【艦これ】陽炎の憂鬱 (87)
初投稿です。
艦これ二次創作
・二次設定
・キャラ崩壊
・中途半端な史実ネタ
・地の文有り
・日本語が不自由
・書き溜めをゆっくり投稿していくスタイル
・その他モロモロ
陽炎の好感度が上がっていく様子を眺めるSS、
注意事項は結構ありますが、楽しんでもらえれば幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1442628707
陽炎「失礼しました!」
そう言って執務室を出て行ったのは本日着任した陽炎型一番艦、陽炎だ。
第一印象は元気で快活といったものだ。
彼女の様な同級生がいるだけで俺の学生生活は煌びやかになったはずだろう。
面白くもない士官学校の思い出に思わず顔をしかめながら、陽炎の考察を続ける。
あまり見た目の良い方ではない俺に全く反応することはなく、物怖じせずハキハキと挨拶してきた。
また、戦闘に対する不安などは見受けられなかった。
むしろ、戦いたいという意思が感じられた程だ。
提督「叢雲、どう思う?」
叢雲「知らないわよ、見てわかるものでもないでしょ」
書類整理をしていた秘書艦の叢雲に意見を求めたが、帰ってきたのはつれない返事だった。
提督「同じ艦娘だからこそ、分かるものがないか聞きたかったんだが……」
叢雲「悪いけどサッパリね。それに、この手の話に一律の答えなんてないでしょ」
書類から目を離す事なく俺の期待をバッサリと切ってくれる秘書艦、優秀過ぎて泣けてくる。
臨機応変に対応するしかない、か。
挨拶だけでは判断材料が少なすぎる。
まぁ、それでも、
提督「問題はなさそうだな」
安定している。少なくともすぐに問題となることはないだろう。
他の情報は明石や世話を任せた神通にでも聞けばいい。
面倒事が山積みな現状で彼女のような艦娘は有難い。
十分な戦力になってくれることを期待しよう。
神通「提督は複数の艦娘と関係を持っています」
最初にその事を聞いたとき感じたのは失望や軽蔑だった。
陽炎(当たりだと思ったんだけどなぁー)
司令に会ったのはほんの少し前だ。今日着任した私は早々に司令に挨拶に行ったのだ。
初対面の印象は悪くなかった。
無駄にデカいことを除けば有能そうな司令に見えた。
事実、若い身で提督の地位にいる相当な実力者のはずだ。
陽炎「どういうことですか、神通さん」
私たちがまだ艦だった頃、最も練度や攻撃能力が高いとされた第二水雷戦隊。
私も所属していたその部隊の旗艦を務めたのが神通さんだ。
彼女は艦娘となった今も実力者らしく、また私たちのまとめ役をしてくれるらしい。
司令の前ではオドオドとしていたが、案内や説明はキビキビとし以前の面影を感じられた。
さっきの発言はその説明の最後のものだ。
神通「言葉の通りです」
陽炎「ハァ……」
どうやらそういうことらしい。
英雄色を好むとは言ったものだが、はっきり言って聞いて気分のいいものではない。
元は艦でも今は少女の身だ、部下に次々に手を出す男の話など面白いものではない。
神通「些事にかまけて修練を怠らないよう、気をつけなさい」
陽炎「陽炎、了解でーす」
気のない返事をする、恐らく表情にも出てしまっているだろうが気にするつもりもない。
さっきの話だけでも評価は最悪だし。
司令から誘われても断ってやるし、自分からなんてありえないわ、気をつけるも何もあったものじゃない。
それに私はそんなことをしに来たんじゃない。
神通「それでは演習について説明しますね」
そう、私は戦いに来たのよ、この最前線に。
正体不明の人類の敵、深海棲艦と。
私はまた戦場に立てるのだ。
過去の大戦以上の戦果を挙げてみせる。
私は陽炎型ネームシップなんだから。
私は張り切っていた。
この後の演習地獄のことなど露知らず。
神通・・・お魚にエサをあげたらまた続き・・・う、頭が・・・
提督「成程な」
神通のまとめた、陽炎についての報告書を読み終えていた。
結論から言うと、酷く優秀だった。
基礎能力や戦闘技術、戦闘への意欲。
何の問題も見受けられないようだった。
指導を頼んでいた神通からは笑顔でその辺りの報告を受けた。
明石からの報告も問題無し。
社交性が高く、彼女の艦隊は全体の士気を高い傾向にあるらしい。
それに―――
提督「………」
戦力を増やせば相応にリスクも増加する、本来ならそれは慎重にしなければならない。
だが、今は無理をしてでも戦力を集めなければならない。
少ない戦力では戦闘自体が彼女らの負担になってしまう。
そして、それらの負担を少しでも軽くするための司令官だ。
提督「叢雲、後は頼む」
叢雲「了解、さっさと帰ってきなさい」
腰を上げ、執務室の外に向かう。
先ずは見える所からでも問題を解決しなければならない。
陽炎「……んーーー、っ痛!」
私はドックの中で傷の痛みにうめいていた。
やられた。敵艦の砲撃を受けた私は大破し、艦隊は撤退を余儀なくされてしまった。
ボロボロになってしまい、身体の節々が痛むが問題は無い。
艦娘の身体は簡単に修復出来る、高速修復剤があればすぐにでもまた作戦に加わることも出来る。
それに、
不知火「大人しくしていてください陽炎、入渠時間が延びますよ」
この娘を守れることも出来た。
陽炎型二番艦、不知火。つまりは私の妹だ。
不知火「あまり無茶をしないでください」
陽炎「無茶でも何でもないわよ、修復すれば何とでもなるわ」
そう返すと、不知火は眼を鋭くして、
不知火「それは不知火も同じです。庇うことに意味なんてないでしょう、陽炎」
陽炎「姉が妹を守らないでどうするのよ、不知火」
未だにお姉ちゃんとは呼んでくれない妹だが、真面目で仲間思いのいい娘だ。
こんないい娘を守れたのだから私としては大満足だ。
不知火の方は納得出来ないらしいが。
陽炎「文句があるなら精進しなさい。ぼやけてると他の娘に抜かれるわよ」
不知火「言われなくてもそのつもりです、今度は庇う必要が無い程に叩き潰します」
物騒な事を言っている不知火に苦笑いを返してしまう。
まぁ、人の事は言ってられない事ではあるが。
そもそも不知火と私にそんなに実力差はない、私が少し早く着任していたというだけの差だ。
それに比べ、他の娘たちはどんどん伸びている、後から着任したのに追い抜かれそうな娘だっている。
負けられない。
不知火「そんな顔をするなら、止めてください」
不知火の声で我に帰る。
そう言えば話の途中だった。
少し顔に力が入っていたみたい。
陽炎「ああ、ごめんそうじゃなくてね―――」
険しい顔をしている不知火に言い訳をするが、どうやら完全にへそを曲げてしまったらしい。
結局、不知火の修復が終わっても機嫌は直らず、私の入渠が終わっても続いた。
陽炎「もー、いつまで拗ねてんのよー」
不知火「拗ねてません、いつも通りです」
そう言って外方を向く。
いつまでもドックから出ようとしない不知火がいじらしく、
陽炎「ああ、もう!」
不知火「っ!?陽炎!!」
陽炎「いいから行くわよ!」
不知火の手を引いてドックを出る事にした。
不知火はまだ拗ねたような顔をしていたが何も言わずついてきた。
そんな妹にニヤニヤしながら先ほどのことを考える。
他の娘たちに負ける訳にはいかない。
私はこの娘達のネームシップなんだから。
場面の区切りが分かり辛いので分かれ目に
□
を付ける事にします。
□
不知火「陽炎、司令から秘書艦になるよう指示が来ていますよ」
私が秘書艦に選ばれた。
艦娘として力を付け、前線でも十分活躍できるようになった頃だった。
新しく着任した艦娘たちの練度を上げるに当たって、十分な練度と判断された私は一線から下げられた。
自身の実力が認められて嬉しい反面、実戦から下げられる不満もあった。
だが、今は大規模攻略作戦があるわけでもない。
最近は大きな戦果を上げることも出来ない作戦ばかりであり、無理に出撃する必要も少ないだろう。
そうとなれば実力を下げる事のないよう、訓練をしっかりしなくちゃ。
訓練は自主的に、間違っても再び神通さんのお手を煩わせる事が有ってはならないのだ。
そんな風に考えていた矢先だ。
不知火「陽炎、司令から秘書艦になるよう指示が来ていますよ」
陽炎「うげぇ……」
秘書艦として事務仕事を行う。
旗艦を任され艦隊をまとめるようになれば、報告や部隊の管理を任される。
その為、うちの艦娘は一度は秘書艦を経験することになっている。
基本的に司令を見ることがあるのは週一の朝礼ぐらいだ。
そして好感度は最低値から変動はしていない。
陽炎「はぁー、ヤだなぁー……」
不知火「別に司令も無差別ではありません、気にしなくても大丈夫ですよ」
確かこの娘は既に秘書艦を終えていたはず。
この娘には私の司令の評価を言っている。
助言としては参考になるけど、何でもないように言うのは気に喰わないわね。
陽炎「何よー、私に魅力が無いってぇーの?」
不知火「まさか、十二分以上に貴女は魅力的ですよ」
陽炎「ぶっ!?」
不知火「ただ……」
意外な返答に思わず吹き出してしまう。
この娘は真顔でこういうことを言うから冗談か分かり辛いのよ。
不知火「不知火たちがこうして戦果を挙げられるのも、司令の指揮があってのものです。そのことに対する評価はきちんとするべきではないでしょうか?」
陽炎「うっ、確かにそうだけど……」
あまり気にして来なかったけど不知火の言う通りだ。
次々に私たちが作戦に参加しているということは、つまりは司令が次々と作戦を立てているということだ。
それでいて無茶な作戦はなかったはず。
それにそれを私たちが戦いを続けられるペースで実行している?
