鷹富士茄子「過去神社」 (53)
・コレはモバマスssです
・気分を害する展開があるかもしれません
・モバP「過去神社」の続きです
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十月も下旬。
空気は乾き始め、吐く息が白くなる冷えた日。
太陽が傾き、影の伸び始める夕刻。
生い茂る木々に光が遮られ辺りは暗い。
パリパリと音を立てて枯葉を踏み、私は石段を登っていた。
数十段の、神社へと続く石段。
何度も何度も、嫌という程往復したこの場所。
見たくもなかった、来たくもなかったこんな場所。
絶対に忘れてはいけない、大切な場所。
そんな思い出の階段を、少し小走りに駆け上がる。
つい先日まではこの時刻になると何処からともなくツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきたと言うのに、今は自分の足音と枯葉の割れる音しか聞こえない。
季節の移り変わりは早いと言うが、特にこの時期は顕著な気がする。
日に日に冷え込む空気が、冬は目前だと改めて認識させてくれた。
両手には暖かいペットボトル。
冷たくなっていた掌から、ほんのりと温もりが伝わってくる。
新しい手袋はまだ購入していない。
なんとなく、まだ買うつもりになれないから。
あの日も、今日みたいに十月にしては寒い日だった。
結局あの時、あの人はこの石段を往復した様だ。
今の私の様に。
色々と本末転倒な気はしたけれど、それでも彼の優しさに心が温まり。
両瞼を閉じ、少し上を向いてから再び石段を登り始める。
たん、たん、たん、たん
石段も終わりが見え始めた。
だからと言って何があるわけでも無いのだけれど。
それでも少し、あの人の姿を期待してしまう。
有り得ないと分かってるいても、そんな奇跡を期待してしまう。
「お疲れ様です、茄子殿ー」
当然ながら、現実はそう簡単には物理法則に反したりしない。
ベンチに座って私を待っていたのは芳乃ちゃん。
小さな足をプラプラとさせながら、両手に息を吹きかけ温めていた。
「お茶でよかったですよね?」
「ありがたいのでしてー。緑茶は大好きなのでー」
はい、と片方の手のペットボトルを渡す。
350mlのペットボトルを両手で握りしめ、芳乃ちゃんは手を温めていた。
小動物の様でとても可愛らしい。
これで16歳だなんて、最初は信じられなかった。
私もキャップを開け、喉を潤す。
ちなみに私は烏龍茶。
喉を通った温かい烏龍茶は、心まで落ち着けてくれる。
………
沈黙が場を支配する。
お互い、どう切り出そうか迷っている様で。
此方から言おうにも、どうにも口は開かなかった。
ふと、目が会う。
それだけで、何を言おうとしているか分かってしまう。
それから口を開ける事が出来たのは、ほぼ同時だった。
「…茄子殿ー、どうしても尋ねたい事があるのですがー」
「…分かってます。あの日、何があったのか…ですよね?」
私が此処へ来た理由。
彼女が私と共に来たのも、それが聞きたかったから。
まだまだ吹っ切れた訳じゃ無いけれど。
訪れる機会として、これ以上の理由も無い。
びゅう、と。
冷たい風が、私達の間を通り抜ける。
石畳に散らばっていた枯葉が舞い上がり、その数枚かは肩に乗った。
それでも、お互いに目を全く逸らさない。
「どうしても尋ねておきたいのでしてー」
思い出そうとすれば、ほんの数日前の事のように鮮やかに浮かび上がる。
今でも、まるで夢だったんじゃないかと思える様な出来事。
そんな長い長い一日は。
今から丁度、一年前の出来事だった。
・書溜めはありませんが、2日以内に完結させます
・おそらく物凄く長いです
「悪い、待たせたな」
あの日私は、帰る方面が一緒だったプロデューサーを、事務所からほんの少し離れた交差点で待っていた。
まだ十月だったとは言え、何もせずに立っているだけだと流石に冷える。
まだ厚着するには早いと油断していた私へ容赦無く襲う寒気を振り払ったのは、プロデューサーの声だった。
そんな何気無い一言。
それを聞くだけで、一瞬にして私の心の温度は上がった。
それこそ、寒かったのなんて忘れてしまうくらい。
「待つのも楽しみの一つですから。なんだか高校生みたいだなーって思ってたらあっという間でした」
周りに関係を気付かれ無い為に、少し学校から離れて待ち合わせをする。
まるで高校生のカップルみたい。
そんな事を思い描いていた。
残念ながら私の高校時代にそんな華やかな思い出はない。
更に残念な事ながら、現在私とプロデューサーが恋人関係にある訳でも無い。
だからこそ、事務所から駅までの二人きりの時間を最大限に楽しみたかった。
ほんの数十分も無い。
