男「いじめて、ごめんなさい」後輩「…」 (65)

僕が少年の頃は野球に夢中だった。

女の子みたいに育てられた上に周りから女の子みたいだといじめられていた僕にとって、野球は僕が男だと主張できる格好の道具であった。

さらに親にやらされた裁縫料理茶道勉強等ことごとく駄目だった僕が唯一周りの大人に誉められたもので野球であったこともあり
それに気をよくした僕はますます野球に打ち込み努力した結果、成績も残すことができ その時期にありがちな自らを過信する癖も出てきてしまった。
中学生にもなると、周りに自分より上の人間はいなくなり推薦で 一応強豪の学校へ合格することができた。

その学校は、県内で4番目くらいといわれており 後輩いじめの話も聞かず練習や監督がキツいって話もきかなかったため そこにした。

寮生活だったが、親元から離れられるので嬉しかった。 父は渋々ながら納得してくれた。
僕にセクハラできないのが残念だったのだろうが母は喜んでいた。
父を取られずに済むと思っていたのだろう、息子に嫉妬するくらいなのだから 愛というのは恐ろしい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1446568433

夢にまでみた寮生活。
某大阪の刑務所より酷いと噂の寮とは違い、ここの寮は楽なもんだよ、先輩の奴隷にされなくてもいいからと言われそれを鵜呑みにしていたその時の僕は馬鹿だった。

いざ入ってみると結局怖い先輩の機嫌を伺わなければいけなかった。
1年全員で先輩方の服の洗濯をし、朝は必ず先輩方より早く起きて掃除トンボがけ 先輩の配膳を行い、命令には絶対。

こんなことは野球部では当たり前で厳しい所では1年はもっと厳しく酷い扱いを受けるだなんて言われていたが、
中学生まで女の子のように育ててこられた僕にとってそれは非常に衝撃的だった。
人間扱いではなく、理不尽に怒鳴られたり足蹴にされたり普通に殴られる世界が最初はなかなか受け入れられなかった。

それに僕が野球の練習する時間も無能な先輩のために費やさなくちゃいけないなんてことも納得できなかった。
こんなことしてちゃ勝てる試合も勝てなくなるのではないかと思った。
「ここは全然マシなんやぞ 洗濯掃除配膳だけやからな 他はもっと酷い」と同期たちは呪文のように声を揃えて言っていたがそういう問題じゃないのだ

逆らえるわけはないが、納得できない悶々とした物を心に抱えていた。

そんな僕の思考は行動に出ていたのだろうか、先輩方はそんな僕に対し、生意気だとかなんだと難癖を付け、暴力という名の教育をしだした。

暴力を振るわれてもありがとうございましたと言わなきゃいけない狂った世界観だった。

いじめ反対と声高に叫ぶマスコミはまずここに切り込んでほしい マスコミたちが賛美する甲子園の裏ではこんな世界が広がっているんだと 世間へ広めてほしいもんだ。

僕はこんな狂った世界の犠牲者の1人となった。

毎日当然のように痛みや傷が身体上に重なっていった。
同期たちは、僕と同じように傷つくものもいれば 可愛がられて何一つ先輩方から教育されないような奴もいた。
奴らは「もっとうまいことやれよな…」だなんていうけど、そもそもそのうまいことやる方法がわからないんだからどうすることもできないのだ。
「やめずに頑張れよ!」だなんて薄っぺらい言葉を投げ掛けられても 心のどこにそれを引っ掛ければいいのかもわからなかった。

野球が好きだから、野球をしたかっただけなのに 、先輩の世話に時間を取られる。
夜、たまに練習に付き合わされるもただの雑用で結局自分の身になることはできずで。
結局睡眠時間を削らないと夜に練習することもできなかった。それでも僕は頑張った。

身体が壊れそうなくらいバットを振った、そうしないと自分が何のためにここにきたのかわからなくなってしまうから、気が狂ってしまいそうになるから。

地獄のような日々、人付き合いも下手くそな僕にとってはもはや練習だけがオアシスであった。

それは、僕の野球への愛が強すぎて厳しい練習ですら心の拠り所になるだなんて陳腐な理由ではなく
野球の練習でいっそ僕の身体が壊れればこの地獄から抜けられるのではないかというマイナスで単純な考え所以であった

3年が引退するまで長かった。
時期的には3ヶ月か4ヶ月程度だったが、永遠に思える程長く、まさに地獄であった。
暴力や罵倒は毎日受けていたが、毎日受けていてもその痛みに慣れることはなく、傷が上書きされていくだけで、僕はもう心を殺そうとしていた。
心を殺せば、何も感じなくなる。感情もなく、ただ痛みを受け入れるだけのロボットになれる。そうなるとどれほど楽かとずっと考えていた。

そして地方大会が始まり僕はやっぱりベンチに入れなくてそして地方ベスト16くらいで負けた。
3年2年は泣いていたが、あんな練習の時間を削って先輩の介護を行う前時代的な生活を続けていたのなら負けるのも当然だろと思った。

3年がいなくなって、上が2年だけになって いちいち説教される時間も少なくなるし 洗濯とか掃除とかいう老人の介護の時間も少なくなって楽になるとほっとした。

もっともストレスの大部分は2年の老害共が原因なので、3年がいなくなるからといって楽観的に考えることはやめた。

僕は野球をする機械なのだ。練習をし、理不尽に先輩から殴られ罵倒されながらもひたすら練習をした。
慣れるしかないのだ、何かを求めるわけでもなく、ただ痛みに慣れるために 痛みから逃げるために 野球の練習をする。これで良かったのに。