陽炎「ん……」
確かに不知火の言う通りかもしれない、無駄に有能だろう司令に一言あってもいいかもしれない。
どうせ終わらせる必要があるのだ、いい加減に観念しよう。
陽炎「分かったわよ、まぁ適当に頑張らさせてもらうわ」
不知火「そうしてください」
それと、と一泊おいて
不知火「司令は実力だけでなく、意欲も作戦の参加基準にしています。艦隊の中には自ら好調を示す人もいたはずです」
この娘は本当にいい娘だ。
私はニヤリとして不知火に応える。
陽炎「それじゃあ、司令官殿に少しでもアピールしてきますか」
不知火「頑張って下さい陽炎」
言われるまでもない。
それにこれが終われば旗艦になる可能性だって出てくる。
更に戦果を挙げられる。
やってやるわ。私はこの娘たちのお姉さんなんだから。
支援
陽炎かわいい
□
陽炎「陽炎型一番艦、陽炎!よろしくお願いします!!」
私はまたこの司令官と対面した。
私は執務室に入り敬礼をし挨拶した。
提督「よく来てくれた陽炎、また会えて嬉しい」
久しぶりの会話だが特に変わりないように見える。
相変わらずの巨体だが圧倒されることはない。
敵艦はもっと大きいし。
こんなのにビビッて水雷戦隊などやっていられないわよ。
提督「いつも出撃ご苦労、直接労うのは初めてだな」
確かにそうだ。
いつもMVPの発表なんかは旗艦の人がやっている。
大きな作戦の時なんかは終了後にまとめてやってるし。
提督「砲撃戦、雷撃戦、共に優秀。僚艦たちからの信頼も厚い」
陽炎「えっと…」
提督「かく言う私も頼りにさせてもらっている。これからもよろしく頼むぞ陽炎」
真っ直ぐにこちらを見ながらそんな事を言う。
言っていることはそれっぽいのに顔が厳つくてあんまり褒められている感じがしないわね。
提督「ふむ、やっぱりか」
どうやら受けがよくなかったのがバレてしまったらしい。
陽炎「えっと……」
提督「ああ、気にするな。ある程度予想はしていた」
陽炎「えっ?」
提督「霞のやつに言われててな、目を離すなと」
あぁ、そういえばあの娘そういうところ気にするのよね。
まぁ悪く言われてるわけでもないし有り難く受け取っときましょ。
提督「じゃあ早速説明に入るぞ」
陽炎「えっ?うん分かったわ」
そのまま、説明に入った。
なんというか調子が狂う、予想していた人とだいぶ違う。
仕事もテキパキとしているし、セクハラに身構えていたのがバカらしくなってきた。
司令が複数の艦娘と関係を持っているという話はこの艦隊の艦娘なら大抵知っている。
しかし、だからといって不真面目だったりという話は聞いたことがなかったかもしれない。
提督「聞いているか陽炎?」
陽炎「ん?了解了解、任せといてよ」
うん、なんというか大丈夫そうね。
□
文月「しれーか~ん!」
司令の評価は更に改めることになる。
挨拶もそこそこに事務に取り組んでいると突然ノックも無しに文月が入ってきた。
提督「どうした文月?」
文月「えっとね~、せんだんちょうさんがみんなにないしょでって」
そう言って文月は手のひらの飴玉を司令に差し出した。
睦月型の娘は、今日は輸送船団の護衛任務だったはず。
そう言えば、あそこの船団長さんは無駄に気前のいい人だったっけ。
文月「ふたつもらったんだけど、みんなにあげられないからしれーかんにって」
どうやら部屋の端で作業をしている私に気づいていないらしい、そんな事で索敵は大丈夫なのかしら。
それと皆に内緒なはずなのに、なんで皆にあげようとするのよ。
提督「それを俺にいうのは不味いんじゃないか?」
文月「ふ、ふぇ~~~!そ~だった~~~~~!!」
やっぱりそこにも気が付いてなかったらしい。
これって、司令から餌付けしないよう苦情を出す必要もありそうなんだけど。
文月「え、え~と……」
提督「はぁ………」
こっちも溜息をつきたくなるわね。
流石に更に追い打ちをかけるような可哀想なマネはしないが。
提督「………大丈夫だ、黙っている」
文月「っ!ほんと~!」
提督「ああ、飴、ありがとう文月」
文月「えへへ~~」
・・・・
提督「船団長殿にもよろしく伝えといてくれ」
文月「わかった~~」
そう言って最後まで私に気づかず執務室を出ていく文月。
船団長さんには釘を刺しておくのね。
そう思って司令の方を向くと司令は再び執務に戻っていた。
それからも色んな人たちが来た。
今日の遠征の成果の自慢にきた暁。
筋トレの相談にきた長良さん。
司令をお茶会に誘いに来た金剛さん。
ナベを被った響。
報告と報告の間に様々な人たちが来て一人一人に応えていた、今までもそうだったのだろう。
その間にもきちんと私に執務を教えてくれた。
私は知らなかった、どうやら司令は随分慕われているらしい。
私の評価は今日だけで大きく変わっていた。
点、ズレてます。
『よろしく』に掛かるはずでした。
□
霞「アンタどういう事つもり?」
彼女が乗り込んできたのは突然だった。
私が秘書官になって数日がたった。
司令曰く、「筋がいい」らしくある程度の仕事はすぐに熟せるようになった。
やってくる娘達にも秘書艦として覚えられてきた頃だった。
霞「アンタどういう事つもり?」
入ってきて早々彼女はそう言って司令を睨み付けた。
朝潮型十番艦の霞、大切な、戦友だ。
彼女とはよく任務を共にする。
その実力も然る事ながら状況判断能力が他より頭一つ分抜けている。
厳しい言い方をするが的確な助言をし、艦隊をまとめあげる。
駆逐艦でありながら多くの仲間に一目を置かれ信頼されている娘だ。
提督「何の事だ?」
霞「もちろんコレの事よ、惚けてんじゃないわよ」
そう言って彼女は司令に書類を突きつけ、それを見て司令が眉をひそめる。
提督「それは大淀に処理を頼んだはずなんだが」
霞「掻っ払って来たわ、そもそも任務のチェックをアイツ一人がやっているとでも」
堂々と返す、なんというか彼女らしい。
それはいいのだが霞が入室からずっと険しい顔で司令を睨み付けてる。
霞「で、どういうことなの?」
提督「書いてある通りだ、その任務を受けるつもりはない」
キッパリと返した司令に霞が更に表情を険しくする。
どうやら相当頭にキてるみたい。
霞「アンタ、これが何か分かってるの?」
提督「護衛任務だろう?」
霞「ええ、軍の上層部が直々にアンタに充てた護衛任務よ」
提督「ああ、そうだな」
陽炎(上層部からの任務!?)
それは上層部からの信頼の証だ。
達成すれば更に評価を上げられる、資材の優遇もしてもらえるはず。
霞「こんな美味しい任務は中々無いはずよ」
提督「確かにそうかもしれんな」
司令は霞に対抗するように彼女の目を見つめながら答える。
提督「ほぼ完全に制海権を取った海域を戦艦と空母を連れての護衛だ、失敗はありえないだろう」
はぁ?
陽炎「ちょっと待ってそれって!?」
提督「上層部のお遊びだ、それ以上でもそれ以下でもない」
霞「ええ、でもだからこそ確実に信頼を勝ち取れるわ」
私の突然の介入にも何でもないような対応だ。
二人とも見つめ合ったままこちらを見ようともしない。
提督「はっきり言ってウチの受けるような任務ではないな、それこそ後続の鎮守府に任せるべきだ」
霞「断れば、信用を失うわ」
提督「ならば取り戻せばいい、他に任務なら山ほどある」
霞「高難易度のものがね、信用がなければ失敗は許されない」
提督「失敗はしない、その為のお前らだ」
霞「私達に負担を掛けるつもり?」
提督「戦力増加は常に続けている、むしろ負担は軽くなっていくさ」
霞「今度は自分?今の艦娘間の問題も解決できてないのに、また負担を増やすの?」
……?
提督「戦場に立っているのはお前等だ、自分たちの心配をするんだな」
互いに譲る気は無さそうね。
平行線の話し合いが続く。
が、
霞「いい加減にしなさい!アンタ分かってるの!?」
遂に霞が痺れを切らした。
霞「アンタは少しは自分の事を考えたらどうなの!
アンタが自分の事を大切にしないのはどうでもいいわ!!
でも、ここにはアンタを頼っている娘が山ほどいるの!
アンタがここを離れれば戦線が崩れるのよ!!
多少問題があろうと艦隊を使いつb―――
提督「霞ィイ!!!」
陽炎(―――っ!!?)