ただ歩きながら喋るだけの時間で、それでも私は幸せを感じていた。
「少し、冷えてきましたよね!」
そう言って、私は手を伸ばす。
少し困った顔をして、しかしプロデューサーは握り返してくれた。
そこから伝わる温もりは、多分他のものでは感じられない。
この温もりは、今は私だけのもの。
事務所では皆に平等なプロデューサーが、今だけは私に分けてくれるもの。
分かっている。
一緒に帰りましょうと誘った私を待たせない為に、多量の仕事をかなり無理をして終わらせている事を。
プロデューサーが私の事を、担当アイドルのうちの一人としてしか見てくれていない事を。
アイドルがプロデューサーと関係を持ってはいけない事を。
それでも諦めきれないから。
諦め切れる筈がないから。
迷惑かもしれないけれど、それでも。
私は今日もこうして、優し過ぎるプロデューサーに甘えていた。
冷たい風が頬を撫でる。
高揚しそうな気分を無理やり冷やし、正常な思考を取り戻す。
この冷たい世界からお別れする為に、はやく電車へ乗りたい。
けれど、乗って数駅したらプロデューサーとはお別れ。
それは、寒さよりも辛い事だった。
「少し、神社に寄って行きませんか?」
もう後十分もせずに駅へと到着してしまう。
そんな時に思い出したのは、近くの神社だった。
小さな丘の上にある神社。
もう少し駅まで遠回りしたくて、寄り道を提案。
当然断られる訳も無く、少し長い石段を登り始めた。
この時期になってくると、日が落ちるのも早い。
こんな時間に一人では絶対に通らない様な薄暗い石段。
けれども、プロデューサーと二人だから不安なんて無かった。
普段からダンスのレッスンを受けているおかげで、私の体力は人並み以上にはある。
けれど、スーツとパソコンが相棒のプロデューサーが現役アイドルと同じ様に動ける筈がない。
石段の半分あたりから、少し息が切れ始めていた。
「っはぁー。疲れた…体力全然無くなってるなぁ…」
年って怖い、改めてそう感じた。
まだ若いと言えば若いプロデューサーだけれど、それでも本人が思っている以上に身体は衰えている様だ。
プロデューサーも私達と一緒にダンスレッスンを受けてみればいいのに。
ついでにあのトレーナーさんの厳しさを体感して欲しい。
ふふっ、と。
更にバテバテなプロデューサーを想像して面白くなり。
石段の最後の一段を跳ねて登り、クルッと振り返る。
「元気だなぁ。その元気を分けて欲しいよ」
「幸運を添えてお分けしましょうか?」
口にしてから後悔した。
こんな質問、迷惑でしかないのだから。
気分が高揚してしまうと碌な事が無い。
一気に頭が冷めた。
「…遠慮しておくよ。俺だってまだまだ若いんだ」
体力の事だけではない筈だ。
その事くらいはお互いに分かっている。
はぁ…またプロデューサーを困らせちゃった…
さっきで懲りた筈だったのに…
気不味い雰囲気の中、顔を合わせず石畳を進む。
何か言おうとしても言葉が見つからない。
冷たい風の中、私達は静かなま賽銭箱の前に到着。
お財布から五円玉を取り出した。
パンッ、パンッ
乾いた音が神社に響く。
目を閉じ、願い事を思い浮かべる。
こういう時、その願いを口にしてはいけないらしい。
前のスレ使えよ
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「みんなが健康に冬を越せますように」
「ふふっ…」
隣のプロデューサーは、早速口にしていた。
思わず笑ってしまう。
本当にこの人は、アイドルが一番大切なんだなぁ、と。
それにしても、若干願いが年寄り臭い。
確かに健康は大切な事ではあるけれど。
アイドルは身体が資本とは言え、他に何かなかったのかしら。
「プロデューサーらしいですね」
「健康が一番大切だからな。さて、少しベンチで休んだら行くか」
更に笑ってしまいそうになる。
ほんとに体力が衰えている様だ。
やっぱり一緒にダンスレッスンを受けるべきな気がしてくる。
もう少し体力をつけないと、プロデューサーが体調を崩してしまいそう。
三人掛けのベンチに二人で悠々と座る。
木でできたベンチの表面はとても冷たくなっており、スカート越しに身体を冷やしてきた。
くっついてあったまろう。
そう考え、距離を詰めようとした。
しかし、間に置かれたプロデューサーの鞄に阻まれる。
じーっと、不満気な視線をおくる。
何となく居心地悪く感じたのか、プロデューサーはわざとらしく目を逸らした。
…流石にわざとらし過ぎる。
演技のレッスンも必要な様だ。
「…ん、俺のカイロ全然あったまってないや」
そう言って、ポケットから先程貰ったカイロを取り出す。
無理矢理な話題転換。
まぁこれ以上続けても良い方向には進まなかったであろうからありがたいけれど。