そんなある夜 僕が屋上で腕立て伏せをしている時、人影がみえた。嫌な予感がした、先輩に難癖付けられるのかなと考えた。
その頃、特に僕に厳しい先輩が複数いたのだ。

姿を見せたのは、3年の青木主将だった。

「こんばんは!」

悲しき習慣で意識せずとも背筋が伸び、大きな声が出た。

「うるせー」

青木先輩は鬱陶しそうに言い捨て、僕はまたすみませんと大きな声で謝った。

僕は震えていた。まさか3年のしかも主将にみつかるなんてと思った。基本的に屋上は立ち入り禁止だった、それを主将に。
主将は雲の上の存在であまり僕ら一年とは話はしなかった。
誰かに怒鳴ったりするのはあまりなかったがいつも不機嫌な顔をしていた、ファーストをやっていた人でなんか毎試合必ず安打を打っているイメージのある人。

不機嫌な顔で僕をじっと睨んでいた。そして僕に歩みより190くらいある長身で、また至近距離で僕を見下ろした。

僕は身構えていた。暴力にはいつまで立っても慣れない ましてやこんな長身筋肉にこんな距離詰められたら 威圧感が凄い。

「それ、いつもやってんの?」

「え?…」

「練習。1人で素振りしてんの?」

青木主将は真顔でボソッと言い捨てた。

「…はい。してます」

「1年だよね?仕事いっぱいあんのに?」

「終わらせてからしてます。」

「…すげーな」

「え?」

見上げると、青木主将は微かに笑っていた。

「お前、多分レギュラー取れるよ」

そう言うと、青木主将はその場で腕立て伏せをし始めた。

「……え?ちょっ…?」

「俺も、練習したくなった」

それだけ言い捨てると、服を脱ぎ捨てもう自分の世界に入ったように腕立て伏せにせいをだした。

脱ぎ捨てられた服を拾うかどうか迷ったが、僕も先輩を気にしないように素振りに戻った

たったこれだけの話だった。そのあと、練習した後は特に二人で話することもなく終わった。
だが、これだけの事でも僕の心を大きく占めた。3年の中でもトップの青木主将に誉められたのは何よりも誇りに思えることなのだから。
この次の日くらいに3年は本格的に引退し、青木主将はもちろん3年皆がいなくなった、家が遠い人は卒業まで寮にいる人も何人かはいたが、それでも雑用等の仕事は大分量的に少なくなっていき楽になった。。
もちろん3年が引退したからと言って2年が僕ら一年への態度を軟化させることはなく、教育は続いた。

それでも僕は青木主将に言われたあの言葉を胸に練習を続けていた。単純なものでそんなことで優越感に浸ることができるのだ。

そして、秋季大会が始まる季節になった。監督や部長の周りに部員が集まる緊張感が部員全員を支配していた。
そして次々と部長から名前を呼ばれだした、僕と同期の一年が名前を呼ばれた時 周囲はざわざわとなった。

そして、 八番ファーストで僕の名前が呼ばれた。嬉しかった、嬉しかったのだがそれ以上に嬉しかったのは僕の名前が呼ばれた時 さっきの同期と違い場がざわざわしなかったのだ。
まるで僕が呼ばれることは想定の範囲内といわんばかりの空気だった、それが嬉しかった。僕の努力が認められていたようで もっともこの時の認識は大きく間違えていたのだが。

いいね

僕は、また頑張った。練習終わり監督や部長に教えも乞うた。僕は、小さい時から、誉められることがとても好きだった。
あの胸がふわっと浮く感覚、あれを味わうためには僕は自分の身体すら厭わなかった。

監督はわざわざ僕に指導をしてくれた、「1人で素振りなんかしてたら癖で狂っちまう」と言い、「俺が見てやるから無茶すんな」と言ってくれた。
部員の多いうちにとって監督なんて雲の上の人、1年の僕には会話すらなかなかできる機会もない人だ、喜びに溢れた。

僕の努力が報われた気がした、この日を境に先輩のいじめもなくなってきたように思えた、そしてそれと同じ時から同期の1年と話する機会も極端に減ったような気がしていた。

ただ、あまり気にすることもなく1日を過ごしていた。
部活の練習はキツいとてもキツい、だがそれだけで終わると駄目なのだ 僕は僕でなくなるような気がしたからだ。

面白い

監督や部長に見てもらい、時にはグラウンドを使うこともあった。 とにかく練習をしなくてはならないのだ。
そして試合の日は刻一刻と迫ってきたある日、廊下で今の主将とスレ違った。僕は挨拶をした。
主将は僕の顔をみると ゴキブリをみたように顔を歪め、こう言った。

「お前…狂ってるんじゃねえの?」

僕はそんな中傷に今さら傷付く心を持ち合わせておらず

「ありがとうございます」

と答えた。主将は僕に何も言わずスレ違った。主将は僕の理解者ではない、わからないだろう。
僕は青木主将や監督等、僕に期待をしてくれた人を裏切るわけにはいかないのだ。
なんとしてでも試合に活躍しないといけないのだ。2年たちに虐められていた弱い自分からおさらばするのだ。
これだけ、自分を鍛えぬいたのだ。心を殺しきることはできなかったが、自分の身体を壊すためではなく 自分の存在価値を見出だすための練習。
絶対に活躍しなくてはならない。

そしてあっという間に試合。
僕は身体が震えていた、活躍しなくちゃ活躍しなくちゃ 等と考え、誰かの声も全く耳に入らず。
身体が固い、青木主将や監督の顔が思い浮かぶ、それは失望染みた顔で、手足がさらに震えた。

…結局、試合中の事はあまり覚えていない。覚えているのは僕がその試合でヒットも打てず、ミスをしたこと。
部長は「気にするな 結果は結果だ。期待してんぜ」と言ってくれたし、監督は「こんなもんは慣れだよ慣れ」と言ってくれた。
2年もあまり僕を責めることはなかった。しかし主将は僕と会話するどころか僕と目を合わせることすらしなかった。