司令が、怒鳴った。
その巨体から発せられる轟音にまるで部屋全体が揺れたかのような錯覚を覚える。
聞きなれた砲撃音とは比べるまでもない程度の音量でしかないそれに、思わず萎縮してしまう。
霞は―――
霞「ッ!!」
霞は震えていた。
顔を歪め涙を堪えているように見える。
だがそれは怯えたからではないことが見て取れる。
彼女の顔は自分を責めている者のそれだったからだ。
提督「霞………」
司令の声は、先程とは打って変わって静かなものだった。
その視線は既に霞から外れている。
提督「どうやら疲れているようだな、少し休んできたらどうだ」
霞「………ええ、そうさせてもらうわ」
そう返した霞の言葉は無理やり絞り出したように小さく、震えていた。
霞が執務室から出ていく。
その足取りは見ていられないほど覚束ないものだった。
陽炎「………!」
提督「待て」
心配になった私は霞の後を追う為に立ち上がったが司令に止められた。
司令はこちらを見る事もせず執務の続きに取り掛かっていた。
提督「いいから一人にしてやってくれ、アイツも今の姿を見られたくはないだろう」
陽炎「でもあの娘は!」
提督「いいから」
念を押され完全に立ち止まってしまう、どうやら行かせる気は無さそうね。
司令の事は分からない。
でもあの会話から察するに、司令は随分無茶しているみたい。
だから霞は司令の負担を少しでも減らそうとした。
あの娘が「司令」を見過ごせる訳がないのだから。
でも、冷静さを欠いていしまった。
司令が遮った言葉。
霞『多少問題があろうと艦隊を使いつb―――』
その言葉は間違いなく失言、仲間を蔑ろにする言葉だ。
特に仲間想いの霞が口が裂けても言わないはずの言葉だ。
そんな事を言いそうになってしまった自分を許せないだろう。
その上、司令に助けられた。
霞の生き方は自身が強くあることで他の者を導くものだ。
故に自身を鍛え強さを示す。
強くなければいけないのに。
それを最も示さないといけないはずの司令に失言を漏らし、その上フォローまでされたのだ。
辛いだろう。
陽炎「アナタは、どう思っているのよ」
司令も泊地を預かる鎮守府の指揮官、軍のエリートだ。
『霞』の事を知らないことは無いはず。
提督「アイツの意見に賛同することはできない」
陽炎「そう」
提督「ハッキリ言って優先度が低い。
現状、敵戦力の全体像も明確になっていない。
その様な状態で必要なのは大量の資源ではない、優秀な人材だ。
優秀な人材がいればそれだけで消費は抑えられるのだからな。
資源の元にも限りがある。
そのうえ輸送を安全に行える人員がいなければ供給すらできない。
下手な任務でお前等が不調になる様なことは有ってはならない。」
その答えは酷く合理的だ。
分かっている、ここは最前線だ。
故に最善の判断が求められる。
そんな事は知っている。
だが、私が聞きたいのはそんな事ではない。
陽炎「あのn「分かっている」―――!」
提督「俺の判断がアイツの負担になっているのは」
気付けば司令の手は止まっていた。
普段は豊かとは言えない表情にハッキリと苦悩が浮かんでいる。
提督「アイツには世話になっている。
それでもアイツ一人の意見を優先する訳にはいかない」
陽炎「………」
提督「だからこそ、聞けるだけの範囲でアイツの言う事を聞いてやりたい。
『私を気にかける必要は無い』、アイツはそう言った。
アイツが自らの足で立ち上がることを望んでいるなら、俺はそれを邪魔するつもりはない」
それが司令の考えらしい。
重く強く、司令から吐き出された言葉に私は何も答えられなかった。
提督「海域安定にはまだ時間が掛かる。
だが、それさえ出来れば今のような状態からは解放される。
今は耐える時なんだ、陽炎」
陽炎「それって………?」
今のような状態。
私達は今まで多くの任務をこなしてきた。
失敗もあったがそれに見合うだけの結果も出している。
負けっぱなしと言う事はなかったし艦隊全体の空気も悪くなかった。
だから無意識に私達はいい状態にいるのかと思っていた。
陽炎「不味い、状態なの?」
提督「戦況に関しては問題ない、ほぼ有利に進んでいる」
陽炎「じゃあ―――
机にペンを置き、顔を上げた司令は私の声を遮ってこういった。
提督「問題はお前らだよ」
………。
過去の大戦において、私達は様々な経験をした。
再び砲を持つに当たってその記憶は私達に多くの恩恵を与えている。
身体を動かす基礎的な事から弾道計算まで、私たちは建造仕立てだってある程度なら行うことができる。
が、勿論そればかりではない。
私達は、負けたのだから。
提督「不安定な者が何人もいる。
幾らかは把握しているが口が裂けても全員とは言えない。
中には問題になるだろう者もいる」
知らなかった。
何かを気にするそぶりをする娘が多いのは知っていた。
思い詰めている娘がいるもは知っている。
それでも問題、恐らく任務に支障が出るような事態の娘がいるなんて。
だって私たちはいつも問題なく戦い続けれていて―――
陽炎(ああ………)
私ぐらいか、いや他にも何人かいるだろうが。
戦いに没頭する、それだけでも違うわけだ。
提督「問題が発生し始める前に鎮守府を落ち着かせる。
その為にはお前らの強化、そして海域の安定化が急務なんだ」
それが司令の目標………。
陽炎「でもそんな事、私に話して良かったの?」
私達
艦娘側に知られるのはあまりいいことではないはずだけど。
提督「ああ、この数日でそう判断した」
まぁ私はそんなに気にしている方ではない。
危ない娘達に比べれば、随分気楽にやっているだろう。
提督「そしてさっきの話を聞けば分かると思うが、霞もそれをよく理解している」
陽炎「………」
提督「アイツは自分で気付いてな、故にそれなりの責任を感じている」
陽炎「そうでしょうね、あの娘、そういう娘だから」
提督「その負担をお前なら和らげる事が出来る筈だ」
司令は私の眼に視線を合わせ力強くそう言った。
初日の時は時には曖昧な反応しか出来なかった。
でも今ならその視線に応える事が出来る。
陽炎「そういう事ならドンと来いよ!任せなさい!」
声が強くなるのが分かる。
司令は私の言葉に笑みを浮かべた。
提督「ああ、よろしく頼むぞ」
立ち上がる司令が手を差し出してくる。
陽炎「ええ、よろしくね」
私はその手を強く握った。
頼られるのは大好きだ。
陽炎型一番艦陽炎、やってやるわ。
□
これは後日談だが、霞は数日もしない内に執務室にやって来た。
それまで私なりに探していたのだが、執務もあり見つけられなかった。
司令の前に立つ霞は私が何か言う前に完全に持ち直していた。
内容は任務に関してのことでこの前の騒動については何も話さなかった。
司令からはこれと言ったことは言わなかったが心なしか安心しているようだった。
それからすぐ、司令のいないところでこの前の騒動の事を霞に口止めをされた。
了承する代わりに、困ったことがあったら話すよう言った。
話してくれるかどうか怪しい所だが。
それからの霞は、任務の種類に文句を言わなくなった代わりに作戦の内容に意見を始めた。
霞なりに考えた結果だろう。
全くよくやる、一応海軍のエリートにその専門分野で文句を言うなんて、そうできたことではない。
私たちのそれとは畑が違うもの、間違いなく必死で勉強したわね。
それから私は話し相手になってあげたりするようになった。
内容は司令に対する愚痴ばっかりだけど、霞の本音が聞けるようになって本当に良かった。
今日の投稿は終了です
乙乙
乙期待
>>16
使える環境であれば専ブラのプレビュ機能とかおすすめ
おつ
乙です
待ってます
書き込み有難う御座います
>>27の方、助言感謝です、助かりました
それでは投稿を再開します
□
陽炎「またかー」
執務室の窓から降り注ぐ雨を確認し私は溜息をついた。
鎮守府も梅雨の時期に入った。
湿って艤装が不調な事も多く、艦隊全体が一部を除いて一段暗くなっていた。
雨の所為で出撃も少なく、私は少量の書類を淡々とこなすだけになっていた。
今日も執務の後は整備に追われることになるだろう。
提督「まただな」
休憩から戻った司令が窓を覗いて雨が降り注ぐ母港を眺めている。
何というか、随分様になっている、気がする。
提督「陽炎、そこの資料を取ってくれ」
陽炎「えっと、これ?」
急に声を掛けられて驚いたが目的の物をすぐに手にする。
取ったのは天気についての資料だ。
うわ、台風が来そうじゃない。
提督「…………」
受け取って資料を見た司令が顔を眉をひそめる。
何か作戦で不都合な事でもあったのだろうか。
提督「陽炎………」
陽炎「どしたの?」
提督「お前、もう明日から来なくていいぞ」
陽炎「へっ?」
どういう事?
提督「お前も随分秘書艦を勤めた、もう充分旗艦を任せられる」
確かにもうある程度の作業なら何の問題もなくこなせるだろうけど。
陽炎「それが何で今?」
提督「近々台風が来る、その為に鎮守府全体で対応してもらう。
ゆっくりしている暇は無いが急ぐほどでは無い。
お前は久々に仲間たちと俺抜きの会話でも楽しんでくれ」
妙な所に気を遣うわね。
確かにありがたい、あまり執務室に来ない娘もいたし。
一人で来る人が殆どだから大勢での会話なんて最近してなかった。
でも、
陽炎「それなら気にしないでいいわよ。
分担もあるだろうし、司令を手伝うわよ」
何か理由が足りない気がする。
私が納得するだけの理由が。
提督「大丈夫だ、俺一人で何とでもなる」
陽炎「一人より二人でやった方がいいじゃない」
提督「不備は起こさない、代わりも考えてある。
お前もこんな所で俺と話しているより、皆と騒いでいる方がいいだろう」
陽炎「そんなk「Heeeeeey!提督ゥ!!」」
突然、扉が勢いよく開いたと思ったら金剛さんが乗り込んできた。
まぁ何というかいつもの感じだ。
金剛「そろそろBreakTimeはいかがですか!」
金剛さんはこんな風に自分に空き時間が出来るたびに、ここに司令をお茶に誘いに来る。
大体は仕事中で断られたりするが本人は司令と会って話せるだけでもいいらしく、文句こそ言うがいつも素直に帰っていく。
金剛「よかったらわたs「よく来た金剛」」ガシッ
司令が一気に捲し上げようとする金剛さんを遮りその手を掴んだ。
いつもなら軽くあしらわれるのにいきなり手を捕まれた金剛さん、最初の勢いも忘れて顔を真っ赤にして混乱し始める。
金剛「へっ?Why?Why!?」
提督「丁度お前に話があった、少し話があるから向こうの部屋まで来てくれ」
そう言って、そのまま金剛さんを連れて話の途中だというのに執務室から出ていこうとする。
陽炎「ちょっ!?待ちなさい!!」
提督「悪いが言った通りだ。秘書艦お疲れ様、もう明日からは来ないでくれていい」
ガチャンという音と共に司令は出て行ってしまった。
ドアの向こうで金剛さんの上擦った声が遠ざかっていくのが分かる。
思わず伸ばしていた手がゆっくりと下がっていく。
こうして私の秘書艦としての生活は終了した。
□
長門「―――以上だ、質問はこれで全てだな。
では皆、それぞれ作業に取り掛かってくれ!」
長門さんの号令で皆散り散りになり、与えられた作業場へと進んでいく。
私も妹たちを連れて持ち場へ向かった。
私たち駆逐艦に任せられたのは鎮守府中の窓や戸の固定だ。
妖精さんの建てた鎮守府は台風ぐらいでは倒れる事は無いが、窓や戸は開いてしまう。
窓や戸は数が多く形も様々だから、数が多く大きさも様々な駆逐艦たちに任されたらしい。
陽炎(あーーもーーー)
あの後、私は司令に文句を言うでもなく自室に戻った。
何か言ってやろうと思いもした。
でも、金剛さんと一緒に戻ってきたらと思うと、何となくそんな気になれなかった。
次の日には、長門さんが秘書艦になったと聞かされた。
長門さん、長門型一番艦の大戦艦であり連合艦隊の旗艦を務めた人だ、あの人なら秘書艦として申し分ない。
それに、台風の所為で仕事の量は増えていた。
普段、書類関係を手伝ってる人以外の戦力としては間違いなく適任な人物だ。
結局私は、皆と一緒にこうして廊下で作業をすることになった。
その事自体に不満はない、そこは分かっている。
今、秘書艦として最適なのは私ではない。
それに、身体を思い切り動かす機会が最低限で欲求不満だったのも確かだ。
他にも、妹たちに戦闘の手本を見せて欲しいなんかも言われていた。
でもだからっていきなり秘書艦を辞めさせられるなんて!