プロデューサーから、そのカイロを受け取る。
…あ、ほんとにあったかくない。
不良品だった様だ。
タダで貰ったものだから仕方がないとは言え、やっぱり少し悔しい。
「仕方ない、あったかい飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」
「お茶でー」
言うが早いが、プロデューサーは財布をポケットに入れて走って行った。
疲れたから休もうとしていた筈なのに走って行った。
しかも神社内に自動販売機は無い。
恐らく先程の石段を走って行ったのだろう。
…ふふっ
少し抜けているところ。
それでも気を遣おうとしているところ。
若干体力不足なところ。
変に気の回るところ。
その全てが、私は好きだった。
さっきだって、カイロがあったまっていない事なんて直ぐに気付いたであろうに。
それでも私に気を遣わせない為に黙っていた。
ほんと、優しい人。
だからこそ…
「おーい、茄子。ただいまー」
温かくないカイロを弄っていると、息を切らしたプロデューサーが戻って来た。
思ったよりも早い帰り。
実は神社内に自動販売機が設置されていたのかもしれない。
「ほい、お茶」
「ありがとうございます」
そう言って、温かい烏龍茶を受け取った。
流石はプロデューサー、私の好みをしっかりと理解している。
キャップを開けて傾け、身体を温める。
寒い日に外で飲むお茶はやっぱり美味しい。
「自動販売機、近くにあったんですか?」
「ん、あぁ。神社の裏にあったよ」
プロデューサーはブラックコーヒーを飲んでいた。
残念ながら、私はブラックは飲めない。
ここで交換して間接キスを狙うのが恋の定石と聞くけれど、実行は出来なかった。
もしかしたらプロデューサーもそれに気付いて…るはずは、流石に無いか。
どんどんと影はのびる。
気が付けば、夕方と言うよりも夜と言える時間になっていた。
風は更に冷たくなり、座っていた私の身体を冷やす。
…今日は、もう終わり
「さて、プロデューサーさん。そろそろ帰りましょうか」
「そうだな、結構いい時間になってるし」
今から終電が終わる時間までこんな寒い場所で時間を潰す気力は無い。
そもそも明日は仕事がある。
迂闊に食事には誘えない職業でもある。
今日は、素直に帰るしか無さそうだった。
かつん、かつん
石段を一段ずつ降り、駅への道へ着く。
街灯は既に灯りを放っている。
二人きりでいられる残り僅かな時間を、フワフワとした気持ちで歩いていった。
電車は早い。
文明の利器であるこの移動手段は、一瞬にして目的地まで届けてくれる。
それが、今日はマイナスに働く。
電車に乗ってすぐ、プロデューサーの降りる駅は来てしまった。
「じゃ、また明日」
「はい、また明日」
小さく手を振り、プロデューサーの後ろ姿を見送る。
また、明日。
そう、明日になればまた会える。
そう考えると、少しは残念な気持ちが和らいだ。
右手を見つめ、グーパーグーパーと開く。
結局、私のワガママでずっと手を繋いだままだった。
多分パパラッチ等に見つかってはいない。
私はそこまで運が悪くは無いのだから。
私の降りる駅も直ぐに着いた。
寒い外気にふれて一瞬身体が震える。
少し小走りに改札を出て、自宅へ向かう。
手袋とマフラー、楽しみだな、と。
ニコニコしながら走っていた私は、もしかしたら少し怪しい人だったかもしれない。
「おはようございます、ちひろさん」
翌日事務所の扉を開けて入ると、プロデューサーの姿は見つからなかった。
もしかしたらもう既に営業に出ていったのかもしれない。
ちひろさんは電話をしていた為に、少し小さな声での挨拶を。
他にアイドルの姿もなかった。
今日の仕事をホワイトボードで確認し直し、しばらく時間がある事を確かめる。
上着を脱いで、ソファに着地。
暖房の効いた事務所で、冷え切った手に息を吹きかけて復活させていた。
ふと視線を上げれば、既に電話を終えたちひろさんが此方を見ていた。
なんだか気不味い様な、言い難い事があるような表情。
けれどそれ以上は読み取れず、私も視線を返すだけ。
お互い、しばらく口は開かなかった。
「…茄子ちゃん…」
「…はい?何でしょうか」
既に、良い知らせがくるとは思っていない。
一体何があったのか。
全くもって、読めない。
「落ち着いて、聞いて下さい…」
ここまで前置きをするとは、相当に大変な事があったのだろう。
一応何と言われても大丈夫なように、心の準備をする。
「昨日の夜…」
「昨日の夜、プロデューサーが交通事故で亡くなりました…」
拵えた覚悟は、全て無駄になった。
一瞬、思考が止まる。
今、ちひろさんは何って言った?
交通事故?誰が?プロデューサーが?
「…え?」
間の抜けた声が、私の口から漏れた。
え、亡くなった?既に?