また、僕と同じ1年レギュラーは 4打数4安打と結果を残し、皆からワイワイと誉められていた。
あと何かが違っていればあの皆からの暖かい眼差しが、褒め称える言葉が僕に当たっていた。そう思うと頭が狂いそうだった。

そして次の試合でもまた次の試合でも僕はヒットを打てず ミスもして、結局4回戦では僕の出場もなくなった。
そしてその試合で我が高校は負けて秋季大会は終了した。 僕は何一つ爪あとを残せず終わってしまったのだ。
監督は何も言わなかった。部長は「悔しいか その悔しさはお前を強くする」だなんて言っていたがそんなことは心に響かなかった。
失望させてしまったのだ、僕を期待してくれた人を。頭が壊れそうだった、あれだけ夜もたくさん練習したのに 腰がいたくなるほど練習をした。素振りもシャドウもノックだってしてもらったし 特にストレッチや筋トレに力をいれて練習をしたのに。
真っ白になった、結局無駄だった。切り替えることはできず、夜監督や部長の所へ行くことなどもうできなくなった。
こんな期待外れの僕にもう時間を取ってくれるわけがないのだから。

僕は野球への熱意が消えてしまったのかもしれない。
練習はもはや現実逃避にもならなくなり、ただ惰性的に野球をするだけの。これこそ、心が死んだように。
夜に練習はすることもなく、ただ辞めることも煩わしくなりただ惰性的に日々を過ごしていくようになった。
野球以外特技もなく性格上友達もいない僕は学生生活も淡々と過ごし冬はあっという間に過ぎようとしていったある冬の日。
忘れもしない、僕の学園生活が大きく変わったきっかけとなった日。僕が過ちを起こした寒い冬の日だった。

廊下を歩いていた。もうこの時期になると教育はあまりなかった。
この学校では1年が入って3年が卒業するまで後輩に厳しくするが、3年がいなくなるとそこまで厳しくしない。
1年の根性をみるための風習らしい。

だから今の時期になると理不尽なことで怒鳴られたり殴られることはすごく減った。
それすら、僕には耐えられなかった。
怒鳴られたり殴られてる時は相手は僕のことを良くも悪くも考えている、そこには人との関わりがあるのだ。
今思うと、それすらも恋しい、今ではそういったこともない、僕は暴力を介してでも人の温もりが欲しい なんてこともこの時は思っていた。
期待じゃなくても、僕のことを思って欲しい 父もおらず野球もない今、僕に人との関わりはないのだ。
そんなことを思いながら1人となった自分の部屋へ戻ろうとした時

「おい、神楽坂!」

声がした。 振り替えると2年の柳場さんだった。僕によく教育をし、2年の中でとても怖い先輩の1.2を争う人だった。

「廊下で何トロトロ歩いてんだてめぇ、邪魔だボケ」

それでも僕に 練習以外で話しかけてくる人が居て嬉しくて

「返事しろやおいコラァ!」

この耳障りな声すらも懐かしく感じる、僕は人との関わりを求めていたのだ。

「また無視とかよ…舐めてんのかてめっ……あ…?」

柳場さんは言葉を止めた。

「もしかして…お前泣いてんのか…?」

「え……?」

ふと手を顔にやる。濡れていた、僕は両手で目を拭うとまた手が濡れた。

「…あれ……あれ……?」

ぽろぽろと涙が出た。もうこうなると止められなかった、

「ご、ごめんなっ……ごめんなさい……」

嗚咽でうまく喋れずひたすら謝った まさか泣くとは なぜ泣いているのか 全然わからなかった。

「…まあお前はお前で頑張ってんだよな」

穏やかな声、誰の声か一瞬わからなかった。まさか柳場さんがこんな優しげな声を、しかも僕に向けるとは思いもよらなかったからだ。

何かがキレる音がした、僕はもうたんを切ったように泣いてしまったのだ

揚げ足取るようですまんが「堰(せき)を切る」じゃないか?

「とりあえずさぁ、部屋来いよ。」

柳場さんはこう言った。そして僕は柳場さんの部屋へ行った。柳場さんもまた1人部屋だった。

「結構さ俺学校内とか歩いてんだよ 青木さんがいた時はグチグチうるさかったから何もできなかったんだけど 窮屈っつうかさ」

柳場さんはペラペラ喋りだした。凄く焦っているように見える。そしてすぐに言葉に詰まっていた。何か喋ろうとして言葉が出ないようだ みているだけでとてもわかりやすい。

「俺、厳しすぎたか?」

虚をつかれた思いになった。

「え……?…」

「いや、1年には厳しく指導する決まりだって青木さんに言われてさ、俺も頑張ろうって思ったんだけど
やり過ぎだったかなって思ってさ、怖い言葉の使い方なんてのもわかんないしさ」

怖いオラオラ全快の、1年から恐れられている強肩及び狂犬センター柳場さんとは思えない言葉が出てきた

わー 道理でたんって打ってもでないと思ってました。ありがとうございます!!

食い入って読んでた
続きくれ

こっからスレタイにどう繋がるのか期待

「わかんねえんだよなぁ結局人に怒るとかよぉ…。ただ、やっぱ一度誰かに怒ると平等にしなきゃいけねえじゃねえか」

酒でも入っているのかというくらい柳場先輩は独り言のようにグチグチと呟きだした。長い、何かのスイッチが入ったかのように、虚ろな目で。
こんな柳場先輩はみたことがなく、泣いていたことも忘れ先輩を観察していた。

「僕もさぁ 本当はあんまりボケとか罵倒なんかしたくないんだけどなぁ…」

……ん?