いきなり任命させられたと思ったらいきなり解雇なんてあんまりじゃない。
最後だっていうのに適当に流されたし。
一体何を考えて―――
不知火「陽炎?」
陽炎「ひゃあ!?」
不知火に後ろから引っ張られて変な声を出してしまった。
この娘は突然こういう事してくるからなぁもう。
陽炎「なっ、何よー、もーーー」
黒潮「いやいや、今のは陽炎が悪いでー」
陽炎「えー?」
不知火「どうにも心ここにあらずといった様子でしたので」
陽炎「そう?」
全然気が付かなかった。
駄目ね、書類整理のし過ぎかしら?
不知火「大丈夫ですか?戦闘に支障が出るようなら神通さんに―――
陽炎「いい!いいから!!」
黒潮「アハハ、でも訓練はちゃんとせんとあかんで?」
陽炎「一応身体は動かしてたんだけどねー」
そう言って身体を捩じる。
戦闘じゃないにしても作業中にそんなのじゃ危ないし気を引き締めないと。
まぁ、制服(装甲)があるから釘打ち用の金槌ぐらいじゃビクともしないけど。
不知火「陽炎?少しいいですか」
陽炎「ん?どしたの?」
さっきから真剣な表情の不知火が何か聞いてきた。
一体なに―――
不知火「もしかして司令に手を出されましたか?」
陽炎「ブッ!?」
黒潮「な、なんやて!?」
こ、この娘は唐突に何を言い出すのよ。
陽炎「あ、あのねえ………」
黒潮「なあ陽炎!どうなん?どうなん?」
陽炎「ああもう!うるさいわね!!」
しまった、少し動揺したせいで黒潮が反応してしまった。
どうしよう、早く何か言わないと面倒な事になる。
陽炎「だ、だからね!そんな「陽炎さん?」ひゃい!」
神通「どうしたんですか、大きな声を出して?」
スッと透き通るような声が耳に届いた瞬間、体に一気に強張った。
脳裏に浮かぶのは地獄の訓練、嵐の水雷戦。
陽炎「い、いえ!なんでもありません!」
神通「そうですか………。皆作業に取り掛かっているのでお話はその後でお願いしますね?」
陽炎「了解です!」
神通「それでは私は他の娘たちを見に行きますので」
そう言うと神通さんはすぐに廊下の向こうに行ってしまった。
お、驚いた………。
流石、神通さんは自然体でも気配が全く感じられない。
陽炎「はぁ~~~」
黒潮「あー、ごめんなーー陽炎」
陽炎「全くよ、もー」
黒潮がいらない事を言うから。
大体、司令は褒めてこそくるが、私の身体を触ってくることなんてなかった。
褒めるのだって他の娘にもしてたし。
私から他の娘たちの話を聞いても、私の事なんて何も聞いて来なかったし。
それに、
ふとあの時見た金剛さんを思い出した。
金剛さんの手を強く握った司令。
金剛さんは慌てていたけれど、どこか嬉しそうで。
それで―――
それで、なにかしら?
不知火「陽炎?」
陽炎「なんでもないわ、さっさと済ませましょ」
分からない。
でも、それでいいかもしれない。
□
いよいよ台風が来た。
こんな状態でも近海の警戒を怠る訳にもいかず何人かは警備に出ているが、それも最低限の範囲で人数も多くは無い。
多くの人は自室に籠るか、誰かの部屋に行っている。
後は何人かが工廠に溜まっているぐらいか。
そんな中私は鎮守府の警備任務を自ら買って出ていた。
何と無く自室でじっとしているのが嫌だったからだ。
陽炎(執務室で作業してた時は何とも思わなかったのになぁ)
そんな事を考えながら、ガタガタと五月蠅く暗い廊下を歩く。
時折、強い光と轟音があるが驚くこともなく淡々と見回りを行う。
□
夜も深くなりそろそろ交代かな、と思っていた時だった。
窓越しの景色の中、雷の光が収まっても一点、光が消えていない事に気が付いた。
あそこは確か、浴場だ。
入渠ドックとは別の、帰ってきた傷ついていない艦が汚れや汗を落とすためのものだ。
今、それを使う人がいるとすれば海域警備に出て行った人たちだが、皆もう帰って使い終わっていたはずだ。
陽炎(何かあった?それとも別の用の人?)
取り敢えずそこへ向かう。
普通の事態ではないだろうから、何かあれば手伝うことができるかもしれない。
そう思って小走りでそこに向かったのだが。
陽炎「何これ?」
暖簾の先には誰もいなかった。
電気が点いたままなのは分かっていたが、風呂場への戸も開きっぱなし。
その上、脱衣所の床はビショビショになっている。
一体誰がこんな状態にしたのか。
ここの掃除はお風呂好きな何人かの艦娘が進んでやっていたりする。
こんな状態にされればそれなりに怒られそうだ。
片づけを代わりにやってあげることにしよう。
見回りもあるが他の娘もいるし大丈夫だろう。
陽炎「んっ?」
床を見てそれに気が付いた。
陽炎(水滴が跡になってる)
床の水滴が脱衣所だけでなく外の廊下にまで続いていることに気が付いたのだ。
廊下に出てみると、どうやら随分続いているようだ。
陽炎(もしかしたらこの先に犯人が?)
片付けを済ませ、その跡を追うことにする。
片付けをしたんだ、誰かを知る権利は充分だろう。
まあ、単純に犯人が気になるだけだが。
ある程度辿っていくとふとあることに気づいた。
跡が艦娘たちの寮ではなく、そこから離れた本館の、司令の部屋に向かっている事に。
陽炎(もしかして司令が!?)
司令が、私たちが使っているお風呂を使った?
そんな事を考えて顔が熱くなる。
まさか、いやでも………。
ただ、これで何としてでも犯人を確認する必要が出てきた。
事と次第によっては、拳を振るうことも吝かではないかもしれない。
予想通り、あまり有っては欲しくなかったが、跡は司令の自室まで続いていた。
この辺りは普段は皆やって来ない。
私もそうで位置は知っていてもやって来たこと自体は初めてだったのだが。
陽炎(ほんっとどういう事よ!)
気分は最悪だった、ここまでの道のりでもう頭が怒りで煮えたぎっている。
司令に何をしてやって、何をさせてやろうかしら。
陽炎(アレ?)
戸が少し開いている。
光が漏れていない所を見ると、部屋に明かりは点いていないみたい。
中を覗こんだのは単純な好奇心だ。
司令の部屋に興味があった。
黙って覗くのも自業自得だと思っていた。
戸の隙間から見えたのは司令の姿だ。
白い軍服の所為で暗闇でも浮かび上がって見えている。
陽炎(良く見えないわね)
司令がいるのは分かる。
だが、何をしているのかが全く分からない。
もどかしく思い、もう入ってしまおうかと考えたその時だった。
雷鳴と共に、部屋の中が鮮明に映し出される。
相変わらず無駄に大きな司令。
その下に敷かれた布団。
そして司令の陰に隠れていた、一糸纏わぬ長―――
そこまで見えた瞬間、私は逃げ出していた。
理由は分からない、頭がグチャグチャだった。
帰ってきた私は警備終了の報告を入れ替わりの娘にして直ぐに部屋に帰った。
薄着に着替えて布団に潜り込む。
今は何も考えずただ眠りに就きたかった。
□
朝が来た。
昨日の台風が嘘のように部屋は静まり返っている。
陽炎「起きないと……」
まだ頭は整理できていない。
それでも私は他の娘たちより早く起きた。
こんな状況でも秘書艦だった時の生活リズムから変われないらしい。
身体を起こす。
台風が収まったのなら収まったでまた仕事はある。
鎮守府の被害の確認もあるし、艤装の方も見ておかないと。
昨日範囲を狭めていた分、今日はより広く海域の警備を行う必要もある。
昨日の警備をした分、今日は休むよう言われている。
が、今の私にその気はない。
今は唯、何かに意識を向けていたい。
不知火「陽炎、司令が呼んでますよ」
陽炎「えっ」
だというのに、何でまた?