焦りが脳を支配し、正常な思考を妨げる。
ありえない、プロデューサーがいなくなるなんて。
だって、今まで私の周りに不幸が訪れる事なんてなかったのだから。
そもそも、プロデューサーが電車から降りるまでずっと私と一緒にいたのだ。
駅から彼の家までの短い距離で、そんな運の悪い事に出会う筈が無い。
「…ドッキリ、ですよね?」
私はアイドル。
ならば、これが一番考えられる可能性だった。
希望とも言えるが、無い話では無い。
何処かにカメラが仕掛けてあって、プロデューサーは別の部屋で待機しているんじゃないだろうか。
そうだ、ドッキリに決まっている。
タチが悪いとは思うけれど、確かに私に対して一番衝撃を与えられる。
まったく、プロデューサーもちひろさんも酷い人なんだから…
「…茄子ちゃん…」
「…分かってます…」
…分かっている。
ちひろさんがそんな冗談を言う筈が無い事を。
理解している。
ほんとうに、プロデューサーは…
そこからの事は、しっかりとは覚えていない。
こんなコンディションで仕事が出来る筈も無く、仕事先に事情を説明して休ませて貰ったらしい。
ちひろさんも辛い思いをしていた筈なのに、私だけ休ませて貰って申し訳ない。
けれど、その時はそんな事すら考える余裕が無かった。
フラフラとした足取りで、私は自宅へと向かっていた。
これが夢だったらいいのに。
もうすぐ覚める悪夢だったら良かったのに。
けれど、冷たい風がこれは現実だと私を叩きつけた。
ふと、昨日の石段が目に入った。
駅の少し手前の、神社の石段。
こんなところに誘わなければ、プロデューサーは事故に遭わなかったかもしれないのに。
意味の無い後悔が私を責める。
かつん、かつん
なんとなく、また私は神社へと登っていった。
昨日は二人で登った石段を、今日は一人で。
もう二度と、二人で登る事は叶わない。
そんな、寂しい石段を。
体力不足でもない私は、息が切れることも無く直ぐ頂上にたどり着いた。
昨日とほぼ同じ光景。
違いと言えば、時間がまだ早い為に明るいことくらい。
そして、私の隣には誰もいない事くらい。
休憩なんて挟まなければ。
変な事を言って困らせなければ。
寄り道なんてしなければ。
一本前の電車に乗れていれば。
次々と湧き上がる後悔に、心が苦しくなる。
昨日のベンチに腰掛け、目をつむった。
今なら誰も居ない。
どれだけ泣いても、きっと誰にも見られない。
なら…
気が付けば、陽はだいぶ傾いている。
昼頃には暖かくなっていた空気が、また再び冷え始めていた。
カァカァと、カラスの鳴き声が聞こえてきた。
そろそろ帰らないと。
けれど、立ち上がる気力も無い。
泣き疲れて、身体が重い。
もう、なんだか全てが嫌だった。
重い心が、身体とベンチを縫い付けている。
それにしても、寒い。
昨日よりも厚着してきた筈なのに。
それなのに昨日と同じ寒さなのは納得がいかない。
はぁ…と一息。
ふと、ベンチを見下ろす。
なんとなく、本当になんとなくだった。
視界の中に、有り得ないを見つけてしまった。
私の座っている隣に、先程までは無かったカイロ。
?…?
風で飛んで来たとは考え難い。
けれど、確かに先程は何も無かった。
あったとしたら気が付いている。
じゃあ、なんで?
手に取って確かめてみる。
疲れた私の幻視かと思ったけれど、そう言う訳でも無い様だ。
温かくないこのカイロは、一体どこから…
「おーい、茄子ー。ただいまー」
おかしい、幻聴が聞こえる。
どうやら私は本当に参っているらしい。
冷たい空気のせいで風邪でもひいたのかもしれない。
だって、聞こえる筈が無いのだ。
プロデューサーは事故に遭った。
声が聞こえる筈がない。
ここにいて良い筈がない。
勇気を振り絞り、声の方へと顔を向ける。
ほんの少し、視線を上げる。
同時に、写ってきた。
「ん?どうした?ほい、お茶」
私が最も会いたい人物。
此処に今、いる筈の無い人物。
プロデューサーが、此方へとお茶のペットボトルを向けていた。
「…プロ…デューサー?」
「なんだ?烏龍茶で良かったよな?」
状況を理解出来ないままペットボトルを受け取る。
容器から、確かな温かさが伝わってきた。
どうやら、幻では無い様だ。
だとしたら、一体何が起きているの?
ふと自分を見れば、何故か昨日と全く同じ格好をしていた。
だから、さっきもあんなに寒かったのだ。
これは、つまり。
昨日に戻っている、そう考えるのが自然だろう。
いや、そもそも時間が戻っている時点で自然でもなんでも無いのだけれど。
けれど、有り得ないとは言い切れない。
私自身少し現実離れした現象を経験した事が何度かあるのだから。
だとしたら…
「…ふふっ、神様がチャンスをくれたみたいですね」
思わず笑みが溢れてしまう。
だって、これならプロデューサーを助ける事が出来るのだから。
やっぱり私は幸運な様だ。
神社にお参りした御利益かもしれない。
なら、簡単な話だ。
昨日と違う電車に乗る、ただそれだけで事故は回避出来る。
なんなら私がプロデューサーを家まで送り届けてもいい。
事故に遭うと分かっているなら、対処は幾らでもできるのだ。
「何かあったのか?」
「はいっ!素敵なキセキがありましたっ」
嬉しくて、つい気分が高揚してしまう。
私の手でプロデューサーを守る事が出来る。
これからもまた、プロデューサーと一緒に歩く事が出来る様になる。
こんなに嬉しい事は無かった。
「さて、帰りましょうか」
「お、おう」
まだ飲み切っていないペットボトルに蓋をして、プロデューサーの手を取る。
この時間に出れば、一本前の電車に乗る事が出来る。