「僕?」

「…え?」

柳場先輩はえ?と目を丸くし僕をみた。柳場先輩が「僕」と使った、あのがさつで凶暴の柳場先輩が「僕」と言った。

「柳場さん、僕とかいうんですか?」

「……あ?………言ってたか俺?」

「言ってました。確かに聞きました。」

「…演劇部でやる台詞なんだよ」

「野球部ですよね」

「木刀と聞き間違えたんだろ」

「文脈が明らかに不自然です」

「……………ガオー!!」

「……」

「……」

「…ああ、そうだよ!作ってんだよ!! 本当はしんどいよ!狂犬??マルチーズでも怖えよ噛まれたら痛そうだもん!
でも、そうしないと威厳がねえし誰も言うこときいてくれねえもん!」

柳場先輩は部活でよく出す怒鳴り声で情けない事を主張していた。周りに聞こえることもわかっていないのだろうか。
それがなんだかおかしかった。

「フフッ…」。

「え?」

「フフフッアハハハハハハハハッ」

笑ってしまった。柳場さんだって僕と同じだったんだ。僕と同じように、周りの人を気にして周りの人に合わせて生きていた。僕は1人じゃなかった。

「泣いてたんじゃねーのかよ」

柳場さんは頭をポリポリとかき、ばつの悪そうに僕を睨んだ 顔は赤くなっていた。

「泣いてましたよ、ねえ先輩」

「何だよ」

「僕の前では普通の口調でいてくださいよ」

「ああ!?…なんでだよ」

「無理してほしくないからです。」

「……なんでてめぇにんなこと言われなきゃいけねえんだよ」

「僕は慕いますよ。今の柳場さんの方が好きです」

「………っ…」

「柳場さん、柳場さんって 一年生の怖い先輩TOP1になってるの知ってます?」

「………いや知らねえよ つかなんだよそのランキングは」

「…でもね、嫌いな先輩ランキングではTOP5にも入ってないらしいですよ」

「………あ?…」

「後輩でもみてる人はみてるんですよ。僕だって柳場さんは声も耳障りだしうるさいけど、嫌いじゃないんです」

「…ちょっとコラ」

「だから、僕の前では、もう普通のままでいたらどうですか? 無理しなくてもいいと思います。」

ここまで僕は、脳内を経ることもせず口から口へと言葉を吐き出していた。僕は最低だ、僕は仲間を探していたのだ。

「人のために生きるのは辛いと思います。」

僕は続けて言った。これは本当の事だ。

「………わかった…」

柳場さんは静かに呟く。

「じゃあ、普通に喋るよ神楽坂君。さっそくだけど聞きたいことがあるんだけど」

柳場さんは、穏やかな口調で言い出した。狂暴な顔を携えて、それがやはりおかしかった。

「くすっ…あははははははははははははは」

「もう…笑わないでよ、、、」

柳場さんは拗ねたように言った。それもまたおかしかった。

「でさあ、神楽坂くん。なんで泣いてたの?」

僕は、語った。包み隠さず話をした。
レギュラーにしてもらったのに活躍できず青木先輩らの期待を裏切ったこと、自分がもう必要とされないことなどを話した。
柳場さんは目をつむって僕のつたない話を頷きながらきいてくれた。

「つまり、君にとって野球の練習は、ただの手段だったってことなんだね?」

「はい」

そうだ、怖い先輩からの逃げの道具や他人に関わってもらえるための道具でしかない。冒涜していると思われても仕方がない、

「野球は人のためにやってる…と」

「…はい」

柳場さんのことは言えない。僕が一番他人のために生きている、他人の期待に応えるために 他人に必要としてもらえるために、だ。失礼と思われても仕方がない。

「まぁ、動機はなんでもいいんだよ。練習してうまくなれるならなんでもね」

「…………え?…」

「一番怖いのは、やっぱり誰かのために生きなきゃいけないって君はどうしても考えちゃうことかな 話を聞く限り 必要とされたい と、自分の存在価値を見出だしたいって思って頭ぐちゃぐちゃになってるんだよね」

「はい…」

そうだ、僕はどうしても人の目を気にする。

「じゃあさ」

「僕のために生きてみてよ神楽坂」

先輩は真面目な顔で僕をみた。僕は一瞬固まってしまい、先輩はすぐ顔を赤くして「いやっごめっ…あのっそういう意味じゃ」とあたふたした後

「さっき、嬉しかったんだ。僕は不安だったんだ嫌われ役に徹しようとしてもやっぱり、どう思われてるか怖かった。
だから君がそれを受け止めてくれたのは嬉しかった、だからさ僕にも受け止めさせてよ。
正直、僕はどんな生き方をして君が一体どんな大きなものを抱えているかはわからない。
でも、力になりたいよ。そんな悲しい顔してたらさ」

先輩は臭い台詞を次から次へと紡ぎだした。恥ずかしくないのだろうか、そしてそんな陳腐な言葉で狂わしいほど心踊らせる僕は恥ずかしい男だった。

「また、僕で良かったら練習とかしようよ。普通に素でいいからさ 僕もこの喋り方にするからさ」

「…はい。」

僕は単純だ。こうなるともう柳場先輩が僕の心を占める比率が一気に増してしまった

次の日、いつも通り練習をした。最も、昨日までと心持ちは違っていた。
柳場「やる気あんのか声出せコラァ!いっちにーいっちにーコラァ!」

チンピラ丸出しの罵声を響かせながら柳場先輩はランニングで先導していた。昨日のことなどなかったかのように
1年たちは「はい!」と叫んでいたよくみるとまんざらでも無さそうだ。柳場先輩はなんやかんやで、後輩の中で慕われている。
アッサリしてるし口は悪いがなんやかんやで気使い屋だ、一部の1年たちは彼のすぐ後をつこうとやっきになってる。
最も僕はそいつらに譲ってやる気はないので全力で走り柳場さんの後ろにピッタリついた。