朝食を終えてすぐに、不知火が話に来たときは何かと思ったけど。
不知火「陽炎?どうかしましたか?」
陽炎「う、ううん。なんでもないわ。
それより司令何か変じゃなかった?」
不知火「いえ、いつも通り無駄に大きいだけでしたが」
陽炎「そう……」
不知火「大丈夫ですか?」
陽炎「えっ?」
不知火「少し元気が無いように見えます、何かあるなら話してください」
不知火が心配してくれている。
それが、少し嬉しくて。
―――とても■しくて、私は本当の事が言えなかった。
陽炎「大丈夫、何もないわよ。アンタこそもう少し元気そうにしなさいよ」
不知火「私は元気ですよ?」
陽炎「そうじゃなくてもうちょっと明るく、ね?」
不知火「い、いえ、私は―――
そんな話しをしながら不知火と歩き出す。
その内、黒潮や他の何人かが集まってきた。
皆との会話はやっぱり楽しい。
だけど、それ以上に―――
私は執務室の前まで来て、立ち止まっていた。
あれから皆と分かれ、真っ直ぐにここまで来た。
目の前にあるのは、あの日、秘書艦を辞めるまでいつも開けていたドアだ。
今まで何とも思ってこなかったそれに、私は触れられずにいた。
私は結局、気持ちを整理出来ずにいた。
司令の、その、アレしている所を見てしまった。
噂はあった、秘書艦として生活している内に忘れてしまっていたが。
気まずいと思ってしまっているのかもしれない。
でも、それだけじゃない気がする。
分からない。
不安だ。
寂しい。
辛い。
ドアノブに手を伸ばす。
覚悟ができた訳ではない、このまま司令と会うのは不安で仕方がない。
でも、だからこそ―――
陽炎「失礼するわよ、どうしたの?」
笑顔で執務室に入る。
声が少し掠れている気がする。
笑顔は不自然じゃないだろうか。
提督「よく来てくれた、陽炎」
―――司令に会いたかった。
今日はこの辺りで投稿は終了します
乙
乙
一体誰ロングゲートなんだ・・
乙です
書き込み閲覧有難う御座います
投稿を再開します
司令はいつものように提督机に座っていた。
私たちと話す時、司令は大抵座ったままだ。
提督机は無駄に威圧感があり踏ん反り返っているみたいで一時期は立って話しをしていたらしい。
まぁ立つと更に威圧感があるし、何より相手の首が痛くなるから、直ぐにまた座るようになったらしいが。
提督「朝早くからすまない」
陽炎「いいわよ気にしないで、それに司令の方こそ大丈夫?まだ忙しいでしょ?」
この人は直ぐコレだ。
何かにつけて謝ろうとしてくる。
司令なら司令らしくドンと構えてればいいってのに。
提督「確かにそうだ」
陽炎「駄目よ、秘書艦に無理させちゃ」
長門さんはいない。
恐らく、もう何か仕事に取り掛かっているのだろう。
よかった。
提督「分かっている、だが先にすることが出来てしまってな」
身体が固まる、もしかして。
陽炎「何よ?」
いつも通りを意識しながら返事を返す。
大丈夫、大丈夫、大じょ―――
提督「先に言わせてもらうが勘違いだ」
―――へっ?
思考が停止する。
えっと……、えっ?
陽炎「な、何の事よ?」
提督「勿論、昨日の、俺の部屋での事だ」
な、何で!?
完全にどもって返してしまう。
殆ど認めているような反応だが、そんなこと気にならないくらいに動揺していた。
提督「暗くて気づかなかったか?部屋を離れるお前を明石が目撃していたんだよ」
陽炎「嘘!?」
言い逃れできない証拠であった。
だというのにパニックで、まだ何をどう言い訳するか必死で考えている。
それでも、そこに不安や恐怖はもうなかった。
陽炎「あ、あのね。あの時は、その……」
提督「落ち着け、順を追って説明する」
落ち着けと言われてもそう簡単に落ち着けるものではない。
だが、まだ自分から話さなくていいというのは気分的に楽ではある。
提督「まず、艦隊に雨の類が苦手な者がいるのは知っているな」
陽炎「ええ」
心当たりが何人かいる。
好きだという娘も結構いるけど、苦手な娘は反応が普通のそれではない。
理由はそれぞれだが、症状もまた様々だ。
気分が沈む人から本格的に体調を崩す人までいる。
そういった艦娘の中には昨日や今日だけじゃなく、ここ一週間休みを与えられている人もいたはず。
提督「様々な対策を行った、長門を秘書艦にしたのもそれだ」
陽炎「……?どういう事?」
長門さんは雨は大丈夫だった、そういった話もなかったはず。
心当たりがなく困惑していると。
提督「駄目なんだアイツは、強い光と音が」
陽炎「―――っ!?」
息を飲む、背筋が凍るのが分かる。
思い出すのは彼女の最期、クロスロード作戦。
提督「あの日、金剛を連れて行っただろう?」
陽炎「もしかして、榛名さん……!」
提督「そうだ」
榛名さん、金剛さんの妹。
戦争末期は呉の対空砲台だった。
そう、だから榛名さんもアレを知っている。
提督「アイツは俺に弱みを見せるのを極端に嫌っていた、だから金剛を頼った」
榛名さんは優しい人だ。
確かにあの人なら、一人で抱え込んでしまいそうだ。
提督「長門もそうだ。アイツは俺どころか誰にも、姉妹艦の陸奥にでさえ弱みを見せたりはしない奴だ」
長門さんは前に立つ人だ。
連合艦隊旗艦、長門さんはその誇りをいつも胸に抱いている。
司令の顔が歪む、そこには強い後悔と自責の念が刻まれている。
提督「だからこそ、手元に置いておく必要があった。
なのに―――
そして司令の話が始まった。
□
長門「これは……、すまない書類を取りに行ってくる」
提督「大丈夫か?」
長門「ああ、直ぐに戻る」
言い訳なら幾らでも出来る。
この台風で増えた執務に追われていた。
長門が書類を取りに行く時、大丈夫か確認は取っていた。
長門に変わった様子は見られなかった、いや気づかなかった。
提督「っん?」
だからと言って。
幾ら経っても長門が帰ってこないことに気が付くのが遅すぎた。
提督「―――っ!!」
無駄だというのに時計を確認する。
元々、何時に席を立ったのかも分からないというのに馬鹿か俺は。
急いで執務室を出る。
滑る廊下を全力で駆け抜け書類を取りに行った部屋まで向かう。
提督「クソッ!!」
そこに長門の姿は無かった。
提督「チィ……!」
廊下を走る、暗い鎮守府の廊下がいつもよりずっと広く感じる。
鎮守府を虱潰しに捜索する。
長門の行く先に心当たりがない、自身の無能さに嫌気が差す。
提督「何処へ行った!?」
――――ァア―――
提督「っ!」
かすかに聞こえた声を俺の耳が捉えた。
やっと見つけた。
声の方向へ急ぐ。
電気の消えた浴場から水の音が聞こえる。
提督「長門!居るのか!?」
返事は聞こえない。
提督「入るぞ!!」
悪いが中に入らせてもらうことにする。
脱衣所を抜ける、使用時間を過ぎているため棚には何も置いていない。
開けっ放しの戸の向こうからシャワーの音が聞こえてくる、そこか。
提督「長っ………!!」
戸を抜けた俺は目の前の光景に絶句した。
そこには長門がいた。
力なく頭を下げ床にへたり込んでいる。
その状態で身体を抱きかかえ、服を着たまま全身でシャワーを受け止めている。
その姿は普段の武人めいた凛々しい立ち振る舞いを知る者として酷く衝撃的だった。
提督「長門お前―――
喋り切る前にあることに気づく。
妙に冷える……、まさかコイツ!
急いでシャワーの栓を閉める。
俺の身体にもシャワーが掛かり俺の体温が奪われる。
やはり、冷水か!
提督「長門……、お前何をしている………」
長門に説明を求める。
声が震える、抑えろ、今は吠える時ではない。
長門「―――ぁ―――」
項垂れたままの長門が何かを言っている。
その声は小さく、弱く、本当に長門の声なのか分からなくなりそうな程だ。
腰を下ろし長門の頭に耳を近づける。
長門「―――ぁ――ぃ――――」
長門が震える。
焦っていて事情を聞いたが、早く温める方が先だ。
そう思ってシャワーの温度を変えようと手を伸ばすが、
ガシッ
長門に腕を捕まれ止められる。
長門「―――ぁっぃ、熱いんだ」
提督「―――っ!?」
息を飲む。
幻痛、恐らくそれに近い何かか。
長門「身体が熱い、冷やさなければ……」
長門の身体に触れて、その体温に歯を食いしばる。
身体が完全に凍えてしまっている。
暗くてよく分からなかったが肌が死人のように青白くなっている。
その顔からは生気を失い目は完全に焦点が合っていない。
早く温めなければ。
そう思い腕に力を入れ、
長門「やめてくれっ!」
長門に再び止められる。
気丈な声を出そうとしたのだろうが、その声は殆ど悲鳴に近い。
長門「お湯は……駄目だ………、肌が……焼ける………」
段々と弱くなる声で伝えられる、もう喋るのも辛いだろう。
このままでは原因探る所ではない、まず冷え切った身体をどうにかしなくては。
お湯が使えないなら何か別のモノが必要だ。
暖房の類は使えない、恐らく同じ反応になるだろう。
ならば布を使うか、それなら徐々に身体を温められる。
何より熱を意識させない。
上着を脱ぎ長門にかけてやる。
無駄に大きい軍服が上手く長門を包んでくれる。
しかしこの後はどうする。
ここには今、タオルの類は無い。
多くは洗濯している、置き場にも温める程の量はないだろう。
艦娘たちの寮に行くか?