ただそれだけで。
未来は、変わる。
一人で登ってきた石段を、二人で降りる。
そんな事で、心は踊った。
寒さも忘れて、鼻歌交じりに道を歩く。
隣ではプロデューサーが少し困惑した表情。
プロデューサーからすれば突然テンションが急変した私を見て驚いているのだろう。
あっという間に駅へと到着。
時刻表を見れば、昨日よりも二本前の電車に乗れそうだった。
よし…これで大丈夫。
これで、プロデューサーは助かる筈。
電車に乗り込み浮かれている内に、プロデューサーの降りる駅へと到着していた。
「じゃ、また明日」
「はい!また明日!」
少し大きな声が出てしまった。
周りの人が一瞬此方を見るが、直ぐ手元の液晶へと視線を戻す。
昨日と同じく、ぱたぱたと手を振る。
奇跡が起きてくれてよかった。
改めて、神様に感謝しないと。
もしかして、私とプロデューサーが結ばれるのは運命なのかもしれない、なんて。
ふふふっ、と。
自然と、笑みが零れた。
「おはようございますっ!」
翌日、私は高揚した気分で事務所の扉を開けた。
きっと、扉の向こうにはプロデューサーがいて。
ちひろさんが笑って出迎えてくれて。
今まで通りに、日常を送れるようになっている。
そう思い、少し勢いよく扉を開けた。
けれど。
見回してもプロデューサーの姿は無く。
事務所内にいたのは、暗い表情で受話器を耳に当てているちひろさんだけだった。
嫌な予感がする。
体感温度が一気に下がる。
もしかして、プロデューサーは…
ちひろさんが悲しそうな表情を此方へ向けたとき、その予感は確信に変わった。
「茄子ちゃん…落ち着いて聞いて下さい…」
もう、言われなくても分かってしまう。
そして、その先の言葉が分かっていてもやはり辛い。
ダメだったのか…助けられなかったのか…
「プロデューサーさんが…階段から転落して亡くなったそうです…」
「…そう、ですか…すみません、今日は失礼させて貰います…」
休みを貰い、事務所を出る。
心も足も重いが、行かなければならない場所があった。
昨日と同じ、石段の上の神社。
また奇跡が起きると祈り、私は足を速めた。
ベンチに座っていると、ふと周りが寒くなった様に感じた。
視線を隣に移すと、また先程まではなかったカイロを見つける。
どうやら、また今日も奇跡が起きてくれた。
まだ私は、神様に見放されてはいないみたい。
「おーい、茄子ー。ただいまー」
予想通り、プロデューサーが現れる。
息を切らしたプロデューサーの姿は、紛れも無く現実。
自分を見れば、またもやあの日と同じ服。
「ん、どうした?ほい、お茶」
「プロデューサーさん、今日はもう帰りましょうか」
プロデューサーを一人で帰してしまっては、また同じ事の繰り返しになってしまうかもしれない。
それなら、違う状況を用意すればいい。
そう、例えば。
本来なら一人だった筈なのに、他の誰かと帰っている、とか。
「おいおい、少し休ませてくれよ。その為にお茶を買って来たわけだ…し…」
渋ろうとするプロデューサーだが、私の表情を見て言葉を止めた。
多分、とっても怖い顔をしていたと思う。
けれど、そんな事を考えている余裕は無い。
それよりも、プロデューサーを助ける事が最優先だった。
プロデューサーの手を取り、駅へと向かう。
前回よりも更に一本前の電車に乗り込み、プロデューサーの降りる駅で私も一緒に降りた。
プロデューサーが何か言っているけれど、私の耳には届かない。
「プロデューサーさんの家ってどっち方向ですか?」
「其処を右に…って、家まで来る気か?!」
当然だ。
プロデューサーが安全に家に着くのを見届けてからでないと、何が起きるか分かったものではない。
いや、起きる事は分かっている。
それを回避する為に私が付いて来ているのだから。
挙動不審な程に左右を確認してから道を渡り。
出来る限り倒れて来そうなものから離れて歩き。
本来登っていたらしい階段を、遠回りして坂道で登り。
車が近くを通る度にビクビクしていた。
「お、おい茄子…大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですから…あと少しですよね?」
プロデューサーからすれば、ただ家に帰るだけ。
それなのに疲弊している私が不自然に映っていた筈。
精神を擦り減らしながら歩く。
肌寒い筈の秋の夜に、汗をかきながら。
「着いたぞ、そこのアパートだ」
「…はぁ…良かった…」
時間にしたらほんの十分くらいの長い長い時間を越えて、漸く私達はプロデューサーの家へと辿り着いた。
…これで、プロデューサーは助かる。
なんとか何も起きずに、家まで辿り着けたのだ。
後は、プロデューサーが部屋へ入るのを確認したら帰ろう。
プロデューサーが鍵をさす。
後は扉を開けて中に入るだけ。
もう不幸の入り込む余地なんて無い。
これで…絶対に…
「…あれ?鍵開いてる…」
ふと、プロデューサーが呟いた。
確かに、鍵をまわした筈なのにその様な音は聞こえてこなかった。
「プロデューサー!」
嫌な予感がして叫ぶ。
今度こそ、プロデューサーの死を回避するのだ。
そう思い張り上げた声がプロデューサーに届く前に、不幸は訪れた。
バンッ!!
プロデューサーの部屋の扉が勢い良く開き、内側から包丁を持った男が現れた。
一瞬遅れてプロデューサーも反応するが、もう遅過ぎる。
そんな事が起きるなんて、想像もしていなかっただろうから。
男の持っていた包丁がプロデューサーの腹部へと刺さり。
勢い良く走って行った体に弾かれ。
近くの鉄骨に頭を打ち付け、倒れていった。
また、助けられなかった…!