「神楽坂ァ!てめぇランニング終わってんだろうがストレッチしとけや!」

「はい!!」

僕は今度こそこの人に見捨てられないようにしないといけないのだ。

3年が卒業してから2年が主導となる。主将はエースの大舞子さん、副主将は柳場さん、お二人は1年の頃から試合に出ていた。
この学校は少し変わっており、代々レギュラーが主導力を持っていた。もっとも先輩後輩の上下関係を前提としたものだが。
それでも、後輩の指導にしても積極的に教育や指導を行うのはレギュラーの面々であった。それも伝統らしい、実力主義的な。

それでもレギュラーは複数いる、その中でNo.1みたいに突出した人はいない。だからどうしても派閥みたいなものもできてしまう。

副主将柳場さん派

主将大舞子さん派

そして輪島さん派


去年も青木さん派とかできていたらしいが気付かなかった、でも今年は明らかに違っていた。
三人は互いが接する時明らかに意識をしていたし、それに呼応するように後輩たちは互いの派閥を意識していた。
もっとも柳場さんは自分を慕っている後輩がいるとは気付いていないようだが。

僕は、柳場さんの部屋に行く日々を続けていった。
僕達は色々と話をした、僕は柳場さんの部屋を自分の部屋のようにくつろいだ。
横になったり、いろいろ話をしたりストレッチとかもしたり楽しかった、柳場さんが自分を頼ってくれているような感覚、柳場さんを独り占めしているような感覚がたまらなかった。

青木さんは家からポテチをおくってもらって布団に潜って食べてたらしい

青木さんが唯一後輩に怒鳴ったことは柳場さんが当時の3年らと共謀し青木さんが1人でお風呂に入っていた時に電気を消して 外から窓を手でばんばんと叩いた時らしい
あの青木さんはヒョエエエ!と驚いたらしい、その後はじめて青木さんは柳場さんを怒鳴ったらしい
「お化けかと思ったじゃないか!」とのことだ 面白かった。
練習では厳しいが、ここでは柳場さんは優しいのだ 自分の居場所だと思った。

思ったのに……

ある日、柳場さんと大舞子さんが寮内で怒鳴りあっているのをみた。
言い合いはあるが怒鳴りあっているのは僕ははじめてみた、だがあれだけ仲が悪いのだから珍しいことではないのだろう と考えていたのだが。

「…神楽坂……」「………神楽坂…」


何やらその怒鳴り内容に僕の名字が入っていた。珍しい名字だ聞き間違えではない。

気になる。何を話しているのか僕は壁にくっつき二人の話を聞いていた。ただやはりなかなか聞こえない何を言っているのか聞き取り辛い。

二人はやがてヒートダウンしたのか、ボソボソと声質が低くなっていった。どうしても聞きたかった、僕が何を言われていたのか。

だから自分がこんな安易な場所で隠れたつもりでいたのにこの後見つかるなんて思ってもいなかったのだ。

目の前に影、見上げると何もない、見下ろすと大舞子主将が立っていた。主将は身長158cmである。

乙乙

大舞子さんは身長が160cmもないくらい小さく、レギュラーでは珍しくこの学校には推薦ではなく一般受験できた人だ。
小さいが非常に偉そうで、自分にも他人にも厳しい人で僕はとても苦手だ。
大舞子さんは僕を少し見上げ、「お前、さっきの話聞いてたか?」とぼそっと吐いた。
僕は本当にさっきたまたま来たので、ほとんど何も聞き取れなかった。大舞子さんは無表情で僕を睨んでいた。

「いいえ、わからないです。」僕は正直に答える、舞子さんはじっと僕をみつめた。

この人は感情をほとんど出さない、以前狂ってると僕を評した時も怒りなのか嘲笑なのか何一つわからなかったのだ。

「そうか、まあいい」

大舞子さんはそう吐き捨てて、さっそうと僕に背を向けて歩いていった。
何を喋っていたのか僕は一番気になっていたので僕はその小さな背中に尋ねたかった、だがどうせ聞いた所で何も返ってこない。
だから僕は何も言わなかった。

その日、僕は柳場さんの部屋を尋ねた。

「やぁ神楽坂君。こんばんは」

昼間馬鹿みたいに怒鳴っていた人とはまるで別人のように穏やかに迎えてくれた。
僕にこんな優しい笑顔を向けてくれるのは今この人しかいないのだ。
そして僕は部屋の中に入った、中でできる練習なんかたかが知れている。それでも、僕にとっては貴重な時間であった。

期待してる

柳場さんと雑談をしながら、筋トレをしている。
僕にはわかる、柳場さんは何かを言おうとしていた、何かを言おうとしていいとどめて、を繰り返していた。優しい、そして可愛い。つい微笑んでしまう。