だが、長門の事を思うとそれは躊躇われる。
なら、
提督「長門、いいか」
長門「提督……?」
長門を抱きかかえる。
長門「っ!」
それなりに厚い軍服を通して肌に冷たさが伝わってくる。
提督「長門大丈夫か?辛いなら頷くだけでいい」
そう言うと、少しだけ頭が縦に動いた。
随分弱っている、返事こそしてくれるが一つ一つの動作に力が無い。
俺は長門を抱えたまま浴場を後にする。
雷に怯え、震える長門。
俺には大丈夫だと声を掛ける事しかできない。
廊下を走り抜け着いたのは、自分の部屋。
ここなら無駄に高級な布団や服がある。
外から中の様子が分からないようにするため、防音や遮光もしっかりしている。
雷相手でも振動ぐらいしか通す心配がない。
戸を開けて中に入る。
乱雑に敷かれた布団の上に長門を下ろす。
濡れきってしまっている服を脱がせ、タオルケットで身体を拭いてやる。
優しく、擦れ過ぎて長門が痛がってしまわないよう丁寧に。
提督「動くな」
流石に抵抗があったが強い声で抵抗を止めさせる。
拭き終わった後は長門に布団を掛けてやり、俺は代わりの軍服を出す。
まだ公務の途中だ、軍服を着てた方が気が引き締まる。
内線を使って明石を呼び出す。
長門の代わりの服をここに届けるよう頼む。
長門「提督」
提督「大人しくしていろ」
起き上がって俺を呼ぶ長門に反射的にそう返す。
長門「いや、もう私は大丈夫だ。提督は執務に戻ってくれ」
そう言った長門の顔は悲痛に歪んでいた。
執務の邪魔に、艦隊の邪魔になりたくないと、裏の声が聞こえてくるようだ。
勿論、そんな話を聞くつもりはない。
その声はある程度力を取り戻し以前の面影を取り戻しつつある。
だが危険な状態だったのは変わりない、何より今回の原因について聞いていないのだから。
提督「悪いが頼ってもらうぞ」
長門「だが「なんだ?」……」
有無は言わせない。
説得しようとしてきた長門を黙らせる。
そんな俺にどうやら折れてくれたらしい。
一瞬だけ、何か言いそうにしていたが、代わりに溜息を吐いて頭を垂れた。
次に顔を上げた時には憑き物の取れたような穏やかな表情になっていた。
俺は起き上がった長門を再び横にし、その横に座る。
提督「何か必要なものは無いか?出来うる限りこちらで用意する」
長門「そうだな―――
その時、雷鳴と電光が部屋を覆った。
提督「クソッ!」
長門の体温を取り戻す事に集中していて、入り口を閉め忘れていた。
廊下から音と光が入ってきてしまっている。
急いで閉めに行こうと立ち上がろうとする。
長門「待ってくれっ!」
起き上がった長門に腕を捕まれる。
力の全くない震えるその手を、振り切ることは出来そうになかった。
長門「手を、握っていてくれないか……?」
再び電光が煌めき、長門の顔が暗い部屋に浮かび上がる。
俺を見上げる長門の表情はまるで見捨てられた子犬の様だった。
提督「ああ」
ゆっくりと腰を下ろす。
そして、長門が掴んだ手をしっかりと握り返してやる。
それだけで、怯えた表情だった長門は顔を緩め穏やかな表情に戻る。
長門「有り難い」
提督「気にするな」
再び横になった長門はそこから何も話さなかった。
未だ戸は開いており雷の影響は続いている。
長門は眼を閉じているが、音が届く度に手を握る力が強くなった。
俺は何を声を掛けるべきか分からず、黙って握り返してやる事しか出来なかった。
暫くして、長門の方から話し出した。
長門「不安なんだ」
あの時、私は沈まなかった。
沈むわけにはいかなかった、仲間を国を守って沈んでいった皆の為にも。
私には何もできなかった、だから何もしないまま沈むわけにはいかなかった。
あの時はそれしかなかった。
しかし、今度は違う。
分からないのだ。
守るものを再び手に入れた私が、何も守れなかった私が。
あの時の誇りを胸に戦っていいのか。
もし自分がまたアレをその身に受けた時、
長門「今度はまた、立っていられるのか」
提督「………」
成程、そういう事か。
全くこいつは。
提督「いいか長門」
コイツの悩みは有り触れている。
これまで何人もの艦娘たちと話してきた。
その中にも何人か似たような悩みを持ち苦しむ者がいた。
それでもここまで弱ってしまう奴はそういない。
普通の奴ならすぐに弱音を零すからだ。
だがコイツは強い、それ故に耐えてしまった。
提督「頼ることを覚えろ」
長門の戦果報告を思い出す、対空砲火の頻度が他よりも妙に多かった。
本来、対空能力が高いとはいえ、接敵中は空母や随伴の駆逐艦が行うそれを長門は何度も自分で行っていた。
ヒントは既に有ったのだ。
異常に気付けなかった、自身の不甲斐なさに呆れてものも言えない。
提督「仲間の手を借りる事を躊躇うな」
自身への誇り、そして自分を頼る仲間の為に頼ることが出来なかった、それを自らに許していなかった。
それが今回の原因。
そこまで分かれば言う事は一つ。
提督「手を掴むのも救いなんだよ」
長門「―――っ」
提督「お前ならそれが分かるはずだ」
救いたかった多くのモノがあった、救えなかったモノが殆どだった。
それでも戦艦長門には救えたモノがあった。
その時の喜びをコイツは確かに知っている。
手を貸す者が必死で救いを求める仲間を迷惑に思う訳が無い。
それは自分が、そして皆が掴み取りたかったものなのだから。
手に力を入れる。
今度は長門が強く、手を握り返す。
長門「そうだ……、そうだな………」
今まで冷え切っていた長門の手から温もりが帰ってくる。
長門「すまない、提督」
穏やかな長門の顔から一筋の光が見えた気がした。
長門「ありがとう」
実は直ぐにやって来ていて、部屋の外から一部始終を覗いていた工作艦が居たのは完全に余談だろう。
□
提督「そういう訳だ」
司令が所々を端折りながらの説明を終えた。
司令の話す内容は何というか自虐的なとこが多かった。
司令自身、早くに気づいてあげられなかったことへの後悔から、まだ立ち直れていないのかもしれない。
だからこそ、私たちを想う、司令の気持ちがよく分かった。
陽炎「えっと、大体の話は分かったわ」
提督「長門の名誉の為にもお前に話しておく必要があったのだ」
これも、長門さんの為。
陽炎「あはは、良かった。司令の変な所見た訳じゃなくて」
本当に。
陽炎「ねえ、司令。もしかしてこれまでも」
提督「名を言う事は出来ないが、他にも何人か似たような事が有ったのは確かだ」
あれ?そういえば似たようなことに心当たりが。
陽炎「司令って、付き合っている人が居たりする?」
提督「……?居る訳が無いだろう、士官学校は男ばかりだったからな」
もしかして、
神通『提督は複数の艦娘と関係を持っています』
アレは私みたいに勘違いした娘が?
それが噂として広まったモノ?
大声で喋りあってたり、慰めていたりを事情も知らず見てしまえばそう思うかもしれない。
おまけに相手は艦隊全体、見られる頻度は高いだろう。
提督「ああ、それと、話しが変わるんだが……」
私が考え事をしていると、司令が珍しく歯切れの悪い調子で話を切り出してきた。
えっ、何!?どうしたの!?
提督「陽炎、お前顔色が悪くない。今日はしっかり休むように……」
司令が更に珍しく目を逸らしながらそんな事を言う。
えっと、確かにあんまり体調が良くないけどこの反応は何で?
陽炎「……あっ」
昨日の事、私は何て勘違いをしていた?
それで今日、体調が悪く見える、よく眠れなかったみたいに。
まるで一晩中―――
陽炎「ば、違うわよ!!」
顔に血が上っていくのが分かる。
お、乙女に何てことを考えてるのよ!?
提督「あ、ああ。分かっている」
そういう司令はまだ眼を逸らしたままだ。
駄目だ信じてない!
あああああああああああもう!!
その後、司令の方の誤解を解こうと必死で話したがとうとう納得のいく反応はなかった。
結局、長門さんが帰ってきて執務の邪魔にならないよう言われて帰る事になった。
まぁ、この事は長門さんにも言っておいたから後は長門さんが何とかしてくれるだろう。
こうして私は来た時とは全く違う気分で帰る事となった。
あの時の、執務室の前での想いを忘れて。
顔色が悪いの方がよくね?
□
その日その時、私がそこに居たのは偶然だった。
あの事件から数週間過ぎ、私も出撃の感を取り戻した頃だった。
前の出撃で秘書艦の長門さんが大破した。
その為、代わりを探していたそうだ。
遠征で疲れているだろう不知火の代わりに報告に来た私は司令に捕まった。
陽炎「はぁー、しょうがないわねぇ」
提督「すまない、助かる」
特に不満はなかった。
今日は用事は無かったし、司令の手伝いをするのも悪くない。
日頃のお礼だ。
陽炎「その代わり次の出撃、旗艦任せてくれないかしら」
提督「分かった、いい作戦も回そう」
ちゃっかり言質も貰い、張り切って執務を始めようとした所だった。
勢いよく執務室の扉が開いて、明石さんが飛び込んで来た。
明石「て、提督ッ!!」
提督「どうした」
明石「装甲空母、大鳳の建造に成功しました!!」
提督「何だって!!?」
陽炎「ホント!!?」
明石「ハイ、本当です!」
提督「よくやってくれた明石、早速連れてきてくれ!」
明石「了解です!」
陽炎「やったじゃない!」
提督「あぁ!」
装甲空母大鳳、司令が着任を待ちわびていた艦娘。
その性能は折り紙つきだが、その建造は非常に困難だった。
何度も建造に失敗し、資源の確保に大変困らされた。
陽炎「これでやっとボーキ集めから解放されるわ」
提督「お前たちにも散々苦労をかけたな」
まあ、そんなに苦では無かったけど。
遠征はちゃんとローテーションを組んであったし。
それに司令官が大鳳を必要としていたのは、私たちにギリギリの戦いをさせない為だというのも知っていたから。
ホント、いい司令なのよ、無駄にデカい以外は。
大鳳「失礼します」
少しして明石さんが一人の女性を連れてきた。
提督「俺がここの指揮官だ。成程、お前が……」
大鳳「そう、私が大鳳」
提督「お前の性能は聞いている、活躍を期待しているぞ」
大鳳「えぇ、貴方と機動部隊に勝利を!」
うん、いい人そうね。
空母の人たちもいい人ばっかりだしすぐに馴染めそう。
変に反発しないで何よりね。
霞
などと同じ部隊の娘を思い出してニヤニヤしていると彼女と目があった。
大鳳「えっと……」
陽炎「臨時で秘書艦やってる陽炎よ、よろしくお願いね」
大鳳「陽炎……さん………?」
陽炎「そ、陽炎型のネームシップなの」
大鳳「陽炎型……?」
陽炎「雪風と同じ型って言えば分かるかしら?」
大鳳「えっ……」
雪風は指標だ。
潮や響、初霜や霞みたいに大戦中に長く生き残った艦はそれだけよく知られている。
彼女らの事を言えば大体の艦は聞き覚えがあるはずだ。
大鳳「えっと……」
提督「どうした?」
どうしたのかしら。
まさか、記憶に問題があるタイプ?