兎に角、警察と救急車を…
携帯を取り出し、そこで気付いた。
もし事情聴取などで長時間拘束されてしまった場合、明日の夕方までにまたあの神社に戻れるのか?
取り調べ自体は直ぐに終わったとしても、アイドルである私がプロデューサーの家へ向かっていた事がバレたらそれこそ大変だ。
私はなんとしても、プロデューサーを助けなければならないのだから。
今なら、もしかしたら救急車を呼べば助かったかもしれない。
けれどもし既に手遅れだった場合、もうどうしようもなくなってしまうかもしれない。
それなら、次こそ…
「おーい、茄子ー。ただいまー」
「…お帰りなさい、プロデューサー」
翌日、またあの神社でプロデューサーと出逢う。
結局私は、空き巣に刺されたプロデューサーを助ける事はしなかった。
より確実に救う為。
そう自分に言い聞かせ、プロデューサーに心の中で言い訳をして自宅へと逃げ帰った。
思い返すと哀しくなって涙が出たが、今はそんな場合ではない。
今回こそは、必ずプロデューサーを助けないと…
その為に、今までとは少し違う手段を取ってみる。
「プロデューサー、一つお願いがあるんですっ!」
無理やり明るい笑顔を作り、内心を悟られない様にする。
少しずつ疲れてきているけれど、諦める訳にもいかない。
ここで私が諦めたら、プロデューサーは絶対に助からないのだから。
「今日、事務所に泊まっていってくれませんか?」
「ん?構わないっちゃ構わないけど…何かあるのか?」
「はいっ!プロデューサーの家の方面から嫌な空気が…」
物凄く適当な事を言う。
普通の人だったら十人中十人は信じてくれないだろう。
けれど、優しくて少し抜けたところのあるプロデューサーなら…
「…まぁ、茄子が言うならそうなんだろうな。確か仮眠室もあるし、そうさせてもらうよ」
詳細は聞かずに信じてくれる。
その優しさが、少し胸にささった。
かと言って、今日貴方は死にますなんて言える筈も無いのだけれど。
事務所へと二人で戻る。
寒さも忘れて、夕方の道を行く。
一旦事務所に入ってしまえば、交通事故や不審者と遭遇する心配は無い。
これで、大丈夫な筈。
「じゃあ、私は帰りますね」
「おう、また明日な」
また明日。
その言葉が、私の心を深く抉る。
明日また会う。
今まで当たり前だった、ただそれだけの事が叶わないのだ。
平常運転の私だったら、一緒に泊まっていってあげますよ?くらいは言っていたと思う。
けれど、もしプロデューサーがまた死に襲われて。
その近くにいた私にまで、被害が及んでしまったら。
今度こそ本当に、何もできなくなってしまう。
そんな事を冷静に考えられてしまう自分が嫌になる。
私はこんなにも薄情な女だったのか。
いや、これはプロデューサーを助ける為。
仕方の無い事なの…
そう言い聞かせ、事務所を出た。
今度こそ、今度こそ…
けれど。
心の何処かで。
どうせ今回も、と。
そんな事を考えていた。
翌日私は、事務所に入れなかった。
向かいはしたのだ。
けれど、事務所に入ることは叶わなかった。
理由は単純。
大量の消防車と人に囲まれて。
事務所は、立ち入り禁止となっていたから。
周りの話を聞けば、昨晩火事が起きたらしい。
かなり激しい火事だったらしく、出火したフロアよりも上の階は外から見ても真っ黒になっていた。
なんとなく結果が分かってしまう。
それでも一応、プロデューサーの携帯に電話を掛けてみる。
無機質な電子音が一瞬。
それに続く声は、現在電話に出られませんと言う留守番サービスの音声だった。
それから何度繰り返したか、もうハッキリとは覚えていない。
何もしなければ交通事故に遭い。
何か手を打てばその先でまた別の死に見舞われる。
私が何かすればする程、結果はより悪くなった。
火事が起きて事務所が焼け。
遠回りして帰れば、偶然出会った他のアイドル諸共落ちてきた鉄骨の下敷きになり。
事務所でちひろさんと徹夜すれば、ガス漏れのせいで二人とも倒れ。
私以上に不思議な力を持った芳乃ちゃんと一緒に帰って貰っても、倒木に押し潰された。
何をやっても救えない。
けれど、あの神社へ行けばまたやり直す事ができる。
もしかしたら、次こそは。
その希望を捨てられず、私は何度も足を運んだ。
けれど。
もう、分かっていた。
絶対にプロデューサーを救う事は出来ない。
運命の様に、プロデューサーの死は決まっている事なんだ、と。
ドキドキするね、こういうの
「もし今日…私が死ぬって分かったらどうしますか?」
繰り返す大切な人の死に心を擦り減らして疲れていた私の口から、ポロっとそんな言葉が漏れた。
もう何度目かも分からない夕方の神社。
機能を果たしていないカイロを握り、息を切らしたプロデューサーへの問い掛け。
それは多分、全く意味の伝わらないものだった。
「一体何の話だ?」
当然の疑問を投げるプロデューサーの表情が、途端に変わった。
おそらく、私が今にも泣きそうな顔をしていたから。
疲れ果て、絶望した様な表情をしていたから。
「答えて下さい…プロデューサーだったら、どうしますか?」
「どうする、って…そりゃ分かってるんなら助けるよ」
即答するプロデューサー。
はっきりと、そう答えてくれた。
でも、何も知らなければ私も同じ様に答えていたんだろうな、と。
素直に喜ぶ余裕は、今の私の心にはなかった。
そして、助けられる様なら苦労はしない。
分かってるからって、助けられる訳じゃない。
分かってるからこそ、助けられなかった時が辛い。
分かってしまっているからこそ…
昨日公園か
アイマスSSの方でも伊織とやよいであったなぁ
「一体…一体、どうすればいいんですか!諦めるなんて…諦められる筈なんて無いのに!」
「助けられ無い…か。茄子の強運があってもか?」
強運…そう言えば、プロデューサーにはよく自慢していた。
私は運がいいんですよ、とか。
幸運をお裾分けしましょうか?とか。
今思えば、なんと馬鹿らしい事か。
大切な人一人助けられないのに。
奇跡は信じる癖に運命は信じたくないなんて。
大切な時に全く役に立たない。
そしていざとなったら、自分だけ逃げ出しているなんて。
「助けられない、か…。それでも、俺は助けようとするだろうな」
「何をやっても助けられないんですよ…?助け様とする度、どんどん結果は酷くなってくんです…なのに!」
自分で言っておきながら、支離滅裂なのは分かっていた。
プロデューサーだってどう答えればいいのか困っただろう。
尋ねておきながら、本人が否定しようとしているのだから。
自分自身、プロデューサーになんと言って貰えば満足なのか分からない。
諦めて欲しくない。
けれど、諦めなかったところで意味がないのだ。
結果は既に、決まってしまっているのだから。
「一体…一体、どうすればいいんですか!諦めるなんて…諦められる筈なんて無いのに!」
「助けられ無い…か。茄子の強運があってもか?」
強運…そう言えば、プロデューサーにはよく自慢していた。
私は運がいいんですよ、とか。
幸運をお裾分けしましょうか?とか。
今思えば、なんと馬鹿らしい事か。
大切な人一人助けられないのに。
奇跡は信じる癖に運命は信じたくないなんて。
大切な時に全く役に立たない。
そしていざとなったら、自分だけ逃げ出しているなんて。
「助けられない、か…。それでも、俺は助けようとするだろうな」
「何をやっても助けられないんですよ…?助け様とする度、どんどん結果は酷くなってくんです…なのに!」
自分で言っておきながら、支離滅裂なのは分かっていた。
プロデューサーだってどう答えればいいのか困っただろう。
尋ねておきながら、本人が否定しようとしているのだから。
自分自身、プロデューサーになんと言って貰えば満足なのか分からない。
諦めて欲しくない。
けれど、諦めなかったところで意味がないのだ。
結果は既に、決まってしまっているのだから。
「茄子は、俺の大切な…大切なアイドルだ。絶対に助けてみせる」
「大切なアイドル…ですか。プロデューサーにとって…私は…」
大切な、アイドル。
この人はこんな時でもアイドルが第一なのか。
それに、私も沢山いるアイドルのうちの一人なだけ。
プロデューサーにとって、私と言う存在よりも…
「…みんなで頑張ってきたからここまでこれた。一人でも欠けたら駄目なんだ。全員が俺の宝物だから」
「もしそれで…自分が犠牲になるとしてもですか?」
「それでもだ。大切なモノを守る為なら、なんだってするさ」
くやしくて、意地悪な質問をしてしまう。
けれど、それでもプロデューサーはアイドルを取った。
あぁ、この人は本当にアイドルが大切なんだなぁ…
即答出来てしまうくらいには、大切な存在なんだ。
出来ればそこは、アイドルと鷹富士茄子ではなく。
一人の女性としてみて欲しかったけれど。
そんなところに、私は惹かれていたのかもしれない。
そして、プロデューサーにとって大切なモノを、傷付ける訳にはいかない。
プロデューサーにとっての宝物だけは、守りたい。
だから…
はぁ…と一息。
覚悟はもう、決まっていた。
「…ふふっ。プロデューサー、やっぱり私…」
「すまん、少しクサくなっちゃったな。ほら、冷たくなる前に飲んだら
「やっぱり私、プロデューサーの事が好きみたいです。ふふっ」
「か、茄子?!」
とうとう、打ち明けてしまった。
絶対に叶う事の無い、私の心を。
叶ったとしても一日で消える、私の夢を。
突然の事過ぎて、プロデューサーは驚いていた。
なんとなく気付いてくれていた筈ではあるけど、まさか直接言われるとは思ってなかったのだろう。
アイドルとプロデューサーと言う立場を、お互い理解しているのだから。
こんな私でも、常に一線は越えないようにとこらえてきていたのだから。
それでも…
「返事はいりません。ただどうしても、コレだけは伝えたかったんです」
プロデューサーは、私の事を大勢のアイドルのうちの一人としてしか見てくれてなかったかもしれない。
いきなりこんな事を言われて、迷惑かもしれない。
それでも、どうしても。
最期に、伝えておきたかった。
寒いからと言って手を握るのも、とても勇気が必要だった。
