼馴染に会いたくないし。いつまでも避けてはいられ
ないことはわかってるんだけど。何せ八割方履修登録している講義が被ってるだけに)」

妹「じゃあ、もういっそ今日はふたりで遊んじゃおう」

兄「・・・・・・また買物かよ。いくらじいちゃんがおまえに金をくれたからといってもな」

妹「違うって。これ」

兄「(何だ。中古車のディーラーからのお知らせ?)もう納車か。予定よりずいぶん早か
ったな」

妹「今か今かと思っていたからね。あたしが駐車場を確保したから車庫証明が早く取れた
んだよ」

兄「そんなに楽しみだったのかよ」

妹「だってドライブとかしたことないもん」

兄「昔は結構してたじゃん。おまえが小学校の頃までは」

妹「そういう家族でお出かけ的な意味じゃないよ。彼氏と二人でドライブ的な意味で」

兄「彼氏ってなあ。おまえ今までだって彼氏はいたろうが」

妹「相手だって高校生だったんだよ。ドライブデートなんかしたことないよ」


兄「まあ、どうせいつかは車を受け取りに行かなきゃいけないんだしな。もう講義には間
に合わないんだし、これから車を受け取りに行くか」

妹「やった。どこ行く?」

兄「どこって。店から駐車場に車を持って行くんだよ」

妹「そんなのつまらないじゃん。どっかに遊びに行こうよ」

兄「遊ぶって」

妹「ただこの辺をぐるぐる回っているだけでもいいんだって。あたしはお兄ちゃんと一緒
にドライブしたいの」

兄「まあいいけど」



妹「・・・・・・ちょっと気持ち悪い」

兄「おまえ車酔いなんかしたっけか」

妹「パパやママの運転では一度もしたことないよ・・・・・・って信号赤だってば」

兄「悪い」

妹「下手くそ」

兄「うるせえなあ。運転は久し振りなんだよ」

妹「運動音痴のパパだってもう少し上手だったよ」

兄「父さんのは慎重すぎるだけだって」

妹「とにかく少し落ち着いて運転してよ。いくらあたしがお兄ちゃんのことが好きだって
いっても一緒に心中するつもりはないよ」

兄「わかってるよ。おまえちょっと黙ってろよ。気が散る」

妹「偉そうに」

兄「おまえなあ(でも妹とこういう風に軽口を叩けることが幼馴染を失った今の俺に
はすごく救いになっている)」

妹「あ、そうだ」

兄「今度は何だよ」

妹「いいこと思いついた。今ならゆう君は学校でいないからあたしの荷物を取りに行っち
ゃわない?」

兄「ほとんど新しく買ったんじゃねえの」

妹「必要最低限はね。でも教科書とかもあるし。それに」

兄「それに?」

妹「手許に置いておきたい大切なものとかが残ってるのよ」

兄「まあいいけど。確かにゆうも結城さんも母さんもいない今はチャンスだもんな」

妹「・・・・・・前の車止まったよ。チャンスはチャンスだけど、無事に辿り着けるのかな、こ
れ」

兄「任せておけって」

妹「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します


兄「なあ」

妹「次、右折だよ。そろそろ車線変更しとかないと」

兄「わかってるって。そうじゃなくてさ」

妹「何よ。お兄ちゃんは運転に集中しててよ。お兄ちゃんの運転がこんなに初心者レベル
だとは思わなかったよ」

兄「・・・・・・じゃあもう二度とドライブとかしてやらないからな」

妹「怒んないでよ。お兄ちゃんって子どもみたい」

兄「うるせえ」

妹「だから。拗ねないの」

兄「いやそうじゃなくて。おまえって何であんなに成績いいの?」

妹「何でって。別にそんなにいいわけじゃないし」

兄「富士峰で学年十位以内なら成績がいいとしか言いようがねえじゃん」

妹「・・・・・・家でずっと一人だったしすることもなかったから」

兄「え」

妹「まあそれで暇つぶしに予習とか復習とかしてたら自然と成績が上がっちゃったの」

兄「おまえは受験の神様かよ。(成績を上げようと思わないで自然に学年上位十番だ
あ?)」

妹「だから別にたいしたことじゃないって」

兄「たいしたことあるじゃん。てかすることないって、おまえは俺に見せ付けようと一生
懸命デートしまくってたんだろ」

妹「それはそうだけど、お兄ちゃんに言われると腹が立つ。上から目線で偉そうに。何で
優越感感じてるのよ」

兄「そうじゃねえけど」

妹「あたしがずっとお兄ちゃんに恋してたって知ったからって、そんなに偉そうにしなく
てもいいじゃん。何よ、自分の方が立場が上だとか思っちゃってるんでしょ」

兄「それは完全におまえの誤解だ。だいたいそんな余裕かましていられる心理状態じゃな
いって」

妹「確かにそうだよ。認めるよ。あたしはお兄ちゃんに嫉妬させようとしてデートしてま
した!」

兄「だから人の話を聞けって。切れることはねえだろ」

妹「だけどすぐに意味がないと思ってやめたもん」


兄「わかったよ、わかったから」

妹「・・・・・・お兄ちゃんさ。まさかあたしのお兄ちゃんへの恋心を内心でにやにやしながら
楽しんでいるんじゃないでしょうね」

兄「そんなこと言ってねえだろ」

妹「あたしのことを恋愛対象として考えられないのはしようがないよ。実の妹だし」

兄「・・・・・・だからそういうことじゃねえって」

妹「だけど、あたしのお兄ちゃんへの恋愛感情を茶化すのはやめて。あたしは真剣なんだ
から」

兄「別に茶化したつもりはないんだけど」

妹「だったら偉そうに聞くな。他の男の子とのデートなんかすぐ止めたし告白も断ってか
らは時間なんかいっぱいあったの! だから勉強したの。それが悪いの?」

兄「いや。悪くないです」

妹「・・・・・・ふん」

兄「そうじゃなくてさ。俺は素直におまえのことをすげえなって感心しただけで」

妹「そんなことないよ。あたしはお兄ちゃんと違ってパパの頭の良さを受け継いでいない
し。それはママに似たから見た目はいいかもしれないけど」

兄「・・・・・・(事実かもしれんけど自分で見た目がいいとか言うな)いや。俺だって高二の
今の時期ならこんなに偏差値は良くなかったぞ。偏差値的に言えばおまえの方が俺より成
績がいいことは明らかだ」

妹「へ? そうなの。あたしをバカにしていたわけじゃないんだ」

兄「だからそうだよ。デートの合間に暇つぶしに片手間で勉強してこの成績はすげえって
誉めてるんじゃん」

妹「そうなのかな・・・・・・だからデートしなくなってからだって。勉強しだしたのって」

兄「ひょっとしたら俺よりお前の方が父さんに似ているのかもしれないね」

妹「そんなことないよ」

兄「(え。今までと打って変って真面目な表情)どした」

妹「そんなことないよ。お兄ちゃんはパパに似ている」

兄「何だって」

妹「お兄ちゃんはパパと似てるよ。優しいところも頭のいいところも」

兄「・・・・・・」

妹「あたしを大切に守ってくれるところも」

兄「後半だけはそうかもしれないけどさ」


妹「前半だって本当だって」

兄「俺より偏差値がいいくせに」

妹「頭の良さなんて偏差値で決まるもんじゃないと思う・・・・・・って、前!」

兄「やべ」

妹「もう。信号くらいちゃんと認識しなよ。一応前を見てるみたいだけど、いったいどこ
を見てるのよ」

兄「だっておまえが妙なこと言うからだよ」

妹「妙じゃないよ。お兄ちゃんはパパに似ている。だからお兄ちゃんのことを意識するよ
うになったんだもん」

兄「よくわからんけどさ。おまえ俺のことを初恋の相手だって言ってたけど」

妹「何よ。疑うの」

兄「疑ってるわけじゃないけどさ。おまえって本当はさ」

妹「うん?」

兄「ブラコンじゃなくてファザコンだったんじゃねえの」

妹「どうかなあ」

兄「どうなかあって?」

妹「あたしは間違いなくファザコンじゃなくてブラコンだって」

兄「胸張って言うなよ。つうかどんな反応すりゃいいんだよ俺は」

妹「パパのことは昔から好きだったよ。でもあたし、パパの日記を読んだじゃん?」

兄「うん」

妹「自分が本当にパパに大切に思われていたんだってわかって、それであたしもパパのこ
とが本当に好きだったんだってわかったのはあの時なのね」

兄「うん」

妹「でもお兄ちゃんのことを意識したりしたのは、パパが亡くなる前だったから。だから、
あたしはファザコンじゃなくてブラコンなの」

兄「まあ、おまえの気持ちはよーく理解したよ」

妹「やっと納得したか。前の信号、赤だよ」

兄「言われなくても気がついていたって」

妹「どうだか」


兄「着いたぞ」

妹「うん」

兄「誰もいないんだろうな」

妹「パパとママは仕事だしゆう君も学校のはずだけど」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄「まあ、ここまできたら迷っていてもしかたない。鍵持ってるんだろ?」

妹「うん」

兄「入ろうぜ」

妹「もしゆう君がいたら・・・・・・」

兄「安心しろ。そしたら俺がおまえを守るよ」

妹「でも」

兄「けんかとかしたことねえし、力で比べたらゆうには負けるかもしれないけど、それで
も俺はおまえを守るよ。それくらいできないと死んだ父さんに申し訳ないもんな」

妹「うん、わかった。鍵開けるね」

兄「おう」

妹「・・・・・・開いた」

兄「どれ」

妹「お兄ちゃん?」

兄「誰もいないっぽいな」

妹「ゆう君とあたしの部屋は二階だから」

兄「うん。まだ油断はできないけどな(てか、自然にひそひそ声になるのは何でだろ
う。別にゆうを避ける必要ってないのに。幼馴染には会いたくないけど)」

兄(いや。妹的にはゆうと会いたくないからわざわざ平日を選んでここに来たんだからさ。
妹の気持ちを考えないと)

妹「お兄ちゃん?」

兄「入っておまえの部屋に行こう」

妹「ちょっと待ってよ。先に行かないで」

兄(腕にしがみついていきた)

兄「大丈夫だよ。さっさと終らせようぜ」

妹「うん」

兄「階段どこだ」

妹「こっち」

兄「やっぱ誰もいないな。手伝うからさっさと荷物まとめようぜ」

妹「うん。あまりいっぱいは持っていけないよね?」

兄「軽自動車じゃないとはいえ小さな車だからなあ」

妹「じゃあもって行きたいものを選ぶね」

兄「あいつが学校に行ってるなら大丈夫だとは思うけど、念のために急ごうぜ」

妹「わかってる。お兄ちゃんはあたしが選らんで箱に詰めたのを車に運んでね」


兄(これは学校関係か。教科書とか参考書だな。確かにこれを揃えなおすのは難しい)

兄(車のトランクに運んでおこう)

兄(・・・・・・)

兄(き、きつい。無駄にでかい家なせいで二階の妹の部屋から庭の車までの往復が地味に
堪えるな)

妹「お兄ちゃん、次はこれお願い」

兄「はいよ・・・・・・って、この箱重いな。まだ教科書とか残ってたのかよ」

妹「違うけどさ。とにかく急いでね。もう少しだから」

兄「おう(疲れた。早く帰りてえ)」

兄(もうトランクはいっぱいか。後部座席に載せておくか)

兄(・・・・・・あ。やべ)

兄(箱を持ったまま片手でドアを開けようととしたら中身を地面にぶちまけてしまった。
妹に怒られる。早くしまおう)

兄(? 本じゃねえな。これって)

兄(アルバムかよ。こんなもん、別に急場を凌ぐのに必要じゃねえのに。これだから女
は)

兄(あれ。これ、俺?)

兄(何か俺が見たことがない俺の写真がいっぱいある・・・・・・)

兄(何だこれ。明徳の制服ってことは高校の頃か。こんな写真撮った覚えがねえけど)

兄(このアルバム、昔の俺だらけじゃん。こっちはどうだろ)

兄(こっちもか。つうか中学生だし。こっちのアルバムに至っては小学生じゃん。つうか
こっちの方は普通に妹も写っているな。二人で手を繋いでいる写真とかもあるし)

兄(小学生の妹・・・・・・可愛い。今の俺が当時の妹と二人きりだったら襲ってしまいかねな
いほどの可愛らしさじゃん。いや、別にロリコンじゃないけどさ)

兄(手許に置いておきたい大切なもの・・・・・・。これもそうなのか)

兄(あいつって本当に俺が好きだったんだ。正直、妹の告白ってさ。いい兄妹の関係にな
れたこととか、幼馴染に振られた俺を慰めるためとかから、妹が半ば暴走しているんだと
思ってたけど)

兄(俺の写真だらけのアルバムを、ずっと仲の悪かった妹が持っていた)

兄(これじゃあもう疑いようもないじゃん)

兄(本気で返事を考えてやらねえとな。本気で告られたのなら本気で返事してやらない
と)

兄(てか考えるまでもなく告ってきたのは実の妹なんですけど)

兄(うーむ)


妹「何してるのよ。早く上がってきてよ」

兄「お、おう(やばい)」

妹「一刻も早くこんなところから逃げ出したいのに・・・・・・って、え?」

兄「今戻るところだ」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・いやその。これはだな」

妹「もしかして中を見た?」

兄「えーと(手許にアルバムがある以上誤魔化しようもない)」

妹「見たんだよね?」

兄(妹こええ)

妹「もう!」

兄「偶然だよ偶然。箱を落しちゃってさ。中身は何だろうと思ったら」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・お兄ちゃんばっかだったでしょ」

兄「うん」

妹「後半はほぼ隠し撮りだし」

兄「見に覚えのない写真がいっぱいあったよ」

妹「・・・・・・ごめん」

兄(何だろう。今とてつもなく妹のことがいとおしい)

兄「嬉しかったよ」

妹「え?」

兄「本当に」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄「父さんは死んじゃったし母さんは再婚しちゃったけど。やっぱり家族っていいな」

妹「・・・・・・うん」

兄「母さんが再婚してさ。これで俺とおまえの仲まで悪かったらさ。父さんが好きだった
うちの家族っていったい何だったのって話しだし(たとえ浮気から始まった家族にしても
な)」

妹「パパとお兄ちゃんのことを嫌いになったことなんかないよ」

兄「ありがとう」

妹「家族なんだもん。お礼なんか」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

兄「じゃあ、残りを運んじゃうか」

妹「うん。あと二箱くらいで終わりだから」

兄「おまえの部屋に戻るか」

妹「あ」

兄「嫌ならやめるけど」

妹「嫌じゃない。でも、そういうんじゃなくて」

兄(恋人つなぎかよ)


兄(さっきからずっと沈黙が続いているけど、思っていたより気まずい感じはしねえの
な)

兄(優しい沈黙って言うか)

兄(さっき妹と手をつないだのはいい判断だったのかもしれない。真面目に何で妹が俺の
写真集を持っていたかなんて話をしだしたら、俺はきっと恥かしくて死ねる)

兄(本気で実の兄貴のことが好き、か)

兄(妹は可愛い。性格はきつめだけど。つうかそれが原因で今まで何度も大喧嘩してきた
けど)

兄(今となってはそういう性格すらいとおしい)

兄(・・・・・・正直、幼馴染に手ひどく裏切られたこととか今なら許せそうな気がしてきた)

兄(こいつが俺の彼女になったとしたら・・・・・・いや、だめじゃん)

兄(はあ。実の妹じゃなければなあ)

妹「妹が義理だからねとチョコをくれ」

兄「何だって?」

妹「・・・・・・君が義理ならどんなにいいか」

兄「・・・・・・何それ」

妹「何でもない。ごめん」

兄「・・・・・・暗くなってきたな」

妹「思っていたより時間かかったね。ゆう君が帰ってくる前に出発できてよかった」

兄「そうだな」

妹「前、前! 信号赤だって」

兄「え」

妹「って。何でそこで左折しちゃうのよ」

兄「おまえが突然大声出すし、一刻も早く交差点を抜けなきゃと思って」

妹「道、迷わないでよ」

兄「そう言われても」

妹「何だか周りが薄暗いよ」

兄「確かに。街路灯が少ないなこの道」

妹「あ」

兄「海だ」

妹「わかった。海辺の半島の方に入り込んじゃったんだよ。ぐるっと一周すれば元の道に
戻れるんじゃないかな」

兄「引き返したほうが早くね?」

妹「いいじゃん。海辺が紫色に暮れてきてすごく綺麗だよ」

兄「ああ。そうだな」


兄(確かに綺麗だ。絶景と言ってもいいかも。こんなに近くにこれほど綺麗な景色が見れ
る場所があったとは)

兄(まるでデートしてるみたいだな。考えてみれば幼馴染とはそんなことすらするまでも
なく振られちゃったけど)

兄(でも。海を眺めてる妹の横顔って)

兄(・・・・・・何ときめいているんだ俺。十何年もこいつのこと見てきたのに、今さらすぎ
る)

妹「ねえ」

兄「うん」

妹「ちょっとそこで車止めて」

兄「何で?」

妹「少しだけ景色見ようよ」

兄「あいよ」

妹「すごく綺麗だね」

兄「本当にそうだな。近くに住んでいたのに今まで気がつかなかったよ(本当に綺麗だ。
近くにいたのに何で今まで気がつかなかったんだろう)」

妹「こんなに近くにあったのに、何で知らなかったのかな」

兄(こんなに近くにいたのにな。何で今まで・・・・・・)

妹「完璧な海辺の夕景れだね。小さな船が遠くに浮んでいるのも素敵」

兄「ああ。本当に可愛いよ」

妹「景色が可愛い? 何か変なの」

兄「(やべ。そうじゃねえ)可愛いじゃねえか。むしろ綺麗と言うべきか」

妹「どっちなのよ」

兄「どちかというと綺麗というより可愛い感じかな。あくまでも俺の感想だけど」


妹「・・・・・・ありがと」

兄「何が」

妹「お兄ちゃんに可愛いって言われるなんて思ってもいなかった」

兄「海辺の景色のことだぞ?」

妹「わかってるよ。でも、ありがと」

兄「(・・・・・・妹)妹?」

妹「なあに?」

兄「いや。俺って何言おうとしたんだろう」

妹「何変なこと言って・・・・・・あ」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄「ごめん。つい」

妹「兄妹でもいいの?」

兄「よくわかんないや」

妹「そうか」

兄「ごめん」

妹「あたしに謝らないで。別に初めてじゃないじゃん、キスするの。それにあたしは嬉し
いし」

兄「ならよかった」

妹「お兄ちゃんがキスしてくれるなんてね」

兄「・・・・・・泣くなよ」

妹「泣いてないってば」

兄「泣いてるじゃんか」

妹「・・・・・・」

兄(何だか切ない。何でだろう)


妹「じゃあ先に行くね」

兄「ああ。気をつけてな」

妹「お姉ちゃんに会っても無視しなよ」

兄「わかってる。つうか向こうが話しかけてこないだろ」

妹「油断しない方がいいよ」

兄「わかったって。遅刻するから早く行け」

妹「何かあったらLINEしてね」

兄「そうするよ」

妹「・・・・・・・じゃあ、行ってきます」

兄「おい」

妹「頬にだからいいじゃん」

兄「おまえなあ」

妹「嫌だった?」

兄「そんなことねえよ(昨夜こっちから口にキスした時点で、もう妹のこういう行動
を非難する資格は俺にはないんだ)」

妹「ならよかった。じゃあね」

兄「おう」

兄(セーラー服の後姿。スカートから覗く足。富士峰って白ソックスなんだよな)

兄(曲がり角で振り返って手を振ってくれた)

兄(可愛いな。ついこの間まであれだけ疎ましく思ってた妹なのに)

兄(・・・・・・)

兄(・・・・・・どうしよう。俺の方からあいつにキスしてしまった)

兄(妹と付き合う・・・・・・さすがにねえよな。実の兄妹で家族なのに男女の関係とか)

兄(だったらキスしたり毎日同じベッドで抱きつかれながら寝たりとかしちゃいけないよ
な。妹だって期待させちゃうだろうし)

兄(考えていてもしかたない。付き合うことはできないけど、妹とは仲良くやりたい。も
う昔のようなぎすぎすした関係に戻るのはいやだ)

兄(あれ? そういや三者面談のあたりから幼馴染のことをあまり思い出さなかったな)

兄(これも妹のおかげかな。そろそろ俺も大学に行こ)


幼馴染「兄君、おはよう」

兄「おはよ。今日は早いな」

幼馴染「今来たところだよ。行こ」

兄「ああ、ってそうじゃねえだろ(あんまりさりげなく普通に現れたんで思わずあいさつ
してしまった)」

幼馴染「大学行かないの?」

兄「おまえとはな。一人で行くからもう話しかけるな」

幼馴染「そうだよね。昨日お母さんにすごく怒られた。何で君にそんな酷い仕打ちががで
きるのって泣きながら言われた」

兄「悪いけどもう俺には関係ないし」

幼馴染「ごめんなさい」

兄「何がごめんなの? ただ謝られても理由がわからないよ」

幼馴染「昨日、妹ちゃんがうちに来たって・・・・・・」

兄「そうだね」

幼馴染「だからもう君には知られているのかと思ってたから」

兄「知っているのは電話してもメールしてもLINEしてもおまえが返事をくれなかったこ
と、一昨日俺と一緒にデートだとおばさんに話して夜遅くまで外出してたこと、それにあ
んなに人間のクズ扱いしていたゆうとおまえが抱き合ってキスしていたこと。それくらい
しか知らねえよ」

幼馴染「・・・・・・お願い。ちゃんと説明させて」

兄「もういいよ」

幼馴染「よくないよ。とにかく聞いて」

兄(もう縁を切った方がいいんだけど、何かこいつ必死だし)

兄(実はゆうに脅かされてたとか?)

兄(・・・・・いや。ねえよ。こいつはあのときゆうに向って微笑みかけて、それからキスし
たんだから)

兄(とにかく事情だけでも聞いた方がいいのかもな。何でこんなことになってるのか気に
ならないといえば嘘になる)

兄(よし)

兄「わかった。講義はさぼりたくないから昼に中庭の噴水のところで聞くよ」

幼馴染「ありがとう」

兄「じゃあな」

幼馴染「え? 一緒に行かないの」

兄「またあとでな」

幼馴染「ちょっと待ってよ」


今日は以上です
また投下します


兄(一応妹に連絡しておいた方がいいかな)

兄(あいつも何かあったらLINEしろって言ってたし、幼馴染のことは無視するように言わ
れてるし)

兄(いや待て。あいつの学校って校内じゃ携帯の電源を落すって言ってたよな。連絡して
も意味ねえじゃん)

兄(まあきっと俺の高校のときと同じでみんな密かに電源を入れてるんだろうけど)

兄(どうしようか。一応俺は今では妹の保護者だしな。その俺が妹の携帯にメッセージを
送るわけにもいかないか)

兄(帰って話せばいいか。妹だって何があったのか知りたいだろうし)

幼馴染「お待たせ」

兄「・・・・・・ああ」

幼馴染「君、お昼まだでしょ? お弁当作ってきたよ。一緒に食べようよ」

兄「(何言ってるんだこいつ)いや。それより話を聞こうか」

幼馴染「おなか空いてないの?」

兄「食欲なんかここしばらく全然ねえよ」

幼馴染「ちゃんと食べないと体壊すよ」

兄「おまえには関係ないだろ(何言ってるんだこいつ。俺のことなんかどうでもよくなっ
たくせに)」

幼馴染「関係ないって・・・・・・あたしは君のことが心配で」

兄「説明したいんだろ。聞いてやるからさっさと話せよ」

幼馴染「何でそんなにひどい言い方するの? 君らしくないよ」

兄「何でだろうね。俺が言わなきゃわからないわけ?」

幼馴染「・・・・・・」

兄「話をするつもりがないなら俺は行くけど」

幼馴染「待ってよ。ちゃんと話すから。だけどあたしだって混乱しててつらくて」

兄「つらいって? 昨日おばさんに怒られたことがか」

幼馴染「それだけじゃなくて。その・・・・・・大切な君を傷つけたこととか」

兄「一応自覚はあるんだ」

幼馴染「・・・・・・」

兄(今、一瞬だけどこいつは俺のことを睨んだ。ほんの一瞬だったけど間違いない)

幼馴染「君に対してひどいことをしたという自覚はあるよ」

兄「そうなんだ(口では殊勝に言ってるけど、たしかにこいつは今俺のことを睨んだ。憎
しみしかないような視線を俺に向けた)」

幼馴染「・・・・・・君からの電話とかメッセージに返事しなくてごめん」

兄「ああ」

幼馴染「あと君とデートするとかって君のことを引き合いに出しちゃってごめんなさい」


兄「何で返事しなかった?」

幼馴染「それは・・・・・・君に対して罪悪感があったから」

兄「何で罪悪感があったの」

幼馴染「・・・・・・」

兄「もういいよ。話しづらいなら俺から話してやろうか」

幼馴染「・・・・・・」

兄(また俺を睨んだ。もう間違いない。こいつは反省なんか全然してないんだ。それなら
何でこれまで避けてきた俺にわざわざ話しかけたんだ)

兄「簡単な話だよな。おまえはゆうのことが好きになった。それで俺には連絡できなかっ
た。いや、違うか。ゆうが好きになったんで俺なんかとは話もしたくなかったってことだ
ろ」

幼馴染「違うよ」

兄「好きになっただけならまだしもさ。一緒にあいつと遊び歩いてあいつに微笑みかけて、
あいつにキスされてたんだろ。ああ、違うか。あいつにキスされたんじゃなくておまえが
あいつにキスしたのか」

幼馴染「・・・・・・」

兄「黙秘ですか。説明させてとか言っててこれかよ。まあいいや。とにかくおまえは俺じ
ゃなくてゆうの方が好きになったんだろ? それでいいよな」

幼馴染「だってしかたないじゃん。好きになっちゃったんだから」

兄「開き直りですか。おまえさあ、順序が違くない?(やっぱりそうか。覚悟していたつ
もりだし勢いで話を進めちゃったけど。やっぱりそうなのか)」

幼馴染「どういうこと」

兄「大学生同士の付き合いなんだから別に永遠に続くなんて幻想は持ってねえけどさ。そ
れにしたって他の男のことが好きになったのなら、ちゃんと俺を振って別れてからキスと
かいろいろすればいいんじゃねえの」

幼馴染「いろいろって。まだキスしかしてないよ」

兄「まだキスしか、ですか」

幼馴染「だからごめん。ゆう君は魅力的なの。妹ちゃんが彼に惹かれた話を聞いたときに
は、正直妹ちゃんのことをバカな子だって思った。でも」

兄「でも?」

幼馴染「ゆう君は悪い子じゃないよ。いろいろご両親の離婚で傷付いているからあんな反
抗的な態度をしているけど」

兄(今度はゆうの弁護かよ)

幼馴染「正直に言うとあの日にね。ゆう君に二度と妹ちゃんに近づくなって言ったの。そ
したら彼は何の興味もなさそうに、別に妹が俺のことを好きじゃないならしつこくなんか
しねえよって言ったのね。そんなことには意味がないからって」

兄「・・・・・・それで」

幼馴染「でも。そう言った彼の表情が寂しそうでね。何か母親に見捨てられた子供みたい
で」


兄(だんだん胸が苦しくなってきた)

幼馴染「何だか彼のことがかわいそうになっちゃって。あたしも少し言い過ぎたかなって
思ってたら彼がいきなり・・・・・・」

兄「もういい」

幼馴染「聞いて。あたしは確かに彼に惹かれたの。彼って不思議な魅力があって、ゆう君
に抱きしめられるともう彼のこと以外のことは何も考えられなくなるの」

兄「(気持ち悪い。戻しそうだ)年下の初対面の不良に惚れたのろけを俺に言いに来たの
かよ」

幼馴染「そうじゃなくて。でも、昨日お母さんに怒られて泣かれて、あたし思い出したの。
確かにゆう君のことが好きな自分は否定できないけど、これまでずっとあたしと一緒にい
たのは君だって。そんな君に対してこんなにひどい振り方をしてまで、ゆう君の女になっ
てもいいのかなって」

兄「年下の高校生に一度会っただけでキスしたりするほど夢中になれるなら、おばさんに
怒られたくらいで揺れない方がいいんじゃねえの。おまえの大切な年下の彼氏が嫉妬する
ぜ(こんなにダメージを受けているのによく言った、俺。きっと妹だって誉めてくれるだ
ろう)」

幼馴染「・・・・・・もう一度だけチャンスをくれないかな」

兄「何言ってるんだおまえ。俺がおまえを振ったわけじゃなくて、おまえが俺を振ったん
だろ。しかもはっきり口にもしないで」

幼馴染「君のことを傷つけてごめんなさい。もう一度あたしと仲よくしてほしい」

兄「幼馴染としてか」

幼馴染「違う。恋人同士として。お願いだからあたしにチャンスをください」

兄(何なんだろ。俺よりゆうの方が好きなんだろ? こいつ)

兄「意味わかんないよ。おまえ、ゆうのことが魅力的だったって言ったじゃん。あの高校
生のガキのことが好きなんだろ?」

幼馴染「彼のこと、ガキなんて言わないで」

兄「はあ? あいつのことを庇うほど好きなのに何で俺にもう一度チャンスをくれ何てい
うわけ?」

幼馴染「ごめん。でももう一度ちゃんと自分の気持を確かめてみたいの。自分の好きな人
がゆう君なのか君なのか」

兄「頭沸いてるの? おまえ」

幼馴染「自分の気持がわからないまま君と別れるのはいやだよ。ずっと君のことが好きだ
った気持ちは嘘じゃないんだし」

兄「あのさ。おまえの言うチャンスって。俺とやり直すことじゃなくて、おまえがどっち
の男のことが好きなのか考えて結論を出すまで俺に黙って待っていろということ?」

幼馴染「だって。このままじゃ家から追い出されそうなの」

兄「それはおまえの自業自得だし、今の俺には関係ないよな?」

幼馴染「君があたしとまだ付き合っているとお母さんに言ってくれればあたしは家を出な
くて済むじゃない?」

兄「・・・・・・おまえ。何言って(これ、本当にこの間までの優しい幼馴染なのか?)」

幼馴染「その間にあたしは自分のことを見つめなおしてみる。あたしが本当に好きなのは
危険な魅力を持ったゆう君なのか、ずっと一緒にいて側に居ると安心する君なのか。だか
らあたしにチャンスをください」


兄(だめだ。これ以上姿勢を保っていられない。今すぐにでも横になりたい)

兄(妹がいてくれればいいのに。吐きそうっていうか、目の前の景色がぐるぐる回ってい
る)

兄(俺の小学校時代からの幼馴染への気持ちっていったい何だったんだろう)

兄(俺のこいつへの懐かしく切ない思い出が全否定されてしまった)

兄(自分を見つめなおすってなんだよ。ゆうに惹かれたことを後悔してもう一度チャンス
をくれじゃねえんだ。ゆうか俺かを選ぶためにチャンスが欲しいんだ)

幼馴染「君があたしとやり直すことにしたってお母さんに言ってくれれば、あたしは家を
出なくてすむし、自分の気持を確かめるためにゆう君と会ったとしても、君がフォローし
てくれればお母さんにはばれないと思う」

兄「いい加減に」

幼馴染「・・・・・・きゃ」

兄(幼馴染が誰かに平手打ちされてベンチに倒れた)

兄(妹か?)

幼友「さっきから黙って聞いてればいい加減にしろよ」

兄「おまえ(幼友?)」

幼馴染「・・・・・・・幼友?」

幼友「ここまで胸糞悪い話を聞いたのは初めてだよ。幼馴染さあ。あんたいったい何
様のつもり?」

幼馴染「あんたには関係ないでしょ。よくもぶったね」

幼友「この百倍くらい殴りたいよ、あたしは」

幼馴染「やめてよ! なんであんたにこんなことされなきゃいけないのよ」

幼友「ふざけたこと言うな」

幼馴染「自分が兄君のこと好きだからって」

幼友「・・・・・・もういい。あんたは黙ってろ」

兄(何がおきた?)

幼友「あんた。立てる?」

兄「ああ。多分」

幼友「じゃあ行こう。これ以上こいつにこんな戯言を聞かされたくないでしょ」

兄「(こいつも何考えてるんだろ)ああ」

幼馴染「兄君待って。君は昔からあたしが好きだったんでしょ。あたしを置いていかない
で」

兄(何言ってるんだこいつ。大好きなゆうに慰めてもらえればいいだろ)

幼友「ほら。あたしにつかまっていいから」

兄「悪いな」


兄(妹の言ったとおりにすればよかったんだ。あいつは幼馴染が話しかけてきても無視し
ろと言ってたし)

兄(冷静に対応できてたはずだったのに。何だよ、どっちが好きか考える時間をくれっ
て)

兄(認めたくないけど。さっきまでの俺はきっとまだ幼馴染に未練があったはずなんだ。
だから心底後悔して俺にすがり付いてきたら許していたかもしれない。でもそうじゃねえもんな)

兄(人のことを振っておいて傷つけておいて、自分の気持を確かめるための時間をくれ?
 おばさんを誤魔化してゆうとデートする時間を俺に作ってくれってことじゃねえか)

兄(ふざけんな。マジでふざけんなよ)

兄(・・・・・・)

兄(でもこれでようやく目が覚めた。俺が小学校の頃からずっと好きだった幼馴染はもう
いないんだ)

兄(これまでの思い出は全部が嘘じゃないんだろう。でも、少なくとも今は理解でき
た。俺が好きだった幼馴染はもういないんだ。さっき目の前で話していたのは俺の知って
いる幼馴染とは全く別人だ)

兄(ちくしょう。何でこうなるんだよ)

幼友「・・・・・・少しは落ち着いた?」

兄「大丈夫だ(全然大丈夫じゃねえよ。気持ち悪いし体が揺れてる。妹に会いたい)」

幼友「それならよかった」

兄「おまえさ」

幼友「何だよ」

兄「幼馴染の友だちじゃなかったの(つうかこいつはゆうと何か関係があるんじゃなかっ
たのかよ)」

幼友「さあ? どうかな」

兄「いきなり幼馴染を殴ったよな」

幼友「それが? あんたはあたしのしたことを許せないとでも言いたいの?」

兄「いや(そうじゃねえな。きっとあのせいで俺は救われたんだろうから)」

幼友「ひどい顔」

兄「そうかもな」

幼友「さっさと顔を洗って学食で食事でもしてきなよ」

兄「何で?」

幼友「おなかがすくと人間はろくなこと考えないからね。それともあそこに戻ってあの女
の弁当が食いたい?」

兄「(んなわけねえだろ)・・・・・・とにかくここまで連れてきてくれたことには礼を言って
おく」

幼友「別にいいよ。あんたのためにしたんじゃないから」

兄「じゃあ何で」

幼友「とにかく顔洗えよ。涙とかでぐちゃぐちゃだよ」

兄「ああ(そんなにひどいのか)」


兄(こんだけ吐きそうなのに学食で食事とか何の無理ゲーだよ)

兄(ひとしきり俺を励ますんだか罵るんだかわかららない言葉を残して幼友はさっさとど
っかに行っちゃったし)

兄(少しも俺を労わろうとかしなかったな)

兄(・・・・・・あいつは。ゆうの彼女なのかな。それで妹に対して嫉妬したし幼馴染に嫉妬し
て殴ったりしたのか?)

兄(わからねえなあ)

兄(とりあえず今日は帰ろう。先生の講義は気になるけど、きっと今日出たってどうせ集
中できないで怒られるだけだ)

兄(つうかマジで体調がヤバイ)

兄(・・・・・・精神と肉体は密接に関係しているって前に何かで読んだけど、あれって本当だ
ったんだ)

兄(とにかく目の前に来た電車に乗らなきゃ)

兄(家に帰ってベッドで横になればきっと)

兄(だめだ。ちょっとそこのホームのベンチに座って・・・・・・)



妹「あたしはどうすればよかったの? パパもママもお姉ちゃんとお兄ちゃんが付き合う
ことを望んでいて。お兄ちゃんはお姉ちゃんのことしか目に入ってないし」

兄(おまえだってゆうのことを好きになったじゃんか。俺の男としての魅力がゆうに負け
たんだろうな。年下の高校生に)

妹「負けてなんかないよ」

兄(そう言ってくれるのは嬉しいけど、現に幼馴染は)

妹「少なくともあたしはゆう君じゃなくてお兄ちゃんを選んだんだし」



妹「どうした? 大丈夫なの。ねえ、大丈夫なの?」

兄(え。夢? つうか妹?)

妹「本当に大丈夫?」

兄(妹が俺を抱くようにして頭を撫でてくれている)

兄(・・・・・・何かこれだけのことで冷静になれる)

妹「びっくりしたよ。駅のホームに上がったらベンチでお兄ちゃんが倒れるように横にな
ってるし」

兄「(偶然にこいつと出会ったのか)・・・・・・多分大丈夫」

妹「そうは見えないけど」

兄「さっきまではな。おまえの顔を見たら何だか平気な気がしてきた」

妹「無理しないでよ」

兄「してねえよ(むしろお前の方が泣きそうな顔してるじゃんか)」

妹「お姉ちゃんに何か言われたんでしょ」

兄「・・・・・・うん」


妹「だから言ったじゃない。お姉ちゃんのことは無視しろって」

兄「おまえの言うとおりだった」

妹「・・・・・お姉ちゃんに何言われたの?」

兄「うん(正直に話したらこいつは本気で切れるだろうな)」

兄「俺にチャンスをくれって」

妹「どういうこと」

兄「自分が好きなのが俺かゆうかわからないから、俺とやり直すチャンスをくれってさ」

妹「・・・・・・意味わかんないよ」

兄(切れるどころか俺の言ったことが信じられないっていう表情だな)

妹「それ、本当にお姉ちゃんがそう言ったの?」

兄「俺の幻覚じゃなきゃそうだと思うけど(まあ正直に言って俺自身だって本当にあんな
ひどいことをあの幼馴染の口から聞かされたなんて今でも信じられないくらいだけど)」

兄(だけど。確かに俺は聞いた。あの幼馴染の口から)

兄(別に付き合えないならそれでもよかったんだ。別にあいつに彼氏ができたとしても、
極端に言えば突然結婚するとしてもさ。つらい思いはしただろうけど、それであいつの印
象が悪くなるわけじゃない。でも、あいつは)

兄(そういう俺の思いを最悪な形で裏切ってくれたんだ)

兄「もっと言えば。あいつはこう言ってたよな。こいつには素直に話すか」



幼馴染「君があたしとやり直すことにしたってお母さんに言ってくれれば、あたしは家を
出なくてすむし、自分の気持を確かめるためにゆう君と会ったとしても、君がフォローし
てくれればお母さんにはばれないと思う」



兄「・・・・・・だとさ」

妹「・・・・・・」

兄「妹?」

妹「何よそれ」

兄「俺に言われても」

妹「何よそれ。お兄ちゃんがお姉ちゃんとやり直すふりをおばさんたちに見せれば、自分
は勘当されずにゆう君と付き合えるよってことじゃん」

兄「一応、どっちが好きなのか考えたいって言ってたけどな」


妹「お兄ちゃん」

兄「ああ」

妹「立てる?」

兄「多分」

妹「もう帰ろうよ。お兄ちゃんはお姉ちゃんのことはもう忘れて」

兄「・・・・・・どういうこと?」

妹「仲が良かったお姉ちゃんが死んじゃって悲しいけど、生きているあたしたちは前を見
ないといけないじゃん」

兄「死んだって」

妹「あたしとお兄ちゃんが知っていったお姉ちゃんは死んじゃったの。それは悲しいし生
前のお姉ちゃんは懐かしいけど。でも、今のお姉ちゃんは別な人だよ。あたしたちの知っ
ているお姉ちゃんは、お兄ちゃんを本気で苦しめるようなことをする人じゃなかったか
ら」

兄「・・・・・・そうか(そうかもな。あんなひどいことを俺が知っている幼馴染が言うわけが
ない。あれは別人なんだ)」

妹「ほら。支えてあげるから立って。あたしとお兄ちゃんの家に帰ろう」

兄「うん」

妹「あたしが守るから」

兄「・・・・・・何が」

妹「あたしがお兄ちゃんを守るから。それは頼りないかもしれないけど、お姉ちゃんなん
かにお兄ちゃんを利用させたりしないから」

兄「うん。ありがと」

妹「お礼なんか言わないで。あたしがゆう君に迫られて困っていたときにお兄ちゃんはあ
たしを助けてくれた」

兄「おまえを泊めたり幼馴染を呼んだりくらいしかしてねえけどな」

妹「違うよ。そういうことじゃない。お兄ちゃんはあのときのあたしを黙って抱きしめて
くれて、あたしの目を覚まさせてくれた」

兄(そうだっけ)

妹「だからあたしはお兄ちゃんの味方になる。ゆう君でもお姉ちゃんでも」

兄「うん」

妹「たとえそれがママでも。お兄ちゃんを傷つける人はみんなあたしの敵なの」

兄「おまえさ。それはいくらなんでも身びいきすぎね?」

兄(ってまたか)

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・おい」

妹「いいじゃない。別にもうお互いにファーストキスじゃないんだし」

兄「おまえなあ」

妹「ほらちゃんと立って。あたしにつかまっていいから」

兄「ああ(確かにそうだ。妹とキスするのはこれで何度目だろう)」

兄(いろいろと俺も常識的な感覚が麻痺してきているのかな)

兄(もう何が何だかわからない)

兄(・・・・・・・)


今日は以上です
また投下します


幼友「よう」

兄「・・・・・・おまえか」

幼友「これからお昼ご飯?」

兄「ああ。昨日はありがとな」

幼友「そこであたしにお礼を言うか? どこまでお人よしなんだよ」

兄「昨日、俺を幼馴染から連れ出してくれたし」

幼友「あんたのためじゃないよ。あの恥知らずな女のことが許せなかっただけ」

兄「・・・・・・そうなんだ(こいつは幼馴染の親友じゃなかったっけ。つうか、妹とゆう
が抱き合ってたところに現れた女ってこいつじゃねえのか)」

幼友「そうだよ。何であたしがあんたなんかを助ける義理があるなんて考えたんだよ」

兄「いや何でって」

幼友「何よ。あんた、ちょっとでもあたしに感謝しているとか言っちゃいたいわけ?」

兄「おまえにその気がなかったとしても、結果的には助けられたんだしね」

幼友「それならちょっと付き合って」

兄「付き合うって?」

幼友「お昼」

兄「・・・・・・別にいいけど(いい機会だからはっきりさせておくか)」

幼友「学食行く?」

兄「いいよ」



幼友「あんたそれだけ?」

兄「そうだけど。何で?」

幼友「男子がかけうどんだけって初めて見た」

兄「食欲ねえの」

幼友「まあ、無理もないか」

兄「おまえさ」

幼友「うん」

兄「・・・・・・何か知ってるの? 俺と幼馴染のこと」

幼友「知ってるよ」

兄「え(やっぱり)」

幼友「あんたが思っている以上に、あんたと幼馴染のことはわかってる」

兄「こないだまで俺たちが付き合っているかどうかさえ知らなかったじゃんか」

幼友「それでもね。多分あんたが考えている以上のことを知っている。だからさっき兄を
誘ったんだっつうの」

兄「どういうことだよ」


幼友「あんたも災難だよね」

兄「何が」

幼友「幼馴染は最低な女だけどさ。でもまあ、あの恋愛経験値の低いうぶな女らしいとも
言えるよね」

兄「わけわかんねえ(恋愛経験値だあ? そんなもん俺にだってねえよ)」

幼友「あんたって、佐々木に期待されてるんでしょ」

兄「(佐々木って指導教授のことか。つうか話が飛びすぎだろ)さあ」

幼友「やっぱりお父さんのことでえこひいきされてるのかな」

兄「えこひいきって」

幼友「せっかく好きな学問分野があって佐々木にも期待されているだし、もうあんなビッ
チのことは忘れた方がいいと思うよ」

兄「ビッチ呼ばわりかよ」

幼友「まさか、まだ長馴染に未練があるわけじゃないでしょ」

兄「うん」

幼友「だったらちっとは真面目に考えた方がいいよ」

兄「だから何が」

幼友「ゆうはあんたの考えてているほど、適当に行動してるわけじゃないんだから」

兄「・・・・・・やっぱり、おまえ」

幼友「うん。ゆうのことはよく知っている。小さいときから一緒だったから」

兄「おまえさ。俺の妹がゆうと抱き合ってたとこ見たろ」

幼友「妹から聞いたんだ」

兄「あれってやっぱりおまえかよ。結局おまえだってゆうのことが好きなんじゃねえか。
それで妹とか幼馴染とかにああいう態度を取っているのか」

幼友「そうだよ。だからあんたを助けたわけじゃないって言ったじゃん。あんたのために
したんじゃないって」

兄「・・・・・・おまえとゆうって付き合ってるの?」

幼友「幼馴染だよ。あたしたちは。君と幼馴染と同じ」

兄「結城さんのこととかも知ってるんだ」

幼友「うん。家族ぐるみで仲がよかったし、ゆうとも幼い頃からの知り合いだよ」

兄「俺の母親とゆうの父親が再婚したの知ってる?」

幼友「知ってるよ。だから今日はあんたに声をかけたんじゃん」

兄「どう意味?」

幼友「君の妹ってすごいよね」


兄「すごいって?」

幼友「あのゆうに誘惑されたのにさ。結局我に返ってあいつから逃げ出せたじゃん」

兄「何でそんなことまで知ってるんだよ」

幼友「ゆうの次の獲物が幼馴染になったからさ。それってあんたの妹がゆうから逃げたし
たからでしょ? そんな子って初めてだよ」

兄「(獲物って)そうなのか」

幼友「うん。これまでゆうが捨てた女の子はいっぱいいるけど、ゆうを捨てた子はあんた
の妹くらいだよ」

兄「そうなんだ」

幼友「第一目標はあんたの妹で第二目標は幼馴染だと思っていたからさ。あんたの妹に拒
絶されたゆうが、イメチェンして幼馴染をターゲットにしたんだろうな」

兄「イメチェンって?」

幼友「君の妹ってヘビメタとかスラッシュメタルとか好きじゃない?」

兄「わかんねえよ」

幼友「きっとそうだよ。それで幼馴染は知的な男の子が好みでしょ?」

兄「それはそうかも」

幼友「ゆうは楽器なんかできないんだよ」

兄「でも、メタルのバンドのメンバーみたいな格好していたぜ。ついこの間までは」

幼友「あんたの妹の趣味に合わせたんでしょ。それでターゲットを幼馴染に変更したらま
たカメレオンみたいにイメージを変えた」

兄「そういや幼馴染と一緒にいたときは眼鏡をしてて、若手IT企業の創業者みたいな格
好をしてたよ」

幼友「幼馴染ってそういう趣味あるじゃん」

兄「確かに」

幼友「もうわかったでしょ? ゆうがどういう男か」

兄(最初からわかっていたことだけど、そんな男に幼馴染を奪われたと思うとつらい)

幼友「不思議だよねえ」

兄「え?」

幼友「あんたの妹。よほど大好きな彼がいたんだろうなあ。そうじゃなきゃゆうの呪縛か
ら逃れるなんてできないはずなんだけどなあ」

兄「・・・・・・どうなんだろ(俺が好きだからなあ)」

幼友「とりあえず話はしたから飯食おうぜ」

兄(やはり本当に妹は俺のことが好きなのか)

兄(幼馴染をゆうに奪われた俺にとってはせめてもの救いだけど)

幼友「ほら、伸びる前にそのうどん食え」

兄(そう考えると妹の気持ちは嬉しい」

兄(でも。実の妹と付き合うなんて選択肢はねえよな)


兄「おまえさ」

幼友「うん」

兄「ゆうとは幼馴染って言ってたけどさ」

幼友「だから何だよ」

兄(妹からあのときの二人のやり取りを聞いたけど・・・・・・)



『あたしには聞く権利があると思う。あんたの彼女なんだし』

『うるせえ。誰が彼女だよ。おまえなんかセフレだっつうの』



兄(少なくとも・・・・・・体の関係はあるとしか思えねえ)

兄「本当は幼馴染ってだけじゃなくてゆうと付き合ってるんだろ? おまえ」

幼友「まあ気づかれちゃったらしかたないか。そうだよ、あいつはあたしの年下の彼氏」

兄「(やっぱり)つまり駅前でゆうと妹に絡んだり、幼馴染のことを罵倒してたのは自分
の男を取られたからなんだな」

幼友「それがどうした?」

兄「いや、どうってことはねえけど」

幼友「普通の女の子なら二股かけられて浮気されたら、あれくらいのことはするでしょ」

兄「言われてみればそうだけど。でもさ。おまえの行動ってすごく冷静だったよな。彼氏
を取った幼馴染の行動に対して怒ったわけじゃなくて、俺にあんな図々しいことを頼んだ
あいつの言動に怒っていた感じだったし」

幼友「・・・・・・へえ」

兄「へえって何だよ」

幼友「あんなひどいことを言われてたのに、あんたって意外と冷静に事態を見てたんだ
ね」

兄「いや。修羅場だったし傷付いたことは間違いないけど」

幼友「とにかくさ。あんたがもう幼馴染に未練がないなら、あとはあたしとゆうと幼馴染
の問題なんだから。あんたと妹はもうこんなつまらないことに巻き込まれることはない
よ」


兄「好き好んで巻き込まれてるんじゃねえよ。妹はまだゆうのことを怖がっているし」

幼友「へ? ああそうか。それなら心配ないよ」

兄「何でだよ」

幼友「これを言うためにあんたを誘ったんだった」

兄「うん?」

幼友「ゆうは自分に関心のある女の子には強気で迫るけど、自分に対して関心がなくなっ
たあんたの妹には執着しないと思うよ」

兄「そうなの?」

幼友「それは確かだよ。あいつはプライドが高いしね。まあ、これまであいつを振った女
の子はいなかったから絶対とは言い切れないけど、多分ゆうはあんたの妹に対してつきま
とったりストーカーになったりはしないでしょ」

兄「(いい知らせだ。これを伝えれば妹も安心するかも)それならよかったけど」

幼友「よかったね。まあもう幼馴染のことは忘れて妹と仲良くすればいいよ」

兄「仲良くって」

幼友「多分、次にあんたの妹がゆうと会ったらさ。きっとゆうはあんたの妹を無視すると
思うよ。一瞥すらしないで」

兄「うん」

幼友「ゆうが妹につきまとうことを心配するよりも、ゆうに冷たく無視された妹がまたゆ
うのことが気になり出す可能性の方を心配した方がいいかもね」

兄「それは平気だと思うけど」

幼友「あんたってよほど自分に自信があるのね」

兄「俺? それが何の関係があるんだよ」

幼友「何でもない。気にしないで。別にあたしはあんたには関心はないし。ゆうと別れた
あんたの妹にもね」

兄「そうか」

幼友「じゃあ、そろそろ行くわ。誘っちゃって悪かったね」

兄「いや。いろいろ教えてくれてありがとう」

幼友「そこで礼を言うかなあ。ゆうとは正反対のタイプだね、あんた」

兄「・・・・・・」


兄(とりあえず収穫はあった)

兄(ひとつはゆうは妹に執着していないらしいってこと。正直、これが一番嬉しい。妹と
の二人暮しは母さんには反対されて兵糧攻めされてるけど、じいちゃんたちのおかげで何
とか切り抜けているし)

兄(あとは幼馴染のことだけど・・・・・・。幼友が言ったことが確かなら、ゆうは相当女を惹
きつけるらしい。現に妹だって俺に嫉妬させるつもりでゆうに近づいたのに、結局一時期
は本気でゆうのことを好きになっちゃったわけだし。そう考えると幼馴染のような恋愛耐
性の薄い子がゆうを好きになっても何の不思議もない)

兄(でもそれでもあれはない。付き合っていた俺に対して真顔であんなことを提案するな
んて考えられん。妹の言うとおり俺の好きだった幼馴染はもういないんだ。今では幼友が
怒って言った言葉のとおり、今のあいつは最低な行動を平気でできる女なんだ)

兄(もう恋愛とかいいや。研究者には独身の人もいっぱいいるし)

兄(・・・・・・)

兄(妹のことはどうしよう)

兄(まあ当面は仲のいい兄妹を逸脱しないように気をつけよう。そうしているうちに妹に
も新しい恋が訪れるかもしれないし。あれだけ可愛いんだもんな)

兄(あれ)

兄(何だろう。そう考えると何か胸が痛む。幼馴染にひどい言葉をかけられたときとは違
う感情だけど。それでも胸が痛いことには変わりない)



兄「ただいま」

妹「・・・・・・」

兄「おまえパソコンの前で何やってるの」

妹「あ、おかえりお兄ちゃん」

兄「何か難しそうな顔してたな、おまえ」

妹「何でもないよ」

兄「・・・・・・父さんのホームページを見てたのか」

妹「うん。最近暇があると見てるの。何度も読み返してる」

兄(まさか怜奈さんのコメントに気がついたんじゃねえだろうな)

妹「それよかお兄ちゃん」

兄「何(できればあれには妹は気がつかないでいてほしいな。父さんのイメージが崩れか
ねないし)」

妹「これはいったいどういうことよ」


兄「どういうことって。いきなりなんだよ」

妹「これ読んでみ」



from:幼馴染母
to:妹ちゃん
sub:ちょっと教えて欲しいんだけど
『昨晩うちの子がまた兄ちゃんとやり直すことにしたって言いだしてね。兄ちゃんも自分
を許してくれたって。それでお父さんは喜んじゃうしあたしも嬉しかったんだけど、客観
的に考えるとあれだけうちの娘にひどいことをされた兄ちゃんがそんなに簡単にあの子の
ことを許せるものかなあ。妹ちゃん、何か聞いてない? 兄ちゃんがうちの子を許してく
れたのなら本当に嬉しいけど。何か知っていたら教えてください。これが本当ならあたし
とお父さんも幼馴染を許そうかと思うんだけど』



兄(・・・・・・もう本当に俺がずっと好きだった幼馴染は死んじゃったんだな)

兄(ここまではっきりとさせてくれるとは。意図せずして俺を救ってくれたんだ。幼馴染
もどきの女の子は)

兄(もう全然胸が痛まないし、本当にあいつのことを恋しくもない)

兄「どういうことって俺の方が聞きたいよ。幼馴染を許して復縁なんかしてねえぞ」

妹「まあそうだろうね。あの頭のいいお姉ちゃんも本気でどうかしちゃったんだね。こん
な嘘がばれないと思うなんて」

兄「本当にそうだな。前の幼馴染とは全く別人だ」

妹「お兄ちゃん」

兄「こら。ちょっと待て」

妹「・・・・・・傷付いたお兄ちゃんの心を慰めようと思ったのに」

兄「一々抱きつかんでも大丈夫だから。それに今は不思議と未練も傷心もないんだよな」

妹「うん。それはわかる気がする」

兄「そうなの」

妹「お兄ちゃんさ。好きの反対は何だと思う?」

兄「嫌いだろ。あるいは憎しみかも」

妹「違うと思うよ」

兄「何でだよ。好きの反対は嫌いで間違ってねえじゃん」


妹「好きの反対は無関心だよ」

兄「・・・・・・そう言われてみれば」

妹「お兄ちゃんは不思議とお姉ちゃんに対して未練も傷心もないって言ったじゃん」

兄「うん。そうだよ」

妹「好きの反対が嫌いなら、お兄ちゃんはお姉ちゃんに憎しみとか感じてないとおかしい
じゃない?」

兄「うーん。憎しみとかはねえかなあ。もう本当にあいつとは関りたくないっていう感じ
だけで」

妹「でしょ? それが無関心だよ」

兄「言われてみればそうかも」

妹「あたしと一緒だね」

兄「なんで?」

妹「あたしもゆう君には未練も傷心も何にも感じないから」

兄「わかったよ。おまえの言ってる意味が」

妹「あ、でもさ。あたしはお兄ちゃんのことが好きだし」

兄「・・・・・・」

妹「お兄ちゃんに振られたら、未練や傷心どころか憎しみすら覚えるかも」

兄「脅迫かよ」

妹「冗談だって」

兄「とてもそうとは聞こえねえよ」

妹「じゃあ行こうか」

兄「行くってどこへ?」

妹「ファミレスとか。車出してよ夜のデートしよ」

兄「・・・・・・いいけど。また突然だな」

妹「学校から帰ってずっとパパの日記読んでたら夕ご飯の支度する時間がなくなっちゃっ
た」

兄「じゃあ行くか」

妹「ファミレスでミーティングね」

兄「何それ」

妹「ゴールデンウィークの予定たてないと」

兄「節約するからどこにも行かねえぞ」

妹「おじいちゃんに電話したらさ」

兄「・・・・・・またそれかよ」


今日は以上です
また投下します


妹「何か納得できない」

兄「まだ言ってる」

妹「ファミレスであたしが提案したプランはガン無視ですか」

兄「予約が取れなかったんだからしかたねえだろう。だいたい思いつくのが遅いんだよ」

妹「だからって何でこうなるかなあ」

兄「だって誘われたんだもん。スポンサー様のお誘いを断るとかおまえ正気か」

妹「・・・・・・だからおじいちゃんのことなら、あたしが直接話せば大丈夫なのに」

兄「じいちゃんの誘いを断ったって、行くところがないことには変わりないだろ。別に俺
は連休中家で引きこもっていたってよかったんだけどさ」

妹「それはあたしがいや」

兄「じゃあ、いいじゃん。泊まりでお出かけしていることには変わりないんだし」

妹「・・・・・・あたしがお兄ちゃんに告白してから初めての外出イベントだったのに」

兄「真顔でそういうこと言うなよ」

妹「何でよ。気まずいの?」

兄「さすがに少しは」

妹「そういうときは気にしない振りをしてスルーすればいいの」

兄「おまえなあ。俺の困惑に対して的確なアドバイスしてるんじゃねえよ。誰のせいだと
思ってるんだよ」

妹「あしたも気まずかったからね」

兄「・・・・・・じゃあ言うなよ」

妹「やだ」

兄「・・・・・・まあ、その。一応、避暑地っつうか観光地への旅行には変わりないわけだし
さ。二人でどっかを見物したりもできるだろうから、それで満足しろ」

妹「また、上から目線で」

兄「そうじゃねえって」

妹「・・・・・・まあいいか。でもさ」

兄「何だよ」

妹「おじいちゃんって昔から別荘なんて持ってたの? あたし全然知らなかった」

兄「別荘っていうか、じいちゃんたちが昔住んでいた家な。引越しした後も売れなかった
んでしかたなくずっと維持してたんだって。田舎の海辺に立っているからずっと別荘代わ
りに使ってたみたいだよ」

妹「何であたしは知らなかったんだろ」


兄「・・・・・・母さんはじいちゃんたちとは仲が悪かったし、父さんは母さんに味方したから
さ。俺たちって滅多に田舎に行けなかっただろ?」

妹「うん。たまにおじいちゃんたちの家に行くと、おじいちゃんもおばあちゃんも優しい
しお小遣いもくれるしもっと行きたいなって昔から思ってたんだけどね」

兄「その数少ないじいちゃんちへのお泊りだって母さん抜きだったろ」

妹「そうだった」

兄「つまりそういうこと。じいちゃんたちが俺たちの生活の面倒をみるっていてくれてる
んだ。一緒に別荘で連休を過ごそうと言われて断る選択肢なんかねえだろ」

妹「そういうのって何か打算的でやだ」

兄「おまえはなあ。おれだってじいちゃんたちは好きだしさ。別に生活費確保のために媚
を売っているわけじゃねえぞ」

妹「お兄ちゃんと二人で連休を過ごせると思ってたのに」

兄「まだ言ってる。そんなもん、普段から一緒に過ごしているじゃん」

妹「あたしのお兄ちゃんへの気持ちはそんなもんの一言で切り捨てですか」

兄「別にそういうわけじゃ・・・・・・」

妹「冗談だよ。何、困った顔してるのよ」

兄「どっちなんだよ」

妹「両方」

兄「はい?」

妹「だから両方だって。あ、海だ」

兄「ああ」

妹「海辺の道をドライブするのって二度目だね。最初は夕暮れだったけど天気のいい日の
ドライブも気持ちいいなあ」

兄「ああ。道を間違えたときね(あのときのことを思い出すと自己嫌悪を感じるけど、そ
れとおなじくらい甘美で切ない記憶が蘇る)

兄(でもやっと妹の機嫌が直ったみたいだ)

妹「すごーい。まだ五月なのに浜辺が人だらけだ」

兄「あれはサーファーだろ」

妹「ふーん。みんな日焼けしてて格好いいね」

兄「どうせ俺は・・・・・・(あれ? 妹の好きなタイプってバンドやっているようなロン毛
の男とかじゃないのか)」

妹「拗ねないの。お兄ちゃんの方が格好いいとか言うと嘘になっちゃうけど、あたしが好
きなのは兄ちゃんだよ」

兄「はいはい」


妹「本当だよ、あれ? お兄ちゃんスマホ鳴ってる」

兄「この着信音、メールだから」

妹「見ないの」

兄「運転中だっつうの。誰からか見て。ディスプレイに表示されてるでしょ」

妹「うん。あ」

兄「どうした? 誰から(まさか幼馴染じゃ)」

妹「ママから」

兄「へ」

妹「だからママから」

兄「今さら母さんが何でメールなんか」

妹「・・・・・・さあ?」

兄「おまえちょっと読み上げてくれよ」

妹「いいの?」

兄「内容が気になるけど、この辺車止められるとこねえし」

妹「わかった。てかロックかかってるじゃん」

兄「1021」

妹「・・・・・・教えちゃっていいの?」

兄「別におまえに見られて困るものなんかないからな」

妹「エッチな画像とかあるんじゃないの?」

兄「あ(やべ。あるじゃん)」

妹「でも何か嬉しい。お互いに隠し事しない関係になったみたいで」

兄「とにかくメール読めって」

妹「うん。つうかこのパスコードってお兄ちゃんの誕生時を逆にしただけじゃん」

兄「そういうことはどうでもいいから」

妹「今読むからちょっと待って」

兄(何なんだろう)

妹「・・・・・・」

妹「ひどい」

兄「ひどいって?」

妹「・・・・・・お姉ちゃんってどこまでひどい女なんだろ」


兄「(何なんだ)とにかく読み上げてくれよ」

妹「わかった」



『さっき幼馴染ちゃんに会ったよ。兄、あんたって本当に最低だね。急に妹と二人暮しし
たいなんて言い出すから何でだろうとは思ってたけど』



兄(幼馴染と会ったのか?)



『あんたの良心は痛まないの? 幼馴染ちゃんにこんなひどい仕打ちをして、死んだお父
さんに申し訳ないと思わないの? 幼馴染ちゃん落ち込んでたし本当に悲しそうに泣いて
たよ。お母さんはもう幼馴染ちゃんのお母さんに会わす顔がないよ。この親不孝者』



兄(また幼馴染の嘘かよ。いい加減しつこいっつうの。でもまあ、今さら母さんなんかに
どう思われたっていいし。こういう仕打ちをされればされるほど、幼馴染に対しては憎し
みすら薄れていく。妹の言うとおり好きの反対って本当に無関心なんだな)



『妹があんたのことを好きなことなんか前から気づいていたよ。だけどあんたには幼馴染
ちゃんがいたし、妹もあんたのことを諦めたみたいだったから安心していたのに。それに
お母さんの再婚が決まって妹はゆう君のことが好きになったみたいで、本当によかったと
思ってたのに』

『だけどこれは何? 一体どういうことよ。まさか、あんたも昔から妹のことが好きだっ
たってわけ? そんなわけないよね。誰が見たってあんたの好きなのは幼馴染ちゃんだっ
たよね。それなのに何でこういうことするの』

『自分が守らなきゃいけない妹を、あの子の自分への恋心を利用して弄んだあんたのこと
は許せないけど、それ以上に許せないのはあんたが幼馴染ちゃんを傷つけたこと。あんた
の部屋を訪れて、いきなりあんたと妹が抱き合って淫らな行為をしているところを見せら
れた幼馴染ちゃんの気持ちはどうなるのよ』

『まあいいよ。幼馴染ちゃんの傷付いた心のケアはゆう君がしてくれてるから。ゆう君は
あんたみたいな恩知らずなひどい子どもたちと違って本当にいい子。幼馴染ちゃんもゆう
君がいて救われてる。それでもあんたのしたことは許せることじゃない。おじいちゃんた
ちに取り入って上手にやっているみたいだけど、おじいちゃんたちだって自分の可愛い孫
たちが近親相姦の関係だなんて知ったらあんたちを援助なんかするかしらね』

『覚悟しなさい。傷付いた幼馴染ちゃんと、あんたたちのことを心配しながらなくなった
お父さんのためにも、このままじゃ済まさないからね』


妹「以上。ここまでお姉ちゃんにひどいことされるともう笑っちゃうしかないよね」

兄(ひでえ嘘だな。幼馴染なんかに今さら憎しみを覚えることはないけど、いくら仲違い
しているとはいえ自分の子どもたちのことを信用する気なんかまるでない母さんには憎し
みを覚える)

妹「おじいちゃんとおばあちゃん、ママのことを信用しちゃうかな」

兄「さあ。どうかな(それにしてもこんなひどいことになっているのに妹は思ったより冷
静だな)」

妹「おじいちゃんはあたしのことが大好きだから多分平気だと思うんだけど」

兄「そうかもしれないけどな。さすがにその内容を知ったらどうかなあ」

妹「・・・・・・まあ、ママの芝居がかかったあたしが一番かわいそう的なメールもひどいこと
はひどいけど、全部が嘘ってわけじゃないし」

兄「何でだよ。幼馴染に騙されたのかもしれないけど、事実なんか一つもないじゃない
か」

妹「事実はあるよ」

兄「何でだよ」

妹「あたしがずっとお兄ちゃんのことを好きだったのは事実もん」

兄「・・・・・・そうだった」

妹「お兄ちゃんがお姉ちゃんのことを好きだとわかってから、あたしがお兄ちゃんを諦め
たのも本当だし」

兄「それはそうかもしれないけど(幼馴染の嘘の巧妙なところはそこだ。ひどい嘘のとこ
ろどころに母さんが疑わないであろうストーリーが織り込まれているせいで、前から妹の
ことを疑っていた母さんだけじゃなくて、じいちゃんたちだって信じかねない話になって
いるもんな)」

妹「それだけじゃないよ」

兄「まだあるの?」

妹「あたしはまだお兄ちゃんへの恋を諦めていないし。もし奇蹟がおきてあたしがお兄ち
ゃんの彼女になれたとしたら、ママのメールだってお兄ちゃんとお姉ちゃんのことを除け
ば、ほとんど事実になっちゃうんだよ」

兄(そうだ。妹の言うとおりだ。俺がもし妹の気持ちを受け入れたら、母さんの言うこと
は八割方本当のことになっちまう。仮に今俺が妹に告ればこいつは俺のことを受け入れる
だろう。そしたら母さんがじいちゃんたちにちくることは、嘘じゃなくて事実になるん
だ。)

兄(今、じいちゃんたちに見放されたら・・・・・・)

兄(そうなったら俺はもう妹を守ってやることすらできなくなる。それこそ父さんに顔向
けできねえ)

妹「お兄ちゃん?」

兄(妹には悪いと思うし正直少し寂しい気もするけど。俺は妹の気持ちに応えちゃいけな
いんだ。世間の常識的にもそうだけど、何よりじいちゃんたちの心象を害する危険は絶対
に冒せない。とにかく仲のいい兄妹であるこの関係を全力で守らねえと)

兄(幸い、妹も自分の気持ちを俺に押し付ける気はないって言ってるんだし)

兄「悩んでもしかたない。とにかくじいちゃんたちを信じよう」

妹「そうだね。それがいいよ。お兄ちゃん?」

兄「うん」

妹「あたしさ。この先どういうことが起きても、もう絶対お兄ちゃんのそばから離れない
からね。お兄ちゃんがあたしと一緒にいることを負担に思うようになるまでは」

兄「負担になんか思うわけねえだろ(やばい、こいつの表情や口調、超可愛いじゃんか。
今、いい兄妹でいる決心をしたばかりなのに。何でこいつは俺の気持ちを揺るがせるんだ
よ)」


妹「ねえ」

兄「うん」

妹「お姉ちゃんって何でママにこんな嘘を言ったんだろ」

兄「そんなの決まってる。おばさんに怒られたから母さんを自分の味方に付けたかったん
だろ。そうなればおばさんに取りなしてもらえるかもしれないからな」

妹「多分、そうじゃないかも」

兄「そうじゃないって?」

妹「お姉ちゃんも混乱してわけわかんなくなってるのかもよ」

兄「それはそうかもしれないけど。だからってあんな俺たちを追い詰めることになるって
わかっている嘘をつくことはねえだろ」

妹「お姉ちゃんは多分ゆう君に会いに行ったんだよ」

兄「え」

妹「連休中だっていってもママが家にいること自体が珍しいじゃん。お姉ちゃんはそうい
う我が家の事情をよく知っていたから。ママが家にいないと思ってゆう君を尋ねたんじゃ
ないかな」

兄「そうか」

妹「お姉ちゃんはゆう君に会いたくて家に行ったら、そこで偶然にママがいて。それでゆ
う君に会いにきたとは言えなくて、思わずあんな嘘を言っちゃったのかもね」

兄「そうだとしても、あんな内容の嘘を平気で言えるもんかね」

妹「それもそうだけど。あたしが言いたいのはそっちじゃないの」

兄「そっちじゃなきゃどっちだよ」

妹「お兄ちゃんと復縁したなんて姑息な嘘でとりあえずおばさんの追及をかわしたお姉ち
ゃんは、さっそく自分が一番会いたい人にいそいそと会いに行ったんだって思ってさ」

兄「(そう言われればそうか)でもまあ、そんなことはどうでもいいや」

妹「お兄ちゃん?」

兄「俺が幼馴染を好きだっていう事実は確かにあったはずだけど、幼馴染がゆうに会いに
行こうがもうどうでもいい」

妹「そうなの?」

兄「おまえの言うとおりだったな」

妹「言うとおりって何が」

兄「好きの反対は無関心って言ってたじゃん? 今は全然胸が苦しくならないもんな」

妹「それならあたしも嬉しいけど」

兄「今の俺の心配はさ。俺とおまえの生活が脅かされるんじゃないかってこと。まあ、じ
いちゃんたちは母さんより俺たちの方を信じるとは思うけどね」

妹「うん」


兄「そういやさ。おばさんのメールって返事したんだっけ。あれも無視するわけにもいか
ないだろ」

妹「もう返事したよ」

兄「したの? いつのまに」

妹「勝手に送っちゃったけど。まずかった?」

兄「いや。おまえあてのメールだし問題はねえけど(こいつ、いつのまにかすることはし
てるのな)」

妹「そんな事実はありません。おばさんたちがお姉ちゃんにどう接するのかはお任せしま
すけど、お姉ちゃんがお兄ちゃんやあたしに話しかけないようにするという約束だけは守
らせてください」

兄「そう送ったわけね」

妹「うん。あとはもう放っておこう」

兄「わかったよ」

妹「ねえ」

兄「うん」

妹「ごめんね」

兄「何がだよ。幼馴染のことはおまえには責任がないし。つうかないどころか俺の方がお
まえに助けてもらっているんだし、おまえが謝る意味がわかんないよ」

妹「あたしが小さなときからお兄ちゃんのことを好きになんかなっていなければ、ママだ
ってお姉ちゃんの嘘をあんなに簡単に信じたりはしなかっただろうし。そもそもあたしが
お兄ちゃんに嫉妬させるためにゆう君に近づいたりしなければ、お姉ちゃんがゆう君のこ
とを好きになることもなかったのに」

兄「いや、そうじゃねえ。確かにおまえが俺のアパートに逃げ込んでこなければ幼馴染が
ゆうに会うこともなかっただろうし、俺は今でもあいつと付き合っていたかもしれない。
でもさ、そういことじゃじゃねえだろ」

妹「・・・・・・どういう意味?」

兄「幼馴染がさ。ゆうごときに一度会ったくらいで俺のことなんかどうでもよくなっちゃ
う女なんだって、早めに気が付かせてくれてよかったんだよ、きっと」

妹「そうかなあ。長年好きだったお姉ちゃんと恋人同士になれてお兄ちゃんは嬉しかった
んでしょ?」

兄「それはそうだけどさ。たとえ今回何もなくて俺と平和に付き合っていたにしてもさ。
幼馴染は所詮は平気で浮気できる女だったわけで、この先いつこういうことになるかわか
らなかったわけじゃん」

妹「・・・・・・」


兄「だからこれでよかったんだよ。これがあいつと結婚した後とか子どもができた後とか
に起こされたらこんなもんじゃないくらいドロドロしてただろうしな。早めに目が覚めて
よかったと俺は思っているよ」

妹「でも」

兄「まだ納得できないの?」

妹「あたしなんかが余計な邪魔をしなければ少なくともお兄ちゃんはママに嫌われること
はなかったでしょ?」

兄「つらいけどそれもきっと同じだよ。この先で母さんが自分の子どもたちより再婚相手
とかの方を信じるなんてわかるより、今わかったほうが傷はきっと少ないんだよ」

妹「本当にそう思っている?」

兄「ああ、本当だ。だからおまえあまり気に病むな。それより俺はおまえと仲よくなれた
ことの方がよほど嬉しいよ。そのせいであまり幼馴染とか母さんのことなんか気にならな
くなったくらいにな」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄(やばい。ちょっと言いすぎたか)

妹「うん。わかった」

兄「それならよかった。じゃあ、この話はもう終わり」

妹「ママに返信しなくていいのかな」

兄「無視しよう。それよかむしろじいちゃんたちが母さんの話を信じるかもしれない方が
心配だよ」

妹「それはあたしに任せて」

兄「また可愛くてかわいそうな孫娘攻撃かよ」

妹「いいじゃん。あたしだっておじいちゃんのことが好きなのは嘘じゃなんだから」

兄「まあ今は手段を選んでいる場合じゃないしな。俺とおまえの生活のために頑張ってく
れ」

妹「・・・・・・俺とおまえのため?」

兄「へ?」

妹「わかった! あたし頑張るね。超頑張るから」

兄「あ、ああ頼む(何顔を赤くして張り切っているんだ。何か変なスイッチを押しちゃっ
たかな)」

妹「もしもし? あ、おじいちゃん」

妹「ママから何か変なこと聞かなかった?」

妹「聞いてないんだ。よかった」

妹「違うの。ママが、ママがひどいことをあたしとお兄ちゃんに」

兄(泣きまねかよ。何か真に迫ってるな)

妹「こんな話本当はおじいちゃんにしたくないの。変な心配させたくないし。でも、でも
ね。ママったらひどいことを」


兄「じいちゃん、何だって?」

妹「すごく怒った。ママのメールの話をしたら」

兄「・・・・・・俺たちに怒ったのか?」

妹「違うよ。ママに対して」

兄「そうか(よかったあ)」

妹「ママのことぼろくそに言ってた。自分の子どもたちにそんなありえない汚らしい想像
をするなんて母親失格だって。もともと自分が浮気性の軽い女だからそんな変な心配をす
るんだ、おじいちゃんとおばあちゃんはあたしたちにそんな変な疑いをかけたりしないっ
て」

兄「えーと」

妹「どうしたの」

兄「それってよかったのか?」

妹「もちろんよかったじゃん。おじいちゃんたちはママの言うことは信じないって言って
くれたんだよ」

兄「まあそうだけど・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・いや、そうじゃなくて」

妹「わかってるよ」

兄「わかってるっておまえ」

妹「もし奇跡がおきて、あたしの願いがかなっちゃったらあたしはおじいちゃんたちを騙
したことになるよね。そういう意味ではママの言っていることも嘘じゃないし」

兄「・・・・・・」

妹「でも多分平気でしょ。結果オーライってやつ? 最近のお兄ちゃんは優しいし、あた
しが変なことを言っても引かないで受け止めてくれる。でもあたしだってバカじゃない。
そんなお兄ちゃんに自分勝手な期待はしていないつもりだから」

兄「・・・・・・(そうじゃねえのに)」

妹「だからさ。おじいちゃんたちには、結果的に嘘を言ったことにはならないと思うよ。
それにあたしだってこれ以上お兄ちゃんに迷惑をかけたくなかったからこれでよかったん
だよ」

兄(そうじゃねえよ)

兄「・・・・・・そうじゃねえだろ」

妹「何よ」

兄「そうじゃねえだろ。俺だって考えたんだよ。俺とおまえがこの先二人で一緒に生きて
行くためにはじいちゃんたちの援助が必要だろ? だから俺はおまえへの気持ちを抑えよ
うって決めたのに」

妹「お兄ちゃん?」

兄「何でそんなにおまえが振られる前提で話を進めるんだよ。確かに俺はこないだまで幼
馴染のことしか見えてなかったけど。でもおまえの気持ちとかを知らされてからは、俺だ
っていろいろ悩んで(やべ。何言ってるんだ俺。さっきまで一番言わないようにしようと
思ってたことを口に出しちゃってるじゃんか)」

妹「・・・・・・はっきり言って」

兄「いや(初めて見るような妹の真剣な表情。つうかこいつ泣いてるじゃん)」

妹「生活費とかもうどうでもいいから。おじいちゃんたちから嫌われてもいいから。だか
らお願い。お兄ちゃんの考えていることを正直にあたしに話して」


今日は以上です
また投下します


兄「正直にって(どうしよう。俺はバカだ。これじゃ自爆じゃんか)」

兄(でも、妹のこの表情を見たらとても誤魔化して適当なことを言える気がしない。多分
そんな嘘は見抜かれるしかえって妹を傷つける。もう正直に言うしかないか。そのうえで
妹を守るためにも兄妹でそういう関係にはなれないって言うしかないか)

兄「正直に言うとさ」

妹「・・・・・・うん」

兄「俺、おまえのことが異性として気になってる」

妹「お兄ちゃん・・・・・・?」

兄「幼馴染に振られておまえがいろいろ気を遣ってくれて、慰めてくれて。それでおまえ
のこと前よりも意識するようになった。振られたばかりなのに節操ないって思われそうだ
けどさ」

妹「別に節操がないなんて思わないけど。でもそれ本当?」

兄「本当だ。だから俺もおまえのことが好きなんだと思う」

妹「・・・・・・うれしい」

兄「でもおまえとは付き合えない」

妹「うん。それはそうでしょうね。兄妹で恋人なんてね」

兄「それもそうだけど違うんだ。おまえと付き合っちゃったら、それがじいちゃんたち
にばれたら」

妹「あたしのため? あたしだったらみんなから絶好されてもいいのに」

兄「もちろんおまえのためでもあるけど。でもそれだけじゃない。大学院を出るまではじ
いちゃんの援助がないと俺が困るんだ。自分のやりたい仕事に付くには最低でもマスター
は出てないといけないし。だから母さんに見捨てられた今はじいちゃんたちに見放される
ようなことはできないんだ」

妹「うん。そうだよね、お兄ちゃんには目標があるんだもんね」

兄「ごめんな」

妹「ううん。お兄ちゃんの夢は応援しているし。それに付き合えないとしてもお兄ちゃん
の気持ちがわかっただけでもすごくうれしいの」

兄「泣くなよ(胸が痛い)」

妹「ごめん。でも付き合えなくても一緒にはいてくれる?」

兄「ああ(当たり前だろ、そんなこと)」

妹「お兄ちゃんに彼女ができるまででいいからね」

兄「そんなもん、もういらねえよ。付き合えないけどいい兄妹としてずっと二人で一緒に
暮そう」

妹「あたしにはそれで十分だよ」

兄「あ。もちろんおまえに好きな人ができるまでな」

妹「そんなの、お兄ちゃん以外にはもういらない」

兄「・・・・・・そうか」


妹「ねえ」

兄「うん?」

妹「あとどれくらい?」

兄「一時間くらいかな」

妹「お腹すいた」

兄「もう二時過ぎか。どっかで飯食ってこうか」

妹「そうしようよ。どこにする?」

兄「適当にファミレスで」

妹「ええ~」

兄「何だよ」

妹「せっかく海辺に来てるのに。もうちょっと違うところがいい」

兄「俺この辺はよく知らねえぞ」

妹「ちょっと待って。スマホで調べるから」

兄「任せた」

妹「うん。任された・・・・・・何だこのあたり結構店あるじゃん」

兄「一応、観光地だしな」

妹「どうしようかなあ。高校生じゃあ敷居が高い店でも大学生のお兄ちゃんが一緒だから
平気だよね?」

兄「さあ? 多分」

妹「イタリアンとフレンチと和食とどれがいい?」

兄「俺は和食が・・・・・・」

妹「あたしはイタリアンがいいなあ」

兄「・・・・・・俺もイタリアンがいい」

妹「そう? さすが好きな者同士、気が合うね」

兄「そ、そうだね(こいつ妙にはしゃいでるな。無理しているのか)」

妹「じゃあ和食にしよっと」

兄「え。何で?」

妹「お兄ちゃんが食べたいものをあたしも食べたいから」

兄「じゃあ俺はイタリアンが食べたいな」

妹「え・・・・・・ふふふ。お兄ちゃんのくせに無理しちゃって」

兄「いいからイタリアレストラン探せよ。なるべく近い店な」

妹「和食でいいのに・・・・・・」

兄「イタリア料理が食いたいの、俺は」

妹「了解」


兄「まだかよ~」

妹「なかなかいい店がないのよ」

兄「このあたりは結構店あるんじゃなかったのかよ」

妹「評価が三点以上の店に限定するとさあ。いきなり店が少なくなるのよ」

兄「もうどこでもいいって」

妹「そうはいかないよ。ちゃんとしたお店でお兄ちゃんと二人きりで食事するのなんて初
めてなんだよ」

兄「これから何度でもあるんだから」

妹「そうは言っても。あ、おじいちゃんだ」

兄「さっき話したばっかじゃん(何だ。まさか俺と妹の関係に不安になったとかか)」

妹「うんあたし。おじいちゃんどうしたの?」

妹「え~。会えるの楽しみにしてたのに」

妹「急な仕事じゃしかたないけど。おばあちゃんは?」

妹「一緒に行くんだ。明日から台湾かあ。いいなあ、あたしも行きたい」

妹「無理だよ。それは行きたいけど、お兄ちゃんを一人にはできないし」

妹「お兄ちゃんも一緒に? それなら。あ、でも無理。パスポートないし」

妹「ごめんね。誘ってくれてありがとう。また今度あたしも連れていってね」

妹「どこでもいいけど、ハワイに行きたいなあ」

妹「うん。じゃあ、あたしたちどうすればいい? 今日はアパートに帰った方がいい
の?」

妹「ああ、そうなんだ。じゃあ泊まらせてもらう。へえ。熱帯植物園とか水族館とかある
んだあ」

妹「爬虫類パーク? 超行きたい。うんわかった。鍵は玄関の植え込みの中ね。じゃあね。
気をつけて行って来てね」

兄「何だって?」

妹「おじいちゃんたち、今日別荘に来れなくなったんだって」

兄「何で?」

妹「顧問している会社の都合で急に台湾工場に出張なんだって。せっかくだからおばあち
ゃんも一緒に行くんだって。あたしたちは勝手に別荘使っていいから連休中ゆっくりして
けって」

兄「せっかくじいちゃんたちに気を遣って来たのにな」

妹「謝ってたよ。それかよかったらあたしとお兄ちゃんも一緒に台湾に行かないかって」

兄「おまえ行けばよかったじゃん。富士峰の修学旅行の時に取ったパスポートあるじゃ
ん」

妹「お兄ちゃんは持ってないでしょ」

兄「うん。持ってない」

妹「だからあたしも行かないって言ったの」


兄「・・・・・・わかったよ」

妹「あ、あった。ここにしよう」

兄「昼飯?」

妹「うん。高評価だし値段はそこそこだし」

兄「じゃあナビして」

妹「わかった」



妹「ここだ。隣に駐車場があるからそこに止めて」

兄「わかった(この店って)」

妹「早く入ろう・・・・・・って、並んでるじゃん!」

兄「(まあ無理もない)高評価で価格はそこそこ。それに今日は連休初日だし」

妹「そうか。そうだった」

兄「(今になって初めて気づいたのかよ)それにここ和食の店じゃんか」

妹「そうだよ」

兄「イタリアンが食べたかったんだろうが」

妹「お兄ちゃんが食べたいなら和食の方がいいや」

兄「おまえなあ」

妹「何よ。兄思いのいい妹でしょ」

兄「俺だっておまえのわがままを聞いている方がいいのに」

妹「もう・・・・・・バカなんだから」

兄「おまえちょっと赤くなりすぎ」

妹「うっさいなあ」

兄「で。どうする?」

妹「待とうよ。おじいちゃんたちもいないし、早く行ってもしかなたいし」

兄「一時間近くは並ぶぞ」

妹「いいよ。二人でいっぱいお話ししよう」

兄「おまえがいいならそうしようか」


兄(もうずっと沈黙が続いてるじゃんか。何がいっぱいお話しようだよ)

兄(あれ? 何だ寝てるのか。今日早く起きたからしかたないか)

兄(・・・・・・俺の肩に寄りかかった)

兄(柑橘系かな。いい香り。本当に綺麗な髪をしているな。幼馴染よりいい感触)

兄(・・・・・・何かなあ。幼馴染と付き合えたときは純粋に嬉しかったし舞い上がってもいた
けど。こんな気持ちになったことはなかったなあ)

兄(ただ嬉しいだけなら幼馴染のときもそうだったけど、妹の場合はとにかく胸が痛
い。お互いに好きなのに付き合えないんだもんな。実の兄妹だし。それに・・・・・・)

兄(本当は世間のこととか生活費とかどうでもよければ妹の気持ちに応えてやればいいん
だけど)

兄(・・・・・・妹、すまん。俺はやっぱり望んでいる研究の道を放り出せない)

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「おきた?」

妹「・・・・・・」

兄「何だ。寝言か・・・・・・しかし可愛い寝顔だな」

兄(本当に可愛いな。別に容姿だけじゃない。どうしたんだろう俺は。こいつの行動の
一つ一つが可愛くてしようがないなんて)

兄(これが恋なのか。幼馴染のときとはちょっと違う感情が沸いてくる)

兄(眠っているなら少しくらい肩を抱いたって・・・・・・)

妹「う~ん」

兄(もっと俺にすり寄ってきた。正直嬉しい)

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄(寝言か。よしよし)

妹「もっと」

兄「え。おまえ・・・・・・」

妹「もっと強く抱き寄せて。もっとあたしの頭を撫でて」

兄「起きてたのかよ」

妹「さっきからずっと。お兄ちゃん?」

兄「あ、うん」

妹「大好き」

兄「え~と」

店員「二名でお待ちの池山様。お席の準備ができました」

兄「妹・・・・・・?」

妹「やっと順番がきたって。行こ? お兄ちゃん」


妹「美味しかったね」

兄「本当だ。でも本当に和食でよかったの?」

妹「別にいいよ」

兄「連休中にイタリアンの店に行こうか」

妹「本当? いいの」

兄「いいのって」

妹「嬉しい」

兄「そればっかだな、おまえ」

妹「だって本当だもん」

兄「そうか」

妹「そうだよ」



妹「ここじゃないかな」

兄「こんなところに?」

妹「おじいちゃんは玄関前の植え込みだって言ってたよ」

兄「でも、ないぞ」

妹「ここかなあ」

兄「こっちかもしれないぞ」

妹「そっちは植え込みじゃないよ・・・・・・ってあった」

兄「おお。ようやく家に中に入れるな」

妹「ここ思っていたより大きい家だね」

兄「父さんは結婚して家を出るまではずっとここに住んでたんだってよ」

妹「そうなんだ。パパは今のおじいちゃんたちの家に住んでたわけじゃないのね」

兄「今の家は父さんの結婚後に引越ししたんだよ。おまえが小学生の頃じゃなかったか
な」

妹「何であたし覚えてないんだろ」

兄「母さんがじいちゃんたちを嫌いでさ。家の中じゃじいちゃんたちの話はタブーみたい
になってたからな」

妹「そういえばそういう感じだったね」

兄「とにかく入ろう」

妹「うん」


兄「とりあえず荷物を置こうぜ」

妹「へえ。結構大きいんだね。庭も広いしすぐ横が海じゃん」

兄「古いけど中は綺麗だな」

妹「ここってちゃんと掃除しているんだよ。そうじゃなきゃもっと埃っぽいと思うよ」

兄「そうなんだ」

妹「家って住んでないとすぐ荒れるからね」

兄「おまえよくそんなこと知ってるな」

妹「常識だよ。男の子って意外とこういう知識ないよね」

兄「まあそうかも」

妹「そんなことはいいけど早く荷物ほどいて近所を探検しよ」

兄「探検ってガキかよ」

妹「わくわくするね。前に一度引っ越したとき二人で一緒に近所の探検したじゃない?
 あれ楽しかったなあ」

兄「黙って出かけちゃって迷子になって母さんに怒られたんだよな、あのときは」

妹「まだあたしたちが仲良くしてた頃だね。結局新しい家のそばに住んでいた女の子にお
兄ちゃんを取られちゃったけど」

兄「幼馴染か」

妹「うん。恋のライバルだったけど、お姉ちゃんのことは好きだったのになあ」

兄「あいつのことはもういいって」

妹「ごめん。行こうか」

兄「ああ」

妹「気持ちいいねえ。観光地だって言ってたけど全然人いないし」

兄「ちょっと主要な観光地からはずれてるからかなあ」

妹「人気のない海辺の景色って素敵」

兄「昔の家の近所を探検したときは海なんかなかったなあ」

妹「今の家・・・・・・じゃなかった、結城さんの新しい家の方は近くに海があるよ。あんまり
きれいじゃないけど」

兄「あそこに引越ししたときも二人で近所を散歩したのか」


妹「え」

兄「あ・・・・・・悪い。そんなつもりじゃ」

妹「ごめん。ゆう君と一緒にいろいろ見て回った」

兄「そうだよな。両想いだったんだもんな」

妹「だからごめん。あのときはそうだったけど今はお兄ちゃんだけだから」

兄「別に謝ることじゃないけど」

妹「手を繋いであげるから。機嫌直して。ね?」

兄(何か上から目線だが、実際の目線は上目遣いで可愛いからまあいいか)

妹「ほら行くよ」

兄「こら引っ張るな」

妹「あ。すごーい。かもめがいっぱいいる」

兄「あれ、ウミネコじゃね?」

妹「見て見て! あれペリカンじゃない?」

兄「どれどれ(ペリカンがいるわけねえだろ。こいつって成績はいいのに常識はないの
な)」

妹「ほら、あそこ」

兄「(こんなことだろうと思った)あれはウミウな」

妹「ウミウかあ。あの子たち可愛いね」

兄「そうかあ?」

妹「うん。ねえ、もっと海の方に降りてみようよ」

兄「いいけど」

妹「ほら早く」



兄「・・・・・・本気で疲れた」

妹「たかが二時間散歩したくらいでだらしないなあ」

兄「俺は朝からずっと運転してきたんだぞ」

妹「わかったよ。連れまわしちゃってごめん。でもお兄ちゃんと初めてのデートだったか
ら」

兄「別に文句言ってるわけじゃねえぞ(初めてじゃないはずだけど、妹の言っていること
もわかる。お互いの気持ちを告白しあって両想いだってわかってから初めての・・・・・・とい
うことだろうな)」

妹「じゃあ先にお風呂入って」

兄「夕ご飯どうする?」

妹「冷蔵庫見たけど何にもないの。ちょっと考えるから」

兄「わかった」

妹「・・・・・・」


兄(いい湯だな)

兄(少し古いことは古いけど、これだけ浴室や湯船が広いと気持ちいいな)

兄(浴槽につかったまま海が見えるとか、観光地の温泉みたいだ。窓がでかいから夕暮れ
の海がきれいに見渡せる)

兄(ああ~。気持ちいい。さすがに渋滞の中を何時間も運転して、その上二時間近く散歩
に付きあわされると堪えるわ)

兄(気持ちいいなあ)

兄(少し目を閉じてくつろごう)

兄(・・・・・・)

兄「うわ」

兄(びっくりした。浴室で溺れて死ぬところだった。うとうとしちゃったんだな)

兄(どれくらい寝たんだろ・・・・・・いや、たいしたことないさ。あまり長く風呂にいたとし
たら妹が様子を見に来るはずだしな)

兄(・・・・・・窓の外が暗くなってる。結構寝ちゃったのか)

兄(妹も浴室の外から声くらいかけてくれればいいのに)

兄(出よう)

兄(妹はどこだ? 結局一時間以上も風呂で寝ちゃってたのか。俺、よく溺れなかったも
んだ)

兄「妹?」

兄(いねえなあ。二階かな)

兄「おーい。妹? どこだ」

兄(・・・・・・あれ。二階の部屋のドアが開いてる)

兄(あそこって、昔の父さんの部屋じゃん)

兄「妹?(あ、いた)」

兄「こんなとこで何やってるの(床に座り込んで何か古い本を開いている)」

妹「あ・・・・・・お兄ちゃんか。びっくりさせないでよ」

兄「ちゃんと声かけたぞ」

妹「気がつかなかった」

兄「それ何?」

妹「パパの昔のアルバムと日記みたい」

兄「え?」

妹「アルバム見る? パパの子どもの頃って可愛いの」

兄「それよかさ。日記ってホームページのやつじゃなくて?」

妹「うん。手書きの日記」

兄「おまえなあ。それ、勝手に見たの?」

妹「いいじゃない。娘なんだし、亡くなったパパのことを知りたかったんだから」

兄(父さんの日記。結婚するまで父さんはこの家に住んでいた。まさか)

妹「ここってパパの部屋だったのかな」

兄「そうだと思うよ(まさか、大学時代の恋愛関係とか書いてねえだろうな。てか、こい
つ読んでねえよな)」

妹「お兄ちゃん?」


今日は以上です
また投下します


兄「とりあえずそれはあとでゆっくり見るとして、晩飯はどうする?」

妹「おばあちゃんに電話したの」

兄「へ? なんて」

妹「この家のどっかに食材ないかって」

兄「ああ、なるほど」

妹「何にもないんだって。本当はあたしたちより早く来ていろいろ用意しておこうと思っ
てたのにって。おばあちゃん残念そうだった。おじいちゃんが台湾に行くのは勝手だけど、
何で自分まで一緒に行かなきゃ行けないのよ、久し振りに孫と一緒に休暇を過ごせたのに
って言ってた」

兄「なるほど。じいちゃんたち今どこにいるんだろう」

妹「空港だって。それで今夜はおばあちゃんが出前をしてくれるように携帯でこの近くの
店に電話してくれるって。いつもつけになってるからお金も払わなくていいんだって」

兄「そうなんだ」

妹「何がいい? って聞かれたからお寿司がいいって言っちゃったんだけど」

兄「いいよ。つうか寿司いいね」

妹「明日以降は電話のところにあるお店に行くか、出前を取れって。全部おじいちゃんの
名前を出せばお金を払わなくてもいいんだって」

兄「そうか(母さんがあまりおれたちをじいちゃんたちに会わせなかったせいもあるんだ
ろうけど、孫に対して激甘だな)」

兄(だけど、俺と妹がその・・・・・・変な関係になっていると考えたらさすがにこういう甘や
かした対応はしてくれないだろうし)

妹「あたしもお風呂入ってくるね。出前が来たら受け取っておいて」

兄「わかった」

妹「じゃあ、行って来る。覗かないでよ」

兄「そんなことするよか(あ。そうだ)」

兄「おまえさ。父さんの日記って読んだの」

妹「まだ。とりあえずアルバムを見てた。パパって小さい頃は可愛かったんだなあ。やっ
ぱりお兄ちゃんに似ているね」

兄「そうなの(よかった。父さんの大学時代の日記なんかいきなりこいつには見せられね
え)」

妹「じゃあ、本当に覗いちゃだめだよ」

兄「さっさと行け」

妹「何、向きになってるのよ」

兄「はいはい。あまり長風呂するなよ」

妹「は~い」

兄(・・・・・・行ったか)

兄(父さんの日記・・・・・・・つうか一冊じゃねえ。とりあえず大学入学の頃のやつを)

兄(妹に読まれる前にチェックしておかないと。どれだ?)

兄(これは高校時代。こっちは就職してまだ独身の頃か)

兄(あ・・・・・・これだ。大学時代の日記は)

兄(妹が風呂に入っている間に・・・・・・)

兄(これって日記じゃねえな。むしろ大学時代を回想した文章だ)

兄(日付がある・・・・・・これ、父さんが結婚して実家を出る直前に学生時代のことを文章に
残したんだ)

兄(とりあえず妹が風呂から出るまでに読めるところまで読んでおこう)


第二章

「おーい。池山、ちょっと待てよ」

「・・・・・・結城か」

「おはよ。何急いでたんだよ」

「ちょっと講義前に図書館に行こうと思って」

「相変わらずまじめだな、おまえは」

「そんなことないけど。って・・・・・・」

「うん? ああ。会ったの初めてだっけ。こいつは俺の妹の怜奈。おれたちと同回生だ
よ」

「こんにちは」

「あ、こんにちは。池山です」

「結城怜奈です。よろしくね」

「こ、こちらこそ」

「おまえ顔赤いじゃん。何で怜奈ごときに緊張してるんだよ」

「そうじゃないよ。でも、妹って・・・・・・」

「ああ。俺浪人してるって言ったじゃんか。生意気にもこいつが現役で合格しちゃったん
でよ。まさか妹と同級生になるなんて思わなかったよ」

「何よ。あたしのせいなの?」

「・・・・・・俺が去年不合格だったせいだけどさ」

「じゃあお兄ちゃんは文句言わないでよ」

「別な大学を受ければよかったじゃんか。おまえの偏差値ならもっと上を狙えただろう
が」

「そんなのあたしの勝手でしょ。何であたしがお兄ちゃんなんかに遠慮して志望校を変え
なきゃいけないのよ」

「わかった、わかったって。そんなに怒らなくてもいいいじゃんか。池山、こいつは見て
のとおりわがままな女だけどよろしくな」

「あ、うん」

「わがままって何でよ」

「いちいち絡むなよ」


「池山さん、こいつはバカな兄貴だけどよろしくお願いします」

「あ、はい」

「池山、もう行こうぜ」

「ちょっとお兄ちゃん。何であたしを置いていくのよ」

「おまえと一緒にいる理由なんかねえだろ。おまえも友だち作れよ」

「友だちならいるよ」

「じゃあ、そいつらとつるめばいいだろ」

「わざわざ一緒に来たのにここで別行動する必要なんかないでしょ? 池山さんもそう思
いますよね?」

「うん」

「池山。てめえ、どっちの味方だよ」

「どっちって」

「おまえさ。万一、怜奈に惚れたのならやめておけ。こいつは見かけはいいけど中身はひ
どいからな」

「お兄ちゃん!」

「あれ? 怜奈だ。おはよう」

「・・・・・・有希。おはよ」

「・・・・・・えーと」

「あ、紹介するね。うちのお兄ちゃん」

「こんちわ。怜菜の兄です」

「あと兄の友だちの池山さん。みんな同期だよ」

「初めまして。有希といいます。よろしくお願いします」

「お、礼儀正しいあいさつ。怜奈もちっとは見習え」

「何ですって」

「こらよせ、怜奈。痛いって」


 これが怜奈と有希との出会いだった。二人ともタイプは違うけど、これまであまり女性
に縁がなかった僕にとっては二人ともすごく華やかで眩しく見えた。入学直後に何となく
結城と知り合ったせいで、期せずして僕は可愛い女の子たちと知り合いになれたのだ。

 最初は何となく彼女たちの華やかな雰囲気に気後れしてしまい、ろくに会話もできなか
った僕だけど、結城がいてくれたせいもあってだんだんと彼女たちと普通に喋ることがで
きるようになっていった。

 それでも僕が大学に入った目的は自分の中では明白だったから、結城のようにキャンパ
スライフを謳歌しようとは思わなかったので、最初の頃は怜奈と有希はもちろん、結城と
だってそんなにいつも一緒にいたわけではなかった。結城はと言えば、キャンパス内で複
数の女の子たちとよく一緒に過ごしていたようだし、イベント研究会というサークルに入
ることをさっさと決めてもいた。学内での過ごし方としては僕とは真逆だったのだけど、
どういうわけか彼は僕に対してフレンドリーだった。結城が僕を構ってくれたことも嬉し
かったけど、それよりそのもおかげで自動的に怜奈と有希とも親しくなれたことが、僕に
とっては奇跡的な出来事だった。いくら目標があるとは言えただ講義に集中するだけの生
活は寂しい。

 そんな僕の毎日を結城と一緒に行動していた怜奈と有希は鮮やかな色彩で彩ってくれた
のだ。最初はさん付けで、しかも敬語で彼女たちに話していたのだけど、いつのまにか僕
は結城に習って彼女たちを呼び捨てにし、ため口で話せるようになっていた。彼女たちも
そのことを気にする様子はなかったし、それどころか僕のことも呼び捨てで呼んでくれる
ようになった。最初は「池山」と、そしていつ頃からか僕の下の名前で「博人」と。

 結城の妹の怜奈は、背は低いが活発な子でいつもくるくる動き回っていて、そのたびに
ショートカットにした髪がきれいに揺れている。有希さんの方はひたすらスレンダーな身
体に肩の半ばほどまで伸ばした黒髪が綺麗で、どっちかというと寡黙な美人という感じ。
どちらも学内の男の注目を浴びていたことは間違いないけど、二人はそういうことはあま
り気にしない感じで、結城と僕と過ごすことに満足していたようだった。恋愛的な意味で
僕が二人の女の子とどうこうなるなんて高望みはしていなかったけど、それでもこの四人
の仲良しグループに自分も入っていることは素直に嬉しかった。

 大学生活は始まったばかりだったけど、それは自分でも予想しなかったほど充実したも
のだった。気のいい親友や可愛らしく活発な女の子たちがいつも一緒にいてくれる。この
頃の僕の悩みは、自分で決めた道に進むために割かなければいけない勉強時間の確保が困
難になっていたことだった。正直、怜奈や有希に誘われると勉強なんか放り出して彼女た
ちの誘いに乗りたくなる。

 一浪して入学した結城は僕たち三人より一つ年上だった。そのせいか、あるいは持ち前
の性格のせいか、僕たちのグループの行動を仕切っていたのは彼だった。怜菜は自分の兄
貴の決定にいつも文句を言っていたけど最終的には兄貴の行動に従う。有希は控え目に微
笑んでいるだけで、反対の意思表示をすることすらない。そして、僕に関していえばみん
なが決めたことに従うことに何の疑問を感じなかった。たまにヤバイと思ったときには誘
いを断って勉強することはあったけれども。

 その際たるものがサークルへの加入だった。最初から結城は執拗に僕たちに自分が加入
したイベント研究会に誘っていた。最初に陥落したのが妹の怜奈だった。

「だってさあ」

 怜菜は苦笑いしながらそう言った「兄貴ったらしつこいんだもん。あれをずっと
聞かされるくらいならいっそイベ研に入っちゃった方が楽だし」

 彼女はそう言って僕たちにも仲間になるように勧めたのだ。おとなしい有希が陥落する
のにそれほどの時間はかからなかった。そうなるイベ研に加入した三人の圧力は僕に集中
することとなった。研究の邪魔になることは明らかだったけど、この頃になるともう僕に
は三人の集中的な圧力に逆らう気力はなかった。

 自分でも意外なことにそのサークルは楽しかった。新入部員が僕たち四人しかいなかっ
たこともあり、いつも仲のいい四人組で過ごせたこともあるけど、先輩たちにもいい人が
多かった。最初はナンパなサークルじゃないかと警戒していたのだけど、それは意外と真
面目な活動をしているサークルだった。

 そういうわけで、僕の大学生活の滑り出しはまずまず順調だと言えただろう。


怜奈「あれ。博人がいる。珍しい」

池山「こんばんは、怜奈」

怜奈「こんばんはって。さっき会ったばっかじゃん」

池山「そうだった」

怜奈「博人がサークルのコンパに来るなんて珍しいね。君ってこういうの嫌いなのかと思
ってたよ」

池山「え?」

怜奈「えって何よ」

池山「コンパなの?」

怜奈「もしかして知らないで来た?」

池山「・・・・・・イベ研の打ち合わせだって」

怜奈「お兄ちゃんに騙されたか」

池山「マジで?」

怜奈「マジマジ。今日は打ち合わせとか何の関係もないし。単なる飲み会。っていうか内
輪の合コンだよ」

池山「・・・・・・本気で騙された」

怜奈「そのようね」

池山「帰る」

怜奈「ちょっと待って」

池山「はい?」

怜奈「たまにはこういうのもいいんじゃない?」

池山「いや。時間の無駄だし、お金ももったいないし。それに」

怜奈「それに?」

池山「どうせ僕は一人で過ごすことになるんだしさ。わざわざそんな思いをしに行かなく
てもいいと思うんだよね」

怜奈「大丈夫だよ。あたしがずっと一緒にいてあげるから」

池山「え」

怜奈「君が迷惑じゃなかったら一緒にいてあげる」

池山「な、何で」

怜奈「迷惑?」

池山「そんなことはないけど」

怜奈「じゃあ一緒に行こうよ。お兄ちゃんも有希も来るし、新入生四人で盛り上がろう
よ」

池山「・・・・・・うん」


結城「おお池山。来たか」

池山「おまえなあ。何が打ち合わせだよ」

結城「だってそうでも言わないとおまえ来ねえんだもん」

池山「僕がいる必要ってないだろ」

結城「それがあるんだなあ。俺って妹想いの兄貴だからさ」

怜奈「お兄ちゃん!」

結城「何赤くなって慌ててるんだよおまえ」

怜奈「・・・・・・お兄ちゃんはしばらく朝食抜きね」

結城「ちょっと待て。俺はおまえのために」

怜奈「それ以上一言でも喋ったら夕食も抜きだからね」

結城「わかった」

池山「何なんだ」

有希「今晩は~」

怜奈「有希、綺麗・・・・・・てか何気合い入れてるのよ」

有希「別に気合いなんか入れてないって。変なこと言わないでよ」

怜奈「本当かなあ」

有希「・・・・・・怜菜の意地悪」

怜奈「ほら、お兄ちゃん。何か言うことがあるんじゃないの」

結城「有希って清楚なお嬢様って感じだよな。すごく似合ってるじゃん」

有希「・・・・・・そんなことないよ」

怜奈「有希、顔赤いじゃん」

有希「だから違うって」

結城「それに比べておまえは。何だよそのいつもと変わりのない服装は」

怜奈「何よ」

結城「もう少し気合入れてくればいいのに。そんなんじゃ池山だっておまえを見てくれね
えぞ」

怜奈「ばか! あんたは言うに事欠いて」

池山「僕が怜奈を見ないってどういう意味?」

結城「・・・・・・」

怜奈「・・・・・・お兄ちゃん。何で笑いをこらえてるのよ」

結城「誤解だって。こらよせ怜奈」


池山(コンパって何かカオスだな。あちこちでみんなが自分の話したい人のところに行っ
て話したいことを話してる)

池山(普段は抑制しているけど、酒が入っているからこういう場では正直に行動しちゃう
んだろうな)

池山(あの辺で有希が男の先輩たちに囲まれてる。有希は困ったような顔で微笑んでる
し。その反対側では怜奈がやはり上級生の男に囲まれているけど、有希みたく困っている
様子はないなあ。何か楽しそうに盛り上がっているし)

池山(それにしても結城のやつは。可愛いと評判の三年生の女の先輩と二人きりで親密そ
うに話しているし)

池山(あの先輩、彼氏がいたんじゃなかったっけ)

池山(とりあえず僕の周りには誰もいない。まあ予想できたことではあるけど)

池山(・・・・・・やっぱり来なきゃよかったなあ。新入生四人で盛り上がるどころか、乾杯の
あとはあいつらとは一言だって話できていないし)

池山(怜奈だって僕のそばにいるとか言ってたけど、結局あの有様だもんな)

池山(もう勝手に帰っちゃおうか)

池山(そうもいかないよな。とりあえずこの辺の食べ物は手付かずだし、食っておこう)

池山(・・・・・・何か惨めだ。おかしいよな、惨めだなんて感じるのは。もともと大学になん
かやりたい研究を学べる場として以外には期待してなかったのに)

池山(結城兄妹と有希と仲良くなったからだ。最初は勉強の邪魔だと思っていたけど、結
局あいつらと一緒にキャンパスで過ごすことが楽しみになっちゃったし)

池山(いい兄貴分みたいな親友と、僕なんかが知り合えるわけがないほど可愛い女の子が
二人。その子たちが僕の下の名前を呼び捨てで呼んでくれる。研究以外にも大学で目標が
できちゃったんだ)

池山(目標? 目標って何だよ)

池山(でも。正直に言えば、僕はあの三人に惹かれているんだ。今まで別な世界で暮して
いたような眩しい三人に)

池山(でも、こういう場に来ると彼らと僕の差がはっきりするよな。いつもは仲良くして
くれているけど、あいつらは四人一緒じゃなくて単独でもあれだけ他の人から関心を持た
れるんだし)

怜奈「何してるの」

池山「あ」

怜奈「何があ、よ」

池山「いつの間にそばに来てたの」

怜奈「向こうで先輩たちに絡まれてたんだけどさ。あっちから遠目に見ても博人が元気な
さそうだったから、先輩たちを振り切ってきちゃった」

池山「元気ないって・・・・・・」

怜奈「君がぼっちなことに、あたしは同情しないからね」

池山「え?」


怜奈「だってさ。君って今日は自分から周囲の人に話しかけたりしてないじゃん」

池山「どういう意味?」

怜奈「自分だけ一人ぼっちだとか、あたしや有希はみんなに囲まれているのにとか思って
たでしょ」

池山「・・・・・・」

怜奈「あたしだって自分から周りの人に話しかけたりあいさつしたりとかしてるんだ
よ。そういう努力なしで、何で自分がちやほやされないのかなんて悩むのは傲慢だと思
う」

池山(正論だ。正論過ぎる・・・・・・。でも、なんでそんなことを怜奈に言われなきゃいけな
んだろう。確かに彼女の言うとおりだけど、そもそも僕はこんな飲み会に来たかったわけ
じゃないんだし。不本意に騙されて連れて来られた飲み会で、自分から話しかけないから
ぼっちなんだとかって言われなきゃいけないのかな)

怜奈「博人も少しは自分から周囲に関っていく努力をしないとね」

池山「いや」

怜奈「何よ。いやって」

池山「・・・・・・何でもない」

怜奈「ほら。すぐそうやって逃避する」

池山「そんなことよりいいの? あっちの先輩が怜奈のこと呼んでるよ」

怜奈「そんなことはいいのよ。それに今日は君と一緒にいるってさっき約束したんだし」

池山「別に気にしてくれなくていいのに」

怜奈「・・・・・・そんなにあたしと二人でいるのが嫌なの?」

池山「別に嫌じゃないけど」

怜奈「何かむかつく」

池山「僕、何か気に障ること言った?」

怜奈「コンパでぼっちだったのに何でそんなに余裕ある態度なのよ。せっかくあたしが先
輩たちを振り切って一緒にいてあげているのに」

池山「何でって言われても(惨めだったし余裕なんかないのに)」

怜奈「少しはあたしのバカ兄貴でも見習いなさいよ。ほら、性懲りもなく彼氏のいる先輩
を口説こうと・・・・・・。あれ、いない」


池山「いないって? 先輩なら他の女の先輩たちと話してるよ」

怜奈「お兄ちゃんは? どこ行ったんだろ。諦めたのかな」

池山「さあ」

怜奈「とにかくさ。博人はもう少し自分から周りと関りを持とうと努力した方がいいよ」

池山「あ、結城ってあそこにいるじゃん」

怜奈「話を逸らさないでよ。君はさ・・・・・あ」

池山「君は・・・・・・何?」

怜奈「・・・・・・いつのまに」

池山「へ? ああ。結城と有希が二人で話し込んでいるね」

怜奈「・・・・・・」

池山(結城が有希の顔を覗き込むように話しかけている。有希は真っ赤になって俯いちゃ
っているけど。あれってひょっとして結城が有希を口説いているのかなあ)

池山(でも、あの二人ならお似合いかもしれないな)

池山(いや。内面のことはわからないけど、結城のようなイケメンには有希みたいな綺麗
な子が似合っている気がするし)

池山「とにかくさ。僕のことは放っておいてくれていいからさ。君のことを呼んでる先輩
たちのところに行ってきたら?」

怜奈「・・・・・・」

池山「どうしたの」

怜奈「・・・・・・あたし帰る」

池山「え?」

怜奈「ちょっと先に帰るね。博人と一緒にいてあげられなくてごめん」

池山「(帰るって。何でだ)あ、じゃあ僕も帰る。そこまで一緒に帰ろうか」



池山「・・・・・・じゃあ、僕はこっちだから」

怜奈「・・・・・・うん」

池山「本当に大丈夫? 飲みすぎたんじゃないの」

怜奈「ううん」

池山「そう。じゃあ、また明日」

怜奈「・・・・・・」

池山「またね」

怜奈「・・・・・・待って」

池山「うん? ・・・・・・(!)」

怜奈「ごめん」

池山「な、何で(怜奈にキスされた。何で?)」

怜奈「・・・・・・ごめん」


今日は以上です
また投下します


妹「お兄ちゃんどこ? お寿司届いたよ」

兄「今行く」

妹「何だ。まだ二階にいたのか」

兄「うん。てかおまえ風呂長かったな」

妹「覗きに来るかと思って粘ってたの」

兄「おい」

妹「冗談だって」

兄「・・・・・・何度も言うようだがおまえの言葉は軽すぎるよ」

妹「何度も言うようだけど、お兄ちゃんに対して本気出していいなら」

兄「俺が悪かった」

妹「この話で謝るのも二度目じゃない」

兄「うん」

妹「下行こ。夕ご飯にしようよ」

兄「ああ(怜奈さんが結城さんの妹? どういうことだ)」



「男女のことではあるし、誰にも既に付き合っている人とかいなかったわけで。つまり、
その、その中でカップルができたんだ」

「それが父さんと母さんの馴れ初めですか」

「違うんだ。最初に君のお母さんに告白して付き合ったのは私なんだ」

「当時の池山、つまり君のお父さんの彼女は私の元妻だった」

「昨日の続きだけどさ。私は君のお母さんと付き合っていたんだ。そして君のお父さんも
私の元妻と付き合い始めた。しばらくは何も問題がない大学生活が続いていたな」



兄(確かに結城さんは自分の離婚した奥さんのことを怜奈って呼んでた)

兄(妹って・・・・・・。ひょっとしたら同名の別人なのか。「れいな」なんてよくある名前だ
し)

兄(いや。結城さんは入学したときにイベ研に入ったのは父さんと母さん、それに池山さ
んと池山さんの元奥さんの四人だけだったって言ってた。それが本当なら父さんの文章と
一致する。あの年にイベ研に入部したのは・・・・・・)

兄(池山博人、池山有希。まあ母さんは当時は旧姓だっただろうけど。それに結城さんと
怜奈さんだ)

兄(父さんの掲示板にコメントを残したRYは、結城怜奈だと思っていた。つまり結婚し
て結城姓になった怜奈さんだと。だけど、怜奈さんが結城さんの妹だったとしたら、もと
もと姓は結城だったんだよな?)