沈んだ少し前の事をよく覚えていない艦は時々いる。
だから他の記憶にも障害があるタイプもいるかもしれない。
私たちのやり取りを見ていた司令も似たように考えたのか眉を潜め、
一気に顔を真っ青にした。
次の瞬間、司令が口を開くよりも早く、考え事をしていた大鳳さんが呟いた。
大鳳「雪風さんって確か……
あ、あア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
提督「陽炎!?クソッ!!」
大鳳「えっ、あの、何が……」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
提督「待て!陽炎!!」
嫌だ駄目だここはダメだ何処かに何処へでも私は……
「待って下さい!!」
手を捕まれた。誰?誰に?
不知火「どうしたんですか陽炎!一体何が!?」
しら…ぬい………?
陽炎「……離して」
不知火「え……?」
陽炎「離せ!!」
不知火「―――っ!?」
そんな目で、ああ、私は、やっぱり。
私は駄目なんだろう。
あひぃ・・長門が痛ましい・・
あと陽炎が長い間秘書だったから提督的に必要なのかと思ったけど普通に下衆の勘繰りだった。
次回も気になる乙
乙です
ひええ
続き気になる
続きはよ
毎度、書き込み閲覧有難う御座います
投稿を再開します
大鳳の言葉を聞いた陽炎が執務室を飛び出していった。
クソッタレ!完全に反応が遅れた!!
最近じゃあ長良達に付き合って運動だってしていた!!
指揮官だからは理由にならん、何故早く反応出来なかった!!
大鳳「そんな、どうして、私……」
自虐はいい、目の前の事から済ませる。
先ずは大鳳の奴だ。
地雷を踏みぬいたのを自覚して顔面蒼白になっている。
提督「お前は悪くない、完全に俺のミスだ」
大鳳「で、でも……」
提督「お前は悪くない。自分を責めるな」
何も言わせず、宥める。
提督「ここで待っていろ、明石頼む」
明石「は、はい!」
そう言い残し執務室から飛び出していった陽炎を追う。
提督「アイツ、一体何処に……!?」
執務室を出てすぐの突当りに不知火が座っていた。
いや、廊下に崩れていたと言った方がいいだろう。
片手を突き出したまま俯いて震えている。
提督「不知火っ!?」
俺は急いで不知火に近寄った。
最悪だ。
よりにもよってこのタイミングで不知火が。
不知火「し…れぃ……」
そういって振り向いた不知火は顔を歪め、ボロボロと泣いていた。
酷い顔だ、普段なら俺には絶対に見せないような表情をしている。
当たり前だ、不知火は陽炎を慕っていた。
何より自身の心の支えにしてきた。何よりの……。
不知火「しれぃ、しらぬいは……」
クソッ先にコッチか。
こいつは誰かに任せる訳にもいかない。
頼むからおとなしくしていろよ陽炎。
□
吐きそうだ。
頭が痛い。
目眩がする。
私は自室のベットの隅でうずくまっていた。
自室と言っても私達に与えられているのはベットと机があるだけの狭いプライベートルームだ。
身体の震えが止まらない。
身体中から汗が噴き出ているのが分かる。
考え、思考が止まらない。
自問自答を繰り返してしまう。
そして
最悪の答えしか出てこない。
陽炎「………おぇ」
幸い、夕食前の腹からは何も出てこなかった。
いや、いっそ汚物まみれにでも成りたかった。
私にはそれがお似合いだ。
頭がもっと混乱していれば、こんなに震えることもなかっただろう。
突きつけられる事実に、現実に怯えることしかできない。
私はこんなにも弱いのだ。
ドンドンドンドンドンッ!!!
陽炎「ヒッ…!?」
突然に響いたドアを叩く音に私は子供の様に怯えた。
黒潮「陽炎!?どないした!?陽炎!?」
黒潮、明るくていい娘だ。
彼女も実力者であり、不知火共々よく共闘する仲だ。
よく世話になるし、世話をかけられる。
最期の時だって一緒だった。
だからこそ、私は彼女に合わせる顔がなかった。
陽炎「あ、あ………」
応える事は出来ない、形のある言葉を出せる気がしない。
黒潮の言葉を理解したくない。
私に何を言っているのか、何を想っているのか考えたくもない。
陽炎「ぅっ、ぁっ………」
黒潮「陽炎!?陽炎!!」
黒潮の声が遠くに聞こえてくる。
駄目だ、誰とも、関わりたくない。
□
提督「ここで待っていろ、明石頼む」
明石「は、はい!」
そう言って提督は私に後の事を任せて行った。
落ち着いているフリをしているようだったけど相当焦ってたな。
どうせまた自分の責任だって思ってるんだろうな、あの人なかなか自虐的だから。
後でフォローしないと、また落ち込んでそうだな。
まあ、今は頼まれた仕事をこなしますか。
彼女のことも心配だしね。
明石「大鳳さん、よく聞いてください」
大鳳「………はい」
どうやら随分キているみたい。
取り敢えず、説明ね。
それから慰めるか何かしないと。
着任早々対人恐怖症なんて不憫過ぎる。
明石「いいですか、要点だけを話します」
明石「過去の大戦において、沈んでいった艦の代わりに艦級を改定する事が行われていました」
明石「睦月型から卯月型に、朝潮型から満潮型にといった具合に」
明石「戦線が激しくなって戦没艦が増えていき、それは途中から行われなくなりました」
明石「だから大鳳さん、戦時建造され戦争後半から参加した貴女は知らないんですよ」
明石「不知火型駆逐艦は元々、陽炎型と呼ばれていた事を」
□
陽炎の居場所は直ぐに掴むことが出来た。
随分なりふり構わず走っていたらしく目撃者も何人かいた。
それでも騒ぎになっていない辺り、皆気遣いが出来ている。
陽炎の部屋の周囲には艦娘たちが集まっていた。
黒潮、初風、舞風、霞、霰、他にも何人か、遠征中の奴らが居ないぐらいか。
やって来た俺に対し揃いも揃って視線を集中させる。
黒潮「な、なあ!」
その中でも黒潮は俺の姿を見た瞬間、直ぐに反応し話しかけてきた。
黒潮は焦ってはいるようだが、中の陽炎に聞こえないようにか声を殺して話してきた。
黒潮「何が…、あったん……?」
提督「悪いが、言えん」
黒潮の顔に薄い筋が見える。
俺の返事に不満があるらしく、拳を握り喰らい付いてくる。
黒潮「なんでや」
提督「俺が適任だ、そう判断したからだ」
黒潮「でも!「黒潮!!」」
霞「止めなさい、黒潮」
黒潮を止めたのは霞だった。
霞がこちらを見つめてくる。
霞「本当にアンタが適任なの」
提督「ああ」
霞「………そう」
俺から目線を外した霞はそのまま振り返った。
霞「帰るわよ」
その一言で集まっていた奴らは散り散りに帰っていく。
黒潮はまだ何か言いたそうだったが、霰に手を引かれて連れていかれた。
霞に助けられた。
これで、何としてでも陽炎を救ってやらなければならなくなった。
陽炎の部屋の前に立つ。
提督「陽炎、いるか」
返事は無い。
それでも中にいるのは分かる。
待っているつもりはない、俺の不甲斐なさで起こった事だ。
俺が、俺の手で解決する。
□
提督「陽炎いるか」
司令の声が聞こえた。
提督「話しを、して欲しいんだ」
自分を責め立てるだけの状態から意識が戻される。
でも、状況は変わらない。
変ったのは内面への恐怖か、目の前の恐怖かの違いだ。
身体が震えるのが分かる、もう恐怖で声も出ない。
放っておいてほしい、もう私は部屋を出るつもりはないのだから。
次の瞬間何かが捩じれる様な音が部屋に響いた。
陽炎「………えっ?」
思わず顔を上げてしまっていた。
目線の先では見慣れたドアノブが見慣れない角度にまで捩じれてしまっている。
そして次の瞬間、ドアがゆっくりと開き始め司令が入ってきた。
提督「陽炎」
陽炎「ヒッ!?」
顔を合わせた瞬間、私は恐怖した。
無意識に後ろへ下がろうとしてしまう。
勿論先は壁だ、背中が壁に当たるのを感じる。
司令が近づいてくる。
逃げ場が、なくなってしまう。
私は飛び込む様に司令の脇を抜け、部屋を飛び出そうとした。
が、
提督「待て」
司令に腕を捕まれ引き戻され、そのまま壁に押さえつけられてしまう。
両手首を完全に掴まれてしまい、抜け出せる気がしない。
陽炎「離して!離してよ!!」
俯き、吠える。
酷い声だ、醜い、私にお似合いだ。
きっと私を心配してきてくれた、そんな人に対してこんな事しかできない私には。
提督「悪いが離す訳にはいかない」
司令が近い、こんなに近いのは秘書艦になった当初、書き方を教えてもらったとき以来かもしれない。
提督「聞かせてもらうぞ、お前に、お前の思いを」
司令の言葉が上から降ってくる。
元々弱っていた私はこれ以上この状況に耐えられることは無かった。
想いが、吐き出される。
醜い私の心が。
でも、そんな事よかった。
一瞬、一秒でも早くここから逃げ出したかった。
私はこの姿になり知った。
あの戦争の結末を。
そして、私の事を。
陽炎型駆逐艦は激しかったあの戦争において多くの戦果を残していた。
多くの人々を救助した浜風。
最高武勲艦と呼ばれた磯風。
最後まで戦争を見届けた雪風。
悲しくもあったが嬉しくもあった。
確かに私たちは敗北した。
それでもあの娘たちは役割を果たしていた。
でも、私は?
一番艦、その艦級の顔となる艦。
その艦級では最も古い艦ではあるが、その分最も経験のある艦と言える。
その私はどうなった?
思い出すのは最期。
不意の爆発、動けなくなる親潮、航行不能、沈んでいく黒潮。
そして飛来する敵の艦載機。
私は、一番艦。
艦娘になった今、より強く妹たちを想えるようになった。
だけど、
あの娘たちは同じように私を想ってくれるだろうか?
私はそのことに恐怖した。
戦果が必要だった、妹たちに胸を張れる戦果が。
だから戦った。
厳しい演習にも全力で喰らい付いた。
座学だって必死で頭に叩き込んだ。
姉妹で配備されたのは私が最初、その他の娘は数人だった。
その中でも私はギリギリだった、覚悟をしていたのは私一人ではないのだから。
戦果を挙げる事は出来ても目覚ましいものはまるでなかった。
人数が増えてからは戦果自体も減った。
それでも負けなかった、負けるわけにはいかなかった、陽炎型ネームシップとして。
だけど、駄目だった。
駆逐艦として充分な戦果を挙げようとも恐怖は拭えなかった。
今まで理由が分からなかった。
だから戦果を挙げる事ばかり考えていた。
そして気づかされた、気づいてしまった。
そんな事をしても私が愛される事はないのだと。
不知火型。
不知火は、
私が沈みネームシップとなった時、どんな気持ちだったのか。
私は、
あの娘に何を背負わせてしまったのか。
私の言葉が終わる。
俯いたまま地面に叩きつけた私の想い。
陽炎「もういいでしょ!?離してよ!!」
提督「まだだ!!」
司令の声が部屋に響き、その声に思わず黙ってしまう。
何時かと同じだ、音量自体は大したことは無い司令の声が、心に重く突き刺さる。
提督「まだ俺の話が残っている」
そんなの知らない。
そう言おうとしたが司令の次の言葉に止められることになる。
提督「不知火の話だ」
不知火、その名前に身体が、心が反応する。
逃げに入っていた思考がまた戻ってくる。
提督「いいから聞いて欲しい、これはお前に必要なものなのだから」
そして、司令の話が始まった。
陽炎も不知火も実に優秀な奴らだった。
実力は陽炎が高かったが都合がつかなかった為、先に秘書艦にしたのは不知火だった。
第一印象は冷静沈着。
目線がキツイが、無駄にデカく圧迫感のある俺より大分ましだろう。
言葉のやり取りをした限りでは、真面目で融通が利かない様な奴だった。
だが、
提督「不知火」
不知火「どうしましたか、司令」
提督「……頼んだ書類と違うんだが」
不知火「…………」
神通からの報告書通り、どうにも抜けている所があるらしい。
書類に誤字脱字があるのは予想の範囲だった。
が、何もない所で転んだり椅子から突然転げ落ちたりと斜め上を行く奴だった。
それでも効率は悪くない。
それに失敗を取り戻して余りあるリカバリー能力もあり、秘書艦としての仕事を充分にこなしてくれた。
そんな不知火だが、ある話題になると好んで雑談をしてくれた。
それが陽炎だ。
不知火「陽炎の動きはとても洗練されてます」
提督「そうなのか」
不知火「ええ、それなりに癖もありますが」
提督「ほう」
不知火「ですから十全の力を出させるにはそれをよく知る不知火と組むのが一番なんです」
心なしか、したり顔に見える不知火を見ながら返事をする。
はっきり言って唯の姉自慢だ。
普段が一見クールに見える分こういった事は大変微笑ましかった。
そんな時だ、俺はふとこんな質問をした。
提督「陽炎の一番いい所はどんな所なんだ?」
不知火「気持ちですね」
即答だった。
もう少し悩むかと思ったのだが、まるで初めから決めていたようにスッと答えた。
提督「それは何故だ?」
不知火「ハァ……」
不知火はワザとらしく溜息をついた。
分かってない、そう言いたげな表情だ。
不知火「私が陽炎が好きだからです」
臆面もなく不知火はそう言った。
それまでの話からそうであることは予想はついていた。
が、面と向かって言われるとは思わなかった。
提督「何故?」
故に興味が湧いた、その理由に。
不知火「簡単な話です。陽炎も、私たちの事が好きですから」
提督「それは陽炎に聞いたのか?」
不知火「いいえ」
提督「それなら何故?」
不知火「正確な理由はありません」
提督「………」
不知火「それでも、本当は嫌われている何て考えた事もありません」
不知火「陽炎はあんなに温かく、手を引いてくれる。少なくとも私がそう感じるにはそれで充分です」
提督「なあ陽炎」
心が震えている。
司令の話を聞いた私の手からは、逃げ出そうとする力は抜けていた。
提督「俺がお前に、お前自身の事を聞いた事が無いのに気が付いていたか?」
腰からも力が抜けその場に崩れ落ちそうになり司令に支えられる。
提督「それが何故か分かるか?」
応えたい。
それなのに私の喉は勝手に震えてしまって動こうとしない。
提督「それは―――
返事の出来ない私はせめて顔を上げる。
どんなに恥ずかしい顔をしているか分からない、でも、
―――知っていたからだ、皆から、不知火だけじゃない、多くの奴らから。陽炎、お前の話を」
司令の言葉を真っ直ぐに受け止めたかった。
陽炎「……うん、……うん」
涙が止まらなかった。
司令を真っ直ぐに見上げた顔から筋となって落ちていくのが分かる。
提督「お前が強いからだけでない、戦果を上げていたからではない。お前が皆を愛しているのを皆が知っていたからだ」
陽炎「……うん、……うん」
霞んだ視界の中でも司令が真っ直ぐにこちらを見つめてくれているのが分かる。
提督「お前はもう、しっかり愛されていたんだよ、陽炎」
もう駄目だった。
司令の胸に飛び込む。
そんな私を司令が受け止めてくれる。
想いで胸がいっぱいだった。
涙が溢れて、想いを形にしたくて、でもそれが上手く出来なくて、
だからただ、
ありがとう、と。
私にはその言葉を繰り返すことしか出来なかった。
□
提督「もういいのか?」
陽炎「ええ」
涙を拭きながら司令から離れる。
本当はもう少しだけ近くに居たかったが、それだといつまでも離れられない気がしたから。
提督「すまなかった、あの時俺が早く気付いていれば」
陽炎「そんな事言わないでよ」
そんなの、唯の問題の先延ばしだ。
司令のお蔭で心の鎖が解かれた。
まるで生まれ変わったかのように世界が違って見えるのだから。
陽炎「謝らないで、本当に感謝してるんだから」
本当に。
提督「そうか」
そう言った司令の顔は、とても暖かかった。
陽炎「そうだ不知火!」
気が落ち着いたら、他の問題を思い出した。
あの娘には悪いことをした、他の皆にも迷惑を掛けた。
謝らないと。
提督「大丈夫か?なんなら俺も行こう」
陽炎「一人で大丈夫よ」
大丈夫、もうちゃんと伝えられる。
皆に、私の、本当の気持ちを。
提督「そうか、なら任せたぞ」
陽炎「ええ」
私の返事に満足したらしい司令は一度だけ頷くと振り返って部屋の外へ向かって行った。
っと、部屋を出て行こうとした司令が立ち止まる。
一体どうしたのだろう?
提督「言い忘れたことがあった」
陽炎「えっ?」
提督「お前が秘書艦になって最初に、俺が何て言ったか覚えているか」
秘書艦になって初めての日、あの日は確か。
提督『よく来てくれた陽炎、また会えて嬉しい』
そうだ、確かこう言っていた。
そこまで思い出した所で司令が向き直っていた。
私を見つめ言葉を紡ぐ。
提督「お前と会えて嬉しい、本当に良かったよ陽炎」
それだけ言って部屋を出て行ってしまった。
―――ああ、顔が熱い。
今日だけで色々な想いを経験した。
でも、どれとも違う、何よりも熱い。
胸が苦しいのに全然嫌な感じじゃない。
皆に謝りに行かないといけないのに、これじゃどんな顔していいか分からない。
だから、
だからもう少しだけ、このままで。
終了です。
閲覧有難う御座いました。
HTML依頼は明日にでも行う予定です。
乙
結局神通は勘違いしてただけなのか
現行で見てる間は注意が長門とか不知火とか艦娘の弱さとか色んなとこに向いちゃったけど、陽炎のトラウマを念頭に置いて見返してみればとても整理された話だな。
陽炎をよく見て、認めてくれる不知火の気持ちは心を揺さぶられる。
とてもよかった乙
乙です
良かった
乙
おつつ
雪風…
乙!
これにエピローグらしいエピローグが加わればなお良し!
もうちょっと読みたかったぜ
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