一緒に買い物に行ってくれると約束してくれた時、とても嬉しかった。
自分を安売りするなと言われたけれど、内心かなり本気だった。
時々素気無くされて悔しかったけれど…
私はやっぱり…
「ずっと、貴方の事が好きでした。それだけは…忘れないで下さい」
「茄子…俺は…」
戸惑うプロデューサー。
それもそうだろう、担当アイドルからの愛の告白なんて。
イエスという訳にもいかない。
けれど、軽々と断っては今後の関係に響いてしまうかもしれないのだから。
「…迷惑ですよね、いきなりこんな事を言われても。でも、伝えたかったんです」
涙が溢れそうになった。
けれどこれ以上プロデューサーを困らせたくなくて、少し上を向いて堪える。
最期は笑顔でお別れしたくて。
多分今にも泣きそうな笑顔だっただろうけど、プロデューサーへと向けた。
「私はもう帰りますね。また明日、プロデューサー…さよなら」
もう、我慢の限界だった。
視界を歪めながら、石段を駆け下りる。
そして少し離れた場所に座り込み。
私は、泣き続けた。
「結局プロデューサーは元通り、交通事故に遭ってしまいました。これが、あの日あった出来事です」
日は既に落ち、風はさらに冷たくなった神社。
隣に座る芳乃ちゃんは静かに聞き続けてくれていた。
一年経っても、あの日の悲しみは衰えはしない。
現に今も、涙が溢れそうだった。
言い訳はしない。
結局私はプロデューサーを見捨てたのだ。
プロデューサーの大切なモノを守る為に。
そう自分に言い聞かせ、自分を誤魔化してきた。
勇気が足りずにプロデューサーの想いを聞くことも出来なかった。
断られるのが怖かった。
受け入れられても、辿る結末を知ってしまっていたせいで怖かった。
それなのに、伝えないと言う選択肢を取れなかった自分が虚しかった。
「…茄子殿はお強いのですねー。わたくしでしたら心が折れてしまうのでしてー」
「ふふっ…ありがとうございます。でも、結局結果は変えられなかったんですよ」
少し、自暴自棄に笑う。
なかった事になっているとはいえ、沢山の人を巻き込んでしまったのだ。
芳乃ちゃんも、一度は倒木の下敷きとなってしまった。
それを話した筈なのに、芳乃ちゃんは私を励まそうとしてくれる。
それにしても、こんなありえない話を信じてくれるとは。
正直、少し驚いてしまった。
私だったら信じられなかったかもしれない。
「それとー、プロデューサー殿は嬉しかったのではー。茄子殿に惚れていた様だったのでー」
「…え?いやいやいや、それは無いですよ。あんな、アイドル大好き人間が」
無意識に、少し言い方が悪くなってしまう。
彼は、私の事を大切なアイドルと言ったのだ。
彼にとって私は、言い方は悪いけれど沢山いるアイドルのうちの一人に過ぎない。
もちろんそれが悪い事では無いのだけれど。
それに、彼の大切なモノがアイドルだからこそ、私は諦めたのだ。
私だったのだとしたら…
「止めましょうか。考えても良い結果にはならなそうです」
また、余計後悔してしまう。
芳乃ちゃんの言う事だから、もしかしたら本当なのかもしれない。
けれど今それを知ってしまっても、更に悲しくなるだけ。
あの時諦めなければ、と余計に悔しくなるだけ。
「茄子殿にとって大切なー、守りたいモノとはー?」
「彼の宝物だったアイドル達です。さて、冷えてきましたしそろそろ私は帰りましょうか」
即答し、すっとベンチから立ち上がる。
手袋もマフラーも無しにこんな所にいては、風邪をひいてしまう。
吐き出したら少し楽になれた。
来た時よりは、足取りが軽くなりそう。
「…最後にもうひとつー」
「なんですか?」
ふと、何かを感じた。
そう言えば、なんで芳乃ちゃんはペットボトルを見せる前から緑茶を選択できたのか。
幾ら何でも、突拍子も無い話を信じ過ぎではないか。
何故芳乃ちゃんは今、何かを決意した様な表情をしているのか。
「プロデューサー殿はー、茄子殿への想いを打ち明けるつもりのメールを送ろうとしていたのでしてー」
「芳乃ちゃん、もうその話題は…」
「どうしてもー、伝えておきたかったのでー」
…ようやく、気付けた。
今の芳乃ちゃんを、何処かで見た事がある様な気がしていた。
けれど実際には、見た事なんてなかった。
それもそうだ。
あの時の私と、一緒なのだから。
「…ふふっ、ありがとう。じゃ、さよなら」
不思議と、悲しさは無かった。
石段を下る足は軽い。
寒さも、何処かへとんでいった。
それよりも。
プロデューサーの想いを、早く聞きたかった。
長くなってしまいましたが、お付き合いありがとうございます。
少しオーバーしましたが何とか完結できました。
おつおつ
ビターエンドと位置づけたいのかもしれないけど
問題の打開を放棄したのはその実>>1に他ならないわけで
つまりこの後に茄子さんも…って事か
乙
調べたらオチ含めて元ネタ踏襲しているのね……
昨日公園の二次創作ってオチが元ネタまんまだと分かっていても読ませるものがあるね
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