「どうしましたか?」

柳場さんは僕をみてなぜか固まっていたがすぐ我を取り戻した。

「あのさぁ、今神楽坂君って誰のために部活してるとか考えてる?」

たどたどしく柳場さんは言う。

「僕は僕に期待してくれる人のために、生きる思いです。 だから、柳場さん 僕はなんでも力になりますのでなんでも言ってくださいね」

僕はハッキリと言った。意思表示は大事な事だ。柳場さんは思い詰めたような表情で「じゃあさ、もし神楽坂君が良かったら…」と話始めた。

僕はなんでも聞くつもりだ、だがその後が続かない、

「僕はなんでもしますよ」

僕はなんでもします。そのつもりだ、それが僕の存在意義なのだ、だからなんでも命令してくれ。

「…いや、………やっぱ今はいいや」

なのに、、柳場さんから出るのはこんな言葉。

「…そうですか」

僕じゃ力になれないというのか

なんかホモ展開になりそうで怖い

「ごめんね、また話せる時に話するよ」
申し訳なさそうな表情で柳場さんは言う。それでも僕の心は晴れない。結局僕は人のために生きることは許されないのか

「いえ……」

力なく呟く、言葉として形成されていたのかももはや怪しい、僕はフラフラとなりながら立ち上がる。

「だ…大丈夫?」

「大丈夫です」大丈夫ではないが口から出てきたこの言葉。それより僕は確認したいことがあった、「あの柳場さん」

「え?」

「今日、大舞子さんと話していましたがあれは」

「聞き間違いだよ君の」

間髪入れず柳場さんは言った。もう、僕が何を聞いても無駄だとすぐ思えるくらいに。

「そうですか、ありがとうございました。」

僕は歩きながら挨拶をしていた、もう立ち去りたかったのだ。

「ちょっ…なんか話したいことがあるって言ってたけど……」と言い出して柳場さんは口をつぐむ。

そうだ、そうなのだ。

「僕を信頼してくれないような人に、相談するのは申し訳ないので大丈夫です」

自分でも涙が混じったような声で言い、逃げるようにその場から立ち去った。

僕は愛が欲しかった。どのような形でも僕は求められたかった。
僕は父親といると駄目になるらしい だから母は僕を追いやった。 そして、僕は誰にも求められず独りになった。
今、この状態が駄目じゃないというのなら僕は駄目でいい、満たされない、誰でもいいので僕を必要として欲しかった。フラフラと部屋に戻る、

「よう!!」

部屋のど真ん中ではガングロ角刈りゴリラがあぐらをかいて座っていた。

失礼しました、とドアを閉め、ドアのプレートを確認すると「神楽坂」と確かにかかれていた。

もう一度ドアを開けると

「いよう!」

どうみても角刈りゴリラ改め「輪島」さんが茶碗片手に部屋のど真ん中を陣取っているようにしか見えなかった。
片手をあげて僕に挨拶をしていた。いやいやいやいや

「輪島さん、どうしたんですか!」

「飯食いにきたんだよ!悪いか!」

「悪くはないですけど、突然僕の府屋にいらっしゃればびっくりします。」

「ふや!ふやぁ?ふやぁああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

「ちょっと噛んだだけじゃないですか」

相変わらずうるさいゴリラだ。この人は輪島俊明さん、ゴリラのような顔でありながらショートを守るうちの主砲だ。守備も打撃も走塁も超高校級で、

柳場さんや大舞子さんと同じように主力を張っている。もっとも、何を考えているかわからず一部以外の後輩からは避けられている。
僕もこの人のことは苦手だ。

「ここは神楽坂のふやだったのか。」

「はいはいそうですね」

僕はこの人が誰よりも苦手で仕方なかった。輪島さんは、2年では珍しく一年に怒ったり 叫んだりすることは一度もない人だ。

それでも、輪島さんは苦手だった。
苦手な理由もわからない、レギュラーでありながら1年しごきにも一切参加せず、仏のような優しい先輩にも関わらず どうも近寄りがたいなにかを持っていた。それは僕以外の部員も思っている。

「神楽坂、困ってる理由あててあげようか?」

輪島さんは、穏やかにそう言った。初対面なら、すぐに陥落してしまいそうな優しい先輩そのものの笑顔。

「桜花の死神」

僕がシニアの頃、輪島さんはこう呼ばれていた。僕のチームとはリーグも違っていたし、地域も違っていたのに輪島さんは2つ名と共に広く知り渡っていた。
シニア時代二回ほど、見かける機会があった。今と変わらず常にニコニコしている人だったが、目があった瞬間なぜか背中にぞわっと悪寒が走った。
長い舌でぬめっと舐めなぞられるような今まで感じたことのない感覚だった。

なんだこれ

今でも変わらない、人を観察しているような心がそこにないような人間。
ニコニコと空っぽの笑顔で自分の感情も出さずただ存在しているだけの死神。

僕は、そんな先輩に近付くことすらしなかった。僕が求めているモノなんて簡単に差し出してくれそうなほど、完璧に近い優秀な人間だったから。
恐れていた、何をかは知らない、近付くのを本能的に恐れていた。小さい頃からの境遇で傷付くのを何よりも恐れていた僕だから、危険だと感じ取ったのだろう

「こうやって二人きりで話するのははじめてだね」

僕はこの角刈りゴリラから逃げなければいけなかった。

「君は自分が孤独だと思っている、いや思い込もうとしている。」

今までずっとこの人とは関わらないでいたのに、自分の心の弱さを知っていたから。

「弱い自分を免罪符にするわりに、 差し出された手を選り好みをする人間」

角刈りゴリラは大きな声で僕が自覚していることを、ただ淡々と言う。

「でも、それが人間なんだ。人は皆弱いから、皆助けを欲している。だから恥じることはないんだよ、」

中身も何もない糞つまらない説法、本質は違う。なぜか彼が何を言わんとしているか手に取るようにわかるのだ。

「本当に君が、人から求められたいのなら、何をすべきかわかっているだろ?」

わかっている、わかっているのだ。僕が周りからどう思われているか、僕が今まで何をしてきたのか、すべてわかっている。

「じゃあさ」

「僕も君を愛するからさ、僕を愛してよ」

混じり気のないその笑顔に僕の背筋はぞくっと凍る。一貫性のない口調と悲しさとも喜びとも取れない表情で僕を追い詰める。そして輪島さんは僕の方へ手を伸ばしてくる、この手の意味はわからない、が。