兄(そしたら結城さんの離婚した奥さんって一体誰なんだ。ゆうのお母さんって誰なん
だ)


妹「・・・・・・お兄ちゃん?」

兄(それに。父さんの視点で母さんを見ると、初心で清純な女の子のように思える。とて
も結城さんの話に出てきたビッチとは思えない)

兄(父さんが誰にも読まれないと思って書いた文章で嘘を付く理由はないよな)

兄(つうことは結城さんが嘘を言ったんだ。ひょっとして父さんと母さんがお互いの相手
を裏切ったというあの話も全部嘘なのか)

兄(でも、母さんと相談した上で俺に真実を話すことにしたって結城さんは言ってた。こ
れ以上詳しい話を知りたければ直接母さんに聞けとも。嘘を言ったのならそんなリスクを
冒すはずがない。母さんのことを酷く言ったのだし、それが母さんにばれたら再婚そのも
のが無くなったって不思議はないんだし)

兄(わかんねえなあ)

妹「お兄ちゃんってば」

兄「うん? どうした」

妹「お寿司嫌いじゃないんでしょ」

兄「好きだよ」

妹「じゃあ何でさっきからあまり食べていないの」

兄「え、ああ(いかん)」

妹「気分でも悪い?」

兄「いや。ちょっと考えごとをしててさ。悪い」

妹「お姉ちゃんのこと?」

兄「それはない(本当にそれはない。あいつの俺に対するひどい仕打ち。おばさんや母さ
んに対してついた嘘。あれは、その嘘が俺と妹を追い込むってわかっててついたんだ
し。もうあいつとは関りたくないっていう気持ち以外は何も感じないし)」

妹「それならいいけど。何かお兄ちゃん元気なさそう」

兄「(妹に心配させてしまうな)大丈夫だよ。ちょっと運転で疲れただけ」

妹「そうか。じゃあ、今日は早く寝ようよ。明日は早起きしなきゃいけないし」

兄「そうだな。さっさと寝て・・・・・・って、何で早起きする必要があるの」

妹「時間は限られてるんだしさ。早起きして出かけないともったいないじゃん」

兄「出かけるってどこに」

妹「えーとね。熱帯植物園でしょ。あと水族館と爬虫類パークに行くの」

兄「聞いてないんですけど」

妹「だって・・・・・・。おじいちゃんがその三つはすごく面白から見物したらいいよって言っ
てた」

兄「まあいいけど」

妹「やった。じゃあ今日は早く寝よう」

兄「うん」


兄「寝るってこの部屋で?」

妹「うん。おばあちゃんが和室の客間で寝てもいいし、何だったらパパの部屋で寝てもい
いって」

兄「客間の方が広いんじゃねえの」

妹「あたしはベッドの方がいいから」

兄「じゃあ、おまえが父さんの部屋のベッドで寝て、俺が客間に布団を敷いて寝るか?」

妹「一人で寝るのはやだ」

兄「今までずっと一人で寝てたくせに」

妹「・・・・・・初めての家だし。それに」

兄「(結城さんの新居だって初めての家だったろうが)それに?」

妹「最近、ずっとお兄ちゃんの部屋の狭いベッドで一緒に寝てたから」

兄「狭くて悪かったな。でもまあいいか」

妹「じゃあ、布団を運ぼう」

兄「俺が持つよ」

妹「ありがと」



兄(抱きつかれこそしてないまでも相当妹との距離が近い。けどもう慣れた)

兄(それどころか何か安心するな。今は俺の方が妹に依存しているのかもしれん)

兄(・・・・・・しかしわからないなあ。怜奈さんって本当に結城さんの妹なのかなあ。そした
らゆうの母親って本当は誰なんだろう)

兄(妹がみじろぎした。まだ寝てないのかな)

兄(頭を俺の胸に摺り寄せてきた・・・・・・やっぱり寝ちゃってるみたいだ)

兄(もういいか。過去のことはどうでも。じいちゃんとばあちゃんは味方してくれるけど、
それでも実質的には俺と妹はもう二人きりで生きていかなきゃいけないわけだし。それだ
けでもこれからいろいろ考えなきゃいけないことだってあるんだ。それに俺の研究のこと
だってある。もうこれからは無駄な時間なんて全然ないんだぞ)

兄(父さんの日記つうか文章は多分全部読まないではいたれないだろうけど、読んでもそ
れに振り回されるのはやめよう。昔のこと、終ったことを詮索したって意味はない。父さ
んだってそんなことは望んでいないはずだ)

妹「・・・・・・お兄ちゃん?」

兄「どうした」

妹「お兄ちゃん」

兄「ここにいるよ(寝言だ。もう俺は妹との生活のことと自分の将来の夢のことだけを考
えよう。妹を守るんだろ? それだけでも手に余るくらいなんだし)」


妹「おきて」

兄「・・・・・・」

妹「もう。おきてったら」

兄「わかってるって・・・・・・」

妹「こら。毛布を被るな」

兄「(なんだなんだ)寒いって」

妹「おきた?」

兄「え」

妹「えじゃない。今日は早起きするって言ったでしょ」

兄「・・・・・・今何時?」

妹「もう八時近いって」

兄「せっかくの休みなのに~」

妹「いつまで寝ぼけてるの。早く出かけないと全部回りきれないじゃん」

兄「回る? ああ、そうか。どっかに行くんだっけ」

妹「そうよ。水族館と熱帯植物園と」

兄「爬虫類がどうしたとかいうとこね」

妹「・・・・・・一応、覚えてはいたのね」

兄「全部ここから近いんだろ? そんなに急がなくても平気じゃね」

妹「何言ってるのよ。連休なんだから混んでいるに決まってるでしょ。今日中に全部回る
んだから、お兄ちゃんが思っているほど時間の余裕なんかないの」

兄「まあ確かに連休中だし・・・・・・ってあのさあ」

妹「うん?」

兄「四連休なのに何も一日で全部回らなくてもいいじゃん」

妹「やだ。早く全部見たいの!」

兄(こいつって意外と子どもっぽいところもあるのな。何か不思議だ。成績は富士峰で上
位十番に入っている。料理屋掃除も含めて家事全般が上手)

兄(・・・・・・そのうえ容姿は可愛いとしかいいようがないし、髪の毛も細いんだけど猫毛っ
てわけじゃなくて、さらさらしてて気持ちいい・・・・・・まあ、それは最近仲良くなって妹の
頭を撫でるようになって知ったんだけど)

兄(体だって細すぎないし。まあもう少し胸はあってもいいんだけど。それに富士峰の
セーラー服姿も、私服姿も可愛らしい)

妹「何よ。お兄ちゃん、あたしの計画が不満なの」

兄(全体として考えるに俺の好みど真ん中の女のことしかいいようがないんだけど。まあ、
それでも実の妹なんだけどさ)

妹「お兄ちゃん、まだ寝ぼけてるの?」

兄「ああ、まあそれでもいいか」

妹「最初からそう言いなさいよ」

兄(幼馴染への未練とか彼女の行動への嫌悪感とかが薄れたのはいいんだけど。何かそれ
に半比例して妹のことが異性として気になる度合いが大きくなっていく)

兄(妹との生活を守るためにはそんなことを考えちゃいけないって決心したばかりだ
ろ。それに自分の研究とかだってあるんだぞ)

妹「じゃあ支度して行こ。楽しみだね」

兄「うん(う・・・・・・・・可愛い)


妹「・・・・・・」

兄「言っておくけど俺のせいじゃないからな」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・何だよ。俺のせいなの?」

妹「水族館って、おじいちゃんの別荘からこんな近い場所にあったのね」

兄「まあ、そうだな」

妹「お兄ちゃんが道を間違えて渋滞した有料道路に入らなかったら、少なくとも二時間近
く前にはここに着いてたよね?」

兄「だってさ」

妹「あのときあたしは言ったでしょ? どう考えてもそこを右折したら反対の方に行っち
ゃうよって」

兄「ちょっと間違えただけじゃん。しかたねえだろ。この車にはナビが付いてないんだか
ら」

妹「地図があるでしょうが。それにだいたいお兄ちゃんって何で地図をひっくり返して見
るの?」

兄「地図って北が上のほうに向いてるじゃん?」

妹「道路地図はみんなそうでしょ」

兄「でもさ。車が他の方角に向かっているときには北が上の地図を見たら混乱するでし
ょ」

妹「普通は頭の中で方角を変換して地図を見るんじゃないの?」

兄「そんな複雑なことは運転中には無理」

妹「お兄ちゃんって方向音痴なの?」

兄「いやそんなことはないけど、運転中だったから」

妹「あたしは北が上を向いている地図を、わざわざひっくり返さなくても平気だけどな
あ」

兄(頭がよくて見た目も可愛くて家事も得意な上に、オリエンテーリングまで得意なのか
よ。俺って仲が悪かったせいもあって無意識にこいつのことを見下していたけど、実は俺
なんかより人間としてのできははるかに上のなのかもしれん。そう考えると何か悔しい)

兄「悪かったな。どうせ俺はおまえなんかより出来が悪いよ」

妹「やっとわかった?」

兄「そこまでいうのかよ」

妹「え? 冗談だって。マジに受けとらないでよ」

兄「・・・・・・」

妹「お兄ちゃんごめん」

兄「何かへこんだなあ。頭の中身も見た目もおまえの方が全然上なのな。こんなんだか
ら俺って持てないし幼馴染にも振られたのかもな」

妹「そうじゃないって。そんなことないよ」

兄「だって、おまえ。俺のこと方向音痴だって」

妹「それは本当じゃん」


兄「おまえなあ」

妹「冗談だって。でもごめん。本当にごめん」

兄「・・・・・・どうせ俺なんか」

妹「やだ。何か話してよお兄ちゃん」

兄(あれ、ちょっと冗談で自己卑下してみたのに。何か妹が泣きそうになってマジで反応
してる)

妹「あたしなんかよりお兄ちゃんの方が全然人間として立派だって。お姉ちゃんの見る目
がなかっただけだよ」

兄「そうかな」

妹「そうだって。ごめん、昔みたいにお兄ちゃんに何でも言える関係になれたことが嬉し
くて、つい生意気なこと言っちゃった。でもお兄ちゃんが自分を卑下することなんかない
の。そうじゃなかったらあたしがお兄ちゃんに恋するわけなんかないじゃん」

兄「うん。俺もちょっと言い過ぎた(「そうじゃなかったらあたしがお兄ちゃんなんかに
恋するわけなんかないじゃん」? 何か、謝っているようで微妙に上から目線?)」

妹「お兄ちゃんなんかなんて言ってないでしょ」

兄「おまえは」

妹「エスパーじゃないし超能力もないよ」

兄(すげえ洞察力)

妹「お兄ちゃんにはあたしなんかが敵わないところがあるんだから。地図の見方を知らな
いとか方向音痴なくらいで自分を卑下しないで」

兄(・・・・・・この野郎)

妹「・・・・・・お願い」

兄(え? 今度こそマジで泣きそう)

兄「悪かったよ」

妹「・・・・・・うん。あたしもごめん」

兄「運転中だぞ」

妹「抱き寄せたのはお兄ちゃんの方でしょ」

兄「ちっとは抵抗しろよ」

妹「・・・・・・そういうのが好きなの? 嫌がって抵抗した方がいい?」

兄「ばか。違うって」

妹「冗談だって。これで仲直りだね」

兄「そうだな」

妹「よかった。ごめんね」

兄「俺の方こそごめんな」

妹「大好き」

兄「・・・・・・そればっか」

妹「何度でも言ってやる」

兄「あほ」

妹「迷惑なの」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・お兄ちゃん?」

兄「・・・・・・嬉しいけど」


妹「やっと入れたけど人だらけだね」

兄「連休中だからな・・・・・・さすがにこれは俺のせいじゃないぞ」

妹「そこまでは言わないけど」

兄「まあ、列の後ろに並んで順路どおりに廻るしかねえだろ。それともここ見るのやめる?」

妹「やだ。でもまあしかたないか。お兄ちゃん並ぼう」

兄「うん・・・・・・っておまえさあ」

妹「どうしたの? お兄ちゃん」

兄(俺の腕に妹が抱きついてくることにはもう慣れた。てか正直嬉しい気持ちも否定でき
ない。それにしてもこれはまずいだろ。周り中人だらけなうえに、こいつ結構可愛いから
妹をチラ見する男どもがいっぱいいる)

兄(それに俺の腕にに抱きついているから、なおさら注目度が上がっちゃってるし)

妹「お兄ちゃん?」

兄(恋人同士と思われることは別にいいんだ。だけど、恋人同士みたいに振舞いながら普
通に俺をお兄ちゃんと呼ぶのはよせ。変な目で見られてるじゃん)

兄「あのさあ」

妹「うん? どした」

兄「(小さな声で言わないと周囲に聞かれる)俺に抱きつくのは別に構わないけどさあ」

妹「うん」

兄「抱きつきながら俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのはよせ」

妹「・・・・・・何で?」

兄「何でって・・・・・・」

妹「あ。あなたとかダーリンとかって呼んだほうがいい?」

兄「そうじゃねえって!」

妹「じゃあ何よ」

兄「こういう距離感だと周りは俺たちのことを恋人同士だと思うだろ?」

妹「そうなの?」

兄「そうなのって。まあ、それはいいんだけど」

妹「いいんだ、妹でも」

兄「いやそういうことじゃなくてさ。おまえの彼氏だと思われてる俺に、おまえがお兄ち
ゃんなんて呼びかけたらさ。周りの人にこいつらいったいどんな関係だって不審がられる
だろうが」

妹「別に思わせておけばいいじゃん。本当に兄妹なんだし」

兄「いや。それはそうだけどさ」

妹「お兄ちゃんはさ。あたしとお兄ちゃんが兄妹として見られるよりも、恋人同士に見ら
れたいの? あたしは別にそっちでもいいんだけど」

兄「そうじゃないよ」

妹「だって、お兄ちゃんって呼んじゃいけないんでしょ」

兄(あれ? 妹と恋人同士に見られたいなんて願望は断じてない・・・・・はずなのに。妹の
ロジックに反論できないのはなぜだ)

妹「だったらお兄ちゃんって呼べばあたしたちが兄妹だってわかるから、お兄ちゃんの希
望どおりじゃない」

兄「もういいや(何かおかしいけど反論できない。こいつってやっぱっり頭いいんだ
な)」

妹「変なお兄ちゃん」

兄(また周りに変な目で見られた)


妹「ねえ。あれ見てお兄ちゃん」

兄「うん(もう何でもいいや)」

妹「エイっておなかの方に口があるんだね」

兄「そうだな」

妹「すごく大きいし。ほら、近寄ってきたよ」

兄「うん」

妹「可愛い」

兄「可愛いかあ」

妹「あ、あそこ」

兄「今度は何だ」

妹「大回遊水槽だって。すごく大きいから混んでてもよく見えるね」

兄「確かにでかい水槽だな」

妹「あの魚何?」

兄「マグロだろ。回遊魚だし」

妹「可愛いねえ」

兄「可愛いというか美味しそうだ」

妹「お兄ちゃんひどい」

兄「あれの仲間をおまえは昨日の夜いっぱい食ってたくせに」

妹「そういうこと言わないでよ」

兄「はいはい」

妹「ねえ」

兄「うん?」

妹「あそこで水槽を背景に写真撮ってくれるんだって。二人で撮ろうよ」

兄「・・・・・・デジカメや携帯をお預かりして写真をお取りします。無料です、か」

妹「二人で並んで撮ろう」

兄「あいよ」

妹「お兄ちゃん早く」



兄(妹に抱きつかれたまま写メを撮ってもらったけど。こいつがお兄ちゃんって何度も呼
ぶもんだから、写真を撮ってくれた人から不思議そうな目で見られたじゃんか)

妹「これスマホの壁紙にしよっと」

兄「俺もそうするかな」

妹「・・・・・・本当?」

兄「うん(か、可愛い)」

妹「やった。じゃあ次の水槽に行こう」

兄「ちょっと待てって。引っ張るなよ」


妹「シロクマだ」

兄「でけえ」

妹「ちょうど餌やりの時間だって。ラッキーだったね」

兄「ちょっとあいつら食い過ぎだろ」

妹「あんだけ体が大きいんだから、あんなもんじゃない?」

兄「そう言われればそうかな」

妹「夢中になって食べてる。お兄ちゃんみたい」

兄「(また回りの男どもが変な表情で俺たちを見てるな)どういう意味だよ」

妹「あたしたちがずっと仲が悪かった時さ。あたしの作る食事だけはお兄ちゃん綺麗に食
べてくれたじゃん。それだけが心の拠りどころだったんだよ」

兄「・・・・・・ああ。毎晩楽しみだったよ」

妹「うん。あのときお互いに黙ってないで今みたくいろいろ話しながら食卓を囲んでいれ
ばなあ」

兄「おまえはばかか」

妹「お兄ちゃん?」

兄「そんなもん、これからずっとできるだろうが。おまえ一体何歳だよ。仲が悪かった期
間より、これから一緒に過ごす期間の方がずっと長いんだぞ」

妹「・・・・・・お兄ちゃんに彼女ができて結婚するまではね」

兄「だから、俺はもう女はいいって」

妹「あたしももう彼氏とかいらないけどね」

兄「高校生のうちからそんなもん決め付けるなよ」

妹「お兄ちゃんこそ」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄「はは」

妹「ふふ」

兄「まあいいや。なるようになるよ」

妹「うん。あたしもそれでいい」



幼友「あれ。兄君じゃん」

兄「え? 幼友。おまえ何でここに」

幼友「それはこっちのセリフだって・・・・・・あ」

兄「(やべ)あ、あのさ」

妹「・・・・・・」

兄「えーと。こいつ、俺の妹ね。で、こっちが大学の友だちの幼友」

幼友「こんにちは」

妹「・・・・・・」

兄(やばい。幼友のこと妹に話すのを忘れてた)


今日は以上です
また投下します


幼友「偶然ってあるんだな。まさかこんなとこであんたと会うとは思わなかったわ」

兄「あ、ああ。そうだね」

幼友「あんた一人? よかったら一緒に・・・・・・あ」

兄(やばい。でもよく考えたら別に隠すことでもないか。妹はもうゆうのことなんか全く
気にしてないんだし)

妹「・・・・・・なんでお兄ちゃんがこの人と知り合いなの」

兄「同じ大学なんだ。ちゃんと最初から話すとだな」

幼友「また会ったね。妹ちゃん」

妹「どうしてあたしの名前を知ってるんですか」

幼友「ゆうから聞いた。駅前であなたに会ったあとに」

妹「お兄ちゃん、この人がゆう君とあたしが一緒にいたときに絡んできた人だよ」

幼友「絡んだって。まあそうだけど」

兄「知ってる。この間幼馴染にひどいことを言われたときに、あいつをひっぱたいて俺の
ことを助けてくれたのが幼友でさ。そのあといろいろ話したから」

幼友「まあそういうことだね」

妹「そのこと、話してくれればよかったのに」

兄「悪い。でも俺だってあのときは幼馴染に言われたことで動揺しててさ。つい忘れちゃ
ったんだ。悪かったな」

妹「まあ、確かにあのときなら無理はないけど」

幼友「この間の駅前ではごめん。でもさ、自分の彼氏が他の女とイチャイチャしてとこ見
て頭に血が上っちゃってさ」

妹「・・・・・・別に今となってはもうどうでもいいですよ」

幼友「もうゆうなんかには何の気持ちも残ってないんだってね。すごいよあなた」

妹「え? 何で知ってるの」

兄「ごめん。それも俺が話した」

妹「・・・・・・お兄ちゃんとこの人っていったいどういう知り合いなの」

兄「こいつは幼馴染の友だちで」

幼友「あたしが話すよ。あんたにも話していないこともあるし」

兄「おまえ、誰かと一緒じゃねえの(まさかゆうと一緒か)」

幼友「友だちと来ているけど、ちょっと電話して時間もらうわ」

兄(ゆうと一緒じゃねえのか)

幼友「ゆうとは一緒じゃないよ」

兄(妹といいこいつといいエスパーかよ)

幼友「連休中はゆうは幼馴染とべったり一緒に過ごすみたいだよ」

兄「・・・・・・」


幼友「お待たせ。一緒に来てる子たち、勝手に館内を見てるって。じゃあ行こうか」

兄「行くってどこに」

幼友「シロクマがそんなに好きか、あんたは」

兄「いや。俺はどっちかっていうとペンギンの方が好きだな」

幼友「そんなことは聞いてないのよ。こんなところで立ったまま話すことでもないでし
ょって言ってるの」

兄「それもそうか」

幼友「熱帯魚を見ながらお茶できるカフェがあるよ」

兄「そこ行くか。いい?」

妹「・・・・・・うん」



幼友「あたしさ。ゆうの幼馴染で前からあいつと付き合ってるの」

妹「はい」

幼友「年下の彼氏なんだけど、ずっとうまくやってきたのよ。おじさんが再婚するって言
い出すまでは」

兄「ええと(幼友って、俺と自分との関係を妹に話すだけじゃないみたいだ。ゆうとの関
係とかも全部妹に話すつもりなんだろうか)」

幼友「おじさんの再婚が決まってゆうは変わった。それまではむしろあたしに甘えてくる
ような男の子だったのに、あの日以降あいつはあたしに関心を持たなくなった。というよ
りあたしと自分との関係よりもっと興味を持ったことができたみたいだった」

兄「甘えてくるって。あいつがそんなタマかよ」

幼友「そう思うだろうなあ。見た目は格好いいしクールに見えるでしょ? あいつ」

兄「さあな(確かにそうかもしれないけど、そんなこと口に出して認められるか)」

幼友「確かに女の子にだらしないとかそういうことはあったけど、根はいい子だったのよ。
これまではね」

兄「そう(根はいいやつが女にだらしないとかあり得るのかよ)」

幼友「それなのに突然変わっちゃったの。どう考えても原因はおじさんの再婚としか思え
なかったから、あたしはおじさんに再婚相手のことをそれとなく聞いてみたの。そしたら
相手の名前と、その相手の長男があたしと同じ大学の同回生だって知ってさ」

兄(え・・・・・・俺のこと?)

幼友「あたしと幼馴染って友だちになってからまだ日が浅いって知ってた?」

兄「マジかよ(ずっと仲がいいのかと思ってた。俺が知らなかっただけで)」

幼友「うん。あたしは学内でまずあんたを探して、そして見つけた後はあんたのことを観
察したの。そしたら幼馴染って子と仲が良くていつも一緒に行動していることに気がつい
た」

兄「どういうこと?」


幼友「あたしって無愛想で怖そうに見えるでしょ」

兄「(確かに)別にそんなことはねえけど」

幼友「気を遣ってくれなくていいよ。昔からゆうにも言われてたし自覚もあるの」

兄「・・・・・・」

幼友「でもね。愛想よくいい女の振りをすることもできちゃうのよ、あたしは。だから幼
馴染に近づいて友だちになるのは易しかったな」

兄「わかんねえんだけどさ。何で幼馴染と友だちになる必要があったわけ」

幼友「あんたに自然な形で近づけると思ったから」

兄「だから、何で俺に近づきたかったんだよ」

幼友「おじさんって仕事が忙しくて家に帰るのは遅い時間なのね。帰らないことだって結
構あるし」

兄「それは知ってる」

幼友「今じゃあんたたちのパパだもんね、おじさん」

兄「俺と妹の親父は一人だけだよ」

幼友「・・・・・・そうか。まあ、それでさ。ゆうの夕食の支度はあたしがずっとしてたの。意
外だと思うかもしれないけど、あたしって結構料理は得意なのよ。うちの両親もそうして
あげなさいって言ったから、あたしはほぼ毎晩ゆうの食事の用意をしにゆうの家に通って
た。鍵ももらってたし。それでさ、ゆうの態度がおかしくなった頃のある日、ゆうはまだ
帰宅してなくてあたしは鍵を開けてゆうの家に入ったんだけど、妙に胸騒ぎがしたんで夕
食の支度は後回しにしてゆうの部屋に行ったの」

兄「勝手にか」

幼友「まあ、部屋に入ったり入られたりは二人とも昔から勝手にしてたし、お互いに隠し
事もしてなかったからあまり気にしなかったのね。でも、その日ゆうの部屋に入ったら
さ、隠し撮りしたみたいな写真が三枚机の上に無造作に放り出されてた」

兄「それで」

幼友「あのときは知らない男と女二人の写真だったんだけどね。隠し撮りしたみたいだけ
どよく撮れてたよ。後からわかったんだけど、一枚はあんたの。もう一枚は妹ちゃん。最
後の一枚は幼馴染の写真だった」

兄「何だよそれ(なんか背中がぞくってした。妹は)」

兄(熱帯魚の水槽をじっと見ている。でもあの様子じゃ幼友の話が相当気になっているみ
たいだ)

幼友「とにかくゆうが何を気にしているのか知りたかった。さっきも言ったけどおじさん
に聞いた再婚相手の息子が大学にいるって聞いたから、だめもとで写真の男を探したらあ
んたを見つけて。で、幼馴染に近づいてあんたの名前を聞いたらビンゴだったわけ」

兄「何でそんなことを」

幼友「あたしがあんたと幼馴染にあんたたちって付き合ってる? って聞いたこと覚えて
る?」

兄「覚えてる」

幼友「あのときはあんたは違うよって言ってたじゃん?」

兄「ああ」

幼友「それを聞いてちょっと安心したの。あたしの考えすぎだったかなって」

兄「・・・・・・さっきからよくわかんねえよ」


幼友「でもさ。結局、君たち付き合ってたんでしょ?」

兄「まあ、そうだったけど」

幼友「もうわかるでしょ」

兄「全然わからねえよ」

妹「ゆう君はあたしやお姉ちゃんを好きになったわけじゃなくて、お兄ちゃんと仲のいい
女の子を奪いたかっただけだったんですね」

兄「何だよそれ」

幼友「正解だと思うよ。あんたより妹ちゃんの方が洞察力あるんだね」

兄「うるせえよ。でも何で? 目的がわからん。それにあの頃の俺とこいつはすごく仲の
悪い兄妹だったんだぞ」

幼友「ゆうは鋭いからなあ。ゆうの第一目標は妹ちゃんで第二目標は幼馴染だったじゃ
ん?」

兄「ちょっと待ってくれ。話についていけないぞ。目標って何だよ」

妹「そうでしたね」

幼友「普通なら幼馴染を最初に狙わない? 傍から見たら幼馴染と兄君は恋人同士にしか
見えなかったしね」

妹「兄はあの頃はお姉ちゃんのことが好きでしたし」

幼友「それなのにあいつはまず妹ちゃんを狙った。まあ、家族として身近にいられること
になったんで狙いやすいということもあったんでしょうけど」

妹「そうですね。あたしも、その・・・・・・。ゆう君のことが気になっていたから落しやすか
ったのかも」

兄(落すとか言うなよ。でも何でゆうは妹や幼馴染に目をつけたんだ。いったい何のため
に)

幼友「妹ちゃん。君はメタルとか好き?」

妹「メタル? ヘビメタとかですか」

幼友「うん」

妹「好きですけど。ゆう君がヘビメタバンドでギターを弾いているっていうんで話が合っ
たくらいだし」

幼友「ゆうは楽器なんか弾けないよ。妹ちゃんの関心を引こうとファッションだけ真似た
だけ」

妹「え。本当?」

幼友「本当だよ」

妹「・・・・・・あたしってバカだ」

幼友「でも妹ちゃんはちゃんとゆうのことを振り切ったじゃん。そんな女の子は今までに
君だけだよ」

兄「・・・・・・ゆうは甘えん坊の年下の初心な彼氏じゃなかったのかよ」

幼友「甘えん坊で年下なのは確かだけど、別に初心なんて言ってないよ。むしろ浮気なん
かしまくってたよ。あいつって見た目はいいからすごくもてるのよ」

妹「それはよくわかります」

幼友「でしょ? でも、今まではあいつは最後にはあたしのところに戻ってきたの。甘え
ながらね。それが今回のあいつは真剣そうに見えた」


兄「結局、ゆうは何をしたかったわけ?」

幼友「あんたから大切な女の子を奪ってあんたにつらい思いをさせたかったんでしょ」

兄「何のために? それにそのために妹を奪うって意味不明なんだけど(実際、妹とゆう
が付き合ってるんじゃないかと思ってたときも、いらいらはしたけどそんなにつらくはな
かったよな?)」

幼友「さすがのあたしでもその質問に答えるのはためらうわ」

兄「何でだよ? ここまできたら言えよ」

妹「幼友さん、いいですよ。あたしは大丈夫ですから」

幼友「そう? じゃあ言うけど、ゆうは幼馴染を奪うより妹ちゃんを奪った方が兄君にと
ってはつらいだろうと考えたんじゃないかな」

兄「何言ってるんだ」

幼友「妹ちゃん?」

妹「あたしはお兄ちゃんのことが好きでした。多分、そのことはゆう君も気づいたんじゃ
ないかと思います」

兄「ちょっと待て。つうか何もこいつの前で言わんでも」

幼友「・・・・・・否定はしないのかよ。妹ちゃん?」

妹「はい」

幼友「君がゆうから逃げられたのってやっぱりそれ?」

妹「ええ。きっかけはあの夜に幼友さんとのことを知ったからですけど、完全に目が覚め
たのはお兄ちゃんのアパートに泊まりに行って一緒のベッドで寝」

兄「ちょっと待て」

幼友「そこまで言わなくていいよ、妹ちゃん。だいたいわかったから」

兄「誤解するな」

妹「誤解って?」

兄「・・・・・・いやその」

幼友「幼馴染も目を覚ますかな」

妹「無理でしょ。あたしはゆう君に惹かれていたときもお姉ちゃんほどひどい仕打ちをお
兄ちゃんにしようなんて夢にも思わなかったけど、お姉ちゃんは・・・・・・」

幼友「うん。幼馴染が兄君に言ったこと知ってる?」

妹「知ってますけど。何であなたが知ってるんですか」

兄「さっきも言っただろ? あのときこいつが幼馴染を殴ってくれたんだよ。こんな胸糞
悪い話は初めて聞いたって言って」

妹「そうだったんですか。兄を助けてくれてありがとうございました」

幼友「兄君のためじゃないって。人の彼氏にベタベタしている幼馴染が気に障っただけ」

妹「・・・・・・ふふ。そういうことにしておきます」

幼友「あんたの妹って何かちょっとむかつく。少し人の気持ちとか読めすぎなんじゃない
の」

兄「それは確かに」

妹「お兄ちゃん?!」


兄「悪かったって。でもよ、やっぱりよくわかんない。何でゆうは俺のことをそんなに目
の敵にするわけ? 親父の再婚が気に食わないからか? それにしたって俺を恨むのは的
外れだろうが」

幼友「そうだよね。確かにゆうのしていることは八つ当たりに近い。あの子のしているこ
との意味を探りたかったんだけど、今でもそこはよくわからないわ」

兄「再婚に反対なら黙って家を出ろっつうの。俺はそうしたぞ」

妹「そんなのはお兄ちゃんだけだよ。あたしの気持ちも知らないで」

兄「いやその。あんときは悪かったよ」

妹「本気で反省してる?」

兄「してるしてる」

妹「それならいい」

幼友「いいなあ。あたしも彼氏とそういう幸せな痴話喧嘩したいなあ」

兄「いや、こいつは妹だって」

幼友「知ってるよ?」

兄「いやあの」

妹「あまり兄を責めないでやってください。兄は、基本ヘタレなんで」

幼友「妹ちゃんも大変だね」

妹「好きになった人のことですから」

幼友「そうか。頑張れ」

妹「はい。ありがとうございます」

兄(何で仲良くなってるんだよこいつら)

兄(・・・・・・しかし、ゆうの行動はやっぱり理解できないな。結城さんの再婚に反対だから
って、俺を狙ってどうする。俺が不幸になったって再婚には影響しねえだろうが)

兄(もしかして・・・・・・。ひょっとして過去のことに原因があるのか。もしゆうが親の昔の
ことを知っていたとしたら)

兄(そしたら自分の親父を裏切った母さんとの再婚に反対するだろうし、母さんへの復讐
の変わりに息子の俺を狙ったとしても不思議はないのかもしれない)

兄(いや。あの話だって本当かどうか怪しくなってきたし。そもそもゆうの母親って誰な
んだ)

兄(あ)

兄(ゆうの母親が誰か、こいつは知ってるんじゃんか)

兄(よし)

兄「あのさ。変なこと聞くようだけど」

幼友「うん」

兄「ゆうの母親の名前って、おまえ知ってる?」

幼友「うん? 知ってるけど」

兄「なんて名前?」

幼友「レイナさんでしょ。おじさんとは離婚しちゃったけどね」


兄「そうか」

幼友「何でそんなこと聞くの?」

兄「ちょっとな。馴れ初めとか聞いたことある?」

幼友「いや。そこまでは知らないけど」

妹「お兄ちゃんどうしたの?」

兄「ごめん。ちょっとトイレ行って来るわ」

幼友「行ってらっしゃい」

妹「・・・・・・お兄ちゃん?」



兄(考えたらゆうの母親がレイナってだけじゃ何にもわかんないな。同名なだけかもしれ
ないし。大学時代の仲良し四人組で付き合い出して結婚したとかって確定したのならもか
く、幼友はそこまで知らないらしいし)

兄(両親たちの大学時代のことは俺だけが知っているということか)

兄(いや。ひょっとしてゆうは知ってるのだろうか)

兄(・・・・・・もう昔のことは忘れよう。そう決めたばっかじゃんか。幼友に会っちゃったか
らこうなったんだけど、もうゆうにも結城さんにも。それに母さんや幼馴染に関らなけれ
ばいいだけの話だ)



妹「やっときた」

幼友「あんた、お腹でも悪いの?」

兄「違うって」

妹「じゃあ行くよ」

兄「あ、ああ」

妹「幼友さん、行きましょう」

兄「へ?」

妹「あたしたち仲良くなっちゃったの」

幼友「うん。あんたの妹っていい子だね」

兄(俺がトイレに行ってる間に何があった)

妹「いいから行こうよ。今度はペンギンからね」

幼友「さすが好きな人の好みは把握してるんだね」

妹「当然ですよ。行きましょう幼友さん」

幼友「うん」

兄「おまえ友だちは?」

幼友「うん? 電話した。懐かしい友だちに会ったから今日は別行動でいい? って聞い
たら、楽しんどいでって」


兄(ちょっと前までは、幼友って俺とも妹とも別々に修羅場だったよな。うん、間違いな
い)

兄(なのにどうしてこうなった)

妹「うそでしょ」

兄(何でため口なんだよ)

幼友「本当だって。意外と密かに人気あるのよ」

妹「だって暗いし友だち少ないし趣味もオタクだし」

兄(なんかいきなり妹が幼友に懐いてるし)

幼友「兄君は成績もいいし、佐々木先生の覚えもめでたいしさ。目を付ける女の子がいた
って不思議じゃないって」

兄(俺の話かよ)

妹「だって将来性ないですよ。目指している職業だって地方公務員だし」

兄(・・・・・・てめえ)

幼友「安定志向の子も結構いるんだって。妹ちゃんもあまり気を抜かない方がいいよ」

妹「はい。頑張ります」

兄(何を頑張るんだ何を)

幼友「特に幼馴染が戦線を離脱したからさ。兄君に近寄る女が増えると思うなあ」

妹「え」

幼友「今までは幼馴染が虫除けみたくなってたじゃん。でも今の幼馴染はゆうしか見えて
ないみたいだからね」

妹「・・・・・・」

兄「おまえらなあ。俺の目の前で俺を無視して俺の話をするんじゃねえよ」

幼友「やっぱり無関心を装いつつも聞き耳を立ててたか」

兄「聞こえるように話してたくせに」

幼友「内心はちょっと嬉しいんでしょ。自分が思ったよりもててたことに」

兄「どうせからかっているだけだろう」

幼友「今の話はマジだよ。君のことを気にしてる女の子ってさ。あたしが知ってるだけで
も三人くらいしるし」

兄「(え。マジなの)誰?」

幼友「それは秘密」

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「何だよ・・・・・・って、え?(妹の不機嫌というか負のオーラがやばい)」

妹「よかったね。女の人に人気があることがわかって」

兄「いや、別にそんな」

妹「これならお姉ちゃんに振られた心の傷は、妹なんかに癒してもらう必要もないね」

兄「ちょっと待て(何かやばそうな感じがする)」


幼友「妹ちゃん?」

妹「・・・・・・はい」

幼友「大丈夫だよ。兄君のことが好きな子がいることは事実だけど、君と兄君の様子を見
たらみんな諦めると思うから」

妹「だって、あたしは普段はお兄ちゃんと一緒に過ごせないし」

幼友「妹ちゃがよければだけど・・・・・・。あたしがその子たちを牽制して兄君から遠ざけて
あげようか」

妹「・・・・・・本当ですか」

幼友「うん。何か君たちには少しだけ罪悪感があるし。幼馴染には全くないけど」

妹「あのときはお互い様でしたし、幼友さんは兄のことを助けてくれたし・・・・・・」

幼友「ふふ。全く兄妹揃ってお人よしなのね」

兄「どういう意味だよ」

幼友「どうってそのままの意味よ」

妹「本当にいいんですか」

幼友「いいけど。むしろ妹ちゃんはそれでいいの?」

妹「・・・・・・ええ。お兄ちゃんもそれでいいよね」

兄「はあ」

幼友「そうか。一応言っておくけど、たとえ幼馴染の代わりに兄君と一緒にキャンパスで
過ごすことになっても、変な心配はいらないからね」

兄「どういう意味?」

妹「はい。自分でも何でかわからないですけど、幼友さんのことは信頼できる気がしま
す」

幼友「そんなに簡単に信用しちゃっていいの?」

妹「ふふ。本当ですね」

幼友「本当だよ。あはは」

兄(どうなってるんだ)

妹「幼友さん?」

幼友「うん」

妹「あっちにペンギンの大きな水槽がありますよ」

幼友「さすがだね。兄君の好きなポイントをすかさず見つけるとは」

妹「そんなんじゃないですよ」

兄(やっと話が逸れた)

妹「ほら、ペンギンが好きなんでしょ? 行くよお兄ちゃん」

幼友「ほら。さっさと動きなよ。あんたはペンギンが見たいんでしょ」

兄「ちょっと(妹と幼友から両手を引っ張られた。両手に花?)」

兄(なんかちょっとだけ幸せを感じる。幼友って意外に親しみやすいキャラだったんだ
な。男勝りのようでいて、よく見ると可愛い顔しているし)


今日は以上です
また投下します


妹「絶対に変ですよね、あの子」

幼友「そうかなあ。可愛いじゃん」

妹「あれはおかしいですって」

幼友「どこが変なの」

妹「左の羽の方が右より短いじゃないですか、あの子。怪我でもしたのかな」

幼友「言われてみれば。生まれつきなんじゃないの。それに可愛いことには違いないじゃ
ん」

妹「うん。可愛いことは確かです。ちょっと他の子と羽は違っているけど、本当に可愛い
なあ。できれば飼いたいくらい」

兄「ちょっと待て」

妹「お兄ちゃん、ペンギン好きなんでしょ」

兄「シロクマよりは好きと言ってもいいけど、別に飼いたくなるほど好きなわけじゃない
ぞ」

幼友「あの子。何か群れから離れているよね」

妹「やっぱり羽のせいなのかな」

幼友「どうだろう。あの子を見てるとちょっとゆうのことを考えちゃうな」

妹「あたしもお兄ちゃんのことを考えました」

幼友「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

兄(何なんだ)

幼友「そろそろ次に行こうか」

妹「そうですね。幼友さん?」

幼友「どしたの」

妹「幼友さんはいつまでここにいる予定なんですか」

幼友「二泊三日。今日が初日だけど」

妹「よかったら今日うちの別荘に一緒に泊まりませんか」

幼友「へ? 何で」

妹「・・・・・・何となく」

幼友「友だちと一緒だしホテルも予約しちゃってあるんだけど」

妹「そうですよね。突然ごめんなさい」

兄(妹にしては珍しい。好きだった母さんや慕っていた幼馴染を失った反動なのかな
あ)

幼友「別に謝らなくてもいいよ。だけど妹ちゃん、ゆうの関係者なんかと親しくしていい
の? 大好きなお兄さんのことを落としいれようとしているゆうの味方なんだよ? あた
し」

妹「そうですよね。ごめんなさい」

幼友「・・・・・・ちょっと兄君も妹ちゃんも人が良すぎるんじゃないの」

妹「・・・・・・うん」

幼友「ちぇ。全くもう、予定が狂っちゃったよ。ちょっと待ってて」

妹「え」


幼友「一緒に来た子たちに怪しまれちゃったよ。ナンパした男に付いていくんじゃないで
しょうねってさ」

妹「いいんですか?」

幼友「自分から誘ったんでしょうが。一晩お邪魔するよ」

妹「ありがとう」

幼友「まあたまにはいいか。それに君はあたしの後輩だし」

妹「え?」

幼友「あたしも富士峰なの。幼稚園からずっとね」

妹「本当ですか? 何か嬉しい」

兄(こいつがお嬢様学校の富士峰出身? 絶対共学で遊んできた女だと思ってたのに)

妹「あたしのママも富士峰なんです」

幼友「うちもそうだよ」

妹「偶然ですねえ」

幼友「・・・・・・そうだね」

兄「おまえ、友だち放っておいて本当にいいの? うちの妹のことなら気にしてくれなく
てもいいんだぞ」

幼友「別にいいよ。あんたこそ、妹ちゃんと二人きりのところを邪魔されて迷惑なんじゃ
ない?」

兄「ば! ふざけんなよおまえ」

幼友「冗談だって」

妹「ふふ」

兄(ふふじゃねえ)

妹「おじいちゃんたちの別荘なんですけど、すごく広いし芝生を張った庭が海に面してい
て景色は最高なんですよ」

幼友「へえ」

妹「今夜はそこでバーベキューをしましょう。きっと気持ちいいと思うなあ」

幼友「いいね。何かテンションがあがってきたよ」

妹「じゃあ、もう少しこの水族館を見学したらバーベキューの材料を買いに行きましょ
う」

幼友「海辺だしシーフードとかいいのがありそうだよね」

妹「漁協の直販所があるみたいですよ。そこに行きましょう」

兄(いつのまに調べたんだよ)


幼友「すごい景色だね。夕暮れなのに水平線がくっきりと見える」

妹「でしょ? あたしも初めて来たんですけど、こんないいところならもっと早く来てれ
ばよかった」

幼友「初めてなの? おじいさんの別荘なんでしょ」

妹「おじいちゃんとおばあちゃんの家に来たのって数えるくらいしかないんです」

幼友「何で」

妹「ママとパパの実家の仲が良くなくて」

幼友「ああ。変なこと聞いてごめんね」

妹「別にいいですよ。今はおじいちゃんたちとも仲はいいし」

幼友「君たちのママも?」

妹「それは違うんですけど。でも、あたしとお兄ちゃんは」

幼友「・・・・・・そうか」

妹「ママとおじいちゃんが仲が悪いとかどうでもいいの。うちの家族はあたしとお兄ちゃ
んがいればそれでいいんです」

幼友「うん。いい兄貴がいてよかったね」

妹「はい」

幼友「って違うか。いい彼氏かな」

妹「・・・・・・そんな」

幼友「妹ちゃん、顔赤いよ」

妹「もう」

兄「あのなあ。おまえらさっきから黙って聞いてれば」

幼友「何よ。やっぱり無関心な振りしながら必死になって聞き耳を立ててたのか」

兄「違うし。つうか、さっきから俺が一人で焼いてるだぞ。そんな暇ないつうの」

幼友「それくらいしなさいよ。男なんだから」

兄「それはいいけどさ。せっかく次々に焼きあがるイカとか高価な伊勢海老とか、おまえ
ら全然食わないで喋ってばっかじゃん」

幼友「わかったわかった。食べるから皿に載せてよ」

兄「おまえなあ」

妹「お兄ちゃんはちょっと一度に焼きすぎなんだよ。バーベキューの初心者がよくする間
違いだけどさ」

兄「・・・・・・おまえもなあ。人に押し付けておいてよ」

妹「食べるから伊勢海老の干物ちょうだい。楽しみにしてたんだ」

幼友「あたしもそれがいいな」

兄「・・・・・・イカも食えよ」


幼友「だいたいあんたはね。ちょっと周囲を警戒しすぎなのよ」

兄「もう十回くらい聞いたよそれ。ちょっと飲みすぎだろ、おまえ」

妹「お酒強いよね。よくそんなに飲めるなあ」

兄「だろ。おまえからもちょっと言ってやれ」

妹「わかった。だいたいお兄ちゃんはちょっと心を閉ざしすぎ。ハリネズミみたいに毛を
逆立てちゃってさ。何よ。可愛い妹が一途にお兄ちゃんのことを慕っているのに」

兄「おまえ、誰が俺に文句言えって・・・・・・あ。おまえ・・・・・・。酒飲んでるな」

妹「知りません」

兄「おまえは未成年だろうが」

妹「未成年の妹を抱き寄せてキスしたくせに」

幼友「え。マジで? あんたたちどこまで行ってるの」

妹「そんな。恥かしくて言えないよお」

兄「どこにも行ってねえだろうが。誤解を招く発言はよせ」

幼友「何照れてるのよ」

妹「今さら照れるような仲じゃないのにね」

兄「・・・・・・おまえらなあ」

兄(黙って聞いてれば。でもあれ。さっき妹が言ったことってどっかで聞いたような)



「君はさ。もう少し人のことを信用することを覚えた方がいいと思う」

「おじさんが亡くなってからの君ってさ。一見穏かな常識的で成績のいい男の子な
んだけどね」

「本心では、ハリネズミみたいに毛を逆立てて周囲の人を警戒してるじゃん」

「あたしに対してまでそうじゃない?」



兄(あれは夢だっけ。幼馴染に振られたときに見た幼馴染の夢。なんかの暗示なんだろう
か)

兄(確かにぼっちな俺だけど周囲を拒否したことなんかないよな。それは間違いな
い・・・・・・と思う)

兄「なあ? 俺ってさ」

妹「そろそろ寝ましょうか。明日は爬虫類パークに行きませんか」

幼友「さすがに明日は友だちといないと」

妹「・・・・・・だめですか?」

幼友「だめって・・・・・・。まあ、別にいいけど」

妹「やった。先にお風呂入っていいですよ」

幼友「ありがと」

兄(ガン無視かよ。おまえら少しは人の話聞けよ・・・・・・)


兄「本当にここで三人で寝るの」

妹「パパの部屋のベッドで三人も寝られるわけないでしょ」

兄「いや。そうじゃなくてさ」

妹「お兄ちゃんはいったいどうしたいの」

兄「いやどうって(何で俺が非常識な提案をした的な目で見られなきゃいかんのだ)」

妹「あたしと二人きりがいいの?」

兄「そうじゃねえよ」

妹「・・・・・・まさかお兄ちゃん」

兄「それも違うって。何で俺が幼友と一緒に寝なきゃいけないんだよ」

妹「誰もそんなこと言ってないのに」

兄「とにかくだ。おまえが幼友とパジャマパーティーだかガールズトークだかしたいな
ら、おまえと幼友が一階の和室で寝て俺が父さんの部屋で寝ればいいだろ」

妹「お兄ちゃんと一緒じゃないとやだ」

兄「だいたいだな。幼友だって俺と同じ部屋で寝るなんて迷惑だろ・・・・・・(何かいきなり
感情表現が素直になったな。つうかなり過ぎだろ)」

幼友「お風呂ありがと。って何喧嘩してるの」

兄「してないし」

妹「お姉ちゃん、じゃなかった。幼友さん。今日一緒に寝ませんか」

幼友「別にいいけど」

妹「やった」

兄「じゃあ俺は二階で」

妹「お兄ちゃんも一緒でいいですか。お姉ちゃん、じゃない幼友さんにはあたしが責任を
持ってお兄ちゃんに変なことをさせませんから」

幼友「うん? ああ別にいいよ。兄君にそんな甲斐性があるわけないし。それにお姉ちゃ
んって呼びたければそれでもいいよ」

妹「ほんと?」

幼友「うん。兄君と一緒の布団じゃなければ」

妹「布団はちゃんと三組ありますよ。そうじゃなくて」

幼友「だからいいって。幼馴染の代わりくらいしてあげる」

妹「・・・・・・うれしい」


兄(・・・・・・寝れねえ)

兄(俺の隣が妹でその隣が幼友。まあ妥当な並び方だよな)

兄(だが、妹は普段なら俺の方を向いて、というか俺に抱きつくようにすりよって寝るん
だけど、今日は隣を見ても妹の背中しか見えねえ)

兄(さっきからひそひそと妹と幼友が話し込んでるし。声が低いのは俺に遠慮してるんだ
ろうけど、聞こえないと余計話の内容が気になる)

兄(ときおり低い笑い声まで聞こえるんだけど。いったい何を話しているんだろ)

兄(まさか俺の話かな。いやいや。それはいくらなんでも自意識過剰だろ)

兄(・・・・・・)

兄(何か仲間はずれにされたような気がする。まあ、大学でもそうだったから耐性はある
んだけど)

兄(そうでもないか。幼馴染がいたからあまりぼっちなことに悩まないですんだんだよ
な。そう思うとゆうを好きになる前の幼馴染のことはやっぱり嫌いになれないなあ。でも
まあ、妹の言うとおり今の幼馴染は別人だけどね)

兄(寂しい。俺ってこんなに妹に依存していたのか。妹が俺じゃなく幼友の方を向いてい
るだけでこんなに寂しい気持ちになるんだもんな)

兄(また低い笑い声。二人で何を話してるんだろうなあ)

兄(無理にでも寝てしまおう。明日は爬虫類何とかに行くらしいし、運転中に眠くなった
らまずいしな)

兄(・・・・・・)



兄(・・・・・・あれ)

兄(いつのまにか寝てたらしい)

兄(隣の二人が静かなところを見ると、やっと話をやめて寝たのか)

兄(今何時だろう、スマホで・・・・・・ってまだ夜中の三時かよ)

兄(暗くてよく見えないけど、二人とも寝たんだろうな。さすがに幼友もいるし妹も抱き
ついてこないか。それはそれで常識的な判断なんだけど、何か寂しく感じる自分がいる)

兄(・・・・・・トイレ行って寝なおそう)



兄(明け方は結構冷え込むな。早く布団に潜って寝なおそう)

幼友「兄君? 夜中に何やってるの」

兄「あれ。おまえ寝てたんじゃねえの(びっくりした。こいつもトイレかな)」

幼友「何か眠れなくてさ。海でも見ようかと」

兄「海見るっておまえ。外は真っ暗だって」

幼友「見るって言うのかな。暗闇で波の音を聞いているだけでもいいんだ」

兄「何ロマンティックが止まらないみたいなセリフを吐いてるんだよ。似合わねえぞ」

幼友「あんたこそ昔の歌を。じじいかよ」

兄「いや。わかってるってことはおまえも」

幼友「ちょっと庭に出て波の音を聞いてくる」

兄「本気だったのか」

幼友「そうだよ」

兄「俺も行ってもいい?」

幼友「・・・・・・いいけど」


兄「ここから庭に出られるんだ」

幼友「うん」

兄「庭に灯りがついてるから足元は平気だよな」

幼友「平気だよ」

兄「庭の端にベンチがあるからそこに座ろうぜ」

幼友「うん」

兄「・・・・・・灯りはついてるけど、下にあるはずの海は全然見えねえな」

幼友「波の音は聞こえるじゃん」

兄「そうだけど」

幼友「・・・・・・あんたも眠れなかったの?」

兄「ちょっとは寝た。トイレで起きたんだけどさ」

幼友「こんなところであたしと二人でいていいわけ?」

兄「へ? あ、一人になりたかった?」

幼友「妹ちゃんを一人きりにしていいのかって聞いてるの」

兄「だってあいつは寝てるし」

幼友「起きたときに最愛の人が傍らにいないんじゃ、妹ちゃんだって寂しいんじゃない
の?」

兄「・・・・・・妹が起きる前に部屋に戻るよ」

幼友「最愛の人って言うことには反論しないで認めるんだ」

兄「何を今さら」

幼友「まあ、そうだけど」

兄「・・・・・・なあ」

幼友「・・・・・・何よ」

兄「妹が暴走しておまえの日程を狂わせちゃって悪かったな」

幼友「別にいいよ。幼馴染を失ってつらかったのはあんただけじゃなくて妹ちゃんも一緒
だったんだね」

兄「(そうか。それはそうだ。俺のことはおいといても、あいつだって幼馴染のことは慕
ってたしな)なあ」

幼友「今度は何?」

兄「おまえって何でそんなに冷静なの?」

幼友「どういうこと?」

兄「だってよ。冷静に考えればおまえの彼氏は幼馴染と浮気してるわけだろ」

幼友「・・・・・・そうだけど」

兄「この連休中だってゆうと幼馴染は一緒に遊んでるんだろ」

幼友「そうだね」

兄「何で海辺の半島に友だちと旅行に来たり、妹と仲良くなったりしてるんだよ」


幼友「何でって?」

兄「普通ならそれどころじゃねえだろ。家にこもって悩むか、ゆうと幼馴染を追って邪魔
しに行くとかさ」

幼友「はあ? あんたってばか?」

兄「え」

幼友「なんであたしがそんなみっともないことをしなきゃいけないわけ?」

兄「だってよ(確かあのときは)」



「何やってんの」

「おまえか」

「堂々と駅前で浮気かよ」

「うっせえなあ」

「この子誰?」

「幼友には関係ないだろ」

「あたしには聞く権利があると思う。あんたの彼女なんだし」

「うるせえ。誰が彼女だよ。おまえなんかセフレだっつうの」

「おい。ちょっと待てよ妹。誤解だって」

「あら。この可愛い子に振られちゃったね。ゆう」



兄「って聞いたぞ。妹に嫉妬するくらいなら、今は幼馴染に嫉妬してなきゃおかしいじゃ
ん」

幼友「さっき言ったでしょ。幼馴染は第二目標だって。あたしはゆうのことが心配なだけ。
あのときだって嫉妬なんかしてないよ」

兄「どう考えても嫉妬丸出しの発言じゃん」

幼友「あんたにはわからないだろうなあ」

兄「正直わからん。おまえって何がしたいの」

幼友「難しい質問だね。あたしはただ海が見たかっただけなのに。あんたが来たんで推理
小説の解説パートみたくなっちゃったじゃん」

兄「聞けるものなら聞きたいな」

幼友「さっき水族館で全部話したよ。あんたを陥れようとしているゆうの行動の動機につ
いては、本当にわからないのよ」

兄「そうじゃねえよ」

幼友「じゃあ何よ」

兄「おまえってさ。彼氏に浮気されたのに全然悩んでいるように見えないよな」

幼友「え?」


兄「彼氏を幼馴染に取られている状態なのにさ。よく友だちと海に遊びに来たり、俺たち
と一緒に遊んだりできるな。幼馴染に裏切られたときの俺だったら、とてもそんな気には
なれないけどな」

幼友「別にゆうが幼馴染と一緒にいることなんかに悩んでないよ」

兄「だってよ」

幼友「第一目標の子とすら仲良しになったんだよ。第二目標なんか眼中にないって」

兄「どういうこと?」

幼友「ゆうは幼馴染のことなんか好きでも何でもないからさ。幼馴染には気の毒だけ
ど、今日あんたと妹ちゃんを見てさ」

兄「見て、どうなんだよ」

幼友「あんったってもう幼馴染に嫉妬したり、彼女の裏切りに悩んだりしてないでしょ」

兄「今はな。でも発覚したときはきつかったぞ」

幼友「それはわかってる。だから、幼馴染を平手で殴ったしあんたを彼女から引き離した
りもしたんだから」

兄「そうだった。あのときは世話になったな」

幼友「それは別にいいよ。そうじゃなくてゆうにとっては妹ちゃんも幼馴染も手段に過ぎ
ないからさ。君が幼馴染に未練がないってゆうが理解したら、その瞬間に幼馴染はゆうに
捨てられると思うよ」

兄「それは・・・・・・。でもそうか」

幼友「振られた幼馴染はどうなるかなあ。長年一緒にいた君をないがしろにするほどのめ
り込んだゆうに振られたらさ。ひょっとして自殺したりして」

兄「よせよ」

幼友「悪い。でもそういう心配だってあるじゃん」

兄「おまえはさ。ゆうは俺を陥れるために妹や幼馴染に手を出してるだけで、ゆうは本心
では妹のことも幼馴染のことも好きじゃないって言ったじゃん」

幼友「うん」

兄「じゃあゆうが本当に好きなのはおまえなの? それでおまえの行動には余裕があるわ
け?」

幼友「余裕なんかないよ。そうであればいいと信じているだけで。内心は不安で泣きそう
だよ」

兄「そうは見えないけどな」

幼友「本当だって。それよかあたしが今心配になったのは」

兄「何だよ」

幼友「あんたが幼馴染を盗られても動揺しないことを知ったゆうが、次はどんな手を打っ
てくるかだよ」

兄「どういうこと」

幼友「ゆうの目的から考えるとさ。君が動じない原因が妹ちゃんのおかげだと知った
ら、あいつは再び妹ちゃんを狙うかも。君を傷つけるために」

兄「ゆうはプライドが高いし、自分を振った妹には関心がないって言ってたじゃんか」

幼友「そう思ってた。でも君と妹ちゃんが本当に男女の仲だとしたらさ。ゆうも考え変え
るかもね」

兄「男女の仲じゃねえよ(少なくともこれは嘘じゃない)」


幼友「とにかく気をつけた方がいいよ。ゆうが本気になれば君にべったりの妹ちゃんだっ
て危ないかもしれない」

兄(そんなわけあるか。妹は今では俺のことが・・・・・・。まあ、その気持ちに応えるわけに
はいかないのだけど。それでも妹が俺を裏切るなんて考えられん)

幼友「それならいいけど」

兄「(だからおまえは)おまえたちはエスパーかよ」



幼友「いい風が吹くね」

兄「そうだな」

幼友「砕ける波とかがうっすらと見えるようになってきたね」

兄「ああ」

幼友「もう夜明けか。空も少しづつ青くなってきた」

兄「海っていいよな。景観も音も匂いすら完璧に海って感じだもんな」

幼友「何言ってるのかわかんないよ」

兄「何でもねえよ」

幼友「あんたさ。妹ちゃんを離すんじゃないよ」

兄「何の話だよ」

幼友「ゆうなんかに盗られるなよ。一度はゆうの誘惑から逃げてるんだから。結局ゆうの
魅力には勝てなかったなんていうことにはならないようにしなよ」

兄「・・・・・・ああ」

幼友「うらやましいな」

兄「何で(これ以上妹と仲良くなたら近親相姦の関係になるんだぞ。うらやましいわけね
えだろ)」

幼友「あたしも君たちみたいな恋をしたかったなあ」

兄「ゆうのこと好きなんだろ」

幼友「うん。だから普通の恋に憧れるんじゃない」

兄「よくわからん」

幼友「別にゆうみたいなイケメンじゃなくてもいいんだよ。お互いを好きになってお互い
を信じあえるような関係になれるんなら」

兄「そうなの」


幼友「たとえば、冴えないあんたみたいな男だってよかったんだって」

兄「よせよ(冴えないは余計だろ)」

幼友「そういうことだから。連休が終って大学の講義が始まったら、あたしはあんたにデ
レるからね。ちゃんとそういうあたしを受け止めなさいよ」

兄「おまえは何を言ってるんだ(今の俺には妹しか興味がねえの。って、それはそれで問
題あることも理解しているけど)」

幼友「妹ちゃんを守りたければ、あんたの好きな女は妹ちゃん以外だとゆうに思わせた方
がいいよ」

兄「・・・・・・おまえ(今さらだけど。こいつ、ちょっと怖い)」

幼友「妹ちゃんの許可はもらったし。あんたは連休明けからあたしと一緒に行動するの
よ。あ、でも。手を繋いだりあたしの肩を抱き寄せたりくらいはいいけど、間違ってもキ
スしようとかそれ以上のことをしようとか思わないでよ」

兄「意味がわからん」

幼友「あんたバカ?」

兄「いや。妹を守るためっていうことは理解したんだけどさ。何でおまえがそこまでして
くれるわけ?」

幼友「ゆうがさ。あんたの好きな子があたしだと思えば、あいつのターゲットは第三目標
に移行するでしょ」

兄「第三目標って」

幼友「あたし」

兄「ゆうに嫉妬させるために俺と一緒に過ごすってこと?」

幼友「それがベストだけどね。たとえあいつがあたしに嫉妬してくれなくても、あんたが
あたしのことを好きなんだって思ったら、あいつは絶対あたしのことを求めてくるから」

兄「・・・・・・それで妹は無事だし、おまえもゆうと復縁できるってわけか」

幼友「うまくいけばね」

兄「おまえ、水族館で俺たちと会ったのって、本当に偶然なんだよな?」

幼友「そうよ」

兄「・・・・・・俺のことを好きだって女の子たちから俺を守ってやるって妹に言ったのは嘘
か」

幼友「そうじゃないって。本当に君って意外と人気あるんだよ」

兄「でもおまえの真意はそこじゃなかったわけだな」

幼友「さあ? どうかなあ」

兄「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します


幼友「兄君」

兄「おう(本当に来やがった)」

幼友「待った?」

兄「待ってねえけど(待ってないで先に行きゃよかったんだよな。何で俺はこいつを待っ
たりしたんだろう)」

幼友「ならよかった」

兄「おまえさ」

幼友「どした」

兄「・・・・・・本気でやる気か」

幼友「うん? 本気だよ」



兄(あれから俺も考えた。こいつは最初は偶然を装って海辺の水族館で俺たちに近づい
た)

兄(そして妹と仲良くなった。簡単だったろうな。こいつはもう妹にとってゆうを巡るラ
イバルじゃねえし。幼馴染を失った妹が、お姉さん的な親しみやすさを装ったこいつに気
を許したって不思議じゃない)

兄(そして俺が大学の女に人気があるとか、幼馴染がいなくなって俺に近づく女が増える
だろうとか言って妹の危機感を煽った。妹公認で俺と大学で親しくするためだ。俺が妹の
気持ちに逆らえないってわかってたんだろう)

兄(確かに幼友は何も嘘は言っていない。夜中の庭で、こいつは妹からゆうの関心を逸ら
すためだって、自分にゆうの関心を引きつけることが本当の目的だって、別に隠さないで
認めたもんな)



兄「本気だったのかよ」

幼友「妹ちゃんも納得してるんだから別にいいでしょ」

兄「妹は俺に寄ってくる女避けのつもりで納得したと思うんだけど」

幼友「うん。妹ちゃんの代わりにあたしがあんたをガードするっていうことだね」

兄「あのさあ。おまえ言ってたじゃん。ゆうが俺とおまえが仲良くしてるところを見た
ら、幼馴染を捨てて俺からおまえを奪おうとするだろうって」

幼友「そこまで言ったっけ」

兄「とにかく、そういうことを言ったじゃんか」

幼友「そういうこともあったかもね」

兄(でも、絶対それだけじゃないな。何かまだ隠している目的があるに違いない)

兄「それが目的なら大学内でこんなことしたって意味ねえだろ」

幼友「なんで?」

兄「ゆうが俺たちを目撃できないからだよ。あいつ高校生だろ。キャンパスで俺とおまえ
が偽装カップルを演じたってあいつが目撃できなきゃ全然意味ねえだろ」


幼友「・・・・・・あたしとあんたはさ」

兄「ああ」

幼友「一緒にいてラブラブなところを幼馴染に見られればそれでいいのよ」

兄「そんなことに何の意味がある」

幼友「幼馴染からゆうに話が伝わるからね」

兄「・・・・・・」

幼友「それであんたの妹はゆうに再び目を付けられる危険がなくなるし、ゆうはあたしへ
の関心を取り戻すことになるし。何か問題あるの?」

兄(確かに一見筋が通っている話だけど・・・・・・。だけどそれだけじゃないはずなんだ。こ
んなことすぐにでも気がつかなきゃいけなかったのに。幼馴染を平手打ちしてくれて、動
けなくなっていた俺を、幼馴染から離してくれたせいで目が曇っていたんだ。最初から幼
友は言ってたじゃんか。俺や妹はお人好し過ぎるって。何でゆうの関係者である自分を信
じてお礼なんか言うんだって)

兄(そのとおりだよ。何を考えているのか知らねえけど、幼友はゆうが好きなんだぞ。ゆ
うのことを第一に考えて行動しているに決まってる。自分がゆうに求められるためなんか
じゃない、もっと別な目的があるんだ。しかもこいつは手の内を隠さないで最初から全部
俺と妹に話しているじゃんか。くそ、舐めやがって)

幼友「妹ちゃんのためでもあるのよ」

兄「うまくできている罠だよな」

幼友「え?」

兄「妹をゆうから遠ざけることができるって言えば、俺が断れないことを知ってたんだよ
な。おまえは」

幼友「・・・・・・あたしは妹ちゃんから頼まれて」

兄「それにおまえの言うとおりになったとしたら、幼馴染はどうなる?」

幼友「さあ。どうでもいいよ。あんたこそ、あれだけひどいことをあいつにされてるのに、
まだあの子のことが心配なわけ? 本心ではまだ幼馴染のことが好きなんじゃないの」

兄「それはねえよ。確かにこの間までは大好きだったけど、今はあいつのことは全然気に
ならないよ。たださ」

幼友「ただ、何?」

兄「自殺とか言われちゃうとな」

幼友「あんなの冗談に決まってるじゃん。いくらゆうがいい男だったからってあいつが女
の子を振るたびにその子たちが自殺してたら大変だよ。幼馴染もせいぜい悩んで泣くくら
いじゃないの? 実際のとこ」

兄「それならいいけどな」

幼友「そんで自分に都合よく君に泣きつくかもね。目が覚めた。本当に好きだったのは君
なのとかって言ってさ」

兄「それはねえだろ」

幼友「そうかな」

兄「・・・・・・まあいいや。とりあえず当面の利害が一致したからおまえの提案に乗ってやる
けど(それでもこいつは正しい。妹のことを考えるとゆうの関心を妹からこいつに移すこ
とはしておいた方がいいんだ。こいつに利用されていると思うと腹が立つけど)」

幼友「何であんたはそんなに上から目線なのかな」

兄「おまえ自身が言ってたとおり、俺はおまえがゆう側の人間だってことを忘れないから
な。偽装カップルが終っておまえの目論見どおりゆうがおまえのことを求めたら、それで
俺とおまえはもう無関係だからな」

幼友「当たり前じゃん。あたしがあんたのことを好きですがりつくとでも思ってた?」

兄「そんなことねえよ。それに、少なくともおまえが形だけでも妹と仲良くしてくれたこ
とはありがたいと思うけど」

幼友「いい子だよ、妹ちゃんは。あたし、ああいう子は大好き


兄「(嘘付け)それでも、おまえがゆうと復縁したときは、おまえは俺たちの敵だから
な」

幼友「・・・・・・敵って」

兄「言っている意味はわかるだろ?」

幼友「わかる。あんたは何か考えすぎていると思うけどね。まあ、でもそれでもいいよ」

兄「(何かむかつくな。ゆうのためならなりふり構わず何でもするくせに)じゃあ」

幼友「ちょっと」

兄「(俺の妹への気持ちを利用しやがって)カップルだって思わせたいんだろ」

幼友「そうだけど・・・・・・あんまり乱暴にしないで。ちょっと痛いよ」

兄「いいから俺にもっとくっつけよ。そんなんじゃカップルになんか見えねえじゃんか」

幼友「・・・・・・これでいいんでしょ」

兄「おまえ、何赤くなってんだよ。それとも演技か」

幼友「・・・・・・うっさい」

兄「女って怖いよな。演技で赤くなったり泣いたりできちゃうんだ」

幼友「・・・・・・」

兄「って。それも演技かよ」

幼友「黙れ」

兄(何で泣いてるんだ。俺に抱き寄せられるのがそんなに嫌なのかよ。自分から言い出し
たくせに)

幼友「もういい。遅れるからさっさと行くよ」

兄「ああ」



兄「・・・・・・大学に着いたぞ」

幼友「うん」

兄「おまえさあ」

幼友「何?」

兄「泣くほど嫌ならもうやめようぜ。ゆうが好きなら正攻法でアタックすればいいじゃん
か」

幼友「・・・・・・妹ちゃんとの約束があるのよ」

兄「俺を好きな子がどうとかってやつ? そんなの俺がしっかりしてれば済むことだろ
う。俺は浮気なんかしねえよ。ゆうとか幼馴染じゃあるまいし」

幼友「認めるんだ」

兄「何がだよ」

幼友「妹ちゃんとできてるって」

兄「ば・・・・・・そんなことは言ってねえだろ」

幼友「浮気しないんでしょ? 本命は妹ちゃんだって自分で言ってるのと同じじゃん」

兄「・・・・・・実の妹が彼女な訳ねえだろ。俺はもう研究だけに生きるんだから」

幼友「それなら浮気しないとかって言うのはおかしいでしょ」

兄「もういい。とにかくこれからどうするんだよ」

幼友「あんたと一緒に次の講義に出る」

兄「おまえは履修登録してねえだろうが」

幼友「そんなのわからないよ」

兄「本気でやるつもりなら、俺から身体を離そうとするなよ。恋人同士っていう設定なら
不自然だろうが」

幼友「わかってるよ! これでいいんでしょ」

兄「自分から言い出したくせに。何切れてるんだよ」

幼友「切れてないよ。ほら、講義に行くよ」

兄「あと顔が赤いのをどうにかしろよ」

幼友「そんなに都合よく表情までコントロールできるわけないでしょ。付き合い始めの
初々しい感じが出るからこれでもいいの!」

兄「なるほどね(確かにそうかも・・・・・・。まあ何でもいい。妹からゆうの関心を逸らすた
めだ。うざいけど最後までこのばかな演技に付き合うか。だけど幼友に対しては油断しち
ゃだめだ)」



兄(意外なことに。幼友の言うとおり、わずか半日で俺と幼友目撃したやつらには恋人認
定されてしまった)

兄(肝心の幼馴染は見かけなかったから、幼友的には微妙だろうけど)

兄(だけどこれだけ同じ専攻のやつらに見られたんだ。幼馴染にも絶対に噂は広がるだろ
うな)

幼友「やっと講義終ったか」

兄「おまえ、俺にべったり寄り添う振りをしながら本当は寝てただろ」

幼友「別にいいじゃん。履修登録してない講義なんか真面目に聞いててもしかたないし。
それよかお腹すいたね。お昼にしようよ」

兄「学食?」

幼友「なるべく多くの人にあたしとあんたの仲を見せつけないといけないからね。学食
にしよう」

兄「もう十分じゃね? ずいぶん視線を感じたぞ」

幼友「まだ始めたばかりでしょうが」

兄「おまえがいいならいいけどよ(本当に何をたくらんでるんだ)」



兄「混んでるなあ」

幼友「あたしが適当に買って来るからあんたは席を確保しといてよ」

兄「いいけど」

幼友「なるべく窓際の席ね」

兄「無茶言うな。こんだけ混んでるんだぞ」

幼友「だから、なるべくって言ったでしょうが」

兄「何で窓際なんだよ」

幼友「それだけ人に見られるじゃない」

兄「・・・・・・まあいいや。わかった」

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

幼友「・・・・・・早く席を探しに行きなさいよ」

兄「いや。だったら手を離せよ」

幼友「あ」

兄「あ、じゃねえよ」

幼友「んなことわかってるよ。ほら、これでいいんでしょ」

兄「そこって切れるところなのかよ」


怜奈「おはよう」

池山「あ」

怜奈「どしたの?」

池山「いや。おはよう怜奈」

怜奈「一緒に行かない」

池山「あ、ああ」

池山(・・・・・・昨日の怜菜のキスの感触がまだ唇に残っている)

池山(いったい何でだろう? 怜奈って僕のことが好きなのか)

池山(いや。いくらなんでもそれは楽天的過ぎる。それを実証するだけの根拠がない。こ
の程度の証拠では証明にならないだろ。せいぜいよくて仮説くらいなものだ)

怜奈「うん? 早く行こうよ」

池山「結城は一緒じゃないの」

怜奈「うん」

池山「どうして」

怜奈「・・・・・・どうしてって」

池山「君たちはいつも一緒に登校してたじゃん。今日は結城は休み?」

怜奈「さあ」

池山「さあって」

怜奈「遅刻しちゃうよ。行こ」

池山「わかったから。ちょっと待ってくれよ」

怜奈「早く行こ」

池山(笑顔が眩しい・・・・・・)

池山(キスって。怜奈って僕のことを・・・・・・。いくらなんでも勘違いじゃないよね。怜奈
みたいな子が僕のことを好きになるなんてあり得ないって考えてたけど。でも)

池山(さすがにその気のない男にキスなんかしないだろう。ということは)

池山(結城と怜奈、それに有希の仲間に加えてもらって親しくしてもらえるだけで幸せだ
ったのに。それ以上のことなんか考えたことすらなかったのに)

池山(玲菜が僕を・・・・・・)

怜奈「どうしたのよ。さっきから黙っちゃって」

池山「あのさ。昨日の、その」

怜奈「・・・・・・あ、うん」

池山「・・・・・・」

怜奈「・・・・・・」

池山(赤くなって俯いちゃった)

怜奈(これはもう疑いようがない。仮説の域を超えて命題が証明されたと言っても過言で
はないんじゃ)


怜奈「あ」

池山「え」

怜奈「何でもない。早く行こう」

池山「どうしたの? って結城じゃん」

怜奈「・・・・・・行こ」

池山「何で? 一緒に行こうよ。って有希も一緒だね」

怜奈「二人は放っておいて行こうよ」

池山「え? いつも四人で一緒なのに」

怜奈「うるさいなあ。あたしが君と二人でいたいの! 悪い?」

池山「あ、ごめん」

怜奈「行こう」



池山(僕と二人でいたいって言ってたのに、怜菜はさっさと一限の講義に行ってしまっ
た。全然僕の方を振り向きもしないで。だけど)

池山(だけど。僕と二人でいたいって。もうそういう意味としか受け取れないんだけど)

池山(はっきりさせたいけど。でも確かめる勇気がない)

池山(・・・・・・キスまでされたのに勇気がないって。僕ってどんだけチキンなんだろ。結城
ならこんなときは戸惑ったり迷ったりしないんだろうなあ)

池山(はあ。仮説じゃないんだろ?)

池山(それにしても、ちょっと見ただけだから勘違いかもしれないけど、結城と有希の距
離感がやけに近かったような気がする)

池山(まあ、あの二人ならお似合いだしな。結城は遊び人だけど根はいいやつだし、有希
は見た目もすごく可愛いし、性格もいいし僕みたいな根暗なやつにもわけへだてなく笑顔
を向けてくれる。そういう意味で言うとあの二人は理想のカップルかも)

池山(・・・・・・そんなことはどうでもいだろ。むしろ問題は、この後怜奈にどう接すればい
いかということだよ)

池山(勇気を出せばいいだけの話なのに。しかも怜奈にはキスまでされたんだ。普通なら
不安に感じる要素なんかないのに)

結城「よう」

池山「・・・・・・あ。おはよ」

結城「おまえ怜奈知らね?」

池山「あ、うん。講義じゃないかな」

結城「何なんだろうな。朝おきたらあいついねえしさ。朝飯も用意してねえでやんの。腹
減ったぜ」

池山「兄妹で二人暮しだったよね」

結城「ああ。何か昨日の夜からあいつ不機嫌つうか様子がおかしいんだよな。何か怒って
るっていうかさ」

池山「そうなんだ」

結城「俺が何をしたって言うんだよ、全く」


池山「心当たりないの?(僕のことで頭がいっぱいだったとか?)」

結城「全くない」

池山(いや。さすがにそれは)

池山(他に昨日起こったことと言えば・・・・・・。あ)

池山(結城と有希が親し気に話し込んでいたことかな)

池山(聞いてみようかな。それくらいはいいだろう。僕たち四人は仲がいいんだし)

池山「あのさ。その・・・・・・有希と」

結城「付き合い出したよ」

池山「(やっぱり)やっぱりそうなんだ」

結城「そんなことよりさ。なんで怜菜は不機嫌なんだろうなあ」

池山(そんなことより? もてるやつは言うことが違うな。女の子と付き合い出したこと
がそんなことか)

池山(僕が意識しすぎてるだけなのかも。気軽に言えばいいのかな。結城みたく堂々とさ
りげなく)

池山(・・・・・・よし。講義が終って二人きりになったときに)

池山(人生で初めての告白か。何か今まで以上にどきどきしてきた)

結城「あいつが不機嫌だと俺の飯に影響するんだよな」

池山(でも。いくらなんでも怜菜の告白を待つんじゃなく男の方から告白すべきだよな)


怜奈「ごめんなさい」

池山「・・・・・・はい?(やっぱりかあ。変に結城の態度に踊らされるんじゃなかったよ)」
怜奈「本当にごめん。君のことは嫌いじゃないけど、君とお付き合いはできない。この間
のキスのことは忘れて」

池山「うん。こっちこそ勘違いして変なこと言ってごめん(恥かしい。いっそ死にた
い)」

怜奈「本当にごめんなさい。全部あたしが悪いの」

池山「いや。僕が勝手に告白しただけだし。君が謝る必要はないけど」

怜奈「・・・・・・ごめん」

池山「だから君が謝る必要なんかないって(でもそれなら何でキスなんて)」

怜奈「・・・・・・」

池山「・・・・・・泣かないで」

怜奈「ごめんなさい」

池山「・・・・・・いや、だから」

怜奈「・・・・・・」

池山「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します

玲奈?玲菜?

>>314

怜菜です
すいません


有希「ちょっといいかな」

池山「ああ有希。こんにちは」

有希「こんにちは」

池山「何か用?」

有希「あのね・・・・・・。その、怜菜と話したんだけど」

池山「怜菜と?」

有希「彼から聞いたの」

池山「・・・・・・彼?」

有希「あ。ごめん、結城君から聞いたのね。怜菜が元気ないって。それで怜菜に何があっ
たのか聞いたらね」

池山「・・・・・・うん」

有希「ごめんなさいね。余計なお節介をするつもりはないの」

池山「・・・・・・」

有希「でも、さっき怜菜、一人で学生ホールの陰で泣いてた」

池山「怜菜、泣いてたんだ(気を遣わせちゃったかな。僕が余計な告白なんかしたせい
だ)」

有希「うん。博人に思い当たることある?」

池山「あるよ」

有希「やっぱりそうなの」

池山「うん」

有希「何があったのか知らないんだけど、怜菜と仲直りしてあげられないかな。せっかく
仲良くなった四人がこんなことで気まずくなっちゃうのは悲しい」

池山「ごめん」

有希「あ、ごめんなさい。博人を責めているんじゃないの」

池山「怜菜に告白して断られたんだ」

有希「え」

池山「だから全部僕のせいなんだ。怜菜には悪いことしちゃったよ。彼女が悩むことじゃ
ないのにね」

有希「・・・・・・うそ」

池山「情けないでしょ? 笑ってくれていいよ。勘違い男の身の程をわきまえない告白を
さ」

有希「だって。博人が怜菜を振ったんじゃないの」

池山「どうしてそうなるの」

有希「怜菜って博人のことを好きなんじゃないの?」

池山「はい?」


有希「だって結城君がね、怜菜は君のことが好きみたいだって言ってたよ」

池山「僕もそう思ってたよ。でもそうじゃなかったみたい」

有希「そうなんだ・・・・・・」

池山「僕はもう今日からは普通に怜菜とは普通どおりに接することにするよ」

有希「うん」

池山「でも、怜菜がつらいなら少し距離を置くべきだと思う」

有希「・・・・・・なんか博人ってさ。振られたのに何でそんなに余裕があるのよ」

池山「え(何かおとなしい有希らしくない発言。それに余裕なんか僕には)」

池山(・・・・・・あるな。消えたいほど恥かしいのは確かだけど、悩むとかつらいとかじゃな
いよな)

池山「よくわからない」

有希「否定はしないんだね」

池山「本当にわからないんだ」

有希「・・・・・・前から怜菜のこと好きだった?」

池山「ええと(あれ? そうでもないな。よく考えると本気で怜菜を意識したのはキスさ
れてからかも。そもそも怜菜とか有希とは別世界の人間だと思ってたんだ。仲のいい四人
グループに僕の居場所があるだけでもありがたいって)」

有希「好きになったきっかけとかあった?」

池山「コンパのときに僕と怜菜は先に帰ったでしょ」

有希「そうだったね。突然二人ともいなくなるんだもん。びっくりしたよ」

池山「その日の帰り道に怜菜にいきなりキスされて」

有希「・・・・・・」

池山「有希?」

有希「あは」

池山「え。どうしたの」

有希「あははは。何だあ、博人ってば全然怜菜のことなんか好きじゃないじゃん」

池山「どういうこと」

有希「恋愛初心者によくある勘違いだよ。相手が自分に好意を持っているって知って、自
分も彼女のことが好きなんじゃないかって思い込むのって」

池山「そうなのかな(言われてみればそうかも)」

有希「心配して損した。結局怜菜の自業自得かあ」

池山「どういうこと?」

有希「怜菜って何で博人にキスしたの?」

池山「(僕に聞くなよ)さあ」

有希「そんで君の告白を断るとか訳わかんないよね」

池山(・・・・・・確かに)


有希「怜菜ってさ。あたしと結城君を見て頭に血が上って先に帰ったり、博人にキスした
りしたのかな」

池山「結城が君と付き合い出したって言ってたけど」

有希「うん。結城君に告られたからOKした。あのときも何となく君とか怜菜に見られて
る気はしてたんだ」

池山「ごめん。怜菜と二人で見てた。結城が有希に何か話していて。有希が赤くなって俯
いてるところを」

有希「何だそうか。それで怜菜が訳わかんない行動をとったのか」

池山「どういうこと?」

有希「どうもこうもないよ。あの子ってブラコンじゃん」

池山「そうなの」

有希「・・・・・・今まで気がつかなかったの」

池山「全然」

有希「マジかよ」

池山「(え)有希ってなんか今日はイメージ違くない?」

有希「・・・・・・君もみんなと同じで女の子を見る目がないなあ。あたしは別に清楚でおとな
しい女の子なんかじゃないって」

池山「(うそだろ)そうなの?」

有希「博人も外見で騙されてた口か。ごめんね。イメージ壊しちゃって」

池山(信じられない。でも結城はどうなんだろ。有希のおとなしいところが気に入ったん
じゃないのかな)

有希「あたしって今までも結構男遊びしてきたのよ」

池山「・・・・・・結城は君のそういうとこを知ってるの」

有希「うん。見抜かれてた。博人や大学の同回生の童貞さんたちと違って」

池山「童貞って(ほんとに別人だな、こりゃ)」

有希「結城君は最初からわかってたみたいよ。あたしが猫被ってるって」

池山「(結城すげえ)でも、コンパのとき赤くなってたじゃん」

有希「あたしの特技なの。いつでも赤くなれるんだ。見せてあげようか」

池山「・・・・・・信じられないよ」

有希「本当だよ。でも、結城君にはあっさりと見破られちゃった。だから結城君と付き合
うことにしたの」

池山「何がなんだか(怜菜がブラコン? 有希が見かけどおりの子じゃなくてビッチと
か)」

有希「結城君も女慣れしてるじゃん? あたしたちお似合いかと思ってさ」

池山「君の価値観がよくわからないよ。結城のこと好きだから付き合ったんじゃないの」

有希「嫌いじゃないよ、結城君のことは、さすがのあたしだって嫌な男とは付き合わない
って」

池山「君は可愛いけど男慣れしていない子だと思ってた」

有希「そう思わせるように振舞ってたからね。むしろ、怜菜の方がそうかもよ」

池山「怜菜は男にもフレンドリーじゃん。男慣れしてないってことはないだろ」

有希「でもあの子、きっとまだ処女だよ」


池山「ば・・・・・・! 君は何言って」

有希「何となくわかるもん。正直に言うとさあ。博人には怜菜と付き合って欲しかったな
あ」

池山「何でだよ」

有希「ライバルは早目に排除しておく方がいいし」

池山「意味わかんないよ」

有希「それにそうしたら諦めもつくし」

池山「(え)ますます意味がわかんないぞ」

有希「やっぱりお付き合いにはそれなりの秩序が必要でしょ?」

池山「何なんだ」

有希「君とあたしじゃ世間的につりあわないしね。残念だけど」

池山「・・・・・・それは僕なんかと君じゃつりあわないだろうけど」

有希「君と怜菜って結構お似合いだと思うんだけどな。二人とも恋愛初心者同士でさ。何
か初々しいじゃん」

池山「でも僕は怜菜には振られたんだし」

有希「そうだよねえ。あの子本気で結城君のことが好きなのかな」

池山「結城? いくら怜菜が結城を好きだってそういう意味じゃないでしょ。実の兄貴な
んだし」

有希「それならいいけどね」

池山「そうしたら諦めがつくってどういう意味?」

有希「つりあいって大事だと思うの。いくら好きでもさ」

池山「それはそうかも(僕と怜菜はつりあわなかったことだけは確かだもんな。怜菜が結
城のことをどう思っているのかはともかく)」

有希「うふふ。ちょっとこっち向いて」

池山「何で」

有希「いいから」

池山「・・・・・・」

有希「ひどい顔。怜菜に振られたって気にならないでしょ? 君が好きなのは怜菜じゃな
いんだから」

池山「どうだろう」

有希「ほら」

池山「おい! ちょっと」

有希「ほら。怜菜じゃなくてもいいんじゃない。あたしにキスされても怜菜のときと同じ
くらい動揺しいたでしょ?」

池山「・・・・・・こんなことされれば動揺しない方がおかしいよ(こいつ怖い)」

有希「結城君には内緒だよ。あたしが君にキスしたの」

池山「とても言えないよこんなこと」

有希「で、よかった?」

池山「・・・・・・」


有希「今、完全に怜菜に振られたことを忘れてたでしょ」

池山「何言ってるんだよ」

有希「キスなんてこの程度の簡単なものなんだよ。怜菜の気まぐれなキスなんかで惑わさ
れちゃってばかみたい」

池山「君はいったい何がしたいの」

有希「怜菜と博人を仲直りさせたいだけ」

池山「それとキスは関係ないだろ、キスは」

有希「怜菜とどっちが良かった?」

池山「そんなのわからないよ」

有希「・・・・・・ひょっとして。怜菜とのが君のファーストキス?」

池山「そうだけど」

有希「あははは。最初が怜菜じゃなあ。あたしってば乗り遅れたわ」

池山「どういうこと?」

有希「きっと怜菜も初めてだったんじゃない? へたくそ同士がファーストキスか」

池山「(いったい何がしたいんだ有希は)いい加減にしろよ」

有希「ごめん。まあでもさ。これで君も冷静に怜菜と接することができるんじゃない?」

池山「もともと僕は冷静だよ」

有希「そうかもね。怜菜のことを前から好きだったわけじゃないもんね、君は」

池山「・・・・・・そうかも」

有希「でしょ? あたしにもキスされたことだし、もう怜菜のキスごときで動揺しないで
ね」

池山「今まで有希に抱いていたイメージが崩れちゃったよ」

有希「ごめんね。明日からはまた純真で男性経験の少ない女の子の振りをしてあげるから
許して」

池山「・・・・・・おい」

有希「じゃあね。ちゃんと怜菜と仲直りするのよ。それでも怜菜のことが欲しいならもっ
かい頑張ってみるといいよ」

池山「いや。自分の気持もよくわからないし、何よりもこれ以上怜菜を困らせたくないから」

有希「いろいろ決め付けないで白紙の状態で怜菜と向きあってみるといいよ。君たちが付
き合ってくれるとあたしも気が楽だし」

池山「だからさあ」

有希「実の兄妹だって言いたいんでしょ。わかってるよそんなこと」

池山「怜菜が結城のことを異性として意識してるなんて君の考えすぎだと思うけどなあ」

有希「あたしと結城君が仲良くしているところを見て突然帰るって言い出したでしょ?
それが証拠じゃん」

池山「・・・・・・そうかな」

有希「まあいいや。あたし結城君と待合わせだから。じゃあね」

池山(行っちゃった。あいつらは僕なんか恋人としては全く対象外のくせに、何でこうい
うことするんだ)

池山(まあいいや・・・・・・部室に顔だそう)


幼友「えらいえらい。ちゃんと窓際の席を確保したんだ」

兄「おまえがそう言ったんじゃねえか。大変だったんだぞ」

幼友「いいから座ってお昼にしよ。ほら奥に詰めて」

兄「え? おまえ向いに座ればいいじゃん。何でわざわざ隣に座るんだよ」

幼友「隣に座る方が恋人っぽく見えるじゃない。ほら、日替わり定食でよかった?」

兄(日替わりってとんかつかよ)

幼友「何露骨に嫌そうな顔してるのよ。しかたないじゃん。まだあんたの好みとか知らな
いんだから」

兄「いや、まだって。つうか何でもいいよ飯なんて」

幼友「・・・・・・ごめん」

兄「いやその(何で急にしおらしい表情になるんだよ、こいつらしくもない)」

幼友「じゃあさ。こっちを食べる?」

兄「なになに? って。おまえ自分に買ってきたのサラダだけ?(スタイルいいのにダイ
エットしてるのかな)」

幼友「サラダも食べていいけど。そうじゃなくてこれ」

兄「弁当? おまえいつも弁当持参なの」

幼友「うん。朝起きて作ってる」

兄「(マジかよ)まさかの自作か」

幼友「失礼ね。あたし、料理得意なんだよ」

兄「ふーん」

幼友「何よその薄い反応」

兄「まあ、最近はお弁当用の冷食がいっぱい売ってるしな」

幼友「そんなの使ってないよ。全部自作だって」

兄「それは意外だ」

幼友「よかったら食べて」

兄「いいよ。別におまえは本当の彼女ってわけじゃねえし」

幼友「ばか。声が大きいよ。周りにばれたらどうするのよ」

兄「悪い。ってそこまで真剣にすることかよ。だいたいゆうはおろか幼馴染みすらいない
のに、俺たちがいちゃいちゃしてどうすんだよ」

幼友「こういうのは普段からしてないと怪しまれるの! ちょっとは真面目にやんなさい
よ」

兄(こいつ。妹のためじゃなきゃ誰がおまえなんかと)

幼友「はい」

兄「え」

幼友「あーんして」

兄(ちょっとやりすぎだろ。かえって不審がられるんじゃねえの。これ)


兄「あのさ・・・・・・ってこら」

幼友「おいしい?」

兄「・・・・・・あのなあ。って、え?」

兄(何これ。まじで美味しい。料理の腕じゃ妹といい勝負なんじゃ)

幼友「次は肉豆腐だよ」

兄「こらよせ(妹の得意料理だ)」

幼友「ふふ。口についてるよ」

兄「誰のせいだよ誰の」

幼友「はい」

兄「・・・・・・自分で拭けるよ」

幼友「そう? あとは自分で食べて。はい」

兄「いやさ」

幼友「全部食べちゃっていいよ」

兄「おまえさ。料理上手なのな、意外」

幼友「・・・・・・あんたが誉めてくれるなんて思わなかったよ」

兄「いやマジで。妹と同じくらい上手だわ」

幼友「そこで自分の妹を引き合いに出すところがいかにもシスコンの君らしいよね」

兄「そうじゃなくてだな」

幼友「・・・・・・結城さんっていつも帰りが遅いのね」

兄「え」

幼友「だからゆうはあたしが面倒見てあげないと、いつもコンビニのお弁当かおにぎりで
夕食を済ませちゃうの」

兄「ゆうのために料理が上手になったわけか」

幼友「うん」

兄(忘れちゃいけない。こいつはゆうが好きなんだ。仮にこいつが言うようにゆうが俺の
ことを陥れようとしてるとしたら、幼友は俺と妹の敵なんだ)

幼友「ゆうって極端に偏食なんだ。だからゆうに食べさせるために苦労したよ」

兄「そういやゆうは妹の用意した夕飯を拒否したって妹が言ってたな」

幼友「ああ。あいつもバカだよね。妹ちゃんを狙ってたときなんだから無理にでも食べれ
ばよかったのにね。ああいうところが子どもなんだよね。ゆうは」

兄(妹がゆうに夕食を用意するのを断られたって悩んでたけど、あれが妹と仲直りするき
っかけみたいになったんだよな。そう考えるとゆうの自爆じゃんか)

幼友「まあ今はゆうの話はどうでもいい。これ食べて」

兄「どうでもよくねえだろ。おまえはゆうを自分に取り戻すためだけに恋人の振りなんか
してるんだし」


幼友「最初はそうだったよ」

兄「どういう意味だよ」

幼友「・・・・・・あのさ。あたし、妹ちゃんとかあんたと一緒に泊まったりバーベキューした
り水族館で遊んだりしたじゃん?」

兄「そうだけど(それだって自分の目的のために俺たちに近づきたかっただけと違うのか
よ)」

幼友「それってつまりね」

兄「ああ?」

幼友「つまり・・・・・・あ」

兄「さっさと話せよ」

幼友「もっとあたしのそばに寄って」

兄「え? いきなり何を」

幼友「早くして。ああ、もういい。あたしがあんたのそばに行くわ」

兄「ちょっと抱きつくなよ。だから何もそこまでしなくても」

幼友「幼馴染だ。外からこっち見てるよ。ほら」

兄「・・・・・・本当だ。何かすごい目で睨んでるな」

幼友「ふふ。狙い通りだね」

兄「何であいつが怒るんだろうなあ。幼馴染にはゆうがいるのにさ」

幼友「子どもだからでしょ。いらなくてポイ捨てした玩具でも、他人が拾って持っていこ
うとすると惜しくなっちゃうタイプなんじゃないの。あいつ」

兄「それはねえよ。俺にあそこまで酷いことを言っておいてさ。惜しくなんてなるわけね
えよ」

幼友「そう? まあそんなことはどっちでもいいのよ。彼女があたしたちを目撃したこと
が重要なの」

兄「何でだよ」

幼友「幼馴染からゆうにこの情報が伝わるからだよ」

兄「・・・・・・なるほど」

幼友「よかったね。これで妹ちゃんは再びゆうのターゲットにならないですむよ」

兄「そしておまえは再びゆうに求められるってことね。よかったな」

幼友「別にそんなこと・・・・・・」

兄「何で? それが最初からの目的だったんだろ」

幼友「・・・・・・幼馴染がいなくなった」

兄「うん。もう腕を離してもいいぞ」

幼友「・・・・・・」

兄「これだけ見せ付ければ十分だろ。恋人ごっこもこれで終わりだな」

幼友「・・・・・・そうだね」

兄「じゃあ、俺は行くわ。講義の前に下調べしておきた。っておい」

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・(何なんだよ)いったい」

幼友「嫌だった?」

兄「・・・・・・百歩譲って演技の上でキスが必要だったとしても、幼馴染が消えたあとでキス
する必要はねえだろ。いったい何を企んでるんだよおまえは」

幼友「企むってひどい・・・・・・」


妹「おかえりお兄ちゃん」

兄「ただいま」

妹「どうだった?」

兄「どうって何が?」

妹「何、気取ってるのよ。お姉ちゃんと恋人ごっこしたんでしょ」

兄「何で幼馴染と俺が今さらそんなことをするんだよ」

妹「違うって。お姉ちゃんって幼友さんのことだよ」

兄「ああそうか」

妹「あんな女のことをあたしがお姉ちゃんなんて呼ぶわけないでしょ」

兄「まあそうだな」

妹「で?」

兄「で? って」

妹「作戦成功?」

兄「うん。幼馴染には目撃されたから多分ゆうにも伝わっていると思う。幼友はもうこれ
でおまえは安全だって言ってたよ」

妹「え? お兄ちゃんを大学の女の子たちから守るための作戦じゃなかったっけ」

兄「ああそうか(こいつにはそう言ってあったんだっけ)」

妹「どういうこと?」

兄「実はな」



妹「そうだったんだ。本当はあたしをゆう君から守るために」

兄「うん(さらにもう一つ隠れた目的もあるんだけどな)」

妹「よかったあ。これでゆう君に怯えることなくお兄ちゃんと暮せるのか」

兄「まあな」

妹「お姉ちゃんには感謝しないといけないね」

兄「まあそうかも(本当にそうなのか)」

妹「今日のご飯はお兄ちゃんの好きな肉豆腐だよ」

兄(マジかよ)

妹「ということはお姉ちゃんとお兄ちゃんの恋人ごっこもわずか一日で終わりなのか」

兄「そうなるね」

妹「お兄ちゃん残念そう」

兄「バカ言うな。俺はもう女なんかいらないの。生涯独身で研究に身を捧げるんだから」

妹「うん。それでその傍らには、一生独身で兄の研究生活を支える献身的な妹がいるんだ
ね」

兄「・・・・・・おまえは普通に恋愛して結婚しろよ」

妹「やだ」

兄「おい」

妹「夕ご飯の支度するから邪魔しないでよ」

兄「しねえよ」

兄(キス・・・・・・。そんな必要なんかなかったのに。いったい幼友って何を考えているん
だ)


今日は以上です
また投下します


兄(・・・・・・妹に弁当を持たされてしまった。こんなことは初めてじゃんか)

兄(昨日の出来事を知りたがった妹に根掘り葉掘り聞かれて、意外と幼友の弁当が美味し
かったって言ってしまったからだろうか)

兄(まさか嫉妬してるのかな。それとも料理の腕への競争心からか)

兄(そんな心配はいらねえのにな。今日からは幼友は単なる知人だ。もうあいつと恋人ご
っこをする必要はない。その証拠に待ち合わせ場所にはあいつの姿は)

幼友「おはよう」

兄「・・・・・・何でいるの?」

幼友「ちゃんとあいさつしなよ。今、あいさつ運動してるんだよ市役所で」

兄「・・・・・・ちょっと待て。おまえは何で」

幼友「あんたの志望している市役所じゃん。ちゃんとそれくらいは情報仕入れておかない
と、面接のときにぼろが出るよ」

兄「そういうことはどうでもいいんだよ。何でおまえがここにいるのかって聞いてるの」

幼友「あんたと一緒に登校するため。あたしたちは恋人同士なんだから」

兄「幼馴染に目撃されたんだからもう恋人ごっこする必要ないんじゃねえの」

幼友「それがそうでもないのよ。あいつに目撃されたからさ、ゆうから速攻で連絡来ると
思ってたのに何にもないの。もう少し続けた方がいいみたい」

兄「昨日の今日だぜ。気長に待てばいいじゃんか」

幼友「それにさ。いきなりよそよそしくなったら不自然じゃん? もう少し幼馴染に見せ
つけた方が真実味が出ると思う」

兄「・・・・・・まだ続けるのかよ」

幼友「妹ちゃんのためじゃない」

兄「むしろおまえのためだろうが」

幼友「今さらそれを蒸し返す?」

兄「・・・・・・わかったよ。でもいつまでもこんなことやってられねえぞ」

幼友「わかってるよ。あたしだって別に喜んでやってるわけじゃないよ」

兄「それはお互い様だからな」

幼友「じゃあ行こうか。今日は手を繋いで行くよ」

兄「はいはい」

幼友「そういうんじゃないの」

兄「ああ恋人繋ぎね」

幼友「そうそう。やればできるじゃない」

兄「さっさと行くぞ」

幼友「こら。引っ張るなよ」


兄(電車すげえ混んでるな。下りなのに何で今日に限って)

幼友「きゃ」

兄「大丈夫か?」

幼友「もうだめ。死にそう」

兄「(こいつ、人混みに揉みくちゃにされてるな。小柄だからなおさら辛そうだ)ほら俺
と替わってドアの方に体を移動させろよ」

幼友「うん。やってみる」

兄(何とかドア脇のスペースに幼友を立たせることができた。あとは俺の体でブロックし
てやれば)

兄(っていきなり急停車かよ。何十人分の体重をかけられるときつい)

兄(・・・・・・耐えないと幼友に全加重が行ってしまう。腕を突っ張って)

幼友「・・・・・・ありがとう」

兄「いや。もうすぐ駅だから我慢してな」

幼友「あんたこそ大丈夫?」

兄「なんとかな。文系で筋肉もないけどこれくらいは」

幼友「・・・・・・あいつもバカだよね。こんな優しい男を裏切るなんてさ」

兄「俺なんかじゃゆうの魅力とやらに勝てなかっただけだろ。妹も幼馴染もゆうに盗られ
たわけだし」

幼友「妹を盗られたって変なの。やっぱりあんたたちってお互いにそういう感覚なんだ」

兄「そこは突っ込むとこじゃねえだろ。って、マジで腕がつらい」

幼友「あたしに体重かけちゃっていいよ」

兄「それはいろいろとヤバイだろ(また急停車かよ。もう無理)」

幼友「あ」

兄「悪い。わざとじゃ」

幼友「・・・・・・うん。気にしなくていいよ。混んでるんだからしかたないって」

兄「ああ(何で赤くなって俯くんだよ。しかしこれだけ体が密着すると)」

兄(俺って今まで妹とか幼馴染みたいなスレンダーな女の子が好みだと思ってたし、貧乳
上等だったはずなんだけど)

兄(・・・・・・結構あるよな。当たっている感触から判断するに、DかEはあるんじゃ)

兄(小柄だけど胸はある。何かこういう子も悪くないのかもしれん)

兄(ってやべ)

兄(体の一部が反応しちゃった。何とか気がつかれないようにしないと)

兄(・・・・・・だめだ。身動き一つできない。幼友に押し付けてる状態のままどうすることも
できない)

兄(気づかれてるかな? 相変わらず顔を赤くして俯いてるんでよくわからん)

兄(ひたすら気まずい)


幼友「すごい混んでたね」

兄「今日何かイベントでもあるのかな」

幼友「さあ」

兄「一日分の体力を使い切った感じだ」

幼友「ふふ。ありがとね」

兄「別にいいよ」

幼友「さすがはあたしの彼氏だ。あたしって何か白馬の王子さまに守られているお姫様み
たい」

兄「そういう恥かしいことを真顔で言うなって」

幼友「今まではあたしがゆうに尽くすばっかだったからなあ。あんな風に彼氏に守られた
のって初めてかも」

兄「いや。あくまでも偽装彼氏な」

幼友「わかってるよ。一々そういうどうでもいい細かいところに突っ込まないでよ」

兄「どうでもいいって」

幼友「ほら。学校行くよ」

兄「わかったから。そんなに引っ付くなよ」

幼友「恋人同士なんでしょ? 付き合い出したばっかの初々しい二人ならこれくらするっ
て」

兄「そうかあ?」

幼友「まあ、あまりいそういう経験のないあんたは、経験者のあたしの言うとおりにして
れば大丈夫だって」

兄「・・・・・・悪かったな(ちょっとむかつく。言ってることは正しいし、確かに童貞だけど
さ)」

幼友「何で黙っちゃったの。怒った?」

兄「別に」

幼友「冗談だって。軽い冗談。あんたは格好いいしもててるって」

兄(こいつ。ふざけんな)

幼友「ごめん。本当に冗談なの。お願いだから怒らないでよ」

兄「・・・・・・別に気にしてねえよ」

幼友「嘘だ」

兄「嘘じゃねえよ(嘘じゃねえもんな。幼友の言ってることって)」

幼友「ちょっと軽口を叩いただけだよ。君を狙っている子って本当に知ってる限りでも三
人は入るんだよ」

兄「だって誰か教えてくれねえじゃん。そんなことは信じられねえな」

幼友「本当だって」


兄「まあそれはいいからさっさと行こうぜ」

幼友「あたしさ、一応妹ちゃんに約束したしね」

兄「何の話だよ」

幼友「虫除けにならないといけないからさ。あんたにその子たちを教えるとあんたがその
気になっちゃうかもしれないし」

兄「俺はもう女とかはいいや。幼馴染みに裏切られたばっかだし」

幼友「嘘付け」

兄「何でだよ。嘘じゃねえよ」

幼友「妹ちゃんのことはどうなのよ」

兄(正直、ここ最近は妹のことが気になっている。つうか、本音で言えば女の子として大
好きなのかもしれん。でもお互いに一生いい兄妹でいようという感じに落ち着いているわ
けだし、何よりこういう妹本人にすら話していない感情を幼友なんかに言う必要はないよ
な)

兄「仲の悪かった兄妹の距離が縮まって嬉しい。でもそれだけだよ」

幼友「まあいいや。とにかく今日も恋人同士だからね」

兄「・・・・・・いったい、いつまでやる気だよ」

幼友「ゆうがあたしに接触してくるまでね」

兄「もう時間の問題じゃねえかな。幼馴染には目撃されてるんだし」

幼友「時間の問題かもね。だからそれまで付き合って」

兄「わかったよ。もう行こうぜ」

幼友「ほら」

兄「わかったよ。手を繋げばいいんだろ」

幼友「それでいいよ。行こう」

兄「はいはい・・・・・・って何か鳴ってるぞ。おまえじゃねえの」

幼友「LINEだわ」

兄(画面が見えた。ゆうからじゃん・・・・・・って、え?)

幼友「友だちからだ。行こうか」

兄「ちょっと待てよ。今のってゆうからじゃん」

幼友「・・・・・・見たの」

兄「見たんじゃなくて見えちゃったんだよ。つうか開けよ。待ってたんだろ? ゆうから
の接触を」

幼友「一限に遅刻しちゃうし、あんたを付きあわせたら悪いから。後で読むよ」

兄「おい、ちょっと待て。恋人ごっこをしてまで欲しかったゆうからのメッセージだぞ。
読んでくれよ」

幼友「うっさいなあ。あんた、それってプライバシーの侵害だよ」

兄「おまえなあ」

幼友「あ。ほらあの子」

兄「話を逸らすなよ。あの子が何だって言うんだよ」

幼友「あれがあんたを狙っている三人のうちの一人ね」

兄(え? マジで)


兄(え? 普通に可愛いじゃん。つうか俺のことが好きな子なんて、仮にいたとしても地
味な子だと思い込んでたんだが、あれなら・・・・・・・)

幼友「あの子、こっち見てるよ。ほら」

兄「何だよ」

幼友「もっとあたしにくっつけよ」

兄「幼馴染とかゆうとかはいないんだからさあ」

幼友「あの子にも見せ付けなきゃだめでしょうが。妹ちゃんと約束したんだし」

兄(あ。俺から目を逸らして行っちゃった。こいつのせいだ)

幼友「あたしいのせいだとか思ってないよね?」

兄「別に思ってねえよ」

幼友「勘違いするなよ。あたしは妹ちゃんから託された使命を果たそうと思ってるだけな
んだから」

兄「それはいいけどよ。おまえ、話題が逸れたとか思ってねえだろうな」

幼友「なによ」

兄「さっさとゆうのメッセージを見ろって」

幼友「後で見るよ」

兄「今見ろよ。内容が気になるじゃんか」

幼友「あんたさあ。人の個人的なメッセージを見るつもり? さすがにちょっときもいよ
それ」

兄「ふざけんなよ。何のためにおまえなんかとこんなつまんない猿芝居をしていると思っ
てるんだよ」

幼友「・・・・・・」

兄「いや、その」

幼友「そうだよね。君には迷惑だったよね」

兄「いや、そういうことじゃ」

幼友「ごめん」

兄「いや。妹のためでもあるしお互い様なんだから迷惑なんて思ってねえよ」

幼友「本当?」

兄「(何その今までのキャラに似合わない可愛い上目遣い)本当だって」

幼友「よかった。じゃあ仲直りね」

兄「ああ」

幼友「じゃあ、手を繋ぎなおして講義に行こうか」

兄「ちょっと待て」


幼友「お互いに理解しあえたのに今度は何よ」

兄「だから。LINE見ろって」

幼友「しつこいなあ」

兄「頼むから見てくれって。俺だって妹の安全がかかってるんだぞ」

幼友「じゃあ見るけど。あんたは覗かないでよ」

兄「何でだよ」

幼友「覗くつもりなら見ないからね」

兄「何でそこにこだわるんだよ。まあいいけど。でも内容は教えてくれよな」

幼友「あんたって、あたしへのストーカーなのかよ」

兄「ちげえよ。ゆうがどう反応するのか知りたいだけだよ」

幼友「・・・・・・しかたない。あんた、ちょっとあっちの方見てて」

兄「(そこまでさせるか?)わかった」

幼友「・・・・・・」

兄(・・・・・・まだかよ。どんだけ長いメッセージなんだよ)

幼友「・・・・・・読んだよ」

兄「何だって?」

幼友「・・・・・・あたしに会いたいって。一刻も早く」

兄「おおー。やったじゃん。それで?」

幼友「・・・・・・幼馴染のことは好きでも何でもない。向こうから必死でアタックされたから
可哀そうになって少しだけ付き合ってただけだ。俺にはおまえしかいないってさ」

兄「それって・・・・・・(複雑な心境だ。俺のことをあれだけ傷つけてまでゆうに走った幼馴
染にはざまあって感想は正直あるんだけど)」

兄(それにしてもなあ。確かに今の俺には幼馴染への未練は何もないけど。それでもゆう
が余計なことをしなければ幼馴染だってあんな態度には出なかったんだし。これから幼馴
染ってどうなっちゃうんだろ)

兄(でももういい。俺としてはこれからは妹と兄妹仲良くやっていけばいい話だし、別に
彼女なんかいなくてもいい)

兄(でもなあ。ゆうに振られた幼馴染は・・・・・・)

兄(いや。もうそれは考えてもしかたない。とりあえずゆうの危険な視線が妹に戻って来
なかっただけでもよしとしないと)

兄(幼友には感謝しないとな。あのまま俺と妹が単純に二人暮しをしていたら、ゆうの目
標は再び妹に戻っていたかもしれないんだし)


兄「よかったな幼友」

幼友「あんたに言われたとおり、ちゃんとゆうのLINE読んだんだからもういいでしょ。講
義に行くよ」

兄「いや。既読にして無視するなよ。返事出せって」

幼友「いちいちうっさいなあ。あんたはあたしの母親か」

兄「そうじゃねえけどさ。せっかくおまえの大好きなゆうがおまえにメッセージを。って
おい」

幼友「もう行くよ、ほら」

兄「ちょっと待て」

幼友「今度は何よ」

兄「今となっては手を繋ぐ必要なくね?」

幼友「必要ならあるよ」

兄「いったい何考えてるの。おまえの目的は成就したんだろうが」

幼友「・・・・・・」

兄「何だって?」

幼友「まだって言ったの」

兄「まだって、どういう意味だよ」

幼友「まだ十分じゃないと思う。メッセージの一つであたしがそんなに簡単に靡いちゃっ
たらゆうが疑うかもしれないし」

兄「はい? もともとゆうに浮気されたから腹いせに俺と付き合ってとことにすれば別に
問題ねえだろ。なんだったらおまえを失って辛そうな振りを俺がしてやるよ。もともとゆ
うは俺を苦しめたかったんだろ?」

幼友「そんなの無理に決まってるでしょ。あたしのフォローがないとろくに演技もできな
いくせに。あたしなしで失恋した様子なんかあんたにできるわけがないよ」

兄「ちゃんとやるって」

幼友「むしろ、あんたは妹ちゃんとそこら中でイチャイチャするに決まってる。あんたが
しなくても妹ちゃんが絶対にそうするよ。そしたらゆうはまた妹ちゃんを狙うよ? それ
でもいいの」

兄「なんだかよくわからなくなってきた(複雑すぎるだろ。そもそも妹もこいつもちょっ
と考え過ぎなんじゃねえの)」

幼友「もう少し恋人ごっこを続けよう。その方がお互いのためだって」

兄「いつまで?」

幼友「そうだ。ゆうに返信しておこ」

兄(突然、何言ってるんだ)

幼友「ほら返事したから見てみ」

兄(俺には見せないんじゃなかったのかよ)

「ゆう、あんたうざい。あたしは兄君と付き合ってるんだから、もうあたしには連絡しな
いで。あたしと兄君の仲を邪魔するな。あんたは幼馴染と付き合ってるんでしょ? あた
しに会いたいとか意味わかんない。あたしはゆうみたく不誠実な浮気男じゃなくて、いつ
だってあたしを守ってくれる兄君のことを裏切る気なんかこれっぽちもないんだから。も
うあたしと兄君の邪魔をしないで」

兄「・・・・・・これ、送ったの?」

幼友「うん」

兄「何だよこれ。本当におまえって何考えてるんだよ」



幼馴染「・・・・・・兄君。ちょっといいかな」

兄「幼馴染(このタイミングでこいつかよ)」


今日は以上です
また投下します


幼馴染「今さら君の前に顔を出せる立場じゃないことはわかっているの」

幼友「何だ。わかってはいるのか。そこから説明してあげなきゃいけないのかと思ってた
よ。それをわかっていながらいったい何であんたは兄の前にいるの」

幼馴染「・・・・・・」

兄(何だ。ずいぶんしおらしくなってるけど。やっと少しは自分がひどいことしたって自
覚したのか?)

幼友「何とか言いなさいよ」

幼馴染「・・・・・・ねえ、お願い。聞いて。あたし君に謝りたくて」

兄(マジかよ)

幼友「騙されるな」

兄(え・・・・・・幼友が耳もとで囁いてる)

幼馴染「思い出しなよ。前にこいつに会ったときに何を言われたのか」

兄(そうだ。最近はあまり思い出さなくなってたけど)



「・・・・・・もう一度だけチャンスをくれないかな」

「彼のこと、ガキなんて言わないで」

「だって。このままじゃ家から追い出されそうなの」

「君があたしとやり直すことにしたってお母さんに言ってくれれば、あたしは家を出なく
てすむし、自分の気持を確かめるためにゆう君と会ったとしても、君がフォローしてくれ
ればお母さんにはばれないと思う」



幼友「騙されるな。こいつは反省なんかしてないよ。ゆうに捨てられたから、保険のつも
りであんたにすがりついてきたのか、それとも・・・・・・。吐くほど、気分が悪くなるほどひ
どいことをこいつにされたことを忘れないで」

兄(・・・・・・そうだ。もう聡明で明るく優しい幼馴染なんかいないんだ。何を考えているの
かわからない幼友だけじゃなくて、妹だってそう言われたじゃんか)

幼馴染「・・・・・・何で君と幼友が一緒にいるの」

兄「・・・・・・」

幼友「何で? 知ってるくせに。あたしと兄は付き合ってるからだよ。昨日だってあたし
たちが二人きりでいるところを見てたじゃん、あんた」

幼馴染「兄君、本当?」

兄「え」

幼友「本当だよ」

幼馴染「あなたには聞いていないよ」

幼友「だってあたし兄の彼女だもん。言う権利も資格もあると思うけど?」

幼馴染「兄君?」

幼友「あんたさ。いったい何しに来たの。あんだけひどいことをあたしの彼にしておいて
さ。今さらよく抜け抜けと顔出せたよね」

幼馴染「・・・・・・兄君。何か言ってよ、お願い」

幼友「当ててあげようか。あんたさ、ゆうに振られたんでしょ」

幼馴染「え・・・・・・」

幼友「図星かよ」

幼馴染「・・・・・・」

幼友「ねえ、兄」

兄「うん」


幼友「今さらこんなやつと話すことなんかないでしょ。あんただって言ってたじゃん。あ
れだけひどいことをこの女にされたけど、今ではこの女には未練も恨みすら感じないって。
無関心だって」

幼馴染「・・・・・・兄君」

幼友「あんたに教えてあげるよ。あたしはゆうとよりを戻すつもりなんかないよ。それが
心配だったんでしょ」

幼馴染「・・・・・・」

幼友「何、泣いてるのよ。あたしにゆうを盗られないか心配だったんでしょ。そのために
謝るとか嘘をついて兄とあたしの仲を探りに来たくせに」

兄(ちょっと。本当なのかよ。それとも何らかの理由で幼友がフェイクをかましてるの
か)

幼友「何黙ちゃってるの。反論してみなよ」

兄(・・・・・・何かさすがに幼馴染がかわいそうな気がしてきた。でも、そう思えるのも妹と
か幼友のおかげなんだろうな。少なくとも今の幼馴染には未練はないし、恨みすら薄れつ
つある。これって絶対妹のおかげだ)

兄(・・・・・・あと。認めたくはないけど幼友のおかげでもあるかも)

幼馴染「あたしはただ、謝りたくて」

幼友「・・・・・・ねえ。これだけは答えてくれる? そしたらあたしはあんたがあたしの彼氏
に話すことを邪魔しないって約束するよ」

兄(何言ってんだこいつ)

幼馴染「・・・・・・どういうこと」

幼友「本心から答えて。そしたら答えがどうでもあたしは邪魔しないから」

幼馴染「何なの」

幼友「あんたはさ。今自由に彼氏を選べる立場だったとしたら、ゆうと兄のどっちを選
ぶ?」

兄「何言ってんだおまえ」

幼馴染「どっちを選ぶって。あたしにはそんな権利はないし」

幼友「そんなことはどうでもいいのよ。あんたに権利なんかないことなんか知ってる
よ。あたしは選べる立場だったらって言ったのよ」

幼馴染「そんなの」

幼友「悔しいけどあんたと兄には長年積み重ねてきた共通の思い出とかがあるよね」

幼馴染「信じてくれないかもしれないけど」

幼友「あたしに言うな。兄に言えよ」

幼馴染「兄君との思い出はあたしにとっては今でもかけがえのない貴重な宝物だよ。これ
は本当なの」

幼友「それで?」

幼馴染「それでって・・・・・・」

幼友「兄との思い出が宝物なのはわかった。今、あんたは選べる立場にないって言ったよ
ね」

幼馴染「うん」

幼友「あたしが選べる立場にしてあげる」

兄(何言ってるんだこいつ)

幼馴染「どういうこと」

幼友「さっそく食いついたね。こういうことよ。あんたが兄のことが好きなら、あたしは
兄から手を引くわ」

幼馴染「え」


幼友「逆にゆうのことが好きなら、あたしは二度とゆうとは付き合わない。兄と付き合い
は続けるけどね」

幼馴染「何でそんなこと言い出したの」

幼友「何でだっていいでしょ。どう? これであんたにも自分の選択した結果が実現する
可能性が増えたじゃない。本当に後悔して兄にやり直しを求めるなら邪魔なあたしは消え
るんだし。やっぱりゆうのことが好きならさ、あたしがゆうを相手にしない方があんたに
とっては有利でしょ」

幼馴染「・・・・・・だって。そんなの決められない」

幼友「決めて。でないとあんたは両方を失うことになると思うよ。ゆうはあたしとよりを
戻したいからあんたと別れるって言ったんでしょ? どうせ」

幼馴染「・・・・・・何で知ってるの」

幼友「そして兄が好きなのは今ではあたし。さあ、どうする? どっちかでも自分のもの
にしといた方がいいよ? 全てを失って一人ぼっちになる前に」

幼馴染「・・・・・・あたし、ゆう君に捨てられたくない。ゆう君のことが好きなの」

幼友「・・・・・・」

兄(・・・・・・やっぱりなあ。救われねえなあ、こいつも)

幼友「やっと本音を言ったか。じゃあ、約束どおりあたしの彼に話しかけてもいいよ。た
だし、講義に間に合う時間までね。兄には目標があるんだからあんたなんかには邪魔させないよ」

幼馴染「兄君。ごめんね、ごめんね」

幼友「安心しなよ。兄はもうあんたのことなんか何とも思っていないから」

幼馴染「・・・・・・」

幼友「ごめんねってだけでいいの? そんなことのために兄の貴重な勉強時間とかあたし
たちの幸せな時間を邪魔したの」

兄「おまえさ。捨てられたのに、まだゆうにしがみきたいの?」

幼馴染「ゆう君は幼馴染とやり直したいって言ってたけど。それは一時の気の迷いだと思
う。それに・・・・・・」

幼友「心配しなくても約束は守るよ」

幼馴染「うん」

兄「それならよかったね」

幼馴染「許してもらえないかもしれないけど。君には本当にひどいことしちゃった。それ
を謝りたくて」

兄「わかった。もういいよ」

幼馴染「え」

兄「許すよ、おまえのこと」

幼馴染「でも、あんだけひどいことを君にしたのに」

兄「もういいって」

幼馴染「それじゃ、あたしの気がすまないっていうか」

兄「本当にもう気にしてないからさ。おまえも忘れろ」

幼馴染「・・・・・・」

幼友「もういい? じゃ、行きましょ」

兄「うん。行こうか・・・・・・あ。俺はもうおまえとは仲直りしてもいいけどさ。妹はだいぶ
おまえのことを恨んでるんで、当分は妹には近寄らないでやってな」

幼馴染「・・・・・・あの。君って本当に幼馴染と付き合って」

兄(大きなお世話だろ)

幼友「早く行こうよ」


兄「わかったって。じゃあな、幼馴染」

幼友「またね」

幼馴染「・・・・・・あ。ちょっと待って」



兄「・・・・・・」

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・こら」

幼友「何よ」

兄「何か言えよ」

幼友「大好きだよ」

兄「おまえなあ。いい加減にしろ」

幼友「冗談だって」

兄「いったいさっきのは何だよ。おまえはゆうとよりを戻したいんじゃなかったのかよ」

幼友「正確に言うとそうじゃないけどね」

兄「ふざけんなよ。自分でそう言ったんだろ」

幼友「そんなことよりさ。結局あいつ、何しに来たんだろうね」

兄「・・・・・・え?」

幼友「なんて顔してるのよ」

兄「話を逸らすなよ。てかおまえさ、一方的に幼馴染を責め立ててたじゃんか。あいつが
何考えていたのかわかってたからあんなに冷静に対応できたんじゃねえの」

幼友「わかってたつもりだったから、あんたにもああ囁いたんだけどね。でもよく考える
とさあ」

兄「よく考えると何だよ」

幼友「あいつの意図ってもっと深いところにあったのかも」

兄(もうわけわかんねえよ。ゆうに捨てられて保険のつもりで俺に会いに来って言ってた
じゃんか。あるいは幼馴染はゆうを幼友に盗られたくなくて、俺と幼友の様子を探りに来
たんじゃねえのかよ)

幼友「あの女。やっぱりあんまり舐めちゃいけないかもね」

兄「どういうこと?」

幼友「あの子、結構本気でさ、あんたと復縁しようと思って来たのかもよ」

兄「それはねえよ。あいつはっきり言ってたじゃん。ゆうに捨てられたくない。ゆうのこ
とが好きだって」

幼友「うん。それはあたしが本音を言えばゆうとは付き合わないって言ったから急に方針
を変えたのかもね」

兄「それまではどんなつもりだったんだ?」

幼友「方針転換するまでは、幼馴染は本気であんたと復縁したがってたのかも」

兄「さっきから何だよ。あり得ねえだろうが。俺のことが好きならおまえが二択を迫った
時点で俺を選ぶだろうが」

幼友「その辺があの子の正直なところだよね。この場合は正直なのが美点だとは全然思わ
ないけどさ」

兄「もったいぶってないでさっさと説明してくれよ」

幼友「幼馴染はゆうと付き合っているうちに気が付いたのかもよ。ゆうがあんたのことを
憎んでいるのかもって」

兄「そうかもしれないけど、それが?」


幼友「幼馴染はあんたと復縁してゆうに嫉妬させたかったんじゃない? そうすればあん
たへの嫉妬心からゆうがまた自分を求めるんじゃないかと思ってさ」

兄「よくわかんねえなあ。何でおまえってそんなに物事を複雑にしたがるんだよ。考えす
ぎだって」

幼友「・・・・・・それならいいけど」

兄「まあいいや。とにかく俺と幼馴染は本当にこれで終わりだ」

幼友「あんた、ちょっとだけ寂しかったりして」

兄「そうじゃねえけどさ。本当に俺が好きだった幼馴染は今度こそ本当にいなくなったん
だなあっていう感慨はあるよ」

幼友「無理ないね。でもすぐに忘れるよ。じゃあ講義に行こうか」

兄「ちょっと待て」

幼友「どしたの?」

兄「幼馴染のことはもういい」

幼友「うん。すっきりしてよかったね」

兄「おまえに聞きたいことがあるんだよ」

幼友「今度は何なのよ。意外と兄って面倒くさい性格してたのね」

兄「そう思われたっていいよ」

幼友「あんたには目標があるんでしょ」

兄「ああ」

幼友「お父さんと同じ研究の道に進む。そのためには一生独身だっていい」

兄「あ、ああ」

幼友「そしてその傍らには兄と同じく一生独身で献身的に兄を助ける妹ちゃんの姿が」

兄「ちょっと待て。何でおまえがそれを知ってる」

幼友「うふふ。あたしってばエスパーかも」

兄「・・・・・・道理で妹が夜になっても寝ないでスマホを弄ってたわけだ」

幼友「本当にいつも一緒に寝てるんだ。兄妹なのにさ。あはは」

兄「あははじゃねえ。つうかそんなことはどうでもいいんだよ」

幼友「さっきから何よ」

兄「何でゆうにあんな返事をした? せっかくおまえの望みが敵うのに、あんな返信する
必要はないはずだよな。それに何で幼馴染にあんなことを言った?」



「ゆうのことが好きなら、あたしは二度とゆうとは付き合わない。兄と付き合いは続ける
けどね」


幼友「・・・・・・」

兄「幼馴染はゆうが好きって言ってたよな。おまえは約束を守って二度とゆうと付き合わ
ないつもりか? まさか本気で俺と付き合うつもりじゃねえよな」

幼友「あたしは幼馴染とは違うし。妹ちゃんが悲しむことはしないよ」

兄「返事になってねえよ」

幼友「あたしさ。妹ちゃんのこと好きだよ。ゆうの影響を受けなかった初めての女の子だ
し」

兄「どうでもいいよ。それよか、おまえがゆうにあんな返事をしたのって、ひょっとして
俺との恋人ごっこを引っ張って、ゆうに今より更に嫉妬させるためか?」

幼友「あんたは本当によく見てるね。つうか妹ちゃんといいあんたといい超能力者かよ」

兄「(それはこっちのセリフだ)じゃあ、やっぱりそういうことかよ」

幼友「あんたと妹ちゃんにとってはさ。ゆうは敵じゃん」

兄「当たり前だろ」

幼友「うん。でもさ、あたしにとっては違うのね」

兄「そんなことはわかってる。だから聞いてるんだろうが」

幼友「だけどさ。あたしはあんたと妹ちゃんだって嫌いじゃないし」

兄「何だって」

幼友「わからない?」

兄「おまえがゆうを今以上に自分に執着させようとしていることはわかった。でもそれ以
上はわからねえな」

幼友「ふふ。もう行こう。本当に講義に遅れちゃうよ」

兄「(またうやむやにされたか)今日も履修登録してないのに一緒に講義に出るの」

幼友「その時間は空いてるんだから別に問題ないじゃん。行こうよ」


兄(しかしよく寝るな、こいつ)

兄(俺に寄りかかって気持ち良さそうにさ。こんだけシリアスな状況なのに悩みなんかな
さそうな寝顔しやがって)

兄(・・・・・・考えすぎは俺の方かもな。妹よりもこいつよりも俺のメンタルが一番弱いじゃ
んか。何度もゆうや幼友なんかもうどうでもいいと決めたのに、幼馴染と顔を合わせたく
らいで悩んでどうする。もっと心をしっかりともたないとな)

兄(妹と二人きりの生活だって維持しなきゃいけないし。金の面ではじいちゃんたちのお
かげでクリアしたけど、それだけで全部が解決するわけじゃねえし。それに最近、専門の
勉強がちっとも進んでいない。せっかくインターンが希望の研究所にきまったっていうの
にこれじゃ駄目だ)

兄(しかし本気で熟睡してるよこいつ。先生に見つかったらどうすんだよ、いったい。そ
れに周囲の何気なさを装ったガン見も感じるし)

兄(ゆうが幼友の目論見どおり釣れたんだから、もう恋人ごっこなんかしなくてもいいの
に。念のために駄目押ししとくってことなんだろうけど。よく考えれば妹はもう大丈夫だ
と思うし、それに仮に妹がゆうのことをまた気にするようになったとしたって、俺が止め
る問題じゃない。俺は妹の気持ちには応えられないんだし)

兄(そう考えて行くと、やっぱり幼友俺がと付き合っている振りを続ける理由はもはやな
いじゃん)

兄(幼友がゆうを寄り執着させるためにやっている猿芝居に何で俺がこれ以上付き合う必
要があるんだ。何か腹が立って)

兄(・・・・・・こないな。不思議なことに。いつのまにか幼友のこと、憎めないようになって
るじゃん。妹が懐いているっていうのもあるんだろうけど)

兄(異性として気になるかと言われれば、正直それはない。不自然だとか反社会的と言わ
れたとしても今は妹の方が気になっている。でも)

兄(でも。幼友のことは嫌いじゃない。出会いがああだったし、ゆうの彼女だったという
こともあって親しくなろうとか思ったことはなかたったけど、連休以降は・・・・・・)

兄(まあいいや。妹公認でやってることなんだからもう少しだけ付き合うか。まさか、ず
っとこの状態を続けるつもりは幼友にだってないだろうし)

兄(だよな? つうか、こいつって本当にゆうとやり直す気があるのか)

兄(ちぇ。俺だけ悩んでバカみたいじゃんか。幼友はだらしなく寝てるし)

兄(だらしなく・・・・・・。というよりちょっと可愛い寝顔かもしれないけど。でもそれは関
係ねえし)


兄「おい。起きろって」

幼友「うっさいな。もうちょっと寝かせてよ」

兄「もう講義終ったぞ。起きないならここに置いてくからな」

幼友「眠い~」

兄「いい加減にしろって」

幼友「もう朝?」

兄「てめえ何言って(あ、近くにいた女の子たちに笑われた。こいつ、俺をゆうと勘違い
してるんじゃねえのか)」

幼友「・・・・・・へ? ああ、何だ。ここは大学だっけ」

兄「いつまで寝ぼけてるんだよ。昼飯どうすんだ」

幼友「あんたか」

兄「いったい誰だと思ってたんだよ」

幼友「ゆうだと思った。一緒に寝てた夢見てたよ」

兄「そうか」

幼友「うん。ごめんね」

兄「別に俺は関係ねえし」

幼友「少しはあたしの元彼に嫉妬しろよ。あたしの今彼なんだから」

兄「俺はおまえの彼氏じゃねえ」

幼友「どこに耳があるかわからないでしょうが。真面目にやりなさいよ」

兄「(もう少しだけ付き合ってやろうと思えばこいつ)いいから行くぞ。飯食おうぜ」

幼友「中庭の噴水のとこ行こうよ。お弁当作ってきたよ」

兄「あ、悪い。今日は俺も家から弁当持ってきたんだ」

幼友「そうか。妹ちゃん?」

兄「あ、うん」

幼友「じゃあいいや。でも、一緒には食べるでしょ?」

兄「いいよ。行こう」

兄(そんな必要なんかないのになぜか少しだけ罪悪感。こいつってひょとして二人分作っ
て着ちゃったのかな。俺のせいでも妹のせいでもないんだけど。何かちょっとだ
け・・・・・・)





兄(同情した俺がバカだった。もう動けねえ)

幼友「そんなに急いで食べなくてもよかったのに」

兄「おまえなあ。弁当を二個も食ったんだぞ。掻き込まなきゃ食えねえよ」

幼友「だって妹ちゃん可哀そうじゃん。せっかくあんたのために作ったのに」

兄「おまえの用意した弁当を食わないという選択肢は俺にはねえのかよ」

幼友「あんたなら食べてくれるって思ってたよ。ありがと」

兄「(微笑んだな。滅多に感情を見せないこの女が)ちょっとこのまま休んでいい? 動
ける気がしないし」

幼友「明日の休み、一緒に出かけるからね」

兄「(そこまで演技する必要なくね?)休みの日ぐらい妹と一緒にいてやらないと」

幼友「問題ないよ。妹ちゃんとは打ち合わせ済みだから。三人でデートしよ」

兄「いつの間にそんな根回しを」

幼友「ダブルデートじゃなくてトリプルデートだね。両手で花でさ、あんたも嬉でしょ」

兄(・・・・・・)


今日は以上です
また投下します


妹「お兄ちゃん」

兄(・・・・・・)

妹「お兄ちゃんてば」

兄「・・・・・・何だよ、うるせえな」

妹「遅刻しちゃうからいい加減におきてよ。どんだけ寝るつもりよ」

兄「(遅刻?)げ、やべ。今何時だ・・・・・・って一限、完全に遅刻じゃん。何でもっと早く
おこしてくれなかったんだよ」

妹「今日は休みだけど」

兄「あ、そうか。よかった。じゃあ、もう少し眠れるな」

妹「こら。寝るな」

兄「何だよいったい」

妹「遅刻しちゃうから、早くおきて支度してよ」

兄「だから土曜日は大学はねえの」

妹「いつまで寝ぼけてるのよ。今日は遊びに行くんでしょ。お姉ちゃんと待合わせしてる
のに遅れちゃうじゃない」

兄「そうだっけ?」

妹「そうだよ。ちゃんと昨日言ったでしょ」

兄「そういや何か聞いたかも(レポート作成に夢中だったからな。聞き流してた。つうか
幼友もそんなこと言ってたっけ」

妹「歯磨いて顔洗って着替えて。すぐに出かけるよ」

兄「・・・・・・昨日は夜中までかかったし、眠いんだけど。それに朝飯は?」

妹「もう食べた」

兄「そうじゃなくて俺の朝飯」

妹「そんな時間ないし。それにお兄ちゃんは今日は朝ごはんは食べない方がいいかも」

兄「何で?」

妹「お姉ちゃんもお弁当作ってくるって言ってたし、あたしも作ったから」

兄「・・・・・・まさか。また二人分食べろって言うんじゃないだろうな」

妹「昨日だって食べたんだから、今日だって大丈夫でしょ」

兄「簡単に言うなよ。結構苦しかったぞ。つうか俺はおまえの弁当でいいよ。何で俺が幼
友の弁当を食わなきゃいけないのか理解できないんですけど」

妹「お兄ちゃん・・・・・・。あたしのお弁当の方が好きなの?」

兄「え。いや・・・・・・まあそうかな」

妹「ふふ。ありがと、お兄ちゃん。そう言ってくれるとすごく嬉しい」

兄「まあ、俺にとっておまえの料理はお袋の味だしな」

妹「嬉しいけど、今日はお姉ちゃんのも食べてあげてね」

兄「何でだよ」

妹「何でもだよ。ほら、さっさと支度して」


妹「あ、いた。あそこに車止めて」

兄「わかった」

妹「お姉ちゃん、こっちこっち」

幼友「こんちは」

妹「会いたかったよお姉ちゃん」

幼友「あたしもよ、妹ちゃん」

妹「兄の運転じゃ不安でしょうけど、我慢して乗ってね」

幼友「あはは。連休中に経験したからもう慣れたよ」

兄(てめえら)

妹「お姉ちゃん、助手席に乗る?」

幼友「いいよ。そこは妹ちゃんの専用席でしょ」

妹「あたしは後部座席でもいいよ」

兄(いいのかよ。何か少しだけ寂しい。妹って俺のこと好きなんじゃねえのか)

幼友「でもやっぱりいや。兄の運転する助手席って気分悪くなりそうだし」

妹「それもそうですね。ジェットコースターみたいですしね」

幼友「それもあるけど、いきなり予想と反対の方向に曲がったりするから心臓に悪いじゃ
ん?」

妹「うちのお兄ちゃんは方向音痴だから」

兄(・・・・・・おまえらいい加減にしろよ)

幼友「とにかく助手席は兄の彼女である妹ちゃんに譲るよ」

妹「彼女じゃないですよ」

幼友「ああ、そうか。でも赤毛のアンのマシューとマリラみたいに、兄と死ぬまで二人で
一緒に暮すんでしょ?」

妹「あ、だめですって。それはまだお兄ちゃんには内緒なの」

幼友「ごめん。散々妹ちゃんの未来設計図を聞かされてたから、つい口から出ちゃった」

妹「・・・・・・もう。お姉ちゃんたら」

幼友「顔赤くしちゃって。妹ちゃんって本当に可愛いね。ゆうが最初に目を付けたのもわ
かるわ」

妹「お姉ちゃん!」

幼友「悪い。ちょっと言い過ぎた」

妹「もう行こうよ。お姉ちゃん、早く車に乗って」

幼友「うん」

兄(何でこいつらこんなに仲良くなってるんだよ。出会いは修羅場だったよな?)

妹「ほら。車出してお兄ちゃん」


兄「わかった・・・・・・って、どこ行きゃいいんだよ」

妹「昨日話したでしょ。ちゃんと聞いてなかったの」

兄「聞いてたよ」

妹「じゃあ何でどこに行くのかわからないのよ」

幼友「兄は集中すると他のことは全く気にならなくなるとか、そういうところあるよね。
まあ、だから佐々木とかに認められるほどレポートとか論文の質が高いんだろうけど」

妹「本当ですか」

幼友「本当だよ。学部生の書いた論文のレベルじゃないって言ってたよ、佐々木」

妹「やった」

幼友「・・・・・・妹ちゃんってば本当にブラコン」

妹「そうですけど?」

幼友「うふふ」

妹「へへ」

兄「あのさあ」

幼友「何よ。またあんた聞き耳立ててたの? どんだけ自分の噂が気になるのよ」

兄「(だったらもっと小さな声で話せよ)そうじゃねえよ。どこに行きゃいいのって聞い
てるだけだって」

妹「横浜のアウトレットモールだって言ったじゃん」

兄「あのなあ。俺たちは母さんに捨てられてだな。贅沢なことは慎まないと・・・・・・」

妹「おじいちゃんから来たメール見る?」

兄「・・・・・・またかよ(じいちゃんもちょっと妹に甘すぎだよ)」

幼友「あたしも最近服とかバッグ買ってないしね」

兄「わかった。じゃあ、行くぞ」

妹「うん」

幼友「よろしく」



妹「・・・・・・」

幼友「・・・・・・何で右折して高速道路に乗るわけ?」

兄「だって横浜方面って」

妹「もういい。次のインターで降りて。あたしがナビするから、お兄ちゃんは何も考えな
いで運転にだけ集中してて」

兄「え。道、違った?」

幼友「どう考えても違うでしょうが」



妹「鈴木先生覚えてます?」

幼友「知ってるよ。あたしの担任だったもん」

妹「マジですか。うわあ、最悪」

幼友「中三から高二まで三年間、あいつが担任だったんだよ」

妹「あたしだったら耐えられないなあ」

幼友「あたしはそんなに嫌いじゃなかったけどなあ」

妹「あのおばさん、すごく口うるさいじゃないですか」

幼友「女子校の教師なんかあんなもんだって」


兄(何でこいつらこんなに仲いいんだろうな。確かに妹は慕っていた幼馴染を失ったから
あいつの代わりを求めているのかもしれんし、幼友にとっては妹は富士峰の先輩だから親
しみを覚えているのかもしれない)

兄(でもよ。幼友って本質的にはゆうの味方じゃんか。妹にとっては今ではゆうは関りた
くない対象なんだし、避けるのが普通だよな)

兄(面倒くさいことに、幼友はゆうから妹を解放することに協力してくれている。それが
自分の利益と一致するからだろうけど、そんなこともあって俺と妹と幼友との利害が一致
しちゃったんだよな)

兄(本質的には幼友はゆうの味方だってことを忘れちゃいけない。妹と仲良しになってく
れているのはいいんだけど、妹かゆうかって選択を迫られたら幼友はゆうに味方するだろ
う)

兄(そう考えるとゆうは今では幼友を求めているんだし、もう幼友との付き合いはやめた
方がいいんだろうけどな)

兄(何を考えているのかわからない女だけど。不思議と憎めないんだよな。それに妹は純
粋に幼友のことをお姉ちゃんとして慕っているし)

兄(もうシンプルに俺と妹と二人だけの世界でも、俺は全然いいのにな。なかなか思った
とおりにはいかねえな)



幼友「車線変えなさいよ」

妹「何やってんのよ」

兄「え?」

妹「あーあ。あれだけ言ったのにインターを通り越しちゃった」

幼友「そこで高速を降りろって言ったじゃん。また、ぼけっと何かよけいなこと考えてた
んでしょ」

兄「悪い。ついうっかりして」

妹「お兄ちゃんはもう」

幼友「兄ってさ。あたしたちがついてないと全然駄目なのね」

兄(何だ)

妹「大学でもそうですか?」

幼友「講義とか勉強は問題ないけどさ。それ以外は一々言ってあげないと駄目なのよ。こ
の人」

妹「お兄ちゃんは家でもそうですよ」

幼友「しかたないね。大学はあたしが面倒みて、家では妹ちゃんがこいつの面倒をみるし
かないね」

妹「ふふ。そうかも。分業体制成立ですね」

幼友「そうだね」

兄(何を言ってるんだ。つうか、幼友にこんなこと言われても妹は平気なのかな。こいつ
って恋愛的な意味で俺のこと好きなはずなのに。何で幼友には嫉妬しないんだろうな)

兄(って何言ってるんだ俺は。妹に嫉妬して欲しいのかよ。実の兄妹なのに。この先ずっ
といい兄妹の関係を逸脱しないって決めたのに)

兄(そういや、妹公認で幼友と恋人ごっこを始めてからは、妹は俺に抱きついたりキスし
たり手を繋いだりしてねえよな)

兄(何か寂しい・・・・・・。って違うだろ、俺)


妹「人だらけですね」

幼友「休日だからねえ。どこから見たい?」

妹「全部見て欲しい服を探したい」

兄「これ全部周る気かよ」

妹「そのために来たんでしょ。お兄ちゃんのも探してあげるから」

兄「俺はいいよ。どっかで休んでていい?」

妹「いいよ。お姉ちゃん、行きましょう」

幼友「兄の服を選ぶならあたしも手伝っていい?」

妹「もちろん。一緒に選びましょ」

幼友「じゃあ、行こう。兄はニ、三時間はどっかで時間潰しててね」

兄「・・・・・・時間かかりすぎだろ。っておい」

兄(行っちゃったよ。とりあえず腹減ったからそこのカフェで何か食おうか)



兄「そこってそんなに非難されるとこか?」

妹「・・・・・・信じらんない」

幼友「何でそんなもの食べてるのよ」

妹「可愛い妹と綺麗な女友達がお兄ちゃんのために手づくりのお弁当を作ってきたという
のに」

兄「だって、お前ら本当に三時間も帰って来ないし。朝飯抜きで腹減ってたし」

妹「お昼にはちゃんとお弁当を食べてもらいますからね」

幼友「あたしが作ってきたのも食べてくれるんでしょ」

兄「わかったよ。食うって」

兄(・・・・・・何か平和と言うか)

兄(泣きそうなほど幸せな感じだ。妹がいればそれでいいと思ってたけど。妹にとっては
違うんだろうな。ずっと兄妹二りきりとか俺はともかく妹にとっては寂しすぎるかもな。
妹と俺と幼友。呉越同舟な感じの三人だけど、今は妹にとってはそれがすごく居心地がい
いのかもしれん)

兄(最終的には幼友は敵なのかもしれないけど、とりあえず今は・・・・・・。妹も幼友も楽し
そうだし、俺だってよく考えれば両手に花、しかも二人とも綺麗な花と言っても言い過ぎ
じゃねえし)

兄(こういう時間が永遠に続けばいいのに。って、何流されてるんだよ俺は)

兄「悪かったよ。弁当はちゃんと食うから」

妹「食べてくれるなら別にいいけど」

幼友「昨日も二人分ちゃんと食べてくれたしね。特別に許してあげようよ、妹ちゃん」

妹「お姉ちゃんがそういうなら許してあげてもいいけど」

兄「おまえらなんでそんなに上から目線なんだよ。つうか、その大荷物は何だよ」

幼友「買物に決まってるじゃん」

妹「お兄ちゃんの服とかも買ってきたよ」

兄「俺なしでサイズとかどうしたの? つうか俺の好みとか意見はガン無視かよ」

妹「任せて。お兄ちゃんのサイズなんかとっくに把握済みだし、お兄ちゃんに任せるとダ
サいのしか買わないからお兄ちゃんの意見は却下」

兄「派手なのとかは着ねえからな」

幼友「大丈夫だよ。絶対気に入るって。それにイメチェンしたらもっと大学で持てるよう
になったりして」


妹「え・・・・・・それマジですか」

幼友「うん」

妹「・・・・・・これ、返品してくる」

幼友「冗談よ。心配しなくてもあたしが責任もって兄には女の子を近寄らせないようにす
るから」

妹「本当?」

幼友「うん。本当」



妹「海側のベンチは空いてないね」

兄「そっちの芝生の上でいいじゃん」

幼友「妹ちゃんの格好じゃ直接芝生は厳しいかな」

妹「地面に敷くシートとか持ってくればよかったね」

兄「どうする? 車の中で食べるか?」

妹「そんなのいや。せっかく天気がよくて気持ちいいのに。もう直接芝生に座ってもいい
や」

幼友「いいの? あたしはジーンズだからいいけど、妹ちゃんのスカート・・・・・・」

妹「平気だよ。芝生の上、気持ち良さそうだし」

幼友「じゃあ、そうしようか」

兄「あの辺、人いないぞ」

妹「却下」

兄「何でだよ」

幼友「何で海辺の公園に来たのに、海も見えないあんな隅っこに行かなきゃ行けないのよ。
それにあそこってトイレの隣じゃん」

妹「お姉ちゃん、あの辺は。少し人はいるけど」

幼友「でも隣に柄の悪そうな男たちがいるよ」

妹「平気だよ」

幼友「でも何かあいつら壊そうだしうるさそうだしさ。もし絡まれたら面倒じゃん」

妹「ボディーガードがいるから平気だよ」

幼友「って誰?」

兄「・・・・・・」

幼友「まさか」

兄「何がまさかだよ。失礼なやつだな」

幼友「文系で、しかも満員電車であたしを守る体力もない兄がボディーガードって。不安
すぎるでしょ」

兄「・・・・・・おまえがすごく正直なやつだということは理解したよ」

妹「まあまあ。二人とも喧嘩しないで」

兄「こんなやつと喧嘩なんかするか」

幼友「だってあんた。満員電車の中であたしを守ろうとしてくれたのはいいけど、結局は
人込みに押されてあたしに体を押しつけてたじゃん」

妹「・・・・・・お兄ちゃん。まさかお姉ちゃんの体に触れたくてわざと」

兄「違うって。あれは不可抗力で(妹の無表情で冷静なセリフがやばいけど。なんだかそ
の嫉妬さえ嬉しい)」

幼友「確かにあれはそうだった。妹ちゃん誤解しないであげてね」


妹「お姉ちゃんがそう言うなら。じゃあ、あそこに行ってご飯食べよう」

幼友「・・・・・・本当に平気なの」

兄(わざわざ面倒くさそうなやつらの隣に行かなくてもいいのに)



妹「ちょっと、やめてください。手を離して」

幼友「妹ちゃんを離せよ! きゃ・・・・・・ってあたしに触るな」

兄「(やっぱりこうなった)おい、この子たちから手を離せよ」



幼友「うーん」

兄「何だよ」

妹「お兄ちゃん、助けてくれてありがと。いつもいざというときにはお兄ちゃんがあたし
を助けてくれるのね」

兄「おまえはな。わざわざトラブルになりそうなところに好き好んで行かなくてもよかっ
たのにさ」

妹「トイレの側で食事するのはやだ」

兄「おまえは可愛いから変な男に目を付けられやすいんだからさ。少しは気をつけろよ。
いつも俺が一緒にいてやれるわけじゃねえんだからさ」

妹「本当に声をかけられるとは思わなかったんだもん」

兄「それが無防備だっつうの。俺と仲悪かった頃とかよくそれで無事だったな」

妹「うん、いろいろ恐いこともあったよ。でも今はお兄ちゃんと一緒だから平気だと思っ
て。ごめんね」

兄「いい加減にしろ。おまえが危ない目にあうのを目の前で見せられた俺の気持ちもちょ
っとは考えろよ」

妹「ごめん」

兄「ってこら。抱きつくな」

妹「・・・・・・好き」

兄「え?」

妹「お兄ちゃん大好き」

兄「・・・・・・うん。でも幼友の前だぞ」

妹「お姉ちゃんごめんね」

幼友「・・・・・・へ」

妹「お姉ちゃん?」

兄「どうした?(妹が俺に抱きついたんでどん引きしたのかな)」

幼友「今のはあんた?」

兄「はい?(何言ってるんだこいつ。つうか顔真っ赤じゃん)」

妹「お姉ちゃんはまだお兄ちゃんのことをよく知らないからね」

幼友「・・・・・・あんたっていったい何者?」

兄「さっきからおまえは何を言ってるんだ」

妹「うちのおじいちゃんって、合気道の有段者だったの」

幼友「え? あ、うん」

妹「・・・・・・お姉ちゃん、本当に大丈夫?」

幼友「ごめん、大丈夫」

兄「さっき、あのバカどもに腕を掴まれてたけど、痛むのか」


幼友「違うの。それは平気なんだけど。それで兄も合気道を?」

兄「昔な。じいちゃんに教わったことがあってさ。でも、母さんがじいちゃんたちと仲が
悪かったんですぐに止めさせられたんだけどね」

妹「ママのわがままにパパも味方してからね。それは今でも何でだろうと思うけど」

幼友「あんたがあいつらを追い払ってくれたのって合気道の技なの」

兄「さあ。よくわからん。でも教わったことは今でも体が覚えてる感じだから、そうなの
かも」

妹「お兄ちゃんは昔からあたしを守ってくれてたんだよ。お兄ちゃんより強い男の子なん
て、小学校の頃はいなかったの」

幼友「・・・・・うん。てか今でも十分強いよね」

妹「そうなんだよ。それはともかくご飯にする?」

兄「おまえはなあ。いい加減に俺から離れろ」



兄「これは・・・・・・。確かにうまそうだけどさ」

妹「いっぱい食べていいよ」

兄「食べていいよと言われても」

幼友「何よ」

兄「おまえらさあ。何でクローンみたいに全く同じ物を作って来るんだよ」

妹「単なる偶然でしょ」

幼友「そうよ。確かに妹ちゃんにはあんたの好きな料理とか聞いたけどさ。まさかここま
でメニューが被るとは思ってなかったんだもん」

妹「だから奇蹟的な偶然と言いたいけど。まあ、お兄ちゃんが偏食だからこうなっちゃた
んだよ。むしろ、あたしとお姉ちゃんのせいじゃなくてお兄ちゃんのせいと言ってもいい
かも」

兄「ふざけんなよ。俺はそこまで偏食じゃねえぞ。偏食と言うならむしろおまえの食事を
拒否したゆうの方がよっぽどそうじゃねえか」

妹「・・・・・・どういうこと?」

兄「いや、その」

幼友「あんたはアホか」

兄「すまん、つい」

幼友「もうちょっと気をつけて喋んなさいよ。本当にあんたって、妹ちゃんかあたしが着
いてないとだめだめなんだから」

兄「わかったよ。それは認めるから、ゆうのことはおまえから説明してくれ」

幼友「しかたないなあ。せっかくあんたが合気道ができるとかって見直してたのにさ。あ
たしの恋愛感情を壊さないでくれるかな」

兄「何の話だよ(何か幼友って今日は微妙な発言が多いよな。いや、まさかな)」

妹「・・・・・何かやな感じ。お姉ちゃんとお兄ちゃんて、何で二人だけで通じる言葉を交わ
しあってるのよ。あたしだけ仲間はずれじゃん」


幼友「そうじゃないって。仕方ないから兄の誤爆の後始末をするか」

兄「すまん」

妹「何なのよ」

幼友「ゆうが君の料理を食べなかったっとかさ。そういうことあったでしょ」

妹「何でお姉ちゃんがそれを・・・・・・って、お兄ちゃんが喋ったの?」

幼友「妹ちゃんは今ではゆうのことなんかどうでもいいんでしょ」

妹「うん。あたしにはもうお兄ちゃんしかいませんから」

兄(ちょっと言い過ぎだろ。幼友は敵かもしれないのに)

兄(・・・・・・でも嬉しい。俺と妹ってお互いに求め合っているのか。それなのに)

兄(それなのに結ばれないんだ。実の兄と妹だから)

幼友「それなら言うけどさ。ゆうも結構偏食なのね」

妹「はあ」

幼友「つまりさ」



妹「何だ。単純に極端な偏食だっただけなのかあ」

兄(何笑ってるんだろう。妹って、今でもゆうが自分の用意した食事を拒否したことを気
にしてたのかな)

兄(何かやだなあ。ひょっとして、このことを知ってゆうへの気持ちが再燃したりして)

兄(・・・・・・妹にはもうゆうへの気持ちは残っていないはずなのに、なんでこんなに嬉しそ
うに笑う?)

幼友「まあ、だから妹ちゃんの料理の腕とは全く関係なかったのよ、あれは」

妹「よかった。安心した」

兄「そんなに嬉しい?」

妹「え」

幼友「あんたさ。まさか嫉妬してるの?」

兄「別にそんなことねえけど」

妹「あ・・・・・・。違うって。今のは本当に違うから」

兄「違うって何が?」

幼友「ふふふ」

兄(幼友め。絶対面白がってるな)


妹「自分の料理がヘタなせいでゆう君にもう食事は用意しなくていいよって言われたんだ
と思ってショックだったから、そうじゃなかったとわかって安心しただけで」

兄(・・・・・・何言ってるんだよ妹は)

幼友「妹ちゃん。その言い訳じゃゆうに未練があるみたく聞こえるよ」

妹「違うってば。ゆう君に未練があるわけじゃなくて、ゆう君に食事を断られたことがシ
ョックだっただけで」

幼友「何か説明すればするほど泥沼じゃん。要はゆうに断られたことがショックなんじゃ
なくて、自分の料理の腕が不味いかもと思わされたことがショックだったってことでし
ょ。そんでそうじゃないとわかったんで嬉しいと。大好きなお兄ちゃんに不味いご飯を食
べさせてたわけじゃなかったことが嬉しい。お兄ちゃん大好き、愛してる、これからも一
生お兄ちゃんのために料理するからね。かっこはーと。ってことでしょ?」

兄「だいたいわかったけど、最後の方だけ明らかに余計だろ」

妹「お姉ちゃんありがと。自分の気持をぴったりと言い当ててくれて」

兄(そんでいいのかよ。てか、赤くなりながら素直に認めるなって)

幼友「じゃあ、この話はおしまい。食事を再開しよう」

妹「うん。お兄ちゃん、ほら」

兄「ちょっと待て(もう覚悟を決めて二人分食うか。こんなこと毎日やってたら絶対太る
よな)」

妹「ほらってば」

兄「・・・・・・何だよ」

幼友「ははは。口あけてやんなよ兄」

兄(マジで? 幼友の前であーんとかいったい何の拷問だよ。どうしてもしたいなら家で
二人きりのときだったら俺だってあーんするのはやぶさかではないのに)

妹「お兄ちゃん?」

兄(妹の上目遣い可愛い。覚悟決めるか)


今日は以上です
また投下します


幼友「すごい。本当に完食しちゃったね」

兄「人生で初めてだってくらい頑張ったぜ」

幼友「マジで全部食べるとは思わなかったなあ」

兄(え)

妹「ちょっと食べすぎなんじゃないの? お兄ちゃん普段から体動かさないのに。太って
も知らないよ」

幼友「そうだよね・・・・・・兄は少し自制した方がいいかも」

兄「ちょっと待てよ。おまえらが全部食えって」

幼友「さあ、次行こうか」

兄「(無視かよ)・・・・・・俺の努力は全く評価されねえのかよ」

妹「変な人に絡まれちゃったから、思ったより遅くなっちゃいましたね」

幼友「そうだけど・・・・・・。まあでもそのおかげで兄の意外な一面が見えたって言うか」

妹「意外な一面って?」

幼友「ゆうみたく見た目は派手なタイプと違うけどさ。何っていうか、妹ちゃんの気持ち
がよくわかったし。幼馴染もバカだなあってさ」

妹「え・・・・・・どういう意味?」

幼友「一見地味なのに兄が大学の女の子たちでそれなりに人気あるのもわかるわ」

妹「・・・・・・お姉ちゃん?」

幼友「ごめん。何でもないや。次はどこだっけ」

妹「・・・・・・」

幼友「妹ちゃんてば」

妹「・・・・・・」

兄「次はどこ行くんだよ。つうか完食したんだから少しは休ませろよ」

妹「ああ、ごめん。シーパラだっけ」

幼友「だっけって。今日は妹ちゃんがプロデュースしたんじゃん」

妹「あ、うん」

幼友「大丈夫?」

兄「(妹の様子がおかしいな)おい、大丈夫かよ」

妹「ごめん。ちょっと疲れただけだよ」

幼友「・・・・・・あ」

妹「・・・・・・」

幼友「・・・・・・ごめんね。そうじゃないの」

兄「へ? てかどうすりゃいいんだよ」

幼友「今日はもう帰ろうか。帰りも渋滞してそうだし、これからシーパラ行ってもろくに
遊べないだろうし」

妹「ごめん。あたしなら大丈夫だよ。お姉ちゃん、シーパラの水族館楽しみにしてたじゃ
ん」

幼友「別にいいよ」

兄「つうか水族館ならこのあいだ行ったじゃんか」

兄(・・・・・・二人とも黙ってしまった)

兄(何だか妹も幼友もさっきまでの元気がねえじゃん。いったいどうしたんだ)


兄「おまえの家ってそろそろだよな」

幼友「このあたりで適当に降ろしてくれればいいよ」

妹「シーパラ行かなくても結構遅くなったから、お姉ちゃんを家まで送ってあげて」

兄「おう」

幼友「遠回りだし悪いからいいよ」

兄「別に気にするな。そんなに時間は変わんねえし」

幼友「本当にいいって」

妹「遠慮しないで。お姉ちゃん」

幼友「・・・・・・」

兄(何だろうなあ。昼飯まではあれだけ仲良く騒いでいた二人なのに)

兄(あのあとはまるでお通夜じゃんか。いったいどうしてこうなった)

幼友「そこ右ね・・・・・・この辺でいいよ」

兄「家の前まで行くよ。って。結構急な坂道じゃん」

幼友「悪い。うちの家ってその丘の上なんだ」

兄「そうなんだ」

妹「・・・・・・お兄ちゃん、ここって」

兄「どうした?」

妹「うちの家と同じ場所じゃない?」

兄「え・・・・・・。住所的には近いけど、全然景色が違うだろ」

幼友「・・・・・」

妹「間違いないよ。いつもと反対の方向から丘の上に上ってるだけだよ、これ」

兄「(どういうことだよ)どういうこと?」

妹「・・・・・・お姉ちゃん?」

幼友「うん。妹ちゃんの言うとおりだよ。結城さんが君たちのお母さんと一緒に暮すため
に買った家はあたしの家の近所なの」

兄「・・・・・・何で?(訳わかんねえよ。だけど、何だか重要で大事なことを聞かされている
ような気がする)」

妹「お姉ちゃんって、ゆう君と昔から近所に住んでたんじゃないの?」

幼友「本当は違うの」

兄「ちょっと待てよ。おまえはゆうの幼馴染だって言ったたよな」

幼友「言った。でもごめん。あれは嘘」

兄「はい?」

妹「・・・・・・幼馴染じゃなくても、ゆう君の彼女だったのは本当?」

幼友「それは本当なの。でも、あいつの幼馴染だって言ったのは嘘。あたしがあいつと付
き合い出したのは、っていうかあいつと知り合ったのはつい最近なんだ」

兄「ちょっと待てよ。よくわかんねえけど、ゆうと付き合ってたのは本当なんだろうな」

幼友「本当だけど。でも、時系列で言えばゆうはあたしと知り合うより先に妹ちゃんと知
り合い同居して、妹ちゃんと付き合ってたんだ」


妹「・・・・・・意味わかんない」

兄「全くだ。全然わかんねえ」

幼友「ごめんなさい」

兄(車を止めよう。このままこの丘を上がっていく前にいろいろ解決しておきたい)

兄「おまえさ。ゆうのことをいろいろ教えてくれたよな? ゆうが俺に憎しみを覚えてい
るとか、ゆうが極端に偏食だとか。あと結城さんが再婚を決めてからゆうの性格が変わっ
たとか」

兄(もっと具体的な話もしてたじゃねえか。ゆうの部屋に入ったら俺と妹と幼馴染の写真
があったとか。全部嘘なのか)

幼友「・・・・・・」

兄「(何か泣きそうじゃん、こいつ)ゆうは幼い頃からおまえと一緒に過ごしてきた幼馴
染じゃねえのかよ」

幼友「ごめん、違う。ゆうとの付き合いはあんたと妹ちゃんのほうが長いよ」

妹「長いって。あたしたちだってママの再婚の話を聞かされてから、ゆう君と知り合った
のに」

幼友「・・・・・・うん」

兄「ちょっと待て。おまえ、たしか前に」



「確かに女の子にだらしないとかそういうことはあったけど、根はいい子だったのよ。こ
れまではね。それなのに突然変わっちゃったの。どう考えても原因はおじさんの再婚とし
か思えなかったから、あたしはおじさんに再婚相手のことをそれとなく聞いてみたの。そ
したら相手の名前と、その相手の長男があたしと同じ大学の同回生だって知ってさ」

「うん。あたしは学内でまずあんたを探して、そして見つけた後はあんたのことを観察し
たの。そしたら幼馴染って子と仲が良くていつも一緒に行動していることに気がついた」

「でもね。愛想よくいい女の振りをすることもできちゃうのよ、あたしは。だから幼馴染
に近づいて友だちになるのは易しかったな」



幼友「うん」

兄「どういうことだよ」

幼友「ごめん、嘘ついた。結城さんの再婚前からゆうと付きあってたってのも嘘。いつも
ゆうのご飯を作ってったていうのも、ゆうの性格が変わったから幼馴染に近づいて友だち
になったのも嘘。あたしは前から、入学したときから幼馴染とは友だちだったから」

兄「さっきからよくわかんねえよ。おまえとゆうとはどういう関係なんだ」

幼友「ゆうが妹ちゃんと付き合い出す直前にゆうに告って、ゆうの彼女になった」

兄「どういうこと?(意味わかんねえ)」

幼友「前にあんたたちの写真をゆうの部屋で見つけたって言ったでしょ」

兄「ああ(そうだ。あれはどういうことなんだ)」

幼友「あれってさ。嘘じゃないんだけど、本当は妹ちゃんがゆうのことしか考えられなく
なってからの話なの」

妹「お姉ちゃん・・・・・・何言ってんの」

幼友「つまりあたしはゆうとは幼馴染でもなんでもないの。ゆうが妹ちゃんを狙い出した
後で、ゲーセンで遊んでいるゆうに声をかけてその日のうちにゆうに抱かれたってだけ。
そのあとさ、ゆうと妹ちゃんが抱き合っていたときあたしが邪魔したじゃん? あのとき
にゆうがあたしをセフレって言ったのは嘘じゃないのよ。本当のことだったの」

妹「結城さんがあなたの家の近くにあたしたちと一緒に暮らす家を買ったのは偶然?」

兄(・・・・・・幼友のことをお姉ちゃんと言うのをやめたな)

幼友「偶然じゃないよ。むしろあたしの家がそこにあるから、結城さんはあそこの家を買
ったんだよ」


兄「何でだよ」

妹「・・・・・・何でよ。いったい何で」

幼友「ごめんね」

兄「何で今まで嘘ついてた?」

幼友「・・・・・・」

兄「ゆうを取り戻したくて俺と付き合っている振りをしてたってのは本当か」

幼友「嘘ではないの」

兄「わかんねえよ。ゆうの気持ちを取り戻したいだけなら、ゆうの幼馴染だなんて嘘つく
必要なんかないだろ」

幼友「それは」

妹「お兄ちゃん、ちょっと待って」

兄「どうした」

妹「多分だけど、その辺はどうでもいいことなのかも」

兄「どういうことだよ」

妹「あたしにとってもお兄ちゃんにとっても、もうゆう君とか前の家族とかに未練はない
でしょ?」

兄「それはそうだけどよ」

妹「むしろあたしは幼友さんが、あたしとお兄ちゃんのことを本当はどう思っているかの
方が気になる」

兄(・・・・・・確かに。幼友がゆうの幼馴染かどうかなんかどうでもいいか)

妹「聞かせて」

幼友「・・・・・・」

妹「ひょっとしたら幼馴染のお姉ちゃんを失ったからかもしれない。お兄ちゃんが幼馴染
のお姉ちゃんにひどいことを言われたとき、あなたがお兄ちゃんを助けてくれたからかも
しれないけど」

幼友「妹ちゃん」

妹「あたしはあなたに本当に感謝してた。あのときお兄ちゃんを救ってくれたのはあたし
じゃなくあなただったと思ってたし」

兄(・・・・・・確かに。幼馴染を平手打ちしてくれて俺を救ってくれたのはこいつだ)

妹「それに。確かに最初はお兄ちゃんを救ってくれたから、あなたに好意を持ったのだけ
ど。でも、あたしはおねえ・・・・・・あなたが好きだった。幼馴染のお姉ちゃんがいなくなっ
て、ママからも嫌われて。最初はお兄ちゃんだけいてくれればいいと思ったけど、それで
もあなたにお兄ちゃんへの自分の気持を素直に晒しても引かれなくて、お姉ちゃんと呼ん
でもいいよって言ってもらえて嬉しかった」

兄(こいつも寂しかったんだ。俺と二人ではしゃいでいる時も。そう考えるとそういう妹
の好意を弄んだのだとしたら、幼友のしたことは許せん)

妹「お願い。これだけは聞かせて。ゆう君と幼馴染かどうかとかゆう君を取り戻したかっ
たかどうかなんてどうでもいいから、お姉ちゃんがあたしやお兄ちゃんに好意を持ってく
れたのって嘘なの?」

兄「・・・・・・」


妹「本当?」

幼友「本当。連休中のときも今日も本当に楽しかったし、妹ちゃんのことは大好きになっ
たの。それだけは嘘じゃない」

妹「・・・・・・」

幼友「でも信じてもらえないよね。あたしはあなたたちに嘘をついていたんだから」

兄「わかった。もういいよ」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

幼友「兄?」

兄「何でおまえが嘘をついてまで俺たちと関ろうとしたのか、それがゆうのためなのかは
もう聞かない」

幼友「・・・・・・」

兄「でも、もう俺たちには関らないでくれ。恋人ごっこももう終わりだ」

妹「ちょっと」

兄「どんな理由があるかは聞きたくもないけど、俺と妹を騙して嘘をついたという意味で
はおまえも幼馴染と一緒だよ」

幼友「ごめんなさい」

兄「俺のことはいい。でも、おまえは、幼馴染を失って姉貴のような存在を求めていた妹
の心を踏みにじったんだ。ある意味、ゆうより幼馴染より性質が悪い」

妹「・・・・・・お兄ちゃん? ちょっと待って」

兄「ここからなら歩けるだろ。車を降りてくれ」

幼友「・・・・・・うん。ごめん」


妹「ねえ」

兄「・・・・・・ああ」

妹「お姉ちゃんがあたしたちと一緒にいて楽しかったって言ったのって本当かな」

兄「どうだろうな」

妹「あながち嘘とも思えないんだけどなあ」

兄「本当にわからん。でも、あいつが俺たちに嘘を言って近づいてきたのは確かだよな」

妹「あたしさ。お姉ちゃんのことは嫌いじゃなった。と言うか大好きだった」

兄「・・・・・・ああ」

妹「あたしもお兄ちゃんの言うとおりだと思う。ゆうとお姉ちゃんの間に何がおきたのか
なんて、あたしたちが関ることじゃない」

兄「それは間違いねえよ」

妹「でもさ。お姉ちゃんさっき震えてた」

兄「うん」

妹「お姉ちゃん、きっとさっきは嘘はついていないと思う」

兄「・・・・・・」

妹「お兄ちゃんがあたしのために怒ってくれたのは嬉しいけど、お姉ちゃんってそんなに
悪い人じゃないと思う」

兄「そうかもな。きっとあいつなりに何か事情があるのかもしれないね」

妹「だったらさ。お姉ちゃんと仲直りしようよ。あたし、お姉ちゃんのこと嫌いじゃない
よ。幼馴染のお姉ちゃんみたくお兄ちゃんにひどいことをしたわけじゃないもん」

兄「それはそうかもしれないね」

妹「じゃあ、これまでどおりお姉ちゃんと付き合ったらだめ?」

兄「もう俺たちは幼友に関るべきじゃないと思うよ」

妹「何でよ。お姉ちゃんが嘘をついてたのだって事情があったのかもしれないんでし
ょ?」

兄「だからこそだよ」

妹「意味わかんない。どういうことなの」

兄「幼友ってさ。本当にゆうのことが好きなんだと思うか?」

妹「わかんないよ、そんなの。でも、お兄ちゃんと偽装カップルまでしてゆう君に見せつ
けて嫉妬させようとしてたんだし、好きなんじゃないの?」

兄「考えれば考えるほど変なんだよ」

妹「何が変なの?」


兄「幼友がゆうの幼馴染なら全部理解できるんだよ。あいつがゆうを好きでゆうを取り戻
したいと思っていたとしても」

妹「うん」

兄「だけどそうじゃなかったんだろ? むしろゆうと幼友が知り合ったのはつい最近だ。
俺たちよりもっと後じゃんか」

妹「だから、それがどうしたの」

兄「だったら幼友って何者だよ」

妹「だからゆう君の元カノでしょ」

兄「俺はついさっきまでは、あいつはゆうの幼馴染だとおもってたけどね」

妹「それは嘘だったってお姉ちゃんが」

兄「だったらあいつは誰なんだ」

妹「・・・・・・どういうこと」

兄「俺たちより後になってゆうと知り合い、声をかけて彼女だがセフレだかになったんだ
ろ? 一目惚れだとでもいうのか。それから俺に声をかけてきた。俺のことをおまえの兄
貴だとしてだと思うけど、何でそんなことを幼友が知ったんだよ」

妹「幼馴染のお姉ちゃんから聞いたんじゃない」

兄「前から知ってたんだろうな。ゆうのことも」

妹「お姉ちゃんはやっぱりゆう君の幼馴染だったってこと?」

兄「それは違うとは思う。でもさ、あいつが言ってただろ? 結城さんがどうしてここに
引っ越してきたか」

妹「あ」



「結城さんがあなたの家の近くにあたしたちと一緒に暮らす家を買ったのは偶然?」

「偶然じゃないよ。むしろあたしの家がそこにあるから、結城さんはあそこの家を買った
んだよ」



兄「何かあるんだよ、あいつの行動には。幼馴染の家があるから結城さんがその近くに引
っ越した? 何でだよ。幼友の家庭と結城さんとの間に何があるんだ。あいつってその辺
は何にも説明してないじゃん」

妹「それは確かにそうだ」

兄「いろいろ正直に打ち明けたようでいてさ。結局幼友は核心に触れるようなことは何も
言ってないんだよな」

妹「うん。それはそうかも。だけど・・・・・・」

兄「だから俺は疑問なんだ。あいつは本当にゆうのことが好きなのか、それとも何か目的
があってゆうに近づいたのかが」

妹「でも、それはもういいじゃん。あたしたちには関係ないんだし。むしろお姉ちゃんが
あたしたちのことを好きになってくれたのなら、そんなことは気にしないで付き合ったっ
ていいじゃない。お姉ちゃんは悪い人じゃないよ。あたしにはわかる」

兄(絶対、幼友の行動には過去の出来事が影響しているとしか思えない。ゆうとつい最近
知り合っただ? 俺がゆうの母親の名前を聞いたとき、あいつはレイナさんって即答した
じゃんか。少なくともあいつと結城さんの家庭とは何らかの関係があってそのことをあい
つも知っていたはず)

兄(正直、過去のことはもう知りたくない。父さんは死んだし母さんとは絶縁した。この
先もずっと添うかはわからないけど、今は妹と二人きりの暮らしを安定させていかなきゃ
いけないんだ。今さら結城さんや父さんたちの過去の出来事なんかに振り回されている場
合じゃない)

兄(でも、幼友とこの先も一緒にいればその知りたくない過去を知らされるような気がす
る。だから、俺たちはもう幼友とは会わない方がいい。たとえ幼友本人には俺たちへの悪
意はないとしてもだ)


兄「幼友に俺たちに対する悪意があるかどうかじゃないんだ。幼友が悪いやつじゃないっ
ていうのもそうかもしれない。だけど、あいつとはもう関わんない方がいい」

妹「どうしてもだめ?」

兄「その方がおまえのためだと思うけどな(しょんぼりしちゃった。何かちょっと妹へ罪
悪感を感じるな)」

妹「あたしたちって、やっぱりこのまま死ぬまで二人きりで生きて行くしかないのかな
あ」

兄「・・・・・・そんなことはおまえ次第だろ。普通に彼氏を作って友だちも作れば、一生二人
きりなんてことはないさ」

妹「バカ。違うよ。彼氏なんかもう作らないって。そうじゃなくてさ。あたしとお兄ちゃ
んがこのまま一緒に暮すと、友だちとか誰もいなくなっちゃうのかな」

兄「おまえは富士峰には普通に友だちがいるじゃんか」

妹「でも。お兄ちゃんと一緒に遊べる子なんかいないもん」

兄「・・・・・・」

妹「パパが亡くなって、ママに捨てられて」

兄「よせよ」

妹「幼馴染のお姉ちゃんが消えて、今度はお姉ちゃんとも会えなくなるんでしょ」

兄「・・・・・・うん」

妹「何でみんなあたしたちの周りからいなくなっちゃうの? あたしがお兄ちゃんのこと
を好きだから、だからみんな気持ち悪くなって距離を置かれちゃうのかな」

兄「それは関係ねえだろ」

妹「・・・・・・もうやだ」

兄(俺だけは死ぬまで妹と一緒にいるよって言いたいけど。妹が言ってるのはそういう問
題じゃねえもんな。人間って社会的動物だから、どんなに好きあってる間の男女でも、二
人きりじゃ生きられないんだ)

兄(「家族の起源」っていう父さんの論文にもそれが論点のテーマがあったよな。民俗学
というより文化人類学的なアプローチの論文だったけど)

兄(確かに幼友は悪いやつじゃない。どんな事情があるか知らないけど、そのことさえな
ければ別にあいつと今までどおり付き合ったっていいんだし)

妹「・・・・・・」

兄(泣いてる。もうしかたない。腹をくくるか)


兄「わかったよ。おまえの言うとおりさ、確かに幼友本人はいいやつだと思う」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄「だから幼友さえよかったら、これまでどおりあいつと仲良くするか」

妹「いいの?」

兄「そのかわりさ。幼友と結城さんとかゆうとの関係には踏み込むなよ。俺たちには全く
知る必要のない話だし、ましてや巻き込まれる必要なんかないんだから」

妹「わかった。お兄ちゃんありがと」

兄「いや(妹が笑った。この笑顔だけで・・・・・・)」

兄「じゃあ幼友にメールか電話でもしてやったら?」

妹「何を話せばいいの?」

兄「あいつ、車の中に今日買った服とか忘れてるよ」

妹「・・・・・・本当」

兄「明日も休みだろ? どっかで待合わせしてこれを渡してやろう」

妹「お兄ちゃんも一緒に来てくれる?」

兄「ああ(・・・・・・父さんの手記を読もう。ああは言ったけど、訳ありの行動をしている幼
友とこれからも付き合っていくなら、過去に何があったのか調べておかないと。正直、も
う知りたくなくなっていたんだけど、これも妹のためだ)

妹「もしもし? あ、お姉ちゃん。あのね」

兄「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します


第三章



兄(寝たかな?)

兄(規則正しい静かな寝息が聞こえるから、多分もう大丈夫だろう。どれ)

妹「お兄ちゃん?」

兄「(やべ。起きてたか)どうした?」

妹「あたしから離れちゃやだ」

兄「わかってるって(そうっと起きようとしたけど気がつかれたか)」

妹「・・・・・・うん」

兄(さらに強く抱きつかれた。これじゃベッドを抜け出せないじゃんか)

兄(・・・・・・今日はもうやめておこうかな。何か眠くなってきたし)

兄(それに、妹に抱きつかれていると何だか心地いいし)

兄(よく考えれば過剰反応かもしれん。幼友と普通に付き合っている分には、何も昔のこ
とをほじくりかえす必要はないのかも)

兄(・・・・・・そうもいかないか。幼友が本当は何を考えているのかわからない以上、こちら
も父さんの手記を読んで、何か起きたとき対抗できるようにしておかないとな。妹との生
活を守るためだし)

兄(とは言え、妹にがっちり抱きつかれている以上、今は文字どおり身動きが取れないわ
けで)

兄(少し寝よう。そんで妹が寝付いたらそっと起きて父さんの手記を読むか)

兄(そうと決まれば遠慮なく寝よう)

兄(何かいい匂いがする)

兄(綺麗な髪・・・・・・)

兄(華奢で壊れそうな骨格までじかに感じ取れる)

兄(自分の一番好みの女の子のタイプは、妹だって最近何となく気がついたけど。何で俺
ってついこの間まで幼馴染のことしか目に入っていなかったんだろうな)

兄(俺も妹を抱き寄せよう。俺だけ妹に抱きつかれてるんじゃ何か不公平・・・・・・いや、不
公平というか)

兄(・・・・・・それに)

兄(いやそれはだめだろ。抱き寄せるくらいが限度だ。乱れた服の間からむき出しになっ
た肌を撫でるのは、いい兄貴のすることじゃないから、我慢しないとな)

兄(このまま妹と抱き合って眠れるだけで幸せだしな。もう寝よう)



妹「いい加減におきなさいよ」

兄「もう少し寝かせて」

妹「ちょっと寝すぎでしょうが。何時だと思ってるのよ」

兄「何時だよ」

妹「もう十一時になるよ」

兄「しまった。寝坊した」

妹「うん? 今日なんか用事でもあったっけ?」

兄「あ、いや。別に用事なんかないけど」

妹「じゃあいいじゃん。ってよくないわよ。早く起きてさっさと食事しろ」


兄「あのさ」

妹「おかわりする?」

兄「あ、うん」

妹「はい」

兄「どうも・・・・・・そうじゃなくてさ」

妹「何?」

兄「今日って何か予定あるんだっけ」

妹「お兄ちゃんは用事ないんでしょ」

兄「ないけど」

妹「じゃあ別にないんじゃない? あ、夕方でいいから車出して。買物しなきゃ」

兄「(買物って)服とかなら昨日十分過ぎるくらい買っただろうが」

妹「違うって。食材とか日用品とかだよ」

兄「ああ、そう。ってさ」

妹「さっきから何よ? はっきり言って」

兄「幼友と会ったりしないの?」

妹「うん。言わなかったっけ。お姉ちゃん、今日は用事があるからまたねって」

兄(どういうことだ。せっかく俺たちが幼友の嘘を許してこれまでどおり付き合ってやる
って言ったのに)

兄「あいつの忘れていった買物とかは?」

妹「明日、お兄ちゃんに持って来てって。大学で受け取るからって」

兄「そう(別に恩に着せるつもりはないけど、何かもう少しリアクションあってもいいん
じゃね?)」

兄(・・・・・・それとも幼友にとっては俺たちとの付き合いなんか、終ったら終ったでいいく
らいのことだったのかな。そもそも好きなのはゆうだったんだし。いや、今となってはそ
れすらあやしい)

兄(俺としては・・・・・・。幼友がそんなに嫌な奴だとは思わないけど、別に俺と妹のそばに
いないならいなくてもいい。でも、妹にとってはそうじゃねえんだもんなあ)

妹「お兄ちゃん?」

兄「明日、あいつに忘れ物を渡せばいいんだよな?」

妹「うん。お願い」

兄「じゃあ、今日はゆっくりするか(父さんの手記とホームページの掲示板を全部読む
か。一日読んでれば何かわかるかもしれねえし)」


兄(全然読めねえ。つうか妹がずっと俺にまとわりついてきて、そんなことができる暇が
ない)

兄(最近は幼友といつも三人でいたから油断してたけど、妹ってやっぱり俺のこと)

妹「ほら、お兄ちゃん。サッカー始まるってば」

兄「聞こえてるって」

妹「早く座って」

兄(ソファで俺の隣に座るくらいはともかく。ちょっと密着しすぎだろ)

妹「始まったよ。ねえねえ。日本代表って勝てるかなあ」

兄「どうかな(・・・・・・J1の試合なのに何勘違いしてるんだこいつ)」

妹「・・・・・・お兄ちゃん?」

兄「どうした?(俺にすげえ寄りかかってるし。つうか何か眠そうだな)

妹「日本、勝ってる?」

兄「えーと」

妹「・・・・・・」

兄「妹?(何かひどい誤解をしたまま寝落ちしたな)」

兄(今のうちに父さんの手記を読んでおくか。こいつは完全に寝落ちしているし。起こさ
ないようにそうっと体を抜いて、ソファに横たわらせて)

兄(こいつ、本当に可愛いな。・・・・・・そのままもう少しだけ寝てな)

兄(よし)

兄(とりあえず前に見た続きから読むか。たしか、父さんが怜菜さんに振られ
て・・・・・。そんで母さんにキスされたところまでは読んだんだよな)

兄(結城さんの言ってたことが真実だったとしたら、俺はこの話の結末を知っている。だ
けどその途中経過がわかんないし、そこに何か重要なことがあったのかも)

兄(どれ)


怜菜「おはよ」

池山「・・・・・・怜菜」

怜菜「ごめんね」

池山「ごめんって」

怜菜「有希に怒られちゃった。自分からキスしといて、その相手から告られて振るならせ
めてキスした理由くらいは説明しておきなさいよって」

池山「いや。あれくらいで勘違いして恥かしい告白をしたのは僕の方だし。君が罪悪感を
感じる必要なんかないでしょ」

怜菜「・・・・・・博人は優しいけど。でも、無理してるでしょ? 正直に言って」

池山「それは人生で初めて女性に振られたんだし、ショックじゃないといえば嘘になるけ
ど」

怜菜「人生で初めてって。今までそんなにもててたの?」

池山「違うよ。告白も初めてだし振られたもの初めてってこと」

怜菜「なんだそうか。ちょっと驚いちゃった」

池山「そんな僕のことを君みたいな綺麗な子が好きなわけないのにね・・・・・・ちょっと優し
くされて調子に乗っちゃったかな。本当にごめん」

怜菜「そんなことない。むしろあたしの方が誤解させちゃったから」

池山「・・・・・・」

怜菜「キスした理由、聞かないの?」

池山「あ、いや。うん・・・・・・」

怜菜「ちょっと時間もらっていいかな。話しがあるの」

池山「あ、ごめん。ニ限の講義は聞いておきたいから」

怜菜「そうだよね」

池山(・・・・・・泣きそうな怜菜の顔。何か僕を振った理由とかそういうことを話したいんじ
ゃないのかもしれない)

怜菜「・・・・・・」

池山(俯いちゃった)

池山(有希に言わせればお人よしなのかもしれないけど。このまま怜菜のこういう悲しそ
うな顔を見ていたくないなあ。普段はすごく明るくて陽気な子なのに)

池山「話、聞こうか?」

怜菜「・・・・・・うん。ごめんなさい」

池山(僕を振った罪悪感から謝るのかな。むしろ、僕の方が怜菜の気持ちを過剰に勘違い
しただけなのに)


池山「ここでよかった?」

怜菜「・・・・・・うん」

池山「結城と有希ってもう学校に行ったのかなあ」

怜菜「多分」

池山「そうか」

怜菜「・・・・・・そのさ。博人って兄貴のことどう思う?」

池山「どうって。成績いいし、格好いいから女の子にもてるし。でもそういうことを自慢
しないで、僕なんかにも気さくに親しくしてくれるしさ。すごくいいやつだと思うけど」

怜菜「そうか」

池山「結城がどうかした?」

怜菜「・・・・・・博人って兄弟いないんでしょ?」

池山「一人っ子だけど」

怜菜「あのさ。血の繋がった異性の兄貴のことを、本気で好きになったらさ。その妹はど
うすればいいと思う?」

池山「怜菜、君何言ってるの」

怜菜「有希から聞いたんでしょ? あたしがブラコンだって」

池山「(怜菜って本気で結城のことを好きなのか)いや。そんなことを言ってたかもしれ
ないけど、有希が本気だとは思わなかったから」

怜菜「・・・・・・あのコンパの夜から兄貴が有希と付き合い出したって聞いた?」

池山「うん。結城からも有希からも聞いたよ」

怜菜「ごめん。あの夜あたしが君にキスしたのは兄貴への対抗心だった。兄貴と有希に嫉
妬して、思わず君に」

池山「そうか」

怜菜「怒らないの?」

池山「・・・・・・怒るってなんで? むしろどんな理由にせよ、僕なんかが初めてキスできた
ことに感謝しないとね」

怜菜「あたしが実の兄貴が好きって聞いて、引かないの?」

池山「いやその」

怜菜「何であたしに告ってくれたの」

池山「君のことが好きになったから。分不相応だとは思ったけど」

怜菜「本当に真面目に言ってる?」

池山「本当に真面目に言ってるけど」

怜菜「あのね。実の兄貴が好きな女の子がいたとします」

池山「はあ」

怜菜「その子は自分の兄に対する不毛な恋心を捨て去りたい。まして兄には恋人ができた
し。それは自分の友だちだけど」

池山「・・・・・・うん」

怜菜「ブラコンのその子にも気になっている男の子はいるのね。その男の子は兄とは全然
違うタイプで、格好よくもないし気の聞いたことも言わないの。それでもブラコンの子は
次第にその男の子のことが気になりだします」

池山(僕のこと?)

怜菜「女の子は男の子の告白に応えたかったけど、自分の兄への気持ちを知られたら気持
ち悪く思われるんじゃないかと思って、彼の気持ちに応えられませんでした。それに、女
の子にはまだ兄への気持ちがたくさん残っていたからです」


池山「あのさ」

怜菜「それでもいい?」

池山「どういうこと?」

怜菜「君のことは出会った頃から気になっていた。でも、あたしは兄貴への恋愛感情を明
白に意識していたし、君とどうこうなろうなんて思う余裕もなかったの。でもさ。君は
サークルでもいつもあたしに優しかったし」

池山「別に僕は優しいとかってなくて」

怜菜「ううん。あたしの思い込みかもしれないけど、あたしはそう思ったの。だから
ね、正直兄貴と有希の仲を知ったときはショックだったけど、あのときだって誰でもよか
ったわけじゃないの。本当だよ」

池山(僕にキスしたことか? だったら何で)

怜菜「何で君の告白を断ったんだよって思ったでしょ」

池山「別に僕は・・・・・・。いや、正直に言うとそう思ってた」

怜菜「だからさっき言ったことは本当。君の告白に応えたかったけど、兄貴にまだ気持ち
が残ったままで君の告白に応えていいのかなとか、こんな気持ちを知られたら嫌われるん
じゃないかとか考えちゃって。ごめんね」

池山「そうだったの」

怜菜「本当にごめんなさい。あたしはもう自分の気持ちを忘れることにしたの。有希にも
悪いし、兄貴だってあたしの気持ちを知ったら戸惑うと思うし」

池山「・・・・・・そう決めたんだね。だったら頑張れ」

怜菜「ありがとう。そして本当にごめんね。これからも友だちでいてくれる?」



兄(うーん)

兄(ブラコンって。二十年以上前にも同じような悩みを持った人たちがいたと思うと。何
か今さらだけど俺とか妹も決して特殊な例だともいい切れないんだな)

兄(怜菜さんという人も、結局兄貴への気持ちを押さえることにしたのか。その辺もうち
と同じかもな)

兄(それにしてもなあ。父さんと母さんは仲が良かったはずなのに。有希って母さんのこ
とだろ? この手記を読む限りじゃ単なるビッチじゃないか)

兄(いや、そんなことよりも。結局この後の記載を読む限りでは、父さんと怜菜さんは付
き合い出したんだよな。いい友だちじゃなくて。ざっと目を通しただけだけど、父さんの
手記には怜菜さんとの交際とか惚気みたいなことばっか書いているっぽいし)

兄(・・・・・・前に結城さんから聞いた話が嘘でなければ、このあと父さんと怜菜さんには破
局が訪れるんだよな。しかも父さんと母さんの浮気という最低の行為によって)

兄(父さんと母さんの浮気に傷付いた二人は傷を舐めあううちに親しくなって、そして結
婚・・・・・・。結城さんと怜菜さんって実の兄妹なのに。いったいどういうことだ。ゆうは兄
と妹の間にできた子だってことか?)

兄(そうだ。就職活動のあたりまで飛ばしてみよう。結婚して実家を出るまでの間ずっと
書いていたみたいだし)

兄(飛ばし読みしてるけど。途中は怜菜さんとのことばっかだ・・・・・・あ、あった。この辺
だ)


有希「おーい。博人、ちょっと待ってってば」

池山「有希。久し振り」

有希「お久し振り。最近、みんなに滅多に会えないものね。なんか懐かしい」

池山「集談社から内々定出たんだってね。おめでとう」

有希「ありがとう。君の院試はどうだったの」

池山「合格したよ。でも本当によかったね。マスコミって入るのすごく難しいんでしょ」

有希「でも最近は採用者数を増やしてるみたいだから、ラッキーだったのかな」

池山「でもすごいよ。結城もアイリス・エージェンシーから内定出たって言ってたし。何
か二人とも世界が違っちゃったなあ」

有希「・・・・・・そんなことないよ」

池山「どうしたの? 何か元気ないね」

有希「学校はもういいの?」

池山「うん」

有希「これから怜菜と待ち合わせ?」

池山「いや。今日は別に約束してないけど」

有希「あのさ。君に用事がないんだったらさ、ちょっとだけ相談に乗ってくれないかな」

池山「相談? 結城じゃなくて僕でいいの?」

有希「・・・・・・結城君にはとても相談できないの。彼自身のことだし」

池山「結城のこと?(有希って絶対相談相手を間違えてるだろ。恋愛関係のトラブルを僕
なんかに相談してどうするんだよ)」

有希「お願い」

池山「僕なんかでよければ別にいいけど(有希って清楚に見えるけど、結構遊んでるんだ
ったよな。恋愛ごときで悩むキャラじゃないはずなんだけど)」

有希「もう夕方だし、君さえよかったら飲みながらでもいい?」

池山「・・・・・・いいけど。ちょっと怜菜に連絡しておかないと」

有希「だめ」

池山「何で?」

有希「相談って、結城君と怜菜のことなの。だからだめ」

池山「(まさか二人の関係のことか? あれならもうとっくに終った話じゃんか。怜菜は
今ではブラコンを克服して僕一筋だって言ってくれてるんだし)どういうことなの?」

有希「・・・・・・ここじゃ話せない」

池山「わかった。いつもの店でいい?(いったい何の話なんだ。すごく気になる)」


有希「博人は何飲むの?」

池山「僕はウーロン茶で」

有希「だめ。君も飲んでくれないととても話せないよ」

池山「じゃあビールを」

池山(いつもの店って言っちゃったけど、ここってイベ研のやつらもよく来るんだよな
あ。相談ごととかできる雰囲気じゃないかも)

有希「じゃ・・・・・・、お久し振り」

池山「おつかれさま(なんで普通に乾杯なんか)」

有希「でもよかったね。これで希望していた研究者への道を進めるね」

池山「まあ、そうだけど。でもこんなことしてたってろくな就職口ないしね。君たちこそ
すごいよ。三人とも東証一部上場企業だもんなあ」

有希「・・・・・・ううん。あたしたち四人の中では将来きっと君が一番幸せになれると思う
よ」

池山「何だよそれ。つうか、よかったらそろそろ」

有希「そうだよね」

池山「別に急かす気はないんだけど」

有希「変なこと聞くけど。君と怜菜ってうまくいってる?」

池山「いってると思うけど。何でそんなこと聞くのさ」

有希「・・・・・・ごめんね」

池山「ごめんって、何が」

有希「あたし、君にひどいことしようとしているのかもしれない」

池山「何言ってるのかわからないよ」

有希「君まで巻き込む必要なんかないのかもしれないけど」

池山「だからどういうこと?」

有希「あたし、見たの。結城君と怜菜が抱き合ってキスしているところ」

池山「・・・・・え」

有希「昨日の夜、怜菜にすっぽかされなかった?」

池山「何で君がそれを」

有希「昨日の夜ね。内々定出たことを報告しようと結城君のアパートに行ったの。そした
ら、ドアの前で二人が」



怜菜「お兄ちゃん酔ってるでしょ」

結城「酔ってるよ。就活が終った日くらい飲んだっていいじゃねえか」

怜菜「もう。うざいなあ。さっさと部屋に入りなよ。あたしこれから出かけてくるから
ね」

結城「何だよ、お兄様の内定祝いだぞ、一緒に飲もうぜ」

怜菜「博人が引越ししたばかりだからさあ。今夜は片付けに行ってあげることになってる
のよ。妹の恋愛を邪魔するなよ」

結城「そんなのいいじゃん。兄貴が内定獲得したお祝いなのに、おまえ付き合わない気か
よ」

怜菜「もう。それ以上飲んでどうすんのよ」

結城「おまえって池山なんかにはもったいないよな。見損なったよあいつ。院なんかに逃
げて就職活動を先送りしやがって」


結城「おまえって池山なんかにはもったいないよな。見損なったよあいつ。院なんかに逃
げて就職活動を先送りしやがって」

怜菜「博人にはやりたいことがあるのよ。っていうか本当にもう寝た方がいいって」

結城「おまえさ。俺より池山を選ぶのかよ」

怜菜「何わけわかんないことを・・・・・・・あ、ちょっと。何で」

結城「お兄様の就職祝いじゃん。キスくらいで騒ぐなよ」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃん酔ってる?」

結城「・・・・・・ああ。酔ってなかったら実の妹にキスなんかできるか」

怜菜「ちょっとやめてよ」

結城「嫌なら止めるよ。無理強いはしたくない」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃん」

結城「おまえって本当に可愛いよな」

怜菜「やめてよ」

結城「有希みたいなビッチより全然俺の好みの女の子なのにな。何でおまえって俺の妹に
生まれてきたんだよ」

怜菜「・・・・・・酔ってるのかもしれないけど、少しは考えて喋りなよ」

結城「酔ってるから本心を言えるんじゃんか。素面で実の妹に告白なんかできるかよ」

怜菜「告白? 本気なの」

結城「マジに決まってるだろ。おまえ、ちょっとこっち来いよ」

怜菜「・・・・・・諦めてたのに」

結城「怜菜?」

怜菜「お兄ちゃんのこと諦めてたのに! 有希に譲って見守ろうって思ってたのに」

結城「怜菜、可愛いよ」

怜菜「本気にするよ?」

結城「怜菜・・・・・・」

怜菜「お兄ちゃん大好き」

結城「ここは目立つな。部屋に入ろうか」

怜菜「・・・・・・うん」


池山「それ本当なの(・・・・・・怜菜は兄貴への想いを克服したって言ってたのに。結局、僕
何かじゃだめだったのか)」

有希「うん。はっきり見たし聞いた。間違いないよ」

池山「酒の上の冗談だったんじゃないの」

有希「あたしだってそう思いたいよ。でもあの晩、博人は怜菜にすっぽかされたんでし
ょ」

池山「・・・・・・うん」

有希「大切な彼氏を放置して、あの夜怜菜は誰と何をしてたんだろうね」

池山「まさか」

有希「現実逃避したい気持ちはわかるよ。あたしだってそうだもん。でも、もう疑問の余
地なんかないじゃん。結城君に抱きしめられてキスされた怜菜は、お兄ちゃん大好きって
言ったんだよ?」

池山「・・・・・・(怜菜が結城と。僕は怜菜に裏切られたことになるんだけど。怒りや悲しみ
というより混乱しか感じない。だって、あいつらは実の兄妹なのに)」

有希「結城君と怜菜にとっては昨日はすごく長い夜だったでしょうね。二重に背徳感があ
ったんじゃないかな。お互いの恋人を裏切っているというスリルと実の兄妹で禁断の関係
を結んでいるというスリルと」

池山(有希・・・・・・泣いている)

有希「もうやだ。何で妹なのよ。ありえないでしょ」

池山「・・・・・・」


池山(べろんべろんに酔った有希を何とかアパートまで連れてきたものの)

池山「僕はもう帰るよ」

有希「だめ」

池山「だめって何で」

有希「何でもだよ。悩んでいる女を一人にして帰るつもり?」

池山「君、酔ってるだろ(僕だって混乱してるのに何で有希の面倒なんか)」

有希「うん酔ってる。でも、誰のせいだと思っているの」

池山「僕のせいなの?」

有希「半分はあいつらのせい。半分は君のせいかな」

池山「何で僕のせいなの?」

有希「結城君と怜菜はあたしたちをこけにしたんだよ?」

池山「それはそうだけど」

有希「博人は悔しくないの? 結局君は怜菜が兄貴を忘れるための道具として使われてた
だけなんだよ・・・・・・多分、あたしも」

池山(そう考えると胸が苦しい。あんなに活発で明るくて僕にまとわりついてきた彼女は、
内心では僕のことなんかどうでもよかったんだもんな)

有希「怜菜だって就活とかで池山君を放置してたんでしょ。君は平気なの」

池山「そうだね。君の言うとおりだ。怜菜は僕のことなんか最初から好きでも何でもな
かったのかも知れないね」

有希「あたしね。確かにこれまで男の子に振られたことなんかなかったけど、今はそれは
悔しいんじゃないの。結城君は女の子にもてるから浮気くらいは今までもあったし、それ
は別にいいの」

池山「いいの?」

有希「でもさ。自分の実の妹とあたしを比べて、自分の妹を選ぶなんて許せない。あたし
は自分のプライドをずたずたにされたのよ」

池山「君の辛い気持ちはわかるよ。でも今日はもう遅いし、明日また話を聞くよ」

有希「帰っちゃだめ」

池山「あのさあ」

有希「復讐しようよ」

池山「復讐って?」

有希「あたしたちがあの二人の近親相姦の関係に動じないことが最大の復讐だと思うの
ね」

池山「動じないって。さっきから君も僕も動揺しまくりじゃない」

有希「君さ。あたしを抱ける?」

池山「はあ?」

有希「あの二人の汚らしい関係に対抗しよう。あたしたちは血縁じゃないし、そういう関
係になっても別に誰に恥じることもないのよ」

池山「僕は怜菜を裏切る気はないよ・・・・・・って、おい」

池山「ちょっとよせよ」

有希「いいじゃない。あたしたちは悪くない。被害者なんだから」

池山「だから。こういうのは駄目だって」


有希「ふふ。ここは興奮しているくせに」

池山「え(まずい。密着してくる有希の体に反応しちゃってる)」

有希「前から知ってたよ。博人ってあたしの体を見つめていたでしょ。怜菜といるときで
もいつでもあたしと結城君のことを気にしてたでしょ」

池山「君は何を言って」

有希「自分に正直になろうよ。ここには君とあたししかいないんだよ」

池山「たとえあいつらが僕たちを裏切ったとしても、僕たちまで同じことをすることはな
いよ。あいつらを非難する資格がなくなっちゃうぞ」

有希「そんなことはどうでもいいよ。このままじゃ悔しいじゃん」

池山「僕は復讐のためなんかに君とそんな関係になる気はないよ」

有希「でも、あたしのこと見つめるくらい気になってたんでしょ?」

池山「それは君の気にし過ぎだって」

有希「違うもん。ねえ、本当のことを言うから聞いて」

池山「本当のことって? 今までのことは嘘なの?」

有希「そうじゃないの。あいつらの汚らしい関係のことは本当だよ。そうじゃなくて」

池山「何なんだよ」

有希「まだわからないの? あたしは君のことが好きなの」

池山「・・・・・・わけがわからないよ。それなら何で結城と付き合ったの」

有希「自分にだってわかんないよ。でも一番好きなのは君。ねえ」

池山「ちょっと待てよ。って、やめろ」

有希「怜菜から聞いたよ」

池山「だから離せって」

有希「君と怜菜ってまだ関係してないんだってね」

池山「・・・・・・君には関係ない」

有希「何でしないの? ずっと恋人同志なのに」

池山「よせ」

有希「初めてだから上手にできるか不安なの? それとも怜菜なんかじゃその気になれな
い?」

池山「服着ろ」

有希「あたしが教えてあげる」

池山「いい加減に」

有希「じっとしてて」


兄(なんだこれ。事実は同じかもしれないけど、結城さんの話と違うじゃんか。結城さん
の話だと自分が一方的に母さんに浮気されて別れたみたいなことを言ってたけど)

兄(これだと最初に浮気したのは結城さんじゃないか。・・・・・・それも実の妹である怜菜さ
んと)

兄(実の妹との関係で父さんと母さんが不幸になって、そして復讐的な意味で結ばれたん
だとしたら。浮気で結ばれるよりもっと救われねえじゃん)

兄(妹が言ってた。母さんは俺と妹の関係に神経質だったって。結城さんと怜菜さんの件
が母さんにとってトラウマみたくなってたんだろうか。反射的に自分の子どもたちを疑う
ほどに)

兄(父さんと母さんの馴れ初めはわかった。こういうひどい状況で一緒になってこの先結
婚までしたんだろう。でも結城さんと怜菜さんは? 実の兄妹で結婚? ゆうは兄妹が結
ばれた結晶なのか?)

兄(いや、まさかそこまでは)

兄(・・・・・・うーん。とりあえず続きを読むか)


今日は以上です
また、投下します


有希「おはよ」

池山「・・・・・・どうしてここにいるの」

有希「どうしてって・・・・・・あの夜以来、君は全然連絡くれないから」

池山「(連絡なんかできるか)ごめん」

有希「ううん。別に君が謝る必要はないけど」

池山(気まずい。有希とあんな関係になってしまったんだし。これも浮気になるのかな)

有希「大学院棟の中って初めて入ったよ。中は意外と狭いんだね」

池山「・・・・・・うん」

有希「今日は何だったの」

池山「四月から所属する研究室の先生の面接だった」

有希「そうか。もう終った?」

池山「うん」

有希「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる?」

池山「・・・・・・もう二人きりで会わないほうがいいと思うんだけど」

有希「でも、君に相談があるの」

池山「相談って(正直怜菜とはもう無理だろうけど、だからって有希と一緒に傷を舐めあ
うのも嫌だ。もともともてなかったんだから元に戻るだけだ。ちょっとだけ寄り道したっ
て考えればいいんだ)」

有希「お願い」

池山「結城と怜菜がそういことになったのなら、相談されたってもう僕には何も言えない
よ。それに君はまだ就活だって終ってないんでしょ」

有希「多分、集談社は内定もらえると思うし、だめならだめでもういいよ就職なんて」

池山「自棄にならない方がいいんじゃ・・・・・・って(泣き出しちゃった)」

有希「もうやだ。普通に企業訪問して面接なんか受けられる心境じゃないよ」

池山「(やばい。研究室の先輩たちが変な目でこっちを見てるじゃん)わかったよ。付き
合うから泣き止んで」



池山「落ちついた?」

有希「うん。取り乱しちゃってごめん」

池山(有希って一見清楚だけど実は結構遊んでいる女の子だったはずなのに、ここまで取
り乱すとは。こういう子でもやっぱり彼氏に浮気されるとここまで落ち込むんだ。可愛く
てもてる子でもこういう悩みは僕たちと同じなんだな)

池山(いや、違うか。結城の相手が怜菜だから、結城の実の妹だからここまで落ち込んで
るんだろう)

池山「ここでよかった?」

有希「うん。このカフェも卒業したら来なくなるんだろうなあ」

池山「僕は当分はここにお世話になると思うよ」

有希「ニ年間?」

池山「卒業してから四年間かな」

有希「・・・・・・そう」


池山「相談って・・・・・・(何か聞きづらいな)」

有希「この間のこと、後悔してる?」

池山「・・・・・・後悔って言うか」

有希「って言うか、何?」

池山「この年で初体験だったから、贅沢を言っちゃいけないんだろうけど。つまり、ああ
いう状態じゃなかった時の方がよかったって言うか」

有希「そうだよね」

池山「うん」

有希「・・・・・・今日、結城君と会ったんだ」

池山「本当に?」

有希「うん。彼と初めてデートしたときに入ったカフェに呼び出されてね。そこで振られ
た」

池山「あいつ、何って言ってた?」

有希「意外だったけど正直に話してくれた。妹と、怜菜と付き合いたいから別れてくれっ
て」

池山「え? 兄妹でそういう関係になりたいって正直に君に話したの?」

有希「うん。あたし、びっくりしちゃった」

池山「それはそうだろうね」

有希「彼、顔真っ赤で手が震えてた。煙草を何度もテーブルに落としてたし、あんな結城
君を見たのは初めてだよ」

池山「・・・・・・そうか(本気なんだ。結城のやつ)」

有希「そんな彼を見てたらね。不思議なんだけどあれだけ悩んでいたことがばかばかしく
なっちゃった。何か吹っ切れた感じでね。彼への未練も怜菜への腹立ちも消えてさ。ああ、
この人たちはかわいそうな人たちなんだなって、同情すら感じたくらい」

池山「(笑ってる。だけどさっきまで泣くくらい落ち込んでたのは何なんだよ)もう気に
ならないってこと?」

有希「うん。結城君にはもう未練はないよ」



有希「わかった。別れてあげる」

結城「本当にごめん」

有希「もういい。あたしのことは気にしなくていいよ」

結城「有希と池山には本当にすまないことをしたと思う」

有希「結城君はもう気にしなくていいよ」

結城「・・・・・・有希」

有希「正直、結城君と怜菜の仲は応援できない。実の兄妹で恋愛、しかも体の関係がある
なんて汚らしいとしか思えない」

結城「うん」

有希「それでもさ、結城君と怜菜があまり辛い思いをしないように祈ってるよ」

結城「・・・・・・ごめん」

有希「じゃあね。怜菜にもよろしく」


池山「だったら何で辛そうに泣いてたの。それに相談っていったい。企業の面接さえ受け
られない心境なんでしょ」

有希「それは本当なの。でももうその原因は結城君に振られたことじゃないよ」

池山「じゃあ何で」

有希「あのさ。あのとき、君は本当に嫌だった?」

池山「え?」

有希「本当に辛いだけだったの? 後悔しているって言ったけど、全然気持ちよくなかっ
た?」

池山「・・・・・・何でそんなこと聞くの? それはもう忘れようよ。それに相談」

有希「あたしの相談はそのことなの。君さえよかったら、あたしと付き合ってもらえない
かな」

池山「付き合うって。君はいったい何考えてるの(嘘だろ? あの有希が僕に告白するな
んて)」

有希「あたしさ。近親相姦とかそういうの無理。仮に結城君が怜菜じゃなくてあたしを選
んだとしても、妹にそういう感情を一度でも持った男なんて気持ち悪くて絶対に付き合え
ない。そう気づいたら、結城君に振られたことが気にならなくなったのね」

池山「・・・・・・それは確かにわかる気はするけど」

有希「はっきり言えば気持ち悪い。思わず別れ際に彼にもそう言っちゃった」

池山「でも、それが何で僕と付き合うことに繋がるの」

有希「あたしね。君のこと好きなんだと思う」

池山「だから何でそうなるの。あの晩は君は自棄になってたし、誰でもよかったんじゃな
いの?」

有希「違うよ。あたしはそんな女じゃないよ」

池山「それに僕はあれからまだ怜菜と話をしてないんだ」

有希「あ、そうか・・・・・・。ごめんね。君の方はまだ心の整理が付いてないのね」

池山「正直に言えばそういうことかな」

有希「じゃああたし待つから」

池山「待つってどういうこと」

有希「多分だけど、怜菜は君に別れ話を持ってくると思う。結城君みたいに正直に兄妹の
関係を話すかどうかは別だけど」

池山「うん」

有希「まあ、怜菜に最小限でも君に対して申し訳ないという気持が残っているとしたら、
正直に話をするとは思うけどね。結城君がそうだったみたいに」

池山「怜菜に振られるにしても、嘘をついて振られることはないと思う。少なくともこの
間までは怜菜が僕のことを好きだと言ってくれた気持ちには嘘はないと信じているから
ら」

有希「そうならいいね」

池山「え」

有希「怜菜と正式に別れたら、あたしのことも真面目に考えてくれる?」

池山「いや、僕は」

有希「真面目に考えてくれるくらいはいいでしょ? 絶対にあたしと付き合うって約束し
ろっていってるわけじゃないんだし。それともあたしの告白には真面目に考える価値さえ
ないの?」

池山「そうじゃないって。わかった、そうするよ」

有希「じゃあ連絡待ってる」

池山「うん」

有希「頑張ってね」


怜菜「まだ理解できない?」

池山(心が折れそうだ。でも、頑張らなきゃ)

怜菜「理由なんかどうでもいいでしょ。それを聞いてどうするの」

池山「理由もなしに別れろって言われても納得できないよ(頑張れ、僕)」

怜菜「何でそんなに粘着するわけ? 別に婚約しているわけでもなんでもないじゃん。恋
人同士が別れのときを迎えるなんてよくあることでしょ? 君なら相手に振られるなんて
今までに何度も経験しているんじゃないの」

池山「・・・・・・(これ、本当にこの間までの優しかった怜菜か?)」

怜菜「ああそうか。振られるも何も君が付き合った女の子ってあたしだけだっけ? そし
たらいろいろと経験がないのも無理ないけど」



「まあ、怜菜に最小限でも君に対して申し訳ないという気持が残っているとしたら、
正直に話をするとは思うけどね。結城君がそうだったみたいに」



池山(僕に対して申し訳ないという気持すら持っていないということか。少なくとも結城
は有希に対して真実を伝えて本気で謝った。でも怜菜は)

怜菜「だからさあ。君より好きな人ができたってだけだよ。そんなのよくあることじゃん。
それともあたしは好きな人への気持ちを隠して君のことが一番好きな振りをした方がいい
の? 君はそんなことで満足できるわけ?」

池山「僕は君のことが本当に好きだったから。だから・・・・・・」

怜菜「君には悪いとは思うよ。でも、あたしは博人のことが一番好きじゃないの。最初か
らそうだったわけじゃないけど、今はそうなの」

池山「君が好きな人って誰なの」

怜菜「それを聞いてどうするの? 相手のところに喧嘩でも売りに行く? 違うよね。君
はそんなことができる人じゃないもんね」

池山「・・・・・・」

怜菜「無言になっちゃったね。あたしにプレッシャーかけてるつもり?」

池山「そうじゃないよ」

怜菜「わかったよ。教えてあげる。あたしの好きな人は同じ大学で、君と違って女の子に
慣れていて今までもいっぱい告られていて、一部上場企業に内定が決まって将来性もある
人だよ」

池山「(それが結城だとは言わないんだな。結城は震えながらも有希に全部告白したの
に)」

怜菜「君とは真逆の人でしょ。君はあたしが初めてのキスの相手で、院に進むのはいいけ
ど民俗学じゃ将来性もないよね?」

池山「・・・・・・もういい)」

怜菜「ついでに言えば君はまだ童貞。あたしとずっと付き合っていたのに、手も出そうと
しなかったよね?」

池山「・・・・・・」

怜菜「わかったでしょ。君にはあたしに振られる理由しかないじゃない」

池山「わかった。僕たち別れよう」

怜菜「・・・・・・それでいいのよ。最初からそう言えばいいのにぐだぐだと」

池山「悪かった。じゃあ元気でね。今まで本当にありがと(結城と付き合う・・・・・・か。結
構茨の道なんだろうなあ)」

怜菜「・・・・・・うん」


有希「やあ」

池山「何でいるの」

有希「元気出しなよ」

池山「僕は元気だよ。それよかいつからいたの」

有希「ついさっき来たところだよ」

池山「・・・・・・そう(有希ってずぶ濡れだ。雨が降り出したのって三時間以上前じゃん
か)」

有希「怜菜と話したの?」

池山「取りあえずアパートの中に入りなよ」

有希「・・・・・・うん」

池山「そのままじゃ風邪引くね」

有希「別にどうでもいいよ」

池山「就職活動は終ってないんでしょ」

有希「終ったよ。集談社から内定出たから」

池山「そうなんだ。よかったね。おめでとう」

有希「・・・・・・」

池山「有希?」

有希「それで? 怜菜は何だって?」

池山「うん。好きな人ができたから僕とれたいって」

有希「それで」

池山「それでって・・・・・・」

有希「怜菜は自分の汚らわしい近親相姦の関係を告白した?」

池山「・・・・・・」

有希「しなかったのね。あたしと接触すればすぐにばれると言うのに。ちっとは結城君と
口裏を合わせとけばいいのにね」

池山(あれ。何だろう、体が震える。別に雨に濡れたわけでもないのに)

池山(さっきは怜菜の話に動揺はしたけど、しっかりと自分を保って別れ話に対応できた
のに。何で今になって・・・・・)

有希「博人?」

池山「うん。大丈夫」

有希「すごい汗だよ。それに体が震えているじゃない」

池山「・・・・・・ごめん」

有希「・・・・・・博人」

池山「ちょっとごめん。トイレに行って来る(視界が歪んでぐるぐる回転し始めた。いっ
たい何でだ)」

有希「ちょっと博人」

池山(立っていられない。まずい。何でこんなみっともないところを有希に)

池山(・・・・・・視界が薄れていく)

有希「ちょっと博人。博人ってば」


池山(あれ。僕ってどうしたんだ。つうかあのとき視界がぐるぐる回りながら薄れていっ
て。気を失ったのか。自分の人生で本当に気を失うとか初めてだ。自分では割り切れてい
るつもりだったのに、本当はショックだったのかなあ)

有希「・・・・・・大丈夫だよ。もう心配しなくていいから」

池山「有希?(頭と背中を撫でてくれてる)」

有希「もう全部忘れて。君が悩むことはないのよ」

池山「だって」

有希「怜菜が君に対してどういう態度を取ったのかは想像がつくよ。君の状態を見ればね。
でも、もう気にするはやめよう。あたしももう吹っ切れたし君もそうして」

池山「有希が励ましてくれるのは嬉しいけど、怜菜にあそこまでひどい態度を取られると、
気にするなって言われても無理だよ」

有希「怜菜が君に何を言ったかは知らないけど。でもあの子のことだからきっと別れる責
任を全部君に押し付けたんでしょうね。ばかな子」

池山「・・・・・・うん」

有希「少なくとも結城君はあたしに全部打ち明けたんだし。答え合わせくらいしておけば
よかったのにね」

池山「よくわからないよ、もう」

有希「わからなくていいよ。一緒にいてあげるからこのまま寝ちゃいなよ。明日起きれば
少しは気持ちがすっきりしているかもよ」

池山「・・・・・・君が風邪引いちゃうでしょ。お風呂に入ってきたら」

有希「あたしの心配はいいから。別にこんな弱った状態の君を口説いたりしないよ。だか
ら安心して休みなよ」

池山「だってさ」

有希「いいから素直にお姉さんの言うことを聞くのよ」

池山「・・・・・・年なんて数ヶ月しか違わないのに」

有希「ほら。布団かけてあげる」

池山「君を放って勝手に寝るわけにはいかないよ」

有希「・・・・・・」

池山「何?(有希が僕を見つめている。何か優しいような悲しいような不思議な瞳で)」

有希「君は優しいね。ちょっと不安になってきたよ」

池山「不安ってなに?」

有希「君は気にしなくていいの。寝付くまでお姉さんが寄り添っててあげるから、寝ちゃ
いなさい」

池山(そうはいくか。でもなんだか体の震えが収まってきた。全身が温かい感じ。いろい
ろ緊張して強張っていたものがときほぐれていく感じ)

池山(有希の体温を感じる。何か安心するな)

池山(いけない。本当に眠くなって・・・・・・)



池山(・・・・・・あれ)

池山(今何時だろ。ってもう朝じゃないか。結局ずっと寝ちゃってたのか)

池山(有希?)

池山(僕の体に半ば覆いかぶさるようにして。寝てるのかな)

池山「有希?」


池山「有希、寝てるの?」

池山(昨日有希って結構雨に濡れてたよな。大丈夫かな)

有希「あたし寝ちゃったのか」

池山「おはよう有希。ずっといてくれたんだね」

有希「おはよ。気分はどう」

池山「うん。君のおかげかな。何かすごくすっきりしてる」

有希「よかった。そんなに簡単に怜菜に傷つけられたことは忘れられないかもしれないけ
ど、もうなるべく忘れた方がいいよ」

池山「うん。それが本当にもう未練を感じないんだ。すごくすっきりした感じ」

有希「本当? 無理してない?」

池山「本当。多分、君がずっと一緒にいて頭を撫でててくれたからだと思う」

有希「・・・・・・」

池山「有希?(有希の顔が赤くなってる)」

有希「よかった」

池山「え(泣いてる?)」

有希「君が壊れなくて本当によかった。あたし心配で心配で」

池山(僕の胸に顔を埋めちゃった。でも何だろう。何だか不思議といとおしい気持ちが)

池山(いや。流されちゃいけないんだ。お互いに失恋したばかりで寂しいからこんな気持
ちになるのかもしれない。冷静に考えればこんなことで好意を持つなんていい加減すぎる
し、それじゃ結城と怜菜と同じようになるような気がする)

池山「有希?」

池山(返事がない・・・・・・というか何か有希の体から力が抜けているような)

池山「有希? 寝ちゃったの(あれ)」

池山(すごい熱じゃん。これはちょっとまずい)

池山「有希、起きて。熱はかった方がいいよ」

池山(ぴくりとも反応しない。どうしよう。病院に連れて行かないと)

池山(とりあえず濡れた服を脱がし)

池山(ってそんなことできるわけないだろ。そんなことしたら本気で有希に嫌われる)

池山(ど、どうしよう)

池山(ちょっと待て。嫌われたっていいじゃんか。別に有希に好かれたいわけじゃないん
だし。それに少なくとも昨夜の僕は有希に救われたことは確かだ。嫌われようが罵られよ
うが有希のためにできることをすればいいんじゃないか)

池山(それに有希の裸ならもう見たことがある・・・・・・し)

池山(・・・・・・よし。とにかく、濡れた服を脱がして体を拭いてから病院に連れて行こ
う。もう救急車を呼んでもいいくらいじゃないのか)

池山(まずタオルを取って来て)



池山(よし。このブラウスのボタンを)

池山(ブラも取った方がいいかな。ってあたりまえだろ。濡れた服は気化熱で体温を奪う
んだぞ)

池山(よし)

池山(・・・・・・)

有希「・・・・・・君はいったい何をしているの」

池山「え?」


有希「・・・・・・君ってこういう趣味があったのね」

池山「これは違うんだ。つまりそうじゃなくて」

有希「意外と大胆なんだね。意識を失った女の服をそっと脱がすなんて」

池山「(これは言い訳しても無駄だな)・・・・・・気分はどう?」

有希「どうって」

池山「これ。熱はかって」

有希「そういえば体が熱くてだるい」

池山「風邪を引いたんでしょ。雨に濡れたまま寝ちゃったから」

有希「なんだ風邪だったのか」

池山「何だって・・・・・・」

有希「寝ている間に君に激しくエッチなことをされたから体が火照ってだるいんだと思っ
てたよ」

池山「何にもしてないって」

有希「あたしの服を脱がしてたじゃん。その証拠にほら」

池山「見せつけるなって(・・・・・・有希の裸の胸、綺麗だ)」

有希「ふふ。冗談だよ。心配してくれてありがと」

池山「病院に行ったほうがいいよ」

有希「大丈夫。体を拭いて暖かくして寝てれば一晩で治るよ」

池山「本当に平気なの?」

有希「うん。君には迷惑かけちゃうけど、少しこの部屋で休ませてもらっていい?」

池山「もちろんいいけど」

有希「じゃあ続きをして」

池山「続きって。僕は決してエッチなことを君にしようなんて」

有希「エッチなことの続きなんて誰も言ってないよ。服を脱がして体を拭いてくれるんで
しょ?」

池山「いや。起きたのなら自分でしなよ」

有希「目を覚ましたけどだるくて起きあがれないの。拭いてもらっていい?」

池山「あのさあ」

有希「・・・・・・」

池山(一瞬だけ苦しそうな表情をした。有希は僕をからかってるんじゃなくて、本当にだ
るくて動けないんだ)

有希「ほら早く。あたしの裸を見るなんて初めてじゃないでしょ」

池山「わかった(本当は苦しいのにわざと平気な振りなんかして)」

池山(有希が清楚なお嬢様じゃなくてビッチだったとしても、この子が僕を救ってくれた
のは確かなんだ。今度は僕が)

有希「気持ちいい。何だか少し楽になってきたよ」

池山「わかったからじっとしてて。終ったら僕の服を着るんだよ。嫌かもしれないけど我
慢してね」

有希「・・・・・・嫌なわけないでしょ」

池山(有希の顔が赤いけど。熱のせいだよね?)


兄(この後、なし崩しに池山と有希、つまり父さんと母さんは付き合い出した。この後の
父さんの手記は今までと一転して母さんとの関係のことばかり記されている)

兄(不思議と今では父さんと母さんの馴れ初めを批判する気にならないし、嫌悪感すら沸
かない。浮気が原因で始まった仲だと結城さんからは聞いていたけど、明らかに結城さん
と怜菜さんの方に責任があるとしか思えない)

兄(・・・・・・)

兄(なのに何でかなあ。池山さんと怜菜さんのカップルにも不思議と嫌悪感を抱けない。
この手記が記された当時、母さんが抱いたような感情は沸いてこないんだよな)

兄(何でかなんてわかってる。それが実の兄と妹の関係だからだ。この二人のやり方は最
悪なのは間違いない。お互いのパートナーを酷く傷つけたんだから。特に怜菜さんの父さ
んへの態度は酷すぎる。でも・・・・・・)

兄(結城さんは怜菜さんを選んだんだ。俺の母さんのことを振ってまで。妹を想うその気
持ちを俺は非難できるのだろうか)

兄(まあ、俺と妹のことは今は別だ。俺は結城さんのように行動する気はないんだし。と
にかく父さんと母さんの馴れ初めはよくわかった。今まで考えていたような醜く酷い関係
じゃなかったんだ。それがわかったことは収穫だった。でも)

兄(じゃあ何で結城さんは俺にあんなことを話したんだ。確かに嘘はついていないのかも
しれないけど、全部を話してくれなかったせいで思い切りミスリードされたんだ。もしか
してわざとか?)

兄(それに母さんの了解を得て話しているって言ってたけど。その辺が全くわからん)

兄(ただ一つだけよく理解できたことがある。母さんが何で妹に、俺とあまり仲良くし過
ぎるなって注意したのか)

兄(妹にその話を聞いたときは正直ふざけんなって思っていたけど。でも、ここまで知っ
た今では、母さんの言葉も無理はなかったのかもしれない)

兄(・・・・・・昔の出来事を踏まえてそのときの母さんの気持ちを考えると何か切ない)

兄(いや。それはそれだ。あいつは妹が身の危険を感じているのに、そのこと自体を妹の
自意識過剰だって一言で切り捨てたんだから。母さんに同情する必要なんかない)

兄(それにしても、結城さんと怜菜さんは結婚できるわけがないんだ。そうしたらゆうは
誰の子どもなんだ? それにどうして今さら結城さんと母さんが再婚することになったん
だろう)

兄(父さんの手記は母さんと同棲し始めたところで終っている。ホームページにもその辺
のことは触れられていなかったし。ここらが残された文献から過去を探る限度か)

兄(・・・・・・いや。俺は何のために民俗学なんて専攻しているんだ。文献が残っていない事
象を聞き取りとかで収集するのが、この学問のメソッドじゃないか)

兄(そうじゃないだろ。過去のことはもう気にしないようにするんだろ?。幼友との仲直
りとかがあるから、とりあえず手記を読んだだけなんだから)

兄(そうだ。もうこれくらいで十分だろ。過去を探るのはもうやめよう)


今日は以上です
また投下します


兄「起きた?」

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「おまえ、よく寝たなあ」

妹「寝ちゃってたんだ、あたし」

兄「よっぽどサッカー嫌いなんだな、おまえ」

妹「何で? 好きだよ」

兄「サッカー好きなやつが試合開始してすぐに寝るかよ。結構いい試合だったのに」

妹「日本が勝った?」

兄「勝ったよ(両方とも日本のチームだから嘘は言ってねえよな)」

妹「やった」

兄「よかったね」

妹「今何時?」

兄「そろそろ三時半になるな」

妹「じゃあ、しかたない。起きるか」

兄「何がしかたないなんだよ」

妹「だって買物行かないと、夕ご飯の支度できないから」

兄「それで思い出したんだけどさ。俺も今日買物しないといけないんだった」

妹「何を買うの?」

兄「洋服」

妹「・・・・・・そんなのは昨日アウトレットでいっぱい買ってあげたじゃん」

兄「違うよ。スーツとかネクタイとか靴とか。よく考えたら明日からインターンシップで
研究所に行かなきゃ行けないんだけど、俺って就活しないじゃん? よく考えたらそうい
う服を持ってなかった」

妹「何でそんな大事なこと、前日の午後になって言うのよ。裾直しとかその日のうちにや
ってくれるかわからないじゃん」

兄「そうなの?」

妹「もう。スーツじゃなきゃいけないの?」

兄「大学でもらった説明の書類にはそう書いてあったけど」

妹「昨日言ってくれたらアウトレットでいくらでも買えたのに。何で直前になって言い出
すかなあ」

兄「だってさ。幼友のこととかいろいろあったから、すっかり忘れてたんだよな」

妹「すぐに出かけるよ。お兄ちゃんは車出して」

兄「へ」

妹「へじゃない。さっさとしろ」


兄「本当に大丈夫なのか」

妹「誰のせいでこうなったと思ってるのよ」

兄「悪かったって。最悪ジーンズで行くから」

妹「そういうわけにはいかないでしょ。お兄ちゃんが就職したいと思ってる職場なのに、
最初から印象を悪くしてどうすんのよ。それに死んだパパだって悲しむでしょ。自分の仕
事場に息子が来るのに、初日からだらしない格好をされたら」

兄「おまえ、裾あげとかできるの?」

妹「何とかするよ。お店に任せたら三日後の引渡しだもん。あたしがやるしかないでし
ょ」

兄「すまん」

妹「本当だよ」

兄「だから悪かったって」

妹「今夜はカップラーメンだからね」

兄「うん」

妹「帰ったらすぐに裾直しに取り掛かるから。お兄ちゃんは邪魔しないでよ」

兄「わかってるよ」

妹「せめてミシンがあればなあ。まあ、でも何とかなるか」

兄「おまえ裁縫できるの?」

妹「料理ほど得意じゃないけど。でも、学校で習ったし何とかなると思う。ミシンがあれ
ばもっと楽にできるのに」

兄「悪い」

妹「お姉ちゃんも明日からインターンシップなの」

兄「いや。学科によって日程はバラバラだから。あいつは後期日程だったと思う」

妹「あの人は?」

兄「(幼馴染もついにあの人扱いか)・・・・・・一緒だったな、そういや」

妹「最悪じゃん。何で一緒のとこに行くのよ」

兄「しかたねえだろ。まだあいつに振られる前にあいつが同じところがいいって・・・・・・別
にいいよ。なるべく話さないようにしてればいいんだし」

妹「うん。もうあの人には関わらない方がいいよ」

兄「わかってるって」

妹「そしたら、お姉ちゃんの買物はどうするの」

兄「俺は一週間は研究所に通うからあいつとは会えないな」

妹「本当に使えないなあ、お兄ちゃんは。いいよ。あたしがお姉ちゃんに会って渡すか
ら」

兄「頼んだ」

妹「頼まれたよ。まあ、お姉ちゃんと仲直りしてくるね」

兄「ああ(余計なことを聞かなきゃいいけど。特に両親の過去の話とか)」

妹「うふふ」

兄「何を笑ってる」

妹「あたしって駄目な夫を献身的に支えるいい奥さんみたいじゃない?」

兄「な・・・・・・! 何言ってるんだよおまえは」

妹「冗談だよ。何マジになってるの」

兄「別にマジになってなんか。とにかくそういうんじゃねえよ(いかん。結城さんと怜菜
さんのことを知ってから、やたら妹との関係を意識するようになってるな)」


妹「はいはい。わかったから」

兄(俺たちは。俺と妹はあいつらとは違う)

兄(でも本当にそうか? 結城さんたちみたく兄妹で結ばれたいからお互いの彼氏や彼女
を振って傷つけるなんてことはしてねえけど。それって結果論というか、偶然に順番がそ
うなっただけなんじゃないのか)

妹「どこかでコンビニに寄って」

兄「何で? お菓子でも買いたいの?」

妹「カップラーメンかコンビニのお弁当を買って帰ろうよ。今日の晩ご飯ね」

兄「カップ麺、切れてたなそういや。よし。買いだめしておくか」

妹「しないよ、そんなこと。カップ麺とか買いだめするならスーパーの方が安いでしょう
が。おじいちゃんに援助してもらっているのに、何でそんな無駄遣いするのよ」

兄(・・・・・・おまえが言うなよ。昨日だって自分の服とかアクセとかをじいちゃんの金で買
いまくっていたくせに)

妹「そこ右折しないと! もう。何で直進しちゃうのよ。家に帰ったら裾あげしなきゃい
けないのに。家から遠くなったじゃない」

兄(やべ。考えごとしたたらまた道間違えた)



兄(ここか。時間はちょうどいいな。集合時間の十五分前だし)

兄(父さんの職場だったし、公立では唯一の民俗学の研究所だから憧れもあったのだけ
ど)

兄(建物とか施設が古いのはしかたない。メインストリームじゃない研究機関なんかどこ
もこんなものだし)

兄(だが)

兄(思ってたよりだいぶ陰鬱な雰囲気だな・・・・・・。ここで一生働くかもしれないのか)

兄(いや。こういうことは印象で判断しちゃいかん。そのためにインターンシップとかし
てるんだから)

兄(しかし。妹の献身ぶりってどうなんだろうな。ついこの間までお互いに話すらしない
仲だったのに)

兄(あそこが入り口か。何か気後れするけど、妹のおかげでスーツで来れたし。堂々と明
るくあいさつしなきゃな)

兄(幼馴染のやつ、もう来てるのかな)

兄(いや。あいつのことは無視だ、無視)

兄(確か最初は管理課ってとこに集合しろって書いてあったな。集合って言ったって俺と
だ幼馴染けみたいだけど・・・・・・入り口を入ってすぐに狭いロビーがある。正面のカウン
ターのとこに管理課って書いてあるな)

兄(五、六人の年配の人たちがデスクに向って働いている。何だか声かけづれえ)

兄(いや。この先自分が働くかもしれない職場なんだ。思い切り印象をよくしないと)

兄(よし。元気な声で)

兄「おはようございます! 南関東大学文学部人文社会学科民俗学専攻の池山と申します。
今日からインターンでお世話になります。よろしくお願いします!」

兄(あれ・・・・・・ひょっとして、俺すべったかな。何か空気が凍りついたような)

「ああ、インターンシップの方ですね。おはようございます」

兄「おはようございます。よろしくお願いします!(すべってもいいや。とにかく礼儀正
しさと元気さをアピールしないと)」

「課長~。インターンの方がいらっしゃいましたよ」

「はいはい。おはようございます。え~と。池山さんだっけ」


兄(何か地味な人ばっかだな。研究所だから別に普通の会社みたいな華やかさを期待した
わけじゃないし、そもそも華やかな職場なんか俺には似合ってないのはわかってるけど)

兄「はい。よろしくお願いします」

「よく来たね。じゃあ、所長にあいさつしていただきましょう」

兄(ずいぶん年配の人だな、この課長って。公務員ってこういう感じなのか)

「じゃあ、こっちについて来てくれる」

兄「はい」

兄(所長室? 最初は所長にあいさつするのか)

「所長、管理課長です」

「は~い」

「今日からインターンシップで実習に来た学生さんがいらっしゃいましたよ」

「入ってちょうだい」

「失礼します。君も一緒に入って」

兄「あ、はい。失礼します」

「おはよう、兄君」

兄(年配の女の人? 母さんと同じ年くらいかな。つうかいきなりフレンドリーに名前を
呼ばれたんだけど)

「所長の諌山です。つうか兄君、久し振りだねえ。あたしのこと忘れちゃった?」

兄「はい?」

所長「あはは。びっくりしないで。佐々木から聞いてるよ。君って池山君の息子さんなん
ですってね」

兄「あ、はい(池山君? この人って父さんの先輩なのかな。佐々木先生は父さんのこと
を先生とか先輩とかって呼んでいるのに)」

所長「覚えてないかなあ。昔、保育園児だった君をいつも抱っこして面倒をみてあげたの
に」

兄「はい?」

所長「まあとにかくそこに座って。幼馴染さんの隣ね」

兄(げ。やっぱこいつも来てたのか。ってそりゃそうだ。これも単位認定されるんだか
ら)

幼馴染(・・・・・・)

兄(無視かよ。でも形だけでもあいさつしとかないと、礼儀知らずだと思われるかもしれ
ない。ここに就職を希望している以上は・・・・・・)

兄「おはようございます」

幼馴染「・・・・・・おはようございます」

兄(小さな声。まあ無理もない)

所長「よく来たね。君がここに来るのって何年ぶりだろうね」

兄「え(俺、ここに来たことあるんだっけ)」


所長「じゃあ説明始めるか。君たちは今日から五日間、ここで職場体験してもらいま
す。二人で一緒に行動してもらうからね」

兄(げ。マジかよ)

幼馴染「・・・・・・はい」

所長「主任研究員の岩崎の下で、データの整理や紀要の編集とかしてもらね。まあ、雑用
なんだけどここの仕事がどういうものかはわかると思うよ」

兄「はい(必要最小限しか幼馴染とは話さないようにしないとな)」

所長「岩崎の研究室には管理課長が連れって行ってくれるからね」

管理課長「じゃあ、行きましょう」

兄「はい」

幼馴染「・・・・・・はい」

所長「がんばってね・・・・・・しかし君って本当に池山君の若い頃にそっくりだなあ」

兄「はあ」

所長「何か懐かしいと言うか、ちょっと泣きたくなるね」

兄「はい?」

所長「何でもないよ。じゃあ、課長。お願いね」

管理課長「わかりました。じゃあ君たち、ついて来て」

兄(俺ってそんなに父さん似だったっけ。それにしても泣きたくなるって・・・・・・)



管理課長「ここですよ。岩崎さん、いますか?」

岩崎「はい」

管理課長「インターンの学生さんが見えました」

岩崎「どうぞ」

管理課長「じゃあ、お二人とも入ってください」

兄「失礼します」

幼馴染「・・・・・・失礼します」

管理課長「こちらが兄さんと幼馴染さん。こちらが主任研究員の岩崎です。君たちの指導
をしてくれます」

岩崎「岩崎です。よろしく」

兄「よろしくお願いします(またおばさんだ。所長と同じ年齢くらいかな)」

幼馴染「・・・・・・よろしくお願いします」

兄(元気ねえなあ。ま、無理もない。まあ、俺としてはこいつのことは許すとは言ったん
だし、かと言って今さらこいつと仲良くなるのもありえない。事務的に接していればいい
んだ。不用意に親しくなると妹に怒られるしな。それにもう心底からこいつとかゆうとか
の関係に巻き込まれたくねえし)

管理課長「じゃああとはお願いしますね」


岩崎「はいはい。兄君、お久し振りね」

兄「はい?(またかよ。全然記憶にないんだけど、俺ってここに父さんに連れられて来た
ことあるのかなあ)」

岩崎「あたしのこと覚えてない?」

兄「すいません」

岩崎「まあそうだよね。あのときの君はまだ保育園児だったからなあ。管理課からイン
ターンに来る学生の書類が回ってきたとき、所長と二人で本当に興奮したわ。あの池山の
息子さんに再会できるって」

兄「はあ」

岩崎「幼馴染さんもこんにちは。岩崎です、よろしくね」

幼馴染「・・・・・・よろしくお願いします」

岩崎「積もる話もあるけど、とりあえずやってもらうことを説明するね」

兄(積もる話? いったい何だ?)

兄(最初の作業は紀要の校正か。この原稿を見ながらゲラ刷りを校正すればいいんだな。
なんだ、単純作業じゃん)

兄(作業としては単純な仕事だけど、考えようによっては発表前のここの研究員の論文を
見れるんだ。そう考えると結構貴重な体験かも)

兄(それに幼馴染と一緒に読み合わせするんじゃなくて、それぞれが担当の部分を一人で
校正すればいいから気が楽だ。幼馴染と喋らなくて済むし)

兄(よし。内容を読みつつも誤植には気をつけて作業するか。これなら思ったより楽そう
な作業かもしれん)

兄(・・・・・・狭い部屋で幼馴染と二人きりだけど、お互いに目の前の作業に没頭できるんで
思ったより気が楽だ。幼馴染の方も作業に集中していて俺のことを気にしている様子はな
い)

兄(こいつ。ゆうとは今どうなってるのかな。今だにゆうを追いかけているのか、それと
も望みどおりゆうとやり直せたのか)

兄(幼友の約束が本当だとしたら、あいつはゆうとはやり直さないはずだし。それなら幼
馴染にもゆうとやり直せるチャンスはあるけどな)

兄(まあどうでもいいや。校正に集中しないと)

兄(・・・・・・しかし、こういう作業をさせたら幼馴染は本当に手際いいな。昔からこいつは
器用と言うか、手順の飲みこみとかが本当に早い。さっきからすげえ集中して作業してい
るし。つうか俺の三倍くらいは済ませてるじゃんか)

兄(はあ。何かなあ。これだけ幼馴染にひどいことをされたわけだけど、やっぱりこいつ
のこういうところは変わってないよな。作業に対する手際のよさとか、生真面目なくらい
の責任感とかは。まあ、その責任感は恋愛関係には全く生かされなかったわけだけど)

兄(それでも、ゆうに対する想い以外はこいつは変わってないのかも。とにかく勉強とか
こういう仕事に対しては本当に真摯な態度で臨んでいるしさ)

兄(・・・・・・って考えごとしている場合じゃない。就職がかかっているかもしれないの
に)

兄(・・・・・・)

兄(・・・・・・気楽に考えてたけど、結構時間かかるなこれ。内容を読みながらとか言ってる
場合じゃないな。午前中には終らせろって言われたけど、このスピードじゃとても無理じ
ゃんか)

兄(少し真面目にやろう)

兄(・・・・・・無理。もう無理。さすがにページ数が多すぎだろ。これじゃ午前中までになん
か)

幼馴染「・・・・・・あの」

兄(え?)


幼馴染「あの。あのさ、兄君?」

兄「何(確かにこいつのことは許すとは言ったけど。あれだけひでえことしといてよく自
分から話しかける気になるよな)」

幼馴染「邪魔してごめん」

兄「何だよ」

幼馴染「あ、あのさ・・・・・・」

兄(何なんだ)

幼馴染「余計なお世話だと思うけど。兄君って最初の原稿で校正してる」

兄「どういうこと」

幼馴染「岩崎さんはこれは三校だって言ってたから。二校の原稿で校正すればいいと思う。
初校とつき合わせてたら時間かかっちゃうし、二校の訂正分をチェックできないよ」

兄「あ(確かに。これって三校だったのか。岩崎さんの説明をちゃんと聞いていなかった
から、思い込みでミスしちゃったんだ)」

幼馴染「二校と三校の読み合わせだけなら校正もそんな時間かからないと思う」

兄「あ、ああ。わかったよ(こいつの人間性は最悪たけど、やっぱり前みたく聡明なとこ
ろは残ってるんだな。俺は幼馴染のこういうところが好きだった。飲み込みの早さとか全
体の仕組みの把握力とか)」

幼馴染「余計なこと言ってごめんなさい」

兄「ああ(とにかく作業を急ごう。ここに就職希望なんだし、最初から悪い印象を与える
わけにはいかないし)」

兄(・・・・・・)

兄(結構な枚数が残ってるな。これじゃあ間に合わないかもしれん)

兄(とにかく集中して校正を)

兄(・・・・・)

兄(いかん。集中力が落ちてきた。だいぶ速度が落ちてるな)

兄(情けない。やっと父さんの職場に来ることができたのに、いきなりこれかよ)

兄(いや。考えごとをして悩んでる暇があるなら一枚でも多く校正を)

幼馴染「あの」

兄「(うるせえなあ)今度は何?」

幼馴染「・・・・・・!」

兄「(大声を出してびくっとさせちゃった)いや。何か用だった?」

幼馴染(・・・・・・)

兄「大声を出して悪かったよ。何か用か」

幼馴染「・・・・・・かったら」

兄「何だって?」

幼馴染「兄君さえよかったら、それ少し手伝ってもいい?」

兄「はい?(同情か? ふざけんな)」

幼馴染「あたし、自分の分はもう終っちゃったし」

兄「何のつもりだよ。罪滅ぼしでもする気にでもなったってわけか?」

幼馴染「ごめんなさい。そうじゃないの」

兄「何か勘違いしてねえか?」

幼馴染「勘違い・・・・・・?」

兄「確かに俺はおまえのしたことを許したし、おまえに振られたことも理解した。だから
おまえはゆうとでも誰とでも好きに付き合えばいいさ」


幼馴染「・・・・・・」

兄「(何泣いてるんだよ)だけどさ。それは俺とおまえが付き合いだす前の仲のいい幼馴
染の関係に戻るってことじゃねえことは、おまえだってわかってるだろ」

幼馴染「・・・・・・うん」

兄「じゃあ、何で俺に気軽に話しかける? 何で俺の校正を手伝おうかとか言っちゃって
るの」

幼馴染「でも。校正を手伝うくらい」

兄「手伝うくらい? やっぱりおまえ、何か勘違いしてるよ」

幼馴染「・・・・・・」

兄「おまえのことを許したのは確かだけど、俺はもう二度とおまえとは関りたくない。口
を聞くのもおまえの姿を見るのも嫌だ」

幼馴染「だって。それじゃ本当はあたしのこと許してないんじゃ」

兄「許したよ。もうおまえからは謝罪も求めないし、ゆうと別れて俺とやり直してくれと
も言わない。それが許すってことじゃねえの?」

幼馴染「それは本当はあたしのことを許してないよ。あたしのことをまだ恨んでるってこ
とじゃない」

兄「当たり前だろ。俺の許すってのはそんなふざけたことじゃねえよ」

幼馴染「じゃあ」

兄「おまえがそこまでふざけたことを言うなら聞くけどよ」

幼馴染「え・・・・・・」

兄「何で長年の間、俺とおまえがお互いに望んでいた関係になったとたんに、あんなひどい真似をした?」

幼馴染「・・・・・・ごめんなさい」

兄「俺は謝れなんて言ってないよ。何でって聞いてるんだ」

幼馴染「それは・・・・・・あたし。君は申し訳ないけどゆうのことを」

兄「俺が吐いて倒れるほどつらかったとき、おまえは俺に何て言った? 俺がおばさんを
誤魔化してくれれば、おまえはゆうと会えるって言ってたよな。マジふざけんなよ。ただ、
他に好きな人ができた、あたしと別れてって言えば済んだことを、何でわざわざあんなひ
どい振り方をした?」

幼馴染「あのときは別れてなんてとても言えなかった。絶対に君を傷つけると思ったか
ら」

兄「確かに傷付いたろうな。でも、あんなふざけたことを言われるよりはまだましだった
と思うよ」

兄(・・・・・・何で俺ってこんなエキサイトしてるんだろう。もうこいつには無関心になった
はずだったのに)

幼馴染「そんなつもりじゃなかった。本当にわざとしたんじゃないの」

兄(妹が言ってた。好きの反対は無関心だって。あのときは俺もそのとおりだと思ったん
だけど)

兄(全然無関心になれてねえじゃん。ということは、ひょっとして俺ってまだこいつのこ
とを本当には嫌いになれてねえのか。もうこんなのは本当に終わりにしないと)

兄「大声を出して悪かったな」

幼馴染「ううん」

兄「もうお互いに縁を切ろう。会って話せばまた俺は今みたいにおまえに嫌なことを言っ
ちゃうと思うんだ。おまえだってつらいだろ」

幼馴染「待って。あたしはそれでもいい。それだけのことをしちゃったんだから」

兄「俺がいやなんだよ。昔から大好きだったおまえに、長年世話になったおばさんの娘の
おまえにこんなことを言うことがつらいんだ。でも、おまえに会って会話とかしたら、絶
対にまたこういう話を繰返しちゃうと思う。だからさ。もう終わりにしようぜ」

幼馴染「君はあたしには無関心になったのかと思ってた。幼友がそう言ってたし」


兄「そうだったな。自分でもそう思っていたんだけどな」

幼馴染「あの・・・・・・君と幼友って付き合ってるの?」

兄「(それを聞いてどうするつもりだ)ゆうのことが大好きなおまえにはもう関係ねえだ
ろ」

幼馴染「・・・・・・そうだけど」

兄「本当は、あいつとは付き合ってねえよ」

幼馴染「・・・・・・そう」

兄「それでもおまえにされたことで落ち込んでいた俺を救ってくれたのは、妹と幼友だ
よ。だから、あいつらは今、俺にとってはおまえなんかよりも大事な存在なんだ」

幼馴染「そう・・・・・・だよね。あたしは、君に嫌われても自業自得だもんね」

兄「そうだな」

幼馴染「・・・・・・それ、半分ちょうだい」

兄「だから。俺の話を聞いてるのかよ」

幼馴染「予定どおり終らせないと研究所の人にも迷惑かけちゃうから」

兄「・・・・・・だから(何なんだ)」

岩崎「あら。ちゃんと終ってんじゃん」

幼馴染「はい」

岩崎「君たちすごいね。正直午前中じゃとても無理だと思ってたのに」

兄「はあ(ふざけんな。無理だと思ったら少しは量とか加減しろよ。真面目に悩んだうえ
に、結局幼馴染に助けてもらっちゃったじゃねえか)」

岩崎「じゃあお昼休にしよう」

兄(やっと休憩か。外出してどっかで昼飯を)

岩崎「二人とも所長室に着いて来て」

兄「はあ?」

岩崎「所長が仕出弁当を頼んだから四人で一緒に食べようってさ。いいでしょ?」

幼馴染「はい?」

岩崎「この辺って食べるとこないしさ。インターンシップ中の五日間は所長が毎日お昼を
ご馳走するって言ってたよ」

幼馴染「でも。お昼は自分で用意するようにって指導教官から言われてます」

岩崎「指導教官って佐々木でしょ? あんなやつの言うことは聞かなくていいよ。それに
恐縮されるほど美味しい弁当じゃないんだ、あの店のは」

兄(佐々木のことを呼び捨てかよ。やっぱりこの研究所ってうちの大学のOBが多いんだ
な)


岩崎「所長~。連れて来ましたよ」

所長「おお来たか。まあ座んなよ。ご飯も届いてることだし」

岩崎「ほら。二人とも座って座って」

所長「じゃあお昼にしよう」

岩崎「所長のおごりだから遠慮しないで食べなよ」

所長「あんたには後で実費請求するからね」

岩崎「何でですか。ついでにご馳走してくれるんだと思ってたのに」

所長「あんたはちゃんと給料をもらってるでしょうが」

岩崎「はあ。あたしって大学時代から所長に奢ってもらった記憶がないんですけど」

所長「ふざけるな。池山とか佐々木とかと一緒のとき、たまにあたしが全部支払ってたこ
とがあるでしょうが」

岩崎「本当にたまにでしたよね」

所長「・・・・・・いやならあんたは食べるなよ。こいつのことは放っておいて食べよう」

岩崎「兄君に幼馴染さん。たいした味でも値段でもないけど、けちな所長がご馳走してく
れるんだから、遠慮なく食べなさい」

所長「何だと」

岩崎「いただきます。ほら、君たちも食べて。お昼休なんて一時間しかないんだからね」

所長「岩崎。おまえってやつは」

幼馴染「ふふ」

兄(幼馴染のやつ。何か楽しそうだな。確かに、所長と岩崎さんっていい人っぽいけど)

所長「岩崎。あんたは海老が食えないんだろ? その海老フライあたしにくれ」

岩崎「いやです」

所長「食えないんだから別にいいだろ」

岩崎「確かに海老は嫌いですけど」

所長「どうせ捨てるくらいなら、あたしにくれたっていいだろ」

岩崎「所長にはあげません。兄君? 海老好きでしょ」

兄「(何だ)あ、はい。好きですけど」

所長「何で岩崎が兄君の好みを知ってるんだ」

岩崎「あたしは池山と同期でしたからね。彼の好みくらいは完璧に把握しているのです」

所長「池山君って海老が好きだっけ?」

岩崎「そうですよ。先輩だった所長なら知らなくてもまあ無理はありません。あたしは彼
と仲のいい同期だったんでもちろん彼の好みなんか把握してますけどね」

所長「・・・・・・調子に乗りやがって。たとえ岩崎が池山君の好みを把握しているとしてもだ。
息子の方も池山君と同じ好みだとは限らないだろうが」

岩崎「彼は池山君にそっくりですからね。食べ物の好みだって似ているはずです」

所長「何だ。単なる推測か。学者にあるまじき思い入れだな」

岩崎「学者としてとかどうでもいいです。今のはあたしの女としての勘ですから」

所長「女の勘? 研究に一生を捧げたといえば聞こえはいいが、実際には男に相手にされ
ずに独身のまま四十代後半を迎えた岩崎主任研究員が言うにこと欠いて女の勘とは驚い
た」

岩崎「・・・・・・その言葉、そっくりそのまま所長にお返ししますね」

所長「・・・・・岩崎。おまえ」

岩崎「あ、違った。所長はもう五十代でしたね。失礼」


幼馴染「うふふ」

兄(また笑った。確かにこの二人の漫才は面白いけど。それにしたってさっき俺にあそこ
まで言われたこいつが笑うって。やっぱりこいつは俺への罪悪感なんか何一つだってない
んだ。しおらしい素振りをしているだけで)

所長「・・・・・・あれ。幼馴染さん、君って」

幼馴染「あ、はい」

所長「どこかで会ったことあったっけ」

幼馴染「いえ。ないと思いますけど」

岩崎「所長。いくら情勢が自分に不利だからって話を逸らすのは悪いくせですよ」

所長「そうじゃないって。確かにその笑顔、前に見たことがあるような」

岩崎「本気で言ってるんですか」

所長「私はいつだって本気だ」

岩崎「よく言いますね。口から出まかせばかり言ってるくせに・・・・・・って、あれ。本当だ
わ」

所長「でしょでしょ」

幼馴染「はい?」

岩崎「・・・・・・わかった。彼女って結城の娘に似てるんだ」

所長「ああ、それだよそれ。池山君の同期の友だちだっけ。彼の娘にそっくりじゃん。つ
うか、君のお父さんって結城じゃないの?」

幼馴染「あたしは結城っていう姓じゃないですけど」

岩崎「何だ。違ったか。そっくりなんだけどなあ」

所長「おまえの言うことはそんなのばっかじゃんか。だいたい今思い出したけど、結城の
娘の名前は幼馴染じゃなかっただろうが」

岩崎「老化現象が始まっている所長にしてはよく思い出しましたね。それで、何て名前で
したっけ」

所長「おまえはいつも一言余計だ。でも昔、兄君とその女の子をまとめて面倒をみたこと
があるのを思い出したよ。オムツも替えたなそういや」

岩崎「当時独身の所長にとっては貴重な体験でしたね。まあ、今でも独身だけど。で、何
ていう名前でしたっけ」

所長「そのセリフ、自分を省みたら寂しくならないか? まあ、いい。確かあの子の名前
は幼友ちゃんだったよ。結城幼友。いい名前だなって思ったから覚えていたんだな、きっ
と」

兄(・・・・・・え?)

兄(結城? 幼友? まさか。いや、人違いだろうけど)

兄(・・・・・・まさかな)


今日は以上です
また投下します


レナ(怜菜?)×結城→ゆう、幼友、幼馴染?

有希(母)×池上(父)→兄、妹

今のところこんな感じか


岩崎「そうそう。研究所の施設開放日でしたよね、確か」

所長「そうだっけ。ああ、そうだよ。研究所の真面目な地域開放日だっていうのに、おま
えが独断で焼きソバの屋台を中庭に出したことを思い出したぞ」

岩崎「あれは近所の子どもたちに受けたし大好評だったでしょうが」

所長「あの後、おまえのせいで私は保健所の人に怒られたんだぞ」

岩崎「たかだか施設内で模擬店を出すのに、保健所の手続きが必要だなんて知らなかった
んだからしかたないじゃないですか」

所長「しかたないで済ませる気か。あたしはあのとき始末書まで提出させられたんだぞ」

岩崎「所長ってのは部下の不始末の責任を取る仕事なんでしょ? いつも自分でそう愚痴
っているじゃないですか」

所長「これは十七年か十八年前の話だぞ。あたしは所長どころか主任研究員にさえなって
ないわ。あえて言えば単なるおまえの先輩に過ぎなかったのに、何であたしがおまえの不
始末の尻拭いをしなきゃならんのだ」

岩崎「十七年も前のことで今だに愚痴を言えるその執念にはびっくりですよ」

所長「原因を作ったおまえが言うな」



兄(幼友なんてありふれた名前だ。単なる偶然かもしれない。それに結城さんだって別人
かもしれない。ありふれた名前だし、同期に同姓の人がいたのかも)

兄(いや。幼友は結城さんが自分の家の近くにわざわざ引っ越してきたって言ってた。幼
友と結城さんには何らかの関わりがあることは間違いない。それが実の親子だったってこ
とだとしたら)

兄(・・・・・・だけど仮にそれが事実だったとしても、何で幼友は結城さんと離れて暮してい
るんだ。それにあいつの母親ってまさか結城さんの妹なのか。そして・・・・・・)

兄(そして。そしたらゆうは幼友の実の弟ってことになるじゃないか)



幼友『あたしには聞く権利があると思う。あんたの彼女なんだし』

ゆう『うるせえ。誰が彼女だよ。おまえなんかセフレだっつうの』



兄(幼友がゆうと関係を持ってたとしたら。そして結城さんの相手が怜菜さんだとした
ら)

兄(兄妹の間に生まれた実の姉弟がそういう関係をもったってこと?)

兄(さすがにねえだろ)

兄(しかし偶然の一致で済ませるにはできすぎている。過去のことにはもう触れないと決
めたばかりだけど、ゆうや結城さんや母さんがまだ完全には俺と妹の視界から消えてない
以上、知らなかったことにするわけにもいかないんだろうなあ)

兄(いっそ幼友を問い詰めるか。もうあいつらには関らないと決めたばかりだけど)


岩崎「しかし、懐かしいですね。久し振りに思い出しましたよ」

所長「十七年も前とは思えないよな。あのときのことは不思議と今でも鮮明に覚えている
ぞ」

岩崎「それは多分、所長が相当悔しい思いをしたからなんじゃないですか」

所長「・・・・・・どういうことだ」

岩崎「池山と結城の奥さんたちに嫉妬したんでしょう、どうせ」

所長「しとらわんわ、あほ。嫉妬どころか兄君と幼友ちゃんのおむつを変えるほど面倒み
てやったつうの」

岩崎「どうですかねえ。研究に一生を捧げたといえば聞こえはいいが、実際には男に相手
にされずに独身のまま場末の研究所で働いている自分と、幸せそうに池山や結城に寄り添
う可愛い奥さんたちの境遇を比べて、二人のオムツを替えながら密かに泣いてたんじゃな
いですか、所長」

所長「・・・・・・おまえこそどうなんだ。研究に一生を捧げたといえば聞こえはいいが、実際
には男に相手にされずに独身のまま場末の研究所で働いていたおまえは。どうせ幸せそう
な勝ち組カップルに嫉妬しながら、一人寂しく保健所の許可を得てない焼きソバを焼いて
たんだろう」

岩崎「・・・・・・もうよしましょう。この戦いはお互いが傷つくだけです。それに、インター
ンシップの二人に呆れられているような気がします」

所長「そもそもおまえが仕掛けてきたんだろうが」

岩崎「まあ嫉妬したかどうかはともかく、ユキもレイナさんも幸せそうでしたねえ」

所長「いきなり固有名を出されてもわからんぞ」

岩崎「ユキは池山の奥さんで兄君のお母さんですよ。あんた若年性痴呆症でも発症してる
のと違いますか」

所長「そんわけないだろ」

岩崎「まあそうですね。所長は若年とは言えませんし」

所長「・・・・・・」

岩崎「あとレイナさんは結城の奥さんですよ」

所長「結城というのはあれだろ? おまえの同期でなんだか有名企業に就職して、今じゃ
すごく偉くなってるとかいうやつ」

岩崎「そうです。池山もユキも結城もあたしと大学の同期ですよ」

所長「結城の奥さんは同期じゃないのか?」

岩崎「レイナさんは多分、違うんじゃないかなあ」

所長「何だずいぶん曖昧じゃないか」

岩崎「既婚女性なんかに興味はないですからね。つうか所長。そろそろ昼休が終っちゃい
ますよ」

所長「おまえと話してたから、兄君と幼馴染さんと話せなかったじゃないか」

岩崎「それはどう考えてもあたしだけのせいじゃないでしょ」

所長「まあいい。午後もちゃんとこの二人を指導しろよ」

岩崎「それは承知しています」


兄(怜菜さんは父さんと母さんの同期だよな。本当は結城さんより一つ下だけど、結城さ
んが一浪したんで結果として同じ学年に入学したんだから)

岩崎「眠いしだるいけど午後の仕事を始めようか」

所長「そういうことをこの子たちの前で言うなよ。ただでさえ公務員は給料泥棒とか叩か
れてるんだからさ」

岩崎「へいへい。じゃあ、二人とも研究室に戻ろう。あ、食べたあとはそのままにしてお
いていいよ。所長が片付けてくれるから」



岩崎「さて。午後も引き続き校正をといいたいところだけど、まさかできないだろうと思
って一日分の量の原稿を渡したら、君たち、本当に半日で終らせるんだもんね。優秀なの
はいいけど、午後に予定してた仕事がなくなっちゃった」

兄「はあ(この人は父さんたちと同期って言ってたのに。怜菜さんのことだけ知らなかっ
たとかありえるのかな)」

幼馴染「・・・・・・」

岩崎「まあ、いいや。じゃあ午後はこの研究室にある紀要とか論文とか適当に読んで勉強
しててよ。飽きたら昼寝しててもいいよ」

兄「・・・・・・はい」

岩崎「ただし、読んだ本は必ず会ったところに戻しといてね」

幼馴染「わかりました」

岩崎「じゃあ、あたしは研究予算のヒアリングに行って来るわ。三時ごろまた様子を見に
来るから」



兄「・・・・・・」

幼馴染「・・・・・・」

兄(気まずい。こいつとここで二人きりなのはさっきと同じだけど。さっきはまだしも校
正作業とかに集中できてたからな。やることが無くなったこの場所で、午後ずっと幼馴染
と二人きりか)

兄(とりあえずその辺にある論文集とか読むか)

兄(父さんの論文とかないかな)

兄(どれ)

幼馴染「兄君」

兄「何だよ」

幼馴染「幼友のことなんだけど。その、彼女のことを信頼している君には言いづらいんだ
けど」

兄「言いづらければ言わなければいいじゃん(今の所長と岩崎さんの会話をこいつも気に
なったのか。前に父さんと母さんが浮気して結城さんと怜菜さんのことを裏切った話をし
ちゃったんだよな。こいつはゆうのことが好きだし、幼友のことが気になっても不思議じ
ゃねえけど)」

幼馴染「それはそうだんだけど」

兄「だから何が言いたいんだよ(それにしたってこいつと一緒に謎解きをする気になんか
全くならない」

幼馴染「・・・・・・お願いだよ。本気で反省してるから」

兄「何だって?」

幼馴染「自分のしたことの醜さは本当にわかったの。君にひどいことをしたことも、幼馴
染にあんなことを言われてもしかたないことも。何よりも妹ちゃんの信頼をこれ以上ない
くらいに酷く裏切ってしまったことも」

兄「今さらそれを理解しても、いろいろ手遅れだと思うけどな。おまえはいったい何が望
みなの?」



幼馴染「望んだって、もうどうしようもないことだらけなことはわかってる。でも、せめ
て君には」

兄「俺には?」

幼馴染「何でもするから。だから、君にだけは許してもらいたいの」

兄「だから。おまえのことは許したって言ったじゃん。記憶力ねえの?」

幼馴染「・・・・・・そうじゃなくて。心から許して欲しいっていうか。君とは昔みたいに何で
も相談できる仲に戻りたいの」

兄「・・・・・・それは無理」

幼馴染「どうして」

兄「どうして? おまえがそれを言うか?」

幼馴染「あたしがゆう君のことをまだ好きだから、君はあたしと仲直りしてくれない
の?」

兄「(こいつがゆうのことが好きだから俺が拗ねているとでも言いたいのか)その自信っ
ていったいどこからくるの? 逆に聞きたいけどさ。おまえ、ゆうに捨てられても、まだ
あいつのこと好きなんだろ」

幼馴染「・・・・・・それは。そう・・・・・・だけど」

兄「それ以上言わなくてもいいよ。よくわかったから(ゆうとは恋人として付き合いは続
けたいけど、俺とも仲直りしたいわけか。もう俺なんかのことは彼氏としては思えないけ
ど、それでも居心地がいいから昔の幼馴染同士の付き合いに戻りたいわけか)」

兄(俺って幼馴染には無関心なつもりだったけど、まだ心の中に傷つけられる余地が残っ
てたんだな。妹の言うとおりもうこいつとは話をしない方がいいんだ)

幼馴染「兄君?」

兄「なあ、いいじゃん。俺はもう怒ってないし、おまえも好きなだけゆうに迫れるんだ
し」

幼馴染「でも、あたしと君の仲は」

兄「昔の知り合い。それでいいだろ? おまえの望みどおりじゃん」

幼馴染「・・・・・・それって前みたく一緒に大学に行ったりとか、あたしがお弁当を作ったら
一緒に食べてくれるとか」

兄「悪い。弁当は妹が作ってくれてるし、朝は幼友と待合わせしてるからさ。だから無
理」

幼馴染「そうか」

兄「うん」

幼馴染「そうだよね」

兄「そういうこと。じゃあ、仕事に戻ろうか」

幼馴染「あのさ」

兄「今度は何だよ」

幼馴染「君にそう言われても無理はないことはよくわかってる。あたしはまだゆう君のこ
とが気になってるし。そんな状態であたしのことを君が許せるわけないよね」

兄「(まだ言うか、こいつ)あのさ。それはもうでもいいの。おまえがゆうのことを好き
なのはおまえの勝手だしさ。だけど、おまえがゆうのことを好きだと思わなくなったとし
ても、俺はおまえと前みたいな関係に戻る気はないよ。正直、もうおまえとは関りたくな
い」

幼馴染「・・・・・・」

兄「・・・・・・泣くなよ、頼むから。いったい何が不満なんだよ」

幼馴染「・・・・・・不満なんかじゃない」

兄「じゃあ何だよ。おまえは俺よりゆうを好きになり俺を振った。俺は傷付いたけど、妹
と幼友に助けられて自分を取り戻した。今は、ゆうを好きなおまえを許せるようにもなっ
た。これじゃ不満なのか」


幼馴染「・・・・・・うん。あたしがひどいことをして、今また無神経なことを言ってるのは理
解してるの」

兄「じゃあ、それでいいじゃん」

幼馴染「でも。君と昔みたく仲のよかった幼馴染には戻れないとしても、これだけは言わ
せて」

兄「何なんだよ」

幼馴染「君はもう幼友とは親しくしないほうがいいと思う」

兄「おまえがそんなことを」

幼馴染「言える立場じゃないのはわかってる。悲しいけど君と仲直りするのも諦める。だ
けど、これだけは言わせて」

兄「さっきから何なんだよ。もうはっきり言ってやるけど、おまえがゆうのことをきっぱ
り忘れて、未練とかもなくなったのなら普通の知り合いくらいにはなってやるよ。だけど、
妹は今でもゆうのことを怖がってるんだぞ。そのゆうのことを好きなおまえの言うことな
んか聞けるかよ」

幼馴染「そういう話ならあたしにも理解できるの。君と妹ちゃんは昔からすごく仲がいい
し」

兄「妹との仲が改善したのなんか最近だよ。おまえだって知ってるはずだろ」

幼馴染「昔から君と妹ちゃんはお互いに好き合ってったじゃない」

兄「まだ俺を傷つけ足りないのかよ。今度は、俺と妹の誹謗中傷か」

幼馴染「違うよ。君に何と言われてもしかたないけど、今のは誹謗なんかじゃない。きっ
と君だって自分でわかってるはずだけど」

兄「・・・・・・開き直りかよ」

幼馴染「とにかく、これで最後でもいいから話を聞いて。信じてもらえないかもしれない
けど、君と妹ちゃんのことはあたしにとって大切なの」

兄「(うぜえけど、ここから勝手に出て行くわけにもいかないし)だったら聞くだけは聞
いてやるからさっさと話せよ。ただ、言っておくけど幼友は、俺がおまえに傷つけられて
死にそうになってたときに、妹と二人で俺を救ってくれたんだ。今の俺にとってはおまえ
なんかよりよっぽど大切なんだからさ。それを踏まえて話せよ」

幼馴染「そうだね。そんなことはわかった上で話すよ」

兄「・・・・・・」

幼馴染「この前、君たちの家に行って、ゆう君の部屋に入ったことがあったの」

兄「それで?」

幼馴染「あれは・・・・・・」

兄「あれは?」

幼馴染「ごめん。ゆう君を尋ねたらおばさんがいたんで」

兄「うちの母さんのことか」

幼馴染「うん。おばさんがいるとは思わなくて。思わずあたし・・・・・・」

兄「ああ。あのときの話か」



『あんたの部屋を訪れて、いきなりあんたと妹が抱き合って淫らな行為をしているところ
を見せられた幼馴染ちゃんの気持ちはどうなるのよ』

『覚悟しなさい。傷付いた幼馴染ちゃんと、あんたたちのことを心配しながらなくなった
お父さんのためにも、このままじゃ済まさないからね』



幼馴染「嘘をついたの。ごめんなさい」

兄「ごめんで済むか。あれで俺と妹の家庭は崩壊したんだぞ。今では、俺と妹を助けてく
れる父さんの実家と母さんは戦争状態だよ・・・・・・って、泣くなよ。泣くくらいならさっさ
と言いたいことを話せよ」


幼馴染「本当に後悔している。大切な君と妹ちゃんにひどいことしちゃった」

兄「(本当に後悔してるのかよ。口だけなら何とでも言えるしな)それが本当なら、今こ
の場で言えよ。俺の方がゆうのクソガキなんかより大切だって。ゆうに電話しろよ。やっ
ぱり俺のことを裏切れないから、ゆうみたいな背伸びした勘違い野の高校生とはもう会わ
ないって」

兄(何言ってるんだろ、俺)

幼馴染「・・・・・・ごめんね。それは無理」

兄「だったらおまえはいったい何がしたいんだよ」

幼馴染「幼友と仲良くすることは、君と妹ちゃんのためにならないから」

兄「何でだよ(さっきの所長と岩崎さんの会話に関係あるのか)」

幼馴染「とにかく勝手に話すね。どう判断するのかは君に任せるけど」

兄「・・・・・・」

幼馴染「あのとき、おばさんはいたけど、ゆう君は家にいなかったの。帰ろうとしたら、
おばさんにゆう君の部屋で待ってればって。すぐに帰って来るからって」

兄「そう」

幼馴染「ゆう君の部屋に入るのは初めてだったの。何だか落ち着かなくて、早くゆう君が
帰って来ないかなって、早く彼に会いたいって思ってた」

兄「手短に話せよ。おまえの感情描写なんかいらねえよ」

幼馴染「・・・・・・ごめん。彼の机の上に写真があったの。君と妹ちゃんと、あたしの」

兄「そう(幼友の言ってたやつか。今さらそんな話を聞いても驚かねえよ)」

幼馴染「あと、幼友のもあった」

兄「別に不思議はねえだろ。今、あいつらがどうなってるのか知らねえけど、もともとゆ
うと幼友は付き合ってたんだよな」

幼馴染「あたしにはよくわからない。彼は妹ちゃんとあたしのことなんか気まぐれな遊び
だって。最初から幼友のことだけが大事だったって言ってたけど、本当にそうだとは思わ
ないし」

兄「どうでもいいよ、そんなこと。俺には全く関係ない」

幼馴染「幼友の写真、見たい?」

兄「見たくない」

幼馴染「見た方がいいよ。はい、これ」

兄「はいっておまえ。ゆうの部屋から持ってきたのか」

幼馴染「いいから見て」

兄「おまえ、それ犯罪・・・・・・え?」

兄(何だこれ。小学生低学年くらいの女の子?)

幼馴染「幼友の小学校の頃の写真だと思う」

兄「結構可愛いな・・・・・・って違う。何でこんな写真がゆうの部屋にあるんだよ」

幼馴染「その写真の幼友の隣でさ。彼女の肩を抱いて笑ってるのって、あなたのお母さん
の再婚相手じゃない?」

兄「言われてみれば、これは結城さんの若い頃だ」

幼馴染「岩崎さんが言ってたでしょ? 結城さんとレイナさんの夫婦が、この研究所の施
設開放日に子どもを連れてきたって」

兄「言ってたな。その子の名前は結城幼友だって」


幼馴染「幼友が結城さんとレイナさんの娘なら。じゃあ、ゆう君は誰の子どもなんだろ
う」

兄「知るかよ。幼友の弟なんじゃねえの。そんで幼友は離婚した結城さんの奥さんの怜菜
さんに引き取られたとか」

幼馴染「そしたら、ゆう君と幼友は近親相姦になっちゃうじゃん。そんなことありえない
よ」

兄「ゆうは結城さんの息子だよ。結城さんと母さんが嘘を言ってるんじゃないなら」

幼馴染「じゃあ、何であの二人は付き合ってたのよ。何でゆう君と幼友のキスプリがゆう
君の部屋にあったのよ」

兄「(そんなもんまであったのかよ)知らねえよ。つうか、おまえの悩みなんか俺に言う
なよ。それと俺と幼友との仲にどんな関係があるんだよ」

幼馴染「あたしもおかしいとは思ってた。幼友って学部も学科も違うし、サークルの仲間
ですらないのに、何で突然あたしに話しかけるようになったんだろうって」

兄「何が言いたいわけ?」

幼馴染「多分、あたしが気に入ったからじゃないよ。彼女があたしに近づいたのは、あた
しが君とよく一緒にいたからだと思う」

兄「(そうだよ。そんなことは幼友がとっくに告白してるんだって)そうかもね」

幼馴染「それにね」

兄「ああ」

幼馴染「写真にさ。番号が書いてあったの。黒いマジックで、わざわざ写真の顔のところ
に」

幼馴染「妹ちゃんに1、あたしに2って。何だかこれってさ」

兄「うん(幼友はそこまで言ってなかったな。幼友が目撃した後にゆうが書いたのか)」

兄(幼馴染なんかを救う義理は全くねえけど。それでも俺と幼馴染が今こうなった状況は
ゆうが原因なんだ。一応、こいつにも伝えておくか)

兄「それってさ。ゆうが落そうと計画してた女の子の順番だろうな」

幼馴染「どういう意味?」

兄「そのままの意味。ゆうの攻略リストってところだろ」

幼馴染「妹ちゃんに興味の無くなったゆう君が、次にあたしのことを好きになったってこ
と?」

兄「とういうかさ。何でだかはわからないけど、ゆうは俺に嫌がらせをしたいんだそうだ。
それで、俺にとって大切な女の子を俺から奪ってるんだと」

幼馴染「・・・・・・どういうこと?」

兄「要するに俺がダメージを受ける順番に、俺の周りの女の子をたらしこんだんだろ」

幼馴染「じゃあ。あたしに好きだって言ってくれたゆう君は。君からあたしを奪って君に
嫌がらせをするために、そのためだけに好きでもないあたしを抱いたってこと?」


兄「おまえ・・・・・ゆうに抱かれたの」

幼馴染「違うって。抱かれたってそういう意味じゃなくて」

兄「それはまあいいや。でも、信じなくてもいいけど、少なくとも妹と幼友はそう言って
た」

幼馴染「・・・・・・」

兄「まあ、それが正しいかどうかはわからから、無理に信じろとは言わねえけど」

幼馴染「・・・・・・」

兄「どうした?(自分がゆうにとって単なる手段に過ぎなかったと悟ってショックなのか
な)」

幼馴染「何で妹ちゃんが一番なの?」

兄「へ?」

幼馴染「おかしいじゃない。あたしと君は付き合い出したばかりだったでしょ? 何でだ
かよくわからないけど、ゆう君が君にダメージを与えたいのなら、最初にあたしを狙うは
ずじゃない」

兄(何だ? こいつが気にしてるのはそっちかよ)

兄「それは俺に言われたってわからねえよ」

幼馴染「とにかくさ。幼友とは親しくしない方がいいよ。あたしに近づいてきたのって不
自然だもん。絶対、あの子は何かをたくらんでると思う」

兄「それならさ。ゆうと親しくしない方がいい。ゆうが妹やおまえをたらしこんだのって
不自然だ。絶対にゆうは何かをたくらんでると思う」

幼馴染「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

幼馴染「そうかも」

兄「え?」

幼馴染「君の言うとおりかもしれない」

兄(何で。何で今さらこいつ)


今日は以上です
また投下します


岩崎「どう? 退屈でしょ」

兄「(びっくりした。いきなり戻って来るんだもんな)いえ。研究室の論文とか読ませて
いただいてましたので、全然退屈じゃなかったです」

岩崎「そう? でも二人とも手許に紀要とか論文集とか持ってないじゃん? 本当は二人
で雑談して息抜きでもしてたんじゃないの」

兄「いえ、そんなことは」

幼馴染「・・・・・・」

岩崎「いいって。一日分の校正を午前中で終らせちゃったんだから、堂々とサボってても
いいのよ。小うるさい所長に見つからない範囲なら」

兄「はあ」

岩崎「しかしさあ。君たちってさあ」

兄「はい?」

岩崎「二人きりでこんなむさくるしい研究室に閉じ込められて仕事もないのによく我慢で
きるよね」

兄「それは論文とかを(何にやにやしてるんだこのおばさんは)」

岩崎「君たちってできてるでしょ?」

兄「はあ?」

幼馴染「え」

岩崎「やっぱりかあ。あたしの女としての勘はよく当たるのよ。所長なんかとは違って
さ」

兄「それ、思い切り誤解してますけど」

幼馴染「・・・・・・」

岩崎「嘘つくな。こちとら全部お見通しだぜ」

兄「だから、それ勘違いですって」

岩崎「必死になって嘘つくほどのことじゃないじゃん。別にインターンシップに彼女と来
たって何が不利になるってわけじゃないしさ」

兄「どう言えば誤解を解けるんですか」

岩崎「なんてね。女の勘とか嘘。本当は佐々木から聞いてるんだ。君と幼馴染さんができ
てるって。佐々木の研究室に女の子が入ること自体が珍しいけど、その久し振りに研究室
に入った可愛い子が兄君の彼女なんてさあ。さすがは池山の息子だね」

兄(そうか。佐々木先生がそう誤解してもしかたない。俺と幼馴染が仲良かった頃のこと
とか、こいつと付き合ってた本当に短い時間のこととか、佐々木先生や研究室の先輩には
知られちゃっていたからな)

岩崎「池山も不思議な男だったよ。頭はいいし研究のセンスもいいんだけど、見た目はす
ごく地味でさ。正直、一生女の子には縁がないかと思ってたのよ。でも、実は意外とそう
でもなくてさ。友だちは派手に遊んでいる子たちが多かったなあ。君のお父さんが研究室
に彼女を連れてきたときなんか、研究室が震撼したからね。ああいう子があの部屋に足を
踏み入れるなんて初めてだったし」

幼馴染「池山さんの彼女って誰ですか」

兄(何でこいつが口挟むんだ)

岩崎「有希さんだよ。兄君のお母さんね」

幼馴染「じゃあ、幼友って女の子のお母さんは誰なんですか」

岩崎「だからレイナさんって人。結城の奥さんなんだけど、大学を卒業してから結婚した
んでよくわからないんだよね。会社で知り合ったとかじゃないかな。それに、結城って何
ていうの? 大学で同期は同期だけどあたしたちとはちょっと違ったグループにいたんで
さ、本当はあたしもそんなに親しくないんだ」


幼馴染「でも、先生は結城って呼び捨てしてますよね」

岩崎「まあ、そうなんだけど。あたしは池山、つまり兄君のお父さんとは仲がよかったの
よ。学部の専攻も院の研究室も同じだったし。ちなみに、あんたたちの指導教授の佐々木
とかここの所長も同じ研究室だったんだけどね」

幼馴染「しつこくてごめんなさい。でも、先生は結城さんのことも親しそうに話していた
じゃないですか」

兄(何で幼馴染が岩崎さんを質問攻めにするんだろ。あれか? やっぱりゆうの出自とか
ゆうと幼友の関係が気になるからか)

岩崎「どうでもいいけど、先生ってやめてよ。あたしは地方公務員なんだから」

幼馴染「じゃあ、岩崎さん。施設開放日に池山さんと奥さん、結城さんとその奥さんが来
たって言ってたじゃないですか。そのときの話をしてください」

岩崎「さっき所長室で話したじゃん。何で君がそんな話を聞きたいの? 君は結城の娘じ
ゃないんでしょ」

幼馴染「それは違いますけど・・・・・・。でも、兄のお父さんとお母さんの昔の話を聞けるな
んて、すごく貴重な機会ですし」

兄「ちょっと待て。俺の両親のことなんかおまえには関係ないだろ」

幼馴染「・・・・・・」

岩崎「はああ、あれだ。あたしの女としての勘が囁くんだけど、幼馴染さん君さ。兄君の
両親の過去の出来事を有希さんとの話題のネタにして、彼氏のお母さんの歓心を買う気だ
ね」

兄(そんなわけねえだろ。こいつはゆうと幼友の関係を・・・・・・。つうか岩崎さんの女の勘
って本気で当たらないよな。そもそも、俺はエビフライなんか好きでもなんでもないしな)

幼馴染「・・・・・・好きな人のお母さんに好かれようとすることはいけないことですか」

岩崎「まあ、そういことなら話してもいいけど。でも、たいした話でもない上に、有希に
気軽に話せるようなエピソードじゃないかもよ」

幼馴染「ありがとうございます。それでも聞きたいです」

兄(・・・・・・考えようによっては、幼馴染はひどい振り方をした俺に、自分の母親を誤魔化
してくれって頼んだあのときと同じことをしてるんじゃねえのか。俺のことをだしにして、
ゆうの過去を探ろうなんてさ)

岩崎「しかたない。どうせ暇だし、昔話でもするか。でもあまり気持ちいい話ではないよ。
あと、仮に有希に話すにしても、あたしから聞いたって言わないでよ」

幼馴染「わかりました。約束します」

兄(幼馴染ってやっぱり根本的にはあのときと変わってないのな。ゆうのためなら俺なん
かを傷つけてもいいってことだ。でも)

兄(でも。幼馴染の汚い意図はともかく、俺も気になる。この話は父さんの手記が途切れ
た後、ネットで日記を書き始める間の話しになるんだし)

岩崎「じゃあ、話すか。あれはいろいろ考えさせられた出来事だったよ。あれで、あたし
は一生独身でいようと思った自分の決心は正しいと思ったんだもん。負け惜しみじゃなく
さ」

岩崎「あれはね。あたしや池山がまだここの下っ端の平研究員の頃だったな。所長だって
まだ主任になっていない頃だね」


諌山「おい。この忙しいのにおまえは何をしている」

岩崎「見てわかりませんか」

諌山「わかっていたら口に出して聞くか。いったいその大荷物は何だ」

岩崎「諌山先輩、本当に見てわからないんですか」

諌山「・・・・・・わからんから聞いたんだが。まあいい。今はそれどころじゃない。とにかく
受付を手伝いに言ってくれ。管理課の職員だけじゃ手が回らんらしい」

岩崎「あいにく、あたしにはすることがありますので」

諌山「だからいったいおまえは何をしようとしてるんだ」

岩崎「まあいいって言ったくせに。それに研究者らしくちゃんと観察すれば自ずから理解
できるはずでしょう。いったい大学時代から何年あたしと付き合ってるんですか」

諌山「付き合うとは百合的に物騒なことを言うな。観察してもさっぱりわからないから聞
いているんじゃないか」

岩崎「屋台ですよ」

諌山「何だって」

岩崎「だから研究所の中庭に屋台を出すんですよ」

諌山「・・・・・・いったい何でだ」

岩崎「何でじゃなくて何の? でしょ。焼きソバの屋台です。先輩だって近所の神社の夏
祭りとか縁日で見たことはあるでしょ」

諌山「・・・・・・あたしは何でって聞いたんだが。それに企画書には屋台を出すなんて書いて
ないだろうが」

岩崎「何でかですか? 愚問ですね。イベントとかお祭りには屋台が付き物でしょう」

諌山「黙れ。それにこんなに忙しいのに池山はどうした」

岩崎「あいつはもともと今日は休みです。でも、奥さんと子どもを連れてあとで顔を出す
って言ってましたよ」

諌山「池山め。使えないやつだ。何でこんなに忙しい日に休暇を取るんだよ」

岩崎「奥さんの仕事が忙しくて連休中はこの日しか休みが合わないんですって。だからあ
たしが池山の分まで働いてやるから気にせず休めよって言ったんですよ」

諌山「なんでおまえが勝手に池山の休暇を承認してるんだよ」

岩崎「ついでに、子どもが小さいからどうしようって言ってたんで、先輩が子どものオム
ツくらいは替えてくれるだろうから気にしないで家族で遊びにおいでって言っておきまし
た」

諌山「オムツ? そんなもん変えたことも触ったことすらないぞ。つうか、さっきから全
くあたしの質問に答えてない・・・・・・おい、ちょっと待て」

岩崎「先輩も売り切れる前に食べに来てください」

諌山「こら。本気で屋台を出す気かおまえは」


岩崎(ほほほほ。これはいいわ。大人気じゃん、焼きソバ。副業で屋台をやっても十分に
儲かるんじゃないの、これ)

岩崎「はい、二パックで五百円になります。ありがとうございました」

岩崎「はい、こちら、二百五十円です」

岩崎(これは。ひょっとしたら民俗学なんで地味な分野の研究をするよりも、客商売の方
があたしには向いているのかもしれない。こんな綺麗なお姉さんが屋台をやっているとい
うギャップも、子連れのお父様たちに受けているみたいだし)

岩崎(いけない。売れすぎて在庫がはけてしまった。追加の焼きソバを焼かないと、って
キャベツがもうないじゃん)

岩崎(しかたない。一時閉店してキャベツを刻むか)

有希「岩崎? 久し振り~」

岩崎「おお、有希。家族で来たのかあ」

池山「ご苦労さま。ってか、屋台とかもともと企画にあったっけ」

岩崎「どうでもいいでしょ。休暇中のあんたに突っ込まれたくないよ」

池山「まあ、諌山さんが承知しているならいいんだけどさ」

岩崎「(う・・・・・・)そ、そんなことよりさ。あんたと有希、屋台手伝ってよ」

有希「面白そう。ね、あたしやりたい」

池山「じゃあ、僕が兄をみてるから、君は岩崎の屋台を手伝う?」

有希「でも。あたしがいないと兄が泣くかも」

池山「何でだよ。僕がいれば大丈夫だって」

岩崎「そうだ。諌山先輩が言ってたよ。どうせあたしは一生結婚できないんだし、一度く
らい子どもの面倒をみてみたいって」

池山「諌山さんは施設開放の責任者だろうが」

岩崎「責任者なんて仕事はないのよ。やりたいっていうんだからやらせてあげれば?」

池山「あの諌山さんが本当に子どもの面倒を見てみたいなんて言ったの?」

岩崎「本当だって。ああ、有希。あたしがキャベツを刻むからあんたは焼きソバを作って
ね。ほら、客が並んじゃってるから大急ぎで」

有希「わかった」

池山「おい」

岩崎「あんたは取りあえず兄君を連れて諌山先輩に謝りに行ってきなよ」

池山「謝る? 何で」

岩崎「忙しい施設開放日に休暇を取ったばかりか、家族を連れて遊びに来た君に対して、
先輩は本気で切れてるからささ」

池山「ちょっと待て。君が休んでいいって言ったんでしょうが。諌山さんには話しておく
からって」

岩崎「(忘れてて、ついさっき諌山先輩に報告したなんて言えない)・・・・・・はい、有希。
キャベツだよ。豚肉を入れて焼きソバ作成にかかって」

池山「おい。質問に答えてくれよ」

結城「池山。やっぱり池山だ。久し振りだな」

池山「・・・・・・結城か」

結城「何年ぶりだろうな。おまえが院を終了してここに就職したって聞いたんでな。ひょ
っとしたらいるかも知れないと思ってさ」


岩崎「あれ、ひょっとして。君って岩崎?」

結城「おう。岩崎か。お久し振り」

有希「結城君」

結城「え? 有希?」

岩崎(結城だ。相変わらず格好いいけど。でも何か微妙な雰囲気だなあ)

有希「・・・・・・」

結城「あ、いや。有希・・・・・・有希さんもお久し振り。ここの職員の池山には会えると思っ
て来たんだけど、有希もいたんだ」

池山「元気だった?」

結城「ああ。おまえも元気そうだな」

池山「うん。わざわざ会いに来てくれたんだ」

結城「ああ。今、俺たちは結構近くに住んでてさ。昨日新聞に折り込み広告が入ってて、
この研究所が近所の住民相手に施設開放するって書いてあったから」

池山「うん」

結城「それでさ。久し振りにおまえに会いたいって」

池山「会いたいってって」

結城「うん。おまえの奥さんもいるとは思わなかったから」

怜菜「池山君。お久し振り」

池山「・・・・・・怜菜、さん」

怜菜「前みたく怜菜でいいよ。元気そうだね」

有希「何で」

池山「有希」

有希「何であんたたちがここにいるの?」

結城「だから。今日ここでおまえ、じゃない。君に会うとは思わなくて。池山に会いたい
って怜菜が言うから」

有希「あたしのいないところで、あたしの大切な旦那と怜菜を仲直りさせようとしたって
こと?」

怜菜「違うよ。そうじゃない」

岩崎(何これ? 修羅場? 修羅場なの。何かわくわくする。ってか、レイナって人は結
城の奥さんなのかな。池山とか有希とどんな関係なんだろ。ぜったいあとで諌山さんに報
告してやろう)

有希「え?」

池山「・・・・・・その子って」

怜菜「・・・・・・何よ」

池山「君のお子さん?」

怜菜「・・・・・・うん。幼友って名前。多分、兄君と同じ年だと思う」

有希「正気なの?」

池山「有希」

有希「あんたたち、正気なの」


岩崎(幼友ちゃんが泣き出した)

怜菜「よしよし、幼友。大丈夫だよ、怖くないからね」

結城「お腹空いてるんじゃないのか」

怜菜「さっき、ミルク飲んだばっかだよ。お兄」

池山「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・あなた。あなたはそればっかり」

結城「じゃあ、オムツかな」

有希「恥知らず」

怜菜「・・・・・・」

池山「有希。よせよ」

怜菜「お子さん?」

池山「うん。息子なんだ」

怜菜「兄君ね。こんにちは兄君」

有希「うちの子どもに近づかないで。汚らわしい」

岩崎「池山。あんたの息子も泣き出したぞ」

池山「オムツ替えないと」

諌山「おい! 岩崎おまえいい加減にしろよ。おまえ、この屋台って保健所の許可取って
ないそうじゃないか」

岩崎「(おお。諌山さんいいところへ)諌山先輩!」

諌山「大声を出すな、たわけ。おまえのせいであたしは保健所の人に食品衛生法違反で」

岩崎「先輩に新たな任務が与えられました」

諌山「何だいったい。ドラクエか」

岩崎「ここにいる兄君と幼友ちゃんのオムツを変える任務です」

諌山「こら。何であたしが」

岩崎「報酬としてHPと経験値が上がります」

諌山「おい、ふざけんな」

岩崎「どうせ、このままじゃ一生自分の子どもを産んで世話する貴重な経験なんかできな
いんだから、人様のお子さんであっても経験した方がいいんじゃないですか」

諌山「え。そういうもんか?」

岩崎(食いついたな、この永遠の処女が)



池山「ごめん」

結城「久し振りに会ったのにみっともないところを見せたな、岩崎」

有希「何でよ」

怜菜「・・・・・・」

有希「何で縁を切ったはずのあなたたちがわざわざここに来たの。しかも、あたしがいな
いだろうと思って顔を出したんでしょ? いったい何をたくらんでいるのよ」

結城「いろいろあったけど、俺たちは、俺と怜菜は池山のことが好きだったし」

有希「・・・・・・さっきの子、誰の子なの」

結城「幼友は俺の娘だよ」

有希「怜菜?」

怜菜「あの子は大切なあたしの娘よ。これでいい?」

有希「これでいいかって? いいわけないでしょ。犬や猫じゃないのよ。何であなたたち
が子どもなんか作ってるのよ。避妊方法を知らないわけじゃないでしょ!」

池山「・・・・・・よせよ有希」

有希「とめないで。こいつらが不幸になるのは勝手だけど、あんたらの間に生まれた罪の
ない子どもがかわいそうだよ」

結城「俺と怜菜は愛し合っているから。だから、俺たちの子どもは不幸になんか」

怜菜「いい加減にしてよ。そもそも最初に池山君を誘惑したのは有希でしょ。自分の体を
武器にしてさ」

有希「何ですって。あたしは最初から結城君が大好きだったのに。結婚して一生を共にし
ようって思っていたのに、そのあたしの気持ちを裏切ったのは誰よ」

池山「・・・・・・有希」

怜菜「言いたいことはそれだけ?」

有希「何よ」

怜菜「お兄ちゃんと一生を共にしたかった? じゃあ、何で池山君のことを誘惑したの
よ」

有希「誘惑って何よ。あたしはあんたたち兄妹に追い詰められて」

怜菜「追い詰められて、好きでもない池山君を誘惑して結婚したの。本当はお兄ちゃんの
ことが好きだったのに」

池山「・・・・・・もうやめようぜ」

有希「あ。ちが、違うの。確かに結城君のことが大好きだったけど、あのときのあたしの
気持ちは嘘じゃない。ごめん、信じて」

池山「・・・・・・」

怜菜「好きでもないのに腹いせで池山君と結婚した挙句、好きでもない男との間に子ども
を作ったんだ」

有希「違う。だいたい怜菜こそ、兄貴のことが好きなことを隠してうちの旦那をひどい振
り方をしたくせに」

怜菜「・・・・・・。うるさい。さっきの言葉そのままあんたに返すよ。あんたらが不幸になる
のは勝手だけど、愛してもいなくせにくっ付いたあんたらの間に生まれた罪のない兄君が
かわいそうだよ」

有希「ふざけるな。あんたたちなんか近親相姦なくせに。結婚もできないくせに。幼友ち
ゃんって、戸籍とかどうなってるの? どうせあんたの私生児扱いなんでしょ」

怜菜「・・・・・・」


岩崎「はいはい。そこまで」

池山「岩崎?」

岩崎「さっきから、あんたらが怒鳴りあっているせいで屋台の売り上げが激減してるんだ
けど。これって営業妨害じゃん」

池山「悪い。てか、屋台を出すなんて最初の企画にはなかったじゃんか」

岩崎「そんなのん気なことを言ってる場合か(実の兄妹? なんかこれ相当やばい話を聞
かされてるんじゃ)」

池山「・・・・・・うん」

岩崎「とりあえず今現在二人の子どもを託された諌山さんが、オムツを抱えてパニックに
なっていることが予想されるので、誰か手伝いに行って来て」

有希「・・・・・・ちょっと行ってくる」

怜菜「あたしが行く」

有希「ふざけんな。大切な息子のことをあんたなんかに任せられるか」

怜菜「それはこっちのセリフだよ」

岩崎「うるさいなあ。大きな声を出すな。じゃあ、有希とレイナさん? そっちの彼女で
行って来て。二階の第三研究室にいると思うから」

岩崎(これでようやくうるさい女を引きはがせた)

結城「なあ、池山。俺と怜菜はおまえを裏切った。それは認めて謝罪するよ」

池山「・・・・・・ああ」

結城「でもさ。後先はあるにしてもおまえだって、あのとき有希と寝たんだろ」

池山「うん。だけど、こんだけ時間が経ってしまった今、それを蒸し返してどうするの」

結城「俺さ。本当は今日は怜菜と別れるんで、その報告をおまえにはしときたくて来たん
だ」

池山「別れるって。子どもまでいるのに?」

結城「ああ。もう玲菜が限界なんだ。お互いにいろいろ覚悟して始めた関係だったのに
な」

池山「限界って。それに覚悟して始めたって本当なのかよ」

結城「何で?」

池山「だって。有希に聞いたよ。おまえが就活で内定した夜のこと」

結城「何だ。有希には知られてたのか」

池山「目撃したんだって」

結城「本気だったんだよ。きっかけはともかく。だけど、やっぱり無理だった。お互いの
職場でも最初は誤魔化せたけど、そのうち変な噂になる。両親だって、いつまで独身で兄
妹一緒に住んでるんだ、いい加減に二人とも結婚して孫の顔を見せろって言い出す」

池山「そんなことは」

結城「承知のうえで妹と、怜菜と結ばれたつもりだったんだけどさ。親に引導を渡そうと
子どもまで作った。幼友は可愛いよ、本当に」

池山「それより怜菜と別れるって」

結城「ああ。怜菜のために、子どものためにな」

池山「わけがわからない」

結城「本当はさ。おまえがまだ独身なら、怜菜とやり直してもらえないかって。土下座し
てもいいから頼もうと思ってきたんだ」

池山「何言ってるんだ」

岩崎(何言ってるんだろ。もう少し取材しないと)


今日は以上です
また投下します


結城「でも、だめか。おまえと有希が卒業間際によく一緒にいたことは知ってる。もとも
と俺と怜菜のせいでくっついたんだろ?」

池山「・・・・・・(否定はできないな。確かに、最初は傷を舐めあうような関係だったし)」

結城「悪い。俺には言われたくないよな。でも、まさかおまえと有希が結婚して子どもま
でいたとはね」

池山「正直言うとさ。もう恨むとかそういう感覚は時間が経ってだいぶ薄れているんだけ
ど、仮に僕が独身だったとしても、怜菜とやり直すとか無理だから」

結城「でも、好きだったんだろ、怜菜のこと。おまえの方から告ったんだし」

池山「そうだよ。でも、振られたときの怜菜の態度は正直ひどかったから。もう好きとか
そういう気持ちなんか吹き飛んじゃたよ」

結城「・・・・・・ああ。その話は怜菜から聞いてる。弁護するわけじゃないけど、怜菜もあの
ときは一晩中泣いてたよ」

池山「どういうこと?」

結城「あいつはおまえが思っているよりずっと不器用だったから。どう話してもおまえの
ことを傷つけちゃうことなんか、あいつにだってわかってたからさ。せめて悪女ぶってお
まえに憎まれようとしたんだって。泣きながらそう言ってたよ、あいつは」

池山「・・・・・・そう。そうだったのかもね」

結城「怜菜は本気でおまえのことを嫌ったわけじゃない。それはわかってやってくれよ」

池山「わかった。結城と怜菜ってまだ自分たちのしたことを理解できていなかったんだ」

結城「え」

池山「兄と妹の関係とか、そういうことを言ってるんじゃない。君たちはお互いが結ばれ
るときに、有希と僕を傷つけたでしょ」

結城「それは否定しないよ。だけど、俺たちだって心はすげえ痛んだんだぞ」

池山「それはそうかもね。でも、そのことを本当に反省しているとは思えない」

結城「何で? 本当に俺と怜菜は反省したよ」

池山「結婚して妻と息子がいる僕に、自分たちがつらいから別れる、怜菜を頼むって言い
に来たんでしょ? 自分たちがどんなに非常識なことをしようとしているのか理解できて
る?」

結城「・・・・・・結婚してたなんて知らなかったんだ。おまえが独身でまだ怜菜のことが忘れ
られないようなら、おまえに怜菜をお願いしようと思って」

池山「・・・・・・じゃあ、もう理解しただろ。僕と有希はもう過去のことは克服している。そ
ともまさか、僕に有希と兄を捨てて怜菜さんと幼友ちゃんの面倒をみろとでも言う気?」

結城「いや。卒業してからおまえや有希とは連絡がなかったからさ。お前らが結婚して子
どもがいるなんてさっきまでしらなかった」

池山「昔のことはもういいよ。とっくに気にしなくなってる。ただ、僕と有希と兄の家庭
を乱すことはしないでくれ。君と怜菜の関係にも口は出さないから」

結城「わかってる。まあ、そうなるよな、普通は」

池山「もう、理解したろ。僕と有希は結婚している。君たちには言わなかったけど」

結城「知らなかったんだよ。知ってたらこんなことしねえよ」

池山「これからどうするの。怜菜のことを捨てることには変わりないわけ?」


岩崎(これは。何だか面白半分に事情を知って諌山さんへの報告ネタにしたいとか思って
いる場合じゃないかもしれない。これって本気で修羅場じゃないの)

結城「捨てるって言うな」

池山「だって、兄妹で子どもまで作っておいて、それなのに怜菜と別れようとしてるんで
しょ」

結城「違う。そういうんじゃねえよ。いや、そうかもしれないけど、そんな簡単なことじ
ゃねえんだ」

池山「君と別れて僕と付き合うって、そもそも怜菜自身は納得してたの?」

結城「問題ないと思うよ。そもそも怜菜は大学一年のときに初めて出会った頃からお前の
ことが好きだったんだし」

池山「思うって。怜菜は君が何をしにここに来たのか知らないってこと?」

結城「そうだけど、知ったって怜菜が反対しないことはわかってるから」

池山「無茶苦茶な話じゃないか。怜菜にとっても僕にとっても有希にとっても」

結城「おまえが独身だったらそんなに滅茶苦茶な話でもねえだろ」

池山「君はいったい何がしたいんだよ」

結城「怜菜を幸せにしたい。あと、有希とおまえも」

池山「それは僕と有希にとっては余計なお世話だよ。怜菜のことだけ考えなよ」

結城「わかってるよ。結婚して子どもまでいるおまえたちにどうこうしようなんて思って
ないって。本当におまえと有希が結婚してたなんて知らなかっただけだよ」

池山「それならいいけど。それで怜菜のことはどうするの」

結城「どうすっかなあ。おまえを当てにしてたのよ。すっかり当てがはずれたわ」

池山「・・・・・・いや。いきなり来ないで下調べくらいはして来いよ」

結城「いっそ。会社やめて妹と子どもを連れてどっか田舎にでも引きこもるかなあ」

池山「アイリス・エージェンシ-にいるんだっけ」

結城「ああ。忙しいけど給料いいから、なかなか踏ん切りがつかなくてな」

池山「一応同情はするけど。でも、僕と有希と子どもの幸せをかき回さないでほしい」

結城「悪かったな。怜菜が戻ったらそろそろ帰るよ。てか、怜菜遅いな」

池山「そういや、有希も帰って来ない」

岩崎「あたしの推理だと、二人は」

池山「二人は何だよ」

岩崎「子どものことなんかそっちのけで喧嘩しているか、どっちかじゃないかな」

結城「あ、そういや岩崎も元気だったか」

岩崎「ようやくあたしに話しかける気になったか」

結城「ごめんな。おまえに会えて懐かしいんだけど、ちょっと慌ててたからさ」

岩崎「いいよ別に。大学時代だってそんなに仲良かったわけじゃないし。あんたに妹さん
がいたことだって知らなかったくらいだしね」

結城「おまえを無視して聞きづらい話をしちゃったけど、黙っていてくれるか」

岩崎「(え)ああ、うん。あんたと妹さんの近親相姦な関係なんてとても人には言えない
から安心して(諌山先輩に話せないじゃん。どうしよう)」


諌山「こら。そっちに行くんじゃない。よちよち歩きのおまえらには階段は無理だって。
だから登るなって。おまえら、ちょっとは人の話を聞けよ」

岩崎「何か耳障りな怒鳴り声が聞こえる」

池山「諌山さんだろ、あれ」

岩崎「先輩、あんたたちの子どもの面倒見てるんじゃなかったのかな」

池山「いや。見てくれてるからだろ。ほら、あれ」

岩崎「・・・・・・何やってるんだあの人。手を繋いでよちよちと研究棟の外階段を登っている
兄君と幼友ちゃんを追いかけているぞ。前から不器用な人だとは知ってたけど、ここまで
とはね」

池山「子どもの面倒をみるって、結構大変なんだよ。ちょっと行ってくるわ」

結城「俺も行くわ。階段はちょっと危ねえし」

池山「・・・・・・うん」

岩崎(てか、有希と結城の妹さんはどうしたんだ。今はそっちの取材に勤しむべきか。ま
あ、結城に口止めされちゃったわけだけど、誰かに話さなきゃいいんだ。あたしの好奇心
は止められないよ)

岩崎(研究棟二階の第三研究室にまだいるのかな)

岩崎(大切な子どもを諌山先輩ごときに託してるんだもん。よほどの修羅場になってる
に違いない)

岩崎(池山と結城は・・・・・・会談を登っている子どもたちのほうに駆けて行ってる。そりゃ
そうだ。諌山先輩なんかには小さな子どもは安心して預けられないもんね)

岩崎(今のうちに)



有希「さっきからもういい加減にして」

怜菜「それはこっちのセリフだよ」



岩崎(怒鳴り合いではなさそうね。喧嘩してるっぽいけど、声は静かだわ)



有希「いったい何しに来たの? もうお互いに関わらない方がいいじゃない。怜菜と結城
君の間に子どもがいたことはすごくショックだけど、考えてみれば幼友ちゃんはかわいそ
うだけど、もうあたしたちには関係ないしね」

怜菜「そんなことはわかってるよ。別にあんたたちの文句を聞く気はないし、仮にそれが
同情とか援助だったとしても同じだよ」

有希「じゃあ、何でわざわざあたしたちに会いに来たのよ。それこそ余計な行動じゃな
い」

怜菜「・・・・・・あたしとお兄ちゃんは博人に会いに」

有希「あたしの旦那のことを博人って呼ばないでよ」

怜菜「とにかく、有希が彼と結婚してたなんて知らなかったの」

有希「そうだよね。よくわかるよ」

怜菜「え?」

有希「よくわかるって言ってるの。あれだけしておけば、まさか博人があたしと結婚でき
るなんて思わなかったでしょうね。頭のいい女って本当に怖いわ」

怜菜「何のこと?」

有希「とぼけるつもり? あんたがしたことはわかってるんだからね」


怜菜「何言ってるの。有希って頭おかしいんじゃないの」

有希「あんたと結城君が汚い禁断の関係に落ちる前はさ。あんたは博人の彼女だったでし
ょ」

怜菜「そうだけど。でも、あんただってお兄ちゃんと付き合ってたじゃん」

有希「それは今はどうでもいいのよ。それよか、その頃は博人の両親にずいぶんと可愛が
ってもらってたんですってね」

怜菜「何でそんなこと聞くのよ」

有希「博人の実家って海辺にあったんでしょ」

怜菜「そうだけど・・・・・・」

有希「ずいぶん彼のご両親に取り入ってたみたいじゃない」

怜菜「いったい何が言いたいわけ?」

有希「あたしが初めて博人の実家に挨拶に行ったとき。あれは博人から結婚しようって言
われたときだったけど」

怜菜「・・・・・・そんな話、今は関係ないでしょ」

有希「あのときさ」



池山母「あら。えーと、博人の結婚したい人って」

池山「うん。彼女は有希さんだよ。大学のときの同期なんだ」

池山母「あなた。その・・・・・・怜菜ちゃんはどうしたのよ」

池山「・・・・・・別に。とにかく僕は有希と結婚するから」

池山母「だって、博人。あなたは怜菜さんと」

池山父「ちょっと母さんは黙りなさい。有希さん、よく来てくれたね」

有希「・・・・・・はい」

池山父「ゆっくりしていってください。母さんのことは気にしないでやってね。どう
も、博人は私たちには途中経過を報告しないみたいだから、ちょっと混乱しただけなん
だ」

池山「僕にもいろいろあったんだよ」

池山母「いい加減にしなさい」

池山「え?」

有希「・・・・・・」

池山母「あれだけ何回も家に連れてきておいて。あれだけ仲が良かったのに、何で怜菜ち
ゃんじゃないのよ」

池山父「やめないか。有希さんの前で」

池山母「あたしはちゃんと怜菜さんから聞いてますよ。あの子から電話をもらったばかり
だし」

池山「電話って? 怜菜からなの」

池山母「かわいそうに泣いてたよ、怜菜ちゃん。あたしのことお母さんって呼んでくれ
て」



怜菜『お母さん、ごめんなさい。あたしが至らなくて博人君と添い遂げられませんでした。
全部あたしのせいだから、博人君を責めないでください。お母さんの娘になれなくて本当
に残念です。お母さん、お元気で』



池山父「おい。何で私には話さなかった」

池山母「あなたなんかに話したって無駄です。どうせ博人のことなんか放任で仕事しか頭
にないくせに」


有希「あたしは博人のご両親とは上手に付き合えると思ってた。でも、博人君のお母さん
は最初からあたしに偏見を持っていたの。怜菜ちゃんが博人君の奥さんになってくれれば
よかったのにって」

怜菜「あれはそんなつもりじゃない。彼のご両親にはよくしてもらっていたし、最後にあ
いさつくらいはしておこうって思って」

有希「もういい加減に理解しなよ。周囲の人たちの印象を良くしようなんて考えること自
体がおかしいのよ。周囲の人の目が厳しいことなんか承知のうえで、あんたは自分のお兄
さんと結ばれることを選んだんじゃないの」

怜菜「それはそうだけど」

有希「何なのよいったい。博人のお母さんにちゃんと博人を自分から振ったって言ってさ
えいないじゃん。実の兄に告白されたから、とりあえずキープしていたあなたの息子とは
付き合えませんって言うならまだわかるよ」

怜菜「・・・・・・」

有希「あんたが言ったのはそうじゃないでしょ。あたしが至らなくて博人君と添い遂げら
れませんでした? どう考えてもあたしの方が略奪女みたいに聞こえるじゃない」

怜菜「そんなつもりはなかったんだけど」

有希「そのせいで博人は今でも実家から勘当された状態だよ。あたしなんか、博人の実家
からは、あんたから博人を奪った悪女扱いされてるよ。あんたにわかる? 兄を祖父母に
さえ見せに連れて行けないあたしの気持ちが」

怜菜「・・・・・・ごめん」

有希「ごめんじゃないでしょ。何で黙って消えなかったのよ。あたしと博人はあんたと結
城君に裏切られたけど、だからってそれを恨んであんたたちの近親相姦を言いふらしたり
はしなかったじゃない。ただ、裏切られた者同士で慰めあって、それが奇跡的に恋愛に発
展しただけなのに。なのに、どうして博人のお母さんに電話したりしたのよ」

怜菜「言い訳はしないよ。でも、あれは本当にそんなつもりで電話したんじゃなかった
の」

有希「あんたの電話によって、博人の実家は完全にあたしを敵視しだしたけど、博人はそ
れでもあたしを選んでくれた。実家から勘当されたみたいになっちゃったけど。でもね、
それでもあたしは幸せだった。博人と結婚できて、兄が生まれて」

怜菜「・・・・・・」

有希「なのにまだ足りないの? 何でわざわざここに来たの。あたしと博人の結婚を知ら
なかった? ふざけないでよ。そんなのあんな電話をわざわざするあんたが知らないわけ
ないでしょうが」

怜菜「本当に知らなかったの」

有希「博人が独身だったらよりを戻そうと思ったの? 実の兄貴との近親相姦の汚らしい
関係に疲れちゃった?」

怜菜「・・・・・・」

有希「何とか言いなよ。もう放っておいてよ。あたしたちはあんたたちの関係を邪魔して
ないでしょ? 誰にも言い触らしたりもしていないし。だから、あんたたちももうあたし
と博人を放っておいて。あたしたちには子どもが、兄がいるんだし。それに・・・・・・」

怜菜「・・・・・・お腹目立たないね」

有希「今はまだね」

怜菜「本当に誤解だったんだけど、結果的に有希を苦しめたことはわかったよ。もう帰る。
二度とあなたたちには近づかないから」

有希「約束して。あんたと結城君がどうなろうと、やっとささやかな幸せを手に入れたあ
たしたちを巻き込まないって」

怜菜「約束するよ。でも、有希って大学時代と変わったね」

有希「え」

怜菜「うらやましい」

有希「何言ってるのよ」

怜菜「さて。娘はどこかな。もう帰らないといけないしね」


岩崎(すげー。これは焼きソバを焼いている場合じゃないや。結城って自分の妹に子ども
を作らせたの? つうか、池山と有希って付き合い出す前は結城と怜菜と付き合ってたの
か)

岩崎(しかし、よくこんだけの秘密が大学内で噂にならなかったな)



岩崎「という訳だけど、あんたたちに話しちゃってよかったのかなあ。これって所長も知
らない秘密なのに」

兄「前から何でじいちゃんたちと母さんの仲が悪いんだろうって思ってたけどで、これで
ようやくその理由がわかりましたよ」

兄「そして、そんな母さんのことを何で父さんが実家から庇い続けていたのかも」

幼馴染「おじさんとおばさんって本当に仲が良かったものね」

兄「ああ。俺が父さんの実家を訪れることもあったんだけど、母さんがいないのは当然と
して、父さんも俺を送ったら俺を実家において帰っちゃったんだよな。ようやくそのわけ
がわかったよ」

幼馴染「・・・・・兄君」

岩崎「喋り過ぎたかなあ。兄君も幼馴染さんも、有希には秘密だからね」

兄「わかってます」

幼馴染「はい」

兄(母さんのことを自分の中でどう整理していいのかわからない。結城さんが言ってたよ
うな浮気ものじゃないらしいことはわかってた。そして、父さんと母さんを追い込んだの
が結城さんと怜菜さんらしいということも)

兄(でも、今日新たにわかったこと。それは、じいちゃんたちと仲が悪かったのは別に一
方的に母さんだけが悪いわけじゃなかったということだ。だけど、結城さんに振られたト
ラウマのせいかもしれないけど、妹のゆうへの不安を一方的に切り捨てた母さんのこと
は・・・・・・)

兄(待てよ。幼友が結城さんと怜菜さんの娘だとしてもだ。いったい、ゆうは誰の子ども
なんだろう)

幼馴染「兄君?」

岩崎「・・・・・・今日はもうインターンシップはおしまいね。二人とも帰りなさい」

幼馴染「まだ三時過ぎですけど」

岩崎「いいのよ。どっかで寄り道して遊んで帰りなよ」

兄「いや、でも」

幼馴染「そうします。帰ろう? 兄君」

兄(え。何でこいつが)


今日は以上です
また投下します


兄(兄妹による擬似夫婦生活の破綻か。父さんの日記掲示板で怜菜さんがコメントしてた
よな)



名前:RY
幸せかって言われると微妙だけど。でも自業自得だからね。だから、傷つけちゃった君が
今とても幸せで安定している家庭を築けている様子なのがわかって嬉しいよ。でもありが
とう。昔から君は優しかったよね。あたしがバカだったのにね。
あたしの方も夫婦仲は悪くないし息子のゆうは可愛いよ。もう中学生だから可愛いという
のも何だけど、素直ないい子に育っていると思う。この子にだけは昔の自分を知られたく
ない。それだけを心配しています。



兄(幼友じゃなくて息子のゆうの話をしていた。やはりゆうは幼友の弟なんだろうか)

兄(ゆうのことを結城さんが引き取って、幼友を怜菜さんが引き取って、結城さんと怜菜
さんは決別した。これなら筋は通るよな)

兄(それなら何で幼友はゆうに接近したんだろ。嘘じゃなければあいつらって一時期でき
てたはずだし)

兄(問題はそこじゃない。何で結城さんと母さんがよりを戻したのかだ。それとこの過去
の四人の関係が俺と妹の生活を脅かすようなものなのかどうか。それが問題なんだ)

幼馴染「・・・・・・あたしさ」

兄「え?」

幼馴染「あたし、ゆう君のこと追いかけるのやめる」

兄「・・・・・・好きにすれば? 俺には関係ない」

幼馴染「うん。わかってる。でも、あたしもようやくわかった。多分、ゆう君はあたしも
含めて、妹ちゃんも幼友も誰も好きじゃなかったんだなって」

兄「それに気がつくのにずいぶんかかったな。うちの妹より大分遅い」

幼馴染「そうだね。自分でもわかってる」

兄「それに、妹とおまえのはともかく、ゆうは幼友のことは好きなのかもしれねえぞ」

幼馴染「その可能性は低そう。彼女には気の毒だけど」

兄「何でおまえが上から目線でそういうことを言うかなあ。おまえだって内心は修羅場な
んじゃねえの。付き合い出したばかりの彼氏を振ってまでのめり込んだゆうの本心を知っ
たんだから。幼友のことをどうこう言えた義理かよ」

幼馴染「うん。本当はこの間、幼友に言われたときから内心ではわかってた。それが岩崎
さんの話を聞いて確信できたというか」

兄「さっきの話か。幼友は怜菜さんと結城さんの間にできた娘だったんだな。そんで結局
あの二人は別れてたんだ。だって、結城さんは母さんと再婚したんだから」

幼馴染「・・・・・・電車来たよ」

兄「ああ」


幼馴染「君はいろいろ過去のことを知ってそうだね」

兄「何でそう思う?」

幼馴染「今では君に嫌われちゃったけど、ずっと君の幼馴染をやってたし、君の彼女だっ
たこともあるんだしね。短い間だったけど」

兄「それは俺のせいじゃない」

幼馴染「うん。あたしの自業自得」

兄「何で俺が昔のことを知っているって思うんだよ」

幼馴染「岩崎さんの話を聞いても君が冷静だったから。あれだけの秘密を初めて聞かされ
たんだとしたら、君は絶対にあんなに冷静でいられなかったはずだよ」

兄(何だこいつ。偉そうに)

幼馴染「君は危機が迫ると本能的に自分や大事な人を守ろうとするじゃない。ハリネズミ
みたいに毛を逆立てて。君の強さは昔習った合気道なんかとは関係ないって、あたしは前
から思ってた。でも、今日はそんな様子が全然なかったもんね」

兄「今日は別に守る相手なんかいねえだろ。他人のおまえに以外には」

幼馴染「他人じゃないよ」

兄「今じゃ他人だろ。おまえがゆうのことを好きじゃなくなるのはおまえの勝手だけど、
それで前と同じ関係が自動的に復活するなんて思ってねえだろうな」

幼馴染「そうは思ってないよ。でも、君の幼馴染であることは何が起ころうと変わらない
でしょ。君に嫌われたとしてもあたしが君の幼馴染であるという事実は変えられないんだ
から」

兄「おまえさ。ゆうとの関係が終ったからって、まさか俺とやり直したいなんて考えてる
んじゃないだろうな」

幼馴染「そんな資格はあたしにはないし。それにそう願ったって絶対に君が承知してくれ
ないでしょ」

兄「そのとおりだよ(ちくしょう。とにかく妹に会いたい。昔と違って今では俺に対して
すげえやさしくなった妹の声を聞きたい)」

妹「お兄ちゃん」

兄「(今一番欲しいのはやさしい妹の慰め)って、え?」

妹「何やってるの? インターンシップはどうしたのよ。まさか初日からサボって」

幼馴染「妹ちゃん?」

兄「おまえ、何でいるの? てか学校はどうした」

妹「それはこっちのセリフでしょ・・・・・・何でお兄ちゃんと幼馴染さんが一緒にいるのよ」

兄「(全然やさしくねえ。つうか怖い)違うよ。誤解するな。今日は研究所の人が早く帰
っていいって」

妹「それで仲良く二人で一緒に帰る途中ってわけなのか。お兄ちゃん、あたしに言ったよ
ね。この人とはもう話もしないようにするって」

兄「うん。でも今日はいろいろあってさ。説明するからそんなに怖い顔するなよ(話せば
わかってくれるはず)」

妹「じゃあ、言い訳してみなよ」

兄「ええと(いや。両親の過去の話はこいつには全然話していないんだ。全部打ち明けち
ゃっていいものなのか)」

妹「さっさと話しなさいよ。何で黙ってるのよ」

兄(どうしたもんか)

幼友「妹ちゃん、先に電車に乗っちゃうんだもん。せっかく仲直りしたのに、何で」

妹「・・・・・・」


幼友「って。妹ちゃんどうかした」

兄「おまえも一緒だったんだ」

幼友「兄? あんたインターンシップだったんじゃ。てか幼馴染も一緒なの」

兄「ああ(こいつって怜菜さんと結城さんの娘なんだな)」

兄「・・・・・・(どうしよう。言い訳けして妹の誤解を解かねえと)」

妹「・・・・・・」

幼友「・・・・・・」

幼馴染「・・・・・・とりあえずどっかでお茶しようか」

兄「おまえは何言ってるんだ。それに妹、おまえは授業はどうしたんだよ」

妹「・・・・・・」

幼友「今日は半日で終わりなんだって。明日、学校のオープンスクールがあるから」

兄「ああ、そうだっけ」

幼友「だから今日は妹ちゃんと仲直りの印しとして、アウトレットの買物を届けてもらう
ついでに少し遊ぼうって。そんなことより、ひょっとして。二人ともあの研究所で何か聞
いたの?」

兄「何でわかるんだ」

幼馴染「・・・・・・え」

幼友「やっぱりか。何か嫌な予感がしてたんだ。犯人は諌山さん? それとも岩崎さんか
な」

兄「何でおまえがあの研究所のスタッフの名前を知ってるんだよ。もしかして知り合いな
のか」

幼友「その人たちとは話したこともないよ」

兄「じゃあ何であの二人の名前を」

幼友「前から聞いてたからね。あたしの母親から」

兄「(母親って)もしかして、怜菜さん?」

幼友「うん」

兄「おまえってやっぱり・・・・・・」

妹「さっきからみんな何であたしが知らない話をしてるのよ。それにそういうことはどう
でもいいの。もしかしてお兄ちゃんは幼馴染さんと復縁したの?」

兄「してない。俺はもう二度と彼女なんか作らない(俺がずっと一緒にいたいのはおまえ
だって)」

妹「だってお兄ちゃんはこの人と一緒に」

幼馴染「・・・・・・妹ちゃん。もうあたしのことはお姉ちゃんって呼んでくれないのね」

妹「当たり前でしょ。あれだけお兄ちゃんを傷つけておきながら何言ってるの。あたしの
お姉ちゃんは今では幼友さんだけです」

幼馴染「・・・・・・そうだよね」

幼友「ここまできたらさ。もうみんなで知っていることを話し合った方がよくないかな。
それに、そうしないと妹ちゃんが・・・・・・」

兄「(納得しねえだろうな。幼馴染と普通に一緒にいるところを目撃されたんだし。事実
を知って妹は悩まねえかな。でも、もうこれ以上妹を誤魔化せないし)そうかもな」

幼友「じゃあ次の駅で電車を降りてどっかで話し合いをしよう。妹ちゃん、いいよね」

妹「お姉ちゃんがそう言うなら」

幼友「じゃあ、決まりね。幼馴染はどうする」


幼馴染「あたしも付き合ってもいい?」

妹「あなたには関係ないでしょ。迷惑です」

兄(まあ妹ならそう言うよな)

幼友「まあまあ。来たいと言うなら別にいいじゃん。どうせ、この子も研究所の人の話を
聞いちゃったんだろうし」

妹「・・・・・・お姉ちゃんがそう言うなら」

兄(幼友だって俺たちを騙していたのにな。妹って幼馴染に裏切られた反動なのか、幼友
のことが本当に好きになったんだな。俺のことよりも信じてるみたい)

兄(ファミレスに入ったわけだが)

兄(この席順、おかしいだろ。何で俺と幼馴染が隣同士で、妹と幼友が向いに並んで座っ
てるんだよ。これじゃ、俺・幼馴染、対妹・幼友の対決みたいじゃねえか)

兄(俺と妹が隣り合って座って、向かいに幼友と幼馴染が座るのが普通なんじゃねえの)

幼友「さて。最初に言っておくね。兄、いろいろとごめんなさい。あたし、これまであん
たにはいろいろ黙っていたこともあるし、嘘も付いてた。でも妹ちゃんに聞いたよ。あん
たがあたしを許してくれたって。妹ちゃんがこれからもあたしと会っていいって言ってく
れたって」

兄「ああ。いろいろあるけどさ。俺と妹がつらかったときにおまえに助けられたのは事実
だからな」

幼友「・・・・・・ううん。本当はあたしの方があんたと妹ちゃんに助けられたのかもしれな
い」

兄「なんだかよくわからないけど」

妹「お姉ちゃんはあたしを助けてくれたの。それだけは本当だよ。誰かのせいでお兄ちゃ
んが傷ついて、ママにも嫌われて、お兄ちゃんと二人きりで生きていくことになったとき、
お姉ちゃんが一緒に遊んでくれた。さりげなく元気づけてくれた。あたしはそのことは一
生忘れない」

兄(誰かのせいで、か)

幼馴染(・・・・・・)

兄(幼馴染、俯いちゃったな)

幼友「そう言ってくれるのはうれしい。でも、あたしに秘密があることは確かだから。兄
と妹ちゃんは、多分今では過去のことなんか知りたくないと思っていたでしょ」

兄「知りたいという気持ちはあるよ。でも、同時に知ってどうなるという気もする。大事
なのは俺と妹のこの先の生活の方だから」

幼友「妹ちゃんはどうなの」

妹「秘密とか過去とかって言われても。過去ってパパとママのこと? だったらあたしは
何も知らないし。お兄ちゃんは何か知ってるの」

兄「うん。じいちゃんの家にあった父さんの手記とか読んだから」

妹「ああ、そうか。あたし、あのときはお兄ちゃんと旅行できて、お姉ちゃんとも一緒に
水族館とか回ってたからすっかり忘れてた」

幼友「兄はある程度知ってるだろうなとは思っていたよ。でも、多分今日の研究所の人た
ちの話を聞いていたとしても、まだ兄にもわかっていない話があると思う。聞きたいなら
全部話すよ」

兄「俺にとっては妹と将来が一番大事で、過去にどんな愛憎劇があろうと関係ないと思っ
ていた。でも、ゆうの行動から始まった最近の出来事って、過去の出来事が関係ありそう
だしな。妹さえよければ知っておく方がいいかもって思えてきたよ」

妹「あたしにはよくわからない。でも、あたしとの生活のためにお兄ちゃんが必要だと思
うなら、あたしも聞くよ。その人と一緒にいたことについては一時的に忘れてあげる」

兄「だから何でもないんだって」

妹「うるさい! 言い訳は後から聞いてあげるよ。それで? お姉ちゃんが話してくれる
の」

幼友「最初は、兄がどこまで知っているのかを確認したいな。あんたが最初に知っている
ことを話してくれる?」


兄「(こうなったら全部話すか)まあ、それでいいだろ。妹は知らないこともあるんだ
し」

妹「お兄ちゃんとはお互い、何の隠し事もない関係になれたって思ってたのに」

兄「知らない方がいいこともあると思ってたんだよ。俺だって知りたくなかったってこと
もあるしな」

幼友「じゃあ、兄。始めて」

兄「ああ」

兄「そうは言っても俺だって、父さんのホームページや、じいちゃんの別荘に残されてい
た日記、あと今日研究所で聞いた話しか知らないんだけどさ」



兄「ということ。俺が知っているのはここまで。真実かどうかもわからないけど」

妹「・・・・・・よくわかないけど。ママって結局パパより結城さんの方が好きだったってこ
と?」

兄「それは違うと思う。父さんのホームページの日記、読んだろ」

妹「うん」

兄「あれは父さんの一方的な押し付けじゃないと思うよ。これもおまえには話してなかっ
たけど、母さんの再婚と引越しが決まって、俺が一人暮らしをしたいって母さんに話した
ときだって・・・・・・」



母「ううん。聞いてよかった。パパったら自分が病気で大変なときに」

母「中断した研究のことだって気になってたくせに。パパは・・・・・・パパは」

母「ごめんね。もう大丈夫だから」



妹「ママが。ママがそう言って泣いたんだ」

兄「ああ。嘘泣きできるほど器用な母親じゃなかったろ。だからあれは本当の気持ちだと
思う。お互いの恋人に裏切られて慰めあっているうちに始まった関係かもしれねえけど、
父さんの日記や母さんの涙は嘘じゃねえと思うよ」

妹「・・・・・・うん」

兄「母さんが結城さんに振られた原因は、結城さんと怜菜さんのその・・・・・・」

幼友「近親相姦」

兄「ああ。そういうことが原因だったから、つまりさ。つまり、俺とおまえの関係に目く
じら立ててたのもある意味無理はないのかもしれない」

妹「・・・・・・うん」

兄「と言っても、おまえがゆうを怖がっていたとき、それをおまえの妄想の一言で済ませ
た母さんは今でも許せないけどな」

幼友「話はまだ続くんだけど、妹ちゃん大丈夫?」

妹「わかんない。正直、いろいろ聞かされたし消化できないけど。でも、ここまできたら
全部知りたい」

幼友「じゃあ、次にあたしが話すね。多分、みんなが一番知りたがっていることを、あた
しは話せると思うから」

兄(やっぱりあれか。幼友とゆうの身の上か。しかし妹は思っていたより動揺しねえな。
まあ、言ってみれば過去の話しだしな)

幼友「あたしに言えるのは、あたしは自分の知っていることは知ってるけど、それでも妹
ちゃんのことが好き。妹ちゃんにお姉ちゃんって呼ばれて嬉しいってこと。それくらいし
かあたしには言えない。妹ちゃんが話を聞いてどう思うかまではわからないの。ごめん
ね」

妹「わかった。話を聞かせて」


幼友「あたしのお母さんは、兄の話に出てきた怜菜なの。あたしは実の兄と妹の間にでき
た娘なんだ」

兄「・・・・・・(やっぱりそうか)」

妹「・・・・・・お姉ちゃん」

幼馴染「・・・・・・」

幼友「兄の話にあった、兄のお父さんが勤めていた研究所の施設開放を訪れたあたしの両
親はね、その後、別れたの。あたしが小学生になる直前だったな。だから富士峰の初等部
の入学式にはもうお父さんの姿がなかったことは覚えてるの。お父さんとお母さんは、二
人の関係がばれた時点で実家から勘当されていたから、あたしは父親はおろか祖父母とす
らずっと会ったことがなかったな」

兄「おまえのお母さんって、全部おまえに話をしたってことか」

幼友「うん。隠しきれなかったみたい。最初はね。お母さんも誤魔化していたの。あんた
のパパは若くして死じゃったのよって言ってたっけ」

兄「・・・・・・そうか」

幼友「でもさ。幼いなりに不自然なことに気がつくんだよね。祖父も祖母もいない。親戚
もいない。お母さんは、今でもそうだけどそれなりの企業に勤めていて忙しく働いていた
から生活面での不安はなかったけど、それでもあたしはおかしいと思った。父親が亡くな
っているにしても、周囲の友だちと違って何であたしには祖父や祖母、伯父さんや伯母さ
ん、従姉妹とかがいないのって」

兄(ある意味では、こいつが一番の被害者なのかもな。岩崎さんから聞いた母さんのセリ
フのとおり)

幼友「お母さんとの二人の生活も別に嫌じゃなかった。お母さんは仕事で帰宅時間はいつ
も遅いから、あたしは自分で夕食を作れるようになったし、深夜に帰って来たお母さんが
あたしの料理を誉めてくれることも嬉しかった。それに、富士峰には友だちもいっぱいい
たから、少なくとも昼間は寂しくなかったし」

兄「(それでこいつって料理が上手だったのか)おまえにとっては、怜菜さんとの二人暮
しは寂しくなかったってことか」

幼友「客観的に考えればあたしは恵まれていたと思うよ。お母さんの収入が良かったせい
で、あたしは何不自由なく育ったし、富士峰に通っていても周りの友だちに劣等感を抱く
ことはほとんだなかったなあ。もともと伝統のある女子校だから、学校行事には男親なん
か滅多に姿を見せないんで、片親だってことにつらい思いをしたこともなかったしね」

兄「それで?(ここまでは別に目新しい話は何もない・・・・・・ゆうがこいつの話の中に登場
しないこと以外は)」

幼友「まあ、あたしはそういう風にして育ったの。あたしが中等部に入った頃、あたしと
お母さんは引越ししたの。今住んでいる丘の上の家にね」

妹「結城さんが引越しした家の近くの家?」

幼友「うん。二人暮し、それもお母さんがあまり家にいない状態だったけど、丘の上の見
晴らしのいい高台の一軒家に住むというのがお母さんの夢だったんだって。あたしも賛成
したよ。どうせそれまで住んでいたマンションの近所には友だちなんかいないし、何より
も新しい家は富士峰に近くなるしね」

兄「これでおまえの話はおしまい?」

幼友「んなわけないでしょ。あんたち三人ともゆうのことが気になっているくせに」

妹「あたしはもう気にならないよ。むしろ、お兄ちゃんとこの人が一緒にいたことの方が
気になる」

兄「だから何でもないって」

幼友「ごめんね妹ちゃん。そっちはあたしの話が終ったら、兄を厳しく問い詰めてあげる
からね」

妹「お姉ちゃんがそういうなら」

幼友「ありがと」

兄「・・・・・・それで? ゆうっていったい誰の子どもなんだよ」

幼友「結城さんの息子だよ。実の」


兄「じゃあ、おまえの弟ってこと? おかしいだろ。おまえの両親はおまえが小学生にな
る頃に別れたんだろ」

幼友「そうだよ」

兄「おまえはそれ以来ずっと怜菜さんと二人暮しだったはずじゃんか」

幼友「兄、あんたはちょっと黙って。別にもったいつける気はないから、あたしに話をさ
せてよ」

兄「だってよ」

妹「いいからお兄ちゃんは黙って」

兄「・・・・・・」

幼友「ゆうはあたしの異母姉弟なの」

兄「・・・・・・どういうこと?」

幼友「言葉のとおりよ。ゆうが結城さんの息子なのは確かだけど、母親の方はあたしのお
母さんじゃないの。ゆうは、結城さんが自分の妹との近親相姦な関係を解消した後に、再
婚した相手との間に生まれた子ども」

兄「おまえなあ。前に言ってたじゃねえか」



「ゆうの母親の名前って、おまえ知ってる?」

「うん? 知ってるけど」

「なんて名前?」

「レイナさんでしょ。おじさんとは離婚しちゃったけどね」



幼友「うん」

兄「うんじゃねえよ。嘘をついたのかよ」

幼友「これは本当に偶然だと思う、てか思いたいんだけどさ。結城さんの再婚相手ってレ
イナっていう名前なの。お母さんと同じで」

兄「どういうことだよ」

幼友「さあ? 単なる偶然でしょ。ちなみに漢字では『礼奈』って書くんだって」

妹「パパ・・・・・・じゃない結城さんってバツイチだって聞いてたけど」

幼友「戸籍上はバツイチになるね。お母さんとは入籍できなかったわけだから」

妹「ママは知ってたのかな」

幼友「知ってるんじゃない」


兄「どうしてそう言いきれる」

幼友「岩崎さんの話を聞いたんでしょ? あなたのお父さんが勤めていた研究所の施設開
放日にあった出来事を」

兄「あ」

兄(そうだ。あの日、父さんと母さんは、昔自分たちを裏切った実の兄妹が事実婚をして、
幼友という女の子をもうけたことを知ったんだ)

兄(その母さんが結城さんとの再婚にあたって、結城さんに幼友以外のこどもがいるって
ことを不審に思わなかったってことは、母さんは結城さんの再婚を知っていたんだ)

幼友「さて。結城さんと怜菜、つまりお父さんとお母さんは、かつて兄と妹ちゃんのご両
親を裏切ってまでして、あえて近親相姦の茨の道を歩みだした。でも、その関係はわずか
数年で破綻した。何で破綻したのかは、あたしはお母さんからよく聞いていたから知って
いる。その話も聞きたい?」

兄(何で破綻したんだろ。いや、そんなことは想像すればわかるよ。妹だって幼友には何
も聞こうとしていないし)

兄「(いや?)ちょっと待てよ」

幼友「なあに」

兄「結城さんと再婚した礼奈さんはなんで離婚したんだ」

幼友「あたしさ、前に言ったじゃん。あたしとゆうとの付き合いより君たちとゆうが知り
合う方が早かったよって」

兄「ああ(確かに。アウトレットに行った帰りにこいつは・・・・・・)」



「ちょっと待てよ。おまえはゆうの幼馴染だって言ったたよな」

「言った。でもごめん。あれは嘘」

「はい?」

「・・・・・・幼馴染じゃなくても、ゆう君の彼女だったのは本当?」

「それは本当なの。でも、あいつの幼馴染だって言ったのは嘘。あたしがあいつと付き合
い出したのは、っていうかあいつと知り合ったのはつい最近なんだ」

「ちょっと待てよ。よくわかんねえけど、ゆうと付き合ってたのは本当なんだろうな」

「本当だけど。でも、時系列で言えばゆうはあたしと知り合うより先に妹ちゃんと知り合
い同居して、妹ちゃんと付き合ってたんだ」



兄「そうだったな。知りたいことはいっぱいあるけど、とりあえずおまえが知ってるなら
これだけは教えてくれ」


幼友「うん」

兄「結城さんは何で礼奈っていう人と離婚したんだ? 何でそのあと礼奈さんと別れて俺
たちの母さんと結婚した?」

幼友「さあ。それはあたしも知りたい」

兄「それにだ。母さんと再婚しておきながら、なんでわざわざおまえと怜菜さんが住んで
いるあの丘に新居を構えたんだよ?」

幼友「母さんから結城さんが有希さんと再婚するって、そして近所に引っ越してくるって
聞いたときに、あたしは自分の会ったこともない弟と連絡を取ろうと決めた。何が起こっ
たのか知るためにね」

兄「(ゆうにコンタクトした理由はそれだけかよ)二番目の質問の答えは知ってるの?」

幼友「わからないけど、多分」

兄「どういうこと?」

幼友「・・・・・・それは」

兄「はっきり言えよ! 全部話すんじゃなかったのかよ。何でわざわざ仲を解消した怜菜
さんとおまえの住む近所に、結城さんは新居を構えたんだよ」

妹「お兄ちゃん。大声はやめて」

兄「妹・・・・・・」

幼友「ごめん」

兄「いや。俺が悪かった。おまえのせいじゃねえのに、幼友だって犠牲者なのにな」

妹「お姉ちゃん、ごめん。お兄ちゃんを許してあげて」

幼友「・・・・・・あたし、見たの」

妹「見たって」

兄(何か聞いちゃいけないような気がする。つうか、今さらだけど、こんなに親世代の感
情とか行動を掘り下げるのって何か意味があるのか)

幼友「あれは多分、妹ちゃんとか有希さんとかが近くの家に引越し作業をしてた頃だと思
うけど」

兄「ああ」

幼友「大学から帰ったら、珍しくお母さんの靴が玄関にあって」

兄(まさか)

幼友「あと、見知らぬ大きな革靴もあった。不審に思いながらリビングの方に行くと」



「お兄ちゃん?」

「怜菜。こんなに時間が立っても、お互いに年を取っても俺はおまえのことが忘れられな
かったんだな」

「・・・・・・お兄ちゃん。だめだって」

「怜菜」

「前の奥さんはともかく、有希と再婚したんでしょ。あたしはもうこれ以上有希を裏切れ
ないよ」

「怜菜」

「何で近くに引っ越したりするのよ。ゆう君と幼友が顔を合わせたらどうするのよ」

「怜菜」

「・・・・・・あ。お兄ちゃん、だめだよ」


今日は以上です
また投下します


幼友「あたしね。別に何の根拠もない話なんだけど、お母さんは池山さんのことが好きな
んだと思ってた。少なくともお父さんと別れた後は」

妹「お姉ちゃんは何でそう思ったの?」

幼友「池山さんの研究所の施設開放日の話、あたしはママから聞かれてたんだけど、池山
さんって立派になってたって、大学の頃からそう思っていたように、やっぱり池山さんっ
て年を取ると素敵になるタイプだったんだなあって、嬉しそうにでも少しだけ寂しそうに
言ってたからね」

妹「寂しそうって何で」

幼友「その話をお母さんから聞いたときはもう、池山さんは亡くなっていたからじゃないかな」

妹「ああ、その話を怜菜さんからお姉ちゃんが聞いたのって、パパが亡くなった後なの
ね」

幼友「うん。ママが池山さんが亡くなったことを知ったのは、葬儀も済んでから一年以上
も経ってからだったの」

兄「おまえの母さんがうちの父さんを好きだったとしたらさ。何でその・・・・・・。今の話だ
と、今でも結城さんとおまえの母さんはさ」

幼友「うん。きっぱりと別れたくせに、まだお互いに未練があったんだね。君のさっきの
質問への答えだけど、確信はないのよ? でもこれってお父さんがお母さんの住んでいる
家の近所に引越ししたいと思って、そうしたとしか思えない」

妹「だったら何で結城さんはママと再婚したんだろ? 怜菜さんとやり直したかったのな
らそんなことをしないで、独身のままあそこに引越しすればよかったのに」

兄「確かにそうだな。わざわざ母さんと再婚しておいて、新居を怜菜さんの近くに構える
なんてまるで意味がないじゃん」

幼友「その辺のことも知りたくて、あたしは勇気を出してお母さんに聞いたの。一度、お
父さんに会ってみたいって。もちろん、二人がその・・・・・・。そういうことは知らなかった
振りをしてだけど」

兄「おまえ行動的だな」

幼友「片親で育ったからかな。お母さんの動向がすごく気になるし、お父さんとだって話
をしてみたかった。過去の話はお母さんから教えてもらってはいたけど、現在進行形で何
が起こっているのかはまるでわからないし」

兄「そうかもな」

幼友「お母さんとの二人暮しは別に嫌じゃなかったけど、不安はいつも胸の奥にあったの。
いつかこの生活が激変するときが来るんじゃないか、いつか新しい父親ができてお母さん
のあたしへの愛情が薄まるんじゃないかってさ」

兄「うん。うちの母親も突然結城さんとの再婚を決めたからな。そのときの自分の気持を
考えると、おまえの気持ちはよくわかるよ」

妹「・・・・・・ごめん、お兄ちゃん」

幼友「妹ちゃんどうしたの」

妹「あたしはお母さんの再婚にはしゃいでいただけだったから。お兄ちゃんの気持ちも考
えずに。もっと言えばゆう君とのことだって最初はお兄ちゃんに嫉妬させようとして、彼
に夢中な振りをしてた。本当にあたしって最低だ」

兄「それはもういいよ(それに結局妹はあのときは本気でゆうのことを好きになったわけ
だし)」

幼友「ちょうどゆうの話になったね。あたしは結城さんに会いに行ったの。お母さんから
教わったのは自宅から徒歩で十分もかからない場所だった」

兄「おまえ、結城さんに会ったのか」

幼友「会えなかったの。そのときはその家にはゆう君しかいなかったから」

兄「それがゆうとの初対面の出会いなんだな」

幼友「うん。もうこのときはゆうは妹ちゃんと一緒に住んでいたはずだけど、とにかく家
には彼しかいなかった。あたしは結城さんに会えないなら、自分の義理の弟と話しをしよ
うと思った。この子だって結城さんの再婚の事情くらいは知っているだろうと思ったし」


ゆう「・・・・・・あんた誰?」

幼友「(高二のガキの分際で何を生意気な)あたしは結城です」

ゆう「結城? 同じ苗字じゃんか」

幼友「それはそうでしょ。あたしたちは父親は一緒なんだし」

ゆう「はあ?」

幼友「・・・・・・」

ゆう「あれ? ああそうか。あんたが幼友か」

幼友「(年下の高校生の分際であたしを呼び捨て? 何かむかつく)だったら何よ」

ゆう「あは。あははははは」

幼友「何がおかしいのよ」

ゆう「何だそうか。自分からのこのこ俺に会いに来たんだ」

幼友「別にあんたに会いに来たんじゃないわよ」

ゆう「誤魔化すなよ。へえ、俺のお姉さまがわざわざ俺に会いにくるとはねえ。探す手間
が省けたぜ」

幼友「手間が省けたってどういう意味よ」

ゆう「そのままの意味だよ。俺とあんたは血が繋がっている姉と弟じゃん。俺があんたに
会いたいって思うのがそんなに不思議なことかよ」

幼友「・・・・・・何が知りたいの?」

ゆう「はあ?」

幼友「何かあたしから聞き出したいと思ったから、あたしに会いたいって思ったんでし
ょ」

ゆう「あんたって、面白い女だな」

幼友「何ですって」

ゆう「・・・・・・俺があんたに聞きたいことなんかねえよ。逆だろ、逆」

幼友「意味わかんないんだけど」

ゆう「どうせいろいろ探りに来たんだろ? で? 親父はいねえけど、何が知りたいんだ
よ。血の繋がった姉貴だし、場合によったら教えてやってもいいぜ」

幼友「何じろじろ見てるのよ」

ゆう「・・・・・・俺ってさ。本当は妹みたいな細いガキみてえな体型の女よりさ」

幼友「何が言いたいの。つうか妹って池山さんの」

ゆう「あんたも死んだ池山さんの奥さんと俺の親父が再婚したのを知ってるんだろ」

幼友「うん、知ってるよ(今日は何でそうなったか聞きにきたんだからね)」

ゆう「全くよ。自分の親父ながら節操ねえよな」

幼友「・・・・・・」

ゆう「実の妹にガキを生ませたんだぜ。ありえねえだろ。それでいて実の妹と別れて昔の
彼女と再婚なんて、馬鹿すぎて笑っちゃうよな。あんたもそう思うだろ? 最初から有希
と別れずに付き合ってりゃよかっただけのことだぜ? 十何年間もかけて自分が振った女
と復縁ってアホか」

幼友「・・・・・・お父さんとお母さんが、一時期は本気で愛し合っていたことは嘘じゃないと
思うよ」


ゆう「まあ、実の兄と妹の間に生まれたあんたとしては、そう思わないとやり切れねえよ
な。愛情の欠片みたいなものはあったんじゃねえかってね。そうじゃなきゃ、あんたなん
か中絶されて今頃は生きてここに立っていることすらできなかっただろうしな」

幼友「・・・・・・ひどい」

ゆう「事実だろうが。まああまり怒るなよ。笑っちゃうけど今の俺だっておまえと同じ立
場なんだしよ」

幼友「どういう意味よ」

ゆう「お袋は親父に捨てられたんだぜ? おやじがあの有希って女と再婚したんだから。
あんたのお袋さんみたいに禁断の関係でもなんでもねえのにさ」

幼友「そもそもなんで結城さんはあんたのお母さんと再婚したの?」

ゆう「そんなことを聞きに来たのかよ。説明の必要なんかあるのか?」

幼友「どういう意味」

ゆう「あんたは自分の存在意義を保ちたいんだろうから、親父とあんたのお袋の関係を美
化したいのはわかるけどよ。普通に考えれば実の兄妹で一緒に暮せるわけねえだろ」

幼友「・・・・・・愛し合っていれば、たとえ兄妹だって」

ゆう「おまえアホ? 親父は一部上場企業の管理職なんだぜ。ライバルなんか山ほどいる
んだ。私生活のトラブルだって出世する上では致命傷なのによ。実の妹なんかと擬似夫婦
生活なんか送っているなんて社内で噂になってみろ。あんただってどうなるかわかるだろ
うが」

幼友「あんたって寂しい子だね。そんなことしか考えられないのかよ」

ゆう「はあ?」

幼友「お母さんから聞いてるよ。結城さんはこのままじゃお母さんが辛いと思って身を引
いたんだよ。隠しているつもりでも、どこからか噂は流れちゃって、お母さんは辛い思い
をしてたから」

ゆう「はは。はははは。おまえのお母さんっておめでたい女だよな。そんなのマジに受け
取ってるんだ。バカだなあ」

幼友「あたしのお母さんの悪口を言うな!」

ゆう「・・・・・・痛えな。何すんだよ」

幼友「もう一言でもお母さんをバカにしたら」

ゆう「つまりこう言いたいの?」

幼友「な、何よ」

ゆう「・・・・・・愛さえあれば、近親相姦だって許されるってこと?」

幼友「あんた何言って」

ゆう「じゃあ俺の愛情も受け止めてくれよお姉ちゃん。俺はあんたが好きなんだ。半分は
血が繋がっている姉弟の関係だけど、別にいいよな? あんたはこういうことに理解があ
るんだろ」

幼友「ふざけんな」

ゆう「だって、俺はお姉ちゃんが好きなんだもん。だから、お互いに理解しあおうぜ」

幼友「や・・・・・・ちょっと触わるな。離せって」

ゆう「親父とおまえのお袋さんみたく肉親の関係だけどさ。愛を語り会おうぜ」

幼友「冗談は止めて。ちょっと」

ゆう「その上着さ。邪魔だから脱がしてやるよ。姉貴っていい体してるじゃん。処女?」

幼友「ちょっと! 手を離しなさいよ」


ゆう「何びびってるんだよ。冗談だよ、冗談」

幼友「・・・・・・あんた」

ゆう「まあ、あんたもこれで身をもってわかったろ。自分の血の繋がった弟に犯されそう
になるってことの意味がさ。これと同じだよ。もともと親父とおまえのお袋の愛情なんか
すげえ無理があったんだよ」

幼友「あんたなんかと一緒にするな。結城さんは、お父さんは無理矢理なんかしてな
い!」

ゆう「俺さ、昔見ちゃったんだよね」

幼友「何言ってるの」

ゆう「親父の書斎にあったパソコンね。盗撮画像とかネットで落としたらしい画像で溢れ
てたぜ」

幼友「どういうこと」

ゆう「怜菜の、おまえのおふくろさんの画像が一番多かったな。怜菜が小学生から中学生
くらいの頃の画像だな、あれ。多分隠し撮りだと思うけど」

幼友「・・・・・・それくらい前から結城さんがお母さんのことを意識してたってこと?」

ゆう「うん。それは多分正しいけどさ。そういう意味だけじゃねえかな。画像はそれだけ
じゃなかったんだよな」

幼友「・・・・・・え」

ゆう「他にもいっぱいあったよ。小学生くらいの女の子の画像とかがさ。親父ってロリコ
ンなんだと思うな」

幼友「嘘よ」

ゆう「本当。別に親父を責める気はねえけどさ。あいつはロリコンなんだ。別に怜菜じゃ
なくてもよかったんじゃねえの。ただ、怜菜のロリの頃の記憶があったから、酔ったつい
でに手を出しちゃったんじゃねえかな」

幼友「・・・・・・」

ゆう「有希だっていい年して体型とか華奢でさ。親父の好みっぽいしさ。ロリばばあって
いうの? 案外そんな程度の理由で再婚したのかもね」

幼友「あんたの母親は」

ゆう「何だよ」

幼友「じゃあ、何で結城さんはあんたの母親と再婚したのよ」

ゆう「お袋はさ。親父と同じ会社で一緒に働いてたんだよね」

幼友「うん」

ゆう「親父があんたの母親と別れて身近に女っけがなかった時期に、一回りも年下の俺の
お袋と親父がセックスしてさ」

幼友「あんた、何言ってるの」

ゆう「弟なんだからゆうって呼び捨ててくれていいぜ」

幼友「ふざけんな。誰があんたなんかを」

ゆう「あんたがどう思うと俺はあんたの弟なのは事実じゃん」

幼友「・・・・・・それはそうだけど」

ゆう「お袋と親父は出既婚なんだって。妹と別れた親父が社内で自分に好意を寄せてくれ
ていた年下の部下を食っちゃったってことだな」

幼友「そうなんだ」

ゆう「親父にとっては気まぐれだったんだろうさ。その頃は有希も自分の親友の妻になっ
てしまっていたしさ」

幼友「うん? 結城さんはあんたの母親より有希さんの方が気になっていたってこと?」

ゆう「そうなんじゃね。池山さんが死んですぐに親父はお袋と離婚してさ。それで最近つ
いに有希と再婚したしね」


幼友「何であんたのお母さんと結城さんは離婚したの?」

ゆう「さあ。俺は小さい頃から親父の性的嗜好をお袋から聞かされてたんだよね。それが
真実だとは思わないけど、少なくとも俺には真に迫った言葉だと思えたよ」

幼友「よくわかんない」

ゆう「セーラー服着せるとか下を剃るとかそういうやつ。別にわかんなくていいんじゃ
ね? それより俺が気が付いたことを聞いてくれよ」

幼友「・・・・・・何よ」

ゆう「こういうことにタブーなんかないってことだな」

幼友「意味わかんない」

ゆう「親父と怜菜の関係が正しいと思えるなら、もう何でもありじゃん? 正直、色っぽ
い熟女の有希を抱きたいとも思うし、俺には叔母になると思うけど、あんたのお袋の写真
も見たよ。機会があったら一度やってみたいな。あんたでもいいんだけど」

幼友「クズ。この性犯罪者」

ゆう「そうだよな。でもさ、俺はそれを親父から学んだんだ。あんただって同じじゃねえ
の? 親父と怜菜のこと庇ってるじゃん。近親相姦だって知ってるのにさ」

幼友「・・・・・・そこには本当の愛情があるからよ。あんたにはそんなもんないでしょうが」

ゆう「愛情があるかどうかなんて当事者以外にはわからねえだろ。親父と怜菜。親父と礼
奈。親父と有希。池山と怜菜。どこに本当の愛情がある? 親父と怜菜にだけそれがある
って何で言い切れる」

幼友「それは」

ゆう「それは?」

幼友「・・・・・・あたし帰る」

ゆう「都合が悪くなると逃げるわけか」

幼友「そうじゃないよ・・・・・・」

ゆう「急に弱気な声だしちゃって、どうした。せっかく姉と弟が初めて会ったんだから少
しゆっくりしてけよ。俺の部屋に行く?」

幼友「いや」

ゆう「何で」

幼友「あたしは自分の身が可愛いもん」

ゆう「さっきの冗談だって。手っ取り早く俺たちの親父がクソ野郎だってわからせてやっ
ただけじゃんか。何もしねえからあがってけよ」

幼友「いや」

ゆう「・・・・・・へえ。あんたってそんな表情もできるんだ」

幼友「じゃあね。もうあんたと会うこともないと思うけど。一応、元気でねって言ってお
く」

ゆう「待てよ!」

幼友「ちょ・・・・・・離して」

ゆう「いいことを教えてやるから、ちょっと待てよ」

幼友「やだって。手を離せ」

ゆう「親父と有希が再婚した理由、知りたくない?」

幼友「・・・・・・え」

ゆう「俺の部屋に入るのが嫌ならリビングで話しようぜ。俺、再婚の理由とか全部知って
るんだ」

幼友「・・・・・・絶対に変なことしないでよね」

ゆう「こっちだよ。来いよ」


幼友「・・・・・・」

ゆう「何か飲む?」

幼友「いらない。さっさと話してよ」

ゆう「愛想のねえ女。わかったよ。そこに座れよ」

幼友「・・・・・・」

ゆう「親父の再婚が決まる前、お袋と親父が離婚してから一年くらい経った頃かな。俺は
親父に引き取られていたんだけど、その日は俺の母親との面会の日でさ。俺は別に親父な
んか好きでもなんでもないけど、かといって今さらこの年になってお袋と面会もうぜえし
さ。でもしかたねえから待ち合わせ場所のファミレスに行ったんだよな。まあ、会えばお
袋は小遣いをくれるからな」

幼友「それで」

ゆう「いつも待ち合わせはお袋のアパートだったんだけどさ。たまたまそのときは、お袋
が外出してたから、外のファミレスで会うことになってさ。それが間違いだったんだけど
な」

幼友「だから、何でお父さんと有希さんが結婚したかって聞きたいんだけど」

ゆう「慌てるなって。俺がファミレスに入るとまだお袋は来ていなかった。とりあえず注
文してたらお袋からメールでさ。ちょっと遅れるから先に昼飯食っててくれって。俺が飯
を食ってると、親父と有希が二人でファミレスに入ってきたんだよ」

幼友「え」

ゆう「二人の様子はそんなに親密そうじゃなかったな。偶然再会したって感じだった。親
父は煙草を吸うから二人は喫煙席に入って行ったよ。俺は店員を呼んで席を喫煙席に変え
てくれって頼んだだ。高校の制服を着てたから変な目で見られたけど、空いてたから席を
変えてもらったんだ。観葉植物を隔てて親父たちの席の背後にさ」



結城「有希は昔と変わらないな」

有希「君はさっきからそればっかだね。結城君は貫禄がついたよね」

結城「腹も出たしなあ」

有希「ふふ。それはうちの旦那もそうだったよ。中年になったらしかたないね」

結城「そのさ。池山って、最後はどんな感じだった?」

有希「・・・・・・うん」

結城「無神経なことを聞いて悪い。でも、池山が死んだことも知らなかったし、俺、あい
つにはひどいことをしちゃったけど、それでも俺はあいつのことを親友だと思ってたか
ら」

有希「大腸がんが肺に転移してね。肺がんだったの。煙草も吸わない人だったのに」

結城「そうか」

有希「君も煙草やめるか減らすかしたら? 旦那みたいになっちゃったら、怜菜が悲しむ
よ」

結城「悲しむかもしれないけど、怜菜とはもうしばらく会ってないから」

有希「どういう意味?」

結城「俺さ。池山の研究所の開放日のあと、怜菜と別れて再婚したんだ。会社の女の子
と」

有希「え? 怜菜と別れたってこと」


結城「ああ」

有希「何でよ。怜菜との間に子どもまで作ったのに」

結城「怜菜のこと愛してたよ。でも、君の言うとおりだった。偏見とか陰口とか冷たい視
線とか。実家の嫌味とか。それが理由だよ」

有希「そんなこと覚悟のうえで禁断の道を選んだんじゃなかったの」

結城「そうだけど。俺も怜菜も甘く見てた。俺はいいよ。社内で陰口を立てられても実力
で見返せばいいんだし。でも、怜菜が限界だった。近所の噂話とかがあってあいつは孤立
してさ。あいつの会社でも噂になったらしくて、最後の方は怜菜はノイローゼ状態だった
から」

有希「施設開放の日は、怜菜はそんな風に見えなかったけどな」

結城「君に弱みを見せたくなかったんだろ。それにあの日は池山もいたし」

有希「うちの旦那が何で関係あるのよ」

結城「あいつは俺の気持ちに応えてくれたけど、池山のことを好きだったのも嘘じゃねえ
と思うよ。だから、あの日は怜菜は池山にだけは辛い表情を見せたくなかったんだろ」

有希「・・・・・・幼友ちゃんは」

結城「怜菜が育ててる」

有希「一人で? 怜菜は元気なの」

結城「多分な。別れてから全然会っていないからわからねえけど」

有希「自分はさっさと会社の女の子と再婚したわけか」

結城「言い訳はしねえよ。でも、別れたら二度と会わないっていうのは怜菜が言い出した
んだよ。幼友まで取られてさ。再婚する以外にどうしろって言うんだよ」

有希「まあ、君も怜菜もどうなろうとあたしには関係ないけどね」

結城「まあそうだな。それでもさ、池山の葬儀くらいは参加させてもらいたかったな。き
っと怜菜もそうだったろうな」

有希「連絡先もわかならいのにどうしろって言うのよ」

結城「そうだけどさ」

有希「今の奥さんとはうまくいってるの?」

結城「離婚した。今は、息子と二人暮しをしてるよ」

有希「はあ?」

結城「俺も当分女はいいや。この先も息子のゆうと二人で暮らすよ」

有希「何で離婚したの」

結城「それは有希には関係ないだろ。怜菜のことと違って」

有希「どうせ浮気でもして愛想尽かされたんでしょ」

結城「浮気じゃねえけど、愛想尽かされたってのは本当だな」

有希「いったい何があったのよ」

結城「だから君には関係ない・・・・・・わかったよ」


有希「浮気じゃないなら何でよ」

結城「怜菜とのことを気にされて」

有希「怜菜との事実婚とか隠して結婚したの?」

結城「いや。礼奈を口説く前に全部話したよ」

有希「怜菜を口説く前って」

結城「悪い。わかりづらいけど、俺の元奥さんって「礼奈」って言うんだ。怜菜と同じ読
み方だけど」

有希「そうなの。それよか怜菜のことを気にしてってどういうこと」

結城「兄妹でそういう生活をしてたことは許してくれたんだ。理解もしてくれた。だから、
結婚したんだ。息子のゆうも生まれてうまく行っているつもりだったんだけど、だんだん
あいつは妹のことを気にするようになってな。毎晩、根掘り葉掘り妹のことを俺から聞き
出すようになった。有希や池山とのことも白状させられたよ」

有希「・・・・・・そうか」

結城「何度もあいつに説明した。もう怜菜とは二度と会わないことになってるって。今好
きなのはおまえだけだって。そうするとしばらくは理解してくれて落ち着くんだけどさ。
数日が過ぎるとまた繰り返しだよ。最後にはいい加減、俺も疲れてな。結局別れたよ」

有希「近親相姦ってさ。当人だけの問題なら別にいいのよ。二人がお互いに納得しあって
れば。だけど、結局そういう関係って周囲の人を巻き込むのよね。最初からわかってた」よ」

結城「そうだな。今になってみれば俺にもわかるよ。怜菜に手を出さなければ、俺は今で
も怜菜のいい兄貴でさ。もう一生あいつの顔を見れないなんてことにはなってなかっただ
ろうし」

有希「・・・・・・君は結局今は幸せなの?」

結城「怜菜とも幼友とも会えないけど、息子だけは一緒にいるからね」

有希「ゆう君だっけ。君と似てる?」

結城「何というか。女の子ととっかえひっかえしてるよ。俺だってあそこまでもてたこと
はないのにな。家に帰るたびに違う女の子がゆうにべったりくっついててさ。でも、まあ、
それでもあいつはいい息子だと思う。だから不幸ではないかな」

有希「・・・・・・ねえ」

結城「ああ」

有希「近親の関係でも幸せになる可能性ってあるのかな」

結城「何だよ突然。君はそうならないって信じてるんだろ」

有希「まあ、そうなんだけど」

結城「実際に体験した俺から言ってもそうだな。同姓婚よりもっと幸福へのハードルが高
いことは確かだよ・・・・・・っておい。何で有希が泣いてるんだよ」


有希「・・・・・・もうやだ」

結城「本当に悪かったよ」

有希「違うよ。君と怜菜のことはもう何とも思っていないの。あたしは博人と結婚して二
人の子どもに恵まれて、博人は死んじゃったけどそれまでは本当に幸せだったから。あん
なに遊んでいたのが嘘みたいに家庭が大事でね。子どもたちも素直でいい子だし」

結城「本当にどうした?」

有希「・・・・・・」

結城「俺でよかったら相談にのるけど。俺は池山のことも有希のことも大学時代の大切な
仲間だと思ってるし。今日だってデパートで偶然に会えて嬉しかった。怜菜とはもう会え
ないし、池山は死んじゃったし」

有希「子どもたちが」

結城「兄君だっけ。懐かしいな」

有希「下に女の子がいるの。君と怜菜と同じで兄妹」

結城「・・・・・・それで」

有希「下の女の子がね。おかしいのよ。どう考えてもおかしいの」

結城「おかしいって」

有希「君と怜菜と同じだよ。兄のことを好きみたい」

結城「好きって意味にもよるけど」

有希「妹ってすごく可愛いの。多分、学校でも相当もててると思うのに、兄にべったりだ
し。兄は近所の幼馴染の女の子と仲がいいんだけど、対抗するように男の子を連れてきて
兄に見せつけようとしたり。多分、兄に嫉妬させようとしてるんだと思う」

結城「考えすぎなんじゃないの」

有希「君が言える立場じゃないでしょ。君と怜菜のことがなければこんなことは考えなか
ったわよ」

結城「にしてもさ。兄君の方にその気がなければどうにもならないでしょ」

有希「兄の方だって妹のことは嫌いじゃないと思うの。それは異性としてではないと思う
けど」

結城「それなら平気じゃない?」

有希「妹って本当に可愛いの。外見も性格も。そんな妹の好意に気がつけば兄だってどう
なっちゃうかわからない。あたし、もうやだ。子どもたちが君と怜菜みたいに不幸になる
のは見過ごせない。博人に申し訳ないよ」

結城「・・・・・・じゃあさ。妹ちゃんに兄以外の男を好きにさせれば?」

有希「それができるなら悩まないよ」

結城「うちのゆうならきっと妹ちゃんの気持ちを掴んで振り向けさせることができると思
うけど」

有希「冗談言わないで」

結城「冗談じゃないって。とにかくゆうは女の子にもてるんだ」

有希「兄妹で恋愛なんてもってのほかだけど、女の子ととっかえひっかえするような男の
子に自分の娘を任せられるわけないでしょ」

結城「それでもさ。近親相姦よりましだって、君ならそう思うんじゃないの」

有希「それは・・・・・・」

結城「それにさ。妹ちゃんが君の言うくらい可愛いんだったら、案外ゆうの方も夢中にな
るかもよ」

有希「・・・・・・」


今日は以上です
また投下します


幼友「・・・・・・おはよ。インターンシップ終ったの?」

兄「うん」

幼友「大丈夫? すごくやつれてるみたい。そんなにインターンシップって大変だった
の?」

兄「いや。そうでもないよ。幼馴染と一緒なのは少し気を遣ったけど」

幼友「たかがあいつと一緒にいたくらいでやつれてどうすんのよ」

兄「と言うわけでもない。幼馴染と一緒でも、それは気は遣ったけどもうあまり気になら
なくなってきたよ」

幼友「じゃあどうしたのよ? 妹ちゃんと夫婦喧嘩でもした?」

兄「・・・・・・そうかもな。今日は休もうかと思ったんだけど、フィールドワークがあるか
ら」

幼友「夫婦ってとこはスルーなんだ。本当に喧嘩したの?」

兄「正確に言うと喧嘩にすらなってない。この間のファミレス以来、あいつ考え込んじゃ
って、悩みがあるなら相談しろって言っても、放っておいてって言うだけなんだ」

幼友「もしかして、あたしが結城さんとあんたたちのお母さんの話をしたからかな」

兄「うーん。まあ、その可能性はあるけどね」

幼友「本当にごめん。研究所の人たちにいろいろ聞かされたのなら、いっそ全部話した方
がいいかなって思ったんだけど。あんたはともかく妹ちゃんにはやっぱりいきなり過ぎた
よね」

兄「いや。おまえのせいじゃないよ」

幼友「・・・・・・妹ちゃん、やっぱりショックだったのかな」

兄「わからん。でも、あれからずっと黙って暗い顔してるよ。あんなに学校が好きだった
のに、今日は休むって言うからできれば俺も休んで妹についていてやりたかったんだけど
な」

幼友「あのさ」

兄「ああ」

幼友「有希さんがあんたと妹ちゃんの仲を心配していたのは本当かもしれないけど、別に
それだけのためにあの二人が再婚したっていう証拠はないのよ」

兄「ゆうの言葉を信じればな。あそこで二人はもうその話を続けるのはやめたって言うん
だろ」

幼友「そう。だからあたしたちにわかるのはあそこまで。別にあんたたちのお母さんが妹
ちゃんをゆうと付き合わせるために、結城さんと再婚したっていう証拠は何もない」

兄「まあ何も結婚しなくたって、ゆうを妹に紹介はできただろうからな。しかし、妹は何
で悩んでるんだろうなあ」

幼友「自分の母親に、君との仲を疑われたからじゃないの?」


兄「いや。そのこと自体はもっと前からわかってたんだ。そもそも俺と妹が二人暮しをし
たいって母さんに相談した時点で、母さんからはそんなようなことを言われたし。もっと
言えば妹はずっと前から俺にあんまりベタベタするなって母さんから釘を刺されていたっ
て言ってたよ」

幼友「自分の子どもたちに対して、そんなことを邪推するなんてひどい・・・・・・って言いた
いけど。あたしの両親のことを有希さんが知っていることを考えると、あながちそうとも
言い切れないのかもね」

兄(出自を考えれば幼友が一番気に病んでもおかしくない。こいつは実の兄と妹との間に
生まれた子どもなんだ。それなのによく冷静に話ができるよな)

兄(今さらだけど、半ば茶化してはいたものの俺と妹の仲を気持ち悪がらずに真正面から
受け止めてくれたのはこいつだけだったな。だからこそ妹だってあんなにこいつに懐いた
んだろうし)

兄(・・・・・・いや、俺たちはもちろん仲のいい兄妹を逸脱してはいないんだけど。でも)

兄(妹の唇にキスしたよな。しかも俺の方からも)

兄「そうかもな。それよか学校行こうぜ。せっかく無理して出てきたのにこれじゃ遅刻し
ちゃうよ」

幼友「フィールドワークなんか何十回もあるんでしょ」

兄「それはそうだけどさ。佐々木の心象が」

幼友「あんたは諌山所長や岩崎さんの心象がいいみたいだし、別に多少のことは先生に許
してもらえるんじゃない?」

兄「そんな保証はどこにもねえよ。それに休んで家に戻ったって、妹に喜ばれるわけじゃ
ねえし」

幼友「そうじゃなくて」

兄「何だよ」

幼友「これからちょっと付き合ってくれないかな」

兄「何で?」

幼友「恋人の振りをしようよ」

兄「あれはもう終わりだろ。つうか、いい加減にもうゆうと仲直りしてきたら?」

幼友「・・・・・・」

兄「今さら俺を彼氏に見せかけてどうすんだよ。もう今となっては意味なんかなくね」

幼友「・・・・・・いいから来て」

兄「来てって。おい、手を引っ張るなって」

幼友「こっちだよ」

兄「・・・・・・駅に行くのはいいけど、そっちは大学と反対方向のホームじゃんか」

幼友「ちょうど電車が来たね」

兄「ちょっとは人の話を(いったいどこに行くつもりだよ)」


兄「ここはどこ?(電車降りたのって結城さんの家の最寄り駅じゃんか)」

幼友「この間一緒に来たじゃない。あたしの家に続く坂道だよ」

兄「(そう言われてみればアウトレットの帰りに車でこいつを送ってきた道だ)もしかし
て、おまえの家に向ってる?」

幼友「うん」

兄「おまえさあ・・・・・・」

幼友「ちょっと付き合って。別にあんたを妹ちゃんから奪おうとか思ってないから」

兄「それはそうだろうさ。だけど何で俺がおまえの家に行かなきゃなんねえの」

幼友「お母さんは仕事だから誰も家にはいないよ」

兄「(こいつ何言ってるんだ)いやいや。それ、質問の答えになってねえじゃん」

幼友「うるさいなあ」

兄「うるさいって何で俺の質問の方がおかしいみたいになってんだよ」

幼友「あの家」

兄「あれがおまえの家?」

幼友「うん」

兄「デートの振りをして大学のやつらに見られたいなら、あのまま普通に大学に言ってた
方が全然効率的じゃんか」

幼友「別にそれはもういい。ゆうにもあたしとあんたの仲は理解できたと思うし」

兄「じゃあ何で恋人の振りをする必要があるんだよ。しかも誰もいないおまえの家で」

幼友「それはこれから説明する。だから家に来て」

兄「ちゃんと説明してくれるんだろうな」

幼友「うん。ちゃんと話すから一緒に来てくれる?」

兄「(何なんだよ)わかった」



幼友「その辺に座って」

兄「うん(女二人の家だけあって綺麗に片付いているな。つうか二人暮しなのにこの家、
普通に二階建ての一軒家なんだな)」

幼友「お茶いれて来る」

兄「いやいいよ(あれは、結城さんじゃん。結城さんがこいつの肩を抱いて笑ってる。こ
れって幼馴染がゆうの部屋から持ち出した写真と同じやつじゃん。怜菜さんはこの写真を
リビングに飾ってるのか)。それよか早く話を聞きたいんだけど」

幼友「そうだよね」

兄「気を遣ってくれたのに悪いけどさ」

幼友「この前、過去のことをさ。あたしは一方的に喋っちゃったけど、あれ迷惑だっ
た?」

兄「いや。正直に言うと前はもう過去のことは知りたくないと思っていた。大事なのはこ
れからの自分たちの人生だし。正直、母さんのことはどうでもよかった」

幼友「じゃあ、やっぱり迷惑だったんだ」

兄「そうでもねえんだ」

幼友「どういうこと?」


兄「過去のことはもう探るつもりはなかったんだけど、結局それって俺と妹にまとわりつ
いて来るんだよ。ゆうだったり母さんだったり、時にはおまえの姿をしてさ」

幼友「・・・・・・」

兄「だから、俺個人としては話が聞けてよかったと思っている。おまえにも恨みはないし、
岩崎さんの話だって聞いてよかったと思うよ」

幼友「そうか」

兄「ただ、妹には刺激が強すぎたんだと思う。あいつは、父さんと母さんの仲はよかった
と思っているし。いや、そのこと自体は俺も今でもそう思うけど、それにしても、二人の
馴れ初めがあんなにどろどろしてたなんて知ってショックを受けたんだろうな」

幼友「それはわかるよ。あたしもお母さんから過去の事実を教えられたときは、しばらく
は落ち込んだもん」

兄「そうだろうな(略奪愛以前に幼友の両親は実の兄妹だって教わったんだ。ショックな
んてもんじゃなかったろうな)」

幼友「お母さんのことはさ。妹ちゃんは結構割り切ってたよ。つうか割り切ろうとして
た」

兄「(え)何でおまえが知ってるの」

幼友「連休中にあんたたちと会ってから、妹ちゃんはあたしにいろいろと相談してくれる
ようになったから」

兄「ああ、そういやそうだったかも。よくベッドの中で妹は俺に背を向けてスマホを弄っ
てたもんな。あれっておまえとやり取りしてたんだろ(それまでは俺に抱きついていたく
せにな)」

幼友「そうだよ。いろいろ聞いた。妹ちゃんはあんたのことが大好きだけど、あんたの将
来とかあんたの夢とかを壊すくらいなら、今以上の関係をあんたに迫るつもりはないって
言ってたよ。ただ、あんたに彼女とか奥さんができるまではあんたの側を離れないって」

兄「・・・・・・うん。何となくわかる」

幼友「でも、今日はそんな話をしにあんたを家に連れてきたんじゃないんだ。あんたに相
談したいことがあるんだけど、ここなら誰にも邪魔されないと思ったからさ」

兄「相談? ゆうとおまえのことなら俺は関与する気はないよ」

幼友「そうじゃないって。妹ちゃんが悩んでいるのって、有希さんに近親相姦を疑われて
いることじゃないと思うな」

兄「どういうこと?」

幼友「妹ちゃんはね。有希さんの再婚を祝福してさ、同じように喜んであげない君に対し
て怒ったでしょ」

兄「そうだったけど」

幼友「彼女はそのことをすごく後悔してたから。生前のお父さんとことを考えていたあん
たの気持ちをわかってあげられなかったことをさ」

兄「うん、そうだった」

幼友「それでもさ。妹ちゃんはお母さんの再婚自体には賛成だったと思うの。お母さんが
ずっと一人で子どもたちを育ててきてくれたことに感謝してたしね。でも、この間のファ
ミレスで・・・・・・」

兄(そうか。結城さんとの再婚は、別に母さんがしたくてしたわけじゃなくて、俺と妹の
仲を離そうとして再婚したかもしれないって、妹はそう考えたんだ)

幼友「そうだとするとさ。妹ちゃんはお父さんやあんたの気持ちを考えて、そんないわく
のある再婚を祝福したばかりか、その感情をあんたにまで押し付けようとしたことを後悔
しているでしょうね」

兄「(そうかもしれん。いや、だけど)だけどさ、それって妹のせいじゃねえじゃん。妹
が母さんに騙されたといったっていい。あいつが父さんや俺に申し訳ないなんて思う必要
なんかねえだろ」


幼友「・・・・・・それはあたしにじゃなくて、妹ちゃんに言ってやりなよ」

兄「まあ、そうだけど」

幼友「ねえ」

兄「何だよ」

幼友「さっきは、有希さんと結城さんの再婚の理由があんたと妹ちゃんのことかどうかは
わからないよって言ったけどさ。本当のところはわかっていないわけじゃん」

兄「それはそうだけど」

幼友「結城さんがあたしたちの家の側に引っ越してきたり、結城さんとお母さんがああい
うことをしてたりとかさ」

兄「・・・・・・何が言いたいの」

幼友「もう一度、あたしの彼氏の振りをしてくれない?」

兄「だからどういうことだよ。ゆうに対してはもう十分だろ」

幼友「試してみない?」

兄「試すって」

幼友「有希さんに、あたしとあんたが付き合ってるって言ったら。そしてそれを有希さん
が信じたら、有希さんと結城さんの仲はどうなるかな。有希さんにしてみれば大好きだっ
た池山さんを裏切ってまで、結城さんと再婚している意味がなくなるんじゃないかな」

兄「母さんが本当に結城さんのことを好きじゃないんだったらな」

幼友「それを試してみようよ。有希さんが本当にあんたと妹ちゃんの仲を心配したんだっ
たら、そしてそれが結城さんとの再婚の理由だったとしたら、意味のない結婚生活なんか
に見切りをつけるんじゃないかな」

兄「・・・・・・そこまでして試すほどのことじゃねえだろ。それに母さんが結城さんと別れた
にしたって、それで妹の気が晴れるとは限らねえだろ」

幼友「それはわからないよ。そうなったら、あんたたちのお母さんが池山さんとあんたと
妹ちゃんのところに戻って来るんだもん。彼女も落ち着くんじゃないかな」

兄「それって、おまえにはなんかメリットがあるの?」

幼友「あたしはね、実の兄と妹の間に生まれた子なの」

兄「・・・・・・ああ」

幼友「そのことに自分の人生を潰されないように、あたしの両親は間違っていないって、
それだけを考えてこれまで生きてきた。だから、あたしは両親のことを恥じてはいない。
でも、結果的に世間に負けるような脆く儚い関係から自分が生まれたというのはいや。他
人から見れば汚らわしくても、本人たちは納得して幸せに暮した両親の子どもだって、そ
ういう存在でいたいの」

兄「よくわかんねえよ。おまえが今までいろいろしていたことの理由って・・・・・・」

幼友「結城さんと有希さんが離婚すれば、多分あたしの本当の両親はまた一緒に暮すよう
になると思う。ううん、思いたい。そうしたら、結城さんとお母さん、あたしとゆうでや
り直したいの。あたしがゆうに接近したり結城さんに会おうとしていた理由はそれだけ」

兄「・・・・・・おまえはゆうが好きなんじゃねえの? ゆうがおかしなことを始めたのを心配
して、それにゆうを取り戻したくていろいろしてたんだろ」

幼友「そんなんじゃないの。普通の家庭に育った子どもならみんな望むだろうことと一緒
だよ。両親が今でも愛し合っているならやり直して欲しい。あたしだって、両親が揃って
いる家庭で暮したい。その両親が実の兄と妹だとしても、少なくともあたしにはそんなこ
とは関係ないの」

兄「・・・・・・」


兄「ここみたいだな。集談社って看板が出ている」

幼友「自分のお母さんの会社に来たことがないの?」

兄「ない。生まれて初めて来たよ。あっちが受付みたいだな。行こう」

幼友「ちょっと待って。少し心の準備をしないと」

兄「何を今さら。おまえが言い出したことだろうが」

幼友「わかってるよ。ちょっとだけでいいから待ってよ」

兄「わかった」

兄(目を瞑って何やら考え込んでいるな。試合前のアスリートかよ。集中力でも高めてい
るのかな)

兄(何となく幼友の口車に乗せられた感でいっぱいのような気もするが、今さら引き返す
のも違う気がする。確かに、今の俺には妹との生活を維持することが第一目標ではあるけ
れども、肝心の妹が悩んじゃっている以上、母さんの再婚問題と近親相姦的な誤解を解く
のも一つの方法かもしれない。考えてみれば今は売りに出されちゃった前の家で家族三人
でやり直せたら、それが一番いいのかもな)

兄(・・・・・・しかも、そのころと違って俺と妹の関係は修復されているんだし。もちろん、
妹とはこの先も結城さんと怜菜さんみたいな関係になるつもりはないんだし)

兄(それは、確かに妹を抱き寄せてキスしちゃったけど。そういう意味では母さんの不安
も心配も根拠がないことではないんだけど)

兄(仮にだ。もし仮に母さんの理解があったとしたらどうなんだろ。学費の心配がなく自
分の進みたい道に没頭できる環境に俺がいたとしたら、俺は妹の好意を拒否するのかな)

兄(ついこの間までは、幼馴染と付き合って将来は結婚することしか考えていなかったけ
ど。今となっては・・・・・・)

兄(まあいいや。考えても結論が出ないことはある。少なくとも母さんの再婚が愛のない
ものだったら、母さんのためにも死んだ父さんのためにも何とかした方が言いに決まって
る。妹とのことはその先に考えればいい。とにかく、今悩んでいる妹のためにも、行動す
ることは悪いことじゃない)

幼友「ごめん。もういいよ」

兄「落ち着いた?」

幼友「わかんないけど、多分」

兄「じゃあ行こう(もう引き返せねえ)」


母「・・・・・・いったい何の用なの。あんた、いったいどの面下げてお母さんに会いに来た
の」

兄「(いきなりこれかよ。自分の母ながら本気でむかつく)言っておくけどな。俺だって
あんたなんかに会いたくて来たんじゃねえよ」

幼友「ちょっと兄、落ち着いて」

兄「わかってるよ(やっぱむかつくな、自分の母親とはいえ。嫌い度で言えば幼馴染とい
い勝負だ)」

母「この人はどなた?」

幼友「あの、初めまして。幼友と言います」

母「幼友さん? え。ちょっと、まさか」

兄「何がまさかだよ」

幼友「・・・・・・」

母「間違っていたらごめんね。あなたってひょっとして怜菜のお嬢さん?」

兄(覚えてやがったか)

幼友「はい。結城怜菜はあたしの母親です」

母「よかった」

兄「え?」

母「本当によかった。あなたのこと心配だったのよ」

幼友「・・・・・・」

兄(心配?)

母「そっかあ。大きくなったね。あなたは覚えてないでしょうけどあたしと幼友ちゃんは
ね、初対面じゃないのよ。一度あなたが小さいときに会ってるの。こんなに大きくなって、
それに綺麗になったね」

兄「それって、父さんの職場の施設開放日のことか」

母「・・・・・・何であんたが知っているのよ」

兄「いろいろあってな。父さんと母さんや、結城さんと怜菜さんのことは、多分母さんが
思っている以上に知ってるんだよ」

母「・・・・・・いったい何であんたが」

兄「それよか、話しがある」

母「何よ」

兄「母さんなんかに言う必要はないと思ってたけど、なんか誤解しているみたいだから
さ」

母「誤解? 誤魔化せるつもりでいるわけ? だいたい、何であんたが幼友ちゃんと一緒
にいるわけ? どこで知り合ったの」

兄「いいから黙って聞けよ」

幼友「あの。あたしから話してもいいですか」

母「・・・・・・うん。聞くから話してちょうだい」


今日は以上です
また投下します


幼友「あたしと兄君は同じ大学なんですけど、この間から付き合っているんです」

母「何言ってるの。あなたたちが付き合ってる?」

兄「悪いか? もう母さんには関係ねえだろうが」

幼友「兄君! ちょっとは口を慎みなよ」

兄(君付けかよ。こいつも演技上手だな)

母「ちょっと待ちなさい。あんたたち、いつから知り合いなの」

幼友「知り合ったのは、大学に入ってからです。あたしは最初は幼馴染と友だちになった
んですけど、彼女を通じて兄君と知り合いになりました」

母「幼馴染ちゃんのお友だちだったの」

幼友「はい。最初は彼のこと・・・・・・。あ、すいません。兄君のことですけど、兄君は幼馴
染の彼氏かと思っていました」

母「うん。それで? それなのにどうして幼友ちゃんが兄と付き合っているなんて言う
の?」

兄(母さん、ちょっとは話を聞く気になったみたいだ。幼友のこと心配してたって言うの
は嘘じゃないのかもしれん。とにかく事前に打ち合わせもしていないんだ。話は幼友に任
せよう)

幼友「だから最初は兄君は幼馴染の彼氏かと思っていたんですけど、ある日兄君がすごく
落ち込んでいたことがあって、あたしは偶然兄君に会った時のことですけど、幼馴染が兄
君に・・・・・・。あたし、聞いちゃったんです」



「正直に言うとあの日にね。ゆう君に二度と妹ちゃんに近づくなって言ったの。そしたら
彼は何の興味もなさそうに、別に妹が俺のことを好きじゃないならしつこくなんかしねえ
よって言ったのね。そんなことには意味がないからって」

「でも。そう言った彼の表情が寂しそうでね。何か母親に見捨てられた子供みたい
で」

「何だか彼のことがかわいそうになっちゃって。あたしも少し言い過ぎたかなって
思ってたら彼がいきなり・・・・・・」

「聞いて。あたしは確かに彼に惹かれたの。彼って不思議な魅力があって、ゆう君に抱き
しめられるともう彼のこと以外のことは何も考えられなくなるの。ごめん。でももう一度
ちゃんと自分の気持を確かめてみたいの。自分の好きな人がゆう君なのか君なのか」

「だって。このままじゃ家から追い出されそうなの。君があたしとまだ付き合っていると
お母さんに言ってくれればあたしは家を出なくて済むじゃない? その間にあたしは自分
のことを見つめなおしてみる。あたしが本当に好きなのは危険な魅力を持ったゆう君なの
か、ずっと一緒にいて側に居ると安心する君なのか。だからあたしにチャンスをくださ
い」



幼友「これがあたしが聞いた幼馴染の言葉です。兄君の母親としてどう思われますか」

母「・・・・・・嘘でしょ」

幼友「嘘じゃありません。幼馴染は有希さんには自分に都合のいいことしか言わなかった
でしょうけど、今お話した内容は全部あたしが実際にこの耳にしたことです」

母「・・・・・・じゃあ何で幼馴染ちゃんが嘘を言ったの」

兄(母さんが幼友の話に耳を傾け始めた。幼馴染の話は嘘は言ってねえから、説得力があ
るっていやあるしな。ただ、都合の悪いところは省略しているけど)


幼友「推測ですけどね。彼女は味方が欲しかったんじゃないですか。兄君をひどいやり方
で振って傷つけたことで、兄君のことを気に入っていた幼馴染のご両親は彼女に対して激
怒したようですよ。きっと兄君と付き合っていて欲しかったんでしょうね」

母「・・・・・それが本当かどうかはわからないけど、それにしても何で幼友ちゃんは兄と付
き合い出したなんて言うの」

幼友「彼女の仕打ちがあまりにひどくて、兄君が本気で自殺しそうなくらい悩んでいたん
ですね」

母「それはうちの妹が癒したんじゃないの? あの子らしく自分の可愛らしさを武器にし
て」

兄(このクソババア。そんなに自分の娘が信用できないのかよ)

幼友「違います」

母「違うの?」

幼友「妹ちゃんは兄君のことは心配していました」

母「やっぱりね」

幼友「それで、あたしは思わず幼馴染を罵って兄君を慰めました。そうしているうちに、
自分でもよく理由はわからいないんですけど、兄君のことが好きになって、せめて友人と
してでも兄君と仲良くなろうと思いました。実際は兄君のことを異性として意識していた
んですけど」

母「そんなこと、妹が承知しなかったでしょ」

幼友「そうでもないんです。兄君と友人として会うようになったとき、妹ちゃんとも知り
合いになったんですけど、お互いに気があったんですぐに仲良くなりました」

母「そう。それで?」

幼友「妹ちゃんと仲よくなったのは、連休中に偶然に兄君が妹ちゃんと一緒に、おじいさ
んの別荘に遊びに行ったとき、偶然に近くの水族館で出合ったときのことですね。あたし
はそのときから妹ちゃんと兄君と親しくなったんですけど」

母「・・・・・・それで?」

幼友「そのとき、あたしは兄君に恋をして告白しました。兄君もあたしの想いに応えてく
れました。だから、今でもあたしと兄君は付き合っているんです」

母「嘘だよね」

幼友「本当ですよ」

母「そんなのあの子が、異常なほど兄に執着している妹が納得するわけないじゃない」

幼友「それは違うと思います。妹ちゃんはあたしと兄君の仲を祝福してくれました」

兄(嘘付け。妹がそんなこと言うわけねえだろ。あいつが本当に好きなのは俺だったんだ
から)

兄(・・・・・・落ち着け。幼友は母さんを試しているだけなんだから。こいつは結城さんと怜
菜さんを復縁させることしか考えていないはずだし)

幼友「妹ちゃんは、あたしに言ってくれました。お兄ちゃんのことをよろしくお願いしま
すって。自分では、実の妹の自分ではお兄ちゃんを幸せにしてあげられられないからっ
て」

兄(・・・・・・作戦どおりのフェイクだ。動揺することはない、妹は俺のことが好きなことだ
けは間違いない)


幼友「知り合ってからしばらくして、あたしは兄と妹ちゃんと出かけたりして一緒に遊ぶ
ようになったんでけど、あたしと妹ちゃんはよく夜に電話で話したり、LINEで語り合って
いたんです」

母「それで」

兄(少なくともこれは本当だ。一緒に寝てても妹は俺に背を向けてずっとスマホを弄って
たもんな)

幼友「ある日・・・・・・」



妹「幼馴染さんのしたことは絶対に許せない。お兄ちゃんがどんだけ苦しんだか考える
と」

幼友「そうだよね。でも、兄も幼馴染と絶交したわけだし、あたしも学内では幼馴染が兄
に近づかないように気をつけるよ」

妹「うん、お姉ちゃんありがと」

幼友「別にいいよ。妹ちゃんのためだし」

妹「・・・・・・」

幼友「どうかした? もう眠くなったのかな」

妹「違うよ。まだ大丈夫」

幼友「もう三時近いね。明日も学校だし寝ようか」

妹「・・・・・・ねえ」

幼友「うん? どうした」

妹「あのさ。お姉ちゃん、言ってたじゃない。お兄ちゃんのことを好きな子が三人くらい
大学にいるって」

幼友「いるよ。いつも目で兄を追ってることかさ」

妹「幼馴染さんを忘れるためには、お兄ちゃんに誰か好きな子ができればいいんじゃない
かって思うの」

幼友「そんなにすぐには割り切れないでしょ。何と言っても兄はさ、幼馴染に裏切られる
までは彼女と付き合ってたんだし。だいたい兄はその子たちのことなんか知ってすらいな
いと思うよ」

妹「それはそうでしょうね。別にその子たちじゃなくてもいんだ」

幼友「あの兄に他に彼女の候補がいるとは思えないんだけど」

妹「でもさ。お兄ちゃんを見ているとわかるんだけど、お兄ちゃんはお姉ちゃんには気を
許していると思う」

幼友「え? あたし?」

妹「うん。おじいちゃんちにお泊りしたときさ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが庭で二人で寄
り添って海を見てたでしょ」

幼友「あれはべつにそんなんじゃ。つうか妹ちゃん知ってたの」

妹「あたし、お姉ちゃんのこと好きだよ」

幼友「それはあたしだってそうだけど。でも、それとこれとは」

妹「お姉ちゃんはやっぱりゆう君が好きなの? うちのお兄ちゃんは恋愛対象にならな
い?」

幼友「・・・・・・妹ちゃん」

妹「明日もお兄ちゃんと恋人ごっこしてあげてくれる?」

幼友「もう、ゆうにはあたしと兄のことは伝わったみたいだし、これ以上恋人ごっこをし
ようとしたら、兄が不審に感じると思うよ」

妹「別にいいじゃない。お姉ちゃん、お兄ちゃんのことが好きなんじゃない? ゆう君の
ことよりも」


兄(・・・・・・フェイク、だよな? それにしても何だこのリアルな嘘)

兄(嘘なんだよな。幼友の目的は、母さんから俺と妹の近親相姦疑惑を晴らして、結城さ
んと別れさせることだろ。そうして結城さんと怜菜さんを再びくっつけることだ)

兄(それはわかっているんだが。何だ、このリアルな回想は。今にして思えば確かに妹は、
幼友と知り合ってから俺への愛情表現をトーンダウンさせている。俺とずっと一緒にいた
いとは言ってたけど、恋人になるのは諦めたっていう感じだったしな。俺に彼女ができる
までは、ずっと一緒に暮すとか)

兄(本当に妹は幼友にこんなことを話したんだろうか。嘘にしても現実感がありすぎる)



幼友「あたしは言い返せませんでした。その頃には兄君のことを好きになってしまってい
たから」

母「ちょっと待って。今、ゆう君の話をしたわよね。あなたとゆう君は・・・・・・」

幼友「ゆうとあたしは異母姉弟です。それはわかってます」

母「ゆう君が好きって」

幼友「一時期、そういうことがあったんですよ。でも、ゆうが自分の弟だと知ってからは
そういう気持ちは全くなくなりました。彼の幸せを祈る気持ちはありますけど。それは妹
ちゃんが兄君を思う気持ちと同じだと思います」

母「びっくりした。幼友ちゃんまでゆう君と付き合っちゃったら、本当に負のループなの
よ。よかった」

幼友「そうですね」

母「え」

幼友「あたしはそこまでバカじゃありません。あたしは自分の出自をみんなに知られたら、
気持ち悪がられ虐められ排斥されるだろうと、いつもそのことだけを考えながらこれまで
生きてきましたから」

母「・・・・・・」

兄(これは本当かもしれん。近親相姦の当事者は割り切って愛を語れたとしても、二人の
間に生まれた子どもは、自分には何の罪もないのに周りからは偏見の目で見られるんだも
んな)

母「そうね。あなたの言うとおりだわ。だからあたしはあなたのご両親の仲に納得できな
かった。あたしとパパが振られたとかそういう恨みではないの。絶対に将来こういうこと
になるんじゃないかと心配だった」

幼友「ええ。それでもあたしには親は選べません。実の兄妹の間にできた子どもなんです。
あたしは一生そうなんです」

母「それはあなたのせいじゃないわ。幼友ちゃんが責めを負うことじゃない」

幼友「だったら」

母「どうしたの」

幼友「だったら認めていただけますか。あたしのことを、兄君の彼女として。近親相姦の
仲から生まれたあたしでも兄君の彼女として認めてもらえますか」


兄(おい。いや、最初からそのつもりで母さんを騙しに来たのは確かだけど。ここまで重
い話に仕立てる必要があるのかよ)

母「兄」

兄「(え、俺?)何だよ」

母「何だよじゃないでしょ。真面目に答えなさい」

兄「わかってるよ。真面目に答えてるだろ」

母「あなたは本当に幼友ちゃんの方が好きなのね」

兄「ふざけんな。母さんが偉そうにそんなことを聞けた義理かよ。幼馴染の大嘘を信じて
やがったくせに。あのせいで俺と妹がどんなに辛い思いをしたと思ってるんだよ。俺と妹
が何とか生活できてるのはじいちゃんたちのおかげなんだぞ」

母「幼馴染ちゃんのことじゃないよ」

兄「何だって?」

母「あたしが聞いているのは幼馴染ちゃんとかのことじゃないよ。あんたは本当に妹より
幼友ちゃんのことが好きなの?」

兄(う。やばい、予想していた質問なのに)

幼友「・・・・・・」

兄(幼友がこっちを見ている。別に責めるような目つきでもなく、面白がっているような
様子でもない)

兄(何だか悲しそうな表情っていうか。俺がどう答えてもこいつのことを傷つけそうな感
じだよな。いったい何でなんだろう)

母「大事なことなの。はっきりと答えなさい」

兄「幼友のことが好きだよ。妹のことも大切だけど、こういつのことは異性として大好き
だ」

幼友「・・・・・・」

母「・・・・・・」

兄「何か言えよ。人に恥かしい告白をさせておいてよ」

母「よかった」

幼友「・・・・・・」

兄「はい?」

母「本当によかった。兄、これまで本当にごめんね」

兄「何言ってるんだよ。訳わかんねえよ」

母「・・・・・・幼友ちゃん」

幼友「はい」

母「近親の恋愛なんか駄目に決まってるけど、あなたがその責めを負うことはないの。あ
なたが兄と付き合ってくれるなら、あたしは大歓迎なのよ」

幼友「・・・・・・」

母「泣かないの。こっちにいらっしゃい」

幼友「あの」

母「今までつらかったね。これからは怜菜だけじゃなくて、あたしのこともお母さんと思
ってね」

兄(母さんが泣きじゃくっている幼友を抱きしめている。この泣き顔が演技だとしたらア
カデミー賞の女優級の演技だよな)

兄(いったいこれからどうなるんだ)


母「あなたと兄のこと、怜菜は知ってるの」

幼友「・・・・・・知りません」

母「安心して。絶対に怜菜には反対させないから。それにあたしは怜菜には貸しもある
し」

幼友「・・・・・・でも、いいんですか。あたしはお母さんの私生児なんですよ。戸籍だって汚
いし、この先だってちゃんと就職できるかどうか」

母「問題ないでしょ。兄と結婚して専業主婦になっちゃいなさい。兄の稼ぎじゃ足りない
ならあたしが援助してあげるから」

兄「ちょっと待てよ。何でいきなり結婚するみたいな話になるんだよ」

母「はあ? あんたそんな覚悟もないのに、幼友ちゃんに手を出したの?」

兄「・・・・・・いや。つうか手なんか出してねえし」

幼友「お母さん。兄君はあたしに何もしてないです」

母「お母さんって呼んでくれたわね。嬉しいよ」

兄「話が逸れてるだろうが」

母「幼友ちゃんの両親の恋愛は何も生産的な結果を生まないとあたしは思ってたの。でも、
よかった。これでみんなが救われるのね」

兄「何言ってるんだよ。意味わかんねえよ」

母「救いはね、第一にあたしとパパが結果的に結ばれることになった。第二に幼友ちゃん
があんたと結ばれて、負の連鎖を断ち切ることができた」

兄「母さんと父さんの馴れ初めは知ってるから、それ以上言わなくてもいいよ」

母「知ってるって」

兄「父さんの手記とか研究所の人の話とかで全部、かどうかはわからないけどだいたいは
知ってるよ」

母「・・・・・・そうか。まあいいわ。いつかは言おうと思ってたんだし」

兄「第三の救いって何だよ」

母「あんたと妹が近親相姦の汚らしい関係に陥らなくて済んだことね」

兄「・・・・・・」

母「幼友ちゃん」

幼友「はい」

母「あたしはすぐにでも怜菜と話をするね」

幼友「えと」

母「心配しないで」

兄「何言ってるんだよ。ちゃんとわかるように話せよ」


母「多分ね。あたしは結城さんと別れることになると思う」

幼友「いったい何で」

兄(何でじゃねえよ。しかし、やっぱりこいつの思ったとおりだったか。そんなに俺と妹
の仲がいいことが気に食わなかったのかよ。別に近親で恋愛しようなんか思ってねえの
に)

兄(・・・・・・少なくとも体の関係を持とうとか思ったことはないのに)

兄(あれ)

母「何でもだよ。あたしと結城君は昔は恋人同士だったけど、別に今となってはお互いに
好きでも何でもないのよ。だから結城君とは別れるね」

幼友「好きじゃないのに何で結婚されたんですか」

母「大人にはいろいろあるの。でも、もう一緒にいる必要はないからね」

幼友「はあ」

母「ねえ幼友ちゃん」

幼友「はい」

母「あたしが結城君と別れたらさ。一緒に暮さない?」

兄「な! 何言ってんだよ」

母「兄と妹と幼友ちゃんとあたし。皆で仲よくやれそうじゃない」

幼友「お母さんが認めてくれないと思います」

母「今の言い方だと、怜菜がいいと言えば一緒に暮してもいいってことかな」

幼友「それは」

母「もちろん、一緒に暮す前に幼友ちゃんと兄は婚約するのが前提だけどね」

幼友「あ、はい。それなら・・・・・・」

兄「ちょっと待てよ(これはやり過ぎだろ。俺と幼友が婚約なんかしたら妹がどんなに悲
しむか)」

母「よし。妹も喜ぶよ。ね? 幼友ちゃん」

幼友「はい。妹ちゃんは喜んでくれると思いますし、本当に彼女の姉になれるなら嬉しい
です」

兄「ちょっと」

母「・・・・・・幼友ちゃん」

幼友「はい」

母「もう悲しまなくてもいいし、後ろ向きに考えなくてもいいのよ。あなたの悲しみや運
命は、全部兄とあたしが受け止めてあげるから」

幼友「・・・・・・お母さん」

母「お母さんって呼んでくれたね。三人目の子どもができて嬉しい。早くパパに報告して
あげたい」

兄(どうなっちまうんだ、これ)


今日は以上です
また投下します


母「幼友ちゃん、これ運んでくれる?」

幼友「はいお母さん」

母「・・・・・・妹はいないの?」

妹「いるよ。何」

母「あんたはテーブルの上を片付けて。新聞は読んだらテーブルからどかしておいてっ
て言ったでしょ」

妹「あたしじゃないもん」

幼友「それ、きっと兄君ですよ。昨日はお母さんが帰って来るまでずっとそこで新聞を読
んでましたから」

母「全くあいつは。だいたい兄はどうしたの。まだ寝てるんじゃないでしょうね」

幼友「あたし見てきます」

母「幼友ちゃんが行くことないよ。兄がつけあがるから。妹、あんた兄を叩き起こしてき
なさい。いくら休日だからって起きるの遅すぎ」

妹「・・・・・・お姉ちゃんが行った方がお兄ちゃんも喜ぶんじゃない?」

幼友「ちょっと妹ちゃん!」

母「うふふ。それもそうか」

兄「(これ以上聞いていられねえ)俺なら起きてるよ。おはよ」

幼友「おはよう兄君」

母「ふふ。幼友ちゃん、何赤くなってるの? 昨日の夜何かいいことでもあったのかな」

幼友「何にもないですよ」

兄(何言ってるんだ。さすがは学生時代は清楚なお嬢様を装っていたけど、本性はビッチ
だった母さんだけのことはある)

母「別にあったっていいじゃない。二人とももういい年なんだし何もないほうが不自然
よ」

兄「よせよ。幼友が困ってるだろ」

母「ふふ。あんたが女の子をかばうなんてねえ。妹と幼馴染ちゃん以外では初めて見たよ。
よっぽど幼友ちゃんのこと好きなのね」

幼友「お母さん、そろそろ食事にしませんか」

母「あ、いけない。あたしもう行かなきゃ」

兄「そういや休みなのに何でスーツなんか着てるの。今日も仕事?」

母「うん。最近、幼友ちゃんもいることだし早目に帰るようにしてたら仕事が溜まっちゃ
ってさ。今日はそんなに遅くならないと思うから、みんなで一緒に夕食を食べに行きまし
ょう」

幼友「お母さん、忙しいならそんなに無理しなくてもいいのに」

母「あたしが帰りたいんだからいいの。何年ぶりかしらねえ、早く家に帰りたくなるなん
て。パパが生きていた頃は毎日そうだったんだけど」

兄(何かむかつく。俺と妹の二人だけの家には帰りたいと思わせるほどの気持ちがなかっ
たってことじゃんか)


母「じゃあ行ってくるね。出かけるならちゃんと戸締りしてね」

幼友「行ってらっしゃい」

妹「・・・・・・行ってらっしゃい」

兄(け)

幼友「ご飯にしようか」

妹「うん。お姉ちゃんそっちに座って」

幼友「そこは妹ちゃんの席じゃないの」

妹「いいから。あたしはここがいいの」

幼友「そう。じゃあ兄も座って」

兄「ああ(母さんがいるときは君か兄君って呼んでるのに、母さんがいないとあんたとか
兄って呼び捨てか。母さんといるときの幼友って演技でもしてるのかな)」

兄「ここに座ればいいの?(昔は父さんと母さんが並んで座って、その向かいに俺と妹が
並んでたっけ。何で俺が幼友の隣に座るんだろ)」

幼友「お母さんも妹ちゃんも料理上手だよね」

妹「お姉ちゃんだって上手じゃない。お弁当とかすごく美味しかったし」

兄(妹のやつ、俺の横には座りたくないのかな。それとも幼友に遠慮してるとか)

兄(普通、いきなり母さんと仲直りとか幼友と同居とか聞かされたら混乱したり反発した
りするもんだと思うけど、妹はあっさりと受け入れた。もともと母さんが大好きな妹だし、
変な誤解が晴れてまた母さんと一緒に暮すことが嬉しかったんだとは思うけど)

兄(幼友まで一緒に同居なんて)

兄(妹が俺のことを好きなら普通は悩むだろ。それなのに楽しそうに幼友とじゃれあって
るし。母さんと同居後の妹の態度で前と変化したのは・・・・・・)

兄(俺とあまり話をしないようになった。それに視線すら逸らされている気がするし)

兄(俺のアパートでは妹は俺と同じベッドで寝てた。もちろん変なことはしてないけど、
朝起きたら妹に抱きつかれていたりとか普通にあったのにな)

兄(・・・・・・妹のラフなTシャツ姿、可愛いな。むき出しの手足とかちょっとヤバイ・・・・・・
って何考えてるんだ俺)

妹「お姉ちゃん、今日の予定は」

幼友「別に何もないよ。妹ちゃんは」

妹「夏休み前の最後の登校日に、学校のロッカーに教科書を忘れてきちゃったから、午前
中に行って取ってくる」

幼友「そっかあ。富士峰、何か懐かしいなあ。卒業してから一度も行ってないや。あたし
も一緒に付いて行っていい?」

妹「別にいいけど。教科書を取りに行くだけだよ?」

兄「俺、車出そうか。その方が楽だろ」

妹「・・・・・・」

兄(妹はやっぱり俺と目を合わそうとしねえな)

妹「・・・・・いい。別にたいして荷物もないから。お姉ちゃんも家でゆっくりしてて。富士
峰には九月の学園祭に来ればいいじゃん」

幼友「そう?」

兄(・・・・・・何でだよ。付き合うとかはないにしても、いい兄妹になるんじゃなかったのか
よ。俺に彼女ができるまではずっと俺の側にいるって言ってたんじゃねえのかよ。俺って
もしかして妹に嫌われたんだろうか)

兄(あ・・・・・・。まさか。まさか、俺に彼女ができたとか誤解してるんじゃねえだろうな)

兄(幼友はそんなんじゃねえのに)


妹「ごちそうさま。お皿片付けちゃうね」

幼友「いいよ、あたしがやっておくから。妹ちゃんは学校に行ってきなよ。早く帰ってお
いで」

妹「うん。ありがと。ちょっと着替えて行ってくるね」

幼友「気をつけてね。お昼までには帰ってきてね」

妹「わかった。じゃあね」

兄(行っちゃった・・・・・・。結局俺とは会話もしないか。一応、幼友は家庭の事情で俺たち
と暮すことになったって、妹には説明してあるはずなのに。まさか、母さんが俺と幼友が
付き合ってるとか婚約することになってるとか言ったのか)

兄(俺と妹との仲に神経質になっていた母さんだけど、さすがにそこまで無神経なことを
妹に言うつもりはないって言ってた。今にして思うと、俺が幼友と付き合っていることに
は納得しても、妹の俺への気持ちについてはまだ疑っていたからだろう)

兄(だけどさっきの露骨な会話とか、母さんが俺と有希の仲を公認しているのはバレバレ
だし。だいたい妹の方も幼友に俺を起こさせたり、並んで座らせようとしたり、これじゃ
俺と幼友の仲を応援してるみたいじゃん)

兄(それに妹の俺への冷たい態度はどうだ。必要最低限の話ししかしないし、これじゃ仲
直りする前の冷戦状態に戻っちまったじゃないか。別に妹とどうこうなろうなんて今だっ
て考えちゃいないけど、せっかく仲直りしたのに。これじゃあ俺にとっては母さんと同居
しなおす意味すらねえじゃん。妹のことだけを考えればまだしも俺のアパートで妹と同居
していたときの方が、俺にとっては幸せだったんじゃないか)

幼友「兄?」

兄「へ」

幼友「もう食べないの」

兄「ああ、もういいや」

幼友「じゃあ、もう片付けちゃうね」

兄「手伝うよ」

幼友「いいって。あんたはリビングでテレビか新聞でも見てて。すぐに終るから」

兄「ああ。悪い」

兄(そもそもこいつの行動が謎過ぎる。もともと結城さんを怜菜さんと復縁させるために
した行動だろうが。だから俺だって協力することにしたんだし。それが何で幼友が俺たち
と同居してるんだよ。それに、結城さんと母さんは別居することになったし、日をおかず
離婚することも決まったみたいだけど、結城さんは怜菜さんのところに戻ったのかな。そ
れすら俺は知らねえんだ)

幼友「ほら。新聞もってさっさとリビングに行って。あんた邪魔」

兄「わかったって。こら、くすぐるなよ(何なんだよ)」



兄(ここは俺たち家族が一緒に暮していた家だ。幸いにも売れていなかったこの家を母さ
んは売りに出すのをやめた。ここにはかつて父さんと母さん、俺と妹が住んでいたんだ)

兄(母さんとやり直せるのはいいことだ。特に妹にとって。じいちゃんとばあちゃんには
散々そんな簡単に母さんに騙されるなって言われたけど、最後には納得してもらったし)

兄(本当にじいちゃんたちには感謝しきれねえ)



祖父「兄と妹がそう決めたのなら私たちはもう文句を言わない。でも、万一辛いことがあ
ったら、意地とか張ってないですぐにでも私たちを頼るんだよ」

祖母「おじいちゃんはそう言うけど、本当はあたしは反対なの。自分の子どもだちのこと
を信用しないで、再婚相手の連れ子を庇う母親なんて信じられないわ。まして、それがあ
のふしだらな有希さんならなおのことね」

祖父「まあ、この子たちが決めたことだ。私たちは黙って見守ろうじゃないか」

祖母「何かあったらいつでもここを頼るのよ。いいわね。それが認める条件だからね」

祖父「渡した金はそのまま持ってなさい。万一有希さんにまた嫌がらせされたら、その金
を使いなさい」


兄(幼友の話はフェイクだったんだよな。何かもうよくわからなくなってきた)



「うん。おじいちゃんちにお泊りしたときさ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが庭で二人で寄り
添って海を見てたでしょ」

「あれはべつにそんなんじゃ。つうか妹ちゃん知ってたの」

「あたし、お姉ちゃんのこと好きだよ」

「それはあたしだってそうだけど。でも、それとこれとは」

「お姉ちゃんはやっぱりゆう君が好きなの? うちのお兄ちゃんは恋愛対象にならな
い?」

「・・・・・・妹ちゃん」

「明日もお兄ちゃんと恋人ごっこしてあげてくれる?」

「もう、ゆうにはあたしと兄のことは伝わったみたいだし、これ以上恋人ごっこをしよう
としたら、兄が不審に感じると思うよ」

「別にいいじゃない。お姉ちゃん、お兄ちゃんのことが好きなんじゃない? ゆう君のこ
とよりも」



兄(考えてみれば、妹と幼友があの頃、どんな話をしてたかなんて、俺には全然興味がな
かったんだよな。今にして思えば大バカだ。とにかく幼馴染が憎くて、妹をゆうに取られ
るのを恐れて、それ以外のことを考える余裕がなかったんだ)

兄(今まで何の根拠もないのに、妹は今では俺のことが大好きで、俺はその妹の気持ちを
傷つけちゃいけないとしか思ってなかった。まさか妹に振られることがあるなんて考えさ
えしていなかったんだ)

兄(いや。振られるっていうのはちょっと違うかもしれん。妹と付き合うことはできない
けど、そんな俺に妹は一生執着してくれるものだと思い込んでいたんだな。だから、ここ
最近の妹の冷たい態度に俺はショックを受けているんだ)

幼友「コーヒーいれ直したけど飲む?」

兄「ああ、悪い。もらう」

幼友「はい」

兄(俺の隣に密着して座ったな。こいつは俺のことなんか好きでもなんでもないはずなの
に。何でこういう行動をするんだろ。こういうのを見続けてたら妹が誤解しても無理はな
いのかもしれない)

幼友「それ面白いの?」

兄「いや。単なる暇つぶし」

幼友「そうなんだ。じゃあ、チャンネル変えてもいい?」

兄「別にいいよ」

幼友「でも面白い番組ってないね。夏休みはやっぱりテレビは駄目だなあ」

兄「おまえテレビとかよく見るの?」

幼友「見るよ。だって家に夜一人でいる時って、他にすることないじゃん」

兄「そうかな。俺だったらネット見たりゲームしたりするけどな」

幼友「堂々とそんな話するなよバカ。あんたのゲームって妹物のエロゲでしょうが」

兄「・・・・・・何でおまえがそれを知ってるんだよ」

幼友「違うのか違わないのかどっちよ」

兄「いやその。まあエロゲと言ってもいいかもしれないけど。でも実妹物じゃなくて義理
の妹なんだ」

幼友「そこまで聞いてないし。・・・・・・この家ってあんたたちの家族がずっと一緒に暮して
きた場所なんでしょ?」

兄「ああ。売りに出してたんだけど、こんな古い家じゃ売れなかったみたいだな」


幼友「あのさ」

兄「どうした」

幼友「あんたって、そのさ。あたしのこと怒ってる?」

兄「どういう意味」

幼友「話が違うとか思ってるよね」

兄「だから、もっとはっきり話せよ」

幼友「わかってるくせに」

兄「まあな。何でおまえが最初から望んでいたとおり、結城さんと怜菜さんと一緒に暮さ
なかったの? おまえの行動の目的は最初からそれだけだったんだろ」

幼友「そうなんだけど」

兄「悪いけどさ。おまえの行動ってでたらめにしか思えねえんだよな。いったい何がした
いのかさっぱりわからん」

幼友「そう見えるかもね」

兄「いや。見えるかもねじゃなくて本当にでたらめじゃん。そもそも最初はゆうの幼馴染
で彼女だとか言ってたくせに、それはフェイクだったんだろ? そんで次は結城さんと怜
菜さんとゆうと四人で暮したかっただけだって言ってたよな? 自分の行動の目的はそれ
だけだって」

幼友「・・・・・・うん。後の方は本当だよ」

兄「俺との恋人ごっこに嫉妬したゆうが幼馴染を振っておまえにLINEでメッセージを送っ
てきたときも、おまえはわざと冷たい、というか煽るような返事をしたよな」

幼友「うん。別に本気でゆうのことを好きになったことなんかなかったからね」

兄「じゃあ、今は何でここで暮してるの?」

幼友「何でって・・・・・・」

兄「母さんは結城さんと離婚した。わずか数ヶ月の結婚生活でな。結城さんは今ではフ
リーじゃん。怜菜さんに気が残っているなら今頃二人はやり直しているだろうし、おまえ
の望みどおりになったわけなのに、何で実家に帰らない?」

幼友「結城さんはお母さんと一緒に暮してないの。お母さんが拒否したんだって」

兄「え?何で。だって、二人がその・・・・・・おまえの家で愛し合っているところを目撃した
んだろ? それに結城さんはわざわざおまえの家の近くに家を買ったのだって、外部への
体面を保つために形だけ母さんと結婚生活を装いながら、怜菜さんとやり直したかったか
らじゃねえの?」

幼友「うん。多分それは本当だと思う。あんたのお母さんには悪いけど」

兄「別に悪くなんかねえだろ。母さんだって結局俺と妹の仲を疑って、妹をゆうと親しく
させるために、俺のことを忘れさせるためにだけ結城さんと付き合ったようだしな。正直、
そんなことのためにだけ結婚までするなんて理解できねえけどな」

幼友「それは君が幸せな家庭に育ってきたから、実の兄と妹の恋愛で人生を狂わされた人
の気持ちを想像できないからだよ。だから、君は妹ちゃんの好意に気がついていながらき
っぱりと拒否せずに、無責任に曖昧な関係を続けたいとかって思えるんだよ。実際に被害
を受けた人ならそんなことは考えない。君のお母さんだってそうだと思うよ。そのために
は偽装結婚くらいは甘受するんじゃないかな。大切な子どもたちの将来のためには」

兄「・・・・・・それは議論しても言い合いになるだけで平行線だからもういい。それよか、何
で結城さんと怜菜さんは一緒に暮さねえの? やぱっり会社のこととか外聞とかを気にし
てるのか」


幼友「どうもゆうのせいみたい」

兄「どういうこと?」

幼友「お母さんはお父さんとあたしと三人で暮らす分には何の不満もなかったらしいの。
でも、お母さんはゆうと一緒に暮すことは拒否したの」

兄「何で?」

幼友「あたし、有希さんに会って一緒に暮さないって言われたあとに、お母さんにはっき
りと聞いたの。有希さんとお父さんが離婚するみたいだけど、お母さんはお父さんと一緒
にやり直すのって。そしたらお母さん、ゆう君とは一緒に暮せないって」

兄「そうなのか」

幼友「多分、お母さんは君のお父さんには好意を抱いていたと思うし、表面上で見えるほ
ど有希さんとも仲が悪いわけじゃないと思う。でもね、お母さんはお父さんと再婚した礼
奈さんとゆうにはいい感情を抱いてないみたい。ゆうのことはお父さんが引き取ったでし
ょ? だから、お母さんがお父さんとやり直すためには、ゆうとも一緒に暮さなきゃいけ
ないわけ。お母さんにはそのことが耐えられなかったみたいだよ」

兄「そうだとしてもだ。だからといっておまえが俺たちと一緒に暮すようになった理由に
はならんだろ」

幼友「君には迷惑だろうと思ったよ。それは謝る。でも、本当にあたし・・・・・・」

兄「本当に、何だよ」

幼友「あたしの勝手な事情だとはわかってるんだけど。でも、本当に好きになっちゃった
の」

兄(え? まさかこいつ・・・・・)

幼友「小さい頃からお母さんと二人、ううん。ほとんど一人で暮していたあたしはね。妹
ちゃんのことも、有希さんのことも、この家族のことも大好きになっちゃったの。お母さ
んも妹ちゃんもあたしを自然に受け入れてくれるこの関係が心地よくて。兄には悪いとは
思ってる」

兄「いや、じゃあおまえ。その・・・・・・俺のことが好きになったわけじゃなくて、母さんと
妹が気に入ったってことなんだな」

幼友「・・・・・・」

兄(何だこの沈黙)

幼友「・・・・・・意地悪」

兄「はあ」

幼友「兄の意地悪。どうしてわざとそんなこと聞くの。あたしだって我慢してるんだよ。
妹ちゃんのこともあるし」

兄「いや、おまえ。我慢って何だよ。それに妹のことって」

幼友「・・・・・・」

兄「間違ってたら悪いけどさ。ひょっとしておまえ、俺のこと好きだったりする?」

幼友「もうやだ」

兄「ちょっと待てって(こいつ、前と全然キャラ違うじゃねえか)」

兄(二階の自分の部屋に閉じこもってしまった。どうしよう)

兄(ドアをこじ開けて白状させるか)

兄(いや。俺も少し考えを整理した方がいいよな)

兄(・・・・・・)


兄(とにかく気まずい。やっぱり幼友って俺のこと好きなのかな)

兄(あいつに好かれるようなとこって、俺にはあったっけ)

兄(・・・・・・)

兄(思いつかねえ。でも、仮に幼友が俺のことが気になるとしたら、俺自身じゃなくて俺
の生活史と言うか俺の生きてきた背景に憧れているだけなんだろうな)

兄(俺の両親は、始まりはお互いの恋人に裏切られたことがきっかけだったけど、結果的
には普通のいい家庭を築くことができた。もちろん、いいことばっかじゃない。両親とも
に不在がちな家庭で、昔の俺と妹はほぼ二人きりで生きてきた。それも仲が悪くなってか
らは会話だってなかったし。そういう意味ではうちだって決して幸せな家庭じゃない)

兄(それでも怜菜さんと二人きりで、しかも怜菜さんが留守がちな家庭で育った幼友には
憧れの家庭に見えるのかもしれん。少なくともうちは両親が実の兄妹とかっていう異常な
環境じゃなかったし)

兄(異常・・・・・・か。万が一俺が妹とそういう関係になったとしたら、結城さんと怜菜さん
と同じく世間からは異常だと思われる関係になるんだもんな)

兄(少し考えよう、いろいろと。とりあえず妹を迎えに行くか。あいつは迷惑がるだろう
し、会話すらしてくれないだろうけど。車を買うときに妹を迎えに行くってじいちゃんと
約束したんだもんな。それが迎えに行くせめてもの口実くらいにはなるし)

兄(一応、幼友に声かけておくか)

兄「幼友? おい」

兄「いるんだろ? 返事くらいしろよ」

兄(返事がねえ)

兄「ちょっと出かけてくるな。留守番よろしく」

兄「(・・・・・・返事すらしてくれないか)一時間もしないで帰るからな」

兄(出かけるか。気分転換にもなるし)



兄(富士峰の校門前って待ちづらいなあ。辺に目立ってるし、さっきから清楚なお嬢様た
ちの好奇の視線を感じまくりだし)

兄(そういや、母さんも妹もそうだけど、幼友も怜菜さんもここのOGなんだよな)

兄(何か因縁があるのかなあ。こんなことを考えたら幼友には悪いけど、正直、関りなく
人生が遅れたのならその方が俺にとっても妹にとっても絶対に人生はシンプルだったよ
な)

兄(親世代の因果を引きずって、次の世代の俺たちまで右往左往するのってどうよ)

兄(正直、こんな同居しているやつが何を考えているのかわからないような状況で暮すく
らいなら、前みたいに母さんと絶交したまま妹と理解しあっていた二人きりの生活を送っ
ていた方がよっぽどましだったんじゃねえの)

兄(あ。妹が出てきた。友だちと一緒だ)


「また大好きなお兄さんのお迎えじゃん。よかったね妹」

「お兄さんこんにちは。妹って今日ちょっと暗いんで優しくしてあげてくださいね」

妹「勝手に決め付けるな。暗くなんかないよ」

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いね。あたしたちは帰るね」

妹「・・・・・・あ、ちょっと待って」

「何?」

妹「・・・・・・何でもない。バイバイ」

「バイバイ。お兄さんもさよなら」

兄「さよなら」

妹「・・・・・・何でいるの」

兄「いや。車を買うときにじいちゃんたちに言われただろ? なるべく妹を車で送迎する
ようにしろってさ。だから迎えに来たんだけど」

妹「それはママと喧嘩してたときの話でしょ。だいたいお姉ちゃんはどうしたのよ」

兄「どうって。家にいると思うけど」

妹「あたし電車で帰る」

兄「待てよ」

妹「・・・・・・腕痛い。お願いだから手を離して」

兄「わざわざ別々に帰ることはねえだろ。何なんだよ。俺、何かおまえに嫌われるような
ことしたか」

妹「別にしてないよ」

兄「じゃあ何でだよ。何で俺のことを避けるんだよ。俺とは話もしようとしないし、目だ
って逸らす。せっかく仲直りしたのにこれじゃあ前と一緒じゃねえか」

妹「前とは違うよ」

兄「どういうことだよ」

妹「・・・・・・あたし言ったでしょ? お兄ちゃんに彼女ができるまではずっと一緒にいるっ
て」

兄「ああ聞いたよ。俺の側にいて俺の研究を献身的に支えてくれるって。あのときは恥か
しかったから言わなかったけど、あれ本当に嬉しかったんだぜ、俺。それなのに」

妹「もう今ではお兄ちゃんには彼女ができたからね。ずいぶん早かったけど、あたしの役
目はもうこれでおしまい」

兄「彼女? 幼友のことを言ってるのか。それなら勘違いだ。あいつはうちの家庭に憧れ
ているだけで、俺のことが好きなんじゃないと思う」

妹「前にね。お姉ちゃんと話したの」




「お姉ちゃんはやっぱりゆう君が好きなの? うちのお兄ちゃんは恋愛対象にならな
い?」

「・・・・・・妹ちゃん」

「明日もお兄ちゃんと恋人ごっこしてあげてくれる?」

「もう、ゆうにはあたしと兄のことは伝わったみたいだし、これ以上恋人ごっこをしよう
としたら、兄が不審に感じると思うよ」

「別にいいじゃない。お姉ちゃん、お兄ちゃんのことが好きなんじゃない? ゆう君の
ことよりも」

「・・・・・・うん。妹ちゃんには悪いけど、あたし兄のこと好きかも。こんなつもりじゃなか
ったのに。本当にごめん」

「ううん。それがお姉ちゃんで嬉しいよ。あたしには遠慮しないでね。お兄ちゃんのこと
よろしくお願いします」



兄「ちょっと待て」

妹「お姉ちゃんに悪いから、あたしは一人で電車で帰るね。お兄ちゃんは早くお姉ちゃん
のところに帰ってあげて」

兄「待てって。おまえの誤解だって言ってるだろ。おい!」


今日は以上です
また投下します

ここで言うことではないかもしれないけど
この作者の作品ってこれで良いんだっけ?
余計なことしたんなら、ごめん
コテもないし、現在進行形ではここにしか居ないようだったから

サイトとか作ってくれたら近況とか分かって良いんだけれども、多分そう言うの好きじゃないよね?

1.「妹の手を握るまで(2011/12/07~2012/02/11)」

2.「女神(2012/02/01~2013/05/27)」未完
女神・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1337768849/)

3.「妹と俺との些細な出来事(2013/08/06~2014/03/02)」
妹と俺との些細な出来事 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375800112/)
妹と俺との些細な出来事・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1388669627/)

4.「ビッチ(2012/08/29~2013/12/18)」未完
ビッチ・2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1360764540/)

作者です。

>>520
それでだいたいあってます。正確に言うと妹手握の前に、アマガミ2次の三部作があることはある
んですけど。
あと、サイトと言うか旧作を掲載しようと試みたブログはあるんですけど、全然更新できないのでも
う削除しようかと考えています。

それでは続きを投下します。


兄(駅の方に駆けて行っちゃったよ。まずい。俺は幼友と付き合う気なんかないのに。そ
れは実の兄妹の間の子どもなんてかわいそうなやつだとは思うし、母親と二人暮しだって
つらかっただろう。そこは同情もするけどさ。でもそれとこれは別だ)

兄(それに幼友に俺への恋愛感情があったとしても、それは正常な状態で抱いた感情じゃ
ないような気がする。きっと俺となら幼友の家族とは違った正常な関係の家族が作れるん
じゃないかって思い込んでいるだけのような)

兄(そう考えると親世代の罪は大きいよな。自分たちのやったとことで子どもたちの感情
を振り回すなって思うよ)

兄(とにかく妹と話をして誤解を解くか。俺は前に妹に話したとおり、もう彼女も嫁さん
もいらないんだって。そして、妹に彼氏ができたら祝福するけど、それまではいい兄妹関
係でいたいんだって)

兄(・・・・・・)

兄(待てよ。妹に彼氏ができたら祝福する? 俺、そんなこといつ考えたんだっけ)

兄(いや。自分に正直になろう。妹はもう誰とも付き合わないって言ってた。俺に彼女が
できるまでは俺の側にいるって。妹には普通に幸せになって欲しいとか言いながら、実は
俺って妹のその言葉に期待してたんじゃないのか。妹はもうずっと俺と一緒にいるつもり
だって考えて、それで満足してたんじゃないか)

兄(実際のところはわからないけど、妹もそれに満足してたようだった。赤毛のアンだっ
け。あの兄妹のようにずっと一緒に暮すんだって)

兄(・・・・・・幼友の気持ちを知った妹は俺に距離を置いた。幼友が俺のことを好きなんだと
思い込んだかららしいけど)

兄(何かおかしいよ。幼友の気持ちのことはひとまず保留しておくにしてもだ。幼友が俺
のことを好きだと、妹が思い込んだんだとしても、いきなりあの態度はない。いい兄妹の
関係だったら、肝心の俺の気持ちを無視することはないはずだ)

兄(とにかく妹と腹を割って話し合おう。せっかく過去の諍いを克服したのに、また妹と
仲が悪くなるなんてつら過ぎる。こんなことになるなら、母さんに勘当されて前のアパー
トで二人だけで暮らしていた短い期間の方がよほど幸せだったじゃんか)

兄(俺の気持ちは決まってる。ガキの頃からあれだけ大好きだった幼馴染に裏切られた以
上、もう女なんかいらない。そこを妹に理解してもらおう)

兄(とにかく家に帰ろう。電車で帰る妹よりは早く家に着くはずだ)



兄(帰宅して三時間。妹はまだ帰ってないどころか、家中探しても幼友すらいねえし。い
ったいどうなってるんだよ)

兄(妹と幼友はどこに行ったんだろ。とりあえず連絡を)

兄(・・・・・・妹は電話にも出ねえし、LINEも既読にならないな)

兄(幼友は・・・・・・妹と一緒で既読になんねえな。いったい何だって言うんだよ)

兄(妹が寄り道しそうな場所って。ゲーセン? ヒトカラ? あるいは近所の公園で一人
でブランコ? それとも)

兄(いや。妹に限ってはねえだろ)



有希「君と怜菜と同じだよ。兄のことを好きみたい」

有希「妹ってすごく可愛いの。多分、学校でも相当もててると思うのに、兄にべったりだ
し。兄は近所の幼馴染の女の子と仲がいいんだけど、対抗するように男の子を連れてきて
兄に見せつけようとしたり。多分、兄に嫉妬させようとしてるんだと思う」



兄(まさか、俺に納得させようと誰か他の男と・・・・・・。いや、それは考えすぎだろ。で
も、そしたらあいつはどこにいる?)


兄(どう考えても妹の暴走じゃないか。俺は幼友と付き合う気なんかない。あいつがどう
考えているのかは知らんけど。そんで、妹も俺のことを嫌いじゃないけど、俺に彼女がで
きたと思って身を引こうととしている。お互いに思いあっているのにこんなのってねえ
よ)

兄(恋愛とか彼氏、彼女とかどうでもいいじゃんか。仲のいい兄妹でずっと過ごすことの
何が悪いんだよ。妹だって最初はそれを望んでいたはずだし)

兄(恋愛感情なんてなくてもいいんだ。父さんが亡くなたったこの家族の中で、俺と妹だ
けは一緒に暮らせれば)

兄(・・・・・どうするよ、俺)

兄(どうする? そこら中のゲーセンとかカラオケをしらみつぶしに探すか?)

兄(いや。そんなことで妹が見つかるわけがない。先のことはともかく、とにかく妹を見
つけて家に帰らせよう)

兄(ちくしょう。今さら気がつくことじゃねえけど、もう今となっては妹がいない生活と
か考えれん。俺も生涯彼女とか作らないから、妹にも彼氏とか作らないでくれって言おう。
まるでプロポーズみたいだけどそれが今の俺の本心なんだ)

兄(妹がいそうなところ。あ)

兄(もしかして・・・・・・。妹がいそうな場所って。まだ、解約してないから、鍵を持ってい
る妹なら、俺のアパートにいるかもしれねえ。車を出して確認してみよう)

兄(それにしても家を空けるのなら幼友にはLINEでメッセージを送っておこう。帰宅した
ら誰もいないんじゃ、あいつだって心配するだろうし)

兄(あれ・・・・・・さっきの分とまとめて一瞬で既読になった)

兄(けど。返信はねえな。何だか幼馴染の浮気のことを思い出して心が痛い)

兄(いや。それどころじゃないな。とにかく車を出して、前のアパートに妹を探しに行こ
う)



兄(ついこの間まで住んでたのに、何か妙によその家みたいな感じだな。ここでずっと妹
と暮すつもりだったんだ、俺は)

兄(黙って鍵を開けよう。引越ししたとはいえ、ここまだ解約していないから俺の部屋だ
しな)

兄(よし。部屋の中を)

兄(・・・・・・いた。ベッドに寝ている。よかったあ、妹がいた!)

兄「妹?」

妹「・・・・・・」

兄「(ベッドにうつ伏せになって寝ちゃってる)何でここにいるんだよ。こら起きろ」

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「ああ。俺ならここにいるよ」

妹「お兄ちゃん、好き」

兄「・・・・・・」

兄「(寝言だ。でも。それでも)俺も好きだよ」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・好きだよ」

妹「え」

兄「(妹が目を覚ました)・・・・・・ばか。心配したじゃんか。おまえは何でこんなところに
いるんだよ」


妹「・・・・・・やだ。お兄ちゃんここで何してるの!」

兄「おまえを探しに来たに決まってるだろ」

妹「・・・・・・頭を冷やそうと思って。すぐに家に帰る気になれなくて」

兄「おまえ。俺のこと大好きって言ってたぞ」

妹「寝言だよ。マジに受け取らないで」

兄「俺が好きなら幼友に遠慮する必要なんかないでしょ。俺だって幼友のことを自分の彼
女にしたいなんて思ってねえのに」

妹「そういう問題じゃないよ」

兄「じゃあどういう問題だよ。俺のことが好きなら何で俺を避ける?」

妹「さっき話したでしょ? 何度同じことを言わせる気?」

兄「さっきのおまえの話しは前提が間違ってる。幼友が俺のことをどう思っているのかは
ともかく、俺はあいつと付き合う気なんかないよ」

妹「お姉ちゃんはいい人だよ。お兄ちゃんとお似合いだと思う」

兄「・・・・・・全然、理屈になっていない話だな。俺はもう彼女を作る気なんかないって言っ
たろ? おまえと仲のいい兄妹として一緒に暮らすことが今の俺の望みだよ。もちろん、
おまえに彼氏が出来るまででいいんだけど」

妹「・・・・・・そんなの非現実的だよ。お兄ちゃんだってどうせいつかは誰かと付き合い出し
て、結婚するんだよ。それなら相手はよく知っているお姉ちゃんの方がいいと思っただ
け」

兄「勝手に決めつけるなよ。何で俺がおまえが推奨する女と付き合わなきゃいけないわ
け? それに父さんの勤めていた研究所の所長も主任研究員の岩崎さんだって独身だよ。
独身なんて研究者なら別に珍しくもない」

妹「・・・・・・いい加減に手を離して。痛い。お兄ちゃん強く握りすぎ」

兄「ああ。ごめん」

妹「・・・・・・お兄ちゃんがよくてもあたしが嫌なの」

兄「何で? 献身的に俺を支えるんじゃなかったのか。赤毛のアンとマシュとマリラみた
いに生涯仲のいい兄妹として一緒に暮したいんじゃなかったのかよ。おまえがそう言っ
たんだろうが」

妹「確かにそう思ってたことはあるよ。そうできたらどんなに幸せかって。でももう無
理。ママの話とかお姉ちゃんのつらかった出生の秘密とか聞かされたらもう無理。やっぱ
り妹ってさ。お兄ちゃんの一番近い存在でいられる時間って神様に決められてるんだよ」

兄「何を言ってるのかわかんねえよ」

妹「その一番大切な貴重な時間をあたしはお兄ちゃんと疎遠になって無駄にしちゃったの
ね。一時期はこれからそれを取り戻せるかもって思ったけど、やっぱり無理だ。兄妹の恋
愛なんて周囲の人を不幸にしかしない。有希さんの話を聞いてそれがよくわかった」

兄「(やっぱりあの話を気にしてたか。だけど)それでも俺はおまえが好きだよ」

妹「ちょっと。やめて」

兄「やめないよ」

妹「何でそういうこと言うのよ。もうやだ。何で探しになんか来たの? 何であたしを抱
きよせたりするのよ」

兄「・・・・・・おまえのことが好きだから」

妹「お兄ちゃんは何にも考えてないじゃん。少しは真面目に考えてよ。そしたら、あたし
の気持ちがわかるから」

兄「俺のこと嫌いなの?」

妹「・・・・・・だから、考えてって」

兄「嫌いになったのか」

妹「うるさい。黙れ」


兄「聞きたいことに答えてくれたら黙るよ。おまえの言うとおりにもする。だから、答え
ろ」

妹「・・・・・・あたしとお兄ちゃんの将来のことだってちゃんと考えて悩んだよ。でも、前に
お兄ちゃんはお姉ちゃんといい雰囲気だったし。海辺のおじいちゃんの家で」

兄「たとえおまえが俺から距離を置こうが、幼友が俺に告ろうが、俺は幼友とどうにかな
る気はないよ」

妹「何でよ。思わせぶりな素振りを見せられて、お姉ちゃんかわいそうじゃない!」

兄「黙って聞け。おまえは幼馴染に裏切られた俺が、わずか数ヶ月で他に好きな女ができ
るほど器用な男だと思ってたのか」

妹「それは・・・・・・。でも、別荘の庭で、夜お兄ちゃんとお姉ちゃんは」

兄「それがどうした」

妹「お姉ちゃんはお兄ちゃんのことが好きなんだよ?」

兄「俺のことが好きな幼友を振るなんて許せない、かわいそうだと?」

妹「そうだよ。お姉ちゃんがかわいそうだと思わないの」

兄「思うよ。でも幼友のことを彼女としては考えられない」

妹「何でそんなにひどいことを言うの」

兄「おまえはさ。俺のことはかわいそうだとは思わないのかよ」

妹「思っていたよ。幼馴染さんに振られたお兄ちゃんのことは。でも、女の子の気持ちを
弄ぶお兄ちゃんなんか大嫌い」

兄「どうしてそうなる」

妹「彼氏彼女の振りをしたり、夜の海辺で寄り添ったりとか、そんな思わせ振りな態度を、
お姉ちゃんにしたくせに」

兄「ちょっと待てよ。それは完全におまえの誤解だぞ」

妹「この期に及んで言い訳するつもり?」

兄「うるさい。ちょっとは黙って聞けって」

妹「・・・・・え」

兄「俺はおまえのことが大好きだっつうの。そのことでおまえが気持ち悪くて俺と距離を
置こうとするのなら、甘んじてそれに従うよ。でもさ。おまえ言ってたじゃん。俺のこと
が、その。好き、だってさ」

妹「・・・・・・」

兄「まあ、おまえのリップサービスか一時期の気の迷いなのかもしれねえけどさ」

妹「・・・・・・」

兄「おまえに言われるまでもなく、有希さんのことを例に出されるまでもなく、兄妹の恋
愛に将来なんかないことはわかってる。だけどさ、それでも妹を愛しちゃった、好きにな
っちゃった俺はどうすればいいわけ? おまえのことを忘れるために好きでもない幼友を
受け入れて、あいつを抱けばいいのかよ。おまえ望んでいるのはそういうことなのか(よ
せ。何言ってるんだ俺)」

妹「・・・・・・」

兄「こら。何とか言えよ(今ならまだ間に合う。よせ)」

妹「・・・・・・本気なの」

兄「さっきから一つだって嘘は言ってねえぞ(やめろ俺。これはいくらなんでも言い過ぎ
だ)」

妹「お兄ちゃんは、あたしのことが好きなの?」

兄「・・・・・・ああ。好きだ(俺の妹ってこんなに可愛かったんだ。泣きそうな顔をしてるの
に)」


妹「・・・・・・やめて」

兄「おまえは俺のことが好きじゃねえの?(もう無理。違う意味で男としてもう無理
だ)」

妹「もうやだ・・・・・・え? ちょ、お兄ちゃん?」

兄「・・・・・・俺さ。おまえとはいい兄妹になれて、そのことに満足してたんだけどさ
(・・・・・・薄地のシャツの前ボタン)」

妹「ちょっと。何してるの!」

兄「嫌なら抵抗しろよ。すぐに止めるから(何やってんだ俺。いい兄妹としてずっとこい
つと一緒にいたかったんじゃないのか)」

妹「こんなのやだって」

兄「言葉じゃなくて態度で抵抗してくれ。そうじゃないと俺ももう止められないから(シ
ャツを開くと色気のないスポーツブラ。ええい、ここまできたら)」

妹「やめ。何してるの」

兄「おまえのブラを脱がしてるんだよ」

妹「・・・・・・もうやめて」

兄「じゃあ、暴れて抵抗しろよ。そしたら止めるから(スカートは脱がさないで捲ろ
う。パンツが見えるという意味ではそれでも一緒だし)」

妹「・・・・・・」

兄(ブラがはずれた。ささやかだけど、真っ白くて可愛い胸。触ったらどんな感じかな)

妹「・・・・・・」

兄「何とか言えよ。このままじゃ、おまえは実の兄貴に犯されちゃうぞ。怜菜さんみたく
なりたいのかよ」

妹「・・・・・・だめ」

兄「だめな理由を言えよ。俺が嫌いならすぐにでも止めるぞ」

妹「・・・・・・」

兄「何とか言えよ」

妹「・・・・・・き」

兄「はい?」

妹「お兄ちゃんのこと好き。大好き。多分、小学生になる前からずっと好き」

兄「妹」


妹「もう止めちゃうの?」

兄「ああ」

妹「何で」

兄「・・・・・・おまえが本気で俺のことが好きなら、無理矢理とかしたくない」

妹「もういい加減にして。あたしを苦しめて楽しいの。大好きだよ、お兄ちゃんのこと大
好き。お姉ちゃんは好きだけど、お姉ちゃんにだって渡したくないくらい」

兄「・・・・・・乱暴して悪かったな。もうしないから。でもさ、ずっと俺の可愛い仲のいい妹
ではいてくれよ」

妹「・・・・・・だめ」

兄「おい」

妹「手をどけちゃだめ・・・・・・ちょっと待って。自分で脱ぐから」

兄(何だこれ。激情に任せてやりすぎたのか)

妹「全部脱いでいい? それともお兄ちゃん脱がせたい?」

兄「何言ってるんだよ」

妹「お兄ちゃんが始めたことでしょ! あたしは諦めようとしたのに」

兄「そうだけど。俺はおまえと一生いい兄妹として二人きりで」

妹「いいからお兄ちゃんはもう黙って」

兄「こら。おまえ、どこ触ってんだよ」

妹「じっとしてて」

兄(違うだろ。どうしてこうなる)

妹「前からこうしたかった」

兄「・・・・・・いい兄妹の範疇を越えちゃうぞ」

妹「何よ。誰が始めたことなの? あたしは諦めようとしてたのに」

兄「・・・・・・妹」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄(もうどうなってもいいか)

妹「あたし、もうどうなってもいいよ。お兄ちゃん、大好き」

兄(・・・・・・これは。結城さんと有希さんと同じことをしてるだけじゃねえか)

兄(でも。この満ち足りた安心感は何なんだろう)


幼友「妹ちゃんいる?」

幼友「いないのかな。つうか灯りが点いてるじゃん。妹ちゃん、いるんでしょ」

幼友「おーい。連続ピンポンしちゃうぞ」

妹「・・・・・・お姉ちゃんだ」

兄「ああ(あいつも妹を探してくれてたのか)」

幼友「何があったのか知らないけど兄も心配してるよ。一緒に家に帰ろう」

妹「・・・・・・」

幼友「悩みがあるならあたしが聞くって。って、無視されてるし」

幼友「妹ちゃん、いるんでしょ? あのさ・・・・・・」

幼友「誤解だから。本当にあたしは有希さんが一緒に暮そうって言ってくれたことが嬉し
かっただけで」

兄(何か一人で語り始めたぞ)

幼友「妹ちゃんのことも大好きで。妹ちゃんが幼馴染の代わりにあたしのことをお姉ちゃ
んって呼んでくれることも嬉しいし。だからさ、変な心配しないで」

妹「お姉ちゃん」

幼友「やっぱりここにいたんだ。約束するから。妹ちゃんから兄を取り上げたりしないっ
て。つうか兄はあたしのことなんか眼中にないよ。ちゃんと兄妹二人で赤毛のアンをやれ
るって。うちの両親みたいに変な関係になって子どもとか作らなければいいだけの話じゃ
ん。昔の出来事なんか気にする必要はないし、ましてあたしと兄の関係に悩んでるなら、
それは全く不要な心配だって」

兄(・・・・・なんかわからんけど心が痛い。幼友も無理してるのか)

妹「お兄ちゃん、どいて」

兄「ああ」

妹「わかったよ、お姉ちゃん。今、ドアを開けるからちょっと待って」

兄「・・・・・・」

妹「お兄ちゃんの身体の下にあるあたしのブラを取って」

兄「・・・・・・ああ」

兄(妹が服を着始めた。そして静かにドアを開けた)


幼友「妹ちゃん、いてくれてよかった」

妹「お姉ちゃんごめん。心配させちゃって」

幼友「いいよ。でも見つかってよかった。兄も外であんたを探して」

兄「よ、よう」

幼友「・・・・・・兄」

妹「あたし、家に帰るね。ごめんなさい」

幼友「う、うん。てか、兄も一緒だったのか」

兄「妹がここにいる気がしてな」

幼友「まあ、そうか。ふふ」

兄(え。幼友、泣いてる?)

妹「お姉ちゃん?」

幼友「それはそうか。あんたと妹ちゃんにとっては、きっとここが今までの人生で一番幸
せに暮せた場所だったんだろうしね。あたし、邪魔しちゃったかな」

妹「お姉ちゃん、違う」

幼友「じゃあ、帰ろうか。有希さんからメールで今日も早く帰れるようになったって。夏
休みの予定を立てましょうってさ」

兄「お、おう。そうか」

妹「・・・・・・お姉ちゃん」

幼友「妹ちゃんさ。ブラウスの前ボタンは第一ボタン以外は外さない方がいいよ。肌が見
えてる」

妹「あ、うん」

幼友「じゃあ帰ろうか。兄、あんた車で来てるんでしょ」

兄「ああ」

幼友「じゃあ三人でドライブだ。途中のコンビニで夕食買おうぜ。お腹すいちゃったよ」

妹「お姉ちゃん・・・・・・」

幼友「何固まってるのよ、兄。さっさと車出して」

兄「わかった(何かわからねえけど胸が痛い)」


今日は以上です
また投下します


ああ、またやっちゃった
作者ですが妹の「有希さん」発言は「ママ」に、兄の「有希さん」発言は「かあさん」です
お手数ですが脳内で変換してください

すいません


兄(三人で帰宅したのはいいけど、そのあと妹と幼友は二人で妹の部屋にこもってしまっ
た。もちろん、ついて行こうとした俺は排除されたけど)

兄(それから一時間後。母さんの帰宅にあわせて部屋から出てきた二人は、以前のように
普通に会話をしていた。いったい一時間も何を話し合っていたのだろう)

兄(妹も幼友も、今日の出来事なんかなかったかのように俺に話しかけてくる。いった
いどういう風に話がついたんだ)

兄(・・・・・・俺の正直な気持ち)

兄(幼友がいい友だちモードに戻ってくれたことにはほっとしている。でも・・・・・・)

兄(妹は。いろいろ状況に流された結果とはいえ、さっきの妹との出来事については、今
考え直しても俺はあまり後悔していないんだな)

兄(きっと前からそうだったんだ。俺だって理性では認めたくないけど、やっぱり俺は妹
を女として求めているんだ)

兄(あのとき、妹は俺を受け入れようとしていた。幼友がアパートに妹を探しに来さえし
なければ)

兄(あのときだけは、結城さんと怜菜さんのことすらどうでもいいと思ったもんな)

兄(それとも、あれは単なる一時の性欲だったんだろうか。俺は童貞だし妹は可愛いし、
正直、その可能性は否定できないかも)



(もうどうなってもいいか)

「あたし、もうどうなってもいいよ。お兄ちゃん、大好き」



兄(だが。あのとき感じた満ち足りたような安心感。まるで追い求めていたことが現実に
なったような満足感。あれは俺の勘違いじゃねえよ)

兄(・・・・・・あの瞬間だけは妹もそう思ってくれていたと思うんだけどなあ。部屋から幼友
と出てきた妹には、あのときの切なそうでいて不思議と幸せそうな表情はまるでない)

兄(俺に普通に話しかけてくれるだけにつらい。というか心がとても痛い)



母「みんな揃ったね」

妹「それは夕食なんだし、普通は揃うでしょ」

幼友「そんなこと言っても。お母さんは忙しいからなかなかみんなで食卓を囲むなんてな
かったですもんね」

母「うん。でも最近は無理をしてでも家に帰りたくなってね。ちょっと部下に示しがつか
ない感じ?」

兄「なら残業すりゃいいじゃん。今までは子どものことなんか放っておいたくせに」

妹「お兄ちゃん!」

幼友「兄君、ちょっと言い過ぎ」

兄(言い過ぎでも何でもねえだろ。事実じゃんか)

母「まあまあ、二人とも落ち着いて」

兄「母さんが言うなよ」

母「ごめんね」

兄「はい?」

母「あんたってこれまでシスコンだと思っていたんだけど、実はマザコンだったのね。気
がついてあげられなくて、これまであたしがいなくて寂しい思いをさせちゃってごめん
ね」

妹「・・・・・・」


兄「はあ? 言うに事欠いて俺がマザコンって。ふざけんなよ」

母「だってあんた、あたしがこれまで家に帰ってこなかったから拗ねてるんでしょ」

兄「誰が拗ねてるんだよ。俺は一人暮らしを始めたくらいだから、別に家族なんかいなく
ても全然平気なのに」

妹「・・・・・・お兄ちゃんって、パパのことが大好きなのかと思ってたけど、本当はママのこ
とも好きだったのね」

兄「おまえ、何言ってるんだ(普通に話しかけてくれたと思ったらこれかよ)」

母「そうそう。そうなのよ。兄は昔からお父さんにべったりでさ。将来もお父さんと同じ
道を歩むとか言ってるし。いわゆるファザコンなんだよ、幼友ちゃん」

幼友「そうなんですか」

兄「ふざけんなよ。どうして俺がファザコン認定されるんだよ」

母「恥かしがらなくてもいいじゃない。お父さんは本当に喜んでたなあ。兄がお父さんと
同じ大学の同じ研究室を目指すって聞いてさ。民俗学なんて食ってけないし、兄には普通
に就職するように伝えてって、お父さんは入院先で難しい顔をして言ってたけど。あたし
にはわかる。あの人はそう文句を言いながらも顔は嬉しそうだったもん」

兄(父さんが亡くなる直前の話じゃないか)

母「それからそんなに間をおかず、お父さんは亡くなったから、あたしはその伝言を兄に
伝えられなかったんだけど、今はそれでよかったと思ってるよ」

兄「母さん」

母「きっとお父さんだって喜んでるよ。だって最後に見たお父さんの笑顔は、あんたが自
分の後を継ぐって聞いたときだもん。本人は難しい表情をしたつもりだったんでしょうけ
ど」

幼友「お母さん、泣かないでください」

母「ごめん。ごめんね」

妹「ママ・・・・・・」

兄(ちくしょう。俺の方こそ泣きそうだよ。でも、意地でも泣かない)

兄(それに、感動的な話に持ち込まれてうやむやになってるけど、俺がシスコンとかマザ
コンとか好き勝手言ってくれたくせに)

兄(いや、シスコンの方は否定できないかもしれない。昔からじゃないけど、少なくとも
今は)

兄(同居を始めたくらいからは、俺は妹のことが好きだったけど、同時にどうやって妹を
傷つけずに、妹の好意を断ろうか考えていたはず。それなのに今は逆だ。どうすれば、妹
の気持ちを惹きつけられるのかって、そればかり考えている)


母「まあいいや。湿っぽい話はもうよそう」

妹「もともとママが始めたんじゃない」

母「話題を変えよう。もっと重要な話があるでしょうが」

幼友「もっと重要な話、ですか?」

母「そうよ。すごーく重要な話だよ。って、もうないのか」

妹「ママ、ちょっと飲みすぎ」

母「この時間に仕事しないで、大好きな仲のいい家族で食卓を囲んでるなんてさ。幸せす
ぎてちょっとくらいビール飲んだっていいじゃん」

兄「別に母さんが酔っ払おうがいいけどさ。それよか、重要な話って何だよ」

母「兄、あんたってマザコンなんでしょ? だったら冷蔵庫からビール持ってきなさい」

兄「はあ? いい加減に」

幼友「あたしが持ってきますね」

母「幼友ちゃんにそんなことさせちゃってごめんねえ。そういや、今日あたし怜菜と仲直
りしたのよ」

兄「え。仲直りって。これまで喧嘩してたのかよ」

母「あんた、結城さんから話を聞いてるんでしょ? 今さら意外そうな振りをするな」

兄「聞いてねえよ。つうか聞いてるけどさ」

母「どっちよ」

幼友「はい。お母さん、どうぞ」

母「・・・・・・お酌までしてくれるのね。もう幼友ちゃんはあたしの娘だからね」

幼友「嬉しいです」

母「何もなくたってあなたはもうあたしの娘だけど、兄と結婚したら本当の娘になるの
ね」

兄「この酔っ払い。いい加減に」

幼友「兄君落ち着いて。お母さんは冗談を言ってるのよ」

母「冗談じゃないよ。本気だもんねえ」

兄「おい」

妹「お兄ちゃんっていちいち細かく反応しすぎ」

兄「だってよ(だってよ。いくら俺と妹の仲を回避したいからって、これはないだ
ろ。それに・・・・・・)」

兄(酔っ払いの母さんなんかどうでもいいとして、妹の冷静な反応が気になる。こいつっ
てもう、俺のことなんか好きじゃねえのかな。あるいは、俺との二人きりの生活と、俺と
母さんと幼友のいる家庭と比べて、後者を選んじゃったのかなあ)


兄(何か・・・・・・寂しいというか切ないと言うか)


母「途中になったけど、怜菜と仲直りしたのね。だからさ、夏休みはみんなでどこかに遊
びに行こうよ。今日はその計画をたてるという重要な話があるのよ」

兄「重要ってそんなことかよ」

母「うっさい! あんたは黙ってなさい。とても重要なこと・・・・・・あ」

兄「ビールこぼすなよ」

幼友「あたし、テーブル拭きますね」

妹「お姉ちゃんは座ってて。あたしがするから」

幼友「いいよ」

妹「・・・・・・じゃあ、一緒に」

幼友「うん」

母「テーブルなんてどうでもいいって。それよか、五人で高原の避暑地に行こう。あたしの
会社の保養所ならまだ空きがあるっていうし」

妹「五人?」

兄「四人じゃねえの?」

幼友「・・・・・・」

母「怜菜も一緒に行くってさ。女だけで盛り上がろうよ」

兄「俺は性別でいえば男なんですけど」

母「特別に混ぜてあげる。それに怜菜が君に会いたがってるし」

兄「怜菜さんが? 何でだろ」

母「ははは。悩むことじゃないでしょ。怜菜が自分の一人娘の婚約者に会いたがったって
不思議はないでしょ」

兄「誰が婚約者だ誰が。いい加減に・・・・・・」

母「怜菜だって喜んでたよ。幼友ちゃんがゆう君じゃなくて、兄を選んだって聞いて。笑
っちゃうよね。自分のことは棚に上げて、娘が異母姉弟で付き合うのを許せないなんて
さ」

幼友「・・・・・・」

兄(母さん、結構酔ってるな。こんな話は幼友だって聞きたくねえだろうに)

妹「ママ?」

母「なあに」

妹「それって日程はいつなの」

母「そんなのはこれから決めるよ。怜菜も仕事が忙しいみたいだし。まあ、ちょっと混む
けどお盆の頃かなあ」

妹「それも楽しみだけど。そしたらさ。そのまえにおじいちゃんたちの別荘に行ったらだ

め?」

母「え? ああ、まあ駄目とは言えないけど。でも、あたしはあそこには行けないよ。絶
対歓迎されないし」

妹「うん。ママは無理だと思うけど、あたしたち三人ならおじいちゃんたちも大歓迎だっ
て」

母「もしかしてもうあの人たちに話したの?」

妹「うん。七、八月は別荘で暮しているから、いつでもおいでって」

母「ふーん。三人って、もしかして幼友ちゃんも入ってるの」

幼友「え・・・・・・。あたしも?」

妹「うん。あの怜菜さんのお嬢さんなら大歓迎だよって、おばあちゃんが言ってた」

母「・・・・・・」


兄(母さんにはむかつくけど、妹もちょっとやりすぎだろ。もともとばあちゃんは母さん
より怜菜さんの方を気に入っていたんだし。こいつ、母さんと一緒に暮せるようになって
喜んでいるとばっかり思ってたのに。なんでこんなに母さんを挑発するようなことを言う
んだ)

母「まあいいか。今週中くらいに行っておいで。そのかわり、お盆はあたしの計画どおり
にするのよ」

兄(いいのかよ)

妹「もちろん。高原で避暑っていうのもいいし」

母「まあ、それならいい。一応、あたしが子どもたちをよろしくって言ってたって伝えて
おいて」

妹「わかった」

兄(母さんの言葉じゃ、じいちゃんもばあちゃんも聞く耳もたねえだろうけど)

幼友「あたしはいいよ。この間はおじいさんたちが不在だったから泊めてもらったけど、
今度はそうじゃないし。留守番してるから妹ちゃんと兄君で行ってくれば?」

母「心配しなくても大丈夫だよ」

幼友「だって」

母「あの人たちは、あたしのことは大嫌いだったけど、怜菜のことは大好きだったから
ね」

幼友「え?」

母「いいよ。三人でおじいちゃんとおばあちゃんのところに行っておいで。幼友ちゃんな
ら絶対に歓迎されるよ」

幼友「そうなんですか」

妹「じゃあ決まりね。休みの前半はおじいちゃんの別荘に三人で行って、その後は高原に
五人で行くのね」

母「それでいいでしょう。怜菜も行くって言ってたし」

妹「じゃあ、決まりかな。お姉ちゃんはそれでいいよね?」

幼友「本当にいいのかなあ」

母「問題ないよ。あの人たちはあたしを嫌っている分、幼友ちゃんには優しいと思う
よ。そもそも孫のすることなら兄妹の関係が怪しくても味方しちゃうような人たちだし」

兄「何だって。ちょっと待てよ(ふざけんな)」

妹「ママ!」

母「冗談だって。でも本当に幼友ちゃんのことは歓迎してくれるよ」

兄(ふざけんな)

幼友「そうですか。それならお言葉に甘えちゃいます」

母「じゃあ、日程を決めておいてね・・・・・・って、もう空か。冷蔵庫に」

妹「もうだめ。ちょっと飲みすぎだよ」

母「わかったよ。疲れているせいか、少し酔いが回ってるし。後片付け」

妹「しとくよ」

幼友「妹ちゃんと二人でやっておきますね。お母さん、もう寝た方がいいですよ」

母「そう? じゃあお願いね。先に寝るわ。みんな、お休み~」

妹「お休み」

幼友「お休みなさい」

兄(さっさと寝室に行け。酔っ払い)


幼友「気持ちいいね」

妹「夏休みなのにこの間の連休よりも道は空いてるね」

幼友「お盆前だからかな。高原だっけ? あれはお盆のときだから、今度旅行するときは
相当混んでるかもね」

妹「そうだね。でも、車じゃないし指定券も予約できたみたいだから」

幼友「本当にいい気持ち。エアコンより窓を開けて風を入れてる方がよっぽど気持ちい
い」

妹「ふふふ。お姉ちゃん、何かはしゃいでるね」

幼友「そうかな」

妹「そうだよ。遠足に行く子どもじゃないんだから」

幼友「妹ちゃんひどーい」

妹「ふふ」

幼友「ふふふ」

兄(何か妹と幼友は馴れ合ってるし。あのときの緊張感はどうしちゃったんだろ)

兄(・・・・・・別に妹が助手席に座ってくれるなんて期待してたわけじゃねえけど。妹と幼友
が後部座席で隣同士か。助手席は無人でさ)

兄(別に妹が俺にベタベタしてくれるなんて期待すらしてなかったさ。そんなのはこの間
からの様子を見れば、諦めるしかないことは俺にだってわかる)

兄(でもさ。この道って妹と二人で連休中にドライブしたのと同じじゃんか。妹がイタリ
ア料理のレストランに行きたがって。俺が和食がいいていって。妹は俺の好みに店を選ん
でくれたよな。あの店は結構混んでたけど、待っている間に妹は俺に寄りかかって寝ちゃ
ってたっけ)

兄(何でだろう。妹を追い詰めちゃいけないことはわかるけど。それに、いい兄妹の関係
に戻るだけなら、妹は俺に普通に話しかけてくれるし、そういう意味では何の不満もない
はずなんだけど)

兄(でも。あのとき)




兄「おまえに言われるまでもなく、有希さんのことを例に出されるまでもなく、兄妹の恋
愛に将来なんかないことはわかってる。だけどさ、それでも妹を愛しちゃった、好きにな
っちゃった俺はどうすればいいわけ? おまえのことを忘れるために好きでもない幼友を
受け入れて、あいつを抱けばいいのかよ。おまえ望んでいるのはそういうことなのか(よ
せ。何言ってるんだ俺)」

妹「・・・・・・」

兄「こら。何とか言えよ(今ならまだ間に合う。よせ)」

妹「・・・・・・本気なの」

兄「さっきから一つだって嘘は言ってねえぞ(やめろ俺。これはいくらなんでも言い過ぎ
だ)」

妹「お兄ちゃんは、あたしのことが好きなの?」

兄「・・・・・・ああ。好きだ(俺の妹ってこんなに可愛かったんだ。泣きそうな顔をしてるの
に)」



兄(妹の肢体に童貞の俺が惑わされただけかもしれない。あれが同じ状況で幼友がベッド
で寝てたとしても同じことをしようとしていたかもしれない)

兄(でも)


妹「前からこうしたかった」

兄「・・・・・・いい兄妹の範疇を越えちゃうぞ」

妹「何よ。誰が始めたことなの? あたしは諦めようとしてたのに」

兄「・・・・・・妹」

妹「お兄ちゃん・・・・・・」

兄(もうどうなってもいいか)

妹「あたし、もうどうなってもいいよ。お兄ちゃん、大好き」

兄(・・・・・・これは。結城さんと有希さんと同じことをしてるだけじゃねえか)



兄(あれはどういうことなんだろうな。その後、幼友が来て、妹は一瞬で気持ちが覚めた
みたいだけど。あのまま誰にも邪魔されなかったとしたら、俺と妹は一線を越えてたか
も)

兄(赤毛のアンどころの騒ぎじゃない。本当に結城さんと怜菜さんみたくなるところだっ
たんだ。でも、それは俺の方からしかけたことで、しかも妹も最後は抵抗しないどころか、
積極的に俺の気持ちに応えようとしてたよな)

兄(・・・・・・)



結城「おまえって本当に可愛いよな」

怜菜「やめてよ」

結城「有希みたいなビッチより全然俺の好みの女の子なのにな。何でおまえって俺の妹に
生まれてきたんだよ」

怜菜「・・・・・・酔ってるのかもしれないけど、少しは考えて喋りなよ」

結城「酔ってるから本心を言えるんじゃんか。素面で実の妹に告白なんかできるかよ」

怜菜「告白? 本気なの」

結城「マジに決まってるだろ。おまえ、ちょっとこっち来いよ」

怜菜「・・・・・・諦めてたのに」

結城「怜菜?」

怜菜「お兄ちゃんのこと諦めてたのに! 有希に譲って見守ろうって思ってたのに」

結城「怜菜、可愛いよ」

怜菜「本気にするよ?」

結城「怜菜・・・・・・」

怜菜「お兄ちゃん大好き」



兄(え? 何でここで結城さんと怜菜さんの過去のエピソードを思い出すんだ。俺は、俺
と妹はあいつらとは違う)

兄(・・・・・・違うよな? 妹のことが好きなところだけは一緒かもしれないけど。でも、俺
と妹は理性を働かせた。ずっとお互いに結婚しないで、いい兄妹として一緒に暮そうっ
て)

兄(赤毛のアンだ、アン。マシュウとマリラみたいにさ)

兄(なら、どうして妹の服を脱がせた? どうして妹はあんなことを言った?)



妹「あたし、もうどうなってもいいよ。お兄ちゃん、大好き」


兄(あのときは俺ももうどうなってもいいって思ったんだ。妹を抱けるならもう、どうな
ってもいいって。それで妹も俺の気持ちに応えてくれて)

妹「お兄ちゃん?」

兄「ああ(やっと俺に話しかけてくれた)」

妹「どっかでお昼食べていこう」

兄「・・・・・・そうだな。おまえら適当に店を選んでくれよ」

妹「お姉ちゃん、何食べたい?」

幼友「妹ちゃんこそ何がいいの?」

妹「あたしは何でもいいや。お姉ちゃんが決めて」

幼友「あたしも何でも・・・・・・。まあ、いいか。和食がいいな」

妹「それなら美味しい店を知ってるよ。連休中に行ったけど美味しかったよ」

兄(そこは俺と妹の思い出の・・・・・・。って、何考えてるんだ俺。たかが昼飯をどこで食べ
るか決めるだけじゃんか)

妹「お兄ちゃん。この間の店の場所、覚えてる?」

兄「ああ(ほらみろ。妹だってあの店には何のこだわりもないみたいじゃんか。俺が一人
で拗ねてるだけだ)」

妹「じゃあ、あの店に寄って。あそこで食事しようよ。結構美味しかったよね」

兄「そうだっけ(美味しかったと思うけど、記憶に残ってねえや。思い出すのは妹の可愛
かった様子ばっかで)」

幼友「そんなに美味しかったんだ。何か楽しみ」

妹「任せて。お姉ちゃんの期待は裏切らないから」

幼友「でも、いいの?」

妹「いいのって、何が?」

幼友「妹ちゃんにとってはさ。兄君との思い出のお店なんでしょ」

妹「何言ってるの」

幼友「だって。前に水族館で会ってさ。妹ちゃんと親しくなったとき言ってたじゃん。兄
君と初めて二人きりで旅行に行ったのって。そのときのお店でしょ?」

妹「美味しいお店だから、みんなで行きたいじゃん」

兄(・・・・・・)

幼友「兄と妹ちゃんがそれでいいなら、あたしもそのお店が楽しみだけど」

妹「いいに決まってるじゃん」

幼友「兄?」

兄「あの店ならもうちょっとで着くよ」

幼友「・・・・・・そうじゃなくて」

妹「本当に美味しいんだよ。お姉ちゃんもびっくりするよ」

幼友「そう。それなら楽しみだな」

妹「ねえ、お兄ちゃん。美味しかったよね」

兄「・・・・・・そうだな」


今日は以上です
また投下します


妹「お姉ちゃんどうだった?」

幼友「だから美味しかったって。何度聞くの」

妹「だってあの店はあたしにとっては思い出の」

幼友「思い出?」

妹「あ。ごめん、何でもないや」

兄(・・・・・・確かに俺にとってもあの店は。味とか雰囲気とか全然どうでもいいんだけ
ど、あそこは俺と妹が本当に理解しあって、なんと言うかその)

兄(いや。もう考えてもしかたない)

幼友「それよか妹ちゃん。大丈夫かなあ」

妹「大丈夫って何が?」

幼友「あたし、あんたたちと一緒に来ちゃって本当によかったのかな」

妹「何で? お姉ちゃんここに来るのって二度目じゃん」

幼友「だって。前はあんたたちのおじいさんやおばあさんっていなかったでしょ」

妹「大丈夫だって。ママが言ってたじゃない。おじいちゃんたちは怜奈さんのことを気に
入ってたって。その娘のお姉ちゃんのことだって歓迎するに決まってるって」

幼友「そうならいいんだけど」

兄(全然こいつのキャラっぽくねえな。こんなにじいちゃんたちのことを心配するなん
て)

妹「おじいちゃんもおばあちゃんも、むしろ喜ぶと思うよ。ようやく兄に彼女ができたっ
て」

幼友「あたしは兄の彼女じゃないよ」

妹「もう、彼女候補でいいじゃん。ママだってそう思っているっぽいし」

幼友「そんなこと、有希さんは考えてないよ」

妹「ふふ」

幼友「な、何よ」

妹「ばればれだって。ママがお姉ちゃんに一緒に暮そうって言ったのだって、お姉ちゃん
のことを、お兄ちゃんの彼女だって認めたからでしょ」

幼友「そんなの知らないよ」

妹「だって最初からお兄ちゃんの婚約者扱いされてるじゃん。ママは、二人には間違いが
あってもいいみたく言ってたし」

幼友「それは・・・・・・」

妹「もういっそその方がすっきりするよ」

幼友「妹ちゃん?」

妹「ごめん。何でもないや」

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

兄(妹のやつ・・・・・・その方がすっきりするって何でだよ)

妹「そろそろ別荘に着くよ。お姉ちゃん、お兄ちゃんのフィアンセとしてあいさつを考え
ないと」

幼友「何でそうなるのよ。違うって・・・・・・」

兄(だから。幼友もはっきり否定すりゃいいのに、何でそこで頬を赤らめて俺の方を見る
んだよ)


祖母「兄も妹も久し振りに会えたねえ。この間はすっぽかしちゃってごめんね」

妹「おばあちゃん。会いたかったよ~」

祖母「あらあら。この子ったらいくつになっても甘えん坊さんね」

妹「だって」

祖母「わかってるわよ。ママにひどいことを疑われて辛かったね。もう大丈夫だからね」

妹「え? そういうわけじゃなくて」

兄(・・・・・・)

祖母「わかってるよ。でも心配しないでいいのよ。あたしはあんたと兄のことを信頼して
いるからね」

妹「信頼って」

祖母「考えるだけでも汚らわしいと思うけど、どうしたら自分の息子と娘の関係を疑うな
んてことができるんだろうね。有希さんみたいな女なら無理もないとは思うけど」

祖父「いい加減にしないか。幼友さんの前だぞ」

祖母「ああ、そうだった。幼友さん?」

幼友「あ、はい。あの、初めまして。あたしまでお邪魔しちゃってすいません」

祖母「・・・・・・ちょっと顔を見せてね」

幼友「あの・・・・・・え?」

祖母「そっくりだわ。あなたはお母さんとすごく似てるのね」

幼友「母とですか?」

祖母「そう。怜奈ちゃんとそっくりね」

幼友「あたしって、母と似てますか」

兄(何だ。今まで緊張していたくせに、やけに真剣な口調だな)

祖母「そっくりよ。あなたを見てすぐにわかったよ。この子は怜奈ちゃんの娘さんなんだ
って」

幼友「そうですか」

祖母「懐かしいな。息子と怜奈ちゃんはそれはお似合いのカップルだったのよ。あたし
もおじいちゃんも二人はてっきりそのまま結婚するものだと思ってたのよ」

妹「おばあちゃんたら」

祖父「いつまで玄関で話をしているつもりだ。とにかく幼友さんにあがってもらいなさ
い」

祖母「あらいけない。そうだったわ。じゃあ、三人ともあがりなさいな。お茶の支度がで
きてるからね」

妹「あのケーキ焼いてくれた?」

祖母「もちろんよ。博人も兄も妹もあれが大好きだったものね」

妹「そうかもだけど、あたし本当にニ、三回しか食べたことないよ」

祖母「あなたに食べさせると有希さんが怒るらしいのよ。子どもにこんな甘くてカロリー
が高い物を食べさせるなって」

祖父「それはおまえが憶測で言ってるだけだろう。それよりも早く家の中に入ろう」

祖母「憶測じゃないわよ。でも、そうね。あんたたち早く家に入りなさい」

妹「はーい」

幼友「お邪魔します」

兄(・・・・・・全然くつろげねえ)


祖母「はいどうぞ」

妹「何かこのケーキの香り、懐かしいな」

祖母「遠慮しないで食べなさい。本当はこないだ作ろうと思ったんだけど、おじいさんが
身勝手に台湾に行くって決めてきちゃうから」

祖父「仕事なんだからしかないだろ」

祖母「いい加減に引退したら? いつまでも昔の職場にしがみついてると、若い人の迷惑
なんじゃないの」

祖父「ぜひ、顧問として残ってくださいと言われたからやってるんだぞ。迷惑なわけある
か」

祖母「もういいわ。だいたいそんな退屈な話を若い人たちにしてどうするの」

祖父「ちょっと待て。おまえが言い出したことだろうが」

祖母「はい。紅茶をどうぞ」

幼友「ありがとうございます」

祖母「何か嬉しいなあ。博人は有希さんに誘惑されて正しい道を踏み外してしまったけ
ど、それが孫の代で正されるなんてね。やっぱり神様っているのかしら」

兄「何言ってるの? ばあちゃん」

祖母「お付き合いしてるんでしょ? 兄と幼友さんは」

兄「ば、馬鹿なこと言うなよ。そんなんじゃねえって」

祖母「誤魔化さないでいいわよ。あたしはお相手が怜奈ちゃんの娘さんなら大歓迎よ」

妹「怜菜さんの娘さんならなんて、お姉ちゃんに失礼よ。親のこととは関係なく、お兄ち
ゃんはお姉ちゃんのことを好きになったんだから」

兄(何言ってるだよ、こいつ)

幼友「ちょっと、妹ちゃん」

祖母「まあ、兄と妹の仲を疑っていたあの馬鹿な女としては安心したでしょうね。だか
ら、あんたちとまた一緒に暮らすようになったんでしょ」

兄(確かにそれは事実なんだろうけど)

祖母「それでも有希さんがよく許したよね。自分の恋敵だった怜奈ちゃんの娘と兄の仲を
認めるなんてね」

妹「おばあちゃん、その話はもういいよ。それよか、台湾のお土産とかってないの?」

祖母「あるに決まってるでしょ。でも、あんたたちが気に入るかどうかわからないよ」

妹「見せてよ」

祖母「いいよ。幼友ちゃんもいらっしゃい」

幼友「・・・・・・」

妹「お姉ちゃん?」

幼友「あ、うん」


兄(三人が部屋から出て行った。しかし、母さんのことを嫌いなのはわかるけど、なんで
そこで俺と幼友が付き合ってるって誤解することになるんだよ)

兄(それにもっと辛いのは妹の態度だ。あいつの態度は俺と幼友の仲をけしかけてるとし
か思えねえじゃんか)

兄(俺の妹への想いはどうなるんだよ)

兄(いや。もう、妹とはどうにもなんねえかもしれねえ)

兄(どうしてこうなったんだろう。この前までは妹のむき出しの好意をどうやってかわそ
うかとか思ってのに)

兄(・・・・・・よく考えたらマシュウは妹のマリラに対して恋愛感情なんかないしな。そもそ
もそこからして前提が違うじゃんか。何で今までこんな簡単なことに気がつかなかったん
だろう)

祖父「兄」

兄「(びっくりした。さっきまでは空気だったじいちゃんが)うん」

祖父「おまえ、何か悩みがあるだろ」

兄「ないって。それは母さんに見捨てられたのにいきなり母さんが離婚してきて、また一
緒に暮らすことになるとか、混乱はしてたけどさ」

祖父「うん。何で有希さんは再婚相手とこんなに早く別れたんだ?」

兄(う。さすがにじいちゃんだ。ただ浮かれているばあちゃんとは違うな。でも、正直に
言うのも気が引ける)

兄「わかんねえや。妹と俺との仲が誤解だったって気がついたからじゃないかな」

祖父「あんなに疑ってたのにか? 何かきっかけでもあったんだろ?」

兄「本当に知らないって」

祖父「そうか。それならいいけどな」

兄「いきなりどうしたの?」

祖父「じいちゃんはな。ばあさんが言うほど、有希さんが悪い女だとは思ってなかったん
だよ。あの頃もそうだし今もな」

兄「だって、こないだ電話したらすげえ怒ってたじゃん。それで俺たちにお金をくれたん
でしょ。母さんの言うなりにならなくてもいいよにって」

祖父「それはそうだ。あのときはどう考えても有希さんが悪い」

兄「何言ってるのかわかんねえよ」

祖父「ただな。博人が怜奈さんと別れたことだって、有希さんと博人が結ばれたことだっ
て、絶対に何かの理由があったのだと思うよ。少なくとも、一方的に有希さんだけを責め
ていい話じゃないな」

兄「だってじいちゃんたちとばあちゃんは実際に母さんを責めたんだろ? それで父さん
が母さんの味方をして。だから俺たちは滅多にじいちゃんに会えなくなったんじゃん」

祖父「それはそのとおりだ。私もばあさんには頭が上がらないからな。あのときはばあさ
んの決定に従うしかなかったんだよ」

兄「情けないなあ(まあ、でもわからんでもない。じいちゃんって社会的地位もお金もそ
こそこ手に入れたわりには、昔からばあちゃんに言い返したことがないもんな)」

祖父「情けないかどうかは人それぞれだよ。それこそ価値観の相違だな」

兄「いったい何が言いたいの?」

祖父「おまえにお金をあげただろ」

兄「うん。今は母さんと住んでいるからいらないんだけどね。返した方がいい?」


祖父「いや。お金は大事だよ」

兄「・・・・・・どういうこと?」

祖父「自分たちがそれでいいなら、思うように生きた方がいいってことさ」

兄「わかんねえなあ。母さんと一緒に暮らさない方がいいってこと?」

祖父「そうじゃないさ。でも、身内にどんなに反対されても当人たちがいいと思ったのな
ら、最初から諦めない方がいい」

兄(まさか。じいちゃんは・・・・・・)

祖父「博人と有希さんは、それに多分怜奈さんだってそうしたんだろ。それは第三者が勝
手に非難していいことじゃない。法律に違反したわけじゃないんだ」

兄「法律に違反してなくたって、道徳や社会常識に反することだってあるよね? じいち
ゃんは、それはどうでもいいの?」

祖父「当人同士が納得していて、当人たち以外に迷惑をかけなければね」

兄「父さんと母さんも、怜奈さんと結城さんも、誰かに迷惑はかけてるんじゃないかな
(少なくとも幼友は近親相姦から派生した犠牲者だ)」

祖父「結城さん? 確か怜菜さんの苗字だよな」

兄「(やべ。結城さんと怜菜さんの兄妹の仲をうっかり)ああ」

祖父「やっぱりそういうことか。それならなおさら、ばあさんが有希さんを嫌うのは間違
ってるな」

兄「(年寄りの癖に理解早いな)・・・・・・結城さんの彼女が有希さんだって知ってた?」

祖父「知らんな。でも、そうだとしても驚かないよ。なあ?」

兄「うん」

祖父「この年まで生きていると大概のことには驚かなくなる。そういうことなら博人と有
希さんが結ばれたのだって私たちが責めるべきじゃなかったと後悔はしてるけど」

兄「そんなに理解があるなら、何で母さんのことを責めたんだよ」

祖父「ばあさんには反論できないからな。何せ婿養子だったし」

兄「まあ、確かにじいちゃんがばあちゃんに反論しているところなんか見たことないけど
ね」

祖父「いい年して何言ってるんだと思うだろうけど、惚れた弱みだよ。おまえだってわか
るだろ」

兄「よくわかんねえけどさ」

祖父「どんな形だっていいんだよ。おまえと相手が納得していればさ。妹とだっていい
し幼友さんとだっていい。そのとき有希さんが口を挟んできたら、渡したお金を使いなさ
い。それならおまえは自由だ」

兄「ちょっと待ってよ。妹とって」

祖父「そんな気がおまえにないなら別にいい」

兄「だからさあ」

祖父「だけど、久し振りに会ったおまえも妹もずいぶん辛そうだたしな。本当にそれがお
まえたちの望みならそれでいいんだよ。ばあさんはともかく私は応援してあげるよ」

兄「・・・・・・ばあちゃんには頭が上がらないくせに」

祖父「そうだな。だからできることはしたろ? あの金がそうだ。あれがあればおまえも
妹も兵糧攻めにされたって少しの間は大丈夫だろ」

兄「少しの間、つうかニ、三年は平気そうな金額だけどね」

祖父「有希さんやばあさんのことはもう気にしなさんな。もうおまえと妹は大人だ。自分
たちで好きな道を決めればいいよ。生活が不安なら、卒業したら私の顧問をしている会社
に入れてやってもいいよ」


兄「俺は自分でしたいことがあるから」

祖父「そうだな。博人と同じ道を行きたいんだったな」

兄「うん」

祖父「ばあさんたちが戻って来たな。今の話、ばあさんに言うんじゃないよ」

兄「わかった(言えるかよ、こんな話)」


妹「夕ご飯、とっても美味しかった」

幼友「本当に美味しかったです。お料理すごくお上手なんですね」

祖母「気に入ってもらえてよかったわ。じゃあ、そろそろ寝ましょうか」

妹「寝るの早すぎだよー」

祖父「年寄り早い時間に眠くなるんだよ。知ってるだろ」

妹「それにしたってまだ九時じゃん」

祖母「あたしたちはもう寝るね。早く寝るのが毎日の習慣だし。あなたたちは好きにしな
さい」

幼友「おやすみなさい」

祖母「おやすみ、幼友ちゃん。そうそう、妹と幼友ちゃんは客間の和室で寝なさいね。お
布団を運んでおいたから」

妹「わかった」

幼友「はい」

兄「俺はどこで寝ればいいの?」

祖母「客間は一つしかないからね。あんた、まさか妹と幼友ちゃんと一緒に寝るわけには
いかないでしょ」

兄「だ、誰が一緒に寝たいなんて言ったよ。俺はどこで寝ればいいかって聞いたの!」

祖母「・・・・・・そういやそうか。兄はどこで寝かそうか」

祖父「そう言えばあまり考えてなかったな」

兄「おい」

祖母「兄。あんた、あたしたちと一緒に寝る?」

兄「ぜってい嫌だ」

祖母「昔泊まりに来たときはあたしと一緒じゃないと泣いちゃってどうしようもなかった
のにねえ」

兄「真面目に俺はどうすればいいの」

妹「・・・・・・お姉ちゃんさえよければ、あたしは別にお兄ちゃんが一緒に寝てもいいんだけ
ど」

幼友「妹ちゃん」

祖父「そうもいかんだろ。兄、おまえは博人の部屋で寝なさい」

祖母「ああそうか、忘れてた。あそこならベッドがあるし布団もちゃんと乾燥させている
しね」

兄「父さんはとっくに家を出ているし、というかもう亡くなっているのに、何で布団とか
まだ用意してあるのさ」

祖母「・・・・・・」

祖父「兄、そういう話はよさんか」

兄「あ。ごめん」

祖母「じゃあ、あたしたたちは寝るよ。兄、あんたは客間に近づくんじゃないよ。年頃の
お嬢さんを預かっているんだから」

兄「うっせえな。わかってるって」


兄(連休中にここに来たときは三人で一緒に客間で寝たんだよな。正直、落ち着かなかっ
し、妹は俺に背を向けて幼友となにやらガールズトークを繰り広げてたけど)

兄(あのときだって、妹に無視されてはいたんだけどなあ。何かあのときより今の方が心
が痛い)

兄(・・・・・・認めたくないけど。認めたくないけど、俺。本気で妹のことを好きになっちゃ
ったみたいだ。いや、好きというだけなら前からそんな気はしてたよ。幼馴染に傷つけら
れた心が癒された辺りから。あれは妹と幼友のおかげであることは間違いない)

兄(だけど、それからの俺は、妹の俺への愛情をどうやって誤魔化すかだけを考えていた
んだな。本当に笑っちゃうよ。妹が俺に執着することを恐れて、いい兄妹でいようなんて
提案してさ。妹が同じ気持ちでいてくれて安心したんだ。独身のままずっと俺を支えるっ
て言ってくれたあいつの気持ちが、本当はすげえ嬉しかったくせに。普通に恋愛して彼氏
を見つけろよなんて偉そうに)

兄(幼友は何を考えているのか今でもわからない。でも、どんな理由にせよあいつが俺の
ことを気になってるのは本当なんだろう)

兄(それでも、正直に自分の気持を探ると今の俺には妹が俺の側にいないことがすごく寂
しい。俺ってまさか)

兄(まさか。昔から仲が悪かった妹と仲直りしたことが純粋に嬉しかった。だけど、妹の
肩を抱いたりキスしたりした頃から俺は)

兄(母さんと一緒に住むようになって、幼友が俺にあいつらしい不器用な行為を示し始め
て。そんで妹が俺から距離を置き始めた)

兄(俺がイライラしたり眠れなくなったのってそれからじゃねえか。もう認めるしかない
だろう。俺は妹といい兄妹になるだけじゃ嫌なんだ。赤毛のアンなんかどうでもいいし、
結城さんと有希さんの先例に遠慮なんかしたくない)

兄(俺と妹は結城兄妹じゃねえんだ。もう自分に嘘をつくのはやめよう。幼馴染にひどく
振られたときだって、動揺したり辛かったのは本当だけど、それと同じくらい妹と親しく
なれて嬉しかったのだって本当じゃんか。幼友の気持ちはわかるけど、そんなの兄妹の間
で子作りなんかしなきゃいい話だ。避妊してればいいんだ)

兄(じいちゃんが言ってたのってこのことなのか? これで母さんに見捨てられても大丈
夫なように、自分の想いを曲げなくてもいいように、じいちゃんお金を援助してくれたの
か)

兄(ちくしょう。眠れねえ)




兄(・・・・・・うん? 眠れないと思ってたのに少し寝ちゃったのか)

兄(何か人の気配)

兄「っておい! おまえそこで何してるの」

妹「お兄ちゃん」

兄「どうした? 幼友は?」

妹「お姉ちゃんは寝ちゃったし」

兄「おまえは寝ねえの?」

妹「寝れないよ」

兄「何で?」

妹「何でって」

兄「・・・・・・少しだけ一緒に寝る?」

妹「やだ」

兄「(言わなきゃよかった・・・・・・)そうだよな」


妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・おまえ、いつまでそこに立ってるつもり?」

妹「わかんない」

兄「客間に行って横になって目を閉じてればそのうちに眠れんじゃね?」

妹「そう思ったけど眠れなかったんだもん」

兄「どうしたの?」

妹「・・・・・・何でもない」

兄「何でもないならもう寝たら?」

妹「・・・・・・」

兄(泣きそうじゃんこいつ。何なんだよ。どっちかって言うと俺の方が泣きたいくらいな
のに)

妹「ごめん」

兄「何で謝る」

妹「ごめんなさい」

兄「だから何で」

妹「あたしね」

兄「おう」

妹「あたし、やっぱり無理かも」

兄「無理って何が?」

妹「お兄ちゃんとの距離をね」

兄「ああ」

妹「いい妹でずっといようと思ってたの」

兄「うん。赤毛のアンだっけ」

妹「そうだんだけど。それに自業自得なことは十分に承知はしているの」

兄「・・・・・・幼友のこと?」

妹「うん。結城さんと怜菜さんのことを聞いて、それでどんだけお姉ちゃんが辛い思いで
今まで生きてきたこともわかったから、お兄ちゃんとはいい兄妹でいようと思ったの。お
姉ちゃんとお兄ちゃんが付き合ったとしても、いい妹でいようって。それにそう決心した
らママまであたしたちのところに戻って来てくれたし。これが一番いい選択だったんだっ
て思った」

兄「ああ」

妹「でもさ、お兄ちゃん、この間お兄ちゃんのアパートに逃げ出したあたしを追いかけて
きて」


「もうやだ・・・・・・え? ちょ、お兄ちゃん? ちょっと。何してるの!」

「嫌なら抵抗しろよ。すぐに止めるから」

「こんなのやだって」

「言葉じゃなくて態度で抵抗してくれ。そうじゃないと俺ももう止められないから」

「やめ。何してるの」

「おまえのブラを脱がしてるんだよ」

「・・・・・・もうやめて」

「何とか言えよ」

「・・・・・・き」

「はい?」

「お兄ちゃんのこと好き。大好き。多分、小学生になる前からずっと好き」

「妹」

「手をどけちゃだめ・・・・・・ちょっと待って。自分で脱ぐから」

「何言ってるんだよ」

「お兄ちゃんが始めたことでしょ! あたしは諦めようとしたのに」

「そうだけど。俺はおまえと一生いい兄妹として二人きりで」

「何よ。誰が始めたことなの? あたしは諦めようとしてたのに」

「・・・・・・妹」


妹「結局あのときみたいになるのよ。いくらいい妹で、献身的な妹でいようとしたって。
それじゃ駄目じゃん。それじゃ結城さんと怜奈さんと同じことだし。だから、あの後お姉
ちゃんの気持ちとか有希さんとかママの気持ちとか考えて、お兄ちゃんにはお姉ちゃんと
付き合って欲しいと思ったの」

兄「それって俺の気持ちはガン無視かよ」

妹「お兄ちゃん?」

兄「幼馴染とか幼友とかさ。あと、大学の俺のことを好きだって言う女の子とか。俺がい
つそいつらと付き合いたいって言ったよ。幼馴染は確かに俺の彼女だったことはあったけ
ど、結末はおまえも知ってるとおりだろ」

妹「それは」

兄「いつまでも突っ立ていられるとこっちが居心地が悪い。何もしねえから俺の隣で横に
なれば?」

妹「やだ」

兄「(マジふざけんな)・・・・・・好きだよ、妹」

妹「え。何で」

兄「(もう無理だ)もうどうなってもいいよ。おまえと付き合いたい。俺の彼女になって
欲しい。今まで疎遠だったけど、おまえと仲直りしてからおまえのことばっか頭に浮ぶん
だ。幼馴染に傷つけられたことより、幼友と恋人ごっこしたことより。おまえのことばか
りさ」

妹「え・・・・・・お兄ちゃん?」

兄「だけど無理強いはしない。俺のことをそんな風に思えないならきっぱりと振ってく
れ。そしたら俺もおまえを彼女にすることを諦めるから」

妹「・・・・・・本気なの?」

兄「ああ。本気だ。別に無理強いはしねえけど」

妹「・・・・・・」

兄「妹?」

妹「ばか」

兄「え」

妹「ばか! 何でそんなこと言うのよ」

兄「おいで」

妹「・・・・・・うん」

兄(華奢な肢体。さらさらした細い髪)

妹「お兄ちゃん」

兄(もうどうなってもいいや。何より妹は俺を拒否していないし、俺に抱きついている)

兄(真夏なのに真っ白な肌。控え目な胸とかも)

妹「やだ」

兄「嫌なの?」

妹「お兄ちゃんの意地悪」

兄(もうだめだ。もう無理だ)

兄「おまえ、可愛いな(もう・・・・・・)」


今日は以上です
また投下します


妹「ねえ」

兄「うん」

妹「何で途中でやめちゃったの」

兄「何でって」

妹「すごく中途半端じゃない。。優柔不断なお兄ちゃんらしいと言えばらしいけど」

兄「優柔不断って言うなよ(まさにそのとおりだけど。今になって怖気づいたか、俺は)
いや。おまえのこと好きだし、もうどうなってもいいって思ったんだけどさ」

妹「それなら最後までしてよ」

兄「あれ、持ってないし」

妹「あれって?」

兄「だから」

妹「ああ、そうか。でもお兄ちゃんならあたしは別にそれでもよかったのに」

兄「そうはいかねえだろ。それで子どもができちゃったらどうすんだよ」

妹「・・・・・・結城さんと怜菜さんの二の舞ってこと?」

兄「そういうこと」

妹「・・・・・・そうか。これからいろいろ考えなくちゃいけないんだね。あたしたちって」

兄「うん。ごめんな」

妹「何で謝るのよ」

兄「おまえがせっかくこういう関係を断ち切ろうとしてたのに。俺の方からあんなことを
したせいだもんな」

妹「本当にお兄ちゃんのことを割り切れていたら、こんな遅い時間にお兄ちゃんの部屋に
忍び込んだりしないよ」

兄「・・・・・・そうか」

妹「そうだよ」

兄「これからどうする?」

妹「どうするって。お兄ちゃん、あたしに自分の彼女になって欲しいって言わなかっ
た?」

兄「うん、言った。それが今の俺の本心だよ(それだけは間違いない。俺は本気で妹のこ
とが)」

妹「じゃあ、お兄ちゃんの彼女になる。あたしも、いろいろ考えたけどやっぱり無理
だ。小学生の頃から好きだったんだもん。お姉ちゃんには悪いけど、やっぱり無理だっ
た」

兄「そうか。それなら嬉しいけど。でも、それで本当にいいのか」

妹「・・・・・・まだ言うの。あたしを試して楽しい?」

兄「そんなわけあるか。さっきおまえに告白したときは胸がどきどきして死ぬかと思った
よ」

妹「だったらもっかい言ってよ」

兄「言うって何を」

妹「・・・・・・」

兄「(愚問だった)好きだよ。俺の彼女になって欲しい」

妹「そうじゃなくて。俺の彼女になれって言って」

兄「・・・・・・どう違うの」

妹「いいから言って」


兄「妹」

妹「うん」

兄「俺の彼女になれ(何でこんなことにこだわるんだろうな)」

妹「はい。あたしはお兄ちゃんの彼女になります」

兄「う(可愛い。何でかはよくわからないけど、敬語の妹、すげえ可愛い)」

妹「う、って?」

兄「何でもない。こちらこそよろしくな。じゃあ、今からおまえは俺の彼女な」

妹「うん。今からあたしはもうお兄ちゃんのものだよ」

兄「妹」

妹「ちょっと・・・・・・」

兄「いけね。ゴムもないし、じいちゃんたちや幼友も同じ家にいるんだったよな」

妹「何をいまさら」

兄「そうだけど」

妹「あたしね。ゆう君にはキスされただけだから。あとちょっと体を触られたけどそれだ
けどから」

兄「何を言い出すんだ、おまえは」

妹「ゆう君に惹かれちゃったのは確かだけど、初めてはお兄ちゃんがいいっていう気持ち
だけは最後まで守ったんだよ。だから、あたしはさ、今でも」

兄「・・・・・・まだバージンってこと?」

妹「うん。今この瞬間に神に捧げられても全然OKなくらい、清らかな体だから」

兄「どういう表現だよ」

妹「わかりやすいでしょ・・・・・・。お兄ちゃん、ぎゅってして?」

兄「ああ」

妹「この先のことをいろいろ考えなきゃいけないんだろうけど、今は何も考えたくない。
幸せすぎるのかな」

兄「俺はちょとだけ不安、つうか後悔してるかも」

妹「後悔って何でよ。彼女になれって言った言葉って、本心じゃないの」

兄「そうじゃねえって。もちろん本心なんだけどさ」

妹「じゃあ後悔って何で?」

兄「おまえ、すげえ可愛いしさ」

妹「妹相手に何言ってるの」

兄「(顔を赤くした)いや、おまえなら別にゆうに限らず男なんか選びたい放題に選べる
のにな。まして可愛いだけじゃなくて、成績だっていいんだから」

妹「だから何よ」

兄「わざわざださい俺なんかを、しかも実の兄貴の俺なんかをさ。可愛いおまえが選ぶ必
要なんかないんじゃねえの」

妹「うるさい、黙れ。さっきのお兄ちゃんの言葉をそのまま返すよ」

兄「何だっけ」

妹「それってあたしの気持ちはガン無視かよ」

兄「・・・・・・そうか。おまえの気持ちはそうなのか」

妹「そうだよ。何よ、お兄ちゃん疑っているの」

兄「それでもさ。実の兄貴だということは置いといても、俺なんか将来性もないし、童貞
だし。おまえならもっと高スペックの彼氏と付き合えるだろうに」


妹「そうかもね」

兄「・・・・・・」

妹「そうかもね。でも、あたしはお兄ちゃんがいい」

兄「そうか」

妹「もしかしてお兄ちゃん。あたしに告ったこと後悔しているの」

兄(いや。それはない)

兄(心の中で言ってどうすんだよ、俺。言葉にしないと)

兄(・・・・・・後悔はしてねえけど、正直に言うと不安はある)

兄(せっかく収まった母さんとの確執への不安とか、結城さんと怜菜さんの失敗を繰返す
のかという不安とか)

兄(それに、幼友の気持ちとか)

兄「後悔はしてねえよ。おまえに無理強いする気はなかったけど、おまえが同じ気持ちで
いてくれるなら、俺はおまえの彼氏になりたい」

妹「よかった。一瞬本気で心配しちゃったじゃない」

兄「悪い。でも心配はいらねえよ」

妹「・・・・・・もっと強く抱いて」

兄「こう?(ヤバイ。いろいろこいつの体とかいい匂いとか)」

妹「あたしもね」

兄「うん?」

妹「後悔は全然ないし嬉しい気持があるんだけど、でもやっぱり不安はあるかな」

兄「それはな。一応近親相姦つうか、まあそういう仲だし無理はない」

妹「もうお互いにマシュウとマリラ路線では我慢できないことが、わかっちゃったじゃ
ん? だから、お兄ちゃんと気持ちが通じ合ったのはすごく嬉しいけど、この先の付き合
いはきっとすごく辛いんだろうなって思うとね」

兄(そうだ。これは結城さんと怜菜さんの関係と本質的には全く同じだ。それは俺も妹も
特定の相手がいて、その相手を裏切って兄妹で結ばれたわけじゃないとしても)

妹「あたしね。ママに勘当されてお兄ちゃんと二人で暮らしてた頃ならよかったのにって、
いけないと思ってもそう考えちゃうんだ。あの頃なら、二人だけしかいない家で、お兄ち
ゃんと恋人同士として振舞えたのにね」

兄「どういう意味?」

妹「これから先は、あたしたちの関係は誰にも気づかれないようにしないといけないって
ことだよ。ママにも、お姉ちゃんにも、おじいちゃんとおばあちゃんにも」

兄「やっぱりそうなるのか」

妹「見ず知らずの他人にさえ、カミングアウトしづらい関係でしょ、あたしたちって」

兄「身内でなければ多少のことは覚悟してるよ」

妹「だめ。だって、お兄ちゃん、連休のときはあたしがお兄ちゃんに甘えて抱きつきなが
らお兄ちゃんって呼んだら、やたらキョドってたじゃない」

兄「・・・・・・ごめん」

妹「とりあえずさ。人前では普通の兄妹を装おうよ。今さら、せっかくあたしたちの関係
に安心したママとか」

兄「とか?」

妹「お兄ちゃんのことを好きなお姉ちゃんを悩ますわけにはいかないじゃん」


兄「ちょっと待てよ」

妹「うん」

兄「かあさんのことはともかく、幼友のことははっきりさせた方がいいんじゃね」

妹「お姉ちゃんに言うの? お兄ちゃんはお姉ちゃんのことなんか好きじゃなく、あたし
の方が好きなんだって」

兄「いや。そこまでは」

妹「だったらもう隠すしかないじゃん。もうあたしたちには二択しかないんだと思うよ」

兄「二択って?」

妹「お兄ちゃんとあたしがこういう関係を諦めるか、続けるなら周囲に隠れて恋人同士に
なるか」

兄「やっぱりそうなるのかな」

妹「お兄ちゃんは、これからは女の子には興味がない振りをして。あたしにもお姉ちゃん
にも。あ、もちろん幼馴染さんにもね」

兄「幼馴染のことは思い出したくもないよ」

妹「あ、まだいた」

兄「まだいるの?」

妹「お姉ちゃんが言ってた、大学でお兄ちゃんを狙っているって言う三人の女の子も
ね」

兄「・・・・・・そいつらは名前すら知らねえよ」

妹「それならいいけど」

兄「なあ。人前で普通の兄妹を装うのはいいんだけどさ」

妹「なあに」

兄「俺の彼女はおまえってことでいいんだよな。つまりその・・・・・・二人きりの時とかは、
その」

妹「うん。あたしはもうお兄ちゃんの彼女だと思ってるよ。でも、二人きりの時って?」

兄「いや。だからさ」

妹「二人きりの時って何かエッチな感じ」

兄「・・・・・・あんまり俺を虐めるなよ」

妹「キスしたりとか、人目のないところでするかってこと?」

兄「それはもちろんだけど。つうか、おまえ俺のことからかってる?」

妹「からかってなんかないよ。二人きりの時は、あたしはお兄ちゃんの彼女だよ。お兄ち
ゃんがしたいことをあたしにしていいの。ただ、誰にもばれないようにしないとね」

兄「いやさ。別にエッチなこととかじゃなくてさ。おまえ、幼友と行動を共にする前まで
は、俺にべったりな態度だったじゃん。ああいうのはどうなるの?」

妹「ママやお姉ちゃんの前では我慢する。本当に二人きりの時に、その分までお兄ちゃん
に甘えるね」

兄「なるほど。よくわかったよ。つまり俺たちの恋愛は秘めた関係になるんだな」

妹「それ以外には選択肢なんかないでしょ」

兄「俺はそれでもいいけど。おまえはそれでもいいの?」

妹「いいも何も。さっきまではお兄ちゃんを諦めようとしてたんだもん。秘密でもなんで
もお兄ちゃんの彼女になれるなら、あたしは幸せだよ」

兄「わかった。おまえがそれでいいなら、俺もそれでいいや」

妹「よかった」

兄「・・・・・・」


妹「ねえ」

兄「何だよ」

妹「いつから?」

兄「いつからって何が」

妹「いつからあたしのことを好きだと思い始めたの」

兄「それはもう話さなかったっけ」

妹「ちゃんとは聞いてないよ。言ってたとしてももっかい言って」

兄「・・・・・本気でおまえを女として意識したのはさ」

妹「女って」

兄「(真っ赤になっちゃった)いやその。おまえが俺のアパートに転がり込んできたころ
かな」

妹「あたしがゆう君から逃げてきたとき?」

兄「うん」

妹「へえ」

兄「(何か不機嫌そうだな)へえって何だよ」

妹「あたしは幼い頃からお兄ちゃんのことを男性として意識してたのに、お兄ちゃんはそ
んな最近のことなんだ」

兄「だって、おまえに嫌われてると思ってたし。それに」

妹「そうだよね。お兄ちゃんには幼馴染さんがいたからね」

兄「まあ、そうだな。あいつのおかげですごく遠回りしちゃったけど。それでも今はさ、
運命っていうの? なるようになったって気がする」

妹「うん。あたしも今はそう思う。お姉ちゃんとかママとかさ。結城さんと有希さんのこ
ととか、ごちゃごちゃ考えちゃったけど。やっぱりあたしはお兄ちゃんじゃなきゃ駄目な
んだって思った。だから、夜中にこの部屋に忍び込んだりしたのね。こんなことしたって
そのあとどうするってことすらわかってなかったのに」

兄「うん。でも、今幸せなのは今日おまえがここにきてくれたおかげだ」

妹「お兄ちゃん」

兄「ああ」

兄(妹が抱きついてきた。もう本気でこいつと離れたら俺は生きていけないかも)

妹「もっと」

兄「苦しくない?」

妹「いいから。もっとぎゅっとして」

兄「・・・・・・妹」


兄(朝か)

兄(何か満ち足りている感じはするけど)

兄(あれ。俺一人?)

兄(抱き合ってた妹はどこだ)

兄(・・・・・・部屋が明るい。今何時だろ)

兄(俺、寝落ちしちゃったのか。妹はきっと幼友のところに戻ったんだろうな)

兄(・・・・・・)

兄(そうだった。妹を彼女にしたのはいいけど、今日からそれは秘密にしなきゃいけない
んだった)

兄(妹の判断は正しい。結城さんとか幼友の生い立ちを考えるまでもなく、普通に兄妹の
恋愛なんて周囲に説明できないもんな)

兄(・・・・・・よく考ええるとさ。実の兄妹の恋愛関係が不幸になるっているサンプルなんか、
実際には一つだって収集されてないんだよな)

兄(実証的な立場から考えると、そういう事例は今だに収集されていなことになってい
る)

兄(単純に、兄妹の間に生まれた幼友が不幸だっていう思い込みと、母さんの思い込みか
ら、妹は俺との関係をためらっているだけなんじゃねえかな)

兄(だったら俺が妹を説得すればいいんだけど。自分が当事者なだけに、それは何かしちゃいけない気もするし)

兄(そろそろおきた方がいいのかな)

妹「いつまで寝てるのよ。朝ご飯の支度ができたから、そろそろ降りてきてよ」

兄「ああ(妹って、こういう二人きりの状況でも演技するつもりなのか」

妹「本当に起きてよ」

兄(こいつって。自分の妹ながらやっぱり可愛いな)

兄(試しに妹を抱き寄せてみよう)

妹「あ」

兄(何の抵抗もなく妹は俺の手の中に収まった)

兄「妹」

妹「ちょっとお兄ちゃん駄目だって。昨日の約束をもう忘れちゃったの?」

兄「ここには誰もいねえじゃん」

妹「そうだけど。でも、こういうことを繰返しているとそのうちお互いに感覚が麻痺しち
ゃうよ」

兄「・・・・・・麻痺というか」

妹「え?」

兄「麻痺も何も、俺とおまえってずっと仲が悪かったじゃん」

妹「え? ああ、うん」

兄「それが最近になって、おまえがゆう君のことを思い切れてからさ。俺とおまえって仲
直りしたけどさ」

妹「うん。これまでごめんなさい」

兄「そうじゃなくて。だからさ。麻痺とかありえねえだろ。いつだっておまえを抱き寄せ
るときはさ、ありえねえくらいにどきどきしてるんしさ」

妹「・・・・・・今もどきどきしてるの?」

兄「してる。俺の胸触ってみる?」

妹「そんなにあたしのことが気になるの?」

兄「今はね。これまではそんなこと考えたこともなかったんだけどな」


今日は以上です
また投下します


妹「うれしい」

兄「ああ(妹がうれしいと思ってくれていることがうれしい)」

妹「うれしいけど、我慢してね。ママとかおじいちゃんたちとかお姉さんの気持ちも考え
ないと」

兄「それはいいけど(これっていつまで妹の言うとおりにしてればいいのかな。まさか、
母さんと幼友と一緒に暮している間はずっとか?)」

妹「先に行ってるから早く降りてきてね」

兄「わかった」

兄(肉体関係のない純愛だとしても、母さんは納得してくれないのかな。別に妹とエッチ
ができないならできなくてもいいんだ。もう俺は一生童貞でもいい。つうか、この間まで
は、そう考えていたんだし。前と違うのは、いい兄妹として一生一緒にいようって言い合
ってたのが、恋人同士で一緒にいようってことになっただけだ。恋人同士だからって、別
に肉体関係が必須とかってことはねえだろうから、一生、キスとかスキンシップだけで彼
女である妹と一緒にいたっていいわけだ)

兄(それでも、母さんは納得しないのかな)

兄(・・・・・・無理か。そんなこといったい誰が信じてくれるんだ。だいたい、昨日だって妹
のことを危うく抱いてしまうところだったのに。つうか、ゴムさえあれば絶対してたな)

兄(自分自身でさえそうなのに、他人が俺と妹は恋人同士だけど肉体関係はないとか、信
じてくれるわけはないよ。まして、近親の恋愛がトラウマになっちゃってる母さんとか、
実際に兄妹の関係から生まれた幼友はさ)

兄(う-ん。とりあえず、妹の言うとおり何でもない普通の兄妹として振舞うしかない
か。それに、幼友の気持ちが気にならないと言えば嘘になる)

兄(とにかく起きよう。落ち着いて冷静に振舞うんだ。それくらいは俺にだってできるは
ず)

兄(・・・・・・本当に昨晩の妹は可愛かったな)

兄(とにかく冷静に振舞おう)



祖母「兄はいったいいつまで寝てるつもりなの」

兄「おはよ」

祖父「おはよう」

幼友「・・・・・・おはよう兄君」

兄「うん」

祖母「うんじゃないでしょ。いったいいつまであたしたちの朝食を遅らせれば気が済む
の」

兄「先に食べちゃえばよかったのに」

祖母「幼友ちゃんと妹と、それにおじいちゃんまであんたが起きるのを待つっていうんだ
から、しょうがないでしょ」

兄「そうなの? 別に待っててくれなくてもいいのに」

祖母「こら。せっかくあんたを待とうって言ってくれたのに、あんたは。お礼くらい言い
なさいよ」

兄「ああ。ありがとな。遅れてごめん」

祖父「とにかく席につけ。おじいちゃんはもうお腹がすいてしょうがない」

祖母「じゃあ食事にしましょう。妹、あなたご飯とお味噌汁を運んできてね」

妹「うん」

幼友「あたしも手伝います」

祖母「そう? じゃあ、妹友ちゃんはお魚を運んでね」

幼友「はい」


兄「ばあちゃんの飯ってマジでうまいんだな」

祖母「今さら何言ってるの。あんたは昔何度も食べたでしょうが」

兄「そうだっけ」

祖母「そうよ。あんたの小さい頃までは、有希さんは自分はここに来なかったけど、あん
たが泊まりに来ることは認めてくれてたからね」

兄「そうだった。でも、妹はこの間初めてここに来たんだぜ、なあ」

妹「うん。今のおばあちゃんたちのマンションには何度か行ったけど、ここに来たのはこ
の間は初めてだよ」

祖母「だって、妹が生まれてしばらくしたら、有希さんはあんたたちをここに来させなく
なったからね」

祖父「またその話か。もういいよ。それに孫たちに言う話じゃないだろう」

祖母「わかりやすい話でしょ? 兄だけならここに来てもいいんだって。でも、兄妹が二
人でここに来るのは駄目だって。どこまで考えが腐ってるんだろうね、有希さんは」

祖父「お代わり」

祖母「何ですって」

祖父「だからお代わり。ご飯と味噌汁」

祖母「朝からちょっと食べ過ぎじゃないの? 引退したんだから現役時代みたいに食べち
ゃ駄目でしょ」

幼友「あたし、ついできます」

祖父「悪いね。うちの連中は誰一人気がきかなくてね」

幼友「いえ」

妹「お兄ちゃんは?」

兄「何?(・・・・・妹が話しかけてくれた。それだけですげえ幸せを感じる)」

妹「ご飯もお味噌汁もないけど、お代わりする?」

兄「(大好きだよ)うん。もらおうかな」

妹「じゃあ」

幼友「おじいさんのついでだから、兄のも持ってくるね。ほら、お茶碗貸して」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・」

祖母「ふふ。兄も幼友ちゃんも仲いいのね」

幼友「そういうわけじゃないです」

祖母「いいのよ。それより、今度お母さんを誘って一緒にいらっしゃい。久し振りに怜奈
ちゃんにも会いたいわ」

幼友「あ、はい」

祖父「そういうことは自分で誘いなさい。幼友さんに言ったって迷惑だろう」

祖母「何で? 別に迷惑じゃないよね」

幼友「あの」

妹「お姉ちゃん、それあたしがやる」

幼友「あ、ごめん。いいよ、あたしがするから」

妹「お姉ちゃんはおばあちゃんの相手をしてあげて。あたしがお代わりを用意するね」

幼友「だって」


妹「はい、お兄ちゃん」

兄「どうも(俺ってバカか? 妹がご飯と味噌汁のお代わりを持ってきたくらいで、何で
こんなに幸せを感じるんだろ)」

妹「ほら、ご飯のお茶碗も取って」

兄「ああ(あ)」

妹「・・・・・・」

兄(お盆を持つ妹の手に一瞬触れちゃった。何かそんなことだけですげえ嬉しい)

妹「おじいちゃんも、はい」

祖母「こういうときは年配の人から渡すようにしないとね」

妹「あ・・・・・・ごめん」

兄(クソババア。何を小姑みたいなことを行ってやがる)

祖父「ありがとう妹。おばあさん、そういう細かいことを孫に言うんじゃないよ。孫に嫌
われるぞ」

祖母「ああ、そうね。妹、ごめんね」

妹「気にしてないよ」

祖母「止そうと思うんだけどついね。有希さんみたいな母親に育てれていると思うと不安
になって」

妹「おばあちゃん!」

祖父「・・・・・・よさないか。それより兄」

兄「(じいちゃんも気を遣って大変だな。さすが婿養子)何?」

祖父「三泊するんだろ? どういう予定になってるんだ」

兄「予定かあ(全然わからねえ。つうか妹から聞いてねえし)」

妹「ああ、そうだね。お姉ちゃんと相談したんだけど」

兄「ああ」

妹「水族館はこの間のゴールデンウィークに行ったからさ」

兄「うん」

妹「今日は熱帯植物園と爬虫類パークに行こうよ」

兄「別にいいけど」

幼友「で、明日はこの家のすぐ下の海岸で泳ごうかと」

祖父「あそこで泳ぐのは駄目だ」

妹「そうなの? 何で」

祖父「あそこはいきなり深くなるからな。遊泳禁止なんだよ」

妹「でも、人がいっぱいいたよ?」

祖父「あれは泳ぐというよりはバーベキューとかしてるんだね」

妹「じゃあ、あたしたちも海に入らなければいいの?」

祖父「まあ、それなら危険はないけどね」


祖母「じゃあ今日はでかけるのね」

妹「うん」

祖母「夕ご飯はどうするの。外で食べてくる?」

妹「そんなに遅くならないと思う」

祖母「じゃあ、今日はお庭で海を見ながらバーベキューにしましょうか」

妹「うん。それいいね」

祖母「おじいちゃんに付き合ってるといつも魚ばかりなのよ。たまにはあたしだってお肉
を食べたいわ」

妹「じゃあ決まりね」

幼友「あたし、洗い物しますね」

祖母「いいよ。あたしがするから。あなたたちは出かける準備をしなさいな」

妹「いいの?」

祖母「いいのよ。ほら、早く支度しな。夏休み中だからきっと混んでいると思うよ」

妹「じゃあ、早く支度しよう。お姉ちゃん、行こう」

幼友「まだ兄君が・・・・・・」

妹「いつまで食べてるのよ。早く終って支度してよ。植物園が混んじゃうじゃない」

兄「ああ(普通に話しかけてはくれるけど・・・・・・これが妹と二人きりならよかったのに
な)」



幼友「連休中ほどじゃないんでしょうけど」

妹「やっぱり混んでいるね」

幼友「駐車場に入るのにただ並んでいることもないかな」

妹「どういう意味?」

幼友「車を駐車場に入れるのを待っている間にさ。あたしが入場券待ちの列に並んだ方が
効率的じゃん」

妹「暑い中をお姉ちゃんに並ばせられないよ。あたしが並ぶ」

幼友「そんなこと言わないで。あたしは妹ちゃんに借りがあるし」

妹「お姉ちゃんに貸しなんかないよ」

幼友「とにかく列に並んでくるわ。兄と妹ちゃんは駐車場に入れたらあたしを探して」

妹「いいの?」

幼友「いいって。じゃ、後でね」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・」

兄(車内は沈黙に包まれている。俺と妹の二人きりなのに)

兄(でも、こういうことなんだな。妹が言ってたことって。俺と妹がお互い素直に求め合
えるのは、人気のない深夜の時間だけなんだ。そんなつらい関係なのに、こんな状態で俺
は妹とこの先ずっと一緒に暮していけるのか。いや、俺はそれでもいい。だけど、妹につ
らい想いをさせてまで、俺は)

妹「お兄ちゃん」

兄「どうした・・・・・・って、え」


兄(う)

妹「・・・・・・お兄ちゃん」

兄「こら。おまえ、こういうことは人前ではしないって」

妹「言ったよ。でも、今は二人きりだね」

兄「・・・・・・こういうのって感覚がすぐに麻痺するんじゃなかったの」

妹「お兄ちゃん、いやだった?」

兄「・・・・・・」

妹「・・・・・・何か言ってよ」

兄「何かって」

妹「お姉ちゃんが帰って来るまでだけだよ」

兄「・・・・・・妹」

妹「あ」

兄「おまえこそいやなのか(思いがけなく妹と車内で二人きり。そして俺に好意的な妹。
これは)」

兄(これは行くしかないだろ)

妹「ちょっと・・・・・・あ」



妹「もうやめて」

兄「何だよ。おまえが最初にしてきたんだろうが」

妹「唇がふやけちゃう。もう駄目」

兄「わかったよ」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

妹「何か話してよ。お兄ちゃん」

兄「何かって。何を話せばいいの?」

妹「何でもいいって」

兄「何でもいいなら、おまえが話せよ」

妹「何を?」

兄「だから何でもいいよ」

妹「そう言えばさ」

兄「ああ(昨日思っていたより、妹と仲良くできそうだ。これなら我慢できるかも)」

妹「お兄ちゃんも読んだんでしょ」

兄「はあ?(甘い睦言をいちゃいちゃしながらするのかと思えば)」

妹「パパのブログ? 掲示板って言うのか。日記みたいなやつ」

兄「ああ。前にも言ったけど佐々木先生に教えられてさ。一通り読んだよ」

妹「RYってお姉ちゃんのママの結城怜菜さんのことかな」


兄(こいつ。コメントまで読んでたのか)

兄「わかんねえけど。でも、多分そうじゃね?」

妹「久し振りにパパと会ったって、いつだったんだろう」

兄「施設開放日の後なんじゃねえの」

妹「それって、おかしくない?」

兄「おかしいって何が」

妹「RYさんのコメント読んだんでしょ」

兄「読んだよ」

妹「じゃあ、何で疑問を感じないの?」

兄「意味わかんないんだけど。怜菜さんが父さんに未練を感じているような感じがしたっ
てこと?」

妹「そういう微妙な感覚の話じゃないよ。事実として変じゃない? ってこと」

兄(何が変なんだろう。思い出してみよう)



名前:RY
幸せかって言われると微妙だけど。でも自業自得だからね。だから、傷つけちゃった君が
今とても幸せで安定している家庭を築けている様子なのがわかって嬉しいよ。でもありが
とう。昔から君は優しかったよね。あたしがバカだったのにね。
あたしの方も夫婦仲は悪くないし息子のゆうは可愛いよ。もう中学生だから可愛いという
のも何だけど、素直ないい子に育っていると思う。この子にだけは昔の自分を知られたく
ない。それだけを心配しています。



兄(たしかこういうコメントだったよな)

兄(別に変なところはないだろ。確かに怜奈さんは実の兄である結城さんを愛して父さん
を振った。でも、少なくとも一度は結城さんと怜菜さんの仲は破綻したんだ。幼友には気
の毒だけど)

兄「怜奈さん実の兄である結城さんと結ばれて、でもこのときは後悔はしていなかったん
だな。この後すぐに結城さんと別れちゃうにしても」

妹「そういうことじゃ、全然ないんだけど」

兄「いったい何だよ。もったいぶらないで話せよ」

妹「何かお兄ちゃん偉そう。それってパワハラじゃないの」

兄「俺はおまえの上司じゃねえぞ」

妹「じゃあセクハラだ」

兄「何でそうなるんだよ」

妹「だって、お兄ちゃん・・・・・・あたしの胸を撫でてるじゃない」

兄「いやなら止めるけど」

妹「そんなこと言ってないでしょ!」


兄「何で逆切れしてるんだよ。それよか疑問って何だよ」

妹「結城さんたちとママたちが遭遇した施設開放日って、お兄ちゃんとお姉ちゃんはいく
つだった?」

兄「そんなの覚えてねえけど。研究所の岩崎さんの話だと、オムツを替えるとかっていっ
てたから。まあ、二歳か三歳くらいかな。いずれにせよ俺が保育園に行ってる頃だろ」

妹「じゃあ、何でRYさんは子どもが中学生だとか言ってるの」

兄「あれ? そう言われればそうか」

妹「って言うかコメントとか掲示板の記事には日付が入ってたでしょうが」

兄「ごめん。そんなところまで見なかった」

妹「それよか意味不明なのはさ」

兄「まだあるの」

妹「しかも」


あたしの方も夫婦仲は悪くないし息子のゆうは可愛いよ。もう中学生だから可愛いという
のも何だけど、素直ないい子に育っていると思う


兄「中学生なら確かにあの施設開放日と時期は違うのかな」

妹「それだけじゃないよ、RYが結城怜奈さんなら、その子どもはゆう君じゃなくてお姉
ちゃんでしょうが。何で怜奈さんが中学生の息子のゆう君が可愛いとか言ってるのよ」

兄(ゆうは結城さんの二人目の奥さんとの子どもだっけ。そう考えれば、このコメントっ
て二人目の奥さん? いや、その人と父さんには接点がない)

兄「(妹ってやっぱり頭いいな。ただ感傷に浸っていた俺と違ってここまで考えてたのか
って、違う。俺が何も考えなかっただけじゃん)そういやそうか」

妹「そうかじゃないでしょ。おかしいじゃん」

兄「でも、それはどうでもいいよ」

妹「どうでもいいって?」

兄「どうでもいい。父さんたちの過去のことが気にならないといえば嘘になるけど、今は
それよか、おまえとのことだけが気になる」

妹「・・・・・」

兄「妹?」

妹「うん。あたしも本当はそうだよ。過去なんかどうでもいい。お兄ちゃんのことしか頭
に浮ばないよ」

兄「もっかい、いい?」

妹「いいよ。して」

兄「唇がふやけちゃうんじゃなかった?」

妹「バカ。うっさい。黙れ」

兄「はいはい。って、ええと」

妹「あたしはどっちでもいいけど、早くしないとお姉ちゃんが戻ってきちゃうから
ね・・・・・・って、あ」

兄「可愛いよ」

妹「もう。お兄ちゃんは罰として明日から朝ご飯なしね」

兄「いったい何の罰だよ。俺、何もしてねえって」

妹「あたしにエッチなことしたじゃん」

兄「それっておまえから・・・・・・う」

妹「・・・・・・大好き。お兄ちゃん大好き」

兄「俺も・・・・・・」


幼友「やっと入れたね」

妹「結局、お姉ちゃんが並んでいる時間より、駐車場待ちしてた時間の方が長かったもん
ね。ごめんね」

幼友「混んでたんだからしようがないじゃん。別に妹ちゃんたちのせいじゃないよ」

兄(感覚的には待ってた時間なんかあっという間だった。むしろもっと長く車がそこに止
まっていたらいいと思えるほどに)

兄(あのまま、いつまでも車内で妹と一緒にいたかった。やっぱり俺、本気で妹に惹かれ
ているんだ)

幼友「ほら、行くよ。何ぼさっと突っ立ているのよ」

兄「ああ」

妹「お姉ちゃん早く行こう」

兄(幼友と合流してからは、妹は俺の方を見ないな。妹ってこうと決めたらぶれねえな)



妹「ママやお姉ちゃんの前では我慢する。本当に二人きりの時に、その分までお兄ちゃん
に甘えるね」

兄「なるほど。よくわかったよ。つまり俺たちの恋愛は秘めた関係になるんだな」

妹「それ以外には選択肢なんかないでしょ」



兄(まあ、しかたない。そうするしかないことは俺にだって理解できる。寂しいことは寂
しいけど)

妹「何だか本当に温室しかないねえ」

幼友「それはそうでしょ。植物園なんだから」

妹「それはそうだけど。観光地にあるんだからもう少しアトラクションとかもあるのかと
思ってた」

幼友「市立の植物園だからねえ。入場料も安いしこんなもんじゃない?」

妹「やっぱり年配の人とかが多いのかな」

幼友「そうでもないみたい。ほら」

妹「本当だ」

兄(なるほど。意外と大学生とか高校生くらいのカップルが多いな。夏休みということも
あるんだろうけど)

幼友「結構カップルが多いじゃん」

妹「何を目的にこんな地味なところに来るんだろね」

幼友「ああいう目的でしょ」

妹「え」

兄(あ。温室のバナナの木陰でキスしてやがる。植物目当てじゃなくて、いちゃいちゃす
るための場所としてここを選んだのか)

兄(俺も妹と二人きりならなあ。もうこないだみたいに妹がお兄ちゃんと言いながら抱き
ついて来ても、戸惑いはないのに。俺ってバカだ。あのときは妹と二人で最高のシチュ
エーションだったのに、それを無駄にしてしまった)


幼友「ね」

妹「やだ」

幼友「何で?」

妹「何でって・・・・・・。あんな人前ですることないのに」

幼友「お互いに好きなら周囲の目とかどうでもよくなっちゃうんだろうね」

妹「周りの人にどう思われてるとか気にならないのかな」

幼友「相手に夢中になっちゃうと、周囲の視線なんか気にならなくなるよね。ゆうを好き
になる子なんかみんなそうだし)

妹「・・・・・・」

幼友「あ、ごめん。別に妹ちゃんのことを言ったんじゃ」

妹「確かにあのときはそうだったかも」

兄(・・・・・・何か胸が痛む)

幼友「うちの両親だってそうだったんだろうな」

妹「お姉ちゃん」

幼友「実の兄妹で関係して子どもまで作ったんだし。でも、結局周囲の人の視線に負けた
んだけどね」

兄「自虐的になるのは、よせよ」

幼友「別にそういうわけじゃないよ。あたしは今、あなたたちと一緒に暮させてもらって
るじゃん? 有希さんはお父さんと別れたし、お母さんは一人暮らし。あの二人、また復
縁すると思うの」

兄「そうかもな。わざわざ怜菜さんとおまえの家の近くに新居を構えたくらいだし」

幼友「うん。二人きりで会ってたしね。だから、少し期待してるの。二人がまた一緒に暮
さないかなって」

妹「お姉ちゃんって偉いね」

幼友「何でよ」

妹「周囲の偏見とか戸籍とか、今までお姉ちゃんだってつらかったんでしょ? それなの
に結城さんと怜菜さんのことを恨まないで、また一緒になればいいって思ってあげられる
なんて」

幼友「それは恨んだこともあるし、現在進行形でつらいことだってあるけど。それでも
ね、自分が本当に愛し合っている両親から生まれたんだって思いたいの。それが実の兄妹
であってもね」

妹「そか。じゃあ、お姉ちゃんとはしばらくは一緒に暮せるね」

幼友「うん。迷惑でしょうけど、お父さんとお母さんの仲が落ち着くまではお世話になる。
両親をしばらくは二人きりにしてあげたいし。少なくとも最初はね。お母さんに一月くら
いお世話になるって言ってあるし、有希さんもそれでいいよって言ってくれたし」

妹「迷惑なわけないじゃん。一緒に住めてあたしは嬉しいよ。お兄ちゃんだってそうでし
ょ?」

兄「あ、もちろん(正直に言うと、幼友がいなかったら母さんだって無理して早く帰って
来ないだろうし、実質妹と二人きりで暮らせるかなって考えたことはあったさ。実家で二
人きりなら、妹も人目を気にせず俺に甘えてくれるかなって)」

幼友「本当?」

兄「本当だって、迷惑なわけねえだろ。母さんだって喜んでるし、いたいだけいろよ(だ
けど、とてもそんなことは言えねえ。妹との仲がばれるばれない以前に、ここまで思い詰
めている幼友にはそんなことは言えないよ)」


幼友「ありがと」

兄「別にいいって。母さんがおまえと一緒に暮したがってるんだしさ。好きなだけいれば
いいじゃん(妹のことはともかく、こいつにはこう言うしかないよな)」

幼友「・・・・・・うん」

妹「・・・・・・」

兄(妹? 何か妹の何か言いたげな視線を感じる)

妹「じゃあ行こうか」

幼友「・・・・・・うん」



妹「次は爬虫類パークだね」

幼友「うん」

妹「実はあそこが一番楽しみだったんだ」

幼友「そうなの? 妹ちゃんってそういうの好き?」

妹「イグアナとかヘビとか大好き。可愛いじゃん」

兄(兄妹だけど、これまで仲がよくなかったせいで、妹の趣味とか全然知らないんだな、
俺って)

幼友「ちょっと気味悪くない?」

妹「ないない。お姉ちゃんも行って見てみればわかるって」

幼友「そうかなあ」

妹「じゃあ、次行こう」

幼友「車出す前に飲み物買っていかない?」

妹「そうだね」

幼友「じゃあ、あたしが買ってくるね」

兄(お。少しの間だけど妹との二人きりになれるのか? またキスしてくれるかも)

妹「いいよ。今度はあたしが行ってくる。二人は車の中で待ってて」

幼友「そう? じゃあお願い」

兄(そううまくはいかねえか)

妹「じゃあ、ちょっと待っててね」

兄(・・・・・・)

幼友(・・・・・・)

兄(え)

兄(妹からLINEだ)

兄(ええと)

妹『お兄ちゃん大好き。いつだってお兄ちゃんに抱きついてキスしたいけど、お姉ちゃん
の前では我慢してるの。お兄ちゃんも我慢してね。また、夜にいっぱいお話しよ』


兄(・・・・・・俺ってバカだ。妹と付き合うってそれくらいの覚悟がいることなんだな。わか
っていたつもりだけど、何もわかってなかったんだな)

兄(そして妹にも俺が微妙に拗ねている雰囲気は伝わっちゃったのか)

兄(お兄ちゃん大好き、か)

兄(このメッセージだけで不安や不満が消えて行くような気がする)

幼友「何スマホ覗いてにやついてるのよ」

兄「別ににやついてなんかいねえよ」

幼友「嘘付け。さっきまでつまらなそうな顔してたくせに。急に嬉しそうな表情したじゃ
ん。誰から?」

兄「いや」

幼友「イヤっていう友だちがいるの?」

兄「そうじゃねえよ。大学の先輩だよ」

幼友「本当かなあ」

兄「何疑っているの。本当だって」

幼友「まあ、誰からでも別にいいけど。とにかくあんたが元気になってくれるのならいい
や」

兄「俺は元気だって(意地悪って言ってたよな、こいつ。本当に俺のことが好きなの
か)」

幼友「それならいい」

兄(それを言葉に出して確かめるわけにもいかないよな。それに、じゃあこいつが俺のこ
とを好きだったとしたって、もう俺にはその気持ちには応えられないし)

兄(とにかく妹の言うとおりにしよう。秘めた恋でも何でもいい。妹と心が通じあってい
れば、過去とか現在の親とかゆうとか幼友とかの関係とかはもうどうでもいいんだ)

兄(俺にとって大切なことは、妹の気持ちだ。昔から俺を好きだったっていう妹の気持ち
に、俺は応えた。そしてそれを妹も受け入れてくれた。大事なのはそれだけじゃん)

兄(もう迷わない。そして、いざとなったらじいちゃんのお金もある。最悪、父さんの研
究の後を追いかけられなくなったとしても、普通に就職して)

兄(いや、それは無理かも。昔からの目標だったのに、そんなに簡単に放棄できるもんじ
ゃねえよな。だけど、研究か妹かどっちを取るかって場面になったら)

兄(・・・・・・)

兄(・・・・・・あれ。意外と未練がないな。そうなったら妹を取るだけのことじゃんか。期待
して亡くなった父さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。それでも、妹のためなら
父さんだって理解してくれる)

兄(・・・・・・だよな? いや、近親相姦つうか妹と一生一緒に暮らすためってことでも、父
さんは納得して祝福してくれるのかな)

兄(うーん)


幼友「妹ちゃん遅いね。どこまで買いに行ってるんだろ。入り口の脇に自販機があったの
にね」

兄「うん。混んでいるのかな」

幼友「そうかも」

兄(・・・・・・やべ。こいつと会話が続かない。どっちかっていうとこいつは話しやすい方だ
ったのに」

幼友「ねえ?」

兄「あ、ああ」

幼友「あたしがあんたたちの家でお世話になってるのって、本当に迷惑じゃないのかな」

兄「そんなわけねえだろ。母さんの方から言い出したんだし。怜菜さんだっていいって言
ってくれたんだろ」

幼友「有希さんとお母さんで何か話がついたみたい。あんまり長くなければいいよってお
母さんも言ってた」

兄「じゃあ、問題ねえじゃん。それともホームシックにでもなったのか(普通に話ができ
た)」

幼友「そんなことないよ。今までだってお母さんの帰りは遅かったし、お父さんがいなく
なってからは夜はいつも家で一人だったしね」

兄「・・・・・・そうか。怜菜さんも仕事が忙しいんだったな」

幼友「うん。だから、あんたと妹ちゃんと、それに有希さんと一緒で今はとても楽しい
よ」

兄「なら余計な心配しないでいいんじゃね」

幼友「そうだね。ありがと」

兄「礼なんかいらねえって」

幼友「あたしさ。お母さんが本当に忙しくなったことがあってさ。高一の頃だったかな
あ。そのとき、半年くらい富士峰の寄宿舎で暮してたことがあったのね」

兄「そうなんだ」

幼友「最悪だったなあ。あれなら一人暮らしのほうがよほどましだと思ったよ」

兄「まあ、そういうものかもな」

幼友「それに比べたら今の生活って夢みたい。妹ちゃんも有希さんもいるし。それ
に・・・・・・」

兄「・・・・・・」

幼友「あんたとも一緒に暮せるなんてね」

兄「・・・・・・ああ(あれ)」


兄(こいつが高一で寮暮らしをしてた頃って、ゆうは中学生だよな)

兄(ということは。幼友が寮で暮している間に、怜奈さんが何らかの理由で、ゆうを引き
取って二人で暮らしていたとしたら。そしたらあのコメントってだいたいはあってるよ
な)

兄(いや、そうでもないか。ゆうのこと息子って呼んでるのと、夫婦仲がうまく行ってる
という部分が事実と矛盾するか。ゆうはあえて言えば怜菜さんの甥だし、とっくに結城さ
んとは別れていたんだし)

兄(つうかそんなことどうでもいいって決めたんだろ。妹だってそう言ってたし。将来の
ことを考えなきゃいけないときに、何で過去のことばっかり気になるんだろうな。歴史学、
文化人類学、そして民俗学の研究者の職業病みたいなものかな)

兄(いやいや。研究対象とするには時代が近接しすぎているだろ。むしろ、推理小説とか
ミステリー好きの思考の範疇だな。別に俺はそういう趣味はねえけど)

幼友「本当に妹ちゃん、どうしたんだろうね」

兄「ちょっと遅すぎるよな(まさか。前に海辺の公園であったみたいに、男に言い寄られ
てるんじゃないだろうな)」

兄(いや。ああいう連中は植物園なんかに来ないだろうし)

兄(・・・・・・でも、妹は可愛いし。その気になっちゃう男がいても不思議はない)

幼友「ちょっと電話してみるね」

兄「ああ、頼む」

幼友「出ない。何かあったらいけないから、あたしちょっと見てくるね」

兄「いや、俺が行く」

幼友「駐車場から出しちゃって路駐してるから、あんたは車に乗ってた方がよくない?」

兄「いや。万一妹がトラブルに巻き込まれてたら、俺の方が対処できるし」

幼友「だって」

兄「おまえ、免許あるんだろ。何かあったら車を動かしておいて」

幼友「・・・・・・やっぱり妹ちゃんのことが何よりも大切か」

兄「何言って・・・・・・。そうだよ」

幼友「うん、そうだね。早く妹ちゃんを探しに行きなよ。何かあったらまずいし」

兄「わかった」


兄(自販機前にはいないじゃんか。それに全然行列もできてねえし)

兄(いったいどこに行っちゃったんだ。もしかして間違えて駐車場の方に行ってると
か?)

兄(いねえ。携帯にも出ないし。チケットないから再入館するはずはないし)

兄(うん? 駐車場の管理棟の裏から声が・・・・・・妹!)

兄(あ)

兄「妹。大丈夫か」

妹「お兄ちゃん」

兄「(三人組の男が妹を取り囲んでいる)てめえら、妹に何すんだ」

妹「違うって。だめ、お兄ちゃん」

兄「ふざけんな(じいちゃん直伝の技を見せてくれる。妹を怖がらせやがって、こいつら
絶対許さねえ)」



兄「・・・・・・本当に申し訳ありませんでした(警備員の人たちだったとは。言われてみれば
それっぽい制服着てるし)」

「まあ、妹さんが心配だったんだろうからしかたないけどさ。まだ、君に捻られた腕が痛
むよ」

妹「本当にごめんなさい。あたしを助けてくれたのに、うちのお兄ちゃんがこんなひどい
ことを」

兄「すいません」

「すぐに止めてくれたから別に俺たちには実害はないからいいけどさ」

妹「この人たちは植物園の警備員の人たちで、変な男の人にしつこく絡まれてたあたしを
助けてくれたのに」

兄「すいませんでした。妹を助けていただいてありがとうございました」

「もういいって。本当に妹思いなんだね、君」

兄「はあ」

「じゃあ、気をつけて帰りなさい。さっきの変な男も逃げちゃったから、まだその辺にい
るかもしれないしね」

妹「はい。気をつけます」

「我々はこれで。じゃあね」

妹「ありがとうございました。あと、すいませんでした」

兄「すいませんでした!」


妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・すまん」

妹「・・・・・・違うって、だめって言ったのに」

兄「おまえが何かされてると思って頭に血が上っちゃってさ。本当に悪かった」

妹「・・・・・・」

兄(怒ってるよな。付き合い出して早速妹を怒らせてしまった。嫌われたかなあ)

妹「お兄ちゃん」

兄「あ(妹にキスされた)」

妹「ありがとね。これはお礼」

兄「怒ってねえの?」

妹「怒ってないよ。お兄ちゃんの顔を見たとき泣きたくなった。警備員の人たちには悪い
ことしちゃったけど。でも、お兄ちゃんすごく格好よかったよ」

兄「妹」

妹「お兄ちゃん」

兄「おまえ、変なことされてねえ?」

妹「されかかったけど、あの人たちが助けてくれたし」

兄「よかった」

妹「助けてもらったあとも怖かったし体も震えてたんだけど、お兄ちゃんが来てくれたら
平気になっちゃった」

兄「それならいいけど・・・・・・おまえ(またキス)」

妹「これでおしまい。お姉ちゃんと合流するから」

兄「わかった(また平静な態度を装わなきゃいけないのか)」



幼友「ああ、妹ちゃん。よかった。遅かったね」

妹「実はね・・・・・・」



幼友「そうだったのか。妹ちゃんって可愛いから変な男に絡まれたり大変だよね」

妹「可愛いとかはないけど」

幼友「うん? 何か変なの」

兄「変って何が」

幼友「前に同じことがあったときは、妹ちゃんって兄に抱きついてたのに。今日はやけに
冷静だなあって」

妹「今日は警備員の人に助けてもらったんだもん」

幼友「それにしてもなあ。いくら兄が相手を間違えたにしても、この間までの妹ちゃんと
全然態度が違うじゃん」

妹「そんなことないよ。それより、もう行こうよ」

幼友「・・・・・・うん」

兄(自分で言うのも何だけど、あの頃の兄LOVE全開の妹の態度と比べると、確かに違
和感があるのかもしれないな。お互いにいちゃいちゃしない作戦が裏目に出たのか)

幼友「車出さないの?」

兄「悪い。じゃあ、行こうか」


今日は以上です
また投下します


祖母「今度は別荘じゃなくて家にも遊びにいらっしゃい」

妹「そうする」

祖母「幼友ちゃんもね。今度は怜奈ちゃんも一緒においで」

幼友「母に言っておきます」

祖父「兄」

兄「何?」

祖父「しっかりするんだぞ。博人がいない今となっては、おまえが家庭で唯一の男なんだ
からな」

兄「意味わかんないけどわかったよ(じいちゃんなりに心配してくれてるのかな)」

妹「じゃあ行くね」

祖母「気をつけて帰ってね」

幼友「お世話になりました」

祖母「いつでもまた来てね」

兄「じゃあ行くよ」

祖父「渋滞してるから運転に注意するんだぞ」

兄「わかった」



兄(やっぱり、帰りも妹は幼友と一緒に後部座席か。これじゃまるで俺ってタクシーの運
転手だな)

妹「ママからメールだ・・・・・・え、マジ?」

幼友「どうしたの」

妹「明日から高原で遊ぶからねって」

幼友「明日?」

兄「明日って何だよ。3日後だったろ」

妹「あたしに言われても」

兄「何で突然日程が変更になったか書いてねえの」

妹「えとね」

兄(えとねだって・・・・・・こいつ、本当に可愛い)

幼友「何だって?」

妹「急にゲストが増えて、その人の都合で少し予定を前倒ししますって」

兄「ゲストって誰? 怜菜さんか?」

妹「そこまでは書いてない。っていうか怜菜さんは最初からメンバーに入ってるでしょ」

兄「じゃあ、いったい誰なんだろう」

妹「それは行けばわかるんじゃない?」

兄「そうだけどさ」

幼友「具体的には何時にどこに行けばいいの」

妹「明日の朝十時頃に登山鉄道の湖水駅の駅前で集合だって」

兄「明日の朝? 何考えてるんだよ、もう夕方だぞ。家に帰ってすぐに出かけるようじゃ
んか」

妹「だって」

幼友「こら。あんた、妹ちゃんを責めてどうするのよ。妹ちゃんのせいじゃないでしょう
が」


兄「あ、ごめん。別にそんな意味じゃ」

幼友「兄ってときどき無神経だよね」

妹「別にお兄ちゃんだって悪気があったわけじゃないよ」

幼友「・・・・・・」

兄(何か二人とも黙っちゃった)

妹「・・・・・・」

幼友「・・・・・・」

兄(妹と二人きりなら、こういう気まずいときは、妹に謝ってそれから抱き寄せて)

兄(そしたら妹の強張ってた体が次第に柔らかくなって、そんで仲直りして)

兄(いやいや。それよか、これからどうすりゃいいんだよ。明日十時だあ? このまま直
行したら早過ぎるし、家に帰ってゆっくりするほどの時間はないし)

幼友「・・・・・妹ちゃん?」

妹「うん」

幼友「とりあえず、有希さんに返事しないと」

妹「どうしようか」

兄「家に寄っても二、三時間でまた出発する感じになるな」

幼友「このまま行っちゃうっていうのもありかな」

兄「おまえらがシャワーとか着替えとかよければそれでもいいけど」

幼友「それだと何時ごろ湖水駅に着く?」

兄「明け方とかかな。車中泊っぽくなるね。それでもいいなら、このまま向っちゃうけ
ど」

幼友「家に帰ってもすぐに出かけるくらいなら、このまま行っちゃう方がいいか。向こう
に着いたらシャワーを浴びて着替えとかできるだろうし」

兄「おまえらがそれでよければ、このまま高原の方に行くけど」

妹「いいけど(お兄ちゃんは平気なの?)」

兄(え)

幼友「あんたはずっと運転してても大丈夫なの?」

兄「え(妹が俺のことを心配してくれた。人前ではそういう言動をしないようにって、お
互いに確認しあってたのに)

幼友「夜中にぶっ続けで運転して平気なのって聞いてるのよ」

兄「俺は平気だけど。途中で眠くなったらどっかで車止めて休むし。むしろ、おまえらこ
そその格好のままでいいの?(妹。俺の心配よりおまえは疲れてないのか)」

幼友「あたしはいいけど」

妹「あたしも」

兄(あたしは大丈夫だけど、お兄ちゃんは本当に大丈夫って。そういう言葉が脳裏に浮ん
だ)

兄「大丈夫だよ」

幼友「じゃあ、直接行っちゃおう。到着が早ければ、車内だけど兄だって休めるよね」

妹「・・・・・・うん」

兄「じゃあそうしようか(お兄ちゃん、無理しないでか。妹の表情だけでこいつの考えが
読み取れる)」

兄「無理なんかしてねえよ」


幼友「はい?」

妹「それならいいけど」

兄「大丈夫だって」

幼友「・・・・・・」

兄「よし。おまえらがいいんなら、このまま湖水駅に向っちゃうぞ」

幼友「あんたは大丈夫なの・・・・・・? つうか、妹ちゃんに大丈夫って答えているんだから、
あたしなんかが心配する必要ないか」

妹「あたしは別に」

幼友「以心伝心か。うらやましいな」

妹「お姉ちゃん、何言ってるのかわからないよ」

幼友「何でもない。妹ちゃん、眠れるなら少し寝た方がいいよ。あたしに寄りかかってい
いから」

妹「お姉ちゃんこそ。あたしに遠慮しないで寝てね」

兄(お兄ちゃんのことを考えずに寝るとか言ってごめんなさい、か)

兄(今、妹はそう考えたんだな)

兄「時間かかるからおまえら二人とも寝ておけ、俺なら平気だから」

幼友「じゃあさ。途中で運転交代するよ」

兄「おまえが?」

幼友「多分、あんたよりは地理的感覚はあたしの方が優れていると思うよ。きっと運転そ
のものも」

兄「おまえなあ(男としては結構傷付いたぞ。これから徹夜でドライブするつもりになっ
てた矢先に)」

妹「そうだよね。お兄ちゃんって運転下手だし」

兄「わかった。眠くなったらお願いするかも(お兄ちゃんもちょっとは休んで。でないと、
あたしが心配で眠れないよ)。お前が気にするなよ」

幼友「へ? あんたのこと心配しちゃ悪いの」

兄「おまえに言ったんじゃないって」

妹「そう決まったんなら、あたしは少し寝ようっと」

兄「ああ。そうしろ(ちょっとは気をつけなよ。今は二人きりじゃない。お姉ちゃんがい
るんだよ)」

兄(わかったよ。俺の可愛いお姫様)

妹「・・・・・・お姫様って。もう」

幼友「へ? どした」

妹「何でもない。お姉ちゃん、運転はお兄ちゃんに任せて一緒に少し寝よう」

幼友「いいのかな。兄、疲れたらいつでも運転代わるからね」

兄「ああ」



兄(後部座席が静かになった。二人の会話も聞こえないし、二人とも寝たのかな)

兄(妹がどんなに俺に話しかけなくても俺には妹の気持ちがわかる。合理的じゃないけ
ど、とにかくわかるんだ)

兄(これなら、妹とのいちゃいちゃできなくても、あまりつらくないかもしれない。心で
通じ合っているのなら)
兄(まあ、でも標識に従って進めば間違わないだろ)


兄(眠っちゃいかん。つうか、このままあと何時間くらい運転すればいいんだろ。さすが
に途中で休憩しないと無理っぽいな)

兄(・・・・・・贅沢を言ったらいけないんだろうけど。せめて妹が助手席にいてくれたらなあ。
だいぶ俺のモチベーションも違ってたと思うけど)

兄(しかし、ゲストって誰だろ。まさか、ゆうじゃないだろうな)

兄(いや、違う。怜菜さんはゆうとは一緒に暮らせないって言ってたらしいし。でも、そ
したら誰だろう。あ)

兄(まさか。まさか、幼馴染じゃねえだろうな)

兄(母さんは幼馴染のことも気にいってたし)

兄(いや、それはねえだろ。母さんは幼友のことを気に入ってる。俺とあいつの仲をくっ
つけたくてしようがないみたいだし。さすがにここで、幼馴染を連れて来る気にはならね
えだろ)

兄(じゃあ、誰だよ。母さんの会社の人とかかな)

兄(・・・・・・まあいいや。誰が来たとしても、俺は妹の言うとおり普通の兄妹の振りをする
だけだ。幼友だっているんだしな)

兄(外は真っ暗だな。国道の街路灯しか灯りがない。もう、街中から離れてるんだな)

兄(確か、左側が海のはずだけど。砂防林の黒い影に隠れて何も見えない。このままずっ
と国道だけを眺めてるのか。さすがに単調すぎて眠くなるかも)

兄(・・・・・・二人ともよく寝てるみたいだな。泳ぎこそしなかったけど、こいつら海岸の
バーベキューではしゃぎまくってたもんな)

兄(・・・・・・妹の水着姿、可愛かったなあ)

兄(ワンピだったけど、逆にそれが妹らしく清楚でよかった。幼友はセパレートだったけど)

兄(いかん眠い)

兄(眠気を払わないと。羊でも数えるか)

兄(数えてどうする。寝ちゃうじゃねえか)

妹「お兄ちゃん大丈夫? 寝くない?」

兄「それは眠いけど」

妹「コーヒー飲む?」

兄「ああ・・・・・・、っておまえ。何で起きてるんだよ」

妹「さっきからずっと寝てないよ」

兄「そうなの? 寝てるもんだと思ってたよ」

妹「寝てる振りしてた」

兄「何でだよ」

妹「お姉ちゃんが完全に眠るまではね」

兄「・・・・・・うん」

妹「これ。冷めちゃってるけど、缶コーヒー」

兄「ありがと」

妹「声大きいって。お姉ちゃんが起きちゃうよ」

兄「悪い」

妹「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

妹「ねえ」

兄「うん」


妹「ゲストって誰かな」

兄「さあ(何だよ。お兄ちゃん大好きとかって言うのかと思えば)

妹「まさか、ゆう君じゃないよね」

兄「さあ」

妹「まあ、いいか」

兄「気にしてもしかたないしな。誰が来ても俺たちは普通どおりにしてりゃいいんだよ
な」

妹「そうだね。でも、お兄ちゃんはもう少し頑張らないとね」

兄「何でだよ。おまえといちゃいちゃしたいのを我慢して普通の兄っぽく振舞ってるの
に」

妹「振舞えてないって。いい兄貴は妹のことを、俺の可愛いお姫様なんて呼ばないよ」

兄「あれはおまえの方が口に出したんだぞ」

妹「最初に言い出したのはお兄ちゃんじゃん」

兄「おまえはエスパーかよ」

妹「前もそんなこと言ってたね、お兄ちゃん」

兄「さっきは、俺は心の中で思っただけだぞ」

妹「そうだっけ? 確かに俺の可愛いお姫様ってお兄ちゃんの声で聞こえたんだけどな
あ」

兄「思っただけなのに何でおまえに伝わるんだろうな」

妹「さあ? でも嬉しかった。お姉ちゃんの前でちょっと不用意だったけど」

兄「・・・・・・俺の可愛いお姫様」

妹「今のはちゃんと聞こえたよ」

兄「幼友に聞かれたらやべえな」

妹「さっきから規則正しく寝息が聞こえるから大丈夫だと思う」

兄「それなら平気か」

妹「後部座席から身を乗り出す姿勢って疲れるなあ。あたし、助手席に移動しようかな」

兄「幼友がいるんだぞ」

妹「お姉ちゃん寝てるし。それに起きたとしてもお兄ちゃんが眠りそうで危ないから、助
手席で話し相手してたって言うよ」

兄「何かいろいろと約束がなし崩しになっているような」

妹「みんなの前ではちゃんとするよ。どっか路肩に車を止めて」

兄「あいよ」

妹「お待たせ」

兄「本当に助手席に来るんだな」

妹「何よ。嫌なの?」

兄「・・・・・・嬉しいけど」

妹「じゃあ、いいじゃん」

兄「危ないって」

妹「ちょっとお兄ちゃんの頬に触っただけだよ」

兄「うん」


妹「車の外、真っ暗だね」

兄「もう町を離れてるからな。もう少しすると海を背にして高原への上り道になるよ」

妹「対向車もいないし、夏休みなのに何だか寂しい感じだね」

兄「もう遅いしな。これだけ空いてると夜明け前には湖水駅に着いちゃうな」

妹「そうしたらお兄ちゃんも少しは眠れるね」

兄「うん」

妹「周りが暗いからかなあ。二人きりでいるみたい。何か落ちつくね」

兄「そうだな。でも気を抜いちゃだめだろ」

妹「わかってるよ。でも、お姉ちゃんはよく寝てるみたいだし」

兄「うん」

妹「お兄ちゃんとお姉ちゃんの恋人ごっこってさ」

兄「ああ(いきなり何を言いだすんだ)」

妹「幼馴染さんに目撃されて、一度やめたじゃん」

兄「ああ。そのことは幼馴染からゆうに伝わるだろうからさ。あれ以上続ける理由なんか
なかったしな」

妹「まあ、そうだよね」

兄「もともと、ゆうを幼友へ執着させるためってことで、俺と幼友の利害が一致して始め
たことだしな」

妹「でもさ。お姉ちゃんとゆう君は血が繋がっていて、お姉ちゃんは本当はゆう君とより
を戻したかった訳じゃないんでしょ?」

兄「幼友は結城さんと怜菜さんを復縁させたかっただけみたいだしな」

妹「本当にそうかなあ」

兄「何で」

妹「だってさ、一度恋人ごっこをやめたはずのお兄ちゃんとお姉ちゃんは、いったい何で
二人きりで寄り添ってママに会いに言ったりしたの」

兄「ああ、それを話してなかったな。悪い。つまりさ」


「試してみない?」

「試すって」

「有希さんに、あたしとあんたが付き合ってるって言ったら。そしてそれを有希さんが信
じたら、有希さんと結城さんの仲はどうなるかな。有希さんにしてみれば大好きだった池
山さんを裏切ってまで、結城さんと再婚している意味がなくなるんじゃないかな」

「母さんが本当に結城さんのことを好きじゃないんだったらな」

「それを試してみようよ。有希さんが本当にあんたと妹ちゃんの仲を心配したんだったら、
そしてそれが結城さんとの再婚の理由だったとしたら、意味のない結婚生活なんかに見切
りをつけるんじゃないかな」

「それって、おまえにはなんかメリットがあるの?」

「あたしはね、実の兄と妹の間に生まれた子なの」

「・・・・・・ああ」

「結城さんと有希さんが離婚すれば、多分あたしの本当の両親はまた一緒に暮すようにな
ると思う。ううん、思いたい。そうしたら、結城さんとお母さん、あたしとゆうでやり直
したいの。あたしがゆうに接近したり結城さんに会おうとしていた理由はそれだけ」

「・・・・・・おまえはゆうが好きなんじゃねえの? ゆうがおかしなことを始めたのを心配し
て、それにゆうを取り戻したくていろいろしてたんだろ」

「そんなんじゃないの。普通の家庭に育った子どもならみんな望むだろうことと一緒だよ。
両親が今でも愛し合っているならやり直して欲しい。あたしだって、両親が揃っている家
庭で暮したい。その両親が実の兄と妹だとしても、少なくともあたしにはそんなことは関
係ないの」


妹「そういうことだったのか」

兄「おまえに隠すつもりはなかったんだ。何となくあのあと、母さんと一緒に暮らすよう
になって、言い忘れていただけで」

妹「それはいいけど。でも、お姉ちゃんの目的ってそれだけかなあ」

兄「疑ってるの?」

妹「・・・・・・」

兄「どうした?」

妹「何でもない。お姉ちゃん、やっぱりよく寝てる」

兄「うん」

妹「ごっこって言ってたけどさ。少なくともお姉ちゃんの中では、お兄ちゃんとの恋人ご
っこはごっこなんかじゃないんじゃないかな」

兄「どういう意味だよ」

妹「わかってるくせに」

兄「・・・・・・俺のことが好きだってこと?」

妹「本当は何かそれっぽいこと言われたんじゃないの?」

兄「う」



「・・・・・・意地悪」

「はあ?」

「兄の意地悪。どうしてわざとそんなこと聞くの。あたしだって我慢してるんだよ。妹ち
ゃんのこともあるし」



妹「やっぱりあれって本当だったんだ」

兄「あれって?」

妹「校門の前で言ったじゃない」



「別にいいじゃない。お姉ちゃん、お兄ちゃんのことが好きなんじゃない? ゆう君の
ことよりも」

「・・・・・・うん。妹ちゃんには悪いけど、あたし兄のこと好きかも。こんなつもりじゃなか
ったのに。本当にごめん」

「ううん。それがお姉ちゃんで嬉しいよ。あたしには遠慮しないでね。お兄ちゃんのこと
よろしくお願いします」



兄(そうだった。あれって妹はやっぱりあのときは本気だったんだな)

妹「でもさ。あたしはもう無理だし、後悔もしないと思う」

兄「へ」

妹「お姉ちゃんのことを裏切ったのかもしれないけど、もうお兄ちゃんを諦めるのは無理
だから」

兄「俺だってそうだよ」

妹「お兄ちゃんはお姉ちゃんの気持ちに応えたわけじゃないでしょ? あたしは一度はお
兄ちゃんをよろしくって言っちゃたんだけど」

兄「ごめんな」

妹「何でお兄ちゃんが謝ってるの、あたしの方こそあのときは・・・・・・」

兄「俺がもっとはっきりとおまえの気持ちに応えていれば、おまえだって幼友にそんなこ
とは言わなかっただろうし」


妹「別にお兄ちゃんのせいじゃないよ。でも、少なくともあたしは自分の意思で、お姉ち
ゃんにはひどい仕打ちになるってことを承知の上で、お兄ちゃんの告白に応えたんだも
ん。パパとママを傷つけた昔の怜菜さんと同じことしてるのね、あたしって」

兄「もうよそう。俺だっておまえと同じだよ。幼友には悪いけど、もう俺はおまえを手放
すつもりはないよ」

妹「ありがとうお兄ちゃん。あたしも同じ気持ち」

兄「妹」

妹「キスしよ」

兄「・・・・・・うん」



幼友「・・・・・・体が痛い。って、ここはどこよ」

幼友「あ、そうか。湖水駅まで車で来ちゃったんだな。妹ちゃん?」

幼友「妹ちゃん? 何でいないんだろ」

妹「いるよ。おはようお姉ちゃん」

幼友「何だ、助手席にいたのか」

妹「うん。お姉ちゃんよく眠ってたね」

幼友「うん。途中で兄と運転を代わってあげようと思ってたんだけど、爆睡しちゃった。
今何時かな?」

妹「まだ七時前だよ。待合わせまで大分時間があるね」

幼友「十時だっけか。まだ三時間もあるじゃん。もっかい寝なおすか。兄は寝てるの?
つうか妹ちゃんいつから助手席に移ったの?」

妹「えと」

兄「俺なら起きてるぞ」

幼友「何だ。兄も起きてたのか。あんたって見かけによらずタフだよね」

兄「見かけによらずは余計だ。でも、これから寝るよ。少しは時間がありそうだし」

幼友「それでさ。妹ちゃんっていつ助手席に移ったの? どっかで車止めたの」

妹「お兄ちゃんが寝そうだったからね。事故ったらまずいし、途中で路肩に車を止めて、
助手席に行ったの」

幼友「そんときにあたしを起こしてくれたらよかったのに。そうすれば運転を代わってあ
げられたのになあ」

兄「おまえ、よく寝てたからね。起こすのも悪いかと」

幼友「そうなの? でも、あたしだって免許あるし兄にはあたしを頼って欲しかったな」

兄「いやその」

妹「・・・・・・ごめんね」

幼友「何でそこで妹ちゃんが謝るのかなあ」

妹「えと」

兄「あれ」


兄「あれ」

幼友「うん? どした」

兄「あの車って」

妹「どれどれ?」

幼友「あ。あのボルボって、お父さんの車だ」

妹「本当だ。あれって結城さんの車だね」

兄「じゃあ、サプライズゲストって。まさか」

幼友「お父さんなのかな?」

妹「・・・・・・そうみたい。あのナンバーって結城さんの車で間違いないよ」

兄「じゃあ、あの車内に母さんと怜菜さんも一緒にいるのかな」

妹「多分、そうじゃないかな」

幼友「あたし、あの車に声かけてくる」

妹「え? だったらあたしも行く」

兄「ちょっとさ。おまえら・・・・・・。少しは緊張しろよ。母さんと怜奈さんと結城さんが揃
ってるかも知れないんだぞ。ってちょっと待てって」


今日は以上です
また投下します


兄(何で二人とも嬉しそうに結城さんの車に走り寄ってるんだよ。合流すると何かいいこ
とでもあるのか?)

兄(それにしても母さんたちも到着が早いな。集合時間までまだ三時間近くあるのにな)

兄(しかし、いったい母さんは何で結城さんなんかを招待したんだ。離婚したばっかだっ
ていうのにさ。男一人に女二人か。男と一人の女は兄妹って。よく考えれば俺たちと全
く同じ組み合わせじゃんか)

兄(何か悪い予感しかしないな・・・・・・。母さんと有希さんと一緒ってだけでも、過去を知
った俺には気が重いのにな。そのうえ、結城さんとも一緒とか何の拷問だよ)

兄(俺と幼友をくっつけて、妹と別れさせたいだけなら、怜菜さんはともかく、結城さん
まで呼ぶ必要なんかねえと思うんだけどなあ)

兄(考えていてもしかたない。妹たちを追いかけるか)

兄(とにかく俺は、妹とは男女の関係じゃないっていうことさりげなくアピールすればそ
れでいいんだ。それだって難しいのに、それ以上ややこしいことを考える必要はない)

兄「ちょっと、待てって。おまえら足速いよ」

兄(これから何が起こるかはわからない。でも、妹との約束だけは守ろう。妹とは普通の
兄妹の仲に見せること。それから、何が起こっても妹のことを信じて好きでいること)

兄(妹の俺への気持ちはもはや疑いようがない。たとえどんなに母さんに反対されようが、
嫌われようが、俺は妹への気持ちを貫くんだ。ばれなきゃそれが一番だけど、最悪は)



祖父「どんな形だっていいんだよ。おまえと相手が納得していればさ。妹とだっていい
し幼友さんとだっていい。そのとき有希さんが口を挟んできたら、渡したお金を使いなさ
い。それならおまえは自由だ」

祖父「だけど、久し振りに会ったおまえも妹もずいぶん辛そうだたしな。本当にそれがお
まえたちの望みならそれでいいんだよ。ばあさんはともかく私は応援してあげるよ」

祖父「有希さんやばあさんのことはもう気にしなさんな。もうおまえと妹は大人だ。自分
たちで好きな道を決めればいいよ。生活が不安なら、卒業したら私の顧問をしている会社
に入れてやってもいいよ」



兄(最悪の場合はじいちゃんを頼らせてもらうよ。ありがと、じいちゃん)

兄(ボルボのドアが開いた。妹たちに気がついたのかな)

兄(あれは)

兄(別に不思議はねえけど)

兄(母さんと結城さんと怜菜さん。幼友と俺と妹か・・・・・・。何か世代は違うけど同じよう
な関係の俺たちが一緒に高原で過ごすのか)

兄(三角関係つうかトリプルっていうのかな。こんなことになってるって、妹は意識して
いるのかな)

兄(・・・・・・)


母「あら、あんたたち思ってたより早かったね」

妹「ママこそ。何でこんなに早くからいるの」

母「道が空いててさ。渋滞して遅れたらいけないと思って早く出たのよ。ちょっと早く着
きすぎちゃったけどね」

幼友「おはようございます」

母「幼友ちゃん・・・・・・」

幼友「え」

母「会いたかったよ」

妹「ママ! 何でいきなりお姉ちゃんをハグするのよ」

母「ごめんね。でも、幼友ちゃん、よく来てくれたわね」

幼友「あ、はい」

妹「ちょっと。姉ちゃん引いてるじゃない。いい加減に」

母「はいはい。妹もよく来たわね。あんたに会えて嬉しいよ」

妹「・・・・・・本当?」

母「本当に決まってるでしょ。こっちおいで」

妹「ママ」

母「妹。いつも寂しい思いをさせちゃってごめんね。休み中くらい一緒に過ごそうね」

妹「・・・・・・うん」

兄(何だこの猿芝居。どうせ休暇が終ればまた家に帰ってこなくなるくせに)

兄(でも、妹が喜んでいるんだから、まあいいか。いきなり母さんに抱きしめられてどん
引きしている幼友には申し訳ないが)

兄(・・・・・・そうでもないか。幼友のやつ、意外と嬉しそうに笑ってるじゃん)

兄(それよか、車内の二人は出てこないのかな。まだ眠っているのか)

母「ああ。あんたもいたんだ」

兄「それはいるさ(俺に対してはこの態度かよ。ちょっと落差があり過ぎね?)

母「あんたもお母さんにハグされたい?」

兄「いや。それは遠慮しとく」

母「無理しちゃって。あんたはこの子たちと違って素直じゃないなあ」

兄「ほっとけ(当たり前だろ。あんたは一度子どもたちを見捨てたんだぞ。妹が母さんを
許したことが不思議なくらいだ)」

母「まあいいや。あんたは昔からパパっ子だったもんね」

兄「んなことどうでもいいよ。それより何で予定を早めたんだよ。おかげで徹夜で運転し
てここに来る羽目になったんだぞ」

母「だからさ。サプライズゲストの予定もあってさ」

兄「いったい誰? つうか結城さんだろ」


母「うん。車の中で怜菜と寄り添って爆睡してるけど。起こそうか」

兄「いや、まだいいんじゃね。待ち合わせ時間までだいぶあるし(つうか、いったい何で
結城さんを呼んだのかなあ。それについこの間まで結城さんと夫婦だったくせに、怜菜さ
んと結城さんが仲良くしても気になんねえのかな)」

母「合流しちゃったんだから待ち合わせ時間なんかどうでもいいでしょ」

妹「でも、起こすのもかわいそうじゃない。それに、お兄ちゃんだって夜中ずっと運転し
てたから、少し休んだ方がいいと思う」

母「また兄の心配かよ、あんたは」

兄「なんだって?」

母「何でもないよ。あんたそんなに眠いの?」

兄「(眠いに決まってるだろ。でも妹に心配させちゃまずいし)別にそうでもない」

母「じゃあ、いつまでも駅間の駐車場にいてもしかたないし、結城さんと怜菜を起こして
朝ごはんでも食べに行こうか」

兄「それでもいいけど」

母「この近くに明治時代からある高原のホテルがあってさ。そこの朝食バイキングが有名
なの。ちょっと高いけど美味しいのよ」

幼友「わあ。楽しみです」

母「でしょ? 幼友ちゃんと一緒に行きたかったのよ」

幼友「・・・・・・あ、はい」

妹「そう言えばお腹空いたな」

兄「起こしちゃってもいいなら、そうしようか」

母「じゃあちょっと待って」

兄(怜菜さんとは初めましてか。いや、厳密に言えば昔父さんの研究所で会ったことがあ
るんだろうけど、さすがに何にも覚えてないしな。結城さんとも久し振りだ)

母「もう。まだ寝ぼけてるの? さっさと起きて子どもたちにあいさつしなよ」

怜菜「まだ、眠いのにー。て、え? もう来てるの」

母「外にいるよ」

怜菜「どれどれ。ああ、本当だ。幼友、久し振りね」

幼友「うん」

怜菜「それでこっちが?」

母「そうよ。あたしに息子と娘」

怜菜「そうかあ。君たちが池山君の子どもたちなのね」

母「こら。そこであたしの旦那の名前を出すなよ。あたしの子どもでもあるんだっつう
の」

怜菜「そこって、こだわるとこ?」

兄(この人が結城さんの妹、つうか幼友の母さんか。この年頃の人に言うのもなんだけど、
なんだか少女みたいな印象の人だな)

妹「あの。初めまして。妹です。お姉ちゃん・・・・・・幼友さんには仲良くしていただいてま
す」

幼友「あたしと妹ちゃんは親友なのよ」


怜菜「そうなんだ。まるであたしと有希の仲みたいね」

有希「そうなのよ。娘の世代まで仲がいいなんて何か嬉しいよね」

怜菜「本当にそうだね」

兄(何だ。この二人って本当に仲直りしたのか)

怜菜「兄君?」

兄「(え)あ、はい」

怜菜「・・・・・・」

兄「あの(何か俺、怜菜さんに凝視されてるし)」

怜菜「・・・・・・ふふ」

兄「兄です。初めまして」

怜菜「なるほどねえ。兄君って池山君にそっくりじゃん」

母「・・・・・・そう? どっちかと言うと外見はあたしに似てると思うけどなあ」

怜菜「こんにちは兄君。幼友の母親だよ。あたしとも仲良くしてね」

母「こら」

怜菜「過剰反応しすぎだって。有希だって今じゃ安心したんでしょ」

母「そうだけどさ。それで? 怜菜的には納得できた?」

怜菜「もちろん。池山君に似ているってだけでもう全然OK」

母「・・・・・・あんたねえ」

怜菜「何よ。大切な娘を託すんだもん。それくらい考えたっていいでしょ」

母「あんたには結城さんがいるでしょ。一々死んだうち旦那を引き合いに出さないでよ」

怜菜「だってあたしの大事な元彼だもん」

母「こら。この子たちの前で」

怜菜「有希とお兄ちゃんが相談して、兄君に全部伝えることにしたんでしょ。今さら取り
繕ったってしかたないじゃん」

母「もうその話しはやめ。今日の夜の宴会で話そうと思ってたのに」

怜菜「そうだったっけ? ごめん」

母「とにかく結城さんを起こしてよ」

怜菜「わかったって。おい、お兄ちゃん、起きろ」


兄(さっきからもう何にも隠そうとしないな、この二人)

兄(まあ、俺も結城さんに聞いた話とか、父さんの手記とかの内容は全部妹と幼友に伝え
ているから、こんなことくらいじゃ俺たちは驚いたりはしないんだけど)

兄(おい、お兄ちゃん、起きろ・・・・・・か)

兄(もう結城さんと怜菜さんは、少なくとも身内の間では兄妹の恋愛関係を隠すのを止め
たんだな。おめでとう、幼友。おまえの考えた復縁計画はコンプリートしたみたいだぜ)

兄(よかったな、幼友)

兄(・・・・・・で、いいんだよな?)

怜菜「ほら、いい加減に起きてよ」

結城「眠い・・・・・・」

怜菜「眠いのはわかるけど、みんな待ってるから」

結城「・・・・・・怜菜」

怜菜「あ。こらバカ。子どもたちが見てるでしょ。お兄ちゃん、離してよ」

結城「キスしろよ怜菜。そしたら起きるからさ。いてっ!」

怜菜「いい加減にしろよバカ兄貴、さっさと起きろ」

結城「あれ?」

怜菜「ようやく目を覚ました? ほら、さっさとあいさつしなよ」

結城「ああ。もう来てたのか。妹ちゃん、久し振りだね」

妹「・・・・・・はい」

結城「兄君もお久し振り」

兄「どうも」

結城「・・・・・・」

幼友「・・・・・・」

怜菜「お兄ちゃん」

結城「うん。幼友だよね?」

幼友「うん」

結城「君に会いたかったよ。あの日からずっとね」

幼友「・・・・・・お父さん」

結城ん「やっと再会できたね」

幼友「・・・・・・うん」

兄(親子の感動の再会か。結城さんと怜菜さんもやり直すのかな。これで幼友のこれまで
謎としか思えなかったミッションはコンプしたってことでいいのかな)

兄(いいんだよな? ゆうは血が繋がっているし)

兄(あとは・・・・・・俺? 俺のことは本気なのかな)


母「親子三人で再会できてよかったね」

結城「ああ。君のおかげだ。あのとき、君とデパートで再会してなかったらこんな幸せも
手に入らなかったろうな。そう思うとすごく幸運なことなんだな、これは」

母「ああ、まあそうね。あたしにとってもそうだったかも」

怜菜「まあうまく行ってよかったって言えばよかったんだけど」

母「何よ」

怜菜「有希もさ。まだ若いんだし、いつまでも池山君のことを」

母「さ。じゃあ朝ごはん食べに行こう。結城さんの車が先に行くから、あんたちは後に着
いて来なさい」

妹「わかった。お兄ちゃん、まだ運転できる?」

母「ここから十五分くらいだって。つうか、あんたそうやってまた兄のことを」

妹「え」

兄「(またかよ。大人たちは何か落しどころができたみたいだけど、相変わらず母さんは
妹と俺の仲に神経を尖らせてるじゃねえか)大丈夫だよ」

幼友「・・・・・・運転代わるよ」

兄「いいのか」

幼友「うん。任せて」

妹「お姉ちゃんありがと」

幼友「妹ちゃん?」

母「そこで妹がありがとうって言うのね」

兄(もう我慢できん。いい加減に)

怜菜「いい加減にしなよ、有希」

母「・・・・・・」

怜菜「ごめんね、兄君。幼友はこう見えても運転上手だからさ。安心して任せてやって」

兄「あ、はい(何なんだよ)」

結城「じゃあ、行こうか。幼友、ゆっくり行くからついておいで」

幼友「うん。わかった」

妹「・・・・・・」



幼友「わざわざ助手席に移動しなくてもよかったのに」

妹「・・・・・・だって。お兄ちゃんはどうせ寝ちゃうだろうし」

兄(寝てねえっつうの。十五分で着いちゃうとか眠れる時間じゃないだろ)

幼友「・・・・・・あまりあたしに気をつかわないでよ」

妹「別にそんなんじゃないよ」

幼友「あたしたち、仲良しになったんでしょ?」

妹「うん。そうだよ」

幼友「じゃあ、お願いだからあたしに気をつかわないで。あたしを除け者にしないでよ」

妹「除け者になんかしてないよ」

幼友「・・・・・・」

兄(何か知らないけど胃が痛い)

妹「そんな」

幼友「ごめん。忘れてくれる?」




兄(明るくて広くて清潔で。インテリアはクラッシクな感じだな。朝食を取るにはもった
いないくらいの環境だ。目の前には朝日に輝く湖面が広がっているし)

兄(これで眠くなきゃ最高なのに)

幼友「本当に眠そうだね」

兄「いや、多分大丈夫だ」

幼友「多分って何よ」

兄「平気だって」

幼友「何食べたい? あたしが取ってきてあげるから兄君はそのまま座ってなよ」

兄(兄君か。こいつは親たちの前では兄君とか、君とか呼ぶよな。二人きりとか妹しかい
ないときは、兄って呼び捨てにしたり、あんたって呼ぶくせに)

有希「幼友ちゃんって、優しいのね。でも、あまり兄を甘やかすと将来苦労するよ」

怜菜「いいじゃん、別に。付き合い出したばかりなんてそういうものだよ。有希にだって
思い当たることはあるでしょ」

有希「それはそうか」

結城「俺は和食がいいな。飯と味噌汁と、漬物でいいから持ってきてくれ」

怜菜「はあ? 自分で行きなよ」

有希「あはは。結城さんの面倒見てやりなよ、怜菜」

怜菜「何であたしがお兄ちゃんのご飯なんか」

有希「付き合い出したばかりのときは、そんなもんなんでしょ?」

怜菜「こら。あたしたちは付き合い出したばかりじゃないって」

有希「復縁したばかりだから、同じじゃん」

怜菜「マジでふざけんな。これが池山君だったら喜んで面倒みけどさ」

有希「・・・・・・あんたねえ」

怜菜「ごめん、冗談だって」

有希「あんたの話は冗談に聞こえないんだって」

兄(いつまでも勝手にやってろ。俺と妹を巻き込むなよ)

幼友「妹ちゃん待って。一緒に行こうよ」

妹「・・・・・・うん」


今日は以上です
また投下します


兄(確かにバイキングとは思えないほど、料理はうまい。腹が減ってたこともあって夢中
で食ってしまった)

兄(母さんたちが何か話しているけど、ひたすら食ってたから何を話していたのか全然聞
いてなかったな)

兄(妹も普通にみんなと会話してるみたいだし、まあ、妹と俺の密かな関係もこの調子な
らばれずにいけるのかもしれないな)



怜菜「普通はあんな無茶なことはしないよね」

有希「結果がよかったんだから問題ないじゃん」

怜菜「それにしたってさ。乱暴すぎるでしょ」

有希「でも、そのせいであんただって少し焦ったでしょ」

怜菜「それは」

有希「結局そのおかげで結城君と復縁できたんじゃん。だからあたしのおかげと言っても
いいかも」

怜菜「そうかもだけどさ。真面目に言うとその前からその・・・・・・あたしとお兄ちゃんには
そういう雰囲気はあったのよ。ねえお兄ちゃん」

結城「夜の宴会で全部話すんじゃなかったの?」

有希「ああ、そうだった。何事も先走ったらいけないね。今日は予定どおりゆっくりと湖
畔を散歩でもしようか」

怜菜「散歩~? テニスか乗馬でもしようよ」

有希「そういうのは明日にしよう。すっきりしてからの方が楽しいって」

怜菜「そういうもんかなあ。まあ、別にそれでもいいけど」

幼友「夜の話って何?」

怜菜「それは夜のお楽しみだよ。別にあんたにも悪い話じゃないよ」

有希「心配しないで、幼友ちゃん」

妹「もったいぶらないで、今話してくれればいいのに」

有希「ほとんど寝落ちしちゃってる男が二人ほどいるからね」



兄(声は聞こえるんだけど、会話の中身が頭に入ってこない。おなかが一杯になったら本
気で眠くなってきた)

兄(・・・・・・ちょとだけ、目を瞑ろうか。この調子だと座ったままでも平気で眠れそうだ)

兄(・・・・・・)


「・・・・・・大丈夫?」

兄(まだ寝ていたい。今日は講義はサボって)

「とにかく起きてよ。車の中でまた寝ちゃってもいいから」

兄(いやそうもいかないよな。ただでさえ最近ゼミの演習に気合が入ってないんだから。
こんなことじゃ、自分の将来を自分で潰しているようなもんじゃんか)

「今日はあたしが運転するね」

兄(幼友か)

「だらしない寝顔だなあ」

兄(これは母さんだな)

兄「悪い。俺、寝ちゃってたのか」

有希「たった一晩徹夜したいくらいでだらしないなあ。そんなんじゃ社会人になったら通
用しないよ」

兄「眠いんだからしかたないでしょ。それに俺は母さんみたくマスコミなんかに就職する
気はないよ」

有希「あんたの父親は論文執筆中は平気で二晩くらいは完徹してたけど?」

兄「う」

有希「そんな程度の根性でパパの後を継ぐとか、あんたは本気で言ってるわけ?」

兄「うっせいなあ(何だってつうんだよ。母さんには関係ねえだろ)」

有希「天国のパパが泣いてるわ、あんたがこんな有様じゃ」

怜菜「よしなって有希。それじゃまるで八つ当たりじゃん」

有希「誰のせいなのよ。あんたにだけは言われたくないわ」

怜菜「いい加減にしろ」

兄(何なんだ)

幼友「でも、兄君はただ徹夜しただけじゃなくて、ずっと車を運転してくれてたんですか
ら、疲れて眠くてもしかたないですよ」

有希「またそうやって兄を甘やかすんだから」

幼友「そうじゃないです」

兄「(母さんうぜえよ。いつまでそのネタを引っ張る気だ)別に甘やかしてるわけじゃね
えだろ。まあ、幼友だって俺の講義に付き合ったのはいいけど、結局ずっと熟睡してたと
きがあったもんな。お互い様だから理解があるんじゃね」

妹「・・・・・・」

怜菜「あら。幼友は兄君の横で熟睡したことがあるのかあ。ずっと男を信用しなかった男
嫌いの幼友がねえ。よっぽど兄君のことは信用してるのね」

幼友「そんなんじゃないよ」

有希「ふふ。兄も幼友ちゃんもそんなに仲がいいことをアピールしなくてもいいのに」

兄(何か知らないけど、いきなり母さんが機嫌を直したな)

結城「あまり兄君を虐めるなよ。徹夜で運転してりゃ眠いのは当たり前だろ。俺だっても
う落ちそうだよ」

幼友「お兄ちゃんの場合は違うでしょ。あたしと有希が運転を代わってあげてたんだか
ら」

結城「しかし、佐々木さんの言うとおりだったなあ。講義でも二人はずっと一緒にいたっ
て言ってたもんな」

怜菜「話をそらすなよ。でもまあ、佐々木先輩は絶対面白がって見てたんだよ。池山さん
とあたしの娘がなあって」


兄(眠い。こんな話しはどうでもいいけど、さっきから妹が会話に加わっていないことが
気になる)

兄(・・・・・・俯いて手元のストローの紙袋を伸ばしたり畳んだりしてる)

兄「もう行こうぜ。俺も起きたし、時間かかるようなら車の中で寝てるからさ」

有希「じゃあ、行こう。妹ちゃん、どうしたの」

妹「どうもしてない」

兄(・・・・・・)



有希「結城さん、ご馳走さま」

結城「どういたしまして。じゃあ、行こうか。湖畔のハイキングコースでいいんだっけ」

有希「そうそう。少し綺麗な景色を見ながら散歩しよう」

怜菜「本当に歩くの?」

有希「その方がお昼も美味しく食べられるって」

怜菜「朝食たべたばっかじゃん」

有希「いいから行くよ。幼友ちゃん、結城さんの車についてきてね」

幼友「あ、はい。わかりました・・・・・・お、お父さん?」

結城「うん」

兄(結城さん、お父さんと呼ばれて、少しもためらわずに返事したな)

幼友「ゆっくり行ってね。ついていけなくなると困るから」

結城「わかってるよ。幼友の車の様子を見ながら運転するから、安心しなさい」

幼友「うん」

怜菜「・・・・・・」

兄(怜菜さん、ちょっとだけ涙ぐんでるみたいだな)

兄(何気なく話ししているようだけど、この三人にとっては、すげえハッピーエンドなん
だろうな)

幼友「じゃあ、兄は後部座席で寝てていいよ」

兄「悪いな」

幼友「いいって。運転は任せて」

兄「ああ(そんで妹は? 妹はどこに座るんだろ)」

幼友「じゃあ、行こう。お母さんたちも車出しそうだから」

兄「ああ(妹は?)」

妹「・・・・・・うん」

幼友「え」

兄(え・・・・・・。俺の隣?)

妹「・・・・・・もういいよ」

幼友「・・・・・・あ、うん。じゃあ車出すね」

兄(何でだ? 俺とは人前では・・・・・・。それなら普通は助手席に、幼友の隣に座るんじゃ
ねえのか)

兄(・・・・・・)


兄(・・・・・・隣に座っている妹の感触)

兄(いや。感触つうといやらしく聞こえるけど。何というか)

兄(匂い? 香水でもなく女の子特有の甘い感じの香りでもない)

兄(何か懐かしい感じだ)

兄(そうだ。これは俺がガキの頃から今に至るまでずっと使っていたシャンプーの匂い
だ)

兄(昔は、昔は俺と同じシャンプーを使ってたしな。いつ頃からか、訳わかんない高そう
なシャンプーとかトリートメントとかのボトルが増えて、俺のシャンプーは俺だけが使う
ようになった)

兄(何年前の話だろう。でも、今の妹の匂いあのシャンプーの匂いだ)

兄(・・・・・・いかん。眠い)

幼友「兄、あんたは寝てていいよ」

兄「ああ、悪い。そうするわ」



兄(・・・・・・)

兄(結構寝たな。何か目が覚めた)

兄(景色が変わってる。湖のすぐ脇を走ってるのか)

兄(えーと。一時間近くは寝たのかな)

兄(正直まだ眠い。けど。何か違和感)

兄(手が重い感じ?)

兄(あ。妹と手を繋いでいる。しかもこれは恋人つなぎじゃんか)

兄(妹は。こいつも寝ちゃったのかな)

兄(背筋を正して前を真っ直ぐ見ている。でも、妹の右手は俺の左手を握り締め
て・・・・・・)

兄(幼友は気がついてないようだ。つうか、必死になって前方の結城さんの車を見つめて
いるな)

兄(・・・・・・何か、胸がどきどきする。ちょっとだけ握られた手に力を込めて握り返してみ
よう)

兄(おう)

妹「・・・・・・」

兄(妹は微動だにしていないようだけど、俺の手を握り返してくれた!)

兄(こんなことでも、何かすげえ嬉しい)

兄(妹・・・・・・)

妹「・・・・・・」

兄(相変わらず無表情だけど、手で俺の指をくすぐるような動きを・・・・・・)

兄(よし、仕返しだ)

妹「・・・・・・」

兄(赤くなった。何か楽しい。よし、もっと手で悪戯を。じゃない、コミュニケーション
を)

妹「・・・・・・」

兄(妹が指でくすぐり返してきた)

妹「・・・・・・」

兄(一瞬だけど妹が微笑んだ。よし。次は)


幼友「駐車場に入ってくよ。着いたのかな」

妹「本当だ。ここどこだろ」

幼友「岸辺のハイキングロード入り口って看板があるよ」

妹「本気で歩くつもりなのかな」

幼友「さあ?」

兄(また妹が手に力をこめた。眠いならお兄ちゃんは寝ていたら? 無理したら怒るよ)

幼友「着いたよ」

兄(また妹の声だ)

兄(大丈夫。たとえおまえと並んでは歩けなくても、おまえのことを考えながら一緒に湖
畔を歩くよ。それだけで十分だ)

妹「もう。バカなんだから」

幼友「へ。あたし、何かまずかったかな?」

兄(おい。口に出すなよ。それはあまりにも不用意だぞ)

兄(・・・・・・ごめん、お兄ちゃんか)

妹「ごめん、お姉ちゃん。そうじゃなくて」

幼友「・・・・・・うん?」

妹「うん」

幼友「・・・・・・そう」

兄(以心伝心か。うらやましいな)

兄(え。今のは妹じゃねえよな)

兄(幼友?)



有希「こらこら。子どもたちは早く降りてきなさい。これからハードなお散歩だよ」

結城「子どもたちって。みんなもう大きいんだから」

有希「あたしにとってはみんな小さな子どもだよ。兄も妹も幼友ちゃんも」

怜菜「一番子どもなのはあんただったりして」

有希「何でよ」

怜菜「別に何でもないよ」

有希「聞き捨てならないなあ。この二人は愛する旦那との愛の結晶なのよ? それに幼友
ちゃんだって今は」

怜菜「今は?」

有希「何よ。怜菜は反対なの?」

怜菜「そんなわけないじゃん」

有希「だったら茶々入れないでよ」

怜菜「そうじゃないって。でも、あんたは余計な心配しすぎだって」

有希「あたしだってそう思うよ。でも、それって誰のせいなの?」

怜菜「・・・・・・」

結城「もうよせ。夜に全部話すんだろ」

有希「うん」

怜菜「まあ、そうだね」

結城「ほら。子どもたちが聞いてるぞ」


兄(疲れた。とりあえず、何とか今日の宿には辿り着いたけど。それにしても疲れた)

兄(ここが宿か。会社の保養所だって言ってたけど、見た目はリゾートホテルそのものだ
な)

兄(妹・・・・・・)

兄(確かに湖の岸辺は綺麗だった。それは認める。だが)

兄(仕方のないこととは言え、妹は俺の側に近寄らないばかりか、全然俺と視線を合わせ
ようとしないし。確かに俺たちは慎重にしなきゃいけない。それはわかってるけどさ)

兄(それにしても、かえって不自然じゃねえかな、俺と妹が一緒にいて一言もしゃべらね
えのって・・・・・・)

兄(何か、今夜は母さんのプレゼンがあるらしいけどさ。いったい、何を話す気かしらね
えけど。妹の態度がこんなじゃかえって怪しまれるんじゃねえか)

兄(・・・・・・)

兄(まあいいや。悩んでもしかたない。なるようになるさ)

兄(とにかく、夕飯食ってさっさと寝よう)



怜菜「なるほど。結構いい宿じゃん」

有希「でしょ? うちの会社の保養所なんだけど、全部の部屋に温泉があるのよ」

怜菜「それ、いいね。お兄ちゃん、一緒に入ろう」

有希「こら。そういうことをこの子たちの前で言うなよ」

怜菜「何で?」

有希「何でってあんた」

怜菜「全部話すんでしょ? この子たちに」

有希「それはそうだけど。でもそれとあんたと結城さんの入浴とは全く関係がないでしょ
うが」

怜菜「ひょっとして、あたしとお兄ちゃんの関係とかは伏せるつもり?」

有希「そんなことないよ。全部話す」

怜菜「じゃあいいじゃん」

有希「あんたねえ。少しは悩めよ」

怜菜「もう十分悩んだよ。今さら取り繕ったってどうしようもないでしょ」

有希「あんたねえ」

結城「有希」

有希「あたし?」

怜菜「ほら、呼んでるよ」

有希「あんたの旦那でしょうが」

結城「有希。チェックインは俺じゃだめだって。ここの社員証がいるんだってよ」

怜菜「ほら、早く行ってきなよ」

有希「わかったって」

兄(全部話すってか。父さんの手記とかでほとんど知ってるんだけどな、俺たちは)

兄(・・・・・・妹がロビーの隅のソファに座った。隣に行きたい)

兄(いや。ここが我慢のしどころだ)

兄(・・・・・・)


今日は以上です
また投下します


兄(一時間後にレストランで集合か)

兄(母さんが一人で一部屋。結城さんと怜菜さんが同じ部屋で、妹と幼友、俺がそれぞれ
一部屋か)

兄(まあ、妥当な組み合わせだ)

兄(・・・・・・別に妹と一緒に過ごせるなんて期待してたわけじゃないしな)

兄(・・・・・・)

兄(俺、いったいどうしたんだろうな。妹のことが好きなことなんか、ちょっと前から自
覚してたけど、ここまで妹がいないと寂しくなるなんて想像すらしてなかった)

兄(今日はずっと妹と話せなかったな。妹だって無理してるんだろうし、あいつを責める
わけにはいかないけど)

兄(前はあんなに仲が悪くて無関心な関係だったのにな)

兄(俺のお姫様)

兄(俺、本当にどうしちまったんだろうな。妹の顔を思い出すと、今ではあれだけ大切だ
ったはずの研究のことさえどうでもいい)

兄(だめだ。とにかく気分転換に温泉にでも入ってこよう。)

兄(部屋付きの露天風呂か。そんなもん、一人で入ったってむなしいだけだ。大浴場にで
も行くか)

兄(いや、やっぱよそう。部屋の外に出るのも面倒くさいし、大浴場に結城さんがいたら、
それはそれで気まずい)

兄(この部屋の露天風呂に入るか。それで一時間くらい時間はつぶれるだろ)



兄(いい湯だけど。露天風呂を囲っている竹垣の中の小さな庭もいい感じだけど。とにか
く眠い)

兄(・・・・・・あれだけ車内で寝たのにまだ眠いのか)

兄(いかん。湯につかったまま寝てしまいそうだ。うっかり寝たら夕飯に間に合わなくな
るぞ)

兄(まあ、飯なんかどうでもいいけど、夕食の席くらいしか今日はもう妹と一緒に過ごす
チャンスはないしなあ。これは意地でも起きていないと)

兄(・・・・・・)



兄(・・・・・・あれ? 少し寝ちゃったのか)

兄(今、何時だろ。遅れるといけないからそろそろあがるか)

兄(寝ちゃってたんで記憶はないが、とりあえずいい風呂だった気はする。って、遅刻し
てるじゃん)

兄(いや。急いで着替えればまだ間に合う時間だ。よし)


有希「あんた遅いよ」

兄「悪い(出遅れた上に館内で迷ってしまった)」

幼友「大丈夫? 寝ちゃったんでしょ」

怜菜「兄君、大丈夫? 体調が悪いなら寝ていてもいいのよ」

有希「あんた本当に大丈夫なの」

兄「うん(母さんに言われたくないよ。今までほんの一瞬だって俺のことを心配なんかし
なかったくせに)」

幼友「調子悪いなら、今日は寝たら? お腹が空くなら後で何か持って行ってあげるか
ら」

兄「いや。大丈夫。ちょっと迷って遅くなっただけだよ」

有希「あんたはさ。昔から本当に方向音痴なんだから。よくそれで幼友ちゃんと妹を乗せ
て迷わないで運転できたよね。ね、妹」

妹「・・・・・・うん。でも迷ったって、最後にはちゃんと目的地に着くんだからいいじゃな
い」

兄(妹が俺を庇ってくれた。もうこれだけで今夜は十分に幸せかも)

幼友「そうだよね。別に方向感覚がどうとかって、普段からそんなに不便って訳じゃない
し、まして人の価値とかには全然関係ないよね」

妹「お姉ちゃん」

有希「まあ、そうね。あたしも少し言いすぎた。ごめんね、兄」

兄「(うっせいよ)はいはい」

怜菜「あんたもいつのまにか成長したのね」

幼友「何が?」

怜菜「兄君のことをそんなに思いやれるのね」

幼友「はあ? 意味わかんない」

怜菜「あんたてって、何かすごくがさつで適当な女の子に育っちゃったなあって思ってた
んだけどねえ。まあ、それは育った環境のせいもあるだろうから、一概には責められない
なって思ってたんだけどね。そのあんたがねえ」

幼友「だから、意味わかんないよ。何が言いたいの?」

怜菜「ふふ。兄君のおかげか。ありがとね、兄君」

兄「はあ」

幼友「うっさい」

有希「顔赤いじゃん、幼友ちゃん」

幼友「・・・・・・違います」

妹「・・・・・・お腹すいた」

有希「ああ、そうね。じゃあ、とりあえず乾杯しましょう。ええと」

結城「兄君は飲めるんだろ? ビールでいいかな」

兄「いや、俺は」

有希「妹は未成年だから、酒ってわけにはいかないか」

怜菜「当たり前じゃん。あんた、ちゃんと母親やってるんでしょうね」

妹「別にお酒なんか飲みたくないもん」


兄「俺もいい。飲むと寝ちゃいそうだし」

有希「そうね。今日は話もあるし、寝られたら困る」

怜菜「じゃあ、乾杯しましょ」



有希「あんときさ、うちの旦那と結城さんが突然女装してコンパに登場してさ」

怜菜「あははは。あったあった。池山君、結構似合ってたよね」

結城「博人のやつ、ノリ悪くてさ。あのときは最後まで嫌がってたくせに、コンパに登場
して大受けしたじゃん? そしたら急にみんなに向って投げキスするわ、マイク持って歌
い始めるわ。こっちがビビったよ」

怜菜「実はあのときはさ、博人にジュースだよって言ってお酒を飲ましたんだよね。そし
たら、博人ったら急にノリノリにな・・・・・・あ、ごめん」

有希「何で急に謝るのよ」

怜菜「博人じゃなくて結城君だった」

有希「あほ。今さら取り繕ってどうすんのよ。だいたい、あんたは学生時代はずっと旦那
のこと博人って呼び捨てしてたじゃない」

怜菜「まあ、そうなんだけど」

有希「それにあのときは、あんたと旦那は付き合っていた頃だしね。別に今さら気にする
なよ」

結城「そうそう。みんな仲間なんだから」

有希「あんたが言うなよ」

怜菜「ふふ。本当だ。お兄ちゃんには言う資格はないよね」

結城「ひでえな。もういいじゃん。今日で全てが清算されるんだからさ」

有希「まあ、そうだね」



兄(大人たちが勝手に昔話で盛り上がってる感じだな。俺だけじゃなくて妹も幼友も黙っ
て話を聞いてるだけだし)

兄(今夜全部話すか・・・・・・。正直に言えば今さらな話だけど。俺も妹も幼友も全部知って
いる話なんだしな)

兄(でもまあ、幼友にとっては一つのけじめになるのかもしれない。あいつが待ち望んで
いた両親の復縁を、この場で直接聞くことができれば、幼友にとっては長年の目的を果た
したことになるんだもんな)

兄(それで幼友にとってはもうミッション終了でいいんだよな? ゆうとセフレだとか言
ってたのだってきっとフェイクなんだろうし。つまり幼友にとっての終局的な目標は結城
さんと怜菜さんの復縁なんだから)

兄(だからこいつはゆうが幼馴染を振って、自分のことを求めているって知っていてもそ
れを無視して、俺とベタベタできたんだろうな)

兄(しかし、ゆうも大概だな。幼友が自分の血の繋がっている姉と知っていて、迫ってる
んだもんな)

兄(いや。俺たちだって人のことは言えないか)

妹「・・・・・・」

兄(妹はもくもくと食べてるな)

兄(ゆうのことはともかく。幼友が俺のことを好きなのって本当のことなんだろうか。と
にかくこいつの行動は知り合ったときからフェイクだらけだったし、俺への態度だって本
当かどうかはわからない)

兄(まあ、結城さんと怜菜さんが今日ここで復縁を発表すれば、幼友の目標は達成される
わけで、そうしたらこいつだって余計なことはしなくなるだろうし)

兄(本当に俺のことが好きなのなら、そのあとも俺にアプローチするだろうけど)

兄(・・・・・・母さんに勘当されて妹と二人で暮らしていたときの方が、物事はシンプルだっ
たような気がするな、本気で)


有希「じゃあ、そろそろお話をしようかな」

妹「なになに?」

兄(やっとか。お腹がいっぱいになって眠くなってきたとこだった。だいたい、これまで
かってに三人で盛り上がっていて、俺と妹と幼友は置いてきぼりだったし)

有希「じゃあ、言うね。いいよね?」

怜菜「だからいいって。何度確認すれば気が済むのかなあ、君は」

有希「ちょっとは気にしなよ」

怜菜「だってどうせほとんど知ってるんでしょ? 兄君と妹ちゃんは」

有希「うん。結城さんに頼んだから、話してくれてる。そうだよね」

結城「・・・・・・ああ。いや、そのことなんだけどさ」

有希「どうしたの」

結城「そのさ。つまり、全部は話していないと言うか、話せなかったって言うか」

有希「どういうこと? そのために結城君と籍まで入れたのよ。話してないっていったい
どういうことよ!」

結城「いや、ちょっと待って。全く話していないわけじゃない。ただ、話せなかったこと
もあるってだけで」

有希「兄」

兄「(俺?)え」

有希「結城さんから何を聞いたのか話して」

兄「何で俺が(ふざけんなよ、何で俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ)」

有希「早く話しなさい」

兄「・・・・・・母さんと父さんがさ、結城さんと怜菜さんを裏切って浮気してたって。それだ
けだよ、聞いたのは」

有希「・・・・・・」

兄(母さんの顔が怖い。何か結城さんをすげえ睨んでるし)

有希「どういうこと?」

兄「俺に聞かれても」

有希「どういうことよ。そのために結婚までしたのに、何であなたは、結城さんは約束を
守らなかったのよ」

結城「悪い」

有希「悪いじゃないでしょ」

結城「ちゃんと言おうと思ったんだけど、さすがに怜菜とのことを兄君に話すのは気が重
すぎて無理だった」

有希「なら、せめてちゃんと言えなかったってあたしに言ってよ。あたしは、この子たち
が全部知っている前提で、兄と妹に接してたんだよ。これじゃあ、あたしが理解のない母
親みたいじゃないの!」

結城「すまん」

有希「もう。予定が狂っちゃったよ。この子たちが知ってると思ったから、これからのこ
とを今日話し合うと思ったのに。結城さんは肝心なことを話してくれてなかったのね」


怜菜「今日はもうやめて仕切りなおす?」

有希「いや。もうこの際だから全部あたしが話すよ。あんたの旦那は全然役に立たない
し」

結城「すまん」

兄「あのさ」

有希「何よ」

兄「取り込み中すまないけどさ。俺と妹は多分ほとんどのことはわかってると思う。今さ
ら話しなんかしてくれなくても」

有希「・・・・・・どういうこと?」

兄「どうも何もそのままの意味だよ。な、妹?(無視されるかな)」

妹「うん。全部かどうかは知らないけどだいたいわかってると思う」

兄「(妹が返事してくれた)そういうこと」

有希「何を知ってるのか言いなさい」

兄「何か母さん、偉そうだな」

有希「そういうことはどうでもいいから」

兄(全部話すぞ。いいな)

妹(うん。あたしもそれでいいよ)

兄「(・・・・・・おまえがいいなら全部話すぞ)」

妹(だからそれでいいって)

兄「学生時代、最初は父さんと怜菜さん、母さんと結城さんがそれぞれ付き合ってたんで
しょ。それで、父さんと母さんが浮気をした。その原因は、結城さんと怜菜さんが実の兄
妹なのに結ばれたことを知って、ショックを受けた母さんが父さんに迫ったから」

有希「・・・・・・結城さんが話さなかったことなのに、何であんたたちが知ってるの?」

兄「・・・・・・最初は父さんのホームページの掲示板がまだ残っていることを、佐々木先生に
聞いて、それを読んだから。あと、じいちゃんの別荘に父さんの日記みたいなのが残って
いて、それを読んだし」

有希「パパのホームページ? そんなのがあるの」

怜菜「あるよ」

有希「何で怜菜が知ってるのよ。あんた、まさかパパと密かに連絡を」

怜菜「違うって。偶然に見つけたんだよ」

兄「怜菜さん、コメントしてましたよね」

怜菜「兄君、あれ見たの?」

兄「ええ。R.Yって結城怜菜さんのことかなって」

怜菜「そうか」

有希「あんたたちの知っていることはそれだけ?」

兄「いや。あと、インターンシップで父さんが働いていた市立の研究所に行ったんだけど
さ」

有希「諌山先輩と岩崎先輩に何か聞いたのね」

兄「施設開放日の話とかね」

有希「・・・・・・そう」


怜菜「まあ、説明の手間が省けたし、結果的にお兄ちゃんが臆病者になったこともこれで
帳消しできたじゃない。よかったじゃん」

有希「あんたは前向きだなあ。しかし、子どもたちに全部知られていたとはね」

妹「あの、怜菜さん」

兄(妹が話しに加わった。いったい何を聞く気なんだろう)

怜菜「妹ちゃん、なあに?」

妹「パパの掲示板のコメントのことなんですけど」

怜菜「うん」

妹「話したくなければ別にそれでもいいんですけど」

怜菜「こうなったら何でも話すよ。聞いて聞いて」

妹「あの・・・・・・。自分のお子さんのことをコメントされてましたよね」

怜菜「そうだっけ」

妹「お姉ちゃんじゃなくて、ゆう君のことを」

怜菜「あ」

兄(一瞬、顔色が変わったな。怜菜さん)

怜菜「・・・・・・あのね。幼友が富士峰の寮で暮したことがあったでしょ」

幼友「うん。お母さんが忙しくて家に帰れないからって」

怜菜「ごめんね。あれは嘘なの」

幼友「・・・・・・うん」

怜菜「あたしと別れたお兄ちゃんが再婚、つうか法的には初婚だけど、とにかく結婚した
人がいるのね」

幼友「知ってるよ。お父さんの会社の部下の人でしょ」

怜菜「そうね。でもお兄ちゃんとその人は結局離婚することになるんだけど、そのとき二
人には息子がいたの」

幼友「ゆう君でしょ。お父さんが引き取った。でも、それとあたしの寮暮らしとどんな関
係があるの」

怜菜「あのときはね。あたしが急がしいんじゃなくて、あたなのお父さんが忙しかった
の。中学生だったゆう君を放置せざるを得ないほどね」

結城「あの頃は、海外出張の連続だったんだよなあ。それでしかたがないから、怜菜を頼
ったんだ」

怜菜「正直、ふざけんなって思ったよ。あたし以外の女に産ませた子どもを何で別れたあ
たしに面倒をみさせるのよって。でも、あたしは別れてもまだお兄ちゃんのことが好きだ
ったし、ゆう君にも罪はないと思ったの。それで彼を引き取ったのね。でも、あんたに会
わせる訳には行かなかったから、あんたには気の毒だけど、一時富士峰の寮に行ってもら
ったってわけ」

幼友「・・・・・・」

兄(幼友、黙っちゃったよ。ショックなのかもなあ。つらい寮生活を、ゆうごときのため
に強いられたんだから)

怜菜「ごめんね、幼友」

妹「怜菜さんはそれで、ゆう君と一緒に暮したんですよね?」

怜菜「そうよ」

妹「コメントにはゆう君が可愛いって書いてましたけど、本当にそうなんですか?」

怜菜「・・・・・・どういう意味?」


妹「何でお姉ちゃんにあたしたちの家で暮してもいいって言ったんですか」

怜菜「何だ、そんなことか。もちろん、有希のことは信頼してるし、何よりも幼友が兄君
と一緒に暮したがっていたからだよ」

幼友「ちょっと! あたし、そんなこと言ってないじゃん」

怜菜「あたしの大切な一人娘だもん。聞かなくたってわかるよ」

妹「何でゆう君の面倒をみるときに、お姉ちゃんを寮に避難させたんですか」

怜菜「・・・・・・それは」

妹「結城さんと復縁するに当たって、ゆう君とは一緒に暮せないって言ってたそうです
ね」

怜菜「幼友、あんたそんなことまで」

妹「今日は全部話してくれるんじゃなかったんですか」

怜菜「・・・・・・」

有希「あは」

兄(何だ)

有希「あはははは。怜菜、あんた全部見透かされてるじゃん」

怜菜「う」

有希「もう全部話してさ。それでみんなでやり直そうよ。子どもたちにだって知る権利は
あるんだし」

怜菜「ちょっと待ってよ」

有希「だいたいさ。あんたと結城さんの関係は、はっきりと言えば近親相姦でしょ? ゆ
う君と幼友ちゃんの仲を心配する権利なんか、あんたにはないでしょうが」

怜菜「・・・・・・」

有希「怜菜はね。ゆう君のことが怖かったんだって」

怜菜「ちょっと!」

妹「怖いって?」

有希「ゆう君がね。見たことのない自分の異母姉に脅迫的なまでの関心を持っていたから
だってさ」

結城「それは言いすぎだよ。ゆうには兄弟がいないから、まだ見ぬ自分の姉に関心があっ
ただけだ」

有希「そうじゃないでしょ。ゆう君は幼友ちゃんが好きなんでしょ? 血の繋がった自分
の姉に異常な関心があったみたいだし」

怜菜「違う」

有希「怜菜と幼友ちゃんの写真アルバムから、幼友ちゃんの写真だけ大量に無くなって、
それがゆう君のベッドの下に隠されていたのを発見したとき、あんたはあたしに泣きなが
ら電話してきたよね?」

怜菜「もうやめてよ」

有希「幼友ちゃんがあたしと結城さんの家を訪ねて、ゆう君と遭遇したのを知ったときだ
って、あんたは」



怜菜『もうやだ。あたし、お兄ちゃんと一緒に暮らすのをやめる』

有希『いったい何でよ。結城さんとやり直すんじゃなかったの? あたしはもう結城さん
には何も未練なんかないのよ』

怜菜『お兄ちゃんと一緒になったら、ゆう君と幼友が一つ屋根の下で暮らすことになるじ
ゃん。そんなのはだめ。二人には同じお兄ちゃんの血が流れているんだよ』

有希『あんたがそれを言う? 実の兄との間に子どもを産んだあんたが、それを言う
の?』


怜菜『それはそうだけど。でも』

有希『自分のことは棚上げか。人のことなら正論が言えるんだよね、あんたも』

怜菜『だって』

有希『まあいいや。あたしだって兄と妹で同じ悩みを感じてたからさ。まあ、気持ちはわ
かるよ』

怜菜『・・・・・・』

有希『ちょとだけ、あんたを安心させてあげようか』

怜菜『安心って?』

有希『今日会社にうちの息子が訪ねてきたのよ』

怜菜『兄君が?』

有希『そう。父親ばっかりが大好きで、あたしにはあまり関心がなかった兄が、わざわざ
うちの会社にね』

怜菜『よかったね。でもそれで何であたしが安心するの』

有希『あのときね、兄は幼友ちゃんと二人であたしの会社に来たのよ。二人はまるで初々
しいカップルのようだった。話を聞いていて、この二人って絶対お互いに好きあってるな
って思ったの。間違いないと思う』

怜菜『それ本当?』

有希『うん。だからさ、幼友ちゃんのことはしばらくあたしに任せて。うちで兄と妹と一
緒に暮してもらう』

怜菜『あんたはそれでいいの?』

有希『うん。幼友ちゃんがいれば、妹は兄のことを諦めると思う。どうも妹は幼友ちゃん
のことを慕っているみたいだし』

怜菜『兄君は? 兄君も幼友のことを好きなのかな』

有希『わかんないけど、多分そうじゃないかと思う。ね? これならどっちも近親相姦に
ならないで済むじゃん。お願い怜菜。二月、いや一月でもいいけど幼友ちゃんのことあた
しに任せて』


怜菜『でもさ』

有希『何よ。あんた、幼友ちゃんの相手としてあたしの息子じゃ不足だって言うの?』

怜菜『そうじゃないけどさ。幼友って本当にゆう君より兄君の方が好きなのかな』

有希『二人揃ってあたしのところに来た感じでは、まあ間違いないと思うけど』

怜菜『それにさ』

有希『今度は何よ』

怜菜『あんたの心配しているとおりに、兄君と妹ちゃんがお互いに異性として意識しあっ
ているとしたら』

有希『・・・・・・したら?』

怜菜『そしたら。幼友がゆうじゃなくて兄君のことを好きだとしたら。そして兄君が妹ち
ゃんの方が好きだったら、幼友はすごく傷付くような気がするんだけど』

有希『大丈夫だよ。兄は妹より幼友ちゃんのことが好き。幼友ちゃんもゆう君より兄の方
が好き。それで問題ないでしょ』

怜菜『それって、妹ちゃんはどうなの?』

有希『はい?』

怜菜『妹ちゃんの気持ちは? 彼女はもうゆうのことが好きじゃないんでしょ? ゆうだ
って今は新しい女の子がいるみたいだし』

有希『幼馴染ちゃんか』

兄(しかし、いくら全部話すにしたってぶっちゃけすぎだろ。これじゃあ、妹がかわいそ
う)

兄(それに期待しているみんなには悪いけど、俺が好きなのは妹だけだ。近親相姦だと何
だの言われるにしても)

兄(せめて同じ立場の怜菜さんは理解してくれてもいいのなあ。みんな自分のことは棚に
上げちゃうんだな)

兄(こんな話を聞かされても全然動じない。妹も同じ心境だといいんだけど)

妹(退屈な話だよね)

兄(え)

妹(我慢してね。あたしは揺らがないから)

兄(妹がちらっと俺の方を見て微笑んだ。そうだ。こんな話しは俺たちには関係ないんだ。
動揺することはない。でも、妹友は)

妹友「・・・・・・」

兄(・・・・・・すげえ悩んでる顔だ。まずいな)


今日は以上です
また投下します

>>630
訂正

×兄(妹がちらっと俺の方を見て微笑んだ。そうだ。こんな話しは俺たちには関係ないんだ。
動揺することはない。でも、妹友は)

妹友「・・・・・・」


○兄(妹がちらっと俺の方を見て微笑んだ。そうだ。こんな話しは俺たちには関係ないんだ。
動揺することはない。でも、幼友は)

幼友「・・・・・・」

すんません


有希「あのさあ」

兄(誰に話しかけてるんだよ)

有希「あたしはね。パパと付き合い出してから今まで、パパ以外の男の人を好きになった
ことなんかないの。確かにきっかけは結城さんと怜菜にあたしとパパが浮気されて、お互
いに慰め合っているうちにっていうのは本当。でも、それだけは信じて」

兄「・・・・・・俺たちに言ってるの?」

有希「うん。あんたと妹にね」

兄「そうか」

有希「もうはっきり言うけど、結城さんと結婚したのはね。兄と妹と引きはがそうと思っ
たからだよ」

兄(やっぱりか。そんなことのために偽装結婚までするなんて。そんなに、俺と妹の仲が
深まるのっていけないことなのか。それに、母さんが結城さんと再婚したときは、俺と妹
の仲なんか最悪の状態だったのに。それなのに、母さんは俺たちの仲を疑っていたってこ
とか)

妹「・・・・・・」

兄(かわいそうに。妹が俯いちゃった。何のつもりか知らないけど、みんなの前でここま
ではっきりと話す必要なんかあるのかよ)

有希「あんたたちに嫌われてもしかたないけど、これは母親の務めだと思った。パパだっ
て賛成してくれたと思う」

兄(・・・・・・父さんだったら。父さんなら俺と妹が恋愛関係になったと知ったらどうしたん
だろう。母さんの言うとおり、常識的にあり得ないって反対したんだろうか。父さんだっ
て恋人だった怜菜さんを実の兄貴の結城さんに取られたんだしな)

有希「正直に言うとね。あたしは兄のことはあまり心配していなかったの。兄はずっと幼
馴染ちゃんのことが好きだったと思ってたから。でもね、多分、間違っていないと思うけ
ど、妹、あんたは兄のことが好きだったよね? それも男性として。もう怒らないから正
直に言ってごらん」

妹「・・・・・・何言ってるの」

兄「よせよ。こんな話(妹がかわいそうだろ)」

有希「あたしも一時期は安心してたのよ。妹の片想いならそのうち諦めるだろうって。何
より、中学生の頃から妹は彼氏を家に連れてくるようになったからさ。ちょっと早いって
気がしないでもなかったけど、近親相姦よりはいいと思ったから、お母さん、妹の彼氏に
は嫌な顔したことなかったでしょ?」

兄(そういやそうだった。母さんは妹の彼氏? つうか男友達にはすげえにこやかで理解
があったよな)

有希「それでもこの子はいつだって彼氏と長続きしないし、よく兄のことを目で追ってた
しね。それがとても不安だったから。だから、結城さんと再婚したの。ゆう君って相手が
いないって聞いていたし、格好よくてもてるって。妹だってすぐに好きになるに違いない
って、結城さんが言うから」

兄「結城さんのことが好きになったのならともかく、そんなくだらないことで再婚とか、
アホじゃねえの。父さんだって喜ぶはずねえだろ、こんなの」

有希「アホかもしれないけど、天国のパパだってわかってくれると思う。あたしはパパが
亡くなってからは、一人であんたたちを守らなきゃいけなかったし」

兄「母さんが俺たちをいつ守ってくれたよ。ふざけんなよ」

有希「ふざけてないよ。ただ、近親相姦だから駄目だって言ってるわけじゃない。実際に
そういう関係になった人が、周囲を巻き込んで不幸にしたことを体験したから言ってる
の」

兄「そんなの勝手な思い込みじゃねえか。必ず不幸になるって立証できるのかよ。たかが
一つのサンプルくらいで普遍の心理みたいに決めつけるんじゃねえよ。だいたい結城さん
と怜菜さんだって復縁してすげえ幸せそうじゃんか」

有希「・・・・・・」

兄(いかん。思わずエキサイトしてしまった)

有希「・・・・・・何であんたが、近親相姦を擁護するような発言をするの? まさか、あんた
も本当は妹のことを」


兄「そ、そんなわけねえだろ。何言ってるんだ(まずい。墓穴を掘ったか)」

有希「じゃあ何でそんなに真面目に怒るのよ? あたしが結城さんと再婚したことを怒る
ならわかるよ。あんたはパパのことが昔から大好きだったからね。でもさ、何であんたと
妹の仲を心配したあたしに対して怒るの? 普通に考えたらあんたも妹のことが好きだっ
たとしか思えないじゃん」

兄「そうじゃねえって(まずい。母さんが疑っている。妹は・・・・・・)」

妹「・・・・・・」

兄(相変わらず俯いているだけだ。それはそうだろ。この場面で妹が何を言えるって言う
んだ。これは自業自得だ。自分で何とか切り抜けないと)

怜菜「もうやめなよ、有希」

有希「何でよ。自分の息子と娘のことなのよ」

怜菜「気持ちはわかるけどさ。過去のことはどうでもいいじゃん。確かに過去には兄君と
妹ちゃんにはそういう感情が、ひょっとしたらだけど少しはあったかもしれない。でも、
今は違うんでしょ? 有希がそう断言したんじゃない」

有希「・・・・・・今の今まではあたしだってそう思ってたよ」

怜菜「とにかく、話すべきことを話しちゃおうよ。そっから先はまた考えればいいでし
ょ」

有希「・・・・・・」

兄(母さんに睨まれた。まずい。本格的に疑われたかもしれん。妹、ごめんな)

妹「・・・・・・」

怜菜「筋書きが少し狂っちゃったよ。あんたのせいだからね」

有希「だって。まさか兄まで妹のことを好きだなんて、そこまでとは本気では思ってなか
ったから」

怜菜「証拠のない話でしょ。ちょっと考えすぎだよ」

有希「あんただって人のことは言えないでしょ。ゆう君と幼友ちゃんのことなんて、証拠
もないしほとんど妄想じゃん

怜菜「だって幼友の写真が」

結城「もうよせ。それよりはっきりと聞けばいい。元々そのつもりだったんだから」

怜菜「そうね。そうしよう」

有希「・・・・・・」

怜菜「ほら。さっさと話しなさいよ。それともあたしから話そうか」

有希「・・・・・・いい。自分で話すから」

怜菜「わかった」

結城「頼んだよ」

怜菜「お兄ちゃんは。中途半端なことしたくせに」

結城「悪かったよ。もう誤魔化さないから」

怜菜「じゃあ、始めようか」


有希「あのさ」

兄(ようやく始まったか。どうせ結城さんと怜菜さんの復縁の話だろ。ゆうと幼友が一緒
に暮らすことになるのは少しだけ気がかりだけど)

妹「・・・・・・」

有希「結城さんと怜菜は二人でやり直すんだって」

幼友「・・・・・・うん」

有希「よかったね、幼友ちゃん。ずっとそれを願ってたんでしょ」

幼友「はい」

兄(やっぱりな)

有希「いろいろ思うところはあるよ。それは。でも、まあここまでずっとお互いに好きな
らもうしかたないかって、そう思う気持ちも沸いてきたからさ。あたしも祝福してあげよ
うかって思う」

怜菜「・・・・・・有希」

有希「それで、まあさ。あたしは当分は男はいらないし、つうか正直に言うと今でも亡く
なったパパのことを引きずっているしね。当面は子どもたちと仕事で精一杯っていうこと
もあるし」

怜菜「博人と有希は本当に仲のいいおしどり夫婦だったしね」

有希「まあね。でも、特別にあたしの旦那を博人って呼んだのは許してあげるよ」

怜菜「うっかりと口から出ちゃっただけだって」

有希「ここからが本題なんだけど。正直、怜菜は自分勝手なことを言っているとしか思え
ない。あたしとパパには心配する権利はあると思う。実際に被害を受けたんだし。でも、
それでもまあ、怜菜の気持もわからんではないからさ」

兄「何の話だよ」

有希「ここからが本題なんだけど。まず幼友ちゃんに聞くね」

幼友「え? あ、はい」

有希「あたしは君のことが大好きよ。兄の彼女としては、いえ、奥さんとしても幼馴染ち
ゃん以上に歓迎できると思うの」

兄「ちょっと待てよ(いかん。まずい展開になってきた)」

幼友「あの」

有希「正直に答えてくれる? 答えによってはあなたと兄の関係どころか、結城さんと怜
菜の将来にも影響するんだから」

兄(これじゃ脅しじゃねえか)

有希「ゆう君がどう考えているのかはわからないけど、幼友ちゃんはどうなの? 血の繋
がっているゆう君のことが気になる?」

幼友「はい」

怜菜「嘘でしょ。あんたは、何言ってるの」

有希「本当にそうなの?」


幼友「もちろんです。母親は違うかもしれないけど、自分と血の繋がっている弟のことが
気になるのは変なことなんですか」

兄(うん? 何かちょっと違うな)

有希「もうはっきり聞くけどさ。気になるってどういう意味で? 幼友ちゃんは異性とし
てゆう君のことが好きってこと?」

幼友「確かにそう思ったことはありました。ゆうに無理矢理抱かれたとき、終ったあとに
ゆうが思いもしなかったほど突然優しくなって。そのときはすごくつらくて体も痛かった
んだけど、やっぱりゆうって悪い子じゃないのかもって」

怜菜「・・・・・・ちょっと幼友。嘘よね?」

結城「本当なのか、それ」

兄(マジかよ。ゆうが幼友のことをセフレとか言ってたのって、嘘じゃなかったのかよ)

妹「・・・・・・」

有希「ゆう君と寝たの? 無理矢理だったとしても」

幼友「・・・・・・」

怜菜「ちゃんと答えなさい!」

有希「怜菜はちょっと黙って。幼友ちゃん?」

幼友「はい」

有希「それはその。ゆう君に無理矢理されたってこと?」

幼友「・・・・・・確かに最初は無理矢理でしたけど、最後の方はそうではなかったと思いま
す」

有希「・・・・・・幼友ちゃんの方にもゆう君のことが好きっていう気持ちがあったってこ
と?」

幼友「よくわからないです。でも、途中からはゆうに抵抗しませんでした。自分の意思
で」

兄(結局、こいつもゆうのことが好きなのか。だったら、こいつだって幼馴染のことを悪
く言えた立場じゃねえじゃんか」)

怜菜「もうやだ。お兄ちゃんのせいだからね。あんな女と結婚して子どもなんか作るから
こんなことになるんじゃない」

結城「あれはおまえとは別れた後だろう。それに、おまえだってゆうは本当は悪い子じゃ
ないかもって言ってたじゃないか」

怜菜「ゆう君ってどこまで見境がないのよ。自分に近寄る女は全部落さなきゃ気が済まな
いの? ビッチなあの女の息子だからしかたないにしたって、血の繋がっているこの子と
なんてひどすぎるよ」

結城「よせよ」

有希「まあまあ。怜菜落ち着け」

兄(さっきまで母さんの方が動揺してたのに。それにしても修羅場だ。俺には妹のことが
異性として好きなんじゃないかっていう疑惑を母さんに抱かれて。まあ、事実なんだけど。
それにしても、幼友は少なくとも一回はゆうと、自分の弟と関係したってことだ。いった
いこれからどうなってしまうのか)

兄(妹は・・・・・・相変わらず俯いてはいるけど、パニックになっているって感じじゃねえな。
無関心? それとも覚悟を決めているのか。こんなときに妹の心の声が聞こえればいいの
に)


有希「お互いにいろいろ想定外の話もあるけど、予定どおりやろうよ。でないと、わざわ
ざ旅行に来た意味がないじゃん」

怜菜「わかった。でもその前にはっきりさせましょう」

有希「いいよ。じゃあ、まず幼友ちゃんからね」

幼友「・・・・・・」

有希「幼友ちゃんがゆう君と体の関係があることはわかった。もう大学生なんだから経験
していること自体は問題じゃないよ」

幼友「人の娘だと思って」

有希「じゃあ質問ね。幼友ちゃんは今でもゆう君のことが好きなの?」

幼友「・・・・・・何でそんなことを答えなきゃいけないんですか」

有希「君の両親にやり直して欲しかったんでしょ? ここが解決しないと結城さんと怜菜
はやり直せないよ」

幼友「・・・・・・」

有希「どうなの?」

幼友「もう好きじゃない」

兄(そうなんだ。って、もうってことは前は好きだったことは認めるのか)

有希「怜菜?」

怜菜「・・・・・・まあしかたない。一度の過ちくらいは許すしかないか」

有希「そうだね。あんたには人のことをとやかく言う資格はないんだし。幼友ちゃんが自
分の出自に嫌悪感を抱かず、むしろ結城さんとあんたのことを応援してるだけでも奇蹟的
な出来事だって感謝した方がいいかもね」

怜菜「いつまでもその話だけをぐちぐちと」

有希「これで最後の質問だけど。幼友ちゃんはうちの息子のことが好き?」

兄(な!)

幼友「それにも答えなきゃいけないんですか? うちの両親の復縁と関係あるんですか」

有希「いけないってことはない。それに君の両親のこととは直接関係もないかも。でも、
あたしにとってはとても大事なことなの。だから、無理強いはできないけど、できれば答
えてほしい」

兄「ちょっと待てよ。さっきから黙って聞いていればふざけやがって。そんな個人的な感
情をみんながいる前でさらし者みたいに言わせる必要なんかないだろうが」

有希「・・・・・・」

兄「何とか言えよ」

幼友「・・・・・・」

兄「おまえもマジに受け取るな。こんなことを真面目に答える必要なんかねえよ」

幼友「・・・・・・」

兄「おい」

幼友「好きですよ」

兄(こいつ・・・・・・。妹のことは悲しませないんじゃなかったのかよ。あたしは幼馴染とは
違うって言ってたじゃねえか)

有希「よかったあ・・・・・・って泣くなよ」

怜菜「だって」

有希「よかったね」

怜菜「うん」


兄(妹は・・・・・・)

兄(無表情。何を考えてるんだろ。さっきまでと違って妹が考えていることが、妹からの
メッセージが全然受信できねえ)

有希「じゃあ、次ね」

怜菜「あたしが聞いてあげるよ」

有希「え・・・・・・いいの?」

怜菜「あんたにはつらいだろうし、お互い様だしね」

有希「・・・・・・うん」

怜菜「兄君?」

兄(やっぱり俺か)

怜菜「あたしは君のことが好きだよ」

兄「・・・・・・はい?」

怜菜「君を見ていると博人、じゃなかった。池山君を思い出す。息子なんだから当然でし
ょうけど、すごく似てるよ」

兄「まあ、息子ですから」

怜菜「幼友もね、お兄ちゃんよりはあたしに似ているの。まあ、兄妹だからどっちに似て
いるも何もないのかもしれないけど」

兄「はあ(確かに幼友には怜菜さんの面影があるな)」

怜菜「あたしと池山さんは付き合ったことはあるけど、添い遂げられなかった。お互いに
相性はすごくよかったけど」

有希「・・・・・・誰のせいなのよ」

怜菜「うん。それは自業自得だし、あたしはお兄ちゃんが好きだから後悔はしてないの」

結城「怜菜」

怜菜「後悔はしてないけど、でも。それでも兄君と幼友が付き合ってくれたら、そしたら
あたしはとても嬉しい。これであたしたちだらしがない親世代も、君たちが結ばれれば結
果的に完全な関係を構築できると思う」

兄「すいません。言ってる意味がわかりません(怜菜さんって見た目若いし、年齢に似合
わず可愛らしい感じの人なのに、本当は電波な人なんだろうか)」

怜菜「兄君。あなたには好きな女の子がいる?」

兄「怜菜さんには関係ないでしょ」

怜菜「答えて。それは幼馴染さんなの?」

兄「もうあいつには未練はないですよ。それにあいつは今でもゆうに夢中ですよ」

怜菜「じゃあ、君の好きな子は誰?」

兄「好きな女なんていません」

怜菜「幼友のことが好き?」

兄「いい加減に」

怜菜「それとも君は、自分の実の妹である妹ちゃんが好きなの?」


兄(ふざけんな。何でそんなことをこんなところで言わされる必要が)

兄(・・・・・・え。怜菜さん泣いてる。幼友がゆうと寝てたって話を聞いたときでさえ、泣く
まではしなかったのに)

怜菜「あたし、ひどいことを君に言ってるね。自分のしてきたことを棚に上げて」

兄「何で泣いてるんですか」

怜菜「自分勝手なことを言っているのはわかってる。自分が実の兄と結ばれたのに、君と
妹ちゃんの仲を引き裂く権利なんかないのにね」

兄「ちょっと。俺がいつ妹のことが好きだなんて言いました?」

有希「今さら嘘をつくな」

怜菜「・・・・・・有希は黙ってて。あたしが話すから」

有希「だって」

怜菜「もう理屈じゃないんだ。君が幼友と結ばれてくれれば、あたしももう博人への罪悪
感を清算して、もうこの先はお兄ちゃんだけを見ていられる気がするの」

兄「・・・・・・それって俺と幼友の気持ちとか事情はがん無視ですか」

怜菜「無理にとは言わない。でも、この子は君が好きって言ったじゃない」

兄(・・・・・・う。あれってやっぱりマジなのか)

兄(俺が好きな子はもう妹だけだから、二人きりで幼友に告られたら断るだけだけど。親
たちとか妹がいる前で幼友のことを振らなきゃいけないわけ? 理不尽すぎるだろ。幼友
だってそれじゃかわいそう過ぎる)

兄(かと言って、幼友のことが好きだなんて言えるわけねえし。もういっそ、妹が好きだ
ってカミングアウトしちまうか。秘めた関係だって妹には釘を刺されているけど、ここま
で追い込まれちゃったらもうそれしか)

怜菜「幼友は君のことが好き。君は? やっぱり妹ちゃんが好きなの」

兄「・・・・・・」

有希「兄。答えなさい」

兄「それは」

怜菜「それは?」

有希「・・・・・・」

妹「もうやめて」

兄「え?」

有希「妹?」

妹「もうやめてよ。ひどいよみんな。お兄ちゃんとお姉ちゃんにこれ以上つらい思いをさ
せないで」


有希「必要なことなのよ。どうしてわかってくれないの」

怜菜「有希、ちょっと待って。妹ちゃん?」

妹「もうやめてよ。全部話すから。正直に話すからもうやめて」

兄(妹)

幼友「妹ちゃん・・・・・・?」

妹「ママの言うとおりだよ。あたしはお兄ちゃんが好き。ちっちゃな頃からずっと」

有希「やっぱりそうか・・・・・・」

兄(秘密にするんじゃなかったのかよ。何でこんな場所でみんながいる場面でカミングア
ウトするんだよ)

怜菜「妹ちゃんの気持ちはわかるよ。あたしも、そうだから」

妹「・・・・・・でも、お兄ちゃんはあたしの告白を断ったの。あたしのことは妹としてしか見
れないからって」

兄(何で。何でだよ。俺がいつそんなことを言ったよ。それともこの場を乗り切るための
一時しのぎの嘘なのか)

怜菜「ごめんね。つらいことを思い出させちゃったね」

妹「・・・・・・もういいです。お兄ちゃんは、あたしだけでなく今は誰とも付き合う気はない
って言いました。幼馴染さんにはもう未練はないけど、すぐに別な相手を見つけて好きに
なるのは無理だって」

兄(そんなことは言ってねえし)

怜菜「そうだったの」

有希「兄。あんた、それ本当なの」

妹「・・・・・・」

幼友「・・・・・・」

兄(どうしよう。どう答えればいいんだ。これってもしかして俺の真意を妹に試されてる
のか。俺も妹が好きだって正直に答えるのが正解なんだろうか)

兄(それとも、俺たちの仲を秘密にしておくための妹の作戦なのか)

兄(妹の心の声が聞こえてくれればいいのに)

有希「兄。何とか言いなさい」

兄(もうこれ以上は時間稼ぎできねえ・・・・・・もうなんと答えるのか決めねえと)

兄(よし。決めた)

兄「・・・・・・本当だよ」

怜菜「そうか。まあ、無理もないよね。ずっと好きだった幼馴染ちゃんをゆう君にとられ
ちゃったんだし。でも、妹ちゃんには悪いけどちょっと安心した。そのうち君だってうち
の娘のことを考えられるようになるだろうし」

幼友「・・・・・・」

有希「一つだけ言っておく。もうこれ以上うるさくは言わないけど、妹は兄のことを諦め
なさい。二人にとっていい結果にならないし、そもそも妹の片想いなんだから」

妹「・・・・・・わかった」

兄(何か心が痛い。妹は本気じゃねえよな?)


有希「予定どおりあたしと兄妹、それに幼友ちゃんはこれまでと同じで、一緒に暮らす
よ」

怜菜「それでいいよね?」

幼友「お母さんたちはどうするの?」

結城「私と怜菜はゆうと一緒に暮すんだよ」

幼友「あたしは?」

怜菜「ゆう君が本当にあんたのことを諦めたって確信できたら、あんたも戻っておいで。
それまでは兄君たちと一緒に暮らした方がいい。あんたにとってもゆう君にとっても」

幼友「そうか」

怜菜「もっともその頃には兄君とあんたが仲良くなりすぎちゃって、家になんか戻って来
たくないってことになってるかもしれないけど」

幼友「・・・・・・そんなこと」

有希「兄も妹もそれでいいわね?」

妹「別にいいよ、それで」

兄(妹のことを信じていいんだろうな? まさか、こいつらの言葉に踊らされて俺との関
係が不安になったとか、あるいは幼友のことが気の毒になったりしてねえよな)

有希「兄?」

兄(もう悩んでも遅いな。俺は答えちまったんだから、こうなったら妹を信じるしかな
い)

兄「ああ」

有希「じゃあ決まりね。一時はどうなるかと思ったけど、結果的には予定どおりに収まっ
てよかった」

怜菜「ようやく元気になったね」

有希「うん。ありがとう怜菜」

怜菜「別に。自分のためにしただけだよ」

有希「じゃあ、飲みなおすか。もう寝ちゃってもいいから兄も少し飲みなさいよ」

兄「いらねえよ酒なんか」

怜菜「そう言わないで。未来のママからお酒を注がせてよ」

兄「いやその(こうして見ると、怜菜さんって本当に幼友に似ているな)」

怜菜「はい、どうぞ」

兄「どうも(まあ、親子だから当たり前なんだろうけど)」

妹(・・・・・・)

兄(妹。おまえは今何を考えてるんだよ)


今日は以上です
また、投下します


兄「悪い」

幼友「ゼミ終ったの」

兄「うん。だいぶ待たされて時間が押しちゃったからさ。待たせちゃって悪かったな」

幼友「別にいいけど。じゃあ、帰ろう」

兄「どっか寄ってくの?」

幼友「駅前のスーパーに行かないと。有希さん、今日も帰れないってメール来たし」

兄「そうなんだ。てか、実の息子じゃなく何でいつもおまえにメールするんだろうな」

幼友「あんたに知らせたって役に立たないじゃん。夕食とか朝ごはんとか、あんたは作れ
るの?」

兄「まあ、そう言われりゃ確かにそうだけど」

幼友「ふふ」

兄「何で笑ってるんだよ」

幼友「安心しなよ。そういう実用的な理由であたしにメールくれてるだけだからさ。有希
さんはあんたのことが本当は一番好きなんじゃないかな」

兄「どういう意味だよ」

幼友「だって、お母さんも言ってたけど、あんたって池山さんに似てるんでしょ」

兄「まあ、そうらしいけど。自分じゃわからん」

幼友「最愛の旦那さんに似ている息子のことが嫌いなわけないじゃん」

兄「・・・・・・何かわからんけど、まあいいや」

幼友「じゃあ、行こうよ。今日は何が食べたい?」

兄「おなかに入れば何でもいい」

幼友「張り合いがないなあ」

兄「張り合いって・・・・・・。むしろ、妹に聞けよ」

幼友「・・・・・・妹ちゃんは今日も塾で遅くなるから、食事はいらないって」

兄「今日もかよ。毎日、塾があるわけじゃないのに」

幼友「受験勉強で、塾の自習室に寄るんだって。妹ちゃんならそんなに必死にならなくて
も、うちの大学なんか楽勝なのにね」

兄「まあ、偏差値的に言えばそうかもな(・・・・・・妹は俺を避けてるんだろうか)」

幼友「スーパーに寄るから荷物持って」

兄「いいけど」

幼友「ねえ」

兄「どうした」

幼友「さっき幼馴染を見かけたよ」

兄「同じ学部だもん。珍しくもねえよ。俺だってしょっちゅう見かけてるぞ」

幼友「声かけてるの?」

兄「んなわけねえだろ。多分、もう二度とあいつと口を聞くこともないと思うよ」


幼友「あのさ」

兄「うん」

幼友「彼女の表情、見たでしょ?」

兄「誰の」

幼友「幼馴染に決まってるじゃん」

兄「いや。そこまでは」

幼友「そうか」

兄「何なんだよ。って、電車来たぞ。ホームまで走ろうぜ」

幼友「せっかちなんだから。別に次の電車だっていいじゃん」

兄「いいから」

幼友「もう」

兄「・・・・・・何とか間に合ったな。よかった・・・・・・大丈夫?」

幼友「・・・・・・大丈夫じゃないよ。息が切れてるし足もがくがくだよ」

兄「俺につかまれば?」

幼友「だから次の電車でもいいって言ったのに」

兄「いやでもさ。つうかちょっと力込めすぎじゃね? 腕が痛いんだけど」

幼友「うるさいなあ。誰のせいなのよ」

兄「・・・・・・で?」

幼友「いや。最近の彼女っていつも暗いじゃん?」

兄「そうなんだ(結局ゆうと復縁できなかったのかな。でも、もうあいつらには興味はな
い)」

幼友「うん。だからお母さんに聞いてみたの。ゆうと幼馴染って最近どうなのって」

兄「そしたら?」

幼友「最近、ゆうは幼馴染とは会ってないみたい」

兄「やっぱりそうか」

幼友「まあ、お母さんが知ってる限りだけどさ」

兄「まあ、俺たちが気にしてもしかたないじゃん」

幼友「そうかな」

兄「そうだろ。それともやっぱりおまえ」

幼友「違うって。もうゆうのことなんかどうでもいいよ」

兄「じゃあ、何で気になるの?」

幼友「だって」


兄「だって?」

幼友「・・・・・・お母さんが言ってたでしょ」

兄「・・・・・・あれか」



「ゆう君が本当にあんたのことを諦めたって確信できたら、あんたも戻っておいで。それ
までは兄君たちと一緒に暮らした方がいい。あんたにとってもゆう君にとっても」



幼友「ゆうがあたし以外の女の子と付き合わないと、お母さんはあたしに戻っておいでと
は言ってくれないよ、きっと」

兄「そうだった」

幼友「別に幼馴染じゃなくなっていいんだろうけどさ。ゆうの彼女が他の知らない女の子
でも」

兄「まあな。相手がおまえじゃなきゃいいって感じだったもんな」

幼友「うん。妹ちゃんだっていいんだと思う。つうか、むしろお母さんもお父さんも喜ぶ
かも」

兄「・・・・・・(ふざけんな。妹はゆうを怖がってたんだぞ。それに)」

兄(それに。妹が本当に好きなのは俺なのに)

兄(・・・・・・)

兄(本当にそうなのか?)

幼友「あ、ごめん。別にそういう訳じゃ」

兄「そういう訳って?」

幼友「だからごめん」

兄「わかんねえけど、もういいよ」

幼友「うん。まあそういうわけで、もうしばらくはあんたの家にお世話になることになり
そう」

兄「俺は別にいいけど(今の妹じゃどうせ幼友がいなくなったって)」

幼友「いいの?」

兄「母さんだって喜んでるし、妹だって(これじゃ、幼友がいなくなったら妹が俺に前み
たいにべたべたしてくれるだろうなんて楽観的な考えはとても持てねえしな)」

幼友「それならよかったけど」

兄「おまえは結城さんと怜菜さんと一緒に暮したくねえの?」

幼友「そんなわけないよ」

兄「じゃあ何で」

幼友「・・・・・・でも、今のゆうとは一緒に暮したくない。妹ちゃんと別れて、あたしのこと
を求めているような弟とは」


兄「求めてるって」

幼友「これ」

兄「何? LINEのトーク?」

幼友「読んで」

兄「いいの?」

幼友「・・・・・・うん」

兄「何これ? おまえが既読無視してんのに、三十分おきくらいにメッセージ入ってるじ
ゃん」

幼友「うん。両親の息子であたしの弟じゃなければストーカー規制法違反ですって、警察
に相談してるとこだよ」

兄「確かにメッセージの数が半端ないな」



ゆう『そろそろ返事してくれないかな』

ゆう『気を悪くしてるなら謝るよ。でも、俺の勘違いじゃなければ、あのときは姉さんだ
ってその気になってただろ? 俺が一方的に悪いの?』

ゆう『返事くらいしろよ。もしかして姉さん、俺が浮気しているとか思ってない?』

ゆう『それ、全然誤解だから。俺は妹のことも幼馴染のことも全然好きじゃねえから。む
しろ、ベタベタされて迷惑してるんだ』

ゆう『わかるだろ? 確かに俺は姉さんに嫉妬させようとして、つまらない行動をした
よ。そのことは後悔してるし謝る』

ゆう『まさか、妹とか幼馴染があんなに俺に対してマジになるなんて思ってなかったんだ
って。だってあいつらは兄のことが好きだったはずだしな』

ゆう『本当に悪かった。でも、姉さん本当はは兄のことなんか好きじゃねえだろ? 俺に
嫉妬してあてつけでやっているうちに引っ込みが付かなくなったんだろ? もういいよ。
俺も気にしないから、姉さんもそろそろ俺のことを許してくれよ。もう二度と浮気なんか
しねえって誓うよ』

ゆう『姉さんは思い出さねえの? 俺はいつでも脳裏に浮ぶよ。あのときの姉さんの可愛
い姿が』

ゆう『もう意地を張るのはやめようぜ。お互い』

ゆう『あのときは姉さんだって楽しんだはず。父さんと母さんがやり直そうって決めたら
しいけど、それなら俺たちだってやり直せるはずだよ』

ゆう『姉さんが俺の彼女になってくれないとしても、俺の姉であることだけは間違いじゃ
ないはずだよな?』

ゆう『なんで姉さんが池山の家で暮しているのかはわからねえけど、そろそろ家に帰ると
きだと思う』

ゆう『俺だけじゃない。父さんも怜菜さんも姉さんの帰りを待ってるんだぜ』

ゆう『読んでるんだろ? 返事くらいしろよ』

ゆう『既読になってるのに。何で返事しねえんだよ』


兄「うわあ・・・・・・」

幼友「ね? ひどいでしょ」

兄「あのさ」

幼友「うん」

兄「ちょっと思ったんだけどさ。おまえが本当にゆうのことはもう気にならないとすると
さ」

幼友「本当だって」

兄「そしたら、別におまえって自分の家に帰ってもよくね?」

幼友「だから、あたしはそうでも、ゆうの方があたしを諦めないと」

兄「怜菜さんはそう言ってたけどさ。よく考えたら、おまえがゆうのことを相手にしなけ
ればいいんじゃないの? 前に聞いたんだけど、ゆうって無理矢理女の子をどうこうする
ことってないんだろ? 自分がもてるからさ」

幼友「普通の子ならね」

兄「どういう意味だよ」

幼友「あたしの場合は別だと思う。別に妹ちゃんや幼馴染と比べて自分の方が可愛いから
とかって思ってるわけじゃないけど」

兄「意味わかんねえ」

幼友「つまりさ。ゆうは無理矢理なんかしなくても、妹ちゃんや幼馴染を手に入れること
ができた。自分の魅力だけでさ。でも、あたしは違うじゃん」

兄「違うって、何で」

幼友「話したでしょ? ゆうと関係した時だって最初は無理矢理だったって。それは確か
に途中からは合意っぽくなったことは認めるけどさ。妹ちゃんや幼馴染や、これまでゆう
が落としてきた女の子たちとは違う扱いをされたのよ、あたしは」

兄「そんだけゆうはおまえのことが好きだって、だから特別扱いされてたって言いたい
の?」

幼友「そんなんじゃないし」

兄「そうとしか聞こえねえよ」

幼友「・・・・・・ひょっとして少しは嫉妬してくれてる?」

兄「違うよ」

幼友「それに、あたしにだけは無理矢理するなんていう特別扱いなんか嬉しいわけないで
しょ」

兄「まあ、それはそうか」

幼友「血が繋がっているから」

兄「え」

幼友「あたしとゆうは異母姉弟だからさ。だから、普通に迫ってもあたしが自分に振り向
かないだろうって考えてたんじゃないかな。ゆうは」

兄「ゆうって、本当に血の繋がった姉であるおまえのことが好きなのか」

幼友「さあ」

兄「さあって」

幼友「あいつがあたしのことを好きなのか、それとも何か目的があってあたしと付き合わ
ないと都合が悪いのか。もうよくわからなくなっちゃった」

兄「そうか」

幼友「うん」

兄「・・・・・・」

幼友「・・・・・・ねえ」

兄「ああ」


幼友「今日の文化人類学、あんたサボったでしょ」

兄「サボったわけじゃない。ゼミのフィールドワークの説明会と被っちゃったんだよ」

幼友「今日の講義はさ、インセスト・タブーについてだったよ」

兄「ああ」

幼友「あまりちゃんと考えたことがなかったから、すごく示唆に富む話だったなあ」

兄「あの教授は有名な人だしな」

幼友「近親相姦が何で社会的に認められていないかを、話してくれたんだけどさ」

兄「ああ(何でいきなり話が変わるんだよ)」

幼友「聞きたい?」

兄「別に(そんなことを知ったからって妹への俺の恋心が叶うわけでもねえしな)」

幼友「まあ、聞きなさいって」

兄「スーパーで買物するんじゃなかったのかよ」

幼友「まだそんなに遅くないじゃん。ちょっと、そこのカフェに寄って行こう」

兄「何なんだよ」

幼友「・・・・・・あたしとお茶するのも嫌なの?」

兄「そんなこと言ってねえだろ」

幼友「大丈夫だよ。妹ちゃんは今日も塾で帰り遅いし」

兄「妹は関係ない」

幼友「じゃあ、いいじゃん」

兄「・・・・・・」

幼友「あそこに行こう。コーヒー美味しいし」

兄「ちょっと待てって」

幼友「早く」

兄「だから走るなよ。子どもかおまえは」



幼友「オーダーもしたし。じゃあ、今日あたしが学んだことをあんたに伝授するか」

兄「別に頼んでねえし」

幼友「単位取りたいんでしょ? 民俗学を専攻するなら文化人類学だけは落としちゃだめ
でしょうが」

兄「うっせーな。そんなことはわかってるって」

幼友「今日の講義の内容を伝えてあげるね。あたしにとっても個人的に勉強になったから
さ」

兄「わかったよ。早く話せ」


幼友「なぜインセスト・タブーが普遍的に人間社会に存在するのか。なんで血の繋がった
兄妹は付き合ったり結婚したらいけないのか。兄は答えられる?」

兄「だって兄妹の恋愛なんて両親を悲しませるだけだからだろ」

幼友「あんた、それでも研究者希望の学生なの?」

兄「何だよ」

幼友「もうちょっと学問的に答えてみなさいよ」

兄「(ふざけんな。そんなことは十分理解してるって。どんだけそのことを考えたと思っ
てるんだよ)いいよ」

幼友「どうぞ」

兄「レヴィ・ストロースとその師、モースは社会の連帯の源泉は「贈り物」であると考え
た。それを受け、レヴィ・ストロースはもっとも価値の高い贈り物は「女性」であり、す
べての結婚は女性の交換に他ならないと考えた。インセストがあると女性を自家消費して
しまい、連帯や社会が生まれないと考えた」

幼友「有名な部族間関係理論だね」

兄「(知ってやがったか)部族間の交流の道具に女が必要とされたって理論だな。そのた
めに、同族間の相姦はそれを阻害するだけで何も富を産まないという仮説だな」

幼友「それは古いよね。起源としてはそうなのかもしれないけど、今のあたしたちには部
族とか同族とかって概念自体がないじゃん」

兄「次は生物学的起源説だな」

幼友「それって?」

兄「有性生物には通常、同系交配を避けるメカニズムが備わっている。これは同系交配が
有害な劣性遺伝子のホモ結合の可能性を高めるためである。また限られた遺伝子の中で行
う近親交配は遺伝的疾患の増加だけでなく、そもそも有性生殖の利点を放棄することにな
る。したがって、同系交配を忌避しない傾向をもたらす遺伝的変異は自然選択により排除
され、同系交配を忌避する傾向をもたらす遺伝的変異は自然選択によって固定される。ど
のような至近的メカニズムによって近親交配を避けているかは生物種によってさまざまで
ある」

幼友「・・・・・・あんた、今日の講義をどっかで聞いてたの」

兄「聞いてないよ。全部自分で調べたことだ」

幼友「何で」

兄「何でって」

幼友「そんなに妹ちゃんのことが好きなの?」

兄「おまえは何を言っているのだ」

幼友「・・・・・・」

兄「まあいいや。そういう生物学的忌避が社会の慣習として自然に取り入れらた結果、近
親婚を避けようとする社会的規範ができたって言う説ね」

幼友「詳しすぎでしょ。さすがのあたしもどん引きだわ」

兄「何でだよ」

幼友「わからないの?」

兄「さあ」

幼友「まあいいや。でもさ、今日先生が言ってたけど、過去には近親婚を奨励していた文
明もあるんだって」

兄「古代にはな。古代の王族は自分の有する権力や富の分散を恐れた。また、子どもの婚
姻に際しては同格か同格に近い相手を要求した。究極的に言うと、兄と妹や姉と弟を結婚
させるのが、権力と富の意地にもっとも手っ取り早く、また神の血族とされた自らの一族
の純潔を守る道だったからな」

幼友「現代ではどうなの?」

兄「聞くまでもねえだろ。法律的には民法の規定により実の兄妹は婚姻できないさ」


幼友「エッチは?」

兄「はい?」

幼友「エッチとか恋人になることは規制されていないんでしょ」

兄「それはそうだけど。でも、周囲の人の意識は兄妹が付き合ってるなんて、異端扱いさ
れるよな」

幼友「例の近親婚は障害者が生まれる的なやつ?」

兄「ああ」

幼友「それって一世代程度では心配するほどの確率はないって言ってたよ」

兄「一世代ならな(こいつ。近親相姦に賛成なのかよ。まさかゆうのことが)」

幼友「どういう意味?」

兄「一世代ではそうかもしれないけど、そういう関係に寛容な世界になって百世代も近親
婚を繰返せば相当リスクも高まるだろうが。だから、近親婚が社会的にタブーになってる
んだよ」

幼友「そんなの子どもを作らなきゃいいだけじゃん」

兄「そういう問題じゃない。リスクとそれを避けようとする社会的傾向の問題だよ」

幼友「・・・・・・さっきからうちの両親の関係に否定的なことばかり話してるけど」

兄「そうじゃねえよ。理論的な話と現実を一緒にするなよ。結城さんと怜菜さんの関係を
否定しようなんて思ってねえって」

幼友「自分だったらどうなのよ」

兄「何が」

幼友「妹ちゃんとあんたの場合だったらどうするの? 子どもを諦めて事実婚状態で満足
する?」

兄「何言ってる。俺と妹はそんな関係じゃねえよ。ふざけんな」

兄(なんだか俺の妹への気持ちがばれてるっぽい)

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・」

幼友「ごめん」

兄「いや」

幼友「・・・・・・そろそろ買物に行こうか」

兄「ああ」

幼友「じゃあ行こう」

兄「ああ」

幼友「・・・・・・」

兄「・・・・・・」


今日は以上です
次回から第二部に入ります

また投下します


第二部



 奇妙な話に聞こえるかもしれないけど、僕は母が離婚する前に父と過ごした記憶はほと
んどない。僕にとっての父の記憶は、母と離婚した父が僕を引き取り二人で暮らし始めて
からしか存在していないのだ。そして、同時に母の記憶も僕にとっては父と母が離婚した
時点で途絶えている。母は父との離婚に際して僕を引き取ることなく、僕の親権をあっさ
りと放棄したのだから。父と母の結婚生活の破綻は僕が中学生になる直前のことだたけど、
それ以降、僕は母の姿を見ていない。

 父との二人暮しが落ち着いた頃、何で離婚したのかと尋ねたことがあった。そのときの
父の答えは、性格と生活感覚の不一致だそうだ。これは、離婚前に母から聞かされたこと
がある父の前妻との離婚理由と全く同じだった。

それは確かこういう話だったと思う。

 父と母は同じ会社に勤めていた。母は父の職場の後輩、というか部下で、父の最初の結
婚が破綻したとき、母は父のそばで元気のない父を励ましていた。それが両親の馴れ初め
らしい。母の同情と父の母への依存が愛情に変わるまではそれほどの時間を必要なかった
ようだ。やがて、二人は結婚した。母は初婚だったけど、父はそうではないはずだった。
前の奥さんとは離婚した。父は母にそう説明していて、性格や生活感覚の不一致で別れた
という父の言葉を母は疑わなかったのだ。ただ、そのうち母は、父の話を疑うようになる。

 二人が婚姻届を出して、新しい家で生活を共にするようになった頃、母は必要があって
市役所に住民票を取りに行ったそうだ。提供された住民票に父と自分の名前を見出した母
は、最初は父と家族になったんだなという感慨に浸ったそうだけど、やがて幸せの象徴の
ようなその住民票の記載に、大きな矛盾点があることに気がついた。

 世帯全員の住民票を請求したのだから、父の元妻の名前が×印で表示されていなければ
おかしい。それなのに、住民票には父の離婚した元妻の名前の表示がなかったのだ。

 この住民票だけ見ると、夫は初婚のように見えた。夫が自分に嘘をついていたのだろう
か。だが、離婚して妻と娘と引き離されて落ち込んでいた彼の姿は偽りとは思えないし、
何よりも自分との結婚にとって不利な嘘をわざわざ言う理由なんかないはずだ。

 何かがおかしい。このときの母は混乱していたそうだ。

 それでもその疑問さえ気にしなければ、父との新しい生活は母にとっては幸せそのもの
だったから、母はあえてその謎を問い質すことなく放置することにしたようだった。これ
が初婚だと思っていた夫に前妻と別れた過去があったということなら、さすがに母も目先
の幸せに惑わされずいろいろ問い詰めたのだと思うけど、この謎はそれとは全く逆の話だ
った。それに考えてみれば、自分は決して戸籍や住民票について詳しいわけではない。転
居を繰返せば住民票から離婚した奥さんが消えるということもあるかもしれない。

 母はそう思ってつかの間の幸せを壊すような疑いや言動を自分の心の底に押し沈めて上
から蓋をして、見えないことにすることにしたのだった。

 母のそうした決断がその後の両親の離婚の原因となったのかどうかはわからない。何と
言ってもそれは僕がまだ幼い頃の出来事だし、その頃の記憶自体がほとんどないのだ。い
ずれにせよ、僕が小学生になった頃には、既に我が家には母親はいなかった。父親は以前
よりは僕と一緒に過ごすよう努力してくれていたみたいだけど、それでも毎日小学校の終
了後の時間は、午後七時までは学童保育で過ごし、その後は父が頼んでくれた女の人に連
れられて人気のない自宅に帰るという日々だった。その人は僕が風呂に入っている間に夕
食を用意してくれ、僕が風呂から上がると自宅を去っていった。それから、父が帰って来
る間では僕は一人だった。寝る前に父と会える日の方が珍しかった。なので、僕は父と会
話することができるのは、朝父が出勤する前の一時だけだったのだ。

 そんなある日、夕食を済ませて眠くなるまでの時間を持て余した僕は、父の書斎をあさ
ったことがあった。何か、記憶にない母さんの痕跡のようなもので見つかればいいと思っ
たのだ。そこで見つけたものは、父の手書きの日記のようなものだった。あのとき、あれ
を見つけて読まなければ、僕の人生もいろいろ変わっていただろう。もっと、平穏に恋を
して、付き合った彼女を父に紹介してといった人生が待っていたのかもしれない。

 そのB5サイズの普通のノートを見つけたとき、とりあえず僕は父の書斎のソファに座
って内容を読み始めたのだった。

 父の秘密について、母でさえ知らなかった事実を、僕は思い知らされたのだった。この
ときの出来事がなかったら、ひょっとして母は父と別れることもなく、僕が姉と出会うこ
とすらなかったのかもしれない。


 怜菜に恋をした。これまで女の子には不自由してこなかったはず俺だけど、どんなに高
嶺の花の女の子に恋したときよりも、自分でも予想できなかったほど胸が痛い。妹が好き
だと自覚した瞬間にもう他の女なんか意識の向こうに追いやられたように儚く影のように
うっすらと消えて行った。普通の女の子に恋するのと同じところもある。家の中でまるで
ストーカーのように妹の姿を目で追ったり、休日に妹が買いものに出かける両親と一緒に
外出しようとすると、こいつは俺と一緒にいるのは嫌なんだと考えて落ち込んだりした。

 違う点もある。主に悪い意味でだと思う。片想いの恋をした子がクラスメートなら、少
なくとも校外に出た時点では、彼女の姿はない。つまり冷静に自分の感情を振り返る時間
が与えられるのだ。でも、俺の恋はそうじゃなかった。自分の妹に恋した時点で、俺には
ういう贅沢な時間は与えられないこととなったのだ。高校では、授業中を除いていつも妹
のそばに近寄って、何気ない振りをして、家庭の用事やお袋からの伝言まででっちあげて、
一学年下の妹につきまとった。家に帰れば妹がいる。少しでも妹のそばにいようとした俺
は、せっかくレギュラー入りした部活まであっさりとやめ、自宅で妹と過ごすことを選ん
だ。つまり、俺は、自ら選んだことではあるけれども、四六時中片想いの相手のそばで暮
すことになったのだ。

 高校時代の怜菜は無邪気だった。まさか、留守がちな両親の代わりとしていつも自分の
そばにいるいい兄貴である俺が、まさか、自分自身に対して薄汚い欲情を抱いているとは
夢にも思っていなかったのだろう。せめて妹に彼氏でもできてくれたらよかったのだ。そ
れなら俺だって辛い心を押し殺して、祝福したりアドバイスしたりして、いい兄妹の関係
に戻ろうと努力しただろうから。

 怜菜は周囲の男たちにもてていた。それは確かだった。一度足らず俺に告ってきた妹の同級生たちの話を聞いてもそれは明らかだった。妹は中高一貫の女子校に通っていたから、
出会いはそんなに多くなかったと思うけど、それでも通学の途中に呼び止められて告られ
てという出来事がわりと頻繁にあったそうだ。妹の友だちの言葉を信じるなら。

 妹はその全部を断った。何でなのはわからない。理想が高すぎるのか、年齢のわりには
まだ子どもだったのか。それでも怜菜が男たちの告白を断り続けているという事実に、俺
はいつもありえないと考えていた希望を、次第に胸に抱くようになった。

 怜菜は、俺に実の妹は。本当は俺のことが好きなんじゃないだろうか。それは決して自
分勝手な妄想というだけでは切り捨てられないと当時の俺は考えたのだ。

 第一に、俺が必要以上に怜菜にベタベタしても、妹は嫌がらない。両親が不在の夜のリ
ビングのソファで、テレビを見ている俺の隣に怜菜はいつもちょこんと座る。眠くなると
俺の肩に自分の頭を乗せてうとうとする。俺がどきどきしながらさりげなく妹の肩を抱き
寄せると、怜菜は抵抗することなく俺に引き寄せられ、やわらかくその華奢な体をためら
いもなく俺に預けるのだ。

 そういう無邪気な態度の怜菜に対して、最初は俺も満足していたのだ。こいつは、俺の
ことは無条件に信頼しているのだと。でも、それは大切な家族であるとか、長年親しんだ
兄である俺に対する態度であって、俺が妹を欲するように妹は俺のことを欲っしていない
のではないか。そういう猜疑心がやがて俺の心を蝕み始めた。こういう感覚そのものは、
かつて好きになった女に対して抱いたことがあったので、別にそれは初めて抱く感情では
ないはずだった。女という存在は駆け引きを好むものだ。だけど、今回妹に対して俺が抱
いた感情はちょっと違う。つまり、妹が俺に対して愛情を抱いていて、俺のこと好きなこ
と自体には疑問の余地がないのだ。ただ、それが男性に対する愛情なのか、兄に対する愛
情なのかが不明であるというだけで。

 そして、その疑問自体が俺を苦しめた。俺は妹に、俺に対する愛情を期待した。それも、
単なる家族とか兄に対する愛情ではない。俺は、怜菜に男として意識されたかったのだ。

 何しろ、自分でも馬鹿なんじゃないかと思うほど、怜菜の態度が気になってしかたなか
った。妹が帰宅後に俺の部屋に来なければ、俺のことを避けてるのではないかと悩み、俺
の部屋に来て、勝手に俺のベッドに寝そべって俺に学校であった話を話しかけてきても、
こいつは俺のことを仲のいい兄貴としか考えていないのだと思って落ち込む。そうすると
俺の態度は不自然になり、言いたいことすら口に出てこなくなる。これが恋だとしたら、
俺が生まれて初めて経験した辛い恋だった。女と付き合うことなんか、これまでは難しい
ことだなんて思ったことすらなかったのに


怜菜「お兄ちゃん?」

結城「・・・・・・何だよ」

怜菜「入るよ」

結城「ちょ、ちょっと待てって。勝手に入ってくんなよ」

怜菜「もういい?」

結城「(何なんだよ)ああ」

怜菜「お兄ちゃんさ」

結城「何」

怜菜「残念だったね」

結城「ああ、こういこともあるよ」

怜菜「来年もあるし。あまり気を落さないでね」

結城「平気だって」

怜菜「・・・・・・」

結城「何だよ」

怜菜「本当に平気みたいだ」

結城「気を落すなって自分で言ったくせに」

怜菜「不思議だ」

結城「・・・・・・何が」

怜菜「お兄ちゃんの成績なら、落ちるわけないのに」

結城「・・・・・・受験に絶対はないし」

怜菜「・・・・・・しかも落ちたのに、一浪決定なのに気にもしていないみたいだし」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・ねえ?」

結城「だから何だよ」

怜菜「・・・・・・もしかしてだけどさ。わざと落ちた?」

結城「おまえ、何言ってんの?」

怜菜「・・・・・・やっぱりそうなんだ」

結城「勝手に決めるな。志望校の入試にわざと手を抜いて落ちるやつなんかいるかよ」

怜菜「あのさあ」

結城「何だよ」

怜菜「来年、あたしがお兄ちゃんと同じ大学を受けるなんて決まってないのに」

結城「いったい何を」

怜菜「ばか」

結城「おまえがどこ受けるかなんか知らねえよ。つうかどうでもいい(・・・・・・妹に気づか
れるわけにはいかねえしな)」

怜菜「わざと落ちるとか意味わかんないよ」

結城「だから、そうじゃねえって」

怜菜「・・・・・・あたしと一緒の大学行きたいなら、先に入ってればいいじゃん。そんで俺と
同じ大学を受けろよって言えばそれで済むのに」

結城「いや。俺は別におまえと同じ大学に行きたいなんて」

怜菜「お兄ちゃんが浪人したって、あたしだって学校があるし一緒に過ごせるわけじゃな
いのに」


結城「だから誤解だって(しかし、何て言うか。怒ってはいるけどどん引きされてはいな
いな。もしかしたら怜菜も俺を)」

怜菜「お兄ちゃんの浪人に何のメリットがあるの? バカじゃん」

結城「・・・・・(こいつが怒っているのは俺がわざと受験に失敗したことであって、その目
的に対して怒っているわけじゃなさそうだ。と言うことは)」

怜菜「あ。わかった」

結城「わかったって、何が」

怜菜「ひょっとしてお兄ちゃん。自分が先輩じゃなくて同級生としてあたしと一緒に大学
で過ごしたかったの?」

結城「う(図星だ。隠していた意図を、妹に当てられてしまった)」

怜菜「一緒にオリエンテーションとか出席して、一緒に履修登録の相談して、一緒にサー
クルの勧誘とかされて、カフェでどのサークルにした? とかそういう日常的な些細な出
来事を、あたしと一緒に楽しみたかったの?」

結城「な! 何で俺が自分の妹とそんなイベントを期待しなきゃいけねえんだよ。こう見
えても俺はだな」

怜菜「お兄ちゃんが女の子にもてることくらいわかってるよ。今までだって、変な女がい
っぱいお兄ちゃんにまとわりついてたし、現に有希だってさ」

結城「おい、変な女って何だよ。それに有希だあ? 誰だよそいつ」

怜菜「あたしの親友をそいつって言うな。てか、前に紹介したじゃん。幼稚園の頃からず
っとあたしと富士峰で一緒の親友」

結城「知らねえよ。おまえ、俺に友だちとか紹介しないじゃん」

怜菜「そうだっけ? まあいいや。でさ、有希ってお兄ちゃんのことを格好いいって言っ
てたよ」

結城「だから、会ったことないって」

怜菜「そう? よく覚えていないけど、少なくとも有希の方はお兄ちゃんのこと見たこと
あると思う。だって、お兄ちゃんのこと格好いいって言ってたくらいだし」

結城「おまえら、富士峰の女は男慣れしてないからなあ。男に対して幻想を抱きすぎてん
じゃねえの」

怜菜「そんなことないって。彼氏がいる子だって多いよ」

結城「マジ?(おまえはどうなんだよ。って聞きたいけど、勇気がなくてとても聞けねえ
な)」

怜菜「マジだって。有希ってとってももてるんだから。いつも校外に出ると男の子に声を
かけられるんだよ。それで、初めての男の子にも平気で話せるの。うらやましい」

結城「(何だ。単なるビッチか。富士峰にもいるんだなあ、そういう子)話が逸れてるぞ。
言っとくけどなあ、俺はおまえと一緒に大学で青春するためにわざと浪人したわけじゃな
いってえの。だいたい、おまえの志望校すら知らねえし」

怜菜「別に照れなくてもいいのに」

結城「照れてねえっつうの!」

怜菜「ふーん?」

結城「な、何だよ」

怜菜「だって、兄ちゃんってシスコンじゃん」

結城「ば、バカ言え。何で俺が」

怜菜「そんなことは昔から知ってるって。前から思ってたもん。お兄ちゃんってどんだけ
あたしのことが好きなのよって」

結城「ち、違(どういうことだ? 俺の妹への想いをこいつは昔から知ってたってこと
か?)

結城(それでも、どん引きせず俺のことをからかっている。もしかして、妹も俺のことを
好きなのか。いや、それは楽観しすぎだ。でも、これって少なくとも俺の気持ちに気づい
ていても、俺のことを気持ち悪いって思ったりはしないということだよな)

結城(ひょっとして、絶対に無理だと思っていた俺の想いが報われるのか)


怜菜「まあ、あまり気にすることないんじゃない?」

結城「え?」

怜菜「あははは。お兄ちゃん、何真面目な顔してるのよ」

結城(え? どういうこと)

怜菜「お兄ちゃんがあたしと一緒に大学に行きたいとか、一緒に青春したいとか思ってる
なんて前から知ってたし」

結城「だから、それはおまえの誤解だぞ」

怜菜「別に恥かしがらなくてもいいじゃん。我が家は家族全員が仲いいんだし、お兄ちゃ
んがあたしと一緒にいたいと思ってても別に恥かしいことないよ」

結城「いや。ちょっと何かそれは違うだろ・・・・・・」

怜菜「別にあたしのことを彼女にしたいとか、そういう感情はないじゃん? いい兄妹が
仲がいいなんか普通だよ、普通。あたしだって、富士峰じゃブラコンって言われてるし」

結城「(俺の方にはおまえを抱きたい気持ちが全開であるんだけどな。こいつはやっぱり
家族的な意味で言ってるだけか。まあ、それだけでもよしとしないと)いや、おまえ。ブ
ラコンって何だよ」

怜菜「さあ? 普通にお兄ちゃんのことを口にしててだけなのにさ。有希たちったらひど
いんだよ。人のことを近親相姦よばわりしてさ」

結城(まさか。怜菜の口から近親相姦なんて言葉を耳にするとは。こいつ、本当に意味が
わかって言ってるんだろうな)

結城「そんなわけねえのにな」

怜菜「全くだよ。あの子たちって何でもそういう男女の中に結びつけちゃうんだよ」

結城「お嬢様学校の富士峰の生徒なのにな(怜菜は、こいつは俺のことを警戒していない
のかな)」

怜菜「女子校だからさ。かえって気を廻しすぎちゃうのかもね。男の子に慣れている共学
の子なら、お兄ちゃんとの会話ごときでこんなに反応しないと思うよ」

結城「だってよ。有希って子、それなりに遊んでるんだろ」

怜菜「そうなんだよねえ。だから不思議。あの有希がそんなことに食いつくなんてねえ」

結城「よくわからんけど。俺は別におまえとべったり一緒にいたくてわざと一留したわけ
じゃねえぞ」

怜菜「はいはい。照れない照れない」

結城「照れてねえって!」

怜菜「ツンデレかよ」

結城「いやいや、全然違うだろ」

怜菜「あ。そう言えばさ」


結城「話をそらすなよ」

怜菜「お兄ちゃんが大学受験失敗したって聞いたときさ、お母さんにお願いしといたか
ら」

結城「お願いって?」

怜菜「あたしも来年お兄ちゃんと同じ大学を受けるから、合格したら下宿したいって」

結城「(一緒の大学を受けてくれるのか)娘には一人暮らしはさせないって、父さんも母
さんも言ってたじゃん」

怜菜「お兄ちゃんと一緒に暮らすのならいいって」

結城「何だって?(マジかよ)」

怜菜「お兄ちゃんのブラコンのおかげで、一人暮らし・・・・・・じゃないや。二人暮しが出来
そうよ」

結城(・・・・・・すげえ、嬉しい。マジで怜菜と二人だけで暮らせるのか。いや、もちろん妹
には変な意図は一切ないんだろうけど)

怜菜「だからさ。来年は同じ大学を受験するからね」

結城「お、おう」

怜菜「・・・・・・」

結城「何だよ」

怜菜「顔が嬉しそうに笑ってるよ、お兄ちゃん」

結城「別に。おまえと一緒の暮すことなんか嬉しいわけねえだろ、あほ」

怜菜「はあ」

結城「何でため息ついてるんだよ」

怜菜「素直じゃないなあ」

結城「だから」

怜菜「別にいいじゃん。仲のいい兄妹が一緒の二人で暮らしたって。それとも何? あた
しと二人暮しだと、お兄ちゃんの彼女に嫉妬されちゃう?」

結城「んなことねえよ。別に俺は、おまえがそれでいいなら」

怜菜「じゃあ決まりね。今度は油断しないでよ」

結城「当たり前だ。おまえこそ、落ちるんじゃねえぞ」

怜菜「もちろん」

結城(妹は俺のことを、単なる妹思い的なシスコンだと思ってるようだけど)

結城(両親の邪魔が入らない環境で、妹と二人きり)

結城(俺、本当にこいつを襲わないで耐えられるのかな)

怜菜「お兄ちゃん?」

結城(ちくしょう。怜菜って本当に可愛いな。今まで何度も思ったことだけど、見るたび
にこいつの可愛い顔に目を奪われる)

結城「ああ(早目に彼女作っておくか。怜菜をどうこうしないで済むように)」


短いけど今日は以上です
また、投下します


怜菜「別に悪くなかったよね」

結城「いや、正直よくわかんねえや」

怜菜「大学までの通学時間とか、間取りとかさ。そういう意味なんだけど」

結城「(妹と二人きりで暮らせるとか、それだけでもう十分だし、それ以上部屋ごとき
に文句なんかあるわけねえだろ)まあ、おまえがいいならそれでいいんじゃね」

怜菜「・・・・・・ちょっとは真面目に考えてよ。お兄ちゃんが四年間住む部屋なんだよ」

結城「おまえがいいなら俺もそれでいいよ」

怜菜「お兄ちゃんてさ」

結城「何だよ」

怜菜「大学に受かったら、いきなり自分に素直になったね」

結城「どういう意味?」

怜菜「あたしと一緒に住むこととか、当然のように受け入れているし」

結城「親がそう決めたことだしな」

怜菜「本当にいいの?」

結城「いいって?」

怜菜「あたしと同居したらさ。その部屋はあたしの家でもあるんだから、お兄ちゃんが彼
女を連れ込むとか許さないよ?」

結城「別にいいよ。ラブホとかもあるし」

怜菜「何よそれ」

結城「何って」

怜菜「じゃあ、あたしはお兄ちゃんが帰って来るときだけ、お兄ちゃんの奥さん代わりに
食事の支度したりしろってこと? お兄ちゃんが彼女と楽しんでいる間は部屋でおとなし
くしてろって、そういうつもりでいるの?」

結城「ちょっと待てよ。そんなことは言ってねえじゃん。だいたいおまえを奥さん代わり
にしようなんか思ってねえよ(それが実現したら次の日に死んでもいいんだけどな)」

怜菜「お兄ちゃん。ちょっとはっきりとさせておこうか」

結城「別にいいけど」

怜菜「兄妹で同居する以上は、あのアパートは実家と同じ。OK?」

結城「どういう意味だよ」

怜菜「いくらお兄ちゃんが節操がないからって、実家に彼女を連れ込んでエッチなことと
かはしないでしょ」

結城「しねえよそんなこと。万一、母さんにばれたら大変なことになるじゃんか」

怜菜「あたしと一緒に住むアパートもそれと同じだからね」

結城「だから。そんなことしねえって」

怜菜「あと、ラブホの泊まりも禁止」

結城「ちょっと待て。いったいおまえに何の権利があって禁止するんだよ」

怜菜「あのさ。同居するっていうことは、お互いにルールが必要でしょうが」

結城「それはわかるが、それと俺のご宿泊と何の関係があるんだよ」

怜菜「一緒に暮らすんだから門限とか、家事のルールとか決めないといけないでしょ」

結城「何度も聞いて悪いけどさ。その話と俺の宿泊と」

怜菜「門限に間に合うように休憩してくるくらいなら許してあげる」

結城「・・・・・・いったいおまえは俺のことをどういう男だと認識してるんだよ」


怜菜「女性関係にだらしない兄貴」

結城「浪人して予備校通いだったんだぞ? ここ一年女なんかに関っている暇なんかなか
ったよ」

怜菜「・・・・・・ほう」

結城「何だよ」

怜菜「お兄ちゃんは自分は受験で忙しくて、それ以外のことなんかに時間を割く暇なんか
なかったって言いたいのか」

結城「まあ、そうだな。息抜きはしたけどよ、それ以上でもそれ以下でもねえぞ」

怜菜「お母さんが怒ってたのに?」

結城「何で母さんが怒るんだよ」

怜菜「だってさ。普通予備校サボって自動車学校とか通わないでしょ。お母さん、本気
で切れてたよ」

結城「げ。マジかよ」

怜菜「いくらお父さんが車好きで、お兄ちゃんに甘いからってさ。現役で大学に不合格な
上、予備校をサボって免許取りに行ったら、それはお母さんだってマジ切れするって」

結城「・・・・・・だけどよ。結果は出したんだから文句ないんじゃねえの」

怜菜「一浪してあたしと同じ大学合格って戦績でしょ? 自慢するほどのことかなあ」

結城「俺はおまえほど頭良くねえしな。こんなもんだろ」

怜菜「ねえ」

結城「ああ?」

怜菜「何でこんなバカなことしたのよ」

結城「バカって?」

怜菜「女の子と遊んだり車の免許取ったりする余裕があるくらいなら、現役で合格できて
たはずじゃない」

結城「知らねえよ、そんなこと。去年俺を落としたやつに言えよ」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃんはちょっとやりすぎだと思う」

結城「何言ってるんだ」

怜菜「いくらお兄ちゃんがシスコンだとしても、程度があると思うの」

結城「だから何の話だよ。勝手に決め付けるな」

怜菜「このアパートでいいのね」

結城「おまえがいいならな」

怜菜「じゃあ決めちゃおうか。でもいい? 下宿先をラブホ代わりに使うのは禁止だよ。
あたしだって一緒にいるんだからさ」

結城「しつけえよ。それに、その条件はおまえだって同じだからな」

怜菜「へ?」

結城「勝手に男を連れ込むんじゃねぞ。この家には俺だって住んでるんだからよ」

怜菜「あほ。人の気持ちも知らないで」

結城「何でだよ」

怜菜「・・・・・・ばか。お兄ちゃんなんか。ロリコンのシスコン!」

結城「誰がロリコンだ。だから、何でそうなる」

怜菜「もういい。この部屋で決めるからね。お兄ちゃんの反論はなしね」

結城「別に最初から反対なんかしてねえし」


結城(妹と二人で暮らし始めたわけだが。意外なことに特にこれといって問題がない。事
前にあんなに心配してたのがばかみたいだ。まあ、大学生活がスタートしたばかりからい
ろいろ生活も目まぐるしいってこともあるんだろうけど)

結城(自分のことながら、人の心理って不思議だ。もっと妹に執着するとか、妹に嫉妬す
るとか心配だったんだけど)

結城(こんなことなら、あんなに悩む必要なんかなかったな。別にキャンパスで妹を目で
追ったりもしないし、妹が俺以外の男と一緒に歩いていてもそれほどは嫉妬しないし)

結城(全然しないかっていうと、そうでもないけど。それは妹が言うとおり、きっと俺が
シスコンなせいだ。シスコンって言ったっていかがわしい意味の方じゃなくて、自分の妹
が家族として大切だ的な意味で)

結城(・・・・・・あれ? そう考えると、ひょっとして俺って、一年間を棒に振っちゃっての
か)

結城(いや。あれはあれで必要なプロセスだったんだろうな。それにもはやそんなことは
どうでもよくて)

結城(いやあ。俺って中高と男子校出身だったけど、それでもそこそこ他校の女の子には
もててたと思ってたけどさ。さすがに共学の大学は別次元だぜ。まさか、ここまで女の子
に言い寄られるとは予想外だった)

結城(・・・・・・)

結城(俺って本当に怜菜のことが好きだったのかな。何か、勘違いしてたのかもしれねえ
な)

結城(確かに今でも一緒に暮している怜菜は可愛い。毎朝、目を奪われるくらいに)

結城(でも、それって恋愛的な意味なのかな。むしろ、家族的な意味で妹を独占したいっ
ていう気持ちだったのかもしれん)

結城(俺が男子校出身で、女の子に免疫がなかったから身近な妹を恋愛対象として認識し
てしまっただけかもしれないな)

結城(これでいいじゃん。一年間は無駄になったのかもしれないけど、これなら一生を無
駄にすることはない。妹の一生を含めてさ)

結城(それに、怜菜の態度だってそうだよな。俺のことなんかどうでもいいらしいし。確
かに世話は焼いてくれるし面倒も見てくれる。二人で暮らし始めてからは、これまで母さ
んがしてくれたことは全部妹が嫌な顔をしながらでもしてくれる。でもそこには特別な感
情や行動は何にもねえしな)

結城(禁断の危ない関係にならずにすんだってことか)

結城(つまり、これは修羅場を期せずして回避できたってことか)

「先輩、今日は」

結城「おう、礼奈か(こいつ、妹と発音的には同じ名前だからややこしい)」

礼奈「これからお昼ご飯ですか」

結城「そうだけど。おまえさあ」

礼奈「何です?」

結城「同じ学年なのに俺のことを先輩って言うのはやめろ」

礼奈「だって先輩はあたしの先輩じゃないですか」

結城「浪人して今じゃおまえと同期なんだから、先輩って言うなよ。本当の先輩が不思議
そうに俺たちのことを見てるじゃねえか」

礼奈「だって先輩って、前からあたしの先輩じゃないですか」

結城「違うだろ。俺は男子校だしおまえが後輩のわけねえだろ」

礼奈「それは違いますよ」

結城「何でだよ」


礼奈「一緒にクラブ活動した仲じゃないですか」

結城「別々な学校同士で交流戦しただけだろ」

礼奈「先輩もあたしのことを覚えていてくれていたし」

結城「だから先輩って呼ぶなよ」

礼奈「学校が違ってても先輩は先輩ですよ」

結城「おま・・・・・・まあいいや」

礼奈「先輩、どこでご飯食べるんですか」

結城「どこって。まあ、学食でも行こうと」

礼奈「それ、キャンセルしてくださいね」

結城「はあ?」

礼奈「何となく今日は先輩に会えるような気がしたんです」

結城「はあ」

礼奈「ですので、思わず二人分のお弁当を製作してしまいました」

結城「・・・・・・俺に会えなきゃ、一人分は無駄になってたってわけか?」

礼奈「結果的に先輩にお会いできたので無駄にしないですみました」

結城「・・・・・・計画性が欠如しているうえに無駄に前向きだな、おまえ」

礼奈「あたしは、礼儀正しい反面、プライドも高いのです」

結城「何だよ」

礼奈「あたしのことを、おまえなんて呼ぶことはかつて誰にも許したことはありません」

結城「あ、ああ」

礼奈「先輩は、今あたしのことをおまえって呼びましたね?」

結城「ああ。悪かったよ」

礼奈「別に謝ることはありません」

結城「はい(何か怖いなこいつ)」

礼奈「自分でも正確にはなぜだか不明なのですけど、先輩におまえって呼ばれる分にはそ
んなに嫌な気持ちじゃありませんでした」

結城「はあ」

礼奈「あたし、もてるんですよ」

結城「そうなんだ」

礼奈「・・・・・・その様子じゃ信じていないようですね」

結城「別にそんなことはねえよ」

礼奈「ねえ」

結城「何だよ(突然くだけたため口になったぞ。しかも俺の方を上目遣いに眺めるように
して)」

礼奈「先輩は、付き合っている女の子がいるんですか」

結城「いねえよ」

礼奈「付き合ってなくても、好きな女の子はいるんですね」

結城「決め付けるように言うなよ。今はいねえよ(怜菜は違うよな。実の妹だし、最近は
そんなにあいつに執着しないですむようになったし)」

礼奈「じゃあ、安心して先輩を誘えますね」


結城「さっきからおまえは何言ってるんだよ」

礼奈「お昼ご飯にしましょう。天気もいいし、中庭の噴水の前のベンチで食べましょう
か」

結城「ちょっと待て」

礼奈「どうです?」

結城「どうって・・・・・・いや、美味しいけど」

礼奈「なら、よかったです。朝五時に起きた甲斐がありました」

結城「あのよ」

礼奈「はい」

結城「おまえって共学出身じゃん? インハイの予選で知り合っただけの俺なんかに、何
で先輩とかって言って慕ってくれるの?」

礼奈「はあ? 何言ってるんですか。好きになる気持ちに他校もへったくれもないでし
ょ」

結城「好きっておまえ」

礼奈「先輩だって悪いんですよ。その気がないならあたしをおまえとか呼んで、親しげに
振舞わないでください。それこそ他校の生徒に過ぎなかったあたしに」

結城「そんなんじゃねえんだけどな」

礼奈「じゃあ、何なんですか」

結城「いや。おまえ、女子のわりにはいいプレイしてたから印象には残ってたんだ」

礼奈「・・・・・・男女差別ですよそれ」

結城「そういう意味じゃねえよ」

礼奈「とにかく恋愛には理由なんか必要ないです。だいたい今では大学の同期同士じゃな
いですか。他校もへったくれもないです」

結城「だったら、先輩って呼ぶなよ」

礼奈「さっきからネチネチといったい何ですか。あたしが、先輩に恋愛感情を抱いちゃ
いけないとでも言うつもりですか」

結城「・・・・・・それを聞かされて、俺はどう応えりゃいいんだよ」

礼奈「簡単な話じゃないですか」

結城「俺にはちっとそうは思えねえんだけどな」

礼奈「先輩があたしのことを好きなら、あたしの気持ちに応えてくれればいいです」

結城「あのさあ」

礼奈「でも、先輩があたしに興味がないとか、あるいは興味はあるかもしれないけど、他
にもっと好きな女の子がいるなら」

結城「いるなら、何だよ」

礼奈「そしたら、あたしを振るだけの話でしょ」

結城「ずいぶん冷静に言うんだな」

礼奈「だって、それしか先輩には選択肢はないでしょ」

結城「俺が好きかもしれない女の子って」

礼奈「知ってますよ」

結城「嘘付け(妹の怜菜への想いは誰にも知られてないんだ)」

礼奈「怜菜ちゃんでしょ」

結城「・・・・・・嘘だろ」


礼奈「嘘って何でですか」

結城「いや。何でおまえが怜菜を知ってるんだ。高校だって違うのに」

礼奈「今では同級生ですからね」

結城「それにしたって何でそこで怜菜の名前が出てくるんだよ」

礼奈「彼女は恋のライバルですから」

結城「・・・・・怜菜は俺の妹なんだけど」

礼奈「もちろんそんなことはわかってます。そして、主な問題はそこにあるんじゃないん
ですか」

結城(礼奈に俺の怜菜に対する感情がばれたのか)

結城(つうか二人とも「れいな」とか混乱するだろうが。一々頭の中で漢字を思い浮かべ
なければ差別化できん)

結城「問題って、おまえは何を言っている」

礼奈「こういうのは極度に個人的な問題だと思うんですよ。別に、実の妹を愛してしまっ
たからといっても別に法律をおかしたわけじゃないですし。まあ、倫理的にはいかがなも
のかと思いますけどね」

結城「・・・・・・俺が妹のことを好きな前提で話を進めるなよ。いや、好きか嫌いといえば好
きだけど、それは別に男女の恋愛的な感情じゃねえぞ」

礼奈「あれで隠しているつもりなのか、それとも本当の自分の気持を無意識に気がつかな
いようにしているのか、どっちなんでしょうね」

結城「その二択かよ。何でそう思い込んでいるのかなあ。何か根拠でもあるわけ?」

礼奈「もちろんあります」

結城「聞かせてもらおうか」

礼奈「あたしのような美少女の後輩に、これでもかと言わんばかりの好意を示されている
のに、先輩の態度はあまりにも淡白だからです。普通はそんなことはありえません」

結城「え~とさ」

礼奈「あたしってもてるって言ったじゃないですか」

結城「言ってたね」

礼奈「断るのが面倒なくらいに大学に入ってから男の人から声をかけられているんですけ
ど」

結城「そうなんだ」

礼奈「そうなんだじゃないです。もっと言えば高校の頃から状況は変わっていないんです
けど」

結城「だから何だよ。俺と妹のこととは関係ねえだろうが」

礼奈「あたしは文化人類学を専攻してるんです」

結城「それくらいは知ってるよ」

礼奈「民俗学とどっちにするか迷ったんですけど、こっちにしました」

結城(何の話だ)

礼奈「この間、インセスト・タブーについての講義がありました」

結城「何それ」

礼奈「このあたしがここまであからさまに先輩に言い寄っているのに、先輩があたしの気
持ちに応えないということは、もはや結論は一つしかないでしょう」

結城「どういうこと?」


結城「どういうこと?」

礼奈「たいていの女には負ける気がしないですから、結論は一つだけしかないです」

結城「さっきから話が回りくどいぞ。一言で言えよ」

礼奈「つまり」

結城「ああ」

礼奈「・・・・・・今日はやめておきます」

結城「はあ?」

礼奈「先輩、またです」

結城「おい。ちょっと待て(何なんだよ)」

結城(しかし、モテ期って本当にあるんだな。今の俺がそうだ)

結城(礼奈には困惑するくらいにまとわりつかれてるし。サークルの女の子たちとも何と
かなりそうなくらいいい関係だし)

結城(誰を選んでいのかわかんねえ。みんな可愛いし)

結城(ああ。もてる男はつらいぜ。順調に大学生活がスタートしたってことだな)

結城(・・・・・・あが、礼奈はなしだな。あいつは何か怖いし)



怜菜「もうちょっと早く起きてくれないかな」

結城「講義に間に合ってるんだからいいだろ」

怜菜「それはあたしが起こしてあげたからでしょうが」

結城「間に合うように起きたじゃん」

怜菜「あたしがわざわざお兄ちゃんのために用意した朝食は無駄になったけどね」

結城「それは今日の夕飯にするって。おまえの料理を無駄にするわけねえだろ」

怜菜「お兄ちゃんには作り立てを食べて欲しかったのに」

結城「ああ(いろんな意味で俺に余計な期待を持たせるんじゃねえよ。俺はおまえが、実
の妹のおまえに恋してるんだぞ)」

怜菜「お兄ちゃんが起きないせいで、ぎりぎりの時間じゃん。ちょっと急ごう」

結城「おう(あれ? あいつは、こないだオリエンテーションで仲良くなった池山ってや
つじゃん)」



結城「おーい。池山、ちょっと待てよ」

池山「・・・・・・結城か」

結城「おはよ。何急いでたんだよ」

池山「ちょっと講義前に図書館に行こうと思って」

結城「まじめだな、おまえは」

池山「そんなことないけど。って・・・・・・」

結城「(池山め。地味な顔と性格しているくせに、何で怜菜にロックオンするんだよ)う
ん? ああ。会ったの初めてだっけ。こいつは俺の妹の怜奈。おれたちと同回生だよ」

怜菜「こんにちは」

池山「あ、こんにちは。池山です」

怜菜「結城怜菜です。よろしくね」


結城(気のせいかな。怜菜の表情が柔らかい。ひょっとして池山のことを気にいったと
か?。いや、こんなことを考えているから、礼奈に変な勘違いをされるんだ」

結城(いや。あながち勘違いとも言えないか。最近はともかく、この間までの俺には怜菜
に対して執着心が全開であったわけだし)

結城(最近じゃあ、そうでもないと思うけど)

池山「こ、こちらこそ」

結城「おまえ顔赤いじゃん。何で怜奈ごときに緊張してるんだよ(やぱり池山も怜菜が気
になるのか。まあ、これだけ可愛ければ無理もない)」

池山「そうじゃないよ。でも、妹って・・・・・・」

結城「ああ。俺浪人してるって言ったじゃんか。生意気にもこいつが現役で合格しちゃっ
たんでよ。まさか妹と同級生になるなんて思わなかったよ」

怜菜「何よ。あたしのせいなの?」

結城「・・・・・・俺が去年不合格だったせいだけどさ」

怜菜「じゃあお兄ちゃんは文句言わないでよ」

結城「わかった、わかったって。そんなに怒らなくてもいいいじゃんか。池山、こいつは
見てのとおりわがままな女だけどよろしくな(おまえなんかにはもったいないくらいいい
女だけどな。俺の妹は」)」

池山「あ、うん」

怜菜「池山さん、こいつはバカな兄貴だけどよろしくお願いします」

池山「あ、はい」

結城「(これ以上怜菜と池山を話させてやる義理はない)池山、もう行こうぜ」

怜菜「ちょっとお兄ちゃん。何であたしを置いていくのよ」

結城「おまえと一緒にいる理由なんかねえだろ。おまえも友だち作れよ」

怜菜「わざわざ一緒に来たのにここで別行動する必要なんかないでしょ? 池山さんもそ
う思いますよね?」

池山「うん」

結城「池山。てめえ、どっちの味方だよ」

池山「どっちって」

結城「おまえさ。万一、怜菜に惚れたのならやめておけ。こいつは見かけはいいけど中身
はひどいからな(おまえなんかに怜菜を任せられるかアホ。身の程をわきまえてから女に
惚れろよ)」

怜菜「お兄ちゃん!」

「あれ? 怜菜だ。おはよう」

怜菜「・・・・・・有希。おはよ」

有希「・・・・・・えーと」

怜菜「あ、紹介するね。うちのお兄ちゃん」

結城「こんちわ。怜菜の兄です」

怜菜「あと兄の友だちの池山さん。みんな同期だよ」

有希「初めまして。有希といいます。よろしくお願いします」

結城「お、礼儀正しいあいさつ。怜菜もちっとは見習え(この子って、確か俺のことを好
きだって子だっけ? 確かに可愛いけど、別にそそられないなあ。これなら礼奈と付き合
った方がいいかもな)」

結城(って俺。何を考えているんだ。あんなややこしい女と付き合ったら後が怖い)

怜菜「何ですって」

結城「こらよせ、怜奈。痛いって」


今日は以上です
また投下します


礼奈「おはようございます。先輩」

結城「ああ」

礼奈「ああ、じゃないです。ちゃんとあいさつする習慣を付けた方がいいですよ」

結城「悪い。おはよう」

礼奈「さっき見ましたよ。朝、可愛い子と一緒にいたでしょ」

結城「可愛い子? また、怜菜の話かよ」

礼奈「可愛い子と言われてすぐに自分の実の妹のことが頭に浮ぶとは、先輩は本気でシス
コンだったようですね」

結城「いやあ・・・・・・」

礼奈「なぜ、そこで誇らし気な態度を取れるののか理解に苦しみます。なぜ否定しないん
ですか」

結城「だってよ。おまえ、俺のことシスコンだって疑っているんだろ」

礼奈「まあ、そうですけど。」

結城「じゃあ、それでいいじゃんか」

礼奈「・・・・・・ついに開き直りましたか。最低ですね」

結城「そもそもおまえがその疑いをかけたんだろうが。いったい何が不満だ」

礼奈「・・・・・・先輩」

結城「な、何だよ(なぜここで赤くなる)」

礼奈「そんな。前にも言いましたけど、あたしのことをおまえって呼んでいい人は」

結城「いい人は?(何だ。彼氏いるのか)」

礼奈「ばか」

結城「はい?」

礼奈「・・・・・・まあいいです。というかあたしはさっきから一言だってそれが怜菜ちゃんの
ことだなんて言ってませんよ」

結城「そうだっけ?」

礼奈「こういうのを自爆と言うんですよ」

結城「別にそれでもいいけど」

礼奈「シスコンなことは目をつぶってあげてもいいですけど、開き直りとは最悪じゃない
ですか」

結城「うるさい。怜菜じゃないなら誰のことを言ってるんだ」

礼奈「さあ? さすがのあたしも名前まではわからないですけど、怜菜ちゃんと博人君と
別れた後、教室まで話し込みながら一緒に歩いていた女の子のことですよ」

結城「何だ。有希ちゃんのことか」

礼奈「お知り合いなんですか」

結城「今日、知り合ったんだ。怜菜に紹介された」

礼奈「・・・・・・最低ですね。先輩は」


結城「何でだよ」

礼奈「最初から先輩の女好きでいい加減な性格はわかっていたつもりではありましたが」

結城「いい加減って何だ」

礼奈「いくらなんでもちょっとひどすぎませんか」

結城「だから、意味わかんねえし」

礼奈「怜菜ちゃんかわいそう」

結城「日本語で話せよ。何言ってるのかわかんねえよ」

礼奈「シスコンであることを開き直った上に浮気とかどうしようもない人なんですね。先
輩って」

結城「浮気って何のことだよ」

礼奈「有希さんとかっていう人のことに決まっているじゃないですか」

結城「だから、有希ちゃんは怜菜の高校の同級生だって」

礼奈「実の妹を狙っている上に、その同級生の女の子にまで手を出したわけですか。鬼畜
とはまさに先輩のためにあるような言葉です」

結城「おまえ、何かひどく勘違いをしているぞ。俺は彼女とは何でもないし、ただ一緒に
歩いてただけだ。どうすればそういう妄想が生まれるのか聞きたいくらいだ」

礼奈「彼女って先輩にとっては実の妹の代役というわけですか」

結城「・・・・・・はい?」

礼奈「有希さんって子、かわいそう」

結城「おまえなあ。そろそろ本気で腹が立ってきたんだけど」

礼奈「マジで睨まないでください。先輩、顔が怖いです」

結城「・・・・・・」

礼奈「冗談ですって」

結城「冗談でも言っていいことと悪いことがあるんじゃねえの」

礼奈「ごめんなさい。謝りますから睨まないでくださいね」

結城「おまえ、本気で悪いと思ってねえだろ」

礼奈「そんなことないですよ。ねえ? 仲直りしましょうよ」

結城「・・・・・・マジで言うけど、俺は確かにシスコンかもしれないけど、妹とどうこうなろ
うなんて思ってねえし、有希ちゃんとも単なる知り合いにすぎねえんだって(嘘じゃねえ
よな)」

礼奈「本当なんでしょうね」

結城「本当だ(これはマジで本当のことだ。もう俺は怜菜と付き合おうなんて思うこと
は止めたんだし。まして、有希ちゃんとかとなんて問題外だわ。妹の親友なんてあり得な
いだろ)」

礼奈「ふーん」

結城「何だよ」

礼奈「嘘を言ってるわけじゃなさそうですね」

結城「嘘なんか言ってねえよ」

礼奈「本当は、有希さんとかっていう子に、あなたは先輩の実の妹への恋を諦めるための
身代わりにすぎないのよって教えてあげるのが親切なのかと思ってたんですけど」

結城「おい、よせ。誤解だから、マジでやめろ(こいつなら本気で言いそうで怖い)」


礼奈「まあ、先輩の言うことを一応、信じてみましょう」

結城「お、おお。ありがとな(何で俺、礼なんか言ってるんだよ。いや、この際なりふり
構ってなんかいられん。本当にそんなこと言われたら、俺は破滅だ。いろんな意味で)」

礼奈「だったらあたしと付き合ってくれてもいいはずですよね」

結城「それは飛躍しすぎだ」

礼奈「あたしはこう見えても」

結城「おまえが男にもてるって話なら散々聞かされたぞ」

礼奈「なら、何であたしは対象外なんですか」

結城「うん?(そういや何でだっけ)」

礼奈「怜菜ちゃん狙いでもなく、有希さんとかいう子狙いでもないんでしょ?」

結城「当たり前だ」

礼奈「客観的に言うように努めるので、おまえは何様だとか余計なことは言わないでくだ
さいね」

結城「何なんだ」

礼奈「先輩が怜菜ちゃんも有希さんも狙っていないなら、何であたしを口説こうとしない
んです?」

結城「意味わかんねし。何で俺がおまえを口説にゃならんのだ」

礼奈「何でですか」

結城「いや、それこっちのセリフだろ」

礼奈「あたしは男の子に人気があります。そこまではOK?」

結城「お、おう」

礼奈「先輩が近親相姦の背徳的な美学に魅せられてしまったとしたら、いくらあたしが可
愛くて綺麗でも敵わないのかもしれません」

結城「だから、違うって」

礼奈「ひょっとして、先輩って自分の相手に処女性を求めるような人です?」

結城「ちょっと待て。さっきから黙って聞いていればおまえは」

礼奈「だから有希さんには興味がないですか」

結城「はあ?」

礼奈「はあって」

結城「有希ちゃんはさ。妹と同じで富士峰の出身だぞ。しかも小学生の頃から」

礼奈「そうなんですか」

結城「おまえは知らないだろうけど、そうなんだよ。つまり」

礼奈「つまり名門の女子校出身の妹さんとか有希さんは深窓のお嬢様で、男と付き合った
こともないと。そう言いたいわけですね?」

結城「まあ、そうだ。現に妹は今まで付き合った男はいないしよ」

礼奈「怜菜ちゃんはそうかもですね」

結城「うん?」

礼奈「あたしは有希さんって人のことはよく知りませんけど」

結城「ああ?」

礼奈「でも、先輩が彼女に興味があると思ったんで最近はよく観察してたんですよね」

結城「だから。それは思い切り誤解だから」

礼奈「あの子はビッチですよ。間違いありません」


結城「はあ?(何言ってるんだこいつ。自分が遊びまくりの公立の共学校出身だからっ
て)」

礼奈「信じてませんね」

結城「あの有希ちゃんに限ってそんなことがあるか」

礼奈「先輩って。ひょっとして見かけによらず相当初心な人なんですか」

結城「初心って。いや、まあ男子校出身だしさ。女に慣れてるとかはねえけど」

礼奈「うーん」

結城「何だよ」

礼奈「安心してくださいね。先輩が見かけによらず女の子に慣れていないチェリーボーイ
だとしても、あたしの先輩への想いは変わらないですから」

結城「チェリーボーイって?」

礼奈「童貞ってことです」

結城「・・・・・・あのさ」

礼奈「誰にでも初めてはありますからね。別に恥かしがることはありません。最初はちゃ
んとあたしがやさしく」

結城「いい加減にしろって。誰がおまえにそんなことまで頼むって言った?」

礼奈「・・・・・・」

結城「な、何だ」

礼奈「童貞なことは否定しないんですね」

結城「本当のことだからな」

礼奈「意外です。でも、その意外性にすら惹かれてしまうあたし。先輩って罪な人です
ね」

結城「いや、あの」

礼奈「有希さんに対しては、あまり幻想を抱かない方がいいですよ」

結城「どういう意味?」

礼奈「そのままの意味です。あの子は処女じゃないですよ」

結城「・・・・・・おい」

礼奈「だってそうだもん」

結城「何でそんなことがおまえにわかるんだよ」

礼奈「あの子って演技してますよ。無垢で男なんか知らない処女だって演技を。まあ、富
士峰の制服を着てたってだけで騙される男ばっかだから、彼女の演技が成り立つんでしょ
うけどね」

結城「・・・・・・マジで?」

礼奈「ええ。怜菜ちゃんはバージンだと思うけど、有希さんは多分百戦錬磨ですよ」

結城「そんなわけあるか」

礼奈「あたしの言うことを先輩が信じないなら、それはそれでいいです」

結城「マジなの?」

礼奈「じゃあ、今日はこれから一般教養の講義なので」

結城「ちょっと待てよ」

礼奈「あたしの言うことが信じられないなら、先輩の大切な妹さんにでも聞いてみたらい
いと思います」

結城「そんなことを怜菜に聞けるか」


礼奈「何でです?」

結城「え」

礼奈「何で怜菜ちゃんには聞けないんですか」

結城「何でって」

礼奈「別にいいじゃないですか。先輩は実の妹である怜菜ちゃんには、汚らわしい欲情を
感じていないんでしょ?」

結城「おまえなあ」

礼奈「だったら、別にいいじゃないですか。有希さんの正体を問い質したって」

結城「つうかさ。そんなことはどうでもいいっつうの」

礼奈「はい?」

結城「有希ちゃんがビッチか清楚な女の子かなんて、よく考えてみれば俺には何も関係ね
えし」

礼奈「うーん」

結城「何が、うーんだよ」

礼奈「じゃあ、先輩はいったい何をしたいんですか?」

結城「どういう意味だよ」

礼奈「妹のことをどうこうしようとは思っていないんですよね?」

結城「ああ。シスコンなことは認めるが、それ以上の関係に踏み込む気なんかねえぞ」

礼奈「わけわかんない」

結城「俺の方がわけわかんねえよ(そもそも俺、何でこいつの相手なんかしてるんだ
ろ。時間の無駄じゃんか)」

礼奈「彼女とか作ろうとか思わないんですか」

結城「えーと」

礼奈「怜菜ちゃんとは付き合わないって、ちゃんと先輩の理性が判断しているのに。何で
そこで止まっちゃうの? 何でその先に踏み込もうとしないの?」

結城「え。ちょ、おまえ(何で泣いてるの)」

礼奈「もうやだ」

結城「ちょっと待てよ」



結城(そういや、俺ってこの先どうしよう。わざと一浪して妹と一緒に大学生になって一
緒に暮し始めたのはいいけど。両親がいなくなて二人きりになったらって妄想を繰り広げ
ていたことは否定できないけど)

結城(でも、もうそれは克服したんだよな。俺が告ったら怜菜が傷付くだろう。待ち望ん
でいた二人暮しが始まったとき、俺は初めて現実に直面したんだ)

結城(だからもう止めだ。怜菜に好きな男ができて、幸せな結婚に至ること。それが何人
目の彼氏で実現するのかはわかんねえけど、俺はそれまで怜菜を見守るつもりだった)

結城(その気持ちに変わりはねえけど。だけど、さっきあいつが言ってたな)

結城(・・・・・・)



『じゃあ、先輩はいったい何をしたいんですか?』

『彼女とか作ろうとか思わないんですか』

『怜菜ちゃんとは付き合わないって、ちゃんと先輩の理性が判断しているのに。何でそこ
で止まっちゃうの? 何でその先に踏み込もうとしないの?』


結城(そうか。わかっていたんだな、俺だって)

結城(妹を好きな気持ちを振り切ったつもりだったけど、どっかで未練が残ってたんだろ
うな。妹と付き合えなきゃもう誰とも付き合わなくていいなんて、それは俺だけの問題じ
ゃねえよ。怜菜にだって心配をかけることになる

結城(そうだ。妹と妹の彼氏、俺と俺の彼女で一緒に楽しく過ごすことこそ今の俺にでき
る精一杯の目標じゃねえのか)

結城(・・・・・・と言ってもなあ。今まで男子校だったし、何より怜菜のことしか見えてなか
ったからなあ。いきなり彼女を作ろうっていっても)

結城(礼奈は・・・・・。いや却下。あいつは頭が良すぎるし気も回りすぎだ)

結城(それに俺の妹への気持ちを知っている女と付き合うなんかありえねえだろ)

結城(そしたらどうしようか。誰か他に探すか)

結城(確かに俺は小中高と男子校で育ったけど、同世代の男と比べればいろいろスキルは
劣ると思うけど)

結城(なんだか最近モテ期つうの? やたら女にもてている気がするし)

結城(・・・・・・え?)

結城(いや、それはない。怜菜は有希ちゃんが俺のことをどうこう言ってたって言ったけ
ど、そう聞いたって別に嬉しくもなかったしな)

結城(本当かどうかはわからんけど、もし本当に礼奈の言うように有希ちゃんがビッチだ
としたら、俺みたいな童貞野郎なんかには興味ねえだろうし)



『あの子って演技してますよ。無垢で男なんか知らない処女だって演技を。まあ、富士峰
の制服を着てたってだけで騙される男ばっかだから、彼女の演技が成り立つんでしょうけ
どね』



結城(いや。興味もたれても困るんだけどさ)

結城(礼奈は俺が童貞でもいいって言ってたな)

結城(いやいや。別にそんなことを気にしてどうする。この大学だって女の子なんかいっ
ぱいいるんだぜ。中には処女で俺のことを好きになってくれる子だっているはず。確かに
俺はチェリーかもしれんが、今までだって大会とかではよく女の子に声かけられていたし
さ)



有希「結城君」

結城「ああ。有希ちゃんか、おはよう」

有希「おはよう」

結城「え」

有希「どうかしたの?」

結城「あ、いや(びっくりした)」

有希「うふふ。結城君、面白い顔してたよ」

結城「そう?(今の今まで君のことを考えていたなんて言えねえよな)」

有希「今日は怜菜と一緒じゃないんですね」

結城「いつもアパートで一緒なんだぜ。大学くらい別行動したいよ」

有希「ふふ。本当ですか?」

結城「本当だって(こいつ、俺のことを格好いいとかって本当にそう言ってたのかな)」

有希「そういうことにしておいてあげます」

結城「本当だって(しかしなあ。こうして見ても清楚な女子大生にしか見えん。本当
にこいつって遊んでるのかなあ)」


有希「結城君って」

結城「何」

有希「あ・・・・・・結城君って呼ぶのは失礼ですか。年上だし怜菜のお兄さんだし」

結城「気にするなって。一浪したんだから今では同期だろ」

有希「そうですけど。気になるんじゃないかと思って」

結城「そういうのさ。むしろ気をつかわれる方が気になるよ」

有希「そうなんですか? じゃあ安心してため口で喋っちゃおう」

結城「おう。望むところだ」

有希「・・・・・・結城君ってもてるでしょ」

結城「いきなり何だよ。てか、有希ちゃんこそ男に言い寄られて大変なんじゃねえの?」

有希「あ、はい。それは本当に困ってるんです」

結城「(否定しねえな)まあ、君って可愛いし。無理もねえよな」

有希「あたし、怜菜と一緒で幼稚園の頃から女子校だったじゃないですか? それが大学
に入ったら毎日男の子に誘われたり告白されたりで。正直、戸惑ってます」

結城「そうなんだ。まあ、君ならしかたないよ(こいつ。これって演技なのか。それとも
礼奈の言うとおり単なるビッチなのか。普通に話してると、男慣れしてない女の子みたい
だけど)」

有希「怜菜はいいなあ。あの子、男の子と話しててもすごく自然なんですよ。ずっとあた
しと一緒に富士峰だったのに」

結城「あいつはさ。昔から人見知りしないと言うか、誰とでもすぐに仲良くなっちゃうや
つだから」

有希「はい。それはあたしも知っているんですけど、男の子相手でも同じだとは思いませ
んでした」

結城「有希ちゃんだってすぐに慣れるって。それに俺とは普通に話しできてんじゃん」

有希「・・・・・・結城君のことは怜菜からよく話を聞かされていたし、初対面じゃないみたい
だったから」

結城「そうなんだ」

有希「怜菜ったら結城君の自慢ばっかり」

結城「マジで?(ちょっとだけ嬉しい)」

有希「怜菜だったらすぐに彼氏とかできちゃいそうだなあ」


結城「え(どういう意味だ。妹がそんなに軽い女だとでも言いたいのか。ちょっとだけむ
かついた)」

有希「先輩?」

結城「何」

有希「あたしね、いろんなことに偏見を持っちゃいけないって思ってるの」

結城「そうなんだ(何なんだ)」

有希「高校で人権についての授業があって、それを受けていろいろ考えちゃった」

結城「似たような授業は俺も受けたことあるな。すげえよく眠れた記憶しかないけど」

有希「ふふ。結城君らしいけど。あたしは全然退屈しなかったなあ」

結城「いろいろって何を考えたの?」

有希「同性愛者への偏見とか権利とかに関する授業だったんですけど」

結城「なるほど」

有希「同性婚を認める国まで出てきてるし、同性愛者への偏見って昔に比べたら大分改善
されているんじゃないかと思うんですよね」

結城「そうかもねえ(心底どうでもいい話だな。この話に付き合ってなきゃだめなのか
な)」

有希「同性愛が許されるなら、近親の恋愛は何で駄目なんでしょうね?」

結城「はい?(な、こいつ何を言い出すんだ)」

有希「だってそう思いませんか。同性の恋愛以上に、近親の恋愛が罪悪なのかなって考え
てみたんですけど、あまり思いつかないんですよね」

結城「そうなのか(何言ってるんだ。まさか、礼奈と一緒でこいつも俺の気持ちを知って
て言ってるんじゃ)」

有希「はい。結構真面目に考えたんですけど、何度考えても同性愛なら許されるのに近親
恋愛が許容されない理由がわからないんですよね」

結城「(うん? 言われて見ればそういう考え方もあるか)何でそんなことに興味がある
のさ」

有希「道徳的におかしいというなら、同性愛も近親愛も一緒ですよね」

結城「そう・・・・・・かな?」

有希「誰かを好きになるという思いには貴賎はないはず。まして、誰にも迷惑をかけない
のであれば」

結城「君って、兄貴か弟かいる?」

有希「あたしは一人っ子です」

結城「そうなんだ」

有希「ただ、幼稚園の頃からずっと怜菜とは一緒に過ごしましたから。彼女の気持ちは痛
いほどわかります」

結城「(嫌な予感がする)怜菜の気持って?」

有希「怜菜は結城さんのことが好きなんですよ。異性として」


結城「・・・・・・あのさ」

有希「気がついていなかったとは言わせませんよ。怜菜は昔から結城さんの言葉に一喜一
憂してたんですからね。そんな言動を無意識にやっていたとは言わせませんからね」

結城(礼奈に続いてこいつにまで俺の秘密がばれるのかよ)

有希「あたしは兄と妹の恋愛が悪いなんて思いません。怜菜が本当にお兄さんのことが好
きなら、応援してもいいって思ってたんですよ」

結城「それ、思い切り誤解だから」

有希「でも、残念だけど結城さんの言うとおり、あなたは怜菜の切実な気持に真面目に向
き合う気はないみたいですね」

結城(ふざけんな。俺がこう決心するまでどれだけ辛い思いをしてきたのか知らないだ
ろ)

有希「だって結城さんはキャンパスでいつも女の子と一緒にいますものね。結城さんのこ
とを、怜菜がどんなに切実な気持で追い求めているのかも知らないで」

結城(怜菜・・・・・・。マジかよ)

有希「妹に興味がないなら、何で怜菜を惑わすような言動をしてたんです。それも十何年
間も続けて」

結城(全部ばれてるっぽいな。ひょっとして怜菜がこいつに相談したのかな)

結城「あのさあ」

有希「何ですか? 言い訳なら聞く耳なんかないですよ」

結城「正直に言うと、俺は怜菜のことが好きだった。怜菜も俺のことを好きだったって言
うのは初めて知ったけど」

有希「どこまで鈍感なんですか。あたしは嘘は言ってませんよ」

結城「君って男性関係が豊富なんだって?」

有希「な! 何てこと言うんですか。あたしは別に・・・・・・」

結城「違うの?」


有希「・・・・・・わかってたのね」

結城「おう(礼奈に教えてももらわなきゃ気がつかなかっただろうけど)」

有希「結城君って、意外と女の子を見る目があるんだね」

結城「どうだろ(んなわけねえだろ)」

有希「別に妹との恋愛が駄目だとは思わないけど、やっぱり結城君は怜菜とは付き合わな
い方がいいよ」

結城「だから、妹とのどうこうなろうなんて思ってねえよ・・・・・・でも、何で?」

有希「知ってるでしょうけど、怜菜って一途ですからね。結城さんには釣りあわないでし
ょ」

結城「俺なんかじゃあ、怜菜には不足だって言いたいのか?(何言ってるんだ俺)」

有希「どちらにとっても似合わないって言ってるんです。というか、結城さんって怜菜と付き合いたいの?」

結城「そんな気きはねえよ」

有希「本心では好きなのに諦める・・・・・・か」

結城「違うって(全然違わねえけど。つうかこいつって何でこんなに鋭く人の気持ちを読
めるんだ)」

有希「協力してあげましょうか。結城さんさえよければ」

結城「・・・・・・はい?」

有希「結城さんの彼氏が出来れば怜菜は諦めようとすると思いますけど、その相手が結城
さんが最近よく一緒にる彼女とかなら、怜菜は心配すると思います」

結城「何でだよ」

有希「あたしと付き合ってください。あたしなら怜菜も納得すると思います。それは辛い
思いをすることは避けられないでしょうけど」

結城「な、何言ってるんだよおまえ」

有希「幼稚園の頃からの親友のあたしなら、結城さんのほかに男を知らない純真なあたし
が相手なら怜菜も納得すると思いますよ」

結城(おまえはビッチだろうが。何言ってるんだこいつ)

結城(・・・・・・)


今日は以上です。最近投下間隔があいてしまってすいません
また、投下します


結城(有希だけはないと考えてたんだけどな)

結城(怜菜が俺を好きって。本当なのか)

結城(仮に有希が嘘を言ってないとしたら。俺には選択肢が与えられたことになる)

結城(一つは、俺が長い間望んでいた夢を実現する道だ。怜菜が俺のことを好きなら、そ
れはもう片想いじゃない。怜菜だって俺の気持に応えてくれるかもしれないし)

結城(いや。俺は怜菜を諦めるって決めたんじゃないか。諦めた理由は相変わらず残って
いるし、俺と怜菜を取り巻く状況だって何一つ変わってないんだ。それが、あいつも俺の
ことが好きもしれないってわかったからって、いきなり妹とどうこうなることを期待する
なんて節操もないにも限りがある)

結城(じゃあ、どうするよ。礼奈とか有希が言ってるように他に女を作ればいいのか。そ
うすれば怜菜は俺を諦めるのか)

結城(何かもったいない気がする。せっかく怜菜と両想いなのに・・・・・・ってそうじゃねえ
だろ)

結城(・・・・・・そうなると。礼奈か有希かって感じになるのか)

結城(どっちも面倒くさそうだな)



有希『大丈夫ですよ』

結城『大丈夫って何が』

有希『少なくとも怜菜とか大学の友人たちには、あたしは清楚で一途な女の子だと思われ
てますから。怜菜も納得すると思います』

結城『ビッチなことは否定しねえのかよ』

有希『どうも結城君にはばれてるみたいだし』

結城『・・・・・・マジかよ(礼奈の人を見る目は恐ろしい。そんな怖い女とは付き合えん)』

有希『結城君が相手に処女性を求めない人なのなら、あたしと結城君はお互いにいい相手
だと思うよ。怜菜のことは別にしたとしても』



結城(いや、待て。別に礼奈と有希に限定する必要はないんじゃないか。今の俺は人生初
のもて期を迎えているわけだし)

結城(そうだ、何で悩んでるんだ俺。別にあんな面倒くさいやつらと付き合う必要なんか
ねえじゃんか。要は怜菜さえ悩まなきゃいいだよ)

結城(とりあえずサークルの女の子を物色することから始めようか)



礼奈「いくらなんでもそろそろ先輩は決心してもいい頃だと思うんですよ」

結城(何でこうなる)

礼奈「いくら先輩が不誠実だとしてもね」

結城「何でそうなるんだ」

礼奈「ちゃんとあの女はあたしが追い払っておきました。危ないところでしたけど」

結城「おい」

礼奈「少なくとも今日はサークルとは関係ない学部の新入生の集まりでしょ? 有希さん
がいるいわれはないと思ったので、帰っていただきました」

結城「おまえなあ。てか有希ちゃん、ここに来てたの」

礼奈「はい。追い出しておきましたけど」

結城「追い出したって、どうやって」


礼奈「ふふ」

結城「何だよ」

礼奈「その辺は聞かない方が、先輩にとっては気が楽ですよ」

結城「意味わかんねえ」

礼奈「汚れ役は、あたしに任せてください」

結城「いや別に誰も頼んでねえし」

礼奈「行きましょう、先輩。今夜は先輩があたしをエスコートしてください」

結城「いや。俺、今日は止めておくわ」

礼奈「一回生の分際で学部の集まりを回避してると、すぐにぼっちになっちゃいますよ」

結城「ちょっと用事を思い出してさ。おまえは行ってこいよ」

礼奈「それは先輩に言われなくても行きますけど。まさか、怜菜ちゃんと会いたくなった
とか・・・・・・」

結城「そんなんじゃねえよ」

礼奈「そしたら、もっとまさか。有希さんとやらに興味があるんじゃないでしょうね」

結城「ねえよ(だと思うけど。俺が怜菜を諦めて、怜菜にも俺を諦めさせるんだったら、
別に有希とか礼奈である必要はない。だけど)」



有希『少なくとも怜菜とか大学の友人たちには、あたしは清楚で一途な女の子だと思われ
てますから。怜菜も納得すると思います』

有希『結城君が相手に処女性を求めない人なのなら、あたしと結城君はお互いにいい相手
だと思うよ。怜菜のことは別にしたとしても』



結城(考えてみれば俺が誰と付き合いたいかなんてどうでもいいじゃん。重要なことは、
俺が誰と付き合えば、怜菜が俺のことを諦めるかだ。そして、怜菜が俺を諦めれば俺だっ
てこんな無益な想いを捨てられるかもしれない)

結城(・・・・・・)

結城(有希が言ってたっけ)



「同性愛が許されるなら、近親の恋愛は何で駄目なんでしょうね?」

「結構真面目に考えたんですけど、何度考えても同性愛なら許されるのに近親恋愛が許容
されない理由がわからないんですよね」

「道徳的におかしいというなら、同性愛も近親愛も一緒ですよね」

「誰かを好きになるという思いには貴賎はないはず。まして、誰にも迷惑をかけないので
あれば」



結城(うーん)

結城(だが、まあそれはいい。考えると切りがないからやめておこう。とりあえず、有希
なら俺と怜菜の気持を知ったうえで協力してくれると言ってたんだ。そう考えれば女なん
か誰でもいいんだし、ビッチだろうが事情を知っている有希と付き合うのがベストかもし
れねえ)

結城(それに何だか礼奈に追い払われたっていうのもかわいそうな気がするし)

礼奈「マジで今日は参加しないんですか」

結城「悪い。みんなによろしくね」

礼奈「あ、ちょ。先輩ってば」


結城(いねえなあ。もう大学の構内にはいねえのかな)

結城(ってあ・・・・・・いた)

結城(いたのはいいけどよ。よりによって怜菜と一緒とか。想定外にも程があるぜ)

結城(噴水の横のベンチに座って何か話し込んでるな。どれ、気がつかれずにそばに寄れ
るかな)

結城(・・・・・・夢中で話し込んでるせいで、意外と近くまで行けるっぽいな)



怜菜「ねえ」

有希「うん」

怜菜「何で落ち込んでるの」

有希「んなことないけど」

怜菜「うそ」

有希「うそって」

怜菜「何かあった?」

有希「・・・・・・」

怜菜「あんたの嘘はすぐにばれるんだって。いったい何年の付き合いだと思ってるのよ」

有希「何にもないって」

怜菜「・・・・・・」

有希「何よその間は」

怜菜「大丈夫だよ」

有希「何が大丈夫なのよ」

怜菜「博人のことなら大丈夫だって」

有希「はあ? 博人って何が」

怜菜「誤魔化すな。博人のこと好きなんでしょ?」

有希「はい?」

怜菜「はい? って。無理しなくてもいいのに」



結城(はい? 博人って池山のことか? 何で怜菜が池山のことを博人って呼んでるん
だ? てか、有希が好きなのは池山じゃなく俺じゃねえの?)

結城(・・・・・・てか何で俺が有希ごときに嫉妬じみた感情を抱くのか)

結城(うーん)



有希「怜菜さ。あんた何かややこしい誤解をしているみたいだけど」

怜菜「照れるなって。見ていたらわかるよ。あんた、いつだって博人のことを目で追って
いるじゃん」

有希「それは誤解なんだけどなあ。っていうか、あんたって博人のことが気になる?」

怜菜「全然」

有希「無理してない?」

怜菜「してないよ」

有希「・・・・・・じゃあ、あんたって。やっぱり実の兄貴のことが好きなのか」

怜菜「あ、あんた。何てこと言うのよ!」


有希「いいじゃん別に。自分の兄貴のことが好きだって。誰に迷惑をかけるわけじゃない
んだし」

怜菜「・・・・・・何言って」

有希「あたしさ。結城さんのことが好き」

怜菜「え?」

有希「いい?」

怜菜「いいって・・・・・・。あたしの許可とってどうすんのよ。てか、本気なの」

有希「本気だよ」

怜菜「だって。博人は?」

有希「嫌いじゃないけど恋愛的な意味じゃないよ。あたしが好きなのは結城君」

怜菜「・・・・・・マジかよ」

有希「あんたには悪いけど」

怜菜「別にあたしに悪いとかはないけど。あいつは単なる兄貴だし」

有希「それなら別にいいんだけど」

怜菜「何なのよ」




結城(やっぱりなあ。完全に有希の思い込みじゃねえか。何が怜菜は俺のことが好きだ
よ。やっぱ怜菜は俺のことなんか単なる兄貴としか思ってねえじゃん)

結城(てか、怜菜って本当は池山のことが)

結城(・・・・・・怜菜の気持ちが気になってしかたない。予想していたことではあるけど)



有希「あんたが反対しないならそれでいいんだ。これであたしは堂々とあんたのお兄さん
に迫れるし」

怜菜「博人のことは本当にいいの?」

有希「うん。あたしは別に彼のことは何とも思っていないし。だいたい、あいつって何か
暗いじゃん。あんたとか結城さんが彼のことを好きなようだから、それに付き合って話を
したりとかはしていたけど」

怜菜「ひどいこと言うね。博人はいいやつじゃん」

有希「あんたの方こそひどいじゃん。自分は兄貴の方ばっか見てるくせに」

怜菜「見てないって」

有希「まあいいや。じゃあ、あたしのこと認めてくれるのね」

怜菜「あたしが認めったってしょうがないでしょ。兄貴に認めさせなさいよ」

有希「まあそうなんだけど。それで? あんたは誰か好きな人いるの?」

怜菜「今のところ別にいないなあ」

有希「ふふ」

怜菜「何よ」

有希「なあんだそうか。怜菜ってやっぱ博人のことが好きなのか」

結城(え。怜菜って本気で池山のことが好きなのか?)


怜菜「な! 何でそうなるのよ。そんなこと一言だって言ってないじゃん」

有希「別にあたしには関係ないからいいけど。じゃ、ないか。あんたがあたしに遠慮して
いるなら、それは無用な心配だからね」

怜菜「しつこいなあ」

有希「明日ってサークルのコンパじゃない? そこで博人に告っちゃえば?」

怜菜「何であたしがそんなことしなきゃいけないのよ」

有希「だって、博人って奥手そうじゃない? 自分から仕掛けないと一生経っても何も起
きないよきっと」

怜菜「起きなくてもいいんだってば。だいたい何であたしが博人のことを好きだなんて考
えたのよ?」

有希「目で追うってあんた言ったじゃん」

怜菜「言ったけど」

有希「人のことは見えても自分ではわからないものなのね。だって怜菜が二番目に目で追
ってる男の子じゃん。一番目は結城さんだけど」

怜菜「ちょっと。それ誤解」

有希「絶対にどっちかでしょ。博人じゃないなら本当はやっぱり」

怜菜「ないない。それは絶対ない。それに博人ってコンパとか時間の無駄だからって、一
度も顔出したことないもん。明日だって、きっとこないよ」

有希「そうかなあ」

怜菜「そうだって」



結城「ただいま」

怜菜「おかえり。てかお兄ちゃん帰るの遅いよ。夕ご飯冷めちゃったじゃない。遅くなる
なら連絡してって言ったでしょ」

結城「悪い。ちょっとな」

怜菜「もう。さっさと食べちゃってよ。いつまでたっても片付かないじゃん」

結城「わかってるって」

怜菜「二人暮しすると本当、お母さんの苦労がよくわかるわ」

結城「たまたま、今日だけ連絡し忘れただけだろ。悪かったって」

怜菜「おいしい?」

結城「うまいよ」

怜菜「よかった」

結城「うん(怜菜・・・・・)」

怜菜「そういや明日ってイベ研のコンパじゃない?」

結城「うん」

怜菜「お兄ちゃんは出るんでしょ」

結城「行くよ。別に用事もねえし」

怜菜「そうか」

結城「それがどうかしたの?」

怜菜「あのさ。博人も来るかな」

結城(何赤くなってんだよ)


結城「来ないだろうなあ。あいつ、合コンとか時間の無駄だって言ってたしな」

怜菜「そうか。やっぱそうだよね」

結城「池山が来ないと何か問題あるの?」

怜菜「・・・・・・別にないけど」

結城「てか、何赤くなってるのおまえ」

怜菜「赤くなんてなってないよ」

結城「おまえさ。ひょっとして池山のこと好きなん?」

怜菜「べ、別にそんなことないよ」

結城「隠さなくたっていんじゃんか。俺とおまえの仲なんだから」

怜菜「あ、あたしとお兄ちゃんの仲って。何てこと言うのよ」

結城「・・・・・・やっぱり顔真っ赤じゃん。これはもう言い訳できねえなあ」

怜菜「う」

結城「う?」

怜菜「うるさい! 黙れ卑怯者」

結城「卑怯者? 何だよいったい」

怜菜「自分だって有希のことが気になるくせに」

結城「はあ? それ思い切り誤解だし」

怜菜「もういい。いいから早く食べちゃってよ」

結城「どこ行くんだよ」

怜菜「自分の部屋!」

結城「心配するなよ~。特別にお兄ちゃんが池山に明日参加するように言っておいてやる
からな。俺っていい兄貴の鑑じゃね?」

怜菜「うるさいばか!」

結城「・・・・・・」

結城「ちぇ」



結城「ちょっといいか」

池山「うん」

結城「今日さ、イベ研の打ち合わせがあるから絶対来いよな」

池山「そうなの? 僕は全然聞いてないけど」

結城「急に決まったの。夜の六時に新歓コンパのときの店な」

池山「夜に居酒屋って。それ、ただのコンパじゃないの?」

結城「打ち合わせだって言ってるだろ。いいから来いよ」

池山「打ち合わせなら行くよ。コンパなら行かないけど」

結城「じゃあ、後でな」

池山「打ち合わせって何をするの? 当分イベントないんだろ」

結城「ごちゃごちゃうるさい。来りゃわかるよ」

池山「わかった。じゃあ、後で」

結城「・・・・・・おう」

結城「ちぇ。何で俺がこんなことしてるんだろ」


結城「おお池山。来たか」

池山「おまえなあ。何が打ち合わせだよ」

結城「だってそうでも言わないとおまえ来ねえんだもん」

池山「僕がいる必要ってないだろ」

結城「それがあるんだなあ。俺って妹想いの兄貴だからさ(心が痛い)」

怜奈「お兄ちゃん!」

結城「何赤くなって慌ててるんだよおまえ(マジで赤くなった。やっぱ、こいつって)」

怜奈「・・・・・・お兄ちゃんはしばらく朝食抜きね」

結城「ちょっと待て。俺はおまえのために」

怜奈「それ以上一言でも喋ったら夕食も抜きだからね」

結城「わかった」

池山「何なんだ」

有希「今晩は~」

怜奈「有希、綺麗・・・・・・てか何気合い入れてるのよ」

有希「別に気合いなんか入れてないって。変なこと言わないでよ」

怜奈「本当かなあ」

有希「・・・・・・怜菜の意地悪」

怜奈「ほら、お兄ちゃん。何か言うことがあるんじゃないの」

結城「(怜菜って残酷だよな。何で俺に有希のことを誉めさせようとするんだよ)有希っ
て清楚なお嬢様って感じだよな。すごく似合ってるじゃん」

有希「・・・・・・そんなことないよ」

結城(赤くなるなよ。おまえは怜菜と違ってビッチだろうが)

怜奈「有希、顔赤いじゃん」

有希「だから違うって」

結城「それに比べておまえは。何だよそのいつもと変わりのない服装は」

怜奈「何よ」

結城「もう少し気合入れてくればいいのに。そんなんじゃ池山だっておまえを見てくれね
えぞ(何でここまで言うんだろ、俺。自虐にも程がある)」

怜奈「ばか! あんたは言うに事欠いて」

池山「僕が怜奈を見ないってどういう意味?」

結城「・・・・・・」

怜奈「・・・・・・お兄ちゃん。何で笑いをこらえてるのよ」

結城「誤解だって。こらよせ怜奈(笑うよりもむしろ泣きたいくらいなのに)」


先輩「それでさ。あいつったらあたしが待っててあげたのにゼミの女の子と約束したみた
いで、勝手に帰っちゃうし」

結城「はあ」

先輩「それでさ」

結城(いきなり三回生の先輩に掴まっちまたよ。この先輩、見かけはすげえ可愛いんだけ
ど、いきなり彼氏の愚痴とか結構自己中の人だったんだ)

結城(そういう意味でいうと、怜菜は可愛いけど自己中じゃなくて気をつかえるし、自分
の妹じゃなかったらアタックしまくりだったろうなあ、俺)

結城(有希もそうかな。あいつも見てくれはすげえ可愛いし、ビッチなわりには結構気を
つかえるし。怜菜がいなかったら有希に惚れてたかもしれねえな)

結城(・・・・・・礼奈は。まあ、あいつは論外だ。見た目はともかく性格は)

結城(しかし先輩の愚痴長げえなあ。全然終る気配がないじゃん)

結城(あれ? 怜菜。さっきまで先輩たちに取り囲まれてちやほやされてたはずなのに)

結城(やっぱり博人のところに行ったのか)

先輩「ちょっと結城君さあ。あたしの話ちゃんと聞いてる?」

結城「聞いてますよ(こいつうぜえ。ちょっと可愛くて年上だからって。何で俺がこんな
目にあわなきゃならんのだ。今はそれどころじゃ)」

先輩「さっきからつまらなそうね、君」

結城「んなわけないですって。先輩みたいな人を独り占めできてるんだもん。つまらない
わけないでしょ」

先輩「本当なの? 適当に言ってるんじゃないでしょうね、遊び人君」

結城「適当じゃないですよ。てか遊び人君て何ですか」

先輩「噂で聞いたよ。君って女の子にもてるんですってね」

結城「いや、そんなことないっす」

先輩「君って一浪してるんでしょ」

結城「そうですけど」

先輩「じゃああたしと一つしか年変わんないじゃん」

結城「そうなりますね」

先輩「じゃあさ。ため口で話してよ。先輩っていうのもやめて」

結城「いや、年上なら先輩でしょうが。それに先輩じゃなきゃ何て呼べばいいんですか」

先輩「下の名前を呼び捨てでいいじゃん。ナナって呼んでいいよ」

結城「遠慮しときます」

先輩「何でよ。結城君冷たい」

結城「いや、そうじゃなくて(あれ?)」

結城「ちょっと失礼します」

先輩「え? どこ行っちゃうの結城君」


有希「あたし、本当にもういいですから」

「そんなこと言うなよ~。せっかく知り合ったんだからビール注がせてよ」

有希「あたし、もうお酒は十分に頂きましたので」

「君って清純なんだね。でもさ、大学生になったんだから酒くらい付き合えないと、この
サークルでやっていけないよ。ほら、一口でいいから飲んでよ」

有希「あたしは本当にもう」

「最近の新入生は先輩に逆らうんだねえ。富士峰の子だっていうからもっと素直だと思っ
たのに」


結城「有希、ここにいたの」

有希「・・・・・・あ。結城君」

結城「用があって探してたんだ。ちょっと付き合って」

「何だよ新入生。先輩にあいさつなしかよ。って、おい!」

有希「結城君?」

結城「行こうぜ」

有希「・・・・・・うん」

結城「何」

有希「ごめん。ちょっと酔ったかな」

結城「別に腕に掴まるくらいいいけど」

有希「ありがと」

結城「だからいいって」

有希「助けてくれてありがと」

結城「飲み過ぎか? 顔赤いし」

有希「・・・・・・ううん」

結城「うん?」

有希「あたし、お酒飲んでも顔に出ないの」

結城「そうなのか(じゃあ何で顔が赤いんだよ・・・・・・)」


今日は以上です
また投下します


有希「お酒のせいじゃないよ。いくらあたしだって、あんなことされたら困惑するという
か」

結城「ああ、そうか。そうだよな(ビッチかもしれないけど、有希だってまだ十代の女の
子だしな。あの酔っ払いのセクハラ先輩に絡まれたら紅潮するくらい動転したって無理は
ない)」

有希「そうだよ」

結城「そうだよな。怖かったろ」

有希「うん?」

結城「あの先輩最悪だよな。普段はいい人だと思ったけど、あんなに絡み酒だとはな」

有希「本当だよ。あんな人大嫌い」

結城「でもさ。おまえが怖がって動転する必要なんかねえぞ」

有希「はい? 怖がるって?」

結城「気が強いって言っても、おまえだって女の子だしな。顔真っ赤にして」

有希「さっきから話が噛みあってないんじゃない?」

結城「え? だっておまえ顔赤くして」

有希「だって・・・・・・」

結城「だってって」

有希「反則だよ結城君は」

結城「・・・・・・怖くなかったの?」

有希「怖いどころか、胸がときめいて。だから顔も赤くなったんだと思う」

結城「おまえ、趣味悪いなあ。いくらおまえがビッチでもあんな先輩にセクハラされ
て、ときめくのかよ」

有希「さっきから何言ってるの。あたしは結城君がさっきあたしを助けてくれた、その姿
にときめいたの!」

結城「おまえってあんなセクハラされてときめくとは、実はとんでもない変態・・・・・・
え?」

有希「え? じゃないでしょ」

結城「そっちかよ」

有希「やっと理解したか」

結城「おまえ、本当に俺のことが好きなの? その、怜菜のために近親相姦を止めたいだ
けじゃなくて」

有希「どっちかな。もう自分でもよくわかんないや」

結城「わかんないって、おまえ。おまえがそうなら俺はどう反応すりゃいいんだよ」

有希「結城君は、あたしの気持ちなんか考慮しないで自分勝手に対応すればいいんじゃな
い?」

結城「・・・・・・意味わかんねえよ。そうもいかねえだろ」


有希「じゃあ、結城君にわかりやすく告白しちゃおう」

結城「・・・・・・マジで?」

有希「あとさ。アンフェアなのは嫌だから、前もって言っておくけど」

結城「今度は何だよ」

有希「あたしたち、見られてるよ」

結城「誰に?」

有希「怜菜と博人に・・・・・・って、探さなくていいって。気付かれちゃうでしょう」

結城(会話は聞こえないだろうけど、有希に告られるところを怜菜に見られるのか)

有希「どう答えてくれてもしかたないけど、少なくともあたしの想いに応えてくれるとし
たら、その選択は結城君の可愛い大切な妹さんにもわかっちゃうと思うな」

結城「口パクを見てるだけで会話までわかるかよ」

有希「怜菜ならわかるよ。だから、結城さんも覚悟して答えて」

結城(完全に追い詰められたな。でも、これが一番いいのかもしれない)

有希「じゃ、じゃあ」

結城「お、おう(これが男慣れしたビッチの告白かよ。こいつの手、震えているじゃ
ん)」

結城(有希は可愛いし、男慣れしてるかどうかはまだわかんねえけど。この緊張が演技だ
としたらまさに女優級の演技力だ)

有希「・・・・・・よし」

結城「え」

有希「結城君のことが好き。前に富士峰の学園祭に来てくれたとき、怜菜は紹介してくれ
なかったけど、あのとき富士峰の学園祭で怜菜と話していたあなたを見たときからずっと
好きでした。あたしと付き合ってください」

結城「・・・・・・うん」

有希「怜菜のこととかあたしが忘れさせてみせるから。だからお試しでもいいから」

結城「だから、うんって言ったじゃん」

有希「少しづつでもいいの。あたしのこ・・・・・・え?」

結城「え、って何だよ。だからおまえと付き合うって」

有希「・・・・・・本当にいいの?」

結城「自分から告ったんでしょうが」

有希「嬉しい。抱きつきたいくらい嬉しい」

結城「別にいいけど」

有希「そしたら、怜菜から丸見えだけど。それでも、結城君は別にいいよって言える?」

結城「・・・・・・」

有希「・・・・・・ごめ」

結城「別にいいよ」

有希「・・・・・・本当にいいの?」

結城「泣くなよ。それほどのことじゃねえだろ(華奢だけど。いい匂いだけど)」

有希「結城君」

結城(怜菜とは違うんだな。って当たり前か)

有希「今日は送ってくれる?」

結城「いいよ」

結城(・・・・・・怜菜)


結城「ただいま」

怜菜「おかえり」

結城「おまえ、何で途中で帰っちゃったの?(その訳は多分知ってるんだけど。ここはそ
れを聞かないと不自然だしな)」

怜菜「別に」

結城「何だよ。ちゃんと理由を言えよ」

怜菜「だから別に。何となくね」

結城「一人で帰るなんて危ないじゃないか。俺と一緒に帰ればいいのによ」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃんってそんなに優しかったっけ」

結城「何だよ。おまえのことを心配しちゃいけねえのかよ」

怜菜「普段とは全然違うじゃん。何かあたしにやましいことでもあるのかな」

結城「もういい。晩飯は?」

怜菜「お兄ちゃんの夕ご飯って、飲み会の日まであたしが用意しなきゃいけないんだっ
け」

結城「・・・・・・もういい」

怜菜「あたし、もう寝るから。大きな音立てないでよ」

結城「うるせえな。わかってるよ(あれ)」

怜菜「じゃあおやすみ」

結城「ああ」

結城(・・・・・・怜菜。泣いてるのか)

怜菜「何じろじろ見てるのよ」

結城「見てねえって(いや。んなわけねえか。こいつは池山とずっと一緒だったし。こい
つが消えたら池山もいなくなってたしな。いったい二人で一緒に何してたんだろう)」

結城(池山のやつ、ふざけやがって)

結城(・・・・・・)

結城「じゃあ、おやすみ(そうじゃねえだろ。俺は有希の告白に応えたんだ。怜菜や池山
に嫉妬する資格なんかねえのに)」

怜菜「・・・・・・おやすみ」

結城「あ、うん。おやすみ」

怜菜「ああ、そうだ」

結城「うん」

怜菜「あたし、昨日は博人と一緒に帰ったの」

結城「え?」

怜菜「・・・・・・博人とキスしちゃった」

結城「おまえ」

怜菜「何よ」

結城「冗談でもそんな嘘をつくなよ」

怜菜「・・・・・・嘘じゃないよ。本当」

結城「・・・・・・何で」

怜菜「何でって? お兄ちゃんにあたしの恋愛に口を出す権利なんかないでしょ」

結城「何言って。何でそういうことを」

怜菜「いい加減にしてよ。あたしにはお兄ちゃんと有希の仲に口を出す権利がないのと同
じくらい、お兄ちゃんにはあたしと博人の関係に口を出す権利なんかないのよ」


有希「おはよう結城君」

結城「ああ・・・・・・どうも」

有希「ちょっと待って」

結城「うん?」

有希「結城君、何か冷たい気がする」

結城「はあ? 何言ってるんだおまえ」

有希「あのさ」

結城「ああ」

有希「あたしが物凄く恥かしい勘違いをしているなら、素直に謝るけど」

結城「はい?」

有希「でも、あたしが勘違いしているんじゃなかったら、確か結城君とあたしは昨日の夜
コンパで、付き合うことになったんじゃなかったかしら。男女的な意味で」

結城「あ、いや。それはそうだけど」

有希「・・・・・・恋人的な意味でよ?」

結城「わかってるよ。そこは念を押すとこかよ」

有希「ごめんね。わかってくれてるならいいや」

結城「おまえは俺をどんな男だと思っているんだよ。さすがに昨日告白に応えた女を忘れ
るわけねえだろ」

有希「そうなんだけど。でも、昨日は状況が特殊だったし、あたしって意外とコンプレッ
クスがあるから、怜菜に負けてるんじゃないかって考えちゃって。本当にごめん。こんな
重い女、結城君はうざいよね」

結城「別にそんなことはねえけど(重い、つうか何というか。こいつって百戦錬磨のビッ
チなんじゃなかったのか)」

有希「やっぱり、怜菜のことが気になってるんだ」

結城「そうじゃねえよ。それは確かに今朝の怜菜は少し元気がなかったけど(つうか朝は
完璧に無視されたもんな)」

有希「わかった。じゃあ大学行こ?」

結城「うん」

有希「お昼は空けておいてね」

結城「何で?」

有希「・・・・・・」

結城「嘘だって。悪かったから泣くなって」

有希「意地悪」

結城「キャラ変わったな、おまえ」

有希「最初から今まで変ってないよ。結城君だけがあたしのことをビッチだって思い込ん
でいるだけでしょ!」

結城「それは(それはそうか。こいつのビッチ情報って礼奈からの伝聞に過ぎないし
な)」

結城(・・・・・・こいつ。本当は男と付き合ったことないんじゃ)

有希「なんてね。遊んでたのは本当だからそう思われてもしかたないけど」

結城「どっちなんだよ」

有希「どっちでもいいでしょ。あたしが今、結城君しか見えていないことだけは本当なん
だから「じゃあお昼に、二号館前の中庭でね」


結城(行っちゃった。少なくとも有希が俺のことを好きなことだけは、多分・・・・・・)

結城(あ)

結城「よう(怜菜と一緒じゃねえのかよ、こいつ)」

池山「・・・・・・あ。おはよ」

結城「おまえ怜奈知らね?」

池山「あ、うん。講義じゃないかな」

結城「(何俺に嘘言ってんだよこいつ。てめえは俺の友だちだろ)何なんだろうな。朝お
きたらあいついねえしさ。朝飯も用意してねえでやんの。腹減ったぜ」

池山「兄妹で二人暮しだったよね」

結城「ああ。何か昨日の夜からあいつ不機嫌つうか様子がおかしいんだよな。何か怒って
るって言うかさ(原因は・・・・・・俺)」

池山「そうなんだ」

結城「俺が何をしたって言うんだよ、全く(原因は俺か)」

池山「心当たりないの?」

結城「全くない(いや、ある。原因は・・・・・・てか、原因は俺じゃなくてこいつじゃねえの
か)」

池山「あのさ。その・・・・・・有希と」

結城「付き合い出したよ」

池山「やっぱりそうなんだ」

結城「(そうじゃねえだろ。いい加減にしろ)そんなことよりさ。なんで怜菜は不機嫌な
んだろうなあ」

結城(怜菜とキスしたって言えよ。怜菜から告れたって吐けよ)

池山「どうかした?」

結城「(ちくしょう)いや。何でもねえよ」



有希「待った?」

結城「・・・・・・おまえ、それ。言ってみたかっただけだろ」

有希「別に。むしろ言い飽きたセリフだけど」

結城「そこは赤くなれよ。盛り上がんねえじゃん」

有希「あ、そうか」

結城「おまえってやつは」

有希「いやん。結城君、三十分も前に来てくれたんだ」

結城「わざとらしい。まあいいや。学食行く? それとも外行くか」

結城(あれ? 本当に赤くなっちゃった)


有希「あのさ。多分美味しくないと思うの」

結城「え。弁当とか?」

有希「・・・・・・うん」

結城「おまえ、反則だろ。その可愛い外見の上に弁当まで作ってたのなら、今までの男も
おまえには夢中だったろう」

有希「男の子にお弁当作るなんて初めてよ。もう意地悪しないで」

結城「悪い」

有希「天気もいいし、中庭のベンチで食べようか」

結城「ああ」



有希「・・・・・・」

結城「ええと」

有希「言わないで」

結城「何も言ってないけど」

有希「・・・・・・どうせ美味しくないでしょ。は、初めて作ったんだからしようがないでし
ょ」

結城「いや。普通に美味しいけど」

有希「気をつかわなくてもいいよ」

結城「本当だって。怜菜なんかより全然美味しいよ」

有希「・・・・・・」

結城「いや。本当だって」

有希「ありがとう」

結城「いや。彼女が作ってくれた弁当がまずいなんてさ。そんあことあるか」

有希「そう」

結城「だから、あまり卑下するなって」

有希「うん」

結城「じゃあ、食事の続きを」

有希「そう言えばさ。さっき博人と会ったんだけど」

結城「(け)俺だって会ったよ。おまえと別れた後に」

有希「あたしが博人と会ったのはついさっきだけど」

結城(どいつもこいつも池山の話ばっか。あんなやつのどこがいいんだ)

有希「彼っていいよね」

結城「はあ?」

有希「嫉妬しないでよ。あたしが好きなのは結城君だけだよ」

結城「・・・・・・そんで? 会ってなんか話したの?」

有希「うーん。言って大丈夫なのかなあ」

結城「言いも悪いもねえよ。自分から話し出したんだろうが」

有希「まあ、そうか。じゃあ、話すね」

結城「ああ」


有希「ちょっといいかな」

池山「ああ有希。こんにちは」

有希「こんにちは」

池山「何か用?」

有希「あのね・・・・・・。その、怜菜と話したんだけど」

池山「怜菜と?」

有希「彼から聞いたの」

池山「・・・・・・彼?」

有希「あ。ごめん、結城君から聞いたのね。怜菜が元気ないって。それで怜菜に何があっ
たのか聞いたらね」



結城「おまえ、怜菜と話したのかよ。つうか、俺の言ったことまで」

有希「いいじゃん、別に」



池山「・・・・・・うん」

有希「ごめんなさいね。余計なお節介をするつもりはないの」

池山「・・・・・・」

有希「でも、さっき怜菜、一人で学生ホールの陰で泣いてた」

池山「怜菜、泣いてたんだ」

有希「うん。博人に思い当たることある?」

池山「あるよ」

有希「やっぱりそうなの」

池山「うん」

有希「何があったのか知らないんだけど、怜菜と仲直りしてあげられないかな。せっかく
仲良くなった四人がこんなことで気まずくなっちゃうのは悲しい」

池山「ごめん」

有希「あ、ごめんなさい。博人を責めているんじゃないの」

池山「怜菜に告白して断られたんだ」



結城(え? こいつ、やっぱり俺の妹のことが好きだったのか。それにしても怜菜に振ら
れたって。いったい何でだ。キスまでしたのに)



有希「え」

池山「だから全部僕のせいなんだ。怜菜には悪いことしちゃったよ。彼女が悩むことじゃ
ないのにね」

有希「・・・・・・うそ」

池山「情けないでしょ? 笑ってくれていいよ。勘違い男の身の程をわきまえない告白を
さ」

有希「怜菜って博人のことを好きなんじゃないの?」

池山「はい?」

有希「だって結城君がね、怜菜は君のことが好きみたいだって言ってたよ」



結城(何でだろう。怜菜は何で池山のことを振ったんだ)


池山「僕もそう思ってたよ。でもそうじゃなかったみたい」

有希「そうなんだ・・・・・・」

池山「僕はもう今日からは普通に怜菜とは普通どおりに接することにするよ」

有希「うん」

池山「でも、怜菜がつらいなら少し距離を置くべきだと思う」

有希「・・・・・・前から怜菜のこと好きだった?」

池山「ええと」

有希「好きになったきっかけとかあった?」

池山「コンパのときに僕と怜菜は先に帰ったでしょ」

有希「そうだったね。突然二人ともいなくなるんだもん。びっくりしたよ」

池山「その日の帰り道に怜菜にいきなりキスされて」



有希「だって。何なんだろうねえ。怜菜と博人ってお似合いだと思うんだけどなあ。怜菜
はいったい何が気に入らないのかな」

池山「さあ(まさか)」

池山(まさか。怜菜のやつ、本当は俺の方が好きなんだろうか。あのときは売り言葉に買
い言葉で、つうか俺と有希に嫉妬してあんなことを言ったんだろうか)

結城(いや、でもさ。怜菜は池山にキスしたって言った。有希の話だと池山もそれを肯定
したんだろ? それに関してはもう疑問の余地なんかないじゃんか)

結城(じゃあ何で怜菜は池山の告白を断ったんだよ。意味わかんねえじゃんか)

結城(・・・・・・いや、落ち着け俺。そういうことはもうどうでもいいんだ。怜菜が俺のこと
を好きだとしても、もう俺には怜菜とどうこうなろうなんて気持ちは捨てたんだ。それは
結局怜菜を不幸にする。俺は有希の気持ちに応えたんだ。その気持ちに忠実になるべき
だ)

結城(これは怜菜のためでもあるし、自分のためでもある。怜菜が池山と付き合うかどう
かなんて、どうでもいい。どっちにしたって俺は有希と付き合うだけしかないんだから)

結城「・・・・・・」

結城「どうして俺って、ここで有希のためだって考えられねえんだろうな」

有希「結城君」

結城「ああ。うん」

有希「あたしさ。博人のことなんかどうでもいいと思っていたんだけど」

結城「あ、ああ(まあ池山の立場に立てばそうだよな。キスされてその気にさせられて告
ったら振られたんじゃ)」

有希「あたし、有希には一言言ってやりたいの。だってそうじゃなきゃ博人がかわいそう
過ぎるよ」

結城「ああ。まあ、そうかも」

有希「・・・・・・いい?」

結城「俺に許可を求められても」


今日は以上です
また投下します


結城「おかえり怜菜。遅かったな」

怜菜「・・・・・・邪魔だよ。どいてよ」

結城「ああ、悪い。夕飯食った? まだならさっきチャーハン作ったんだけど、まだある
から食う?」

怜菜「いらない」

結城「池山と食事してきたんだ。じゃあ、さっさと風呂入ったらいいよ」

怜菜「食べてないよ。てか今夜は有希と一緒だったの! 彼氏なのにそんなことも聞いて
ないの?」

結城「別にいちいち有希の行動を把握している訳じゃねし」

怜菜「ああ、いらいらする。そんなんだから有希が付け上がるんだよ。有希の彼氏なんで
しょ? もっとしっかり彼女を管理しなよ」

結城「いやさ。管理って」

怜菜「何であたしが有希に説教されなきゃいけないのよ。何で博人へのあたしの態度とか
を非難されなきゃいけないわけ?」

結城「・・・・・・有希ってそんな話をおまえにしたんだ」

怜菜「確かにあたしは一度博人の告白を断ったよ。でも、思い直して博人にはあたしの方
から改めて告って付き合い出したのにさ」

結城「そんなことは知ってるよ。いまじゃ、池山とおまえはラブラブのカップルだもん
な」

怜菜「・・・・・・」

結城「別にからかっている訳じゃねえって」

怜菜「有希ってさ。本当にお兄ちゃんのこと好きなの?」

結城「そんなこと俺に聞かれても」

怜菜「最近有希と倦怠期だったりする?」

結城「別にそんなことないと思うけどな」

怜菜「何を他人事みたいに。自分の彼女のことでしょうが」

結城「だから心当たりがないんだって。おまえ、何か気がついてることがあるのか?」

怜菜「お兄ちゃんが気がつかないのに何であたしが気がつくのよ」

結城「おまえって、有希とは富士峰でずっと一緒だったし、付き合いの期間だけで言えば、
俺よりも有希との付き合いは長いじゃん」

怜菜「それはそうだけど」

結城「何より今日有希と会って何か感じたことがあるんだろ?」

怜菜「・・・・・・それはまあ、そうなんだけど」


結城「言いたいことがあるなら吐き出せよ」

怜菜「別にないよ」

結城「アホ。何年一緒に暮してると思ってるんだよ。おまえがそういうイライラとした態
度を取るときは、何か言いたいけど言いづらいことがある時だってことくらい俺にはわか
ってるよ」

怜菜「・・・・・・何言ってるの」

結城「早く吐け。楽になるぞ」

怜菜「ばか」

結城「お互いに隠し事のない兄妹なんだぜ。遠慮するな」

怜菜「・・・・・・隠しごとなんか山ほどあるよ」

結城「マジかよ」

怜菜「お兄ちゃんだってそうでしょ。あたしに隠している気持ちなんか数え切れないほど
あるくせに。そんなにあたしが鈍感だと思ってるの?」

結城「いや、それは。えーと」

怜菜「・・・・・・チャーハン食べる」

結城「暖めるよ。その間に先に風呂入れよ」

怜菜「うん」



結城「ほれ」

怜菜「・・・・・・べちゃべちゃしてる」

結城「あれ、そう? 今日は結構上手にできたと思ったんだけどな」

怜菜「ねえ」

結城「何だよ」

怜菜「あたしがさ。博人のどんなところを好きになったかわかる?」

結城「そんなもん俺に聞いてどうするんだよ」

怜菜「いいから答えてよ」

結城「何で俺がおまえと池山の恋愛にコメントしなきゃいけねえの。つうか、おまえ酔っ
てるだろ」

怜菜「酔ってるよ。だって有希と一緒に飲んでたんだもん」

結城「あ、そうなのか。二人で仲良く飲んでたわけね」

怜菜「だから仲良くじゃないよ。有希のバカに説教されたんだって。あいつ、人の気持ち
も知らないで」

結城「そうなんだ」


怜菜「で?」

結城「でって何が」

怜菜「答えなさいよ」

結城「面倒くせえな。この酔っ払い」

怜菜「・・・・・・」

結城「ほら、あれだろ? あいつは真面目だし浮気もしないだろうし、おまえ一筋だろう
し。そういうところが好きなんだろ」

怜菜「うん。それで?」

結城「あとは、まあ。あいつは俺たちと違ってやりたいことがあって大学に入ってるしな。
そういういろんな意味で自己が確立しているところとかか?」

怜菜「全部正解だけど、一番大きな理由はそうじゃないの」

結城「まだあるのかよ。おまえあいつにベタ惚れじゃんか」

怜菜「うっさいなあ。あたしが一番博人が好きなところはね」

結城「結局のろけかよ」

怜菜「博人が実の兄貴じゃないところ」

結城「え」

怜菜「博人と付き合ってもブラコンとか近親相姦とか陰口を叩かれないところ」

結城「おまえ、何言ってるの」

怜菜「もうやだ」

結城「本当にどうしたんだよ」

怜菜「何で有希にあんなこと言われなきゃいけないんだろ。あたしだって努力したし、博
人のことだって、別にお兄ちゃんの代わりとかじゃなかったのに」

結城「相当酔ってるよなおまえ」

怜菜「何かあたしに言うことはないの?」

結城「言うことって何だよ」

怜菜「本当に何もないの」

結城「それは、ええと」

怜菜「・・・・・・もういい。今日はもう寝る」

結城「あ、ああ」

怜菜「お兄ちゃんのベッドで一緒に寝る」

結城「だから、さっきからおまえはいったい」

怜菜「何よ。昔は一緒に寝てたでしょ。今さら驚いているふりなんかするな」

結城「ふりって・・・・・・まあでも、それって小学校低学年の頃だぞ」

怜菜「こんなまずいチャーハン、もういらない。歯磨きして寝るから」

結城「おい、ちょっと」


怜菜「・・・・・・何でそんなに隅にいるの? もっとあたしの方に来ていいのに」

結城「いや。俺はここで全然平気だから」

怜菜「昔は、朝起きたらよくお兄ちゃんに抱き寄せられてたよね?」

結城「そうだっけ」

怜菜「そうだよ。寒い日の朝とか、暖かかったもん」

結城「それは小学生の頃な。さすがに今は池山に悪いというか」

怜菜「そんなの。一緒のベッドで寝ていること自体、あたしの彼氏には悪いことしてるじ
ゃん。今さら何よ」

結城「有希にだって罪悪感を感じるんだよ」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃん、あたしのこと好き?」

結城「好きだよ。家族なんだからお互いに好き合うなんて当たり前だろ」

怜菜「家族なら自然にお互いを大切に想うのが当たり前なの?」

結城「そら、そうに決まってるだろ」

怜菜「じゃあ、もともと他人だった人の場合は? 自然には大切に思えなくて、努力して
好きになっていくのかな」

結城「・・・・・・いったい有希に何を言われたんだよ」

怜菜「うん」



有希「怜菜って見ていていらいらする」

怜菜「何よいきなり。変なの」

有希「何笑ってるのよ。冗談で言ってるんじゃないのよ」

怜菜「怖い顔して。もう酔っちゃったの」

有希「ふざけんなよ。博人がかわいそうじゃないの」

怜菜「何でいきなり博人が出てくるの」

有希「本当にいい加減にして欲しいんだけど」

怜菜「さっきから何言ってるのかちっともわかんない。ちょっと今日は飲みすぎじゃない
の?」

有希「そうだね。確かにあたしは酔っていると思う。酔ってなきゃこんなこと言えない
よ」

怜菜「・・・・・・言いたいことがあるならはっきり言ってよ。いったいあたしの何が気に食わ
ないの」

有希「あんたの偽善的な態度が気に入らない」

怜菜「何言ってるのかわかんない。あたしのどこが偽善的なの。つうか偽善的ってどうい
う意味?」

有希「わからない振りするなよ」

怜菜「ふりじゃないよ。本当に有希が何言ってるのかわからない。昔からそうだけど、有
希って本当に面倒くさいよね」

有希「あたしのこと、昔からそう思ってたわけなのね。いつから? 小学校の頃から?」

怜菜「そんなの知らない。あんた、お兄ちゃんに面倒くさい女だって言われたことあるで
しょ」

有希「そこまで言う?」

怜菜「何言って」

有希「ひどい女。博人を利用して、自分の気持を整理するなんてさ。いえ、それだけなら
まだいいよ。あんた、自分の気持ちが治まらなくなるときさ。博人に八つ当たりしてるじ
ゃない。彼があんたにベタ惚れなのをいいことに」


怜菜「・・・・・・酔ってるから多目に見てるのに。そろそろ本気で怒るよ」

有希「本気で怒る? それはこっちのセリフじゃん。あんたさ。自分と結城君以外の人の
気持ちなんかどうでもいいんでしょ? 博人もあたしも」

怜菜「ふざけんな。あんたこそ、あたしに対していわれのない中傷を。酔ってるからって
限度を越えてるんじゃないの」

有希「多目に見てあげてたのに。あんたがブラコンだって、近親相姦願望者だって誰にも
言わないで黙っていてあげたのに。それなのに、ちょっといい気になりすぎてない?」

怜菜「・・・・・・言いたいことはそれだけ?」

有希「頭の悪い女。どうしたって自分が悲劇のヒロインじゃなきゃ気がすまないのね」

怜菜「有希が何言ってるのか、私は頭が悪いからわからない」

有希「わかった。バカなあんたにわかりやすく話してあげる。結城君を惑わすな。博人を
自分勝手な事情で傷つけるな。あたしが言いたいのは要約すればそれだけ」



結城「(俺を惑わすなだ?)おまえさ。博人のこと、好きなんだろ」

怜菜「うん。好き」

結城「だったら有希の言葉は言いがかりだな。おまえが気に病むことはねえよ」

怜菜「お兄ちゃん?」

結城「おまえが博人のことを好きなんだったら、有希の言うことなんか気にすることはね
えよ。そんなのはあいつの単なる言いがかりだ」

怜菜「ええと」

結城「有希のやつ、ふざけやがって。俺の妹を傷つけるとか何様のつもりだよ。ビッチの
くせに」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃん?」

結城「ああ?」

怜菜「あたしのために怒ってくれるのは嬉しいけど。でも、有希はお兄ちゃんの彼女でし
ょ」

結城「ああ。つうか、おまえちょっと俺にしがみつきすぎだろ。少し離れろよ」

怜菜「誤魔化さないで。何でお兄ちゃんは自分の彼女のことをそうやって怒れるの? 彼
女よりあたしの方が大切なの?」

結城「そういう問題じゃない」

怜菜「じゃあどういう問題なのよ」

結城「ちょっと」

怜菜「何よ。こんなの小学生の頃はよくあったことでしょうが」

結城「・・・・・・おまえ、知らねえの?」

怜菜「何?」

結城「たとえ兄妹だって、あんまりこうやってくっついてると子どもが出来ちゃうんだ
ぞ」

怜菜「出来ないもん。兄妹でくっついて子どもが出来るんなら、あたしたちにはとっくに
子どもが出来てるはずじゃん」

結城「あの頃はおまえはまだ生理が来てなかったし、俺の方もまだ我慢できたしよ」

怜菜「あのさあ」

結城「冗談だよ冗談」


怜菜「・・・・・・こんなことじゃ、あまり有希のことを怒れないような気がしてきた」

結城「だから冗談だよ。真面目に受け取るなって。妹に変なことなんかしねえよ」

怜菜「あまり微妙な発言は控えるように」

結城「誰のせいだよ。でも、まあおまえも少しは落ち着いたようだな」

怜菜「何その上から目線。何かむかつく」

結城「そろそろ俺から離れろよ。もう寝ようぜ」

怜菜「いやなの?」

結城「おまえも昔と違って女になったみたいだしさ。万一のことがあるとまずいから」

怜菜「妹に変なことなんかしないんじゃないの?」

結城「俺からはしないって」

怜菜「じゃあ安心だ。今日はもうこのまま抱き合って寝ちゃおう」

結城「有希がこんな様子を見たら」

怜菜「有希がこんな様子を見たらどう思うかな」

結城「考えたくもないな」

怜菜「お兄ちゃんが嫌なら、あたしは自分の部屋に戻るよ。お兄ちゃんに迷惑をかけたく
ない」

結城「・・・・・・卑怯だな、おまえ」

怜菜「うん。卑怯なのあたし。今頃気づいたの?」

結城「まあいいや・・・・・・こっちおいで」

怜菜「変なことはしないんじゃないの?」

結城「ああ。おまえが嫌がることはしないよ」

怜菜「ちょ」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・おに」

結城「・・・・・・嫌だった?」

怜菜「ばか。そんなことわからない」

結城「おまえの唇、果物の味がした」

怜菜「フルーツを使ったカクテルを飲んだからかなあ」

結城「そういや酒の匂いもしたよ。小学生の頃は歯磨きの匂いしかしなかったけど」

怜菜「小学生の頃はキスなんかしたことないじゃん」

結城「したよ。おまえが寝てて気がつかなかっただけだ」

怜菜「・・・・・・あたしのファーストキスって。相手はお兄ちゃんなの?」

結城「俺のもな」

怜菜「じゃあ、もういいか。初めてじゃないなら」

結城「・・・・・・ああ」


怜菜「起きて」

結城「(唇に湿った感触。ちょっとだけ息苦しい)起きてる」

怜菜「嘘つけ。半分寝てるじゃん」

結城「今日は土曜日じゃなかったけ」

怜菜「そうだよ」

結城「じゃあ、まだ寝ててもいいだろ」

怜菜「だってあたしが起きちゃったんだもん。もっとあたしを構って。お兄ちゃん」

結城「大学生なのに構えってさあ」

怜菜「誰のせいなの? 昨日の夜みたくもっとあたしを構ってくれなきゃやだ」

結城「ちゃんと起きるから五分待って」

怜菜「・・・・・・何でそんなに冷静なのよ」

結城「・・・・・・」

怜菜「こら。起きろ!」

結城「まだ眠い」

怜菜「お兄ちゃんさあ。何で昨日は子どもが出来るようなことをしなかったの?」

結城「・・・・・・」

怜菜「だから起きろって」

結城(なんだなんだ)

怜菜「妹に恥かしいまねさせおって」

結城(怜菜にキスされた)

怜菜「目が覚めたでしょ」

結城「・・・・・・完全にな。こんなことされたら寝ていられるか」

怜菜「ありがとね」

結城「何? 何言ってるんだおまえ」

怜菜「すごく久し振りにお兄ちゃんに構ってもらえたせいかな。有希のことがあまり気に
ならなくなってきたかも」

結城「あれは有希の暴走だ。おまえが気にするようなことじゃないよ」

怜菜「何かちょっと意味がずれてる」

結城「何でだよ」

怜菜「有希の言葉に傷付いたし、反応したのも本当だもん。でもさ、お兄ちゃんと。その、
そのさ」

結城「ああ~。もうよせ。その先は聞きたくない」

怜菜「何で聞きたくないのよ」

結城「何か恥かしいから」

怜菜「ふふ」


結城「何笑ってるんだよ」

怜菜「何でかな。でもお兄ちゃんにだって本当はわかってるくせに」

結城「・・・・・・とりあえず俺も起きるわ」

怜菜「今日は有希と約束あるの?」

結城「土日は約束ねえよ」

怜菜「そうか」

結城「何で?」

怜菜「あたしもね。週末は博人と約束していないんだ」

結城「そう」

怜菜「そうって・・・・・・。お兄ちゃん冷たい」

結城「怜菜」

怜菜「うん。いいよ・・・・・・あ」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・キス上手だね」

結城「キスに上手も下手もあるかよ。唇をくっつけるだけじゃんか」

怜菜「だけ?」

結城「まあ、舌を入れるとか絡ませるとか、そういうのはあるかもしれん」

怜菜「妹だよ?」

結城「おまえなあ。そういうのよせよ」

怜菜「あたしお兄ちゃんの実の妹なんだよ。いい兄貴って妹の口の中に舌を入れたりする
のかなあ」

結城「皮肉を言うなよ。昨日はお前の方から迫ったくせに」


怜菜「じゃあ、今日はデートしようよ」


結城「あのなあ」

怜菜「認めるよ。あたしからお兄ちゃんに迫りました。でもさ、本当にわからないんだよ
ね。兄妹ってキスもしちゃいけないのかな」

結城「さすがにベロチューは駄目だろ」

怜菜「チュならいいの?」

結城「どうだろう」

怜菜「同性愛の人の権利とか人権とか、よく大学でも講演とかあるじゃん?」

結城「ああ。うぜーくらいにあるよな」

怜菜「兄妹の恋愛とか婚姻に関してはそういうムーブメントってないじゃん。何でだろ
うね」

結城「知らねえよ。つうか、今日はおまえ、何したいの?」

怜菜「・・・・・・一緒に過ごしてくれるの?」

結城「ああ。おまえは大事な妹だからな。おまえが望むならいつでも付き合うよ」

怜菜「幸い、お兄ちゃんには有希との約束もないみたいだしね」

結城「あってもだよ」

怜菜「え」

結城「有希との約束があっても、おまえが俺といたいならその気持ちを優先するよ。当然
だろ?」

怜菜「・・・・・・何で」

結城「妹だからな。おまえは俺の家族だからさ」

怜菜「嬉しいけど。何か複雑な気持ち・・・・・・はい」

結城「うん(またキスされた)」

怜菜「・・・・・・お兄ちゃん、動じなくなったね」

結城「おまえのキスにはもう慣れた」

怜菜「じゃあ、いいじゃん。今日はどこに遊びに行く?」


今日は以上です
また投下します


怜菜「やっぱり混んでるね」

結城「そらそうだろ。今日が初日だぞ」

怜菜「本当によかったの?」

結城「何が」

怜菜「ちょっとさ。お兄ちゃんの愛情を試そうと思って、このコンサートに連れていって
ってお願いしちゃったんだけど」

結城「ちゃんと連れて来てやったろ」

怜菜「本当はさ。喧嘩する前に有希から聞いてたんだよね。このコンサート、お兄ちゃん
が連れて行ってくれるって約束したんだって」

結城「・・・・・・うん。悪いな」

怜菜「ばか。誰に謝ってるの」

結城「そうだな。悪い」

怜菜「ううん。変なこと言って有希に張り合うなんて。あたしこそごめん」

結城「でもよ。おまえって中学生の頃からこのバンドのファンだったもんな」

怜菜「うん。有希には悪いけど、初めてライブを見るんだし何かわくわくする」

結城「うるさかったよなあ。おまえの部屋からいつもこのバンドの音楽がループしてて
さ。受験中の俺はいらいらしてたんだぜ」

怜菜「お兄ちゃんが三年生のとき?」

結城「ああ」

怜菜「じゃあ問題ないじゃん。お兄ちゃん、あたしと一緒に大学に入りたいからって、現
役のときはわざと入試に手を抜いたくせに」

結城「あれは。まあ、今さらおまえに嘘ついても無駄か」

怜菜「やっぱりわざと落ちたんだ。何でそんなことしたの?」

結城「・・・・・・」

怜菜「お兄ちゃん。ありがとって、言うべきなのかな」

結城「そんな必要はねえよ」

怜菜「そうなの?」

結城「俺が勝手にしたことだしな」

怜菜「席の方に行こ。段々混んできた」

結城「わかった」



結城「だいぶ早かったかな。まだ、開演まで三十分あるし」

怜菜「・・・・・・何で手を離すのよ」

結城「ああ悪い。手を握っていて欲しかった?」

怜菜「いちいちそういうこと聞き返さないでよ。ばか」

結城「悪い」

怜菜「・・・・・・何にやにやしてるのよ」

結城「言いがかりだ。別ににやにやなんかしてねえって」

怜菜「まさか、お兄ちゃん。あたしの気持ちを知って上から目線で楽しんでいるんじゃな
いでしょうね」

結城「違うって。むしろ俺の方が戸惑っているしどきどきしてるよ。わかっているくせ
に」


怜菜「・・・・・・うん。ごめん。本当は多分、わかってると思う」

結城「おまえは昔からそうだもんな。俺の気持ちなんか全てお見通しだもんな」

怜菜「ちょっと違う」

結城「どういうこと?」

怜菜「あたしだって不安だし疑心暗鬼にもなるし、自信なんかなかったよ」

結城「・・・・・・そんじゃ俺と同じじゃないか」

怜菜「そうだよ」

結城「あれ」

怜菜「どうしたの」

結城「いや。つうか有希がいる」

怜菜「え・・・・・・どこどこ」

結城「前の方の席。あれってS席だな」

怜菜「このコンサートにはお兄ちゃんと一緒に来る予定じゃなかったの」

結城「一応、そのはずだったんだけど」

怜菜「じゃあ、何で有希がここにいるんだろ」

結城「さあ?」

怜菜「さあじゃないって。自分の彼女の行動の問題じゃないの。もっと危機感を感じない
と」

結城「でも、俺だって現に有希とじゃなくおまえと一緒にここに来ているし」

怜菜「まあ、そうなんだけど」

結城「というか、その言葉、そのおまえに返すよ」

怜菜「どういうこと?」

結城「ほら、有希の隣の席に今座ったやつ」

怜菜「博人?」

結城「ほら危機感感じないと・・・・・・どうする? 声かけるか?」

怜菜「お兄ちゃんがそうしたいならそれでもいいけど」

結城「もう始まるしな」

怜菜「そうだね。これからあの人たちのところに行ったら周りの人の迷惑になるよね」

結城「とりあえず、このまま放っておくか?」

怜菜「お兄ちゃんがそれでいいなら」

結城「いや。おまえこそそれでいいの?」

怜菜「あ。始まるよ」

結城「・・・・・・ああ」


結城「あのさあ」

怜菜「何よ。もうライブ始まっちゃうのに」

結城「何で有希と池山って一緒にライブ見に来たのかな」

怜菜「一緒に見たかったんじゃない?」

結城「だから何で」

怜菜「あたしとお兄ちゃんが一緒に見に来たんだし、あの人たちが一緒にいても不思議じ
ゃないじゃない」

結城「俺たちは兄妹じゃんか。一緒にライブ見に来たって不思議はねえだろ。でも、あい
つらは違うじゃん。池山はおまえの彼氏だろ」

怜菜「有希はお兄ちゃんの彼女だしね」

結城「そこだよ。俺たちはともかく、あいつらが俺たちに黙って一緒にここにいるって
よ。これって浮気じゃねえの?」

怜菜「人のこと言えないでしょーが。あたしたちだって」

結城「そうかもしれねえけどさ。一応、俺たちって実の兄妹じゃん」

怜菜「一応って何よ。正真正銘の兄妹でしょ」

結城「だからだよ」

怜菜「だからって何が?」

結城「俺におまえへの恋愛感情があるかどうかは置いとくとしてだな」

怜菜「・・・・・・そこは簡単に置いとくとこじゃないでしょうが」

結城「まあ、聞けって。つまり俺たちは兄妹で一緒に二人暮しをしてるわけじゃんか」

怜菜「うん」

結城「俺たちが二人きりで行動するたびに浮気だとか疑われたらよ。そもそもこの生活が
成り立たないじゃん。買物だってできないし、一緒に実家に帰省だってできなくなっちま
うだろ」

怜菜「それはそうだけど・・・・・・。でも」

結城「キスとか手を繋ぐとかそういうことを気にしてるの?」

怜菜「気にするでしょうが、普通。つうか博人に見られたら確実に彼を傷つけると思う」

結城「仲のいい兄妹なら一緒に出かけるとか、普通だと思うけどな」

怜菜「手を繋いだりキスしたりも?」

結城「手を繋ぐくらいはありなんじゃねえの?」

怜菜「・・・・・・キスは」

結城「まあ、その」

怜菜「まあ、そのって、何よ?」

結城「軽いチュくらいならありかもしれん。仲のいい兄妹なら」

怜菜「お兄ちゃんそれ、有希に言える?」

結城「う。でも海外では」

怜菜「あ、バンドがステージに出てきた」

結城「ああ」


結城(やっぱりこのまま突き進むわけにはいかん。多分だけど、お互いに不幸になる)

結城(でも。せめて怜菜とは仲のいい兄妹というポジションを崩したくない。それすら失
ったら俺の生きる意味が半ば失われるのと一緒だし)

結城(お互いに彼氏彼女を大切にしながら、たまにこういう風に怜菜とデートするのって
駄目なんだろうか)

結城(それに、なぜかはわからないけど池山と有希だって二人きりでこのライブに来てる
じゃんか。あいつらは血縁でも何でもないし、俺と怜菜に黙って一緒にデートしてるんだ。
比較すればこいつらの方が罪は重いはず)

結城(・・・・・・今日のことは追及しない。そのかわり俺と怜菜の常識的な範囲での交流を邪
魔されたら、今日のネタは反論するのに使えるな)

結城(つうか、妹の関係をその辺に納めるなら、反論とか考えちゃ駄目だろ。普通に有希
のことも大切にしなきゃ)

結城(大切に・・・・・・。あれ)

結城(俺に黙って池山と二人でライブに来るような女をか?)

結城(・・・・・・)



怜菜「すごくよかったね」

結城「ああ」

怜菜「このバンドって最高。日本よりも海外で人気があるんだって」

結城「そんな感じはするな、確かに」

怜菜「来てよかった。お兄ちゃん、連れて来てくれてありがと」

結城「いや。それよか、どうする? 帰る?」

怜菜「・・・・・・余韻が残っててさ。今、席を立つのがもったいない感じ」

結城「アンコールも終ってるし、座ってたってもう何も起こらねえぞ」

怜菜「わかってるって。そういう意味じゃないの」

結城「まあ、出口が混んでるし少しこのままじっとしてるか」

怜菜「感動だあ」

結城「はいはい(って、あ)」

結城(有希と池山が連れ立って席を立った。帰るのか)

結城(・・・・・・別に寄り添ったりはしねえのな。ただ、一緒に来ただけなのかな)

結城(まあ、いいや。今日のところはあいつらには声をかけないことにしよう)

怜菜「はあ。じゃあ、そろそろ行く?」

結城「もういいのか」

怜菜「うん。どっかで食事して帰ろう」

結城「いいけど。池山には声をかけなくていいの?」

怜菜「いい。今はライブの余韻でそれどこじゃないし」

結城「そう(おれのこともどうでも良さそうだな。まあ、いいけど)」


怜菜「ここまで混んでるのか」

結城「どうする? 帰るか?」

怜菜「まだ夜の八時じゃん。並ぼうよ」

結城「たかがファミレスごときで何でこんなに混んでるんだろうな」

怜菜「しかもカップルばっかだしね」

結城「まあ、いいや。おまえがいいなら並ぶか」

怜菜「別に早く帰ったってすることないしね」

結城(早く帰って。抱きしめたりキスしたり)

結城(そういうことしたい。でも、それじゃあまずいよな)

結城(落しどころっつうのかな。そういうことでいうと、仲のいい兄妹としていつまでも
こいつと一緒に出かけたり、たまに手を繋いだりとか)

結城(あと、チュウ? いや、それはまずいかもしれん。いくら仲のいい兄妹でも)

怜菜「お兄ちゃんさあ」

結城「どうした?」

怜菜「ちょっと疲れてる?」

結城「別にそんなことはねえけど」

怜菜「だって、さっきから少し無口になってるし」

結城「そんなことねえよ。ちょっと考えごとしてただけだって」

怜菜「何考えてたの?」

結城「何だっていいだろ」

怜菜「ひょっとしてあたしと同じこと考えてたのかな」

結城「はい?(え)」

怜菜「あたしね。並んでいるあいだ、ちょっと考えたんだ」

結城「何を考えたんだよ」

怜菜「長年の間だ、自分が抱えていた実の兄貴への恋愛感情を、博人への想いとか世間的
な常識とすり合わせできるのかなって」

結城「お、おまえ」



店員「二名でお待ちの結城様。お席の準備ができました」

怜菜「あ、はい。行こ、お兄ちゃん」

結城「・・・・・・」


結城「おまえよく食うな」

怜菜「うるさいなあ。あたしの勝手でしょ」

結城「太るぞ」

怜菜「お兄ちゃんには関係ないでしょ」

結城「まあ、そうだけど」

怜菜「すいません。デザート持ってきてください」

結城「・・・・・・さっき言いかけたのってさ」

怜菜「うん」

結城「すり合わせって」

怜菜「多分、お兄ちゃんの考えていることと一緒だよ」

結城「そうか」

怜菜「このまま突き進んでも将来が見えなくない?」

結城「おまえは。ずいぶん軽く言うんだな」

怜菜「重く言ったって一緒だよ」

結城「そうか」

怜菜「お兄ちゃん、これからもずっとあたしと一緒にいてね」

結城「え」

怜菜「物理的に離れちゃうのはしょうがないけど。お兄ちゃんだって就職して結婚して
さ。あたしもそうだけど。でも。それでも仲のいい兄妹でいたい。ずっと」

結城「それは、俺もそうだけど(俺の思っていたとおりのことを怜菜が言ってくれた。そ
れなのに、なんで寂しく感じるんだろう)」

怜菜「お兄ちゃんの言うとおりさ。一緒にお出かけまで咎められることはないと思うんだ。
それすらだめなら一緒に暮らすのだって駄目だろうし」

結城「ああ」

怜菜「でも、チュはなしかなあ。お兄ちゃんとあたしに変な気持がなくなたって、お互い
の恋人に誤解されちゃうだろうし」

結城「・・・・・・キスはNGか」

怜菜「残念なの?」

結城「ああ」

怜菜「あたしも。でももうだめ」

結城「手を繋ぐのはどうだろう」

怜菜「・・・・・」

結城「やっぱ、まずいよな。誤解されるって意味なら一緒だしな」

怜菜「見られなければ」

結城「え」


怜菜「見られなければ・・・・・・さ」

結城「いいの?」

怜菜「あたしだって、本当はお兄ちゃんのことが。その」

結城「じゃ、じゃあ。見られなきゃ、二人きりならキスとか」

怜菜「それはだめ」

結城「何でだよ」

怜菜「多分、お互いにエスカレートしちゃう気がするから」

結城「・・・・・・そうだな」

怜菜「あ、でも」

結城「何」

怜菜「その。たまに肩を抱いてくれたり抱き寄せてくれるくらいなら」

結城「ああ(エスカレートしちゃいそうだけどな)」

結城(まあ、これでいいんだよな。実の妹と両想いなんて将来性がないにもほどがある。
前に怜菜が言っていたように同性愛者ならまだしも救いがある。差別されたり周囲には偏
見が溢れたりしているだろうけど、少なくとも擁護する勢力もあるし、同じ主義の仲間の
集まりだってあるだろう)

結城(同性愛者の人権はもはや学校教育にだって取り入れられているのに、何で近親愛者
の人権は尊重されないんだろうか。遺伝子的欠陥か?)

結城(じゃあ、子どもを作らなければいいのかよ。それとも、いっそセックスしなけりゃ
許されるのか)

結城(そうじゃねえもんな。プラトニックな愛情だって、妹への本気の愛情は気持ち悪い
とか言われるんだ)

結城(・・・・・・それに。有希が俺のことを好きなら、俺には有希を裏切ることはできないし
な。もっとも今日は有希は池山と二人きりでライブ会場に来てたけど。何か事情があるん
だろう。まさか本当に浮気じゃねえよな)

怜菜「お兄ちゃん、もう食べないの?」

結城「ああ。何か食欲ねえや」

怜菜「意外とメンタル弱いのね」

結城「放っとけ」

怜菜「じゃあ、もらう」

結城「・・・・・・いいけど。女の子がフルーツパフェ食った後でステーキの残りを食うか、普
通」

怜菜「彼氏の前じゃしないよ、こんなこと」

結城「俺の前ならいいのかよ」

怜菜「あたしにとっては生まれたときからずっとお兄ちゃんと一緒なんだもん。今さら取
り繕ってもしかたないでしょ」

結城「そらまあそうか」

怜菜「そうだよ」

結城「ふふ」

怜菜「うふふ」

結城「そうだよな。俺もおまえに格好つけたって今さらだし」

怜菜「そうだよ。お兄ちゃんのエッチなゲームだって、あたしは全部把握しているし」

結城「ちょっと待て」


怜菜「何で全部、実の妹が出てくるゲームなんだろって、しばらく悩んだんだよ」

結城「おい。秘密の場所に隠していたのに」

怜菜「隠してたの?」

結城「え」

怜菜「普通にお兄ちゃんの部屋のパソコンにアイコンがあったから開いただけなんだけ
ど」

結城「いや(やべ。パッケージだけしまって隠した気になってたわ)」

怜菜「ふふ」

結城「何笑ってるんだよ(もういいや。ここまで来たら、こいつには何も隠しようもない
し)」

怜菜「あたしね。お兄ちゃんの部屋でエッチなゲームを開いたときどきどきしちゃった」

結城「それってさ。おまえが何歳くらいのとき?」

怜菜「中学二年の夏休みのとき。お兄ちゃんが合宿で留守のときだった」

結城「何で黙ってたんだよ」

怜菜「・・・・・・ばか。言えるわけないじゃない。実の兄貴が実の妹を・・・・・・その」

結城「攻略すると言うんだぜ」

怜菜「そうじゃないよ。お兄ちゃんがあたしのことをあんな風にしたいと思ってたなんて
わかったらさ。そんなこと話せるわけないでしょ」

結城「いや、それは単にゲームの話であって現実にそうしたいかとは」

怜菜「・・・・・・」

結城「・・・・・・すまん。おまえをゲームの中の妹と同じようにしたかったんだ」

怜菜「あほ」

結城「すまん」

怜菜「もう、言い訳するのやめて。どっちみち結ばれないにしても、お互いに異性として
気になっていたのは事実でしょ」

結城「あ、ああ」

怜菜「そこは素直に認めようよ、お互いに。そのうえで前向きな話をしようよ」

結城「おまえはそういう風に簡単に割り切れるかもしれないけどさ」

怜菜「お兄ちゃんだって同じ考えでしょ」

結城「そうだけど。だからといって、そんなに簡単に割り切れる話かというと」

怜菜「気持ちはわかるけどね。さ、帰ろう」

結城「あっさりと言うなあ」

怜菜「話し合ったってどうしようもないことじゃない」

結城「まあ、そうかな」

怜菜「・・・・・・納得できない?」

結城「何か割り切れない」

怜菜「・・・・・・今日くらいは一緒に寝ようか」

結城「おい」

怜菜「抱きしめたりしちゃだめだよ?」

結城「・・・・・・」


結城「何それ?」

池山「僕に聞かれても」

結城「本当に怜菜がそう言ったの?」

池山「うん。迷惑でしょって言ったんだけど」

結城「別に迷惑とかはねえけどよ。連休は実家に帰る予定なんかなかったんだけどな」

池山「そうなの?」

結城「ああ。有希とも約束してたし、そろそろ予約とか考えねえとって思ってたくらいだ
し」

池山「え」

結城「えって何だよ」

池山「いや。怜菜は有希とも打ち合わせ済みだからって言ってたけど」

結城「俺だけ除け者かよ。つうか、有希からも怜菜からも聞いてないんですけど」

池山「迷惑ならやめようか。僕も研究室のフィールドワークと被りそうなんでどうしよう
かと思ってたところだし」

結城「別に迷惑とか言ってねえじゃん。わかったよ。みんなでうちの実家に行こう」

池山「本当に大丈夫なの?」

結城「別にいいよ。でもよ、何もないところだぞ。うちの家って山の中の湖の畔にあるっ
てだけで、古い農家だしよ」

池山「え? マジで」

結城「マジって? 行く気をなくしただろ」

池山「結城んちってさ。昔からずっとそこにあるの?」

結城「そうだけど」

池山「すごい。家の中をいろいろ見てまわっていいかな」

結城「見るって何を? 面白いものなんて何もねえけど」

池山「古い蔵とか昔の本とかない?」

結城「ああ。それならあるぜ。誰も関心がないんで放置してあるけど」

池山「見たい」

結城「別にいいけど(何だこいつ。いきなり目を輝かせやがって)」

池山「結城の家って、農業とかしてる?」

結城「昔はな。今は田舎だけど周囲にホテルとか商業施設とかが進出してきたんで、農地
だった土地を貸して暮してるよ」

池山「お祖父さんとかお祖母さんとかご存命なの?」

結城「ああ」

池山「ぜひ話を聞きたいなあ」

結城(何なんだ)


怜菜「今日は空いてるね」

結城「ああ。この調子なら、遅くなる前に帰れそうだな」

怜菜「何か懐かしい。久し振りだなあ」

結城「そうだっけ」

怜菜「お兄ちゃん、実家への執着心がなさすぎ」

結城「あんな田舎。ようやく大学生になって脱出できたんだぜ」

怜菜「あたしは実家の方が好きだなあ」

結城「じゃあ、何で地元の国大とか受験しなかったんだよ」

怜菜「・・・・・・」

有希「ねえ」

結城「うん?」

有希「結城君の家のそばの湖って、ボートとかある」

結城「あるよ。つうか実家で経営しているせこい貸しボート屋があるぜ。乗りたい?」

有希「乗りたい。ボートで一緒に湖面に連れて行って」

結城「別にいいけど」

有希「楽しみだな。あたし、ボートって井の頭公園でしか乗ったことないや」

結城「誰と乗ったんだよ」

有希「誰って・・・・・・意地悪」

怜菜「・・・・・・博人は? 君もボートに乗る?」

池山「僕はどっちでも。それよかさ。君の祖父母の話を収集したいな」

怜菜「あ、ああ。そうなんだ」

結城「池山さあ。うちなんかに研究材料になるほどの伝承なんか伝わってねえぞ」

池山「そうでもないと思う」

結城「何でそう言い切れるんだ」

池山「君の故郷ってさ。嬌が沼伝説ってあるの知ってる?」

結城「なんだそれ」

池山「郷土史レベルでしか収集できてないんだけど、なかなか興味深い話なんだ」

怜菜「どういうお話なの?」

池山「それを知りたいんだよね」

結城「もったいぶるなよ」

池山「まあ、よくある話なんだけどさ。若い男女の心中話だよ。その二人が身を投げたの
が嬌が沼っていう底無しの沼だって言われているね」

怜菜「そんな沼、実家の近所にはないよ」

結城「湖のことじゃねえだろうな」

池山「深い山の中の沼らしいけど」

怜菜「じゃあ、違うじゃん」

結城「まあ、いいや。気が済むならじいちゃんたちに聞いてみるといいよ」


有希「池山君」

結城「どした?」

有希「ごめん。ちょっとトイレ行きたくなっちゃったかも」

結城「お、おう。じゃあどっかで休憩しよう」

怜菜「そろそろお昼だし、お昼ご飯も食べようよ」

結城「ああ、そうしようか」

怜菜「もう少し有料道路を登ったところにサービスエリアがあるじゃない? あそこで食
事しよう」

結城「了解」



怜菜「疲れた~」

結城「おまえらは乗ってただけだろうが。運転は全部俺がしたんだぞ」

怜菜「あたし、この先運転してあげようか?」

結城「いや、いい。遠慮しとく」

怜菜「何でよ」

有希「結城君が疲れたならあたしが」

結城「パス」

有希「何で」

結城「この先、有料道路をを抜けると狭い峠道だ。おまえらには任せられん」

怜菜「あたし、運転うまいのに」

有希「あたしも」

結城「(相手してられん)池山は免許取らねえの?」

池山「夏休みになったら取りに行こうと思う。フィールドワークに出るのに、免許は必要
だし」

怜菜「君は運動神経鈍そうだしなあ。当面は必要になったらあたしが運転してあげるよ」

池山「ありがとう」

怜菜「君の彼女だもん。当然でしょ」

結城「・・・・・・」

有希「結城君。早く行こうよ」

結城「とりあえずトイレ行って来いよ。待っててやるから」

有希「トイレ、トイレ言うな」

結城「悪い」

有希「ばか」

結城「ゆっくりして来ていいぞ」

有希「うるさい!」

怜菜「・・・・・・」

結城(怜菜?)


今日は以上です
また投下します


結城「おまえはトイレ行かねえの」

怜菜「いい」

池山「僕もちょっと行って来ていいかな」

結城「いいけど」

怜菜「行ってらっしゃい」

池山「すぐに、戻ってくるね」

怜菜「急がなくても平気だって」

池山「じゃあ」

結城「ああ」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・」

結城(何か怜菜と二人きりになっていきなり気まずいじゃんか。普段、アパートではいつ
も二人きりなのに)

結城(この組み合わせでいきなり妹と二人きりとか何でかはわからんけど、敷居高い)

結城「・・・・・・」

怜菜「ねえ」

結城「ああ(怜菜の方から話しかけてくれた)」

怜菜「お兄ちゃんと有希ってラブラブだね」

結城「どういう意味」

怜菜「会話の端々でいちゃいちゃしてるじゃん」
「」
結城「そんなことないって」

怜菜「別にいいじゃん、誤魔化さなくなって。付き合っているんだし」

結城「(じゃあ、何でわざわざそういうこと言うんだよ)おまえにだけは言われたくねえ
よ」

怜菜「何でよ」

結城「その言葉そっくりそのまま返すよ。『君は運動神経鈍そうだしなあ。当面は必要に
なったらあたしが運転してあげるよ。君の彼女だもん。当然でしょ』」

怜菜「・・・・・・」

結城「どう考えたってお互い様じゃんか。ふざけんなよおまえ」

怜菜「・・・・・・」

結城(俯いて黙り込んじゃた。ちょっといいすぎたか)

結城「あのさ」

怜菜「ごめん」

結城「いや。俺の方こそ悪い」

怜菜「お兄ちゃんは悪くないよ。諦めようって言い合ってたのに嫉妬しちゃったあたしが
悪いの」

結城「嫉妬って」

怜菜「わかってたのにね。覚悟だってしてたはずなのに」

結城「いや」

怜菜「でも、こうなっちゃうのね」

結城「怜菜・・・・・・(限りなく妹がいとおしい)」


怜菜「そう言えば」

結城「(いきなり何だ。怜菜も気まずいのかな)うん?」

怜菜「さっきの博人の話だけどさ」

結城「免許のことか」

怜菜「違うよ。嬌が沼の言い伝えの話」

結城「ああ。地元生まれ地元育ちの俺たちだって聞いたことないもんな」

怜菜「あたし、聞いたことあるかも」

結城「そうなん?」

怜菜「うん。さっきは思い出せなかったんだけど、小さい頃その話を聞いた記憶を思い出
した」

結城「へえ。どんな話? てか池山に話してやれば喜ぶかもよ」

怜菜「うん。お兄ちゃんは思い出さない?」

結城「全然。てか、多分聞いたことないよ俺は。それに実家の周辺には嬌が沼なんて沼と
か池なんかないだろ」

怜菜「今はね。昔はあったんだよ多分」

結城「どこに?」

怜菜「十年くらい前かな。ショッピングモールができたでしょ?」

結城「ああ。でも、あそこはできる前はただの田んぼだったんじゃない?」

怜菜「あの田んぼのとこにさ。嬌が沼跡っていう古い木の看板が立ってたのも思い出した
の」

結城「・・・・・・じいちゃんたちに聞いたのか」

怜菜「多分ね。そこまでよくは覚えてないけど、お話は思い出したよ」

結城「(どうでもいい話だけど、お互いに嫉妬しあっているような微妙な会話をするより
は生産的か)どんな話だけ聞かせろよ」

怜菜「うーん」

結城「うーんて何だよ」

怜菜「今は止めておく。博人にも聞かせたいし、博人が戻ったら話すね。二度も同じ話す
るの面倒だし」

結城「まあ別に俺には興味ないからな。聞かなくても問題ないけど」

怜菜「・・・・・・そうかもね」

結城「あいつら遅いな。売店で土産物でも見てるのかな」

怜菜「おトイレに行っただけなんでしょ」

結城「そのはずだけどな」


怜菜「車の場所がわからなくなったのかも」

結城「そしたら携帯で電話くらいしてくるだろ」

怜菜「ちょっと探してこようか」

結城「いいよ。俺が行って来る」

怜菜「そう?」

結城「見てくるな」



結城(トイレ前にはいねえな。やっぱり土産物でも見てるのかもな。地元の俺たちとは違
って初めてこのあたりに来たのならそういう気になってもおかしくねえしな)

結城(どれ。サービスエリアの建物の中を探してみるか・・・・・・って、やっぱり。土産物屋
の前で有希と池山が何か話してる)

結城「おーい」



有希「少しは真面目にやってよ」

池山「真面目にって?」

有希「言い伝えとか伝承とかどうでもいいのよ。免許の話だって死ぬほどどうでもいい」

池山「でも、せっかく嬌が沼伝説の現地に来たんだし」

有希「いい加減にして。君の研究旅行に来たんじゃないの。わかってるの?」

池山「それはわかってるけど」

有希「結城君と怜菜の真の関係を探るのが目的なんだよ。旅行前に話したじゃない。君、
ちゃんと聞いてたの?」

池山「一応、聞くことは聞いた。ライブの音楽がうるさくてよく聞こえなかったけど」

有希「・・・・・・やっぱりちゃんと聞いてないじゃない」

池山「そんなことはないよ。でも、ああいう相談するなら別にコンサート会場に行かなく
てもよかったんじゃないの?」

有希「うるさいなあ。そういうこと聞いてるんじゃないのよ」

池山「まあ、でもさ。嬌が沼の伝承の話をするのはさ。君の目的から言っても無駄じゃな
いと思うな」

有希「どういう意味よ」

池山「まあ、結城と怜菜のことは君の考えすぎだと思うけどね」

有希「そうじゃなくて。その何とか沼伝説の話がどうして関係してくるのって聞いてる
の」

池山「知ってる範囲だと、あれは『きょうだい心中』伝説だからね」


有希「どういうこと?」



結城(こいつらいったい何を話してるんだ? 俺と怜菜の仲を疑っているのか。それにし
てもきょうだい心中って何だ)



池山「もともとは滋賀県あたりの伝承らしいんだけど、よく探すと全国に同じような話し
があるみたいなんだ」

有希「意味わかんない」

池山「きちんと文章になって残ってないんだけど。昔、何人かの歌手がその話を題材に歌
にしてるんだ。ちょっと待って」

有希「何してるの」

池山「その歌詞の一つを持ってきたんだ。ああ、これだ。はい」

有希「何よこれ。字が小さくて読めないよ。博人が読んで」

池山「そろそろ車に戻らないとまずくない?」

有希「いいから!」

池山「そう? じゃあ」



 国は京都の 西陣町で 兄は二十一 その名はモンテン
 妹十九で その名はオキヨ 兄のモンテン 妹に惚れて

 これさ兄さま 御病気はいかが 医者を呼ぼうか 介抱しようか
 そこでモンテン 申すには 医者も要らなきゃ 介抱もいらぬ

 わしの病気は 一夜でなおる 二つ枕に 三つぶとん
 一夜寝たなら 病気がなおる 一夜頼むぞ 妹のオキヨ

 言われてオキヨは 仰天いたし 何を言いやんす これ兄さまへ
 わしとあなたは 兄妹の仲 人に知られりゃ 畜生と言われる

 実は私にゃ 男がござる 年は十九で 虚無僧なさる
 虚無僧殺して くれたなら 一夜二夜でも さん三夜でも
 末は女房と なりまする

 兄のモンテン 虚無僧殺す 深い編笠 その下に
 哀れなるかや 妹のオキヨ かねて覚悟の 妹のオキヨ
 兄のモンテン 妹を殺す

 思いこんだる 妹のオキヨ 妹のオキヨに だまされた
 ここで死ねば きょうだい心中
 兄は京都の 西陣町で 哀れなるかよ きょうだい心中



有希「・・・・・・何よこれ」

池山「江州音頭から歌詞を引用したらしいけど。もともとは地方にある伝承から作られた
と言われているね」



結城(何だよこれ。俺と怜菜とは何の関係もねえだろう、こんなクソ暗い話)


有希「なるほど。博人もおとなしそうな顔をして考えることが結構エグイよね」

池山「どういう意味?」

有希「わからない振りとかそういうのもういいから。確かにこういう間接的なやり方であ
の兄妹を揺さぶる方がいいのかもね。動揺して思わず本音をもらすかもしれないし」

池山「本気でわけわかんないんだけど」

有希「わかった。君の伝承採取に協力するよ。つうか協力する振りをする。どうも君の作
戦に乗った方がよさげだし」

池山「・・・・・・わからないけど、協力してくれるのは助かるよ。それよかそろそろ車に戻ら
ないと、怜菜たちが心配すると思うな」

有希「心配するかな」

池山「トイレにしては時間かかってるし」

有希「あの人たちかえって喜んだりしてね」

池山「え?」

有希「何でもない。わかった。戻ろうか」



結城(車に戻るみたいだな。見つかる前に俺も戻ろう)

結城(表面上は俺と仲良くやってるみたいに見えたのに、有希はまだ疑っているのか)

結城(こんなに怜菜のことを、自分の妹のことを諦めようとして努力しているのに。そん
なにつらい思いまでしているのに、有希はまだ)

結城(何がきょうだい心中だ。あんな下世話な伝承なんか引き合いに出しやがって。って、
あれ?)

結城(怜菜は、嬌が沼の昔話を思い出したって言ってたよな。まさか、ああいう内容の話
を思い出したんじゃないだろうな)

結城(いや。それならわざわざ俺にその話をしたりはしないだろう。きっと内容について
は池山の勘違いなのかもしれない。怜菜が聞いたのはきょうだい心中の話じゃないんだろ
う)

結城(いや、考えごとしている場合じゃない。早く車に戻らねえとあいつらに追い越され
てしまう)


怜菜「お兄ちゃん?」

結城「あ、ああ(何とか間に合ったか)」

怜菜「何、慌ててるのよ」

結城「別に」

怜菜「博人たちいなかったの」

結城「いたよ。もうすぐ戻ってくると思う」

怜菜「思うって。声かけなかったの」

結城「うん。戻ってくる感じだったから」

怜菜「ふーん。そか」

結城「あのさ」

怜菜「何?」

結城「いや、何でもない」

怜菜「何なのよ」

結城(嬌が沼伝説のことを聞きたかったけど。つうか本当にそれがきょうだい心中みたい
な内容なら、それを俺に思い出したなんて言わねえだろう)

結城(それよりも何よりも、そういう内容だとしたらそれでも怜菜はその話を池山と有希
に教えるつもりなのかな)

結城(そうだとしたら、いったいどういう意図があってのことだろう)

有希「お待たせ~」

池山「遅くなってごめん」

怜菜「何だ。二人とも一緒だったんだ」

有希「うん。お土産物屋さんで会った」

怜菜「こら。お土産ならちゃんと案内するって言ったじゃん。こんなサービスエリアで買
っちゃだめだって」

有希「何も買ってないって。ちょっと下見しただけだよ」

怜菜「それならそうと言ってくれたら、地元民のあたしがちゃんと教えてあげたのに」

有希「地元民ってさ。あんたは小学生の頃から富士峰の寮暮らしでしょうが」

怜菜「それ、全然関係ないし。あたしって地元が好きだから、この辺には詳しいの」

有希「そうなの?」

結城「さあ?(俺に振るなよ俺に)」

結城(確かに妹は昔から地元大好きだったよな。地元の公立小学校じゃなくて、富士峰に
行かされる時、本気で抵抗してたような記憶があるな)

有希「まあ、いいや。じゃあ、行こうよ。遅くなっちゃうよ」

怜菜「あんたが言うなよ」


有希「初めまして。お世話になります」

祖母「よくおいでになったね。ゆっくりしてんしゃいね」

有希「はい。ありがとうございます」

怜菜「おばあちゃん。お父さんとお母さんはどこ?」

祖母「ボート小屋にいるよ。今日はお客が多いから手伝いに行ってるよ」

結城「じいちゃんはどうしたんだよ」

祖母「こら。せめておじいちゃんと言いなさんけ」

結城「いいじゃん別に」

祖母「あんたって子は。東京に行って悪くおなりになさんけ。さあさ。まだ夕ご飯まで時
間があるから、部屋でゆっくり休んどきなせ」

怜菜「部屋ってどうなってるさ」

祖母「離れの二部屋をお客様に使いなんせ。あんたらは普段の部屋でいいじゃろ」

怜菜「別にいいけど。って、博人?」

池山「ごめん。何か新鮮で」

怜菜「新鮮? 何が」

池山「君が方言使うの初めて聞いたから」

怜菜「田舎者で悪かったね」

池山「そうじゃないって。民俗学専攻希望だもん。普段からそういうふうに話して欲しい
な」

怜菜「無理」

池山「何でさ」

怜菜「小学校の頃から標準語に慣れちゃったからさ。おばあちゃんとかと話すとき以外は
無理だって」

結城「俺なんか方言はすっかり忘れちゃってるぜ」

祖母「あんたは自分と怜菜の分の布団を母屋の二階に持ってっとき」

結城「何でおらがそんことせんなね。怜菜が自分ですりゃいいっけ」

有希「ふふ」

結城「・・・・・・あ、つい方言を使っちゃった。つうか放っておいてくれ」

有希「結城君可愛い」

結城「よせよ」

怜菜「・・・・・・」



有希「すごく広いお家なのね」

結城「まあ田舎だからね」

有希「気持ちいいなあ。湖が見えるし」

結城「明日、ボートに乗る?」

有希「乗る乗る」

怜菜「お風呂沸くまで少し時間かかるって」

有希「うん」

怜菜「博人? 何してるの」

池山「器材の確認を」


結城「器材って何だよ」

池山「カセットテープのレコーダーとか」

結城「本気で昔話の収集する気なのかよ」

池山「うん。駄目かな」

結城「駄目じゃねえけどさ。せっかくみんなで遊びに来たのによ」

有希「別にいいじゃん。博人は本気で民俗学に打ち込んでいるんだから。お父様の後を継
ぐんだもん。ね?」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・そうだね」

有希「あれ? あたし、何かまずいこと言った?」

結城「そうじゃねえけど」

有希「けど、何よ」

結城「・・・・・・」

怜菜「あ、じゃ、じゃあさ。博人にいい研究材料をあげる。あたし思い出したんだ。小さ
い頃おじいちゃんから聞いた嬌が沼伝説を」

有希「え」

結城(マジかよ)

怜菜「聞きたかったんでしょ。この昔話」

池山「聞きたいなあ。ぜひ話してよ」

怜菜「ちゃんとは覚えていないかもよ。小さい頃聞いただけだし」

池山「うん。それでもいいから、話して」

怜菜「じゃあ、お風呂が沸くまでの暇つぶしということで。むかしむかし」

池山「ごめんちょっと待って」

怜菜「どうしたの?」

池山「録音の準備がまだだった。よし。録音の準備ができた。じゃあお願いします」

怜菜「もういい? 録音とか緊張するなあ。じゃあ。むかしむかし・・・・・」


  むかしむかしある山里の郷に所の庄屋の娘がいた。娘の齢は十五歳。その娘は雛には
 稀に見る美しい娘だったそうな。その娘の名は清といい、その美しさはその山里のみな
 らず、お殿様のお城がある湖畔の城下町まで鳴り響くほどだった。お清には想い人がお
 った。その男はお清より一歳年長で、この山里で木こりをしている家の次男坊だった。
 名を紋次という。

  二人は幼馴染で、物心つく頃からお互いを想い合う仲だった。ただ、庄屋の娘のお清
 と木こりの次男坊の紋次とでは身分違いの仲だったため、二人はお互いの気持ちを周囲
 には隠していた。隠してはいたが、二人はいざとなったら駆け落ちして他所の町に逃げ
 てでも一緒になる気だったのだ。

  ところで、この村は猟や木こりだけを生業としていただけではなく、大部分の村人達
 は、急峻な山肌を切り開いて、わずかな地歩の田んぼや畑で作物を育てていた。何しろ
 山間のせいで、大きな湖の水を田畑に引いて作物を収穫していたのだ。この湖からひか
 れた湖水は、この郷とは南側の反対の斜面にあるもう一つの郷と共用で利用されていた。

  ある年、お清が十六歳になったばかりの夏、春からこの方全く雨が降らない年があり、
 さしもの大きな湖の水面も大分下にさがり、作物の生育に支障を来たすまでに減ってし
 まったことがあった。この年、二つの郷の間で水を取り合う争いがおこった。村人たち
 もいろいろ考えた、いくら日照りとはいえ湖の水は二つの村の農作物の収穫に足りない
 ということはない。村同士の争いを収めればお互いにうまくこの事態を凌げるだろう。
 そう考えたお清の父親は、もう一つの郷の長と話し合いをした。結局、お互いに意地を
 張らなければうまく行くという結論に達した長二人は、自分たちの息子と娘を婚姻させ
 ることで、この不毛な争いを納めようとしたのだ。

  もともとお清の父親は、お清と紋次の仲に気がついていた。自分の娘が木こりごとき
 の次男坊に盗られることが面白くなかった彼は、この話しに渡りに船とばかりに食いつ
 いたのだ。父親から南の郷への縁談を聞いたお清は黙って俯いてしまったままだった。
 父親は、娘も嫁いでしまえば木こりの紋次のことも忘れるだろうと思っていたそうな。

  お清はその日以来全く笑顔を見せずに毎日青い顔で俯いているだけだった。見るに見
 かねたお清を慕っていた下働きの少女が、お清の縁談のことを紋次に伝えたのだった。
 その日のうちに紋次は下働きの女中の手引きで、お清の屋敷に忍び込んだそうな。

  翌日、湖よりももっと山深く郷の人たちが滅多に行かない嬌が沼を通りかかった猟師
 が、沼に浮んでいる二人の男女を見つけた。それはお互いの手をしっかりと草のつるで
 縛り上げて、離れないようにしたお清と紋次の変わり果てた姿だった。

  それ以来、どんなにひどい日照りであっても、湖の水位が下がって水が彼果てたとき
 でも、どういうわけかその上流にある二人が心中した嬌が沼の水が枯れることはなかっ
 たという。

  おしまい。


結城(何だこれ。全然きょうだい心中とは関係ないじゃん。それに話し自体が陳腐で何の
ひねりもねえ。伝承だからしかたないにしても、スト-リーとして成り立ってねえじゃん
か。これじゃあ忘れ去られるのも無理はない)

有希「それって本当に嬌が沼伝説の話なの?」

怜菜「本当にって? あたしが覚えているのはこういう話だけど」

有希「博人?」

池山「ありがとう。録音させてもらったよ」

有希「君の話と全然違うじゃん」

怜菜「博人の話って?」

有希「あ。ごめん。何でもない」

怜菜「何よいったい」

池山「まあ、少し研究の余地があるかもね。でも、興味深い話だったよ」

怜菜「少しでも君の役になったならよかったけど。でも、昔聞いた話だし、間違っている
かもよ」

池山「口伝の伝承ってそもそもそういうものだし。長年伝えられているうちに少しづつ意
味が変わっていくのが当たり前なんだ」

怜菜「それならいいけど」

結城「そろそろ風呂沸いたんじゃねえの」

怜菜「そうだね。有希、先にお風呂どうぞ」

有希「あ、うん。先に入っていいの?」

怜菜「お客様だしね。家は古いけど、お風呂はリフォームしてあるから安心して入ってい
いよ」

有希「うん」

怜菜「じゃあ案内してあげる。着替えとか持って一緒に行こう」

有希「わかった」



池山「ねえ」

結城「おう」

池山「嬌が沼ってマジで思い当たる場所ってないの?」

結城「またその話かよ。ああ、そういや怜菜が昔、嬌が沼の跡地とかっていう看板を見た
って言ってたっけ」

池山「本当? そこってここから遠いの」

結城「歩けばそれなりにあるかな。斜面を上る感じになるしな。てか、おまえそこ行きた
いの?」

池山「うん。明日、君たちがボートに乗っているときでもいいんだけど。一人で行くから
場所を教えてもらえないかな」

結城「今じゃもう沼なんかねえぞ」

池山「それでもいいよ」

結城「わかった」


今日は以上です
また投下します


池山「でも来てよかった」

結城「何で」

池山「ゼミの合宿行くよりも収穫がありそうだからさ。嬌が沼伝説の話を採取できたし、
実際の場所も見れそうだし。遠野村なんかに行くより絶対こっちの方がいいよ」

結城「・・・・・・あのさ」

池山「どうしたの」

結城「さっき怜菜がその何とか沼伝説の話をしたときさ。有希がおまえの話と全然違うっ
て言ってたじゃん。あれってどういうこと?(素直に言うわけないか)」

池山「ああ、あれね。さっき、休憩したサービスエリアでね。有希が嬌が沼伝説の話を聞
きたいって言うから話してあげたんだけど、その話と全然違うじゃんって言ってたんだと
思う」

結城「(本気で脇が甘いなこいつ。秘密にするとかっていう概念がないのか)ちょっと待
てよ。おまえがその何とか伝説の話を知ってるなら、わざわざここで話を聞くことはない
だろ」

池山「僕が知っているのは、もともとの伝説から派生した歌詞だよ。それも江戸時代から
明治時代にかけて脚色されて、遊郭とかで歌われていたものだから。オリジナルの採取を
きちんとした人はまだいないんだ」

結城「(きょうだい心中とかっていうあのクソくらい話か)どういう歌詞なんだ」

池山「こういうの」

結城「(歌詞を書いた紙か。内容はさっきと一緒だな)この暗い歌詞ってよ」

池山「うん」

結城「怜菜が話した嬌が沼と全く関係ねえじゃん」

池山「それはわからないよ」

結城「わからないって?」

池山「伝承っていうくらいだから、普通は口伝なんだ。口伝ってわかる?」

結城「代々口伝えに伝えられていくってことだろ」

池山「そうそう。口伝っていうくらいだから、初期には文字になっていないので、伝言
ゲームと一緒で少しづつ内容が変わっていくんだ。だから、後世とか他地方に伝えられて
いく過程で話しが変遷していく。オリジナルの伝承がそのままその地に伝承された話と異
なっていても不思議はないね。まして遊郭で歌われた歌詞なんか名の知れぬ作者が好き勝
手にドラマティックにするだろうし」

結城「それにしても、男女が心中するところ以外に共通する部分が全くないじゃんか」

池山「そうでもない。女の名前はオキヨだから全く一緒だし、モンジとモンテンも似てい
ると言えば似ているよ」

結城「相当無理があるなあ。舞台だって地方の山中と京都の西陣町で全然違うし」

池山「話の背景なんて、話を伝えられた側が自分の中で親しんでいる背景に変えていくこ
とだってあるだろうね。でも、そうだね。核心の部分が違っているのは僕も気にはなって
いるんだ」

結城「核心って?」

池山「主人公の属性」

結城「うん? どういうことだ」

池山「主人公は兄と妹じゃなければおかしんだよね。背景や舞台装置はどんなに変遷して
変化したとしても、物語の核心部分は変遷しないものなんだ。そうでなければ長年の間、
その伝承が語り継がれるわけはないんだよね」

結城(こいつ・・・・・・。伝承の採取にことかけて俺と怜菜に揺さぶりをかけてるんじゃねえ
だろうな)


怜菜「何話してるの」

結城「何だおまえか。有希は風呂入ったの?」

怜菜「うん。って何よ。自分の彼女の動向がそんなに気になるの」

結城「違うよバカ」

怜菜「ふーん。それで? 男二人で何話してたの」

結城「いや。別にたいしたこと話してねえよ」

怜菜「何よ、それ。感じ悪い」

結城「だってよ。本当なんだからしかたがない」

怜奈「それならいいよ。博人に聞くから」

池山「本当にたいしたことはないんだ。君から聞いた嬌が沼の話と、僕が知っているのと
違うなあって話」

怜菜「君はまた研究の話なんかして。せっかくの休みなんだから少しは遊びに行く相談と
かしようよ。愛想尽かしちゃうぞ」

池山「あ、ごめん。そういうつもりはないんだ」

怜菜「冗談だって。彼氏の研究のことなら協力するよ」

池山「ごめん。嬌が沼の跡地を見に行くのと、文献の収集だけさせて。なるべく早く終ら
せるから。そしたら僕も君たちに参加するから」

怜菜「嘘だよ、冗談だって。博人が研究みたいなことをしたいならあたしも付き合うよ」

池山「それは悪いよ。君は結城と有希さんと一緒に遊んできなよ」

怜菜「あたしだって恋人同士に一人でくっついて行くのなんか寂しいもん」

池山「えーと」

結城(怜菜め。さっきから俺のことを無視しやがって)

結城(何が気まずいだよ。俺が有希と仲良くしたら不機嫌になるくせに)

結城(いや、そうじゃねえだろ。これで何度目だよ俺)

結城(これじゃいかんだろ)

結城「こらこら。仲がいいのはいいけど、兄貴の前でそこまでいちゃいちゃするか普通」

池山「いや、そういうことじゃなくて」

怜菜「お兄ちゃんには関係ないでしょ」

池山「じゃあこうしよう。みんなで明日は朝からショッピングセンターに行こう。それで
池山も満足するだろ。別に何にも残ってねえと思うしすぐ終るだろ」

池山「ショッピングセンターって?」

結城「嬌が沼の跡地。もっと言えばあそこは俺たちが子どもだった頃は水田だったんだけ
ど、そこに嬌が沼跡っていう古い木の看板があったらしいよ。怜菜の記憶によればな。俺
は全然覚えてないけど」


怜菜「・・・・・・何で一緒に行かなきゃいけないのよ」

結城「何でって(こいつ。ふざけやがって)」

池山「そこって遠いいの?」

結城「車で行けばすぐだよ。多分十五分くらいかな」

池山「車で行ってくれたら助かるけど」

結城「じゃあ、そうしよう。それから湖の周りで遊べばいいな。観光地だからいろいろ遊
べる場所はあるぜ。子供だましみたいなとこばっかだけど」

池山「じゃあ、一緒に来てくれるならそうしようか。なるべく早く終らせるからさ。い
い?」

怜菜「・・・・・・わかった」

結城(何だかんだ言っても怜菜と池山って仲いいよな。俺と有希よりもうまく行ってそう
じゃんか)

結城(こういう状況なら怜菜が俺に執着する理由なんかないじゃんか)

結城(少なくとも今の怜菜の態度を見る限り)



有希「先にお風呂頂いちゃった。ありがとう怜菜」

怜菜「ずいぶん早いじゃない。もっとゆっくり入ればよかったのに。うちのお風呂って温
泉なんだよ」

有希「え? 聞いてないよ。早く言ってよ。温泉だと知ってたらもっとゆっくりとお湯に
浸かってったのに」

結城「また、明日ゆっくり入いりゃいいじゃん」

有希「うん」

結城「おい(何で俺に寄りかかるんだよ)」

有希「なあに」

結城「・・・・・・何でもない」

怜菜「・・・・・・じゃあ、あたしもお風呂入ってくる」

結城「後がつかえてるんだから早く出ろよ」

怜菜「何であたしにだけ早く出ろとかって言うのよ!」

結城「え」

有希「怜菜・・・・・・」

怜菜「ごめん。何でもない」


祖母「もうお代わりしないの?」

有希「はい。もうお腹がいっぱいです。ご馳走様でした」

怜菜「有希ってそんなに小食だっけ」

有希「とても美味しかったです。よかったら作り方を教えてもらえないでしょうか」

怜菜「・・・・・・」

結城(無視した)

祖母「こんな田舎料理覚えてもしようがないべ」

有希「でも。結城君に作ってあげたいし」

結城「おい。ちょ」

祖母「そうなんせ? だったら怜菜に教わるといい。怜菜は昔から母親に料理を教わって
るから」

怜菜「ちょっと待ってよ」

博人「そうなの? だったら僕にもいつもみたいなやつじゃなくて、こういうの作ってほ
しいなあ」

怜菜「うるさい! あたしはこんな田舎料理じゃなくてお洒落なのしか作らないの!」

結城「おまえ、結構アパートでばあちゃんとか母さんの作ってたようなの作ってるじゃ
ん」

有希「そうなんだ。怜菜って思っていたより家庭的なんだね」

怜菜「うるさいなあ。お兄ちゃんなんかに作るにはそういうので十分でしょ。博人に
はちゃんと都会的な料理を作ってるもん。そうでしょ? 博人」

結城「都会的だって。おまえって本当に田舎もんだな。そういうとこを気にしているあた
りさ」

怜菜「うっさい。もういい。お兄ちゃんにはこれから料理なんかしてあげないからね。こ
れからは外食か自分で作ってもらう」

祖母「それじゃあ、約束違反だべ。二人で暮らすときのさ」

怜菜「おばあちゃんもうるさい。もういい」

結城(出てちゃったよ、怜菜のやつ。何でそんなに怒ったんだろ)



結城(いい風呂だった。明日も早いしもう寝ようかな。)

結城(いろいろ気になることはあるけどさ。まあ、怜菜と池山も仲良くやっているみたい
だし、有希の言動は気にはなるけど、まあ、想定の範囲内の行動だよな)

結城(わざわざ上流の、しかもショッピングモールごときに何で行かなきゃいけないのか
という気はするけど。池山が行きたがっていて怜菜もそれに付き合いたいというならまあ
しかたがない)

結城(・・・・・・)

結城(まあ、正直に言えば俺が有希と二人きりで、怜菜が池山と二人きりで過ごすシチュ
エーションを想像するだけで、何ていうか嫉妬じみた感情が沸き起こるわけだが)

結城(こんなじゃ全然駄目じゃん、俺。もっと有希を見ないといけないんじゃねえのか)

結城(今さら、池山に寄り添うとする妹に嫉妬してどうするんだよ)


怜菜「入るよ」

結城(え)

怜菜「有希と博人を客間に案内してきたよ」

結城「・・・・・・はい?」

怜菜「どうしたの」

結城「(おまえは自分の部屋で眠るんだろ。何で俺の部屋に来るんだよ)いや。ごめん何
でもない」

怜菜「おばあちゃん、客間の布団を乾かしてくれてたみたい。二人とも快適そうだった
よ」

結城「それならよかった」

怜菜「明日はご飯食べたら、ショッピングセンターに行くんでしょ?」

結城「まあ、おまえが本当に嫌なら俺と有希は別行動でもいいけどさ」

怜菜「ごめん」

結城「ごめんって、おまえさっきは。何で一緒に行かなきゃいけないのよって言ってたく
せに」

怜菜「うん。ごめんなさい」

結城「いや、おまえが謝ることはないけどさ。どうする? やっぱり明日は別行動にする
か?」

怜菜「・・・・・・」

結城「だから悪かったって。おまえと池山の仲を邪魔するつもりで言ったんじゃないんだ。
本当だぜ」

怜菜「別にいい」

結城「そうなの?」

怜菜「うん」

結城「・・・・・・」

怜菜「・・・・・・」

怜菜「あのさ」

結城「うん?」

怜菜「そのね。話は変わるんだけど」

結城「ああ(明日の話じゃねえのか)

怜菜「さっき、あたしが話したのってさ」

結城「話? ああ、嬌が沼のこと?」

怜菜「うん。ちょっとね。ちょっと話しづらくて、覚えている話を全部話したわけじゃな
いの」

結城「そうなの」

怜菜「うん。ちょっと、有希や博人には話しづらいかなあって」

結城「どういうことだよ」


怜菜「あのさ。あの話には続きがあるの」

結城「そうなんだ(こんな遅くに何なんだ)」

怜菜「ちょっと話しづらくなっちゃって。本当は続きがあるんだ」

結城「どんな話だよ」

怜菜「・・・・・・聞きたい?」

結城「聞きたいっつうかおまえが話したくて俺の部屋に来たんじゃねえの」

怜菜「・・・・・・」

結城「あ、悪い」

怜菜「ううん。お兄ちゃんには話しておこうと思って。どうせ、お兄ちゃんは忘れてるだ
ろうし」

結城「忘れてるっていうか、俺は聞いたことがないんだと思うけど」

怜菜「お兄ちゃんはあたしと一緒にいたんだから、忘れてるんだよ」

結城「そうかなあ」

怜菜「あの話の続きはね」



  お清はその日以来全く笑顔を見せずに毎日青い顔で俯いているだけだった。見るに見
 かねたお清を慕っていた下働きの少女が、お清の縁談のことを紋次に伝えたのだった。
 その日のうちに紋次は下働きの女中の手引きで、お清の屋敷に忍び込んだそうな。

  翌日、湖よりももっと山深く郷の人たちが滅多に行かない嬌が沼を通りかかった猟師
 が、沼に浮んでいる二人の男女を見つけた。それはお互いの手をしっかりと草のつるで
 縛り上げて、離れないようにしたお清と紋次の変わり果てた姿だった。

  それ以来、どんなにひどい日照りであっても、湖の水位が下がって水が彼果てたとき
 でも、どういうわけかその上流にある二人が心中した嬌が沼の水が枯れることはなかっ
 たという。


結城「そこまでは聞いた(幸いなことにきょうだい心中とは全く無縁な話だったもん
な)」

怜菜「続きはね」



  その出来事以来、庄屋の家に生まれる子どもは、かならず上が男の子で下が女の子に
 なるようになった。もう百年以上経ってもその血筋には、兄と弟や姉と弟の組み合わせ
 が誕生することはなくなったのだ。その家系は何代経ても、必ず兄と妹の二人だけの子
 どもしか誕生しなかった。村人たちはこれを指して、この家系の子どもは嬌が沼に心中
 した紋次とお清が何代にも渡って生まれ変わっているのだ噂した。心中した男女は後世
 でいつも一緒にいられるように兄妹として転生したというのだ。そして兄と妹が男女と
 して結ばれれば、その瞬間に紋次とお清の呪いは解除されるのだと。



怜菜「だってさ」

結城「だってさっておまえ(ばあちゃんめ。そんなどろどろした話を幼い妹にしたのかよ。
信じられねえ)」

怜菜「お兄ちゃんとあたしって、数百年前からの因縁で結ばれているのかもね」

結城「あほか。単なる言い伝えだろうが」

怜菜「まあ、あたしも本当はそうだと思うよ」

結城「だろ?」

怜菜「・・・・・・」

結城「何とか言えよ」

怜菜「・・・・・・あたしのこと、お清って呼んでみて」

結城「ふざけんなよ、いったい何で俺がそんなこと」

怜菜「紋次さん」

結城「(妹の悪ふざけにしてもぞっとした)よせよ」

怜菜「・・・・・冗談だよ。ごめん」

結城「もう寝るよ。おまえも自分の部屋に帰れよ」

怜菜「あたしの昔の部屋なんだけど、布団が湿っていてとても眠れないの」

結城「ばあちゃん、客間はちゃんと用意したんだろ」

怜菜「うん。あたしの部屋だけ忘れたのかな」

結城「じゃあ、一晩だけリビングのソファで寝たら?」

怜菜「ここで寝ちゃだめ?」

結城「それはまずいだろ(何言ってるんだこいつ)」

怜菜「アパートではよく一緒に寝てるじゃない」

結城(えーと)

怜菜「お願い。紋次さん」

結城「ふざけんなよお清(あ)」

結城(何言ってるんだ俺)


今日は以上です
また、投下します


結城「この辺に来るのすげえひさしぶりだな」

怜菜「あたしもそうだな」

結城「おまえはずっと富士峰の寮暮らしだったから無理もない。俺なんか大学までずっと
地元だぞ」

怜菜「それはお兄ちゃんが嫌がったんでしょ。地元の友だちと別れたくないって言って
さ」

結城「まあ、そうだな。でもあれ? 俺はショッピングセンターなんか興味なかったけど、
おまえは帰省するたびにあそこで買物したがってなかったっけ」

怜菜「まあそうだけど」

結城「しかも、その全部に俺が付きあわされたし」

怜菜「久し振りに会う妹の買物に付き合ったことに文句言うとか、どんだけ薄情なのよ」

有希「・・・・・・君たちって昔から仲いいんだね」

結城「え?」

怜菜「まあ、普通に仲は良かったけど・・・・・・」

有希「そうかそうか」

怜菜「とにかく。富士峰って放課後の買物は禁止だったし、帰省したときにしか服とか買
えなかったの。ね? 有希」

有希「あたしは寮生じゃなかったから。普通に土日に買物してたよ」

怜菜「これだから都民は」

有希「都民って」

結城「そういう意味で言えば、田舎者は俺と怜菜だけで池山も都会人なんだよなあ」

池山「僕?」

結城「おまえだって実家暮らしだろ?」

池山「僕は都民じゃないよ。××県民だし」

結城「首都圏じゃん」

池山「でも、僕の家って田舎だよ。海に面しているのどかな町なんだ」

怜菜「いいところだよね。別荘とか海辺のお洒落な店とかいっぱいあって」

結城(怜菜って、池山の実家に行ったことあるんな)

怜菜「いいご両親だよね。あたしさ、いきなり尋ねたのに良くしていただいて」

結城「何だよ。もう池山の両親には紹介済みなんだ。何か婚約者みたいじゃね?」

怜菜「・・・・・・」

有希「・・・・・・」

結城「あれ。だってそうじゃん。俺、何か変なこと言ったか」

池山「・・・・・・まあ、そう思ったかもね。うちの親って僕がまるで女の子にもてないって思
い込んでいたみたいだし。僕が女の子を連れていったってだけで舞いあがったのかも」

結城「まあ、おまえなんかが彼女を家に連れていったらそういう反応になるのかもな」

怜菜「おまえなんかってどういう意味よ」

有希「そうだよ。それってちょっと酷すぎない?」

結城「いや、別に深い意味はないんだけど」


有希「あのさ。今のはいくらなんでも酷すぎない? 友達同士にしたってちょっと言い過
ぎでしょ」

結城「いや。別にそんなに深い意味はねえんだけど」

怜菜「お兄ちゃんは博人のことをどういうわけか自分より女の子にもてないとか、女慣れ
してないとか、そういう風に思ってるの?」

結城「だからそんなこと思っていねえって」

有希「そうとしか聞こえなかったけど」

結城「本当に違うんだよ。そう聞こえたなら謝るよ」

怜菜「もう、はっきり言うけどさ。お兄ちゃんより博人の方が学部では女の子に人気ある
んだよ」

結城「だから何だよ。別に俺の方が池山よりもてるなんて言ってねえだろ」

有希「怜菜の言うとおりだよ。少なくとも博人は大学の女の子には君よりは人気ある
よ。博人って優しいし」

結城「だから。別に池山が人気ないなんて俺は一言だって言ってねえだろ」

怜菜「潜在意識で博人のことを侮っていなきゃ、あんな発言はしないはずでしょ」

有希「あたしもそう思う」

結城(本当にそうじゃねえのに。つうか、俺の彼女のはずの有希まで池山の味方にまわる
とか何でだよ)

池山「もうよそうよ。結城だって悪気があって言ったんじゃないと思うし」

怜菜「・・・・・・だって」

有希「何か腹たつじゃん」

怜菜「そうそう」



結城「着いたよ(もう知らねえ。あれだけの話を二人がかりで無茶苦茶非難しやがっ
て)」

池山「ありがとう。その、碑文はどこにあるのかな」

怜菜「案内するよ。でも、碑文以外には本当に何もないよ」

池山「それでも見たいんだ」

有希「本人が見たいなら案内してあげたら?」

怜菜「そうだね。じゃあ、行こうか」

池山「うん。ありがとう」

有希「あたしたちは、どこかで時間潰しているから」

怜菜「わかった」」



有希「どうする?」

結城(うるせえ。人の話も聞かず一方的に俺を非難したくせに。こいつの話なんか聞いて
やる義理なんかねえ)

有希「うん? どうしたの」

結城「・・・・・・(自分の発言を謝る気すらねえのかよ。無視だ、無視)」

有希「何で黙ってるのよ。まさか、怜菜が博人と二人きりで行動することに拗ねてる
の?」

結城(言うにこと欠いて、こいつは)


結城「おまえも怜菜もどっか行っちまえよ。何だよ、俺のことだけ悪者にしやがって」

有希「何を気にしてるのよ。拗ねた子どもみたい」

結城「おまえも池山と怜菜と一緒におんぼろの碑文とやらを見に行かなくていいのか」

有希「あの子とたちと違ってあたしはそんなに興味なんかないし」

結城「本当にそうなのか」

有希「・・・・・・何よ」

結城「だったらさ。有希に興味があるのは池山のことかな」

有希「さっきからいい加減にしないと本気で怒るよ」

結城「おまえだってさっきから本気で怒ってたんじゃねえの? 俺のことばかり悪者にし
やがって」

有希「何言ってるの。いつあたしがあんたのことを悪者にしたっていうのよ」

結城「したろうが。何だよ、怜菜と二人で池山のことばっかり庇って俺のことを責めやが
って」

有希「だから。あんなの冗談だって。もしかしてあたしが博人を庇ってことに嫉妬して
る?」

結城「ふざけんな。んなわけあるか」

有希「やきもちやいてたのか、あたしに」

結城(ふざけんな。人の感情をちょっとは考えろって。でも、何かこいつ、嬉しそうだ
な)

有希「バカだなあ君は」

結城「後輩のくせに俺のことを君とかバカとかって言うなよ」

有希「後輩って。あたしは君の彼女じゃないの」

結城「俺もさっきまではそう思っていたけどな」

有希「別にあたしは博人のことなんか・・・・・・って、あれ」

結城「あれって?」

有希「君ってもしかして、怜菜にというよりあたしが博人を庇ったことに苛立ってる
の?」



結城「ふざけんな。俺にはおまえとか妹とか関係ねえし。つうか何でおまえらは池山のこ
とばっかり気にするんだよ。そんなに俺よりあいつの方が好きなのかよ」

有希「・・・・・・え」

結城「あ、いや(みっともないことを言ってしまった。でも、確かにあのとき俺は池山に
嫉妬していた。怜菜にも有希にもだけど)」

有希「ふふ」

結城「何だよ」

有希「・・・・・・もしかして。君は本気であたしが博人を庇ったことに嫉妬してるの?」

結城「だから、さっきからおまえは何を」

有希「何だ。君ってちゃんと自分の彼女に嫉妬できるんじゃない」

結城「何なんだ」

有希「いくら君がシスコンにしてもちょっと酷すぎだと思ってたけど、君はちゃんとあた
しにも嫉妬できるのね」

結城「嫉妬なんかじゃねえし」

有希「まあ、いいか。どうせ時間かかるだろうし駐車場に車とめちゃってよ。どっかでお
茶して待ってよう」

結城(ふざけんな)

有希「ねえねえ」

結城「わかったよ」



有希「普通のショッピングモールだね。大学の近くと何も変わらないね」

結城「そらそうだろ。こんなとこに地方色なんかあるわけねえじゃん」

有希「これなら昨日のサービスエリアの方がまだ名物とか売ってたのに」

結城「ああいうとこのは偽もんだぞ。本当に名物とか買いたいなら昔からある店に案内し
てやるけど」

有希「とにかくお茶しようよ」

結城「別にいいけど」

有希「ここってチェーンじゃん。旅行の風情とか全然ないね」

結城「ショッピングモールにんなもん求めるなよ」

有希「別にいいけど」

結城「何飲む?」

有希「アイスラテとチョコスコーン」

結城「また、それか」

有希「だって好きなんだもん」


有希「ねえ」

結城「うん?」

有希「さっきはあたしも悪かったよ。別に博人のことを庇ったつもりはなかったけ
ど、君にしてみれば面白くなかっただろうし」

結城「(また蒸し返しやがった)別にもういいよ。おかげで俺もおまえと怜菜の本音を聞
けたような気がするし」

結城「いじけたようなこと言わないで。あたしも少し無神経だったし謝るから」

池山「別に謝ってもらわなくていいよ。俺は別に池山のことを馬鹿にしたつもりなんかな
かったのによ。上から目線とか言われたし。結局、そういうキャラだと思われてたってこ
とだよな。俺って」

有希「まだ言うか」

結城「何だよ」

有希「何よ」

結城「・・・・・・何って。え?」

有希「・・・・・・」

結城「・・・・・・おまえなあ」

有希「嬉しいでしょ?」

結城「別に」

有希「あたしは博人にはキスなんかしないよ。これでもあたしの気持ちを疑う気?」

結城「別に最初から疑ってなんかねえよ」

有希「・・・・・・いじけてたくせに」

結城「違げえよ・・・・・・っておい」

有希「こういうの久し振りだね。ずっと四人一緒だったものね」

結城「まあ、そうかな」

有希「こら。ここまで寄り添ってやってるんだから、肩くらい抱きなさいよ」

結城「おまえは(ちょっと気分が落ち着いた。でも、これって怜菜に甘えられたときと同
じ気持ちなんじゃねえか?)」



有希「ねえ?」

結城「何だよ。つうかさ。さっきからカフェ中の注目を浴びている気がするんですけど」

有希「言いじゃん、別に。堂々としていなさいよ。あたしの彼氏なんだから」

結城「おまえは田舎を舐めてるだろ。都会育ちのおまえにはわからんだろうけど、田舎じ
ゃこういうのはすぐに噂になるんだぜ。万一、店の中に高校時代とかの同級生がいたら俺
は」

有希「別に噂されてもいいじゃん。本当に恋人同士なんだから」

結城「そりゃそうだけど」

有希「何よ。噂の相手としてあたしじゃ不足だっての?」

結城「そんなこと言ってねえだろ(実際、有希は可愛いしお洒落だしな。見られても別に
何の問題もないと言えばないけど)」

結城(まあ、可愛いのはいいとして見かけほど清純な子じゃないけどな。名門の富士峰に
もこういう子がいるんだな)

結城(まあ、俺だって田舎の地元とはいえ男子校出身の割には)

有希「ねえ」

結城「だから何だって」

有希「博人と怜菜って遅いね」


結城「そういやそうだな。たかがあんな短い碑文を見るだけなのにな」

有希「碑文とかとっくに見終わってさ。二人きりでどこかで遊んでるんじゃないの」

結城「それはねえだろ」

有希「何でないって言い切れるのよ。根拠を言いなさいよ」

結城「遊ぶところなんかこのあたりにはあまりないから。以上」

有希「ベンチで二人きりで寄り添ったり抱き合ったりするだけなら、別にどこだってよく
ない?」

結城「何言ってんだ」

有希「別に良くない? あの子たち付き合ってるんだし」

結城「だから、それでいいじゃん。どっちかっていうと気にしてるのはおまえの方じゃ
ね?」

有希「・・・・・どういう意味?」

結城「博人と妹のことが気になるのか?」

有希「まだ言うか」

結城「何なんだ」

有希「・・・・・・」

結城「え」

有希「あたしたちさ」

結城「・・・・・・うん?」

有希「お互いさ」

結城「だから何だよ」

有希「お互いにさ。お互いに本当に好きなのは誰か考えた方がいいのかも」

結城「何それ?」

有希「あんたさ。やっぱ自分の妹のことが気になってしかたないんでしょ」

結城「そうじゃねえよ」

有希「そうかな。一緒に映画に行ったりしてたじゃん」

結城「(見られてた?)それくらいするよ。兄妹だし一緒に住んでるんだし」

有希「ちょっと兄妹にしては行き過ぎだと思うけど、今はそれはいいや」

結城「さっきからお前は何言いたいんだよ」

有希「お互いにさ、少し距離を置いて考えた方がいいのかもね」

結城「おまえさ。やっぱろ博人のことを」

有希「あ。二人が帰って来た」


年度末で多忙で投下数が少なくてすいません
次回は別スレ更新後になると思います

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年04月20日 (日) 01:03:08   ID: cAUefl7E

誰得展開で最後らへんが雑になってきたな。

2 :  SS好きの774さん   2014年05月31日 (土) 22:24:13   ID: w3zkqCGb

ふむ

3 :  SS好きの774さん   2014年06月29日 (日) 00:57:58   ID: c3rC32cQ

まだやってるのかこのゴミ

4 :  SS好きの774さん   2014年11月22日 (土) 13:23:18   ID: Mo4sWdx_

理路整然と書いてるようにみせて、
全員ただのクソ達じゃん。
こんなウンコレベル見せるな

5 :  SS好きの774さん   2016年01月05日 (火) 22:34:02   ID: Ztj7tjUU

これ続きないの?
ゆうが悪意しかなくて気持ち悪い。
どんな過去や経緯があるのか知らんが、こういう絶対悪には再起不能レベルの制裁を加えて欲しい。

6 :  SS好きの774さん   2016年06月15日 (水) 23:03:56   ID: 8DJof6cn

何これ、気持ち悪い。特にゆうは吐き気がする。
けど続き気になる。ハンパに終わるなら最初から書くなよ、胸糞悪い。

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