もう、僕は逃げることはできなかった。僕の心は隙だらけだ、今この時僕は完全に墜ちてしまった。

この後、柳場さんが乱暴にドアをあけ僕の手をぎゅっと掴み輪島さんへ向かい何かを叫んでいた。
輪島さんはまたさっきと違った口調であっけらかんと柳場さんへ何かを言っていた。

「行くぞ」

柳場さんは僕を力任せに部屋の外へ引っ張ってくれた。僕はとても嬉しかった。

そして柳場さんは言った。
チームメイトを信用しないわけではないが野球をしたいのなら輪島とは付き合うな、この高校だけではなく今まであいつと付き合った奴は次々と野球をやめていったみたいなことをいってくれた。

続きが気になって仕方ない

人の為に生きるのは苦しいと言った柳場さんがあえて自分のために生きてくれと言ってくれた。

だから、僕を支配してくれるのだろうと期待した、今僕の手を取り、輪島さんから連れ出してくれたことを喜んだ。

「ねえ、どうして僕を助けてくれたんですか?」

柳場さんは輪島さんの誰でも知っているような噂話を数分語った後は、ベッドに腰掛け壁の方を向いてまた無言を貫いた。
人をここまで連れ出しておいて勝手な人だ、最も一番勝手なのは他ならぬ僕なのだが
静寂がもやっと充満し、なんとなく口を開くのが重い、が、僕は空気など読む気はない

「ねえ、どうして助けてくれたんですか」

僕は言った。一応少しの期待を込めて柳場さんに言った。

柳場さんは、ピクリとだけ身体を反応させ、首だけこちらへ向いて

「可愛い後輩を守るためだよ」と諭すように言った。

それは嘘をついていないいつもの穏やかな先輩の笑顔で、それでも明らかに何かをかくしているようで僕は悲しく思った。

柳場さんは僕をわかっていなかった、わかろうとしていなかった。

優しさが僕に向けられている事だけは嬉しかったが、それだけで僕は留まらないのだ。

傷付くことが怖い、だが嫌いではない 何よりも僕が怖いのは僕の存在自体をまるでないように語られること、僕を頼ってくれないような、僕に何も求めてくれない、誰も僕を期待してくれないような空虚。

正直、暴力を振るわれる等微々たるものなのだ、僕は繋がりがほしいのだ、僕じゃないと駄目だという確固たる鎖が、僕はそれを誰かに求めたかった。

「ねえ、そんなハリボテみたいな言葉いりませんよ
偽善で塗り固めた言葉は耳障りがします。」

僕は、笑顔のままいい放った。柳場さんは、僕の言葉を何の動揺もせず変わらない笑顔で受け止めていた。
この短い期間、柳場さんと過ごしていてわかったこと、やはり柳場さんは僕に遠慮をしている、柳場さんは僕を求めてくれていない、僕を必要としてくれていない ということだ

柳場さんは違う、と思いたかった。新しい居場所だと思ったのに。

「ねぇ、僕のことをどう思いますか?」

意図しない言葉が口から出てくる、柳場さんは一瞬目を見開き表情が強ばったが、すぐ顔を綻ばせ
「がんばり屋さんの後輩だと思うよ」

だなんて空虚な言葉を吐いた。やっぱり違うんだ、柳場さんは悪くない。僕は彼にとってはただの後輩だ、そうだ、後輩だ。
少し深く彼を知っただけで勘違いしていただけなのだ。

「じゃあ 僕に隠していることありますよね」

何がじゃあなのか文脈がめちゃくちゃだ、僕はどんな顔でこんな言葉を吐いているのだろう、柳場さんは何一つ悪くはないのだ、仕方のないことだ。

「…別にないよ」

それでも、真っ直ぐな表情のあからさまなウソは僕の胸辺りに大きく突き刺さった。 ごめんなさい、そんな傷は欲しくない。
突き放すような痛み等いらない

「ウソつき」

ぽつりと僕の口から溢れた。
僕の中でごちゃごちゃと犇めくこの感情が、僕の胸をじわじわと燃え付くすように浸食していく。この感情を何と名付ければいいのかわからなかった。

「僕は、柳場さんのために生きていいんじゃなかったのかよ」

喉から込み上げるものに邪魔をされ、うまく発言できていたかわからなかった。結局は同じことだ、さっきと変わらない。
柳場さんは何も言わない、それが一番心に刺さる、僕とは論議すらしたくないのかと。

一抹の期待もなかったことにされ、再び僕はその場から出ていった、なんとなくその先にいる人物は想像できた。


「簡単だぞっ お前が好かれるなんて 簡単だっ」

相変わらず安定しないテンションと口調で輪島さんは捲し立てる

「顔が良い奴が孤独を唄うなんて笑えるぜ!!顔が良い奴が不幸だなんて笑えるぜ!!」

廊下なのに輪島さんは当然のように声高く叫ぶ、
僕は突然叫び出した輪島さんから逃げるよう反射的にその場を離れた、
輪島さんはひよこのようにチョコチョコと僕の後ろをついて回り叫ぶ
「顔が良ければ!孤独だなんてありえない!性欲にまみれた奴らは、自らの性器をたぎらせながら常に狩りの機会を待っているからだ!byシェイクスピア!
ドラマチックな恋愛?ドラマチックとは性欲の隠れ蓑である!恋愛とはセックスするまでの過程である!
byシェイクスピア!」

次々とシェイクスピアのせいにしながら自分の持論を披露し出すゴリラ。聞く耳を持つ必要なんてないのだが、それでもなぜか彼の言葉に期待を持ってしまう

「顔が良い奴は、ほぼ例外なく幼い時から甘やかされてきた馬鹿だからちょっとのことで不幸だと叫ぶ
親が死んだ?友達が死んだ?虐待されてきた?人を殺した?借金を背負った?誰も助けてくれない?僕は孤独だ?
ハァアアアアアアアアアア!!」

誰も部屋から出てこない 巻き添えを恐れているんだろう

「何が言いたいんですか。あなたの独り善がりで幼稚な演説を聞くつもりはありません」

僕はきっぱりと言う。こんなことを聞きたいわけじゃないのだ。

「本当は自分が何をすべきかわかってるくせに」

輪島さんはぽつりと言った。
僕は後ろを振り向く輪島さんはニッコリと笑っていた、決して裏では笑っていないような不気味な笑顔で、周りには人の気配はなかった。

「お前が家で親父と何をしてきたか俺が知らないと思っているんだ?」

輪島さんは言った。僕は目を見開く、何を言っているんだこいつは、身体が強張る。

「なんのことですか」

冷静を装う、自分の身体は震えていたがそれにすら気付かなかった。

「なんのことですか、いやいや自分が一番わかっているくせに」

輪島さんは笑みを浮かべてケラケラと言う。

その輪島さんの人を食ったような態度に重なってきた苛立ちを隠せきれなくなる。

「だからなんのことですか」

本当は心当たりがある、本当はわかっている、だが、確かめたかった。

「お前親父のダッチワイフだったんだろ?」

輪島さんは、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま言いはなった。廊下は未だに静寂に支配されていた。

「ケツにチンコいれるってどうなんだ?、なぁ親父にケツいれられて感じたりしたのか?なあ、ケツからうんことか漏れたりしないのか?」

輪島さんは、いつもと同じようにペラペラと喋りだした、殴りたくなるような糞笑顔を浮かべて。

「黙れよ、」

僕はもう限界だった。結局耳障りのいいことを言っていたこの男も僕を笑いたいだけだったのだと。
結局柳場さんと一緒なのだと

まさかの展開

柳場さんと一緒だと、他人と一緒だと言い捨ててしまえばどれだけ楽だったのだろうか。
僕は確かめたかった、薄っぺらいふりして嘲笑う輪島さんの裏を暴きたかった、いやそれ以上に自分自身の中で息を殺して潜んでいる得体の知れぬ感覚を。
今、僕は身体が震えていた、これは恐怖でも怒りでもない、これは僕の中にもう1人の人間が待ち構えているようで。
僕がふと力を抜くとその隙を見計らい、輪島さんの笑顔以上に薄っぺらな僕の皮をあっという間にバリバリと剥がし僕を乗っ取ってしまうのではないかと考える。
僕は、足に力をいれ必死で身体の震えを抑えながらそれを悟られないように冷静なふりで輪島さんへ返す。

「輪島さん、なんのことですか。」

「なんのことですか、それはもしかしてとぼけてるふりかな?」

「羨ましいなぁ、いやいや親父さんが羨ましい!」

文章が下手くそで内容が普通なのに狂気を感じる

男「いじめて、ごらんなさい」
に見える

「君の親父さんは、親という立場を利用し、君のその艶やかな肌を舐め回し、君の純潔を意のままに奪い去った!!
端的に言うと、君と性的行為を行った!!」

輪島さんは饒舌に語る、廊下のど真ん中で。そんな大きな声でなぜそんなことを話せるのか、相変わらずこのデリカシーの無さは絶望的だった。

「輪島さん。あなたは、僕の評判を落としたいんですか?」

「落ちてるものはこれ以上落ちることはないだろう?」

「あなたには言われたくないです。」

「いやいや、俺でもお前の所業には引くよ。そんな可愛い顔してさ、いや可愛い顔してるからかな。」

「どういうことですか?」

「なぁ?お前が監督や部長にさぁ、身体を売ってレギュラー貰ってることは皆知ってるというのに!!」

「………は?……」

「いやいや 俺はそれを否定するつもりはないぜ!
運も工作もすべては実力の内だ!!」

「そんなことはしてませんっ…」

そう言っても信用してくれないだろうとは思ったが言わずに済まなかった、僕は練習を頑張った。
監督や部長は僕の練習への熱意を認めてくれているからだと思っている。だからレギュラーになれたと思っているのだ、彼らとえっち等は一切していない。
輪島さんはニヤニヤ笑っていた、すべてを見透かしているようで、いやそれだけではなく僕や父を馬鹿にしているような笑いがまたとても腹立たしい。
僕は父自体は嫌いではなかった、そして父から受ける行為も嫌いではなかった。
母がそれを虐待だのなんだの言って辞めさせようとするのが嫌だった。なぜ、わからないのだろう。なぜわかってくれないんだろう。 不思議で不思議で仕方なかった。

「わからないなぁ」

輪島さんは笑って言った。

「なぜ、そこまで、君は 売春に罪悪感を抱く!セックスとは愛じゃないのか?」

「君は、お父さんとセックスをした!それは互いが愛し合っているから、愛の証だ!誰にも馬鹿にされる謂れはない!堂々としていればいいんだ!」

「わからないなあ!君は誇らしげにすればいい!君は、その鍛え上げた力で、僕の役に立ってくれればいい!男同士のセックスが駄目だなんて誰が決めた!やろうぜ!君の力は素晴らしいんだ!」

「だから、俺の部屋にきてくれよ。 俺はお前を必要としてんだ、信用できねーか?そうだよな、違う先輩にも同じことを言われて裏切られたんだよなお前はよっしゃじゃあ俺はお前に俺の全部を教えてやろう、よし耳をかっぽじってよく頭にいれとけよ」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom